おいでなさいませ、血霧の里へ! (真昼)
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プロローグ
プロローグ 第一話


 第一次忍界大戦。今ではそう呼ばれる大戦はこの大陸が始まって以来の未曾有の戦いだった。それ以前も争い自体は長く続いていた。しかし、大戦と呼ばれる程のものは歴史には残っていない。

 

 この大戦とまで呼ばれる戦争のきっかけは単純な事だった。

 

 大陸中の国々が利権や利益、領土拡大の為に、戦いの絶えない戦国時代。そんな時代の大陸の中、国々は一族単位の武装集団を雇い、雇われ返し争い続けていた。しかし、そんな争いの中で最強と恐れられた二つの武装集団があった。そして、その二つの武装集団は手を組み、とある連合組織を誕生させた。更に、この連合組織が領土の平定を望んでいた、とある国と協定を結ぶ。

 今までは国が武装集団を金で雇っていたのとは違い、一つの国にずっと協定を結ぶ非常に強力な集団の誕生だ。

 このシステムをあらゆる国が模倣し追随し、大陸中で一国一里のシステムが構築されていった。逆に、この一国一里が出来なかった一族や国は早くにしろ遅くにしろ亡びの道を進んでいった。

 

 一国一里が大陸中で構築された後、最初に一国一里を作ったある国と他の4ヶ国が強力な大国として大陸に君臨する事となった。

 そして、その五つの大国を中心として、大陸中を巻き込む大きな戦、つまり大戦が始まったというわけだ。

 大陸史上初めての大戦は各地に大きな傷跡を残し。各国はやっとの思いで休戦条約を締結することが出来た。

 

 

 

 

 そしてそれから約20年。

 各国は公平なる利権拡大を理由に領土拡大を行い始める。最初は小規模な領土拡大であった。しかし、いつしか戦火は大陸中に広がっていき、ついに大戦と呼ばれるまでに至った。第二次忍界大戦の勃発である。

 

 

「実際、寒い時代だよな」

 

 と、男が話を始めた。

 何処か薄暗い、静かな森。そして、何かしらの強力な力によって根本から抉られたような谷。森と森に挟まれた形で谷はあった。谷に近い場所だけは薄暗い森の中であっても、横から明かりが差し込み、森の中で身を隠している男の姿をうっすらと照らしていた。

 

「……たった20年だ。たった20年で大戦が再び起こりやがった。どこの国も里も、一族もこの戦でピリピリしてやがる。殺された仲間の復讐を誓う奴も大勢いる。実際、本当にそこまで憎いのかと聞けば、そうじゃないと答えるだろうよ。そうやって目先の目標を見つけでもしないと、この戦いの先が見えなくて不安なんだろう。里の長老たちも顔を顰めていたしな。それでも、戦いを命じるしかない。きっと後世の歴史家は語るだろうよ。今までの大陸の中で、この50年はもっとも悲痛な時代であった、とな」

 

 男は皮肉るような笑みを浮かべる。

 

 森の中に潜んでいるのは彼だけではない。彼の周りには、彼と同じような服装をしている男たちが身を寄せ合いながら隠れていた。口を開くものはおらず、息を潜めながらも彼の……周りに隠れている男たちの隊長の言葉に聞き入っている。

 

「まぁでも、流石に血を流し過ぎたんだろうな。今じゃ第二次忍界大戦と呼ばれているが、この戦いも始めって10年以上。戦争としては十分長く続いた。休戦を求める声も各地で出始めている。各国が休戦に向けて動き始めているという噂も聞いた。最初は信じられなかったが、噂が出始めてから、時間が経ち始めているのに噂は消えていない。各国が動き始めているのは本当の事かもしれん。もしかしたら、この任務が終ったぐらいの時期で休戦条約を各国が結ぶかもな」

 

 そこまで言うと、男は再び皮肉るような表情で笑った。男としてはここまで犠牲者を出して、やっと休戦に動きが出始めたという事に笑うしかないといった表情だった。彼が心の中に隠していた本心を周りの部下のほとんどは理解していた。

 

「……戦いが終わるというのは本当の事なのでしょうか?」

 

 彼に質問を投げかけたのは、この部隊の中では一番若い20前後の青年だった。

 彼は若いながらも戦いに身を投げれるだけの技術、技量がそして何より才能がある。しかし、歴戦の猛者に数えられるような、この部隊の中ではどうしても若い印象が目についてしまう。

 

 

「さぁな、休戦に向けて各国が動きだしているという事は事実かもしれん。しかし、欲に呑まれる国もあるだろうし、負けたまま戦争が終わるのは我慢ならない国もあるだろうよ。国ってのは難儀なものでな。損をしちゃまずいわけだ。ここまで長く続いて被害を出した大戦だ、利益を取るのも一苦労だろうな。どちらにせよ、大戦なんてろくなもんじゃないって理解してくれたら一番手っ取り速いんだがな」

 

 隊長の言い様に、部下たちは苦笑で返す。その苦笑には国は再び目先の利益の為に戦を起こすだろうという予感も含まれてあったのかもしれない。

 

「隊長、奴さん来ましたぜ」

 

 隊長の話が一息ついた所で部下の一人が報告をする。

 その言葉に、身を隠していた男たちは緊張に包まれる。先ほど話を聞いていた時と違い、顔を引き締めいつでも戦闘が出来る体勢に構える。

 

 緊張に包まれている中で、先ほど質問をした青年も今から起こる戦闘に身構えた。今回の任務は危険度は最大、帰れる保障も無い任務だったのだ。青年もそれを理解し任務を引き受けた、故郷の為、そして一族の為と……。

 

「…………!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

 しかし、その叫び声は何を言っていたか聞き取る事が出来なかった。男たちが身を隠していた場所に、非常に強力な何かが炸裂した為だ。男たちは吹き飛びながらも間一髪の所で、その炸裂の衝撃から身を守った。

 青年を除き男たちはこの大戦でも大きな戦果を叩きだしたり、活躍するような集団である。単純な話、一人で戦っても素人の集団ならば100人単位でも適う相手ではない。

 百戦錬磨といっても過言ではない男たちが、身を守ったとはいえ為す術もなく吹き飛ばされたのだ。避けることはおろか、攻撃に反応するのがやっとであった。

 それでも、吹き飛ばされた後は直ちに体勢を整え、地面に着地して攻撃を仕掛けてきた人物に眼をやる。

 

 彼らの表情は重い、今の一撃で彼我の戦力差が大体わかってしまったのだ。

 

 そして、彼らの前に現れたのはたったの一人。現れた男は彼らの部隊が所属している里と敵対している、一つの里のトップに君臨する者だった。

 

 その男を前にして、彼らは覚悟を決めた。目の前の男は見た目は子供のようであった。しかし、中身は一つの里のトップに相応しい実力を持っている。青年は男の動きを見逃さないとばかりに凝視する。

 部隊の何人かが襲い掛かる。複数人で襲い掛かっても、まだ男の顔には余裕がある。

 

「面倒だ……」

 

 まるで飽きたかのように男が部隊の男たちに告げた。

 そして、男の背後に尻尾のような何かが生える。尻尾の様な何かは鱗のようなもので覆われている。だが見た目の変化より恐ろしい変化があった。男から発せられる圧力が今までの比では無くなった。

 そして、男は手を軽く振った。それだけで部隊の半数が為す術もなく吹き飛んだ。

 

 本当に、子供の癇癪のような単純な行為。だがそれだけで、いとも容易く青年の居た部隊は破壊の波に呑みこまれる。その破壊の波は根こそぎ森を、地形を変える。

 悲鳴をあげるまもなく、潰されていく部隊の仲間たち。再びの一撃で、生き残ったのは元々後ろの方にいた青年と隊長の二人のみ。

 歯を食いしばるような表情を見せる隊長、青年の顔も悲壮な覚悟に変化しはじめる。

 

 そして、再び破壊の衝撃が押し寄せ始めた。

 

 隊長だった男は抵抗するものの、呆気なく衝撃の波に呑まれた。そして青年の目前にも迫っていた。青年は咄嗟に回避しようとする。そしてその行為をあざ笑うかのように衝撃は青年を襲う。

 

「……化け物め」

 

 青年は力なく呟き、衝撃に吹き飛ばされる形で青年は谷へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 彼が目を覚ますと、彼の体は思うように動かなかった。意識はしっかりしているのに体だけ動きが鈍い。このような状況を彼は知っていた。そう、夢の中に居る時の状況とよく似ているのだ。

 

 ―――ここはどこだ。……夢か?

 

 彼が働かない頭をどうにか動かそうとする。どうやら彼は寝かされている状態のようだが、やはり動きが取れない為に他の体位になる事が出来ない。唯一目だけは自由に動くようなので、彼は今の状況を把握しとうとする。

 まだぼんやりする頭で色々と考える。しかし何も思いつかない。そして目を動かして彼が見たのは白い毛布のようなものに包まれた自分の体だった。彼は一度目線を上に戻す。改めて上を見上げると、そこは木目がついた天井があった。そこから続いている壁も木で出来ている。彼は何処かの室内に寝かされているようだ。室内はある程度の広さがあり、光も照らされている。まるで何処か一般家庭の家のようだ。

 

 彼は体のどの部分がどう動くかを徐々にだが確認を行っていく。手足は白い毛布に包まれていて動けないが、首に関しては何とか動きそうだと彼は確認した。そして、彼がなんとか首をひねり周りを見渡すと、まるで巨人のような人が見えた。その時点で彼はこう結論付けた。

 

 ―――うん……夢だ夢に決まってる。寝よう。

 

 

 彼は再び目を覚ました。しかし、彼の心は昨日の変な夢を見た事に占拠されていた。変な金縛りや巨人のような人、見も知らぬ場所で寝かされていたこと。どれも彼が見る夢としては初めてのものばかりだった。そして、どうしてあんな夢を見たのかと、考えている最中に彼はようやく気付いた。

 

 目を覚ましたはずなのに、上に見える天井が昨日の夢とそっくりだということに。 

 ―――昨日のあれは夢のはずだろ……?

 

 混乱し始めることで、朝の寝ぼけた彼の脳内が慌ただしく動き始めた。やっと動き始めた正常な脳みそは彼に自身の記憶が所々飛んでいることに気づかせた。その事に気づいて、勿論彼は慌てた。しかし、昨日の夢と同様に体は金縛りを受けているように動かない。正確には動き辛い。混乱するだけ混乱した為、逆に冷静になってきた彼はひとまず記憶の整理を始めようと考えた。

 

  何かを何処かで、等と曖昧な事は覚えている。しかし、詳細な内容を思い出そうとすると、どうしても靄がかかったように思い出せない。彼は直近の記憶から一つずつ整理を始める。

 最近、やっとの思いで長く続いた受験という名の戦争が終わり、彼にとって終戦条約つまり大学合格、入学を果たした。長く辛かった受験戦争の分まで羽を伸ばそうと輝けるキャンパスライフに身を投入したのだ。色々なサークルからの勧誘を受け、新入生歓迎会にも行った。大学をなんとか現役で乗り切った為まだ未成年。しかし、新入生歓迎会では費用がタダということでハメを外して、お酒をどんどんかっ込んでいった。そして記憶はそこで途切れる。

 

 ―――つまり……飲み過ぎで意識を飛ばしたのか。ここは介抱をしてくれた人の家なのかな。

 

 そんな事を考えつつ、とあることを思い出そうとして彼は驚愕なことに目を見開いた。彼は自分の名前が思い出せなかったのだ。それだけでなく、他に友人の名前や個人が特定できそうなものは全てと言っても良かった。覚えているているのはあくまで出来事だけ。

 彼が一生懸命思い出そうとしても、彼がいくら頑張ってもこれ以上は思い出す事が出来なかった。

 

 彼の記憶は今は記録といってもいいかもしれない。もしかしたら、まだ酔いが覚めていないのかもしれない。彼はまだ楽観的に考えていた。彼自身ここまでお酒を飲んだことは初めてなのだ。これからはお酒の飲み過ぎには注意しようと心に決めて、再び注意深く周りを見渡す。すると、夢に出てきた巨人のような人が一人、二人……。

 

 

 

 ―――まだ、夢なのか!?

 

 

 

 

 

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―――こっちの世界に来てから、もう15年か……。早いもんだな。

 

 彼は感傷的になりがら、彼が彼になって一番最初の出来事を思い出していた。そして当時の事を思い出しながら、感慨深げに溜息を吐いた。

 彼が彼になって15年。新しい出来事や思い出にどんどん上塗りされていくように昔の出来事は忘れていく。今になっては高校の思い出もごくわずかだ。代わりに上塗りされていく彼の新しい人生での記憶が溢れるようになってきている。

 

 ―――最初はまだ、夢や幻だと思っていたもんな。むしろ途中までは、か。……いや、信じたかったのか。現実と認めたくなくて信じ込んでいたんだな、きっと。

 

 彼がもし、その話を誰かにしたところで誰も信じてくれなかっただろう。一度死んでから赤ん坊に生まれ変わったなどと。何処かのお伽噺や活劇、物語の中の話だと思われるだけだっただろう。

 彼だってそう思っていた。身をもって体験するまでは。

 

 前世での記憶は一部を除いてほとんど意味が無かった。おかげで、前世の経験も役に立つということ自体稀であった。何度も嫌な出来事や死線を潜り抜けてきた。

 その中でも生まれ変わった直後は彼にとって、ある意味思い出したくない黒歴史になっている。

 

 ―――何が嬉しくて、精神年齢20歳近くの若者が母親の授乳体験をしなければならんのだ。……誰か記憶を限定して封印や消去できる封印術でも持ってきてくれ。

 

 生まれ変わった直後は彼自身の精神年齢と彼の肉体年齢のギャップに一番悩んでいた時期なのは間違いない。一度名前さえ忘れてしまった彼は、記憶のありがたみというものを身に染みて感じている。そんな彼でさえ、黒歴史として記憶から消去したいと願っているのだ。どれくらい辛いものなのか想像に難くない。

 

 彼は彼が彼になってからの記憶を順繰りに思い出していった。

 

 ―――それからも大変だったよな。前世と違って殺伐とした世界だし、時代も時代だったしな。激動といっても間違いじゃないな。懐かしき青春の日々よって感じか。

 

 気づいたら苦笑がこぼれる。今になってから改めて思い返してみると、彼自身非常にきつい人生を送ってきたと思う。辛い事や苦い経験など一度ではなかった。両手の指で数える事が出来ないぐらいの回数だ。前世も受験戦争は苦しい苦しいと感じていたが、現世ではその比ではない。かなり殺伐とした人生を送っていると、深々と感じていた。

 

 ―――生きる、この事がここまで大変だったとは最初は思いもしなかったな。前世がいかに幸せだったか今になってわかる気がする。

 

 彼もせっかくの二度目の人生と、割り切って生き残る事を第一としてきた為。遊び等とは無縁の子供時代になってしまった。その事を彼は少し後悔もしていた。ある事件をきっかけに彼も人生を楽しもうと生き方を変え始めたが、今になって子供時代の遊びの思い出が少ないというのも寂しいものだと感じる。

 

「どちらにせよ、今更だな」

 彼は誰にも聞かれないような小さな声で呟く。

 楽しかった事も苦い経験も辛かった事も彼にしたらどれも等しく大切な想い出だ。記憶を一度失ってからというもの、起きる出来事をなるべく覚えていようと彼は常に心がけていた。その想い出の一つ一つが彼を形成していると言っても過言ではないからだ。その後も彼は順繰りに今まで起きた出来事をゆっくりと回想し始めた。

 

 

 

 

「……キトさん! ユキトさん!」

 

 現世での彼の名前を呼ぶ声がする。何処か少し飛んでいた意識を現実へと戻し、そちらに顔を向ける。そこには黒髪の非常に綺麗で整った顔した子供がいた。

 

「どうしたんですか? 突然ボーッとして」

 

 黒髪の子が再び問いかけてくる。その口調はどこか彼を心配してくれているのがわかる。

 彼自身はそんなに長い間呆けてたかな、といった思いだ。しかし、実際に声を掛けられている事からそれなりに長い時間想い出にふけっていたのかもしれない、と考え直して彼は黒髪の子に質問をすることにした。呆けていたのは彼自身だが、今の彼の状況にとって時間というのものは非常に大事なものだったからだ。

 

 

 

「どれぐらい呆けていた?」

 

「だいたい、5分ほどですユキトさん」

 

「……そんなにか」

 

 彼が思っていた以上に、意外と時間が経ってたらしい。

 

「本当に珍しいですね。いったいどうしたんですか?」

 

「いや、少し現実逃避を……な」

 

 彼は正直にぶっちゃけた。

 その言葉を聞いた黒髪の子もぶっちゃけちゃいましたね、といった表情だ。

 

「えっと、気持ちはわかりますが。……後にしませんか? ユキトさん」

 

「だよなぁ。……どうしようか、これから?」

 

「僕はずっとユキトさんについていきますよ」

 

「……ありがとう。だけど実際どうしたもんかな。戻ったら殺されるかね?」

 

「たぶん間違いないでしょう。いくら、ユキトさんでもこればかりは……」

 

 現在、彼と黒髪の子は今まで住んできた故郷とも言われる場所から逃亡中の身だ。追手がきているかも不明だが、彼自身は追手が来るだろうと睨んでいた。つまり、故郷からの追手に追われている為に逃亡中といった方が正しいだろう。

 

 

 彼はとある組織に属していた。彼の僅かにあった前世の知識から考えて生き残る術を学ぶには一番適していると思ったからだ。

 

 ―――後から思えば、この時点で選択ミスをしていたのかもしれないな。

 

 彼は心の中で独白する。

 彼が所属していたとある組織の頭が少し穏便じゃない代替わりを果たした。先代の頭はかなり血生臭い人だったため、先代の部下にも血生臭い部隊がいた。しかし、代替わりした現頭は先代と比べて血生臭くない。つまり、血生臭い人たちは今まで通りの活動ができなくなってしまったわけだ。

 血生臭い人たちのうち、一人は現頭の側近見習いに。一人は祖国の大名を殺し、国家破壊工作などの重罪を犯したうえで、故郷を捨てた。そして、彼にとって先輩に当たる人物は……組織に対してクーデターという大変な事を起こした。つまり、現頭の暗殺を行おうとしたのだ。しかし、結局その血生臭い部隊の一人が企んだクーデターは失敗し、その人も故郷から逃げた。

 

 ―――恨んでる……というわけでもないが、先輩も何であんなことをしたんだろうな。

 

 彼の疑問に答えてくれる人物はここにはいない。もし、再び会えることがあったら聞いてもいいかもしれない、と考える。

 

 そして彼の先輩が起こした出来事で彼にとっては問題が発生した。彼はその血生臭い部隊に少しだけ関わっていたのだ。彼自身としてはあまり血生臭いことは好きではなかったが、上からの命令には従わないといけない、なので仕方が無く行っていた。その為、頭が代わる事は彼にとって万々歳という形ではあったのだが……。

 元日本人の性質故か、彼はそのまま現頭の下につくのだろうと安易に考え、その後も特に何も行動を起こさなかった。彼にとって別に上司が代わっても言い渡された仕事をしっかりこなせば良いと考えていたし、本来ならそれで問題は起きない筈だった。

 

 彼にとって誤算だったのは、国家破壊工作を行った人やクーデターを起こした人のおかげで彼自身も危険視されていた事だ。彼もその可能性も考えなかったわけではなかった。ただ、彼自身が現頭や参謀役の人とは仲は友好だった為に安心していたのだ。

 しかし、想定外の事は起きるもので、裏で色々と不正を働いていた組織の幹部が彼に悪事をばらされるのを恐れて、独断で暗殺しにきたのだ。だからといって彼も簡単に暗殺されるわけにはいかない、暗殺に対して彼はしっかりと返り討ちにした。しかし、頭が穏便でない代替わりを果たし、組織としても色々と敏感になっている時期だ。元々危険視されてる所にそんな事件を起こしてしまったのだ。勿論、他の幹部の人達が異様に反応した。その結果、彼は目出度く反逆者扱いになってしまった。

 

 不正を働いていた幹部も自身が危ないと感じていた為、保身に走ったのだ。彼を反逆者にしたてあげた後に抹殺して、罪をなすりつけようと画策していた。

 ただ、不正を働ていた幹部に関しては彼が悪事ばらすも何も、そもそも現頭の人や参謀役の人にはマークされていた。その為、断罪も時間の問題だろうと彼は考えていた。

 

 幹部が断罪され、罪も晴れて故郷に凱旋……と心情的には彼もそうしたった。しかし、そうは問屋がおろさない。この世界では一度組織から抜けると一生追われ続ける。最悪、元の組織が懸賞金をかけて賞金首になって裏稼業の方々に狙われる。

 だから彼としても出来る限り抜けたくは無かった。彼一人だけならなんとかなったかもしれない。しかし、彼の相方である黒髪の子はまだ10歳。流石に修羅場の連続は厳しいと彼は判断した。そして、彼と黒髪の子は組織から逃亡し、故郷から逃げる身となったのだ。

 そして現在にいたる。

 

「さて……と」

 

 彼がそう呟いた瞬間、後方から苦無が飛んでくる。彼は背中にしょった包帯でぐるぐる巻きにされている大剣をぶん回すことで、苦無をはじく。

 すると、先ほど苦無を投げたであろう者たちが投げた苦無に劣らないスピードで、彼と黒髪の子の前に現れた。数は3人、男たちはあからさまに殺気を放っている。どう控えめに見ても二人を殺しに来た追手に間違いない。

 

 彼は全身の神経に意識を流し、全細胞に戦闘態勢を命じた。勿論、その間も彼は男たちから目線は外さない。そこで彼は気づく、男たちは組織の正規の人員じゃないことに。組織の正規の部隊ではない、つまり不正した幹部の部下だ。そこでさらに、彼は首をかしげる。もしかしたら組織の正規の人からはそこまで追われてないのかと。

 なんにせよ、このことは彼にとってありがたい出来事だ。抜けたからといって、古巣である組織にはやはり手を出しづらい。

 

 ―――だけど、お前たちみたいな、あの野郎の私兵なら別だ。憂さ晴らしにも丁度いいしな。

 

 彼は内心で笑った。

 問題は目の前の男たちがスリーマンセルで来たのか、それとも一人隠れていてフォーマンセルか。彼も気配を探って隠れているような人物は見つからない。見つかったら隠れてる意味がないので、そこら辺は徹底しているのだろう。

 

「よし、こいつらは俺がやる。もし他に隠れていたやつがいた場合フォローを頼む」

 

 彼は先ほどから殺気がもれ出してる相方に話しかける。

 

「わかりました」

 

 殺気を収め、サッと物凄い速さで後方に下がった。

 

「さてと、まぁこんな話をした後でなんだが。俺になんか用かい?」

 

 彼を殺しにきたのであろう3人に対して、彼は旧知の仲であるかのように気軽に話しかける。

 

「油樹ユキトで間違いないな?」 

 

 3人の中でリーダー格であろう奴が少し前に出て問いかける。それと同時に残りの二人は前かがみになり、いつでも彼に襲い掛かれる体勢になる。

 

「ん? 違うよ? 残念な事に人違いだな」

 

 リーダー格の男に対して、またも彼は軽く否定する。

 

「里抜けの罪で貴様を殺しに来た」

 

 彼の回答は見事にスルーされた。彼は内心で呟いた、スルーするなら聞くなよと。実際、彼は油樹ユキトであり、リーダー格の男は間違っていない。

 

「霧隠れの里、忍刀七人衆番外位、油樹ユキト……覚悟!!」

 

 リーダー格の男がそう宣言した瞬間に3人の暗殺者が一斉に襲ってくる。

 遅い。今まで色々な修羅場を経験したユキトは3人を見てそう判断を下した。

 

「忍が殺す相手にピーチクパーチク話していいのかね……、まったく」

 

 先ほどまで自分も気軽に話していたことを棚にあげ、ユキトは頭をがりがりとかきながら背中の大剣に手をかける。

 

 

 そして振るう。

 

 一瞬にして3人の背後に回ってだ。

 

 そして、そのままユキトは3人を斬りつける。反撃の隙もない。

 たった数瞬の出来事。その間に致命傷が一人、軽傷の者が二人という状況になっている。ユキトには勿論傷などない。

 

 最初と位置が逆になってから相手を見やる。

 流石にリーダー格は実力が少し高い。あくまで他の2人に比べてだが。

 

 そこで、ユキトは疑問をもつ。傷を負ったのにリアクションが無い為だ。男たちはユキトを追っていた筈だ。ならばこの刀の特性ぐらいは聞いていてもおかしくない筈なのに。

 

「お前らが追い忍として、俺の事調べなかったのか? この刀の特性知らなかったのか?」

 

 ユキトは疑問をそのまま投げつけた。

 

 2人は目を見開く……。

 

「まさか今ので……!?」

 

 リーダー格が愕然とした表情でこちらを見る。

 

 ―――あぁなるほど、つまり致命傷が3人ってことか。

 

「毒刀・海蛇、斬った瞬間に斬り口に致死毒を流し込む。事前に知らされてたけど、半信半疑だったか性能面に懐疑的だったかってとこか? 早く処置しないと……」

 

 

「死ぬぞ?」

 

 彼は言葉を一旦切り、その後で無情にも告げる。

 

「早く手当や毒抜きをしないと大変だぞ? ……する暇があれば、いいがな」

 

 言葉通り、ユキトも処置や治療をさせる気はない。

 ユキトは話終わると、相手を押し潰すような殺気と共にまた相手に向かって跳ぶ。リーダー格は苦無で防ごうとするが、斬りかかった筈のユキトがいきなり消える。

 

「なっ!? 分身の術!?」

 

 リーダー格は狼狽えたように当たりを見回す。

 

「分身の術、忍術の基礎だ。使いどころによっては非常に有効だぞ? 落ち着いてじっくり見ればわかっただろうに。焦りすぎだな」

 

 ユキトは先ほど位置が逆になった瞬間に分身の術を行い、本体は隠れていた。そして、隠れながらも次の術の準備を行っていた。

 

‐霧隠れの術‐

 

 追い忍2人の周りが一気に霧に包まれる。

 1m先も見えないような霧に包まれ、二人は戸惑っている。ユキトの気配にも気づいていないようだ。

 

 そして、一瞬だけ霧の中で刃物の鈍い輝きがきらめいた。

 

「ぐぁあ!?」

 

 鈍い輝きがきらめいた後、すぐに悲鳴があがる。先ほど、軽傷で済んだ男の一人だ。これで、残すはリーダー格ただ一人。

 

 

「2人目」

 

 ユキトはリーダー格にかろうじて聞こえるような声で呟く。

 

 無音殺人術(サイレントキリング)。これはクーデターを起こした先輩が得意だった戦法だ。

 ユキト自身さっきまで、その人のことを思い出していた。懐かしさと共に少しだけ癪に障ったので使うことにした。

 

 さて、とユキトは溜息をついた。

 

 相方と合流してさっさとこの場を去るかとユキトは考え始めた。どうせ彼は既に手遅れだからだ。毒に対して何も処置をしようとしない、さらに時間が経ち始めている。今から処置したところで当分は体が満足に動かないだろう。

 それにこうも霧に包まれていては、いつ敵が襲ってくるかわからない。こんな状態では処置をしたくても出来ない。処置を始めた瞬間に襲われたら、その時点で彼の命は終わることになる。

 

 ユキトは自らが作り出した霧を抜け、相方の黒髪の子が待っているであろう所に向かう。

 その途中で、結局3人だけだったなと脳裏にかすめたが、既に終わった事だと頭の中を切り替えた。

 

「白」

 

 ユキトは先ほど後ろへと下がった、相方である黒髪の子を呼ぶ。

 

「ユキトさんこちらです」

 

 霧を抜けた先にある森の中から、すっと白が現れる。

 

「さて、少し遊びすぎた。さっさと行くか」

 

「いいのですか? 一人まだ霧の中で頑張っていますけど」

 

「どうせ死ぬ。傷はつけた」

 

「なるほど。では行きましょう」

 

 チャクラを足にこめ、木から木へと森の中を飛ぶように走る。

 今まで故郷だった霧隠れの里呼ばれる場所から背を向けて走る。

 色々な想い出と辛い記憶が残る場所から、逃げるように走る。

 

 故郷とは水の国の霧隠れの里、所属していた組織とは霧隠れの里の忍。

 

 何の因果かユキトは今、漫画だったはずの世界。NARUTOの世界で生きている。




移転しました。

また、改稿しました。

これからも宜しくお願いします。


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プロローグ 第二話

 彼が赤ん坊になってから既に一週間がたった。

 

 彼はまだ、夢から覚めない。むしろ逆に、今まで前世で生きていた事が夢のように感じられる。まるで胡蝶の夢の様だ。

 

 ―――いくらここだ夢だったとしても。ここまでの世界観を作れるのなら、物書き、作家の才能があるんじゃないか。夢から覚めたらこの夢をもとにして創作活動でも初めて見るかな。

 

 そんなことさえ彼は考え始めていた。

 時代背景は江戸時代と現代が上手く、そして中途半端に混ざっている感じだ。割合としたらだいたい8:2ぐらいだろうか。江戸時代に現代の利便性だけを持ってきたといった感じである。

 つまり、ここは異世界という設定になるのだろう。現代の日本ではありえなものが多々としてある。江戸時代にしてはやけに建造物が大きい。そして、何より快適に過ごせる。江戸時代としては考えられないものばかりだ。まさに和風ファンタジーといったところだろうか。

 

 ―――小説にするんじゃなくて、ゲームの設定シナリオにしてもいいかもしれないな。

 

 そんな事にも考えが及ぶ。

 それと同時に不思議に思う。赤ん坊というのはここまで自意識があるものなのかと。やはり夢に違いないと彼は確信を持ってしまう。

 

 ―――もしゲームにするなら、ほのぼの生活系和風ファンタジーRPGとでも言ったところかな。

 

 彼は赤子になりながらも妄想だけは続いていく。

 

 

 

 そんな考えが打ち破られたのは、美しい月夜のことだった。

 

 人口はそこまで多くない、少し人里から離れた所にある森の奥地。街道もあまり使われず、世界から忘れられたような村。そこに赤ん坊とその家族はのんびりと暮らしていた。

 

 そこに突如、普段の静観な村からはあり得ないような轟音が響く。

 襲撃者は複数人居た。そもそも、村を襲いにかかったわけでは無さそうだった。襲撃者同士が互いに戦っていた場所に、たまたま村があったというところだ。

 襲撃者の男たちは互いに武器を構えたり、投擲具を投げる。そして、繰り出される蹴りや拳が互いの骨を砕きにかかる。尋常じゃない速さで村を駆け巡り、交戦を行っている。

 

 まだ幼い赤ん坊は母親に担がれながら、家族と共に街道の方に逃げ出していた。偶然にも赤ん坊は後ろ向きで抱えられていた為、襲撃者同士の戦いを目にする事となる。

 襲撃者が建造物より高く飛び、獣より速く駆け回り、何より口から火や水を噴いていたところを。

 襲撃者たちの衣装から彼らを何と呼ぶかを赤ん坊は知っていた。ゲームでは和風の魔法使いや暗殺者に属している者達。忍者と呼ばれる者達だ。

 彼らのような存在がいること、その事実は赤ん坊である彼には衝撃的なことだった。

 

 その後、村人たちと共に他の街まで逃げ切る事となった。赤ん坊の家族を含めて村人たちはほとんど無事であったことから、やはり村は襲われたわけではなく、単に戦場となっただけのようだ。殆ど無事だったといっても、少なくとも何人かは被害が出ている。

 

 ―――まるで、HUNTER×HUNTERのハンターみたいだ。人がとんでもない速さで駆け回って、飛び跳ねて。しかも、超能力みたいなの使ってたし! あれは忍術なのか!? 

 

 先ほどの光景を見て、彼も忍者になって駆け回り飛び回りたいと思っていた。しかも、彼にとってここは夢の世界。きっと、物凄い忍者に成れるに違いないと彼は妄想していた。

 彼がそんな妄想の中に居る間、彼の母親に当たる人物が背負っていながらも語りかけてくる。

 びっくりしたわね、ユキト。でも泣かないなんて偉いわね、と赤ん坊の母親は頭を撫でて語った。赤ん坊は泣くこともなく、妄想を続けていた。

 しかし、深い妄想を続ける為か、赤ん坊の習性故か。赤ん坊に本能による睡魔が襲い始める。赤ん坊は睡魔に打ち勝つことなく、ゆっくりと意識が沈んでいく。

 両親はこれからのことを話し合っているが、赤ん坊はその話を子守唄代わりに眠っていた。

 

 

 彼が赤ん坊になって早くも1年間がたった。この一年は彼にとって非常に残酷な一年になったことだけは確かであった。彼は意識はしっかりとあるものの、赤ん坊であることには違いない。彼の理性は赤ん坊の本能に連敗記録を更新し続けていた。そんな彼に両親は優しく接してくれていた。理性は恥ずかしいやら本能は嬉しいやらで混乱し続け、一刻も早く夢から覚めてくれと願う毎日だ。

 

 彼にとって残念なことに、夢からは未だ覚めない。一年経って、彼自身も赤ん坊の状態が夢ではないと諦め現実を受け入れにかかってきた。

 まず、徐々にだが赤ん坊になって暮らしている生活や建造物、世界観に見覚えがあるからだ。

 高校の時の友達の家にあった漫画、NARUTOに酷似しているのだ。彼自身はHUNTER×HUNTERやONE PIECE派だった為に漫画は持っていない。友達の家に遊びに行った時に薦めて貰って、パラパラっと流し読みした程度である。

 確信したのは、両親が話している時に国のあり方や忍者の里についての話が出た時だ。言葉自体はほとんど一緒であり、聞き取る事に関しては問題がない。なにより、丁度彼がコンビニで立ち読みした時に出てきた話、一国一里のシステム。NARUTOにこんな設定があったのかと当時は感心したものだった。

 

 ―――つまり、この世界は俺の創作ではなくて、パクリだったのか。危なく盗作家になってしまうところだった……。所詮、俺には小説家の才能はないってことか……。

 

 そして新たな問題が起き始める。一年だ。一年経っても覚めない夢があるだろうか。そして、この世界は夢と思えない程のリアルさを誇る。ここまで、考えが至ってしまうと赤ん坊、ユキトも知らぬふりは出来ない。現実逃避をやめ、ちゃんと向き合おうと決めた。

 今、ユキトが生きている世界は漫画NARUTOの世界であり、ユキトは未だに信じきれないが、生まれ代わりを果たしたのだと。

 

 ユキトはこれからの事も考え始める。

 夢じゃないと認めたとしても今度は新たな問題が発生する。彼自身が漫画を詳しく知っているわけではないということだ。

 

 ―――なんで、俺の持っている漫画に生まれ変わらないんだよ……。なんだっけ、こういう漫画の世界に生まれ変わるのを確か転生物って言うんだったっけ。昔、姉貴がそんなのを書いていた気がする。

 

 彼が知っている漫画の世界と同じであるならば、場所が多少変わったところで生き抜くこともシビアな環境、ということには変わらないだろう。たかが会社の利益の為に、橋を建設させない為に殺人や見せしめなどを行う描写があったはずだ。。それほどにこの世界では命というものは安い。

 現実を受け止め、なお思案する。

 

 ―――だからといって、忍者になったとしても実力が低ければ呆気なく殺されてしまう世界だしな。主人公補正でもあればいいんだがな……。

 

 せっかくの二度目の人生である。最後の記憶、ハメを外して酒を飲んで死んでしまったとなれば悔いを残さずにいられない。彼はもっと生きたかった。現世では今度こそ長生きをしてみたいというのが、彼の紛れもない本心であった。

 

 彼は曖昧な記憶を必死に思い出す。漫画では、死ぬ確率が高ったのは何だったのか、何が起きて死ぬことになっていったのかを。

 彼が丸一日かけて考え抜く。

 

 ―――この世界は弱者に厳しい世界なことは確かな筈だ。それはつまり、裏を返せば実力が低くなければよほど事が無い限り死ににくいことの筈。実力をそこそこにつけて危ない任務につかなければどうだ? 自分の実力で出来る範囲の任務を繰り返して、後は極力危険な場所に近寄らない事も大事だな。だとすると前線に立つような忍者じゃなくて、後方支援の忍者になったりすればどうだ? 

 

 彼は頭の中の漫画の情報を引っ張り出す。実力がそこそこありつつも前線に出る事がなく、後方支援に徹していた者達の事を。この世界では医療忍術という術があり、これを使う彼らは人を癒す術のエキスパートたちであった。

 

 ―――そして何より、医療忍術を習得さえすれば、よほどの事がない限り自身の治癒も出来る。つまり、死ににくい。しかも医療ということは前の世界でいう医者だ……。金銭面も保障される可能性が高いんじゃ!? いや、待て待て、金銭面で裕福な暮らしが出来るかはまだわかないな。ただ、医療のスペシャリストを前線に送り込むなんて普通はしない筈だしな!

 

 彼は自身の考えに興奮しはじめる。

 身の安全も確保されたうえに、自身も死に辛くなる。平和な時代であれば、医療忍術で民間医療として野に下ってもいい。野党などが出たとしても忍者として一定以上の実力を身に着けていれば返り討ちにすることも容易いだろう。前世の時より、死ぬ確率はかなり下がるだろう。

 なにより、赤ん坊になってしっかりとした理性があることは大きなアドバンテージになるに違いない。

 忍者について詳しいことはわからない。それでも基礎の修行の仕方は漫画に乗っていて偶然にも覚えている。何より精神が大人なのだ、勉強や修行出来る時間の確保には困らないだろう。

 

 彼はそう確信した。人生の方向性が決まった為、次は生き抜く為の努力を開始する。

 

 ―――決めた。俺は忍者になる! そして、医療忍者になる!! この世界にもオーラみたいのがあったな。チャクラだっけ? まずは、チャクラを練ることから始めないといけないな。オーラのようなやり方でいいかな?

 

 チャクラを練る事は漫画でも忍者になる上では一番大切なことと書かれていたのを思い出す。きっちり練れるようになれば、次に漫画であった木登りや温泉の上に立つ修行でも試してみるか、と彼はこれからの計画を練る。

 ただ、未だにしっかりと筋肉がついていないのが現状である。ユキト自身は立つのも一苦労であり、ハイハイの偉大さに驚愕さえしてしまう。

 

 赤子用のベッドの上でユキトは自分の考えに喜び、はしゃぎ始める。そしてはしゃいでいる姿を目撃した彼の母親は顔を微笑ませ近づいてくる。

 彼の心の黒歴史にまた新しい一ページが刻まれる。

 

 

 

 色々な黒歴史を乗り切り、ユキトはもうすぐで二歳になる。二歳に近づくにつれ、他人と会話やコミュニケーションを少しずつ取れるようになってきた。勿論、聞き取りは完璧に近い。元々、和風ファンタジーであった為、言語は同じであったのだ。

 聞き取りに比べると、話す方が難しい。なにせ、まだ舌の筋肉や他のもろもろが発達していないのだ。どうしても話す言葉はつたなくなってしまう。それでも、両親とのコミュニケーションや意思疎通をこなすには十分であった。

 チャクラも幼児にしては十分に練れるようになってきている。最初こそはどうやって練ったらいいのかもわからなかった。何せよ前世ではそんな超能力紛いな力は無かったのだ。

 つまり知識は知識でしかなかったということだ。改めてチャクラを練れるようにする為に、ユキトはHUNTER×HUNTERで言うところの点のような瞑想を繰り返し行っていった。しかし、未だに赤子と言っても差し支えない幼児の身。瞑想の途中にコテンと寝てしまう事も多かった。おかげでユキトは両親からは座って寝る子だと認識され、この事を大きくなってからも両親からからかわれるようになる。

 

 チャクラの練り方を頭で一から理解し、訓練をしていた為、ユキトが満足出来る練り方を覚えるまで、一年程時間がかかってしまった。しかし、その甲斐もあって、前世では当たり前のことだが出来なかった超能力のような魔力のようなものを練れるようになった。ユキト自身最初練れた時は興奮したものだった。

 

 ―――チャクラを練るだけで一年間も使うとはね。まぁどう考えても両親、忍者じゃないしな。傘屋さんだし。そう考えればいい方なんだろうなきっと。

 

 ユキトが見ていた限り、両親は忍者ではないだろう。そもそも忍者であれば、村が襲われた時に応戦するなりなんなりしていただろう。村から逃げたてきた家族は近くの町に住み始めた。ユキトの両親は傘屋を営んで、なんとか日々を暮している。

 

 漫画の世界では一族によっては強い力を引き継ぐ家系も居たことを思い出す。

 事実、忍者は血筋がものをいう。

 血筋で強弱が決まってしまう事が多々ある世界、それが忍だ。それ故、努力をせずとも血筋だけで強者になる者もいる。また、強者の血筋である者が努力を行うと、それこそ化け物と呼ばれるぐらいに強くなる。

 

 ―――才能っていう面では原作のキャラクター達には逆立ちしても勝てないだろうな。本来なら、一コマで瞬殺されてしまうようなモブだ。だからこそ、早めのスタートは有効の筈。

 

 その為、原作キャラ補正や血筋という才能がない彼は人一倍努力を行い、その差を埋めようと決めた。他の者と比べると、生後一歳から修行を始めるということは、今後のユキトにとって大きなアドバンテージになっていく。

 

 一年かけてチャクラを自身が満足するまで練れるようになった為、漫画の最初の方にやっていた修行を開始しようとする。

 

 忍者が行う修行のことを業という。業とは忍者が行う修行法のことであり、肉体を鍛えるものからチャクラのコントロールを鍛えるものまで色々な業がある。

 その内、彼が漫画で見た修行法とはチャクラのコントロールを鍛えるための木登りの業であった。

 木登りの業とは手を使わずに、木登りを行う修行だ。チャクラを必要な箇所に必要とするだけ集め、集めたチャクラを維持する。これは足というチャクラのコントロールが難しい場所で一定量のチャクラを常に練り込むという、チャクラをコントロールする為には忍者にとって必須の修行法であった。

 

 記憶を掘り起し、木登りの修行を実行しようとするが彼はまだ幼児。二歳児が外に出て木登りをする姿を両親にでも見られたら、その場で間違いなく止められるだろう。

 

 ―――うん、流石に二歳だと一人で外には出れないよな。別に木じゃなくてもいいよな? 家の壁でやるか。

 

 前世では彼は両親と疎遠気味であった。大学の費用は姉が出してくれていた事もあり、両親の愛にはほとんど触れる機会が無かった。彼にとって新しい両親は優しい人たちであり、愛して育でて貰っている以上、極力心配等はかけたくなかった。

 

 壁までたどり着き、木登りならぬ壁歩きの修行を開始する。

 しかし、すぐにユキトは壁歩きの修行に大きな落とし穴があったことに気づく。

 

 ―――うん、足は意外とまぁ上手くくっつくみたいだ。たださ……、当たり前の事だけど。重力ってのはは下向きの力だよね。筋肉の発達していない赤子に垂直歩行なんて真似できるか!! 最近、やっとまともに走れるようになった程度の筋肉なんだよ!!

 

 ユキトは心の中で吠えた。

 下向きの力が加わっている中で筋肉の発達していない子供が垂直に壁を登ろうとするとどうなるだろうか。残念な事に、ユキトにはまだ重力に逆らってまで、上半身の重さを支える筋肉はついていなかった。

 ユキトは仕方がないので、足と手は床に着けたままで足だけをチャクラ吸引で登らせていく。その姿はまるで子供が一生懸命に壁倒立を行おうとしているようであった。両親はその姿を微笑ましく見ていた。

 

 半年程続けた結果、ユキトは今世でも出来てきている感触を持った。勿論、出来たという感触は壁倒立が上手くなったというわけではなく、チャクラコントロールが身についてきたという意味だ。

 しかし、半年も壁倒立を続ける姿から、両親は壁倒立が大好きな子という認識である。父親に至っては壁倒立のコツなどを教えようとする始末であった。

 半年程経っても未だに重力に逆らって上半身を壁に向かって垂直にすることは出来ていない。

 その為、ユキトは他の修行を先に行うか考えるようになっていた。このまま、上半身を支えれるまで同じ修行を行っても問題はない。しかし、それでは時間が勿体ないと感じる。

 

 ―――漫画の世界だと思ってたから出来ると勝手に思ってたけど……、本当に出来るのか? この状態で歩くとか正気の沙汰じゃない気がするんだが……。

 

 弱気になってしまうほど、壁に対して垂直に立つというのはユキトにとって難しく遠く感じたのだ。忍者等など居なかった前世の時より体が上手く動かない事にも不安を持つ日々が続いていたのも原因だ。

 他の業を行う前にも、色々工夫をして壁昇りの修行を行おうとした。

 ―――垂直歩行が無理なら、壁に貼り付けばいいじゃないか。手と足を使って虫の様に……。ロッククライミングといこうじゃないか!

 

 そして、実践してみてわかることもある。

 手と足で壁昇りを行えば、確かに壁を登ることはできる。しかし、足と比べて手でチャクラをコントロールすることは簡単であった。簡単なことを行ってもそれは修行にはならない。ユキトは足でチャクラをコントロールすること難しいからこそ修行になるのか、と改めて思い知った。

 ユキトは偉大な先人たちの知恵に関心すると共に、これ以上は今の筋肉の段階では壁登りの修行は出来ないと判断した。

 

 ―――木登りの修行の次に主人公が行ってたのは確か……水面に立つ修行だったっけか? 川なんて一人で行ける筈ないしな……。水に立てばいいなら、家の風呂場でもいいか? 風呂場なら目立たずに問題ないはず。

 

 原作の漫画でナルトが行っていた水面に立つ修行、それは水面歩行の業である。水面歩行の業は木登りの業と違って、固定されたものに吸着しておけばいいものではない。水面を歩く、もしくは浮くためにはチャクラを常に出し続けなければいけない。もちろん、チャクラコントロールの難しい足でやらなければ修行にはならない。そのうえ、体を浮かせ続ける為に適量のチャクラを出し続けなければならない。チャクラの放出量のバランスも適したものでないといけなく、単に維持をするという行為より難易度はあがる。

 

 一人でお風呂に入る事も最初は両親に渋られたが、ユキト自身一緒にお風呂に入るということが黒歴史にどんどんと刻まれていたので、ここは頑として我儘を突き通した。癇癪を起したといってもいい。それでも、母親がたまに一緒に入ってこようとするため、その度に黒歴史のページ数が増えていくことになっていった。

 

 そして始めた水面歩行の業。これも漫画で主人公は簡単とはいかないが、一ヶ月程の時間でマスターしていたことを思い出す。それに対して比べてユキトは非常に苦戦している。

 

 ―――誰だ!? 漫画の主人公が落ちこぼれとか言ってた奴! これを一ヶ月もかけずに出来るとか普通に優秀じゃないか!!?

 

 あまりにも上手くいかないのでユキトの涙腺が緩みそうになる。

 だからといって、修行を辞めるという選択肢はユキトには無く、どうにかこうにかして修行の日々は続いていく。

 

 

 

 

 彼がユキトになり、異世界転生という稀有な体験をしてから、早三年の月日が流れた。

 子供の成長は早いもので、一年前には身体が出来上がっていなかった為に、不可能であった壁登りの修行もしっかりと出来るようになった。最初こそは走りながら登って行ったが、慣れた今では歩きながらでも登れるようになっていた。

 

 ―――しかしまぁ、この世界の体のポテンシャルにはビックリさせられるな。多少は傾くものの、重力に逆らって垂直歩行……。前世ならサーカスとかじゃないと有り得ない光景だよな。

 

 生まれ変わった最初の頃は、前世の時と比べても身体が上手く動かない事に不安もあった。しかし、日々成長していく身体を見て、その考えを払しょくすることが出来た。むしろ下手をすると、前世の高校生の時より体が良く動くかもしれない。高校の時には足だけで上半身を支えるなんて出来なかったはずだ。

 また、ユキトが壁に対して垂直歩行をしている所を母親に見られた後は、手品の一種だと勘違いされていた。

 身体にしっかりと筋肉がついたことで出来るようになった壁登りの修行に比べ、水面歩行の業は進み具合が芳しくなかった。

 ユキト自身、どのようにチャクラを流せばいいかは把握出来るようになってきていた。そして最初のうちはしっかりと浮く。ただ、時間が経ち始めると徐々にチャクラが足りずに沈んでいってしまう。

 さらに、チャクラを使い切ることが多く、疲労の度合いがひどい。おかげで、水面歩行の業は一日の最後にやること、そしてお風呂に入った後はすぐに寝るといった習慣が彼についてしまった。

 勿論、進歩がないわけではない。少しずつだが彼のチャクラ量は増えてきており、浮かんでいられる時間はわずかだが確実に増えてきている。

 

 ―――つまり、あれかチャクラ不足なのか。チャクラが増えればしっかりと出来るようになりそうだな。

 

 そして、このことを実感したユキトは毎日きちんと業を続けることが大事であると改めて思うようになった。

 

 

 ユキトが三歳になったことで、一人で外で遊ぶ事も多くなってきた。両親も傘屋を営んでおり、ずっと息子に付きっきりというわけにもいかないのだ。

 そんな中で彼は壁登りの修行をしっかりマスターしたことで、外の木々の中を走り回る事が多くなった。正確にいうならば木々の間を跳んで駆けるといったほうが正しいかもしれない。業による訓練の結果をみることと、復習がてらに外の森で彼は駆け巡っていた。

 そして、その訓練の合間に鳥や兎などの小動物を捕らえていた。両親の傘屋とて常に上手く営んでいるわけではない。少しでも手助けをしようと考えた結果、このような形に落ち着いたのだ。

 最初こそは前世の価値観などから抵抗があった。しかし、今までスーパーで買ってた物を自分で捕っているだけだと、生きる為には当たり前のことだと、そのように自分に言い聞かした。

 何より、一番初めに獲物を捕らえて帰った時に、夕飯のおかずが一品増えたことが幼い彼にとっては大事なことだった。それからは毎日、山や森で山菜を採ったり、小動物を狩る事が日課になった。

 そんな毎日を送っていた為か、動物たちに気配を感づかれないように気配を消す方法も自然と身についていた。

 ある日、ユキトは両親から小さい刀をプレゼントしてもらった。両親からしても、食事代が浮くため喜ばしいことだったのだろう。

 

 

 高く突き立つような針葉樹の森、空気は秋も終盤にかかったとばかりに少し肌寒い。黒い梢が続いており、枝々からこぼれる日差しの中、物音は森の上空をたまに飛んでいる鳥の羽ばたきぐらいである。音がしない間は時間さえ止まっているように錯覚する。

 そんな森林の中で、ユキトは今日も獲物を狩る為に木々の間を駆け巡っていた。駆け巡る間にも視線を色々なところへ向け獲物を探す。移動の際に大きな音を立ててしまうと、それだけで小動物は逃げてしまったり、巣に引きこもってしまう。

 

 ―――うん、完全に忍者っていうよりハンターの生活になってきている気がするな。

 

 そんな事をユキトは考えながら、物音をなるべく立てないように針葉樹の木々の間を駆け巡り、獲物を探す。

 そして、見つけた。彼の前方には、森の中を我が物顔でのしのし歩くイノシシの姿があった。体長は1.5メートル程だろうか、体重も200キロはありそうだ。この森の中では破格の獲物に間違いない。ユキト自身これほどの大物は今まで狩ったことはない。

 イノシシは森の中をあちこち歩きながら、たまに体を木に擦りつけている。たまに振り返って方向転換等をしているがどうやらこちらにはまだ気が付いた様子ではない。

 今日はやけに森の中が静かだと感じていたが、普段この森に居ないイノシシがいたからかとユキトは考え、そして次にどうやったらあのイノシシを狩れるかを考え始めた。

 イノシシは地面に足跡を残しながら歩く、その後ろを小さな狩人が針葉樹に足をつけ追っていた。

 

 しばらくすると、イノシシが足を止めた。再び体を木に擦り始めるようだ。

 これを好機と捕えたユキトは、木に吸着するように維持していた足のチャクラを一気に解放。まるで、肉食獣のようなスピードで跳ぶ。

 獲物を狩り始めた当初こそ、この行動は姿勢の制御や着地が上手くいかずに生傷が絶えなかった。しかし、何回も同じ事を行うことで、今では怪我をすることはなくなった。人間は慣れる動物なのだと彼は改めて実感していた。

 イノシシに急接近した彼は、両親に貰った小刀を上から差し込む。なるべく一撃で仕留めたかったが、今までの獲物より大きいイノシシは一撃で仕留められずに暴れ始める。

 彼はすぐさま小刀でイノシシの首を掻っ切った。上からの一撃に首を斬られたイノシシは流石に致命傷を負ったのか徐々に弱っていき、そして倒れた。

 ユキトは倒れたイノシシの血抜きを施したあと、担いで家まで運んでいく。

 

 家まで着いた後はあまりにも大きな獲物を捕ってきた為、ユキトの家族だけでは食べることが出来ず。隣の家にもおすそ分けをした。隣の家の住人は村から一緒に逃げてきた人で顔なじみで、おしゃべりなおばちゃんだった。おばちゃんからユキトはよく彼の両親のなれ初め話を聞かされている。人があまり来ない話題性の無かった村では非常に大きな出来事で村中が関心を持っていたらしい。

 

 

 森の中で狩りを行うようになって一年、ユキトは4歳になった。毎日修行を続けたおかげかチャクラ量は順調に増えてきており、水面歩行の業を行っても水に沈まなくなった。チャクラが増える事で底をつくことも少なくなり、業を行った後の疲労感もなくなってきた。

 水面歩行が出来るようになったので、町の近くの池で狩りを行うことも多くなった。夕飯のおかずには池の周りで捕れる獲物が並ぶ事が多くなった。

 ただ、町の周りに川や池が多く、海も近いので魚の値段はかなり安い。対して、水鳥などは市場などでも高く売れる。家計の足しにもなるうえに、お小遣い稼ぎには丁度いい獲物だった。

 

 

 そして、ユキトにとって転機が訪れる。

 

 

 鏡のように空を写し取っている池の近くの森。普段は鬱蒼としている森林ではあるが、この時間は池に反射された日光と上から降りそそぐ木漏れ日のおかげでやけに明るかった。

 そんな森の中でユキト気配を消し、獲物を狙う。本日の獲物は森と池の間で歩いている二羽の水鳥だ。出来ることなら二羽とも仕留めたい。

 池は広さも申しぶんない程の大きさで、ここから町の田んぼなどに水を引いている。町ではこの池を貯水池として使うことが多い。逆にその広さ故に身を隠す事が難しく、水の上を走って獲物を狙おうとすると、鳥などは近づく前に羽ばたいて空へ逃げてしまい、魚は池の中深くに身を潜めてしまう。その為、森に近い場所に居る二羽の獲物は絶好の獲物というわけだ。

 ユキトは周りに目を走らせる。森と池の間には二羽の鳥を除いて生物はいない。付近には二羽を脅かす獣や人間も見当たらない。

 小刀を握り、足にチャクラを込める。そして、いつものように跳ぶ。

 

 結果、ユキトは二羽とも仕留めホクホク顔で市場に向かう。家に持って帰るのは夕飯の分だけでよいので、一羽居れば十分。もう一羽を市場に売る為だ。

 

「おっちゃん、今日も買い取ってくれ」

 

 ユキトが肉屋の店主に声をかける。獲物を狩るようになってから肉屋の店主とは顔なじみだ。いつも獲物を買い取ってもらっている。また、肉屋の店主に獲物を渡す事で解体を行ってもらえるのでユキト自身楽なのだ。 

 

「ユキトじゃねえか。今日は何を捕ってきたんだ? おっマガモじゃねえか。二羽とも引き取っていいのか?」

 

 ユキトの姿と持っている獲物を見て、上機嫌になる肉屋の店主。マガモは美味としられている為、高値で売れるのだ。

 

「一羽はうちで食べるからダメ。もう一羽は売るよ」

 

「あいよ。一羽だけでも十分だ。ちゃんと、もう一羽も解体してやるから。そうだな、これぐらいでいいか?」

 

 そう言って指を折って、マガモの値段を示唆する。示されたマガモの値段を見てユキトは頷く。子供の小遣いと考えればそれなりの値であり、肉屋の店主にとっても売れば結構な利益が出る妥当というべき値段だった。

 

「いつも悪いな。じゃあちょっくら解体してくる」

 

 そういって店の奥に引っ込む。店主の代わりに奥からは店主の奥さんが出てきて代わりに店番を始める。

 

 しばらく経って、店主が解体した肉を持ってきてユキトに手渡す。もう一羽の値段のお金も引き取り、ユキトは肉屋から出る。

 家へ向かおうとするが、母親がそろそろ味噌が無くなるということを言っていたのを思い出し、一度おかず屋へ足を向ける。そこで味噌を買い、改めて市場から家へ向かう。

 

 そこで背後から声がかかる。

 

 

「坊主。最近の若い奴らにしたら、狩りの時の動きはなかなか良かったじゃねぇか」

 

 なっ!?

 

 急に声をかけられ、ユキトは心の中で叫び声をあげる。急いで後ろを振り向く。そこにはユキトを興味深そうに見ている20から30代ぐらいの男が一人立っていた。

 ユキトは彼に後ろが声をかけられたこともそうだが、なにより男の気配が無かったことに驚きを隠せなかった。

 そして男が言った言葉を理解し、もう一度驚愕する。

 彼自身狩りを行うときは細心の注意を払っている。仕留める際にも一度あたりを見渡している。その際に気づかなかった事にも驚きだが、何よりずっと見られていた上に後を付けられていたのだから警戒心が持ち上がってくる。さらにユキトが町に住み始めてから、このような男は見た事がない。彼は警戒を強める。

 彼が警戒する様子を見て、男は言葉を話す。

 

「いやいや、なに。偶然坊主の狩りしているところを見かけてな。忍かと思ったがそうでもないみたいだな」

 

 男の言葉から察するに、やはりずっと見られていたらしい。

 狩りの瞬間を見られたこと自体にはやましいことは無いはずだ、と心の中で呟き男を改めて見やる。

 目の前の男は気配の消し方が野生の動物と比べても上手すぎる。目を離せば誰もいないように感じられるかもしれない。そして男のたたずまいにユキトは忍者なのかもしれないと見当づける。何で彼に話しかけてきたのか、彼自身考えつかなかった。その為、話しかけ何かしらの情報を得れればいいとした。

 

 

「えっと、誰ですか?」

 

「ん、気にするな。他国の忍かと思って少し観察させてもらっただけだ」

 

 どうやら、ユキトは男にスパイ疑惑を掛けられていたようだ。彼は心の中で盛大に突っ込みをいれた。それならばもう用は無いだろうし、帰らせてくれるだろうかと、考えたところで男がそれを察して苦笑をしつつ声をかける。

 

「あぁ、別にもう用はない。ただ、話しかけてみて様子を見たかっただけだからな」

 

「はぁ。……そうですか、では失礼します」

 

 男の言葉にユキトは気の抜けた返事をする。

 せっかく男が帰ってもいいと言ったのだ、スパイ疑惑も張れたので帰る事にした。

 帰るために家がある方向に向いたところで気づく。背後の男は先ほどまでの気配がない状態ではなく、ユキトを見ている視線を感じる。

 彼は怖かったのでさっさと家に帰る事にした。

 

 視線を感じなくなった所まで来ると、先ほどの男に忍者になる為にはどうすればいいか聞けば良かったと後悔もした。しかし、あれ以上関わると碌でもないことになりそうな予感もした為、その考えを吹っ切った。

 

 

 

 色々考えているうちに家の前に着いた。引き戸を開けて家に入る。

 

「ただい……」

 

「ほう、ここが坊主の家か」

 

 心臓が止まる程の驚愕とはこの事だろうか。背後には先ほどの男が気配を消して立っていた。何故ついてきたのかと疑問がユキトの口から勝手に漏れ出た。

 

「えぇっと……、何で付いてくるんですか?」

 

 

「あら、お客さんかしら?」

 

 ユキトが帰って来たことと、彼が誰かと話している事に気づきいた母親が奥から出てくる。

 

「ふむ、こちらも忍じゃないようだな」

 

 どうやらスパイ疑惑晴れていなかったらしい。彼は本日二度目の心の中のツッコミを行った後で納得する。ユキトがどう見ても彼の母親は忍者ではなく一般人である。むしろ他の人よりドジな人だと思うほどだ。

 

「ユキト、知り合い?」

 

 今の会話がよくわからなかったらしい。ニコニコして彼の母親は彼に質問をする。彼が答えようとすると、男が先に答えた。

 

「いえいえ、奥さん。ちょっと狩りの時の動きが素晴らしくてお話をさせていただいただけですよ」

 

「あらあら、そうなの。ユキトは運動神経いいものねぇ」

 

 彼の母親がニコニコと対応する。ユキトはそろっと家の中に入ろうとするが、そこに爆弾ともいえる発言が落とされる。

 

「良ければ奥さん、この坊主を……いえ、ユキト君を忍者アカデミーに入れさせてもらえませんか? 彼はなかなか素質があるように私には見えた」

 

 男の言葉はユキトが先ほど後悔した話でもあり、興味が引かれる内容であった。だが、彼の母親の顔色は一気に変わり青ざめた。

 

「困ります! 忍者になるなんてそんな危ない……」

 

 母親の言葉にユキトは納得する。忍者には常に戦いが付きまとう。親としては子供が危険なところにいくことは見逃せないだろう。

 だけど、とユキトは考える。実際、三年前のように忍者同士の戦いに巻き込まれる危険性もこの世界では十二分にあるのだと。弱肉強食の世界であるこの世界で生き残る為には忍者になるのも一つの手である。

 

「明日、また伺います。その時にでも返事をいただければと思いますので」

 

 それだけ言うと、男は一瞬にして去って行った。未だ忍者でさえない今のユキトの目では追う事も出来なかった。それを見てやっぱり忍者っていうだけあると、彼は関心さえした。

 

「ユキト、とりあえずお父さんと相談しましょう」

 

「はい」

 

 母親の心情として考えれば、当たり前といったとこだろう。

 しかし、彼は今日の出来事はチャンスだと考えていた。

 

 ―――医療忍者になることが俺の目標だ……。忍者になるために、忍者アカデミーという所に入るのは間違いなく近道になる。原作では主人公達が何歳ぐらいで入っていたのかはわからないし。本来、何歳ぐらいで入るかもわからない。それでも早ければ早いだけ忍者になるのも早くなるに違いない。

 

 善は急げ。思い立ったが吉日。兵は拙速を尊ぶ。色々なことわざがある。もちろん時と場合に寄る事が多いものの命が掛かっているのだ早いに越したことはないだろう、とユキトは決心する。

 

 ユキトは決心する今日一日かけて両親を説得すると。この時、彼は自身の身体能力を押していけばなんとかなるかな、と安易に考えていた。

 

 

 

「ということで、俺は忍者になりたい」

 

 夜、食事を終えた後ユキトは父親に今日の経緯と説明をして、説得する。やはり彼が忍者になることを母親は反対のようだ、しかし父親が頷けばしぶしぶながらも納得してくれるだろう。

 ユキトは心の中でごめんなさい、と母親に謝る。せっかく大切に育ててもらいながら、命を粗末にしようとしているダメな息子でごめんなさいと。

 

「……ユキト。気持ちは分かった。確かにいくら第二次忍界大戦が終わったとして、今は再び戦乱に向かってる。もしかしたら、このまま第三次忍界大戦に突入するかもしれん。世の中はまだまだ不安定だろう。生き抜くには力が必要だというのもわかる」

 

 父親の言葉はどちらかといえば、彼の考えに理解を示してくれる言葉だった。

 

 しかし親父は閉じていた目を開いて、話を続ける。

 

「生き抜く力をつけるため忍者になる、それはわかった。しかし、普通に生きるより忍者で生きることは辛いぞ。それはわかっているのか?」

 

「はい、それは十分に承知の上です」

 

 父親が睨むようにユキトの目を見つめてくる。ユキトも負けないとばかりに見つめ返す。それぐらいの気持ちであり、生半可な気持ちでないことを視線に込めた。

 

「もちろん人を殺すこともあるだろう」

 

 父親はなお目線を外さずに続ける。

 それも承知の上だ。生き抜くためにこの道をいくのだ。

 

「殺した人の家族からは一生恨まれる覚悟もあるんだな。もちろん、お前が殺されれば俺は殺した奴を恨む。もしかしたら、復讐に駆られるかもしれない」

 

 ……そうだ、どのような人にも家族はいる。それも背負う覚悟が必要か。前世でも考えたことのない考えにユキトはさらに覚悟を背負うことを決意する。

 

「……それでも、忍になりたいか?」

 

 これが最後とばかりに父親が射抜くような目でユキトの目を見てくる。嘘やごまかしは許さない。そんな目だ。普段の優しい父親からここまでの眼光で睨まれることは今までなかった。ユキトはその視線にたじろぎそうになる。

 

 

 もしかしたら、とても安易な考えだったのかもしれない……。それでも、俺は……。

 

「……ああ、俺は忍者になりたい。そして生き抜いてみせる」

 

 沈黙が家の中を支配する。視線と視線が交わり、時間が止まったように錯覚する。

 

 父親は一回目を閉じ、少し考えた様子をとった。そして、目を開き言葉を紡いだ。

 

「わかった。お前の覚悟はよくわかった。お前の人生だ。お前の生きたいように進むべきだな。ただ俺に、いや俺たちに誰かを恨ませてくれるな。そしてちゃんと生き抜け。それに、辛くなったらいつでも辞めていいからな。簡単に辞めれるものなのかは知らないが、その時は俺が、親である俺たちが全力でお前を守る」

 

 優しい顔で父親が告げる。母親は今にも泣きそうな表情でユキトを抱きしめる。彼もぎゅっと母親を抱きしめ返す。

 前世である青年の時には、ここまでの愛情を彼は受けたことはなかったかもしれない。改めて気づかされる、この無償の愛情がとても尊いことだったに。今から生きていく人生の中でこの4年間は短い出来事かもしれない。それでも、彼にとってこの生活は何事にも代えれない4年間になるに違いない。

 

「大丈夫、必ず生き残るために力をつけてみせる」

 

 優しい両親の愛情に応えるようにユキトは言葉にしてそう誓った。

 この瞬間、彼は青年という前世に生きた人間から今世で生きるユキトという人物に成った。

 

 

 次の日。

 

「昨日の返事を聞きに来た」

 

 昨日の忍者が朝一番に家にやってきた。男の言葉にユキトは昨日の決意も込めて返事をする。

 

「はい、忍者アカデミーに入ろうと思います。よろしくお願いします」

 

 そして、ユキトはその忍者とともに霧隠れの里へ向かうことになった。今住んでいる町からそんなに距離があるわけではない。少し遠いがお隣って感じなので、暇があれば実家に帰ってこよう、と道中はそんなことを考えながら忍者の里へ向かう。

 

 

 ユキトはまだ知らなかった。原作の知識もあやふやなこともあった。彼が今から行く忍者の里について両親が多くを語らなかったこともあった。

 

 今からユキトが住むことになる忍者の里、霧隠れの里がどんなところかを。

 

 後から考えると両親があんなに反対したのもわかった。

 

 

 

 霧隠れの里、別名『血霧の里』と呼ばれている。

 

 



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アカデミー編
アカデミー編 第一話


お待たせしました。改稿版第三話になります。



 

 目蓋が動く。ゆっくりと開いた瞳に、窓越しの日差しが映った。ユキトは久々に家族との夢を見た気がする。内容はほとんど覚えていない。だけども、とても優しくて懐かしいものだった。

 まだ完全に覚醒していない目を窓に向ける。窓から太陽の位置を確認する。時間にすると、後一時間は寝れるようだ。ユキトは夢の内容を思い出す事もなく、深々と枕に顔を沈めさせた。

 

 ―――ん? 朝だ……。まだ寝れる?

 

 そこまで、考えてから再び目蓋が重くなる。しかし、それと同時に、起きなければいけないという焦りみたいなものが生まれ始める。

 重い目蓋をなんとか開き、隣を見る。何かがもぞもぞ動いている。ユキトが焦点を合わせる為に眼を細める。すると、そこにはユキトが現在寝ているベッドと同じ形をしたベッドがもう一つあった。隣のベッドの上の布団にはもぞもぞ動く膨らみがある。

 そこまで来てユキトの意識は完全に覚醒する。

 

 ―――そうだ……、アカデミーで寮暮らしを始めたんだった。

 

 先ほどまで見てた家族との夢の影響か、家で寝ていると勝手に勘違いをしていたのだ。そして、家に住んでいた時にはまだ寝ている時間だが、アカデミーの寮に暮らしていたならばそろそろ起きないといけない。

 そして、ユキトには朝の日課もある為、尚更起きなければいけない。布団から出て顔を洗い、朝の日課の準備を行う。

 

 ユキトは先月から霧隠れの里に住み、忍者アカデミーに通い始めた。当初は彼は一人暮らしだと思っていた。原作の主人公も一人暮らしをしながらアカデミーに通っていた筈だったからだ。

 しかし、霧隠れの里のアカデミーは全寮制だった。これはむしろユキトにとって有り難かった。ご飯の心配をせずにすむからだ。寮は二人制で、ユキトの同居人は今布団の中でもぞもぞ動いている奴だった。

 

「起きろ、満月」

 

 言いながら、ユキトは布団の膨らみ部分を蹴り飛ばす。どっちかが起きなかった時の習慣だった。

 

「……イテテ。もう少し優しく起こせないかな?」

 

 蹴り飛ばしたお陰か、不満たらたらといった表情で布団から這い出してくる。

 

「朝の日課の時間だ、置いていくぞ?」

 

「毎日毎日、ユキトは真面目だねぇ。準備してすぐに行くよ」

 

 そう言って準備を始める同居人に対して、先にユキトは部屋を出る。そして、寮の中庭へと向かう。中庭は寮のすぐ横にあり、土の地面がむき出しで出ており、端の方に申し訳程度芝生が生えている。中庭の真ん中には小さな池があり、ユキトはそこに向かう。ユキトは池の真ん中まで歩いていく。水面歩行の修行を行うためだ。

 しばらく立ち続けていると、ユキトの同居人が現れる。

 

 ユキトの同居人の名前は鬼灯満月という。この霧隠れの里で鬼灯一族は名門中の名門にあたる。先々代の水影が鬼灯一族の出身の為だ。それならば、名門中の名門といわれることも頷ける。

 水影。それは霧隠れの里のトップの称号だ。しかも、霧隠れの里は五大国の一つ、水の国の中にある隠れ里だ。つまり、霧隠れの里は、この大陸の中で五本の指に入る最大クラスの忍者の隠れ里である。そのトップであったとなれば、代替わりをしたとはいえ、名門といわれるに値するだろう。

 そして、何故そんな名門といわれる鬼灯一族の者とユキトのような物が相部屋になったかというと、簡単なことである、年が同じだったのだ。

 

 ―――この状況は少し予定外なんだよな。同い年が居るのは良い。けども入学を許可された経緯がな……。

 

 ユキトは入学してから知ったのだが、忍者アカデミーは本来

6歳からの入学だったらしい。しかし、今は大陸中の各国が小競り合いを続けている状況。少しでも優秀な物を早く戦場に出したい思惑が里にはあるようだ。その為、ユキトのような途中入学が

許され。鬼灯満月のような子供がいる。

 つまり、戦場に行かせるために飛び級が許された形なのだ。これはユキトの思惑を逸脱していた。

 

 だが、満月は名門の一族と言われるだけあって、基本の術などはこの年でほとんど出来るようだった。ユキトはこれ幸いとばかりに教えてくれと頼んだ。満月も今まで近くに同い年の忍者見習いは居なかったらしく、すぐに了承をもらえた。

 

 つまり、朝の日課とは基本の術を修行する時間である。

 水面歩行の業を行いながら基本の術をおさらいする。ユキトは満月に忍者の用語も色々教わっていた。この水面に立つ修行のことを水面歩行の業と言うなどだ。

 

 

 

「そろそろ、行こうかユキト」

 

「ああ、そうだな。朝飯は非常に大事だからなぁ」

 

 二人は朝の日課をこなし、アカデミーにある食堂に向かう。

 

 アカデミーでは座学と忍具の扱い方、基本的な忍術を習いながら、後はひたすら模擬試合を行う。実戦に出ても大丈夫なように訓練を積むものだった。

 そして、模擬試合に負け越した者には、罰としての稽古が科さられる。そしてさらに飯抜きとなる。授業は午前と午後で別れている為、午前の成績が良くない者は昼飯抜きに。午後の成績が悪い者には晩飯が抜きになる。

 成長期のユキトやアカデミー生としては、飯を一回でも抜かれたら堪ったものじゃない。そのせいもあって、アカデミー生皆の目がギラギラしている。だいたい、同じ学年は100名ほど居る中で3分の1が食べれないようになる。

 だからこそ、必ず食べれる朝飯は大事なのである。晩飯を食べれなかった者は昨日の分まで食べる。

 

 その中でユキトの立ち位置はというと、狩りのおかげだろうか未だに晩飯抜きはない。ただ、昼飯抜きになった事は一度ある。

 途中入学なので忍具の扱い方や忍術に関して二カ月ほどの遅れがあった為だ。朝の日課やアカデミーが終わった後にそこらへんを重点的に自主練を行っている。また、満月と組手を行ったり教えて貰ったりしている。

 

 

「そんなに、飯の心配をしているのかい? ユキトはチャクラの練り方は大人の忍に匹敵しているよ。ボク以上だ。だから、忍術に関しては周りの雑魚どもにすぐに追いついて追い越すよ。飯の心配は必要ないと思うけどね。まぁボクを超えるのは難しいだろうけどね」

 

 食堂に向かう最中に自信満々といったように語る満月。実際満月は未だ飯抜きになった事は無い。

 

 ―――飯抜きになった事が無いから言える自信だなぁ。こちとら昼飯抜きになると、午後の授業まで負けそうになるんだよ。

 

 満月は模擬試合で負けなし。つまりユキトの学年ではトップの位置に居る。名門の名前に負けていない。満月からすれば周りは雑魚だらけでつまらなかったそうだ。そこにユキトが入ってきて、しかも中々に強いから楽しめる、といったところだ。

 

 ユキトにとって、チャクラコントロールとスピード、あと刀の扱いが武器であり、満月より秀でている部分だ。むしろ、それ以外は全部標準並みかそれ以下といったところである。その為、ユキトは悔しい思いをしたこともあり、生き残る為にご飯の為にさらに一層の努力を積み重ねる。

 最近になって、ユキトが水面歩行の修行を行っている最中に滝を見かけ。試しに登れるかな、とユキトが思って試したところ、残念な事にまったく登れなかった。悔しかった為にアカデミー後の訓練で当分チャクラコントロールの修行は滝登りをすることに決めた。

 それ以外は今のところ標準並み以下の忍具の扱いと忍術だ。忍術の方は満月が言ってくれた通り、もうすぐで周りには追いつくだろう。アカデミーではこんな日々をユキトは過ごしていた。

 

 

 

 ユキトがアカデミーに来てから既に半年がたった。

 必至の特訓もあって、忍術は周りに追いつくどころか追い抜いた。模擬試合では、満月以外には負けないレベルにも達していた。お陰で飯抜きという事もなく、子供に相応しいだけの量をしっかりと頂いている。

 そもそも周りの同期の年齢はまだ6歳。普通に考えれば、6歳の子供なんて考える事を知らないだろう。修行もアカデミーで行っているだけで済ましている者が多い。

 

 ―――まぁそりゃ子供だから遊びたいんだろうな。俺だって、昔は只管、食う寝る遊ぶで過ごしてきたわけだし。

 

 実際、アカデミーが終わると、ほとんどの同期は遊んでいる。極少数だけが強くなりたいからか、晩御飯のためか修行をしている。

 

 ―――そう考えると……、満月って多少子供っぽいが、4歳にしては異常だろうな。あいつにとって修行=遊びの感覚なのか? 下手すると下忍程度ならば逆に倒してしまうんじゃないか? 流石は名門っていうだけはあるよな。とりあえず、満月を基準にして修行は行えばそうそう死ぬ目にはあわないだろう。

 

 当分は満月に合わせて修行する事を決めた。

 そして、未だに滝登りは上手くこなせない。だが、進歩はしている気がするので、いつかは出来るようになる筈と続けている。

 

 この半年の間にこんな事があった。

 アカデミーが終わった後いつも通り、ユキトと満月が組手を行っていた。場所はアカデミー近くの公園。ブランコやシーソー等の遊具があり、滑り台から繋がっている砂場がある。少し広い広場があり、近くにはベンチがある。見た目通り普通の公園だ。二人の他にもちらほらと利用をしている人達も居る。今の時間は遊具を使っている子供たちと、広場のベンチに座りながら互いに片手に酒瓶を持ち酒を飲んでいる大人たちが居た。

 二人は広場の隅で、他の利用者に迷惑が掛からないように程度に組手を行っていく。

 組手を行っていると、途中から酔っぱらった大人たちがユキト達二人の組手に応援をし始めた。

 

「そこ! そこだぁ! 黒髪の方はもうちょっと攻撃を引き付けてからいなせぇ!」

 

「ほら! 白髪のガキはそこだ! かぁっ何で今の隙を見逃すんだ!!」

 

「今だ! 黒髪! 攻めきれ!! アぁ……遅いって!! ほら防げ防げ!」

 

 酔っ払いたちは二人の組手を見ながら好き勝手に言葉を投げている。勿論、お酒を飲みながらである。

 しかし、好き勝手に言っているが、具体的では無いものの言ってる事は正しかった。

 満月は酔っ払いたちの言葉を鬱陶しそうにしながらも、言われた通りの攻撃をする。すると、徐々に体のキレが良くなっていることがわかってきた。

 ユキトも同じく、酔っ払いたちの言うとおりに動いてみるといつも以上に攻撃や回避が上手くなっていた。

 

 ユキトと満月はお互い動きが良くなってきており、酔っ払いたちの言葉もどんどん早くなってくる。 

 暫くしてから酔っ払いたちが二人を呼ぶ。

 

「よし、君たち二人は良い酒の肴になってくれた! お礼にお兄さんたちが術を教えてあげよう!」

 

「いよっ! ハルさん太っ腹だね! よぉし、おいちゃんも何か教えちゃうよ」

 

「ハルさん、お兄さん何て年じゃないでしょう! この子たちから見たら立派なおじさんだって」

 

 酔っ払いたちは次々に術を教えようとしてくれているが、酔っぱらってる為何をしたいのかが二人にはわからなかった。

 ユキトは普段から持ち合わせているメモ帳に術のやり方を何とか書いていく。

 

「ほら、これが水分身の術だぁ!」

 

「ちょっ! ハルさんの水分身アルコール臭いよ! 酒分身じゃねえか!」

 

「下呂分身にならなかっただけいいんじゃない? ちょっと貸してね、印はこれだよ」

 

 メモ帳をユキトからかっぱらい、サラサラっと書いていく。

 

「ついでに、影分身と朧分身の術も書いといたよ」

 

「あ、なんか色々ありがとうございます」

 

 ユキトは酔っ払いたちに押され気味になりつつも感謝する。

 

「水分身ならボクも出来るよ」

 

 満月がそういうと印を組み水分身の術を行う。

 

「おぉ! やるじゃねえか白髪!」

 

「あはは、ハルさん。そんな自慢げに教えたのに……。プッククク! 水分身の術なんて元々出来るって……、クフフッ」

 

「ああん!? てっめぇ、こうしてやる。白髪! これが水牢の術だ!」

 

「ちょっ! ハルさんしゃれにならないって!! しかも、アルコールくさ!」

 

 酔っ払いが水牢の中で懸命にしゃべっているが、水牢の術を使った酔っ払いは聞こえないフリをする。

 満月も今の水牢の術は知らなかったので、ハルさんと呼ばれた酔っ払いに術を教えて貰う。何回か印をゆっくり見せてもらいながら、真似をする。

 ユキトはメモに書いてもらった術を書いてくれた人に習っており、一人の酔っ払いはアルコールが混じる水の中で溺れていた。

 

 二人とも、教えて貰った術がとりあえず形だけはなった。後は個人でも出来る為その場は解散となった。溺れた酔っ払いは意識を失いながら、他の酔っ払いに担がれていった。

 

 

 結局ユキトが教えてもらったのは、影分身の術と水分身の術、朧分身の術、そして水牢の術だ。

 満月は元々、水分身の術は出来るので水牢の術を主に練習していて、ほぼ形になりかけている。水分身も水牢の術も本来は中忍クラスの術だ。既に一つ覚えているという時点で満月の才能がすごいものだとわかる。

 

 そして、酔っぱらいながらも普通に術を行使してた酔っ払いたちは上忍か中忍かのどちらかだったのだろう。

 

 漫画では確か、影分身を行って効率的な修行を原作主人公が行っていた記憶があった。その為、ユキトはまずは影分身の術を覚える事にした。

 集中して訓練をしたおかげか、影分身自体は一週間ほどでマスターすることができた。最初に教えてくれた酔っ払いの教え方が上手かったのかもしれない。今では最大で5人ほど出せるようになった。ただ、維持をしたまま修行するとなると影分身二体と本人の3人までだ。

 

 ―――この影分身修行……想像以上に辛いな。影分身を戻した時の疲労のフィードバックが酷い。何か、一番初めに水面歩行の業をした時並みだ。……この全身疲労感はそれ以上か。

 

 この為、影分身を戻すのはベッドに潜ってからとなった。そして、そのままベッドで寝るといった習慣がついていった。

 影分身修業は辛いが効果はあるようで、滝登りの修行の進行スピードは前と比べものにならない早さになった。そして、何よりとうとう模擬試合で満月に勝つことが出来た。ただ、次の模擬試合では色々とやり返され負けてしまったが。

 

 そして、久方ぶりとなる満月との模擬試合。

 

 ユキトはもはや、他の同期では満足に戦えなくなっていた。満月も同じくだ。むしろユキトや満月と当たった瞬間に相手は運が悪いとでもいうように、やる気を無くす事が多くなったのだ。飯がかかってる筈なのにである。

 

 模擬試合はアカデミーの中にある演習場で行われている。

 演習場には燦々と陽光が降り注ぎ、演習場の中にある小さな水場が陽光を煌めくように反射させている。所々人工的な整備もされているが、自然をそのまま利用した空地と言ってもいいかもしれない。

 周囲にはアカデミー生がぐるりと演習場を囲んで、思い思いに模擬試合について話し合っていた。

 演習場の真ん中には三人の人影が居た。その内二人は今から模擬試合をするユキトと満月であり、もう一人は審判役の教官だった。

 

 

「この前のようにはいかないぞ満月」

 

 冬場になり、冷たいながらも何処か新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、ユキトは満月に話しかける。

 

「前回みたいに溺れさせてあげるよ」

 

 日差しが目に入るのか、少し目を細めながら満月が応える。

 

 前回の戦いでは水分身と共に飛び込んできた満月。ユキトが水分身から排除しようと蹴り飛ばしたところで、満月が水牢の術が発動させた。そして、そのままユキトは前の酔っ払いの人のように溺れたのだ。

 

 満月とユキト。主席と次席が戦うということで、周りアカデミー生も興味津々だ。一旦話し合いを辞めて、演習場に注目する。中にはどちらが勝つか晩飯のおかずをかけている者さえ居る。

 

 

「では、油樹ユキト対鬼灯満月の試合を行う。はじめぇ!」

 

 大きな声でユキト達の学年の担当教官が試合開始を宣言する。

 

「いくぞ満月!」

 

 ユキトは開始の合図と共に声を出し気合を入れ、印を組み始める。

 それに対して、満月は水場に向かって走り出す。

 

 ―――満月は前回の戦いと同じか!? 満月、俺はこの前の戦いに対して対策を練ったぞ。 まずは……。

 

‐影分身の術‐

 

 ボボンッとユキトが4人に増える。そして四体ユキトは一斉に手裏剣や苦無を投げつける。ユキト自身まだまだ手裏剣や苦無の扱いは速度、コントロール共に甘い。それでも努力の甲斐もあって、この学年では満月に続いての2位になっていた。

 

 ユキトが影分身を作り、手裏剣や苦無を投げつけるまでの間に満月は近くの水場に辿り着いていた。

 ユキトが繰り出した前面からの広い範囲の遠距離攻撃に対し、満月は水場から水分身を作り、盾代わりにする。投げつけられた手裏剣や苦無で満月が作った五体の水分身の術のうち、二体が崩れ落ちて水に戻る。そして満月は残りの三体の水分身と共にユキトが居る場所へ駆ける。

 

「同じ手はくわねぇよ!」

 

 ユキトもニヤリと笑いながら満月を迎え撃つ為に走る。走りながら影分身と共に印を結び、術を発動させる。

 

‐分身の術‐

‐朧分身の術‐

 

 ユキトの本体が朧分身の術を行い、影分身が分身の術を行う。演習場の中に一気にユキトの姿が増える。そして満月と水分身達を包囲する。

 実体があるのはたったの4体だけ、分身の術はよく見れば看破することが出来る。その為、ユキトは分身たちを一斉に動かす。見破りやすい分身の術があると、逆に見破りにくい朧分身の術に目が行く。視線をわざと誘導し、それを利用して実体がある影分身たちが満月たちに攻撃を加える。

 

 この包囲網に満月の水分身三体は形が保てなくなり水に戻る。残すは満月本体のみ。分身体の満月包囲網はまだ残っている。その間にユキトは新たな印を結ぶ。

 

 ユキトは影分身を戻し、分割されてたチャクラを戻す。分身の術も消し、勝負に出る。

 足にチャクラを込め、ユキト自身が現在出せる限りのスピードで走る。そして、無声の気合と共に走り込んだスピードを保ったまま、跳び膝蹴りの要領で膝を満月の鳩尾にぶち込んだ。

 

「決まった!!」

 

 これまで二人の攻防に声を出す事も出来なかった、演習場の周りに居た同期のアカデミー生たちが、ユキトの飛び膝蹴りを見て騒ぎ始める。

 

 しかし……。

 

 !?

 

 本体だと思われた満月が崩れる。

 

 ―――これも水分身!? ということは本体は……。

 

 ユキトが満月の本体を探そうと周囲に目を走らせた瞬間、満月が水場からサッと飛び出し、飛び膝蹴りをしたユキトの後ろに回る。

 

「ざ~んねん。さっき水分身作った時に水場に沈んで隠れてたんだよね」

 

 満月がユキトの後ろに立ちながら、こめかみに指を突き付ける。

 

「ボクの勝ちかな?」

 

 その様子を見ていた教官が審判の役目を思い出したかのように試合を終わらせようと声をあげようとする。

 

「……いや、俺の勝ちだ。」

 

 その瞬間、ユキトは満月の後ろに立ち苦無を首に突きつける。

 

 もちろん、満月はユキトの『影分身』に対して指を突き付けたままだ。

 

「あれ? これが影分身だったんだ。どこに隠れてたんだい?」

 

 流石にこの状態ではお手上げとばかりに満月が両手を挙げて降参のポーズをする。

 ユキトは影分身に指を水たまりに向けさせる。

 

「そこの水たまりに変化の術で混ざってたんだよ。満月が前回と同じ戦法で来るとは思わなかったからな。分身の術で目暗ましができてるうちに、保険として本体である俺は水たまりに変化の術で化けてたんだよ」

 

 ユキトは答えを明かしながら、満月に指を突きつけられている影分身を戻す。満月の後ろに居るユキトが、しっかりと本体であるとアピールする為だ。

 

「勝者、油樹ユキト!」

 

 その様子を見て、今度こそ担当教官が模擬試合の終了を宣言する。

 

「お前たちの戦い方は子供の戦い方じゃないな」

 

 二人の戦いを見た教官が感心半分、悔しさ半分といった口調で話しかけてきた。

 

「まぁ今のうちに、卒業まで死なないようにするための努力をするんだな」

 

 ついでに嫌な捨て台詞もついてきた。

 

 ―――まぁ、教官自身が俺の変化の術に気づけずに勝負を決めかけてしまったし、満月が水場に隠れてた事も気づいていなかったみたいだしな。悔しいんだろうねぇ、最少学年の戦いを見抜けなかった事が。

 

 ユキトと満月が同期たちの集まっている場所に戻ると満月が話しかけてきた。

 

「あの教師うるさいな。ねぇ、今度殺す? ボクとユキトが組んで戦ったらあいつぐらいなら倒せるよ?」

 

 あの教官の発言に満月は地味にキれていたようだ。満月からすれば、教官というのは前線に出る事も出来ない落ちこぼれといった認識であるから仕方がない。

 

「気持ちはわかるが、俺を面倒事に巻き込むな」

 

 

 ―――俺は無難に平穏を過ごせればいいのだ。担当教官を殺害とか……、むしろこの里では評価上がりそうだな……。だけど、一緒に面倒事も降り掛かってくる来るに違いない。

 

「評価は上がりそうだよね」

 

 満月はニヤリと嗤いながら、教官に殺気を向ける。ただでさえ寒い空気の中、満月が発した殺気によってさらに体感温度が下がる。残念ながら、その殺気にも教官は気づかない。

 

 ―――俺と同じこと考えてやがりましたよ。絶対面倒事になるから辞めて欲しいんだけどな。

 

 ユキトは手を顔の前で振り、止めろ止めろというようなジェスチャーをする。

 

「まぁ、ユキトは事なかれ主義だもんね」

 

 ユキトのジェスチャーを受けてか、殺気にも気づかない教官に興味を失ったのか。満月は殺気の矛先を収める。同時に、殺気によって下がっていた温度が元に戻り、近くにいた同期のアカデミー生がホッとした表情をする。

 

 ―――事なかれ主義の元日本人だからな。そういう性分なんだよ。

 

 ユキトは心の中で呟きながら、影分身の術の印を組む。

 他の同期たちの模擬試合を見学してる間に、影分身を2体ほど滝登りの修行にいかせる。

 

 ―――時間は有効に使わないといけないよな。どうせ後の同期たちは殴る蹴るの体術だけで十分だろうし。せいぜい忍具を使うぐらいだ。あと1回勝てば今日の晩飯は確保されるし。そうしたら、さらに影分身を作って、術の練習に回そう。あぁ……、でも満月と戦って疲れてるからそれは難しいか。

 

「油樹ユキト前へ!」

 

 教官の声がユキトを現実に引き戻す。どうやら再び模擬試合の順番が回ってきたようだった。

 

 ―――また呼ばれたか……。今日はやけに間隔が短いな。さっきの試合で自分で気づかなかった事を根に持ってるとかか? 疲弊している所に、連戦させて負けさせようっていう魂胆かな。

 

「さてと、ぼこしにいってくるか。」

 

 暗い笑みを浮かべ、ユキトは隣に居た満月に聞こえる程度に呟き。聞こえた満月はクククッと笑いながら、可哀想にと言わんばかりの目をユキトの対戦相手に向ける。

 

 ユキトは四歳で飛び級し入学している為、満月以外の相手は六歳であり二歳差だ。体格は当たり前だがユキトより相手の方が上。それでも、体術は俺の方が上だろう、とユキトは高を括る。そもそも、チャクラを全身に巡らすことが当たり前のユキトとしては、相手がチャクラを使わない体術で戦おうとするのが不思議でたまらない。

 

 ―――チャクラを上手く練れないのとコントロールが悪いんだろうな。こちとら伊達に二歳時からチャクラコントロールの修行はしてないぜ! ……うん、なんか気分が良くなってきた。気分が良いから、少しだけ手加減してやるか。

 

「……はじめぇ!」

 

 ユキトが呆けている間に教官が試合開始の合図を宣言し、相手は手裏剣を投げようとしている。

 足にチャクラを込め、相手に向かってユキトは一直線に進む。そして、手裏剣を投げようとしていた相手の鳩尾と眉間にこぶしを同時にぶち込む。空手の山突きのような形だ。相手は少し吹き飛び、立ち上がろうとしたが崩れ落ちた。

 

 

 ―――最後、立ち上がろうとしていた所は評価点だな。最近は俺と満月に当たったら諦める奴も多いし。まぁそれ以外は中々酷いものだったけど。

 

 

 勝者宣言されたので、ユキトは満月のところに戻る。

 

「おつかれ、少し手加減してあげた?」

 

 手加減したことを満月にはどうやら気づかれていたようだ。行く前にあんな宣言していて、結果があれなら気づくか、とユキトは納得する。

 

「最後に突きを少し引込めて、相手を殺さないようにしてたでしょ。折角、雑魚が死ぬと思って見てたんだけどな」

 満月にニヤニヤしながら聞いてくる。事実、あのスピード、威力でそのまま突けば相手は死んでいた。インパクトの瞬間に腕を引っ込めたことも満月の言うとおりであった。

 

「当たり前だ。ここで殺人事件を起こしてどうするよ。」

 

「評価は上がるんじゃない?」

 

 ……。

 二人の間に沈黙が降りる。

 

 ―――……ありえそうな所がこの里の怖いところだ。

 

「実際、何年か前の卒業生に、卒業するまで何人も模擬試合で殺して鮫のエサにしていた人がいたとかなんとか。その卒業生はそのまま暗部に入ったって噂があるしね」

 

 ―――嫌な都市伝説だな。……都市伝説だよなぁ!?

 

「っていうか俺らのリアルの先輩に似たような人がいるよな……」

 

 ―――模擬試合で何回か相手を復帰不可能のケガまで追い込んでる人がさ……。

 

「あぁ、再不斬先輩? あの人もそろそろ卒業だよね。ボクも一回ぐらい死合してみたかったんだけどね」

 

 ―――……字が違うように聞こえたのは気のせいだろうか。きっと気のせいだな。

 

「あの人もよく我慢してるよね。ボクの場合はユキトがいるから楽しめるけど。いなかったら何人か殺っちゃってるよ多分」

 

 ―――……この里って本当に戦闘中毒者(バトルジャンキー)やら殺戮中毒者(キリングジャンキー)が多いよね!!

 

「あの人、たまに俺らを見かけると嫌ぁな顔で笑うんだよなぁ……」

 

「ボクらを殺したくうずうずしてるんでしょ? ボクは返り討ちにしたくてうずうずしてるよ」

 

 ―――やっぱりか……。二重の意味でやっぱりか……。

 

 巻き込まれないようにしないと、とユキトは決心する。模擬試合を観戦した時に、まるで悪鬼のように戦いだという感想をユキトは持っていた。あの人と関わったら生存率が著しく下がりそうだ、と酷い事も考えていた。

 

 ―――……まぁそれを言うならコイツも似たようなもんか。

 

「本当にそろそろあの人も卒業だな。そういえば、満月。このアカデミーの卒業試験ってのは何をやるか知ってるか?」

 

「あれ? ユキト知らないの? 有名なのに」

 

 ―――ん? 有名なのか? まぁ正直俺の忍者情報なんて、ほとんど満月経由だからな。両親は一般人だし。

 

「クックック……。そうか知らないんだ」

 

 ユキトの表情を見て、本当に知らないんだ、と納得した満月は突如として笑い出した。

 

 ―――木ノ葉のアカデミーで原作の場合は、確か鈴取りだったけど。この里の場合は何をやらせるんだ?

 

「いや、単にいつも通りランダムでの試合さ」

 

「ん? じゃ勝ったほうが合格っていう単純明快な試験なわけか」

 

 本当にこのアカデミーは……、とユキトは呆れながらも思う。この里は実は忍者じゃなくて戦闘中毒者(バトルジャンキー)を育ててると言われても、今のユキトなら信じるに違いない。

 

「まぁ、だいたいそんな感じだね」

 

「だいたい? ってことはまだ何か合格するための要素があるのか?」

 

 その言葉を聞いてユキトは考える。普通に考えてに一学年100名規模のこのアカデミーで、二分の一で合格は甘すぎる。なら他に合格不合格を決める何かしらの要素があるに違いない、とユキトは結論付けた。

 

 ―――まぁ霧隠れの里の場合、間違っても友情、努力、勝利じゃねぇな。

 

「まぁもうすぐ先輩たちが卒業するわけだし、こっそり見学にでもしに行くかい? 知りたいことも知れるだろうしね」

 

 その言葉にユキトは納得する。先に試験がどんなものか知っとくのは重要であり、忍としては情報とは生命線である。

 

 ―――卒業試験なんて毎年そんなに変わりはしないだろし……。

 

「ん~そうするか、影分身送ればいいだろうし」

 

 色々と、考えた結果。メリットの方がデメリットより多いと判断し、満月の提案にユキトは賛同する。

 そして、賛同した後すぐにユキトはどうやってばれないように見学するかを考え始める。

 

 満月はニヤニヤとユキトを見て笑みを深める。

 

 先輩たちの卒業の日は近づく。

 

 そして事件は起きる。

 

 




状況描写を増やすだけで文字数って倍近くになるんですね。

今までどれだけ手抜きをしてきたかよくわかるOTL

改稿版になりますので、新たにご指摘やご感想をお待ちしております。


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アカデミー編 第二話

大変遅くなってしまいました。言い訳は活動報告の方に書いてあります。
これからは週一ペースで更新出来ていけたらなぁ……と思っています。


 卒業試験の日、ユキトと満月は前々から考えていた作戦を実行する。作戦といっても、そんなに大げさなものじゃない。満月が卒業試験を行う演習場を調べてくれていたので、あとは影分身の術を行い、鳥にでも変化させ覗きに行くだけだ。

 

「ユキト、準備はいいかい?」

 

「ああ、こっちはOKだ。この前当たったばかりだから、俺とお前の模擬試合も無いだろうしな」

 

「じゃあ、いくよ。場所は……、アカデミーでもっとも奥にある演習場。第13演習場だよ」

 

「あのドデカイ所か。たしかに観客席もあるしな。あそこでお偉いさんたちが観戦しつつ、採点するわけか」

 

 準備をつつがなく完了させ、試験開始まで時間もたっぷりある。いくら一番奥にある演習場といっても、結局アカデミーの敷地内だ。そこまで遠くもない。後はユキトと満月はそれぞれ影分身の術を行い試験会場に向かわせるだけのところで、満月がユキトに話しかける。

 

「ユキト、やっぱり本体の方で見に行かないかい?」

 

 満月が予定と違うことを提案してきた。

 

「ここに、きて行き成りだな」

 

「やっぱり、リアルタイムで見れないのはつまらないよ。影分身だと、どうしても戻すまでは情報が得られないからね」

 

 満月の言葉にユキトはメリットとデメリットを考える。

 影分身ではなく本体が見に行くことのメリット、それはリアルタイムに情報が入り、試験会場で不測の事態の時に対処がしやすいことだ。それに対してデメリットは模擬試合側の不測の事態に対処できない事。それにに影分身が解かれると、間違いなく晩飯抜きになることだ。

 

 ―――さて、どうしたものか……。たしかに、満月の言う事も一理ある。最終的に経験という形で情報は手に入るが、本体が行くのと分身体が行くのでは受け取り方が違う可能性もあるしな。さらに不測の事態に陥りやすいのも卒業試験の方、不測の事態で備えるなら本体で行くべきだが、安全面で考えるなら影分身か……。

 

 

「卒業試験はリアルタイムで見たほうがいいと思うよ」

 

 ユキトが悩んでいるのを見て、ニヤニヤしながら後押しをする満月。

 

「はぁ……、わかったよ、本体を送る。だけど、何か起きたら即座に撤退する。それでいいよな?」

 

 仕方がないとばかりに満月に同意をするユキト。しかし、釘を刺すのは忘れない。満月は危険を楽しめる部類の人間だが、ユキトはそうではない。どうしてもリスクがあるかないかを考えてしまう人間だ。

 

「そうこなくちゃね」

 

 ユキトの承諾の返事に満月は嬉しそうに頷く。

 二人は影分身を作り、模擬試合の演習場に向かわせる。そして、本体の方は第13演習場に向かい走り出す。

 

 

 

 

 

 

 卒業試験の開始30分前には第13演習場についた。元々アカデミーの中にあるためか警備の数自体は多くない。二人は入り口とは反対側に回り、そこから壁を登り演習場に侵入する。

 

「そこまで厳重ってわけではないだろうけど、ある程度は罠があるかもしれない。気を付けて進んでくれよ」

 

「だいじょぉぶ。ボクに抜かりはないさ」

 

 壁をヒョイヒョイと登っていく満月とユキト。木登りの修行を完全に修めたユキトにとって、壁などただの通り道と変わらない。勿論満月にとってもだ。ある所で満月が換気口のような所から中に入る。中に入ると、子供一人分はゆうに入れる通路があり、その途中で鉄格子があり、そこから試験会場が覗けるようだ。

 試験会場を覗いてみると、予想以上に多くの人がいた。お偉いさんだけでなく、上忍、中忍もしかしたら下忍もいるのかもしれない。……中にはお酒を飲んでる人もいる。試験のほうは今から卒業予定者に説明を行うようだ。広い演習場の真ん中に100名ほどの卒業予定者たちが集められている中で、卒業予定学年の主任担当教官が少し上の檀上で説明を開始しようとする。

 

 

 

 

 演習場を見ている周りの観客たちは、嫌らしい顔で嗤っている。

 

 

 異様な雰囲気だ。間違っても卒業試験の雰囲気ではない。

 

 

 

 ユキトは顔を顰めながら満月に問いかける。

 

 

「満月。今から何が始まる?」

 

 満月はクックックと嗤いながら答える。

 

「別に何も、ただ毎年恒例の卒業試験さ。ここ霧隠れの里が他里から血霧の里と言われる由来。忍者になるための最大の難関の卒業試験さ」

 

 

 

 

 

 主任担当教官が説明を始める。

 

「これから、貴様らにはいつも通り試合を行ってもらう。こちらが読み上げる組み合わせで二人一組になり存分に戦いたまえ。今まで培った成果を十分に発揮したまえ。勝った者は晴れて卒業とし、ここ霧隠れの里の忍者となる!」

 

 卒業予定者たちが興奮しはじめる。忍者になるという、餌が目の前にぶら下がっている様な興奮だ。とうとうアカデミーの終え、忍者になる。この世界では忍者は人気の職業でもある。原作でも多くの子供が忍者になろうとしていた。前の世界とは価値観が違うのだろう。後ちょっとで忍者になれる。卒業予定者たちが興奮するのもわかる。そして、興奮していて周りの様子に気が付いていないのだろう。

 

 

 この異様な雰囲気に。

 

 

 

 

 自信がありそうな者。

 キョロキョロと周りの卒業予定者の顔を見ている者。

 強い人と当たりませんようにと、祈りを捧げてる者。

 友人たちと笑いあっている者。

 

 数は少ないが、ニヤニヤしている者。

 

 

「ただし」

 

 主任担当教官が冷や水を浴びせようとする。

 卒業予定者たちの目線が、主任担当教官に再び集まる。

 

「勝利条件をいつもと変えさせてもらう」

 

 

 

 

 

 

「勝利条件は生き残ること。敗北条件は死ぬことだ。つまり殺し合いだ」

 

 

 

 その言葉に興奮していた卒業予定者たちが静まり返る。

 

 

 

 一拍おいて、その言葉を理解したのか、卒業予定者たちに動揺が広がる。

 観客者たちには嗤いが広がる。

 

「満月。お前はこれを知っていたのか?」

 

 ユキトは思わず、睨むように満月を見る。

 

「知っていたよ。っというかそこまで隠されていることじゃないしね。ある程度は知られないようにはされてるみたいだけど……。他国の里の忍でも知っているようなことさ」

 

 満月はニヤニヤと嗤いながら、ユキトを見ている。ユキトがどのような反応をするかを楽しみにしているように。

 

 ―――動揺するとこいつを喜ばすだけだな。

 

 ユキトはそう考えると、再び演習場に目線を向ける。

 

 演習場では、大きな紙が張り出される。卒業試験という名の殺し合いの組み合わせ表だ。

 

 友人と戦うはめになったのだろう、嘆く声が聞こえる。

 自分より弱い奴と当たったのだろう、喜ぶ声が聞こえる。

 格上の奴と当たってしまったのだろう、恐怖にかられる声が聞こえる。

 

 そして、そんな幾多の表情、反応が出ている中で、ユキトはその中の一人から目線が外れなかった。

 

 嗤っている奴がいる。まるで前世の世界で小さな子供が誕生日を迎えて、家族から誕生日プレゼントをもらう直前のように、喜ぶ顔をしている奴がいる。

 今からとても楽しいことが起きるとばかりに嗤っている奴がいる。

 

 そして、同時にどこか泣いている様に見える奴がいる。

 

 

「では……、各自ばらばらになって殺し合いを始めろ」

 

 無慈悲な宣告が落ちる。

 

 叫び。絶叫。雄叫び。

 

 そのような声を出しながら、卒業予定者たちが散開し始める。

 

 瞬間。

 

 先ほどまで、嗤っていた奴……再不斬先輩が『無差別』に周りを殺し始める。

 

 

「なっ!?」

 

「静かに!」

 

 ユキトは思わず声を上げ、満月に口を押えられる。

 

 卒業予定者たちは一斉に、周りを殺し始めた鬼を見つめる。見つめる目線には驚き、戦慄、恐怖が含まれている。

 

 主任担当教官が止めようとするが、里の幹部だろう人が続行を命じる。

 観客たちは嗤いをやめ、少し感心した目で鬼を見やる。

 

 その最中にも鬼の殺戮、虐殺は止まらない。

 

 卒業予定者たちも何人かの集団で鬼に向かい始める。それでも、惨劇は終わらない。

 

 演習場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。暴虐は止まらない。それを見て、嗤っている観客たち。この状況を絵にして題名をつけるならば、『悪鬼の庭園』とでもなるだろう。

 

 鬼は一人殺すたびに嗤いを深めていく。後に戻れない殉教のようだ。場違いにもユキトはそう思ってしまった。

 

 ユキトは何とかその光景から眼をそらし、横の満月を盗み見する。案の定というべきか、満月も目線を釘づけにしながら嗤いを深めてる……。

 しかし、目線を演習場から外せないのか、ユキトが盗み見していることに気づいていないようだ。ユキトも再び目線を演習場に戻す。

 状況は、生き残ってる卒業予定者たち全員対再不斬先輩となっている。しかし、止められる気配がない。他の卒業予定者たちは鬼の殺気に、恐怖に支配されている。

 徐々に数を減らしていく卒業予定者たち。

 

 

 もう半数も残っていない。

 

 虐殺は止まらない。

 

 止まるとしたら、それは……。

 

 

 ユキトは自分の考えに背筋が凍りつく感じがした。

 

 

 

 

 

 

 それから幾ばくかして、阿鼻叫喚の地獄が終わり、静かになる。この状況に観客たちも嗤いを止めていた。演習場の真ん中に座り込む鬼から、誰もが目線が外せない。誰も言葉を発しない。

 

 静かに、ただ静かに血が流れ、少しずつ乾き始めていく。

 

 咽るような血臭が二人の所まで押し寄せてくる。

 

 

「今期の合格者は桃地再不斬、一人とする」

 

 

 

 しんっと静まった第13演習場に声が響く。

 

 演習場のすべての目線が鬼からそちらへ移る。そこには、紫色の眼をした子供がいた。まるで場違いな感がある。なのに、誰も声を出さない。むしろ、周りの観客たちは再不斬先輩が起こした地獄絵図より恐怖していた。誰もが、その子供から目が離せない。

 

「満月。あれは誰だ……」

 

「……あれはこの里の忍の頂点。つまり水影様さ。まぁボクが見たのもこれで2回目だけどね」

 

 その時、気配を殺し隠れていた二人に水影の視線が向いた。

 

「ちぃっ! ばれた、満月!」

 

「ああ、流石は水影様といったところかっ」

 

 ユキトと満月は小声で会話し、その場から瞬時に離れる。移動速度には多少の自信がある。下忍程度では追いつかれないだろう。

 

 しかし。

 

「おやおや、他里のねずみかと思ったのですが、アカデミーの神童たちですか。どうしたのですか? こんなところで」

 

 肌の色は青黒く、サメのような顔立ちをした男がユキトと満月の目の前に笑いながら現れる。

 

「さて、どうしましょうか。これが本人たちではない、という可能性もありますし」 

 

 満月とユキトは声も出さない……出せない。二人は現れた目の前の男の様子を伺う。しかし、いくら見ても逃げ出せる隙がない。下手な動きをすると、そのまま殺されるイメージが湧いて出る。

 動けない二人に対して男が口を開く。

 

「面倒なので、殺しますか?」

 

 男から殺気があふれ出る。殺気を受け、俺たちも臨戦態勢になる。

 

「やめろ、鬼鮫。そいつらは本人だ。これ以上若い忍が居なくなるのは困る。おおかた、卒業試験がどんなのか、生で見たくて覗きにきたのだろう」

 

 突如後ろから声がかかる。誰もいなかったはずの所に立っているのは、先ほどまで演習場にいた全ての忍から視線をあびていた子供。つまり……水影だ。

 

「……これは、水影様。わかりました。アナタがそう仰られるなら」

 

 そう返事を返した鬼鮫という男は瞬身の術でいなくなる。残るのは俺たち二人と水影の三人。そんな中で二人は先ほどまでとは違う意味で動けなくなる。

 

「今日起きたことは、黙っておけ。貴様らには期待している」

 

 それだけ言うと、水影も瞬身の術で居なくなる。

 

 

 ユキトと満月は止まっていた時が動き出したかのように、息を一気に吐く。そして、そのまま二人してその場に座り込んだ。

 

 ―――一気に疲れがたまった。寿命が縮んだ。間違いなく縮んだ……。流石に殺されかけて、さらにこの里の水影と対面するとなるとしんどい。しかし、危なかった……。下手すれば死んでいたな。

 

 命を大事に、それが信条のユキトとしては、本体で行くことを提案した満月を恨みたくなる。そんな思いも込めつつ、満月の方に恨みがましい目を向ける。そうすると、満月は心外だとばかりに肩をすくめた。

 

「いや、ボクもこればっかりは死ぬかと思ったさ」

 

 ユキトの意図はある程度伝わっているみたいだった。

 

「それにね、ボクらに気付いたのは水影様とさっきの鬼鮫っていう人だけだったみたいだし。ボクもまさか気づかれるとは思わなかったんだよ」

 

「はぁ……、そうかい」

 

 ―――……まぁ追いかけてきたのは、あの二人だけみたいだし、実際その通りなのだろう。ということはあの男、演習場にいた中では上位に入る部類の腕前なのだろう。誰なんだろう。鬼鮫とか呼ばれていたな。なんか原作で見たことがあるシルエットだったが……。満月に聞いてみるか。

 

「先ほどの男について知ってるか?」

 

「……話について聞いたことがあるぐらいで、ボクも本人を見たのはこれが初めてだけどね」

 

「それでいい」

 

「まぁボクもそんなに詳しいわけじゃない。この前、話したろ?」

 

「何をだ?」

 

「模擬試合で何人か殺し、サメのエサにした先輩がいたって」

 

「……都市伝説じゃなかったのかよ!」

 

 ―――都市伝説だったと思っていたのが事実だったとは。しかも、その本人に先ほどまで殺されかけていたとか……。よく、生き残ったな俺。

 

 頭を抱え始めたユキトを見て満月は笑いながら話しかけてくる。

 

「冗談だと思ってたのかい? 少しはこの里に慣れたと思ってたんだけどね」

 そんなことをほざいてくださる満月。

 

 ―――そりゃまぁ模擬試合で相手の意識を刈ったり、再起不能にすると成績評価があがる里だ。もしかしたら、とかは思っていたが……、それにあの卒業試験。この里が他の国の里から血霧の里とよばれるわけだ。血なまぐさすぎる。俺もいつかはあれをしなければいけないのか。…正直、この調子で修業を続ければ問題はないだろう。しかし、俺に殺せるのだろうか。この世界に慣れてきたとはいえ、多少なりとも前世の価値観が残っている俺に。生きるためと言えば、その通りだ。しかし、普段行っている狩りとはまったく違う。

 

 ユキトが思考の海に沈んでいると、満月が声をかけてきた。

 

「何考えているかはだいたいわかるけど、それだとキミが死ぬよ?」

 

 ニヤニヤしながらユキトに諭す満月。続けて口を開く。

 

「でもまぁ、再不斬先輩はやりすぎたね」

 

 ―――たしかに……。普通なら、相討ちや再起不能を考えても2,30人は合格するのだろう。しかし、今年は1人だ。これでは、先ほど水影も言っていた通り若い忍の人材が不足するだろう。もしかしたら、来年から試験が変わるかもしれない。そうなってくれれば嬉しい。祈っとこう。

 

 事実、この事件を契機に霧隠れの里の卒業試験は大変革を迎える。ただでさえ戦時下で忍の数が減っている中で貴重な戦力が失うことは何にしても致命的なことだからだ。こうして、血霧の里の由来となった、忍者になるための最大の難関の卒業試験は幕を閉じる事となった。

 

 しかし、そんな未来の事をまだ知らないユキト。

 

 ―――どんな試験が来ても、まず自分自身が生き残れるように力をつけなければいけないな。殺す殺さないについては、今は考えるのをやめよう。今考えてしまうと、今日起きた惨劇が影響する。まずは、殺されないようにする自衛力を高めることを第一にする。これからの指針ができた。しかし、どうすれば自衛力が高まるのだろう。このまま、アカデミーだけを続けると実戦経験は得られるかもしれないが、劇的な変化はないだろう。

 

 これからのことについて考えているユキトに、そこで満月から声がかかる。

 

「そろそろ、ボクらも戻ろう。影分身が戻ってないってことはまだ模擬試合が続いてるみたいだし」

 

「……そうだな」

 

 あまりの出来事の連続ですっかりユキトは影分身のことをすっかり忘れていた。よく、動揺した時に戻さなかったなと自分自身に感心する程である。普段から、影分身を出しっぱなしで修行させてるのが、ここにきて功を成したのかもしれない。最初の頃からやってる修行はちゃんと成果を出しているんだなと、得心する。

 

 ―――そうか、最初か……。自衛力について一つ思いついた。最初の目標だった医療忍術だ。医療忍術を学べば生存能力は間違いなく上がるだろう。戦いの最中も自分自身で治癒ができるのは強みだろう。しかし、どこで学ぼうか。医療忍術ってアカデミーだと当たり前だが習わないんだよな。皆どこで習ってるんだか……。まぁ、とりあえず困った時の満ぇもんだな。

 

 ユキトは決心を固めた。新たな力を求めて、満月に話しかける。

 

 

 鬼が去った学び舎。

 

 新たな力を求める俺。

 

 そして、新たな季節、新たな出会いがやってくる。




リンを主人公に殺させようと思っていたんですが……まさかカカシに先越されるとは……無念OTL


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アカデミー編 第三話

一人称の作品を無理やり三人称に改定しているので、なんか文章が変になってる気がしないでもない。



「ん~医療忍術ね……。確かにユキトのチャクラコントロールならできるかもね」

 

 あの悪夢のような卒業試験を目にして、ユキトは少しでも新しい力を得るために満月に相談していた。

 新学年になり、一つ学年が上がったが習う内容は既に覚えている内容でありユキトや満月はすでに扱えるものであったのも理由だ。このままでは生き残れない、そんな焦燥感からユキトは当初考えていた医療忍術に眼を付けた。

 

「あぁ、それで誰か教えてくれそうな人を紹介してくれないか? 名門の家なら人脈もあるだろう?」

 

「ボクの家は治すより殺す専門だからね。ボクに心当たりはないな」

 

 やはりというべきか、医療忍術の使い手というものは中々お目にかかれないかとユキト落胆した。そもそもこの世界には医療忍術を専門とする学術施設は無い。医療忍術を覚えたいのであるなら、代々その術を専門にしている家系か、既に習熟している者に弟子入りするかのどちらかである。

 勿論、ただの村人出身のユキトにそんなコネは無く、満月に相談したのもそれが理由であった。

 そして答えは満月の家系は治すのとは真逆の性質を持っている家で医療忍術とは無縁の家でもあった。満月の話を聞く限りでユキトも半ば予想していたことでもあった。

 しかし、満月の言葉はそれだけでは終わらなかった。

 

「まぁ、今回ユキトに強くなってもらおうとして、発破かけたのはボクだし。今度の休みの期間に色々とボクの実家の知り合いに当たってみるよ」

 

「すまない」

 

「アカデミーなんていうつまらない中で、ユキトとの戦いは唯一の楽しみだからね。ユキトには強くなってもらわないと」

 

 満月の強い者と戦いたいという、ユキトが少し引くような理由でユキトの願いは叶うかもしれなかった。

 

 

 

 結局、ユキトたち二人は特にお咎めなしだった。本当にあの場で二人に気づいていたのは、あの二人だけのようだ。

 

 ユキトは無事に今期のアカデミーを次席の成績で修了した。主席は満月が取り、非常に珍しい飛び級二人によるワンツーフィニッシュと相成った。来期のアカデミーが始まるまでは休みなので、ユキトは一度実家に帰ることにした。

 実家に戻ったユキトはアカデミーで習ったことや行ったことを両親に報告したりした。ただし、あまり暗い話を除いてだ。それはユキトが両親に心配をかけたくなかったという事が大きい。半ば自身の意思で無理やり入学したのだ。もし、危険な場所という意識を持たれたら、連れ戻される可能性があるとユキトが考えたためだ。しかし、霧隠れの里のアカデミーは危険ということは水の国ではそこそこ有名であり、両親は既に知っていたことをユキトは知らない。

 霧隠れの里の名物の水まんじゅうもお土産として渡し、後は実家の傘づくりを手伝ったり、親孝行をなるべくするようユキトは休みの期間を満喫していた。

 もちろん、休みの間も修行はかかさない。里の中ではないので、派手な忍術の修行はできない。よって基本となる体術やチャクラコントロールの基礎訓練を徹底的にやった。影分身には滝登りの修行をひたすらたやらせ、本体の俺は体術の訓練を行う。

 特に体術は重要だ。これの練度で生死が分かれるだろう。いくら、忍術が強くても当らなくては意味がないし、忍術を素早く発動できなければもっと意味がない。原作でも、いくら忍術ができた人が、最後に体術でひっくり返されたりしていたことをユキトは掠れいく記憶から思い出す。

 休みの間は徹底的に体術を磨き、自分を苛め抜いた。ユキトはよく漫画であるような、重しを付けた修行もしてみたかったが、もしかしたら背が伸びなくなるんじゃないかという危惧が浮上したため、それはやめた。その代りに抵抗の多い水の中での修行をやるようにした。これは体術の修行になるだけではない。この国と周りの国には水辺が多い。任務に出たとしても、当分は近場での任務になるだろうからやっといて損はないだろう。そして、休みがそろそろ終わる頃、ユキトは家を出発した。

 

「親父、母さん。行ってきます」

 

「ちゃんと、無事に帰ってきてね。行ってらっしゃい」

 

「いつでも、戻ってきていいからな。体を大事にするんだぞ」

 

 

 そして、霧隠れの里に戻ってきたユキトに、満月が朗報をもたらした。なんと、医療忍術を使うことの出来る人が紹介できるという話だ。

 

「まぁ、正確には医療忍者ってわけじゃないんだけど、医療忍術が得意な人だって。どうする?」

 

 ―――……医療忍者じゃないのか。でもまぁ貴重な医療忍術を学べるなら何でもいい話だな。

 

 ユキトはそのまま満月に紹介してもらうことにした。満月から鬼灯一族の紹介状をもらい、その人の元へ向かった。

 そして、ユキトはある意味これからの自身を形成する上で非常に大きな人物と出会うことになった。

 

 ―――……とても、マッドな人でした。

 

 勿論、ユキトはその人物と初めて出会ったわけだが、霧隠れの里の名家、鬼灯一族の紹介状のおかげか、ユキトはなんとか教わることができることになった。本来は弟子を取るつもりなんてさらさら無かったらしい。流石は名門、この里ではとても影響力があるとユキトは心の中で満月の家に感謝した。そして、ユキトは医療忍術を学び始めた。

 

 ユキトがその人物に師事をしてから最初に行ったことは、修行でも何でもなく、とある丸薬を食後に食べるようにする事だった。その丸薬を食べた後は体調が悪くなる事が多かった。後からユキトが聞くと、毒の耐性をつけるために少量の毒と解毒薬が入っていたらしい。これを毎日3回食後に摂取する、繰り返すことで毒の耐性をつけるとのことだ。

 

 ―――ハンター×ハンターの某殺し屋みたいな事しやがって……。あのマッドめ。

 

 ユキトがマッドという呼ぶこの人物は医療忍術は確かに使えるし、腕もいいだろう。しかし、どちらかというと解剖医という職業に近い。原作でいうと大蛇丸のような存在である。

 

 ―――マッド自身が切り刻むことが趣味だし、そこらへんはこの里らしい。

 

 ユキトは毒の耐性をつけつつ、医療忍術を扱うための知識を得るために、ひたすら解剖の手伝いをさせられた。どこに臓器があり、血管が通っているか……。知識で教えるのではなくひたすら実践だ。習うより慣れろとはまさにことのことであった。ユキトも始めての解剖の時は吐いた。基本的に死んでる人間の解剖だったが、たまに生きている他里の忍も解剖しすることもあった。

 死人に口なしという言葉がある。しかし。忍には当てはまらない。忍は死んだとしても色々な情報を持っている。一族特有の術を持つ死体の時には、マッドのテンションが高く。それに付き合わされるユキトにとっては気持ち悪いものだった。

 

 解剖に明け暮れる日々を送っていたユキトが、その間にもっとも多くマッドに言われた言葉は。

 

「観察しロ」

 

 という単純な言葉だった。

 

「ケガ人を見たら、ソいつが致命傷かドうか観察しロ。毒ヲ受けたやつがいるなら、毒が回っているかいないかヲ観察しロ。知っている毒か、知らない毒か観察しロ。死んでる奴がいたら、情報ヲ持っているか観察しロ。何かノ手違いで前線で戦うはめになったら、相手ヲ観察しロ。自分がケガしたら治せるか治せないか観察しロ」

 

「木ノ葉ノ里ノね、医療忍者は攻撃ヲ受けてはいけないトいう教えがある。間違いじゃない。間違いじゃないヨ?ただ、ワタシならコう教える。周りヲ犠牲にしてでモ、相手を観察しロ、トね」

 

 ユキトはマッドに助手としてこき使われることで、医療忍術の腕は確かに上がっていった。医療忍術以外にも色々な術をマッドから教えて貰う事が出来た。

 

 ―――……おかげで周りからは俺もマッドな人と見られるようになって、少し泣きそうだ。

 

 マッドから教えて貰ったのは、どれもアカデミーでは絶対に習わないような特殊な術が多かった。例えば、傀儡の術というのがある。本来の用途は人形を動かす為の術である。しかし、一番効果的な使い方は死体を操る時だとして、ユキトはマッドから習う。解剖した死体でその実践もさせられる。その為、傀儡の術というのはそういう術だと、ユキトは認識してしまうことになった。

 もちろん、原作では人形を動かす術だったはずであるが、霧隠れの里だどんな術も血生臭くなる。ある意味とても『らしい』といえるだろう。

 

 また、秘術として、死体の心臓に札を埋め込み自分のチャクラで操る、死魂の術といものを教えてもらった。札なしでも使えるそうだが、札があったほうが長く、正確に操れるとのこと。死体の中に起爆札を埋め込み死魂の術で操作し、敵陣で爆破させるのが有効とのことだ。

 

 ―――……俺は使わないようにしよう。

 

 そう心の中で決意をするユキト。

 そうして、ユキトが本来考えていた以上の血みどろな生活が過ぎて行った。

 

 

「最近のユキトはボクより血の匂いがするね」

 

 嬉しそうな顔をした満月に、そんなことを言われてユキトは心に小さくなくない傷を負う。

 

 ―――何が嬉しくて殺戮中毒(キリングジャンキー)より血の匂いがするとか……。

 

 そんな、たわいもない会話をユキトが満月としていたところ、桃の花をあしらった(かんざし)を頭につけた女の子が話しかけてきた。

 

「アンタたち、教官が私たちを呼んでるからついてきて」

 

 ―――……誰?

 

 

「キミ……。誰?」

 

 満月がストレートに聞いた。知ってる? とばかりにユキトに目線をよこす満月。ユキトも、そんな目線をよこしても俺は知らないぞ、とばかりに肩をすくめる。

 

「はぁ!? アンタたち1年もいて同期の! しかも、同じクラスの人の顔を覚えてないの!!? クラス替えなんてしてないのに!!?」

 

 そう、このアカデミーは模擬試合は同期全体で行うが、座学はクラス単位。そして新しい学年になった後もクラス替えはしていない。でもまぁ知らないものは知らない二人であった。

 

「一々、雑魚の顔なんて覚えてないさ」

 

 満月も当然知らないようだ。そして、開き直ってニヤリと挑発的に笑う。その女の子の顔が朱にそまる。男が笑って、相手が顔を赤くする……。

 

 ―――これがニコポというやつか?

 

 ユキトはほとんど意識を別な所に飛ばし、無駄に変なことを考えていた。満月はどうでもいいとばかりな表情だ。そんな二人の態度に、顔を真っ赤にしながら女の子が叫ぶ。

 

「ア、アタシはこれでもアンタたちに続いて3位の成績だっ!」

 

 目の前の少女にとって、二人の態度はあまりにも有り得ない出来事だった。少女は確かに満月やユキトに劣るものの、その下にずっとつけていたという自負が少なからずあったのだ。しかし、実際に出会い、二人のその態度から『お前なんか眼中に無い』と言われたのも同然だったからだ。

 

「ボクらの下は弱すぎだからね。」

 

「なっ!? ア、アンタたち! 年下でしょう! 年上に対して敬意とかないのっ!?」

 

 ―――アンタ『たち』ってことは俺も含まれてるのかねぇ。

 

 満月と現れた少女の会話を耳にしつつ、ユキトは先ほど飛ばした意識を回収しようとしないで、相変わらずにぼおっと変なことを考えていた。

 

「年下のボクたちより弱い年上に、何で敬意を払う必要があるのさ?」

 

「ッ!!?」

 

 ―――あぁ~あぁ、満月は挑発するのが好きだからなぁ。俺は中身が転生者?で大人だから挑発されても、いつもスルーしてるけど……。この子は反応が良いから、満月の玩具になってるよ。

 

「ア、アンタたちぃ!」

 

 ―――可愛いお顔を真っ赤にしちゃって……。

 

「図星をさされて、怒ってるのかな?」

 

 満月のターンはまだ終わらない。この調子で満月の挑発は続いていく。

 

 

 

 ―――……なんか呼ばれてるとか言ってたし、そろそろ止めるか。

 

 満月がからかい、少女がその度に反応良く激怒するという光景をユキトは何も考えずにひたすら見ていたが、始めに少女が言っていた言葉を思い出して行動を起こす。

 

「はいはい、そこまで。呼ばれてるんだろ?そろそろ行かないと俺たち全員が罰せられる」

 

「フゥー。ここからが面白いところだったのに」

 

「アンタたち覚えてなさいよ!」

 

 俺もか、俺何も言ってないのになぁと、ユキトは内心で溜息を吐きつつ、だからといって突っ込めばさらに話が進まないのは明白であった為、とくに反応しないで事を進める。

 

「さぁ、さっさと教官のいるところまで、案内頼むよ。年上のキミ」

 

「っ!」

 

「……満月。」

 

「はいはい、わかったよ。相変わらずユキトは事なかれ主義だねぇ」

 

 とりあえず、場は落ち着いた。

 

「アタシは於保花霧豆美(おほかむずみ)。さっきも言ったけど、アンタたちに続いての成績よ。それで、アタシたちが呼ばれてるってことは、学年の上から3番目までを呼んでいるってことね」

 

「ふぅん、何の用事かな。楽しめればいいんだけどね」

 

「俺は面倒事じゃなければ、なんでもいいよ」

 

「じゃあ、ついてきて」

 

 そういって、3番目の女の子は行こうとする。……が、いきなり二人の方を振り向くと。

 

「あ、アンタたち。アタシを呼ぶときは呼び捨て禁止ね。仮にも年上なんだから、さん付けするように。ムズミさんとかムズミ姉さんとか呼びなさい」

 

 すんごい嫌そうな顔をする満月。

 ユキトはもう面倒くさいので、投げやりで返した。正直これ以上、巻き込まれたくないというのが率直な感想であった。

 

「わかりました、ムズミ姉さん。だから早く教官のところへ行きましょう」

 

 ユキトがそう返したところで、気分を良くしたのか、ムズミはムスっとした表情から普通の表情に戻った。そして、教官のところへ行こうとする。

 

 ―――……あれか、年上ぶりたいお年頃なのだろうか。うん、きっと、お姉さんぶりたいのだろう。

 

 勝手に納得し、ムズミについていく。

 

 満月は嫌そうな顔をしたまんまだ。

 

 

 

 

 そして、教官がいる場所、それはアカデミーの校長室であった。木で出来た両開きの扉には、左右に額当てがある忍者が控えていた。ユキト達三人を見やると、持っていた資料で確認を行う。それぞれが軽い確認を取った後、忍が無言のままドアを開ける。

 校長室の中は一番奥に校長用の机があり、その前には本来なら応接用のソファーがある筈であったが、今は片づけられている。壁際には相応の値段がするであろう調度品の数々。だからといって主張するわけでもなく、威厳として成り立っていた。ユキトは校長室に入るのは入学した時以来であったが、その時と違い中にはそれなりの人数が居る。その為、一時的にソファーは片づけられたのであろう。

 そこにはユキト達の担当の教官だけではなく、他の学年の教官も全て居るようだ。そして、この部屋の主であるアカデミーの校長までいる。校長の隣には百戦錬磨と思わせるような忍が佇んでいる。つまり、この場にはアカデミーの中において権力がある者達が勢ぞろいしている形である。他にもアカデミーの生徒たちも何人か集まっていたが、あまりにもの雰囲気に押されているようであった。

 場は重く、近づくとピリピリしたような肌が居たくなるような空気が横たわっていた。

 

 ユキト達三人が校長室に入ったことを確認した教官の一人が一度校長の方に目線をやり、校長がうなずく。今からこの召集について説明されるようだ。

 非常に厄介ごとの予感がすると、ユキトの第六感が。楽しい事が起きそうだと、満月の第六感が其々つげている。少女は何が起きるのかよくわかっていないようだ。

 

 教官が口を開く。

 

「去年度の卒業試験のことは皆、知っているな?」

 

 去年度の卒業試験……、つまり再不斬先輩の事件である。結局あの事件は、知っている人は知っている程度の箝口令がしかれた。アカデミーの生徒でも情報通やトップ成績の人たちは知っているレベル。つまり、この里の卒業試験の実態を知っている人は事件のことも知っているってところである。

 校長の隣に佇んでいる忍がアカデミー生たちの顔色を素早く探る。この程度の情報収集は出来ているのか出来ていないのか。

 ユキト達の方にも目が追ってくる。視線は素早く逸らされたが、既にユキト達が情報を知っていると判断されたのだとわかった。あくまで、その情報を知っているかということを確認されただけとユキトは信じたかった。まさか、あの一瞬で例の卒業試験の場に居たことまでばれていないだろうなと、内心焦る。

 

 この場に居るアカデミー生は知っていると判断したのか、教官がそのまま続ける。

 

「本来、複数人合格する予定の試験が、たった一人しか合格者が出なかった。そのため本来、新米の忍がやる任務に支障が発生している」

 

 ―――やっぱり、忍不足が深刻化しているのか。ただでさえ、第二次忍界大戦が終わったばかりなのに、各国の国境付近で長引く戦いが次第に戦火を広げている形だもんな。おかげで忍がぽんぽん死んでいく。マッドの所の仕事が多くなるわけだ。おかげで俺は血の匂いが取れなくなってきてるしな……。泣きそうだ。

 

「そして、幹部たちが話し合いとある政策が決まった」

 

「こちらが選抜したアカデミー生に実地研修ということで任務をこなしてもらうことになった。その際、任務をこなせば給料も支給する」

 

 ―――アカデミー生に依頼を持ってくるとかどんだけ人不足なんだよ……。

 

 そこで、今まで殺伐としていて、一言も声を出さずにいた一人の先輩が手をあげて質問をした。

 

「質問があります。それは私たちは繰り上げ卒業ということでしょうか?」

 

 ―――飛び級の繰り上げ卒業はエリートの証だもんな。目をキラキラさせちゃって……。

 

「いや、あくまで実地研修という授業の延長という形となる。しかし、貸出という形にはなるが額当ても支給される。任務が終わると回収されるがな」

 

「チームに関しては、本日呼び出した時のメンバーとする」

 

 ―――つまり、俺たちのチームは俺、満月、ムズミ姉さんの3人か。ムズミ姉さんの実力がわからないけど、俺と満月だけでも簡単な任務はこなせるはずだ。とりあえず、後からムズミ姉さんの実力を測るために組手でもするか。

 

「任務に関しては来週からだ。任務が発生した時には、各々の担当教官から伝達される。以上だ。何か質問があるやつはいるか?」

 

 誰も質問をしない。

 

「では、解散」

 

 

 

 ユキト達3人は空いてる演習場までやってきた。ユキトと満月がムズミの実力を知るためだ。その、本人であるムズミは興奮している。

 

「これは、チャンスよ! ここで功績を出せば、繰り上げ卒業で忍になれる可能性があるわ!」

 

 ―――まぁ気持ちはわかるけどね。とりあえず、そんな功績を残すような任務は俺達のような、たかがアカデミー生に回ってこないと思うんだが……。

 

「まぁ、それは置いといてムズミ姉さん。とりあえず各々何ができるか、何が得意か、苦手なものは何かしっかり把握しよう」

 

 俺と満月に関しては何ができるかほとんど知っているため、実際はムズミが何をできるかを把握するためだったりする。

 

「俺の場合、体術とチャクラコントロールは得意だ。忍術に関してはアカデミーで習うやつは全て使える。他に応用の分身の術、まだ使い慣れてないが水遁系の術を少し扱える。これも修行中だが、一応医療忍術も使える。幻術にかんしては、基本の金縛りの術に魔幻・奈落見の術だな。これぐらいだな」

 

 ムズミは目を見開いてユキトを見ている。

 

「ボクの場合は体術と水遁系の忍術が得意だよ。水遁系の忍術は下手な下忍や中忍にも負けないと思う。あと、鬼灯一族特有の術も使える。幻術はユキトと同じぐらいかな。あぁ、もちろんアカデミーで習う基本の忍術は全て使えるよ」

 

 ムズミは驚いて声が出せないようだ。

 

 

「な」

 

「「な?」」

 

「な、なんでアンタたちそんな高等な忍術使えるのよ!? 医療忍術に性質変化!? アカデミーのレベルじゃないわよ! アンタたち本当に5歳なの!?」

 

 ―――おぉっと地味に俺の本質をついている。

 

「それだけボクたちには才能があるということさ。もちろん修行もかかさないけどね」

 

 満月がニヤニヤしながら、挑発するようにムズミの方を見ている。

 

「そ・れ・で、『年上の』ムズミさんは何が使えるのかな?」

 

 笑いながら満月がムズミに尋ねる。

 今の反応からできることなんてたかが知れてるだろうとユキトは把握した。そんなにいじめなくてもいいだろうにと、内心で今日何度目かの溜息をついた。当分はこのチームで動きそうな上に、ユキトはからかいをある程度スルーするので、満月にとってからかう対象ができて楽しいのだ。

 

「う……、アカデミーで習う術は一通りできるわよ!」

 

 

 ……場に沈黙が下りた。

 

 つまり裏を返せば、アカデミーで習う術以外は出来ないと言っているようなものである。満月もここまでひどいと思ってなかったのだろう。珍しく表情が固まっている。ユキトは自分達の学年のレベルを大体は把握していたので、そこまで驚きはしなかったが。

 

「っていうか! 普通は来年や再来年アカデミーで習うはずの忍術を、予習して使えるのはすごいはずなのよ!?」

 

「そんなこと考えてるからボクたちに勝てないんだよ」

 

 

 ……二度目の沈黙が下りた。

 

 ―――満月、ストレートに言い過ぎだ。

 

「あ! あと木登り業はできるわっ!」

 

「ボクは水面歩行の業まで、ユキトに関しては滝登りの業までできるよ」

 

 ……撃沈。5歳の子供二人にへこまされる7歳の女の子の図がそこにはあった。

 

「フゥー。これは完全に足手まといだね。ユキトどうする?」

 

「さて、どうしたものか。ムズミ姉さん、他には何か使えないのか?今、練習中の術でも何でもいい」

 

「ぇ、えーと……。まだ全然使いこなせてないんだけど、感知の術を練習中よ」

 

「へぇ……?」

 

 感知の術は本人の生まれ持った性質に左右される所がある。ユキトと満月は感知に関してはあまり得意ではなかった。満月が馬鹿にしたような顔から変化した。これは、少し使えるかと考えを改めたのかもしれない。

 

「ムズミさんには、アカデミー終了後ボクらと修行をしてもらう。足手まといは要らないからね。そうだね……、来週までに感知の術を使えるようにしてもらおうかな」

 

 ―――おぉ結構、無茶な要求な気もするけど。ムズミ姉さんもやる気なようだ。うなずいているし。

 

「あとはそうだね、水面歩行の業をやりつつ、性質変化の術をいくつか覚えてもらうか」

 

 満月がどんどんムズミの修行を組み始める。しかし、そこでユキトに余り知らない単語が混ざっていたのに気づく。先ほどムズミ姉さんも言っていた性質変化という言葉だ。原作でなんか見た気もするんだけどなとユキトは考えこむ。

 

 ―――チャクラの属性だっけか? 満月に聞いて、ちゃんとした情報を確認しとくか。

 

「満月センセー。質問でーす」

 

「なんだいユキト? 今、色々ムズミさんの修行を考えているところなんだけど」

 

「性質変化ってなんだ?」

 

 ……都合何度目かの沈黙が下りる。呆れと驚きを混ぜ合わせたような表情で俺を見る満月とムズミ。

 ユキトはそんなに変なことを言ったのか? と急に不安になってきた。

 

「……まさか知らないで使ってるとはね」

 

「ってことは、すでに俺が使えてる術なのか?」

 

 満月は少し苦い顔をしている。

 

「ああ、水遁系の術が当てはまる。軽く説明すると、チャクラにはいくつかの種類の性質があるんだ。火・風・雷・土・水といったようにね。だいたい皆それのどれかに当てはまる性質のチャクラがあるんだよ」

 

 ―――ふむ、だいたいうろ覚えの通りであってたか。水遁が使えてるから俺は水なのかね。

 

「そうか、てっきり水遁を使えるからユキトは水の性質だと思ってたよ。ムズミ姉さんの件もあるし、これは一回調べなおしたほうがいいな」

 

「明日、アカデミー終わった後、またここで修行をしよう。その時に二人には自分の性質を調べてもらうよ」

 

「わかった」

 

「わかったわ」

 

 今日はこれで解散となった。

 

 自分の性質を知ること。来週から始まる実地研修。

 

 それらが事なかれ主義のユキトに新たな波紋を浮かべる事になるとは、今のユキトには知る由もなかった。




おかしいな……。一話5000文字程度の話が改定すると倍以上になってる。

次も早めに更新出来ればいいな。時間がなぁ……。


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アカデミー編 第四話

 朝、まだ日が昇ってから間もない頃、ユキトと満月は自室を出た。満月が取りに行く物があるといって、一旦ユキトと別れ。ユキトは前日に決めてあった集合場所の演習場へ赴く。

 集合場所へ着いたユキトは、影分身の術を行って、片方は演習場の片隅にある池へ向かわせる。本体は木蔭で瞑想の形をとり、チャクラを練る復習を行う。

 

 一時間程して、先ほどまで広場にはユキトと樹木と頬を撫でる風しか存在していなかった所に新たな気配が現れる。ユキトが目を開くと、ムズミ姉さんが広場に来た所だった。ムズミ姉さんと軽く挨拶を交わし、瞑想に戻るユキト。ムズミもユキトの隣に座り瞑想を始める。

 

 今日からユキトとムズミの二人は、満月から性質変化について学ぶこととなっていた。性質変化について、ユキト自身も前日から色々と調べれるだけ調べてみた。それで、わかったことがいくつかあった。

 この里は水の国というだけあって水の性質持ちが多いこと。ほとんどの中忍以上の者は性質変化の術を使えること。中忍になるための壁の一つとされている。さらに、上忍クラスにもなれば2つ以上の性質を使える者が多くなるらしい。また、血継限界の一つとして、特殊な性質を持つことがあるらしい。所詮はアカデミー生の身であるユキトには調べる情報にも限度があった。

 しかし、調べれた情報だけでも習得するだけで大変なレベルアップをすることは間違いない、そう確信してユキトは満月の講義を聴きに来た。

 

 ―――というか水分身の術とか水牢の術とかあまり知らないのによくできたな。もらった巻物通りにやっただけなんだけどな。

 

「二人とも来てるみたいだね」

 

 暫くして満月が駆けつけ、三人そろう。満月はユキトとムズミ姉さんに一枚ずつ小さな紙切れを渡した。

 

「これはチャクラ感応紙といってね。忍のチャクラの性質を調べるのによく使われる紙さ。この紙にチャクラを流しこむことで、そのチャクラの性質がわかるのさ」 

 

 その説明に愛読していたハンター×ハンターの水見式みたいだ、と前世で見た漫画のような展開に内心期待を膨らませるユキト。

 

 ―――どうしてもワクワクしてしまうのはロマンだからだな。そういや、原作でも主人公が似たようなことをやってたかな? 修行シーンは流し読みしてたからあまり覚えてないや。

 

「性質には5種類あってね。水、火、雷、土、風……このチャクラの性質から五大国の名前も取られたといわれてるよ」

 

「ボクの紙を見て」

 

 そういって満月が紙を前に出し、チャクラを流し込む。すると、いきなり紙切れが濡れ始め、ビショビショに変化する。

 目の前で起きた現象に、目を丸くするユキトとムズミ。

 

「ボクの性質は水だからチャクラを流すとこうなる。つまり……、水の性質なら紙が濡れるのさ」

 

「火なら紙が燃える。風なら紙が切れる。雷なら紙にシワが入る。土なら紙が崩れる」

 

 ―――本当に水見式みたいだ。もしかしたら、水見式でも似たようなことができるかもしれないな……。むしろ、なんで今までやってこなかったんだろう俺……。少し落ち込むな。

 

「アタシからやるわ!」

 

 勝手にテンションを上げ、勝手に落ち込んでいるユキトとは対照的に、ムズミはやる気満々のようだ。

 

「ハッ!」

 

 ムズミが気合の入った掛け声と共に紙にチャクラを流す。すると、満月と同じように紙が濡れ出す。やはり、水の里には水の性質を持つ人が多いのだろう、とムズミの結果に調べた事を頭の中で復唱するユキト。

 

「アタシは水の性質ね」

 

「ボクと一緒か。これならボクから術も色々仕込めるかな」

 

 満月の言葉に納得する二人。

 

 ―――確かに同じ性質なら修行方法も似るだろうな。さて、次は俺だが……。何の性質なんだろうか。これで、一人だけ違う性質だと修行をどうするかが問題になってくるな。なるべく、水だと嬉しいんだけど。

 

「じゃあ次、俺な」

 

 チャクラを流す事自体に慣れているユキトは特に気負うことなく、右手からチャクラを流し込む。

 

 すると……。

 

 手元から3分の2ほどまで、紙は凍り。先端にはチロチロと火が出て燃えているという不思議な現象が起きていた。

 

 ……。

 

 ―――聞いた説明と違うんだが……。一応燃えてるってことは火ってことなのか。

 

「満月。説明」

 

 とりあえず困った時の満月先生だ、とばかりに視線を満月に向けて、説明を求めるユキトとムズミ。

 

「……これは」

 

 しかし、ユキトとムズミの視線を受けている満月も困惑しているようだ。隣のムズミも何で満月が困惑しているのかわからない様子だ。

 

「ユキト……。君の両親は本当に忍者じゃないんだね?」

 

 いきなり妙な質問をユキトに始める満月。何を馬鹿な質問を、と返そうとしたユキトだったが、満月の瞳が思った以上に真面目だった為、今は別れて暮らしている両親の姿を思い出す。

 

「あぁ、一般人も一般人。隣の町で傘屋を開いてるぞ? 俺をスカウトした、青さんのお墨付きだ」

 

「へぇ、あの説教好きが言ったなら、そうなんだろうね」

 

 ユキトの返事を受けて、いきなり黙考しはじめる満月。

 

「どうしたのかしら?」

 

「さぁ?」

 

 急に黙って考え始める満月の姿を見て、ユキトとムズミ姉さんが顔を見合わせ、肩をすくませる。性質変化について素人同然な二人にとって、チャクラ感応紙が濡れることも凍ることも、燃えることも初めて見る現象だ。しかし、満月にとってはソレはまったく違うものだったようだ。

 

「……ユキトの性質変化は水、風、それに火で多分あってると思う」

 

 暫くしてから、考え終わった満月が説明を開始する。その言葉に驚くユキト。前日に調べた通りならば、性質を複数持つのは上忍クラスの筈だからだ。

 

 ―――俺は性質を3つ持ってるのか……。あれか? 転生特典か? そんなものないと思ってたけど実はあったっていうオチなのか?

 

 しかし、そんな簡単な話だけで、満月の説明は終わらなかった。ユキトが理解出来るように、一拍置いてから再び説明を始める満月。

 

「そして、チャクラが凍る……。これは氷の性質、氷遁の才能があるってこと。……血継限界の一つだよ」

 

 その言葉に、驚くユキトとムズミ。正確には、少し驚き方が異なっていたが、それに気づいていたのは満月だけだった。

 

 血継限界。それは忍者が巻物や口伝で伝える術と違い、遺伝によって一族内にのみ伝えられる特殊な術であったり、体質であったりする。どんな血継限界も、一様に強い力を擁している。そしてそれ故の弊害も多々あったりする。

 

 ―――確か……、原作でもそれに焦点が当たることもあったはずだ。

 

 満月の話は終わっていない。次に出てくる言葉が自分にとって非常に良くないものだと半ば確信するユキト。嫌な汗がじわじわと発生する。徐々に心臓の音が大きくなっていく。

 

「……氷遁使いは非常に強い力を持っていて、それ故に水の国では国を乱す呪われし雪一族と呼ばれ……。過去に迫害された歴史を持っている。現在ほとんどの血族は身を隠して暮らしていると言われている」

 

 満月な言葉にユキトの心臓はかつてないようなビートを響かせる。二人にさえ心臓の音が聞こえるんじゃないかと錯覚させる。

 

 ―――……これはなにか? 俺終了のお知らせか? いやいやいや、俺迫害されるの? 逃げればいいのか? ムズミ姉さんはオロオロとしてるし。満月は……。

 

「……ククッ」

 

 ―――満月のやろう! 他人事だと思って笑いやがって!! ぶん殴ってやろうか!?

 

「そんな顔をしなくても大丈夫だよユキト」

 

「へ?」

 

 満月の説明を受けて、ユキトは人生の瀬戸際とばかりに焦っていた。そんなところに、冷や水を浴びせる満月。

 

「呪われし一族ってのを広めたのは、元々他国の間諜なのさ。まぁ、一般人には広く伝わってしまって信じられてしまってるけどね」

 

「ぇ?」

 

「強い力を持つ氷遁使いの雪一族。これをどうにかしたかった他国の忍は雪一族を迫害されるように一般人に噂を広め、雪一族に地位がおびやかされると思った幹部の一人がその姦計に乗った。そして、雪一族は迫害を受けることになった。……まぁその後、水の国は雪一族が居なくなって戦力が落ちてしまい、その幹部は国家反逆罪として処刑されましたとさ。めでたしめでたし」

 

 満月の話から生死が掛かった話だと思っていたユキト。話が終わって、緊張して強張った表情から、ぽかんっとした呆けた表情に変わる。その表情の変化を見てクククッと笑う満月。そんな満月を見て、苦笑いしているムズミ。三者三様の表情だ。

 

「はぁ……。つまり、何の問題も無いのか?」

 

「ああ、中忍以上ならだいたい知ってるんじゃないかな? 下忍程度なら知らないかもしれないけどね。まぁ名家の出身者や上忍なら確実に知ってるだろう話さ。一種の戦訓なんだよ、雪一族の話は」

 

 ―――なるほど。昔そのような姦計が行われ、しかも地位に固執した幹部がその策に乗ったせいで戦力が落ちてしまった。以降、同じ過ちを犯さないように、中忍以上の者には戦訓として伝えられる……と。そして、伝えられた者は今まで信じてた噂が他国の姦計と知って、己は間違わないようにしようと、考えるというわけか。

 

 満月の言葉を一つ一つ、噛み砕いて理解していくユキト。先ほどまで、リズミカルな音を立てていた心臓を静まらせるように頭を回転させていく。

 

 ―――しかし、他国の里もえげつないことをする。一回広まった以上、噂を否定するのは難しい。しかも、絶え間なく戦争をしているわけで、恐れられた噂はさらに広まっていくってことか。そして、迫害を恐れた雪一族は忍びから距離を置き、隠れてすごす。その結果、真実は雪一族に伝わることはない。

 俺の両親のどっちかは、隠れ続けてきた一族の末裔なのだろうか。そうだとしたら、もはや自分が雪一族の血を引いてる、ということさえ知らないのかもしれない。

 ……まぁ単に転生特典って可能性もあるから、真実は闇の中。一般人に噂が広まっている以上、両親に雪一族ですか? とは聞けないしな。まぁ迫害されないってことがとりあえずわかって良かった。

 

「なるほどねぇ。もし両親のどっちかって言われたら、親父の方かなぁ。運動神経良いし。母親は運動まるっきりできないしなぁ」

 

「一概にそういうわけじゃないだろうけど、可能性は高いだろうね。あと、くれぐれも……」

 

「ああ、両親には何も聞かないし、伝えない。それぐらいわかってるさ」

 

「そういやムズミさんも、信じてたのかな?」

 

 ユキトと満月の目線がムズミの方へ向く。

 

「う……。そうよ……。信じてたわよ! 小さい頃から聞かされ続けてたし……ね。まさか、真実がそんな話だったなんて思わなかったわ」

 

 二人の視線に耐えられなかったムズミが疲れたように話す。ムズミの話を受けて、ユキトは里への浸透具合がどの程度か把握する。

 

 ―――実際、疲れる話だと思う。小さい頃からの価値観がひっくり返されたんだもんな。俺もびびりすぎて疲れた。

 

「そういや。このことは教官に伝えてたほうが良いのか?」

 

「いや、鬼灯家の方から上に伝えとくよ。レベルの低い教官が噂を信じているかもしれないしね」

 

「わかった。頼む」

 

「しかし、ユキトが氷遁使いとはね……。これでまた、楽しめそうだ。血継限界なんて滅多にいないからね」

 

 ―――あぁ、やだやだ。これだから戦闘中毒(バトルジャンキー)兼、殺戮中毒(キリングジャンキー)は。こちとら今の話で疲れてるというのに、これからの事考えると、さらに疲れてきた。

 

「まぁ、使い方わからないし。当分はお前たちと一緒に水遁系の修行を行うさ。暇な時間に色々試してみるつもりだけど」

 

「早く使いこなしてボクを楽しませてくれよ」

 

 満月を除き非常に疲れる話を終えて、ユキト達三人は改めて水遁系の修行から開始し始めた。

 

 

 

 

  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 戦争中とはいえ、五大国と呼ばれる国の、しかも忍者の里がある街はそれなりに活気がある。道行く人々は、左右に広がっている店という店を目で物色しながらも、寸暇惜しんで歩いていた。第二次忍界大戦から4年。人々にとって生活がやっと安定して来たところだ。しかし、その何処か焦るように平和を満喫する人々の姿は、近くに再び大きな戦が起こることを予感させるものであった。

 事実、大国に挟まれている小国同士の国境線では、争いが長引いているという噂だ。これが拗れれば、三度目の大戦。つまり、第三次忍界大戦へと発展することになるだろう。

 

 任務の二日前、修行を終えたユキトはムズミと一緒にそんな偽りのような活気に溢れている街に忍具を買いに来ていた。任務で使うため、普段の訓練用の忍具ではなく、ちゃんとした、戦闘(ころしあい)も行える忍具を買うためだ。実家に行けばある程度揃う満月と違って、ユキトとムズミは急遽、買い揃えなければいけなかった。忍具を購入する代金に関しては、購入物一覧を予め作成しアカデミーに提出することで、先に支給してくれることになっていた。

 

「でも、ユキトはよくそんな年で忍者になろうとしたわね」

 

「単に生き残れる力が欲しかっただけだよ」

 

 忍具を取り扱っている店で一通りの忍具を買った二人は、ぶらぶらと町を歩きながら話していた。ユキトもムズミも今日は完全にオフの日としたようであった。

 

「ふぅん。それにしても、アナタの一族って隠れ住んでるんじゃなかったかしら。この前、隣町に住んでるとか言ってたけど。かなり里と近くない?」

 

「あまり町でその話はしないでくれよ。だけどそれは……謎、だなぁ。隣街に来たのは俺が生まれてからだし。元々親父が記憶喪失で行き倒れてるところを、母さんが介抱して、そしてお互いに一目惚れ。……って言ってたよ。隣のおばちゃんが。」

 

「……なんか、アナタのお父さんが一族の線が濃いわね」

「だな」

 

「でも、素敵じゃない!」

 

 ユキトの両親の馴れ初めを聞いて、ムズミのテンションがいきなりヒートアップし始めた。どんなところでも、女性って恋話が好きなんだなぁっと、ユキトは遠い目をしながら考えていた。

 

「記憶喪失でここが何処かもわからない傷ついてる一人の男。それを、偶然にも見つけ介抱する女性。そして……、お互いにお互いを一目惚れになり、恋に落ちる二人。ラブロマンスじゃない!」

 

 ムズミの瞳が妙にキラキラし始める。その姿にユキトはプレッシャーを感じて押され始める。

 

「素敵だわぁ! 最近流行してる女歌舞伎の演目みたいじゃない! アタシもいつかそんな恋をしてみたいわ」

 

 とうとうムズミはトリップし始めた。その姿を見て、このままでは何かが危険と判断したユキトは、起死回生の一手とばかりに言い放つ。

 

「ってか女歌舞伎って何?」

 

 しかし、ユキトが放ったその言葉は完全なる悪手であった。

 

「知らないの!? 本来、歌舞伎ってのは男性が演じるものなのよ。それもそれで風流でいいんだけどね! 最近流行ってるのは役者が全員女性なのよ! それで、演目も恋物語が多かったりして、女性に大人気なの! それにね…………」

 

 ムズミのマシンガントークがひたすら続いていく。その姿にユキトは完全に引いてしまって、話の半分も頭に入ってこない。

 

 ―――これはムズミ姉さんのある意味地雷を踏んだか? 語り始めると止まらないってやつか。……どうしよう。

 

「わかった!? それでさっき言った演目が今からブレイクするとアタシは思うの!! そうだわっ! 今から見に行きましょう!」

 

「……ぇ?」

 

「アンタたちはいつも修行ばっかりしてるでしょ! 少しは趣味ってものを作らないとダメだと思うの! 人生それだけだと殺伐してるわ!」

 

「そ、それなら満月も一緒にいる時の方が良くない?」

 

「アイツは連れて来ようと思っても意地でも来なさそうじゃない」

 

 ―――まずい! これは良くない流れだ。俺の第六感が今すぐ逃げろと告げている。とりあえず、瞬身の術でこの場を離れ……。

 

 そんなユキトの冴えわたった第六感も、暴走するムズミの前では意味を為さなかった。離脱しようとした、その僅かな踏込に入る為の一瞬。そんな僅かな溜めを突かれ、ユキトの腕はムズミ掴まれていた。

 

 ―――何ィ!? 瞬身の術を発動しようとした瞬間、腕を掴まれただと……!? しかも、握力が尋常じゃない!?

 

 離脱する方向へと顔を向けていたユキトが、ゆっくりとムズミの方へ顔を向ける。

 

「時間もあることだし、見に行くわよ!」

 

 そこには、物凄く良い笑顔をしたムズミがいた。ここまでの笑顔は見た事が無いとユキトは断言出来る。だが、ユキトは捕食者に掴まった気分であった。

 

 ―――あぁ……ズルズルと歌舞伎の演目場に引きずられ連れてかれていく。脳内でドナドナが流れているのは気のせいだろうか……。

 

 活気がある街の中で、一際女性たちの出入りが激しい建物に入っていくユキトとムズミ。ユキトに言わせれば、気づけば演目場に座っており、演目が始まって、気づけば終わっていたという感じであった。

 

 

「あぁ、やっぱり近松・恋道行はいいわぁ……」

 

 演目場から、人に流されるように出た二人はお土産売り場みたいな所にたどり着いていた。しかし、どうやらムズミはこちらの世界にまだ戻って来ていないようだ。

 

 ―――なんか前世でいう宝塚歌劇のような感じだった。まぁ確かに、面白かったのかな?

 

 ユキトの今の心境を例えるなら、絶対普段なら見ない番組を偶然見たり、不可抗力で見ることになり、見終わった時には、なかなか面白かったなと思う。そんな心境だ。

 

 しかし、それでもユキトが自分から見ようとは思わない。あまりにも男女比に差がありすぎたのだ。一人で来たとなると、周りが女の人だらけで非常に気まずいことになるだろう。周りの女性の目が怖かったということもある。

 

「小物売りの所へいきましょう!」

 

 ムズミはやっと戻ってきたと思ったらテンションはフルスロットル全開であった。色々物色してトリップして、また見回してを繰り返している。暫くして、ムズミは小物売りの間にあった展示物の中でも一際目立つ所に飾られていた綺麗な女物の羽織が飾ってある所で止まって、またトリップし始める。

 

「いつか、こんな羽織を着て任務に行きたいわ」

 

 ―――……いやいや、こんな派手な物を羽織ってたら、居場所とかすぐにばれないか!? っていうかそれはどんな任務だ!? トリップしすぎだろ!?

 

「あら、そこの男の子がこういう綺麗なのを羽織るのも風流だと思うわよ?」

 

 ユキトがムズミのトリップ内容に心の中で突っ込みを行っていると、展示の案内係のお姉さんに声を掛けられた。

 

「確かに! それもありですね!」

 

「あと…………」

 

 その言葉に即座にトリップから復帰するムズミ。案内係との会話が盛り上がり始め、二人で会話が進んでいった。その間、ユキトは何故か言い知れない孤独を味わい、遠い目をしながら自分の存在について哲学的な疑問を浮かべるのだった。主には『俺、何でこんなところに居るんだろ?』であった。

 

 

 

「どうしたんだい、ユキト。今日は忍具を買いに行ったんじゃないのかい?」

 

 あの後も、ムズミに連れまわされたユキトは寮に帰る頃には、いつもの修行以上に疲労が襲っていた。あまりにも疲れており、それが顔に出ていた為、満月に心配されることとなった。

 

 

  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 任務一日前、各自の修行の成果を報告する。といっても、たった一週間なので劇的にレベルアップをしているわけではない。ただ、満月に散々しごかれたうえに、相当必死に修行を行ったムズミは下忍クラスではあるが、感知の術を使えるようになっていた。そして、改めて自分たちの術を確認しあったり、連携の確認を行った。

 勿論、三人共戦闘が起こるような任務ではないと思っているが、万が一のため戦闘が起きた時の対処や陣形を決めた。いざという時に、混乱するよりはよっぽどいいからだ。

 前衛は水遁忍術を多く扱え、体術にも秀でてる満月。中衛とフォロー役を影分身の術や医療忍術、体術などバリエーション豊富な俺が。後衛に戦闘力は低いが、感知の術を扱え、全体を見渡せるだろうムズミ姉さんが務めることになった。

 

 準備は十分に行った。

 

 そして、次の日。

 

 実地研修という名の任務が始まる。




雪一族に関して以下考察。
① 白の額には霧隠れの里の額当てがある。
② 白の存在を青が知っていた。
③ ①②より白は里で修行を行い、下忍にはなっている。
④ 白の言うとおりだったら、ばれたら即抹殺の筈なので③と矛盾している。
⑤ 穢土転生の術で白が現れ氷遁を使った時、霧隠れの里じゃなさそうな忍びが呪われし一族とか叫んでいる。

以上より、本文のように考察しました。実際、土の国とか姦計とかしそうじゃないですか。先代土影と先々代水影はライバル関係だったみたいですし。


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アカデミー編 第五話

大変遅くなりました。


 初任務の当日。ユキトたち三人は朝早くに霧隠れの里のアカデミーの会議室の一つへと呼び出された。

 前の様な重々しい雰囲気こそ無いものの、どこかピンと張ったような空気がある。そこには、すでにアカデミーの先輩がたや担当していた教官達が集まっており、顔色は十人十色であった。これから受け渡される任務に期待を抱く者。逆に不安に駆られているが必至にそれを隠そうと押し留めている者。任務が終わった後の自分達の栄光を想像し、任務の成功を信じて疑わない者。そして、そんなアカデミー生を頼もしそうに見ている者、心配そうに見つめている者。

 

 ユキト達が会議室に入り、それから少し経ち他のアカデミー生も完全に揃う。そして教官からそれぞれの班に任務を次々と受け渡される。

 

鬼灯満月(ほおずきまんげつ)油樹ユキト(あぶらぎゆきと)御保花ムズミ(おほかむずみ)の3名は、今から青4の班とする」

 

「「はっ!」」

 

「青4の班には、前線の補給部隊の元へ物資を運ぶ任務をやってもらう。補給班長のもとへ行き、他の忍びとともにすぐに発ってもらう」

 

 ユキト達へ拝命された任務は前線への補給任務であった。戦闘の可能性自体は少なくユキト達の様なひよっ子でも達成出来るだろう。戦力の有効活用として理に適っている。勿論だからといって危険が無いかと言えばそうでもない。もし敵が補給線を絶ちにきたら戦闘に巻き込まれることになる。そんな事があれば楽しそうでいいなと満月は考え、ムズミは逃げても問題ないんだろうかと考える。ユキトもムズミと同じようにまだアカデミー生如きでは太刀打ち出来ないだろうと考えていた。

 

「任務の間は、この額当てをつけよ。霧隠れの里の忍びとして恥ずかしくない行動をせよ。以上だ」

 

 本来なら正式に忍者として認められないと授かる事の出来ない額当てを授かる。ある意味で額当ては忍者の象徴ともなっている。そんな大層な物を貸与とはいえ身に着けれるという事にユキトと満月の二人以外のアカデミー生はまんざらでもない様子であった。教官から額当てを授かり、ユキト達は会議室から出る。これから、補給班長の所へ行ってから初任務を行う。

 歩いて補給班長の元へ向かう三人だが、胸中ではそれぞれ違う事を考えている。満月は少し今回の任務に不服そうな顔をしている。敵がこちらを襲って来ないと戦闘が出来ないからだろう。ムズミは初めての任務に緊張した表情を浮かべている。ユキトはどうか戦闘に巻き込まれませんようにと祈っていた。

 

 補給班長の所へ着くと、そこには同じアカデミー生の班が一班居た。どうやら、今回の任務にアカデミー生の班が二つ加わる形となるようだ。すぐに他の忍者と合流して前線の補給部隊の陣地へ物資を運ぶこととなった。物資の運び方は、補給任務の忍者が補給用の口寄せの術が書き込まれた巻物を持っていくという形だ。一回一回持っていくのは物資を他国の里に奪われないようにするためだそうだ。昔は前線で戦っている忍者に巻物を持たせていたそうだが、殺された時に巻物ごと物資を奪われるケースが発生したため、このような形になったそうだ。

 

「緑1の班及び青4の班には、主に消耗品の物資の巻物を運んでもらう。他の巻物より重要度は落ちるが、これも非常に大切なものだから、しっかりと任務を遂行するように」

 

 補給班長から巻物を渡される。

 重要度の低い巻物を渡されるのは当たり前といっても可笑しくない。アカデミーの忍者見習いに食料や医療関係等の戦争に直に繋がるような物資を運ばせるのは何か起きた時に致命的なことになるからだ。だからと言って、消耗品の物資が重要でないかといえば、そうではない。消耗品は直接戦力の有無に繋がりはしないが、それでも戦争中の士気に関わる事には間違いない。これは三人が思ってた以上にちゃんとした任務であった。

 

 ―――てっきり原作の最初の方にあったつまらないけど安全な任務かと思っていた。やはり、戦争中だと色々と違うのだろうか。それとも、この里の場合はこれが普通なのか?

 

 補給の巻物はユキトが持つ事になった。この青4の班のリーダー役は満月だ。しかし、戦闘に巻き込まれた場合、巻物を持っていると満足に戦うことができないとか考えたのか、満月がわざわざユキトが良いと指名。ムズミも自分が未だ満月やユキトに比べて実力不足と認識していた為、満月の案に便乗した。

 巻物の取扱い方や諸々の注意事項を聞かされ、その後ユキト達三人は他の忍者とともに前線少し手前の補給部隊の陣地へ赴くこととなった。

 

 今回の物資の移動を行う任務では中忍が二人、下忍が三人、そしてユキト達アカデミー生六人という構成になっている。下忍三人でスリーマンセルを組み、中忍とアカデミー生でフォーマンセルを組むという形になった。

 たぶんアカデミー生三人で下忍一人から二人分という扱いなのだろうとユキトは当たりをつけた。満月が下忍を見たところ、戦ったらユキトや満月自身なら勝てそうだと感じていた。なのにそんな扱いなのかと少し不満気を見せる。ムズミ姉さんは緊張しすぎで顔が少しひきつってる。

 

 そしていよいよ霧隠れの里の門を出て出発と成りかけた時、一人の中忍が気配が怪しく変化した。

 

 この雰囲気は霧隠れの里ではよく見かける気配であった。気配の変化に気づいたのはもう一人の中忍と満月とユキトのみであった。下忍の三人、ムズミやアカデミー生は今から行う任務に緊張しつつも眼を輝かせていて気配の変化に気づいていない。

 このある種特有の気配、それは殺戮中毒(キリングジャンキー)のそれで間違いない。ユキトと満月は何が起きても対処が出来るように僅かに腰を落とす。

 そして、気配を変えた陰惨な笑みを浮かべながら中忍が口を開く。

 

「今は大戦中でな、足手まといはいらねぇんだよ。俺はよぉ、何でお前らが選ばれたのかも知らないんだよ。だから確かめさせてもらうぜ」

 

「オイッ!」

 

 もう一人の中忍が口で諌めようとする中、陰惨な笑みを浮かべた中忍は苦無を六本同時に投げる。ユキト達アカデミー生に向けて。

 

 狙いは正確に、そして速さは下忍達のそれを超えて。

 

 満月はわずかに体をずらして躱す。ユキトは隣に居たムズミを蹴ってその反動で回避する。蹴られたムズミは尻餅を着くが、そのおかげで投げられた苦無の被害は無い。

 

「ぇ?」

 

 声を出したのは誰だっただろうか。苦無を避けた青4の班と違って、緑1の班は棒立ちのままである。見た目では数秒前と何も変わらない。ただ、首元に刺さった苦無を除いて。

 

 そして、苦無に巻かれていた起爆札が起動する。

 

 先ほどまでの晴れやかな初任務を期待していた雰囲気は既に無かった。あるのは三つの遺体と鮮明までに映える赤色。

 

「何をやっている! ただでさえ、今は人材不足なんだぞ!」

 

「足手まといが増えても意味ねぇだろ。実際にもう一つの班はしっかり避けてるしな。ガキの遠足の引率じゃねぇんだよ。あの程度避けれなかったら、どうせ死ぬ。違うか?」

 

「……死体の処理はどうするつもりだ?」

 

「カラス共が勝手に処理してくれるだろ」

 

 苦無を投げた中忍ともう一人の中忍が口論を始める。しかし、すぐにそれも終わる。結局、遺体は放置していくようだ。中忍は死体から補給物資の巻物だけを回収し、をれを下忍達へと投げる。

 たった今起こった凄惨な光景。しかし、そんな光景が眼前で起きても下忍やユキト達三人は何も言わない。それは、霧隠れの里であるならある程度起きる可能性がある事だったからだ。実際、目の前に居る下忍達はあの卒業式を乗り越えてきており、ユキトと満月は再不斬先輩の凶行を目の前で見た。ムズミもこの里で育ってきた。

 決して頻度が高いわけではない。だが、この里では起きうる可能性がある光景。それだけであった。

 

 改めて、ユキト達三人は任務へ行う為に出発する。満月はさっきの光景を見て、血が高ぶったのか獰猛な笑みを浮かべている。ムズミは先ほどまでの緊張した表情から不安に駆られるような表情に変わった。ムズミからすればユキトが蹴らなければ自分も同じ末路を辿った可能性もあるのだ。他人事では済まない。ユキトはそんな二人の海と山程に差がある表情を見て一人溜息をつき、心の中で愚痴った。

 

 ―――初任務、早々にこれは運が悪いな。

 

 

 

 

 凄惨な出発から補給部隊が展開している場所までの道程の半分を過ぎた所までは、何事もなく進むことが出来た。

 元々は戦う任務ではないのだ。物資を運び、すみやかに里へ戻る。それが今回の任務だ。

 

 ……そう本来は。

 

 この任務は戦うことを想定していなかった。だが、運が悪いのか補給部隊の陣地まであと少しの所で、何処かの忍と鉢合わせしてしまう。この時、ユキトは思ってしまった。足手まといが居なくて助かったと。そんな考えが一瞬頭の中に横切った事にユキトは思わず自虐的な笑みを浮かべてしまう。

 

 中忍二人は急いで下忍とアカデミー生に指示を出す。

 

 相手の忍者はスリーマンセル組んでおり、よくを見ると、ケガを多くしている。もしかしたら、どこかの戦場から逃げてきたのかもしれない。しかし、こちらは下忍が三人、見習いが三人。相手が中忍以上である事を考えれば、余裕をもって勝てるとは言えない。ユキトは心の中でもう一度愚痴る。

 

 ―――ったく……本当に運が悪い。

 

「青4の班は後ろへ下がれ! 俺たち中忍が右二人をまず殺す。その間に、お前たち下忍三人で一番弱っている左のやつを殺せ。殺せなくても、とりあえず時間をかせげ。そしたら俺たちが相手を殺す」

 

 指示を出された以上、アカデミー生であるユキト達は上位権限には必ず従わなければならない。初実践でもあったユキト達はそれに素直に従う。

 

 

 

 

 ―――うん、最初から面白い事になったと思ってたけど運が良いね。ただボクが戦うには下忍が邪魔だな。まぁ、あの下忍三人程度なら弱っているとはいえ戦場に出かけるような忍者だったら倒してくれるかな。

 

 満月にとっての期待はそこにあった。先ほどの一件、下忍達は苦無の速さに眼でさえ追い付いていなかった。つまり、満月から見れば前に居る下忍達は格下も同然。せっかく出てきた獲物を盗られたくは無かった。今から起こる事態に一番期待を馳せているのは満月なのは違いないだろう。それと同時に、笑みを浮かべながらユキトの表情を伺う。心配性なユキトはきっと満月自身とはまったく逆の事を考えているんだろうな、と思いながら。

 

「殺れ!」

 

 中忍の冷酷とした合図と共に一斉に動き出す。

 

 そして戦闘が始まった。

 

 ユキト達三人はサッ後ろへ下がる。満月は戦闘をしたくてうずうずしている。ムズミ姉さんは今にも泣きそうな表情だ。ユキトは目を鋭くして、敵の忍との戦いの行方に視線を向けている。

 

 中忍の二人は、右側の二人へと一気に距離を縮め優位に戦いを進めている。あれなら問題なく倒せるだろうと満月は観ている。そう、問題は下忍三人だ。

 

 下忍三人は弱っている相手の忍者に対し、へっぴりごしで忍具を投げつけている。これでは自分が弱いですと言ってるようなものだ。案の定、弱っている忍者は下忍を見てニヤリと笑ってから前に出てくる。下忍三人は逃げまわりながら手裏剣や苦無を投げつける。時間を稼いでるつもりなのだろう。

 

 満月は、弱っている忍びを只管観察していた。相手は特に右腕の負傷が激しいらしい。かばって戦っていることがわかる。腕が負傷しているので、忍術はあまり使えないだろう。体術と下忍が投げる忍具をそのまま使って戦っている。つまり、忍具も自身ではあまり持っていないと考えられる、淡々と分析していく満月。図らずも満月とユキトは同じ考えに至っていた。

 

 

 

 ―――……それにしてもあの下忍三人は、攻撃用の忍術とか使えないのか? 使えないんだろうな。使えなかったとしても戦い用はあるだろうに。挟撃するなり、一人が体術で攻め二人がフォローするなり……。

 

 ユキトは下忍の戦いを見ながらげんなりしていた。これではこちらまで戦いが回ってくると。

 

 程なくして、下忍の一人の首に苦無が刺さる。泣きそうな顔をして崩れ落ちる下忍。残りの二人はそれを見て、完全に戦意を喪失している。このままでは、とくに時間も経たずに殺られるに違いない。中忍たち二人はまだ来ない。

 

 ユキトは満月の方に目線を向ける。待ってましたとばかりに満月はニヤリとした顔でうなずいた。満月は戦う気満々のようだ。この場合は、むしろ戦わないと殺される可能性があるので、二人は戦闘の準備にかかる。ムズミはこれから起きる事態を想像したのか恐怖に陥り、涙目になっている。これでは逆に足手まといになる。そう判断したユキトと満月はムズミを放置し、印を組みだし影分身の準備を行う。

 

 そして、下忍の最後の一人がやられ、弱っている忍者は他の二人の忍者の援護に向かおうとする。ユキト達三人は放っておいて問題ないと判断したのだ。その瞬間、ユキトが手裏剣を飛ばす。と同時に満月が相手に詰め寄る。

 弱っている忍者はユキト達が参戦しない、もしくは戦いに参加出来るようなレベルではないと判断していた為、不意を突く形となる。

 

 不意を突いた手裏剣は相手の足止めに成功する。そこに詰め寄る満月の腕が少し太くなり、そのまま殴りかかる。かろうじて満月の剛腕を避けた相手の忍者は間合いを取ろうとするが、今度はユキトが予め印を組んで生み出していた影分身が後ろ3方から飛び掛かる。敵の忍者はその分身がただの分身の術でない事に目を開き、応戦を開始する。弱っている忍者が影分身を相手取ってる間に、今度は満月が手裏剣を飛ばす。次々に前後を入れ替え襲い掛かっていくユキトと満月。それと同時に、ユキトは傀儡の術で下忍達が投げつくして落ちている忍具を浮かせ、弱っている忍者に一斉に飛ばす。とはいえ、傀儡の術に慣れていないユキトでは、飛ばした忍具にそこまで威力を乗せることは出来ない。そして敵は弱っているとはいえ正式な忍者。敵の忍者は影分身の相手しながら次々に飛んでくる忍具を躱し、一体の影分身を潰していく。

 

 ユキトは新たに朧分身の術で分身体を生み出し、相手に一斉に向かわせる。朧分身の術は一瞥しただけでは実体があるように見える事、先に影分身の術で実体のある分身体を生み出していた事。ただでさえ怪我をし弱っていて、次々と襲い掛かってくる忍具に判断力を徐々にだが削られていた敵の忍者は、ユキトの思惑通り朧分身の術の分身体を影分身の実体がある分身体だと勘違いした。そして、向かえ討とうと実体のない朧分身攻撃を仕掛ける。攻撃は空を切る。

 

 今までにない大きな隙ができた。

 

 その瞬間、残っている影分身2体が相手に組みつき、敵の忍者の死角から満月が水遁の術を発動させる。

 

‐水遁・水乱波‐

 

 満月の口から大量の水が勢いよく吹き出す。

 それは影分身ごと、相手の忍者を大量の水で吹き飛ばす。相手は吹き飛び、そのまま後ろにあった岩と盛大な音を響かせてぶつかる。そこに、ユキトが詰め寄り、相手の周囲にある満月が作り敵を吹き飛ばした水を使い、術を発動させる。

 

‐水牢の術‐

 

 ユキトは満月の術を食らって瀕死の忍者を水玉の中に閉じ込める。相手は満月の攻撃でかなりダメージを負ったのか、弱々しくもがく適度。しかし、水牢の術は一度決まれば抜け出すことは万全の状態でも非常に困難だ。そのことをユキトは演習の時に身をもって知っている。

 

「……捕獲完了」

 

 ユキトは静かに呟いた。初の実戦だったが、思った以上に動けたことに自分で自分を感心していた。

 

 ―――模擬試合にも意味があったのか、満月との組手が功を成したのか。……むしろ、出発直前にあんな事があったからか。

 

 清々しい顔をした満月と、涙目のままのムズミも近づいてくる。

 

「それ、どうするんだい?」

 

 満月が顎を向けて、弱っている忍者をどうするか聞いてくる。

 ユキトとしては、このまま溺死させてもいいと考えている。ただ、死ぬ前に中忍達が戻って来たら、解除して尋問を行うかもしれないなとも思っている。満月はきっと殺したいんだろうなぁと、確信を持ちつつ発言する。

 

「まぁ、中忍が戻ってきたら指示を仰ごう。俺たちがどうのこうのする問題じゃないだろうし。それまでに溺死したら……、その時はその時だ」

 

「それは残念だね。でも、わざわざチャクラの使う術を使わなくても、手や足を斬っとけば問題なくないかい? もう瀕死のようだしね」

 

 ―――……それもそうか。わざわざ溺死するかしないかで待つより確実か。止血だけなら俺が止めればいいだろうし。

 

 そんなことを考えていると。視界の中にムズミが入った。ムズミの目は、アナタもそんなこと行うの!? とばかりに訴え驚いてユキトを見ていた。

 

 ―――……残念ながら、俺もこの里に染まってきているみたいだ。

 

「……まぁ、そうだな。とりあえずどうするかは知らないけども、一旦解除するから確保する準備してくれ」

 

 そう言って、ユキトは術を解除する。溺れて死ぬ直前の相手に、嬉々として満月が手足を斬り落とそうとする。しかし、ムズミ姉さんが先に縄で相手をぐるぐる巻きにした。ただ、それだけだと縄抜けの術で逃げられる可能性があると判断した為、ユキトはこっそりと医療忍術で足の腱だけを絶っておいた。

 

 程なくして、中忍たちが戻ってきた。ところどころ血に染まってはいるが、ほとんど返り血のようだ。中忍たちは確保しているのがユキト達だと見ると、少し驚き。少し遠目に死んでいる下忍を見て、蔑みの目線を送った。

 

「青4の班がやったのか……。ふむ、よくやった。それに対して、あの下忍どもは……。アカデミー生にも後れをとるとは情けないな。本当に下忍なのか疑いたくなるな」

 

「分かっていたことだろ。あの苦無を見切れてなかった時点でな。どうせよぉ、使えないのは遅かれ早かれ死ぬんだからよ」

 

 そう言って、死んだ下忍を見るなり中忍の一人はため息をつき、もう片方の中忍は暗い笑いをこぼす。中忍達もあの苦無を下忍達が目で追い切れなかった事には気づいていたようだ。

 

 ―――辛辣だな。出発の時もそうだけど。下忍たちは確かにひどいものだったが、死んだことに対して嘲笑しかしないとは。まぁ、血霧の里らしいな。それより、こいつをどうするか指示くれないかな。

 

「生捕ったやつはどう致しましょうか」

 

「ああ、こいつらは戦場から逃げる途中だった木ノ葉隠れの忍だ。情報を持っているとは思えないし、殺せ」

 

 冷酷に告げる。それを聞いて、満月は嬉しそうな顔し、ムズミの表情は強張った。しかし、ムズミも一応は理解はしているのか、その顔は自分自身を納得させようとする顔だった。

 

 ―――まぁ、あの里で修行してれば、納得するようにもなるか。初っ端でもあんなことあったし。

 

「ボクがやってもいいかい?」

 

「ああ、俺はいい、好きにやっとくれ」

 

「ふふふ、流石鬼灯の一族のものだな。血が好きか。こいつはお前一人でやったのか」

 

 緑1の班に苦無を投げ、先ほど暗い笑いをこぼした方の中忍の一人が、興味深そうに満月を見る。

 

「ボクとユキトの二人さ。流石に一人で中忍を倒すのは、まだ無理そうだからね。まぁすぐに倒せるようになるけど」

 

 満月がユキトに目配せをして説明をする。ユキトは思わず満月の目線から首を逸らしたい欲求に駆られるが、何とか平静を装い小さく頷いた。

 

「ほぅ……」

 

 中忍の目線がユキトに向く。その眼は爛々と輝いており、機会があればユキトと戦ってみたい、と訴えている戦闘狂の目だ。

 

 ―――満月め余計なことを言いやがって。手柄を独り占めしてよかったんだぞ!

 

「そうか、なるほど。こいつがアカデミーの神童の片割れか」

 

「はぁ、そんな風に呼ばれてるとは知らなかったですが……」

 

 ―――そういや、この前のサメの人もそんなこと言ってたな。あの時は、それどころじゃなかったけども。というか、だからどうした。嬉しそうに戦いたそうな目をしやがって。

 

「おい、何をくっちゃべてる。そろそろ任務に戻らないとまずい。さっさと行くぞ」

 

 もう一人の中忍が声をかけてきた。

 

「いやいや、下忍どもやさっきのアカデミー生と比べて、こっちのアカデミー生は優秀で将来が楽しみだっという話をな」

 

 もう一人の中忍が話しかけてきたことで話は切れることになった。ユキトは内心で助かったと呟きながら、満月はと目線を向ける。満月はすでに処理し終わり、清々しい程の満足顔で笑っていた。ユキトが処理された敵の忍者の末路を見ると、どうやら満月は手足をぶった斬った後で頭にとどめを刺したようだ。その処理作業を間近で見ていたのだろう。ムズミの顔色は見て分かるほどに悪い。実際にユキトもマッドのところで解剖の手伝いをしてなきゃ顔色を悪くしたに違いない。下手すれば吐いていた。吐かないだけ、ムズミ姉さんは頑張って我慢してるよ、と心の中でユキトは称賛を送る。 

 

 その後、ユキト達は戦闘での遅れを取り戻すために、急いで補給部隊が展開している陣地へと向かった。

 下忍達が持っていた巻物も勿論回収して、満月とムズミ姉さんがそれぞれ一つ持っている。

 

 そして、補給部隊の陣地に着くとそこでは、慌ただしく何かの準備が行われていた。

 

「お前らは……、うちの里の忍びか。何の任務でここに来た」

 

 ユキト達が到着したことに気づいた補給部隊の責任者の上忍らしい人が、こっちに来て中忍たちに質問をした。

 

「はい、私たちはこの補給の巻物をこちらへ届けるという任務を受け渡され、こちらに参りました」

 

「そうか、聞いている。しかし、思った以上に時間がかかったな。それに聞いていた人数より少ない」

 

「はい、途中で木ノ葉の忍に襲撃を受け、下忍三名、アカデミー生三名が殉職しました」

 

「……ほう。下忍が死んで、アカデミー生が生き残ったか」

 

「はい。それで、こちらはどうしたのですか。撤収準備に掛かっているようですが」

 

「……あぁ。今、我々は撤収準備をしている」

 

 ―――見事に、緑1の班まで殉職した事になってるな。っというかやっぱり、撤収準備か。ということは何か問題が起きたのだろうか。

 

「我々が補給を行っている前線はいくつかある。そのうち、この場所から最も近い一つの前線が崩壊した」

 

 責任者の上忍が一度言葉を切る。突拍子も無い言葉にこちらが理解するまでちょっとした時間を空けた。

 

「このままだと、この場が戦場になる可能性が高い。そのための撤収だ」

 

 その言葉を聞いて、ユキト達三名に緊張が走る。

 それは、あと少しでもこの場に到着するのが遅かったら、補給部隊は撤収し、ユキト達は戦争に巻き込まれていたということに違い無いからだ。

 

 ユキトが今までで一番、戦争というものをという身近に感じた瞬間だった。

 

 しかし、ユキトは戦争の残酷さをまだ知らなかった。

 

 

 そして、忍びの高みと脅威を知ることになる。




土曜日に書けると思ってたんですが、エヴァンゲリヲンのことをすっかり忘れていました。
おかげで、時間が……


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アカデミー編 第六話

遅くなりました。


 ユキトたち青4の班は補給部隊が平地に作った陣から撤収準備をする為、補給部隊の手伝いを行うこととなった。補給部隊はサポートに特化している忍者が多く、直接的な戦闘力は他の忍者に劣るのだ。このまま今居る場所が戦場になれば補給部隊はあっさりと死ぬ事になるだろう。その為、少し向こうの高台まで逃げるのだ。流石に命の危機となるので撤収準備は速やかに行われている。その途中、何人かの忍者がこちらに合流し始めた。

 彼らは先ほど崩壊した前線から逃げてきた者や他の前線からの応援だ。彼らはここで新たに戦争のための陣をひき、罠などを今から敷くそうだ。

 ユキトや医療忍術を使える忍者は撤収準備のかたわら、医療忍術で負傷をしている忍びを治療していた。ユキトと一緒に回ったのは医療忍者は笑顔が素敵な女の人だった。

 

 ―――どうせ治療されるなら、こういう人がいいよなぁ。

 

 そんなこと思いつつ負傷した治療する。その治療は、撤収が開始されるギリギリまで行われた。ユキトも実践で治療するのは初めてであり、ここまでの人数を解剖するのではなく、治療する事が出来たのは一緒に回った医療忍者の女性が大きかったかもしれない。

 

 全身に治療の返り血を浴びながらも、ユキトと医療忍者の女性は必至に医療忍術を使って負傷した忍者達の治療にあたる。治療を終えた人から感謝され、次の負傷者へ向かう。それを何度も繰り返す。

 

「ありがとうな坊主。お前らが逃げるだけの時間は稼いでやるからよ」

 

 そう言ったのは崩壊した前線から何とか戻ってこれた忍者だった。そのセリフはまるで今から死ぬ事を予感させていた。思わずユキトの治療の手が止まる。その時、横から怒鳴り声が聞こえた。

 

「死なせる為に私やこの子は治療してるんじゃないっ!!」

 

 それは、ユキトと一緒に治療に回っている医療忍者の女性だった。彼女は泣きそうな顔をしつつも治療の為の手は止まらない。それを見て、ユキトも思い出したかのように治療を再開する。

 

「そうだな……。絶対生き残るとするか」

 

 怒鳴られた忍者はそう言って、目を閉じ自身の回復に努め始める。彼の治療を終え、ユキトは違う負傷者へと向かう。しかし、頭には先ほどのやりとりが頭にこびり付いていた。

 

 ユキトの治療のおかげでここに残る人数は指揮官が考えていたより増えたらしい。その為、ここに残る忍者の指揮官に感謝されることになった。流石はあのマッドの弟子だと……。ユキト自身にとって喜んでいいのか嘆いていいのか分からない感謝のされ方ではあったが。

 治療を行っている傍ら聞いた話では、ここ以外の他の里と戦っている前線は霧隠れの里が優勢だそうだ。だからこそ援軍も出せたようだ。そして本来、木ノ葉隠れの里と争っていた、この補給部隊が居る手前の前線も優勢を保っていたそうだ。しかし、一人の忍者が現れ、前線を滅茶苦茶にされ崩壊へと繋がったらしい。その忍者を殺すため、ここに陣地を引き、罠を敷いてるらしい。そう、たった一人のために。

 

 撤収準備が完了しユキトたちは高台へ目指すことになった。のんびり行くことは許されない。行きより多い荷物を抱えながら、ユキトたちと補給部隊の面々は木々の間を走り跳び駆ける。

 

 高台を目指している間、何回か他の里の忍者と戦闘に入ることになった。戦闘になったほとんどの相手は、補給部隊を包囲して逃がさないように画策している木ノ葉隠れの里の忍者達だ。ユキト青4の班が実際に戦闘に参加したのは二回。相手はどちらも年若い下忍だ。初戦で動揺して動けなかったムズミも一度目を乗り越えた為か今度は普通に戦闘に参加していた。流石に、色々と振り切れたのだろう。振り切らないと自分の命が危ないのも、あるのかもしれない。戦闘に入った時は、先日打ち合わせを行っていた通りの連携で戦うことになった。

 

 最初の戦闘時では、相手は下忍とはいえ3人いた。相手の力量が分からない為、ユキトたちは必ず各個撃破をするように心がけた。満月が最初に水遁系の術を使い、相手を一人と二人に分断。そして、ユキトが影分身の術で分断した二人の足止めを行う。その間に、残りの一人を3人で潰す。ムズミが忍具や補助系の忍術で遠距離から援護し、満月が近距離戦闘を行い、ユキトは満月と共に近距離戦闘や少し距離を開けて中距離攻撃を繰り返す。そうして速やかに一人を殺し、再び先ほどとまったく同じ方法で残り二人を分断する。そして、また一人殺害する。残り一人となったところで、相手は逃げ出し隠れ始めた。しかし、隠れているところをムズミの感知の術で暴かれ、俺と満月に瞬身の術で一気に距離を縮られ呆気なく旅立った。

 

 一回目の戦闘が終わり、補給部隊は再び高台へと急ぎ目指す。程なくして、二回目の襲撃があった。今度の襲撃は相手が少なかったので、上忍や中忍といった人たちだけで対応することになった。ユキト達や下忍等はその間に、少し離れた場所で休憩を行う。残念ながら、ユキトに限っては一回目の戦闘で負傷した人の治療を行っていた為、ほとんど休憩が出来なかったが。

 医療忍術を使える忍者は本当に少ないようで、先ほど一緒に治療に回った医療忍者達は全員が前線に残った。そのため、高台へ目指す一団の中に医療忍術を使えるのは、ユキト一人だけだった。

 二度目の襲撃もどうにか返り討ちにすることが出来た。しかし、こちらも被害が無いわけじゃなく中忍の一人が死亡した。ユキトたちと共に物資を運んで来た暗い笑いをする殺戮中毒(キリングジャンキー)の中忍だった。その死に顔は殺戮中毒(キリングジャンキー)に相応しい凄惨な笑顔だった。手向けに補給物資の酒を一瓶置いて、そこから離れることなった。埋葬する時間は無かった。

 

 そして、あと少しで高台という所で3度目の襲撃が来た。今度は人数がそこそこ多くユキト達も戦闘の参加を余儀なくされた。

 

 ユキト達が相手するのは下忍と思われる二人のようだ。襲撃してきた中では一番弱かった為、ユキト達に充てられたのだろう。しかし先ほどと違い、今度は相手側に先手を取られてしまう。

 相手の忍者二人は一瞬で距離を縮めてきた。そして、そのまま満月とユキトは一対一で戦う状態になってしまい、人数の利を生かした各個撃破が難しくなる。ムズミは後ろからユキト達二人の援護を行う。しかし、今度の二人は体術が相当得意な様で距離を開けさせてくれない。まだ、印を素早く結べないユキトでは体術で対応するしかなかった。

 

 常に一定の近距離で戦ってくる相手、下忍ではかなり体術が上手い方なのだろう。アカデミーの中ではユキトの体術も上位に入る。しかし、それでも相手が常に一枚上手を行く。もしかしたら、幼いが中忍なのかもしれない。

 行動の一つ一つが早く印を結ぶ隙がない。距離を開けたいユキト、距離を開けさせたくない相手。ユキトは円を描くようにしながら相手から離れようと後ろに下がる、相手は離させまいと常に近い距離を保ってくる。

 

 ―――くそっ離れやがれ、このストーカー野郎。忍者なら少しは忍術を使えよ。しかし、こいつ体術上手すぎだろ。俺もなかなか自身はあったんだがなぁ。致命的な攻撃は貰わないようにしてるが、なんにしても相手が上手で防戦一方で徐々にダメージが溜まるし、ストレスも溜まる! このまま、戦っていくと流石に不利だな。応援が来ればいいが……。

 

 

 

 ユキトが心の中で悪態をついていた時、ムズミは常にユキトと満月の戦闘が見える場所へ位置取り、援護に徹していた。

 時に苦無を投げ、牽制程度の術を使う。しかし、満月とユキト共に相手との距離があまりに近いうえに、特にユキト側の戦闘では離れようとユキトが動き回る為、ムズミも遠距離からの援護がしにくかった。また、ムズミ自身が割り込んでもあの体術のレベルにはついていけないと自覚していた為、唇を噛んで耐え忍び、相手の隙を伺っていた。

 

 ―――満月の方よりユキトの方が結構きつそうね……。こちらが、一人多いって事を意識して戦ってる。同い年ぐらいなのに相手の方が戦い慣れてる感じ……。

 

 再び、ユキトが戦っている相手へと苦無を投げつける。しかし、相手もこちらへの意識を完全には外していない。軽く躱され、再びユキトと近距離で戦い始める。しかし、適度にムズミが牽制を行う為、戦いはこう着状態へと向かっていく。

 

 

 

 

 ユキトが苦戦しムズミが歯痒い思いをしてる一方で、満月の方は互角より少し満月が優勢といった戦いを進めていた。

 

 こちらも近距離の体術をメインに戦っていた。しかし元々、満月自体が近距離戦闘を得意としていること。そして、鬼灯一族の秘術の一つ水化の術には近距離戦において、かなりのアドバンテージを得る。水化の術は相手の物理攻撃を無効化するうえに、一時的に怪力を宿すなど。体術で戦う相手には非常に凶悪な性質である。それも、相まってこちらの戦闘は満月が優勢に進めている。しかし、相手の体術もさるもので倒そうとするには時間がかかることが見て取れる。

 

 ―――ハッ! こいつ中々巧い。ボクの攻撃の……特に致命的な攻撃はしっかりと防いでくる。体術だけで見れば、ユキトやボクより少し上かな。ムズミさんだとこの体術にはついていけないだろうね。ユキト側も似たような力量みたいだし、コッチはさっさと決めたいんだけどねっ!!

 

 満月は戦闘を楽しみながらも冷静に分析していた。ムズミにはむしろ来られると逆に足手まといと判断し、ムズミに対して近距離に近づくな、遠距離で援護するようにと指示も出す。ムズミもそれをわかっているのだろう、頷きつつもあくまで遠距離で援護に努め続ける。

 

 

 

 この戦いは一見均衡していた。しかし、どちらか一方でも崩れれば、一気に戦況が傾くという事は戦っている全ての者が理解していた。

 

 

 

 

 ―――つまり、応援は期待できない。この戦いは俺一人で切り抜かなければいけない、と……。さて、どうしようかね。

 

 この引っ付き虫め、と悪態をつきながらユキトは再び距離を取ろうとする。戦闘ではたまに相手の攻撃がユキトの防御を抜けてダメージが入るものの、ダメージを受けた部分をユキトがすぐに医療忍術で回復させることで見た目的には互角に戦っていた。しかし、このままだとチャクラがなくなった時点で敗北は濃厚であった。

 

 ユキトは考える。戦っている最中に既に二通りの戦いの進め方を思いついていた。

 

 一つはこのまま、じり貧の戦いを続け、応援が来るのをひたすら待つ。メリットは今まで通りの戦いをすることで場の均衡を保ち、応援が来た場合には特に被害もなく戦いが終わる事だろう。しかし、デメリットとして応援が来なかった場合、チャクラ切れの瞬間に均衡が崩れて一気に押し込まれることになる。

 そして、もう一つは、一か八かの賭けに出ることだ。成功すれば、相手との距離を離せ、応援無しに相手を倒すことが出来る可能性がある。しかし、失敗すれば均衡が崩れ、さらに厳しい戦いになる可能性がある。もしかしたら、ムズミが的確な援護をしてくれることで、均衡は保つかもしれない。

 

 ―――さて、どうするか。しかし、まぁ……他人任せはあまり好きでないな。自分の力で。一人で生き残る為に忍者になろうとしたんだ。ここで、忍者になろうとしてるこんな所で、危なくなったら他人任せを行うのは……、格好悪いよなぁ。

 

 ならば、一か八かの賭けに出るのもいいだろう、とユキトは思う。失敗した場合はムズミの援護待ちになるだろう。

 

 つまり、どうせ他人任せになるのだ。

 

 ならばこそ、賭けに勝てばいい。他人任せにしない方法は賭けで勝つしかないのだ。勝てば自分ひとりで勝ち取れるのだ。ユキトは決心する。

 

 そうしてユキトは一か八かの賭けの準備を行い始める。

 

 

 

 

 ユキトが決心し、賭けの準備を始めた頃、満月側では戦いが傾き始めていた。いくら相手が体術的に上でも愕然とした差は無い為、ユキト側とは逆に体力が削られ始めていたのだ。しかし、それと同時に満月も焦っていた。体術的には相手が上であり、ユキトに向かっていった敵も同じぐらいに違いない。もし、ユキトが崩れれば二対一の戦いになることは必至、いくら満月でも負けることになる。その為、一刻も早く、この目の前の敵を倒さなければいけなかった。

 

 ―――チィッ! ほんっとうに早く倒れろよ! うっとおしい!

 

 イラつきながら、満月は水化の術で怪力を宿した腕で相手を殴りつける。相手はその怪力のパンチを避けることはせずに防御するも吹き飛ばされる。最初の頃は殆ど避けられていた、この怪力でのテレフォンパンチも徐々に当たる事が多くなってきた。吹き飛ばされた後も相手はすぐに近寄ってきて満月に印を組む暇を与えない。相手としても忍術は満月が上であることはわかっているのだろう。必死に喰らいついていた。

 

 

 

 戦況がユキト達へ有利なように傾き始めていたものの、そんな事は露知らない二人であった。唯一理解しているのはムズミだけであったが、それを伝える術が無い。このまま満月が押し切ればこちらの勝ち。なら、ユキトが落とされないようにユキト側に援護を回すべきだと判断したムズミは、より援護がしやすいようにユキト側の方へと近づいていく。

 

 

 

 そしてユキトは賭けの準備が終わった為、わざと相手の攻撃を貰いに行く。事前に当たる部位に医療忍術を施しながらだ。そして、ユキトは狙い通りの場所に相手の蹴りを貰う事で吹き飛ばされる。それで、距離を離さそうとしたのだ。ユキトの賭けは二段仕込み。ここが一段目だ。

 

 吹き飛ばされ、ユキトは体勢を崩しながらも相手を見る。ここで離れてくれるなら……、と考えながら。

 

 しかし、相手は油断をしなかった。

 

 ユキトは先ほどまでずっと医療忍術を使っていたのだ。相手からすれば非常にタフなやつに見えただろう。相手はユキトが今の一撃だけでは沈まないと判断してか、吹き飛ばされてるユキトにトドメを刺そうと距離をつめてくる。

 

 「ユキトォ!?」

 

 いつのまにか近づいていたムズミの悲鳴が聞こえる。

 

 ユキトは体勢を崩しながら、苦し紛れに右の掌底を相手に振り下ろす。体勢が悪いため威力はもちろん乗っていない。先に当たるだろうが威力の乗ってない掌底を、相手は脅威ではないと判断したのだろう。掌底を無視して致命的な一撃を与えようと突っ込んでくる。

 

 

 ゴリッ!

 

 

 嫌な音がした。

 

 

 相手の左肩が粉砕した音だ。

 ユキトが無様に振り下ろした掌底が相手の肩の骨を粉砕した音だ。

 

 相手は激痛に顔をしかめ声を出す、肩を押さえてうずくまる。

 

 相手からしたら、全く持って訳が分からないだろう。ずっと自分が優勢で攻撃していて、トドメの一撃を与えようとしたらいきなり肩を粉砕されたのだ。おかげでユキトはトドメの一撃には程遠い軽い攻撃を貰っただけで済んだ。 

 肩を押さえている相手に、ユキトは悪いと思いながらもトドメを刺す。

 

 ……原作では主人公の住んでいた里だ。きっと霧隠れの里より住みやすく、良い里なのかもれしれない。しかし、俺は霧隠れの里の忍びとして学んでる身だ。……これについては考えるのを辞めよう。

 

 ムズミが泣きそうな表情をしながら、ユキトの元へ駆けつけてくる。

 

「今、何が起きたの!? ユキトがやられるって思ったのに!?」

 

「イテテ、ムズミ姉さん。ちょ、ちょっと待って! 負傷した部分を回復させて!」

 

「あ、ごめん。でもちゃんと話しなさいよ!」

 

 興奮して肩を揺さぶるムズミにストップを掛けて、医療忍術を施す。ユキトは治療を終えたところで、種明かしを始める。

 

「さっきのは、一応何故か医療忍術の一つに含まれてる術の一つ。桜花衝という術なんだ」

 

 ―――全然、医療忍術って感じがしないんだけどな。最初に考えて使った人が医療忍者だから、そのように分類されてるのかねぇ。

 

「本来は、こいつら木ノ葉隠れの里の医療忍者の一人が考えて使った術らしい。昔、マッド……、俺の医療忍術の先生みたいな人が右腕に受けたらしいんだ。そしたら右腕が吹き飛んで、自身もそのまま数十メートル飛ばされたって笑って言ってたよ。原理は簡単だったから、そのまま、術を盗んだらしい。そう考えると、少し皮肉なもんだよな。この忍術を考案した側の里の忍がこの術でやられるなんて……」

 

 ―――……。沈黙。本当に笑い話じゃないよなぁ。

 

「……恐ろしい術ね。よく生きてたわね、アナタの先生。それで、どういう術なの?」

 

「ん~、さっきも言ったけど、原理自体は簡単なんだ。木登りの修行の時、チャクラを集めすぎると反発したろ?」

 

「ええ、何回かそれで木から落ちたから覚えてるわ。……もしかして」

 

「考えてる通りだよ、原理はあれと一緒。ただ、チャクラコントロールが半端なく必要だけどな。体内で練り上げたチャクラを瞬時に集め、対象に叩き込む忍術。それが桜花衝という術さ。ちなみに、威力は集めたチャクラ量に比例するよ」

 

 ―――本当に、どこが医療忍術なんだか……。精密なチャクラコントロールと集中力が必要だから、医療忍者に適しているとは思うけどさ。

 

「桜花衝をくらわすために、わざわざ相手の攻撃をもらったのさ。あのままだと、桜花衝自体が当たらなかったからね」

 

「なるほどね。でも心配したわよ! 相談しなさいよ!」

 

「あの状況でどうやってさ……。まぁ賭けだったのは確かだけど」

 

 ユキトはムズミに一か八かの賭けだったことを正直に話す。

 

「追いかけてこなかったらってこと?」

 

「その時はその時で距離が離れるから、別に問題ないよ。賭けだったのは、見た目では攻撃威力がなさそうな掌底だよ。相手が念のために避けるか、避けないで突っ込んでくるかってとこかな」

 

 そう、二段仕込みの賭け。どちらかで勝てれば問題なかった。

 

「もし、相手が避けて、その時はどうしてたのよ」

 

「その時はムズミ姉さんの援護に期待してたさ。まぁ賭けに勝ってなによりさ」

 

「……はぁ。アンタねぇ」

 

 ムズミはユキトの賭けの話を聞いて、少し怒ってるように顔を顰める。ムズミからすれば、本当にユキトが殺されるように見えたのだから当然である。

 

「ムズミ姉さんを信じてたってことで勘弁して。流石に少し疲れたからね」

 

 その言葉を聞いて、ムズミはため息を吐き怒りは霧散した。

 

 その時……。

 

「オイオイ、ボクの事は放置かい?」

 

 ニヤニヤした顔の満月が戻ってきた。しっかり相手を殺してきたようだ。

 

「何言ってんだよ、俺と違って終始優勢に戦ってたくせに」

 

「クククッ、相性が良かったからね。体術的には上だったけど、ボクにただの接近戦で向かってくるとはね。最後の方は散々いたぶってあげたよ」

 

 満月は清々しい表情で語る。

 

「そりゃようごさんした。他の戦闘もそろそろ終わりそうだな。合流しよう」

 

 そして、補給部隊とユキト達は襲撃を乗り切り、高台へ到着した。その高台からは結構な範囲を見渡すことができた。遠目には先ほどまでユキト達が居た補給部隊の陣地だった場所が見える。

 

「ここは前回の戦いでの補給部隊の陣地だった場所だ。前線が優勢に進んで一度は移転したんだが。また戻ってくるとは……、な」

 

 補給部隊の責任者の上忍が俺たちに軽く説明してくれる。それと、同時に双眼鏡をユキト達に渡す。そして、静かに語る。これは見ろということなのだろう。

 

「見とけ。ちょうど先ほどの場所で戦闘……、戦争が起きるようだ。忍の戦争、それも特にレベルが高い物になるだろう。お前たちが将来しなければいけないものだ。しっかり見て、目に焼き付けとけ。見終わったら俺に結果を報告しろ」

 

 そうして、上忍は他の者に陣地の設置の指示を出しに行く。

 

 ユキト達は差し出された双眼鏡を受け取り、先ほどの場所を覗き見る。ちょうど戦いが始まる所のようだ。開けた場所で向かいあう両陣営。人数は霧隠れの里の忍者の方が多い。横一列に並ぶ形だ。それに対して、木ノ葉隠れの里の忍者は先頭に金髪の忍者が一人、他の忍者は少し下がっているという形だ。

 

 余りにも遠い距離だ。音は勿論聞こえない。何が開始だったのだろうか、霧隠れの里の忍者が一斉に金髪の忍者に襲いかかる。

 

 しかし、金髪の忍者はまるで瞬間移動のような動きで、次々に霧隠れの忍者を屠っていく。色々な忍術が飛び交うなか、金髪の忍者は飛び回って次々に殺していく。どんどん動く人数を減らしていく霧隠れの忍者たち。木ノ葉の忍者にも被害は出ているが、こちらと比べたら微々たるものだろう。

 

 双眼鏡から見える小さい丸の中で、次々と人が殺されていく。

 

 ユキトと一緒に負傷した人を治療に回った、笑顔が素敵な医療忍者の首が掻っ切られる。

 

 絶対に生き残ると言ってくれた忍者の胴体が吹き飛ばされ、無残な姿に変わり果てる。

 

 前線の指揮官だった上忍は全身に苦無や忍術をうけ、最後は木ノ葉隠れの忍者の集団に突撃をおこない、起爆札で爆発した。

 

「……やめて、もうやめてあげて」

 

 同じ場面を見たのだろうムズミが目に涙を浮かべてつぶやく。

 

「これは……。すごい……、ね」

 

 満月もいつものニヤケた表情ではなく、顔を強張らしている。

 

 そして、ユキトも目を離せないでいた。

 

 その間も、金髪の忍者は殺していく。返り血を浴びた様子もない。たまに、手から丸いものを出している。それを受けた忍者の胴体に穴が開いた。そして、次の獲物にまた、飛ぶ。

 

 無残に。ただ無残に人が死んでいく。金髪の忍者が殺していく。決して霧隠れの里の忍者が弱いわけでは無いだろう。今のユキト達では使う事での出来ない忍術が飛び交うのだ。それでも、一人また一人と倒れていく。金髪の忍者は強すぎた。

 

 ―――……あれは、あの術は原作で見たことがある気がする。原作の主人公が色々修行して覚えた術じゃないのか。……つまり、金髪の忍者は原作キャラといわれるやつなのかもしれない。きっと金髪の忍者はここで死ぬ運命じゃないんだろう。……俺はきっとイレギュラー。原作のキャラと違ってマンガみたいな展開は多分ない。俺の前にあるのは非常な現実に違いない。死ぬときは物語に関係ない、モブとして生きてモブとして死ぬ可能性が高い。……つまり、最低でもあのレベルに達しないと、原作キャラと出会った時に生き残るのは難しいのか。今までは少し楽観していたのかもしれないな。嫌になるよ。周りより少し強ければ死なないと思っていた。そんなのは、原作キャラの前ではどうしようもないのかもしれない……。

 

 ユキトは双眼鏡を手が青白くなるまで握りしめながら決意を固める。

 

 金髪の忍者と相対して倒せなくてもいい。ただ、逃げ切れる、生き残れる強さを手に入れると。

 

 そして、戦いは終わった。霧隠れの里の忍者の全滅という形で。木ノ葉隠れの里の忍者は半分以上、生き残っている。そして、金髪の忍者はあれだけの戦闘をして、負傷した様子は見られなかった。

 

 ユキト達は今見た無残な結果を先ほどの上忍に報告しに行った。すると、上忍は一度目をつぶる。そして、ゆっくりと語りだす。その上忍は金髪の忍者に心当たりがあるようだった。金髪の忍者は木ノ葉の黄色い閃光とまで呼ばれ畏怖されている忍者だそうだ。

 瞬身の術を得意とし、さらに何かしらの時空間忍術により空間を移動する手段を持っているとのことだ。

 ユキト達は忍者の世界に、まだまだ先があることを思い知らされた。

 

 ユキト達は補給部隊の陣地から里へ戻ることとなった。一緒に里から補給部隊へとやって来た中忍と、この事を報告するため補給部隊の上忍が一人。計五人で里へ戻る。

 

 行きも初めての任務ということで口数は少なかった。しかし、帰る道中のユキト達はそれに輪を掛けて口数が少なかった。それぞれ、さっき見たあの光景が頭から離れないのだろう。真の忍者たちの戦い。そして実力。あれと、比べると先ほどの下忍との戦いなんてお遊びだろう。

 

 ユキトは今日見たあの光景を忘れないだろう。

 道中の数少ない会話でユキト達は約束した。いつかは、いつかはあの高みに昇ると。

 

 そうして、ユキト達三人の初任務は終了した。

 決意の先に何があるか、まだわからない。




黄色い閃光、恐るべしです。実際、敵にいたらマジで恐怖だと思う。ただでさえ速い瞬身の術に。空間を飛ぶ、ガチの瞬間移動の飛雷神の術…会ったら絶望ですね。

主人公は原作をうろ覚えなので、原作キャラの名前とかはまったく覚えていません。キャラはイメージで覚えているので、原作と似た格好をされてやっと気づくレベルです。

例:再不斬先輩を原作キャラだと気づかない⇒断刀・首切り包丁装備の再不斬だと気づく。みたいな感じです。

例外:鬼鮫の場合、顔が特徴的なため、鮫肌なしでも気づきかけました。

今回の場合、ミナト(四代目火影)の強さが原作でどのくらいに位置するかを主人公は知りません。なので、原作キャラの強さの基準になってしまいました。勘違いって恐ろしいですね。
実際、この時期の戦争で原作キャラって伝説の三忍やミナトのような強キャラばっかなんですよね…。

また、原作をうろ覚えのため、原作に関わろうと思う思わない以前にどんな出来事が原作の内容かわかりません。
そのため、原作通りに進んでいます。なので、主人公の意思で原作崩壊を起こすことはありません。ただ、どこかでバタフライ効果が起きるかもしれません。


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アカデミー編 第七話

大変遅くなりました。


 実習という名の初任務。色々とトラブルがあり、敵の忍者と戦闘することにもなった。今回の任務はユキト達にとって忘れられないものになった。

 任務から帰ってきたユキト達三人は、今まで以上に修行に励んだ。初任務の以後、ユキト達は次々と新たに任務を受け渡されるが、渡される任務は特に問題の無いものばかりであった。あの初任務は霧隠れの里の上層部でも予想外のトラブルだったのだろう。戦線が呆気なく突破されるなんてことは。

 ユキト達三人の修行は各自で術を覚え、それを組手や模擬試合をする時に試すといった形に落ち着いた。ユキトの場合はマッドから医療忍術の他にも色々な術を教えてもらったり、水遁系の術を巻物を借りて修行をしたりしている。満月は鬼灯一族の秘伝の術を覚え、さらに水遁系の術を強化しようとして、地力を付けているようだ。他にも二代目水影の秘術を真似て再現しようとしているが、どうやら上手くいってないようだ。ムズミは体術とチャクラコントロールといった基礎力の向上に、感知の術や水遁系の術を鍛えようとしている。

 

 そう、三人の修行を見て分かる通り、水の国の忍者の里なだけあって水遁系の術はアカデミーでもかなり調べることができるのだ。それに対して、他の性質変化の術の巻物は少ない。もしくは、アカデミー生では中々手に入れることができない。そもそも、アカデミー側はアカデミー生が性質変化の術なんてものを覚えることを想定していなかったと言うべきか。元々、一般人であるユキトの場合はツテも少ない。鬼灯一族のような名門や旧家は閉鎖的で他者に秘術を公開することはない。満月もユキトに教えてくれるのはいずれ知ることになるだろう基本の術までだ。

 ムズミの片親も忍者である。感知タイプなのが共通している為、感知の術は親から習う事が出来る。しかし、ムズミの親の性質は土なので、性質変化の術は教えられることが無いそうだ。また忍術の巻物関連は取扱いが危険なため親から持ち出すことは禁止されてるらしい。

 

 結局、ユキトの術の修行は現時点で知り得る範囲、もしくは教えてもらえれる範囲での術に留まった。後は組手などで体術の向上や滝登りの修行でチャクラコントロールの修行、そして医療忍術の向上を目指すしかなった。

 

 ユキトはどうしようもない焦りに襲われる。初任務の最後に見た、木ノ葉隠れの金髪の忍者の強さが目に焼き付いて離れないからだ。正式に忍者となってから向かった戦場にあいつがいたら。もしくは、似たような強さのやつがいたら。そんな考えに煩悶を重ねる。

 あの金髪の忍者はまだ若いようにユキトからは見えた。もしかしたら、あの強さのレベルが戦争では何人も居るかもしれない。あの胴体に風穴を開けるような術をもった敵が沢山居たとしたら。

 負の思考の無限ループに落ちそうになる。

 もしかしたら、あの金髪の忍者はこの世界の中でも別格に強いだけかもしれない。実際、霧隠れの里では通り名がつけられていた。そんなに深刻に考えることはないのかもしれない。しかし、それでもユキトはあの出来事のインパクトが強すぎた。どうしても、そう簡単に楽観視できないのだ。

 

 初任務から帰ってきてからというもの、ユキトが焦っていることをマッドに当然のように見抜かれた。そしてマッドは嘲りのような忠告のような助言のような、よくわからないことをユキトに伝える。

 内容を要約すると、人間は死ぬときは死ぬ。あがいても死ぬときは死ぬ。死ぬほど努力している最中に文字通りそのまま死ぬこともある。死ぬときに後悔しないのは自殺志願者と運のいいやつだけだ。とのことだ。

 実際言われて、ユキトもだからどうした!? という気分になった。

 

 しかし、最後にマッドはちゃんとした助言をする。

 

「君はチャクラコントロールはヨく出来ているヨ。センスモ悪くない器用だトモ思う。巻物ヲ読みこめば、性質変化ノ術もできてしまうだロうね」

 

 ―――おぉ、マッドから褒められるって珍しいな。だけど、その巻物がないから困っているのだがな。まぁ隠匿しないとテロなどに使われる可能性があるってのはわかるけども。

 

 言葉はそこで終わらずに、マッドは続ける。

 

「だけド、君は感覚型じゃなくて理論型。下手にチャクラコントロールがいいせいで、気づかないうちにチャクラが性質変化を起こすトいうコトがないだロう?術モ教えた通り、巻物通りに行ってしまう。ソのせいで性質変化ノ感覚ヲ掴めていないノモ事実」

 

 マッドの言う言葉が正しければ下手にコントロールがあるせいで、逆に性質変化の感覚を掴みきれてないということになる。確かに今のユキトはマニュアル通りにやってるという感じであり、本質を理解しているとは言い難い。

 

「術ヲ巻物通り使えるのト、術ヲ使いこなすノはまったく違うヨ」

 

 ―――つまり、術に振り回されるなってことか……。ただ強い術を使えただけでは、戦場では生き残れないってことか。確かに、あの金髪忍者は瞬間移動の術を使いこなせていたからあそこまで強かったんだろう。

 

「今は術ヲ覚えるノではなく、チャクラヲただ性質変化させるコトから初めたらドうだね?」

 

 ユキトは珍しく心からマッドに感謝した。そして、普段滝登りの修行を行っている所まで来るとチャクラの性質変化の修行を始める。今までは巻物の通りやれば性質変化の術はできた。だから、ただ単にチャクラの性質変化だけを行う修行はしていなかった。

 これから行うのは、単にチャクラを性質変化させるそれだけの修行だ。本来なら、性質変化の術を覚える際にやるべき事。順序が逆になったものの今更ながらに行う事にしたのだ。本質を理解し、性質変化をちゃんと使いこなせることが出来るようになれば、新しい忍術が書かれた巻物を手に入れた時にもスムーズに術を覚えられるはずだ。

 

 ユキトはうろ覚えの原作を必至に思い出そうとしていた。主人公も確か性質変化の修行をしていたはずだ。

 

 ―――手に丸の印をつけてする修行だったか……? いや、あれは違う気がする。確か、この前の金髪忍者が使ってた、丸い玉を作り出す術の修行だったはずだ……。

 

 結局、時間を掛けても思い出せなかったユキトは影分身には滝登りの修行をさせつつ組手をさせる。本体は、川からコップに水を汲み、ハンター×ハンターの水見式のような修行を始める。水が入ったコップをチャクラで包んで性質変化をさせる修行だ。性質変化と言われて思いついたのがこれだったのだ。まずは、氷に変化させるように修行を開始する。

 

 

 

 あの衝撃的な初任務から4ヶ月がたった。

 

 ユキト達は修行を行ったり、任務をこなしたりして過ごしている。たまにユキトはムズミに拉致同然に歌舞伎を一緒に見に行くことになったりもしている。歌舞伎の入場料も安くは無い。子供が払える金額ではなかった。しかし、ユキト達三人は任務を順調にこなしているので、給料が入りアカデミー生にしてはお金がそこそこ貯まっている。忍具はまだアカデミー生ということもあり、申請すれば補助金が出る。個人の用事で使う目的も少ないので、増える一方だ。せいぜい、茶菓子代に消えるか、歌舞伎に使うぐらいだ。

 

 ユキトの性質変化の修行に関しては、あまり順調に進んでいない。仕方がないので、かなり大変だったりするのだが影分身をもう一体増やし、性質変化の修行をさせることにした。おかげで、ユキトにとって懐かしのベッドに入るとすぐに意識を失う生活が再び始まった。

 

 ―――原作の主人公はこんなのを短時間で学習したのか。ああ……、クソッ。そんな風に考えると少し鬱になりそうだ。原作キャラと俺との才能の違いに嫉妬するなんて……、分かってた事だろうに!

 

 体術に関してはきっちりと伸びている実感を持っていた。今のユキトなら初任務の際に戦った木ノ葉隠れの下忍たちにも勝てるかもしれない。ただ、中忍や上忍たちと比べるとまだまだ甘い所がある。

 最近は幻術の修行も行っている。ユキトと相性がいいのか、他の二人に比べると習得が早く、効果も高いようだ。ユキトは幻術と体術を組み合わせることが出来るように、素早い発動の訓練している。いずれは、ワンアクションで幻術を使えるようにしたい。幻術を一動作で発動出来るようになると、相手の隙を作りやすくなると考えている為だ。

 

 ―――……それを考えると原作の写輪眼は羨ましいな。目を合わせるだけで幻術を掛ける事が出来た筈だし。

 

 うろ覚えの原作だが写輪眼は格好よかったのでよく覚えている。主人公のライバルが使っていた瞳術だ。条件があったはずだが、さらに強力な瞳術にも進化をしていく等、ユキトにとって本当に羨ましい術だった。敵として現れたらどうしようかと、どうしようもない不安が纏わりつく。

 

 

 

 任務を着々とこなすユキト達青4の班は、アカデミーや霧隠れの里の上層部からも高評価を受けているとのことらしい。ユキトをアカデミーに勧誘した忍者、青からの言葉だ。青はユキトを忍者に勧誘したためか、たまに、本当にたまにだが、ユキトに会いに来る。会いに来ると、心構えや任務の行動について何故か説教する。その時、青にユキトは今まで疑問だった事をぶつける事にした。

 

「青さん、この里って水の性質を持つ人が多いですよね。火の性質を持っている忍者はいないんですか?」

 

 ユキトは霧隠れの里の性質があまりにも偏りすぎだと思っていたのだ。

 

「ああ、この里の忍びは基本的に水の性質が多い。この水の国は立地的に水遁系が強化されやすいためだろうな。……噂の域だが、一時期この里では水の性質を持たない忍びは他の国のスパイ扱いされた時期があったそうだ」

 

 ―――水の性質持たないとスパイ扱いって……。昔からこの里はこの里だったんだな。まぁ噂かもしれないけど。

 

「火の性質は特に少ないだろう。水場が近くにあると、どうしても火の忍術の効果が小さくなりやすい。第二次忍界大戦時には木ノ葉隠れの里の忍びの火の性質を持つやつらに対して、そうやって地の利を生かしたものだ。そもそも私がお前ぐらいの時には…………」

 

 どうやら説教へと切り替わってしまったようだ。ユキトは説教を聞き流しながら、今青から聞いた話を再考する。

 

 ―――やっぱり、この里には火の性質を使える忍者はほとんどいないのか。この里で火の忍術を覚えるのは大変そうだな。隣は火の国なんだけどなぁ……。流出とかしないのかね。

 

「……そういや、アイツは確か火の性質も持っていると言っていたな」

 

 説教が終わり、青がボソっと小さい声で呟く。ユキトはその小さな呟き声を聞き逃さなかった。

 どうやら青は火の性質をもつ忍者について、心当たりがあるそうだ。ユキトは目の前に落ちてきたチャンスを必死に掴み取ろうとする。

 

「青さん!その人をよろしければ、紹介してもらえませんか」

 

 ユキトはすぐさま、紹介して欲しいと青に頼み込む。頼み込む姿勢、それは見事な土下座だった。余りにも素早い動作で行った為、ダイビング土下座のようだった。

 青は両目を瞑って考え始め、答えが出たのか少し時間置いてから口を開く。そして、ユキトに尋ねる。

 

「ふむ、ユキト。性質変化はマスターしているのか?」

 

「いえ、どうしてもコツがつかめず……」

 

 ユキトは性質変化のコツがつかめないことを正直に話す。

 その瞬間、青の目がクワッと見開いた。そして、チャクラの性質変化も満足にできない小僧に紹介なんてもっての外だ、と再び長い説教が始まってしまった。

 

 「もし、完全に性質変化を使いこなせるようになったら、火の性質を持つ忍びを紹介してやる」

 

 本日二度目の長い説教が終わり、最後に青はそう言って去って行った。なんだかんだで、面倒を見てくれる青にユキトは感謝した。そして、少しでも早く紹介して貰えるように修行に励む。

 

 

 

 あれから滝登りの修行は十分だろう考え、影分身一体を性質変化の修行に混ぜ、もう一体はムズミの影分身と組手をさせている。ムズミも基礎と並行して性質変化の修行に入ったらしく、最近は二人で修行を行っていた。

 ユキトは基本の性質を三つ、複合の性質を一つの計四つ持っている。ローテーションで修行を行っているのだが、その為か進み具合が非常に遅い。水の性質変化もムズミにすぐに追い抜かれてしまった。

 ムズミに抜かれた事に焦ったユキトはさらに、修行を激しく行う。今までも時間を無理やり作っていたのだが、さらに睡眠時間も削っていくユキト。ユキトは意識していなかったが、無理な修行のおかげで疲労がとんでもない事になってきていた。

 

 そして、ついに限界がくる。

 

「知らない天井だ」

 

 前世の知識から、このセリフが思わず出てしまった。

 

「何言ってんのよ。ここはアカデミーの救護室よ」

 

 隣にはムズミが居た。ユキトは最後に覚えている記憶を辿ると、どうやらムズミとの修行中に倒れたようだった。

 

「いきなり倒れるから、びっくりしたわよ。原因は極度の疲労だそうよ。最近、少し無理しすぎなんじゃない? ……まぁ、気持ちはわかるけど、ね」

 

 話の流れを見るに、どうやらムズミが医務室まで運んで来てくれたらしい。

 

 ―――無理か……、確かに無理して倒れたら本末転倒だな。そういや、マッドもそんなこと言ってたし。

 

「ああ。……ごめん、ムズミ姉さん。迷惑かけた」

 

「敬語」

 

「ご迷惑おかけしました」

 

「はぁ、その調子だと大丈夫そうね。でも今日は一日安静ね。いいわね!」

 

 ―――修行出来ないなんて、……一日分勿体ないことしたな。しかし、倒れるとは……ね。少しメニューを考え直すか。こんなんことで死んだら、化けて出そうだ。

 

「分かった。この事を他の人は伝えてる?」

 

「満月と教官には伝えといたわよ。後から、満月に相当馬鹿にされるかもね」

 

 ―――予想が出来そうな回答ありがとうございます。間違いなく馬鹿にされるだろうなぁ。ニヤニヤしながら馬鹿にしてくる満月が目に浮かぶな。

 

 次の日、ユキトが部屋に戻ると案の定満月はユキトを馬鹿にしてきた。

 

 それからは焦りつつも倒れない程度の修行メニューを組み始める。しかし、一回倒れて一日安静したせいだろうか、前よりチャクラの量が増えてる気がした。倒れるまでチャクラを使うと増えるのだろうか、超回復と言われる奴だろうかと考えもした。しかし、そんなことを考えてもユキトに正解が思いつくわけでもなかったので、素直にマッドに相談することにした。

 

 結果、理由は非常に簡単だった。マッドがユキトに飲ましている毒入り丸薬に、チャクラの経絡系を強化する試験薬を混ぜていたらしかった。余りにも淡々と述べられた事実に怒りが湧いた。

 

 ―――この人は俺の体をなんだと思っているんだ? もしかして、一度何されているか徹底的に調べた方がいいのか??

 

 その試験薬は忍者でもかなりの毒耐性をつけてないと死ぬような猛毒らしい。そもそも、耐えきったとしてもチャクラの経絡系が確実に強化されるかは解らなかったそうだ。まさに実験というべきだろう。マッドは笑いながら教えてくれた。

 つまり、ユキトは気づいたら実験台にされてたそうだ。一年に一回ぐらいのペースでその試験薬を飲むとチャクラが増える『かもしれない』、とのことだ。説明をされた後、マッドから「君ノオ陰で臨床実験モ済んだ。コれからも頼むヨ」と言われた。思わず殴りかかろうとしたユキトに非は無いだろう。むしろ、寸前で止めた理性を誰かに褒めて欲しかった。

 

 ―――……これは、これからも実験台になれということか。しかし、常人なら絶対死ぬような毒にも気づいたら耐性がついてきたとは……。マッドからも良いペースだよと言われたが……。あまり嬉しくないな。

 

 ただ、しっかり毒耐性がついてきたと分かった。その為、マッドから毒に関する医療忍術を教えてもらえるようになったのは唯一のメリットだ。おかげで、リアルにプロレスの毒霧のような術が出来るようになった。名前もそのまま一緒だ。最初は毒の効力は低いが、徐々に高く出来るそうだ。最終的には猛毒を吐けるようになるらしい。

 

 あの初任務から8ヶ月。ユキトはとうとうコップ一杯の水を凍らすことに成功する。性質変化についても少しコツが見えてきた。ユキトからすれば悔しいことに、満月とムズミの二人もユキトより性質変化は扱えるようになって来ている。逆に形態変化については、二人とも苦労してるそうだ。ユキトは医療忍術で形態変化を扱う術があるため普通に使うことが出来る。そもそも、マッドは人体解剖する時に形態変化でできたメスを使うのだ。それを真似しなければマッドの助手としてやって居られない。必死で真似するようにしていたら出来るようになっていた、それだけだった。

 

 そして、今日も性質変化の修行をしている時に満月とムズミがやってきた。

 

「どうやら、教官がボクらをお呼びだそうだよ」

 

「任務か?」

 

「いや、任務ではないみたいだよ」

 

「じゃあなんだ?」

 

「とりあえずアタシたち三人に集まれってことしか伝えてもらってないのよ。任務ですか? って聞いたところ違うって言ってたし」

 

 二人とも本当に知らないようだ。せっかくの修行の時間だがアカデミーの教官に呼ばれたなら行くしかないだろう。もし、これを無視してわざわざペナルティを貰うことは無い。

 

 ユキト達三人が呼び出された場所に行くと、そこには1班分の人数だがユキト達共に実地研修を行っている先輩たちがいた。

 

「これって、……やっぱり任務じゃないのか?」

 

「さぁ、どうなんだろね」

 

「アンタ達、話さないでよ」

 

 小声で会話するユキト達。

 そこでアカデミーの校長が入ってきた。そして、今から説明が始まるようだ。呼ばれたのはどうやら二班だけのようだ。

 これが任務だとしたらそこまで時間が掛からないものであるように、と祈っているユキト。最近は戦いのある任務が無いな、任務ならもう少し歯ごたえのある楽しめる任務だと良いなと考えている満月。危険な任務じゃありませんように、特に死の危険があるようなのは論外でありますように、とユキトより切羽詰った祈りをするムズミ。

 そんな中、教官が口を開いた。

 

「貴様たち、赤2の班と青4の班の2班にはアカデミーを繰り上げ卒業してもらうこととなった」

 

 ―――は……? 

 

 集まったアカデミー生全員が口を開けて、ポカンとした面白い表情を浮かべる。勿論ユキトも例外ではない。

 

 ありえない言葉が聞こえてくる。それはそのまま続いていく。

 

 そのまま、ユキト達は急遽アカデミーを卒業することとなった。

 

 その余りにも急な突然さは、この里の……この大陸の状況を表しているようだった。




これにてアカデミー編終了です。

主人公はなまじ小さい頃からチャクラコントロールの修行を行い、しかも風呂の上でやっていたため。氷の性質に気づきませんでした。ちなみに白は感覚型の天才です。センスだけでいうなら主人公より上です。

一応裏設定として、主人公の年は原作第一部開始時点で20歳。第二部開始時点では24歳を想定してます。
白とは5歳差。イタチとは3歳差になります。ハクとイタチって二歳しか年変わらないことにかなりビックリしました。


次回でにじファンの頃になかった話を入れようとか考えていました……が、まだ単行本になってない所にだったんですよね。ここまで、書けばジャンプを読んでる人は大体わかるんじゃなかろうか。そう、あの話です。

でも普通に考えれば単行本には未収録の部分を二次創作するのはネタバレ以前にアウトですね。無念OTL


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下忍編
下忍編 第一話


「貴様たち、赤2の班と青4のニ班にはアカデミーを繰り上げ卒業してもらうこととなった」

 

 教官の発言にユキト達呼ばれた二班の面々は固まった。その内の思い思いは別としても、全員が同じように綺麗に固まる姿は第三者が見れば滑稽に映るだろう。

 

 赤2の班の先輩方は教官の言葉を理解し始め徐々に興奮し始めたのか、口元が綻び顔も赤くなっていく。

 赤2の班と対称に困惑を隠せないで居るのは青4の班ユキト達。

 

 ―――俺たちは実地研修を行っているアカデミー生の中では最年少学年の筈だ。しかも、俺と満月は飛び級でさらに年が他の同期と比べても下だ。赤2の班のように最上級学年ならわかる。実際に、実地研修を行っていた班には、俺たちより年上の人たちが沢山居た筈だ。それなのに俺たちが繰り上げ卒業することになるとはどういうことだ。

 

 表情を引き攣らせながらもユキトが不思議がっていると、丁度その理由を教官が説明し始めた。

 

「貴様たち二班の繰り上げ卒業になった理由は、任務の成功具合にアカデミーで習う術の習得進行具合を鑑みた結果である。最年少の青4の班が含まれてるのは、実地研修の任務でトラブルとはいえ実践を経験し、下忍とはいえ敵方の忍びを倒し生き抜いていることが今回の評価につながった」

 

 結局のところ、ユキト達が選ばれた理由は最初の任務であの戦いの評価が思った以上に高かったっということだった。

 

 ―――それでも他の班が合格できないのは不思議だな。俺たちが評価が高かったのは理解出来たけど、他の班……俺達より年上の最上級学年の班ならもっと居てもいいと思うんだけどな。

 

「他の班については、任務を成功しきることができなかった。術の習得進度が悪い。もろもろの理由で今回の繰り上げ卒業は見送りとなった」

 

 ―――見事に俺が考えていることの返答をくれましたよっと、ありがとうございます。……心読まれていないよな。

 

 しかし、最初の任務はともかくとして、他の任務はそこまで内容はひどくなかった。そんな気持ちがユキトには強かった。青4の班にとっては、むしろ難易度は低い部類に入ってもおかしくない任務だったのだ。

 青4の班全員がそんな気持ちで一つになったのか、全員が先ほどとは違う意味で困惑気味だった。実際、ユキト達は他の班も同じような任務だと聞いている。最年少構成の自分たちの班が簡単だと思っていた任務が先輩方が出来ないとは思っていなかったのだ。

 

 ―――思った以上に先輩方の実力は低いのか?そんなので将来この里は大丈夫なんだろうかねぇ。

 

 ひそかにユキトはこの里の将来に不安を覚えるのだった。

 そんなユキトの心情は別として、簡易式卒業式は続いていく。

 

「今から。卒業の証として、霧隠れの額当てを支給する。これを受け取った瞬間から貴様らは一人前の忍びとして扱われる。今までのようにアカデミー生とは見られない。実地研修の時にも言ったが、霧の忍びとして恥ずべくない仕事をしろ。額当てを受け取ったら、小班の班長となる中忍を紹介する。以後はその中忍の指示にしたがえ。以上だ」

 

 ユキト達は額当てを受け、ユキト達は教官に指定された自分たちの班長となる中忍のもとに歩いて行く。

 

 ―――原作では新米を担当するのは上忍だったはず。霧隠れの里だからという理由より、戦争中である今、戦力である上忍を新米につけるのは難しいという理由だろうな。俺たち新米の下忍が足手まといになって、上忍が死ぬことになったら目も当てられないしな。

 

 ユキトは霧隠れの里やこの大陸の現状からそう推理した。事実として、紛争という規模ではなく大戦と呼ばれる戦争中の今、優秀な者を前線や司令部から引き剥がせる筈がなく、ユキトの推理は正しかった。

 

「お前らが青4の班か。えらいちびっこどもじゃねえか。本当に卒業出来たのかよ!? まぁその額当てを持ってるってことは、そういうことなんだろうな。……俺の名前は中吉だ。今日からお前らの班長になるからよろしくな」

 

 指定された場所に居た人物は、ユキト達3人に驚くだけ驚き勝手に納得し自己紹介を行った。ユキト達の班長となる中吉という中忍は、顔に歌舞伎化粧を塗ったようなものとメガネをつけた体格のいい人だった。

 

「まぁ、今日は顔合わせなだけだ。というか俺にはまだ任務が残っていてな。実際お前たちと行動するのは一週間後からだ。卒業休みだと思ってゆっくりしな。一週間後の朝8時に再びここに集合しろ。任務はあくまで新米下忍用の簡単なやつだから安心しろ。以上だ、解散」

 

 中吉と別れたユキト達は、他の人達がいる場所とは少し離れた場所で会話を始める。

 

「しかし、俺たちが繰り上げ卒業ねぇ……。やっぱり去年の再不斬先輩の件が地味に効いてるのかねぇ。どう思う?」

 

「ああ、確かにそれもあるだろうね。何より今は戦争中さ。ボク達を繰り上げさせて卒業なんて、どこもかしこも人手不足なんだろ」

 

「でも、びっくりしたわね。まさかアタシたちが繰り上げ卒業だなんて。他の先輩方には悪いことしたかしら」

 

「卒業できなかったのはボク達より弱い連中なんだろ。赤2の班の先輩たちもボク達に勝てるかは怪しいんじゃないかい?」

 

 満月はさっき一緒に卒業した先輩たちを馬鹿にする。しかし、ユキトも先輩方を見た時に自分たちより弱いんじゃないかと思ってしまったので、満月の言葉を気にするわけではなくスルーすることにした。同様にムズミも満月の発言自体には苦い顔をしているが、内心では同じような感想を持っていた。その為、発言に注意はせずにいた。

 

 そんな二人をニヤリと見つめながら満月は言葉を続ける。

 

「それに、ボクとしてはこの繰り上げ卒業はありがたいね。夢にまた一歩近づいた」

 

 ―――満月の夢とは何なんだろうな。同部屋だったけど、そういやそういうことは聞いたことなかったな。忍者になる、なんてそんな簡単な夢ではないだろうし。水影にでもなりたいのか。

 

「夢って?」

 

 躊躇することなくムズミがストレートに聞いた。

 

「ああ、ボクの夢について話したことなかったかな?」

 

「聞いたことないな。何なんだ?」

 

「ボクの夢はね。忍刀七人衆のリーダーになることさ」

 

 ―――水影ではないのか。しかし、その忍刀七人衆ってのは何だ。聞いてみるか。

 

「その忍刀七人衆ってのは何なんだ?」

 

 聞いてみると、満月とムズミ両人はユキトに対して呆れた表情をする。

 

「この里の下忍にもなって、忍刀七人衆を知らないなんてね……。ユキトぐらいなんじゃないか?」

 

「ええ、そうね。たぶんユキトぐらいだわ」

 

 ―――……。なんかこの里では常識らしい。

 

「すまん、教えてくれ」

 

 素直に分からない事は聞くことにしたユキト。

 

「えぇっと、アタシが説明する? 満月がする?」

 

「ボクがしよう。ムズミさんより詳しいと思うしね」

 

 自信満々に満月がユキトに対して説明を始めた。

 

「忍刀七人衆とは、この里に代々伝わっている、ある忍刀受け継いだ人たちの部隊のことなんだ。里の歴史に残るようなすごい使い手がいるんだよ」

 

 ユキトは満月の説明を聞いて、前世でいう警察の特務部隊になるようなものだろうかと考える。それと同時に満月もそういうのに憧れるものなんだと少し微笑ましい気持ちになる。

 

「そして、その忍刀は代々受け継いでいく習わしなんだ。断刀・首切り包丁、大刀・鮫肌、雷刀・牙、鈍刀・兜割、長刀・縫い針、爆刀・飛沫、大双剣・ヒラメカレイ。この七本を持つ使い手七人を忍刀七人衆と呼ぶのさ」

 

 ―――ふむ、なんで大双剣・ヒラメカレイだけ刀って付かないのか聞きたいところだけど、きっと聞いちゃダメなんだろうな。俺は空気を読めるからな。

 

「その七本の刀には色々特殊な能力があるんだけど、聞くかい?」

 

「いや、いい」

 

「そうかい。まぁボクはその忍刀の七本すべての使い手になりたいのさ。そして、忍刀七人衆のリーダーになる。それがボクの夢さ」

 

 こぶしをぐっと握りながら、自分の夢を語る満月。

 

「そういやキミたちはなんか夢があるのかい?」

 

「うーん、俺はとりあえず寿命で死にたいな」

 

 ―――うん、自分のことながら非常に枯れている。信じられるか?見た目はこれで6歳なんだぜ。

 

「……まぁ、ユキトはずれてるからね」

 

「あはは……確かに。んーとアタシはまぁすごいくノ一になることよ!」

 

「すごいってどんなのさ?」

 

「具体的にはそこまで決めてないんだけど、いつか綺麗な羽織を着ながら任務に就きたいのよ。でも実力がないとすぐに狙われちゃうでしょ?」

 

 当たり前でしょ、とばかりにムズミは説明をする。ユキトは内心であの時の言葉は本気だったのかと驚愕し、同時にムズミも絶対に他の人と比べてずれてると確信する。

 

「あれ、本気だったんだムズミ姉さん」

 

「もちろん! アンタたちがアタシの部下になったら、アンタたちにも着せるわよ?」

 

「ぜってぇ、ムズミ姉さんの部下にはならない!」

 

「同じくだね」

 

 あんなヒラヒラして、派手で目立つものを着たら殺されてしまう。そう思って否定するユキト。対して満月はムズミの部下にはならないという意味での否定のようだった。

 

 

 

 その後、その場で解散したユキト達。急ではあったが折角空いた時間が取れた為、ユキトは一回実家に帰ろうと思っていた。

 

 帰る前にユキトはアカデミーを卒業したことをマッドの所へ報告しにいった。

 気づいたら実験台にされていたり、命の危険を何度も感じた人だが、世話になってないというのは嘘になる。そして、今は助手みたいなことをしているが、正式に忍者になったため今までのように来れるかはわからない。そういうアレコレを報告しにいったのだ。

 すると、マッドから卒業祝いということで、いくつかの忍術が書かれている巻物を貰うことが出来た。中には禁術一歩手前のような術もあるから気を付けるようにと言われたが、そんなものを下忍に渡すなよとユキトは思いつつもしっかりと巻物は貰う。自分の力になって死へと遠ざかるのなら禁術だろうが何だろうがユキトは利用し尽くすつもりだった。

 

 そして、今まで起きたことや色々なことをを解剖しながらも朗らかに会話する二人。途中で、満月の夢である忍刀七人衆の話になったところで、マッドの機嫌が急に悪くなった。

 

「あんな、かび臭い古い武器ヲ使いたがるトは鬼灯一族モ落ちたモノだな。技術トは進歩するモノだ。だけドね、コノ里は古い武器に、骨董品にずっトすがっている。古い有名な武器ホド対策がしやすいモノはないトいうノにね。……断刀や大刀、雷刀に大双剣はまだ、まだわかるヨ。古臭くて、かび臭い骨董品だが、忍具と考えればソコソコ優秀な能力があるからね。残りは酷いモノだヨ。ただ、同じトコロを二回攻撃して割るだけノ鈍刀に、細い剣にワイヤーがついただけノ長刀、剣に起爆札がついてるだけノ爆刀。ドれモコれモ普通に代用が効くモノばかりだヨ。そんな骨董品ノ使い手になりたがるなんて、進歩、進化、成長トいう言葉に対してノ侮蔑だヨ」

 

 マッドはものすごい勢いで忍刀七人衆とその忍刀に対して否定的な意見を説明する。開発や技術の進化が大好きなマッドからすれば古い物を使い続けるなんて進歩の無い奴らに見えるのだろう。そうユキトは納得した。

 

 ―――たしかに、古い有名なものほど対策は取りやすい。いくら使い手がすごくても、いくら有用な武器でも対策を取られることで、あっけなく死ぬ可能性があるだろう。無いと思うが、俺が万が一に忍刀七人衆になってしまったら、マッドが叩きのめした3本は持たないようにしよう。

 

「あぁ、忍刀七人衆で思い出したヨ。卒業祝いにコれモあげヨう」

 

 マッドが口寄せの術で大きな物体を呼び出す。

 

「コれは、昔私があんな古臭い骨董品ヲ超える武器ヲ作ロうト思って、長年ノ研究ヲ重ねた上に作り上げた、ただ殺すためだけノ忍刀。毒刀・海蛇だヨ」

 

 そういって出された武器はでかかった。今のユキトには振るう事さえ難しく、上手く使えないことは間違いない。刀身を見ると、それは蛇腹剣のように刀身が一つ一つ分割されている刀だった。しかし、ただの蛇腹剣と違ってワイヤーがない。

 

「コノ忍刀は、チャクラヲ流すコトで柄から毒ヲ出すコトができる、ソして刃に毒は流れ相手ヲ傷つける時に毒ヲ流し込む。まぁチャクラノ質にヨって毒ノ効力は変わるけドね。コノ忍刀ノ素晴らしい所は対策ノしにくさだヨ。チャクラヲ流し込む時に出る毒は100種類程からランダムに選ばれる。まぁ対策しにくいトいってモ、すぐに毒抜きしたり、医療忍者が居れば、解毒はできる可能性は高い、そノ程度ノ毒だけドね。ただ、戦闘中に、しかも毒ノ種類モわからない毒ノ対処は難しいだロうね。対処ヲ間違えば相手ヲ必ず殺す、ソんな忍刀さ」

 

 ―――……恐ろしいなぁ。ハンター×ハンターのように0.1㎎でクジラも動けなくする毒ってわけではないけども、対処を間違えた瞬間に死亡確定か。逆にいうと対処を間違えなければそこまで問題ない武器ではある、戦闘中に間違えなければ、ね……。しかし、これほどの武器なら本当に忍刀七人衆の忍刀より強いんじゃないのか? なんで有名じゃないんだろう。

 

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、マッドがユキトの心の中の質問に答えてくれる。

 

「あぁ、後コノ忍刀は使い手ヲ選ぶヨ。ソモソモ水ノ性質変化ヲ持たないト毒液は出ない。医療忍術や毒霧ノ術ぐらいは使えないト毒ノ効力が落ちる。次に、蛇腹剣に分類されるコノ忍刀は傀儡ノ術がないト操作ができない。コノ3つノ条件ヲ満たさないト、コノ忍刀は使えないんだヨ」

 

 ―――完全にマッド専用に作った武器って感じだな。蛇腹剣のワイヤーが無いのは傀儡の術で代用するのか……。俺はマッドから色々習ってるから、条件はクリアはしているがな。まぁ、使いこなせる気はまったくしないが。

 

 ユキトは一通り毒刀・海蛇の使い方をマッドから習い、海蛇を口寄せする巻物をもらってから帰った。ユキトのこれからの修行の内容に海蛇の訓練も入ることが確定した。使いこなせれば強力な武器になることは間違いない。

 

 

 急遽アカデミーを卒業することになった為、やらなければいけないことがいっぱいあった。寮からも出なければいけないので、新しい住処を探したりした為、ユキトが実家に帰るのは卒業してから次の日になった。

 

 ユキトは実家に帰るとアカデミーを卒業し正式に忍者になったことを両親に話した。

 任務のことも、話せることは話した。勿論、機密に関することは以外の話だ。こんな所でミスして両親共々抹殺されるのはゴメンであった。そして、木ノ葉の下忍と闘いの末に初めて人を殺したことを話した。

 話した時、ユキトの父親の体がビクンと反応した。そして父親は、初めて人を殺したことを忘れるな。そいつにも家族がいたことを忘れるな。そいういうことをユキトに語ってくれた。

 

 ユキトの両親は、ユキトが人を殺したことを一言も責めることはなかった。それはユキトにとって、とてもありがたかった。

 

 

 ユキトは四日ほど実家で過ごすことになった。その間は、昔のように狩りに出たり、実家の職業である傘作りを手伝ったりした。

 手伝っている傘作りに好奇心からユキトは、ムズミの好きな女歌舞伎を意識した少し派手な傘を作ってみた。すると、「俺にはない若い感性だな」と父親から絶賛された。ユキト自身少し怒られることを覚悟していただけに、まさか高評価だとは思わなかった。それ以上に、精神は大人のはずなのに、父親から褒められたことが単純に嬉しかった。

 そうやって実家で、ユキトは久しぶりにゆっくりとした日々を過ごしたのだった。

 

 

 四日後、ユキトはゆっくりと過ごした実家を出発して里に戻ってきた。里に戻ってきてからは新しい住処に荷物を移動したり、任務に必要な忍具を買いにいったり、修行を行っていると時間はあっというまに過ぎた。

 

 

 そして、任務の日。

 

「任務が急遽変更になった。まず、霜の国と湯の国との国境で戦争が始まった。そこまではよくある事だったんだが。そこに、雷の国が参入しようとした。そのため我々霧隠れの里の忍びが雷の国をけん制するため、霜の国まで行くこととなった」

 

 中吉から言い渡されたのは簡単な任務ではなく、任務変更という言葉だった。

 

「あくまで、けん制のためこちらから戦争をしかけることはない。しかし、戦争もありうるという事だけは、しっかりと覚悟しとけ。これが霜の国の地理だ、頭に入れろ」

 

 そうして、霜の国の地理が書かれた地図を受け渡されるユキト達。

 

 戦争が起きる可能性のある場所へ行く。

 

 ユキトは木ノ葉の金髪の忍者を思い出し、少し身震いした。




リアルの友人に続き書けと脅されてしまいました(泣)

とりあえず、リハビリがてらなので何か前話と雰囲気違うくない?ってなるかもしれませんが、とりあえず勘弁して下さい。


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