インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 (白崎くろね)
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第一章 入学
1.入学


「みんな揃ってますねー。それじゃあSHR(ショートホームルーム)をはじめますよー」

 

 黒板の前に立っているのは、クラス副担任の山田(やまだ)真耶(まや)先生だ。

 山田先生は背が低く、顔つきはやや童顔。掛けている黒縁眼鏡がなければ、おおよそ教師には見えない幼い容姿をしている。まあ、その大人っぽく見せる眼鏡も少しズレているのだが……。

 そんな山田先生の特徴を他に挙げるとすれば、彼女が見た目に似合わぬ巨乳であることだろうか。たしか、こういう人のことを"ロリ巨乳"と呼ぶらしい。

 

 うん、かなりどうでもいいな。

 

「それでは皆さん、これから一年間よろしくお願いしますね」

 

 その言葉に反応する生徒はいない。だからといって、俺が反応するのも面倒なので、先生には緊張感に包まれた教室での進行をそのまま頑張ってもらうことにしよう。頑張れ、先生。

 

「えっと、自己紹介をお願いします……出席番号順で」

 

 さて。ここまでくれば、察しの悪い人間でも理解できるだろうか。今日は学校の入学式で、記念すべき最初のSHRだ。

 この学園は"()()"の学園ではない。更に言えば、このクラスには男が二人しかいないという致命的な問題も抱えている。

 

(……これは、なんというか、想像以上に辛いな)

 

 全員の突き刺すような視線が辛いし、隣に座っている金髪ロングヘアの女生徒がじっとこちらを見ているのも辛かった。

 

織斑(おりむら)一夏(いちか)くんっ!」

「は、はいっ!?」

 

 織斑一夏と呼ばれた"男"が、驚いたような声を上げる。その様子に、周りはくすくすと笑い声を上げ、織斑は居心地悪そうに肩を縮こまらせていた。

 その影響で、俺を見る視線の数は大分減ったように思える。まあ、隣の視線は常に俺を見てるんだけどね?

 

「ご、ごめんなさいっ。驚かせちゃったかな? ゴメンね? でも、自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 

 とても教師とは思えない弱腰で、山田先生は織斑に自己紹介を促していた。新米教師なんだろうか。というか、実は年下だったりして。ありえないけど。

 ペコペコと頭を下げる弱腰な山田先生に対して、織斑は困ったように返事をしていた。

 

「あの、そんなに謝らなくても……ていうか、自己紹介しますから、落ち着いてください」

 

 織斑はその場で立ち上がり、後ろを向いた。そんな織斑へ視線が一斉に集まり、困ったように頬を掻きながらも自己紹介を始めた。

 

「えー、えっと……織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 ……実に簡素な自己紹介だった。妥当なラインだろうな……と俺は思ったのだが、他の生徒は違うみたいだ。彼に向ける視線は『もっと喋ってよ』と言いたげなもので、流石の織斑も困っている様子。

 だが、意を決したのか、織斑は深く息を吸い込んで溜めをつくり、

 

「以上です」

 

 っておい! 自己紹介を続けるんじゃないんかい! ほら、見ろ! 周りもガッカリして肩を落としてるじゃねぇか。

 そこへ、何者かが静かに近寄ってきていた。気配もなく、音もなく。意識していなければ見落してしまいそうなほどの。そして、その人物は――

 

 織斑の頭を出席簿が叩いた。それは見事な音が鳴り響き、教室に響き渡る。

 

「げぇ、関羽!?」

「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」

 

 トーンの低い声。滲み出る気迫は尋常じゃない。俺は一瞬でその人物が並々ならぬ人物であると察してしまう。

 あの人にだけは逆らうべきではない、そう直感が告げているのだ。

 

「あ、織斑先生」

「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

 先程の気迫はどこへやら、優しげな声色で山田先生に謝っている。たぶん、この人がこのクラスの担任だろう。

 

「諸君、私が織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。ああ、逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな?」

 

 それはまるで軍隊式の挨拶だった。致命的なまで教師とは程遠い存在。

 ……軍の教官にでもなれよ。 

 と、俺は思っていたのだが……周りは違うことを思っていたようで、騒がしいまでの黄色い声援が教室中に響き渡る。

 

「本物の千冬様よ!」

「ファンです!」

「わたし、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北海道から!」

「きゃーー! お姉様のためなら死ねる!」

「抱いてー!」

 

 ……ああ、どこに行っても女子という生き物は騒がしいのだと改めて実感した。肝心の織斑先生は引き攣った顔をしていることに、誰も気付かないのだろうか。

 

「私のクラスにだけ馬鹿者を集めてるのか?」

 

 頭を抑え、小声気味に言う織斑先生。……流石に同情した。

 

「お姉様! もっと、もっとよ! 罵って!」

「あーんっ! もっとキツく、躾けて~!」

 

 あー、はいはい。この織斑先生が人気なのはわかりましたよ。だからさ、もう少し声のボリューム抑えような? な?

 

「で、だ。お前は挨拶も満足にできんのか」

「千冬姉、俺は――」

 

 再度、出席簿が織斑の頭に振るわれた。

 名字が一緒な時点で気になってたが、二人は姉弟だったみたい。織斑一夏の驚き様からして、事前に知らされていなかったと思われる。

 

「学園では織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

 そのやり取りが後押しになったのか、周りから次々と疑問の声が上がる。

 

「……え? あの織斑先生の弟?」

「ISが使えるのも弟だから……?」

「でももう一人いるわよね」

「もしかして、もう一人も家族が凄腕のIS操縦者なのかしら?」

 

 勝手な推測が上がってるところ申し訳ないが、俺の家族にIS操縦者はいないんだ、悪いね。

 いや、別に悪いとは思ってないけどさ。

 

 ……さて、ここで一つ。

 

 この学園はIS学園と呼ばれるIS操縦者育成特殊国立高等学校だ。操縦者育成を目的とした教育機関であり、運営の責任などを日本国が負担している。ただ、協定というものがあるので、日本国が情報の独占を行うことはない。また、日本国は協定参加国が理解できる解決を行うことが義務付けられている。といっても、この学園がある土地は国家機関に属さない。という国際規約があるので、学園の関係者に対して一切の干渉が許されないというのが大まかな学園の実態である。

 

 なぜ、日本国が負担しているかというと、インフィニット・ストラトスを製作者が日本人という理由に過ぎない。

 

「さて、SHRは終わりだ。と言いたいところだが、このクラスにはもう一人男性操縦者がいるんでな。ついでに挨拶しろ深見(ふかみ)

「……うっす」

「ちゃんと返事をしろ」

「はい」

 

 ……まじか。自己紹介しない流れかと思ったが、見逃してはくれないみたいだ。

 恨むぞ、織斑先生……。

 

「あー。紹介に預かりました深見静馬(しずま)です。えっと、皆より一つ年上だけどよろしくお願いします」

 

 普通の高校生は入学時はまだ15歳だろうけど、残念なことに俺の年齢は16歳だ。今年の誕生日で17歳になる感じ。

 何故、俺の年齢が皆よりも年上なのか、それは今まで男性のIS操縦者がいなかったせいでもある。本来であれば、二年生として編入するのが普通なのだが……何の知識もなければ、素人である男性が二年生になったところで意味がない。そういう理由で、俺は二年生ではなく一年生としてIS学園へと通うことになったのである。

 ……まさか、一年生を連続でやることになるとはね。それも留年したわけでもなく。いや、この場合留年って形になるのか……? ああ、くそ、ISに関わってしまったばっかりに。誰だよ、こんな兵器開発したのは! 

 

 ……って、アレ? まだ皆が期待した目でこっちを見てるぞ……?

 

 つまり、もう少し喋れと? 面倒だが、後で質問責めにされるよりはマシか。

 そう考え、俺は質問を受け付けることにした。我ながら名案である。

 

「……あー。質問があれば三つぐらいなら答えるけど、質問あるか?」

「好みの女性はどんな人?」

「そうだなあ。特に好みがあるわけじゃないけど、敢えて言うなら……声が綺麗な人かな」

「兄妹はいるー?」

「姉が一人いる」

「恋人はいますか!?」

「…………いない」

 

 おい、人によって深い悲しみを背負う質問やめろよ。彼女いない歴=年齢で悪かったな!?

 

「さあ、今度こそSHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作も半月で身体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉は絶対だ」

 

 うわ、なんというスパルタ。

 

 こんなんでやっていけるのかね……?




みなさん、はじめまして。白咲くろねです。
二次創作を書いて投稿するのは初めてになります。
……すいません、少し嘘です。といっても過去に台本形式で軽いSSを書いたことがある程度ですが。
なので、こんな感じの小説を投稿するのは初ということになりますね。

この作品のタイトルは「インフィニット・ストラトス-二人の男性操縦者」です。少し長いですが、最近のラノベ作品は名前がとにかく長いってことで許してください。

どうでもいいことですが、この作品を書こうと思ってから原作を買いました。

えっと、詳しくは活動報告などで書くと思いますが……「インフィニット・ストラトス-二人の男性操縦者」をよろしくお願いします!







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2.授業

「あー…………」

 

 朝のSHRの後すぐに、一時間目のIS基礎理論の授業が始まったのだが、どっと疲れてしまった。ある程度は理解が及ぶ範囲で助かったが……それでも、所々で不明な点が多い。

 

(はあ、マジで勘弁してくれ……もう、帰りたいんだが)

 

 やる気を失っている俺の元へ、誰かが訪ねてきた。

 

「よっす深見」

 

 俺に気さくな感じで話しかけてきたのは、同じ男性操縦者である織斑一夏。イケメンはコミュ力が高いというのは本当だったらしい。平凡で凡庸な俺には出来ない芸当だ。

 ……まあ、話しかけられたら返事ぐらいは返すさ。面倒だけどね。

 

「織斑一夏か。なんか用か?」

「数少ない同性だから挨拶しようと思ってな」

「あー、なるほど」

 

 なるほど、という言葉しか出てこない語彙力の低さを許せ。

 

「それにしても織斑先生の弟か。家でもあんな気が強い感じなのか?」

「いや、家では結構だらしないぞ」

「そうなのか……想像できねぇわ」

「よかったら名前で呼んでいいか?」

 

 急に距離を縮めてこようとする織斑。

 ああ、これ次の言葉を先読みできちゃったわ。

 どうせ『千冬姉と被るだろ?』とか言うに違いない。

 

「俺のことは一夏でいいからさ。それに、千冬姉と被るだろ?」

 

 ほら、来た! というか、被ることは被るけど織斑先生のことを呼び捨てにできるわけないし、その論理展開は隙だらけすぎるだろ。まあ、いいけど。

 

「わかった、一夏」

「おう、よろしくな静馬」

 

 自然と手を差し出してきたので、軽く握手を交わす。

 

「ちょっといいか?」

 

 そこへ、黒髪ポニーテールが現れた。

 どうやら、一夏の方に用事があるらしい。一度もこっち見ていないし。

 えっと、名前は何だったか。教科書に似たような名字が載ってたっけ。

 ……ああ、篠ノ之(しののの)か。名前は思い出せないけど。

 こっちから会話を切り出すのは面倒なので、黙って見てることに決めた。

 

「箒?」

「…………」

 

 あー、篠ノ之(しののの)(ほうき)か。覚えたぞ……つか、なんか空気重いんですけど。

 やめてくんない? 空気が重いんですけどー。

 耳を塞ぎたい気分になった。

 

「ちょっと、来てくれ」

「ほ、箒っ?」

 

 一夏は篠ノ之に引っ張られ、どこかへ行ってしまった……。

 大丈夫だろうか、アイツ殺されたりしないかね。

 まあ、そんなことあるわけもないが。

 

「ちょっとよろしくて?」

「んあ?」

「まあ! なんですの、そのお返事は! わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

 なんだ、コイツは……。急に傲慢なやつが現れたな。って思ったら隣の席の金髪ロングヘアだった。イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。

 ……名前は席が隣だから覚えていた。別に特別な興味があるわけでもないし、関わりたいとも思っていなかったのだが、まさか向こうからコンタクトを取ってくるとは。

 

「悪いね、謝るよ……で、なんか用か?」

「貴方の授業態度が目についたのですわ! なんですかあのやる気のない姿勢は!」

 

 机を力強く叩き付け、高圧的な態度で注意をしてくる。

 ――あ、これ面倒くさいパターンだ。

 適当にあしらうつもりだったけど、それは逆効果になってしまいそうだ。ではどうするべきか、それは簡単だ。こういう手合いは妙に承認欲求が高く、それが地位的に劣っているはずの男性であろうとも自分を高く見せたくて仕方がないのだ。

 つまり、俺は真摯に言葉を受け止めながら相手にとって都合のいい言葉で返事をすればいいだけなのだが……ほんと、面倒くさい。

 

「えっと、授業内容が難しくてね。ほら、俺って男だろ? 本来なら男はISには乗れない……それが常識だったわけで、いざISのことを学べと言われても難しい。だからさ、イギリス代表候補生であるセシリア・オルコットさんが教えてくれないか?」

 

 ――これが模範解答じゃないか? 

 

 仮にこの提案を断られたとしても、こちらは特に困ることはない。そして、セシリア・オルコットが直接教えてくれるのであれば、メリットしかないはずだ。まあ、彼女の性格が少しデメリットかもしれないが。

 

「……そうですわね、このわたくしが特別に教えて差し上げますわ!」

「ああ、助かる」

「なんてことないですのよ。優秀であるわたくしが、無知な人間に教えるのは当然の務め。入試で唯一教官を倒したのですから!」

「すげえな、俺なんて瞬殺だったぜ」

 

 そこだけは本当に尊敬する。入試の内容は全部で三つあった。一つ目の簡易適性試験は、本当に簡単なものでIS適性ランクが測れるというものだ。

 二つ目は筆記試験。一般的な高校入試問題で、どの学校でも行っているやつだ。当然、ここで躓く人間はふるい落とされるのだが……男子は例外中の例外だった。俺は全問白紙で答案用紙を提出したのである。しかし、普通に合格してしまった。理由はたぶん、貴重な男性適性者のサンプルを学園側が欲しているからと思われる。……できれば、その段階で不合格にしてほしかった。

 で、最後の試験が先程セシリア・オルコットが言った教官との模擬試験である。まあ、結果はさっき言ったように瞬殺。時間にして30秒も掛からなかったのではないだろうか? どちらにせよ、俺は負けてしまったのである。というか、セシリア・オルコットが唯一という時点で、俺に勝てる見込みはなかったわけだが。

 

「教えてもらうのは放課後とかで問題ないか?」

「ええ、問題ありませんわ」

 

 と、そこで予鈴のチャイムが鳴る。

 

「また後で来ますわ……あら、席が隣でしたわね」

 

 ……少し天然が入ってるのか? それとも実は緊張していたとか?

 そうだとすれば、傲慢な彼女も少しは可愛く見えるというもの。

 

 

 ◆

 

 

 二時間目は、副担任である山田先生が担当していた。

 山田先生は教師に似合わぬ見た目をしているが、教科書をすらすら読み上げる山田先生の姿は、まさに先生である。……できれば、もう少しだけテンポを落としてほしいと思う。一夏なんて教科書を捲るだけで精一杯の様子。俺も人のことは言えないが。

 

(帰りてぇな……)

 

 頬杖をつきたいながら、外の景色を眺めるのに時間を費やしたいが……隣の視線が痛い。

 サボらないから鋭い視線でこっち見るなって。

 

「織斑くん。何かわからないところがありますか?」

 

 あからさまについて行けてるか怪しい一夏に山田先生が尋ねる。

 

「わからないところがあれば、言ってくださいね? なにせ私は先生ですからっ」

 

 心なしか、山田先生は先生であることに胸を張っているように見えた。

 山田先生は自分の容姿にコンプレックスでもあるのだろうか? たしかに、生徒からは『先生って先生っぽくありませんよねー』なんて言われてても不思議ではない。

 そんな可哀想な先生を、更に可哀想にする発言が一夏の口から飛び出してきた。

 

「全部わかりません」

「ぜ、ぜ、ぜんぶ……ですか?」

 

 ああ……可哀想な先生。まさか自分の授業を『全部わからない』と、バッサリ言われるとはまったく予想もしてなかったんだろう。

 つか一夏、全部わからないのか。今話してたのってアラスカ条約っていう条約の内容だぞ? 少しぐらいは理解できるだろうが。

 俺の中で一夏が馬鹿であると確定した瞬間だった。

 

「え、っと……織斑くん以外でわからないところある人いますか?」

 

 山田先生は周囲を見渡し、皆に確認を取る。しかし、誰も手を挙げる生徒はいなかった。つまり、一夏以外はみんな理解が及んでいると見て間違いないだろう。そりゃあそうだ。男子である俺はともかく、女子は入学する前から前もって予習してきてるだろうからなあ。

 手を挙げなかった俺に対して、一夏とセシリア・オルコットが非難するような目で見ていた。

 

(一夏はともかく、セシリア・オルコットはどういう意図だ……? まさか、理解してないのはお前もだろ! っていうことか? ……嫌だよ、手を挙げるなんて。目立つじゃないか)

 

 俺は一夏たちから目を逸らす。それを一夏は裏切られたと勘違いし、セシリア・オルコットは理解が及んでいるのだと認識したらしい。……悪いな、面倒なことは嫌いなんだ。

 

「おい、織斑。入学式前の参考書は読んだか?」

 

 織斑姉はそんなものを弟に渡していたのか? それがあってなお、理解できなかったということか? 

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 パシーンッ!

 

「必読と書いておいてやっただろうが馬鹿者」

 

 うわあ、漫才だこれ。てかあまり頭を叩くと、脳細胞が死滅するぜ?

 ……電話帳と間違えるってどういうことだ? そんなに部屋が散らかってたのか?

 

「後で発行してやるから一週間以内で覚えろ、いいな」

「い、いやぁ、一週間であれはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい」

 

 まあ、これは一夏の自業自得だわな。

 織斑姉は、小さく溜息を吐いてから口を開いた。

 

「ISはその機動性、攻撃力、防御力と既存の兵器を遥かに凌ぐ。そういった兵器を深く理解せずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。覚えろ、そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

 まさに正論。ぐうの音も出ない。

 自動車だって当たり前のような知識を頭に叩き込むのだから、ISだって例外ではない。

 そんなことは、一夏にだって理解できてるだろう。が、一夏は『望んでここにいるわけではない』と思っている様子。ああ、それも正解だよ馬鹿野郎。俺だって、こんな場所に来たくなかったさ。

 

「貴様ら、『自分が望んだ結果ではない』と思っているな」

 

 どうやら、思っていたことが顔に出ていたらしい。おかしいな……努めて平静でいたつもりなんだけどなあ。織斑姉の観察眼が素晴らしいってことかな。

 

「望む望まないは関係ない。人は集団で生きる生き物だ。それを放棄するのであれば、人間であることをやめることだな」

 

 辛辣な発言。まあ、間違ってはいない。要は『運命だから諦めろ』ってことだ。……ったく反吐が出る言い分だな、ほんと。

 

「さて、細かいことは放課後にでも山田先生に聞け。さ、山田先生、授業の続きを」

「はいっ!」

 

 山田先生は慌てて教壇に戻ろうとして、転けた。

 

「う、うー、いたたた……」

 

 ……大丈夫か、この先生。




中途半端なところで終わってしまった……。

たぶん、執筆時間よりもサブタイトル決めに時間を使ってしまった気がする。
結局すごい無難なところに落ち着きましたが。

さてさて。このあとがきでは今後、作中の内容に対して軽い注釈でも書いていこうと思います。

*静馬のIS適性は"A"と少し高めの設定です。


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3.クラス代表候補

「授業に入る前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな」

 

 三時間目は実践で使用される各種装備の特性について解説されるはずだったが、織斑姉が思い出したように言った。

 

「代表者はクラス対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への主席する代表だ。まあ、クラス委員長ってやつだな。一年間変更は認めないからそのつもりで」

 

 その言葉に教室は色めき立つ。

 もちろん、俺は面倒なことが嫌いだ。当然、代表に立候補するなんてこともないし、積極的に推薦する気もない。

 が、クラスの他生徒はそうは思わなかったらしい。

 

「わたしは織斑くんが相応しいと思います!」

「じ、じゃあ、私は深見くんを推薦します!」

「深見くんがいいと思いまーす」

 

 ……おい、じゃあって何だよ。そんな適当に人を推薦するんじゃねーよ。

 

「候補者は織斑一夏、深見静馬……他にはいないか? ああ、自薦他薦は問わないぞ」

「あの、やりたくないんですが……」

「ちょ、ちょっと俺もそんなのやらな――」

「拒否権はない。覚悟を決めろ」

 

 俺と一夏の発言は簡単に切り捨てられてしまう。

 

(おいおい、まじかよ……取り消す方法はないのか……?)

 

 そんなことを考えていた時、一人の甲高い声が飛んできた

 

「納得がいきませんわッ!」

 

 椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり言ったのは、金髪碧眼のセシリア・オルコットだった。

 反応してくれたのは嬉しいが、嫌な予感も同時に感じていた。い、いや、悪いようにはならないはずだ。見守ろう……。

 

「このような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんて恥さらしですわ! そのような屈辱を、このセシリア・オルコットに味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 口から飛びだしてきたのは、天使の助言などではなく……悪魔の言葉だった。

 

「そもそも実力から行けばわたくしがもっともクラス代表にふさわしいのですわ。それを適当な理由で、極東の猿男にされては困りますの! わたくしはIS技術を修めにきたのであって、サーカスの必修にきたわけではございませんわ!」

 

 ああ、これはひどい。場が場なら、外交問題に発展していてもおかしくないのではないだろうか? いくらIS学園が他国の干渉を受けないとはいえ、流石に危険な発言ではないだろうか。まあ、反論する気もなければ、関わる気もないわけだが……。それより、俺は放課後にこの人とISの勉強するん? マジで?

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべきで、それはわたくし以外におりませんわ!」

 

 そうね。こいつより強いやつなんていないでしょうね。だって、教官を倒す実力だぜ? しかも、唯一ときたもんだ。いいぞ、このまま行けばセシリア・オルコットがクラス代表になるのは明白だ。

 

「文化にしても後進的な国で暮らさなくてはならないこと自体、わたくしにとっては――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一メシマズで何年の覇者だよ」

 

 お、おい――ッ!? 何してくれてんの? その発言は火に油を注ぐに等しい行為だって理解できてるか!? ああ、こいつ馬鹿だったな。

 恐る恐る、隣に顔を向けるとそこには驚愕に目を見開くセシリア・オルコットの姿があった。周りの生徒たちも、俺と同様に『うわあ言っちゃったよ』って表情(かお)をしている。

 

「あ、あなた! 私の祖国を侮辱しますの!?」

 

 ブーメランだからな、それ。

 

「け、決闘ですわ!」

「いいぜ、四の五の言うよりわかりやすい」

 

 織斑も満更ではないらしく、余裕のある表情(かお)で決闘を受けていた。

 決闘成立おめでとう。んじゃ、俺は関係ないな。

 

「あなたもですわ! 深見静馬、あなたにも決闘してもらいますわ!」

「あ?」

 

 思わず低い声が出てしまう。

 ……は? コイツ、今なんて言った?

 俺も、決闘、参加ぁ? ふざけんな! 誰が参加するか!

 

「勘弁してくれ……代表候補である君と俺では天と地ほどの差があるだろ」

「ええ、ですからハンデを差し上げますわ! それぐらい強者の特権ですわ!」

 

 えぇ……この人どんだけ決闘したいんだよ……。

 

「俺はハンデいらないぞ? むしろ俺がハンデつけた方がいいのではー?」

 

 と、そこで一夏が素っ頓狂なこと言い出しはじめた。

 教室からは笑い声がどっと上がり、軽い嘲笑の声も聞こえてきた。

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「それは言い過ぎよ」

 

 ちなみに大昔ってほどでもないからな? 篠ノ之博士って人が生まれたのは数十年くらい前の話だから。

 

「……う。じゃあ、ハンデはいい」

 

 些か落ち込んだようで、織斑は意気消沈したように座りながら言った。

 

「ふふっ、日本の男子はジョークセンスだけは一流のようですね」

 

 いや、一夏が馬鹿なだけだと思うけど。

 

「よし、決まったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで執り行う。織斑と深見とオルコットはそれぞれ用意しておくように。では授業に戻る」

 

「いや、あのですね……俺は決闘なんて……」

「うるさいぞ深見。黙って座れ」

「はい……」

 

(え……マジで決闘するの? 本気で? 嘘でしょ……嘘だと言ってくれよ!!)

 

 ああ、もう……なんか一気に疲れた!

 俺は睡眠を取ることに決めた。ただ、セシリア・オルコットと織斑姉が怖いので、ノートと教科書は開いたまま普通の姿勢で意識をシャットアウトさせた。

 

 ちなみに、これは俺が編み出した特技のうち一つである。

 

 

 ◇

 

 

 今日の授業を乗り越え、今は放課後になっていた。

 濃厚な一日だったが、いざ放課後になってしまえばなんてこともない一日だ。

 嘘吐いた。決闘するハメになったのは許せそうにないっていうか、もう退学したいレベルだった。

 しかし、現実は甘くはない。退学するっていう選択肢は選べないし、決闘を取り消すのも不可能だった(昼休みに織斑姉へと掛け合ったが時間の徒労に終わった)。

 さて、俺も適当に帰りますか……。

 

「お、深見。今から帰るのか?」

「織斑ァ……」

「な、なんだよ。どうかしたか?」

 

 私怨で殺気を乗せて睨むが、織斑は少し困ったように苦笑いするだけだった。

 まあ、殺気なんて飛ばせないしな。

 

「で、お前も帰るのか」

「おう。そういえば昼休みは何してたんだ?」

「ああ、お前の姉さんと話してた」

「……何の話だよ?」

「あー、決闘を取り消してくれって話だ」

 

 なんで織斑姉と話してたって言ったら少しだけ睨むんだよ、お前の方が怖ぇよ。

 

「別に適当にやればいいだろ? それに一週間もあるんだしさ」

「おまえ、やっぱり馬鹿だな。相手はお国の代表候補生だぜ? 俺等がいくら頑張っても勝てねーよ」

「そんなの、やってみなきゃわからないだろ」

「あのなあ……おまえだってあの姉に勝てるなんて思えねえだろ? そういうことだ」

「ぐっ……た、たしかに」

 

 授業で知ったことだが、一夏の姉は初代チャンピオンであるらしい。ブリュンヒルデと呼ばれ、一部では絶大な人気を誇ってるとか。道理で教室に織斑姉が現れた時に騒がしかったわけだ。

 で、流石の一夏も姉には勝てないと察したようで、言葉を詰まらせる。

 

「あっ、織斑くん、深見くん。まだ教室にいたんですね。よかったぁ」

「はい?」

 

 俺たちを呼んだのは、副担任の山田先生。いざ同じ目線で立ってみると、結構小さいな。まあ、女子ってこんなサイズだろうけど……でも、この人、いちおう大人の女性。

 

「えっとですねぇ、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って器用に部屋番号のタグが付いたキーをくれる。

 あー、たしかIS学園って全寮制だったか。忘れてたわ。

 全寮制の理由は簡単で、IS操縦者たちは常に危険が付きまとっているらしい。それも特に男性操縦者は珍しいので輪をかけて危険なのだとか。そんなことをパンフレットで見たが、すっかり忘れていた。

 

「あれ、それってまだ決まってなかったんじゃあ……」

「そうだったんですけど、事情が事情なので部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……そのあたりのことを政府から聞いてますか?」

 

 うーん、なんか電話があったような……?

 

「政府命令もあって、とにかく寮での安全を最優先したみたいです。なので、一ヶ月もしたら個室が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してくださいね」

 

 相部屋って一夏とじゃないのか? 

 さっきキーを渡された時に、一夏のタグを見たが『1025』だった気がする。

 そして、俺の部屋番号は『1030』だ。

 

「部屋はわかりましたけど、俺荷物ないんで、今日は家に帰ってもいいですか?」

「あ、荷物なら――」

「私が手配してやった。喜べ」

 

 織斑姉の声が聞こえ、俺は反射的に身構えてしまう。

 

「あ、どうも、ありがとございます……」

「生活必需品だけだがな。着替えと、充電器があれば大丈夫だな?」

 

 大雑把すぎるだろ、そのチョイスは。

 

「で、深見。お前のはこっちだ。家族の人が用意してくれたんだ、感謝してやれ」

「……お姉ちゃんか。先生、ありがとございます」

 

 自己紹介でも述べたが俺にはお姉ちゃんが一人いるのだ。お姉ちゃんはIS関係者ではないが、今は俺の家で暮らしている。お父さんやお母さんは既に他界しているので、用意できるのがお姉ちゃん以外にはいないので、そこからの推測だった。ちなみに曽祖父ならいるが、残念ながら既に耄碌して老人ホーム暮らしである。

 

「静馬って姉がいたのか」

「……自己紹介の時に言ったぞ?」

「悪い、緊張で記憶が飛んでたみたいだ」

「まあいいけどさ……」

 

 推定二十キロ前後はあるであろうボストンバッグを肩に掛ける。

 何入ってんだ、これ……少し重すぎだ。一夏のように少ないのはどうかと思うが、多すぎるのもどうよ? それを片手で重さを感じさせないで持ってきた織斑姉の方が驚きだけども。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の食堂で受け取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーもあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、あの……織斑くんと深見くんは今のところ使えません」

「え、なんでですか?」

 

 え、なんでですか? じゃないわ、アホ。IS学園が元々は女子校同然だったんだから、女子と入浴時間が被るからだろう。

 

「アホか。まさか同年代の女子と風呂に入るつもりか?」

「あー……」

 

 どうやら納得がいった様子の一夏だが、逆に山田先生は顔を赤くしていた。

 

「おお、お、織斑くんっ、女子と入りたいんですかっ!? だ、ダメですよ!?」

「い、いや入りたくないです」

「ええぇっ!? 女の子に興味がないですか……? まさか、その……」

 

 と言いながら、俺の方をチラッチラッと見てくる山田先生。

 うっ、悪寒が走るから想像でもやめてください……。

 

「違いますって!」

 

 否定を入れる一夏だが、周りの女生徒はヒソヒソと声を立てていた。

 

「……まさか、お前ホモだったりしないよな?」

「ないから! 静馬までそんなこと言うなよ!」

 

 ……まさか、部屋番号が一夏と違うのは一夏がホモであると織斑姉が知っていたから……っ? 

 おいおい、やめてくれよ。俺はノーマルだからな?

 

「えっと、先生は会議ですけど、ちゃんと道草食わないで寮に行くんですよ?」

「あ、はい。それは大丈夫です。すぐに部屋に行きますので!」

 

 力強く宣言し、その場から足早に立ち去る。

 後ろを一夏が追いかけてくるが、特に気にしない。

 ……ぜったい、きにしない。

 

「ちょ、おーい、待てよ!」

「……なんだ?」

「俺たちって相部屋じゃないのか?」

「俺は1030号室だ」

 

 受け取ったキーのタグを見せ、別部屋であることを示す。

 

「なんだ、静馬と同じ部屋じゃないのか」

 

 …………

 

「は、はぁ!? お前、まさか本当はホモなのかっ!?」

「ち、違う違う! 俺たち以外は女子だろ? 女子と相部屋ってのは落ち着かないなって思ってな」

「あ、ああ……なるほど……そういう」

 

 ああ、安心した――。

 柄にもなく狼狽してしまったではないか。

 ……はあ。

 

「じゃ、俺はこっちだから」

「おう、またな静馬」

 

 ――さて、ここが俺の部屋か。

 

「おじゃまします」

 

 部屋にいるかもしれない同居人に気を遣い、入室の挨拶を口にしながら部屋のドアを開けた。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 ――俺の部屋には、裸エプロン(偽)をした見知らぬ女生徒(?)がいた。




静馬の相部屋の人とはいったい……?

ってな感じが今回の引きです。まあ、妥当な引きかな……?
誤字とか色々あるかもしれませんが、声を大きくして発言してくれれば訂正します。
……あと、設定のおかしい所の指摘も待ってます。
まだ原作深く読めてませんし。

今度アニメをレンタルしてこようと思います。

*静馬くんのお姉ちゃんは今後登場予定
描写を見てわかるとおり、結構な過保護

*地の文で裸エプロン(偽)なのは水色の水着が見えていたから



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4.同居人は生徒会長

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 ――俺の部屋には、裸エプロン(偽)をした見知らぬ女生徒(?)がいた。

 

 俺は冷静に思考を巡らせる。 

 この人物は一体誰で、俺は部屋を間違ってしまったのか、と。

 俺が部屋を間違えた可能性は低い。一回だけでなく、二回も三回も部屋の番号を確認したからだ。それでも間違えている可能性を否定はできないが、多分合ってるはずだ。その根拠は山田先生の言葉にある。山田先生は『しばらくは相部屋で我慢してくださいね』と言っていた。その言葉から考えるに、この痴女らしき人物は俺の同居人ということになるのだろうな。

 

 ……まじかよ。もう一度言うが、まじかよ。

 

 もしかして、俺って結構ヤバい状況か。他国が仕掛けてきたハニートラップ的なやつなのか?

 だとすれば、俺が慌てて取り乱すのは非常にヤバい。会話を成立させながら、不用意な発言は控える。そういった高等テクニックが必要な場面というわけだ。……ああ、もう面倒くさい。

 

 ここまで要した時間はおおよそ一秒前後。

 

「じゃあご飯で」

 

 この返事は間違っていただろうか? もしかしたら既に俺は冷静な判断を下せていないのかもしれない。状況は思ったよりも深刻かもしれない。だって、そうだろう? 部屋には裸エプロンの格好をした人物が出迎えていたのだから。

 

「あら、思ってたより淡白な反応ね」

「……すいませんね。それで、貴方は誰ですか?」

 

 部屋の中へ入り、制服の上着をベッドに放り投げる。

 制服は地味に重いので、身体が軽くなったように感じた。

 

「私の名前は更識楯無よ。よろしくね、深見静馬くん」

「ああ、よろしく……」

 

 どうやら更識楯無は俺の名前を事前に知っていたようだ。そりゃあそうか。男と相部屋なんて女子からすれば最悪のパターンだろう、と思う。

 ……いや、裸エプロンで出迎える女子が男との相部屋を嫌がるわけがないだろう。というか、普通にハニートラップの可能性が……。

 

「それで更識楯無さんが俺の同居人って認識でいいんですか?」

「ん? 何か警戒してる?」

「……実はハニートラップを疑ってます。更識楯無さんが男受けしそうな格好をしてるので」

「あは。実に素直な子ね。別に私はハニートラップなんかじゃないわよ。むしろ、逆」

「ああ、なるほど」

 

 完全に理解した。この人は俺の護衛として同居人に選ばれたのだろう。それが一夏と相部屋でない理由ではないだろうか? そう考えると辻褄が合う。まあ、ハニートラップの可能性が潰えたわけではないが……たぶん、大丈夫だ。

 

「ってことは更識楯無さんって先輩ですか」

「そそ。二年生だから貴方と同年代よ」

 

 軽くウィンクをする更識楯無。

 ……同年代か。もしかしたら、その辺の配慮を学園側がしてくれたのかもしれない。

 

「じゃあ敬語とかいらなかったり?」

「別にいいわよ? 敬語のつもりだったのかしら」

「最初から軽い感じで話すのは面倒だからな」

「それにしても、静馬くん反応が薄いわねぇ……お姉さんガッカリだなー」

 

 ……いや、もっとマシな格好をしてたら反応してたと思う。

 例えば、裸ワイシャツとか。水着姿だとか。

 別に俺の趣味ではないからな? ただ、裸エプロンは流石に現実味がなさすぎるんだよ。

 どこの世界に初対面の男を出迎えるために裸エプロンをする女子がいるんだよ。

 

 あ、ここにいたわ……。

 

「別に。ハニートラップを疑ってたので反応しなかっただけですよ」

「あら、そうなの? じゃあ、今は……?」

 

 俺の片腕を掴み、ベッドの上で身体を押し付けてくる。その際、先輩の胸が腕に軽く押し付けられていた。やはり、この女は痴女なのではないだろうか。

 僅かに身の危険を感じたので、軽く振り解く。

 

「むぅ、静馬くんそっけなーい」

 

 悪かったな。でも、俺が反応したら意地でもからかうだろ? そういうのは面倒なんだ。

 

「まあ、いいわ。私のことは楯無って呼んでちょうだい。たっちゃんでも可」

 

 俺が反応しないとわかるや否やコロっと普通に戻るたっちゃん。

 

「わかったよ、たっちゃん」

 

 …………沈黙。

 

「あ? どうかしたか?」

「いっ、いやー、まさかそっちを選ぶとはね」

 

 少し照れたように目を逸らすたっちゃん。

 なるほど、自分から攻めに行くタイプは自分が攻められると弱いのか。

 弱点を初対面初日に見抜いてしまう俺だった。

 ちなみに俺は羞恥心がないわけではない。ただ、恥ずかしいという理由で取り乱すのが面倒なだけだ。だから、余程のことでなければ取り乱すこともない。まあ、流石にたっちゃんが全裸で現れたらその限りではないが。そんなことはありえないので、問題ない……はずだ。

 

「で、たっちゃん」

「ん、なにかな静馬くん」

「この部屋で過ごしていくためにルールを決めた方がいいんじゃないか?」

「それもそうね。むふふ、私は別にシャワーとか一緒でもいいんだけど?」

「うるさい、茶化すな」

「はーい、ごめんなさい。学校終わったら先にシャワー浴びてなさいな。私は今日みたいに早く帰ってこれないだろうし」

「そうか」

 

 さっさとシャワーを浴びてしまえるのはいいが、たっちゃんが覗きに来たりはしないだろうか? つか立場が完全に逆だが大丈夫なのか。全然大丈夫じゃない……。

 まあ、そうなったら全力で追い出せばいいか……面倒だけど。

 それにしても、と考える。たっちゃんは隙が全くなかった。会話で茶化してはいるが、常に俺を意識して警戒しているのがわかるのだ。あくまで友好的に振る舞いながらだ。それは並大抵のことじゃないし、自分の実力に自信を持っているということに他ならない。だって、そうだろ? 俺が調子に乗って襲いかかってきたらどうする? って話だ。

 

(くそ、面倒なことにならなければいいが)

 

「気になったんだが聞いてもいいか?」

「お姉さんのことが気になるの?」

「そうだな」

「スリーサイズ?」

「はぁ……やっぱ聞くのやめようかな」

 

 もう既に俺はたっちゃんと会話する気力を失いかけていた。だって、この人毎回茶化して変な方向に持っていくんだもん。なに? たっちゃんって元引きこもりとか、周りに同年代がいなかったパターンなのか? はあ、もう少しまともに会話しようぜ、たっちゃん。

 

「ごめんごめん。それで聞きたいことって何かな?」

「あー、たっちゃんってISコーチとかできるか?」

「そうねー、普通の人よりはできると思うわよ?」

「普通の人より?」

 

 この人もセシリア・オルコットのように、どこかの国の代表候補生だったりするのだろうか。

 見た目からして、日本の代表候補生……とか? 日本では珍しい水色の髪のたっちゃんは、日本人にはあまり見えない。かといって他国の人にも見えない。なんとなくだが、日本人のように思えるのだ。だからなんだって話だが。

 

「ううん、知らないようだから教えてあげましょう。IS学園において、生徒会長はある一つの事実を証明するものなのよね。それは――」

 

 その場から立ち上がり、胸元から扇子を取り出す。(おいどこから出した)。

 そして、ポーズをつくりながら決めの言葉を発する。

 

「最強の称号なのよん」

 

 広げた扇子には、『最強』という文字が描かれている。

 

 ……準備がいいな、おい。

 

「こんな痴女が生徒会長で最強を冠するとかIS学園って……」

「ち、ちょっと!? 別に私は痴女じゃないけど!」

 

(裸エプロンのクセに)

 

 と、心の中で口にする。

 しかし、最強か。俺は当たりクジを引いてしまったのではないだろうか。内面は問題ありまくりのたっちゃんだが、実力は兼ね備えているらしい。俺が危険なことに巻き込まれても、この人がいれば何とかなるのかもしれない。

 

「で、俺のコーチって出来るのか?」

「もちろん。と言いたいところだけど、私はまだ貴方の実力がわかっていないわ」

「そりゃそうね」

「だから、暇な時でも勝負しましょう」

「……俺、勝てる見込みない試合はしない主義なんですが」

 

 だから一週間後の決闘もやりたくないんだ。当たり前だが、負けるとわかっている試合を誰がやろうと思うのだろうか。相手はイギリス代表候補生だ。つまり、相応の実力を兼ね備えているのは当然だ。そんな人間に俺が勝てるわけもないし、まだ搭乗時間数十秒の俺には荷が重すぎる。

 

 だから、俺は誰かにある程度の力をつけてもらう必要がある。

 

 他にもメリットは色々あるが、一番はただ負けたくないという理由。ああ、我ながらなんて小さい人間なんだろうか。

 

「まあ、俺から言い出したことだし……いいですよ。たぶん、明日は空いてる」

「ん、じゃあ明日の放課後に生徒会室に来てちょうだい」

「わかったよ」

 

 そこで会話が途切れる。

 俺から話しかけることもないし、別に会話がなくたって困ることはない。

 まあ、少し居心地が悪いけどな。

 

「あー……シャワー浴びるわ」

「いってらっしゃーい♪」

 

 笑顔は満面の笑みで見送るたっちゃん。

 俺は素早く衣服をその場で脱ぎ去る。その時、少しだけたっちゃんが慌てていたが気にしない。……いや、別にその場で全裸になったわけではない。シャツとズボンだけを脱いでパンイチになっただけだ。

 

 ……パンツはシャワー室で脱いだからな。これだけは言っておく。

 

 案の定たっちゃんはシャワー室に乱入してきた。鍵はきちんと掛けたはずなのに。

 もちろん、追い出した。

 




生徒会長であり、人たらしである生徒会長の更識楯無の登場です!
静馬に楯無のことを何て呼ばせようかなって悩んでいたら、たっちゃんなんて素敵ネームがあったなあ……と。

てなわけで、楯無の呼び名はたっちゃんに決定しました。

……あと、思ったよりたっちゃんの台詞に悩んだ。ひたすらに悩んだ。
そして、その結果がこれである。なんか楯無っぽくないな~と思いますが……ご容赦ください。登場回数を増やしつつ、経験を増やしていきたいと思います。

*静馬は大の負けず嫌いである。ただし、自分から負けを認めるのは問題ない。
要は敗北という事実を突きつけられるのが嫌なのです。だから、たっちゃんにコーチを頼んだ次第

*静馬は何か約束を忘れている様子……?


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5.授業その2

「朝ご飯が食べれるって幸せだ」

 

 食堂でラーメンを啜りながら、幸せを噛み締めていた。

 今は朝の七時で、一年生寮の食堂で食事をしている。

 当然、周りには女子ばかりの状況だが……少し離れた位置に一夏と篠ノ之箒が座っている。昨日の夜に何かあったのか、その雰囲気は険悪だ。当然、近寄りたくもないので少し離れた位置で食事をしている。ああ、それにしても朝からラーメンを食べれるというのは最高だ……。学校の食堂などのラーメンはそんなに美味しくないと決まっているが、この食堂は違う。店で食べるラーメンと遜色ないのだ。

 

 ――ほんと、素晴らしい。

 

「静馬くん、隣いいかな?」

 

 気が付けば、一人の女生徒がトレーを持って立っていた。

 金髪碧眼の美少女。一瞬、セシリアを想像したが目の前にいる女生徒はタレ目ではないし、青のヘアバンドもしていない。しかも、高飛車な雰囲気を全く感じさせない女生徒は接しやすいように思える。まあ、とにかく面倒くさくなさそうな人だ。

 

「ああ、いいよ。ラーメンの臭いが気にならないのであれば」

 

 俺はラーメンのトッピングとして少量のニンニクを使用している。女子にとっては嫌な臭いになるかもしれないので、あらかじめ伝えておく。後で文句言われても困るし。

 

「大丈夫だよ」

「そうか。じゃあ適当に座ってくれ……って朝はそれしか食べないのか?」

 

 朝からラーメンなんて食べてる俺に言われたくないかもしれないが、目の前の女生徒のトレーに乗っている朝ご飯は少なかった。飲み物とパン一枚にサラダが少し。とてもじゃないが朝の活動エネルギーとしては不足していた。

 

「昨日の夜に少し食べすぎてねー」

「ああ、間食ってやつか……?」

「そうなのよ、だから朝は少しだけ」

「そうか……間食はオススメしないな」

 

 なぜ、そんな余計なことを言ってしまったのか。もしかして、俺はこの女生徒に一目惚れでもしてしまっているのではないだろうか。……ないわー。それだけはないって言えるわ。

 朝だからかうまく思考が働いていない影響だと思われる。……昨日の夜はたっちゃんに夜這いされないかの警戒をしていたら、あんまり寝れなかった。

 

「あはは、気をつけまーす」

「おう」

 

 ラーメンを啜り、やっぱりラーメンは最高の料理だと改めて認識する。麺の絶妙な硬さ、スープの濃さ、食べ応えのある大きなチャーシュー。そのどれを取っても素晴らしい。これから毎日ラーメンにしよう。

 

「あ、そうだ。私の名前はティナ・ハミルトン。ティナって呼んでね」

「そうか。必要はないかもしれないが、俺の名前は深見静馬だ……よろしく、ティナ」

 

 ティナ・ハミルトンか。珍しく女尊男卑に染まっていないタイプの女子らしい。というか、セシリア・オルコット以外は普通なのではないだろうか? 篠ノ之箒然りたっちゃん然り(内面は置いておくとして)

 

 そんなことを考えていると、食堂全体に声が響き渡る。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率的に速やかに摂れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 ……だからさあ、この学園は士官学校かよ。それと迅速と速やかにって意味被ってんぞ。

 今すぐに食べ終わる予定の俺には関係ないことだが、グラウンド一周五キロであるからして、十周は五十キロも走ることになる。ふざけんな、朝からそんなに走れるわけないだろ。てか朝じゃなくても無理だわボケ。

 

 ラーメンのスープを一気に胃へ流し込み、飲み干す。

 

「じゃあ、俺は行くわ」

「うん、またね」

 

 平静を装ったが、流石に一気飲みはキツい……腹から飛び出しそうだ。うっ……。

 吐き気と熱をもった胃の痛みに耐えながら、教室へと向かった。

 

 

 ◇

 

 ■休み時間

 

 ――助けてくれ、誰か。

 

 この状況をつくったのは俺だ。悪いのも俺だ。言い訳のしようがないまでに俺が悪い。

 ああ、間違いなく全て俺が悪いのだ。……だが、言い訳の用意をさせてくれ。

 

 そして、この状況を説明するのは非常に簡単だ。

 

 ――俺は、セシリア・オルコットとの約束を完全に忘れていた。

 

 さて。この件に関しての言い訳は簡単だ。決闘が決まった時点で、この約束はなくなったものとばかり考えていた(実際は忘れていた)という言い訳が考えられる。うーん、完全に俺が悪いのに言い訳なんて更に俺って奴は最悪じゃん。

 

「わたくしの話を聞いていますの!?」

「あ、ああ……聞いてるよ……アレ、だろ? 俺が放課後の約束を忘れてたって話」

「ええ、そうですわ! 日本の殿方は人との約束も守れないんですの!?」

「本当に悪かったってば……」

 

 俺は席に座りながら、必死に謝っていた。

 ……いや、少し語弊があるな。俺は席に座りながら、立っているセシリアに謝っているのである。

 どう見ても悪いと思っている人間の態度ではない。

 

(……マジで面倒なことになったな。人との約束は破るべきではない、ほんと)

 

 だから、俺はこの面倒なことを終わらせることにしよう。

 俺は席から立ち上がり、用意していた言い訳を言う。

 

「えっと、悪かったよ……本当に悪かったって思ってる。セシリア・オルコットさんに不満がなければ、今日の放課後にでも約束を果たしたいって思ってる……でも、ごめん。今日はちょっと約束があるんだ」

「……っ。わ、わたくしとの約束は反故にして他の人の約束は守るんですの!」

「ぐっ……ごもっともで。これは言い訳になるんだけど、俺と君は一週間後に決闘するわけだろ? だったらお互いに教え合う立場ってのは違うんじゃないかな」

 

 ……うっ、我ながら酷い言い訳だ。もっと酷いのは俺だ。この言い訳を考えるのに罪悪感なんて一切出てこなかった。この面倒事を回避できるなら、騙すようなことになってもいいとさえ思っていた。

 それに、彼女に教えてもらうのも面倒だったし……。だってセシリア・オルコットって男性嫌いでしょ。

 

「ふん。ええ、それは言い訳ですわね。ですが、きちんと謝ったあなたに免じて許して差し上げますわ……ただし! 決闘はきちんとやってもらいますわよ!」

「あ、ああ……本当に悪かったな」

「いえ……わたくしも昨日は言い過ぎたと思っていたんですのよ」

 

 なんだろう、この人が素直だと調子が狂うなあ……。これじゃあ本当に俺が悪いみたいじゃないか。

 どう考えても俺が悪いんだけどさ。

 

 無事に休み時間は潰れたのだった。

 

 ――今日の教訓その一。人との約束は守ろう、だ。

 

 

 ◇

 

 

「――というわけで、ISは宇宙での活動を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸酸素量、発汗量、血圧、脳内エンドルフィンなどが挙げられ――」

「センセ、それって大丈夫なんですか? なんか、身体の中をいじくられてるみたいでちょっと怖いんですけど」

 

 もっともな質問だが、その心配はない。高度な安全装置であると考えればいいのではないだろうか。操縦者の状態を管理し、危険が及ばないように機体の調整を行う。そういうことだと俺は考える。

 まあ、あの奇妙な一体感というか、シンクロ現象的なアレは慣れないかもしれないが。

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、みなさんはブラジャーをしてますね? あれはサポートこそすれ、自身にあったサイズのものを着用しないと、形が――」

 

 山田先生がそこまで言い掛けたところで、顔を赤くさせた。

 きっと俺たちのことを考慮していなかったのだろう。

 

「え、いや、その、お、お……織斑くんたちはしていませんよね! ご、ごめんなさい……あは、ははは」

 

 ……それ以前にブラジャーの例えはあまり上手くないと思うんだが?

 どっちかって言うと、スク水とかの方が近いんじゃねーの。 

 その雰囲気に流されたのか、周りの女生徒たちは一斉に腕組むように胸を隠し始めていた。

 隣の席のセシリア・オルコットも、キッと俺を睨んでいる。

 

 ――ああ、これが正常な判断だ。

 

 たっちゃんの痴女的行動を思い出し、心の中で苦笑する。

 

 なぜか急に心が穏やかな気持ちになり、隣のセシリア・オルコットに微笑みを返す。

 すると、更に睨まれてしまった。解せぬ。

 

 ちなみに俺は下着がどうので騒いだりはしない。

 だって、絶対に面倒なことになるじゃん。それなら騒がず慌てずが一番だ。

 敢えて言っておくと、別に興味がないわけでもないし、俺だって健全な男子高校生だ。少しくらい嬉しい気持ちになったりぐらいはする。

 

「ん、んんっ……! 山田先生、授業を」

「は、はいっ!」

 

 そういえば、なんで織斑姉はずっと黙って見ているんだ? 新人教育?

 

「もう一つ大事なことがありますっ。ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話……つ、つまり共に過ごした時間によって分かり合うことが、ええと、操縦時間によっては、IS側も操縦に理解を深めようとする特性が……」

 

 しどろもどろだったが、要はISに乗ることで適正ランクが上がったり、熟練度が上昇しますよーってことだ。もちろん、夜中に予習していた俺に隙はない。

 そんな山田先生の説明に、いかにも女子高生的な質問が飛んでくる。

 

「せんせー、それって恋人のような感じですかねー?」

「そ、そっれは……どうでしょうか……私には経験がないので……」

 

 ……え。山田先生って彼氏いない歴イコール年齢の人種なのか。

 うーん、なんかモテそうなんだけど。普通に庇護欲的なやつが働きそうだけどなあ……。

 

 赤面し、俯く山田先生を尻目に、クラスの雰囲気はどんどん糖度が増していく。なんだろうな、これが女子校的ノリってやつだろうか。知らないが、男である俺には少々居心地が悪い。

 

 そんな時、終了の鐘の音が鳴った。

 

「次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからねっ」

 

 ふむ……割りと楽しみではあるな。普通の男子であれば、ようやく踏み込んだ内容に入るのかー! って感じだ。まあ、俺も椅子に座って授業を受けるよりは実技の方が好みだし。

 

「あのあのあの、深見くんっ」

「ん?」

 

 授業が終わるや否や女子が近寄ってきた。

 どうやら一夏のところでは三、四人程度の女子が質問を投げかけている。

 ……ああ、そういうことね。

 一夏に質問できる人数は、現実的に考えても五、六人程度。それに全ての女子が一夏に興味を持っているわけでもないだろう。そこで、俺の存在が目立つわけだ。俺だって男性操縦者なわけだから、女子も多少の興味があるはず。一夏のようなネームバリューがなくとも。

 

「質問か?」

「うんっ、深見くんってお姉ちゃんがいるって言ってたよね?」

「ああ、よく聞いてたな」

「忘れるわけないよー」

「そりゃそうだよなあ」

 

 うん、一夏が馬鹿なだけだった。

 

「それで、お姉ちゃんがどうかした?」

「千冬様みたいにISで有名なのかなーって」

 

 気になるよなあ、そりゃ。

 男がISに乗れる可能性として真っ先に考えられるのが、遺伝子の似た姉弟か両親の存在だろう。

 一夏の姉はブリュンヒルデと呼ばれる元チャンピオンなのだから。

 

「期待してるところ悪いけど、俺のお姉ちゃんはIS関係者じゃないよ」

「そうなの?」

「あー、でもお姉ちゃんの写真ならあるけど」

「えっ、見たい見たい!」

 

 ちょっと待ってね。と返事を返し、携帯端末をポケットから取り出す。

 たしか、旅行の時に撮った写真があったはず。

 ……っとと、これだ。

 俺はお姉ちゃんの写真を画面に表示させ、目の前の女子に見せる。

 

「ほれ、これ俺のお姉ちゃん」

「どれどれ……ってすごーい美人っ!」

 

 雪原を思わせるような白い髪に、血の一滴みたいな赤い瞳。儚げな印象のある女性だが、写真に映っている俺の隣で満面の笑みを浮かべているのがお姉ちゃん。

 名前は深見神夜。年齢は十九歳で、現在は大学に通っている。ただ、最近は政府の保護プログラムかなにかでお姉ちゃんは政府の用意した家で暮らしているらしい。というのは、俺にも情報があまり回ってこないからだ。

 お姉ちゃんが無事に暮らしているのなら、心配はない。たまに連絡もくるしな。

 

「家では一緒に暮らしてたの?」

「あー、まあな。俺がISに乗れるって決まってからは会ってないけど」

「ぁ、そ、それは」

「いいや、連絡取ってるし。気にしないで」

 

 思うところがないわけでもないが、別に過ぎたことをあれこれ言うのはな。

 それに、同じクラスの女子に不満を漏らしたとして、俺にメリットが全くない。

 

「織斑、お前のISだが準備に少し手間がかかる」

「へ?」

「予備機がない。だから、待て。学園が専用機を用意するそうだ」

 

 そんな声が聞こえてくる。

 一夏には専用機が用意されるのか。なんて他人事のように思っていたら、織斑姉が俺にも声を掛けてきた。

 

「あー、深見。お前にも専用機が用意されることになった」

「……あ?」

 

 その事実に、周囲の女子は色めき立った。

 

「せ、専用機!?」

「つまりそれって政府の支援よね……」

「私も欲しいな~、織斑くんが羨ましい~」

 

 女子はそんな感じで騒いでいる。

 そして、一夏は何故か顔に疑問符をたくさん貼り付けていた。

 

(まさか、専用機のことを知らないのか?)

 

 あ、ありえる。あの一夏ならばありえる。

 

 そんな一夏の様子に、織斑姉はうんざりとした表情をしていた。

 

「……教科書、六ページ。音読してみろ」

「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中枢たるコアを作る技術は篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士以外の人物はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』……」

「そういことだ。本来なら、IS専用機は企業などに所属する人間にしか与えられない。が、お前らの場合は稀有なケースとして、専用機が用意されることになった。とどのつまりデータ収集が目的だ。理解したか?」

「な、なんとなく」

 

 ……え? ここまで説明されて、なんとなく? 

 お前は馬鹿なのか……絶対に馬鹿だ……。

 要はコアの数に限りがあって、そのコアも篠ノ之博士にしか作れない。しかも博士は新たなコアの製造を頑なに拒絶。そして、俺たちは政府のモルモットってわけだ。

 

 そんな中で、クラスに一つの疑問が生まれた

 

「あのぉ、せんせー。篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者ですか?」

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

 ……あいつ。今、織斑姉はあいつって言ったな。

 もしかして、織斑姉は篠ノ之博士と関係があるのだろうか? 

 まあ、だからなんだって話だが。

 

「ええええ~! このクラスには有名人の身内がふたりもいる!?」

「わたし、このクラスになって良かったよぉ~」

「篠ノ之さんも天才なのかなぁ……今度、指南してもらっちゃおうかな」

「も、もしかして……深見くんも関係者の一人!?」

「あ、深見くんは関係ないみたいだよ」

 

 などなど。周りの女子はキャッキャと騒ぎ立てる。

 

「あの人は関係ない!!」

 

 突然の大声に、俺は身体をビクッとさせた。

 

「すまない……だが、これだけは言っておく。私はあの人じゃないし、教えられるようなことは何もない」

 

 そう言ってから、篠ノ之箒は窓の外へそっぽ向いた。

 あの天才の妹とあっては、色々と気苦労が絶えず姉の存在がコンプレックスに感じているんだろう。

 俺にも、そんな時期が――

 

「さ、授業を始めるぞ」

 

 山田先生は慌てながらも、授業をはじめたのだった。




うーん、少し展開が遅いですかね?
でも、1巻部分は導入的な感じでやっていきたいのでご容赦ください。
それに変に原作部分を飛ばすと、話の展開がよくわからなくなるんじゃないか?
って考えもありますので。

ちなみに、この作品では原作で空気のようなキャラにも活躍してもらう予定です。
その際にオリジナルの設定をぶっ込むかもしれませんが、頑張ります。

*静馬はラーメンが大好物

*実は静馬も一夏同様にシスコン



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6.セシリアとのお昼休み

「安心しましたわ。あなたにも訓練機ではなく、専用機が用意されるみたいで」

 

 授業が終わり、真っ先に話しかけてきたのはセシリア・オルコットだった。

 お気に入りらしいポーズを決めている(腰に手を当てる格好のこと)。

 席が近いこともあって、一夏より俺の方が話しかけ易いのだろうか。

 まあ、約束を破ってしまったことに怒っていないのであればいいや。

 

「ああ、流石にフェアじゃなさすぎるよな……」

 

 訓練機と専用機。当たり前だが、スペックが大きく異なる。

 量産型である訓練機に対し、専用機は文字通りの専用機体だ。搭乗者専用にフィッティングをすること可能で、その人に合った性能を発揮する――それが専用機。

 だから、フィッティングのできない訓練機と専用機ではスペックに差があるのだ。条件は対等とまでは言わないが、これで大きな差が少し埋まったのではないだろうか?

 

「まあ? 勝負の結果は見えてますわね」

「そりゃあそうだ。万が一にも君が負けた場合、色々と問題大アリなんだけどな……」

「ふんっ、わたくしが万が一にも負ける可能性はございませんわ」

「……はあ」

「どうかしたのかしら?」

「いや……俺は負けると決まっている勝負は嫌いなんだ」

 

 だから、俺は決闘なんてしたくなかった。

 

「それは誰も一緒でしょう?」

「いや、一夏のやつは全然考えてないと思うぞ」

「まあ……そ、そうですわね」

 

 セシリア・オルコットにも思うところがあったのか、苦笑いだ。

 

「で、俺は飯を食べに行くけど……お前も一緒に食べないか?」

 

 約束を反故にした埋め合わせ的なやつだ。

 

「――いえ、遠慮しておきますわ」

「いいや、俺が困る」

「なんであなたが困るんですのっ!」

「……まあ、奢ってやるからついてこいよ」

 

 俺は返事も聞かずに、学食へと向かう。

 その道中、後ろからブツブツと文句を言いながらもついてくるのが気配でわかる。

 

「……えぇ、仕方がないから行って差し上げてもよくってよ。仕方なく、仕方なくですわ」

 

 うーん、勢いで連れてったけどラーメンとかは食べれなさそうだな。

 

 学食の券売機にはラーメンの項目が三つ。醤油、味噌、塩の三種類だ。しかし、今はセシリア・オルコットと一緒なのだ。ラーメンを食べようものなら、『日本の猿は女性と食事をする際のデリカシーもないのかしら!?』とかなんとか言われてしまいかねない。むう、悩む。

 

「何を悩んでいるのです?」

「悪い。今決める」

 

 まあ、適当でいいや。

 そう思い、俺は券売機にある日替わり定食を頼んだ。

 今日の日替わり定食ってなんだ? 俺に苦手なものはないから問題ないが……。

  

「何がいい?」

「いえ、男から施しを受ける気はありませんのよ」

 

 そう言って、俺からの厚意を受け取ろうとはしないセシリア・オルコット。

 俺としては受け取ってもらえないのは論外だ。だから、勝手に券を発行した。

 

「ほら、洋食ランチでいいだろ」

「何を勝手にしてらっしゃるんですの!」

「そう怒るな。こういう時は男女関係なく、厚意を受け取るのが英国の紳士淑女だ」

「……し、仕方ないですわね」

 

 さっきのやり取りで察してはいたが、こいつチョロいわ。

 ものすごくチョロい。

 そんなこと本人には口が裂けても言えないが。

 

「あのさ、セシリア・オルコット」

「なんですの?」

「名前で呼んでもいいか? ファーストネーム」

「…………まあ、いいですわよ。特別に名前を呼ぶことを許して差し上げますわ」

「おう、セシリア」

 

 常々思っていたが、日本人の名前ではないセシリアの名前をフルネームで呼ぶのは少し長い。

 それって結構面倒だし、どうせなら名前で呼んだ方が楽だから。

 食券と引き換えに学食のおばちゃんから料理を受け取る。

 今日の日替わりランチはヒレカツ定食。

 ヒレカツか、普通にうまいんだよな。

 ちなみに洋食ランチはハンバーグ。

 てかハンバーグって洋食だったんだな……。

 

「丁度よく空いてるな」

 

 二人掛けの席を見つけ、俺の分とセシリアの料理をテーブルへと運ぶ。

 

「まあ、悪かったな……強引に誘って」

「気にしてませんわ。それよりわたくしを誘うだなんてどういうつもりなんですの?」

「あー、アレだ。約束を忘れ――反故にしたからな」

「いま、忘れたと言い掛けませんでしたか」

「言ってないよ」

 

 失言を誤魔化すようにして、目の前のヒレカツをナイフでカット。

 一応、セシリアの手前テーブルマナーには気を使うことにする。

 ……待て。ヒレカツは和食か? 洋食か? どっちのテーブルマナーを使えばいいんだ?

 考えろ、考えるんだ。

 ハンバーグはどうやら洋食として判定されるようだし、ヒレカツも洋食としてカウントしてもいいんじゃないか? ナイフとか使うしな。つまりヒレカツは洋風の洋食ということでいいんじゃないか、もう。

 

「そんなにヒレカツを見てどうしたんですの……苦手なのかしら?」

「いいや、問題ない」

 

 意を決して、洋食のテーブルマナーでヒレカツに挑む。

 朝のラーメンといい、この学食の料理はうまい。流石はIS学園だな……。

 気になって隣をチラっと見てみると、セシリアは上品にハンバーグをカットし、口に運んでいた。

 しかも、いつの間にかナプキンが膝に広げられているのがわかる。

 ……あまりじっと見るのもマナー違反なので、俺もヒレカツを食べるのに集中する。

 だって、食事中に話すのってマナー違反だよな? てか食事中にアレコレ考えるのってかなりの心労だ……やっぱ誘わないで一人で食事するべきだったか……。

 

 

「あなた、マナーがわかるんですの?」

「ま、まあ……お姉ちゃんが教えてくれたからな」

「あら。あなたのお姉さんは素敵な方ですわね」

 

 ……なんだろう、身内が褒められるというのは少し嬉しいな。 

 

 お姉ちゃんはマナーを気にして料理を食べる人間ではないが、いざという時のためにと教えてくれていたのだ。それがまさかIS学園でそれが役に立つとは……お姉ちゃんさまさまである。

 ちなみに俺は和食、洋食、フレンチ、イタリアンのテーブルマナーを一応だが習得している。

 

 織斑姉が言っていたように、効率的かつ迅速に食事を済ませてしまう。

 

「勝手に押しておいてなんだが、洋食ランチで大丈夫だったか?」

「ええ、美味しかったですわよ? 日本の料理は結構美味しいからついつい手が進みますわね」

「そうか。それなら良かった」

 

 本当によかった。キレられたらたまったもんじゃないからな。

 でも、食事はゆっくりと何も気にせずに食べたものだ……。

 

 セシリアも食べ終えたようだ。

 

「今日はありがとうございますわ。ですが、今度は男からの施しなんて受けませんですわ!」

「そうか。まあ、今度な」

「ええ。ではまた」

 

 ……ふーん、今度か。でも俺から誘うことなんてないと思うけどな。だって、面倒だし。

 

 俺は食べ終わった食器を片付け、学食を後にした。

 




今回は少し短めです。

セシリアとお昼を食べるお話はオリジナルなのですが、ややセシリアの言動に違和感があるように思えます……私の力不足ですね。

*描写はしてないものの、きちんと定食メニューです。白米、味噌汁、漬物、添え物。そしてヒレカツの5品

*本日の日替わり定食はヒレカツ定食(原作とは違います)

*フレンチはフランス料理のことです


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7.学園最強との練習

 放課後。

 

 俺は生徒会室の前に立っていた。

 昨日の夜にたっちゃんとした約束を果たすために。

 セシリアとの約束を忘れたという事実があるため、俺は放課後すぐに生徒会室へと足を運んでいた。

 場所は織斑姉に聞いたから問題ない。

 中から人の声が聞こえてくるので、中に人がいるのは間違いないようだ。

 

 コン、コン、コン、コン。

 

 四回ノックしてからドアを開ける。

 

「失礼します」

 

 軋みの音を上げない重厚なドアは重い。流石はIS学園の生徒会室といったところだろうか。

 生徒会室に入ると、眼鏡をかけた三つ編みの女子が温厚そうな笑み浮かべ出迎えてくれる。

 

「あなたが深見君ね。話は聞いてますよ」

「そうです……が……?」

 

 そうです、と続けようとしたのだが……俺は彼女の後ろにいる奇妙な女子に目がいった。

 テーブルの上に頭を乗せ、全力で脱力している着ぐるみの女子。

 一瞬で生徒会のイメージが崩れてしまった。

 その女子が俺の来訪に気付いたのか、少しだけ顔上げてこちらを見る。

 

「わ~ふかみんだ~」

「ふ、ふかみん……?」

 

 そいつは誰のことだ? 

 

 なんて一瞬思った俺だったが、よく考えると俺の苗字だとわかる。

 まさかファーストコンタクトであだ名を付けられていたとは。恐るべし生徒会役員。

 

「お客様の前よ、しっかりしなさい」

「えぇ~無理だよぉ~……眠い……」

「ダメよ」

 

 眠たげな彼女に無慈悲な言葉が振り下ろされる。

 別に寝てても俺は構わないけどな。

 

「別に寝ててもいいですよ。俺も居眠りとか大好きですし」

「ふかみんやっさし~ぃ」

「いえ。生徒会引いては布仏家の常識が疑われますので」

 

 その布仏家ってのは知らないが、生徒会長があの人な時点で常識が疑われてると思うんだが?

 

「それでたっちゃんは?」

「……たっちゃん?」

「更識楯無生徒会長のことです」

 

 生徒会室に来たのはいいが、どこにもたっちゃんの姿が見えない。

 もしかして約束を忘れてるのか? でも目の前の女子が話は聞いてますって言ってたしいないだけか。

 

「会長ならもう少しで来ますよ。待ってる間に紅茶でもどうぞ」

 

 ポットから高そうな四つのティーカップに注がれる紅茶。

 残念なことに俺は匂いだけで紅茶の種類を判別することができない。味の違いもイマイチわかっていない。が、紅茶の入れ方だけは熟知している。これもお姉ちゃんが淑女の嗜みだとかでたくさん飲み始めた時期があった。その時に俺にも紅茶の入れ方を教えてくれたわけである。

 

「ではいただきます」

 

 スプーンで軽く紅茶をかき混ぜる。左手でソーサーごと持ち上げ、右手でティーカップを口へ運ぶ。

 紅茶を飲む上で特にマナーがあるわけではないが、基本的にハンドルを持つ手は右手であることが好ましい。まあ、別に右手でも左手でもいいんだけどな。あー、両手はダメらしい。この紅茶はヌルいですよってサインなんだとか。……まあ、この場でそんなことを気にする必要はないのかもしれんが。

 

「美味しいですね」

 

 普通に美味しかった。もう生徒会室に居座りたいと思っちゃうくらいには。ただし生徒会役員になるのは面倒なので却下だが。

 

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ」

 

 いつの間にか来ていたたっちゃんが『世界一』と描かれた扇子を開いていた。

 

「おかえりなさい、会長」

「うん、ただいま」

 

 というか全然気付かなかったぞ。紅茶に気取られてたとはいえ、忍者みたいな人だな……ハニートラップ的なこともするし。まあどうでもいいけど。

 

「遅かったな」

「ごめんごめん。道場の使用許可取ってたら遅れちゃってね」

「道場?」

「貴方の実力を見るって言ったじゃない?」

「ああ」

 

 それで道場か。でも俺って武術の嗜みなんてないぞ? 万能お姉ちゃんも武術には手を出してないはずだし、普通に生活していれば武術なんて必要ないしな。といっても多少は筋トレしてて鍛えてはいるけどな。

 だからといって、俺が戦えるわけではないのだ。だから何も抵抗できずに負けると思う。……はあ、憂鬱だ。

 

「その前に。この二人は生徒会役員か?」

「私は布仏虚。そしてこの子が妹の本音」

 

 ……布仏本音? って同じクラスメイトじゃないか。

 話したことがないから顔とか全然覚えてなかったし、テーブルに顔を伏せてるからわかんなかったぞ。

 

「はいは~い、うちは更識家のお手伝いさんなんだよー」

「そうなのか。ってことは良家の娘なのかたっちゃんは」

 

 とてもそうは見えないけど。だって痴女だし。すぐ茶化すし。

 

「お嬢様に仕えるのが仕事ですので」

「もう、お嬢様はやめてよ」

「失礼しました。ついクセで」

「お嬢様……っぷ」

「あーん、もう静馬くんまでやめてよ……って笑わなかった? 静馬くん」

「いえ、気の所為では? お嬢様」

「ぐ、ぐぬぬ……静馬くんのいじわる」

 

 今度から嫌がらせとしてお嬢様呼びにしてみよう。気が向いたら。

 

「仲がいいですね、二人は」

「うちも思った~」

 

 そうか? 昨日が初対面だけどな。

 ……そう見える理由はたぶん、たっちゃんが変な人だから気を使わなくていいやって感じだ。

 

「それ、気の所為ですよ。会ったのは昨日が初ですし、昨日だってシャワー室に――っ」

 

 シャワー室に乱入してきた。そう言おうとしたところで扇子を突きつけられる。

 

「さーて。道場に行きましょ、静馬くん」

「まあ、いいですけどね」

 

 俺たちは道場へと向かうため、生徒会室を後にした。

 

 

 ◇

 

 

「袴なのか」

「うん、袴だよ」

 

 そうか。袴であることに問題はないんだが、これを着て何をするんだ? 合気道でもすると言うんだろうか。やったことすらないんだが。まあ、いいか。これで俺の実力が推し量れるって言うなら構わない。

 

「じゃあねぇ~、私を床に倒せたら静馬くんの勝ち」

「………………」

「で、静馬くんは続行不能になったら勝ち……これでどう?」

「まあ、いいですけど」

 

 その条件はたっちゃんが圧倒的に不利だが、そもそも俺には武術の嗜みはない。そんな相手に同じ条件で相手する方が俺にとっては不利な条件となってしまう。お互いが続行不能までやり合うとすれば確実に俺が不利だし、逆にどちらかを倒した方が勝ちというルールも俺が不利だ。つまり、これが一番対等なルートと言える。

 そこまで考えて、俺は道場の畳へと足を踏み入れる。

 

「さ、構えて構えて」

 

 って言われてもなあ……構えとか全然知らないんだが。相手の構えを真似ようと思ってもたっちゃんは素立ちだから真似ることもできない。

 仕方ないので適当に構えることにした。

 

「……ん?」

「何ですか?」

「何でもないわ。お姉さんに本気でかかってきなさい」

「…………」

 

 落ち着きを払った立ち姿のたっちゃん。

 一見して隙だらけのように見えるが、きっと隙のない構えなのだろう。

 

 さて、攻めに行くか――

 

 そう思った時、身体のスイッチが入ったような感覚に陥った。

 自然と身体が動く。間合いを一気に詰めるための動作に。

 間合いを詰めるのに膝を曲げる必要はない。ただ、前方へと全身の力を抜いて倒れるように身体を傾けるだけでいい。倒れていく身体に一瞬だけ力を入れ、軽く捻りを入れる。そうすることによって落下の力と前方へと進む力の両方を使うことができるからだ。だから、たっちゃんには俺が一瞬で目前に迫っているように見えたことだろう。

 

「……はい?」

 

 たっちゃんが間の抜けた声を出す。が、たっちゃんはすぐに顔を引き締め、応戦体勢に移っていた。

 流石はIS学園生徒会長だ。

 深く息を吸って、止めてから拳を放つ。もちろんフェイントを入れるのを身体は忘れない。

 たっちゃんの動きを鑑みるに、古武術を主体とした動きであると判断する。

 

 わからない、わからないが身体が動く。それが最適であると確信したかのように動く。それは頭で考えるよりも早く身体が反応しているし、それはまるで本能のようだ。

 

 ――まるで獣。

 

 そう形容するのが相応しい勢いで俺の身体はたっちゃんへと迫る。素早く手刀を繰り出し、相手の腕を引き出す。俺の手首を捕まえようとしたたっちゃんの手首を捕まえるべく、手刀をくるっと返す。強引な動きに身体が痛みを発する。それでもなお、身体は自然と動いていた。手首を捕まえ、そのまま――

 

「ぐえ――っ」

 

 潰れたカエルのような声が俺の口から飛び出た。

 痛みが原因を察する。投げ飛ばす瞬間に首の後ろを膝蹴りされたのだ

 俺はそのまま身体のバランスを崩し、たっちゃんの腕を離してしまう。そこからは反撃のチャンスであり、負けが確定した瞬間だった。

 

 俺は地面へと叩き付けられた衝撃によって、意識を落とした。

 

「まさか、静馬くんがここまで動けるとはね」




静馬の無駄な博識っぷりと強さの片鱗が垣間見えた7話。

本当は静馬がたっちゃんを倒す展開も考えたんだけど、そもそもたっちゃんが負けるビジョンがまだ俺には想像できなかった。
まあ、たっちゃんは学園最強ですからね(織斑姉を除く)

*静馬の姉が好きな茶葉はディンブラ(すっきりした味わいが特徴)

*静馬が生徒会室で飲んだ茶葉はニルギリ(こちらもすっきりとした味わい)

*間合いを詰める動きは原作の『無拍子』と似た技。まだ完璧ではないために不完全な接敵で終わってしまった。


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8.さあ、勝負を始めようぜ

 ――――夢を見ていた。

 

『……お前は私と違って才能があるのだな』

 

 白い研究室のような場所で、銀髪の少女が言う。

 

『私は見ての通りの出来損ないさ』

 

 憂いを帯びた瞳で言う少女の姿に、■■は何か出来ないかと考えた。

 が、結局のところ何もできることはなかった。否、この少女に関わることで自分に不利益がもたらされるのを嫌ったのだ。だから何もしなかった。できなかったのではなく、しなかったのだ。

 

 そして、程なくして■■と銀髪の少女は別の施設へと移送されることとなる。

 

 そこで夢は終わった。

 

 

 ――――――意識は、

 

 

 ――――やがて、

 

 

 ―――覚醒へ向かう。

 

 

 ◇

 

 

「――――――♪」

 

 鼻歌が聞こえる。心が安らぐ鼻歌。

 むかし、お姉ちゃんが子守唄として唄っていたのを思い出す。

 

(お姉ちゃん……?)

 

 瞼を開こうとすると、急激に入ってきた光で顔をしかめてしまう。

 そんな様子の俺に鼻歌の人は気付く。

 

「お。お目覚めかな?」

「……ぁ?」

 

 目の前にいたのは、お姉ちゃんではなく綺麗な水色の髪をした女の子だった。

 ――あ、たっちゃんか。

 正体に気付いた瞬間、俺は状況を理解した。

 ……負けたんだな、俺は。

 その事実は俺の心を少しだけ傷付けた。

 しかし、過ぎたことを悔やんでもどうしようもない。

 であれば、もう少しだけ、この柔らかな感触の枕に浸ろう……。

 そう思って瞼を閉じようと――して額を軽く叩かれる。

 

「こら、もう起きる時間だぞー?」

「む……どうせ、後は朝まで寝るだけだろ?」

「それもそうね。でもダーメ」

「はいはい、起きますよ」

 

 仕方ない、起きるか。

 …………おい。

 

「おい、両手で頭を押さえつけるな。起きれん」

「もう少しだけお姉さんの膝枕を堪能しなさいな」

 

 なるほど。通りで妙に心地良くて、しかも柔らかいわけだ。

 ……まあ、いいや。

 首が痛いし、そのまま枕にしててもいいか。

 そう思って抵抗をやめた。

 

「むふ。素直な子は好きよ」

「そうか……」

 

 なんていうか、たっちゃんを相手にする時は適当に流すのが一番なんだろうな。

 まだ出会って一日ってところなんだけどなあ……。

 

「それにしても、まさか深見くんがあんなに動けるとは予想してなかったな」

「ああ、それは俺もだ。なんていうか、身体が自然と動きを覚えてる感じだった」

「それにしては洗練された動きだったように感じたけど?」

「そうなのか? ……武術の嗜みとかないからわからん」

 

 確かに俺も洗練された動きだと思った。それでもあの動きにはまだ欠点があるように思える。

 身体は動いても、身体が未完成だからだろうか。うーむ、わからん。

 どちらにしても俺の身体には謎の体術が備わっているようだ。

 

「これからは私が貴方の訓練相手になってあげる」

「そうか。頼んだわ」

「……淡白すぎるわね」

「……別にどっちでもいいからな」

 

 本当にどっちでもいい。たっちゃんがダメならセシリア辺りにでも教えて貰えばいいだけだし。それに割りと強情なたっちゃんは何が何でも俺に教えようとするだろう。たぶん。

 

「深見くんつまんなーい」

 

 そう言いながらも俺の頭を撫でるのはやめてほしい。普通に眠くなる……。

 

「そういえば、深見くんってISに乗ったのってまだ一回よね」

「そうだな。訓練機にでも乗ろうと思ったんだが、どうやら専用機持ちはできるだけ専用機以外に乗るのは避けた方がいいらしい」

「ええ、それは間違っていないわ。量産機と専用機とではスペックに大きな差があるのよ。だから量産機で身体が慣れると専用機に乗る際に身体と専用機で齟齬が生まれてしまうのよね」

 

 そんな感じの説明を織斑姉もしてたっけか。適当に流してたけど。使えないということだけは理解できてたしまあいっかみたいな。……首が痛い

 

「じゃあそろそろ晩御飯食べよっか♪」

 

 余談ではあるが、この後めちゃくちゃ食べさせられた。

 

 

 ◇

 

 

 ――――クラス代表決定戦、当日。

 

 あれからISには乗らないものの、たっちゃんとの訓練は続いていた。

 時折、様子を見に来たセシリアが理路整然としたIS理論を披露しくれたので、知識だけは蓄えることができた。実際、知識があるのとないのでは何もかもが違う。その辺はセシリアにもたっちゃんにも感謝している。ただ、セシリアはもう少しヒステリックを抑えてほしいと思う。……まあ、適当に褒めておけば回避できるのだからチョロい。

 

 そして、俺の隣では一夏と篠ノ之箒が言い合っている。やれ剣道しかしなかっただの、ISには一切触れなかっただので言い合っているのだ。正直うるさい。試合前くらいは静かにしてほしいと思うのは俺だけだろうか? 心なしか織斑姉も微妙な顔をしているように思える。表情が読み取りづらいから気の所為かもしれないけど。

 

「織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 何やら興奮している山田先生が第三アリーナAビットへと走ってきていた。

 見ているだけで危なっかしい山田先生は本当に先生なのか本当で怪しいレベル。

 

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

 

 ……先生相手に軽すぎないか? まるで友達にでも接するかのような態度だ。

 

「は、はいっ。す~~~は~~~、す~~は~~」

「はい、そこで止める」

「うっ」

 

 ……先生は一夏の言うことに対して律儀に従っている。

 息を止めた山田先生の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 三十秒、四十秒、五十秒――。

 

「先生で遊ぶな、馬鹿者が!」

 

 一夏の頭に出席簿が全力振るわれる。

 カコーンという妙に甲高い音がなったのが特徴。

 ……角で殴ったな、角で。

 一夏の痛みを想像して、俺は軽く寒気を覚えた。

 

(うっわあ……)

 

「ち、千冬姉……」

 

 パァンッ。次は弾けたような軽い音。

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

「の前に息をしてください山田先生」

 

 未だ尚も律儀に無呼吸続けている山田先生に俺が軽く囁く。

 

「ぷはぁっ……し、死ぬかと思いました」

 

 ……三分二七秒。それだけ息を止めていれば死にそうにもなるだろう。

 ってか律儀に従うなよ。

 

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐできるさ」

「……誰に向かって言ってんですかね」

「おい、深見。何か言ったか?」

「いいえ。それで山田先生はどうしたんですか?」

 

 面倒なので話を逸しつつ、逸れてしまった話を元に戻す。

 俺としては山田先生が何を言いたかったのかが気になる。

 

「そ、そうですね 来ました! 織斑くんと深見くんの専用IS!」

「お……」

 

 ようやく来たか。予定では俺の機体はもう少し早くIS学園に届く予定だった。しかし、機能調整面で深刻なエラーが出たとかで先送りになっていたのだった。まさか一夏の専用機と同じく届くとは……製作元が同じなのか?

 まあ、何にせよ。ようやくISに乗ることができる。やはりISに乗りたい気持ちは若干ながらあったのだ。こんな面倒ごとにさえ巻き込まれていなければ、もっと素直に喜べたのかもしれないが。今から取り消しとかできないか? え、無理? おう……。

 

「二人共早く準備しろ。時間が押しているからな」

「わかりました」

 

 俺は早速ISを拝みに行く。

 搬入口へ身体を乗り出し、防壁扉が完全に開くのを待つ。

 ゆっくりと扉が開かれ、俺の専用機である機体が姿を現す。

 

 ――白の機体がそこにはあった。

 

 完全な白ではなく、どちらかと言えばくすんだ白。より具体的に言うのであれば、そのカラーリングは『灰色』

 初めて見たはずの機体。しかし、俺はこの機体を()()()()()()()()()()()

 

(そんなはずはない)

 

 そう思うが妙な懐かしさが抑えられない。

 我を忘れたように機体へ近づき、手で直接触れる。

 その瞬間、膨大な量の情報が流れ込んでくる――。

 

 ――脳が灼き切れそうだ――ッ

 

 あまりに多すぎた情報は情報としての体をなしていない。

 その情報が何の情報であるのか、それを把握することができなかった。

 

「はい! 織斑くんの専用ISは『白式(びゃくしき)』! そして深見くんの専用ISが『シルヴァリオ・ヴォルフ』です!」

 

 まるで己の運命を告げられたかのように聞こえた。そして、運命に出迎えられているような。そんな感覚。

 

「さあ、どっちから行く」

「俺が行きます」

 

 真っ先に答えたのは俺だった。抑えきれない高揚感がそうさせている。

 そんな俺の姿に一瞬だけ面食らったような表情を浮かべる織斑姉。

 

「いいだろう。フォーマットとフィッティングは実戦で行え」

「はい」

 

 軽く跳躍し、少し高い位置にあるISに身体を通す。

 ISが自動的に俺の身体へフィットし、細かい調整を行ってくれる。

 

 ――アクセス。

 

 ――インストール。

 

 ハイパーセンサーが起動し、ハイパーセンサー上に様々なデータが浮き上がる。

 機体名、機体ステータス、部位モニター、シールドエネルギー残量、空間の歪み値、気流の流れ、ターゲットサイト、生命反応モニターなどの情報が全方位に展開されているのがわかる。

 生命反応を見るに、俺はやや興奮して体温が上昇していた。

 

 ――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備有り――。

 

「ふむ。ISのハイパーセンサーは問題なく働いてるな。酔いなどはないか?」

「問題ない」

 

 問題があるとすれば、俺が上手く操作をできるかどうかだ。

 ……ふう。山田先生ではないが、俺も深く深呼吸をする。ただそれだけで心が落ち着く。

 ――ところで俺のISはどんな機体なんだ?

 

 軽く念じてシルヴァリオ・ヴォルフのデータを展開させる。

 

 ――ISネーム『シルヴァリオ・ヴォルフ』戦闘タイプ近距離格闘型。特殊装備無し――

 

 近距離格闘型か。中距離射撃型相手には不利じゃないか?

 まったく、素人に近距離型を用意するってどうなんだ。

 

「あら、きちんと逃げずに来られましたのね」

「……まあ、なんだ。決闘は面倒だがセシリアにも色々と教えてもらったからな」

「それはあなたのためではなくってよ?」

「……そうか」

 

 現れたブルー・ティアーズは名前の通り『青』を基調とした機体。 

 セシリアが握っているのは、六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》と呼ばれる武装らしい。大きすぎる武装だが、常に浮いているISにその理屈は通じない。

 アリーナ・ステージの直径は二〇〇メートルで、発射から目標地点到達までに〇・四秒とかからないらしい。既に打ち込まれていてもおかしくはない。

 

「――じゃあ、そろそろ始めないか?」

「いいですわ! と言いたいところですが、その前にチャンスを上げますわ」

「……は?」

「そう。あなたにとってのチャンスですわ」

 

 ――今更何を言うんだろうか。

 

「わたくしが勝利を納めるのは自明の理。ですから、懇願するのであれば手加減してあげてもよくってよ」

「……お前なあ。どうせ懇願したら失望するクセに何いってんだよ」

 

 本当にセシリアは厄介な性格の持ち主だ。

 

 ――警告! 敵性IS射撃体制に以降。トリガー確認、初段エネルギー装填。

 

「交渉決裂――お別れですわね!」

 

 瞬間、耳をつんざくような音と共に閃光が機体の真横を走り抜けた

 

「――さあ、勝負を始めようぜ」

 

 

 俺の初IS戦はこうしてはじまった。




ようやくクラス代表決定戦まで漕ぎ着けました。


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9.深見静馬VSセシリア・オルコット

 ――さあ、勝負を始めようぜ

 

 初撃の閃光を本能で躱し、事なきを得る。

 仮に今の一撃が当たってたら、軽く右肩装甲が吹き飛んだことだろう。

 基本的なことだが、IS戦では相手のシールドエネルギーを0にすれば勝ちとなる。もちろん、攻撃を受けることでシールドエネルギーは減少する。ただ、IS全体のバリアーを貫通した場合は操縦者本人がダメージを受けてしまう。当然痛い。とはいってもISには『絶対防御』と呼ばれる能力が兼ね備わっているのでダメージがいくら貫通したところで操縦者が死ぬことはない。そして、絶対防御が発動した場合は通常よりも大きくシールドエネルギーが減少することとなる。絶対防御の発動は操縦者の生死に関わるダメージを受けたかどうかで決まる。たぶん、肩に被弾した程度では絶対防御は発動しないはずだ。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

 射撃射撃射撃――間髪入れない弾雨が降り注ぐ。乗り始めで覚束ない俺には、雨を避けるにも等しい苦行にも思えた。

 

 ――バリアー貫通、ダメージ26、ダメージ42。シールドエネルギー残量、532。実体ダメージ、レベル低。

 

「うっ……ッ」

 

 直撃だけは避けているものの、各部位に一撃が掠っていく。その衝撃に引っ張られて機体の制御が難しくなる。そこへ更にダメージが重なっていく。まだシールドエネルギー残量に余裕はある。が、このままでは普通に削りきられてしまうだろう。そんなことはさせないし、俺だって負けるのは嫌なんだよ。

 

「装備展開――ッ!」

 

 音声コマンドで適当な武器を呼び出す。

 すると、ハイパーセンサー上に『単分子ブレード』なるものが表示され、俺の右手に単分子ブレードが展開された。見た目は両手剣の単分子ブレードは青白い光を放っている。

 

「まずは攻める……!」

 

 迫りくる閃光の弾丸を単分子ブレードで斬り伏せ、セシリアへと向かって加速させる。

 どうやって加速させればいいのか。そこら辺がよくわからなかったので、ジェットエンジンを吹かすようなイメージを思い浮かべたら加速できた。

 

 被弾、被弾被弾被弾――10に満たないダメージが機体のシールドエネルギーを削っていく。

 

 ――シールドエネルギー残量、500。

 

 それでも俺は既にシールドエネルギーを100も削られていた。このまま行けば、数分としない間に俺のシールドエネルギーは0となり、負けてしまう。

 何か手はないのか……?

 

「その程度ですの? 正直期待はずれもいいとこですわ」

「うるせェ……稼働時間一〇分未満を舐めるな」

 

 他に武装は積んでないのか? 射撃が行えるマシンガンとかだ。

 そう思った瞬間、俺の手にはマシンガンが握られていた。

 理解できる。これをどのように使うのかを。

 あの時と同じように、俺の中のスイッチが切り替わった。

 

「――ふう」

 

 軽い深呼吸。

 吸って、

 吐いて、

 いける。

 

 ――ターゲットサイトを不可視モードへと変更

 

 マシンガンでセシリアの機体《ブルー・ティアーズ》に当てる必要はない。

 当てるのは、迫りくるレーザーである閃光。

 撃鉄を振り絞り、銃弾を放つ。レーザーの側面にぶち当てて消滅させる。

 それを迫り来る全てのレーザーに撃ち放つ。外すことなく、綺麗に命中した弾丸は尚も空中を進み続ける。そこへ、更に工夫を重ねる。弾丸と弾丸を当てることによって、弾丸が弾ける。弾けた方向にはセシリアが。もちろん、普通に躱されてしまった。

 

「むちゃくちゃなことやりますわねッ!?」

「……そうでもないだろ。ISの演算と技術の応用でどうとでもなる」

 

 俺がやったのは銃弾と銃弾の方向矯正だ。弾丸に弾丸を当てることによって、弾丸を違う方向へと向けさせる。生身でやるのは不可能に思える技術だが、ISの演算をしようすればできないことのない技である。まあ、やってる本人が一番驚いてるけどな。

 

「まあ、いいですわ! そろそろ本気で行かせてもらいますわよ」

 

 その宣言と共に、セシリアの機体からフィン状の浮遊体が飛び出してくる。

 ISの判定から見るに、ブルー・ティアーズと呼ばれる射撃型特殊レーザービット。

 ……まだ射撃の密度を上げることができるのか。

 

「さ、行きなさい!」

 

 二機のビットがこちらへ向かって直進してくる。マシンガンで撃ち落とそうとするが、普通に避けられてしまう。しかもレーザー砲付きで。

 だがまあ、問題ないッ!

 

 背部スラスターを吹かし、セシリアへと向かって突っ込む。

 その際にレーザーが飛んでくるが、身体を逸らすことで躱す。その隙をセシリアのレーザーライフルが狙いを付けてくる。それをブレードで叩き斬る。今の俺はハイパーセンサーの補助がなくとも、勘で背後の攻撃さえも察することができる。なぜ、どうしてこんなことができるのか。その理由はわからないが……緊張した状態や俺が負けたくないと強く思った時に発動するであろうことをたっちゃんとの訓練で把握していた。まあ、その度に意識を落とされてたんだが。おかげで頭とか首とか痛かった……ってそんなことはいいんだ。

 

(しかし、セシリアはビットと同時に動くことはできないのか?)

 

 俺がそう思ったのは、ビットからレーザーが飛んでくるタイミングと本体からレーザーが飛んでくるタイミングが重なったことがないことに気付く。そうすれば俺だって防ぐことができなくなるのにも関わらず。だとすれば――。

 

 俺は狙う対象を変えることにした。狙うはビット。

 ビットにマシンガンを向け、射撃。もちろん、弾丸と弾丸を当てた攻撃を忘れない。そうすることによって、弾丸の予想線が立てづらいからだ。普通は弾丸の軌道を変えようなんて思わないだろうし。……さて、どう出る?

 

 その俺の行動にセシリアがレーザーライフルを放ってくる。

 ――ビンゴ! その瞬間、俺は当たる覚悟でビットを斬り伏せた。

 

(ぐううぅッ……)

 

 蹴り飛ばされるような衝撃を受け、身体は吹き飛ばされる。

 ……それも計画のうちだった。ビットは死角からの攻撃を常に心掛けていた。つまり、片方のビットを見ている時は背後にもう一機のビットがいる状態になっている。それを利用し、セシリアのレーザーライフルを敢えて受けた。そして、その衝撃に合わせて加速させる――ッ!

 そうして二機のビットを破壊することに成功する。そしたら残りのビットが――。

 

 そこで俺は自分のシールドエネルギー残量を見た。

 

 ――シールドエネルギー残量、380。

 

 どうやらもう少しで半分に達してしまうようだ。

 

「俺も本気を出してやるよッ!」

 

 声を張り上げることによって闘気を漲らせる。

 加速に加速を重ね、レーザーの雨を掻い潜る。なかなか近づかせてはくれないが、その距離は徐々に縮まっているのがわかる。――いける。

 

 そう思ったのがマズかったのか、俺は死角外から一斉にレーザーを受ける。

 

(な、何ッ? どこからだ!)

 

 そしてすぐに気付いた。今まで二機しか反応していなかったビットが四機も稼働している。

 間違いなく絶対防御が発動していた。

 

 ――シールドエネルギー残量、98。

 

 もう既に瀕死の状態。まさか、負けるのか? まだセシリアに一撃も入れれてない状態で……? 冗談ではない。こんな面倒ごとに参加させられた挙句の果てが完全敗北? ……ふざけるな。

 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな――ッ!

 

 ――力を欲するか?

 

 ああ、この場を打開できる力を……。

 

 ――いいぜ、オレが力を貸してやるよ。

 

 その声が誰だったのか。そんなことはいい。

 いま、この瞬間、オレは力を手にした。それだけの事実があれば、

 この思考はいらない。

 

「――この試合オレが勝つ」

 

 

 ◇

 

 

「すごいですねぇ、深見君」

 

 リアルタイムモニターで深見静馬とセシリア・オルコットの試合を見ていた山田真耶が感心したようにつぶやく。が、それとは反対に織斑千冬の表情は険しかった。

 

「……そうだな」

 

(どういうことだ? 深見に戦闘経験はないはずだ。しかし、あの落ち着きようと曲芸染みた射撃はなんだ……?)

 

 先程、深見が披露した弾丸と弾丸の軌道操作を思い出しながら考える。最初にアリーナ・ステージへと向かった静馬の生体反応は興奮からか体温上昇や発汗の減少が見られた。しかし、あの曲芸を披露した時から一気に冷静な状況へと変化している。そして極めつけがレーザーに被弾した際の生体反応だった。本来であれば、被弾した際に脈拍や呼吸が乱れるのが普通である。が、静馬の反対は日常生活と何ら変わらない数値を表示させていた。

 

「――この試合オレが勝つ」

 

 その声が聞こえてきた瞬間、静馬の様子が変わった。

 従来では考えられない加速を行う。それは瞬時加速(イグニッション・ブースト)と思われる技だった。後部スラスター翼からエネルギーを放出し、そのエネルギーを再度取り込んで圧縮させることで爆発的に加速させる技術のこと。しかし、これには軌道を変えることができないという性質を持っていた。が、静馬は波打つようなカーブを重ねて接近を図っていた。

 

 そして、静馬は更に技を重ねた。

 

 ――個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)高速切替(ラピット・スイッチ)――極めつけは空中での方向転換。

 

 静馬は空中を蹴ったのだ。文字通り。

 

(これではまるでモンド・グロッソ……いや、それ以上かもしれんな)

 

 攻撃は入れてないものの、静馬の動きは状況を逸していた。

 

『試合終了。――勝者――セシリア・オルコット』

 

 結果は超至近距離まで近づいた静馬にセシリアが弾道ミサイルを打ち込んで勝敗は決定した。

 

「山田君」

「なんですか? 織斑先生」

「……更識に連絡を入れろ」

 

 今一番静馬に近いであろう人物に話を聞いてみることにした千冬だった。

 

 

 ◇ 

 

 

 ――負けた、のか?

 

 途中から半分意識が抜け落ちていた。

 ……あ?

 試合の内容をほとんど覚えていなかった。

 覚えているのは、俺が俺でなくなろうとした瞬時までのこと。

 どうやって負けたのか、全然覚えていない。

 

 ただ、負けたにも関わらず清々しい気分であることは間違いようがなかった。

 

 でも、やっぱり――勝ちたかったなあ……。

 

 ――深見静馬、IS戦闘 VSセシリア戦 敗北――




もっと格好良く描写したかった……。
しようと思ったんだけど、ただわかりにくい描写になってしまった。
もう少し格好良くならんかったのかね……こればっかりは経験かな。

ちなみに静馬が空中を蹴って方向転換した技はオリジナルです。
今後、この技を使える人が出て来るかもしれません。
そして、高速切替はマシンガンの弾倉交換に使われていました。


……鈴登場まで戦闘描写はおやすみの予定です。

*静馬の被弾データ

 -26 =574 スターライトmkⅢによるダメージ
 -42 =532 スターライトmkⅢによるダメージ
 -6  =526 スターライトmkⅢによるダメージ
 -7  =519 スターライトmkⅢによるダメージ
 -9  =510 スターライトmkⅢによるダメージ
 -10 =500 スターライトmkⅢによるダメージ
 -120=380 スターライトmkⅢによるダメージ
 -40 =340 ブルー・ティアーズによるダメージ
 -11 =329 ブルー・ティアーズによるダメージ
 -201=128 ブルー・ティアーズによるダメージ
 -30 =98  ブルー・ティアーズによるダメージ
 -328=0   ブルー・ティアーズ(弾道型ミサイル)によるダメージ


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10.試合結果

 シャワーノズルから人肌よりも温かいお湯が吹き出している。白人にしては珍しく均整の取れた身体、そこから生まれる流線美はちょっとしたセシリアの自慢だ。そこらのアイドルにも引けを取らないどころか勝っていると言っても過言ではないくらいのスタイル。胸の大きさも同い年の白人女性に比べると慎ましやかではあるが、それでも身体全体のバランスとしては丁度いいくらいで、日本人女性と比較してみた場合にはその限りではない。

 セシリアは今日の試合を思い出していた。

 

(今日の試合はわたくしの勝ちでした……ですが)

 

 それは結果を見た場合の話であって、実際は静馬が一歩、いえ二歩も勝っていたとさえ思えるのだ。静馬が最初から本気を出していたのであれば、どうなっていたかはわからない。

 いつだって勝利の確信と向上への欲求を忘れたことのないセシリアにとって、静馬があの一瞬に見せた勝利への固い意思を忘れられそうになかった。

 

(勝てたのに……)

 

 なのにも関わらず、この抑えきれない気持ちは……。

 

(深見、静馬――)

 

 今日、最初に戦った男子。普段はやる気のない瞳をしている静馬が、あの瞬間に見せた瞳……。

 セシリアの父親とは真逆の……。

 

(父は、人の顔色ばかりをうかがい、母の顔色までもうかがう人だった……)

 

 名家に婿入りした父は、母親に引け目を感じていたのだろう。幼少の頃からそんな父親を見て育ったセシリアは、『将来は情けない男とは結婚しない』と心に誓っていた。

 そして、その頃にISが世界的に発表され、父の態度に拍車がかかってしまった。その結果を世界が悪いのだと、思えなくもなかった。それでも、父のあの態度は母にさえ鬱陶しく思わせていた。

 母は強かった。女尊男卑の社会に染まる以前から女でありながらもいくつもの会社を経営し、成功を収めた人。そんな母のことが憧れだった。

 

 ……『だった』。両親は既に他界した。

 死因は事故で、一時期は陰謀論だとささかれていたが、ただの噂に過ぎなかった。事故の状況がそれを否定した。その事故では多くの人がなくなり、両親も帰らぬ人になった。

 それからは苦労の連続だった。ISが女性だけの機体であったとしても、ISの知識がない人間は選ばれない。必死に勉強し、様々な努力に努力を重ねていった。IS適性テストではA+の判定が出た。A+を出したセシリアは、第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次試験運用者に選抜され、データと経験値のために日本へ。そして――現在にいたる。

 

 そこで、出会った。普段はやる気の感じられない、でもやる時にはやる気を出せる人。

 

 ――もっと、静馬のことを知りたい。また一緒に昼食を摂り、一緒にISの話がしたい。

 

 この気持ちはなんだろう。この溢れんばかりの感情は……。

 

(こんなこと、いままでなかった……)

 

 ただ、今はこの気持ちを大事にしたい、そう素直に思えた。

 

(……静馬さん。大丈夫でしょうか)

 

 あの後、セシリアと戦った静馬は姿を見せていない。セシリアが聞かされたのは、少し疲れて寝ているのだと千冬から聞かされた。最初はお見舞いにでも行こうと考えたセシリアだったが、もしかすると負けたことで傷心しているのかもしれないと考え、自重したのだった。でも、やっぱり、行くべきだったのでは……? そう考えると更にもやもやが取れなかった。

 

 この気持ちのように水は流れ、また流れていくのだった。

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 

 あの試合から一日が経った。

 今でも昨日のように思い出せる。

 手の感覚、溢れる高揚感、そして敗北の味。

 常に勝負から逃げてきていた俺にとって、なかなかに堪える味だった。

 

 でもまあ、試合をして良かったと心から思えていた。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、なんか一繋がりでいい感じですね!」

 

 ちなみに全試合をセシリアが勝利した。

 当然、一夏にセシリアは勝った。まあ、勝ってくれなければ困る。

 ……主に俺のプライド的な意味でも。

 

 じゃあ代表はセシリアで決まりじゃないか? という声もあるだろうが、軽い後日談がある。

 

 次の日の朝、部屋にセシリアが訪ねてきたのだ。そこで軽く話をして、いままでの謝罪をされた。

 俺としては別に気にしてなかったので、軽く受け入れた。その時のセシリアは天命でも受けたかのような瞳をしていた。一体どんな心境の変化があったのだろうか。……一夏と何かあったか?

 

 それで話は終わらなかった。

 

 セシリアは俺にクラス代表の座を譲るというのだ。当然、俺は面倒なんで断った。というか俺は負けたんだぞ?

 的なことを言っても聞かないので、代案として一夏に押し付ける提案をした(実に外道である)

 まあ、俺がやるよりはマシだと思う。それに一夏の姉はなんと言ってもあの織斑千冬だからな。

 その提案にも少し渋っていたが、俺は全力で説得した。

 あー、ちなみにその説得方法は紅茶を淹れるというもの。たしか、お姉ちゃんが言ってたんだよ。イギリスを制するにはまず紅茶の一杯からって。それは本当だったみたいで、説得に成功。いやあ、お姉ちゃん様々だよね。愛してる。

 

 事の顛末はそんな感じだ。

 

「先生、質問です」

 

 一夏が苦虫を噛み殺したかのような苦い笑みを浮かべている。

 うむ、逆の立場だったら似たような顔をしていたと思う。

 

「はい、織斑くん」

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでせうか……?」

「それは――」

「それはわたくしが辞退をしたからですわ!」

 

 俺の隣でセシリアが音を立てて立ち上がる。そして、いつものポーズ。

 結構好きだわ、そのポーズ。

 

「まあ、勝負はあなたの負けでした。それも考えてみれば当然のことです。なにせわたくしセシリア・オルコットがお相手だったのですから」

 

 ……そうだな。

 

「それで、その、まあ、わたくしも大人げなかったと思いまして」

 

 ……。

 

「一夏さんにクラス代表を譲ることが決定されたのですわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表になれば試合の数に事欠きませんのよ」

「いやあ、セシリアわかってるね~」

「そうだよね、そうだよね! せっかくの男子なんだから、持ち上げないとね」

「それなら深見くんでもよくない?」

「……辞退されましたわ」

 

 残念そうにこっちを見るセシリア。悪いね。

 

「一夏さんは何も心配しなくともいいのですわ。わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに――」

 

 バン! 机を叩く音が響く。立ち上がったのは、前の席に座っていた篠ノ之箒だった。

 

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接な!」

 

 うわあ……獣のような眼光鋭い瞳でセシリアを睨む篠ノ之箒に俺も背筋が冷える。

 

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何か不満でも?」

「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だ! い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

「え、箒ってランクCなのか……?」

「だ、だからランクは関係ないのだ!」

 

 ……ちなみに俺はランクAだ。ふふん、一夏よりも高いんだぜ。

 まあ、訓練機で出した初期値だからゴミレベルで意味のない数値だけどなぁ……。

 

「座れ、馬鹿ども」

 

 少しばかりヒートアップしていた両名に出席簿が振るわれる。

 それって織斑一夏専用コマンドじゃなかったのか。俺はやられないように気をつけねば。

 

「その得意げな顔はやめろ」

 

 ……? 誰に言ったんだ? 

 セシリアに言ったんだとすれば、セシリアは常にすまし顔だからやめてやれ。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れてないような段階で優劣をつけるな」

 

 元世界チャンピオンの言葉は違いますね。誰も言い返せんわ。

 

「さて。クラス代表は織斑一夏。依存はないな」

 

 ノープロブレムだ。

 一夏を除く全ての生徒が返事をしたのだった。

 

(まあ、頑張れよ一夏)

 

 授業も無事に始まり、俺はいつもの姿勢で眠りに入るのだった。




 最初のヒロインはチョロインことセシリア・オルコットです。
セッシーかわいいよ、セッシー。
次のヒロイン候補はもう決まってますが、本当にハーレムにするつもりはあんまりないんですよ! ただ、原作を読むにつれてみんなかわいいなあ! って。ISって本当にキャラクターいいですよねー。暴力ヒロインズでなければ……。

ちなみに箒は一夏のヒロインで確定してます。すいません。

*面倒ごとを回避するために全力で説得(口説き)を行った模様

*静馬がA判定を出した機体は打鉄ではなく、ラファール。
 

-追記-(9/26)

入学編は終了し、第二章を追加いたします。


 


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第二章 中国からの来訪者
1.凰鈴音との出会い


鈴ちゃん登場回


 四月も下旬になり、入学から約一ヶ月が経とうとしていた。

 そして、授業中に織斑姉が言う。

 

「これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。深見、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 

 断る――なんて織斑姉に言えるわけもなく、渋々と了承する。

 そのISだが、一度フィッティングされたISはずっと操縦者の身体にアクセサリーとして待機状態に置くことができる。隣のセシリアは右耳にイヤーカフ。俺のは右薬指に嵌められた銀狼のリングがそれに当たる。……リングを嵌める指によって色々な意味があるんだけど、薬指は神聖な誓いや結婚指輪としての意味があるらしい。で、男性操縦者である俺たちは街を歩くだけでもナンパやらがしつこい可能性が高いのだとか。それでセシリアが右薬指にリングを嵌めていれば面倒ごとを避けれると言っていた。

 

 腕を前に出し、意識を集中させる。

 

 更に集中を重ね、リングへと意識を集中――

 

(――来い、ヴォルフ)

 

 心の中でISの愛称をつぶやく。瞬間、リングから青白い光が発する。

 光の粒子が全身を包むように溢れ、光が全身に集結する。これでISは展開される。

 展開時間――0・9秒。

 ハイパーセンサーが接続され、俺の視力は跳ね上がる。

 

「飛べ」

 

 織斑姉の指示に從い、急上昇させる。

 同タイミングで上昇させたにも関わらず、上昇速度はセシリアの方が俺よりも早い。

 近接格闘型である俺の『シルヴァリオ・ヴォルフ』はセシリアの『ブルー・ティアーズ』よりも機動力は上なのだが……。

 ……流石は代表候補生。

 

「静馬さん、速度とイメージ力はイコールですわ。疾いイメージであればあるほどに本来の機動力を発揮できますのよ?」

「……なるほど」

 

 以前のセシリアであったなら、その発言に嫌味が含まれていただろう。しかし、今のセシリアに嫌味は感じられない。それどころか真剣に講義をしてくれている。なんともありがたい。

 

 ――イメージだ。より疾く、より加速できるイメージをイメージしろ。

 

 瞬間、俺のISは爆発的なまでに加速しはじめる。それもセシリアをぶち抜いて遥か先まで。

 

「馬鹿者。どこへ行くつもりだ」

「……すいません」

 

 ゆっくりとスピードを落とし、セシリアのいる方へ戻る。

 

「ふふ、慣れるまでは大変ですわね。よろしければ放課後に指導してさしあげますわ。そ、そのときはふたりで――」

「ふたりで?」

「い、いえ。なんでもありませんわ!」

 

 何でもないって言われると気になるよな……? まあ、指導をしてくれるってのは嬉しいけどたっちゃんがいるしなあ……。

 

「いや、指導は間に合ってるからいいや」

「それはどういう――」

「深見、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表十センチだ」

「……り、了解です」

 

 話を遮られ、不満そうな顔をしていたセシリアが渋々と答える。

 私語厳禁ってことだな。

 

「静馬さん、見ていてくださいね」

「おう」

 

 俺の返事を聞き届けてから、すぐさまにセシリアは急下降にはいった。綺麗な姿勢での急下降は流石だな……。

 ハイパーセンサーによる視力でセシリアの足元をズームさせ、目標の十センチを達成していることを確認した。

 

「さて……俺か」

 

 急下降なんてできるだろうか。

 上昇とは逆の要領でスラスターを吹かせ、一気に地表へ――

 

「うお、おおっ……!」

 

 地表との距離は七センチ。

 ――ギリギリセーフ。

 もう少しで地面を抉る勢いで落下してしまうところだった。

 

「まあ、及第点だ」

 

 渋い顔をしていたが、及第点をもらうことができた。

 

「急下降の方はうまくできたようですわね」

「ああ、少し危なかったがな……」

「地面に突っ込まなかったのは幸いですわ」

「そうだな……ってセシリアは綺麗な着地だったよな。流石代表候補生」

「あ、ありがとうございます……」

 

 俺の褒め言葉に頬を赤らめ、照れたように顔に手を添えるセシリア。

 うーん、本当に丸くなったよなあ……急に成長したというか、憑き物が取れたというか。……いったい、一夏と何があった? 説教&説得でもされたのか? ……後で記録映像見てみるか。

 

「深見、次は武装を展開してみせろ」

「はい」

 

 全身の力を抜き、手のひらにブレードを握るイメージを頭の中で構築する。

 イメージを現実へ変換するかのように、手のひらには単分子ブレードが握られていた。

 我ながら武装の展開速度は早いと思う。……まあ、軽い武装展開は脳内シュミレートしてたからな。だって試合の時に武器が出せないとか論外だろ?

 ちなみに単分子ブレードの展開速度は0・3秒。

 

「…………セシリア、展開してみろ」

 

 セシリアを名前で呼んだ? 何かに動揺しているのか……?

 ハイパーセンサーで見る織斑姉の表情は微妙に瞳が揺れている。それはハイパーセンサーでなければわからないほどの変化――。いったい、何に?

 

「展開します!」

 

 ほんの一瞬。光っただけでセシリアの手には《スターライトmkⅢ》が握られている。

 流石に早かった。俺よりも0・一秒は早い展開だ。たかが0・一秒の差に思えるかもしれないが、その差は実戦においては致命的なレベルに状況が変わる。

 

「流石だな、代表候補生。ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開するな。あくまで自然体、もしくは正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれはわたくしのイメージに必要な――」

「口答えするな」

「……はい」

 

 今は俺が隣にいるが、別に横に展開したっていいだろ。実際じゃあ横に人はいないし。なんていうか、織斑姉って強引だよな。

 

「……セシリア、次は近接用の武装を展開しろ」

「えっ!? あ、は、はい……!」

 

 なぜ二回目の展開を要求するんだ……?

 セシリアは《スターライトmkⅢ》を収納させ、新たに近接武装を展開させようとする――

 が、なかなか武装は展開されない。

 

(あー、なるほど。普段は使わない武装だからイメージができないのか)

 

「くぅぅ……っ」

「まだか?」

「も、もうすぐですっ! ああ、もうっ!《インターセプター》!」

 

 音声コールによる武装展開。いわゆる初心者用の手段であり、セシリアにとって音声コールに頼るという行為はかなり屈辱的のように思えた。まあ、いいじゃないか。代表候補生であるセシリアにも苦手なことがあるってのもさ。この考えが既に屈辱かもしれんがな。流石に声に出して言うのは憚られる。どうせ怒られるし。

 

「いったい何秒もかかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」

「じ、実戦では間合いに入らせません!」

「ほう? 織斑や深見の時は初心者に入らせてたように見えたが?」

「ぐぬぅ……あれは、その……ですね」

 

 俺と一夏をちらちらと見ながら、言葉に詰まらせていた。

 ……まあ、俺にその記憶はないんだけどな。何故かVSセシリア戦の試合映像を見せてくれないのだ。ほんと、どうして?

 

「今日はここまでだ」

 

 その言葉と共に、セシリアから個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)が送られてくる。

 

『よかったらお昼休み、一緒にお食事でもどうですか?』

『あー、あー。えっと、個人間秘匿通信ってこうか?』

『聞こえてますわよ。さすがは静馬さんですわね」

『…………まあ、な』

 

 妙に褒めてくるセシリアに少し恥ずかしくなる。

 頬を掻きながら、誘いの返事を返す。

 

『……昼は空いてる』

『約束ですわよ! 忘れないでくださいね』

 

 俺には約束を破ったという前科があり、セシリアは念を押してくる。 

 

『おう』

 

 個人間秘匿通信は他の人には聞こえない秘匿回線の通信である。やり方は少し複雑で、回線を秘匿回線に切り替えた状態で話しかけるのだが……この時、脳内で言葉を喋らなければいけない。感覚としては相手に意識を集中させ、強く言葉を念じればいい。脳裏で喋るような感じ……とも聞く。

 次の授業に備えるためにISを解除してから、教室へと向かった。

 

 

 ◇

 

 

「ここがそうなんだ……」

 

 夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄な少女がボストンバックを持って立っていた。

 まだ暖かな四月下旬の夜風になびくツインテールは、金色の留め金がよく似合っている黒髪。

 

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」

 

 上着ポケットからメモ用紙を取り出す。くしゃくしゃのしわしわなそれは、少女の大雑把な性格を如実に表わしていた。

 

「本校舎一階総合事務受付――って! それがどこにあんのよ!」

 

 重要なことが一切書かれていないメモ用紙をされにくしゃくしゃにさせ、少女は憤慨する。

 もう既に字が読めないレベルのメモ用紙だったが、書かれていないに等しいメモ用紙がいくら汚くなったところで関係のないことだった。捨てなかっただけでも感謝してほしいくらい。

 

 考えるよりも即行動。『実践主義』である少女は、とりあえず足を動かす。

 ――異国から来訪した十五歳を放り込んで、挙句に案内もない。それどころか案内版もないIS学園ってちょっと問題ないわけ?

 容姿こそ日本人に似ているがよく見ると違う。鋭角的で、艶やかさのある瞳、それらの特徴は中国人である。

 とはいえ、この少女は日本で何年も過ごした経験があり、それはもはや第二の故郷でもあった。

 

(誰かいないかな。生徒とか、先生とか、案内できそうな人)

 

 学園の敷地を彷徨いながら、きょろきょろと人影を探す。とはいえ時刻は八時過ぎ。どの校舎も灯りが落ちており、当然生徒は寮で休んでいる時間だった。

 

(あ……誰かいるわね)

 

 休憩室のようなところから、人影がこっちへ歩いてくるのが見える。身長は160センチ前後で、常に曲がっただらしない猫背の人影がそこにはいた。その人物は少女に気付くと、『あ』と小さく声を漏らした。

 

「……誰だ?」

 

 面倒くさそうな顔をしていたが、目の前の人物は頭をがしがしと掻きながら少女に尋ねる。声からして男性であることがわかり、一瞬だけとある男子のことを思い出してしまう。が、アイツはこんなに気だるそうなやつではなかったのだと頭を振る。

 

「アンタこそ誰よ」

「……それはこっちの台詞なんですが」

「…………」

「はあ。わかったわかった。俺の名前は深見静馬だ」

「男性操縦者の?」

 

 よく目を凝らしてみれば、ニュースで放送されていた男性操縦者の顔写真にそっくりだった。

 

「ふーん。まあいいわ。中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)よ」

「…………そうか」

「そうかって何よ! もっと違う反応とかないの?」

「あー。代表候補生なのか。すげーな」

「……アンタ、喧嘩売ってるわけ?」

「…………あー、もう面倒だなあ……おれ、眠いんだよね」

 

 大きな欠伸をしながら、目の前の男子は怠そうに踵を返す。

 

「ち、ちょっと!?」

「こっちだ。本校舎一階総合事務受付に用があるんだろ」

「え、あ……うん」

 

 静馬の発言の意図が一瞬だけ理解できなかった。どうやら、彼は鈴を案内してくれるのだと遅れながらに理解した。見た目と違って、静馬は観察眼に優れているのだと。

 鈴音は静馬を軽く警戒しながらも、後を付いて行く。

 

 ポケットに両手を突っ込みながら、鈴音の歩幅に合わせて歩く静馬の後ろ姿。その姿になぜか、頼りがいのようなものを感じてしまう。初対面の態度からして、そんなことはありえないはずなのに。

 

「……こんな夜中にご苦労様だな」

 

 とつぜん、静馬が話を振ってきた。

 暗がりで、しかも男子と二人っきりという状況に気遣っての発言なのだろうか。鈴音は軽くそんなことを考えながら、返事を返す。

 

「飛行機の都合でね。そんなアンタはこんな時間まで何してたのよ?」

「俺は適当にIS展開の練習をしてた。展開速度は重要だからな」

「ふーん? どれくらいIS使えるのよ」

「全然だ。生身とISでの差が激しくて慣れなくてな」

「……へぇ。ところで、織斑一夏って何組か知ってる?」

 

 さっき、静馬と勘違いした幼馴染の男子のことを尋ねてみる。二人しかいない男性操縦者のことを知らない人間がIS関係者、それもIS学園の生徒が知らないわけがない。だから、鈴音は思い切って聞いてみた。

 

「一組だ」

「アンタは?」

「俺のことは別にいいだろ。で、ここが目的地の本校舎一階総合事務受付だ。後はもういいな?」

 

 ――いつの間にか、鈴音は目的地へとたどり着いていた。

 気怠そうにしながらも、ここまで案内してくれた静馬にありがとう――と、そう言おうとして、

 

「あ、あれ?」

 

 そこにはもう既に静馬の姿はなかった。




最後は鈴から見た深見静馬という男の印象。

それにしても鈴の口調も安定しないかも……たっちゃんよりはやりやすいけどね。
はやくたっちゃんの出番を増やしてあげたい。



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2.クラス代表就任パーティー

お気に入り登録数が100件を超えました。




 パーティ。

 

 またの名を『織斑一夏クラス代表就任おめでとうパーティ』。

 一夏はクラスのほぼ全員から拍手を受けている。クラッカーも弾け、一夏の頭はテープだらけ。

 心の底から俺がクラス代表に選ばれなくてよかった。マジで。一夏には悪いが、本当に感謝している。

 そして、パーティの主賓である一夏だが……全然おめでたくなさそうだった。

 

「これでクラス対抗戦も盛り上がるね!」

「ほんとほんと」

「ラッキーだよね、同じクラスで」

「うんうん」

「このクラスも安泰だねぇー」

 

 そんな感じで女子たちは勝手に盛り上がっている。

 しかも、二組の女子まで混ざって。

 ……なんでいるんだよ?

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生である織斑一夏君と深見静馬君に特別インタビューしに来ましたー」

 

 眼鏡をした女生徒が大きな声で言う。

 

 ……え、俺も?

 

 インタビューという言葉に生徒たちが『オー!』と盛り上がる。

 オーじゃないよ。オーノーって言いたいよこっちは。

 せっかく隅っこの方でサワー・グラスに入ったコーラを飲んでたのに……。

 仕方ない……俺もそっちへ行くか……。

 

「おー、キミが深見静馬君だね? よろしくね。はいこれ名刺」

 

 あ、どうも。なんて頭を下げながら名刺を受け取る。

 名前は黛薫子というらしい。黛って字と薫って字が混同しそうだな。

 ……って二年生か。じゃあ、たっちゃんとも知り合いだったりするのか……?

 それに俺と同い年だ。やったね。

 

「では早速インタビュー! まずは織斑君ね。クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

 ボイスレコーダーを向けながら、瞳を輝かせている。

 

「えーと……」

 

 そう言いながら、俺の方と篠ノ之箒の方を見る一夏。

 篠ノ之箒は目を逸し、俺は目を合わせた上で無視。

 

「まあ、なんというか、がんばります」

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」

 

 それは何目線なんだろうか? ファッション誌とかに載ってそうな台詞だな。

 

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

 

 一夏って何時生まれの人だよ。その台詞って結構前じゃん。

 

「じゃあまあ、適当に捏造しておくからいいとして」

 

 こうやって新聞記者による捏造問題が蔓延るんだよ。インタビューを受けたとして、そのまま掲載されるケースなんてほぼないからな。それか音声と音声を繋ぎ合わせて、言葉遊びのように台詞をつくるんだぞ、知ってたか?

 

「じゃ次は静馬君ね」

 

 こういう時のコメントって何を言えばいいんだろうか? 適当に流してしまってもいいが、変な捏造を流されては困る。かといって、大仰なことを言ってしまえば後に響く。うーん、困ったぞ。

 

「えー。なんだ。その、アレだ。オレに触るとヤケドするぜ――?」

 

 適当にポーズまで作り、高らかに宣言。ついでに声も低くさせる。

 これならばインパクトで捏造はされないだろうな。まあ、少し目立つけど捏造されるよりはマシだしな。

 黛薫子が目を点にさせ、驚きを露わにしている。……ちらほら笑っている生徒もいる。

 一夏に至っては『大丈夫か……』みたいな目をしている。お前よりはマシだろうが!

 

「お、おー! イイね静馬君! 新聞の見出しは『オレに触るとヤケドするぜ』に決定っと」

 

 ……まあ、いいだろう。見出しは少し恥ずかしいが、捏造がないのなら良しとする。

 

「じゃあ最後にセシリアちゃんね」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですね」

 

 好きではないと言いながらも、満更ではなさそうな笑みのセシリア。

 まあ、インタビューとか好きそうだもんな。

 

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したのかというと、それはつまり――」

「ああ、長そうだしいいや。写真だけ頂戴」

「さ、最後まで聞きなさい!」

「いいよ、適当に捏造しとくから。よし、織斑君に惚れたからってことにしよう」

「な……! ち、違いますわ!」

 

 少しだけ顔を赤くさせ、怒りを露わにするセシリア。うーん、一夏が本当は好きになっていて、図星だったのだろう。だから怒っているわけだ。

 

「何を馬鹿なことを」

 

 と、一夏が人を小馬鹿にしたような顔で言う。

 ……うわあ。これはセシリアもダメージデカいな。

 

「そうかなー?」

「そうですわ。何を持って一夏さんを好きだなどと」

 

 ……あ? なんでセシリアは一夏に同調しているんだ?

 しかも、何故かセシリアが一瞬こっち見てきた。

 ――なんだ? どういう意図があるんだ?

 えっと、つまり、この場を流してくれってことか?

 頼む相手を間違えてるぞ……。まあ、協力してやろう。

 

「黛薫子さん。セシリアと一夏をからかうのはやめてあげてください」

「ほー? じゃあ静馬君がセシリアに惚れてる……っと」

「……いや、全然?」

「えっ?」

 

 意外そうなセシリアの声。心なしか落ち込んでまでいるように見える。

 ……あ? 何か間違えたのか?

 

「はいはい、もうわかったわ。とりあえず三人で並んでね。写真撮るから」

 

 写真か。あまり写真は得意ではないが、嫌がるのも何か違うよな。

 

「そうね~三人で手を重ねるとかいいかもね」

 

 あれか。野球だとかでチームの全員が『勝つぞー!』『おー!』みたいなやつ。

 

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃあもちろん」

「でしたら今すぐにでも着替えて――」

「ダメー。時間がかかるからね。はい、さっさと並ぶ」

 

 黛薫子がセシリアの手を引き、俺たちの元へと連れてくる。

 かなり不満そうだが、先輩相手に断れない様子。

 

「それじゃあ撮るよー。474×27÷4は~?」

「え? えっと……?」

「――わからん」

「答えは3199・5でした」

 

 咄嗟に答えるにしては難易度の高すぎる問題だろ……。

 パシャリ。デジカメのシャッタが切られるが……が、俺たちの周りを囲むように女子が集まっていた。

 みんなも輪に入りたいのだろう。でも後ででもよかったんじゃないのか。

 

「クラスの思い出だからねー!」

「ねー」

 

 と誰かが言った。

 まあ、確かにな。

 俺はグラスのコーラを一気に飲み干す。

 

 パーティは十時過ぎまで続いた。

 思ったより疲れたので、すぐに部屋へ戻る。

 部屋ではたっちゃんがベッドで寛いでいた。

 

「おかえり、静馬くん」

「おう」

「こら。帰ってきたら『ただいま』でしょう?」

「……ただいま」

「おかえりなさーい」

 

 満足したように頷きながら、ニコニコと笑顔なたっちゃん。

 

「楽しかったかしら?」

「そこそこ。疲れの方が大きいけど」

「薫子ちゃんに疲れたかしら?」

「あー、やっぱり知り合いなんだな」

「そうよ? 静馬くんと同じく私をたっちゃんって呼ぶわね」

「……そんなに仲がいいのか?」

「まーねー。機体を組み上げる時にも意見とかもらったりしたし。って静馬くんは初対面から私のことをたっちゃんって呼んでたじゃない。何? お姉さんに惚れてたの?」

「何を馬鹿なことを」

 

 一夏の言葉を借り、間髪をいれずに返す。

 なるほど。こういう時に使うのか。

 というか、俺が楯無をたっちゃんと呼ぶのは「たっちゃん」でもいいって言われたからだ。

 

「じゃあ名前で呼ぶか?」

「たっちゃんでいいわよ。面白いし」

「……そうか」

 

 何というか、名前で呼ぶのは逆に恥ずかしさがあるような。いままで愛称で呼んでたのに、名前で呼ぶのは何かおかしいような……。それに、楯無って名前が女の子っぽくもなければ、名前っぽくもないんだよなあ……結構失礼だけど。

 

「静馬くんも一度見てもらったらいいわ。きっと、役に立つわよ?」

「まあ、気が向いたらな」

 

 まだ会って一回目だが、黛薫子のことが苦手だ。もちろん、たっちゃんも苦手な部類に入るが……同室で生活している以上は回避のしようがない。過激とも言えるスキンシップ的なアレをやめてくれればマシなのだが。というか、常に真面目でいてくれ……。

 

「むー。静馬くんが余計なこと考えている」

「全然考えてないぞ? たっちゃんが面倒……いや、鬱陶しい人だなあ、と」

「ちょっ!? ひどすぎないかしら!?」

「事実だろ」

「ぐ、ぐ……ぬぬぬ」

 

 反論の余地がないのか、『ぐぬぬ』と唸っている。

 普段はすまし顔でイニシアチブを取ってる人がいざ取られる側に回ったら面白いよね。……それすら演技のように見えるのがたっちゃんなんだけども。

 だって、セシリアみたいに本気で『ぐぬぬ』って感じの顔してないし。

 

「まあいいや。俺はもう寝るわ」

「えー。もう寝るの?」

「眠いし。眠いし。たっちゃんと会話疲れるし」

「今どさくさにまぎれてひどいこと言ったわね……まあいいわ」

 

 俺はたっちゃんと会話しながら、洗顔やら歯磨きやら着替えを済ませていた。

 

「おやすみ」

「おやすみ♪」

「…………おい」

「なにかしら?」

「布団に入ってくるな。鬱陶しい……」

「えー。お姉さんと一瞬に寝れるのよ? 嬉しいでしょー?」

「お前は俺のお姉ちゃんとかじゃないけどな……」

 

 本当に何なんだろうか。

 俺に襲われても文句は言えないだろ。流石にしないけど。

 そういうのを見越してるからたっちゃんは恐ろしい。

 想像だが、俺が誰彼構わずに襲うようなクズだったなら、たっちゃんはこういうことを仕掛けてはこないだろう。想像は想像でしかないがな……。

 

「もう何でもいいよ……おやすみ」

 

 もう構うことすら面倒になり、俺は意識を落とす。

 それは特技の一つでもあった。

 

 

 ◆

 

 

 ――――夢を見ていた。

 

『……お前は私と違って才能があるのだな』

 

 白い研究室のような場所で、銀髪の少女が言う。

 

『私は見ての通りの出来損ないだ』

 

 憂いを帯びた瞳で言う少女の姿に、■■■■■■は何か出来ないかと考えた。

 そこで■■■■■■が考えたのは、少女と一緒に居てあげることだった。他の誰かが少女を『出来損ない』と烙印を押して見られるのであれば、自分だけは味方でいてあげよう、と。この妹みたいな少女をそっと抱きしめながら、■■■■■■は決意した。

 

 

 それから、程なくして■■■■■■と銀髪の少女は別の施設へと移送されることとなる。

 

 ――暗転し、シーンが入れ替わる。

 

 ――夢なのにも関わらず、ノイズが激しい。

 

 ――ノイズの向こうで誰かが、話しかけていた。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 何も聞こえない。だが、聞こえる。

 その言葉を理解していないが、理解している。

 誰かはわからないが、知っている。

 

 ――誰よりも、この世界の誰よりも――

 

 ■■は■■■■■■を知っている。

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――、

 

 

『目覚めろ、■■■■■■/■■■■』

 

 

 その言葉と共に、夢は終わる。




最後を除いて、今までで一番薄い話だったのではないでしょうか。
ちなみに静馬は面倒ごとを回避するためなら大体なんでもやります。それが恥ずかしい行為だろうと。

最後シーンはすっごく意味深にしたけど、現状では銀髪の少女ぐらいしかまともわかってない状況ですね。

まだ物語は始まったばかり(9/22~9/26)
……意外と進んでる? 展開としては全然だけど!

読者が飽きてしまう前に進めなければ……むずかしい。




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3.転校生は凰鈴音

……総合UA数が5,000突破。

皆さんありがとうございます。




「深見くーん」

 

 朝から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 入学から約一ヶ月も経ったが、未だに顔を見なければ名前が出てこない。一組であれば顔を見れば名前がきちんと出てくるのだが……女子の声は同じく聞こえてしまう。

 

「なんだ?」

 

 机から顔を上げ、俺に声をかけてきた人物を見る。

 その女子の名前は相川清香。ちなみ出席番号が一番だ。

 相川清香とは今まで会話したことなかったのだが、今日は何故か俺に話しけてくる。

 席の場所からして、彼女と俺とでは大きく離れている。それならば、一夏に話しかけた方が早いだろう。と思ったのだが……一夏は他の女子と会話をしていた。

 

「転校生が来るって噂聞いた?」

「聞いてない」

 

 聞いてないが、その転校生の名前には心当たりがあった。

 中国代表候補生――凰鈴音。

 最初に会った時はこのクラスには来ないだろうと思っていた。

 実際、このクラスには専用機持ちが俺を含めて三人もいるからだ。中国代表候補生ともなれば、専用機を持っていない方がおかしい。そういう理由で俺は一組にこないだろうと思っていたのだが……。

 

(まさか一組に専用機持ちが四人も集まるとは……織斑姉じゃないけど、寄せ集めてるのか?)

 

「その噂は聞いてないけど、中国の代表候補生だろ?」

「どういうこと? 噂は聞いてないのに知ってる……?」

「こないだ入学手続きしに来てた時に会ったんだよ。ツインテールで、金色の留め金をしてて……小さい感じの女子だ。まあ、名前は自己紹介の時にでも聞けるだろうし言わないけど」

「ほ~! 楽しみにしてるねっ!」

「……おう」

 

 そういえば、代表候補生のセシリアは――

 

「もしかして、わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」

 

 いつものポーズで現れ、会話に入ってくるセシリア。

 

「……そうなのか? それだったら一組じゃなくて二組とか三組とかの転入じゃないか?」

「一組に転入するというのは確定事項ですの?」

 

 あー。その可能性があったか。別に一組に転入が確定しているとは誰も言っていない。

 その噂がたまたま一組で流れていただけで、本当は別のクラスの噂なのかもしれません。

 

「そうだな……二組かもしれんし、三組かもな」

「ふふふ、クラス対抗戦が楽しみですわね……!」

「いや、対抗戦に参加するのは一夏なんだが……」

「……そ、そうでした」

 

 セシリアって意外と抜けてるよな……。

 

「ふん。このクラスが決定したわけではないのに、騒ぐことはあるまい」

 

 そう言ったのは、一夏の近くにいた篠ノ之箒。

 女子は噂話に敏感なんだよ。女子力ねぇな。

 

「ってツインテール?」

 

 俺が挙げた特徴に一夏が食い付く。あー、そういえば凰鈴音が一夏のことを聞いてきたっけか。

 もしかして、昔馴染みなのかね。一夏のことを聞いてきた時の凰鈴音は妙にそわそわしてたし。

 同じクラスの可能性が低くて可哀想だな。どんまい。

 

「そういえば、一夏」

「なんだ?」

「中国の転校生を気にするのはいいが、対抗戦の練習とかはしてるのか?」

「できる限りで頑張ってるぞ。あ、そうだ。静馬も一緒にやらないか?」

「……いや、ことわ――」

「いい、いいですわね!」

 

 ……あ? 俺が言い終えるよりも先にセシリアが答える。

 あ、あれー。今って俺喋ってたよな……?

 

「人数がいるに越したことはありませんのよ? それにわたくし、セシリア・オルコットが相手になってさしあげますわ。で、ですから……静馬さんも一緒にどうかしら」

 

 セシリアが何故にノリ気なのか。その原因は俺にあった。

 たしか、前に授業で一緒に訓練しませんか? みたいなことを言われてたのだ。あの時はたっちゃんという教えてくれる人がいたし、面倒だったので断ったのだった。だからセシリアはこの機会に訓練しよう! ってことなんだろう。うーん、面倒だなあ……。

 

「一夏が絶対に優勝するってならいいぞ」

「えぇ……確約はできないぞ?」

「……じゃあ俺は抜けるわ」

「そんな気概では困りますわ! 一夏さんには絶対に勝ってもらいませんと!!」

「そうだぞ。武士たるもの弱気でどうする」

「織斑くんが優勝したらみんな幸せだよー!」

「おりむ~がんばって~」

 

 セシリア、篠ノ之箒、相川清香、布仏本音……他、クラスメイトが一夏に群がっていく。

 それはまるでモテモテのイケメン男子に駆け寄る構図だ。やはり、イケメンは得だな。そして、平凡な顔というのも得だな……。モテるとか勘弁だし、俺。

 

 実のところ、みんなが盛り上がっているのは原因がある。学食フリーパスが原因だ。クラス対抗戦で優勝すると、クラスにフリーパスが進呈されるのだ。当然、金銭的に余裕のない俺は欲しい。だったら俺がクラス対抗戦に出ればよかっただろ。って話だが……それはそれで面倒。だから一夏には優勝してもらわねば。

 

「今のところ、専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから。余裕余裕よ」

「その情報古いよ」

 

 会話に割り込んできたのは、教室のドアに寄りかかっている人物だった。

 そして、ついさっき話題になっていた人物で――。

 

「二組もクラス代表が専用機持ちになったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 噂の転校生――凰鈴音だった。

 

「鈴……? 転校生ってやっぱり鈴だったのか!」

「そうよ。中国代表候補生――凰鈴音。宣戦布告に来てやったわけ」

 

 ツインテールを揺らしながら、宣言する。

 

「何格好付けてるんだ? すげえ似合わねぇ」

「なっ……!? なんてこと言うのよっ!!」

 

 一夏から見れば、あの姿の凰鈴音はカッコ付けで、この状態こそが素の凰鈴音らしい。

 ってやっぱり一夏の知り合いだったのか。まさか中国に知り合いがいるとは……半信半疑だったわ。

 そんな凰鈴音の後ろから、誰かが話し掛ける。あ……。

 

「おい」

「なによ!? 邪魔しないでよ!」

 

 振り向いた凰鈴音の顔面に出席簿が振るわれ、『バスンッ』って音が鳴る。

 う、うわあ……他クラスの生徒にも容赦ないなあ。

 その誰かとは、織斑千冬だったわけだ。

 

「もうSHRの時間だ。とっととクラスに戻れ」

「ち、千冬さん……」

「いいからさっさと戻れ。入り口に立つな。あと織斑先生と呼べ、馬鹿者」

「す、すいませぇん……」

 

 出席簿の一撃で涙目な凰鈴音。なんだか小動物って感じだ。

 

「ま、また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏! あと、そこの男も逃げないでよね!?」

「は? お、俺も……?」

「いいからさっさと行け」

「は、はいっ……!」

 

 織斑姉に叱責され、急ぎ足で教室から出ていく凰鈴音。

 てかなんで俺まで? 何もしてないだろ、俺。

 

「一夏。今のは誰だ? 知り合いか? 親しそうだったな」

「静馬さん! あの子とはどういう関係ですの!?」

 

 俺と一夏に篠ノ之箒とセシリアが迫るように聞いてくる。

 ……うるさいなあ。もう少し静かに――

 

 シュッ、シュッ、ビュンッ――。

 

「いいから席につけ」

 

 チョークが二本飛び交い、篠ノ之箒とセシリアに直撃する。

 うわあ……チョーク投げとか始めてみたな。てかチョーク投げって格好いいよな。俺もやってみるかな、今度。

 

「SHRを始める――」

 

 そして、今日も変わらぬ日常が始まるのだった。

 

 

 ◇

 

 

「それで静馬さん。あの子とはどういう関係なんですの?」

 

 授業が終わり、昼休みに突入した瞬間にセシリアが俺に話し掛けてくる。

 様子はさっきより落ち着いている。

 内容はクラスに宣戦布告をしに来た凰鈴音のことだった。

 

(どういう関係って……まだ案内役と案内され役でしかないんだがなあ……)

 

「別に関係とか特にない」

「ですが、彼女はあなたのことを……」

「……何かした記憶もない」

 

 本当に何かやらかした記憶がない。ちゃんと案内を終えてから帰ってきた。

 少し口数が少なかったけど、少し無愛想だったかもだけど、初対面相手にアレはよくやった方だと思うんだが……本当に何が気に入らなかったんだよ。

 

「静馬、一緒に学食行こうぜ」

「別にいいけど」

「わたくしも付いていきますわ!」

「む……」

 

 篠ノ之箒は苦虫を噛み潰したみたいな顔をしている。

 あー、確か……一夏のことが好きなんだっけか。だからセシリアの参加が残念なんだな。

 ……もしかして、俺って一夏の修羅場的なやつに巻き込まれかけてるのか!?

 

「いや、やっぱ俺は――」

「さ、行きましょう静馬さん!」

「お、おいっ! お、おい、引っ張るな……って力強ッ!?」

 

 ガッチリと腕を組まれ、連行される。

 細い腕からは想像もできない力が発揮され、しかも腕を巻きつけるもんだから抜け出せない。

 その様子を見ていた篠ノ之箒は安心したようにため息を吐き、一夏は微笑ましい感じでこっちを見てる。お前ら助けろよ!?

 

 俺はセシリアに連行され、一夏と篠ノ之箒の他にクラスメイト数名が付いてきて、食堂に到着。

 

「もういいだろ……逃げないから離してくれ」

「もう少し、もう少しだけですわ」

「……まあ、いいけど」

 

 少し動きにくいが、別に引っ張られないなら問題ないか。

 さて、何を食べようか。

 誰かに何を食べたい? と聞かれた時に開口一番でラーメンと答える俺だが……このメンバーでラーメンをズルズルと啜るのはどうなんだろうか。くっ……これだから他人とご飯を食べるのは嫌なんだよ!

 ちなみに一夏は日替わりランチで、篠ノ之箒がきつねうどん。……うどん。俺もうどんにしよ……。

 

「で、セシリアは何がいいんだ?」

「では洋食ランチでお願いしますわ」

「おう……」

 

 前に俺が勝手に押した『洋食ランチ』だった。前にも洋食ランチを食べてたし、ハマったのだろうか。

 

「セシリア。俺に引っ付いてたらトレーを運べないから離れろ」

「……仕方ないですわね」

 

 セシリアが名残惜しそうに俺の腕から離れる。

 ほっ……腕が軽くなった。いや、別にセシリアが重いとかではない。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 俺たちの前に仁王立ちで立ち塞がり、一夏に指をビシっと向けるのは転校生・凰鈴音。

 ……てか、そこに立たれると邪魔だ。むしろのクラスメイトとかが睨んでるぞ。

 

「まあ、とりあえずどいてくれ。通行の妨げになってるぞ」

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 

 よく見ると、凰鈴音はトレーの上にラーメンを乗せている。

 なん……だと……? 

 凰鈴音が乗せているのは王道中の王道である醤油ラーメン! 塩ラーメンや味噌ラーメンとは違い、あまり人を選ばないラーメンの味。ラーメン屋に入って迷ったらとりあえずは醤油ラーメンで様子見。そして美味しければ通うし、美味しくなければ次から別の店へ……と図れることで有名な醤油ラーメンだ! ま、まじかぁ……俺も醤油ラーメンにすればよかった。あー、きつねうどんと交換してくれないかな? ああ、食べたい。

 

「ら、ラーメン……ごくり」

「な、なによ。怖いわね……」

「……なんでもない。ラーメン伸びるぞ、凰鈴音」

「なによ! アンタたちを待ってたんでしょうが! どうして早くこないのよ!」

「悪い……もっと早く来るべきだったな……」

 

(本当に早く来るべきだった……っ! まさかIS学園でラーメン好きと出会えるとは……! 凰鈴音はいいやつに違いない……)

 

 ちなみに俺は伸びたラーメンでも美味しく頂ける。伸びたら美味しくないと言われがちだが、実際は伸びても超美味しい。……あ? 伸びたラーメンは美味しくない? 馬鹿野郎……それはお店が悪い。二年くらいラーメンでも食べてから出直せ。 

 

「それにしても久しぶりだな。一年ぶりか? 元気してたか?」

「げ、元気してたわよ。アンタ、たまには怪我病気になりなさいよ」

「どういう希望だよ、そりゃ……」

 

 む……? 凰鈴音と一夏は仲が悪いのか? 

 怪我病気になれ、なんて仲の悪い友達くらいしか言わないだろう。てか仲の悪い友達っておかしいな。

 どちらにせよ、俺には関係のないことだ。

 

「ゴホンゴホン」

「おい、一夏。お前の注文の品が出てるぞ。早くしろ」

 

 ――ラーメンが伸びる。

 

 今日の日替わりは鯖の塩焼きだそうだ。

 

「お。向こうの席が空いてるな。行こうぜ」

 

 一夏が率先して動き、それに俺たちが付いて行く。

 デートとかでのエスコートとか上手そうだな。俺だったら普通に「どこでもいいぞ」って答えるのが関の山だと思う。というかデートなんてする機会はないけどな。

 

「鈴っていつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? 食堂は? いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。そういうアンタこそなんでISなんか乗ってるのよ。ニュースで見た時にびっくりしたじゃない」

 

 一夏の質問責めには答えず、一夏がISに乗ったことを言う。

 それは俺もびっくりした。世界で初の男性操縦者を発見! その名も織斑一夏! って顔写真とセットで放送されてた。この国には個人情報保護の概念はないのだろうか。ちなみに俺も晒されてた……。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

「そうですわね。どういう関係なんですの? お付き合いしていらっしゃるとか?」

 

 座っている席は俺の隣にセシリア。一夏の両脇に鈴と篠ノ之箒。

 

「べ、べべべ、べっつに付き合ってるわけじゃ……ぁ」

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染、幼馴染だよ」

「そうでしたの。それは失礼しましたわ」

「…………む」

「ん? 何を睨んでるんだ?」

「なんでもないっ!」

 

 ただの幼馴染という発言に鈴が軽く怒る。

 ああ、これは鈴も一夏のことが好きなパターンか。どうなってんだ……篠ノ之箒、セシリア、凰鈴音が一夏に惚れているだと? 別にモテたいわけじゃないが、流石に不平等だと思う。この中の一人くらい俺に惚れてるやつがいてもいいんじゃねーの。

 

「幼馴染って篠ノ之箒も幼馴染なんだろ? 篠ノ之箒は知らない様子だが、どういうことだよ」

「ああ、箒が引っ越していったのが小四の終わりで、鈴と会ったのが小五の頃。で、中二の終わりに国に帰ったから箒と鈴は面識がないんだ」

「なるほど……」

「鈴、前に話したろ? 道場の娘の幼馴染」

 

 納得はした。しかし、解せないことが二つもある。一つは単純に「幼馴染」という言葉の使い方が間違っているのでは? ということ。まあ、こればっかりは明確な区別はないからいいんだけどな。で、もう一つは凰鈴音の経歴だ。一夏が凰鈴音とは小四の頃に会い、中二の頃に国へ帰った。と言った。ということは、小四から中二までの間に凰鈴音はISに触れていなかったと思われる。そこから考えると、凰鈴音は約一年で中国の代表候補にまで上り詰めたということに他ならない。……これは異常というか、天才と呼ぶべきか……。一夏と凰鈴音じゃ実力に差がありすぎる。……こりゃあ、優勝は無理だな。

 ……セシリアがクラス代表なら勝ち目はあったのになあ……。

 

「それはおかしいですわ」

「何がだ?」

「凰鈴音さんは一年で代表候補に選ばれたということ……ですわよね? それはちょっと……」

 

 どうやらセシリアも俺と同じ疑問を感じていたらしい。

 それに凰鈴音が余裕の笑みで答える。

 

「あたし、強いもん。一年くらいどうってことないわよ」

「……っ」

 

 一年くらいどうってことない。その発言にセシリアは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 詳しいセシリアの事情はわからないが、一年以上の時をかけて代表候補に選ばれたのだろう。だから、一年くらいと言われて堪えたのだろう。

 

「一夏、そういえばアンタってクラス代表なんだって?」

「お、おう……強引にな」

 

 うどんをチュルチュルと啜りながら、一夏と凰鈴音の話に耳を傾ける。

 その凰鈴音はラーメン丼を持ち上げ、ごくごくとスープを飲み干す。

 予想以上の男らしさに、感動を覚える。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

「そりゃ助か――」

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ!」

 

 いつの間にか飲み干していたうどんの丼を叩き付け、ビシっと言う。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでて」

「関係ならある! 私は一夏にどうしてもと頼まれたのだ!」

 

 うわあ、さっそく修羅場だ……。

 

「こほん。一夏さんは一組の代表なのですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から少し図々しいのでは?」

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いし」

「それを言うなら私の方が早い! 一夏とはうちで食事をしている間柄だ」

「はあ? うちで食事? そんなのはあたしもよ」

 

 ……後からってそういう意味じゃないけどね。先に教える約束をしてたのは篠ノ之箒だって話だぞ。

 静かに食事を摂れないのか……まあ、いいや。

 

「なあ、セシリア」

「なんですの?」

「……違う席に行かないか?」

「そ、そうですわね! もちろん、付いていきますわ」

「そうか。それなら行こうぜ」

 

 厄介な修羅場から逃げるため、俺とセシリアは静かに席を離れたのだった。

 

(うどん伸びちゃってるなあ……)

 

 というか、一夏に惚れてる(と思う)セシリアを連れてきてよかったのか?

 ……いや、実は惚れてないのかもしれない。本人から聞いたわけじゃないし。

 まあ、付いてくるってなら別にいいけどな。

 案の定というかなんというか、篠ノ之箒と凰鈴音は離れる俺たちに気づいてはいなかった。




すまない、本当はもっと早く投稿するべきだった。
……言い訳をすると、主人公機の設定を練ってたら執筆時間が潰れた。
まあ、日付変更には間に合わせましたけどね!

これを読んでる人で、内容が原作と同じじゃん! 
って人がいると思います。はい、そうです。展開が原作と結構同じです。
ただ、シリアス展開を用意しようと考えてるので……こういうかけがえない日常シーンが今後に生きると思うんです。はい。

まあ、第三章からはぐっと展開が変わっていくと思いますので……それまでお待ち下さい。
できるだけ早い更新を心掛けますので。

*静馬はラーメン大好きですが、猫舌なので少しだけ食べるのが遅いです。

*静馬のお姉ちゃんもラーメンがつくれる。

*鈴が静馬に触れないのは、一夏のことで頭がいっぱいだから。


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4.楯無の報告

 既に外は暗く、窓の外は闇が支配している。

 そんな中、楯無は学園長室の前に立っていた。

 

「失礼します」

 

 重厚な防音扉を開き、中へと足を運ぶ。

 

「ああ、更識くん」

 

 楯無を向かい入れたのは、温厚な笑みを浮かべる初老の男性。

 楯無の目の前にいるこの男こそが、事実上の学園長だ。表向きは彼の妻が務めているが、実際には彼が実務や運営などは彼が取り仕切っている。男尊女卑の世界において、男性が上の立場に席を置いているのは珍しいケースと言え、この人物が並々ならぬ人物であることの証明に他ならない。

 

「それでは報告をお願いするね」

 

 男性は机に手を置きながら、楯無に言葉を促す。

 温厚な笑みを浮かべている男性。その頭は総白髪で、顔には年相応の皺と傷が刻まれている。

 その彼の普段は用務員であり、学園長よりも学園に熟知しているために『事実上の学園長』と呼ばれているのが彼、轡木十蔵だった。

 

「まず、織斑一夏くんに関してですが、特に問題はありません。彼の幼馴染である篠ノ之箒による損害を除けば、です」

 

 楯無は普段の茶目っ気を一切出さず、真剣な表情で報告を始める。

 

「正直、損害額は馬鹿になりませんが……。こちらは指して問題ではないと思います。ただ、担任である織斑先生には報告を入れましたが」

「そうですね……若い者には色々とあるでしょう。それに若い男女ともなれば」

 

 十蔵は用務員の仕事の際、一夏と箒の会話を何回か耳にしていた。そこから箒が一夏に特別な感情を抱いているであろうことを年の功で察していた。それに男女を同じ部屋にしてしまったという面もあり、十蔵も指して問題に感じていなかった。

 

「次に深見静馬くんについてですが――」

 

 そこで楯無の声が少し、ほんの少しだけ途切れる。

 

「彼のIS能力は平均的です。試合で見せたような動きなどは確認できませんでした。ですが、生身における身体能力は条件的にではありますが異常な反応を見せます」

 

 楯無は最初に実力を測るために組手をした時の事を思い出しながら、報告を続ける。

 

「正直、驚きの一言です。身体能力と動きだけで言えば軍隊でも通用するレベルですね」

「更識くんにそこまで言わせるとは……私も一度話してみたいですね」

「今度言っておきます」

 

 楯無は静馬の面倒くさそうな顔を思い出し、内心で軽く笑いが込み上げる。

 

「次は深見静馬くんの経歴ですが……どこにも異常は見られませんでした。一般家庭に生まれ、両親は病気で他界。家族は深見くんと姉の二人。至って普通の家族です」

「それではあの身体能力は不自然。そういうことですね」

「はい」

 

 静馬の動きには様々な格闘術が含まれていた。彼が主に多用するのはクラヴマガとサンボと呼ばれる近接格闘術。主に軍隊で使われる近接格闘術なだけに疑問点が多かった。実は彼が軍のスパイなのでは、と思ったのだが不自然な点は一切ない。それでも一般男性以上に身体は鍛えられていたが。

 

「更識くんには苦労をかけますね」

「これぐらいはなんとも。特に問題は発生していませんし」

 

 そのことで楯無が問題を抱えるような自体には至っていないし、このぐらいで根を上げるようなほど柔でもなかった。

 

「さて……報告はここまでにして、お茶にしましょう。お菓子も用意してありますから、よかったらどうぞ」

 

 その言葉に楯無は真剣な表情を辞め、瞳を輝かせる。そこにいたのは真面目な生徒会長ではなく、年相応の女の子の姿でしかなかった。

 

「十蔵さんのお菓子チョイスは最高ですからね。楽しみだなあ♪」

「はははっ、そんなに大したものではありませんよ」

「いえいえ。本当においしいです。あ、そうでした! 私はお茶を持ってきたんですよ?」

「まさか布仏虚くんの?」

「ええ、そうです」

「おお! 彼女のお茶は最高ですからね、これは久方ぶりに心が踊ります」

 

 年相応の反応を見せる楯無、年甲斐もなくはしゃぐ十蔵。

 まるでその光景は仲の良い友達のようで、そんな二人を学園の長と生徒会長とは思いもしないだろう。




今回は本当に短いです。

実に2,000文字未満。

少しでも主人公……静馬くんの印象と能力を話に入れたためにできました。
実際はあんまりわかってないけど。



*原作にはなかった轡木十蔵の傷を追加(オリジナル)

*十蔵が用意したお菓子はベルギーのワッフルとイギリスのアップルクランブル(アップルパイとも呼ばれる)。

*今回用意された茶葉は「キームン」原産地は中国。

*篠ノ之箒による被害内容

・ドアを完全破壊&金具ごとふっ飛ばした




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5.対抗戦前

実際は対抗戦一週間前ですけどね。


――鈴が転校してきてから数週間。

 

 その間にクラス対抗戦(リーグマッチ)のトーナメントも決まり、一夏が一回戦目にして鈴と当たるということが起きた。当然、今の一夏では中国代表候補生である鈴に敵う余地はない。慢心していたセシリアと試合した時とはワケが違う。まあ、最初に俺が試合をしてからセシリアは一夏相手に本気を出して五分もかからなかったとか。

 

 もちろん、それ以外にも色々とあった。

 

 鈴が一夏と喧嘩をしたり、俺が鈴とラーメンをキッカケに仲良くなったり、一夏をセシリアや篠ノ之箒と一緒に訓練することになったり。色々と疲れる数週間だったが……実りがなかったというわけではない。

 まず、一夏との訓練をすることによって俺の操作技術も向上した。生身とIS時での差異が動きに出ていたが、それもなくなって今では生身と変わらないように動かせるようになっていた。

 

 いま、俺たちはアリーナへと向かっている途中だ

 

「一夏、来週から対抗戦が始まるぞ。実質訓練は今日で終わりだな」

 

 そう言うのは、篠ノ之箒。

 最初に訓練をしていた頃は、セシリアや一夏とちょっとしたことで言い合っていたが、今では落ち着いている。鈴とは仲良くなれた俺だが、篠ノ之箒とは未だに距離のある関係だった。つうか、共通の話題が全くといってもいいくらいにない。篠ノ之箒は篠ノ之箒で一夏以外に興味がないのか、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているし。そもそも俺がめんどくさがり屋だから積極的に話しかけにいくこともない。セシリアみたいにぐいぐいと来るなら別なんだが……。

 

「一夏の操作技術も上がってきてるし、優勝も夢じゃないな」

「そうですわね、最初の頃に比べて上手くなっていますわ。ですが、鈴さんの実力は折り紙付き。一年で代表候補にまで上り詰めた天才ですもの」

「お前ってやけに鈴をライバル視するよな」

 

 ――恋敵的な? まあ冗談はさておき、セシリアは鈴をライバル視している。その理由は鈴の『一年で上り詰めた』という事実がセシリアの中で許せないのだろう。まあ、ライバルは多いに越したことはない。その分やる気とか出るし。俺にはライバルなんていないけど。敢えて言うなら一夏の存在だろうか。同じ男性操縦者として負けられないという気持ちが少なからずある。

 

「当然ですわ! 同じ代表候補生として負けていられませんもの!」

「……まあ、頑張れ」

 

 その言葉に目を光らせ、喜びを露わにするセシリア。

 

 鈴がどの程度の実力を持っているのか、それはわからないが……セシリアならやれるだろう。たぶん。保証はできないけど。

 

「そういえば、篠ノ之箒」

「ん……なんだ?」

「一夏に別で剣道を教えてるんだったよな」

「そうだが」

「…………一夏って剣道はどれくらいなんだ?」

「全然ダメダメだ」

 

 ……ダメダメなのか。

 

 一夏が第三アリーナ・Aビットのドアセンサーに触れ、指紋認証やら脳波だかによってゲートが開放される。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ゲートの先にいたのは、鈴だった。仁王立ちしながらドヤ顔の鈴の姿は……なんというか、子供が胸を張っているようにも見える。正直に言えば、すごく微笑ましい光景だ。

 

「そこの静馬! アンタ、変なこと考えてたでしょ!」

「…………いや、別に何も考えてないぞ」

「すごく微笑ましいものでも見るような目になってたわよ!」

 

 どうやら顔に出ていたらしい。俺って結構表情に出さないタイプなんだがな……鈴が感情の機微に鋭いのだろうか。わからん。

 

「貴様、どうしてここにいるんだ!」

 

 篠ノ之箒が鬼のような形相で鈴を睨む。それに対して、鈴は余裕の表情で「はんっ」と笑う。そして鈴は自信満々に言い切る。

 

「あたしは関係者よ。だからここにいても問題なしね」

 

 そうかもしれんが、敵が同じ訓練場所にいるのは問題だろ。

 

「……鈴。対戦相手であるお前は関係者かもしれんが、色々と問題大アリだろ」

「うっさいわね! アンタは黙っててよ」

「……そうっすか」

 

 まさかの黙れである。これ以上言い合っても面倒なだけなので、俺は潔く引く。

 

「ええい! お前は出て行け!」

「はいはい、脇役はすっこんでてね」

「わ、わきっ……!?」

「で、一夏。反省した?」

「へっ? なにが?」

「だ・か・らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーってそこら辺よ!」

「いや、そう言われても……鈴が避けてたんじゃねえか」

「あんたねぇ……。女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?

 

 ……もちろん、俺は放っておく。触らぬ神に祟りなしってやつだ。……たっちゃんが『今日は放っておいて」なんて言い始めたら風邪を真っ先に疑う。というか、怖すぎて逃げてしまうレベル……。それは置いておくとして、一夏も俺と同じように考えていたようで『変か?』などと口にする。

 

「……ああ、もうっ!」

 

 もうダメだコイツぅ! って感じで鈴が癇癪を起こす。

 まあ、ダメなのは鈴も一緒だけどな。

 喧嘩の原因を考えると問題は一夏にもあるが、鈴にも大きな問題があると俺は思う。というか、あんな約束が通用するわけないだろ。『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だぞ。そこは嘘でもお味噌汁に変換しろよ……。てか一夏が鈍感だって知ってるなら遠回しな発言は通じないってわかってるだろうに。

 

「謝りなさいよ!」

「だから、なんでだよ! 約束覚えてただろうが!」

「あっきれた。まだそんな寝言いってんの!? 意味が違うのよ、意味が!」

「…………一夏。意味はだな――」

 

 俺が面倒になって言おうとした瞬間、鈴の蹴りが顔面に迫っていた。見事な飛び膝蹴り。身構えていなかった俺は顔面に直撃してしまう。が、本気の蹴りではなかったようで軽い痛みで済む。いや、どちらにせよ痛ぇよ。

 

「言わないって約束でしょうが! どいつもこいつも約束守らないわね!?」

「…………」

 

 もう、いいわ。面倒だよ……なんで俺がこんな目に……。

 セシリアが倒れた俺に駆け寄ってきて、顔をハンカチで拭いてくれる。

 

「……鼻血がつくぞ」

「別にいいのですわ。それよりも大丈夫ですの?」

「……鈴が手加減してたからな」

 

 実際に鈴が手加減していなければ、俺の鼻頭は折れていたことだろう。

 そこだけは感謝しなければ。それ以外はラーメン一杯で許してやろう。さもなくば一夏に全部ネタばらししてやるぞちびっ子。

 

「と、とりあえず説明はできないのよ!」

「だから説明してくれりゃ謝るっつーの!」

「説明できないって言ってるじゃない!」

 

 一夏も適当に謝ればいいのに。つまらん意地とかなしにしようぜ。

 

「じゃあこうしましょう! 来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おい、いいぜ。そん時は説明してもらうからな」

 

 何でもとは大きく出たな。一夏もそこまで言われたら引けないだろうし。てか一夏の方が勝ち目薄いから鈴が有利だよなあ……。

 

「説明は……その」

「やめるならいいぞ」

「誰がやめるのよ! 誰が! アンタこそ、あたしに謝る練習でもしておきなさいよね!」

「なんでだよ、馬鹿」

「馬鹿とは何よ! 朴念仁! ヘタレ! アホ!」

「うるさいな、貧乳」

 

 ――ピシッ。

 

 何かがヒビ割れるような音が聞こえた、気がした。

 ――ああ、言ってはならないことを。

 女子を身体的特徴でバカにすると痛い目を見る――お姉ちゃんが口を酸っぱくして言っていた。むかし、俺がお姉ちゃんのことを貧乳だよね。とか言った時は軽く頭を殴られて数時間くらい口を聞いてくれなかったっけか。貧乳のどこが具体的にダメなのかはわからないけど……女子は言われたくない言葉ナンバーツーとかそこら辺らしい。

 

 瞬間、爆発音。

 

 部屋全体を衝撃吹き飛ばすような衝撃が走る。その衝撃は鈴の右腕から放たれており、右腕は既にIS装甲化していた。たしか、部分展開という技術の一つだ。難易度が地味に高く、けれど代表候補生としては必須レベルであるという話を聞いた。

 

「言ったわね!」

「い、いや悪い。今のは俺が悪かったよ。すまん」

「今のは!? 全部アンタが悪いのよ!」

「ご、ごめんって」

「手加減してあげようとか思ってたけど、死を見せてあげるわ……。全力で、本気で叩きのめしてやるわ」

 

 そう言って、鈴は部屋から出ていった。

 その鈴を見て、セシリアが口にする。

 

「パワータイプですわね。それも近接格闘型ですわ」

「……そうっぽいな」

「それにしても一夏さんはもっとデリカシーを持った方がいいですわよ」

「すまん……」

 

 自分でも言い過ぎたと思っているのだろう。一夏は落ち込んだように答える。

 

「……過ぎたことはどうでもいい。訓練をさっさと始めよう」

 

 さっさとISを展開し、アリーナへと降り立つ。

 

(はあ……やれやれ)

 

 そうして、俺は一夏たちと優勝を目指して訓練を始めるのだった。

 




今回も原作と同じ流れ……。うーん、もう少しだけ変化があればいいのにね。
我ながら文才がなくて……。というか、このまま行ったら原作の引用で作品が消されちゃう!? ま、まずい……! ってことで次回からは展開が変わってくると思います。二章は二章で主人公の見せ場も作る予定ですし。というかそろそろ見せ場ないと主人公のいる意味ある? ですからね。

というか、箒と静馬を絡ませたいけど自然な感じで絡ませれない……。
箒のキャラってこんなに難しかったっけ。






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6.クラス対抗戦

お気に入り登録数が150件を超えました。


――クラス対抗戦、当日。

 

 組み合わせは一夏と鈴。

 噂の男性操縦者というネームバリューもあって、アリーナは全席満席。それどころか、通路に立つ人やリアルタイムモニターで観賞するという生徒たちが多くいる。皆がこの試合を期待して見ている。

 

 そんな中、俺はセシリアたちとピットにあるリアルタイムモニターで見ている。既に一夏と鈴は対峙しており、試合開始のブザーがなるのを待っている。一夏の方は緊張をしているのか、リラックスさせるように身体を動かしている。

 

 鈴の専用機『甲龍』は第三世代型の近距離格闘型。ブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位が特徴だ。おまけに凶悪な棘付き装甲が攻撃性を主張している。『甲龍』の特徴はそれだけではない。燃費が非常に良く設計されており、格闘と射撃のどちらも行えるという複合型ISなのだ。どう考えても、一夏に不利な条件が色々と揃っていた。鈴の技術がどこまでのものなのか。それはわからないが、簡単に勝てるような相手でもないだろう。

 

「……勝てると思うか?」

「わたくしが訓練に付き合っているんですもの。これぐらいは勝ってくださらないと」

「……」

 

 いつものセシリアだった。そうだよなあ……セシリアに聞いたらこう返ってくるよな。

 

「一夏、今謝るなら少しくらいは手加減してあげるわよ」

「雀の涙程度だろ。そんなのはいらない。全力で来い」

 

 対ブルー・ティアーズ戦。つまりセシリア戦の記録映像を見て思ったが、どうやら一夏は真剣勝負で手を抜かれるのが嫌いなようだった。流石は道場で篠ノ之箒と剣道を究めんとしてたわけだ。俺は真剣勝負は嫌いだし、負けるのも嫌いだ。手を抜かれてこっちが勝てるならソレでいい。ただ負けるのが嫌なんだよ。そこら辺が俺と一夏の違いなんだろうな。向上心が足りない。だって、ある程度のことは何でも人並み以上にこなせるのだから。

 

「言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギー吹っ飛ばすほどの攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる」

 

 鈴の言っていることは本当のことで、実際にIS操縦者をダメージで殺す為の武装も存在している。もちろん、それは競技規定違反なので対抗戦で見ることはないだろう。しかし、殺さない程度にいたぶることは不可能ではない。だから、鈴が言っていることは本当に間違いではないし、代表候補生の技量であれば可能なのは間違いない。

 それを鈴が脅しではなく実際にやるとは限らないが……。一夏のことが好きな鈴がトラウマになりかねないようなオーバーキルはしないことだけはわかる。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 試合開始のブザーが鳴り響き、試合が開始される。

 

 最初に動いたのは鈴だ。《雪片弐型》が展開された瞬間、鈴の攻撃によって弾かれる。それによって一夏の機体は軽く吹き飛ばされるが、一夏は三次元躍動旋回を上手くこなして鈴を正面に捉える。

 

「ふうん。よく初撃を防いだじゃない。でもね――」

 

 鈴が手にした翼形の青龍刀をペンを回しでもするかのように回し、一夏へと切り込む。高速回転する軌道は読みづらく、一夏は躱しづらそうにしていた。実際、武器を扱う技量も全てが上な鈴だ。ここは一旦引くしかない。そう考えた一夏が距離を取るが――。

 

「そこッ!」

 

 肩のアーマーが鉄球のように放たれ、一夏に直撃する。

 

「今のはジャブだからね――っ!」

 

 見えない何かが一夏のISを吹き飛ばす。その攻撃はシールドエネルギー越しの攻撃で、大きいダメージが一夏に与えられる。吹き飛ばされた一夏が地表に叩き付けられた。

 

「なんだ、あれは……」

 

 篠ノ之箒が疑問を口にする。

 俺も同じようなことを考えていた。予備動作がほとんどなく、見えない攻撃が一夏を襲ったのだから。

 光学兵器の類なんだろうか。

 その疑問に答えたのは、隣で見ていたセシリア。

 

「《衝撃砲》ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、そこで余剰に生まれる衝撃自体を砲弾化して撃ち出す第三世代型兵器ですわ」

「……なるほど」

「砲身射角もほぼ制限がなく撃てるみたいですね」

「……要は背後からの攻撃にも反応できるってわけか」

「一夏……」

 

 ハイパーセンサーの視野角は360度全方位であり、後ろからの奇襲に対しても反応が可能となっている。だから、後ろからの奇襲に対するカウンターとして《衝撃砲》を撃ち込めるということに他ならない。非常に厄介な武装だ。しかし、どんな武装にも弱点が存在する。それは間違いない。が、弱点がわからない。今見た限りで考えられるのは、連射性能と威力だろうか。圧力を加えているということは、その分だけ時間が掛かる。適当に見積もって回避が間に合う程度の。であるからして、空間の歪み値と照らし合わせてある程度は躱せるはず。その間に間合いを詰めて零落白夜の一撃を入れるのが一番だろうか。

 

 一夏は覚悟を決めた面構えで鈴に向き直る。

 

「鈴」

「なによ」

「本気で、行くからな――」

 

 一気に加速した一夏に、鈴が青龍刀で迎え討つ。

 そこで一夏は更なる加速体制に入っていた。

 一夏がこの一週間で身に付けていた技能の一つ――《瞬時加速(イグニッション・ブースト)》。

 一瞬で間合いを詰める最高速度の加速を行うソレは、出しどころさえ間違わなければ必殺へと繋げる最善手となる。使用の際に尋常ではないGが全身を襲うが、ISの操縦者保護機能が働くので問題はない。

 

「うおおおおっ!」

 

 一夏が咆哮を上げ、鈴へと迫った瞬間――

 

 大きな衝撃と共に《正体不明》の何かがアリーナの遮断シールドを貫通して侵入してきた。

 

 もちろん、遮断シールドはそんなに柔な代物ではない。普通は壊れないはずの代物で――。

 

「あれはなんなんですの!?」

「……織斑先生。アレはなんですか」

「わからん。山田先生、アリーナにいる生徒たちに避難を促せ」

「わ、わかりました!」

 

 正体不明の何かによって、アリーナは大パニックへと陥る。

 遮断シールドを破壊できるということは、アリーナへと侵入することも可能だと言うことだ。

 だから、アリーナで観賞している生徒たちの避難が優先であると言える。

 

『全生徒は速やかに避難してください。繰り返します、全生徒は速やかに避難してください』

 

 そんな中、俺はリアルタイムモニターを見ていた。

 正確に言うならば、侵入してきたであろう何かを。

 

 ――深い灰色の躯に、異様に長い手足。異形の全身装甲がそこにはいた。

 何故かはわからないが、アレは人間ではない。と思った。それどころか、俺の身体はあの時のように昂ぶっていく。意識が別の意識で塗り替えられるような気持ちの悪い感覚。誰かが俺の身体を乗っ取ろうとでもしているかのような――。

 

「静馬さん? どうかしましたの?」

「……なんでもない。状況はどうなっているんだ?」

 

 セシリアに話しかけられ、呑まれそうな感覚がなくなる。

 気づけば、俺は数分くらいぼうっとしてたようだ。

 

「今、一夏さんたちに逃げるよう山田先生が言ってますわ」

「織斑くん聞いてます!? 凰さんも! ちょっと聞いてください!?」

 

 秘匿回線で通信を行っていたらしい山田先生が声を大にして叫ぶ。声は上げる必要はないのだが、冷静さを欠いている山田先生は忘れているようだ。というか、一夏は秘匿回線での通信ができないって言ってたような……鈴は流石にできるだろうが。

 

「ふん。本人がやる気なら、やらせてみればいい」

「織斑先生! 何を呑気なことを!」

「まあ、落ち着け。コーヒーだ。飲んで、糖分でも摂れ」

「……あの、先生? それ塩ですけど……」

「………………」

 

 織斑姉にしては珍しく、開口した口が塞がらないようだった。

 一夏のピンチに姉である織斑姉は相当に動揺しているのだろう。重度のシスコンだし。

 

「誰だ塩を用意したのは」

「……織斑先生、塩って書いてありますが」

「糖分も大事だが、塩分も大事だ。さあ、飲め深見」

「……まあ、いいですけど。貰います」

 

 俺は塩入りのコーヒーに口を付けた。

 ……塩、だな。

 

「の、呑気なことをしている場合ではありませんわ! 先生、私にISの使用許可を!」

 

 そんな俺たちの様子を見ていたセシリアが焦れたように声を上げる。

 

「そうしてやりたいところだが、これを見ろ」

 

 織斑姉が端末を俺たちに見せる。そこに表示されていたのは、第二アリーナのステータス。

 

「遮断シールドがレベル4……? 全ての扉や隔壁がロック――あのISの仕業ですの!?」

「そうだ。これでは救援に向かうこともできんな」

「で、でしたら政府に助力を――」

「もう既にやっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、すぐにでも部隊が突入できる」

 

 一見して冷静そうに見える織斑姉だが、言動の節々からは苛立ちを感じさせる。それを抑えられているのは、流石は大人といったところだろうか。

 

「……結局は待っていることしかできないんですね……」

「いや、どちらにせよお前は実働部隊に加えられん」

「な……な!?」

「お前のIS装備は一対多向きだからだ。むしろ邪魔だ」

「そんなことないですわ! このわたくしを邪魔だなどと!」

「ふん。連携訓練の有無は? その時のお前のポジションは? 戦闘想定はどの程度できている? 敵に攻撃を与えるという意味を理解できているのか? 連続稼働時間は――」

「……わ、わかりました! もう結構です!」

「ふん。わかればいい」

 

 織斑姉の言葉の猛攻にセシリアは参ったように両手を降る。

 

「はぁ……」

「……ところで、セシリア。篠ノ之箒はどこへ行ったんだ?」

「あら? そういえばどこへ……?」

 

 どこへ行ったんだ……?

 そう思った時、スピーカーから大声が響き渡る。

 

「一夏ぁっ!」

 

 篠ノ之箒の声。場所は中継室だと思われる。

 

「男なら、男ならその程度の敵をどうにかしてみせろ!」

 

 なんて無茶苦茶な。とは思うが、それで一夏は覚悟を決めたらしい。

 ……俺も、覚悟を決めるべきだろうか。

 このまま傍観していても……。

 

「わたくしもいきますわ!」

 

 ………………。

 

「……俺も行く」

「おい、お前ら――」

 

 後ろで織斑姉が何かを言っているが、今はどうでもいい。

 後で適当に言い訳でも考えるさ。いざとなったらたっちゃんにでも味方をしてもらおう。

 ……たっちゃんを使うのは面倒くさそうだが、織斑姉に説教されるよりはマシかもしれない。というか、身体的スキンシップ的なアレならどちらかと言えば役得だしな!

 

 そんな風に言い聞かせながら走り出しISを展開させる。

 その途中でセシリアを抱き上げながら、ピットを全速力で後にする。

 

「し、静馬さん!?」

「少しだけ我慢してくれ」

 

 顔を赤らめながら、慌てるように身体を動かすセシリア。

 セシリアがISでアリーナへ向かうよりも、純粋な機動力では俺の方が上だ。それにISを展開していたのも俺の方が先だった。だったら、待つよりも一緒に向かった方が早い。

 通路をぶち抜き、アリーナへと出る。遮断シールドは一夏に攻撃によって既に壊されていた。隔壁もISによる蹴りでぶち抜いた。

 

「……えっと、アレだ。ビット攻撃をあのISに頼んだ」

「わ、わかりましたわ」

 

 ……咄嗟に動いたが、やっぱり俺が運ぶよりもセシリアが展開してた方が早かったんじゃないのか、これ。

 まあ、いい。終わったことは仕方ない。

 

「狙いは?」

「完璧ですわ!」

 

 一夏が呟いた声に、セシリアが答える。一夏はこの瞬間を狙っていたんだろう。セシリアが狙撃する瞬間を。

 ブルー・ティアーズによる四機同時狙撃。認識外から飛んできた攻撃に対して謎のISに回避行動を見せることなく直撃する。

 なんにせよ、謎のISは煙を上げて沈黙した。

 

「ギリギリでしたわね」

「……悪いな」

「い、いえっ! 問題なんてありませんわよ!」

「終わり良ければ全て良し――っ?」

 

 ――敵ISの再起動を確認! 

 

「――ッ! 一夏、避けろ!!」

 

 考えるよりも先に声が出ていたが、

 既に遅く、片腕だけのISが零距離で一夏にビームを当てていた。

 

 ――ドクン。

 

 鼓動が跳ねる。

 

 ――ドクン。

 

 全身が沸騰するように熱くなる。

 

 ――ドクン、ドクン。

 

 思考が加速し、ハイパーセンサーの視界が更にクリアになる。

 

 ――意識が、切り替わる――。

 

「うおおおお――ッ!!」

 

 気づけば敵ISに全速力で突撃していた。

 それは文字通りの突撃で、やったことのない《瞬時加速》を土壇場で成功させる。

 

 俺はためらいなく、敵ISに飛び込んで――

 

 

 

 

 ――敵ISを吹き飛ばした。




展開として雑っぽいですかね。
もうちょっとかっこいい感じで書こうと思ったのですが……。
ちなみにまだ少し続きます。では次回をお楽しみに……。

進めば進むほどに雑っぽくなる展開。文才なさすぎィ……。


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7.対無人機

投稿から一週間。


敵ISを吹き飛ばしたが、完全な沈黙には至らなかった。

 ゆっくりと立ち上がり、無機質な機体がオレを射抜く。

 意識のスイッチが切り替わった状態のオレには、脅威にすら思えない。だが、後ろで気絶している一夏を背にした状態では面倒だ。

 

「――セシリア、鈴。一夏を連れて離れろ!」

「アンタ何言ってんのよ! アンタも離れなさいよ!」

「そうですわ! ここは政府の部隊に任せて――」

「部隊の突入には数分程度かかる。だから、それまでの足止めをオレがやる」

「それならわたくしたちもやりますわ!」

「誰が一夏を退避させるんだよ。気絶してるやつを放置して戦うのか?」

 

 実際、一夏を放置した状態で戦えないこともない。それでも被弾しないとは限らないのだ。既に絶対防御が外れ、無力化された一夏が攻撃されれば死ぬこともありえる。だったら、誰かが一夏を運ばなければならない。

 

 ――警告! ロックされています。

 

 極太のレーザー攻撃を回避し、《瞬時加速》でもって間合いを一気に詰め、《単分子ブレード》で片腕を吹き飛ばそうとする。が、腕を蹴られ攻撃を逸らされてしまう。

 

 ――■■■ ■■■■■■■■■。

 

 ノイズで完全にダメになった警告メッセージが耳に届く。

 まさか、ジャミング波まで出してるのか?

 直後、至近距離でレーザーが放たれる。単分子ブレードを盾にし、軌道上から身体を逸らす。盾に使った単分子ブレードがバチバチと音を鳴らし、機能を停止させる。なんて威力だ。どう考えても競技規定違反の威力。

 

「後で加勢でも来ていいから、さっさと一夏を運んでくれ!」

 

 意識のスイッチが切り替わり、自分でも驚愕レベルの動きができるようになっていたが……一夏を守りながら戦うのは非常に辛い。それにオレ自身がコイツとサシでやり合いたいと思っている。高揚感に似た感覚がオレの全身を駆け巡っている。ああ、今なら何でもできるかもな――。

 

「やられるんじゃないわよ!」

「すぐに戻りますわ!」

 

 そう言って一夏を二人が連れて行ってくれる。

 これで心置きなく本気が出せる。

 正直、今のオレがどの程度動けるのかはわからない。が、コイツに勝つ程度なら問題はないはずだ。

 

「行くぞ、無人機。ジャンクになる覚悟をしな。つっても、無人機にはムリか」

 

 無人機――。何故かオレは相対する全身装甲のISが無人機であると理解っていた。

 シルヴァリオ・ヴォルフの武装であるマシンガンを呼び出し、敵ISへ向けて撃ち放つ。奇妙な駆動でマシンガンを回避していく敵ISに笑みが漏れる。

 

 所詮は無人機のガラクタ。人間のような知性がない……。

 

 撃ちながら瞬時加速で接近し、頭蓋であろう場所へ向けて回し蹴り。そこから零距離でのマシンガン。装甲が火花を上げるが、構わずに狙った箇所を射撃。抵抗するように放たれる蹴りやら殴りを細かい加速で後ろへ周り、回避。ピッタリとまとわり付くオレの機動に敵ISは完全について行けてなかった。

 

 ――トドメだ。

 

 片手で故障した単分子ブレードを呼び出す。故障した単分子ブレードは切れ味を失っているが、もう一つの機能は生きている。そもそも単分子ブレードの切れ味は加圧された水をナノマシンによって制御することによって切断力を発生させている。そこにはもう一つの機能が備わっている。それは超音波振動による振動機能だ。水の切断力と振動切断。それが単分子ブレードの機能である。そして、その振動機能は生きている。

 単分子ブレードを宙でクルっと回し、逆手持ちへと切り替える。そして、マシンガンの攻撃によって開けられた穴に単分子ブレードを突き刺し――振動機能を作動させる。

 

 ギュィィィィンン――ッ!

 

 耳を塞ぎたくなるような高音がアリーナ中に響き、ISコアのある中枢へと到達する。

 無人機であっても、ISコアを貫く勢いで攻撃をされてはひとたまりもない。どうせなら、ISコアごと破壊しても良かったのだが……後で学園側が調査することを考えればやめておいた。面倒なことで怒られたくないしな。

 というか、この時点で怒られるんだろうなあ……。

 

 それにしても――オレの身体はどういう仕組みなんだ? この身体能力といい、瞬時に判断が下される思考。まるで訓練された軍人のようで――

 

 瞬間、記憶にない情報が濁流のように流れ込んできた。

 

 

 ◆

 

 白い研究室のような場所に立っていた。

 目の前の男が目覚めたばかりの■■■■■■に話し掛けてくる。

 

 ――■■■■■■。試■ナンバー、■-0002。

 

 それが自分の名前であり、識別番号でもあった。

 

 ――お目■めかな、■■■■■■君。

 

 再度目覚め、また別の男が■■■■■に話し掛けてくる。

 男は後ろにいる人物を見せ、紹介をする。

 

 ――■■■■■試■体、■■■■■。

 

 その人物は少女だった。年端もいかない少女で、身体は痩せている。

 銀の流れるような銀髪に、赤い瞳が特徴。しかし、片目は輝く黄金の瞳が綺麗だった。

 ……■■■■■■は少女に見覚えがあっ――なかった。その少女のことを■■■■■は知らない。

 

 ――今日から、彼女の面倒を見てあげてくれ。

 

 男がそう言うので、仕方なく頷く。

 所詮は■■■■■試■体の一人だ。逆らえるわけもなく、そうする理由もない。

 

 ――よろしく、■■■ちゃん。

 

 ■■■■■■が言うと、少女は小さい声で返事をした。

 

 ――よろしくお願いします、お兄、様。

 

 少女は確かに『お兄様』と言った。

 意味は理解できる。

 では、目の前の少女は■■■■■■の妹だ。なら、守らなければならないと思った。

 

 ――暗転し、シーンが切り替わる。

 

『……お前は私と違って才能があるのだな』

 

 白い研究室のような場所で、銀髪の少女が言う。

 

『私は見ての通りの出来損ないだ』

 

 憂いを帯びた瞳で言う少女の姿に、■■■■■■は何か出来ないかと考えた。

 そこで■■■■■■が考えたのは、少女と一緒に居てあげることだった。他の誰かが少女を『出来損ない』と烙印を押して見られるのであれば、自分だけは味方でいてあげよう、と。この妹みたいな少女をそっと抱きしめながら、■■■■■■は決意した。

 

 ――それから、程なくして■■■■■■と銀髪の少女は別の施設へと移送されることとなる。

 

 仕方のないことだと思った。所詮は研究対象だ。普通の兄妹が成立するわけもなかったのだ。

 だから、■■■と別れたことに不満はない。不満を覚える方がおかしいのであって、■■■■■■はおかしくはないのだから当たり前だ。至って正常である。

 

 ――正常、ではない。

 

 ――その思考が、正常であるわけがない。

 

 ――今更、気づいても遅い。

 

 ――もう既に、適合結果は出ているのだから。

 

 次に、目覚めた時は違う意思の■■■■■■の個体が目覚める。

 コード名から察するに、次の■■は3回目――。

 

 ■■は■■■■■■を知っている。

 

 この記憶が偽りの記憶で、■■としての記憶ではないことを。

 それでも、次があれば、絶対に守るのだと魂に誓った。

 

『目覚めろ、■■■■■■/    』

 

 その言葉と共に、人格は塗り替えられる。

 

 そして、新しい■■■■■■が生まれるのだ。

 

 次に与えられた名前は――、 




投稿して始めてから一週間です!
本当は一週間で第二章まで終わらせたかったのですが、無理でした。

今回は静馬が乱入してきた敵ISを仕留める話です。
本当はもう少し長くなるかな……とか思ってたら瞬殺レベルで決着がついてしまいました。
作品の中でキャラが動くって本当にあるんですね。

ここらへんで静馬が使っている武器に付いて紹介しようと思います。
静馬の専用機である《シルヴァリオ・ヴォルフ》には初期装備として二つの武器が搭載されています。その内、一つが《単分子ブレード》です。

《単分子ブレード》――正式名称は超音波振動型水圧ブレード。圧縮された高密度の水をナノマシンで制御し、その水と刃を振動させることによって『何でも』斬り裂くことのできるブレード。現在は試作段階である。

《マシンガン》――正式名称は正式名称はヴァナルガンド。使用される弾丸はD特殊弾と呼ばれ、銃弾の先端には多結晶ダイヤモンドが埋め込まれている。装弾数は800。

《シルヴァリオ・ヴォルフ》にはあと二つの武装が搭載されているが、第2形態時までロック中である。

という感じです。残り二つの武装も設定は既にあります。

……てか、こういう設定って別に用意した方がいいんですかね。後書きに書いてしまいましたが。


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8.深層領域

『ちょっと、起きてよ』

 

 聞き覚えのない声がオレを呼ぶ。

 しかし、非常に眠い。起きる必要はまだないだろう。

 

『そろそろ起きてよ』

 

 心で考えていたことに返事をされてしまった。

 む……? オレの心を読んでる? 

 

『そうね。貴方は私、私は貴方だから』

 

 何を言っているのか、意味がわからん。

 つまり、オレがお前でお前がオレってコトか。

 

『そうよ。なんだ、理解が早いじゃない』

 

 ……そんなわけないだろ。

 お前、女だろ。オレは男だ。

 実はオレが女だったって言いたいのか?

 オレはいつの間にか正体不明の相手と目を瞑りながら心で会話をしていた。

 

『違うの? 貴方ってば乗れるじゃない』

 

 確かに。女性にしか乗れないはずのISにオレは乗れている。そこから考えれば、オレが女性であるという言い分にも納得が……いや、無理だろ!

 思わず目を開き、目の前にいるであろう人物を見ようとして――

 

 ――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

『――っッ!?』 

 

 目を開いた瞬間、頭の中に正体不明の情報に、意識が正体不明の何かに上書きされそうになる。目を閉じると、頭を割るような情報の嵐が止む。

 

『ちょっと、安静にしてなさいってば』

 

 ……それを早く言え、こちとら頭が吹っ飛ぶかと思ったぞ。

 

『悪いわね』

 

 全くこれっぽっちも悪びれる様子のない声色。

 本当に謝る気があるのか。

 

『ないわよ』

 

 ……ないのかよ。

 というか考えてることをナチュラルに読まないでくれ。

 いったい、どこまで考えてることを読めるんだ?

 

『そうねぇ……貴方が声から私の姿を想像して卑猥な妄想を繰り広げてることも丸わかり』

 

 そんなことは一切想像してないが……?

 言われてみれば、声の正体は相当の美少女のように思える。声だけの想像だが。

 思わず想像してしまう。美少女のあられもない姿を――。

 

『な、何考えてんのよ! バカ!』

 

 思いっきりオレの頬を叩かれる。まるでISで叩かれたかのような強烈な威力。その威力のせいで、想像の美少女がゴツい筋肉女へと変質する。そんな想像をしたもんだから、正体不明の誰かが更にオレの頬をビンタ。

 ……なんだ、これ。非常にやり辛い。それにしても痛みはあるのに、すぐに引いていく。

 

『冗談はここまでしておくわ。少し調整するから待ってね』

 

 そう言って、ひんやりとした手のひらが額に触れる。まるで洗い物をした後のような冷たさ。それが妙に心地よく、心が落ち着く。本当に誰なのだろうか。少なくとも知っている人物ではないはずだ。……いや、お姉ちゃんに似ているような……?

 

『…………もう、大丈夫。目を開けてもいいわよ」

 

 言われた通りに瞼を開く。

 瞳に少しづつ光が射し、視界が広がる。

 

 ――群青の世界があった。

 

 天地共に青く、地平線まで雲一つとない蒼穹が続いている。大地の薄い水が張っており、鏡写しのようにオレの姿が映っている。まるで現実ではなく、夢の世界。

 そして、目の前に立っているのは天使のような少女。小雪のような真っ白な髪に、絹のようなきめ細かい純白の肌。身にまとうは白のワンピース。何もかもが真っ白な少女だが、瞳の色だけは黄金に輝いている。直視すれば失明してしまうかのような太陽と紛う黄金の光。まさに天使、神が降臨したかのような姿だった。

 

『…………えと、そんな風に言われると照れるんだけど』

 

 心の声を読んだ少女が、照れたように目を逸らして頬を掻いた。

 ……本当に心が読めるんだな。

 

『言ったじゃない? 私は貴方で、貴方は私なんだから』

「どういう意味だよ、それは」

 

 次は言葉を口に出す。

 思ったことがそのまま伝わるのは面倒がなくていいが、人と話す時はやっぱり口から声を出した方がやりやすく感じる。

 

「ちなみに私は人間じゃないけどね」

「……まさか、オレの妄想の少女だとでも?」

「そういうわけでもないんだよね。説明したいのは山々なんだけど、それをすると貴方が壊れちゃうから」

 

 オレが喋るのに対して、少女も同じく声を出して喋り始める。

 その声は甘く、優しく、冷たい声。とても不思議な声だった。オレにとっては毒にも感じられる声で、あながち妄想の少女という線も間違っていないように思える。

 

「だから妄想じゃないってば。……まあ、いいわ。好きに解釈して」

「そうか。で、名前は? あとオレに何の用で、此処はどこだ? そもそも……」

「ストップ。質問は一回に限り一個で。貴方のお姉ちゃんも言ってたでしょ?」

「……お姉ちゃんを知ってるのか?」

「だから貴方のことが理解できるんだってば。頭の先から爪先まで全部、ね」

 

 なにそれ、怖いんですけど。

 ……ストーカー?

 

「もう一度引っ叩くわよ」

「…………」

「話が進まないから戻すわね」

 

 いちいち心を読むお前が悪いだろ。

 ……考えた瞬間、少女の眉がピクっと動いた。が、自制したのか話を続ける。

 

「で、私の名前だけど……本当の名前は嫌いだから、ヘルとでも名乗っておくわ」

「へ、へる?」

 

 どう考えても偽名だった。

 ちなみにヘルというのは北欧神話に登場する女神の名前だ。ヘルはニヴルヘイムと呼ばれる死者の国を運営していたと言われ、神話における死の象徴でもある女神の名。目の前の少女の見た目からして、ヘルという名前は似合ってないように思える。どちらかと言えば、神族の名前を付ければいいのに。

 

「別にいいでしょ。嫌ならいいのよ」

「……わかったよ、ヘル」

「じゃあ次ね。貴方に会いに来たのは、貴方の意識が飲まれたからよ」

「……飲まれた、とは?」

 

 心当たりはあった。対抗戦に乱入してきた無人機と戦う際、オレの意思が違う何かに塗り替えられるような感覚があった。自分の身体能力、IS技術、思考速度……そのどれもが自分でも驚くレベルで上がっていた。それがヘルの言う"飲まれる"ということなんだろうか。

 

「概ね正解ね。正確には、今も半分飲まれた状況ね」

 

 そう言って、ヘルは手のひらに手鏡を発生させた。どういう原理なのかはわからないが、ISの量子変換みたいなものだろうか。

 

「これで自分の顔を見てみなさい」

「…………ぁ?」

 

 オレは手鏡を受け取り、自分の顔を鏡に写してみる。

 ――黒髪黒瞳ではなく、銀髪金瞳の男がいた。

 雰囲気がまるで違う別人。

 

「これが、オレ……?」

「そうよ。それが今の貴方の姿。詳しい理由は話せないけどね」

「……治るのか?」

「もちろん。目が覚めたら元通りね」

「……そうか」

 

 元に戻るならば、特に気にする必要もないか。

 こんな見た目だったらお姉ちゃんにも、セシリアにも、鈴や一夏などに心配されるからな。

 

「そして、最後の質問に答えるわね。此処は無我の境地よ。簡単に言えば、境界線とも言えるわね」

「…………」

「別に場所の名前はどうでもいいわよね。無我の境地でも、深層領域でも、記憶の海(メモリー・プール)でも、精神世界でも、意識世界でも……なんでもいいわ」

「……決まった名前は特にない。ってことか?」

「そうなるわね」

 

 ……つまり、この世界はオレの深層領域のようなもので、オレは飲まれそうになったから此処にいる。そういうわけなのだろう。疑問は尽きないが、理解はした。この少女の正体は不明だが、それでも害意のある存在ではないということだ。

 

「そして、時間切れ。現実の身体が目覚めようとしているわ」

「――――!」

 

 意識が急激に遠くなり、視界が不鮮明になっていく。

 朝から風景が夜に切り替わり、世界は暗闇に閉ざされていく。

 

「また、ね。■■■」

 

 少女の寂しそうな声を最後に、

 

 ――ぷつり。

 

 意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 




……この作品はインフィニット・ストラトスの二次創作で間違いありません。
間違いないったら間違いありません。

ということで、今回が初のオリキャラ登場(主人公を除いて)です。
……しかも、主人公に深く関わってそうな意味深キャラとして。
彼女は一体何者なんですかね。

ちなみにヘルと名乗った少女が完全に読み取れるのは、表層意識の思考だけ。
深層心理の思考はチラっとしか読み取れない。それでも感情機微程度なら余裕で読み取れるという……。

てか私ってばどんだけ銀髪(白髪)キャラの追加してんねん。



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9.放課後の食堂

……総合UA数が10,000突破。

ここまで続けられたのは、ひとえに、皆様のおかげです。


「…………う」

 

 ハンマーで叩かれたかのような頭痛が襲い、俺は目を覚ます。

 

(知らない天井だ……って保健室か?)

 

 横に首を回して見れば、ベッドがカーテンで仕切られている。

 どうやら、俺は無人機戦で気絶してしまったようだ。

 ……何か、長い間寝ていたような気がするような。

 

(というか、俺って何が原因で気絶したんだ……?)

 

 きちんと無人機の沈黙を確認したはずだ。コアを貫通させる勢いで貫いて、それから――、

 ……あれ、思い出せないぞ。

 

「起きたか」

 

 カーテンが引かれ、織斑姉が姿を見せる。

 

「あ、はい。えっと、どうなったんでしたっけ?」

「その前に、どこまで覚えている?」

「無人機を倒した辺りまで、ですね」

「……そうか。お前はその後に頭を押さえて気絶したんだ。理由はわからんが……」

「そうですか。まあ、目立った外傷がないなら問題ないですよね」

 

 そう言って、ベッドから状態を起こす。

 頭痛がする以外に目立ったダメージはないように思える。

 

「お前の方は然程ダメージはないはずだ。少ししたら部屋に戻ってもいいぞ」

「……はい。というか、一夏はどうなったんですか?」

「ああ、一夏ならまだ隣で寝てるぞ。背中に衝撃砲を受け、無人機のビームも食らったんだからな」

「……なるほど。確かにダメージは結構蓄積されてますね」

「だがまあ、救命領域対応のおかげで生死に関わりはしないからな。直に目覚めるさ」

「そういえば、そんな機能もありましたね」

「……授業で説明したがな」

 

 本当に忘れていた。絶対防御の印象が強すぎて。

 救命領域対応は絶対防御の一部であり、すべてのエネルギーを防御に回すことで操縦者の命を守る状態のことを指す。この状態になった時、シールドエネルギーが自然回復するまで操縦者は目覚めなくなるというもの。シールドエネルギーがどういう原理で回復するのか、それはわからない。が、そういう機能が備わっているのは事実だ。なので、死に関わるということはない。それでも織斑姉は弟のことが心配なのだろう。表情筋の動きが――?

 

「先生。俺って外見とか問題ってないですよね?」

「急にどうした。特に問題はないぞ」

「……そう、ですか」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ金瞳になった自分の顔が浮かんだ。が、そんなことはないらしい。

 ……どちらにせよ、俺は何故か目が良くなっている。元々視力が1・3ぐらいだった俺の視力が、2・0を軽く超えているような気がする。検査してみないとわからないが。

 

(後でフィジカル・スキャンで確認してみるか)

 

「じゃあ、俺は部屋に戻ります」

「そうか」

 

 ベッドから立ち上がり、保健室から出ようとして、篠ノ之箒の姿が目に入る。

 織斑姉同様に一夏が心配で待っているんだろう。

 

「篠ノ之箒もお疲れ様」

「あ、ああ……って前から気になっていたんだが」

「……?」

「何故、私だけフルネームで呼ぶ?」

 

 少しだけ俺を睨みながらに言う。本人からしたら睨んでいるつもりはないのかもしれないが。

 ……少なくとも、俺にはそう見えた。

 

「……特に深い意味はないけど」

「セシリアや一夏のことは名前で呼ぶではないか。それに鈴も」

「……ああ、最初はフルネームで呼んでたけどな」

 

 俺は基本的に人の名前はフルネームで呼ぶようにしている。

 一夏やセシリアだってそうだ。単純に俺が人の名前を忘れやすいっていう理由で苗字と名前で呼ぶようにしているだけだった。それが篠ノ之箒にとっては気に入らないらしい。たぶん。

 

「じゃあ、篠ノ之でいいか?」

「……箒でいい」

「そうか。じゃあまた明日な箒」

「ああ」

 

 そう言ってから、俺は保健室を出る。

 保健室から出ると、セシリアと鈴が廊下に立っていた。

 こいつらも一夏が心配で待っているんだろうか。一夏はモテモテだなあ……。

 どんな手管を使ったらこんなに女子を侍らせれるのか。逆に疑問だ。おまけに鈍感ときたもんだ。本当に謎

 

「静馬さん、目覚めたんですの?」

「一夏は?」

「ああ、さっきな……で、一夏はまだ目覚めてないそう」

「そうでしたか。でも、静馬さんが元気そうでよかったですわ」

「ふーん……ま、静馬も無事でよかったじゃない」

「頭痛以外は特に問題ないらしいからな。一夏みたいにビーム直撃したわけでもないし」

「では、一体何が原因で倒れたんですの?」

「そうよ、突然倒れたりしちゃって」

「それは俺にもわからん」

 

 これは本当だ。どのタイミングで気絶したのか、全く覚えていないのだ。倒したことは確実に覚えているんだが……。その後が、どうしても……。

 

 ――思い出す必要はないわよ

 

 ふと、誰かの声が聞こえた気がした。

 

「何か言ったか?」

「何も言ってませんわよ?」

「そんなに頭の打ち所が悪かったわけ?」

「……いや、言ってないならいいんだ」

 

 まあ、いいか。

 俺も結構疲れてるのかもしれないな。それで倒れたって可能性が高い。

 シャワーで汗でも流して部屋でゆっくりとするか……。

 ああ、そういえば昼飯を食べてないな。

 

「静馬さん、よかったら一緒に晩御飯でもいかがですか?」

「……一夏が起きるまで待ってなくていいのか?」

「ええ、それは鈴さんや箒さんにお任せいたしますわ」

「……セシリアって静馬のことが――」

「り、鈴さんっ!?」

 

 鈴が何かを言い掛けた途端、顔を赤くさせたセシリアが遮る。

 

「……どうかしたか」

「い、いえっ! なんでもございませんわ! ささ、食堂まで急ぎますわよ!」

「お、おいっ……」

 

 俺の腕を引っ張り、セシリアが早足で食堂へと向かう。

 それに引っ張られながらも、俺は特に抵抗もせずに付いて行く。

 ……セシリアって見た目に反して行動派だよなあ。

 

 そんな俺たちの姿を、鈴は意味深に眺めながら手を小さく振っていた。

 

 セシリアに連れられ、食堂へ到着。

 時間が六時ということもあって、生徒の姿は少ない。

 俺は券売機の前でメニューに悩んでいた。

 

(……いつもならラーメン一択だが、昨日も一昨日もラーメンだからなあ……)

 

 そんな風に悩んでいると、セシリアが何かに気付いたように適当なボタンを押した。

 

「お、おいっ!?」

「ふふ、優柔不断な殿方はモテませんわよ?」

 

 俺が最初にセシリアとご飯を食べた時に俺が勝手にメニューを決めたことを思い出す。

 ……まさか、セシリアにそれをやり返されるとは。というか……前と今じゃ状況が違うだろ!

 で、押されたメニューはなんだ? …………は?

 券売機から出てきた券を見て、固まる。

 

「どうかしましたの?」

「……あの、お前さ……本当に適当に押したな?」

「ええ。でも静馬さん嫌いなものは一切ないとおっしゃってましたわ」

「いや、確かに嫌いなものは……ない、が」

 

 流石にこれはどうなんだ? マジで。

 

「……恨むぞ、セシリア」

「そ、そんなに変なものでしたか!?」

「あ、ああ……嫌いではないが、最悪なメニューだ」

 

 そう言って、俺はセシリアに券を見せる。

 

「泰山風激辛麻婆豆腐、ですの?」

「…………」

 

 泰山風激辛麻婆豆腐。泰山というお店には行ったことはないが、相当に激辛な麻婆豆腐を提供するお店として有名であることは知っていた。辛い麻婆豆腐には花椒と呼ばれる中国由来の調味料がふんだんに使われているのが特徴だ。花椒の辛さは痺れるような辛味が特徴である。当然、この泰山風激辛麻婆豆腐にも使われているだろう。……嫌いなものが一切ない俺だが、激辛麻婆豆腐は別だ。というか、極端に辛い食べ物は苦手だ。激辛ラーメンも好みではないし……。

 それでも、注文してしまったものは食べる他ないだろう。

 

「お待ち!」

「…………うっ」

 

 食堂のおばちゃんが泰山風激辛麻婆豆腐をトレーに乗せ、笑顔で食券を受け取る。

 ……うげぇ。あまりの刺激臭に視界が一瞬だけ真っ白に染まり、意識が飛びかける。本当に人間が食べてもいい代物なんだろうか。あまりの辛さに絶対防御越しにダメージを受けそうだ……。これ、マジで食べるの? 本気? 俺ってセシリアに殺されるんじゃないだろうか。

 

「…………あ、あー、とりあえず席に座ろうぜ」

「あそこが空いてますわね」

「……おう」

 

 座りたいのに、座りたくない。一見して矛盾しているように思えるが、この泰山風激辛麻婆豆腐を席に座って食べるのかと考えると最悪な気分になる。あはは、せっかくだし楽しいことでも考えるか! これをたっちゃんに食べさせたらどんな反応をするだろうか。あの学園最強の更識楯無ことたっちゃんが泰山風激辛麻婆豆腐を食べたらどんな

反応をしてくれるんだろう。うん、なんか楽しくなってきた……。

 

 セシリアと向かい合うような形で座り、泰山風激辛麻婆豆腐をテーブルに置く。その存在感が半端ない。本気を出した織斑姉並に威圧感を放っていると言えばわかるだろうか。きっと、一夏ならば高速で首を縦に振ると思う。間違いない。

 

「……で、俺はこれを――」

 

 ゴクリ、と喉を鳴らす。

 額から汗が流れ、鼻頭を通って、顎から滴る。

 動悸が激しくなり、呼吸が上がる。心なしか瞳孔も開いているような気がした。

 

(……オレは、これを――?)

 

 感覚が一瞬だけ、飲まれた時のような感覚になる。

 しかも、知らない銀髪少女が困り顔で『……ふざけてるの?』とでも言いたげな顔しているのが見えた気がした。

 

「い、いただきます……」

 

 食事の挨拶してから、レンゲを持つ。

 まるで血を吸った魔剣のような重さ。これが、人を殺める重さか……。

 レンゲで一口分をすくって、口に運んでから気付く。

 

(あ……ご飯も用意すればよかった)

 

 瞬間、俺の口の中で熱が弾けた。焼ける焼ける焼ける焼ける――ッ!? 舌が焼ける、歯茎が焼ける、鼻腔が焼ける、喉が焼ける。熱い熱い熱い熱い熱い痛い――!? 辛いというのはダメージなのだと改めて痛感する。目も玉ねぎを刻んだ時のように涙が溢れ、記者会見で号泣する人みたいに大粒の涙が溢れる。レンゲを麻婆豆腐の海に落とし、素早く水を飲む――。

 

「――ァッ!?」

 

 水が痛い。痺れを通り越して、神経が痛みを発する。全身からぶわっと汗が吹き出す。……これが人間火力発電機か。なんて考えたのも一瞬、次は胃が熱を発する。

 痛い痛い痛い――ッ! もうダメだ、俺ってここで終わるのかもしれない。

 

「し、静馬さんっ!?」

 

 もがき苦しむ俺の姿に、セシリアが慌てたように俺の名前を呼ぶ。

 セシリアから見た俺の姿は、全身から汗を出し、どこか遠くを見た深見静馬という人間が目を見開いてあっちへこっちへ身体を揺すっている姿だろう。最早、これは拷問の一種だ。

 

「……ぐ、ぅ……せ、セシリア……ぁ」

「み、水ですわー! 水を飲むんですの!」

「い、いや、水は――ぁああががあああ!」

 

 セシリアに水を飲まされて激痛が走る。

 絶対にやりたくないが、炭酸水やガムを食べたらどうなるんだろう? なんだか試してみたい気持ちになるが、後で絶対に後悔するからやらない。というかやるわけがない。

 

「ぅぐぐぐぐ……」

 

 何とか痛みを堪え、麻婆豆腐と向き直る。否、これは麻婆豆腐ではない。化学兵器だ。

 余談ではあるが、この麻婆豆腐を普通に平らげる人間は少なからず存在する。それどころか、更に辛さのレベルを引き上げる人間もいる始末だ。

 

「セシリア」

「な、なんですの?」

 

 俺は笑顔を浮かべる。今までしたことのない笑顔を。

 笑顔は大事だ。人の警戒心を削ぎ落とすどころか、他人を幸せにする。

 そうだな、幸せという字は辛いとよく似ている。そういうことだな。

 

「あーん」

「あ、あーん?」

「ほら、口を開けて」

「し、し、静馬さんが食べさせてくださるんですの!?」

「そうだよ。さあ、口を開けて」

「で、ですが、その食べ物は……その、か、辛いんですのよね……?」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべる。今の俺は最高に輝いてる。最高にキャラ崩壊を決めてるし、最早お前誰状態だ。しかし、人にはやらねばいけないタイミングが存在する。さあ、元凶には報復を。

 

「あーん」

 

 

「あ、あーん――!?」

 

 素直にゆっくりと口を開けるセシリア。口を開けるだけで上品な彼女の口に、真っ赤なマグマのような麻婆豆腐が乗ったレンゲを差し込む。すると、セシリアの顔が淑女にあるまじき顔へと変化した。

 英国淑女であるセシリアであっても、この破壊力には勝てなかったらしい。声にならない絶叫が目の前で響いていた。……人を虐めているようで心苦しいが、許せ。

 そっと水を差し出し、勢いよく水に口を付け、更に顔を歪めるセシリア。

 

 ――あまりに辛いものを食べた時に水を飲むのは逆効果。

 

 そんな教訓が彼女の身体に刻まれただろう。

 

 

 結局、この日の麻婆豆腐は半分近くが残った。

 残すのは心苦しいが、食べれないものは食べれないのだ。仕方ない。

 

 …………次はたっちゃんに食べさせてみよう。 

 

 そう心に決め、麻婆豆腐と食事を後にしたのだった。




本当ならもっと早くに投稿する予定だった第二章9話。

セシリアの口調にすごい悩んで、その挙句がこの麻婆豆腐ネタ。
ちなみに元ネタは某麻婆神父が食べている麻婆豆腐です。
てか、一夏がまだ眠ってるのに二人で何やってるんだか。

第三章がもう少しで始まりますが、その前に幕間の物語を挟もうと思います。
時系列的に二章の間のお話になります。主に空白の数週間に起きた出来事をやっていく予定です。よろしくお願いします。



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幕間 空白の数週間
1.生徒会室でのティータイム


この章は「対抗戦前」の数週間にあったお話になります。


 俺は生徒会室で紅茶を飲みながら、生徒会役員である虚さんと話していた。

 会話の内容は紅茶のことで、主に淹れ方や飲み口の話。今飲んでいる紅茶は、俺が虚さんと代わって淹れた紅茶だった。紅茶の淹れ方はお姉ちゃんから教えられてはいたが、実際にお姉ちゃん以外の人に淹れるのは初の試みだったわけで、虚さんがソーサーを片手にカップを運ぶ様子を凝視していた。

 

「……あの、そんなに見られると飲みづらいわ」

「あ、すいません」

 

 流石に凝視しすぎだったようだ。

 軽く目を逸すが、視界の角で見るのを忘れない。

 

「――美味しいです」

「…………お」

 

 その言葉が嬉しくて、俺は内心ガッツポーズを取る。

 現実の俺は軽く声を漏らしただけだったが、今年一番と言っても過言ではないくらいには嬉しかった。

 やっぱり、自分でやったことが人に肯定されるのは嬉しい。お姉ちゃんに初めて紅茶を淹れた時も、我を忘れる勢いで喜んだものだ。

 

「普通に私が淹れるよりも美味しいと思う」

「……いやいや、それはないでしょう?」

「少なくとも、本音やお嬢様が気付くことはないでしょう」

「……あー、そう言われると微妙ですね」

 

 確かに。たっちゃんはともかくとして、虚さんの妹である本音は気付かないかもしれない。……てか、俺も気付かない可能性があることは黙っておこう。

 

「……でも、俺は虚さんの方が淹れるのが上手いと思いますよ。手付きとか、温度管理とか……あとはリーフ分量とかですかね」

「そこら辺は経験の差ですね。静馬君もそのうち気にならなくなるでしょう」

「いつから紅茶を淹れてるんですか?」

「幼少の頃からです」

「そうでしたか」

「静馬君はいつから?」

「あー、俺は三年前ですかね」

「……さ、三年前」

 

 三年前という言葉がやたらと響いた様子の虚さん。一体どうしたのだろうか。だから拙いんですね。ってことだろうか。まあ、仕方ないとは思う。俺が紅茶を淹れるようになった原因はお姉ちゃんだ。ある日、高校から帰ってきたお姉ちゃんが突然言ったのだ『静馬。お姉ちゃんと紅茶しよう』と。もちろん、お姉ちゃんに紅茶を淹れた経験はなかったはずで、最初に淹れた紅茶はそれはそれはマズいものだった。……大量生産された紅茶を二人で消化した時にお腹を壊したのも良い思い出だ。だが、俺よりお姉ちゃんの上達速度は早かった。

 結局、最後はお姉ちゃんに色々と指導されながら紅茶の淹れ方をマスターしていったのだ。懐かしいな。

 

「そういえば、今日って二人共いないんですね」

「お嬢様は別件で席を外してて、本音は……たぶん、そこら辺にいるでしょう」

「……別件?」

「詳しいことは聞いてませんが、食堂のメニュー替えの件だったはずです」

「あれって生徒会で何とかなるもんなんだ」

「お嬢様から聞いてませんか? この学園の生徒会は大体のことを企画することができるのです」

「……いや、たっちゃんは大体がからかいモードだから」

「……それは心中お察しします」

 

 本当だよ。昨日もたっちゃんは俺をあの手この手でからかいに来るのだ。別に心の底からやめてほしいわけでもないが、それでも頻度は落としてほしい。毎日やられたんじゃあ身体が持たない。

 ちなみに昨日は三択のように見えて一択の選択肢を突きつけてきた。

 

『わたしにする? わたしにする? それともわたしぃ?』

 

 なんてことを帰ってくるなり言い放ったのだ。本当に痴女なのかと疑いたくなる。しかも、真剣モードのたっちゃんは完全に茶目っ気を見せなくなるのだから困る。

 

「……まあ、たっちゃんのことはどうでもいいですね」

「……ええ、お嬢様のことはどうでもいいですね」

 

 二人でそんなことを呟きながら、紅茶へと口を付ける。

 自画自賛するようでアレだが、紅茶が美味しい。

 今回淹れたのは、キーマンという茶葉を使用した紅茶。苦味や渋みが少なく、甘い糖蜜のような甘さが特徴の紅茶だ。個人的に飲みやすい紅茶で人にもオススメしたい。と同時に淹れるのは結構難しく、色々と細かい工程が必要となってくるのだが……今飲んでいる茶葉は安物であるため、そこまで難しいということもない。

 

「虚さん。なんの茶葉でもいいんですけど、少し分けてもらうことってできます?」

「大量でないなら構わないです」

「あー、50グラムで大丈夫ですから」

「それなら。何の茶葉でもいいんです?」

「……個人的にはディンブラがいいんですけど」

「ディンブラ? 確かあった気がしますので持ってきますね」

「……ありがとうございます」

 

 ディンブラはお姉ちゃんが好きな茶葉。そして、俺の好きな茶葉でもあった。別にお姉ちゃんが好きだから好きというわけではない。本当だ。

 ディンブラは万能紅茶とも呼ばれ、ストレートやミルクティーまたはアイスティーといった様々な飲み方ができる優れた茶葉なのである。とある理由でそのディンブラも切らしていたのである。元々結構飲んでいたので、結局は切れていた。買いに行くタイミングもなかったので、そのままにしていたが……。

 

 数分も経たないうちに虚さんが戻ってくる。

 

「はい、どうぞ」

「……ん? 多くないですか?」

「別にこれぐらいは構いませんよ? お嬢様がお世話になってるお礼です」

「……そうですか。じゃあ有難くもらいます」

 

 俺は大きめの瓶に入った未開封の茶葉を受け取る。たぶん、500グラム前後だろう。

 てか未開封か。この生徒会室は茶葉の貯蔵でもされているんだろうか。

 

 残っている紅茶を飲み干し、テーブルの上にそっとソーサーとカップを置く。

 虚さんの方を見てみると、いつの間にか飲み干されていた。

 ……美味しいというのはお世辞ではなかったのだと言われているようで、嬉しさがこみ上げてきた。

 

「……そろそろ昼休みも終わるので、俺は教室に戻ります」

「いつでも来てくださいね。いっそのこと生徒会役員にでも」

「それは考えておきます」

 

 考えても生徒会役員になることはないけどね、と内心で付け足す。

 だって面倒だし。仕事大変そうだし。

 

「じゃあまた来ます」

「うん、またね」

 

 別れの挨拶を交わし、俺は教室へと向かった。




始まった新章。ではなく、空白の数週間を扱った幕間の物語です。

比較的短めでテンポ良く更新していこうと思ってますので。
よろしくお願いします。

*キーマンについて。

正式名称は祁門紅茶(きーむんこうちゃ)。日本では祁門紅茶のことを「キーマン」と呼ぶことが多いです。世界三大銘茶の一つとして数えられ、有名な茶葉です。ですが、意外と少量の生産なので高級品でもあります。




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2.一夏の部屋でトランプ

この章は「対抗戦前」の数週間にあったお話になります。


「なあ、静馬」

 

 放課後。

 

 珍しく一夏が俺に話しかけてくる。

 基本、放課後はクラス対抗戦へ向けて訓練をしているのだが……流石に毎日は辛いだろうってことで休みの日を設けている。それが今日だ。

 

「……なんだ?」

「折角だし、一緒に部屋で遊ばないか?」

 

 まさかのお誘いである。

 最近は一夏とも話す機会が増えたが、それでも俺たちは会話が少ない方だった。基本的に篠ノ之箒やその他クラスメイトが一夏と話しているからだ。そして、俺は面倒くさくて速攻で部屋に帰るから。……まあ、部屋に戻っても少し面倒な人物が俺を待っているのだが、それは別の話。

 

「……別にいいけど」

「おお! 静馬の部屋ってどうなんだ?」

「……あー」

 

 たっちゃんがいる部屋に一夏を呼ぶのはどうなんだ? なんか地獄絵図になるような気がするな……。

 

「……一夏の部屋じゃダメなのか」

「別にいいけど。静馬の部屋がどうなってるのか気になってな」

「同じだぞ」

「そうなのか。ってことは女子の同居人がいるのか」

「……お前もか」

「おう。俺のところは箒だけどな」

「なるほど」

「お前のとこは?」

「…………青髪の痴女が一人」

「……え」

 

 俺の言葉に一夏が間の抜けた声を出す。

 そりゃそうか。痴女が部屋にいるなんておかしいよな。天下のIS学園に。

 いるのだから仕方ない。

 

「女子高的なノリで接してくるもんだから毎日が苦労の連続だ」

「……大変だったんだな」

「まあ、お前のとこは幼馴染でよかったよな」

「ああ、本当に助かってる。……大変なとこもあるけど」

 

 幼馴染が同居人にでも大変なことはあるらしい。そりゃそうだろうな、男子と女子が二人同じ部屋で過ごすのは苦労が付き物だ。それに、篠ノ之箒なら『男女七歳にして席を同じゅうせずだ! 常識だろう!』とでも言いそうだな。

 

「ってわけで一夏の部屋にしよう」

「いいぜ。箒もいるけどいいよな」

「……まあ、問題はない」

 

 本当は問題が少しだけあるけど、同じ部屋なのだから仕方ない。

 篠ノ之箒って眼光鋭いからなあ……常に何か警戒してるのか睨んでくるし。俺が何をしたんだろうか。もしかして、セシリアを訓練に参加させる原因をつくってしまったのがダメだったのだろうか。

 

「……一夏」

「どうした?」

「……お前と篠ノ之箒って実は付き合ってるのか?」

 

 結構前から気になってたことだ。聞こうと思ってたのだが、別にあんまり関係のないことだな……ってことで聞いてなかった。

 

「いや、付き合ってないぞ」

「そうなのか」

「ああ、なんでそう思うんだよ?」

「……いや、単に気になっただけだ」

 

 ああ、付き合ってないのか。ってことは篠ノ之箒の片思いってことなんだな。残念だったな、篠ノ之箒。あんなにアピールしてるのに一夏は欠片も気付いてないっぽいぞ。

 

「それに彼女とか興味ないしな」

「……は?」

「いや、彼女に興味ない……」

「そうじゃねぇよ! 繰り返すな!」

「お、おう……ど、どうした静馬」

 

 俺は珍しく声を荒げてしまう。いや、これは仕方ないだろ。誰だってこうなる。

 少しだけ落ち着かせ、一夏に向き直る。

 

「お前、ホモなのか」

「ちげぇよ! てか前にもこのやり取りしたよな!?」

「だって、なあ、お前……」

「な、なんだよ」

「このIS学園にいて彼女に興味がないってどうなってるのかなって思うだろ」

「そう言う静馬はどうなんだよ」

「……興味はあるぞ。だけど、それだけだ」

 

 そりゃあ興味はある。彼女を作ってみたいとも思う。だけど、本当にそれだけだ。実際に彼女を作るとなると色々と面倒なことになる。自分のことで精一杯なのに、どうして他人のことにリソースを割けようか。それに好きな人がいないってのもあるな。

 

「そうなのか。てっきり静馬のことだから興味ないのかと」

「……俺って一夏から見てどんな感じなんだ?」

「常に達観してる感じだ」

「……そうか」

 

 別に『達観』してるわけじゃないんだ。ただ、俺の中で『面倒』の割合が多いだけ。だから達観してるとかじゃなくて、『諦観』の方が近いと思う。深い理由はないのだが、そんな気がする。

 

「まあいいや。それより行こうぜ」

「……わかった。その前に一度だけ部屋に寄る」

「部屋はわかるよな?」

「『1025』だろ?」

 

 前に見た時、そんな感じの部屋番号だったはずだ。あとたっちゃんが『1025』号室の扉はすぐに壊れるってボヤいてたのを覚えてる。

 

「おう。じゃあ後でな」

「……後でな」

 

 一夏と別れ、俺は自室へと向かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「入ってもいいか?」

 

 俺は自室で必要なものと、軽く食べる物を持って一夏の部屋へ訪れていた。

 ついでに軽くシャワーを浴びてから、着替えも済ませておいたのだった。一夏だけならともかく、この部屋には篠ノ之箒もいるのだから当然だ。

 

「おー、いいぞ」

 

 その声を聞いて、俺はゆっくりと扉を開く。

 部屋の中は俺の部屋と変わらない。内装も、配置も、大きさも。

 ビジネスホテルの大きい部屋みたいな感じの寮室は相変わらずだ。

 

 椅子には一夏と篠ノ之箒が座っている。二人ともラフな格好だった。一夏はわからないが、篠ノ之箒は俺が来る前にシャワーを浴びていたようだ。黒髪が艶っぽく濡れているのがわかる。……どうでもいいが、黒髪って二割増しくらいで美人に見えるよな。

 

「……で、遊ぶって何をするんだよ」

 

 小さいバッグを机に置いてから、一夏に聞いた。

 

「あー、そうだなあ……トランプとか?」

「……トランプあるのか?」

「…………ないわ」

「おい」

「千冬姉が持ってきた鞄にはほんと必要最低限しかなくてなあ」

「……まあ、いいけど。トランプならあるぞ」

 

 予めポケットに突っ込んでいたトランプケースを取り出し、一夏の方へ投げた。

 

「お、っとと。準備がいいな。静馬のことだから何も持ってこないと思ってた」

「……失礼な」

 

 まあ、そう言われても仕方ないとは思う。

 

「……ああ、篠ノ之箒にはこれを」

「なんだ?」

 

 お茶っ葉を篠ノ之箒へと投げる。

 ……さっきから物を投げているが、いちいち近寄るのは面倒だからだ。

 少しだけ行儀が悪いが、別に誰も気にしないだろう。

 俺が投げたのは煎茶のお茶っ葉だ。普段は紅茶以外は淹れないのだが、お姉ちゃんが用意したボストンバッグに入っていたのだ。飲む予定もないし、それならあげてしまおうという。

 

「あ、ありがとう」

「……どうせ安物だし」

 

 値段は知らない。見たことないパッケージだったし、相当な安物か高級品のどちらか。

 

「……それで、ゲームは何にするんだ?」

「んー、最初は軽くババ抜きでもどうだ?」

「ババ抜きか。別にいいぞ」

「じゃあ、やろうぜ。箒もいいよな?」

「構わないが……」

「……あー、少し待ってくれ」

 

 ババ抜きを三人でやるのもいいが、どうせなら4人くらい欲しいゲームだ。

 俺は薬指の指輪に意識を集中させる――。

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を開くために。

 そして、俺はセシリアへと回線を開いた。

 

『……起きてるか?』

『っひゃあ!? し、静馬さん?』

『……すまん、何かしてる最中だったか?』

『い、いえ。静馬さんの声がいきなり聴こえましたので……』

『……なるほど。いや、用事というほどでもないんだが――』

 

 俺はセシリアに軽く説明する。

 いま、一夏の部屋で遊んでいてババ抜きというゲームをするということを。

 すると、セシリアは興奮したように『すぐに行きますわ!』と行って通信を終了した。

 ……おお、まさか即答とは。どんだけ一夏と遊びたいんだ。

 

「というわけで、わたくし、セシリア・オルコットが参りましたわ」

「どういうことだ静馬ぁ!」

「……落ち着けって。ババ抜きは人数がいた方が楽しいから。それだけだ」

「そうですわ! 静馬さんがどうしてもというので来た次第ですわ!」

「……いや、どうしてもとは言ってない」

「おお、セシリア」

 

 ……あれ。軽いノリで呼んでしまったが面倒なことになるのでは? 

 と思ったのだが、特に何もなかった。

 篠ノ之箒も最初は反発していたのだが、渋々といった具合で押し黙ってくれた。

 やれやれ、俺も迂闊だったなあ……。少し友達と遊べるってことで舞い上がってたかもな。

 

 そんなこんなで始まったババ抜き。

 

 ババ抜きのルールはとても簡単だ。

 カードを全員に均等に配り、手札から同数字2枚のペアを捨てる。順番はじゃんけんなどで決めるとして、最初の人は右隣の人からカードを引く。そこでペアだった場合は捨てる。そうして、手札が0枚になった人が勝利。

 で、ババ抜きにはジョーカーが一枚含まれており、それを最後に持っていた人が負けるというルール。

 

 一夏がカードを全員に配っていく。そして、ペアのカードを捨てていくのだが……。

 あれ……おれ、もう二枚しかないぞ。

 手札はハートの5と4だ。

 

「静馬どんだけ少ないんだよ」

 

 そう言う一夏は六枚のカード。

 

「カード枚数だけが強さではありませんことよ」

 

 そう言うセシリアは六枚のカード。

 

「ふん、重要なのは運だ」

 

 そう言う篠ノ之箒は五枚。

 

「……まあな。でも俺がジョーカーを持ってる場合はその限りじゃないけどな」

 

 ジョーカーを持ってる場合、俺から引く人は二択を迫られるからだ。対して、俺が次に引く時にジョーカーが回る確率が非常に低いからだ。まあ、俺の求めてるカードが俺の手札を引く人にある場合は非常に困難なことになる。本当に枚数が少ないからといって有利になるわけではない。

 

「じゃあ、じゃんけんしようぜ」

 

 じゃんけんで決まった順番は、俺、一夏、篠ノ之箒、セシリアという順番。

 つまりは俺の正面に篠ノ之箒がいて、右隣にセシリアがいるという座りだ。

 

「……じゃあこれだ」

 

 俺は無心で適当に引く。

 

「……あ!?」

 

 引いたのはスペードの5だった。

 つまり、俺の一発勝ちである。

 ……おかしいだろ。どんな確率なんだよ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 全員が沈黙。

 

「な、なあ……イカサマしてないよな」

「……なわけないだろ。そもそも配ったのは一夏だし」

「一夏! お前がイカサマなどという真似を!」

「いやいやいや、俺に何の得があるんだよ!」

「そうですわ! イカサマなんて男の風上にもおけないですわよ!」

「だから違うって!!」

「ま、まあ……いいや。紅茶でも淹れてくるよ」

「まあ!」

 

 俺の一言にセシリアが瞳を輝かせる。

 どうやら、俺がクラス代表を辞退する際に淹れてやった紅茶が気に入ったらしいのだ。

 流石はイギリス代表候補生(なにが)だ。

 

「……みんなも飲むよな?」

「わたくしは当然いただきますわ!」

「……はいはい。で、一夏と篠ノ之箒は?」

「じゃあ俺も」

「では、私ももらおう」

 

 みんなが欲しいと言うので、俺はその場から立ち上がる。

 声を聞きながら、カバンから茶葉を取り出し、ついでに持ってきた紅茶セットを用意する。

 本当はすぐにでも淹れようと思ったのだが、お茶っ葉をあげた直後に紅茶というのもおかしな話だったので、我慢していた。

 

「おい、ジョーカーはどれだ?」

「言うかバカ」

「バカだと!?」

「落ち着いてくださいまし、箒さん」

「そうだぞ」

「むむ…………なん、だと!?」

「箒は分かりやすぎる」

「バカにするな!」

 

 なんて会話を聞きながら、俺は紅茶を淹れる工程を踏む。

 淹れる紅茶はアッサム。独特の甘い香りを持つ紅茶だが、今回はミルクティーとして淹れる。理由は一夏や篠ノ之箒が紅茶を飲みなれているとは思えないからだ。セシリアだけならストレートでもいいだろうが、初心者にアッサムのストレートはオススメできない。だからミルクティーだ。

 

 淹れ方は普通にストレートとして淹れ、カップに注がれた熱々の紅茶にミルクを軽く入れるだけ。

 アッサムの蒸らし時間は茶葉によって異なるが、今回は3分程度で問題ない。1分や2分の場合もあるが、この茶葉は3分弱ってところだ。もしくは4分近くやってもいいかもだが。

 

 

 そして、ティーカップ(持参した)に注ぐ。

 

「牛乳って使ってもいいか?」

「いいぞー」

 

 許可を得たので、牛乳を軽く入れて完成だ。

 

「できたぞ」

「待ってましたわ!」

「紅茶飲むのは久しぶりだぜ」

「私は全然飲まないな」

 

 真っ先に反応したのはセシリアで、次に一夏が反応する。最後に篠ノ之箒。

 

「……ミルクティーだし飲みやすいはずだ」

「アッサム、ですの?」

「……早すぎる。紅茶淹れた経験はないとか言ってなかったか」

「これぐらい英国淑女の嗜みですわ」

「……淑女すげえな」

 

 流石はイギリス代表候補生(だからなにが)だ。

 

「静馬って淹れるの上手いのか?」

「うむ……私でも上手いって思うぞ」

「いや、全然?」

「そんなことありませんわよ? チェルシーと比べれば腕が落ちますけれど、もう少し誇ってもよくてよ?」

「……チェルシーって誰だ」

「専属メイドですわ」

 

 専属メイド……流石はイギリス以下略。

 

「セシリアって専属メイドがいるのか……」

「ええ、チェルシーはとても美人ですわよ」

「……ふーん。それって織斑姉くらいの年齢か?」

「たしか、今年で十八歳でしたわね」

「……は? 俺の一つ上……?」

「そういえば、静馬って俺たちより年上だったな」

 

 そんなに若いのに専属メイドなのか。代々仕えてきた関係なのだろうか? 布仏姉妹みたいに。って今思えば虚さんと同い年なのか……俺より年上って紅茶が上手く淹れれるという設定でもあるんだろうか。

 専属メイドなだけあって物腰が柔らかい人なんだろうか。会ってみたいと思う。虚さんみたいな感じだろうか。

 

「紅茶を飲みながら次のゲームをしないか? 流石にワンターン勝利はつまらん」

「そうですわね。次は大富豪なんてどうです?」

「大富豪か。ルールはみんな知ってるのか?」

「細かいルールって地方で違うよなあ……」

「そうだな。ジャックダウン、しばり、都落ち、スペードの3、4切り、革命、階段革命、エンペラーとかがあったな」

 

 本当に色々なルールがある。そこで、俺は提案をする。

 

「どうせなら全員の知っているルールを全部突っ込んでみないか?」

「おお、楽しそうだな」

「……それですとややこしくなりませんこと?」

「いや、いっそ全部乗せも面白いかもしれんな」

「みなさんがそう言うなら構いませんが……」

「じゃあ始めようぜ」

 

 そう言って、俺たちの大富豪は始まった……。

 

 結果は――

 

 1位:セシリア

 

 2位:俺

 

 3位:一夏

 

 4位:篠ノ之箒

 

 となったのだった……。

 

 知ってるルール全部乗せはカオスだった

 特殊ルールの殴り合いで、エンペラーをエンペラー返しで4切りやスキップで本当にカオス。

 ……まあ、楽しかったのだが。

 

 余談だが、カードゲームに熱中しすぎて寝坊しかけたのは言うまでもない……。

 




篠ノ之箒が一夏のことを好きだってことを知ったにも関わらず、部屋にセシリアを呼ぶ静馬くん。直後に忘れちゃってます、彼。

というのは嘘で、静馬くんは単に遊ぶ人数を増やすくらいにしか考えてません。
なんだかんだで人と遊ぶのは好きな天邪鬼ですから。

2~3話で幕間は終了です。

*静馬くんのワンターン勝利はリアルでの出来事です(実際は4連続ワンターン勝利)

*大富豪で使用されたルール一覧

 ・階段
 ・激縛り
 ・スペードロスト
 ・テポドン
 ・エンペラー
 ・ジョーカー返し
 ・ナンバーダウン
 ・8切り
 ・スペ3(返し)
 ・11バック
 ・10捨て
 ・9リバース
 ・砂嵐
 ・7渡し
 ・カラー縛り
 ・ゾンビ
 ・6切り
 ・アルカナ
 ・他(想像で足してください)


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3.お菓子少女とマッサージ

お気に入り登録数が200件を超えました。

ありがとうございます。


「なあ、ティナ」

 

 俺はベッドの上で雑誌を広げ、ポテトチップスを食べる女子――ティナに話し掛ける。

 

「なに?」

「あのさあ、俺ってなんでこの部屋にいるんだっけ」

「さー?」

 

 帰ってくるのは間延びした声。雑誌に夢中なのか、それとも聞く気が全くないのか。返事が雑だった。

 別にそれでも構わない。問題があるとすれば、ティナの服装が非常に無防備であること。薄いキャミソールに、短パンといった服装だ。肩紐が微妙にズレているし、俺を全く警戒していないということがわかる。

 鈴は普通にシャツと短パンだった。

 

 そんな警戒心が微塵もないティナと俺が同じ部屋にいる理由は簡単だ。この部屋は鈴とティナの二人部屋で、俺が鈴に用事があってきたのだが……中国の候補生管理官とやらの呼び出しで席を外している。そういう理由で俺はティナと同じ部屋で過ごしていた。別に明日や明後日に回してもよかったのだが、『待ってなさいよ!』と言うので待ってることに。

 

「……なんていうか、警戒心が足りないよな」

 

 本当にそう思う。思わず口から出てしまうほどに。

 そんな俺の言葉にティナが軽くこっちを見てから再び雑誌に目を戻した。

 

「んー。別に静馬だったら気にしないけど」 

「……気にしろよ。襲うぞ」

「どうぞー?」

「…………はあ」

 

 もうため息しか出ない。本当に俺が襲わないとでも思ってるのか? ちょっと魔が差して手が出るかもしれないだろうが……。

 

 自分で淹れた紅茶を口へ運び、心を落ち着かせる。

 心を落ち着かせる紅茶として有名なのは、やはりダージリンだろうか。飲みながら考えるが、今飲んでいるのはダージリンではない。そもそもあまりダージリンが好きな方でもない。どちらかと言えばアールグレイの方が好みだ。

 で、今飲んでいるのはディンブラ。やっぱりディンブラは美味しいな……。

 

 椅子からゆっくりと立ち上がり、ティナに近寄る。

 そして、そのまま――、

 

 キャミソールと短パンの間から覗く部分。つまりはお尻の上の部分をスーッと撫でた。

 

「んひぁあっ!?」

 

 突然の接触に甲高い声を上げるティナ。

 なんというか、俺にしては珍しく魔が差してしまったのだ。

 意外と触り心地がいいんだな……とか考えながら、背中のへこみ――両肩甲骨の間を撫でる。

 

「ひゃぁ……な、なにすんの」

「……『どうぞ』なんて言うから遠慮なく」

「あ、ちょ……ぁっ」

 

 身体をピクっとさせ、撫でる指先に反応する。

 言うほど変態的な行為をしているわけじゃないのに、ティナは喘ぐように声を出す。

 それでもなお、ティナは逃げる気配を見せない。

 俺は調子に乗って、キャミソールの中にまで手を通して撫でてみる。

 

「やぁ……っ、ちょ……しずまぁ」

「……なんだ?」

「い、いつまで続けるの……」

 

 こっちも見ずに聞いてくるので、笑顔と少し弾んだ声で返す。

 

「……俺が満足するまで?」

 

 ……こりゃあ、たっちゃんのことを言えないかもしれない。

 しかし、女の子ってこんなに触り心地がいいんだな。

 ベッドに軽く腰を掛けながら、より積極的に触っていく。

 

 さわさわ。ふにふに。

 

「ひゃ……っ」

 

 あ、そうだ。ついでにマッサージでもしてやろう。

 お姉ちゃん直伝のマッサージが俺にはあるのだから

 昔、お姉ちゃんが体育の授業で疲れて帰ってきた時に『……マッサージを学ぼう』と言った。それから二年くらいでマッサージをマスター。そして、どこからか連れてきたのか不明なマッサージ師顔負けな技術をお姉ちゃんは身に付けていたのだ。それより劣るものの、俺もある程度のマッサージができる。

 

「……よし」

「よ、よし? ってな、なにがああああ!?」

 

 俺が圧したのは『命門(めいもん)』と呼ばれるツボで、場所は丁度ヘソの裏部分と背骨が交わっているところ。効果は主に腰痛や冷え性などに効き、他には生理不順や精力促進といった効果にも繋がる。数秒圧してから、ゆっくりと離すのがコツらしい。それを俺が急に指圧したもんだから、ティナは驚いたような声を上げたのだろう。

 

(感覚は鈍ってないな……)

 

 次は近くにある『腎兪』と呼ばれるツボを圧す。

 

「……次はなにしてるのよ」

「……マッサージ」

「な、なんで……」

「……気持ちいいだろ?」

「きもち……いいけど」

 

 すごく小さな声で感想を口にする。その顔は真っ赤で、やけに艶っぽい

 立派なマッサージ行為なのに、俺が間違っていることしている気分になるから不思議だ。

 しかし、俺は悪いことをしていない。だって抵抗とかしてこないし。

 

 次は『志室(ししつ)』と呼ばれるツボを圧す。このツボは腎兪の外側にあり、胃腸などに効果のあるツボだ。

 

「ひぐっ!?」

「痛いのは効いてるって証拠だ。ってお姉ちゃんが言ってた」

「痛いっ!?」

「ポテトチップスの食べ過ぎなんじゃないのか」

「別に太ってないけど……」

「……いや、そういうことじゃなくてな」

 

 ちなみにツボは基本的に痛くないように指圧するのが本当の指圧師というもの。

 痛くないように刺激を与えれるということは痛いようにもできるということでもある。

 

「……ティナって割と肩凝ってるよな」

「突然、どうしたの」

「で、どうなの」

「まあ、割と凝ってるかも……?」

「……わかった」

「ちょ、ちょっと」

 

 ティナの背中に馬乗りになってから、軽く背中を膝で押さえ付ける。

 そんな俺の様子にようやくティナが雑誌から顔を上げ、こっちを見る。

 

「……もう完全にセクハラなんだけど」

「……いや、色々と遅いんだが」

「それは静馬が行動に移さないかと思ったから……」

「……男は狼って言うだろ」

 

 ……俺の機体名もシルヴァリオ・ヴォルフでピッタリだな。

 なんか俺が俺じゃないみたいに暴走しているような。これが……。

 

「まあ、別に取って喰ったりはしない」

「説得力ないよ……」

「このツボを圧したらやめる」

「……そう」

 

 俺が最後に指圧しようと決めたツボの名前は『天宗(てんそう)』。位置は肩甲骨の真ん中辺りにある。ツボとしての知名度は低いが、一部の人は罰ゲーム的な意味合いで知っているかもしれない。

 このツボを圧されると非常に痛いのだ。やり過ぎると痛みが指圧後にも残るケースがあるので注意が必要だが、それらも個人の感覚によるものなので、人によっては痛みを感じないこともある。しかし、軽くティナの背中を撫でていたら肩が凝っていることに俺は気付いた。なので『天宗』を圧して痛みを感じないということはないだろう。

 

 素肌を指先で直接触りながらツボを探る。その度にくすぐったそうな声を上げるので、変な気分になる。

 

 ――二人だけの部屋。薄暗い寝室。高校生の男女がベッドの上。

 

 訓練や試合の時とは違う緊張感が全身を駆け抜け、鼓動が早まる。

 呼吸も早まり、息が荒くなっていくのがわかる。

 

(……興奮してるな、これは)

 

「静馬?」

 

 唐突に息を荒らげる俺にティナが不思議に見てくる。

 ああ、なんか俺らしくないなあ……たっちゃんのせいで性欲的な何かが溜まってたのか?

 なんて人のせいにしながら、指圧を始めようとしたのだが――、

 

 ――完全に力加減を誤った。

 

「んひゃああッ!?」

 

 悲鳴が上がった。身体を仰け反らせ、全身で痛みを表現する。しかし、俺の膝が乗ってるのでその場から動くことはない。

 

(あ、あー。や、やっちまった)

 

 そこで、更に不幸が重なる出来事が発生した。

 

 ……ガチャリ。

 

「遅くなったわ。ごめんご……め……ん……」

 

 鈴が帰ってきた。まさに最悪のタイミングで。

 今の状況は相当に悪い。

 

 俺が撫で回してた影響でキャミソールは相当に乱れており、そんなティナの上に膝を立てるように俺が馬乗りになっている状況。更に付け加えるならば、ティナは涙目な感じだった。これは相当に状況が悪い。

 

 ――終わったな。

 

 そう思った瞬間、弁解する余地もない速度で膝が迫っていた。

 

「アンタ何やってるのよ――ッ!?」

 

 見事な膝蹴りだ……流石、代表候補生。

 ベッドの上から吹き飛ばされ、俺は軽く意識を落とす。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 俺は床に座りながら、鈴を見る。

 鈴は結構ご立腹なようで、俺を殺意のこもった瞳で見ている。

 

 問題のティナは雑誌を見るのをやめて、次は空中投影ディスプレイで何かを見ている。

 ……おかしいなあ、鈴はティナのために怒ってるはずなんだが。

 というか、ティナが何も言わないからこその状況なわけで……。

 

「……はあ」

 

 聞こえるか聞こえないかの大きさでため息を吐く。

 

「で、アンタは何してたのよ」

「……マッサージだが」

「どう見ても襲ってたじゃない! 襲う寸前って感じだったじゃないの!」

「……それは鈴の心が穢れてるからじゃないのか。というか、一夏と上手くいかないからって嫉妬してるんじゃあ……」

「な……っ!?」

 

 あ、図星みたいだ。

 

 まるで反省のない態度の俺だが、別にやましい行為をしていたわけじゃないし。

 少しだけやましい気持ちがなかったこともないが、ティナも抵抗してなかったしノーカン。

 

「……な、なんてこと言うのよ!」

「事実だろ」

「ぐぬぬ……」

「はいはい。解決方法は俺がティナの言うことを一つだけ聞くってことで」

 

 非常に面倒だが、それで手を打つことにする。

 そうでもしなきゃ鈴が納得してくれるようには思えないから。

 ……実際、ティナが何を俺に言うのかは予想できない。

 どんなことでも従うしかないのだ。流石に俺もやり過ぎたかなとは思ったし。

 

 ……うん、女の子の素肌を撫で回してた挙句に馬乗りになって痛みを与えた。悪いことしかしてない

 抵抗しなかったティナも悪いとは思うけど。

 

「……それで、何かないのか?」

「お菓子一年分とかじゃダメ?」

「本当にお菓子一年分がいいなら買うけど」

「なしで。じゃあマッサージでいいよ」

「……は?」

「私がマッサージしてほしい時にいつでもマッサージしてくれる。それでいいよー?」

「……マジかよ」

 

 マジかよ。マッサージを要求してくるとは。

 そんなに気に入ったのだろうか。

 

「は、はあ!? ティナもそれでいいわけ!?」

「そもそも襲われてたとかじゃないしね」

「……でも」

「じゃあ鈴も静馬にマッサージされてみれば?」

「「は?」」

 

 ティナの発言に俺と鈴が顔を見合わせること数秒。

 

「いやよ! 何されるかわかったもんじゃないわ!」

「……何もしないが」

「マッサージとは関係なしに散々撫でまされたけどね」

「おい!」

「し~ず~ま~ァ!」

 

 なんてタイミングで言いやがる!

 せっかく落ち着いた鈴が虎のような形相で睨んでくる。

 はあ……。 

 

「……鈴にはマッサージしないから。話を変えるようで悪いけど、お前の部屋に来た理由って愚痴を聞くことだろ? それで勘弁してくれ」

「そうだったわね――」

 

 そうして始まったのは、一夏に対する愚痴だった。

 半分は惚気話のような感じで、もう半分は一夏がいかに鈍感かって話。

 一夏も男なら人の好意には気付くべきだと思うぞ。鈴は分かりにくいかもしれないが、セカンド幼馴染だろ? 察しろよそれぐらい。

 

 鈴の話は小一時間程度続き、俺が部屋に戻った頃には日付変わる手前だった。

 

 




若干キャラ崩壊気味な静馬くん。
……最初はもっとキャラ崩壊してたんだよね。

微妙にエロい感じの内容になったけどただのマッサージです。

次から第三章突入……のはず。
外伝的な話に飽きてる人もいるでしょうしね。






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第三章 ヴォーダン・オージェ
1.休日(前編)


初の前編後編回


 六月になり、時期的には梅雨が近づいてくる頃。

 俺は一夏と共にIS学園の外、一夏の友人の家におじゃましていた。

 本当は実家に帰る予定だったのだが、何故かお姉ちゃんが留守だった。『じゃあ俺と一緒に遊びに行こうぜ』と言う一夏に誘われたのだ。

 

 友人の名前は五反田弾。一夏とは中学生からのクラスメイトで、よく鈴や弾の三人でつるんでいたのだと言う。鈴的には二人っきりで遊びたかったのかもしれないが、鈍感一夏の前では無理だったらしい。……ドンマイ。

 

「で?」

「で? って何がだよ?」

 

 二人で会話を続けている様子だが、俺は会話に入らずにゲームを続けている。実際、誘われてやってきたのだけれども、既に仲の良い二人の間に混じって会話をするという芸当は中々に難しい。内輪ノリというか、そんな感じの雰囲気が既にあるからだ。まあ、話しかけられたら返事は返すが……。

 それよりも、だ。この五反田弾という男は赤髪のロン毛にバンダナを巻いている中々のイケメンだ。一夏もイケメンだとは思うが、弾のイケメン度合いは一夏よりも上な気がする。もしかして、イケメンとイケメンは惹かれ合うんだろうか? 某漫画的な感じで。

 

「だから、女の園IS学園の話だよ。いい思いしてんだろ?」

 

 確実に一夏はいい思いをしてるはずだ。本人は全く気付いていないが、箒に鈴にセシリアといったメンバーに好かれているのだから。もっと言えば他生徒にも好意を寄せられている可能性だってある。それに比べて俺は平凡な学園生だ。特に誰かから告白されることもなく、平穏な毎日を送っている……部屋の同居人を除いて。ああ、弾が同居人の話を聞いたら羨むかな。っとと、弾の奥義を瞬時加速(イグニッション・ブースト)でもって躱す。甘いな、奥義はここぞって時に放つもんだぞ。

 

 俺たち三人がやっているゲームは『IS(インフィニット・ストラトス)VS (ヴァーサス・スカイ)』。発売月だけで100万本も売り上げた超名作ゲームである。しかも発売月が月末だって言うんだからかなりすごい。所謂月末ミリオンセラー作品である。内容は第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』をモデルにしているため、各国のISが使用できる。もちろん日本も。ただ、ブリュンヒルデである織斑姉の機体はない。

 

 そして、俺が使っているのはドイツの『テュラン』という機体。防御性能が低く、機動力も低い。更に言えば白式と同じように一切の射撃武器を持たないのだ。白式は機動力に優れているからいいが、この機体にはそれがない。浪漫機体でありネタ機体と言われている。が、それを俺は愛用機として使っている。

 

 他の機体で言うところの通常加速と同じ速度で瞬時加速を使い、弾の使うテンペスタに接近。超至近距離で蹴りを入れ、壁に叩きつける。跳ね返ってきたところを戦斧でバットのように叩きつける。ただそれだけで弾の機体が全損した。

 

(……まさにイカれ性能)

 

「だあああっ! なんだその攻撃力は!?」

「……これがテュランの全力だ。ちなみに射撃性能が高いイギリスなどの機体には不利だよ」

 

 そりゃそうだろ。接近が前提の射撃機体に近づけないとか無理ゲーすぎる。まあ、テュランには投擲兵装『トールハンマー』という兵装があるので無理ではないが……投げている間は操作不能というデメリットが存在する。……どうしてこの機体で世界大会に出ようと思ったんだよ。

 

「で、お前らってぶっちゃけ役得だろ」

「……俺はともかく、一夏はモテモテだぞ。常に女子が周りにいる」

「それを言うなら静馬もだろ! 常に金髪の女子がいるだろ!」 

「……あー、ティナか。別にモテてるわけじゃないって。友達付き合いだよ」

 

 よく考えてみれば、俺は最近ティナと共に行動することが多いような気がする。原因はマッサージの件でやらかしたからなんだが……流石に黙ってよう。

 

「ほんっと一夏は相変わらずだな」

「……中学の頃からなのかよ」

「おう。すごいぞ一夏は」

「なんの話だよ」

 

 そりゃあ君の鈍感具合の話だよ。

 

「でよお、招待券とかねえの?」

「……まあ、あるぞ」

「マジで!?」

「え? 招待券あるのか?」

「……なんでお前が驚くんだよ。学園祭は招待券が発行されるから俺たちが招待できるんだよ」

「おお、俺に恵んでくれ!」

「……悪い、俺は無理だ。一夏ならどうだ?」

 

 俺はお姉ちゃんを招待する予定だし、たっちゃんが言うには一枚しか発行されないとか。理由は手当たり次第に誘われても管理できないかららしい。

 

「おう。俺はいいぞ、招待する当てはないしな」

「マジで!? お前いい奴だなあ……本当に、本当に友達でよかった!」

「気持ち悪い……」

「……気持ち悪いな」

 

 俺は歪な友情を見てしまった。まあ、健全な男子高校生としては普通の考えなんだろうか? 既に体験してる俺としては姦しいの一言に尽きるわけだが。

 

「その機体、貰うぞ」

 

 俺は決め台詞を言ってから、ハイパーモードを起動する。奥義中の奥義であり、試合中に一回だけのしかも数秒だけのモードがハイパーモードだ。このモード中は全性能がアップするので、機動力もこの瞬間だけ通常の瞬時加速にまで昇華することが可能――一気に間合いを詰め、戦斧を叩き込む。

 

 ――試合終了。

 

「マジでつええなテュラン」

「……残念ながら、複数で攻められたら勝てないがな」

「それを使える静馬は変態だろ」

 

 一夏と弾が同時に攻めてきたならば、一瞬で負けが確定してしまう。それが射撃型だった場合は尚更に。

 

「そういえば、鈴が――」

 

 一夏が鈴の話題を振ろうとしたタイミングで、誰かが扉を蹴破る勢いでやってきた。

 

「お兄! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん! さっさと――」

 

 入ってきたのは、弾と同じく赤髪にバンダナを巻いた女の子。見た目から察するに、この子は弾の妹か。

 格好が相当にラフでショートパンツから少しパンツが見えているし、ブラの肩紐も見えている。IS学園に入る前だったら気にしたかもしれないが、今の俺は色んな意味で擦れている。寮を歩けばもっとラフな格好をしている女子が歩いているからな。

 

「久しぶり。お邪魔してる」

「い、い、一夏さんっ!?」

「あ、あのっ? き、来てたんですか……? 全寮制だって聞いてましたけど……」

「ああ、うん。今日はちょっとな。IS学園の友達を連れてきた」

 

 そこで俺を軽く見る一夏。俺に自己紹介しろってことか?

 まあ、いいけどさ。

 

「……あー、俺は深見静馬。よろしく」

「あ、どうも。そこの妹の五反田蘭です」

「お前なあ、ノックぐらいしろよ。恥知らずな女だと思われて――」

 

 キッ――! 五反田蘭が兄である弾を一睨み。

 弾がその視線に負け、心なしか小さくなっていく。

 

「……なんで、言わないのよ」

「言ってなかったか? ハハハ……」

「………………」

 

 弾の乾いた笑いに対しても睨みをきかせる妹。すぐに俺はこの兄弟関係を察してしまうのだった。

 ちなみに俺の家庭はお姉ちゃんが上である。年齢的にも。

 

「よかったら一夏さんと静馬さんもお昼をどうぞ……まだ、ですよね?」

「うん、いただくよ」

「い、いえ……」

 

 俺は何も言わなかったが、一夏の言葉に満足したのか五反田蘭は部屋から出ていく。

 バタンという大きな開閉が響き、弾の部屋は静寂に包まれる。

 そして、最初に静寂を破ったのは一夏の呆れた発言だった。

 

「しかし、アレだなあ。蘭とも三年ぐらいの付き合いになるけど、いまだに俺に心を開いてくれないよねぇ」

「「は?」」

 

 流石に俺でもわかる。あの妹は一夏に少なからず好意を抱いている。頬は若干ながら赤くなっていたし、目線も泳ぎまくりだった。鈴や篠ノ之箒ような気軽さはないものの、そう見て取れる。……弾と声が重なったのも、それが本当であることの証明にほかならない。まったく、これだからフラグメイカー織斑一夏は。

 

「だってそうだろ? なんかよそよそしいし、今もさっさと部屋から出ていったし」

「…………」

「……一夏。念のために言っておくが、弾の妹が部屋を出ていったのは服装のせいだぞ」

「服装?」

「色んな意味で慣れた服装だが、普通の女の子は男に薄着なところを見られるのは恥ずかしいもんだろ。わかったか?」

「ああ、なるほど」

 

 俺の説明に納得がいった一夏は、手をポンと叩く。

 

「いやー、なんというかいつも通りだな」

「?」

「別にいいよ、わからなければ。俺も弟はいらん」

 

 万が一。本当に万が一の可能性だが、俺のお姉ちゃんが一夏に惚れてしまった場合は俺が一夏の兄になるのか。それは辛いな……というか、お姉ちゃんが一夏と結婚するという事実が既に辛い。いや、仮定だけど。ありえない話なんだけどさ。……ないよな? 本当にありえないよな?

 

 俺がありもしない仮定で悩んでいる間にゲームを消し、立ち上がっていた弾が言う。

 

「とりあえず飯食ってから街にでも行こうぜ」

「おう。昼飯ゴチになる。サンキュ」

「俺は金払うよ」

「なあに、気にすんな。売れ残った定食がある」

「……別にそういう問題じゃないんだけどな」

 

 なんにせよ、弾の部屋を出てから一階へ。そこから裏口に出て、正面からもう一度入り直す。そこが今日の昼飯を食べる場所らしい。名前は五反田食堂。

 

「げっ……」

「?」

「……………」

 

 弾が先客の姿を見てイヤそうな声を出す。

 そこにいたのは、さっき部屋に現れた五反田蘭だった。

 

「なに? お兄問題あるの。あるならお兄だけで外出でもしてくれてもいいよ」

「泣ける言葉をありがとよ……」

「三人で食べればいいだろ。それよりも、さっさと座ろうぜ」

「……俺は腹減った」

「バカ兄はさっさと座れ」

「……へいへい」

 

 一瞬、弾が『俺の味方はいないのか』みたい目で見てきたが、スルー。そもそも今日知り合ったばっかだ。

 それに俺は俺の味方だ。ああ、腹減った。朝ご飯食べないで来たからなあ……。

 テーブルには俺、一夏、弾、五反田蘭という順に座る。俺の隣に弾。一夏の隣に蘭という座りでもある。

 

「蘭さあ」

「は、はひっ!?」

「着替えたんだ。デートにでも行くの?」

「違います!」

 

 ……一夏の言い様も一理ある。さっきまでのラフな格好は微塵も残っていない。バンダナで上に上げていた髪は下ろし、ロングヘアへ。服装はこの時期にピッタリな半袖のワンピース。裾から伸びる脚には、わずかにフリルのついた黒ニーソックスを履いている。どうでもいいが、俺はニーソックスが好きだ。……本当にどうでもいいな。

 

「ご、ごめん」

「あ、いえ。と、とにかく違いますから!」

「あー。つうか、兄としては違ってほしくないんだがなあ……何せここまで気合の入れたおしゃれは数ヶ月に一回で――」

 

 グシッ!

 

 瞬速のアイアンクローが決まる。何故かわからないが、織斑姉の姿を想起してしまった。

 

「……、…………!」

「(コクコクコク)」

 

 何やらアイコンタクトと耳打ちを交わし、弾が必死の形相で頷く。

 そんな様子の二人に、一夏が言う。

 

「仲いいな、お前ら」

「「「はあ!?」」」

 

 弾と蘭だけではなく、俺も同様に声を出してしまう。

 どこをどう見たら仲の良い二人に見えるのだろうか。まさか織斑姉とのコミュニケーションがアレだからか?

 だとしたら相当に残念な兄弟愛だな。俺だったら逃げてるわ。

 

「食わねえなら下げるぞガキども」

「……すいません」

 

 突然現れたのは、長袖の調理服を身に纏った筋肉隆々な爺さんだった。その豪腕には中華鍋が握られており、並々ならぬ威圧感を放っている。どう見ても料理人ではなく、軍人の類に見える。

 

 そんな威圧感を前にすれば喧嘩もやめ、すぐに料理と向き合うことになる。

 

「……いただきます」

「いただきます」

「いただきます……」

 

 俺、一夏、蘭、弾の順にいただきますを言う。

 

「おう。食え食え」

 

 店主の爺さんはニカっと笑みを浮かべ、満足そうに頷いていた。

 裏から聞こえる軽快な調理音を効きながら、俺たちは会話を始める。

 

「でよう一夏。鈴の他にファースト幼馴染? だっけ? と再会したんだっけ」

「ああ、箒な」

「誰ですか?」

「ファースト幼馴染」

「……幼馴染にファーストとかセカンドってセンスはどうなんだよ」

「言うな言うな。それは前からだ」

「失礼な」

 

 たまに変な駄洒落を言って箒や鈴を困惑させてるしな……。

 実は年齢詐称してるんじゃないかって思うこともあるぐらいだ。

 

「そうそう、その箒と二人部屋だったんだよ。まあ――」

 

 …………爆弾投下、完了。

 

 ガタッと大きな音を立てて、蘭が立ち上がる。

 

「お、おお、同じ部屋っ!?」

 

 椅子が床に倒れ、その音に一般客が一斉にこちらを見る。

 

「……落ち着いて」

「あ、ああ、はい」

 

 俺の言葉に落ち着いてくれる蘭。

 まあ、恋する乙女としては聞き捨てならない話だったよな。

 鈴もすごく驚いてたし。たしか、箒に『部屋を譲って』とかなんとか言いに行ってたし。結果は素気無く断られたって憤慨してたっけ。

 

「そ、それで一夏さん? 二人部屋ってことは、つまり、寝食をともにしていると……?」

 

 箒といい、蘭といい古風な言い回しが好きなのだろうか。

 

「ああ、先月までな。まあ当たり前だけど」

「は?」

「なんだよ」

「……俺はまだ二人部屋なんだが?」

 

 まさか一夏が箒と同室を解除されてたとは……。全然知らなかったんだけど? というか俺は未だにたっちゃんと同室なんだけど……? どういうことだよ。たっちゃんに直接聞いたら『生徒会長特権』とか言われそうで怖い。いいのかたっちゃんが生徒会長で……。

 

「おま、静馬も二人部屋かよ! 羨ましすぎるだろ!」

「一夏さんや深見さんが二人部屋だなんてIS学園はどうなってるんですか」

「……ほんとだよ」

「俺は山田先生が直接来たけどな」

「……そもそもこなかった件」

 

 俺の部屋にセシリアとティナ以外の人物が訪ねてきたことはない。部屋には入れてないけど。

 

「……決めました。IS学園に受験します」

「お、おまえ、何いってんだ」

 

 そう言う弾の顔面におたまが直撃しそうになったが、反射的に掴み取ってしまう。

 無人機事件後、俺の視力と反射神経などが異様に向上していたのだ。視力は3・2まで上がり、拳銃の弾が軽く捉えられる程度には向上していた。今のようにおたま程度のものなら不意を突かれても反応できてしまう。

 

 俺がおたまを掴んだことに店主の爺さんが軽く舌打ちしたような気がした。

 ……俺が悪い? おたま投げる方がどうかと思うんだが。

 

「なんでだ? 蘭の学校ってエスカレーター式だろ? しかも超ネームバリューのあるところ」

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」

「IS学園に推薦はないぞ」

「お兄と違って、私なら余裕です」

「い、いやあ、でもなあ……一夏! あそこは実技があるんだったよな!?」

「ん? あるけど、IS適性がないやつはそれでふるい落とされるらしいぞ」

 

 俺たち男は特別な事情があって強制入学だったが、セシリアや鈴などは優秀な適性でもって入学を果たしている。……箒は低かったが。

 

 蘭が無言でポケットから紙を取り出す。それを見た弾が嫌そうな声を出す。

 

「IS簡易適性試験判定A……」

「問題は既に解決済みです!」

 

 IS簡易適性試験自体は誰にでも受けることができる。それこそ男であっても……しかし、今の世の中でIS簡易適性試験の受付をしているのが女性ということもあって、男性は別の意味で受けさせてもらえない。

 

「で、ですので……その、一夏さんにはぜひ先輩として指導を……」

「ああ、いいぜ。受かったらな」

「約束しましたよ!? 絶対ですからね!?」

「お、おう……わかった」

「おい蘭! 何勝手に言ってるんだよ! なあ?」

「あら、いいじゃない。一夏くん、蘭のことをよろしくね」

「あ、はい」

 

 ……その間、俺は黙々と定食を食べていた。かぼちゃ煮定食は妙に甘っこいが、非常に美味しい。普段は定食屋なんて入らないから良い発見だなあ……今度お姉ちゃんと来てみるか。

 

「ああ、もう! オヤジはいねえし、いいのかよ、じーちゃん!」

「蘭が自分で決めたんだ。どうこう言う筋合いじゃねえな」

「いや……それは……」

「文句があるのか?」

「……う、ないです」

 

 弱い、弱いぞ弾。そんなんでいいのか? 俺は別にいいけどな。お姉ちゃんも転入とかしないかな。しないですね。

 

「そういうことで。ごちそうさまでした」

「……俺もごちそうさまでした」

 

 蘭に続き、俺も箸を置く。

 自分で食器を片付けるているので、俺もそれに倣って食器を片付けに行く。

 そんな俺たちの後ろで一夏と弾が小声で喋っている。残念ながら、俺には聞こえるんだ。

 

「一夏。お前、すぐに彼女作れ。今すぐに!」

 

 一夏が彼女を作ろうと思ったらすぐに作れると思う。たぶん、明日にでも彼女が。そうなったらどっちを選ぶのか、ってことだけど……どうなんだろうね。選ばれなかった方が暴走しちゃうかもな。……ああ、怖いから彼女作らなくていいんじゃないかな。

 

「はあ!?」

「すぐ作れ! 今年……いや、今月中! もっと言えば今週中に!」

「別に今はそういうのに興味ねぇよ」

「お前は……だから枯れた老人とか言われるんだ。だから鈴が」

「鈴がどうかしたのか?」

「いや、いいわ……。とりあえず誰でもいいから、な?」

「別にいいよ」

「お前よお、そんなんでいつ女に興味が湧くんだよ。アレか? 実はホモか?」

「ホモじゃねえよ!」

「だったら彼女作れよ!」

 

 次第にヒートアップしていく二人の声は既に普通の声になっていた。

 そんな二人に蘭はいい笑顔を浮かべていた。

 この笑顔は怖い笑顔ってやつだ……よく鈴が浮かべてる。

 

「お兄」

「おお、おおお? ななんだよ?」

「………………!」

 

 言葉はなかったが、蘭は目で言葉を伝えていた。

 その目は『余計なことをするな』とでも言いたげである。

 

「では、私はこれで」

 

 蘭はその場から立ち去っていった……。

 どこへ行くんだろうか。そのまま俺たちの遊びに参加しそうな勢いなのにな。

 

「なん……で」

「うん?」

「なんでお前ばかりモテるんだよ! 顔か!? 顔なのか!? くそぅ、俺にもイケメン分をよこせ!」

「うるせえぞ弾!!」

「……すいませんでした」

 

 今日という一日で察してしまった。弾の家庭内ヒエラルキーを。

 最下層なんだな……ドンマイ。

 犬でも飼ったらいいんじゃないかな。ペットは癒されるぞ。

 

「一夏、後で勝負しろ。静馬もなんかゲーセンで勝負しようぜ」

「……おう」

「いいけど、何で勝負?」

「エアホッケー」

 

 エアホッケーとはまた古風な。今時の男子高校生って音ゲーとかで勝負するんじゃないのか? もしくは格ゲーとかさ。IS/VSも格ゲーの一種だったし。

 

「あの頃の俺だと思うなよ!」

 

 弾は袖を捲り上げ、闘志を燃やしていた。

 そして、俺たちは街へと繰り出した。

 




お久しぶりです。二日振りの更新になります。

今回はオリジナルISが登場しました。
第二回モンド・グロッソに参加してたという設定です。

次回は待望(?)のお姉ちゃん登場回となる予定です。


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2.休日(後編)

総文字数100,000文字突破


「ただいま」

 

 一夏たちとの街遊びも終わり、俺は自分の家に帰宅した。

 既にお姉ちゃんは帰ってきているようで、家の鍵は開いている。別に鍵が掛かっていても鍵は持ってるから問題はないんどけどな……。

 

 玄関に入るとリビングからテレビの音が聞こえてくる。内容まではわからないが、見ている番組がニュース系であることまでわかる。

 

(本当に強化されすぎだよなあ……)

 

 強化されたのは視力だけではない。聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった五感が強化されている。特に嗅覚は今まで以上に敏感になった気がする。今日の昼ご飯が今まで以上に香ばしく感じたのだ。まあ、悪いことではないので気にするほどでもないが……。

 

「ただいま、お姉ちゃん」

 

 リビングのドアを開け、お姉ちゃんがリクライニングチェアに座っているのを確認してから声を掛ける。

 すると、お姉ちゃんは背もたれだけを後ろへと倒し、俺の方を見る。

 

「……おかえり」

 

 お姉ちゃんの名前は深見神夜。神の夜と書いて"かや"と読む。年齢は俺の三つ上で19歳。綺麗な銀髪が特徴で、真紅の瞳を持つ。何もかもが俺の一歩、二歩上を行く人物で、一夏で言うところの織斑千冬のような存在だ。今の俺ができることなら何でも俺以上にこなすことができる(IS操縦は例外とする)。

 

「静馬……?」

「どうした? そんな怪しい物を見る目をして」

「…………いつの間に結婚したの?」

「は?」

「それ」

 

 そう言って指を指したのは、右薬指に嵌められた指輪――《シルヴァリオ・ヴォルフ》の指輪だった。

 

「ああ、これね。ISの待機形態だよ」

「へー」

「だから、俺は結婚してないよ。というか入学して三ヶ月足らずで結婚ってやばいだろ」

「静馬なら可能かと思って」

「……ないだろ。どんな男だよ」

 

 言ってから考える。一夏ならば可能なのではないか? 仮に一夏から鈍感属性を消したら三ヶ月足らずで結婚まで持っていくことが可能になるのではないだろうか。……あ、ありえる。

 

「どうしたの。そんな心当たりがあるような顔して」

「……いや、別に」

「ふーん。そんなことより座ったら?」

「そうだな」

 

 俺はお姉ちゃんの真向かいにある座椅子に腰掛ける。座椅子も一応リクライニングできるが、お姉ちゃんの座っている椅子に比べると機能性で劣る。それでもこの座椅子には圧倒的な柔らかさがある。身を委ねたらすぐに寝れそうな程の。

 

「今日はどこか行ってたのか?」

「あー、今日は買い物とかに行ってた」

「そうなのか。連絡してくれれば付き合ったのに」

「べ、別に頼るほどじゃない……」

「……?」

 

 なんか珍しいな。お姉ちゃんって積極的に荷物持ちとかさせるタイプなのに。たしか、高校生の時なんか告白してきたって言う男子を荷物持ちに使ってたぞ……? その男子は喜んでたけど……。

 

「ま、まあ……その話は置いておいて。学園はどうなの?」

「どうって……割りと連絡してるだろ?」

「うん。セシリアちゃんって子の話とか、鈍感な一夏くんの話とか。あとは篠ノ之束博士の妹のこととか」

「……いいじゃん、それで」

「全然良くないから。静馬の話が欲しいんだけど」

「あー……」

 

 確かに俺の話は全然してなかったな。指輪の話もしてなかったし、俺の成績の話も一切触れてなかった。

 別に話すのが嫌ってわけじゃなくて、なんつうか、身内に話すのって恥ずかしい……的な? 本来なら母親に話すようなことをお姉ちゃんに話すのは気恥ずかしい的な感じがあってだな。

 

「そんなに気になるのか?」

「当然。お姉ちゃんは静馬の話が聞きたい」

「……はいはい。お姉ちゃんは俺のことが好きだね」

「もちろん。弟や妹のことが好きじゃない姉や兄がいるの?」

 

 なんだかんだであの織斑千冬も弟の一夏に対しての愛情が見え隠れしているもんな。訓練の時に少しだけ除いてたり、一夏に勝ち筋の瞬時加速を教えてたりするし。

 相手が姉だとはいえ、改めて好きだとか言われたら、妙に恥ずかしい気持ちになるもんだな……あー、暑くね?

 

 俺は頬を掻きながら、目を逸して返事を返す。

 

「……そうだな」

「照れてる?」

「うるさいなあ」

 

 今の俺は相当に赤い顔をしてると思う。こんなに恥ずかしい気持ちになったのは数年振りくらいだろうか。

 

「それで?」

「……ああ、俺の話ね。本当に面白い話はないぞ」

「面白くなかったら聞き流すからね」

「おい」

「冗談」

「……ったく。入学した時のことから――」

 

 俺はクラス代表候補決定戦が始まった経緯のことから順に話す。

 セシリアと仲良くなった経緯。中国から転入してきた鈴と意気投合した話。その繋がりでティナと仲良くなったこと。生徒会役員の虚さんと紅茶をよく飲むこと。よくたっちゃんが過激なスキンシップを仕掛けてくること。自分が自分じゃなくなるような感覚のこと――今日までにあったことを話した。た。

 お姉ちゃんは俺の話を遮ることなく、最初から最後まで静かに聞いていた。

 

 最後まで聞いたお姉ちゃんがチェアから立ち上がり、キッチンへと向かう。

 

「ご飯食べるよね」

「まあ、食べるけど」

「よかった」

 

 そう言って鼻歌交じりに晩御飯の準備を始めるお姉ちゃん。

 

「……俺の話に感想はないのかよ」

「んー。楽しそうだね」

「そ、それだけ?」

「……体調には気をつけてね」

「……あ、うん」

 

 本当に言いたいことはそれだけらしい。

 聞きたいって言ったのはお姉ちゃんなのにな。まあ、いつものことだからいいけど。

 

 座椅子の角度を下げ、ゆったりとした角度にする。

 晩御飯の準備をしているお姉ちゃんの背中を眺めながら、俺は晩御飯が出来上がるまで眠気に身を委ねることにした。

 

「……寝ちゃダメだよ」

「……あ、ああ?」

「もう出来たから」

 

 一瞬だけ意識が飛んでいたが、お姉ちゃんの声に起こされた。

 すんすんと鼻を小さく鳴らすと、嗅ぎ覚えのある匂いであることに気付く。

 

「まさか、ラーメン?」

「……正解。昨日からスープと叉焼を作ってたの」

「わざわざ作ってたのか……」

「……まあ、ね」

 

 流石はお姉ちゃんだ。俺が一番好きな物を用意しておくとは……。それにお姉ちゃんが作るラーメンは下手なラーメン屋よりも旨い。結構前にラーメン屋の店主から教えてもらったとか言ってた。俺は流石に面倒くさすぎて作ったことはないけども。

 

 俺はラーメンの匂いで完全に目が覚めた。

 

 我ながら単純な人間だと思う。

 

「……静馬は好きな人いないの?」

 

 テーブルを拭きながら、そんなことを言う。

 

「……なんだよ唐突に」

「周りに女の子がいるみたいだから」

「そりゃそうだろ。IS学園なんだから」

「そうだけど……一人くらいは好きになってもいいじゃない?」

「……いないよ、そんな人」

 

 周りが女の子ばっかりだとしても、好きな人ができるとは限らないだろ。それに恋人とかそんな関係にまで気を使えるほど俺は器用じゃないしな。自分のことで精一杯だ。当面はそんなこと考えないだろう。

 

「ふうん。そっか……」

 

 納得のいかない顔のお姉ちゃん。一夏にも言ったが、興味がないってわけじゃない。人並みに興味はあるし、恋人関係になった末の行為にもきちんと興味はある。だけど、やっぱり特別な関係になるのは非常に面倒に思えるのだ。

 

「お姉ちゃんだって彼氏とかいないじゃん」

「まあそうだけど……私のことはいいじゃん」

「同じことだろ。お姉ちゃんに彼氏が出来たら考えてやるよ」

 

 そんなことはありえないだろうけど。お姉ちゃんに彼氏? 絶対に認めないからな。俺に勝てたら彼氏になる権利を認めてやる。それとISに乗れたらな。まあ、そんなの無理だけど。……むむむ、まるで俺がシスコンみたいじゃないか。よく考えたら俺とお姉ちゃんって血が繋がってないから恋人関係になることも可能なわけで……。これ以上はやめておこう……色々な意味で。

 

「なーんか静馬が変なこと考えてる顔してる」

「…………」

「図星? 図星なの?」

「うるさいなあ」

「はいはい」

 

 無駄にいい笑顔で頷いてから、テーブルにラーメン丼を運んでくる。

 ラーメン丼からは味噌の良い匂いが漂ってくる。それだけで、俺のお腹がぐううっと鳴った。

 

 結構前からお腹がぺこぺこだったのだ。ゲーセンではエアホッケーに始まり、ガンシューティングや音ゲーなどを遊び倒したのだった。特に疲れたのはISをモデルにした仮想VRだ。実際にISに乗るほどの爽快感はないが、それでもスポーツ感覚で対戦ができるというものだ。残念ながら、コントローラーで遊ぶ『IS/VS』とは違って、テュランの操作は至難の業だ。これで大会に出たっていう選手が相当にヤバイ奴だってことが実感できる程度には。

 

 結局、テュランで一勝もできなかった。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 二人でお馴染みの挨拶を交わし、食べ始める。

 先にスープをレンゲで飲んでから、麺を食べる。それが俺の食べ方。

 やっぱりお姉ちゃんの作るラーメンは最高だ……。

 

「美味しい?」

 

 お姉ちゃんがラーメンを啜りながら、髪を掻き上げて言う。

 その姿はお姉ちゃんにも関わらず、すごく色っぽく見えた。

 

「あ、ああ……うまいぞ」

「よかった……久しぶりに作ったから」

 

 そういえば今年はほとんどお姉ちゃんに会えていなかったな。高校の勉強で少し忙しかったし、進学するってタイミングで政府からIS適性があるってことで半ば強引に軟禁されてたから。ISに関わらなければ今頃は……。関わってなかったらIS学園での出会いはなかったわけだが。

 

 スープまで飲み干したお姉ちゃんがその場を立ち、キッチンから紙で包装された物を持ってくる。

 

「……これは?」

「入学祝い」

「……遅いね」

「仕方ない。静馬がなかなか帰ってこないから」

「まあ、それもそうだけど」

 

 何だかんだで忙しかったのだ。クラス対抗戦の練習とかが。それに外出するのにも外出届けを出さないといけないのである。

 

「開けてもいいか?」

「もちろん」

 

 俺はなるべく綺麗に包装を剥がしていく。中身は装飾のない黒い箱だった。

 一体何が入っているんだろうか。お姉ちゃんから高校入学祝いで貰ったのは、ティーセットだった。丁度紅茶にハマり始め、ほぼ毎日のように淹れていた当時の俺にとって嬉しい贈り物だったのを覚えている。

 

 思い出しながら、俺は黒い箱を開ける。中に入っていたのは携帯用ディスプレイのサングラス型だった。

 たしか、最近発売された最新モデル。サングラスでありながら、サングラス機能をカットすることで普通のグラスとしても使用することのできるタイプ。機能性重視の携帯用ディスプレイだった。

 

「……これ、高いんじゃないのか?」

「人に貰った物の値段を聞くのはナンセンスだよ」

「……そうか」

 

 少なくとも数ヶ月分のバイト代は吹っ飛ぶ代物だと推測できる。こんな高価な物を受け取るのは気が引けるが、お姉ちゃんがわざわざ用意したのだったら素直に受け取るべきだろう。

 

「ありがとな。もしかして、今日いなかったのってわざわざ買いに行ってたからか?」

「……うん」

「本当にありがとう。愛してるよ」

「……う、うん」

 

 珍しく照れた顔をするお姉ちゃんに自然と顔が綻ぶ。

 

 ……こうして俺は休日の最後を家族水入らずで過ごした。

 

 

 

 




一夏くん以上にシスコン度合いが高い静馬くん。

本当はもっと掘り下げようかと思ってたシーンですが、今後もっと登場させる予定なので今はこれぐらいで。



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3.銀髪の転校生

総合UA数が20,000突破


 月曜日の朝。

 

「ハヅキ社製は最高よね」

「え? ハヅキって性能が低くない?」

「何いってんのよ! デザインが一番でしょ!」

「ええ……。私は性能的にも抜群のミューレイ製がいいと思うよ。特にスリムモデル」

「あー。アレね。ぶっちゃけ高くない?」

「まあ、そうね。でも値段に見合った価値があるわよ」

 

 クラスの女子がISスーツのカタログを手に盛り上がっていた。

 ISスーツとは文字通り、IS展開時に装着が推奨されている特殊フィットスーツのこと。もちろん、スーツを装着してなくても展開には問題はない。が、スーツを装着することで得られる効果で伝達速度の向上というものがある。その他にも防弾性や防刃性などもあるのが特徴。ただ、本来ISスーツは女性向けということもあって……男が装着するには色々と不便がある。特に股間部分。しかも生理現象が発生した際には柔らかい生地ということもあって……。

 

「そういえば織斑君と深見君はどこのスーツなの?」

「あー。特注品だってさ。どこかのラボが試験的に作ったとかなんとか。えー。たしか元はイングリッド社のストレートアームモデルだとか」

「……俺のも特注品だな」

 

 詳しい内容は聞いていないが、作った会社はドイツにある企業であることは知っていた。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きを各部位に伝達することで機微のある動きが可能になります。また、ISスーツは耐久に優れ、小口径拳銃程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃は消えませんから注意してくださいね?」

 

 饒舌に説明をしてくれたのは、、山田先生だった。

 衝撃は殺せないというのは防弾チョッキでも同じなので、そこら辺は不思議ではない。といっても衝撃をある程度なら殺すことが可能だったりもする。まあ、当たりどころが悪ければ骨折なんてこともありえるわけだ。

 

「山ちゃん詳しい!」

「一応先生ですから。……え? や、山ちゃん?」

「山ぴー見直した!」

「今日は皆さんのスーツ申込み開始日ですからね。予習は完璧です。えへん……え、山ぴー?」

 

 先生を愛称で呼ぶのはどうかと思うが、この山田先生は仕方ないとも言えた。普段の言動が先生には見えないという点が後押ししているのだろう。それでもやる時はきちんと先生をやれる山田先生は先生として優秀なのではないか?

 少なくとも俺はひっそりと山田先生を尊敬している。

 

「……ちなみにISスーツの機能だが、フィッティングが行われている専用機には量子変換された状態でデータ領域に格納されている」

 

 俺は山田先生の説明に補足を加える形で説明をした。

 そんな俺の説明に、山田先生が軽く拍手をしていた。

 

「流石です深見くん。テストなら満点ですね」

「……どうも。もっとも、ISスーツ展開にはエネルギーを消費するとかで推奨はされてない……でしたよね」

「そうですねぇ。なのでみんなは事前にスーツを装着してからISを使用しましょうね」

「はーい」

 

 俺と山田先生の解説にクラスのほとんどが返事をしていた。

 

「深見くんの方が先生っぽかったね」

「ええっ!? そ、そんな……」

「……いやいや。俺はただの学生ですよ」

「謙虚なところがまた大人! まーやんも頑張って!」

「ま、まーやん……うう、生徒よりも子供っぽいなんて……」

 

 ……なんだこの流れは。

 俺は悪くないはずなんだがなあ……。

 

「と、とりあえずですね。先生のことはちゃんと呼んでください。わかりましたか?」

「はーい」

 

 返事だけは良いクラスメイトの女子たち。

 先生ってなんだかんだで疲れる職業だよなあ……ストレスとか心労が半端ないだろうし。

 

「諸君、おはよう」

 

 清々しい顔で教室に現れたのは、このクラスの担任である織斑姉。

 がやがやとしていた教室が一斉に静まり、姿勢の低い感じで挨拶を返すクラスメイト面々。

 これがIS学園の一年一組担任織斑千冬の威厳とカリスマ性だった。大変素晴らしいが、その挨拶はどうにかならないのだろうか……。

 

「今日からは本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるが、ISを使用した訓練であることを頭に入れておけ。各人のISスーツが届くまでは学園指定のものを使うのでな。忘れるなよ? 忘れたら代わりに指定水着で訓練を受けてもらうからな。ああ、それすらも忘れたやつは下着でも構わんだろう?」

 

 平然とした顔でとんでもないことを言い出す。まあ、このクラスには男子がいるという前提で言っているんだと思う。流石に男子の前で下着で訓練を受けることを良しとする女子はいないだろうし。きっと、女子は忘れないことを心に誓っただろう……。これで俺や一夏が忘れたら笑える……笑えないぞ。一生変態のレッテルを張って過ごすことになるだろうことは目に見えている。

 

 ちなみに指定水着はスク水のこと。しかも、絶滅したと思われる旧スクがIS学園では指定水着として選ばれている……絶対に学園上層部の人間は好き者の集まりだろうな。体操着もブルマーだし。

 ISスーツも似たようなもので、スク水によく似たレオタードのようなもの。もっとマシなデザインはなかったのだろうか? 人体に限りなくフィットさせるという意味では必要な措置なのかもしれないが。

 

「では山田先生」

「は、はい!」

 

 山田先生が慌てたように返事をして、いつも通りにHRの進行をバトンタッチされる。

 

「……ええと、ですね。今日は転校生が来ています! それも二名の生徒です!」

「……は?」

「「「えええええええっ!!?」」」

 

 俺の間髪入れない間の抜けた声の後、クラス中が一気に驚きの声を上げた。

 当たり前だ。一切の噂話が立つこともなく、唐突に宣言された転校生という単語に噂好きの女子が反応しないわけがないのだ。もちろん、そんなのは関係なしに俺も驚いた。まさか、このタイミングで転校生とは。それも二人だ。

 

(……いや、おかしいだろ。このクラスに生徒が密集しすぎだバカ)

 

 学園長は何を考えているのだろうか。織斑姉がいるからという安直な理由だったりするのか?

 

 そんなことを考えている内に、教室のドアが開いた。

 

「失礼します」

「……………」

 

 まるで織斑姉が教室に入ってきた時と同じように、クラスが静寂に包まれた。

 チラっと周りを見てみれば、皆同様に放心している。セシリアでさえぽかーんとしている有様。

 何故ならば、入ってきた生徒のうち一人が――男子だったのだから。

 

 しかし、俺が驚いたのは男子の方ではなく、もう一人の生徒の方だった。

 

 ――その顔を見た瞬間、俺の鼓動が跳ねた。異常な速度で心臓が跳ね、全身が焼石のように熱くなる。

 あまりの脈動に心臓を押さえる。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン――

 

(なんだ……これは……っ)

 

 周りから切り離され、俺だけが取り残されたような感覚。

 まるで、俺だけがスローモーションになったかのような……。

 

「はあっ……はあッ……!」

 

 その感覚は徐々に収まり、周りの時間が普通に戻り始める。

 

 そんな様子の俺にクラスの誰も気付く様子はない。

 

 さて。俺が見た生徒は銀髪の美少女だった。

 輝くような銀髪が腰元まで長く伸びている。あまり整えられている風ではなく、所々にクセ毛やら寝癖のようなものが見て取れる。左目には黒眼帯。某ゲームの大佐が付けているような眼帯だ。右目は俺のお姉ちゃんと同じく血の一滴みたいな赤い瞳。その瞳に宿す温度差は似ても似つかない。圧倒的なまでに冷酷な印象を持たせる冷たい瞳をしている。まるで周りが全て敵であると断言しているかのような。

 

 その印象から想起させるのは、まさに『軍人』という他にないだろう。しかし、軍人にしては彼女の身長が些か低いようにも思える。隣にいる男子と比べてみると、彼女の身長が150センチ未満であるように見える。しかし、高校一年生の平均身長としては妥当なのかもしれないが。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 転校生の一人である男子がにこやかな笑みを浮かべて言う。

 その様子はまるで『男装の麗人』といった感じだ。彼に直接言えば怒られてしまうかもしれないが、それほど彼の顔は美形な男子だったのだ。最初に男子と言われていなければ、女子だと勘違いしてしまいそうな程でもある。

 

「……男?」

 

 俺ではない誰かが呟く声が聞こえた。

 

「はい。こちらには僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入をさせていただきました」

 

 ――男装の麗人ではなく、正確に言うならば貴公子がピッタリだろう。礼儀正しく、落ち着いた口調。そのどれもが貴族を想起させる。貴族特有の嫌味っぽさはなく、どこまでも気さくな少年の姿だった。

 

 そんな男子の姿に、クラスの女子が反応しないわけもなく――、

 

「っきゃあああああああああ――っ!」

 

 耳が割れんばかりの黄色い声が教室中に響いた。

 

「男子!」

「しかもうちのクラスよ!」

「美形……仕えて欲しい……」

「ああ! このクラス最高よ~~!」

「もう死んでもいいくらいだわ!」

 

 ……それはダメだろ。

 

「騒ぐな。静かにできんのか……」

 

 面倒くさそうにに織斑姉が言うが、静まる様子はない。流石のカリスマ性や威厳もこういう場では役に立たないらしい。その様子に織斑姉は心底嫌そうな顔をしていた。

 

「み、みなさん! まだ自己紹介が終わってませんから! 静かにしてください」

 

 織斑姉の次は山田先生。流石はみんなと一番親しんでる先生ということもあって、生徒たちは落ち着いていく。

 まだ自己紹介は終わっていないのだ。俺として銀髪の少女のことが知りたい。理由はわからないが、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

 

 当の本人は射殺さんばかりの瞳で沈黙を貫いている。心なしか教室の温度が下がっていくような錯覚まで覚える。

 

「……はあ。挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

 軍人ような敬礼を織斑姉にしてから、ラウラと呼ばれた転校生が教団の上で肩幅まで脚を広げて立つ。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではない。ここでは先生だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解」

 

 そんなのが横にいるにも関わらず、シャルル・デュノアはにこやかなな笑みを浮かべている。俺個人としてはその笑みの方が怖いような気もするが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

(ラウラ……ボーデヴィッヒ……)

 

 心の中で呟いてみた。何故か妙にしっくり来る名前で、不思議と悲しい気持ちになってきた。

 

「い、いい、以上……ですか?」

「以上だ」

 

 実に簡潔な自己紹介だった。それ以上もそれ以下もない。

 自己紹介を終えたラウラが、一夏の姿を見つけた。

 

「……! 貴様が――」

 

 殺気じみた瞳で一夏を射抜く。一夏は不思議そうな顔をしているが、俺には相当な殺気が感じられた。

 今まさに殺そうってほどの殺気を……。

 

 すたすたと歩き、一夏の前で――

 

 パッシーンッ!

 

 予備動作を感じさせない無駄に軽やかな平手打ち。

 一夏の方は真っ赤に腫れ上がり、殴られた一夏はぽかんとした顔をしている。

 それは他の生徒も例外ではなく、全員が一夏のように呆けていた。

 

「私は認めない! 貴様があの人の弟であるなど、断じて認めるものか!」

 

 静かながらも強い意思がこもった言葉だ。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん……っ」

 

 その場で翻し、空いている席に向かってすたすたと歩き出した。

 空いている席――それは俺の後ろの席であり、必然的に俺の横を通ることとなる。

 

「……貴様、なんだ」

 

 じっと見ていた俺にラウラの瞳が射抜く。

 

「……俺とお前って会ったことがあるか?」

「貴様のような人間にあったことなどない」

「……そうか」

「ふん」

 

 会話も終わり、ラウラは俺の後ろの席へと座った。

 ……本当に会ったことがないんだろうか。

 それはわからない。わからないが、オレはラウラのことが何故か放っておけない。そんな気がしたんだ。

 

 

 この出会いが、俺の運命を大きく変える出来事であることを俺はまだ知らない――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 "運命"からは逃げられない――

 

 オレがオレである限りは、決して、逃げられない。

 

 




第三章のヒロイン候補であるラウラ・ボーデヴィッヒの登場回です。

ISスーツの説明も挟みましたが、あのスーツってフィット感が売りなわけで……大きい胸の人でも窮屈な感覚がないように設計されてると思うんです。感覚としては「肌」のような感触なのではないかな? って。

だとしたら、男性的象徴であるナニはどうなるのだろう。
……うーん、勃った日にはヤバいこと間違いなしでしょうね。
まあ、そこら辺は心の目で補完してください。

*静馬のISスーツはドイツにあるバルドル社が静馬のために作った特注品。静馬のISとは別会社。カラーリングは漆黒に真紅のラインが入っている。


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4.模擬訓練

「ではHRは終わりだ。各人は早急に着替えを済ませて第二グラウンドへ向かうように。今日の模擬訓練は二組との合同だ。解散だ」

 

 教壇で力強くこの後の説明をする織斑姉。色々と問題はあるが、今は置いておくことにする。

 目下の問題は早急に第二アリーナ更衣室を確保しなければ……でなければ女子と着替えることになってしまう。

 

「織斑、深見。デュノアの面倒はお前たちで見てやれ」

 

 まあ、そうなるよな。

 

「君が織斑君と深見君? 初めまして。僕は――」

「詳しい話は後でにしよう。話ぐらいは更衣室でもできるだろう」

 

 簡単に言ってから、俺たちは教室を出る。

 

「今向かってるのは第二アリーナの更衣室だ。実習での着替えは大体そこで行うんだが、いかんせん女子と共同仕様なんだよ」

「う、うん……」

 

 俺の説明に落ち着かなさそうにしているシャルル・デュノア。

 そんな様子に、一夏が言う。

 

「トイレか?」

「……違うよ!」

「それは何より」

 

 ……何が何よりなんだ。更衣室にもトイレくらいあるぞ。

 階段を下って一階へ行くと、大勢の女子が何故か待ち受けていた。

 

(ああ、もう……この展開が容易に予想できたから急いだんだがな……)

 

 ちなみに後ろからも女子の大群が追いかけてきている。

 

「噂の転校生を発見!」

「しかも織斑くんと深見くんも一緒よ!」

「……追いかける」

「こっちよ、こっち!」

 

 中には一組だけではなく、二組や三組までもが混ざっている。

 もっと例外的なのは、二年生や三年生も一緒になっているということ。全く情報が早過ぎる……。

 二年生といえば、たっちゃんだが……存在は確認できない。

 

(率先して混ざりそうな気もするけどなあ……生徒会長として自重しているんだろうか)

 

 女子に捕まれば面倒この上ない。絶対に逃げ切らねばならない。

 ……はあ、この行動が既に面倒だ。

 

「黒髪もいいけど、金髪美少年ってのもいいわね!」

「……瞳はエメラルドグリーン」

「見て! 見てよ、織斑くんがデュノアさんと手を繋いでる!」

「お母さん愛してる! 今年は必ず墓参りに行くからね!」

 

 ……何気に重い事実を告白するな。周りの女子も少しだけ苦笑い入ってんぞ。

 てか毎年行けよ。

 

 そんな状況を飲み込めていないのか、シャルル・デュノアが困惑顔で訊いて来る。

 

「何で皆騒いでるの?」

「……男子が転入してきたからだろ」

「うんうん。男子が俺たちだけだからな」

「……?」

 

 そこまで言っても疑問符を浮かべていた。

 

「いや、普通に珍しいだろ。IS操縦者の男って。今のところは俺たちだけなんだろ?」

「……あっ! ああ、うん……そ、そうだね」

「アレだ。この学園の女子って男子との接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

「ウー……?」

「二○世紀の珍獣。流行ったんだとさ」

「ふうん」

「……なんでウーパールーパーで例えたし」

 

 本当にお前何歳なんだよ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。今はこの完璧なまでに囲まれた状況を打破すべきだ。

 

「しかしまあ、助かったよ」

「何が?」

「やっぱ学園に男は少ないからな。増えてくれた方が心強い」

「そうなの?」

 

 だというのに、こいつらは呑気に会話を続けている。

 シャルル・デュノアはともかく、一夏まで……面倒な奴らだな。

 

「……急ぐぞ。一夏はこの状況を切り抜けられる自信は?」

「うーん、大丈夫じゃねえか?」

「シャルル・デュノアは?」

「び、微妙かな……」

「……そうか。じゃあ一夏は後でな」

「は?」

 

 一夏の間の抜けた声が耳に届いたが、片方の耳で聞き流す。

 俺はシャルル・デュノアを軽く抱き抱える。

 所謂お姫様抱っこというやつだが、男相手にやるのは物凄い抵抗感が……だが、この方が手っ取り早い。

 

「え、ええっ!? ちょっと!?」

「……少し黙ってろ。舌を噛まないようにな」

 

 身体に力を入れ、軽く跳躍する。

 もちろん、これだけでは人垣を超えることはできない。

 ならば――壁を蹴ればいい。

 窓ガラスを蹴り破らないように壁を上手く蹴り、反対の壁を更に蹴って奥へ。

 

 ……前なら完全に無理だと感じられたが、身体能力が上昇した今となっては余裕の一言。

 今の身体能力ならギネス記録だって軽々と更新できちゃうんじゃないか? まあ、無理だろうな。

 

「え? 今何したの?」

「……何って跳んだんだよ。壁を蹴ってな」

「…………」

 

 抱き抱えた時はやけに恥ずかしそうにしていたが、今度は真顔で閉口してた。

 ……言うほど超人的な動きではない気がする。織斑姉は勿論だが、たっちゃんなどは普通にできるんじゃないか?

 

 そのまま足を休めることもなく、更衣室まで到着。

 当然だが、更衣室に着いたらすぐさまに下ろした。

 

「……時間は割りと余裕があるな」

「あ、あの……ありがとう」

「ああ、別にいいよ。織斑先生に後で文句言われるのが面倒なだけだし」

 

 適当なロッカーの前へ行き、制服のボタンを外す。それを丁寧に折り畳んでから、シャツも脱ぐ。

 

「わあっ!?」

「……どうした。ゴキブリでもいたのか?」

「い、いや……」

「……まあ、いいけど。早く着替えてしまえよな。織斑先生は時間に煩いからな……って先生として当たり前だが」

「う、うん……き、着替えるけど……でも、その……後ろ。後ろ向いててね」

「あ? 何を女みたいなこと言ってるんだ」

「お、女!?」

 

 無駄にびっくりした声を上げ、その場から飛び退く。

 ……まさか、その容姿のせいで過去にトラウマでもあるのか?

 それは悪いことしたかもな。

 

「……わかった」

「え?」

「後ろ向いてる」

 

 そう言ってから、俺は反対側を向く。

 

「…………」

 

 背中に視線を感じる。それもむずむずするレベルで。

 

「……人の背中をジロジロと見るのはどうかと思うがな」

「み、見てないよっ!? 別に見てないから!」

 

 バサバサっと慌てたような音が聞こえてくる。そんなに取り乱さなくても。

 というか見てないは流石にないだろ。凝視してたぞ、絶対。

 

 ジッパーの上げる音が聞こえ、俺はシャルルの方へと向き直る。

 

「着替えたか。意外と早いな……」

「そ、そうかな……?」

「まあ、一夏よりは早いと思う。それにISスーツは着づらいからな。引っかかるし」

「ひ、引っかかる?」

「ああ」

「…………っ」

 

 気の所為ではないレベルで、シャルル・デュノアがカーッと顔を赤くさせている。……なんなんだ。

 

「ホモなのか?」

「違うよ!!」

 

 否定された。それも即答で。

 ……まあ、認められるのは非常に嫌だ。生理的に無理ってやつだ。

 

 俺たちが着替えを終えた頃、更衣室に一夏がやってきた」

 

「ぜぇ……はぁ……っ。お、お前ら早いって……」

「お疲れ様。流石に両方は運べん」

「くそ……なんであんなに追いかけてくるんだ」

 

 それは標的を失った影響で狼たちがより一層と飢えてしまったからだろう。

 

「遅れないようにさっさと着替えろよ」

 

 肩で息している一夏にそんな言葉を投げかけ、俺とシャルル・デュノアはグラウンドへと向かった。

 グラウンドで仁王立ちとなって待ち構えていたのは――

 

「一夏さんは?」

 

 セシリアだった。

 

「ああ、一夏ならまだ着替え中だ」

「ISスーツを着るだけで、どうしてそんなに時間がかかりますの?」

「……さあな」

 

 引っかかるという意味では胸の大きい女子もそれに該当すると思う。

 たしか、女子の一部はISスーツを下着代わりに着用している生徒もいるのだとか。確かにこのフィット感は着用していないと錯覚できてしまう程には張り付いている。もはや皮膚のような感覚。慣れれば更に着ている感覚がなくなるのかもしれない。

 

 まあ、一番の要因は女子のISスーツが水着のような形状なのに対して、俺たちのISスーツは全身が覆われている。ダイバーが身に着けている全身水着が近いかもしれない。こういう露出度は女子の方にするべきではないだろうか。

 

「や、やっと着いた……」

 

 酷く疲れた顔で列に並んできたのは一夏。

 

「遅いですわね」

「……遅いな」

「なにやってんのよアンタ」

 

 俺、セシリア、鈴が一夏を責め立てる。

 

「で、アンタは何をやらかしたのよ?」

「こちらの一夏さんは、今日来た転校生に叩かれましたの」

「はあっ!? 一夏、なんでアンタってそうバカなのよ!?」

「――安心しろ。バカは目の前にもいる」

 

 ギギギギッ――。

 

 そんな怪奇音が聞こえてきそうな光景が目の前に。

 鬼――織斑姉が鈴とセシリアの頭をボールのように掴んでいた。

 その後、出席簿による一撃が決まった。なんというコンボ……。人の頭をポンポンと叩くなよ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「では本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

 

 織斑姉が説明すると、みんなが気合入った返事を一斉にした。

 そんな中、セシリアと鈴だけが唸っている。

 

「くぅ……っ。何かと付けて人の頭を……」

「……一夏のせい一夏のせい一夏のせい」

 

 セシリアはまだ良かったが、鈴に至っては呪詛を吐いてた。

 まあ、言いたいことはわかるが。織斑姉の時点で把握できたことだろうに。

 

「今日は戦闘の実演だ。ちょうど活気を持て余す十代後半女子もいることだしな。凰、オルコット出番だ」

「なぜ、わたくしが!?」

 

 鈴に巻き込まれた形。ああ、ドンマイ……俺が選ばれなくてよかったわ。

 

「専用機持ちの責務だ。いいから準備しろ」

「ぐう……」

「……一夏のせい一夏のせい一夏のせい」

 

 鈴が既にボットと化してる件について。

 

「やる気を出せ。アイツにいいところを見せつけるチャンスだぞ」

 

 織斑姉が極小の声で言うが、聴覚が上がっている俺には余裕で聞こえた。

 ……恋する乙女にこれほど効き目がありそうな言葉は存在しないかもしれない、というレベルの煽り。

 当然、二人は全身から闘気を出していた。

 

「ふふん。やはりイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

 ドヤ顔で胸を張り、金髪を揺らすセシリア。

 

「実力の差ってものを見せるいい機会よね! 専用機持ちとして!」

 

 なんてチョロさ。好きな男のためにやる気を出すのもいいが、一夏相手に通じるわけがないだろ。

 ……恋する乙女にそんなのは関係ないか。

 

「お相手はどちらに?」

「お前らの対戦相手は――」

 

 ギュイィィィィン――。

 

 空気を裂き、ジェットを吹かす音が遥か上空から聞こえてきた。

 釣られ、上を見上げる。

 

「ああああっ!? ど、どいてください~!」

 

 そこにいたのは、我がクラス担任の山田真耶教諭。

 

(おいおい……ここには生身の人間もいるんだぞ?」

 

 下手したら死傷者の出かねない空襲に、俺は半ば無意識にISを展開していた。

 地を抉る勢いで迫る山田先生の腕を掴み、落下の勢いを殺してから、ゆっくりと地上へ運ぶ。

 ……なんて無茶な操縦なんだ。

 

「あ、ありがとうございます……深見君」

「……いえ。踏み潰されては困るので身体が動いただけです」

「見事だ、深見。どうだ? お前も実演に参加してみないか」

「…………勘弁してください。第一、このメンバーでどう実演を?」

 

 実演メンバーはセシリア、鈴、山田先生――三つ巴ならぬ、四つ巴になってしまう。俺の参加する余地なんてないと思うんだが……。

 

「ふん。何を言っている? 山田先生との三対一に決まってるだろ」

「あ? それは流石に……」

「そ、そうですわ」

「安心しろ。今のお前らで敵う相手じゃない」

 

 ……敵わない。その言葉に反応したのはセシリアが最初だった。

 残念ながら、俺はそんな安っぽい挑発程度に流されたりはしない。

 

「――俺も、参加する」

 

 口から吐いて出た言葉は、拒否する言葉ではなかった。

 マジか。マジ……か。………………ああ、もう。

 俺は負けず嫌いだ。自分でもよくわかってる。それに、俺の向上した身体能力でどこまでやれるか気になるのもまた事実だったりもする。

 

「――そうか。では位置に着け」

 

 観客――クラスメイトたちから少し離れ、俺たちは所定の位置に着く。

 

「絶対に勝つぞ」

「当然ですわ!」

「ふん。アンタらこそ合わせなさいよ」

 

 ……不安だな、このパーティー。

 

「戦闘開始だ」

 

 号令と同時にセシリアと鈴が飛翔。少し遅れて俺が飛翔する。それに合わせるように山田先生が空中に先回りする。先程のような稚拙な動きが全く感じられず、織斑姉の言っていたことが本当なのだと改めて実感させられた。

 

「先生だからって手加減はしませんわ!」

「……勝たせてもらう」

「あまり舐めないでよね」

「い、行きます」

 

 セシリアが先生攻撃を仕掛けるが、容易に回避されてしまう。

 

「デュノア。山田先生が使っている機体の説明をしてみろ」

 

 俺たちの戦闘を見ながら、織斑姉がそんなことを言っていた。

 ……話は聞きたいが、今は戦闘に集中だ。

 

 先制攻撃に対して、山田先生が先生攻撃を仕掛ける。

 

 ……いや、冗談だ。

 

 意識を集中させる。――開幕で瞬時加速を行い、山田先生の頭上に位置を取る。マシンガンを展開して頭上からの攻撃を図ったが、それも容易に回避されてしまう。その回避先に龍咆でもって迎え撃つ鈴。完全なコンビネーションプレイに思えたが、山田先生は回避を挟みつつ俺の方へと迫ってくる。

 

(ちっ……射撃型を潰すよりも先に、近接型の俺を狙うか)

 

 山田先生の搭乗している機体は『ラファール・リヴァイヴ』だ。そのスペックは第三世代にも見劣りせず、高い汎用性を兼ね備えているのが大きい特徴である。格闘、射撃、防御が切り替え可能というわけだ。つまり、俺と近接で張り合うことが可能ということで――射撃を容易に行えなくなるというメリットが存在もしている。

 

(……流石は先生か)

 

 左手でマシンガンを撃ち、牽制しながら右手で単分子ブレードを展開。もう必要のないマシンガンは解除する。

 近距離での射撃をブレードで防ぎ、あまり張り付けないようにブレードを振るう。しかし、それでも山田先生に攻撃が当たることはない。……くそ、化物かよ。

 

『セシリア、俺を気にせずにBTを撃て。それぐらい躱してみせる』

『了解ですわ!』

 

 俺の指示に対して、四機のBT兵器が放たれる。

 

「ちょ、ちょっと正気!?」

「静馬さんならこの程度当たりませんわ」

 

 そうまでしてやっと山田先生に攻撃が当たる。流石に状況が悪いと考えたのか、距離を更に詰めてくる。

 なんだ? 一体何を――ッ!?

 

 突然、腹部が爆ぜた。

 

 山田先生の展開した手榴弾×2が爆発したのだ。なんて自爆技――ッ!

 しかし、熟練の山田先生にとって俺の隙はどうやら大きかったようで、そのままセシリアたちの方へ思いっきり蹴り飛ばされる。

 

 そこへ更にゼロ距離射撃が加わり、俺のSEは完全に消失してしまった。

 

「そこまでだ。これでIS学園教員の実力は理解できただろう。諸君もあのレベルに達するように切磋琢磨と訓練に励むように」

 

 ……クソ。何もできずに負けるとは……先生が相手とはいえ、悔しい。悔しすぎる。

 

『セシリア、鈴。悪いな』

『別に構いませんわ……あれはレベルが違いますもの。試験時は手を抜いてらしたのかしら』

『まあ、仕方ないわね。一対一なら勝ってたけどね』

 

 それはどうなんだ? 龍咆のチャージ時間的に撃たせない接近戦に持ち込まれると思うが……。

 はあ、本当に強いな……山田先生。

 

「専用機持ちは織斑、深見、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では専用機持ちがリーダーとなるようにグループを組め」

 

 織斑姉が言い切った瞬間、女子が一斉に詰め寄ってきた。

 

「織斑君、ご指導お願いします!」

「わかんないところを頼むね~」

「デュノア君に手を取って教えてもらいたいなぁ」

「ね、ね。静馬くん。私に教えてー!」

「……ハロー、静馬。よかったらグループに入れてよ」

 

 予想はできたことだが、まさかここまでとは……。

 ちなみに最後の金髪女子はティナだった。合同なのでいるよな、そりゃあ。

 

「おい、馬鹿者共が。さっさとグループを決めろ! 残り一分以内に組めないやつは生身でISを背負ってグラウンド100周してもらうぞ」

 

 ……それは流石に無理だろ。無起動状態のISってどんだけ重いと思ってんだ。織斑姉なら行けそうな気がしないでもないが。

 そんな織斑姉の発言に、女子たちは統率の取れた軍隊のように散らばっていき、見事にグループが編成されていた。

 

(統率が取れすぎてて引くわ。ドン引きだわ)

 

「最初からやれ、馬鹿が」

 

 ため息混じりに頭を掻く織斑姉。

 

「よろしくね、静馬」

「やったぁ! 織斑くんと同じ班だぁ!」

「……セシリアか。少し苦手だなぁ」

「凰さん、よろしくねっ! 後で織斑くんのこと紹介してね」

「デュノア君! わからないことがあったら聞いてね、何でも教えるよ!」

「………………………………」

 

 唯一無口なのはラウラのグループで、編成された生徒たちの顔も暗い。絶対零度の眼差しに、葬式のような雰囲気。こんなんで訓練がまともにできるのか? できるわけがない。

 

「ラウラちゃん」

 

 俺にしては珍しく、名前で呼んだ挙句にちゃん付けまでしていた。

 そんな俺に不快そうな目で睨んでくる。

 

「馴れ馴れしくするな。貴様にちゃん付けで呼ばれる筋合いはない」

「……いいだろ? ラウラちゃん。最高にかわいいぞ」

「……ええい、馴れ馴れしくするな!」

 

 俺の手首を取られ、一瞬で地に叩き付けられそうになるが――、

 

 するりと拘束を解いた。

 

「ッ!?」

 

 そんな俺の行動が予想外だったのか、ラウラが目を見開いていた。正直な話、俺も今の芸当ができたことに驚きを感じていた……。

 

「……まあ、なんだ。お前のグループメンバーが可哀想だろ? 少しは愛想出せよ」

 

 これまた俺らしくない言葉が口から飛び出てくる。どうしたんだろうか、俺は。

 ラウラの頭をポンポンと撫で、ラウラの元から離れる。

 

「貴様は……」

 

 そんな言葉が後ろから聞こえてきたが、聞こえない振りをした。言いたいことはわかっている。本当に俺は何がしたいんだろうか。なぜか、ラウラを見ていると俺は妙な行動をしたくなってしまうのだ。……なんなんだよ、本当に。

 

「えーと、いいですかー? これから訓練機を一班一機を取りに来てください。『打鉄』か『リヴァイヴ』のどちらか班で選んで決めてくださいね。あ、早いもの勝ちですよー」

 

 当然、初心者にはリヴァイブの方が向いている。

 

「リヴァイヴでいいんじゃないか?」

「そうね」

「……私もいいと思う」

「さんせー」

 

 みんなの意見が聞けたので、俺はリヴァイヴを山田先生から借り受けた。

 他のグループも俺たちよりは遅かったが、訓練機を借りていた。ラウラたちはどうやらリヴァイヴを借りたようだった。

 

『リーダーの一は訓練機の装着をサポートしてあげてください。全員にやってもらうので、フィッティングとパーソナライズは切ってあります』

 

 ISのオープンチャネルで山田先生が告げる。

 

「……じゃあ、私からでいい?」

「あー、いいんじゃないか?」

 

 適当に返事を返したが、この女子の名前を俺は知らない。一組の女子はほとんど覚えてるけど、流石に二組の女子はこれっぽっちも知らないのだった。鈴のルームメイトであるティナは別。

 

 そんなことを考えていると、隣にいたティナが耳打ちしてくる。

 

「彼女の名前はエミリー・ウォーカーよ」

「……そうか。それにしてよくわかったな」

「たまたま、静馬を見てたからね」

 

 どうして見ていたのかは不明だが、助かったのは事実。感謝の言葉を返すと、別に感謝される程でもないと言うだけだっった。

 

「さて。さっそく始めようか。エミリー・ウォーカーさん」

「……エミリーで」

「そうか、エミリーさん」

「さん付けもいらない」

「あ、そう……」

 

 馴れ馴れしくないようにさん付けで呼んだが、別になくても問題はなかったらしい。

 

「……静馬さんの方が年上だから」

「あー、俺の年上設定って二組にも知られてるのか」

「ティナが言ってた」

「なるほど」

 

 って呑気に会話をしている場合じゃない。後ろでシャルル・デュノア班が織斑姉に指導されている……ああ、ご愁傷様。

 

「まあ、始めるぞ。エミリーはIS搭乗経験があるのか?」

「……そこそこ」

「装着、起動、歩行までやるか」

「了解」

 

 そこそこに経験があるというエミリーの言葉に違わず、そこそこスムーズに装着、起動、歩行と進んだ。

 しかし、エミリーは一つミスをしていた。それはISを立った状態で固定して降りてしまったのだ。高いところから降りるのは簡単だが、逆に高いところへ上がるのは難しいからだ。

 

「あー」

「……ごめん」

「自動で膝立ちにならないISが悪い」

 

 本当にそう思う。人を搭乗させる機体としての欠陥ではないだろうか。まあ、してないからこうなったわけで。

 

「どうかしましたか?」

 

 俺たちの様子に気付いた山田先生が駆け寄ってきて、俺たちに訊ねてくる。

 

「コックピットが高い位置に」

「あー、なるほど。それじゃあ仕方ないので深見くんが乗せてあげてください」

「……ああ、なるほど」

「できますか?」

「まあ、面倒ですけど」

 

 次に搭乗する予定だったのはティナだ。俺はティナの近くへ行き、軽く抱き上げる。

 

「ひぁあっ!?」

 

 ティナが素っ頓狂な声を上げる。急すぎたか? まあ、何にせよやることは変わらない。

 

「……突然なんてびっくりするじゃない」

 

 抱かれた状態のティナが小声で言っているが、仕方のないことだろう。時間は有限なのだから。それとも俺では不満ということだろうか……。まあ、それは諦めてくれ。

 

「あの深見君? それじゃあ運べないと思いますが……」

「いえ、これで大丈夫です」

 

 山田先生はISを展開しないで大丈夫なのか? という意味で聞いてきたのだと思う。それなら全く問題ない。なぜならば――

 

 ISを蹴ってコックピットまで跳べばいいだけだ。

 

「……下ろしてもいいか? 乗れるだろ?」

「あ、うん」

 

 なるべくゆっくりとコックピットにティナを下ろす。軽く調節をしてやってから、ISから飛び降りる。

 

「すごいですね深見君」

「そうですか?」

「生身で立った状態のISに乗れるなんて……まるで織斑先生みたいでした」

 

 どこか遠くを見ている山田先生の姿に、俺は軽く苦笑いするしかなかった。

 

「じゃあ、ティナ。起動してみてくれ」

 

 その一言にISが静かな駆動音を鳴らし、起動した。

 

 ティナのIS適正はAと高く、鈴が来る前はクラス代表候補だったらしい。その役目を鈴に奪われた(本人は軽く許諾した)が、その実力に相違はなかったらしい。

 

 ティナのIS操作を見ながら、俺はそんなことを思っていた。




お久しぶりです。

リアルが忙しく、更新が遅れてしまいました。
なのにも関わらず、この小説で最も多い文字数となってしまいました……。
山田先生との戦闘描写を入れたいなあ……と。

今回は山田先生と静馬、セシリア、鈴とのスリーマンセルでの戦闘。基本的に身体能力の上がっている静馬ですが、やはり山田先生には手も足も出ないという描写がしたかったのです。

他にはオリキャラを一人登場させました。
あまり設定のないキャラですが、軽く紹介を。

□エミリー・ウォーカー(Emily Walker)
アメリカからやってきた留学生で、IS学園一年二組。
口数が少ないのは日本語は不慣れという理由。
IS適性B。身長154cm 体重49kg スリーサイズ77-58-76
髪色:紫 瞳:紫 髪型:編み込みの入ったショート 

エミリーの父親が整備工場に勤めている工場長で、その娘である彼女が比較的高い適性を持っていたことからIS学園に入学。一夏や静馬と同様に急遽入学することとなったために日本語が不自由。それでも持ち前の適応力の高さから人とのコミュニケーションには困っていない。好きなものはジャンクフード。嫌いなものはキノコ料理。

肝心のIS能力はそんなに高くないが、学習能力が高いので上達速度は早い。
余談ではあるが、エミリーは二組で三番目くらいに容姿が整っている。


……まあ、こんな感じです。静馬や姉の設定よりは凝った設定ではありませんが、それなりに考えました。もしかしたら今後絡むかも……? です。







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5.手作り弁当

「……どういうことだ」

 

 昼休み、俺は屋上にいた。

 前の高校では立入禁止の屋上だったが、IS学園では普通に開放されている。手入れの行き届いた季節の花々が花壇に咲き誇っており、高そうな石畳の上にはパラソル付きの円テーブル。椅子が備え付けられていて、昼時に弁当持ちの女子が訪れて昼食を摂っているのだとか。しかし、今日ばかりは女子の姿が一切見えず、俺たちの姿しかない。

 

「天気がいいから屋上で昼を食べるって話だったろ?」

「そうではなくて……」

 

 そう。俺は一夏に昼食を誘われたのだ。いつもなら学食予定の俺は断るはずだったのだが……生憎と今日は手作り弁当が用意されていたので、仕方なく誘いに乗ることにした。だからといって、一夏ハーレムの面々と共に食事をするつもりは一切なかったのだが。

 

「せっかくの昼飯だし、大勢で食べた方がうまいだろ? それにシャルルは転校してきたばかりで右も左もわからないだろうし」

「そ、それはそうだが……」

 

 そういう意味ではないのだ。という箒の思いが伝わってきたが、鈍感な一夏にはこれっぽっちも伝わっていなかった。悲しきかな、これが織斑一夏という人間なんだ……ってそんなことはファースト幼馴染である箒は十分知っていることだ。それでも、恋する相手がこの有様ではやきもきもするだろう。まあ、俺には関係のないことだけど。

 

 それに、箒は無骨な弁当箱を手にしている。その弁当箱が一夏のために作ってきた弁当であることは一目瞭然。

 

 ……まあ、手作り弁当という意味で言えば俺も同じなのだが。

 

「はい、一夏。酢豚よ、酢豚」

 

 例に漏れず、鈴も箒同様に手作り弁当を持参していた。弁当箱の中が酢豚一色というのはどうかと思うが? もう少しバランスよくしろよ。つうか、それタッパーだろ。

 

「おお! 酢豚!」

「そ。前に食べたいって言ってたでしょ?」

「さんきゅー」

 

 そこで、俺の隣に座っているセシリアがわざとらしく咳払いをしていた。

 

「こほんこほん。――静馬さん? 偶然、偶然に早起きしてしまいまして、せっかくですから弁当なるものを作ってみましたの。よかったらどうぞ。一夏さんも、よろしければおひとつどうぞ」

 

 そう言って広げたのは、バスケットだった。中にはサンドイッチが所狭しと詰まっており、とても食欲を湧かす見た目をしている。諸事情で朝ご飯を食べていない俺としては、嬉しい提案だった。弁当もあるにはあるが、多いに越したことはない。

 

「じゃあさっそく」

「あ……」

「なんだ?」

「い、いや……別に」

「ならいいけど」

 

 何か鈴が意味ありげな視線を送っていたが、何でもないらしい。ひょっとすると鈴も食べたいのか?

 

「……もしかして、鈴もセシリアのサンドイッチが食べたいのか?」

「まあ! 鈴さんもよかった一口いかがです?」

 

 そんな俺たちの言葉に、鈴がツインテールをぶんぶんと揺らしながら断る。

 

「違うわよ! 足りてるから気にしないでよ」

「あ、そう……」

「お、俺も遠慮しとく」

「珍しいな。一夏が断るなんて。どうせなら一口くらい貰ったらどうだ?」

「い、いや……」

「まあ、いらないなら仕方ない」

 

 適当にサンドイッチを抜き取り、口へと運ぶ――

 

 ――その瞬間、

 

 俺の口の中に奇妙な味が広がった。真っ先に感じたのは強烈な酸味だった。パンに酢を一日浸したかのような。その次に感じたのが謎の甘み。その正体はレタスからで、シャキッとした食感から広がる甘みは毒のようで、思わず咽そうになる。なんだ、これは……? 新種の遺伝子組み換えレタスか何かで……? そして、最後に感じたのが苦味。もう絶句するレベルに苦いのだ。最初の酸味で過剰な涎を分泌させ、甘味で上塗り。トドメに舌全体に纏わりつく苦味。

 

 ……そんな細かい言葉はこのサンドイッチにはいらないのかもしれない。

 

 正直に言おう、簡単に簡潔に――

 

「……なんだ、これ。マズすぎる」

「な!」

 

 俺の正直な感想にセシリアが驚いた顔をする。周りのみんなもぎょっとした顔を向けている。

 

「……あのなあ。お前ら実は知ってただろ。こういうのは本人の為にならんぞ」

 

 齧りかけのサンドイッチを何とか口に押し込み、なるべく舌で味合わないようにごくりと飲み込む。

 

「……つうか、味見したか?」

「し、してないですわ……」

「それだ、それ。試しに自分で食べてみろよ。あまりの残念具合に胃が収縮しちゃうこと間違いなしだから」

 

 不満そうな顔のセシリアだが、自分の作ったサンドイッチをゆっくりと口へ運ぶ。

 

「こんなに美味しそうにできましたの……に……ゲホッ、ゲホ!?」

 

 酸味、甘味、苦味の三連コンボで思わず咳き込んでしまったようだ。それでも、吐き出さなかっただけマシというもの。

 

「く……ぅ。こ、これはマズいですわね……」

「今度からは味見をきちんとするんだな」

 

 そうすれば変な味の料理をこういう場で並べることもなくなるだろう。味の改善が成されるかどうかは別だけど。

 

「アンタ、意外と勇気あるわよね」

「こういうのは優しい嘘とは言わないからな? むしろ、本人にとっては毒だろ」

 

 ……その毒を被る人物にも配慮してほしいものだが。

 

「え、ええと。本当に僕がいてもいいのかな」

 

 一夏の隣に座るシャルルが今更なこと言う。

 一夏ハーレムの度合いに遠慮しているのだろう。俺も遠慮したいくらいだし……。

 

「いやいや。同じ男子同士仲良くしようぜ。どうせなら、何でも質問してくれ……IS以外で」

「アンタはもっとISの勉強しなさいよ」

「そうだぞ、一夏。聞いて極楽見て地獄……実践あるのみだ!」

「してるよ。多すぎるんだよなあ、覚えることがさ。お前らは代表候補生になるために前々から勉強してたからだろ」

「ええまあ、適性検査を受けた時期にもよりますが、遅くても女子はジュニアスクール頃から勉強を始めますわ」

 

 そういうアドバンテージが俺たちには全くないので、仕方のないことだ。でもまあ、

 

「……それにしたって一夏の要領が悪いだけだろ」

「失礼な」

「アレだよ。箒が言ったように、お前は実践タイプの人間だからな。本当に動かしまくるしかない」

「そういうもんか?」

「まあ、IS関連の条約を未だに覚えていないのは一夏が馬鹿だからとしか」

 

 IS関連の条約――アラスカ条約は学生証にきちんと書かれてるし。

 

 ちなみに、現在の模擬戦スコアは鈴がぶっちぎりの一位。その下にセシリアがいて、三位の座に俺がいる。その下は箒、一夏の順である。シャルルはまだ転校したばかりなので、実力は不明――だが、デュノア社の息子なだけあって熟練のIS乗りであることは明白。

 

「ありがとう。一夏って優しいね」

 

 同性の男でさえ堕とせそうな笑顔でシャルルが言い、その笑顔に一夏がドキっとしていた。

 

「い、いやっ……同じルームメイトだろうし……ついでだよ、ついで」

 

 そんな心の動揺を誤魔化すように、目線を逸しながら言い訳染みた返事を返している。まあ、わかるけど。

 

「一夏さん部屋がもう決まったのかしら?」

「順当に俺の部屋だろ。同じ男だし。静馬は別みたいだけど」

「どうしてですの?」

「どうしてよ」

 

 マズい。今まで黙っていたことが一夏の口から露見してしまう。急いで一夏を黙らせようとするが、向かい合っている一夏を黙らせるのは無理だったわけで……。

 

「どういう理由か知らないけど、静馬は未だに女子と同室らしい……って静馬?」

「一夏ァ……」

「静馬さんっ!? どうして女子と同室なんですの!」

「そうよ、静馬。アンタ……まさか」

 

 鈴の口からまたもやよくない発言が飛び出しそうで、慌てて俺が言い訳を言う。

 

「俺は何もしてねぇ……同室の女子は俺と同じ歳の二年生で、そいつが生徒会長だからって理由……らしい」

 

 息を切らす勢いでまくし立てる。

 

「……そうでしたの。それなら仕方ないですわね」

 

 俺にも生徒会長であるたっちゃんが未だに同室の理由は知らないが、俺を保護する役目を背負っているからだろうか。……実は面白半分で同室を続けてました、てへぺろ? みたいなことを言われても驚かない自信があるぞ……。

 

「そうよね。一夏と違ってアンタには強い身内がいないものね」

「ああ、そうだな。本当はISに関わるつもりなんてなかったんだがな」

「ほんとなあ……世の中何があるかわからないよな」

 

 セシリアの激マズなサンドイッチは置いておいて、俺は弁当箱をテーブルの上に広げる。二段重ねの大きいサイズの弁当箱は一体どこで手に入れたのやら。それはともかくとして、俺が持参した弁当箱はつい先ほど話題に上がった同居人――たっちゃんのお手製弁当。その経緯は簡単で、俺がお財布の中身が寂しくなっていることで唸っていたら……たっちゃんが「なら私が作ってもいいわよ?」と言ってくれたのだ。借りを作るのは癪だが……背に腹は代えられないということで了承。

 

 なのだが……セシリアの後なだけあって、弁当の味がかなり心配だ。まあ、弁当を作ったのは才色兼備で有名なIS学園の生徒会長だし問題はないだろう。多分な。

 

 ほんの少しだけ警戒しながら、弁当箱を開ける。

 

「……普通だな」

 

 思わずそんな言葉が不意に出てくる程度には普通の弁当だった。不思議なギミックもなければ、肉一色という栄養バランスの偏った内容でもなく、普通の食材が詰まっている。俺が想像する更識楯無――たっちゃんが作る弁当の図とは大きくかけ離れているといっても過言ではない。いや、もしかしたらセシリアのように見た目だけが巧妙に保たれた弁当なのかもしれないが。

 

 何にせよ、食べてみないことには始まらない。

 

 ……ごくり、と固唾を飲む。ゆっくりと口の中へと手近にあった卵焼きを運んだ。

 

「……あれ、美味しいぞ」

「どうした? 挙動不審だぞ」

「いや、弁当が美味しいと思ってな」

「どれどれ……」

 

 一夏が俺に許可を取ることもなく、俺のおかずを一つ取っていく。ちなみに一夏が取ったのはきんぴらごぼうだ。

 

「おお! 美味しいな、これ。もしかして自分で作ったのか?」

「いや、違う。これは件の同居人が作ったものだ」

「なんだ。俺と一緒かあ。というわけで箒、俺の分の弁当を出してくれると嬉しいんだが……」

 

 ああ、一夏は箒に弁当を作って貰ってたのか。通りで弁当を持参していなかったわけだ。……流石に酢豚オンリーはキツいよな。

 

「し、ししし静馬さん!? 生徒会長の手作りとはどういうことですの!?」

「……落ち着け。いや、落ち着いてくれ」

「す、すいません取り乱しましたわ」

「まあ、言いたいことはわかる。どうして件の生徒会長が俺の弁当なんぞを作ってくれるのか? だろ」

「そうですわ!」

「アレだ。俺がラーメンの食い過ぎでお金がなくなったんだよ」

 

 そんな俺の一言に、みんなの視線が一斉に集まり、シャルルを除いた皆が同じ言葉を発した。

 

『当たり前じゃない』

 

 口調の違いはあれども、概ねこんな感じの言葉を送られたのだった……。

 

 結局、たっちゃんが作った弁当は悪い部分の見つからない最高の弁当だった。できれば、毎日食べてもいいくらいと言える程。毎日ラーメンの俺が言うのだから相当にうまかったというわけで……もう一度頼んでみるのも悪くない。




次回は久しぶりにたっちゃんが登場してくれるんじゃないかな?

た、たぶんね。


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6.適合率50パーセント

総合UA数が30,000突破...


「なあ、ラウラって留学生のこと知ってるか?」

「突然どうしたのよ?」

 

 俺は自室に帰ってくるなり、ベッドの上でくつろいでいる生徒会長であるたっちゃんに尋ねた。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒとは、本日、IS学園へと留学してきた銀髪の美少女で、一夏に全力の平手打ちをかました話題の生徒だ。実際、貴族然としたシャルル・デュノアといい、ラウラといい、色々と女子の話題に事欠かない生徒たちだ。

 しかし、俺が気にしているのはそんな一般的なことではなく、ラウラという人物の詳細についてだ。それも生徒会長としての役職柄知っていそうな情報……それが俺は知りたかった。

 そんな情報をどうして俺が知りたいのか、それはわからないが……俺はどうしてもラウラのことが気になっていた。

 

「……突然って今日入学してきた留学生の話だぞ?」

「それならもう一人いるじゃない?」

「まあ、そうだが……。アレだ。もう一人はともかく、ラウラの方は口が固そうでな」

「だから知りたいの?」

「ああ」

「でもダーメ。そんなの個人情報よ」

 

 そりゃそうか。タダでは教えてくれるわけないか。

 

「では……どうしたら教えてくれる? 出来ることなら何でもしよう」

「何でもしてくれるの?」

「……嫌な予感はするが、大抵のことなら何でも、な」

「そうねぇ……」

 

 そう言って、たっちゃんはニヤニヤと笑いながら、首を傾げて考え始める。口から出てくるのはろくでもなさそうだ……。

 

「おねーさんとしては、可愛い後輩のお願いは聞いてあげたいのよねぇ……」

「だったらタダで教えろ」

「それはダメよ。可愛い子には旅をさせよって言うじゃない?」

 

 何だか使い方が間違っているような……。いや、自分で苦労して情報を手に入れろってことなのか。

 

「というか、だな。俺とお前ってタメだろ」

「今は一年生と二年生じゃない」

「正直に言うと、全くこれっぽっちも先輩には見えない」

「なにそれひどくない!?」

 

 だって、そうだろ? 出会ってから既に二ヶ月近く経つが、俺の知っている生徒会長更識楯無という人物は色々と自由奔放な人だ。出合い頭に裸エプロン的なやつで迎え入れるし、人の布団には茶目っ毛たっぷりで潜り込んでくるし、生徒会業務は抜け出すし……。これでどうやって先輩を感じろというのか。むしろ、後輩のような気がしてならない。いや、後輩というのもどうだろうか。精々が同学年の女子という立ち位置が一番正しいだろう。

 

「いいわよ別に。おねーさんだから、後輩の酷い発言くらい華麗に受け流せるのよ」

「すごいですね先輩」

「うわ……こんなに気持ちのこもってない先輩呼びは始めて聞いたわよ……」

 

 だってこれっぽっちも思ってないから。

 

「で、先輩。どうすれば教えて下さるのでしょうか?」

「……まずそれをやめて。ちょっと怖いから」

「はあ。わがままだな、たっちゃん」

「納得がいかないけど……まあ、いいわ」

 

 何か思うところがあるみたいだったが、嬉しそうに笑顔へと切り替えるたっちゃん。

 

「じゃあこうしましょうか。ラウラちゃんの情報を教える対価として、静馬くんの情報を貰うということで」

「俺の情報?」

「そ。静馬くんの情報と同じような情報だけ教えるわ。それでどう?」

 

 "対価"と描かれた扇子を広げ、得意気に言うたっちゃん。

 つまり、こういうことだろうか。俺が名前を教えれば、ラウラ・ボーデヴィッヒという情報を教えてくれるというわけか。

 

「……たっちゃんが濁すという可能性は?」

「あるわね。それなら聞くの諦めればいいわ」

「……まあ、いいけどな。っと、その前に……」

「まだ何かあるのかしら?」

「いや、別に重要なことじゃない」

 

 そう言って、俺はカバンからある物を取り出す。

 それをたっちゃんに渡した。

 

「あ、弁当箱」

「悔しいことにめちゃくちゃ美味かったぞ」

 

 本当に残念なことに美味かったのは事実だ。セシリアの後ということもあったかもしれないが、俺には非常に美味しく感じたのだ。こればっかりは嘘ではない本音だ。

 

「悔しいって何よ!?」

「そのままだが? それに美味しいのは嘘じゃないからな」

「その一言が聞けたし満足しますか」

「上からだな」

「おねーさんですからー」

「あっそ」

 

 残念ながら、俺はたっちゃんの弟ではない。別に残念ではないが。

 

 

 お互いの話(この場合は俺とラウラの話)で長くなりそうだったので、俺は二人分の紅茶を淹れることにした。今回使ったのは前に虚さんから貰ったディンブラだ。

 

「さて。たっちゃんが知ってるような情報はわざわざ言わなくてもいいよな?」

「いいわよ」

 

 許可を得たので、簡単な情報から聞いていくことにする。

 

「ラウラはIS学園に来る前はどこに居たんだ? 予想では軍関係だと思ってるが」

「ええ、その予想で間違ってないわ。ドイツ軍IS特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長ね。ついでに言うと、階級は少佐ね」

「……それはすごいな」

 

 たしか、少佐は日本の陸上自衛官で言うところの三等陸佐に値する階級で、簡単に言うとエリートだ。それも特殊部隊の隊長を任されているのであれば、ラウラの実力は折り紙付きだろう。であれば、どういった理由でIS学園に入学してきたのだろうか……? 隊長であるなら学ぶことなどないだろうに。

 

「ちなみに『シュヴァルツェ・ハーゼ』はどういった部隊なんだ?」

「何ってドイツ軍の女性で構成されたIS特化の部隊よ?」

「いや、それならドイツ軍IS部隊でいいんじゃないか? わざわざ特殊部隊と付いている以上は特殊な何かがあるんじゃ?」

「むー、鋭いわねー」

 

 たっちゃんがおどけた声で不満そうな顔をする。しかし、実際には作った偽の顔であることを俺は理解していた。これが人心掌握術というやつだろうか。違うか。

 

「実のことを言えば、特殊部隊なだけあって軍の機密だから深くは知らないのよね。彼女たち特殊部隊が何らかのIS適性処置を受けていることは把握してる。これでどう?」

「特殊措置か。IS適性値をワンランク上げるような感じか……」

 

 一体どんな措置なのか。それはわからないが、これ以上深く聞くのはマズいと感じていた。その先を知ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

 ざわついた心を落ち着かせるように、紅茶を軽く口に含んだ。そうして、俺は藪蛇(やぶへび)を突かないように話題を切り替える。

 

「『シュヴァルツェ・ハーゼ』については理解した。まあ、あまり深く踏み込んで裏の陰謀に巻き込まれても困るしな。何より面倒だ」

「危ないとかじゃなくて『面倒』って言うのが静馬くんらしいわね……」

「そりゃ危ないって気持ちも多少はあるけどな。だけど危なくなったら守ってくれるんだろ?」

「ほんと可愛くない後輩ね……」

 

 俺が満面の笑みでそう言うと、たっちゃんは苦笑いで返事を返す。

 一体全体可愛くない反応なのはどちらなのだろうか。

 

「次の質問だけど、ラウラと一夏の間にどんな関係性があるんだ? ああ、あと織斑姉との関係性も」

「その質問に答える対価として、貴方のことを先に聞くわね」

「ああ、そういう約束だからな」

 

 どういう質問をされるのかはわからないが、同じような情報を対価とすると言っていた。つまり、俺と誰かについての関係性だろうか。

 

「じゃあ聞くけど、静馬くんとラウラちゃんはどういう関係なの?」

「は?」

「だから静馬くんとラウラちゃんの関係よ! だっておかしいじゃない? 最初は口が固そうって理由だったけど、そんなの静馬くんらしくないじゃない」

「俺らしくない……?」

 

 それはいったいどういうことだろうか? 俺がラウラのことを気にするのが変なのだろうか。俺としては当たり前のことなんだが……。

 

「そうよ。だって静馬くんって来る者は拒まずだけど、去る者は追わずなとこあるじゃない? 気付いてないの?」

 

 ……言われてみれば、そんな気がしてきた。

 

 今のところラウラとは一切関係性がないといっても過言ではない。それどころか、ラウラの方は俺を有象無象の一人としてしか捉えていないだろう。それなのに、俺はラウラのことを知ることが()()()()()()()()()()()()()

 

 それは何故だ? 傲岸不遜な態度を取り、クラスから浮きそうな生徒だからか?

 

 ――いや、違う。

 

 ではクラスメイトである一夏を遠慮なく平手打ちしたからか?

 

 ――それも、違う。

 

 ラウラが美少女だからか?

 

 ――それも否だ。

 

 ではどうして俺はラウラのことを気にかけている……?

 俺が気にかける理由はないのではないか?

 

「……っ、ぅ……」

「ちょっと、静馬くん大丈夫?」

 

 頭が痛い。寒気がする。吐き気がする。目眩がする。

 

 ――もう何も、考えたくない。

 

 だと言うのに、俺はその先の答えを探していく。重く感じる頭を必死に回転させ、思考を加速させていく。それに比例して頭の痛みが増していく。たっちゃんの心配するような声も、顔も、視界に入る色彩も、何もかもが失せていく。にも関わらず、俺の身体だけは認識できていた。

 

 まるで、この世界にいるのは俺だけなのではないか。

 

 そう錯覚させるほどに、の思考は深く、更に深く潜り込んでいく。

 

「――――」

 

 これ以上は危険だ。まるでそう言わんばかりの耳鳴りが脳内に響く。

 もう、少しだ。あともう少しで……オレは……。

 

 ――■■■■、■■■■■■■■(ちょっと、何してるのよ!?)

 

 耳鳴りに混じり、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 つい先日、いや……それよりも前に……聞いたことのある声が……。

 たしか、名前は――。

 

『適合率50パーセントを突破。これより第二段階(セカンド)移行(シフト)し、記憶領域内の■■(Unknown)記憶(Code)を開放――次回更新適合率70パーセント』

 

 無機質な声が淡々とそう告げ、オレは記憶の扉を開いた瞬間、

 

『アボート』

 

 その声と同時に、意識を強引に現実へと引き戻された。

 

「――静馬くん大丈夫!?」

 

 オレが現実に引き戻され、最初に見たのはたっちゃんの心配そうな顔だった。

 

(たっちゃんでもこんな顔するんだな……)

 

「あ、ああ……大丈夫。たぶん、大丈夫だ。オレは問題ない」

「本当に? ちょっと顔を見せて」

 

 目眩のせいでクラクラしていたが、言われたようにたっちゃんへ顔を向ける。

 ほんの一瞬、本当に一瞬だけたっちゃんが驚いたような顔を見せた。

 すぐにいつも通りの顔に戻り、「大丈夫そうね」と呟いていた。

 

「悪いな……話の途中で……」

「私は全然構わないわよ。そんなことより、今日はもう寝た方がいいわね」

「そう、だな……なんか一瞬で疲れた」

 

 何もしていないのに、身体の疲労が半端ない。おまけに精神的な疲れも同時にオレを襲っている。明日に響くし、すぐに寝た方がいいだろう。

 

 ――それに、必要な情報は得た。

 

「今日こそは一緒におねーさんと寝ましょう♪」

「――そうだな。一緒に寝るか」

「へっ?」

 

 間の抜けた声を上げ、きょとんとした顔をしているたっちゃんに構わず、オレはたっちゃんの手を引いて、布団の中へと引きずり込んだ。

 

「きゃっ。ち、ちょっと静馬くんっ!?」

 

 オレの腕の中で、なにやらじたばたと暴れるたっちゃんを両腕で抱き締め、身体を密着させながら器用に足で掛け布団をかけた。

 いつもは断っていたが、こういう日も悪くはないだろう……。それに、たっちゃんはすごく抱き心地がよかった。

 

「こ、こらっ。静馬くんってば!」

「んー? オレはもう眠いんだが……」

「いやいや! 本気!? 本気でこのまま寝るつもりなの!?」

「もちろん……。いつも断ってたし、本当は一緒に寝たかったんだろ……?」

 

 眠気に抗いながら、返事を返す。

 

「こ、このパターンは想定外というか……その、うう……」

「…………」

「き、聞いてるかな静馬くん!?」 

「…………」

「あ、あれ……? も、もう寝たの!?」

 

 声だけは聞こえていたが、意識がもう完全に落ちかけていた。喋るのも怠く、適当に聞き流す。

 

「っ……ぅう、優しいのに拘束が取れないんだけど!?」

 

 そんな声を最後に、オレの意識は眠りへと落ちていった。

 

 この日、オレは珍しく深い眠りにつくことができたのだった。

 




お久しぶりです。前回から間が空いてしまいましたが、
この小説のことを覚えていますか? 覚えていたのであれば、幸いです。

静馬くんの一人称が「俺」から「オレ」変わっているのは、仕様ですので。



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7.遺伝子強化試験体

 

 朝の気配を感じ取り、意識が夢の中から浮上していく。

 いつもは気怠げな朝だったが、今日の朝は妙にスッキリとしている。

 気持ちいい朝の訪れだ。そう感じて、オレは布団を剥ごうとする。が、違和感を感じた。

 

(ん……?)

 

 オレは何かを抱き締めていた。その正体を把握するべく、ゆっくりと瞼を開いていく……すると、オレの目前にはたっちゃんがいた。

 

「…………」

「…………」

 

 目が合った。やや顔が赤く、睡眠不足のような瞳のたっちゃん。

 十秒。二十秒。三十秒――そして、一分もの間を見つめ合い、オレはようやく言葉を発したのだった。

 

「……おやすみ」

「いい加減に起きてよ!?」

 

 頭突きが入り、オレは一気に意識が覚醒した。

 

「ったぁ……静馬くん石頭すぎ……」

「アホか。オレの方が痛かったわ……だがまあ、目は覚めた」

「そ、そう……?」

「ああ……。で、この状況はなんだ?」

 

 オレは気になっていた疑問を率直に投げかけた。

 すると、たっちゃんが不機嫌そうな顔で言う。

 

「あ、あのねぇ……これは静馬くんがやったのよ! おかげで寝不足なんだけど?」

「はあ? オレがお前を優しく抱き締めながら、安眠してたとでも?」

「ええそうよ!」

 

 テンションの高い様子のたっちゃん。朝からうるさいやつだな……。

 そう思いながら、オレは抱き締めていた腕を離す。

 

「あー。めっちゃ肩が凝ってるなあ……」

「それはこっちのセリフなんだけど!?」

「落ち着けよ。オレと寝たかったんだろ? だったらいいだろ」

「想定していたパターンと全然違うのよ!」

 

 ああ、いつも以上にうるさいなあ……。何が問題なのやら。

 というか、オレはオレでどうして抱き締めて寝てたんだっけ……。

 いつも以上にクリアな頭で、昨日のことを思い出す。

 

(ああ、たっちゃんの言葉に従うままに寝たんだったか)

 

「やっぱりお前が悪いんじゃねえか」

「何がよ!?」

 

 適当に相槌を打ちながら、朝の支度を済ませる。

 

 

 ◇

 

 

 

「お前とメシを食うのって始めてか?」

「ええ、そうね。私は基本的に生徒会室で食べてるから」

 

 起きたら既にいなくなっているのは、そういう理由だったのか。

 オレが抱き締めて寝ていた件を水に流す条件として、たっちゃんが出したのが『朝食を共に摂る』ことだった。

 ぶっちゃけ、オレはそんなに悪くないはずなんだが……いつもの冗談に乗ってしまったオレも悪いこと悪いので、付き合うことにしたのだった。

 

「それにしても意外と食べるんだな」

「そう?」

「女子ってのはパンしか食べないのかと」

「朝はちゃんと食べた方がいいわよ。って朝からラーメンはどうなのよ」

「美味しいだろ」

「財布がピンチなんでしょ」

「ぐっ……」

 

 痛い所を突かれる。

 

「仕方ないわねー、今日はおねーさんが出してあげる♪」

「そうか? サンキュー」

「遠慮ないわねー。普通だったら『いや、遠慮する』とか言うところじゃない」

「据え膳食わぬは男の恥ってやつ」

「もう静馬くんはえっちなんだからぁ」

「本当の意味で喰うぞ」

 

 オレが真面目な表情で言うと、たっちゃんが固まった。顔が徐々に赤くなり、食べごろのイチゴのようになっていた。

 

「先輩をからかうなんて悪い子ねー」

「たっちゃんにしか言わないって」

「うっ、えっ!?」

 

 持っていた箸を落とし、驚きの声を上げている。

 当たり前だろ。他の人にそんな変なこと言えるわけない。そんな軽口が言えるのは、似たようなことをしてくるたっちゃんくらいなもんだろう。

 

「そ、そう……なの。あ、あはは」

「なんか今日のたっちゃんは色々とおかしいな」

「どれもこれも静馬くんのせいなんだけど!?」

「いや、人のせいにされても……」

 

 そんな風に周りの迷惑も考えずに、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるたっちゃんの相手をしていると、誰かがオレたちの席に近づいてきた。

 

「賑やかね……静馬」

「悪いな、ティナ。コイツがアホみたいにうるさくて」

「コイツって何よ! しかもアホって……静馬くんは一体どんな目で私を見てるのよ」

「痴女。人をからかうことでしかコミュニケーションのとれない女子。そのくせして突発的なアクシデントに弱い。」

「う、ぐっ……ぅ」

 

 我ながらなんて的を射た発言なんだろうか。

 そんなオレたちに、ティナは若干呆れた顔をしてる。

 

「悪い悪い。この人は我がIS学園の生徒会長で、更識楯無だ」

「こほん。初めまして、ティナちゃん。生徒会長とか気にせず、フランクに接してくれると嬉しいわねー」

「ど、どうも……初めまして」

 

 流石は生徒会長。咳き込む一つで完璧な笑顔に戻れるとは……プロいな。

 

「ん。おねーさんは生徒会業務があるから、二人でゆっくりと朝食食べなさいな。あ、静馬くんお金はここに置いとくから」

「生徒会業務? そんなのあったのか?」

「あ、あったのを思い出したのよ!」

 

 慌てるように席を立ち、お金を置いてその場を去っていく。

 ……生徒会業務を忘れるなよ。というか、朝食食べる前に「今日はフリーなのよ」とか言ってたような?

 まあ、いっか。

 

「で、ティナはこれから食べるのか?」

「あ、うん」

「じゃあオレも付き合うわ」

 

 既に食べ終わっていたが、せっかくなのでティナと会話しながら朝の時間を潰すことにした。

 

 

 ◇

 

 

 午前中の授業が滞りなく終わり、昼休みの時間。

 昼食は手短に購買のあんパン(こしあん)とたい焼き(クリーム)で簡単に済ませた。

 簡単に済ませたのは、別に財布が寂しいからなどではなく、昼休みの時間に済ませておきたいことがあったからだ。

 そのために、オレはIS学園の射撃場を訪れていた。学園の射撃場は全部で三箇所あり、そのうちの一つはIS用の射撃場だ。あと二箇所は室内射撃場と野外射撃場。そして、オレがいるのは室内射撃場だ。

 

 ここで補足説明しておくと、IS学園では全生徒が基本的に銃の所持を許されている。とはいっても、安全や管理の問題から利用する生徒は射撃場の使用申請書のサインが求められるのだが、その使用申請書も形だけのもので、余程の問題がなければ申請が通るようになっている。まあ、ISに生身の人間が持つ銃よりも規格の大きいものを標準装備しているわけだし、そこまでおかしい話でもないだろう。

 

 オレは射撃をするわけでもなく、適当に射撃場を歩く。

 ほとんど誰も利用していないのか、オレはすんなりと目的の人物を発見した。

 その人物は、イヤーマフを装着し、ストレスを発散させるかのように熱心に射撃を繰り返していた。

 その手に握られているのは、汎用自動拳銃だ。製造国はドイツで、.45ACP弾にも対応している。そして、彼女が握っているのは明らかにタクティカルモデルであることがわかる。その理由はサプレッサー装着可能のネジが付いていることだろう。まさにドイツ軍IS特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長にふさわしい装備だと言える。

 

 そんな風にオレが観察していると、観察対象だった彼女がオレの存在に気付く。しかし、オレのことはどうでもいいのか、こちらを向きもせずに言葉を投げかけてきた。

 

「貴様……何の様だ」

「久し振りだな、ラウラちゃん」

「馴れ馴れしく呼ぶな。何も用がないのであれば、さっさと失せろ」

「そんなツンケンすんなって。可愛さ半減だぞ」

「…………」

 

 オレのからかうような態度に、ラウラは付き合いきれんといった感じで返事をやめてしまう。オレとしてはコミュニケーションを取りたいので、ラウラが食いつきそうな話題で釣り上げることにした。

 

「――織斑一夏」

 

 その名前にラウラの肩が少しだけ反応したように見えた。

 

「――織斑千冬」

 

 さっきよりも大きく揺れる肩。

 

「遺伝子強化試験体」

「貴様……」

 

 オレが発した決定的なワードにようやくラウラが振り返る。

 完全に警戒されており、今にも噛み付いて来そうなほどだった。

 

「ようやくこっちを見てくれたな」

「そんなことはどうでもいい! なぜ、私の出自を知っている? アレは機密事項のはずだ……!」

 

 遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)

 人工合成された遺伝子から作り出し、戦闘を想定して生み出された生体兵器。

 その身体は完全に戦闘用に調整されており、ありとあらゆる格闘に対する知識が備わっている。それがラウラ・ボーデヴィッヒという少女だ。本来の正式名称は遺伝子強化試験体C‐0037だったか。

 

 ドイツ最強の生体兵器だったが、それも長くは続かなかった。

 

 ISの登場によって、彼女の立場は急変したからだ。

 

『ヴォーダン・オージェ』――所謂疑似ハイパーセンサーを肉眼へ移植処理をされることとなる。研究段階での危険性はなく、失敗の可能性さえもないと言われていた。

 しかし、ラウラの左目に移植処理された『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』は正常に作用しなかった。より具体的に言えば、常に稼働したままで機能をカットできなかったのだ。いくら彼女が生体兵器だからといって、片眼だけが常に高性能センサーとして機能していては、普通に日常生活を送ることでさえ困難だ

 

 そして、ラウラは『出来損ない』の烙印を押されることとなる。

 

「知りたいか?」

「…………」

「先に言っておくが、オレのことは覚えていないか?」

「何を言っている? 私は貴様のことなど知らん」

「まあ、仕方ないことだな。オレも思い出すのに時間が掛かったし」

 

 まあ、完全とは言えないが。

 

「早く言え。貴様は一体何者だ」

 

 仕方ないなあ……そう言葉を零してから、オレは左目に手を当てる。

 片眼が隠れる形になるが、意識的にスイッチを入れるには必要なことだった。

 

 ――片眼に意識を集中させ、神経を繋ぐようなイメージを行う。

 

 そうすることによって、オレの中で一つのスイッチが入った。

 

 ゆっくりと左目から手を離し、オレはラウラに瞳を見せる。

 

「なっ……」

 

 ラウラの顔が驚愕に染まる。

 それも当然だろう。なんせ、オレの瞳はラウラと同じ『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』を宿していたのだから――

 

 オレ、深見静馬の正体は――遺伝子強化試験体なのだ。

 

「知らない……私は貴様のことなど知らないぞ! ふざけた冗談で私を愚弄するな! 嘘だ……お前が……」

 

 急に頭を押さえ、額に汗を浮かべながら狼狽しだす。

 

「落ち着け、ラウラ。思い出せないのなら、別に思い出す必要はない……」

「だ、黙れ……ッ! 私は、私は……!」

「いいから落ち着けって」

 

 そう言って、オレはラウラを軽く抱きしめた。

 たぶん、こうするのが一番だと思ったのだ。本当に思い出せないのなら、思い出す必要性はないのだから。オレだって、昨日のあの時まで完全に忘れていたのだから。いや、正確に言えばオレは完全に記憶を取り戻したわけではない。何か肝心な記憶を忘れている気がする……これ以上考えるのはやめておこう。

 

「オレはお前を知っている。だからといって、お前が覚えていないことは何の問題もない……だって、そうだろ? オレたちが会ったのは、こないだが初めてだ」

「…………そうだ。私は、お前を知らない」

「それでいい。だから、今日からオレたちは仲間だ。同じ『越界の瞳』持つ者同士の」

「そう、だな……」

 

 本当は再会を喜びたい、というのがオレの心境だったが……それはラウラが思い出した時までに取っておこう。

 

 オレはラウラを離し、改めて向き直ってから本当の目的を告げる。

 

「それで話なんだが」

「なんだ? これ以上驚く話があるのか?」

「いや、驚くことじゃない」

「そうか」

 

 一呼吸を置いて。

 

「オレと二人組(バディ)を組んでくれ」

 

 ラウラに右手を差し出し、そう口にした。

 




唐突に明かされる主人公の真実。
とはいっても、明かされていない秘密はまだまだあります。

例えば……主人公がラウラと同じ出自だとは明かされましたが、ラウラとはどういう関係なのか。どうして日本人である静馬が同じ遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)であるのか……などなど。

まあ、急展開感はありますが……今後ともよろしくお願いします。


*汎用自動拳銃について。
正式名称は『Universal ale Selbstlade Pistole(汎用自動拳銃)
製造国はドイツ。製造社はヘッケラー&コッホ。
使用弾薬:9mm x19 Parabellum弾(装弾数:15+1発)
.40S&W弾(装弾数:13+1発)
.45ACP弾(装弾数:8+1発)

ドイツ軍では『P8』という名称で呼ばれており、特殊部隊ではタクティカルモデルが好んで使われているケースが多い。理由はサイレンサーとの相性が非常に良いからである。ちなみにタクティカルモデルでは.45ACPが使用されている。


*二人組(バディ)について
二人組(バディ)とはその名の通り、二人組のことである。
より具体的に言えば、相棒といった感じの使い方もする。
要は『オレと友達になろう』といった感じ。



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8.シャルル先生

お気に入り件数が400を突破!



 ――オレと二人組(バディ)を組んでくれ

 

 そう宣言してから、数日が経った。

 ラウラは仕方なしといった感じで、オレの手を握ってくれたのだった。

 しかし、あれからオレとラウラはほとんど言葉を交わしていない。それどころか、オレと行動を共にするのさえ嫌がっていた。納得がいかないので、理由を尋ねたところ。

 

『私は織斑一夏を打倒するという大事な使命がある。教官にふさわしいのは私であると、教えるためにもな。だから、そういうのは全部終わってからにしてくれ。別に二人組(バディ)を解消したわけではないぞ』

 

 と、言っていた。

 ラウラの比較的前向きかつ柔らかい態度にひとまずは納得することにしたのだった……。

 

 そして、今日は土曜日。

 午前中が理論学習の従業で、午後からは完全に自由時間だった。なのだが、土曜日のアリーナは全開放がされているので、シャルルが一夏にIS戦闘のレクチャーをするというので、オレも一緒にレクチャーを受けていた。

 シャルルの説明は非常にわかりやすく、下手をしたら織斑姉よりも説明が上手いのではないだろうか?

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんたちに勝てないのは、単純に射撃の特性を把握できてないからだよ」

「そ、そうなのか? わかっているつもりだったんだが……」

「うーん、知識としては知ってると思うんだよね。さっき戦ったときもほとんど間合いを詰められていなかったよね?」

 

 それはシャルルの射撃能力が高いからだと思う。先の戦闘で見せた『高速切替(ラピット・スイッチ)』はかなりの技だった。十数近くある装備を状況に応じて、瞬時に呼び出せる技術は並大抵の才能じゃない。

 

「うっ……『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』も読まれてたしな……」

「一夏は近接格闘オンリーの機体だから、やっぱり射撃武器の特性はきちんと理解しないと負けちゃうよ。特に一夏は直線的だから、予想もしやすいからね」

「う、うーん」

「あ、でも瞬時加速中の無理な軌道変更はしない方がいいよ。空気抵抗とか圧力とかの影響で機体に負荷がかかると、骨折したりもするからね」

「なるほど……」

 

 そんな風にオレたちはシャルルが一夏に教えているのを見ていた。

 オレはともかくとして、他の奴らがそんな光景を黙って見てられるわけもなく……。

 

「ふん。私のアドバイスを無下にするからだ」

「あーんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ」

「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら? 静馬さんは理解してましてよ?」

 

 ……二人はともかく、セシリアの教え方はまだマシだな。といっても、初心者に教えるには向いていないタイプだ。熟練者に教えるのならば、もっと効果を発すると思う。

 

「一夏の『白式』には後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

「ああ。何度も調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いていないらしい。だから量子変換(インストール)は無理なんだって言われた」

「たぶんだけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量(リソース)を割いているからだよ」

「えっと、ワンオフ・アビリティーってなんだっけ?」

「言葉通りだよ一夏。唯一仕様(ワンオフ)特殊才能(アビリティー)。各ISが操縦者との相性が最高に達したときに自然開放される能力のこと」

 

 ちなみにオレのシルヴァリオ・ヴォルフのワンオフ・アビリティーは発現していない。それどころか、一夏以外に発現している生徒はいないはずだ。たっちゃんはどうか知らないが。

「でもね、普通は第二形態(セカンド・フォーム)から発現するんだよ。それでも発現が見えない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の方法で特殊能力を複数の人間が使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズがそれに当たるね」

「なるほど。じゃあ白式のワンオフって『零落白夜』なのか?」

 

 この中での唯一のワンオフ・アビリティーが『零落白夜』だ。

 エネルギーで構成されていれば、それが何であれ無効化・対消滅させることができる攻撃能力。

 しかし、その発動に使われるのが自身のシールドエネルギーであり、つまりは諸刃の剣。

 

「第一形態なのにアビリティーがあるってだけでものすごい異常事態だよ。前例が一切ないからね。それは一夏と静馬もだけど。しかも、その能力って織斑先生のと同一だよね?」

「姉弟だから、とか?」

「ううん。姉弟だけじゃ理由にならないと思う。さっきも言った通り、操縦者との相性が条件だから、いくら姉弟だからといっても再現することはできないんだよ」

「そっか。でもまあ、その原因は俺たちが考えても仕方ないし、そのことは保留にしようぜ」

「そうだね。そうしよっか。じゃあ、射撃の練習をしてみようか。はい、これ」

 

 ……姉弟で全く同一のワンオフ・アビリティー。

 誰も疑問には思っていなかったが、考えてみると不思議だ。白式を担当した倉持技研は把握しているんだろうか? ……いや、そもそも白式の性能に絡んでいるのは倉持技研だけではないんだとしたら?

 

 ――篠ノ之博士。

 

 白式の製作に絡んでいるんじゃないのか? たしか、暮桜の開発は篠ノ之博士じゃなかったか?

 そもそも、だ。ワンオフ・アビリティーはどういう原理で発現させている? 元々が機体に組み込んでいるんだとすれば、疑似的に開放することが可能なはずだ。しかし、それが不可能で第三世代ができた……。その秘密はいったいどこにあるんだ……? 

 

 いや、一つだけブラックボックスの解明されていない代物があるじゃないか。

 

 コアだ。インフィニット・ストラトスを動かす上で必要不可欠な代物だ。

 ……まあ、それがわかったところで何の意味もないが。

 

 そんな風にオレが考えていると、何やら周りが騒がしくなっていた。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソ! ひょっとしてドイツの第三世代型?」

「まだトライアル段階だって話を聞いてたけど……」

「なんか不穏な雰囲気ね……何もなければいいけど」

 

 そこにいたのは、ISを展開したラウラだった。

 そんなラウラが、一夏の姿を捉えると、

 

「おい」

 

 開放回線で声を掛けてきた。当然、オレにも声が届く。

 平手打ちをされたことに対して、思うところがある一夏は不機嫌そうに返事を返す。

 

「……なんだよ」

「ふん。貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

 いきなりの宣戦布告に対し、一夏は即座に切り捨てる。

 

「イヤだ。理由がねえよ」

「貴様にはなくとも私にはある」

 

 その理由は知らないが、よほどの因縁があるらしい。

 

「それはまた今度な」

「ならば――戦わせるまでだ!」

 

 言うが早いか、ラウラは漆黒のISを戦闘状態へと移行(シフト)させる。刹那、左腕に装備された大型の実弾砲が火を噴く。

 

「……っ」

「――――」

 

 鋼と鋼が打ち合うような音が鳴り、ラウラの大型砲を弾く。

 先に動いたのは、オレだった。シャルルも動こうとしていたが、オレの方が先に対応していた。

 

「……あのなあ、こんな人が密集してる場所でぶっ放すなんて、常識がないのか? 因縁があるからって何でもしていいって理由にはならないぞ?」

「……なぜ、邪魔をする」

「今言った通りだぜ? 一対一なら協力ぐらいはしてやるよ」

 

 マシンガン。正式名称《ヴァナルガンド》を構えて、牽制する。

《ヴァナルガンド》の先端には短剣が付いており、刃先は弾丸の先端と同じ多結晶ダイヤモンドで構築されている。

 

「その前にお前を倒すまでだ!」

 

 オレから距離を取り、再度実弾砲を放とうとして――

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 スピーカーから聞こえる教師の声によって止められる。

 

「……ふん、今日は引いてやる。覚悟していろ織斑一夏!」

 

 興が削がれたのか、あっさりとその場か立ち去っていく。その向こうでは怒り心頭の教師が待ち構えているだろうが、逆に教師の方が心配だった。トラウマを植え付けられて辞めてしまわれないだろうか……。

 

「一夏、大丈夫?」

「あ、ああ……助かったよ。静馬も」

「まあ、気にするな。身体が動いただけだ」

「静馬って実は相当IS操縦が上手い?」

「そんなことないだろ。シャルルも動こうとしてたみたいだし」

「よくわかったね。あの状況で」

「無駄に周囲把握能力だけはあってな」

 

 まあ、記憶が戻ってきたあの日以降、遺伝子強化試験体としての身体がそうさせたのだろう。記憶と身体の感覚にまだ齟齬があるが、そのうち本来のスペックを発揮できるようになるはずだ。

 

「今日はもう終わりにしよっか。四時を過ぎてるし、もうアリーナも閉館時間が近いしね」

「おう。そうするか。銃サンキュな。色々と勉強になった」

「それはよかったよ」

 

 にっこりと微笑み、一夏がドギマギしたような顔を見せる。

 うーん、これは仕方ないよな。

 

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

「たまには一緒に着替えようぜ」

「い、イヤ」

「つれないこと言うなよ」

「つれないっていうか、どうしてそんなに僕と着替えたいの?」

「というかどうして俺と着替えたがらないんだ?」

 

 質問に質問で返しているが、一夏の疑問ももっともだと思う。

 

「ど、どうしてって……その、は、恥ずかしいからだよ……」

 

 まるで女の子みたいなことを言うシャルル。顔も赤いし、身体を両手で押さえていて男の反応としては微妙な感じだ。いや、いないこともないだろうけど。

 

「なーに、慣れれば大丈夫。さあ、着替えようぜ」

「ええ……えーと」

 

 流石に一夏がしつこいので、シャルルがオレに目で助けを求めていた。

 はあ。仕方ねえな……それぐらい自分で対応してほしいもんだ。

 

「それぐらいにしとけ。人の嫌がることはしないのが男だろ?」

 

 一夏の肩を引っ張り、引き離す。

 

「静馬も一緒に着替えようって思わないのか?」

「思わねえよ……つーか、女子だったらともかく男とは極力着替えたいとか思わねえから。普通はな。お前ってやっぱりホモなんじゃねーの」

「ち、ちげえよ! わかったよ……」

「ありがとね、静馬」

 

 助けたオレに感謝してくるシャルル。

 

「別にいいけどさ……少しくらいは一夏に付き合ってやってもいいんじゃね?」

「だ、だって恥ずかしくて……」

「はあ……別に女子ってわけじゃないだろうし」

「へっ!? ち、違うけどさ!」

「だったら気にしなくてもいいんじゃね? 流石に一夏もガチでホモじゃないだろうし、下半身をひん剥かれるわけじゃないだろ」

「ひ、ひん剥かっ……!?」

 

 顔を真っ赤に染め、こないだのたっちゃんみたいになっているシャルル。

 ま、まさか……。

 

「もしかして、お前が逆にホモなのか?」

「それは違うよ!!」

「お、おう……そうだよな」

 

 大きい声で否定するもんだから驚いてしまった。

 

「こ、こほん。静馬さん? 女子と一緒に着替えたいのでしたら、一緒に着替えて差し上げても――」

「はいはい。セシリアは女子更衣室で着替えましょうね」

「り、鈴さん!? 首が締まって――い、いきます! 行きますから離してください! 

 

 有無を言わさずに鈴がセシリアをずるずると引っ張っていく。

 窒息しないかが少しだけ心配だったが、軽く手を振って見送った。

 

「じゃあ先に行ってるな」

「あ、うん」

 

 シャルルにそれだけ言って、一夏はゲートを通って更衣室へと向かっていった。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「静馬も先に行ってて!」

「ああ、オレもか」

「もう……」

 

 半分冗談で居座っていたが、先に行っててと言われたのでオレも更衣室へと向かった。

 

「はー、風呂に入りてえ……」

「なにおっさんみたいなこと言ってんだよ?」

 

 汗で張り付いたスーツを脱ぎながら、一夏にツッコミを入れる。

 

「なんだよ。静馬も風呂に入りたいだろ?」

「そうだが……入れないものは仕方ないだろ」

 

 着替えを簡単に済ませてしまう。脱いで服を着るだけだし、簡単だな。

 

「あのー、織斑君と深見君とデュノア君はいますかー?」

「はい? シャルルだけいません」

 

 ドア越しに遠慮がちな声が聞こえる。山田先生だ。

 

「入っても大丈夫ですかー? 着替え中だったりしますー?」

「いえ、大丈夫ですよ。オレと一夏も着替えは終わってます」

「そうですかー。じゃあ失礼しますねー」

 

 スライド式のドアがパシュッと開いてから山田先生が入ってくる。

 

「デュノア君はどうしたんですか? 一緒だと聞いてましたけど」

「あー。まだアリーナにいますよ。どうかしましたか?」

「そうでしたか。話というのはですねー。今月下旬から大浴場が使用できるようになります。時間帯別にすると問題がでそうなので、男子は周に二回の使用日を設けることにしました」

「本当ですか!」

 

 大浴場が使えるようになる。という話を聞いて、一夏が顔を綻ばせる。

 

「嬉しいです。感動しました。助かります! ありがとうございます、山田先生!」

「い、いえ、仕事ですから……」

 

 ガシッと両手で山田先生の手を包み、感動を伝える一夏。

 どんだけお風呂に入りたかったんだ、コイツは……。

 

「いやいや、先生のおかげです! いやあ、本当にありがとうございます」

「そ、そうです……か? そう言われると先生冥利に尽きますね。あはは」

 

 ……うーん、なんか雰囲気が。いつもなら『なにやってんよ一夏!』と鈴が言いにきたり、箒に蹴られたり……といったイベントが発生しそうな感じだ。

 

「……静馬? 一夏? 何してるの?」

 

 オレと同じことを思っていたのか、一夏が驚きながら手を離す。山田先生は恥ずかしかったのか、一夏から反対へと向いて背中を向けてしまう。

 

「まだいたんだ。それで? 先生の手なんて握って何してるの?」

「あ、いや。なんでもないんだ」

「一夏、先に戻ってって言ったよね」

「お、おう。すまん」

 

 心なしかシャルルが不機嫌っぽく見える。

 

「喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」

「そう」

「あ、あれ……?」

 

 両手を広げて大事そうに話すが、淡白な返事で返される。

 そんな一夏を見ながら、シャルルはタオルで頭や顔を拭き始めた。

 

「静馬も先に行っててって言ったよね」

「あー。悪いな」

 

 どうやら本当に機嫌が悪いみたいだ。言ったことをオレたちが聞かなかったからだろうか?

 怒らせるのも悪いのでオレは一足先に戻ることにした。

 

「あ、ちょっと待って下さい」

「ん?」

「静馬君には書いてほしい書類があるんで、職員室まで暇な時に来てもらえますか? ISに関する重要な書類なんですけど」

「あー、問題ありませんよ。後で部屋に戻ってから行きます」

 

 そう言って、オレは今度こそ更衣室を後にした。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「………………。はあっ……」

 

 ドアを閉め、寮の自室に一人だけになったところでシャルルは吐き出すようにため息を漏らした。それまで我慢していたせいか、無意識に出たそれは思ったよりも大きく、シャルル本人も驚くくらいには溜まっていた。

 

(何をイライラしてるんだか……)

 

 さっきの更衣室での自分の態度を思い返して、今になって恥ずかしくなってきた。きっと一夏や静馬も驚いていたと思うと、更に自己嫌悪してしまう。

 

(……。それに、静馬……)

 

 シャルルはクローゼットから着替えを取り出してシャワールームへと入った。

 シャワーノズルを高い位置で固定し、熱めのお湯を頭の上から浴びる。汗で冷えた身体が暖まって自然と気分が落ち着いてくる。

 

 考えるのは一夏と同じ男性操縦者の静馬のことだ。彼に言われた『別に女子ってわけじゃないだろうし』という言葉が気になっていたのだ。もしかして、静馬は知っているのだろうか……? シャルルの秘密を……。

 

(ううん。ないよね……もしも、気付いてるなら言ってくるはず……)

 

 自分の中で出た疑問をそのまま飲み込むことにしたのだった。

 




ちょっとサブタイトルに悩んだ……。

二人組(バディ)を組んだ静馬とラウラですが、
一夏に喧嘩を吹っかけた時に敵対する形になってしまいましたが……。
ラウラの貴様呼びがお前呼びになっているかと思います。まあ、ラウラの中でも多少はマシな人間扱いになったのではないでしょうかね。


*ヴァナルガンドについて。
静馬が使っていたマシンガンの正式名称です。
以前は短剣部分はついてませんでしたが、静馬が強化申請を出したところ、このような形で返ってきた。マシンガンの弾丸も多結晶ダイヤモンドが先端に尖るように埋め込まれている。



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9.一方的な暴虐

 暗い。深い暗闇の中にそれはいた。

 

「………………」

 

 いつ頃からこうなのかは覚えていない。ただ、生まれた時から闇を理解していた。人は生まれて最初に光を見るというが、この少女は違う。闇の中で生まれ、影の中で生きる。そしてそれは今でも変わりようのない事実。

 光のない部屋では常に闇が支配しており、赤い瞳が鈍く光を放っている。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 それが自分の名前だとは知っているが、その名前に何の意味もないことを理解している。

 

 けれど、その中でも例外はある。その一人が教官――織斑千冬に呼ばれる時は、その響きが特別な意味を持っている気がして、心が高揚するのを感じていた。

 

 そして、もう一人。兄と呼べる存在がいたことを記憶のどこかで覚えていた。

 

 織斑千冬と同じく、自らの師であり、絶対的な力を持っており、遺伝子強化試験体としてのあるべき姿。

 いつかは辿り着きたいと感じた存在。

 それが不完全であることが許せない。

 

(織斑一夏――。教官に汚点を残させた張本人)

 

 なればこそ、あの男の存在を認めるわけにはいかない。

 

(排除する。どのような手段を使っても……)

 

 心の闘志を研ぎ澄まし、ラウラは静かに瞼を閉じる。闇と一体化する感覚に身を預け、少女は深い眠りの中へと沈んでいく。

 

 夢の中だけは……幸せな夢であるように……。そう願いながら。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「そ、それは本当ですの!?」

「う、ウソはついてないでしょうね!?」

 

 月曜日の朝、教室へと向かっていたオレの耳にまで届く大きな声に驚く。

 

「なんだ?」

「さあ?」

「さあな……大方、女子特有の噂話で盛り上がってんだろうさ」

 

 オレの隣を歩いているのは、一夏とシャルルだ。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ち切りなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら深見くんや織斑くんと交際でき――

「俺がどうしたって?」

「「きゃあああっ!」」

 

 いま、こいつら交際がどうとか言わなかったか?

 

「で、何の話だったんだ? 俺と静馬の名前が出ていたみたいだけど」

「う、うん? そうだっけ?」

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

 鈴とセシリアの二人があははうふふと奇妙に笑いながら話を逸らそうとする。

 オレは大体を把握したが、一夏はそうではないらしく……気になる様子。

 

「じ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

「そ、そうですわね! わたくしも席につきませんと!」

 

 そそくさと二人はその場から離れていく。その流れに乗って、他の女子たちも同じように自分のクラスや席へと戻っていった。

 

「……なんなんだ?」

「さあ……?」

 

 せっかくなので、オレは隣の女子に聞いてみようか。

 まあ、大体は把握できてるんだがな……。

 

「で、なんだったんだ? セシリア」

「し、静馬さん!? べ、べつになんでもないで、ですわよ?」

「――月末の学年別トーナメントで優勝したらオレや一夏と男女交際ができるってぇ?」

「き、聞いてらしたんですの!?」

「いや、単語を繋ぎ合わせてカマかけただけ」

「う、うう……」

 

 セシリアの反応で完全にビンゴだ。そんな変な噂が学園中に広まっているらしい。

 しかも、学年別トーナメントってことは上級生も含まれているのだろうか……ほんと、女子は噂話や色恋沙汰に過敏だな。まあ、どうでもいいけど。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 オレはラウラに呼び出され、第三アリーナへと訪れていた。

 なのだが、非常に厄介な場面に呼び出されてしまったようだ。

 

 この場にいるのは、オレとラウラの二人組とセシリアと鈴の二人組。

 険悪な雰囲気に包まれており、まさに一触即発の状態にあった。

 

(確かにさあ……人のいないところでやれとは言ったけどさあ……これはないだろ)

 

 事の発端はラウラの威嚇射撃に始まる。

 学年別トーナメントに向けて、訓練しに来たセシリアと鈴を見つけたラウラはオレを呼び出し、オレが来たタイミングで威嚇射撃を始めたという次第だ。それだけに留まらず、ラウラは二人を煽るような言葉を発したのだ。ああ、もう滅茶苦茶だ……胃が痛いよ。

 

 しかしまあ、オレも協力するといった手前、断りづらいわけで……。

 

「部外者の静馬は引っ込んでてよ!」

「そうですわ! 静馬さんはわたくしたちの勇姿を見ていてくださいな」

「ふん。二対一でなければ勝てんと見える。所詮は下らん種馬を取り合うようなメス共だな、私の敵ではないな」

 

 ――――そこへ、ラウラは大きな爆弾を投下した。

 向こう側の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。

 

「――今なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけボコってください』って聞こえたけど?」

「この場にいる人だけでならず、場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その軽口、二度と叩けぬようにここで矯正してあげましょう」

 

 ……セシリアも似たようなことをしてたけどな?

 

 思っていたことが顔に出ていたのか、オレにセシリアが恥ずかしそうに抗議してくる。

 

「入学当時のことは忘れてくださいな!」

「あー。そうだな。お前は反省したもんな、うん」

 

 頭を掻きながら、適当に返事を返す。

 

「とっとと来い」

「「上等!」」

 

 お互いが同時に駆け出し、それに遅れてオレがISを展開する。

 展開にはもう慣れたもので、即時展開が可能となっていた。といっても、記憶が戻ってきた影響が大きいのだろうが。

 

 最初に攻撃を仕掛けたのは、ラウラではなく鈴だった。

 いつの間にかチャージされていた龍咆をぶっ放したのだ。それはラウラに直撃するかのように思えたが、ラウラが右手を前に出しただけで龍咆は霧散した。どういう原理かは知らないが、その隙をラウラがすかさず攻撃へと踏み込む。両肩に搭載されていたブレードが射出され、鈴の機体へと飛翔する。ワイヤーとブレードが一体化した武装のようで、クネクネと捉えづらい軌道を描いてから、鈴の足へと絡みつく。

 

「させませんわ!」

 

 鈴を援護するように、セシリアが四機のビットを展開。二機がワイヤーを焼き切るように、そして残り二機が本体へと向かい、ビットからレーザーが放たれる。

 

「無駄だ」

 

 避ける素振りすら見せず、ただ右手を前に突き出す。更にラウラは大口径レールカノンを即時展開し、拘束されている鈴に容赦なく放つ。それは直撃し、鈴の機体が大きな爆発音と共に大きく爆ぜたのだった。

 

 そこへ、一夏とシャルルと箒が駆けつけてきた。

 

 アリーナは観客席やフィールド外に被害がいかないように、特殊なエネルギーフィールドが張られている。当然、向こう側の声もこちらの声も届かない。もしかしたら爆発音くらいは届いたかもしれないが。

 

(つうか、オレって必要か……?)

 

 三人の間には明確なレベル差はないものの、非常に相性が悪かった。その中でも一番相性が悪いのが鈴だ。鈴の武装は変更がなければ、双天牙月(そうてんがげつ)龍咆(りゅうほう)を積んだ完全近接格闘タイプ。燃費性に優れ、大抵の敵には対応できる実戦型だが、ラウラとは非常に相性が悪いように見えた。なんせ、不可視の一撃である龍咆(りゅうほう)が効かないのだ。

 

 さて、本当にどうしたものか。

 

 適当に上空で停滞しながら、オレは三人の戦闘を眺めていた。

 

「その程度で第三世代型とは笑わせる!」

 

 ラウラが鈴を拘束していたワイヤーを操り、鈴を掴んだままセシリアへと投げ飛ばす。

 実に単純な攻撃だが、非常に効果的な攻撃と言えた。

 

「きゃああっ!」

 

 その衝突で隙を見せる二人に、ラウラはすかさず間合いを詰める。

 

『――瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

 一夏の口がそう動く。一夏にとっては一撃必殺に繋げるための技能であり、十八番だった。

 しかし、その練度は一夏の比ではない。一切の予備動作を見せず、ほぼノータイムで二人へと接近していた。その間に展開されていた両手首から延びる超高熱のプラズマブレードでもって、左右から鈴を攻撃していく。

 

「くっ……この……ッ!」

 

 前進し続けながらブレードを振るうラウラに対して、鈴は交代しながら幾度となく躱していく。うまく壁に追い詰められないように動き回る鈴だが、ラウラの攻撃に先程のワイヤーブレードによる攻撃が加わる。しかも今度は二つだけでなく腰部左右に取り付けられたワイヤーを含めて計六つ。それがプラズマブレードと同時に襲いかかってくるので、鈴はじわじわと追い詰められていく。

 

「くっ!」

 

 状況を変えるために再度、衝撃砲である龍咆(りゅうほう)を超至近距離で展開し、エネルギーを充填させていく。しかし、これは悪手でしかない。

 

「この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとはな」

 

 その言葉の通りで、衝撃砲はチャージが完了する寸前にラウラの実弾砲撃によって爆散。

 

「獲った」

「――!」

 

 肩を吹き飛ばされて大きくバランスを崩した鈴に、ラウラがプラズマブレードの一撃を突き刺す。

 

「させませんわ!」

 

 まさに間一髪。ラウラと鈴の間に割って入ったセシリアが、《スターライトmkⅢ》を盾として使用し、必殺の一撃を逸らす。同時にウェイト・アーマーに装着された弾頭型(ミサイル)ビットをラウラへ向けて射出させる。

 

 ドガアアアアンッ! 

 

 超至近距離で爆ぜたミサイルが爆ぜ、凄まじい轟音を立てて爆発した。それは三人全員を巻き込み、衝撃によって鈴とセシリアは地面へと叩きつけられる。なんて無茶苦茶な……。

 

(前々から思ってたけど、セシリアって妙に肝が座ってるよな……)

 

「無茶するわね、アンタ」

「苦情は後で聞きますわ。けれど、流石のラウラさんも確実にダメージが――」

 

 セシリアの声が途中で止まる。なぜなら――

 

「………………」

 

 煙が晴れた先にいたのは、無傷のラウラの姿だったのだから。

 

「この程度で終わりか? ならば――私の番だ」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で地上へ移動、鈴を思いっきり蹴り飛ばし、セシリアに砲を突き刺した一撃を当てる。さらにワイヤーブレードで二人を捕まえて地面へと叩きつける。そこからは一方的な暴虐が始まった。バスケットボールのように地面をバウンドさせ、時にはお手玉のように鈴とセシリアの位置を投げて交代させ、蹴りをお見舞いする。

 

 ――流石にやり過ぎだ。

 

 既に二人のダメージは機体維持警告域(レッドゾーン)を突破しており、操縦者生命危機域(デッドゾーン)へと到達していた。これ以上は強制的にISが強制解除され、そのままラウラが攻撃を加えた際は生命に関わる大惨事になってしまう。

 

 だから、オレはラウラに向かって瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの空中回し蹴りを放った。それと同時に白式を展開した一夏がエネルギーフィールドを割いて入ってくる。

 

「お前、いくらなんでもやり過ぎだ!」

 

 オレの攻撃によって倒れ伏すラウラに一夏が言うが、ラウラは口端を歪めて挑発する。

 

「お前――ッ!」

 

 一夏が怒りを露わにするが、それをオレが軽く止める。

 

「悪い。側で見ていたのに止め時を忘れていたオレの不始末だ。それなのに厚かましいお願いをするが、ここは一旦落ち着いてくれないか?」

「静馬……」

 

 納得いかない様子の一夏。

 仕方ないので、オレはISの展開を解除する。

 その場で土下座をした。

 

「悪い。お前の気持ちが収まらないかと思うが」

「……わ、わかったよ。早く立ち上がってくれ」

 

 一夏が引いてくれたので、オレは立ち上がろうとして――

 

「邪魔をするなあああ――!」

 

 オレの背後からラウラが襲いかかってきた。

 

(や、やべぇ……流石にこの姿勢じゃ展開が間に合わないぞ……?)

 

 まさに絶体絶命の状況。

 ガギンッ!

 激しくぶつかり合う音が鳴り響いて、ラウラは攻撃を中断させられる。

 

「やれやれ、これだからガキの相手は疲れるんだ」

「千冬姉!?」

 

 その人物は予想通りと言えば予想通りで、予想外と言えば予想外の人物だった。

 しかも、織斑姉は生身の状態でIS用近接ブレードを握っており、ラウラの攻撃を受け止めていた。なんという化け物だ……。

 

「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナのバリアーまで破壊させるような事態は黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

「教官がそう仰るなら」

 

 織斑姉の言葉に頷き、ラウラはISを解除する。そのままスタスタとアリーナから立ち去っていく。

 

「織斑、デュノア、深見、お前たちもそれでいいな」

「あ、ああ……」

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」

「は、はい!」

「僕もそれで構いません」

「オレも問題はありませんよ」

 

 一夏とシャルルに倣って返事をする。

 

「では、学年別トーナメントまで一切の私闘を禁ずる。解散!」

 

 パンパンッ! と手を叩く。その音と共に他のアリーナの生徒たちも解散していく。




兄と呼べる存在って誰なんでしょうね……?

よく考えたら主人公のカッコいいシーンがない件について。
というか、タグの平凡な主人公とはなんぞ。遺伝子強化試験体の時点で平凡とか飛んでいってる……まあ、そのうち平凡の出番があるかもしれませんね。





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10.オレの名は

 

「すまない。今日は本当にすまなかった……」

 

 場所は保健室。第三アリーナでの一件から約一時間が経過していた。ベッドの上では包帯の巻かれたセシリアと鈴が寝っ転がっている。

 

「頭を上げてください、静馬さん。別に怒ってませんわよ」

「そうよ。アンタがわざわざ謝ることじゃないっての。悪いのはドイツのラウラって子なんだから。それに助けてくれなくてもよかったのに」

「ええ、あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

 それだけはない、と断言するのは簡単だが、オレはあえて指摘することはしない。

 

「お前らなあ……。でもまあ、怪我が大したことなくて安心したぜ」

「こんなの怪我に入らな――いたたたっ!」

「そ、そうですわ! 横になっている必要は――つっぅううっ!」

 

 大した強がりだな……。

 隣では一夏が『バカなんだろうか』って顔をしている。

 

「バカってなによバカって!」

「一夏さんこそ大バカですわ」

「まあ、一夏はバカだろうなあ」

 

 顔に出ていた一夏にセシリアと鈴が反撃する。ついでにオレもバカにしておく。

 

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」

「ん?」

 

 シャルルが飲み物を買って戻ってきた。

 部屋に戻ってくる際にシャルルが言った言葉に対して、二人がかぁぁっと顔を真っ赤に染める。

 

「ななな何を言ってるのか、これっぽっちもわかんないわね! こ、これだから欧州人って困るのよねえっ!」

「ば、べ、べべっ、別にわたくしはっ! そのような気持ちなんてもっていませんわ、わ!」

 

 キョドりすぎだろ……。

 

「はい、ウーロン茶と紅茶。落ち着いて、ね?」

「不本意ですがいただきましょうっ!」

「ふん!」

 

 慌てるようにして飲み物を一気にごくごくと飲み干す。

 

「ま、先生も怪我は軽いって言ってたし、しばらく休んだら――」

 

 ドドドドドドドッ――!

 

 地鳴りのような音が廊下の方から響いてくる。しかもそれは段々と近づいてきているようで、ドガーンと音と共に保健室のドアが弾け飛んだ。……おい、器物破損だぞ。

 

「織斑君!」

「デュノア君!」

「深見君!」

 

 ドアと共に雪崩込んできたのは数十名にも及ぶ女子生徒たち。比較的広い保健室にも関わらず、室内はあっという間に埋め尽くされた。しかもオレたちを見つけるなり一斉に取り囲み、一斉に話し掛けてくる。さながら、アイドルのような気分だ。

 

「な、なんなんだ!?」

「ど、どうしたの、みんな……お、落ち着いて?」

「はあ…………」

「「「「これを見て!」」」」

 

 そう言って見せてきたのは告知文だった。そしてセットで申請書のようなものまで持っている。

 

「な、なになに……?」

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは――』」

「ああ! そこまででいいよ!」

「私と組もうよ! 織斑君!」

「私と組んで、デュノア君!」

「組んでください、深見君!」

 

 ……なるほどな。

 

 しかし、オレは既に決まっているので断ることにしよう。

 

「悪いな、オレは既に決めてんだ」

「あ、ああ。俺もシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 そんなオレたちに、女子生徒はしーんと沈黙した。

 

「まあ、仕方ないかあ……」

「先客がいるんじゃあ、ね」

 

 納得してくれた女子生徒たちは、一斉に保健室から去っていく。

 

「ふう…………」

「あ、あの、一夏――」

「一夏っ!」

「静馬さんっ!」

 

 安堵のため息をついた一夏にシャルルが声をかけようとして、それを遮る形でセシリアと鈴が興奮した様子でベッドから飛び出してきた。

「あ、あたしと組みなさいよ! 幼馴染でしょうが!」

「ぜひ、静馬さんはわたくしと!」

 

 ……つうか、なんでセシリアはオレと? 一夏とじゃなくて?

 まさか、オレに気があるんじゃあ……? いや、ないか。

 それよりも、だ。こいつら怪我人なのにアグレッシブだな……。

 

「ダメですよ」

 

 近くで様子を見ていた山田先生が声を上げる。

 

「おふたりのISの状態はさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。なので当分は修復に専念しないと、重大な欠陥を残す要因になりえますよ。身体を休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

 そんなにダメージが生じてたか……ぐっ、本当に申し訳ないな……。

 しかし、こいつらがその理由で納得できるのか?

 

「う……! し、仕方ないわね……」

「不本意ですが……非常にっ! 不本意ですが! 参加を辞退いたします……」

 

 ……ん? すっごいあっさりだな。

 

「わかってくれて先生嬉しいです。無理させるとそのツケはいつか自分が支払うことになりますからね。こんなところで優秀な生徒たちのチャンスが潰えるのは、とても残念なことです。できれば、あなたたちにはそうはなってほしくありません」

「はい……」

「そうですわね……」

 

 いつも以上に真面目な口調の山田先生。過去に何かあったんだろうか?

 

「一夏、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三項は?」

「え、えーと……」

「『ISは戦闘訓練を含むすべての経験を蓄積することで、より進化した状態へと自らを移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼働も含まれ、ISのダメージレベルがCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態でも特殊エネルギーバイパスを構築してしまうため、それらは逆に平常時でも稼働にも悪影響を及ぼす可能性がある』」

「おお! それだ! さすがはシャルル!」

 

 本当にさすがはシャルルだ。生きる辞書みたいなやつだな。オレも一応は把握しているが、一語一句覚えているわけではない。そんなのは優等生にでも任せればいいし、テストでは大まかな部分さえ知っていれば困ることなどない。

 

「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ……?」

「それは……」

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドが、ですわね……」

「ふーん?」

 

 ああ、一夏のことをバカにされたからだったな。

 なんて単純なやつらなんだ、とは思ってしまった時点でオレはラウラと似たような感想ではある。流石に種馬云々はひどすぎるが。

 

「ああ、もしかして二人のことを――」

「ああっ! デュノアはいちいち一言多いわねえ!?」

「そ、そうですわ! 口を謹んでくださいませんか!? おほほほー!」

 

 たしかにシャルルは口が軽いところあるよな。

 

「こらこら。ケガ人のクセに動き回りすぎだって。ほら、痛いんだろ?」

 

 そう言って一夏はセシリアと鈴のケガをしている部分をポンポンと叩く。

 

「「びぐっぅ!」」

 

 うわあ……鬼畜だな、一夏。

 

「………………」

「………………」

「す、すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い」

 

 流石に一夏もやり過ぎたと思ったのか、すぐさま謝っていた。こういうところは潔くて好感が持てる高校生なんだがなあ……鈍感すぎるところがたまに瑕って感じだ。

 

「い、いちかぁぁ……あんた、おぼえてなさいよぉ……」

「な、なおったら……かくご、してくださいな……」

 

 手が出ない鈴は珍しいな。

 それに関しては同意見だったのか一夏は苦笑していた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はあ…………」

「あらあら、珍しくお疲れの様子ねぇ」

「……ああ、お前を見たらもっと疲れた」

「ちょ、ちょっとどういう意味よっ!」

 

 どういう意味ってそのまんまの意味だが?

 

 オレは夕食を簡単に摂ってから、夜食用にカツサンドを買ってから部屋に帰ってきた。今日は珍しくたっちゃんが普通の制服で部屋にいた。いつもは誘惑するかのような奇抜な服装をしている(裸エプロンとか裸ワイシャツ)のだ。まあ、若干の役得であることは否定できない。

 

「そういえば派手にやらかしたみたいねえ……」

「ああ……ラウラがあそこまでやるとはな」

 

 オレも予想していなかったのだ。ラウラの一夏に対する敵対心があそこまで高いことに。そのためなら手段すら(いと)わないことに気付いていなかったのだ。だからといって、あの暴虐を認める理由にはならないがな。

 

「まあ、セシリアたちも怪我はしてたけど大事に至らなくてよかった」

「そうね。そうなったらラウラちゃんの立場も非常に悪いことになるから」

「それどころか向こうの国と問題になる可能性も」

「それは大丈夫よ? IS学園は例え何があっても干渉のできない地帯だから」

「……それにも限度がありますよね?」

「まあね。特定の国に攻撃を仕掛けたりでもしない限りは問題されないわ。それこそ人が死んでも、ね」

 

 ……その事実にオレは固唾を呑む。

 なんて恐ろしい場所にオレはいるんだろうか。

 

「なーんてね。流石に死人までは隠蔽できないわよー」

「…………はあ。マジで張っ倒すぞ」

「いやーん♪」

 

 本当にこの人は……。

 

「学年別トーナメントで優勝すると静馬くんと付き合えるって本当ー?」

「事実無根の噂だから。もしかして二年生の間でも広がってんのか?」

「もちろん♪ これでも意外と人気なのよ?」

「はいはい。どうせ珍しい男の子ってことで人気なんだろ?」

「そうとも言えるわね」

 

 二年生で会ったことがあるのは新聞部の黛薫子ぐらいか。そういえばクラス代表就任パーティー以来会ってない気がするな。たしか彼女もオレと同じく「たっちゃん」と呼んでいる内の一人だったか。うーむ、なんか親近感を感じる……オレ同様に迷惑をかけられていると見た。

 

 そんな風に考えていると……。

 

「で、静馬くんは誰かと付き合う気はないのかしら?」

「あ? 別にそんな気はねーよ」

「でも選り取り見取りじゃない?」

「そうか? オレの知ってるヤツらは一夏に好意あるぞ」

「ティナちゃんとか」

「あー、アイツは違うかもな。話してるところを見たことないし」

 

 だからといってオレに好意があるわけじゃないだろう。

 

「別に誰かを好きになることは罪じゃないのよ? 興味くらいはあるでしょ?」

「まあ、な。これでも男だしな」

「だったら好きな子ぐらいいるんじゃないの?」

「はあ……」

「もしかしたら、静馬くんのことを好きになったりするかも」

「…………はっ」

 

 たっちゃんがしなだれかかってきて、変な冗談を言う。

 はっ、コイツがオレを好きになる? 何を変なことを言ってんだ? たっちゃんが気になってるのはもっと別のことだろうが……。

 

 たっちゃんがオレのことで何かを探っていることに気付いたのは、つい最近だ。というよりもオレが記憶が蘇ったことでそういうのに鋭くなったともいう。だから、オレのことを好きになる以前の問題というわけだ。もしかしたら……生徒会長という立場ゆえにオレと敵対する可能性があるかもな。

 

 まあ、そんな先のことはわからないが。

 

「あー、なによその反応は。おねーさんでも傷付くのよ?」

 

 だから、今はお互いが気付かないフリをしているのが一番なのだろう。

 

「そうか。絶対にお前を恋愛的な意味で好きにはならねえよ……」

「あー! 言ったわね!? もしも好きになったとか言ったら絶対バカにしてやる」

「はいはい」

 

 でもまあ、別に嫌いではないんだよな。どちらかと言えば好きな方ではある。それは友達的な意味で、だが。

 

「――話は変わるんだけど」

 

 たっちゃんは声のトーンを落とし、真面目な口調で言う。

 

「ああ、なんだ?」

「単刀直入に聞くけど、貴方って何者?」

「――何者、とは?」

 

 本当に単刀直入だな。少しだけ驚いて言葉が出るのに数瞬だけ時間がかかった。

 それの間に気付いたかは知らないが、続けてる。

 

「この間、貴方がラウラちゃんのことを質問した日のことよ。貴方の様子が少しだけおかしかったのがキッカケかしらね。まあ、前々から奇妙な点はいくつかあったけど」

 

 道場で実力を見てもらった時だろうか。確かにあの時は確かにおかしい点ばかりだっただろう。武術の嗜みがないと言う素人の動きではなかっただろう。そして、使ったのは柔道に近い技だったはずだ。

 

「それで?」

「うん。その時に静馬くんの片眼が黄金の瞳だったのを見たわ。過去に見たことがあったから、資料を漁ってみたら『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』とそっくりだったのよ」

「…………」

「否定しないのね」

「まあ、間違ってないですし。誤魔化せる気もしなかったんで」

 

 オレは片眼――左目に手を当て、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)のスイッチを入れる。

 

「これで満足か?」

「ええ、十分に理解できたわ」

「そうですか。それで? オレがドイツの遺伝子強化試験体であることは知った()()()()はどうするんだ?」

「ん? 別にどうもしないわよ? ただ聞いてみたかっただけよ」

「はあ? オレが察するにお前は日本の暗部に関わっていると思うんだが」

「ええ、その認識で間違いないわね。じゃあ、改めて自己紹介するわね――」

 

 一旦間を置いてから、

 

「IS学園最強の生徒会長にして更識家十七代目当主――更識楯無よ」

 

 "当主"と描かれた扇子をドヤ顔で広げるたっちゃん改め、更識楯無。

 更識という家がどんな家なのかは知らないが、十七代目当主の座にいるということは中々の実力者というわけだな……。

 

「じゃあ、オレも改めて自己紹介をしてやるよ」

 

 右目にも手を当て、もう一方の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)にもスイッチを入れ――

 

「最強の遺伝子強化試験体にしてヴォーダンの名を冠する者――深見静馬だ」

 

 ――そう名乗った。

 

 この日、オレたちは改めて自己紹介を交わしあったのだった。




自称最強を名乗る主人公。

片眼だけでなく、両眼が黄金の瞳――越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)だったのです。
しかも……ラウラの常時発動型とは違って、ISの有無関係なしに任意発動ができる完成型。

最強と言うだけの実力があるのか、それは学年別トーナメントで発揮されることでしょう。ラウラに積まれてる例のシステムもありますし。

次の更新はできるだけ早くしたいですね……。


ところで、お前を好きにはならない的な発言をした人って大体好きになりますよね? 
どうなるのかは今後の展開次第ですが。


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11.学年別トーナメント

 今月も最終週に入り、学年別トーナメントも月曜日から始まる。そのため慌ただしさは先月のクラス対抗戦とはわけが違った。全学年が忙しなく動き周り、生徒会役員が雑務や開場の安全確認、来賓や観客の誘導を行っていた。

 

 それから開放された生徒たちは急ぎ足で各アリーナの更衣室へと駆け込む。当然ながら、男子生徒(といっても三人)はいつもの無駄に広い更衣室を使うことになっていた。どうせなら、女子と男子の更衣室を逆にすればいいだろうに。

 

 着替えを手早く済ませ、待機室へと入る。そこには既にISスーツを装着したラウラがモニターを見上げていた。

 

「よお、うまい具合に一夏と噛み合うといいな」

「ああ。私と当たる前に予選落ちしたのではつまらんからな」

 

 一夏とシャルルのコンビは余程のことがなければ、予選落ちなどという結果にはなりえないだろう。それにブロックは同じなわけだし絶対にどこかで当たるはずだ。

 

「お前は完璧か?」

「当たり前だ。戦闘前にきちんと食事と水分補給は済ませた」

「それは立派なことだな。というかお前はISの腕前はどの程度だ? まさか初心者同然とは言わないだろうな」

「……瞬時加速が使える程度には乗れる」

「そうか。まあ、いざとなったら私の後ろに隠れてるといい」

「あ? 生憎と女の後ろに隠れるほど落ちぶれちゃいねーよ」

 

 この会話からもわかる通り、オレたちは一度も訓練を共にはしていない。むしろ実力を隠すという意味で一夏たちとでさえ訓練を行っていなかった。だからといって、負ける気はしないがな。

 

「さて、そろそろ対戦表が決まるな」

「ああ」

 

 モニターの表示が切り替わり、トーナメント表が映し出される。

 そこに映し出されていた対戦相手は――

 

 深見静馬&ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

    ∨  S

 

 織斑一夏&シャルル・デュノア

 

 

  と、映し出されていた。

 

(まさか……一回戦目から本命と当たるとはな……)

 

 いや、それよりも少しだけ気になることがあった。

 "更識簪"……? アイツの妹だろうか? にしては話題に出てきたことがないな……。

 まあ、同じ苗字の別人か。

 

「では行くぞ」

「――ほどほどに、な」

 

 ふん、と吐き捨ててスタスタとアリーナの方へ向かっていく。それを追いかけるようにオレが付いていく。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「なによりだ。こっちも同じ気持ちだからな」

 

 ラウラと一夏がお互いに火花を散らせ、オレとシャルルはお互いに苦笑した。

 試合開始まで――5、4、3、2、1――戦闘開始(オープン・コンバット)

 

「「叩きのめす」」

 

 ラウラと一夏の言葉が重なる。

 試合開始と同時に一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行い、こちらとの間合いを一気に詰めてくる。

 一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)の練度は以前よりも遥かに向上しており、予備動作に無駄が見られない。だが、それでも加速時のムラがあった。それはラウラ相手では致命的な隙だ。

 

「おおお――ッ!」

「ふん……」

 

 ラウラが右手を突き出す。あれは……。

 以前にセシリア&鈴との戦闘で見せた動き。あれはシュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器だったはずだ。AICと呼ばれるもので、正式名称を慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。慣性停止能力はパッシブ・イナーシャル・キャンセラー――PICを元にしているのだろう。空間作用系の兵器なのだから、理論上では零落白夜の攻撃で無力化させることは可能なはずだが、その欠点は一夏の腕なり身体なりを止めればいいだけの話だからな。

 

「開幕の先制攻撃か。わかりやすい」

「そりゃどうも」

 

 せっかくラウラが一夏の動きを完全に止めているので、オレは《ヴァナルガンド》を呼出(コール)し、動かない的同然の一夏に向かって《ヴァナルガンド》を向ける。

 

「させないよ!」

 

 それをシャルルが阻止するべく、六一口径アサルトカノン《ガルム》の射撃が降り注ぐ。それを軽く躱しながらシャルルに《ヴァナルガンド》の照準を合わせ、引き金を引く。ダダダダダ――ッと音を鳴らし、向かい来る弾丸を弾丸でもって叩き落とす。その芸当にシャルルは驚きの表情を浮かべる。

 

「映像で確認はしてたけど、本当に出来るなんて……」

「別にこんなのは大道芸の一種だ。戦闘には役に立つもんか。それよりも――オレと付き合ってもらおうか?」

 

 オレはラウラからシャルルを引き離すために、《ヴァナルガンド》を展開したまま《単分子ブレード》を呼出(コール)。一夏と同じく瞬時加速(イグニッション・ブースト)でもって一気に距離を詰める。一切の予備動作のない瞬時加速(イグニッション・ブースト)にシャルルの反応が一瞬遅れたが、間合いを取るために高速切替(ラピット・スイッチ)で呼出したアサルトライフルの弾丸を吐きながら後退していく。そこへすかさず弾丸を撃ち込む。

 

 左腕部、右脚部などに弾丸が掠り、シャルルの機体にダメージを着実に与えていく。その間にオレへの着弾は四発で、シャルルに当てた弾丸は九発だ。この時点で倍近くもアドバンテージを得ていた。

 

「思ってたよりも、強いね……静馬」

 

 射撃戦では埒があかないと思ったのか、一気に間合いを詰めてくる。お得意の高速切替(ラピット・スイッチ)でもって呼出した《ブレッド・スライサー》で斬りかかり、既に持っていたアサルトライフルが火を噴く。

 

 しかし、斬り込みも射撃も甘い。

 

 斬撃を身体を動きだけで躱し、弾丸も軽く捻るように躱していく。それでも当たりそうな弾丸をハイパーセンサーのアシストに從いながら、斬り伏せる。

 

 ――ガギィンッ! ダダダダ――ッ! 

 

 弾丸を斬り落とす度に火花が散り、銃口という名の顎門(あぎと)が火を噴き、スラスターから出る蒼色の残光が浮かび上がり、更に空中をグルグルと加速していく。とっくに目を廻していても不思議ではない立体交差にシャルルは喰らい付いてくる。流石は代表候補生といった腕前。

 

『さて、これぐらい引き離せばいいだろ?」

『流石は同類だな』

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を通じてラウラと会話を交わす。

 

 ラウラの目的は当然ながら、一夏との対戦だ。ならばオレはそのための場を作るだけだ。

 

「そろそろ反撃の時間だ」

 

 ほぼ至近距離での瞬時加速(イグニッション・ブースト)。思いっきり空中で回し蹴りを叩き込み、シャルルをフィールドの端まで吹き飛ばす。そんな最大のチャンスを黙って見ているわけもなく、すかさずスラスターを吹かしながら角度を決めて追撃。が、シャルルは追撃を入れるよりも早く体勢を立て直しており、いつの間にか展開されていた五九口径重機関銃《デザート・フォックス》の弾丸が一斉に飛んでくる。流石に重機関銃の弾丸を斬り落とすのは不可能で、被弾しながらも射程外へと退避。

 

「まだだよ!」

「――ッ」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)をシャルルが使ったのだ。訓練や戦闘データでシャルルが瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使うというデータは存在しない。つまり、戦闘中に覚えたというわけだ。……ほんと、天才は困るな。オレがいくら瞬時加速(イグニッション・ブースト)を連発したからといってそう簡単に使えるようなものではない。

 

 オレの反応が追いつかず、超至近距離での《デザート・フォックス》を浴びてしまう。

 

 ――バリア貫通、機体のダメージレベル高。

 

 今の一瞬で一気にシールドエネルギーが半分以上も削られてしまった。

 

(まずいな……思ったよりもシャルルが強敵だなあ……。本気、出すか?)

 

 本気を出す。つまりは越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を開放するということだ。

 

 しかし、それにはリスクが色々とある。それはオレのことが学園側にバレてしまう可能性だ。それを考えれば越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を使うのは控えた方がいいだろう。だが、それをしないで果たしてシャルルに勝てるだろうか?

 

「いいや、オレが勝つんだよ――勝利を手にするしかないだろッ!」

 

 結果、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を開放しないことに決定。

 今の持てる力でオレは勝利を手にするのだ。勝てて当たり前。オレとシャルルじゃ年季が違う。負けるのは論外ってことだ。それはラウラが一夏に負けないのと同じで、オレもシャルルに負けるわけがない。

 

 ――個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

 

 むかし、気まぐれで編み出した技だ。四つもあるスラスターのうち二つで瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行い、終了と同時に残りのスラスターでもう一度行う。それが二段瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)。更に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行うスラスターを減らし、リボルバーのように個別で連続に瞬時加速を行う大技を個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)と呼称した。

 

 この技のメリットは単純に角度を調節し、瞬時加速でもって背後に回ることができる点。逆にデメリットは多いのが特徴で、そもそもが無茶苦茶な加速なために一度失敗すればあらぬ方向へぶっ飛ぶ点だ。かなりむかしにやった時は大きなクレーターを作ってしまったことを思い出す。

 

「この一撃を躱せたら褒めてやるよ」

「――!」

 

 オレの言葉にシャルルが身構える。しかし、身構えたところで意味はない。だってそうだろ? こんな技を誰が予想できるって言うんだよ。

 

 最初は普通に瞬時加速(イグニッション・ブースト)。それを向かい撃つ形で《ガルム》を引き金を引くシャルル。そして、オレは個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を使う。その瞬間、シャルルが目を見開いたが、気にせずに角度を調節し――一瞬のうちにシャルルの背後へ回り込みながら、サマーソルトキックと同時に《単分子ブレード》を突き刺して起動させる。

 

 ――ギュギィィィィンッ!

 

「う、うああああっ!」

「シャルル! くっ……!」

「ふん、次にああなるのは貴様だ!」

 

 シャルルの悲鳴に一夏がこちらを見た。その隙を見逃すわけがなく、ラウラのプラズマブレードが正確無比に捉える。

 

「ぐああっ……!」

 

 一瞬だけ電撃が弾け、一夏の白式が地面へと堕ちていく。

 

「は……ははっ! 私の勝ちだ!」

「――それはどうかな!」

 

 オレに吹き飛ばされ、完全に機能停止したと思われたシャルルが瞬時加速(イグニッション・ブースト)でもってラウラの背後から攻撃。流石に反応が追いつかず、ラウラももろに攻撃を受けてしまう。オレはオレでシールドエネルギー残量的に個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)で追いつくことが不可能な状態だ。もう少しだけ時間があれば、間に合うのだが……。

 

「き、貴様ぁあああああッ!」

「油断大敵ってね」

 

 盾による体当たり。地味だが実に効果的な攻撃だった。更にシャルルは攻撃を重ねる――六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》通称――

 

「『盾殺し(シールド・ピアース)』……!」

 

 ラウラが焦燥し、必死の形相で抵抗する。が、しかし既に遅すぎたのだ。

 

 片手でシャルルが六二口径連装ショットガン《レイン・オブ・サタディ》を撃ち込みながら、パイルバンカーでそのまま地面へと強引に叩き付ける。これには流石のラウラも大ダメージを受け、シールドエネルギーがほぼ全損しかける。

 

「ぐううううッ!」

 

 しかし、それだけでは終わらずにリボルバー機構を内蔵した《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》の炸薬が連続で火を噴く。

が連続で火を噴く。

 

 ズガンッ、ズガンッ、ズガンッ――!

 

 三発もの弾丸を叩き込まれ、ラウラのシールドエネルギーがほぼ全損の領域へと堕ちていた。これでラウラの脱落は決まったも同然――そう思った時、異変が起きた。

 

「あああああああああッあああぁ!!」

 

 突然、ラウラが叫ぶ。その叫びが周囲の空気を震わせ、衝撃波となって周囲にいたオレたちを吹き飛ばす。一番近くにいたシャルルには激しい電撃が放たれ、一気に吹き飛ばされた。

 

「――は?」

「ぐっ! 一体、何が……ッ!?」

「なっ!?」

 

 ラウラを正体不明の何かが飲み込んでいた。否、それは正確ではない。

 より正確に言うのならば、その正体不明こそがシュヴァルツェア・レーゲンなのだろう。

 

(一体どうなってやがる……)

 

 よくわからないが、アレは()()だということだけが理解できた。

 




久し振りの戦闘ですが、やっぱり戦闘描写が下手ですね。

色々な知識がある主人公ですが、ラウラに関しての情報は"過去"と"現在"のラウラしか知らないのです。まあ、そもそも記憶の方も完全ではないので。


*個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)について
半分はオリジナルで、半分は原作の技。
設定の通り各スラスターを連続で吹かし、吐き出したスラスターのエネルギーを他スラスターで吸収――という滅茶苦茶な大技。今作で使用できる人間は2、3人程度です。
技能難易度は★★★★★




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12.Valkyrie Trace system

今回は戦闘回ではありません。
次回をお楽しみにお待ちください。


 ――敗北を目前にし、鼓動が弾む。

 

(こんな……こんな場所で負けるのか、私は……!)

 

 慢心があったことは認める。それは耐え難いことに事実だ。しかし、だからといって――

 

(私は負けられない! 勝利を手にしなければならない……!)

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが私の名だ。識別上の記号(なまえ)

 最初に付けられた記号は――遺伝子強化試験体C‐0037。

 人工合成された遺伝子から作られ、戦闘を想定して生み出された生体兵器。

 

 ――暗い。深い暗闇の中に私はいた。

 

 戦いのためだけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。

 根幹を成すのはいかにして人体を効率的に壊すかという戦闘知識。状況に応じた戦略知識。

 ありとあらゆる格闘技を覚え、銃術を習得し、各種兵器の操縦技術を極めた。

 私は優秀な生体兵器であった。性能面においても、追随を許さないほどに。

 

 それがある時を境に途絶えた。

 それは世界最強の兵器――ISの登場によって世界が変貌したからだ。

 

 それに適応させるために『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の移植処理を行うことになった。

 『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』は脳への視覚信号伝達速度や脳の処理速度を爆発的なまでに向上させ、超高速戦闘状況――または音速戦闘状況下における最適な反射反応の強化を施すもの。

 危険性はまったくない。失敗はありえない。そう、理論上の上では言われていたはずだった。

 しかし、この処置によって私は右目は黄金の瞳へと変質し、常に稼動状態のままカットできない制御不能の状態へと陥った。

 その結果によって、私は部隊の中でもIS訓練において遅れを取ることとなる。それは一般戦闘でも遅れを取ることと同義だった。

 

 各部隊員からは嘲笑と侮蔑、そして『出来損ない』の烙印を押されたのだった。

 

 ――暗い。深い暗闇の中ではなく、より深く――深淵の中へと片足を突っ込んでいった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 そんなある日、私は別の研究所へと移送されることとなる。

 

 ――私が存在する理由はあるのだろうか。いっそ何の意味も持たない木偶だったならば。

 

『……お前は私と違って才能があるのだな』

 

 銀髪に黄金の瞳を持つ同じ――遺伝子強化試験体の少年に言った。

 少年にそのようなことを言ったところで、何の意味もない。私同様に無意味でくだらない言葉。

 しかし、私は言葉を吐き出さずにはいられない。なぜならば、

 

 ――彼こそが完璧な『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の処置に成功した完成形なのだから。

 

 更に言えばIS不適合者である男の子だったのだから。

 

『私は見ての通りの出来損ないさ』

 

 自嘲するように私が言うと、少年は困ったような笑みを浮かべ、何かを考え始める。

 私はこんな子供にまで気を遣わせているのか。本当にくだらない存在だな、私は。

 

 何を思ったのか少年は私の手を取り、

 

『じゃあ、此処にいる間は……オレが守ってやるよ』

『出来損ない? そんなのは勝手に言わせておけばいい』

『だから、そんな言葉で自分を否定するな……』

『今日からは、オレがお前の味方だ』

 

 そう言ってから、私をそっと抱き締めたのだった。

 

 突き放すのは簡単だった/優しい拘束だったから

 拒絶するのは簡単だった/今日出会ったばかりだから

 否定するのは簡単だった/軽い言葉だったから

 何もかもが簡単だった/本当に簡単だったから

 

 逃げるのも、拒絶するのも、否定するのも――すべてが簡単なことだった。

 

 しかし、私にはそれが出来なかった。

 その言葉が私を初めて受け入れる言葉だったから。

 涙が溢れ、鼓動が高まり、腕に力が入って――私は初めて泣いたのだった。

 

 研究所で過ごす数ヶ月の間、私は少年に様々なことを教えてもらった。

 そこでは失敗作のラウラではなく、普通のラウラとして存在できていた。本当に平和な日々の連続で、私はこのまま――何気ない日常を過ごしていくのだと思っていた。

 

 何事にも終わりは来るのだ、と。

 

 私はこの研究所へと移送された意味を忘れていたのだ。いや、正確には知らされていなかった。

 その理由は、私にとって残酷な理由だった。

 

 ――同じ遺伝子強化試験体の男女を引き合わせ、同調現象(シンクロ)を引き起こさせるため。そうすることによって、互いの精神面や感情をコントロールすることが目的だった。その目論見は成功しており、用が済んでしまった私は元の場所へと戻されることになる。

 

 だから、私は少年に言った。

 

『私の味方だと言ってくれたのは嘘だったのか!』

『命令されて、仕方なく私と仲良くしていただけだったのか……!』

『嘘、だったのか……!』

 

 裏切られた叫びに対して、少年は何も言わない。

 ふざけるな……! 私は……! 

 襟首を掴み、最近まで忘れていた尋問の技術を駆使してでも、吐かせたかった。

 ただ、私は『嘘じゃない』と言ってくれればよかったのだ。しかし、彼は答えない。どんなに首を締めようと、何をしても言葉を発しない。なぜならば、彼もまた戦闘のために生み出された生体兵器なのだから。

 

 だったら、この場で――と思った時、異変に気付いた研究者たちが私を止めにきた。

 全力で抵抗する私だが、訓練された軍人数人相手に抵抗できるはずもなく、私は研究所から連れ出されてしまう。

 

 その間、少年は私をただ見ているだけだった。

 

 ああ、私はどう足掻いても――出来損ないなんだ。

 

『安心しろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 研究所の一人である大男が唐突に言う。

 大人の戯言などどうでもよかった私は、適当に聞いていた。

 人の言葉を信じて良いことなどない。

 

『お前が想うアイツこそが『出来損ない』だ』

 

 なのに、その言葉にイラっとした。

 

『いや、だからこその『完成形』なのだろう』

 

 何を言っているのか理解できない。

 

『Rシリーズは男性でありながら、IS適性を持たせた完成形だからな』

 

 男は自慢するように、私に聞かせるように言葉を続ける。

 

『その実験の一回目は不適格だったが、今回のニ回目は恐らく成功だろう。だから、安心しろよ? お前はアイツに想われてたさ。だからこその成功だ』

 

 その言葉に愚かな私は喜びそうになる。しかし、寸でのところでその感情を押さえ込む。

 

『おや? 反応しないのか? もしかしてお前の方が『どうでもいい』って思ってたのか?』

『ふざけるな! そんなわけがあるか!』

 

 両手足を拘束され、口以外が動かない状況。

 

『ああ、それでこそ実験成功だ。お前はよくやったさ。『出来損ない? そんなのは勝手に言わせておけばいいんだ』

『貴様がその言葉を口にするなあああアアアアアアッ!』

 

 ミシミシと音を立てながら全力で噛み付こうとする。しかし、この完全な拘束具を着た状態では不可能なことだった。

 

『おお、怖いなあ……絶対に動けないとわかっているのにも関わらず、この威圧感には恐れ入るよ』

 

 そんな時、男が携帯を取り、嬉々とした声を隠さずに言葉を返した。

 

『――実験成功。これより全力で防衛しろ、死んでもだ』

 

 何やら辺りが騒がしくなっていた。銃声が聞こえ、悲鳴が聞こえてくる。

 

 何が起きているのか? そう思った私に答えたのは、私を運んでいる男だった。

 

『騎士の登場だよ? こちらの数はISが三機に兵士が数百名。一方で向こうは騎士が一人だ。さて、勝つのはどちらだろうか? まあ、オレたちが負ければ実験失敗になっちゃうんだけどね』

『何の話だ!』

『愛しの少年の話だよ』

 

 ――絶対にお前を救い出す

 

 そんな言葉が聞こえ、目を向けると――そこにいたのは鮮血で全身を染め上げ、ナイフとアサルトライフルを持った少年の姿だった。

 

『ご苦労。よくぞ短期間でここまでの進軍を果たしてくれた』

『こんなんでオレを止められると思わないでくれ』

『ISはどうしたのかな?』

『――壊した。操縦者は無事だが、目覚めるかどうかは不明だよ』

『素晴らしい。完璧な実験体だよ、キミは』

『……………』

 

 私は思わず涙を流した。

 

『お前は……助けに来てくれたのか』

『悪いな、遅くなって』

 

 その瞬間、耳鳴りが――。

 意識が堕ちていくような感覚を覚え、必死で抵抗する。

 目を見開き、助けに来てくれた少年の姿を確認しようとして、

 

 ゴトリ。

 

 鈍重な音を鳴らし、何かが目の前に落ちてきた。

 べちゃっ、と音を奏でながら熱い液体が頬に降り注ぐ。

 夜だからか、その正体がイマイチわからない。

 しかし、その正体を察してはいけない。それが何かを知ってはいけない。

 

『ああ、感動の対面だ』

 

 正面をライトで照らされ、目の前の正面を肉眼に焼き付けてしまう。

 

『ああ、アア……アアあぐあああああぎああっ!!』

 

 目の前に転がっていたのは、少年の頭蓋だった。

 

 ――暗転、

 

 

 ◆

 

 

 

 

 私が()()()目にした光。それが教官との……織斑千冬との出会いだった。

 

「最近の成績は振るわないようだが、なに心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな」

 

 その言葉に偽りはなかった。特別扱いなどはなかったが、あの人の教えを忠実に実行するだけで、私はIS専門へと変わった部隊の中でも再び最強の座に君臨した。

 

 しかし、安堵はなかった。何かを重要なことを忘れている気がする。

 

 ■■■■■■■(ノイズが走る)――

 

 私は強烈に、深く、あの人に――憧れた。

 その強さに。堂々とした様に。自らを信じる気高さに。焦がれ、憧れた。

 

 ――ああ、こうなりたい。この人のようになることで、守るべき何かを。

 

 そう思ってからの私は、教官が帰国するまでの半年間に時間の許す限り話をしていった。

 ただ側にいたかった。その姿を見つめ、脳裏に焼き付けたかった。次は失わぬように。

 

 ■■■■■■■(ノイズが走る)――。

 

 ある日、教官の力の根源が気になった。

 

『どうして、そこまでに強いのですか? どうすれば強くなれますか?』

 

 その時だ。鬼のような教官厳しさを持つ教官が、隙だらけの笑みを浮かべた。

 その笑みに何かが刺激され、耳鳴りした。

 

『私には弟がいる』

『…………弟』

『あいつを見ていると、わかる時がある。強さとは何なのか、その先にある何かがあるのかを』

『……………』

『わからないか。今はそれでいいさ。いつか日本に来ることがあるなら会ってみるといい。だが一つ忠告しておくぞ。あいつに――』

 

 更に隙のある表情を見せる。どこか気恥ずかしそうな表情。

 

(それは私が憧れる教官ではない。あなたは強く、凛々しく、何者にも負けないのがあなたなのに)

 

 力こそが全てだ。それに歪みを入れてしまう存在が許せない。

 そんな風に教官をダメにする弟が許せない。認められない。認めるわけにはいかない。

 

 だから――

 

(排除すると決めたのだ。あれを、あの男を、私の力でもって……完膚なきまでに叩き伏せると!)

 

 ならばこそ――こんなところで負けていられない。あの男はまだ、倒れてはいないのだ。壊せ、壊せ、壊せ――動かなくなるまで徹底的に壊す。そのための――

 

(力が、ほしい)

 

 鼓動が弾む。ドクン、ドクン、ドクン――と脈動し、私の奥底で何かが蠢く。

 ――最初に初めて、受け入れる言葉を、言ってくれたアイツが言う。

 

『――オレが力を貸してやるよ。全てをねじ伏せるだけの力を……オレが、お前に与えてやる』

 

 ああ、私の味方はお前だけだ。その力で、今度こそは全てを手に入れる。空っぽの私などで良ければ、何から何までくれてやる!

 だから、力を……比類なき最強の力――唯一無二の絶対を私によこせ!

 

 Damage Level ……E.

 Mind Condition ……Uplift.

 Certihcation ……All Clear.

 

《Valkyrie Trace system》…………Boot.

 

 

 殻を破り捨て、姿を見せたのは――最強の戦乙女(ブリュンヒルデ)

 

 

 




ラウラの過去話です。

ちなみに今回で明らかになった部分と主人公の静馬が覚えている記憶は別物です。
あんな別れ方で冷静でいられるはずないですしね。


*三機のIS
一機目は第二世代型IS――打鉄(うちがね)
二機目は第二世代型IS――ラファール・リヴァイヴ
三機目は試作機型IS――クアッド・ファランクス

 の三つです。

クアッド・ファランクスはアメリカ・ドイツの共同制作。
移動のできない不沈艦とも呼ばれ、最強の攻撃力を誇る。
30mm7連砲身ガトリング砲五門+対戦車ミサイル二門を積んだロマン砲台。
後に改良されるきっかけとなるのが、今回の話


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13.覚醒段階

「なんだよ、あれは……」

 

 そう呟いた一夏。それはオレの代弁でもあり、シャルルの代弁でもある呟き。

 

 ISは原則として、変形をしない。正確には、できないと言った方が正しいか。

 ISが形状を変えるには『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』の二つだけ。パッケージ装備による多少の部位変化はあっても、基礎の形である形状からは変化することができないのだ。その理屈で考えると――

 

 目の前ではありえないことが起きている。まさに異常事態だ。

 さらに言えば変形などという生易しいものではなく、粘土のようにぐちゃぐちゃに溶けてから再度構成し直しているように見える。

 シュヴァルツェア・レーゲンが正体不明の何かに塗り替えれ、その正体不明の何かは心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、操縦者であるラウラの全身を飲む込んでいく。

 

 そして完成したのは、漆黒の全身装甲のIS。しかし、先月の木偶人形(ゴーレム)とは似ても似つかない。

 

 見た目はラウラをベースにしており、土偶少女のそれであり、片手には武器が握られている。その形態はとある武器に似ており――

 

「《雪片》……!」

 

 一夏が呟いたように、一夏の握る雪片弐型とそっくりだった。

 一夏が構え、それに反応して漆黒のISが一夏の懐へと飛び込む。瞬時加速(イグニッション・ブースト)ではない加速にも関わらず、その速度は恐るべき速度だった。

 

「キエロ」

「ぐうっああああッ!」

 

 一夏はなんとか雪片弐型で防ぐが、衝撃によって大きく弾き飛ばされた。そこから蹴りで一夏を遥か上空まで蹴り上げる。それを追いかけ、更なる追撃をかける正体不明のIS。

 

「があああッ!」

 

 トドメとばかりにヤツの剣が一夏を地面へと叩きつける。その一連の動作が完全に熟練操縦士のそれだった。

 

「それがどうした……」

 

 けれど、一夏は気合だけで立ち上がっていく。

 

「それがどうしたああああ!」

 

 雪片弐型を片手に正体不明(アンノウン)へと駆けていく。

 既にシールドエネルギーは枯渇気味だから、瞬時加速は使用できないが一夏は翔ける。

 

(ちっ……猪突猛進が許されるのは同格か格下相手だけだ)

 

 ラウラが一夏と同格かどうかは置いておくとして、オレは一夏の身体をこちらに引っ張る。

 

「何をしてやがるッ! 死にてぇのか!?」

「離せ! あいつ、ふざけやがって! 絶対に破壊してやる!」

「いいから落ち着けって……」

「どけよ、静馬! 邪魔するならお前から――」

「上等だこの野郎。沸騰した頭が冷えないって言うならオレが冷ましてやんよ」

 

 一夏の手首を捻り上げ、抵抗したところで一気に地面へと叩きつける。

 

「なにやがる!」

「邪魔だよ、今のお前は。正体不明の敵相手に猪とかやる気があるのか? もう少し冷静になれって言ってんだ」

「ッ……!」

 

 オレが説経のようなものをしていても、正体不明は一向に攻撃の気配を見せずに高みの見物を決め込んでいる。

 どうやら、ヤツは敵性判別プログラムのような物で敵味方を判別しているのだろう。つまり、武器の類を動かさなければ狙われることはない。実際、一夏の拳には反応を見せていなかった。

 

「あいつ……あれは、千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを……くそっ!」

 

 どうやら一夏は千冬姉の真似に対して腹が立ったらしい。シスコンも状況を考えてやってほしいもんだ。

 

「くそ……千冬姉を真似するラウラも許せねぇ……! 一回ぶっ叩いてやらねえと気がすまねえ」

 

 ああ、その気持ちは何となくわかる。オレも似たような気持ちだからな。

 力を求め、力に振り回されてるようじゃ失格だ。

 

「だが、お前の状況で何ができる? はっきり言えば足手まといなんだよ」

「……っ」

 

 射撃による援護もできなければ、瞬時加速ができるほどのシールドエネルギーも残ってない。そんな一夏が前線に出たところでお荷物以外の何者でもないんだよ。

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止し、状況レベルをDと認定、鎮圧のために教師部隊を送り込む! 来賓、観客、生徒は直ちに避難してください。繰り返します!』

「というわけだ。オレたちの出番は終了なんだよ」

「だから、俺たちは安全地帯で黙って見てろって?」

「そうだよ、わかったらさっさと……」

 

 教師部隊がやることをわざわざ生徒であるオレたちがやる必要性はない。それどころか、事態を却って悪化させる可能性がある。そりゃあ、オレだってラウラを助けたいさ。でもな、状況を考えて行動をしなければいけない。それが兵器を扱う大人としての責任ってもんだ。

 

「違うな静馬。全然違う。お前は勘違いしてるぜ。俺たちが『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか、知るか。大体なあ、ここで引いちまったらそれは俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」

「ああ、そうかい。オレは理解できたよ、お前ってヤツが」

「――静馬!」

「お前が本当の馬鹿野郎だってな。俺がやりたいからやるだァ? 自惚れるのもいい加減にしろ! 今のお前には何もできねェよ! ゴミみたいに蹴散らされ、いらねェ心配をかけて迷惑をかけるだけなんだよ! 今のオレたちに出来るのは、速やかな撤退なんだよ。それぐらい分かれ」

「お、落ち着いてよ。二人共」

 

 ああ、クソッ。オレも人のことが言えねぇよ。頭に血が昇って、周りが見えちゃいなかった。

 シャルルに止められなければ、感情のままに行動しちまうところだったぜ。

 

「サンキューな、シャルル。おかげで頭が冷めた」

「俺は行くったら行くんだよ! アイツを止めて、さっさと千冬姉の真似をやめさせてやる!」

「お前はまだ――!」

 

 ――織斑一夏、排除する。

 

 瞬間、底冷えするような声が脳内に響き渡り、後ろを振り向くと……。

 そこには正体不明が一夏に向かって武器を振るっていた。

 回避は間に合わない。ならば、守るしかない。

《単分子ブレード》を構え、一夏を守る。重たい一撃が腕に伝わり、骨の芯に響くような振動が伝わる。

 

「クソがッ! 重たすぎるんだよ、これがブリュンヒルデの実力なのかよ……!」

 

 耐えるのが精一杯で、攻撃を弾くことが短いブレードでは難しかった。

 弾け、正体不明が上空を舞う。個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を使い、一瞬のうちにオレの背後――一夏へと攻撃を放つ。雪片弐型と同様の性能であれば、正体不明の持つ武器はエネルギーを裂く一撃のはずだ。それが今の一夏に放たれたとしたら、命の危険がある。

 

(ちぃッ――!)

 

 両目を瞑り、強引に両目の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を発動させる。脳に電流が直接奔ったかのような感覚が襲いかかり、顔を顰める。だが今は痛みで止まっている場合ではない。

 宙に軽く浮き上がり、身を翻す。翻している間に《ヴァナルガンド》を展開し、トリガーを引く。一夏には当たらないように照準をきっちり定めながら。ヴァナルガンドが火を噴く。

 

『ウセロ――!』

 

 正体不明が咆哮し、ただそれだけで弾丸が見えない壁に阻まれるように停止していく。

 

「まさか……慣性停止能力か!?」

 

 そのまま一夏に蹴りを入れ、

 

『排除排除排除排除――!』

「あ、ッがあああアアアッ!」

 

 咆哮によって一夏の機体がミシミシと音を立て、一夏の機体にヒビが入っていく。

 

《白式のダメージレベルがEに到達。直ちに攻撃をやめてください》

 

「これ以上は一夏が死んじゃうよ!」

 

 シャルルが六九口径パイルバンカーでもって迎撃しようとするが、素早く反応して上空に逃げていく。それをシャルルが追いかけるが――高速旋回し、シャルルの背後に回り込んだ正体不明が背中に蹴りを入れる。一夏同様に地面へと叩きつけられて、大きなクレーターを作る。

 

「きゃあああっ!」

 

 ……織斑姉の模倣? オレは織斑姉が活躍していた頃の映像を見たことはないが、これが織斑姉の模倣ではないと気付く。理由は単純明快で、この戦法をオレは深く知っている。

 

 ――それはオレの格闘スタイルと似ていたからだ。

 

 そうなのだ。最初に一夏を蹴り上げた時の動作に既視感を覚えた。そして、もっと違和感を覚えたのが個別連続瞬時加速の使用だ。少なくとも、織斑姉は個別連続瞬時加速を使っていないはずだ。それが出来るのは、今のところはオレぐらいのはずで……それを実行して見せた正体不明はオレの模倣をしているのだ。

 いや、正確に言うならば織斑千冬の型を取りながら、深見静馬の動きをトレースしている。理由はラウラとオレが同じ遺伝子強化試験体だからだろう。

 

 しかし、オレのISは個別連続瞬時加速に付いていけるほどのシールドエネルギーが残っていない。まさに絶体絶命のピンチだった。

 

「それでも、やるしかないんだ」

 

 撤退の出来るタイミングは当に過ぎ去った。いや、オレだけならば簡単に撤退できるだろう。

 だが、それは二人を見捨てることになる。暴走状態のコイツをアリーナ内部に残し、撤退するのは見捨てるのと同意義だ。ならば、やるしかないのだ。

 

 鼓動が早まり、

 視界が鮮明になり、

 感覚が強化され、

 意識が覚醒に近づき、

 オレは力を開放する――。

 

『適合率70パーセントを突破。これより覚醒段階(アウェイクニング)移行(シフト)。記憶領域内の■■記憶(Unknown Code)を開放――次回更新適合率は未定』

 

 無機質な声が淡々と脳裏で告げ、オレの力が更に一段階開放されていく。

 

『勝つのは、オレだ――ッ!』

 

 この力の使い方を、身体が覚えている。

 心臓の鼓動が増し、それは顕現した。

 オレの持つ《単分子ブレード》が蒼色の光を放つ。

 この瞬間だけ、オレは零落白夜と同じ力を手にしたのだ。

 

(悪いな、一夏。お前の力を借りるぜ?)

 

 単分子ブレード以外の機能を停止させ、ISの各種機能が落ちていく。それは身体を守る装甲も同じで、ハイパーセンサーによる支援も途切れる。だが、オレにはこの瞳がある。

 

 意識を研ぎ澄まし、ブレードを纏う力を調節する。必要なのはラウラに纏わりつく正体不明の泥だけを吹き飛ばす力だ。相手を倒す力ではない。ブレードを構え、身体を落とし、体術のみで間合いを一気に詰める。足りない飛距離は瞬間的な部分展開で事足りる。

 

『砕けろ、偽物風情が。ラウラに触れてるんじゃねぇよ』

 

 刹那の間に間合いを詰め、一気に跳躍。常識からは考えられない高さにまで飛躍したオレは一気にブレードで一閃。

 

『ギ、ギギ……ナゼ、ダ――』

 

 ジジジッ――と紫電が走り、漆黒のISが真っ二つに割れる。露出したラウラとオレの目が合う。眼帯が外れ、露わになった瞳はオレと同じ黄金の瞳。ひどく寂しそうな表情を浮かべながら、必死でオレに助けを求めていた。そのまま空中でラウラの身体を受け止め、地面へと着地する。

 

「ああ、オレは今度こそ守れたんだな……」

 

 ラウラを決して離さぬように強く抱き締め、オレは意識を手放した

 




とりあえずは第三章の山は今回で終了です。

色々と突っ込み所は満載ですが、主人公の能力についてはまだ秘密です。



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14.更なる始まり

お気に入り件数500突破!


「う、……ぁ」

 

 天井からの光を感じて、ラウラは目を覚ました。

 

「気が付いたか」

 

 聞き覚えのある声。むしろ、この声を聞きたくて頑張ったほど、憧れる教官だった織斑千冬。

 

「私は……いったい……?」

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉剥離や軽い骨折がある。無理をするな」

 

 千冬ははぐらかしたつもりで言うが、千冬に憧れを抱き続けていたかつての教え子は、簡単に気付いてしまう。

 

「何が起きたのですか……?」

 

 無理に上体を起こすラウラは、全身を駆け巡る痛みに顔を歪める。だが、この程度の痛み何百回と経験済みだ。瞳に意思を込め、露出している黄金の瞳を真っ直ぐに向けて問いかける。

 

「やれやれ……。この件は特秘案件なのだがな」

 

 そう言ったところで納得のできる相手ではないことを千冬は知っている。声を押さえ、ラウラに近づき、ゆっくりと話し始める。

 

「VTシステムは知っているな?」

「はい。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムで、IS条約によって禁止されている代物です」

「そうだ。それがお前のISには積まれていた」

「…………っ」

「巧妙に隠蔽はされていたがな。精神状態、ダメージレベル、そして何よりも操縦者の意志……強い勝利への渇望が揃った時に発動するようになっていたらしい。現在はドイツ軍にも問い合わせている。近いうちに委員会からの強制調査が入るだろう」

 

 千冬から口から出る真実を聞かされ、ラウラは痛みを無視してシーツを握りしめた。なんという不甲斐なさ……力に溺れ、問題を起こしてしまうなんて。VTシステムが積まれていたのが問題ではないのだ。これは自分の意志なのだから……望まなければ、発動のしないシステムなのだから。

 

「……私の、せいですね……」

 

 力に溺れ、周囲に迷惑をかけた。

 その中に千冬にとって大事な人が含まれている……。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「はい」

 

 名前を呼ばれる。如何様な処罰でも受けるという覚悟で見据える。

 

「お前は誰だ?」

「ぇ……? わ、私は……。……」

 

 その言葉の意味は理解できた。自分がラウラ・ボーデヴィッヒであると、言うだけの詰問。だがしかし、簡単に言うことができなかった。模倣し、自分の力を諦めてしまった私に……。

 

「言えないのか? だったらよ、お前の名前は――」

 

 千冬の後ろから、男が姿を現す。

 その男の声には聞き覚えがあった。今ならきちんと思い出せる。初めて、ラウラを認めてくれた男だ。

 静馬は片手にギプスを巻いており、サングラスをしている。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。不満があるか? だったら、オレがお前に名前を付けてやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。それがお前の名前だよ。わかったか?」

 

 ラウラの前まで近づき、頭を軽く撫でながら言う。

 その手のひらは思っていたよりも大きく、暖かった。

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ。そうだ、私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ」

「おう。久し振りだな、ラウラ」

「あ、ああ……久し振り、だな」

 

 満面の笑みを浮かべる静馬に対して、ラウラは気恥ずかしさから目を逸らすが……再会の言葉は言うことができた。そんなラウラに静馬から少しだけ離れてから、改めて言葉を口にする。

 

「ラウラ」

「なんだ?」

「いや、何でもない。しっくり来てなさそうなお前の名前を呼んでみただけだ」

「そ、そうか……。し、静馬……私も名前で呼んでもいいか?」

「あ? 何か問題があんのか?」

 

 その質問がおかしかったのか、静馬は軽く笑った。

 むぅ……。

 

「静馬」

「……おう」

「これからもよろしく頼む」

「ああ、これからもお前を守ってやるよ」

「……守られるだけの私ではないぞ」

 

 その言葉は嬉しかったが、これからは守られるだけではダメだと思った。困った時には、お互いが支え合うような関係になりたいと心の底から思うのだ。

 

「そうか。まあ、困った時は頼れ……以上」

「ありがとう、静馬」

 

 静馬はもう言いたいことはないのだろう。背を向けて保健室から去っていった。

 その間に照れるように頭を掻いていたのが、可笑しくて痛みが身体を駆け巡ってしまう。

 

「ふふ……ははっ」

「いい顔で笑えるようになったな」

「はい! 今度、織斑一夏にも謝りたいと思います」

「考えた末に選んだ選択ならばいい結果に繋がるだろう。精進しろ、小娘」

「……はい!」

 

 千冬も言うべきことが終わったのだろう。ベッドから離れ、保健室から立ち去っていった。

 誰もいなくなった保健室で、ラウラは一人独白する。

 

「完全敗北したにも関わらず、こんなに清々しい気分なのは生まれて初めてだな」

 

 ああ、それもアイツのおかげだ。

 アイツと別れてから止まっていたラウラの時間が、これから再び動き出すのだ。

 そのために、まずは迷惑をかけた奴らに謝罪することから始めようか――。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 翌日。朝のホームルーム。

 昨日の事件は生徒会長であるたっちゃんの暗躍などもあって、オレの正体が露見することもなく無事に収束したのだった。流石にオレの正体が委員会やお偉いさん方に露見してしまえば、強制送還などの措置を取られてしまう可能性が高い。それは非常に面倒なので、たっちゃんに頼んで誤魔化してもらった。だがまあ、たっちゃん相手に借りを作ってしまったのは最善と言えるのだろうか……? まあ、いっか。

 

「み、みなさん……おはようござい、ます……」

 

 既に満身創痍な山田先生がふらふらと教室に現れる。いったい、何をしてきたのだろうか。

 

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といっても、すでに紹介済みといいますか……ええと」

 

 転校生という言葉に、一斉に騒がしくなる。しかし、オレには一人心当たりがあった。

 

「じゃあ、入ってきてください」

 

 その声に一夏が驚き、周りの生徒たちも驚きの表情を浮かべる。

 だって、そこにいたのは――

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 みんなが男だと思っていたはずシャルルで、現れたのはシャルロットと名乗る女の子だったのだから。

 だがまあ、オレはシャルルが女性であることは知っていた。というよりも……遺伝子強化試験体であるオレにとって、男女の判別程度は朝飯前。単なる男装程度は瞬時に見抜くことができる。そうでなくても、男性が女性の仕草を真似ていたとしても声質、歩く姿勢、顔付き、外見、歩幅、髪の毛、口調などの要因から判断が可能なのである。

 

 だから、記憶を取り戻した時に理解してしまったのだ。知っていながらも指摘しなかったのは、単に面倒だったから。昔から知っているラウラに関わるのはともかく、無関係のシャルルの事情にまで首を突っ込む気はなかった。それにラウラの身元を把握しているたっちゃんが、シャルルのことを知らないの不自然だし、そのたっちゃんが気にしていないのであれば、別に問題はないと思っていた。

 

「え? デュノア君って女……!?」

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

「って織斑君、同室なのに知らないわけが……」

「ちょっとちょっと! 昨日って確か、男子が大浴場を使ったよね!?」

 

 そこで、女子の視線がオレと一夏に集まる。

 言っておくが、オレは怪我をしていて大浴場は利用していない。汗を流すためにはシャワーを浴びただけなのだ。だから、セシリアもどうかオレを睨まないでくれ。

 

 そして、廊下から一人の足音が聞こえてくる。ついでに言うと、オレは足音で人物の特定をすることも可能。この足音は鈴だ。

 

「一夏ぁっ!!!」

 

 教室のドアを蹴破っての登場。その顔は怒りに溢れており、背後にはオーラさえ漂っていた。ああ、この後の展開が用意に想像できる……。

 

「死ね!!」

 

 ISアーマーを展開し、それと同時にフルチャージ済みの衝撃砲が放たれる。

 

(ああ、ここに織斑姉がいたらなあ……)

 

 なんて考えながら、オレは現実逃避を始める。

 が、一夏は予想外の人物によって守られていた。

 それは『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開したラウラが一夏を守ったのだ。

 昨日の機体ダメージのせいか、肩に積んであった大型レールカノンはない。どうやら、有り合わせのパーツで組み直したのだろう。

 

「助かったぜ、サンキュ。ってもう身体は大丈夫なのか?」

「……あ、ああ。私の身体は特別治りが早くてな」

「へー。そうなんだ」

 

 一仕事を終えたとばかりにため息を吐く。

 まだ完全に身体が治ったわけではないのだろう。

 そんなラウラがオレの下へ向かってくる。

 

「無事か、静馬」

「見りゃわかるだろ……」

「それはよかった。静馬を守れたのであれば、私は満足だ」

「で、身体はまだ完全じゃないんだろ?」

 

 オレの言葉に一瞬だけたじろぐが、観念したように白状する。

 

「う、うむ……」

「まっ、あまり無理すんなよ? ってなわけで、後は織斑先生に任せてラウラは席に座れよ」

「わかった」

 

 ラウラが素直に頷き、ISを解除して席へと着席する。

 そして、暴れている三人が「織斑先生」という単語に反応し、間の抜けた声を発する。

 

「うぇ?」

「なんて?」

「……嘘だよね?」

「……ほう、私の姿が目に入らないと?」

 

 一夏と鈴の頭がアイアンクローされ、ミシミシと音を立てながら目を剥く二人。

 そんな二人の姿を見せられ、次はお前だぞと言わんばかりの織斑姉の姿に対して、シャルロットは絶望の顔で膝をつく。

 

 自業自得とはいえ、色々と可哀想になってくる光景だった。

 

「やれやれ、ですわね……」

 

 セシリアが小さな声で呟いた後、ホームルームは潰れて三人の絶叫がクラスを支配した。

 この日、我がクラスの生徒たちは織斑先生には逆らわないようにしよう、と心から誓ったのだった。

 

 

 

 

 ◆ 

 

 

 

 

 

「むぅ………」

 

奇妙な部屋。部屋の至る所には機械が転がっており、ケーブルが血管のように広がっている。

 金属の根の上を歩いて行くのは、機械仕掛けのリスだ。床に転がっているボルトを、ドングリのようにガジガジと齧っている。

 

 ガリガリガリ……。

 

 不要な部品を識別し、その構成素材を分解して吸収、別の形状へと再構成するリスは、世界中を探してもここにしか存在しない。

 

 だから、ここは――IS開発者である篠ノ之束、その秘密ラボ。

 

「おー? おおー」

 

 篠ノ之束、彼女もまた異色の姿をしていた。

 スカイブルーのワンピース。まるで『不思議の国のアリス』のアリスをモチーフとしており、エプロンと背中の大きなリボンが目を引く。

 顔立ちは、やはり妹の箒と似通っている。が、厳しさの中に凛々しさを兼ね備えた箒に対して、束の真っ白な肌には、寝不足から来るクマが染み付いている。なのにも関わらず『美少女』という容姿から大きく逸脱はしていないのが束である。

 

 そんな束ではあるが、その身体は均整の取れたプロポーションを保っていた。

 

 そして何よりも目立つのが、彼女の大きな胸の膨らみ。サイズのイマイチあっていない衣服のボタンが引っ張られ、白いブラウスの隙間からは大人の肌が覗いている。

 それに加えて頭にはそれまた大きなカチューシャ。白ウサギを想起させるそれは、より『不思議の国のアリス』を際立たせている。

 

 ちなみにそれは束の趣味であり、先月は『ヘンゼルとグレーテル』を身に纏っていた。

 

 そして、束は奇妙な椅子の中に埋まっていた。

 その椅子は大きく歪んでおり、束の身体を取り囲んでいる。が正しい表現か。

 音を奏でながら、束の指先に連動してカラクリが動く。指先のわずかな動きが各パーツを動かし、まるで生き物のような脈動で動き周り、小さなパーツ同士が組み合わさっていく。

 

 ――ISのプラモデル。それもナノ単位で組み上げられた云わば本物の造形。

 

 完成した瞬間、それを一気に崩す。完全に意味のないガラクタへと変え、機械仕掛けのリスが大好物の食べ物を求めるよう嬉々として食べていく。

 

「あーあ」

 

 今まで行われていたそれは、完全な暇つぶしである。各国の技術者が聞けば、泣いて懇願するほどの傑作があったのだ。

 

「ひまぁ……」

 

 着信音。それも微妙な。

 ゴッド・ファーザーのテーマが流れ出したのだ。彼女の年齢から考えて、一体何十年前の作品なんだ、と思いたくなるほどに古い作品だ。

 

「こ、この着信音はぁー!」

 

 跳躍し、携帯端末へ向かってダイブ。その衝撃でガラクタが吹き飛ばされ、機械仕掛けのリスもまた同様に吹き飛ばされる。が、束にとってはどうでもいいことである。すぐさま携帯を耳に当てる。

 

「もすもすぅ? 終日?」

「……………………」

 

 通話が終了した。

 

「わー! 待って待って!」

 

 再度鳴り出す携帯端末。

 

「はーい、みんなのアイドル束ちゃんだよー! って待って待ってぇ! ちーちゃん!」

「その名で呼ぶな」

「おーけーおーけー。ちーちゃん!」

「はあ……。まあいい。今日は聞きたいことがある」

「なーにー?」

「お前はこの件に関わっているのか?」

「こ、今回?」

 

 思わず首をかしげる。まるでわからない。

 

「VTシステムだ」

「ああ。アレか。うふふ、ちーちゃん。あんなシロモノ、この私が作ると思うかな? もしも作るんだとしたらそれこそ完璧な代物に仕上げるよ? だから、作るものが完璧でない代物は意味のない代物だよ」

「ていうか。開発元は既にこの世にありませーん。ああ、死亡者はゼロだよ? かんたんだよぉ? あはは」

「そうか。邪魔したな」

「いやいや、邪魔だなんてとんでもない。私はちーちゃんのためならいつでもどこでもウェルカムミーだよ!」

「そうか……では、もう一つ聞いていいか」

「んん? 遠慮はいらないよ! さあ! さあ! ハリー!」

 

 電話の主――千冬が一呼吸置いてから言う。

 

「深見静馬という男を知っているか?」

「――だれ?」

「知らないのか? 世界で二人目の男性操縦者だが」

「そんな名前は知らないよ。いっくん以外の男性操縦者なんて」

 

 おちゃらけた口調をやめ、底冷えする声で断言する。

 それこそ、束をよく知らぬ人間が聞けば卒倒するほどの声だ。電話相手である千冬ですら、今の彼女には何か言い様のないものを感じていたほどだ。

 

「そうか」

「ああ、それでソイツがどうしたの?」

「いや、どうしたってことではないがな。VTシステムが積まれていた生徒と同じ瞳を持っていたのでな」

「同じ瞳? まさか遺伝子強化試験体なの? それこそありえないよ、ちーちゃん。あいつらは例外を残して全員が死んだからね。これは本当だよ? 私が認識しているのは3人だけ」

「そうなのか?」

「そうなのだよー! だから私は知らない。気になるし、私の方で調べておくよ」

「ああ、頼んだ」

「たのまれたー!」

「……では、またな」

 

 通話が終了した。今度は一方的な切断ではなく、きちんと会話を終えた上で。今度はもう掛かってくることもなく、束は名残り惜しそうに端末を眺めたが、数秒後にはケロっとしていた。

 

「やー、久し振りに声が聞けて束さんは嬉しかったねぇ。ちーちゃんも相変わらずだったし。水平線の向こう側へは行かないでね」

 

 織斑千冬と篠ノ之束。二人の出会いは小学生の頃だ。

 しかし、二人の関係はそんな薄いものではない。

 千冬が高校生の時にISが発表され、以降は研究や開発のために千冬は操縦者として協力していた。つまり、千冬が部門受賞者として君臨できたのは元々の状況からして他の操縦者とは一線を画していたのだ。つまりは、最初から条件が違うのだ。

 という理由があるにしても、あの実力は千冬のものであり、努力の結果であることを束は理解している。

 

「どーして引退しちゃったんだろーねー」

 

 その原因は不明だ。実力からしても才能からしても、第一線級で通用する腕前を有している。それどころか、復帰したのならば他の操縦者に追随を許さないだろう。

 

 ――だからこそ、その理由が深く知りたい。世界で三人だけが束の興味対象だから。

 

「さて、頼まれたことを調べないとねー」

 

 端末を素早く操作し、目にも留まらぬ速さで必要な情報をかき集める。

 数分。ほんの数分で必要な情報が網羅され、深見静馬という人物に纏わる情報は簡単に出てきたのだった。

 しかし、彼が遺伝子強化試験体である情報は一切出てこなかった。

 

「これはおかしいねぇ……?」

 

 その中には彼の生まれてからの経歴が書かれており、それを読む上では至って普通の人間。後ろめたいこともなければ、情報改竄がなされた形跡も見当たらない。いや、彼の情報は普通すぎて怪しく見えてくるほどでもあった。一切の素行不良がなく、成績は平均。家族は病死しており、姉が一人いる。その姉とも仲が良く、問題のない家族だ。高校二年生の頃に全国で一斉に行われたIS適性検査によって、IS学園へ入学。

 

「その時の情報を見てみよっか♪」

 

 端末を弄り、静馬が実際に触れたコア情報にアクセス。

 そこで束が見たのは、衝撃的の事実だった。

 

「アクセス形跡なし……? どういうことなの」

 

 ISが自動で起動。つまりはそういうことである。

 深く情報を読み込んでいけば、このISがコアの意志によって起動したことが判明する。コアには独自の意志があるとされているISコアだが、その現象は操縦者との相性が最高に達したときぐらいしかコアの意志は確認できないのだ。しかし、このISは初期状態でありながら意志を見せていることになる。

 

「――――」

 

 そう考えていた時、またもや着信音が鳴る。音楽で相手を判断した。出る前から相手が誰かなのか既にわかっていた。

 

「まあ、いっか」

 

 そう言った束の脳内からは、深見静馬という人間のことはすっかり消え失せていたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 夜の帳が完全に下りた頃。

 

『…………オレだ』

 

 一人の大男が昔ながらの携帯を耳に当て、誰かと会話している。

 

『彼の記憶が戻り始めている。適合率70パーセントに到達し、覚醒段階(アウェイクニング)へと移行(シフト)した。――ああ、これより計画を進めたいと思う』

 

 通話相手の声はノイズで包まれており、端々から聞こえる声は繋ぎ合わせのボイスレコーダーのようだ。

 

『……篠ノ之束の介入によって、幾らか計画に支障は出ているが問題はない。問題があるとすれば、アレが精神の負荷に耐えられずに計画が破綻する可能性だ。その場合の判断はそちらに任せるさ』

 

 …………。…………。

 

『ああ、始めよう』

 

 ノイズが強くなり、大男が弾むような声で言う。

 

『――オーディン化計画を』




今回で第三章「ヴォーダン・オージェ」は終了となります。

次回からは第四章へ突入となります。
最後のは意味深な会話的なのをやりたいなあ……と思った結果。

どうも私は締めというのが苦手で、締めになると途端に執筆速度が低下していくんですよね……。なので、今回の話は色々と薄いかもしれませんね。
まあ、第四章に期待してもらいますか!



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第四章 運命の福音
1.更識簪


新章開幕――!

▼第四章 運命の福音編


 VT事件から一週間ほど経った頃。

 

「静馬くん……お願いっ!」

 

 パンッ、と両手を合わせて、上目遣いがちに頼み込んでくるたっちゃん。おまけにウィンクを入れるのも忘れない。

 女性が男性に物を頼む上で断りづらいパターンのうち一つが揃っていた。

 しかし、だからといって、オレはそう簡単に絆されたりする人間ではない。

 

「妹をお願いします!」

「は?」

 

 理解のできるお願い事ではなかった。

 今なんて言った? 妹をお願いします? 一体全体いつからオレはお見合いの相談なんて引き受けてしまったのだろうか。否、そんな記憶は全くない。

 

「お見合いか」

「妹はあげないわよ?」

「いらねぇよ」

 

 この人の妹というだけで気が滅入りそうだ。

 だが、妹はまともというパターンも大いにありえるのも事実。というかそうであってくれると助かる。

 

「じゃあどういう意味だよ。急に妹をお願いしますとか言われてもな」

「そ、そうね……えっと、私には一年生の妹がいるんだけど」

「っていうことはオレと同じ学年……ていうと更識簪って名前か?」

「あら、知ってたの?」

「たまたま学年別トーナメントの時に名前を見てな」

 

 姉妹か何かだとは思ってたが、本当に姉妹だったとは。

 普通に珍しい苗字だからほぼ確定だとは思ってたけど。

 

「これが簪ちゃんの写真ね」

 

 そう言って見せられたスマホの写真にはどこか陰のある少女が写っていた。髪色や瞳の色は非常に似ており、姉妹だと言われれば間違いない少女だ。しかし、活気的なたっちゃんに比べて写真の少女はどこか暗い。クラスに一人はいるタイプだ。だからといって、別に写真の彼女が不細工というわけでもない。

 

「あと、本人には言わないでほしいんだけど……私の妹って暗いのよ」

「騒がしいよりは静かな方がオレは好みだけど」

「ど、どういう意味よ……」

「どういう意味もそのままの意味だが」

 

 少しは落ち着きがあれば、たっちゃんもまともに見えるはずなんだがなあ……。

 ……それはそれで落ち着かないけど。主にオレが。

 

「それで?」

「でもね、実力はちゃんとあるのよ」

「姉妹なだけあるな」

「うん。でね簪ちゃんは専用機持ちなんだけど専用機がないのよ」

「…………は?」

「専用機がないのよ」

 

 …………なるほど。言葉で聞けば矛盾しているように思えるが、要は専用機用のISコアは所持しているが何らかの要因でIS自体が完成していないということだろうか。

 そう考えれば何となく理解できる。

 

「あー。コアはあるけどISが完成していない、と」

「そうなのよ! でも原因は一夏くんと静馬くんのせいでもあるんだけどね」

「何だと?」

「簪ちゃんの専用機開発元は倉持技研。つまり……白式の開発側に人員を回されちゃって、未だに未完成のままなのよね」

「じゃあオレは関係なくねーか?」

「それがそうでもないのよ。静馬くんの製作元である門倉技研は主に兵装を製作してる所なんだけど、倉持技研がダメなら門倉技研にも協力してもらおう……ってところに静馬くんの入学も決まっちゃったから……」

「オレと一夏には一切責任はないが、それは可哀想になってくるな」

 

 ISのシステムを一から構成するのは並大抵のことじゃない。それこそ学年主席を名乗れるレベルの生徒でなければ不可能。

 もちろん、オレも無理だ。

 

「それで? 妹を頼むって何をだ? まさかISの製作を手伝えとか言わないよな?」

「流石にそんなことは言わないわ。ただ、そういう理由でクラスから浮いちゃってるわけなのよ」

「……はあ」

「だからそこでお願い! 今度の臨海学校で一緒にいてあげてほしいの!」

「……はあ」

「き、聞いてる?」

 

 聞いてる聞いてる。なんで人の妹の面倒をオレが見なければいけないのか、と思っていたところだ。それこそ妹さん的にも余計なお世話って感じなのではないだろうか。

 オレだったら勘弁してほしい。それにこういうのは一夏の得意分野ではないのか。 

 

「聞いてるけど、オレに拒否権はないんだろ?」

「そんなことないわよ……? あくまで"お願い"だから」

「そうか。じゃあ、面倒だからパスってことで」

 

 手を軽く振りながら、完璧な笑顔で断ってみる。

 

「えっ……」

 

 まさか断られるとは思っていなかったのか、捨てられた子犬のような顔を見せるたっちゃん。

 不覚にも少しだけ可愛いと思ってしまった。

 

 ………………まあ、たっちゃんには世話になってることだし、頼まれてやるか。

 別にたっちゃんの可愛さに絆されたわけじゃない。本当にそうじゃない。

 まあ、姉が妹を思う気持ちがオレにはよくわかるからだ。

 立場が逆であろうと、お姉ちゃんが似たような状況に陥っていれば誰かに相談をしていると思う。

 ……実際に行動するのはオレだが。

 

「冗談だよ」

「そ、そう……割りと本気に見えたけど」

「じゃあ今の話はなかったことに――」

「じ、冗談よ! 冗談のわからない男の子ね」

「…………」

 

 ……なんだろう。少しばかりムカつくのは。

 

「……さて、早速行動に移そうと思うんだが問題ないな?」

「うん。でも私の名前は出さないでね?」

「なんでさ」

「その、私が言うと自意識過剰っぽく聞こえるかもしれないけど……あの子、私に対して対抗意識というか……引け目があるというか」

「はあ。完璧すぎる自分に対して劣等感に似たような感情を妹が持っていると?」

「う……」

 

 どうやら図星らしい。実際、姉に対して劣等感を持ちたくなる気持ちも痛いほど理解できる。だってそれはオレも同じだったから。それでも姉の方は下の子に対して構うことをやめられないのだろう。

 

 ――ああ、これは割りと面倒な相談を受けてしまったな、と思った。

 

 心の底からそう思ってしまった。が、今更断るのは何かが違うだろう。それにたっちゃんに対しては色々と借りがあるし、できればさっさと返してしまいたい。何かにつけて頼られるのは面倒だからな。

 

「はいはい。名前は出さないでやるよ」

「信用できないわね……」

「……本当に困ったら名前ぐらいは借りるかもな。だけど、妹の更識簪とコミュニケーションを取ることを姉に頼まれたとは本人には言わねぇよ」

「うん、ありがと。無理そうだったら諦めてもいいからね」

 

 流石にオレが原因で姉妹仲がおかしくなったら寝覚めが悪すぎるからな。

 

「話は変わるけど、静馬くんにもお姉さんがいたんだっけ?」

「ああ、お姉ちゃんのことを言ってなかったか?」 

「ぷっ……静馬くんがお姉ちゃんって呼び方なんか面白いわね」

「殴るぞ」

「冗談よ♪ お姉ちゃんはどんな人?」

 

 お姉ちゃんがどんな人か。一言で表すならば――

 

「完璧。それが似合う人だ。オレができることは全てできるといっても過言じゃないな。流石にISは無理だろうけどな」

「静馬くんがそう言うってことはよっぽどね。そんなお姉ちゃんが大好きなの?」

 

 いたずらっぽい笑みで、勝ち誇ったように言うたっちゃん。

 ……オレが恥ずかしがるようなリアクションを期待してるとでも言わんばかりだ。

 そんなの、言うまでもないことだが……。

 

「大好きに決まってんだろ。姉のことを好きにならない弟がいるのか?」

 

 と、オレは自信満々に言い放った。

 流石のたっちゃんもオレの淀みのない言葉に面食らった様子で、しばし放心していた。

 

「さ、流石ね……姉冥利に尽きるじ、じゃないの」

「たっちゃんだって妹のことが好きなんだろ?」

「当たり前じゃない! 妹を好きにならない姉がいるの!?」

 

 この日、オレたちは家族の話で盛り上がったのは言うまでもない。

 

 

(――更識簪、か。一体どんなヤツなんだろうか。面倒な性格をしてなければいいが……)

 

 ◆

 

 次の日の昼休み。

 

「静馬。昼休みは空いているか?」

「静馬さん。わたくしとランチしませんか?」

「なあ、静馬」

 

 そんな三人の言葉が聞こえてきたが、生憎とオレには用事がある。

 昨日の夜に頼まれた件だ。

 昼休みの時間に一度会ってみるのがいいだろう。

 

「悪い。オレは用事があるんだ」

「そうか。機会を改めるとしよう。ではな、静馬」

「うう……残念ですが、予定が埋まっているのでは仕方がないですわね」

「何の用事なんだ?」

 

 用事を訊いてきたのは、この学園でオレを除けば唯一の男子高生である織斑一夏。

 ラウラがVTシステムの影響で暴走した時の一件から、オレと一夏の間には何ともいえない気まずさがあった。向こうから話しかけてくることはあっても、オレから話しかけることはなくなっていたのだ。それに一夏の言いたいことはわかっている。どうせ、あの時のことを謝るか何かがしたいのだろうと思う。しかし、間の悪いことにオレは一夏との関係修復よりも重要度の高い用事があるのだ。悪いな、一夏。

 

「少し、な。先日の件で色々とやらなきゃいけないことが山積みなんだよ」

「私のせいだな……すまない」

「お前は悪くないだろ。悪いのは不細工なシステムを勝手に積んでいた国のせいだ」

「まあ、そうなのだが……お前には怪我もさせたのは申し訳ないと思っている。私がしっかりしていればあんなことには……」

 

 確かにラウラの心が強ければ、あの事件は起きなかっただろう。でもそれは既に過ぎたこと。そんなことを一々気にしていては面倒なだけだ。

 

「まあ、なんだ。そんなに気になるなら今度組手にでも付き合ってくれ。それでチャラだ」

「あ、ああ。わかった、静馬がそういうのならそうしよう」

「おう」

「…………静馬さんとラウラさんって妙に仲良いですわよね」

 

 出自が一緒だし、昔からの知り合いだからとしか言い様がない。が、そんなことをセシリアが知っているわけもないので、その疑問はもっともだと思う。だからといって説明するのは面倒だ。適当に流しておくことにするか。

 

「そりゃあアレだろ。河原で殴りあえば仲良くなる理論だ。セシリアとだってクラス代表決定戦の後から仲良くなっただろ?」

「そ、そうですわね! 仲の良い友達同士、よろしければ今度ショッピングにでも付き合ってくださいませんか?」

「あー、いいけど。土日とかでいいんだよな? 臨海学校も近いし」

「ええ、もちろん構いませんわ!」

「ほう。では私も参加してもいいか?」

「……っ。え、ええ……構いませんわ……?」

 

 ほんの一瞬だけ物凄い顔になったけど、大丈夫か? まだラウラに対して思うところがあるのだろうか。それなのに受け入れるセシリアは本当に良い奴だな。最初の印象はアレだったけど。

 

「じゃあオレはこれで」

 

 軽く手を振って、教室を後にする。

 教室を出ると二組の鈴が誰かを待ち伏せするかのように仁王立ちしていた。そんな鈴にオレは声をかける。

 

「一夏を待ってるのか?」

「そうよ。アンタはどこに行くのよ」

「オレは四組に用事があってな」

「四組ぃ? 知り合いでもいるの?」

「まあ、似たようなもんだ」

 

 これから知り合いになるんだけどな。

 

「あ、そうだ。ティナが最近アンタに会ってないってボヤいてたわよ。たまには遊びにきたら?」

「確かに最近あってなかったかもしれないな。暇ができたらお邪魔させてもらうか」

「じゃ、伝えたからね」

 

 そう言ってオレに興味が失せたのか、再び仁王立ちへと戻る鈴。どうでもいいけど、まるでゲームに出てくるNPCみたいな所作だな。

 

(さて、と……教室で話してたら思ったよりも時間を食ったな)

 

 姉のたっちゃんによれば、更識簪は学食ではなく購買のパン派らしい(どうして知っているのかまでは追求しなかった)。ということは既に教室でパンを食べているに違いない。それに合わせてオレも朝のうちにコッペパンを買っておいた。

 

 オレが四組の教室に入ると……。

 

「あ! 一組の深見くんよ!」

「えええっ! うそ! 本当に深見くん!?」

「よ、四組にどんな用事なんだろう!」

「もしかして私に用事とか!? きゃーっ!」

 

 女子が一斉に近づいてきて、甲高い声でオレを出迎える。

 

(…………そんなに騒がなくても聞こえてるっつーの)

 

 心の中で悪態を吐いてから、更識簪に会いに来たことを伝える。

 

「……更識簪に会いに来たんだが」

「え……?」

 

 周りにいる女生徒のテンションが一気に下がった。

 

「『あの』更識さん?」

 

 何か含みのある言い方だが、こんな所で事を荒げていても意味はない。

 女生徒たちが更識簪のいるところを視線で教えてくれたので、視線を移動させる。

 パンを齧りながら、空中投影ディスプレイを凝視しながら光速でキーボードをタイピングしている更識簪の姿がそこにはあった。

 

(ん? ISのシステムを入力してるのか……?)

 

 指の動きから入力されている文字を見ると、そんな感じの内容を打っているのがわかる。詳しいことは流石にわからないが、システムの根底はプログラミングと大差はないように思える。

 

 さて、どうしたものか。

 

 とりあえず女生徒たちから離れ、更識簪の前にある椅子を勝手に借りて座った。

 

「………………」

「………………」

 

 ――カタカタカタカタカタカタ。

 

 耳心地の良い打鍵音がお互いの間で響く。

 かなりの集中力で、こちらに気づいていないようだ。

 流石に声をかけるのが躊躇われたので、オレは更識簪のことを観察することにした。

 

 髪は青のセミロング。姉のたっちゃんとは対照的に髪が内側にハネている。常にいたずらっぽい笑みを絶やさない姉に比べれば、どこか儚げな印象の目元に意志の弱そうな瞳。それをカバーするかのような長方形レンズの眼鏡が人を近寄らせないオーラを放っている。実際、眼鏡には度は入っていない。

 

 ――カタカタカタカタ、カタカタ。

 

「………………」

「………………」

 

 キーボードのリズムが崩れ、不規則なリズムへと変わる。タイピングに苦戦しているのではなく、自分が見られていることに気付いたからだろう。

 遂には目線が合い、キーボードの音が響く中でお互い見つめ合う。

 

 そして、痺れを切らしたのかキーボードを打つのをやめ、オレに話しかけてくる。

 

「……なに」

 

 か細い声だったが、不機嫌であることを一切隠そうとしない声色。

 ……オレや一夏に対して恨みに似た感情があるのは間違いようもない。

 

「……オレの名前は深見静馬」

「……知ってる」

 

 それは自己紹介をする前に言ってほしかった。

 そう思った時、おもむろに立ち上がった更識簪が腕を僅かに上げたが、すぐに腕を下ろしてから席に再び座った。

 

「理性的なんだな」

「……違う。ただ、疲れるから……やらないだけ。それに……やっても余計に惨めになるだけ」

「……そうか。理由はどうであれ、自分の意志でやめたのは素直にすごいと思うな、オレは」

 

 彼女はオレを軽く殴るつもりだったのだろう。いや、実際は殴られるほどの理由はないのだが、オレたちぐらいの年齢であればカッとした瞬間に手が出てしまうのはよくあることだ。近くの人間でいえば、箒なんかはよく一夏に手を出しているわけだし。それを自制したという事実はやはり素直にすごいとオレは思う。

 

「……そう」

 

 特に気にした様子もなく、更識簪は会話を続ける。

 

「……要件は?」

「……よかったら、一緒に昼食を食べないか?」

「――イヤ」

 

 即答だ。だからといって、簡単に諦めるわけにはいかない。面倒な約束だとはいえ約束は約束だ。

 さて、どう攻略したものか。

 

「じゃあオレはここで勝手に食べるよ」

「……そう」

 

 あんパンを二つ取り出して、一つを更識簪の方へ差し出す。

 

「購買で一番人気のあんパンだけど、食べるか?」

「………………いらない」

「めっちゃ考えたな」

「考えてない」

 

 そう言う更識簪ではあるが、目線はしっかりとあんパンを捉えている。別に遠慮することはないんだが……初対面の男からいきなり物を貰うのは抵抗があるよな。

 

 手早くあんパンを食べ、いらないと言ったもうひとつのあんパンを食べようとする。

 

「………………」

「欲しいのか?」

「…………っ」

「オレと食べるのが嫌だっていうなら、オレはこれで帰るわ」

 

 あんパンを残して、オレは早々に席を立つ。

 そのまま振り返ることもせず、四組の教室を後にした。

 もう少し居座ってもよかったが、作業の邪魔をしているようだったし、無駄な時間を取らせるのは気が引けたので仕方がない。別に今日一日で仲良くなる必要もないしな。ゆっくり、時間をかけて仲良くなる方法を探すさ。

 

 …………それにしても、オレがまさか自分から積極的に仲良くなろうとするとはな。

 頼まれたとはいえ、何か違和感を感じる行動だ。……はあ、やっぱり面倒な頼まれごとを受けちまったな。

 

 だからといって、手を抜いて適当に相手するのは更識簪に対して失礼だからな。真面目に、本気で仲良くなるとしますか。

 

 

 ――こうして、オレの更識簪攻略作戦は始まったのだった。




お久しぶりです。

前回の投稿から二ヶ月近くも間が空いてしまい、申し訳ありません。
執筆する時間がなかなか取れず、そのクセに創作ネタはぽんぽんと浮かんでくるものですから執筆するのに手間がかかってしまいました。

それに、久しぶりに書くと口調とかに違和感があるような気がして不安です。念のため何度も書き直してはいるのですが……。そこら辺に違和感があれば、遠慮なく言ってください。


さて、私の事情はここまでにして。
ここから先は作品内容について。

新章「運命の福音」が始まりました!
原作3巻の内容になっていますので、今までで一番長い章になると思われます。
4章からかっこいい展開を色々入れていきたいので、書くのも楽しみ。
それと同時にオリジナル設定がたくさん盛り込まれるので、そういうのが好きな人にはいいかもしれませんね。

では、この辺で。



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2.妹攻略作戦 前編

 IS学園整備室。各アリーナに隣接した位置に存在し、整備科のための設備が整っている場所。

 本来であれば、整備科は二年生から行われる選択教科で選ぶことで初めて利用する場所。そこへ楯無の妹である簪は私室のように入り浸っていた。

 更識家であることに加えて、彼女が技研にISの製作を取り下げられてしまったという理由のため、特別に滞在許可を貰っていた。

 

 そんな整備室で昔ながらのメカニカル・キーボードを打っている簪だったが、その手の動きに迷いがあった。

 

「どうして……。各駆動部の接続が上手くいかない……」

 

 彼女が現在行っているのは、未完成の機体を独力での実用化。

 

 それは、かつて姉である楯無が自身の機体である『ミステリアス・レイディ』で行ったことだ。

 姉にできたのだから、私にも可能性がある。少なからず簪はそう思っていた。そうでなければ、あの姉に追いつくことなど夢のまた夢。故に、簪はどれだけの時間を掛けてでも実現させようとしていたのだった。

 

「……コアの適性値が低い。コアが拒否反応を示している……?」

 

 リヴァイヴの汎用性。それを基に全距離対応型(マルチロールタイプ)を組み上げていた。その名は『打鉄弐式』と言う。

 しかし、思ったように作業が進んでいない。それどころか、コアの指向性を与えるという初期段階ですらクリアできていないという状況。そんな状況に簪は歯噛みしていた。

 

「………………ふう」

 

 ため息を吐き、あんパンの包装を破りながらディスプレイとキーボードを片付ける。

 

(帰ってヒーローアニメでも見て一息入れよう……)

 

 簪の密かな趣味の一つ。それは古今を問わないアニメを見ることだ。その中でもヒーロー・バトルものは彼女のお気に入りだった。

 悪を挫き、正義を成す。そのシンプルで王道な作品が大好きなのだ。

 余談だが、子供の頃に好きだった絵本は『桃太郎』や『金太郎』。姉の楯無は『浦島太郎』が好きなのだとか。

 

 そんなことを考えていると、後ろの自動ドアが開く。そこにいたのは、静馬だ。

 両手にたくさんのジュースとあんパンやシュークリームといった食べものを抱えている。

 

「休憩か? 疲れた頭のために甘いものを持ってきたんだが、食べるか? こないだのやつも食べてくれたみたいだし」

「…………これは自分で買ったやつ」

 

 いらない、と言ってしまったにも関わらず、それを食べているのが恥ずかしくて咄嗟に言い訳をしてしまう。それが更に恥ずかしくて目を逸らす。

 

「気に入ったんだな」

「…………っ」

 

 気に入ったのだと勘違いされ、更に恥ずかしくなる簪。

 そんな簪には一切触れず、無言で静馬は紙パックの牛乳を作業机に置く。

 少しばかり喉も乾いていたので、今度は恥ずかしい思いをしないように牛乳を素直に受け取った

 

「…………ありがとう」

「……おう」

 

 そのまま整備室を出る簪。それにゆっくりと追いかけてくる静馬。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 声をかけてくることもなく、かといって離れるわけでもない静馬に簪は居心地の悪さを感じ、足を止める。

 

「……なにか用」

「……この後、暇か?」

「……忙しい」

 

 そう、忙しいのだ。唯一の癒やしであるアニメ観賞が待っている。それをあんパンと牛乳を飲みながら見るのはなんて素敵な癒やしだろうか。

 まさに楽園だ。

 

「……それなら仕方がないな。じゃ、また暇な時にでも」

「……いったい、何がしたいの」

「オレはキミと仲良くなりたいだけだ」

「どうして、私と仲良くなりたいの……?」

 

 一瞬。ほんの一瞬だけ静馬は答えに窮した、そう思った簪だったが飛び出してきた言葉のせいで飛んでしまう。

 

「……IS学園生徒会長である更識楯無の妹がどんな天才かな、ってな具合に」

「――――っ」

 

 衝動的に手が出ていた。まずい、と思った時には既に遅く、静馬の頬に自分の平手が吸い込まれるように命中してしまう

 理由は説明できないが、わざと避けなかったようにも見えた。

 

「………………」

「………………」

 

 そして、簪はその場の雰囲気に耐えられずに逃げ出してしまった。

 ◆

 

 

 

 

 簪に素気無く断られてしまったオレは、頬を軽く撫でる。

 衝動的に叩かれたとはいえ、手加減されていた上に細い腕から繰り出された攻撃は痛くない。

 

「やはり怒られたか」

 

 半ばわかっていたこととはいえ、攻略前に敵意を持たれてしまうのは面倒なことだ。

 これが任務であれば、難易度がグッと上昇すること間違いない。

 

(さて、本当にどうしたものか)

 

 そんなことを考えながら、オレは部屋へ戻る。

 

「そんなに抱えてどうしたの?」

「妹さんと仲良くなるために買ったんだが、素気無く断られてな……」

「うーん、簪ちゃんは餌付けで仲良くなれるほどチョロくないんじゃないかしら」

「そうか、チョロそうなのは姉の方だったか」

「それどういう意味よ!」

 

 どうもこうもない。餌付けで簡単に釣れそうだな、と思っただけだ。

 これとかどうだ? 一個600円以上もするココナッツカシュークリームを上げれば釣れそうじゃないか?

 ……よく考えれば、ラーメン一杯に近い値段ではないか。店によってはラーメンよりも高い出費だ。

 財布がピンチなのにも関わらず、オレはいったい何をやってるんだ……。

 

「このココナッツカシュークリームはいらない、と」

「べ、別にいらないとは言ってないわよ?」

「欲しいとも言ってないな」

 

 箱から取り出し、たっちゃんの目の前に出す。

 それを使い捨てのスプーンを使って食べようとする。

 

「……っ。私にはくれないの?」

「やっぱりチョロいじゃねえか」

「女の子はスイーツに甘いのよ」

「妹は釣れなかったけどな」

 

 オレが差し出すと、口を突っ張らせながら、オレに奪われないように強奪するたっちゃん。

 うわあ、めっちゃ嫌がらせしたい。具体的にはクリームの部分を山葵とマスタードのダブルにしてやりたい。

 うーむ、今度試してみよう。さぞ良いリアクションをしてくれるに違いない。クククッ……。

 

「むー。静馬くんが超絶悪そうな顔してるわね……」

「失礼な」

 

 どうやら、オレの思っていることが顔に出ていたらしい。

 ポーカーフェイスは得意なはずなんだがなあ。

 

「それで簪ちゃんどうだった?」

「平手打ちされた」

「んんっ、ごほっ、げほっ……ッ」

「おいおい、大丈夫かよ。水飲めよ」

 

 昔に流行っていた水素水の缶を開けて、飲むように勧める。

 

「ん、んっく……し、死ぬかと思ったわ……」

「ゆっくり食べないからだろ」

「違うわよ! 静馬くんが平手打ちされたなんて言うからよ……。 えっ、え? なんで平手打ちされちゃったのよ。あの子、そういう非生産的な行動はしないはずなんだけど……」

「一回目は耐えたようだが、二回目はダメだったみたいだな」

 

 一回目は完全に逆恨み的なところがあるから殴るには至らなかったんだろう。

 しかし、二回目の時は敢えて挑発するような言動を取ったから仕方ないとも言える。

 

「セクハラでもしたの? 胸を触ったとか」

「……違うな」

「じゃあお尻とか?」

「……はあ。どうして姉の方は人格に問題があるんだろうな。妹さんが可哀想だわ」

「ちょ、冗談に決まってるじゃない!」

 

 まあ、知ってたけど。

 なんか、最近たっちゃんの操縦方法がわかってきた気がする。

 これはこれで面白いと思えるようになってしまったことに関しては、良いことなのか判断に困るけど。

 

「……それにしても、あの簪ちゃんが行動を起こすなんてねぇ。本当は何したの?」

「ああ、それなら――『IS学園生徒会長である更識楯無の妹がどんな天才かな』ってな具合に煽ったらこのザマだ」

 

 痛くもない頬を擦りながら、さっきの再現をしてみる。

 こう、どういう反応をするのか。姉妹間の拗れ具合はどの程度なのか。どの程度であれば感情を剥き出しにしてくれるのか、というのが知りたかったからだ。

 

「うわあ……静馬くんの顔が悪党にしか見えないんだけど……」

「そうか? これでもマイルドに笑ってみたんだがな」

「少なくともこれから仲良くなろうって人の顔には見えないのは間違いないわね」

 

 それは、失敗だったか。

 次の機会があれば改善させてもらうか。

 そんな機会はもうだろうけど。 

 

「まあ、諦めたわけではないさ。約束は守るし、悪いようにはしない」

「そこら辺は信用してるわよ。……カシュークリームごちそうさま」

 

 信用していなければ、他人に自分の妹を頼むことなんて出来ない。

 それは純粋に嬉しいのだが、どうしてオレのようなヤツを信用することができるのだろうか。

 ――わからない。わからないが、その信用を裏切るようなことだけはできない、何故だかそう思う……。

 

(明日からは別のアプローチも考えないとな……)

 

 頭の中で様々なアプローチ方法を考えながら、寝る前にシャワーを浴びることにした。

 

 

 ◆

 

 

 

 

「………………」

 

 簪は布団に篭りながら、その中で携帯端末の映像を見ていた。

 そこから投影されるディスプレイには、ヒーローが無双しているシーン。

 それが唯一の癒やしであり、溜まったストレスを発散できる瞬間だ。

 

 そう、いつもなら。

 

 今日、この時だけは違った。

 

(殴っちゃったよ……)

 

 最初は我慢した。

 だって、自分の専用機が未完成なのは間接的には静馬のせいであっても、本質的には静馬のせいではない。

 

 だから、一回目は耐えた。

 

 問題なのは二回目の時だ。

 姉と自分を比較され、思わず感情が昂ぶってしまい、手を出してしまった。

 

(…………コンプレックス)

 

 更識家に生まれた簪は、物心ついた頃から既に自分と姉の間に大きな差があることを自覚した。

 当然、そこから生まれる親からの期待。それに応えようとする度、思い知らされる歴然たる差。

 常に比較される鬱屈とした日々……だが、今まで誰かに泣き言を言ったことはない。

 そうして、これまで生きてきたのだ。

 

 それなのに、これからもそうして生きていくはずなのに。

 

(……深見……静馬……)

 

 思い浮かべるのは、殴ってしまった男子生徒のこと。

 不器用そうで、口下手そうな。それでいて周りをきちんと見ている。

 まるで自分よりも年上のような。

 

 そんな彼のことを思うと、よくわからない気持ちになる。

 そんなことを考えていると、アニメはとっくに終わっていた。

 ノスタルジックなエンディングテーマを聞きながら、簪は眠気に身を委ねていく……。

 




面倒なことを嫌いながらも、興味のあることには逆らえない。
それが本作の主人公です。
他にも面倒なことに首を突っ込んでるのには色々な原因があるのですが、
そこら辺は1話から読み直したらわかりやすいかな?
(わからなかったらごめんなさい)

残り2話くらい簪メインの話が続きます。
が、セシリアやラウラも登場させますので安心を。
次の話ではティナやエミリーなども。

ところで、静馬の財布事情はどうなっているんですかね。
…………まあ、何とかなってるでしょう。



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3.妹攻略作戦 後編

 シュ――――ッ!

 

 空気を裂く鋭い音と共に、蛇のような手刀が振り下ろされる。

 最速の一撃。ただひたすらに疾く、常人であれば回避という思考にすら辿り着くことすら不可能なほどの手刀。食らえば気付かぬ間に昇天していた、なんてことも十分にあり得るほどだ。

 だがしかし、振り下ろされる側であるオレは既に常人とは言えない領域に踏み入れている。

 

 故に――

 

 軽く上体を逸らすことで回避し、振り下ろされる手首を掴み上げ、そのまま流れるように地面へと投げ落とした。

 

「まだ、やれるか?」

「――私の負けだ」

 

 オレとラウラは模擬戦をしていた。

 ルールは至って簡単。ISや武器の使用を禁止にした『何でもあり』の模擬試合だ。

 とはいえ、相手を殺せるような必殺に成り得る技は暗黙の了解として封じている。お互いに軍属の身であったことを考えれば至極当然の配慮と言えるだろう。

 

 そして、模擬戦の最初はラウラが圧倒的に優勢だった。

 

 ラウラは越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の使用に慣れるため、常に発動した状態で試合を行っていたのだ。対してオレの方は越界の瞳を使用していない。条件を合わせてもよかったのだが、オレの越界の瞳はまだ不完全な状態。もしかしたら、何にか予期せぬ暴走が起こる可能性を否定できない。

 だからこそ、不用意な使用はアレから控えていた。

 とはいえ……あまり使用する機会がないのも事実ではあるのだが。

 だって、そうだろ? ISを起動してしまえば同等の効果が得られるのだから。敢えて使うような状況に早々陥ってたまるかよって話。

 

 越界の瞳の力は圧倒的で、ありとあらゆる攻撃の初動を読み切ることが可能であり、それと同時に脳のリミッターが半分ほど外れかかっているような状態。所謂狂化状態と言うところだろうか。

 

 ――だが、越界の瞳にも明確な弱点が存在する。

 

 それはオレ自身がよく理解していることで、ラウラもそのことを理解しているはずだ。

 簡単に言ってしまえば、細かい動作に対しても反応してしまうのだ。

 些細な視線の動きでさえも、越界の瞳は見逃さない。

 それは素晴らしいことにも思えるが、同時に欠点でもあるのだ。些細な視線や力を込める度に隆起する筋肉の筋にまで注意が言ってしまっては邪魔でしかない。もちろん取捨選択ができないわけではないのだが……事実として意識に入ってくるものは容易に切り捨てることができないのが人間だ。

 一度意識してしまえば、そこから先に繋がる行動を予測できる。そうなれば視線誘導やフェイントに引っかかってしまう、というのが欠点。

 

 その欠点をラウラが頑張ってカバーしてはいたのだが……。わざと隙を作っていたところへ見事に攻撃を入れてきたので、そこを迎撃して終了。

 

「一つだけアドバイスしてやるとだな、お前はフェイントの類に弱すぎだ。素早い動きや力強い攻撃も結構だが、小手先の技術も磨いたらどうだ? それだけでかなり違ってくると思うんだがなあ……」

「う……」

 

 越界の瞳を使っている以上は仕方のないこととはいえ、ラウラが力任せな攻撃を好むきらいがある。それは悪いことではないんだが……露骨なフェイントが多かったり、そもそも簡単な隙に誘われたりし易いんだよなぁ……。

 

「ま、暇な時ならこうして付き合ってやるからさ」

 

 他のヤツになら絶対に言わないようなことを言いながら、ラウラにタオルを投げて渡してやる。

 

「話は変わるのだがな、静馬」

 

 ラウラは軽く咳払いをしてから、突拍子もないことを言ってきた。 

 

「最近、青髪の女にご執心のようだが、惚れているのか?」

「……は?」

「なんだ違うのか?」

 

 いやいやいや? コイツは何を言っているんだ?

 オレが、誰に、ご執心だって? 

 誰があの痴女に……って違うか。青髪の女ってのは簪のことか。

 

「お前が言ってるのは眼鏡を掛けている方か?」

「うむ。静馬が何やら付きまとっていたのでな。で、どうなのだ?」

「お前なあ……オレをストーカーみたいに言いやがって」

 

 ……確かに付きまとってはいたが、ストーカーってほどではないよな?

 他の連中にもそう思われていないよな? なんかすっごく不安になってきたんだが……。

 

「まあ、いいけどな。で、さっきの質問のことだが……別にご執心なわけじゃない。ただ、なんていうか、だな……そいつの姉に頼まれて仕方なく接触してただけだ。他意はない。本当だ」

「姉だと?」

「ああ……お前も名前くらいは聞いたことはあるだろ。学園最強にしてIS学園生徒会長更識楯無って言えばわかるだろ」

「知らん。有象無象のことなど一々覚える必要などあるまい」

 

 まじかよ。別にあいつの名前を覚えてないのはいいんだが、それは軍人としてどうなんだよ。潜入する時は事前に情報を収集するのが鉄則だろうが。織斑姉にしか目がないのか? ないんだろうな……。

 

「うむ、今覚えたぞ。静馬の知り合いはきちんと覚えておこう」

「別に覚える必要はないけどな……」

 

 どうせ会ったら碌でもない嫌がらせの一つや二つをラウラにけしかけることだろう。そんなのは容易に想像ができる。

 だからといって、あいつの危険性というか面倒臭さを態々教える必要もないだろう。というかそれこそ面倒極まりない。逆にオレが絡まれるまである。

 

「んじゃ、また後でな」

「了解した」

 

 そのままオレたちは別れる。

 シャワーを軽く浴びる程度の時間は余裕はある。女であるラウラはともかく、男であるオレは頭からシャワーを浴びるだけだしな。まあ、ラウラも同じようなことしていそうだが。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 シャワーで汗を流し、着心地の悪くなったシャツは脱ぎ捨て、真新しいシャツと制服に袖を通す。軽く髪型を整えてから、オレは食堂へと向かう。

 少しばかり遅めの時間ではあるが、遅すぎるということもない。実際、他のクラスの女生徒たちがゆっくりと朝食を摂っている姿があった。

 オレの右隣にはラウラ。左隣にはティナ。そして、正面にはセシリアが座っている。少し自分が特別な人間になったかのように思えそうな光景だが、別にそうではない。なぜならば、少し離れた席に座っている男子生徒の周りには女生徒が二人。それも男子生徒を引っ張り合うような形で啀み合っている。その点で言えば、オレの周りはとても落ち着いた空気だ。

 

「静馬もああいうのに憧れたりするの?」

 

 優雅に紅茶を飲んでいたティナが、件の男子生徒――一夏のハーレムっぷりを見ながら言う。

 

「静馬も年頃の男子ということか?」

 

 フランスパンを小リスのように齧っていたラウラ。

 

「まあ静馬さんにもそういう願望がありましたのね」

 

 ティナに対抗するかのように紅茶を飲むセシリア。

 

「……まだ何も言ってないだろ」

 

 一夏の方をチラっと見てから、ため息を吐いた。

 

「ああいうのに男が憧れるのは理解できるが、オレとしては興味ないな。逆にお前らはどうなんだ?」

「んー、私は別に気にしないかな? それに私の国では一夫多妻が認められてるしね」

 

 確か……ティナはアメリカの代表候補生だったか。世の中が女尊男卑に染まっているからといって、既存の宗教にまで大きな影響を及ぼしちゃいない。日本では女尊男卑の思想が濃いから思いがちだが、海外ではその限りではなかったりするのだ。特にアメリカでは女尊男卑というよりも、実力至上主義の一面が強い。実力のあるヤツは女尊男卑の世界であっても、上に立てるのだ。米軍のトップには男性の方が多かったはずだしな。そういう理由もあって、現在のアメリカでは未だに一夫多妻制度というのが存在してたりする。とはいえ、各州によってその制度はまちまちではあるが。

 

「私は別にどちらでも構わないぞ。両方を等しく愛せる器量があるならの話だがな」

「意外だな……ラウラなら『強ければ全てが許される!』って感じのを予想していたのだが」

「別にそういう想いもなくはないが、やはり大事なのは愛だろう」

「ラウラちゃんにも女の子っぽいところもあるのね」

「貴様、私を馬鹿にしているのか?」

「いやいや、素直に可愛いところあるんだなーって思っただけよ?」

「そ、そうか……それならいいのだ、うむ」

 

 あまりに直球な意見だったからか、少し照れたような顔をしてみせるラウラ。こういうのが可愛いらしい一面ということだろう。ティナの意見には同意する。

 

「そ、その……」

 

 セシリアは熱でも出したのかと勘違いするほどに顔を朱に染め、照れたようにもじもじとしながらゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「わたくしは、決断力のある殿方であれば文句ありませんわ。お、お恥ずかしながら、し、静馬さんのような方ならわたくしは……っ」

「む……」

「……ほう」

 

 オレみたいな? 流石にオレみたいな人間は趣味が悪いとしか言い様が無いな。決断力はある方だと自負しているが……流石にセシリアが求めるような人間性までないと思う。まあ、光栄ではあるけどな

 

「率直に聞くけど、セシリアって静馬のことが好きなんだよね?」

「な……っ!」

 

 お前はいきなり何を言っているんだ、ティナ。

 年頃の女子はすぐに色恋沙汰へと結びつける悪癖があるな。

 

「べ、べ、別にわたくしは……っ!」

「そうなの?」

「そうですわ! そういう貴方こそどうなんですの!」

「私? うーん、普通に好きだよ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、軽くウィンクしながら答えるティナ。

 ……いつからオレは修羅場に身を投じてしまったのだ。というかだな、ティナ。お前の言葉の後には友達としてって意味が付くんだろう。わかってる。うん。別に少しだけ騙されそうになったとかはない。

 

「ま、友達としてね」

「っ……!」

「怖いからそんなに睨まないでよ」

「ティナもあまりセシリアをからかうな……」

「はいはい。で、さっきの嬉しかった?」

「…………ごちそうさま。行くぞ、ラウラ」

了解(ヤー)!」

 

 既に食べ終わっていたラウラが、オレの言葉に敬礼をしながら席を立つ。

 

「感想ぐらい言ったらどうなのよー」

「そうだな……」

 

 トレーを片手に乗せ、オレはゆっくりとティナの方へ近づいていく。

 そして、至近距離まで近づいてから……顎をクイっと持ち上げ、強引に視線をあわせる。その瞬間、ティナの顔が沸騰したかのように真っ赤になった。そのまま吐息は感じられるような距離で、口を開く。

 

「――オレも、ティナが好きだ」

「ふゃいっ……」

 

 そのまま見詰めること数秒。時間にして十秒といったところだろうか。

 ゆっくりと顔を離し、したり顔で言ってやる。

 

「ま、友達としてだけどな」

 

 周囲は時が止まったかのような静けさで、誰もが息をせずにこちらを見ていた。それは先程まで一夏を取り合っていた二人や一夏も例外ではなく、皆が一様にこちらを見ていた。

 

「な、う……あ、……!」

 

 それは羞恥か怒りの色か。それはわからないが、ティナは口を開いては閉じてを繰り返していた。その所作はまるで壊れた玩具のようで、流石のオレもやり過ぎたのだと思うほどだ。そもそも、この悪戯はたっちゃん相手に考えていたもの。それをいざ本人の前でやって、余計に助長させてはかなわないので、試しの意味合いも含めて実行してみたのだが……結果はこれだ。

 

 まあ、効果の程は一目瞭然だが。

 

「――し、静馬」

 

 いや、なんだ。悪かったとは思っているぞ……?。だから、そんな真っ赤な顔で睨まないでくれ。元はと言えば、お前が先に冗談を言うからでだな……。

 

「べ、別に……私は、気にしてない、よ?」

「そ、そうか」

「う、うん。これは告白とかじゃない……ぅ、冗談を言い合っただけ、だから」

「お、おう……そうだな……」

 

 なんだこれは。こんな恥ずかしい展開を狙っていたわけではない。ただ、これでティナな怒るとかそういう反応を期待してだな……それはそれでどうなんだよ、っていうのはともかくだな……。

 あー、正直の言うとだな。うわ、めっちゃ恥ずかしい。ってやつだ。流石のオレでも恥ずかしいわ。これがお互い好き合っているわけでもないのだから、まだいいが……そうでなかったら、しばらくティナに会うのが不安になるレベルだったぞ。う

 

 とりあえず、これは封印だな。流石にたっちゃん相手でも使うのはキツい。

 

「ほう、冗談とはいえ、大胆だな静馬。本当に冗談で言っていたのか?」

「う……静馬さんが珍しく本気で言っているように見えましたわ……」

「朝からすごい場面に出会してしまったな……」

「バカなんじゃないの」

「…………」

 

 あー、もう。外野がうるさいな。

 どういう理由か理解できないが、ティナ絡みになるとままならない出来事が多い気がするな。気の所為か?

 

 とても微妙な空気に包まれていた食堂であったが、いつもの間にか朝食時間ギリギリということで織斑姉がやってきたことで、その場にいた全生徒は急かされることとなり解決した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 時間は放課後になり、オレは簪の下へ訪れていた。

 最初に会ってから欠かさず毎日訪れているせいか、オレと簪は4組の間でちょっとした噂になっていた。

 

「ねえ、聞いた? 深見くんって簪さんに惚れてるらしいわよ?」

「そうなの? 私は簪さんが深見くんに惚れてるパターンなのかとばかり……」

「それにしては簪さんの対応が素っ気ないじゃない。せっかく男の子に話しかけられているんだからもっと愛想良くしたらいいのに」

「だから友達いないのかな?」

「実は織斑くんを取り合う三角関係で……」

「「それはない」」

「えぇ……」

 

 ……今日も女子は平和だ。

 しかし、簪は4組に友達がいないのか。実はそうなんじゃないかとは思ってはいたけど……。もしかしたらオレがこうして訪れているだけで精神的なストレスに繋がっているんじゃないだろうか。だったら、どこか落ち着けるような場所で話をするべきか。

 

 まあ、とりあえず。

 

「……簪。昨日は悪かった」

 

 スパっと頭を下げ、オレは謝罪をした。

 もちろん、昨日の件でだ。

 今のオレからは簪の顔は見えないが、きっと驚いているはずだ。簪が謝ることはあれども、オレの方から謝ることはないからだ。いや、オレは自分が悪いと思って謝っているが、客観的に見れば殴ったであろう簪が謝る所だろう。だから、きっと、驚いている。

 

 そして、案の定……。

 

「……いい。私も、悪いと思ってたから……」

「許してくれるのか?」

「許すも何も……私が殴った……から……謝るとしたら私の方……」」

 

 ……誘導したのはオレなわけだが。

 

「頭を上げてもいいか?」

「……うん」

 

 簪から許可貰ったことで、ようやくオレは頭を上げる。

 そこでオレは簪の顔を見るが、やや頬が赤いように見えた。

 緊張か、羞恥か、怒りか。いや、たぶん緊張の面が強い。

 

「それで、だ」

 

 そこでようやくオレは本題に入る。

 それに対して簪はやや怯えていた。

 ……別に無茶振りはしないぞ。

 

「オレと飯に付き合ってくれ」

「……それはいや」

「何でも奢るから」

「い、いや……」

 

 うーん、困ったな。

 今の時間は5時過ぎと晩御飯にはやや早い時間帯だ。

 しかし、約束を取り付けたとしても、間違いなく来てくれないだろう。

 仕方ない。少しばかり強引に行くか。

 

「まあ、そう言うなって。教室だと落ち着いて会話できないだろ?」

 

 そう言って、オレは簪の手を軽く取る。

 そのままもう片方の手を簪の膝裏に入れ、そのまま横に抱き上げる。

 

「っ!?」

 

 我ながら悲鳴一つとて漏らさぬ華麗な手際だったと思う。

 

「お前、ちゃんと食べてるのか?」

「お、下ろして……っ!」

「んじゃま、食堂まで行きますか。しっかりしがみついてな」」

「っ!」

 

 何やら抗議の声を入れようとしたようだが、その口は舌を噛んだかのように塞がった。

 なぜなら、オレは4組の生徒たちの間を縫うようにして駆け、素早く教室を飛び出たからだ。

 

「更識さんが深見くんにお姫様抱っこされてるーっ!」

「いいなあ……!」

 

 なんて声が遠くから聞こえてきたが、スルー。

 渡り廊下を滑るように走り抜け、一階へと下りる階段を一気にショートカット!

 

「!?」

 

 常識外れな移動方法に簪が力強く抱き付いてくる。

 最初は恥じらいがあったようだが、もはやそんな余裕はないようだった。

 

 学生呂へと続く道を抜け、食堂のドアを蹴破る勢いで開け放つ。

 

「もう着いたよ」

 

 普通に歩けば数分は掛かる距離を一分未満で踏破してみせた。

 我ながら異常な身体能力だ。とはいえ、これでもまだ未完成なのだから自分が恐ろしい。

 

「離し……てっ!」

 

 簪が腕の中で暴れだしたがが、オレは器用にバランスを維持する。

 

「落ち着けよって。スカートが捲れるぞ」

「っ!!」

 

 動きを止め、スカートの裾を開いている手でもって抑える簪。

 

「……っ! 許さなければ……よかった……」

「それは困る」

 

 ゆっくりとその場に下ろしてやる。だが、逃げられないように手首は捕まえたままで。

 他に数人ほど生徒の姿が見え、オレたちを何事かと凝視していたが、特に気にせず歩き出す。

 

「んー、今日の日替わりはフィッシュアンドチップス定食か」

 

 イギリス名物と名高い定番のアレである。

 

「…………」

「簪は日替わり定食でいいか?」

「……いや」

「カツ丼とかどうだ? ボリュームたっぷりだが」

「肉は、きらいだから……」

「好き嫌いはよくないぞ」

 

 カツ丼をガツガツと食べている姿は全く想像できない。

 

「……どんが、いい……」

「うどんか。まあ、いいんじゃないか?」

「あと……かき揚げは、ほしいかも……」

「オレは油揚げのが好きだな」

「う、うん……。それも嫌いじゃない……」

 

 ピッ、ピッ……と、スムーズに券売機のボタンを押していく。

 実はお財布事情が寂しいのだが、仕方のないことだ。

 後でたっちゃんに要求してやろう。ついでにオレの分も。

 

「あー、っと……って流石にガラガラだな」

「……うん」

「そういえば、簪のそれって度が入ってないよな……ファッションで掛けてるのか?」

「……携帯用ディスプレイ」

「ああ、なるほど。オレも似たようなタイプを持ってるよ」

 

 お姉ちゃんにプレゼントされたやつだ。

 

「ほんとは……空中投影ディスプレイがほしいけど、高いから……」

「まあ、な」

 

 プレゼントされたヤツも相当に高いモノだ。

 本人から値段は聞かなかったが、軽くネットで調べてみたところ……軽く卒倒しそうな値段だった。

 その倍は下らないのが、投影タイプのディスプレイだ。

 まあ、それもISで全て代用が利くんだがな。

 

「買う予定なのか?」

「……そのうち」

 

 食堂のおばちゃんからうどんとラーメンを受け取り、適当な席に運ぶ。

 早い時間ということもあって、席は完全に好きな場所を選ぶことができる。せっかくなので、オレは海が一望できる窓際を選んだ。もう少し遅ければ、夕日で綺麗な海が拝めるんだが……。

 

「んじゃ、食べますか」

「い、い……いただきます……」

「いただきます」

 

 オレが選んだのは背脂とんこつ正油チャーシュー。

 久し振りに濃くてクドいのが食べたくなり、贅沢にチャーシューまでトッピングした。 

 人のお金で食べる予定のラーメンは旨いな!

 

 ……ズルルル、ズルル……

 何か視線を感じ、顔を上げる。

 すると、簪と目が合った。しかし、すぐに逸らされてしまう

 

「んあ? ラーメン食べたいのか?」

「え?」

「少しならいいぞ。流石に全部は勘弁してくれよ?」

 

 レンゲの上に麺を少しだけ乗せ、チャーシューも小さく切って上に乗せる。

 そして、そのままレンゲを差し出すのだが……。なぜか、呆然としている。

 もしかして、欲しかったわけではないのか? 

 

「……そう、やって……女の子を落としてるの……?」

「は?」

 

 どうしてそうなる。こんなんで落ちる女の子がいるのか? 

 いや、いないだろ。流石にチョロすぎる。

 

「で、食べないのか? チャーシューがダメなら抜くけど。ちなみに鶏肉な」

 

 このチャーシューは驚いたことに鶏肉だったのだ。普通に美味しいので文句はないが。

 

「う、うん……鶏肉は、だいじょうぶ……」

「はい、あーん」

「あー、……ん」

 

 恐る恐るといった感じで口を開け、ゆっくりと口へ入れた。

 レンゲを咥え、もぐもぐとして噛んでから、レンゲを離す。その際、レンゲと口の間で唾液が糸を引き、若干ながらいかがわしい感じが出ていた。

 

 口の中の食べ物がなくなったのを確認してから、味の感想聞いてみる。

 

「どうだ?」

「………少し、クドい……かも」

「あー、どうせなら普通のすればよかったか」

 

 口直しするかのように、簪はうどんをちゅるちゅると控えめな音を立てながら、啜っていた。

 オレもそれに習うように、水を一気に呷る。……ふう。

 

「なあ、オレに簪のIS製作を手伝わせてくれないか?」

 

 何を思ったのか、オレの口からスルっとそんな言葉が飛び出した。 

 オレも驚いたし、簪も驚いていた。

 

「え……?」

「いや、今のは冗談だ。気にしないでくれ」

 

 また変なことを言って、せっかく自然に会話が出来てたのにややこしくなるところだった。

 しかし、まあ……簪さえよければ、手伝うのも悪くはないのかもしれない。罪滅ぼしというか、元はと言えばオレたちのせいなわけだから」

 

「なんだ、その……完全に冗談ってわけじゃないんだが……」

「…………どうして、私に構うの?」

「怒らないで聞いて欲しいんだが、最初がコアは所持してるけど、肝心の機体を持っていないヤツがいるって話を聞いてな。それで少しばかり興味が沸いてな。つまり、好奇心ってわけだ」

「…………」

「で、勘違いしないでほしいんだが……仲良くなりたいってのは本気だ。それは誓って本当だ」

 

 オレは相手の目をじっと見ながら、自分の気持ちを言う。

 真っ直ぐな視線が恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて目を逸してから、うどんをまたしてもちゅるちゅると啜りだした。

 オレもラーメンを食べないと……。

 

「う、うん……考え、とく……」

 

 言葉はやや拙かったが、そう言った簪の顔に嫌悪感などはなく……そこには少しばかりの笑みが浮かんでおり、オレは妙に安心してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。最後の更新から二ヶ月以上も経ってしまい、非常に申し訳ないです。
私自身としても、加筆や修正などを期間が空いてからすると設定や口調が綾ふやになってしまうわけでして……。

特にティナとかが顕著かな? 
簪はまだやりやすいですけどね。あとはラウラも口調が静馬と被ったり、千冬と口調そっくりじゃね? とか思いながら修正を……。

そんな話はどうでもいいですね。

今回の話は前回の続きですが、原作の内容とほぼ似ています。簪の流れとかね。
ネタバレにならない程度にいいますと、第四章から原作と大幅にかけ離れていきます。オリジナル設定とか多く出てくるかな、と思います。

……まあ、楽しみに待っていてください。


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4.姉への想い

お気に入り700件突破!




 簪は自室のベッドの上に座り込み、上の空という感じでぼーっとしていた。

 意識の外側では、誰かが簪に向かって話し掛けているのだが、簪の耳には入っていない。

 つまりは考え事をしているわけで、その内容は静馬との件である。

 

「………………」

 

 あれから数時間も経っていないが、簪は何度もその時のことを思い出していた。

 ……その記憶というのは、静馬に食べさせてもらったラーメンの味のことではなく、静馬が既に口を付けたレンゲで食べた時の記憶。

 一歩譲って、あーんされて食べたことは良しとしよう。だがしかし――

 

(か、間接キス……し……しちゃった……)

 

 女子相手にならしたことはあるが、男子相手にしたことはなかった。それも同年代の男の子相手にしてしまったともなれば、簪にとって重大な問題だ。

 高校生にもなって間接キスを気にするなんて、子供っぽいかもしれないが……気にしてしまうのだから、仕方ないのだ。

 しかも、静馬はこれっぽっちも嫌そうではなかった。いや、少しは「面倒だな……」って感じの側面が見えなくもなかったが、簪の記憶にあるのは、優しそうに笑みを浮かべる静馬の顔で……。

 

「………………!」

 

 顔が熱くなり始めたのを感じ、誰に隠すでもなく両手で顔を覆う。

 これがアニメであったならば、軽く湯気の一つや二つはでていたのかもしれない。

 

「……ぅうう!」

 

 本当に恥ずかしい。恥ずかしいのだが……。

 ほんの少しだけ冷静になって考えてみると、静馬はいったい何をしたいのだろうか。

 いきなり現れて、仲良くなりたいと言われて、姉さんのことを言われて、やっぱり優しくされて……。

 本当に、何がしたいのかわからない。

 が、それ同時に私が何をしたいのかがわからない。

 

(どう、したら………。ど、どうしたいの、私は……?)

 

 考えれば考えるほどにわからなくなっていく。

 ただ、あの笑顔を――

 

「っ~~~~~~!」

 

 恥ずかしさが限界で、変な声が出そうなのを必死に我慢する。

 

『そういうのはさ、お前の思うようにしたらいいんだ』 

 

(え……?)

 

 聞こえてきたのは、静馬の声。

 考え過ぎでおかしくなってしまったんだろうか?

 いや、しかし……。

 

『別にオレは強要なんてしないぜ? ただ、オレはお前と仲良くなりたいんだ』

 

(う、う……」

 

『深く考えるなくていい。お前が、オレとどうなりたいのか……それが、答えだろ?』

 

(…………っ)

 

 優しく諭すような声色で言われる。何だか兄さんが出来たかのような感覚で心地がよい。

 

「もう一度言うな? オレは簪と仲良くなりたい。そして、お前の手助けがしたい。だから――」

 

 その言葉の続きを待つ。既に答えは決まっているが、その言葉を最後まで聞きたかった。

 

「オレと友達になってくれ」

「う、うん……!」

 

 静馬の手を握り、簪は出来る限りの笑顔で答え――

 

(……って、あれ?)

 

 気がつけば、静馬の顔が目の前にあり……。

 その場所が自分の部屋であると気がついた。

 

(…………!? どうして!? 深見くんが私の部屋に……?)

 

 今日という一日で何度も記憶を辿ってばかりだが、ここまでの経緯を思い出そうとする。

 

 ……………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 思い出した。夕食を食べ終えて、何だか変な感じになっていた私は部屋に誘ったのだ。

 

(ええええっ!?)

 

 どうして、そうなるのだろうか。

 しかも、だ。この部屋には、自分と静馬の二人だけであり、他には誰もいない。

 それはつまり、静馬に何をされても文句は言えないどころか、抵抗の一つすらできないということに他ならないわけで……。

 

「うううっ~~~~!」

「いきなりどうした……」

「け、軽率すぎる行動に、た、倒れそうになっただけだから……きに、しないで……」

「はあ……」

 

 流石にこれはどうなんだろう。

 本気でそう思った簪だった。

 

「まあ、手伝うって言っても明日からな」

「う、うん……」

「簪が作業していたのは第二整備室だったか」

「う、うん……」

「申請書は通しておく必要があるか」

「う、うん……」

「…………聞いてるのか?」

「う、うん……」

 

 はあ、やれやれ……と、頭をガシガシと掻きながら「少し待ってろ」と静馬が言って、そのまま部屋から出て行ってしまう。

 

 そして、数分もせずに戻ってきた。

 

 両手には小さな缶と、二つのティーカップ。他にも色々と抱えている。

 どうやら、静馬は紅茶のセットを持ってきたようだ。

 まさか、紅茶を入れるのだろうか? ……少し、似合ってない。

 

「くすっ……」

「まあ、待ってろ。そんなに時間は掛からない」

「うん」

 

 寮の部屋はどの部屋も同じ構造をしているので、特に迷わずに慣れた手付きで始めた。

 手慣れたところを見るに、かなり手慣れているようだ。

 無地のエプロンを付けているところとか、特に不釣り合いな感じがする。

 

「始めてから聞くのもおかしな話だが……紅茶は飲めるんだよな?」

「…………飲める、よ」

 

 実際、実家の方では頻繁に飲んでいたのだ。

 嗜むというわけでもないが、お嬢様と呼ばれていたくらいなのだから、何もおかしいことはない。専属のメイドもいることだし。

 

「それならよかった」

「……あの」

「ん? なんだ?」

「……茶葉は、なに?」

「すごいな、簪」

「え……?」

 

 いきなり褒められ、何が何だかわからない。 

 え? 何を褒められたの?

 

「茶葉を聞くってことは、ある程度は紅茶を把握してるってことだろ? 普通の人は茶葉なんて気にしないだろうしな」

「……そう」

「ああ、それで茶葉だがディンブラだ」

「し、知ってる……飲んだことも、ある」

「ほー。前に飲んだのがどんなのかは知らないが……まあ、味は期待しないでくれ」

 

 紅茶が完成するまで、それっきり会話はなくなった。

 元々簪は喋る方ではないし、静馬もどちかと言えば無口な方である。そうなってくると、話題が尽きれば会話などなくなってしまう。だからといって、落ち着かないということはなく、それはそれで落ち着く時間でもあった。

 

「よし。待たせて悪いな」

「だ、大丈夫……あり、がとぅ……」

 

 言葉が尻すぼみになってしまい、顔がまたしても熱くなっていく。

 言い直そうとも考えたが、それも恥ずかしいので言い直すことはしなかった。

 しかも、静馬の動作一つ一つが非常に様になっており、まるで本職の執事のようだった。これでスーツでも着ていれば、周りから見れば専属の執事にも映るだろう。

 

「……うむ、ディンブラはやはり(うま)いな」

「で、ディンブラ……すき、なの……?」

「ああ、他にも好きな紅茶はあるんだが、ディンブラは紅茶を淹れ始めたキッカケのようなものだ」

「そう、なんだ……」

「オレにも姉がいるんだけど、姉は所謂完璧超人ってやつでな。オレはそんな姉に色んなことを教えてもらってたんだが、そのうちの一つである紅茶の淹れ方を教えてもらう際、最初に淹れたのがディンブラなんだよ。姉が好んでたってのもあるとは思うが……。それでオレもディンブラが好きになった、というわけだ」

 

 悪い、長々と話しすぎたな。と手を振って話は終わりだと言わんばかりに、紅茶を飲み始める。

 ……姉さん。静馬の姉がどんな人物かは今の話でしかわからないが、完璧超人という部分は自分の姉と非常に似ていると思った。

 

(……姉さん……)

 

 常に高みに座しており、強くて、魅力的で、友人がいて、優しくて……。まさに完全無欠の姉。

 そんな姉のことを、強く意識し始め、更識の名に苦痛を感じ始めたのは、いつ頃のことだったか。

 最初は憧れがあった。しかし――今では、背中を追うことすらを諦めていた。諦めたら人生終了という名言があったが、まさにその通りだろう。あの時、あの瞬間から、更識簪は――、

 

「……もしかして、姉の話が苦手だったか? 悪い、配慮が足りなかったか」

「ぁ、や……そ、その……ち、違う……から、大丈夫……」

 

 いや、間違いはなかったのだけれども、それは静馬が悪いというわけではない。ただ、自分の心が弱かっただけだ。それに、思考が暗い方へ向かっていたからタイミングがよかった。

 落ち込んだ気持ちを晴らすようにして、静馬の淹れた紅茶をそっと口へ運ぶ。

 

「――――美味しい」

 

 それ以外の感想がこれっぽっちも出ないほどに、その紅茶は美味しかった。

 今まで飲んできたのがまるで泥水だったとでも言うかのようで、今日初めて紅茶というものを口にしたのかもしれない。それほどまでに完成された味をしていたのだ。これを否定できる人間が果たしているのだろうか。いや、いないだろう。今まで見てきたヒーローに誓って、ありえない。

 

「……そうか。気に入ってくれたなら淹れた甲斐があったよ」

「……あ、あの」

「んあ?」

「深見くん……は、姉さんことを苦痛に感じたことは、ない……?」

「…………苦痛に、か」

 

 こめかみに親指を当て、何やら考える仕草を見せる静馬。

 少しだけ考えた後、ゆっくりと答えてくれる。

 

「それはアレだろ? 完璧超人な姉と自分を比較されたり、姉に出来ることを期待されたり、ってやつだろ?」

「う、うん」

「小学校くらいの時はあったような気がするが……ほとんど比較されたりしなかったな」

 

 静馬は軽快に笑いながら、

 

「そもそも、だ。オレの姉は超が付くほどの過保護なんだよ。紅茶の淹れ方とかもその一環。出来ないことはイチから総て教えてくれるし、オレが嫌なことはほとんどしない。まあ、悪いことは悪いで言うけどな」

 

 そこには嫌味などはなく、ただ純粋に姉のことが好きなのだという思いが伝わってきた。

 それが逆に、簪の心を締め付ける。

 勝手に邪推して、静馬も自分と同じような想いを抱いているのかもしれない……と、勝手に期待してしまった。

 

「……家族の関係性は人それぞれだ。仲の悪い家族もいれば、特に干渉しない家族もいるし、仲が最悪なまでに悪い家族もいる」

「追いつきたいっていう気持ちはよくわかる。だけどな、人の歩みは人それぞれだ。歩幅を早い人に合わせる必要はないんだよ。自分にあった速度で成長していければ、それで十分だろ」

「…………」

「あー、悪い。いきなり偉そうなこと言って」

 

 黙っていたのは気分を害したとかではなくて、ただ……そんな風に言ってくれた人がいなかったから。

 それが何故か嬉しかったのだ。兄さんがいたらこんな感じなのかな、とか。

 

「あ、ありが……とう……」

 

 この時、本当に久し振りに簪は心の底から笑えたような、気がした。

 

「お、おう」

 

 それから少ししてから、静馬は自分の部屋に帰っていった。

 また紅茶を淹れてくれると約束をしてくれて、ティーカップまでプレゼントしてくれた。

 

(また、明日……話せるといいな……)

 

 少しだけ冷たくなった紅茶を口に含んで、簪はカップを撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




流石に3巻の内容と7巻の内容を同時に消化するのは内容過多な気がしてきた。
しかも、そこにオリジナル展開とかが挟まってくるわけで……。
うわー、すごい大変そう。






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5.打鉄弐式

「流石に二人だと人手不足だってのはわかるよな?」

 

 あんパンを食べ、パック牛乳を吸いながら言う。

 

「そ、そうだね……」

 

 オレの言うことを理解しているのか、オレと同じものを食べ飲みしながら簪が頷く。

 

「だからメンバーを適当に集めようか」

 

 制服の内ポケットからスマホを取り出し、アドレス帳から適当に人選して見せる。

 ここで言う「適当」は適切な、という意味を持つ。

 こうして簪にわざわざ見せるのは、このメンバーで不満はないかの確認するためだ。

 目的は簪のIS完成なのだから簪にとって不満のない連中にしてやらねばな。

 

(……まあ、流石にたっちゃんは敢えて省いてるけどな)

 

 姉の方は喜んで手伝いそうだが、妹の方はそうはいかないだろう。

 当初の目的は妹のことを心配した姉がオレに頼むくらいには仲が拗れてるらしい。

 

「…………ん、問題、ない」

 

 ぐっと親指を立ててサムズアップしてみせる簪。

 言葉は未だにぎこちなさはあるものの、昨日の今日で大きく仲良くなれたような気がする。

 やはり、お茶会というのはいいものだな。

 

「そう言うと思って既に話は通してある」

 

 我ながら早い仕事だと思う。

 

「というわけで入ってきてください」

 

 スマホの角でテーブルをコンコンと二回ほど叩いてから、外で待機しているであろうメンバーに声を掛ける。それを待っていたかのように中に入ってくる。

 オレたちがいる場所は生徒会室だ。朝のうちに生徒会長であるたっちゃんに言って貸し切りにさせてもらった。ちなみにたっちゃんは話が拗れると困るので生徒会室とは別の場所で飯を食べるように言ってある。

 

『ちょっと、私だけ仲間外れってひどくない!?』

 

 うるさいわ、ばか。どうせ生徒会長の業務もサボりにサボりまくってんだから生徒会室なんていらんだろ。それにお前が妹に苦手意識を持たれてるのが悪い。

 そこら辺の機会は設けようとは思っているが、今はその時ではないだろう。

 

「ふかみーん。かーんちゃーん!」

 

 長い袖をぱたぱたを振りながら、真っ先に駆け寄ってきたのは生徒会書記の布仏本音。彼女は更識家に仕えている家系生まれのクラスメイトだ。常に眠たげな表情の彼女だが、身体運びや気配は只者ではない。更識家に仕えている家系なだけはある。

 

 オレが彼女を選んだ理由は簪への理解があるという一点のみ。だから本音がISについて詳しいのかどうかすら把握はしていない。

 

「本音……」

 

 そんな本音に対して、簪はどこか困ったような笑みを浮かべる。この自由奔放な幼馴染(たぶん)が苦手なのかもしれない。

 

「本音、少しは落ち着きなさい」

 

 その後ろを付いてきたのは、オレの茶飲み友達でもある布仏虚。元気一杯な本音に反して、彼女はどちらかと言えば簪に近い気質を持っている。先輩ということもあって、口調も態度も非常に落ち着いていてザ・先輩って感じの人だ。

 

 オレが虚さんを選んだ理由は、簪の姉であるたっちゃんと仲が良いからというのもあるが、彼女が整備科の三年生で学年主席という理由も大いにある。そんな彼女を活用しない手はないだろう。流石に虚さんにも用事があるだろうからそっち優先で構わないという条件で手伝いに応じてもらうことになっている。

 

「深見くんを手伝ったら学園一の特ダネを用意してくれるって本当ぉ?」

 

 次にやってきたのは、整備科のエース中のエースである黛薫子。どうせなら整備科の手伝いもあった方が完成に近づくだろう。

 

「ええ、本当ですよ。どんな特ダネがいいですか?」

「うーん……私とデート一回ね! それでどう?」

「……まあ、手伝ってくれるなら何でもいいですけどね」

「やったぁ。ふっふっふ、たっちゃんに自慢しちゃおうっと」

 

 何でそこでたっちゃんが?

 

「はいはいはーい!、私もデート一回がいいなぁー」

 

 もう勝手にしてくれ……女子のノリに付いていくのは正直しんどい。

 というか、本音の好みはオレではなく一夏の方じゃないのか?

 

「別にオレじゃなくても一夏に頼んでみるってのもあるが?」

「ほほぉ、それはそれは」

 

 あ、食い付いたな。

 

「でも確実じゃないんだよねー? だったらふかみんでいいかなぁ」

 

 デートができれば誰でもいいのかよ。

 ちなみにこれでオレが呼んだメンバー全員だ。しかし、これだけでは目標の時期までに完成させることは難しいだろう。

 

「黛先輩。他の整備科メンバーを誘うことってできますか? 手が空いてるような暇人であれば都合がいいです」

「ふーむ? 確約はできないけど心当たりならあるよ」

「じゃあそれで。その人たちにも何か報酬とか必要です?」

「私と同じ条件でなら付き合ってくれるかなぁ」

 

 またか。女子はデートというものができれば何でもいいのか?

 

「予定が重ならない範囲でなら構いませんよ」

「はいきたぁ! じゃあさっそく電話するわね」

 

 あ、簪に聞くの忘れた。

 

「事後承諾みたいになるけど、簪もそれでいいか?」

「う、うん……い、いいよ……で、でも……」

「なんだ?」

「…………やっぱ、何でもない」

 

 気のせいか、簪は何か納得のいかないような顔をしている。

 事後承諾だったから不満に感じているのだろうか。簪のことだから断りづらいのか?

 

「別に簪が気に入らないなら増やすのはやめてもいいんだぞ?」

「ち、違くて……。…………わ、わ……わたしも……」

 

 わたしも? 私も何なんだ? 

 

「……………………私も、デート、一回……」

 

 ……まさか、簪がそんなことを言ってくるとは思わなかった。

 ついこないだまでは避けられてたんじゃなかったか? 女子はわからんな。

 

「はいはい。手伝ってくれた奴は俺とデート一回な。はあ、デートってこんな安売りされるようなもんだったか……?」

 

 たぶん違うはずだ。俺がおかしいわけではないと証明したいが、この場に男は俺しかいないのが悲しいところだな……。

 

「追加の助っ人もオッケーだよ。この後来てくれるって」

 

 どうやら、俺と簪が話している間に整備メンバーの了承も得たみたいだった。

 

「追加のメンバーは後で来るとして、最初に想定していたメンバーはこれで全員だ。このメンバーで簪のIS製作をしていくことになる。改めてだが、よろしくな」

「よっろしくー!」

「よろしくお願いしますね」

「ふふっ、深見くんとのデートのために頑張ろっか」

「……よろしく」

 

 簪、黛先輩、虚さん、本音、整備科のメンバー――そして、俺が『IS製作』メンバーだ。

 俺が役に立たないのは間違いないが、このメンバーなら期間内に製作することだって不可能じゃない。

 

「さて、肝心の製作期間だが――俺たちの臨海学校まで、だ」

「え、っ……?」

 

 俺がそう言った瞬間、皆が一様に同じ声を漏らした。

 ん? 何か失言でもしたか?」

 

「ほ、本気?」

「何か問題でも?」

「深見くんってISに関しての知識は?」

「初心者同然の知識だが?」

「…………流石に一週間未満じゃ無茶だよ」

 

 そうなのか?

 そう思って簪の方を見るが……。

 

「…………う、うん」

 

 目を逸らしながら頷く。

 どうやらオレが思ってたよりもIS製作は難しいみたいだ。

 だが、まあ……臨海学校まで時間がないんだ。多少の無茶でも通すしかない」

 

「あー、仕方ない。これを見てくれ」

 

 オレが取り出したのは、投影型タブレット。

 これは学園に借りたもので、行事やプレゼンテーションなどで使うものだ。

 

 そして、オレが宙に投影させたのは『稼働データ』や『武装データ』などグラフや基本システムデータ。『稼働データ』はオレの『シルヴァリオ・ヴォルフ』から抽出したもので、『武装データ』はとある人物から貰ったもの。基本システムもまた自分の機体を流用したものだ。それに加えて簪が作っているデータを加えれば、更に作業効率が上がるのではないだろうか。

 

 色々とテストデータは取る必要もあるだろうが、時間はそこまで掛からないだろう。

 

 と、そこまで口頭で説明したのだが……。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 何故かオレのデータを見て目をパチパチとさせて驚いている。

 もしかして、この程度は基本中の基本だったとか……? 

 

「すごいな、キミは」

「あ?」

「これを電話のくれた時から今日までの間に準備してたの?」

「少し寝不足だが問題はない」

 

 朝の四時まで作業していたわけだが、元々ショートスリーパーのオレにとって睡眠は二時間もあれば十分問題ないレベルだ。

 

「で、これでもまだ来週の臨海学校までに完成させるのは難しいか?」

「うーん、結構慌ただしくなるけど、これだけあれば結構短縮できると思う」

「…………うん、これなら……」

 

 よかった。オレがわざわざ面倒臭いことを朝方までやって、しかもIS製作なんてものに関わったのに『できません』ってのは流石に辛い。それが勝手に始めたことだったとしても、だ。

 

「じゃあ早速始めるか」

 

 そうして、オレたちのIS製作は始まった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ――そのはずだったのだが、

 

「青いケーブル用意して! そんな少しじゃなくてもっとだよ!」

「レンチとカッター。ついでに工具一式持ってきて頂戴」

「ディスプレイが足りないんだけど!」

「ふにゅ。電力が足りてないから追加電力と発電機を用意してくださいなぁ。あ、その牛乳飲ませてください」

「深見くんってプログラムできる?」

「……いや、無理だから」

 

 そんな感じでオレは雑用係と化していたのだった。

 第二整備室へと移動したオレたちだったのだが、何故かそこには整備科の生徒がほぼ全員揃っていた。それも一年、二年、三年と見境ないレベルで。どうしてこうなった。手伝ってくれるのは数人程度ではなかったのか? もはやちょっとした行事だって説明されても否定はできないだろう。

 

 今行っている作業は簪の機体である『打鉄弐式』のハードウェアチェック。ブースタやスラスターに装甲から武装などISを構成するパーツの基礎となる部分を整備科の生徒たちが慌ただしく一からチェックしている。オレがデータを抽出してきたとはいえ、それはオレの機体に調整されたデータなのだから『打鉄弐式』にフィットするように整えなければいけない。だが、何もデータがないよりあるのでは格段に作業効率が違うらしい。

 

 だからといって、オレがハードウェアチェックをできるわけもなく、整備科の生徒をサポートする形で雑用をこなしていたのだった。

 

「プログラム、ねぇ……」

 

 オレも少しは出来た方がいいのだろうか。面倒くさがり屋であることは自覚しているものの、黙って何かを見ているのは性に合わない。いや、雑用も大事な仕事なのだが……。

 

「あふぅ。つまらないですかぁ?」

 

 そんなオレに目敏く気付いた生徒――フィー(整備科の助っ人)が話し掛けてくる。

 

「いや、そんなことはないが……」

「そぉ?」

「そうだ。ただ、こんな大事になったのにオレだけ蚊帳の外だな、と」

「うふぅ。じゃあじゃあ、少しやってみますかぁ?」

「いいのか?」

 

 真剣にモニターと向き合っていた顔をこちらへ向け、手招きしてきたので素直に近寄る。

 

「プログラムに関してはぁ、どれくらい知ってるぅ?」

「全く知らないな」

「ふにぃ。じゃあ軽く説明するから聞いてぇ」

 

 そう言って、フィーはオレに初歩の初歩から説明してくれる。

 最初は難解な数字の羅列に頭が抵抗していたが、独特な喋り方であるにも関わらず、フィーの教え方はとてもわかりやすかった。とりあえず一通りの手順と基礎は把握した。

 

「大丈夫ぅ?」

「まあな。こうなって……こう……で……ここがエラーを吐いている原因で……これがスラスターの出力と繋がってるのか…………ふむ、なるほど。ほう……」

 

 慣れない入力機器 (デバイス)だったが、何故か手に馴染むようで意外と早く使いこなすことができた。もしかしたら、以前にも入力機器 (デバイス)に触れたことがあるのかもしれない。

 

「……こんな感じか?」

「ふゆぅ。パーフェクトですよぉ。本当は整備科志望だったりぃ」

「そもそもオレは強制的に入学することになったんだが」

「そうだったにぃ」

 

 ……しかし、首が痛いな。慣れない作業だというのもあるが、モニターを凝視していただけでこんなに首が痛くなるなんて知らなかった。

 

「悪いな、作業の邪魔をして」

「そんなことないよぉ。次もよろしくねぇ」

 

 次ってなんだ。オレは整備科に転科したりはしないぞ。

 

「はあ、まあいいや。他のところ見てくる」

「いってらっしゃいー」

 

 作業は昼休みが終わってから、放課後になっても続いた。

 初日の作業だけでかなりの部分が急ピッチで進み、これなら来週に入った時点で作業が終わってしまいそうな勢いだ。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「うーーん、今日の作業はここまでね。更識さん、自分の思ってる感じに進行してる?」

「大丈夫、です」

 

 流石に全員が最初から最後まで作業していたわけではないが、それでも初期構成メンバーや数人の生徒は最後まで残ってくれていた。

 

「マルチ・ロックオン・システムは面白いと思うな。だが、その反面かなりの難易度だと思うな」

「……さ、最悪の場合……通常のロックオン・システムを採用、します……」

 

 武器開発の方で進路を考えている整備科の生徒である京子は、簪が言った『マルチ・ロックオン・システム』に関心を抱いている様子だった。

『マルチ・ロックオン・システム』とは簡単に言ってしまえば、四八基のミサイルを独立稼働させるための基盤なのだが、このシステムは第三世代の技術に匹敵する。それは最高級の技術ということもあり、一学生が簡単に組み上げられるようなものではないのだ。

 

「諦めるのか? それが完成すれば簪にとって唯一無二の機体なるだろ?」

 

 オレは言う。

 

「で、でも……」

「どうせなら最高級の機体に仕上げるべきだとは思わないのか? それに……これが簪の手によって完成させたとすれば、お前が……お前の姉に並び立てるチャンスなんじゃないのか?」

「……姉さんは、」

「別にお前なら絶対に完成させられるって言ってるわけじゃねえ。ただ、最初から諦めてたら勝てるもんも勝てないんじゃないか?」

 

 たぶん、簪は姉に敵わないと思っているのだろう。

 たぶん、その後を追うのを諦めてしまったのだろう。

 たぶん、姉に並び立つ自信がないのだろう。

 

 しかし、諦めてしまったらそこで終わりだ。

 

 昔は敵わなくても、今は敵わなくても、今よりも後のことはわからない。

 諦めない限り道はあるはずだ。確かに更識楯無は天才だ。

 

 ――だからって、更識簪が劣っているということにはならない。

 

「だから、始めようぜ」

 

 諦めなければ天才にだって勝てるんだってことを証明しよう。

 

「当初のコンセプトのまま一週間で完成させて、お前も更識としてすごいんだってこと証明してやろうぜ!」

 

 オレは握り拳を上げて、力強く宣言してやる。

 それを呆気に取られたような顔で見ていた簪だったが、

 

「……う、うん……うん!」

 

 満面の笑みを浮かべて、オレの言葉に頷いて見せたのだった。

 

 ――この子と友達になってよかったな、と心の底からオレは思う。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「てなわけで打倒更識楯無ってことで簪は頑張り中ですよお姉さん?」

「ええっ!? いったい何がどうなったらそんなことになるのよっ!? あの簪ちゃんが……あの簪ちゃんが……」

 

 

 そんなやり取りが『1030号室』の部屋であったとかなかったとか。 




お久しぶりです。

久しぶりすぎてまたキャラの掴みがわからなくなりました。
新しく出てきたフィーちゃんが個人的にお気に入りなのですが、原作での出番が圧倒的に少ないの何の。

あと、他キャラの出番が少ないですよ……
でも安心してください! あとすこしで臨海学校編です!
この章では重要なお話になると思うのでもう少しお待ちを……

ところで、マルチ・ロックオン・システムは完成するんですかねぇ?


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6.報酬はデートで

 

 見上げた空は、清々しいほどに晴れていた。

 まさに絶好のお出掛け日和だ。

 

「日差しが強いな……」

 

 まだまさ夏が始まったばかりだというのに、まるで真夏のような暑さだった。

 雨が降っているよりも、晴れていた方がマシだとはいえ、流石に暑すぎる。

 携帯で気温を確認したところ、三十四度もあるらしい。

 

 そんな中、オレは一人の女子と買い物に出掛けていた。

 来週から始まる臨海学校の準備というやつだ。

 

「……ご、ごめんね。こんなに暑い日に誘って……」

「あー謝るな謝るな。暑いのは簪のせいじゃないだろ」

 

 隣で申し訳なさそうにして歩くのは、青髪の女子――更識簪。

 

「う、うん……」

 

 気弱な性格をした女の子だが、やる時はやる気を出せる女の子だ。ただ、自分に自信が絶望的に低いからすぐ謝ったり、言葉を詰まらせたりしている。もう少し自分に自信を持ってもいいと思うんだけどなあ……。

 

(これも優秀な姉を持ってしまった故の弊害なのかねぇ……)

 

 あの姉も姉で少し……いや、かなり不器用なところがあるから困ったものだ。

 

「そういえば、簪の私服を初めて見るな」

「へ、変じゃない……かなっ……」

「清楚な感じで可愛いんじゃないか?」

 

 簪の服装は身体のラインが目立たないようなゆったりとした半袖の白いワンピースに、短すぎず長すぎといった程よい長さのスカート。紺色のサーキュラー・スカートは一見して地味に見えなくもないが、派手すぎないという面においてはバランスが取れているとも言える。頭には赤のベレータイプの帽子がちょこんと乗せられていて、大人しげな少女という雰囲気が十分に出ている。とても簪らしい服装だと思う。

 

「し、静馬も……に、似合ってるよ……」

「そうかねぇ……」

 

 そう言ってくれる簪の心遣いは嬉しいが、オレの格好は誰でも買えるような安物の服を適当に見繕って買ったものなので、そこら辺を歩いている人たちが着ててもおかしくないコーディネートだ。

 上は開襟の紺色のカラーシャツで、その下に無地の白いシャツ。ズボンは膝が少し隠れる程度のショートパンツ。そしてお姉ちゃんに貰った高性能のサングラス型携帯用ディスプレイを着用しているぱっとしない男が簪の隣を歩いている。周りの人間からすれば、とても不釣り合いに映っていることだろう。

 

「しかし、それにしても暑いなぁ……なあ、買い物の前に軽く何か食べるか飲むかしようぜ」

「い、いいよ……」

 

 言うが早いかオレは簪の手を取って、サングラス型のディスプレイで評判が高く尚且つ比較的安い店を検索しながら、涼める場所を探した。

 

「ひゃっ」

「ん。どうかしたか」

「手……手が……」

「悪い、嫌だったか」

「い、いやじゃない……っ」

 

 オレが手を離すと、今度は簪の方から手を取ってきた。

 思ったよりも小さい手を握り潰さないように、柔らかく握って簪の手を引くようにして店を探す。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 手を繋ぐ二人の姿を物陰からじっと見つめる姿があった。

 そして、二人が喫茶店へと入ったのを確認してから、物陰から姿を現す四人。

 銀髪の目立つ少女。金髪の綺麗な少女。これまた金髪縦ロールの少女。最後に簪と同じ髪色の少女。

 

「二人、手を繋いでいらしたわよね……」

「……そうだな」

「……だね」

「きゃー、簪ちゃん大胆ねー♪」

 

 約一名を除いて、二人が手を繋いでいるという事実に驚いていたのだが、

 

「ってこの人はいったいどこのどなたかしら!?」

「……む、いつの間に……貴様、何者だ……!」

「うーん、どこかで見たことあるような気がするんだけど」

「ノンノンノン。おねーさんのことは気にしないで♪ ほらほら、喫茶店に入るわよ」

「おわ、貴様……力強ッ!? 何をするッ!」

「ふふ、貴方が深見くんの言ってたラウラちゃんね。可愛いわねー」

 

 少女たちがわいわいと騒ぎながら、二人が入っていた喫茶店を目指していく。

 

「ま、待て。このままだと最悪鉢合わせしてしまうではないか!」

「それもそうねぇ……」

「ここからはバレないように隠密行動を取る必要があるだろう」

「そ、そうですわね……しかし、どうするんですの? 入り口は一つしかありませんわよ」

「ふっ、私にいい考えがある」

 

 堂々と言う銀髪の少女に、二人の金髪少女たちが息を飲む。

 

「ISで透視もとい盗聴するのだ」

「……いや、ダメだからねそれ」

「無許可でのIS展開はダメですのよ」

「むっ……ではどうすればいいのだ!」

 

 三人でバレずに二人を監視あるいは盗聴をする方法を考えていたところ、

 青髪の少女が『秘策』と書かれた扇子を広げて言う。

 

「おねーさんに秘策アリ、よ!」

「ほう」

「ISの展開は認められないけれど、限定的な展開なら問題ないわ! 具体的にはハイパーセンサーの部分展開よ」

 

 言外に『できるかしら?』と言っている青髪の少女。

 

「ふん、貴様は私を誰だと思っている」

「それくらい朝飯前ですわ」

 

 代表候補生である二人にとっては問題のないことらしい。

 しかし、この場には専用機を持たない少女が一人いた。

 

「あの、私は専用機持ってないです……」

「あ、そうね。ティナちゃんは私の視覚情報を共有してあげるわ」

 

 ISの機能には装着していな人間でも装着している人間と同じ視覚を見ることのできる機能が備わっている。ただし、可能なのは最大で二人程度。

 

 そんなこんなで、目的が偶然重なった四人は深見静馬と更識簪を監視するチームが結成されたのだった。

 

「……ところで、貴様は誰なのだ」

「秘密よ、ラウラちゃん。乙女は秘密があった方が輝くのよ♪」

「……うーん、どこかで……」

「わたくしもどこで見たことがあるのような……気が、しますのに……」

 

 少女たちは疑問に思いながらも、青髪の少女の言う方法で二人を監視していたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 

「……何か視線が」

「……?」

 

 首筋にチリチリと視線を感じ、周囲を見渡すが……特に不審な人物は見当たらなかった。

 

(……気のせいか?)

 

 不審に思いながらも、オレたちは本来の目的地である駅前のショッピングモールに来ていた。

 ちなみに喫茶店では飲み物とサンドイッチをオレが食べ、簪は小さいアイスを食べた。

 流石に交通網の中心である駅前のショッピングモール『レゾナンス』は手でも繋いでいないとすぐに逸れてしまいそうなほどの人混みで溢れている。

 どうでもいいことだが、駅前店『レゾナンス』は別に駅前にあるわけではなく、完全に駅とくっついている。

 

「そういえば、この周辺にも色々食べる場所が充実してるんだったか。失敗したな」

「そ、そんなことない……さっきの店は……よかった」

「まあ、確かにな」

 

 機会があればもう一度行ってみたいと思う程度には美味しかった。今度お姉ちゃんに教えてやるか。

 いや、どうせなら一緒に行きたいな。もっと時間に自由があればいいんだけどなあ……お姉ちゃんも大学生活で忙しいだろうし。

 

 なんてことを考えながら、目的の一つである水着売りコーナーへと辿り着く。

 

「オレは水着を買うつもりだが、簪も買うのか?」

「か、考え中……」

「海なんて中々行かないし買っても勿体ないかもな」

 

 実際、前にオレが買った水着はニ、三年くらい使用していない。流石にそれだけ昔の物は履けないだろう。

 

「静馬、くんは……ど、どう思う?」

「何が?」

「その、私の水着……」

「ああ、余裕があるなら買えばいいんじゃないか?」

「……む………ぅ」

 

 オレの言葉に簪が手に軽く力を入れて、頬膨らませる。

 何か間違えたか?

 

「……あー、ここから先は別れた方がいいな。終わったら連絡くれ」

「うん……わかった」

 

 そう言って、オレたちは別々の場所へと向かう。

 

 男性売り場コーナーに入ったわけなのだが……。

 

(あまり高いのは金がなぁ……)

 

 今のオレはかなりの貧乏だ。学食が食えるほどの余裕はあるものの、今度いつ使うかもわからない水着に数千円も出すのはかなりしんどい。

 そんな風に悩んで水着を見ていると、

 

「お、静馬じゃないか」

「……げっ、一夏」

 

 思わず『げっ』なんて言葉が出てしまったが、一夏の方は気にした風でもなく話し掛けてくる。

 

「静馬も水着を買いに来たのか? 奇遇だなあ、俺も水着を買いに来たとこなんだよ」

「そうか。っても水着なんて適当でいいだろ」

「……わざわざレゾナンスに来たのか?」

 

 うわ、一夏が阿呆を見るような目でオレを見ている。

 一夏のクセに生意気だな……。

 

「そういうお前もシンプルなやつを選んでるじゃねえか」

「まあな。俺はシャルの付き添いできたようなもんだからさ」

「けっ、女連れかよ」

 

 オレも簪と一緒に来たので人のことは言えないが、オレは別にデートで来たわけじゃない。

 ………………いや、IS製作の時に約束した件で来たんだったな。

 まさかオレが一夏と同じタイミングで同じ感じで水着を買いに来るとは!! ……ふ、不覚。

 

「……まあ、いいさ」

「……? 静馬は何を買ってくんだ?」

「ええい、近寄るな! お前はホモか! いちいち男の水着を気にしなくてもいいんだよ!」

「なんだよ、連れないなあ……」

 

 なんなんだコイツは……本当にホモか? 女の子も好きだからバイ・セクシャルか? うわ、もっと質が悪い。

 

(いや、待てよ? コイツは非常に役に立つ奴なんじゃないか?)

 

「おい」

「なんだよ?」

「実は財布がピンチなんだ。だから金を貸してくれないか?」

「……いくらだ?」

 

 何も言わずに値段を聞いてくる一夏は底なしの良い奴すぎる。友達はみんな裏切らないとでも思っているのだろうか。まあ、オレは借りたものを返す主義だから借りたままにはしないけどな。

 

「あー、五百円でいい」

 

 オレが選んだのは黒のサーフパンツ。値段は良心価格で税込み九〇〇円。

 ほぼ割り勘みたいなもので気色悪いものがあったが、背に腹は代えられない。

 

「ほいよ、ちゃんと返してくれよ?」

「ああ、当然だ」

 

 会計を済ませて、一夏にもう一度お礼を言う。

 

「金を貸してくれて助かった」

「おう。友達だからな」

 

 ニカッと歯を見せて、オレに笑顔を見せる一夏。

 ……悪いが、そういうのは女の子相手にやってくれ。

 

 買い物が終わったので、簪から連絡がくるまで適当な場所で時間を潰そうと思ったのだが、

 

「あれ? 静馬?」

 

 一夏に腕を引っ張られ、一夏とデート中のシャルの元へ連れてこられてしまった。

 

「よお、シャルル」

「あはは、奇遇だね……」

 

 一夏とデートしてたところにオレが現れて、いつもの如くデートがご破産になりそうな予感を感じてかシャルルは曖昧に表情を浮かべて手を振ってくる。オレだって空気くらいは読める。

 

「デートの邪魔して悪いな。オレは別の場所にでも行くよ」

「で、デート!?」

 

 オレの言葉に驚くシャルル。

 なんだ違ったのか?

 

「デートじゃないぞ、静馬」

「…………っ」

 

 シャルルが人を食い殺しそうな目で一夏のことを見てるぞ。

 どうやら、デートだと思っていたのはシャルルだけみたいだな。可哀想に。

 それどころか、立ち去ろうとしたオレを一夏が引き止める。

 

「せっかくだし一緒に行動しようぜ!」

「……一夏」

 

 大きな溜息を吐いて、一夏にジト目を向ける。

 

「はあ……お前、鈍感すぎるだろ」

「失礼なやつだな。俺は鈍感じゃないって何度も……」

「はいはい。鈍感じゃない鈍感じゃない」

 

 もうダメだコイツは病気だ。オレの手に負える問題じゃない。

 

「ってなわけなんだが……どうしたらいいんだ、シャルル」

「はは……ぼ、僕は気にしないよ……うん」

 

 思いっきり気にしてるって顔に書いてあるんだが?

 ……はあ、やれやれだな。

 

「そういえば、もう買い物に終わったのか?」

 

 シャルルが一夏よりも先に戻ってきていたのが不思議に感じたのか、一夏はシャルルに尋ねる。

 

「あ、ううん。その、ちょっと、ね」

「どうせせっかく水着を買うなら一夏に選んで欲しいなあ、ってやつだろ」

「わっ、ちょ、やめてよ静馬っ!」

 

 どうやら図星のようだ。

 

「そうなのか。じゃあさっそく行こうぜ」

 

 仕方なく、一夏に連れられて女性用売り場の方へ。

 まだ簪が買い物をしてるかもしれないしな……。

 

「そこのあなた!」

「……あ?」

 

 女性用水着コーナーに入ってきたオレたちの姿に目敏く気付いた女性が、オレたちに話し掛けてくる。

 

「あなた、そこの水着を片付けておいてちょうだい!」

「……は?」

 

 こいつは何を言っているんだ? 

 しかし、悲しいことにこれが今の正しき世界各国の常識というやつだ。ISが誕生して以来、どの国でも女性優遇制度というのが設けられ、ISの扱えない男は社会のゴミだとでも言わんばかりに女性は男性に命令するという常識が出来上がってしまったのである。まったく、自分がISを操縦できるというわけでもないのにこの態度はどうなんだ? これだから女尊男卑の思想に染まった女は手に負えない。

 

「なんでだよ。それぐらい自分でやれよ。人に命令するクセがつくと人間終わりだぞ」

 

 いかにも一夏っぽい発言だが、この場においてはスカっとする言い分だ。

 

「ふうん? そういうこと言うのね。まさか自分の社会的地位というものがわかってないみたいね」

 

 女が警備員を呼ぼうとする。この流れは痴漢冤罪のそれと非常によく似ている。マジで最悪だなこいつ。女ってだけで何かもが素晴らしいって思っている人間が一番むかつくんだよ。オレとこいつで何か差があるのか? 人間性? 年齢? 年収? ふざけるな。

 

「テメェ、女だからって自分が神だとでも思ってんのか? あ?」

 

 思わず頭に血が登ったオレは女の襟首を掴んでしまう。

 

「あら、こんなことしていいとでも――」

「ふん、テメェこそオレが誰だかわかってないようだな? オレはテメェらが最高だと崇めるISの男性操縦者だ。よく顔を見ろ。いいか、キャノンホール社務めの一社員が図に乗るなよ」

 

 オレは目の前の女性が持っていた財布を振りながら、二枚の名刺のうち一つを読み上げる。

 今のは襟首を掴み取った瞬間に、女性が片手で引っさげていたバッグから財布を抜き取るというスリの技術。その中身を後ろに隠した手で確認しながら、目的のものを盗るまでが一連の動作だ。今回はお金ではなく名刺。

 

「で、こっちは上司の名刺か? なあ、お前の会社に匿名で電話したらどうなると思う? お前ら女性は男性が格下の生き物だとでも思っているんだろうが、その二人しかいない男性操縦者にお前が手を出した、となればどうだ?」

 

 その一言に女性が小さい悲鳴を上げ、先程まで得意顔だった顔は恐怖に引き攣る。

 

「す、すいませんでした……お詫びでも何でもしますので見逃してください……っ!」

 

 ここで強気に出られたらオレの方が多少不利になるのだが、女性にとってはそうではないようだ。どうやら片方の名刺を見るに上司はキャノンホールの社長らしい。今の地位から落とされることを危惧しているのだろう。それに社長は今の世の中でも珍しい男性支持の社長らしい(サングラス型ディスプレイで調べた)。

 

「じゃあ――」

 

 これ以上変ないちゃもんを付けるな――と、言おうとしたら。

 

「いい加減にしろ、静馬! 流石にやり過ぎだぞ!」

 

 一夏が止めてきた。

 

「……悪い、流石にやり過ぎたか」

 

 ここで変に揉めるのは面倒なので、素直に引き下がる。

 オレが思うに女尊男卑の思想に染まった女性は少しくらい痛い目を見るべきだと思う。世の中の男が消極的な態度を取っているのも助長させる要因の一つなのではないだろうか。

 

 財布を女に返して、オレたちはその場を離れる。

 少し注目を集めていたが、軽く殺気を込めて見渡すと蜘蛛の子を散らすようにして離れていった。

 

「シャルルも悪いな、あんなことしちまって」

「う、ううん……少しだけスカっとしたし大丈夫だよ」

「……悪い、少し頭を冷やしたいから違う場所行くわ」

 

 適当な言い訳を考えて、シャルルと一夏から離れる。

 流石にさっきのアレがあった後だったからか、一夏もオレを引き留めようとはしなかった。

 実際、オレの頭はとっくに冷えている。やり過ぎ感は否めなかったが、ああいう女が少しでも反省したならいいんじゃないだろうか、なんて都合の良いことを考えながら、水着を探しているであろう簪を探していく。

 

「よっ」

 

 そんなに離れていないところで真剣に水着を眺めていた簪の肩を優しく叩く。

 

「ひゃあっ!? し、静馬っ……くん」

「別にくんもさんもいらないけどな」

 

 というかさっきまで普通に呼んでなかったか?

 

「で、どれとどれで悩んでいたんだ?」

「こ、これと……それ……」

 

 簪が指したのは、黒のバンドゥビキニと白のフレアビキニ。どちらも派手な露出こそないものの、フリルなどが付いて可愛らしいデザインのもの。あまり水着の種類に詳しくはないが、どちらも簪にとても似合うように思える。これが逆に片方が派手な水着で、もう片方が大人しめの水着であったなら選ぶのも少しは簡単だろうに。

 

「………………………………………………白い方でいいんじゃないか?」

 

 熟考の末、オレは白のフレアビキニの方を選んだ。予め言っておくが、別に他意があるわけではない。ただ単純に純粋にシンプルにそっち方が良いと思っただけだ。根拠もなければ、特に何か考えがあるわけでもない。ただ、そう思っただけの選択。

 

 

「………………………………………………うん」

 

 そう言って、オレが言った方の水着を手に取る簪。

 これで反対の方を取ったら泣きそうになったが、そんなことはなかったみたいだ。

 

 そして、会計に向かった時にちょっとした事件が起きた。

 ――何故ならば、そこに織斑姉弟と山田先生を含めてIS学園でよく見る面々が揃っていた。

 鈴……お前、一夏のことをストーキングしてたのか?

 もしかして、感じた視線は一夏を見ている鈴の視線だったのか?

 

 ……いや、違うみたいだな。

 

「お前も来ていたのか、深見」

「ええ、まあ……そういう織斑先生も一夏の監視で?」

「馬鹿者、誰が弟の監視などするものか」

「そうですか。じゃあただの偶然ですか」

「ああ、そうだ」

 

 ――それは本当に?

 

 そう思っただけなのにも関わらず、オレを睨む織斑姉。相変わらず読心できるのかって疑いたくなるな。

 

「お前は更識妹か」

「…………は、ぃ」

「すいません、簪は更識で一括りにされるのが苦手なので違う呼び方で呼んでください」

「それはすまなかったな。しかし、私が名前で呼ぶわけにもいくまい」

「別に名前でも問題ないのでは……?」

「色々とあるのだ、先生というのはな」

 

 まあ、色々とうるさいからな。色々と。何がとは言わないが。

 

「オレたちはそろそろ帰りますよ。変な修羅場に巻き込まれても面倒なので」

「そうか。気をつけて帰れよ」

「はい」

 

 そう言って、オレたちはその場を後にした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 時間を遡り、静馬と簪が喫茶店『テュール』に入った頃。

 

「……おい、エム」

 

 雪のように真っ白な髪の男が、唸るような低い声で言う。

 

「どうした」

 

 そんなドスの効いた声を涼しげな顔で返事をするのは、エムと呼ばれた艶やかな黒髪の少女。

 

「ありゃあ、深見静馬か?」

「…………そう、みたいだな」

「ふっ…………」

 

 その瞬間、怖気立つほどの殺気が男から放たれる。それは近くにいたエムでさえ震え上がるほどの殺気で、肩をビクッと震わせた。

 静馬は殺気を受け、周囲を見渡すが混み合っているため、殺気の主を探し当てるのはほぼ不可能に近い。それどころか、男の方が既に殺気を消していたので見つけることはできない。

 

「まさか、こんな所で出会うとはな。運命なんて信じちゃいないが、これもまた奇縁というやつか」

 

 男はサービスの水を喉に通して、注文するために呼び出しベルを押した。

 近くにいた女性従業員が混んでいるにも関わらず、素早く男の元へ現れる。

 

「――17番席に座っているやつが例の標的だ。偶然でも何でもいいから発信機を取り付けろ」

「はい、かしこまりました。昼のサンドイッチとパフェですね。そちらのお客様はどうしますか?」

「こいつには適当に用意しろ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 女性従業員は男の注文を受け、実行するべく17番席に座る静馬の方へと近付いていった。

 

「最高に面白くなってきたな、お前も来るだろ?」

「私は――――」

「いや、お前は来るよ」

 

 そこで言葉を一旦切って、

 

「そこには織斑一夏も織斑千冬もいるんだからなァ。そして――あのクソウサギも当然のようにいるはずだ」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 役者は揃った。

 様々な思惑が交差する中、海という舞台で物語は幕を上げる。

 

 これは偶然などではない。全てが仕組まれ、生まれる前から決まっていた定め。

 

 

 ――そして、銀の福音が祝福をするように声を鳴らす。

 

「――La…………♪」

 

 さあ、これから始めよう。

 

 

 

 

 




次回から本当の意味で「運命の福音」編がスタートです。


+携帯型ディスプレイ(サングラス型)

静馬の姉が入学祝いに贈った物。
普通にサングラスとしても使用でき、自由に濃度を変更することができる。
端末として使用する場合は目の動きと脳波で操作できる。
作中のような他の動作を行いながら操作するといったこともできるが、それには並列思考をする必要がある。


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7.臨海学校

「海っ! 海だよっ!」

 

 と、トンネルを抜けたばかりのバスの中で歓喜の声が上がった。

 今日は臨海学校の初日。天候が崩れることもなく、絶好の海日和の日となった。降り注ぐ陽光が海面に当たり、反射された光が宝石のようにキラキラと輝きを放っている。開いた窓から吹き抜ける潮風は心地良く、海を感じさせる磯の香りは海鮮料理を想起させた。

 

「おー、やっぱり海を見るとテンションが上がるなぁ! 山然り海然り! 夏は最高だなぁ!」

「そ、そうだね……っ?」

 

 女子よりも姦しく声を上げるのは、男性にしてIS操縦者の一人――織斑一夏。その隣に座り、左手首に付けているブレスレットをうっとりと眺めながら、空返事を返すのはシャルロット・デュノア。最近まで三人目の男性操縦者として入学してきたのだが、中身は一夏と同年代の女の子だった。その名残で今でもオレはシャルロットのことをシャルルと呼んでいる。

 

「お疲れですの?」

 

 オレの隣に座っているのは、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。入学したての頃は日本人を親の仇のように見ていたセシリアだったが、一夏やオレとの決闘を通してかなり丸くなった。根っこのところは人に優しくできる人間だったのだろうが、女学園同然のIS学園に異分子として男二人が混じっていたので、ストレスに感じていたのだろう。まあ、その気持ちはわからないでもない。オレも逆に女子ばかりの学園に放り込まれて精神的苦痛を感じていたのだし。

 

「ちょっと寝不足でな……ふぁああ」

 

 大きな欠伸を噛み殺しながら、持参していた栄養ドリンク剤を一気に飲み込んだ。

 

「でしたら静かにしてますので到着まで寝ててもいいんですのよ」

 

 オレが寝不足なのには、理由がある。

 昨日の夜、オレは更識簪という生徒のIS製作を手伝っていたからだ。

 簪は日本代表候補生であるにも関わらず、専用機を持っていないという複雑な事情があった。その原因はズバリがオレたち男性操縦者の存在にある。

 打鉄の後継機として倉持技研が開発を進めていたのだったが、急なイレギュラーで急遽持ち込まれた白式の開発のせいで対応技術者のほとんどを奪われてしまう。その次に持ち込まれたのが門倉技研だったのが……こちらもまた同様に男性操縦者の機体――オレの専用機であるシルヴァリオ・ヴォルフの開発に回されてしまい、不幸にも未完成で入学式が始まってしまうことに。

 そんな不幸な経緯から、逆恨みにも近い理由でオレや一夏のことを憎からず思っていた簪だったが、オレの同居人である更識楯無の頼みによって、オレと簪は専用機に開発に手を付けることとなる。

 

 そして、その専用機『打鉄弐式』は昨日の朝方まで続いた作業のおかげで、無事に完成した。当初のコンセプトであった『マルチ・ロックオン・システム』の搭載は未完成であるものの、機能面においては他の専用機に劣らないものとなっているだろう。まあ、まだ実際には使ってないからどうなるかは不明だが。

 

 そういった理由で、オレは寝不足だった。

 

「ああいや、少し眠いだけだから問題はないな。それに一夏の奴がうるさくて睡眠が満足に取れなさそうだ」

 

 実際はそんなことはなく、オレはどんな騒音の中だろうと安定した睡眠を取ることができる。たぶん、遺伝子強化試験体としての機能なのだろう。

 

「それもそうですわね。ところで、静馬さんは視力が悪かったんですの? 初めて見ましたわ」

「これはサングラス型の携帯用ディスプレイだ。こうやって簡単に濃度を調整できる」

 

 軽く頭の中で念じるだけで、グラスの濃度が濃くなっていく。

 

「……もしかして、ディース社の最新モデルですの!?」

「知っているのか、セシリア」

「ええ、デンマークにある会社ですわ。最近はIS関連にも着手しているとも聞きますわね。結構高い物ですのに……静馬さんってお金持ちの坊っちゃんだったりしますの……?」

「そんなことねぇよ。これはオレのお姉ちゃんがプレゼントしてくれたものでな。別にオレが買ったわけじゃない」

 

 このサングラス型ディスプレイを発売しているメーカーでさえ初耳だったし、そもそもオレは物を買う方じゃない。安物でもデザインさえ気に入れば使う派だ。

 

「そうですの? ですが、これ――」

「ストップ。その先は言わなくていいぞ」

 

 セシリアが値段を言おうとしていたので、オレは止める。それを聞いてしまったら、流石にお姉ちゃんといえども、申し訳ない気持ちでいっぱいになりそうだから。値段を知らなければ、自分のお小遣いで買ったお姉ちゃんのプレゼントということで処理できる。それが仮に法外な値段だったとしても、だ。

 

「わかりましたわ」

 

 セシリアが空気の読める子で助かったぜ。

 

「さて、そろそろ目的地の旅館に着く。全員静かに椅子へ座れ」

 

 織斑姉の言葉に浮足立っていた生徒が一斉に静まり、訓練された軍隊のように着席していく。ここでも織斑姉の力は偉大であった。

 その言葉通りにほどなくしてバスは目的地である旅館の前に停車した。各組毎のバスからIS学園の生徒たちが戦地へ赴く兵士のような統率の取れた動きで一斉に出てきて整列する。

 

「それでは、ここが今日からお世話になる花月荘だ。全員、旅館では迷惑をかけないように心掛けろ。

「「「よろしくおねがいしまーす」」」

 

 全員で挨拶をする。ただし、オレは声を出していないが。

 それを受けて、着物姿の本格派女将さんがこれまた綺麗なお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。元気があってよろしいですね」

 

 年の頃は三十代といったところだろうか。成熟した大人の雰囲気が漂っていて、にっこりと微笑む唇は艶めかしい。彼女がアリかナシかで言えば、十分にアリだろう。

 そう思って見ていたら、女将さんと目が合った。

 

「あら、貴方は……」

「……?」

 

 何か懐かしいものでも見るような目で見てきたので、思わず首を傾げそうになる。もしかして、会ったことがあるのだろうか? そう思って尋ねようとしたところ、女将さんの後ろからもうひとりの人影が現れる。

 

 そして、その姿には見覚えがあって……。

 

「やっほ、静馬」

 

 現れたのは、オレの姉である深見神夜だった。

 

「はじめまして、織斑千冬先生。いつも弟の静馬がお世話になってます。深見神夜です」

「これはご丁寧にありがとうございます。急遽IS学園に入学することになってしまい迷惑をおかけしています」

 

 どちらかと言えば、だらしないはずのお姉ちゃんがまともに対話しているのを見ると変な気分だ。

 

「で、なんでお姉ちゃんがこんなところにいるんだよ」

「こら、こんなところはないでしょ」

「……言い直そう、なんで旅館にいるんだよ! しかも着物まで着て!」

 

 オレは柄にもなく声を張り上げて詰め寄る。

 

「ちょっと落ち着こうよ。別に遊びで来たわけじゃないんだよ? まあ、静馬の様子を見に来たってのは嘘じゃないけども……。私はこの旅館の従業員として働きに来たんだよ」

「…………なあ、大学はどうしたんだよ」

 

 今日は平日だ。大学は普通に休みではないと思うんだが……。

 

「休んだ」

「はあ!? 行けよ! 大学行けよ!」

「優秀なお姉ちゃんは既に必要な単位を所得済みなのだよ、静馬」

 

 ……落ち着け、オレ。ここで慌てるのは何か違う。後ろでみんなが目を点にして驚いているのを確認してから、心を落ち着かせるために深呼吸を一回。…………ふう。

 

「詳しい話は後で、な」

「うん」

「……すいません、織斑先生」

「気にするな」

 

 そう言う織斑姉の顔は少しばかりニヤけていた。なんかすごく恥ずかしいことしてしまったような気がして、下を向きながら後ろに下がる。

 

「……こほん。それじゃあ、IS学園の皆さんはお部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は更衣室が別館の方にありますので、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも私や従業員の方々に訊いてくださいまし」

 

 女子一同が大きな声は「はーい」と返事をすると、すぐさま旅館の中へと向かっていった。

 ちなみに初日は全て自由時間だ。好きに遊ぶのも良し、旅館の部屋で寝るのも良し、部屋で遊ぶも良しだ。そこら辺は生徒の好きなようにしていいらしい。まったく、色々と自由な学園だな。

 

「ねっ、ねっ! ふかみーん、おりむー」

 

 もそもそ~っ、と這い出るように近付いてきたのは簪の付き人である布仏本音。その後ろには隠れるようにして、簪が立っている。

 

「ふかみんとおりむーの部屋ってどこ~?」

「いや、俺も知らない。俺たち揃って廊下で寝るんじゃねえの?」

「ま、寝れればどこでもいいけどな」

「それはいいね~。私も一緒に廊下で寝ようかなー、冷たいし~」

 

 ……それだとわざわざオレたち男共が廊下で寝る意味がないだろうが。

 

「なあ、簪はどこの部屋なんだ?」

「あ、あっち……本音と一緒」

「かんちゃんと一緒だよ~!」

 

 どうやら二人はクラスが違うにも関わらず同室のようだ。多分だが、学園側が特別に一緒の部屋に割り振ったのだろうな。

 

「へ? 簪って?」

 

 一度も簪に会ったことのなかった一夏が、初めて見る簪の顔に驚く。

 オレとのわだかまりは溶けたものの、一夏に対してはまだらしく後ろに隠れてしまう。

 

「どうしたんだ?」

「簪は四組の代表候補生なんだがな」

「四組にも専用機持ちっていたのか! 俺の名前は織斑一夏。よろしくな」

 

 そう言って即座に手を差し出せるのは、流石の女ったらしスキルと言うべきか。

 

「よ、よろしく……」

 

 その手は取らなかったものの、顔を見せて挨拶だけは返す簪。

 まあ、簪は少し人見知りところがあるからな。仕方ないか。

 

「深見、織斑。お前たちの部屋はこっちだ。ついてこい」

 

 どうやら、オレたちは女子の部屋よりも更に奥の方にあるらしい。まあ、当然といえば当然か。流石に女子の部屋と近い場所に寝泊まりさせるのは少しばかり問題があるのだろう。

 オレは簪に「また後でな」と手を振って、手招いている織斑姉の方についていく。

 

「えっと、織斑先生。俺たちの部屋ってどこになるんでしょうか?」

「いいからついてこい。すぐにわかるさ」

 

 答えは自分の目で見ろってことか。面倒なことは省きたい性格らしい。

 綺麗で清掃の行き届いている旅館の廊下を歩きながら、この建物について考える。外観は歴史を感じさせる古びた建物だったが、内装は近代技術が所々に点在していて、あまり歴史を感じさせない作りをしていた。それに班分けされてるとはいえ、四組まであるIS学園の生徒を全員収容するスペースは中々のものだろう。

 

「織斑の部屋はここだ。そして、深見の部屋はその隣だ。よかったな」

 

 クックックッ、と笑う織斑姉。何がだ……と口に出そうとして、後ろから誰かが視界を塞いできた。

 

「……誰だと思う?」

「…………お姉ちゃん以外にそんなことをする人はこの場にいないだろ」

「正解~♪」

「そういうわけで、深見の部屋は姉と一緒だぞ。嬉しいのではないか?」

 

 後ろからオレの視界を塞いでいたお姉ちゃんが、まるで褒美にキスをするかのように顔を寄せてくるのが気配でわかった。ほんの一瞬、ほんの僅かに躊躇しつつも視界を塞ぐ手のひらからするっと抜け出す。再度掴まれないように手首を赤くならない程度に掴んでから、間合いを取りながら織斑姉に返事を返す。

 

「流石に他の人がいるような場所では素直に喜べませんよ……。それは織斑先生もそうでしょう?」

 

 反撃のつもりで言葉を返したつもりだったのだが、織斑姉は特に気にしたような表情を見せなかった。それどころか、挑発をするかのようなドヤ顔で織斑姉は言う。

 

「そんなことを気にするのは子供だけだ。大人は気にしたりはしないさ」

 

 本当か? 学園と自宅での一夏に対する対応に差は本当にないのか? 

 

「勘違いするなよ、素を見せるのと家族に甘えるのとでは大きく違う。思春期の子供によくありがちなことだが、恥ずかしさのあまり家族をぞんざいに扱うのは褒められたことではないからな」

 

 ……なんて、先生らしいことを言ってみせる織斑姉。

 

「……そうですね」

 

 だからって素直に受け入れてしまうのは流石に違う気がする。まあ、それは家族という形にもよるだろう。織斑家族がそうだったからといって、オレたち家族が同じとは限らないのだ。

 

「えっと、この人が静馬のお姉ちゃんか? すげー美人だな」

「……貴方は静馬のお友達の一夏、くんだったっけ?」

「は、はい」

 

 若干緊張しているのか、上擦ったような声で返事を返す一夏。

 

「そんなに固まらなくてもいいんだよ。そんなに歳も離れてないわけだし」

「そう、ですか……」

「おい、一夏。お姉ちゃんに唾でも掛けたらぶち殺すぞ」

「お、おう……」

 

 少しだけ。割りと本気で殺気を乗せた言葉を一夏に吐き捨てる。

 気付けば一夏ハーレムにお姉ちゃんが入ってました……とかなってたら……オレは……軽く一夏のことを殺してしまうかもしれないな、うん。

 

「……大浴場の方は自由に使えるということにもなっているが、男のお前たちは時間交代制だ。本来なら男女別なのだが……今はIS学園の生徒たちが占拠しているようなもんだ。そういうことで、一部の時間のみの使用に抑えろ。どうしても入りたければ部屋のユニットバスでも使え」

 

 ……ふむ。仕方のないこととはいえ、男の肩身が狭いな。これも女尊男卑の影響だろうか。

 

「さて、説明は以上だ。後は自由にしろ」

「織斑先生は……?」

「私はこの後、他の先生方との打ち合わせもある。だがまあ――――」

 

 軽く咳払いをして、

 

「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたわけだしな」

「そですか」

 

『どこかの弟が』というワードにお姉ちゃんが反応して、ジト目を向けてくるがオレのことじゃねえよ。一夏のことだよ一夏のこと。単に曖昧な表現で誤魔化しただけだろ、アレは。だから『友達のお姉ちゃんを口説いたの? それも先生を?』みたいな顔を向けるのもやめろ!

 

「ま、知ってたケドね」

 

 だったら疑いの目を向けるのはやめろ。

 

「あまり羽目を外しすぎないように。ではな」

 

 そう言って、織斑姉は他のクラスの生徒たちが集まっているだろう部屋の方へと向かっていった。

 

「静馬は海に行くの?」

「まあな。泳ぐのは面倒だが久し振りの海だしな」

「じゃあ一緒に泳ごうぜ」

「仕方ねえな」

 

 オレたちは小さい水着用のバッグを持って、海へと向かう。

 

「気をつけてね、静馬」

「頑張れよ、仕事」

 

 どうせならお姉ちゃんも海に行けたらいいのに、と思わなくもないが……仕事なのだから仕方ないか。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ――死にたくない、と。強く思った日のことを彼は今でも憶えている。

 

 それが彼という人間の原点にして人生最大の分岐点。

 

 故に、求めるのは"人類の見果てぬ夢"である《不老不死》という名の答え。

 

 

 いわく、いかなる傷をも即座に再生する万能の生物。

 いわく、いかなる苦痛にも屈しない最強の生物。

 いわく、いかなる病気にさえかからない理想の生物。

 いわく、いかなる成長さえ拒む永遠の生命を持つ生物。

 

 そして、それに最も近いのは、一人の少女が『宇宙を飛びたい』という無垢なる願いの集大成。

 

 

 ――その名は、()()()()()()()()()()()()()()》と言う。

 




夏だ! 海だ! 山だ!

何だかんだで現実も暖かくなったきた今日此の頃。
というか、暑いくらいで参ってるくらいです。

今回はようやく臨海学校編に突入できて嬉しいです。
ぶっちゃけ、みんなが予想してるような展開にはならない可能性が高いです。この島が吹っ飛ぶレベルのカオスを想像してくれると嬉しいです(にっこり)

ではでは、また!


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8.狂気接続

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 

 オレと一夏で海に向かう途中にある別館で、一夏に想いを寄せている少女である篠ノ之箒と偶然にも出逢った。まあ、それはいいとしよう。別に知らない奴でもないのだからな。だが、問題は目の前にある珍妙な物体にあった。そして、それを見ているとオレの心は何故だか妙にざわつく。まるでその正体をオレが知っていて、それはオレにとって害のある存在であるかのような焦燥感。

 

(いったい、なんだこれは……?)

 

 それは簡単に言えば人工的なウサギの耳だ。本物のように触り心地の良いものなどではなく、メカメカしい科学の集大成とでも言うべき機械仕掛けのウサミミである。しかもウサミミにはご丁寧にも『抜いて下さい』と書かれた付箋がぺたりと貼られている。抜くってナニをだよ。

 

「なあ、これって――」

「知らん。私に訊くな。関係のないことだ」

 

 どうやら、箒はそれに関して触れたくないのだろう。

 

「えーと……抜くぞ?」

「好きにしろ。私にいちいち確認をするな」

「――いや、待て。これは危なくないのか?」

 

 一夏が引き抜こうと手を触れようとした瞬間、オレの鼓動が大きく飛び跳ねた。これはよくない物だと直感がオレに告げる。理由はわからない。だが……。

 

「これはなんだ? というかお前は地面にウサミミが生えてたら何でもかんでも引き抜こうとするのか? もしかしたらこれはオレたちをハメるための致死性のトラップじゃないのか?」

 

 オレは小さな声で『ヴァナルガンド』を呼出(コール)し、即座に照準をウサミミへと合わせる。

 後は指先にほんの僅かな力を入れるだけでウサミミは破壊されるはずだ。

 

「ちょ、ちょっと待った!! そんなの撃ったら束さんが死んじゃうから!!」

「――――」

 

 いま、一夏はなんといった?

 オレの耳には『束さん』と聞こえたのだが……

 

「ど、どうしたんだ?」

「…………いや」

 

 ドクン、ドクン、ドクン、と心臓が張り裂けそうなほどに加速していく。全身が発熱したように熱く感じ、吐き気と目眩が襲ってきた。

 それが我慢し、疑問を解消するために一夏へと質問する。

 

「それで、束さんってのはなんだ?」

「ああ、えっと、その――」

「私の方を向くな。自分で説明しろ」

「ま、まあ……とりあえず抜いてみたらわかる。トラップとかじゃないから安心してくれ」

 

 何か言いづらい事情でもあるのか、一夏は軽い調子でウサミミに手を触れる。その行為自体は何も不思議なことはないというのに、今すぐ銃弾をぶっ放したい衝動に駆られるのは何故か

 

(……何なんだ、これは)

 

 本当に何なのだろうか。

 

「おわっ!?」

 

 一夏の間の抜けた悲鳴に反応して《ヴァナルガンド》を即座に構えるが、何の事はない。思ったよりもウサミミが軽かったというだけの話。それで一夏の奴がすっ転んだだけ……勘弁してくれよ、寿命が半分くらい縮んだかと思った。

 

「いてて……」

「何をしていますの?」

「お、セシリア。いや、このウサミミを抜いてて……あ」

「……? 何ですの?」

 

 数秒ほど一夏とセシリアが向き合って、何かに気付いたセシリアが顔を真っ赤に染める。

 

「!? 一夏さんっ!!」

 

 スカートを押さえているところを見るに、どうやらスカートの中身が見事に見えてしまったようだ。流石は一夏だとおもう反面、先程までの緊張感を返してほしいと切に思ってしまったのは致し方ないことだろう。

 

「す、すまんっ!!」

 

 ウサミミを持った一夏がすごい勢いで宙を飛び、その場に着地して綺麗な土下座をする。

 これがジャパニーズ・ドゲザと海外の観光客に言われる所以か?

 

「この通りだ……っ!」

「い、いえ……不用意に立ってしまったわたくしが悪かったのですわ……それで、何をしていらしたんですの?」

「それは、生えてたウサミミを抜いて束さんを……」

「はい?」

 

 セシリアが素っ頓狂な声で訊き返す。オレと箒の方に視線を向けてくるセシリアだが、オレにもわからん。

 

 その時、空から何か音が聞こえてきた。

 

 ――キュイィィィィィィン……!

 

 何かが高速で飛来してくる……! オレは再度構え、両目の越界の瞳を発動させる。瞬間、身体の感覚が崩壊した。まるでぷつりと切り替わるような感覚。

 

 この現象をオレはよく知っている。極度のピンチに遭遇した際に発動する一種の防衛機構のようなものだ。それがたったいま、簡単に発動してしまった。

 

 ――力を欲するか?

 

 ――目の前の標的を滅ぼすほどの絶対的な力を欲するか?

 

 何者かが脳裏で囁く。

 それは女性を口説くかのような甘い声で。それは弱者を誑かす強者の声で。それは神が告げる神託のように囁く。

 

 ――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 理解不能、理解不能、理解不能、理解不能、理解不能、理解不能――。

 唯一理解できるのは、それが弱者を挫く甘言であるということだけ。

 

 

 ――――意識が、完全に切り替わる。

 

 直後、大きな音と共に飛来した何かは地面に大きく突き刺さった。

 

「「に、にんじん……?」」

 

 一夏とセシリアの声が重なる。突き刺さったのはニンジンロケット。リアルなニンジンではなく、かなりデフォルメされたニンジンだ。そして、それは二つに割れ――

 

「あっはっはっはっ! 見事に引っかかったね、いっくん!」

 

 中から飛び出てきたのは、■■もよく知る人間。童話『不思議の国のアリス』の登場人物であるアリスが着ているようなファンシーな青と白のワンピース・ドレスを纏った人物。その人物の正体は、《インフィニット・ストラトス》の生みの親である篠ノ之束にして篠ノ之箒の姉。

 

「やー、ほら。前にね? ミサイルに直乗りしてたら撃墜されちゃったからね」

「お、お久しぶりです、束さん」

「うんうん。おひさだよいっくん! ところで、箒ちゃんはどこかなー? さっきまでいたよね? トイレー?」

 

 当の本人はセシリアが来た辺りから『付き合いきれん』といった様子でどっかに去っていった。

 

「まあ、いっか。この私が箒ちゃんのためだけに開発した探知機さえあればー、地球の裏側だろうと銀河系の中にいれば即座に見つかるしねぇ。じゃねいっくん。また後でね」

 

 そう言って、その場から立ち去ろうとする篠ノ之束。

 

「――――■■、■■■」

 

 自分が吐き出した言葉を理解するよりも早く、 

 片手で握る《ヴァナルガンド》が火を噴く。

 

 ――ダダダダダダダダッ!

 

 吐き出された弾丸は無防備にも背中を見せる篠ノ之束に向かって飛んでいく。背後から撃ち込まれるは音速の弾丸。それに対応できる人間は存在しない。だが、しかし――相手は稀代の天才にして天災である篠ノ之束。人間の常識が通用するわけがない。

 

「――この束さんに銃を向ける不届き者は誰かな~?」

 

 不可視の壁が全てを受け止めていた。

 

「お、おい! 何をやってるんだ!?」

「し、静馬さん…………?」

 

 全てが撃ち出された後、一夏とセシリアは遅れて反応する。それは正しい反応であり、それこそが普通の人間らしい反応と言えるだろう。■■や篠ノ之束のような気狂いとは違う。

 

 それを無視して、篠ノ之束との会話を続ける。

 

「■■、■■■■」

「――――――」

「■■■、■■■■■■■■――」

「――――――――――――――」

 

 それは日常会話のようでもあったが、今の■■にとっては理解に及ぶ会話ではなかった。

 

 刻一■と、頭から戦■に関する■■以外は抜け落■ていく。

 

 ■要なのは、■■ではなく、■■と■悪だけでいい。

 

 ――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

 

「――■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 一夏の瞳に映っていたのは、小さな戦争風景だった。

 そうとしか言えない。

 パフォーマンスのように正確な射撃に、糸を通すような繊細な動きで躱しながらも、両者はお互いに当たれば即死を免れないような死の息吹を吐き出していた。完全に狂っている。これを戦争と呼ばずして何と呼べばいいのか。

 それは隣に立っているセシリアとて同じ考えだろうことは明白。

 

 静馬は狂ったような咆哮を上げ、戦場に似合わない満面の笑みで対峙する束。

 そのどちらもまさしく狂者のそれであり、平凡な学生である一夏たちには見ているだけで精一杯だ。それを止めようなどという考えが浮かぶはずもなく、ただ見ているだけしかできない。それが普通。

 

「ク、ッハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 静馬の嗤い声に呼応し、彼が持つ《単分子ブレード》が真紅に染まっていく。

 それは故障などではなく、単分子ブレード本来の機能。

 

 単分子ブレードの名称はあくまでも武器の名称であり、正式名称ではない。本当の銘は『超音波振動型水圧ブレード』という。ナノマシンによって圧縮制御された水が皮膜のようにブレード全体を覆っており、その水とブレードを超音波によって振動させることによって、『何でも』斬れるほどの斬れ味を有した科学兵器の集大成である。

 しかし、これはISとナノマシンを応用した最新技術だからこそ成せる技であり、IS以外での実用化は目処すらたっていないのだ。なぜなら、こんなものを普通に運用しようとすれば、故障した際に大量の水が周囲に弾け、武器そのものが崩壊を起こしてしまうからである。つまり、これはIS専用兵器なのだ。

 

 そして、兵器であるからには相応の必殺技が必要。それがブレードの発熱現象(フィーバー)

 

 通常時よりも周波数を更に上げ、ブレードの振動回数が増えることによる発熱現象がそれだ。そうすることによって更なる殺傷能力を獲得することができ、不可視の壁を強引に破壊することができると踏んだのだ。

 事実、それは間違った判断ではない。絶対防御は字面ほどに絶対の代物ではなく、シールドエネルギーを一瞬で全損するほど攻撃を以ってすれば破壊できる。が、もちろん、それは立派な競技規定違反である。普通ならするわけがない。

 

 ――しかし、これは普通の競技的戦闘に非ず。

 

 であれば、そのような気遣いの不要だ。

 

「じゃあな、束。恨むなら自分の創った兵器を恨むんだなァァァァァァッ!

 

 一分の隙もない個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)でもって、静馬は間合いを瞬時にして詰める。後は真っ赤なブレードを振り下ろすだけで呆気なく篠ノ之束の命は終わる。それは確実だった。

 

 一夏は咄嗟に叫ぼうとするが、時は既に遅い。スローモーションのように振り下ろされる攻撃を見ていることしかできない。織斑一夏は無力だった。終わる結果を否定するかのように、思わず目を瞑ってしまう。

 

 ――――終わった。完全に終わってしまった。

 篠ノ之束は死亡し、深見静馬が狂気の笑みを浮かべている最悪の光景が容易に想像できた。

 

 そう思って、目を開いた。

 

「――――――?」

 

 そこには、想像の光景とは程遠い光景が広がっていた。

 

「うん、うん。六十点ってとこかなー?」

「――――――」

 

 あろうことか、束は死の一撃を片手で受け止めていた。

 

不可視の壁(インビジブル・ウォール)を絶対防御と見抜いたのは驚いたけど、そこまでだね。知らなかったのかなぁ? 私が天才天才って言われる前にね」

 

 場に似つかわしくない笑みを浮かべて、

 

「頭脳も、肉体も、細胞単位でオーバースペックなのだよ♪」

 

 束は単分子ブレードを受け止めていた方の手を軽く握る。

 それだけで。単分子ブレードは光の粒子となって『分解』されてしまった。

 

「うん、キミのこと気に入ったよ。でも、少し痛かったからお返しをするねっ!」

 

 身体をくるりと円舞曲(ワルツ)を踊るかのように一回転させ、人体の急所である鳩尾に向けて馬鹿みたいな威力の回し蹴りが炸裂した。束の足に触れたISは光の粒子となって消え去り、生身となった静馬の身体は塵屑のように数十メートルの距離を吹き飛ばされた。

 

「んー、名前はなんて言ったっけ? んー?」

 

 最初から覚える気はなかった名前だったわけで、そんな名前を脳内検索したところで思い出せるわけもない。束にとって身内以外のその他大勢は無名のままでも構わない存在でしかないからだ。

 

「ねー、いっくん! この子の名前はなんて言うの?」

「――――え、えっ?」

 

 一夏は完全に呆けていたため、束の言葉を聞いていなかった。

 それも仕方のないことだ。先程までの光景をいきなり見せられて、それが呆気なく終わった後に尋ねられたのは、先程まで争っていた相手の名前。まるで先程のアレが小さな戦争なのではなく、ただの戯れに過ぎないとでも言うかのようだった。

 

「む。いっくんに無視された……!?」

「ご、ごめん……聞いてなかった」

「なんだぁ、いっくんに嫌われちゃったわけじゃないだねー、しくしく」

「それで、なに?」

「そうそう。この襲いかかってきた子の名前はなに?」

「……………」

 

 一夏は一瞬だけ迷った。名前を素直に言ってしまっても問題はないのかどうか。

 ……別に問題はないだろう。そう判断し、一夏は素直に言う。

 

「俺のクラスメイトの深見静馬だよ。でも珍しいね束さんが人の名前を聞くなんて……」

「――――深見静馬」

 

 これまた珍しいことに、あの束が人の名前を噛み締めるように呟いたのだった。

 

(何が起きているんだ……)

 

「そっか、そっかぁ! 元祖遺伝子強化試験体の生き残りにして神の瞳を持つ忌み子……かぁ。面白い展開になってきたねぇ……」

「………?」

 

 聞き覚えのない単語に頭を傾げるが、束は満足したようにお礼を言う。

 

「ありがとね、いっくん。じゃあ私はここら辺でドロンさせてもらうね♪ またねーっ!」

 

 人間とは思えない跳躍力で兎のようにぴょんぴょんと去っていく束……。

 

 

 ――何はともあれ、こうして静馬と束による戦闘は終了した。

 

 

 




……これを読んだ読者が言いたいことはわかる。

――超展開すぎる、と。

言い訳がなくもないのですが、一つだけ言うと。
この第四章8話を書き直した回数は十を超えるということ。
ぶっちゃけ、初期の文章はこれよりも超展開でした。
結末は全て一緒ですが、過程に差があります。

まあ、そんなことはどうでもいいのですが。

ちなみに次回も「よくわからない」が感想の回になるかなあ、と。
前にも言ったとおり、ここからオリジナル展開が特に目立つ回ですので。
……とりあえず、挫折せずに読んでくれること願ってこれから執筆させていただきます……。


あ、ちなみに私は束さんのキャラが結構好きです。


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9.再び、深層領域

「また、会ったわね」

 

 その声は心に馴染むようにして聞こえてきた。

 意識は暗闇に埋没していたはずだったが、いつの間にか覚醒していたらしい。

 

「いいえ、覚醒はまだよ」

 

 …………まるで心を読んだかのような返事。

 まるでではなく、彼女は間違いなく俺の心を読むことができる存在だ。

 

「たしか、お前は――ヘルだったか?」

 

 思い出すまでもない。彼女は俺であって俺ではない者だ。

 俺の一番の理解者と言っても過言ではないだろう。

 

「飲み込みが早いわね……侵蝕率が高かったからかしら」

「侵蝕率? ああ……俺は飲まれたのか」

 

 こちらも思い出すまでもなく理解する。

 

「ということは、だ。今回も目覚めるまで俺はお前と駄弁ってればいいわけか」

「名前があるんだからお前だなんて呼ばないでよ」

「そもそもの質問なんだけど、お前って人間なのか?」

「…………違う、けど……せっかく名前を用意したんだから呼びなさいよ」

 

 心なしか気落ちしたような表情を浮かべ、上目遣いがちに言ってくる。

 …………待て。心で余計なことを考えるのはよくないな。簡単に読まれるし。

 

「わかったよ、ヘル。で、俺はどうしたらいい?」

 

 周りを見渡してみるが、何一つない群青の世界が広がっている。

 一種の芸術的光景と言えなくもないが、冷静になって考えてみると恐ろしい光景だ。何も考えないでぼっとしていたら自我でさえ消滅してしまいそうな根源的恐怖がある。

 もしも、ヘルがいなかったら。俺は冷静でいられただろうか。

 

「別に何もないわけではないのよ? この場所は貴方だけの空間……つまり、貴方が存在を願えば存在を確立できる」

「なに……?」

「まあ、それは私でも可能なんだけど……何にせよ、試してみたら?」

「試せって言ったってな」

 

 何を願えと言うんだ? 

 

「欲のない人間って言われたことはない?」

「………………」

 

 ……ある。高校入学時に出来た友達に『お前って欲がないのな』と言われたのは記憶に新しい。

 アイツ、元気にしているだろうか。

 

「別に何でもいいのよ。こんなふうに――ね?」

 

 ヘルの手には空のラーメン丼が乗っていた。

 

「ラーメン好きなのか?」

「いやいやいや? 私が好きなんじゃなくて貴方が好きなんでしょ! 忘れたの? 私は貴方であって貴方じゃない存在なのよ?」

「そういえば、そうだったな……」

 

 つまり、俺とほぼ趣味趣向が似通っている、ということか。

 

「いいえ、完全に一緒よ」

「いや、それは違うな」

「何が違うのよ。貴方もラーメン好きでしょ?」

「――なぜなら、それは」

 

 俺は頭の中で世界に確立させる存在を思い浮かべる。

 そして、俺の手には熱々のラーメン丼が乗っていた。

 

「俺が好きなのは空のラーメン丼ではない! ラーメンが好きなのだ!」

「――――」

 

 それにしても美味しそうだな。

 ついでに割り箸の存在も確立させておくか。

 

「よし、いただきます」

「なに食べようとしているのよっ!」

「…………?」

「何を言っているんだこいつは? みたいな目を向けない!」

「いや、思うも何もその通りなんだが……。ラーメンを前にして食べない以外の選択肢があるまいに。それとも食べられないのか? これは」

 

 だとしたら非常に残念だが…………。

 

「べ、別に食べられるけど……」

「ふむ。ではいただきます」

「私が言いたいのはそうじゃなくて――!」

 

 何やら騒ぎ立てるヘルの姿をよそに、俺は割り箸を慎重に割る。

 もしかしなくても、これは割れた状態の割り箸を想像すればそれが存在していたのだろうか? いや、それとも俺が『変に割れない』ようにと思いながら割っている時点で綺麗に割れてしまうのではないか?

 うーむ、この世界の仕組みが何となく理解できてしまったな。ラーメンのおかげで。

 

「…………うまいな」

「そりゃそうでしょうねぇ……」

「なるほどな」

 

 言われるまでもなく俺は理解する。

 俺の好物は俺をよく知る人間であれば、誰もが『ラーメン』と答えるだろう。それほどに好きな食べ物であれば飽きが来てもおかしくはないほどに食べているのが普通だろう。つまり、俺はラーメンの味というものを己の中で確立させているというわけだ。

 

「お前は食わないのか?」

「…………」

「ヘルも食わないのか? お前も好きなんだろ?」 

 

 ……ちっ、面倒な。

 

「何か言った?」

「いいえ、何も言っていません」

 

 ……………………。

 

「別にいらないわよ。この場所で食べたって腹は膨れないし」

「別にお腹の減りは関係なくないか? 味を楽しめよ味を」

 

 ちなみにこれは味噌ラーメンだ。

 

「わかった。わかったわよ。食べればいいんでしょう? …………ん」

「………………?」

「………………ん」

 

 ヘルはこちらに身体をほんの少し近付け、髪をかきあげる。そして、口をそっとこちらの方へ差し出す。

 ………………? 何がしたいんだ? 面妖な。

 

「…………ッ!」

「ぐげばッ!?」

 

 ヘルはその場で一回転し、その運動エネルギーをそのまま利用した回し蹴りが鳩尾に入る。

 おおよそ少女の姿をしているヘルが放ったとは思えない回し蹴りの一撃。

 俺はそのまま数十メートルという驚愕の距離を舞った。

 

「いきなり何しやがる!?」

「それはこっちのセリフでしょ!? あんなの見たらわかるでしょ!?」

「なにがだよ!」

「は、は……ぁ?」

 

 まったくわからない。

 なんで俺は蹴られたんだよ……。

 

「あーあ。ラーメンがぐちゃぐちゃだ」

「ふん……」

「まあ、いいや。これで何の問題もないだろう」

 

 目を瞑り、頭の中で先程まで食べていたはずの味噌ラーメンを思い浮かべる。

 思い浮かべるのは完成品ではなく、不完全な味噌ラーメンだ。もっと簡単に言えば、先程まで食べていた『食べかけの味噌』を想像する。

 

 ――――――これだ!

 

 そうして、目を開くと目の前には食べかけの味噌ラーメンがあった。

 どうやら、成功したらしい。

 

「……馬鹿じゃないの? そんなことに全力を出す必要はないでしょ……」

「失礼な。お前が蹴らなければラーメンだって溢れなかったものを」

 

 ひっくり返したはずのラーメンはこの世界から消失していた。

 たぶんだが、消えたのは俺が『ひっくり返ったラーメン』の存在を否定したためだろう。

 

「仕方ないな。ほら、口を開けろ」

 

 そう言って、俺はレンゲに麺を軽く乗せ、ヘルの口元まで運んでやる。

 

「…………っ!」

「待て待て! もう蹴りはなしだ!」

 

 攻撃の気配を再び感じたので、思わずその場から飛び退く。

 あ、あぶないな……!

 

「……あ。もしかして、さっきのって『食べさせろ』ってことだったのか?」

「…………もう、死んでくれるかしら!?」

 

 シュ――ッ!

 

 空気を裂く音とともに鋭い蹴りが飛んできた。

 まるで爪先にナイフでも仕込んでいるかのような蹴り。不意でもない正面からの蹴りを躱すのは容易いと思われたが、頬を掠る。

 

「ふざけんな! お前は心が読めるかもしれないが、俺はお前の心なんて読めねーんだよ!」

「知るか、バカ――――ッ!!」

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 俺たちの小さな争いは数分に渡って続いた。

 

「は……ぁ……はーーっ……!」

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

 訂正しよう。俺たちは息を整えるのに更なる時間を要した。

 

「で、俺はいつになった目が覚めるんだ?」

「…………そうね、普通だったら目覚めててもいいはずなんだけど」

「もしかして、普通じゃない状態なのか?」

 

 そういえば、俺は何が原因で飲まれてしまったんだっけ。

 何か強敵と対峙したんだったか……?

 

「覚えてないの?」

「あ、ああ……何か強いヤツと戦ったのような記憶はあるんだがな」

「篠ノ之束よ」

「何だって?」

 

 篠ノ之束だって? なんで篠ノ之束が出てくるんだ?

 俺は臨海学校で離れ小島までやってきたはずだが……。

 

「なるほど、ね」

「何がだ?」

「理解できないかもしれないけど、篠ノ之束と貴方は並々ならぬ因縁があるのよ」

「遺伝子強化試験体絡みか」

「いいえ、もっと根源的な問題よ」

「………………」

 

 理由を説明して欲しいものだが、きっとそれをすると俺が壊れてしまうのだろう。それは篠ノ之束に対して発動してしまったことから説明が付く。俺はそれを聞いてしまった時、自分で自分を抑えられないのだと思う。だから、ヘルは俺に詳しく説明することができないのだ。

 

「ごめんなさいね」

「別にいいさ。ヘルが俺のことを考えて言ってくれているってことくらい理解できるからな」

「今日の貴方は本当に理解が早いわね……女心の機微以外は」

「なあ、気になってたんだが……なんでヘルは俺の名前を呼ばないんだ?」

 

 …………………………………………。

 

「さ、そろそろ目覚めるわよ。思い残したことはないかしら? ないわね。じゃあね、また会いましょ」

「――――――――――」

 

 意識が急速に遠くなり、視界が揺らぐ。

 身体のバランスを保てなくなり、その場に倒れるよう膝を付く。 

 いや、それどころか定かではない。

 群青の世界が輪郭を崩し、地と天が絵の具のように混ざり合ったからだ。

 

「――――――――――」

 

 言葉を口にしようにも、その言葉を発するための口がどこにあるのか。

 

「――――――――――」

 

 だが、それでも。俺はこの機会を逃してしまえば、彼女――ヘルともう二度と会うことができないように感じてしまった。何が原因かはわからない。しかし――。

 

「――ばいばい、静馬」

 

 世界は終わる。呆気なく。

 もう二度と、この世界は開かないのだと理解する。

 

 ――世界は終わった(ワールド・エンド)

 

「な……わけ、ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 ――終わって、たまるか……ッ!

 

 ――何も理解せずに、何かが始まる前に終わらせてたまるかよ……ッ!

 

 ――俺が、オレが――オレの■■を守らないで誰が■■を守るんだよッ!

 

 

 その願いが届いたのか、閉じたはずの世界が再び再構築される。

 そして、そこにいるのは――驚いた顔のヘルがいた。

 

「――――――」

 

 音は聞こえない。声も聞こえない。

 それでも、オレは確固たる自信を持って、彼女の手を逃さないように力強く握る。

 

 そうして、今度こそ世界は終わった。

 




ぶっちゃけ、この回は今後の展開のためにある。

次回からの主人公に懐かしさに似た何かを感じてほしい。
まあ、この作品を通して読んでいたらわかると思う変化だと思う。
自分でもうまく表現できているのかは不明だが、頑張って執筆していきたい。
……何せ「平凡な主人公」ですからね(タグにある)

お前の主人公は絶対平凡じゃないぞ、というツッコミはなしの方向で。


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10.再始動、あるいは分岐点

『深見静馬』によっての分岐点。

 あるいは―――、


 

 

 

 

 ――《再起動(リスタート)を確認、生体認証を開始する》

 

 

 ――《識別番号(コードナンバー)R-0003(レオンハルト)と確認》

 

 

 ――《人格情報(パーソナリティ)深層領域(データベース)より読込(ロード)

 

 

 ――《人格情報(パーソナリティ)、深見静馬を確認》

 

 

 ――《――適合完了(フィッティング)

 

 

 水中から浮き上がるような感覚を感じ、俺――深見静馬は目覚める。

 

「――――――ッ」

 

 目を覚まして最初に感じたのは、全身を押し潰すような痛み。まるで全身の骨という骨が砕けたかのような強烈な痛みだった。思わず悲鳴を上げてしまいそうになるが、そこは気合で押し殺す。そうすると全身に力が入ってしまうわけで、更なる痛みが全身を支配するという悪循環。

 

「…………痛い」

 

 我慢できなかった。痛いこと認める言葉が口から漏れてしまった。むしろ、叫んでしまわなかったことを褒めてほしいくらいだ……痛い。

 

《――大丈夫ですか、マスター》

「あ、ああ……大丈夫…………」

 

 ……………………いま、誰か返事をしなかったか?

 

《その推察に間違いはありません。私が返事をしました》

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………誰だ?」

 

 この状況においても、無闇矢鱈に叫ばなかった俺を褒めてほしい。

 脳内に突如として響く無機質な少女の声に対して叫ばなかった自分を……!

 

《マスターは素晴らしいです》

「いやいやいやっ! そうじゃなくてだな……ッぅ!」

《マスター、暴れないでください。マスターは全身筋肉痛状態ですので、急な運動はお控えください」 

 

 ぜ、全身筋肉痛……? 骨が折れてるとか(ひび)が入ってるとかじゃなくて?

 

肯定(イエス)。マスターは全身筋肉痛です》

 

 …………マジですか。

 

《マジです》

 

 なんか急にやるせない気持ちになってきた。全身複雑骨折レベルの怪我を想像していたら、ただの全身筋肉痛だったなんて……。しかも騒がなかった自分はすごいだなんて自惚れていたことが恥ずかしい。筋肉痛の痛みなんて誰でも耐えられるわ。アホか。

 

「そ、そんなことよりも、キミは……」

《熱源反応を確認。80%の確率で人間であると判断します》

 

 気恥ずかしさから話題を逸らそうと思った俺だったか、先程の会話よりも一段落ほど低く無機質な声で少女は人間の接近を伝えてくる。

 

 ガタ――――ッ、と襖が勢い良く開いた。

 

「――――静馬! 起きたのか!」

 

 入ってきたのは、左眼に眼帯を付けているのが特徴的な銀髪の少女だった。外国人でありながら浴衣が妙に似合っているのも特徴的と言えた。彼女の名前は――――

 

「ラウラ、か…………いや、さっき起きたばっかだ」

 

 何か違和感を感じたが、それがなんであったかは既に思い出せない。

 

「心配したのだぞ、急に倒れたと聞いたからな」

「……俺はなんで倒れたんだっけ?」

 

 ――――そうだ、篠ノ之束と戦って負けたんだったな。

 

 いや、どうして戦うことになったんだっけ? 何か理由があったような気もするけど、思い出せない。

 ……まあ、どうでもいいか。

 

「俺はどのくらい寝ていたんだ?」

「約半日だな。もうすぐで夕餉の時間だそうだ」

「夕餉ってお前な。学生が日常会話する表現としては相応しくないんじゃないか……?」

「む。ではこの場合は何と言うのだ」

「普通に夕食でいいんじゃないか?」

「そういえば教官もそう言っていた気がするな」

 

 まあ、当たり前か。生まれが日本ではないラウラにとってはおかしくない表現なのかもしれない。ISの誕生によって日本語が標準語になりかけているものの、まだまだ日本語は世界にとって馴染みは薄いだろうしな。

 

「なあ、ラウラ」

「なんだ?」

「…………とても恥ずかしいのだが、夕食を食べる場所まで手を貸してくれないだろう、か?」

 

 たかが全身筋肉痛。されども全身筋肉痛。全身の痛みで俺は立つことさえままならない身体らしい。きっと、ラウラの協力なくしては広間まで足を運ぶことすら困難に違いない。情けない話だ。ほんとうに……。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 現在の時刻は七時半過ぎ。

 臨海学校の旅程表では七時半から夕食となっていたが、俺が寝込んでいたために遅れているらしい。非常に申し訳ない……。

 

「…………よ、よお」

 

 全生徒の視線が一斉に集まる。

 それもそうだろう。俺のせいで夕食の時間がずれているどころか、美味しそうな食事を前に正座させられて待っていたのだから文句の一つや二つは覚悟しなければいけないだろうな……。

 

「し、静馬さん……!」

「は、はいっ!」

 

 す、すまないっ! 俺のせいで夕食の時間が遅れてしまって……!

 

「もう目覚めたんですのね……! 重傷だと聞いていましたが、大事がないようで安心いたしましたわ」

「……お、おう?」

 

 金髪ロングヘアーの女生徒が文句を言ってくるかと思ったら、普通に心配されてしまった。

 そういえば、彼女の名前は――

 

「…………心配かけたみたいだな、セシリア」

「ええ……ですが、大丈夫そうですわね」

「ま、まあな」

「ささ、こちらにどうぞ」

 

 本当は筋肉痛がめちゃくちゃ痛いけどな! 

 流石にラウラの肩を借りた状態でみんなの前に行くのは恥ずかしかったので、入る前に離れてもらった。ただの見栄である。

 

 セシリアの隣にゆっくりと腰を下ろす。

 ……くぅ、ぅ……筋肉痛の時にする正座は何とまあ、辛い。

 

「な、なあ……本当に大丈夫なのか?」

「……まあ、本当のことを言うと少し痛いけどな」

 

 セシリアとは反対側にいたのは、俺と同じくISに乗ることができる男子生徒。

 

「それよりも悪いな」

「何がだ?」

「俺のせいで夕食の時間がズレたみたいでさ」

「ああ、なんだそんなことか。別に誰も気にしてないと思うけどな」

「そうですわよ? 事情があって遅れたのですから仕方ないですわ」

「……セシリアも変わったよな」

「…………?」

 

 いや、彼女は大体最初からこんな感じだったか。

 

「いや、なんでもない」

 

 どうして彼女とは久しぶりに会ったような感覚になってしまったのか。まだ寝惚けてるのか?

 

「さて、深見も来たことだ。もう夕食を食べてもいいぞ」

『いただきます!』

 

 そう言って、俺たちは夕食に手を付ける。

 

「お、おお。うまいな! 昼も夜も刺身が食べれるなんて豪勢だよなぁ」

「……昼も刺身だったのか?」

「昼は海鮮丼だったよね。ほんと、IS学園は羽振りがいいよ」

 

 昼は海鮮丼だったのか……俺も食べたかったな。

 夕食のメニューは刺身と小鍋。それに山菜の和え物が数品。それに味噌汁とお新香に白米。一見して普通の料理たちだが、なんといってもすごいのは刺身だ。カワハギの薄造りに肝つきという豪快さ。

 毒性のあるフグに比べ、比較的簡単に捌くことのできるカワハギは刺身の中でも人気がある魚として有名である。ちなみにカワハギはフグ目カワハギ科なので、フグの仲間ということになる。なのに毒はないんだな。

 

「あー、うまい。しかもこのわさび、本わさじゃないか。すげえな、おい。高校生のメシじゃねえぞ」

 

 ……おいおい、あまりの美味しさに口調がおっさん化してるぞ。男子高生としてどうなんだよ、おい。

 

「本わさ?」

「ああ、シャルは知らないのか。本物のわさびをおろしたやつを本わさって言うんだ」

「練りわさにもワサビは使われてるんだけどな? というか本わさびってのは日本産の山葵が使用されているっていう一種の皮肉みたいなもんで……って、すまん」

 

 余計な口だしをしてしまった。これを説明するには少しの時間じゃ足りないしな。

 

「ふーん、そうなんだあ……はむ」

「「!!?」」

 

 ――本わさを直で食べた!!? しかも皿に盛られている大盛りのわさびを……。

 

「ぅ~~~~~~~~!!!」

 

 案の定というか、何というか……すごい勢いで鼻を押さえて涙目になる女子生徒。

 ……そうか。わさびという存在そのものを知らなかったのか? いや、学園でもわさび出てたはずだが?

 

「だ、大丈夫か……?」

「ら、らいしょうふらよ……一夏」

 

 ――織斑一夏。ああ、彼の名前は織斑一夏だったか。

 ……何を言っているんだ、一夏の名前が他の誰かであるはずがないではないか。

 

「ふ、風味があって、いいね……。こ、こういうのがわびさびっていうのかな……?

 

 またベタな間違いを……。

 彼女のことは一夏に任せておいて、俺は左隣で何やらうめいているセシリアの方へ顔を向ける。

 

「どうかしたのか?」

「ぃ……い、ぇ、……ょうぶ、ですわ……」

 

 プルプルと全身を震わせ、どこからどう見ても大丈夫じゃなさそうだ。

 

「い、ぃたぁ……だきます……わ」

 

 ズズズ、と。味噌汁を覚束ない手付きで飲んでいた。

 

「なあ、もしかして……」

 

 俺は気付いたことを言ってみる。

 

「正座が不慣れなのか?」

「……! い、いえ、平気ですのことよぉ……。この場所を、獲得するのにかけた労力に比べれば、ぁ、このくらいは……!」

「――そうなのか」

 

 何やらセシリアにはやり遂げなければならない事情があるらしい。それが何かは知らない。が、その努力は賞賛するに等しいものに違いない。

 

「仕方ないな……」

 

 もしかしたらだが、セシリアが難儀にしているのは正座だけではないのかもしれない。IS学園という環境のせいで感覚が麻痺しかけているが、彼女は留学生であって日本人ではないのだ。箸の扱いだって不慣れなものがあるだろうことはすぐに理解できる。しかし、その理解が遅れてしまったのは偏に彼女の努力あってのものではないのか、と俺は思うのだ。

 

「ほら、俺が食べさせてやるよ。これなら楽に食べられるんじゃないか?」

 

 人に食べさせてもらうなんて屈辱的だ、と以前の彼女なら言ったのかもしれない。が、今の彼女は自分の間違いを正した後のセシリアだ。だったら、きっと俺の手助けだって受け入れてくれるはずだ。

 

 そして、案の定。

 

「い、いいい、いいのでぅか!?」

「ああ、もちろんだ。わさびは少量でいいよな……あーん」

「あー……」

 

 ん、と言おうとした瞬間。

 

「あああーっ! せっしーずるい! 何してるのよ!」

「深見くんに食べさせてもらうなんてズルいんだー!」

「卑怯者!」

「インチキ! イカサマ! ズル! ドロボウ!」

 

 お前たちは歴とした日本人だろうが! あとドロボウは何かが違うんじゃないか?

 

「ずるくなんてありませんわ! 隣の席の特権ですわ!」

「それがずるいのよ!」

「私にも食べさせてよぉ!」

 

 別に隣の席だからってわけじゃあないがな……。セシリアが頑張ってたからやっているだけであってだな。

 

「はやくはやくっ!」

「あーん!」

 

 ええい、うるさいな!

 

「お前たちは静かに食事することができんのか!!」

 

 ――織斑千冬だ。訂正、織斑先生だ。

 その声によって一瞬で全員の和気藹々とした声が聞こえなくなる。

 

「お、織斑先生……」

「ほぉ? どうやら、体力があり余って仕方ないらしいな。よかろう、今から砂浜をランニングするという訓練を言い渡してやろう。そうだな……距離は50キロもあれば十分だろ」

「いえいえいえいえ! とんでもないです! 静かに、食事をします!!」

 

 そう言って各自静かに食事をし始めた。

 

「織斑、深見。あまり騒動を起こしてくれるな。鎮めるのは面倒だ」

「……はい」

 

 俺のせいなのかぁ……? こんなのぜったいおかしいよ。

 

「えっと、まあ、なんだ。普通に食べるか」

「ええ、……はい」

 

 何やら納得がいかない様子のセシリア。俺も同じだ……。

 

「まあ、静かにならいいか。ほら、あーん」

「えっ!? い、いいんですの!?」

「ん? まあ、あまりやってると外野がうるさいだろうけど、アレの後で騒ぐやつはいないだろうしな」

「で、では……あーん」

 

 そうして、今度こそセシリアに食べさせてあげることに成功した。

 ……どうでもいいことだが、箸を空中で静止させるというのは筋肉痛時にはかなり痛いということがわかったのだった。

 

《…………マスターは見栄っ張りですね》

 

 うるさいなあ。人は見栄を張る生き物なんだよ。

 

《なるほど。つまり、マスターは見栄っ張りであると認めるわけですね》

 

 ………………どうやら、俺はこの謎の少女に口では勝てないみたいだ。

 

 セシリアに食べさせながらも、俺はあまり食べる機会のないであろうカワハギを味わいながら食事を進めた。

 




どうでしょうか、平凡な『深見静馬』という人間を感じたでしょうか。

静馬が作中で名前を思い出せない条件は色々とありますが、最も簡単なものとしては『好感度の低い人物はスムーズに思い出せない』という条件です。
つまり、この中で最も好感度が高いのはラウラということに。次いでセシリア。

まあ、シャルルのことを思い出していないのは別の理由があるんですが……言ってしまうと名前の不一致ですね。

あまり詳しく語ってもあれなので、ここまでにしましょうか。

あ、もう一つだけ言っておくと織斑先生を速攻で思い出したのは、好感度云々ではなく一夏繋がりで思い出していただけに過ぎません。


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11.恋する乙女たち

恋する乙女たち(ガールズトーク)




食後には温泉。心なしか全身筋肉痛も多少は癒えたように思える。

 一夏とは風呂上がりの定番中の定番であるコーヒー牛乳一気飲みを終えてから、俺は火照った身体を冷ますという理由で別れた。

 

 そして、その帰り道。

 

「いつつ……流石に数時間じゃ筋肉痛は癒えないか」

 

 身体を駆け巡る痛みに悪態を吐きながら、俺は自分の部屋の近くまでやってきた。

 

 ――ところが。

 

 俺の部屋の隣――織斑姉弟の部屋の前、その入り口に群がっている女子三名。

 いかにも怪しいことしています、と主張しているかのような後ろ姿に、俺は声をかける。

 

「鈴? 箒にセシリアまで何をして――?」

「シッ!!」

 

 言い終えるまでもなく、俺の口をはしっこい動きで俺の口を塞ぐ。急な女子との接近に鼓動が跳ね上がったが、顔まで赤くならないように気合で押し込める。

 

 意識を別のことに集中させていると、何やら襖の向こうから声が聞こえてきた。

 

『千冬姉、緊張してる?』

『そんな訳があるか。――んっ! す、少しは加減をしろ……」

『はいはい。んじゃあ、ここはどうだ……っと』

『くぅっぁ! そ、そこは……っ、やめっぅう!」

『すぐにいい具合になるって。何せ久しぶりだしな』

『ああぁっ!』

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「こ、こ、これふぁ……がっ?」

 

 鈴に口を塞がれた状態でふがふがと俺は言う。

 衝撃的な現場だ。まさか一夏と織斑先生がこんな関係だったなんて……。まあ、そりゃあ確かに一夏と織斑先生は異様に仲が良いとIS学園でも噂にはなっていたが……それにしたってなあ?

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 それに対する返事はなく、三者ともに沈んだ表情をしている。

 

『上手い弟がいるといいですよねぇ、織斑先生』

『あ、ああっぁ! そう、だな……』

『……えっと、静馬のお姉さんもどうですか?』

『んー、どうしよっかなぁ~』

 

 そこにはもう一人の声が混じっていた。その声は俺が最も聞き覚えのあるであろう声で、その人は――

 

 ――誰、だっけ? 

 

 …………名前が思い出せない。顔が思い出せない。声がブレる。俺が知っていなければ、いけないはずの人を俺は思い出せない……よく考えろ、その人は俺の…………、俺の………………、

 

《――■■、■■■■■■■■■■■■■■。名前は深見神夜》

 

 その声はノイズ塗れでほとんどが聞き取れなかったが、名前の部分だけは確かに聞き取れた。

 

 ――そうだ、俺の家族にして唯一無二の姉だ。

 どうして、そんなことを忘れていたのか。

 

 いや、今はそんなことよりも、だ。

 どうしてお姉ちゃんは一夏と織斑先生の部屋にいるのだろうか?

 もしかして、まさか……三人で怪しい行為に及んでいるとでも言うのか……!?

 

 俺は思わず拳を力強く握り締める。

 

『じゃあ、次は――』

『一夏、少し休憩だ』

『…………?』

 

 二人の声が唐突に途切れる。先程まで聞こえていた怪しげな声も、衣擦れのような音も聞こえなくなる。まるでその部屋から人という気配が消え、誰もいなくなってしまったかのような……。俺はよりいっそうに意識を集中させ、中の様子を探るが――――!?

 

 ――バンッ!!

 

「「「「へぶっ!!」」」」

 

 思いっ切り襖が崩れ、俺たちは雪崩れ込むようにして部屋の中への突撃を余儀なくされる。

 

「何をしているか、馬鹿者どもが」

「は、はは……」 

「こ、こんばんは、織斑先生……」

「さようならっ!」

「いい夜ですね、は、ははっ……」

 

 我、逃走を開始ス――。が、すぐに捕縛されてしまう。鈴と箒は首根っこを掴まれ、セシリアは浴衣の裾を器用な足技で絡め取られ、俺は空いた方の足で簡単に転ばされてしまう。

 呆気ない終わりである。IS対生身であっても織斑先生には勝てる気がしないのは恐ろしい。

 

「盗み聞きとは感心しないが、今はプライベートだ。とにかく入っていけ」

 

 予想外の言葉に俺たちは目を丸くさせざる負えなかった。

 

「ああ、そうだ。他の奴等――ボーデヴィッヒにデュノア。それから更識にハミルトンも呼んでこい」

「は、はいっ!」

 

 まるで上官と部下だ。国家代表候補生は国の代表であるとともに、IS知識の他にも各軍事的訓練を受けていると聞いている。そのせいだろうか、彼女たちの敬礼が様になっているのは。

 

 鈴と箒の二人は駆け足で他のメンバーをを呼びに行ってしまったが、セシリアは着崩れた浴衣を正しながら部屋へと入る。俺もそれに続いて入った。

 

「おお、静馬。どうしたんだ?」

 

 適当に座ってくれ、と一夏が言うので手近な場所へと腰を下ろす。正座は辛いので胡座だが見逃してほしい。

 

「いや、どうしたってか……俺のお姉ちゃんもいるし何をしているのか気になってだな」

「んー? 何をしてると思ったのかなぁ?」

「……うるさいな」

 

 俺が変な勘違いをしていたことを察したのか、ニヤニヤと確信的な笑みでお姉ちゃん尋ねてくるので、俺は目を逸らす。

 

「……? なんだと思ったんだ?」

「お前も聞いてくるんじゃねえよ!」

 

 元はと言えば、紛らわしい行為をしていた織斑姉弟が悪い。それを勘違いしてしまう俺たちは悪くないはずだ。

 

「ま、何でもいっか♪」

 

 何やら上機嫌な様子のお姉ちゃん。

 

「そういえば、静馬もマッサージが得意だったよね?」

「お、そうなのか? もしかして静馬も家族にやってあげてたパターンか」

「……そーだな」

 

 何かプライベートな情報明け透けになっていきそうな気配だが、一応は頷いておく。

 

「あ、いいこと思いついたよ~♪」

「……限りなく嫌な予感しかしないんだが」

「静馬もマッサージしてあげればいいんだよ! んー、相手はセシリアちゃんとかでどう?」

 

 ……やっぱりだ。俺の予感は的中した。いや、これは予感とかじゃないな……経験に基づく直感だ。

 

「え、ええっ!? わ、わたくしですか!?」

「うん。もしかして静馬にマッサージされるのイヤだとか?」

「そ、そそ、そんなことありませんわ!」

「じゃあ何の問題もないね。ささ、布団に横になりなさいな~」

 

 ポンポンと布団を叩くお姉ちゃん。あの……それって一夏か織斑先生の布団なのでは?

 そう思って二人に目を向けるが、別に構わないとでも言いたげな視線を送ってくる。

 

「……っ、あー、あのさ」

「……ん? もしかして、女の子が相手だから緊張してるの~?」

「そんなわけ、ないだろ」

 

 少し、ほんの少しだけ、そういう気持ちもなくもないが……別にそういうつもりの発言ではない。

 それに女の子相手のマッサージはこれが最初ではない。

 

 そうではなくて。

 

「マッサージをするのはやぶさかではないんだけど」

「けど?」

「残念なことに筋肉痛が酷くてそれどころじゃない」

 

 マッサージをするのにも色々と力を使うのだ。

 

「ふーん。ま、いっか……外で聞き耳を立ててる子たちも待ってるみたいだし」

 

 部屋にいる全員の視線が襖の方へ向き、外で聞き耳を立てている生徒たちは数秒の沈黙をもって、ゆっくりと襖が開かれる。そこにいたのは六人の女生徒たち。箒、鈴、わさびを直で食べた女生徒、ラウラ、簪、ティナ。

 

「思ったよりも大所帯になってしまったな。まあ、いい……ほれ、全員好きなところに座れ」

 

 部屋の主である織斑先生に手招きをされ、みんなはおずおずと部屋に入ってくる。とはいえ、流石に部屋のスペースの問題もあるので入ってきた順番に腰をおろしていく。

 

「えっと、先にお邪魔していた私が言うのも何だけど、お姉ちゃん邪魔じゃない、かな?」

「別に構いませんよ。それにお姉さんとしては弟の交友関係が知れる良い機会でしょう」

「そう言ってくれると助かります、織斑先生」

 

 ……姉に自分の交友関係を知られるのは何だか気恥ずかしい気分だ。

 

「まあ、お前らはもう一度風呂にでも浸かってこい。部屋を汗臭くされては困るからな」

「ん。そうだな」

「いや、俺は……」

「ふふ、織斑先生は女子トーク的なことをしたいと言っているのよ」

 

 …………なるほど。でもなあ、お姉ちゃんを残して部屋を離れるのは些か不安なわけだが。

 

「……じゃあ、俺も風呂に入ってくる。あんま変なこと言うなよな、お姉ちゃん」

「ほいほい」

 

 そうして、俺たち男子は追い出されるようにして部屋を出たのだった。何もないことを祈ろう。知らぬ間に俺の変な情報を話されていたら辛い。できれば俺に伝わらない方向で頼むぞ……。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「………………」

 

 一夏は「くつろいでくれ」と言い残して退室したが、その部屋を支配するのは謎の緊張感と長い沈黙。それを最初に破ったのは最年長である千冬だった。

 

「おいおい、この部屋は葬式会場なのか? いつものバカ騒ぎはどうした」

 

 半ば呆れたように言ってのける千冬に対して、

 

「い、いえ……そのぉ……」

「織斑先生とこうして話すこと自体が……えっと」

「は、はじめてですし……」

 

 返事を出来たのは中でもそこそこに付き合いのある三人だけだった。

 

「まったく、困った奴等だな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

 いきなり名指しされ、箒はびくっと肩を跳ね上がらせる。このような雰囲気で飲みたい飲み物などすんなりと出てくるわけもなく、困り果てて苦笑を浮かべることしかできなかった。

 それを何でも良いと解釈したのか、千冬は旅館備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を五人分取り出していく。

 

「ラムネ、コーラ、サイダー、オレンジ、スポーツドリンク、コーヒー、紅茶、炭酸水だ。さあ、好きなのを各人で分けて飲め」

 

 冷蔵庫に入っていた飲み物がピンポイントで狙い撃ちしているかのような品揃えであったが、各人は喧嘩することもなく交換会が開かれることもなかった。

 

「じゃあ、乾杯しよっか~! かんぱーい!」

「か、かんぱーい」

 

 神夜の乾杯の合図とともに、全員は飲み物を口にする。

 ごくり、と喉がなる瞬間を見て、千冬はニヤりと笑みを浮かべた。

 

「飲んだな?」

「え? あ、はい?」

「の、飲みましたけど……」

「何か変な物が入っていましたの!?

「失礼なことを言うなバカめ。なに、ちょっとした口封じみたいなものだ」

 

 口封じ? と女子たちは首を傾げる。

 そう言って千冬が新たに取り出したのは、星のマークが目を惹く缶ビール。

 プルタブを引き上げると、カシュッっと耳心地の良い音を立てながら炭酸ガスと泡が飛び出る。それを溢さないように口で飲み、そのまま千冬は喉をゴクゴクと鳴らし豪快とも言える勢いで一気に呷った。

 

「おー、いい飲みっぷりですね織斑先生」

 

 女子連中が唖然としている中、その飲みっぷりを称えるのは静馬の姉である神夜。

 

「ぷはぁっ。お前は酒がいける年齢か?」

「いいえ、先生。私はまだ未成年ですので」

「ふむ。それでは仕方ないな……」

「…………」

 

 その光景にIS学園の女子生徒たちが唖然としているのは、当然と言えば当然のことだった。『織斑先生』とは規則と規律を重んじる先生で、常に全面厳戒体勢な人物であったからだ。そして、たったいま目の前にいる『織斑先生』はそんな印象など一瞬で破壊してしまうほどのインパクトがあった。

 

「おかしな顔をする奴等だな。私だって普通の人間だぞ? 酒くらいは普通に嗜むさ。それとも、私が消毒用アルコールでも飲むような人種に見えるのか?」

「い、いえ……そういうわけでは」

「ないのですが……」

「でも、その……今は……」

「仕事中なんじゃ……?」

「問題行為なのでは……?」

 

「堅いことを言うな。それに、飲み物をやっただろう」

 

 その言葉に思わず全員が手元の飲み物に視線を移す。そこでようやく飲み物の意味を理解し、「あっ」と声を漏らした。

 

「さて、前座はこのぐらいでいいだろう。喋れてない奴もいるみたいだしな」

 

 千冬が今まで喋っていなかった簪に目を向けながら、今日の本題とでも言わんばかりの話題を投下した。

 

「ぶっちゃけて聞くが、あいつらのどこがいいんだ?」

「おっ。それ私も聞きたいな~!」

 

 名前こそ出してはいないが、この場の全員が誰を指した言葉なのか把握していた。

 

「わ、私は別に……以前よりも弛んでいるのが気に食わないだけですので」

 

 と、飲めていないラムネを傾けながら箒。

 

「あ、あたしは、腐れ縁なだけだし……」

 

 スポーツドリンクのキャップを手で弄びながら鈴

 

「わ、わたくしは……その、勝った者として尊敬しているだけです」

 

 背筋を張り、堂々とした態度でどちらを指しているのかわからない言葉で言うセシリア。

 

「そうかそうか。では深見のやつに伝えておいてやろう」

 

 しれっと名前を言い当て、顔を真っ赤にさせてセシリアは詰め寄る。

 

「なっ! し、静馬さんとは言っていないですわよ!?」

「ふふふ、その反応は怪しいなぁ」

「お、お姉さんまで!?」

 

 その様子あっはっはっと活気な笑い声を上げ、二人は飲み物を喉に流す。

 

「僕――あの、私は……その、優しいところが……」

 

 次にぽつりと言葉を溢したのは、シャルロットだった。声の大きさとは裏腹にそこには大きな意志と力強さがあった。

 

「ほう。だがなあ、あいつは誰にでもあんなんだぞ」

「そ、そうですね……そこは、少し悔しいかなぁ……」

 

 あははと照れ笑いしながら、手で熱くなった頬をパタパタと扇ぐシャルロット。恥ずかしがりながらも自分の気持ちを言えるシャルロットが羨ましいのか、前の三人はじっとシャルロットを見つめた。

 

「で、お前は」

 

 いつもなら先んじて答えていてもおかしくはないラウラに、千冬は話を振る。ラウラは特に何でもないといった風雨な感じで言葉を発する。

 

「――強いところでしょうか。それに私は静馬に対して別段浮ついた気持ちを抱いているわけではありません」

「言うほど強いか? 冷静に思い返して見ると技量の高さは中々のものだが、負け続きだろ」

「いえ、少なくとも私よりは強いです」

「じゃあさ、ラウラちゃんは静馬のことはどんな風に感じてるの?」

「らうら、ちゃん……?」

 

 その呼び方に引っかかるものを感じたラウラだったが、素直に答えを出す。

 

「……そうですね、私にとっては兄のような存在でしょうか」

「ほー、兄のような存在かぁ……それはそれで恋人とかよりも重いような?」

「そ、そうでしょうか?」

「まー、私はこんな可愛い子が私の妹だったら嬉しいけどねぇ」

 

 それに対してラウラは苦笑いを浮かべながら、小さく「恐縮です」とだけ返した。

 

「んー、織斑先生の弟の一夏くんはモテモテなのに静馬は不人気じゃないー? 静馬のことを好きなのセシリアちゃんだけなの?」

「で、ですから私は……っ!」

「はいはい。ツンデレ乙だよ、セシリアちゃん」

「……ぐ、ぅ…………」

 

 適当な感じであしらわれ、セシリアは悔しそうな表情でゴクゴクと手元の紅茶を一気飲み。そこには優雅さの欠片も存在してはいなかった。

 

「そこら辺をどう思う? あんまり喋ってないお二人さん」

 

 急に向けられる矛先に先程まで沈黙を貫いていた二人はビクッと肩を跳ね上がらせる。

 

「わ、私……?」

「…………ぅ」

「うん、君たち。ド直球に聞いちゃうけど、うちの静馬のこと好き?」

 

 自分の思ったことを口にするのが苦手な簪はともかく、思ったことを口にできるティナですら言葉に詰まってしまう。何か答えなければ、と思ってティナが口にしたのは、これまた直球な言葉だった。

 

「……好きだよ。女子校同然のIS学園に入ってきた男子っていう特別感からくる錯覚なのかもしれないけど、私は静馬のことが好きだよ」

「お、おおおおー! 聞いてる方が恥ずかしいくらいの正直っぷりにお姉ちゃん感動しちゃった!」 

 

 神夜はティナに詰め寄り、もじもじとさせている手をがしっと掴んでブンブンと振り回しながら握手をする。

 

「じゃあ、次は青髪の子の番ね♪」

「っ…………」

 

 どうやら、神夜は簪のことを見逃す気はないらしい。静馬に興味はないと言い切ってしまえばそれだけの話なのだが、簪にとって静馬は今までのような興味のない対象ではないのだ。

 数秒の沈黙をもって、簪は左右の人差し指を合わせながら恥ずかしそうに答える

 

「………………、その……、静馬はIS学園に……来てから最初の友達だし……つ、つつ、付き合うとか、お、思わなくもない、けど…………」

 

 声が小さすぎて、あまり聞こえなかったが……神夜にはきちんと最後まで聞こえていた。

 

「ほほー。一夏くんのことが好きな子が3人と静馬のことが好きな子が3人……見事半分に別れたねぇ。そこのところどう思いますか織斑先生」

「そうだな……。まあ、目の付けどころは悪くないだろうな。一夏のやつは家事も料理のもなかなかのものだし、さっきも見たようにマッサージもうまい」

「うんうん。静馬も一人暮らしができる程度には料理うまいよー。まあ、私には及ばないけど」

「というわけで、あいつらと付き合える女は得だと言えるだろうな。欲しいか?」

「欲しい?」

 

 その発言に全員が顔を上げる。それは兄のような存在だと言ったばかりのラウラも例外ではない。最初に尋ねたのは箒だった。

 

「く、くれるのですか……?」

「やるかバカ」

「私は別に構わないけど、タダってわけにはいかないよね~? そこはやっぱり私のことなんて気にせずに力づくで奪い取っていかないとさ」

 

 それには千冬も同じ思いなのか、力強く頷いた。

 

 そして、女子だけのガールズトークは気を利かせた一夏と静馬が帰ってくるまで続いたのだった。

 

 

 




こういうシーンの描写は苦手です。
あとお姉ちゃんの口調が完全に迷子です……こんなはずでは。
正規ヒロインではないので……って言い訳を。

あと。作中でも言っているようにラウラは恋愛感情はないです。だから原作一夏にしていたように嫁発言をしていないのです。はい。

……千冬は恋する乙女ではないって? あははー


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12.合宿二日目

運命の日、七月七日。


 ――七月七日 合宿二日目。

 

 今日は丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われることとなる。

 一日目は丸一日自由時間で今日は丸一日試験運用のデータ取り……バランスというものを考えてほしいものだ。

 

「ようやく全員集まったか。――おい、遅刻者」

「は、はいっ」

 

 遅刻者という不名誉な称号を授かったのは、まさかのラウラだった。

 元ドイツ軍人……いや、現在もドイツ軍人の彼女が集合時間に五分も遅れてやってくるのは相当珍しい。それもドイツ軍時代の教官である織斑先生が定めた時間であるにも関わらずに、だ。

 

 慣れない海で活動に疲労でも溜まっていたのだろうか? 

 

「ISコアが持つコア・ネットワークについて説明してみろ」

「は、はい。ISコアにはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを保有しています。これは元々の設計である広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので、現在は開放回線(オープン・チャネル)個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)による操縦者同士の会話など、通信に使用されています。それ以外にも『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が各自で行うことで、様々な情報を自己進化の経験値に変換していることが近年の研究でわかりました。また、これらの情報は製作者である篠ノ之博士が自己発達の一環として無制限展開を許可したため、現在も進化の途中であり、全容は掴めていないとのことです。ですので今後、第四世代や第五世代といったISが誕生するかもしれません」

 

 いきなりの振りに対しても、特に動揺せずにラウラは教科書に書かれている項目を読み上げるかのようにスラスラと口にしていった。

 先程の説明を要約すると……ISの宇宙空間での活動を想定されて創られた篠ノ之束の夢の結晶であり、全容は各国の天才ですら解明できていないということだ。つまり、篠ノ之束は凄い天才であるということの証明だな。時代の先取りという点では現代のニコラ・テスラといったところだろうか?

 

「流石に優秀だな。遅刻の件は見なかったことにしてやろう」

 

 納得したよう織斑先生の発言に、緊張していたラウラがふうと息を吐く。

 

「さて、各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に開始しろ。一分一秒の遅れが大事だと知る良い機会だぞ?」

 

 全員が大きな声で返事をし、各々に装備試験へと向かっていく。一学年全員がこの場に集まっているのにも関わらず、誰もが統率された軍人のように散っていく姿は感嘆の息を漏らさずにはいられない。

 

 ちなみにだが、俺たちが現在いる場所はIS試験用に特別加工されたビーチで、四方を人工的に切り取ったような崖の上におり、四方には周辺に被害がでないように簡易的な遮断シールドが展開されている。これはアリーナのものほど頑丈なものではないが、単体攻撃程度では破壊されない代物だ。流石に複数機で攻撃したら壊れるけど。

 

「ああ、篠ノ之。お前はこっちだ」

「お前には今日から――」

 

 そう言いかけた時だった。

 

「ちーちゃ~~~~~~~~~~~~ん!」

 

 人間が空から降ってきた。それも奇抜な格好をした女性が。

 その人物を俺はよく知っている気がする。そう、さっきも名前が出ていた――

 

「…………束」

 

 織斑先生は心底うんざりしたような声を吐き出す。

 

 ――そう、彼女は篠ノ之束。ISの開発者にして全世界で比類なき天才中の天才。生で見るのは初めてだが(、、、、、、、、、、、)、相変わらず常識外れの人物であるということは変わらないみたいだった。彼女にとって遮断フィールドなんて障害ですらないのかもしれない……。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を高め――ぶべらっ!?」

 

 騒ぎ立てる束の顎に織斑先生の見事な掌底が入り、束は宙を再び舞う。そのまま頭から落下するかのように見えたが、宙でくるりと回転し綺麗な着地をしたのだった。

 顎に掌底なんていれられたら軽い脳震盪を起こすはずなのに……天才は肉体面でも優れているのだろうか。胸も大きいし。

 

「うるさいぞ、束」

「ぐぬぬぬ、相変わらずの容赦ないね、ちーちゃん」

 

 さて、と呟いた束はくるりとその場で翻し、今度は妹である箒の方へと顔を向ける。

 

「やあ!」

「…………どうも」

 

 テンションがハイテンションマックスな束に対して、箒の対応は冷めていた。前々から察してはいたが、家族仲は良好とは言い難いみたいだ。

 

「えへへー、久し振りだねっ! こうして会うのも何年振りかなっ? おっきくなったねえ、特に箒ちゃんのおっぱいが!」

 

 がんッ!! と、スパナで殴ったかのような殴打音。

 

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ!? し、しかも日本刀の鞘でぇ! ひどいひどいよ箒ちゃん!!」

 

 流石に日本刀の鞘で殴られれば痛いのか、僅かに涙目になる束。

 その様子を俺を含めた一学年の全員がぽかんと眺めている。言うなれば身内ノリを見る赤の他人状態とでも言えばいいだろうか? それ似たようなものだ。まあ、少し違うと思うけど。

 

「え、えっと、この合宿では関係者以外――」

「ん、むむ? 奇妙奇天烈なことを言う子だね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいて他にいないと思うんだけど? んん?」

「えっ、あっ、は、はい! そ、そうですよね……」

 

 あっさりと負ける山田先生。今の発言は隙だらけの発言だよ! まだ言い返すべき点はあるよ! この合宿はIS関係者参加ではなくIS学園関係者のみ参加可能っていう……点がね。まあ、それで引き返すような人物ではないと思うけどさあ。

 

「おい。自己紹介くらいはしろ。うちの生徒が困り果ててる」

「えー、めんどくさいよぉ……私が稀代の天才の束さんだよ。はろー。はいおわり」

 

 おおよそ自己紹介とは言い難いものだったが、その発言で周りはようやく目の前の人物がISの開発者であることを飲み始めたのか、がやがやと騒がしくなる。

 

「……はぁ。もう少しまともにできんのか、お前は。……出来ないんだろうな……はぁ」

 

 あの織斑先生が束の登場によって一瞬でやさぐれてしまった。これでタバコでも吸ってれば完全に失業者のような雰囲気すら出てきそうだ。

 

「むぅー。ひどいなあ、ちーちゃんは。もっと束さんを敬うべきだよ?」

「うるさい、黙れ」

 

 あと一つ言うとですね、織斑先生。そういう風なやり取りが生徒を困惑させる原因の一つだと思うんですよね、俺は。

 

「え、えっと……この場合、どうしたら……」

「ああ、こいつの存在は無視して構わない。というか徹底的に無視した方が身のためだ。山田先生は各班のサポートに専念をお願いします」

「わ、わかりました」

「むっ。ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。このおっぱい魔神めが! これで誑かしたのかぁぁぁぁ~!」

 

 そう言うなり、忍者のような動作で一瞬のうちに山田先生の背後へと回り込み、山田先生の豊満な胸を両手で鷲掴みしてしまう。

 

「きゃああっ!? な、なんっ、なんなんですかぁっ――!」

「ええい、よいではないかよいではないかー!」

 

 …………何とも羨ましい。じゃなくて、何なんだこの変態は……これがISの開発者だなんて信じたくない。

 

「やめろバカ。胸なら自分のを揉んでいろ」

「てへへ、ちーちゃんはえっちだなあ」

「死ね」

 

 本気で殺意の乗った言葉と共に、本気の蹴りが束の顔に炸裂。これまた見事に砂浜までぶっ飛んでいく。間違いなく今のは致命傷だったが……特にこれといったダメージも感じられない動きで立ち上がった。この人は本気で人間なんだろうか? 実は宇宙人の類でISも未知のテクノロジーではないのか? という思いが出てくる。

 

「そ、それで……頼んでいたものは……?」

 

 躊躇いがちに箒が尋ねる。

 

「ふっ――ふっふっふ。それは既に準備完了だよ。さあ、大空をいざ刮目せぇぇぇぇい!」

 

 びしっと、天に浮かぶ太陽を指差す。それに釣られるようにして、他の生徒たちも空を見上げる。俺もサングラスの濃度を上げて空を見上げる。

 

 ピカーンッ!

 

「……っ!」

 

 太陽が何か光ったと思ったら、激しい閃光と衝撃が襲う。そして、地上には何かの金属の塊が砂浜に刺さっていたのだった。

 銀色に輝く白銀の箱は、次の瞬間には壁がパカっと開き……その中身が露わになる。

 

 ――そこには、

 

「テッテレー♪ これぞ箒ちゃん専用機こと『赤椿』! 全スペックが現行のISを完全に上回る束さんお手製ISだよ!」

 

 真紅の機体。その機体は束の言葉に反応し、自動で各アームが駆動し始め、外へと出てくる。

 全スペックを完全に上回る、その言葉に間違いはない雰囲気が確かにあった。

 

《――第四世代型IS、近距離主体万能型(マルチオールタイプ)。赤椿》

 

 時折り聞こえてくる平坦な少女の声が、俺に赤椿の機体性能を教えてくれる。

 

(ノー)ですマスター。私は基本的に受動タイプですので、話し掛けられなければ反応しません》

 

 そうなのか……つまり、俺から話しかければ反応してくれるということか。

 

(イエス)。私は二十四時間体制で貴方を見ていますので》

 

 それは……俺のプライベートとかに問題があるのではないだろうか!?

 

《……? 道具に見られて困る人間がいるのでしょうか。……どうしても見られたくないと言うのであれば、その時は右薬指に嵌められているISをお外しください》

 

 謎の少女はあくまでも平坦に、平常に、無機質に告げる。そこに彼女の意志はなく、ただあるがままに答えているのであると実感させられる。

 

 そんな風に謎の少女と話している間に、現実では話が進んでいた。

 

「――はい、フィッティング終了~。超速いね。さすが私。

 

 どうやら、ISのフィッティング作業が終わったところのようだ。さす束。

 

 それにしても、白式といい赤椿といい近接メインの兵装なんだな……腰にも左右一本ずつ日本刀型ブレードが帯刀されてるし……。ちなみに兵装名は何て言うんだ?

 

《――右側の兵装は雨月(あまつき)。単一仕様の兵装です。射程は自兵装《ヴァナルガンド》に匹敵。次に右側の兵装は空裂(からわれ)。こちらは対集団仕様の兵装です。斬撃に合わせて攻性エネルギを放ち、振るった範囲に自動展開します。こちらの射程は《単分子ブレード》と相違はありません。以上で説明を終了します》

 

 ……ありがとう。どうやら『赤椿』はオーバースペックであることがわかった。近距離型を模してはいるものの、最初に謎の少女が教えてくれたように、近距離主体万能型であるらしい。外見で騙されて距離を取ったとしても意味はないことがわかる。もしも、戦う際は気を付けなければ。

 

《――マスター。心配する必要は全くありません》

 

 …………? 

 

《相手が第四世代だからといって、私は負けません。IS戦では操縦者の技能と機体性能が物を言います。どちらかが劣っていれば、それは宝の持ち腐れというものです。ですから、私たちが負ける可能性はありません》

 

 心なしか、今までで一番感情が乗っていたように感じられた気の所為だろうか。

 

《……………………気の所為です》

 

 …………謎の沈黙があったがように感じられたが、気にしないことにする。

 

《懸命な判断です》

 

 あまり深く考えると心を読まれてしまうので、この件はここまでにしよう。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

「私たちにだって用意するべきだよね……」

 

 ふと、そんな声が耳に入ってくる。俺にも聞こえたのだから当然他の人にも聞こえただろう。

 それに反応したのは、束だった。

 

「おやおや、歴史の勉強は学園でやらないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

 先程までの巫山戯たような声色は一切なく、聞く者を凍えさせるような絶対零度の冷たさが言葉の中に含まれていた。

 黙らされた女子は何も言い返すこともなく、顔面を蒼白にさせながら作業へ戻っていった。それをどうでもいいものを見るような目で流し、束もまた作業へと戻った。

 

「――あとは自動処理に任せておけばパーソナライズは終わるね。そんなことよりも、いっくんとしーくんのISを見せてよー。束さんはそっちの方に興味津々だよ」

「え、あ。はい!」

 

 呼ばれた一夏は突然のことに驚きながらも、返事をした。

 ところで、しーくんというのは誰のことだろうか? そんな人物に心当たりはないわけだけど……。

 

「おーい、しーくんってばー!」

「お、俺のことか!?」

 

 すたすたと俺の方へ一直線に向かってきて、まるで旧友だったとでも言わんばかりの軽さで話し掛けてくる。どうやら俺の名前はしーくんだったらしい。しーくんってなんだよ……。

 

「えっと、お、俺もですか……」

「うん。初めて見た時から気になってたんだよね~、君の機体。何だったけ、名前」

「……シルヴァリオ・ヴォルフです」

 

 ……何だろう。中学生がハマりそうな厨二病ネームを読み上げているような恥ずかしさが。

 

《マスター、私の名前を妄想の産物と同列視しないでください。怒りますよ》

 

 口調というか声色が既に怒ってるんですケド……。ごめんなさい。

 ひょっとしたらと思ってたけど、やっぱりISだったのか。もしかして、これって束に言った方がいいのか?

 

《――マスターのご自由にどうぞ》

 

 一応、黙っておくか。

 

「ほほー、ヴォルフちゃんかー! いい名前ですなあー」

「この機体が女の子かどうかなんてわかるんですか……?」

「ん? もちろんだよ、私が創ったこの子たちはみんな私の娘みたいなもんだからね」

 

 そういうもんか。俺も今度からヴォルフちゃんって呼んでみるかな。

 

《…………………………………………》

 

 ……何故か無言の力強い視線を感じた気がする。

 

「それにしても今日は(、、、)理性的なんだね」

「今日は……?」

「初めて会った時は激しかったのに」

「激しかった……?」

 

 何を言っているんだコイツは。意味がわからない。

 初めても何も今日が初めてだ。初めて会ったし、昨日は気絶していたから誰にも会っていないハズだ。

 ……いや、俺はいったいどうして気絶していたんだ?(、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 ――修正(リカバリー)修正(リカバリー)修正(リカバリー)修正(リカバリー)

 

 記憶が、感情が、意志が、気力が、その総てが平均値(アベレージ)へと引き落とされるような感覚が全身を突き抜け、覚えのない経験が瞬時に蘇っていく。

 

 どういう経緯でソレに至ったのかは不明だが、そういうコトがあったのだ。それを思い出す。

 

「ご、ごめん。昨日はその、悪気はなかったんだ……」

 

 問答無用で攻撃をしておいて、悪気はなかったなどと信じる方がおかしいだろう。だが、目の前にいる彼女は普通の人間ではない。故に──俺は彼女が笑って許してくれるような気がした。確証はないが、彼女は間違いなく俺のことを簡単に許すだろうと確信できる。

 

「別にいいよ。これっぽっちも気にしてないし。そんなことよりも早くISを見せてよ!」

 

 俺は一夏に続いて、ISを展開させる。

 

「――ヴォルフ」

 

 小声で呟いて、右薬指に嵌められている指環型のISに意識を集中させる。

 

《…………………………………………了解(ヤー)

 

 何やら微妙なニュアンスの了解を頂いた。

 強い光が指環から放たれ、光の粒子が全身を包むように纏わりつき、瞬く間に俺の専用機である『シルヴァリオ・ヴォルフ』が展開される。

 

「よーし、データ見せてね~。うりゃ」

 

 許可を取るまでもなく白式とヴォルフの装甲にコードを刺す束。

 

「ん~……んん? どっちも摩訶不思議なフラグメントマップを形成してるね。なんだろ? これも二人が男の子だからかな? それにしてもしーくんの方はもっと不思議」

 

 フラグメントマップ。それは各ISがパーソナライズによって独自発展していく構成データらしい。人間で言うところの可視化された遺伝子データだとか。

 仮に俺が見たところで理解すらできないだろうということだけはわかる。

 

「束さん、そのことなんだけど、どうして俺たち男がISを使えるんですか?」

 

 一夏がもっともな疑問を口にする。

 

「ん? ……どうしてだろうね。流石の私にもさっぱりんだよ。ナノ単位で分解すればあるいは理解できるかもしれないけど、してみてもいい?」

「いいわけがないでしょ……」

「にゃはは、そうだと思ったよー。ん、まあ、わかんないならわかんないでいいけどね。そもそもISは自己進化する設定で作ったし、それがいい方向に進むなら私的には問題ないよ。あーっはっはっは」

 

 ……ということは、だ。ISには女性しか乗れない原因は束にはないということだろうか。

 

「ちなみに後付装備(イコライザ)ができないのはなんでですか?」

「そりゃ、私が設定したからだよん」

「そうですか……ってええっ!? 白式って束さんが作ったんですか!?」

「うん、そーだよ。とはいえ欠陥機として諦められてたものをもらって動くように魔改造しただけだけどねー。その影響で第一形態から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が使えるでしょ? 超便利、やったぜ。でねー、なんかねー、その機体って元々そういう仕様らしいよ? 日本が開発してたのはさ」

「馬鹿たれ。機密情報をぺらぺらと学生に喋るな」

 

 ガンッ! と手加減なしの拳骨が束の頭に振り下ろされる。

 

「いたた。ちーちゃんの愛情は昔から過激だねぇ」

「やかましい」

 

 ……もう一発食らってもなお、束は笑顔でえへへと笑っていた。 

 機密情報ってどういうことだろう。確かに第一形態から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が使用できればとても便利だけど、現にこうして束の後押しがなければ完成もしないような欠陥機だったわけで……。

 

「あ、あのっ! 篠ノ之束博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 若干興奮した面持ちで束に言うのは、何と意外なことにセシリアだった。流石のセシリアも有名人それもISの生みの親である束を前にして興奮は抑えられないらしい。だが、そんな束の口から飛び出したのは冷酷な言葉だった。

 

「はあ? 誰だよ君は。金髪は私の知り合いにはいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんとしーくんとお話中なんだよ。なのにどうして君なんかがしゃしゃり出てくるんだよ。はっきり言って空気読めてないよ君」

 

 何もかもが冷え切った返事。これが束の本質だろうと思わせるほどに。

 

「え、あの……」

「うるさいなあ。あっちいきなよ」

「う……」

 

 ここまで明確に拒絶されてしまうと、流石のセシリアも引かざるをえない。というかいきなりのことで言われたことを瞬時には受け入れられていない様子だ。なので、俺は軽く涙目になっているセシリアのためにちょっとフォローを入れることに。

 

「あの……」

「ん? なにかなしーくん」

 

 まるで先程の返事をした人物とは別人であるかのような変わりように面食らってしまう。しかし、言いたいことはさっさと言ってしまおう。

 

「その、あまり邪険にしてあげないでください。彼女はISのこと一番深く知っている束博士と話をしてみたかっただけだと思いますので。それに、それを言うなら俺も貴方とはあんまり関わりがないと思うんですケド」

「んー……まあ、そうかもね。でも興味のないものは興味ないんだよ。どうしても話したいなら束さんの興味を惹くようなことの一つでもしてみなよ」

 

 ……ダメだ。言って聞くような人物でもなければ、さっきの発言を謝るような大人げを持っていないみたいだ。セシリアには悪いが諦めるしかない……。

 

「そう、ですか」

「うん。まあ、そんなどうでもいいことは置いておいて。二人のIS改造してあげようかー?」

「えっと、ちなみにどんな風な改造ですか?」

「うむり。そうだなあ、執事の格好に変化するとかどう? 執事(バトラー)型IS的な感じでさ☆」

 

《マスター。私はマスターの趣味がそういう類のものであっても、それだけは断固拒否させていただきます》

 

 いや、俺も勘弁してほしい。

 

「勘弁してください。きっとISも嫌がると思いますし」

「ん? お、おお。そうかもね。じゃあじゃあ、逆にいっくんとしーくんが女体化するってのはどう?」

「だああああっ! ダメに決まってるじゃないですか!」

「俺もイヤですよ……」

 

 少し興味がないわけでもないが、流石に勘弁してほしい。

 それならまだISが執事かメイドに変化した方がマシだ。

 

《――マ・ス・タ・ー?》

 

 ……冗談だってば。本当に。

 

 俺の冗談を本気と受け取ったヴォルフが実体のない瞳で睨んできているような気がしたので、変な妄想は頭の中から追い出すことにした。

 

「……こっちはまだ終わらないのですか」

「んー、あ、もう終わったよ。試運転も兼ねて飛んでみてよ」

「ええ。それでは飛びます」

 

 俺たちの無駄話が終わった頃には、箒の専用機である赤椿も調整が終わったようだった。

 プシュッ、プシュッ、と心地良い音を立てて連結されたケーブルが外れていく。それから箒が目を閉じた冗談で静止していると、覚醒したかのように赤椿が一瞬で遥か上空へと飛翔した。

 

「ぐっ……」

 

 その際に発生した衝撃波が全身を覆い、ISを展開していても軽く飛ばされそうになる。それは生身の人間にとっては暴風と何ら変わらず、何人かの生徒が吹き飛ばされていた。めちゃくちゃだ。少しは加減をしてほしいものだ。

 

 一夏がそれを追うように飛翔したので、俺も衝撃波が発生しないように気を付けて飛行状態へと移行する。

 

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

「え、まあ、……そうですね」

 

 どういう理由(ワケ)かISを展開していないはずの束が箒の発する開放回線(オープン・チャネル)に返事をしていた。

 

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性データを送るよん」

 

 束が説明した情報と事前にヴォルフが説明してくれた情報は一緒だった。束による武器解説を聞きながら箒が実際に武器の性能を証明していく。

 言葉で聞くよりも実際に見る武器の性能は全く違って見えた。これならどんな訓練を受けていない民間人であっても楽に敵を殲滅することができるように感じる。本当の意味での戦争特化機体とでも言うべきか。

 

「……当然、肝心の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)も相当なものなんだろうな」

 

 零れ落ちた独り言はオレの言葉であって、俺の言葉ではないように感じた。

 

「た、た、たた大変です! お、おお、織斑先生っ!!」

 

 いきなり山田先生が大きな声を上げる。

 ……どうやら、先生の顔を見るに尋常ではない事態が起きてしまったようだ。

 

 

 





……この静馬には感情の昂ぶりが一定以上になると「平常値(アベレージ)」へと強制的に修正する機能と問題の箇所を修正する機能が備わっております。

どうでもいいことですが、束さんは静馬のことを色んな意味で気になっています。まあ、ぶっちゃけると六章くらいのメインヒロインですし。

あとヴォルフちゃんに「ま・す・た・ぁ?」と言わせたかった。何かが違うので修正しましたが。



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13.緊急事態

「特務任務レベルA、現時刻を以って対策を始められたし……」

「そ、それが、そ、その……っ! ハワイ沖で試験稼働をしていた例の――」

「しっ。機密情報を口にするな。生徒たちに聞こえる」

「す、すみません……っ」

「専用機持ちは?」

「ぜ、全員いますっ!」

 

 ……何やら不穏な言葉が聞こえてくる。しかも、俺たち生徒の視線が集まりだしてからは声には出さずに手による合図だけでやりとりを始めていた。

 

 流石に手話の知識はないので、二人が何を話しているのかはわからない。

 

「――全員、注目!」

 

 山田先生が何処かへ走っていった後、織斑先生が手を大きく叩きながら俺たちの目の前に立った。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと映る。今日の作業は全中止。各班、ISを速やかに片付け旅館にもどれ。そして連絡があるまでは各自室内待機とする。以上だ。行動を開始しろ!」

 

 いつも以上に張り上げられた声と、緊張感のある表情を前に戸惑いの声が各生徒から漏れる。

 

「ち、中止……? え、なんで? 特殊任務って?」

「ど、どういうことなの?」

「もしかして危ない状況……とか?」

 

 当然の反応だ。俺も似たような事を考えていた。

 ……しかし、それを織斑先生はより一層と張り上げた声で一喝する。

 

「いいから戻れ! 速やかに行動の出来ぬ者は我々教員の手で強制的に身柄を拘束する! いいな! これは遊びではない! 訓練だと思って行動しろッ!」

「「「は、はいっ……!!」」」

 

 全員が慌てながらも急いでISを片付け始める。俺もとりあえずISを解除して……。

 

「――専用機持ちはこっちだ! 織斑、深見、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識……そして、篠ノ之も来い!」

 

 どうやら、俺たち専用機持ちは別にすることがあるらしい。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「では、現状を簡単に説明する」

 

 ――旅館の一番奥にある大座敷・風花の間。

 

 そこに俺たち専用機持ちは集められた。

 薄暗い部屋に展開されているのは、大型の空中投影ディスプレイ。そこには一つのISが表示されている。

 

「今より二時間前、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル・ドイツ共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れ、暴走中であるとの連絡があった。以後、当機を福音(ゴスペル)と呼称する」

 

 ――軍用IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 その名前は何故か聞き覚えがあった。

 

 軍用ISとは、俺たちが扱っているような競技の範疇に収まるような代物ではなく、音速下での活動が可能な戦争専用のIS。

 俺たちの持つような専用機とは性能がまるで違い、軍事ISの名に違わぬ圧倒的な力を有しているのが特徴だ。

 

(それと専用機持ちがどう関係しているって言うんだ……?)

 

 他のメンバーの反応が気になって視線を隣に移してみると、皆一様に厳しい表情を浮かべていた。ラウラに関してはこれが織斑先生に与えられた任務であるかのような面持ちで言葉を受け止めていた。

 

(……まさか、俺たちで軍用ISを止めろとでも言うのか?)

 

 まさか、な。 

 

「……その後、衛星による追跡の結果、通称『福音』はここからニキロ先の空域を通過することがわかった。時間にして約五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

「――――」

 

 淡々と告げる織斑先生だったが、俺の頭の中は一瞬で真っ白になった。

 その先の言葉は容易に想像が付いてしまう。

 

「教員は学園の訓練機を使用し、空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに対応してもらう」

「――――――」

 

 言葉が出てこない。それも当然だ。

 学園上層部は俺たち八人でもって軍用ISを鎮圧しろと言っているのだ。

 

 ――正気じゃない。無理に決まっている。

 

 軍事ISは一般的なISの集団(レギオン)を一掃できるからこそ軍事ISなのだ。

 それが専用機であろうと、学生の領域にしかないISでは勝てるわけがない。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

「はい」

 

 最初に手を挙げたのは、セシリアだった。

 彼女も俺と同じ感想を抱いているらしい。

 

「目標IS『福音』の詳細なスペックデータを要求します」

 

 いや、そうじゃないだろ。こんな作戦は無茶苦茶だって言うんじゃないのか?

 どう考えても俺たち学生が対応出来るような案件じゃない。セシリアが国家代表候補生だとはいえ、相手は軍従事者だ。技量も、機体性能も、何もかもが違うんだ。下手をすれば撃墜されるのは俺たちの方だ。

 それを理解できないセシリアじゃないはずだが……

 

「当然の要求だな。ただし、これらは三カ国の最重要軍事機密だ。決して口外しないとこの場で誓え。もしも情報が漏洩した場合、諸君には連帯責任として査問委員による裁判などの問題が発生する」

「もちろんです。了解しました」

 

 セシリアの覚悟は既に決まっているらしい。

 ……そういえば、国家代表候補生はISを勉強する一環として軍事関係のことも一通り叩き込まれているんだったか。そりゃそうだよな、人を殺すことが可能な兵器を扱うのにライセンスが必要ないなんて、普通じゃない。異端なのは俺たち男子だけであって、彼女たちは軍人と言って差し支えないのか。

 

 空中投影ディスプレイに『福音(ゴスペル)』の詳細なスペックデータが表示される。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃が可能な機体のようですわね」

「攻撃と機動の両方に特化した機体ね。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を遥かに上回ってるから、向こうの方が圧倒的有利……」

「この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、それだって連続で被弾したら厳しい気がするよ」

「しかも、このデータでは近接時の性能……つまり格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからなければ、操縦者の技量だってわからん。偵察は行えないのですか……」

「……む、難しいと、思う。福音は音速で飛行できるから……も、目視やハイパーセンサーに引っ掛からないで偵察は不可能に近い……」

 

 ……セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪が真剣に意見を交わし合っているが、それを俺はただ黙って見ているだけしかできないでいた。正直な話、俺はこれを辞退すべきだと考えている。

 こういうのは教師陣に任せるのが最も最適な答えだろう。

 

「そうだな。現在は音速での活動していないが、下手な偵察は撒かれてしまうだろう。もしも交戦するのであれば一撃でもって堕とすしかないだろう」

「ということは、軍用ISでさえ一撃で堕とすほどの攻撃力を持った機体で当たるしかないでしょうね」

 

 ということは、だ。

 当然ながら一人の人物に視線が集まることになる。

 

「え……?」

 

 そう、一夏だ。

 一夏の専用機である『白式』には《零落白夜》という一撃必殺の兵装があるからだ。

 当てなければ意味のない兵装だとしても、当てさえすれば軍用ISであろうと堕とすことができる。

 

 だが、それは理論上の話だ。

 

 俺たちが日常的に行っている模擬戦では精度が上がってきているとはいえ、必中の攻撃とはいかない。それも音速戦闘ともなれば余計に命中精度は落ち、一瞬の隙が致命的となる。

 

 もしも、そのチャンスを逃してしまうようなことになれば……

 

「あんたの零落白夜で堕とすのよ」

「ええ、それしかありませんわね。ですが、問題は――」

「も、問題は……どうやって、福音に攻撃を当てるか……」

「それもあるけど、一夏をどうやって福音まで移動させるかだね。全エネルギーを零落白夜に注がないと効果は薄いだろうから、移動に無駄なエネルギーは使えないよね」

「うむ。それには一夏と随伴する機体が音速で活動できなければいけないな。そうなれば超高感度ハイパーセンサーも必要になってくるだろう」

 

 当の本人が突然の状況に付いてこれていないにも関わらず、各国の代表候補生たちは会話を進めていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのは確定なのか!?」

「「「「もちろん」」」」

 

 いつものメンバー、簪を除いた四人の声が重なった。

 

「織斑。これは避難訓練のような安全なモノではない。命を落とす可能性だって否定できない実戦だ。もしも、覚悟がないのなら、辞退しても構わない」

 

 いつもは厳しい織斑先生だったが、優しげな声色で弟である一夏に声をかける。

 ……それも当然か。実の弟が自分の領域ではない戦場へ行くというのだから。

 だが、その言葉は一夏にとっては最後の言葉であり、決断の言葉でもあった。

 

「――やります。俺が、他でもない俺がやってみせます」

 

 覚悟を決めた顔で、一夏はそう言った。

 

「……よし。では肝心の作戦内容へと入る。現在、専用機持ちの中で最も速度の出る機体はどれだ」

「それならば、わたくしのブルー・ティアーズがそうですわ。丁度イギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』がテスト用で送られてきていますし、都合の良いことに超高感度ハイパーセンサーも付属しています」

 

 セシリアが言う『パッケージ』とは、全てのISが持っている換装装備のこと。

 通常の兵装だけではなく、追加の重装備や増設スラスターに拡張エネルギーなどを搭載した物を指し、そのバリエーションは無数に存在している。かく言う俺のシルヴァリオ・ヴォルフにも『オートクチュール』などと呼ばれる機能特化専用パッケージが存在しているらしい。らしいというのは、情報でしか見たことがないからだ。

 

 そして、そのパッケージを追加装備することで機体の性能や性質を変化させることで戦闘スタイルを大きく変化させ、様々な行動を可能になる。まあ、学園内ではほとんどの生徒が標準装備(デフォルト)だけど。

 

 しかし、それにしても……絶妙なタイミングでのパッケージ支給だな。

 まさかとは思うが、イギリスの仕込みだったりはしないよな?

 いや、それはないか。する理由が見当たらない。

 仮にこれが仕組まれたものだとすれば、そいつは何がしたいのか。

 

「……超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「適任、か。では――」

 

 決まりだ、と織斑先生が言おうとした時――

 

「待った待った待ったー! その作戦、ちょーっと待った~!」

 

 その声は、天井から聞こえてきた。

 幻聴でなければ、この声は……

 

「……はあ。山田先生、部外者を強制排除してください」

 

 みんなが天井を見上げる中、織斑先生だけは見上げようともせずに頭を押さえながら心底嫌そうな声で山田先生に命じた。

 

「は、はいっ。あ、あの、篠ノ之博士? と、とりあえず天井から……」

「ほいっ♪」

 

 くるくるっと、体重を感じさせない軽やかさで降りてきた。

 その身のこなしは常人の域を軽く越えている。天才の名は伊達ではないということか。

 

「ちーちゃん、その作戦に待ったを掛けるよ~! 意義ありっ! ってやつだねっ!」

「……いいから出て行け、邪魔だ」

 

 まともに取り合おうとはせず、別の方へと歩いていこうとする織斑先生だったが……

 

「ちゃんと聞いてよちーちゃん! ここは断然っ! 紅椿の出番なんだよっ!」

「…………」

 

 その言葉に織斑先生は足を止める。

 

「紅椿のスペックデータをよく見て! パッケージなんか用意しなくても簡単に超高速機動戦闘ができるんだから!」

 

 俺たちを囲むようにして無数の空中投影ディスプレイが現れ、そこには紅椿の詳細なスペックデータが事細かく表示されている。一般人が見ても意味不明な情報の羅列にしか見えないが、ある程度の知識を有する人からしてみればまるで宝のような情報群だろう。立っている簪が食い入るようにして見ているのがその証拠だ。

 

「ふふん、この束さんの手に掛かればお茶の子さいさい~っと。この通り、ホラ! これで速度の問題は解決だよ?」

 

 この通り……って言われても、この場にいる人のほとんどが理解出来てないと思うんだが。

 この展開装甲ってのはなんだ? 紅椿の固有兵装か何かか?

 というか、いつの間にか福音の情報を表示していたディスプレイも掌握してるし……

 

「そこのしーくん! よ~く気が付いたね! 展開装甲が気になるのかな~?」

「え、あ……まあ、はい」

「そっかそっか~! じゃあ説明してあげましょ~う! 展開装甲というのは端的に言うとだね、この天才にして最強な束さんが作った第四世代型ISの装備だよーん」

 

 ……第四世代型、IS。

 

 そういえば、ヴォルフがそう言っていたな。

 先に知っていた影響で驚きは少なかったが、他の面々は違ったらしい。

 皆一様に驚きの表情を浮かべている。

 

「はーい、ぽか~んとしているいっくんのために解説始めちゃうよ! 嬉しいかい? 嬉しいよね! まず、第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体というのは知ってるかな? その次に作ったのが『後付武装による多様(マルチプル)化』――これが第二世代だね。んでんで、第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。そこの金髪や銀髪が有しているBT兵器がそれに該当するね。……で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在は机上の空論状態のもの。はい、理解できた? 先生は優秀な子が大好きです」

 

 ……いや、これは。

 

「は、はあ……。え、いや……えっと?」

 

 こういう反応が正しい反応というヤツだよな……

 だって世間的には第三世代が最新作であり、その第三世代でさえ試作機が出来たばかりの段階なのだ。それをこの人は一段回ほどすっ飛ばして実現させたということになる。

 

「つまり、要約すると『束博士は天才』ってことですよね……?」

「そう! それだよしーくんっ! いやあ、しーくんは見る目があるね!」

「いえ、恐縮です……」

 

 ………………うっわ、この人めっちゃチョロい。

 

「ん? 何か言った?」

「な、何でもないですよ」

 

 おっと、危ない。

 危うく口から溢れるところだった。

 

「これぐらいのことは束さんにとっては朝飯前。いや、三時のおやつ前って感じかな!」

 

 別に上手くないですからね、それ。

 

「具体的に言うとだね、白式の《雪片弐型》に使用されていまーす! 謂わば試験的運用ってやつだねっ」

『えっ』

 

 この場にいる織斑先生を除いた全員の声が重なった。

 言葉通りに受け取るなら、一夏の専用機である『白式』も部分的に第四世代型ISということになる。

 それを驚かずにスルーするのはムリだ。 

 

「それで、不具合が出なかったので紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時のスペックは表記上の倍ってとこかなっ」

「えっ、ちょっ、え、は? 全身が、雪片弐型と同じ強度? それって……」

 

 うん。それって、もしかしなくても……

 

「うん。無茶苦茶強いね。もうサイキョーって感じだね」

 

 ……で、ですよね。

 

「ち・な・み・に★ 紅椿の展開装甲は通常のモノよりも更に魔改造を加えたタイプだから、攻撃・防御・機動といったありとあらゆる部分を切り替え可能。これぞ第四世代型の目標地点である即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)ってやつだね。にゃはは、人類が遅いから私がさっさと作っちゃったよ。ぶいぶいっ♪」

 

 その言葉に全員が絶句。

 何かを言おうという気すらも起きず、言葉すら出てこない。

 まさに絶句。まさかこの歳でこんな状況に遭遇するとは思わなかった。

 

 ――リアルタイム・マルチロール・アクトレス。

 

 それの意味するところは、実に簡単だ。

 既存の戦車や戦艦に戦闘機には向き不向きというものが存在している。

 が、この機体にはそれが当てはまらないのだ。

 戦車は陸では戦えるが上空で制空権を取ることは出来ないし、海に潜水して攻撃することはできない。それが常識であり戦車としての正しき姿だ。

 

 ……だが、彼女が言っているのはこういうことだ。

 

 戦車であろうとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんなのは、滅茶苦茶な発想だ。

 これ一つあれば世界を掌握できるといっても過言ではない。いやマジで。

 

 

(勝てるのか? この化物に俺たち人類は勝てるのか?)

 

 もしも、目の前にいる篠ノ之博士が世界に反旗を翻したら。

 今の世界では間違いなく勝てないだろう。

 それはとても怖いことだ。だって、今この瞬間でさえ彼女に心臓を握られているのと同義なのだから。

 

《――勝てますよ》

 

 今まで黙っていたヴォルフが口を開く。

 

《貴方と、私の力があれば何者にでも勝てます。相手が第四世代であろうとも、()()()()であろうとも》

 

 ……ああ、ヴォルフがそう言うのなら、勝てる気がするよ。

 もしも、その時が来たら頼む。

 

了解(ヤー)

 

 まさか、ISに励まされるなんてね。

 

「あれ? 何でみんなお通夜みたいな顔してるの? 誰か死んだ? 変なの」

 

 ……変なのは貴方ですよ、とみんなが言いたげな顔していた。

 俺だって言ってやりたいくらいだ。

 

「――束。前にも言ったはずだぞ。やり過ぎるな、と」

「そうだっけ? えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

 

 てへっ、と舌を出しながら織斑先生に弁解する束。

 

「あ、でもほら。まだまだ不完全だからさ! そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんがそんなだと束さんはイタズラしたくなったちゃうよ~」

 

 何を思ったのか束はと可愛らしくウィンクを一夏にしてみせた。

 非常に残念なことなのだが、このように頭のおかしい言動を取っているが彼女だが……

 いや、本当に不本意な話なのだけど……束は普通に可愛いのだ。うっかり一目惚れしてしまっても不思議ではないくらいには整った容姿をしている。胸も大きいし。

 

「まー、今までの話は紅椿をフルスロットルでぶっ放したらって話だからね。でもまあ、これくらいの作戦をこなすのは夕食前だよん」

 

 いや、だから別に上手い表現でもないからね?

 

「いや~、それにしてもアレだね? 海での暴走事件といえば、十年前の事件を思い出すねー」

 

 ……十年前?

 十年前に何かあっただろうか?

 

《――白騎士事件。私たちが生まれ落ちるキッカケとなった最初の事件です》

 

 思い出した。そんな事件が十年前にあったことを。

 そして、その事件で俺は――俺は、俺はどうしたんだっけ?

 確か、俺は――くそ、思い出せない。

 まるで記憶に霧が掛かったようにして上手く思い出せない。

 くそ、くそっ……あと、もう少しで思い出せそうなのに。

 

「いやー、世界があんなにバカだとは思わなかったね。うふふ、私の才能を信じないクセに神様を信じてるなんて、偶像崇拝もいいところだよ。束さんは実像なのにね」

 

 白騎士事件、篠ノ之束、IS、ニ三四一発のミサイル、ハッキング、降り注ぐミサイルの雨……

 

「ぶった斬ったんだよねぇ。ミサイルの約半数である一ニニ一発を。あれはかっこよかったな~」

 

 では、残りのミサイルはどうなったんだ?

 いや、それよりも……あのISは何者だったんだ?

 その時、俺は――――

 

「いやあ、あれがあったからこそ私のらぶりぃISはあっという間に広まっていったんだよね。女性優遇は、まあ、どうでもいいことだけど。いやー、暗殺に誘拐っていうスリリングな状況はなかなかに楽しかったけどね、うふふ♪」

 

 やけに楽しそうに語る束の横で、俺は頭を押さえながら必死に記憶を辿る。

 過去へ、過去へ、過去へと記憶を辿っていく。

 そして、最初の記憶を――

 

(……俺は、誰だ?)

 

 思い出せない。白騎士事件のことだけではない。

 俺がどこで生まれ、俺がどのように成長し、どのような家族構成だったかを。

 いや、姉がいるのは思い出せる。だが、両親のことが思い出せない。

 俺という人間が生まれているからには両親は存在しているはずだ。

 

 思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ……ッ!

 

 イヤな汗が鼻頭を伝い、落ちた時――。

 誰かが俺の裾を引っ張った。

 

「だ、大丈夫……? すごい、汗だけど」

「あ、ああ……?」

 

 簪が心配そうな顔で俺を見上げていた。

 気が付けば、既に話は終わっていたようだ。

 

「……ご、ごめん。ちょっと気分が悪くて」

 

 辺りを見渡せば、肝心の束は鼻歌交じりでISを弄っていた。

 肝心の作戦はどうやら紅椿で決まったらしい。

 

「織斑先生」

「どうした」

 

 荒い息を深呼吸で整えてから、俺は言葉を口にした。

 

「すいません、今回の作戦を辞退します」

 

 そう言って、俺は言葉を待たずに部屋を後にした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「いつまで待てばいい」

「さあな」

「おい」

「まあ、落ち着けや。物事には最高のタイミングってのが存在してんだ。それを待つだけだ」

「……わかった」

 

 炎天下の中、浜辺に立てられたビーチパラソルの中に二人の男女はいた。

 青年の方は真っ赤なアロハシャツにタクティカルサングラスを着用しており、少女の方はまるで()()()()()のようなものの上からバスタオルを羽織っている。

 

「なあ、それ暑くねェか?」

「そうでもない」

「ふぅん。お前が暑いってんならかき氷でも買ってやろうと思ったんだがな……」

「……なに?」

「オレがかき氷を奢ってやろうと思ったんだがまァ、暑くないってならいらねェか」

「……いる」

「あ?」

「いると言っているんだ。行くぞ」

 

 少女はその場から立ち上がり、早足ですたすたと海の家へと向かっていく。

 

「……待てって。そっちにかき氷の店はねェぞ」

「…………」

 

 少女はその場で足を止め、振り返ろうとして――

 

「まあ、冗談だがな」

「――殺すぞ」

 

 振り向きざまに少女が鋭い蹴りを放つが、男はまるで予想できていたかのように少女の足を軽々と受け止める。

 

「あ、っぶねェな」

「……ふん」

「そうむくれるなよ。でっけえ焼きそばも追加で買ってやっからよ」

「別にそんなのはどうでもいい」

「そうか? オレにはお前が――」

 

 二人は何の気ない会話をしながら、海の家へとまるで兄妹ようにして歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久し振りです。長らくお待たせしましたことをお詫び申し上げます。
そして、作者である私自身も久しぶりの執筆だったこともあり、もしかしたら作品に矛盾点が生じてる可能性が高いですが……ご容赦ください。

とはいえ、流石に物語が進行不能になるほど齟齬は御座いません。
基本はプロット通りなので、設定には問題はないはずです。

次の更新は早めにしたいと思います……。
では、次回にお会いしましょう。


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14.白銀の脅威

祝50話達成! 
UA100,000突破!


 ――作戦行動時刻、午前十一時半。

 

 空は隅々まで晴れ渡っており、福音と戦闘する上で視界を遮るモノは一切無い。

 今回の作戦に参加する一夏と箒は砂浜の上に並び立っている。二人はお互いに目を合わせ、一度だけ頷いた。

 

 それを合図に二人の身体は光に包まれ、ISアーマーが形成される。PICが物体の慣性を制御し、二人の身体を宙へ浮かび上がらせていく。次にパワーアシスト機能が作動することで一夏と箒の全身の感覚強化が施された。

 

「んじゃあ、頼むな箒」

「本来であれば女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないのだが、今回ばかりは仕方ないことだ」

 

 今作戦において、一夏は移動によるエネルギー消費ですら無駄に使用することはできない。故に箒が一夏を背に乗せることで、対象である福音の下へ移動することとなった。

 最初に作戦内容を聞いた箒はイヤな顔をしたものの、それ以外に方法がないと聞くや否や受け入れることに。

 

(しかしなあ、大丈夫なのかな……?」

 

 一夏の目に映る箒の姿は何処か上機嫌であり、浮ついているように見えた。それどころか箒は専用機に乗ってから数時間も経っていない。いくら束のお墨付きであろうとも、一夏は不安だった。

 

(……何かあったら俺がフォローしないとな)

 

 そう思い、一夏はいつも以上に気を引き締めた。

 

「それにしても、一夏」

「なんだ?」

「たまたま私たちが臨海学校で訪れていたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせればできないことなどない。そうだろう?」

「ああ、そうだな。だけど箒。先生たちも言っていたことだけどこれは訓練じゃないんだからな。実戦では常に何が起きるか予想できない。車の運転のように十分に気を配って――」

「無論、そんなことはわかっているさ。ふふっ、怖いのか?」

「そうじゃねえって。いや、怖くはないってワケじゃないが――」

「心配するな。お前は私がきちんと目的地まで運んでやるからな。期待して待っていればいいさ」

 

 箒自身は大丈夫だと言うが、一夏から見れば箒は完全に浮かれていた。今まではなかったはずの専用機を貰い、妙な高揚感に包まれているのだろう。人は欲しかったモノを手にすることで少なからず浮かれてしまうものだ。

 

 そんな不安を感じながら、一夏は箒の操る紅椿(あかつばき)へと飛び乗った。

 

『織斑、篠ノ之。聞こえるか』

 

 ISの開放回線(オープン・チャネル)から千冬の声が聞こえてきた。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を留意しろ』

「了解」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『そうだな。だが、決して無茶はするな。お前は専用機での実戦経験は皆無だ。お前も福音同様に暴走してしまう可能性も否定できん』

「わかりました」

 

 一見して見れば普通の応対であったが、やはり声色は歓喜の色が混じっていた。これは幼馴染である一夏にだけ感じられるものなのか、それとも誰にでもわかるほどに彼女が浮かれているのか……一夏には見分けが付かなかった。だが、間違いなく箒が浮かれているという事実だけは理解できる。

 

『――織斑』

「は、はい」

 

 今まで使っていた開放回線ではなく、操縦者同士にしか聞こえない個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)での声が聞こえ、一夏は慌てて回線を切り替えた。

 

『どうも篠ノ之は浮かれているな』

「織斑先生にも……?」

『ああ。あれは軍人が初めて銃を手にした時のそれによく似ている。そういう輩は絶対に何かをやらかす。いざって時はきちんとサポートしてやれ』

「わかりました」

『では頼んだぞ』

「もう一つ、いいですか」

 

 一夏は回線を閉じようとする千冬に声を掛け、気になっていたことを尋ねる。

 

『なんだ』

「静馬は見つかりましたか」

『ああ、深見なら更識が見つけたと言っていた。心配するな、お前は目の前のことにだけ集中しろ』

「はい」

 

 秘匿回線を閉じ、千冬は開放回線で作戦開始の号令をかけた。

 

『では、これより作戦を開始する――はじめっ!』

 

 その声とともに、一夏を乗せた箒の機体――紅椿は一気に遥か上空へと飛翔した。

 先程までいた場所は小さく消えていき、一夏はその速度に驚きの声を上げる。

 

 その疾さは瞬時加速よりも疾く、持続性も高い。

 二世代型と三世代型で隔絶された性能差があるとすれば、三世代型と四世代では更に大きな壁が存在していた。

 

「暫時衛生リンク、情報照合――完了。対象の現在位置を確認――! 一夏、衝撃に備えろ!」

「お、おう……っ!」

 

 箒は福音の位置を確認し、更に速度を上昇させていく。

 脚部の展開装甲が開き、そこから濁流のようなエネルギーが放出され、絶対防御によって守られているにも関わらず強烈なGが二人の身体を襲う。

 

(これが《雪片弐型》と同じ……それの完成形か)

 

 開発者――束の話によれば、だが。

 しかし、そうなってくると一つの疑問が浮上してくる。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 それは開発者である束にしかわからず、各国にいるどの科学者であろうとも理解していない。

 それどころか、ISというものがどういう仕組みで稼働しているかさえ。

 

「捕捉したぞ、一夏!」

「……!」

 

 ハイパーセンサーの視覚情報が脳へ走り、まるで自分が知覚したかのようにして目標――『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の姿を映し出す。

 その機影は名に相応しい輝く銀色。頭部からは一対の巨大な機翼(ウィング)が生えており、本体よりも銀色に輝くそれは、大型のスラスターと広域射撃武器としての機能を有しており、多方向同時攻撃という特性からあらゆる方向を同時に攻撃できるという性能であった。

 

「加速するぞ……! 目標に接触するのは、おおよそ十秒前後だ。一夏、気を引き締めろ!」

「ああ!」

 

 スラスターと展開装甲の出力が更に上昇し、これ以上の出力はパーツが破損するのではないかと思わせるほどの衝撃を発しながら、福音との距離を凄まじい速度で縮めていく。

 

 ――5秒、6秒、7秒、9秒――10秒……!

 

「うおおおおおッ!」

 

 5秒の時点で一夏は零落白夜を発動させ、それと同時に出し惜しみなしの瞬時加速でもって間合いを一から零へと詰めていく……!

 

(行ける……!!)

 

 そう、一夏が確信した時――

 

「    」

「なっ!?」

 

 福音は失速させることなく、まるで見えていたかのように反転し――

 

「敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘》、稼働開始――」

「!?」

 

 一夏や箒の耳に届いたのは、抑揚の感じられない機械音声。そこには微かな敵意や害意が感じられ、一夏は身体を硬直させる。

 

 そして、零落白夜が触れる刹那――触れるか触れないかのギリギリの精度で攻撃を回避し、広域射撃武器としても機能する巨大な機翼を大きく広げながら、一夏の方へと向ける。

 

「くっ……! 精密な動作に加えて、ミリ単位で加速できるのか……!?」

 

 ここでようやく一夏は本当の意味での軍用ISの力を思い知らされた。

 

「箒! 援護を頼む!」

「任せろ!」

 

 時間を掛けるのはあらゆる意味で不利だと感じ、箒の背中から再び福音へと接近し斬りかかった。

 

「くっ、このっ、当たれ……ッ!」

 

 が、しかし。一夏の攻撃は一度たりとも当たりはしない。まるで上空で繰り広げられる演舞(ダンス)のようにしてひらりひらりと攻撃を紙一重の回避を繰り広げていく。

 

 ――当てれるものなら、当ててみなさい。

 

 と、でも言わんばかりの動きに一夏は焦りを感じ。大振りの攻撃を放ってしまう。

 

「しまっ……!?」

 

 銀色の翼が更に大きく広がり始め、更に輝きを増していき……次の瞬間、目を焼き尽くさんばかりの閃光と共に無数の光弾が目にも留まらぬ速さで撃ち出される。

 

「ぐぅぅッ……!」

 

 光弾は超高圧縮されたエネルギーの塊で、着弾した瞬間に今まで圧縮されていた力を失ったかのようにして解き放たれることで爆発を引き起こす。

 

「箒、左右から同時攻撃だ! 左を頼んだ!」

「了解した……!」

 

 一夏と箒は交差するようにして回避行動を取りながらも、光弾を止めない福音へと、左右同時攻撃を仕掛ける。

 が、しかし。二人の攻撃は当たらない。当たらない。当たらない。まるで次の動きが完全に読めているかのような変則的な動きでもって回避していく。

 一夏や箒は動きを変えるために少しの減速があるのに対して、福音にはそれが存在しない。まるで絵を描くかのような繊細さで上空を駆けていく。

 

「一夏! 私が動きを止める! いいな!」

「ああ、わかった!」

 

 箒は左右の空裂(からわれ)雨月(あまつき)を展開し、突撃による攻撃と斬撃による攻撃を交互に繰り出す。それと同時に展開装甲が開き、そこから生じるエネルギーの刃が攻撃に連動して自動で射出されていく。

 然しもの福音もその猛攻には今まで使っていなかった防御を使用し始め、そこには若干の隙が生まれているように一夏には見え、これならばいける――! と、再び零落白夜を握りしめるが、

 

「――La……♪」

 

 甲高いマシンボイス。二人を賞賛するようなニュアンスを含んだ声が聞こえた刹那。

 ウィングスラスターに隠されていた砲門の全てが露わになる。その数、36門。

 全方位に無駄なく吐き出される一斉放火。

 

「ふっ……! だが、押し切ってやる!」

 

 箒は吐き出される光弾の雨を紙一重で躱しきり、肉薄し――僅かな隙を攻め立てる。

 

「……!」

 

 だが、その大きな隙を一夏は捨て、福音とは真逆の位置へと全速力で駆けていく。

 

「なっ!? 一夏!?」

「うおおおおっ!! 間に合え……ッ!!!」

 

 瞬時加速でもって限界まで加速し、一つの光弾へと追い付きそれを弾き飛ばす。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスに!」

「船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずだってのに! ああ、くそっ密漁船か!」

 

 キュゥゥゥン……

 そんな音と共に零落白夜の展開装甲が閉じ始め、光の刃が消失する。

 リミットアウト。

 

「馬鹿者! 犯罪者をかばって……。そんなやつらは、そんなやつらは――!」

「箒!!」

 

 一夏は状況を忘れ、箒に向かって叱咤する。

 

「箒、そんな寂しいこと言うなよ。力を手にしたら、弱いヤツのことが見えなくなるなんて……どうしたんだよ、箒。らしくない。お前らしくないぜ」

「わ、私は……」

 

 箒に明らかな動揺が走り、致命的な隙を生む。そんな瞬間を見逃してくれるほど、福音は甘い存在ではない。そして、それと同時に箒の刀から光が失われていくのを見て、一夏はぎくりとして腕を伸ばす。

 

 ――明らかな、具現維持限界(リミット・ダウン)

 

「箒ぃぃぃぃ――ッ!」

 

 一夏は先程にも劣るとも勝らない速度で駆け抜け、一直線に箒の下へと向かった。

 

(間に合え、間に合え、頼む間に合ってくれ――!!)

 

 視線の先で福音が箒に向かって、その巨大な翼を広げて一斉放火を食らわせようとしているのが見える。

 具現維持限界を迎え、エネルギーが枯渇しかけているISアーマーの強度は脆く、それが第四世代であろうとも変わりのない特徴だろう。絶対防御があったとしても、あれだけの物量と威力を一身に受ければ――その想像は容易い。

 

 そして、一夏は追いついた。だが、その攻撃を回避あるいは受け流すほど余裕は一切ない。故に一夏が箒の代わりに攻撃を受けるのは明白だ。

 

「ぐああああっ!!」

 

 箒を庇い、一夏は福音の一斉放火をその身に浴びた。

 エネルギーシールドが受けきれずに破損し、それを越えてきた爆発の衝撃が一夏の身体を軋ませる。

 肉を、骨を、神経を、熱波が灼いていく。

 狂いそうになるほどの激痛を浴びながらも、命懸けで守った無傷の箒を見て、満足気な笑みを浮かべた。

 

(ああ、無事か……よかった……ああ、本当によかった。はは、何て顔してやがるんだよ……らしくねえなあ)

 

「一夏っ、一夏っ、一夏ぁっ!」

「――――う、ぁ……っ」

 

 一夏は体勢を意識する余裕もなく、破損したパーツと同じように海へと真っ逆さまに落ちていった……

 

 

「――La♪」

 

 その様子を見て、福音は鐘の音を鳴らすような声を漏らす。

 何度も、何度も、何度も。

 まるで、福音の音のように……

 



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15.再起(リスタート)

 ――暴走した福音の手によって、一夏が撃墜された。

 

 それは俺が大座敷・風花の間のから飛び出して、数十分も経たずにして起きた。

 あまりにも呆気ない決着の事実を聞いて、「やっぱりな」という思いが大半を占めていた。

 勝てるわけがないのだ。俺たちみたいな学生気分のIS操縦者が軍用ISに勝てるわけがないのだ。

 

 当たり前の理屈。当たり前の事実。当たり前の結果。

 

「…………」

 

 だから、俺は作戦には参加しない。

 それは正しい判断のはずなのに……

 

「………………」

 

 一夏が撃墜されてから時間が経ち、あれから数時間経過している。

 俺は夕陽が顔を出す浜辺で何をするわけでもなく突っ立っていた。

 俺の心が不安定なのは、夕陽のせいだと思いたい。

 ……大体だな、どうして俺はIS操縦者なんかになってしまったんだ。男なのに。

 IS操縦者になんかなってなければ、俺は今頃――

 

(あれ……?)

 

 よく考えてみれば、俺ってどんな学校生活を送っていたんだっけ……?

 去年までは普通の高校一年生だった気がするんだが、イマイチ思い出せない。

 いや、正確には()()()()()()()()()()()()()

 ハッキリ言って異常だ。だが、俺は俺のことを()()()()()()()()()()()()()()()()()ことのように感じてしまう。

 それがたまらなく気持ち悪い。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、もう一つの疑問。

 先程から黙って立っている女子――簪のことが思い出せない記憶以上に気になる。

 かれこれ数時間はこうして黙って立っている俺なわけだが、簪も同様に数時間は黙って立っていた。

 何か俺に用事があるのだろうが、こうして黙っているのに何か理由があるに違いない。

 

 さて、どうしたものか……

 

「なあ、一夏はまだ目が覚めないのか?」

「あ……う、うん」

 

 まずは、無難な話題から。

 今まで簪が立っていることに気付いていたのにも関わらず、気付かない振りをしていたのだから気まずい。

 簪に心配を掛けているのは間違いないし、それで黙っていてくれたのだから余計にだ。

 

「でも、そのせいで篠ノ之さんが……」

「あー、何となくわかる。一夏の部屋で落ち込んでるんだよな、きっと」

 

 箒の性格上、一緒に作戦行動していた一夏が撃墜され、自分だけが助かったとなれば自分を責めるだろう。

 いや、もしかしたら一夏は箒を守るためにダメージを受けたのかもしれない。箒は専用機を手に入れたばかりだからな。

 

「それで、簪は俺に何の用なんだ?」

 

 まさかとは思うが、俺も作戦行動に参加しろ……ってことではないよな?

 もしも、そうだったとしても……俺にはムリだ。一夏の代わりはできない。第一、一撃で堕とせるような決戦兵装は有していないのだから。

 

「静馬が、深刻そうな顔をして飛び出していくから……それで……心配で」

「――それは」

「何か悩みでもあるの……?」

「まあ、な」

 

 悩みが無いと言えば嘘になる。

 だが、この悩みを打ち明けたってどうにもならない。余計に不安を煽るだけだ。

 だって、そうだろ? 自分のことが思い出せないだなんて言われても困るだろ。

 だから、俺は話を逸らす。

 

「……それよりも、簪はどうするんだ?」

「私は……」

「織斑先生は待機命令を出しているみたいだけど、それで黙っているような代表候補生たちじゃない。きっと、鈴辺りが箒を立ち直らせて、一夏の仇を取りに行くだろう……」

 

 これは予想でしかないが、かなりの確率で当たると思う。

 そうなれば、専用機持ちを全員集めた上での総力戦になるに違いない。

 俺には戦う気はないが、目の前の簪はどうだろうか。

 戦うのか……? それとも……?

 

「わ、私は……戦うよ」

 

 簪の口から出てきたのは、簪にして珍しいほどに芯のある声だった。

 俺が少しだけ面食らっていると、簪は軽く笑いながら続ける。

 

「姉さんならそうすると思うから……」

「……姉さん?」

「きっと、姉さんなら率先して行動すると思う。だから……私も更識の名に恥じない行動をしたい」

 

 その言葉には、明確な意志が感じられた。

 絶対に逃げないのだと、自分は自分の意志を貫き通すのだと。

 そして、その言葉に俺は――

 

「――ははっ、簪はすごいな」

 

 最初の頃、明確な目標を持ちながらも……叶わない理想を追い求める上で、それを叶わない理想なのだと諦めてしまっていた。だが、今の簪にはそれが感じ取れない。自分の夢を、理想に辿り着こうと頑張っている。

 この短期間で簪はかなり成長していたのだ。

 

 ――こんなの見せられたら、俺が諦めるわけにはいかないよな。

 

「まったく、オレは何をしてんだ。こんなのは考えるまでもないことじゃねえか」

 

 オレの中で何かが切り替わり、霧がかったような頭の中が急激にスッキリしていくのがわかる。

 肝心のことは何も思い出せず仕舞いだが、そんなのは大した問題じゃない。

 

「やってやろうじゃねえか。軍用ISだろうが何だろうがぶっ倒してやる」

 

 よし、そうと決まればさっそく準備だ。

 

「行くか、簪。オレたちも福音戦に参戦するぞ」

「――う、うんっ!」

 

 ポケットが小さく振動し、、端末に一つのメールが届く。

 宛先は鈴からだ。内容を端的に言えば、『箒を説得したから福音と戦いに行くけどアンタはどうすんの』という内容だ。

 もちろん、行くに決まっている。

 オレは『待ってろ』とだけ返して、簪と共に旅館へと戻っていった。

 




今回は再起(リスタート)ということで主人公の静馬が以前の状態へと戻ります。

タイトルにルビ振れたみたいなので振ってみました。


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16.本当の、幕開け

 ――海上から5キロ上空に『銀の福音』はいた。まるで胎児のような格好で蹲り、丸めた機体を守るようにして白銀(しろがね)の翼が展開されている。

 

 その無防備な機体に超音速の砲弾が命中し、空気を震わせるほど大爆発が起こる。

 

「初弾命中。続けて連続砲撃を行う!」

 

 対象から5キロほど離れた位置にいるのは、IS『シュヴァルツァ・レーゲン』を操るラウラ。

 その左右肩部には、通常装備とは異なる決戦兵装――80口径レールカノン《ブリッツ》を装備している。

 さらに反撃の備えとして、四枚の物理シールドが左右正面を守っている。

 これこそがラウラの操る『シュヴァルツァ・レーゲン』の砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』だ。

 

 そんなラウラの攻撃を受け、福音は5キロはある距離を数秒と掛からずに詰めてくる。

 

「ラウラ、高エネルギー反応アリだ。回避に専念しろ……!」

「わかっているが……くっ、思ってたよりも攻撃が速い!」

 

 回避しながらも砲撃を続けるラウラだったが、翼から放たれるエネルギー弾がその全てを漏らさずに撃ち落としていく。だからといって福音の攻撃がラウラに届かないということはなく、立体的な動きでもってラウラへとエネルギー弾を放ちながら間合いを詰め、その右手がラウラを捕捉した時――

 

「セシリア――!!」

 

 その腕を弾き飛ばしたのは、上空からステルスモードで現れたセシリアだ。

 六機のビットは通常のモノとは異なり、その全てがスカートのような形で腰部に連結接続されている。本来の用途である砲口の攻撃性はなく、現在は機動力を底上げするためのスラスターとして用いられている。

 

 そして、セシリアが両手で握っているのは大型BTレーザーライフル《スターダスト・シューター》。全長2メートルもあり、相応の攻撃力を有している。

 さらにセシリアが装備している強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』は時速500キロを超える速度下での運用に対応するための特別なハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》が頭部に装着されていた。

 

『敵機Bの脅威度を更新。排除行動へと移行する」

「遅いよ」

 

 そんなセシリアの攻撃でさえ回避し続ける福音を襲ったのは、同じくステルスモードで待機していたシャルルだ。

 ショットガン二丁による零距離射撃を背面部に浴び、福音はぐらっと姿勢を崩した。

 けれどそれも一瞬。すぐさまシャルルへと《銀の鐘(シルバー・ベル)による反撃を開始する。

 

「おっと、悪いけど……この『ガーデン・カーテン』は、その程度じゃ落ちないよ」

 

 専用防御パッケージ、『ガーデン・カーテン』に搭載されている実体シールドとエネルギーシールドの両方でもって、福音の嵐のような攻撃を防いでいく。

 その見た目は通常時のリヴァイブとそう違いはなく、二枚の実体シールドと同じく二枚のエネルギーシールドがカーテンのように展開されているのが特徴的なパッケージ。

 その防御の間にも、シャルルお得意の『高速切替(ラビッド・スイッチ)』によってアサルトカノンでの反撃も加えている。

 

『――優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』

 

 全方向へとエネルギー弾を放ち、一瞬の加速で脱出を試みる福音を――

 

「させるかぁっ!!」

 

 海面が膨れ上がり、そこから現れたのは真紅の機体を身にまとう機体『紅椿』と、その背に乗っている『甲龍』。

 そして、打鉄のカスタム機『打鉄弐式』。

 

「離脱する前にたたき落とす!」

 

 福音へと紅椿が突撃し、その背中から飛び出した鈴が機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態へと移行させる。

 左右肩部の衝撃砲が開くのに合わせて、増設された二つの砲口が姿を現す。計四門からなる衝撃砲が一斉に火を噴く。

 それに合わせるようにして放たれたのは、オレと共に共同開発した『打鉄弐式』の主砲である『山嵐』。

 未だ不完全ではあるものの、独立して稼働する48発の誘導ミサイルだ。これだけの物量があれば流石の福音であっても致命傷は免れないだろう。

 

『――――!』

 

 肉薄していた紅椿が瞬時に離脱し、その全身に三人による全力攻撃が降り注がれた。

 鈴の熱殻拡散衝撃砲&簪の48発ミサイル砲火を喰らい、空気を震わせるほどの衝撃が巻き起こる。

 

「やりましたの!?」

「ま、まだ……!」

 

 あれだけの集中砲火を受けてもなお、福音は機能を停止させてはいなかった。

 

『《銀の鐘(シルバー・ベル)》最大稼働――」

 

 両腕をいっぱいに広げ、翼も同様に限界まで外側へと広げていく。その身に瞳を灼くほどの光を纏わせ、エネルギー弾が吹き出しそうになった時――

 

「その瞬間を待ってたぜ……!」

 

 その遥か上空、太陽を背にして必要最低限の機能だけで待機していたオレが戦闘状態へと移行させ、『シルヴァリオ・ヴォルフ』の強襲用高火力パッケージ『銀狼』の主装である大剣《フェンリル》を一気に振り下ろす。それと同時に背部にセットされている六機のビットが射出され、福音を囲むようにして向かっていき――大剣による攻撃と共にビットから剣が生える。

 

 これこそが強襲用高火力パッケージ『銀狼』に搭載されている兵装――《銀狼の牙(シルバー・ファング)》だ。

 

「堕ちろおおおおおおぉぉぉぉ――――ッッ!」

 

 キュイィィィィィィン――!!

 

 オレは《銀狼の牙》のギアを最大まで回し、《単分子ブレード》よりも強烈な超音波振動を引き起こす。ナノマシンで制御されていた高密度の水が弾け飛び、超音波によって熱されていた水が小さな刃となって福音の機体をズタズタに切り刻んでいく……! 

 

 そして、福音はそのまま力を失ったかのようにして海へと落下していった。

 

「今度こそやりましたわね!」

「ああ、オレたちの――」

 

 勝ちだ、と言おうとした刹那、海面が光となって消滅した。

 

「!?」

 

 まるでモーゼの奇蹟のような現象が起きた。その中心には、蒼い稲妻を纏った『銀の福音』の姿が。

 

「これは、いったい……何が起きているんだ……?」

「くっ、マズい……! 『第二形態移行(セカンド・シフト)』だ!」

 

 オレが叫び、本能のままに逃げようとした瞬間――福音の瞳がオレを捉える。

 殺意、敵意、害意を感じ、背筋に電撃のような痛みが走り抜ける。

 マズい、これはマズい。殺される……!

 

『キアアアアアアアアアアア……!』

 

 吠える機械音(マシンボイス)を発し、福音はオレへと飛び掛かってきた……!

 

「ぐぅっ!?」

 

 越界の瞳でさえ追従できないほどの速度でのタックルを喰らい、防御も間に合わずに吹き飛ばされる。

 そして、次の瞬間――《【既に背後へと回り込んでいた》》福音がオレの機体を銀の翼で拘束してきた。

 

「し、静馬……!」

「くぅぅぅぅ……! はな、せ……ッ!」

 

 六機のソードビットで攻撃を仕掛けるが、その尽くを回避される。

 そんな状態のまま福音は全身に銀色の光を集めていく。

 そして、オレは密着状態のまま福音のエネルギー弾を全身に全弾浴びてしまった。

 

「がああああああッッ!」

 

 全身の神経という神経を引きちぎられるような痛みを感じて、オレはそのまま海へと落下してしまう。

 その際にISが強制解除され、オレは生身のまま海面に叩き付けられるようとして、

 

《マスター、衝撃に備えて下さい》

 

 そんな声に従い、オレは身を守るようにして海の中へと沈んでいく……

 

「貴様、静馬をよくも……ッ!」

 

 オレが撃墜されたのを見て、ラウラがワイヤーアンカーを引っ掛けて福音に接近し、至近距離で《ブリッツ》を砲火。

 

 ――ドガァァァァンッ!

 

 しかし、聞こえてきたのは《ブリッツ》の音ではなく、福音の背部や胸部に装甲の至る所が罅割れるようにして、小型のエネルギー翼が生えてくる。そこから生み出されるエネルギー弾による攻撃でラウラを激しく吹き飛ばす。

 

「こ、これは一体何ですの!? この性能、軍用とはいえ……あまりにも異常な――」

 

 高機動射撃を行おうとしていたセシリアの目前に、福音が迫る。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)――いや、両手両足の計四ヶ所の同時着火に加えて、連続で着火させることでエネルギーを増幅させる技術――『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』を使っていた。

 

(この技、どこかで……)

 

 遠距離(ロングレンジ)を得意とする武器は接近されることに弱く、距離を取ることで間合いを維持しようとするが……福音は豪快にも銃を蹴り飛ばすことで標準をあらぬ方向へと変えてしまう。そして、次の瞬間には両翼からの一斉射撃が始まる。こうなってしまえば反撃することもできず、セシリアは海面へと叩き付けられた。

 

「わ、私だって――!」

 

 撃墜されていく仲間の姿を見て、簪が唯一の近接武器である《夢現》を構える。

 この武器はオレの《単分子ブレード》のデータが用いられており、超音速振動の刃を持つ薙刀だ。

 振動によって輝きを放つ刃を振るうが、まるで宙を蹴るような『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』の動きで完全に回避されてしまう。

 

 そんな簪の上段を取った福音が流れるような動きでサマーソルトキックを放ち、簪をミサイルのような速度で海へと叩き付けた。

 

「よくも、私の仲間を――!」

 

 セシリアに続いて簪が沈んでいくのを見た箒が、急加速で福音へと接近し、連続で斬撃を放つ。

 展開装甲を用いた動きで攻撃を回避し続けながら、斬撃を放つ速度を上げていく。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 回避、回避、回避、回避の応酬。際限なく加速していく箒の紅椿に対して、福音の方は僅かに押され気味だ。

 必殺のタイミングで、雨月の打突を放とうとし――

 

 キゥゥゥン……

 

「なっ……!」

 

 紅椿はエネルギー切れを起こし、致命的な隙を生んでしまう。

 その隙を福音が見逃すはずもなく、輝く右腕が箒の首を掴まえた。

 そして、オレの時と同じく翼が全身を包み込み……

 

(くそっ、エネルギー切れの状態であんな攻撃を受けたら……!)

 

 間違いなく一夏以上の大怪我だ。いや、もしかしたら命を落としてしまうかもしれない。

 まだ、まだなのか……! オレの回復は……!

 

《すいません、マスター。回復進行度78%です》

 

 万事休すなのか……? 

 こんなところで、全滅してしまうのか……?

 

 ぎりぎり……と、箒の首がどんどんと締め付けられていくのがわかる。

 両翼が白銀の輝きを放ち始め、『第二形態移行(セカンド・シフト)』で強化された『銀の鐘』が包み込み始め、数秒と掛からずに『銀の鐘』は発動するだろう。

 

「――いち、か……」

 

 箒は諦め、瞼を閉じた時――

 

 ィィィィン……ッ。

 

 小さな駆動音が聞こえ、福音が箒の首から手を離した。

 そして、次の瞬間。福音は濁流のようなエネルギーの咆吼を浴びて吹き飛んでいった。

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 その人物は進化した白式を身にまとっており、IS上のインターフェイスには『白式・雪羅』と表記されている。

 誰かは言うまでもなく明白だ。

 ヒーローは遅れてやってくるってか? 遅いぜ、一夏。

 

「一夏、一夏なのだな!? 身体は、だ、大丈夫なのか……!」

 

 慌てて詰め寄る箒に向かって、一夏は身体を軽く動かしながら答える。

 

「おう。またせたな」

「よかっ、よかった……本当に……」

「なんだよ、泣いてるのか?」

「泣いてなどいないっ!」

「悪いな、心配かけて。だがもう大丈夫だ」

「し、心配など……っ!」

 

 何を思ったのか、一夏は強がる箒の頭を撫でながら、リボンを差し出す。

 

「り、リボン……?」

「誕生日、おめでとう」

「あっ」

 

 ……今日は箒の誕生日だったのか。知らなかった。

 まあ、特別仲が良いわけじゃないからな。

 ……とはいえ、こんな場所でイチャついている場合ではない。

 

「……こほん。イチャイチャするのは後に取っておけ」

「なっ……!? 別にイチャついてなど……!」

「そうだぞ、静馬。俺たちは別にイチャついてるわけじゃないぞ」

 

 ……じゃあ、何なんだよ。

 戦場でリボンを渡すってどんな死亡フラグの建て方だ。

 

「さあ、再戦と行くか!」

 

 一夏は進化した《雪片弐型》を構え、そのまま振り下ろす。

 急接近していた福音はそれを躱し、一夏の新兵装である《雪羅》を回転しながら回避。

 ヴォルフが読込(ロード)している情報によれば、一夏の《雪羅》は状況に応じて変化するタイプのようだった。その証拠に指先からエネルギーで構築されたクローが出現している。

 

「逃がすか……!」

 

 1メートル、2メートルと伸びたクローが福音の装甲を抉り取る。シールドエネルギーで守られてはいるものの、その一撃は間違いなく大きなダメージを与えていた。

 

『敵機の情報を更新。判定Aランク相当。攻撃レベルAへ移行』

 

 威嚇するようにエネルギー翼を広げつつ、胴体からも生えた翼が伸びていく。そこから無数のエネルギー弾が発射された。

 

「見えてる攻撃をそう何度も食らうかよ!」

 

 一夏は避ける素振りすら見せず、左手を構えるだけ。

 そして、一夏は雪羅を異なる形態――シールドへと変形させた。一夏を守るようにして出現した蒼い炎のようなものが降り注ぐエネルギー弾を次々と打ち消していく。

 

(……まさか、これは!)

 

《その通りです。これは()()()()の発展形です》

 

第二形態移行(セカンド・シフト)』ってのはここまで変わるものなのか……

 いや、普通のISじゃそうはいかないだろうな。束が改良を加えたからこその強さだろう。

 

「うおおおおおっ!」

 

 従来の白式よりも拡張された四機のウィングスラスターによって、一夏の機体は『二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)』を可能にしているのだろう。

 複雑な動きでもって相手を翻弄し圧倒的な速度で制する『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』には敵わないが、純粋な加速度では『二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)』も勝るとも劣らぬ加速が可能だ。福音に追従する程度は問題ない。

 

『――状況変化。最大攻撃力を使用する』

 

 そう、福音の機械音声(マシンボイス)が告げる。

 すると今まで展開していた翼を自身の機体へと巻きつけ始め、翼から放出されるエネルギーが福音を守る殻のような役割にとなっていた。

 

 そして、次の瞬間――星のような数のエネルギー弾が対象を一夏に絞らずに放出された……!

 一夏が他のみんなを守ろうした時、

 

「何やってんのよ! 余計なことは考えないでさっさと片を付けなさいよ!」

「鈴……! わかった。すぐ終わらせる!」

 

 鈴が怒鳴り声で叫び、一夏はその言葉を信じて零落白夜のシールドを展開して福音へと接近していく。

 ちっ、鈴はああ言ったけどマズイな……! こんなの一発でも被弾したら即エネルギーが消滅しちまうぞ。

 

(……ヴォルフ。戦闘はできなくても瞬時加速ぐらいは可能だな?)

《可能です。が、あまり無茶な飛行は機体に重大な欠陥を残す危険性が――》

(ちょっとの無茶は許してくれ)

 

 ――『瞬時加速』の難易度はかなり高い。

 それは一夏以外の操縦者が多用していないことからもわかるだろう。

 そして、福音が先程から行っている『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』は難易度が高いって次元の話ではない。成功すれば最速の動きが可能な瞬時加速だが、失敗すればスラスターを破壊する危険性が常に伴っている上にエネルギーを全損させるリスクを抱えている。

 

 もちろん、成功さえすれば瞬時加速よりも少ない消費で済むのだが……

 

「…………あいつに出来て、オレに出来ないわけがない」

 

 あいつ、とは誰なのか。

 だが、問題はそこじゃない。

 オレにも『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』が可能だという点だ……!

 

 1、2、3、4……と、スラスターを順番に点火していく。

 『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』の仕組みはこうだ。

 最初に点火した1個目のスラスターから吐き出されるエネルギーを2個目のスラスターを点火すると同時に吸収し、爆発的に点火した2個目のエネルギーを3個目のスラスターを点火し吸収――それを連続で繰り返すだけ。

 

 この場合、難しいのはエネルギーを圧縮していく速度が倍々ゲームのように加速していくという点だ。

 オレは無事に成功させ、海へ弧を描くような機動で滑空しながら海に浮かんでいた簪を拾う。そこから少しばかり離れた位置にいるラウラを回収――!

 

 この時点で加速度が『瞬時加速』の四倍に達している。

 これ以上の使用は制御不能になりかねないが、この状態で失速するばエネルギー弾に被弾してしまう。

 それだけは避けないといけない。よって、オレのすべき行動は――超高速飛行での『特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)だ。

 

 これもまた高等技術の一つだが、この技の特徴として反動を零にするという特徴がある。それを利用し、オレは円状制御飛翔(サークル・ロンド)のようにして空高く飛翔しながら速度を落としていく。

 

「……ふう。意外と何とかなるもんだな」

 

 この技に名前を付けるならば、『個別連続瞬時加速・零式(アブソリュート・イグニッション・ブースト)』といったところだろうか。

 

「今、何がどうなっていたのだ……?」

「ぜ、全然わからなかった……」

 

 両脇に抱えた二人がオレの技に驚いているようだが、オレも驚いている。

 もう一度成功させる自身は流石にない。が、重要なのはたった今成功させたということだけ。 

 

 さて、あっちの方はどうなっているのか……

 

「ぜらああああっ!!」

 

 一夏は零落白夜の力を開放し、全方位へと弾丸をばら撒く翼を切断。

 だが、しかし。両翼を斬り落とすには程遠い。

 福音は零落白夜の二撃目を回避し、その間にもみるみるうちに翼が再構築されていく。

 それだけに留まらず、福音は正確無比な攻撃で一夏を攻め立てる。

 

「くっ……!」

 

 一夏が苦悶の表情を浮かべる。

 ……エネルギーシールドも残り僅かなのだろう。

 オレが加わるにはあともう少し時間が必要だ。

 

《――エネルギー残量、回復中。現在進行度92%です》

 

「一夏!」

 

 そんな時、一夏の下へ箒が駆け寄る。

 

「箒!? お前、ダメージが……」

「大丈夫だ。気にするな! それよりも、これを」

 

 箒のIS――紅椿の手が、一夏のISへと触れる。

 

「な、なんだ……? エネルギーが回復して!?」

「細かいことは後だ! いくぞ、一夏!」

「お、おう……!」

 

 どうやら、何らかの手段でエネルギーを回復させたのだろう。

 

《アレは紅椿の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)です》

 

 あれが紅椿の単一仕様能力か。

 相変わらぶっ飛んだ性能してやがる。

 主力機としてもサポート機としても成立してんだからな。

 

「今度こそ、終わらせてやる――ッ!」

 

 エネルギーが回復し、温存する必要のなくなった一夏は零落白夜の出力を最大まで引き絞った。光刃が引き伸ばされ、射程が一気に数倍にまで跳ね上がる。

 一夏は両手で零落白夜をしっかりと握りしめ、スラスターを限界ギリギリまでブーストさせた。

 

「うおおおお――ッッ!」

 

 一夏は横に一閃。

 それを福音が回転運動で回避し、光翼が一夏を捉える。

 またしても回避されてしまったが――

 

「箒!」

 

 先程まで一人だった時とは違い、サポートである箒がいる。

 箒は一夏に向けられた光翼を二刀の横薙ぎによる斬撃で消し飛ばした……!

 

「逃がすか!」

 

 そこから、更に一撃。脚部の展開装甲を開放した箒が、急加速からの回し蹴り入れた。

 バランスを崩し、吹き飛ばされた福音が向かう先は――零落白夜を構える一夏の方だ。

 それでもなお攻撃を加えようとする福音だったが、もう遅い。

 エネルギー弾を浴びながらも、全開放された零落白夜の一撃が福音へ命中した……!

 

 

「おおおおおおお……っ!」

 

 瞬時加速で押し飛ばしたところで、ようやく福音の機能が停止した。

 

「はあっ、はあーっ……かぁ、っ……!」

 

 アーマーが解除され、福音の操縦者だけが海面へと落ちていく。

 

「しまっ……!?」

「あぶねえな! 操縦者を殺す気か!」

 

 落ちていく操縦者をオレが海面ギリギリで拾い上げる。

 もう少しで操縦者の身体がバラバラになってたとこだ。

 

(……こいつ、女か)

 

 福音を操縦していたのは、二十歳くらいの女性だった。

 腰元まである長い金髪は日本人ではなく、セシリアのようにイギリスやロシアもしくはアメリカ人だろうか。

 それにしても……何処かで……見たことがあるような。

 

 ――ナターシャ・ファイルス。

 

 脳裏に過ぎったのは、人の名前だった。

 どんな人物かはわからないが、オレはこの人を知っているはずだ。

 

『なあ、ナタリー。お前にアレを教えてやるよ』

『本当?』

『ああ、本当だ。オレに出来るんだからお前にも出来るさ』

『それはどうかなぁ……』

 

 いつかの記憶がフラッシュバックする。

 思い出せそうで思い出せない。

 まるで水面を潜ったり、浮かんだりを繰り返すような感覚。

 もう少しで思い出せるのに。あとほんの僅かなキッカケがあるだけで思い出せるはずなのに……

 くそっ、最近こういうのが多すぎる。

 

『イーリ、お前の操縦は荒すぎるんだよ』

『はっ、うっせーよ! これでも五割はできてんだよ』

『大体な、もうちっと安定させれば完璧なのにお前は無駄に攻撃的すぎんだよ』

『てめえ、ケンカ売ってんのか!』

『まあまあ……二人共落ち着いてよ』

 

 ……思い出せない。

 ここまで来てるのに、何も思い出せない。

 

《マスター、何かが近付いてきます!》

 

 ……? オレのレーダーには何も映っていないぞ?

 

《そんなはずは……!》

 

 珍しいな、お前がそんな風に慌てるなんて。

 無茶のしすぎで何かエラーでも吐いてるのか?

 越界の瞳を発動し、周囲を限界まで観察するが人っ子一人もいやしない。

 気の所為じゃないか?

 

《――――――》

 

「終わったな……」

「ああ……。やっと、な」

「一夏がちんたらしてなければもっと早く終わってたんだけどね」

「それは言わない約束だろ……?」

 

《――上空、300キロメートル先》

 

 ……300キロメートル? 

 いったい、何がいるって言うんだ……?

 

《来ます……! マスター!》

 

 ヴォルフが叫ぶようにして注意した刹那――光が、視界を過ぎった。

 

 ――そして、それは視界を埋め尽くすほどの勢いで光が弾けた。

 まるで雷槌。世界を終わらせるのではないかと思わせるほどの雷槌が海に落ちた――ッッ!

 その場にいたオレたちは言葉を発する暇もなく、一瞬で吹き飛ばされる。

 

「――よお、兄弟。元気だったかァ?」

 

 雷槌の余波で吹き荒れる嵐の中、ぽっかりと空いた底の見えぬ穴――先程までは海だった場所に浮かんでいたのは男の姿。

 

 そして、そこにいるヤツをオレはよく知っている。

 オレが記憶を失ったとしても、忘れるはずのない男の姿がそこにはあったのだ。

 そいつの、その顔は――

 

序章(オーベルテューレ)はもう終わりだ」

 

 そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

「さあ、始めようぜ――オレたちの戦争を!」

 

 

 




――物語は、ここから始まる。

というわけで、福音の次は謎の男との対決。
第4章はもう少しだけ続きますので、よろしくお願いします。
あと静馬の秘密に関しても多少は明かされるかと。

……自分で書いていてアレなのですが、結構無茶苦茶な展開してるよな。


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