貴方に好きと言いたくて【完結】 (puc119)
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プロローグ

 

 

「あー……疲れたな」

 

 目の前には、もう動くことのない雌火竜が一頭。

 特に危なげなく討伐することもでき、とりあえず一息。大剣を背中へ背負い直し、首を回すとポキポキなんて音がした。どうやら、自分で思っている以上に疲れは溜まっていたらしい。

 

 とは言え、相手は上位の飛竜種なんだ。それも仕方の無いことだろう。

 パーティーならもう少し楽になるだろうが、俺はソロ。クエストの報酬が全て自分の物となることは美味しいが、それ以上に危険が伴う。

 パーティーなら例え、危ない状況になったとして立て直すことができる。しかし、ソロじゃそんな隙など相手が許さない。なんてったってやっているのは命のやり取りなんだから。

 

 殺すか。殺されるか。

 

 俺と相手の間にあるのはそれだけだ。

 

 さて、そんじゃギルドから迎えが来る前にさっさと剥ぎ取るとしようか。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 一流のハンターになれば女の子からモテるらしい。

 

 それが何時のことで、誰から言われたことなのかも忘れてしまった。

 しかし、その言葉だけは今でもはっきりと覚えている。そして、俺がハンターとなったのは、その言葉を信じたからだ。

 

 俺がハンターとなる前、まだ若かった俺はそんな言葉を聞き、直ぐにハンターを目指した。

 理由はただひとつ。女の子にモテたかったから。それだけ。

 

 それからはどんなに辛くとも、どんなに大変でも一流のハンターとなるため努力を続けてきた。女の子からモテる未来を夢見て。

 そしてそれは結果論でしかないが、どうやらハンターっていう職業は俺に合っていたらしい。そうでもなきゃ、俺なぞとっくの昔に死んでいただろう。

 

 ハンターになる人間は決して多くない。

 そして、ハンターとなる理由は人それぞれだ。単純にお金が欲しい者。モンスターに対して何かしらの想いを抱える者。モンスターを狩ることに楽しみを見つけた者。モンスターを倒すことで得られる名声を求める者などなど。

 しかし、ハンターという職業はそんなに楽なものじゃない。ギルドも頑張ってくれているが、元気よくクエストへ向かった奴が動かぬ身体となって帰ってくることもよくある。それに……その身体すら帰って来ない奴だって何人も見てきた。

 本当に簡単なことでハンターはその命を落とす。ちょっとした失敗でハンターは死ぬ。

 どんなに優秀なハンターだろうと、常に死と隣り合わせ。

 むしろ、優秀なハンターほど早く逝ってしまうようにも思えてしまう。

 

 そんな職業だからハンターの数はやはり多くない。

 そりゃあそうだろう。誰だって死にたくはないのだから。

 

 それでも……いや、そうだからこそ、ハンターはこの世界で人々から尊敬され、称えられる。人間には少々生き難いこの世界で、モンスターの蔓延るこの世界で人間がどうにか生きているのも、多くのハンターが頑張ってきた結果なんだ。

 それは、多くのハンターの死の上でこの世界は回っていると言っても良いくらいだろう。

 

 そんな危険な職業を俺は続けている。ただただ女の子からモテるために。

 そりゃあ、俺だってこんな危ない職業さっさと辞めて、のんびり養蜂や農業をするのんびりとした生活を送りたい。

 しかし、だ。そんな生活を送るとしても、其処に素敵な嫁さんがいなければ意味がない。何が楽しくてひとりで農業などせにゃならんのだ。そんな生活ちっとも面白くない。

 だから、俺はハンターを続けている。例えそれを不純な動機だと指差されようが、このままじゃ死んでも死に切れん。

 

 

「お疲れ様でした。此方が報酬金と報酬素材となります」

 

 遺跡平原からバルバレの集会所へ帰り、クエストカウンターで報酬をいただく。

 

「ああ、ありがとう」

 

 優しい笑顔を浮かべながら報酬を渡してくれる受付嬢に、俺からも優しい笑顔を浮かべてソレに応える。ただ残念なのが、俺の身につけている防具がラギア装備なため、その笑顔を見せることができないこと。

 きっとこの笑顔を見せることができれば、受付嬢だって俺に惚れてしまうこと間違いない。

 じゃあ、頭防具取れよって話だが、アレだ。今はそういう気分じゃないんだ。

 

「先日、美味しいポポノタンを出す店を見つけたのだが、どうだい? これから一緒に」

 

 そして、さりげなく……極々自然な流れで食事のお誘い。

 できる男はこういうところが違うのだ。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちされた。

 さらに、酷く冷たい視線まで向けられる始末。

 

「はい、次の方どうぞー」

 

 ……いや、まぁ、アレだ。一見すると、俺が受付嬢から嫌われているように感じるかもしれんが、そうではないのだ。

 この受付嬢は俺に惚れているのだが、恥ずかしいためソレを表に出すことができない。俗に言うツンデレとかいうやつだろう。最近、流行ってるらしいし。

 

 そう思うことで俺の心へのダメージは幾分か軽減される。

 心のケアは大切だ。心の傷は回復薬じゃ治らないのだから。

 

 まぁ、寝れば治るところなどは身体の傷と同じだが。

 

 

 一流のハンターになれば女の子からモテる。

 そう俺は聞いた。けれども、いつまで経っても俺の嫁さんは見つからないし、それどころか、受付嬢にすら嫌われている。

 俺が一流のハンターだとは思わないが、それなりの実力だってあるはず。そうだというのに、なかなかどうして上手くいかないものだ。

 何が人生でモテ期は3回訪れる、だ。一度もこねーわ。緊急でも乱入でも何でも良いから、はよ訪れてくれ。

 

 たまに勘違いしそうになるが、一流のハンターになるのは手段だ。

 女の子にモテるという目的のための。

 

 別に、女の子にモテるには、必ずしも一流のハンターにならなければいけないってわけじゃない。そんなことくらい分かっているが、他に良い方法など浮かばない。

 ホント、難しい人生だよ。

 普通に生きて、普通に恋愛して、普通に結婚して、普通の生活を送る。それが普通。けれども、そんな普通のことが何よりも難しい。古龍討伐クエストなんかより、よっぽど難易度が高い。誰か攻略法でも教えてくれないだろうか。

 

「へい、アイルー。タンジアビールを頼む」

「かしこまりましたニャ」

 

 クエストが終わった後は、キンキンに冷えたエールを流し込むに限る。

 酒は良いものだ。色々なことを忘れさせてくれるから。

 

 失敗だらけのこの人生。酔っている間だけはそのことを忘れさせてくれる。

 

 

 さて、随分と前置きが長くなってしまったが、そろそろ語り始めるとしようか。

 

 それはバカなひとりの男のバカ話。酒の肴になるかすら分かりゃしない。それでも、それは俺だけが語ることのできる物語なはず。

 それならば、俺が語るべきなんだろう。

 

 期待はするな。笑い飛ばしてもらって良い。それで俺は救われる。

 どうせただの失敗談だ。鼻で笑ってやってくれ。それくらいが合っている。

 

 それじゃ、そんな物語をゆっくりと始めさせてもらおう。

 

 



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出会い

 

 

 防具はラギア一式に、武器はブラキディオスの素材を用いたディオスブレイド改。自分のことだが、防具も武器もそれなりに優秀だと思う。上位の上――G級にもなればこの装備でも厳しいが、少なくとも上位クラスならこの装備で十分だろう。

 

 優秀な装備はある。ハンターとしての実力もそこそこ。あとは、素敵な嫁さんを見つけるだけだ。

 

 ま、それが一番難しいんだけどさ。

 

「そんじゃ、今日も頑張って行こうか」

 

 止まることはしない。前だけ向いて進めば良い。

 

 

 

 

 集会所へ着くと今日も今日とて沢山のハンターがいた。

 ひとりで酒を飲んでいる奴もいれば、パーティーで楽しそうに食事をしている奴らもいる。これからクエストに出発するのか、ギルドストアで買い物をするハンター。無事クエストから戻って来て報酬を受け取るハンター、などなど。

 

 さて、俺もクエストを受けるとしようか。

 一流のハンターへの道のりはまだまだ長い。

 

「……ようこそクエストカウンターへ」

 

 そして、受付窓口へ行くと、いつも通りの冷たい視線を受付嬢からもらった。

 

「君を攻略したいんだが、そんなクエストはあるかな?」

「ねーよ」

 

 ないのか。それは残念だ。

 さて、先日はレイアのクエストに行ったが、今日はどんなクエストへ行こうか。ブラキディオスの素材があれば俺の大剣も強化できるが、アイツ強いんだよなぁ……

 

「それじゃあ、何かオススメのクエストは?」

「防具無しで行く激昂ラージャンとかどうでしょうか?」

 

 死にます。

 

 それにしてもおかしいな。どうしてこうも俺は受付嬢に嫌われているのだろうか。こんなにも俺は愛を伝えているというのに、返ってくるのは辛辣なことばかりだ。

 

 ふむ、何のクエストへ行ったものか……

 

 なんて考えている時だった。

 

「あ、あの! 私と一緒にクエストへ行ってもらえませんか?」

 

 そんな声をかけられた。

 其方の方を向くと、ナルガ一式に操虫棍を持った女性のハンターの姿。

 

 今までも、一緒にクエストへ行ってくれと頼まれることはあった。しかし、女性のハンターから誘われたのは初めて。

 野郎なぞからクエストへ誘われたところで、ちっとも嬉しくない。だから、ほとんどの誘いは断ってきた。

 

「もちろんさマドモアゼル。どんなクエストだろうと喜んでお付き合いするよ」

 

 しかし、相手が女性となれば別だ。喜んでついて行く。

 

「本当! ありがとうございます!」

 

 俺が誘いに乗ることを伝えると、ナルガの少女の顔は明るくなり、お礼の言葉を言ってから笑ってくれた。超可愛い。ヤバい、惚れそう。いや、惚れました。結婚してください。

 

「それで、何のクエストに行くんだ?」

 

 この少女は下位装備だ。そうなると、行くクエストも下位のクエストなはず。俺は上位装備なのだし、下位クエストくらいならどうとでもなる。

 まぁ、今の俺なら例えラージャンだろうが、イビルジョーだろうが倒してみせるが。

 愛にはそれだけの力があるのだ。

 

「え、えと、ブラキディオスの宝玉が欲しくて……」

 

 おぅ……マジか。まさかブラキが来るとは思わなかった。しかも、宝玉は上位個体からしか取れないんだが、そのことを分かっているのか?

 それに、例えブラキを倒したところで宝玉が手に入るかも分からん。宝玉は本当に希少な素材なんだ。

 

「そうなると、上位のクエストになるが……君は行けるのか?」

「はい、私も一応上位ハンターですので」

 

 あー、それならなんとかなるか? まぁ、最悪俺がひとりで戦えば良いのだし、大丈夫か。

 

「了解した。そんじゃ、上位のブラキディオス討伐で良いんだな」

「はい、よろしくお願いします」

 

 それにしても宝玉、か。何頭倒せば……うん? ああ、そうか。むしろこれは有り難いぞ。だって宝玉が出るまでこの少女と一緒に狩りに行けるのだから。

 クエストを繰り返していくうちに少しずつこの少女と仲良くなり、最終的には……うむ、完璧な流れだ。俺の未来は明るい。

 

「そんなわけで今日は上位ブラキのクエストを頼むよ」

 

 とりあえず、受付嬢にクエストを依頼。

 

「分かりました。貴方がいるので大丈夫だと思いますが……気をつけてください」

 

 ああ、分かってるよ。どうか、君も俺の幸せな未来を願っていてくれ。

 倒せるとは思うが、ブラキは決して弱い相手じゃない。それにこの少女もいるのだ。無茶はせず、とにかく命を大事にいかせてもらう。

 

「もう出発できるかい?」

「はい、大丈夫です! 今日はよろしくお願いしますね」

 

 此方こそ不束者だが、よろしく頼むよ。

 

 夢にまで見た可愛い女の子とふたりきりのクエスト。全力で行かせてもらおうか。

 

 

 

 

 少しばかりクエストへ行く準備をして直ぐに、地底火山を目指して出発。

 最近になって漸く使われるようになった飛行船のおかげで、昔よりも移動に時間はかからないようになった。ガタゴトと揺れる馬車のあの感覚も悪くなかったが、如何せんアレは時間がかかりすぎるからなぁ。

 

 さて、今回戦う相手、ブラキディオスは――強い。あの古龍たちほどではないにしろ、その実力はトップクラス。獰猛な性格に強靭な前脚。そして、爆発を引き起こす粘菌。

 正直なところ、俺だってできれば戦いたくない相手だ。狂竜化個体なんて特に。

 

 そんな相手だと言うのに……

 

「君はどうしてブラキの宝玉が必要なんだ?」

 

 ブラキの武器や防具に宝玉を要求されることはあるが、この少女の防具はナルガで、武器はネルスキュラの操虫棍であるアサルトロッド。だから、どうにも引っかかった。

 

「……それが手に入れば、私もハンターとして認められるのかなって思ったんです」

 

 ふむ、そういうことか。

 この少女に何があったのかはまだ分からんが、その気持ちも分からないでもない。それが全てとは言わないが、ブラキの宝玉を手にすることができれば、一応の証にはなるだろう。本人がそれで良いと感じるのなら。

 

「了解した。ただ、相手はあのブラキなんだ。とにかく気をつけてくれ。焦らず、慎重にな」

 

 このクエストで宝玉が手に入るとは考え難い。最低でも10頭ほどと戦うくらいの覚悟が必要だろう。

 しかし、焦ったらダメだ。そんな状態で勝てるような相手じゃないのだから。

 

「はい、わかりました!」

 

 うむ、なんとも良い雰囲気だ。パーティーは久しぶりだが、たまにはこういう感じも……てか、ホント可愛いなこの娘。

 もう今のうちから言っておきます。俺、このクエストが終わったらこの娘と結婚するんだ。式は、海が見える素敵な会場で挙げようか。

 

「そ、それにしても、どうして俺なんかをクエストに誘ったんだ?」

 

 この娘の容姿なら独り身の野郎共など直ぐに釣れそうだ。

 悲しいことに、ハンターの男女比は偏りがすごい。女性のハンターなんてほんとんど見かけないし、見かけたとしてもラージャンみたいなハンターばかりだ。大剣2本を両手に持って乱舞し始めたり、ジンオウガに素手で闘いを挑むようなハンターを女性と言うには無理がある。そして、極希に可愛らしいハンターもいるがそのだいたい彼氏持ちクソが。

 ハンターはそんな状況だ。そんな中こんな可愛らしい少女が、俺などに声をかけてくるとは……はっ! これが噂のモテ期か。

 

「えと、そもそも私なんかと一緒にクエストへ行ってくれるハンターがいなくて……」

 

 あら? そうだったのか。それは予想外だ。

 ああ、でも、この少女は下位装備。そんなハンターが上位……それもブラキの宝玉が欲しいなどと言ったら断るハンターは多いかもしれん。例え、この少女がどんなに可愛らしいとしても、やはり自分の命は大切なのだから。

 まぁ、そんなこと俺には関係ないが。可愛らしい少女が目の前にいるというのなら、自分のことなど二の次だ。

 

「それで、ギルドマスターに相談したら貴方を紹介してくれたんです。貴方なら私と一緒にクエストへ行ってくれるって」

 

 マジか。よくやったぞ爺さん。

 爺さんとは長い付き合いだが、初めて感謝する日が来た。今度、酒樽のひとつや二つほど送ってやるとしよう。

 

「最初はすごく堅い性格なんだろうと思っていました。でも、貴方が優しそうな人で、その……良かったです」

 

 そう言って、その少女は何処か恥ずかしそうにしながら、本当に可愛らしく笑ってくれた。そんな少女の笑顔に見蕩れてしまったのも仕方の無いことだと思う。

 神だか古龍だか知らんが、一生この娘を大切にすると此処に誓おう。

 

「……そっか。俺に何処までできるか分からんけどさ。できるだけ頑張ってみるよ」

 

 君がため、やってやろうじゃあないか。

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 さてさて、長い道のりとなるだろうが、この君と俺の物語を少しずつ書き始めてみよう。

 

 

 



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叩き潰す

 

 

「うぅ……やっぱり地底火山は暑いですね」

 

 そればっかりはなぁ。

 俺も寒いエリアより暑いエリアの方が苦手だ。寒いのは最悪、強走薬でも飲めば誤魔化せるが、暑い場合は体力を持っていかれる。クーラードリンクを忘れた日など悲惨だ。そんなときは素直にリタイアするのが一番だろう。

 

「クーラードリンクは?」

「はい、持ってきてます」

 

 それは良かった。

 下位クエストと違い、上位クエストは支給品が届くまで時間がかかる。酷い時は最後まで届かない時だってあるしな。

 

 そして、元気ドリンコとクーラードリンクを飲み込み、準備は完了。

 

「そんじゃ、ひと狩り行くか」

「はい!」

 

 可愛い女の子とふたりきりのクエストってことで、多少、緊張するところもあるが、相手はあのブラキディオス。そんなことしている場合じゃない。

 今はただ、狩ることだけに集中しよう。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ブ、ブラキディオスってこんなに……大きいんですか?」

 

 地底火山のベースキャンプから飛び降り、洞窟の奥へと入っていくと、ソイツの姿を直ぐに確認することができた。

 群青色の甲殻に、発達した前脚。そして、角のように突き出した特徴的な頭殻。それは全てのブラキディオスにある特徴だが、コイツはまた……

 

「銀冠……いや、金冠サイズまでありそうだな」

 

 無意識に舌打ちが出る。

 体の大きさとソイツの強さは必ずしも一致するわけじゃない。中には滅茶苦茶小さいくせして、バカみたいに強い奴だっている。しかし、体が大きいモンスターは純粋に戦い難いんだ。

 コイツの弱点は頭だが、此処まで大きいとその頭に大剣を当て難い。こりゃあ、最初の一頭目から苦労することになりそうだ。

 

「……行くぞ」

「は、はい!」

 

 とは言え、文句ばかりを言っている場合じゃない。

 例えコイツがどんな奴だろうと、俺は狩らなきゃいけないんだ。

 

 こんな場所で止まっているつもりはない。サクッと倒させてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

「落とし穴、置きました!」

「ナイス。そっちに誘導するぞ」

 

 吹き出す汗は止まらない。流れた汗が目に入るのが本当に鬱陶しい。

 あの少女が思ったよりも上手いこともあり、ブラキ自体とはなんとか戦えているが、とにかく場所が悪い。

 汗で手が滑べる。だから暑いエリアは嫌いなんだ。

 

 少女が設置した落とし穴へ近づき、ブラキの様子を確認すると、ぐっと体を縮めてから……一気に此方へ飛んできた。マジ洒落にならん。

 

 そんなブラキのジャンピング土下座を緊急回避。そして、ブラキは少女が設置してくれた落とし穴の中へ。

 

「ラッシュかけろっ!」

「りょ、了解です!」

 

 少女に指示をしてから、自分も急いで立ち上がり、ブラキの顔の前で抜刀からの溜め。

 

 この大剣という武器の動作は非常に遅い。抜刀した状態じゃ、まともに走ることもできず、攻撃したところで、モンスターに躱されることも少なくない。

 

 けれども――その一発の重さだけはどんな武器にだって負けない。

 

 両腕に渾身の力を込め、溜めに溜めた大剣をブラキの頭へ振り下ろす。

 

「……すごい」

 

 振り下ろした大剣はブラキのその立派な角を破壊。

 

 でも、まだ俺の攻撃は終わっていない。

 

 ブラキの角を破壊した大剣を今度は横ぶりで、その顔面をもう一度殴り、その反動を活かして今度は振りかぶるように、溜める。

 俺にできる最大の攻撃を当てるため。

 

 

「ーーっらあああぁぁッ!」

 

 

 そして、限界の限界まで溜めた大剣を腹の底から出した雄叫びと共に振り下ろした。

 斬るんじゃない。そのブラキの顔面を()()()()ため。

 

 大剣がブラキに当たった瞬間、その部位が爆発。

 残念ながら、ブラキに対してはそれほどのダメージを期待できないが、まぁ、ないよりはマシと言ったところか。

 

「えっ? あ、倒したんですか?」

「そうらしいな。お疲れ様」

 

 全力でその顔面に大剣を振り下ろされ、更に爆発までさせたブラキの顔は悲惨なことに。そして、ブラキ自体も、落とし穴へ嵌ったまま動かなくなった。

 

 確かに、大剣は片手剣などと比べて動作も遅く、扱い難い武器かもしれない。けれども、この武器には状況を一発で変えてくれるだけの力がある。

 どんな武器よりも俺はカッコイイと思っているし、実際に強い。だからこそ、この武器はやめられない。

 

 洞窟の切れ間から空を見上げると、ギルドの観測船が浮かんでいるのが見えた。これなら、このクエストが無事終わったことも伝わっているだろう。

 

「そんじゃ、ギルドからの迎えが来る前に剥ぎ取りをしちまおうか」

「はい、ありがとうございました!」

 

 俺としては、まだ出てくれない方が嬉しいが……宝玉、出ると良いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 残念ながら、今回の剥ぎ取りでブラキの宝玉は手に入らなかったらしい。だから、宝玉は報酬に期待といったところ。まぁ、俺としてはまだ出ない方が良いんだが。

 多分、もうこの少女は俺に惚れていると思うが、俺としてはもう少し仲良くなっておきたい。こういうのは焦らず、じっくりいくのが大切なんだ。

 

 それにしても、最後の俺……絶対カッコ良かったよな。もしあの姿を世にいる女性たちへ見せることができれば、大変なことになりそうだ。

 なんてことを思わないでもなかったが、あの姿はこの少女にさえ見てもらえればそれで良い。君のためなら、何度だってカッコイイ姿を見せてあげられる。

 

 そして件の少女だが、今は就寝中。多分、緊張や強いモンスターとのクエストってことで、疲れが溜まっていたんだろう。そもそもブラキとの戦いに慣れていないんだろうが、全体的に動きが硬かった。余裕を持てとは流石に言えないが、もう少し肩の力を抜いた方が、良い動きになるだろう。

 

 きっとこれからもブラキと戦うことになるんだ。どうか今はゆっくり休んでくれ。

 

 パーティー……か。

 ホント、懐かしすぎて、涙が出てきそうだよ。

 

 アレから俺は前に進めているんかね? 誰か教えてくれないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「あぅ……宝玉、ありませんでした」

「まぁ、そんなポンポン手に入る素材じゃないからな」

 

 クエストから帰ってきて、受付嬢から報酬をもらい中身を確認。しかし、残念ながら宝玉はなかったらしい。

 そしていつもなら、舌打ち混じりで報酬を渡してくる受付嬢も、今日ばかりは何故か優しかった。ツンツンしている受付嬢も可愛らしいが、そんな優しい受付嬢も……いやいや、落ち着け。俺にはこの少女がいるんだ。

 いやー、モテる男は大変だな。

 

「それでですけど……あの、これからも……」

「もちろんだ。宝玉が手に入るまでは手伝うよ。中途半端に終わらせられるような性格でもない」

 

 宝玉が手に入るまでなんて言わず、一生君を大切にしよう。

 ただ、そんな言葉を落とすのはもう少しほど我慢。言葉にすることは簡単だが、落とすタイミングってのがあるんだ。

 

「本当ですか! その……私には何もできませんが、どうかよろしくお願いします」

 

 俺の言葉に少女はぱーっと明るくなってから、嬉しそうに言葉を落とした。

 いやいや、その笑顔を俺に向けてくれるだけで、お釣りは十分だ。

 

 グッバイ、モテなかった頃の俺。もう二度と帰ってくるなよ。

 帰って来てもこやし玉投げるからな。

 

「それじゃ、打ち上げしましょうよ! 打ち上げ」

「そうだな。今は冷たいエールを流し込みたい気分だ」

 

 ああ、俺は幸せ者だ。こんな可愛らしく、性格も良い少女が俺の……

 きっと今まで辛いことを頑張ってきたから今があるのだろう。訪れるのが少々遅い気がしないでもないが、訪れてくれただけで俺は満足だよ。

 

 そして、クルクルと笑う少女に続いて、受付を後にしようとした時だった。

 

「あの」

「うん? どうした?」

 

 いつもの受付嬢に呼び止められたのは。

 申し訳ないが、俺はもうあの少女と一緒に人生を歩むと決めたんだ。大丈夫、君みたいな素敵な女性なら、きっと良い相手が見つかるよ。

 

「貴方のことを誤解していました」

「……誤解?」

 

 はて、何のことだろうか。

 いつもなら、一言目から容赦なく罵詈雑言を浴びせてくれる受付嬢だし、正直それには興奮しかしないが、どうにも今日は雰囲気が違う。

 

「女性にしか目がなく、腐ったような性格をしていると思っていましたが……貴方でも、そんなことができるんだなって。その……上手く言えませんが、どうかあの娘のこと、よろしくお願いします」

 

 ごく自然に罵倒された気がしないでもないが、受付嬢の話をまとめると、要は俺の素晴らしさに気づいてくれたってことだろう。

 もう少し……もう少しだけ、早ければ違う未来があったのかもな。未来なんて誰にも分からないが、俺は迷わず進んでいくよ。

 

「ああ、もちろんだ。一生大切にしてみせるよ」

 

 そんな言葉を落としてから、受付嬢の元を後に。

 きっと大切にしてみせるさ。嘘だらけの俺だが、それだけは胸張って誓える。

 

 さて、そんじゃ、今日はパーっと飲み明かすとしようか。

 

 

 



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別れ

 

 

「あぅ、また宝玉出ませんでした……」

 

 少女とパーティーを組み、これでブラキも6頭目の討伐が完了。

 しかし、まだ宝玉は出ない。

 

 宝玉は尻尾から出ることもあるため、2頭目からはちゃんと尻尾を切断するようにしている。やれることは全てやっていると思う。けれども、宝玉が出ない。

 うーん、そろそろ精神的にもキツくなってくる頃だよなぁ。

 俺は可愛い少女と一緒にクエストへ行けるってだけで十分だが、この少女はそうではない。最初と比べ、少女ともかなり仲良くなったと思うが、目的を達成しなければ意味がない。

 

 後は宝玉が出て、俺が告白するだけだというのに。

 

「出ないものは仕方無い。頑張れ」

「……はい」

 

 ただ、まぁ、この俺の人生、そんな上手くいくわけがないんだ。

 そんなこと痛いくらい分かっていたはずなんだけどなぁ……

 

 

 

 

 

「前も聞いたが、どうして君は其処までブラキの宝玉にこだわるんだ?」

 

 クエストが終わったことで、いつものように打ち上げ。まだこれで6回目だが、すっかりこれにも慣れてしまった。

 ただ、可愛い女の子と一緒の食事なんだ。嬉しくないわけがない。

 

「……実は私、ある人と一緒にパーティーを組んでいたんです」

 

 うん? そうだったのか。それは初めて聞いたぞ。

 まぁ、こんな可愛らしい少女が今までひとりで戦ってきたという方がおかしいことだが。

 

「でも、最近になってお前の実力じゃこの先は無理だからハンターをやめろって言われて……でも、やっぱりあの人と一緒にハンターは続けたくて……」

 

 ふむ、どんな奴がこの少女にそんな言葉をぶつけたのか知らんが……そりゃあまたなんとも複雑なことで。

 それに、この少女はなかなか上手い。ハンターなんていつ死んでもおかしくない職業だが、間違いなくこの少女は腕の良いハンターだ。経験が浅いため、どうにも固まってしまうこともあるが、このまま生き残ることができれば、その名を残すハンターとなってもおかしくない。容姿も可愛いし。

 

「だから、強いモンスターの珍しい素材を手に入れればあの人も私を認めてくれるのかなって思ったんです」

 

 ……おやおや? なんだか、嫌な感じがするぞ。どうか気のせいであってほしいが、すごく嫌な感じがする。

 

 だって、この少女の言い方はまるで――

 

「あー……その人ってのは君とどういう関係なんだ?」

 

 この少女とパーティーを組み、そこそこの時間が経った。

 周りから見ればもうカップルにしか見えないはず。緊張のせいかどうにも硬かった少女も今じゃ、随分と柔らかくなってくれた。

 それは順調過ぎること。

 ずっとずっと考えないようにしてきたが、どうやらそれも此処で限界らしい。

 

「えと……私の彼氏です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あー……なんもやる気が起きんな」

 

 バルバレの集会所の上。本来なら、ダレンなんかを監視するために作られた櫓。

 そんな場所で俺は、久しぶりに煙草を吹かしていた。

 

 ……なんとなくだが、分かっていた。

 あんな可愛い少女が独り身のわけがないって。

 

 けれども、クエストを誘われ舞い上がった俺はそんな考えを何処かへ追いやってしまったのだろう。そうやって自分を誤魔化し続けた。

 今なら、最近になってやたらと優しくなってくれた受付嬢のあの態度も理解できる。きっと受付嬢はあの少女に恋人がいることを知っていたのだろう。だからこそのあの態度。

 まぁ、俺みたいな奴が彼氏持ちの女性にあんなことするわけないしな。

 

 ホント、馬鹿だよなぁ。どうして俺はもっと早く気づこうとしなかったのか。

 遅くなればなるほど、自分が傷つくことくらい分かっていただろうに。

 

 ゆらゆらと薫る煙が目に入り、その視界をぼやけさせた。

 

「あら? こんな場所に誰かと思えば、貴方でしたか」

 

 そんな声が聞こえたところで、溢れ出た涙を拭い、声をかけてきた人物を確認。

 其処には、あの受付嬢がいた。

 

 此処は景色も良いし、人も来ない。こうやって何かしらへ想いを馳せるのには丁度良い場所。きっとこの受付嬢もそんな想いで此処へ来たのだろう。

 

「今日はあの娘と一緒にクエストへ行かないのですか?」

「……ああ、もう目的は達成したからな。あのクエストは完了だ」

 

 6頭のブラキを倒したところで、結局あの少女は宝玉を手に入れることはできなかった。

 けれども、俺は違う。少女には言わないでおいたが、確か4頭目を倒した時、俺の報酬の中にブラキの宝玉が。

 

 そして、俺はソレをあの少女へ渡すことにした。

 

『えっ? いや、そんな悪いですよ! これは貴方が手に入れた物で私なんかがもらったら……』

 

 けれども、そう言ってあの少女はその宝玉を受け取ろうとしない。

 ホント、最後の最後まで良い娘だった。そんな優しい娘は俺にもったない。

 

『君はそれだけ頑張ったんだ。だからどうか受け取ってくれ。そして、もう一度君の彼氏とちゃんと話し合ってもらえると嬉しいかな』

 

 多分だが、件の彼氏はあの少女の実力がないからハンターを辞めろと言ったわけではないだろう。

 きっと、あの少女にハンターなんて危ないことを続けて欲しくなかったから、それほどに少女のことを大切に想っていたから、そんな言の葉を落としたんだろう。

 

 本当のところは俺も分からない。ちゃんと言葉にしなければ伝わらないこともあるのだから。

 けれども俺は、ソイツが悪い奴だとは思えなかった。なんてったって、あの少女が選んだ男なのだから。男は信用できないが、あの少女のことは信用できる。それくらいの仲には俺もなれたと思うんだ。

 

『本当に……ありがとうございました!』

 

 そんな俺の気持ちが伝わってくれたかは分からないが、少女はちゃんと宝玉を受け取ってくれた。

 

『……貴方と出会えて、良かったです』

 

 そして、最後にそんな言葉を可愛らしく笑いながらあの少女は落とした。

 其処で、俺たちは別れることに。

 

 あの少女がこれからもハンターを続けるのかは分からない。あの少女がこれからどんな物語を綴るのかも分からない。

 でも、きっともう俺があの少女の物語へ登場することはないだろう。

 

 まぁ……それで良いさ。

 

 

「そう、でしたか……それじゃあ、これからはまたソロに?」

「そのつもりだ。ホント、随分と似合わないことをしちまったな」

 

 後悔? してるに決まっているだろう。

 未練? あるに決まっている。

 俺は本当にあの少女と一緒に暮らしたいと思っていたのだから。

 

 やり切れない想いは今にも爆発しそうだ。俺はそんなできた人間じゃないのだから。全力で叫びたい。大声をあげて泣きたい。

 

 でも、あの少女と出会えて良かったと思っている自分がいるんだ。

 俺があの少女と一緒にいられるわけがなかった。それでも、あんな可愛い少女と一緒にクエストへ行ったあの時間は良かったと思ってしまう。そして、そんな思いを汚したくなかった。あの少女のためにも。

 だから、今は爆発しそうな気持ちを抑え、バカな記憶として、いつもの失敗談ってことでこの物語を終わらせたい。

 

「……確かに、貴方には似合いませんでしたね」

 

 だよなぁ。

 ひとりで勝手に舞い上がって、ホント馬鹿みたいだ。だからどうか、鼻で笑ってくれ。お前は馬鹿だと罵ってくれ。

 

 ……そうしてくれた方がよっぽど救われる。

 

 

「ただ……あの時の貴方はカッコ良かったですよ?」

 

 

 ……そっか。

 そうなのかな? そうだと良いんだがなぁ。

 

 受付嬢に背を向け、何かが零れ落ちそうになったから、空を見上げてみた。

 其処には何処までも続く青。

 

 そんな青へ、吹かす煙草から登った煙が吸い込まれて消えた。

 

 ……さて、と。止まっていたって仕様が無い。

 どうせまた失敗するんだろう。

 どうせまた後悔するんだろう。

 それでも、前向いて歩いてみようか。

 

 何かが溢れる前にもう一度、目を拭ってから受付嬢の方へ顔を向ける。

 そして、なんだかんだ、いつも俺を助けてくれる受付嬢へ言葉を送ってみる。感謝の気持ちとか、色々なものを乗せて。

 

 

「それじゃ、結婚しよっか」

「台無しだよ」

 

 もう止まることはしない。

 俺とあの少女の物語は此処で終わりだが、また新しい物語を書き始めるとしよう。

 

 因みに、俺が受付嬢にした告白の応えはビンタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 はいはい、そんな物語がありましたとさクソが。

 何が彼氏だ巫山戯んな。心の底からあの少女の彼氏が羨ましいし妬ましい。何度、モンスターのフンともえないゴミのギフトセットを送りつけてやろうと思ったことか。

 

 

「……此方が今回の報酬となります」

 

 イャンクック討伐のクエストから帰還し、今日も今日とて冷たい視線を向けてくれる受付嬢から報酬をいただく。

 

「おや? 報酬の中に君が入っていないようだが」

「死ね」

 

 生命力ばかりは人一倍あるからなぁ。残念だが、君の願いを叶えることは難しそうだ。それに、このままじゃ死ぬに死ねん。

 あの少女との物語があり、少しはデレてくれたかと思ったが、そんなことなかった。てか、前より辛辣になっている気がする。どうしてこうなった。

 

「はぁ、ホントに貴方って人は……それとコレ、貴方宛に手紙ですよ」

 

 そう言って、ため息を落としながら、受付嬢が封筒に入った手紙を渡してくれた。

 そんな受付嬢も可愛らしい。

 

「ラブレターか? いや、嬉しいが、俺としては直接言ってくれた方がだな」

「はい、次の方どうぞー」

 

 ついに無視された。無視が一番心にくる。

 

 しっかし、手紙ねぇ……どうせ、また例のごとく戻ってきてくれだとかそういう……うん?

 

 誰から送られてきたのかも確認せず、中身を見ると、其処には一枚の写真が。

 

「ああ、なるほど。はっ、随分と幸せそうなことで」

 

 その写真だが……まぁ、察してくれ。俺はもう心が折れそうなんだ。

 

 幸せな家庭を築いて末永く爆発しろ。

 俺にはそんな言葉しか送ることができないが……まぁ、どうか君の人生が良いものとなるよう、心の端っこの方で願っておくよ。

 

 あーあ、俺も素敵な嫁さんを見つけてーなぁ。

 心の底からそう思うんだ。

 

 

 



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依頼

 

 

「なんだい? またそんな湿気たツラして酒なんて飲んで」

 

 簡単な採取系のクエストを終わらせ、辛辣な受付嬢から報酬を受け取り、いつものように酒を飲んでいると、そんな声をかけられた。

 その声をかけてきた主は、背中にラージャンのハンマーを担ぎ、背は俺より高く横幅なぞ俺の2倍はあるんじゃないかってくらいの巨体。

 そして、信じられんことだが生物学的分類によると雌になるらしい。コイツを見る度に生物の神秘を感じる。

 

 一応、言っておくが、俺はハンターの中でも小さな方じゃない。むしろ、平均よりは大きいだろう。

 つまり、コイツがおかしいのだ。

 

「おい、皆大変だ。集会所にラージャンが紛れ込んでるぞ。こやし玉投げろ、こやし玉」

 

 ぶん殴られた。

 

 なるほど、これが極限化個体って奴か。

 

 

 

 

「全く……どうしてアンタはいつもいつもそんな馬鹿なんだい?」

 

 殴られた右頬が痛い。

 防具がなかったらホントどうなっていたのやら……そんなこと想像したくもない。

 

「んで、今日はどうしたんだ? どすこいどすこい」

「……次は左側か」

 

 冗談です。本当にすみませんでした。

 なんだって、コイツはこうも乱暴なんだ。そりゃあ、ラージャンなんて呼ばれもする。呼んでいるのは俺だけだが。

 

「いや、悪かったって。んで、どうしたんだよ」

 

 コイツはその見た目からも分かるように、ハンターとしての実力はかなりのものだ。多分、素手でもジンオウガくらい倒せる。それこそ上位のさらに上――G級クエストだってコイツならなんとかなるだろう。

 そして、コイツは俺と同じように特定のパーティーを組んでいない。そのため、高難度クエストをコイツと一緒に行くことがあった。

 前回は確か、ラージャンの討伐だったと思う。どっちが本物のラージャンか分からず、苦労したものだ。そんな時の見分け方は簡単。こやし玉を投げて怒った方がコイツで、怒らなかった方がラージャンだ。

 そんなことしたらまたデンプシーが飛んでくるから、やれたもんじゃないが。

 

「アンタにお願いがあるんだ」

 

 まぁ、声をかけてきたってことはそうだろうなって思っていた。

 ってことは、どうせ高難度クエストだよなぁ。これで、卵の運搬クエストとか言われたら驚く。これは古龍やそれクラスのモンスターが相手となりそうだ。

 

 ただ、面倒なことにコイツには色々な恩がある。

 だから、まぁ、どんなクエストだろうと、受けるつもりだ。

 

「内容は?」

「あたしの姪っ子がね、ハンターになったばかりなんだ。だからアンタにはその姪っ子に武器の使い方を教えてもらいたいのさ」

 

 これは予想外。

 てっきり大連続クエストみたく高難度クエストを頼まれるかと思っていた。

 

 しっかし、俺に教えてもらいたい、ねぇ。自分で言うのもアレだが、そういうのに俺って向いてないと思うんだが……

 それに、他人に狩りの仕方を教えたことなんてない。

 

「いや、どう考えても人選ミスだろ」

 

 そりゃあ、俺だってそれなりの時間ハンターを続けているのだし、経験はそこそこ積んでいるが、それを他人に教えられるかとなれば話は別だ。

 いくら自分でできようが、言葉にするのは難しい。基本、感覚で戦っているし。

 

「あたしが言うのもアレだけど……姪っ子は可愛いぞ」

「何故それを先に言わない。あい、分かった。その願い喜んで引き受けよう」

 

 大丈夫、大丈夫。感覚だろうがなんだろうがきっと教えられるさ。そして、狩りのことだけとは言わず、他にも色々と俺が教えてあげようじゃあないか。

 

 先日のあの少女との件は残念だったが、流れは確実に俺の方へきている。大丈夫、俺の未来は明るい。

 

「……アンタが馬鹿で助かったよ。あたしも一緒に行くけど、それじゃ早速明日からお願いするよ」

 

 お任せ下さい。一生大切にしてみせます。

 とは言え、まだ聞かなきゃいけないことがある。教えるとなれば色々と準備をしなければいけないのだから。

 

「幾つか質問良いか」

「もちろんさ」

 

 ハンターになったばかりってことはまだHR1だろう。多分、狩りの経験もない。そして、可愛い。

 今考えられるのはそれくらい。

 けれども、流石にそれだけじゃあ情報が少なすぎる。

 

「姪っ子ちゃんの年齢は?」

「最初にする質問がそれってアンタ……」

 

 バカヤロー、こちとら必死なんだ。しかも最近、失恋したばかりなんだぞ。俺はお前みたいに、諦めてないんだ。

 きっと俺は素敵な嫁さんと幸せな生活を送ってみせる。

 

「確か、14とかそのくらいだったと思うよ」

 

 ふむ、思ったより年齢は上なんだな。

 それじゃあ、スリーサイズは? なんて聞きたいところだが、そんなことを聞けばデンプシーは避けられないだろうから止めておいた。命は大切にしたい。

 14、か。結婚するには少々早いができなくもない。ただ、焦るな俺。出会って直ぐに結婚できるわけじゃないんだ。その姪っ子ちゃんが成長するまでゆっくりと時間を過ごせば良い。

 

 そして、一番の問題だが――

 

「……彼氏は?」

 

 前回、俺は其処でやらかした。

 可愛い女の子なんてほぼ全てが彼氏持ちクソが。中にはあの受付嬢みたく、独り身の可愛らしい女性もいるがあの受付嬢は例外だ。結婚してくれねーかなぁ。

 

「さぁ? ただ、聞いたことないし、いないんじゃないかい?」

 

 はい、きました。このクエスト勝ちました。

 きっとその姪っ子ちゃんを幸せにしてみせる。

 

 これは明日からの生活が楽しみだ。テンション上がる。

 

「ああ、そうだ。その姪っ子ちゃんは何の武器を使うんだ?」

「ソレを最初に聞きなよ……」

 

 それ以上に大切なことがあったのだから仕方無い。

 ぶっちゃけ、ハンターになどならず俺と一緒に生活してくれればそれで良いが、そうもいかない。今の俺にできるのは、その姪っ子ちゃんに狩りを教え、立派になってくれるのを待つくらいだ。

 

「ヘビィボウガンだよ」

 

 ああ……ヘビィ、か。

 ガンナー武器全てに言えることだが、確かに誰かが教えてやらないと難しい武器だ。コイツはハンマーしか扱えないはずだし、それくらいなら俺が教えた方がまだ良いのかもな。

 

「アンタならヘビィも使えるだろう?」

「まぁ、それなりには使えるよ」

 

 ヘビィは俺自身使ったこともあるし、ずっと見てきた武器だ。少なくとも、基本くらいなら教えられると思う。

 俺のヘビィ装備はまだ残っているだろうか。

 

「アンタって無駄に器用よね」

 

 不器用だよ。

 器用な奴がこんな人生を歩むはずがない。

 

 それに、ヘビィだって使えるってくらいだ。大剣と違って上手く使えるわけじゃない。色々とあったから少し触ってみただけ。まぁ、結局、今も大剣を使っているわけだが。

 

「とりあえず、明日からよろしく頼んだよ」

「了解。姪っ子ちゃんにもよろしく言っといてくれ」

 

 さて、明日からは忙しくなりそうだ。

 多分下位のジャギィ討伐くらいのクエストになると思う。しっかし、孤高の一匹狼なんて噂されていれば良いなって思う俺のような奴がまた、パーティーを組むことになるとはねぇ。この人生、なかなかどうして分からないものである。

 

 

 そして、その時もまた舞い上がってしまっていたため、気づかなかったが、よくよく考えると、アイツの姪なんだよな。アイツの姪ってことは、アイツの兄(ムキムキマッチョ)ってことで……まぁ、うん。これはダメかもしれん。生物には遺伝とか血筋とか色々あるのだし。

 女性の可愛いって言葉ほど信用ならんものはないと思うんだ。

 

 そんなことを自宅に帰り、ウキウキ気分で明日の準備をしている時にようやっと気づくことができた。

 いつだって、そうだ。俺は気づくのが遅すぎる。

 

 その日見た夢は、2頭のラージャンに追い回されるものだった。

 

 

 



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指導

 

 

 身体が重い。どうにも体調が優れない。

 きっと昨晩見た夢が原因だと思うが、集会所へ向かう俺の足取りは重かった。

 

 期待と不安が半々……にもならない。てか、不安しかない。いや、だってアイツの姪だぞ? どう考えたってこれはダメだろう。

 そんな美味い話あるわけないって分かっているし、例え姪っ子ちゃんがどれだけラージャンだろうが、ちゃんとヘビィの使い方を教えるつもりだが……テンションは下がりっぱなしだ。

 

 現在の俺が担いでいる武器は、ガララアジャラの素材を用いた“バイティングブラスト”なんて呼ばれるヘビィボウガン。撃つことのできる弾や装填数、反動やブレなども優秀。攻撃力も高く、ヘビィを使うハンターなら誰でも持っていると言って良いような武器。

 そして、そんなバイティングブラストだが、通称は“バイブ”と呼ばれている。俺が決めたんじゃない。皆がそう呼んでいるんだ。

 さらに、装飾品を使って、貫通弾撃てるように改造したバイブの通称は“貫通バイブ”。これも俺が決めたわけじゃない。

 

 んで、俺のバイブも貫通バイブだ。

 名前はどうにも頼りなさそうだが、これがかなり強い。貫通バイブ大好き。ただ、女性の前でバイブバイブ連呼していると必ず引かれるのは考えものだ。

 

 さてさて、そんじゃそろそろ腹括って行くとしようか。

 

 

 

 

「あら、やっと来たのかい。全く……女性を待たせるなんて失礼だろうに」

 

 集会所へ着くと直ぐに、その巨体が目に付いた。威圧感がパない。

 確かに、女性を待たせるのは失礼だが、お前は……いや、もう何も言うまい。ああ、今日も今日とてすごくラージャンだ。

 

「どうにも寝られなくてな。それで、ラージャンのゴリラが姪っ子ちゃんなんだっけ?」

「落ち着けよ」

 

 すまんな、寝不足なんだ。

 とは言え、周りにコイツ以外の牙獣種は見当たらない。はて、これはどういうことだろうか。

 

「あの子なら今、ギルドストアで弾を買っているよ。そろそろ帰ってくると思うけど」

 

 ああ、そっちにいたのか。全く、モンスターを見つけたら直ぐにペイントボールを投げろとアレほど……え?

 

「ちょっと、待て。お前の姪っ子ちゃんって……」

 

 そんな言葉を言いかけようとしたが、とてとてと此方に走ってくる少女の容姿を見て、言葉は消えた。

 

 まずアレだ。4足歩行じゃなかった。ケルビステップもしてこない。

 そして何より――

 

「なにあの子、超可愛い」

「だから言ったじゃないか、姪っ子は可愛いって」

 

 生命の神秘万歳。なるほど、これが突然変異か。

 どうやらアイツの兄の方ではなく、母親の血を多く引いてくれたらしい。予想外。しかしこれは嬉しい誤算だ。

 

「……あ、貴方が私に教えてくれる人?」

 

 とてとてと此方に走ってきた姪っ子ちゃんは、その緊張を隠そうともせず、おっかなびっくりそんな言葉を落とした。あらやだ、かわいい。

 

「ああ、そうだよ。今日はよろしくな」

「……うん。よろしく」

 

 その顔にはまだあどけなさが残るものの、顔立ちはかなり整っている。以前、一緒にブラキと戦った少女も可愛かったが、この姪っ子ちゃんはそれ以上。あと数年もすればバルバレギルドの中でも一番になりそうだ。

 そんな子が俺のお嫁さんに……

 

「ほら、ニヤけてないで、さっさと出発するよ」

「あ、ああ。失礼。それで、今日はなんのクエストへ行くんだ?」

 

 姪っ子ちゃんの装備は、ウルク防具一式にネルスキュラのヘビィであるネルバスターガン。HR1にしてはかなりの装備。ウルク装備マジ可愛い。

 

「この子はまだ大型種と戦ったことがないからねぇ」

 

 まぁ、そうだよな。

 そうなると、ドスジャギィやアルセルタス。あとはイャンクック辺りが無難か。

 

「だから、とりあえずリオレイアに行こうと思っているよ」

 

 ……予想以上のスパルタ教育だった。

 大型種経験無しでいきなり飛竜種は流石にどうかと思う。

 

「いや、流石にソレはキツいだろ。もう少し楽な相手にしてやれよ」

 

 下位だしレイアなら流石に勝てるが、姪っ子ちゃんには厳しい。下手したら姪っ子ちゃんのトラウマになる。

 

「何言ってんのさ。あたしなんて最初からリオレウス亜種だったよ」

 

 お前と一緒にするな。

 姪っ子ちゃんはお前と違ってか弱い人間なんだ。それに何より姪っ子ちゃんだって、レイアは怖いだろ。

 

「……やた。リオレイア楽しみ」

 

 あい、分かった。よーし、俺も張り切って行ってみようじゃないか。

 

 ……流石はコイツの姪っ子で、あの兄の娘ってだけある。

 これは色々と疲れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「よし、そんじゃ早速だが、ヘビィの基本的なことから教えていくぞ」

「……よろしくお願いします」

 

 場所は遺跡平原へと向かう飛行船の上。

 最初は戦いながら教えていこうと思ったが、相手が相手ってこともあり、多分そんな暇はない。飛竜種の中でもレイアは危険度もそれほど高くない相手だが、手を抜けるような相手じゃない。

 

「まずだが、ヘビィは主に通常弾を使うか貫通弾を使うかに分かれるんだ」

 

 正確に言うと、そうではないが、どちらかに特化した方が絶対に強い。

 俺のバイブも普通は通常弾ヘビィとして使われる。まぁ、そこを改造して無理やり貫通弾特化ヘビィにしているわけだが。

 また、通常弾と貫通弾だけじゃなく、散弾や属性弾をメインに使う場合もあるが……アレはちょっと特殊。

 

「……私はどっちのがいいの?」

 

 んー……正直、今の段階でネルバスターガンならどっちでも良い。装填数は少ないが、反動が小さいから貫通弾を撃つこともできるし、通常弾も普通に使える。

 それに弾強化系のスキルがないからどちらかに特化する必要もないだろう。

 

「とりあえず、通常弾と貫通弾の両方使ってみようか。それで自分に合っていると思う方を使えば良い」

 

 通常弾なら、モンスターの弱点をピンポイントで狙う必要が、貫通弾ならできるだけヒット数を稼ぐように撃つ必要がある。また、弾に一番力が乗る距離も通常弾と貫通弾で違う。

 

「ガンナーって面倒くさいのね」

 

 俺と姪っ子ちゃんの話を聞いていたアイツがぽそりとそんな言葉を落とした。まぁ、俺やお前みたいに、力でゴリ押すハンターに遠距離武器は似合わないだろう。

 昔、ガンナーの力の8割は知識。と言われたこともあるが、その通りだ。何も考えず適当に撃ったところでガンナーは力にならない。ガンナーには深い知識と経験が必要なんだろうさ。

 

「あと、これが一番大切なことだが……」

「うん」

 

 ガンナーは剣士と違い、身軽になる必要があるため、どうしても防御力が落ちる。だから、剣士なら耐えられるような攻撃が致命傷となりかねない。

 

 だから、ガンナーはとにかく――

 

「逃げることを覚えてくれ」

 

 それが大切。

 剣士と違い、ガンナーは遠距離から攻撃できるが、すごく脆い。そして、リロード時などはかなりの隙ができる。スコープを覗いていれば視界は狭まるし、ヘビィは特に納刀時の動きが遅い。

 手数を出すことは大切だが、攻めすぎないようにとにかく気をつける。相手の動きをしっかりと見て、少しでも危ないと思ったら全力で逃げる。

 

「だから今回は攻撃なんてほとんどしなくて良い。とにかく安全な立ち回りを覚えるように」

「……うん、わかった」

 

 ガンナーは確かに強いが、本当に脆い。

 攻撃したくてうずうずしてしまうこともあると思うが、慎重になりすぎるくらいで丁度良いんだ。それだけは忘れないでくれ。

 

 

 

 

 それから、姪っ子ちゃんにそれぞれの弾の特徴や、しゃがみ撃ちのことなども一応、教えておいたが……多分、半分も理解されていないと思う。ガンナーは覚えることが多すぎるんだ。

 最初は苦労すると思う。でも、焦らず少しずつ覚えていけば良いさ。

 

「教えるのは苦手って言っていたくせに、なんだい。ちゃんとできるじゃないか」

 

 そろそろ遺跡平原へ着くくらいの時間。

 姪っ子ちゃんにカッコイイところを見せてやりたいが、久しぶりのヘビィなんだ。俺も安全に行こう。

 

「ああ、俺も驚いているよ」

「なんだい、それは」

 

 独り言のように溢した言葉にアイツは笑った。

 ヘビィは使えると言ったくらい。決して上手く使えるわけじゃない。それでも、そんな俺がこうしてちゃんと指導することができるのは……まぁ、アイツのおかげなんだろう。

 

 本当に色々あった。

 色々あって……色々失くした。

 

 それでも、あの時の経験とかそういうのが少しでも活きてくれているんじゃないかと思う。

 

「さて、そろそろ着く頃だろうし、気合入れて行くか」

「もちろんさ」

「……了解です」

 

 いくら口で教えたところで、実際に身体を動かしてみないと分からないことは多い。

 未来のお嫁さんのため、少しばかり頑張ってみるとしようか。

 

 

 



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問題

 

 

「喰らえや、ゴラァァアアアッ!」

 

 遺跡平原でラージャンの咆哮が響いた。

 

 そんな雄叫びを上げながらアイツが振り下ろしたハンマーはレイアの頭に直撃。いくら陸の女王と呼ばれるレイアでもアレは効きそうだ。

 

 やだ、あのゴリラ超怖い。

 

「スタン取ったよ! どんどん攻めておくれ!」

 

 そして、アイツのハンマーを頭に喰らったレイアは横に倒れた。

 それは、スタンと呼ばれるハンマーなんかの鈍器武器にできる技。アイツが全力を込めたハンマーなんて喰らえばいくらモンスターと言えども堪らないだろう。

 それに相手は下位レベルの個体なんだ。G級のラージャンが相手じゃ流石に可哀想だ。きゃー、ゴリラさん素敵。野蛮。よっ、馬鹿力。

 

 さてさて、ゴリラは別に良いのだ。そのまま暴れててくれ。

 大切なのは未来のお嫁さんであるこの姪っ子ちゃん。

 

「姪っ子ちゃん! レイアの頭に通常弾を撃ち込んでやれ」

「……わかった」

 

 レイアの弱点は頭。

 頭から尻尾へ抜けるように貫通弾を撃っても良いが、スタン中なら弱点をピンポイントで狙える。それに最初は通常弾を練習した方が良いと思う。

 まずは通常弾で相手の弱点をしっかり狙うことを覚えるのが大切なんじゃないかな。

 

 パシパシとレイアに向かって通常弾を撃ち込む姪っ子ちゃんを横目に、俺はまた違う弾を装填。

 いくら下位個体とは言え、その攻撃を喰らえば、どうなるか分からない。だから今回はとにかく安全に行かせてもらおう。

 

「麻痺弾撃ち込むぞ」

「あいよ!」

 

 安全に戦うため、レイアの動きはできるだけ封じさせてもらおう。

 装填した麻痺弾を未だスタン中のレイアへ撃ち込む。そして、スタンから起き上がったところで、俺が撃ち込んだ麻痺弾のおかげでレイアが麻痺。

 

 それを見てからレイアの元へダッシュ。

 

「シビレ罠置く! ラッシュ頼んだ」

「任せな!」

 

 やるなら徹底的に。

 姪っ子ちゃんにはまず逃げることを覚えろと言ったが――やはり怖い。それじゃあ姪っ子ちゃんの成長に繋がらないってことも分かっているんだが、どうにも……

 

 他人に教えるのはやっぱり俺に向いてないのかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「よしっ、討伐完了だね」

「ああ、お疲れ様」

「……お疲れ様です」

 

 結局、レイアにはほぼ何もさせずに倒しきることができた。

 まぁ、アレだ。ラージャン無双がすごかった。分かっちゃいたがコイツ、ホントに上手いな。ハンマーを使うハンターならバルバレギルドの中ではコイツが一番上手いと思う。

 

「それにしても……ちょいと過保護過ぎじゃないかい?」

 

 あー……まぁ、それはそうなんだが、どうしても、ね。

 こんな戦い方ができることは少ない。それこそ、上位になればまずできない。とは言え、失敗することだけは嫌だったんだ。

 

 ハンターは本当に些細なことでその命を落としてしまうのだから。

 

 ただ、こんなことを繰り返しても姪っ子ちゃんの成長に繋がらない。これはどうすっかね。

 

「……私なら大丈夫」

 

 そう言われてもなぁ……

 この可愛い姪っ子ちゃんを大事にしたいってのはもちろんだが、パーティーのメンバーを危険な目にはできるだけあわせたくないんだ。

 もういっそのこと、ハンターは諦めて俺のお嫁さんとして永久就職してもらうのもありだが、そんなこと言ったらラージャンに何をされるか分からん。だから、どうにかこの姪っ子ちゃんに上手く教えてやりたいんだが……難しいな、教えるって。

 

 

 

 

 結局、これからどうやって姪っ子ちゃんに教えていくのか答えは出ないまま、バルバレへ戻って来てしまった。

 そして、明日もまた姪っ子ちゃんと一緒にクエストへ行く約束をしてから別れることに。

 

 さて、俺はどうしようか。今とは方法を変えたいところだが、このまま考えたって良い案は浮かぶ気がしない。煙草でも吹かしながらいつものあの場所で考えていれば、何か思いついたりしないかね?

 

 そんなことを考えつつ、集会所の上にある櫓へ向かおうとした時だった。

 

「ちょいといいかい?」

 

 アイツに呼び止められた。

 

「どうした?」

 

 俺はこれからひとり静かに考え事でもしようかと思っていたんだが……

 

「あの子のことで話があるんだ」

「つまり?」

「デートのお誘いさね」

 

 すごい、デートに誘われたってのに、全くもって胸がときめかない。

 てか、コイツはなんてことを言い出すんだ。冗談で済むことと済まないことがあるんだ。これで変な噂でも広まったらどうしてくれる。

 ハチミツでもキメてるんじゃないだろうか。それかスタン中とか。

 

「ほら、とりあえずついて来な」

 

 抵抗? できるわけがない。俺はか弱い人間で、相手は獰猛な牙獣種なのだから。

 

 

 

 

 そして、アイツに無理やり連れて行かれた場所は、俺が向かおうと思っていた場所だった。

 そもそもこの場所の存在自体が知られていないからか、此処へ来る者は多くない。つまり、まぁ、俺とアイツ以外は他に人がいないわけで……ヤバい、震えが止まらない。

 

「……あの子のことだけどね」

 

 懐から取り出した煙草に火を点けつつ、アイツはぽつりぽつりと言葉を落とし始めた。

 火の点いた煙草から薫る煙は俺が普段吸っている物よりもずっと濃い。

 

「ハンターになることは皆から反対されたんだ」

 

 濃い煙の匂いが鼻の奥まで届き、思わずむせそうになる。

 ただ、そんな煙草を吸う姿はやたらと彼女に似合っていた。

 

「……お前もか?」

「もちろん」

 

 俺にはそういう存在がいないから、何とも言えないところだが……まぁ、身内がハンターを目指すなんて言ったら反対するだろう。この世界で、ハンターほど危険な職業はないのだから。

 

 コイツの兄も昔は名の知れたハンターだった。それこそ、バルバレじゃ一番のハンターなんて言われるくらいの。

 ただ、それも過去の話。どうにか命は助かったが、その右足はもうハンターとして使い物にならない。

 

 どれだけ腕の良いハンターだろうと、何が起こるか分からない。ハンターがいるのは世界だ。

 

「ただね、あの子はあれで頑固なんだ。それも超がつくほどの。一度言いだしたら絶対に止まらない。どんなに私たちが反対しようが、あの子はハンターを目指すと言った」

 

 はぁ……何があの姪っ子ちゃんを其処まで駆り立てるのやら。ハンターなんてそんな良いものじゃないってのに。俺だって、本当はこんな職業さっさと辞めちまいたいんだ。

 

「あのままじゃ、飛び出す勢いだった。だから、仕方なくあたしがあの子に教えることにしたんだよ」

 

 そりゃあ、まぁ、また大変なことで。

 俺が言うのもアレだが、お前だって他人に何かを上手く教えられるような人間じゃないだろうに。

 

「……確信を持って言える。あの子は凄腕のハンターになるよ」

「まぁ……そうだろうな」

 

 たった一回のクエストしか一緒に行っていない。しかも、姪っ子ちゃんはまだまだ駆け出しのハンターだ。

 けれどもコイツの言う通り、姪っ子ちゃんは凄腕のハンターになるだろう。それも間違いなく。

 たった一回のクエストでそう思えてしまうほど、姪っ子ちゃんにはそれだけの力が見えた。

 

 大型種と戦った経験がないというのに、あの冷静さ。言われたことを直ぐに実行できる素直さと、適応力。

 そして、モンスターに全く怯むことなく戦うことのできるあの性格。

 それらは、ハンターにとって非常に大きな力となってくれる。そんなものを姪っ子ちゃんは持っていた。

 

 ただ――

 

 

「けれども、あの子は絶対に早死にする」

 

 

 そんなことも今回だけで分かってしまった。

 

「……ああ、そうだな」

 

 モンスターを怖がることなく、戦えるってのはハンターにとって大きな強みだ。

 知識や経験があればモンスターに臆することなく戦うことはできるだろう。けれども、姪っ子ちゃんは違う。知識や経験なんてほとんどないはず。それでも、あの子は怖がらない。

 

 正直言って、異常だ。頭のネジが飛んでると言っていい。

 

 あの姪っ子ちゃんならきっと凄腕のハンターになるだろう。それもかなり早い段階で。あの子自身、ハンターとしての才能ももちろんある。そして、モンスターを恐れないあの性格がさらにブースト。

 けれども、それじゃダメなんだ。モンスターを恐れないことは大切だが、それ以上にモンスターを恐れることが大切。

 一見それは矛盾しているように感じるが、そうじゃない。だって、モンスターを狩る以上に、自分の命を守ることが大切なのだから。

 

「だから、あの子の教育をアンタに頼んだのさ。誰よりもモンスターの怖さを知っているアンタに」

 

 ……なるほど、ねぇ。

 

「あの子がちゃんと育つまで、あたしやアンタみたいなハンターが一緒にいてあげるのが一番さね。でも、あたし達が戦線を離れてしまったら、バルバレギルドにとって痛すぎる。だから、いつまでもあの子を見てあげることはできない」

 

 分かってるさ。そんなことくらい。

 今はどうにか落ち着いているが、いつまた上位の古龍種や狂竜化個体、アカムなんかが大量に現れるか分からない。

 けれども、焦ったところでどう仕様も無いってのがまた困ったところ。性格を治すってのはやはり難しいのだから。

 

 姪っ子ちゃんと一緒に行けるクエストの回数はそれほど残っていないだろう。その少ない機会のうちにどうにかできるんかね?

 

「明日行くクエストの内容は?」

「氷海のティガレックス。そして、おそらく狂竜化個体さね」

 

 それは下位クエストで最難関クエストと言って良いもの。相変わらずのスパルタだ。

 俺とコイツがいるんだ。まず負けることはない。でも、重要なのはそこじゃない。どうやってあの姪っ子ちゃんにモンスターの危なさを教えるかが問題。

 ただ、そんなことができるかはやっぱり分からない。

 

「あの子のこと、頼めるかい?」

「当たり前だ。責任を持って一生面倒見てやるよ」

 

 とは言え、大切な大切な未来のお嫁さんのためなんだ。

 だから此処は俺がやらなきゃいけない時なんだろう。

 

 

 



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失敗

 

 

「姪っ子ちゃんは狂竜化個体ってのを知ってるか?」

 

 姪っ子ちゃんに狩りの指導をするようになって二日目。今日もまたヘビィの使い方を学んでもらうため、クエストへ出発。

 そんな今日のクエストは、氷海にいるティガレックスの討伐だそうだ。先日戦ったレイアよりも危険度は高く、またかなり手強いモンスター。分類的には一応飛竜種だが、飛ぶことは苦手らしく、地上戦が得意。

 また、別名は轟竜なんて呼ばれるように、アイツの咆哮はちょっとヤバい。暴力的なまでの音量の咆哮はその音自体が衝撃波となり、周囲を吹き飛ばす。高級耳栓を付けていようが、アレばっかりは防げやしない。

 

「……見たことないけど、聞いたことくらいは」

 

 今回はそんな奴が相手だ。

 そして、更に今回は“生態未確定”のクエスト。つまり、普通とは違うティガレックスが相手となるかもしれない。

 

「了解。ティガレックス自体と戦ったことがないから、イメージできないかもしれんが、狂竜化個体は本当に気をつけてくれ。攻撃力は上がり、動きも滅茶苦茶速くなるから」

「……わかった」

 

 狂竜化個体とは何度も戦った経験はあるが、アレはキツい。それまでしなかったような動きはするし、とにかく動きが速い。

 そして本当に厄介なのが、狂竜化した個体の訳が分からない行動だ。当たり前だが、普通のモンスターってのはハンターを狙ってくる。ハンターを無視して草食獣を狙う時もあるが、何かを狙って行動するのは確かなこと、しかし、狂竜化個体は違う。何もいない場所へ攻撃しだす時もあれば、崖に自分から突っ込んでいく時もある。一見それに危険なことは感じないが、何を狙っているのか分からないのは本当に怖い。出鱈目な攻撃は避け難く行動を予測できない。つまり、不測の事態がよく起こる。

 そんなこともあって狂竜化個体は苦手だった。アイツら、何考えてるのか分かんねーんだ。

 ドンドルマの方じゃ、狂竜化に関する研究が進められているものの、未だ解明できないことは多いらしい。

 

「前回は安全に戦うことができたけれど、今回はあんなに上手くいかない。だから、本当に逃げることに専念してくれ。とにかく無理だけはしないようにな」

「……うん」

 

 本当に分かってくれたんかねぇ。

 アイツもいるんだ。負けることはまずないと思う。けれども、相手が相手だけに何が起きてもおかしくない。狩りを覚えるのは大切だが、それで死んじまったら意味がない。

 頼むから、無茶だけはしないでくれよ。

 

「ほら、そろそろ着くよ。気合入れて行きな!」

 

 ああ、分かってる。

 こちとら、大切な未来のお嫁さんの命が懸かっているんだ。気なんて抜いている場合じゃない。

 

 

 

 

 

 氷海のベースキャンプへ到着し、ホットドンリクを飲んだり、弾を装填したりして準備は完了。

 姪っ子ちゃんには通常弾を装填するように指示し、俺は前回と同じように麻痺弾を装填。

 

「出会って直ぐに閃光玉投げる。スタンは任せたぞ」

「あいよ!」

 

 閃光玉で怯んでいる間に、アイツがスタンを奪い、俺が麻痺弾を撃ち込む。そして、前回と同じようにシビレ罠を使う。今回もそんな流れ。

 普通の下位個体ならそれで倒しきることもできるが、今回の相手は狂竜化個体かもしれない。そうなると……流石に倒しきれんよなぁ。

 

「よしっ、行くかっ!」

 

 ま、気合入れていこう。

 狩りなんて上手くいかないことの方が多いんだ。考えすぎたって禄なことにならないのだから。

 

 

 準備を終え、ベースキャンプを出て直ぐ。ティガがいると思われる崖を登ることに。

 そして、崖を登り終わると、ポポの集団の先に、ティガの姿が見えた。

 

「あら? 寝ているみたいだね」

 

 しかし其処にいたのは、まるで死んでいるんじゃないかってくらいピクリとも動かない姿のティガ。その身体を見る限り、狂竜化個体ではないらしい。

 

 んー……寝ている? こんな場所で?

 

「とりあえず、叩き起してくるからその後、フォロー頼んだよ」

「あ、ああ。任せろ」

 

 モンスターだって生き物だ。そりゃあ寝るときもある。だから、これはなかなか訪れない大きなチャンス。

 しかし、どうしてこんな場所で……なんとも嫌な感じがする。

 

 そして、寝ているティガへアイツが近づき、背中に担いでいたハンマーを抜刀した時だった。黒い靄のようなものがティガの身体からチラリと見えた。

 

 つまりそれは――

 

「逃げろ! ソイツ、寝てるわけじゃない!」

「は? 何を言って……っつ!」

 

 まるで狙ったかのようなタイミングでティガが起き上がり、間髪を容れずあの大咆哮を響かせた。

 咆哮を受け吹き飛ばされたアイツは、崖から落ちその姿を消すことに。

 

「ね、姉さんが!」

「落ち着け。あれくらいでアイツが死ぬか。アイツなら大丈夫だよ」

 

 俺もしぶとい方だが、アイツはそれ以上。アイツなら例え、ラージャンのデンプシーを正面から受けようが平気で起き上がってくれるさ。

 それに、ギリギリで異常に気づいたのか、回避行動も取っていた。少なくとも直撃はしていないだろう。

 

 そんなことよりも今は目の前のティガが問題。このままじゃ一気に崩れる。

 一度体制を整えるため、急いでアイテムポーチから閃光玉を取り出す。

 

「姪っ子ちゃん! 目を守れ!」

 

 そう言ってから、ティガの顔の前へその閃光玉を投げつけた。

 投げつけた閃光玉は空中で破裂。そして、視界が真っ白に。

 

 閃光玉が無事、ティガに入ってくれたことを確認してから、姪っ子ちゃんの手を引き、洞窟の中へ避難。あのまま戦ったところで、上手く戦える気がしない。

 ったく、せっかく可愛い女の子の手を握ってるってのに、楽しんでる余裕もない。

 

 

 

 

 洞窟の中へ避難してから、とりあえず一息。

 あー、煙草吸いてなぁ……ま、そんなことしている場合じゃないわけだが。

 

「こ、このあとは?」

「そうだな。アイツと合流したいところだが、何処に吹き飛ばされたのか分からんしなぁ」

 

 じゃあ、ふたりでティガと戦うか? いや、流石にそれは危ないよな。ヘビィふたりのパーティーじゃお互いのフォローが難しい。

 アイツへ俺たちの場所を知らせるため、サインを出しても良いが、ソレに反応してこの狭い洞窟の中にティガが来たらもう笑うしかない。

 だから、本当はアイツがサインを出してくるのが一番なんだが……

 

「……私、戦ってみたい」

 

 いや、マジですか? あんなことがあってよく言えるな、おい。

 

「だって、このままじゃ私は成長しない……」

 

 あー……それを言われると、俺としてもかなり痛いと言いますか、何も言えないといいますか……

 今まで姪っ子ちゃんの意見は何も聞いていなかったのだから。

 

 さて、どうしたものか。

 最悪、俺ひとりでもあのティガ程度なら倒すことができる。だから、姪っ子ちゃんが安全に立ち回ってくれさえすれば、どうとでもなる。

 

 これは、良い機会なのか? どうせこのままじゃ俺は姪っ子ちゃんにちゃんと教えてやることができない。いや、でも……

 

「お願いします」

 

 ああもう! はいはい、分かった分かりました! 俺が可愛い女の子の頼みを断れるわけがないんだ。

 

「了解。ただ、頼むから無茶なことだけはしないでくれ。例え……俺が目の前で殺されようが、自分の命だけは大切にしてくれ。それを約束してもらえるか?」

「……わかった」

 

 頼むよ。君はこんなところで落ちて良い人間じゃないのだから。

 何より、目の前で仲間が死ぬのはもう充分だ。

 

 さて……そんじゃ行くか。この洞窟だって安全が保証されているわけじゃない。動くなら早い方が良い。

 

「とりあえず、俺が麻痺弾を撃ち込んで麻痺を取る。それまで姪っ子ちゃんは納刀したまま、逃げることに専念してくれ」

「了解」

 

 もういっそ、閃光玉を投げまくるのもありかもしれない。残りは4個しかないが、閃光玉を投げれば、はぐれてしまったアイツも俺たちのいる場所が分かるし。

 

 そんなことを考えつつ、洞窟を抜け、ティガがいるはずの外へ。

 

 そして、洞窟を抜けるとローリング5回分ほどの距離に――ティガがいた。

 近すぎる。いや……こりゃあ困ったね。……クソがッ!

 

 

「逃げろッ!!」

 

 

 姪っ子ちゃんに向かって叫んだ。

 ティガが待ち伏せしていたとは考えにくい。きっと本当にただただ運が悪かっただけのこと。

 

 けれども、そんな運の悪さだけでハンターは――死ぬ。

 

「えっ……あっ……」

 

 突然の事態についていけなかったのか、姪っ子ちゃんは固まったまま。

 一方、ティガはその右腕を大きく振り上げた。それは、ティガが地面を掘り起こし、岩を飛ばしてくる攻撃をするための準備。

 

 考えている暇はない。

 何かを思う前に背中に担いでいたヘビィを両手で掴み、ローリングをして姪っ子ちゃんの前へ。

 

 ティガの雄叫びが聞こえ、次の瞬間、俺の身体と同じくらいの岩が飛んできた。もうどうとでもなれ。

 その岩に向かって真っ直ぐヘビィを向けた。

 

 聞いたこともないような低く不快な音が響く。飛ばされた岩は俺のヘビィのシールドに直撃。シールド越しに届いた衝撃は身体を突き抜けた。

 

 飛びそうな意識をどうにか捕まえ、ガードしてから直ぐに、麻痺弾をティガへ撃ち込む。

 

「よしっ、麻痺取った! 逃げるぞ!」

 

 痺れたティガを確認して直ぐに、ヘビィを納刀。左腕の感覚が怪しい。

 右腕で未だ固まったままの姪っ子ちゃんの掴み、痺れているティガの脇を抜けダッシュ。

 

 そして、姪っ子ちゃんを連れたまま、崖を飛び降りた。

 

 

 



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聞いてない

 

 

「いった……くねぇわー。全っ然、痛くねえわー」

「……大丈夫?」

 

 姪っ子ちゃんと一緒にティガのいるエリアから飛び降り、どうにか逃げることに成功。

 

 ティガがぶっ飛ばしてきた岩を小さなシールドで無理やりガードしたせいで、身体はボロボロ。ガード性能スキルでもあれば違っただろうが、そんなスキルをつけている余裕なんてない。

 それに、こうしてふたりとも無事だったんだ。今はそれだけで十分だろう。

 

「別にこれくらいなら大丈夫だよ。ほっときゃ直ぐに治る」

 

 なんてやせ我慢。先程から左腕の燃えるような痛みがなんとも鬱陶しい。折れてはないと思うが、何かしらの怪我を負ってしまったのは確か。

 ま、利き腕じゃなかっただけマシだ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 さて、こっからどうすっかと思っていると、姪っ子ちゃんが小さな小さな声でそんな言葉を落とした。

 俯き、心の底から後悔しているその姿は庇護欲を掻き立てられる。かわいい。今なら極々自然な流れでそっと抱きしめることもできそうだ。

 

「反省はまた今度にしよう。今はとにかくアイツと合流することが優先だな」

「……わかった」

 

 と言うか、悪いのは俺とアイツであって姪っ子ちゃんは悪くない。

 アイツは自分の不注意で吹き飛ばされるし、俺も俺で慌てていたのか、その後のフォローが上手くできなかった。

 姪っ子ちゃんはまだ2回しか大型種と戦った経験がないんだ。それならテンパるのも仕方無いだろう。

 

 それに、分かったこともある。

 

 ――頭のネジが飛んでる。

 

 なんて随分と失礼な表現を姪っ子ちゃんにしてしまったが、そんなことはなかった。この子は極々普通の14歳の女の子だ。怖いことがあれば固まってしまうし、どうして良いのか分からなくなる。

 大人びて見えもするが、中身はきっと普通の女の子。

 それが分かっただけで、今回の成果は十分かもしれない。

 

 そんじゃ、さっさとアイツと合流してこのクエストもサクッと終わらせようか。

 

「……あっ、サイン」

 

 そして、アイツが出したと思われるサインが響いた。良いタイミング。

 

「ベースキャンプにいるっぽいな。んじゃ、俺たちも行くか」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「申し訳ないね。まさかあんなことになるとは思わなかったよ」

 

 姪っ子ちゃんとベースキャンプへ向かうと、とても元気そうなアイツの姿。

 無事だろうと思っていたが、まさか無傷とは。化物かコイツ。

 

「うん? アンタ、その左腕どうしたんだい?」

 

 流石、鋭いことで。

 バレないようにしようと思っていたが、もうバレてしまった。恥ずかしいったらありゃしない。

 

「ティガから逃げるとき、転んで変に手をついてな。その時にちょいとやらかしたらしい」

 

 本当のことなんて言えるわけがない。こういう時ばかり俺の中にあるちっぽけなプライドが邪魔をする。

 しっかし、この腕は鬱陶しい。曲げようと思っても全然曲がってくれない。もしかして、骨まで逝ってんのかな。

 

「情けないねぇ。ほら、見せてみな。それくらいなら直してあげるから」

 

 おろ。そりゃあ助かるが、お前って医学的な知識を持っていたか?

 他人のことを言えたもんじゃないが、コイツも俺みたいに、ほっときゃ治る理論の持ち主だと思ったが。

 

 アイツに言われたから、とりあえず痛む左腕をアイツへ向かって伸ばした。

 

「ふんっ!」

 

 パキン――っと心地良い音が響いた。

 

「あ゛ーーーーっ!!」

 

 腕が曲がった。

 曲がっちゃダメな方へ。

 

「なんだい、ちゃんと曲がるじゃないか。それなら大丈夫だね」

 

 え。えっ? これ、マジで? 嘘……だろ……? さっきまではどうにか動かせたのに、全く力が入らなくなったんだが。これ逝ったよね? 完全に腕逝きましたよね。

 

「バカ? バカなのお前。いや、お前がバカなのは知ってたけどさ! これはダメだろ!」

「ああもう、ギャーギャーうるさい。ほら、さっさと倒しに行くよ」

 

 ダメだ。会話が成り立たない。流石は牙獣種。此処に来て種族差という厚い壁がコミュニケーションの邪魔をする。

 

 この腕じゃヘビィは使えないし、もうこのままベースキャンプにいようかと思ったが、閃光玉や罠くらいなら使えるだろってことで、無理やり連れて行かれることに。鬼だ。

 そんな俺とアイツのやり取りを姪っ子ちゃんは笑いながら見ていた。俺は泣いていたけど。

 

 まさに満身創痍(俺だけ)。どうしてこうなった。

 ただ、まぁ、反撃開始と行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふん。こんなところさね」

「いや、疲れたな。おい……」

「お疲れ様」

 

 3人が合流してから、再びティガの元へ。

 最初はアレだけ掻き回された相手だが……まぁ、普通に倒しました。挑戦者が発動したアイツは引くレベルで強いんだ。強靭なはずのティガの頭が半分も吹き飛んでいる。どれだけの力があれば、ああなるのやら……

 現時点で氷海の生態系ピラミッドの頂点は間違いなくこのラージャンだろう。

 

「さて、そんじゃ帰るとするか」

 

 倒したティガから剥ぎ取りも終え、やり残したこともない。

 前回のクエストはほとんど何の収穫もなかったが、今回は違う。姪っ子ちゃんのことを理解することができたのは本当に大きい。

 あんなことがあったため、もしかしたらまた固まるかもと思ったが、流石というべきかティガの動きをしっかりと見ながら安全な立ち回りもできていた。其処らの下位ハンターよりもこの姪っ子ちゃんの方が上手いかもな。

 ホント、優秀なハンターになってくれそうだ。

 

 ただ、まだまだ姪っ子ちゃんは新米のハンター。学ばなきゃいけないことが沢山ある。

 でも、安心してほしい。これからは俺がつきっきりで手とり足取り、しっかりと教えて上げるのだから。ギルド? 知るかそんなもん。俺は姪っ子ちゃんとともに人生を歩むんだ。

 

 

 

 

 そして、氷海からバルバレへと帰る飛行船の上。

 ラージャンに持っていかれた左腕が痛む。完治するまでどれくらいかかるだろうか……その間、姪っ子ちゃんと一緒にクエストへいけないのが本当に残念でならない。

 

 それにしても、姪っ子ちゃんにはいつ告白しようか。今告白してもいける気もするが、姪っ子ちゃんはまだ14。流石に早すぎる。とは言え、もたもたしている間に、誰かに取られてしまう可能性も……

 

「……あの」

 

 そんなことを考えていると、姪っ子ちゃんが声をかけてきた。

 

「どうした?」

「えと……ありがとう」

 

 そして、何処か恥ずかしそうにしながら、そんな言葉。かわいい。天使かと思った。

 

「ん、別にこれくらい気にすんな。俺がやりたくてやったことだしな」

 

 正直に言おう。俺には姪っ子ちゃんと仲良くなりたいという下心しかない。優秀なハンターを育てるとかぶっちゃけどうでも良い。

 

「……私は貴方や姉さんほど上手くない」

 

 そりゃあ、そうだろ。あの牙獣種は別として、俺だってそこそこの経験を積んでいる。ハンターに成りたての人間よりは上手いさ。

 でも、大丈夫。これからはこの俺が君とともに歩んで行くのだから。それなら姪っ子ちゃんを危険な目に遭わせることはしないし、きっと君を優秀なハンターに育ててあげられる。

 そして、落ち着いたら結婚しよっか。

 

「貴方のおかげで私は前に進むことができたと思う。それで、もしだけど……」

 

 顔を下へ向けてしまっているせいで、その表情を見ることはできない。

 けれども、僅かに見えたその頬は赤く染まっていた。

 

 トクリ、トクリ――と俺の中の何かが跳ねる。えっ? これはもしかしてアレですか? アレですよね?

 あ、愛の告白……的な。

 

 

「もっと上手くなったら、私とパーティーを組んでくれますか?」

 

 

 それは思っていたことと少しばかり違うものであったけれど、俺たちは出会ってまだ二日。だから、今はそんな言葉だけで充分なんだろう。

 

「……もちろん。その時が来るのを楽しみにしているよ」

 

 俺の中はまさにお祭り状態。飲めや歌えや大騒ぎ。

 だって、流石にこれは愛の告白と何も変わらないだろうから。

 

 そして、姪っ子ちゃんの言葉に俺がそう返すと、彼女は本当に可愛らしく笑ってくれた。惚れました。いや、もう惚れてます。

 

 ホント、生きてて良かった。

 

 

 

 

 

 

 今までにないってくらいのウキウキ気分で、バルバレへ帰還。

 姪っ子ちゃんが俺の隣に立ってくれるまで、どれくらいの時間がかかるか分からない。しかし、あの姪っ子ちゃんの実力ならそれほど遠くないはずだ。俺の未来は明るい。

 

「……なに気持ち悪い顔をしてるんですか? こちらが今回の報酬となります」

 

 いつもなら心に突き刺さる受付嬢の辛辣な言葉も全く痛くない。なるほど、これが持った人間の強さか。

 

「ありがとう。そして俺、結婚することになったんだ」

「あら、それはおめでとうございます。お相手はババコンガですか? ラージャンですか?」

 

 人間だよ。

 俺をなんだと思ってるんだ。

 

 ふふっ、しかし今の俺はそんな受付嬢の言の葉ですら、さらりと躱すことができる。

 

「ほら、昔ガンランスを担いでいたマッチョがいただろ? アイツの娘と今度、俺は結婚することになったんだ」

 

 姪っ子ちゃんとは少しばかり年が離れてしまうが、なに愛の力の前にそんなもの関係ない。きっときっと幸せな家庭を築いてみせるさ。

 

「なるほど、あの子と……うん? いや、でも、あの子って確か……。えと、ああ、ありました。これをどうぞ」

 

 何がなんだか分からんが、受付嬢から一枚の手紙をもらった。

 嫌な予感。

 

「……結婚式の招待、状?」

「はい、今度とある加工屋の男性と式を挙げられるらしいです。おふたりは仲も良く、この前はふたりで闘技大会を見に行っているのも見かけました」

 

 ちょっと待ってね。

 なに言ってるのかよく分からんぞ。え? 何ですか、これ。

 

「はぁ……やっぱりアンタはあの子を狙っていたのかい」

 

 アイツの声が聞こえた。

 

「おい、ラージャンどういうことだ」

「もっかい言ったら次は右腕だからね。……だから、あの子には婚約者がいるんだ。そうだっていうのに、あの子と言ったらハンターになると聞かなくて……大変だったんだよ?」

 

 婚約者……?

 あと、流石に右腕はやめてください。

 

「え? いや、だってお前、姪っ子ちゃんに彼氏はいないって……」

「いるなんて言ったら、アンタが手伝ってくれないことは分かっていたからねぇ」

 

 あれ? おかしいぞ。室内なのに雨が……

 

「……つまり?」

「式は来月。アンタが来ればあの子も喜ぶだろうからちゃんと予定を空けときなよ」

 

 泣きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 畜生、煙草の煙が目に染みやがる。いつもならなかなかの景色なはずが、ボヤけてしまっているせいで、その景色を楽しむことすらできない。何が婚約者だクソが。

 

 あれから流石に申し訳ないと思われたのか、アイツが飯を奢ってくれると言ったが、丁重にお断りした。今、飯を食べたってどうせ塩味しかしない。塩っ辛いのは苦手なんだ。

 

 結局、また俺はひとりで舞い上がっただけ。もう乾いた笑いすら出てこない。

 いや、そりゃあ、そんな上手くいかないことくらい分かっているさ。でも、これはあんまりだろう。俺が何をしたというのだ。

 なぁ、神様。俺のことどれくらい嫌い?

 

 溢れた涙が煙草を湿らし、何とも不快な味がする。

 まさに骨折り損のくたびれ儲け。ホント、どうしてこうなった……

 

「あっ、やっぱりこちらでしたか」

 

 そんな受付嬢の言葉が聞こえたが、どうしてなのやら嬉しくない。ひとりにしてくれ。

 

「……どしたの?」

「あの方に、様子を見てくるように言われたので。自殺でもされたら堪りませんし」

 

 そりゃあ、ご苦労なことで。

 放っておいても流石に死ぬようなことはしないんだがなぁ。まぁ、それだけ信用されてないってことか。

 

「……貴方の行動は決して無駄でなかったと思いますよ?」

 

 慰めるような受付嬢の優しい言葉が傷口に染みる。今ばかりは優しさが痛い。

 

「そうだと良いんだがなぁ」

 

 姪っ子ちゃんやアイツが悪いわけじゃない。俺が勝手に勘違いして舞い上がってしまっただけ。ただそれだけのこと。

 けれども、流れ出る涙は止まらない。どうして俺の人生はこうも上手くいかないんだ。

 

「えと……それにほら。世の中には星の数ほど女性はいるわけですし、きっとそのうち天変地異的な何かが起きて貴方も素敵な方が見つかりますよ」

「それが難しいんだよなぁ。好きだ結婚しよう」

 

 引っ張たかれた。

 目の前で輝く星にすら手が届かないというのに、遠い空で瞬く星々にどうやったら手が届くというのだ。

 

「はぁ、ホント貴方は……それと、また貴方宛に手紙が来てましたよ」

「……内容は?」

「いつも通り、戻って来ないか。だそうです」

 

 よくもまぁ、何度も手紙なんて送ってくれるものだ。向こうも人が足りていないってことなんかねぇ。

 

「戻る気はないって伝えといてくれ」

「はい、分かりました」

 

 バルバレだってハンターが足りているわけじゃない。

 それに、今更俺なんかが行ったところでなぁ。こちとらハンターなんてさっさっと引退したいんだ。向こうへ行ったら、それこそ死ぬまでハンターをすることになりそうだ。

 それは遠慮したい。

 

「……とりあえず、さっさと戻ってきて下さい。貴方にはいつも通りバカやってる方が似合ってますよ?」

 

 決して優しくはない言葉を受付嬢からいただいてしまった。

 けれども、そんな言葉は今までのどんな言葉よりも元気をもらえたと思う。

 

「了解。そうさせてもらうよ」

「ふふっ、それで良いかと」

 

 さてさて、次はどんな出会いがあるんでしょうね?

 不安だらけの人生ではあるけれど、とりあえず前向いて進んでみようか。

 

 

 



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厄介事

 

 

 リハビリがてらのクエストも終わり、バルバレへ帰還。

 今日も今日とて冷たい受付嬢からの愛をもらってから、いつも通りビールを注文。

 完治したとは言い難いが、ラージャンに持っていかれた左腕もかなり回復してくれた。これでまた一流のハンターを目指すことができそうだ。

 

 そして、クエストも無事終わったのだし、俺としては気持ち良く酒を飲みたいところなんだが……アレだ。なんだか知らんけど集会所の空気が重い。

 

「雰囲気が重いんだが、なんかあったウホ?」

 

 近くで俺と同じように酒を飲んでいたアイツに聞いてみる。

 なんとなく察しがつくものの、詳しいことは聞いてみないと分からない。

 

「ぶっ飛ばすぞ。……ケチャワチャを討伐しているとき、イビルジョーが乱入してきて……だってさ」

 

 豪快にグラスを煽りながらアイツが答えた。

 なるほど、そんなことがねぇ……

 

「犠牲は?」

「4人中3人」

 

 全滅しなくてまだ良かったと言ったところか。

 よくある……とは流石に言わないが、乱入してきたモンスターに殺られるのは、決して珍しいことじゃない。突然のできごとにはやはり対処し難いのだから。

 

 ふむ。集会所の空気が重い原因はソレか。

 俺は何の関係もないため、別に俺まで暗くなる必要なんてないが、この雰囲気の中じゃどうにも騒ぎ難い。正直、こういう雰囲気は苦手だ。

 

「アンタ、左腕は?」

「お陰様でほぼほぼ治ったよ」

 

 まだ違和感があるものの、もう元の状態に戻ったと言って良いくらい。回復力だけは人一倍あると自負している。

 医者に見てもらったが、どうやら骨の折れ方がきれいだったらしく、それで早く治ったとも言っていた。コイツに折られなかったら治るのはもっと遅くなっていたかもしれない。まぁ、だからと言って感謝などするわけないが。

 

「そりゃあ、良かった」

 

 そう言ってアイツはカラカラと笑った。相変わらず憎めない奴である。

 

 それにしても、4人中3人がねぇ……ひとりでも助かったのは良いことだが、残ったそのひとりは何を思うのやら。

 少なくとも良い感情を抱いてはいないだろう。人間、そんな簡単に割り切れるものじゃないんだ。

 

 その日は雰囲気が雰囲気ってこともあり、どうにも飲む気になれず、ビールを一杯飲んだところで帰宅することに。

 その帰り際、クエストへの出発口をただじっと見つめるジンオウガ装備の女性のハンターの姿がチラリと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そんなことがあってから数日。

 

「えと……今、届いているのはイビルジョーの討伐ですね」

 

 今日も頑張ってクエストへ行こうかと思い、受付嬢の元へ向かうと、ジョーのクエストを依頼された。

 

「あー……そのジョーってもしかしてアレか?」

「正確なことは分かりませんが、おそらく……」

 

 マジかよ。なんだってそんなクエストが俺のところに回ってくるんだ。ソロでも倒せるとは思うが、タイミングとか色々と悪い。正直、このクエストは遠慮したいんだが……

 別にそんな必要はないのに、いらんことを考えてしまいそうだ。油断できる相手じゃない。クエスト中はできるだけ余計なことを考えたくないんだ。

 

「……アイツって今、フリーだったりする?」

「いえ、彼女は確かクシャルダオラ討伐のメンバーに入っていたかと」

 

 残念。アイツ以外に頼りになりそうなハンターもいないし……はいはい、ソロで頑張りますよ。どうせ誰かがやらなきゃいかんのだ。誰かに任せるくらいなら自分でやった方が良いだろう。誰かに任せた結果、ソイツに死なれでもしたら流石の俺でも責任を感じる。

 

 はぁ、眠り生肉と爆弾のストックはあっただろうか。あと、罠もできるだけ持っていた方が良いよなぁ。

 

「……そのクエスト、私も連れて行ってくれない?」

 

 うだうだ言ったところしゃーない。さっさと行こうかと思っていたらそんな声。そして、その声をかけてきたのは、先日見かけたジンオウガ装備のハンターだった。

 

 ああ、これはまた面倒なことになりそうだ……

 だってどうせアレだろ? この女性のハンターが生き残ることのできたハンターとかそういうのでしょ? 勘弁してくれ。

 

「大丈夫だよ。これくらいなら俺ひとりでクリアしてくるから」

 

 この女性を連れて行ったところで、禄なことにならん。

 だから、この女性の提案は優しい言葉でさらりと受け流すことに。復讐? ダメダメ。お兄さんそんなこと許しませんよ。

 

「……お願い。きっと貴方の力になるから」

 

 いや、そんなこと言われてもなぁ……

 チラリ受付嬢を見ると、彼女も彼女で困ったような顔をしていた。こりゃあ彼女に助けを求めるのは厳しそうだ。

 

 はぁ……仕方無い、か。

 

 

「……はっきり言うが、足手纏いだ。そして、お前の自己満足に付き合ってやる義理はない」

 

 

 声を落とし、できる限りの凄みを加えて言葉を叩きつけた。

 女性に対して厳しいことを言ってしまったせいで罪悪感がヤバい。本当にごめん! でも、お願いだから自分の命は大切にしてくれ。

 ……君の気持ちも良く分かるが、死んでしまったら意味がないんだ。

 

 そんな俺の言葉を受けたその女性は唇を噛み締め俯き、それ以上の言葉を出しはしなかった。

 そんな女性の姿を見て自己嫌悪。だから、こういうのは嫌だったんだ……

 

「……悪い。彼女のフォロー頼んだ」

 

 そして、受付嬢にその女性のことをぶん投げることに。

 きっとあの女性だって、今はただ気が動転しているだけ。時間が解決してくれるとは言わないが、今はとにかく落ち着いてくれ。

 それくらいしか、俺にはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 なんともモヤモヤとした気持ちのまま、準備をしてクエストへ出発。

 準備をしていた間のことはよく覚えていない。これで忘れ物があったら笑えない。

 

 それにしても……やっちまったなぁ。

 もっと上手い言葉があっただろうに。何を苛立っていたか知らんが、どうして俺はあんな言葉を選んだのやら……

 

 ――仲間がやられたからその敵を討ちたい。

 

 そんな彼女の気持ちが下手に分かってしまうせいで余計に遣る瀬無い。あの女性には申し訳なさでいっぱいだ。今度、どうやって謝れば良いのか分かったものじゃない。

 こんなんでも凹みやすい性格なんだ。そんな状態でジョーと戦って大丈夫だろうか……

 

 はぁ、さっきからため息しか出てこねーわ。

 考えれば考えるほど、先程の失敗が膨らんでくる。自分を慰める上手い言い訳が思いつかない。

 

 とは言え、殺られるつもりは全くない。それに、どうせクエストが始まれば目の前の敵に集中してくれるはず……たぶん。きっと。自信は、ない。

 

「へい、アイルーお前って彼女いる?」

 

 このままじゃ自己嫌悪でどうにかなりそうだったから、飛行船を操縦しているアイルーへ話しかけてみた。

 沈んでしまった気分を無理やり上げるため。戯けてみせる。

 

「…………」

 

 無視された。

 

 はぁ……こんな時だって隣に素敵なお嫁さんがいれば、慰めてもらったりしてくれるんだろうなぁ。心から素敵な嫁さんがほしい。

 俺の心はもうボロボロだ。いつもの調子が出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、モヤモヤとした気持ちは晴れないまま、イビルジョーのいる遺跡平原に着いてしまった。どうにもあまりよろしくない状態。

 

 このままじゃ、とてもじゃないが戦えたものじゃない。

 目を閉じ、大きく深呼吸。無理矢理にでも自分を落ち着かせるため。

 

 暫くの間、そうやって目を閉じ深呼吸を繰り返し、ようやっと自分が落ち着き始めたと思ったとき、ガタン――と俺の乗ってきた飛行船から音がした。滅茶苦茶驚いた。せっかく落ち着いてきたのに台無しだ。

 

 そして、何とも厄介なことに――

 

「いや、なんで君がいるんだよ……」

 

 あのジンオウガ装備の女性が其処にいた。

 

 うっわ、うわー……嘘だろ、おい……ちょっと待って、本当に待って。

 

「そ、その……えと……」

 

 しどろもどろと言った様子の彼女。

 こっそり飛行船に乗り込んでいたのか。勘弁してくれよ……

 てか、どうして俺は気づかなかった。いくら気が動転していたと言っても流石に気づけ。

 

「はぁ……あのな。君の気持ちも良く分かるが、頼むから落ち着いてくれ。今の君の精神状態でジョーに挑むのはどう考えたって無謀だろ」

「それでも私はアイツを倒したい」

 

 俺を睨みつけるように言葉を落とした彼女。

 君はそれで良いかもしれんが、お願い。俺の気持ちも少しは考えて。これで、君まで死んでしまったら俺はどうすりゃ良いんだよ。下手したら自殺もんだぞ。

 

「……俺がリタイアすると言ったら君はどうする?」

「私は戦う」

 

 ですよね。知ってました。

 どうしてこうも俺へ貧乏くじが回ってくるんだ。呪われていると言っても良いくらいじゃないか。俺が何をした。

 

 

 ……さて、どうすっか。

 

 相手はあのイビルジョー。此処最近じゃ間違いなく一番の強敵。彼女はジンオウガ防具に武器は桜火竜の弓。いけなくも、ない。

 

「……例え、アイツを倒したところで自己満足にすらならんぞ」

「それでも良い。そうでもしなきゃ……私は前へ進めない」

 

 ホント、面倒なことにこの様子じゃどうせ何を言ったところでこの彼女は引かないだろう。

 集会所でも言った通り、この彼女の自己満足になど付き合ってやる義理はない。けれども、何とも運の悪いことにこうして関わってしまったんだ。そんなことになって知らないフリができるほど、器用な性格はしていない。

 

 それなら、俺にやれることはひとつ、か。

 

「……お願いだから死なないでくれ。俺から言えるのはそれだけだ」

 

 ため息とともに、そんな言葉を落とした。

 死ななきゃそれで良い。それだけで充分だ。

 

「分かってる。あと……ありがとう」

 

 最悪のコンディション。勝てっかなぁ。

 でも、勝たなきゃだよなぁ。

 

 目を閉じ、散ってしまった意識をもう一度集める。

 色々と思うところもあるが、今ばかりは何も考えずこのクエストに集中。

 

 パチリ目を開け、一度だけ深呼吸。

 

 そんじゃ、ひと狩りいかせてもらおうか。

 

 

 



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復讐なんて

 

 

「えと……戦わないの?」

「静かに。気づかれるかもしれん」

 

 うつ伏せとなり背の高い草を壁として隠れる。

 草と草の間から見える景色の先には、イビルジョーが一頭。後は設置しておいた眠り生肉をジョーが食べてくれるのを待つだけ。

 それで寝たら運んできた爆弾を使う。それだけで倒せはしないがかなりのダメージが期待できる。正面からなんて戦ってられるか。俺はこんなところで死にたくないんだ。できることは全てやりたい。

 

 むぅ、それにしてもなかなか眠り生肉を食べてくれないな。腹減ってないのだろうか。ジョーなんていつだって腹ぺこなイメージなんだが……

 まぁ、見るからに毒々しいあの眠り生肉を食べるのは、いくらジョーとは言え覚悟がいるのかもしれん。

 

 そして今は、彼女とほぼ密着するような形で隠れているわけだが……アレだ。彼女からすごく良い匂いがする。どうして女性はこうも良い匂いがするのだろうか。此方は目の前の狩りに集中したいというのに、これじゃあ集中できない。

 

「……此処で気づかれたら面倒だ。もう少し俺の方へ近づいてくれ」

「わ、わかった」

 

 他意はない。ジョーに気づかれたらマズいと思っただけだ。

 嘘です。少しくらい良い思いをしたいと思っただけだ。いや、このくらいは許してほしい。

 

 それにしても……前から思っていたが、ジンオウガ装備はどうしてこんなに可愛いのだろう。特に上位のガンナー装備の頭防具は本当に可愛い。サイドテール大好き。誰が開発してくれたか知らんが、よくやった。

 ただ、G級のジンオウ防具を考えた奴だけは許さん。どうしてああなった。

 

 そうやって、意識を集中しているとようやっとジョーが眠り生肉に食らいついた。

 そして、その場へゆっくりと倒れこむイビルジョー。

 

「俺は罠を置くから君は爆弾をジョーの頭の前へ運んでおいてくれ」

「……了解」

 

 彼女から伝わる緊張感。

 まぁ、この彼女のパーティーはコイツに殺られているんだ。緊張するのも仕方無い。

 ただ、頼むから固まらないでくれよ。

 

 俺はシビレ生肉を適当な場所に置き、寝ているジョーの足元へ落とし穴を。彼女は頭の前に大タル爆弾Gを4つ設置。

 準備は、完了。

 

「いけそうか?」

「……うん」

 

 きっと彼女の頭の中ではコイツにやられた時の光景が広がっているはず。それでも、止まっている余裕はないんだ。

 ホント、頼みますよ。

 

 小タル爆弾を設置。

 

 さて、そんじゃ、始めようか。

 

 

 小タル爆弾によって大タル爆弾が起爆。爆風がイビルジョーを包み込んだ。

 そして、爆弾によって叩き起こされたジョーは俺の設置した落とし穴の中へ。

 

 これでダメージはかなり入ったはず。一気に畳み掛けたい。

 背中に担いでいた大剣を抜刀し、直ぐに溜め。そのまま限界まで溜めた大剣をジョーの頭へ。手応えはあまりない。分かっちゃいたが、やはりコイツの頭は堅い。

 けれども、俺の攻撃もまだ続く。横殴りから勢いをつけ振りかぶるようにもう一度溜める。

 

 渾身の力を込めて、再びジョーの頭を叩き潰す。そして、振り下ろした大剣の勢いを活かしながら薙ぎ払い。

 抜刀溜め斬りからの強溜め斬り薙ぎ払い。

 それは大剣にできる最大の攻撃。

 

「……まぁ、そんな弱い相手じゃないわな」

 

 そんな攻撃を喰らってもジョーはまだ倒れなかった。顔に大きな傷を付けることはできたが、まだまだ元気な様子。たいていのモンスターならアレだけ叩き込めば倒せるんだが……流石と言ったところか。

 

 そして、落とし穴から抜け出したジョーの咆哮が響いた。

 怒り状態となったジョーの全身は赤く染まり、背中の筋肉は大きく隆起。

 

「あっ、はっ……はっ……」

 

 彼女の荒い息使いが聞こえた。チラリ様子を確認すれば、手足は震えているし、その表情は完全に死んでいる。

 

 ……ちょーっとマズいな。

 

「止まるなっ! 身体を動かせッ!」

 

 彼女に向かって叫んだ。

 彼女の装備じゃ一発が致命傷となる。止まっている場合じゃないんだ。

 

 一方、ジョーの口からはバチバチと嫌な音。

 

「ブレス! 下がれっ!」

 

 ブレス中のジョーの股下は安置。だから、なんとかローリングで転がり込みたいところだが……彼女が固まったまま。

 ああ、もう! だから復讐なんて止めとけって言ったんだ。復讐しようと思っても怒りで我を忘れるか、恐怖で身体が動かなくなることばかり。そんな状態でまともに戦えるわけがないだろ。

 

 急いで納刀し、彼女の元へダッシュ。

 そして、背中にブレスをかすらせながら、彼女を掴んで緊急回避。

 

「あ、あっ……ありがとう」

 

 いいよ、気にすんな。

 でも、もう少し頑張ってもらえると俺はすごく嬉しい。これじゃあ、まともに戦えたものじゃない。

 

 ダメージはかなり入っているはず。だから、もう一度でもラッシュをかければ倒せると思うが、さて、どうしたものか。

 正直、この彼女を庇いながら戦い続けるのは無理だ。ホント、随分と難易度の高いクエストだよクソが。

 

「いけるか?」

 

 あまり言いたくはないが、ベースキャンプで待機しているってのもオススメだ。

 

「……うん。大丈夫。やっとスイッチ入ったから」

 

 そう言った彼女の手の震えは確かに、止まっていた。

 そりゃあ、良かったよ。超期待してる。

 

 さて、そんじゃ、サクッといかせてもらおうか。

 

 

 

 

「麻痺瓶入れる」

「頼んだぞ!」

 

 ジョーの尻尾振りを躱してから、目の前に来た頭へ抜刀斬り。けれども、溜めないせいで力が乗らず、やはり手応えはほとんどない。

 そして、再びバチバチとジョーの口から嫌な音。

 

「ブレス!」

 

 半歩下がるジョーと距離を取られないよう、ローリングで距離を詰め、安置である股下へ。

 更に、ローリングから横振りをして、振りかぶるように溜める。限界まで溜めることはできなかったが、力を込めた強溜め斬りをジョーの胸へ叩きつける。

 

 響いたジョーの悲鳴。でも、まだ倒れてくれない。やたらと体力多いな、おい。

 

 叩きつけてから一度ローリング。体制を整えて……ああ、ヤバい。ショルダータックルかよクソが。

 グッと身体を沈め、その狙いは俺。ローリングで避けられる立ち位置じゃない。完全に俺の立ち回りミス。

 

 以前のことがあるから、ガードはなるたけしたくなかったが……まぁ、しゃーないか。これで、また腕をやったら笑えないよなぁ。

 なんてことを考えつつ。ジョーのタックルに備えて大剣を構える。

 

 その瞬間――彼女の貫通矢が当たり、ジョーが痺れ始めた。

 やだ素敵。結婚して。

 

 ……さて。

 さてさて。そんじゃ、ま。これで終わりにしようか。

 

 痺れているジョーの頭へ移動し、力を込めて溜め。手は抜かない。これで終わらせよう。

 そして、俺は大剣でジョーの顔面を叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

 

「勝った……の?」

「ああ、そうだよ。お疲れ様。あの時の麻痺は本当に助かった」

 

 俺の攻撃を受けたジョーはその顔を潰され、ついに倒れ動かなくなった。

 あー……疲れた。今回は本当に疲れたわ。ジョーがさっさとシビレ生肉を食ってくれれば良かったが、なかなか上手くいかないもんだな。まぁ、その代わりに彼女が麻痺を取ってくれたから問題ないが。

 

「…………」

 

 動かなくなったジョーを見つめる彼女。

 その顔は見えず、そんな彼女が何を思っているのかは分からない。

 

 復讐、ねぇ。

 

「どうだ? 敵を討った感想は」

 

 取り出した煙草へ火を点けつつ、彼女に聞いてみた。

 その答えは聞かなくても分かること。でも、此処は聞かなきゃいけない場面なんだろう。

 

「……おかしいね。コイツを倒せばさ。私の中にあるモヤモヤもなくなるって思ってた。思ってたのに……全然、晴れてくれないや」

 

 そう言って、此方を振り向いた彼女は笑いながら、雫を溢した。

 

 ……だから、俺は言ったんだ。自己満足にすらならないって。

 それでも、敵を討ちたいという彼女の気持ちは分かってしまう。だって、あの時の俺だって……

 

 ああ、そっか。俺は無意識のうちに重ねていたのかな。この彼女と昔の俺を。ホント……バカなことで。

 

 そして、彼女は大声をあげて泣き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あの……今日はありがとう」

 

 彼女が泣いている間、俺はただただボーッと煙草を吹かしていた。その間、俺が何を考えていたのかは覚えていない。

 

「はいはい、どういたしまして」

 

 仲間の敵を討つことに成功した彼女。

 そんな彼女がこのクエストで何を得られたのか分からない。俺にはむしろ、失ったものの方が多いと思うが。

 

「ごめんなさい。私に付き合わせちゃって。それに私が今も生きているのは貴方のおかげ。だから、本当にありがとう」

「だから、もういいって。俺が勝手に関わっただけなんだから」

 

 君が気にすることじゃない。

 

 それにしても、帰ったら絶対に怒られるよなぁ……

 登録されていないのにクエストへ来てしまった彼女はもちろん。その同行を許してしまった俺も。これでハンター資格を剥奪でもされたら笑えない。

 そうなったら、この彼女には責任をもって結婚してもらおう。

 

「んで、君はこれからどうすんの?」

「……ハンターはこれでもう辞めようと思う。続けられる気もしないし」

「そっか」

 

 あー、ホント貧乏くじを引いちまったなぁ。普段から運の良い方だとは思っていなかったが、今回は本当に酷い。厄日だ、厄日。

 

 んで、この彼女はハンターを辞める、と。

 そうなるともう会うことはないだろう。今回のことに託つけて、この彼女には俺と結婚してもらおうと思わないでもなかったが……どうにも、ね。

 そりゃあ、この彼女がお嫁さんになってくれれば嬉しいが、その先に幸せな未来を想像することがどうしてもできなかった。

 だから、俺は彼女のパーティーのことなんかも聞いていない。一度、自分と重ねてしまったということもあり、色々と思い出しそうだったんだ。本当に色々と。

 

「そんじゃ、帰るとするか」

 

 帰りたくないけど。

 

「うん」

 

 そう言った彼女は、泣き跡が残るものの――見蕩れるような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからバルバレへ戻ると、当然のことだが、そりゃあもう怒られた。彼女とふたりして滅茶苦茶怒られた。

 んで、処分の方だけど、彼女はハンター資格の剥奪。俺は20日間の狩猟禁止と言ったもの。そのことに文句はない。それだけのことをしたわけだし。

 

 蓄えはちゃんとあるため、生活に困ることはないが……暇になってしまった。さて、その間は何をしていようか。

 

「それじゃ、私はもう行くね」

「了解。まぁ、アレだ。元気に暮らしてくれ」

 

 そして、彼女との別れ。

 本当に短い付き合いではあったものの、思うところが何もないわけでもない。こんなチャンスがあるか分からんし、もったいなかったかなぁ。

 

「ホントに……本当にありがとう」

「ああもう。だからいいって」

 

 大したことはしていない。そんなお礼ばかり言われても恥ずかしいったらありゃしないわ。

 

 

「それでも、最後のクエストが貴方と一緒で良かった。さようなら。……()()()()()()()()さん」

 

 

 彼女と交わした最後の会話はそんなもの。そして、彼女は可愛らしく笑いながら去っていった。うん、さようなら。

 それにしても……英雄、ねぇ。そんな立派な存在じゃないんだが。昔のことは昔のこと。今はただの素敵な嫁さんを探す独身ソロハンターだ。

 

 

 はぁ……あーあ、やっぱりもったいなかったよなぁ。

 まぁ、後悔していたって仕方無い。きっとまた訪れてくれる新しい出会いに期待するとしよう。

 

 

 



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思い出とか

 

 

 謹慎処分を喰らってしまった。

 これでも一応、少し昔はドンドルマの英雄なんて言われるほどのハンターだったのだが、なかなかどうして人生とは分からないものである。

 まぁ、英雄なんて呼ばれはしていたものの、どう考えたって名前負けしていたが。

 

 謹慎期間は20日となかなか長い。その間、クエストへ行けないとなると……ぶっちゃけ暇だ。

 とは言え、変なことをすれば今度こそどうなるか分からん。だから、家の中でおとなしくしているのが一番なんだろうが……腹は減るし、閉じ篭っているのは性に合わん。

 そんなことで飯を食うため集会所へ足を運ぶこととした。

 

 

 

 

 そして、集会所へ着いたわけだが、なんだかいつもと雰囲気が違う。

 なんとも表現し難いが、興奮していると言った感じ。

 

「今日ってなんかあるの?」

 

 アイルーへポポノタンとココットライスを頼んでから、近くにいた受付嬢に聞いてみた。クエストカウンターにいないということは、休みの日ってことだろうか。

 

「はい、これからダレン・モーランの討伐が行われるそうです。それで討伐隊が組まれ、ドンドルマからもG級のハンターさんが招待されました」

 

 なるほど、見かけない防具の奴がいると思ったら、大老殿のハンターだったか。

 

「俺、呼ばれてないんだけど?」

「貴方は謹慎処分中じゃないですか……」

 

 そうでしたね。そりゃあ呼ばれないはずだ。

 それにしても、ダレンを討伐するためだけにG級のハンターが、ねぇ。別に其処までする必要はないと思うんだが。流石にソロでダレンと戦うのは厳しいが、バルバレのハンターだって4人も集めれば討伐できるだろうに。

 まぁ、ダレン討伐なんて一種の祭りのようなものだし、それで呼んだとかそういうことだろう。

 

「んじゃあ、バルバレの討伐組にはアイツも入ってるのか?」

「えと、呼んだのですが、見せ物は勘弁ということで断られました」

 

 そりゃあまた、アイツらしいことで。

 まぁ、俺だってパーティーに可愛い女の子がいない限り呼ばれても断っただろう。面倒事に自分から突っ込んでいく趣味はない。

 

 G級ハンターねぇ……俺が言うのもアレだが、まともな奴なんてほとんどいなかったぞ。今の大老殿がどうなっているか知らんが、あれが変わるとも思えん。戦闘狂やドMなどなどとかなりカオスな環境だった。

 そんな場所に自分がいたなんて信じられん。

 

「今日は休みなの?」

「はい。久しぶりの休日です」

 

 俺の問いかけに嬉しそうに答えた受付嬢。かわいい。

 俺たちハンターと違ってギルドガールは勝手に休んだりすることはできない。大変そうだ。

 

「奇遇だな。実は俺も今日は休みなんだが……どうだい? デートでも」

「仕事ですら嫌なのに、どうして休みの日も貴方と付き合わなきゃいけないんですか」

 

 取り付く島もない。相変わらず辛辣ね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「おー、やっとるやっとる」

 

 酒とつまみを持ち込み、いつもの櫓の上で、双眼鏡でダレンと戦う精鋭たちの観察。

 大砲の音は此処まで響いてくるし、バリスタで攻撃しているのもちゃんと見える。あの様子なら討伐も可能そうだ。

 これで討伐することができればバルバレギルドも大きな収入となるし、きっと盛大な宴が開かれることだろう。そのためにも、あの精鋭たちには是非討伐してもらいたいところ。頑張れ頑張れ。

 

「ちょいと、あたしにも見せておくれよ」

 

 そして、何故か知らんがアイツもいる。

 ダレン討伐は断っておいたくせに用事があったわけじゃないらしい。

 

「双眼鏡買ってこいよ。あとあまりこっちに近づくな。お前の重さで櫓が傾いたらどうしてくれる」

「そこまで重くないわ。それに双眼鏡なんて普通は持ってないさね」

 

 いや、この櫓もなかなか脆いし、案外あっさり傾くかもしれんぞ。そんなことになったらまた怒られる。こちとら謹慎中の身なんだから、そういうのは勘弁してほしい。

 

 渡さないとギャーギャー五月蝿いため、仕方なしにアイツへ双眼鏡を渡す。あと俺は双眼鏡、便利だと思うんだがなぁ。

 

「なんだい。かなり優勢っぽいじゃないか。これならあっさり倒してくれそうだね」

「そりゃあ、G級のハンターもいるしなぁ。負ける要素はないだろ」

 

 コイツもバルバレの中ではかなり強いが、大老殿のハンターはそれ以上に上手いのがゴロゴロいる。そんなハンターがいれば負けることはないだろう。

 

「G級ねぇ……アンタはまた戻ろうと思わないのかい? どうせまだ誘われているんだろう?」

「戻る気はないよ」

 

 あんな場所にいたらそれこそ本当にいつ死ぬか分からない。G級のモンスターと比べれば上位の古龍種ですら可愛く思える。なんだよ極限化個体って。あんなもの二度と戦うか。

 

「そりゃあもったいない。アンタならまだG級でも充分活躍できると思うんだけどねぇ」

「いや、流石に厳しいよ。それに、アイツらももういないしな」

「……そうかい。それなら仕方無い」

 

 そんな言葉を交わしたところで、アイツはそれ以上の言葉を落とさなかった。

 

 俺が大老殿の英雄なんて呼ばれるようになったのは、アイツらのおかげ。自慢となってしまうが、本当に俺たちは強いパーティーだったと思う。

 でも、それも過去のお話。だって……アイツらはもういないのだから。

 

 色々ありました。

 本当に色々あって……色々失った。そんなお話。

 俺が英雄などと呼ばれるのは、あまりにも大きすぎる犠牲があったからこそのこと。それは忘れちゃいけないことだが……正直、思い出したくもない。

 

 はいはい、湿っぽいお話は止めにしましょうか。そんな話をしたところで誰も得しない。

 

「おっ、もう直ぐ、決着がつきそうだよ」

「それは良かった。これでまたただ酒が飲める」

 

 酒は良いものだ。色々なことを忘れさせてくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へい、そこの彼女。どうだい? これから俺と一緒に熱い夜を……あっ、ちょっと待って。おーい」

 

 その日の夜。例のごとくバルバレではギルド主催の祭りが開かれた。

 集会所を中心に開かれたそれは、商人たちの集う通りまで広がっている。

 

 それにしてもおかしいな。祭りのテンションでどうにかなると思ったが、先程から女の子に声をかけてもことごとく無視される。あの受付嬢を探しているが、全然見つからないし、このままじゃひとり寂しい祭りとなってしまう。

 こんな日くらい良い思いをしたかったんだが……

 

 むぅ、これならもういっそアイツのところへ行こうかな。今日は姪っ子ちゃんもいるらしいし。姪っ子ちゃんの旦那がいたら複雑な気分となるが、ひとりで酒を飲むよりは良さそうだ。

 

「あれ? 先輩? もしかして、先輩ですか!」

 

 そして、声をかけられた。野郎から。

 男から声をかけられたってちっとも嬉しくないんだがなぁ。なんて思いながら、其方を見ると頭防具はないが、レギオス防具にレギオスの双剣を担いだハンターがいた。

 

「ああ、なんだ。大老殿から呼ばれたハンターってお前だったのか。ダレン討伐お疲れ様」

「はい、お久しぶりです!」

 

 それは俺がまだ大老殿にいた頃、一緒にクエストへ行ったり食事をした後輩ハンター。G級ハンターじゃ希少種である常識人であり、性格も良い。あと、イケメンであるクソが。何処とは言わんがもげれば良いのに。

 そして、あの頃はまだG1だったが、ソイツの胸についた勲章はG3のそれ。G3と言えば、G級の中でも実質トップと言って良い階級。立派なハンターになってくれたようでお兄さんも嬉しいよ。でも、イケメンであることは許さんからな。

 

「……その方は?」

 

 なんて声をかけてきたのは、ソイツの隣にいた蒼火竜のライトボウガンを担いだ少女。防具はレギオス一式。階級はG1。あと、かわいい。

 

「え、えと……その……」

 

 少女の問いかけに困った様子の後輩。

 多分、その少女は最近になって大老殿へ来たのだろう。こんな少女、見かけたことないし。こんな可愛らしい少女を俺が忘れるわけない。

 

「ちょいと昔に関わったことがあるだけだよ」

 

 どうやら後輩が俺に気を使っているらしいのでフォロー。別に隠しているわけじゃないが、俺も好き好んであの頃の話をしたくはない。

 

「うん、そんなところ。僕がハンターとしてまだまだだった時にお世話になったんだ」

「……そう」

 

 あらやだ。このふたりカップルみたい。それを見せ付けられる俺のことも少しは考えてほしい。爆ぜれば良いのに。

 

「それで、先輩はその……」

「戻らないよ。それに例え俺が戻ったところで戦力にはならんさ。できても運搬クエストくらいだ」

 

 最近、煙草のせいかスタミナの減少は早いが、強走薬を飲めばまだやれると思う。ただ、やりたくはない。

 それに、まだ防具は残っているものの、愛用していた俺の大剣は最後のクエストで折れてしまった。そして、そんな最後のクエストの記憶はほとんどない。ホント、どれだけ無茶な戦いをしたのやら。

 

「そ、そんなことないですよ!」

 

 ……ホント、優しいなお前は。

 俺を傷つけないよう、必死に言葉を選んでいるのが良く分かる。俺にはもったいないほど、良くできた後輩だ。

 

「大丈夫、大丈夫。お前らなら問題ないって。まぁ、アレだ。どうしても厳しくなったら、その時にまた声をかけてくれ。今の俺じゃ何ができるか知らんが」

「そう、ですか……」

 

 俺の言葉に後輩は悲しそうな顔をしながら、笑った。

 悪いな。

 たださ。俺はもうハンターなんて引退したいんだ。本当はあの時に辞めるつもりだった。それでも、なんとなく惰性で続けている。そんな奴がいたってかえって迷惑だろう。

 

 ホント、早く素敵な嫁さんを見つけないとだよなぁ。

 ま、それができたら苦労はしないってお話か。

 

 

 

 

 それから、適当な雑談をしたところで後輩たちと別れた。

 

 G級、ねぇ。

 未だに大老殿から手紙は届く。けれども、やっぱり戻るつもりはない。

 

 ……分かっているさ。自分の言動と行動が矛盾しているってことくらい。一流のハンターを目指すなんて宣いながら、やっていることは全く違うこと。

 かと言って、どうすれば良いのかが分からない。前へ、進めない。

 

 ホンっト、難しい人生だよ。どうやって攻略すれば良いのか分かったもんじゃない。

 もし、アイツらがまだいたら、もう少しは違う人生を歩めていたんかね? そんなことを考えたところで仕様も無いが、どうしても考えずにはいられなかった。

 

 

 そんな俺が無理やりにでも前へ進まされることになるのは、もう少しだけ先のお話。

 

 

 






あと数話で完結となります



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汚れ役

 

 

 ようやっと謹慎期間も終わり、勘を取り戻すために行ったレイア亜種のクエストも無事クリア。

 アイツに折られた腕も元通りだし、完全復活と言ったところだ。

 

「お疲れ様でした。此方が報酬となります。……あと、ギルドマスターから貴方にお話があるそうですよ」

 

 そして、クエストから戻り、いつもの日課である受付嬢への求婚をしようと思っていたのだが、横槍が入った。

 ギルドマスターから俺に話とは珍しい。飲みに誘われることもあるが、そんなことで呼び出しはされない。面倒なモンスターでも現れたんかねぇ。

 

 ともかく話を聞いてみないと分からないため、ギルドマスターの元へ。

 

「へい、おやっさん。俺に話があるって聞いたけど、どしたの?」

「ほっほほ、よく来てくれたね。待っていたよ」

 

 俺には素敵なお嫁さんを見つけるという大切な使命がある。できれば面倒なことは遠慮したいんだが、はてさて、何の用事なのやら。

 

「……遺跡平原にね。ラージャンが現れたんだ」

 

 ラージャンねぇ。それだけなら別段珍しい話でもなんでもない。ジョーほどではないにしろ、アイツ何処にでも現れるからなぁ。最近は集会所でも見かけたぞ。

 

「それだけなら良くある話。だから、そのラージャンの討伐はあの彼女に任せたんだ」

 

 適任だと思う。アイツほどラージャンが似合うハンターはいないのだから。同族は同族に任せるべきだ。

 

 ただ、話しの流れ的にどうにも嫌な予感する。だって、そんなよくある話をするためだけに俺を呼ぶはずがない。

 

「でもね、あの彼女ですらそのラージャンを倒すことができなかった」

 

 ほら、見なさい。言わんこっちゃない。

 

 そして――

 

「……アイツは大丈夫だったのか?」

「ほっほほ。安心しなさい。彼女は怪我ひとつないよ。流石と言うべきか、相手の実力を確認して直ぐにリタイアしたそうだ」

 

 それを聞いて一安心。

 アイツまで消えてしまうのは流石にキツい。

 

 んで、ギルドマスターが俺に何を伝えたいのかもだいたい分かった。ラージャン、か。

 

「もう私が何を言いたいのか分かったと思う。……お願いできるかな?」

 

 アイツでもダメだったってことは、上位の中でもかなりの強さ。若しくは、そのさらに上であるG級個体ってことだろう。そうなってくると……俺に頼むのはおかしいことじゃない。

 

「そのラージャンはG級個体なのか?」

「それがね、観測隊によると上位クラスらしいんだ。でも、私はG級の実力があると思っている。なにせ、あの彼女がダメだったのだから」

 

 まぁ、普通に考えればそうなるよな。ことラージャンにおいてならアイツは本当に強い。と、なると観測隊がその判断を誤ったと言ったところか。

 

 このギルドマスターにはかなりの恩がある。その恩を返すためにも、その依頼を引き受けることに抵抗はない。

 とは言え、相手はG級のラージャン。最近まで戦っていた相手とは本当にレベルが違う。あの頃ならまだしも、今の俺なんかが勝てる気はしないぞ。ゴリラは強いんだ。

 

「あー……引き受けたいところなんだが、流石にソロでG級ラージャンはキツい」

「それは私も分かっているよ。だから、以前ダレン・モーランの討伐に来てくれた大老殿のハンターふたりにお願いしてある。それならどうだろうか?」

 

 おお、それならなんとかなりそうだ。

 その大老殿のハンターってのはあの後輩のことのはず。あの後輩の階級はG3。あの頃はまだまだ危なっかしいところもあったが、今はきっと一流のハンターとなっているだろう。それは頼もしい。

 

「それなら大丈夫だと思うが……それ、俺が行く意味はあるのか?」

 

 ただ、そうなってくるとそんな疑問が残る。正直、俺なんかよりG級のハンターに任せてしまった方が絶対に良いのだし。俺が行くことで足手纏いになる可能性だって十分ある。

 

「……一言で表すと、体裁、かな」

 

 ああ、なるほど、ね。

 

 ギルド側の気持ちは分からんが、おやっさんも苦労していそうだ。つまり、ギルド側はこのクエストを上位クエストってことで片付けたいのだろう。

 ホント、面倒なことで。

 

「本当に申し訳ない。私たちはキミ達ハンターの命を預かっている立場だと言うのに」

「おやっさんが悪いわけじゃないんだ。気にすんな。それにそんくらいのことは慣れてるよ」

 

 元大老殿のハンターというこの特殊な立場もあってか、俺にこういうクエストが回ってくることはよくあった。普通のクエストではないが、普通のクエストとして終わらせたいクエストを受けることが。

 貧乏くじを引かされていることは分かっている。けれども、誰かがやらなければいけないというのなら、自分で片付けた方が気持ち的に楽。

 

 そこにやりがいなどは感じないが、自分に役割があるというのは悪いものじゃない。例えそれが汚れ役だとしても。

 

「んで、いつまでに行けば良いんだ? G級用の武器を作りたいから、直ぐに出発はできんぞ」

「そうだね……大老殿のハンターが来るまで時間はあるし、キミの武器が完成したら行ってもらえるかな?」

 

 了解。

 武器はいつも通り、アイツの兄に頼むとして……他に準備するものはあったかね? そのゴリラが極限化個体だってんなら、抗竜石の準備をしないとだが、今回はそうじゃないはず。

 まぁ、身体が鈍らない程度にのんびりしていよう。

 

 久しぶりのG級クエスト。気張って行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そんなことがあってから五日後。アイツの兄に頼んだ武器も完成し、クエストへ行く準備は完了。

 久しぶりにG級用の防具を装備してみたが、筋肉が減ったせいか、あまりフィットしない。そろそろ俺も潮時ってことかねぇ。

 

「先日ぶりです先輩! 今日はよろしくお願いします!」

 

 そして、大老殿から後輩たちも到着。あとはその上位(仮)のラージャンを倒すだけだ。

 

「いや、よろしくお願いするのは俺の方なんだが……」

 

 今じゃお前の方が絶対に上手いし。俺なんてただの上位ハンターなんだ。戦力にはならんぞ?

 はぁ、昔のことを知られている相手ってのはどうもやり難いな。

 

「……よろしくお願いします」

 

 そして、あのお祭りの時に出会ったライトボウガンのハンター。

 どうやらお堅い性格っぽいし、俺とは合わなそうだ。でも、美人だからいてくれるだけで俺は満足だよ。どうだい? このクエストが終わったら、結婚でも。

 

 んで、今の大老殿にはこんなハンターもいるのか。ホント、羨ましい限りだよ。でも、どうせ彼氏持ちだろう。

 

「ああ、よろしく頼む。そんじゃ、そろそろ出発するか」

「はい!」

 

 いやー、頼もしい仲間がいるパーティーで何よりだ。

 粉塵飲んだり、罠を使ったりするくらいしかできんが、今日はよろしくな。

 

 

 

 

 

 

 クエストカウンターで手続きを終え、早速出発。場所は遺跡平原だし、それほど時間はかからないだろう。

 

 相手はG級かぁ……割と考えなしで来てしまったが、今更になって不安になってきたぞ。

 

「……その勲章って」

 

 この先の未来を考え、なんとも微妙な気分になっているとライトボウガンの女性が話しかけてきてくれた。

 

「ん? ああ、せっかくだしと思って付けてきたんだ」

 

 それはG3のさらに上の階級を意味する勲章。

 カッコつけにと思っていたが……コレ、思ったより恥ずかしいな。こんなことになるならつけてくるんじゃなかった。

 

「あれ? でも、先輩っていつもつけていなかったような……」

「確かにあの時はつけてないことの方が多かったな」

 

 たてがみマグロのスープを溢してからどうにも付ける気が起きなかった。一応、式の時だったり特別なクエストの時は付けるようにしていたが。

 

 まぁ、どうせこの先、これを付けることはないだろうし、たまには良いかもな。

 その勲章に見合うだけの実力が自分にないから、微妙なところではあるが。

 

「それにクシャナX防具……本当に貴方があのハンターだったのですね」

「それは昔のこと。今はただの上位ハンターだよ。それに今回も俺はほとんど戦力にならんと思う。だから、今日はよろしく頼むよ」

 

 本当はできるだけ装備したくなかったけれど……流石に上位用の防具で戦いを挑むのは無理。今回は我慢するとしよう。

 

 

 それから、ライトボウガンの女性は少し眠ると言ってから、仮眠所の方へ向かって行ってしまった。

 

「先輩、その武器はどうしたのですか? 見たことのない大剣ですが……」

 

 そして、今は後輩とふたりきり。

 ふたりきりなんて言うと良い響きだが、野郎とふたりきりになってもなぁ。

 

「俺の大剣はほら、あの時に折れちまったし。これは先日、作ってもらったばかりのやつだよ」

 

 俺が愛用していた大剣――角王剣アーティラートはもうない。かなり気に入っていたんだが……まぁ、折れてしまったからなぁ。

 

「その大剣はなんて名前なんですか?」

「ん~……確か、ブラックミラブレイド、だったと思う」

 

 アイツの兄に頼んだんだが、珍しい素材をかなり要求されるわ、値段は高いわと大変だった。古龍の大宝玉はもったいなかったかなぁ。

 そんな武器なのだし、これからはこの大剣を愛用にしよう。

 

「え? それって……」

「そう。アレの素材を使って作ってもらったよ」

 

 多分、この大剣を持っているのは俺くらいだろう。だから、後輩がこの大剣を見たことがないのも仕方無い。ちゃんとした資料もない中、この大剣を作ってくれたアイツの兄には感謝。

 これはそんな武器。今度は折らないよう、大事にしないとだな。

 

 さてさて、そんなことはどうでも良いんだ。いくら良い武器を持っていようが、使う奴が使う奴なのだし。

 

 それよりも……

 

「お前ってあのライトボウガンのハンターと付き合ってるの?」

 

 そのことの方がよっぽど大切。

 恋ばなしようぜ、恋ばな。

 

「ふふっ、そんなことはありませんよ。それに僕、女性には興味ありませんし」

 

 うっわ、ムカつくなコイツ。

 俺も一度くらいそんなセリフを……うん?

 

 

 女性……()()

 

 

「それにしても今日は本当に嬉しいです! まさか、また大好きな先輩と一緒にこうやってクエストへ行くことができるなんて」

 

 ……ちょっと、待ってね。

 

 さっきのセリフの後にそんなセリフを言われても寒気しかしないんだが。いや、気のせいだよな? 俺が考えすぎているだけだよね?

 

「だから、今日はよろしくお願いします!」

「えっ、ああ、おう……よろしく頼むわ」

 

 一応、言っておくけど、俺にそっちの気はないです。

 

 

 



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予感



「……好きですよ。先輩」

 俺の目をじっと見ながら後輩が言葉を溢した。
 えっ? ちょ、ちょっと待って。お願い! ホント待って! いや、俺だってお前のことは嫌いじゃないよ!? 嫌いじゃないけれど……いやいや、これはダメだって。こういうのは本当にダメだって!

 今の状況が全く理解できない。なんだ? 今、俺に何が起きている?

 後輩の整った顔立ちから目を離すことができない。呼吸は荒く、心臓が暴れる。グルグルと回る思考。どうしてこんなことになったのか全く分からない。

「ずっと、ずっとこうしたかった……」

 後輩の熱い吐息を感じる。そして、そんな優しげな言葉を落としつつ、一歩一歩、ゆっくり俺の方へ近づいてくる後輩。
 何か言葉を出さなきゃいけない。どうにかして動かなければいけない。

 そうだというのに――俺の身体は動こうとしなかった。

 強ばる身体。荒い呼吸に暴れる心臓。

 優しく、そっと、後輩の両腕が俺の両肩へかけられた。それでも……俺の身体は動いてくれやしない。

 そして、目を閉じた後輩の顔がゆっくりと近づき――




はい、本編始めます。





 

 

 前回のあらすじ。

 後輩がちょっと関わっちゃダメな奴かもしれないってことが分かった。

 

 良い奴なんだけどなぁ。良い奴ではあるんだが……これはこれからの付き合い方を考える必要がありそうだ。

 そりゃあ常日頃からモテたいと思っていたが、こういうことじゃない。野郎にモテてどうすんだ。少なくとも俺はちっとも嬉しくない。

 

「先輩。今回はどうやって戦いますか?」

「作戦はお前らに任せるよ。俺はそれに合わせるだけ。そっちの方が良いだろ」

「あっ、はい。わかりました。それじゃあ、彼女と話し合ってきますね」

 

 ホント、良い奴なんだけどなぁ……

 

 さてさて、後輩がホモかどうかなんてどうでも良いんだ。いや、どうでも良いことじゃないけれど、今はそれ以上に考えなきゃいけないことがあるだろう。

 相手はG級のラージャン。あのふたりについていけるかねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うことで、最初にシビレ罠を使います」

 

 遺跡平原に到着し、後輩にお願いしておいた作戦を聞いた。

 まぁ、作戦と言ってもシビレ罠を使うことくらいしか決まってないが。ライトボウガンの彼女が麻痺弾だったり睡眠弾を撃つことができればもう少し違っただろう。

 

「了解。シビレ罠にかかっている間、俺はどの部位を叩けば良いんだ?」

「……貴方は頭をお願いします」

 

 おぉ、俺が頭かぁ……頭は後輩に任せてしまった方が良い気がするけど、良いのだろうか。

 期待してくれてるのかもしれんが、本当に俺は戦力にならんと思うぞ? G級のモンスターと戦うなんて何年振りだよ。

 いや、まぁ、できるだけ頑張ってみるが。

 

 さて、そんじゃ行くとするか。

 強走薬、硬化薬グレートを飲み込み、準備は完了。足を引っ張らない程度には活躍したいところ。

 

「先輩、鬼人薬は飲まないんですか?」

「持ってくんの忘れた」

 

 てか、間違えてホットドリンクを持ってきてしまったんだ。見た目が似てるんだよ、鬼人薬とホットドリンクって。

 

「それじゃあ、僕のを半分飲みます?」

「い、いや、遠慮するわ。それにほら。俺、鬼人薬の味が嫌いなんだ」

 

 俺の考えすぎであってほしいが、先程の後輩の発言が発言だけにどうにも、ね。

 ライトボウガンの彼女がくれると言ったら喜んでもらうんだがなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「だー! もうっ、なんなんだ、コイツはさっきから俺ばかりっ……」

「せ、先輩! そのままこっちの罠へ誘導お願いします!」

 

 遺跡平原のエリア4と呼ばれるエリアに件のラージャンを発見。

 普通のラージャンと比べてもその身体は小さく、別段おかしなところも見られない。しかし、いざ戦ってみると、動きは速いわ、連続で空中回転攻撃をしてくるわとちょっとヤバい。

 そして、どうしてなのかさっぱり分からんが、このゴリラったらさっきから俺しか狙わない。後輩やライトの彼女の方が絶対に攻撃しているというのに、狙われるのは俺。どうなってんだよ。挑発スキルなんて発動してないと思うんだが……

 こちとらG級クエストは久しぶりなんだ。もう少し手くらい加減してくれ。

 

 なるほど、これがモテ期か。

 なんて馬鹿なことを考えつつ、後輩が仕掛けたシビレ罠へラージャンを誘導。

 

「ナイスです!」

 

 誘導は成功。

 ラージャンはシビレ罠のある場所へ。

 

 後輩がラージャンの後ろ脚。彼女が胴体。そして、俺がラージャンの頭を担当。

 アイテムポーチから怪力の種を取り出し、口の中へ入れてからソレを噛み砕く。そんじゃ、散々追い回してくれたお礼といこうか。

 

 怪力の種のおかげで一時的に増加した力を使い、いつものよう抜刀して溜め。んで、限界まで溜めたところで、大剣をラージャンの顔面へ振り下ろした。

 それだけで倒せるわけないが、会心率は100%。手応えは充分。

 

 更に、横振りから振りかぶるようにもう一度溜める。

 

 

「ーーっらあああぁぁッ!」

 

 

 そして、雄叫びと共に大剣を叩きつけ、その勢いのまま薙ぎ払い。

 

 残念ながら薙ぎ払いは顔じゃなく角に当たってしまったが、その代わりにラージャンの角を1本破壊。

 斬れ味は良く、振り抜きも悪くない。流石はアイツの素材を使ってもらっただけある。良い大剣だ。

 

「……硬いですね」

「しゃーない。相手はあのラージャンなんだ」

 

 それだけの攻撃をラージャンへ叩きつけてやった。それでも、ゴリラはまだ倒れない。

 落とし穴を使えばもう一度ラッシュをかけることができる。それで倒れてくれんかねぇ。

 

「乗り狙います! 空いている人は落とし穴を!」

 

 了解。頼んだ。

 これで乗りが成功すればかなり大きい。ただ……ゴリラって乗り難いんだよなぁ。暴れすぎなんだアイツは。

 

 シビレ罠を壊し、自由になったラージャンは大きくバックステップ。

 そして、咆哮をあげながらその体を覆っていた漆黒の体毛を金色へと変えた。

 

 ――金獅子。

 

 それはラージャンの別名。

 こうなる前に倒せれば良かったんだが……まぁ、仕方無い。ダメージはそれなりに入っているはずなんだ。もう少しほど頑張ってみよう。

 

 その体を金色へ変えたラージャンは直ぐに、口から雷属性のビームを発射。狙いは相変わらず俺。

 この執念とも思えるような俺への攻撃はなんなんだ。きっと前世の俺がよっぽどラージャンに酷いことをしたのだろう。

 

 ローリングで軸をずらしながらそのビームを躱し、その勢いでラージャンの頭へ横振り。そこから更に強溜め振り。

 正直なところ、ずっと逃げ回っていたい。G級のラージャン超怖い。

 ただ、ラージャンで一番起こりやすい事故は他人狙いの攻撃に巻き込まれること。つまり、俺ばかりを狙ってくれるこの状況は決して悪いものじゃない。……そう思うことにしよう。

 

「乗りました!」

 

 そんな声を出しながら、高台を利用してジャンプ攻撃をした後輩がラージャンの背中に。頑張れ、超頑張れ。

 

「……落とし穴、設置します」

「あいよー」

 

 これで後輩が乗りを決めてくれれば、罠も合わせてもう2回ラッシュをかけられる。それだけ叩き込めば、いくらG級のラージャンだろうと倒すことができるだろう。

 

 なんてことを考えながら武器を研いでいたら後輩の乗るラージャンに吹き飛ばされた。だからラージャンは嫌いなんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは特に危なげなくラージャンの討伐が完了。

 後輩もちょっと引くレベルで上手かったが、ライトボウガンの彼女もなかなかだ。相手はあのラージャンだってのに、俺たちが圧倒。

 改めてG級ハンターの凄さが分かった。

 

「お疲れ様でした!」

「……お疲れ様です」

 

 ああ、お疲れ様。今回は本当に助かったよ。

 それにしても、この大剣は本当に良い武器だ。アーティラートも良かったが、この大剣はさらに優れている気がする。俺なんかにゃちょいともったいないかもな。

 

「え、えと、ちょっと良いか?」

「……どうしました?」

 

 そして、気になったことがあったからライトボウガンの彼女へ剥ぎ取りをしながら声をかけてみた。あの後輩には聞こえないよう、小さな声で。

 

「あの後輩ってさ。その……ちょっと特殊な性癖と言うか……つまりだな、同性愛者だったりするのか?」

「へっ? い、いえ、そんなこと聞いていませんが……」

 

 あっ、マジで?

 なんだ。じゃあ、俺が勝手に勘違いしただけだったのか。良かった。それならこれからも後輩とは良い関係でいられそうだ。

 でも、あのセリフは俺がそう思っても仕方無いと思う。

 

 

「ただ……そういうのも、私は悪くないと思います」

 

 

 ……腐ってやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、あの後輩のことは分からなかったが、俺はもうそれ以上、聞かないと決めた。世の中知らない方が良いことだってあるのだ。

 

「先輩、今日はありがとうございました!」

 

 そして、帰りの飛行船。

 

「此方こそ今日は助かったよ。お前らがいなかったらどうなっていたのか分からん」

 

 俺の知らないところでこの後輩もちゃんと成長していたんだな。そのことは俺も嬉しいよ。

 

「……やっぱり貴方は上手いですね。それでも大老殿には戻られないのですか? アレだけの実力があるのなら、今だって充分すぎるほどの活躍ができると思いますが」

「無茶言うな。今日だってかなりギリギリだったんだ。俺にはもうG級のモンスターと戦えるほどの実力はないよ。その分、お前らが頑張ってくれ。後輩なんかそろそろG3の上になるんだろ?」

 

 ライトボウガンの彼女の言葉へ対し、俺はそんな言葉を落とした。

 どうにか今日は足を引っ張らずに済んだが、いつボロが出てもおかしくはない。それに大老殿はバルバレと比べて可愛い子がいない。そんな場所にいたら心が死ぬ。

 

 そして、俺の言葉を受け、何故かふたりはなんとも複雑な顔になった。

 なんだ? そんなおかしなことは言ってないと思うんだが……

 

「その、ですね……言い難いことですが、先輩がつけている勲章はもうないんです」

 

 あら。そうだったのか。

 んじゃあ、G3が一番上の階級ってことになるっぽいな。なんだよ、後輩ったらもう一流のハンターじゃないか。

 

「そりゃあ、またどうしてだ?」

 

 とは言え、なんでまた廃止したのやら。別にあったところで悪いものでもないだろうに。

 

「……貴方たちのことがあったからと聞いています」

 

 俺へ謝るかのようにライトボウガンの彼女が言葉を落とした。

 ……これはミスったな。

 

「なるほど、ね。あー……悪いな。そんなこと聞いちゃって」

 

 ふたりが複雑な顔をしたのも納得。

 まぁ、あんなことがあったんだ。確かに縁起の良いものじゃないわな。俺はあまりそういうことを気にしない方だが、ハンターは特にそういうことを嫌う。5人以上でクエストへ行かないのもそういった理由だし。

 

 ん~……じゃあ、この勲章を持っているのは俺しかいないってことになるのか。それはまた、なんだかこそばゆいな……もう付けないようにしよう。

 

「いえ、先輩はあの後、直ぐに大老殿を離れてしまいましたし……」

 

 しまったな。そんなつもりはなかったのに、雰囲気が重くなった。

 此処で、懇親のギャグを披露するのも吝かでないが、其処までの勇気は俺にない。

 

「……本当に戻って来てはくれないのですか?」

 

 今度はまるで訴えるかのような顔で後輩が言葉を落とした。

 何度も戻る気はないって言ったんだがなぁ。どうして其処まで俺にこだわるんだ。俺なんかを連れて行くより、もっと良いハンターが沢山いるだろ。

 

「何度も言ってるが戻らないよ。なんだって其処まで俺にこだわる。俺より上手いハンターなぞいくらでもいるだろうに」

 

 あの戦いで俺は仲間を失った。

 俺が大老殿で活躍できたのは、仲間が――あのふたりがいたからこそのこと。

 

 申し訳ないとは思っているが、ひとりになってしまった俺に期待されているほどの力はない。

 

 

「……これはまだ噂でしかありません。正式にそうだと決まったわけではありません。……そんな状態です。そんな状態ですが――」

 

 

 俺の言葉を受け、顔を落としながら、ぽつりぽつり言葉を落とし始めた後輩。

 

 ……噂、ねぇ。

 嫌な予感ばかりが膨らむ。

 

 何故か、背中に担いでいる大剣がやたらと重く感じた。

 

 

「黒龍――ミラボレアスらしきモンスターが確認されたそうです」

 

 

 

 



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物語

 

 

 ドンドルマの大老殿をさらに奥へと進んだ先にある、小高い丘の上。ドンドルマの街を一望できる場所に、質素なんて言葉が似合うふたつの墓があった。

 其処にあるのは墓標として二本の柱とふたつの武器だけ。あとは、供え物としての花束が置いてあるくらいだ。

 

「よっ、久しぶり。最近はなかなか来ることができんくて悪かったな」

 

 風の通りがよく、なかなかに心地良い場所。

 そんな場所にあのふたりが眠っている。

 

「あれからもう3年だってさ。ホント、時間の流れってのは早いもんだ。俺みたいなのんびり者じゃついていくのも大変だよ」

 

 墓標の直ぐ前に突き刺された覇竜――アカムトルムの太刀である覇剛刀クーネタンカム。それは彼が使っていた武器。

 もうひとつは崩竜――ウカムルバスのヘビィボウガンである崩天砲バセカオンカム。それは彼女が使っていた武器。

 どちらも武器としては超がつく一級品。

 

「んでさ、俺たちに懐いてくれた双剣使いのイケメンハンターいるだろ? ソイツがな、今じゃ大老殿でも一番上になったんだ。あんなに頼りなさそうな奴だったってのに、人間成長するもんだな」

 

 そんなふたつの墓があるこの場所。

 けれども、あのふたりが此処に眠っているわけではない。此処にあるのはアイツらが使っていた武器だけだ。

 

 俺たちが行った最後のクエスト――黒龍ミラボレアスとの戦いで、あのふたりは死に……その身体すらも残らなかった。

 そんなよくあるお話。

 

 拘束用バリスタ弾を撃ち込み、怯んだ黒龍へ撃龍槍を直撃させた。

 断末魔のような黒龍の悲鳴が響き、黒龍は横に。それで倒したと思った。俺たちは伝説すらも倒すことができたと思ってしまった。

 

 そんな一瞬の油断。

 

 撃龍槍を直撃させたにも関わらず起き上がったミラボレアスは、巫山戯てる熱量のブレスを吐き出し、俺以外のふたりを焼いた。残ったのは原型を留めていない防具と、武器だけ。

 身体は、何も残らなかった。

 

 そのあとのことはよく覚えていない。

 気がつけば折れた大剣を握り締め、切り落とした黒龍の頭の前に立っていた。

 

 それがアイツらと一緒に戦った最後のクエスト。

 アイツらは本当に良い奴らでどんなハンターよりも上手かったと思う。俺たちは何頭もの古龍や古龍に匹敵するモンスターを倒し、戦闘街に現れたゴグマジオスすら倒してきた。

 

 けれども、そんなアイツらも一瞬で消えてしまうことに。

 撃龍槍を直撃させたことで生じた一瞬の油断。今更後悔したところでどう仕様も無いが、どうしたって思い出し、悔やんでしまう。

 

 ……ホント、女々しい限りだよ。

 

「久しぶりだな。若き狩人よ」

 

 そして、後ろから聞き覚えのある低い声が響いた。

 

「良いのか? 大長老が仕事をほっぽり出し、こんな場所へ来て」

 

 見なくても分かる。誰が声をかけてくれたのかくらいは。

 それは、大老殿の中でも一番のお偉いさんであり、若い頃はラオシャンロンの頭を一刀両断したなんて伝説まである元ハンター。

 

「これくらいなら構わん。ワシとて、ドンドルマの英雄に対する礼儀くらいは心得ておる」

 

 アイツらはそういう硬っ苦しいのが苦手だと思うんだがねぇ。酒片手にフラっと立ち寄ってやるくらいが丁度良いと思う。

 まぁ、目立つのを嫌うアイツらのため、こんな場所へ墓を用意してくれたのは感謝しているが。

 

 後ろを向くと、其処には10m近いんじゃないかってくらいの大男が立っていた。竜人族で1000年に一度しか生まれないと言われている巨人。それが、ドンドルマの大長老。相変わらずでっけぇ身体してんな。

 それにしても、わざわざ大長老が墓参りをしてくれるとは……お前らも随分と偉くなったもんだ。なんとも似合わないことで。

 

「さて……話は聞いておるな?」

「詳しいことは知らんが……まぁ、聞いてるよ」

 

 ラージャン討伐のクエストの帰り道。あの後輩から教えてもらったことは、信じられることじゃない。だって、あのモンスターは俺たちが倒したはずだから。

 デマであってくれれば、それが一番だと思っている。

 

 けれども、自分の中の何処かで――ああ、やっぱりこうなったか。なんて思う自分もいたりするんだ。

 だからきっと、それは見間違いとかじゃないんだろう。

 

「そうか……混乱させるわけにはいかないため、公表はしておらん。しかし、まず間違いないだろう。観測されたモンスターはあの黒龍だ」

 

 確かに俺たちはあの時、黒龍を討伐した。つまり、確認されたのは新しい個体。

 伝説とまで呼ばれる龍がそんなポンポン現れるなって話だよ。

 

「観測された場所は?」

「ウム……それがだな、シュレイド城ではなく――溶岩島なのだ。さらに、以前ヌシたちが倒した黒龍とは見た目が異なっているらしい」

 

 溶岩島? まぁた、変な場所に現れたもんだな。

 いや、まぁ、戦闘街とか人間が住む場所に現れるよりよっぽどマシだが。

 

「……ヌシにはあのようなことがあったのだ。ワシから強要することはできん。そのようなことはできんが――」

「行くよ」

 

 大長老の言葉を遮り、自分の気持ちを乗せた言葉を落とした。

 

「いや……行かせてくれ」

 

 あの後輩の話を聞いてから俺の気持ちはただのひとつ。例え、俺に依頼が来なくとも、行くつもりだ。

 

 そのために此処へ来た。

 アイツらへの最期の挨拶だとかそんなことも含めて。

 

「……本当に良いのか? 此方も全力で手配するが、安全は保証できぬぞ」

「分かっているさ。それは俺が一番分かっている」

 

 だからこそ、俺が行かなきゃいけないんだ。他の誰でもない、黒龍と戦った経験のある唯一のハンターである俺が。

 それが筋ってもんだろう。

 

「分かった。それでは、近いうちにバルバレギルドへ依頼を出しておく」

「おう、ありがとう」

 

 ん~、黒龍かぁ……流石に勝てんよなぁ。

 

 仇討ちだとかそういうことを思っているわけじゃない。そんなことに何の意味もないことはよく分かっているから。

 

 じゃあ、どうしてそんな自ら死ぬようなことをするのかってことだが……なんでだろうな? それは俺にも分からんよ。

 まぁ、どうせ理屈じゃ説明できないんだろう。そういうこともあるさ。

 

「先も言った通り、このことは公表しない。そのため、ヌシには溶岩島の探索という形で行ってもらうこととなるだろう。そして、ワシらとしてもヌシを失うわけにはいかん。普段とは違い、一度でもダウンしたらその時点でクエストを諦めてもらう。それでも良いか?」

「ああ、充分だよ。せめて、これからに繋がる情報を集めてくるさ」

 

 とは言え、あの黒龍が相手となるのだ。一度でもダウンすればそれは死ぬことと何も変わらない。死体だけでも帰って来ることができれば儲けもの。

 

「んで、ひとつ頼みごとをしても良いか?」

「ウム、言ってみろ」

 

 多分……というか、まず間違いなく俺はこのクエストで死ぬだろう。

 できるだけやってみる。やってみるつもりではあるが……相手が相手だしなぁ。今まで多くのモンスターと戦ってきたが、黒龍はそれらと次元が違う。

 

 今回のクエストはそんなもの。例え俺が命を懸けたところで、それにどれほどの意味があるのか分からない。

 いくら情報を集めるたって、それがどのくらい役に立つのかも……

 

 だから、死ぬ前にさ。色々とやっておきたいんだ。死んでしまったら何もできんもんな。

 

 

「俺が死んだら、その墓はこのバカップルの間に作ってくれ」

 

 

 俺からのお願いはそれだけ。

 そんなことをしたら、あの世でもいちゃついているだろうアイツらに何を言われるのか分かったもんじゃないが……まぁ、俺だけを残して勝手に逝っちまったんだ。それくらいはやっておきたい。

 それだけのことができれば、ざまあみろ。なんて思いながら俺も死ぬことができる。

 

 なんとも取って付けたような理由だが――死ぬ理由くらいにはなるだろうさ。

 

「……ああ、心得た」

 

 うん、頼んだ。

 悪いな、最初から最後までアンタには世話になりっぱなしだ。そして、そんな存在がまだまだ沢山いる。全員とは言わないが……まぁ、ある程度のケジメをつけておいた方が良さそうだ。

 

「頼んだぞ。どうか……どうか死なないでくれ。ワシから言えるのはそれだけだ」

 

 ふふっ、俺だって死にたくはないさ。

 やり残したことが沢山あるんだ。やっぱり、素敵な嫁さんを見つけないと死に切れん。

 

 

 生きる理由もある。

 

 死ぬ理由もある。

 

 

 つまり、どちらへ転んでも俺は得するって感じだ。それならもう、あとは迷わず進むだけ。

 3年前、アイツらを失ってから俺の物語は止まったまま。そんな物語をもう一度始めてみる良い機会だろうよ。

 

 せっかちなアイツらのことだ。どうせ俺のことなんざ待っていちゃくれないだろうが……まぁ、もしあの世で会うことができたらその時はよろしくな。

 

 ふふっ、そんなことを言ったらアイツらに怒られそうだな。たださ、これで最期なんだしやっぱりカッコつけてみたいだろ?

 だから、まぁ……そんくらいは許せ。

 

「ありがとう。世話になった」

 

 最後に大長老へそんな言葉を落としてから、その場を後に。

 

 そんじゃ、バルバレへ行くとすっかね。

 いつまでもプロローグを語っていたって仕様が無い。そろそろ本編を始めてみようか。

 

 この物語を終わらせるために。

 

 

 

 



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貴方に好きと言えなくて

 

 

「いや~……これは思ったよりも大変だな」

 

 アイツらへ最期の挨拶をしてからバルバレの自宅へ。

 普通に考えたら、次のクエストが最期のクエストになるだろう。別に死にたいわけじゃないが、相手はあの黒龍。そんなに甘い相手じゃない。

 

 そんなことで、身辺整理をしているわけだが……ちょいと物が多すぎるな。

 まぁ、十数年間ハンターを続け、多くのモンスターを狩り、その素材を集めたのだし多いことは分かっちゃいたが……いや、どうすっかね? このまま碌に整理せず残して逝ってしまったら死後に何を言われるか分かったもんじゃない。

 死んだ後くらいは安らかに眠らせてくれ。

 

「さっきからごそごそと騒がしいけど、アンタは何をやってんのさ」

 

 どうしてか分からんが、山のようにあるこやし玉を前にどうしたものかとため息をついていると、そんな声とともにアイツが俺の家へ入ってきた。

 昔の俺はこれだけのこやし玉を何に使おうと思っていたんだ……

 

「ああ、すまんな。流石に家の中が汚いから掃除していたんだ。あと、こやし玉いる? 今ならいくらでもやれるぞ」

「いるか、そんなもの。それにしても掃除、ねぇ……」

 

 こやし玉、便利なんだけどなぁ。

 効かないことは知ってるが、黒龍へぶつけるために持っていこうかな。10個も当てれば、いくら黒龍だろうと嫌がらせくらいにはなるだろう。

 

「うん、掃除。物がありすぎて全然進まんが」

 

 片付けとかは苦手な性格なんだ。とりあえず溜め込んでしまうタイプ。まさに大剣使いといったところ。

 

 う~ん、これなら加工屋と雑貨屋を呼んで全部買い取ってもらった方が良いかもしれんな。特に防具なんかはサイズの関係で他人へやることもできんし、残しておいたって仕方無い。

 武器や素材は誰かにやっちまっても良いけど。

 

 てか、ホントどうなってんだ。こやし玉の数が1000を超えたぞ。こやし玉の何が昔の俺を其処まで駆り立てたんだ。

 

 

「……死ぬ気かい?」

 

 

 作業をしていた手が、止まった。

 

 公表はされていないはず。だから、あのクエストのことをコイツが知っているかはまだ分からない。

 

「死ぬ気はないよ」

 

 それは本心……だと思う。

 でもさ、準備はしっかりしておいた方が良いと思うんだ。きっと何事においても。

 

「……ギルドマスターから聞いたんだよ。アンタがまた黒龍へ挑むことになったって」

 

 あー、それはまた面倒なことを……公表しないんじゃなかったのか。ギルドの情報管理、ガバガバすぎるだろ。

 いや、コイツにくらいは話しても良かったけど、いざ話すとなるとやっぱりアレだろ? だから俺としても、できる限り黒龍のことは話したくなかったんだ。

 

「まぁ、な……。ただアレだぞ? 本当に死ぬ気はない。現れたその黒龍とやらの様子をちょいと見に行くだけだ」

「はぁ……アンタは嘘つくのが下手ってことを自覚した方がいいさね。悪いことは言わない。そんな馬鹿なこと止めときな。そんなことをしたところで、何の意味もないよ」

 

 あっ、やっぱりそう思う? 俺もそう思ってたんだ。馬鹿なことしてるよなぁってさ。

 

 ……けれども、やっぱり俺が行かなきゃいけないんだ。例え無駄死になろうとも、このクエストの適任者は俺だけだ。

 

 アイツに言われた通り、様子見だけで済ませるつもりはない。このクエスト一回に全てを懸けるつもりだ。

 

 死んで当たり前。

 身体だけでも帰って来れば儲けもの。

 生き残ったら奇跡。

 倒すことができたら……伝説ってところかな。

 

 俺が挑むのはそんなクエスト。

 

「うん、分かってるさ。……よくよく分かってる。それでも――俺は行くよ」

 

 今までは随分とふらふら生きてきた。

 そんな俺だけど……そんな俺ではあるけれど、通したい一本の筋くらいはある。

 

 黒龍が現れたとなれば大災害は免れない。つまり、誰かがどうにかしないといけないんだ。じゃあ、誰がやるかって話になるが……俺以外いないだろ。

 他のハンターを連れて行くことはしない。連れて行ったところで、死ぬ奴が増えるだけだ。犠牲はできる限り少なくしたい。だからさ、こうやって俺だけが行くのは仕方の無いこと。

 

 な~んて、自分に言い訳してみたり。

 

 

「この大馬鹿野郎が……」

 

 

 ああ、知ってる。

 

 さてさて、言い訳はもう充分だろうさ。

 例えどんなに言い訳したところで、俺が死にに行くことは変わらないし、そのことを否定はしない。

 

 だからこれは、バカなひとりの男のバカ話。酒の肴になるかすら分かりゃしない。それでも……それは俺だけが語ることのできる物語なはず。

 どうかどうか、笑ってやってくれ。それでようやっと俺は救われるのだから。

 

「んでさ、申し訳ないんだけど、片付けるの面倒になったから残った素材や装備はお前に任せるわ」

 

 そう考えるとコイツも良いタイミングで訪れてくれたものだ。

 なんだかんだ言いつつも、コイツは一番頼りになる仲間。こういうことを頼むのならコイツが一番だろう。

 

「……断るね。帰ってきてアンタがやりな」

 

 無茶言うな。死んだ後にどうやってやるってんだよ。それに素材や装備に其処までの未練はないわ。

 

 ……まぁ、コイツが何を言いたいのかくらい流石の俺でも分かるけどさ。

 でも、今回はそんな余裕がないんだ。今回ばかりはいつもの軽口も叩けやしない。

 

「……頼む。お前にしか頼めないことなんだ」

 

 俺がアイツへ向かってそんな言葉を落とすと、アイツの顔は酷く歪んだ。

 嫌な役目を負わせてしまっていることは分かる。でも、今回だけはどうかお願いしたい。ほら、アレだ。一生のお願いってことでひとつ、な?

 

「……あの娘のことはどうするつもりだい?」

 

 あー……それが何も考えてないんだよなぁ。

 流石に何も言わずにさよならってわけにもいかんとは思っているが……

 

「どうすれば良いと思う?」

「はぁ……情けないねぇ。それくらい自分で考えな」

 

 いや、そんなこと言われてもどうすりゃ良いのかなんて分からんって。

 

 あの娘――受付嬢には沢山世話になった。んで、俺としても伝えたいことだったり、残したい言葉はあるわけだが……どう考えたってそんな言葉をもらっても迷惑だろ。最期の言葉と言えば響きは良いが、重いなんてレベルじゃない。下手したらトラウマになるぞ。

 だから、あの受付嬢には俺のことなぞさっさと忘れてもらうのが一番なんだが……そう上手くいくもんでもないしなぁ。

 

 そんなことで、あの受付嬢には何も伝えないでおこうと思っていたり。

 自分が逃げていることは分かっているが、身近な人間の死ってのはなかなかに、重い。

 

「――なんて考えてるんだが、どうだ?」

「論外。うだうだ言い訳してないで、さっさと行ってきな」

 

 一刀両断。取り付く島もない。相変わらずのスパルタだ。

 

「結果的に言った方が良かったのか、言わない方が良かったのか……そんなことあたしにもわからない。でもね、もし何も言わずにアンタが逝っちまったら流石のあの娘でも怒るよ」

 

 ん~……それは嫌だなぁ。

 やっぱり、あの受付嬢には嫌われたくない。例え死んだ後だろうが。

 

「とは言ってもどうせアンタ、行かないんだろう?」

 

 うん、その予定だった。

 

「はぁ。ホント、情けないことで……なんだってこういう時ばかり臆病なのさ。もういい。あたしがあの娘を連れてきてやるから、アンタは此処にいな」

 

 あらやだ、このゴリラさんったら強引。

 えっ? ちょっと待って。心の準備とかそういうものが全くできてないんだが……

 

 そんな俺の感情など無視して家を出ていこうとするアイツ。鬼だ。いやゴリラか。

 

 

 ただ……そんなアイツの不器用な優しさは悪くないと思ってしまう自分がいたりした。

 

 

「……ありがとう。お前のこと、嫌いじゃなかったよ」

 

 

 だから、普段は絶対に言えないような素直な気持ちを乗せて、アイツの背中へ向けて言の葉を落としてみた。

 このひねくれ者もこんな時くらいは素直になってくれるらしい。

 

「はっ、気持ち悪いね。ただ……あたしもアンタのことは嫌いじゃなかったよ」

 

 俺の言葉に対し、そんな言葉を落としてからアイツは出て行った。

 

 ありがとう。

 さようなら。

 後は色々と頼んだよ。

 

 

 んで、次はあの受付嬢、か。

 伝えなきゃいけないこと。残さなきゃいけない言葉があるのは分かっている。俺がアイツらを失ってからもどうにか此処まで来ることができたのは……あの彼女のおかげなのだから。

 

 普段通りに接してくれた彼女に救われた。

 普段通りの言葉を落としてくれた彼女に救われた。

 

 アイツを――兄を失った彼女は俺以上に悲しかったはず。大声を出して泣きたかったはず。

 それでも彼女はいつも明るくて、彼女の前ならこんな俺でもおどけることができて……そんな優しい彼女に俺は救われたんだ。

 

 それなら感謝の気持ちだとか、色々な想いを乗せて少しばかりの言葉を落としてみよう。きっとこれが俺と彼女が交わす最期の言葉になるのだから。

 

 アイツが用意してくれたこのチャンス。でも、まぁ……いつも通りにやってみっかね。

 

 この物語を終わらせるには、それくらいが丁度良いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 あの彼女に言われ、私は直ぐに彼の家へ向かいました。

 今は仕事中。だから、本当ならそんなことをしてはいけないこと。けれども、ギルドマスターから行っておいで、と言われた私にはそんな道しかありませんでした。

 

「はぁ、私は仕事中だと言うのに……いったいどうしたんです?」

 

 久しぶりに訪れた彼の家は、懐かしさを感じるとともに悲しさのようなものが溢れていました。

 

「いや、ほら、仕事を抜け出したことの背徳感を味わいながらのデートでもと思ってさ」

「ぶっ飛ばしますよ?」

「やめてください。興奮します」

 

 それはいつも通りの私と彼の会話。

 そこにどんな意味があるのかも分かりませんが……それを悪いと思っていない自分がいたりするものだから、手に負えません。

 

 ……アレから3年。

 

 彼はよく笑ってくれるようになりました。

 私の兄と私が姉のように慕っていたふたり――彼とパーティーを組んでいたあのふたりが帰らぬ人となってから3年。

 

 雨の降る中行われたふたりの葬儀で、私は泣きました。人間、こんなにも泣くことができるんだって思ってしまうくらい泣きました。

 だって、それほどにあのふたりを失ってしまったことが大きかったのだから。

 

 けれども、彼が泣いたところは一度も見ていません。

 目の前で親しい人をふたりも失い、誰よりも辛いはずの彼は一度も泣きませんでした。

 

 その時だったかなぁ。この彼のため、私が頑張ってみようと思ったのは。

 

 ふたりを失った彼がどうしてまだハンターを続けたのかは私にも分かりません。それでも、そんな彼の力となれるよう、私なりに頑張ってみたつもりです。

 上手くできたとは思っていない。でも、よく笑ってくれるようになった彼を見ると、間違ってもいなかったのかなって思うのです。

 

「それで? 今日はどんな用事なんですか?」

 

 トクリ、トクリと私の中の何かが跳ねて、何かが溢れ出しそうになる。

 

 どうしてあの彼女が彼のところへ行くように言ったのかは知っている。

 この彼が何をしようとしているのかも分かっている。

 

 でも……私にできることはいつも通りに接してあげることだけなんです。なんでもないフリをしていつも通りの会話を交わしてあげるくらいしか私にはできない。

 

 そして、この彼もきっとソレを望んでいる。

 

「あー、その……あ、愛の告白的な?」

「……仕事に戻ります」

「嘘! 嘘だから! お願い待って!」

 

 これはいつも通りの彼と私の会話。そんな会話なはず。

 

 そんな会話なはずなのに――何かが溢れそうになる。

 

 けれども、ソレは溢れさせちゃダメなことで、必死になってどうにか耐えてみる。

 昔からずっとずっと好きだった人のために私ができることはそれくらい。

 

 でも――

 

 

「ありがとう」

 

 

 そんな彼のたった一言を聞いただけで……私の目から何かが溢れた。

 だって、その一言にどれだけの想いが込められているのかは私にも分かったから。

 

 溢れさせちゃダメだって分かっている。いつも通りに接してあげなきゃいけないって分かっている。

 けれども、私の目から溢れる雫が止まらない。

 

「……私が止めたら行かないでくれますか?」

「ごめん」

 

 ずっと溜めてきた何か。

 

「……帰ってきてくれるって約束してくれますか?」

「ごめん」

 

 色々なものが合わさったそれらが溢れ出す。

 

「……きっとまた私の隣で笑ってくれるって言ってもらえますか?」

「ごめん」

 

 ソレらを止める方法が分からない。

 こんな予定じゃなかった。いつも通りの会話をして、なんでもないようなフリをするはずだった。

 

 でも、私はそんなに強い人間じゃなかった。どれだけ頑張ろうと、自分の気持ちを抑えることなんて私にはできない。

 

「……ばか」

「……ごめん」

 

 視界がぼやける。

 そんなぼやけた景色の先にいる私の好きな人は、困ったような顔をしながらも優しく笑ってくれていた。

 

 貴方に好きと言いたくて。

 

 でも、もし私がそんな言葉を落としてしまったら、彼を苦しめることは分かっていたから――

 

 貴方に好きと言えなくて。

 

「……申し訳ないけどさ。今回ばかりはちょいと厳しいんだ。だから約束はできない。約束はできないけど、まぁ――」

 

 

 

「帰ってきたら結婚しよっか」

 

 

 

 ぼやけた景色の先、優しく微笑みながら彼が言葉を落とした。

 どうにかギリギリで耐えていた私もそこまで。その言葉を聞いた私は3年振りに声を出して泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、いつ出発するのですか?」

 

 どのくらいの時間泣いていたのか分かりませんが、少なくとも3年分は泣いたんじゃないかってくらい私は泣いた。

 この顔じゃ、仕事に戻ることもできなそうだ。でも、今日くらいは許してもらおうと思う。

 

「んと、準備とかもあるし()()()()()()かな」

 

 二日。それは彼と一緒に過ごすことを約束できる時間。

 短いなぁ……

 

「もし、私が来なかったらどうするつもりだったんです?」

「あー……その時はこっそり出発しようかなぁ、と」

 

 はぁ、やっぱりですか。

 彼があの黒龍と挑むことを聞いたのは先程のこと。あの彼女が教えてくれなかったら、どうなっていたことやら……

 

「怒りますよ?」

「いや、悪かったって」

 

 とは言え、それが彼なりの優しさだってことくらいは私も分かる。

 私が他人のことを言えたものじゃないですが……貴方、不器用ですもんね。

 

「とりあえず、あと二日は暇ってことですよね?」

「いや、だから準備しないといけないから暇ってわけじゃなくてだな……」

「暇ですよね?」

「はい、暇です」

 

 これが最後になるなんて思わないし、思いたくもない。

 でも、こんな時くらいは甘えても良いのかなって思うのです。

 

「じゃあ、明日は私に付き合ってくださいよ。私も休み取りますし」

「あー……はい。喜んで」

 

 困った顔をした彼。

 そんな彼を見て私はクスクスと笑った。

 

 お互いに不器用どうし。どう接すれば良いのか私だって答えは見つかりません。でも、もう少しほど素直になってみようかなって思います。

 

「それじゃ、今日はこれで帰りますね。明日はお願いします」

「あいよ。此方こそ、よろしく頼む」

 

 最後にそんな言葉を交わしてからふたりで笑ってみた。

 

 一年後も十年後もそうやってふたりで笑っていられれば良いなって思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、次の日の朝。

 

 彼は誰に見送られることもなく、ひとり静かにクエストへ出発しました。

 

「はぁ、出発は二日後だって言ったじゃないですか……」

 

 ため息がひとつ。

 誰もいない彼の家の中で私の口から愚痴が溢れる。

 

 ただ、こうなるんだろうなってなんとなく分かっていた自分もいて……彼らしいと言えば、彼らしいのかなと思い、静かに笑ってみた。

 

「……ホント、自分勝手」

 

 誰もいない家の中、雫が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに二日後。

 

 帰ってきたのは、彼が黒龍を倒したという情報と――砕けた彼の大剣だけでした。

 

 

 

 







次話で完結となります



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エピローグ

 

 

 彼が倒した黒龍はその体を覆う朱色の甲殻などのことを踏まえ、黒龍ミラボレアスの亜種――紅龍であるとギルドから正式な発表がありました。

 しかしながら、紅龍のことが書いてある文献は少なく、書いてあったとしても断片的で不明瞭なことばかりだそうです。そのため、紅龍の生態や黒龍との関係は分からないままだとか。

 

 そんな紅龍と彼との戦いの様子を私も観測隊の方から聞きましたが……まるで地獄のようだったと言われました。彼と紅龍が戦っているあいだ、溶岩島のあらゆる場所からマグマが吹き出し、空からは謎の隕石のようなものが降り続けたらしいです。

 それは、3年前に彼らが倒したあの黒龍よりも酷い光景だったと。

 

 また、空から降り続ける攻撃のせいで、観測隊は近づくこともできず、彼がどんな戦いをしていたのかも分からなかったとも。

 

 その戦いの最後には爆発のようなものが起こり、火柱と噴煙の先――流れ出たマグマの中に動かなくなった紅龍の姿があった。けれども、そこに彼の姿はなかったそうです。

 

 私が観測隊の方から聞けたのはそれだけでした。

 

 

 そして、彼がその紅龍を倒したと言う情報が入って来てから3日。

 3年前のあの日と同じよう、その日の天気は雨でした。

 

 大老殿をさらに奥へと進んだ先にある丘の上。

 既に2つあるお墓の間へ、新しいお墓をひとつ。そこへ墓標として、持ち手の部分以外は原型が分からないまでに砕けてしまった大剣が突き刺されることに。

 

 ――誰かがあの伝説の古龍を討伐した。

 

 世間ではそんな噂が広まり、あの日からずっとお祭りのような状態が続いています。

 そのような中で彼の葬儀はひっそりと行われました。

 

 生前の彼の願いということで、彼が紅龍のクエストへ向かったことは公表されていません。この葬儀に参加しているのも、バルバレのギルドマスターや大長老。あの彼女やその兄である加工屋さんと私くらい。

 それは伝説の古龍を2度も倒したハンターの葬儀として、あまりにも小さく静かなもの。

 

「……泣かないのかい?」

 

 しとしとと雨の降る中あの彼女がそんな声をかけてくれました。

 

「はい、あの時の彼も泣きませんでしたし」

 

 どうしてなのかは自分でも分かりませんでしたが、その時涙は溢れてきませんでした。悲しいに決まっているし、あの彼へ文句のひとつでも言いたいところ。

 でも、例え私がどんな言葉を落とそうとも、もう彼に届くことはないって思うと、酷い虚無感に襲われる。

 

 伝説の黒龍を倒し、その亜種である紅龍をソロで倒してしまった彼ですら――奇跡は起こせなかった。

 

 ホント、ずるい人だ。

 

「……強いね、アンタは」

 

 そんなことは、ない……と思う。

 ずっとずっと私は弱いままなんです。そんな私でもどうにかこうやって此処へ立つことができているのは、きっと彼のおかげ。

 そして、そんな彼はもういない。

 だから、これからは自分の力だけで歩んでいかなきゃいけないんです。それができるのかは分からないけれど、止まっていることが間違っていることは分かる。

 

 あの彼のためとは言わない。

 私は私のために前へ進もうと思います。

 

「それじゃ、そろそろ帰るとするさね。帰ったら酒でも飲んで思いっきり騒いでやろう。アイツにはそれくらいが合っているんだしさ」

 

 笑いながらそんな言葉を落とした彼女の目は赤くなっていた。

 

「……そうですね。それにあの人のせいで悲しくなるのは負けた気がします。こんな日くらいは騒いであげましょう」

 

 それが空元気だってことは分かっていたけれど、あの人のためにできる一番のことはそんなことだと思うんです。

 全く、消えてまで迷惑をかけるとは……

 

 

 さようなら。

 私の大好きな人。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の葬儀を終え、バルバレに戻ると其処では、今日もまたお祭りのような状態が続いていました。

 そこに悲し気な雰囲気なんてありません。沢山の料理やお酒の香りが溢れたバルバレは――泣きたくなるほどに愉し気な空気が流れています。

 

 愉し気に言葉を交わす人々の話題の中心は誰が紅龍を倒したのか、なんてこと。けれども、その答えは誰も知りません。

 それが彼の願っていたことだったから。

 

 彼と私の距離はアレだけ近かったというのに、本当に遠くへ行ってしまいました。

 物理的にも、精神的にも。

 

 そんなお祭り状態のバルバレ。けれども私はどうしても皆と騒ぐ気にはなれず、あの彼女とふたりで静かにお酒を飲むことに。

 

 そして、久しぶりに飲んだお酒は私の喉を焼きました。

 

 

「ホント、あの人は嘘ばっかですね……」

 

 

 もう溢れることはないと思っていた雫。

 そんなものがポタポタと落ち、地面を少しだけ湿らせた。

 

 

「お酒を飲んだって、全然忘れられないじゃないですか……」

 

 

 いくらお酒を飲んでも、思い出すのは彼のことばかり。

 刻み込まれた彼との思い出は、例えお酒の力を借りても消えてくれない。

 

 そんな私をあの彼女は優しく慰めてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 彼が消えてからもう、ひと月以上の時間が過ぎました。

 私のことを思ってか、ギルドマスターから長いお休みをもらったりもしましたが、それは断ることに。

 

 だから、また今日も私はギルドガールとして……受付嬢としてハンターさんたちの力になれるようクエストカウンターへ立ちます。

 

 彼のことは吹っ切れてなんていません。

 未練や後悔ばかりです。

 

 それでも、何かをしていないと押しつぶされそうだったんです。

 そんな私には受付嬢としての仕事くらいしか残っていませんでした。

 それに仕事をしている間だけは、この悲しさも少しは和らいでくれているんじゃないかなって思います。

 

 それがただの強がりだってことも分かっています。

 でも、どうすれば良いのかなんて私には分かりません。

 だから、私なりに一生懸命足掻いてみます。きっと私は彼のことを忘れることができない。でも、いつか……いつの日かきっと前へ進むことができるはずだから、一生懸命足掻いてみます。

 

 強がりでもいい。

 痩せ我慢でも構わない。

 

 それでも、これからは自分の力だけで私の物語を書き進めないといけないんです。

 

「はい、此方が今回のクエストの報酬となります」

「おう、ありがとな」

 

 お祭り状態だったバルバレも元通り。

 今日も今日とて沢山のハンターさんたちがクエストへ向かい、また帰ってきてくれます。

 

「はい、次の方どうぞ」

 

 クエストから無事に帰って来ることができ喜ぶハンターさん。

 これからクエストへ向かうために気合を入れるハンターさん。

 クエストの成功を祝って仲間とともにお酒を飲むハンターさんなどなど。

 

「クエストを受けたいんだが」

 

 それはいつも通りの光景。

 私の知っているバルバレの光景。

 

「はい、分かりました。どんなクエストをお探しですか?」

 

 ただひとつ。

 彼という存在を抜かせば。

 

 申し訳ありませんが、私が元通りになるのはもう少し時間がかかると思います。

 もしかしたら、元通りにはならないかもしれません。

 

 それでも、私なりに頑張ってみようと思います。

 それは、きっと彼が望んでいたことで――私にできる一番のことだと思うから。

 

 彼と私の物語は終わり、今度は私だけの物語を書き進めてみるとします。

 これからその物語に彼が登場することはありません。それでも、どうにか私は進んでみようと思います。

 

 

 よしっ。それじゃ、例え空元気だとしても、今日も元気にいってみましょうか。

 あの彼が私に見せてくれたよう、我武者羅に。直向きに。

 

 そして、このバルバレギルドへ所属する全てのハンターさんたちのため。

 

 

 

 

「君を攻略したいんだが、そんなクエストはあるかな?」

 

 

 

 

 ……え?

 

 そんなハンターさんの言葉を聞いた瞬間――騒がしかったはずの集会所の音が、止まった。

 

 慌てたようにその言葉をかけてきたハンターさんを確認。

 そこにはラギアクルスの防具一式に、背中へブラキディオスの大剣を担いだハンターさんがひとり。

 

 その姿は――

 

「あっ、いや……その、だからだな。ちょい待った。今のなしで」

 

 突然の出来事に混乱する私に対して、そのハンターさんは慌てた様子で言葉を落とした。

 

 グルグルと回る思考。

 何が起きているのか分かるのに、どうすれば良いのかが分からない。

 何かを言わなきゃいけない。けれども、言葉が、出てこない。

 

「まぁ、その……なんだ? か、帰ってまいりました」

 

 見間違いでもない。

 聞き間違えるわけがない。

 

 そこに……私の目の前に立っていたのは確かに――あの彼だった。

 

「それとだけど……」

 

 聞きたいことがたくさんある。

 言わなきゃいけないこともたくさんある。

 そうだというのに、やっぱり私の口からは言葉が出てきてはくれない。

 

 

 そして、何処か恥ずかしそうにしながら彼が――

 

 

 

「結婚しよっか」

 

 

 

 なんて言の葉を落とした。

 

 音の止まったこの集会所の中、彼の言葉はしっかりと私まで届いてくれた。

 

 

「……はい」

 

 

 そんな彼の言葉を聞き、私の口から漸く出てきてくれたのはたったのひと言でした。

 それでも、きっと私の想いはちゃんと彼まで届いてくれたんじゃないのかなって思います。

 

 無意識のうちに視界がぼやける。

 ああもう。最近は泣いてばかりだ。

 

 けれども、今ばかりはそれが悪いと感じませんでした。

 

 

 終わったと思った彼と私のあの物語。

 そんな物語がどうやら、もう少しだけ続いてくれるみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 流石に死んだと思った。

 つまり、ひと言で表せば運が良かったといったところだろう。まぁ、それは結果的にって話だが。

 

 

 溶岩島へ着き、件の黒龍と対面。

 3年前、アイツらと一緒に戦ったときのことが自然と頭の中へ浮かんだ。

 

 ……ただな、今回の黒龍ったら3年前の時とちょっと違うんだ。

 まず見た目だが、全然黒くない。むしろ赤い。まさにその名の通り紅龍といった感じだった。

 

 え? ちょっと待って。なにこれ、聞いてない。なんて思いつつも大剣を握り締め、斬りかかろうとしたら、空から隕石のようなものが降ってきた。もう笑うしかなかった。

 その他にも、テオみたいに爆発する粉塵を飛ばしてくるわ、前回の黒龍と比べてやたらと火を吐くわとよく生き残れたと自分でも思う。

 

 ただ、それは俺の勘でしかないが、今回の相手――その紅龍は3年前に戦ったあの黒龍よりも明らかに弱かった。

 

 確かに、アイツらと別れることになってから戦ってきたどのモンスターよりも、その紅龍は強かった。けれども、なんというか……負ける気がしなかったんだ。

 3年前の黒龍の甲殻は、まるで鋼の塊でも斬りつけているんじゃないかってくらいだったのに対し、今回の相手は其処までの硬さもない。

 相手の攻撃は激しく、一発でも喰らえばそれでアウト。それでも、コイツなら勝てるって思った。

 

 まぁ、そんな相手だってのに、最後の一撃で俺の大剣は砕けたが。そりゃあもう、まるでその紅龍を殺すためだけに存在していたんじゃないかってくらい綺麗に砕けた。

 

 んで、本当の地獄はそこから。

 最後の力だけなんだか知らんが、その紅龍を倒したのにも関わらず空からは大量の隕石が降ってきやがった。さらに運の悪いことに、噴火でもしたのか足元が爆発。

 せっかく伝説の古龍を倒したってのに、剥ぎ取りすらさせてもらえない。

 

 そして、降ってくる隕石や流れ出るマグマから逃げた俺が飛び込んだ先は、真っ暗な夜の海。

 

 

 これで死ぬんだろうなって思った。

 

 でも――これじゃあ死ねないよなって思ったんだ。

 

 だってさ、こんな終わり方じゃ納得できんだろ? 俺はプライドの欠片もないような人間だが、最期くらいはやっぱり納得して終わらせたかったんだ。

 

 だから、精一杯足掻いてみた。

 もう一度バルバレへ帰るため、とにかく生きるよう足掻いた。

 

 

 そこからのことははっきりと覚えていない。

 泳ぐのに邪魔な防具を脱ぎ捨て、大量に持ってきた、いにしえの秘薬と強走薬グレートを流し込んでから、ひたすら泳いだんだと思う。

 

 どれくらいの時間、俺が海を漂っていたのかは分からない。

 

 

 気がついたら、アイルーたちの乗る船の上だった。

 

 そして、はっきりとしない意識のままそのアイルーたちに連れて行かれた場所は、チコ村という聞いたこともない小さな村。

 その村は随分と特殊な村で、住んでいるのはチコ村の村長である竜人族の老婆ひとりと多くのアイルーたちだけだった。

 

 まぁ、別に誰がその村に住んでいようが構わないんだが……困ったことにそのチコ村には他の村や街へ繋がる陸路も海路もなかったんだ。

 俺がチコ村のことを知らなかったのも納得。

 

 それから一ヶ月ほど、随分のんびりとした生活を送った。アイルーたちと一緒に日がな一日釣りをしてみたり、チコ村の裏にある原生林へ薬草やキノコを採りに行ったりなどなど。

 有り難いことに仲良くなったアイルーたちが、船を作って送ってくれるとも言ってくれたが、その提案は断った。だって、遭難する気しかしなかったし。

 

 そんな生活を続けていた俺がバルバレへ帰ってくることができたのは、“我らの団”なんて名乗る旅団のおかげだった。

 その旅団は珍しい形の飛行船でチコ村を訪れ、また、その旅団の団長はお人好しって言葉が良く似合うダンディーな男性。俺がバルバレへ行きたいことを伝えると、渋ることなんて一切なく連れていってくれた。

 

 チコ村の住民にも我らの団にも感謝するばかり。いつの日かちゃんとその恩返しができれば良いと思う。

 

 

 

 

「んで、ようやっと帰ってくることができたってわけ」

 

 いつもの櫓の上で受付嬢に、この一ヶ月に起こった出来事を伝えた。

 

 火山が噴火したことや、海へ放り出されたことは確かに運が悪かったのかもしれん。けれども、こうして無事に帰ってくることができたんだ。それ以上に幸運なことはないだろうさ。

 

「つまり、ほとんどの時間はバカンスを楽しんでいたんですね」

 

 ……あれ?

 なんか冷たくない? 受付嬢の言葉からトゲのようなものを感じるのだが気のせいだろうか。表情もムスっとしている。かわいい。

 

 んで、此処は感動の再会をふたりで分かち合う場面だと俺は思います。しかし、そんな雰囲気が微塵も感じられない。どうしてこうなった。

 

 てか、さっき俺が結婚しようと言い、この受付嬢も確かにそれを受け入れてくれたはずなんだが、そのことはどうなったのだろうか。

 これでなかったことにされていたら、流石に泣くぞ。

 

 それにしてもしまったな。こんなことになるんなら、もうちょっと感動されるような物語にしておくべきだった。

 まぁ、そんな物語なぞ全く思いつかんが。

 

「とは言え、こうしてちゃんと戻って来てくれたのは確かなことですし、私からの文句はあまりありません」

 

 少しは文句があるらしい。

 いったいどんなことを言われるのやら……いや、俺だって悪かったと思っているわけだけどさ。

 

「それと」

 

 そして、ムスっとしていた表情から一変。

 俺の方を真っ直ぐと向き、本当に可愛らしく笑いながら――

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 なんて言の葉を優しく優しく受付嬢が落としてくれた。

 

 これでもこの受付嬢と俺は長い付き合いなんだ。お互いがどんなことを思っているのかくらいは分かるはず。

 

 つまりは、まぁ、きっとそういうこと。

 

「ああ、ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 さて、それじゃあそろそろこの物語も終わりにするとしようか。

 別にこれで俺の物語が終わるってわけじゃないが、一区切りするには丁度良いのだし。

 

 

 俺が紅龍を倒し、無事バルバレへ戻って来て、結婚しようなんて言葉を多分、あの受付嬢は受け入れてくれた。

 それから、夢に見た結婚生活が……始まらなかった。おかしいね。

 

 まずアレだ。

 俺が一生懸命集めたモンスターの素材だったり、武器がほとんどなくなってしまった。あと、それなりに貯めていたお金もない。

 

 はいそうです。あのゴリラが原因です。

 

 俺がちょっといなかったのを良いことに、素材や武器を全て売り、そのお金も全部寄付したんだとさ。

 残ったのは、今も装備しているラギア防具とブラキの大剣。あと、こやし玉だけ。

 

 つまり、俺は一文無しって状態。

 そんなんだから、結局今もハンターを続けることになった。まぁ、とは言っても採取がメインで大型種などと戦うつもりはないが。

 流石にもうハンターは引退させてもらおう。姪っ子ちゃんだったり、あの後輩だったりと優秀なハンターはたくさんいるのだから。

 

 因みにだが、俺が集めた素材などを売って得られた大量の寄付金の一部は、あのチコ村へも送られるそうだ。思わぬ形となってしまったが、一応の恩返しはできたと思う。

 まぁ、今度は直接訪れる予定だが。受付嬢と新婚旅行もしないとだしな! その予定は未定だけど……

 

 

 んで、現在のバルバレギルドには大きな問題――というか、災害が起きている。

 

 はいそうです。あのゴリラが原因です。

 

 何を思いそんな考えにいたったのか知らんが、あのラージャンが婚活を始めた。大災害である。

 きっとバルバレにいる独身男性は、眠れぬ夜を過ごしていることだろう。

 そのうち、討伐隊が組まれると思うが……相手はあのラージャン。人間が勝てるとは思えない。

 

 

 とまぁ、そんなところだろうか。

 それ以外で何か変わったことは特にない。

 

 それにしても……

 

 

「一流のハンターになればモテるって聞いたんだがなぁ」

 

 

 いつもの櫓の上。俺の口からはそんな愚痴が零れた。

 

「……別にモテなくても良いのでは?」

 

 そして、俺の愚痴に対し、受付嬢がそんな言葉を落とした。

 

「んなわけあるか。男なら誰だって女の子にモテたいんだ」

 

 あの後輩みたいにちょっと特殊な奴もいるが、アレは例外。

 男なら誰だって夢見るはずだ。女の子にモテたいって。

 

 そもそも俺がハンターを続けてきたのも、女の子にモテたかったからだ。そのことだけはブレたことがない。

 

 

 

「でも、貴方には私がいるじゃないですか」

 

 

 

 ……うん?

 

 今、受付嬢さんはなんと?

 

「それ以上望むのは贅沢だと思いますよ」

 

 そして、そう言ってから受付嬢はやはり可愛らしく笑った。

 

「いや、じゃあせめてキスくらいしてくれても……」

「それとこれとはまた違う話ですので」

 

 いったい何が違うというのやら。

 

 

 けれども、そんな受付嬢の想いはきっと俺へ届いている。

 相変わらずこの受付嬢は冷たいし、辛辣な言葉や態度ばかり。

 

 

 厳しくて冷たい。辛辣で……誰よりも優しい。そんな君のことが俺は――

 

 

「ふふっ。バカで嘘つき。自分勝手で……誰よりも頼りになる。そんな貴方のことが私も――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一流のハンターになればモテるって聞いた。

 

 あの言葉が正しかったのかどうか俺には分からない。そもそも、俺が一流のハンターになれたのかも分からないしな。

 

 とは言え……別段、間違っているってわけでもないんだろう。

 少なくとも俺はそう思うんだ。

 

 さて、それじゃそんなところで、このバカなひとりの男のバカ話は終わりってことにしようか。

 

 

 







読了、お疲れ様でした
これでこの作品も完結となります

書き終えての感想だったり設定だったり言い訳なんかはいつも通り活動報告へ書かせていただきます

さて、この作品を読んでいただいた全ての方へ感謝を――


ありがとうございました


では、またいつかお会いしましょう


ああ、疲れたぁ……


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