3+4= (けーおー)
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記念日 in_Their_Love_Nest.

衝動のままに書きました。
もしかしたら続くかもしれないです。


 第三次世界大戦から早数年。

 全世界を巻き込んだいくつもの騒乱を乗り越えた学園都市は、様々な混乱や問題があったものの、無事存続していた。

 

 近未来的な街で、学校へと登校する学生たちの明るい声が木霊する中、とあるマンションの一室で目覚めた女性が二人。

 二人は一糸纏わぬ姿を薄く白いシーツで隠しながら、揃って気だるそうな息を漏らす。

 

 

「……ちょっと、煙草やめてよ。二人でいるときはやめてって、いつも言ってるでしょ?」

 

 

「まったく、まだまだお子様ね……大人になれば、この匂いも味も分かるようになるわよ」

 

 

「はいはい、おばさんにならないと分からないってわけね」

 

 

「なるほど、寝起き早々にぶっ殺されたいのかにゃーん?」

 

 

 ベッドの上でうつ伏せになりながら、少し体を起こして不機嫌そうに告げる学園都市第三位『超電磁砲』、御坂美琴。

 その隣で上体を起こし、長い茶髪をかき上げ、咥えた煙草に火をつけて紫煙を燻らせるのは、学園都市第四位『原子崩し』、麦野沈利。

 

 

「平日にこんな大寝坊かましちゃっていいのかにゃん? み・さ・か・さ・ま?」

 

 

「怒るわよ。そっちが言い出したんでしょ? 今日は記念日だから一緒にいる、って……」

 

 

 時には敵対して命を懸け戦った麦野と御坂だったが、意中の男性と結ばれなかった境遇や、学園都市トップクラスの能力者であるが故の悩みなど、重なる部分がいくつもあった二人は自然と惹かれ合った。

 恋人らしい関係になるまでには、学園都市の裏も表も巻き込んだ大騒動があったのだがそれはまた別の話。

 

 二人は、御坂が常盤台中学を卒業し高校に通うようになってから、家賃を折半してマンションの一室で同棲していた。

 同棲が始まってちょうど2年の記念日を祝うということで、麦野のからかうような言葉に、高校をずる休みした御坂が苛立ちつつ答える。

 

 

「ちょっとからかっただけよ。私だって仕事休んだんだし、今日一日は完全オフ」

 

 

「……なんかずるいわ。大人の余裕を見せつけられてる感じ」

 

 

「はいはい……、拗ねないの、お嬢様。お詫びに、今日は美琴のプランに従ってあげるから。なかなか魅力的でしょ?」

 

 

 御坂が注意を諦めた煙草の火をさりげなく消した麦野が、優しく御坂の頭を撫でながら楽しげに表情を緩めつつ、自身も研究職の仕事を休んだことを告げる。

 いつも通り手玉に取られているように感じた御坂が頬を軽く膨らませるも、麦野の提案に矛を収め、麦野と同様に体を起こす。

 

 すると、シーツが身体からずり落ちているために露わになっている、麦野の抜群のプロポーションが御坂の目に飛び込む。

 

 

「……えいっ」

 

 

「なっ、ちょっ……、朝から早速ヤるってわけ? 昨日もあんなにやったってのに、大人しい顔してアンタもなかなか絶倫よね」

 

 

 度重なる戦いの果てに半義体化した麦野の身体は、紆余曲折を得て、以前の生身の物に戻っていた。

 

 口にするものは好物の鮭弁当がほとんどで、自己管理などほとんど気を使っていない麦野が美しい体つきを誇っていることに納得いかない御坂。

 隣の麦野の胸元に顔をダイブさせ、豊かな双球に顔を埋めると、不意の御坂の行動に戸惑いつつも受け止めた麦野が茶化すように答える。

 

 やるかたない嫉妬の感情はまだ心の中に燻っているものの、一瞬でも困惑した麦野の表情を見た御坂が満足し顔を離すと、苦笑しつつため息を漏らす麦野がベッドから立ち上がり、窓へと裸体のまま歩み寄る。

 マンションの高層階からは、楽しげに談笑しつつ登校する学生たちの姿が小さく見え、平和な日常を象徴するような光景に麦野は目を細める。

 

 

「……私も、一歩踏み外さなければ……あんな生活を送れたのかしらね」

 

 

 羨望や嫉妬の色は感じられない。

 しかし、後悔を滲ませ過去を振り返るような麦野の呟きが、二人暮らしにしては広すぎるマンションの一室に虚しく響く。

 

 思わぬ言葉に御坂が目を丸くしつつ麦野の背を見つめると、平和な光景に手を伸ばすように、麦野は透明なガラスにそっと触れる。

 いつも憎らしいほど頼もしい麦野の背中が、御坂の瞳には小さく儚いものに映る。

 

 

「後悔、してるわけ? まったく、アンタらしくない」

 

 

 御坂もベッドから降りると、麦野の後ろから御坂が歩み寄る姿が窓ガラスに映る。

 呆れたような御坂の声色の中には、労わるような優しさが含まれているのを麦野が感じ取っていると、御坂は麦野の背を包み込むように後ろからそっと抱き締める。

 

 

「ふっ……中坊の時のまな板からはだいぶ成長したじゃない。昨日も、揉み心地良かったわよ?」

 

 

「うるさい。まったく、珍しくシリアスモード全開のところを励ましてやってるってのに」

 

 

 麦野の言葉通り、成長した御坂のボリューム十分な双球が麦野の背に押し当てられ形を変えていると、麦野のからかいに青筋を浮かべつつ御坂が答える。

 麦野の引き締まった腹部に腕を回した御坂は、自分の体温を麦野に伝え、自らも麦野の体温を感じるようにさらに身体を強く押し付け、頬を麦野の後ろ首に当てる。

 

 

「もし……、あの時こうしてたら……なんて、考えてたらキリがないわ。私だって考えないわけじゃない」

 

 

 自分がもっと素直になれていたら……、恋心をもっと早くに自覚していたら……、かつての思い人だった正義のヒーローと結ばれていたのだろうか、と御坂はかつての自分に思いを馳せ、自分と麦野の両方に言い聞かせるように言葉を慎重にまとめて紡いでいく。

 

 

「でも、私は後悔しない。したくない。過去の自分が全部正解を叩き出した結果のベストエンドなんて糞食らえよ。今、沈利とこうして一緒にいられる……、それが私の最高の今なんだから」

 

 

「……沈利さん、でしょ? まったく、ガキが一丁前に生意気な……」

 

 

 率直で嘘偽りのない御坂な言葉が、ささくれだった麦野の心に染み込んでいく。

 御坂が既に答えを出していたことに自分がグチグチとこだわっていたという事実を認めたくない麦野が、後ろを振り返り、御坂の額を軽く小突く。

 

 軽口を叩きいつもの調子を取り戻した様子の麦野に、御坂がほっと安堵したような表情を浮かべていると、麦野が自分の手をそっと解く。

 正面から麦野に抱き寄せられた御坂の瞳に、ゆっくりと迫ってくる麦野の整った顔が迫ってくるのが映ったかと思うと、そのまま麦野と御坂の唇が重なる。

 

 

「んっ、あ……、は、っ……ん……」

 

 

 二人の甘く熱い吐息と、舌を絡め合う淫らな水音が室内に響く。

 互いを求め合う本能を解放した二人は、身体をくねらせながら強く抱き締め合い、時間を忘れるほど長く互いの口中を貪り合った。

 

 

「ん、あ……、いきなりは、反則でしょ……」

 

 

「美琴だって嫌がってなかったでしょ? 私の最高の恋人を味わいたかったのよ」

 

 

 御坂の言葉を引用してにやにやと笑いながら告げる麦野の顔は、変わらず御坂の鼻先にあった。

 相変わらず茶化すような麦野の言葉だったが、自分を大切に思ってくれている気持ちは御坂に十分すぎるほど伝わり、怒るに怒れない御坂はムッとした表情のまま顔を背ける。

 

 

「もう……、二度と励ましてなんかやんないんだから! 勝手にシリアスになって、勝手に落ち込んでなさい!」

 

 

「はいはい、そんなに怒らないでよ。まだ、さっきの約束は有効なんだから」

 

 

 いつものように簡単に手玉に取られた御坂を、楽しげになだめる麦野。

 御坂の希望通りに共に休日を過ごす約束を思い出させるように麦野が告げると、御坂は麦野を抱き締める力を強め、一度麦野の乳房に強く顔を埋めてから顔をゆっくりと上げる。

 

 

「……今日の食事は、全部沈利のおごり。それで許してあげる。もちろん、鮭弁なんかじゃなくて、高くて美味しいやつね?」

 

 

「あぁん!? 鮭弁を馬鹿にすんのか? ……まだまだ、お子様には早い味ってことかしらね」

 

 

「お子様扱い禁止!!」

 

 

 好物への侮辱に一度は自我を失いかける麦野だったが、軽くからかうような麦野の言葉であっさりと形勢は逆転する。

 麦野が御坂に顔を寄せ、軽く唇が触れ合うだけの口付けを交わすと、麦野が御坂の明るい色の髪をくしゃくしゃに撫でる。

 

 

「どんな店だろうと連れてってあげるけど、まずはシャワーね。すっきりしたいし」

 

 

「別にいいけど……、勝手に盛らないでよ? まだちょっと疲れ残ってるし」

 

 

「それは美琴次第。……まあ、たぶん襲っちゃうけど」

 

 

「はあ!? ちょっと、待……、え、ホントに……?」

 

 

 軽口を叩き合いながら浴室へとともに向かう二人。

 御坂の心配は見事に的中し、浴室に辿り着く間もなく二人の身体の距離はゼロになり、優しく激しく絡み始める。

 

 そのまま浴室へと流れ込んだ麦野と御坂は、時間が経つのを忘れて激しく絡み合い、食事もロクに取らず、愛欲にまみれて一日を過ごしてしまったのは、また別の話……

 

 

 



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密かな三角関係① Girl_meets_Girl.

続けてしまいました。
この後も、もう一話だけ続く予定です。


 

 

「ふあぁ……、……いい天気、ね……」

 

 既に常盤台中学で履修した内容の講義を聞き流しつつ、ぼんやりと物思いに耽る。

 

 長点上機学園など、特待生として私を迎えようとしてくれる高校はいくつもあった。

 しかし、私はそれらの誘いを断り、自力で試験を受けて別の高校へと入学した。

 

 発電系能力者の育成、研究に力を入れている学校ではあったが、他に特筆するべき点はなく、ずば抜けた成果を上げているわけではない『普通』の学校。

 そんな『普通』が、私にはどうしようもなく魅力的だった。

 

 学業、能力育成以外に目を向け、今まで気が付かなかった日常に目を向けたい……なんて思うようになったのは、沈利の影響だろうか。

 

 

「……ねえ、……美琴ってば、聞いてる?」

 

 

「……え、あ、ごめん。ちょっとボーっとしてたみたい」

 

 

 窓の外の風景をぼんやり眺めている間にいつの間にか授業は終わっていて、クラスメイトに話しかけられていることに気付かなかった。

 そんなに油断してたら簡単にヤられるわよ、なんて、聞き慣れた声が頭の中に響き苦笑しながら、クラスメイトとともに昼食を取りに学食へと向かう。

 

 

「そろそろまた試験かぁ……、いいよね、美琴は。またどうせ学園トップでしょ?」

 

 

「ため息ついて未来の想像してる暇があったら、ちょっとくらい勉強しなさいよ。今日も宿題忘れて怒られてたじゃない。廊下に立たされるなんて、今日日漫画でも見ないわよ?」

 

 

「はいはい、美琴先生のお言葉はご立派ですねー」

 

 

 自分の名を呼び捨てにし、聞こえは悪いが馴れ馴れしくしてくるクラスメイトが出来たのを感慨深くすら感じつつ、談笑を交えた昼食を楽しむ。

 その後はまた退屈な授業が待っていたが、それもまた学生の義務であり権利なのだと受け入れ、一通りこなす。

 

 

 授業をこなした後は、部活動の時間。

 一つの部に所属するわけではなく、様々な部に顔を出しいろいろなスポーツや文化活動に興じてみる。

 

 しっくりくるものはいまだに見つけられていないが、同級生や先輩後輩と笑い合いながら交流し活動するのはとても楽しかった。

 

 身体能力や思考能力を頼みにされることはあっても、寄りかかられることはない。

 また、一方的に憧れを抱かれ、こちらから歩み寄ろうとしても透明な部厚い壁に阻まれているような疎外感もない。

 

 中学生の時には得られなかった学校生活の充実感に、自分の選択は間違っていなかったのだと強く感じる。

 

 

 

 ----------

 

 

 

「じゃあ、また明日ね。明日はちゃんと宿題やってきなさいよ?」

 

 

 口を尖らせいじけたようなクラスメイトと校門で別れ、夕暮れの中、帰路につく。

 ふとスカートのポケットから振動を感じ、ゲコ太を象った携帯端末を手にすると、メールの受信を伝えられる。

 

 

「沈利……」

 

 

 メールの送信主の名を小さく呟く。

 今日は帰りが少し遅くなるというメールだった。

 

 それを伝えるだけのメールに施された様々な装飾文に一喜一憂させられている自分に気付き、また簡単に手玉に取られてしまっていることに苦笑する。

 

 

「まったく……、私も成長しないわね」

 

 

「あれ? 美琴さんじゃないですか! 偶然ですねー!」

 

 

 折り畳みの携帯を閉じ嘆息する私の背から掛けられた明るい声には、聞き覚えがあった。

 二日前に会ったばかりの友人、佐天涙子の声。

 

 

 お馴染みの制服を身に着けた姿を見て、自分同様に下校途中なのだと察し、自然と表情を緩める。

 同居人の帰りが遅いなら、友人とともに時間を過ごすのも悪くない。

 

 

「そうですか、麦野さんが……じゃあせっかくですし、どこかでご飯でもどうですか?」

 

 

「いいわね。この辺だと……、美味しいパスタの店があるけどどう?」

 

 

「いいですねー、パスタ! 最近はダイエットのために和食ばっかりだったので、ぜひぜひ!」

 

 

 明るい声にどこか安心に似た心地よい感情を覚えつつ、共に歩き出す。

 カバンを持つ手とは逆の腕を取られ、友人に抱き締められつつ歩き出したのには少し戸惑ったが、最近はよくあることだった。

 

 思えば付き合いもだいぶ長くなったため、深まった友情の表れなのだろうと一人で勝手に納得する。

 ……腕に感じる豊満で柔らかな感触が、明らかに自分以上であることについては内心嫉妬してしまう。

 

 会話を交わしながら目的の店へと到着し、軋む音を立てる店のドアを開く。

 間接照明でムードがあり、学生には少し合わないように感じられる店だったが、味に定評があるためか繁盛し、店の中は混雑し雑談の声で満ちていた。

 

 

「んー、美味しいー! さすが美琴さんお薦めのお店ですね。これから常連になっちゃおうかな? ……あ、でもまた体重が……」

 

 

「涙子はそんなに太ってないでしょ? 過度な食事制限は体に毒だし、食べたいもの食べて、運動するのが一番よ。鮭弁当ばっかり食べても全然太らない奴もいることだし」

 

 

「あはは……、麦野さん、本当にスタイルいいですよね。羨ましいです」

 

 

 案内されたテーブルで、向かい合うようにして二人で座り注文を終えると、しばらくしてから運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、笑顔を浮かべる涙子。

 自分まで元気をもらえるような天真爛漫の明るい笑顔に、つられて笑みを浮かべてしまいながら食事を進めていく。

 

 

「美琴さんのも美味しそうですね。私、それと迷ったんですよー」

 

 

「じゃあ、食べてみる? ほら、一口」

 

 

「……そういうこと、無意識にやっちゃうのはずるいですよね……、ん、あーん……」

 

 

 羨ましそうな涙子の視線を察して、一口分の麺をフォークに巻き付け、向かいに座る涙子の口元へと手を伸ばし差し出す。

 なぜか少し不満げな表情を見せたのは、量が足りなかったからだろうか?

 

 よく聞き取れなかった言葉を特に気にすることなく食事を進めていると、涙子がなぜか聞きたがることも手伝って、会話は自然と沈利の話題へと移っていってしまう。

 

 自分からすれば、身勝手でこちらをからかってばかりいる沈利に対する愚痴のような内容なのでが、目の前の涙子はにこにこと笑みを浮かべてそれをすべて聞き入れ、受け止めてくれる。

 

 

「いやいや、パスタも麦野さんのお話も、二重の意味でご馳走様です。美琴さんののろけ話はデザートにしてはちょっと重すぎですねー……、胃がもたれそうですよ」

 

 

「ななな……の、惚気てなんかないでしょ!? 涙子まで私をからかう気?」

 

 

 共に食事を終えると、自分の話を聞き終えた涙子がにやにやと沈利に似たからかいの笑みを浮かべていることに気付き、むっと頬を膨らませてしまう。

 まるで、沈利にいいように弄ばれたような感覚に、ふと心に暗い影がよぎる。

 

 

「……とはいえ、惚気てばっかりでもなさそうですね。ほらほら、さっさと吐き出しちゃってくださいよ」

 

 

 まったく、涙子にはかなわない。

 友人が鋭いのではなく、自分の感情が表に出やすいのではという情けない考えが頭をよぎるが、テーブルを超えて顔を近づけてくる涙子の様子に観念して重い口を開く。

 

 

「私、沈利に釣り合ってるのかなー……なんてね。いつも簡単にあしらわれて、からかわれているばっかりで、自信なくなってきちゃって……」

 

 

「ふむふむ、なるほど……なんて、私も恋愛経験豊富なわけじゃないですから、話を聞くくらいしか役に立てないですけど」

 

 

 漏れ出した本音のないように頷く涙子は、変わらず優しい笑みを浮かべたままで、会話の内容とはそぐわないようなわざとらしいほどの明るい声で答える。

 おそらく励ましてくれているのだろうと考え、最初から答えなど求めておらず、聞いてくれただけでもありがたいと吐息を一つ漏らし口を開こうとすると、涙子の表情がいきなり頼もしくなったように感じ、目を瞬かせる。

 

 

「相手が女だろうと男だろうと、付き合ってるからにはお互いが好き合ってるってことですよ。美琴さんは美琴さんらしくいるのが、麦野さんにとっても嬉しいことなんじゃないんですかね」

 

 

 そもそも麦野さんが自分と釣り合ってない人と一緒にいようと思うはずないですし、と、自分以上に沈利を理解しているような言葉を後に続ける涙子。

 飾り気のない言葉はすとんと自然に胸に落ちてきて、今までの悩んでいた気持ちは何だったのかとすら思える。

 

 

「ありがと、涙子。これじゃどっちが先輩だか、分からないわね。私が男だったら、涙子のこと、放っておかなかったと思うわ」

 

 

「いえいえ、どういたしまして。……女同士でもこっちは全然構わないんですけどね」

 

 

「え? 今何か……」

 

 

「何でもありませーん。……今時、難聴系ヒロインとか誰得なんでしょうか全くもう」

 

 

 時折呟かれる涙子の言葉が聞き取れないが、重要なことではないらしく特に気にしないことにする。

 先ほどまでの凛々しく頼もしい顔立ちはどこへやら、諦めたような深いため息を吐く涙子とともに店を出れば、夕暮れ時から夜の闇へと外の光景が切り替わりかけていた。

 

 

「おごってもらっちゃってごめんなさい、美琴さん。ご馳走様でした」

 

 

「こっちこそ、いろいろ聞いてもらっちゃってごめんなさい。アドバイス代、ってことだから気にしないで」

 

 

 街灯が灯り始める中、店から出て歩き始める涙子と私。

 少し歩いていると、公園らしい広場に到着する。

 

 

「じゃあ、私はこの辺で。また遊びに行きましょうね、美琴さん」

 

 

「この辺で、って……もう暗いし、寮まで送ってあげるわよ?」

 

 

「いえ、もうすぐそこですし大丈夫です。ちょっと寄りたい所もありますから。……それに、これ以上一緒にいると我慢できなくなっちゃいそうです」

 

 

「え? 我慢?」

 

 

「ちょっとは聞こえたみたいですねー」

 

 

 どこか遠い目をしながら、別れを告げる涙子。

 最近は学園都市の治安もいいし、涙子がもはや危ない裏道を通るはずはないだろうと考えて渋々頷き、了承する。

 

 別れの挨拶を返そうとすると、突然、涙子が胸に飛び込んでくる。

 

 

「っと……、いきなりどうしたの?」

 

 

「お別れのハグですよ。挨拶代わりです。あーんなにたっぷりと惚気聞かされたんですから、私にだってこれくらいの役得があったって……」

 

 

 後半は良く聞こえなかったが、挨拶代わりと言われれば強く拒絶することもないだろう。

 胸に顔を埋めてくる涙子の長い艶やかな黒髪をそっと梳くように撫でていると、ぶるりという震えの後、涙子がそっと体を離す。

 

 

「……じゃあ、またメールしますね! 今度は初春や黒子さんも一緒にカラオケもいいですね。ではではー……」

 

 

「あ、ちょっと、涙子! ……じゃあね、ありがと」

 

 

 よく見えなかったが、頬が朱くなっているようだった涙子が慌てた様子で駆けていき、手を振りながら去っていく。

 まるで嵐のような勢いに呆気にとられつつ、苦笑しながら手を振り返してみる。

 

 去っていく涙子の背が見えなくなるまで見送ると、ふと疑問が浮かぶ。

 

 

「涙子の学校から寮までの道って、私の学校から真逆じゃ……?」

 

 

 涙子と偶然タイミングよく遭遇するはずがないことに思い至るも、まあいいかと思考を切り替え、マンションへと足を向ける。

 

 

「沈利、ご飯食べてくるのかなー……、あ、冷蔵庫に鮭あったし、いざとなったら焼いてあげればいっか」

 

 

 まるで主婦みたいだと自嘲しながら呟き歩いていると、自然に沈利のことを考えてしまっていることにふと気づいてため息を漏らす。

 

 沈利との付き合いで揺らしでしまった自信は、沈利で取り戻そう。

 まずは一泡吹かせてみることを目標に頑張ってみようと、小さな反抗心を固める。

 

 

「覚悟しなさいよ、沈利。私らしいままの私で、アンタに並んで歩いてやるんだから」

 

 

 自分でも驚くほどに楽し気な声色の言葉は、夜空に浮かんで静かに消えた。

 

 

 



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密かな三角関係② Declaration_of_War.

これで一旦完結です。
もう少し書きたい気持ちはなくはないですが、他の作品にひとまず集中します。

……感想やリクエストがたくさんあれば、続くかもしれません(小声)


 

「……じゃあ、麦野君、頼んだよ。今日中に、簡単でいいからレポートよろしく」

 

 

「分かりました、所長……、……チッ、あの×××野郎が。今度同じことしやがったら、××して××して……×××してやるからな」

 

 

ぎこちなくなっている自覚はある笑みを何とか顔に貼り付けながら、上司である男性に頭を下げる。

ご機嫌取りくらいしかできない、無能上司を焼き消してしまわなかった私は偉い……はず。

 

部屋を出るや否や、自然と罵詈雑言を舌打ちとともに漏らしてしまいつつ、白衣のポケットから携帯端末を取り出し起動する。

メールの送り先は年下の同居人。

 

苛立ちが抑えきれずに髪をかき乱しながら、突然仕事を押し付けられ帰宅が遅くなる旨を文面に起こす。

もちろん、美琴をからかい気持ちを弄ぶような遊び心は忘れず、メールを読んだ美琴の表情を思い浮かべ、不敵な笑みを浮かべながら送信を終える。

 

 

「さて、と……、ちょっとでも早く帰れるように、ちゃちゃっと片付けましょうか」

 

 

自室として与えられた実験室へと戻り、欠伸混じりに伸びをしながら、機械ばかりで無人の空間で自分に言い聞かせるように呟く。

 

私は現在、研究室で最先端デバイスの開発や基礎研究に携わっている。

電子に関連する能力を持ち、電気電子に関する知識は人並み以上に持っている私にとっては、そこまで難しくない仕事。

特に楽しかったり、やりがいがあったりするわけではないが、給料は十分だし満足している。

 

大学に進学するという道もあったが、汚い仕事で稼いだ貯金を使って過ごしたり、ましてや、今更奨学金をもらったりするのは性に合わず、納得できなかった。

真っ当な仕事をして稼いだ金で自立して過ごす……、それが、汚れきった私が美琴と肩を並べて生きていくための最低条件だと思う。

 

……まあ、随分虫のいい、身勝手な考えだとは自覚している。

 

 

「なーんか、静かに作業してると余計なこと考えちゃうわね……」

 

 

もやもやと頭の中に浮かんでは消える過去や雑念を振り払うように、自嘲気味に呟きながら、クソ野郎に押し付けられた作業を進めていく。

 

セクハラされたり、理不尽を言われたり……、以前の自分だったらすべて消し炭にして、跡形もなく吹き飛ばしているところを何とか我慢し、一社会人としてやっていけているのは美琴のおかげなのだろうか、とふと表情が緩む。

 

たまにはプレゼントでも買って行ってやろうか、などと思考していると、嫌な気持ちはどこへやら効率よく作業が終わり、思ったよりも早く仕事から解放された。

 

 

「んじゃ、お疲れにゃーん……っと」

 

 

適当にこしらえたレポートを送り付けてから、研究室を消灯し施錠して外に出ると、夕日がちょうど沈み終えたところだった。

遅くなるとメールしてしまったが、思ったより早く帰って驚かせてやるのも悪くないと、自然と足取りは軽くなり早足になる。

 

まるで恋する乙女のようだと、柄にもないことを考えながら、近道して帰ろうと暗く細い路地に一歩を踏み入れる。

すると、視線の先には男たちに絡まれている一人の少女。

 

 

「どう見ても、同意じゃない、か……誰かさんの正義感が伝染しちまったか?」

 

 

男たちの行為は少女にとって喜ばしいものではないと観察を終えると、人助け、なんていう以前なら考えられなかった選択肢が浮かび嘆息する。

自分も丸くなったものだと苦笑しながら、少女を取り囲む男の背後に素早く忍び寄り、挨拶代りのハイキックを男の頭部に叩き込む。

 

 

「はいはい、ナンパは終了のお時間でーす。……これ以上やるってなら、私の視界に入らないところでやれ、×××野郎ども」

 

 

ちょっとばかり殺気を込めて言い放つと、男たちは一斉に気色を失い、ブーツで蹴り飛ばし気を失った男を担いで脱兎のごとく去っていく。

 

そんなに怖くはなかっただろう……、いや、怖くなかったでしょ?

自信を失いつつ、残された少女に声をかけようとすると、制服と長い黒髪の容貌に見覚えがあることに気付く。

 

 

「アンタ……、佐天、涙子……?」

 

 

 

----------

 

 

 

……あちゃー……、しくじった。

美琴さんと偶然を装って遭遇し、二人で食事できたという幸運な出来事に舞い上がってしまい、つい裏道を通ってしまったら、案の定、男たちに絡まれてしまった。

 

自分でいっては何だが、この佐天涙子、裏道を通れば絡まれる確率は学園都市トップクラスだと自負はある。

何の助けにもならない自負の間に、男たちの鼻息はどんどん荒くなり、私を取り囲む輪は小さくなってくる。

 

どうしたものだろうかときょろきょろと辺りを見回し、困ったような笑顔で、男たちの言葉をのらりくらりと当たり障りなく躱す。

万策尽きたかと諦めが頭をよぎった瞬間、目の前の男性の身体が吹っ飛ぶ。

 

 

「……ブーツ……!?」

 

 

まるでブーツがいきなり飛んできたようにしかとらえられなかったのは、どうやら助っ人に来てくれた女性のキックだったらしい。

助かったとはいえ、いきなりの強烈な蹴りに少しだけ男性に同情してしまう。

 

夏から秋に変わりかけの時期にぴったりでおしゃれなファッションと、見事なプロポーションに見惚れながら、下から上へと女性の姿をぽけーっと眺めていると、男たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 

どうやら助かったようだと安堵の吐息を漏らしながら、お礼を言おうと、初めて女性の顔を視界に入れると、見知った女性であることにようやく気付く。

 

 

「あの、助かりました。ありがとうございます……って、麦野、さん……!?」

 

 

何度か会っただけだが、その顔は忘れない。

麦野沈利……、私の友人の恋人であり、私の恋敵。

 

 

 

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気まぐれな善行で助けたのは、美琴の友人、佐天涙子。

以前、美琴と一緒に何度か会って食事をしたために覚えていた顔と名前を目の前の少女と一致させたかと思うと、そのまま強引に佐天の寮へと連れ込まれてしまった。

 

お礼をしたいということだったが、別にそんなものは望んじゃいない。

さっさと帰って美琴の顔を見たい……なんて考えていると、小奇麗ながら女子らしく可愛らしい装飾がされた部屋の中で、小さな丸テーブルの前に座った私に温かい紅茶が運ばれてくる。

 

 

「麦野さん、コーヒー派でしたっけ? まあとりあえず、紅茶どうぞ」

 

 

「ああ、お気遣いどうも。別にどっちでも構わないから」

 

 

ぞんざいな答えを返しながらカップを持つ私と、佐天が向かい合うように座る。

さっさと飲み干して帰りたいところだったが、熱い紅茶ではそうはいかず仕方なくカップに口を付けると、佐天も同様にカップを手に持ってから口を開く。

 

 

「殺気はありがとうございました、助かっちゃいました。今日はちょっと楽しいことがあって浮かれてたんですよー」

 

 

どうでもいい。

私の脳が佐天の言葉を不要な情報だとカットしかけた瞬間、佐天の楽し気な笑みの種類が変わる。

挑発的で、こちらを観察するような獰猛な笑み。

 

 

「美琴さんと一緒に楽しくご飯食べたんですよ。二人きり、で」

 

 

「へえ……、そうだったの」

 

 

こいつ、明らかに私を挑発してやがる。

この私にこんなことができる度胸を密かに称賛し、忘れかけていた佐天の情報が頭の中に徐々に蘇ってくる。

 

美琴に対して好意を持った様子で、何かと私に張り合ってきた大した奴。

この街の頂点に位置するレベル5に対し、仲間や味方といった立場でなく、純粋に友人としていられる奴はそういない。

 

美琴の友人としては認めている佐天に対し、動揺など悟られるわけにはいかない。

感情をこめない平坦な声で答えてやると、明らかにはっきりと笑みを零す佐天。

 

 

「何がおかしい?」

 

 

「麦野さん、動揺が隠しきれてないですよ? 美琴さんにメロメロなんですね……、他の女と食事したってだけで嫉妬を感じちゃうくらいに」

 

 

先ほど男たちに向けた以上の殺気にもまったく怯まず、佐天は強気な雌の笑みを見せてくる。

まったく大した奴だと評価を上方修正していると、次の言葉で場が凍り付く。

 

 

「……そのわりには、美琴さんの扱いが雑すぎるんじゃないですか?」

 

 

「言っていいことと悪いことの区別もつかないのかにゃーん? 消し飛ばすぞ、このビッチな牝猫」

 

 

理性や感情より先に、目の前の標的に能力の照準を合わせてしまう。

言葉通り、人一人を跡形なく消してなお余りある威力の攻撃。

それを鼻先に突きつけられても、佐天の表情は崩れない。

 

それどころか、佐天が優位に立っているかのような場の雰囲気すら感じられる。

そんな状況に舌打ちして、次の佐天の言葉を待つ。

 

 

「美琴さん、言ってましたよ。自分が麦野さんに釣り合ってるのか分からない……、からかわれてるばっかりで、自分はちゃんと隣に並び立てているのか不安……なんて」

 

 

「なっ……!?」

 

 

得意げな笑みを見せながら、蔑みと嫉妬の色を隠そうともしない佐天の言葉に、私は心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に陥り、息を飲む。

 

決して私には零そうとしない本音、弱音を佐天には話したという事実……

そして、その内容がどうしようもなく嘘偽りのないものだと察してしまったから。

 

私は二の句が継げず、反論できない。

無防備に腹を晒し降伏する犬のように、佐天に対してなすすべなく弱点を晒してしまっている。

 

隠し切れない動揺を見逃さなかった佐天は、深いため息で場の空気を元の和やかなものに戻す。

 

 

「まったく、せっかく諦めかけてるところだったのに……、絶好のチャンスを目の前にぶら下げられたら困るんですよ」

 

 

「佐天……」

 

 

押しつぶされるような重圧は消え去ったものの、淫靡で強気な笑みはまだ失わずに佐天が告げる。

大して、私は弱気で喘ぐような声しか出せない。

 

圧倒的な彼我の戦力差に絶望すら感じるものの、屈するわけにはいかない。

 

美琴の恋人は、この私……麦野沈利なのだから。

 

 

「今回だけは、美琴さんとの楽しい時間に免じて見逃してあげます。私、まだ、美琴さんのことを完全に諦めたわけじゃないですから。油断し過ぎてると、痛い目見ますよ?」

 

 

「……ハッ、上等だ。私にそんな口きくのは数万年早いってこと、思い知らせてやるよ」

 

 

明らかな宣戦布告に、心臓の鼓動が高まり興奮してくるのがはっきり分かる。

その戦い、受けて立ってやる。

 

いつも通り、普段通りの調子で強気な笑みで言葉を返すと、いつの間にか適温になっていた紅茶を一気に飲み干し、立ち上がる。

 

 

「ご馳走様。今日はこれで失礼するわ」

 

 

「今日は本当にありがとうございました、麦野さん。また一緒に遊びに行きましょうね。……美琴さんも一緒に、ね」

 

 

強敵の存在を再認識しながら、佐天の言葉を正面から受け止めて部屋を後にする。

近頃、少し涼しさを感じるようになってきた夜風に身体が冷まされていくと、感情の高まりが落ち着いてくるとともに空腹感を感じ始める。

 

そういえば、夕食がまだだった……

美琴が何か用意してくれているか、考えを巡らせながら若干駆け足で帰路につく。

 

 

どんなに飢えようが、夕食の前に美琴を頂くのが先だ。

たっぷり抱いて、鳴かせて、乱れさせて……、耳元で飽きるほどの愛を囁いてやろう。

 

近いうちに、美琴が満面の笑みで私にべったりと甘える様子を佐天に見せつけてやろうと決意しながら、待ちきれない足が歩く速さをさらに上げるのだった。

 

 

 



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遊園地 Fun_and_Jealousy.

完結というのは嘘です。
ついつい筆が乗ってしまい……、まだまだ二人のラブコメは続きそうです。

リクエスト、募集中です。


 

 

 

 今日は土曜日。

 学園都市の名の通り、人口の大部分を占める学生たちが一斉に休日となる。

 

 天気は快晴で、暑過ぎず寒過ぎずの気温という、外出するには絶好の初秋らしい天候。

 とあるマンションの高層階にも、眩しい日光が入り込み、テーブルに向かい合って座る二人の女性を照らしていた。

 

 時刻は9時過ぎ、少し遅めの朝食をとっている麦野と御坂。

 

 

「…ったく、もうこんな時間じゃない。今日の約束、忘れてたなんて言わせないわよ?」

 

 

「はいはい、ちゃーんと覚えてますよ。美琴だって、満更じゃなかったでしょ? 朝からあんなに……」

 

 

「ちょ、ちょっと……! 分かった、分かったから!」

 

 

 朝食を取りながら軽口を叩きあう二人は、共にシャワーを浴びたばかり。

 なぜシャワーを浴びなくてはならなくなったかを口にしそうになる麦野の言葉を、御坂が顔を真っ赤にしながら遮り、憮然とした表情で食事を再開する。

 

 今日は一緒に学園都市のテーマパークに遊びに行く約束の二人。

 

 長く艶やかな髪は乾いているものの、白のバスローブのみを纏った麦野。

 一方、御坂はTシャツにパンツスタイルという身軽な服装で、出かける準備はほとんど整っている。

 

 

「食べたらすぐに準備するから心配ご無用。アンタこそ、ちゃんと体力回復しておきなさいよ? さっきまで激しい運動してたんだし」

 

 

「だーかーらー……、それはもういいって言ってんでしょ!」

 

 

 麦野が涼しい表情でさらりと口にしたからかいの言葉に、御坂が自制心を失いかけ、怒りの表情で前髪に微弱な電流をちらつかせる。

 二人は会話しながら朝食を終え、髪のセットをやり直す羽目になった御坂に対し、麦野はメイクと着替えに向かう。

 

 一足先に御坂が準備を終え、リビングのソファーに座って待っていると、支度を終えた麦野が戻ってくる。

 ゆったりとしたブラウスを身に着け、落ち着いた雰囲気でまとめた麦野は、御坂に伊達メガネを強引にかけさせる。

 

 

「ちょっとは有名人の自覚を持ちなさい。これくらいは変装しておいた方がいいわよ?」

 

 

「ん……、ありがと」

 

 

 同じレベル5とはいえ、暗部として人目に触れない場所で生きてきた麦野に対して、学園都市の広告塔として半ばアイドルのように扱われてきた御坂はかなり知名度が高い。

 二人でのデートに出来るだけ邪魔が入らないようにと、麦野の気遣いに嬉しそうに頬を染める御坂を見て、麦野も少し色の入ったグラスをかけて微笑む。

 

 

「さてと、そろそろ出発しましょうか。今日はお気の済むまでエスコートさせていただきますよ、お嬢様?」

 

 

「……本当に? 二言はないわね?」

 

 

「……あるかも」

 

 

「ダーメ! 一回聞いちゃったから、もう取り消せませーん。今日は遊ぶわよー!」

 

 

 麦野の迂闊な一言に気を良くした御坂は、足取り軽くスキップのように部屋を飛び出していく。

 無邪気な御坂の明るい様子に苦笑した麦野は、やれやれといった様子でかぶりを振るものの、つられて表情を緩めながらその後を追う。

 

 

 

 ----------

 

 

 

 お昼少し前に二人が到着したのは、最近オープンした第六学区の遊園地。

 定番のジェットコースターや観覧車などは勿論、ARやVRなど学園都市の最先端技術を惜しげもなく使用したお化け屋敷などのアトラクションも好評らしい。

 

 休日だけあって混雑している中、御坂は目を輝かせながら辺りをきょろきょろとせわしなく見渡し、麦野は入り口にあったパンフレットを眺め地理的情報をインプットしていく。

 

 

「ねえねえ、まずはどこ行く? あー、どれも面白そうで悩んじゃう……!」

 

 

「はぁ……、とりあえず落ち着きなさい。おすすめから順に回っていけばいいんじゃない?」

 

 

 はしゃぐ御坂の頭に軽くチョップを食らわせた麦野は、パンフレットを眺め終えて顔を上げ、自分がいる位置と方角を把握する。

 頭をさすりながら恨みがましい視線を向けてくる御坂に対し、十分に離れたところからでも見える巨大で凶悪なジェットコースターを指で指し示す麦野は、にやりと楽しげに笑う。

 

 

「まずはアレでどう? それとも、お嬢様はもう少し大人しめのじゃないと耐えられないかにゃーん……?」

 

 

「上等よ。どんなコースターだろうと、受けて立ってやるわ……!」

 

 

 麦野のあからさまな挑発に乗った御坂は、早速ジェットコースターへと意気揚々と足を向ける。

 二人が到着すると、人気アトラクションの前には長蛇の列が出来ており、大人しくその最後尾へと回る。

 

 待ち時間の間、麦野と御坂は互いの学校のことや仕事のことなどを話のネタにし、楽しい時間を過ごしていると、思ったより早く順番が回ってくる。

 多くの人が並んでいるとはいえ、一度に乗れる人数の多い大型のコースターはどんどん人を飲み込んでおり、待ち時間は予想以上に短かった。

 

 運がいいのか悪いのか、二人は最前列の席へと案内され、席に着くと自動で固定具が二人の身体に装着される。

 

 

「……もうここまで来たら、ギブアップはなしよ。泣き叫ぼうが、ゲロ吐こうが大人しく座ってなさい?」

 

 

「そっくりそのまま、お返しするわ。後で優ーしく看病してあげるわよ、沈利」

 

 

 余裕の表れから、強気な笑みを浮かべて互いの軽口に応酬し合う二人。

 ――そんな余裕は、ジェットコースターがいきなり時速200㎞で発射した途端、木っ端微塵に消えてなくなってしまうのだった。

 

 

「なな、ななな、っ……、身体、押し潰されて……、何か、何か出ちゃううぅっ……!!」

 

 

「……レー、ル……、そんな、レールな…っああああぁぁ……っ……!!」

 

 

 

 ----------

 

 

 

 ジェットコースターの上は、最初は阿鼻叫喚の有様だったが、一周して元の場所に戻ってくる頃には、不気味なほどの静寂に支配されていた。

 たった数分間のアトラクションだったが、項垂れ戻ってきた乗客全員は、係員の手助けを借りなければまともに立つことすらままならない惨状だった。

 

 もちろん、最前列に座った二人も例外ではなかった。

 

 

「何よ、あれ……、あんな加速とスピード、反則でしょ……」

 

 

「お子様、ね……、あんなの全然平気よ……いや、嘘……嘘つきました、ごめんなさい……」

 

 

 ジェットコースターの近くに置かれたベンチ群の一つに並んで座る二人。

 

 途中でレールが途切れ宙を舞ったり、加速度が自由自在に変化したり、呼吸が困難になりそうなほどのスピードでほぼ垂直に落下したり……

 まさに「ぼくのかんがえたさいきょうのジェットコースター」といった有様に、二人は見事にKOされた。

 

 天を仰ぎながら、あまりの速度に文句を言う御坂に対し、麦野が強がって見せるも、御坂が身体を揺らしてやると早々にギブアップを宣言し、力なく嘘を認める。

 

 とはいえ、能力を使った高速戦闘で耐性がわずかなりともある二人は、少しの休憩で歩けるほどまでに回復する。

 周囲のベンチで屍と化した元乗客たちを尻目に、二人は休息がてら昼食を取ることにして移動する。

 

 少し歩いたところにフードコートを発見し、カウンターでメニュー表を眺める二人。

 

 

「チッ……、なーんで、鮭弁がねェンだよ……あァン?」

 

 

「いやいや、あるわけないでしょ。沈利って、鮭だけしかエネルギー源にならないわけ?」

 

 

「あァ? 何当たり前のこと言ってんの? 鮭食べない一日なんて考えらんないでしょ」

 

 

「そういえば……、……本当に、毎日一食は絶対鮭を食べているっ……!?」

 

 

 カウンター越しの店員に凄んで見せる麦野を御坂が冷静に押しとどめると、麦野の思わぬ一言に御坂が戸惑う。

 思い返してみれば、麦野が本当に鮭を食べない日はこれまでなかったというどうでもいい事実が判明する中、麦野の殺気に顔色が悪い店員に二人は無難なメニューを注文する。

 

 麦野はナポリタン、御坂はカレーライスを受け取り、近くの白い丸テーブルへと移動する。

 

 

「ん……、悪くない。腹を満たしてくれる以外には、あんまり期待はしてなかったんだけど」

 

 

「容赦ないわね……、こういう場所で食べる物は、雰囲気で美味しく感じられるものなのよ」

 

 

 麦野の言葉に苦笑するも、無自覚のうちに自分でも十分に毒を吐いている御坂。

 

 鮭料理の代替品として、何となく注文したナポリタンが意外と美味しく感じられるのは、御坂と一緒に楽しんでいるからなのだろうかと麦野がふと表情を緩める。

 すると、姦しい女子高生の一団が二人の近くを通り過ぎ、そのうちの一人が長い黒髪であったことを麦野が目敏く見つけ、表情が強張る。

 

 その女子高生の顔が見知ったものではないことを確認し、フォークに巻き付いたナポリタンをゆっくりと視線の位置まで持ち上げた麦野は、そのフォーク越しに御坂の姿を捉える。

 

 

「……どうかしたの?」

 

 

「そういえば、この前食事に行ったんでしょ? ……佐天と」

 

 

「ああ、偶然、校門の前で会ったから。涙子から聞いたの? その店のパスタ、結構美味しいから今度一緒に行ってみようよ」

 

 

 御坂にとっては楽しい友人との食事、という認識だろうが、麦野にとっては恋敵の逢瀬であり、どうしようもない嫉妬の感情が胸の底から湧き上がってくる。

 

 何気ない風を装って尋ねた麦野の言葉に、御坂は特に躊躇うことなく正直に佐天と食事をしたことを告げ、隠そうとなどしない。

 その事実から、佐天は御坂にとって友人以上の関係ではないことを察する麦野だが、一度灯って燻ったままの嫉妬と不満はそれだけでは収まらない。

 

 麦野はムッとした様子で憮然と御坂を見つめていると、自分への視線に御坂は首を傾げる。

 しばらくして、御坂は何か思いついた様子で、カレーライスを一口分スプーンに掬い、そのまま身を乗り出し麦野の口元へと差し出す。

 

 

「ほら……、あーん」

 

 

「……いや、何のつもり?」

 

 

「え? だって、じーっとこっち見てるから……カレーも食べてみたくなったのかと思って」

 

 

 御坂のとんでもない方向からのアプローチに、麦野は呆れたように深いため息を漏らす。

 自分からは好意を率直に告げる癖に、他人からの好意には鈍感な御坂に、麦野はもどかしい感情に苛立ちつつも、差し出されたスプーンを勢いよく加え、甘めのカレーを口に含む。

 

 正直、味はよく分からないが、御坂から食べさせてもらったことに価値を感じる麦野。

 

 

「どう? 結構、美味しいでしょ? 人が食べてるものって、何となく美味しそうに見えるのよね……、涙子みたい」

 

 

「あァ? 佐天だァ?」

 

 

「うん。この前、ご飯食べに行ったときに、涙子が羨ましそうにこっち見てたから、私のを一口分けてあげたの」

 

 

「マジかこいつ完全無自覚かよ信じらんねぇ……」

 

 

 さらなる爆弾発言にもはやフリーズ寸前の麦野が小さく呟くと、御坂は聞き取りきれなかったのはまた不思議そうに首を傾げる。

 脳内で自分を嘲笑っている佐天を幻視すると、怒りの感情で再起動した麦野は、手早くナポリタンをフォークに巻き付け、強引に御坂の口元にねじ込む。

 

 

「ちょっ、ん……、……あ、結構美味しいかも」

 

 

「佐天に食べさせたことはあっても、食べさせられたことはないだろ?」

 

 

「んー……、確かにないわね。そのナポリタン、美味しかったわ」

 

 

 突然のことに目を白黒させていた御坂だったが、数度咀嚼し飲み込むと、のんきにナポリタンの味を品評する。

 佐天がやっていないことをやってやったと優越感に浸る麦野は、すっかり気を良くして、先ほどまでの嫉妬を雲散霧消させる。

 

 良く事情が呑み込めない御坂だったが、麦野から不穏な空気が消えて安堵する。

 その後は、麦野からの要望で何度もお互いに食べさせ合いっこをして食事を進めていった。

 

 途中からようやく恋人らしい行為だと気づいた御坂が照れて頬を赤らめ始めるも、麦野は構うことなく食事を続け、むしろ二人の相思相愛っぷりを見せつけてやらんばかりの勢いでそのまま食事を終えた。

 

 

「ふう……、少し食べ過ぎたわね」

 

 

「もう、皆の前であんなに……、恥ずかしい……」

 

 

「恥ずかしがってる暇なんてないわ。ここからはノンストップでいくわよ!」

 

 

 まだ恥じらいの感情が抜けきらず、足取りが覚束ない御坂の手を引く麦野は、再びパンフレットを確認し、意気揚々と宣言する。

 そんな麦野の様子を愛おしく感じた御坂は自然と笑顔を浮かべると、麦野と手を繋いだまま隣を歩き始める。

 

 

「そうね、せっかく来たんだし遊び倒すわよ!」

 

 

 御坂の宣言に麦野もまた笑みを深め、アトラクションへと歩いていく。

 

 ――シューティングゲーム、お化け屋敷などなど、たくさんのアトラクションを二人で笑いながら騒ぎ、楽しみ終えた頃には、空は夕焼けで赤く染まっていた。

 

 

「……さて、そろそろ締めね。行くわよ、美琴」

 

 

「行くって、どこに?」

 

 

 御坂は行き先が分からぬまま、麦野に強引に手を引かれ、次のアトラクションまで連行される。

 麦野が足を止めると、顔を上げた御坂は目の前の大きな観覧車に気付き、感嘆の吐息を漏らす。

 

 例のごとく、観覧車には乗車待ちの列が出来ており、しばらくの待機時間の後に乗り込むことが出来た。

 

 

「さあ、参りましょう……お姫様?」

 

 

「ありがと、沈利」

 

 

 麦野にお姫様扱いされるのは複雑な気分ではあったが、嫌な気持ちはもちろんしない。

 美琴は頬を染め笑みを浮かべながら、ゴンドラの前で跪く麦野の手を取り、仰々しいエスコートを受け、共に観覧車のゴンドラに乗り込む。

 

 全面が無色透明な素材になっているゴンドラに乗り、徐々に高度が上がっていくと、宙に浮いているような錯覚すら覚える。

 そんな中、向き合って座る麦野が御坂に問いかける。

 

 

「どう? 今日のデートは楽しんでもらえたかしら?」

 

 

「凄く楽しかったわ! 私が提案した場所だったのに、結局、沈利に引っ張ってもらっちゃったわね」

 

 

「フッ……、アンタが私を引っ張ろうだなんて、百万年早いわよ」

 

 

 問いに対して笑顔で答えた御坂の表情に、強気な笑みを浮かべからかう麦野だったが、内心では安堵の気持ちが大きかった。

 自分が愛する人を楽しませることが出来たという充実感に浸る麦野は、御坂と今日の思い出について談笑していると、外の景色がどんどん小さくなっていく。

 

 しばらく会話に耽っていると、ゴンドラは頂点に差し掛かり、夕日はビル群の向こうにちょうど沈みかけていた。

 席からそっと立ち上がった御坂は、窓の外に目を向け、夕日の眩しさに目を細めながらゆっくりと口を開く。

 

 

「……ねえ、知ってる? この観覧車で、夕日を見ながら恋人とキスすると――」

 

 

「永遠に結ばれ、幸せに暮らせる……でしょ? 知らなかったら、わざわざこんな刺激の足りないモンに乗らないわよ」

 

 

 迷信やオカルトの類は信用しない麦野からの思わぬ答えに、御坂は目を丸くする。

 いつの間にか立ち上がっていた麦野に、御坂が身体を引き寄せられ強く抱き締められたかと思うと、麦野の顔がゆっくりと迫ってきて、御坂は目を閉じそれを受け入れた。

 

 二人の唇が重なった瞬間、ゴンドラは頂点に達し、夕日のオレンジ色の光が二人を明るく照らし出した。

 

 

「んん、っ……、……っ、ふ……」

 

 

「……っ……、んっ……、……っあ……!」

 

 

 何度も息継ぎをし、舌を絡め合う濃厚な口付けを交わし合った二人は体を離すころには、夕日はほとんど沈みかけており、ゴンドラはかなり地上に近付いていた。

 二人は荒くなった息を整えながら、とりあえず席に座り直す。

 

 

「ふう……、ちょっと、長過ぎたんじゃない?」

 

 

「別に、長過ぎだからってペナルティはないでしょ。もしあったとしたら、文句言ってやるわ」

 

 

 神をも恐れぬ麦野らしい言葉に御坂が微笑むと、係員によってドアが開けられ、二人はゴンドラから降りる。

 口付けで火照った二人の身体を、初秋の風が優しく冷ます。

 

 

「さて、帰ろっか。今日の夕ご飯、何にしよう?」

 

 

「はぁ? 何言ってるのよ。今日は泊まりよ、泊まり。明日は日曜日だってこと忘れた?」

 

 

「泊まりって、まさか……!?」

 

 

 遊園地の中には高級な宿泊施設が備わっており、部屋から夜のパレードや空を彩る花火を見ることができる。

 もちろん、人気が高い上に宿泊代はかなり高額で、滅多なことでは予約が取れないはずだが、麦野が宿泊チケットを二枚取り出し、不敵に微笑む。

 

 

「は……、……便利屋みたいな野郎にダメ元で頼んでみたら、意外と予約取れちゃったのよ」

 

 

「それならそうと、早く言ってくれればいいのに……!」

 

 

 麦野からの思わぬサプライズに喜びが抑えきれず、その場でピョンピョンと飛び跳ねる御坂。

 御坂の笑顔に満足げな表情を見せる麦野が、御坂の頭をそっと撫でると優しく腰を抱く。

 

 

「さあ、今日の夜は長いわよ? ヤりながら花火見物、ってのもありね」

 

 

「ったく、こんなところに来てまで……」

 

 

「美琴だって、さっきのキスで身体疼いちゃってるでしょ? 部屋についたら、ちゃーんとすっきりさせてあげるから」

 

 

「う、疼いてなんて……ないこともない、けど」

 

 

 御坂の頼りない声は、秋風に乗って儚く消える。

 腰を抱き締める麦野の手をやけに熱く感じながら、御坂は諦めの吐息を漏らし、そのまま寄り添い身を預けるのだった。

 

 

 



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憂鬱な仕事 She_surprises_Me.

もうすぐ1000UA、嬉しいです。
ほのぼのとした日常は書いていて落ち着きます。


 

 

 平日の朝。

 

 一足先にマンションを出た御坂を見送ってから、白のシャツにタイトスカートといった社会人らしい服装を整えた麦野は、空になったマグカップをテーブルに置き、一つため息を漏らす。

 

 

「さあて……、そろそろ行くとしますか。行ってきまーす、っと」

 

 

 脳を目覚めさせるコーヒーを飲み終え、ソファーに座ったまま伸びをした麦野が呟く。

 麦野は、天気予測を読み上げるテレビを消して、小さめのカバンを肩にかけるようにして持ち、仕事場である研究所へと出発する。

 

 上司からの理不尽な仕事の押し付けやセクハラが待っていると思えば、麦野の足取りが軽いはずもなく、同様に肩を落としてとぼとぼ歩く大人たちがちらほらと視界に入る。

 対照的に、自分より先に出発した御坂が、やけに楽しそうな笑顔を浮かべていたことを思い出す麦野。

 

 

「今日は学校でイベントでもあるのか? 学園祭や体育祭って話は聞いてないけど……」

 

 

 学校外部に公開される際には絶対に顔を出し、御坂をからかってやろうとイベント関連の情報に対して常にアンテナを張っている麦野が訝しんでいると、いつの間にか目的地に到着していることに気付き、足を止める。

 

 ぼんやりし過ぎていたと反省しながら、カードキーを通して中に入り、警備員や同僚、上司に軽く挨拶をして施設内を移動していく麦野。

 社交性なんてゴミと同列くらいに考えていた麦野は、自分の成長を実感し内心心で自身をべた褒めしつつ、自分のネームプレートが掲げられた自室へと入る。

 

 朝のミッションを終えた麦野はカバンを置いて、室内に掛けられていた白衣を羽織り袖を通す。

 さて今日の業務は何から始めようかとデスクに座ってパソコンを立ち上げると、明るいチャイム音を合図に、施設内にアナウンスが流れる。

 

 

『職業見学の学生が到着しました。該当研究員は会議室Bに集合してください』

 

 

「学生……、ああ、アレは今日だったか。完全に頭になかったわ」

 

 

 学園都市のほぼすべての学校が実施している職業体験、職業見学。

 完結し閉鎖された学園都市だからこそ、どのような職業がこの世の中にあるのか知り、自身の可能性を広げることは学生の将来にとって大切なことである……という名目で、様々な企業が協力し、度々学生を受け入れている。

 

 学生にとっては、つまらない授業の代わりの遠足や息抜き程度に考えられているらしい制度だが、自分に関係ないこととはいえ、麦野はその重要性を理解していた。

 

 麦野が所属する研究所は、今日一日、高校生を何人か受け入れることになっており、アナウンスでようやく思い出した麦野。

 仕事の準備を一旦止めて、呼び出された通りに会議室に向かう。

 

 

「さてさて、どんなクソガキ共が雁首揃えてるやら……っと、失礼しまーす」

 

 

 ノックもなしに若干雑な挨拶で、麦野が会議室に入る。

 担当の研究員たちは既に全員揃い、椅子に座っており、長机を挟んで学生たちが椅子に座っているのを見た麦野は、研究員側に回って自分も席に着く。

 

 

「さて、全員揃ったところで始めます。まずは顔合わせと自己紹介から……」

 

 

 所長の言葉をBGMに、机の上に置かれていたスケジュール表を手に持ち、頬杖をつきながら目を通し始める麦野。

 そんな中、所長に促され、学生たちが一人ずつ順番に起立して、名を名乗っていく。

 

 学生たちの自己紹介を淡々と聞き流していた麦野は、自分の担当学生の名を見た瞬間、ぴたりと動きが止まり表情が固まる。

 そのタイミングを見越したかのように、とある生徒が自己紹介を始める。

 

 

「――御坂美琴です。発電能力者なので、電子デバイス関連には興味あります。今日はよろしくお願いします」

 

 

 麦野の耳に聞こえてくるのは、聞き慣れた声。

 資料を手に固まった麦野の視界に入ってくるのは、挨拶を終え席に着き、にやりと楽しげな笑みを向けてくる御坂美琴だった。

 

 

 

 ----------

 

 

 

 では解散、という所長の声に我に返った麦野は、それぞれ学生を連れて研究室へと戻っていく研究員達の背を呆然と見送る。

 苦々しげな舌打ちとため息の後、御坂を連れて自室に入った麦野は、憮然とした表情で椅子に座る。

 

 麦野の目の前にあるのは、得意げな笑みを浮かべて楽しそうな御坂の姿。

 

 

「何よ、さっきの顔。思い出すだけで笑い転げちゃいそう」

 

 

「そっちこそ、あんな優等生テンプレ挨拶かましてんじゃないわよ……、まったく、一本取られたわ」

 

 

「驚いたでしょ? ずーっと内緒にしてた甲斐があったわ」

 

 

 にやにやと笑みを浮かべたままの御坂に対し、完全敗北した麦野は椅子の背もたれに身体を預け、苦し紛れの皮肉を放つ。

 ようやく頭の整理が終わった麦野は、棚上げしていた業務の支度をパソコン上で進めながら御坂に視線を向ける。

 

 

「チッ……、……それじゃ、今日一日よろしくお願いしますね、み・さ・か・さ・ん?」

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。麦野さん?」

 

 

 精一杯の皮肉を込めた麦野の笑顔の挨拶は、完璧優等生の仮面を再度顔に貼り付けた御坂に反射され、打ち返される。

 諦めたように肩を落とした麦野は苦笑すると、御坂と視線を合わせ笑い合う。

 

 事前にある程度考えておいた、ごく普通の職業体験プランを脳内でゴミ箱へと放り投げた麦野。

 御坂を連れて自室を出た麦野は、一定以上の権限を持った研究員しか入れない、最先端の研究が行われている実験エリアへと御坂を案内する。

 

 

「アンタ相手に普通のことしたってしょうがないし、何よりつまんないでしょ。この研究所でやってる面白いこと、見せてあげる」

 

 

「いいの? 見たところ、機密の塊って感じだし……、部外者の私が見るのはマズそうなんだけど」

 

 

「いいのいいの。少しくらい楽しんでもらわなくちゃ、ここまで来てもらった意味がないでしょ?」

 

 

 後ろを歩く御坂が尋ねると、振り返ることなくひらひらと手を振る麦野が、明るく楽しそうな声で答える。

 その声色で、麦野の機嫌がいいことを察した御坂は後ろから大胆に抱き付き、麦野は一瞬立ち止まるも手を後ろに回し、御坂の髪を撫でつつそのまま移動していく。

 

 同じエリアにいた所長の困り顔を尻目に、日頃の仕返しとばかりにやりたい放題の麦野は、昼食を挟みつつ、御坂と共に職業体験を目一杯楽しむのだった。

 

 

 

 ----------

 

 

 

 時刻が午後四時を少し過ぎた頃、やりたいことをすべてやり終えた麦野は、御坂と共に自室へと戻ってくる。

 スケジュール表では、学生は午後五時に会議室に戻って解散、ということになっていたことを思い出しつつ、麦野は二人分の飲み物を用意する。

 

 

「――どう? こんなちっぽけな研究所でもそこそこやってんのよ。アンタなら能力と知識は問題ないんだし、一緒に働かない?」

 

 

「んー……、悪くないかもね。考えとくわ。大学に行くか、それとも就職か……」

 

 

 席に着き、パソコンを片手間に操作しながら時折マグカップを口元に傾け、コーヒーを飲む麦野は、砂糖の入った温かい紅茶を飲みながら室内をうろつく御坂に声をかける。

 二人で一緒に働く未来を想像し、自然と同時に笑みを零す二人。

 

 キーボードを叩く麦野の姿を見て、昔からは想像できないが麦野がきちんと働いていることを実感させられた御坂は、麦野のデスクにそっとカップを置く。

 そのまま麦野の背後に回った御坂は、座って作業する麦野に腕を回し、後ろから優しく抱き締める。

 

 

「……お疲れ様、沈利」

 

 

「はいはい。何よ、誘ってるわけ? だったら受けて立ってあげる」

 

 

 麦野を抱き締めながら、椅子の背もたれに顎を載せた御坂は労わりの言葉を囁く。

 いつも通り、素直に言葉を受け取らない麦野は、変わらずパソコンのモニターに向かって作業を続ける。

 

 そんな麦野に対し、御坂は麦野の白い首筋にそっと顔を寄せ、強めに吸い付いてから顔を離す。

 不意を突かれた麦野がゆっくりと振り返ると、蠱惑的な笑みを見せる御坂の表情が眼前に迫っていた。

 

 

「誘ってる……って、言ったらどうする?」

 

 

「……誘い方、上手くなったじゃない。正直、かなりムラっと来たわ」

 

 

「毎日、誰に仕込まれたと思ってんのよ。普段やられっ放しの分、これくらいはやり返さなきゃ」

 

 

「そうね、この麦野先生のご指導の賜物ね。百点満点、花丸あげる」

 

 

 それを自分で言うのかと呆れ顔の御坂の唇は、椅子に座ったままの少し無理な体勢の麦野に、奪われ塞がれる。

 時計の秒針の音と、粘着質な水音、二人の女の熱い吐息だけがしばらく室内を支配する。

 

 

「……っは、あ……、ん……まだ、仕事の時間なのに……いいんですか、麦野さん?」

 

 

「誘っといて、今更何言ってるのよ……もう、美琴を抱くことしか考えられないから」

 

 

 啄むような口付けを交わしながら、自然とソファーに向かう二人。

 普段は麦野の仮眠用として使われているソファーに、御坂を仰向けに寝かせた麦野は、そのまま身体を覆い被せる。

 

 白衣や制服が皺になることなど全く気にしない二人は、そのままソファーで身体を重ね互いの唇を貪り合い始める。

 

 

 ――しかし、二人の欲望に任せた行為は、定刻になっても会議室に現れない二人を呼びに来た研究員のノックで中断を余儀なくされた。

 

 

 

 ----------

 

 

 

 まだ業務が残っているという麦野を残し、一足先に帰宅する御坂。

 灯りを付けて身支度を整えると、御坂は夕食の準備を始める。

 

 続きは帰った後で、という麦野との約束を思い出す度に、麦野の体温や香り、身体の柔らかな感触が脳裏に浮かび、御坂の身体は疼き火照ってしまう。

 

 麦野の大好物である鮭のムニエルをテーブルに置き、二人分の食事の準備を終えると、御坂の耳にチャイムの音が響く。

 出来たばかりの料理は適温を保っており、時間管理はバッチリだったと御坂が微笑みつつ、ドアを開けて麦野を迎え入れる。

 

 

「お帰りなさい、沈利」

 

 

「ただいま……って……、何、その格好?」

 

 

「もう、私に言わせないでよ……結構、恥ずかしいんだから」

 

 

 いつものように、帰宅した自分を迎えてくれる御坂の姿を見た麦野は、目を瞬かせながら一瞬だけ思考が停止する。

 一見普通のエプロン姿に見える御坂だったが、白く飾り気のないエプロンの下の衣服は何もないことは、麦野には一目瞭然だった。

 

 御坂の恥じらう表情に麦野の獣欲は簡単に刺激され、麦野が獰猛な笑みを浮かべつつ、御坂の身体を正面から強く抱き締める。

 

 

「そんなに抱いて欲しくてたまらなかったの? まあ、私も我慢の限界だったけど」

 

 

「ケダモノのアンタと一緒にしないでよ……、まあ、でも……違うとは言い切れない、かな……」

 

 

 平静を装いながらも肉欲を滲ませる御坂の甘い声色と態度に、麦野が欲望を抑えきれるはずはなかった。

 乱暴に靴を脱ぎ捨てた麦野は、御坂の身体を強引に抱き上げてベッドへと運ぶ。

 

 

「ちょっと、もう夕食出来てるんだけど……!」

 

 

「はぁ? 美琴を頂くのが最優先に決まってるでしょ。これ以上お預けされて、耐えられるわけ?」

 

 

「……耐えられない、かな……」

 

 

 御坂の頼りなく情けない声をきっかけに、二人の寝室に喘ぎと水音が響き始める。

 結局、御坂が作った夕食は温め直すことになるのだった。

 

 

 



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不運な来客 Two_Pieces_of_Cake.

ちょっとネタ切れ気味です。
どなたか、リクエストか感想をください……


<追記 2016.10.14>
なかなかネタが思いつかないので、一旦完結とさせて頂きます。
もし新たなシチュやカップリングが思いつけば、更新することもあるかもしれません。


「ねえ……、もう一回だけしない? まだまだいけるでしょ?」

 

 

「ちょっ……、私の話聞いてた? 今日はこれから友達と……、……んっ……」

 

 

 カーテンの隙間から一筋差し込む朝日が、ベッド上で絡み合う二人の女の白い肌を照らす。

 

 何も纏わぬ姿で、正面から向き合い御坂と抱き合っている麦野は、わざとらしい猫撫で声で告げると、御坂が顔を赤らめつつ反論する。

 御坂の抗議の言葉を、強引な口付けで封じる麦野だったが、御坂は麦野の身体から離れ、ベッドから降りて立ち上がる。

 

 

「今日はこれから友達と勉強会なの。……また、帰ってきたら……ね?」

 

 

「はぁ……、降参、分かったわ。その約束、忘れないでよ?」

 

 

 麦野と堕落した時間を過ごし続けるという、魅力的なシチュエーションへの未練を断ち切るため、自らに言い聞かせるように告げる御坂。

 諦めたように肩をすくめる麦野もベッドに腰掛け、近くに脱ぎ捨ててあったガウンを纏い、立ち上がる。

 

 

「約束なんてなくても、毎晩するくせに……」

 

 

「よく分かってるじゃない。朝ご飯用意しとくから、シャワー浴びてきなさい」

 

 

 軽口を叩き合うと、麦野は朝食の準備のためキッチンへ、御坂はシャワーを浴びに浴室へと向かう。

 外出用に御坂が服装を整えてリビングへと戻ると、サラダやコーンフレークなど、簡単な朝食メニューがテーブルに並んでいた。

 

 

「ちょうどこっちも準備完了。じゃ、食べましょ」

 

 

「ありがと、沈利。……いただきまーす」

 

 

 ガウン姿のままで朝食の準備を終えた麦野が席に着くと、御坂も椅子に座って二人揃って食事を始める。

 手の込んだ料理は不得手な麦野らしい簡素なメニューだが、朝食としては十分以上であり、テレビ番組をBGMに食事を進める二人。

 

 

「今日は、高校のクラスメイトと勉強会だっけ? わざわざ休日にお勉強だなんて、学生も大変ねー」

 

 

「一応試験も近いしね。まあ、勉強会って言っても、途中から遊びになると思うけど」

 

 

「そんなモンでしょうね。別に、アンタは勉強する必要なんてほとんどないでしょ?」

 

 

 そんなことはない、と苦笑する御坂だったが、通っている高校の授業レベルはそこまで高くないのは確かであり、言葉に詰まる。

 談笑を楽しみつつ食事を終えると、御坂は軽く身支度を整え、出発しようとする。

 

 

「行ってらっしゃい。私は一日家にいるつもりだから、何かあったら連絡しなさい。あと……、万一、浮気でもしたら――」

 

 

「私を殺してアンタも死ぬ、でしょ? 分かってる。じゃあ、行ってくるわ」

 

 

 玄関先で毎度お決まりの挨拶を終えると、御坂と麦野は軽く唇が触れ合う程度の口付けを交わし、御坂は軽やかな足取りで友人の家へと向かう。

 

 束縛し過ぎてはいけない、依存し過ぎてはいけないと頭では分かっている麦野だったが、自分の元から離れていく御坂を見ると、つい悪癖が出てしまい嘆息する。

 

 

「まったく、私もまだまだってことかしらね……」

 

 

 力ないため息を漏らした麦野は、ガウンをするりと体から落とし、シャワーを浴びに向かう。

 御坂のいない一日をどう過ごそうかとぼんやり考えながら、シャワーの温かな水流を頭から浴び始める麦野だった。

 

 

 

 ----------

 

 

 

「さて、やっぱり暇ね……」

 

 

 シャワーを浴び終えた麦野は、部屋着の地味なワンピースに着替えて、ソファーにだらしなく寝転がり、興味のないテレビ番組をぼんやりと眺めながら呟く。

 自宅に仕事を持って帰るほど仕事熱心ではないし、特に趣味はない麦野は、御坂がいないと時間を持て余すのが常だった。

 

 何か趣味でも作ろうかと、その都度考えることはあったが、麦野の飽きっぽく細かい作業が嫌いな性格が災いし、結局すべて頓挫してしまっていた。

 

 

「あー……、腹減ったと思ったら、もうこんな時間か……」

 

 

 無為に過ごしていると、いつの間にか時間は午後二時過ぎ。

 昼食を食べるべき時間がとっくに過ぎていることにようやく気付いた麦野は、ソファーの上で軽く伸びをしてから、嫌々といった様子で立ち上がる。

 

 

「冷蔵庫に何かあったかな……、鮭とか鮭とか……、あと、鮭とか……」

 

 

 買い物は御坂と二人で行くこともあったが、基本的に家事は御坂の領分になってしまっており、冷蔵庫の中身など把握していない麦野。

 気だるそうに呟きながら冷蔵庫の前へと到着したと同時に、来客を知らせるチャイムが鳴る。

 

 

「あァん……? ったく、この麦野様の食事を妨害するとは、いい度胸だな。せっかくだ、歓迎してやろうか」

 

 

 いつもなら居留守を決め込むか、インターフォン越しに凄んで見せる麦野だったが、ほんの気紛れで応対することを決め、玄関へと移動する。

 好戦的な笑みを浮かべながら、麦野が玄関ドアを開けると、思わぬ来客の姿を視認した瞬間、ドアを素早く閉めようとする。

 

 しかし、ドアを強く掴み返しながら、足を入れてドアを閉まらないようにする訪問客によって、ドアを閉める麦野の行動は阻止されてしまう。

 

 

「ちょっと、いきなりドア閉めは酷すぎるんじゃないですかー? 観念して、さっさと美琴さんに会わせて下さいよ」

 

 

「チッ、しぶとい奴め……、けど、残念だったわね。美琴は友達との勉強会で留守よ」

 

 

「あ、そうなんですか。では失礼します、お邪魔しましたー……」

 

 

 思わぬ訪問客の正体は、佐天涙子。

 目当ての御坂がいないという発言に嘘はないと看破したのか、佐天は踵を返し退却しようとする。

 

 しかし、麦野は佐天の首根っこを掴んでそれを阻止する。

 

 

「お前に用事はないが、お前が持ってるものには用事がある。歓迎してあげるから、さっさと上がりなさいよ」

 

 

「見抜かれたか……、麦野さんの歓迎って、物騒な意味にしか取れないんですけど……、まあ、このまま帰ってもつまらないですし、せっかくですからお邪魔しますね」

 

 

 御坂をめぐるライバルである麦野と佐天が憎まれ口を叩き合った結果、佐天は麦野に招き入れられ、麦野と御坂の部屋に入る。

 二人で暮らすには十分以上に広く、豪華な部屋には以前も訪れたことのある佐天は、特に驚くこともなくリビングへと通される。

 

 リビングに到着した佐天は、手に持っていた白い箱をテーブルに置く。

 

 

「この前オープンした人気のお店のケーキです。せっかく、美琴さんのために買ってきたのに……麦野さんの分もありますから、美琴さんのは取っておいてあげて下さいね?」

 

 

「はいはい、ありがとさん。ちゃーんと後で渡しといてやるよ。……うっかり、買ってきたのは誰か忘れそうだけど」

 

 

「さすが、大人げないですねー」

 

 

 ぱちぱちと乾いた拍手を送る佐天を尻目に、ケーキを二つの皿に分けて載せ、残った御坂へのケーキは冷蔵庫へとしまう麦野。

 三つのケーキのうち、御坂のためのケーキはどれなのか一目瞭然だった。

 

 歓迎するという麦野の言葉には嘘はなく、二人分のコーヒーを準備して、麦野がリビングに戻ってくると、佐天によって、ケーキがそれぞれの席の前に置かれていた。

 

 

「まさか、麦野さんしかいないとは計算外でした……美琴さんだけというのがベストだったんですけど、肝心の美琴さんがいないなんて……」

 

 

「それを私の目の前で堂々と口にできることには、尊敬してやるよ。消し炭にされないだけ、ありがたいと思いなさい」

 

 

 オーソドックスなショートケーキにフォークを入れる佐天がため息とともに呟くと、麦野はその内容に青筋を浮かべる。

 自分の前に置かれたチョコレートケーキを一口食べた麦野は、甘さが控えめになっていることに気付く。

 

 

「甘さ、控えめになってるのね。それについては素直に礼を言わせてもらおうかしら」

 

 

「いえいえ。美琴さん関連の情報は、ちゃんとチェックしてますから。麦野さんの好みも、おまけ程度に頭に入れてますし」

 

 

「礼を言った五秒前の私をぶん殴ってやりたくなる気分だわ……」

 

 

 甘すぎる物は少し苦手な自分の好みに合ったケーキだ、と佐天に感謝の気持ちを伝えた麦野だったが、すぐにその言葉を後悔した。

 コーヒーとともにケーキを食べていると、空腹が徐々に紛れてくるのを感じ、満足げに麦野は微笑む。

 

 

「アンタのおかげで、昼飯関連の問題はオールクリアね。あとは夕飯か……」

 

 

「まさか、このケーキが昼食代わりってことですか!? 美琴さんがいないとダメなんですね……」

 

 

「ダメじゃねェよ!」

 

 

「だらだらテレビ見て、お昼すらまともに食べてない人間がダメじゃなかったら、一体何なんですか?」

 

 

 佐天の正論ド直球な言葉に麦野は言い返すことができず、悔しげに呻く。

 ちなみに、私はちゃんと料理も洗濯も家事は一通りできる、という佐天の言葉にさらにダメージを受ける麦野を尻目に、やれやれといった様子で肩をすくめる佐天は、もう一口ケーキを口に運ぶ。

 

 

「そんな自堕落な生活で、そのプロポーション保てるなんてどんな手品なんですか? それとも、何か能力使ってるとか?」

 

 

「フッ、教えてやろうか……、秘訣は鮭、これだけよ! 鮭さえ食べていれば何も問題なし!」

 

 

「少しでも真面目な答えを期待してしまった私が馬鹿でしたごめんなさい」

 

 

 真剣に答えたにもかかわらず、無表情で淡々と謝られ納得のいかない麦野は憮然とした表情を浮かべつつ、口元にカップを運ぶ。

 そんな麦野の表情や反応を楽しむように目を細める佐天は、ケーキを完食してフォークを皿に戻す。

 

 

「……その様子だと、美琴さんとはうまくやってるみたいですね。残念です」

 

 

「そうね、お生憎様。お前の入り込む余地はないってことでよろしく」

 

 

「今のところは……、ですよね? 私はいつも虎視眈々と狙ってるってことをお忘れなく」

 

 

 佐天の軽口に対して、麦野が嘲笑に似た笑みを浮かべつつ答えるも、佐天は動じず、麦野に対して宣戦布告を返した。

 佐天の図太さと度胸を認めつつも気にくわない麦野は不満げに鼻を鳴らすも、不機嫌そうな表情は長く続かず、苦笑を零す。

 

 

「ったく……、この私にそんな口の利き方出来る奴なんて、お前くらいだよ」

 

 

「それはどうも。私はレベル0だから……、なんて、つまらない言い訳をするのは辞めたんです。やりたいことはやる、それができないなら努力する……、それだけですよ」

 

 

 一見単純な原理に聞こえる佐天の言葉。

 

 しかし、それを宣言し、実行できる人間がそういないことを麦野は知っている。

 かつて、暗部にしか居場所はないと思い込み、足掻こうとしなかった麦野は身を以って知っている。

 

 

「それが言えるだけで、大した奴だよ。仕方ないから、お前を認めてやるよ……美琴の友達、としてな」

 

 

「麦野さんがどう思おうと関係なく、私は美琴さんの友達ですから。あ、もうすぐ恋人になっちゃうかも」

 

 

「上等だ、やれるもんならやってみろ」

 

 

 遠慮なく殺意と敵意をぶつけ合いながらも、御坂を思う気持ちを持つ者同士でどこか共感しながら、笑顔で会話を続ける二人。

 佐天は空になったカップをテーブルに置くと、そのまま席を立つ。

 

 

「じゃあ、私はそろそろ帰りますね。麦野さんからかって遊んでても、美琴さんには会えないみたいですし」

 

 

「遊びに付き合ってやった私に感謝しな。まあ、ケーキ代替わりってことにしといてやるよ」

 

 

「そうですか。じゃあ、麦野さんをからかいたくなったらまたケーキ買ってきますねー」

 

 

「この小娘、っ……!」

 

 

 口の回る佐天に押されっ放しの麦野が苛立ちを露わにすると、佐天はひらひらと手を振り、そのままマンションを後にする。

 御坂に会えなかったのは残念だが、それなりに楽しめたと感じる佐天は、夕暮れの中、足取り軽く帰路につく。

 

 

「今度はどういう作戦でいこうかなー……、麦野さんに内緒でデート、は難しいか……」

 

 

 佐天が楽しげに呟いた、御坂を籠絡する作戦は、雑踏の中にそっと消えた。

 

 

 ――余談だが、佐天が残したゲコ太の限定デコレーションケーキを見た御坂は、珍しいほどに喜び、麦野を苛立たせるとともに、その光景を予期していた佐天は自室で不敵に笑った。

 

 

 



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