とある一方通行な3兄弟と吸血鬼の民間警備会社 (怠惰ご都合)
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話し合い

初めての作品になります。
色々と書いていくつもりです。
これからよろしくお願いします。


東京にあるモノリスと呼ばれる建造物に囲まれた人工島魔族特区『絃神島』には別の呼び方が存在する。

 それは、『学園都市』。

 一部の者のみにしか知られておらずまた、その者達は表側の世界では目立たないように生活している裏に存在する。つまりは闇の住人である。

 これはそんな闇の住人達が表の人達を護ろうと必死に生きていく物語。

 

 絃神島には500万の人が住んでおり、およそ5割が学生である。学生たちには能力と呼ばれる力が備わっているが強さには無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)、といったばらつきがある。

 無能力者(レベル0)は測定不能や効果の薄い力。

 低能力者(レベル1)は日常では役に立たない程度。

 異能力者(レベル2)は低能力者とほとんど変わらず、強能力者(レベル3)は日常生活で便利と感じられ、大能力者(レベル4)は軍隊で価値を得られる。そしてその中でも頂点と呼ばれる超能力者(レベル5)は単独で軍隊と戦えると言われている。

 そして2割は獣人、精霊、魔獣、吸血鬼つまり魔族と呼ばれる者達である。2割は一般人。残る1割は『ガストレア』と呼ばれる生物の因子を持って生れて来た少女達『呪われた子どもたち』である。

 

 

 ある日、絃神島の中心に建っている「窓のないビル」の中で2人の人物が話をしている。 

 1人は試験管の中で逆さまになっている男性にも女性にも子供にも老人にも見える「アレイスター・クロウリー」と呼ばている者。

 もう1人は男性からしても女性からしても中間といった少女である。

 しばらく沈黙が続いたが飽きてきたのか少女がアレイスターに話しかけた。

 

 「ねえ、今度の用事は何なの?」

 

 「秘密だ。もう少し待っててくれ」

 

 それだけ言うとアレイスターは黙った。少女もそれにつられて黙ると再び沈黙の時間が流れる。

 さらに10分程経過してから何もないところから2人現れた。

 1人はビルの案内人をしている大能力者『座標移動(ムーブポイント)』結標淡希。1人は7人しか存在しない超能力者その中で第1位の一方通行(アクセラレータ)である。

 その姿を見た瞬間少女は目を輝かせて一方通行に「お兄ちゃん」と走り寄ってきた。

 

 「あァ?おまエ、完全記憶か?」

 

 一方通行(アクセラレータ)は走って来た少女に驚く。

 

 「そうだよ。ひょっとして私のこと忘れちゃった?」

 

 「いイや、ただ、アイツの体なのに気配がねエもンだから」

 

 一方通行がそう言うと4人の誰のでもない声が返って来た。

 

 「まったく酷いよねえ~。忘れちゃうなんて」

 

 「いや、だから忘れてねェッて。久しぶりだな吸力放増」

 

「久しぶりだね、兄ちゃん」

 

 一方通行がそう言うと完全記憶から少年の声で返事が返ってきた。

しかし誰も驚かず、結標は自分の役目を終えたため消えて行った。




それでは、また次回。


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それぞれの任務へ

話の構成が大方出来上がったのですぐに投縞する事ができました。




 「で、任務の内容は何なンだ?」

 

 一方通行がそう言うとアレイスターは話し始めた。

 

 「実は君達3人には監視をしてもらいたい」

 

 「監視だァ?」

 

 一方通行にはアレイスターの言っている意味が理解出来なかった。

 今まで一方通行は裏の住人として破壊や殺し等しかやってこなかったからである。

 しかし双子の姉弟の方は理解しているようだ。その証拠に話はまだ終わっていない。

 

 「で、誰の監視をすればいいの?」

 

 吸力放増の質問にアレイスターが答える。

 

 「ああ、一方通行には『里見蓮太郎』という少年を、君たち2人には『暁古城』を監視してもらいたい。」

 

 「どうして古城なの?」

 

 アレイスターの言葉が言った後、吸力放増からそんな質問が返ってきた。

 

 「そういえば君達は中等部からの知り合いだと言っていたね」

 

 アレイスターは思い出したように尋ねる。

 

 「うん。でも二人とも『風紀委員(ジャッジメント)』なんだけど」

 

 肯定した後、すぐに尋ねてきた。

 

 「なにも毎日2人で監視をしろと言っているんじゃない。交代でしていけばいいからな」

 

 その質問を待っていたかのように、すぐに返事が返ってきた。

 

 「でも、なんでいきなり?」

 

 反論はせず、当然のことを聞く。

 

  「まあ、少し待ってくれ」

 

 アレイスターはそれだけ言い、一方通行の方を見る。

 

 「さあ一方通行、今度は君が聞く番だ」

 

 「それじゃ遠慮なく、対象が里見蓮太郎ッてこたァ、ガストレアが絡んでンのか?」

 

 一方通行の問いに、アレイスターは頷く。

 

 「正解だ一方通行。詳しくは自分の目で確かめてくれ」

 

 そう告げると、再び吸力放増の方を見る。

 

 「では、君の質問に答えよう。何故、暁古城なのか・・・・・それは、彼が第四真祖、つまり世界最強の吸血鬼だからだ」

 

 「は?古城が吸血鬼?しかも第四真祖?」

 

 それを聞いた吸力放増は大きな声で聞き直した。

 

 「驚くのも無理はない。私も初めて耳にした時には君と同じ反応をしたのだから」

 

 そう言って咎めるようなことはしなかったのだから事実なのだろうと一方通行は心の中で思った。

 

 「暁古城が第四真祖だということに気付いたもう1つの組織が監視役を送り込んだようだ」

 

 楽しそうに告げるアレイスターの顔を見た途端、一方通行は呆れていた。

 

 「ま~いいや。古城が第四真祖だろうが友達には変わらないんだし」

 

 そんな兄の想いを知らない吸力放増は気楽に答えた。

 

 「そうか」

 

 アレイスターは笑みを浮かべた。

 

 それから数秒後に結標が現れ一方通行とビルの外へと消えて行った。

 

 「じゃ、僕も~」

 

 それを見て帰ろうとした少年を呼び止めたアレイスターは質問する。

 

 「完全記憶には伝えなくて良いのか?」

 

 彼にしては珍しく心配しているようだ。

 

 「別に。そういう能力なんだから大丈夫でしょ」

 

 アレイスターの問いに満足げに答えて消えて行った。

 

 

 

 ビルから出て来た吸力放増を待っていたのは以外なことに一方通行だった。

 

 「あれ~、珍しいね兄ちゃんが待っててくれるなんて」

 

 吸力放増は嬉しそうに言いだした。

 

 「チッ。心配したら悪いかよ」

 

 一方通行は不満そうに聞いた。

 

 「ううん、ありがとう。心配してくれて」

 

 そうお礼を言うと、一方通行は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。

 

 「それで、どうしたの?」

 

 「いや、久しぶりに会ッたンだから話をしようと思ッてなァ」

 

 吸力放増の質問に、一方通行は普段の彼からすれば信じられない事を言ってきた。

 

 「うん!」

 

 吸力放増は満足げに頷くが、突然携帯が鳴ってしまう。

 一方通行に許可をもらい通話に応じる。

 すると、彼は慌てて相手に謝り始めた。

 

 「じゃあ、話はまた今度な」

 

 なんとなく事情を察した一方通行は、それだけ言い残して去っていった。

 吸力放増はそれを見て心の中で感謝した。

 そしてすぐに電話相手のもとへと向かって行った。

 

 




いかがでしたでしょうか?
次回もできる限り早めに投縞しようと思っています。
ではまた。


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設定

今更ながら設定を投縞しました。
そして一方通行がアレイスターの下に来た理由を考えてみました。



 少年の能力は「自分に対して向かってきた衝撃を吸収し、増幅してから放出する」というものです。

 主人公の2人は彩海学園に在籍しており、上条当麻、暁古城、里見蓮太郎達とクラスメイトの上に仲が良いため、よくつるんでいます。

 また、主人公たち2人は風紀委員にも籍を置いており、人工島管理公社一七七支部に詰めているので、中学生の白井黒子、初春飾利、佐天涙子、御坂美琴とは「見ていて飽きない後輩達」、「憧れの先輩」という関係であり、固法美偉とは「尊敬できる先輩」、「どこかほっとけない後輩」という関係です。

 藍羽浅葱に関しては原通り人工島管理公社のアルバイトをしていますが、時々、風紀委員の手伝いをしにきます。

 その他にも色々な設定がありますが、順を追って説明していきたいと思います。

 設定は以上となります。

 あと、一方通行が素直にアレイスターの呼びかけに応じた理由となる「2.5話」を思いついたので書きます。

 「読む、読まない」は皆様におまかせします。

~~~

 一方通行にとってそれは退屈な日課だった。

 もう何回目なのか数えるのが面倒になっていた『絶対能力進化計画(レベル6シフト計画)』の1日分を終えた時に突然声がした。

 

「まだそんなくだらないことを続けていたんですか。面白いんですか?」

 

 「オマエ、今なんて言ッた?面白いかだと?これが後1万回も続くッてンだから面白いはずがねェだろうが」

 

 人の神経を逆なでするように言いながら現れた人物に一方通行は怒気を込めて言った。

 

 「そう・・・・でしたか。それはつまらない事を言いましたね、失礼致しました」

 

 相手の謝罪を聞いてから一方通行は用件を尋ねた。

 

 「オイ、それで何の用だ。わざわざこんなくだらねぇ事を言いに来たんじゃねェんだろォ?」

 

 「えぇ、仰る通り」

 

 「なら、さっさと済ませろ」

 

 「アレイスター統括理事長が以前より呼びかけている件について応じて頂きたいのです」

 

 「どうしてだ?」

 

 「退屈して・・・・おられるのでしょう?」

 

 「・・・チッ、アレイスターには了解したとでも伝えとけ」

 

 「承りました」

 

 そいつはそれだけ言って、闇に紛れていった。

 

 

 

 その時は不思議とそいつに違和感を抱かず、むしろ懐かしさすら感じた。

 いくら考えても、それがどうしてなのかは分からなった。

 だが、今になってみるとそいつの正体はあの双子だッたのだなと判明。

 見事にしてやられたのにいら立ちではなく笑いがこみあげてきて、彼にしては珍しく声を上げて笑っていた。

 




いかがでしたか。
第3話も早めに投縞するつもりです。


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まさかの真実

書き直しましたが、基本部分は変えていません。
なので、私自身は大丈夫だと思いっています。


 「ごめ~ん、浅葱」

 

 レイを呼び出したのは絃神島に存在する中高一貫校である私立彩海学園1年b組のクラスメイトであり、「電子の女帝」の異名を持つ凄腕のプログラマーである藍羽浅葱である。

 

 ちなみにレイが呼び出された場所は絃神島の中心にある人工島管理公社の中の『風紀委員(ジャッジメント)活動第一七七支部』である。

 

 「もう、後できっちりお説教させてもらうからね。早くライちゃんを起こして」

 

 「は~い。ほら、姉ちゃん起きて」

 

 気怠気に返事をしながら言われた事をこなしていった。

 

 「う~ん。おはよ」

 

 返事をしながら状況を確認した「ライ」こと完全記憶は自分の仕事を始めて行った。

 

 一方、レイは後輩である2人に謝罪をする。

 

 「良いですよー」

 

 「お気になさらないでくださいまし」

 

 二人はすぐに許してくれた。

 

 「いったいどうなっていますの。さっきは呼びかけても反応すらもしませんでしたのに」

 

 不思議そうに聞いた常盤台中学一年生大能力者(レベル4)の「空間移動(テレポート)」の白井黒子が尋ねる。

 

 「「そうですね~(そうね)」」

 

 同じ風紀委員である柵川中学1年生低能力者(レベル1)定温保存(サーマルハンド)』の初春飾利と高校2年生強能力者(レベル3)透視能力(クレアボイアンス)』の固法美偉が同意する。

 

 「ひょっとして何かの能力なんじゃないですか!?」

 

 しかも、遊びに来ていた柵川中学1年生無能力者(レベル0)の佐天涙子が興味本位で聞いてくる。

 

 「あ、あたしもそれ知りたい!」

 

 「あたしも詳しい事は知らないしね」

 

 さらに常盤台中学2年生の超能力者(レベル5)超電磁砲(レールガン)』の異名を持つ御坂美琴も便乗し、ついには藍羽まで言い出した。

 

 「良いかな姉ちゃん?」

 

 「別に良いんじゃない?」

 

 レイが尋ねると許可が下りた。

 

 「僕の能力は『吸力放増(アプリターンドレイナー)』って言ってね、自分自身に向かってきた衝撃を吸収して増幅してから放出するっていうものなんだ」

 

 レイが解説すると、姉以外のみんなが「理解できない」とでも言うように唖然としてしまう。

 

 「じゃあ、あたしの超電磁砲(レールガン)も?」

 

 真っ先に驚きからから立ち直った御坂が聞いてきた。

 

 「試してみようか?」

 

 「お姉様がやるとおっしゃるのならわたくしも」

 

 レイが問いかけると白井も入って加わって来た

 

 「じゃあ、場所を移動しようか」

 

 そう提案し、ポケットから携帯電話を取りだして、相手が通話に応じたのを確かめてから用件を話し出した。

 すると、どうやら怒られているようであり、それでも許可を得たようなので、全員そろって移動した。

 

 

 

 移動中に佐天はライの能力も知りたかったので聞いてみた。

 

 「私の能力は、『完全記憶(パーフェクトメモライザー)』って言ってね、一度見たことや起きた事を忘れないのよ。わかりやすく言うなら『データバンク』ってところかしらね。ちなみに二人とも大能力者(レベル4)よ」

 

 返って来たのは、またもや場を凍らせる発言をしてきたので一同は姉弟の認識を改めたのだった。

 

 

 

 

 それからしばらくして到着した河川敷には、古城、当麻、そして彼らのクラス担任である国家攻魔官「空隙の魔女」こと南宮那月が立っていた。

 

 「担任教師を待たせるとは感心しないな」

 

 開口一番に言われてしまう。

 

 「ごめ~ん、那月ちゃん」

 

 「教師を『ちゃん』付けで呼ぶな!」

 

 謝罪すると閉じた扇子で頭を叩かれた。

 

 「古城と当麻はなんでいるの~?」

 

 痛む頭を押さえながら那月の後ろに立っている二人に理由を尋ねる。

 

 「いや~、面白そうだから。なあ、上条?」

 

 「ああ、それに補習もなくなったし」

 

 二人らしい答えが返ってきたので、納得した。

 

 

 

 

 

 「さっさと始めろ、私は忙しいんだ」

 

 「は~い」

 

 那月に言われたレイは返事して数歩前に歩いて行ったので、美琴と黒子も続く。

 

 「何時でもど~ぞ」

 

 レイにそう言われたので、二人はレイから五メートル離れて彼を挟むように立つと、美琴はポケットからゲームセンターのコインを出し、彼女の『代名詞』である『超電磁砲(レールガン)』をレイの右肩を狙って撃ち、黒子も同じタイミングで太腿に巻いているホルスターから金属矢を一本構え、ターゲットの右足を狙ってテレポートさせた。

 

 凄まじい音がしたが、レイには傷一つついていないので、美琴は外したのかと思い黒子の顔を見るが彼女もこちらの方を見ていたので考えている事は同じなのだろう。

 美偉の顔を見ると彼女は御坂の後ろを見ていた。

 何を見ているのか気になり後ろを振り返ってみると五メートルほど後ろに直径五メートルぐらいのクレーターが出来ていた。

 黒子の方を見ても同じく直径五メートルのクレーターが出来ていた。

 

 

 

 

 

 「これがあんたの能力なの?」

 

 現実を理解した御坂がレイに質問する。

 

 「理解してもらえたかな?」

 

 「・・・・で、蓮太郎はどうする?」

 

 返事を聞き、そのまま茫然としていると突然、ライが橋の支柱を見て言い放った。

 古城達も支柱の方を見ると、そこには髪をツインテールにしばった10歳くらいの少女と古城達のクラスメイトで民警のプロモーターをやっている里見蓮太郎がいた。

 

 

 最初から見ていた蓮太郎は声を掛けられ、どうしようか考えていたが、断ると学生寮へと戻っていた。

 

 「じゃ~、戻ろうか」

 

 蓮太郎が返って行ったので、そう言って支部に帰向かって行く。

 美琴達も支部に戻って行ったので、残された古城と当麻は那月に連行され、補習をやらされたのだった。

 

 

 

 日が暮れ、暗くなっていく河川敷では法衣を纏った男は藍色の髪をした少女と街へと入って行った。

 

 別の場所では、仮面をつけた父に連れられて歩く少女がいたのだった。

 




それではまた次回。


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二人の監視者

内容自体は前と同じです。


 一七七支部では気まずい空気が漂っていた。

 

 「「みんな、今日は驚かせてしまい申し訳ありませんでした」」

 

 双子が三人に謝罪する。

 

 「そんな風に謝らないで、もっと堂々としてくださいな。驚いただけなんですから」

 

 「そうですよ~。少し頼り無いですけどお二人は私と白井さんの憧れの先輩なんですから」

 

 

 「ちょっ、初春!?何を言っているんですの!?」

 

 白井の言葉に初春が同意しながら白井をからかうと、白井がと顔を赤くしながら初春に詰めよる。

 

 「そうよ、あなた達がどんな能力を持っていようと、風紀委員の一員で私の大切な後輩なんだから。まあ、頼り無いけどね」

 

 そんな二人を見ながら、固法は顔を赤くして後輩二人と同じ事を言う。

 

 「見てくださいよ白井さん。固法先輩が赤くなってますよ」

 

 「まあ、本当ですわ。あの固法先輩が慣れない事を言って照れていますわ」

 

 それを見た初春と白井がからかい始めた。

 

 「ちょっと、あなた達っ!あまり年上をからかうと酷い事になるわよ。例えば一カ月休みなしで働いてもらうとか」

 

 二人の会話を聞いていて固法は叱り始める。

 

 「嫌ー!」

 

 白井と初春は二人揃って叫び、それを見ていたレイとライは笑い出し、それに釣られて三人も笑い始めた。

 

 「「これからもよろしくお願いします!」」

 

 「「「ええ(はい)!」」」

 

 レイとライの言葉にと三人は答え、また五人は笑い出した。

 しかし、1人トイレに行っていて遅れて来た浅葱はなにも知らず、会話から取り残されていたのだった。

 

 

 

 

 

 「高神の杜」と呼ばれる獅子王機関の下部組織の全寮制名門女子校では、ある少女が”三聖”と呼ばれる長老たちに呼び出されていた。

 

 「名乗りなさい」

 

 少女が部屋に入ると、御簾の向こう側から声が聞こえた。

 口調は厳かだが、冷たさは感じない。

 想像していたよりも若い声だった。

 どこか笑いを含んだ女の声だ。

 

 「姫柊です。姫柊雪菜」

 

 一瞬遅れて、少女は答えた。

 緊張で声が震えたが、御簾の向こうにいる女は、構わずに質問を続けてくる。

 

 「歳は?」

 

 「あと四カ月で十五になります」

 

 「そう・・・・・・姫柊雪菜。修業を始めたのは、七年前ね。あなたが七歳の誕生日を迎えてすぐ・・・・・・雪が降る寒い夜に、たった一人で機関に連れてこられた。その日の事を覚えてる?」

 

 御簾の向こう側の女が、突然、独り言の票な口調で訊いてきた。

 雪菜の背筋が冷たくなる。

前もって調べておいたわけではないのだろう。

 雪菜の記憶を呼んだのだ。

 張り巡らせておいた雪菜の精神防壁をものともしない、圧倒的な超感覚知覚だった。

 

 「成績は良いそうですね」

 

 「ありがとうございます」

 

 「本題です。この暁古城という人物を知っていますか?」

 

 「いいえ」

 

 「あなたは第四真祖を知っていますか?」

 

 「”焔光の夜伯(カレイドブラッド)”ですか?十二の眷獣を従える四番目の真祖だと・・・・」

 

 「そう。一切の血族同胞を持たない孤高で最強の吸血鬼です」と言われたので「その第四真祖と暁古城にはどんな関係があるんですか?」

 

 と抱いていた疑問を尋ねると

 

 「その少年が第四真祖です。あなたには第四真祖の監視をしてもらいます。そのためにもこの七式突撃降魔槍(シュネーバルツァー)”雪霞狼”を持っていってもらい、あなたが危険だと判断した場合は彼を抹殺しなさい」

 

 姫柊は話が終わったと考え退室しようと立ち上がると、呼び止められた。

 

 「それから、あなたには暁古城と同じ絃神島にある彩海に行ってもらいます。手続き等は済んでいますからね」

 

 まさかの事を言い残して三聖は去って行き、そこに残ったのは姫柊と彩海学園の制服だけとなった。

 

 

 

 

 

 その頃、絃神島のとあるアパートでは蓮太郎と延珠の住んでいる部屋に、一方通行が現れた。

 

 「悪ィが質問だ、里見蓮太郎か?」

 

 「はい。そうですが、あなたは?」

 

 「お前と同じクラスにいる『双子』の兄、一方通行(アクセラレータ)だ。これからお前の監視をするように言われて、彩海学園に転校してきたからな。よろしくゥ」

 

 「はい~?」

 

 やけに任務に積極的な一方通行と、突然の事に驚く蓮太郎がいたのだった。




一方通行が真面目に?・・・。
姉:完全記憶(パーフェクトメモライザー)=ライ、
弟:吸力放増(アプリターンドレイナー)=レイ
が主人公二人の名前です。


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無自覚

やっと話がまとまったので投稿する事ができました。


 「おいレイ、これはどういうことか説明してもらおうか」

 

 「何の事?」

 

 蓮太郎に出会いがしらに突然そう言われたレイはと答えると、一方通行を連れて学校に登校して来た蓮太郎は昨夜にあった出来事をレイに話した。

 

 「あ~、そういえば言い忘れてたよ」

 

 それに対してレイは軽い調子で答えた。

 

 「でも蓮太郎だけじゃなくて古城もみたいなんだよね~」

 

 更に問い詰めようとするが、思わず「古城も?」と聞いてしまった。

 

 「うん。蓮太郎の監視についての理由は知っているけど古城の方は全く知らないんだよね~。まあ、大体の予想はつくけどさ」

 

 「へえ~、レイは理由を知ってんのか。だったら是非教えてもらおうか」

 

 自分の事について話をしている二人の間に古城が入って来た。

 

 「あっ、僕今日は日直だったんだ。またね~」

 

 レイは逃げようとするが二人に腕を掴まれてしまう。

 

 「日直はお前じゃなくてライだろうが。さあ~知ってる事を「詳しく」聞かせてもらおうじゃないか。なあ蓮太郎?」

 

 「ああ、そうだな」

 

 「なんで蓮太郎まで?」

 

 「お前さっき理由を知ってるって言ってたからな」

 

 レイはあっさりと自分の失言を追及され、二人に挟まれて校舎内に消えて行った。

 それからしばらくして自分の席に荷物を置くと、なぜか当麻も加わって来る。

 

 「さあ、説明してもらおうか!」

 

 「・・・じゃあ、場所を移そうか」

 

 ついに観念したレイは歩き出し、3人もレイに続いた。

 そして、屋上に行くと一方通行とライ、姫柊雪菜がいたが4人は何も言わず、全員そろった事を確認したレイは口を開いた。

 

 「まずは蓮太郎の事から。兄ちゃん、よろしく」

 

 「あァ。つっても理由は蓮太郎が一番わかってンだろ?」

 

 「ああ。最近ガストレアが頻繁に出現してるだろ?それに関係してアルデバランが来るかもしれない。俺はそう考えて上に援軍を出してもらうように頼んだんだ。おそらくそのために一方通行が来たんだろう。監視も兼ねてな。そうだろ?」

 

 「あァ、そうだ・・・・・・オイ、俺やっぱりいらないだろゥが」

 

 それを聞いたレイは古城を見る。

 

 「今度は古城だけど、本当はわかってるんじゃないの?自分が第四真祖だって事がさ」

 

 「ああ、知ってるよ。自分が世界最強の吸血鬼である第四真祖だってことぐらい。だが、怪我の回復が早くても眷獣が使えないから黙っていようって那月ちゃんと相談して決めたんだよ」

 

 「えっ?眷獣が使えないんですか?第四真祖なのに?」

 

 今まで黙っていた姫柊雪菜が思わず大声で聞いてしまった。

 

 「古城さ、今までに血を吸ったことがないんでしょ?」

 

 「・・・・ああ」

 

 古城はライの言葉に頷く。

 すると、ライが結論を告げる。

 

 「眷獣を使えないのは古城が第四真祖のくせに血を吸った事がなく、眷獣に認めてもらえてないからだよ。まあ、その事については焦らなくて良いけどね」

 

 「ねえ上条、あんたはどうして来たの?」

 

 「・・・・・・知っとかなくちゃ、いけないからな」

 

 ライが疑問に思っていた事を口にすると当麻は笑いながら答えた。

 

 「・・・あんた記憶ないんでしょ?」

 

 「・・・・・おいおい、何のことだよ?」 

 

 聞かれた途端表情が強張ったが、すぐに受け流そうとする。

 

 「その反応がもう答えよ」

 

 当麻は聞かた瞬間、抵抗するのを諦める。

 

 「なんで、わかったんだ?」

 

 「あんたここ最近、人と会っても相手が名乗るまで自分から声を掛けなかったでしょ?しかも最近は自分1人になると寄り道せずにまっすぐ帰ってるようだしね」

 

 「ああそうさ。俺には最近の記憶は存在しても二週間以上前の記憶がないんだ。悪いな隠してて」

 

 「みんな馬鹿だね~、相談してくれればいいのにさ~。別に記憶が無かろうが、第四真祖になろうが、ガストレアが攻めてこようが、友人からの相談を迷惑だと考える程腐ったつもりはないよ僕は。さあ、早く教室に戻ろうよ。でないと僕暑くて溶けちゃうよ~」

 

 レイは怒らず、笑う。

 そして、教室に戻ろうとしたので、姫柊以外は返事をして教室に戻ろうとする。

 

 「まっ、そのうち敵がわんさか来るし」

 

 「おい!」

 

 「・・・不幸だ」

 

 「ふざけんな!」

 

 レイの一言で蓮太郎・当麻・古城が文句を言う。

 

 レイは姫柊からの返事がなかったため、5人に先に行っててもらうように頼んだ。

 

 「どうかしたの姫柊さん?」

 

 「私、どうしたらいいのか分からなくて」

 

 「古城の事?」

 

 「はい。危険だと判断したら抹殺するように言われているのにそうは思えなくて」

 

 「じゃあ、これから見極めて行ったらいいよ。古城が危険なのかそうじゃないのかを。もしまた悩んでいるなら聞きに来るといいよ」

 

 「はい。それとこれいから私の事は姫柊と呼んでください。さん付けは恥ずかしいので」

 

 「うん。じゃあ僕の事もレイって呼んで欲しいな」

 

 「はい」

 

 「ほら、古城が待ってるよ」

 

 「おいレイ!ばらすなよ」

 

 「今行きますよ先輩」

 

 「もう少し上手に隠れて欲しいな、じゃないと見つかっちゃうよ。ねえ、矢瀬、土御門?」

 

 レイは一人になったのを確認すると話しかける。

 それに反応するようにして出て来たのは短髪をツンツンに逆立て、首にヘッドフォンを掛けた男子生徒と金髪グラサンにアロハシャツの男子生徒だった。

 

 「何時から気付いてたのか聞いてもいいかにゃー?」

 

 「いや~、壁の外とか気配でわかるだろ」

 

 「俺は?」

 

 すると今度は矢瀬が聞いてくる。

 

 「矢瀬は風の過適合者(ハイパーアダプター)で今回は錠剤を飲んで能力を引き上げてから空気振動で聞いてたんでしょ。ライに探してもらったら、近くに見つけたからね」

 

 「どうする?今回の事を上に報告する?」

 

 「まあ、考えさせてもらうぜい」

 

 「俺もさ」

 

 「だってさ、木更さん」

 

 レイが隠れていたもう1人の人物に言う。

 

 「そう、ならあたしもいいわ」

 

 「どうしてあたしもいるってわかったの?」

 

 一人の女子生徒が出てきて聞いてきた。

 

 「勘です」

 

 「・・・・・そう」

 

 「ちなみに今回の事は、アレイスター、矢瀬幾磨、聖天子様合意の上だからね~」

 

 「兄貴・・・・」

 

 「あの魔術師め」

 

 「聖天子様まで・・・・」

 

 「なんでみんな声を揃えて驚くのかな~。しかも声大きいし」

 

 彼らを驚かせたのは何なのか。

 レイは考えながら、教室に戻って行った。

 




自覚が無いって怖い・・・
ある程度キャラクターが出たので次話から戦闘シーンを書きたいのですが、上手に書けるか不安です。


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動き

やっと戦闘シーンが書けました。


 「あー、そこの6人。少し聞きたいことがある」

 

 夏休み中、一日の補習を終えて帰ろうとした5人を正門の前で呼び止めたのは彼らの担任であり攻魔師でもある南宮那月だった。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「ああ、お前はジャッジメントだったか。なら聞くが昨日の午後に吸血鬼が殺されたの遺体が発見されたのを知っているか?」

 

 「知りません」

 

 「そうか、ならいい。悪かったなつまらん事を聞いて。気をつけて帰れよ」

 

 レイの一言で解放された6人は、そろって「また明日」と答え歩いて行った。

 

 「物騒だよな、遺体が見つかるなんて」

 

 雪菜が合流して数分後、古城が尋ねてきた。

 

 「何か知らないの?」

 

 「俺は知らん」

 

 「そう」

 

 「ガストレアじゃないの?」

 

 ライは古城の答えを聞いた後、蓮太郎にも尋ねる。

 

 「俺も聞いてないんだ」

 

 蓮太郎がそう言い切ると、同時に蓮太郎とレイの携帯が鳴り響く。

 2人とも出ると連太郎は木更から、レイは初春から全く同じ事を言われたので3人とも当麻、古城、姫柊の3人に挨拶をして同じ方向へ走って行き、ライは一七七支部へと向かって行ったので、残った3人は学生寮へと向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 3人と別れたレイと蓮太郎と一方通行は途中で延珠のアパートにより延珠に事情を説明し電話で言われた場所へ向かい10分程経ってから現場に到着したので警察の警部と呼ばれる人に蓮太郎は民警であることを、レイはジャッジメントであること、一方通行は蓮太郎の付添で来たこと、そして延珠には外で待機させていることを伝える。

 

 「最近のガキは民警や風紀委員(ジャッジメント)までやるのかよ。まあいい、ついてこい」

 

 言われたと通りについていくと刑事がすでに2人突入していることが分かった。

 蓮太郎はスプリングXDを抜いてドアを蹴破り部屋に突入。

 レイも後に続いて部屋に入るとそこにはおそらく死んでいるのだろう血まみれの刑事が2人と舞踏会用の仮面をかぶり、細い縦縞の入ったワインレッドの燕尾服にシルクハットという奇妙な出で立ちの男がいた。

 

 「君達は民警かい?随分と遅かったね」

 

 蓮太郎達に気付いた男が尋ねてきた。

 

 「おいアンタ、同業者だろ?ここに感染源ガストレアがいなかったか?」

 

 「ああ、そのようだね。もっとも、この警官達を殺したのは私だがね」

 

 蓮太郎の質問に男が答える。

 男が答えた途端、蓮太郎は一瞬で間を詰め有無を言わせずに連撃を繰り出す。

 

 「ほう、なかなかやるね」

 

 だが仮面の男は楽しそうに受け流して、連太郎の胸に拳打をめり込ませ。

 吹き飛ん蓮太郎が顔を上げたのを確認すると至近距離で拳を振り降ろす。

 連太郎がそれを避けたのを確認して連太郎の後頭部を狙って回し蹴りを放つと蓮太郎はブロックした腕ごと弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。

 

 「小比奈か。ああこっちは終わった。これからそっちに合流す・・・」

 

 「貴様、よくも仲間を!」

 

 仮面の男の携帯が鳴る。

 男が話していると複数の警官がカービンライフルを構えて今まさに撃とうとする。

 仮面の男が振り向きもせずに銃を連続で発砲すると3人の警官が撃ち倒されてしまった。

 

 「天童式戦闘術二の型十六番、『隠禅・黒天風』ッ!」

 

 先程のお返しとばかりに回し蹴りを放つも首の動きだけでかわされた。

 すると素早く足を踏み替えて続く二撃目の『隠禅・玄明窩』を放つと顎に直撃し、その衝撃で男の首は180度後ろを向く。

 

 「いや、なんでもない。すぐそっちに行く」 

 

 男は自分の首に手を当てて「ゴキゴキ」と怪音を立てながら力任せに首を戻しながらと続けていた会話を終了した。

 

 「お見事。一撃もらうとは思っていなかったよ。ところで君、名前は?」

 

 「里見、蓮太郎」

 

 「サトミ、里見ね。」

 

 「君達は?」

 

 「監視役の一方通行でェす」

 

 「ジャッジメントのレイで~す」

 

 「そうか、君が『レイ』か」

 

 「僕の事を知ってるの?」

 

 「ああ、だが実際に会ったのはのは今日が初めてだよ」

 

 「じゃあ、『木原幻生』を知らない?」

 

 「ああ、もちろん知っているとも。だがそれは今言うべきことではないのでね」

 

 「アンタ、名前は?」

 

 「私は世界を滅ぼすもの。誰にも私の邪魔をする事は出来ない」

 

 蓮太郎の問いに仮面の男は答えると、窓から飛び降りて行った。

 

 「いいのかよ?」

 

 「また会うだろうさ」

 

 「いィや、俺が聞いてンのはガストレアの方だ」

 

 一方通行の問いに蓮太郎が答える。

 

「そうだ!多田島警部、今すぐにここら一帯を立ち入り禁止にしてくれ」

 

 付け足すと蓮太郎が言い放つ。

 

 「ガストレアが周辺にいるかもしれないのか?」

 

 警部が聞いてきた。

 

 「ああ、俺達は今からガストレアを捜索し、見つけ次第息の根を止める」

 

 窓から飛び降りた蓮太郎と一方通行はレイと別れてそれぞれ別の方向に向かって走って行った。




戦闘シーンはやっぱり難しいです。


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戦闘

どう繋げばいいのか分からず、勢いで書いてしまいました。


 「蓮・太・郎・の・薄・情・者・めぇぇぇッ!」

 

 連太郎達が仮面の男と会話している頃、延珠は怒っていた。

 それもそのはずいきなり「延珠はここで待機」とだけ言われたのだから。

 

 「おのれぇ、まさか『ふぃあんせ』の妾を本当に置いていくとは・・・」

 

 「お譲ちゃん、道を教えてもらえないかな?俺は岡島純明、この近くに住んでるんだけど、帰り道が分からなくてね」

 

 愚痴をこぼしていると岡島と言う男に聞かれ、どう答えようか悩んでいるとある事に気付いた。

 

 「お主、自分がどうなっているのか分からないのか?」

 

 言葉にするもまるで理解できないと言いたそうにしている。

 

 「では、自分の姿を見てみるといい。ただし、パニックに陥らないようにゆっくりとだ」

 

 「何だこれ・・・・」

 

  付け足すと岡島は自分の腹部や肩口や喉が引き裂かれたように大きな傷があり、そこから鮮血が流れているのを見て驚いていたが、すぐにガストレアに殺されかけた事を思い出した。

 そして、彼の体から真っ黒な毛が生えた8本の細長い脚が飛び出し、遅れて頭部から4対の真っ赤な単眼が現れると腹部は鞠のように大きく膨らみ、口角から2本の牙が生え巨大なクモとなった。

 さらに目の前にいる延珠を敵と判断すると粘性のある緑色のぬら光った糸を吐き出す。

 

 「ぬわっ、な、なんだこれッ?ねばねばするぞ」

 

 それに足を取られた延珠を確認すると延珠を二十メートル以上も吹き飛ばした。

 その音に反応して蓮太郎と多田島が走ってきた

 

 「ガストレア、モデルスパイダー・ステージ1を確認。これより交戦に入るッ!」

 

 多田島が拳銃を発砲したので、一方通行が止める。

 

 「何故止める?」

 

 「ガストレアに通常の弾は効果がねェンだよ。かえって興奮させちまうだけだ。」と答え「ガストレアに効果があンのは・・・」

 

 「バラ二ウム弾だけか」

 

 「そういうことだ」

 

 蓮太郎は頷くと発砲し、ガストレアの4つあるうちの1つの目と足を一本吹き飛ばす。

 ガストレアの動きが止まったので注意深く接近するが、嫌な予感がしたのですぐに後退しようとする。

 それを見計らったようにスパイダーが跳ね起きて毒腺を開いて連太郎に向かって突進してきた。

 蓮太郎は身体を強張らせていると自分の目の前に一方通行が飛び出した。

 それに気付いた多田島が何か叫んでいたが、ガストレアが突然向かって来た方向とは反対方向に吹き飛ばされたので多田島の声は聞こえなかった。

 その答えを一方通行に聞こうとすると今度は延珠がすさまじいインパクト音と共にガストレアを蹴り飛ばすとガストレアは一度バウンドして横手の石塀と電柱を巻き込んだ後に息絶えた。

 

 「延珠か」

 

 それを見た蓮太郎が呟くと延珠が笑顔で蓮太郎の名前を叫びながら走って来た。迎えに行こうと走りだすと延珠は連太郎に飛び蹴りをしてきた。

 

 「ぐああああああッ」

 

 見事に蹴りを股関に受けた蓮太郎は悶絶した。

 

 「怒ってんのか?」

 

 「当たり前だ。妾を置いて行ってそれだけで済むのだ。感謝するがいい」

 

 「お前ら、タイムセールはいいのか?」 

 

 二人のやり取りを見ていた一方通行が聞いてくる。

 

 「そうだった、モヤシが一袋六円なんだった!」

 

 「モヤシ・・だと?」

 

 「呆れてるところ悪りィが、さっさと報酬を貰いてェンだけどよォ」

 

開始因子(イニシエーター)加速因子(プロモーター)が走り去って行った理由に呆れている多田島に一方通行が報酬を求める。

 

 「ふっ、ちゃっかりしてんな。ほらよ」と多田島は答えながら今回の報酬を渡して仕事に戻って行った。

 

 そして、彼らとは別の方向でガストレアを探していたレイは、ライから連絡を受けたので一七七支部に戻ろうとした。

だが、数十分前に別れたはずの三人組を見つけてしまい、戻るタイミングを逃してしまったのだった。




レイは何時になったら戻れるのでしょうか・・・


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当然の結果

やっと話がまとまりました


 「・・・・何してんのかね~」 

 

 レイは寮に帰ったはずの3人を見て思わず呟いてしまった。

 理由は下校前に那月に聞かれた事が関係しているのだろうと考え、ライに事情を説明し、3人組の後をついて行った。

 事の始まりは蓮太郎達と別れてしばらく経過した頃に遡る。

 蓮太郎達と別れ3人で学生寮に帰宅して居候のいる我が家に入ろうとする当麻に古城が話しかけた。

 

 「なあ、上条」

 

 「なんだ暁?」

 

 「今から行ってみないか?」

 

 「どこに?レイたちがいるところにか?」

 

 「いや、さっき那月ちゃんが言ってただろ?吸血鬼の遺体が発見されたって。しかも犯人は捕まっていない上に場所は浅葱に調べてもらった感じだとアイランド・ノースらしいんだがどうだ?」

 

 「面白そうだが俺ん家は居候がなあ・・・」

 

 「なら凪沙に上条の家で一緒に食べてもらうように言っとくが・・・」

 

 「本当か!?暁」

 

 「ああ、俺の方から言い出したんだし。じゃあ、付き合ってもらうぞ」

 

 「ああ、行こうぜ!」

 

 「なら、私も行きます。私は暁先輩の監視役ですので」

 

 姫柊に言われ二人で苦笑いしながら歩き出したことで今に至る。

 それから数十分が経過して研究所が見つかったのだが、太い鎖と南京錠で封鎖されていた。

 がっかりしていた古城の耳に知り合いの声が響く。

 

 「安心して。合ってるよ、古城」

 

 「姫柊~しっかり止めないと駄目じゃないか」

 

 驚いた三人が振り向くとそこにはレイがいた。

 

 「待ってくれよレイ。俺が言いだした事なんだ」

 

 「それに俺が乗っただけなんだ。だから姫柊を責めないでくれ」

 

 「暁先輩、上条先輩・・・」

 

 レイの言葉に落ち込んだ雪菜を見てと姫柊が感動している。

 

 「分かったよ。じゃあ、僕からのお説教は終わりだ。それでいいかな姫柊?」

 

 二人の態度を見てレイは説教を終える。

 

 「ありがとうございます、レイ先輩」

 

 「じゃあその代わりに古城は凪沙ちゃんから、当麻は禁書目録(インデックス)からしっかりお説教を受けると思うからそこんとこよろしく」

 

 雪菜がレイに感謝をするとレイは急に笑顔になって言い出した。

 それを聞いた瞬間2人はものすごい勢いで落ち込んだので見ていた姫柊は1人笑っていた。

 

 

 

 「ところでさ、どうしてレイはインデックスの事を知ってんだ?」

 

 それからしばらくしてようやくショックから立ち直った上条が質問する。

 

 「ああ、それはこの前一七七支部の付近で『お腹すいた~』って言ってたから御馳走したんだ。そしたら『ありがとう、おかげで助かったんだよ。あなたは良い人なんだね。私はインデックス、あなたの名前を教えてほしいな?』って言われてさ。名乗ったら『ありがとう。そろそろ当麻が帰って来るから私は当麻の部屋に戻るんだよ。じゃあね~』って御丁寧にも住所まで教えてくれたんだよ~」

 

 レイが笑いながら答えると上条はさっきと違う意味で落ち込み黙ってしまったので

 

 「レイ先輩はどうしてここが当たりだと?」

 

 今度は雪菜が聞いてくる。

 

 「実は僕も調べてたんだよ。そしたらここだと分かったから明日行こうと思ってたんだけどさ、さっき3人が話しながら向かって行くのが見たもんだからいざとなったら止めようと思って後をつけてたんだよ。一応ジャッジメントだからさ」

 

 正直に答えると姫柊が納得した。

 

 「当麻、その南京錠を触ってみてよ」

 

 レイがやっと落ち着いた当麻に言うと、上条は言われた通りに右手で触る。

 南京錠は甲高い音と共に消えた。

 

 「それは幻術だからね。まあ、理由は後で説明するよ。さあ、行こうか」

 

 レイが真面目な表情で言い研究所の中へと歩いて行ったので3人もそれに続いたのだった。




次回はついにあの2人が出ます


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神父の登場

やっと投稿出来ました。



 「ステイルさ~ん、久しぶり~」

 

 「ああ、レイ君じゃないか。久しぶりだね」

 

強烈な香水の匂いを漂わせる赤い髪、耳にピアス、5本の指に銀の指輪、右目の下にバーコードのような刺青を刻んだ身長2メートルを超す神父だった。

 そんなステイルと簡単に挨拶をしているレイを見た3人は驚いていた。

 

 研究所へ入って暫くした頃。

4人が見た物は直径1メートルほど、高さが2メートル弱の20基ほどある円筒形の濁った琥珀色の溶液で満たされている水槽。

 

 「これが・・人工生命体(ホムンクルス)・・だって?こんなものが?」

 

 レイが水槽を見ながらうめいて4人以外が聞いてもわかるぐらいに怒っていた。

 水槽の方を見ると、琥珀色の溶液の中に漂っているのは子犬ほどの大きさの奇妙な生物であり、その姿は伝説の魔獣のようであり、美しい妖精のようでもあった。

 自然界には存在しないはずの生物ばかりだった。

 

 「レイ先輩・・・?」

 

 雪菜は怒りをあらわにしているレイに驚き理由を聞こうとするが、水槽の陰から現れた何者かの気配に気付いたため銀色の槍を構え姿勢を低くした。

 水槽の陰からあらわれたのは藍色の髪をした小柄な少女と緑に染めた髪をオールバックにしたスーツの男、そして身長190センチを超え、右手に半月斧(バルディッシュ)を持ち法衣を纏った男だった。

 

 「暁先輩と上条先輩は見てはいけません」

 

 突然、雪菜が言い出したので2人は理由を知ろうとして少女の姿を見て凝視してしまう。

 

 「すぐにここから立ち去れ」

 

 「肯定。その前になるべく遠くへ逃げてください」

 

 「私はオイスタッハ。アスタルテの言う事は本当ですよ。そのうえ我らは望みを叶えるために必要な力を手に入れた」

 

 「そこのおっさん。力ってのはその子の体内に埋め込んだ眷獣のことだろ?」

 

 「レイ先輩?」

 

 普段の彼からは想像できない位怒っているレイを見て、雪菜は驚く。

 

 

 

 「正解です。さすがはアレイスター達から任せられた監視者ですね。もう気付かれるとは。確かに、自らの血の中に眷属たる獣を従えられるのは吸血鬼のみ。ですが私は、捕獲した孵化前の眷獣を寄生させることにより、眷獣を宿したホムンクルスを生み出す事に成功しました。まあ、成功例はアスタルテだけですが」

 

 「うるせえっ!」

 

 レイはその話を遮って怒鳴る。

 

 「眷獣は実体化する際に凄まじい勢いで宿主の生命を喰らう。だから眷獣を飼い慣らせるのは無限の”負”の生命力を持つ吸血鬼だけだって事を知らないわけないよな?」

 

 「もちろんです。なのでロドダクテュロスを宿している限り、残りの寿命はせいぜい2週間といったところですね。これでも他の魔族を喰らって引き延ばした方なのですがね・・・・。しかし私たちが目的を果たすためには十分です」

 

 「じゃあ、その『目的』だけのためにその子を道具みたいに育てたというんですか?」

 

 「あなたも同じはずですが、剣巫よ?不要な赤子を買い取り、魔族に対抗するためだけに技術を仕込み、戦場に送り出す。まるで使い捨ての道具のように」

 

 「黙れよ、おっさん!」

 

 オイスタッハの言葉に雪菜は全身が凍りつき蒼白になっていくのを感じた。

 

 「レイ、俺とステイルでタキシードを倒す!そっちは任せたぞ」

 

 叫んで眷獣の一部を実体化させた古城を見て、上条はレイに告げるとステイルを連れてタキシード男と別の場所へと走っていった。




アウレオルスとステイルを追加で入れました。
それではまた次回。


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古城、血を吸う

ステイルのセリフはありません。


 「おや、眷獣の魔力が宿主の怒りに呼応するとは・・・さすがは第四真祖。アスタルテ!第四真祖に慈悲を」

 

 「命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、”薔薇の指先(ロドダクテュロス)”」

 

 彼女の小さな体から巨大な眷獣が陽炎のように姿を現した。

 それは、虹色に輝く巨体で体長が四、五メートルあり、全身を分厚い肉の鎧で覆われた顔の存在しないゴーレムだ。

 

 「大人しく従ってんじゃねえよ!」

 

 古城が雷撃をまとった拳で殴りかかる。

 ほんの僅かに漏れ出た程度とはいえ、その雷撃は第四真祖の眷獣の力である。威力は、おそらく並の吸血鬼の眷獣をも凌ぐはず。

 

 「ダメです、先輩!」

 

 雪菜が止めようとするが間に合わず古城は吹き飛んだ。

 続いて雪菜が雪霞狼で攻撃しようとするが止められ、雪菜自身驚いているとアスタルテの眷獣の表面が雪霞狼と同じ降魔の聖光の輝きに包まれる。

 

 「そんな、共鳴・・・?」

 

 「そうです、剣巫よ。魔力を無効化しあらゆる結界を切り裂く”神各振動波駆動術式(DOE)”、アウレオルスのおかげでようやく完成したのですよ。いかがですか?」

 

 「さらばだ、娘。獅子王機関の憐れな傀儡よ」

 

 オイスタッハが斧を振るうと、二人の間にレイが入って来た。

 構わずに振り切ると弾き返され、何が起こったのか考えていると古城が殴りかかってきた。

 

 「ボーっとしてんじゃねえ!」

 

 古城の拳を避け、お返しと言わんばかりに戦斧を首めがけて降ると古城は避ける事が出来ず次の瞬間には首と胴体に切り裂かれていた。

 

 「先輩・・・いやああああっ・・・!」

 

 「アスタルテ、我らが至宝を奪還しに行きますよ」

 

 雪菜の叫びを聞きながら二人はどこかに去って行き、レイはこの場を雪菜に任せて上条達がいるところへ向かって行った。

 

 

 

 

 なんとか上条のいるところに到着したレイが見たのは宙を舞い、皮膚に覆われていないステイルと銃で撃たれ血まみれになっている上条だった。

 

 誰にと聞かなくとも分かるだろう。

 なぜならアウレオルスが鍼を持って2人と対峙しているのだから。

 そしてアウレオルスの後ろには気を失い倒れているインデックスがいた。

 上条に向かって剣が飛んできたと思った次の瞬間には上条の右腕は切断され、上条は笑い出し、それを不快に思ったアウレオルスは虚空から10の暗器銃を取り出し発砲する。

 しかし上条には1発も当たらず、上条の右腕から竜王の顎が飛び出したかと思うと”それ”はアウレオルスを頭から飲みこんだ。

 

 

 上条に一言告げると姫雪菜がいる所へ戻ると古城はさっきまでのことがまるで嘘であったかのように元気だった。

 だが姫柊は首元を押さえている上に顔が真っ赤になっていたので事情を察したレイは一言告げる。

 

 「古城、お前血を吸ったな?」

 

 古城が口ごもっているのを確認し、オイスタッハの行方を知る為にライへと電話を掛ける。

 

 「レイ、アンタ今どこにいるの?こっちは大変なのよ!」

 

 「斧を持ったおっさんと藍色の髪の少女が来てるとか?」

 

 「知ってるのね、まあいいわ。今は浅葱と白井ちゃんと初春ちゃんの3人で食い止めてるからあんたも早く戻ってきなさい」

 

 返事をして電話を切ると2人にそのことを告げ、一緒にキーストーンゲートへと走って行った。




古城がやっと姫柊の血を吸いました。
次回で聖者の右腕編は終了です。


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獅子の黄金《レグルス・アウルム》 (前編)

まとめ切れなかったので、前編、後編に分けました


 「おお、あれこそロタリンギアの聖堂より簒奪されし不朽体・・・この時をどれほど待ち望んだ事か!アスタルテ!今こそあの忌まわしき楔を引き抜くのです!」

 

 歓喜に満ちた声で命令する。

 

 「命令認識(リシーブド)。ですが命令の再選択を要求します」

 

 だが少女の返事は期待したものではなかった為、周りを確認しようとする。

 

 「悪いけど、今の命令は取り消させてもらうよ、おっさん」

 

 要石によって固定されたアンカーの上に3人の立っていた。

 

 「西欧教会の”神”に仕えた聖人の遺体・・・確か聖遺物って言うんだっけ」

 

「ええ、40年ほど前、アレイスターと絃神千羅はこの島の龍脈を制御しようとしましたが要石の強度だけは解決できなかった。ゆえに彼らは『供犠建材』と呼ばれる忌まわしき邪法に手を出した。その上、彼らが贄として選んだのは、我らの聖堂より簒奪した尊き聖人の遺体でした。我らの信仰を踏みにじる所業、決して許せるものではない。だから私は実力を持って我らの聖遺物を奪還する。これは我らとこの都市との聖戦なのです。あなたがたは立ち去るがいい」

 

  「忘れてねえか、オッサン。俺はさっきあんたに胴体をぶった斬られた借りがあるんだぜ。決着をつけるまで立ち去るつもりはねえよ」

 

 レイの問いにとオイスタッハが語っていると古城も加わってきた。

 

 「良いでしょう、第四真祖の力を見せてもらいますよ。アスタルテ!」

 

 「命令受諾(アクセプト)執行せよ、(エクスキュート)、”薔薇の指先(ロドダクテュロス)”」

 

 「さあ、始めようか、オッサン。ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ」

 

 「いいえ、先輩。私たちの(・・・・)聖戦(ケンカ)です!」 

 

 古城が吼えると、雪菜は銀の槍を構え悪戯っぽく微笑みながら言ったので、レイは2人の後ろで苦笑していた。

 

 

 

 最初に動いたのはレイだったが仕掛けたのは雪菜だった。

 銀の槍をアスタルテに向けて突き出すと眷獣を纏った少女は人型の巨体を操ってそれを迎撃する。

 すると建物全体をも振動させる程の壮絶な拳撃が発生した。

 アスタルテの眷獣は、人型ではあるが生物ではなく濃密な魔力の塊なのだろう。

 そのまま二人の戦闘は膠着状態となり、古城はそれを見計らって人工生命体(ホムンクルス)の主人であるオイスタッハを倒そうとする。

 

 「ぬぅん!」

 

 掛け声とともにオイスタッハは戦斧で攻撃してきたため古城は慌てて避けようとするが避けきれないと悟り身構えていたがその戦斧は2人の間に入っていたレイによって弾かれ、隙を見て古城は魔力で作り出した雷球を鋭いパスのような感覚で投げつけた。

 

 「先程の言葉は撤回です。認めましょう、あなたは侮れぬ敵だと。故に相応の覚悟を持って相手をさせてもらいます!」

 

 それを見たオイスタッハは顔を強張らせる。

 

 「ロタリンギアの技術により作られし聖戦装備『要塞の衣(アルカサバ)』この光をもちて我が障害を排除する!」

 

 宣教師は纏っている法衣を脱ぐと装甲強化服から放たれる黄金色を古城に向ける。 

 

 「汚ねェぞ、オッサン。そんな切り札をまだ隠し持ってやがっのかよ!」

 

 非難の声を上げながらオイスタッハの攻撃を紙一重でかわしている。

 

 「先輩・・・!?」

 

 雪菜は叫ぶが彼女もアスタルテを抑えこむだけで精一杯となっており、助けに行けない自分を悔やんでいると、心配するな、というふうに雪菜に目配せして古城が異様な気配を放ちとオイスタッハはそれに気付き攻撃の手を止めた。

 

 「そういうことならこっちも遠慮はしねえ。死ぬなよ、オッサン!」

 

 古城が言うとオイスタッハは本能的に危険を察知して後方へ跳ぶと彼をめがけて突き出した古城の右腕が、鮮血を噴いた。

 

 「”焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の血脈を継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ!」

 

 その鮮血が、輝く雷光へと変わる。

 さっきまでの雷球とは比較にならない膨大な光と熱量、そして衝撃。

 まぎれもなく第四真祖の眷獣である。

 しかも凝縮されて巨大な獣の姿を形作る。

 それが本来の眷獣の形。古城が完全に掌握した、第四真祖の眷獣の真の姿だ。

 

 「疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

 出現したのは雷光の獅子、戦車ほどもある巨体は、荒れ狂う雷の魔力の塊。その前身は目がくらむような輝きを放ち、その方向は雷鳴のように大気を震わせる。

 古城が、先代の第四真祖から受け継いだ眷獣は全部で十二体。

 だが、雪菜の血を吸った古城を宿主と認めたのは、結局、この雷の眷獣だけだった。

 

 「これが貴方の眷獣ですか・・・!これほどの力をこの密閉された空間で使うとは、無謀な!」

 

 オイスタッハには、自分目がけて振り下ろしてくる雷の獅子の前足が見えた。

 その攻撃は彼をかすめただけでオイスタッハの巨体を数メートルも跳ね飛ばした。

 

 「アスタルテ!」

 

 オイスタッハはついに従者を呼んだ。

 爆発的な魔力、自然災害にも匹敵する暴威を振るう古城の眷獣に対抗できるのは、彼女の眷獣”薔薇の指先(ロドダクテュロス)”しか存在しないと判断したのだろう。

 雪菜の攻撃を振り切って眷獣をまとうアスタルテが古城の眷獣の前に立ちはだかると”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”が古城の意思を半ば無視して攻撃を仕掛けた。 巨大な眷獣の前足が雷霆と化して、人型の眷獣を殴るつけるがその瞬間、アスタルテの眷獣を包む虹色の光が輝きを増し、神各振動波の結界が、古城の眷獣の攻撃を受け止め、反射した。




次回、後編。


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獅子の黄金《レグルス・アウルム》 (後編)

やっと第一巻が終わりました。


 「くそっ・・・ダメか!俺の眷獣でも、あいつの結界は破れないってのかよ・・・!」

 

 「いいえ、先輩この聖戦(たたかい)は、私たちの勝ちですよ」と雪菜は笑って言う

 

 古城がうめいていると雪菜が一歩前に出る。

 

 「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 銀色の槍とともに、彼女が舞う。神に勝利を祈願する剣士のように。あるいは勝利の予言を授ける巫女のように。

 

 「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 粛々とした祝詞のとともに、雪菜の槍が輝き始める。仄白いその光は、あらゆる結界を切り裂く神各振動波。だが、その形はアスタルテのものとは違い、まるで光り輝く牙のように細く、鋭い。

 

 「ぬ、いかん!」

 

 雪菜の狙いに気付いたオイスタッハが無防備な雪菜目がけて戦斧を投擲()げようとするが、目の前にレイが現れたことで彼の動きは、一瞬止まった。

 その一瞬に雪菜が駆けた。しなやかな純白の雌狼のように、彼女は音もなく宙を舞うと、雪菜の速度にアスタルテの反応が遅れる。

 互いに刻印しているのは、同じ神各振動波駆動術式(DOE)だが、巨大な眷獣の全身を結界で覆うアスタルテに対して、雪菜の槍は、その力をただ一点に集中していた。ただ細く、鋭く、相手の結界を貫くためだけに。

 

 「雪霞狼!」

 

 雪菜が叫んだ次の瞬間、銀色の槍が、アスタルテの防御結界を破って、顔のない人型の眷獣の頭部に深々と突き刺さる。

 それと同時に古城は雷の眷獣に命令すると、”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”は光の速さで雪菜が手放した槍の柄に、牙を立てる。

 すると、雷に姿を変えた眷獣の魔力が、”薔薇の指先(ロドダクテュロス)”の体内へと流れ込む。今度こそ一瞬でアスタルテの眷獣を焼き尽くし、消滅させたのだった。

 

 

 「すばらしい、威力を増やしてから反射するとは!さすがは彼が開発した能力だ!!」

 

 野望が潰えたことで自暴自棄になったオイスタッハは、レイを褒めた。

 

 「あんたも、木原幻生に協力してもらってたのか?」

 

 「ええ、アスタルテの共振は彼のおかげで成功したのですから」

 

 「なら、俺にもアンタを捕まえる理由ができたわけだ。『風紀委員(ジャッジメント)のレイ』じゃなくて、『大能力者(レベル4)のレイ』としてアンタを逃がすわけにはいかねえ!!」

 

 「君が『レイ』ならその反応は当然ですね。いいでしょう、相手にとって不足はありません」

 

 レイの口調が変わるがオイスタッハは気にせず斧を拾って構えた。

 古城がオイスタッハに向かって”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”を放つがかわされてしまい、荒い息を吐いている。

 

 「やはり、『第四真祖』としてはまだ未熟のようですね」

 

 「ああ、確かに古城は『第四真祖』としては未熟だ。だけど、『暁古城』としては十分だ。ところで、アンタは『敵であるはずの俺から目を離す』という失態をおかしているが、この意味は理解出来るよなぁ、オイスタッハさん?」

 

 先程古城が眷獣を放った方向から声がしたので、オイスタッハ慌ててそっちを見る。

 

 「言っただろ?『アンタを逃がすわけにはいかない』って。さあ、後でしっかり話を聞かせてもらおうか。それまで眠ってな、オッサン!!」

 

 そこには身体からすぐにでも飛び出しそうな雷を出しているレイがおり、彼から雷が放たれたと理解した時にはオイスタッハの意識は途切れていた。

 

 

 

 「さあ、とりあえず、支部に行こうよ2人とも」

 

 オイスタッハが倒れると同時に彼の口調は普段通りに戻っていた。

 

 「「お、おう(は、はい)」」

 

 二人は驚きながらも返事をしてレイの後ろをついて行った。

 

 

 「レイで~す。今戻りました~」

 

 「レイ君!!」

 

 レイが普段の挨拶をして支部に入ると大きな声で呼ばた。

 

 「は~い」

 

 声のした方へ向かうとそこには固法とライがいた。

 

 「なんですか?」

 

 「「なんですか?」じゃないわよ!あなたまた勝手に1人で行っちゃって。全然あのころと変わってないじゃない!ライさんも怒ってるわよ?」

 

 「まったく。私も呼びなさいよ!!」 

 

 「えっ、そっち!?」

 

 レイは叱られながら、固法の横にいるライの方を見る。

 説教を待っていると予想外の事を言われた。

 思わず真顔でツッコミを入れてしまう。

 

 「あなたも何言ってるのよ?「まさか自分は関係ありません」とでも言うつもり?」

 

 「えっ、当然ですよね?」

 

 「何が「当然ですよね?」よ?あなただって知ってたんだから報告しなさいよ!2人とも、反省しなさい!!」、

 

 「「は~い」」

 

 二人は仲良く返事をする。

 

 

 

 「固法先輩、うれしそうですね」

 

 「ええ、その通りですわね」

 

 少し離れた所からそれを見ていた初春と白井は笑いながら話している。

 

 「そこの2人、何か言った?」

 

 「「いいえ、何も」」 

 

 固法から笑顔で聞かれたので声をそろえて答えると二人は仕事に戻って行った。

 

 「そこで突っ立ってる2人は早く病院に行った方がいいわよ?上条がよく行くところは分かるわね?」

 

 浅葱は一人落ち着いて古城と雪菜に告げる。

 

 「「お、おう(は、はい)」」

 

 言われた2人は返事をして病院へと向かった為、1人で固法をなだめに行くのだった。




次はブラック・ブレット編に入ります。


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ガストレア

書き直させていただきました。


 一七七支部に所属している風紀委員(ジャッジメント)のライは自分がいる状況を整理して、支部に戻りたくなっていた。

 その理由は目の前に兄であるアクセラレータと民警である連太郎と延珠がいるからであり、現在位置が普段彼らが生活している「学園都市」ではなく「広範な森の中」ということも関係が無いとは言えないからだろう。

 

 

 ライは今に至るまでの経緯を思い出してみた。それは固法先輩から「ありがたいお説教」を受けた翌日から始まる。

 その日は普通に授業を受けており、いざ帰ろうと帰宅の準備をしていた時に蓮太郎の後をついて行くアクセラレータを見たので、「面白そうだから後をつけてみよう」と考え、行動したのだ。

 しかし早速アクセラレータに見つかり、理由を聞かれたので答えると、アクセラレータは溜め息をつく。

 

 「ついてこい」

 

 彼はだけ言い歩いて行ったので、ついて行くとそこには民警が何人も乗ったヘリが待機していたのだが、彼女の兄は何も言わずにヘリに乗ったので、彼女も乗る。

 兄に行き先を聞こうとしたのだが、当の兄は寝ていた為に聞くことが出来ず、メールでレイに伝えることしかできなかったのだった。

 そんなこんなで到着したのが森であり、今に至る。

 

 

 「おお!お主、久しぶりだな」

 

 彼女の横では延珠がアクセラレータに話しかけており、アクセラレータも適当に挨拶しているのだが彼女は「何故あの時引き返さなかったのか」と後悔している為、その事を気にする余裕がなく、アクセラレータが自分の判断に対して後悔しているということに気付けなかった。

 

 

 そんな兄妹を見ていて、複雑な気持ちになった蓮太郎だったが、アクセラレータに当面の目標である「蛭子影胤の撃破」と「七星の遺産」の回収」を告げた。

 

 「で?今からどこに行くってンだ?」

 

 「ここを抜けて近場の街までいく」

 

 蓮太郎が答えるとアクセラレータは何も言わず、ライを連れて森に入って行ったので蓮太郎と延珠も2人に続いたのだった。

 

 

 アクセラレータがライを連れて来たのは、単純に道案内のつもりだったのだが、当のライにそのことが伝わっていなかったため、後ろに続く蓮太郎と延珠が通る際、邪魔になりそうなものを「反射」を使って取り除きながら説明した。

 

 

 無事にアクセラレータに説明され納得していたライだったが、反射的にしゃがむと3人にもしゃがむよう伝えると、ゆっくりと音のする方に近寄って行った。

 音により小川だと分かり、後ろにいる3人に来るように言い、3人と共に音を忍ばせながら一分ほど進み、茂みをゆっくり掻き分ける。

 思わず立ちすくんでしまい、慌てて茂みにしゃがむと、蓮太郎が不思議に思って確認しに行くと、すぐにライと同じ反応を示した。

 最初に見えたのは黄色く光る目の中に見える細い瞳だった。

 細長い口吻にはびっしりと歯が生えていて、頭から長い尾まで鎧のように覆われた方以外日はぬらぬらと光っている。川から半分だけ身を乗り出し鎮座するその姿は、分厚い外皮と合わさって重戦車のようだ。

 

 「ワ二だ。ガビアル・・・・なのか? しかし」

 

 蓮太郎が何やら呟いているが、アクセラレータにも分からなかった。

 アリゲーター科やクロコダイル科とは異なった口吻は間違いなくガビアル科の特徴だが、ガストレアウイルスの恩恵で肥大化した体のほかに、足が五本生えており、目が本来ついている位置以外にも四つついているからである。

 改めてそれを見て、「レイがこの場にいなくて良かった」と考えてしまったライは、自分が思っていた以上に落ち着いているのが不思議だった。

 

 

 しばらくの間、五本足のガビアルは何を考えているのか読めない瞳でこちらの様子を窺っていたが、どこかへ向かって歩いて行ったので安堵していると、重低音の爆発音がびりびりと空気を振動させた。

 

 「馬鹿野郎! どこかの民警ペアが森で爆発物を使ったなッ・・・・なんてことを」

 

 蓮太郎はすぐに音の正体に気付き、舌打ちして言い放つと、森の中からコウモリが一斉に飛び立ち、キィキィ鳴きながら蓮太郎達の頭上をくるったように飛び回る。

 蓮太郎は嫌な予感がして冷や汗をかいた。

 すぐにそれはやって来た。ずしんと言う先ほどとはまた違う重低音が足元から伝わってくる。

 それは巨体が地を踏みしめる地鳴りなのだが、四方に反響していて音の出所が分からない。

 続いて腹の底に響く、低いうなり声に焦ってあたりを見回した。さっきのガビアルの咆哮とは違い、もっといびつで禍々しい。

 ふと、アクセラレータが一点を見つめて言葉を失った。

 蓮太郎はライトをつけ、思わずの驚愕に取りおとしそうになった。

 樹冠の奥から一対の巨大な瞳がこちらを凝視していた。

 身長は六メートル以上ある。爬虫類特有の獰猛な顔に首は長く赤い舌がチロチロと覗いている。吹き出物のような細かいいぼが顔中を覆っており、風上にいる蓮太郎達にまで肉が腐ったような強烈な口臭が漂ってくる。

 緑色の体色をしており、両腕は骨が進化して翼状になっており、鳥類のガストレアが混ざっているのが分かり、ドラゴンの姿に似ていた。

 間違いなく、ステージⅣのガストレアで、鳥類と爬虫類が何種類か混ざっているようだが、元の生物を特定するのが難しくなるほどにステージが進行していた。

 

 

 

 

 




盗作はしていません。


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アクセラレータ

やっとまとまりました。


 ガストレアの牙に引っ掛かっていた服の切れ端の様なものを見て蓮太郎は思わずうめき声をあげた。

 政府が物量作戦をごり押しした時点で、犠牲者の存在は覚悟していたのに。

 ドラゴンは神経質そうに右足で地面を蹴り始めた。まるでランナーが走りだす前のように。

 視線を釘付けにされながら、震える手でポーチを漁るが、すぐに巨大な生き物に対抗できるような武器を持っていないことに気付く。

 

 「走るぞ」

 

 「俺が殿をやるから急げ」

 

 振り返ってと一言だけ言うと延珠とライは視線だけで了解を示し、アクセラレータから返ってきたので4人で走り出した。

 冷たい風が頬を叩く中、延珠は走っていた蓮太郎とライの服を掴むと二十メートル近く跳躍した。

 服の裾がはためき、空中で一瞬静止すると、自由落下の軌道を描き、猛烈な勢いで森が迫って来る。

 延珠は太い枝の一つを見定めると、そこに両足で着地し、再跳躍。今度は短く、五メートルほど離れた木の枝に飛び移ると、目にのとまらぬ速度で再々跳躍。

 蓮太郎は延珠にしがみつき、延珠が跳躍するたびにかかる強烈なGに耐えながらアクセラレータを見ると、蓮太郎はぎょっとした。アクセラレータの踏み込む足が、いきなり背後を爆破させていた。まるで足の裏がロケット噴射でも起こしたかのように、たった一歩で7メートルもの距離を弾丸のように駆けていたのだ。

 ライに聞こうとしたが、アクセラレータの後ろから獰猛なハンターは前傾姿勢になり、木々を踏み倒しながら追跡しており、生木を裂くバキバキという音が猛追してくるためそれどころではなくなった。

 そんな中で蓮太郎は、ハンターが翼を使わないことに気付き、行けると確信して拳を握った。

 

 

 蓮太郎が拳を握っている中、同じように延珠にしがみついているライは前方を見て、絶望に意識が遠のきそうになるが、なんとか耐える。

 

 「延珠ちゃん、崖よッ!」

 

 「妾につかまっておれ二人とも!」

 

 抗議しかけたところで、延珠は着地した幹に膝を乗せたまま大ジャンプしたものだから、舌を噛みそうになる。

 凄まじい速度で景色が流れ、崖を飛び出し、空中に躍り出た。

 ヒュオン、と強風が吹き、蓮太郎たちは一瞬奇妙な上昇感に見舞われる。

 慣性力と万有引力が打ち消し合い、ぴたりと空中の一点で静止した。

 見渡す限り森だった。自分の悩みも思想も決断も過去の遍歴も、すべてがどうでもいいとさえ思える瞬間。自分の矮小さを思い知らされる瞬間。

 

 ライはシルエットだけで二キロ近くもある棒状の人工物が天に向かってすらりと伸びているのを確認し、それが『天の梯子』なのだとと認識した。

 

 蓮太郎とライは突然、嫌な浮遊感に襲われ、慣性力が消え重力方向に身体が引っ張られた。

 二人は慌てて延珠にしがみつき、歯を食いしばって悲鳴をあげる事だけはこらえた。

 

 延珠は極めて冷静に、迫りくる地面の中から二本の木の枝を見定めて、落下と同時に掴み、枝が限界まで撓むと、延珠は手を離し下方の枝を掴む。

 延珠の腕に過負荷がかかりビキリという音が鳴るが、落下の勢いは減殺されず3人は落雷のように森の中に突っ込んだが、後ろから来たアクセラレータが落ちて行った3人より前に出て、空中で3人をキャッチすると重力のベクトルを反射して、ゆるやかに地上に降り立った。

 

 

 

 何時まで経っても痛みが来ない為、状況を確認しようと目を開けて見たのはアクセラレータだった。

 

 「あァ、そういやァ、説明してなかったなァ。俺の能力は運動量・熱量・光量・電気量なんかの体表面に触れたあらゆるベクトル、つまり力の向きを自由に操作や変換することが出来ンだ。さっきやったのは反射だ」

 

 どんな能力を使ったのか聞いてみるとあっさりと説明され、蓮太郎は目の前にいる少年の認識を改めることにした。

 

 

 「気をつけなきゃなンねェのは対戦車地雷、スプリング式跳ね上げ地雷、誘導型地雷、クラスター爆弾なンかの不発弾だ。ガストレア対戦があッたろ?そン時に撤退する際に自衛隊がばらまいて行きやがッた奴だ。万が一の為に俺が先頭を歩いてやるから、そこだけ通ってこい」

 

 その後、再び進むことを決めるとアクセラレータが言い出し、アクセラレータは森の中を進んで行ったので、3人も続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 アクセラレータの進んだ道を歩きながらも蓮太郎と延珠は警戒を解かなかった。

 時折蓮太郎は地面に耳を当て、延珠は高い枝に上がり危険が無いか確認した。

 アクセラレータはそんな二人に文句を言いながらも進む速度を遅くしていた為、ライは兄の態度を見て笑い、4人は遠くにともる明かりをとらえることができたのだった。

 

 

 

 用心深く近付くと茂みが途切れ、明らかに人工物と思われるものが石造りの建物が見えた。ごく小さな石積みの平屋で、入口には土嚢の壁が築かれている。

 ガストレア対戦時に築かれた防御陣地(トーチカ)もあるが、あちこちボロボロでほとんどその機能を失っており、今では風よけにしかなっていないのだろう。

 

 中から明かりが漏れていた為、影胤がいる可能性を捨て切れず、緊張で脈が早くなるのを蓮太郎は感じていた。

 3人に合図すると、銃を抜き腰を落として裏手から近付く。延珠は前から近付き、アクセラレータは横のガラスの無い窓から、ライが後ろについてきているのを確認して、ドアに耳を当てるとパチパチと薪がはぜる音が聞こえてきた。

 どうやら中で火を焚いているようだった。積まれた石の割れ目から炎が陰影を変えながら影を投げかけているのが分かる。蓮太郎は深呼吸を二回して、銃を構えると合図した通り3人と同時に飛び込んだ。

 

 「動くなッ!」

 

 蓮太郎は相手に銃を向ける。

 蓮太郎のXDと、相手のショットガンの銃口が交差するのはほぼ同時だった。

 そして蓮太郎は相手を見て絶句した。

 

 「お前は・・・ッ」

 

 蓮太郎が呟くと相手は荒い息をつき、うつろな瞳でこちらを見た。

 落ち着いた色の長袖のワンピースにスパッツ。およそ未踏領域の地獄に似つかわしくない装いだった。だが一番目を引いたのは血が止めどもなく流れでる痛々しい腕の傷だった。巨大な獣にかみつかれたのか、傷口が歯型の形に抉れている。

 蓮太郎はその少女に見覚えがあった。

 

 「お主、その銃を下ろさぬと、そっ首たたき落とすぞ」

 

 「身体の無事を願うッてンなら早くしろ、ガキ」

 

 「待ってくれ二人とも、こいつは敵じゃねぇ」

 

 冷たい恫喝と共に背後に忍び寄っていた延珠の蹴りが少女の背筋に、アクセラレータの腕が少女の腕に押し当てられていたのを見て止める。

 アクセラレータは何も言わずに腕を離したが、延珠は蓮太郎の言葉に驚き、何度か蓮太郎と少女を見比べたのち、しぶしぶと足を下ろす。

 すると少女は座り込んでしまい、蓮太郎は力なく座り込んでいる少女の元まで行き、目線を合わせる。

 

 「なあお前、防衛省で一回だけ会ってるけど、俺のこと覚えているか?」

 

 「ええ、勿論です」

 

 少女は苦しげな息を吐きながらも、蓮太郎の問いに答えてくれた。

 

 

 「まずは止血して包帯を巻きましょう。話はそれかでいいかしら?」

 

 ライはそんな少女の腕を見て尋ねると少女は賛成してくれた。

 ライは横で歯ぎしりをして蓮太郎を見ている延珠に気付いた。

 

 「そうよね、延珠ちゃんも知らないものね。この子と蓮太郎君の関係が気になるのよね」

 

 ライは悪戯っぽく延珠に言ってみる。

 

 「ああ、説明しろ蓮太郎!」

 

 延珠は顔を赤らめながら蓮太郎に聞いていた。どうやら、自分で言う分には構わないのだが、人から言われると恥ずかしいようだ。ライはそんな延珠の顔を見て笑っていた。

 

 「分かった。こいつは伊熊将監っていうプロモーターの相棒をやっているイニシエーターだ」 

 

 ライと延珠に言われ、アクセラレータからはどこか温かい目で見られた気がした蓮太郎は3人に向かって、初めて顔を合わせた日の事を話し始めたのだった。




アクセラレータが少しおかしいような気がします。
ライがSっぽい・・・


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千寿夏世

今回は会話シーンとなります。


 蓮太郎は説明し終わってしばらくした後、拾い集めてきた枯れ木を焚火の中に放ると、火勢が息を吹き返し、狂喜したように石壁のあちこちにオレンジ色の光を散乱させる。

 ライが緊急キットで止血、消毒を終え包帯を巻くと、ガストレアウイルスの恩恵で傷の際性が始まっていた。蓮太郎は延珠との再生速度を比べると慎ましい事に気付いた。

 治療中の敵の接近を警戒して延珠を歩哨に立たせることにしたのだが、何が気に入らないのか延珠は不機嫌そうに唇をとがらせ「妾はそんな女認めないぞ!」とか「妾ならそんな傷三秒で治る!」と言い放ってトーチカの外に出て行き、ライだけはそんな延珠を見て笑っていた。

 彼女の名前は千寿夏世というらしく、蓮太郎は初めて会った時の『お腹すきました少女』の名前を今更知った自分に呆れていた。

 

 「なにやら、あなたの相棒をひどく怒らせてしまったようですね」

 

 「チッ、あいつなんで急に不機嫌になったんだよ。まさか反抗期か?」

 

 「理由は明白なんだけどね」

 

 「ええ」

 

 夏世は異様に落ち着き払った態度で言い、蓮太郎は延珠が出て行った方向を見て見当違いの事を言い出した為、ライと夏世があらゆる感情を放棄して、中に吐き出すような口調で言った。

 そして蓮太郎は、夏世に年齢に似つかわしくない落ち着きがあり、感情が読みにくいせいで、困惑していた。

 蓮太郎は夏世を見て防衛省で会った時はもっとユーモアのある少女だと思っていたのだが、「自分の勘違いだったのか」と不思議に思っていた。

 

 

 夏世は蓮太郎が凝視していた事に気付いた。

 

 「不思議ですか? 私のことが?」

 

 「別に、何でもねぇよ・・・」

 

 夏世は答えると目を閉じ、胸元に手を当てる。

 

 「お気になさらず。こういう扱いは慣れています。私も第一世代の『呪われた子どもたち』ですから。ただ、イルカの因子を体内に持っていて、通常のイニシエーターより知能指数(IQ)と記憶能力が高いだけです。ちなみにIQは二百十ほどあります。」

 

 「俺の二倍以上もあんのか?」

 

 「まあ、子供の内は知能テストの結果が少々オーバーですから」

 

 夏世の説明に蓮太郎はぎょっとして聞く。

 少女は幼いはずなのに謙遜して、蓮太郎は奇妙な敗北感に打ちのめされてしまった。

 

 

 「じゃあ頭脳派のお前が司令塔兼後衛で、将監が前衛なのか?珍しいスタイルだよな」

 

 蓮太郎は敗北感を悟られないように気をつけながら言った。

 

 「将監さんは脳みそまで筋肉でできている上に、堪え性が無いので後ろでバックアップなんてみみっちいことができないだけです。いまだに戦闘職のシェアを私に取られたのをひがんでますからね。考え方が旧態依然として困っています」

 

 「お前の持ってる銃、見せてくれないか」

 

 「嫌だと言ったら?」

 

 夏世は毒を吐いたため、蓮太郎は呆れたが、夏世の傍らに置かれた銃を見て聞くと、夏世は少し考えて聞き返してきた。

 

 「ああ、構わねぇぜ。お前が助けられた事に何も感じてないならそうすりゃいい」

 

 すると蓮太郎は悪戯っぽく笑いながら言った。

 夏世は観念したように鼻から息を吐いて銃を差し出す。

 

 「一つ学びました。見返りを求めて時点で善行は堕落します」

 

 「蓮太郎君は延珠ちゃんとお兄ちゃんを止めただけで、治療したのは私だった気がするのよね」

 

 夏世が呟き、会話を聞いていたライも夏世と言い合っているのだが、蓮太郎は聞こえないふりをしながら銃を検める。

 夏世の持っているサイレンサーの付いたフルオートショットガンは、装備拡張用の二〇ミリレイルに、合体装着(アドオン)タイプのグレネードランチャーユニット。どちらも司馬重工の二〇二七年モデルだ。

 連太郎はランチャーユニットを右にスリングアウトして薬室を覗くと顔をしかめ、夏世を見据える。

 

 「・・・・・どうして、森で爆発物を使った?これは四〇ミリ榴弾だろ?」

 

 あれのせいで蓮太郎達はステージⅣのガストレアに追われ、危うく死にかけたのだ。未踏領域での活動はいかなる場合も音を立てないことが鉄則とされる。ましてや蓮太郎ペアより遥かに序列が上のイニシエーターが知らなかったで済まされるはずがない。

 夏世は華奢な膝を抱えると炎を見つめて口を動かす。

 

 「私と将監さんは罠にかかりましてね。おかげで怪我をしたうえ、今は別行動中です」

 

 「罠?」

 

 「ええ、私たちが降りたのも深い森の中だったのですが、しばらく進んだところで森の奥から点滅するライトパターンが見えましてね。味方だと思って無警戒に近付いていったんですよ」

 

 蓮太郎が思わず聞き返すと、夏世は構わずと続けるが、ライは膝を抱えた手に力を込めて少女が小さくなっていることに気付いた。

 

 「もっと注意していれば、あんな薄青い鬼火みたいな色のライトなんて、誰も使っていないことぐらい分かったでしょうが」

 

 「・・・・それは、なんだったんだ?」

 

 蓮太郎が尋ねると、夏世はちらりとこちらを向くと、再び視線を戻す。

 

 「最初に感じたのは腐臭でした。者が腐ったような強烈な悪臭がして、ハエが大量にたかっているんです。そのガストレアは気持ち悪い花みたいなものがあちこちに咲いていて、尾部が発光していました。こっちを見ると、気持ち悪くぶるぶる震えて歓喜みたいなものを表したんです。色々なガストレアを見て来ましたが、あれには足が竦みました。殺されえると思って、とっさに榴弾を使ってしまいました。それから先は里見さんのご想像の通り、森のガストレアがすべて起きだしてしまい、追われているうちに、将監さんとはぐれてしまいました。腕を嚙まれたのはその時ですが、幸い、注入された体液はごく少量だったので大勢に影響はなさそうですが」

 

 「・・・・そいつは、おそらくだがホタルのガストレアだ」

 

 「ホタル?」

 

夏世は不思議そうに尋ねる。

 

 「ああ、ホタルは花粉や蜜を取って生きているけど、獰猛な肉食性のホタルもいるんだ。他のホタルの発光パターンをまねて、近寄ってきたホタルを捕食すんだよ。おそらく人間を捕食するために人間が近寄ってきそうな発光パターンを作りだした特殊進化型だろう。お前等はそれに引っかかっちまったわけだ。それを取り巻いていた植物はおそらくラン科のもので、カビや尿、腐肉みたいなにおいを出してハエや羽虫をおびき寄せて花粉を運んでもらう種があると聞いたことがある。多分、人間を誘い込むにおいを合成していたんだろう。珍しいな、植物種と混ざったガストレアだ。そこまで特殊進化した個体だとステージⅢってとこだろう」

 

 蓮太郎は自分が知っている知識を夏世に聞かせた。

 

 




IQが高いのは羨ましい・・・
次回、仮面男が登場。


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夏世との会話

気付いたら七千字を超えてました。


 夏世はしばらくの間、何も言わなかったが、やがて張りつめていた緊張を解こうと、ゆっくりと息を吐いた。

 

 「・・・・それにしても、見てもいないガストレアの種類を良く言い当てられますよね。里見さんってオタクなんですね」

 

 「グッ・・・それを言うなよな」

 

 「アリの巣を水没させて悦に浸ってた陰惨な幼少期がありませんでしたか?『ほーら、溺れろぉ。ノアの大洪水だぁ~。神の怒りをしれぇぇ~』みたいな感じで。ええ、楽しいですものね、わかります」

 

 

 「ああそうさそうだよ殺しまくりだよ悪かったなフン!」

 

 蓮太郎が自棄気味に告げると、横ではライが笑っており、夏世は少し楽しげに眼を細めていた。

 

 「でもいいですね。あなたみたいなプロモーターといると退屈しなさそうです。少しだけ、延珠さんが羨ましいです」

 

 夏世は焚火に目を落としながら言う。

 

 「・・・・お前は、伊熊将監のようなプロモーターと居て楽しいのかよ」

 

 蓮太郎はできるだけさりげない風を装って質問した。

 

 「・・・・イニシエーターは殺すための道具です。是非などありません」

 

 「延珠さんはおそらく人を殺したことがありませんね。目を見ればわかります」

 

 「確かに延珠は人を殺した事はないが、お前はあんのか?」

 

 「ええ、ここに来る途中も出あったペアを殺害しました」

 

 蓮太郎は一瞬、なにかの聞き間違いかと思った。

 

 「どうしてそんなことを・・・・・ッ」

 

 「将監さんの命令だったので。本当はホタルの光に誘われて行った時も、同業の人間ならすきあらば同様の事をしたでしょう。将監さん曰く『トチ狂った仮面野郎をぶち殺す手柄は俺たち以外のだれにも渡さない』そうです」

 

 蓮太郎は拳を握りしめた。

 

 「・・・・お前は人を殺して何とも思わないのか?」

 

 「怖かったです。手が震えました。でも、それだけです。これで二回目ですし、じきに慣れるでしょう」

 

 蓮太郎の心にカッと怒りがこみ上げてきた。蓮太郎は夏世に掴みかかり押し倒すような体勢になっていた。

 

 「フザケんじゃねぇッ。人殺しの一番怖いところは殺人に慣れることだ。だが自分が罰せられないと知った時、人は罪の意識を忘れていく」

 

 「・・・・それはあなたが殺人に手を染めたことがあるから言えるんですか?里見さんは不思議な瞳をしていますね。複雑な過去をお持ちのようで。優しいのに、とても怖い瞳・・・」

 

 「・・・・・。なあ、どうしてウチの延珠が尊大な喋り方をするかわかるか?それは自分が人類を守る立派な仕事をしていると思っているから胸を張って偉そうに喋るんだ。単純だろ?昔、延珠がプロモーター崩れの犯罪者を殺しかけたことがある。延珠は手術中ずっと塞ぎ込んでたし、助かったと聞いた時は一日中喜んで見舞いにまで行ったんだ。俺は、それでいいと思ってる」

 

 「里見さん・・・・それは綺麗事です」

 

 夏世は不思議そうな瞳で蓮太郎を見上げながら答える。焚火に照らされ瞳にはオレンジ色の炎が映り込んでいた。蓮太郎はゆっくり見を起こすと彼女に背を向けた。

 

 「・・・悪ぃ。俺、なに偉そうなこと言ってんだろうな。クソッ」

 

 「どうして?」

 

 夏世は言いながら蓮太郎の制服の裾をぎゅっと握る。

 

 「え?」

 

 「・・・どうして、謝るんですか?里見さんの言ってることは正しいのに。あなたは正しい。もっと自分に自信を持ってください。渡し、いま変です。よく分からない気持ちです。里見さんに対する反論なら即座に何十個も思いつくのに、里見さんの言ってくれたことを否定したくない・・・。この気持ち、初めてなんです」

 

 「お前・・・・」

 

 蓮太郎の胸に不思議な感慨が湧いてきた。

 やはり、蓮太郎が初対面に抱いた印象は間違っていなかったのだ。やがて彼女は袖で小さく目元を拭うと、一瞬だけ垣間見えた十歳の少女の弱さはもうなかった。そして夏世の提案により蓮太郎、ライ、アクセラレータはインスタントコーヒーを飲むことになった。

 

 

「くだらねえ」

 

 インスタントコーヒーを飲み終わったアクセラレータは呟いた。

 

 「えっ?」

 

 「否定したいならすればいいだろォが。こっちは一万近く殺し続けてンだ。まァ、『クローン(人形)』だけどなァ」

 

 「アクセラレータ?『お前も』だって言うのか?」

 

 「今更、何言ッちゃッてンですかァ?お前もだろうが。なァ、里見蓮太郎?」

 

 「ああ、確かに俺も人を殺したことがある。ガストレアと化して交戦した時にな。・・・・それでも、一万近くは異常だ。聞かせてくれないか、アクセラレータ?」

 

 『絶対能力(レベル6)ッて知ってるかァ?』

 

 「『絶対能力(レベル6)』?『超能力(レベル5)』よりも上があるって言うのか?」

 

 「あァ、そのために俺は『絶対的な力』を手に入れる。『学園都市最強、超能力者(レベル5)第一位』じゃ満足できやしねェ。俺は「面白そうだから突っかかってみよう」ってのが、馬鹿らしく思えるよう程の圧倒的な力を手に入れる。そのためにあと一万弱を殺す。そんな実験だ」

 

 「今は中断してんだよな?」

 

 蓮太郎の問いにアクセラレータが頷く。

 

 「なら、俺が戻ってから止めてやるよ」

 

 「・・・・オマエが、ねェ」

 

 アクセラレータは蓮太郎の言葉を相手にしていないようだった。

                 

 

 

 

 

 

 

 「里見さん、『天の梯子』を見ましたか?」

 

 しばらくして夏世は悪い雰囲気を断ち切るように尋ねる。

 

 「ああ、ここに来る前にな」

 

 「私はガストレアとの大戦を知らない『無垢の世代』です。しかし自分の子供を目の前でむさぼり食われ、恋人を醜いガストレアへと変貌させられた『奪われた世代』の胸には、剥き出しの憎悪が見え隠れしているように見えます。世道人心は乱れ、ただ殺戮能力に特化した武器が開発されました。例を上げるなら『天の梯子』です。これは氷山の一角にすぎません。里見さんも『新人類創造計画』は聞いたことがありますよね?私たち呪われた子どもたちの戦闘能力の高さに気付いて、立ち消えてしまった計画だそうですが、かつてバラ二ウム合金の力を使って最強の兵士を作ろうとした実験があったんです。人体実験も行われていたという話を聞きます。これは大戦前の日本では考えられなかった話なんです」

 

 蓮太郎が何と言っていいか困っている時、夏世の傍らに置かれていた黒い受信器のようなものからノイズと共に野太い男のうなり声が聞けて来て、はっとさせられた。

どうやら無線機らしい。夏世は飛びついてつまみのようなものを回すと、音は鮮明になっていき、やがてそれは連太郎にとって忘れたくとも忘れられない男の声になる。

 『き・・・・・ろよ。おい!生きてんだったら返事しろよ』

 

 声が聞こえてきた瞬間、夏世が目配せしてきた。喋るな、と言うことだろう。

 

 「音信不通だったので心配していました。ご無事で何よりです、将監さん」

 

 『たりめぇだろ。んなことより夏世、いいニュースがある』

 

 伊熊将監はもったいぶるように一旦言葉を切った。無線機越しにドクロスカーフの下で笑っている姿が蓮太郎の目に浮かんだ。

 

 『仮面野郎を見つけたぜ』

 

 将監の言葉に蓮太郎と夏世は顔を見合わせた。

 

 「どこでですか?」

 

 夏世が聞くと同時に蓮太郎はポケットから地図を掴みだし地面に広げる。将監が告げたポイントを探すと、すぐに見つかる。海辺の市街地で、現在置から近かい。

 

 『いま、近くにいる民警が集まって総出で奴を奇襲する手はずになってる。ホントはだし抜いてやりてぇところだが、まあ仮にも序列が上の相手だし、肝心のイニシエーターがいやがらねぇ。いま荒れてた手柄の話がようやくまとまったところだ。仲良く山分けだとよ、面白くねェ話だ。思えもとっとと合流しろ』

 

 夏世の返答も聞かずに無線は切られた。確かに将監の後ろで蛮声や笑い声が聞こえていた襲撃計画が進みつつあるというのは本当なのだろう。

 夏世は早速荷物を畳んで焚火を踏み始めた。

 

 

 「やっぱり行くのか?」

 

 「ええ、あんな人でも私の相棒なので。里見さんは?」

 

 蓮太郎は自分の気持がわからなくなっていた。他の民警が始末をつけてくれるのなら、それに縋ってしまいたい気持ちもある。

 だが、小さく首を振ると、蓮太郎は一旦個人的な感情を沈めて冷静に戦略分析をする。

 問題なのは将監と組んだ連中の腕はどれくらいのものかということだった。序列は不明だが、背後の喧噪は、一組や二組と言う感じではなかった。少なくとも十組弱は揃っているのではないか。その中にはイニシエーターのアシストなしで戦えるIP序列千五百八十四位の闘神、伊熊将監もいる。

 影胤が勝つにせよ、民警チームが勝つにせよ激戦になるのは必至だ。

 

 「傷はどう?」

 

 ライが聞くと夏世は黙って包帯を解き、傷が残らず治癒している事を知らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前四時。

 延珠を呼び戻して、五人でトーチカを出た。

 ぬくぬくと焚火にあたっていた蓮太郎たちより、外で長時間見張りに立っていた延珠の方がはるかに夜目が聞いたので、先頭に立たせることにした。

 しばらく歩くと森は途切れ、見晴らしのいい平野部に出る。そこから道なりに進めば数キロで街に入れるだろうが、あえて連太郎は回り込むようにして小高い丘を目指す。

 街までの直線には身を隠すものが何もない。ここは慎重を期すべきだろうという判断だった。

 歩くにつれて鼻孔に潮の匂いが運ばれてきて、海が近い事がわかる。

 途中、周りを背丈の高い下草が囲んだ場所に野営の後を見つけた。

 煙が出るのを恐れてか、煮炊きをした形跡はないが、携帯食料の袋が散らばっている。思ったよりも所帯が大きい。

 蓮太郎は焦り始めた。奇襲をかけるなら、夜討ち朝駆けが基本だ。後二時間もすれば夜が開明ける。彼らがここを出たなら、もう作戦が始まっていると考えていい。

 慎重に迂回しながら街が見下ろせる小高い丘のつく。眼下に不気味なほど静まり返った街があった。

 三日月型に湾曲した湾には漁船や小型のボート等が無数に係留されている。

 小さな街で、大戦前も過疎化に悩まされていたのではないだろうか。当然明かりなどがないかと思いきや、教会と思しき白い建物にだけ明かりがともっていた。

 突如、銃性が聞こえ息を飲んだ。最初の一発が嚆矢になり、破裂音のような銃性と高い剣戟音が続いた。

 

 「蓮太郎ッ」

 

 延珠が叫ぶ。

 

 「俺たちもいくぞ」

 

 「私は残ります」

 

 驚いて振り返ると、夏世とアクセラレータはこちらに背を向けていた。

 

 「どうしてッ」

 

 ライが声を掛けた瞬間、蓮太郎たちが歩いてきた道から、四本足の獣が弾丸のような速度で飛びだしてきた。

 アクセラレータは能力を使って正面からそれと衝突し、突進を弾き返した。

 蓮太郎はぎょっとした。飛び出してきたのはシカのガストレアだった。上半身の皮膚の至る所を突き破って角が生えている。

 夏世は弾き返され倒れているガストレアの頭部を狙ってショットガンの引き金を引いた。

 「ゲアッ」という気味の悪い叫び声をあげてガストレアは吹っ飛んで動かなくなった。

 

 「尾けられていたようです。それと里見さんには聞こえないのですか?ここで誰かが食い止めないと、勝っても負けても全滅しますよ」

 

 言われて背後を見ると、今しがた抜けてきた鬱蒼とした森から低い鳴き声や高いうなり声が聞こえてきた。街から聞こえて来た銃声で目を覚ましたガストレアが様々な周波数帯で仲間と交信しているのだ。

  夏世はしごく冷静な様子でフルオートショットガンを地面に突き立て、背嚢を下ろすとありったけの予備弾倉を地面に並べ始める。徹底抗戦の構えだ。

 

 

 「じゃあ俺たちも」

 

 蓮太郎は言うが、夏世はショットガンを天に向けると一発だけ発砲する。散弾のつぶてのうち数発が当たったのか、怪鳥のようなシルエットが一声鳴いて森の中に墜落する。

 

 「里見さんは馬鹿なのですかッ?賽は投げられています。あなたたちはルビコン河を渡らなければなりません。その代わり、終わったらこっちの加勢、お願いします」

 

 「ここは任せる。ガストレアを止めろ。ただし無理はすんじゃねぇぞ」

 

「安心してください、劣勢になったら逃げますので。将監さんをよろしくお願いします」

 

 蓮太郎達の背中を見ながら、夏世はアクセラレータに尋ねる。

 

 「アクセラレータさん。あなたも行ってください」

 

 「あァ?」

 

 「あなたがいればここは抜けられるでしょう。ですが、その間に蓮太郎さん達はやられてしまう。それはライさんも同じはずです」

 

 「・・・・・」

 

 「ライさんを守りたいのでは?」

 

 「チッ。ガキが分かッたよォな事を言うな。運が良けりゃ帰りに拾ッてやる」

 

 そう吐き捨てるとアクセラレータは蓮太郎達の跡を追った。

 

 

 徐々に街が大きくなってきた。家屋や小さなビルが原型を留めているところを見ると、ここに住んでいた人たちは、ガストレアに襲われる前に早々に街を捨て東京に逃げ込んだのだろう。

 原形を留めてはいるが、完全に、というわけではない。通常、暖房が使われなくなった住宅やビル等は大きな寒暖の差をモロに受け、膨張収縮を繰り返した結果、壁がボロボロになってしまう。この街に関して言えば、併せて、塩分を含んだ潮風が基材を腐食させるので、より事態は深刻と言える。

 朽ち果てた街を見ながら、蓮太郎は人工的な環境の弱さをまざまざと感じた。

 蓮太郎達は街に入ってからは建物の陰を縫うようにして進んだ。

 無数に係留されたボートも錆だらけで、漁船に至っては幽霊船と見紛うばかりの奇々怪々な有様に感じていた。風が吹くたびに闇色に塗られたシルエットがギッと耳障りな音を立てる。

 徐々に銃声がした付近に進んで行き、それに伴って蓮太郎の心臓がばくばくと拍動する。レーダーの様に敏感になった肌には、風が吹くたびにチクチクとする。

 一体どうなっているのか、先程から銃声も剣戟音も聞こえてこない。影胤を倒したのなら、誰かが勝ち鬨くらい上げるだろうに。

 蓮太郎は邪魔になったサイレンサーを取り外し、右手にXD拳銃、右手にライトを持つ。腕を交差させ、手の甲同士を密着させながら進む。ライトはまだつけない。出会い頭にライトの光を叩きつければ相手の視界を奪いながら一方的に銃撃できるからだ。ハリースと呼ばれるプロが使う近接戦闘用(CQB)銃撃テクニックである。

 やがて足になにかが当たり、延珠がそれを手探りで拾い上げると、延珠は短い悲鳴を上げて放りだした。

 生々しい二の腕から先は銃を握ったまま切断されていた。湯気すらあげそうなほど瑞々しい。

 その時、平屋の家屋の中からゴトリと音がして、危うく発砲しそうになってしまった。

 

 「剣は・・・・俺の剣は・・・・・・・どこ、だ」

 

「お前は・・・ッ。伊熊・・・・将監か」

 

 男が声を上げながら歩いていたので蓮太郎は声を掛けた。雑貨屋のスツールにどっかりと座りこんだドクロスカーフの男は、蓮太郎の姿を認めると、ふらふらと歩み寄ってきた。どうやら目が見えないらしい。

 

 「すまねぇ、アンタ・・・・俺の・・・・剣を知ら、ないか。あれがあれば、まだ戦える・・・・」

 

 将監の言葉に蓮太郎は小さく口を開けて、折れた巨剣が将監の背に突き刺さっている光景を見つめるしかなかった。

 将監は蓮太郎の横をすり抜けると、膝から崩れ落ちた。

 もう二度と動かなかった。

 事態が予想を超え過ぎて、蓮太郎の脳の処理が追いつかなかった。序列千五百八十四位の上位ランカーが倒されたことがショックだったのだ。

 蓮太郎はXDの銃把を握りしめ、心の中で夏世に詫びた。

 腰に差した彼のバックアップ用の銃を見つけ、簡単に検める。スミス&ウェッソン社製オートマチック拳銃、シグマ。四十口径のバラ二ウム弾がフル装填されていることを確認して連太郎はベルトに挟み立ちあがると、通りに続く角で立ち止まり、延珠に悲鳴をあげないことを約束させる。

 風下にいるせいか、先程から隠しようがないほどの濃密な血臭がする。

 銃を構えながら通りに出ると、声が出なかった。

 一番近いものは、ほんの数メートル先にあった。

 蓮太郎の一番近くに転がっていたのは、切り離されたイニシエーターの頭部だった。顔に驚愕が張り付いたままこちらを見つめている。

 奥には折り重なるようにしてイニシエーターとプロモーターの死体があった。こちらは速やかに銃殺されている。通りは血の海と化しており、その中には防衛省で見た顔もちらほらあった。

 蓮太郎は唇をかみ、膝から崩れそうになるのを必死で堪えた。

 百メートルほど奥に扉があけ放たれた教会が見える。

 壁に掛けられた燭台に煌々と灯がともっている。

 

 「パパァ、ビックリ。ホントに生きてたよ」

 

 その時、蓮太郎は教会の頭上に据えられた聖十字から海面を眺めているペアを見つけた。

 片方は腰に差した二本の剣に、黒いワンピース。もう一方はワインドレッドの燕尾服に袖を通した仮面姿、シルクハットの怪人だった。

 蓮太郎は自分の目を疑った。そのペアは大量の手練れを迎撃、全滅させた後だというのに、傷一つなかったのだ。

 蓮太郎は激しい後悔に襲われ、一歩退いてしまう。

 どうして、ほかの民警の応援を呼ぶまで待機していなかったのか。何度も対峙して人間離れした実力をまざまざと見せつけられた後だというのに。そうでなくとも、伊熊将監たちが手も足も出ず殺害された時点で、勝敗の帰趨は明らかだった。あの時踵を返して逃げることもで出来たはずなのに。

 二回もあったチャンスをフイにした結果、かくて状況は最悪となる。今からではもう遅いのだ。

 

 「影胤・・・・ケースは、どこだ・・・・ッ!」

 

 「きっと来ると思っていたよ」

 

 生ぬるい風が肌を撫でている中で、月を背後に、二丁拳銃を持った蛭子影胤はゆっくりと振り返り、鷹揚に手を広げた。

 

 「幕が近い。決着をつけようじゃないか、里見くん」

 

 男の声が蓮太郎達を包んだ。




次回はどこまで書けるのか、自分でも分かりません。


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それぞれの思惑

年が明けました。
今年もよろしくお願いします


 午後四時十分。

 里見蓮太郎と蛭子影胤の対峙を高度八百メートルから静かに見降ろす電子の目があった。

 東京エリア第一区の作戦本部、日本国家安全保障会議(JNSC)では、偵察飛行している無人機(UAV)に備わった各種データ伝送技術が、ほぼリアルタイムで会議室のモニターに表示されている。

 作戦本部は死のような静けさが降りていた。

 長机に腰掛けた内閣官房長官や防衛大臣が気まずげにちらちらとお互いの顔を盗み見ている。

 つい先程、十四組と一人、二十九人もの民警の社員が総出で蛭子影胤に挑みかかって返り討ちにされた映像を見たばかりだ。

 現在、六人の人間が対峙し、静かに戦闘の開始を待っている映像が上空から俯瞰して映っている。

 長机の上座についたJNSC議長、聖天子は溜息をついた。

 

 「現在、付近に他の民警ペアは?」

 

 「は、一番近くにいるペアでも、到着に一時間以上かかるかと」

 

 ブルドック顔の防衛大臣は、困り果てたようにハンカチを顔の当てながら答えた。

 聖天子は副議長の天童菊之丞を見ると、菊之丞は巌のような相貌で一つ、頷きを返してきた。

 

 「聖天子様、ご決断を」

 

 周りに言われ、聖天子は黙考の後、椅子から立ち上がる。

 

 「では・・・」

 

 言おうとした時、ふと、会議室の外に立たせた護衛官(SP)が動揺して声を荒げているのが聞こえた。

 いきなりシチュエーションルームの扉が開け放たれ、数人の人間が殴りこんでくる。 聖天子は先頭にいる少女と少年を見て一瞬反応が遅れた。

 

 「何事ですか!」

 

 聖天子が叫び、会議室の中がにわかに色めき立つ中、先頭に言う黒紙の少女、天童民間警備会社社長、天童木更は肩で風を切りながら、部屋の中を横切ると居並ぶ面々に一枚のぺラ紙を突き付ける。

 木更が取りだした一枚の紙にはサークルが引かれており、サークル外側に寄せ書きのように直筆の名前と判が押してある。

聖天子は覗きこんで思わず息を飲んだ。傘連判だった。古い昔、百姓一揆の固い団結を約束すると同時に、首謀者を隠すために円状にしたものだ。

 周囲の視線はごく自然に、その無数の名前のうちの一人、防衛大臣に向けられる。他の高官は青い顔で防衛大臣の周囲から後ずさりして行った。

 

 

 「ご機嫌麗しゅう轡田大臣」

 

 「こ、これは何の冗談だ!」

 

 木更が芝居がかったように挨拶するが、当の防衛大臣は声を荒げることしかできなかった。

 「あなたの部下がこんな面白いものを持っていましてね。連判状に書かれている通り。あなたが蛭子影胤の背後で暗躍した依頼人ということです。それをマスコミ各社にリークしようとしたのもあなたです」

 

 「そ、そんな馬鹿な・・・」

 

 絶句している男を見て、木更は顎に手を当ててわざとらしく首をかしげる。

 

 「直筆で傘連判なんて、随分古風な事をなさるんですね。おかげでこの計画に荷担した人間が一斉検挙できそうで手間が省けましたが」

 

 聖天子は目を細める。これ以上黙って聞いているわけにはいかないのだ。

 

 「この会議室内は国防を担うべく置かれた超法的な場所です。土足で踏み込まれるのは困ります」

 

 「そ、そうだ。貴様は所詮薄汚い民警の犬にすぎぬ。どこからそんなものを手に入れたかは知らんがとっとと失せろ!」

 

 聖天子の尻馬に乗って大臣が吼えたてる。

 

 「聖天子、君の言うことは確かに正しい。しかし私はこの事実を知って、一刻も早く知らせねばとその二人をそこに向かわせた。君もスパイを排除せねば落ち着いて議事を進められないのだろう?」

 

 突然声が聞こえてきた。

 音源をたどると、木更と共に入って来た少年、レイが持っている携帯電話からだった。

 声の主はこの会議に参加していない、アレイスターだろう。

 

 聖天子が菊之丞に合図を送ると、菊之丞は冷ややかに防衛大臣を見た。

 

 「連れていけ」

 

 「そ、そんな・・・・。天童閣下ぁッ。私はッ、私はああああああッ!」

 

 護衛官が両脇を抱えると、哀願し泣きわめく大臣を外に引きずっていく。

 

 「では、私もこれにて失礼します」

 

  「天童社長、そうはいかないでしょ~。僕だけ置いてかれるのはね~」

 

 木更は踵を返そうとするが、同伴してきたレイに止められる。

 

 「どういう事?」

 

 「すみませんが、この作戦が無事に終了するまで、あなたをこの建物からだすわけには参りません。この部屋に軟禁させてもらいます」

 

 「そういうことなら仕方ありませんね」

 

 

 「木更よ・・・・よくもここに顔をだせたな」

 

 怒気を露わにしかけた菊之丞に、木更は泰然と微笑んだ。

 

 「ご機嫌麗しゅう、天童閣下。お久しぶりですね」

 

 「地獄より舞い戻ってきたか、復讐鬼よ」

 

 「私は枕元で這いまわるゴキブリを駆除しにきただけです。ここに居合わせたのは偶然にすぎません。気の回し過ぎではございませんか?」

 

 「よくもそんな戯言を・・・」

 

 菊之丞と木更が言い合っている中、木更の瞳が冷たい輝きを放ちながら細めらる。

 

 「すべての『天童』は死ななければなりません、天童閣下」

 

 

 「き、貴様・・・・」

 

 とても祖父と孫の会話には聞こえなかった。ある程度木更と菊之丞の関係を知っているだけに、聖天子も生きた心地がせず、レイも苦笑いをしていた。

 

 「二人ともその辺で。天童社長、あなたもモニターを見たならある程度現状は把握しておいでのはず。意見を聞いておきたいのですが、よろしいですか?」

 

  聖天子は二人の言い合いを止めて木更に聞いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前四時十五分。

 生ぬるい風が蓮太郎の肌を撫でて行く。

 鼻孔には強い潮のにおい。寄せては返すさざ波の音がコンクリの岸壁に当たり砕けていく。月光が水面を銀鱗の如く照らすが、水底はあまりにも暗くて見通せない。

 潮のにおいに混ざる血のにおい。あたりは死体の山。そして教会の頭上には二匹の修羅が立っている。

 蓮太郎は、当たりに広がる血の海を眺め、低く押し殺した声で問う。

 

 「これを全部、貴様等が?」

 

 「教会を血で汚したくなくてね。もう私たちができることはすべて終えた。ステージⅤガストレアはじき訪れるだろう。あとは時を待つだけさ」

 

 「・・・・・ケースは教会の中か?それといま中に入って準備とやらをぶちこわせば、ステージⅤ召還を止められんのか?」

 

 「不可能だろうね。なぜなら、私たちが立ちはだかっている」

 

 「じゃあ、ぶっ倒す」

 

 影胤は肩をすくめて笑う。

 

 「私は世界を滅ぼす者。誰にも私を止めるとはできない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・天童社長、里見ペアの勝率はいかほどと見ますか?」

 

 聖天子の言葉を聞いた木更は感情を交えない冷たい瞳で顎に手を当てた。

 

 「三十%ほどかと。私の期待を加味して良いのなら、勝ちます、絶対に」

 

 官房長官は小馬鹿にしたように腹を揺すった。

 

 「天童社長、自分の抱えている社員の強さを信じたい気持ちはわからないでもないがね、二十九人もの民警がたったいま殺されたばかりだ。それに相手は『新人類創造計画』の生き残りなんだぞ、勝ち目など一%もない」

 

 「十年前、里見君が天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家にガストレアが侵入して、私の父と母を食い殺しました。私はその時のストレスで、持病の糖尿病が悪化、腎臓の機能がほぼ停止しています。その時、里見連太郎は私を庇って、右手、右足、左目をガストレアに奪われました。瀕死の彼が運び込まれたのはセクション二十二。執刀医は室戸菫医師」

 

 「室戸菫!?まさか彼は!?」

 

 頃合いだろうと思い、聖天子は隣を見遣る。

 

 「菊之丞さん、みなさんに彼等のスペック表をお配りしてください」

 

 

 

 

 

 

 影胤は教会から飛び降りる。

 

 「わかっているのかい里見くん?序列元百三十四位のこの私に挑むということの意味を」

 

 「・・・・安心しろ、正しく理解してんよ影胤。二度の敗北、見方は全滅、援護は来ない。ああ、願ってもない状況だクソヤロウ!!戦闘開始ッ、これより貴様を排除するッ!」

 

 蓮太郎はネクタイを緩めながら告げる。

 

 影胤は斥力フィールドを発生させるが、連太郎は構わず『百載無窮の構え』を取る。

 

 「天童式戦闘術一の型三番ッ、『轆轤鹿伏鬼』ッ」

 

 足に仕込んだカートリッジ推進力により爆速された連太郎の拳が、迫り来る圧殺の壁に捻り込まれ貫通。インパクト面が爆発し、双方が靴跡を引きながら吹き飛ばされる。

 

 「マキシマムペインを破ったのか・・・・・ッ?」

 

 吹き飛ばされた時、影胤は見た。蓮太郎の右腕が、右足が、左目がバラ二ウムに変化している事を。

 

 「バラ二ウムの義肢、だと・・・・?里見くん、まさか君も?」

 

 「俺も名乗るぞ影胤。元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターを見ていた官房長官が金切り声をあげながら椅子から立ち上がる。髪をぐしゃぐしゃと掻きながら狼狽と恐怖を露にした。

 

 「もう一人いたのか?ガストレア戦争が生んだ人間兵器が・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・フィールドがダメージを殺しきれなかった? ・・・・・・・クク、ハハハ、フハハハハハッ」

 

 影胤は爪先立ちで一回転しながら両手を広げた。

 

 「楽しいッ、楽しいよ里見くん!私は痛いッ、私は生きているッ。素晴らしきかな人生!ハレルゥゥゥゥヤァァァァ!」

 

 小比奈が視界から消えたかと思うと、蓮太郎と延珠の間に出現。耳元で悲鳴。

 

 「パパをいじめるなあああああッ!」

 

 小比奈はその場で小太刀を両手に持ったまま舞うように一回転。十メートルの距離をゼロにする踏み込みと斬撃が神速で振るわれたことを除けばデタラメともいえる剣技。

 打ち合わされる剣戟音。驚愕の表情を浮かべたのは、果たして小比奈だった。

 右の刀を延珠の靴の裏が、左の刀を蓮太郎の義手が防御して止めていた。

 蓮太郎の義眼の知覚増幅デバイスが敵の位置、移動速度から予測移動方向を演算したのだ。

 鍔迫り合いながら蓮太郎は自由になる左手でホルスターからXDをドロウ。

 だが、小比奈が駒のように回ることで銃弾は小太刀に防がれてしまう。

 延珠の蹴り技も影胤の二丁拳銃によって防がれる。

 

 「哭けソドミーッ、唄えゴスペルッ」

 

 回転ノコギリのような爆音をまき散らしながら影胤の二丁拳銃が火を噴くが延珠はなんとか回避する。

 

 

 蓮太郎はXDを撃ち、どうにかして小比奈から逃れようとするがそうはいかない。

 その時、どこからか鉄柱が飛んできて、一瞬だけ小比奈の視線が鉄柱に向いたのを蓮太郎の義眼が見過ごすはずもなく、客船の屋上で延珠と合流することができた。

 鉄柱が飛んできた方向を見るとそこにはライとアクセラレータが立っていた。

 

 

 「君は『学園都市第一位』のアクセラレータだろう。どうして君が里見くんと同行しているんだ?」

 

 「あァ、俺はアレイスターの奴に監視役をやれッて言われてンだ。だからとりあえず里見を援護してンだ。」

 

 「なるほど。ではそちらの少女は?」

 

 「あたしは知りたいことがあって」

 

 「ほう?」

 

 「あなたの斥力フィールドには”ある人物”が関係してるかもしれないと思ったから」

 

 「”ある人物”?」

 

 「ええ、でもそれはまた後で。今度はこっちが聞いてもいいかしら?」

 

 「いいとも」

 

 「どうしてこの戦いを起こしたの?あたしはあなたとは初対面だからそれしか分からなくてね。聞いておきたいのよ」

 

 「逆に聞きたいね。なぜ私の邪魔をするッ!我々新人類創造計画は殺す為に造られた。モノリスが崩壊し、ガストレア戦争が再開すれば我々はその存在意義を証明される。憎しみは消えない。戦争は終わらない。私たちは必要とされるッ。わからないか里見くん?ガストレア戦争が継続している世界こそが我々新人類創造計画の兵士にとっての勝利なのだよ」

 

 「まさか貴様ッ!その為だけに・・・?」

 

 「だとしたらなんだというんだッ。人類が絶滅することなど些細な問題にすぎない。我々は戦っていなければ誰も必要としてくれない。さあ戦争を!もっと闘争をッ!これは私の私による私のための戦争だ。誰にも邪魔はさせない」

 

 「おびただしい量の血をすすっておいて、まだ殺戮を求めんのかッ?」

 

 「これは壮大な実験なのだよ!私に易々と殺されるような人間はどのみち私の理想郷の中では生き残れなどしない。君のイニシエーターが『呪われた子供たち』だと露見した時の周りの反応はどうだった?祝福されたか?鳴りやまぬ歓声に心を洗われたか?歓喜のうちに胸を抱き留められたか?そんなことはあり得ない。私は選ばれた。小比奈も選ばれた。君たちも選ばれた。君ならば私の思想が理解できるはずだ。さあ里見蓮太郎、君の欲するすべてを与えてやる。私と共に来い!」

 

 「ザケンじゃねぇよクソ野郎ッ!貴様の語る未来ッ、断じて許容できねえ!」

 

 延珠は影胤の銃口が蓮太郎に向いている事に気付いて、突っ込む。

 だが、延珠に気付いていた影胤は斥力フィールドを発生させ、延珠を弾くと引き金を引く。

 当然、連太郎は延珠を守る為、影胤と延珠の間に入るとバラ二ウムで出来ている右手と右足で防ぐが、誘い込まれたことに気付く。

 

 「従えないのなら、死ねえええええッ!」

 

 影胤の拳は蓮太郎の腹部を捉え、その威力は蓮太郎を喀血させるまでに至った

 

 

 倒れ落ちた延珠が見た物は血が流れ出る腹を押さえ、うずくまる蓮太郎の姿だった。

 

 「そ、ん・・・・な・・・・」

 

 蓮太郎は膝を崩す。首を巡らせ、両手で口元を覆う延珠を見てから、次いで冷めた瞳でこちらを見降ろす蛭子影胤に、縋るように手を伸ばす。影胤は胸の前で十字を切った。

 

 「君の、負けだ」

 

 自分が死が迫っている事を悟った蓮太郎の耳に言葉が響いた。

 

 「蓮太郎ッ、妾を一人にしないでくれえッ」

 

 その言葉を聞き、少女を一人にしないと決意した蓮太郎はAGV試験約薬を胸ポケットから取り出した。

 

 菫の言葉がよみがえり、二十%という超高確率でガストレアとなる覚悟を決め、自分の腹に五本全部を突き刺した。

 

 「グッ、ああああああああああッッッ!」

 

 蓮太郎は天に向かって絶叫しながら立ち上がる。下に溜まった血で滑りそうになり何歩かたたらを踏む。視界が上下に激しくゆがみ、しこたま酔っぱらったみたいな遠近感の崩壊した世界。だが斃すべき死神の姿はまだ見える。

 

 「賭けにッ、勝ったぞッ」

 

 「里見くん、君は一体・・・」

 

 影胤からの疑問を聞きながら、天童式戦闘術『水天一碧の構え』を取る。

 直後に地を蹴る。足から炸裂音が鳴り響き、空薬莢がイジェクト。脚部可動型スラスターを後方に向け推進力を足の裏から噴射。すかさず飛び出してきた小比奈が渾身の力で刃を振り降ろしてくるが、連太郎は右腕で応じる。

 超バラ二ウムの拳は小太刀をへし折ると、小比奈を紙くずのように吹き飛ばす。甲板をバウンドし操舵室の壁を砕きながら室内の計器類に激突、小比奈は脳震盪を引き起こしたらしく、壁に縫われたまま気絶。

 立ち止まらず、脚部に撃発し、吹き飛ばされるような衝撃とともに再加速。影胤が斥力フィールドで防ごうとするが止まらない。

 

 「天童式戦闘術一の型十五番ッ、『雲嶺琵湖鯉鮒』ッ」

 

 フィールドを破り、そのまま影胤にアッパーを喰らわせる。

 耳を聾するほどの破裂音と共に超音速で振るわれたアッパーが影胤の身体を上空十メートルに打ち上げる。連太郎は跳躍し、スラスターの角度を後方に変え撃発.影胤と同じ高度まで跳躍し、頂上で身体を半回転、頭を下にしながら脚部の残り薬莢をまとめて激発させる。

 

 影胤は諦めたように小さくしゃがれた声を出した。

 

 「そうか・・・・私は君に、負けた、のか・・・」

 

 「『隠禅・哭汀』ッ!」

 

 仮面目がけて右足を振り降ろす。

 仮面にひびが入り、そのまま影胤が海に沈んだことを確認する。

 

 「そんな・・・パパァ、パパァァァ」

 

 声のしたほうに首を巡らせると、船から身を乗り出して海に手を伸ばし、絶望の表情を浮かべている小比奈がいた。

 延珠が複雑そうに連太郎を見上げた。蓮太郎は小さく首を振る。

 

 「彼女はもう敵じゃない」

 

 その時、胸ポケットが震え、無味乾燥な電子音が響く。

 

 『見てたわ、里見くん』

 

 「約束しただろう」

 

 『ええ。でもね里見くん、悪いニュースを伝えなきゃいけないわ』

 

 「悪いニュース?」

 

 『落ち着いて聞いてね。ステージⅤのガストレアが姿を現したの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全部、終わりなのか?」

 

 『まだ終わらせない!私の作戦、聖天子様からお許しを頂いたわ。答えは君から見て南東方向にある』

 

 「『天の梯子』?」

 

 ガストレア大戦末期の遺物。完成はしたが、ついに一度の試運転もないまま陣地放棄を余儀なくされ、敗戦の日を見守ることになった超巨大兵士器。

 またの名を線形超電磁投射装置。直径八百ミリ以下の金属飛翔体を亜音速まで加速して撃ちだすことの出来る、レールガンモジュール。

 

 『あなたたち二人が目標地点一番近いわ。時間が無いの、君がやるのよ、里見くん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電話で言われたことをアクセラレータの伝える。

 

 「アクセラレータ、俺達は『天の梯子』を使う。そっちはどうする?」

 

 「ああ、少し待って」

 

 その時、ライの携帯電話が電子音を響かせる。電話に出ると、その声はライのよく知る声だった。

 

 『ライ、アクセラレータ、君達は彼等と別れてくれ』

 

 「今のアレイスターの言葉は聞こえたかしら?」

 

 「ああ、了解した。行くぞ延珠!」

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎と延珠が走っていった後、ライはいまだ通話中のアレイスターに質問した。

 

 「当然、理由は聞かせてれるんでしょうね?」

 

 『ふむ、そうだな。蛭子影胤に好奇心が湧いてね』

 

 「好奇心ねえ。まあ、いいわ。私も知りたいことがあるし」

 

 『そうか、では頼むぞ』

 

 「わかったわ。ああ、それともう一つ」

 

 『?』

 

 「レイに代わってもらえるかしら?」

 

 『ああ、いいとも』

 

 アクセラレータにはライがなにか考えついたように見えた。

 

 「なにを企んでやがる?」

 

 しかし、ライはぬらりくらりとかわす。

 

 「うん?別に何も」

 

 再び電話から声が聞こえてくるが、それはアレイスターではなく、レイのものだった。

 

 『姉ちゃ~ん、呼んだ~?』

 

 「遅いわよ」

 

 『ごめ~ん。で、何?』

 

 「説明はしなくても理解してるんでしょ?『ここ』に来てくれない?」

 

 『今すぐ?』

 

 「今すぐ!」

 

 『は~い』

 

 通話が終了し、すぐにライの意識は沈んだ。

 

 「到着しました~。レイで~す」

 

 ライの意識が沈んだ後、ライの口から今は『ここ』に居ないはずのレイの言葉が出てきたことがアクセラレータを驚かせた。

 

 「あァ?オマエ、今どうやって来た?」

 

 「まあまあ、それはそのうち説明するからさ。で?どうしたらいいのさ姉ちゃん?」

 

 すると今度はライの口調になる。

 

 「今から蛭子影胤と蛭子小比奈を回収するのよ。回収した後は蓮太郎君が失敗しないように見てること。勿論、ばれないようにね」

 

 「失敗したらどォすんだ?」

 

 アクセラレータは尋ねる。

 

 「その時は、能力を使って当たらなかった弾を撃ち込むのよ、兄さんとレイでね」

 

 「ッたくよォ。まあ、いいや。お前等はあのガキを下ろしてこい。俺は今からアイツを回収してくる」

 

 「は~い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイは小比奈を、アクセラレータは影胤を回収して合流した。

 

 「君達は何故、我々を助けた?」

 

 「聞きたいことがあるから」

 

 「先程も言っていたな。それは?」

 

 「”木原幻生”」

 

 「!?」

 

 「知っているのね。まあ、いいわ。『学園都市』に戻ってから聞かせてもらうから」

 

 「いいだろう。小比奈、彼らに従おう」

 

 「うん、パパァ!」

 

 小比奈は返事をして、泣いて父親に抱きつく。

 やはり彼女も子供なのだ。イニシエータと言えど十歳児に変わりはない。

 そのことを改めて思い知ったライなのだった。




レイ、ライの能力についての説明は巨大ガストレアを倒し、レンとライが一七七支部に戻ってから説明しようと思います。


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天の梯子

書いていて蓮太郎にはやっぱり延珠だなぁと思いました。


 蓮太郎たちが到着すると施設の電灯は点いていた。

 本土側で送電網を通じて電源を入れたらしい。

 

 『里見くん、急いで』

 

 蓮太郎と延珠は並んで施設内を疾走する。

 目的の部屋は地下の二階にあった。蓮太郎は地図と木更の誘導に従い中央電室まで息を急き切らせてたどり着く。

 ドーム状の中は広く、各所にパソコンなどがセットされている。正面には角度のついた巨大なELパネルが展開されている。

 蓮太郎は中央のコントロールパネルに体当たりするように飛びつくと、外部接続端子を引き延ばし、携帯電話に繋ぐ。途端に二十桁のパスワードを求められ焦るが、電話越しに聞こえる木更の声にわずかな淀みもない。

 苦もなくパスワードが通ると、緑色のバーが伸びて行き、リンクが完了した。

 

 『・・・・地下に埋設された無人変電所からの電力供給に異常なし、送電網にも異常は見られない。液体ヘリウム保存デュワー瓶も異常なし。いけるわ。発射シークエンスはすべてこっちで行います』

 

 『これより線形超電磁投射装置の起動を開始します。超伝導フライトホイール電力貯蔵システムのインターロック部にいる職員は至急避難してください。シークエンス、フェイズ1に移行。これよりエネルギーの充填を開始します』

 

 パネル右端にサークル状のインジケーターが表示され、充填率が表示される。

 コンパネに格納されていた操縦桿のようなものがにゅっといきなり屹立したかと思うと、見えざる手でぐっと手前に引いたり、押したりといった動作がなされる。

 蓮太郎は唾を飲んだ。木更の電話越しにいる人間たちの熱気を肌で感じて、今更ながらにこれが嘘でも冗談でもなく、今現在起きつつある東京エリア破滅の瀬戸際なのだと悟った。

 天の梯子基部がほぼ地面に水平な距離を保つと、左右のレール下部に取り付けられた三脚(トライポット)計六つの『足』が凄まじい速度で地面に打ち下ろされ、大地を深く抉り、小山を一つ切り崩しながらストップ。射撃反動に備えるために爪を撃ち込んだのだ。

 

 『モードをオンラインに切り替え、衛星と情報をリンク。『CYCLOPS』システム起動。主モニタに目標を映しだします』

 

 ほどなくして三面パネルの正面が切り替わり、そこにズームされた画像に映っているものを見て蓮太郎は思わず目を逸らしそうになった。

 一体何万種類の生き物の遺伝子をその身に取り込んだのか。

 黒茶けたひび割れた肌は疱瘡にかかったようにイボだらけになり、そこから突起状の物体が生えている。計八本の逆トゲの生えた鎌状の異業の物体が首、頭、右目と場所を選ばず体を突き破って伸びている。

 頭部は異常なまでに肥大しており、クチバシ状の湾曲した物体が口元ににゅっと突きだしている。残った左目は悲しいほどに小さい。

 

 「れ、蓮太郎、あれが?」

 

 「ステージⅤ、またの名をゾディアックガストレア・スコーピオン。十年前、世界を滅茶苦茶にした奴らのうちの一体だ・・・・」

 

 スコーピオンは不意に立ち止まると、全身に生えた触手をピンと垂直に立て、天空にその巨大なクチバシを向けた。

 

 「ヒュオオオオオオオオオオォォ!!!」

 

 日本中の待機が怪物の絶叫に揺さぶれたかのような大音響。ビリビリと地鳴りのような振動が施設全体を揺すり上げ、ブワっと全身から脂汗が噴きだした。

 

 「里見くん、落ち着いて聞いて。チャンバー部にバラ二ウム徹甲弾が装填されてないの」

 

 「ど、どういうことだよ?」

 

 「そのレールガンには打ちだす弾丸となるものがないの!つまりそのままじゃ・・・・使・・・・ない。だ・・・分で・・・・保、して」

 

 先程まで聞こえていた木更の声が聞きとれなくなるほど遠くなる。

 左右を見渡してからふとコンパネに飛びつき画面を凝視する。顔からさっと血の気が引く音がした。先程から絶えず無線でデータをやり取りしていたインジケーターが、ピタリと止まっている。データの送受信が停止しているのだ。

 

「木更さん!木更さん嫌だ!やめろやめてくれ!俺じゃ駄目なんだ。俺を一人にしないでくれ!」

 

 ブツンと音を立てて、通話が途絶える。蓮太郎は信じられないような瞳で携帯電話を眺めた

 途端に寒気が蓮太郎を包み込む。だが最悪の事態はこれだけでは終わらない。

 突如けたたましいアラート音が鳴り響き、顔を上げると、左パネルに移ったステータス画面が怒り狂ったように真っ赤になっている。

 

 『電力貯蔵システムの冷却材流出を確認。速やかに実験を中止してください。繰り返します。電力・・・』

 

 その上に合成音が被る。

 

 『射撃管制装置『UNTAC』が起動しません。再起動をかけるか中止してください』『レールガン発射角度、水平点より+1度。エネルギー充填率八八%』

 

 一度だけなら撃てるが外したら後がない。

 

 「蓮太郎、どうするのだ?」

 

 「俺の右手を弾丸に使う。超バラ二ウムなら問題ない」

 

 蓮太郎は右腕を外してチャンバー部に繋がるユニバーサルボルトにセットして閉鎖ボタンを押す。チャンバー部に右腕が送り込まれ、ロックされる。

 

 『射撃管制装置依然応答なし。手動トリガーコントロールシステムを起こします。エネルギー充填率一〇〇%』

 

 コンパネからもう一本、操縦桿のような物が起き上がる。スティックには拳銃の引き金のようなものがついているだけだった。

 

 蓮太郎には出来なかった。

 目標が大きくとも、手動では確率がコンマ数%もないのだ。

 スティックを握る手の汗を服で拭う。

 自分の喉から手負いの獣の様な荒い吐息が聞こえ、歯を食いしばる。

 なのに、指先が固まってしまったかのように動かない。

 蓮太郎はついにスティックにしがみついたまま、膝から崩れ落ちた。

 

 「駄目だ・・・・やれない。俺には・・・・」

 

 蓮太郎が諦めかけていた時、蓮太郎は自分の手に小さな手が重ねられることに気付いた。

 驚いて隣を見ると、延珠がいつになく優しい表情で蓮太郎を見つめていた。

 

 「蓮太郎、妾がいる」

 

 口の中はカラカラだった。目頭が熱くなり、顔を伏せ、延珠を抱き寄せ壊れんばかりに手に力を込める。

 

 「これを外したら、俺たちは終わりだ」

 

 「当たるに決まってる」

 

 「無茶苦茶言うな、無理に決まってるだろ!第一、試運転も経ないまま十年も眠っていた兵器なんて信じられない。一歩間違えれば弾丸が東京エリアにそれて未曾有の大災厄をもたらすかもしれない」

 

 「蓮太郎ならできる」

 

 「お前はいつだって無責任に言う・・・・」

 

 「妾は一度だって無責任になど言っていない。いつも思ってる。蓮太郎だけが世界を救える。他の誰でもないッ、蓮太郎だけだ。それとも『彼ら』に譲るのか?」

 

 蓮太郎はハッとして口元を押さえる。

 目を閉じ、一度大きく深呼吸して気分を落ち着ける。

 

 「延珠・・・・お前を、絶対に失いたくない」

 

 延珠は硬く強張っていた体から力を抜き、心底安心しきったように目蓋を閉じ蓮太郎の首に手を回した。

 

 「・・・・うん、大丈夫だ。妾も愛している」

 

 その時、蓮太郎の思考は停止した。

 

 「・・・・・愛だと?」

 

 「えっ、今のは『プロポーズ』なのだろう?」

 

 「あ・・・・・・・あ、アホか!ライクに決まってんだろ。家族的な解釈をしろ!大体、お前十歳児だろうが!十歳のガキが愛を語るんじゃねぇよ」

 

 「じゃあ蓮太郎は木更にラブなのだな?」

 

 「うッ!・・・・・それを言うなよな」

 

 延珠はVサインを作る。

 

 「二年だ。妾は二年以内に木更より妾を好きにしてみせる!」

 

 蓮太郎は苦笑する。

 

 「お前が十二で俺が十八歳か。俺の年齢が高くなってる分、余計犯罪っぽいんだが?」

 

 「それ以上は待てんぞ」

 

 「はいはいわかったわかった。期待してるよ」

 

 延珠はうっすらと微笑んで、ゆっくりと密着した体を離した。

 

 「・・・・・もう、怖くはないか?」

 

 蓮太郎は自分の掌を見て不思議な感慨に襲われた。震えが止まっている。蓮太郎は目蓋を閉じる。

 

 「・・・ああ、ありがとう。手を貸してくれ。終わりにするぞ」

 

 蓮太郎は再び(スティック)を握り、その上から延珠が手を重ねる。二人でトリガーに指をかけた。

 

 さっきから不思議と気分がいい。外れる気がしない。

 

 「延珠」

 

 「ああ」

 

 二人はゆっくりとトリガーを絞った。

 体が軽くなったような浮遊感とたとえようもない心地よさ。時間の感覚が失われる。

 やがて、祝福するかのように光がすべてを包み込んでいった。 

 




ガストレアはしばらく出ません。
次回で「ブラック・ブレット」編第一章を終われたらいいなと思います


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想い

「ブラック・ブレッド」編第一章を終えることができました。


 「里見くん、今日の主賓は君なのよ。お願いだからお上りさんみたいにきょろきょろしないで。社長である私の方が恥ずかしいわ」

 

 「おい、でも木更さん、アンタ一言もこんな大事な行事だなんて言わなかっただろ」

 

 「あら、昨日言わなかった?今回の戦いで目覚ましい戦果をあげた民警には、聖天子様直々の叙勲式があるからビシッと決めてねって」

 

 「言ってねぇよッ!面倒くさそうに地図とスーツ投げられてそれで終わりだっただろ」

 

 「そうだったかしら?まあいいわ。あ、里見くんネクタイが曲がってるわよ。早く直して」

 

 「ああ、サンキュ」

 

 「うん、いいわね。それと新しい義手、まだ出来ないの?」

 

 「ああ、もう少しらしい」

 

 「そう言えばこの前、菫先生に会ったんだけどね、『ロケットパンチでステージⅤ退治とはね。ただのゆとりじゃなくて、ゆとり馬鹿だな。ファハハハハ』だって」

 

 「・・・・俺、東京エリアを救ったよな、なんで馬鹿にされてんだ?」

 

 「知らないわよ」

 

 木更がポケットから懐中時計を取り出す。

 

 「時間ね。いいわね?基本的にこういう式典は、貴重な聖天子様の財務の時間を削って行われるんだから、なるべく早く終わらせるのが暗黙の了解なの。だから質問されても『はい』か『いいえ』とか、なるべく簡潔な受け答えをして、決して時間を挟まないこと」

 

 「『はい』」

 

 「いい返事ね」

 

 

 

 蓮太郎は大扉の前に立って深呼吸をし、意を決してそっと扉を押し開ける。

 奥から帯状の光が差し込んでくる。背後を振り返ると、木更が優しく微笑んでいた。

 

 「今回の顛末、里見くんにしては良くやったわね、偉いわよ。これからも頑張って戦ってね、私のナイト様」

 

 胸からこみ上げてくるものを感じて、なにか言おうと思ったがとっさに言葉が出てこなかった。大扉が閉まり、首を巡らせると、正面にはカーペットと大理石の階段が伸びており、頂上の玉座には聖天使がゆったりと腰掛けている。

聖天子は薄い微笑みを湛えながら階段を降りてくる。

 生で見るのは初めてだが、モニターを介した姿よりも数倍神々しい美しさだ。聖室。背筋が伸びるのを感じたの女王は代々美人で有名だが歴代で随一なんじゃないのか。

 

 「怪我は大丈夫なのですか?」

 

 「はい。おかげさまで大分良くなりました」

 

 「どうですか、東京エリアの救世主になった感想は?」

 

 あれから数日経つ。作戦には大規模の民警がかかわったにもかかわらず、詳細は大衆に伏せられたままだ。『なぜか』突然東京エリアに攻め込んできたガストレア・スコーピオンを、『偶然』そこにいた民警が超長距離狙撃にて仕留めた、ということになっていた。

 

 「はい、周りの反応が少し変わったので、こそばゆいです」

 

 「でしょうね。当然です。あの光景は思い出すたびに身震いします」

 

 蓮太郎たちの放った神速の狙撃弾は狙い違わずスコーピオンの頭部に巨大な風穴を開け脳髄を吹き飛ばした。

 

 バラ二ウムの再生阻害が働き、即死のはずだった。だが、いかなる超常の力か、ぐるんと上体を傾けて、スコーピオンは蓮太郎の方を向いた。

 半分塞がった黒い眼窩は、蓮太郎に何かを訴えようと揺れたが、スコーピオンの背後から蓮太郎が撃った狙撃弾より数倍の威力を持った狙撃弾がスコーピオンの胸部を撃ち抜き、ガストレアは横向きに倒れ込むように着水して、東京湾に巨大な津波を打ち寄せた。

 

 「あなたたちのような有為な人材があの場にいてくれたことを私は誇りに思います。里見さん、あなたはこれからも東京エリアのために尽力してくださいますね?」

 

 蓮太郎は教わった通りにひざまずき、答える。

 

 「はい、この命に替えても」

 

 聖天使は大きく両手を上げると、厳かに告げた。

 

 「お集まりの皆様、お聞きになられたでしょうか?ここにいる英雄はこれからも東京エリアのために戦ってくれることを誓いました。ゾディアック・ガストレア『天蠍宮(スコーピオン)』の撃破、並びにIP序列元百三十四位蛭子影胤、蛭子小比奈ペアの撃破。以上のことから、私とIISOは協議の結果、今回の戦果を『特一級戦果』と見なし、里見蓮太郎と相原延珠ペアをIP序列千番に、昇格することを決めました」

 

 観衆がどっと喜びに沸く。彼女は連太郎に視線を移しながら微笑む。

 

 「里見蓮太郎、あなたはこの決定を受けてくれますか?」

 

 「はい、喜んで」

 

 「では最後に、なにか言っておきたい事はありますか?」

 

 『いいえ、ありません』、一言そう言えばこの場は万事滞りなく終えることができただろう。

 

 「あります」

 

 あたりの空気が張り詰めたのを肌で感じながらも会話は続く。

 

 「聞きましょう」

 

 「・・・・俺は、ケースの中身を見た」

 

 聖天子が瞳を見開き、周囲の人間は話の流れが読めず、困惑したようなざわめきを生むが、蓮太郎は続ける。

 

 「悪いとは思ってる。ガストレアゾディアックを倒した、ミサイルに協会が焼き払われるまでの短い間に、取り返したケースを開けて中を見たんだ。あの中には・・・・」

 

 蓮太郎は一瞬言い淀んだ。

 

 「・・・・・壊れた、三輪車が入っていた。どういうことだよッ。何故、あれがガストレアステージⅤを呼び出す触媒になり得たんだ?そもそも、突如世界に現れた敵性生物ガストレアとはなんなんだ?十年前、この世界に一体何が起こった!教えてくれ、聖天子様」

 

場にぶちまけられた喧噪は、もはや収拾がつかなくなるほど大きくなっていた。

 聖天子は表情を消すと、蓮太郎にだけ聞こえる小さな呟きを漏らした。

 

 「七星の遺産は東京エリアの外未踏査領域のとある場所に隠していたものなのですが、その一つが今回奪われてしまったのです。あれは、本来破壊した場合どうなるか予想がつかないものでした。ゾディアックがそれを取り戻しに来たのです。それ以上はお教えできません」

 

 「彼女たちイニシエーターは可能性です。知っての通り序列が向上すれば民警のペアには様々な特権が与えられます。擬似的な階級もそうですが、わけても機密情報アクセスキーは魅力的なものでしょう。あなたは序列千番なので、アクセスレベルは三です。そして並み居るライバルを倒しIP序列十番内になる事が出来れば、最高のアクセスキーであるレベル十二が与えられます。里見さん、勝ち取りなさい。欠番の巨蟹宮(キャンサー)を除く十一体、現存するゾディアック八体すべてを倒し、相原延珠と共に序列の階梯を駆け上がるのです。その時里見さんは知るでしょう。自分が何者でなにを為すために生まれてきたのかを。強くなってください、そして最強を目指すのです。あなたが里見貴春と里見舞風優の息子を名乗るなら、あなたには『この街』の真実を知る義務がある」

 

 蓮太郎は弾かれたように立ち上がり、聖天子に詰め寄った。

 

 「どういうことだよ!どうしてここで父さんと母さんの名前が出でくるんだッ!」

 

 いつまで待っても答えが返ってこず、蓮太郎にはこの場を去ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎は天童の屋敷に来ていた。

 天童本家は東京エリア第一句の一等地に立つ豪邸で、屋敷と言うよりカントリーハウスを思わせる巨大な洋風建築だ。幼い蓮太郎が引き取られ、育ったのもこの家だった。

 蓮太郎は合鍵で中に入ると、まっすぐに二階に上がり、目標の部屋を目指す。

 途中の廊下で、老年のハウスキーパーとすれ違う。

 久闊を叙したいが、蓮太郎は顔を伏せると知らないフリをして足早に通り過ぎた。

 やがて目的の部屋の前まで来るとXD拳銃を抜き、歯と膝を使い来ようにサイレンサーを取りつけて連続して発砲、蝶番を撃ち抜く。空薬莢を拾い集めるとドアを破って部屋に入る。

 奴が返ってくる前に手早くすませよう、そう思って机の引き出しを開け書類を検めようとするが、蓮太郎の携帯電話が震える。

 

 『やあ里見くん、元気かい?』

 

 蓮太郎は暴れ出しそうな心臓をどうにか押さえつける。

 

 「・・・・生きていたのか、影胤」

 

 『ああ、なんとかね。いや、大分効いたよ。今は安静にしろと言われていてね。しばらく仕事ができなくて困っている』

 

 「人殺しの仕事か?この機会にやめたらどうだ?」

 

 『残念だが、表の仕事だ。その内また、どこかで会うだろう。今日はその挨拶だ。次に会った時は負けないよ』

 

 「ああ。俺も、負けねぇ」

 

 『もう一つ、そろそろ里見くんに私の依頼主を紹介しようと思ってね』

 

 背後で拳銃の撃鉄を起こす音がして、蓮太郎は携帯電話を捨てると後ろも見ずにXDをドロウ。

 

 「こそこそと賊のまねか、蓮太郎」

 

 「・・・・もう帰ったのかよ、夜まで帰らないと思ってたぜ。天童閣下」

 

 「ここで何をしている?」

 

 「証拠になりそうなものを探してたんだ。もういい、本人に聞くのが一番早い。天童菊之丞、今回の事件は轡田大臣の暴走ということで決着がついている。だが俺は、今回の事件の黒幕はアンタだと思ってる」

 

 「木更の差し金か?」

 

 「俺の独断だよ」

 

 「ふん、どうして私が怪しいと思った」

 

 「ッ。アンタ・・・・否定しねぇのか?」

 

 「しても信じまい」

 

 「轡田大臣が首を吊って死んだ」

 

 「知っているとも。それがどうした?」

 

 「どうした?傘連判をみた。確かに、連判状に名前が書かれていた奴らは全員逮捕された・・・かれど、本当の首謀者は、あの場に書いてすらいねぇ。俺は連判状に書かれた名前を見て驚いたよ。どれも、アンタの派閥に居るか、過去に派閥に所属していた人たちじゃねぇか。俺が小さい頃、この屋敷で開いた晩餐会で全員に挨拶したことがある。これはどういうことだ!」

 

 「みんないい人だったッ。みんなアンタを尊敬してた・・・・・ッ。どうして、親玉のアンタだけが今回の計画に加わわっていないなんて信じられるッ?轡田さんもアンタに追及の手が及ぶのを防ぐために首をくくったんだ。彼が死んだ途端、捕まった連中はみんな測ったようなタイミングで彼を贖罪の羊(スケープゴート)にした。俺はアンタのことなんて知ったこっちゃねぇ。だけど、ここまでしといてふんぞり返っていて恥ずかしくないのか天童菊之丞!」

 

 息を急き切らせながら言い放つが、彼は顔を自嘲気味にわずかにゆがめただけだった。

 

 「なにゆえ私がそんなことをしなければならない?だとすれば私は東京エリアを破滅させるのが目的だったわけか?馬鹿らしい」

 

 「俺も最初はそこがわからなかった。けれど、影胤がケースを奪ってステージⅤ召還の為に未踏査領域に逃げ込んだ時、なぜかその情報が組織的にリークされる寸前だったんだよ。もしそんなことになれば、東京エリアが壊滅的なパニックに陥って、だれにもメリットがないはずなのに」

 

 「貴様は答えを見つけたというのか?」

 

 「『ガストレア新法』」

 

 その一言だけで菊之丞の眉が動いた。

 

「聖天子様が周囲の反対を押し切ってねじ込もうとした法案だ。イニシエーターや『呪われた子供たち』の社会的地位を向上させて、共生していくための法律。十年前の大戦中にアンタは奥さんをガストレアに殺されて以来、筋金入りのイニシエーター差別主義者だ。

 アンタと影胤の間でどういう取引があったのかは分からねェし、想像したくもない。だが、人間とイニシエーターの共生を屈辱だと感じるガストレアエリート主義の影胤とアンタのあの法案を潰したいという一点で利害が一致していたんだ。影胤と一緒にいた蛭子小比奈、つまり『呪われた子供たち』が東京エリアを破滅させるためのテロに一枚噛んでいることがマスコミにリークされれば、世論は出れ一人彼女たちに味方をしなくなるからな。アンタは元々東京エリアを破滅させる気なんてなかったんだ。この卑怯者め」

 

 その瞬間、喉元に拳銃が押しつけられる。

 

 「もう一度言ってみるがいい!」

 

 「何度でも言ってやるッ!事件の経過はこうだ。アンタは聖天子様が『七星の遺産』と呼んでいたステージⅤ召還の触媒を、部下の一人に未踏査領域に取りに行かせた。首尾よく触媒を手に入れ、ケースを影胤に受け渡して滞りなく終わるはずだった。しかし、部下は未踏査領域から帰る途中ガストレアに襲われ、体液を送り込まれた。部下は命からがらモノリスの中に逃げ込んだが、そこであえなくガストレア化。モデルスパイダーのガストレアになって人に人間を感染させる事態になった。その証拠に、連判状に名前が書かれたうちの一人が、今もって行方不明だ。きっと俺と延珠が倒した感染源ガストレアがそいつなんだろう。

 最終的に影胤はなんとかケースを取り返したが、今度はリークするはずの情報が、報道管制によって素早く聖天子様に封じられる。アンタはガストレアの恐怖を思い出させるために、ステージⅤ召還を実行させることを是認した。東京エリアの大絶滅を分かっていながらだ」

 

 「そうだとも!」

 

 突如菊之丞は火がついたように叫んだ。

 

 「すべては平和ボケした連中の目を覚まさせるためだ。何故忘れられる?なぜだ。十年前のあの日、日が落ち、地が裂け、この世界から人間が駆逐されようとした!あの虫けら共の血を宿した餓鬼共が何食わぬ顔でこの街を闊歩しているのだぞ。あの赤眼共はこの世すべてを破滅させる悪魔だ。なぜ冷静でいられる?奴等にまともな人権をあたえるだと?ふざけるな」

 

 蓮太郎は一瞬の隙を突いて銃を持った手を払う。直後に銃声が轟き蓮太郎の頬を銃弾がかすめる。蓮太郎は菊之丞の足を払い転倒させると、肋骨の隙間に膝を打ちこむ。みしりという手応えと共に、菊之丞が苦悶の声をあげる。

 

 「みんなそうだ!確かにアンタは奥さんを殺されたかもしれない。だが木更さんも両親を殺された。先生は恋人を失っている。けれど、みんなみんな、自分の過去と折り合いをつけて生きてんだよッ。アンタは亡霊だ天童菊之丞!十年前の憎悪を引きずった亡霊。聖天子様を補佐する立場でありながら、彼女を出し抜こうとした。アンタ聖天使様が嫌いなのか?」

 

 菊之丞は咳き込みながらも告げる。

 

 「馬鹿なことを言うな。敬愛している。彼女こそ、歴代の聖天使の中でも名君と呼ばれる類の人間ぞ。真に私が仕えようと思う女王よ」

 

 「だったら・・・・・」

 

 「だからこそ、許せぬこともある!」

 

 蓮太郎は眉間にXDを照準したまま菊之丞の燃える瞳を見た。そこの虚飾の色はまったく窺えない。この男は、聖天使への忠誠と、ガストレアへの憎悪を等分に持ったまま、狂気へと身を投じたのだ。

 

 「・・・・・きっと木更さんも真実に気付いてるぜ」

 

 「だろうな。だが証拠がない。なにもできん」

 

 蓮太郎は随分長い間、菊之丞の瞳を見つめていた。

 やがて膝をどけると、XDをベルトの間に挟み、踵を返す。

 

 「どういうつもりだ。私をいま殺さねば、後悔するぞ」

 

 「もうしてるよッ。アンタは木更さんの最大の敵だかんな」

 

 「貴様は・・・・・・・どうだというのだ蓮太郎よ」

 

 「なに?」

 

 振り返ると、菊之丞は顔中の皺を吊りあげた凄絶な表情を浮かべていた。

 

 「貴様はどうなのだ蓮太郎ッ。お前も手足を食われ、貴春や舞風優を奪われたのだろう?なぜ奴等を許せる?奴等を恨んでないのか?」

 

 「恨んでいたさ!八つ裂きにしても足りない。ガストレアも、『呪われた子供たち』もみんなこの手でぶち殺してやると思っていたッ!」

 

 「ではなぜだ!」

 

 「アンタは彼女たちと一人でも接したことがあんのかよ?彼女たちはつまらないことで泣き、笑い、スネて、柔らかくて人間のぬくもりに満ちている。彼女たちが虫けらだと?アイツ等は人間だ。俺は、里見蓮太郎は相原延珠を信じる!」

 

 「蓮太郎・・・・・・貴様と言う奴は」

 

 蓮太郎はゆっくりと眼をつむり、続ける。

 

 「アンタは俺の命を救ってくれた。『死にたくなければ生きろ、蓮太郎』ってね。簡潔でアンタらしい。絶望に両眼を閉じたとき、折に触れてこの言葉を思い出し乗り切った。

 ・・・・・十年前のあの日のこと、一日たりとも忘れた事はありません。ありがとう・・・・・さようなら、お義父さん」

 

 蓮太郎は屋敷を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ様、蓮太郎~」

 

 屋敷を出ると、門の前でレイが待っていた。

 二人で室戸菫のいる病院に行くために待っててもらったのだ。

 

 

 

 菫の話を聞き終わり、待ち合わせ場所に指定した病院前の公園に歩いて行くと、延珠と夏世が駆け寄ってきた。

 

 「蓮太郎、妾たちの検査結果はどうだった?」

 

 「ああ、二人ともほとんど変わってなかったぞ」

 

 「そうですか」

 

 「せっかくだから、二人でアイスを買ってきたら?」

 

 二人には待っててくれた御褒美だと言って、レイは二人にお金を渡した。

 二人が走って行くと、蓮太郎にアクセラレーターから渡すように言われている封筒を渡す。

 

 「蓮太郎~、ガストレア倒した時に警察から報酬を貰うの忘れてたでしょ~?」

 

 「あっ!」

 

 「はい、兄ちゃんから渡すように言われてたから」

 

 「助かった。これで延珠と木更さんから蹴られないですむ」

 

 「いったいどんな立場なの?」

 

 「今度アクセラレータにお礼言っといてくれ」

 

 「それはいいけど」

 

 「それと夏世を救ってくれてありがとう。あの時、俺には夏世を救うことが出来なかった」

 

 蓮太郎はお礼を言って、あの時の事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 レールガンモジュール稼働のあと、疲れて泥のように眠ってしまった延珠をそっと床に横たえて、蓮太郎は静かに施設を抜け出していた。

 少し施設から離れて『天の梯子』を仰ぐと、飛翔体を加速したレール部分がひしゃげていた。やはり急激な飛翔体の加速にレールの強度がもたなかったらしい。

 ガストレアは大きな音に敏感だ。影胤と死闘を繰り広げている時や、レールガンモジュール稼働の際に凄まじい轟音が未踏査領域に響き渡ったにも関わらず、ガストレアが寄ってこなかったのは、誰かが津波のように押し寄せてくる夥しい数のガストレアを止めていたからだ。

 徐々に血の匂いが濃くなってきた。

 蓮太郎は巨岩の裏に回り、息を詰めた。

 目の前には巨大なガストレアの死骸があった。コモドオオトカゲを十倍に巨大化したような固体は、前足がなくなっており、下顎が吹き飛んでいた。

 他にも昆虫に似たガストレア、植物の蔓が巻かれたようなガストレア、ヘビやカエル、元の生物が何なのかわからないくらいに変貌したガストレアがいた。大きさやステージ、形態も様々だ。

 そこで岩を背にして座っている夏世を見つけた。

 

 「どうして・・・・・どうして逃げなかったんだよ。劣勢になったら逃げるって、言ってたじゃねぇか!」

 

 夏世は虚ろな瞳で連太郎を見上げた。 

 白いワンピースは血で汚れ、あちこちに噛み傷と歯型が残っている。

 

  「里見さん・・・・・・私は・・・・・?」

 

 蓮太郎は暴れそうになる心臓を押さえつけて、告げる

 

 「お前は、おそらく体内侵食率が五十%を超えている」

 

 彼女たち『呪われた子供たち』は、絶えず浸食抑制剤を投与して体内のガストレアウイルスを押さえつけているが、『抑制剤』に『抑止』の効果はない。抑制因子を持って居るため一般人のように一瞬でガストレア化することはないが、力を急激に開放したり、ガストレアに体液を送り込まれたりすると、微々たる速度で侵食率は上がっていく。

 そして一般人と同じく、体内侵食率が五十%を超えると、一気に侵食が始まり人の姿を留められなくなる。

 その臨界点(マージナルライン)は、現代の医療技術ではどうしようもない。

 蓮太郎は丁度薬室に一発だけバラ二ウム弾が残っている事を確認し、XD拳銃にサイレンサーを取り付けると、無言で彼女の眉間に照準した。

 

 「里見さん、将監さんは?」

 

 「・・・・・無事だ」

 

 「嘘が下手ですね」

 

 「悪い」

 

 「里見さん、お願いします。人のまま、私を死なせて下さい」

 

 銃口があちこちに飛び跳ね、馬鹿みたいに照準が狂う。

 

 「里見さんは優しいですね。泣かないで」

 

 「泣いてねぇよ」

 

 「私の存在を肯定してくれるあなたを死なせたくなかった。だから頑張った。辛かったけど、私、生きてて良かった」

 

 夏世は続ける。

 

 「・・・・ねぇ、里見さんってあんまり友達いないでしょう?」

 

 「え?」

 

 「・・・・・・しょうがないから、私が友達になってあげます」

 

 「・・・・ああ、友達が少ねぇから助かるよ」

 

 「・・・・・お前は、俺のかけがえのない友達だ。俺はお前を忘れない」

 

 蓮太郎があと少しで引き金を引こうとした時、ライが入って来た。背後にはアクセラレータも立っている。

 

 「悪いけどもう少し頑張ってくれないかな~」

 

 しかしその口調はレイのままだった。

 

 「・・・え?」

 

 夏世は戸惑っていたがレイは続ける。

 

 「君の言う『将監さん』の頭の中を覗いたんだ。だから今から言うのは彼の言葉だ」

 

 「・・・え?」

 

 『やっぱり・・・戦いってのはいいな・・・・。俺みてぇな腕力だけのヤツでも、唯一自分の存在を感じられる。なぁ夏世、俺たちは戦いから離れる程、痛ぇ目を見る。かなうはずもねぇ夢は語る分、辛ぇ思いをする。だったら俺が使ってやる。その時間だけが、お前の存在を正当化できる。なぁ夏世、俺たちは正しいんだ』

 

 「将監さん・・・・ッ!」

 

 夏世の目から涙が零れる。

 

 「本当はまだ生きたいんじゃないの?」

 

 レイから質問が来る。

 

 「当然ですッ!私は将監さんにまだお礼を言えてない。将監さんの分まで生きたい」

 

 レイは夏世の叫びを受け止める。

 

 「わかった。少しだけ体を借りるよ」

 

 「え?」

 

 次の瞬間、夏世は意識を失ったがすぐに目を覚ました。

 蓮太郎が声を掛ける。

 

 「おい」

 

 「蓮太郎、俺だ。説明は後で何度でもする。だから、この弾倉を使って撃て!」

 

 だが、返ってきたのはレイの言葉だった。

 

 「迷うなら貸せ!自分でやる」

 

 「いや、俺がやる。・・・・俺にやらせてくれ」

 

 レイは蓮太郎を気遣って自らやろうとするが、蓮太郎はそれでも自分でやることを告げる。

 

 「よし。全て撃ったら、最後は俺と兄ちゃんでやる。やれ!」

 

 レイの言葉に続いて撃った。言われた通りに全弾使った。

 するとアクセラレータが夏世の傷口に手を当て、目をつむる。

 夏世も目をつむる。

 突然、傷口から大量に血液が出て来た。

 レイは苦しみながらも続ける。

 それから五分経過して、作業は終了した。 

 無事、成功した。

 

 「すぐに病院へ行く。当麻がよく行ってる所だ。室戸さんも呼んである」

 

 レイはそう言って夏世を背負い、待機させていたヘリに乗って『学園都市』に戻って行った。

 蓮太郎は延珠を背負って、アクセラレータ、ライと共にヘリに乗ったのだった。

 その後、レイと夏世は治療を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なぁ、蓮太郎」

 

 「ん?」

 

 「いいのか、検査結果を伝えなくて?」

 

 「ああ、いいんだ。まだ俺は延珠に言いたくない」

 

 「それはエゴだよ~?」

 

 「いいんだよ。俺のエゴで」

 

 「ふ~ん。じゃあ、木更ちゃんに言っとこうかな。『蓮太郎はエゴで出来ているから気を付けなよ~』って」

 

 「ッ!レイ、それはないだろ!」

 

 「蓮太郎、どうしたのだ?」

 

 興奮している連太郎を見て延珠は?を浮かべる。

 

 「それはねぇ~、今回の件でIP序列が千番に上がったからだよ~」

 

 「本当か、蓮太郎!」

 

 延珠の目が輝いていたために、蓮太郎は頷くしかなかった。

 

 「ああ」

 

 「レイさん」

 

 「ん~、どうしたの?僕たちの序列は前と一緒。千五百八十四位だよ~」

 

 「いえ、それもですが・・・」

 

 「どうしたの~」

 

 「今まで私の名前を呼んでくれたことがありませんが、ひょっとして嫌いですか?」

 

 その言葉を聞いた時、蓮太郎は延珠と共にニヤニヤと笑い出した。

 

 「いや~、単純にどう呼んだらいいかわかんなくて」

 

 「そうですか。じゃあ、これからは「夏世」と呼んでくださいね」

 

 夏世は言い終えると延珠と一緒にベンチでアイスを食べ始めた。

 

 蓮太郎のニヤニヤ笑いを視界に捉えたレイは尋ねた。

 

 「なんだよ?」

 

 「別に~」

 

 「おい、それは僕の真似だろう」

 

 「何の事かな~?」

 

 「だからそれの事だ」

 

 「延珠~、俺にも一口くれ~」

 

 「うむ」

 

 「おい、待てって」

 

 「レイさん、一緒に食べませんか?」

 

 「あ、ありがとう。だからそこ、何笑ってんだよ?」

 

 「別に~。なあ、延珠~」

 

 「うむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「蓮太郎君は良い友達を持った。だが君は延珠ちゃんにどう伝えるつもりだい?」

 

 菫は一人、薄暗い部屋で『相原延珠、ガストレアウイルスによる体内侵食率四十二.八%』と書かれた診断カルテを片手に呟いていた。

 

 




夏世の治療に関しては、「アクセラレータが血流操作をやり、威力を増してからウイルスに侵された部分を摘出」という感じで書きました。

珍しいペアができました。
ペアと言っても夏世はレイとライ、二人の相棒として書いて行きます。
夏世の想いにレイは気付けるのか?
次回からは「一七七支部」の話になります。

何度も言いますが盗作はしていません。


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出会い

 しばらく、ジャッジメントとしての話になります。


 まだ未明のころ、二人の学生が話をしていた。

 

 「however本当にお願いしていいのかしら?」

 

 「はい。私たちも無関係ではありませんので」

 

 「分かったわ。それじゃあ、頼むわね」

 

 二人の学生は何かの確認を終えると、それぞれの学生寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、戻りました~」

 

 蓮太郎と別れたレイは『風紀委員(ジャッジメント)活動一七七支部』の扉を開け、そう言った。

 だが、すぐに挨拶してしまった事を後悔した。

 なぜなら、そこには好奇心旺盛な中学生が集まっていたからである。

 

 「レイ先輩、聖天子様ってどんな人でしたか?」

 

 「やっぱり美人でしたか?」

 

 真っ先に聞いてきたのは、初春と佐天だ。

 しかし、答えなければ彼女たちの心は満たされないだろうと考えたレイは、答えても別に良いだろうと思った。

 

 「うん。実際に見たのは初めてだったからはっきりとは言えないけど、綺麗だったよ」

 

 答えた瞬間、左手に痛みを感じて振り向くと、さっきまで機嫌が良かったはずの夏世が何故か不機嫌な顔で手の甲をつねっていた。

 

 「夏世~、どうしたの?」

 

 「なんでもありませんよ」

 

 聞いても詳しく言ってはくれない。不機嫌なのは明白なのに。

 

 そんな時、夏世に気付いた固法がレイに尋ねる。

 

 「あら、迷子?随分懐かれているわね」

 

 「いいえ、違います」

 

 どうやら迷子扱いされるのが嫌らしく夏世は即答する。

 レイは説明する前に夏世に聞くことにした。

 

 「夏世、いいかな?」

 

 「はい、構いません」

 

 夏世の返事を聞き、説明を始める。

 

 「夏世はイニシエーターですよ。数日前にステージⅤのガストレアが現れましたよね?」

 

 「ええ、確か蛭子影胤が呼んだのよね」

 

 そして、固法が答えた為、説明を続ける。

 

 「そうです。その時に夏世のプロモーターが亡くなってしまったので、引き継いだんですよ」

 

 「そうだったの。じゃあ、風紀委員(ジャッジメント)をやりながら民警をやるのね?」

 

 「はい、姉ちゃんと交代で」

 

 「分かったわ」

 

 固法は納得してくれた。だが、それはレイからすれば意外なことだった。

 

 「怒らないんですか?」

 

 「どうして私が怒るのよ?」 

 

 「勝手に民警をやるって言ったんですよ?」

 

 「確かに勝手だけど、あなたたちが決めた事でしょう?」

 

 「はい」

 

 「なら、いいじゃない。人数も増えたんだし」

 

 「そうですが・・・・」

 

 「まだ何かあるの?」

 

 「いえ、別に」

 

 「そう。少し夏世ちゃんを借りるわよ。そこの四人も来なさい。さ、ちょっと話しましょうか夏世ちゃん」

 

 怒られると思っていたのに、むしろ賛成された。

 そして、固法たちは夏世を連れて廊下に出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何でしょうか?」

 

 「そうねえ。まあ、聞く事は一つよ」

 

 夏世の疑問を答えたのは固法だった。

 

 「あなた、彼のことが好きなんでしょ」

 

 「!?」

 

 「違う?」

 

 「ホントに~?」

 

 「はい」

 

 「だそうよ、佐天さん」

 

 「なら、あたしが・・・・」

 

 「駄目です!」

 

 「まだ何も言ってないけど?」

 

 そこで夏世はハッとして、顔を赤くしてしまった。

 最初は図星を突かれた為に否定していたが、彼女たちにはお見通しだったようだ。

 

 「どうして分かったんですか?」

 

 夏世は理由を尋ねるが

 

 「あの反応を見れば誰だって分かりますわ」

 

 白井があっさり言ってしまう。どうやら最初からばれていたようだ。

 

 「まあ、それは後で聞かせてもらいましょう」

 

 「固法先輩、あんまり遅いとレイさんが怪しみますよ」

 

 初春と美琴がこの場を締める。

 

 「そうね、戻りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイは固法たちと戻って来た、夏世の顔を見て質問した。

 

 「何を話してたんですか?」

 

 「秘密よ」

 

 しかし、固法は答えてくれなかった。

 無理して聞くことでもないと思ったレイは、夏世に別の事を尋ねた。

 

 「何か聞きたい事はある?」

 

 「はい」

 

 夏世の返事を聞いて、話してみるように促す。

 

 「いいよ、言ってみて」

 

 「では」

 

 そして夏世は疑問に思っている事を尋ねる。

 

 「私はまだレイさんとライさん以外の方の事を知りません。なので、お二人が初めてこの方たちと会った時の事を聞かせてくれませんか?」

 

 レイは頷くと、話し始めた

 

 「じゃあまず、僕と姉ちゃんが初めて御坂さんと佐天さんに会ったのは・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっとレイ、パトロールのたびにどこかに寄ろうとするのやめなさいよね。私まで怒られるじゃない」

 

 「え~?この暑いのに真面目すぎても駄目でしょ~?」

 

 「そういう問題じゃないわよ。だいたい・・・・」

 

 パトロールをさぼろうとするレイに注意をするが、本人は聞こうとしない。

 説教をしようとするが、レイの声に遮られてしまう。

 

 「じゃあ、あの二人はどうなのさ~?」

 

 「ちょっと、ちゃんと聞きなさ・・・・い?」

 

 話を聞かないレイを咎めようとするが、うっかりレイの視線の先にあるクレープの屋台を覗いてしまう。

 そこには、彼ら双子の後輩であるはずの白井と初春がいた。風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけながら、知り合いと一緒に仲良くクレープを食べている。しかも、超能力者(レベル5)の第三位までいる。

 だが、パトロール中のライには関係ないのだ。例えクレープを食べていようが、支部の掃除をしていようが、パトロール中であればライは許さない。そして、ライと同じ年数を生きてきたレイはパトロール中のライの恐ろしさを知っていて、彼女たちの事を教えた。

 

 そしてレイの思った通り、ライはクレープを食べている二人へ歩み寄って行く。

 

 

 

 「?どうしましたの、初春?」

 

 隣に座っている初春が突然、周辺を見回したことを不思議に思った白井は理由を尋ねる。

 

 「いえ、寒気がしたものですから」

 

 「?」

 

 初春が答えると、今度は白井が震えだした。

 

 次の瞬間、二人は思い出した。

 自分たちが腕章をつけている事を。現時刻のパトロールをしているメンバーを。その人が怒ると誰にも手がつけられないことを。

 

 二人は壊れたロボットのように後ろを振り向いた。

 

 「あなたたち、何してるのかしら?」

 

 そこで見たのは、仁王立ちで立っているライだった。

 笑顔だが、目が笑っていない。

 

 「ひッ!」

 

 初春は悲鳴を上げ、白井に関しては異常な量の冷や汗を流している。

 

 「もう一度聞くわよ。何してるのかしら?」

 

 「初春、どうしたの?」

 

 今度こそ終わりだと覚悟した瞬間、佐天が助けてくれた。

 

 「な、なんでもないですよッ?」

 

 「どうして疑問形?」

 

 佐天が初春の様子に?を浮かべていると、両手にクレープを持ったレイが歩いてくる。 

 

 「姉ちゃん、いつまで怒ってるの~?」

 

 「あなたまで、何買ってきてるのよ!」

 

 当然怒られる。だが、レイは気にしない。

 

 「まあまあ、息抜きも必要だよ。はい、姉ちゃんの分」

 

 「仕方ないわね」

 

 ライは渡されたクレープを食べ始める。

 その瞬間、初春と白井は安堵した。

 

 

 

 

 

 

 「佐天さん、そちらの二人は?」

 

 ライがクレープを食べ終えると同時に御坂が歩いてくる。

 

 「初春と白井さんの知り合いみたいです」

 

 レイとライは佐天と御坂に自己紹介をする。

 

 「僕は風紀委員(ジャッジメント)のレイ」

 

 「私はライ。同じく風紀委員(ジャッジメント)よ」

 

 「御坂美琴です」

 

 「佐天涙子です」

 

 佐天も御坂も同じように自己紹介をする。

 

 「ねえ、黒子」

 

 御坂は白井に尋ねる。

 

 「なんですの、お姉さま?」

 

 「風紀委員(ジャッジメント)ってことは、アンタと初春さんの先輩?」

 

 「そうですの」

 

「どうしてここにいるんですか?」

 

 御坂の問いに答えた白井を見て、佐天はライに聞いてみた。

 

 「パトロール中にレイがクレープを食べようとしたものだから注意したんだけどね。白井さん達の姿が見えたから、ちょっと『お話』をしようと思ったのよ」

 

 「はあ」

 

 ライが答えた途端、白井と初春は揃ってレイの方を見る。

 だが、レイは白井と初春が自分に対して思っている事を知りながら、別の事を言い出す。

 

 

 「あそこの銀行って、なんで昼間から防犯シャッター下ろしてるのかな~?」

 

 「え?」

 

 ライが反応するよりも先に、防犯シャッターが内側から破られ中から三人の男が出てくる。

 

 「遅かったか。仕方ないわね。初春さん、警備員(アンチスキル)への連絡と怪我人の有無の確認」

 

 「はい!」

 

 「白井さんは行きなさい」

 

 「了解ですの!」

 

 「姉ちゃん、僕は~?」

 

 「・・・・・」

 

 自分に指示がこなかった為、レイは聞いてみるが、ライからの返事はない。

 

 「姉ちゃ~ん?」

 

 「ああもう!分かったわよ、行きなさい」

 

 再び尋ねると、ライは何かを諦めたように指示を出す。

 レイはすぐに向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 レイが行くと、白井が強能力者(レベル3)発火能力者(パイロキネシスト)を捕まえていた。

 

 「ああ?なんだテメエ、離せよ!」

 

 「だめぇ!」

 

 レイが振り向くと、佐天が男の子をかばって、男に蹴られていた。

 急いで向かおうとしたが、男は車に乗り込み、佐天を轢こうとしていた。

 

 「間に合えよ」

 

 レイがそう言って走ろうとするが、白井に止められる。

 

 「レイ先輩、あそこにはお姉さまがおりますのよ」

 

 白井が言い終えると同時に、御坂が佐天の前に立ち、ポケットからゲームセンターのコインを取り出し、向かってくる車に撃ち込んだ。

 飛んできたコインに当たった車は吹き飛んだ。

 

 これで終わったと誰もが思った時、レイの雰囲気が変わった。

 それに気付いた白井は、レイの視線の先を見た。

 そこには、先程白井が気絶させたはずの男が拳銃をライに向けていた。

 

 誰も気付いていない。そんな中、レイは走り出す。

 初春は急に走り出したレイの視線をたどった。

 自分が一番近いのに反応できず、男が引き金を引こうとする。

 

 「ふざけやがって」

 

 レイの言葉を初春が聞いた途端、レイはライを突き飛ばし、銃弾を跳ね返した。

 銃弾は拳銃を弾く。

 男は手を押さえてうめく。

 レイが男に近寄ると、男が逃げようとする。

 レイは小声で男に一言告げると一瞬で男の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなことがあったんですか」

 

 レイの話は終わったが夏世はそれしか言えなかった。

 

 「ええ。あの時、白井さん達を見かけていなかったら、御坂さんと佐天さんには会えなかったのよ。感謝しないとね」

 

 ライは笑顔でそう言うが、目が笑っていないことを白井と初春は当然分かっている。

 

 「感謝されるのは嬉しいのですが、”オーラ”をしまってほしいですの」

 

 「やっぱり、まだ怒ってますよね?」

 

 白井と初春にはライから出てるものが見えるらしい。

 

 「何のことかしら?」

 

 「まあ、それはいいとして。次は「虚空爆破(グラビトン)」について話そうか」

 

 白井達のやり取りを見ながら、レイは話を続ける。

 

 

 

 

 




 レイは鈍いですね。白井達は分かっているのに・・・
 セリフだけですが、あの人を出しました。 

 次回に続きます。


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思い出

久しぶりに投稿させて頂きます


 「ちょっとレイ、最近は虚空爆破(グラビトン)事件が多いんだから、目立つ行動は控えてよ」

 

 「まだ何もしてないよ~」

 

 退屈そうに書類整理を行っているレイに向かって、ライは忠告する。

 前にも同じような事をしている時に、レイが突然、壁に向かってボールを投げ始めた。

 能力を使って一人でキャッチボールをやったのだ。

 あまりにも馬鹿らしかったので、ライが怒っていた。

 故に、今回は注意されたのだ。

 

 「ところで、虚空爆破(グラビトン)事件って何だったっけ~?」

 

 レイがそう言った途端、ライが空き缶を投げてきた。

 

 「うっ」

 

 見事、頭に命中したため、レイはうめき声を上げた。

 

 「何すんのさ~」

 

 「アンタは人の話を聞きなさい!」

 

 「う」

 

 「今アンタに投げた物。アルミを基点にして、重力子(グラビトン)の数じゃなくて、速度を急激に増加させて、それを一気に撒き散らす。ようは『アルミを爆弾に変える』能力よ!」

 

 「はあ~」

 

 「ぬいぐるみの中にスプーンを隠して破裂させたり、ゴミ箱のアルミ缶を爆破するとか」

 

 「へえ~」

 

 「ちゃんと聞いてる?」

 

 「勿論ですハイ」

 

 生返事ばかり返すレイを睨むと、ライは続ける。

 

 「爆発前に前兆があるから、死亡者は出てないけど、犯人の特定が出来てないのよ」

 

 「でも、能力者の犯行なんだよね?学園都市の『書庫(バンク)』にある全学生の能力データを洗えば済むんじゃないの?」

 

 レイの提案にライは首を横に振る。 

 

「残念なことに、『量子変換(シンクロトン)』、それも爆弾に使用できるほど強い力を持っているのは、大能力者(レベル4)釧路帷子だけ」

 

 「へえ。でもその人って、八日前から原因不明の昏睡状態に陥ってなかったっけ?事件始まったのって一週間前だったよね?」

 

 「そうよ。病院からの外出はおろか、一度も意識を取り戻していないのよ」

 

 「『書庫(バンク)』のデータに不備があるの?」

 

 「あるいはね、めったにないケースだけど、前回の身体検査(システムスキャン)後の短期間で、急激に力をつけた能力者の犯行かもしれない」

 

 「姉ちゃん、『幻想御手(レベルアッパー)』って知ってる?」

 

 唐突な質問にライは戸惑う。

 

 「何よそれ?」

 

 「噂なんだけどね。能力の強さ(レベル)を簡単に引き上げてくれる道具らしいよ」

 

 「気味悪いわね」

 

 「でも、さっきの話と関係してるんじゃないかな?」

 

 「実在するならね」

 

 突然、浅葱がパソコンを見て慌てた。

 

 「衛星が重力子(グラビトン)の爆発的加速を観測したって!」

 

 「浅葱、観測地点は?」

 

 ライが聞き返した。

 

 「第七学区の洋服店、『セブンスミスト』よ!」

 

 「まずい!白井、急いで初春に連絡して!」

 

 場所を聞いた途端、レイの口調が変わった。

 

 「レイ先輩?」

 

 「早く!今あそこには、初春と御坂、佐天がいる!」

 

 その一言で白井はすぐに動いた。

 

 「初春ッ!今すぐそこを離れなさい!」

 

 『白井さん?』

 

 「今あなたがいる『セブンスミスト』で重力子(グラビトン)が観測されたんですの!」

 

 『分かりました。今から避難誘導させます』

 

 「あなたもすぐに避難しなさい!」

 

 『えっ?』 

 

 「過去発見の事件の全てで、風紀委員(ジャッジメント)が負傷してますの!」

 

 『まさか!?』

 

 「ええ、犯人の真の狙いは観測地点周辺にいる風紀委員(ジャッジメント)!今回のターゲットは初春ですのよ!」

 

 白井が話終えると、初春の携帯を通して、女の子の声が聞こえてくる。

 

 『おねーちゃん。メガネかけたおにーちゃんがおねーちゃんにわたしてって』

 

 そこで通話が途絶えてしまった。

 

 「白井!今から行け!警備員(アンチスキル)への連絡はしておく!」

 

 「了解ですの!」

 

 そう言って白井は空間移動(テレポート)していった。

 それから数分後、犯人は捕まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなことがあったんですか」

 

 話を聞いていた夏世が興味深そうにしていた。

 

 「うん。次の話をしたいんだけどちょっと待っててもらえるかな~?」

 

 「どうしました?」

 

 「トイレにね」

 

 そう言ってレイは廊下に出て行った。

 

 「あたしも」

 

 レイに続くようにライも出て行った。

 

 「夏世ちゃん、何か聞きたいことはない?」

 

 二人が出て行った事を確認した固法は夏世に尋ね始めた。

 

 「そうですね。あの二人はいつも仲よしですが喧嘩した事はないんですか?」

 

 「あるわよ。前に喧嘩した時は、誰も止められなかったのよね」

 

 「それでどうなりましたか?」

 

 「支部が半壊したのよ」

 

 「えっ?」

 

 夏世は唖然としてしまうが、固法は続ける。

 

 「でも、その後の事は二人以外気を失ってて、誰も知らないのよ。目を覚ました時には、支部が元通りになってて、二人とも何事もなかったかのように仕事をしてたから聞けなかったのよ」

 

 固法が話し終えると、二人が戻って来た。

 

 「じゃあ、続けるよ~」

 

 レイは椅子に座って話を続けた。

 

 「虚空爆破(グラビトン)事件を起こした介旅初矢はデータ上、異能力者(レベル2)だったんだよ」

 

 「でもそれだと・・・・・」

 

 夏世の言いたい事をレイは分かっている。

 

 「うん。破壊力と合わない。そこで幻想御手(レベルアッパー)を探すことにしたんだ」

 

 「幻想御手(レベルアッパー)って先程も出てきましたよね」

 

 「うん。使うだけで強さ(レベル)を上がるっていうから、関係があると思ってね」

 

 「実在したんですか?」

 

 「ああ。そして、昏睡状態に陥るっていう副作用も起きた。実際に使用した人がそこにいるよ~」

 

 そう言って、レイは佐天の方を見上げる。

 

 「ただね、使っていなければ大切な事に気付けなかったんだよ。だから、使用自体は間違ってない」

 

 「大切な事?」

 

 「うん。自分は一人じゃないってこと」

 

 「そうだったんですか」

 

 「犯人は、大脳生理学者の木山春生。情報を探していた初春を人質に逃走して警備員(アンチスキル)と交戦した」

 

 「木山と言う人は能力者だったんですか?」

 

 「いいや。彼女は幻想御手(レベルアッパー)の使用によって昏睡状態になった一万人の能力を幻想御手(レベルアッパー)を通して行使できる多才能力者(マルチスキル)だったんだよ」

 

 「止められたんですか?」

 

 「御坂がね。さすがにその後出て来た幻想猛獣(AIMバースト)は僕が倒したんだけど」

 

 「幻想猛獣(AIMバースト)って何ですか?」

 

 「簡単に言えば、幻想御手(レベルアッパー)で使った能力の集合体かな」

 

 「そうですか」

 

 「うん。木山にも理由があったんだ」

 

 「どんな理由ですか?」

 

 「彼女は教え子たちを助けたかったんだよ」

 

 「?」

 

 夏世の疑問は消えなかった。

 

 「詳しく説明しようか。彼女はある人物に『置き去り(チャイルドエラー)』の教師をやるように頼まれたんだよ」

 

 「どうなったんですか?」

 

 「彼女は引き受けた。そしてお互いの事を信頼するまでになった。けど『ある事件』によって、子供たちは昏睡状態に陥ってしまった」

 

 「ッ!?」

 

 「つまり、幻想御手(レベルアッパー)は子供たちを助けるためだったってわけさ」

 

 「そうだったですか。ですが・・・」

 

 「うん。彼女の罪が消えるわけじゃない。しかも、話はまだ続く」

 

 「まだ続くんですか?」

 

 「うん。もうやめる?」

 

 「いいえ。お願いします」

 

 そう言って夏世は居住まいを正した。

 レイは頷いて、再び話しだした。

 

 「ある時、春上衿衣っていうRSPK症候群を起こす女の子がいた」

 

 「RSPK症候群ですか?」

 

 「うん。能力者が一時的に自律を失って、自らの能力を無自覚に暴走させる事」

 

 「幻想御手(レベルアッパー)の事件と関係してるんですか?」

 

 「うん。春上は木山春生が教師だった時に起きた事件で意識不明になった枝先万里を探していたんだよ。そして、釈放された木山春生と春上がやっと、枝先万里たちを探した時に木山春生以外を拉致したのさ。絶対能力者(レベル6)を作りだすっていう為にね」

 

 「あの時のレイ先輩は怖かったですよね」

 

 「まったくですの」

 

 当時の事を思い出したのか、話を聞いていた初春と白井が感想を述べている。

 

 「じゃあ、僕と姉ちゃんの過去について話しておこうか。っとその前に、お茶を持ってくるね」

 

 そう言って、レイは椅子から立ち上がった。

 

 




次回に続きます。


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決意

早めに投稿することができました。


 「あの時は確かに怒ってたよ」

 

 お茶をみんなに配り終え、椅子に座ってレイは話しだした。

 

 「春上達に対する事もあるけど、大半は”木原"への憎しみだったんだよ」

 

 「憎しみ・・・・ですか?」

 

 それまで、静かに話を聞いていた佐天からの質問にレイは答える。

 

 「うん。佐天たちは知っているはずだよ。”木原”は犠牲を顧みず、必要とさえ思っている。何より、自分の孫にさえ実験を行うという人を」

 

 レイの言葉に、御坂はハッとした。

 

 「”木原幻生”ですね」

 

 「どうして、レイ先輩が”木原幻生”について知っているんですの?」

 

 白井も疑問に対して、レイは素直に答える。

 

 「知ってて当然だよ。俺と姉ちゃんの・・・・能力開発を行った人なんだから」

 

 レイの言葉にみんな、言葉を詰まらせてしまう。

 

 「普通なら感謝してるよ。だけど、能力が発現してから数日後に、姉ちゃんが記憶喪失になったんだよ」

 

 「理由は?」

 

 それまで黙って、自分の仕事をしていた藍羽がパソコンから目を離し尋ねて来た。

 

 「分からない。幸い、記憶喪失はすぐに治った。でも、姉ちゃんが又記憶喪失になるのかと思うと居ても立っても居られなかったから調べようとしたんだ」

 

 「どうだったのよ?」

 

 藍羽の質問に答えたのはライだった。

 

 「『ガストレア大戦』が起きたから調べられなかったのよ。当然、研究者たちは逃げたわ。私たちを置いてね」

 

 ライの一言で初春は顔を曇らせてしまう。

 そこで今度は、レイが言い出す。

 

 「でも、良かったんだよ。だって、美偉さんに会えたんだから」

 

 「どういうことなんですか?」

 

 夏世は固法に説明を求める。

 

 「あの時は、逃げ遅れた人がいないか巡回してたのよ。すると、泣き声が聞こえてきてね。声のするビルを視ると、子供が二人いたのよ。急いで助けたんだけど、泣かせちゃってね」

 

 夏世は子供が泣いてしまった理由が理解できなかった。

 そんな夏世の気持ちを察したレイは、説明を補足する。

 

 「あれは誰でも泣きますよ。外で大きな物音がしたと思ったら、大人たちが大慌てで出て行って、そんな時に知らない人が自分に駆け寄って来たんですから」

 

 その言葉を聞いていて、白井は悟った。故に聞いてみた。 

 

 「つまり、泣いたのはレイ先輩ですのね?」

 

 その瞬間、レイの目が不自然なくらい泳いだ。

 白井がそれを見逃すはずもなく、もう一度聞く。

 

 「泣いたんですね?」

 

 「・・・・・はい」

 

 そして、答えを言ってすぐに、レイは夏世に尋ねる。

 

 「幻滅したでしょ?」

 

 「いいえ、うれしいですよ」

 

 しかし、夏世は呆れてなどいなかった。それどころか、喜んでいた。

 

 「どうしてさ?」

 

 理由が分からず、レイは思わず聞いてしまった。

 

 「自分の知られたくない過去を人に話すというのは、勇気が必要なんです。「この人なら信用できる」って思えなければ駄目なんですから。だから、私はうれしいんです。レイさんに信用してもらえているんですから」

 

 夏世の言葉は、レイの心に響いた。

 目の前の少女たちは、こんな自分を大切に思ってくれているのだ。

 レイは恥ずかしかったが素直に感謝する。

 

 「夏世、皆、ありがとう」

 

 皆がそれぞれ返事をする中、夏世だけは頬を赤くしていた。

 だが、レイはそれに気づかず、話を続ける。

 

 「助けられた後は、しばらく泣いてた。だけど、美偉さんは僕が泣き止むまで待っていてくれた」

 

 固法の行動は、白井達を感心させた。

 

 「当然、憧れた。この人いたいな風紀委員(ジャッジメント)になりたいって思った。だから、学園都市統括理事長に頼み込んで、能力開発を引受けてもらったんだ」

 

 その瞬間、御坂は驚きを隠せなかった。

 目の前にいる学生が、学園都市の統括理事長と接点を持っている事を理解してしまったから。

 レイは気付いていないようで話を続けている。

 

 「それから二年経過して、やっと、能力を制御できるようになったから、いそいで風紀委員(ジャッジメント)になった」

 

 突然、レイが溜め息をついた。

 さっきまで、あれほど嬉しそうに話をしていたというのに。

 佐天は理由を聞かずにはいられなかった。

 

 「どうしたんですか?」

 

 ライが代わりに答えを出す。 

 

 「固法さん、私たちの事を忘れていたのよ」

 

 答えを聞いた途端、固法を見る白井達の眼差しは、尊敬から残念なものを見る目へと変わっていた。

 固法は急いで弁明する。

 

 「仕方ないでしょ!助けた時は泣いていた小学五年生に、身長を越された上に、「守らせてほしい」なんて言われたのよ!」

 

 しかし、夏世はそれでも問い詰める。

 

 「でも忘れていたんですよね?」

 

 「うう・・・・」

 

 夏世の一言により、固法が小さく見えてしまうのは言うまでもない。

 

 「思い出してもらえたのはいつなんですか?」

 

 初春が知りたかった事を尋ねると、レイはすぐに答えてくれた。

 

 「それから三年後、去年に起きたある事件の時だよ。白井、第七学区で強盗事件が起きたのは知ってる?」

 

 問いかけられた白井は慌てず、答える。

 

 「勿論ですわ。犯人が『絶対等速(イコールスピード)』を使って防犯シャッターを破った時のことですから」

 

 「うん。巡回中に女の子の泣き声が聞こえてきたから行って、事情を聞くと、犯人が人質を取って立てこもってたんだよ。浅葱に中の様子を調べてもらって、突入しようとしたんだ。だけど、先を越されちゃって」

 

 佐天はレイの言葉が気になり、理由を尋ねる。

 

 「誰にですか?」

 

 「どっかの誰かさんが撃った『超電磁砲(レールガン)』に。その後、犯人を呼んでおいた警備員(アンチスキル)に引き渡して、怪我人の保護を開始した。足を骨折している女の子がいたし、背中に金属片が刺さった人もいた。ってどうしたの?」

 

 レイの質問は、怪我人の容体を話している中で、急に顔を赤くした 白井・初春・御坂・固法によるものだ。

 

 「足を骨折してましたの」

 

 「シャッターの前で泣いてました」

 

 「背中に金属片が刺さってたわ」

 

 「『超電磁砲(レールガン)』撃ったのあたしです」

 

 四人がそれぞれ、説明すると、レイは笑ってしまった。

 

 「美偉さんは分かっていたけど、他は知らなかったなあ~。さあ、昔の話は終わり。そうだ!御坂と佐天、悪いんだけど、ちょっといいかな?」

 

 レイは話を終えると、二人を呼びだし、返事が聞こえると廊下に出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかしたんですか?」

 

 自分が呼び出された理由を知るために佐天は尋ねた。

 

 「佐天はさ、まだ能力に憧れてる?」

 

 レイの問いに、佐天は戸惑ってしまう。

 

 「正直に話してくれればいいんだ。別に責めてるわけじゃないから」

 

 「はい」

 

 佐天の答えにレイは頷き、佐天の耳元で話す。

 

 「・・・・・能力者になれるかもしれない」

 

 「本当ですかッ!?」

 

 佐天は、大声こそ上げなかったが、勢いよくレイに向き直る。

 

 「・・・う、うん。あとごめん、ちょっと近い」

 

 佐天を落ち着かせようと、レイは言い聞かせる。

 

 「す、すいません」

 

 レイの言葉にハッとして、佐天は視線を戻す。

 

 「詳しい事は今度、言わせてもらうね。他の人には内緒だよ~」

 

 「はい!ありがとうございます!」

 

 佐天は嬉しそうに支部へ戻って行った。

 

 「何を話してたんですか?」

 

 「秘密~」

 

 御坂は佐天が嬉しそうにしている理由が知りたかったが、断られてしまった。

 そして、自分が呼ばれた理由を尋ねた。

 

 「あたしはどうして呼ばれたんですか?」

 

 「最近、過去の自分の行動で後悔してない?」

 

 「どうしてッ!?」

 

 御坂はレイの言葉に驚きを隠せなかった。

 だが、レイは続ける。

 

 「今は詳しい事は言えないけど、これだけは言っておくね。実験はまだ続いてる。ただ、僕たちはそれを止めたい」

 

 それだけ言うとレイは支部に戻って行った。

 御坂にはレイが何を抱えているのか理解できず、ただその場に立っていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 その日の夜、御坂は研究所潰しを再開した。

 

 

 

 

 




次回はあの四人組を登場させるつもりです。


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胸に抱いた思い

久しぶりの投稿になってしまい、すみません。
最近、入試の為の模試や補習に追われてたので、更新できませんでした。



 「レイさんの言ってたことが本当かどうかは分からないけど、残る研究所は二箇所。今晩中に全て終わらせる!」

 

そう言って御坂は研究所へと侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・ってことだから僕達も行くんだけど~」

 

 「・・・・・」

 

 レイの言葉にライは呆れていた。

 

 「姉ちゃ~ん?」

 

 「正直、御坂さんがまた動いてくれたのは嬉しいんだけど」

 

 「うん」

 

 「大能力者(レベル4)が二人以上、加えて超能力者(レベル5)がいるっていうのはさぁ・・・・」

 

 「まずいよね~」

 

 「まったくよ!」

 

 「研究所は2箇所って話だからどっちかは遭遇しないんだけど~」

 

 「どっちかは遭遇するってことじゃない!」

 

 「それでも行くしかないんだって~。布束さんも行動してるんだし」

 

 「そうよね。夏世ちゃんには知らせなくていいの?」

 

 ライは抵抗を諦めると、眠っている夏世を見る。

 

 「うん。エゴだけど夏世には知られたくないんだ」

 

 「分かったわ」

 

 二人は部屋を出る。

 そしてエレベーターを使って1階まで行くと再び口を開いた。

 

 「あたしは御坂さんの方へ向かうわ」

 

 「は~い」

 

 二人は別の方向に向かって走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御坂が研究所を駆け巡っていると、突然天井が崩れた。

 だが御坂には傷一つなかった。

 

 「磁力で落下物の軌道をずらしたか。発電能力者(エレクトロマスター)って情報は確かみたいね。本来はドアや壁なんかを焼き切るツールなんだけど、こんな使い方もあるって訳よ」

 

 フレンダは呟きながら、御坂に向かって導火線に火をつける。

 

 

 

 自身に火が迫ってきた事を感知した御坂はその場を離れる。

 すると火の進路方向にあったぬいぐるみが爆発した。

 そして周囲を見渡すとそこには導火線とぬいぐるみがあった。

 

 「爆弾?なんでこの手の奴はぬいぐるみに入れたがるのよ!」

 

 次々に火が迫って来たため、御坂は身近にあった金属を操りながら開けた場所を目指す。

 その時、操っている金属にぬいぐるみが入っている事に気付いた御坂は慌ててそれを投げる。

 投げた拍子に体勢を崩した御坂に再び火が迫る。

 磁力を最大にして回避するも、壁に背中を打ちつけてしまった。

 

 「ッ!」

 

 御坂は導火線を辿った先で相手を見つけた。

 階段からこちらを見て笑っている。

 

 「あいつか」

 

 御坂は走った。

 

 

 

 

 「おっしーい。発電能力者(エレクトロマスター)相手だとリモコン式も使えないし・・・・おっと」

 

 フレンダが呟いていると御坂が電撃を放ってきた。

 しかし鉄骨に当ったために、フレンダまで届かなかった。

 階段を上がりながらフレンダは御坂の様子を見る。

 御坂を狙った陶器爆弾も磁力にやって防がれてしまった。

 

 「うわすっごい形相!捕まったら八つ裂きにされちゃうかも。・・・・・なーんちゃって」

 

 次の瞬間、御坂がいる階段が崩れ、落下した。

 

 「にししし。この高さでも打ち所が悪ければ・・・・・あれ?」

 

 フレンダの思うようにはならず、御坂は無事だった。

 

 「私を落としたいなら、鉄分を抜いて施設ごと建て直しとくべきだったわね」

 

 「何それ?ズッルぅ!・・・ってうわっ!」

 

 フレンダが悪態をついているとまたもや電撃が飛んできた。

 フレンダは身近な部屋に入ると御坂も後を追う。

 

 「袋小路ね・・・・」

 

 「まさか、ここまで追い込まれるとは思わなかったわ」

 

 「随分簡単なミスをするわね。慌てていて判断を誤ったのかしら?それとも・・・・」

 

 「どう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 御坂がフレンダを追い詰めたころ、布束はもう一箇所の研究所に来ていた。

 

 「いやあ、すみません。『量産型能力者(レディオノイズ)計画』から関わられていた布束さんに万が一の為にいて頂きたかったので」

 

 「了解しました」

 

 「ありがとうございます。では少々こちらでお待ちください」

 

 

 

 

 

 

 「今の内に聞いておきたいんだけど、アンタ達を雇ったのは誰かしら?」

 

 「はぁ?」

 

 「義理立てとか考えない方がいいわよ。この施設はイカレた実験の・・・・・」

 

 「あー、いいからそういうのぉ」

 

 「雇い主の目的とか、消す相手が善人とか悪人とか、そいつが歩んできた人生とか、結局んなもんはどーでもいい訳よ」

 

 「まだ状況が理解出来てないみたいね。結局、追い詰めた方が追い詰められてたってのはよくある話な訳よ!足元見て見なさいよ」

 

 御坂が下を見ると、導火線で囲まれていた。

 そして、上から沢山のぬいぐるみが降ってきた。

 

 「退路は断たれ、身を守る盾も無し!この窮地凌げるものなら凌いでみなさい!」

 

 そう言ってフレンダは導火線に火をつけた。

 

 「はー・・・・、まずったわ。話し合いなんて考えるからこうなんの、よ!」

 

 御坂は拳を握ると、磁力で床を持ち上げた。

 そして、そのままフレンダに近づこうとした。

 

 「覚悟はいいかしら?」

 

 フレンダは動揺したもののすぐに我に返り、スタングレネードを落とした。

 何の対策もしていなかった御坂は、目と耳の自由を奪われ、その場に立ち尽くしてしまう。

 そんな隙を見逃さず、フレンダは追撃する。

 煙の中でフレンダは笑う。

 

 「にひ。にゃーはっはっは。ま、結局私にかかればこんなもんな訳よ!よっしゃーギャラ半分ゲットォ!何買おっかなァ~・・・・・死体は?」

 

 フレンダは笑いながら御坂の死体がない事に気付いた。

 そんな時に背後から声がした。

 

 「発電能力者(エレクトロマスター)についてよく調べてるみたいだけど」

 

 「ひっ!?」

 

 「あたしくらいになると電磁波で空間把握ができるのよ」

 

 フレンダは動こうとするが止められてしまう。

 

 「おっと、下手に動かない方がいいわよ。この距離なら何しても電撃の方が早い・・・・・」

 

 「Miji」

 

 「え?」

 

 「Miji cavino capri citreva sgichovire Sgicacci slano happa fumifumi?!」

 

 「?」

 

 御坂は目の前の少女が知らない言語を発していることに困惑した。

 

 「こんな言語ねぇっっの!」

 

 フレンダは困惑している御坂に爆薬の入った瓶を投げる。

 慌てて御坂が電撃を放つとそれは爆発した。

 

 「悪あがきをッ!」

 

 御坂は悪態をつきながら、部屋にガスが発生している事に気付いた。

 

 「学園都市特製の気体爆薬、『イグニス』。吸っても害はないけれど、さっきの瓶であの威力。今この部屋は巨大な爆弾って訳よ。もし電気なんか出したらどうなるか・・・・」

 

 「ッ!」

 

 「じゃあ、ゆっくりやらせてもらおうかなぁ!」

 

 そう言ってフレンダは勢いよく蹴り出した。

 御坂はとっさに腕で防ぐ。

 そしてフレンダは御坂の後ろに回り込み、ゴムを掴むんで投げた。

 

 「ぐあっ!」

 

 投げられた御坂に再び蹴りが迫ってきた。

 距離を取ろうとするが逆に詰められてしまう。

 

 「自殺志願者を見るような顔ね。こっちは暗部で仕事してんのよ。死ぬのが怖くてやってられるかっての・・・・・よっ!」

 

 御坂は蹴り飛ばされ、背中を強く打った。

 

 「がっ!」

 

 そんな御坂を見ながらフレンダは心の中で笑っていた。

 御坂が周囲の窒素ガスを爆薬と勘違いして、能力の行使を抑えている姿を見ていて心地よかったのだ。

 

 「結構頑張るじゃない。でもそろそろ終わりにしないと麦野達が来ちゃうからなぁ。標的の人生なんてどーでもいいって言ったけど、止めを刺す時だけはちょっと感慨深いものがあるわね。命を摘むまさにその瞬間、私は相手の運命を支配した気分になれるの。結局、コイツは私に殺される為に生れて来たんだってね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、御坂は目を見開いた。

 

 「それじゃ、最期にイイ感じの悲鳴を聞かせて・・・・・ちょーだいッ!」

 

 御坂は自身に迫ってきたナイフを止める。

 

 「殺される為に生れてきた?そんなクソったれな運命を逃げもせず、抗いもせず、助けすらも止めないで、当たり前のように受け止めて・・・・・ッざけんじゃないわよ!」

 

 そして弾く。

 弾いたはずみで、ナイフの付いたフレンダの靴が飛んだ。

 更に御坂はフレンダの背後の回り込み首を絞める。

 

 「ぐぎッ・・・がっ、はッ。ぬ、ぐうぅ・・・・ッぬぉっしゃあッ!」

 

 「ぐッ!」

 

 しかし、背負い投げを喰らってしまう。

 

 「悪くない考えだったけど結局は・・・・」

 

 フレンダは語りながら気付いた。

 自分が導火線の上にいることに。

 そして、投げたはずみで落ちたツールによって、引火したことに。

 

 「にょわッ!?」

 

 避けるも、勢いがあり過ぎたために着地できず、そのまま回って変電気に頭をぶつけてしまった。

 

 「てててて・・・あっぶねーあぶねー。危うく自分の罠で下半身吹っ飛ばすとこだったわ。全く自慢の脚線美だってのに・・・・・」

 

 「あーそっかそっか、そーいう事か。結局、私も随分初歩的なハッタリに引っかかったって訳かー。はは・・・・結局だって、感染(うつ)っちゃったのかしら。あはははは」

 

 「は・・・・ははは・・・・てへっ・・・・・ぎゃんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 電撃を受けたフレンダは自由に身体を動かすことができなかった。

 

 「電撃に手心を加えたのは死なせたら寝覚めが悪い・・・・・とかじゃないわよ。計画について知っている情報、洗いざらい吐きなさい。主導してる面子は?アンタ達を雇ったのは?そういえばさっき誰か来るみたいなことを言っていたわね。詳しく言いなさい」

 

 フレンダが顔を背けた途端、背後にあった変電気が黒焦げになった。

 

 「黒焦げになりたくなかったら3秒以内に答えなさい。3・・・・・2・・・・・1」

 

 カウントが迫る中、フレンダは言おうとするが、舌が痺れている為に声が出せない。

 

 「・・・・・0」

 

 身振り手振りで知らせようとするが、カウントはゼロになってしまった。

 

 「そう、仲間は売れないっって訳ね。そういうの嫌いじゃないけどね・・・・ッ!」

 

 御坂は言葉を言い終えた途端、自分に向かって何かが発射された事に気付き、回避する。

 光線が目の前を横切った。

 そして、それが開けた大穴から二人の女性が入ってきた。

 

 「あんまり静かだからてっきり殺られちゃったのかと思ったけど、危機一髪だったみたいねフレンダ」

 

 フレンダが感謝しているのを知ってか知らずか、麦野は呆れた。

 

 「まったく、私らが合流するまでは足止めに徹しろって言っておいたのに」

 

 麦野の一言で、フレンダは固まってしまった。

 

 「深追いした挙句、返り討ちにあって捕まっちゃうなんて」

 

 麦野の言葉はまだ続く。

 

 「撃破ボーナスに目が眩んだからって、何やってんだか」

 

 「大丈夫だよフレンダ、私はそんなフレンダを応援してる」

 

 滝壺の慰めが止めとなり、フレンダは完全に落ち込んでしまった。

 

 「アンタが噂のインベーダーね」

 

 「アンタ達は何なの?」

 

 「教える必要はないでしょう?」

 

 そう言って麦野はビームを撃った。

 御坂は磁力で壁に張り付く。

 

 「クモみたいね」

 

 「ッ!」

 

 「滝壺、使っときなさい」

 

 麦野はケースを取り出して、滝壺に投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こっちにもいませんでした」

 

 「ふむ、一体どこに。この忙しい時に・・・・・」

 

 そう言って、二人の研究者は消えた布束を再び探しだした。

 

 

 その頃、布束は施設の地下を移動していた。

 今行われている実験を止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケースの中身を口に含んだ滝壺は能力を行使する。

 麦野は激しい攻防を繰り広げていた御坂は、滝壺の視線に気づく。

 すぐに煙を発生させた。

 

 「目眩ましだとしても時間稼ぎに・・・・・」

 

 そこで麦野は御坂の姿がない事に気付いた。

 

 「・・・・チッ、逃げたか。・・・・・滝壺」

 

 「大丈夫。ターゲットのAIM拡散力場は記憶した」

 

 煙を発生させた後、御坂は施設内部へと走っていた。

 

 

 

 

 「三人も相手にするなんて部が悪いわ。施設の破壊が先よ!」

 

 しかし、そんな御坂にも限界が来た。

 能力の使いすぎによる疲労である。

 そんな時、麦野が撃ったビームが御坂の近くを通り過ぎた。

 次々に放たれるビームを御坂はなんとか避ける。

 

 

 

 

 「かわされた。検索対象は消えていない」

 

 「チッ、天井に跳んだのかしら?立体に動き回るってのは面倒ねー」

 

 フレンダは壁に開いた穴を見て、目を丸くしていた。

 麦野の言葉を続く。

 

 「どこの誰だか知らないけど、捉えるのも時間の問題かしら。あとは、逃がさないよう追い込んでいきましょ」

 

 麦野はそう言って、御坂を追い始め、滝壺とフレンダも後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の場所へ辿り着いた布束は、横の窓から少女が横たわっているカプセルを見て呟いた。

 

 「絶対能力(レベル6)という名の闇はあまりにも暗く深い、か」

 

 そう言いながら、布束はポケットから一つのメモリースティックを取り出した。

 それには彼女が『妹達(シスターズ)』の為に今まで収集してきた人間の感情データが入っている。

 彼女は、それを『妹達(シスターズ)』の脳に入力(インストール)し、『妹達(シスターズ)』に絶望的な死のレール以外の道を示そうとしている。

 そしてメモリーのインストールを起動させた瞬間、頭と腕を押さえ込まれた。

 

 「関係者である可能性を考慮して上に確認を取りましたが、データ類の移送が完了するまではここへの立ち入りは超禁止との事でした」

 

 腕を押さえる力が強くなり、布束は小さく悲鳴を上げる。

 

 「襲撃者は単独犯であると推測されているが、一方の襲撃が超陽動である可能性を捨てるべきではない。防衛組はもう一方の施設襲撃の方を受けても対処は遊撃隊に任せて自陣を超堅守する事」

 

 頭を押さえていた腕が離れた為、布束は首を動かした。

 そこで布束は自分を拘束しているのが少女であることを知った。

 

 「どうやら、麦野の読みは超当たっていたようですね」

 

 それでも構わず、少女はフードを取り話を続けたのだった。

 

 

 

 

 




長期休み中でも、何回更新できるか分かりませんが、時間を見つけて書いていこうと思っています。


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家にて待つのは”話し合い”

盛大に遅れて申し訳ありません!
最後に投稿してから一年が経過しそうだったので慌てて出しました。
これからも今回のような事が起きるとは思います(なるべくならないようにします)。
それでは、どうぞ!


 「・・・・・・って姉ちゃんに大きく言ってみたはいいものの、状況がね~」

 

 ライと別れ、布束の後を追ったレイはSプロセッサ脳神経応用分析所に来ていた。

 そして現在、扉の前で地下室内の様子を確認している。

 

 「布束さんはピンチだし、相手も3人だし~。男二人はどうとでもなるけど、あの大能力者(レベル4)は能力が面倒なんだよね~」

 

 レイは既に今回遭遇する組織、『アイテム』のメンバーと各能力をすべて把握していた。

 今、レイの目に映っているのは絹旗最愛という中学生。

 能力の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』は大気中の窒素を自由に操る事ができるそうだ。

 しかも、彼女の意識とは無意識に常時360度自動展開されているらしいが、射程距離は彼女の体から数センチ程度だとか。

 

 「まぁ面倒くさいのは姉ちゃんの方かな~。『アイテム』って4人だから3人を相手にするのか~。いくら御坂さんがいるとはいえ、嫌だろうな~」

 

 レイが嫌な顔をしているライを想像していると、室内では布束が絹旗に対してサングラスをかけた男から奪った拳銃を向けているところだった。

 勿論、銃弾は『窒素装甲(オフェンスアーマー)』に阻まれ、布束はもう一人の男に担がれていた。

 

 「・・・・・っと、そろそろ行かないと布束さんが連れて行かれちゃう」

 

 そして、布束がどこかに連行されるのだろうと考えたレイは室内へと歩き出し、絹旗に声をかける。

 

 「そのくらいにしといてくれないかな~?」

 

 「・・・・・あなたが誰であろうとそれには超賛成できません」

 

 そして、返事はレイが予想した通りとなった。 

 

 それは、絹旗が暗部組織に属しているからであり、レイ自身も暗部としてその事を知っているからだった。

 

 「え~?」

 

 「超仕方ありませんが、消えてもらいますよ」

 

 絹旗がそう告げると、奥にいた男二人が拳銃を構え、発砲した。

 しかし発射された弾はレイに当たるとすぐに、それぞれの拳銃へと跳ね返された。

 衝撃により、二人の男は拳銃を床へと落とした。

 

 「能力者・・・ですか。能力については分かりませんが、強能力者(レベル3)以上であることは間違いないでしょう。超厄介ですね」

 

 「そう思うならその人を解放して、帰ってほしいな~」

 

 「残念ですが、超聞けませんね」

 

 「え~」

 

 そう言いながら、レイは絹旗を殴ろうとする。

 しかし『窒素装甲(オフェンスアーマー)』がそれを阻む。

 

 「超無駄です。あなたの攻撃では私に攻撃が通る事はありませんよ」

 

 絹旗の拳が向かってくる。

 

 「わ~。怖~い」

 

 口では怖いと言いつつもレイの表情は怖がっているようには見えない。

 

 

 

 

 そして絹旗の拳は確実にヒットした。

 絹旗自身、右手に走る感触とともにそれを実感した。

 ・・・・・しかし、実際に吹き飛んだのは絹旗だった。

 

 「ツ・・・・どうして!?あなたの攻撃なんて無意味なはず!なぜ私の攻撃が!?」

 

 絹旗の混乱は誰が見ても明らかだった。

 確かに攻撃をした自分が吹き飛ぶ。相手の攻撃など効かないはずの自分が何故・・・・。

 

 

 

 

 

 レイは目の前で混乱している少女を見ながら、普段と同じように話し出す。

 

 「僕は別に何もしてないよ~。君が自分の攻撃で吹き飛んだんでしょ?」

 

 「適当な事を言うな!」

 

 「信じる、信じないは君の勝手だけどね~」

 

 それに、と混乱している絹旗前に言葉を続ける。

 

 「君の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を見て思ったけど、君って『アレ』の被検体でしょ?」

 

 その一言を聞いた瞬間、絹旗は撤退を決意した。

 相手はこちらの能力を知っている。

 そしてそれは長い年月を暗部で過ごしているという事を示している。

 しかも、それなりの場数を踏んでいる事も伺える。

 自分の後ろにいる男二人は最初の銃弾で気圧されている。

 今は脱出するのが得策だ。

 

 

 

 

 

 「そろそろ退いてくれると助かるな~」

 

 そんな絹旗の心情を読んだのか、レイは脱出を進めてくる。

 

 「超仕方ありませんね。従うとしましょう」

 

 絹旗は部屋を出る直前に立ち止り、再び口を開いた。

 

 「あなたの事、忘れませんよ」

 

 一言だけ言い残し、絹旗は男二人とともに部屋を出て行った。

 そして気絶している布束を壁に背を付け座らせ、呟いた。

 

 「姉ちゃん、大丈夫かなぁ~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイが絹旗と対峙する少し前、ライは目的地である研究所の陰で溜め息と悪態を吐いていた。

 

 「・・・・ハァ、最悪ね」

 

 「相手が三人って、普通レイの担当でしょうに。運がいいのか悪いのかはともかくとして、悪意を感じるわね」

 

 愚痴を言いながらも手元の資料を確認している。

 

 「あの二人のコンビネーションには『体晶』が関わっているのね。けど、『体晶』は能力を一時的に暴走させる代物だから割に合わないでしょうね」

 

 ライが結論付けていると、丁度二人の少女が車に乗り込むところだった。

 そして、車が通り過ぎたのを確認し、立ち上がった。

 

 「これで相手は一人ね。さぁ、行くわよ!」

 

 気合を入れ、研究所へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライが進んでいくと、奥の方から声が聞こえてきた。

 御坂の声ではないということに気付き、すぐに扉の陰に隠れる。

 

 「パリィ!パリィ!パリィ!てかァ?笑わせんじゃねえぞクソガキ!!お子様のケンカ程度でこの街の『闇』をどうにかできると思ってんのかァ!!?」

 

 「くっ!?」

 

 御坂は迫ってくるビームを防ぐが、徐々に押されていき、遂には吹き飛ばされてしまう。

 

 「まったく、こんな小娘が第三位だなんて呆れるわね」

 

 麦野の声は周囲に響き渡る。

 

 「確かにそうよね。この街の『闇』は根が深すぎるもの」

 

 「あぁん!?」

 

 「けどね、自分の行動に対する償いや、『闇』に抗う為に頑張っている人だっているのよ。そんな人たちを絶望させるのは誰であろうと感心しないわね」

 

 麦野の問いに答えたのは御坂ではなく、陰から姿を現したライだった。

 

 「ライさんッ!?」

 

 「誰かと思えばアンタか。同じ暗部で生きてる人に言われても説得力が足りないわよ?」

 

 御坂と麦野の反応はそれぞれ違った。

 御坂の驚きとは別に、麦野は冷静だった。

 

 「あら、貴女と会うのは初めてだと思うけど?」

 

 「『闇』での記録がそう簡単に消えるとでも思ってるのかにゃ~ん?」

 

 「そう、やっぱり思った通りにはならなかったのね。ねぇ、麦野沈利さん?」

 

 「なんだ。知ってるのはお互い様ってこと?」

 

 「勿論よ。貴女が第4位ってことも、能力が『原子崩し(メルトダウナー)』だってことも」

 

 ライの言葉は続く。

 

 「だから、対処しにくい能力を使う貴女には移動してもらうわね」

 

 「はぁ?どうやって私を動かすってのよ?あんたの能力は戦闘向きじゃないし、この小娘だってまともに能力を使えないのよ?是非ともその方法を教えてほしいね!」

 

 麦野が言い終えると、ライは微笑みを浮かべた。

 そして、麦野の足元を指さして口を開く。

 

 「えぇ!教えてあげるわその方法を!一瞬だからしっかり覚えておいてね!?」

 

 「あん?」

 

 麦野が足元を見ると、導火線にはすでに電気が走っていた。

 フレンダが撤去し忘れた導火線に御坂が流したのだ。

 次の瞬間、三人の足場が崩れた。

 御坂とライはそれぞれ反対の方向へと飛び移った。

 そして、二人に挟まれた位置にいた麦野は真下へと落ちていった。

 

 「さて、用も済んだしあたしは帰るわ。またね、御坂さん」

 

 「あ、ライさん!」

 

 御坂が呼んだ時にはすでに、ライの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「や、姉ちゃんおかえり~」

 

 ライが学生寮へ着くとレイが階段で座っていた。

 

 「・・・・ただいま」

 

 「どうしたの~?」

 

 「あんた、布束さんの方には能力者は一人しかいないって知ってたわね?」

 

 「まっさか~。こっちだって驚いたんだよ?まさ能力者は絹旗さんだけで、後の男二人は拳銃持ってたなんてさ~。さすがに焦ったよ」

 

 「・・・・・・まぁいいいわ。そういうことにしといてあげるわよ」

 

 「じゃ、戻ろう姉ちゃん」

 

 レイはそう言って立ち上がる。

 そしてすぐに歩き出す・・・・・かと思いきや動かない。

 そんな弟を見てライは不思議に思った。

 

 「どうしたのよ?行くんでしょ?」

 

 「あ~、その事なんだけどさ・・・・」

 

 言いながらレイはゆっくりと姉へと向き直る。

 

 「姉ちゃん、諦めよう」

 

 「何を諦めるってのよ?」

 

 レイはゆっくりと息を吐き出す。

 

 「多分、バレてる」

 

 「何が?」

 

 「夏世にね、黙って勝手に動いたでしょ?それがバレたんだって」

 

 「・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・なんか、ごめんね?」

 

 ライが話の内容を理解をするのに少しの時間を要した。

 果たして、自分たちを待つのは”説教”の二文字だということを悟った。

 

 「・・・・・・諦めるしかないのね?」

 

 「・・・・・・・うん」

 

 二人は同時に溜め息を吐き静かに夏世(説教)の待つ我が家へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、帰宅した二人を待っていたのは・・・・・・・・やはり説教だった。

 

 

 

 




一年近く待ってて下さりありがとうございます。
次回は三人の兄弟喧嘩を書こうと思います。
早めに投稿でする・・・・・予定ですのでどうぞお願いします。
それではまた次回!


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交差する願い・届かぬ想い

およそ一月ぶりの投稿になります。
文字数は少ないですが見ていって頂けると嬉しいです。


 「ホントに心配したんですからね!お願いですから、もう勝手に行動しないで下さい!次やったら、私もついていきますからね!」

 

 時計の針が午前8時を過ぎる頃、ようやく夏世の説教が終わった。

 因みに家のドアを開け、夏世に見つかった時には夜中の1時を回っており、その時から今までずっと説教だったのだ。

 そして夏世は立ち上がり自分の部屋へと入って行った。

 これから寝るのだろう。

 二人がいない事に気づいてからずっと起きていて、当の二人が帰宅した途端に説教を始めたのだ。

 いかに「呪われた子どもたち」といっても10歳児なのだ。

 睡魔への抵抗も限界だろう。

 

 「・・・・・おやすみ」

 

 ライは夏世の後姿を見送ると、早速その場で寝始めた。

 

 「・・・・」

 

 レイはと言えば・・・・・とっくに夢の中へと誘われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に3人が顔を合わせたのは日が沈んでいる最中だった。

 

 「それじゃ二人とも、今から夕食の材料を買ってきてください。メモを渡すので余計なものは買わないで下さいね」

 

 更に口を開くよりも先に買い出しを頼まれてしまう。

 二人は大人しく従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「重っ!ちょっ姉ちゃん、これ手伝ってよ~。一人じゃ無理だって!」

 

 「あと少しじゃない。頑張りなさいって」

 

 買い出しを終えた二人は、帰路に就きながら会話していた。

 

 「いやでも、この量は・・・・・」

 

 ふと、後ろを歩いていたレイの声が途切れる。

 

 「・・・・・どうしたの・・・・よ?」

 

 ライは振り向き、弟と同じ方向を見て動きを止める。

 ・・・・・・・二人が見たのは何体目かもわからない御坂のクローン個体と、それを正面から見つめる彼らの兄、一方通行(アクセラレータ)

 

 「・・・・レイ、行くわよ。アレ(・・)を止めるにはまだ準備が足りないの、解ってるわよね?」

 

 「・・・・・うん」

 

 姉弟は静かに歩き出す。

 今はまだ、止める力を持たない未熟な自分たちでは何もできないのだと悔やみながら。

 夏世の待つ我が家へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事はあっという間に終わった。

 ライは重苦しい空気が夏世に気づかれないように、いつもと同じように振る舞い、いつもと同じように1日を終えた。

 ・・・・・しかし、レイは違った。

 夜中に家を出て、兄を、一方通行(アクセラレータ)を止める為、一人で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ライはあの光景が頭から離れず、寝付けなかった。

 今までに何度も目にしてきた光景のはずなのに、今回に限って妙な胸騒ぎがする。

 不安に思って起きると丁度、ドアが閉まる途中だった。

 急いで準備していた道具を探すも、見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 慌てて夏世を起こし、後を追う。

 最悪死ぬつもりなのではという考えを必死に否定しながら、夏世とともに走る。

 走っている中で列車の操車場へと入ろうとしているレイを見つけた。

 すぐに近づいて声をかける。

 

 「・・・・見つけたわよ、レイ」

 

 レイは静かに振り返り口を開く。

 

 「・・・やぁ、姉ちゃん。こんな時間にどうしたの~?何か買い忘れ?」

 

 「レイ」

 

 「・・・・それに夏世まで一緒なんて、こんな小さいうちから夜更かしさせるのは良くないよ~」

 

 「レイ!」

 

 自分の話を聞こうとしない弟にライは声を荒げる。

 

 「・・・・・何?」

 

 「まだ・・・・まだ早いのよ!準備だって全然整ってないし、そんな状態で止めたって・・・・」

 

 「・・・・じゃあ、いつまで待つって言うのさ?」

 

 遮った言葉にライは口を閉ざす。

 

 「待つだけじゃ、黙認するだけじゃ、何も変わらないし変えられない!」

 

 「・・・・それは」

 

 「だから、実験を止めて兄ちゃんを救うんだって!あの日約束したんじゃないか!」

 

 ライは黙ってしまった。

 勿論ライだって弟と同じ事を思ってるし、約束だって覚えてる。

 実験の事を知って一週間経過した頃、『二人で一緒に止める』って誓い合った。

 でも、今のままだと・・・・・・・。

 

 「なら、やってみればいいじゃないですか」

 

 己の苦悩を、弟の怒りを、その場の空気を止めるように夏世が口を開く。

 

 「夏世・・・・ちゃん?何、言ってるの?だってまだ・・・・」

 

 「準備が足りないかどうか、今日やってから判断すればいいだけです」

 

 「夏世が・・・・危険に・・」

 

 「それは、結局レイさんは私たちを信じてないってことですか?」

 

 夏世の声が静かに響き渡る。

 

 「今まで私は、二人の事を家族のように慕ってきました。だったら、二人のお兄さんだってそうです!それに・・・・」

 

 「夏世?」

 

 「私たちは一人じゃないんですから」

 

 夏世が見つめる方へと二人も吸い寄せられる。

 そして姉弟は息を飲む。

 そこには、今も行われている実験を止めんと走ってフェンスの中に入っていく、一人の無能力者(レベル0)がいたのだから。

 

 「そうだよね~、信じなきゃ!」

 

 「えぇ!今日で終わりにしてあげるわ、こんな実験!」

 

 「さぁ、一緒に行きましょう。一方通行(アクセラレータ)さんを救いに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・蓮太郎は行かぬのか?」

 

 建物の陰から三人を見送りながら、延珠は問いかける。

 

 「正直言って任せようと思ってたんだが。・・・・・約束しちまったからなぁ。悪いな延珠、手伝ってもらうぜ?」

 

 「うむ、任された!」

 

 初めは複雑な顔をしていた蓮太郎も、覚悟をもって延珠と共に向かった。

 

 

 

 

 

 

 「・・・・かっこいいね」

 

 コンテナの陰でレイが呟いた。

 正面では、当麻が傷つきながらも一方通行(アクセラレータ)と攻防していた。

 

 「そうね。・・・・・でも、私たちは兄さんを救うだけでいい。どんなに意地汚くてもただ、この実験を終わらせればそれでいいのよ」

 

 「・・・・うん。そうだね」

 

 そして、爆発が起きた。

 操車場が炎の海に包まれる。

 

 「・・・・粉塵爆発ですね。どうやら先程の粉は小麦粉だったようです」

 

 「・・そっか。なら煙の出てる今しかないね!姉ちゃん、頼んだよ!」

 

 夏世の分析を聞き、レイは走り出した。

 その手に一つの小形プロジェクターを持ちながら。

 

 

 

 

 

 「ハァ?誰だオマエ?」

 

 煙の中から突然現れたもう一つの影に一方通行(アクセラレータ)は呆れていた。

 何故ならその影は、自分だったのだから。

 正確には今までの実験から得た、一方通行(アクセラレータ)の行動をスキャンしたホログラムの3D映像。

 姉弟(二人)が今までに録画・編集したホログラムを発生させ、レイが同じように動きを、ライが録音済みの声を流すというもの。

 

 「・・・・・ッたく。面倒なもん使ってンじゃねェよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大丈夫、なんですか?」

 

 隣から夏世の声が聞こえてくる。

 

 「・・・・・夏世ちゃんはどう思う?」

 

 「・・・恐らく失敗する可能性が高いかと」

 

 答えを求めるも、返答は否定的だった。

 

 「そうでしょうね。正直、気休めにもならないと思うわ」

 

 「だったら・・・」

 

 「・・・・でもね、レイの困ってる顔を見たくないから、兄さんを救いたいからやるの。例えどんなに成功率が低くても、家族を止めるのはやっぱり家族の役目だと、私は思ってるから」

 

 「ライさん。・・・・・あっ!?」

 

 会話の途中で夏世が声を上げる。

 映像が消失し、レイの姿が露になってしまったのだ。

 そして、もう一つ。

 あの日、一方通行(アクセラレータ)を止めると誓った彼が、里見蓮太郎が姿を現したのだ。

 

 

 

 

 

 

 「むかつく映像の正体がオマエだったなんてなァ、レイ」

 

 「・・・・兄ちゃん」

 

 一方通行(アクセラレータ)は呆れたように溜め息をつく。

 

 「・・・それで、オマエはなにしに来てんだァ里見蓮太郎?」

 

 「言っただろ。『止めてやる』って」

 

 「レイ、里見・・・・」

 

 当麻は友である二人の姿を目にする。

 

 「大勢で来たのは構わねェけどよ、俺の能力は「ベクトル変換」だ。オマエらの攻撃が通じるとは思えねェけどなァ!」

 

 突如、一方通行(アクセラレータ)はレイに迫る。

 鬱陶しいからなのか、はたまた兄としての思いやりなのかは解らないが、危険なのは確かだった。

 

 「・・・・・!」

 

 その時、レイは自分と兄の間に入り込む少女の姿を見て目を見張る。

 自前のショットガンを構えた夏世だった。

 

 「夏世!撃っちゃ・・・・」

 

 駄目だ!、そう言い終えるよりも早く引き金が・・・・・引かれた。

 この距離では反射した散弾が全身を撃ち抜くだろう。

 夏世が避けきれるとも思えなかった。

 

 「・・・ぐあッ!」

 

 気づけば、夏世に覆い被さっていた。

 背中に痛みが走る。

 何発受けたかは判らない。

 夏世にも当たっているかもしれない。

 それでも、夏世が死ぬよりはいい、そう思った。

 意識が薄れていく中で、激昴する当麻の声と、泣きながら何かを訴える夏世の叫び、蓮太郎の焦る顔、走ってくる姉の姿が目に入る。

 そして、兄の、一方通行(アクセラレータ)の顔を見ようとした途端、レイは暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 




早くて申し訳ありませんが兄弟喧嘩は終わりです。
物語自体は当分続きます。
・・・・・・下書き、あったかなぁ~。


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絆と共に想いを伝えて

今回は読んでて羨ましいような恥ずかしいような話。
・・・・描写が下手で申し訳ありません。



 目覚めて一番最初に感じたのは、右手に伝わる温もりだった。

 首を動かすと両手で強く握ったまま寝ている夏世。

 よく見れば病衣を着ている。

 天井も今まで何度も見てきたから知っている。

 どうやら病院ににいるようだ、と冷静に分析していると夏世がもぞもぞと動き出す。

 

 「・・ぅ・・・ん・・・・?」

 

 「や、夏世」

 

 「おはよう・・・・ござい・・ま・・す?」

 

 「うん、おはよ~」

 

 「・・・・って全然『おはよ~』じゃないですよ!」

 

 笑って挨拶をするもなぜか怒られてしまう。

 

 「・・・・なに大声出してるの?ここは病院なんだから静かにね」

 

 呆れながらライが入ってくる。

 

 「あ、姉ちゃんもおはよ~」

 

 「・・・・失礼したわね。どうぞごゆっくり」

 

 今入ってきたにも関わらず、こちらを見るやすぐに出て行ってしまった。

 

 「?」

 

 全く状況をも見込めない為頭上に?を浮かべていると、夏世が慌てて手を放す。

 僕はゆっくりと口を開く。

 

 「・・・・・・・どうして、あんな事をしたの?」

 

 「以前、レイさんに命を救われたように、私も行動しただけです」

 

 俯きながらも夏世は答えてくれる。

 

 「・・・・そっか。でも僕なんかの為に命を張らないで、もっと大事な・・・」

 

 「そんな淋しい事言わないで下さい!」

 

 突然言葉を遮られた。

 横を向くと、夏世は涙を流していた。

 

 「・・・夏世」

 

 「だって貴方は、私にとって・・・・・大事な人、だから」

 

 気恥ずかしそうにまた俯いてしまう。

 最後の方はよく聞き取れなかったけど、聞き直しても怒られそうだからやめた。

 

 「ありがとう」

 

 そう一言告げると夏世は嬉しそうに顔を上げる。

 

 「でも、夏世には姉ちゃんだっている。一七七支部の皆だっているし、蓮太郎たちだっているんだ。他にも夏世の事を大切に想ってる人がいる。・・・・だから、もう一人じゃないって事を忘れないで?」

 

 しかし、言い終えると今度は微妙な顔をしている。

 何か変だったのかな、と考えていると夏世の言葉が聞こえる。

 

 「・・・・・わかりました」

 

 少しぶっきらぼうに言っているように聞こえるが気のせいだろう。

 

 「じゃあ、今度は私が聞きます」

 

 「・・・・・うん」

 

 「あの時はなんで庇ってくれたんですか?・・・・一歩間違えば死んでたのに」

 

 「・・・・」

 

 正直に言っていいものか困ってしまう。

 暫く沈黙した後に口を開く。

 

 「・・・・・だから」

 

 「・・・え?」

 

 「夏世は僕の、大切な・・・・・パートナーだから」

 

 物凄く恥ずかしい。

 顔が熱を帯びているのもわかってる。

 それでも、伝えられた事にほっとしてる。

 

 「まったく、素直じゃないですね」

 

 彼女は、嬉しいのか呆れてるのか判らないをしている。

 

 「今はそれで納得してあげます!」

 

 それでも、どこか満足そうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から夕日が差し込むと同時に、夏世が尋ねてきた。

 

 「・・・・変だと思わないんですか?」

 

 「何が?」

 

 「だって、『呪われた子どもたち』が自分の横で、同じ空間で笑ってるんですよ!?」

 

 「周りがどうかは知らないけど、僕は構わないよ?」

 

 「どう・・・・して?」

 

 夏世は不思議そうに聞いてくる。

 

 「いくら『呪われた子どもたち』が体内にガストレアウイルスを有してるとはいえ、彼女たちは人間だよ。さっきの夏世みたいに泣いたり笑ったりする」

 

 「なんで・・・・そんな風に考えれるんですか?」

 

 「僕たちが住んでる場所は確かにモノリスに囲まれた東京エリアだけどね。それと同時に、能力者がいる学園都市でもあるし、魔族特区でもあるんだよ。何が起こったって不思議じゃないでしょ?」

 

 「・・・・」

 

 夏世は黙ってしまった。

 

 「後さ、僕は今の生活が好きなんだ。兄ちゃんと姉ちゃんがいて、古城たちや一七七支部の皆がいて、夏世がいる。そんな皆と毎日を楽しく過ごしていけるなら、それだけで十分だよ」

 

 恥ずかしいけど事実だ。

 だから、笑って夏世の方を向くと、彼女は泣きながら笑っていた。

 

 「ごめんなさ・・・・・ッ!もうすぐ・・・・終わ・・・ますからッ!」

 

 夏世の言葉は嗚咽によって途切れ途切れになっている。

 しかし、彼女の涙は止まらない。

 まるで、今まで我慢していた分を出し切ろうとするかのように。

 僕はそっと、彼女を抱きしめる。

 

 「放して・・・・くださ・・いッ!もう・・・いいです・・・からッ!」

 

 夏世は抜けようとするけど僕は放さず、そっと右手で彼女の頭を撫でる。

 

 「自分に正直になっていいんだ。泣きたいときは泣けばいい。困ったら誰かに頼ればいい。それが・・・・人間なんだから」

 

 夏世も僕を抱きしめる。

 温かさを感じながら、僕は彼女の涙が収まるのを静かに待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと、少女の涙は止まった。

 外も暗くなり、もうすぐ面談時間も終わろうとしている。

 だが、残念なことに撫でる手を止めさせてもらえない。

 今もすっぽりと包まれている少女が許してくれないからだった。

 

 「夏世、邪魔して悪いけどそろそろ帰るわよ」

 

 ライの声を聞いて、夏世がベットから離れる。

 

 「もう二、三日は検査の為に入院だってさ。この際だからしっかりと休みなさいよ?」

 

 「ありがと~」

 

 二人を見送るとレイは・・・・・・散策することにした。

 元より黙って入院していられるほど大人しい性格ではない。

 何より、監視のない今がチャンスなのだ。

 これを逃すわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・どこ行こうかな~」

 

 勢いよく病室を出てはみたものの、行くあてが無かった。

 院内をぶらついてる事、数分。

 扉に『特別室』と書かれた部屋を見つける。

 おもしろそうだと扉を横にスライドした途端、

 

 「どォして俺がコイツと一緒なんだよ?」

 

 「上条さんだって嫌でせうよ!何が悲しくて学園都市第一位と同じ部屋で寝泊まりしなきゃいけないんだーっ!」

 

 よく知る声を耳にした。

 何も見なかった事にして扉を閉めようかと思ったが、もはや顔馴染みとなっているカエル顔の医者を発見した為、諦めて中に入っていく。

 

 「や、二人とも元気そうだね~」

 

 声をかけるが聞こえていないようだった。

 

 「レイ君、ようやく目覚めたんだね?」

 

 そんな中で、カエル顔の医者が声をかけてくる。

 

 「また迷惑をかけたね、医者(せんせい)

 

 「・・・・丁度いい。話をしたいから部屋を移すんだね?ここだと、違う意味で頭が痛くなるんだね?」

 

 「・・・・・・アハハ。そうですね」

 

 苦笑しながら、部屋を出る。

 医者(せんせい)と一緒に入ったのはいつもの診察室だった。

 二人は向き合う形で座る。

 

 「まず、君の傷はあまり深くなかったし、それ以外にも深刻な箇所はなかった。加えて、君が庇った彼女にも特に怪我とかは無かったようだ」

 

 「そう・・・ですか」

 

 ほっとした。

 夏世が傷ついていたらどうしようと内心焦っていた。

 

 「・・・・・さて、次は君の能力について話そう」

 

 「・・・はい」

 

 「君の能力は一方通行(アクセラレータ)のそれとは違って、衝撃『だけ』を吸収してしまうんだね。そして増幅した後に反射する。近くにある浮遊物などを用いてね」

 

 「・・・・・」

 

 「それだけを聞けば確かに強力だ。・・・・でも一度受けた衝撃は必ず君にダメージを与えているんだね」

 

 「・・・そう、ですね」

 

 「特に超電磁砲(レールガン)なんかの威力だと身体に与えるダメージは深刻だ」

 

 それは解っていた事だ。

 能力を使うたびに身体が悲鳴を上げているのは、今までに何度も感じた。

 内臓が傷つくことや、骨折だってあっただろう。

 使っちゃいけないのは知っている。

 それでも、使わなければいけなかったんだ。

 

 「・・・・いくら治療できるからって、自分から進んで怪我を増やすのはお勧めしないんだね」

 

 「ありがとう、ございます」

 

 「僕からの話は終わりだ。何か質問があれば答えるんだね?」

 

 「じゃあ、一つだけ。あの二人が一緒の部屋にいる理由について」

 

 「・・・・簡単さ。彼等がまとまっていた方が止めるのが楽なんだね」

 

 なんともシンプルな答えだった。

 確かに、抑えるなら二人同時の方が効率がいいだろう。

 ・・・・・・止める手段は判らないけど。

 最後に頭を下げて、僕は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今日、夏世ちゃんに何かしなかった?』

 

 もうすぐ寝ようとした時、脳内に姉の声が響く。

 何かあったのだろうか。

 そう思って聞いてみた。

 

 「突然どうしたの~?」

 

 『家に帰ってからおかしかったのよ。急に顔を紅くしたり笑いだしたり。心当たりはないかしら?』

 

 むしろ心当たりしかない気がする。

 逆に、ないと言える理由が存在しないのだ。

 

 「・・・・・・う~ん、別に」

 

 「本当に何もしてない?今の間がすごく気になるんだけど?」

 

 ・・・・・何故かこんな時に限ってライはやたらと鋭い。

 どう答えても看破される気がする。

 かと言って答えないのも怪しまれる。

 だから、適当に答えることにする。

 

 「特には何もしてないよ~」

 

 『・・・・まぁ、いいわ。退院したら”しっかり”聞かせてもらうから』

 

 最初からバレていたようだ。

 まぁ、あの場で原因らしい原因は僕しかいないだろうが。

 知ってて聞くあたり、性格が悪い。

 

 『何か言ったかしら?』

 

 穏やかで、それでいてしっかりと響く声が返ってくる。

 見透かされているような気がして冷や汗をかいてしまう。

 

 「・・・何でもないよ~」

 

 『そ。明日も行くからね』

 

 どうやら当分は安心できないらしい。

 一先ず、明日を迎える為にも大人しく睡眠をとることにしたレイなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の夕食後、レイは大部屋へと来ていた。

 

 「・・・・つまりオマエらは、周囲の奴らを頼らず、自分たちで抱え込もうとしてたってわけかァ?」

 

 「・・・・・うん。でもさ、兄ちゃんにだけは言われたくないな~」

 

 今回の経緯を話し合っている中で、レイは理解する。

 結局のところ、自分たちは揃って自分勝手なのだ。

 家族を気遣い、自分だけが苦しめばいいと。

 

 「そういえば、当麻さ~」

 

 この重くなった雰囲気を少しでも変えようとレイは話を振る。

 

 「なんだよ?」

 

 「なんで夏休みに二回も入院してんの~?」

 

 「そ、それはだな」

 

 当麻の視線が気まずそうに逸れていく。

 

 「・・・・・・当麻、困ってる人を見過ごせないのは美点だけどさ~、当の本人が怪我したって意味ないんだよ?それで困る人だっているんだからさ」

 

 「そう、だな」

 

 当麻と話し終えると、レイは廊下に出る。

 再び、診察室へと向かう為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いきなり呼び出して悪かったんだね」

 

 「・・・いえ」

 

 診察室ではカエル顔の医者が待っていた。

 

 「そう警戒しないでほしいんだね。・・・・・実は、実験の副作用について新たに判明した事があるんだね。ただ、残念なことにいすべてを解析できたわけじゃないんだね」

 

 「・・・・・」

 

 静かに椅子に座った。

 

 「さて、自分の身体を出入りするのは、まぁ良しとしよう。だが、自分以外の身体に出入りするのは控えたほうがいいんだね。万が一、元に戻れなかったり、君以外の人に何かあってからでは困るんだね」

 

 それは以前から相談していた事だ。

 僕と姉は、能力開発の段階で幽体離脱ができるようになった。

 そしてそれは、他者の身体に乗り移るといったものだった。

 その理由を知る為に、僕たちは分析を頼んだのだ。

 

 「もう一つ・・・・と言ってもこれは僕の推測だ。忘れてくれても構わない。・・・・・君たち二人のデータを基に”木原幻生”の実験に巻き込まれた人物がいるかもしれない。身の回りには注意してくれ」

 

 「ありがとうございます」

 

 一言告げて、僕は診察室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『私の実験に犠牲はいない』か」

 

 自身の病室の戻ったレイは一人呟いた。

 それはかつて木原幻生が口にした言葉。

 確かに彼の実験に犠牲の伴う失敗は無いのだろう。

 公には”ない”事になっているのだから。

 実験には土台となるものが必要なのをレイは知っている。

 当時の施設にも、”土台となったもの”が多数いたのを、今でも覚えてる。

 

 「・・・・・・・狸め」

 

 最後に一言残し、レイは目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




次回でレイは退院となります。
展開が速くてすみませんがご了承ください。
それではまた!


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退院パーティ

久しぶりの投稿になります。
・・・更新頻度低くてすいません!


 一方通行(アクセラレータ)と当麻が退院してから二日後、遂に自身も退院することとなった。

 許可が下りた為、レイは嬉しそうに退院の準備を進めていた。

 そして途中で、古城たちが見舞いに来たのを思い出した。

 

 「・・・・古城と蓮太郎って、補習どうなったんだろ?」

 

 呟くとともに、手を止める。

 古城・蓮太郎・当麻の三人は授業があるにも関わらず、常に人助けなどを行っている為に成績がアレなのである。

 そこで、呆れた担任の小萌ちゃんこと月詠小萌と副担任である那月ちゃんこと南宮那月は、今回の夏休みに補習期間を設けることにしたのだ。

 だが、そんな教師の心鏡などお構いなしに自らトラブルに突っ込んでいく三人が補習を終えられるはずもない。

 しかも迷惑なことに、監視役であるレイたちも補習に付き合わされてしまう。

 しかし、レイと当麻は入院していた為、補習は行っていない。

 では、古城と蓮太郎はどうなのか。

 

 「二人とも、見舞いだなんだで理由つけて逃げてんのかもね~」

 

 大方そんなところだろう。

 

 「罰が当たらないといいけどね~」

 

 因みに退院後、レイは古城たちの罰に巻き込まれることになるのだが、この時点でそれに気付くはずもない。

 そして再び、手を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中に退院したレイは学生寮へと帰る為に歩き出した。

 歩いている中、背中に視線を感じる。

 レイが走りだすと相手も距離を保ちながら尾けてくる。

 振り返ってみるが、周りは人が多い為に誰がそうなのか判らない。

 

 「・・・・・ま、いっか~」

 

 深くは考えず再び足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、特に何も起きず学生寮へと到着した。

 玄関のドアを開け靴を脱ぎ、リビングへと向かう。

 そしてリビングのドアを開ける。

 すると突然パパパン、という快音と共にと火薬の匂いが部屋いっぱいに広がる。

 周りには古城たち、いつものメンバーが集まっていた。

 

 「・・・・・えっと、何これ?」

 

 訳が分からないまま立っていると、ライが近づいてくる。

 

 「何って、あんたの退院祝いに決まってるじゃない。夏世ちゃん、すごく張り切ってたのよ?」

 

 「・・・・・・はぁ」

 

 呆けていると、夏世が手を引っ張ってきた。

 

 「さぁ、こっちですよ!」

 

 レイは手を引かれるまま、大人しくついていく事にする。

 

 「姫柊?どうかしたのか?」

 

 「先輩、やっぱりこれ、武器じゃないですか!?」

 

 「お、落ち着け!?嘘は言ってないだろ!?」

 

 古城は、クラッカーを持って震えている雪菜に対して弁明しようとしている。

 

 「蓮太郎!クラッカーはもうないのか!?妾はまだやりたいぞ!」

 

 「もうねぇよ!一人一本だ!・・・・つーか、木更さんも待てって!」

 

 「でも里見君!せっかくのご馳走なのよ!?」

 

 もう一方では、蓮太郎、延珠、木更の三人が言い合っている。

 

 「当麻当麻、ご飯まだ!?私のお腹はもう待てないんだよ!」

 

 「だぁ~!もう少し、もう少し待て!後、歯を鳴らすのを止めろって!」

 

 テーブルの前では、上条とインデックスが必死の攻防戦を繰り広げていた。

 

 「いつも通り、だよねぇ~」

 

 「そうですね。じゃあ、レイさん」

 

 夏世の問いに”始めよっか”そう答えようとした途端、

 

 「おい問題児ども、私の補習をサボっておいてパーティを開くとは随分と偉くなったものだな」

 

 突然の来訪者の言葉によって、部屋が静まり返った。

 説明については簡単。

 黒いゴスロリ服を着た南宮那月が現れたのである。

 一瞬にして周囲の雰囲気を変えたその光景に、流石は「空隙の魔女」と魔族たちに恐れられるだけはあるな、とレイは感心した。

 能力者・第四真祖・剣巫・民警が揃っているこの部屋に、物怖じせずに空間転移してくる攻魔官となると、如何に世界広しといえど彼女ぐらいだろう。

 再び彼女の口が開く。

 

 「何か言ったらどうなんだ?私の補習をサボったんだ。当然、罰を受ける覚悟はできてるんだろうな?」

 

 「・・・・え、えっとね那月ちゃん」

 

 彼女の注意でみんなが俯くより先にレイの口が開いていた。

 

 「教師に向かって『ちゃん』付けはやめろ!・・・・・・何だ、一応は聞いてやる」

 

 「このパーティはさ、僕の退院祝いなんだって。だからさ~、今日ぐらいは大目に見てくれないかな~?」

 

 しばらくの沈黙は、扇子の閉じる音によって破られた。

 

 「・・・・・いいだろう」

 

 意外な返答に、一同は戸惑い、そして次第に表情が明るくなった。

 

 「しかし、だ!その代わりに私からの条件には絶対に従ってもらうぞ」

 

 そう言って、那月はレイ、当麻、古城、蓮太郎を部屋の隅に移動させる。

 そして、夏世たちの姿を消した。

 転送魔法だろう。

 

 「今から学校の体育館に来い。安心しろそれほど遠くはない」

 

 少し間を開けて那月の口から言い渡される。

 

 「・・・・・言い忘れてたが、暁と上条は能力が関係していてな。転送できなかったが、文句は言わせんぞ?」

 

 「じゃあ・・・・」

 

 「里見も諦めろ。定員オーバーだ」

 

 「はぁ!?」

 

 「レイは、そこの三人を連れてこい。逃がしたら・・・・解っているな?」

 

 「・・・・は~い」

 

 レイが答え終わると同時に那月の姿は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さ、行こっか・・・・・っと言いたいとこなんだけど」

 

 三人を連れて外に出ようとするレイは、少し足を止める。

 

 「・・・・どうかしたのか?」

 

 古城の声にゆっくりと振り返りながら、レイは口を開く。

 

 「・・・・那月ちゃんは『遠くない』って言ってたけどさ、『近くもない』ってことだよね。そもそもの話、近かったら転送魔法で行き来する必要無いんだから」

 

 レイは苦笑いしながら三人の顔を見る。

 三人はと言えば、絶望していた。

 この時は八月の中旬で、日が高い。

 外で走るには・・・・・まだ暑い。

 

 

 

 

 




次回に続きます。
・・・なんとか年明けまでには投稿したい!


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退院パーティ2

新年、明けましておめでとうございます‼
………はい、年明けまでに投稿できず、嘘をついた愚か者です。
それでも待っていてくれた皆さんに感謝を。
前回からの続きになります。


 四人は学校に急いで向かった。

暑い、苦しいと叫びながらも必死に足を動かした。遠目にモノリスを、風力発電機を目にしながら。

 その甲斐あって、いつもは二十分弱かかる距離を十分で走破する事が出来た。

 しかし、そんな彼らを待っていたのは労いの言葉・・・・・・・ではなく、不満の声だった。

 

 「遅い!一体何をしていた!」

 

 「・・・・・い、いや~、この気温の中で学校までってのはちょっと」

 

 レイは息を切らしながら那月に答える。

 

 「・・・・フン、まあいいだろう」

 

 滝のように汗をかいている四人を見て、何を思ったのか那月はそれ以上怒らなかった。

 

 「さっさとしろ。始めるぞ」

 

 「・・・・な、何を?」

 

 「お前の退院祝いに決まっているだろう」

 

 当たり前の事を聞くな、そんな顔をされた。

 

 「内容は?」

 

 正直なところ、嫌な予感しかしないのだが、聞かなければ話は進まないだろうとレイは諦めていた。

 

 「せっかく、こんなに人数が集まってるんだ。変則的ではあるが、『三角鬼ごっこ』をやってもらう。・・・・・なんだ、嬉しくないのか?」

 

 「嬉しいわけあるか!こっちは今まさに走ってきたとこなんだぞ!これ以上まだ走らせんのかよ!?」

 

 「では、グループ分けをするぞ」

 

 古城の叫びはあっけなくスルーされてしまった。

 そして、チーム分けは以下の通りとなった。

 

 Aグループ・・・レイ、ライ、夏世、初春、佐天

 Bグループ・・・延珠、雪菜、木更、インデックス、黒子

 Cグループ・・・蓮太郎、上条、古城、美琴、固法、浅葱

 Eグループ・・・那月

 

 「AグループはBグループを、BグループはCチームを、CグループはAグループをそれぞれ捕まえてもらう」

 

 説明の途中で、古城は一つの疑問を口にする。

 

 「なぁ、Eグループってなんだ?」

 

 「なんだ暁古城、知らんのか。エクストラという意味なんだが・・・・・」

 

 「そういうことじゃねぇよ!」

 

 「・・・・・冗談だ。今から説明するからそう慌てるな」

 

 そして那月は一つ咳払いをして、補足説明をし始めた。

 

 「Eグループの私は、お前たち全員を捕まえるのだ。勿論、お前たちが私を捕まえる事も可能。これが、『変則的』である内容だ。学生に関しては、能力の使用は禁止とする。最後にペナルティについてだ。全員生存したグループがあれば、罰はなしで構わない。それと私を捕まえたグループも罰はなしとしよう・・・・だが、もし一人でも私に捕まったところがあるのなら、罰を与える。全員が掴まった場合は、通常の罰に加えて私直々の特別講義を開いてやる。ありがたく思えよ?」

 

 「・・・・・うげ」 

 

 説明を聞き終えたレイは嫌そうな顔をする。

 

 「・・・・まぁ、私からの退院祝いだ。ありがたく受けておけ」

 

 「・・・最後の一言、いらないよね~?」

 

 「現時刻は13時だから、制限時間は16時までとする。この学園の敷地内でのみ行うように。それでは開始!」

 

 レイの感想は、開始の合図によって掻き消された。

 三つのグループはそれぞれ別の方向へと向かう。

 こうして、変則三角鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・はぁ」

 

 一時的にAグループの拠点としている一階の教材室から静かに、レイは扉を開け、外の様子を見る。

 

 「蓮・太・郎~!」

 

 「待て待て延!・・・つかお前いつもより速くないか!?」

 

 「先・輩~!」

 

 「おわっ!?・・待てって姫柊、雪霞狼(ソレ)を構えて走ってくんなよ!」

 

 外では延珠が蓮太郎を、姫柊が古城を追いかけているのだが、溜め息の原因はそれではない。

 

 「・・・・どうしたのよ?」

 

 横から、ライが訪ねてくる。

 

 「いや~、このルールってさ、『学生の能力使用を禁止』だったよね」

 

 「ええ、確かに那月ちゃんが言ってたわね。だから、夏世ちゃんと延珠ちゃんは引っかからない事になるわね」

 

 「うん。でさ~、『学生は』ってことだから、ねぇ」

 

 「・・・・・・そうよね。『教師』はアリってことになるわね」

 

 ライは、自分の言いたい事を言い当ててくれる。

 

 「正直言って、ずるくない?」

 

 「ずるいかもしれないけど、見方次第ではそうとも言えないと思うわよ」

 

 「・・・・どうしてさ?」

 

 「いくら『空隙の魔女』の異名を持つ攻魔師だからって、16人も捕まえるの能力を使わなきゃ苦しいわよ」

 

 「まぁ、そうなんだけどさ~」

 

 扉の前で話しこんでいる二人を見て、佐天は疑問を口にする。

 

 「・・・ちょっと初春、あの二人ってなんでこんな時に平然としてられんの?」

 

 「・・・・佐天さん、その事については今までに何度も白井さんと話し合ってきましたが、答えは見つかりませんでした」

 

 尋ねられた初春は、どこか遠い目をしながら答える。

 そんな彼女を見て、佐天が理解したのはこの一言だった。

 

 「・・・・・つまり、慣れるしかないと」

 

 「・・・・はい、非常に残念ですけど」

 

 彼女たちが呆れるのも無理はない。

 あの姉弟は扉を一枚隔てた廊下で蓮太郎と古城が騒いでいるにもかかわらず、焦ることなく話し合っているのだから。

夏世には、彼女たちの気持ちが凄く理解できる。

今でこそ慣れた夏世だが、最初は困惑したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの姉弟と夏世の三人でパトロールしていたある日。

スキルアウトの集団に絡まれたことがあったのだ。

三十人はいたであろう状況にも関わらず、あの二人は飄々としていた。

普通、どんなに喧嘩に慣れている人であっても、 相手に絡まれれば多少は強張ったりするものだが、当の二人にはそれが全く見られなかった。

むしろ、それ自体を楽しんでいると言わんばかりの表情をしていた。

その時の夏世にはまるで理解できなかったが、今なら予想が付く。

恐らく、欠如しているのだろう。

元からなのか、途中からなのかは判らないがそれだけは確かだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ本題に戻るとしよう。

状況は先程と同じだが、変化があるとすればレイの指示で初春が校舎内に設置した小型カメラで他の場所の状況を確認している位だろう。

……因みに、小型カメラはレイが個人的に購入した物なのだが、その事は夏世とレイしか知らず、パトロールで楽をしたいという理由で購入したというのは内緒の話である。特にライには。

 

「レイさん、ライさん!すいません、藍羽先輩にハッキングされました。多分バレたと思います‼」

 

この部屋にいる全員がそれを聞き終えると同時に、扉に圧力がかかり始める。

未だに古城と蓮太郎の声が聞こえてるという事は、今まさに扉を開けようとしているのは上条だろう。

 

「皆、いいわね?手筈通りにやるのよ!」

 

ライの言葉を聞き、全員が首を縦に振る。

それは、予めこうなる事を理解していたライの戦略。

レイ一人で扉を押さえ、その隙に他の四人が窓から脱出する。

教材室は一階にあるので、窓から出ることは可能だ。

四人が脱出したのを確認したレイは勢い良く扉から離れる。

上条の力が強かったのもあって、予想よりも後ろに離れた。

そして、扉を開けた上条はといえば・・・。

 

「へっ、やっと追い詰めたぞレイ。補習を受ける覚悟はできたか?」

 

これで終わりだと言わんばかりの顔をしていた。

 

「………あ~っと、それなんだけどね当麻さんよ」

 

「……どうしたよ」

 

「これって那月ちゃん曰く『退院祝い』らしいんだよね。つまりさ、僕だけ罰はなしってことには……」

 

「なるわけないだろ!」

 

「……だよね」

 

………時間を稼ぐ事は不可能だった。

話をしている間にも当麻はじりじりと距離を詰めてくる。

そして、その距離もあと僅かというところまできた瞬間。

 

「自分だけが無事でいようってんなら………まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条の渾身の右手がレイに触れる…………事はなかった。

 

何故なら、右手が触れる直前に上条の身体がネットに包まれて、天井に吊るされたからである。

 

「…………あれっ?」

 

「くくくく……」

 

上条の気の抜けた声と、レイの笑い声が部屋に、廊下に響く。

 

「…… くくくく、ちょ、ちょい待って。腹、腹痛い!くく…………」

 

そしてレイは腹を抱えて笑い出し、それは数分続いた。

 

「……ふー、やっと落ち着いた。ダメだって当麻。『窮鼠猫を噛む』ってことわざもあるんだからさ、油断してちゃ足下をすくわれるよ~。じゃあね~!」

 

「…………」

 

レイはそれだけ言って窓から出た。

その後、ネットに包まれたままポカーンとしている上条が、呆れられながら『那月ちゃん』に捕まるのは誰もが予想できる話である。

 

 

 

 

 

「あ~笑った笑った。さ~てと、姉ちゃんたちは………」

 

校庭に出て次なる集合地点に向かおうするレイだが、足を止めてしまった。

理由は簡単、目の前から蓮太郎が走ってきたからである。

 

「……」

 

右に左に動けど、蓮太郎の視線はしっかりと自分を捉えている。

 

「やっと見つけたぞ」

 

そうこうしているうちに、背後から声が聞こえてきた。

振り返らなくても誰かは判る。

この『退院祝い』で最高難易度を誇る担任だろう。

偶然が重なっただけのタイミングでは、蓮太郎も那月もお互いの姿は認識していないだろう。

『前門の虎、後門の狼』となっているこの瞬間、レイがとった行動は、蓮太郎に突っ込むことだった。

 

「なっ!?おい待て!?」

 

後ろから那月が慌てたように鎖を追いかけさせる。

前方でも、蓮太郎の焦る表情が見てとれる。

二人とも、こうなるとは予想していなかったのだろう。

そして、蓮太郎と僅かの距離まで近づき、その場に止まった。

蓮太郎が手を伸ばしてくる。

那月の鎖がもう少しのところまで迫ってくる。

両方がレイを捉えるその瞬間、レイは右に右に大きく飛んだ。

飛んだ……というよりは横っ飛びの方が近いが、この際、それはどうでもいいだろう。

とにかく、それが功を奏して、突然目の前に現れた鎖に蓮太郎は手を触れてしまった。

結果、蓮太郎も上条と同じ運命をたどる事となった。

 

 




いろんな意味でしょうもないお年玉になりました。
次回に続きます。
待っていてくれたら嬉しいです。


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退院パーティー3

気付けば9ヶ月も更新しておりませんでした。
例に漏れず文字が少なくて申し訳ないです。


レイと別れた四人は、食堂に来ていた。

あの後、インデックスが食堂に入っていくのを目撃し、いざ捕まえようと作戦を考え、入った・・・・のだが、食事中だった為にあっさりと捕まえる事に成功したのだ。

少し拍子抜けしてしまったが、それ以上にインデックスの一言に驚いた。

曰く、“ちょっとつまみ食いして油断しただけなんだよ!“と。

言葉だけなら驚く要素は何処にもないだろうが、目撃した側としてはそうもいかないのだ。

どう見ても『つまみ食い』の枠に入りきらないぐらいの、袋が散乱していたのだ。

袋を見れば、調理済みの肉類や野菜、果ては菓子類まで。

菓子類が何故あるのかは一先ず置いておくとして、これがたった一人によって行われたのだと知れば、管理者は倒れる事必至だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、次はどうしようかしらね」

 

「そうだなぁ、このまま素直に捕まってくれると私も楽でいいんだが」

 

袋の処理を終えたところでふと、担任の声が聞こえる。

 

「・・・っ!?」

 

振り替えると、鎖で捕らえられた初春と佐天、そしてゴスロリ服の少女・・・・もとい南宮那月が立っていた。

夏世はまだ無事だが、二人して同じ場所にいても時間の問題だ。

最悪、夏世だけでも逃がしておいた方がいい。

ライはそんな事を考える。

相手は現役の攻魔師。

真っ向から立ち向かったとしても、軽くいなされて終わりがいいところだ。

「夏世ちゃん、そこの窓から脱出して。私が囮になるわ。せめて貴女だけでもレイと合流して」

 

夏世が脱出したのを確認し、彼女が離脱するまで、少しの時間を稼ぐ。

 

「ねぇ、那月ちゃん」

 

「・・・・教師を『ちゃん』付けで呼ぶなと何度も言わせるな。何だ用件ならさっさと済ませろ。私は忙しい‼」

 

「・・・・いやいや、それは私たちのせいじゃないから。むしろ自分で蒔いた種じゃん」

 

「・・・・何か言ったか?」

 

「いえ何も」

 

どうやらこの先生(ヒト)、自分の責任とは捉えていないらしい。

 

インデックスちゃん(あの子)が捕まった後にしては、随分タイミングがいいと思ってね。ひょっとして、協力してたのかしら?」

 

愚痴を聞いてくれるつもりはないようだから、素直に質問する事にした。

 

「・・・・協力?何の事だ?私はアイツがこの付近を通るとは知らず、うっかり(・・・・)休憩用の菓子を閉まっておいた『だけ』なのだがな。それが偶々(・・)開いて匂いを放出してアイツを呼び込んだとしても、私に責任はないはずだ」

 

なんとも正当な事を言っているが、結局のところ偶然を装って誘き寄せた訳だ。

少し考えれば解る、簡単な餌に引っかかってしまった自分が言うのもアレだが、大人としてこの態度はどうなのだろうか。

やはり、見かけ通り幼女なのでは・・・・なんて考えていると、扇子を突きつけてきた。

 

「どんな失礼な事を考えているか知らないが、大人しくしていれば処罰を軽くしてやらんでもない」

 

この件は那月ちゃん(あなた)が持ちかけてきたよね、私悪くないじゃん・・・・なんて口にできる筈もなく、捕まる以外に選択肢などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこに行こうかな~」

 

レイが校庭をのんびり歩いていると、正面から夏世が走ってきた。

 

「レ、レイさん」

 

「あ、無事だったんだね」

 

「は、はい」

 

取り敢えず、夏世が落ち着いてから状況整理をした。

話を聞く限り、 Aグループはレイと夏世以外の全員が捕まったとの事。

Bグループは雪菜と黒子だけが生存。

Cグループに関しては、古城だけが無事。

しかも普通に捕まったのではなく、『ゲコ太ストラップ』や『天誅ガールズフィギュア』等の餌にかかったらしい。

「・・・・いや、教師が罠や買収とかやっちゃダメでしょ。んな卑怯な~」

 

「レイさん、どうします?」

 

「うーん。残り、一時間だし逃げよ・・・・」

 

「諦めろ弟」

 

「・・・・あぁ終わった」

 

言葉を遮れたと同時に背中に鎖が触れる。

散々、振り回したから何かしら言われるだろうが、それは最初から覚悟している。

 

「全く、この私をここまで困らせてくれるとはな。どうやらお前を、暁古城たちと同様に罰さなければならないなぁ」

 

早くも前言撤回。何か悪態をつかれると思っていたが、単純に処罰を告げられるとは予想だにしなかった。

 

「さて、イニシエーターのお前はどうする?まさかプロモーター(パートナー)を置いて自分だけ逃げる・・・・・なんて言わないよな?」

 

「・・・・っ‼」

 

「やっぱりずるい~」

 

夏世の性格を見抜いた上で言っているから、尚更たちが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、夏世は捕まり、暫くして時間終了となった。

最終的に、どのグループにも逃げきった者はいなかった。

皆仲良く特別講義を受けることとなる。

 

「う~ん、理不尽」

 

辺りを見渡せば、古城、雪菜、当麻、インデックス、蓮太郎、延珠の姿がない。

 

「あの6人ならいつもの(・・・・)用事でいないぞ」

 

『補講と死にかけ』で死にかけを優先するとはなんて連中だ。

・・・・・・まぁ、一人は死んでも生き返るが。

というか、『死への片道切符』で行ったはずなのに、何故に徒歩で帰ってこれるのか、レイには理解できない。

 

「・・・・というか、蓮太郎がいないって事はお兄ちゃんもいないんじゃ」

 

「・・・・あ」

 

姉の言葉でレイは気付いた。

確かにそうだ。

監視役なら、監視対象と共に行動しているのが普通だ。

 

「・・・・って事はさ、僕たちは古城の監視に行かないとダメ?」

 

「当たり前でしょ」

 

ライは呆れながら伝えてくる。

 

「・・・・ねぇ那月ちゃん」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないじゃん!?」

 

手伝って欲しいと言う前に断られた。

 

「暁古城の所まで転送させろ・・・・・・とでも言うつもりだったのだろう?」

 

「あ~うん」

 

「諦めなさいよ、レイ。自分たちで行くしかないわよ。でも安心ね、生徒思いで心優しい(・・・・・・・・・)那月ちゃんなら、きっと古城の現在地ぐらいは教えてくれるわよ」

 

「・・・・・・ええい‼」

 

まるでいつかの仕返しかのように、ライがそんな言葉を放った。

悔しそうにしながら、那月は仕方なく転送魔方陣を開いた。

 

「・・・・行くなら早くしろ」

 

「ありがと」

 

レイは一年に一回見れるかどうかの素晴らしい笑顔で感謝し、魔方陣へと入っていった。

 

「・・・・なんか、ごめんね~。那月ちゃん?」

 

「教師を『ちゃん』付けで呼ぶ暇があるなら、さっさと行け‼」

 

「・・・・は~い」

 

完全な八つ当たりで怒られながら、僕も魔方陣へと入っていった。

 




最近は前書きで謝る事がデフォルトになってきました。
次話の投稿はいつになるかまだわかりませんが、出来る限り急ぎます。


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お節介と波乱の芽

前より間隔が短いとはいえ、それでも三ヶ月ぶりの投稿です。



「・・・・オイ、一体何やらかしに来やがった」

 

転移したと思ったら、今度は聞き慣れた声がした。

しかし、辺りを見渡しても声の主が見当たらない。

目の前では、何故か蓮太郎が両手で足元をアピールしている。

指示通りに、ゆっくりと足元を見てみると・・・・

 

「・・・・・・早くどけ」

 

言葉では表現しにくい体勢の、一方通行(アクセラレータ)がいた。

 

「・・・・・・やぁ兄ちゃん」

 

そして何もなかったかのように、レイはその場を退いて、声をかけた。

 

「・・・・・・この状況で『やぁ』なんて言えるのは、お前かアイツぐらいだな」

 

「お褒めに写かり光栄で~す」

 

「どこをどう捉えれば、褒められてるなンて思えるんですかねェ」

 

アクセラレータの愚痴を聞き流しつつ、状況を確認する。

どうやら、現在はリムジンに乗っているようで、付近にはウェディングドレスに似た白い礼装を着た聖天子と、不幸そうな顔の蓮太郎、蓮太郎に膝枕されたまま気持ちよさそうに寝ている延珠、更にはこの空間で一番不機嫌な兄が揃っている。

 

「で、今回のお仕事は護衛なの蓮太郎?」

 

渋々と一方通行(アクセラレータ)の上から降りて隣に座り、不幸顔の青年に訪ねる。

 

「ああ、名指しでな」

 

「わお、蓮太郎君は絶賛モテ期ですか」

 

「・・・・断じて違う」

 

直後、延珠が勢いよく起きる。

これにより、蓮太郎の下顎に激痛が走る。

 

「・・・・うるせェ」

 

「兄ちゃん、お疲れ様です」

 

「・・・困らせてる本人に同情されたかねェよ」

 

「はは。んで、今日の会談相手は?」

 

「三下以下の悪党・・・・だと、そいつらに失礼だな。そいつら以下か」

 

「うわ、ばっさりしてる」

 

「どうでも・・・・・・・・おい、イニシエーター」

 

「・・・・・・む」

 

それまで騒いでいた二人が突然、静かになった。

 

「ねぇ兄ちゃん、何が・・・・むぐっ!?」

 

「邪魔だから伏せてろ」

 

「蓮太郎、嫌な感じがする」

 

突然、レイは頭を抑えつけられる。

そして、延珠の呟きに促されるままに、蓮太郎は窓の外を見る。

何もない。

そう言おうとした途端、一瞬だけ何かが閃いた。

蓮太郎は咄嗟に、延珠の頭を伏せさせ、聖天子に覆い被さる。

そして、窓ガラスが破砕された。

直ぐに狙撃によるものだと解る。

リムジンは急ブレーキ音を上げながら、標識へと激突した。

 

「・・・・チッ」

一方通行(アクセラレータ)は車の中で跳弾している銃弾を、面倒くさそうに外へと弾き出した。

 

既に延珠はドライバーを連れて外へと出ている。

蓮太郎は恐怖で動けない聖天子を連れ出そうとしている。

しかし、無情にも次弾が聖天子目掛けて襲いかかる。

 

「ハアアアアァァァァッ!」

 

延珠が叫びながら靴の裏で銃弾を弾く。

弾き飛ばされた延珠と入れ違いになるように、聖天子の護衛らしき人達が彼女の周りに現れる。

 

「・・・・面倒くせェ」

 

ため息をつく一方通行(アクセラレータ)と呆然としているレイ。

そんな二人に小さい影が一つ近づき、声をかける。

 

「もっしもーしって、ミサカはミサカは白いモヤシなあなたに声をかけてみる!」

 

「あァ?」

 

「・・・・ん?」

 

二人が見たのは、頭から毛布を被った奇妙な人間だった。

身長は小さく、一〇歳前後といったところか。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・あはは、それじゃ。もう迷子にならないでね~」

 

「やっと見つけたと思ったのに、今度はスルーなんて、いくらなんでも傷付くなーってミサカミサカはそれっぽく凹んでみたり」

 

その場を離れてようと歩き出す二人に、その少女は解りやすくしゃがみこんだ。

 

「・・・・ねぇ」

 

「・・・・ほっとけ」

 

「酷いなーってミサカはミサカは聞こえるように声を上げてみたり!」

 

「・・・・お客様」

 

「・・誰が客だオイ」

 

「・・・・ミサカはミサカは」

 

その名を聞いた途端、二人は足を止める。

 

「“ミサカ”だってさ」

 

「・・・・・・チッ、先に行ってろ」

 

「了解です、ロリコンお兄様~」

 

「・・・・さっさと行け。後で覚えてろよ」

 

一方通行(アクセラレータ)は嫌そうな顔をしながら、ミサカと名乗る少女へと近づいていく。

一言二言告げて、二人は共に歩いていった。

結果的に一人になったレイは、周囲を見渡して呟いた。

 

「ここ・・・・・・どこ~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライは港湾地区(アイランド・イースト)にて、ドレスコードを決めた古城と雪菜に再会した。

 

 

「・・・・」

 

「・・・・・よ、よぉ」

 

「・・・お久しぶりですライ先輩」

 

二人の服装を見て微妙な顔になるライと、やや困惑気味の古城と雪菜。

そこは異様な空気に包まれていた。

 

「ねぇ、一ついいかしら?」

 

そんな中で先に口を開いたのはライ。

 

「・・・・お、おう」

 

周囲の空気が重苦しくなる。

そして、ライの口から出た言葉は・・・・・・

 

「古城ってさぁ、全っ然タキシード似合わないわよねぇ!あははははは!」

 

古城の服装についてだった。

普段あれほど面倒くさがりな友人が、真面目な顔してタキシードを着ているというのがトリガーとなった。

ライの笑い声が止んだのは、数分後。

 

「・・・・気は済んだかよ」

 

「えぇ、お陰様ですっきりしたわ!」

 

「そうかよ。・・・・・・くそっ、やっぱり来るんじゃなかったか?」

 

「・・・・あ、あの先輩。ライ先輩の様子、どこか普段と違いませんか?なんというか、こう陽気というか」

 

恥ずかしそうにしている古城に、雪菜は訪ねる。

 

「いやいや姫柊、それ騙されてるから。コイツ、いつもこんなんだから。つーか、普段は猫被り過ぎな位」

 

「は~、古城ってば失礼ね。素直にオンオフの切り替えが出来てるって言いなさいよ。それに、基本的にはレイを抑える為に動いてるんだからね」

 

「・・・・ホントに抑えてんのかよ」

 

「じゃあ普段からオープンにしましょうか?そうなったら誰がレイを制御するのかしらねぇ」

 

「・・・・悪かったよ、勘弁してくれ」

 

「そ、それでライ先輩は何故、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)に?」

 

今まさに停船しているのは戦王領域の貴族である、

アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーのクルーズ船である。

いくらアレイスターの遣いとはいえ、招待も無しに勝手に乗り込むのはマズイはず。

 

「・・・・実は仕事で来たんだけどさ、レイが見当たらなくて」

 

「あぁ、なるほど。・・・・って事は、ひょっとして鬼ごっこの結末は・・・・」

 

「全滅よ全滅。あんなチート教師に勝てる訳ないもの」

 

「・・・ですよね。えっと、すいませんライ先輩。私たちはそろそろ」

 

「そうよね。じゃあ、古城がやらかさないように見張っててね」

 

「俺はガキ扱いかよ!?」

 

「じゃあねぇ」

 

二人が船に乗り込んだのを確認し、ライはその場を離れる。

そんな時。

 

『姉ちゃん、今どこ~?』

 

よく知る声が頭に響いた。

 

「・・・・港湾地区(アイランド・イースト)よ」

 

『うわ、遠いな~』

 

「あんたの現在地は?」

 

『・・・・』

 

「別に怒らないから素直に」

 

『・・・・第一区と兄ちゃんの学生寮の間』

 

「はぁ!?」

 

『やっぱり怒るじゃん』

 

「いや、えー・・・・つまり何処?」

 

『こっちが聞きたい位だよ~。転送陣を通ったと思ったら、急に聖天子様のリムジンの中でさ~』

 

「・・・・まぁ、いいわ。わからないけどわかったから」

 

『それ解ってないって言えば?』

 

「取・り・敢・え・ず‼詳しいことは学生寮に戻ってから整理しましょう。流石に自力で帰れるわよねぇ?」

 

「う~ん、多分」

 

弟の曖昧な解答を聞いて、会話を打ち切る。

ため息をついて、レイは学生寮目指して歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・やっと見つけたわぁ、お姉様」

 

レイが遠ざかると、物陰から一人の少女が姿を現す。

 

「これでやっと遊べるね。ターゲットは壊してもいいんだっけ?」

 

更にもう一人、少女が姿を現した。

 

「えぇ、でもやり過ぎてはダ・メ・よ。直せないし使えなくなるから」

 

「勿論だよ、すぐに終わったらつまらないからね」

 

暗闇の中で、二人の少女の瞳は赤く輝いていた。

 

 

 




今回も読んで頂いてありがとうございます。
話を入れ過ぎて混乱してる・・・・なんて事はないですよ。
えぇ、決して。
次の投稿はいつになるかまだ決めてませんが、それでも待っていて頂けたら幸いです。
それでは、また次回


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介入者と追憶

前回の投稿から微妙に間が空きましたが、それでも三ヶ月経ってないので、許してもらえたら幸いです。
エイプリルフールにそれっぽく投稿しようとか考えてましたが、気付けば過ぎてました。
・・・・はい、いつもの事です。


「えっと、つまり・・・・どういう事?」

 

翌日の夜、学生寮にてライは弟から事情を聞いていた。

しかし、いかに弟の事を理解している彼女といえど、今回に関しては流石に無理があった。

 

曰く、転送先は聖天子様のリムジンだった。

曰く、聖天子様が狙撃で殺されかけた。

曰く、兄である一方通行(アクセラレータ)が毛布を纏った少女と共に歩いていった。

 

「・・・・・・という訳で納得?」

 

「いや、できるわけないでしょ」

 

そう告げる弟にバッサリと返事する。

だよね、と弟は苦笑いを浮かべた。

夏世は既に寝ているため、今この空間には二人だけである。

 

「まさか、身内の二人(・・)がロリコ・・・・・・同じ病気を抱えていたなんて」

 

「だよね・・・・・・・・ん?ごめん、ちょっと待って姉ちゃん“二人”って?兄ちゃんと、あと一人は誰の事?」

 

「あんたに決まってるじゃないの。何を今更」

 

「いやいや、いつ!?全っ然、身に覚えがないんだけど!?」

 

「これは一大事ね。支部の皆にどうやって説明すれば・・・・」

 

「・・・・お~い」

 

「まぁ、取り敢えずは、今後の方向性を決めることが最優先よ」

 

「・・・・あぁ、うんそうだね」

 

「と言っても、私たちの役割はあくまでも監視。つまりは今まで通りの事をするのが最善よ」

 

「オッケー」

 

「じゃあ、お休み」

 

「・・・・ねぇ」

 

そう言って、立ち上がったライを引き留める。

 

「何よ」

 

「何で今、このタイミングで役割の再確認したの?」

 

「・・・・忘れてそうだからね」

 

「姉ちゃんが?」

 

「冗談でしょ、私が忘れる訳ないわ」

 

「じゃあ・・・・誰が?」

 

誰かが(・・・)、よ」

 

それだけ告げて、ライは自分の部屋に入っていった。

その後、結局姉の言っている意味が解らなかったレイは、何度考えても答えが出ないのに嫌気がさして、面倒になって、諦めて寝た。

翌日、特に何事もなく時刻は夕方。

今日も終わり、レイがそう考えていた時だった。

二人の女の子が家を訪ねてきた。

一人は栗色のショートヘアーで活発な雰囲気、もう一人は黒髪のロングヘアーで大人しい雰囲気を纏っていた。

人間違いではないかと答えて、ドアを閉めようとしたら瞬間。

栗色のショートヘアーの子が口を開いた。

『“木原”から逃げて自由になりたい』と、彼女は確かにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、そのままドアを閉める事が出来なかったレイは、仕方なく二人を部屋に通した。

そして、ライと夏世を呼び、狭い部屋に5人が揃った。

「私は真実鏡映(リフ・トゥール)。長いからリフでいいわ。そして何もかもが貴女と対極な存在よ。仲良くしましょうね、嘘つき(ライ)お姉様」

 

「えーっと、虚的想放(リスメージス・ワン)って言うの。メイって呼んでね。仲良く・・・・はしなくてもいいけど、宜しくね。ゼロ(レイ)お兄さん」

 

黒髪の方が先に名乗って、栗色の子はその後に名前を口にした。

 

「自己紹介はわかったよ。確かに名前も知りたかったけど、君達は何?只の名前・・・・にしては何処か型式番号みたいだね」

 

レイはこの二人を見てから、ずっと胸騒ぎがしていた。

そして、二人の名前。

更には、古城や蓮太郎たちが行動を起こし始めたこのタイミング。

偶然とは考えにくい。

 

「私たちは実験によって生かされている『呪われた子供たち』よ。実験内容は・・・・“能力の定着化”、そして責任者は“木原幻生”」

 

「そんなッ⁉ダメよそんなの‼すぐに限界が来るわ‼」

 

「確かにそうね。貴女の言うとおりよお姉様。そう、確かに私たちは『呪われた子供たち』。ただでさえガストレアウイルスに侵食されているのに、能力を使用していけば、いずれ壊れる。でもそれはあくまで身体(・・)だけ、本体は違うわ。貴女だって時々やってるんでしょう。なら当然、解るわよね」

最初は何を言われたのか、解らなかった。

だけど、最後の一言で理解できてしまった。

 

「・・・・・・まさか」

 

「そう、私たちは乗り移ってるだけ」

 

「・・・・なら、その身体の主は?まだ無事なの?」

 

「さぁ?考えたこともなかったわ。だってほら、外周区(あそこ)には予備が沢山いるんで。そんな事(・・・・)でいちいち考えたって面倒じゃん?」

 

その一言を聞いた途端、姉弟の顔から感情が消えた。

 

少女たちは、まるで悪びれていなかった。

それが当たり前、そう考えているのが手に取るように解った。

だからと言って、彼女たちを責めるのは筋違いだ。

責めるなら、無垢な彼女らに『それが正しいのだから』と、洗脳も同然に教え込んだ奴だ。

しかし、しかしだ。

特に理由を考えるでもなく、『正しいからいい』と信じてしまった二人の思想は、幼い頃の自分達を見ているようで、歯痒いとレイとライは思わずにはいられなかった?

 

「・・・・・・へぇ」

 

「・・・・・・ふぅ~ん」

 

「まぁまぁお二人とも、そんなに怖い顔しないで?」

 

「そうそう、私たち別に敵対してる訳じゃないんだし。むしろ仲間になって欲しいと思ってる位だし‼」

 

「仲間に?」

 

「ええ、そうなのよ‼なんて言っても、たった二人で

あの、【憑賭画一(ポーベッツスタン)】を体現したって言うじゃない」

 

「・・・・ッ!」

 

「・・・それで?」

 

「それほど優秀な先輩達なら仲良くなってても損はないかなぁ・・・・って訳」

 

「・・・・あの、一ついいですか?」

 

そこで、それまで黙っていた夏世が口を開いた。

 

「なになに?」

 

「えっと、リフさんとメイさんは憑依?というのをされているんですよね」

 

「うんうん、そうだよ‼」

 

「なら、その身体の持ち主とは会話できるんですか?」

 

「・・・・今はまだ(・・)消えてないからできるわね。多分二人とも」

 

「なら話を。させてくれませんか?」

 

「構わないわ」

 

「いいよ‼事情も話して」

 

それから、リフとメイは目を閉じて脱力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして、二人の少女は目を覚ました。

雰囲気が先程とは異なる事から、この身体の本来の持ち主であると思われる。

少し躊躇いながらも、夏世は口を開いた。

 

「それでは、お二人の名前を教えて下さい」

 

「・・・・・・」

 

「えっと・・・・その」

 

「どうかしました?」

 

「・・・・・わからない、です」

 

「・・・・正確には、覚えてない、です」

 

夏世は、あまりの事に言葉が出なかった。

でも、ただ“可哀想だからと”同情するのは、この二人に対して失礼だ。

二人と自分には、年の差は多分ない。

自分との境遇にも、差は存在しない。

ならば、このまま質問をするのが、せめてもの礼儀だ。

 

「・・・・それでは二人は現状というか、自分のことは何処まで把握していますか?」

 

「すいません、全然」

 

「ごめん、なさい」

 

この質問をしている間、姉弟の表情はずっと哀しみを浮かべていました。

 

「そう・・・・ですか」

 

そして今日目の前の二人の口調は再び戻りました。

 

「さて?気は済みましたか?」

 

「まだ満足してないなら、もう一度話す?」

 

「・・・・いえ、私は」

 

私は、己の無力さを知っただけでした。

 

「・・・・もう、いいでしょ」

 

突然発せられたのは、レイさんの一言。

それはどんな反論も許さない、そんな意思を感じるものでした。

 

「姉ちゃん、やっぱり何も変わってないよ」

 

「そう・・・・ね」

 

二人が何を話しているのか、私には理解できませんでした。

二人が何を悔やんでいるのか、全く思い至りませんでした。

只、苦しんでいるとしか、私には解りませんでした。

 

「さっきのは見事な演技・・・・だったね」

 

そう、この言葉を聞くまでは。

 

「なーんだ、お見通しかぁ」

 

「あらあら、残念です」

 

対する二人には、悪びれた様子は全くありませんでした。

代わりにあったのは、幼子が悪戯がばれた時に浮かべるようなそんな表情でした。

 

「気づいた理由は簡単。今までに僕たちが経験しているから。憑依先の人格は表層に出る事はできない。外からの影響が強すぎるあまり、精神を護る為の本能として起こる結果だ」

 

「だから、さっきのは貴女たちが演技したとすぐに理解したの」

 

「あっはははは、すっご~い!」

 

「流石、周囲の実験体20近くを犠牲にしてまで成功させただけはあるわねぇ」

 

「・・・・犠牲って何の事ですか?」

 

“犠牲”、その言葉を聞いた時に姉弟の表情はさっきよりも暗くなっていました。

私、千寿夏世にはそれが何故なのか、全くわかりませんでした。

 

「あっれぇ、ひょっとして知らないの?」

 

「そう、なら丁度いいわ。これを機に教えましょう。そこの二人が今まで何をしてきたのか。貴女にはそれを知る権利があるわ。そこの二人はね・・・・」

 

「言わせない」

 

リフさんが説明しかけたタイミングで、レイさんが口を開きました。

 

「それは・・・・君たちが言うことじゃない。説明は当事者の、僕たちの役割だ。その責任は自分たちで負う・・・・そう決めたんだ」

 

「・・・・リフ、帰ろ。これ以上は無駄だよ」

 

「そう、ね。友達になる件も撤回するわ。この3人は・・・・私達の敵ね。それではこれで」

 

「まったねぇ」

 

彼女たち二人は、そう言って帰っていきました。

 

 

 

 




さて、今回の話でレイとライの「忘れてないか再確認」でしたが・・・・はい、私の事です。
気付けば、初投稿から三年以上。
今では、今までの話を読み直してから話を構成する始末です。
時の流れって怖いですね。
それではまた次回。


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きっかけと爪痕

前回の投稿から二ヶ月以内に投稿できたことに、自分が一番驚いてます。
これで驚いてるんだから、もっと早くなったらどうなるんでしょうか。
・・・・実際にやるとは言ってません。


「どういう事・・・・なんですか?」

 

静寂を破ったのは、夏世だった。

当然、彼女には知る権利がある。

でもそれは、僕たちがやってしまった罪。

何度も忘れようとして、その度に思い出してしまう事。

 

「・・・・レイ」

 

「姉ちゃん」

 

(ライ)が話しかけてくる。

 

「伝えましょう、ありのままを」

 

「でも・・・・・・それ、は」

 

「あなたは優しいままね」

 

「・・・・」

 

「能力で忘れる事ができない私に、責任を負わせない為に覚えてる」

 

「・・・・」

 

「だからこそ、伝えないといけないの。だって・・・・・・私たちの義務だから」

 

「レイさん、ライさん」

 

結論、姉の説得と夏世の視線に僕は負けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕と姉ちゃんは、ずっと同じ事を繰り返してたんだ。毎日、何週間、何ヵ月、もう覚えてないけどとにかく飽きるほど」

学園都市の高層ビル一つ。

外から見れば他のビルと同じだが、一度入ると一面真っ白。

そんなビルの一室には、円筒形の水槽が2つ。

それぞれの水槽の中に人が一人ずつ入っていた。

右の水槽には、少年。

左の水槽には、少女が。

双子は、いつからこの施設にいるのだろうか。

ひょっとしたらそれは、彼等にも解らないのかもしれない。

そんな白い部屋に、新たに二人の子供が入ってきた。

恐らく、今日の被験者だろう。

双子は最近、能力開発ばかり行っている。

目的は『能力の転写』を素養のない者に与えられるかというもの。

“素養のない”とは置き去り(チャイルドエラー)や、『呪われた子どもたち』を指すのだとか誰かが言ってた気がする。

 

『姉ちゃん、またやるの?』

 

『多分、そうなんでしょ』

 

『えー、もう飽きたって~』

 

「まぁまぁ二人とも、そんな風に言わないでよ。これも君達の為にやってるんだから」

 

話し合っていると、白衣を着た男が入ってきた。

その軽薄な話し方から判るように、いかにも“適当”を体現して生きているような男。

この男が絡むようになったのは、つい最近の事だ。

水槽内で退屈そうにしている僕たちが、能力開発に飽きてきていると感じた、この施設の責任者が僕たちの積極性を促すために担当になったらしい。

だが、そんな事は僕たちの知ったことではない。

この能力は僕たちが好きに使って、楽に生きていく為のモノ。

大人たちの考えなんて関係ない。

 

『また来たの?』

 

『暇なんだね~』

 

「おいおい、そんな冷たい事言わないでくれよ。俺も仕事なんだよ。本当なら家でゴロゴロしてたいんだよぅ」

 

『ふーん、だから何よ』

 

『そんなどうでもいい事、僕たちには何の関係も無いよ~』

 

「いやいや、俺の仕事は君達の積極性を促すためなんだよ。つまり、君達がいつまでも怠慢だったら俺の休みは無いって事なの。なぁ、関係大有りだろう」

 

『・・・・チッ』

 

『・・・・しょうがないな~』

 

「わかってもらえたようで何より。じゃあ、やってくれ」

 

男が合図を出すと、双子を目を閉じた。

そして、男の前にいた二人の子どもはその場に崩れ落ちた。

今からやるのは、目の前にいる子への憑依。

“憑依”といっても、双子の能力との関係性は不明だ。

最近、急にできるようになったから詳しい事は解明されていない。

だから、今からやるのは、その因果関係の追及の一環だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・う~ん」

 

「今回も成功、ね」

 

崩れ落ちた二人の子どもが目を覚ました。

しかしその口調は、さっきまで水槽に入っていた二人のモノだった。

 

「いやぁ、いつ見ても不思議だね。ホント、どうなってんのソレ?」

 

「私たちだって知らないわよ」

 

「それは大人の仕事だから、僕たちにはわかりません~」

 

「・・・・はいはい」

 

この“憑依”は対象の身体を操るだけでなく、記憶や思い出を見る事ができる。

しかし、良いことばかりではなく、当然欠点も存在する。

一つは、憑依している間は、本体がどうなっているか把握できないという事。

二つ目は、実際に憑依している精神体への影響・副作用がわかっていないという事だ

そして三つ目は、憑依先の本体・精神への負担が解らないという事だった。

 

「よし、じゃあ戻っていいよ」

 

「あれ、もういいの~?」

 

「本当、珍しいわね」

 

「確かにいつもだったら、“もう一セット”って言うんだけど、今日は予定が入っててね」

 

男が言い終わると、二人の子どもは再び崩れ落ちた。

 

『じゃあ、終了っと‼』

 

『そういう事なら早くこの水槽から出しなさいよ』

 

「・・・・はいはい」

 

再びの水槽内からの声に、男は渋々従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっと出れた~」

 

「いくら能力開発とはいえ、ずっと続けていると疲れるし、飽きも来るよねぇ」

 

水槽から出た双子は、少し体操して身体を動かしていた。

ずっと同じ体勢でいたから、いろいろとキツかったようだ。

因みにさっきまでいた二人が憑依していた子たちは、目覚めると素早く出ていってしまった。

 

「まぁまぁ。もう今日の分は終わりだから、そう愚痴らないでくれよ」

 

「はいはい、じゃあサヨナラ」

 

男が呆れていると、ライは別れを告げる。

 

「えぇ、冷たいなあ」

 

「だって今日はもう終わりなんでしょ?」

 

「・・・・それはそうなんだけどさぁ」

 

「ならあなたもここにはいなくていいじゃない。はいサヨナラ、ほらサヨナラ、じゃあねサヨナラ」

 

男は反論するが、ライは気にする素振りも見せず、さっさと部屋を出ていく。

そんな二人を見て、レイは笑っていた。

 

「姉ちゃんってば、相変わらずだね~」

 

「全くさ。もう少し優しく接してくれないかなぁ」

 

「ちょっと厳しいかなぁ」

 

「レイ君と二人だけの時もあんな感じなの?」

 

「まっさか~」

 

「・・・・じゃあ何で俺がいるときだけ」

 

二人が話していると、さっき出ていったはずのライが現れた。

 

「ちょっとレイ、早くしてよ。今からパフェ食べに行くんだから‼」

 

「パフェ‼なんだ、もっと早く教えてよ。さっさと行くのに~」

 

「あ、あの。俺のお悩み解消は?」

 

「あははは、また今度ね~」

 

項垂れる男を尻目に、レイは笑顔で走っていった。

 

 

 

 

 

 




今回から二人の過去に触れていきます。
どこまで書けるのか未定ですが、可能な限り続けていくつもりです。
・・・・すぐに終わっちゃったらどうしましょうね。
それではまた次回。


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小さな想い

お待たせしました。
前回とは打って変わって投稿期間が空きましたが、楽しんでもらえたら嬉しいです。


 「遅い!」

 

 少し離れた廊下の曲がり角では、姉のクレームが僕を迎えてくれた。

 

 「姉ちゃんが歩くのが早いだけで、僕自身はそんなに遅くない思いま〜す」

 

 「・・・・・・・・」

 

 反論するも、姉は気にせず歩き出した。

 置いてくのか待ってくれるのか、はっきりして欲しいなぁ。

 

 「待ってよ〜」

 

 全く、我儘な姉を持つと苦労するね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・うーん」

 

 「なに、やっぱりこっちの“孤高のアップルマウンテン”が良かったの?」

 

 自分の目の前にあるパフェ(青りんご・ホイップクリーム・バニラアイス・りんごゼリーの順で二十層ほどもある)を見ながら僕は尋ねる。

 

 「・・・・違う」

 

 姉は自身の頼んだパフェ“聳え立つ柑橘マウンテン”を見つめながら答える。

 (姉の頼んだのは、オレンジ・バニラアイス・金柑・オレンジピール・グレープフルーツ・バニラアイスの順に三十層もあるモンスター)

 

 ・・・・因みにアップルの方はスタンダードなグラスを15cm程オーバー、柑橘の方に至っては、縦長で細いグラスを20cmオーバーしている事から、当施設内では『ツートップ』と呼ばれている。

 

 「じゃあ何さ〜」

 

 「・・・・いつまでこんな所にいればいいのかって思ってね」

 

 「飽きちゃった〜?」

 

 「・・・・そうね、飽きたと言えば飽きた、かな」

 

 「毎日、同じ事の繰り返しだもんね」

 

 「・・・・はぁ」

 

 「ひゃいふつらよね〜(退屈だよね〜)」

 

 「・・・食べながら喋らないの」

 

 「ふぁ〜い」

 

 二人はパフェを食べながら、そんな会話を続ける。

 

 「おいひいよれ〜」

 

 「だから食べながら喋るなっての・・・・・はぁ」

 

 「ホントにどひたの?」

 

 この数分間だけで何度目かの溜め息を吐く姉と、パフェを食べながら尋ねる弟。

 

 「・・・・・相談に乗ってくれる?」

 

 「もひろ〜ん」

 

 「・・・・・・」

 

 「んぐっ・・・・話さないの?」

 

 姉は一口、パフェを口に運んでからゆっくりと喋った。

 

 「最近さ、やたらと絡んでくるじゃない・・・あの男」

 

 「そうだね〜」

 

 「見た目通り“適当”じゃない」

 

 「そうだね〜・・・んぐ」

 

 「いつもいつも面倒くさいでしょ」

 

 「まぁ、実験中は目の前で監視してるし、終わったら終わったで話しかけてくるもんね〜」

 

 しかし弟は知っている。

 あの男が話しかけてくるのには理由があるのだと。

 どうやら彼は教師になりたいようなのだ。

 だから、姉弟とは“教師と生徒”という関係になりたいようで、実験時に絡んでくるのはそれ故だとか。

 しかし、今回は相手が悪い。

 自分の正面に座っているこの姉は、基本的に人と関わりたがらない。

 たとえ相手が弟であろうと例外ではない。

 今回も、“相手が悪いなぁ”と思っていながら、パフェを口に運んでいると・・・・・

 

 「・・・ちょっとカッコイイなぁって」

 

 「ぶっ⁉」

 

 そんな感想に思いっきり吹いてしまった。

 

 「・・・・汚い」

 

 「いやごめ・・・い、痛い!!。鼻に、鼻に生クリームがぁぁっ!?」

 

 「アンタに相談したのが間違いだったわ。私とした事が一生の恥ね」

 

 「・・・・い、痛いぃぃぃ。うぅ、ゲホッ」

 

 「ハイハイ。取り敢えず、お水飲んで落ち着きなさいな。うるさい」

 

 「うぅ、アリガト」

 

 心配されてるのか呆れられてるのか、どっちなのだろう。

 いや、これは考えるだけ無駄なヤツだ。

 きっとそうだ、そうに違いない・・・・ウン。

 

 「何か言いたそうね」

 

 「・・・・・ツンデレにも限度ってもんがあると思うんだけどなぁ」

 

 「何か言った?」

 

 「つまり僕にどうしろと!?」

 

 “言え”と言われたから素直に感想を述べただけなのに、呆れられるのは何故なのか。

 これを“理不尽”と言わずして何というのか、知っている人がいたら誰でもいい、僕に教えて下さい。

 

 「・・・理不尽以外の何でもないでしょ」

 

 「勝手に心を読むなぁ!!」

 

 「上手くいくように取り持って欲しい」

 

 「無視するなぁ!?」

 

 「で、具体的には・・・・何か言ったかしら?」

 

 「・・・・ナンデモナイデス」

 

 結論、姉には勝てません。

 くそぅ、生態ピラミッドかっての。

 

 「じゃあ、具体案よろしく」

 

 「・・・・ヘっ?」

 

 「ちゃんとしたの考えといてね」

 

 マジかぁ、丸投げかぁ、逃げたいなぁ。

 今から全速力で逃げ出したいなぁ。

 

 「逃げちゃだめよ」

 

 「・・・うえぇ」

 

 「当たり前じゃない、姉が困ってたら弟が助けるの。それが世の常よ」

 

 「ち、因みに、弟が困ってたら・・・?」

 

 ひょっとしたら聞かない方が良かったのかもしれない。

 言わない方が幸せなのかもしれない。

 それでも、万が一の可能性に縋りたいのが人間という生き物。

 たとえ、結末が変わらないとしても。

 

 「助けるはずないでしょ。むしろ嘲笑ってやるわよ」

 

 ・・・現実は、非常でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の用を済ませた姉はさっさとパフェを食べ終えて部屋に戻ってしまった。

 後に残ったのは、スプーンを口に咥えたまま呆ける弟だけだった。

 

 「・・・・との事をですが、いかがなさいますかそこの旦那?」

 

 体勢はそのままに、そう呟くと後ろの席から声が聞こえてきた。

 

 「俺に聞かれてもなぁ。・・・・・そもそも何さ、その口調。何処で覚えてきたのさ」

 

 「アレはツンデレというか、9割ツンのデレ1割みたいな面倒くさい生き物なんで。どうやって攻略したのか聞きたくて」

 

 「・・・・どうやって説明したものかなぁ」

 

 ゆっくり振り向くと、男は、コーヒーと見つめ合っていた。

 

 「心当たりはバッチリあるようで。なら包み隠さずに曝け出した方が楽だよ〜?」

 

 「・・・しょうがないなぁ」

 

 男は、意を決したように角砂糖を6個ほど、コーヒーに入れた。




え、半年近くも待たせといて文字数が少なかったのはどういう事かって?
・・・・・いやー、最近寒いですねー(現実逃避)
つまるところ平常運転ですね。
きっとこのサボり癖もいつかは治る事でしょう・・・・・・多分。
それではまた。


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理想と現実の矛盾

約一ヶ月ぶりの投稿ですが、今までの投稿期間からすれば早い方なのではないかなと勝手な弁明を一つ。


「初めまして。これから君たちの担当になりました、よろしくね!」

 

 「・・・・チッ」

 

 「・・パチパチパチ〜」

 

 初顔合わせの時、正直すごく投げ出したくなった。

 目の前の二人は無愛想で、協調性が無くて、常に人を小馬鹿にしたような態度だった。

 少女は舌打ち、少年の方は拍手をせず、口で音を言っただけ。

 『なんで俺がこんな事を・・・・』

 そう思いながらも顔には出さず、その場は終始笑顔でいた。

 

 俺が担当になってから1時間もしないうちに、二人の能力開発は始まった。

 簡素な病衣に着替えた二人はそのまま、それぞれの円錐形の水槽へと入っていく。

 人が入ったのを感知すると、水槽には徐々に水が溜まっていき、数分で溜まりきった。

 そして、廊下から目の前の姉弟よりも少し幼い子供が男女一人ずつ入ってきた。

 部屋に入ってきた二人は机に置いてあった錠剤を飲むと、すぐに倒れた。

 

 「お、おい!?ちょっと君たち!?」

 

 慌てて駆け寄って、揺さぶるが反応はない。

 責任者に報告に行こうと立ち上がったタイミングで呼び止められた。

 

 「・・・・・・バタバタうるさいわね。いちいち騒いでんじゃないわよ」

 

 「ここじゃコレが日常茶飯事なの。誰かが倒れる度に騒いでたんじゃ身が持たないよ〜?」

 

 何事もなかったかのようにムクリと起き上がる。

 その代わり、水槽内の二人が昏睡状態となっていた。

 

 「・・・・どういう事だ?何が起きている!?」

 

 「たからうるさいっての」

 

 「いやでも、あの二人が!?」

 

 「いつもの事だよ、心配する程のものじゃないよ〜」

 

 何が起きているのか、まるで理解できない。

 現に危険な状態にあるにも関わらず、起き上がった二人はまるで心配していない。

 まるで気にする方がおかしいかのような反応に俺は困惑した。

 そして、たった今起きた二人の口調が水槽内の少年少女のモノだという事に少し経ってから気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、今日の出来事を責任者に報告した。

 

 『何、君が気にする程のものじゃない』

 

 しかし、新米の意見が相手にされるのは余程優秀か、非常事態でもなければあり得ない。

 ましてや、担当して1週間も経っていないのならば尚更だろう。

 

 『君はまだ日が浅いだろう。仮に何かあった場合には私が対応するとも。君はただその日の出来事を報告に来るだけでいい。能力開発の様子を見て、伝えるだけさ』

 

 何も言えなかった。

 体が動かなかった。

 

 『さぁ、今日の君の役割は終わりだ。また明日も頼んだよ』

 

 あの二人は何の能力開発をしているのか。

 

 『まぁ、担当なら知っておくべきだろうね。しかし、今日は、少しタイミングが悪くてね。申し訳ないがまた明日来てくれるかな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、次の日。

 昨日と同じように戸惑いながらも、報告に来た。

 

 『昨日はすまなかったね。お詫びというわけではないが、何でも教えよう。まずは彼らの事からでいいかな』

 

 目の前の人は、ゆっくりと椅子に腰掛け、一息ついてから話した。

 そして目の前に二枚の報告書が置かれた。

 

 【能力名:完全記憶<パーフェクトメモライザー>】

 性別:女

 正確な理由は不明だが、突如他人への憑依が可能となった。

 憑依時には、ごく僅かな確率で、憑依先の能力を使うことができる。

 一度憑依すると、相手の記憶と身体を自由に扱える。

 憑依している間は自身の能力を使えないとのこと。

 また、憑依時には元の体は昏睡状態となる事が確認されている。

 なお、当現象の際に発生する副作用は解明されていない。

 観察及び能力開発時には嘘つき(ライ)と呼ぶことを原則とする。

 

 【吸力放増<アプリターンドレイナー>】

 性別:男

 正確な理由は不明だが、突如他人への憑依が可能となった。

 憑依時には、ごく僅かな確率で、憑依先の能力を使うことができる。

 一度憑依すると、相手の記憶と身体を自由に扱える。

 憑依している間は自身の能力を使えないとのこと。

 また、憑依時には元の体は昏睡状態となる事が確認されている。

 なお、当現象の際に発生する副作用は解明されていない。

 観察及び能力開発時にはゼロ(レイ)と呼ぶことを原則とする。

 

 『姉の完全記憶(パーフェクトメモライザー)弟の吸力放増(アプリターンドレイナー)、彼らは双子さ』

 

 しかし・・・・いや、ならあの研究は。

 

 『そうだね、彼らの能力とは何ら関係ないよ』

 

 それなら何故。

 

 『彼らは突然、他人に憑依出来るようになった。能力との因果関係は不明なのに、だ。しかも、記憶や意識を共有出来るそうだよ。その上、ごく稀にだが憑依先の人間の能力を使える』

 

 そんな。

 ならば、どうして放置しているのか。

 どうして、能力開発を中止しないのか。

 

 『おいおい、さっきも言ったじゃないか。“因果関係は不明”だと』

 

 ・・・・まさか。

 

 『そうさ、ならば“解明”するしかないじゃないか』

 

 ・・・・。

 

 『いいかい、私達は科学者であり、研究者。未知に挑むのは運命だよ?』

 

 では、あの能力開発に意味は無いと?

 

 『おいおい、君は一体何を聞いてたんだい?そんなモノは最初から存在しないよ!』

 

 ・・・・・つまり、彼らは“犠牲者”である、と?

 

 『まさか!?変な誤解をされないように今のうちに伝えておこうか。“私の実験に犠牲はいない”んだ』

 

 ・・・・。

 

 『まぁ、今すぐに理解しろとは言わないよ。じっくりと考えてくれればいい。では、また会おう』

 

 彼の言葉が正しいのか、それとも俺がおかしいのだろうか。

 俺は何も考えられず、気づけば自室にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが2年程ほど前の出来事。

 あれから俺はいろんな事を知った。

 双子ヘの負担は勿論、憑依先の人間についても。

 彼らは、置き去り(チャイルドエラー)や、『呪われた子どもたち』と呼ばれている存在だった。

 人間でありながら、使い捨ての対象として用いられること。

 双子はそのことを知らされていないこと。

 そして、憑依先として選ばれた子たちはその後、原因不明の事故に遭い消息を断っている。

 実験の目的は能力の転写らしいが、幸か不幸か、今のところそれは起きていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・もしも〜し」

 

 「うわっ!?ちょっと何、びっくりしたなぁ!?」

 

 「『びっくりした』はこっちのセリフだよ。どんな手段で攻略したのかって話してたのに、急に止まって」

 

 「あぁごめん、そうだったそうだった」

 

 2年前のことから切り替える。

 今、背後にいる少年に知られるのは望ましくない。

 だから、それだけは伏せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時は、偶々気になっただけで、特に深い意味はなかった。

 水槽から出てきたばかりの少女に聞いてみた。

 

 「少しいい・・・・かな?」

 

 「・・・・」

 

 「ちょっと・・・・・話を聞きたいんだ」

 

 「・・・嫌」

 

 断られて、思わず落ち込んでしまった。

 

 「・・・チッ、何よ?用があるなら早くしてよね」

 

 その姿が見苦しく見えたのか、彼女は歩きながら小さな声でそう言った。

 

 「いつも同じ事の繰り返しで、嫌にならないの?」

 

 「全然、だって能力開発だし」

 

 「なら、この方法の意味とかは?」

 

 「知らないわよ」

 

 「今までで、一度も考えた事ないの?」

 

 言ってから気づいた。

 この聞き方は、彼女に失礼だと。

 彼女の今までを否定するものであると。

 

 「・・・・・ねぇ」

 

 彼女は静かに歩みを止めて、ゆっくりと僕の方へ向き直った。

 

 「あなたの聞きたいことって、沢山あるの!?」

 

 「・・・そう、だね」

 

 「今じゃないとダメなの!?」

 

 「いや、そんなことは・・・・」

 

 「なら悪いけど、またにしてくれるかしら?気が変わったわ!」

 

 そして再び、彼女は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の日は昼食時に。

 

 「ねぇ、今日もいいかな?」

 

 「はっ、嫌よ。この前はあんな・・・・」

 

 予想していた通りの言葉だった。

 当然、許してもらえるなんて、思っていない。

 あの聞き方が、彼女に嫌な思いをさせた事に変わりはないから。

 いくら興味本位であったとしても、失礼だと言う事に他ならない。

 だからこそ、

 

 「この前は無礼な事を聞いてすまなかった」

 

 謝るのだ。

 

 「・・・・・」

 

 「許されようなんて端から思ってない。今日は、謝りに来たんだ。ただ、それだけなんだ。邪魔をして悪かった。それじゃ」

 

 そう言い終わって、この場を去ろうとした時だった。

 

 「・・・・・・待ちなさいよ」

 

 意外な事に呼び止められた。

 

 「・・・何か?」

 

 「もし許してほしいなら、パフェ奢りなさいよ」

 

 「いや、だから許して欲しいなんて思ってないって・・・・・」

 

 「じゃあなんで・・・謝ったのよ」

 

 「それは、興味本位で失礼な事を聞いたから」

 

 「だから、自分が謝ればそれで終わるって?」

 

 「・・・・?」

 

 「あなたの謝罪に付き合わされた私はどう、反応すればいいっていうのよ?」

 

 少女は俯いたままそう言った。

 

 「・・・ハハ」

 

 あまりにも一方的で子供っぽいその反応に、俺は思わず笑ってしまった。

 

 「・・・・何よ」

 

 「いや別に、君はまだ子供っぽいなぁと思って。なんかゴメン、勝手に落ち着いてるとか思い込んでた」

 

 「・・・・失礼ね」

 

 「そうだよね。勝手に付き合わせたんだから、その分はそれ相応の対応をしないといけないよね」

 

 俺は笑いながら、彼女の正面に座った。

 

 「それで、どのパフェをお望みでしょうかお嬢様?」

 

 「・・・・・ふん」

 

 ・・・・ここのパフェって、サイズも値段も桁違いだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はたまた別の日。

 実験中のタイミングにて。

 

 「暇そうだよね」

 

 話しかける相手は水槽内で浮いている二人の姉弟。

 

 『・・・全くよ』

 

 『絶賛退屈中で〜す』

 

 「や~実は今ちょっと、ごたついててさぁ、取り敢えず憑依先の子たちが来るまで雑談でもどう?甘い物でも食べながら」

 

 俺は手に持った袋から大量の菓子類を机の上に出した。

 しかし、姉弟の反応は薄い。

 

 『・・・そもそもさ〜』

 

 『この状態でどうやって食べろっていうのよ?』

 

 そう、二人は今、水槽内で浮いている状態にある。

 確かにこの状況では食べようにも食べられない。

 

 「なら、出れば?」

 

 気づけば俺はそう口走っていた。

 

 「別に憑依先の子たちが来るまで水槽に入ってないといけないとか、逆に憑依先の子たちが去るまで水槽内で待機してないといけない・・・・なんて取り決めはないはずでしょ?」

 

 『・・・・・いや、でも』

 

 『それは・・・・何か違うって言うか』

 

 二人からは明らかな困惑を感じた。

 恐らく、今までで自分で選択するという機会が少なかったのだろう。

 

 「いやいや、何も間違ってなんかいないよ。だって、“自分で決める”ってそういう事なんだから。それとも、水槽内で食べたいの?酷い味にしかならないと思うけど」

 

 俺は、手元の開閉スイッチを押した。

 あくまで決めるのは姉弟(ふたり)だ。

 無理強いをするつもりはない。

 

 『・・・・・・ふん』

 

 『・・・・・ハハ』

 

 姉弟はゆっくりと水槽から出て菓子へと近づいてくる。

 恐る恐る食べ始める。

 

 「・・・おい、しい」

 

 「・・・・まぁまぁ、ね」

 

 やっぱり子供は素直が一番だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・というのが思い当たるんだけど」

 

 心当たりを話し終えた俺は、ゆっくりとコーヒーに口をつけた・・・・甘ッ!?

 そんなに砂糖を入れたはずは・・・・・あったわ。

 

 「ふ〜ん?」

 

 目の前では少年がニヤニヤと笑いながら、話を聞いていた。

 

 「多分、違うと思うな〜」

 

 そんな事を言いながら少年は席を立つ。

 

 「じゃあ何なのさ。教えてよ、ほらこのコーヒーあげるからさ」

 

 「甘ったるそうなんでお断りしま〜す。理由に関しても、自分で気づいてね」

 

 言い終わると少年は歩いて行ってしまった。

 うーん、他になんか理由あったかな。

 考えながら、再びコーヒーに口をつけた。

 いや、これ飲めるのか?

 まぁ・・・・・・頑張れ自分。

 

 




前々回辺りから続いてる追想ですが、多分あと1〜2話ほどで終わるかもと思います(他人事)
次はどこの話に繋げようかなぁ。
それでは、また次回。


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板挟みと決断と

久しぶりの投稿ですね。
気づけば前回から半年経っていて、申し訳ないとは思っています。(反省しているとは言っていない)


 男の話を強引に聞き終えて去った後で、少年は歩きながら考えていた。

 無論、あの二人の関係に関してだった。

 一方からは協力を強いられ、もう一方からは相談を受けた。

 姉の口振りでは、強力しなければ許されない気がするし、男の話では、悩みのハードルが予想よりも高い気がする。

  

 ある程度の覚悟はしていたが、まさかである。

 男の話から想像する姉の反応は、僕にとっては未確認の何物でもないのである。

 その反応は予想の斜め上をいっていた。

 もはや、『チョロ過ぎて不安になるレベル』である。

 ほぼ全ての出来事が科学で証明出来るこの時代に、そんな純粋すぎる程の絶滅危惧種が・・・・・

 いたわ、思いっきり。

 知ってるわ、はっきりと。

 心当たりありまくりだわ。

 それどころか、さっきまで目の前でパフェ食べてたわ。

 

 というか誰だそんな心綺麗な子。

 僕、今までほとんど一緒に過ごしてきたけど、一度として見たことないんだが。

 あと、一度としてそんな風に優しくされたことないんだけど。

 この差は一体何なのか。

 聞くに聞けない自分がもどかしいところだが、今の段階ではこの板挟みをどうやって切り抜けるかが優先事項である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ、ここって・・・・」

 

 打開策を考えながら歩いていると、見覚えのない部屋が目に入る。

 

 電気はついてない上に、窓の一つも存在しない。

 真っ暗な空間には椅子が2つあるだけだった。

 いや、目を凝らすと自分より年下の少年、少女が一人ずつ、それぞれの椅子に座っていた。

 

 「あのぅ・・・・」

 

 ガタッ、と椅子が揺れる音が聞こえる。

 

 「ひっ!?・・・・・・ごめん、なさい。今から・・・・ですか?」

 

 それと同時に悲鳴が聞こえる。

 

 「?」

 

 「・・・・ひょっとして、違うんです・・・・か?」

 

 「えっとぉ・・・・・」

 

 どうしてここにいるの?

 そう聞こうとした時だった。

 

 「やっと見つけた!」

 

 声のする方を向くと、小走りで寄ってくる姉の姿が見えた。

 

 「まったく、何やってんのよ。っていうか早く来なさいよね」

 

 「・・・・いやいや、先に行っちゃったの姉ちゃんじゃん。僕は、置いてかれた立場な訳だから、責めるのはむしろ僕だと思うんだけど」

 

 「大体、なんでここにいるのよ。私達のいる部屋から一番遠いし、方向だって正反対だし」

 

 「・・・・・なんとなく、歩いてたら着いちゃった」

 

 反論するも聞いてくれない・・・・コレ自体はいつも通りだから、こっちも下手に反抗しようとするのではなく、会話を続ける事で、ストレスを和らげる方向に切り替える。

 

 「そう。なら、この子たちは?」

 

 「今まさに聞こうとしてたところだよ。あ〜でも丁度いいから姉ちゃんに頼もうかな」

 

 「は、なんでそうなるのよ?私はアンタを探しに来ただけで他には用事なんて・・・・」

 

 「まぁまぁ、そんなに冷たいこと言わないでよ。探し終わったんだし、他にやることもないんでしょ。なら全然大丈夫じゃん」

 

 

 「ふぬぬぅ・・・」

 

 ということで今回は僕の勝ち。

 いつもなら“関係ない”で逃げられるところだが、今日はどうやら調子が悪いみたい。

 ・・・何か言いたそうな雰囲気はあるけど、それは無視で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、あなた達は?」

 

 文句を言いつつも、なんだかんだで頼まれてくれる姉でした。

 

 「えっと・・・・・」

 

 「・・・・その」

 

 二人が口を開いた瞬間、突如として放送アナウンスが響き渡った。

 

 『突然ではありますが、“C”及び“D”は直ちに管理棟に来るように』

 

 それだけだった。

 たったそれだけの内容なのに、今まさに目の前で話し始めようとしていた二人が、口を閉ざしてしまった。

 

 「ちょっと、何よ今の?」

 

 「さぁ?っていうか管理棟って何処さ」

 

 ふと、目の前の二人が椅子から立ち上がった。

 

 「あなた達、どうかしたの?」

 

 「・・・・・・行かなきゃ」

 

 「早く・・・行かないと」

 

 ライの質問に答えることなく、ただそれだけを言い残して、二人は、部屋から出て行ってしまった。

 

 「・・・・ホントに何なのよ」

 

 「姉ちゃんが怖くて逃げ出したんじゃない?」

 

 「そんな訳ないでしょ!」

 

 「なら、直接見に行くしかないよねぇ」

 

 せっかく話せそうな雰囲気だったのに、あんなアナウンスの一つで邪魔されて“またの機会に”で済ませる程、僕は賢くない。

 ・・・・となれば後は簡単。

 

 「あ、ちょっと!」

 

 呼び止める姉の声を背にして、僕はこっそり二人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・勝手に、行くんじゃないわよ」

 

 「まぁまぁ、姉ちゃんだって気になるから付いて来てんじゃん?」

 

 「アンタが勝手に行くから付いて来たの!」

 

 「もう来ちゃったから諦めなって〜」

 

 自分より年下の二人が入って行ったのは責任者の部屋だった。

 扉が閉まったのを確認して、静かに部屋の前まで向かう。

 

 「・・・・・聞こえる?」

 

 「う〜ん、全然だね」

 

 耳を扉に着けてみても、中の音は全く聞こえない。

 そのことを姉に伝える。

 

 「どうしようか、諦め・・・・・」

 

 「何よ今更?せっかくここまで来といて、“やっぱり引き返そうか”とか言い出さないでしょうね?」

 

 「・・・・・・」

 

 「まぁ、外から聞こえないっていうなら・・・・・直で見聞きすれば良いって事よ」

 

 「・・・・・ずるいなぁ」

 

 「そこは賢いって言いなさいよ」

 

 そして二人は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識体となった二人は扉をすり抜け、中の様子を見聞きする。

 中には、スーツを着た見知らぬ大人たちが10人、そして、今まで何度か顔を合わせた程度の“責任者”。

 彼だけが、白衣に身を包んでいた。

 彼らは互いに向き合う形で席に座っていた。

 そして中心には、力無く横たわっている、さっきの子たち。

 

 『この者たちの処遇を如何とするか、それを今ここで決めようと思う。また当然だが、本会議において当人たちの意見は無関係とする。異論のある者は挙手を』

 

 『異論なし』

 

 『同じく』

 

 『同じく』

 

 『結構。それでは、会議を始めよう』

 

 何が起きているのか、理解できない中で、会議は進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・姉ちゃん」

 

 一旦、意識を体に戻し、隣で起きた姉に話しかける。

 

 「何よ」

 

 「詳しい事はわかんないけど、あの子たちを助けたい」

 

 「・・・・・」

 

 「姉ちゃん」

 

 「・・・・・・中を視たでしょう危険よ」

 

 「姉ちゃん!」

 

 「見知らぬ大人が10人、“白衣の人”が一人、あの子たちは意識無いように視えたし、囲まれてた」

 

 「・・・でも」

 

 「何より、私たちの能力自体、戦闘向きとは言わない」

 

 「・・・・で・・も」

 

 「正直言って、無理ね。見なかったことにして帰るのが一番安全よ」

 

 「・・・・」

 

 確かに、わざわざ危険を冒してまで挑む事ではないのだろう。

 このまま帰るのが安全だってのはわかる・・・・けど。

 

 「でも、それは私たち“だけ”での話。協力してくれる大人がいれば、話は変わってくる」

 

 「姉ちゃん!」

 

 その言葉に、思わず姉の顔を見る。

 

 「あくまでも、協力してくれる大人が“いれば”の話。誰もいなければ残念だけど、諦める他にないわ」

 

 「・・・・・・でも協力してくれる人なんて・・・」

 

 「いるじゃない」

 

 いない、そう言おうとした途端、姉の言葉に遮られた。

 

 「たった一人、私たちと繋がりのある“大人”が」

 

 姉の顔は、自信に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・という訳だから、手伝って?」

 

 向かった相手は“例の男”。

 2年の付き合いがあり、多少の事では動じなくなっていた彼だったが、今回ばかりは違った。

 見るからに余裕のない表情。

 姉の頼み方にも問題があるだろうが、それはこの際置いておこう。

 読み取れるのは、困惑と葛藤。

 それもそのはず、幾ら非人道的な話とはいえ、所詮は子供の言葉。

 仮に本当だったとしても上司に歯向かえば、研究者としてこの先を生きていく事は難しくなるだろう。

 

 「・・・条件がある」

 

 「・・・・」

 

 「俺の作戦に従って動いてもらう。これが聞けないなら協力しない」

 

 「構わないわ。いいわね、レイ?」

 

 「うん!」




追想に関しては、次回で終わる予定です。
そして追想が終わったら、次は何の話にしようか。
これはまだ未定ですが、待っていて頂けたらと思っています。
それでは、また次回。


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僅かな抵抗の意識を示して

ほぼ半年ぶりの投稿になります。
お待たせしてばかりで申し訳ないとは思っています。
・・・・・思ってばかりで改めるとは言ってません。
はい、今回もいつも通りです。


 作戦はこうだった。

 ・僕と姉ちゃんは本体を水槽内に入れ、意識体だけで例の部屋に侵入、憑依する。

 ・男が例の部屋に入り特殊ガスと称した煙を散布する。

 ・煙に紛れて二人が部屋から脱出する。

 ・そのまま男が用意した通路に向かい、この研究所から脱出する。

 ・男は二人が逃げるが逃げる時間を稼ぐために部屋に残る。

 しかし、この作戦には問題点があった。

 スーツの大人たちがどう動くか解らないのだ。

 それでも、助ける為にはやるしかない。

 

 だから、後のことは考えていない。

 

 「まず意識体になったらすぐに侵入するんだ」

 

 「侵入するのはいいんだけど・・・あなた、意識体見えるの?」

 

 「残念ながら、見えない」

 

 そう言って、男はストップウオッチを取り出した。

 

 「だから、予め時間を決めておこう。ここからあの部屋まで、どれくらいで着いて、憑依できる?」

 

 「・・・・対象との適合性にもよるけど、憑依して動けるようになるまで大体20秒くらい、かしらね」

 

 「よし、じゃあ設定するぞ。安全のために君たちは、水槽内に入っていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『準備できたよ〜』

 

 『私も、いつでもいいわよ』

 

 「・・・・・よし、開始だ」

 

 三人は静かに、作戦を開始した。

 

 ピッという、軽い機械音が聞こえるのと同時に、いつもみたいな浮遊感を感じる。

 すぐにも目的の部屋へ侵入し、横たわっている男の子へと向かっていく。

 少しばかりの異物感を感じながら、静かに指を動かす。

 幸いなことに、姉ちゃんの方も成功したようで、隣に横たわっている女の子の指が、こっそり動いたのを確認する。

 ここまでは成功している。

 あとは男が入ってくるのを待つばかり。

 

 「では、改めて結論を述べよう・・・・“C”及び“D”は処分とする」

 

 自分に対して言われている訳ではない・・・そう理解できてはいても、やはり良い気持ちはしない。

 ましてや、勝手に利用するだけして結果が出なければ“処分”という、『大人の都合』だけで全てを決められて、『はい、わかりました』とあっさり従うほど、素直には出来ていない。

 

 そう考えていた時だった。

 

 バタンッという、勢い良く扉が開かれた

 そして、室内に煙が充満し始める。

 

 「誰だ!?」

 

 「何が目的だ!?」

 

 周囲の男たちがたちまち騒ぎ始める。

 しかし、そんな事は関係ない。

 今はただ、この研究所から脱出することだけを考えて動くんだ。

 だから僕たちは、開かれた扉を目指して走った。

 

 「実験体が逃げたぞ!?」

 

 「追え!」

 

 『たった今、充満している煙はある特殊ガス。それを吸い込んだ者は1時間もしないうちに苦しむであろう。助かる方法は、逃げた二人を捕まえる以外にない。あの二人は解毒薬を隠し持っている』

 

 突如としてそんなアナウンスが聞こえ、数秒もしないうちに終わる。

 終わると、さっきのスーツの男たちが我先にと追いかけてきた。

 慣れない体ではあるが、とにかく足を止めず指示された通りの通路へと向かう。

 

 「・・・・・どういう、こと?」

 

 しかし辿り着いた先は行き止まりだった。

 

 「私が、知りたいっての。どういうことなのよ・・・これ?」

 

 隣の女の子(姉ちゃん)に聞いてみても、答えは返ってこなかった。

 むしろ、質問で返されてしまった。

 

 「う〜ん、どうしたものか・・・・・っと」

 

 振り向くと、既に男たちがあと少しの距離まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 男は静かに部屋に入り、座っている責任者に歩み寄った。

 

 「急で悪いけど、話がある」

 

 「何のつもりかな、○○?いきなり会議を邪魔して、『話を聞いて欲しい』だと?」

 

 責任者は座ったまま、静かに顔を上げた。

 「今回の事は少しばかり急ぎ過ぎたんじゃないのか?今まで通りなら、最低でも後一年は様子見のはずだ」

 

 「・・・・ふむ」

 

 「にも関わらず、今回に関しては『結果が悪いのは、憑依先に原因があるから』だと決めつけているように思えた」

 

 「・・・・ふむ」

 

 「だから、止めたんだ」

 

 「こんな形で、かね?」

 

 「悪いとは思ってる。だけど、もう少しマシな手段があったんじゃないかと」

 

 「では、どう責任を取る?誰が『あの子たち』の代わりを用意すると?」

 

 「そもそも、新たに用意する必要はない。確かに、あの子たちの意識は別の場所にある。でもあの二人の本体は僕が管理している・・・・そう言ったら?」

 

 「・・・ほう?」

 

 「彼らからは、意識体に起きた現象が、本体にも現れるというデータが取れている。これを基に俺に実験を引き継がせてほしい。勿論、責任者として」

 

 「ほっほほほほほぅ。うんうん、良いだろう良いだろう。滅多にないお前の我儘だ。今回に関しては目を瞑ろう。期待しているよ○○」

 

 「感謝するよ、爺ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリジリと男たちが近づき、周りを取り囲まれていく。

 捕まらないようにゆっくりと後退するも、背中に固い感触とゴツッという音が響く。

 ちらりと見ると壁で、もう既に逃げ場は無かった。

 

 「・・・・・姉ちゃん」

 

 「・・・何よ」

 

 「後悔・・・・してる?」

 

 「どうして私が後悔すんのよ?」

 

 「だって、僕が『助けたい』って言い出さなければ・・・・・」

 

 こんな事にならなかったはずだから。

 姉ちゃんは、あの男ともっと話せたんだから。

 

 「後悔なんてこれっぽっちもしてないわよ。っていうか、アンタが言わなかったら、私の方から言い出してたっての!」

 

 「・・・・・え?」

 

 「そもそも、あの場面で『見捨てる』を選択する程の冷酷さを持ち合わせてたらねぇ・・・・・・・アンタと2年以上も一緒に大人しく実験体になんてされてないわよ。とっくに一人で逃げ出してるわ」

 

 「ゴメン、やっぱりさっきの忘れて」

 

 あぁ、なんだ。 

 こんなに簡単な事だったなんて。

 ただ、自分の言いたいことを言って。

 やりたいことをやって。

 一緒にいるだけで良かったなんて。

 

 「・・・・・僕って鈍いなぁ」

 

 「今更自覚するんじゃないっての」

 

 捕まったらどうなるのかなぁ、これからずっと水槽内で過ごすのかなぁ・・・・

 

 男たちの手が近づいてくるのを見ながら、そんな事を考えていた時だった。

 

 すぐ近くの壁が盛大な音を上げて崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕と姉ちゃんは、ガラガラと壁が崩れ落ちていくのをただ見ているだけだった。

 

 「オイオイ、んだよこれ。こんなにボロかったのかよこの研究所」

 

 目の前にいた体格の良い男が一人、そんな事を言って崩れたところへ向かっていく。

 

 ほんの一瞬だけ、壁にぽっかりと空いた穴で、太陽に反射して何かがキラキラと光ったように見えただが、気づいていないのか、体格の良い男は構わずに近づいていく。

 

 「ハッ、何もねぇじゃねぇか。やっぱボロいって事だよ。気にする必要はねぇ。お前ら続けるぞ」

 

 目の前で待機していた男たちは再びこっちに手を伸ばしてきた。

 

 「さっさと片付けて次の議題に移るぞ」

 

 そう言って男が再びこっちに歩き出そうとした時だった。

 ズシャッ、と何かが音を上げて崩れ落ちた。

 

 なんだろう・・・・そう音のする方を見ようとした時だった。

 

 「ヒッ!?」

 

 姉ちゃんの悲鳴が聞こえた。

 

 「姉ちゃ・・・・ん?」

 

 どうしたの、そう言おうとして姉の方を向くと、姉は震えながらある方向に指を差していた。

 その方向は、さっきまで男が立っていた壁際だった。

 真っ白な壁一面に対してぽっかりと空いた穴から入って来たのは・・・・・・大きな蜘蛛だった。

 そして、その蜘蛛の口元にはさっきの男の下半身だけが倒れていた。

 

 「なんだよ・・・・アレは」

 

 目の前の男たちも、その存在を確認したのか、呆気にとられていた。

 

 「ハッ、どうせ何かの茶番に決まってる。そうじゃなきゃ、あんなの、実際に存在するはずねぇだろうが」

 

 また一人、今度はスポーツ刈りの男が蜘蛛に近寄っていく。

 

 「ハァー、良く出来てんなぁ。見た目をそれっぽいし、ハリボテって感じもしねぇ。ふん、目が赤い(・・)ってのは新種だからか?」

 

 「お、おい。そろそろ離れろよ?如何にも危険だって・・・・」

 

 「へいへい、わかってるっての・・・・」

 

 「は、早くしろよ!」

 

 途端に目の前の男が慌て始めた。

 それもそうだろう。

 だって、大蜘蛛が今にもスポーツ刈りの男を食おうと、その口を開けているのだから。

 理解していないのは本人だけだった。

 

 「ったくよう・・・あん、やけに暗いな?ったく誰だよ灯り消した・・・・・・・」

 

 ガパッと、たった今まで喋っていた男が大蜘蛛に、喰われた。

 

 「う、うわぁぁっ!?」

 

 今度はその場にいる全員が見ていただけに、混乱はあっという間だった。

 

 

 

 

 




気付けば年末。
半年ぶりに投稿しといて文字数少なくて申し訳ないです。(今回2度目の謝罪)
例の如く次の投稿は未定です。
前回は『追想は今回で終わるつもり』とか言ってましたが・・・・・はい、終わりませんでした。
それでは、また次回。


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君のために生きると決めた

久しぶりの投稿です。
実はこんな期間に投稿していることに自分が一番驚いております。(でも2ヶ月・・・・これで驚く自分って一体)
最近、珍しく投稿に乗り気です(つまり次は期間が空くというわけですねわかります)


 その後、一人、また一人と男が悲鳴を上げては消えていく。

 喰われる者、糸に巻きつけられ、振り回される者、踏まれる者。

 過程は様々だが、男たちは必ず消えていった(・・・・・・)

 

 残された僕たちは、ただ震えながら座り込む事しか出来なかった。

 

 なんだろう、この気持ちは。

 ただの置き去り(チャイルドエラー)が、研究所で大人たちに好き勝手に実験されて。

 人を助けようとすれば、捕まりそうになって。

 果ては、蜘蛛に喰われる。

 自分の意志とかなくて、終始振り回されるだけ。

 

 「こんな終わり方・・・・嫌だなぁ」

 

 「同感・・・・よ」

 

 どうせ終わるなら、一緒に・・・・。

 お互いに、そう考えて笑った時だった。

 

 「ちょっと・・・・待ったぁぁぁっ!!」

 

 アイツの、2年間気まぐれで会話しただけの、あの男の声が響いた。 

 

 「まぁぁだ、諦めるには早いぃぃだろうがぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・」

 

 「・・・・・はぁ?」

 

 「まだ、諦めるんじゃあなぁぁぁいっ!」

 

 何故かハイテンションだった。

 この惨状に対して、あまりにも不釣り合いな位に。

 突然のハイテンションにここまで読んでくれてる方々も呆れ・・・・・ゴホン、震えが止まっていた。

 

 「なんで、あんなにテンション高いのよ、アイツ?」

 

 「・・・現実逃避かな」

 

 「現実逃避でテンション上がるとか、私ちょっと・・・・・ついて行けない」 

 

 「同感」

 

 「なぁんか引かれてる気がするが、それはともかぁく!今は助かることだけを考えるんだぁっ!?」

 

 癖が強すぎるでしょ。

 いやもうホントに、誰だよ。

 

 「とぉにかく!ここは任せてくれ。時間を稼いで見せるさ!」

 

 任せるというか、正直不安しかない・・・・って言いたいことろだけど、

 

 「まぁ、“任せてくれ”って言ってるんだから、いいんじゃないかしら?多分だけど、アレ・・・・アイツなりの激励よ」

 

 姉ちゃんもこう言ってる事だし。 

 ホントに癖が強いな。

 それでも、そのお陰で大蜘蛛はアイツに向き直り、ゆっくりと近づいていく。

 

 「ほらほらぁ、そこの蜘蛛ぉ!さっさとこっちに来いって!余所見すんじゃないぞぉ!」

 

 さっさと離れろ。振り返るな・・・・・・そう言ってるようにも聞こえたのは気の所為ではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ・・・っと」

 

 「・・・・ん!」

 

 大蜘蛛が食堂から出て行ったのを確認して、僕たちは大蜘蛛が空けた穴から外に出る。

 

 2年ぶりに見上げた空は・・・・・清々しい程の青空だった。

 

 そんな時だった。

 バタンッ、と人が倒れる音が背後から聞こえた。

 

 「何転んでるのさ姉ちゃん、まだ安心するには早い・・・・・よ?」

 

 驚かせるために違いない・・・・そう思いながら振り返ると姉ちゃんは倒れていた。

 

 「ちょっと、どうしたのさ?早く立ってよ、ほら!せっかく外に出れたんじゃん!?ほら、立ってって!」

 

 いくら呼びかけても答えは返ってこなかった。

 周囲を見渡しても、時間帯によるものか人の姿はない。

 

 「どうしたら・・・・・。戻る訳にも行かないし、知り合いもいないし・・・・でもひょっとしてあそこなら」

 

 一箇所だけ、心当たりがある。

 初めて見つけてから結構な期間が経過しているから、今はもうないかもしれないが、こんなところで慌てふためくよりはマシかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かったのは、研究所の横のポツンと建っている、既に封鎖されている倉庫。

 幸いなことに、鍵は空いており、すんなり中に入れた。

 これからどうするか、そんな事を考えていると・・・

 

 「いやぁ、それにしても○○さんも思い切りますね。自分と考えの合わない人たち消すためだけに、ガストレアおびき寄せるとか」

 

 「人聞きの悪い事言わないで欲しいなぁ。偶然が重なっただけだってのに。偶然研究に使うために入れたガストレアが、偶然食堂に集まってた人たちを襲って、その時襲われたのが、偶然日頃意見が衝突してる人たちなだけだって。それだけだよ」

 

 扉越しに、そんな会話が聞こえてきた。

 顔は見えないが、2年間聞いたその声は覚えている。

 今、扉の向こう側で話しているのは、あの男に違いない。

 

 「しかし、君もお喋りだね。こんな所で話す内容じゃあないでしょ。ちょっとは気をつけてくれよ」

 

 「いやいや、何回か来てますけど滅多に人来ないですって。むしろ『俺しか知らない』ってレベルじゃないですかね」

 

 「気をつけるに越したことはないからね。もしバレたりしたら、“偶然”が起きる・・・なんて事もあるからね」

 

 「驚かさんで下さいよ、恐いっすねぇ・・・・・っと、じゃあ俺はそろそろ行きますね」

 

 「あぁ、またな」

 

 足音が遠のいていく。

 もういいだろう・・・そう安心した途端だった。

 

 「みーっけ」

 

 ガラッと扉が開かれるのと同時に男が入ってきた。

 

 「・・・・ぁ」

 

 あまりにも急で、反応出来なかった。

 

 「脱出したんじゃなかったの?」

 

 「そうなんだけど、やむを得ない事があって。・・・・・・・ホントに仕方ない状況だったんだよ」

 

 横になっている姉ちゃんと慌てる僕を見た男は、すぐに状況を把握したようだった。

 

 「なるほど~、まぁ大丈夫だと思うよ。正直なところ、今までにも全く同じことがあったからさ」

 

 「・・・初耳なんだけど」

 

 「君、いなかったし、本人も自覚なかったし」

 

 「そういう問題じゃないと思うんだけど!?」

 

 「・・・・ん」

 

 「姉ちゃん!?」

 

 「ほらね」

 

 どうやらホントらしい。

 

 「・・・・・」

 

 「良かったぁ〜。もうハラハラさせないでよ!」

 

 「・・・・ぐぅっ!?えっとその、これは?」

 

 安心のあまり、抱きついてしまった。

 

 「感動はわかるけど、離してあげなよ。戸惑ってるでしょう」

 

 「っ!?ゴメン、忘れて今すぐ」

 

 「家族思いでいいじゃん」

 

 男にそう言われた事で、恥ずかしさが増してきた。

 それを見て、男が余計に笑い出す・・・・そんな時だった。

 

 「えっと、どちら様・・・ですか?」

 

 たったその一言で、空気が一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・な、何言ってるの、なんでそんな事を言うのさ」

 

 「『なんで』と言われても、本当にわからないですし、なんなら、自分の名前も知らないですし」

 

 「ねぇ、一応聞くけど。今までにもこんな事あった?」

 

 「・・・・まさか。前例があればとっくに伝えてる」

 

 嘘であって欲しかった。

 『冗談だっての』・・・・そう言ってまた普段通りに接して欲しかった。

 でも、その望みは叶わないのだろうか。

 

 「・・・・落ち着きなよ」

 

 「無理でしょ。無理に決まってんじゃん。これで落ち着ける訳ないだろ!?」

 

 「・・・・・えっと」

 

 目を覚ましたばかりの少女は、戸惑っているようだった。

 

 「まずは君が落ち着かなければ、彼女だって何もわからないままじゃないか」

 

 「・・・ッ!」

 

 「外で話そうか。・・・・あぁ、君はもう少し休んでいた方がいいよ」

 

 「・・・・うん」

 

 そして僕は、男に従って外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今から話すのはあくまでも“仮説”だ。確証があるわけじゃない。いいかな?」

 

 「・・・うん」

 

 「憑依先の子の意識と、俺達の知る彼女の意識が融けて、新たな人格が生まれた。生まれたばかりだから、記憶とか全くないって事にも納得できる」

 

 「・・・・・」

 

 「勿論、前例が・・・と言うよりも君たちの実験自体、この研究所だけで極秘裏に行われていた訳だから、情報は全くと言っていいほど“ない”」

 

 「・・・・」

 

 「だから、少し時間をくれないか?その間に探って、調べて、考えるから」

 

 「・・・わかった。そもそも行きたい場所とか、そういうの全然ないからね」

 

 「ありがとう、ほんの数日間だけ頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話し終えて二人が小屋に戻ると・・・・

 

 「ちょっとアンタ、聞きたいこと山ほどあるんだからね。ちゃんと全部話しなさいよ・・・・・ってなんでこの人もいるのよ?」

 

 姉の記憶は戻っていた。

 

 「・・・・どうするよ」

 

 「と、とにかく落ち着いて。やることは変わらないから、な?」

 

 「いやまずはアンタが落ち着けよ」

 

 珍しく慌てる男を尻目に、姉ちゃんに話しかける。

 

 「えっと、さっきのこと覚えてる?」

 

 「何言ってるの?さっきも何も、私たった今起きたばかりなんですけど?」

 

 「目が覚める前の事って覚えてる?」

 

 「えぇ勿論。確か外に出た途端に、頭が痛くなって、気づいたらここで寝てた」

 

 「・・・・・・と、とりあえず暫くはここで隠れててくれないか、俺も色々と考えてみるから」

 

 「・・・う、うん」

 

 「いいかい、絶対に慌てるんじゃないぞ、落ち着いて、な!」

 

 「いやだから、アンタが落ち着けって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が出ていったあと。

 

 「どういうことが、説明してよね」

 

 「お腹痛くなって、トイレ行って今戻って来ました」

 

 「・・・・正直に話すのが身のためよ」

 

 「・・・・・突然姉ちゃんが倒れたから、慌ててここに来た。すぐに見つかるかもしれないし、他に逃げ込むところなんて思いつかなかったから」

 

 最初は、誤魔化そうと思っていたが、それじゃ怒られる。それなら素直に打ち明けよう。そう思っての事だった。

 

 「バカね。足手まといになるんなら、置いていけば良かったじゃない。そうすればアンタだけでも逃げれたでしょうに」

 

 「なんで、そんな事言うのさ。置いていける訳、ないじゃん。たった二人の姉弟、なんだから」

 

 「・・・今となっては全く他人の体に憑依してんだから、そんなの関係ないじゃないの」

 

 「それでも、意識自体が変わった訳じゃない。違う体に移ったからって、一緒に過ごした2年間がなくなった訳じゃない。だから見捨てていい理由になんて、ならない」

 

 解ってる。

 あの時、自分だけ逃げれば助かった。

 こんな所に態々、戻ってくる必要なんてなかったんだから。

 姉ちゃんはそう言いたいんだろう。

 逆の立場なら、多分同じことを言っていただろう。

 でも・・・・・

 

 「僕は、姉ちゃんと一緒に逃げ出して、どこかで食べて遊んで、変わらない毎日に“暇だ〜”って言えるくらいの日々を送りたいと思ったから」

 

 だから一緒に逃げ出したかったんだ。

 

 「・・・・・ホントにバカね。そんな事のために戻ってくるアンタと、それを態々聞いた私も」

 

 全くだ。

 

 「お互いに、苦労が絶えないね」

 

 「ホントよ。でもアンタがそれを言うんじゃないっての」

 

 気づけば、笑っていた。

 姉ちゃんも釣られて笑い出す。

 そんなこんなで、小さな窓から見える外では、すでに夕方になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず、暫くはここで匿ってやる。飯とかその辺も用意しよう」

 

 あれから少しして、男がビニール袋一杯に、食べ物や飲み物を持ってきてくれた。

 

 「まぁ暫くって言っても、原因がわかるまでの間だからせいぜい長くて一ヶ月位だろうけどな」

 

 「お世話になりま〜す」

 

 「・・・・宜しく」

 

 二人の挨拶を聞いて、男はポツリとこぼした。

 

 「何か、始めて顔合わせした時と似てるな」

 

 偶然か、二人の言葉は2年前のあの時と似ていた。

 喜ぶべきか、悲しむべきなのか判断できないけど何故だろう。『悪くない』とそう感じていた。 

 

 「うわ、ちょっと聞いた〜姉ちゃん?僕達にあの頃に戻れって」

 

 「は、戻るも何も私達、そもそも最初から変わってませんけど。失礼するわね」

 

 「寧ろ、あの頃よりも酷くなってないか?なんていうかこう、当たりが強いっていうか」

 

 「ちょっと姉ちゃん!先に取らないでよ!?それ僕も狙ってたのにさ」

 

 「何言ってんの、早いもの勝ちに決まってんでしょ。それにこういうときは、怪我人である姉が優先って相場が決まってんのよ!」

 

 「それ言われると何も言えなくなるからやめてマジで。つかその相場、絶対今決めたでしょ!?」

 

 「無視して勝手に袋の中身漁らないでくれないかな!?」

 

 困惑する男を他所に、争奪戦を始める二人。

 あの頃とは姿も年も違うのに、懐かしいと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日書類整理をしていた時のこと。

 以前、封鎖された倉庫の前で、一緒に話していたあの男がまた寄ってきた。

 

 「そういやぁ聞きました○○さん、この前逃げ出したCとDの捜索、打ち切ったらしいっすよ!そんでもって嘘つき(ライ)ゼロ(レイ)の意識もないんだとか」

 

 「・・・・・そうかぁ」

 

 「あれ、返事の割にあんま落ち込んでないっすね?」

 

 「まぁ、もう3週間位は経つからな。ある程度の想定はしてたさ」

 

 「あぁそうか、確か○○さんが初めて指揮してたんですもんね。そりゃあ知ってますよね」

 

 「・・・・書類整理しながらする会話じゃないだろ」

 

 「まま、そう冷たいことは言わんで下さいよ。自分らは研究者で、ココは研究所。いつも同じ光景ってと来れば、そりゃあ話す内容も似通ってくるってもんっすよ」

 

 「・・・口が減らん奴だな。で、今日の昼は何が食いたいって?」

 

 そこでひとまず手を止めて時計を見る。

 時刻はとっくに12時を超えていた。

 

 「流石ぁ!話がわかる上司がいて俺は幸せですなぁ。丁度さっきから腹が減って仕方なくて」

 

 「調子がいいやつ。最初からそのつもりで来たんだろうに」

 

 そう言って、作業を一旦やめ食堂に向かって足を動かすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いっやぁ、奢ってもらう飯は美味いっすよ。ホント感謝してまっす」

 

 「・・・・それで、ホントは何が望みなの?ただご馳走になるために来たんじゃないでしょ?」

 

 「へへ、疑り深いんすね」

 

 男は持っていた箸を置いてニヤニヤと笑っている。

 

 「・・・・実は俺、見ちゃったんですよぉ。○○さんがあの二人を匿ってるの」

 

 「・・・ふぅん?おかしな事を言うじゃないか。君はさっき自分で言ってたじゃないか。捜索は打ち切られたし、嘘つき(ライ)ゼロ(レイ)の意識はないって。それを一体どうやって匿うって言うんだい?」

 

 「しらばっくれないで下さいよ。連中の能力は俺だって知ってるんすよ。どうせ能力でCとDに憑依して、んで皆が忘れた頃に脱出させようとしてるんでしょ?」

 「・・・・・」

 

 「だんまりって事は当たり・・・・っすよね!」

 

 「・・・もう一回聞こう。何が望み?」

 

 「ヘヘ、場所を変えましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからソイツは例の倉庫付近まで歩いた。

 

 「前に言いましたよね、ココは俺たちしか知らないって。それに、証拠も揃ってる。これでもう言い逃れはできませんね」

 

 「・・・・・」

 

 「話は簡単。今やってる実験を俺に変わって下さいよ」

 

 「・・・・要は結果が欲しいって、そういうことかな?」

 

 「そうっす!自分で1から考えて、予算とかメンドイ事も考えるとか、正直ダルいんす」

 

 「だから、それらが既に決まっている今の実験を掠め取るって?」

 

 「イエスイエス!それに連中の能力はそこらの実験体よりも珍しいケースでしょ!?そんな実験成功させりゃあ、リターンもデカいはず」

 

 こいつ、そこまでして。

 でも、ここまで見破られては言い逃れは出来ない。

 

 「・・・・わかった」

 

 「うっし!さぁ聞いたかお前ら!?お前らを好きにしていいってよ!」

 

 そうして男は満面の笑みで倉庫の扉を勢いよく開けた。

 

 「・・・・・あぇ?」

 

 しかし、倉庫にはあの二人の姿はなく、代わりにいたのは・・・・・・いつかの大蜘蛛だった。

 

 「ッ・・・・・!?」

 

 最初こそ戸惑っていた男も状況を理解し、慌てて扉を閉めた。

 

 「・・・・どうしたんだい?好きにしていいって言ったじゃん。なんで閉めたの?」

 

 俺は静かに男に歩み寄った。

 

 「っ!?ふざけんな!“どうした?”はこっちの台詞だ!アンタ、何しようと・・・・」

 

 「・・・・前にも、言っただろう?“君もお喋りだね、気をつけてくれ”って?」

 

 「そ・・・・いや、なん!?」

 

 「いやいや怖いなぁ。こんな時に“偶然”が起きるなんて。寧ろツイてるのかな?」

 

 更に近づくと男はドサッとへたり込んでしまった。

 構わず、更に近づき、男が必死に閉じていた扉を開けた。

 中では先程の大蜘蛛が今か今かと餌を待ち構えていた。

 

 「ほら、お待ちかねだよ?」

 

 そのまま男を倉庫の中に押し込もうとする。

 

 「ひっ!?やっ、止めてくれっ!?い、嫌だっ!?俺はまだっ!?」

 

 抵抗する男を無視して、腕に力を込める。

 

 「良かったじゃん。君の望みは叶うよ。だってこれは“俺の”実験だからね。確かその権利は先程、君に譲渡したばかり。つまり君の実験ということになるからねぇ」

 

 「く、来るなぁ!?こっち来んなってぇ!?」

 

 既に男は話を聞いていなかった。

 目の前の大蜘蛛を遠ざけることに必死だから。

 

 「おめでとう、これで君は俺より先を進める。じゃあね」

 

 そう言って、俺は扉を閉めた。

 

 「それに君、さっきも言ってたじゃないか。腹が減って仕方ないって。良かったね、これで空腹に悩まされる事は“もう”ないよ。羨ましいなぁ」

 

 その時、あちこちから煙が上がり、悲鳴が聞こえた。

 しかも、一つどころではなく、それは複数からであった。

 あの二人はそろそろ、何処かに辿り着いた頃だろう。

 叶うなら、互いに無事に再開できることを。

 それだけ願うと、俺は再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「時間がない、今日中にこの施設を出ろ」

 

 「・・・・ふぇ?」

 

 「ん・・・・何よいきなり」

 

 遡ること数時間前。

 

「・・・・ふぇ?」

 

 「ん・・・・何よいきなり」

 

 遡ること数時間前。

 まだ太陽も昇っていない時間。

 俺は倉庫に行って、寝ている二人を起こすとそう伝えた。

 

 「理由は後回し・・・・って言っても、まぁ納得してくんないよな」

 

 「ふあぁ・・・・・わかってるぅ」

 

 「くあぁ・・・流石」

 

 「君たちがここにいることがバレた。そんでもって、憑依していることも、だ。それをアイツはココではっきりさせようするだろう。しかし、君たちがいなければ、空回りということになる。だから、そういうことだ」

 

 「・・・わかった」

 

 「お世話になりました・・・っと」

 

 「おん?やけに素直じゃん。てっきり駄々こねるとばかり」

 

 「そりゃあ・・・」

 

 「・・・・ここで大人しく従っとけば後々恩を売れるってね」

 

 く、くだらな・・・・いやなんて年相応な。

 こっちのわがままを聞いてもらうんだ。

 これぐらいでどうこう言ってる場合じゃない。

 

 「ふふ、そっか。・・・・・じゃ、早いうちに出るんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が出ていって暫くした頃。

 

 「・・・・で、どうするよ姉ちゃん」

 

 「何が・・・ってのは野暮ね。まぁ大人しく従うことにするしかないんじゃない?あの人が珍しくシリアスな雰囲気出してたからね」

 

 「・・・・ん。まぁそのつもりで、いつでも出れるように準備は済んでるからねぇ」

 

 「・・・流石ぁ。でも少しイラつくわね、その用意周到っぷり」

 

 「あれ、姉ちゃん?ひょっとして準備済んでなかったりするの〜?」

 

 「な訳ないっての。私だってとっくに済んでるわよ」

 

 「・・・・つまんな」

 

 「オイ今、なんて言った」

 

 「別に〜?ほら行こ姉ちゃん、善は急げだよ」

 

 二人は直ぐに倉庫を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、これで脱出・・・・っと!」

 

 「そうね、なんか複雑ね。寂しいような嬉しいような」

 

 「ま、これで晴れて自由だし、どこ行こっか・・・・ぇ?」

 

 「ちょっと・・・何急に止まって・・・は?」

 

 研究所から出て、これからどこに行こうか。

 そう、考えていた時だった。

 遠目に、大きな虫が見える。

 一体何が、そう思っていると。

 あちこちから沢山の悲鳴が聞こえた。

 と同時に、近くのビルが崩れてこれまた何が原型になったのかわからない生き物が現れた。

 

 「・・・・はぇ?」

 

 ソレは赤く滴る何かを引きずって一歩、また一歩近寄ってくる。

 

 脚が震え、体が言うことを聞かない。

 これは、いやこれが恐怖。

 

 「・・・逃げよう、レイ」

 

 「うん・・・で、でも」

 

 脚が、動かないまま。

 そしてソレはゆっくりと鎌を振り上げ、僕の体に狙いを定める。

 

 「・・・・レイ!?」

 

 「ぐあぁっ!?」

 

 幸いにも、姉ちゃんが横からぶつかってくれたおかげで、鎌は外れた。

 さっきまで立っていたところには大きな穴が空いていて、僕達は、倒れたまま、動けずにいた。

 ソレは再び鎌を振り上げた。

 心なしか、ソレは動けず怯える僕らを見て笑っているように思えた。

 

 「さっきの言葉、訂正よ」

 

 「・・・姉ちゃん」

 

 「この覚悟は、準備してなかったかな」

 

 「・・・・ごめんね」

 

 無常にも、鎌はゆっくりと振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みはなく、苦しさも感じなかった。

 どうなったのか、確認しようと目を開けると。

 

 「ッたくよォ?偶々通りかかッてみたら、ンだこのデカいの」

 

 自分とそう年が変わらないであろう白髪の少年があの大鎌を止めていた。

 

 「・・・アァ、面倒くせェ。なんだってこの俺がこンな事」

 

 「・・・・」

 

 「ぁ・・・・一方通行(アクセラレータ)?」

 

 声が出ない僕と、白髪の少年の名を呼ぶ姉ちゃん。

 

 「ンだよ、まだ生きてたンかよ。アァ面倒くせェ。コイツラも・・・チッ、それも面倒くせェな。こいつ潰したらさっさと行くかぁ。オイさっさとそこから消えろ、動きづれェ」

 

 白髪の少年はダルそうにそう告げると、触れてもいないはずの大鎌を捻じり切った。

 

 「・・・・・・う、ん」

 

 「行こ・・・・レイ」

 

 グギュアアアッとあの化け物の悲鳴を背に、僕らは静かにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




回想は次回辺りまで続けるつもりです。
もう暫くお付き合い下さい。
ちなみにこれ以降、下書き用意しておりません(お手上げ)
・・・・つまり、古城、当麻、蓮太郎の何処かに話を入れるということになります・・・ふえぇ(困惑)


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あなたを支えると心に誓った

前回同様、2ヶ月振りの投稿ですね、お久しぶりですとGW満喫中の作者です。
前回宣言した通り今回で回想は終わりです。
・・・・ちなみに回想を書き始めてから今、この瞬間まで2年近く経過してました。もうこの時点で自分の投稿が如何に遅いかわかってしまうぅ(遠い目)


 「・・・助かった、よね?」

 

 結構な距離を走っただろう。

 二人して息を切らしながら足を止め、ゆっくりと、今走ってきた方向を向く。

 

 「えぇ・・・運が、良かったわね。まぁ・・・・・もっとも、一方通行(アクセラレータ)が態々出向いて来るとは思ってなかったけど」

 

 「そっか、あの人がそうなんだ」

 

 「流石に実物は初めて、よね」

 

 「そうだね。あとなんかよくわかんない虫もいたけど」

 

 「多分、“ガストレア”ってやつよね。ほらいつかの大蜘蛛みたいな」

 

 「うヘぇ、あれ系かぁ。あんなのがうじゃうじゃいるの〜?」

 

 足を止めて、休憩のために座る。

 

 「当分は、安全なとこを見つけるしかない・・・・・きゃっ!?」

 

 「ん、どうしたの・・・・がっ!?」

 

 「邪魔だ、ガキども!?こんなとこでボサッとしてんじゃねぇ!?」

 

 しかし、突如、後ろから何かにぶつかって蹴飛ばされた。

 一体何が、そんな気持ちで振り向くと、自分よりも大きな男が怒鳴って、何処かへ言ってしまった。

 それ以降も人はどんどん出てくる。

 察するにココもガストレアが出たのだろう。

 更にビルが音を立てて崩れ落ちる。

 

 「・・・・うっうう、ぐすっ!?」

 

 「レイ、今は泣いてる暇ないの。そんなならここも離れましょ!」

 

 やっと落ち着いた、そう思っていても安全ではなく寧ろ危険が増したといっていいだろう。

 故に、ライの反応は正しいと言えるだろう。

 しかし、だからといってレイが間違っている訳ではない。

 寧ろ、この状況であれば当然の反応だろう。

 だが、現実は変わらない。

 逃げ惑う人めがけて、建物はどんどん崩れ落ちていく。

 煙が晴れた頃には、さっきまで逃げ惑っていた人たちは倒れ、中には埋もれたであろう人も見える。

 

 「で、でも・・・・・うぅ」

 

 「・・・・・」

 

 今まで安全だったのは、良くも悪くも研究所で全てを管理されていたからだ。

 だから、研究所内での事しかわからない二人の目には、大きな虫や我先に逃げ惑う大人は初めて目にするものばかりで、さぞ恐ろしく写っていることだろう。

 

 「ぐすっ・・・・・ひぐっ」

 

 「・・・・誰か、助けて」

 

 再び離れたところで建物が崩れていくのが確認できる。

 

 「ちょっと・・・・・・あなた達、・・・・・ねぇ大丈夫!?」

 

 煙の中から誰かが走り寄ってくる。

 初めて耳にするのに、どこか安心するその声はこれからも耳にするんじゃないか、そう考えて私は返事をした。

 

 「・・・・・お願い、です。助けて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こういうこと。その後のことはいつか話したね。その時に助けてくれた人が風紀委員(ジャッジメント)だって知って、お礼するために風紀委員(ジャッジメント)になったって」

 

 話し終えたレイさんは悲しそうにそう告げた。

 

 「結構なボリュームの内容で戸惑うんですけど・・・・・この内容って、ひょっとしてお二人は」

 

 「その通り、今まさに夏世と会話してるこの身体ってさ、実は本来の持ち主は違うんだよ。本来の持ち主は、あの時生き延びるはずだったあの二人。僕と姉ちゃんは身体を借りてるだけ。それも僕達の身体が見つかるまでの間」

 

 「今も何処で保存されてるのか知らないけど、管理してる人の検討はついてる」

 

 「だって本体が無事じゃなかったら、僕達はこうして話せてないから」

 

 「あの時の男、名前は・・・・・・『木原○○』、恐らくさっき来た二人が言ってたのもアイツ」

 

 ライさんも同じような顔をしている。

 

「それともう一つ。元々僕らと一方通行(アクセラレータ)の間に直接の血の繋がりはない。【暗闇の五月計画】の、前段階である『憑賭画一(ポーベッツスタン)』っていう計画で、血液を入れられた。だから後天的に兄妹になった事になるね。まぁもっとも、あくまで本体(・・)の話なんだけどね」

 

 「そもそも【暗闇の五月計画】自体は、各能力者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を最適化して、能力者の性能を向上させるっていうやつ。具体的には“一方通行の精神性・演算方法の一部を意図的に植え付ける”って方法らしいよ」

 

 「で、【憑賭画一(ポーベッツスタン)】っていうのは一方通行のを植え付けるのに、適合しやすくするための準備段階なのよ。確か、私達が研究所に来て3日程で始まったんだったかな。他にも20人ぐらいで同時実験したんだけど、最終的に生き残ったのは私達二人だけ」

 

 「だからそもそも、僕ら二人も血の繋がりのある姉弟じゃないの。元々は別々の施設で置き去り(チャイルドエラー)として過ごしていたところを、偶然あの研究所に呼び出されて、初めて顔を合わせた」

 

 「・・・・で、生き残った二人は“兄妹”として扱われる事になって、その上実験体として過ごすようになった」

 

 教えてほしいと頼んだ筈なのに、二人にどう話しかけたらいいのか、私にはわかりませんでした。

 きっと、何を言っても支えになれないから。

 お二人にしか理解できないソレが、たった今聞いたばかりの私に共感できるはずがないと、そう思ってしまったから。

 ・・・・それでも、いつかは受け止めて、支えられる存在になりたいと思うのは、私の傲慢なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏世が姉弟の話を聞き終えたのとほぼ同時刻。

 

 「・・・・能力とは関係ないってどういう事?じゃあアレは何のために?それに“犠牲”って?」

 

 責任者の部屋では、一人の少女が立ち尽くしていた。

 

「嫌だ嫌だ‼怪物になんてなりたくない‼くそっ、なんでよ!?なんでこんな目に・・・・た、助けて◯◯‼お願い‼」

 

 「・・・・・」

 

 少女叫びは目の前で立つ男には響かない。

 

 「い、嫌よ!だってワタ、シ・・・まダ外に出てなiの、ニ。やっとジユウになれルって信じてタのに」 

 

 「そうかい。それは残念だったね。その楽しみは次の機会に取っておきなよ・・・・・バイバイ」

 

 少女は、いやかつて少女だったソレは既に人の形をしていなかった。

 

「・・・・あ、アaaaaa」

 

試しにイニシエーターに憑依させていつかの姉弟(彼ら)の様になるのかと思ったが・・・・本体の因子割合が五十%を越えた為に、かつての少女は怪物へと姿を変えていた。

 

 「また失敗・・・・・か。なかなか上手くいかないってのは、挑み甲斐があると言えば聞こえはいいけど、言い方を変えれば“つまらない”な」

 

 部屋の中にいる男が、そう愚痴をこぼした時だった。

 

 「たっだいまぁ・・・・ってまた失敗してんじゃん」

 

 「あらホント。っとに処理だって楽じゃないってわかってんの?」

 

 今の実験体(リフとメイ)が入ってくるなり呆れている。

 

 「やぁおかえり。帰りが遅いから心配したよ?」

 

 「うっそだぁ。だったら走り回って探してくれるでしょ」

 

 「そうそう。思ってもないこと、口にされても迷惑だっての」

 

 「酷いなぁ心配したのはホントだって。・・・・で、どうだったの、無事に会えた?あ、処理よろしく」

 

 その一言を告げただけで二人の瞳は赤く染まる。

 

 「はいよメイ、パース」

 

 「いい加減、マトモに成功する目処を立ててから実験しなさいよっと。あ、ゴメン。ちょっと力んで右に寄った」

 

 「うわホントじゃん。しかも思ったより丸くなってないし遊びにくい(・・・・・)っての」

 

 「だから謝ったじゃないの・・・・・・って高く上げすぎ」

 

 「ちょっと君たち、毎回思うんだけど引くほど器用だよね」

 

 そう、リフとメイはイニシエーターであり、男は二人を実験した張本人。

 つまり、彼の言う“処理”と二人の“遊び”が示すのはそういうこと(・・・・・・)である。

 

 「・・・・それで、どうだったあの姉弟(ふたり)は?」

 

 「えぇ、知ってるのに態々聞くの?・・・・・うわヤバ、ちょっと縮んで蹴りにくくなった」

 

 蹴り上げて面倒くさそうに顔を歪めるリフ。

 

 「ダルいわね。どうせ地下の水槽でチェックしてんだから聞かなくてもわかるじゃない・・・・・・げ、ホントに縮んでるじゃない。ねぇコレ(・・)って、いつもみたい(・・・・・・)にすればいいの?」

 

 ため息をつきながら降ってきたソレをいなすメイ。

 

 「ウンウン。いつも通りもっと小さくしちゃって。知りたいのは君たち自身の感想さ。一応は先輩になるんだから・・・・あ、そうそう追加注文なんだけど、今回はいつもより1.5割増しで頭と尻尾潰しといて」

 

 そんな二人を眺めて平然としている男。

 誰が見ても異様としか言い表せない状況である。

 

 「感想も何も“がっかり”の一言しかないよアレ」

 

 「そうそう、あまりにも甘い考えで思わず、って今更追加とか巫山戯んじゃないわよ!」

 

 「なぁんだ、そんなに変わってないんだ安心した・・・・・・うわちょっと待って待って、こっちに蹴り飛ばそうとしないで!?」

 

 「つまんないぃ。『木原』名乗るんなら弾き返す位の芸当やってみせなさいっての」

 

 「・・・・・君たち『木原』を便利屋か何かと勘違いしてやいないかい?・・・・・あ、そろそろそんなところで切り上げていいから」

 

 「えぇっ、まだ遊び足りないってのに?それにもうちょい小さい方が運びやすいでしょ」

 

 「あぁ、今日は外に運び出す訳じゃないんだよ。このままここで使うの」

 

 それを聞いた二人は、今まで動かしていたソレから離れる。

 

 「へぇ珍しい」

 

 「ホントだぁ」

 

 「まぁコレで新しい『呪われた子どもたち』(実験体)を誘き寄せるっていう理由なんだけど・・・・」

 

 「はぁ、つまんな」

 

 「うわぁ、くだらない」

 

 「あぁなんかもういいや、“君たちから聞いてきたのに”とか思ってないから、別に気にしないでいいから・・・・ウン」

 

 べ、別にいじけてなんかないし、こんぐらいの対応姉弟(彼ら)で慣れてるし。

 

 「それで?どうやって誘き寄せるつもりなのか教えなさいよ」

 

 「モノリス外からこの施設までの道にソレの欠片を置いて、辿らせる。と言ってもいきなり仕掛けても警戒されるとか最悪無視されて終わるだろうから、まずは似たガストレアを探して、襲わせる。なに、実験体に使うのはどれでも構わないよ。どうせ全て試すからね」

 

 男は笑顔でそう口にする。

 まるで悪びれる様子もなく。

 さも息をするかの如く当然のように。

 

 「でもそれって動くのは私たちよね?」

 

 「そうそう。ただ従って動くのはつまらないっての」

 

 「まぁまぁ、そんな風に言わないでよ。途中でちょっと遊んで(・・・・・・・)帰りが遅くなるぐらい目を瞑るからさ。・・・・・・得意だろう、同情を誘って自分の好きなように利用するのは?」

 

 それを聞いたリフとメイは突然笑顔になった。

 

 「やったぁ!また外で遊べるよ!」

 

 「いいわね!最近はずっと仕事続きで楽しむのは二の次だったから。その上好きに動いていいとか最高じゃない!」

 

 「・・・・いやでも、これも一応仕事なんだけど」

 

 しかし、そんな声も二人の耳には届かない。

 いやまあ、この二人が素直に指示に従ったことなんて数えるほどしかないんだけど。

 割と普段から好き勝手に行動してる気がするんだけど。

 

 「動いてもらうのは○○日後、この日はどっかの誰かが聖天子を暗殺しようと動くから。気づかれることはないと思う」

 

 「でも聖天子を狙うってことは、察知されてる訳でしょ?」

 

 「それなら警備は厳重になるはずじゃないの?」

 

 「大丈夫、というのもその日には極秘で行われる会合があるそうなんだ。でもあくまで“極秘”だ。つまり、警備は必然的に少数になる。結局のところ、この会合自体が暗殺計画の為に仕組まれたと考えても不思議はない」

 

 「まぁいっか!」

 

 「ちなみにその計画を知ってて、『助けて恩を売る』とかはしないの?」

 

 二人は、はしゃぎながらも聞いてくる。

 器用だな。・・・・・いやまぁ、あの姉弟《ふたり》もこれぐらいは平気でやってたし慣れたものか。

 

 「なんで?実験に必要になるなら、それもなくはないけど。今回はその必要も全然ないし、寧ろそれで騒いで警備が手薄になるっていうなら、利用するのは当然でしょう?」

 

 そう、男は自分と実験体以外に対する興味はない。

 例えそれが聖天子であろうとも例外ではないのだ。

 聖天子が斃れようとも、この街には科学の証明たる能力者がいるし、魔族や攻魔士も存在する。仮にガストレアや他のエリアが攻めてこようと『木原』には対して手出し出来ないだろう。

 ただ少しこの街を取り囲む力関係が入れ替わるだけだ。

 

 「ということだから、よろしく頼んだよ」

 

 「ないとは思うけど、絶対にとは言い切れないから一応聞くんだけどさ・・・・」

 

 「仮に誰かに見つかったらどうすんの?」

 

 「ふむ、確かにないとは言えないよね。・・・・・そうだね、仮にそうなった場合はその人も連れてきて遊んでもらおう。実験体は多くても困らないから」

 

 「うっわぁ、聞くんじゃなかった」

 

 「あんた、絶対良い終わり方出来ないと思うわ」

 

 いや酷いなこの子たち。

 聞かれたことに答えただけでここまで言われるとは思ってなかった。

 幸か不幸か、この手の扱いには慣れてしまったが、一方でそんな自分も散々なものだと、思わざるを得ない。

 




ちなみに今の流れのまま話を『ブラック・ブレット』に合流するつもりでいます(つまり、約2年前に投稿した話に合わせていくということですねわかります)
・・・・・ひえええぇ(自業自得)


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誰かを救えるようになりたくて

実は前回から1月も経っていないのに、投稿できてしまった自分に驚きを隠せない作者です。どもどもお久しぶりです。
意味でと比べて速い間隔での投稿に、実は偽物なのではないかと自分を疑ってしまいますが、そんな事はないはずですよ・・・・ね?ちなみにここ最近、作者のモチベがあるのは読んでいる方には内緒です・・・・・・・ハッ!?


 聖天子様護衛の日から数日後、授業が終わりその日の下校途中、蓮太郎が再び護衛につくという話を本人の口から聞いた。

 しかしそんな彼の目からは自身のかけらも感じられなかった。

 

 「えっ、でも蓮太郎それ大丈夫?」

 

 「何がだよ?」

 

 「レイ、やめときなさい。それは本人がよくわかってることなんだから私達が口出しするのはおかしいわ」

 

 思わず聞きそうになってしまったが、それを口にする前に隣を歩く姉が遮る。

 

 「えぇ、いやでもさ〜」

 

 「だからなんなんだよ!?」

 

 お預けをくらい続け段々と口調が強くなる蓮太郎。

 そんな彼に対して姉が口にしたのは、

 

 「確か、相手の方が遥かに格上なんでしょ?それに、事務所を荒らされ、追い詰められたとかって。そんな相手にどうやって立ち向かうっていうのよ。アンタより動ける延珠ちゃんだって歯が立たなかったらしいじゃない?」

 

 蓮太郎の実力不足という現実だった。

 

 「うっ!?いやでも、対応策が無いっていう訳でもないし、ひょっとしたらなんとかなるかもしれないだろっ!?」

 

 「そんな行き当たりばったりでどうにかなってるなら、アンタのランクはとっくに一桁になってるでしょ」

 

 「落ち込むのは早いよ蓮太郎。今まで姉ちゃんは確かに冷たいこと言ってきたけど、なんだかんだで助けてくれるツンデレキャラ。ということは態々冷たくするってことはきっと考えがあるってことだよ。でしょ姉ちゃん、方法がないって訳じゃないんでしょ!?」

 

 「誰がツンデレよ。・・・・・そうね、イニシエーターってモデルになった動物の因子が能力に関係してるじゃない?夏世ちゃんはイルカだったりするし。ってことは相手のモデル因子を知っておけばある程度はマシに動けるんじゃないかしら。モデル因子なんて、大抵は登録されてるし、調べればすぐに出てくるでしょ」

 

 「・・・・でも、それだけじゃ」

 

 蓮太郎の声にいつものような覇気がない。

 それもそうだろう。普段から共に行動しているイニシエーターが先日敗北し今尚、病院のベッドで眠り続けている。そして、今度はその相手に自分一人で挑まなければならないのだから。

 

 「それに、ただ延珠ちゃんの仇を取りたい・・・・って訳じゃないんでしょ。どうせ蓮太郎のことだもの、相手の事もどうにかしたいとかそんな感じのことを考えてんでしょう」

 

 「・・・・・ああ」

 

 さっきまで下を向いていた蓮太郎の顔がやっと、姉ちゃんと向き合った。それはきっと、彼の覚悟が決まった事を意味しているのだろう。

 

 「だったらいっそのこと両方ともやり遂げた方が、いつも学校で私達と騒いでる蓮太郎らしいじゃないの」

 

 「そう、だな。うん」

 

 「さっきまでのアンタ、正直昔のレイを見てるみたいでつい口出ししちゃったわ。あんま手間かけさせないでよね」

 

 一方的に話を終えると、姉ちゃんはさっさと歩いていってしまった。相変わらず、こういう時の姉ちゃんは一方的に相手を励ましてしまう。それは相手が望んでいようが望んでいまいが関係なく、だ。

 

 「だってさ、なんかゴメンね蓮太郎」

 

 「いや、寧ろありがたいよ。きっと慰められてたら俺は落ち込んだままだったからな。用事ができたから俺は戻るな」

 

 「・・・・うん」

 

 「レイにありがとうって伝えといてくれ!」

 

 そう言って蓮太郎は来た道を引き返し、走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎の姿が見えなくなったのを確認して、僕は姉ちゃんの後を追いかける。幸い、姉ちゃんは待っていてくれたようで、距離的にはそんなに離れていなかった。

 

 「どうしたの姉ちゃん?いつもより優しいじゃん?」

 

 「別に、ただの気まぐれよ」

 

 「・・・・そっか」

 

 「ところでレイ、アンタこのあと暇?」

 

 「・・・・そりゃあ暇だけど」

 

 「ちょっと私の用事に付き合いなさい」

 

 「内容は?」

 

 姉ちゃんがこう聞いてくるときは大抵、自分たちに関わることだ。そんで、そんなときは素直に協力する方があとあと楽なだということを知っている。

 

 「この前、あの二人が『木原から逃げて自由になりたい』って言ってたの、覚えてる?」

 

 あの二人というのは、先日訪ねてきたリフとメイのことだろう。もちろん覚えてる。だってあの二人から聞いた話は、過去に自分たちが受けてきた実験と何ら変わらないものだったから。

 

 「忘れられるはず、ないよ」

 

 「彼らの話、どこまで事実だと思う?」

 

 「半分くらい」

 

 「おしいわね。たぶん私の考えだと、最初から嘘が混じってるから。でもホントのことでもある」

 

 「どういうことさ?」

 

 「相手に話を信じさせるにはね、事実が100%でも、嘘が100%でも駄目なの。事実に嘘を混ぜてそれっぽく伝えるのが、相手に信じさせる手段なのよ」

 

 「じゃあ、どの部分に嘘の要素があったの?」

 

 「1つ目は『木原から逃げて自由になりたい』かしらね。逃げたいというなら、真っ先に私達のところに来たことの説明がつかないのよ」

 

 「たまたまじゃないの?もしくは尾けてきたとか」

 

 話しながら、姉の顔を見る。その視線に気づいたのか、姉も視線を合わせてくる。

 

 「偶然だというなら、もの凄い確率なのよ。学園都市は魔族もいるとはいえ、学生がほとんどでしょう。つまりそれだけの数が寮に住んでるのよ。しかも私達のいる寮にだって、他にも生活してる学生がいる。そんな中でピンポイントで私達のところに来るのって不可能に近いわ。尾行も同じ理由ね」

 

 それは、確かにそうだ。

 それこそ誰かに聞いたか、調べてきたかでなければ不可能だろう。

 

 「2つ目は、責任者ね。私達の時はあの木原幻生(狸爺)だったけど、今もそうかなんてわかりっこない。そもそもあの子達が知ってたかどうかすらも怪しい。そうなると誰かが教えたってことになる。それも私達のことを知ってる人物ね」

 

 きっと名前を口にするのも嫌なのだろう。その名前を告げる際に姉ちゃんは静かに拳を握りしめていた。

 

 「それから3つ目。あの二人は最後に『帰る』って言った。逃げ出してきたならそんな事を言わない。だって帰る場所がまだないんだもの」

 

 その3つから導き出されるのは、一人の男。

 僕たちの居場所を知ってる程度には闇にいて、直接実験を引き継げるくらい木原幻生(狸爺)と知り合いで、リフとメイの帰る唯一の居場所。

 

 「この条件から該当するのはただ一人、あの男だけなのよ」

 

 あの日あの時、僕たちを逃してくれたあの木原だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのままの足で姉弟は一七七支部へと向かった。それは夏世を迎えに行くため。そもそも、学生とはいえ姉弟が外に出ているのに、夏世が一人で寮で留守番をするというのは、いくら彼女がイニシエーターとはいえ、それでも10歳の少女に変わりなく、日中一人きりでは心配だと姉ちゃんから相談を受けたからである。まぁその点に関しては僕も同感である。

 しかし、ではどこにいてもらうのが良いのだろうか。そんな事を風紀委員の仕事中に話し込んでいたら、仕事が手につかなくなり、寧ろ増えていく一方だった。

 その様子に見かねた固法先輩が告げたのだ。

 

 「ならここで待っててもらえばいいじゃない。もちろん私達も日中は学校だから一人での留守番には変わりないけど、それでも学生寮で過ごすより安心できると思うわよ。支部の中なら冷蔵庫とか好きに使っていいし、何よりセキュリティに関しては問題もない。それに夕方なら私達がいるからあなた達も心配するようなことは起きないはずよ」

 

 と。いやまぁそれは確かにその通りではあるが、それでは先輩たちの仕事が増えるのではないだろうかなんて思えば。

 

 「何言ってるのよ。この先ずっと不安を抱えたまま、あなた達の仕事が増え続ける方が問題よ」

 

 ・・・・完敗であった。

 夏世の方を見ると、彼女はそれで察したのか

 

 「私も賛成です。寮で一人で待ち続けるより、ここで誰かと話したり手伝っている方が楽しそうですから。それに、お二人が下校する際に、迎えに来てもらえれば一緒に帰れますから」

 

 なんて笑顔で口にしていた。

 彼女がそうならと、僕と姉ちゃんはその案に甘えることにしたのだ。

 だから今日もここに来るまで簡単に見回りを終えて、迎えに来たのだ。

 

 扉を開けると夏世はソファで寝ていた。

 どうやら先程までは起きていたのか、手元には何やら分厚い本が開いたままだった。

 起こさないように静かに入り初春と黒子、そして最近何故か当たり前のように入り浸っている佐天に簡単に合図する。

  

 「ところでなんだけどさレイ、アンタ演算すると、能力ってどこまで使えるの?」

 

 書類整理をしながら姉は声量を落として聞いてくる。

 

 手を動かしながら、僕も声量を落として答える。

 そんなしょっちゅう使う訳でもないしいいだろう、そんな軽い気持ちだった。

 

 「・・・・・・急だね、まぁいいけど。えーっと、自分の体が一部でも接してる場所があれば、そこを伝って射出・・・・・とか」

 

 例えば、レイが立っていたとしよう。通常であれば受けた衝撃を増幅した後にそのまま打ち出すが、演算を用いた場合は足を伝って地面に送り出し、任意の場所から撃ち出すというものだ。

 

 「姉ちゃんは?」

 

 「私は、そうね。ただ覚えるだけは避けることにしか使えないから。相手によってはまったく同じことをやり返す・・・・ぐらいはできるわね」

 

 例えば、相手が発火能力で攻撃してきたとしよう。完全能力は見たものを忘れないと思われやすいが、ライの場合は、相手のAIM拡散力場への干渉すらも(・・・)記憶することができる。しかし流石に相対したもの全てを再現することはできず、イメージしやすい(・・・・・・・)場合に限る。例えば一方通行のベクトル操作や未元物質など、目に見えず、わかりにくい能力に関しては不可能なのだ。

 

 姉ちゃんもやはり普段通りの調子で答えてくれる。

 淡々と仕事をこなすより話しながらの方が飽きないから、そんなつもりで話した内容だったのだ。

 

 「えっ!?お二人ってそんな事まで出来るんですか!?ちょ、もう少し詳しく教えて下さいよ!」

 

 だから佐天が話に食いついたのは少し意外だった。

 その勢いに驚いて、僕も姉ちゃんも思わず作業中の手を止めてしまった。

 

 「ちょっと佐天さん!?静かにしないと夏世ちゃんが起きちゃいますって!それに、ほらお二人も驚いてるじゃないですか!」

 

 慌てて初春が止めに入るもそれで素直に引く佐天ではない。

 

 「でもさ初春!せっかくだし見てみたいじゃん!なんだかんだ私たち、レイさんの能力使うところ一回しか見てないんだよ!?ねっ、白井さんも気になりますよね!?」

 

 「・・・騒がしいですわよ佐天。それにそれを決めるのはお二人ですわ。私達ではありませんの」

 

 「う〜ん、でも見せるわけにもいかないし」

 

 どうしたものか。そう考え込んでいるうちに、次第にある考えが浮かんだ。そしてそれを佐天にだけ聞こえるような距離まで近づき伝える。

 

 「そうだお詫びに佐天さんの能力ちょっと干渉してみようって思うんだけど、どうかな?結局、今までなんの説明もできてなかったし突然になるんだけど。ひょっとしたら何か掴めるかもしれないし、上手くいけばその先も可能性はある」

 

 「・・・・・・へ?」

 

 当然、佐天は反応できなかった。いや、処理が追いつかなかったと表す方が正しいだろうか。

 

 「ちょっと、アンタそれは・・・・・」

 

 「大丈夫だよ姉ちゃん。きっとなんともないって。ほんの少し辿るだけだからさ」

 

 姉ちゃんの言いたいことはもちろんわかる。

 後のことも考えろと、そう言いたいのだろう。

 それでも、夢をかなえることもできなくなり、それでも明るい彼女を、何か手伝いたいと思ったから。

 

 「・・・・レ、レレレレ、レイさん!?それ本当に本当ですか!?私信じちゃいますよっ!?っていうかそもそも出来るんですか!?だってそれってつまり、あーもう色々言いたいのに上手く言えなーい!でもとにかくやったー!」

 

 「・・・・・ぅ、ん。レイさんと、ライさん戻ってきたんですね。すいません、私寝ちゃってて」

 

 佐天のはしゃぎように寝ていた夏世が目を覚ました。

 

 「ほら佐天さん、夏世ちゃん起こしちゃったじゃないですか!」

 

 「初春の言うとおりですわよ佐天。まったく、少しは淑女らしく振る舞って・・・・」

 

 「ゴメンって初春!でもほらせっかくなんだし大目に見てよ!あーでも、白井さんにはそれ言われても説得力ないんですよねー!」

 

 初春と白井が注意するも、テンションアップ中の佐天はお構いなしである。

 

 「あぁもう、仕方無いわね!止めたってどうせアンタ無駄だし・・・・さっさと終わらせなさいよ!」

 

 「はいは〜い!じゃあ佐天さんよろしくね」

 

 「はい!お願いします!」

 

 そしてレイと佐天は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出て、辿り着いた場所はすぐ隣の空き部屋だった。

 

 「それでレイさん、私は何をしたらいいんでしょうか!?」

 

 「う〜んそうだな・・・・・・といってもあんまりやってもらうこともないんだ。ただ目を閉じて、心を落ち着けていてほしい」

 

 「・・・・ホントにあんまりないんですね」

 

 「そうなんだよ~。でも注意することがあってね。落ち着いて少し経ったら、ちょっと佐天さん自身に纏わりつくような気持ちになるんだ。そんで僕の声が聞こえるから、それに従って欲しい。それだけなんだ」

 

 そう、これは僕が憑依出来るという条件があって初めて実現する。姉ちゃんでも出来るけど、ただ姉ちゃんの場合は能力で再現して結果として負担が増えるかもしれない。だからそうならないように僕がやるんだ。

 

 「じゃあ最終確認ね。ホントにいいの?」

 

 絶対の保証がある訳じゃない。彼女がその感覚をモノに出来るか不明だ。

 

 「・・・・・はい」

 

 それでも彼女は、佐天涙子は目を合わせたままそう答えた。

 

 「わかった。じゃあ目を閉じて、逸る心を落ち着けて」

 

 佐天は静かに目を閉じた。

 さぁ、これですべての条件が揃った。

 あとは自分が覚悟を決めるだけ。

 

 (彼女の望みを叶えよう。さぁいくぞ)

 

 そう自分に言い聞かせて、自分の体を脱して佐天に移る。

 感覚としては以前、夏世を救うために憑依した時と同じだ。

 

 『・・・・・ぅ』

 

 (もう少しだけ、堪えて)

 

 『は・・・・・い』

 

 さぁ後は探すだけ。彼女は一度『幻想御手(レベルアッパー)』を使って能力を使用することができた。あれ以降は使うことができないけど、彼女自身の深いところで感覚が、かつて佐天涙子という能力者の発したAIM拡散力場が記録されているはずだ。

 AIM拡散力場、正式名称のAN_Involuntary_Movement拡散力場とは『無自覚』という意味で、能力者が無自覚に発してしまう微弱な力のフィールドのことを指す。

 通常では精密機器を用いなければ観測できない程に微弱だが、同時に無意識下で現実に干渉している。

 これに通じることで『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を高め、能力の向上に繋がると言われている。

 

 『・・・・う、ぐ』

 

 さっきまで静かだった佐天の心が、少し揺らぎ始める。それも当然か、自分以外の意識が、自分の心を覗いているのだから。誰だっていい気持ちはしないだろう。

 

 ここじゃない。もっと深くに潜らなければ。

 

 『はっ、あ』

 

 ここでもない。もっと深層だ。

 深くに潜るたび、佐天の呼吸が荒くなるのが伝わってくる。

 ここではないのなら、もっと、より下に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悔しい、なんで、どうして私には。だって他の人は、あんなに、○○だって持っているのに、

 深層へと潜る度に、彼女の叫びを見つけた。

 それは誰しもが持っているであろう羨望や嫉妬といった感情。

 時々、自分の意識すら飲み込みそうなほど、暗いソレはきっと彼女の本心の1つ。

 学園都市という環境は、超能力という力は、能力開発という研究は残酷だ。

 多くの可能性を持つ少年少女に超能力という夢を見せ、それを願って、欲して、努力して。尚も前を向き続ける彼ら彼女らに与えられるのは数値、データ、ランク。目で理解できる物で示し、現実を突きつける。

 

 こんな能力さえ無ければ孤独にならなかった。

 こんな力さえ持たなければ不幸にはならなかった。

 そう言って、得てしまったソレに振り回される人もいれば。

 

 能力さえあれば、こんなにも惨めな思いをしなかったのに。

 もっと力が強ければ、悩む必要もなかったのに。

 一方で、欲したのに叶うことなく夢破れた人もいる。

 

 本当は皆、幸せを望んだだけなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やった!私にも能力があった!

 やっと、使えるようになったのね!

 

 ・・・・・?

 一瞬だが、自分が何か、明るい・楽しいようなモノに触れた気がした。

 周囲は相変わらず、暗い物ばかりなのに、唯一ソレだけが温かい光を発している。

 これか・・・・・やっと見つけた。彼女が、佐天涙子という能力者が初めて目覚めた瞬間を、その時の喜びを。

 なら、きっとこの中にある。もういいと、もう満足したのだと無理矢理押し込まれ、あちこち擦り切れてボロボロになったであろう彼女の夢が。

 静かにソレに触れる。

 

 (・・・・っ!)

 

 流れてくるのは、・・・・・・風。物を浮かせて楽をして遊んで自分に使えて、誰かを休ませ、人の役に立つことのできる、佐天涙子らしい癒やしの風。

 

 (佐天、佐天聞こえる?)

 

 最初は苦しそうにしていたが、今はそれがない。今はどうなっているのだろう。彼女の意識があると願いながら、精一杯呼びかける。

 

 (佐天、・・・・佐天涙子っ!)

 

 『・・・・は、ぃ』

 

 良かった、返事がある。ということは彼女の意識がまだ飲み込まれていないということだ。

 

 (今から、ほんの数秒間体を借りる。それは情報量が多くなることを意味してる。でも耐えてほしい。それが済んだらすぐに入れ替わることを約束する。だから・・・・信じてほしい。自分の考えが間違っていないことを。自分の夢が叶うことを。あの日、自分の抱いた感情は間違っていないことを)

 

 『わかり・・・・・・まし、た』

 

 彼女返事を聞き、僕は彼女の体を借りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (・・・・・ぐっ!?が、あぁ)

 

 「大丈夫、意識を落ち着かせることだけを考えて」

 

 苦しむ佐天に僕は大丈夫だと言い聞かせることしかできない。

 

 (う・・・ぅ、は・・・・・、い)

 

 それでも彼女はその通りにしてくれる。

 後で、沢山謝ろう。後で沢山お礼を言おう。

 さぁ、あとは使うだけ。

 

 さっき触れたモノを思い出す。

 普段、僕らの肌を撫で、体を包む風。その風を手から吹かせる。撃ち出すではなく吹かす。佐天涙子らしい、笑って、怒って、泣いて、すべてを包み込む優しい風を手から吹かせる。

 

 「・・・・・!?」

 

 ほんの一瞬、顔に優しい風が当たる。窓からではなく、今まさに天井に向けている掌から風が吹いた。

 

 (レイ、さん・・・・・今、のって)

 

 「うん。いつか君が、能力で生み出した風が、今また発現したよ」

 

 (じゃあ!)

 

 彼女の声に、もうさっきのような苦しさは感じない。 

 これでいいだろう。

 

 「成功だ。あとは君自身で出来ればすべてクリアだ。さぁ僕は戻るから、君は目を開けて」

 

 (はい!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を佐天の体から離し、僕は元の体へと戻り目を開ける。

 

 「や、どうかな最初は慣れないかも、というか発生させるのも感覚だよりで難しいと思うんだ、け・・・・・・ど」

 

 「あ、レイさん見てくださいよ!私、能力が使えるようになりましたぁ!」

 

 目を開けて、どんな様子が聞こうと思ったのだが・・・・・・・なんと佐天涙子は既に能力を発生させる事が出来ていた。

 

 (ま、マジで〜?いや確かに前々から失礼だけど、僕みたいに感覚や思いつきで行動するんじゃないかとは思ってたけど早くないか?)

 

 「なんか、さっきレイさんが生み出してた時の感覚を思い出してやってみたんですけど・・・・・・出来ちゃいましたぁ!」

 

 (お、恐ろしいな)

 

 目の前の少女に畏怖しつつ、本人には隠して質問する。

 

 「・・・・・・・ちなみにさっきまでの苦しさとかって、もう大丈夫?結構な負荷がかかったと思うんだけど」

 

 「全然問題ないです!だって本来だったらもっとキツイはずですよね。それがないってことはつまり!レイさんが大体を代わりに受けてたからだと思うんです!」

 

 確かに彼女の言うとおり。さっきまでは彼女がなるべく情報量という負荷に苦しまないように代わりに受けてたからだが、それでも全てをカットすることは叶わなかった。

 

 「そのレイさんに比べたら私の負荷なんて大したことありません!レイさんこそ大丈夫なんですか?」

 

 それだけでも情けないのに、彼女にまで逆に心配されるとは、ホントに情けないことこの上ない。

 

 「気持ち悪いとか、ぽっかり穴が空いたとかそんな感じもない?」

 

 「全然ないです!寧ろどんどん力が湧いてきますよ!せっかくなんで、初春驚かせてきまーす!」

 

 「・・・・・いってらっしゃ~い」

 

 今尚隣の部屋で仕事中の同級生のもとへ行こうと佐天は勢いよく部屋を出て、扉を閉めようと廊下に出たが、ピタッと足を止めこっちに向き直った。

 

 「・・・・どうかしたの〜?」

 

 「ありがとうございます!私の夢、叶えてくれて!すごくすっごぉーーーーく嬉しいです!!」

 

 「・・・・どういたしまして」

 

 言い終わると、恥ずかしいのかその顔は紅くなっている。それを隠すように素早く向きを変え隣の部屋に消えていった。

 

 ガチャッ、バタンと勢いよく扉の開かれ、そして閉められる音が聞こえる。

 

 『あ、佐天さんどうでしたお話の方は・・・・・・』

 

 『うーいーはーるーっ!』

 

 『ってきゃあああああっ!?何いきなり真正面から仕掛けてくるんですか!って、えぇぇぇぇぇっ!?ど、どどどどうしちゃったんですかっ!?いっ一体何がどうなって!?えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

 

 『おっ、今日は○○色かぁ。好きだねぇ、偶には別のやつとかさぁ・・・』

 

 『いつまで驚いてるんですの初春?ちょっと佐天が能力で驚かしてきたからって、びっくりし過ぎですわ・・・・・・・・・よおぉぉぉぉぉぉっ!?』

 

 『まったく白井さんまで何をそんなに慌ててるの?ちょっと佐天さんの能力が目覚めたくらいで・・・・・・・・はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 壁を隔てているにも関わらず、風紀委員3人の声が聞こえてくる。

 だから、隣の部屋で佐天がどうやって皆を驚かせたのか想像するのは難しくない。

 こうして文字通り風を撒き散らしながら、空力使い(エアロハンド)佐天涙子が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 




今回は以前から後書きで述べていたように『ブラック・ブレット』に話を合わせていますが、実は最初のごく数行だけで大筋には関与してません、ドヤッ!(まぁ、だからどうしたって話なんですけどね)
それから佐天が能力者になりました。実は5年越しの伏線といえるほど大したものではないですがその回収です。なので展開が急なのはその弊害ということでここは一つ。(実は最近まで忘れてて、偶然読み返した際に思い出したのは作者だけの秘密ですとも、えぇハイ)


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心配してくれる君に相応しくなりたくて

実は気づいたら前回から1週間ちょっとでの投稿になってて、我ながらガクブルで偽物疑惑が(ry。
モチベは維持しつつ、今回は普段と違って少しシリアスめです。
いつの間にか1万字越えてる事に自分自身が驚いてたりするのは、作者だけの秘密です(最近このパターン多いなこいつ)



 壁を背もたれにして座って目を閉じていると、突然に右の頬がつん、と押された。

 

 「なんで、そんなになるまで彼女に協力したんですか」

 

 「・・・・・・夏世」

 

 静かに目を開けると、その顔はどこか不満そうな雰囲気を漂わせていた。

 

 「一体何があったのか、無理に問い詰めようとかは思ってませんけど、それでも話してくれないのは・・・・・・・・少し、寂しいです」

 

 その声は次第に小さくなっていくが、頬を押す力はぐいぐいと、寧ろどんどん強くなっている。

 い、痛い痛いぃ!なんで、すんごい圧(物理)があるのなんでこれ!?

 

 「ライさんは大したことないって言ってましたけど、それでも私は心配しました。ひょっとしたらレイさんがどこかへ消えてしまうんじゃないかって」

 

 頬を押す力が弱まる。そしてその手は僕の頬を撫でる・・・

 

 「あと、これはライさんに聞いた時から思ってたんですけど、なんでレイさんはすぐ誰でも助けたり手伝おうとするんですか!?自分の事を優先したりとか考えないんですか!?甘い言葉で私を安心させるのはこの口ですか、この口ですね、この口なんですね!?」

 

 と思ってたら今度はつねってきた。や、やめへ!?いひゃいいひゃい伸びる、伸びちゃう!?

 

 「人を助ける前に自分が無事じゃないと意味ないじゃないですか!?それともなんですか、自分の身を案じる人なんていないとか思ってるんですか!?」

 

 「そ・・・・れ、は」

 

 すぐに、返事できないのは図星だからか。

 それとも巻き込みたくないがための反応か。

 どっちかを答えたとしても、きっと夏世は許してくれないだろう。

 

 自分の両頬はその小さな手に包まれ、顔を向き合わせる形になる。

 

 「だったらはっきり言います。私は、少なくとも私とライさんは、例え世界中が敵対したとしても、ずっとレイさんの味方でいますし、心配だってします。だって・・・・・それぐらいお二人のことを大事に想ってますから!あの日から・・・・私だけじゃなくて、将監さんも救ってくれたあの瞬間から、ずっと、大切なん・・・・で・・・」

 

 しかし、最後まで言い切るより先に夏世の目から、大粒の涙が溢れ出す。

 

 「だ、から・・・・・私だ・・・け、置いて・・・いかないで!もう一人ぼっち・・・は、嫌なんですっ!うっ、うぅ・・・・ああぁぁぁあ、ぐすッ、うぅ!」

 

 それでも自分の気持ちを口にすると、彼女は堪らず泣き崩れた。それは、普段冷静な彼女、千寿夏世からは想像できない光景だった。そしてすぐに自らの過ちに気付く。彼女は10歳で、少し前まで一緒に行動していた伊熊将監を亡くし、一人で戦った果てにガストレアになりかけていたところを救われた。そうして僕らと行動することになったが、では仮にその姉弟(ふたり)がいなくなったとしたら?千寿夏世という一人の少女は、孤独に耐えながらこの世界を生きることになるのかもしれない。もちろん蓮太郎たちが、白井たちがいるから絶対に独りになるとは言わないが、それでも彼女の心にぽっかり空いた穴が埋まることはないのではないだろうか?

 

 「・・・・」

 

 自分の口からは何の言葉も出てこない。ただ黙って、彼女を抱き締めるしか出来ない、この愚か者に一体何が出来るのか。

 

 「・・・・・ごめんね。夏世を放ってどこかに行ったりしない。今だって、ちょっと慣れないことして疲れただけだからどうってことないよ」

 

 半分、嘘だ。確かに彼女を置いていなくなることはないが、『ただ疲れただけ』は違う。本当は佐天の記憶を探った際に、全ての情報を受け流すことができなくて酔った。それ自体は今までだって何度も経験してきたから慣れてはいたが、深いところに仕舞われてしまった記憶から、能力ひいてはAIM拡散力場を探り当てるのは初めてだったこともあり、普段のより数倍の情報を処理しなければならなかった。

 まぁ結局全てを処理し切れなかった訳だが。

 

 『もっと素直になれないの?きっと彼女は頼ってもらえないのは自分が不甲斐ないから、とか思ってるのよ。“そんな事ない”って直接伝えてあげたらいいじゃない』

 

 姉ちゃんの声が脳内で響く。

 きっと壁を超えた隣の部屋から様子を見ているのだろう。

 

 『僕はもうずっとそう思ってるよ。こんな無茶をあっさりやろうとする位、夏世を、姉ちゃんを信じてる。だって二人が心配して止めようとしてくれるから、僕は心置きなく行動できる』

 

 『・・・・そう思ってるなら、最初からそれを言葉で伝えなさいっての』

 

 姉ちゃんのお説教は終わった。でも、夏世は未だに泣き続けたまま。大丈夫、伝えるのは別に今すぐでなくてもいい。いつだって、伝えたいって時に伝えればいい。まだそんなに焦る必要はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏世の頭を優しく撫でながら壁に背中を預けていると、いつの間にか夏世の嗚咽が聞こえなくなっている事に気づいた。代わりに聞こえてきたのは規則正しい呼吸音。泣き疲れた夏世はしがみついた体勢のまま、寝ていた。

 すごく心配してくれていたのだろう。時間にして僅か十分足らず、場所も壁一枚挟んだ隣の部屋。にもかかわらず、彼女は僕らのことを心配していた。

 

 「しょうがないなぁ」

 

 それは誰に対しての言葉だったのか。自分の事を大切に想ってくれる夏世にだろうか。それとも、自分の事を優先せずに、周りのことばかり気にかける愚か者にだろうか。

 

 夏世を起こさないように静かに抱きかかえて立ち上がる。

 ようやく静かになり始めた隣の部屋に入る。

 

 「あっ、レイさん聞いて下さいよ!佐天さんってば・・・・・・・!?」

 未だ興奮が冷めない初春が、佐天の事を伝えようとするも、隣に立っていた固法先輩が、様子を察して彼女の口を塞いでくれる。

 

 「・・・・無粋ですわよ初春」

 

 「いいわ。今日はもう3人とも帰りなさい。後のことは私達でやっておくから」

 

 姉ちゃんが何か言おうとするも、固法先輩がそれを視線で断る。結局、僕らは大人しくその指示に従うことにした。

 

 「固法先輩・・・・・ありがとう、ございます」

 

 「お言葉に、甘えさせてもらいます」

 

 僕らは静かに部屋を出て、寮に向かった。

 

 「それにしても佐天さん、あなたが騒がないのは珍しいですわね?」

 

 「そうね。私も白井さんと同じ意見よ」

 

 「ふっふっふ、いくら私でも騒ぎませんよ。だって、さっきまで散々手伝ってもらってたんですもん!それなのに迷惑かけちゃうのは申し訳ないですって!」

 

 「えーっ!?さ、さささ佐天さん!それ、どういう意味ですか!?だってそれってつまり、レイさんに能力を引き出してもらったって事ですか!?」

 

 「ふっふっふっふ、それは秘密!」

 

 「いっ、一体いつからそんな約束を!?」

 

 「だから秘密だって」

 

 「佐天さーん!」

 

 だから、その後支部の中で彼女たちが再び賑やかになっていたのを僕らは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・到着っと〜」

 

 途中で夕飯の食材を買い、ようやく寮に着いたときには、太陽が沈み始めていた。今は夏休みの真っ只中だし、蓮太郎と別れた支部に向かったのは昼過ぎだったこともあり、窓の外はまだ少し明るい。

 

 「さっ、支度するから夏世ちゃん起こして」

 

 「はいは〜い。夏世、着いたよもうすぐご飯だよ起きないとだよ」

 

 「・・・・・ぅ」

 

 「ほ〜ら、起きないと」

 

 「ん・・・・・レイ、さ・・・・ん!?」

 

 「おはよ、っていっても夕方だけどね〜」

 

 夕方、そう聞いた途端、夏世は周囲を見渡した。

 ちなみに途中で“おんぶ”に変更したため、夏世は背中で慌ただしく首を動かしている。そして、状況を理解したのか、彼女は小さな声で話しかける。

 

 「その・・・・重くなかった、ですか?」

 

 「ぜ〜んぜん?寧ろ軽いからずっとこのままでもいいぐらいだよ!まぁ、もうすぐご飯だからそれは出来ないんだけどね」

 

 「そ、それは申し訳ないですからいいです・・・・嬉しいですけど」

 

 最後のところだけ、よく聞き取れなかったな。

 

 「どうかした〜?」

 

 「な、なんでもないですっ!いいから下ろしてください」

 

 「夏世ちゃーん、ちょっと手伝ってくれる?」

 

 「あ、はい!」

 

 姉ちゃんの呼ぶ声に応じた夏世は、すぐに駆けていった。

 

 「ライさん助かりました」

 

 すぐに寄ってきた夏世ちゃんは小さな声で礼を言う。

 

 「いいのよ。まったくレイってば変なところで鈍いんだから。いつもは鋭すぎる位なのに、困った性格してるわよね」

 

 多分だが、夏世のレイに対する好意には、あの鈍い弟(本人)以外は気づいているだろう。だから固法先輩もあっさり帰してくれたし、佐天さんたちもからかうことはしなかったのだろう。 

 

 「そうですね。・・・・・・・・でも、そんなところがいいんです」

 

 「そうね、そこは同感よ。・・・・じゃあ、起き抜けで悪いんだけど、ちょっと手伝って欲しいの、お願いできるかしら?」

 

 「任せて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え、片付けをしようと立ち上がった時だった。

 バタリ、と隣から何かが倒れる音が聞こえた。特に考えず、顔を向けた時には、姉ちゃんが倒れていた。

 

 「ライさん?・・・・・・・ライさんっ!、ライさん!?」

 

 驚いた夏世が何度も呼びかけるが反応はない。

 

 「レイさん、どうしたらっ!?ライさんが、ライさんがっ!?」

 

 慌てる夏世を宥めるも、夏世は止まらない。何度も姉ちゃんの名前を呼ぶうちに、少し反応があった。

 

 「ぅ・・・・・ん」

 

 姉ちゃんが目を覚まし、体を起こす。

 

 「ここ・・・・・は?」

 

 「良かった、心配したんですよ!急に倒れるし、呼びかけても反応がないから!」

 

 夏世が、泣きながら姉ちゃんに駆け寄る。しかし、そんな夏世の涙を止めたのは、予想もしない一言だった。

 

 「えっと・・・・・・お二人はその、どちら様ですか?」

 

 それはまるで、あの日と同じ、あの男の言う仮説が現実とかしたような、いや、全く一緒の、空気を塗り替える一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「レイさん、これは、まさか・・・」

 

 「うん、あのときと同じだ。もう一度起きるかも、なんて予想はしてたけどそれでも、いざ対峙するとなかなか堪えるものがあるね」

 

 「・・・・・・治ります、よね」

 

 「きっと大丈夫。だってあの時だってすぐに元に戻ったんだから」

 

 震える夏世の消え入りそうな声に、あくまで冷静に対応する。

 

 「・・・・えっと、私は・・・・・その」

 

 その時、目の前で倒れ、起き上がった少女が戸惑いながら声を発する。それはそうだろう。いざ目を覚ますと見知らぬ空間で、自分に声をかける二人は初めて見る顔だ。戸惑わない方が不思議なくらいだ。

 

 「あぁ、そうですよね。いきなりで混乱するのも当然だ。あなた、道端で倒れてたんです。僕たちは偶然買い物帰りに路地裏で発見したんですけど、今は夏休みってこともあって人もいなくて、心配だったんで介抱しようと運んだんです。勝手なことして、すいません」

 

 「そう・・・・・だったんですか」

 

 「それでもまだ顔色が良くないですし、心配なのであなたが良ければもう少しゆっくりしていって下さい。いいかな、夏世?」

 

 「・・・・・はい」

 

 「そうですか。色々とありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」

 

 そう言ってる、たった起きたばかりの少女は再び目を閉じる。

 もちろん、さっき行ったことは嘘だ。慌てた彼女が、外に出ていってしまわない為の口実でしかない。でも、心配しているのは唯一と言っていい真実だ。

 

 「起きて、いつも通りに戻ってくれますよね?」

 

 夏世が今にも消え入りそうな声で呟く。

 

 「うん。さっきも言ったように、あの時みたいにすぐに目を冷ますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・ん。あれ、私いつの間に寝てたの?」

 

 目を覚ますと、そこは見慣れた学生寮の一室。夏世ちゃんとレイと私が、普段生活している空間だった。

 

 少し思い体を起こしながら、そう口にすると夏世ちゃんが抱きついてきた。

 

 「ライさん、良かった!気がついたんですね!」

 

 「えっ何?一体どういう状況?」

 

 当然、私は理解できないで夏世ちゃんを受け止めるしかできない。

 

 「うぅん。熱中症で倒れたんだよ」

 

 レイが説明してくれるが、それが嘘だとすぐに理解した。レイは、嘘をつくときには右手を脇腹に動かす癖がある。つまり、今回もそれがあった。

 

 「・・・・そう、心配かけたわね。ごめんなさい夏世ちゃん、もう大丈夫だから」

 

 「・・・・・・はい」

 

 「さぁ、今日はもう遅いから寝ましょ」

 

 気づけば窓の外は暗くなっていた。先程までは夕日に照らされていた街が、今では街灯に照らされている。

 

 「でも・・・・・・」

 

 「大丈夫よ。この通りなんともないったら」

 

 「・・・・・・」

 

 それでも夏世は離れない。また、倒れるんじゃないかって心配しているのが伝わってくる。僕も、1回目のときは夏世と同じ気持ちだった。それでも2回目である今回は、あまり驚かいていないのは、夏世がいてくれたからだろうか。夏世がいてくれたからだろうか、慌てる彼女を落ち着かせようと冷静でいられたのかもしれない。

 

 「・・・・・困ったわね。どうしたら信じてくれるのかしら?」

 

 「ここで・・・・・・・3人で一緒に、寝てください」

 

 いつも冷静な夏世がここまで甘えるのは珍しい。それほどまでに心配したということなのか。

 

 「ふふっ、仕方ないわね。いつもクールな夏世ちゃんに、ここまで甘えられちゃうと断れないわ」

 

 「そうだね。・・・・・でも、どうして僕も?」

 

 「・・・・レイさんも、倒れないとは限らないから、です」

 

 「そっかぁ。甘えん坊な夏世は、わがままになるんだね」

 

 「・・・・・・」

 

 そう口にしながら寝る準備を始める。それで夏世が安心するなら、それに従おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝る準備を終え、部屋の電気を消して数分も経たないうちに夏世の寝息が聞こえてきた。

 

 「よっぽど心配してくれたのね」

 

 夏世の手が、姉ちゃんの服を掴んでいた。その姿は普段の彼女からはまるで想像がつかない。無理もない。話で聞いているのと、実際に体験するのではかなり差があるものだ。故に、彼女の態度は当然だろう。

 

 「それで、何があったのか説明してくれるんでしょうね。嘘をつく時の癖、治ってないからバレバレなのよ」

 

 「・・・・・・」

 

 「今回ばかりは流石にごまかされてあげないわよ。夏世ちゃんの慌てぶりにあなたの態度、どっちも放置していいわけないわよ。恐らく、私が倒れたのと関係してるんでしょ?」

 

 「・・・・・うん」

 

 「じゃあ、話してくれるわよね」

 

 「姉ちゃんさ、研究所を脱出しようとしたときに倒れたの、覚えてる?」

 

 「・・・・えぇ。でも詳しいことは何も知らないわよ」

 

 「うん、それも含めて話すよ。実は姉ちゃんはあの時、一度起きてるんだよ」

 

 「知らないわよ?だって私が起きたとき、あなた達が扉を開けて入ってきたじゃない」

 

 「そうなんだけど、本当はそれより少し前に起きたの。で、僕とあの男がいる前でこう言ったんだ。『どちら様ですか?』って」

 

 本当は伝えない方が、いいのかもしれない。でも、姉ちゃんに嘘はつきたくない。あの日だって結局伝えないままにして、それで今日の出来事だ。ひょっとしたら伝えることで何かがきっかけになるかも、そう思っての事だ。

 

 「・・・・嘘よ」

 

 「嘘じゃない。その時確かに言ったんだ。『自分の名前もわからない』って」

 

 「・・・・・・」

 

 「その後にあの男がある仮説を立てた。“憑依先の子の意識と、姉ちゃんの意識が融け合って新たな人格が生まれた。生まれたばかりの人格だから記憶がないことにも納得ができる”って。それから先はさっき姉ちゃんが言ったことと一緒。扉を開けて入ったら、姉ちゃんが起きてた」

 

 「・・・・・」

 

 これを聞いて、姉ちゃんはどう思うだろうか。隠していた僕を恨むかな。自分の事が信じられなくなって自暴自棄になるだろうか。

 

 「嘘みたいだけど、それでも事実だよ。そんで、ついさっきもソレが起きた」

 

 「・・・・・・・・あなたが凝った嘘をつく訳ないし、なにより夏世ちゃんの慌て様」

 

 「信じてくれる?」

 

 「・・・・・・・ふぅ。信じるしかないでしょ。確かに嘘みたいな話だけど、あなたたちがそんなことをしないってことは、今までの付き合いから理解できる。なにより、レイが嘘をつくのは、人を巻き込みたくない・傷つけたくないって時だもの」

 

 「・・・・・・姉ちゃん」

 

 「この先も起こるかもしれないなら、どうすればいいんでしょうね。私もそう何度も倒れたくないし、なにより倒れるたびにあなた達に心配をかけたくないわ」

 

 その時、僕は思った。姉ちゃんのこの現象は、憑依したが故に起きたんだと。つまりこの体から抜ければこれから先、姉ちゃんが倒れることも、夏世が困ることもないだろうと。それに姉ちゃんも言っていた。倒れるたびに心配をかけたくない、と。

 だから僕は決意する。

 元々の、あの時からずっと水槽の中で漂い続けているであろう本来の自分の体に戻ろう、と。

 これ以上こんなことが姉ちゃんに起きないように。

 本当はあの時にすべきだったのかもしれない。でもそれではあの研究所から逃げ出すことは叶わなかった。今もなお水槽の中にいたのかもしれない。

 戻ったとしても今度こそ、確実に捕まるだろう。それは再びあの男と会うことを意味している。夏世を連れて行くことは、いや、“ついてきて”なんて言えない。口にすれば、夏世に迷惑がかかる。ひょっとしたら実験されてしまうかもしれない。行くなら、僕と姉ちゃんの二人でだ。

 

 「姉ちゃん、戻ろう。自分の体に。そうすればこんなことはもう起きなくなる」

 

 「理屈はそうかもしれないけど・・・・・本気で言ってるの?それは、あそこに戻るって事なのよ?今度こそ逃げ出せなくなるかもしれない。それこそあの男に実験体に使われるかも」

 

 「それでも、いつまた倒れるかもわからない状況に怯えながら過ごすなんて嫌だから。もう夏世に困ってほしくないから」

 

 「・・・・・・夏世ちゃんはどうするのよ?それこそついてきてもらう訳にはいかないでしょう」

 

 「・・・・夏世には、知らせない。黙ったまま行こう」

 

 「『置いていかないで』って、『一人ぼっちにしないで』って言われたばかりなのに?また、夏世ちゃんを悲しませるつもり?だったら私一人で行くわよ」

 

 「夏世を一人ぼっちにする訳じゃない。それに何かあればきっと、固法先輩たちが夏世を守ってくれる。あの時、僕たち見つけてくれたみたいに。姉ちゃんを一人で行かせるのも、嫌だ。どうせ実験体に使われるなら二人でだ。それに、立案したのは僕だし、あの研究所には僕の体だってあるんだから」

 

 「仕方ないわね。全く、自分勝手な弟を持つと苦労するわね」

 

 「・・・・・・・ゴメン」

 

 「謝る相手が違うでしょ。謝るなら夏世ちゃんに、よ」

 

 「・・・・うん」

 

 「まぁ、とはいってもどうせアンタ一人じゃ素直になれないでしょうから、その時には私も一緒に謝ってあげるわよ。だからちゃんと帰ってきましょうね」

 

 「・・・・・・」

 

 「じゃあ、準備しましょう?」

 

 「うん」

 

 そうして準備を済ませ、互いに最終確認をしてから扉を、寝ている夏世に一言告げる。

 

 『夏世、――――――――で』

 

 『夏世ちゃん、必ず――――――――から』

 

 きっと、彼女は怒るだろう。一人にしないと約束したばかりでコレなのだ。ひたすら謝っても許してくれないだろう。ひょっとしたらそれ以上のことを言われるかもしれない。それでも彼女を巻き込みたくないから。

 僕らは静かに、扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に周囲は暗くなっていた。点々と街灯が照らしているが、それでも暗いことに変わりはない。

 

 「それで、場所は覚えるのかしら?」

 

 「ぼんやりと、かなぁ。恥ずかしいことにあの時は色々と焦ってたし、建物も復旧してるしなぁ。いやぁ流石は学園都市、科学の発展速度が凄いのなんの」

 

 「はぁ、大事なときに限って、ほんっと頼りにならないわよね」

 

 「ゴメンって〜」

 

 「仕方ないわね、ついてきなさい。途中までなら道は覚えてるから」

 

 「さっすが〜」

 

 姉に案内されるまま、暗くなっている学園都市を歩く。

 基本的には普段から出歩いているために慣れているが、夜というだけで、学園都市の雰囲気は変わる。

 昼は学生で賑わっているが、逆に夜は静まり返っている。

 

 「正直な話、夏世ちゃんのことどう思ってるの?」

 

 「・・・・急だなぁ」

 

 「無言で向かうよりはいいでしょ。・・・・・・・それで、どうなの?」

 

 「素直で優しいよね。いつも姉ちゃんと僕の心配してくれてるから、ありがたいよ。だからかな、巻き込みたくないって思うんだ」

 

 「じゃあなんで彼女と民警をやることにしたのよ?」

 

 「・・・・なんか、放っておけなくて。一瞬考えちゃったんだよ。今まで組んでいたプロモーターを失って、自分の生も終わるって時に、僕らの身勝手で生きる事になった訳じゃん。それって僕らが彼女の生きる意味を、尊厳を踏み躙ったって事だ。つまり、何を目標にしたらいいのか見失ってる彼女に、せめて見つかるまでは一緒にいるのが償いだって思って。それが例え、民警という形だとしても」

 

 「・・・・・・・まだまだ夏世ちゃんの事解ってないわね」

 

 「えっ、ひょっとして違うの!?」

 

 「次に夏世ちゃんに会ったときに、直接聞いてみることね」

 「・・・・答えてくれるかな〜?」

 

 「そこは夏世ちゃん次第ね。まぁ安心しなさい、それ以前に間違いなく怒られるでしょうから」

 

 「・・・・・・はぁ」

 

 「ほら、止まってないでさっさ足を動かしなさい。と研究所は確か、第19学区・・・・だったわね」

 

 「遠いなぁ、ちょっと楽していい?」

 

 「そりゃあ、距離もあるから歩いて向かわずに済むなら、それに越したことはないけど、具体的にはどうやって行くのよ?」

 

 「ふっふっふ〜、姉ちゃん床反力ってわかる?」

 

 「聞いたことあるわ、確かアレよね。歩いてる時に、足底とか直接身体と床が接している部分から体の方向に向かって生じている反力ってやつ」

 

 「そうそれ。その床反力を能力で増幅させて利用しようかなって」

 

 「方法は理解したけど・・・・・・・ちなみに今までに試したことは?」

 

 「・・・・・・・・・・・いやぁ、綺麗な夜空だね〜」

 

 レイは急に焦りだした。

 視線もあっちこっちだし、何より落ち着きがない。これでは嘘をついていると言わんばかりだ。

 

 「おいコラ目を逸らすな。タダでさえバレやすい性格してんだからどうせ誤魔化すなら、目を見て話しやがりなさいよ」

 

 「・・・・・辛辣だな〜」

 

 「事実を口にしたまでよ。・・・・・それで、安全なんでしょうね?」

 

 「それはうん、保証する」

 

 「じゃあそれでいいわ。それで、私はどうしたらいいの?」

 

 「特に何も身構えなくていいって。僕に大人しく背負われててくれれば・・・・・」

 

 それを聞いた途端私の思考は停止した。

 

 「えっ・・・・・背負うの?」

 

 「うん」

 

 「誰が・・・・誰を?」

 

 「僕が、姉ちゃんを。能力使うんだから当たり前じゃん」

 

 「別の体勢とか・・・・ないの?」

 

 「ないこともないけど、別の体勢となると、正面で抱きかかえて、いわゆる『お姫様抱っこ』になるけど」

 

 どっちも恥ずかしい。何が恥ずかしいって、レイに抱きかかえられるのが、だ。いやどっちにしろ恥ずかしいならせめて、ダメージが少ない方を選ぶべきだ。うん、それがいいに決まってる。

 

 「・・・・背負う方で」

 

 「は〜い、じゃあほら善は急げだよ?」

 

 レイはその場に止まり背を向ける。

 

 「・・・・・・重いとか言ったら蹴り飛ばすから」

 

 「言わないって」

 

 「・・・・ほら、乗ったわよ」

 

 「んしょ・・・・・・・・あっ、意外におm、ぐぅぇっ!?、く、首がっ、姉ちゃん首がぁっ!?」

 

 「下らないこと言うつもりなら圧し折るわよ」

 

 「・・・・・ふぅ。あぁ助かった。全くちょっとした冗談なのに」

 

 「なら次は、もうちょっとマシな嘘をつくことね。ほらさっさとしてよ、恥ずかしいんだから」

 

 「はいはい、じゃあいくよ。ちょっと浮遊感あるから気をつけてね・・・・・・よっと!」

 

 「はっ!?ちょっ聞いてな、いいっ!?」

 

 直後、ふわっと体が宙に浮く感覚に襲われる。

体験したことのない感覚に、思わず目を閉じてしまう。

 

 「あ、見て見て姉ちゃん!」

 

 「なっ何よ一体!?今それどころじゃ・・・・」

 

 「いいからほら!」

 

 「ああっもう!何よ一体・・・・・・・うっわぁ!?」

 

 珍しく興奮しているレイに勧められ、諦めて目を開けるとそこには、暗闇に包まれつつも、点々と配置されている街灯とビルの灯りによって照らされている学園都市があった。

 いつもの景色とは違って、その光景は眩しく輝いて見える。確かにこの景色は、今この瞬間しか見られないだろう。レイが興奮しているのも頷ける。

 

 「綺麗・・・・・ね」

 

 「だよねだよね!普段は上から見ることなんてないから新鮮でいいね!」

 

 「ほんとね。上から見るとこんな感じなのね。今まで考えたこともなかったわ。まるで・・・・・」

 

 「あっ!ごめん姉ちゃん。ちょっと勢いつけるから、ねっ!」

 

 「ひゃあぁぁぁぁぁあああああぁぁっ!?」

 

 しかし、またしても突然襲いかかった感覚が再び、ライの目を閉じてさせる。近くの壁を蹴るために空中で体を捻り向きを変えるというレイの行動が、彼女の叫び声を誘う。

 普段は意識体ということもあり、重力のことなど考えたこともなかったが、今回は実体での行動だ。地に引き戻そうとする重力に逆らう事で、ふわっと体が宙に浮く感覚が迫りくる。加えて今度は横方向への加速。走るのとは違う、また別の感覚がライを襲う。

 この日この瞬間、ライは2つのことを思い知る。

 1つ目は、学園都市には未だに自分の知らない素晴らしさがあるということ。

 そして2つ目は、実は自分はそんなに高いところが得意ではないということ。

 加えて、嬉しそうにはしゃぐレイを見て、『もうちょい人の事気遣えこの野郎』とか『手加減って言葉の意味を刻みつけてやろうか』とか思ったり、思っていなかったりする。

 それでも『レイが嬉しいならいいか』と思うことも・・・・

 

 「ね、ねぇレイ。はしゃぐのは構わないんだけど、せめてもう少し緩めてくれても」

 

 「たっのしい〜!速度上げるよ姉ちゃん!・・・・あれ、何か言いかけた?」

 

 『いやぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁっ!?』

 

 いや、皆無だろう・・・・というよりその余裕がないと言った方が正しい。

 夜の学園都市に、レイの歓喜の声と、そんな弟に振り回されるライの叫び声が響いた。

 

 

 

 




前回は佐天が能力者になりましたが、深夜テンションで書き上げたために、今後の事はあまり考えてなかったりしますが、そんな作者の不安は読んでくれている方には内緒です・・・・・・ハッ!?
次回以降も割とシリアスめな状況が続きますので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
最近は月一投稿ですが、ひょっとしたら、気が向いたらこっそり投稿してるかもです。
それではまた次回。


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霧がかった君と、虚ろな存在

ちゃんと前回から約一ヶ月間隔で投稿できました。お久しぶりですねと挨拶から入りますは、何を隠そう作者です。
・・・・・・・はい、嘘つきましたスンマセン。ホントは4週間間隔で投稿するつもりが1日延びてました。つまり、筆?が乗らなかったから前回の後書きで言ったような、こっそり云々は存在しなかったのですエッヘン(何だコイツ)
さぁ、というわけで前回の続きです!(どういう訳だよ)


 「しょっと、と!いっやぁ、楽しかった!ねぇ、姉ちゃん!?あれ、どうしたの?」

 

 「うゥ・・・・な、なんでもないわよウン。でも帰りはちょっと速度落としてくれるとありがたいかな」

 

 未だ興奮冷めぬレイと、げんなりしているライ。どうやら着地の衝撃すらもライには響くようだ。

 

 「キツイならおんぶしてあげようか?」

 

 「・・・・・大丈夫よ。一応自分で歩けるから」

 

 そんなやり取りをしながら歩くこと数分。

 今まさに建物に入ろうとする白衣の男を見つけた。

 バレないように近づこうとしたが、それより先に気づかれてしまった。僕らの姿を認識した男は、あの時と変わらず信用できない笑みを浮かべて寄ってきた。

 

 「あれ、どうしたの二人とも。ひょっとしてふと思い出した俺のことを心配して戻ってきてくれたの?いやぁ嬉しいなぁ、感動して泣いちゃうかも。・・・・あ、お菓子いる?」

 

 「それはない」

 

 「自惚れてんじゃないわよ」

 

 まるでいつかのような会話を、懐かしいと感じてしまったのは悔しいが、否めない。現に、僕らの悩みを解決できるであろう知り合いはコイツしかいないのだから。

 

 「なーんだ残念。じゃあお菓子はまた今度。・・・・それで、どうしたんだい?俺はてっきり君たちはもう戻ってこないと思ってたんだ。そんな君たちが戻ってくるって事は、つまり何か困ってるんだろう?」

 

 「悔しいけど、その通りだよ。もう僕たちは、アンタ以外に頼れる人を知らない。だから来たんだ」

 

 「ふぅん。内容は?」

 

 「また、あの時みたいに姉ちゃんの記憶が消えた。つまりアンタの仮説を再び実証されたんだ。時間からすれば僅かだったし、すぐに元に戻ったけど、これからもいつ起こるかわからないアレに怯えて過ごすのは嫌だから。解決したくて、ここに来たんだ」

 

 「それは、元の体に戻りたいって、そういうことだよね?」

 

 「・・・・・うん」

 

 やっぱりコイツは、僕の言いたいことをすぐに汲み取ってくれる。

 

 「でも、そうだなあ。せっかく君たちが戻ってきてくれた訳だし、手伝ってあげたいんだけど、かといってそれだと俺の実験には何も得になることはないしなぁ。・・・・あ、じゃあさ、元の体に戻るのは許可するからさ、その代わりにちょっとだけ実験に協力してよ。この学園都市において木原を頼るのは、つまりそういうことだよ。頼まれたら見返りを、依頼されたら報酬を欲するよ。対価としてね」

 

 やっぱりそうか。ここに来ると決めたときから見返りを求められる事は想定していた。でも、いざ直面すると戸惑ってしまう自分がいる。

 

 「それは・・・・・卑怯だ」

 

 「いいの、レイ。こんなやつの取引に応じる必要なんてないの。こんなのでもコイツは『木原』。こっちの望みを叶えてくれる可能性なんて皆無よ」

 

 「こんなの、だなんて酷いなぁ。確かにこの学園都市において『木原』といえば、“胡散臭い・頼らない・信じない”の三拍子を何倍にも濃縮したような存在であることは認めるけどね。俺は寧ろ、君たちに感謝される事しかしてこなかったと思うんだけど?まぁ安心してよ。他の木原の人たちみたいに『命を差し出せ』なんて言うつもりはこれっぽっちもないからさ。僕は実験体を無闇矢鱈と失うのは嫌だからね」

 

 「・・・・・聞こえはいいけど、それは意味があるなら失ってもいいって、そう言ってるのと同じじゃない」

 

 「そうだねぇ。でも、だから(・・・)?俺は別に今すぐ君たちに元の体に戻って欲しい訳でもないし、戻らないとしても、君たちの体からデータは取れるから、どっちでもいいんだよ。だから君たちも今すぐに引き返してもいいんだぞ?その方が、君たちにとってもいいと思うよ。まぁ、いつまた起こるかもわからないライ君の『上書き』に怯えながら過ごすことにはなるけどね」

 

 姉ちゃんは、『木原』と関わって苦しまないように、“もういい”と言ってくれるけど、それだともっと酷いことになるかもしれない。ひょっとしたら、次また姉ちゃんが倒れたく時には、もう目覚めないかもしれない。そう考えると、やっぱりこの方法しかないと思うんだ。

 

 「・・・僕らは、何を手伝えばいい?」

 

 「レイ!?」

 

 「いいんだよ姉ちゃん。姉ちゃんがこれ以上同じ目に遭わなくなるっていうなら、僕はどうなったっていい」

 

 「レイ・・・・・」

 

 「いやぁ、手伝ってくれるのか!それは良かった!丁度やってみたい案があってね。何、君たちに負荷がかかる事はないよ。寧ろ、今まで通り“憑依”してもらいたいだけだから。さぁ着いてきて」

 

 男は早口で言い終えると、建物の中に入っていく。促されるまま、僕たちもそれに続いて建物に、かつて逃げ出した研究所に再び足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 男に促されるまま研究所に入ると、当時と変わらず一面白い壁に囲まれていた。そのまま階段を降りたり廊下を曲がったりしていると周りの景色はあの時と同じ、見慣れた水槽がいくつも並んでいる。

 

 「ライ君の能力、どうしてメモライズ(・・・)って言うんだと思う?普通はメモラーとかメモリーのはずなのに」

 

 「どういう意味だ」

 

 僕たち3人以外に人の姿は見当たらず、かと言って全く人気がないという雰囲気でもない。だが、それでも身構えずにはいられない。

 

 「確かにmemoriseは覚える・記憶するという意味だけど、それでもライズはrise、正確には『上がる・高まる』という意味なのさ。つまり、記憶の上書きっていうことになるね。だから、彼女が記憶を失うのは、別の体に憑依するという事をトリガーに今までの記憶に上書きしてしまうからなのさ」

 

 「でも、僕には起きてないじゃないか」

 

 「そもそもの能力が違うだろう?それに、レイ君の能力は外界と自分の体とで発生している。けどさ、ライ君の能力は脳から外界に対して起きているんだよ。となると、能力を使うことでより負荷がかかっているのはライ君の方だ。つまりそれだけ、上書きが起こりやすいということでもある訳さ。簡単だろ?」

 

 「憑依を止めれば、元の体に戻れば、これ以上起きなくなるのか?」

 

 「理論上はそうなるね。ただ、あの時も言ったように、君たちの実験に関しては前例や情報がそもそも存在しない訳だから、戻ったとしても何かが起きるかもしれない」

 

 「だったらあの子達は、リフとメイとかいうあの二人はどうなんだ?彼らだって僕らと同じように憑依しているじゃないか」

 

 「確かにあの二人も憑依できる例だね。でも、彼らはそれだけだよ。憑依先の「呪われた子どもたち」の力を使えるだけで、戻れる保証はない。君たちみたいに憑依先の体で能力を使える訳でもないし。そもそもの話、幽体離脱自体は意図的に起こせるんだよ・・・・まぁ方法自体に関しては、決して褒められたものではないけどね」

 

 そして僕と姉ちゃんは、いつかのように水槽に入ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やぁやぁ、どうかな数年ぶりの水槽は?」

 

 『・・・・窮屈な事極まりないわよ』

 

 『懐かしいって思えた時点で負けた気分だから、悔しいから教えません〜』

 

 「あっはっは、懐かしいねぇこの空気。まるであの頃に戻ったみたいで嬉しいよ!」

 

 主成分のよくわからない薬品に浸かりながら、水槽越しに会話する男の表情は、まるであの時のまま。純粋に実験を愉しんでいる。

 

 「とはいっても、未だに実験用の器は用意できてないんだよね。リフとメイが調達してくれることになってるんだけど。遅いなぁ」

 

 『じゃあまさか、それまでずっとこのままでいろとでも言うつもり?』

 

 『巫山戯ないでよね、まともにやらないってんなら私にも考えがあるわ』

 

 「・・・・例えば?」

 

 『アンタに憑依して、アンタの記憶、意識、未来・・・全てという全てを奪ってやる』

 

 「おやおや、怖いなぁ!?でも正直なところ、それはオススメしないよ?」

 

 姉ちゃんに睨まれようと、それでもコイツは笑みを崩さない。まるで、今この状況そのものを心の底から愉しんでいるような、そんな表情だ。

 

 『どういう、意味よ?』

 

 「簡単な話だよ。君たちが憑依した先でも元の身体同様に記憶があって動かせて、生活できるのは、“その記憶がインストール されている”からだよ」

 

 『・・・・』

 

 「もっと簡単に説明するとね、完全記憶(パーフェクトメモライザー)吸力放増(アプリターンドレイナー)、君たち二人の記憶や思い出が事前に学習装置(テスタメント)でインストールされているという前提条件をクリアしている身体でないと、憑依したとしてもそれは二人(君たち)とは言えない、別人になる訳なんだよ。だってそうだろう?憑依先の体に君たち自身の記憶がなければ、憑依が成功したとしても記憶喪失していることと何も変わりはないんだから」

 

 『つまり、アンタは私達の記憶は持ってないから、憑依したとしても無駄だって、そういうことなのね?』

 

 「その通り!」

 

 『面倒くさ〜い』

 

 『使えないのね』

 

 「・・・・君たち、本っっっ当に辛辣に育ったね!?」

 

 『それで?』

 

 「・・・・・その中でずっと待ってるなんて窮屈でしょ?だからせめてあの二人が戻ってくるまでの間だったら、意識体でその辺を自由に飛んでていいよ。二人が戻ってきたら花火でも打ち上げて合図してあげるから。なぁに今は夏休み中だからね、花火が上がったことぐらい、怪しまれないだろうよ」

 

 どうやら姉の対応に反応するのに疲れたようで、男は諦めたようにそう提案する。

 

 「じゃあ起動するから後で感想聞かせてね。あ、精神体だけになったらほんの少し幼児退行起こすからよろしく。心配しなくても実験までの間の記憶も、実験中の記憶も、後でちゃんと学習装置(テスタメント)でインストールしておくから安心してね。・・・・っと、大事なことを伝え忘れてた。戻ってきたらその辺に器を一つ座らせてあるから、二人とも入ってくれればいいから。そのまま実験に移る訳だからね」

 

 男が装置のスイッチを入れ、僕らは意識を身体から離す。

 あぁ、全てがこの男の思惑通りだと思うと嫌だなぁ・・・・・そう考えながらレイは目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び目を開くと、隣ではよく見知った彼女が浮いていた。意識体になったことで若干透けているようにも見えるが、それは自分も同じこと。特に不思議な感じはしない。ちなみに意識体だけになった間は、周囲の誰にも認知されることはない。

 その上、意識体となった方、つまり僕と彼女は水槽の外、施設の外、学園都市の中を自由に見聞きすることができる。

 しかその代償にそれぞれの存在を認識できるのはお互いしかいない。

 今見えている光景はシンプルだった。

 まずは水槽の外で堂々と立っているこの男。

 次に無機質な白い空間に水槽が2つ。

 水槽の中では今までの数年間、自分と姉が器として使っていた体が培養液に包まれていた。

 

 (ったく、アンタときたらなんでこう、自分のことをいつでも二の次にできるのよ。どうして私のことばかり優先するのよ。普段は自分勝手なんだから、こういう時ぐらい偶には自分の事を優先して・・・・)

 

 隣から姉の呆れた声が聞こえてくる。

 

 (うぅ、ホントにゴメンってライちゃん。でもこうでもしないとライちゃん助けられなかった訳だし)

 

 (だいたいレイ君は私のことばかり気にしすぎなのよ。そもそもの話、私達なんてもともと置き去り(チャイルドエラー)っていうのが共通点なだけで、血縁関係とかそういうのじゃないのに。なんでそんなに気にかけてくれるのよ)

 

 お互いの呼び方が普段とは違うのは、さっきアイツが言った通り、精神体が肉体から離れたために若干幼児退行しているからだと思われる。

 まるで初めて憑依実験を行ったときのような、そんな感覚に襲われる。

 

 (ほらほら、とにかく折角の自由なんだし、夜の学園都市を飛び回ろうよ。なんだったら、普段は行けないモノリスの外側を探索してみるのもいいかも)

 

 (はいはい、それはいいけど・・・・・まずは夏世ちゃんを見に行かないとでしょ?結局なんの説明もしないで出てきちゃったんだから、心配でしょ?)

 

 (は〜い!)

 

 そのまま地上を目指すと既に外は明るく、時間帯にして昼近くになっていた。

 

 (夜の学園都市が、なんですって?)

 

 (あっはは〜、さぁなんのことだろうね〜)

 

 とにかく、最初はライちゃんが言ってたように普段、自分たちが生活している学生寮を窓から覗いてみる。

 当然だが姉弟の肉体は水槽の中、意識体は器から離れている訳だから、生活しているような雰囲気は感じられない。肌を通して感じる感覚や雰囲気といった感覚は実体がなければ感じられないからだ。

 だけど、夏世がいないとは思わなかった。特に理由があるわけではないが、直感がそう言っているのだ。

 ・・・・・しかし、今回に関してそれが外れた。

 

 (夏世ちゃん、どこにもいないわよ?)

 

 (あれ〜?どっかに探しに行ったとかかな〜?)

 

 そのままふわりと窓から離れて周囲を、彼女の行きそうな場所を覗いてみる。そして、見つけた。

 少し遠目の操車場から夏世が歩いてどこかに向かっている。

 あの方向は一七七支部だろう。横で自分と同じようにふわふわと浮いているライに知らせ、そのまま後を追う。

 後を追うこと十分と少し、やはり思った通り彼女は一七七支部ヘ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・そう、やっぱりいなかったのね」

 

 「はい」

 

 固法さんは静かに呟いた。

 朝、私が目を覚ましたときには既にお二人は部屋にいなかった。学校にでも行ったのだろうか?それにしては早すぎた。例え学校に行ったとしてもまだ門は空いていない時間帯だった。

 一体どこへ?そう思ったとき、突然、お二人の言葉が脳内に蘇る。

 

 『夏世、心配しないで』

 

 『夏世ちゃん、必ず帰ってくるから』

 

 しかし私はこの言葉を聞いた覚えがない。そうなると、この言葉は私が寝ている間にお二人に言われたのだろう。

 今までで、お二人が私に対して嘘をついたことは一度もない。それを知っているからほんの少し安心したが、ではどこへ行ったのだろう?

 探さなければ。・・・・・でも、私一人でこの街を探すのに、どれ位の時間を必要とするのだろう。

 夕方近くまで探したが二人はどこにもいなかった。だから、真っ先に一七七支部(ここ)を頼った。いや、頼れるところがここしかなかった。それに、ひょっとしたらいるかもなんて淡い期待を抱いたというのもあったが、その予想は外れた。事態を知った3人は、最初こそ驚いていたが、捜索を手伝ってくれることに。

 固法さんは支部から指示を、初春さんはデータベースからお二人の情報を、白井さんは人通りの多いところを、私はお二人と関係のある場所を探すことにした。

 

 「駄目です固法先輩!二人のデータなんですが、いくら探しても数年前に起こった原因不明の事故により行方不明としか出てきません!」

 

 「・・・白井さんはっ!?」

 

 『こちらも駄目ですわね。情報にあった関連施設はとっくの昔に閉鎖、研究者も行方をくらませているようで、手がかりらしき物は何も見当たりませんの』

 

 「そもそもの話、行方不明の二人が風紀委員になるなんて不可能なのよ!だって風紀委員になるには統括理事会の許可と、身辺調査、監視下での訓練だってパスしないといけないのよ!?“実は存在しませんでした”なんて、冗談で済ませられる筈ないでしょう!?」

 

 固法さんは必死にそう言ってくれるけど、現にお二人は『行方不明』。朝からずっと探してきたがどこにも見当たらなかったのだ。 

 

 「・・・・・お二人とも、一体どこにいるんですか?」

 

 いつも普通にあると思っていた、既に私の生活に欠かせないと思っていたお二人(家族)の声が、今は聞こえない。私の心を賑やかにしてくれるお二人は、身近にいない。今は夏で、学校は夏休み。世間はあらゆるイベントで賑やかだけど、私の心は寂しいまま。

 

 「一人ぼっちにしないって・・・・・言ってくれたのに」

 

 なんの手がかりも見つからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から見える夏世の顔は、決してさせたくないと思っていた表情だった。

 

 (ごめんね夏世、ホントは嘘ついた)

 

 (いつ帰れるかなんて、正直なところ私達にもわからないの。でもこれだけは信じて)

 

 『いつも、傍にいる。いつだって君の味方で居続ける』

 

 今はこうして夏世の様子を見守ることしか出来ない自分が情けない。

 

 (レイ君ったら本っ当に情けないわね。自分から約束しておいて勝手に反故にするなんて)

 

 (・・・・・・うん)

 

 (あ〜情けない情けない。・・・・・・情けなさ過ぎて放っておけないじゃないの。全くしょうがないわねぇ。実験上姉弟になってしまったから、仕方ないから(・・・・)アンタが夏世ちゃんに見放されたとしても、私だけは味方でいてあげるわよ)

 

 (・・・・ありがとう、(ライ)ちゃん)

 

 なんだかんだ言いながらも結局は優しいのが彼女だ。例えどんなに苦しい思いをしようと、どんなに追い詰められることになろうと、いつも味方してくれる。・・・・だから、彼女のために行動したいと思ってしまう。

 

 (ほら、満足したでしょうから、そろそろ戻るわよ?)

 

 (・・・・・)

 

 (それとも、学校でも覗きに行くかしら?)

 

 (それは、那月ちゃんにバレそうだから遠慮しとく)

 

 (まぁ、でしょうね。那月ちゃんだったら、意識体だろうとあの鎖で縛る位、涼しい顔して済ませそうだし)

 

 見た目は幼・・・・・・可愛らしい我らが担任は、同時に魔族に恐れられる国家攻魔官でもある。というか寧ろそっちが本職らしいのだが、あまりそうは見えないのが現実だ。だってそうだろう?この暑い季節にゴスロリドレスを着込んで、ところ構わず扇子で生徒を叩くような人だ。ま〜、小学生がイタズラしているようにしか見えないよね。

 

 (後で報告してあげようかしら?)

 

 (待ってヤメテ!?ホントに縛り上げられそうになるから!?正直どこに跳ばさ(転移させら)れるかわからな過ぎて怖いから!!)

 

 (冗談だから、そんなに必死にならなくても解ってるって。じゃあ、さっさと行くわよ)

 

 まぁ隠そうとしたところで、あの人勘が鋭いからすぐにバレそうだけどね。古城なんて、いつもそうだし。

 そんなことを考えながら研究所に戻ろうとする彼女の後に続く。夏休みも後数日で終わる。結局、夏世に思い出を作ってあげられないまま、終わらせてしまう。

 

 (学校まで一緒させるのも駄目だろうし。いやでも那月ちゃんと小萌先生がいるからひょっとしたら・・・・そもそもあの二人だって成人?して教師として働いている訳だからそこに混ざってもらうのも。第一、玄関から一歩でも外に出れば、そこは魔族とか超能力者とか・・・あと変なのがいるだろうし)

 

 (いつまでも悩んでんじゃないわよ。こっちにまで聞こえてくるんだから、少しは配慮してよね)

 

 そうだった。意識体になったらお互いの思考が聞こえるんだった。普段は意識しないと出来ないけど、この状態になったら波長が合うとかで何を考えてるか筒抜けになるんだった。

 

 (着いたからさっさと入りましょうよ。いつまでも漂ってる訳にもいかないでしょ)

 

 どうやら色々と考えてる間に戻ってきたようだ。ライちゃんと共に研究所に入っていくと、アイツとこの前の二人と、後はさっきまではいなかった一人がいる。恐らくアレが実験に使われる器なのだろう。ということはアレに憑依しろということなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たっだいまー。メイが相手の心を壊すのに時間かけちゃってさぁ、遅れたー」

 

 「ちょっと!そもそもリフが相手を仕留めるのに、自分一人で好き勝手に愉しんでたのが原因じゃないの!私のせいにしないでよ!・・・・・っと、あら?これはどういう状況かしら?」

 

 あの姉弟が水槽内で目を閉じてから30分位が経った頃。仕事を頼んでいた二人が帰ってきた。

 

 「元の体に戻りたいって言うから、それを許可する代わりにちょこっと実験に参加してもらったのさ」

 

 「うーわ、また出たよ。相手の弱みにつけこんで、無理矢理選ばせる性格の悪さ。どうせ今回も脅したりとかして、他の選択肢潰したんでしょ?あー陰湿過ぎてヤダヤダ」

 

 「ほんとほんと。しかも自分は悪いと思ってないから、質が悪いっての。全くいつになったら自覚してくれるのかしら?」

 

 「辛辣だなぁ・・・・・・・で、器は?」

 

 「ちゃんと用意してきたよ。ったく、五体満足なんて注文さえなければすぐに用意できたのに」

 

 「そのせいで、いつもよりも余計に時間がかかっちゃったじゃないの」

 

 ドサッと雑に置かれたソレの瞳は、既になんの光も灯していなかった。生きているのかすら、注意して確認しなければわからなくなっているが、だからこそ実験の器には丁度良かった。

 

 「そう文句ばっかり言わないでよ。五体満足でないと、ちゃんとした記録がとれないんだから」

 

 すぐにソレの体勢を直し、壁に寄りかからせる。

 

 「おっ、おはよ・・・・って言っても昼過ぎてるけどね」

 

 ソレはゆっくりと目を覚まし立ち上がる。立ち上がり、両手を握ったり開いたりしている。

 

 「やぁどうかな気分は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「最低/最悪」

 

 ぼんやりと暗闇に浮かんでいるようなそんな感じ。自分の他にもう一人、知ってるはず(・・・・・・)の女の子がいる。

 

 「体は重いし/目の前の男はうるさいし」

 

 「苦しいし/動きにくいし」

 

 「今すぐ駆け出したいけど/やることあるし」

 

 『はっきり言って面倒くさい』

 

 ビシッと何かに亀裂が入る音がした。

 なんだろう、音の出処について考えようとしたとき、目の前に立つこの男が再び話しかけてきた。

 

 「おやおや随分と非協力的になってしまったんだね?そんなんだと、きっと千寿夏世は悲しむよ?今よりずっと」

 

 「そもそも夏世って誰だっけ?/違う、夏世は家族」

 

 「そうだ、夏世は家族/でもどうして?」

 

 『大切な名前なのに、はっきり思い出せない』

 

 ビシッ、今度ははっきりとヒビが入る音が聞こえる。

 “千寿夏世”という名前を、知ってる自分と知らない自分がいる・・・・気がする。

 

 「まぁ・・・・どうでもいいか。それにしてもやっぱり想像通りだったね。元から意識の存在する体には、外部からの意識は1つしか入らないしどっちかが融けて消えるけど、最初から空っぽな器なら意識体は2つ入るし、どっちも消えない」

 

 「夏世って何?/知ってるけど・・・・わからない、夏世は大切な何か」

 

 バキッと何かが割れる音が聞こえる。

 姿は浮かぶけど、その顔に霧がかかっている。どこかで会った気がする。何かを話した気がする。一緒にいたような気がする。でも、わからない(・・・・・)のに、寂しいと感じるのはなんでだろう。

 意識が混濁する。もう一人の自分(見知った筈の彼女)と、自分が混ざり合うような、ドロドロに融けて消えてしまうようなそんな感じさえする。

 

 自分がわからない。暑い暑いと愚痴りながらパーカーを着込んだ彼は誰だろう。常に不幸だと言い張るツンツン頭のアイツは誰だろう。体の半分近くを機械に換えてまで戦うことを選んだあの男は誰だろう。色素の薄い髪に赤い瞳の、いつもの缶コーヒーを飲んで気怠げに歩くあの人は誰だっけ?そして、いつも自分と彼女の間で笑う、普段は大人びていて聡いのに偶に揶揄いたくなる程幼く見える君はダレダッタ?

 

 「うんうん、いい感じに融けてんね!じゃあそろそろ次のステップに進もうか。そうだなぁ、折角だしこの二人と戦ってみてくれないかな?どのくらい動けるのかみてみたいな!」

 

 「・・・・ヤぁダよぉ。だってボクたち今さっき戻ってきたばっかだよ?なんで帰ってきて早々にごっこ遊びに付き合わされないといけないのさぁ」

 

 「私もリフに賛成よ。大体何度アンタの仕事を押し付けられてきたと思ってんの?知ってるかしら、アンタから仕事を押し付けられる回数、最近になって凄い増えたのよ?それも報酬に相応しくない位の数よ」

 

 二人は備え付けのソファに深く座りながら反対の意を述べる。そのまま時間と共に、まるで夏場に溶けるアイスのようにダラケていく。

 

 「まぁまぁ、君たちだってストレス発散になるだろうし、こっちもデータが取れる。コレ(・・)の調整にもなる。いい事だらけじゃないか!!」

 

 「ボクたちを労るつもりなら、まずは話しかけないで欲しいんだけどね」

 

 「いい事だらけとか体の言っても、全部『アンタにとって』でしょうに」

 

 「・・・・・・うーん、じゃあそうだなぁ。このチェックが終わったら街でもモノリスの外でも好き勝手に遊んできていいからさ。ねっ、お願い‼情報規制もある程度だったらしておいてあげるから、普段よりも愉しめると思うんだ!!」

 

 「・・・・ホントに?」

 

 「嘘ついたら承知しないわよ?」

 

 二人が微かに顔を上げる。その様子を確認した男は更に餌をぶら下げていく。

 

 「普段は嘘ついてるかもだけど、今回は本当だよ。勿論、魔族で遊んだとしても攻魔官の方に圧力かけて、ある程度は手を出させないようにするし、そこら辺の民警だろうと同じさ。超能力者たちは・・・・・まぁ今回は、無駄に怪しまれたくないから手出しできないけど。それ以外だったら好きに愉しんできていいからさ。ねっ!!」

 

 「ほら早くしてよね!」

 

 「一度やるって言い切ったなら、さっさと準備しなさいよね!ったく、いつまでもチンタラしてないで、ほら早く歩きなさいよ!!」

 

 「・・・・・・欲望に忠実だね、相変わらず」

 

 「素直だって言ってくれないかな?」

 

 「純粋なのよ、ドス黒いアナタと違って」

 

 「ハイハイ、じゃあほら君たちもついてきて?」

 

 「うん/わかった」

 

 そして僕ら(私たち)は連れられるまま足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も割とシリアス目?だったような、そうでないような気がします。(疑問形なのは自身がないからですね。つまりそういうことです)
なんか最近アレですね。主人公たちのテンションの上下幅が行ったり来たりしてて忙しいですね。一体何がどうなったからなのでしょうね(遠い目)
それではまた次回。


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空っぽな存在を追いかけて

お久しぶりの投稿ですね、前回から4週以上間隔が空いてしまいました。まずはすいませんと謝罪から始まります作者です。理由はアレです、今までにもあったような事情なのです(つまりは平常運転)
そして今回は視点が今までとは少し違うので私自身動揺してたりそうでなかったり(訳注:いつも通りですご安心下さい)


 「まぁ、誰もいる訳ないよね」

 

 「時間帯を考えれば、そうでしょうよ」

 

 「いやあの、そもそもこの実験自体が見られてたら困るんですけど」

 

 夜中の第19学区で動く影は4つ。そのうち2つは呑気に歩きながら笑っている。この中で唯一成人している男は周囲に人がいないか確認しながら歩いている。最後の1つはほか3人に対して無表情のままだった。

 

 「それで/どうしたらいいの?」

 

 「うん、今回は憑依してる状態でどのくらい優秀な手駒(イニシエーター)として使えるのか、今回はそれを示してもらう。相手はこの二人がするから存分にやってくれて構わないよ」

 

 「あーあー、どうせ私達は踏み台ですよ。ったく、いいわよねぇ期待されてる人って。何やっても許されるから!」

 

 「ホントホント!それに引き換えこっち(サンドバッグ)は壊れたらポイッ!・・・・・・・幾らでも換えがあるから心配すらされないのにさぁ!」

 

 「そんなこと言ってないだろう!?君たちのことだってちゃんと心配してるって!じゃなきゃ休暇を言い渡すなんてしないだろう!?」

 

 「・・・・・許してあげる」

 

 「報酬に免じて、だからね」

 

 「ハイハイ」

 

 周囲は相変わらず暗いまま、寧ろ増していて普段なら戦闘など避ける時間帯だが、今回は実験の内容上ありがたい。

 

 「じゃあ改めてルール説明ね。単純に戦闘能力を知りたいってのが目的なんだけどそのままやってもらうと命に関わるからね。ちょっと条件を設けるよ。流石に命を落とされると隠すのが手間だからね。で、その条件なんだけど、ハイこれ」

 

 そう言って、男は白衣のポケットから小さめの風船を取り出した。その数は全部で18。色は赤一色と統一されているがいずれもヨーヨーサイズである。

 

 「・・・・・・どしたの?」

 

 そこで男はリフとメイが自身を見つめていることに気がついた。一体どうしたのだろうと聞いてみたのだが。

 

 「えっ、いやその」

 

 「どうやって、そのしまってたの?」

 

 「・・・・・・・科学の神秘。木原だから為せる技だよ」

 

 どうやら収納方法が気になっていたらしい。それもそうか。パッと見、手帳とかしか入らなそうなポケットが脇腹あたりに2つあるとはいえ、風船が18個も出てきたら驚くだろう。この歳の子なら当然の反応だろうな。

 

 「いやいや、歳がどうとかじゃないから!?」

 

 「あと科学がどうとか木原がどうとか、そういう次元の話じゃないから!!」

 

 「で、戦闘なんだけど、あそこに見える廃ビルの中でやってもらうから」

 

 男が示す方向にはいくつもの廃ビルが建ち並んでいる。中でも指し示されているのは一番高い建物だった。

 

 「わかったら一人6個ずつ持ってって、両腕、両腿、腹部、頭部に付けてね。大丈夫、簡単にくっつくから」

 

 「無視するんじゃないわよ!」

 

 「話聞けっての!」

 

 「・・・・ほら、君たちも」

 

 「・・・・」

 

 愚痴りながらもなんだかんだで、二人は言われた通りの場所に風船を付けていく。そして残った風船を今回の実験対象である彼らに渡す。受け取った彼らはぎこちない動作で言われた通りの場所に風船を付けた。

 

 「じゃあ、行こうか」

 

 「さっさと答えてよ引きこもり!」

 

 「なっ!?」

 

 「事実じゃん!いっつも人に指示してばっかりで、自分はエアコンの効いた空間で待機・・・・なんだもん!ねっ、アナタもそう思うわよね!?」

 

 「別に/どうでもいいし」

 

 「ねぇホントに辞めてって!これでも悪いと思ってるんだからさ!」

 

 「どーだか!?」

 

 「それにさっきのポケットだって、結局ホントのこと教えてくれないんだし、信じろって言われてもねぇ」

 

 「だから本当に科学の神秘なんだって!」

 

 夜中にも関わらず、四人は賑やかなままで廃ビルへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リフとメイ、そして彼らが互いに離れたのを確認する。

 

 「じゃあそろそろ始めようか。ルールは全ての風船を割った方の勝ち。対戦形式はリフとメイ対彼ら。戦闘の際は必ずプロモーターとしての力を使うこと。階層を跨いでもいいし、このビル壊しても全然いいから」

 

 「ねぇねぇ」

 

 今まさに始めようとしたところでメイが口を挟む。

 

 「うん?」

 

 「いつまでも『彼ら』って呼び方じゃ不便じゃない?もうちょっと名前っぽいの、なんかないの?」

 

 「それ私も思ってたー・・・・・でも無理か。アンタ、ネーミングセンスないもんねぇ。候補があったとしても全部ダサそうだし、長いから結局略さないと言いにくいし」

 

 更にはリフまでも便乗してきた。

 

 「んなっ!?」

 

 そんなバカな!?この二人の名前だってあの姉弟(ふたり)と対になるように必死に考えたんだぞ!そ、それを、人が丸2日考え抜いた名前をダサいだと!?

 

 「・・・・・虚ろな嘘つき(ホロウライン)とか、どう?呼びやすくホロウとかいいと思わない?」

 

 「ダッサ!」

 

 「・・・・ないわぁ」

 

 ・・・・・・・言葉が出ないとはこの事か。全否定されたあまり、もう何を考えたらいいか解らくなってきて。

 

 「じゃあ、君たちならいい名前を考えられると、そう言いたいんだな?」

 

 「・・・・・・じゃあ始めよっか」

 

 「・・・・・えぇそうね。ねぇもう始めたいから早く合図出しなさいよ」

 

 「・・・・ハイじゃあスタートー」

 

 なんかもう・・・・・諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合図と同時に3人の瞳は赤くなる。どうやらルールは守ってくれるらしい。憑依してるとはいえ、3人の体はイニシエーターのそれだ。普段こそ控えさせてはいるが単純な戦闘力としてなら、そこそこ使い勝手がいい。特に今回はホロウの戦闘力を知りたいという目的だから条件は同じにしなければ測りようがない。

 先に動いたのはメイ。メイが保持しているのはカメレオンの因子。因子元となった動物同様、自身の姿を背景に合わせて溶け込んでいく。元々天敵から姿を隠すための擬態であったが、メイ自身が活発ということもあり、彼女の場合は攻撃する際の手段として使われる事が多い。

 そして開始の合図があったにも関わらずリフは動かない。これは保持している因子によるものだ。保持しているのは鷹の因子。鷹は空を飛び回る印象が強いが、獲物を狙うときは精確に仕留める。それこそ鷹狩りというものがあったくらいだ。リフもそれに違わず、確実に仕留めようと狙っている。

 メイが撹乱させて、リフが仕留める。これが彼らの戦闘スタイル(いつもの遊び方)だった。

 さて、ではホロウはなんのイニシエーターなのかという話なのだが、これは先程姉弟(ふたり)が憑依する前に調べておいた。どうやら鮫なのだそうだ。それも凶暴な鼬鮫だとか。器自体はリフとメイに用意してもらった訳だが、予め因子を指定していた訳ではなく、彼女たちの直感に任せた結果だ。確かに『実験に使うから五体満足な状態で用意してほしい』という、いつもと比べれば無茶な注文だったから別に拘りはなかった。ただまぁ、多少攻撃性の高いのを持ってきてくれるといいなぁとは思ったりしたが、これは完全に予想外だった。まさか彼女たちの直感がこれほどのものだとは、思いもよらなかった。

 

 メイが姿を消したことで、彼女の姿を認識するのは彼女の攻撃が通った瞬間に限られる。

 恐らくホロウが動こうとしないのはそれを狙っているからだろう。敢えてメイの攻撃を受けることでどこにいるのか探るためだ。目に見える距離にいるが動かないリフと、姿が見えずどこにいるかも判らないメイ。どっちを警戒するか明白だ。

 

 この膠着状態がいつまで続くのか、それを考えているとホロウの右腕に付いていた風船が割れた。しかし姿は見えないままだ。それでもホロウは割れた風船の、更に外側に左手を伸ばした。つまり、メイがそこにいると確かめたからこそ動き出したのだ。

 

 「ヤバッ!?」

 

 そしてメイの姿が露わになる。メイは視覚的には姿を消すことは出来るが、実際に透明になれる訳ではない。自身の色を背景に合わせることであたかも消えたように錯覚させているだけだ。つまり実体はあるし掴まれたもする。本人が動揺すればその迷彩も解けていく。それこそ今のように。

 ホロウはさっきまで姿を消していたメイの肘を掴み、彼女の右腕の風船を狙う。左手が風船までもう少しの距離に迫ったその時、遂にリフが動いた。ただ動いたのではなく急接近。鷹の因子を有しているとはいえ、生物学上人間(イニシエーター)であるリフは翼を生やせる訳ではないから飛べない。その代わり、鷹を彷彿とさせる速度での急接近が可能である。そしてリフはその速度をもってしてホロウの左腕に付いていた風船を割った。ホロウが伸ばしていたから狙いやすかったというのもあるだろう。結果的に風船を割られたことでホロウの動きは止まり、メイは離脱出来た。

 

 「・・・・・助かったぁ、ありがとリフ」

 

 「油断してるからそうなるのよ。少しは懲りなさいよ、じゃなきゃ、次痛い目に遭ったとしても助けてあげないんだから」

 

 「だってさぁ、新入り脅かさないなんてつまんないじゃん!やっぱ圧勝してこそ先輩としての意地を誇示出来ると思うんだよ、うん」

 

 「・・・・・中身は一応、大先輩よアレでも」

 

 「つっても空っぽでしょ?記憶もなければ自分たちの意志だってない。お人形って名乗ったほうがお似合いだよ。スカしてて生意気だし」

 

 「思いっ切り私怨じゃないの・・・・・・・ちょっ、前!?」

 

 「え・・・・・・・っ!?」

 

 距離を取ったことで安心していた二人だが、その表情が驚愕に塗り替わった。

 それもそうだろう。ついさっきまで突っ立っていた筈のホロウが自分たちの風船を割らんと一瞬で迫ったからである。速度を維持したまま二人の頭に付いている風船目掛けて手を伸ばす。二人は慌てて防ごうと腕で遮る。しかしそれが仇となった。ホロウは防がれることすら想定していたのか、構わず二人の間を通り過ぎた。

 

 「・・・・はぁビビった!ったくなんなんだよ、お人形の癖にビビらせるとか生意気だっての!?」

 

 「びっっっっっくりしたぁ!ねぇこれ怒ってるんじゃ・・・」

 

 しかしリフはそこで気が付いた。メイの左腕に付いていた筈の風船が、なくなっていたのである。

 

 「ん、どしたの?」

 

 「あ、アンタの左腕、・・・・見てみなさいよ」

 

 「はぁ、風船の事?さっき防いだし・・・・・・・嘘、ないんだけど!?」

 

 「私も、右腕のがなくなってる!。まさかまさか、さっきのはフェイントで本命はこっち!?防ぐことすら読まれてたっていうの!?」

 

 「うるさい/どうでもいい」

 

 ホロウは両手に持っていた風船を割りながら抑揚のない声で答える。まるで二人の相手をするのがつまらないかの様な反応が、当の二人を煽る。

 

 「・・・・・言ってくれんじゃん、人形の癖に」

 

 「気後れしてるんじゃないかと思って心配してあげたってのに、何を『自分の力でやりました』って顔してんのよ。あんまり調子に乗ってんじゃないわよ」

 

 「だって/どうせ勝つし」

 

 「うっざ!」

 

 「絶対泣かす!」

 

 メイは再び姿を消しリフは急接近する。しかしやはりホロウから動くことはなかった。自身に迫ったリフの腕を特に気にした様子もなく防ぎ、逆に頭部の風船を狙う。

 

 「もうその手は通じないから!」

 

 先程と同じフェイントだと思ったのだろう、今度は身体を後ろに引いて風船を割られない様に対応する。しかし、それがいけなかった。身体を引いたことで頭部の風船が隙だらけとなったのだ。

 

 パンッ!と弾ける音が響く。

 

 「やっぱり拍子抜け/というより見掛け倒し?」

 

 そして、状況を理解したリフの表情が驚愕から憤怒へと変わった。

 

 「こ、のっ!?」

 

 必死に振り解こうとするも、それは叶わない。そんなタイミングでリフの視界には、突然メイが現れた。

 

 「新人は、大人しくしてなよっ!」

 

 「ほら/釣れた」

 

 メイが真後ろから襲いかかったにも関わらず、ホロウは少しも動じない。それどころかリフの手を受け止めたまま、その腕を振り回しメイにぶつけた。

 

 「・・・・っあ!?」

 

 「きゃっ!?」

 

 そのまま勢いが止まることなく二人は壁に向かって飛んでいった。凄まじい音と共に煙が舞う。パラパラとコンクリの材質が欠けていく。夏特有の蒸し暑い風が吹き込み、煙を何処かへ運んでいく。露わになった柱には・・・・・誰もいなかった。

 

 「どこに/消えた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホロウが近寄っても、やはり何もいない。透明になっているだけかと手を伸ばせど、空を切る。そう、そこにいたはずの二人の姿がなかったのだ。

 

 「逃げた?/隠れた?」

 

 ホロウは不思議そうにしているが、今までの攻防を、そしてリフとメイ(あのふたり)の性格を知っている白衣(木原)の男には解る。あの二人はどこかの姉弟(ふたり)に負けず劣らず負けず嫌いであるということを。

 パンッ!とホロウの右腿に付いていた風船が割れる。しかし、肝心の姿を捉えられない。そう、いるのは判るけど捉えられない。二人揃って姿を消したのかとも思ったが、それはないだろう。イニシエーターは自分以外に能力を付与することは不可能なのだ。それに視界の端でほんの一瞬だけ、何かが映ることがある。ということは、その方法は凡そ予想できる。メイが姿を消したのは解るが、重要なのはその先である。景色に溶け込んだメイをリフが持ち上げ、そのまま素早く動き回る。持ち上げることで攻撃手段は失われるが、それは持ち上げられたことで四肢がフリーとなったメイが補う。つまりは役割分担なのである。そしてこれはリフとメイ(あのふたり)にとって初めてのことであった。メイが撹乱させて、リフが仕留める。普段の戦闘スタイルと変わらないが、明確な違いがあった。そう、普段とは異なり直接的に協力しているのである。普段のは、それぞれが自分優位に餌を仕留めようとしていたが故、つまり間接的な協力であった。しかし今回は役割分担、互いの長所を活かした直接的な協力であった。

 

 「・・・・・・」

 

  (木原)の心は躍っていた。あの二人が、互いに力を合わせるのを嫌うリフとメイが、自分たちの存在を脅かす新人(ホロウ)を仕留めるために手を結ぶ。その成長している様を実感するのが楽しくて仕方なかった。

 

 「いい加減/引っ込んで」

 

 何度吹き飛ばされようと尚も向かってくる二人に嫌気が差したのかホロウの口調は荒くなる。

 あの二人もまさか協力することになるとは思っていなかっただろう。稀に見える驚愕の表情がそれを物語っている。

 

 「それはその通りなんだけどさ」

 

 「やられっぱなしも嫌だから、ちょっとくらい苦しんでってもらうわよ!」

 

 二人の風船は残り1つずつ。どちらも無事なのは頭部の風船だけだった。対するホロウの風船は残り4つ。結果だけを見ればどちらが優勢なのかは明白だが、状況で考えたら押しているのは二人だった。そしてリフのスピードは、速さを増す。それは攻撃回数が増えるのと同義。結果、ホロウは避けざるを得なくなる。

 右、左、正面、真上と柱を背にするホロウに対して二人はあらゆる方向から攻める。ホロウが避け損ねる度に風船は割れていき残ったのは2つ、頭部と腹部だけだった。

 

 「これで終わりにしてあげる!」

 

 「まずは先輩への口のきき方からお勉強するのね!」

 

 二人は勝ちを確信した。あと一歩、その考えが二人の思考を単純なものにしてしまった。

 

 「そんな・・・・・・っ!?」

 

 「どうして、位置が!?」

 

 ホロウの風船が割れることはなかった。頭部と腹部を狙った二人の攻撃は、ホロウによって防がれた。

 

 「そんなの/解り切ってる。音が聞こえてから風船が割れるまで数秒の間隔がある/それに残った風船は2つだけ。だからどこの風船があとどのくらいで割れるのか/風船の数が減ればそれだけ狙われる部位が限られる」

 

 故に防げたのだと、ホロウはそう結論づける。それは風船をわざと割らせたということだ。しかしそれは言葉にするのは容易いが実際に行うのは困難と言える。今回は偶然だった。日頃、直接協力することを嫌う二人がホロウ(共通の敵)に勝つために仕方なく協力したため、攻撃の方法も手段も限られていた。慣れていれば別のやり方もあっただろう。つまり、ホロウが防げたのはそれが理由だった。

 

 「仮にも先輩を名乗るなら/もう少し頭を働かせて欲しい」

 

 掴んだ腕を引き寄せ二人を柱にぶつけようとする。二人がギリギリのところで堪えるのも予想していたホロウは、それすらも構うことなく柱に叩きつけ、二人に残されたそれぞれ1つずつの風船を呆気なく割った。

 

 「・・・・ふん/・・・・じゃあね」

 

 壁に叩きつけられたままの二人に目もくれず、静かに二人から離れる。

 

 「・・・・・うぅ」

 

 「・・・・なんで」

 

 負けた二人は未だに信じられないかのように座り込んでいる。それもそうだろう。最初は圧勝して自分たちの方が上であると証明しようとして、にもかかわらずあっさり追い込まれて。初めて協力して止めを刺そうとして、でも負けたのは自分たちで。今までモノリスの外で狩る側だった(遊んでいた)自分たちが初めて味わうことになった敗北。

 

 「や、お疲れ様」

 

 落ち込む二人がいじらしく思えて、励まそうと声をかけるも、二人はぷいっと顔を背けてしまった。

 

 「あれれ、どうしたの?ひょっとして流石に悔しかったりするの?」

 

 「・・・・・うっさいな!」

 

 「ほんっと、知ってて聞いてくるんだから迷惑なのよ!」

 

 「でも、珍しいというか初めてだったよね、君たちが直接協力したの。どういう風の吹き回し?」

 

 「・・・・・・・どうせ知ってる癖に」

 

 「わかってるでしょっ!?負けたくなかったからよ!だからあそこまでしたっていうのに、あーもう!!」

 

 二人は怒りを露わにしながら素早く立ち上がる。まるで一刻も早く立ち去りたいと言わんばかりの表情を向けてくる。

 

 「もう、行くから」

 

 「いいんでしょう!?数日憂さ晴らししてきても!」

 

 数日なんて言った覚えはないけど、こっちの用事に付き合ってくれたし、二人には息抜きも必要だろうし、あとはこれ以上嫌われたくないし、まぁいいか。

 

 「うん、勿論だよ。私情に付き合ってくれたし、約束破るほどアレな人間になったつもりもないからね。気が済んだら戻っておいで」

 

 二人は何も答えずさっさと歩いていってしまった。あぁ、やっぱりいじらしいね君たちは。例えどんな実験に使われようともその純粋さがいつまでも続いてくれる事を願わずにはいられない。

 廃ビルを出ようと出口に向かって歩くと外は少し明るくなり始めていた。二人の姿はすでに見当たらない。僅かな寂しさを感じつつ、後ろに声をかける。

 

 「態々ありがとね、手間だったでしょ色々と」

 

 「別に/どうでもいいし」

 

 「ふぅん。まぁ、まだまだ付き合ってもらうから、よろしくね」

 

 「・・・・ん/・・・・そ」

 

 今回は『呪われた子どもたち』を相手にしたときのデータが取れたから、今度は魔族相手にどこまで通じるのか見てみたいかな。流石に能力者を相手にするとなると、色々と手間がかかるからね、今回それは無しかな。

 幸いなことに夏休みは終わっている。日付は確か9月の頭くらいだったかな。日中は人の目も少ないし、多少派手にやったとしても困らないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、昨日はお二人を見つけることは出来なかった。固法さんも、初春さんも、白井さんも学生であるため夜中まで手伝ってもらうことは叶わず、それでいて手がかりらしい手がかりも見つからなかったため解散した。ひょっとしたら眠っている間に帰ってきてくれるかも、なんて僅かな希望を抱きながら瞼を閉じるもそれで不安が無くなる訳でもなく、大して眠れる筈もない。

 

 「・・・・・・・」

 

 当然、目を覚ましたところでお二人の姿がある訳でもない。朝になっても私は一人のままだった。一人寂しく食事を済ませ外に出る。宛があるわけでも、お二人がいるなんて確証があるわけでもない。でも、探さない訳にはいかなかった。

 今は9月ということもあって一人で出歩いたとしても特に怪しまれることはない。新学期というのもあって見かける学生たちは皆なんとも言えない表情で足を動かしていた。あと数十分でも外に出る時間帯が遅れていたらどうなっていただろう。ひょっとしたら迫害されていたからもしれない。普段はお二人とともに行動することがあるからそうなったことはないが、前に見かけたことがある。たった一度だけだったにもかかわらず覚えている。それは酷い光景でとても言い表せられる内容ではなかった。あの時はお二人がすぐに駆けつけたから迫害されていた『呪われた子どもたち』は一命を取り留めたが、もし間に合わなかったらどうなっていたか解らない。

 

 「おいっ、いたぞ!」

 

 そう、例えばこんな風に。

 どこかで誰かが追われている、そう思って顔を上げたら男が5人程、私を取り囲んでいた。

 

 「・・・・・・・・・え?」

 

 あまりに突然過ぎて何も答えられなかった。

 

 「なぁ、本当にこいつか?なんか違くないか?」

 

 「馬鹿言え!『赤目』なんざどいつもこいつも同じだ!」

 

 「そうだそうだ!どうせこいつも俺たちから大切なものを奪うに決まってる!」

 

 「だから、そうなる前にここで痛い目見てもらうってんだ!」

 

 驚く私を他所に大人たちの憤りは増していく。彼らが見ているのは『呪われた子どもたち』であってわたし(千寿夏世)じゃない。ただ赤目というだけで『奪われた世代』にとっては恐怖の対象でしかない。

 一刻も早くここから逃げないとどんな目に遭わされるかわかったものではない。普段なら冷静に対応できただろうに、あの家族(ふたり)が見つからないというだけで、こうも気が逸ってしまう。カツン、と気づけば小石を蹴ってしまっていた。

 構わない、1秒でも早くお二人を見つけないといけない。だから男たちが喚いていることなど気にも留めず私は走った。

 

 「おいっ、逃げんなって!?」

 

 「クソっお前らがもたついてっからだろうが!」

 

 「喧しい!んなこたぁ後でいいから、早く追いかけろよ!?」

 

 男たちは騒ぎ立てる声は一向に離れてくれない。

 建物を経由し、裏路地に逃げ、物陰に隠れ、学区を跨ぐがそれでも男たちは追ってくる。次第に分岐路は減っていき、最後には一本道になってしまうが、それでも男たちの声は追いかけてくる。そして、行き止まりに辿り着いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛いのに声が出ない。寂しいのに言葉にできない。所謂私は『呪われた子どもたち(彼らにとって恨みの対象)』でしかないのだと、そう大人たちが視線で訴える。

 何度蹴られただろう、何度打たれただろう、何度心を踏み躙られただろう。

 蹴られたところが痛かった。打たれたところが熱を持った。何より心が寒かった。

 突然いなくなった家族を探そうとしただけなのに、意識が遠くなりつつある中、家族(ふたり)の顔が浮かんだときだった。

 

 「ねぇ、どうしよっか」

 

 「ちょっとせっかくマシになってきたっていうのに、またストレス抱えさせる気?別にありきたりな光景なんだから特に考えることじゃないでしょ」

 

 どこかで聞いたことのある声が、私の意識を引き留めようとする。

 

 「いやでも一応知ってる顔だし、ここで放っておいて次会った時には手遅れでした・・・・って、知った時の方が面倒じゃない?それにほら、せっかくコレ拾ったんだし、使ってみたい」

 

 「・・・・・・はいはいご勝手に」

 

 「冷たいなぁ」

 

 しかし、声の主の顔を見るより先に、私の意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・ぅ」

 

 「あ、起きそう」

 

 「・・・『起きた』は解るけど、『起きそう』とか初耳なんだけど」

 

 「えぇ、だって実際そうだし」

 

 「違和感しかないんだけど」

 

 「お勉強足りないだけじゃん?」

 

 「へぇふうんあっそう、そういうこと言うんだ?」

 

 「いやごめんよ言い過ぎたよウン。ちょっと調子に乗り過ぎただけじゃん。そう冷たくしないでよ。寂しくなるじゃん」

 

 話し声が大きくなり、同時に私の意識もはっきりしてくる。1回、2回と瞬きを繰り返し、少し離れたところで言い合っている二人を見る。

 

 「おはよ・・・・・って言っても昼だけど」

 

 「自己紹介する必要、ないわよね。一応前にしてる訳だし」

 

 そこには以前ほんの少し会話した、リフさんとメイさんが座っていた。でも、前回とは雰囲気が少し違うような気がするのはどうしてなんでしょう。

 

 「助けて頂いた・・・・・んですよね」

 

 「そうなるね」

 

 「何、放っておいて欲しかったとか言わないでよ?」

 

 「いえ・・・・ありがとうございます」

 

 「ごめんね、リフってば苛ついてて今は誰にでも当たりがキツイの。でもすぐに収まるから特に気にしないで」

 

 「・・・・・人を情緒不安定なキャラみたいに説明してんじゃないわよ」

 

 「それでえっと、あの人達は?」

 

 一瞬だったが二人が固まった。

 

 「・・・・・どうかしましたか?」

 

 「いやだって、まさか聞かれるとは思わなかったから」

 

 「あの、それはどういう・・・・」

 

 「自分を気絶するまで傷つけた相手を心配するお人好しだとは思わなかったって、そう言ってんの!」

 

 「ちょっとリフ、それは言い過ぎだって!」

 

 「事実を言ったまでよ。何も間違った事を言ったつもりはないからね」

 

 「・・・・・・・」

 

 「気にしないでね。これでも少しは後悔してるから」

 

 「私は別に後悔なんて・・・・・・」

 

 「お構いなく。私だって人道的に間違った事を言ったつもり、ないですから」

 

 私達がいるここ(学園都市)は、『呪われた子どもたち』以外にも多くの魔族や能力開発を受けている学生が住んでいる。とはいえ、偉い人が東京という地を三分割し、それぞれの生活する場を分けているため、直接的に関わるのは学校とか公共の場。協力することは認められていても互いに危害を加えるのは禁じられているし、風紀委員《ジャッジメント》や警備員《アンチスキル》はそれを未然に防ぐことを定められている。

 つまり、あの人たちの行動だって何かしらの理由があっての事だと、私はそう思う。

 

 「言ってくれるじゃない・・・・・ちょっとメイ、何ニヤニヤしてんのよ?」

 

 「いやだってさぁ、リフに対して正面からここまで言い返した人、初めて見たんだもん。それに、リフの悔しそうな顔とか久々に見たし」

 

 「ああもう、うるさいっ!」

 

 「ほらぁすぐ怒る。悪い癖だよ、そうやってツンツンすしてると嫌われるって。あぁごめんね中断しちゃって。えっとあの男たちはどうなったかだったよね」

 

 「・・・・・はい」

 

 「何もしてないよ。その証拠にほら」

 

 そう言ってメイさんが取り出したのは深緑色の生地に複数の白い横線と真ん中に盾のマークが入った物、所謂風紀委員(ジャッジメント)の腕章だった。

 

 「いやぁなんとなく使えるかなって拾っといたんだけどさ、思ったより効果あるんだねコレ。見せた人だいたい逃げてくもん」

 

 確かにあの時も姉弟(ふたり)が腕章を見せたら解決した。今回もそれと同じだということなのだろう。

 

 「つまり、あの人たちには危害を加えていないと、そういうことですよね」

 

 「そうだよ。だってやり過ぎて後々トラブルになっても面倒なだけじゃん。それに仕事でもないのに仕留めるのは、ちょっと、ねぇ」

 

 「・・・・・・・私は何もしてないけどね」

 

 「まぁまぁ。それで、確か夏世だっけ。どうしてあんなことになったの?大人しく学生寮なり知り合いの風紀委員のところに籠もってればあんなことにはならなかったんじゃない?」

 

 「人を・・・探してるんです。急にいなくなった家族を」

 

 「それってあの姉弟(ふたり)?」

 

 「・・・・・はい。何か心当たりとかはないですか?」

 

 家族(ふたり)がいなくなったのは、彼女たちが来て暫くしてからだ。彼女たちが来て以降、家族(ふたり)があまり笑わなかった。そうなれば、姉弟(ふたり)がいなくなったのは彼女たちが関係していると思えて仕方がない。

 

 「うーんごめんね、わかんないや。私たち一緒に行動してたけど、それっぽい姿は見てないよ」

 

 「アナタからすれば私達が怪しいのは解るけど、今回ばかりは残念ハズレ」

 

 「・・・・・・・そうですか」

 

 「えっ、ちょっと?」

 

 これ以上この二人に聞いたところで、状況は何も変わらない。そう思って立ち上がったらメイさんが見上げてくる。

 

 「お世話になりました」

 

 「・・・・・何、また一人で探し回るつもりなの?」

 

 「そうすれば、これ以上ご迷惑おかけしなくて済みますから」

 

 「それを口にしてる時点で迷惑なんだけど」

 

 リフさんが静かに立ち上がり、メイさんもそれに続く。

 

 「頼んでませんけど」

 

 「安心しなさい、別に頼まれた訳でもないから」

 

 「ならっ・・・・・」

 

 「まぁまぁ頼ったらいいんじゃない?滅多にないリフのデレなんだし」

 

 「誰がデレたって!?」

 

 「きっと、『さっきは言い過ぎてごめんね』っていう意味だから。素直に協力してもらったら?」

 

 「聞きなさいよ!」

 

 「・・・・別に期待してませんから」

 

 そうです、これは家族(ふたり)を探すために仕方なく、なんですから。元々一人で探すつもりでしたし、決して寂しい訳ではないんです。だから、この二人が協力してくれるのだって、私から頼んだわけじゃなくて、勝手に付いてくるって言われただけなんですから。

 

 

 

 

 

 

 




前回の後書きで主人公たちのテンション云々とか書いてましたが、訂正です。キャラ自体が振れに振れて、1話ごとに別人レベルにまで変わって私自身困惑してます(全ては深夜テンションによるもの、そうに違いありませんハイ)
そんでもって書いてて思いました。ホロウの話し方普通に考えたらどうなのかと、伝わりにくいんじゃないだろうかと。きっと深く考えたら駄目なやつですね、なにせ深夜テンションですからねウン(諦めの境地)
それではまた次回。


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あなた達に会いたくて

お久しぶりですと挨拶から入ります作者です。今回から夏世視点で進めていくつもりなのでよろしくお願いします(実は今までにもちょいちょいあったり、前回の後半辺りから夏世視点だったりします。決して忘れてた訳ではないですハイ)


 「・・・・・どこまで行くつもりですか?」

 

 歩き続けていくうちにモノリスの外に出てしまった。このまま何処かに連れて行かれてしまうのかもしれない、そう思って行き先を聞いたのに。

 

 「期待してないって言ってなかったかしら?」

 

 返ってきたのは冷たい一言だった。

 

 「私達、心当たりないって言ったわよね。嫌なら途中で抜ければ良かったのに、それでも付いてきたのはアナタの意志でしょう?なら文句言わないでよ」

 

 「・・・・・性悪」

 

 「根暗」

 

 「あははっ、どっちもどっちだよねぇ。五十歩百歩っていう言葉が似合うと思うの」

 

 辺りは暗くなり、普段は遠目に見えるモノリスだけど、こうして近くまで来るとその大きさに驚かされる。しかしこのままでは本当にモノリスの外に・・・・・・・・ちょっと最後の人、なんて仰いました?もう一度、今度は目を見て繰り返してもらっていいですか、いいですよね?

 

 「・・・・・・お二人は、どうしてあそこにいたんですか?本来あそこは立ち入り禁止区域、用事でもなければ近寄ろうとはしませんよね?」

 

 さっきの一言は取り敢えずスルーしておいてあげます。でも後で絶対に説明してもらいますから。

 

 「ん〜、ストレス発散の為かなぁ」

 

 「ストレス発散・・・・・・・・散歩とかですか?」

 

 「まぁ、似たような感じかな。普段は近寄らない場所だから、偶には息抜きでもって・・・・・・・・・」

 

 「サンドバッグを探してたのよ。簡単には壊れないやつ」

 

 「ちょっと、それはどういう意味で・・・・・・」

 

 「あぁ〜もう。ねぇリフってば、さっきからやたらと人の話遮るよね!せっかく必死に誤魔化そうとしてるっていうのに、なんで無駄にするのさぁ!?」

 

 彼女たちの言う『サンドバッグ』が何を示しているのか解らない程、私は鈍くない。それを問い詰めようとしたらメイさんに遮られてしまいました。

 

 「どうせ今隠したところで、後々バレれば同じことでしょう?そうなったら余計に面倒なことになるに決まってんだから、だったらいっそのこと、先にバラした方が揉めなくて済むでしょ」

 

 「それは『後で揉めない』だけで、今から面倒になるって事じゃん!それが嫌だから誤魔化したかったのに、うぁ〜・・・・・もう台無しだよ!?」

 

 絶望したメイさんは落ち込んでいましたが、今はそれどころじゃありません。

 

 「なんで、そんなことしようとしたんですか!?」

 

 「でも失敗だったわよね、余計なお荷物拾っちゃうし何やるにしても口煩いし、自分の目的すらも他人任せだし」

 

 「・・・・・・・ホントに意地悪なんだね、もうここまで来たら同族嫌悪っていうやつだよ」

 

 「そんな筈ないっての!」

 

 「じゃあ素直に答えてあげなよ。ここまで焦らしておいてそのまま放置したら、キレられてそれこそ面倒になるって」

 

 「仕方ないわね・・・・・・言ったでしょストレス発散の為のサンドバッグを探してたって。そもそも私達、新人の調整相手になってあげてたの。最初っから押されっぱなしで、でも負けるのは嫌だったから普段はしないような協力までして、結局負けた。ずっとそれが嫌だったから、八つ当たりの相手を探してたのに、見つけたのは根暗なイニシエーター。で、それから後はアナタも知っての通り、大して仲良くもないのに一緒に行動してるって訳よ。どう、納得してくれたかしら?」

 

 「うんうん、やっぱりリフったら素直になればカワイイのに普段はツンツンしてばっかりだから面倒くさいの。偶にはギャップに振り回されてばかりなこっちの事も気遣って欲しいよ」

 

 「じゃあ今は何をしているんですか?」

 

 「さっきまで探してたのに見つからなかったサンドバッグ。モノリス付近で捕まったとしても、皆厄介事は御免だから見てみぬ振りしてくれて問題にならないの。わかったかしら根暗?」

 

 

 「どうして、こんなことを。やり方なら他にもいくらだってあるのに、なんでそれを選んだんですか!?」

 

 「・・・・・・」

 

 リフさんは答えてくれませんでした。さっきまでは嫌味を言いながらも答えてくれたのに、ただ静かに歩くだけでした。代わりに口を開いたのはさっきまで落ち込んでいたメイさん。まるでさっきまでのは演技だとそう言わんばかりの変わりようでした。

 

 「それしか知らないから、だよ!別に最初からこうなってた訳じゃないけど、拾われてから決まったことしか出来なくて、娯楽だって詳しくないし。保護してくれる人だって知らないから、逃げ出しても安全とはいかない。従うしか、生きていく方法を知らないの」

 

 私は何も言えませんでした。正式にイニシエーターとして生きてきて、ガストレアになりかけたところを救われて、姉弟(ふたり)と過ごしてきた。そんな、幸運を当たり前かのように享受してきた千寿夏世には、彼女たちを否定することなんて出来ませんでした。だって彼女たちが受けてきたそれは、ひょっとしたら私や、あの姉弟(ふたり)にもあり得た話でしたから。

 

 「満足してくれたかしら?もしそうなら暫く黙ってて。じゃないとせっかく見つけた獲物に逃げられるから」

 

 「あぁもう、またそうやって冷たくなるんだから。さっきまではあんなに饒舌だったのに、解りやすく説明してて優しいなぁって思ってたのになぁ。ごめんね、別に黙んなくていいから。せっかくの組み合わせなんだから静かになりすぎてもつまんない。楽しむためにももっとお話しよ。あっちなみにさっきのは『怪我しないように大人しくしててね』って意味だから」

 

 「・・・・・・・」

 

 「だから勝手に曲解しないでよ!」

 

 家族(ふたり)を探そうにも未だになんの手がかりも見つけられずにいる私は、彼女たちに同行するしか方法がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ・・・・・ちょっとメイその根暗よろしく!」

 

 「はいはい見つけたのね。わかったからいってらっしゃい」

 

 モノリスのあるエリアを超えて、それでも暫く歩き続けて開けたところに出た途端、リフさんは何かを目指して駆けて行きました。

 

 「ほらほら、抜けるなら今だよ。リフはああなったら暫く他のことなんて考えずに楽しむから、今なら気付かれずに済む。それでも不安なんだったら、私を気絶させていけばいいから」

 

 その一方で、メイさんが言い出したことも、私には信じられませんでした。

 

 「・・・・・・・・どうして」

 

 「自分だけで探したい、でも行動に移せない。それって見つけられる自信がないからでしょ?」

 

 「・・・・・・・」

 

 「探しに行きたいけど、見つからなかった時が怖いから動けない。何か言いたそうだね?」

 

 「なんであの時、私が心当たりがないか尋ねたときに『わからない』って答えたんですか?」

 

 「・・・・偶然でしょ」

 

 「知らないって言えば違和感を感じさせなくて済んだ筈なんです。でもアナタはわからないって答えた」

 

 「それも偶然」

 

 「確かにそうかもしれません。でもその答えは『心当たりがあり過ぎてどれを言ったらいいかわからない』っていう意味なんじゃないですか?」

 

 「仮にそうだったとしても立場上教えられないの、ごめんね」

 

 「でも、それなら・・・・・」

 

 「私からもいいかな?私達が身の上を話したときに黙ったのはどうして?」

 

 「・・・・・・それ、は」

 

 「私達が可哀想だとでも思った?ひょっとしたら自分がそうなってたかもしれないとか思ってくれた?それは同情なのかな?私達を下に見てるからなの?だとしたら辞めてよ、数えるほどしか会ってない相手に同情されるなんて、それこそ私達を惨めにさせる。早く行ってよ君がそんなやつだとは思わなかったよ」

 

 まるで全てを見透かされたようなそんな気分でした。

 

 「・・・・・・でも、1〜2回しか会ってない相手と一緒に行動してくれて、そんなどうしょうもない二人の事を知ろうと、話を聞いてくれたのは嬉しかったよ」

 

 メイさんは突然、ある方向を指差しました。その方向には森が、暗いだけの森が広がっていました。

 

 「この森を抜ければ最短距離で学園都市に戻れるよ」

 

 「それだと、リフさんに怒られるんじゃないですか?」

 

 「あっはははっ、ないない!」

 

 メイさんは楽しそうに笑って、リフさんのいる方を見ていました。

 

 「さっきも言ってたでしょ?怪我しないように大人しくしててって。曲解だって言い張ってたけどあれも半分は本当のコトなんだよ?素直に言えないだけ。それに私とリフは別に、あなたを連れて行けなんて言われた訳じゃないから、ここで別れたって誰も文句言わないし、怒られたりしないよ?」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「ここまで言われてもまだ動かないんだ?仕方ないなぁ特別だよ。・・・・・・私達は確かにあの二人の後釜として存在してるけど、だからって比べられるのは気に入らない。私達はあの二人になりたい訳じゃない。駒として扱われるならそれでも構わないけど、それならちゃんとあの二人とは別の駒として扱って欲しいの。でも、そう思ってたら新人が来た。そいつがまた気に入らない奴で、見てるとイライラするから抜けてきた。ひょっとしたらその新人が使えないって事になれば私達も多少はマシになるかもしれないから手伝って欲しい。どうかな、これでもまだ動く気になれない?」

 

 口調は穏やかでしたけど、その目には怒りや憎しみが見えました。

 

 「そいつがいたのは、確か第19学区の廃ビル。今はもう移動してるかもだけどまだ学区を跨いだりはしてない筈なの」

 

 「確かに私を助けてくれたことには感謝していますが、だからといって協力するかは別問題だと思うんですけど」

 

 「それを言われたら困っちゃうなぁ。あ、でもその新人を倒したらアイツも君のことを知りたがるんじゃないかなぁ。あの木原って男」

 

 「尚更嫌ですね。それこそお断りです」

 

 「ホントかなぁ?」

 

 「・・・・・どういうことですか?」

 

 「あの木原は、何年か前にあの二人を担当してて、当の二人は行方がわからない。ねっ、無関係とは言えないでしょ!?それに気に入られたらアイツもテンション高くなって色々と口を滑らせるんじゃないかな」

 

 ひょっとしたら私を混乱させるための嘘かもしれない。油断させるための出任せかもしれない。ですが、一番可能性の高い話だということも事実。私は暗い森を目指して足を動かしました。

 

 「まったねー!」

 

 後ろの方から聞こえたメイさんの声はどこまでも楽しそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・っはぁ、楽しかった!あれ、あの根暗は?」

 

 「帰ったよ」

 

 「・・・・・あっそ」

 

 「怒ってないの?」

 

 「別にお仕事でもないし、ついてこられても鬱陶しいだけだから清々したわ」

 

 戻ってきたリフは、それはそれは大変満足しておりましたよ。さっきまでの態度が嘘みたいだよ。

 

 「言い合う相手がいなくて寂しいとかじゃないの?」

 

 「それこそ有り得ない話でしょ。まぁあの根暗が新人を倒してくれるってんなら褒めてあげなくもないかな」

 

 「あっそれね、さっきけしかけといた!」

 

 「・・・・・ホント変なときに有能よね、アンタ」

 

 「どっちもやられてくれた方が最終的に楽出来るじゃん!」

 

 「今の言葉、撤回するから」

 

 「なんでさぁー!?」

 

 「いつもはだらしないのに急に頼もしくなられると、どういう反応したらいいかわかんなくなるの。わかる?」

 

 「・・・・・・さっぱりわかんない」

 

 「もう少し察してくれると私の悩みも減ると思うんだけど、そこのところ考えてる?」

 

 「ところでさっき、また別のサンドバッグ見つけたんだけど行かない?」

 

 「・・・・・・・・・行く!」

 

 リフの聞き方って少しキツイからね。それを防ぐには口を開かせないのが一番だと思うの。そうすれば今回みたいに話題変えられるからね。

 

 「言っとくけど、さっきの質問また今度答えてもらうからね」

 

 ・・・・・・・まぁ都合良く忘れてくれたりはしないんだけどね。なんかそれっぽい答え用意しておくかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡的に無事に森を抜けて学園都市に戻ることが出来たけど、さっきのメイさんの言葉を信じていいんでしょうか。嘘をついてるかもしれない。ひょっとしたら木原って男が待ち構えてるかもしれない。・・・・・でもあの二人を探すためならそれくらいのことで止まるわけにはいかない。

 

 「・・・・・」

 

 第19学区のある方を見れば、遠くにビルがいくつか見える。あそこに見えるうちの何処かに二人がいる。そう思ったら足が動いてくれた。とはいえ確たる証拠なんて皆無だし、どうするべきか悩んでいると銃声が聞こえた。普段あの二人は銃声とは無縁だけど、もしかしたら手がかりがあるかもしれない。ビルを目指して走ると、少し離れたところに黒い車が数台停まっていた。息を潜めて木の陰に隠れると、白い軍服に身を包んだ男たちが駆け込んでいく。背丈も得物も異なる彼らだけど共通している点が一つ、誰もが嫌な笑みを浮かべているのである。

 怪我して欲しくないから自分から面倒事に巻き込まれに行かないで、とはレイさんの教えだけど、それはあの人にだけは言われたくない・・・・・・が、それはまぁ置いといて。仮に今の男たちがあの二人に危害を加えているかもしれないと思うと助けに行かないと。でもレイさんの言葉もその通りだし。悩んでいると一際大きい銃声が聞こえた。もう悩んでなんていられない。そう決断して飛び出した途端、夏世論は思わぬ人物とで会った。

 

 「・・・・・あなたは確か、レイさんとライさんが伊熊将監から引き継いだイニシエーターの、千寿夏世さんでしたね」

 

 「聖天子、様?」

 

 まるでその空間だけ純白に塗り潰されたような、この人とそれ以外には明確な境目があると錯覚してしまうぐらい、現在の状況とは似つかわしくない人が、そこにいた。

 

 「どうして、ここに?」

 

 「元々警護をお願いしていた方々がいたのですが、勝手に破棄されてしまいまして今日予定していた会談を中断せざるを得ない状況なんです」

 

 聖天子様は男たち乗っていたであろう車を見ながら、

 

 「会談の再開のために態々呼びに来た・・・・訳ではないですよね。聖天子様程の方なら会談場所から他の人を呼び出せばいいんですから。それをしないでここに来たってことは訳ありですか?」

 

 「その通りです。そこでお願いがあります、万が一に備えてボディーガードをお願いしてもいいでしょうか?」

 

 普段テレビ越しに何度も見る純白の姿だが、今目の前にいる彼女は何者も近寄らせない雰囲気を纏っていた。

 

 「聖天子様直々のお願いを断れる人なんて、この世に存在しないと思いますけど」

 

 「・・・・・・・実はそうでもないんですよ。知ってるだけでも5人ほどいるんですけど、そうですね、なんの偶然か夏世さんと私のどちらも知ってる方々でして」

 

 「あぁいますね絶滅危惧種な人達が。最早知り過ぎてるぐらいです」

 

 しかも不思議なのは、その人たちが互いに意気投合していることだ。本当に誰かに仕組まれてるんじゃないかと思えて仕方がない程だ。

 まぁでも、現在はそのうちの二人が行方不明だから心境としては複雑なんだが。悩んでいるとビルから銃声が聞こえてきた。

 

 「残念なことにあまり時間がありません。答えていただいていいでしょうか?」

 

 「わかりました、謹んでお受けいたします」

 

 レイさんライさんごめんなさい、見つけるのもう少しだけ待ってて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで今日はお一人なんですか?」

 

 「そうですね、今回は少し厄介な依頼を受けてまして負担を減らすために別れて動いてるんです」

 

 「・・・・そうですか」

 

 先程のような銃声は聞こえないが、その代わりに笑い声が聞こえてくる。周囲を警戒しながら進むが彼らは集まっているのか待ち伏せなどはない。ただ足音だけが響くが、次第に大きくなる笑い声によって掻き消されてしまう。

 

 「それにしても少々許容しかねる言葉が聞こえてくるんですけど、アレは警護する立場としてはどうなんですか?ちなみに私は似合わないと思うんですが」

 

 「お恥ずかしい限りですがその通りです。これを機会に色々と見直さなければ、聖居に関わる者全員の印象が悪くなってしまいますりからね。どうでしょう、立候補してくれますか?勿論あの二人も一緒に」

 

 「その場合あの白服の人たちよりはマシですが、命令違反と反省文の数が増えるので、多分現状とは別の意味で気苦労が絶えないと思いますよ」

 

 事実、あの二人―――主にレイさんだけですが―――が一七七支部にいる時は、大体お説教されてるか反省文書いてる。寧ろ、それこそが業務なのではないか、と考えてしまう程である。

 

 次第に笑い声が大きくなる。それは男たちがいる場所に近づいていることを意味している。

 

 「・・・・・ッ!?」

 

 そして足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んでしまった。隣の聖天子様も同様だった。

 少女が倒れていた。胸や腹、それ以外にも黒い穴が空いていてどこからも鮮血が溢れていた。その近くでは蓮太郎さんが3人の男に取り押さえられていた。二人を見下ろしているのは若く線の細い男。その手には拳銃が握られており、少女を撃ったのは彼だという証拠に他ならない。

 

 「フィナーレだっ!」

 

 男が銃口を上げ、少女の眉間に照準を合わせた時、

 

 「―――そこまでですッ!」

 

 聖天子様の厳粛な一喝が白服の男たちを凍りつかせた。さっきまでとは打って変わって、威圧する眼光が、彼女が聖天子であることを示していた。

 

 「あなた達が独断専行したと聞いて、会談を中断させていただきました。私がここに来た理由あなた達なら理解できますね?」

 

 真っ青になる男たちを他所に、聖天子様は蓮太郎さんの方を向く。

 

 「里見さん、身勝手ではありますが今からあなたには力を、それに伴う責任を持っていただきます。東京エリア国家元首の特権によりIISOの辞令をスキップ、現在をもって里見蓮太郎の序列を千番から三百番に昇格させます。並びに機密情報へのアクセスキーレベルを五に、疑似階級はニ尉に昇格、あなたならこの意味がわかりますね?」

 

 「ああ」

 

 「今の状態ではまだ足りないでしょうが、これより先はご自身で」

 

 聖天子様が言い終わると蓮太郎さんは立ち上がり、拳銃を引き抜き、目の前に立ってある男へ3発撃った。男は叫び声を上げてへたり込むが蓮太郎さんは気にも留めず、周りの男たちを冷ややかに見る。

 

 「誰に、銃向けてんだよ。さっさと失せろ、そして二度とティナに近づくな。拒否すれば反逆罪だ、いいな?」

 

 男たちはへたり込んだ男を立ち上がらせ、足早に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夏世さん、ありがとうございました」

 

 聖天子様の雰囲気は元に戻っていた。まるでさっきの威圧が嘘かのような切り替えに、戸惑ってしまう。

 

 「何もしてないのにお礼を言われても、困ります」

 

 「そんなことはありませんよ、隣にいていただいただけでも心強かったですから」

 

 「・・・・・」

 

 「そんなに照れる程、嬉しかったのですか?」

 

 「照れてなんて、いません。普段通りです」

 

 「素直じゃないですね・・・・・・・さて、里見さん」

 

 「・・・・・」

 

 立ってはいるが、蓮太郎さんはボロボロだった。服は破れ全身傷だらけ。無事なところを探す方が難しいと思える程だった。

 

 「何があったのか大体察しがつきますが、後ほど詳しく説明していただいてよろしいですね?」

 

 「解ってるよ」

 

 「なら結構です。それでは」

 

 最後に聖天子様は微笑みを浮かべて去って行きました。後に残ったのはボロボロな状態で立っている蓮太郎さん、倒れたまま起き上がれない少女、見ていることしかできない私。

 

 「蓮太郎、さん」

 

 「夏世、悪いなこんな格好で。見ての通り立て込んでたもんでな。それでどうしたんだこんな時間に、あの二人が一緒じゃないなんて珍しいな?」

 

 ボロボロな状態でありながら、蓮太郎さんは穏やかでした。

 

 「訳があって別行動してるんです。心配しなくてもお二人ならいつも通りですよ」

 

 「・・・・そうか。でもいくらお前が優秀でも一人で行動ってのは少し心細くないか?あの二人らしくない考えだな」

 

 「追いかけてる相手がそれだけ厄介だってことです。蓮太郎さんも無事・・・・・とは言えないですよね、そちらの方は?」

 

 「悪いな、事情があって今は教えられない。ただ、また今度なら、教えてやれる」

 

 「そう、ですか。・・・・・私、用事思い出したので失礼しますね。すいません、お邪魔しました」

 

 「・・・・・・・ああ」

 

 ここにもお二人はいませんでした。外は暗く、他のビルも覆い隠してしまう程でした。明かりとなるのは輝く星と遠くの街灯のみ。ここにお二人がいなかったということは、近くのビルも同様でしょう。近ければ蓮太郎さんが、お二人が気づいているでしょうから。

 

 下校時間はとっくに過ぎている。イニシエーターとはいえ出歩いているところを誰かに見られたら後々面倒になってしまう。明日もお二人を探すならもう戻らなければいけない。

 

 「・・・・・久しぶりとはいえ、やはり一人は寂しいですね」

 

 かつて将監さんが亡くなった時にも味わった喪失感が再び襲ってくる。レイさんライさん、今どこにいるんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 




暫くは夏世視点で書いていくつもりでいます。作者としてもレイとライを見つけるまでは基本、夏世をメインで続けようと思ってます。えっ、具体的にはどのくらいかって?・・・・まぁ多分そんなに長くはかからないと思いますよ(適当)
それではまた次回。


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会いたかった人と、そうでない人

本当の本当にお久しぶりです。去年の10月を最後にパタリと活動していなかった作者です。そして実は、3月の活動報告以降あまり執筆しておらず、急いで投稿しようと慌ててたりもします。
・・・・・さぁというわけで、今回も夏世の話の続きです。


 結局、朝まで探し回ることになったが、二人を見つけることは叶わなかった。これ以上探しても見つかるかわからない。再びイニシエーターを恨んでる人たちに追いかけられることになるかもしれない。だから、そうならないように一度学生寮に戻ろう。そう思って歩いていると、見知った人に話しかけられた。

 

 「なぁ、ちょっといいか?」

 

 「・・・・・・」

 

 確か上条さんだったか。寮は同じだし何度か会ったことはあるが、私自身が基本的に外を出歩かないこともあって接点はそんなにない。ただ、レイさんとライさんはクラスが同じらしく、よくつるんでると二人から聞いたことがある。

 

 「えっと、夏世だっけ?こんなとこでどうしたんだ?その様子からして学生寮から出てきた訳じゃなさそうだし、どっかに行ってたのか?」

 

 「まぁ・・・・・そんなところです」

 

 「・・・そっか。いやでも夜中は物騒だし、警備員(アンチスキル)に補導されたりしたら色々と面倒だぞ?」

 

 「わかりました。忠告として心に留めておきます」

 

 正直、そんなことよりも今は一刻も早く戻りたかった。お二人がいないとはいえ、今、私の帰る場所はあそこしかないから。再び足を動かそうとするが、やはり呼び止められる。

 

 「・・・・・・・なぁあの姉弟がここ最近学校に来てないんだけど何か知らないかな。あの二人、今まで皆勤賞だったのに、急に来なくなったのが心配だって小萌先生が慌てててさ」

 

 どうやら学校に来てないことを心配しているようだった。しかし、それはお二人がいなくなった理由について何も知らない事を意味している。

 

 「他の知り合いにも聞いたんだけど、学校以外でも最近あいつらを見かけなくてさ、もうすぐ大覇星祭があるっていうのに、あの二人がいないと俺たちも他に頼れるのがいなくてな。俺や里見だけじゃなくて、他の奴らも心配してんだ。だから頼む!何か知ってるなら教えてくれないか!?」

 

 純粋に心配してくれている、それ自体は私としても嬉しいことだし、手伝ってもらいたい。でも・・・・・

 

 「・・・・その」

 

 「お願いだ!」

 

 「・・・・わかりました」

 

 上条さんの表情が明るくなる。

 

 「実はお二人は今、風紀委員(ジャッジメント)の極秘任務で学園都市を離れているんです。詳しいことは私にも教えてくれませんでしたが、必ず帰ってくると約束してくれました。ですから任務については、そこまで心配しなくてもいいと思いますよ。なにしろ、あの二人ですから」

 

 「・・・・そうか、そうだったのか」

 

 「はい」

 

 「あいつら、約束は守るタイプだからな」

 

 「・・・・・・えぇ」

 

 「悪かったな、変に問い詰めちゃって」

 

 「・・・・いえ、元はと言えば事前に説明していないお二人が悪いんですから気にしないで下さい。私の方こそ、とっくに知ってるものだと思い込んでました。すいません」

 

 「いやいや教えてくれて助かったよ。ありがとう!」

 

 上条さん笑顔で離れていきました。その背中が見えなくなったのを確認した私も、静かに歩きます。エレベーターに乗り、いつもの階に降りて、いつも通りの距離を歩いて、いつも通り扉を開けて中に入る。バタンと扉を閉める。電気をつけなくても窓から差し込む光が眩しい。ただ、いつもと違い今日はやけに眩しい。眩し過ぎて反射した光の影響で目から涙が溢れて止まらない。

 

 「何が極秘任務・・・・ですか。何が・・・・心配しなくてもいい、ですか」

 

 そんなこと、あるはずないのに。勿論、さっき上条さんに伝えたのは嘘だ。もし二人の知り合いに聞かれた時、余計な心配をかけないようにと、固法さんたちと一緒に決めたでっち上げでしかない。最初、固法さんたちは事実を伏せることに反対していた。知り合いにも話して協力してもらうべきだと何度も言われた。でも、私はそれを断った。くだらない意地を張っていると解ってはいたけど、それを認めるのが嫌だった。・・・・・・自分たちだけで、可能なら自分一人でお二人を見つけたかった。

 

 「理由なんて・・・・・・私が一番・・・・知りたいくらいなのに」

 

 普段は狭いと感じたこの空間を、やたら広く感じてしまう。それはお二人の部屋でも同じで、どこに行っても心細いままの自分が、ひどく幼稚に思えて仕方ない。

 

 結局、涙は止まらないままで、私は座り込んでしまった。膝を抱えて座り込む私は、いつかの里見さんと一緒した時みたいだった。でも、今は自分一人だけ。一度でも一人だと考えてしまうと余計に涙が溢れてくる。一日中歩き回って疲れたのか、瞼が重くなっていく。自分一人だけでは無理なのかと考えていると、それすらも面倒に感じて、私の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・はぁ/ダル」

 

 右手の力を抜く。同時に今まで掴んでいたソレ(・・)がドサッという音を立てて床に崩れ落ち、足元に赤黒い液体が広がっていく。周囲でも、似たような状態のソレ(・・)らが放置されているが、止めるものは誰もいない。

 

 「・・・・はいご苦労様ー」

 

 本心から言ってないのが判るくらい適当な声が、パチパチという音と共に聞こえてくる。振り向くと白衣を着た男が、欠伸をしながら椅子から立ち上がった。

 

 「じゃあ、次行こっか」

 

 こっちを気遣うなんてこと、この男がしてくれるはずもない。傍から見れば調整と称して、「呪われた子どもたち」を引き連れ回してるようにしか見えない。今の今まで息していた相手が、倒れたとはいえ、これで最後な訳では無い。既に何度も同じ事をやってきたために日付などは気にもならなくなった。

 

 「・・・うわ/まだやるの?」

 

 「なに言ってるの?だってまだ予定してた数の半分もいってないんだよ?」

 

 既に周ったビルは片手では足りず、指示されるままに仕留めてきたから疲れもあり、歩き過ぎて現在地もわからない状態にも関わらず続行と言われたら、反抗的になるのも仕方ないというものだろう。足元に倒れているのは、能力者やスキルアウト、獣種などの魔族、プロモーター、「呪われた子どもたち」、一般人、種族や人種を問わず誰しもが倒れたまま、ピクリとも動かない。

 

 「・・・嘘/これで?」

 

 「ほら早くおいでよ、まだ足りないでしょ?お代わりなら沢山用意してあるから!」

 

 白衣の男はさっさと出口に向かってしまう。

 

 「ここに来てる時点で、こんなこと言う資格ないけどさ/アンタ、自分のやってることに罪悪感とかないわけ?」

 

 「ないよ」

 

 男は歩みを止めて、あっさりと言い切った。

 

 「だって今までに相手させてきたのは、大なり小なり人に言えないことをしてきた奴らだよ?仮にバレたとしても、俺たちはあまり罪を問われることは無い筈さ。だから心苦しいなんてこれっぽっちも思ってないよ」

 

 男はそう言うが、実際にそれを見た訳では無いから聞かずにはいられなかった。

 

 「だからって/何も・・・」

 

 「呪われた子どもたち」まで対象にする必要はない、そう言おうとしたのに、

 

 「例え強制されて、嫌だと言えない状況下にあったとしても、従ったのなら、行動したのならそれはもう本人の意志と変わらない。だから対象に含めた。それに今後、善悪の区別が出来るようになったとして、その時に慣れてしまっていたら?心が壊れてしまったら?他を巻き込んでしまったら?・・・・もっと酷いことが起きていたんじゃないかな?」

 

 男は、その問いすら知っていたかのように答えた。

 

 「第一、今更なんでそんなことより気にするの?そんな繊細だったの?ひょっとして、面倒になったからじゃないよね?」

 

 「・・・・/・・・・チッ」

 

 「・・・・・はぁ。君たち、相変わらずなんだね」

 

 男は懐かしいものを見るような、呆れるような、複雑な視線を向けてくる。

 

 「相変わらずってどういうこと?/さっぱり意味がわからないんだけど」

 

 いつか見たような光景が目に浮かぶ。言われたことに対し嫌だとゴネる自分と、お菓子を食べながら無視するもう一人の自分。そしてそんな二人にげんなりしている白衣の男。現在、目の前にいる男と一緒だが、少しばかり若いように見える。一体、何年前の・・・・・いや()の記憶なんだろう。

 

 「・・・・・なんでもないよ、忘れて」

 

 「変なの/何だいつも通りか」

 

 「・・・・・辛辣だなぁ」

 

 「ここまでやって良かったの?/後々ややこしいことにならない?」

 

 いくら許可されていたとはいえ、無抵抗、非武装の相手を一方的に蹴散らしたことに、若干の疑問が浮かんでしまう。

 

 「寧ろ願ったり叶ったりだよ!これを餌に大物を相手してみるのもいいかもね。副菜をいくつも喰い散らかすより、主菜を一気に平らげる方が君たちも満足するだろう?そうだね、攻魔官とか吸血鬼とかはどうだい?」

 

 「・・・・・生憎と少食でして/動いた分しかお腹減らないからお断り」

 

 「随分とコスパいいんだね」

 

 「だってそれ、対峙するの自分だからね/アンタは気楽でいいわよね、安全なところから指示出すだけなんだもの」

 

 「この世には適材適所っていう、それはそれは大変素晴らしい言葉があってだね」

 

 「早くしないと置いてくよ/ボサッとしてんじゃないわよ」

 

 「・・・・・・・はいはい」

 

 男の口振りから、どうやらまだまだ終わらないらしい。さっさと終わらせて楽したいものだ。

 

 (置いて・・・いかないで)

 

 ふと、聞き慣れた声を耳にした。なんだろう、どこかで聞いたような・・・・・そうでないような。聞けば安心するその声が、どこか懐かしいものを思い出させるが、体験した覚えはない。振り向くとそこには不思議な光景があった。あれは・・・・疲れたのか壁を背にして座り込む自分と、呆れて見下ろすもう一人の自分、そしていつまでも泣き続ける見知った筈の誰か。

 

 「どうかした、急ぐんじゃなかったの?」

 

 男の声が、せっかく浮かんだ懐かしい光景を掻き消していく。

 

 「・・・・別に/なんでもない」

 

 まぁ、特に引っかかるものでもないし・・・・・・・・後回しでいいか。男に連れられるまま、次の建物を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、窓の外は既に暗くなっていた。どうやらずっと眠っていたらしい。きゅうぅ、と体が空腹を知らせている。一人で食事を摂るのは心細いが、お腹が空いたまま行動しようとしてもまともに頭が働かないから、そんな時は無理やりにでも食べた方がいいとライさんに散々言われてきた。

 

 「・・・・・」

 

 静かな状況が、余計に不安を掻き立てる。

 

 「・・・・・・」

 

 特に味がしない食事を摂り、嫌な予想を追い払おうとペースを早くする。

 

 「・・・・・ぅ」

 

 どうやら自分が思っていた以上に疲れているらしいこの体は、食事を済ませると今度は再び、眠気が襲ってきた。こんな状態で外に出ても、ロクな事にならないのは簡単に想像できる。とはいえ、すぐに寝るわけにはいかない。今のうちに捜索した範囲を整理しなければ。以前、慣れないだろうからと固法さんに貰った学園都市の地図を広げる。今日探したところにチェックをつける。その地図の隣から、かつてのプロモーター、伊熊将監と一緒に行動していた際に使っていた銃を入れたケースを取り出す。二人と共に生活するようになってからは、使うことを控えていた。というよりも、二人に約束させられたのだ。あの二人は私が銃を持つことを・・・・・否、イニシエーターとして戦うこと自体を良く思っていない。イニシエーターだけを戦わせて、自分たちは安全なところから傍観するのを嫌っているようだった。いくらそれが役割だと説明しても、抑制剤があるからと告げても二人は頷いてくれなかった。よく知る人を思い出すからと、それなら自分たちが代わるからと、だから自分は今までの分も含めて、少しばかり楽になっていいのだと・・・・・尋ねるたびに言われた。

 結果として二人の言葉は正しかった。あの時そのまま諦めていたら知りようがなかった世界を、今までに体験出来なかった幸せを、楽しめなかった生活を送ることが出来たのだから。でもそれは・・・・・二人が隣にいればの話だ。二人がいない今も、その約束を素直に守れるほど自分は賢くない。だから約束を破ってしまうのも仕方のない事なのだと、自分に言い聞かせる。地図を仕舞い、ケースの中を確認し入れてあった銃の整備を終え、他にも使えそうな物をいくつか詰めてその口を閉じる。準備を終えると直ぐに、再び眠気がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うっすらと霧がかかったような視界にただ広いだけの空間。現実味のない状況にも関わらず安心している自分。途端、これは夢なのだとすぐに理解できる。確か“明晰夢”というのだっただろうか。言葉では知っていても体験するのは初めてだった。聞いたところによると、ルールも結果も決まってないが故に、自分の想像を全て実現できるのだとか。

 なら、自分の望むものは決まっている。あの姉弟を、少し前みたいに3人で笑っていられたあの日常をもう一度を望む。

 ほら、ここ数日の出来事が嘘かのようにあの二人が目の前で待ってくれている。

 少し離れたところで、今までに何度も見た優しい表情で手を振っているライさんが、恥ずかしそうにしながらも笑って手を差し伸べてくれるレイさんが、待っている。後は自分がその手を掴むだけ。たったそれだけで再びあの生活が戻ってくるのだから悩む 必要なんて、どこにもない。

 そして、3人で過ごしている光景を、かつて自分の在り方を肯定してくれたプロモーター、伊熊将監に見てもらえば全て満足な結果となる。口は悪いが、なんだかんだで理解のある人だから、こんな結果も認めてくれるだろう。

 

 「・・・・何を腑抜けたこと言ってやがんだ夏世」

 

 ほら、思った通りじゃないですか。やっぱり将監さんは、いい人なんですよ・・・・口は悪いですけど。あと急に背後に立たないでくださいよ驚いたじゃないですか。

 

 「・・・・・解ってねぇな。ホントにこんな陳腐なので満足なのかよ」

 

 ・・・・相変わらず冗談がキツいですね将監さんは。見てくださいよこの光景を。将監さんの他にも私たちを理解してくれる人がいるんです。こんなに嬉しい事が他にありますか。

 

 「冗談な訳ねぇだろうが。冗談だったらもっと笑えるやつを言うに決まってんだろ。いいからとっとと目を覚ましやがれ。いい加減、あまりの退屈さに欠伸が出て止まりやしねぇ」

 

 私は常に正気です!将監さんこそいい加減にして下さい!さっきから聞いていれば人の幸せを“陳腐“だとか“退屈“だとか。何が気に入らないって言うんですか、はっきり言って下さいよ!

 

 そう言い返して振り向くと、眼の前には幾度となく見てきた巨剣が突きつけられていた。

 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、それは出来なかった。かつて伊熊将監という男が好んで使っていた巨剣が半ば程から切っ先にかけて折れており、折れた先からは赤い液体が滴っていた。

 

 将監・・・・さん?

 

 「これでも気付かないってんなら、流石に蹴りの一つでもくれてやるつもりだが?」

 

 気付かない訳がない。思い出せないハズがない。だって、もう既に伊熊将監という男は・・・・。

 

 「やっと理解できたかよ。ったく、いつまでたってもトロいじゃねぇか。偶には進歩ってモンを教えてくれよ」

 

 将監さんの口元を覆っているドクロスカーフが静かに揺れる。

見上げるとそこには今までに何度も見てきた獰猛な笑みではなくて、数える程しか目にしたことのない、静かな笑顔だった。

 

 「もう一度、あの二人を見てみやがれ」

 

 将監さんに言われるがまま、ちらりと姉弟(ふたり)の方を見る。そこにいつもの姉弟(ふたり)はいなかった。そこにいたのは、見たこともない二人の少年少女だった。年齢は自分と同じくらいだろうか。さっきよりも距離が離れていて正確には姿がわからない。けれど、その声ははっきりと聞こえていた。

 

 「痛い、痛いよ先生」

 

 「もう嫌なのに・・・どうして続けさせるの」

 

 聞こえてくる声はそれだけに留まらず、聞こえるどれもが、そんな言葉となって周囲に木霊する。

 

 「待ってるだけでいいならそれで構いやしねぇ。望むだけで手に入るならそれに越した事はねぇ。でも、欲しいものは何がなんでも自分から掴んでいかなけりゃ面白くねぇだろうが。そもそもの話、そうでなけりゃ今まで背中を預けてた俺自身が満足できねぇ」

 

 再度、将監さんに向き直ると、その背後には暗い空間が見えてくる。その奥には、いつもあの姉弟(ふたり)と共に過ごしていた部屋が広がっていた。

 

 将監さん・・・・・どうしてあの時、私の合流を待っていてくれなかったんですか。なんで、私も一緒させてくれなかったんですか。

 

 ここで起きる全てが自分にとって都合のいい夢だと解かっているのに、それでも答えて欲しかった。将監さん自身の言葉ではないと知っていても、聞かないわけにはいかなかった。

 あの時、私がもっと早く罠に気付けていれば、慌ててグレネードを撃たなければ・・・・なんて、今更言ったところでそれは変えようのない事実なのだから、叱って欲しかった。

 

 「お前がトロいなんて、そんなことはこの俺が誰よりも知ってんだよ。・・・・ただ、あの時は色々な事が重なっちまっただけで誰も悪くねぇ。あそこでお前に待機してもらったのだって、俺が他の奴らと群れる事になったのだって、あの仮面野郎がいたのだって、結局は偶然で誰も責められる必要なんてありゃしねぇんだよ」

 

 けれども、将監さんは私を叱らなかった。巨剣を仕舞い、その代わりに、将監さんの無骨な手が私の頭の上に静かに置かれた。

 

 「初めてだな、こんなことすんの」

 

 力任せに、乱暴に撫でられているハズなのに、どこか安心できるのは、何故だろうか。

 こっそり顔を見ようとすると、将監さんはぐいっとそれを押さえつける。

 

 「・・・・・見んじゃねぇよ照れくせぇな」

 

 将監さんの顔はやはり赤くなっていた。この人にも照れる行動なんてあったのか。そこそこ長かった付き合いなのに、意外と知らない自分たちに驚きを隠せない。

 

 「だから、見んじゃねぇっ!」

 

 再び雑に頭を撫でられる。その力加減はもはや撫でるというよりも、振り回すと表現した方がいいかもしれない。

 

 「・・・・・漸く腹ぁ決めたみてぇだな。相変わらずのんびりしやがって」

 

 はい、決めましたよ将監さん。もう私は望むだけ望んで待ってるなんてつまらない事はしません。自分から掴みに行きますよ。

 

 「・・・・・・・ったく、こんな時(最期)まで世話かけんじゃねぇってんだ。ガラにもなく声かけちまっただろうが」

 

 もう、目の前に将監さんの姿はなかった。無骨な手も黒い巨剣も消えていた。ただ、伊熊将監という粗野なプロモーターが常に口元を覆っていたドクロスカーフだけが足下に落ちていた。それを拾い上げ、薄暗い部屋に足を進める。

 もう背後から泣き声は聞こえなくなったていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこはやはり薄暗い部屋。自分以外に誰がいるわけでもなく、静かなままだった。でも、もう悲しむ必要なんてないと将監さんが教えてくれた。欲しい物は自ら手に入れると、かつて組んでいた時のように動くのだと、思い出させてくれた。なら、もう迷わなくていい。ケースを手に取り、実は将監さんのドクロスカーフを参考に、今までこっそり作っていたスカーフを棚から取り出し首に巻いて、最後に手に馴染むショットガンといくつかの予備弾薬、その他にも閃光弾や発煙筒などを装備して部屋を出る。

 外は暗く、明かりとなる月も雲に隠されて視界もあまり良くないが、これでも私はイニシエーターで、モデル因子はイルカ。例え暗闇で見えなくても音が反響していればある程度の方向は把握できる。流石にヒトとイルカとでは聞き取れる周波数が異なるからそのまま再現するのは可能だが、それでも『呪われた子どもたち』と呼ばれるこの存在が、イニシエーターとしての役割を持つこの体が、ヒトと異なる力を多少でも実現可能にさせてくれるのだから複雑な気持ちだ。

 昨日まではあんなにザワザワしていた心が、今では不思議と落ち着いている。ここ数日間で何度も行き来した道だから、迷う心配なんて考えなくていい。幸いなことにいくつもの街灯があるから闇を恐れる必要もない。ただ気がかりなのは警備員(アンチスキル)や攻魔官と鉢合わせないかという一点である。持ち歩いている物、完全下校時刻を大幅に過ぎているという自覚、プロモーターと離れ、独断行動しているイニシエーター、補導される要素しか見当たらないのである。

 以前は事情もあって最初から細い路地を探したが、今回は訳あって人の少ない場所、例えば最近になって封鎖された施設や取り壊し予定となった建物など、人気の少ない開けた場所をメインに当たってみるつもりでいる。

 時間帯を考えれば当然だが、やはり人気はない。夏休みも終わったというのに、外の気温は高くまとわりつくような暑さは未に健在であった。何より足元やあちこちに建てられているビルといったコンクリートがより暑さを感じさせているのは、気の所為ではないだろう。

 

 「・・・・っ!」

 

 ただ歩いてるだけで汗が止まらなくなっているが、これでも日中と比べればマシな方と言えるだろう。

 第七学区にある学生寮を出て東方向へ進み続け結構な時間を歩いたと感じ始めた頃、遠目に研究施設っぽい建物がちらほら見えてきた。となればあの方向が今回の目的地である第二三学区だろう。結構なペースで動いていたとは自覚していたが、まさかもう第一八学区に入っていたとは思いしなかった。ちなみに今更ではあるが、このややこしい土地について説明をしておこうと思う。

 地図でいう北側は“民警エリア”、中央は“超能力者開発エリア”、南側は“魔族特区エリア”と便宜上は分けられているが外周区には等間隔でモノリスがあったり、学力にもよるが基本的にはあちこちの学校に職業・種族・能力関係無しに分けられるなど、実はそこまでの拘束力はなかったりする。学生寮などはその最たる例で学校の教師でさえ、どこの学区に誰がいるのか把握できていないのではないか、と思うくらい点在しているのである。

 こんな振り分け方をした方とは仲良くできそうにない、などと考えながら足を動かしているとフェンスに遮られた。閉鎖されたとはいえ、一応は能力開発などの研究施設だった事は確かなようである。

 

 「・・・・・まぁ、関係ありませんけど」

 

 とっくに封鎖されているとはいえ、一応警備システムが生きてないか確認するために足元に落ちていた石を一つ投げ入れ、反応が無いことを確認すると慣れた動作でフェンスを超えて静かに侵入する。無いとは思うが、基本的に人に見つかるのは避けたい。ライトは使わずに、音の反響を利用して進んでいく。建物については完全に勘に頼るしかないというのが悔しいが、それでも人が動いていれば多少の物音はするだろうからそれを頼るしかない。

 まずは距離的に1番近い建物に近づき耳を澄ませる。当然だが音はしない。危険だが落ちていた空き缶を放り、反響音に意識を集中させる。

 

 「反応は・・・・ないですね」

 

 続けて似たような建物に今度は金属片を投げ入れる。正直投げ入れる物は何でも構わない。音に反応した“何か”を見つけるのが目的なのだから拘るだけ時間の無駄である。緊張している生き物は例え僅かな音であっても反応せずにはいられないものだ。ソレが衣擦れであれ、息遣いであれ何かしらの反応はあるだろう。後はそれを反響音から聞き取るだけである。

 

 「また、なし・・・・・・ですか」

 

 まだ建物はいくつもある。たった2箇所当たって何もなかった位で凹んでなんていられない。それに、予想がハズレたとしても、この学区以外にだって似たような施設はいくらでもあるのだから、次はそこへ向かえばいいだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も似たような状況で建物を入り口から覗いては反響音に耳を澄ませるということを繰り返すこと2〜3時間くらいはは経っただろうか。まだ回ってない建物も残り半分以下になり、慣れた手付きで石を投げ入れ反響音に耳を澄ませていると、僅かにだが反応があった。正確には石を投げ入れようとしたタイミングで、外を目指して走ってくる魔族と鉢合わせた。

 

 「・・・・・えっと」

 

 「ひぃっ!?な、なんだお前!アイツらの仲間かっ!?」

 

 「いえ私は・・・・」

 

 「違うならそこをどいてくれっ!は、早くしないとアイツらが!?」

 

 目の前まで走ってきた魔族の男は、慌てた様子で何度も背後を確認している。

 

 「と、とにかく違うんだな!?・・・・・・良かった。すまねぇがアンタ、他所の学区まで一緒に動いちゃくれねぇか?」

 

 私は違うと判断したのだろう、安堵した彼は共に行動して欲しいと提案してきた。正直言えば魔族の彼が逃げ出す程の“何かしら”があるここを調べたいところだ。なんだったら早く勝手に去って欲しいのだが、それだとこんな時間に色々と危うい立ち場の私が出歩いているのが、警備員(アンチスキル)とかにバレてしまうかもしれない。となれば、後々の面倒を考えたら今はこの男と共に行動するのがいいだろう。こんな時間に逃げてくるくらいだから、この男にも公には言えない事情があるハズ。なら、無事に保護するのを条件に、お互いのことは何も知らなかったということで黙っていてもらうのがいいだろう。未だ、風紀委員(ジャッジメント)本部にはお二人の事は報告していないと固法さんが言っていた。仮に補導されようものなら、私からお二人の監督不行きから身元偽造まで調べられてしまうだろう。そうなればお二人には勿論、一七七支部の皆さんにまで迷惑をかけてしまう。それだけはどうしても避けなければ。

 

 「わかりました、学区の外まで一緒します。それで構いませんね?」

 

 「あ、ああっ!ここから出られるならアンタに従う!だからよろしく頼む!」

 

 男を先に外に出し、後ろを歩く。だが、階段を降りてすぐに、ドサッという音と共に男は倒れた。

 

 「っ!?」

 

 急いで駆け寄るも既に息はなかった。顔からは血の気が引いており、周囲には見慣れたソレがゆっくりと広がっている。

 突然、背後から人の気配を感じた。足音はしないのに、何も聞こえないのに何故か感じたソレに、振り向かずにはいられなかった。

 

 「・・・・レイさん・・・ライさん?」

 

 ふと、探していた二人を見つけたような気がした。初めて見る少女は、その体躯に似合わない大人びた雰囲気を纏っていた。ほんの一瞬、うっすらとあの姉弟(ふたり)の姿が見えたのに、それも直ぐに消えてしまった。

 

 「・・・・・誰?/迷子?」

 

 しかしその表情は、何も映していなかった。寧ろ、今にも消え入りそうで見ているこっちが不安になってしまう、そんな印象だった。唯一解る特徴は、目が赤くなっていることから彼女がイニシエーターであるということだけ。

 

 「あ〜らら、見つかっちゃった」

 

 赤目の少女の後ろから、白衣の男が薄気味悪い笑みを貼り付けて現れた。思わずギュッと、グリップを握る手に力が入る。

 

 「お〜お〜怖い怖い。初対面なんだから、いきなりズドンは勘弁してくれよ。君、あの二人と仲良しなんだろう?なら俺とも仲良しって事でいいじゃないか・・・・ねぇ、千寿夏世さん?」

 

 こんな胡散臭い男を前にして、力を抜ける筈もない。男の言う通り、確かに私たちは初対面。だけど、それなら何故この男が私の名前を知っている?私がお二人と共に過ごしていることを当然のように受け入れた?私の知るお二人がこの男に連絡するはずがない。なら、どこかで見ていたからじゃないのか。一度でも考えてしまったら止められない。なおさら手に力が入ってしまう。

 

 「・・・・あなた誰ですか?生憎ですが、私はあなたのような胡散臭い男知りませんけど」

 

 「そんなに胡散臭いかなぁ?これでも人受けのいい顔してると思うんだけどさ、ねぇホロウ?」

 

 「そんな訳ないでしょ、どの口が言ってんの?/鏡見てきた方がいいと思うわよ、あと話かけないで」

 

 「この子、あなたのイニシエーター・・・・なんですよね?なんでこんなにキツく当たられてるんですか?。一体どんな恨まれることしてきたんです」

 

 「すぐそこに気付く辺り・・・・・やっぱり君、あの二人に似てるよね。レイもライも相変わらずなようで安心したよ」

 

 お二人を知ってる・・・・・ということはやっぱりこの男が、お二人の能力開発を行った『木原』で間違いない。結果的に警戒していたのは正解だった。言われたまま銃口を下ろしていたら、今頃目の前のイニシエーターにどうされていたかわからない。私もイニシエーターではあるが、基本的には後衛の担当だ。戦うのに慣れていない訳ではないが、それでも不向きなのは自覚している。この男に従っていればきっと今頃、さっきの魔族みたいに倒れていたことだろう。

 

 「まぁまぁ、そう緊張しないで楽しくお話しようよ。ほら、そんな物騒なのは早く仕舞って、笑顔だよ?」

 

 「・・・・仮に銃を下ろしたとして、彼女が襲ってこないとも限りませんし、そもそもの話、アナタの言葉を鵜呑みにする気にはなれません」

 

 向こうから話しかけてきた時点で、この男がお二人の所在を知っているのは事実。仮に知らなかったなら、こんなに笑ってないでとっくに聞いてくるハズ。

 

 「いいぞもっと言え/いっそ当分の間立ち直れなくなるほど凹ませてもらえ」

 

 「ホロウ、キミは一体どこでそんな言葉を覚えて来たのさ。先生は悲しいよ、キミが人を気にもかけてくれないくらいドライになってしまって」

 

 「・・・・言ってなよ、子供は大人の行動を見て育つんだよ/遠回しに言って、日頃の行いだと思う」

 

 「もう少し優しく言ってくれないと、そろそろ立ち直れなくなりそうなんだけど」

 

 私は一体何を見させられているのでしょうか。この張り詰めた空気に全くと言っていいほど合わない会話。とはいえ混ざるなんて出来ないし、そもそも目的以外の事をするなんて以ての外だ。だが、イニシエーターに見張られていては動こうにも動けない。

 

 「・・・・で、どうすんの/連れてくの?置いてくの?」

 

 「うーん、正直迷ってんだよね。何を言っても信じてもらえないんじゃお手上げとしか言いようがないんだから。ホロウはどう思う?」

 

 「人に聞くんじゃなくて、自分でも決めなよ。第一、聞かれたところで最初から決定権なんてないんだし/質問に質問で返されるとか不快だわ。そんなんだから、いつまで経っても未熟だの成長しないだの言われんのよ」

 

 「・・・・じゃあ、取り敢えずついてきてよ。別に途中で引き返しても追わないし、口封じなんてしないって誓うから」

 

 なんかもう、この人が可哀想に思えてきました。何を言っても冷たく突き放され、どんな行動しようと反対されて。ホロウと呼ばれる彼女の性格が故なんでしょうか。それとも本当に日頃の行いなんでしょうか。もうどっちを疑えばいいのか私にはわかりません。こんなにされているのに、この男は未だに笑顔を貼り付けたままです。

 

 「・・・・・・わかりました」

 

 とにかく今は、一刻も早くお二人について知りたい。その一心から、私は銃を下ろして彼らの後を追いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「我ながら、今更だとは思うんですが・・・・私、騙されてませんよね?」

 

 いつ取り押さえられるかと身構えているのだが、そんなことにはなっていない。それどころか、『木原』の男とホロウと呼ばれる彼女は並んで私の前を歩いている。

 

 「まっさかぁ。最初からそのつもりなら、今頃はとっくに機械に繋いでるよ!それに、いつでも逃げられるでしょ?別に取り囲まれてる訳でもないんだし、それくらいイニシエーターのキミなら余裕なハズだよ」

 

 確かにそれもそうだが、どうにもこの男の言葉が素直に信じられないのは私だけなのか。

 

 「ハッ、どうだか?最初は優しく接しといて後でヒドい目に遭うかもよ/コイツの言うこと全て信じるなんて病院紹介するレベルよ。話半分でも生ぬるい、多くても3割くらいにしておくことを奨めるね」

 

 ・・・・・私だけじゃないらしい。なんか、段々当たりがキツくなってきてる気がする。メンタル鍛えてない人なら寝込むんじゃないかと、初対面の私でも心配になるくらい。

 

 「いやいや、そこは2割くらいに言っといてくれよ!その様子じゃまだまだなってないねホロウ。もっと尖ってくれないと、この『木原』を凹ませることなんて出来ないぞ!」

 

 「・・・・・・/・・・・ッ!」

 

 それでいても尚、一向に気にしないこの男は一体なんなのか。なんかもう、逆に心配になる程にタフ過ぎている。

 

 「あれあれ、どうしたんだいホロウ?まさかもうギブアップかい?まったく、相変わらず幼いねぇ。んーよしよし!」

 

 「・・・・・喋んな耳障りなんだよ。さっさと閉じないとその口開けなくするぞ/ホントに逃げ出すなら今のうちだよ。こんなやつ、気にするだけ時間の無駄なんだから」

 

 「・・・・・」

 

 ホントにどうしたらいいんでしょう。逃げたいけど知りたい。色んな意味で危険だけど、手がかりが見つかるのは確実だし。でもこのままついていったら自分の常識が歪んでしまいそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで、本来とは違った意味で重苦しい雰囲気になってしまったが、どうにか目的地まで案内してもらった。

 

 「他にも連れてきたい子がいたら、いつでも何人でも歓迎するからね!」

 

 「どういう思考回路を辿ればそんなこと言えるのさ/普通に考えて自分の知り合い危険に曝す訳ないでしょ」

 

 信じられますか、目的地に到着してもこの感じなんですよ?普通なら、もっとずっしりとした空気になりますよね!?・・・・勿論声には出せませんが、そう思ったのは事実です。なんていうか、想像してたより何倍も“緩い”人ですね。お二人の表情から察するに、もっと性格的に合わないんだと思っていました。いえ、今の状態でも合わないですけど。

 

 「足元暗いから気をつけてねー」

 

 階段を降りていくつもの角を曲がる、それを繰り返して十分くらい経った頃でしょうか。前を歩く二人の足が止まりました。

 『木原』が何桁かのパスワードを打ち込むとピーという機械音と共に扉が開きました。

 

 「信じられないでしょ、未だにパスワード使ってるんだよ?それも時間で変わるなんて便利な機能はないから、数字さえ知っていれば誰だって入り込み放題!もうセキュリティがガバいのなんの!」

 

 「じゃあさっさと変えなよ/時代遅れって自覚してんでしょ」

 

 「・・・・セキュリティ面を整えるのってね、手間がかかるんだよ・・・・・主に金銭的に」

 

 二人の後に続いて部屋に入るとそこは、いかにもなんの“研究施設”でした。大きなモニターや使う用途のわからない台。棚には謎の瓶があって、床にはこびりついた錆。そして大きな縦型の水槽には・・・・・・・・・探していた二人。

 

 「ッ!?」

 

 その光景に思わず目を見張ってしまった。二つの水槽は同様の液体に満たされており、中ではレイさんとライさんがそれぞれ浮かんでいた。

 

 「よーこそ、「偶然」を司る『木原』、どうしょうもない一族の末端、この俺“木原偶発”の研究所へ!」

 

 聞こえたその声は、さっきまでと何も変わっていない(・・・・・・・)。にも関わらず、呼吸が苦しくなるほど締め付けられている気がするのは何故だろう。急いでショットガンを構え、向き直る。

 

 「まま、そうツンケンしないでお茶でもどう?甘いお菓子も用意してあるよ」

 

 「・・・・結構です」

 

 「ざんねーん。ホロウは?」

 

 「要らない/論外」

 

 銃口を突きつけられているのに、依然として飄々としていられるなんて、やっぱりこの男は信じられない。今だって「用意してある」と確かにそう言っていた。それは、最初から私がついてくると解っていたからだ。一体いつから・・・・・・

 

 「最初から」

 

 「ッ!?」

 

 「リフとメイがね、君たちが一緒にいるのを目撃したっていう報告してくれた時から。不思議とね、解るんだ・・・・・・“偶然”が。今のだってそうだよ?“偶然”キミが何を考えてるのか解ったから、直ぐに答えちゃった」

 

 「いい趣味してるよね/ホント、厄介極まりない」

 

 「目的は、なんなんですか」

 

 「だーから、ホントに危害を加える気はないんだって!今のは単なる自己紹介で、結果的に驚かすことになっちゃったけど、これはホントに“偶然”だよ。だって不公平じゃん、キミはあの二人から俺の事を聞かされてて知ってるっていうのに、俺はキミの事をなーんにも知らない。だからこれを機会に知って貰おうと思って」

 

 一度でも疑ってしまったら、この男の言葉全てが怪しく聞こえてしまう。全てを信じる訳ではないが、それでも聞かずにはいられなかった。 

 

 「長くなりそうだから着替えてくる/できることなら自由にさせてほしい」

 

 「・・・・今の時点で十分自由じゃん」

 

 ホロウさんが出ていって、この男と対面することになってしまった。

 

 「で、話があるなら今のうちだよ?」

 

 「・・・レイさんとライさんは、無事なんですか?」

 

 「安心して、二人は健康そのものだよ」

 

 「なら、もう開放してくだ・・・・・・・」

 

 「うーん、それは無理だよ。だって、まだ研究が終わってないんだから」

 

 「・・・・いつまで、二人を縛り付けるつもりなんですか?」

 

 この男の表情は一向に変わらない。それどころかより一層明るくなってきている気がする。

 

 「縛り付けるだなんて、それは勘違いだよ。そもそも今回はあの子たちに何かしらの考えがあって、自分たちの意志でここに来たんだよ。まぁ実験については俺から交換条件として誘ったんだ。俺の実験に手伝ってもらうのと、彼らの知りたいことについて教えるって取り引きしたんだ。・・・・・もちろん、キミには秘密」

 

 「・・・・さっきのホロウっていう子はどうしたんですか?」

 

 質問を変えても男の様子は変わらない。質問で揺さぶるのは逆効果になりそう・・・・というか、このままだとこっちが飲まれるかもしれない。

 

 「“偶然”路地裏で倒れてるのを見つけてね、リフとメイに運んでもらったよ。あのまま放置してたら、一部の人達にもっとヒドい目に遭わされてたかもしれないからね。だって嫌じゃん?ボロボロになってた子がいるのに、自分が見て見ぬふりしたせいで、後々八つ当たりされる為だけに生かされるなんて、そんなのもう後味悪いなんてレベルじゃないよ」

 

 「じゃあ、救ってもらった礼に手伝うってあの子から言い出したんですか?」

 

 「そうだよ。でもまぁ、今だって本調子じゃないから、安定するまでの間だけね。その代わり、リフとメイは休暇ってわけ。流石にイニシエーター3人と一緒に行動なんて、目立ち過ぎるからね。基本的に、誰だって自分から進んで動きに制限をかけたがる人なんていないでしょ?」

 

 「それは・・・・そうです、けど」

 

 ふと思った。

 何か、引っかかる。

 この人の言葉そのものに違和感を感じる。

 あの姉弟(ふたり)が無事なのかとい現状についてはすぐに言い切るのに、私たちを見かけたとかホロウを救ったとか過去の出来事については饒舌なのが、特に引っかかる。はっきり言うなら『言葉数』だろうか。基本的に人は、自分の得意なことについては饒舌になると、以前誰かが言っていた。ましてや、この男は『木原』。それは同時に“学園都市”という最先端科学の本拠地、その暗部(裏側)にも通じている研究者である事を意味している。

 彼は言っていた。自分(木原偶発)が『偶然』を司る「木原」であると。そして、あの姉弟(ふたり)は能力とは別に、憑依することが可能だと言っていた。もちろん私自身、一度は体験してその結果助けてもらったから、それは疑っていない。しかし、そもそも『憑依できるということ』自体が可能になったのは“偶然”だと言っていた。

 『呪われた子どもたち(イニシエーター)』という立ち場である自分だから科学という言葉に強くない。だけど・・・・だからこそ思った。科学に偶然があり得るのか(、、、、、、、、、、、、)と。能力という注目する対象によって過程が異なるものの、最初から決められた式に則って開発するという構図自体は、どれも同じハズなのだ。なら・・・・偶然なんて言葉でキレイに纏まらないのではないだろうか。

 

 「・・・・・なら」

 

 今ならまだ留まれる。引き返せる。この人の言葉を鵜呑みにして、いい子(・・・)にしてお二人を待つことだってできるだろう。・・・・・でも、それだと納得出来ない。イニシエーターの自分がではなく、あの姉弟(ふたり)と過ごしてきた自分がでもなく、なにより・・・・・欲しいものは自分で掴み取ると己に誓った自分が満足しない。

 だから、躊躇わない。

 

 「それなら、レイさんとライさんが私の前からいなくなったのと、ホロウ(あの子)が私の前に現れたのも偶然(・・)なんですか?」

 

 

 




そうか、夏世の視点で進めていくとこんな展開になっていくのか・・・・・なんて今までの姉弟との違いに作者自身が1番驚いてたりします。そしてやっと決まった『木原』の名前。決めたはいいけど名前が安直で不安になってたりします。胡散臭いのは据え置きです。


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例え意思を無視する事になったとしても

お久しぶりです。最近は半年以上書き溜め(という名の放置)で先延ばしにしてます作者です。
そんな感じで前回に引き続き、今回も夏世目線で進行していきます。もうしばらくこのままで続いていきます。いつまでかは作者にも解ってません、だって深夜テンションですからねエッヘン(つまりはいつも通りです)


 「あっはははははっ、そうだよね!。普通気付くよね!!。あははははは!」

 

 男の笑い声は周囲に響き渡って、私の耳へと入ってくる。それだけでもう、解る。解ってしまう。さっきの違和感こそが答えそのもの(、、、、、、)なのだと。

 

 「正解・・・・・なんですね?」

 

 「それはもー、大正解過ぎて頭撫でてあげたいくらいだよ!こんなに俺の意図を汲み取ってくれる子は久しぶりだね。うーん、ご褒美あげたくなってくる!」

 

 「ならお二人を開放して下さい。それ以外には何も要りません」

 

 「残念だけど・・・・・それだけは無理。他のだったらなんでもいいんだけどね。これホントだよ?でも・・・・それでもし、『はいどーぞ』って言われて、キミ自身が納得できるの?」

 

 やっぱり、この男は解ってる。私が何を欲しているのか、何を望んでいるのかを。ここで私が別の事を考えたところで、この男には筒抜けだと、これまでのやり取りで解り切っている。

 

 「なら、教えて下さい。・・・・・どうしてこんなことをするんですか?」

 

 「多重能力者(デュアルスキル)・・・・・・それが学園都市の、『木原』の追い求めてるものなんだ。幸いなことにあの姉弟の能力は、今までに例のないオリジナル。それだけでも十分に希少な代物。それを多重能力者(デュアルスキル)で使いこなせる人が出てくる。しかも憑依という形ではあるけど移植可能ともなれば、その見返りは計り知れないものになる。・・・・・例えその結果、姉弟(ふたり)の意識が擦り切れて使い潰すことになってしまったとしても、それについて僕は興味なんて無いんだけどね。使えなくなったら、また別の能力を開発して似たような実験を繰り返す・・・・・・それだけだよ」

 

 「だったら・・・・・」

 

 「俺が望むのは、今よりも遥かに上の立ち場。ちょっとやそっとじゃ揺るがない『木原一族』の中でも“絶対“に近い身分」

 

 この男は、自分の為だけに利用するというのか。自分を頼ってきた生徒を。共に過ごしていた生徒を、組織内で己が成り上がる為だけの道具にしようというのか。

 

 「レイさんとライさんは、その事を・・・・・知ってるんですか?」

 

 「互いに利用し合う関係上、気づいてるんじゃないかな」

 

 「話、長過ぎ/流石にもう終わったわよね?これ以上待たされるのはゴメンよ」

 

 まだ聞き足りないのに、そこにタイミングよくホロウが着替えてくる。

 

 「まるで狙っていたかのタイミングじゃん。実はこっそり聞いてたとか?」

 

 男は白々しく口にする。

 

 「よく言うよ、自分から呼び出した癖に/どうせ、早いとこ彼女を追い出したかったんでしょ」

 

 「改めて紹介するよ千寿夏世、彼女の名前は虚ろな嘘つき(ホロウライン)。いつもはホロウって呼んでる。仲良くしてあげてね・・・・・・ハイ握手してー!」

 

 だけど、私はそれに従うつもりなんてないし、彼女も手を差し出してこない。

 

 「・・・・・ホロウ、さんにお聞きします」

 

 「どうぞどうぞ/手短にね」

 

 「この男に会うまでの、あなたのことを教えて下さい。どこの学校に通っていたとか、どこに住んでいたとか・・・・・誰かと過ごしていた、とか」

 

 声が震える。緊張ではなく恐怖から身体が強張ってしまう。

 

 「・・・・・・別に、何もないよ/教えられる程のことなんて覚えてないし」

 

 耳に届いたものは、1番聞きたくない内容だった。

 

 「何も、思わないんですか?」

 

 「気が付いたらここにいて、目の前にはこの男がいただけ/全然、おかしいことなんて何もないけど?」

 

 男はさっきからずっとニコニコと人当たりの良い表情を貼り付けている。いや、ひょっとしたら状況そのものを愉しんでいるのかもしれない。

 

 「解ってもらえたみたいだね。この子たちは何も知らないよ。気づいた時からここにいたとしても、カーテン越しに見える水槽の中に何かが浮いていたとしても、自分たちが一体どんな存在なのか・・・・・なんて“そんなどうでもいいもの”への興味なんて最初から持たせてない。だから何を聞いても時間の無駄だよ?」

 

 「そん・・・・・な」

 

 「あーあ、こんな“偶然”あるんだね。まさか俺の予想がハズレるなんて。俺はてっきりキミの言葉がきっかけになってホロウが気付く、なんていう感動的な物語を期待してたのに。あー残念」

 

 残念と言いつつも、男はずっと笑っている。

 

 「満足してもらえたかな?取り敢えず、もうこれ以上何を聞いても無駄だって事が解ってもらえたみたいだね。さぁさぁ、ご満足いただけたならお帰り下さいな!扉は開けてあるからねー。あぁっ、それとも、もしかして実験が終わるまで手伝ってくれたりするのかなっ!?もしそうなら、終わった瞬間に二人と会えるからね。うーん賢いっ!」

 

 今ここで気の済むまで暴れたとしても、それは感情に振り回されただけで納得出来ない結果となるだろう。取り押さえられて実験に利用されるだけならまだマシだ。最悪の場合、もう二人に会えなくなるかもしれない。

 なら、何もしないと言っている今のうちに帰るしかない。この場に残りたいと抵抗する体にどうにか言い聞かせ歩いて来た通路を引き返す。

 いくつもの階段を昇っては通路を何度も曲がる。来たときには真っ白く感じた空間が、暗く見えた。

 それからはどうやって帰ってこれたのか覚えてない。気づいたら玄関の扉を閉めて、そのままいつものように眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どォいうつもりだ?俺の耳がおかしくなッてなければ、オマエの言う頼みッてのは、頼む相手間違ッてンじゃねェのか?」

 

 次の日、目を覚ました私は最低限の身支度を済ませ真っ先に人に会いに向かった。

 

 「・・・・・いいえ、合ってます」

 

 私の記憶が正しければ、今目に前にいる白髪赤目の男、一方通行(アクセラレータ)は、あの姉弟(ふたり)に兄と呼ばれていた。それでいて私の覚えている限り、呼ばれた本人もそのことを強く否定していなかった。だからこの人に、学園都市の超能力者(レベル5)第一位に、今なお『行方不明』ということになっている姉弟(ふたり)を元に戻す為に臨時でプロモーターを行ってもらいたいと、そう頼んだのだ。

 

 「いいか、この際だからはッきり伝えてやる。アイツらは俺の兄妹でもなンでもねェ。テメェで望んだ実験の過程で、結果として兄妹という形にはなッたがな、うろちょろされて鬱陶しいだけだ。頼んでもねェのに絡ンできやがッて、勝手に頼れとかほざきやがッて、騒ぐだけ騒いで挙句の果てには消えてンじゃねェかよ。寧ろ清々するね。最近はただでさえ面倒くせェのにチョロチョロと付き纏われて邪魔くせェのに、これ以上自分から手間増やすなンてマヌケのするこッた」

 

 缶コーヒーを飲みながら気怠げに言い捨てる一方通行(アクセラレータ)。そんな彼の首には、ついこの間まで無かった黒いチョーカーのような物がついていた。そこから伸びているコードが後頭部に繋がっているのを見るに、厳密には何かのスイッチだろうか。それと同時に、右手で杖をついている事もきっと偶然ではないのだろう。

 

 「・・・・・・・」

 

 「わかったらオマエ、俺の気が変わらないうちに視界から消えろ。生憎と今は先約があッて、おままごとに付き合ってやる暇はねェンだよ。理解できたらさッさと・・・・・」

 

 「それは、あの二人が木原の男にいいように利用されているとしても、ですか?」

 

 「・・・・・なら、なおさら関係ねェだろうが。それこそテメェで解決しやがれ」

 

 「・・・・・・・」

 

 「あっ、さっき来たばっかりなのに、もうお帰りなのってミサカはミサカは落ち込んでるお客様を心配してみたり!」

 

 「・・・・うるせェ」

 

 「何も追い返す必要ないでしょって、ミサカはミサカは冷酷なアナタを責めてみたり!」

 

 「・・・・・お邪魔しました」

 

 何処かで見たような顔した子供が何やら騒いでいるが一方通行(アクセラレータ)が気にしているようには見えない。

 

 騒ぐ二人に背を向けて、病室を後にする。ただ呆然と外のソファーに座り続け、思考が纏まらないまま時間を過ごしていると、突然声をかけられた。

 

 「あれっ、お前確か・・・・・・・よくレイたちと一緒にいたよな。何してんだこんなところで?」

 

 「・・・・・・?」

 

 顔を上げると、時期的にもまだまだ暑い外を歩いて来たのだろう、汗だくになりながらもパーカーを着たままの高校生、暁古城がそこにいた。

 

 「最近あいつらを見かけなくてさ、凪紗や浅葱が心配してんだ。結局、大覇星祭でも姿を見なかったし何か事故に巻き込まれて大怪我したとか!?」

 

 「いいえ違います!お二人は今、極秘任務で学園都市の外に出てるらしいんです!私もついこの前知らされたばかりなので、内容はわからないんですけど、無事だと思いますよ。いつもみたいに飄々としていましたから」

 

 今、余計な事を言って動揺させるのは良くない。仮にお二人の事を知っているこの人に現状を知らせれば、蓮太郎さんたちと共に探そうとしてくれるだろう。だが、それでは混乱させるだけでなんの解決にもならない。こればっかりは誰にも頼らずに自分の力のみで解決しなければいけない。

 

 「・・・・・なんだ、そうだったのか。悪かったな答え難い事を聞いちまって」

 

 「いえ、構いません。ところで暁さんはどうして病院に?」

 

 「あー、実は知り合いが倒れたって聞いてな。その見舞いなんだ」

 

 「・・・・そうなんですね」

 

 「あぁ、悪いな声かけちまって」

 

 「いえ、それでは」

 

 とにかく、ここで落ち込んでいたって進展なんてしない。今は寮に戻るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に戻ってきたとしても、自分を迎えてくれるあの二人がいる訳でもなく、依然として静かなまま。誰もいないところで独りは寂しい。

 ふと、窓の外でガシャーンという何か重いものが、別の重いものとぶつかったような音が聞こえた。窓越しに顔を出して覗いてみると、車が一台、電柱に突っ込んで爆炎を上げていた。事故だろうか、大破した車の近くで全身黄色の服に包まれた人が歩いていた。あの人を避けようとして電柱に突っ込んでしまったのだろうか。余程重症なのか、運転手が出てくる素振りはない。かと言って事故の様子を見に来た周りの人たちも助けようとはしないで見つめるばかり。そのうちの一人が黄色の人に駆け寄り、何かを伝えているように見えた。しかし何故だろう、すぐ近くで起きている光景なのに会話が聞こえない。自分はモデルドルフィンのイニシエーター、例え籠もった空間の中であっても大抵の音は拾えるハズだ。いったい何が・・・・・辺りを見渡していて、そこで気づいた。ここ最近はずっとお姉弟(ふたり)を救い出す方法を見つけようと、日中に外をうろついては夜になると寮に戻って睡眠を取るという行動を繰り返していただけだった。特に掃除をしたり空気を入れ替えたりなどは行っていなかった。別にしなかったという訳ではないが、本当に気が付かなかったから出来なかったのだ。たった今わかるまで気が付かなかったということは、ひょっとしたら無意識のうちにお姉弟(ふたり)との思い出を消したくないと、あの姉弟(ふたり)ならいつの間にか戻ってきてくれるかもしれないと願っていたからなのかもしれない。だから窓を開けようとしたのは久しぶりだった。

 久しぶりに窓から部屋に入ってきた風は、もうすっかり冷たくなっていた。いつの間にか季節はすっかり夏から秋へと移り変わっていたのだ。さっきと同じところへ顔を動かすと、黄色の人はいなくなっていた。気の所為だったのだろうかと思ったが、車は依然として燃えたままであることから現実であることは間違いない。ただ、一つだけ違う点があった。車が炎上しているのを遠巻きに見に来ていた人達が全員横になったまま動かなくなっていたのだ。どういうことだろうか、気になって様子を確認しに行ってみる事に

 玄関を出ようとを脚動かそうとした途端、さっきまで外から流れ込んでいた風が止まった。それは自分に対して行かない方がいいと誰かに呼び止められているような、そんな気がした。だが、それも気の所為でしかない。だって今ここには自分しかいないのだから。窓を閉め今度こそ部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出て、すぐにさっきのところへ向かう。そこには何人もの人が倒れていた。一番近くで倒れている人のところへ駆け寄り声をかける。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 反応はない・・・・が、かと言って、息をしていないという訳でもない。傷付いている訳でもないから気絶していると見ていいだろう。他の人達も同様だろうか。一先ず命に別状はないようで安心したが、こんな大人数が同時に気絶するなんてあり得るのだろうか。今までの経験から考えたら真っ先にガストレアが思い当たるが、可能性から考えたら物凄く低い。というのも、もしそうだとしたら今ここで倒れてる人達は五体満足ではないのだから。それにもっと悲鳴があちこちから聞こえてもおかしくない。魔族だという線も同じ様な理由で考えにくい。ならば力を誇示したい能力者だろうか・・・・・・いや、だとすれば警備員(アンチスキル)の到着があまりにも遅過ぎる。

 なら、一体なんだろう。ガストレアでも魔族でも能力者でもない、私の知らない何か(・・・・・・)がこれを引き起こしているのか。

 

 「・・・・・・」

 

 これも全てあの男(木原偶発)が仕組んだ事かもしれない。だけど・・・・・わからない。今まで人目から隠れて行動していたあの男が、この街(学園都市)全てを巻き込んでまで実験に踏み切るのか?話でしか聞いたことはないが、今までひっそりと実験してきておいて、大詰めになった途端に真逆の事をするだろうか?試運転なら理解出来なくはない。改めて倒れている人達に目を向ける。

 能力者と思われる学生、警備員(アンチスキル)、魔族、イニシエーター、プロモーター・・・・年齢も性別も対象も全てがバラバラ。

 いくらあの男(木原偶発)でも、試験運用とはいえ、ここまで無差別に、大人数に狙いをつけるか?いや、決めつけるのは簡単だけど、証拠がない。能力を使った痕跡が、明確な外傷が存在していないのだ。だから違うとも言える。

 

 「・・・・・・無差別に、無作為に」

 

 今までの考えを踏まえた上で絞り込むなら・・・・・外部の人間。知らない何か(不可思議な現象)を起こした人は、この学園都市という対象そのものに騒ぎを起こしている?だとすれば納得できる。獣人や吸血鬼の生活している『魔族特区』という枠で狙われるとしても、条約やら何やらが枷になるはずだ。その上、イニシエーターやプロモーターといった民警の活動している『東京エリア』という枠であっても似たようなものだ。

 だが、それが『学園都市』というカテゴリーであったならば話は変わってくる。今自分達のいるここ(・・)以外に『学園都市』があるという話は、レイさんやライさん、固法さんたちにも聞いたことがない。

 もし仮に学園都市を恨んでいる他の国(・・・・・・・・・・・・・・・・・)があったとして、そこからの侵略行為による影響ならば、可能性としては十分にあり得る話だ。

 それなら、あの男(木原偶発)にとっても予想外の出来事なのではないだろうか。これを機に私だけの力で邪魔をすることも出来るかもしれない。

 ・・・・・もう一度、行かないと。行って、確かめなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「相変わらず、悪趣味ですね」

 

 結論から言えば、簡単に侵入できた。

 私が再び来るとは思っていなかったのか警備はなく、パスワードも変更なし。そもそも変える気がないのか、それとも壊れたら別のところに移ればいいとでも思っているのだろうか。少なくとも侵入に時間がかからなかったのはありがたい。出来ることなら設備のみならずこの建物毎壊してしまいたいぐらいだが、それをやってしまっては姉弟(ふたり)に迷惑がかかる。いや、それだけで済めばいいが、より危害が及んでしまうかもしれない。だから、今は他に目を向けてる場合じゃない。

 

 「今・・・・助けますから」

 

 眼の前には相変わらず大きなカーテンが敷かれているが、その奥には縦型の水槽が2つ。しかもその中には人らしき影が一つずつ。前回はあの男に阻まれて動けなかったから確認出来なかったが、恐らくこの向こうにはお姉弟(ふたり)がいるに違いない。

 

 無意識に右手に力が入るのがわかる。

 

 『夏世、落ち着いて』

 

 右手を肘の高さまで上げる。

 

 『夏世ちゃん、焦ってもいいことなんて無いわよ』

 

 右手を肩の高さまで上げる。

 

 『夏世は、優しいね』

 

 右手を前に伸ばす。

 

 『夏世ちゃんは、相手のことを気遣えるのね』

 

 カーテンまであと少し。

 待ってて下さいもう少しで助けられますから。

 怒らないで下さい二人に会いたいだけなんです。

 帰ってきて下さい。隣で笑って欲しいんです。

 ただ、それだけでいいんです。

 もう一度、声を聞かせて下さい。

 

 「・・・・・・・」

 

 やっとカーテンに触れる事が出来た。後はこれを開けるだけ!

 そう思っていたのに・・・・・・止められた。

 気づけばホロウに腕を掴まれていた。

 

 「なんで!?・・・・・・は、離してくださいっ、手荒な事はしたくありません!」

 

 記憶は無くともホロウの中には姉弟(ふたり)の精神が入っている。強行するためとはいえ傷つけたくはない。

 

 「ホント、悪趣味過ぎて呆れちゃう/こんなことして困る相手を見ても何も嬉しくないのに」

 

 いつからバレていたのだろうか。いくらなんでも対応が早すぎる。まるでこの瞬間、私がここにいると解っていたかの様な。隣りにいるホロウの呟きから、そう思ってしまった。

 

 だとしたら、あの男もいるのだろうか。もうこうなったら警備員(アンチスキル)に捕まる事になっても構わない。強引にでも、あの男からお二人を開放する方法を聞き出す。それが不可能なら水槽からお二人を救出して・・・・・・

 

 「安心してよ、今あいつは別件でいないからさ/そうそう今頃は勝手に悩んでるだろうから、いい気味」

 

 いない?真偽は分からないが、確かに周囲には見当たらない。なら、本当に言葉通りに受け取っていいのか。

 

 「それなら、どうして止めるんですか?あの男の指示だからですか?それともご自身の意思ですか?」

 

 「・・・・・・/・・・・・・」

 

 逆にそう聞いてた途端、ホロウの表情が固まった。本当にわからないのか、それほどまでに悩む事だったのか、いつの間にか右腕の拘束は解けていた。

 

 これでようやく・・・・・・

 

 『ダメじゃないかホロウ、それを考えるのは後だよ。早くしないと、その子逃げちゃうよ』

 

 ようやく、と思っていたのに、今度はあの男に阻まれる。

 

 「うわ最低、言動が一致してない/人に任せるとか言っておいて、結局介入してくるとか」

 

 「やあやあ久しぶり。にしても“偶然”だね、こんなところで出会うなんて。この前以降、そろそろかなと予想してたら本当に来るなんて思ってもみなかったよ」

 

 「・・・・・相変わらず白々しいですね」

 

 「まぁまぁ、そうピリピリしないでよ。はい、甘いお菓子食べない?」

 

 男は以前会った時と変わらず、飄々とした表情で近くまで歩み寄り、チョコレート菓子を差し出してくる。

 

 「要りません」

 

 「ひょっとして、しょっぱい方がお好みだったのかな?だとしたら、とんだ失礼をしたね」

 

 今度はガサガサと袋の中を漁り、さっきのとは全く違うスナック菓子を取り出す。

 

 「いえ、どちらも好きですが、今はそんな気分ではありませんので」

 

 「どっちも断られてんじゃん/随分と気不味い雰囲気だ事」

 

 「なーんだ、残念。じゃあまた今度にでも・・・・・・・」

 

 「お気になさらずとも構いませんよ。前提として、私はアナタ自身が嫌いなので。嫌いな相手から差し出された物が、仮に好物であったとしても私は拒否します」

 

 「・・・・・・・・存在ごと否定された」

 

 「もう執着するのは止めて、さっさと諦めたらどうなのさ/これ以上自分から気不味くなるのは、見ていて恥ずかしい」

 

 流石にここまではっきり伝えれば、対応も変わってくるに違いない・・・・・・・・・と、そう思っていた。

 

 「いいね、益々諦めたくなくなったよ!」

 

 しかし、それでもこの男は退かない。というよりも、何故ここまで固執するのかわからない。いっそのこと無関心でいてくれたら良かったのに。

 

 「もう飽きてきちゃった/後は一人でどうにかしてよね」

 

 呆れたのか、ホロウは直ぐに興味を無くしたかのような表情をして立ち去ってしまった。後に残されたのは目を輝かせて微笑んでいるのこの男と私だけ。

 

 「何故、私に構うんですか」

 

 とにかくこの重苦しい空気を避けたくて、そう口にした。

 

 「・・・・うーんそうだなぁ、あの二人を見捨てないでいてくれているから、かな」

 

 どうせ答えてくれないだろうと思っていただけに、これは驚いた。この前は『実験対象は使い潰して当然』と、それに近い事を言っていたから、てっきり今回も同じだと思っていた。だけど違った。

 

 「それは、どういう意味ですか?」

 

 「そのままの意味だよ。だってあの二人、自分たちやその周囲の人の為に行動するでしょ?それが例え、自分の命を危険にさらす事だとしても気にしない。だから、付いていけないとしてもおかしくない。なのに、君はそんな二人を心配してる。二人を開放したくて、一人でここまで乗り込んできた。あの二人と少しでも共に過ごしてきた身としては、千寿夏世という存在に興味が湧くのは当然じゃないかな」

 

 「なら・・・・・どうして実験に巻き込むんですか?他にも接し方があるのに!」

 

 わからない。私には木原偶発(この男)が理解できない。もっと安全な接し方があるのに、どうしてそれを選ばないのだろうか。

 

 「それは・・・・僕が木原(・・)だから。『木原』として生を受けたからには、その役目を果たさないといけないんだ。『学園都市』というこの枠を、『能力者』という存在を、『能力開発』という方法を選んで、試して、先へ進めないといけないから」

 

 この人は囚われているのだろうか、己を取り囲む環境に。

 

 「この前、実験対象は使い潰しても当然だと、言っていましたね。あれもアナタが『木原』だから、なんですか?」

 

 「・・・・・そうだね。だけど少しだけ違うんだ」

 

 「何が違うっていうんです?」

 

 「あれは本心さ。だってそうすれば、あの二人は一刻も早く、実験から開放されるだろう?痛い思いも怖い経験もこれ以上知らなくて済む」

 

 「なら・・・・そこに『実験を行わない』という考えはないんですか?」

 

 「・・・・残念だけど、僕が『木原』である限り、それは無理なんだ。“実験”が絡む限り、そこには必ず『木原』が関係してしまう」

 

 私は、この人の事を知らなかった。ただ、お二人を無理矢理実験に巻き込み、擦り切れるまで酷使し、最期まで使い潰すだけの憎むべき相手だとばかり思っていました。だけど、この人は、ただ『木原』と『本心』との間で悩む人だったというのですか。

 

 「ちなみに、ここで引き返さないのであれば・・・・立場上、僕は千寿夏世という存在を実験に巻き込まなければいけないんだけどさ、大人しく帰ってはくれない・・・・よね?」

 

 それはそうだろう。自分の実験が、私によって他所に知らされるか、警備員(アンチスキル)に通報でもされたら、今まで通りには実験ができなくなる。

 だが・・・・私もここで全てを見なかった事にしておける程、心は広くない。

 

 「決まり、だね。お互いに譲れない物があって、だけど相手のことを見逃す事も出来ない。・・・・・であれば、残るは実力で全てを従わせるという方法のみ」

 

 私も、それしかないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男に続いて部屋を出る。相変わらず無機質な廊下があるだけ。さっきまでのが正しいとはいえ、それでもこの男と話したいとは思わない。重苦しい雰囲気で足音だけが響き渡る。いくつかの角を曲がり、やっとたどり着いたそこは、電気はついてない上に、窓の一つも存在しない。真っ暗な空間には椅子が2つあるだけだった。

 

 「もー、また電気も点けずに座ってるだけなんて、別に寝てたって構わないんだよ?」

 

 「休ませようと思ってるんだったら、無断で入って来ないから普通/相変わらず言動が一致してないんだから、どんな教育受けたらこんな風になるのか不思議」

 

 「そんな冷たいこと言わないでさぁ、ちょっと実験してみたくなったから付き合ってよ」

 

 ホロウは何も言わなかった。言っても無駄だと感じたのか、それが当たり前だと思っているのか、詳しいことは解らないが従っていた。ただ、無言で従うその反応が、お二人の意思を無視しているかのように感じられて不快だった。

 

 「ホロウ、今からこの子と一勝負することになったから宜しく。ルールは簡単、なんでもあり。勝てば相手を引き込めて、負けたら相手の指示に従う・・・・っていう条件はあるけど、まぁ大丈夫だろうから頼んだよ!」

 

 「勝手に了承しないでよ/どうせ拒否権なんてないんでしょ」

 

 「私はそんなことを言いたいんじゃないんです。早く、お二人を開放して欲しいだけなんです!」

 

 「それの為にも自分の手で勝ち取ったら文句はないよ。それとも、大人しくこっちの実験に付き合ってくれるのかな?流石に年単位ではないけど、すぐにっていう訳でもないよ?」

 

 「相変わらず質悪い事で/相手の選択肢を潰した上で選ばせるとか、最悪だよね」

 

 ホロウがゆっくりと部屋を出ていき、男も黙ってその後をついていく。構うものか、例え強引な手段だったとしても、例え大怪我をすることになったとしても、お二人を開放できるなら安いものだ。




木原の言動が、最早演技なのか違うのか作者にも判らなくなっております。決して夏世目線で進めたいが故に困らせたくて面倒くさくしてる訳では無いんですよハイ。
そんな感じで今年もいつも通りに進めていきますのでよろしくお願いします。
今更ですが、明けましておめでとうございます。


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