デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲 (清瀬)
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01話:もう少しサービスのいい夢を見たいと思うのは間違っているだろうか

 デスマとダンまちのクロスは他の方も書かれていましたが、こちらはサトゥーのソロ転移となっております。
 拙い文章ですが、お楽しみいただければ幸いです。


 「明晰夢」という言葉をご存知だろうか?

 自分で夢だと自覚しながら見ている夢の事だ。

 オレは今、ボッロボロの教会らしき建物内の地面に倒れている。床は固く、埃っぽい。安眠できるような環境ではないだろう。

 

「もう少しサービスのいい夢を見たいと思うのは間違っているだろうか」

 

 思わず、そんな言葉が出たのは仕方がないと思う。

 

 時は少し遡る。

 オレはデスマーチ中のゲームプログラマーだった。炎上プロジェクトをなんとか処理し、会社の机の下で30時間ぶりの安眠についた。

 気が付くと荒野にいて、視界にはメニューや周辺警戒用のレーダーなどといったガジェットが見えた。それらから、オレはこれが夢であると判断した。実はデスマーチ中にデバッグの夢を見ることは初めてではない。

 思考でメニューを操作し、自分のステータスを確認すると、いつも使っている『サトゥー』という名前と、レベル1であることが確認できた。

 初心者用サポートの使い捨て「全マップ探査」などを使って、しばらく周囲を見回していると、レベル50のリザードマンっぽい集団が接近してきて、矢を射かけてきた。

 レベル50の集団にレベル1が勝てるのか、どう考えても無理である。

 オレは、隠れていた岩を削る赤く光る矢の雨に恐怖しながら、初心者サポート用に実装したマップ内の敵を殲滅する【流星雨】を3つとも使用した。

 100を越える隕石の雨、それが地形を変えていく様子を呆然と見ていたが、突如頭が割れるような、全身が引き裂かれるような激痛にさらされ、隕石による土埃の津波を目の前にして意識を手放した。

 

 そして、気づくとこの謎の廃教会に倒れていたというわけだ。

 やけに体がだるく、夢にしてはリアルすぎる気もするが、相変わらずメニューなどが表示されているこの状況を現実というほうが変だろう。

 どうせなら、美人のシスターさんとイチャつく夢をみたいなどと思いつつ、再び意識を手放し眠りについた。

 

 

 

「*******」

 

 聞いた覚えのない、言葉が聞こえる。

 目を開けると夕日なのか、天井に空いた穴から見える空が赤くなっている。

 視線を横に向けると、黒髪をツインテールにした美少女がオレを心配そうに見つめていた。年齢や背丈にそぐわずとても胸が大きかった。ロリ巨乳というのだろうか。思わず、目線が謎の紐で強調された胸に向いてしまったのは許してほしい。

 

「*******」

 

 再び心配そうな声色で声がかけられる。聞いたことのない言語だ。何か意思疎通の手段はないかとメニューを探すと、レベルが1から310まで上がっていた。

 

「え?」

「*******」

 

 漏れた言葉に反応してか、再び声がかけられるがまったくわからない。

 急激なレベル上昇は置いてくとして、会話が可能になる一縷の望みを託し、スキル欄を見た。荒野で確認したときは一つもなかったのに、「術理魔法:異界」「召喚魔法:異界」「恐怖耐性」「苦痛耐性」「自己治癒」「監視」「古鱗族語」「共通語(コイネー)」が取得可能になっていた。

 スキルレベルは1から10で、1ポイントでレベル1上がる仕様らしい。

 どちらの言葉に振るか一瞬迷ったが、「古鱗族語」というのはオレを襲ったリザードマンの言葉だろう。

 残スキルポイントが3100もあるので、とりあえず「共通語(コイネー)」にスキルポイントを10振ってみる。

 

「大丈夫かい?どこか痛むかい?」

 

 おお、言葉が理解できるぞ。

 

「大丈夫です。少しボーっとしていました。ご心配をおかけして申し訳ない」

 

 上半身を起こそうとすると、慌てて手で支えてくれた。少女に不釣り合いな豊かな胸がオレの腕にあたる。

 

「一体どうしてこんなところで倒れてたんだい?そんな土埃だらけで?」

 

 さすがに心配そうにしてくれている彼女にニヤけた顔を見せるのはどうかとおもうので、表情が崩れないよう意識しながら答える。

 

「……仕事を終えて、眠りについたことは憶えているのですが、気が付いたらここに倒れていました」

 

 色々飛ばしているが嘘は言ってない。

 顔が緩まないように気を付けたためか、スキル欄に無表情(ポーカーフェイス)が追加されていた。すぐさまスキルポイントを振った。

 

「……人さらいにあったのかもしれないね。ここは、迷宮都市オラリオの北西と西のメインストリートの間の区画にある教会なんだが、自宅まで帰れそうかい?家族の方、心配してるんじゃないかい?」

 

 支えが要らないと判断したのか彼女は背中から手を放しながら、オレに尋ねる。

 少し残念だが、無表情(ポーカーフェイス)のおかげで、その残念さは表情にでていないはずである。

 

「迷宮都市オラリオですか……?聞いたことがないです。

 すでに家を出て、実家から離れた場所で一人暮らしをしていたので、家族は心配していないと思いますが……。これから、どうしたものでしょうか……」

「嘘は言ってないね。迷宮都市オラリオといえば世界の中心ともいえるほど発展し、有名な都市なんだが、まさか本当に知らないとは……」

 

 これは本当に夢なのだろうか?

 耳から聞こえる音も、適当な音の羅列ではなく、法則性があるように聞こえる。いくら夢とはいえ、オレの貧相な創造力でこんな言葉を作れるのだろうか?

 

「ああ、自己紹介が遅れたけど、ボクは神、ヘスティア」

 

 おっと、なんだか急に夢っぽくなってきたぞ。目の前の少女が神様って……。こちらを心配してくれている彼女には悪いが、どうにも胡散臭い。

 

「……神様ですか?私はサトゥーと申します」

 

 名前は本名の鈴木一郎か、ステータス欄のサトゥーか迷ったが、とりあえずサトゥーにしておいた。

 

「君さえ良ければ、ボクの眷属(ファミリア)にならないかい?

 元いた場所を探そうにもしばらく時間がかかるだろうしね。君みたいな子供をほっておくのはボクの神としての沽券にかかわるのさ」

 

 アラサーなのだけど子供扱いされた。神様からすれば人間は子供みたいなものだろうけど。

 失礼と一言断りポケットを探ると、あるのはガラケーとカロリーバーだけだった。ガラケーは電波が立っていない状態だ。仮にこれが現実だとして、金もなく、身寄りもなく、常識もない状態で生き抜けるのだろうか?誰かの庇護下に入ることは必要だろう。

 しかし、目の前の少女を信じていいのかどうか、というのも気になる。

 

「私は迷宮都市オラリオの常識に疎いようです。こちらの常識を知るまで回答を控えさせていただいてよろしいでしょうか?ヘスティア様」

 

 とりあえず、眷属(ファミリア)などの謎ワードも知らないし、答えを先送りにすることにした。

 

「君は慎重だね。うちのベル君はすこし素直すぎるというか、人を疑わないところがあるから、君がいてくれると助かるんだけど……。

 まぁ、今日のところはうちに泊まっていきなよ。お金もないようだしね」

「……お言葉に甘えさせていただきます」

 

 このまま見知らぬ都市を歩くのもどうかと思ったので、その提案に飛びついた。

 それと一応、ある程度の敬意を示すように丁寧な口調で返すことにした。万が一、神様だとしたら怖いからね。

 

「立てるかい?ゆっくりでいいよ。よし、こっちだよ」

 

 体のだるさはかなりなくなっていたので、問題なく立てた。

 ヘスティア様は、廃教会の奥にゆっくりと進んでいく。あれ、進む方向おかしくない?と思っていると、自称神様は地下に進んでいった。ついていくと、古ぼけたソファーなどがある生活感のある部屋があった。

 

「ようこそ、ヘスティア・ファミリアのホームへ」

 

 笑顔でヘスティア様が告げる。

 どうも、この廃教会が神ヘスティア様の家らしい。この自称神様はどうやらなかなか苦労しているようだ。

 

「とりあえず、シャワー浴びておいでよ。これ着替えとタオル。ベル君のだけど多分サイズは大丈夫だと思うよ。服も土埃でいっぱいだし今着ているのは洗濯してあげるからさ」

 

 土埃まみれで、ちょうど体を洗いたいと思っていたところだ。ありがたく、シャワーを借りた。

 鏡を見て気付いたのだが、どうも高校生くらいの顔になっていた。改めて鏡を確認すると身長も縮んでいる。10センチ以上縮んでいるのに、特に違和感がないというのも変な話だ。

 体を洗いながらも、メニューに関して調べていく。

 魔法欄を見ると、荒野の時は空欄だったのだが「全マップ探査」と「流星雨」が登録されていた。使用不可となっていたのだが、スキル欄の「術理魔法:異界」「召喚魔法:異界」にスキルポイントを振ると、魔法が使用可能になった。

 試しに「全マップ探査」を発動してみる。迷宮都市オラリオのマップがお手軽に手に入った。

 どうやら、この「全マップ探査」はそのマップ内にあるすべての詳細情報を得られるようだ。今使っているこのシャワーは魔石製品のシャワーという情報がわかった。

 ついでに、近くにいる自称女神のステータスを確認すると、種族が神になっていた。どうやら、自称神ではなく、本物の神らしい。失礼がないように注意しておこう。脳内の呼び方もヘスティア様にしておこうか。

 マップを確認すると、他にもかなりの数の種族:神が存在している。ちょっと神様多すぎじゃないかな?

 都市内の強者のレベルを確認すると最大でレベル7だった。このレベル欄が空欄になっているものも多数いる。このあたりはよくわからない。あのリザードマンの集団がレベル50近くだったことを考えると、いくらなんでも低すぎると思う。

 情報を求め、ログを確認すると、「ようこそ我らの世界へ」ログから始まり、初心者サポートの使用ログ、リザードマンの撃破ログ、そして竜の谷の支配者らしき竜の撃破記録が残っている。その間に、竜殺しなどの称号やレベルアップのメッセージが並んでいた。

最後に「イレギュラー発生、別世界に転移しました。」とのログが出ている。

 どうも、異世界Aに転移した後すぐに異世界Bに転移したらしい。異世界Aでレベル310とはいえ、こちらで通用するかはわからない。争いに首を突っ込む気はないが、慎重に行動したほうがいいだろう。

 結構重要な情報もあるし、ログも常時表示したほうがよさそうだ。メニュー設定を弄ってログを視界の片隅に数行ほど常に表示しておく。

 

 しかし、オレの夢にしては、オレの想像力を超えた事柄が多すぎる。少なくとも現実と仮定して動いたほうがいいだろう。

 無一文だし、なんらかの金稼ぎの手段を見つけるのが最初にすべきことか。

 ある程度安定したら、この都市を観光がてら見て回りたい。迷宮都市、魔石製品、うしなわれた中二心が刺激される事柄がおおい。ゲームクリエイターとして、このゲームっぽい世界には興味がある。ゲームクリエイターとしての糧としていきたい。

 最後に元の世界だが、帰りたいといえば帰りたいが、デスマーチが終わったところである。少し休みたいというのも本音だ。戻ったらクビになってるかもしれないが、先に退職した先輩方にはたっぷりと貸しがある。再就職先には困らないだろう。

 プライベートのほうも彼女に振られて久しいし、実家の両親も姉夫婦と仲良く同居している。

 神様が大量にいるので、そのあたりが少し怖いが、大人しく観光している分には神様も天罰を下すようなことはするまい。

 さぁ、まずはヘスティア様から話を聞いて、安定した生活を目指そうか。

 




◆サトゥーの持ち物
流星雨で竜の谷の敵はほぼ壊滅状態ですが、瀕死のリザードマンが残っている状態でダンまち世界に転移したため、自動回収が発動せず、大量の金銭、聖剣をはじめとした装備、アイテム類は所持していません。
転移直後に持っていたカロリーバー、ガラケーのみ所持しています。


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02話:ヘスティア・ファミリア

 シャワーを終え、さっぱりしたところで、ヘスティア様からこの迷宮都市オラリオについて話を聞くことにした。

 迷宮都市オラリオは、世界で唯一のダンジョンを持つ都市であり、ダンジョンの魔物からとれる魔石とそれを利用した魔石製品の輸出により世界有数の都市となっているらしい。

 また、神様が天界にいるのがヒマだからという理由で下界に降りている。ただ、神としての力を制限し、基本ふつうの人と変わらない。それでも人の嘘を見抜けるし、不変不滅の老いがない存在ではある、とのことだ。

 「世界の大半が知っているようなこの都市を知らずに、気が付いたらこの都市で倒れていた」という信じられないような話をヘスティア様が信じてくれたのも、この嘘を見抜く力によるところが大きいんだろうね。

 そんな神々は、自身の眷属(ファミリア)恩恵(ファルナ)を与え、能力を高める。

 恩恵(ファルナ)を与えられたものは様々な経験を積み、経験値(エクセリア)を得る。それを元に、神がステイタス更新することでさらに能力が高くなる。

 眷属(ファミリア)は神に能力を更新してもらうために、神の意に即した行動をとる必要があるし、降臨中の神はただの人なので眷属(ファミリア)に助けてもらう必要がある。少し悪い言い方をすれば利用し利用される関係というわけだ。

 そして、ただ経験値(エクセリア)を貯め能力を上げればレベルが上がるわけではなく、なんらかの偉業を成し遂げることでレベルが上がるそうだ。

 レベルアップすれば大きく能力が上がるのはもちろん、存在自体が神に近づくことでもあるという。

 要するに、この世界のレベルアップとはゲームで言うところの下位職から上位職へのランクアップに近いものらしい。

 そんな話を聞いてると、誰かがこの地下室に入ってきた。

 

「神様、ただいまもどりましたー」

 

 視線をそちらに向けると、真っ白な髪に赤い瞳の軽鎧を身にまとった笑顔の少年がいた。

 

「お帰り、ベル君。怪我はなかったかい?」

 

 向かいに座っていたはずのヘスティア様がいつの間にか少年のもとに移動してペタペタと体を触っている。移動にまったく気づかなかった。

 

「はい。今日は昨日より稼げましたよ。

 ……あれ、お客さんですか?」

「ああ、サトゥー君だよ。気づいたらこの教会で倒れていてね。迷宮都市オラリオを知らないからどうも都市外から来たようなんだが、どこから来たのかもわからなくてね。

 とりあえず、この都市の成り立ちなんかを説明していたところなんだよ」

「そうなんですか。大変でしたね」

 

 この怪しい事柄を普通に信じることができる彼はとても素直なようだ。ヘスティア様が素直すぎて心配していたのも納得できる。

 

「ああ、冒険者やダンジョンについて聞かせてやってくれないかい?

 その間、ボクがジャガ丸くんを温めてくるよ」

「はい。わかりました」

 

 ベルと呼ばれた白髪の少年は、ヘスティア様の言葉に素直に従い、話をしてくれた。

 ダンジョンは神が降臨する前から存在し、魔石を持つモンスターを生み出し続けてきたそうだ。いまだにダンジョンの最奥は判明しておらず、なぜモンスターを生み出し続けるのかもわかっていない。

 そんなダンジョンを探検し、魔物を倒し、魔石や様々な素材を持ち帰るのが神の恩恵(ファルナ)を受けた冒険者だそうだ。

 ダンジョンには恩恵(ファルナ)を受けたものしか入場を許可されず、どこかのファミリアに所属せざるを得ない。ベル君はたくさんのファミリアに断られて、途方に暮れていたところ、ヘスティア様の誘いを受け、ヘスティア・ファミリアに入ったことを明かしてくれた。

 しかし、ファミリアに入るのに苦労するというのは重要な情報だ。オレもここで断るとファミリア探しに苦労するということでもある。無一文でそうなるというのは非常に気が引ける。

 戦闘経験のないただの農民だったレベル1のベル君でも怪我なく済むのなら、別世界のレベル310がどの程度の補正があるのかはわからないが、オレでも上層で少額稼ぐ分には大きな危険がなさそうともいえる。闘いは少々気後れする部分があるが、お金稼ぎとしてはいいかもしれない。

 

「さ、晩御飯だぜ」

 

 用意されたものは「ジャガ丸くん」なる揚げ物と塩、それに水、以上だ。いただきものにこういうのはどうかと思うが、なんとも切なくなる食事である。

 オレは手持ちのカロリーバーを提供することにした。一応、異世界のものなので、包装をじっくり見られないように素早く剥がし、3等分した後、皿にのせた。

 

「おお、いいのかい?」

「今日は豪華な食事ですね!」

 

 うん。喜んでくれてうれしいよ。デスマーチ中に食べてた切ない食事ではあるんだけどね。

 

 

 食後、ヘスティア様とベル君がシャワーを浴び、一息ついたところで、ヘスティア様に申し出る。

 

「明日1日、オラリオを回ってみて、体の調子を確かめるのと同時に帰り方を探してみようと思います。

 ですが、わからなかった場合は、ヘスティア・ファミリアに入れてほしいと思っています。自分もダンジョンに行って稼ごうかと思っていますので、邪魔にはならないはずです。

 それと、勝手な話になりますが、眷属となった後、帰り方がわかった場合に、脱退を認めていただきたいです」

 

 帰り方が簡単に見つかるとはあまり思っていない。

 主目的は体の調子を確かめる、要するにレベルの補正の具合を確かめるということだ。素手で岩砕きは無理だろうけど、素手でリンゴを握りしめてリンゴジュースを作れるようになってたりしないかな?子供のころ、なんどかチャレンジしてみたんだよね。もちろん無理だったんだけど。

 

「ダンジョンに潜るということは命の危険があるということだ。恩恵(ファルナ)を受けてなお、ダンジョンで命を落とすものは多い。

 別にお金を稼ぐ手段はダンジョンだけではない。例えば、バイトなんかでお金を稼ぐこともできる。

 君はそれでも、本当にダンジョン探索をするのかい?」

「……はい」

 

 できれば、あまり戦いたくないけど、プログラマーの求職なんてこの世界ではないだろうし、仕方ないね。

 

「わかったよ。君さえよければ、今、恩恵(ファルナ)を刻みたいんだけどいいかい?」

 

 明日、帰り方がわかる可能性なんてほぼない。今受けても問題ないか。

 

「よろしくお願いします。ヘスティア様」

「じゃあ、上を脱いで、ベッドにうつ伏せになってくれるかい?」

 

 言われた通りにすると、ヘスティア様がオレの上にまたがった。

 

「じゃあ、恩恵(ファルナ)を刻むよ?」

「痛かったりします?」

 

 刻むという言葉に少し恐怖を覚えた。痛いのはゴメンである。

 

「ああ、ボクの神血(イコル)でちょっと背中に紋様を書くだけだから、痛くないよ」

 

 しばらく背中を指で撫でられていたが、ヘスティア様の動きが止まった。

 

「終わったんです?」

「あ、ああ、もう少し待ってくれ。今、共通語(コルネー)に直すよ」

 

ヘスティア様は紙を差し出しながら、真面目な表情を作り、こう言った。

 

「神によってファミリアの捉え方は色々あるんだろうけど、ボクは家族だと思っている。

 これから、ボクとベル君は君の家族(ファミリア)だ。よろしく頼むぜ!」

「よろしくお願いします、サトゥーさん」

 

家族……ファミリアか。言外に独りぼっちじゃないんだぜ、と言われているように感じる。

 

「よろしくお願いします」

 

オレは自然と笑顔を作っていた。

 

 

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》【】

 

 LV310だから、馬鹿みたいな経験値があると思っていたんだが、この数値を見る限り、恩恵(ファルナ)を刻んだ後に得た経験でしか成長できないようだ。

 

「ま、まぁ、……さ、最初はみんなその数値からスタートだよ」

「ボクも同じでした」

 

 ヘスティア様は汗をダラダラ流しながら、目線が泳ぎまくっている。もうちょっとポーカーフェイスを覚えたほうがいいと思うね。

 メニューを確認すると、新たに恩恵(ファルナ)の項目ができていた。ヘスティア様が何かを隠しているのは明らかだったので早速見てみた。

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 

 ああ、異世界から転移してきたことがバレたか。神様にはそのうち話すつもりだったし、別に構わないか。ベル君も隠し事できなさそうだし、ヘスティア様と二人きりになった時に異世界について聞いてみることにするか。

 ただ、異世界の理が適用されると明言されるのはありがたい。どの程度かはわからないが、こちらでもしっかりと力を発揮できるだろう。

 その後、ベル君がステイタスを更新しようとベッドに寝転がった。背中を見ると灯火のような図形と見たことのない文字が刻まれている。

 

「その文字がステイタスを示しているのですか?」

「ああ、そうだよ。神聖文字(ヒエログリフ)さ」

「ちなみに、LVってどの文字なんです?」

 

 スキルが得れないかと試しに聞いてみた。

 

「ここだよ」

 

 ヘスティア様が指さした文字を確認したタイミングでログが流れた。

 

>「神聖文字(ヒエログリフ)」スキルを得た。

 

 おお、予測通りにスキルが得られた。せっかくだし、ポイントを振っておく。

 うん、ベル君のステイタスが把握できるようになった。魔法とスキルは空白で、基本の数値は高いので40程度だ。

 最後に、寝る場所でひと悶着あったが、ヘスティア様とベル君がベッドで、オレがソファーで眠ることになった。

 ベル君は顔を真っ赤にしていたが、ヘスティア様がとてもいい顔をしていた。ヘスティア様はベル君がお気に入りのようだ。



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03話:サトゥーの力

 目覚めると、会社の机の下ではなく、ヘスティア様のホームのソファーの上だった。いや、家族(ファミリア)となった以上、オレのホームでもあるのか。

 周囲を見ると、ベル君が朝食を作っていたので手伝った。基本、外食なりインスタントでロクに料理なんてしたことがなかったのだが、先輩だけに作らせるのも悪いしね。

 ベル君の指示の元、料理を手伝ったが、もしかしたらベル君一人でやったほうが早かったかもしれない。ごめんね。

 

>「調理」スキルを得た。

 

 ログを見ると、スキルが取得可能となっていた。先輩であるベル君に迷惑をかけないために、マックスまで振っておくか。

 しかし、随分と簡単にスキルが手に入るものだ。体のスペックを確かめると同時にスキル取得できそうな行動をとってもいいかもしれない。

 

 朝食後、ヘスティア様はジャガ丸くんのアルバイトへ、ベル君とオレはオレの冒険者登録を行うためギルドへ向かった。ベル君はわざわざギルドに案内してくれるそうだ。優しい子だね。

 そういえば、初めて教会の外に出たがなかなか素敵な街並みだ。石づくりの建物やレンガ造りの建物が多いようだ。道も石で舗装されている。中世ヨーロッパはかなり衛生観念がひどかったらしいが、ゴミが当たり前に転がっているということもない。

 魔石製品で、シャワーや調理用のコンロ、冷蔵庫まである世界だ。同じと考えるほうが間違っているのだけれどもね。

 

「世界で有数の大都市だけはあるね」

「すごい街ですよね。僕も初めてオラリオに来た時はとても驚きました」

 

 ギルドはローマのパンテオンだったか、あのような姿をしていた。ギルドでは冒険者や迷宮の管理や魔石の売買、果てはオラリオの都市運営にまでかかわる組織だそうだ。

 一種の公的機関と考えてもいいんだろうか?

 

「エイナさーん!」

「あら、ベル君」

 

 見知った顔がいたのか、ベル君が受付にかけていく。オレもその後に続いた。エイナさんは尖った耳が特徴的な、眼鏡をかけた美人さんである。

 これはもしかして、あのファンタジーで有名な種族、エルフなのか!情報を確認すると、彼女の種族はハーフエルフらしい。

 

「今日はどうしたの?」

「新しくヘスティア・ファミリアに加わってくれた人がいまして、その方の冒険者登録に来たんです」

 

「新しくヘスティア様の眷属(ファミリア)となった、サトゥーと申します」

「ベル君の担当アドバイザーをしている、ハーフエルフのエイナ・チュールです。よろしくね」

 

 その後、エイナさんの指示に従い、書類を書き、ナイフと防具、バッグなどをギルドからの借金で買い、オレは、はれて冒険者となった。

 

「今日から、ベル君と一緒にダンジョン探索するの?」

 

 エイナさんが訪ねてきた。

 

「いえ、今日は少し街を見て回ったあと、ロクに武器を使った覚えもないので軽くナイフの素振りでもしようかと思ってます。ベル君は金銭的な理由でダンジョン探索する予定ですが」

「いきなり戦いに挑むのではなくて、練習してからいくのね。いいことだよ。

 サトゥー君は慎重みたいだし、ベル君は少し危なっかしいところがあるからサトゥー君と一緒に探索してくれると少し安心ね」

「僕、危なっかしいですか?」

「ベル君は、ちょっとまっすぐすぎるところがあるからね。それがいい点でもあるのだけど、心配になるかな。

 とにかく、ベル君は今日も第二階層までね。後輩ができたからって無理しちゃだめよ」

「わかりました」

 

 その後、エイナさんからダンジョンに関する注意点などの説明を受け、解散となった。ギルド前でベル君と別れて、適当に屋台なんかを見る。興味はあるのだが、余計なお金はない。ダンジョンである程度稼いでからまた見に来よう。

 少し体を動かすため人気のない空き地を探す。このあたりは「全マップ探査」が非常に役立った。

 

 空き地につき、「全マップ探査」で周辺に人がいないことを確認する。実験中も定期的にマップをみたほうがいいだろう。

 さて、まずは今の身体のスペックを確かめる。

 適当な石を、人差し指と親指でつまんでみた。壊そうと力を籠めると簡単に石が砕けた。

 手のひらサイズの大き目の石があった。軽くつついてみると、固い感触が返ってくる。失敗すると突き指しそうだなと思いつつも、多分大丈夫だろうと力を込めて人差し指で石をついてみた。石に人差し指が突き刺さった。痛みはまったくない。

 体の頑丈さや力はすごいことになっているようだ。指をかけるような段差がない垂直な壁だろうと、指で無理やり穴を作って登れる気がする。さすがに街の壁に穴開けるのはどうかと思って試してないけど。

 次は、垂直に少し力を込めてジャンプしてみた。少し力を込めた時点で、2階建ての屋根に登れる程度のジャンプ力があることが判明した。当然、その高さから落ちても特に痛みはない。

 速度については慎重に行うことにした。速度を落としきれずに壁にぶつかるとかいやだからね。

 少しづつ速度を上げては止まってを繰り返したが、速度はもっと上げられそうだが地面がえぐれそうな気がしたので、途中でやめることにした。

 どの程度の速度が出ていたのかはわからないが、かなりの速度は出てたし、壁走りとかできるかなーと軽い気持ちでやってみたら普通にできた。ついでにアクションゲームであるような壁を使った三角飛びも簡単にできた。ちょっと楽しかったので何度か壁走りや三角飛びを繰り返した。

 

>「疾走」スキルを得た。

>「跳躍」スキルを得た。

>「立体機動」スキルを得た。

 

 思ったよりもレベルの補正がすごい。本格的な慣らしはダンジョンでやったほうがよさそうだ。

 次は適当にナイフの素振りをすることにする。この調子だとナイフスキルが簡単に手に入るはずだ。

 しかし、ナイフを順手で持ち、突きや斬撃を繰り出しても、逆手でやってもスキルが入手できない。空気抵抗的なものを感じる程度に結構本気で振ったりしてもスキルを手に入らない。

 武器系のスキルはないのか、それとも実戦で使う必要があるのか?

 実際に何かを切ればスキルが手に入るのかと思い、ナイフで空き地の端に生えていた草を切ってみた。

 

>「草刈」スキルを得た。

>「採取」スキルを得た。

 

 残念ながら、ナイフスキルは手に入らなかった。

 しかし、草刈はわかるけど、採取はどういうことだろうか?雑草にしか見えないのだけれども、と思いつつ草を眺めてると、情報がAR表示みたいにポップアップされた。

 

  ナレナ草

  鎮痛作用があるが弱い毒性を持つ

 

 また、ポップアップと同時にログが流れた。

 

>「鑑定」スキルを得た。

 

 うーん、全マップ探査で十分な気はするんだけど……。

 それはそうと、この草は製薬スキルのようなものがあれば毒を消し、痛み止めの薬にできるのかもしれない。けど、現状は使い道が思いつかない。

 いや、「恐怖耐性」や「苦痛耐性」があるんだし、「毒耐性」もあるのかもしれない。このイージーモードっぷりなら食べれば「毒耐性」を得られるかもしれない。ただ、毒物食べる勇気もないんだよね。

 ……保留にしておこう。そういえば、アイテム収納のストレージは試していなかったなと思い立ち、草を収納するように念じると草が消えた。

 メニューを操作して、ストレージを確認すると、空だったストレージにナレナ草が追加されていた。出すように命じると手元に草が現れた。

 なかなか楽しかったので何度か出し入れを繰り返してみた。ついでにガラケーとカロリーバーの包装もストレージに保管しておいた。

 ストレージに収納していると、時間が停止したようになるみたいだ。ガラケーの時計がストレージに入っている時は、まったく動いていないことから確認できた。

 調理済みの温かい食事を入れておけば、いつでも温かい食事がとれるということだろうか?鮮度が落ちないなら、かなり使い勝手がいいようだ。

 しかし、便利なことは便利なのだが、悪目立ちしそうである。ギルドで用意してもらったバッグはそこそこ頑丈そうではあるが、普通のバッグだ。いくらでも物が入る不思議なバッグがあるのかもしれないが、少なくとも初心者冒険者が持つような代物ではないのだろう。使い方には気を付けたほうがよさそうだ。

 

 さて、そろそろ色々なスキルの習得を試してみるか。

 まずは、手で土を掘り返して、小さな畝のようなものを作る。

 

>「開拓」スキルを得た

>「耕作」スキルを得た。

 

 「開拓」スキルは意外だったが、「耕作」スキルは予想通りだ。

 近くの木の細い枝を切ってみる。

 

>「伐採」スキルを得た。

 

 細い枝をナイフで削って、刃のように加工してみる

 

>「木工」スキルを得た。

>「武器作成」スキルを得た。

 

 細い枝をもう何本か切り、枝の皮を薄く削りヒモ状にする。そのヒモで枝を結び、手甲のようにしてみた。

 

>「防具作成」スキルを得た。

 

手甲を板に見立て、ナイフで適当に文字を刻んでみた。

 

>「彫刻」スキルを得た。

 

 削りカスを手で集め、端のほうへ寄せておいた。

 

>「清掃」スキルを得た。

 

 うーん、次はどうしたものか。

 土に木の枝で文字を書いてみる。『1+1=2』っと。

 

>「算術」スキルを得た。

 

 だったら、『E=mc2』ならば……。

 

>「逸失知識」スキルを得た。

 

 へのへのもへじをサラサラ~っと。

 

>「絵画」スキルを得た。

 

 これで絵画なら、鼻歌でも大丈夫か?

 

「フンフンフ~ンっと」

 

>「歌唱」スキルを得た。

 

「なまむぎ、なまごみぇ」

 

 おっと、かんだ。もう一回。

 

「なまむぎ、なまごめ、なまたまご」

 

>「早口言葉」スキルを得た。

>「滑舌」スキルを得た。

 

「……あれ……声が……遅れて……聞こえて……きたぞ」

 

>「腹話術」スキルを得た。

 

 腹話術は我ながら非常に無様な出来だが、問題なく取得できた。

 

「ぶるぁぁぁぁぁぁ!」

 

>「変声」スキルを得た。

 

 まったく似ていない物真似だったためか、物真似スキルではなく声を変えるやすくなるようなスキルが手に入った。異世界の物真似だからダメという可能性もあるか。

 

 そろそろ思いつかなくなってきたぞ。

 ……一人で○×ゲームを地面に書いてみた。

 

>「遊戯」スキルを得た。

 

 ネタ切れだし、そろそろスキル取得にも飽きてきた。というか、取得可能になったのはいいが、使えそうなスキルがほとんどないぞ。これらスキルとったはいいけど、どうしよう?別にポイントを振らなければ、デメリットはないだろうけど……。

 「武器作成」「防具作成」は将来有望そうなのだが、如何せん道具もなければ素材もない。ダンジョン内で素材を集められたとしても設備を整えなければならないことを考えると、店売りのものを買ったほうが安くつくだろう。

 スキル取得祭りが楽しかったから、それでよかったとするか。

 とりあえず、戦闘で使えそうな「苦痛耐性」「自己治癒」「疾走」「跳躍」「立体機動」にスキルポイントを振っておいた。

 「恐怖耐性」は迷ったものの、無鉄砲になり危ない目にあっても困るのでとりあえず保留で。

 ついでに、ダンジョンで素材を拾うのに役立ちそうな「採取」と、ホーム内で役立ちそうな「清掃」、迷ったが「鑑定」にもポイントを振っておいた。

 なんだかんだで結構いい時間だ。お昼ご飯を食べに行くか。




デスマWEB版の廃村でのシーンの雰囲気が結構好きだったりします。


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04話:美の神

 マップを見て、屋台街に移動した。

 なにを食べようかと屋台を見回っていると、いい香りがしてきた。そちらに視線を向けると、黄色いスープのようなものと、具材を挟んだ長いパンを販売している屋台のようだ。パンも一つで十分腹が膨れる大きさだし、なかなか美味しそうである。

 看板をみると、パンが70ヴァリス、スープが40ヴァリスのようだ。

 

「パンを1個頼むよ」

「スープもどうだい?今日のはなかなかデキがいいぜ」

 

 店員さんは小柄でずんぐりむっくりした体型。それに髭。種族を確認するとドワーフだった。これまたファンタジーの有名種族じゃないか。

 

「パンとスープ合わせて100ヴァリスにしてくれるなら一緒に買うよ」

「しゃあねえな。それでいいぜ」

 

 昼食代として100ヴァリスしかなかったため、ダメ元で値切ってみたら運よく認められた。

 

>「交渉」スキルを得た。

>「値切り」スキルを得た。

>「相場」スキルを得た。

 

 近くのベンチに腰掛けて、スープを一口。ふむ、色はコーンポタージュに似てるけど、味はトマトベースのスープに似ているね。パンは小麦のいい香りがしつつも、野菜のシャキシャキ感とベーコンのうまみが楽しめる。美味い。この屋台は当たりだな。

 ゆっくり食事を味わいつつも、周囲のおしゃべりに耳を傾ける。

 

>「聞き耳」スキルを得た。

 

 おお、便利そうなスキルだ。ダンジョン内での物音を察知して不意打ちを防ぐのにも使えるかもしれない。さっそくポイントを振っておこう。

 ふむ。聞きたいと思った会話を鮮明に聞き取れるようになった。まぁ、旦那の愚痴なり大したことは話してないのだが……、とヘスティア様の話が出てきたぞ。

 

「そういえば、ヘスティアちゃん、ようやく眷属ができたらしいよ」

「ヘスティアちゃん?」

「ほら、『ボクの眷属にならないかい?』って片っ端から声かけてたかわいい神様だよ。じゃが丸くんの屋台でバイトしてる」

「ああ、あの背のちっちゃい神様かい。私も何度か誘われたねぇ」

「めでたいことだけど、眷属もできたし、そろそろバイトもやめるのかね?」

「どうだろうね。でも、もうしばらくは続けるんじゃない?眷属が出来てすぐにお金が入るわけでもないし」

「久しぶりにヘスティアちゃんの頭撫でにいこうかね?」

 

 ……う~ん、聞き耳したことをちょっと後悔してきた。恩恵(ファルナ)でオレが異世界から来たかもと気が付いて、ボクたちはファミリアだと励ましてくれたヘスティア様への敬意が、ちょっと減ったぞ。

 悪い神様ではないとはわかってるんだけど、なんだろうね、この気持ちは。

 

 もう少し街を見て回りたい気持ちもあったが、食後、ホームに戻ることにした。

 せっかく「清掃」なんてスキルを手に入れたのだし、この廃教会をもう少し綺麗にしておこうかなという思いつきだ。養われている身だしね。

 掃除を始めると、なにかにサポートされているというか、なんとなくこう動くべきだという不思議な感覚がある。これがスキルの力みたいだ。この感覚に逆らわず、体を動かしていく。

 夕方には教会と地下のホームは随分と綺麗になった。うん、気分がいいね。といっても天井の穴をはじめとした、なにか素材がいるような修復はまったくできていないので、しばらくするとまた元通りになりそうだ。

 

「うおおおお、ボクのホームに一体なにが!?」

 

 ヘスティア様が帰ってきたようだ。

 

「おかえりなさい。掃除してみましたが、いかがでしょうか?」

「これ、掃除ってレベルかい!?なんか、光輝いて見えるぜ!?」

「結構気合い入れて掃除しましたので」

 

 なんだかんだいいつつ、4,5時間ほど掃除してたからね。

 それはそうと、ちょうどベル君もいないし、ヘスティア様に異世界について聞いてみることとした。

 

「ああ、そうだ。ヘスティア様、単刀直入に言いますが、異世界に渡る方法ってご存知です?」

「……君がこの世界の人間ではないって、気付いていたのかい?」

「ええ、どうにも私の知識との齟齬がありますし」

「そうかい。質問の答えだけど、異世界に渡る方法なんて想像もつかない。ボクは異世界から転移してきた人を見るのも、君が初めてだ」

 

 転移してきた例も知らないか。残念ながら、日本に帰るのはかなり難しそうだな。

 

「君が異世界から来たと知っている者は他にいるかい?」

「ヘスティア様だけですよ。嘘を見抜ける神様なら信じてくれる可能性がありますが、普通の人なら言っても頭のおかしい人間扱いでしょう」

「昨日もいったが、神々というのは娯楽に飢えて、天界から降りてきた。

 君が異世界から来たと知れば、君はおもちゃにされかねない。

 情報を得たいというなら他の神々に言うのも手だが、実のある情報が得られる確率は低い。正直あまりオススメはできない」

 

 ヘスティア様がかなり人のよさそうな(神のよさそうな?)神様だから話したけど、話す相手は選んだほうがよさそうだね。

 

恩恵(ファルナ)の力で転移の魔法が現れる可能性はありますか?異世界間の転移でなくても、短距離の転移でも構わないのですが」

恩恵(ファルナ)はその人の経験はもちろん、素質や性格、願望などによって形成されるから、君が強く願えば現れる可能性はある。ただ、能力はできるだけ秘匿するものとはいえ、転移魔法というのは聞いたことがない」

「…………」

 

 簡単には日本に帰れそうにないか。諦めるわけではないけれども、やっぱり少し落ち込むね。

 

「すまない。君の力になれなくて」

 

 無表情(ポーカーフェイス)スキルで表情にはでてないはずなんだけど、どうも伝わってしまったようだ。

 

「いえ、気にしないでください。さ、そろそろベル君が帰ってくるはずです。地下室で晩御飯を用意しましょう」

 

 ベル君が帰ってきたので、ダンジョンでの話を聞きつつ、ジャガ丸くんと塩だけの夕飯を食べる。おいしいんだけど栄養バランスとか考えると、野菜とかも食べたいね。

 その後、スキル目当てで洗濯を手伝った。

 

>「洗濯」スキルを得た。

 

 よしよし。これで炊事、洗濯、掃除の家事全般を問題なく手伝えるぞ。さっそく有効化しておく。

 今日はなかなか有意義な一日だった。明日のダンジョンも頑張ろう。

 

 

 

 翌日の朝、朝ごはんを作っていたベル君を手伝う。ふふふ、調理スキルレベル10の力、見せてあげよう。

 

「うわ、早っ!昨日とは段違いですね」

「昨日は体がまだ思うように動かなかったからね」

 

 本当はスキルの力なのだが、正直に言うわけにもいかないのでごまかしてみた。

 

>「弁明」スキルを得た。

>「詐術」スキルを得た。

 

 う~ん、相変わらずスキルが安い。

 食事を終え、皿洗いなどの家事を済まして、ダンジョン用の装備を身に着けた。

 

「気を付けて行ってくるんだぜ。怪我しないようにね」

「はい。気を付けて行ってきます」

「ベル君も、後輩の前だからって張り切りすぎないようにね」

「はい。大丈夫ですよ、神様」

「二人とも、いってらっしゃい」

「「いってきます」」

 

 ダンジョンの上に建てられた馬鹿でかい塔、バベルを目指して歩いていると、ベル君が急にあたりを見回し始めた。

 

「どうしたんだい?」

「いえ、誰かに見られているような気がして」

 

 周囲を見渡すが、特にこちらに向けられた視線はない。

 バベルから双眼鏡で見られでもしたかな、とバベルに目を凝らす。

 

>「遠見」スキルを得た。

>「望遠」スキルを得た。

 

 イージーモード大好き。さっそくスキルポイントを振る。

 双眼鏡をのぞいたようにはっきりと細部まで認識できるようになった。

 どういう理屈かわからないが、視界自体はそのままなのに、焦点を合わせた部分がズームしたように鮮明に見える。どういう原理なんだろうか?

 まぁ、考察はあとにしよう。

 適当に、各階に視線を走らせていると、最上階に女性がいた。銀髪できわどい服をきた超絶美人さんである。後ろに護衛役みたいなでっかい男が立っているが、男はどうでもいい。

 100人いたら100人とも見惚れるような傾城の美女、いや傾星の美女といっていいね。ずっと眺めてたくなる。彼女の形のいい唇が笑みを浮かべた後、なにか言葉をつぶやいた。なんて言ってるんだろうか。どんな声なんだろう。きっと聞き惚れるようないい声なんだろうな。彼女にお願いなんてされた日には全力で叶えにかからなきゃダメだね。

 美人さんで幸せ成分を補給していると、不意に腕を揺すられる感覚があった。

 

「どうしたんですか!?しっかりしてください!」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていた」

 

 ベル君が心配そうにオレをみている。周りの人も何人かこっちを見ていた。

 

「神様が建てた塔って聞いたけど、どうやって建てたのかとか、色々考えててね。いや、すまない。変な顔でもしてたかい?」

「いえ、いつもの顔でしたけど……。何度も声かけたのに反応しないから心配したんですよ」

「いや、ごめんごめん。気を付けるよ」

 

 無表情(ポーカーフェイス)先生(スキル)はとてもいい仕事をしてくれたようだ。先生がいなければ鼻の下を伸ばした情けない顔をしていたことだろう。

 ログに視線を向けると、

 

>「精神耐性」スキルを得た。

>「魅了耐性」スキルを得た。

>「読唇術」スキルを得た。

 

と記載があった。

 あの美という概念を形にしたような美人さんである。精神にも影響するし姿を見ただけで魅了されるというのも納得の結果だ。

 今度会った時、あの美しさに見惚れて口説けないなんてことがあったらもったいない。「精神耐性」と「魅了耐性」に早速ポイントを振って有効化しておこう。

 朝からいいことがあった。今日はいい一日になりそうだ。

 

◆◆◆

 

 美の神、フレイヤがそれを見つけたのはほんの偶然だった。白髪の少年が持つ、見たことない、綺麗で、透き通った魂。その魂の美しさはフレイヤが今までみたことのない輝きだった。その輝きに美の神は魅了された。

 隣には、同じファミリアらしき黒髪の少年もいたが、そちらには興味を持てなかった。年齢にしては落ち着き過ぎた色、珍しいといえば珍しいが、それより特筆すべきはまったく透き通っておらずその奥底までは見通せないという点だ。フレイヤの目を持って見通せない魂というのは久々だったが、それでも興味を持てなかった。

 隣の少年さえいなければ、ある程度の興味は持てたかもしれない。それほどに、フレイヤにとって、白髪の少年は特別な魂の輝きを放っていた。

 その輝く魂のみを見続けるフレイヤは知らず知らずのうちに、妖艶な笑みを浮かべ「ほんとうに綺麗だわ」とつぶやく。

 フレイヤは、あの魂を自分のものにしたいという強い思いを抱いた。



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05話:はじめてのダンジョン

 ベル君の案内でダンジョンの第一階層についたが、印象としては意外と広い。もっと狭苦しいイメージをしていたんだけれど、天井はかなり高く、通路も十二分に広い。

 それと、明かりもあり松明などの光源が要らないというのもありがたい。

 

「気を付けてください。モンスターがどこから出てくるかわかりませんからね」

「ああ、気を付けるよ」

 

 キョロキョロと物珍しそうにあたりを見回していたオレにベル君が注意してくれた。うん、気を付けよう。

 ダンジョンは迷宮都市オラリオとは別マップ扱いのようなので、メニューから「全マップ探査」の魔法を使う。1階層のデータのみ得られた。どうも階層ごとに別マップ扱いのようだ。

 現在位置は入口近く。モンスターはいない。この階層にいるのはゴブリンとコボルトのようだ。異世界のシステムである影響か、モンスターにはレベル表記がなく、どの程度の強さなのかまではわからない。

 そもそもで言えば、異世界AのステータスはSTRとかVITとかINTとかの表記で、恩恵(ファルナ)の表記は力や頑丈や魔力などだ。能力を示す個数自体も違うのに、全マップ探査である程度の情報を得られている時点で感謝すべきだろう。

 とにかく、相手の強さまではわからないのだ。慎重に行こう。

 

「2階層へ向かう最短ルート上は多くの人が通るのでモンスターがいてもすぐ倒されてしまいますが、脇道にそれるとそこそこモンスターがいますよ」

 

 ベル君の案内の元、脇道に入る。マップを見てると、そろそろ1匹のゴブリンとエンカウントしそうだ。初戦闘か、大丈夫だと思うが、さすがにすこし緊張するね。

 

「……ゴブリンが1匹ですか、まず僕が戦ってみますので見ていてください」

 

 そういって、ベル君は逆手でナイフを構えて駆け出していった。

 ゴブリンは大振りのパンチをベル君に仕掛けるが、左右に動き、簡単にかわしていく。攻撃の隙をつきナイフで傷をつけていく。

 何度か攻防を繰り返しているとゴブリンが大きくバランスを崩し、その隙にベル君が首に一撃を加えた。

 結構、血が出る。うわ、オレ、グロ耐性がないんだよ。ちょっとダンジョンに潜り始めたことを後悔しはじめた。

 

「理想は一撃で仕留めることですけど、最初は無理せず敵の攻撃は大きくよけて少しづつダメージを与えて隙を見つけるまで待つのもいいと思います」

 

 今のベル君を見る限り、速度的には問題なく対応できるはずだ。落ち着いていこう。

 

「さて、モンスターを倒して周囲に敵がいないことを確認したら次は魔石の回収です。魔石はモンスターの胸元に……」

 

 ベル君がゴブリンの死体にザクザクとナイフを刺していく。うえ、だからグロ耐性ないんだよ。

 

「ありました。これが魔石です」

 

 ベル君が紫色の石、魔石を取り出した。グロい死体は、魔石を抜いてしばらくすると色を失い灰となった。どうせなら、倒した時点で魔石だけ残して灰になって欲しいものだ。

 

「あ、ドロップアイテムです!幸先良いですね!」

 

 そう言って、ベル君は灰の中から牙を拾い上げた。ポップアップ情報によると、ゴブリンの牙……そのままだね。

 ベル君によると、モンスターはまれにこういったドロップアイテムを落とすそうだ。結構いい値段で換金してくれるらしい。

 

「次、モンスターとあったら1体だけ残しますので、サトゥーさんの初戦闘といきましょう」

「頑張るよ」

 

 しょうがない。言い出したのはオレだし、初期装備を買った時の借金もある。オレの能力的には問題ないはずだ。落ち着いていこう。

 

 しばらく歩くと、ふたたびゴブリン1体と遭遇した。

 

「さぁ、サトゥーさん、頑張ってください。危なくなったら僕が助けますので安心してください!」

「いってくるよ」

 

 ナイフをベル君と同じく逆手に構え、ゴブリンと向かい合う。

 大振りのパンチを放ってきた。怖い。回避。

 ちょっと後ろに下がったつもりが、結構な距離があいてた。

 我ながらビビりすぎである。

 

「落ち着いて。大丈夫です!」

 

 ベル君の声援を受け、再び近づいてゴブリンと向かい合う。攻撃できそうなタイミングはあるんだが、なかなか踏み込めない。

 

「回避は上手ですよ。あとは攻撃です。落ち着いて!」

 

 わかってるんだけど、なかなか踏み込めない。

 落ち着け。よし。今だ。

 無我夢中で相手の首元にナイフを振るった。

 

「すごいです。一撃で倒せましたよ!」

「いや、すごい緊張したよ」

「またまた、すごい余裕そうな表情じゃないですか」

「顔に出にくいタイプなんだよ」

 

 内心どっきどきだったが、無表情(ポーカーフェイス)先生はきちんと仕事してくれていたようだ。

 ただ、ベル君は何度も落ち着いてとはいっていた。顔には出てないが、動きはヘタレてるのが丸わかりだったようだ。

 

「さ、次は魔石を回収しましょう。魔石の場所は大丈夫です?」

「胸にあるんだよね。やってみるよ」

 

 ゴブリンの死体に向かうと死体の目と目があった。気持ちが萎えそうになったが、お金のため、胸元をナイフで切り、ベル君の指導の元、魔石を取り出した。

 

「おめでとうございます」

「ありがとう」

 

 集中していたので全然見ていなかった視界隅のログを確認すると、

 

>称号「迷宮探索者」を得た。

>「回避」スキルを得た。

>「短剣」スキルを得た。

>「解体」スキルを得た。

 

との表記があった。

 称号はダンジョンから出てから考えよう。使えそうな「回避」「短剣」「解体」にはポイントを振っておく。

 その後、ベル君が1対1の状況を整えてくれて、何度か戦闘を繰り返した。スキルのアシストのおかげで、戦闘もかなり楽になったし、解体もスムーズに終わる。精神的にも大分マシになってきた。最初はちょっと無我夢中だったが、2戦目以降は、ベル君と同じようなステータスの範囲で戦うことを心がけた。

 それでも、手際のよさはベル君も驚くほどだった。スキルレベル10というのはかなりの凄腕なのかもしれない。

 

 ある程度戦闘に余裕をもって臨めるようになったので、戦闘系のスキルを取得しにかかる。

 ナイフを持った手と、逆の手でパンチを繰り出して「格闘」スキル、拾った石をぶつけて「投擲」スキル、攻撃を回避ではなく腕でそらすようして「受け流し」スキル、受け流しスキルを得る前に受け流すのを失敗して「打撃耐性」スキルを得た。もちろん、すべてスキルポイントを振ってある。

 

「パンチやキック、石投げたり、動きが多彩ですね。随分と戦いなれてる感じがしますよ」

「闘うのが初めてだから色々試しているだけだよ。パンチや投石ではナイフに比べるとあまりダメージを与えられないけど、怯ませるくらいならできるだろうからね。

 ベル君が言ってた『少しづつダメージを与えて隙を見つける』を試してみてる感じかな。

 ベル君が複数体受け持ってくれてるし、後ろで見てくれてるから色々試せるんだよ」

「でも、僕は敵の攻撃をどうやって回避するのか、ナイフをどうやって当てるのかということしか考えてませんでした。僕も試してみようかな」

「実験の要素が強いし、1体1の状態に持ち込んでからにしてね」

「ええ、そうします」

 

 その後、ベル君が色々試してみたり、オレが複数体を相手にしてみたり実験がてら戦闘を重ねた。途中、バベル2階の食堂で昼食をとったりもしたが、大きな怪我なく無事にダンジョンを後にした。

 バベルに備え付けられた冒険者用のシャワーで汚れを落とし、換金所で魔石とドロップアイテムを売る。今日の稼ぎは、ベル君がいうには、色々実験しつつの割には、悪くない稼ぎらしい。

 

 ホームに帰ると、ヘスティア様が出迎えてくれた。

 

「ただいまー!」

「おかえり、二人とも怪我はなかったかい」

「はい。僕もサトゥーさんも怪我なく帰ってきましたよ」

「ふふん、二人とも、喜びたまえ!今日はボクが売り上げに貢献したとして、いつもより多くのジャガ丸くんをもらってきたんだ!」

「神様、すごいです!」

「食事前にステイタスの更新をしようか。サトゥー君ははじめてだから、どの程度伸びたか興味あるんじゃないかな?」

「たしかに」

「じゃあ、サトゥーさんから更新どうぞ」

 

 ベッドにオレが寝転がってヘスティア様が上に乗る。

 

「ヘスティア様、更新って椅子に座って背中向けるだけじゃダメなんです?」

「それでもできると思うけど、こっちのほうがやりやすいかな」

「それなら仕方ないですね」

 

 しばらくヘスティア様の指が背中を撫でる。

 

「ぬぁ?んんん?これは……」

「どうかしましたか、ヘスティア様?」

「いや、共通語(コルネー)に訳すから少し待ってくれ」

 

更新が終わったようなのでメニューから恩恵(ファルナ)を確認してみる。

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0→I2 敏捷:I0 魔力:I0→I15

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 これはひどい。なんでこんなに成長してないのか。

 

「訳し終わったよ。あまり気を落とさないようにね」

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0→I2 敏捷:I0 魔力:I0

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》【】

 

 ん?スキルはともかく、魔力成長も隠しているのか?

 

「一応、聞いておきますけど、普通はもう少し上がりますよね?」

「僕も君が二人目の眷属だから絶対とは言えないけど、始めはもう少し数値が伸びやすいはずだよ」

 

 この伸びの悪さの理由は【異界之理(アナザールール)】あたりが理由なのかもしれないけど、ベル君に聞かせる内容でもないし後にしようか。

 

「気にしてもしょうがないですね。明日はもっと伸びるかもしれませんし。

 さ、次はベル君の番だよ」

「あ、はい」

 

 ベル君はオレと違い普通に成長していた。色々試したせいか器用が特に大きく伸びていたようだ。

 

 その後、いつもよりも多いらしいジャガ丸くんを食べ、ソファーで横になった。ベットの上では真っ赤なベル君と幸せそうなヘスティア様がいる。

 眠る前に称号について確認する。

 所持している称号を確認すると、「竜殺し」「竜族の天敵」果ては「神殺し」など、色々と不味いものしかない。ログを確認すると、この世界に来る前の流星雨を使った際に、竜神アコンカグラなる神様を殺していたらしい。

 うわぁ……流星雨って神様も殺せるのか……。元々、都市で使う気はなかったけど、流星雨は厳重に封印されるべき魔法だね。

 称号にはなんらかの効果があるのかもしれないけど、「神殺し」なんてつけて、神様がたくさんいるこの街を歩く勇気はない。異世界のデータだから関係ないのかもしれないけど、万が一「神殺し」を設定してることが知られたら、神様から天罰でも下されかねない。

 マップから町中の情報を漁っても、称号持ちはなかなかいない。基本的にレベル2以上の人にしかついていないようだ。と、いうか変な称号が多いな。なんだよ「火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)」って。これ、誰が決めてるんだろ。

 とにかく、レベル1なら称号:なしが無難のようだ。

 所属や職種も空欄だったので、交流欄の設定を弄り、「名前:サトゥー」「種族:ヒューマン」「年齢:15」「レベル:1」「所属:ヘスティア・ファミリア」「職種:冒険者」「階級:平民」「称号:なし」「スキル:なし」「賞罰:なし」としておいた。所属と職種以外はデフォルトのままだ。

 称号や恩恵(ファルナ)の伸びの悪さなど気になる点はあるが、戦闘系のスキルも入ったし、ダンジョンでかなり安全に行動できそうなことはわかった。

 頑張ってダンジョンでお金を稼いでいこう。




攻撃を受けてもダメージはないに等しく、
仮にHPが減ったとしても自己治癒スキルですぐ回復するので危険はないのですが、
そんなことを知らない初回戦闘ということで、結構サトゥーさんはビビってました。


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06話:ヘスティア様に相談

 朝ご飯を食べ、家事を行い、ダンジョンに向かうことになったが、ヘスティア様に相談があると言ってベル君には先に出発してもらうことにした。

 

「ヘスティア様、オレのステイタスの伸びの悪さの原因ってわかります?」

「そうだね、ボクも考えたんだけど、2つほど仮説があるぜ」

 

 さすが神様。見た目はマスコットキャラだけど、頼りになる。

 

「1つ目は、異世界側の理に経験値(エクセリア)がとられていて、恩恵(ファルナ)が育つほどの経験値(エクセリア)が残っていなかった。異世界側のステイタスは上がったりしてなかったかい?」

「いえ、まったく」

 

 異世界側のステータスは、レベル310だからか経験値バーが増えたかどうかもわからない。検証のしようがないが、たしかに可能性はある。

 

「2つ目。これが可能性が高いと思うんだけど、昨日の戦闘では君にとってロクな経験値(エクセリア)が得られなかった」

「でも、ベル君と同じような敵を倒しましたよ。一人で複数体の相手もしましたし」

「昨日ダンジョン内での話がでたけど、ベル君が言うには、サトゥー君はまるで戦い慣れてるようだったそうじゃないか。異世界側で高レベルだったりしないのかい?」

「確かにそこそこレベルは高いと思います」

 

 あの世界には一時間もいなかったからどの程度高いレベルなのか、わからないんだけどね。

 

「ステイタスは伸ばしたい能力を使うことで伸びていく。余裕でできることをしても大して経験値(エクセリア)は得られない。自身の限界を越えるような事柄は通常より多くの経験値(エクセリア)が得られるわけさ。ああ、でもそんな危ない戦いはしちゃだめだよ。命がいくつあっても足りないからね」

 

さすがに、命がけの戦いなんてしたくないので素直にうなずいておく。

 

「普通の人なら、個人の力10に恩恵(ファルナ)の力10を足して、合計20の能力になる。

 少々鍛えていたところで、個人の力15くらいで合計25の能力で大きな違いにはならない。

 ただ、君の場合、個人の力10に恩恵(ファルナ)の力10、さらに【異界之理(アナザールール)】で50加算されて、合計70の能力で最初からかなりの強さを持っているんだろう。

 だから、2階層での戦闘では、大した経験値(エクセリア)は得られなかった。

 数値は適当だけど、理論としてはそう間違っちゃいないはずだぜ」

 

 なるほど。モンスターとの戦闘は全力は出していなくて、ゆっくり動くことを心掛けている状態だ。それで伸びるわけがない。

 器用が伸びてたのは色々試してたから。魔法だけ普通に伸びてたのも、特に手加減などせず、普通に「全マップ探査」の魔法を使っているせいか。

 

「しかし、困りましたね。エイナさん、ギルドのアドバイサーさんなんですけど、その方にどこかのステータスHになるまで次の階層に行かないほうがいいと言われちゃってるんですけど」

「ああ、今の階層じゃロクに成長できないわけだね」

「ベル君も更新を見てる以上、ステータスが上がったと嘘つくわけにもいきませんし……。別々に更新しちゃいけないんですか?更新中は上に行ってもらうとか?」

「あー、どうなんだろ?ボクも初めての眷属(ファミリア)だからよくわかってないんだよね?あまり考えずに一緒に更新しちゃっているんだけど。そのあたり、君の力は隠しつつ、神友にも相談してみるよ」

「よろしくお願いします」

 

 ヘスティア様なら少し情報を明かしても構わないだろう。相談役なんだしもう少し情報を持ってもらったほうがスムーズに話が進みそうだ。

 

「話は変わりますが、魔法欄が空白なのに魔力が育つって珍しいんですか?」

「普通はあり得ないと聞いてるよ。なんで君の魔力が伸びてるのか不思議でならない……ん?」

 

 ヘスティア様が首を傾げた。

 

「あれ、ボク、君の魔力の成長は隠してたはずなんだけど?」

「異世界の力に自分の状態を把握できるものがあるんですよ。なぜか恩恵(ファルナ)の内容も知ることができます」

「なるほど……。もしかして君、異世界の魔法が使えるのかい?」

「ええ、お察しのとおり、魔力はそれが原因で伸びたんでしょうね」

「なるほどね」

 

 ヘスティア様はコクコクと大きく頷いた。合わせて胸も揺れる。目線が集中しないように気をつけた。

 

「というわけで、今後は共通語(コルネー)に訳さなくとも大丈夫ですよ」

「わかったよ。話したいことはもうないかい?」

「はい。相談にのっていただきありがとうございました」

「構わないさ。可愛い家族(ファミリア)のためだからね!

 さ、気を付けていっておいで」

「いってきます。ヘスティア様」

 

 その後、バベル前でベル君と合流し、ダンジョンへと潜った。

 オレは出していい力の範囲を覚えるように、ベル君は格闘とナイフの合わせ技を体に覚えこませるようにして2階層で魔石を集めた。

 昨日は戦闘や解体に抵抗を覚えたものの、今日は特に問題なく行えている。我ながら慣れるのが随分と早いものだ。いや、グロいな、とは思うんだけどね。

 

 ダンジョン探索を終え、換金所に移動する。少し混んでたので順番待ちしていると、換金の順番待ち中での前の集団が、褐色の肌に水着のような薄着の女性の冒険者たちだった。アマゾネスという種族らしい。

 防具もなしによくこんな薄着で潜るなと思いつつも、胸に目線が集中したのは、男のサガである。仕方がない。つややかな黒髪に背中のラインも、とても素晴らしい、などと目の保養になる美人さんを見ているとふと気が付いた。

 ……なんで背中になにも書かれてないんだ?そう、彼女たちの背中にステイタスが書かれてないのである。

 ベル君に小声で確認してみる。

 

「ベル君、ステイタスって見えなくすることができるの?」

「え……?ごめんなさい、よくわからないです」

「いや、前の女性の背中に何もないからちょっと気になってね」

「……たしかに、不思議ですね」

 

 前に視線を移した後少し赤くなったベル君が答える。随分と純情のようだ。

 

「帰ったら、ヘスティア様に聞いてみようか」

「そうですね。そうしましょうか」

 

 その後、換金を終え、ホームへの帰路へついた。

 ヘスティア様のバイト先でもらったジャガ丸くんを食べ終え、ダンジョンでの話なんかをした。

 

「そういえば、ヘスティア様、アマゾネスの冒険者の背中を見て、何も書かれてなかったので思ったんですけど、背中の神聖文字(ヒエログリフ)って消せるんです?」

「ふぇ……?あー、たしかにバイト先でみるアマゾネスの冒険者の子にも、ステイタスがないね。ボクはペイントかなにかと思ったけど……。また、今度神友に聞いておくとするよ。

 ああ、神友で思いだしたけど、神友がいうには、ステイタス更新は一人づつ個室で行うのが普通なんだってさ。今日からステイタス更新の際は一人づつ行うよ。もう一人は上の教会で待っててくれ」

「そうなんですね。わかりました」

 

 ベル君は素直に頷いてくれる。

 

「今日はベル君から更新するかい?」

「お願いします」

 

 オレは教会に上がり穴の開いた天井を見上げる。

 ギルドの借金返し終わったら、木材とか買って、ホームの補修とかしたいものだ。まだこっちにきて雨の日はないけど、雨が降ると地下のホームとか大変そうだしね。

 ボケーっと過ごしていると、ベル君から声がかかったので、地下室に戻る。

 更新をしてもらうと、相変わらずロクに成長していなかった。

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I2→I4 敏捷:I0 魔力:I15→I29

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

「伸びないね」

「伸びないということは、安全な戦いをしているということですから、別に構わないんですけど……。とりあえず、少しは伸びたということにして、ベル君がどこかがHになった2,3日後にオレもHになったことにするのが無難でしょうか?」

「それでいいと思うよ」

 

 

 その後、しばらくベル君と一緒にダンジョンに潜った。途中、格闘のコツを聞かれた際、スキル頼りのため大した指示はできなかったのだが、「教育」なるスキルを手に入れた。

 また、チームとしての戦闘を意識したためか、「撤退」「連携」「指揮」「編成」といったスキルが手に入った。

 服のほつれを直したら「裁縫」スキルが手に入ったりした。ミシンのように高速で縫って、自慢してたら、玉結びを忘れて糸がほどけてしまったのはご愛敬だ。

 なお、ヘスティア様の神友は、背中のステイタスはロックをかけることが可能で、ロックをかけると他人から見えなくなるということを教えてくれた。オレの背中のステイタスを他人に読まれても面倒なので、ロックをかけるようにヘスティア様にお願いしておいた。

 ダンジョン攻略も新しい階層への足を延ばしても問題なく、少し油断する程度には、順調であった。




次回からダンまち1巻に入りそうです。


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07話:ミノタウロス

 正直言って、オレはかなり油断していた。マップは見ていたが、近づいてくる相手の詳細までは確認していなかった。というより、モンスターは名前と体力(HP)魔力(MP)スタミナ(SP)バーあとは状態異常くらいしか読み取れないのだ。

 レアモンスターかなとは思ったが、ミノタウロスがかなり下の階層のモンスターなど予想もしていなかった。

 実際に遭遇すると、小柄で素手のゴブリンやコボルトとはまるで違う。筋肉で覆われた見上げるような巨体で、武器を所持している。格が違うモンスターで駆け出し冒険者では勝てないということが一目でわかる。

 

「うわあああああああああ!!」

 

 ベル君が逃げ出し、慌ててその後を追う。逃げる方向が不味い。上層につながる道はなく、どう進んでも行き止まりだ。

 ベル君が逃げ出したのを追わずに応戦すべきだったか?

 そもそも、あの牛にオレの全力は通じるのか?

 分からない、ロクに全力を出したことがないのだ。多分、勝てるとは思うが、確信をもって言えるほどではない。

 躊躇しているうちに、行き止まりに追い込まれた。ベル君は腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 やるしかないと思った時、マップに人を示す光点が現れ、高速でこちらに近づいてくる。レベル5、トップクラスの冒険者だ。時間さえ稼げば彼らがどうにかしてくれるはずだ。

 

「こっちだ、この牛野郎!」

 

 ミノタウロスの意識をこちらに向けさせるように叫びながら、腰に下げた小袋から石を取り出し、右目に向かって投げつける。投擲スキルのサポートにより右目に吸い込まれるように石が突き刺さる。

 

「ヴオオオオオオオオオオ!」

 

 武器を手放し目を抑え、叫ぶミノタウロス。けん制のつもりだったが、HPゲージが5割まで削れている。時間稼ぎであまり力を入れたつもりはなかったが、思ったより大ダメージを与えてしまったようだ。

 少々ダメージは大きかったかもしれないが、キチンと時間稼ぎの目的は達した。

 光点がかなりの速度でミノタウロスに接近し、胴体に斬撃が走る。それで終わらず、縦横無尽に剣閃が煌めく。血飛沫がこちらに飛んできたが、腰より下の位置なので甘んじて受ける。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 バラバラになったミノタウロスの向こうに少女がいた。

 金髪に金の瞳。体の線が細く、戦闘が得意のようにはまるで見えない。童顔の人形のような美少女だ。

 

「助かりました。ありがとうございます」

「だ……だぁああああああああああああああああ!!!」

 

 なんの声かと驚いているうちにミノタウロスの血飛沫で頭から真っ赤に染まったベル君が逃げ出してしまった。

 目の前の少女は呆然としている。助け出した相手が逃げ出すなんて思わなかったのだろう。

 後ろの銀髪に獣耳が生えた男が腹を抱えて笑ってる。

 

「仲間が礼も言わずに、申し訳ありません。ミノタウロスにひどく恐怖し、混乱していたようです」

「そう……ですか」

 

 一応、フォローしておくが表情があまり変わらないので、効果があったのかはわからない。

 

「ククク、アイズ……助けた冒険者に逃げられるとか……ハハハハハ!」

 

 後ろの獣耳が仲間っぽい少女を、大声で思いっきり笑う。おい、オレのフォローをぶっ壊すなよ。

 ……ああ、もういいや。

 

「仲間が心配ですので、私もこれで失礼します。助けていただき本当にありがとうございました」

 

 一礼してベル君を追う。ベルとヘスティア様にはマップのマーキング機能により、現在どこにいるかが簡単にわかるようになっている。ストーカーが手に入れたら恐ろしいね。オレは悪用する気はないよ?

 ベル君を追う途中にログを確認すると、「挑発」スキルを得ていた。

 ゲームでいわゆる盾職(タンク)が使う、相手の意識をひきつけ防御力の高い自身に攻撃を集中させるためのスキルだ。あまり使いたくはないが、万が一の際にベル君を逃がすのには役立つだろう。

 それと、少々危険だが、近いうちに一人でダンジョンに潜って全力を試したほうがいいかもしれない。自身の限界値をおおよそでいいからわかっておかないと、いざというときに対応が決められない。

 そんなことを考えながらオレがダンジョンから出た時、マップによるとベル君はメインストリートを移動していた。バベルで一度も止まった様子がないので、どうやら、あの血塗れのままで走り抜けたようだ。

 もう無事ならいいやとマップは見なかったことにして、シャワーを浴びに行った。

 

 シャワー室から出てくると、血まみれのベル君とばったりと遭遇した。

 

「す、すみません。サトゥーさんのこと放っておいて、勝手にダンジョンから出ちゃって……」

 

 ベル君が大げさに頭を下げてくる。

 

「それは構わないさ。オレも今日は探索する気分にはなれなかったしね。

 それより、早くシャワー浴びておいで」

 

 その後、ベル君とギルドに向かい、オレは換金、ベル君が5階層でミノタウロスが出たことについてエイナさんに相談する。

 換金が終わって、ベル君を待ってると「エイナさん大好き―!」と言いながら相談個室から出てきた。純情な割に結構大胆だね。いや、LoveじゃなくてLikeなんだろうけどさ。

 

 

「神様ー!ただいまー!」

 

 ソファーで寝っ転がって本を読んでいた神様がガバっと起き上がって駆け寄ってくる。

 

「やぁやぁお帰り、今日はいつもより早かったね?」

「ミノタウロスに追い回されちゃって……」

「ミノタウロスって結構深いところにでるモンスターじゃなかったかい?ほんと大丈夫なのかい?」

 

 ヘスティア様は心配そうにオレたちに尋ねてきた。

 

「危ないところを、アイズ・ヴァレンシュタインさんが助けてくれて無事でしたよ」

 

 顔を赤らめながらベル君は言う。

 

「そ、そのヴァレン何某(なにがし)というのはどんな人なんだい?」

 

引きつった顔でヘスティア様がベル君に質問した。

 

「剣姫の二つ名を持つロキ・ファミリアのレベル5の冒険者です。女性の中でも最強の一人と言われているそうですよ。それにとても綺麗な人でした」

 

 さらに顔を赤らめながらいうベル君。ヘスティア様の顔が別の意味で赤くなってることには気づいていないようだ。

 

「ぐぬぬぬ、ステイタス!スタイタス更新をしよう!ほら、ベル君は上にいっててくれ」

「は、はい」

 

 ベル君は頭に疑問符を浮かべながらも、素直に従った。

 

「まったく!ベル君ときたらボクというものがありながら、よりにもよってロキのところの子なんかに!」

 

 床をダンダンと踏みつけながら、悔しそうに叫んでいる。それを横目に見つつベッドに横たわった。

 

「それでサトゥー君から見て脈はありそうなのかいっ!?」

「少なくとも、彼女はあまりいい印象を持ってないでしょうね。

 ベル君は相手が美少女だから逃げたんでしょうけど、彼女にとってみれば助けた冒険者が自分を恐れて逃げ出したと思うでしょうからね。

 呆然としてましたよ、ヴァレンシュタインさん」

「よしよし!ベル君はもっと身近な出会いを大切にすべきなんだ!」

「彼女が呆然としていたことは、ベル君には言わないでくださいよ。

 本気で落ち込みそうなので」

「わかったよ。別の派閥(ファミリア)に入ってるから婚約できないことは言うけどね!

 ……はい。更新終わったよ!」

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I1 耐久:I0 器用:I23 敏捷:I2 魔力:H119

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 相変わらずロクに伸びていないことを確認する。

 オレとしては魔法にも興味あるんだけれど、魔法スロットは埋まらない。メニューから選択するだけだから魔法理論なんてものもわからないし、その手の本は結構な金額がするため手が出ない状態だ。

 

「じゃ、ベル君呼んできます。ほどほどにお願いしますよ」

「ああ、わかってるとも」

 

 いつものように上の教会で待つとベル君が呼びに来た。

 ヘスティア様の様子が少し変だが、大方、ベル君のことで嫉妬しているのだろう。

 気にせず、オレは食事の用意をした。ここ最近、食事内容もジャガ丸くんのみならず、もう1品並ぶようになった。主に作っているのはオレだ。

 調理スキル10というのはかなりの凄腕らしく、スキルのサポートに従い焼いた安い肉が、日本のそこそこいい店で食べた肉より美味しかったりする。

 肉自体の質はもちろん日本で食べたほうが上なんだが、焼き加減や味を引き立てる調味料の量など、絶妙なバランスで総合的にはこちらのほうがおいしく感じる。

 ただ、調理スキルは調理の際の最適な切り方や焼き方や調味料の量がなんとなくわかるだけで、レパートリーや作り方がわかるようなスキルではなかった。メニューは基本野菜炒めや、肉をシンプルに焼いたものだったりする。オレ自身の料理経験のなさが反映されてしまっているが、特にヘスティア様たちは文句がないようだ。むしろ、気に入ったのか、料理は基本、オレの仕事となってしまっている。

 もう少しお金に余裕ができたらレシピ集を買おうかとも思っている。教会の補修や装備の更新などやりたいことがどんどんと増えていくね。

 なお、食後ヘスティア様の様子をうかがったが、まだに拗ねているらしかった。慣れたつもりだけど、ずいぶんと人間臭い神様なことだ。

 

 真夜中、オレは目を覚まし、ベル君とヘスティア様が寝ていることを確認する。ヘスティア様はベル君の顔をその胸に押し付けていた。うらやま……けしからん。

 それは放置しておいて、音を立てないように慎重に移動し、手早く装備を付ける。

 

>「忍び足」スキルを得た。

>「早着替え」スキルを得た。

 

 早着替えって……そんなスキルのあるのかと思いつつ、地下室を後にする。

 さて、ダンジョンに向かい、全力の力試しといこうか。

 




・ベル君【憧憬一途(リアリス・フレ―ゼ)】発現。成長にプラス補正がかかるように。

・アイズとベートはミノたんの武器を落として痛がった様子を少し気にしたものの、石が目に刺さっている様子から苦し紛れに投げた一撃が偶然、目に当たったのではとあたりをつけました。ダメージを与えたことに関しては少々気にはなっているものの、血まみれで逃げたベル君のほうが彼らの中では印象は強いです。


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08話:全力の力試し

 さて、ダンジョンの第5階層までやってきた。マップでこの階層に人がいないことは確認済みだ。まずは全速力で移動してみるか。

 全力を出せば地面がえぐれるくらいの力が出せそうだ。靴が壊れても困るので、念のため靴はストレージ送りにしておく。すこし足の裏がチクチクするが、裸足でも特に問題ない。

 オレは大部屋の端にいて、反対側でベル君がミノタウロスに斧を振り下ろされようとしている、そんな設定で、全力でダッシュしてみよう。

 

「フッ!」

 

 全力で地面を蹴ると、地面がひび割れたが無視した。プールで歩いた時のような抵抗を感じたがそれも無視してさらに加速する。反対側まで走りきり、その勢いのまま振り下ろす斧に飛び蹴りを当てるイメージで壁に全力の飛び蹴りを放った。

 まるで鉄球クレーン車で建物を壊した時のような轟音が鳴り響き、壁には大きなクレーターのような凄まじい跡ができていた。多分、ミノタウロスだろうがなんだろうが一撃粉砕できると思う。

 うん。でも、これはダメだ。ベル君ごとダメージを与えかねない。

 

>「縮地」スキルを得た。

 

 縮地を有効化して何度か試してみたが、さきほどの移動と違い、抵抗らしきものは感じない。靴を履いて試したみたが、特に靴が壊れたりはしなかった。また、1回につき10ポイントほどのMPを消費する。肉体的な力ではなく、魔法的な方法でこの移動速度を実現しているようだ。当然ながらその理屈はさっぱりわからない。

 なお、MPの最大値は3100であり、毎秒少しずつ回復する。相当長期戦にならない限りは、MP切れは気にしなくいいだろう。

 一瞬でかなりの距離を詰められるし、その詰める距離も自由に決められる有用なスキルではあるが、さすがに普段から使ってると目立つというレベルではない。

 縮地からの威力を抑えた攻撃は可能だったので、万が一の時には役に立ってもらおう。

 

 次は力を試してみるか。あたりの岩を持てるか試してみる。

 こっちに来て背なども縮んだためにオレの体重は軽くなっている。そのためかバランスはとりにくいが、3メートルほどの岩が簡単に持てた。

 少し腰を落としてバランスをとるようにしてみるが、気持ちマシになったような気がする。

 

>「怪力」スキルを得た。

>「運搬」スキルを得た。

 

 すでに十分な力はあると思うが、怪力スキルは有効化しておく。

 実はメニューからすでに有効化したスキルも適用しなくすることが可能だ。制御が効かなくなるような危ないスキルは普段は無効化にしておいていざというときに有効化しておけばいいだろう。

 怪力スキルの影響だが、石持ったり砕いたりや岩を持ち上げたりして試したがとくには感じない。力の制御は問題ないようだ。実験がてら、壁に思いっきりパンチを打ち込んでみる。轟音と共にクレーターができた。壁に全力パンチなんて腕が痛みそうなものだが、特に問題なくHPも減っていない。

 怪力スキルを無効化して同じく壁にパンチを打ち込んでみる。今回もクレーターができたが、さきほどより小さ目になっている。キチンと差はあるようだ。

 なお、迷宮の壁というのは、勝手に治るものらしいので、クレーターを作っても特に問題はないはずだ。

 おっと、この階層に移動してきた冒険者がいるようだ。移動することにしよう。

 どの階層までオレの力が通じるのかもある程度把握しておきたい。マップで冒険者と遭遇しない道を選択しつつ、下の階層に進もうか。

 

 10階層まで進みつつ、モンスターと戦闘したが、縮地からのそれなりに力をいれた攻撃で遭遇モンスターは問題なく一撃で倒せた。ただ、攻撃場所を間違えると魔石ごと粉砕してしまうので、ちょっと気をつけなければいけない。

 第7階層でパープルモスを蹴り飛ばした際に「毒耐性」を得た。ちょっと焦ったがログにも「毒に抵抗した」との記載があったし、特に問題ないだろう。

 それ以降はパープルモスは遠距離から石を全力で投げて仕留めることにした。たまに貫通して壁に小さな穴ができるけどそれくらい構わないだろう。毒耐性を有効化したから大丈夫だと思うけど、好き好んで毒を受けたくないからね。

 なお、魔石やドロップアイテムはすべてストレージに放り込んである。換金は折を見て行うつもりだ。今やると目立つだろう。

 さて、そろそろいい時間だし、ホームへ戻るとしよう。しかし、今回はうまく人との遭遇を回避できたが、万が一の時のため変装でもしたほうがいいかな?

 これもお金が出来てからの話か。

 

 教会に戻り二人とも睡眠状態であることを確認して、起こさないように装備を外し、ソファーに横たわった。睡眠時間はかなり短くなってしまったが、プログラマー業でそのあたりはすっかりいつものことになってしまっている。

 それと、レベル310の尋常じゃないスタミナのせいか、数日徹夜しても問題なさそうだと思える。いや、やりたくないけどね。明日は普通に睡眠をとろう。

 

 

 今日も朝が来た。いつものように朝ご飯を用意し、家事を済ませる。日本ではロクにした覚えがないが、スキルのおかげでサクサクできる。

 

「じゃ、ベル君、整備に出した装備とっておいで。オレはミアハ様のところでポーション補充してくるから」

「わかりました。バベル前で待ってます」

 

 ミアハ・ファミリアはポーションなどの薬を扱うファミリアだ。ヘスティア様の神友らしく懇意にさせてもらっている。

 最初は「値切り」スキルを有効化したまま買い物をして、ミアハ様が自分から値を下げ始めホクホクしていた。ただ、店員さんが凄まじい表情でミアハ様を見ていたのでそれ以来「値切り」スキルは基本無効にしている。

 値段は安くなるのは歓迎するが、こちらの精神的なものも削れるのは勘弁してほしい。

 なお、「相場」スキルによると、もともと相場の下限近くの値段で売ってくれているし、「鑑定」スキルによると品質は結構いいらしい。

 今日はベル君が使用した一番安いポーションを補充したのだが、ミアハ様が作ったばかりのポーションを分けようとしてきた。ありがたいんだけど、やめて!店員さんがすごい目で見てるから!

 なんとか、おすそ分けを辞退した。店員さんが小さくガッツポーズをしたのは見なかったことにして、バベルへ向かった。

 

 バベルにつくと、ベル君がなにかバスケットのようなものを持っていた。

 

「お待たせ。はい、ポーション」

「ありがとうございます」

「そのバスケット、どうしたの?」

「えっと……」

 

 酒場のかわいい店員さんに魔石を拾ってもらい、ついでに、店員さんの朝ご飯の入ったバスケットをもらったそうだ。代わりに、晩御飯は酒場で食べてくれとのこと。

 ……話を聞く限り、ぼったくられそうだけど、痛い目みることも人生には必要だよね。せいぜいベル君の有り金全部くらいで許してくれるだろう。一応、ストレージには昨日の未換金の魔石もある。金銭的なフォローはできる。

 

「うん、頑張るんだよ、ベル君」

「えっと、よくわかりませんけど、頑張ります」

 

 ダンジョン第5階層で今日も戦闘を行う。ベル君の表情からとても張り切っていることがうかがえる。動きは落ち着いており戦闘面では問題ない。いつもどおりダンジョンで稼ぎ、換金を行い、ホームへ戻った。

 ベル君が更新を行っている最中だが、なんだか大声を上げている。スキルか魔法でも発現したんだろうか?

 聞き耳スキルを有効化すれば会話内容も聞こえるんだろうけど、ホームでは無効化している。オレからステイタスを隠すように仕向けたのだから、オレだけベル君のステイタスを知るというのも不義理かなと思ってのことだ。

 困惑しているような表情のベル君が呼びに来た。気にはなったが、ヘスティア様を待たせるのもなんなので地下室に降りるとやたらと不機嫌そうなヘスティア様がいた。

 

「あの、なにかあったんですか?」

「何もないさ!さ、早くベッドに寝転がるんだ!」

 

 ヘスティア様は怒っていてもどこか可愛らしさが残る。指示には素直にしたがった。指でペシペシと叩くように更新していたのだが、だんだん指がゆっくりと動くようになってきた。

 

「ベル君も異常に伸びてたけど、サトゥー君も伸びてる……。ほんと、なにかあったのかい?危ないことしてないかい?」

 

 気になることを言いつつも、ヘスティア様が心配そうに聞いてくる。まずはステイタスを確認してみる。

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I1→I15 耐久:I0 器用:I23→I37 敏捷:I2→I18 魔力:H119→H136

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 結構伸びてるな。

 

「昨日の夜中に、訓練がてら、全力を試してきたんですよ」

 

 ダンジョンでモンスター狩りしたとは言わず、ぼかしていっておく。

 

「ちょ……それでこんなに伸びるのかい!?」

「オレは普段かなり力を抑えて戦ってるんですよ。だから、異常なまでにステイタスが伸びていなかった。全力を出す訓練ならば、経験値(エクセリア)としてみなされる。そういうことだと思っています」

「……理屈はあってるね。高レベルになると訓練ではほとんど伸びないとは聞く。けれど、恩恵(ファルナ)だけで言えば、低ステイタスだからまだ伸びやすい時期だし……。

 でも、夜中に抜け出すのはどうかと思うよ」

 

 心配そうに言ってくるヘスティア様に少し悪い気もしてきた。けれど、必要なことなのだ。

 

「緊急時ならともかく、ベル君の前で全力出すわけにもいきませんから、許してくださいよ。そんな連日連夜抜け出すつもりはありません」

「たまに出る分には許可するけど、無茶はしないでおくれよ」

「わかりました」

 

 満足げにヘスティア様が頷いた。

 

「それでベル君も異常に伸びてたんですか?そんな無茶はしていないはずなんですけど?」

「……なんでベル君のステイタスを知ってるんだい?」

「いや、ヘスティア様が言ってましたよ。ベル君も異常に伸びてるけどオレも伸びてるって……」

 

 一転、ヘスティア様は汗をダラダラ流し、視線が泳いでいる。

 やってることは大して変わらないのに、成長速度だけ早くなった。つまり……

 

「ベル君に成長補正系のスキルでも発動したんですか?」

 

 ビクッとヘスティア様が反応した。うん。そのリアクションだけで答えがわかるよ。

 

「いいことだと思いますが、本人には知らせてないのは、なにか理由があるんですか?」

 

 ヘスティア様は観念したかのように頭を振った後、真剣な表情となりこちらを向いた。

 

「たしかにベル君には成長補正系のスキルが発動している。

 けど、成長に関わるスキルなんてボクは今までに聞いたことがない。

 これが知られるとサトゥー君のスキルが知られた時と同様のことが起こると思ってもらっていいよ」

 

 なるほど、他の神に知られると神のおもちゃにされるため、隠し事ができなさそうなベル君には言わないでおくという選択をとったわけか。

 

「わかりました。オレも口外しないように気を付けます。とりあえずベル君を呼んできますか。あまり長話すると可哀想です」

 

 ベル君を呼んでくると、彼はすぐにヘスティア様に申し出た。

 

「あの、すみません。神様、ちょっとお誘いを受けたので晩御飯は外でとりたいのですが、構いませんか?」

「な、な、な、なんだってー!おんな!女に誘われたのか!?」

 

 ベル君としては神様も一緒に外で食事しませんか?なんだろうけど、ヘスティア様は、一人で食べてきていいですか?に受け取ってるんだろうな。

 

「は、はい。シルさんって方に誘われたのですけど……。」

「ふ……ふんだ!勝手にすればいいさ!ボクはバイトの打ち上げに参加することにするよっ!」

 

 震え声で吐き捨てたヘスティア様はコートを羽織ると素早く出て行った。残されたベル君は呆然としている。

 

「あの……僕、なにかしてしまったのでしょうか?」

「いや、気にしなくていいと思うよ」

「サトゥーさんも一緒に食べに行きませんか?」

「いや、オレもちょっと行きたい場所があってね。そっちに顔を出してくるよ」

 

 ぼったくり店にオレまでお金落とすのもね……。

 

「わかりました、それじゃあいってきます」

「いってらっしゃい」

 

 適当に食事を済ませ、目的の場所に向かう。そう、銭湯だ!

 濡らしたタオルで体をふくだけというわけでなく、シャワーがあるというなかなか豪華な状況ではあるんだろう。けれど、やっぱりたまには湯船につかりたいのだ。背中の【異界之理(アナザールール)】も、ロックをかけたおかげで他人に見られない。

 今の貧乏生活からすると、ちょっとしたお値段はするのだが、他二人が外食するというなら、これくらい使っても構わないだろう。

 オレは、久々の湯船を心行くまで楽しんだ。




豊饒の女主人「ぼったくり店扱いは誠に遺憾である」


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09話:真夜中のダンジョン

 久々のお湯を堪能した。ちょっと長湯し過ぎたかもしれないが、この体のせいか、のぼせたりはしないようだ。

 軽い足取りでホームに戻ったが、ベル君もヘスティア様もまだ帰ってなかったようだ。

 マップを調べると、ベル君がダンジョンにいた。

 ……え、なんで?ダンジョン!?しかもHPちょっと減ってる!?

 風呂で温まった心と体が一気に冷えたような気がした。

 いつかに手に入れた早着替えスキルにポイントを振って有効化して自分の装備をまるで変身のようなスピードで身に着け、ベル君の装備をストレージに放り込んで、急いでダンジョンに向かった。

 

 ベル君は6階層で装備もつけずに戦っていたようだ。傷だらけで息がかなり乱れている。

 ウォーシャドウ3匹が壁から生まれて、ベル君に迫る。縮地を使って安全を確保するほど切羽詰まってはいないが、このままでは危険なので、力を制限した状態で後ろから魔石を狙った不意打ちをしかけ1匹仕留める。

 

>「不意打ち」スキルを手に入れた。

 

 便利そうなスキルだ。後で有効化しておこう。

 

「サトゥーさん!?なんでここに!」

「話は後、とにかくモンスターを倒してから」

 

 初心者殺しと言われているモンスターだし、2対2になっても油断はできない。ベル君が危ないと思ったら、いつでも縮地で介入できるように気をつけつつ、モンスターを倒した。

 今回の戦闘では一撃も食らっていないが、オレがくるまでに連戦したのか随分とボロボロだ。今すぐ、装備を渡したいところだけど、ストレージに入れたままだ。

 

「ベル君、このポーションを飲んだら、とりあえず魔石を回収してくれるかい?

 君の装備を持ってきたけど、戦闘してたから通路の隅に置いて加勢したんだ。とってくるよ」

「……わかりました」

 

 オレのレッグホルダーからポーションを手渡した。

 ベル君は荒い息を整えながらも、素直に従ってくれた。

 通路に移動して、ストレージからベル君の装備を取り出す。再びモンスターとの戦闘にならないうちにベル君に装備をつけてもらう。

 

「君が装備を着けずにダンジョンに向かったと街の人に聞いてね、慌てて装備をもって来たんだけど、理由を教えてくれるかな?」

「…………」

 

 マップ機能を隠すための嘘をつきながら、ベル君に質問したが、ベル君は俯いたまま言葉を発しない。

 ベル君のことだから、オレがどうやってベル君が6階層にいることを知ったのか?などは考えてないとは思う。どちらかというと、お金ぼったくられて、バレないようにお金を稼ぐためダンジョンに潜りました、とは言えない状態なんだろうね。

 

「理由を言いたくなければ構わない。

 一人で戦いたいというならそれでもいい。

 ただ、せめて5階層で戦ってくれるかい?

 オレたちはファミリアだ。やっぱりベル君のことが心配だ」

 

 勝手に10階層まで探索した自分のことを棚に上げて、ベル君に言う。心配なのはほんとだしね。

 5階層なら二人で何度か潜っているし、ベル君のソロでも大丈夫だろうが、6階層は初心者殺しをはじめとしたまた5階層とは異なる環境だ。まだベル君に、6階層のソロ戦闘はやらせたくない。

 

「……心配かけてすみませんでした」

 

ベル君が申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を下げてくれた。

 

「構わないよ。……それでどうしたい?」

「5階層に移動します。一人で戦わせてください」

 

心苦しいという気持ちが声音からうかがえるが、はっきりとベル君は断言した。

 

「そうか。オレも5階層の別の場所で戦うとするよ。万が一危なくなったら声をあげるから助けにきてくれ。ベル君も危なくなったら大声で叫んでくれ」

「……わかりました」

 

 少し心配だが、第5階層ならば大丈夫だろう。いざとなれば縮地で駆け寄る。

 第5階層でベル君と別れて、マップを見る。しかし、この階層ならどうとでもなるけど、戦闘中にマップをチラ見するのはオレが危ない。

 こう、気配を察知できるようなスキルはないだろうか?

 周囲の情報を気配から感じ取って、その情報を元に戦闘を行い、マップでベル君の様子を確認する。

 なんだか、おかしなことを言ってる気もするが……。イージーモードに期待しよう。

 スキル取得に集中するため、一時的にメニューを非表示にする。特にダンジョンではマップから周辺の情報を得るためにメニューは表示しっぱなしにしているため、久々に視界が広い。

 目は、なにかに焦点を合わせるのではなく、全体を見ることを意識する。

 耳を澄まし、周囲の音を拾う。後方の通路奥からなにか静かな足音がする。

 匂いからも情報を得ようとする。周囲の土の臭いに混じり、獣臭い匂いが強くなる。

 肌から空気の流れを感じようとする。後方から何か押されるような感覚がある。

 急に強くなった空気の流れを避けるように体を動かす。

 視線を後ろに向けると、コボルトがいた。とりあえず、サクサクと目の前のモンスターを倒す。

 しかし、5階層にコボルトとは珍しい気がする。

 メニューを再表示して、一応、他にもイレギュラーな名前がないか、全マップ探査を使って確認したが、特にいないようだ。たまたま降りてきただけだろう。

 ログに目を向けると想定以上のスキルが得られたようだ。

 

>「索敵スキルを得た」

>「危機感知スキルを得た」

>「空間把握スキルを得た」

>「心眼スキルを得た」

 

 使えそうなので全スキルを有効化していく。

 ふむ、目を瞑っても周囲の情報が把握できる。便利なのだがなんとも言い難い感覚だ。

 目を閉じても表示されるマップでベル君の状態を確認しつつ、この感覚になれるとしよう。

 

 大分、この感覚になれてきた。目を閉じていても普通に解体でき、モンスターが灰になる様子までわかる。

 ベル君の様子を確認しつつ、戦闘なんてことをやっていたせいか、「並列思考」なるスキルを得た。このスキルは、マルチコアではなくマルチスレッドらしい。頭脳が二つになるわけでないので、脳内のもう一人のオレにベル君の様子をマップで見ててね、といったことはできず、オレが両方ともきっちり対応しなくてはならない。

 並列思考スキルを一言でいうと、ながら作業の達人になれるスキルといったところだ。

 

 おっと、ベル君が近づいてくる。会うのもなんだし、別の部屋に移動しよう。

 しばらくベル君から逃げ続けた後、いい時間だしそろそろ帰ろうかと言いに来たのかもしれないと気付いた。

 スキルを確かめる意味もあり、縮地からの一撃で仕留めたので魔石が少し多すぎる。適当にストレージに仕舞い、数を減らしておく。

 

「……やっとみつけました。……そろそろ、ホームにもどりませんか?」

 

 別れてからHPはあまり減ってないが、スタミナは結構減っている。表情からもかなりの疲労がうかがえる。探しまわるのも疲れたんだろう。心の中で謝る。

 

「ああ、そうだね。帰ろうか」

「……サトゥーさんは、無傷ですね。僕も、もっと強くならないと……」

 

 む、さすがにちょっと不自然だったか。けど、わざと攻撃を受けるのもね。

 ベル君をごまかしつつ、ダンジョンを後にした。

 

 ホームにもどると、ヘスティア様が駆け寄ってきた。

 

「ベル君、サトゥー君、よかった!って、その怪我はどうしたんだい!?誰かに襲われたのかい!?」

 

 しまった。ヘスティア様に心配をかけてしまったようだ。

 書き置きぐらいしておくべきだったか。

 

「いえ、そういうことは、なかったです」

「じゃあ、どうして!?」

「……ダンジョンに、もぐってました」

 

ベル君の言葉にヘスティア様は唖然としている。

 

「一晩中、そんなボロボロになるまで!?サトゥー君もどうして止めなかったんだよ!」

「いえ、サトゥーさんは、わざわざダンジョンまで止めに来てくれたんです。

 でも、僕が無理を言って……」

 

 ポーションがあるとはいえ、最初は装備を付けていなかったことや、長時間の単独戦闘により、ベル君はいつもよりボロボロだ。もっともポーションも渡してあるし、見た目ほど傷は深くないはずだ。

 ヘスティア様はじっとベル君を見て、ひとつの服の裂け目を指差した。

 

「その服の裂け目、防具の下まで続いているよね。

 まさか、防具を着けていなかったんじゃないのかい?」

 

 さすが神様。まさか、防具をつけてなかったことに気が付くとは思わなかった。

 

「……はい。サトゥーさんが途中で防具を持ってきてくれました」

「……どうして、そんな無茶をしたんだい?

 そんな自暴自棄な真似、君らしくないじゃないか?」

 

 優しく諭すような声色でヘスティア様が言う。

 ベル君は黙って下を見ている。答える気はなさそうだ。

 

「……わかったよ。君は意外と頑固だからね。無理やり聞き出そうとしても無駄だろう」

「……ごめんなさい」

「構わないさ。さ、シャワーを浴びておいで。その後、治療をしよう」

 

 ベル君がシャワールームに入っている間に、ヘスティア様が声をかけてきた。

 

「すまなかったね。サトゥー君。ベル君が迷惑をかけたようだ」

「いえ、ファミリアですからね」

「そうか。……君も大丈夫かい?2日前からロクに寝てないんじゃないかい?」

「ええ、ただ前の仕事でも締め切りに追われてロクに寝れないことはあったので慣れてます」

「君もシャワーを浴びたら、ゆっくり眠ること、いいね」

「その前にベル君の装備を整備してもらいに行ってきますよ。結構派手に痛んでますし」

 

 ベル君はシャワー室から出ると、すぐ眠ってしまったので許可は取れなかったが仕方ない。店で見てもらうと、明後日の朝には整備が終わるとのことだった。

 ついでに換金所まで足を伸ばし、ベル君の取り分を少し多めに分けておく。

 

 ようやく、ホームに戻りソファーで眠りについたが、存外疲れていたらしい。次の日の朝まで眠りについていた。

 食後、ステイタス更新を行った。

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I15→I27 耐久:I0 器用:I37→I62 敏捷:I18→I31 魔力:H136→H149

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 器用が結構伸びていた。目をつぶってマップを見ながら戦闘なんて真似をしたせいだろうか。

 

「ベル君にも言ったんだけど、今夜から数日、留守にするよ。友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね」

「わかりました。楽しんできてくださいね」

「すまないが、ベル君のこと、よろしく頼むよ」

 

 オレの目を見て、真剣にヘスティア様が頼み込んできた。

 

「はい。オレたちは家族(ファミリア)です。出来る限りのことはしますよ」

 

 その答えに、ヘスティア様は満足そうにうなずいた。



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10話:怪物祭

 ダンジョンに潜る前にポーションなどの補充をして、バベル前で待ち合わせしたのだが、ベル君は、今日もバスケットを持ってきた。

 あれ、なんでまだぼったくり店の店員さんからご飯受け取っているんだ?と疑問に思っていると、ベル君が教えてくれた。

 なんでも、嫌なことがあって思わずお金を払わず店を出てしまったそうで、今日、お金を払いに行った際に、バスケットをまたも受け取ってしまったとのことだ。

 料理の値段についてそれとなく聞くと、結構お高めだったものの、法外な値段というほどでもなかった。ちょっと高級食材を扱う店なら、それ以上の値段がすることは確認済みだ。貧乏生活のオレたちには数食分のお値段がしたりするんだけど……。

 少し、人を疑いすぎだったか。勝手にぼったくり店とか思った事を少し反省した。

 

 その後、ダンジョンに潜ったわけだが、どうも戦闘中にベル君の視線を感じる。

 オレの動きを参考にしているようだ。

 いや、正確にいうならもとからオレの格闘を混ぜた動きを参考にしたりはしていたが、あの夜以来、その傾向が強くなったような気がする。

 短剣スキルや格闘スキルによりひとつひとつの基本的な動きはかなり上手いかもしれないが、オレの戦闘はスキルアシストに任せた行き当たりばったりである。

 変な体勢からでも攻撃を行う。けっこうトリッキーと思われる攻撃もスキルアシストによって平気で繰り出す。

 全力を出せば一撃で終わるため問題にはならないのだが、こうして速度や力を抑えた状態で戦っていると、あまりよくない場面を無理矢理突破するのはちらほらあるのだ。

 ベル君にはそこまで陥らないような戦法を練って、もっと堅実に動いて欲しい。

 オレも戦法を練るべきなのかもしれないけど、うまくいってない。冒険者同士はダンジョン内で不干渉という不文律があるため、あまり他の冒険者の動きを参考にもできないのだ。

 武道なんかの経験もなく、基本アニメのトンデモ技しか知らないのでとっかかりがわからない。力を制限しないなら、トンデモ技を再現できる気がするんだけどね。

 おっと、ベル君がオレの変な体勢からの攻撃を練習してる。止めたほうがいいだろう。

 

「ベル君、オレの動きを参考にするのはいいけど、オレがたまにやる変な体勢での攻撃は参考にしないようにね。アレはオレにとっても失敗だから。むしろ、その体勢に追い込まれないように戦闘を進める方法を考えるのがいいよ」

「はい。わかりました」

 

 ベル君は素直である。

 

「それと、当たり前の話だけど、オレとベル君は違う人間だ。リーチも違えば一歩の大きさも違う。力も違えば、体の柔らかさも違う。だから、オレの真似をするのはいいけど、オレの動きをそのまま再現するのではなく、必ずベル君の体に合うように調整して、ベル君の動きとして昇華させてね」

「はい!」

 

 素直なんだが、それっぽいことを話す度に、ベル君の目がなんか真剣になってちょっと怖い。5階層ソロで傷無しはやりすぎだったか。どうやら、身近な目標になってしまったようだ。

 

 戦闘を繰り返した後、ダンジョンからバベルに戻ると、大きなカーゴが数台置かれていた。マップによると中にモンスターが入っているようだ。おお、ガタっとゆれたぞ。

 

「アレ、なんなんでしょうか?」

「モンスターが入っているみたいだけど、モンスターの研究でもするのかな?」

 

 周りの話に聞き耳を立てると、どうも怪物祭(モンスターフィリア)という祭りに関連したモンスターらしい。結構大きな声だったのでベル君も聞こえていたようだ。

 

怪物祭(モンスターフィリア)ですか。何なんでしょうね?」

「エイナさんもいるけど、忙しそうだし、また次の機会にしようか」

「そうですね」

 

 町中を歩いていると、ポーションでお世話になっているミアハ様と出会った。気配察知スキルを覚えて以降、わかるようになったのだが、神様というのは神威という独特の気配を纏っている。空気が違うというか、独特の感覚が確かに感じられるのだ。

 ミアハ様に、まだ帰っていないヘスティア様について尋ねたが、そもそもパーティーに参加しておらず分からないとのことだ。

 一応、マップからヘファイストス・ファミリアにいることは確認できる。ヘファイストス様はヘスティア様に教会を紹介した神と聞いているので特に問題ないだろうとは思う。

 ミアハ様が出来立てのポーションを差し出してきたので、ベル君が感謝して受け取った。帰ったら店員の人に怒られるんだろうなと思いつつ、ミアハ様を見送った。

 

 ヘスティア様が出かけて3日目。ヘスティア様はまだ帰ってこない。

 

「帰ってきませんね。神様」

「数日留守にするといってたから、もうそろそろ帰ってきてもよさそうなものだけどね」

 

 マップによると、ヘスティア様は、ヘファイストス・ファミリアから出て、祭りの会場と思われる人込みに向かっているので、特に心配ないだろう。

 今日はギルドに、奥の階層へ進むための相談を行ってからダンジョンへ向かう予定だ。そんなわけでギルドに向かっていると、ネコ耳の女性にベル君が声をかけられた。

 

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭ー!」

 

 頭にホワイトブリム、緑色のエプロンドレスのキャットピープルの少女だ。

 

「ん?お前、誰ニャ?」

「ベル君と同じファミリアのサトゥーと申します」

 

 プログラマーとしての職場がサブカルの有名地の傍で、メイドさんとかよく見かけたからか、この恰好を見てると日本を思い出す。これで、日本を思い出すのもどうかと思うけど、仕方がない。

 

「よろしくニャ。白髪頭、はい、コレ。コレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

 

 ベル君に「がま口財布」が渡された。ベル君は困惑している。

 

「それでは、説明不足です。二人とも困ってますよ」

 

 エルフの店員さんが苦言を呈す。おお、エルフメイドだ!いや、酒場の店員さんなんだろうけどさ。

 

「何言ってるニャ。白髪頭はシルのマブダチニャ。祭りを見に行ったシルに、忘れた財布を届けてほしいなんて、誰でもわかることニャ」

「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「あ、いえ。よくわかりました」

 

 キャットピープルの少女がプルプル震えてる。かわいい。

 

「祭りとは、怪物祭(モンスターフィリア)ですか?最近オラリオに来たばかりで詳しくないのですが、どんな祭りなんですか?」

 

 興味があったので聞いてみた。プルプル震えていたネコ耳娘がドヤ顔で語り出した。

 

「ミャーが教えてやるのニャ!怪物祭(モンスターフィリア)はガネーシャファミリアが主催の祭りで、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを調教するのニャ!」

「えっ……調教!?」

 

 ベル君が驚いている。

 あれか、仲間になりたそうにこちらを見ているってやつか。オレもできるのかな?興味はあるが、食費やホームの広さを考えると仲間を増やすのも難しいか。

 

「道順ですが、まずは闘技場へのメインストリートに向かってください。あとは人波についていけば現地にたどり着けるはずです」

「わかりました」

 

 メインストリートに向かう途中にベル君に声をかける。

 

「祭りだし、今日はダンジョン探索は休みにしないかい?せっかくだし、そのシルって子と屋台を見て回ったらどうだい?」

「え?……でも……」

「オレも祭りを楽しみたいんだ。構わないかい?」

「わかりました。今日は休みにしましょう」

「じゃ、財布を渡すのは任せたよ。オレは適当に一人で見て回ってくるから」

 

 屋台を見て回ると、食べ物屋に混じって武具を販売している屋台が混じっていることが印象的だろうか。この世界にはそこそこ慣れたつもりではあったが、軽く衝撃を受けた。

 あまり見ないような食べ物などをつまみながら屋台を覗いていたら、みたらし団子を売っている店を発見した。こっちにもあるのかみたらし団子。

 店員さんに話を聞くと、どうも極東の菓子らしい。こっちの世界にも日本っぽい場所があるのかな?

 なつかしさに惹かれ、購入する。うん。美味い。

 昔、田舎のじいさんの家で食べた団子を思い出すね。

 両親はどうしてるんだろうか?のんきな家族だから、大丈夫だとは思うけど。

 

 ――……う…………

 

 うん?何かノイズの走った変な音が聞こえたような気がするが……。気のせいか?

 屋台の店員さんにもう一本お願いしつつ和風の食材について聞いたところ、醤油や味噌といった日本の調味料も、オラリオ内で売っているそうだ。もう少しお金を稼いだら、そういったものも買いたいね。

 他の日本っぽい食べ物を探しつつ、屋台を見回っていると急に叫び声が上がった。

 

「モ、モンスターだあああああああっ!?」

 

 はい!?なんでモンスターが!?

 「全マップ探査」を発動する。マップ上にはモンスターを示す光点が複数ある。

 怪物祭(モンスターフィリア)用のモンスターが逃げ出したのか?

 レベルの高い冒険者がチラホラ見えるから大丈夫だとは思うが……。

 考察は後だ、とにかく、ヘスティア様とベル君を探そう。

 ヘスティア様とベル君が一緒にいて、モンスターに追いかけられているようだ。縮地を使うには人込みが邪魔だ。路地に入り、視線がこちらに向いていないことを確認してからジャンプで屋根にのぼり、道を無視してベル君の元へ向かう。

 ベル君がいる場所はやけに道が入り組んでいる。まるで迷路のようだ。屋根越しの移動じゃなかったら、面倒極まりないことになっていた。とはいえ、建物ごとの段差が大きく、縮地を使いにくい点から、どうしてもある程度の時間がかかってしまう。屋根を蹴破るわけにも行かないので、速度は抑え気味になってしまう。

 

 よし、モンスターが見えた。腰の小袋から石を取り出しモンスター、シルバーバックの目に向かって石を投擲する。投擲スキルと不意打ちスキルの補正も合わさってか、命中した。

 

「ガアアアアアアアアアアッ!」

「ベル君、ヘスティア様、大丈夫ですか!」

 

 モンスターが痛みで動きが止まってるうちに、建物の間に張られた洗濯物が干してあるロープをつかみ、勢いを殺して地面に降り、逃げ回っていたベル君達と合流した。ロープをつかまずに直接降りても怪我はないとは思うが、さすがに高さ的に不自然だろう。

 

「サトゥー君、すまないが、時間を稼いでくれ!ベル君に奴を倒すための切り札を渡す!」

「わかりました。ベル君、ポーションだ、使ってくれ」

 

 倒そうかと思っていたが、切り札があるならそちらを使ってもらおう。

 とりあえず、HPが減っているベル君にポーションを渡しながらそう考えた。

 

「来い!もう片方の目もつぶされたいか!」

 

 ベル君たちと距離をとりながら、挑発スキルを使ってみる。

 

「グアアアアアアアアア!」

 

 よし、きっちりと挑発が効いた。

 腕輪についた鎖をこちらに上から叩きつけるかのようにして攻撃してきた。斜め前にでて、距離を詰めつつ回避する。

 それにしても、両手の腕輪についている鎖がやっかいだ。鎖をムチのように使ってくるせいでリーチがかなり伸びている。

 ヘスティア様が言っていた切り札を当てやすくするためにも、どうにかしてつぶしておきたい。

 支給品のナイフで鎖を切れるか?

 なんとなくだが、できる気がする。

 回避スキルのアシストで回避をしつつ、一気に距離をつめ、鎖の根元にナイフを振るう。

 かん高い音を上げて鎖が壊れた。落ちた鎖を蹴り飛ばす。

 反撃の反対側の鎖の一撃をナイフで無理やり受け流し、もう一方の鎖の根元へ向かう。

 もう一発!気合いを入れてナイフを振り下ろす。再びかん高い音を上げて鎖を壊すことができた。ただし、オレのナイフも音を立てて、砕けた。

 オ、オレのナイフが!3600ヴァリスが!借金返し終わったところなのに!

 回避や防御姿勢なども取らずに、力が抜けた状態で呆然とそんな馬鹿な事を考えていたためか、シルバーバックの反撃をもろに腹に食らってふっ飛ばされてしまった。

 痛っ!HPはあまり減ってないのに、結構痛い!苦痛耐性、仕事しろ!

 

「このっ!」

 

 ふっ飛ばされつつも、苦しまぎれに投石を放つが、しっかり顔をガードされた。

 自己治癒スキルが発動して、HPが全快し痛みも引いたが、ちょっと油断しすぎていたようだ。

 体勢は立て直したが、どうしたものか。ナイフは壊れちゃってるしな。

 時間を稼ぐなら、回避に専念すればいいんだろうけど……。

 

「サトゥー君は大丈夫だ!さぁ、行くんだベル君!」

 

 紫の燐光を放つナイフを持ったベル君が、今までとは比べものにならない速度でシルバーバックに接近する。

 

「ああああああああああああああああああっ!!」

 

 叫びながら突撃するベル君の速度に、シルバーバックは反応できていない。

 ベル君がシルバーバックに近づくにつれ、刃の放つ光が強くなる。

 ベル君の身体そのものがまるで一本の槍のように思える鋭い刺突により、シルバーバックの胸元に紫の光を帯びた黒い刃が突き刺さった。ベル君の勢いはシルバーバックを押し倒してなお生きており、そのままベル君は放物線を描き、地面を跳ねた。

 シルバーバックは少しづつ灰に代わり、紫紺の光を残したナイフが転がった。どうやら、魔石を貫いて一撃で仕留めたようだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 少しの静寂の後、隠れていたダイダロス通りの住人が歓声を上げる。どうやらベル君たちも大きな怪我なく終わったようだ。

 しかし、あの速度なら鎖なんて壊さなくても、普通に攻撃が通用したと思う。もうちょっとナイフを丁寧に扱うべきだったかもしれないね。

 

「神様!?」

 

 焦ったベル君の声で、ヘスティア様に目を向けると神様が倒れている。ポップアップしたAR表示をみると、どうも過労らしい。

 ベル君が持っているナイフをもらうために、無茶したのかな?

 

「サ、サトゥーさん、神様が!?」

 

 ベル君が泣き出しそうである。

 

「落ち着いて。緊張の糸が切れて、気を失っただけだと思う。とにかくホームに戻ってゆっくり休ませてあげよう」

 

 ベル君はヘスティア様をお姫様抱っこし、走り始めた。

 途中でシルさんと出会い、酒場『豊饒の女主人』の一室を貸してもらった。なお、この酒場が、オレがぼったくり店と勘違いしていた店のようだ。心の中で謝っておく。

 ヘスティア様の容体は、シルさんが診てくれるとのことだったが、神特有のなにかかもしれないので、オレは念のためミアハ様を呼びに行った。

 ミアハ様の診断でもただの過労であり、ゆっくり休めとのことだった。

 ミアハ様に診察代を差し出したが、受け取ろうとしなかった。お礼のお金は今度ポーションを買いに行った際に、店員さんに渡しておこう。

 ナイフ壊れたり、モンスターにぶん殴られたりしたけど、家族(ファミリア)のベル君とヘスティア様が無事でよかったよ。



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11話:新たなる武器

 オレは今、ホームのベッドに腰掛けながら、ベル君にヘスティアナイフを借りて、眺めている。しかし、なんとも不思議なナイフだ。

 ヘスティア様は眷属のみが扱えると言っていた。オレもある程度ナイフの力を出せるのかもしれないが、このナイフの力を出し切れるのはベル君だけだろう。ナイフに刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)を読むと、そう思ってしまう。

 個人的にそれより気になるのが神聖文字(ヒエログリフ)の光だ。このナイフを手に取った時、ほんの少しの魔力、0.01ポイントくらいの微量のMPを吸われる感覚があった。この光は魔法的な作用といってもいいと思う。

 では、さらに魔力を込めるとどうなるのか?全マップ探査や縮地などで、魔力が抜ける感覚というのは何度も味わっている。多分、魔力を込めるのもできるはずだ。

 手に持ったナイフを自分の一部として考え、魔力を1ポイントほど流しこむイメージ……、よし流せた。神聖文字(ヒエログリフ)の光が強くなり、刃から紫の燐光が溢れ出す。なかなか綺麗だ。もう少し流し込んでみるか?

 

「ええ、なんですか!?その光は!」

 

 おっと、夢中になりすぎた。ナイフを自身の一部とし、ナイフから魔力がオレに流れ込むイメージ。……よし、もとの神聖文字(ヒエログリフ)が少し光る程度に収まった。

 

>「魔力操作」スキルを得た。

 

「光が収まっちゃいましたね……。今のは一体?」

「魔力を流し込むと光ったんだよ」

「サトゥーさんって魔法が使えるのですか!?」

 

驚いたような表情でベル君が尋ねてくるが、こちらの魔法はまだ使うことができない。

 

「魔法というより技術の範囲かな。

 ヘスティアナイフ自体が使い手の微量の魔力と引き換えに光を放っているみたいで、その魔力量をこちらから増やしただけだし」

「じゃあ、僕でも……?」

「もちろん、練習する必要はあるだろうけど、できると思うよ」

 

 ベル君がキラキラした目でナイフを見ている。

 

「ありがとう。次は支給品のナイフを貸してくれるかい?」

「わかりました」

 

 ベル君がヘスティアナイフを握りしめ、うんうん唸ったり、はぁああああと気合いを入れたりしている。なんとも微笑ましい。

 オレはオレでスキルを有効化したのち、支給品のナイフに魔力を注ぎ込んでみる。

 ……ダメだ。魔力を流すのはスキルのおかげで楽になったのだが、流したとたんに発散していく。ザルに水を貯めようとしているといえばいいか。

 静かになったなとベル君を見ると、こちらのナイフに注目している。

 

「そのナイフでは、魔力が込められないんですか?」

「魔力を流しても、すぐ発散しちゃうんだ。素材が関係あるのか、ヘスティアナイフが特別なのか。次の武器を買うときは気を付けたほうがよさそうだ」

「あの、魔力を流すのってどうすればいいんですか?」

 

 感覚的なもので、なんとも説明しにくい。

 

「手を出してくれるかい?」

 

 ベル君の手を両手で包み、オレの右手からベル君の手を通ってオレの左手という魔力の流れを作っていく。

 

「おおおっ!なにか温かいものが流れるのがわかります!」

「それが魔力を流されている感覚だよ。その流れをナイフに向ければ光がでるはずだ」

「わかりました。やってみます!」

 

 オレが手を放した後に、ベル君がナイフを手に力を籠めるが、特になにも変わらない。

 

「すぐできるわけじゃないし、練習するしかないね」

「……神様のナイフ、ボクが持ってていいんでしょうか?

 サトゥーさんのほうが使いこなせるのでは?」

 

 ぎゅっとヘスティアナイフを握りしめながらも、悔しそうにベル君は言った。

 

「……魔力を流すという意味ではそうだね。

 でもヘスティアナイフはタダの武器じゃない。オレたちと同じヘスティア・ファミリアの眷属であり、ベル君を主に選んだ」

「神様のナイフが眷属ですか?」

 

 ナイフに視線を下しながら、ベル君が不思議そうにいった。

 

「ああ、ヘスティア様も言ってただろう。ヘスティアナイフはベル君とともに成長する。

 オレたちの恩恵(ファルナ)とは少し違うかもしれないけど、それでも恩恵(ファルナ)を与えらえた眷属だ。

 そのうちできるようになるさ。

 シルバーバックとの闘いの際には、無意識にやってたのか、刃から紫色の光を放ってたしね」

「わかりました。ありがとうございます。

 ……頼りない主だけど、これからよろしくね。神様のナイフ」

 

 語り掛けたベル君に答えるように、ヘスティアナイフが瞬いた。

 しばらく、ベル君が力を込めようと頑張っていると、地下室の扉が開いた。

 

「ただいまー、待たせたね、二人とも」

「いえ、バイトお疲れ様です」

 

 バイト帰りのヘスティア様が帰ってきた。

 

「それじゃ、ヘファイストスのところに行こうか」

 

 ヘスティア様は二人分の武器を頼んだらしい。

 ヘスティア・ナイフがへファイストス様が作ったナイフだと聞かされたベル君は興奮のあまり変な動きをしていた。

 ベル君はナイフを扱うスタイルが確定していたからナイフを作ってもらったが、オレは剣や槍といった武器への変更を考えていることをヘスティア様に伝えていたため、まだ未作成の状態だったのだ。

 駆け出し冒険者が11階層に出てくるシルバーバックを撃破したことがヘファイストス様の興味を引いたのか、武器の相談をするから一度連れてこいとの流れになったそうだ。

 ヘファイストス・ファミリアにつき、トントン拍子でヘファイストス様の前まで通された。

 

「やぁ、僕の自慢の眷属を連れてきたよ」

「はじめまして、ヘファイストスよ」

 

 赤い髪に右目を隠す大きな眼帯が特徴的な大人の美人な女性といった印象だ。神様は大体、とても整った顔立ちをしているね。

 

「ベル・クラネルです。神様のナイフには危ないところを助けられました」

「サトゥーと申します。よろしくお願いします」

「まずは、ヘスティアナイフを見せてくれるかしら」

「はい」

 

 ベル君は鞘ごとベルトから外し、ヘファイストス様にナイフを渡す。ナイフを確かめるように様々な角度から見る。

 

「……なるほどね。この武器はいい主に出会えたようね。ヘスティアには勿体無いほどの、いい眷属だわ」

「ふふん、ベル君もサトゥー君もとってもいい子さっ!」

 

 ナイフはベル君とともに成長する。ナイフを間近で確認したヘファイストス様はベル君の成長速度に気付いた可能性が高い。

 ヘスティア様の面倒を見ていた神格者なので、わざわざベル君をおもちゃにしたりしないとは思うが……。

 

「サトゥーだったわね、あなたはまだ使いたい武器が決まっていないと聞いているけど、何かリクエストはあるかしら」

「そうですね。他言は控えていただきたいのですが、一つだけ知っておいてほしい技があります。それができる武器をいただきたいのです」

「……わかったわ。ヘファイストスの名に懸けて、口外しないことを誓うわ」

 

 興味があるといった表情でヘファイストス様が答えた。

 

「サトゥー君、何をするつもりなんだい?」

 

 ヘスティア様には魔力操作は見せていないので、困惑顔だ。

 オレも、ヘファイストス様にこれを見せていいものか少し迷ったが、ベル君の成長を知られた可能性がある以上、ベル君から目をそらす意味でも、この手札は見せておくべきだと考えた。

 

「別に、何かを傷つけようとかそういうわけではありませんよ。ただ、武器を選ぶ上でこれができるかどうかは重要そうなので。

 ヘファイストス様、ヘスティアナイフをお貸しいただけますか?」

「はい、どうぞ」

 

 受け取ったナイフに魔力を込める。紫の燐光が刃を染める。

 

「……魔刃!」

 

 ガタリと音を立てて、立ち上がりながらヘファイストス様が驚いた表情を見せる。

 

「なんだい?それ、初めて聞くんだけど」

「魔力を刃に込め、切れ味と強度を高める技よ」

 

 ほほう。知られた技術なのか。いや、魔力を込める程度だし、知られてないほうが不自然か。

 

「強そうじゃないか」

「いえ、あまり言いたくないけど、難しい割に上昇量が少なく、使えないと言われる技術ね。

 近接戦闘と魔力の扱いに長ける必要があるから、主に魔法を使える前衛が扱っていた技術なんだけど……。

 並行詠唱と魔刃の両立は異常な難度で、威力や範囲や修得しやすさは並行詠唱が上。

 昔は使い手もいたけど、今では古い技術扱いよ」

 

 魔刃という響きに中二心がくすぐられ、ウキウキしていたのに、散々な言われようである。

 というか、魔刃って意外と難しいのか?

 スキルのせいか、いまいちそういった感覚がズレるようだ。

 

「……でもサトゥーさん、魔法使えませんよね?」

「知っての通り、魔法スロットは空のままだよ」

 

 ベル君が尋ねてきた。

 異世界の魔法は使えるけど、恩恵(ファルナ)の魔法スロットは空のまま。神様の前だから、嘘はつかないように気を付ける。

 

「使い道のない精神力(マインド)を魔刃に注ぎ込むなら、たしかに便利な技術かもしれないけど……。

 それだけ魔力の扱いに長けて、魔法に目覚めていないなんて……。あなたの眷属は、ほんと面白いわね。興味深いわ」

「むむ、ボクの眷属は渡さないぞ!」

 

話が逸れてきた。元に戻そう。

 

「とにかく、魔刃が扱える武器を希望します。

 ギルドの支給品のナイフでは魔刃を発生させられなかったので、武器側にもなんらかの条件が必要なのだと思うのですが……」

「ああ、ただの鉄は魔力を蓄える力が弱いからね。

 特殊な金属を使うなり混ぜるなりするのが基本ね。魔物のドロップアイテムを元に作り出した武器なんかでも可能なはずよ」

「詳しいですね……」

「昔、ウチが武器の面倒を見ていた冒険者の中にも魔刃使いがいたから、ある程度の情報は持ってるわ。

 ……さて、それじゃ、あなたに合ってそうな武器を持ってくるわ。少し待ってなさい」

 

 ヘファイストス様は部屋を出ていき、一本の剣をもって現れた。黒い鞘に黒い柄、黒一色の武器だ。雰囲気としてはヘスティアナイフの片手剣版といった印象を受ける。

 

「さ、抜いてみなさい」

 

 手渡された刀を抜く。黒い刃に神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれている。

 このあたりもヘスティアナイフと変わらないようだ。ただ、ヘスティアナイフのように神聖文字(ヒエログリフ)が光っていない。

 許可をもらって軽く振ってみる。支給品のナイフの時は微妙な違和感というかズレを感じたのだが、この剣はそれがない。刃の先まで神経が通ったような、体の一部のようなそんな感じがする。

 

「気に入ったかしら」

「素晴らしい剣です」

「次は、魔力を込めてごらんなさい」

 

 魔力を1ポイント流してみる。

 魔力が発散した様子はないが、反応がない。

 なにか、魔力の詰まりのようなモノを感じる。魔力の流れに強弱をつけて、流れがキレイになるように、魔力の通り道を掃除するようなイメージで魔力を流してみる。

 よしよし。魔力の流れが安定したぞ。

 

>「魔法道具調律」スキルを得た。

>称号「調律師」を得た。

 

 神聖文字(ヒエログリフ)が数度明滅した後、刃から紫の光が漏れだした。ヘスティア・ナイフの時も思ったけど、なかなか綺麗だ。

 

「その剣は長い間使い手がいなかったからちょっと拗ねていたみたいだけど、あなたが新たな主であると認めたみたいね。

 おめでとう、今日からその剣はあなたのものよ」

 

どうやら、魔力を流すこと自体が試験だったようだ。

 

「その剣の名は魔刃剣アイリス。

 数百年前の使い手が冒険者を辞める時に、魔刃使いが現れたら譲ってやってくれと置いていった一振りよ。

 魔刃使い専用の剣といってもいいわ。魔刃を使わないと棒切れと変わらないから注意なさい」

「大切にさせていただきます」

 

 数百年前と言っていたが、鏡のように磨き上げられており、外見上は今現在も手入れが行き届いているように見える。何か思い入れがあった剣なのかもしれない。

 せめて、剣の主としてふさわしいように、使いこなす努力をしようか。




◆ヘスティアナイフの神聖文字
ネットで検索すると解読したページが出てくると思います。

◆魔刃についての独自設定
デスマ側から輸入。
ダンまち世界では、神が降臨する前にモンスターと戦っていた戦士が使用していた。
・同じ精神力(マインド)の消費量なら大体の面で、「恩恵」の魔法>「人の技術」の魔刃、が成り立つ。
・並行詠唱と比べると、魔刃のほうが難易度が高い。
・扱う武器も制限される。デスマ世界の武器と比べ、ダンまち世界の武器のは魔力を留める力が弱いものが多い。
そういった事情もあり、使い手はどんどん減っていき、今では一部の人間や神のみが知る古い技術扱い。
なお、MP=精神力(マインド)としてます。

◆ヘスティアナイフの独自設定
装備者の少量の魔力を呼び水として、周囲から魔素を集め魔刃を作りだす機能がある。
この魔刃は、ベル君の成長に合わせて強力になっていく。
また、装備者が魔力を注ぐことで、一時的に強力な魔刃を作り出し、性能を強化することが可能。
シルバーバック戦でベル君が無意識に魔力を注いでいたため、紫の光が強くなっていた。

◆魔刃剣アイリス
今作オリジナル。
ヘスティア・ナイフと同じく魔刃を用いた武器だが、魔力は装備者が注がなくてはならない。
魔力との相性や、魔刃が発散しないように長く留めることに重点が置かれている。


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12話:リリルカ・アーデ

「……さらに深い階層に潜りたいですって?」

 

 相談用の個室でエイナさんが笑顔を引きつらせながら言った。威圧感を感じてか、ベル君は身を縮こまらせていた。

 ヘファイストス様と会った後、オレとベル君は、階層を進めることについての相談を行うためにギルドにきていた。ヘスティア様はヘファイストス様が神同士で話したいことがあるとのことだったので、別行動となっている。

 

「あのねっ!まだ冒険者初めて半月の新米が、第5階層以降に進むのは自殺行為なのっ!ミノタウロスに殺されかけたのは一体どこの二人かな!?」

 

 オレは怒った顔も美人さんだなーと内心思いつつ、無表情(ポーカーフェイス)先生の力で微笑みを浮かべたままの表情を維持する。ベル君はすごい、ビクビクしている。

 

「ただ、5階層はもう結構長い間潜っていますよ。

 武器の更新もしましたし、可能ではないかと」

「そ、そうです。それに僕、結構成長したんですよ?エイナさん」

「アビリティ評価Hがやっとのくせに、成長だなんていうのはどこの口かな……!」

「ほ、本当です!ボクのステイタス、アビリティがEまで上がったんです!」

 

 エイナさんが固まった。おっと、ベル君の成長のおかしさは信じられないかな。

 

「……本当にE?」

「は、はいっ!」

 

 あれ、もっとガッツリと否定するのかとも思ったけど、悩んでいるのか。

 

「サトゥー君も?」

「私は、アビリティ評価Hがやっとですよ。ベル君は成長期ですから」

 

 エイナさんは人差し指を細い顎に当て考え込んでいる。

 

「ベル君、君のステイタス、私に見せてくれないかな?口外は決してしないと約束するわ」

「すみません、神様がロックをかけているので無理です」

「どうします?ヘスティア様を呼んできて確認をとられますか?」

 

 信じられないのも確かに無理はないし、神様に話をつけてもらうのが一番早いだろう。

 

「ヘスティア様には申し訳ないけど、お願いできるかしら」

「ベル君は待ってて、すぐ呼んでくるよ」

 

 マップで場所を確認すると、ヘスティア様はすでにホームに戻ったようだ。さほど時間はかからないだろう。

 

「―――というわけで、ヘスティア様、お願いできますか」

「行くのは構わないけど、どうしたものか。スキルはともかく、ベル君が異常な成長をしていることを認めないといけないのか」

「無視して進むという方法もありますが、彼女の講習自体は役立つので、あまり険悪になる選択肢はとりたくありませんね。

 それに、どのみちランクアップまでいけば、報告の義務があったはずですよね」

「低ステイタスで深い階層まで潜れるって点で、君も大概問題なんだけどね」

「オレのスキルについては、ステイタスに書かれた数値以上の動きができるスキルを持っている程度にぼかした状態で言うのはありだと思いますけどね。彼女は他人に言いまわるようなタイプにも見えません。

 最終的には、ヘスティア様の判断にお任せします」

 

 その後、ギルドの個室に向かい、ヘスティア様とエイナさんとの間で話し合いが行われた。オレたちが呼ばれるとなんとも微妙な表情をしたエイナさんがいた。ヘスティア様が退室した後、表情を戻した彼女がオレたちに告げた。

 

「さて、下の階層へ進むことを許可しますけど、条件があります。さすがに支給品の防具のまま進むことは認められません。明日、予定は空いてるかしら?」

 

 

 

 翌日、ベル君とオレは広場でエイナさんを待っていた。彼女から防具を一緒に買いに行かないかとお誘いがあったのだ。なんとも面倒見のいい人だ。

 

「ごめん、二人とも、待たせちゃったね?」

 

 白いレースのブラウスに丈の短い赤いスカートのエイナさんがいた。いつもの眼鏡はかけていない。

 

「いえ、今来たところですよ」

 

 ベル君がエイナさんをじーっとみてる。気持ちはわかる。いつもと雰囲気が変わって可愛らしいさが際立ってるよね。

 

「コホン。二人とも、私の私服姿を見て、何か言うことはないのかな?」

 

 からかうような表情で彼女はいった。

 

「いつものギルドの制服も凛としていて素敵ですが、今日の衣装も華やかさがありますね。とてもよくお似合いです」

「あら、ありがとう」

「……そ、その、すっごく……いつもより、若々しく見えます」

「こら!私はまだ19だぞぉー!」

 

 エイナさんがベル君にヘッドロックをかける。ベル君の顔がエイナさんの胸に当たってて、実にけしからん。無難な回答は避けておくべきだったか。

 その後、エイナさんが、バベルにあるヘファイストス・ファミリアのテナントを紹介してくれた。しかし4階でヘスティア様がバイトをしているのは驚いた。ヘスティア様はへフェイストス様の武器のお金については話がついているといっていたが、きっとバイトして払うとかそんな約束をしたんだろう。ありがたいことだ。

 なお、ヘスティアナイフと魔刃剣アイリスは相場が数字ではなく「-」となっている。どうも値段が高すぎるものに関しては表示されてないようだ。恐らく、友神価格で譲ってもらったのだと思うが、少々不安である。

 

 駆け出し冒険者用の装備を売っている8階で、各々装備を探しに別れた。なかなかお買い得品がならんでいるようだ。装備の良し悪しなんて本来オレがみてわかるようなものじゃないが、AR表示がポップアップして装備の数値を教えてくれるのだ。

 オレとしては、軽めのあまり動きを阻害しないような装備がいいかと思う。重装備は値段的にも、嗜好的にも合わない。色々悩んだが、結局エイナさんが薦めてくれた革製の胸当てや小手、ブーツなどのセットが値段と性能のバランスが良く、それを買うことにした。

 ベルくんは自分で見つけた白い軽鎧を買うことにしたようだ。性能自体は結構いい感じだった。ただ、AR表示された名前、兎鎧(ピョンキチ)MK-IIというネーミングは、無表情(ポーカーフェイス)スキルがなければ危ないところだった。

 また、へファイストス様に精神力(マインド)切れ対策に、普通の武器も用意するよう言われていたので、伸縮式の槍を買うことにした。仕込みが入っているため通常の槍と比べ強度の面で劣るが、持ち運びのしやすさで選んだ。

 オレのMP量と毎秒回復することから考えれば実際に使うことはほぼないと思う。

 

「はい、二人にプレゼント。ベル君にはプロテクター、サトゥー君には解体用のナイフ」

 

 ああ、たしかに剣で解体するのは色々と面倒だ。忘れていたな。

 ベル君が受け取れないといったが、エイナさんの温かい説得の前には無意味だった。ベル君は顔を真っ赤にして、プロテクターを受け取った。

 

「はい。サトゥー君」

「ありがとうございます。大切にします」

 

 オレもありがたく受け取ることとした。

 支給品のナイフと違い、刃が薄っすらと緑色に染まっている。少し魔力を注ぐと、拡散することなく刃に魔力を留めることができた。

 解体用のナイフといっていたが、AR表示の性能面でも十分戦闘用に使えるいいナイフだ。

 

 ベル君と町中を歩いているが、鼻の下を伸ばしたり、真っ赤になったり、僕はヴァレンシュタインさん一筋と小声で連呼したり、いろいろと大変なことになっていた。

 エイナさんのことを思い出してるんだろうね。

 しかし、路地裏から争い事らしき音を聞き取ると、すぐに真剣な表情に切り替わった。

 マップをみると、女の子が男に追われているようだ。

 ベル君に女の子がぶつかり、女の子が倒れてしまったところで、追ってきた男が現れた。

 

「追いついたぞ、この糞小人族(パルゥム)がっ!もう逃がさねえからな!」

 

 ベル君が女の子を守るように、立ちふさがった。

 

「あ、あの……今からこの子に、何をするんですか……?」

「うるせえぞガキッ!今すぐ消え失せねえと、後ろのそいつごと叩っ斬るぞ!」

 

 なにがあったのかわからないが、かなり頭に血がのぼっているようだ。

 

「落ち着いてください。刃傷沙汰なんて起こしたら近くをパトロールしていたガネーシャ・ファミリアの団員が来て、面倒なことになりますよ?」

 

 もちろん、嘘である。警察代わりのガネーシャ・ファミリアの名を借りれば少しは落ち着くかなという算段だ。

 

「うるせえぞ!なんだてめえらは!そのチビの仲間かっ!」

 

 残念、効果がなかったか。

 

「しょ、初対面です!」

 

 ベル君がご丁寧に返事をした。

 

「じゃあ何でそいつを庇ってんだ!」

「……ぉ、女の子だからっ?」

「なに言ってんだよテメェ……!」

 

 ベル君の回答に男がキレる。

 いやいや、大事なことだよ。女の子を守るのは。

 おっと、男が剣を抜いた。面倒だな。

 ベル君がナイフを構えたのに続き、オレも剣を抜く。まだ、魔刃は使っていない。魔刃剣アイリスはまだ実戦で使ってないから、どの程度の威力があるかまだ把握できていない。

 少女の目線がベル君のナイフと俺の剣を行ったり来たりしている。神聖文字(ヒエログリフ)が光を放つ武器だ。目立つからしかたない。

 

「止めなさい。貴方が危害を加えようとしているその人は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。手を出すのは許しません」

 

 「豊饒の女主人」のエルフのメイド、じゃなかった店員さんがベル君にちらりと視線を向けた後に、男へ向き直った。

 というか、ベル君、別の女の子に手を出してるの!?と思って、ベル君に視線を向けると、ベル君は「この人は一体何言ってるんだ?」と言いたげな複雑な表情をしていた。

 ああ、うん。きっと勘違いなんだね。

 

「わけわかんねぇことをいいやがって!ブッ殺されたいのか、ああ!?」

「吠えるな」

 

 男の表情が固まる。

 

「手荒なことはしたくありません。私はいつもやり過ぎてしまう」

 

 小太刀を抜き放ったエルフの店員さんは淡々としゃべった。彼女はレベル4みたいだし、実際事実なんだろうね。

 男は格の違いを感じ取ったのか、逃げ出した。女の子も逃げだしてるけど、別に構わないだろう。

 その後、エルフの店員、リューさんにお礼をいい、ホームへと帰った。可能なら、そのベル君の伴侶となる同僚さんについて聞いてみたかったが、そういう空気でもなかった。仕方がないね。

 

 

 翌日、バベルへ向かっていると、大きなバックを背負った昨日の少女が声をかけてきた。

 

「白い髪のお兄さんと、黒い髪のお兄さん」

 

 ただ、種族の表記が犬人(シアンスロープ)/小人族(パルゥム)となっている。前にみた時は小人族(パルゥム)だけだったはずだ。変化の道具でも持っているのかもしれないね。

 

「初めまして、お兄さん方、突然ですが、サポーターなんか探していたりしませんか?」

「え……ええっ?」

「今の状況は簡単ですよ?冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」

 

 話を聞いたところ、彼女はリリルカ・アーデ。ソーマ・ファミリアに所属しているそうだ。ただし、あまり冒険者としての才はなく、他のメンバーから邪魔もの扱いで、安宿に泊まっているらしく、金がなくなってきたために、サポーターとしてダンジョンに潜りたいとのことだ。

 サポーターとは、非戦闘員の荷物持ち。戦闘は行わないが、解体や荷物運びなどを担当する者のことだ。あまり、冒険者としての才がないものが行うらしい。

 ベル君は結構衝撃を受けているみたいだ。オレも少し衝撃を受けていた。

 ヘスティア様の言っていた、神と子は利用し利用される関係で、利用できない子はどうなるのかという面を色濃く表しているのかもしれない。

 ヘスティア様に拾われてなかったら、オレはどうなっていたんだろうね。

 そんなことを考えていたら、ベル君が彼女の犬耳を触っていた。あ、オレも触ってみたいと思っているうちに、彼女はフードを被ってしまった。

 

「それでは、お兄さん方、どうでしょうか?リリを雇ってもらえませんか?」

「サトゥーさん、とりあえず、今日1日だけ、構わないですか?」

「いくらぐらい払えばいいのか、聞いてから決めようか」

 

 正直、昨日の一件があるので、あまり関わり合いになりたくないとも思う部分はある。

 ただ、リリに対して同情している部分もあるのはたしかだ。一日ぐらいならいいかとも思う。

 

「ダンジョンでの収入を分ける形でいいですよ。リリは2割も恵んでもらえれば飛び上がってしまうほど嬉しいです」

「そうか。今日1日、お願いしてみようか」

「よろしくね」

「ありがとうございます!」

 

 リリはとても可愛らしい笑顔を浮かべた。



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13話:サポーター

いつも、誤字報告ありがとうございます。


 ダンジョンに入り、出てきたゴブリンをスキルを得るために魔力を込めた魔刃剣アイリスでサクサク倒した。

 

>「片手剣」スキルを得た。

>「魔刃」スキルを得た。

 

「うわ、すごい切れ味ですね!」

 

 リリが賞賛しつつも、魔石を取り出そうとしてくれる。

 その間に少し試しておきたい。スキルにポイントを振り、スキルによる感覚に従い魔刃を試す。

 1ポイントだと、少し神聖文字(ヒエログリフ)の光が強くなり、刃先にそってうすぼんやりした紫色の光が見える。

 10ポイントだと、刃にそって紫色の光がかなりはっきりと見える。

 50ポイントだと、刃全体が紫色にしか見えなくなる。

 もっと流し込めそうだが、実験はとりあえずはこの程度にしておくか。剣から魔力を吸いだして、鞘に納めた。

 ベル君とリリがぽかんと口を開けて、こちらを見ていた。おっと、集中して実験しすぎたか。

 

「すまない、少し実験に夢中になっていた」

「い、今のは一体?」

「魔刃という技術だよ。刃に魔力を込めて、鋭い刃を作り出す技だ」

「な、なんか前見せてもらった時よりすごくなってませんか?」

 

 スキル補正が加わったし、前より大量の魔力を流しこんでいる。たしかにすごくなってるだろう。それに剣自体もサポートしてくれているように感じる。ヘスティアナイフよりかなり楽に形成できる。

 

「魔刃専用の剣というだけはあるね、魔刃を使わないと棒切れと変わらないというけどこれはすごい」

 

 いい武器を譲ってもらった。ヘスティア様とヘファイストス様に感謝をささげておこう。

 

 

 ベル君とともに、新武器の能力を確かめつつ7階層まで潜った。

 まず、槍を使ってみて「槍」スキルを入手した。ただ、魔力が込められるような素材ではないので、一応有効化したものの、使う機会はあまりないと思う。

 メイン武器の魔刃剣アイリスのほうだが、少なくともこのあたりなら10ポイント程度流せば固い甲殻や骨すら関係なくスパスパ斬ることができた。

 エイナさんからもらったナイフでも魔刃を試してみたが、ナイフのほうは魔力を流すと赤い光の刃がでる。同じポイントを流しても、紫の魔刃とくらべると、すこし切れ味が劣る気がする。やはり、神の恩恵を受けた魔刃剣アイリスやヘスティアナイフは特別ということだろうね。

 剣とナイフの魔刃二刀流なんてやって赤と紫の軌跡がとても綺麗だな、と思っていたら

 

>「二刀流」スキルを得た。

>「演舞」スキルを得た。

>称号「舞踏家」を得た。

 

とログに表示されていた。二刀流はとりあえず有効化しておこう。

 ただ、7階層はあまり近寄りたくない毒持ちのパープル・モスが出てくるので片手は投石用に開けていたほうが便利でいい。

 仲間の様子をみると、ベル君のヘスティアナイフはスパスパ敵を斬っていた。エイナさんからもらったエメラルドのプロテクターも、きちんと盾として機能している。ベル君もヘスティアナイフと支給品のナイフでの二刀流で戦っていた。

 リリもモンスターと対面して助けを求めるということもなく、周囲に注意をしつつ、死骸を手慣れた動きで一か所にまとめていた。解体速度も、かなり早い。かなり手慣れた印象を受ける。

 解体はリリの仕事といって聞かないので、解体中はオレとベル君は休憩をしている。ベル君は微妙に居心地が悪そうだ。

 そんな時、リリから声がかかった。

 

「あの壁に埋まっているキラーアントの魔石も取っちゃいましょう」

 

 キラーアントが壁から生まれた瞬間にベル君が飛び蹴りを行い、少し高い位置の壁に半分埋まった状態のキラーアントの死骸を指さして、リリが言った。

 

「あの細い胴を切っちゃってください。後はリリがやっちゃいます」

 

 そういって、リリが少し長めのナイフをベル君に差し出した。

 

「ああ、オレがやるよ。剣のほうがリーチ長いから」

 

 魔刃を発生させ、胴を一閃、魔刃から魔力を抜き出す。

 この魔刃を作り元に戻す魔力操作の工程も大分慣れてきた。今ではほぼ一瞬で行うことが可能だ。

 ついでに、解体スキルのサポートのもとナイフを走らせてサクッと魔石を取り出し、リリに渡す。リリが微妙に引きつった笑みを浮かべていた。……何故だ?

 

 

「それでは、今日はこれぐらいにしましょうか、ベル様、サトゥー様」

「え、もう?僕、まだ余裕あるけど」

「いえいえ、それは油断です。

 ベル様が沢山倒されたパープル・モスは毒鱗粉を撒き散らすモンスターです。即効性こそありませんが、ベル様は時間経過で毒の症状が発生する可能性があります」

「1本だけ解毒薬を用意しておいたから、症状が出たりさらに戦いたいというなら渡すね。

 だけど、今日は新しい武装の確認やリリのお試しの意味も強いし、無理するよりここで戻ってバベルで診てもらったほうがいいと思うよ」

 

 解毒薬はソロで潜った時、万が一、毒になった時のために購入しておいた。

 ベル君の症状欄には毒の文字がないから抵抗に成功してそうだけど、これ以上毒を吸ったらどうなるかはわからない。

 

「サトゥーさんは大丈夫なんですか?」

「オレは投石したり、位置取りにはそれなりに注意していたから」

 

 ベル君はほっとしたような表情を浮かべる。ああ、心配していてくれたんだね。

 

「わかりました。僕のせいで戻るのは少し情けないですけど、バベルに戻りましょう」

 

 その後、リリの先導の元、バベルにたどり着いた。

 冒険者の足跡をたどり進むことで、モンスターとの戦闘は少なかった。

 今回はしなかったが、いざとなれば、他の冒険者にモンスターを押し付けていくことも検討すべきだとのことだ。

 オレ達とは違い、リリはかなり長い時間ダンジョンに潜り、生存のための知恵や経験を身に着けているように思えた。

 

 

「リリ、報酬は約束通り、換金額の2割で構わないかい?」

「いや、待ってください。サトゥーさん、こんなに手伝ってもらったし、山分けでもいいのでは?」

 

 換金後、報酬を払おうとしたらベル君が増額を提案する。たしかに知識といい動きといい十分な働きをしていた。

 

「それもそうだね。……はい、3分の1。一応、確認してくれ。」

「あの……、お二人とも、本当によろしいのですか?」

 

 リリが金額を確認し、信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。

 

「ああ、リリの働きに対する正当な報酬だ。受け取ってくれ」

「……変なの」

 

 小さな呟きが聞き耳スキルを通して聞こえた。ベル君には聞こえてないだろう。

 

「さて、ベル様、サトゥー様、よかったらこれからもリリを雇ってやってくださいね?」

「うん、いい返事ができるように考えておくね」

「はい。リリはだいたいバベルにいますから、いつでも来てくださいね」

 

 そういって、リリは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「う~ん、他所のファミリアのサポーターかぁ……」

「やっぱり、不味いですかね?」

 

 ベル君とオレはエイナさんに相談することにした。二人ともオラリオに来て日が浅いから暗黙のルールとかあってもわからないからね。

 

「互いの利益を尊重して明るい契約関係を築いている例もあるしね……二人から見てどうなの、そのリリルカさんって言う子は?」

「はい、いい子でしたよ……サポーターとしても腕はわるくなさそうですたし」

「知識や能力面では問題ないと思います。……ただ、リリによく似た人物が気にかかりますね」

 

 正直、リリに対してどうにかしたいという感情がないこともないが、ヘスティア・ファミリアの人間を優先させてもらう。あまり危険事には巻き込まれたくない。

 

「昨日の子ですか?でもあの子は小人族(パルゥム)で、リリは犬人(シアンスロープ)ですよ?」

「何のこと?詳しく聞かせてくれるかしら?」

 

 オレは、リリに似た小人族(パルゥム)が男性冒険者に追いかけられていたことを伝えた。

 

「で、でもリリが犬人(シアンスロープ)なのは間違いないです。耳を触らせてもらって確認しましたっ!」

「けれど、そんなに似ているってことはその冒険者も勘違いして襲ってくる可能性はあるわね」

「……リリが危ないじゃないですか!?」

「私としては、彼女とサポーター契約を結んだ場合、君たちも危ないことになることを考えてほしいかしら?

 私は正直、オススメできない」

「う……でも……」

 

 エイナさんの心配する言葉に、ベル君が言葉を詰まらせている。

 顔から、リリを連れていきたいと思っているのが、簡単に読み取れる。

 ……しょうがないね。

 

「……ベル君は頑固だからね。

 どうしても彼女をサポーターにしたいというなら、それでもいいけど、危ない目に合うかもしれないという覚悟は決めてほしいかな」

「ちょ、ちょっとサトゥー君!?」

 

 エイナさんが驚愕の表情でこちらを見ている。たしかにオレらしくはないかもしれない。若い体に精神が引っ張られているのかもしれないね。

 いざとなれば、縮地で逃げればどうにかなるという安易な考えも含まれているけど。

 

「サトゥーさん……わかりました。リリにサポーターをお願いしましょう」

「ベル君まで……。なんで君たちは危ないことばっかりするのかな……」

 

 嬉しそうに答えるベル君を心配そうな表情でエイナさんが見ている。

 

「……止めても無駄なんだろうけど……本当に気を付けてよね」

「はい」

 

 ベル君は元気よく答えた。

 

 装備でお金も使ったことだし、真夜中にまた抜け出してダンジョンに向かった。

 ダンジョンは、17階層に階層主というボスがいて、18階層に街があると聞いている。ボスを倒すと目立ちそうだし、17階層は入ってマップ登録だけして、あまり足を運ばないようにした。

 モンスター自体は縮地からの魔刃でどうにでもなった。シルバーバックやミノタウロスといった、少し因縁のあるモンスターも問題なくサクサク魔石になってもらった。むしろ、近接系なので狩りやすかった。

 遠距離攻撃手段が投石のみなので、ヘルハウンドなどの遠距離攻撃持ちのほうがやっかいだ。一度、ヘルハウンドに囲まれた状態で火を吐かれて、位置取りが悪くて避けきれずに左腕が少しやけどした。自己治癒で元通りになったとはいえ、あの時は少し焦った。「火耐性」を得られたので良しとしておく。それ以降、真っ先に石を投げて仕留めるようにした。

 魔刃について試したところ、魔刃剣アイリスは1000ポイント流し込んでも、まだまだ流せそうだった。1000ポイントまで流すと、魔刃が大剣のように大きくなり、かなり強い紫の光で周囲を照らすようになる。ライトでも持っているみたいにかなり目立つ。ここまで強い光だと目が痛くなりそうなものだけど、不思議と目は痛くならずに直視できる。

 なお、エイナさんがくれたナイフは魔力を100ポイント注ぎこんだ時点で、限界みたいだった。無理矢理これ以上注ぎ込むことも可能みたいだが、ナイフが壊れるかもしれないと思うと試せなかった。

 また、魔刃だが別に武器を持たなくとも、指先からも発生させられることが判明した。

 なので、ソロで潜る際は右手は魔刃剣アイリス、左手は投石か魔刃を切り替えている。アニメなどでよくある、魔力弾を飛ばす攻撃ができればいいのだが、その試みはうまくいっていない。

 マップで他の冒険者は避けているし、街を歩くときは適当なローブを着て、アイリスはストレージ送りにしているので、オレだとはわかっていないはずだ。

 換金に関しては、ギルドの換金所ではなく、ギルド以外でやっている少し怪しめの換金所を使うことにした。訳アリの人でも換金してくれるらしく、相場より少な目の金額だが、ローブ姿で顔を隠した状態でも問題なく換金してくれた。マップや索敵スキルなどで、尾行には気を付けたので、身元が知られたということもないだろう。

 さて、結構なお金も手に入れたんだ。何に使おうかな?



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14話:魔法発現

 しばらく、リリと一緒にダンジョンに潜った。今までとは比べものにならないくらいの金額が稼げている。

 より下の階層に潜ることにより、魔石自体の買い取り価格も上がったこともあるが、ベル君が戦闘に集中でき、身軽なままというのが大きい。リリの知識もかなりのものだ。的確にダンジョンについての知識を教えてくれる。

 心配していた別の冒険者のちょっかいも今のところ発生していない。危ない場面がなかったこともないが、オレの投石のフォローやリリのリトルバリスタでのフォローで切り抜けた。

 

「じゃ、今日も山分けで」

「お二方は、もう少し、物欲とか常識というものを知ったほうがいいと思います。ありがたく頂戴しているリリが言える立場ではありませんが……人が良過ぎです。

 リリはサトゥー様はともかく、ベル様のことが危なっかしくて見ていられません」

 

 リリのお小言も増え、リリとの間にあった溝も少しは埋まってきたと思う。

 ただ、時折見せる、リリの苦しい状態を思わせる言葉や表情にベル君は心を痛めているようだ。

 特にソーマと呼ばれる酒に関しては顕著だった。ソーマは市場に流れている失敗作で、一瓶6万ヴァリスという魔刃剣アイリス以外のオレの装備一式より高い価格を誇る。

 失敗作と聞いたベル君が、完成品を飲みたいといった時に「止めておいた方がいいと思います」とつぶやいた時の、リリのあの無理をした笑顔は印象深い。

 

「申し訳ありませんが明日は用事があり、リリはダンジョンに潜ることができません」

「用事なら仕方ないね。ベル君、明日はダンジョン探索は休みにしようか?」

「そうですね。ここのところダンジョンに通いっぱなしでしたから、いい休息です」

 

 リリのことは気になるが、お金も溜まってきたし色々やりたいことがある。

 

 ホームに戻り、食後、身だしなみを整える。

 

「ベル君、すまないけど、少し出てくるよ。たぶん、明日の朝までにはホームに戻ると思う」

「えっ、サトゥーさんも用事ですか?」

「まぁ、そんなところだよ。じゃあね、ベル君」

 

 軽い足取りでホームを後にし、適当な路地から南東のメインストリートを目指す。

 目指す場所は歓楽街、もっというなら綺麗な女性とイチャイチャするお店だ。

 色んな様式の建物が立ち並び、防音性がないのか、聞き耳スキルがオフでも甘い声が聞こえている。

 ヒューマンやアマゾネス、獣人に小人族(パルゥム)、様々な娼婦が客引きをしている。

 

「待ちな、そこの黒髪」

 

 客引きにしては強気の声がかかった。

 そちらを見ると、紫の透けている衣装を身にまとった美脚の女性がいた。長身の引き締まった褐色の肌、豊かな胸、整った顔立ちに漆黒の長髪。なかなか素敵な女性だ。

 

「どうかされましたか?」

 

 腰に手を回し、抱き寄せられた。おお、素晴らしいサービスだ。彼女はこちらの顔を覗きこみ、不思議そうな表情を作った。

 

「んー、表情が変わらないね。この私が抱きしめてやってるってのに」

「とてもうれしいのですが、あまりお金を持ってないものですから。あなたのような美人と一晩過ごせるのか不安なのですよ」

「ほほう……今日は、あんたに一晩買われるとしようか。足りないとしても有り金全部で許してやる。その余裕そうな表情をめちゃくちゃに変えてやるよ」

 

 無表情(ポーカーフェイス)が娼婦としての癇に障ったのか、そんなことを言い出した。こんな美人と一晩過ごせるのである。願ってもないことだ。

 

 その後、適当な部屋に入り、彼女と一晩を過ごした。彼女、アイシャさんはとても情熱的であった。レベル310のおかげか、かなりスタミナがあり色々と堪能できた。

 

>「性技」スキルを得た。

>「睦言」スキルを得た。

>「誘惑」スキルを得た。

 

 なお、これらのスキルにはポイントは振ってない。ここでズルはつまらないだろう?

 

 

「なかなか気に入ったよ。サトゥー。また来な。可愛がってあげるよ」

「また、お金が出来たら遊びにきます」

 

 翌朝、スッキリしたオレは、アイシャさんのお見送りを背に、非常に軽い足取りでホームに戻った。

 ホームに戻ると、ベル君が手持無沙汰な感じでソファーに寝転がっていた。

 

「おかえりなさい、サトゥーさん」

「ただいま。といっても、またすぐに出るけど」

「え?またですか?」

「ああ、今度はちょっと本を買おうと思ってね」

 

 前々から買いたかったレシピ本に、服飾関連の本を買おうと思っている。

 裁縫スキルはミシンを使っているかの如く高速で縫うことはできるのだが、服の作り方まではわからなかったため、以前に、相場価格以下の捨値で買った生地がストレージ内に死蔵されたままなのだ。

 見よう見まねでそれらしい服は作れたのだが、情報スキルによると質がよくないらしい。どうも、この手のスキル補正というのは、一動作が完璧にこなせるようになるものの、全体の流れといったものは別にキチンと学ぶ必要があるようなのだ。

 

 書店で本を買い、ストレージにしまった際に気付いたのだが、ストレージには電子書籍のような機能もあった。

 取り込んだ本のスキャンデータを作り出し、メニュー内での閲覧が可能になるのだ。検索機能も存在しており、暗くても、目をつむっていても読める本。なかなか夢が広がる機能である。

 ホームに帰った際に、ベル君とヘスティア様がいなかったので、ヘスティア様の本をすべてストレージに突っ込み、スキャン作成後、元に戻した。

 これで、いつでもヘスティア様の蔵書が読めるようになった。色々と危険な機能ではある。ヘスティア様には読む許可をもらってるし、書店で買ってない本をコピーするような真似はしないので許してほしい。

 服飾本を元に、シャツを作っていると、ベル君が分厚い本を持って帰ってきた。

 

「サトゥーさん、服を作ってるんですか?」

「ああ。ダンジョンに着ていくような丈夫な服じゃなくて、寝間着代わりだけどね」

 

 ベル君はベッドにうつ伏せになり、本を読み始めた。

 あとで貸してもらおうかなどと思いつつ、俺はチクチクと布を縫い合わせていく。

 ……よし、シャツとズボンが出来た。

 特に飾りっ気のないシンプルな服だが、自作のモノということもあり、なかなかうれしい。

 鑑定スキルによる品質もなかなか評価がいい。特に問題なさそうだ。実際に着替えてみて、体を動かし不備がないか確認してみたが、いい出来ではないだろうか。

 ベル君の分も作るかと、再び、布を切り始めた。

 

「ただいまーっ!」

「おかえりなさい、ヘスティア様」

「へぇ、サトゥー君は服を作ってたのかい?

 炊事洗濯掃除はもちろん、服まで作り出すか。

 あれだね。一家に一人のサトゥー君が欲しくなるね」

 

 まるで家電製品の宣伝みたいだ。

 こっちにも魔石製品があるし、似たような宣伝文句はあるのかもしれないね。

 

「ほほう、さすが!

 いい出来じゃないか。今度、ボクの服も作ってくれないかい?」

「構いませんが、ヘスティア様、サイズとかオレに教えていいんです?」

「いいさ。君はからかっても仕方がない程度に、老成しているからね」

 

 褒められてるのか、けなされてるのかどっちだろうね。

 

「あれ、ベル君は本読んでると思ったら、寝ちゃってるのか?

 慣れないことをしてまんまと睡魔に敗北を喫したってところかな?さ、起きな、ベル君?」

「ん……?か、神様?」

 

 こめかみを押さえつつベル君が起き上がる。

 

「そうだよ。君のお茶目な姿を見られて、ボクの仕事疲れも吹っ飛んだよ」

「お、お茶目って……」

 

 ベル君が顔を真っ赤にしている。

 

 レシピ集を元に、オレが作った夕食はなかなか好評だった。

 また、今度違うメニューに挑戦しよう。時間ができれば、日本のメニューの再現研究を進めてもいいかもしれないね。

 食後、ステイタスの更新をしてもらったが、オレはさほど伸びていなかった。

 

サトゥー

 Lv.1

 力:I38 耐久:I2 器用:I93 敏捷:I45 魔力:G210

 《魔法》【】【】【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 例外的に魔力が伸びているが、魔刃の使用で、魔力の経験値(エクセリア)を稼いでいるのだろうか?

 それにしても、ほぼ同じ期間でBとかいってるベル君の別格の伸び率が目立つ。

 

 

「ええええええっ!魔法!」

 

 廃教会でメニューの本を見ていたオレに、ベル君の叫びが聞こえた。聞き耳スキルを確認したが、無効化してあった。察するに魔法が発現して思わず叫んでしまったんだろう。しばらくすると、ベル君が地下室から走ってきた。

 

「サトゥーさん、ボク、魔法が発現したんです」

「ああ、ベル君の叫びがこっちにも聞こえてたよ。おめでとう」

「ええ、そんな叫んでました?恥ずかしいなぁ……」

 

 ベル君はほほを赤くして、うつむいた。

 

「それで、どんな魔法か聞いていいかい?」

「ええと、ファイヤボ……と、もしかしたら、魔法の名前を言うだけで発動するかもしれないので、魔法名は言えないです。試してないので、まだどんな魔法かはわかりません」

 

 まるで、新しいおもちゃをもらった子供のようだ。

 

「今から試しに行くのかい?」

「いいんですかっ!いや、ええと、神様に魔法は逃げたりなんかしないぜ、って言われちゃったんですけど、気になっちゃって……」

 

 ポリポリと恥ずかしそうに頬を書きながらベル君が言った。

 

「気持ちはわかるよ。というか、オレも気になる。

 ベル君が行きたいというならついていくけど?」

「はい。試し撃ちに行きましょう!」

 

 ヘスティア様に一声かけると

 

「まったく、しょうがないね……。気をつけていっておいで」

 

 と苦笑交じりに送り出された。

 手早く装備を身に着け、バベルに向かって走り出したベル君を追いかけオレも走り出す。

 ダンジョン1階層でゴブリンと遭遇した。ベル君は緊張した面持ちで、右手を真っ直ぐに突き出し、手を開いた。

 

「【ファイヤボルト】!」

 

 ベル君の手のひらから稲妻のようにジグザグを描く炎がゴブリンに着弾、爆発した。

 ファイヤボ○○と聞いていたから、ファイヤボールとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。

 ベル君は自分の手のひらを眺め、何度も何度もガッツポーズをした。

 

「すごいな。これが魔法か」

「見ましたか?サトゥーさん、魔法ですよ!僕が魔法を使ったんですよ!」

 

 興奮冷めやらぬようにベル君がいう。

 

「ああ、かっこよかったよ。せっかくだ、色々試してみよう。

 左手で撃てるかとか、放つ場所を変えられるかとか」

「放つ場所を変える、ですか?」

「手のひらからしか撃てないなら、ベル君の両手にナイフを持つ戦闘スタイルだと一度納刀する必要がでてくるだろう?」

「ああ、それは重要です!拳から打てればナイフを握ったまま撃てますもんね!

 よーしっ、次行きましょうっ!」

 

 走り出したベル君をメニューをオフにしながら追いかける。ベル君の魔法の発動過程を集中してみれば、何か得るものがあるのではないかという試みだ。

 集中……集中……なにかベル君の手の平にうっすらと色が集まり、放たれる様子が見えた。メニューを再度表示する。

 

>「魔力視」スキルを手に入れた

 

 さっそく、スキルにポイントを振る。

 どうやら普段見えない魔力を可視化するスキルのようだ。

 ベル君の手のひらに魔力が集まり、色や流れが変わり炎と一緒に撃ちだされる様子が見て取れた。

 この魔力の流れ方は、魔力弾を飛ばすという目論見の参考になりえるかもしれない。よくよく観察しておこう。

 さて、ベル君だが、左手から打つことはできたが、今のところ、撃つ場所を変えることはできなかった。

 指先から魔法が出るイメージを描いたのだが、無理だったそうだ。

 ただ、魔力の流れる感覚というのはわかり、その場所をうまく変更できれば、撃つ場所も変えられるかも、とベル君は話してくれた。

 その後も、調子に乗って、ベル君は魔法を放ち続けた。オレも少し調子に乗っていたことは否めない。

 なんせ、ベル君が倒れるという危険性に気付けなかったのだから。




レシピ本や服飾の初心者用の本がダンまち世界にあるのかは微妙ですが、あるということでお願いします。


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15話:アイズ・ヴァレンシュタイン

「ちょ……ベル君!?」

 

 急に意識を失い倒れそうなベル君を縮地で抱きとめ、ゆっくりと横たわらせる。

 ポップアップ情報を見ると、MPがゼロになり、昏倒状態になっている。

 一部RPGみたいに、HP以外にもMPがゼロになっても倒れる仕様なのか。

 

「人が倒れてる」

「モンスターにやられたか?」

 

 聞き耳が言葉を拾った。こちらに二人の女性が駆け寄ってくる。

 エルフのどこか気品ある女性と、ミノタウロスの時に世話になったアイズ・ヴァレンシュタインさんだったか。

 

「どうしたのだ?」

 

 エルフ女性が尋ねてきた。

 

「魔法を使っていたら、倒れてしまって」

「ふむ……典型的な精神疲労(マインドダウン)だな。寝かせておけば、治る」

 

 テキパキと診察した後、そう言ってくれた。

 

「そうですか。あの時といい今回といい、色々ありがとうございます」

「あの時……ああ、あのミノタウロスの一件の冒険者か。うちの馬鹿者がその子をそしり、傷つけたようでな。すまない」

「いえ、謝らないでください。ベル君もきっと恐縮してしまいますよ」

 

 馬鹿者がベル君を傷つけた?そんなことがあったのか……。今は特にそんな様子もないし大丈夫なんだろうとは思うけど……。

 俺たちの会話を聞きながら何か考えていたようなヴァレンシュタインさんが口を開く。

 

「私、この子に償いをしたい」

「……いいようは他にあるだろう」

 

 本当にね。本人は2,3度瞬きして、頭にハテナマークが浮かんでいるようだ。

 訂正をあきらめたのか、こちらに向き直って、エルフさんが話し始めた。

 

「すまない。そこの少年の世話をアイズに任せてくれないだろうか?」

「私としては構いませんし、ベル君本人も喜ぶとは思いますが、わざわざいいんですか?」

「アイズ本人が何かしてやりたいといってるんだ。構わないさ」

「わかりました。バベルの簡易食堂にいますので連れてきてください。うちのベル・クラネルをよろしくお願いします」

「ああ、少し待ってくれ。アイズに指示を出した後、念のため、私も君についていこう」

 

 その後、アイズさんとエルフさんが小声で何かを話そうとしたので、聞き耳スキルを無効化しておいた。

 ダンジョンを警戒しながらエルフさんと戻っていると、あちらから話しかけられた。

 

「すまないな。無理を言って」

「構いませんよ。ベル君はアイズさんに憧れてるみたいですし、ベル君にとってもうれしいことでしょう」

「しかし、精神疲労(マインドダウン)を起こすほどに魔法を使うとは、何かあったのか?」

「いえ、ついさっきのステイタス更新で魔法が使えるようになったから、はしゃいで魔法を使いすぎただけみたいです」

「ああ……なるほど」

 

 エルフさんは少し苦笑を浮かべた。やはりとても美人さんである。

 

「うちのファミリアも調子に乗って精神疲労(マインドダウン)を起こすまで魔法を使った者がいたな」

「オレが魔法を使えるようになった時は気をつけたいものです」

「どんな魔法が使いたいんだ?」

「そうですね……範囲攻撃ができるような魔法も使いたいんですけど……。

 ダンジョン内に潜っていると、どうしても汚れてきてしまいますし、そう簡単に体を洗えないじゃないですか?」

「まぁ、その通りだな」

「なので使うと、服が洗濯して太陽で乾かしたように、体が風呂に入った後のように綺麗さっぱりとなる魔法が使いたいですね」

 

 範囲魔法は無難に欲しい魔法だけど、こちらはこちらで、半分くらいは本気で欲しい。

 こっちの世界の魔法は3つしか使えないのに、こんな魔法で埋めるのかという問題はあるけどね。

 

「ほほう。そういった発想はなかったな。だが、確かにそんな魔法なら欲しいな。

 その魔法が使えるようになったら、是非うちのファミリアに来てくれ。女性が多いから歓迎されるぞ」

「使えるようになったら、考えますよ」

 

 軽く冗談を交わしつつも、バベルの簡易食堂までたどり着き、エルフさんから魔法の基礎を触り程度だが聞いていた。なかなかためになる。

 すると、酷く項垂れた表情でヴァレンシュタインさんがフラフラとこちらへ歩いてきた。

 

「……ちゃった」

「なに?」

「また、逃げられちゃった……」

「……くっ」

 

 エルフさんが肩を揺らし笑いを堪えている。

 ヴァレンシュタインさんが真っ赤になって頬を膨らませると、エルフさんは堪えきれないといった風に笑い声を上げた。

 それにしても、ベル君は想像以上のヘタレだったようだ。あんなに女の子とフラグを建てていたのはなんだったのか?

 

「えっと……うちのベル君がすみません」

「リヴェリアのせい。……リヴェリアが変なこと言うから」

 

 ヴァレンシュタインさんはジトッとした目でエルフさんをにらみつけている。

 

「今度逃げ出そうとしたら、無理矢理捕まえちゃってください」

「いいの?」

「ええ、ベル君はどうにも恥ずかしがりやのようですから。話をしたいならそれが一番だと思います」

「嫌われない?」

 

 首をかしげながら、涙目で尋ねてきた。

 

「ベル君はむしろヴァレンシュタインさんに憧れを抱いていると思いますよ。ただ、恥ずかしがり屋なだけです」

「わかった。次は頑張る」

 

 ヴァレンシュタインさんは、ちょっと立ち直ったように見える。マップを確認すると、ベル君はホームへ帰る途中みたいだった。

 

「では、私はこれで失礼します。色々とありがとうございました」

「気を付けてな」

 

 ホームに帰る途中に、ベル君がホームから出てきたことをマップで確認した。

 オレがまだ帰ってないことを心配したんだろう。このまま進めば入れ違いということもないだろう。

 

「ああ、見つけた!心配しましたよ、サトゥーさん」

 

 表情から真剣に心配してくれていることがわかる。

 

「いや、こっちのセリフだよ、ベル君。せっかくヴァレンシュタインさんと二人っきりになったのに、なんで逃げちゃったのかな?」

 

 一気に顔が赤くなった。

 

「えっと……何故、僕がヴァレンシュタインさんと二人っきりで、ひ……ひざ……」

「二人っきりになったのはヴァレンシュタインさんがそう希望したからだよ。話したいことでもあったんじゃないのかな?」

「ええええ!僕と!?……いや、でもなんで?」

「そのあたりは聞いてないよ」

 

 ミノタウロスで血まみれにしちゃった件だと思うけど。

 

「あーあ、ヴァレンシュタインさんが話したいことも話せず、勝手に逃げちゃったベル君のことどう思うかな?」

 

 赤くなった顔が一気に青くなった。忙しいことだ。

 

「ぼ、ぼぼぼ、僕、今からダンジョンに戻って、ヴァレンシュタインさんに謝ってきます!」

「もう、彼女はホームへの帰路についてるんじゃないかな?次会ったら、逃げずにちゃんと話をしたほうがいいよ」

「……はい、わかりました」

 

 しょぼくれた顔のベル君がそこにいた。

 このベル君に追い打ちをかけるのもどうかと思うけど、今のうちに言っておこう。

 

「で、ベル君、君があそこで倒れた理由はわかるかい?」

「え、えっと……わかりません」

精神疲労(マインドダウン)って言ってね、限界を超えて魔法を使うとああなるらしいよ。

 魔法は無制限に放てるわけでなく、自分の精神力(マインド)を元に放つからね。

 自分の精神力(マインド)を限界まで絞り切れば、意識を失うってわけみたいだ」

「そうだったんですか……」

「今日は、気持ちが高揚していて気づかなかったかもしれないけど、次からは自分の調子を確かめながら魔法を使ってね。」

「……はい」

 

 燃え尽きたようなベル君が答えた。

 

 翌日、ベル君はクッションに頭部を押し付け唸っていた。まだ引きずっているようだ。

 

「ほんと、どうしたんだい?ベル君は」

「そっとしておいてあげてください」

 

 尋ねるヘスティア様に軽く返す。きっと時間が解決してくれるだろう。朝食後、ヘスティア様がベル君に声をかける。

 

「そうだ、ベル君。昨日のあの本を見せてくれよ。今日は昼まで暇なんだ」

「あ、はい。いいですよ」

 

 幾分立ち直ったベル君がヘスティア様に本を渡す。

 

「ふぅん……見れば見るほど変わった本だ、な……ぁ?」

 

 ページをめくっていた手をとめ、ヘスティア様が引きつった表情を浮かべた。

 

「………これは、魔導書(グリモア)じゃないか」

「えっと、滅茶苦茶値の張る、魔法を強制的に発現させる本でしたっけ?」

 

 魔法を使いたくて調べた際に、聞いたことがある。アホみたいな値段がついていたので、諦めた品だ。

 ベル君が変な笑みを浮かべて固まった。

 

「……どういう経緯でこの魔導書(グリモア)が、今ここに存在しているんだい?」

「知り合いの人に、借りました……。誰かの落とし物らしい、デス……」

「……値段は一級品装備と同等以上、1回読んだら効果は消える。使い終わった後はただのガラクタですよね?」

 

 オレの追い打ちにベル君が崩れ落ちた。重苦しい沈黙が地下室に落ちる。

 

「……僕、事情を話してきます!」

「ベル君、止せっ!ごまかすんだ!それしかない!」

「無理です!ここはもう『ドゲザ』にかけるしかありませんよ!」

 

 そういってベル君は走り出した。というか、この世界にも土下座は存在するのか。

 

 酒場から帰ってきたベル君が、気にするなと言われたと報告してくれた。

 金銭を要求されなさそうだし、ひとまずよかったということにしておくべきか。

 誰が置いていったかは気になるが、魔導書(グリモア)の価値を考えれば、忘れ物というより、物好きがわざと置いていった、という可能性が高いだろう。今後も名乗り出るものがいなければ、特に気にする必要はなさそうだ。

 

 その後、ダンジョン用の装備を身に着け、ポーションの補充と店員さんにオススメされたベル君用の精神力(マインド)回復用のポーションを新規購入し、バベル前へと向かった。

 さて、ベル君の魔法は実戦では、どうなるかな?



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16話:黒衣の幽霊

 バベル前に着くと、ベル君とリリがすでにいた。

 

「待たせたね。ベル君、精神(マインド)回復用のポーションだよ。そこそこ値が張ったから、普段使いするようなものじゃないけど、危なくなったら使ってくれ」

「は、はい……。ありがとうございます……」

 

 ベル君の様子がなにかおかしい。可能性は低いとは思うけど、魔導書(グリモア)の件かな。リリの前でするような話でもないし、帰ったらそれとなく話を聞いてみるか。

 

 ダンジョンに入って戦闘に入るとベル君はいつもの調子を取り戻した。

 上の層ではなく、いつも戦っている相手にベル君の魔法を試しているが、この魔法というのはなかなかに面白い。

 リヴェリアさんによると、詠唱が長いほど魔法は強くなる傾向にあるが、並行詠唱という特殊な技術を覚えないと、詠唱中は動くことができず、誰かに守ってもらいながらの詠唱が基本になるそうだ。

 しかし、威力や範囲という点では劣るのかもしれないが、ベル君の速度を重視した戦闘スタイルと、魔法名だけで発動できる遠距離攻撃のファイヤボルトは非常にマッチしていると思う。

 ナイフを納刀する必要があるのがもったいないが、それは魔法に習熟すれば解決できそうだとベル君自身が言っていた。なかなか将来有望なのではないだろうか。

 

 今日も、無事換金を終え山分けし、ホームに戻ったが、ベル君がヘスティア様にリリのことを相談し始めた。

 どうも、今日様子がおかしかったのは、以前、リリとひと悶着あったあの男の冒険者がベル君にリリをダンジョンで置き去りにするよう、言ってきたせいであるらしい。

 

「ボクは、あえて嫌なやつになるよ。

 君の話を聞く限り、そのサポーター君はどうもきな臭いように思える。

 その冒険者の男に疑われる何かを……いや後ろめたい何かを、彼女は隠し持っているんじゃないかい?」

 

 ヘスティア様の神威を伴った問いかけに、ベル君は黙り、考えこんだ。

 

「神様、僕は……それでも、リリが困っているなら、助けてあげたいです。

 リリは寂しそうにしていました。神様が一人だった僕を助けてくれたように、僕もあの子のことを助けたい」

 

 真剣な表情をしたベル君を目にして、ヘスティア様は大きな溜息をついた。

 

「まったく。仕方のない子だ。……サトゥー君はどうするんだい?」

「オレも助けることに異存はありませんよ。

 リリが罪を犯していたなら、償う必要はあるでしょうが、私刑はあまり好きではありません」

 

 まだ子供だしね。情状酌量の余地はあるだろう。

 

「二人とも仕方のない子だ。怪我なく帰っておいで」

 

 

 翌日の朝、早くバベルへ行こうとするベル君をなだめ、いつも通りの時間にバベルへ向かった。

 リリはオレたちを見つけると、いつも通りの笑みを浮かべた。

 

「お二人とも、おはようございます」

「おはよう」

 

 ベル君はどこか、考え事をしているようだ。挨拶を返さない。

 ただ、考え事をしているのはリリもわかっているようで、不快そうな表情は浮かべていない。

 

「あの、今日は10階層まで行ってみませんか?」

「どうして、そんな深い層まで?」

「実力的には問題ありません。11階層まで降りたことがあるリリが太鼓判を押します。お二方は10階層を楽に攻略できます。絶対です」

 

 たしかに10階層まで降りていいとエイナさんから許可が下りてた。もっとも十二分に注意することを念押しされ、講座もついてきたが。

 

「……実は、リリは近日中に、大金といえるお金を用意しなければいけないのです」

「っ!もしかして、それって……」

 

 ベル君が反応を示す。

 

「事情は言えません。リリのファミリアに関することなので……。どうか、リリの我儘を聞いてくれませんか?」

 

 ベル君はしばらく悩むそぶりを見せたが、視線でこちらに尋ねてきたので、頷く。

 

「わかった。行こう、10階層」

 

 リリは、大型モンスターの相手用にリーチの長い武器を、ということでベル君にバゼラードを渡しダンジョンに潜った。

 武器を渡す際に、リリの様子がちょっとおかしかったので、すでにマーキング済みのベル君、リリに加え、新たにヘスティアナイフ、魔刃剣アイリスにマーキングを施した。

 最悪これで盗まれたなりしても、マップから場所がわかるようになる。他の装備に関しては、さほど高いわけでもない。恐らく盗みの対象とはしないだろう。

 

 10階層までついた。霧のエリアだ。

 視界が悪いので、仕掛けてくる可能性が高いのは、ここだと思う。

 ベル君はリリより、男の冒険者に注意を払っている。

 男の冒険者にもマーキングをしたかったのだが、オレがあったのは路地裏での喧嘩の際だけで、名前も覚えていないため、個人特定ができずマーキングができなかった。

 高いレベル補正のせいか、意識すればちゃんと覚えられるのだが、どうでもいいと判断すると綺麗さっぱり忘れてしまう。

 マップを確認していると、右からオークが一匹近づいてくる。

 

「行けるかい?ベル君」

 

 オークは結構大きなモンスターだ。

 そのためか、ベル君の表情に少し怯えの色が混じっていた。

 

「……はい。大丈夫です」

 

 ベル君はオークに向かって駆け出した。

 振り下ろしをかわし、足を斬り、倒れたところにトドメという綺麗な流れだ。問題なさそうだ。

 オレはオレで左から来ていたオークに魔刃剣を構える。ベル君に倣い、足を殺してからのトドメという流れで倒した。

 

「やったよ!リリ……?」

 

 リリが距離をとっている。

 彼女の周囲にモンスターや人はいないため、自分の意志で距離をとったのだろう。

 

「リリッ!?」

 

 マップを見るとオークがベル君に迫ってきている。

 ベル君に近づくと周囲にモンスター寄せの肉が置かれていることが空間把握スキルでわかった。

 しまったな。アイテムに関してはマップにイチイチ表示していなかった。

 

「ベル君、構えて!オークが6体来る!」

 

 そういった瞬間、リリからベル君に向かってロープ付きの矢が放たれる。狙いはヘスティアナイフの入ったレッグホルスターだ。

 反射的に石を投げる。どうやら、矢の軌跡を変えることに成功したようだ。

 ベル君はリリの放った矢に、なにが起こったのかよくわからないというように、呆然としている。

 

「ベル君、目の前のオークに集中!」

 

 状況が状況だ。目の前の戦いに集中してもらう。

 リリを捕まえたいが、オークの数が多い。集中してベル君を見てないと、怪我をしかねない。

 

「ごめんなさい、ベル様、サトゥー様。もうここまでですね」

「リリ、何言ってるの!?」

「……リリは、ベル様はもう少し人を疑うことを覚えたほうがいいと思います。

 サトゥー様は相変わらずお心がわかりませんが、リリは少しはサトゥー様を驚かせたでしょうか?」

「十分驚いたよ」

 

 ちらりとリリに目を向けると、リリは可愛らしく笑顔を浮かべるがどこか表情が硬い。

 

「ベル様のナイフを盗もうと計画しましたが、ここまで来て、サトゥー様に邪魔されるとは思いませんでしたよ。お二人と組んでからとても稼げていました。せっかく用意したアイテムが無駄になり、今日だけは大赤字です」

「いつもの山分けだけじゃ足りなかったかい?」

 

 オークの首元に魔刃剣を振るいながら尋ねる。

 

「いえ、リリには過ぎた大金でしたよ。可能ならずっとついていきたいとリリは思っていました。……少し、喋り過ぎましたね」

 

 そう言って、リリは後ろを向いた。

 

「では、お二人とも、折を見て逃げ出してくださいね。さようなら、ベル様。もう会うことはないでしょう」

「リリ、リリィ!?」

 

 リリはベル君に一度視線を向けた後、霧の向こうへ消えていった。

 逃げられたか。しょうがない。マーキングはしてあるんだ。オークを片付けてから追いかけよう。

 

「サトゥーさん、このオークの団体を受け持てますか!?」

 

 ベル君がオークのこん棒の振り下ろし攻撃をかわしながら叫ぶ。

 ベル君は一人で追いかけるつもりか。不確定要素が増えて嫌な面はある。

 しかし、ベル君の足元にはエイナさんから貰ったプロテクターが外れて転がっているし、ここで長期戦をさせたくないという考えもある。

 それに、ここで止めるのも男じゃないと思っている。どうにも、ベル君に影響されているようだ。

 

「可能だ!リリが別れを告げたのは君だけだ。行ってこい、ベル君!」

「すみません!ありがとうございます!」

 

 そういって、ベル君は囲みを抜け霧の向こうへ駆け出した。

 周囲から視線を向けられていないことを確認して、縮地と魔刃でさっさと片付けて後を追う。

 マップをみると、ヴァレンシュタインさんが高速でこちらに近づいてくる。彼女の力を借りれれば、より安心できるが、説明の時間が惜しい。

 

「すみません!急いでます!」

 

 一声かけてそのまま走り去る。

 マップでリリの居場所を確認したのだが、リリはHPが減った状態で7階層にいる。こちらを優先しなければならない。

 ここは全力で事に当たるべき場面だ。縮地でベル君を抜いてでも、リリを助ける。

 最短ルートではないが、人がおらず、直線が多く縮地でショートカットできるルートを選択する。

 縮地で移動しつつも、武器類をストレージにしまい、「早着替え」スキルで、まるで変身のように装備を外し、インナーを変え、自作のフード付きローブと覆面を身に着ける。靴や手袋といった細部の装備も違うものに変えておく。

 あとはアニメで出てきた男の幽霊の声をイメージして「変声」スキルで声を変えておく。

 黒衣の幽霊がダンジョンに現れるとの噂話もあるし、サトゥーと結び付けられないため、幽霊っぽさをイメージして全身を揃えてみた。これなら少々暴れてもオレだと思われないだろう。

 

 

◆◆◆

 

 リリは階段を駆け上がり、少し口元を緩める。

 ここ7階層を抜ければ後はどうとでもなる。もうすぐ逃げ切れる。

 そう思ったとき、突如ルームの影から伸びてきたなにかに足を取られて地面に倒れこんだ。

 混乱しながら立ち上がろうとするリリに、追撃が加えられる。ボールのように吹き飛んだ。

 

「あっ、づっ、うあぁっ……!?」

「はっははははははははっ!いいザマじゃなえか、糞小人族(パルゥム)のコソ泥がぁ!」

 

 痛みに声を上げる中で、リリは男の冒険者を見た。昨日ベルと接触していたリリのもと雇い主、ゲド。ゲドはリリのローブをはぎ取り、装備品を取り上げる。ベルとサトゥーにも隠していたリリのとっておきの魔剣も奪われた。

 ゲドは笑いながら、リリの腹を蹴る。リリの中でなんとか逃げ出さなくては、と焦りだけが大きくなる。

 

「派手にやってんなぁ、ゲドの旦那ァ」

「おー、早かったな」

 

 声を方向を見やると、ソーマファミリアの冒険者カヌゥがいた。リリを脅迫して金を巻き上げようとしていた者達の一人だ。

 

「ゲドの旦那、ひとつ提案があるんですがね、奪ったもん全部置いてってほしいんでさぁ」

 

 笑みを浮かべ固まったゲドに、カヌゥは全身に裂傷を負ったキラーアントを放り投げた。

 キラーアントは瀕死の状態になると特別なフェロモンを発し、仲間を呼び寄せる。それが計3匹も用意されている。すぐにこの部屋がキラーアントで埋め尽くされるだろう。

 

「しょ、正気かっ、てめえらああああああああっ!?」

「俺たちとやりあっている間に集まってきた蟻の餌になんてなりたくねぇでしょう、旦那ァ?」

 

 ゲドはリリから奪った荷物すべてを放り投げ、カヌゥの横を走り去った。やがて叫び声が聞こえ、剣撃の音がしばらく聞こえた後に、途絶えた。

 ルームを埋め尽くさんとするキラーアントのうちの一匹がリリめがけて襲い掛かってくるが、カヌゥがそれを切り捨てた。

 

「大丈夫かぁ、アーデ?お前を助けるために来たぜ?何せファミリアの仲間だからなぁ」

 

 周囲では彼の仲間がキラーアントをとどめ、モンスターの包囲網の形成を寸前で防いでいる。

 

「俺の言いたいこと、わかるよな?」

「おい、早くしろ!本当にやべぇ!」

 

 カヌゥの横に立つ男がそう警告した時、突如黒い何かが現れたと思うと、警告を発した男が倒れた。

 黒い何かがゆらめくと、カヌゥもバタリと倒れた。黒の影がぶれるたびに、モンスターの声や冒険者の声が小さくなっていく。

 リリの体感で5秒も立たないうちに、大量にいたモンスターと人は、リリを除いて、全て倒れた。

 

 呆然としていたリリに黒色のソレはこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。

 裾がボロボロになった漆黒のローブ、闇で覆われているためフードの中身は見通すことができない。手袋をつけ肌の露出は一切ない。

 突如現れて近づくとバタバタと人やモンスターの区別なく倒れる。

 まるで幽霊だ。

 そう、リリが認識した瞬間、全身を得体の知れない何かが押さえつけてきた。

 ゲドやカヌゥに囲まれていた時以上に恐れを感じる。

 先ほどまで痛くてたまらなかったはずのリリは、痛みどころではなかった。

 恐怖が溢れ、震えが止まらなかった。

 

「リリィィッ!」

 

 走ってきたベルがリリを庇うように立ち、バゼラードを構える。

 だが、ベルは奇妙な感覚を感じていた。

 リリが怯えていたために、守らなければならないと立ちふさがったのだが、目の前の黒衣の幽霊が向ける視線を知っているような気がしたのだ。

 

「駄目です!ベル様、逃げてっ!」

 

 ベルは目の前の存在を改めて観察する。ベルが時々感じていた探るような無遠慮な視線ではない。今、目の前の存在から向けられている視線は全く違う。この視線は一体?

 ベルが思考を巡らせていると、唐突に、黒衣の幽霊が消えた。

 残されたのは、周囲に倒れた人とキラーアントだ。

 

「一体、何だったんだ……?」

 

 ぽつりと言葉が漏れたが、答えるものはいなかった。




ちょっと登場したアイズさんの流れですが

ベル君にオークの集団と戦っているサトゥーさんを手伝ってと一方的に言われて走り去られる。
サトゥーに、急いでいますと言われて、アレ?と思っていると、エメラルドプロテクターの輝きが見えた。
近づくと、結構な数のオークの死体とベル君のプロテクターがあり、プロテクターを拾ってどうしようと思っていると、フェルズが接触して……

という感じになります。
フェルズはサトゥーの戦いを見ておらず、オークの死体はアイズがやったものだと思っています。


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17話:ペナルティ

「おい、早くしろ!本当にやべぇ!」

 

 たどり着いたリリのいる場所では、キラーアントが大量にいて、男たちがリリを脅している。

 あの数だとみんなまとめて死にそうだが、何か策でもあるんだろうか?

 とにかくリリにこれ以上危害が加えられないように、縮地で距離を詰めてからの格闘スキルが教える気絶する程度のパンチを腹に打ち込む。

 少々ダメージはあるかもしれないが、ポーションがあるんだ。どうにかなるだろう。

 

>「拉致」スキルを得た。

>「暗殺」スキルを得た。

 

 スキルなんて後だ、後。リリの傍にいた、もう一人も言葉を話す前に無力化する。

 

「ひっ!な……」

 

 キラーアントと相対している者がなにか言おうとしたが、気にせず無力化しつつ、キラーアントもサクサクと殲滅する。

 縮地で距離を詰め、殴れば大体どうにかなる。この体のスペックちょっとおかしすぎないか。便利だからいいんだけど。

 綺麗さっぱりと倒したところで、傷だらけのリリにポーションを飲ませるかと近づくと、めちゃくちゃ怯えている。……え、なんで?

 

「リリィィッ!」

 

 ベル君が来たが、リリを庇うように立ち、バゼラードを構えている。

 

「駄目です!ベル様、逃げてっ!」

 

>「威圧」スキルを得た。

>称号「恐怖をもたらす者」を得た。

 

 ああ、うん、わかった。

 黒色のフードに覆面、肌が見えないように気を付けたこの恰好はどう見ても怪しいよね。ちょっと深夜のノリで裾をボロボロにして幽霊っぽくしたのは、失敗だった。サトゥーと結びつけられないためとはいえ、少しやり過ぎたかもしれない。

 しかし、そこまで怖がるほどかな?一応、助けたのに。

 まぁ、いきなりファイヤボルト撃たれなかっただけマシとしよう。

 縮地で下の階層に移動し、周囲に誰もいないことを確認してから大きな溜息を吐いた。服や声を戻してベル君たちの元に走る。何も話さなかったから、別に声を変える必要はなかったな。今更だけど。

 7階層につくとリリはベル君に抱きつき、わんわん泣いていた。

 周りには倒れた数人の冒険者と散乱したリリの荷物、ぼっろぼろなキラーアントの死骸と灰があった。

 

「あー、これは、どういう状況なのか、聞いてもいいかい?」

 

 オレがやったことだが、そう尋ねた。

 

 

 

「――以上がリリの見たものです。漆黒のローブを着た者は人間ではありえませんね。

 本当に幽霊なのかまたはモンスターかはわかりませんが、イレギュラーな存在かと思われます」

 

 リリは自分の悪事も含め、いままでのことを掻い摘んで話してくれた。

 けど、服を着ていたのに、モンスター扱いとかひどい言われようだ。さすがに少し落ち込むよ。

 

「……とにかく、今寝てる男たちが目を覚ます前に行動しよう。ベル君とリリは、あたりに散らばった道具を回収して上に戻っていてくれ」

「……いいのですか?……元をただせば、リリが盗んだものですよ?」

「かといって、この男達に渡すのもどうかと思う。今後どうするかはもう少し安全な場所で話し合おう」

 

 これからどうするかは聞いていないが、リリは自分の悪事にも触れつつ、さっきのことを包み隠さず、話してくれたんだ。悪いことには使わないと思いたい。

 

「オレは、ベル君達が上に向かってしばらくしてから、こいつらを起こして、その黒色について聞いてみるよ」

「そうですか……気を付けてくださいね。サトゥーさん」

 

 リリが少々心配ではあったが、ベル君と一緒に行かせることにした。

 こいつらは同じソーマ・ファミリアの身内を脅迫するような奴だが、さすがにこのまま放置してモンスターに食べられるのは寝覚めが悪い。

 しばらくした後、最初に殴った奴の頬をペチペチ叩き目を覚まさせる。

 

「う、うう……」

「おい、大丈夫か、あんた」

 

 丁寧語を使おうかとも思ったが、こいつら相手なら別にいいだろう。

 

「ここは……?オレは一体?」

「何があったんだ?人か倒れてるし、キラーアントは死んでるし……。わけがわからん」

「気づいたら、倒れてたんだ」

「そうか、他の連中を起こしてやるから、休んでおけ」

「ああ、すまん」

 

 カヌゥとかいう男を起こす。

 

「うう……」

「おい、大丈夫か?何があったんだ」

「う……お前は、アーデと一緒にいた冒険者の!」

「ん?リリルカ・アーデの知り合いなのか?」

 

 この男たちをソーマ・ファミリアと知っているのも変なので尋ね返したが、それを無視してカヌゥは周囲に視線を走らせる。

 

「お、おい、荷物は?魔剣は?アーデはどこいった?」

 

 つばを飛ばさん勢いで尋ねてくる。ちょっと下がって返答する。

 

「知らんよ。というか、こっちも知りたいんだが。

 急にパーティー抜け出してリリはどこにいったんだか……。

 リリのやつここにいたのか?」

「オレの魔剣が!金が!神酒(ソーマ)が!クソ!クソ!クソオオオオオ!」

 

 かなりの興奮状態で話にならない。放っておいて他の男を起こそう。

 他の男を起こして話を聞くと、リリが身ぐるみはぎ取られていたところを助けてやったが、黒色の何かが見えたと思ったら倒れていた、という話が聞けた。

 

「もしかして、リリやそのアイテム類はその黒色の何かが持って行ったのか?」

 

 オレたちが連れて行ったと、今知られても面倒になりそうなので、黒色の何かに責任を押し付けておく。

 あの服はストレージに厳重に封印しておこう。

 

「どこだ!そいつはどこにいった!ブッ殺してやる!」

「どういう攻撃されたのかもわからないんですよ!?無理ですって!」

 

 男たちがなにか騒いでるが、もういいだろう。

 このまま放置でモンスターに食われるのも寝覚めが悪いから一応起こすのが目的だったわけだし。

 

「黒色のは気になるが、オレの手に負えそうにないな。

 全員起きたし、オレはもういくぞ」

 

 壊れたように叫んでいるカヌゥを放置して、まだ話が通じる男に声をかけた。

 

「ああ、手間をかけさせた」

 

 疲れた表情の男が返事した。

 立ち去る前に男たちに念のためマーキングを施しておく。

 バベルを出て、ベル君たちの居場所を確認するとホームにいた。

 ヘスティア様はバイト中のようだ。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、サトゥーさん」

 

 ベル君の横に腰掛ける。

 

「さてと、とりあえず、あの男たちだけど――」

 

 ベル君たちは先に帰ったため、オレとベル君たちはあそこでは会わなかったと、口裏を合わせるように説明しておく。ベル君が隠しきれるか少々不安だが仕方がない。

 

「……話は変わりますが、サトゥー様は罪は償うべきとお考えですか?」

 

 リリが真剣な表情で尋ねてきた。

 

「そうだね。

 けど、私刑は嫌いだな。ダンジョン内であったアレが正しいとは思えないよ」

 

 何をもって償うのかという問題はあるけど、あの連中の行為が正しいとは到底言えない。

 

「そうですか……。

 ベル様とも話しあったのですが、リリは貯めたお金を持って自首しようかと考えています」

「……リリが決めたのなら反対はしないけど、大丈夫なのかい?」

 

 ソーマ・ファミリアもそうだけど、盗まれた人にも恨まれているだろう。

 ゲドとかいう男で終わりとは限らない。

 そもそも、こっちの法だとどういう刑罰になるんだ?

 

「きっと大丈夫です。それにリリの撒いた種です。リリが責任を持たないといけません」

「……わかった」

 

 意志は固そうだ。止めるのも難しいか。できるだけ穏便な判決でも出ればいいんだけど。

 そんなことを考えていると、ベル君は意を決したようにリリに話しかけた。

 

「ねぇ、リリ。うちに、ヘスティア・ファミリアに入らないかな?」

「ありがとうございます。ベル様、そのお気持ちだけでリリは十分です」

「え……ど、どうして?」

「リリはこの後、どうなるかわかりません。

 オラリオから追放される可能性もあります。

 リリは悪いことを幾つも重ねてきましたから……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情をしたベル君に、リリは言葉を続ける。

 

「ベル様、『リリだから助けたかった』という言葉、とても、とっても嬉しかったです。ありがとうございました」

「うん」

 

 複雑な表情ながらも、リリの目を見てベル君が答える。

 

「サトゥー様も、たくさんのオークを受け持って、ベル様をリリの元に向かわせたと聞いています。リリのせいで危ない目に遭わせてすみませんでした。それと、ありがとうございました」

「怪我もなかったし、もういいよ」

「では、そろそろ行ってきます」

「送っていくよ。外でまた絡まれると大変だ」

 

 

 さすがに、都市内で仕掛けてくるとは思いたくないが、あのカヌゥの興奮っぷりは危なかったしね。

 特に何事もなく、金庫によりリリの全資産を取り出した後、リリを送り届けた。しばらくは取り調べのため、リリには面会などはできないと言われた。

 

 2日後、ソーマ・ファミリアを気絶させた黒衣の幽霊だが、その後目撃証言などもないため、特に警告など出されないまま、話は流されることとなった。

 なお、カヌゥたち犯行に及んだソーマ・ファミリアのメンバーはリリの証言と、黒衣の幽霊をギルドに報告する際に自らボロを出したせいで、捕まっている。カヌゥとか、かなりの興奮状態にあったし、つい、口走っちゃったんだろうね。

 

 リリが自首して5日後、ソーマ・ファミリアには大きなペナルティが課せられ、主神ソーマは酒造りが禁じられた。ソーマ様はまるで抜け殻のようになっていると噂が流れている。それにしても噂集めに聞き耳スキルはかなり便利だ。ちょっと人の集まるところにいって、腰掛けているだけで、広範囲の噂を聞くことができる。

 リリの一件のせいもあるが、カヌゥたちの色々な犯罪行為が明らかとなり、彼らもソーマ・ファミリアのペナルティの大きな理由の一つとなっているそうだ。

 また、今から2日後、リリが自首してから7日後に、リリは解放されることとなった。

 全ての資産を持ってきて被害者に弁償の意志があるため、情状酌量の余地有りということで所属ファミリアの監督の下、心身を鍛えなおすという、執行猶予つきの判決だ。

 しかし、ペナルティの引き金となったリリが、ソーマ・ファミリアでまともにやっていけるわけがない。神が抜け殻となっているのに、監督もなにもあったものじゃない。

 恐らく、ファミリアにペナルティがない状態での執行猶予を想定したルールを、杓子定規に適用した結果の判決なのだろう。

 

「こんなのってないですよ!」

 

 ベル君も憤りを感じているようだ。

 オレもどうにかならないものかと思う。

 

「どうにかして、ヘスティア・ファミリアにリリを移籍させられないんですか?」

 

 ベル君がそう提案してきた。

 

「そもそも、規則的には大丈夫なのかい?ファミリアで監督しろと言われているのに移籍なんて……」

「それは大丈夫だ。過去同じように解放されて移籍した例がある。移籍した側に監督の責任が出るけどね。仮に移籍したものが問題を起こせば、本人にも監督するファミリアにも一度目より大きなペナルティが下されるだろうね」

 

 オレの質問にヘスティア様が答えてくれた。

 

「なら……!?」

 

 ベル君は移籍をさせたいようだ。オレ個人としては、リリの移籍に反対するわけじゃないんだけどね……。

 

「……あまり言いたくないけど、リリへの悪意がオレ達に向けられる可能性があるから」

 

 ベル君はヘスティア様を見て、ヘスティア様に危害が加わることを想像してか、きつく唇を結んだ。

 

「いや、ボクのことは気にしなくていい。

 仮にも神様だ。神罰を恐れてボクに直接喧嘩を売る奴なんていないさっ!

 君たちが彼女を助けたい、というならボクは応援するぜ。

 彼女次第だが、ヘスティア・ファミリアに加えたっていい」

 

 明るく励ますようにヘスティア様がいう。

 

「ベル君がリリに移籍を切り出した時の反応はそう悪くはなかった。

 いざ、移籍となっても受け入れてもらえると思う。

 問題は、どうやってソーマ様に改宗(コンバージョン)を認めてもらうか、だね」

 

 リリをヘスティア・ファミリアに移籍させるには、ソーマ様とヘスティア様二人の許可がいる。

 ヘスティア様は問題なくなったが、他派閥の抜け殻となった神をどう説得するのか?

 リリが盗みを働き、恨みを持った人物をどうするかという問題もあるが、とりあえず、ソーマ・ファミリアから当たるべきだろう。

 頭の痛い問題である。



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18話:神酒

 結局、明確な説得の仕方を思い浮かばず、1日が過ぎた。

 明日には、リリがソーマ・ファミリアに引き渡される。

 仕方がないので、交渉の糸口でもつかめればとソーマ・ファミリアに一人で押しかけることとする。ヘスティア様はバイト中である。

 オレが用意したものは、高いワインとそのワインに合うように作った酒のつまみの料理。そしてお金だ。ついでに、「交渉」スキルにもポイントを振って有効化しておく。

 お金は、ダンジョンをソロで潜ってきた時の魔石やドロップアイテムを換金したものから出した。

 ソーマ・ファミリアには昼前についた。門番が一人いかにもやる気がなさそうにあくびをしながら立っている。

 

「すみません。神ソーマに面会したいのですが」

「はぁ?……帰れ、帰れ。あんなのに会ったってしょうがないぞ」

 

 表情には出さないが、主神をあんなの呼ばわりには驚いた。

 

「そこをどうにかお願いしますよ」

 

 このやる気のなさと敬意のなさ、多分いけるだろうと金を握らせながら尋ねる。

 

>「贈賄」スキルを得た。

 

「そろそろメシ時だな。オレはメシを食いに行くが勝手に通るんじゃないぞ」

 

 そういって扉の前から軽い足取りで離れてくれた。

 手ぶらで鞄も持ってないとは言え、こう簡単に通してくれるとは……。

 なお、マップでソーマ様へのルートにもう門番がいないことは確認している。

 というか、ソーマ・ファミリア自体に人がほとんどいない。ザニスというソーマ・ファミリアを取り仕切っている男もペナルティの関連なのか取り調べなり警告なりを別の場所で受けていることは確認済みだ。

 だからこそ、普通に進んでも問題ないだろうと判断したのだけどね。

 そのまま、ソーマ様の部屋まで移動した。

 部屋に入る前に、ストレージから白ワインと魚料理などを取り出す。

 ストレージに入れていたのは、ストレージ内では時間が止まったように変化が起こらないからだ。温度を最適な状態で提供できるので、今回は使わせてもらった。

 部屋に入ると、長髪のローブ姿の男の神がダラリと椅子に体重を預けていた。こちらには何の反応も示さない。

 

「神ソーマ、あなたにお願いがあって参りました。まずは料理と酒を献上致します」

 

 調理スキルは酒を注ぐのにも有効らしく、スキルのサポートに従いワインを注ぐ。

 いきなり見知らぬ奴に料理を出されて、怪しまれるかとも思ったが、ソーマ様は無言でワインの香りを確かめ、口に含んだ。

 嘘を見抜く神の力を利用した確認くらいはあると思っていたのだが。

 酒の神だけあって、そういうのは見抜けるのだろうか?

 

「イマイチだな……」

 

 ポツリと無表情でソーマ様がつぶやいた。

 結構いいワインだと思うんだが、お気に召さないか。

 

「不出来な品を出して申し訳ありません。よろしければ、料理もお試しください」

 

 面倒臭いといった雰囲気ながらも一口食べてくれた。そしてソーマ様の表情が変わる。

 

「なるほど……。そういう趣向か」

 

 正直なところ、ロクに酒に詳しくないオレが、酒で、酒の神様の興味を引けるわけがない。しかし、酒造りにしか興味のない神の関心を引くための献上品は酒関連のものだけだろう。

 そのため、料理で酒を引き立たせ、酒で料理を引き立たせることを主軸に、料理と酒を選んだ。酒造りにしか興味がないと聞いたが、特別な肴を作っているとは聞いてなかったので、これなら興味を引けると踏んだのだ。調理スキル様様である。

 目論見は成功したようで、ワインのおかわりも要求してきた。綺麗に食べ終えたソーマ様は語り出す。

 

「ワインは保存状態が少し悪く、嫌な酸味が僅かだが顔を出していた。しかし、料理によりそのマイナス面が薄れ、ワインの別の顔を引き出した。温度も適切な状態で提供されたし、注ぎ方も良かった。私の眷属の中にも嘆かわしいことに、注ぎ方で酒の味が変わることを知らん者がいる。そもそもワインとは……」

 

 よしよし、好きなことなら饒舌になるオタクの顔が出てきたぞ。いい感触である。

 適当に相槌を打ちながら、気分よく話してもらうつもりだ。

 なお、ワイン自体は言うほど保存状態が悪いとは思っていなかった。違いを見抜く舌はさすが酒の神といったところか。

 

「……というわけだ。

 欲を言えばもっといい酒がよかったし、もう少し料理についても指摘したい部分もあるのだが、久々に良い時間を過ごさせてもらったのも確かだ。私に頼みがあったのだな……。言ってみろ」

 

 もう少し時間がかかるかと思ったら、話を途中で切り上げ、向こうから本題を話すように促してきた。

 

「実は、ソーマ・ファミリアの眷属の一人を、私たちの属するヘスティア・ファミリアに改宗(コンバージョン)してほしいと、考えております」

「なんだ、おまえ、私の眷属ではないのか?

 まぁいい……。誰が欲しいのだ」

 

 オレをソーマ様の眷属と勘違いしてたのか?

 それはともかく、拒否はされない、いけるか?

 

「リリルカ・アーデというサポーターの改宗(コンバージョン)を願います」

「リリルカ・アーデ?……そんなものいたか?……私が覚えていないということはいてもいなくても変わらないような子なのだろうが……」

 

 ペナルティの原因になった眷属の名前すら知らないのか?

 管理は放置していると聞いていたが、ここまでなのか。

 

「まぁいいだろう……。酒造りは禁止されても酒の友を作ることは禁止されていないと教えられたのだ……。改宗(コンバージョン)を認めよう」

 

 そう考えるの?

 話を聞いてもらうための献上品に過ぎなかったんだけど……。

 

「ありがとうございます」

 

 交渉スキルのおかげだろうか、あっさりと改宗(コンバージョン)の許可が下りた。少なくとも、これでヘスティアファミリアでリリの保護が可能となった。

 

「リリルカ・アーデに手を出さないよう、ソーマ様の名で他のソーマ・ファミリアの方に命じていただくことは可能ですか?」

「……面倒だな」

 

 これは、無理か……。

 ……いや、もう少し、踏み込んでみるか。

 

「ソーマ様は団員の名前や行動を把握しておられないのですか?」

 

 下手をすると、決まった移籍を壊すことになるかもしれないが、ソーマ・ファミリアの内情を知っておけば、対策も思いつくかもしれない。

 

「……そのような雑事はザニスに任せてある」

「そのザニスさんに任せていたのに、今回のギルドのペナルティが発生しました。

 ……私は、ソーマ様が眷属をしっかりと見て、ファミリアを統率すべきだと思います」

 

 噂を集めた限り、ザニスというのは評判があまりよくない。

 神様がきちんと管理する方向にもっていければいいんだが。

 

「……酒に溺れた子供たちを見ることに何の価値がある?」

 

 起伏のない声に、その虚ろな瞳に、色濃く下界の住人への失望が現れていた。

 ソーマ様にしてみれば多分良かれと思って神酒(ソーマ)を褒美としたのに、酒に飲まれ足の引っ張り合いだ。まぁ、わからなくもない。

 ソーマ様は棚から酒瓶と杯を取り、酒を注いだ。

 

神酒(ソーマ)を飲んでも同じことを言えたなら、改めて話を聞こう」

 

 誘惑するような甘い匂いが漂う。もっとアルコールの香りが強いものだと勝手に思い込んでいたがそうでもないようだ。

 オレはメニューからワインを試飲した時に手に入れた、酒精耐性を最大までポイントを振り有効化した。少々、無粋に感じるが、対策はきっちりしておきたい。

 杯を持ち、香りを楽しむ。その後、口に含んだ。

 これは素晴らしい。感動的だ。味を説明するにはまるで言葉が足りない。まさに神の酒といったところか。体の隅々まで、幸福感が駆け巡り、自然と笑みがこぼれる。無表情スキルをもってしても、笑みを止められない。この酒に心を奪われ、心酔し、酒のためならなんでもするというのも理解できる。

 もっとも、そんな真似はしたくない。家族(ファミリア)のほうが大切だ。

 神酒(ソーマ)を飲み、確信できた。ソーマ・ファミリアを狂わせたのは間違いなくこの酒だ。この酒にはそれだけの力がある。

 

「……素晴らしい酒です。

 ただ、この酒をこんな風に試すように飲ませるのは、この神酒(ソーマ)への冒涜だと感じますよ。お酒は楽しんで飲みたいものです」

「……たしかに……その通りだ。……少し、冷静ではなかったようだ」

 

 驚いたような表情をしたソーマ様が、自分の過ちを認める。

 今なら、きちんと話を聞いてくれそうだ。

 もう少し、揺さぶってみるか?

 

「以前、ソーマ様のお酒を飲んでみたいといった私の仲間にリリルカ・アーデは『止めておいた方がいいと思います』とポツリとつぶやきました。そういった時の無理をした笑顔は、もう神酒(ソーマ)を飲みたくないと言っているように私には見えました」

 

 神酒(ソーマ)を飲みたくない、その言葉にソーマ様は怒りの感情を見せた。

 

「もう一度……神酒(ソーマ)を飲めば欲するようになるだろう」

「そうかもしれません。

 ですが、ソーマ様のお酒は、無理矢理に飲ませるものなんですか?」

「そ、それは……」

 

 オレの神酒(ソーマ)を飲んだ時の言葉を思い出したのか、表情を変える。ソーマ様は何かを話そうとして口を開けるが、言葉にならないようだ。

 

「私自身はおいしい酒と感じますが、同時に危険な酒であるとも思います。

 心が弱いものが飲めば、酒に溺れる。そして酔いから醒めた時に、今までの行動を恥じる。一度飲み、酔いが醒めたリリルカ・アーデのような者には、神酒(ソーマ)を恐ろしく思うのではないでしょうか?

 再び、口にすればまた酒に溺れるのではないかと恐怖しているかと思います」

神酒(ソーマ)が……恐怖……」

 

 目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。

 ソーマ様自身は、素晴らしい酒であるという認識で誇りもあったのだろう。

 実際、あの酒はとても素晴らしいものだった。

 

神酒(ソーマ)は、素晴らしい酒です。

 ただ、多くのものは悪酔いを起こす強すぎる酒です。赤子に酒を与えないように、酒に溺れる者には神酒(ソーマ)は与えるべきではないかと思います」

 

 考え込むようなソーマ様に、続けて言う。

 

「それと、神酒(ソーマ)に酔っている者の酔いを醒まして、きちんと神酒(ソーマ)とファミリアを管理することも大切だと思います。

 正直に言いますと、この酒を使えば、他人に言うことを聞かせるのは容易いです。

 神酒(ソーマ)を一口分与えて、もう少し飲みたければ犯罪行為をしろ、と言われれば多くのものは容易く犯罪行為をするでしょう。それだけの魅力がこの酒にはあります。

 この素晴らしい神酒(ソーマ)が悪事に使われる。忸怩たる思いがありませんか?」

 

 神酒(ソーマ)に誇りを持っているように思えたので、そのあたりをくすぐるように言ってみた。

 ソーマ様は明確に渋い表情を浮かべた。

 

「ザニスがそれを行っていると?」

「そこまで言うつもりはありません。ただ神酒(ソーマ)をきちんと管理していただきたいという考えから口にしました。

 ですが、彼は眷属の暴走を止められずに今回のペナルティという事態が起こりました。組織の運営に関して、ソーマ様がザニスさんに直々に問い質す価値はあると思います」

 

 ザニスに関してはいい噂は聞かなかったが、当然、明確な証拠があるわけではない。

 神は嘘を見抜く能力持ちなんだ。神に対して不義理なんて働いていた場合、本気で追求しようとすればすぐにわかるだろう。

 

「いいたいことはわかった……。今日のところは引き上げてくれ、少し考えたい」

 

 食器類を下げ、単体ではあまり評判のよくなかった白ワインのボトルを下げようとすると待ったがかかった。

 

「それは私に献上したものだろう……そこに置いたままでいい」

「料理はないので、今一つな味かと思われますがよろしいのですか?」

「構わない……。たまにはこういう酒もいいだろう」

「わかりました」

 

 扉を閉める際、グラスを傾けたソーマ様が見えた。



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19話:改宗

 リリは沢山の罪を犯しました。

 その結果、リリは、牢屋の中にいます。

 これに関しては、リリの行いの結果です。当然の帰結ですので文句などありません。

 一時期、リリは泥水をすすって生きてきたので、3食きちんと出してくれるだけで、ありがたいものです。

 けれども、そんなリリに、ソーマ・ファミリアの監督の下、更生しろと何とも皮肉な判決が下されました。

 あの酒にしか興味のない神の下で更生?

 ……この判決には、さすがに乾いた笑いがでます。

 リリには、この判決は、ソーマ・ファミリアの私刑を許可するという意味にしか考えられません。

 ソーマ・ファミリアに戻って、どんな目に会うのかはわかりません。

 ただ、リリは、リリを助けてくれたあの真っ直ぐでお人好しなお二人に恥じないように真っ直ぐに生きていたいと思います。

 願わくば、あの人たちの温かさに、あの人たちの優しさに何かを返したい。そう思っています。

 

「おい、出ろ」

 

 看守がカギを外して、退出を促してきます。ソーマ・ファミリアからの迎えが来たのでしょう。随分と朝早い時間に来たものです。

 リリの発言はギルドへのペナルティの原因となったはずです。相当恨まれているのでしょうか?

 迎えが待つ部屋に入ると驚きました。チャンドラ・イヒト、リリが眷属に苦しめられていた時に、助けも害にもならなかった人物です。こちらは上から指示を受けたとあればおかしくありません。

 けれど、何故、ソーマ様が来ているというのでしょうか。あの酒造りにしか興味のない神が……。

 

「リリルカ……アーデか」

「……はい」

 

 ソーマ様がリリの名前を確かめるように呼んだ後、部屋に沈黙が落ちました。

 

「ホームに行くぞ。……詳しくはそこで話す」

「……わかりました」

 

 一体何が起こるのかはわかりませんが、素直に従うしかありません。

 ホームに戻ると、何故かソーマ様の自室に案内されました。チャンドラ様は部屋の外に出て、リリとソーマ様の二人っきりです。一体何を話されるのでしょうか。

 

「リリルカ・アーデよ……お前を移籍させてくれと……ヘスティアの眷属が来た」

「ベ……、ベル様とサトゥー様が来たのですか?お二人は無事なんですか!?」

 

 あの人達は一体何をしているのでしょうか!?

 お気持ちはうれしいですが、もっと自分のことを考えてほしいです!

 

「……そういえば名前を聞いていなかったか。……来たのは黒髪の者、一人だけだ。

 普通に帰ったぞ。怪我なぞないはずだ」

 

 少し困惑したようにソーマ様が言われました。サトゥー様は一体何をしたのでしょうか……。

 

「失礼ですが、ソーマ様。その方が来た時のことをお聞かせしていただいてよろしいでしょうか?」

「いいだろう……。私の話にも関係することだ……」

 

 そう言って、ソーマ様はポツポツとサトゥー様との会談について話してくれました。

 心臓がどうにかなりそうでした。

 あの人は慎重に見えて、あの数のオークを一人で受け持ったことといい、今回のことといい、本当に無茶をします。

 

「ど、どうしたのだ?どこか痛むのか」

 

 慌てたようにソーマ様がこちらを見て、オロオロと手を動かしています。ソーマ様のこのような姿は初めて見ました。

 

「いえ、あの人たちにはお世話になりっぱなしだと思って。嬉しさと情けなさで……」

 

 リリはあの人たちにまた助けられました。リリはとても嬉しいです。

 けど、同時に、あの人たちに何も返せていない、自分に情けなさも感じます。

 

「そう……か……、ならば、ヘスティアの眷属となり、力となれ。

 ……彼らもお前もそれを望んでいるのだろう?」

「……その前に、もうひとつお聞かせください。

 ソーマ様はこれからファミリアをどうなさるおつもりですか?」

 

 リリとしても移籍はしたいです。

 だけど、ソーマ・ファミリアという爆弾を抱えたまま、彼らにさらなる迷惑をかけることはありえません。

 

「……まずは神酒(ソーマ)の酔いを醒ましたい。

 今、私は神酒(ソーマ)の失敗作と一緒に食べることで酔いを醒ませるような料理を作っているところだ」

「……料理ですか?」

 

 ソーマ様が眷属の事を考えているとは……。

 

「そう、これがなかなか難しい。神酒(ソーマ)は味の方向が明確に固まってしまっている。これを料理で変えて、別の種の満足感を出そうとしても非常に難しい。そのため、私は味がぼやけてしまった神酒(ソーマ)の失敗作に料理を合わせることで、別方向の魅力を作り出し、酔いを洗い流し冷静な判断力をとり戻そうとした。料理に使う材料は神酒(ソーマ)の材料と同じものをいくつか使い、酒との相性と高めつつも、別の素材を加え……すまない。少し熱くなった」

 

 リリはこのように熱く語るソーマ様を初めて見ました。今日は初めてだらけです。

 

「い、いえ、ソーマ様のお考えはわかりました。

 今は誰がこのファミリアの管理を行っているのですか?」

 

 ザニス様がこのような行いを黙ってみているとは思えません。

 

「私も報告を聞くようにしてはいるが……、基本的にはチャンドラに任せている……。

 ファミリアの資金の横流しなどが発覚したため……ザニスは牢にとらえている。

 ……料理が完成したら、私も、……ファミリアの管理に力をいれようと思っている」

 

 リリにはその言葉はとても衝撃的でした。

 あの酒造りにしか興味のなかったソーマ様が、このようなことを言い出すとは……。

 

「あの少年の言葉には色々と教えられた……。

 私は仮にも神だというのにな……。もっと神酒(ソーマ)の扱いについて考えるべきだった……」

 

 なんでもっと早く気付かなかったのですか、とリリは叫びたくなったがグッと我慢しました。

 サトゥー様が危ないことをしてまで語りかけたからこそ、届いた言葉なのでしょうから。

 ただ、これならソーマ・ファミリアに襲われる可能性は限りなく低くなったはずです。

 

「お答え頂き、ありがとうございます。

 リリはヘスティア・ファミリアに移籍することにします」

「そうか……、ステイタスを見せてくれ。……移籍可能の状態にしておこう」

 

 ソーマ様は背中に指を走らせながらも言いました。

 

「お前には、……つらい目にあわせてしまった。…………すまなかった」

「いえ……謝らないでください」

 

 ずっとずっと聞きたかった言葉です。

 だけど、今更、謝られたところで、リリはどうすればいいんでしょうか。

 あの苦しかった日々は言葉一つで済まされるようなものではありません。

 

「……終わった。これで移籍可能の状態となった。……あとはヘスティアの仕事だ」

「わかりました。ヘスティア様の下に向かいます」

「そうだ……ヘスティアにこれを届けてくれ」

 

 共通語(コルネー)神聖文字(ヒエログリフ)で署名がされた手紙をリリに差し出してきました。

 

「万が一、ファミリアのものが絡んできたら、……それを見せろ。私から他の神への手紙を渡す指示を受けたと知れば、手を止めるだろう」

「……わかりました。たしかにヘスティア様に届けます」

 

 ソーマ様に向き直り、けじめをつけるために、リリは別れの挨拶を口にします。

 

「ソーマ様、いままでお世話になりました……」

 

 ソーマ様は口を開き、言葉を探すような振る舞いをしばらく続けた後、言葉を発しました。

 

「リリルカ・アーデ……体には気をつけなさい」

 

 ソーマ様の言葉に震える声で返事をしたリリは、今度こそ、部屋を後にしました。

 

 ヘスティア・ファミリアの廃教会に問題なくついたのですが、ここまできて躊躇してしまいました。

 リリは本当にヘスティア・ファミリアに入っていいのでしょうか?

 ベル様たちに甘えるだけで……、本当にいいのでしょうか。

 リリはベル様が大事にしていたナイフを自分のために盗もうとしました。リリのような罪人があの人たちといていいのか。

 教会の扉の前でそう思ってしまい、扉を開けれずにいました。

 そんなとき、突然、廃教会の扉が内側から開かれました。

 

「え……、リリ!?」

 

 ベル様が大きく口を開けて固まりました。

 

「やあ、こっちに来たということは移籍の手続きは済んだのかい?」

 

 サトゥー様はいつもの微笑を浮かべて、声をかけてきました。

 

「そんななんでもないように言わないでください……グス……リリが話を聞いてどれだけ心配したか……」

 

 リリは泣いてしまいました。

 サトゥー様に会ったら、一人でソーマ・ファミリアに乗り込んだという愚かな行為をとがめようと思っていたのに、涙が止まりませんでした。

 泣いていたリリを教会の中へ、ベル様とサトゥー様が誘導してくれました。

 落ち着いたところで辺りを見ると、ヘスティア様もいました。ヘスティア・ファミリアがそろっているようです。

 

「ヘスティア様、ソーマ様より手紙を預かってきています」

「ソーマが?一体何の話だろ……」

 

 手紙を読み進めているにつれ、色々と驚いたり、唸ったり、ヘスティア様は表情を変えられます。

 

「えっと、とりあえずだね……。

 これからはソーマ・ファミリアを気にかけていく。ステイタスは移籍可能な状態にしてあるからサポーター君のことをよろしく頼むって書いてるね」

「え、じゃあもうリリはヘスティア・ファミリアに入れるんですか!?」

 

 ベル様がとてもうれしそうに声をあげてくれました。

 

「サポーター君、僕と地下室に来てくれ。二人はここで待っててくれよ」

 

 リリはヘスティア様に続き、地下室に降りました。

 ヘスティア様は、リリにベッドに腰掛けるよう言われたので従います。

 

「さて、サポーター君。改宗(コンバージョン)の前に幾つか聞きたいことがある。

 君はまだ、打算を働かせているのかい?」

 

 神の前では嘘をつけない。リリは試されているのだと知りました。

 

「ありえません。リリはお二人に助けられました。

 あの方たちを裏切るような真似はしたくありません」

「……わかった。その言葉を信じよう。」

 

 ヘスティア様は一つ頷いた後、言葉を続けました。

 

「君の事情は大体把握しているつもりだ。過ぎたことに関してどうこういうつもりはない。

 ただ……もし同じことを繰り返して、あまつさえあの子たちを危険に晒したら……ボクは君のことをただじゃおかないからな」

 

 リリはヘスティア様から吹き荒れる神威の嵐の中、思い出しました。目の前の少女はまさしく人知を超えた「神」という存在であることを。

 心臓を鷲掴みにされたような状況の中、リリはなんとか自分の想いを口にしました。

 

「誓います。もう二度とあのようなことをしないと。……ベル様にも、サトゥー様にも、ヘスティア様にも……何よりリリ自身に」

 

 ヘスティア様から放たれていた神威の嵐が収まり、倒れこみたくなりましたがなんとか我慢しました。

 

「さて、ベッドに寝転がってくれ。改宗(コンバージョン)を始めよう」

 

 リリは、我慢を止めベッドに倒れ込みました。



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20話:新しいファミリア

 リリとヘスティア様が地下室に入ってしばらくして、ヘスティア様がオレたちを呼びに来た。

 

「改めまして、ヘスティア・ファミリアに入った、リリルカ・アーデです。

 よろしくお願いしますね。ベル様、サトゥー様、ヘスティア様」

 

 改めて、挨拶をかわす。

 笑顔のリリとベル君を見ていると、リリが移籍できてよかったという思いが出てくる。

 

「さて、さっきのソーマの手紙の件の続きだけど、今、神酒(ソーマ)の酔いを醒ますための肴を作ってるらしいんだ。それでね、献上した料理を作った料理人、つまりサトゥー君をしばらく助手として貸してくれないかと書いてるんだ」

「ああ、サトゥーさんの料理ってすごいですもんね!」

 

 いや、たしかにすごいかもしれないが、別に神様に呼ばれるレベルじゃないと思うぞ。神酒(ソーマ)を飲んだ今、神と人との壁を明確に感じている。

 

「サトゥー君が出した料理だけど、アレで料理人の腕がかなりのものだとわかったらしい。

 ソーマ自身は料理のアイデアはあるが、腕が追いついていない。

 本来なら自分だけで作り上げたいが、早く作り上げる必要があるため、今回に限りその料理人の腕を借りたいとのことだ」

 

 なるほど。ソーマ様の言いたいことは理解した。神酒(ソーマ)の酔いを醒ますということ自体はいいことだ。手伝いたいんだが……。

 

「手伝いって長時間にわたって拘束されますよね、ダンジョンに潜れない程度には」

「詳しいことは書いてないけど、そう思ったほうがいいだろうね」

 

 二人を見る。ベル君のステイタス的には問題ないだろうが、今いる階層でのソロ経験がほとんどないのが心配だ。

 その視線で察したのか、リリが口を開く。

 

「実質、ベル様のソロということになりますね……。

 リリは、ベル様の能力的には問題ないとは思いますが……」

「念のため、次にダンジョンに行くときは3人で潜って、オレは極力手を出さないでベル君がソロでやれるか確かめるってことでいいかい?」

「はい。僕も、それでいいと思います」

 

 リリは少し言いにくそうに言葉を詰まらせてから、オレたちに話し始めた。

 

「あの、リリの装備なのですが、自首する際に、装備類も含めて金銭にして被害者に返すということになりまして、バッグをはじめとした装備がない状態です。

 申し訳ないですが、お金を借りてバッグと解体用のナイフだけでも買っていいでしょうか」

「うん。もちろんいいよ。色々必要なものも買っちゃおう。新しい家族(ファミリア)が増えたお祝いに僕がプレゼントするよ!」

 

 ベル君がカッコいいことを言う。

 

「駄目ですよ。ベル様、ファミリアだからこそ、そのあたりはしっかりしないと」

 

 リリがベル君をたしなめる。

 

「じゃあ、ベル君とリリは二人で装備を整えてきてくれるかい?

 オレはソーマ様の所に、話に行かなきゃならないし。

 リリ、変化の魔法は大丈夫そうかい?」

「ええ、問題ありません」

 

 リリとベル君二人で、といったことに反応して、ぐぬぬと唸っていたヘスティア様に声をかける。

 

「そろそろ、バイトの時間ではないですか?ヘスティア様」

「むむ、もうこんな時間か。仕方がない。ボクはもうバイトに行くけど、みんな気を付けていってくるんだよ」

 

 そうして、ヘスティア・ファミリアの面々はそれぞれ廃教会から出ていった。

 

 ソーマ・ファミリアに向かうと、あの時の人とは違うが、相変わらずやる気のなさそうな門番が話しかけてきた。

 

「あんた、ソーマ様に用か?」

「そうですが……」

「ソーマ様から、あんたは通すように言われてる」

 

 賄賂の必要なく普通にソーマ様の元までたどり着けた。

 

「……よくきた」

 

 ハーブを乳鉢ですり潰している途中だったようだが、手を止めてこちらの目を見て言った。

 ソーマ様の外見は以前と変わらないが、その目には力がみなぎっているように感じた。

 

「作業中申し訳ありません。本日は料理人の件で参りました」

「……その前にお前の名を聞かせてくれないか?」

 

そういえば、きっちりとは名乗ってなかったな。

 

「名乗り遅れて申し訳ありません。私はサトゥーと申します」

「サトゥー……」

 

 確かめるように、ソーマ様は名を口にした。

 

「わかった……。では料理人の名を聞かせてくれ」

「あの献上した料理を作ったのは私です」

「意外だな……冒険者があのような一流の腕を持つなどとは……」

 

 本当に驚いたといった声音でソーマ様が言う。スキル頼りのレシピとかロクに知らない歪な腕なんだけどね。

 

「それで……、私のアイデアを実現する料理人として腕を振るってくれるか?……無論、給金は払おう」

 

 給金が出るのは嬉しいね。具体的な金額もなかなかの高額だ。リリも加わって、色々物入りだし、ありがたい。

 

「私でよければ。ただ私のファミリア内での用事があるため、早くて明後日からになります」

「わかった。……事前の連絡は要らない。来れるようになったら直接こちらに来てくれ」

 

 そう言って、話は終わりだという風に、作業を再開した。オレは一礼してソーマ様の部屋を後にした。

 

 オレは今現在、ホームの1階の廃教会にいる。そばには木材が転がっている。ストレージには工具類と、木材や石材などがまだまだ入っている。

 ダンジョンから良さげな石材は切り出したが、木材に関しては乾燥なりの時間を置く必要があると何かで見たので大人しく買うことにした。

 材料費はソロでダンジョンに潜った時の金である。おかげで手持ちの金はかなり少なくなってしまった。また、そのうちソロで潜って金を稼がないとね。

 さて、これから何をするかというと、前々から考えていた教会の補修計画を実行するつもりだ。快適な生活のためである。少しの間、自重は放り投げることとする。

 まずは、教会の穴から雨が入らないように修繕する。石材だろうが木材だろうが魔刃剣でスパスパ切って加工していく。魔刃剣で切った断面はやすりをかけたように滑らかな仕上がりだ。石を加工した際に、石工スキルを手に入れたので、有効化しておく。

 スキルサポートを活かして一つ目の穴を塞いだ時点で、「建築」スキルを得たので、こちらにもすぐポイントを振って有効化しておく。

 異常な速度で木材・石材を加工でき、ジャンプで簡単に屋根まで昇って、スキル補正に従い修繕していく。ストレージのおかげで工具や素材は出し入れ自由だ。建築には詳しくないが、あり得ない速度で修繕が完成したというのはわかる。

 ほどなくして補修は完了した。少々不格好かもしれないが、雨は入らないだろう。

 次に、仮設の部屋を作るつもりだ。地下室に4人は狭すぎるだろうとオレは思う。

 かといって、教会の地面や壁はボロボロで、雨が入らないような補修はできたが、綺麗にしようとすると、建て直しレベルで入れ替えないといけないだろう。なので、祭壇の前の広めの空間に箱型の部屋を並べ、お茶を濁そうかなというわけである。

 ロクに手入れもしないで、今更だが祭壇にお酒を取り出し杯に注ぐ。祭壇前に部屋を作ります、ごめんなさいと名も知らない神様に手を合わせて謝っておく。

 

>「祈祷」スキルを得た

>称号「信仰篤き者」を得た

 

 いやいや、信仰篤き者は、祭壇前に部屋なんて作らないよ。相変わらず、このスキルや称号の入手はゆるゆるである。助かるんだけどね。

 気を取り直して、魔刃剣でスパスパと木材を切り、工具類を使い、仮設部屋が4つできた。

 木製の箱に扉を付けたような見た目である。中は結構狭い。内装として木のベッドに裁縫スキルで作った布団、ベッド横のサイドチェストくらいだ。ベッドとチェストは前もって作っておいたものだ。穴を塞いだ分暗くなるだろうから魔石灯は部屋の分以外にも購入したが、鏡も用意したほうが良かったかもしれない。狭いから限度はあるが、後々追加していけばいいだろう。

 そんなことを考えながら、ほかに不備がないか確認していたら、叫び声が聞こえた。

 

「こ、これは一体?」

 

 3人とも、ポカンとした表情で辺りを見回していた。

 

「おかえり、サプライズプレゼントは気に入ってもらえたかな?」

「こ、これはサトゥーさんが用意したんですか?」

「4人で地下室だと手狭かなと思ってね」

 

 ヘスティア様は大きな溜息を吐いてから言う。

 

「まったく君は……嬉しいんだけど、凄すぎて呆れてしまうよ」

「……これ、サトゥー様が一人でやったんですか?」

 

 リリが呆然としながらも聞いてきた。自分の部屋でダラダラとしたいからといって、さすがにやり過ぎたか。

 

「まさか。色んな人の力を借りたよ。色々なお店に回って、前々から色々と準備して大変だったよ。ちょうどいい機会だったから頑張ってもらったんだよ」

 

 ヘスティア様には嘘がバレるけど、別にいいだろう。

 ちょっとヘスティア様の表情がおかしいことになった。幸い、ベル君とリリは見ていないようだから、バレたりはしていないようだ。

 

「とりあえず、それぞれ部屋の中を見てきてよ。不備があったら問題だしね。その間に夕飯、用意しておくから」

 

 そう言って、地下室へ向かう。

 今日はリリが眷属になったお祝いに少し豪華なメニューにしてみる。内容は、オムライスにハンバーグとサラダ、デザートに蒸しプリンとしてみた。一部食材は、ストレージから取り出した。

 リリの食事はひたすら安いメニューだったので好みは把握しきれていないが、特に嫌いではないはずだ。

 各自、部屋を整えたりして結構な時間がたった頃に料理は完成した。

 

「これ、お金は大丈夫なんですか!?」

 

 テーブルに並んだ料理を見たリリの第一声がこれだ。

 普段より高いことは認めるが、基本、材料は安価なものを使っているんだけどね。

 

「普段はもっと質素な料理だよ。今日は特別だから安心してくれ」

「いや、教会の修繕費とかもそうですし、ヘスティア様、ほんとお金管理しているんですか!?」

「今日の料理と教会の修繕は、オレ個人のお金から出したよ。安い所を探したし、値切ったし、色々と工夫したんだよ」

 

 安い所をマップで探し、値切りスキルも使ったが、さすがに夜中にソロでダンジョンに潜って稼いだお金で、人件費を削って教会を直しましたとは言えない。

 

「サトゥー君は嘘はついてないよ。それより冷めないうちに食べようぜ!」

 

 リリは、食べる前は納得いかないと言わんばかりの顔をしていたが、一口料理を食べると、目尻が下がり、食べ進めるうちにとてもいい笑顔を浮かべていた。

 うん。頑張って作ったかいがあったよ。これからよろしくね、リリ。



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21話:レベル6との特訓

 翌日、ベル君とリリとオレは、ダンジョンに向かう前にまずギルドへ向かうこととなった。リリの移籍の手続きを済ませるためである。

 ベル君がエイナさんを見つけたのか走り出そうとしたが、ピタリと動きを止めた。ベル君の目線の先を追うと、そこにはアイズ・ヴァレンシュタインさんがいた。

 しばらくの沈黙の後、ベル君は急に出口へ向かって走り出した。それを追うように凄まじいスピードでヴァレンシュタインさんが後を追う。

 これがレベル6のステイタス補正か。凄まじいな。そんなことを思いながら、ベル君のそばへ歩み寄った。

 

「何やってるの、キミは!いきなり走り去るなんて失礼でしょ!?」

 

 後ろから走ってきたエイナさんがベル君を叱りつける。リリには一体何が起こっているのかわからないようで目の前の光景をぽかんと口を開けてみている。

 

「ヴァレンシュタイン氏は、ベル君に用があるそうなの」

 

 ヴァレンシュタインさんのほうに目を向けると、彼女はベル君がなくしたエメラルドのプロテクターを見せた。ソーマ・ファミリアの一件があったから、ベル君がオークの集団から逃げる前になくしたプロテクターのことをすっかり忘れていた。ヴァレンシュタインさんが拾ってくれたのか。

 

「ダンジョンでこれを拾って、キミに直接返したいからって。私に相談しに来てくれてたんだよ?」

 

 そう言ってからベル君とエイナさんは小声で何かを話始める。その後エイナさんに背中を押され、オレとリリはギルド内へ戻っていった。

 

「さて、今日は何の用なのかな?」

「リリの移籍についての報告と、オレがしばらくダンジョンに潜れそうにないのでその相談ですね」

「えっ……!?

 と、とりあえず移籍の処理から進めましょうか。

 書類持ってくるからちょっと待っててね」

 

 その後、手続きを進めているとベル君が見るからに上機嫌で戻ってきた。それを見たリリは少し頬を膨らませたが、すぐにいつもの表情に戻った。

 手続き終了後に、オレが用事でダンジョンに潜れないため、ベル君が実質ソロで潜ることになることの報告と相談をした。今日は3人で潜ってオレができるだけ手を出さずにベル君がソロでやれるか確認するということもあり、十分注意することと、少しずつ階層を増やして進むことを条件に許可された。

 

 

「さて、ダンジョンに潜りましょうか。僕、頑張っちゃいますよ!」

「今日はベル君がソロでやっていけるかという確認と、リリの装備の確認だからね。あまり無理はしないように」

 

 ベル君はちょっと舞い上がっているように見えるので、一応オレからも釘を刺しておく。

 その後、ダンジョンに潜ったが、ベル君はソロでも特に問題はなかった。高ステイタスだけあって動きがいい。リリの装備も特に問題はないようだ。これなら、ベル君とリリだけでダンジョンに潜っても問題ないだろう。

 

 

 

「実は明日から一週間ほど、ヴァレンシュタインさんに稽古をつけてもらえることになって」

 

 夕食後、ベル君がオレの部屋を訪ねてきてそう切り出した。なるほど、今日のテンションの高さの原因がわかったよ。

 

「おお、レベル6冒険者に稽古をつけてもらえるなんて、いい経験になりそうだね」

「そうですね。それで、ヴァレンシュタインさんがサトゥーさんもせっかくだし一緒に連れてきては、と言っていたので……」

「オレもか……」

 

 オレの能力がバレる可能性はあるけど、何か戦闘用のスキルを得られるチャンスかもしれない。なにより、オレの戦闘スタイルは、スキルによるゴリ押しのままだ。いい加減、まともな剣術について学んでおきたい。ベル君の戦闘面に悪い影響が出かねないしね。

 

「とりあえず、明日は一緒に行くことにするよ。

 明日以降はソーマ様の料理人としての忙しさ次第かな?」

 

 

 翌朝、まだ日も登り切っていない時間、ベル君とオレはオラリオを囲む市壁の上に来ていた。ここがヴァレンシュタインさんとの約束した場所らしい。

 

「ごめんね、こんなところに呼び出して……」

「い、いえっ、大丈夫です!」

「こちらこそ、わざわざお時間をいただきありがとうございます」

 

 他のファミリアの人間に稽古をつけているのが知られたら問題になりそうなので、人目につかないこんな場所に来たと、事前にベル君から説明があった。

 

「え、えっと、ヴァレンシュタインさん、それで、僕たちは何を……」

「……アイズ」

「はっ?」

「アイズ、でいいよ」

 

 戸惑うベル君に対して、ヴァレン……アイズさんは相変わらずの無表情だ。アイズさん、実は無表情(ポーカーフェイス)スキルとか持ってないです?

 ベル君は顔を真っ赤にしながら言い直した。

 

「ア、アイズさん、それで、僕たちは、これから何をすればいいですか?」

「闘おうか?」

 

 そういって、アイズさんは鞘を手に持って、剣は壁の隅に置いた。

 アイズさんが鞘を構えると、それに反応して、ベル君が短刀を抜き放った。

 

「うん…それでいいよ。今君が反応した通り、これから始めることの中で色々なことを感じてほしい」

 

 特に何も感じていないオレは、ダメな生徒なのかな。

 とりあえず、オレは距離をとって動きを見学することにする。

 アイズさんがこちらに視線を向けてきた。

 

「君は来ないの?」

「これからしばらく、ベル君はソロで潜るので、ソロでの戦いを鍛えてあげて欲しいんです」

 

 アイズさんは小さく頷いてベル君に視線を戻した。

 

「そ、それより、僕の武器は、刃をつぶしてなんかは」

「大丈夫」

 

 その気になれば漫画やアニメみたいに指先でナイフを止められたりするんだろうか?

 ちょっと見てみたい。オレもできるかもしれないが、わざわざ危ないことはしたくない。

 しばらくベル君がじっとアイズさんを見ていたが、アイズさんが不意に口を開く。

 

「……君は、臆病だね。ソロでダンジョンにもぐるなら、臆病でいることは大切なことだと思う。でもそれ以外にも、君は何かに怯えてる」

 

 アイズさんは無表情のまま、一歩分距離を詰めた。

 

「多分、君はその時が来たら、逃げ出すことしかできない」

「うああああああああっ!?」

 

 アイズさんの挑発に対して、ベル君が叫びながら突っ込んだが、アイズさんに凄まじい速度の一撃を加えられて吹っ飛んだ。

 うわ、なにあれ。……というか、オレもあの一撃を受けなきゃならないの!?

 

「無鉄砲になっちゃ駄目。ダンジョンでは絶対にやっちゃいけないこと。立てる?」

 

 ベル君は立ち上がったが呼吸が乱れている。

 

「痛みに慣れてないんだね……」

 

 アイズさんって、無表情だけど、ものすっごいドSなの?

 その後も、強烈な一撃を加え、アドバイスを送りながら無表情で立てる?と一言。これの繰り返しだ。威力は押さえてるんだろうけど、ベル君、よく心折れずに立ち上がれるな……。

 

「みんな恩恵(ファルナ)に寄りかかり過ぎている。能力と技術は違うもの」

 

 耳が痛い。能力頼りです。技術などありません。

 

「工夫をしているのはわかる。けど、技とか、駆け引きとか、まだ足りない」

 

 ベル君に攻撃をきちんと防御できるようにと言って、模擬戦というか一方的な攻撃を再開したが、ステイタス的にそもそも防御不可の速度で鞘が振るわれていると思うのはオレだけなんだろうか。

 何度攻撃されても、不屈の闘志で立ち上がるベル君と無表情で攻撃を加えるアイズさんを見て、内心、ドン引きしていた。

 しばらくすると、力加減を誤ったのかベル君が派手に吹っ飛び、気を失った。

 

「あ」

 

 アイズさんが、目を見開き、攻撃の姿勢のまま立ちつくしている。

 ポップアップしたAR表示ではHPの減少も止まっているし、ただの気絶状態のようだ。能力バレの対策に、ベル君に駆け寄り、確かめる振りをした。

 アイズさんに問題ないことを伝えると、僅かに顔の力を抜いた後、こういった。

 

「次は君の番」

 

 ここに来たのは間違いだったか……。

 そう思いつつ、魔刃剣アイリスを抜く。魔刃剣は魔刃を使わなければ棒と変わらない。模擬戦をやる場合、魔刃さえ使わなければ問題ないだろう。

 アイズさんはかなりの速度でオレとの距離を詰める。昨日ベル君を捕まえる時の速度と比べるとかなり遅い。間違いなく力を抑えてるんだろうけど、それでもいろいろおかしい。

 そう思いながら、彼女が振るう鞘を目で追う。うわ、痛そうだな。いやだな。そう思っていると、自然と手が動き、魔刃剣で鞘を受け止めていた。

 

「あれ?」

 

 攻撃姿勢のまま首を傾げたアイズさんは少し距離をとり、鞘を構えなおした。再び距離を詰めてくる。いや、なんか速くなってますよ。アイズさん、力加減間違えてますって!

 さらに痛そうになった一撃を魔刃剣で受け止めると、そこから続いてもう一撃。連撃は止めて!

 何回かは止めることができたが、体勢的にかなり不利な状況になり、連撃を防ぎきることができなかった。脇腹に鞘の一撃がお見舞いされる。

 痛い痛い痛い!

 無理矢理足を動かして距離をとった。というか、ベル君、ほんとよく心が折れなかったな。HPは大して減ってないのに、オレ、もうギブアップしたい。

 

「君、とても変」

 

 アイズさんが構えを解いて話しかけてきた。

 

「レベル1のステイタスに思えないほど速いし頑丈。無茶な動きもできる器用さもある。剣に負担をかけないよう、それでいて衝撃を殺す防御の動きはとても上手。

 なのに、駆け引きがまるでない。動きに流れがなく無理矢理動かしている。だから、連撃で君の動きを誘導すれば簡単に隙を晒してしまう。駆け引きという面ではあの子よりできていない」

 

 さすが、一流冒険者、しっかり見抜かれたか。やってしまったな……。

 さて、どうしたものか。今更ごまかすのはもう無理だろう。

 そう考えていると、アイズさん少し下を見て、言い淀んだ後、口を開いた。

 

「君はどうやってその力を手に入れたの?」

 

 一応、指導してくれているわけだし答えたいところなんだが、異世界で魔法使って経験値を稼ぎました、なんて言えるわけがない。

 

「……レベル1なのは間違いありませんが、詳しいことは話せません。ベル君にもこの力については内緒にしています。

 薄々、感づいたりしてる……のかな……ベル君は隠し事ができない子なので、気付いてないとは思いますが……。あの子は強くはなってきていますが、真っ直ぐすぎて、色々と心配になります」

 

 おっと、話がずれてきている。咳払いをして話を元に戻す。

 

「残念ながら、このスキルは得ようとして得られる力の類ではありません」

 

 異世界の能力を知られるより、恩恵のスキルと思われたほうがいいだろうと、スキルと明言してみた。

 今現在、知られたのは、レベル1より高い能力があるということと、異常な技術だけだ。異常なのには変わりないが、スキルということにしておいたほうがいいだろう。

 

「……そう。不躾な質問に答えてくれてありがとう。

 他の人には言わない」

 

 残念そうに彼女はつぶやいた。ミノタウロスに襲われた時に助けてくれたし、プロテクターも拾ってくれた。恐らく、本当に他の人には言わないはずだ。

 しかし、今回のような例外を除けば、力は制限できているはずだ。

 けれど、技術に関しては、理屈がわかってないため、ONかOFFで、適当なラインで抑えるというのが難しい。ある程度慣れてくれば別なんだけど、戦闘面ではかなり先の話になりそうだ。スキルに関しては異常だと、見る人が見ればわかると思っておいたほうがいいだろう。

 ベル君やリリにも、いろいろ器用になるスキルが発現している程度にぼかして教えたほうがいいかもしれないね。表向きはそうしておいたほうがオレ自身も動きやすいと思う。

 

「……君は、痛みを受けても十分動けている。

 なので……、君はまず視線や重心移動に気を付けたほうがいい。……視線でやりたいことがわかる。……重心がある程度滅茶苦茶でも動けるからといってそれを疎かにすると防御できなくなる」

 

 アイズさんはスキルについて追求することなく、考えるように言葉を区切りながら助言をくれた。

 たしかに視線を向けた先に攻撃するだろうし、重心については全然気にしてなかったな。勉強になる。

 

「これから連撃を仕掛ける。……防御してみて」

 

 視界の邪魔になるメニューは非表示にして、魔刃剣を構える。

 最初のうちは何回かの防御の後、鞘の一撃を喰らったが、時間が立つにつれ、徐々に連撃を防げるようになってきた。ついつい力を出し過ぎて防御しないようにするのが大変だった。

 しかし、確かに自分の体勢と相手の視線というのは重要だ。勉強になる。

 そう思っていたら、ローキックを食らった。

 イタタタタッ!なんで!?アイズさんの視線はそっちに向いていないって……ああ、そっか。

 

「視線だけに頼りすぎるのも危険。こんな風にフェイントにかけられる」

「とても、勉強になります。私は基本すらよくわからないまま剣を握っていたんですね」

 

 視線も大事だけど、全体を見て相手のフェイントに騙されないよう、次の動きを予想する。言われてみれば当たり前のことなんだけど、全然気にかけてこなかったな。

 というか、空間把握スキルなんて便利なものがあるんだから、見たものに集中するのではなく、もっと意識して使っていかないと勿体無いね。

 

「う……」

 

 おっと、ベル君が上体を起こした。魔刃剣を納め、ベル君の下に歩み寄る。

 

「大丈夫かい。ベル君、立てそうかい?」

「は、はい。大丈夫です。アイズさん、続きをお願いしていいですか」

 

 アイズさんが問いかけるようにこちらに視線を向けてきたので、頷いて、ベル君とアイズさんから距離をとる。

 その後、無表情で攻撃を加えるアイズさんに、ちょっと引いた。



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22話:神様との料理作り

 アイズさんとの訓練後、ホームに戻り、身支度を整えた後、ソーマ様のところに向かった。門番には話が通っていたようで、スムーズに調理室に案内された。

 ヘスティアファミリアのホームではコンロしかなかったが、ソーマファミリアの調理室はかなりの大きさで、業務用の冷蔵庫やオーブンや石窯などもあった。酒造りが専門といっていた割にはかなりの設備である。

 

「よく……きてくれた」

 

 食材や料理本に囲まれたソーマ様に挨拶を返した後に尋ねる。

 

「それで、オレは何をすればいいでしょうか?」

「まだ、明確な道は見えておらず……、手探りの段階だ。これが……私が作ったものだ。味を見てくれ」

 

 食材ひとつひとつを見ても、切り方や火入れがつたないとスキルが伝えてくる。調味料のバランスも悪いと思う。

 

「食べてわかると思うが……今の私では……料理と呼べる状態の皿すらつくれない。

 まずは……これを酒にあう料理と呼べる状態にしたい」

「わかりました。神酒(ソーマ)の失敗作と料理を合わせて、酔いが醒めるようにするという話は聞いているのですが、一度、神酒(ソーマ)の失敗作の味見をさせていただけませんか?」

「む……そうか……飲んだことがなかったのを忘れていたな」

 

 ソーマ様が無表情で杯に酒を注ぎ、差し出してきた。

 甘く涼やかな独特の香りだ。口に含むと強烈な甘みが広がるが、ベタつくような感覚はなく口溶けは滑らか。独特の芳香が鼻腔を駆け抜け、後味はさわやかで、最後の余韻まで楽しませてくれる。まるで体の隅々まで染み渡っていくようだ。

 

「美味いですね。しかし、これに合う料理ですか……」

 

 かなり主張が強い酒だ。味がぼやけた失敗作と言っていたが、十分に完成しているようにも思える。いや、完成品の神酒(ソーマ)と比べると次元が低い品であるのは理解できるんだけどね。

 

「味はわかりました。ソーマ様が作られた品を元に、私なりにまずは一品作ってきます」

 

 スキルに従い、バランスを整え料理を完成させた。さっそくソーマ様に味見をしてもらう。

 

「うむ……。美味い料理だ……。美味いが……神酒(ソーマ)には合わなそうだな……」

 

 普通の酒ならともかく、あの独特の香りと強い甘みに、料理の味がかすむんだよね……。あの酒にあう料理というのはなかなかの難題だ。

 ソーマ様が少し渋い表情を浮かべている。すこし落ち込んでいるのかもしれない。

 

「ソーマ様、まだ一品目です。色々作ってみましょう」

「……ああ……、そうだな」

 

 なお、試作料理は、ソーマ・ファミリアの眷属らに提供されるようだ。料理単体としては美味いので特に文句はないだろう。

 その後、夕方まで試作を続けたが失敗作の神酒(ソーマ)と合いそうな料理は作れなかった。

 

「今日はよく働いてくれた……。また明日、同じ時間に来てくれ」

「わかりました、失礼します」

 

 もっと長い時間働くものかと思っていたが、意外と短かった。なんと、ホワイトな職場であることか。正直、よく働いたという気がしない。ソーマ様もファミリア管理の仕事があるとのことだし、仕方がないか。

 なお、ソーマ様が買ってきた料理本については、自由に見ていいと言われたので、ソーマ様が離席した際に、ストレージに一旦収納して、メニューでいつでも読める状態にしている。寝る前に少しアイデアを考えておこう。

 

 その日の食後、ヘスティア様に前もって一言言った後に、オレのスキルについて少し話すことにした。何も言わないと、異世界ネタをばらすのかと驚かれるかもしれないからね。

 

「リリがヘスティア・ファミリアに入ったし、オレのスキルについて教えておこうと思うんだけど……」

「え、サトゥーさん、能力が発現していたんですか?」

「もしかして、器用が上がるとかそんな能力ですか?」

 

 リリがそう聞き返してきた。ある程度バレてたか。

 

「そうだね、色々なことを器用にこなせると思ってもらって構わないよ。戦闘の連携で使えるような能力じゃなかったから黙っていたけどね」

「この料理の技術にも反映されているということですか?」

「まぁね」

「おかげで美味しい料理を食べられると考えれば、ずいぶんありがたいスキルですね」

 

 リリはオレの入れたお茶を飲んでからそう言った。

 

「魔力の扱いに長けているのも、スキルのおかげなんですか?」

「そうだね。まぁ、もちろん、それなりに練習する必要はあるけど」

 

 魔刃スキルにそって魔力を流すだけでなく、練習により魔刃の発生が高速化したし、魔刃の形を変えたりできるようになったのも練習の成果だ。特に意味はないが、漫画でありそうな、指先に魔刃で数字や文字を作ることもできるようになった。

 ベル君が何かを決心したような顔付きで話しかけてきた。

 

「サトゥーさん、お願いがあります。魔力の扱いについて教えてほしいんです」

「別に構わないんだけど……」

 

 感覚的なもので、どうやって練習すればいいかがいまいちわからない。

 

「実践的なもので構わないかい?

 感覚的に使ってるし、オレも理論とかはよくわからない」

「はい。僕も理論は眠たくなっちゃいそうなのでちょっと……」

「あの、リリも教えてもらっても構いませんか?」

「構わないよ」

 

 リリも教えてほしいというのは意外だったな。けど、魔力の扱いに長ければより負担なく魔法を使えるようになるかもしれないね。練習することに損はないだろう。

 今日は、二人の手に魔力を流してみることにした。魔力量や魔力の流す速さなどに強弱をつけて、それを感じさせることから始めてみた。

 まずは魔力の流れを知ることが大切だろうという考えと、これならオレが簡単にできるという打算からそういうメニューにした。

 今後を考えると、少し練習内容も考えなくちゃいけないね。寝る前に、ソーマ様のメニューを考えるのと合わせて、こちらの訓練内容も考えておこう。

 

 

 翌日の早朝、ベル君と一緒にまたあのボッコボコタイムを過ごすことになってしまった。一応、策は用意してあるが……。とりあえず、ベル君から頑張ってもらう。ベル君は結構耐えたがふっ飛ばされて気を失った。気が重いが、オレの番か。

 

「君の剣、変だよね?ただの棒と変わらないように思えるけど?」

 

 おっと、昨日、オレ自身が変と言われたことに続き、剣まで変だと言われたぞ。

 

「調整が可能なんですよ。模擬戦ですから、棒切れと変わらない状態で使っています」

「そう、教えてくれてありがとう。今度は私が君に教えよう」

 

 アイズさんが、鞘を構えた。

 

「アイズさん、お互いの動きの速度をそろえて、駆け引きや流れに集中して学びたいのですが構いませんか?」

「なるほど……。面白いかもしれない」

 

 よし!聞き入れてくれた。

 何度か素振りや防御の型を繰り返して、お互いの速度を揃えた。速度は、攻撃が当たっても少し痛いで済む程度にしておいた。それこそ、当たる寸前で止めることも容易い程度の速度だ。

 

「……攻撃と防御を順番に入れ替えない?」

 

 アイズさんがそう提案してきた。たしかに攻撃の方法を学ぶことも重要か。なにより、こっちが攻撃している間は、痛い目に合わないだろうし。

 

「そうですね。それでお願いします」

「うん、私からいくよ」

 

 おっと、メニューをまだ閉じてないんだけど、攻防の切り替えのタイミングでオフにしようか。

 アイズさんは連撃を繰り出し、止めきれずに一撃をもらった。痛みは昨日に比べれば大分マシだ。オレの策は成功したようだ。

 

「……君の番だよ?」

「わかりました」

 

 おっと、待たせるのも悪い。とりあえず、さっきのアイズさんの攻撃を真似よう。アイズさんがどうやって防御するのか知るのも勉強になるはずだ。

 ……うん。なるほど、自分で体験してみると攻撃側の身体の動かし方の理由や視線の意味がよくわかる。防御においても、この攻撃側の視点に立つことは重要だね。

 アイズさんの防御もさすがだ。オレみたいに、馬鹿やらかして防御不可能な状態になったりしない。

 

>「武術:模倣」スキルを得た。

 

 有用そうなスキルだ。非表示にし忘れたメニューを閉じるついでにポイントを振っておこう。

 

「……私の真似?」

 

 アイズさんは少し驚いた表情に見える。

 

「ええ、無暗に攻撃するより、勉強になるかと思いまして」

 

 その後も、アイズさんの連撃を受け、それをオレが返すことを繰り返した。

 なお、武術:模倣スキルのおかげで、さっきより上手く真似ができているような気がする。そしてこの真似だが、非常に勉強になる。昨日と変わらず一方的に攻撃をうけるのだが、攻撃を受ける頻度は減り、攻防の流れというものがわかってきた気がする。

 その時、アイズさんが少し笑みを浮かべたと思ってたら、攻撃中にカウンターを受けた。

 

「私の真似はとても上手……。けれど、君の防御を受けての流れだから、防御の仕方を変えれば反撃のタイミングができる」

 

 うん。オレは調子に乗っていたようだ。流れなんてわかってなかった。

 

「私が防御側の時、反撃できそうなら行うから、ただの真似ではなく、工夫してみて」

 

 その後も、攻防を繰り返したが、オレは一撃もアイズさんに与えられなかった。

 なお、ベル君の指導の際、アイズさんは速度を揃えるようなことはせず、相変わらずベル君が吹っ飛ばされていた。痛みに慣れる訓練とはいえ、ちょっと引いた。

 

◆◆◆

 

 私、アイズ・ヴァレンシュタインは、二人の少年の指導をすることとなった。一人は白髪の少年、ベル・クラネル、もう一人は黒髪の少年、サトゥー。二人は短期間で劇的な躍進を遂げた。その成長の秘訣を知りたくて、私から指導を切り出した。

 そうはいっても、私は誰かを教えた経験などない。話すことも苦手だ。色々と考えたが、結局模擬戦という形式で二人に教えることとなった。

 

 ベルの印象は、コロコロと表情が変わる真っ直ぐな少年だ。少し褒めれば笑顔となり、痛みに表情を歪め、倒れたら歯食いしばって立ち上がる。

 動きにはサトゥーの動きの良いところを真似して自分のものにしたような部分があった。しかし、大きな問題として、防御の拙さと駆け引きの欠如があがる。これは本人の資質からという面もあるが、悪い意味でサトゥーの影響を受けている部分も少しあると思う。

 

 サトゥーは物腰丁寧で微笑みを絶やさないが底が見えない、そんな印象を受けた。年齢や背丈はベルとさほど変わらないはずなのに、気遣いができ、落ち着きがあった。

 ただ、彼の戦い方というのはとてもイビツに感じた。

 基本アビリティでいえば、最初に見せた動きは、明らかにレベル1の範囲を逸脱している。オークを短時間で大量に倒したのが彼の可能性も高いだろう。それに手合わせした感じでは、まだまだ力を隠しているようにも感じる。

 彼は痛みにも慣れているように見えた。鞘の一撃とはいえ、やり過ぎたと私が思うような攻撃でも、表情一つ変えはしない。

 また、彼の動きはとても洗練されていたが、同時に素人のものであった。

 構えは熟練の戦士以上に磨き上げられており、防御も剣の負担を最小限に衝撃を受け止めていた。それなのに、まるで素人のように、流れなどなく滅茶苦茶な動きで防御をし、次の動きを自分から封じてしまう。簡単にフェイントに引っかかり、攻撃を受ける。

 新米冒険者が、剣の技術の一部とステイタスだけを得たような……そんな印象を受けた。

 私がその力を得られれば、さらなる剣の技術と強さを得られるのではと思った。気づいたらその力をどうやって得たのか、直接尋ねてしまった。他人のステイタスの詮索はご法度だと知っていたにも関わらずだ。

 結局、スキルで得ようとして得られるものではないとの返答だけを得た。

 

 2日目はベルの成長に目を見張るものがあった。

 ベルの動きは、1日目と比べ、ずいぶんと変わっていた。

 私が指摘した点をひたすら反復した、そんな印象を受けた。ベルは本当に真っ直ぐで真っ白な子だ。ベルを見ていると、私の中の黒い炎が弱まっていくような気がする。

 

 2日目のサトゥーは、お互いの速度を揃えて技や駆け引きに集中して学びたいと提案してくれた。本来なら、私が思いつくべき話なので、少し恥ずかしくもあった。ただ、そんな思いも彼の動きを見て吹き飛んだ。

 彼はたった一度見せた私の動きを再現してみせたのだ。その動きを見た時、背筋に冷たいものが流れた。いくら速度を落としているとはいえ、かなりの精度で再現している。私がダンジョンで磨き上げてきた剣術をこうも簡単に真似されるのは、ショックだった。

 何度か繰り返すうちに、彼の再現の精度は上がっていった。ただ同時に私は喜びも感じていた。自分自身の動きを相手の目線から見ることができる。自分の動きの良い所や悪い所を、彼の動きを通じて見抜くことができる。

 彼の謎のスキルを得ることはできないかもしれない。ただ、彼を通じて、自分の動きを見直し、さらに高みに上った自分の動きを作り出すことができる。私は自分の動きの隙を探しながら、自然と笑みを浮かべていた。

 しかし、今行っていることは彼への指導である。反撃を行い、単に真似するだけでなく工夫するように伝えた。私の鏡写しのまま、自身の研鑽に活かすことに心が揺れたが、彼独自の工夫を加えてもらい、有用そうならそれも含めて取り入れるということで自分を納得させた。

 可能なら、本気のサトゥーと戦ってみたい。なんとなくだけど、この訓練よりも私が得るものは多い、そんな風に思った。



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23話:レベル6との戦闘

 アイズさんとの訓練も6日目、残りは今日を含めて二日だ。5日目の時点で速度を揃えた状態での模擬戦となっている。アイズさんの動きを模倣し、かなり体捌きがうまくなってきたし、流れもつかめてきた。

 なお、アイズさんの動きも何故か洗練されてきているように感じる。少しは本気を出し始めたのかもしれないね。

 さて、これまでアイズさんの動きの模倣に取り組んできたわけだが、実は片手剣スキルと模倣スキルでは細かい部分で異なる感覚を覚えることがある。なんとなく武器の耐久値に対してよくないという気がする時に、片手剣スキルとの齟齬がでることが多い。

 今日は片手剣スキルよりでアレンジを加えてみた。いつもと動きが違うせいか、アイズさんは驚いた表情をしていた。

 今日もアイズさんに一撃を加えることはできなかったが、はじめて、こちらも一撃も受けることなく訓練は終了した。

 ベル君は相変わらず吹っ飛ばされているが、不屈の闘志で立ち上がり食い下がっている。

 ベル君はある程度の手加減はしているが、オレのように速度を揃えた駆け引きの訓練ではなく、実戦的な訓練のままである。格上との訓練ということになるし、かなりの経験値(エクセリア)を稼いでいることだろう。

 帰り際、アイズさんにオレだけ呼び止められた。ベル君に先に帰るようにいって、彼女の言葉を待った。

 

「本気の君と戦ってみたい」

 

 アイズさんの口から出たのはそんな物騒なお誘いだった。オレとしても、この都市最強の女性と戦って、力を確認しておきたいという気持ちはあるけど……。

 

「何故、そのようなことを?」

「私はデスペラードの不壊属性(デュランダル)、武器が壊れない性能を活かして武器に関しては気を回さず、荒っぽく使っている。武器の整備を頼んでいる人にも、武器を労われと暗に示されている。

 けど、今朝の君の動きは、私の動きのようで、武器に無理させない動きになっていた。この数日で、私の欠点を見抜き、修正した動きになっていた。

 君の訓練のはずなのに、私は教えられている。

 君の技量はここ数日で異常なほど上がっている。

 だからこそ、君の本気を見てみたい」

 

 アイズさんにしては珍しく長文で言葉を並べた。

 

「……訓練に付き合っていただいて、こういうのも悪いのですが、私の力に関しては隠しておきたいのです」

「もちろん、口外はしない。

 速度を抑えた状態では駆け引きの訓練にはなる。ただ、実戦の速度で素早く判断することも訓練には重要。君にも利点があるはず。

 エリクサーもきちんと用意する。君に怪我は残さない」

 

 食い気味に、しかもアイズさんにしてはスラスラと答える。前もって考えてたのかもしれない。どうも、かなり戦いたいみたいだ。

 オレのスキルを言いふらされたくなければ戦え、なんて言わない点には好感が持てる。

 アイズさんにお世話になっているのも確かだ。彼女もベル君と同じく素直な人間だ。しかし、あまり表情に出ないほうなので、ベル君ほど隠し事ができない人間というわけでもないだろう。

 ここしばらくの訓練で、たしかに戦闘面はかなり上手くなっている自覚はある。アイズさんと本気で戦うことにリスクはあるが、結局のところ、オレの興味が上回った。

 

「分かりました。24時に、バベルの西門でお待ちしております。ダンジョンの適当な階層で戦いましょう」

 

 

 ソーマ様の所で料理し、リリとベル君に魔力の扱いについて訓練した後、真夜中に、装備を整えバベルに向かう。アイズさんがすでに待っていた。一応マップで警戒したが、アイズさん以外はいないようだ。

 

「すみません。お待たせしました」

「別にいい。5階層でいい?」

 

 表情の変化に乏しいが、待ちきれないというような雰囲気が伝わってくる。「戦姫」なんて、二つ名もある。バトルジャンキーなのかもしれないね。

 

「構いません。いきましょう」

 

 道中のモンスターはアイズさんが処理した。魔石狙いで灰にしている。改めてレベル6というのは凄まじい力を持っていると思う。ベル君100人相手でも無傷で勝ち抜けるんじゃないか?

 そんなことを考えているうちに、適当な広さの部屋にたどり着いた。

 

「構えて。寸止めするようにはするし、エリクサーも用意しているから、即死でなければ大丈夫」

 

 そんな恐ろしいことを言いながら、アイズさんは愛剣デスペラードを構えた。魔力視で見ると、剣を保護するようなうっすらとした鎧が剣を覆っていることが確認できた。

 デスペラードの不壊属性(デュランダル)という特性は、あの魔力の流れでそれを実現しているのだろうか?

 あの流れは憶えておいて、帰ったら試してみようか。

 とりあえず、周囲にイレギュラーがないことをマップで確認したのち、メニューを非表示にし、視界を広くしておく。並列思考と空間把握のコンボでマップを見ながら戦えないこともないが、相手の本気の力を測りかねている以上、止めておいたほうがいいだろう。

 念のため、魔刃剣アイリスに少量の魔力を注ぐ。攻撃のためというより、剣の保護の意味合いが強い。

 

「紫の光?」

「魔刃といって、魔力を注ぎ込み、魔力の刃を作り出す技術ですよ。今回は切れ味を高めるというより、剣の保護という意味で使っています」

 

 そして、剣を構える。

 一瞬の静寂の後、地を蹴る音がしたと思えばすでに目の前にアイズさんがいた。上段から振り下ろされる一撃を魔刃剣で防ぐ。想定以上に重い一撃だ。すぐさまアイズさんは横に回り込み、剣を薙ぎ払う。上半身を反らして回避したと思えばすぐさま追撃の剣閃が煌めく。

 早朝の訓練とはまるで動きが違う。これが、レベル6、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 強さはまるで違うが、訓練中にアイズさんが教えてくれたようにオレのやることは一緒だ。

 視線の動き。

 重心の位置。

 筋肉の僅かな動き。

 そして、呼吸。

 相手の情報から先を予測して、対処する。

 彼女の剣が動く前に、その軌跡を予測できた。

 凄まじい速さの突撃から放たれる6つの剣閃を予測し、捌く。

 

「……驚いた、今のを止められるとは思っていなかった」

 

 オレ自身も自分の動きに驚いている。いつものようにしたつもりだが早朝の訓練とは何かが違う。いつもより体が軽く感じる。何かスイッチが入ったかのように大量の情報が入ってくるようにも感じる。

 アイズさんの癖はここしばらくの早朝の訓練で知っていたつもりだったが、まるで未来が読めるように動きが予測できる。

 上段から振り下ろされた一撃に対してほんの少し後ろに下がりかわす。恐ろしい速度で返す切り上げは剣の横っ腹に蹴りを入れて軌跡をずらす。お返しとばかりに彼女の蹴りが飛んでくる。

 格闘ゲームで強いプレイヤーと闘っているような気分だ。

 もっと、もっとだ。

 ありとあらゆるところに情報は存在する。

 それらを読み解き、最善の一手をうっていく。

 オレは、アイズさんとの戦いを体の隅々で味わい、己の糧にしていった。

 そして、楽しい時間はあっという間に終わる。

 

>「先読み:対人戦」スキルを得た。

>称号「剣の舞手」を得た。

 

「魔法は使わなかったとはいえ、まさか、負けるとは思っていなかった」

 

 アイズさんの顔の前に剣を寸止めした状態から、剣を引き、納める。

 夢中になってたとはいえ、正直やり過ぎたかもしれない。

 お互い、結構ボロボロだ。

 

「本気の君はまるで未来をわかってるみたいに私の動きを読んで対処していた」

 

 アイズさんは、自身の手を確かめるように見つめる。

 

「負けて、とても悔しい。

 ……でも、不思議。とても楽しかった。

 ……私はもっと強くなれる。剣の腕をもっと磨く。

 そうしたら、また、戦ってくれる?」

「ええ、違うファミリアなのでそう頻繁には無理かもしれませんが、私でよければ」

 

 オレも楽しかったし、勉強になった。また戦えるというなら戦ってみたい。

 連日はさすがに疲れそうなのでお断りだが。

 

「一応、確認しておきますと、明日の早朝は速度を揃えての剣の勝負でお願いしますよ。ベル君の前で全力を出すわけにはいかないので」

「……わかった」

 

 とても残念そうな表情だったが同意してくれた。

 

 そして、訓練最終日。

 どうにかして一撃入れたかったものの、お互い一撃も与えることなく訓練は終了した。速度をかなり抑えた状態だと、お互いに次の手をよく考えるためか、決定打がなかった。

 ただ、アイズさんの動きがかなり変わっている。彼女自身も色々試しているようだ。

 

「二人とも、とっても、すごかったです!」

「結局アイズさんに一撃入れられなかったか。ベル君、オレの代わりに一撃与えてやってくれ」

 

 ベル君に訓練中に一撃を入れるという目標を託してみた。かなり難しいことはわかっている、手加減はしてくれているものの、オレみたいに速度を合わせてまではしてくれていないしね。

 でも、ベル君は、この一週間でしっかり成長している。やってくれる可能性は十分あると思う。

 

「……わかりました。頑張ってみますね!」

 

 ベル君はそう言ってくれた。オレの中のベル君は、僕がアイズさんに一撃なんて無理ですよ、と言うイメージがあったのだが、少し認識を改めたほうがいいかもしれない。

 ベル君はアイズさんとの最後の模擬戦を行う。

 幾度か攻防を繰り返した後、ナイフの攻撃と見せかけ、鞘で防御される寸前にナイフを手放し、拳の一撃に切り替えることによって、アイズさんの不意をつき、見事ベル君は一撃をねじ込んだ。

 

「おお!」

 

 思わずオレが声をあげてしまった。

 あれだけボッコボコにされ続け、それでも立ち上がり続けたベル君が一撃を与えた。頑張っている場面をずっと見ていたため、思ってたより感情移入していたのかもしれない。

 

「やり……ました、アイズさん、サトゥーさん」

「……おめでとう」

 

 小さく微笑んで、アイズさんがベル君に祝福の言葉を告げた。

 アイズさんも初日こそドSな人と思ったけど、今となってはちょっと不器用な天然さんというのがよくわかる。ボコボコっぷりにはちょっと引くけどね。

 彼女にはお世話になっているし、今度、お菓子でもベル君と一緒に持って行こうか。ただ、外向きにそれっぽい理由もないのに訪ねるのも変な話だし……。今更だけど、この練習中に作って渡せばよかったね。

 

 

 ソーマ様の料理のほうは進展がない。

 ただ、試作料理に味を占めたのか、人気のなかったホームに何人かの試食係が交代で待機するようになった。調理室から離れた部屋で料理をツマミに昼間っから酒盛りをしている。ちょっとうらやましい。

 今日もいくつかの料理を作ったが、相変わらず神酒(ソーマ)の前ではかすんでしまったり、神酒(ソーマ)と相性が良くなかったりで、料理の糸口はつかめなかった。

 

 

 夜にベル君たちの魔力の扱いの訓練を行ったが、ベル君は一週間で魔刃を発生させるまでに至った。

 もちろん、時間はかかるし、魔刃の鋭さは足りないし、かなり魔力が発散されていて無駄が多い。確実に発生させられるわけでなく、魔力を発散させすぎて終わることもある。発生させることができても、維持できる時間はとても短い。失敗する回数のほうがまだ多い。

 正直、まだ実戦で使えるような代物でないし、MPの消費量を考えたら、ファイヤボルトのほうがよほど使えるだろう。

 それでも、魔刃を発生させられるとは思わなかった。ヘファイストス様も難しいスキルだと言っていたしね。少し興奮して、魔刃を変形させる技なんかも教えたが、もっと魔刃の精度を高めることに集中させたほうがよかったかもしれないね。

 リリにも、魔刃剣を貸して魔刃の練習をしているが、こちらは成功していない。ただ、リリが魔刃をできてもあまりメリットがないので、可能なら防御系の魔力を使ったスキルを覚えて、それを教えたいと思っている。

 実は、アイズさんの不壊属性(デュランダル)を真似して魔力を流した際、新たに魔力鎧スキルというのを覚えた。これは、剣に流し頑丈さを上げることもできるが、身に纏って防御力を上げることができるスキルでもある。

 それを教えようとしたのだが、魔刃剣やヘスティアナイフといった、流れを作ってくれる装備がないため、非常に難度が高い。ベル君でも、エイナさんからもらったナイフでは魔刃が発生させることができなかった。武器の補助機能は結構重要に思える。

 なので、リリにはまず魔刃剣で特殊な流れを作る感覚をつかんだ後に、魔力鎧の練習に移ろうと思っている。

 二人とも、以前のステイタス更新に比べ、魔力の値が大きく伸びているそうなので、練習の成果は出ているはずだと思う。




不壊属性(デュランダル)の独自設定
デスマ側の魔力鎧を輸入。
少量の魔力を呼び水に自動で魔力鎧を纏う機能。
この魔力鎧により、破壊にたいしてはめっぽう強く、少々切れ味が落ちることはあっても、壊れることはほぼない。半面、攻撃力は少し落ちる。
使い手が魔力を注ぐことで、一時的に頑丈さをあげることができるが、必要となる場面は滅多にない。

同様に魔力を呼び水に自動で魔刃を纏う機能も過去に考案されているが、元々の武器の攻撃力に対して少量しか上がらないため、鍛冶アビリティで付与する効果として使われることはほぼない。
ヘスティアナイフや魔刃剣アイリスは、魔刃を使う武器だが、両方とも神の恩恵により、鍛冶で付与される効果とは一線を画した武器となっている。


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24話:本当の冒険

10/23の深夜、誤字報告機能で、複数人の方に報告いただいたのですが、
私が適用手順を間違ったのか、ちょっと表示がおかしなことになっていました。
もしかしたら、報告いただいた内容が適用されていないかもしれません。
わざわざご報告いただいたのに、申し訳ない。


 アイズさんとの訓練は終わった。アイズさんは今日から遠征の予定だ。

 ヘスティア様はアルバイト、サトゥーさんはソーマ様の所で料理作りだ。

 そして僕とリリはダンジョンに潜る予定だ。

 

「ベル君、行く前にステイタス更新しておかないかい?

 最近やってなかったし、手早くすませておこうよ」

 

 出発前に神様がそう僕に声をかけてきた。

 特に急いでいる理由もなかったのでお願いした。

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力:S982 耐久:S900 器用:SS1021 敏捷:SS1049 魔力:SS1036

 

「ベル様、まだですか?」

「ゴメン、すぐ行くよ!

 神様、数値は帰ってから聞きますね」

 

 僕は手早く装備を手に持って、教会で待っていたリリのもとに駆けだした。

 そしてダンジョンに潜ったものの、雰囲気がおかしかった。9階層までモンスターに遭遇しないという異常事態で、なにか嫌な気配がしていた。

 そして、その予感はミノタウロスの出現という形で、現実のものになった。

 ミノタウロス。僕の恐怖の象徴といってもいい。何度、別のモンスターに狂牛の影を重ねて怯えたのかわからない。

 僕は怯えて動くことができず、僕に向かって振り下ろされたミノタウロスの一撃をかわせないはずだった。けれど、リリが横からボクに体当たりをすることで助けてくれた。

 僕を助ける際に怪我を負ったリリを逃がし、彼女を死なせたくない、その一心で、リリが逃げる時間を稼ぐためにミノタウロスと相対した。相対したといったが、一方的なミノタウロスの攻撃をギリギリ逃げ回ってかわしていたというのが事実だ。

 鎧はミノタウロスの一撃で砕かれた。

 あの時なかったファイヤボルトも通じなかった。

 かろうじて、敏捷が競り合えている。無様に下がり続け、逃げ回って時間を稼げればそれでいい、そう思っていた。

 しかし、いつまでも逃げ切ることはできずに、僕はミノタウロスの攻撃を受け、情けなく地面に転がった。

 ゆっくりと歩みよってくるミノタウロスに恐怖し震えていると、不意に声がかかった。

 

「大丈夫?

 頑張ったね。今助けるから」

 

 憧れの人、アイズさんの声だった。

 助けられる? この人に? あの時と同じように?

 頭に火がついた。

 馬鹿みたいに一途な気炎が恐怖を上回った。

 憧れの人の前でこれ以上、醜態をさらしてどうするんだ!

 立ち上がり、彼女の手を取って、背後に押しやる。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

 僕はそう叫びながら、エイナさんのいっていた「冒険者は冒険をしない」という言葉をふと思い出した。

 僕は今まで冒険をしてこなかったのかもしれない。

 ヘスティア・ファミリアにサトゥーさんが来てから、サトゥーさんと一緒にダンジョンに潜ってきた。

 サトゥーさんはいつも背中を押してくれた。リリのこともそうだ。

 そして色々なことを教えてくれた。僕の動きはサトゥーさんに大きく影響を受けている。

 危ないときはサトゥーさんが助けてくれた。僕が夜中にダンジョンに潜った時も、シルバーバックに襲われた時も、オークに囲まれた時も……。

 けれど、今、サトゥーさんはいない。

 僕だけの力でミノタウロスに勝てるかはわからない。

 けれど、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかない。

 そして、サトゥーさんに助けられるわけにはいかない。

 サトゥーさんに助けられるだけの情けない男にはなりたくない。

 あの人たちの横に立てる男になりたい。

 譲れない想いのために、初めての冒険をしよう。

 

 ただでかいだけだ!もっと早い人と戦ってきただろう!

 そう、僕自身に言い聞かせミノタウロスの攻撃を捌いていく。

 ミノタウロスは大剣を使うが、技術自体はお粗末なものだった。

 技術はアイズさんとサトゥーさんの足元にも及ばない。

 バゼラードでの反撃を数度試みたが、かすり傷がいい所だ。この武器では足りない。

 ヘスティアナイフしか相手にダメージを与えられないだろう。

 そして、ミノタウロスは明らかにヘスティアナイフを警戒している。ただし、警戒しているのは胸元、魔石への攻撃ではなく、頭や首といった場所を中心にしている。

 ヘスティアナイフの短いリーチでは分厚い胸板に阻まれ魔石まで刃が届かず、有効打となりえない。それを理解しているのだと思う。

 だからこそ、それを利用する。

 サトゥーさんは魔刃は成功率を考えると実戦で使うには、まだ止めておいたほうがいいと言っていた。

 実際、練習でも数度しか形になっていない。

 もうひとつは挑戦したことすらない。

 けれど、背中のステイタスが熱を持って、体が軽く頭が冴え、いつもより魔力をうまく操れるような感覚がある。今ならできる気がする。

 必殺の一撃を放つために、攻撃を捌きつつも、両手に魔力を集中させる。

 かなり難しい。集めた魔力が散ってしまう。

 しかし、数度の挑戦の後、魔力を集中させることに成功した。

 魔力の貯め終わった左腕を突き出し、右手の魔力を武器に込めつつ、呪文名を叫ぶ。

 

「ファイヤボルトォオオオオオ!」

 

 左手に貯められた魔力を使い、今までのファイヤボルトとは比べものにならない規模の爆炎がミノタウロスを襲う。

 今までのような、表皮が少しこげる程度の一撃でなく、肉を焼く一撃だ。爆炎の衝撃で大きく後退したミノタウロスは大剣を落とした。

 魔力を制御しきれなかったのか左の掌にも爆発が起こり、かなり痛みを感じるが、今はそれどころじゃない。

 あと、2,3発放つことができればこのまま倒せたかもしれないが、そこまでの精神力の余裕はない。

 僕はふっ飛ばされたミノタウロスとの距離を詰める。

 

「うああああああああっ!」

 

 魔法のダメージでミノタウロスの対処が遅れる。

 僕は体をひねり刺突を繰り出そうとした。

 ミノタウロスは目の色を変え、顔と首を両腕で守る。

 急所の魔石はがら空きだ。

 かかった!

 イメージするのは突撃槍。長く、鋭く、すべてをうち貫く槍。

 シルバーバックを打ち倒した一撃をさらに進化させた一撃。

 ヘスティアナイフの刃の先端に、紫の光の魔刃が輝いていた。

 そして、光は長くなり鋭く研ぎ澄まされ、リーチを伸ばす。

 できたぞ、魔刃の変形!

 槍というにはあまりに短いが、魔石を貫くには十分だ。

 胸の中央の魔石目がけて、小さな紫紺の光槍を全力で撃ち貫いた。

 石を貫く感覚をナイフが伝えてきた。

 太い焼けこげた腕の隙間から見えるミノタウロスの顔が、いい戦いだったと笑ったような気がした。

 そんなことを思うと同時に視界が暗くなってきた。

 精神疲労(マインドダウン)か。

 だけどやったんだ。僕はやりましたよ。サトゥーさん、アイズさん。

 僕は、二人に、少しは近づけたかな。

 言葉にならない呟きを最後に、僕は意識を失った。

 

◆◆◆

 

「勝ち、やがった……」

 

 呆然と、ベートは呟いた。

 周囲には、リリと、遠征に向かうはずだった、ロキ・ファミリアの面々がいる。

 

「っ……!質問に答えろ、小人族(パルゥム)!あのガキは一体っ……!」

「ベル様……ベル様ぁっ!」

 

 覚束ない足取りで駆け出していったリリにベートは舌打ちする。

 ベートが気絶した白髪の少年に視線を移すと、防具をはがされボロボロになった少年の背中が見えた。穴が開いて、肌が見えるが、神聖文字(ヒエログリフ)は見えない。

 たまにステイタスのロックのかけ方もしらない神もいるが、白髪の少年のファミリアはそうでないようだ。

 

「あの最後の魔法と光る刃、かっこよかったな……」

 

 ティオナが思い返すように言葉にだした。

 

「魔法に関しては単純に魔力を限界を超えるくらいまで大量に込めて魔法を放ったのだろう。小規模ながら魔力暴発(イグニスファトゥス)が起こっていた。アレはもっと派手に爆発して自爆をしてもおかしくなかった一手だ。

 タダの思いつきなのか、魔力の扱いに自信があったのか……」

 

 リヴェリアがベルの容体を見るために近づきつつ、そう答えた。

 

「最後のは魔刃か。

 ほとんど忘れられた技術だし、駆け出しが知っていて、ましてや使えるようになる簡単な技術じゃないはずなんだけどな」

 

 フィンが一人他の者には聞こえないような小さな声でつぶやく。

 

「1ヶ月前、ベートの目には、あの少年がいかにも駆け出しに見えたんじゃなかったのかい?」

 

 フィンが尋ねるが、ベートは沈黙で返した。

 1ヶ月前、ベートの目には確かに少年は心構えもできていない素人同然に映った。

 それが、たった1ヶ月で、ミノタウロスの攻撃を捌き、そして倒してみせるという、確かな実力の片鱗を窺わせる冒険者となっていたのだ。

 自分1人であのモンスターを倒せるようになるまで、どれほどの時間がかかった?

 そう考えた矢先、ベートの中にどうしようもない苛立ちと羞恥が溢れた。

 

「彼の名前は?」

 

 フィンは長槍の柄で自身の肩を叩きながら尋ねた。

 

「知らねぇ……、聞いていない」

「ベル」

 

 アイズがベルへ視線を向けながら小さな声で答える。

 

「ベル・クラネル」

 

 路傍の石ではない、はっきりとした少年の姿が、その金色の瞳の中に映し出されていた。

 



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25話:ベルのランクアップ

 アイズさんとの訓練が終わった翌日、ソーマ様と相談して試食係が食べたい物も作ってみることにした。もちろんソーマ様のアイデアやオレのアイデアなども試すが、新たな視点から作る料理でなにか道が開けないかと思ったためだ。

 正直、あまり参考にならなかったが、試食係は幸せそうに料理を食べていた。

 

 ホームに帰ると、誰もおらずに書き置きがあり、とんでもないことになっていた。

 ベル君とリリが9階層でミノタウロスに襲われて、バベルの治療室にいるとのことだ。

 命に別状はないそうだが、ミノタウロスはレベル2冒険者が相手をするようなモンスターだ。仕方がないとはいえ、オレが一緒に行かなかった事が悔やまれる。

 バベルの治療室に急いで向かうと、包帯で覆われたベル君とリリがいた。魔法がある世界だ。2、3日で退院できるそうだが、なんとも痛ましい。俺はこの日、病院で一夜を過ごした。

 

 翌日、ベル君とリリが目を覚ました。

 少し言葉を交わしたが、驚いたことにベル君はミノタウロスをソロで倒したそうだ。魔刃の練習が役に立ったとお礼を言われた。無茶をして叱りたいところではあるが、今日のところはよく帰ってきたと言っておく。

 その後、リリに、ソーマ様のところで料理を作ってお金を稼いできてくださいと強く言われたので、ソーマ様の所へ向かった。

 あまり料理に身が入らなかったが、スキルサポートのおかげで、普段と品質はさほど変わらなかったと思う。

 

 そして、ベル君とリリの退院の日、ソーマ様の下へ料理を手伝いにいった時、少しお願いをすることにした。

 

「仲間の退院祝いの料理を作るためにオーブンを貸していただけませんか?

 今日の給金は不要ですし、お金も払いますので」

「好きに使ってくれ……金も必要ない」

 

 ソーマ様は許可をくれた。ありがたいことだ。

 今回作るのはスポンジケーキにホイップクリームと果物を挟んだいわゆるショートケーキだ。

 ヘスティア・ファミリアにないオーブンを使いたいために、ソーマ・ファミリアの設備を借りることとなった。酒のアテにはならないけど、オーブンに空きはあるし、ソーマ・ファミリアの分も作っておこう。

 少し時間はかかったものの、なかなかうまくできたと思う。試食係のうち一人には好評だったが、他の人はあまり甘いものが好きでないそうで、他の試作料理を食べていた。

 意外だったのは、ソーマ様がケーキを食べたことだろうか。普通、酒のアテにはしないし、物珍しかったのかもしれないね。

 

 夕食後のデザートにケーキと紅茶を出すと、リリはお小言をいいつつも幸せそうに食べてくれた。ヘスティア様は少しずつ、味わうように食べていた。ベル君はあまり甘いもの好きではないようだったが、今回のショートケーキはとても美味しいといっていた。

 前に出した蒸しプリンの時にもおいしそうに食べてたから、ただ単に甘みが強いだけといったものでなければ大丈夫とは思うが、ベル君の好みは頭の隅に入れておこう。

 

 寝る前のステイタス更新でベル君のレベルが上げられる状態であることが判明した。というか、ベル君の叫び声が地下室から聞こえてきた。

 リリと一緒にお祝いの言葉を述べた後、相談を受けた。

 

「ベル君は発展アビリティが3つの中から選択できるんだけど、どれにしようかなという話になってね。

 1つ目は「耐異常」、毒とかが効きづらくなる。

 2つ目は「狩人」、一度倒したモンスター相手なら少し基本アビリティが上昇した状態で戦える。

 3つ目が「幸運」、これはボクはいわゆる加護のようなものだと思っている」

「加護ですか……?」

「ボクとしては「幸運」をオススメするね、君にはこのアビリティが必要だっ!」

「リリは「狩人」がいいと思います。効果がはっきりしていますし、安定をとるならこちらかと」

 

 女性陣の間に怪しい空気が流れ始めたので、流れを変えよう。

 

「明日にでもエイナさんに相談するのもいいかもしれないね。ギルドなら色々な情報を持っているだろうし」

「そうですね。そうしてみます」

 

 翌日、エイナさんに相談を終え、ランクアップを終えたベル君は、何故か地下室の隅で膝を抱えていた。

 どうしたのか聞くと、ためらいつつもステイタスが書かれた紙を見せてくれた。

 

ベル・クラネル

 Lv.2

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 幸運:I

 《魔法》

 【ファイヤボルト】

  ・速攻魔法

 《スキル》

 【愚者足掻(フールズストラグル)

  ・魔法以外の魔力の扱いに高補正

  ・大きな損傷(ダメージ)を負った際、少しずつ回復

  ・精神力(マインド)が少なくなった際、少しずつ回復

  ・スタミナが少なくなった際、少しずつ回復

 

 ランクアップの際、スキルが発現したのはいいのだが、名前が愚者足掻(フールズストラグル)という、凄まじい名前だった。その愚者の足掻きという響きがベル君の心に大きなダメージを与えたらしい。

 名前はひどいが、ある意味正しくもある。

 冒険者は冒険しない、の原則からすると、ミノタウロスと戦ったベル君は愚者といっていいだろう。オレがベル君なら、間違いなくアイズさんに助けてもらっていた。

 勝ち方も、ロクに成功していない、しかも、前日に教えられた魔刃の変化を使っての勝利だ。そんなベル君だからこそ、逆境に対して諦めずに足掻きつづけるためのスキルになったのかもしれない。

 スキルの効果自体はいざという時の生存率を高めてくれると思う。

 常時回復ではなく、減少時に回復なのが勿体ないが、もう一つの魔力の扱いに高補正は、魔刃などの精度を高めるために役立つだろう。

 オレみたいに魔刃に使った魔力を回収するまでは、難しいかもしれないが、切り札として魔刃を運用できるようになるかもしれない。また、魔力鎧などの他の技術も修得できる可能性が高くなったとみていいだろう。

 しばらくして、立ち上がったベル君に、気にはなるだろうが、今日はゆっくり休んでダンジョンには向かわないように念押し、内容を持ち上げて励ました後、ソーマ様のもとへ向かった。

 

 

「今日は……甘いものと……酒の組み合わせを試してみようか」

 

 意外にも、ソーマ様はそう切り出した。オレはあまり、甘いものを酒と合わせるイメージがないんだけど……。

 

「菓子には、香りづけで酒を加えるものもあると聞きます。そう言った品を試すのでしょうか?」

 

 酒を加えて香りづけする料理の類はすでに試している。菓子でも試すのかと思っていた。

 

「いや……。神酒(ソーマ)と甘いものを合わせるべきだという……私のカンだ。……無論、酒で香りづけする品も試してみるが」

 

 酒の神のカンか。信じてみるか。どちらにせよ、料理を作るだけだしね。

 

「まずは……、ケーキから作るか。生地に……これらを混ぜてみてくれ」

 

 その後、素材やレシピを変えつつ沢山の菓子を作った。美味しいのだが、酒との相性といわれるともう一つと言わざる得ない。

 しかし、ソーマ様のアイデアはさらに溢れ、菓子を作り続けた。そして……

 

「これだ……。このタルト生地を軸に……調整を重ねよう……」

 

 オレにはまだわからないが、神酒(ソーマ)の酔いを醒ますための、料理の糸口が見えたようだ。とはいえ、ここから、さらに改良を加えていく必要がある。

 

「今日は……ここまでにしよう……」

「試作料理はどうしましょうか?」

 

 本来なら、試食係が平らげてくれていたが、甘いものということであまり食が進んでいない。結構な品が残っている。

 

「眷属と……相談しておこう……」

「そうですか、では、今日はここで失礼します」

「……明日も頼む」

 

 ホームに戻ると、ベル君とリリが待っていた。豊饒の女主人でランクアップのお祝いパーティーをするそうだ。ヘスティア様はバイト先から直接来るとのことだ。

 教会を後にし、路地裏を出て、メインストリートにたどり着くと、数人の神がベル君を囲んだ。

 

「ベル様、リリたちは先に行ってますから」

 

 そういって、オレの手をリリが引っ張った。ベル君はすさまじい速度で路地裏に逃げたものの、神々も追いかけていく。

 

「えっと、よかったのかい?ベル君を放っておいて?」

「名を上げた冒険者の宿命みたいなものですから、仕方がありませんよ」

 

 そういって、リリは歩き出した。豊饒の女主人にたどり着くと、シルさんとリューさんが挨拶してきた。店員にもかかわらず、パーティーに参加するようだ。

 リューさんが警戒するような目をリリに向けてきたが、彼女がヘスティア様に認められて改宗(コンバージョン)をしたことを告げると、目つきの鋭さが和らいだ。

 しばらく待つと、ベル君とヘスティア様がたどり着いた。一躍、ランクアップ最短記録で有名人になったのに慣れないのか、ベル君は落ち着かない様子で席についた。

 乾杯とグラスをぶつけあって、パーティーが始まったが、ここの店、料理も酒も上手い。店員さんも美人ぞろいでなかなかいい店だ。見た目のレベルだけでなく、妙にステイタスのレベルの高い人も多いが、まぁいいだろう。

 シルさんとリリとヘスティア様がベル君を巡って争いを繰り広げている中、リューさんは静かに問いかけてきた。

 

「貴方たちは、ダンジョン攻略を再開させる際、すぐに中層へ向かうつもりですか?」

「11階層で体の調子を確かめて、可能なら12階層まで足を伸ばすつもりです。サトゥーさんもしばらくは別件でダンジョンに潜れませんので、ソロでの戦闘という状態ですから」

「ええ、それが賢明でしょう」

 

 可能なら仲間を増やしたほうがいいと説明するリューさんの助言に耳を傾けながらエールを飲んでいると、回りの酔っ払いが絡んできた。

 

「俺たちがお前を中層に連れてってやる代わりによぉ……この嬢ちゃんたちを貸してくれよ!?」

 

 あ、これはダメだ。動こうとしたが、先にリューさんが動いた。

 その後はまぁ、店員さんが一方的に酔っ払いをのしていった。そりゃ、このレベル差だとね……。

 手慣れた様子で仕切り直しをするシルさんにベル君は苦笑している。それからオレ達は、夜遅くまで美味しい料理とお酒に興じた。




愚者足掻(フールズストラグル)
今作オリジナル。
サトゥーという身近な存在への思いがあるため、原作ほど英雄への憧れを強く抱けず、かといって強くなることを諦めるわけでもなく足掻いた結果、発現。
諦めないという気持ちが反映され、HP(体力)MP(精神力)SP(スタミナ)が少なくなった際にそれぞれ自動回復、
そして恩恵の魔法ではなく効率の悪い人の技術、ある意味で愚者の技術である魔刃などを扱う場合に補正がかかる。

原作を見ていると、愚者という言葉をスキルにいれたくなった。
fool's struggle が英語的に正しいのかは知らないけど、語感重視で。
わたしはえいごができません。


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26話:料理完成

 今日は、ベル君とリリは装備を買いに、オレはソーマ様と菓子作りだ。

 タルトを作ると決まったものの、まだまだ調整が必要な項目が多く、いくつもの品を作ってはダメ出しされていく。なお、作った品だが、ソーマ・ファミリアの伝手で売ってもいいかと尋ねられた。

 酒しか販売していないのによくそんな伝手があったなとは思ったが、馴染みの商会にお茶請けとして出したら、どこの品か尋ねられ、ソーマ・ファミリアで作っている試作の菓子というと、全部売ってくれと言われたと話してくれた。

 販売に関して、構わないと返事をしておく。売り上げに応じて別途お金を払うともいわれたが、これは辞退した。ちょっとお金は欲しかったが、給金はすでにもらっているし、ソーマ様のアイデアのもと作った料理だ。けどソーマ様も譲らず、結局、給金を少し上げてもらうことになった。

 

 ホームに戻ると、ヴェルフ・クロッゾという鍛冶師としばらくパーティーを組むことになったとベル君が報告してくれた。

 どうも、クロッゾという家名は魔剣鍛冶師として有名らしい。この世界の魔剣は強力な魔法を放つ剣だが、使い捨てで何度か使うと壊れてしまうものだそうだ。とはいえ、お値段はかなりの額となる。

 ヘスティア様が聞いた話では、ヴェルフ・クロッゾは正真正銘、魔剣を作り出せるが本人は頑なに作ろうとしない。腕は確かではあるが、訳ありの鍛冶師とのことだ。

 

「隠し事の一つや二つ、笑って受け入れてあげなきゃダメだぜ?神にだってやましいことが一杯あるんだから。ぜひ懐が深い男になってくれよ」

 

 と語るヘスティア様は久々に神らしいとも思った。

 ただその後に、勝手にパーティーに加えたことに対して、リリは理路整然とベル君を諭し、ヘスティア様はリリと二人っきりじゃなくなってよかったよといい、いつもの修羅場が繰り広げられたので、ヘスティア様に対する敬意も幾分萎えた。

 ……らしいといえば、らしいんだけどね。

 

 タルトを作り始めて数日たったが、いまだに調整は終わっていない。リヴェリアさんに冗談でいった魔法で道具を洗う時間を短縮したり、自由に操れる魔法の腕をたくさん作れれば、もっと試作を重ねることができるんだけど、こればっかりは仕方がない。ひとつ、ひとつ丁寧に作っていこう。

 販売に回されている試作菓子は大好評で売り切れ続出とのことだ。試作だけど、かなりいい素材使っているし、当然といえば当然かな。

 

 一方、夜中にソロで潜っているダンジョンのほうはそこそこ有用なスキルを手に入れた。

 その名も「魔刃砲」スキルだ。名前で察することができると思うが、魔刃を飛ばして遠くの敵を攻撃できるスキルだ。

 ベル君のファイアボルトの流れを元に試行錯誤しようやく修得ができた。

 別に刃でなくても、球状でも放つこともできるし、連射も可能で、撃った後に曲げるなんて芸当も可能だ。

 魔法っぽいスキルの登場に、魔刃砲スキルを得た日は朝方まで遊び回ってしまった。

 

 後日、足元に板状の魔刃砲を自分に打ち込むような動きで作り、それを足場にして、理論上、無限ジャンプができることが判明した。

 発想の元ネタは、壁を背に手を組んだ人を足場にして大ジャンプする、漫画でよくあるアレだ。

 ただ、足場が脆すぎると上手く踏ん張れずに、足場を蹴破ってしまうし、足場に勢いがありすぎるとバランスを崩してしまう。何度も安定して成功させるのは、なかなか難しい。

 どうにかならないものかとスキルを見てると、算術スキルが目に入った。厚みや強さの計算という意味では近いから、もしかするとプラスに働くかもしれないと軽い気持ちでスキルポイントを振ってみた。そして、これが効果が絶大だった。

 空中を飛びながら移動し、急降下して目の前のモンスターに一撃を加えて、すぐに離脱なんて芸当も楽々行えるようになった。

 周囲のモンスターを空中から一通り倒したタイミングで、

 

>「天駆」スキルを得た。

>称号「翼なき飛行者」を得た。

 

 との表示が出た。

 天駆スキルは、魔刃砲で行ってきた足場作成をより少ない消費で実現してくれるスキルのようだ。今度は、ダンジョンなんて狭いところでなく、空の散歩を楽しむのもいいかもしれないね。

 

 料理の品が決まってさらに日数が経過した。かなり良くなってきたとは思うが、まだ何かが足りない。壁のようなものを感じる。これが、人が作れる品と神の領域にある品の境目なのかもしれない。

 ただ、その壁は絶対に越えられないというわけではない。奇しくも、神ソーマが神の力を全く使わず、むしろ神の恩恵(ファルナ)がないため人間より低い能力しかない状態で、神酒(ソーマ)を作ったことで証明している。

 ソーマ様とアイデアを出し合っていると、ソーマ・ファミリアの眷属が調理室の扉をたたいた。

 

「す、すみません。神ロキが面会を希望しております。販売している菓子をよくするための食材を教えてもいいとのことです」

「……わかった。……ここに連れてきてくれ」

 

 よりよくする食材を用意するとは……。

 ロキ様はこの料理の目的について気付いたのだろうか?

 眷属に案内され、赤髪で糸目の女性が1人で入ってきた。

 

「よお、ソーマ。驚いたで。まさか酒造り禁止されたからって、お菓子作ってるとは思わんかったわ」

「それより、菓子をよくする食材はどこだ?」

 

 挨拶をスルーして本題に入るソーマ様。

 

神酒(ソーマ)の完成品と引き換えに渡してもええで」

「……神酒(ソーマ)をどう扱うつもりだ?」

「どうって、全部ひとりで飲むに決まってるやないか。あの失敗作でも滅茶苦茶美味い酒やで。他人に一滴どころか、匂いさえもくれてやるわけにはいかんな」

 

 ソーマ様は他人に飲ませることを危惧したのだろう。神同士では嘘を見抜けないらしいが、少なくともオレにはロキ様が嘘をついているようには見えない。

 

「……神酒(ソーマ)を渡してもいい。……ただし、食材を確認してからだ」

「食材って言っても、店紹介するだけやねんけどな。

 ソーマ、いままでつくった菓子の材料やけど、ぶっちゃけ納得いってないんちゃうん?」

 

 たしかに、自ら畑仕事をして材料を作り出すような神だ。今回は時間がないからと外部から購入しているが、質には満足していないのかもしれない。

 

「…………」

「で、お前、引きこもりやから、特定の人物にだけ売るような高級食材とかと縁ないんちゃうん?

 特に菓子の材料となるような類のは」

「……お前がその店を紹介すると?」

「ロキ・ファミリアは、オラリオのトップを争う派閥や。それなりに顔は広いんやで」

 

 ソーマ様は目をつぶって考え込むそぶりを見せた後、口を開いた。

 

「……要求する神酒(ソーマ)の量は?」

「紹介だけで、一瓶貰う。店で買った品でお前の思う菓子ができたら、泣いて感謝しつつ追加でもっとよこせや」

 

 意外と控えめな要求だ。在庫半分くらいよこせと吹っかけると思ってたんだが……。

 最近の試作は神酒(ソーマ)の失敗作との相性はかなりいい状態まで来ている。あるいは、あのタルトを食べて、菓子の目的に気が付いたのかもしれない。

 

「わかった……。神酒(ソーマ)を渡そう……。そして保管方法や、注ぎ方などをはじめ、一番いい状態で飲む方法を教えよう」

「な、なんや、エライ面倒臭そうやな。別にもらったらすぐ飲むつもりやねんけど?」

「そうは言ってもだ。私の最高傑作たる神酒(ソーマ)を最高でない状態で味わうのは、許すことができない。是が非でも覚えてもらうぞ。そうでないと神酒(ソーマ)は渡せん!」

 

 人が変わったように饒舌になるソーマ様。

 

「わ、わかった。ちゃんと覚えるから、とりあえず、店いくぞ。店」

 

 ロキ様が引きながら、そう答えた。

 

 

 ロキ様の案内してくれた店はいかにも高級店といったシンプルながらも品の良い装飾がなされた建物である。

 

「よぉ、こいつらも通してもらってええか?」

「はい。どうぞお通りください」

 

 ドアマンが立っていたが、ロキ様のおかげか問題なく通れた。ソーマ様はあまり外見に気を使わないタイプみたいなので、結構外見は怪しいんだけどね……。

 品よく置かれた食材はどれもかなりのお値段であることがうかがえる。また、ダンジョンで取れた変わった食材なども売られていた。

 ソーマ様はダンジョン食材を含めた色々な品を買い込み、すぐに試作に励むつもりのようだ。そう思っていたら、ソーマ様がこう話しかけてきた。

 

「すまないが……、今日のところはロキに神酒(ソーマ)について教え込むため、ここまでとしよう」

 

 訂正、明日から試作に励むつもりのようだ。ソーマ様とロキ様はソーマ様の私室で講習と神酒(ソーマ)の引き渡しを行うそうだ。

 

 ロキ様の紹介で食材を買い込んできてから数日後、ようやく神酒(ソーマ)の失敗作と一緒に食べることで、神酒(ソーマ)の酔いを醒ますことができる料理が完成した。

 決め手となったのはロキ様が紹介してくれた店で買ったダンジョン産の雲菓子(ハニークラウド)と呼ばれる異常に甘い果実だ。

 綿に蜜を浸したようなこの果実は、このままでは甘さが強すぎて話にならないので、特殊な方法で蜜を抜く。すると、じんわりと広がる甘さと、心地のよい香りになる。

 神酒(ソーマ)で使った香草などを混ぜ込んだクリームとタルト生地を作り、その上に甘みを抜いた雲菓子(ハニークラウド)を乗せる。最後に、雲菓子(ハニークラウド)から滴り落ちた蜜をほんの少しと、神酒(ソーマ)の失敗作などを混ぜ合わせたソースをかけて完成だ。

 神の力を持った酒の酔いを打ち消すだけあって、その味は筆舌に尽くし難い。タルト生地、クリーム、雲菓子(ハニークラウド)、ソースからなる複雑で重層的な甘みと風味は素晴らしい。また神酒(ソーマ)の失敗作と合わせると、体中から力が湧いてくるような感覚を覚える。神酒(ソーマ)とタルトの香りが混ざり合ったものは非常に心地よく、心が温かくなると同時に頭が冴えてくるようなそんな感覚を覚える。

 

 その後、二日ほどかけて、ソーマ・ファミリアの眷属全員分のタルトを作り上げた。ソーマ・ファミリアに泊まり込みでなかなか大変な作業だった。

 一つ一つの作業の難度が高く繊細なバランスでできているため、少し量を間違えたり、処理の時間を間違うと、美味しく食べられるが酔いを醒ますことが出来ないタルトとなる。

 冷蔵庫に入れておけば少しは日持ちがするし、完成後の温度にはそこまで注意を払う必要がないのは、ありがたい点だった。

 ただ、調理途中はAR表示の温度などが重要になる場面もあるので、メニュー非表示こそしなかったが、最小限の表示に設定して、かなり集中した状態で料理に取り組んだ。

 一応、かなり詳細なレシピを書いてソーマ様に渡したが、かなりの調理難度を誇るので、ソーマ様が作るのは難しいかもしれない。ただ、不老不変の神なので、いくらでも時間はあるはずだ。不可能ではないとは思う。

 

 ソーマ様の肝いりの料理が食べられると聞いて楽しみにしたいたソーマ・ファミリアの団員は、甘いものということで微妙な表情をしていた。

 しかし、一口食べれば笑顔となり、神酒(ソーマ)の失敗作と合わせれば驚きの声をあげ、他の団員と顔を見合わせ笑いあった。

 その後、二次会用の料理なんかも作ったりして、自分も楽しく酒を飲むことができた。なんだかんだで試作料理を作っている間に、ソーマ・ファミリアのメンバーとも顔見知りが増えたしね。

 顔見知りの団員には、ソーマ様と凄腕料理人サトゥーに乾杯、などと持ち上げられたり、また料理作りに来いよ、とお願いされたり、もうソーマ・ファミリアの専属料理人になれよと勧誘されたりした。

 勧誘は丁重にお断りさせてもらったが、たまに料理を作りに来る分にはいいかなと思う。オーブンなどのヘスティア・ファミリアにない機材もあるしね。ソーマ様からも、好きに機材を使っていいと言われている。なにか凝ったものを作りたいときは、ソーマ・ファミリアの分も合わせて、ここの調理室で作るとしよう。

 タルトの完成までにかなり時間がかかったものの、いい仕事ができたものだ。笑いながら宴会をしている彼らをみているとそう思う。



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27話:中層

 リリに今のソーマ・ファミリアの味を知ってほしいと、神酒(ソーマ)の失敗作と雲菓子(ハニークラウド)のタルトをソーマ様に持たされて、オレはヘスティア・ファミリアのホームに朝帰りした。

 教会の扉を開けると、切羽詰まった表情のヘスティア様が飛び出してきた。

 

「ベル君とリリを知らないかい!?」

 

 焦りを浮かべたヘスティア様が早口で問いかけたきた。

 

「いえ、ご存知の通り、ソーマ・ファミリアで料理を作っていて今帰ってきたところですので……」

「そうかい……。実は昨日、中層へ挑むといって二人が出発したんだけど、まだ帰ってきてないんだよ……」

 

 料理の完成に喜んでいたオレは、冷や水を浴びせられたような気がした。急いでメニューからマップを呼び出し、ベル君の居場所を確認する。

 オレは現在、ダンジョンの17階層までマッピング済みだが、ベル君たちは未探索領域にいた。確定ではないが、おそらくモンスターが湧かないという18階層の迷宮の街に滞在しているのだろう。

 ベル君は問題ないようだが、ヴェルフとリリは気絶状態である。HPの減少は止まっているので、命に別状はないようだ。3人とも同じ場所にいるとマップから読み取れる。一度顔を合わせた際に、念のためマーキングしておいてよかった。

 町があると聞いたからといって避けずに、18階層もマッピングしておくべきだったかと後悔したが、そういうのは後だ。自身を落ち着かせるようにひとつ大きく息を吐き、気分を切り替える。

 

「……ボクがベル君とサポーター君に与えた恩恵はまだ感じることができる。だから、生きてはいるのは間違いないけど……」

「中層は道中に大穴が空いてたりすると聞くので、なんらかの理由で穴に落ち、元の道に戻れなくなったため、18階層にあるダンジョンの中の町を目指して下に向かった可能性が高いですね。ダンジョン内で寝るための準備がないなら、なおさらです。今はその町で休んでるかもしれません」

 

 マップを知らないヘスティア様に対して断言するのは不自然なので、それっぽく言ってみた。

 

「オレが潜ってきましょうか?

 17階層までは夜中にソロで潜ったことはあります」

 

 ベル君たちに力を知られるのは少し悩みどころだけど、そんなことより、ベル君たちの様子をこの目で確かめたい。

 

「嘘はないんだね。けど、君だけを行かせるわけにも……」

「他人がいれば、バレるのを恐れて、逆に力が出せませんよ。ファミリアの仲間やパーティーを組んでいる人間ならともかく見知らぬ他人にはあまり明かしたくありません」

「わかった。ギルドで話を聞いてから決めよう。

 先に、ステイタスの更新をしておこう」

 

 ヘスティア様は、急いでステイタスの更新を終えた。

 

「……魔法が発現して、ラ、ランクアップ可能になってる」

 

 震えた声でヘスティア様が告げる。

 

「おお!」

 

 探索が楽になるかもしれないと早速メニューから恩恵(ファルナ)を開く。

 

サトゥー

 Lv.1(ランクアップ可能)

 力:H103 耐久:I61 器用:G216 敏捷:H169 魔力:F361

 《魔法》【クリーン】

      ・清浄魔法

      ・詠唱式【我が意に沿いて、汚れをはらえ】

     【】

     【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 しばらく更新していなかったし、アイズさんとの訓練の成果か、全ステータスが滅茶苦茶上がっているのは嬉しい。

 けれど、なんで、このタイミングでこんな使えない魔法がでるかな!?

 いや、ソーマ様のところで料理している時、道具を洗う時間が惜しくてなんども欲しいと思ったけどさ! 汚れものを綺麗にする魔法が欲しいと思ってたオレを殴りたい!

 

「……元気だしてくれよ。ダンジョンに潜る上で、どうしても汚れちゃうしきっと役に立つはずさ。あと二つも魔法の空きスロットがあるし、もっとカッコいい魔法も発現するさ!」

 

 無表情(ポーカーフェイス)スキルで心のうちはわからないはずだが、驚いていた表情を一つ咳払いをして元に戻した後、ヘスティア様はそう慰めてくれた。

 

「そうですね。ありがとうございます」

「ランクアップはどうする?

 もう少しステイタスが伸びてからという選択肢もあると思うけど」

 

 ランクアップには偉業が必要というが、オレの場合は神酒に対抗できる料理を作ったことが偉業と判定されたのか?

 ランクアップはD以上じゃないと無理と聞いたことがあるが、どうなっている。モンスター討伐系の偉業なら単純にDはないと、勝ち目がないということか?

 単純にステイタスが関係のない偉業だったから、ランクアップ可能になったのか?

 いや、それよりランクアップのことだ。

 今、ランクアップすべきなのか?

 ベル君を見ていると面倒なことになるのは明らかだ。

 しかし、ベル君はランクアップの際、スキルが発現していた。オレもなんらかの魔法なりスキルが発現するかもしれない。ランクアップとは神に近づくことでもあるといっていた。次元を移動する魔法なんてどう考えても神クラスの力が必要だろう。日本に一度帰るつもりならランクアップすべきか……。

 ……悩むくらいなら、それよりベル君のことを優先しよう。ランクアップは戻ってきてからゆっくり考えればいい。

 

「ベル君の無事を確認してからゆっくり考えます。

 戦闘面では今のままで十分です」

「わかった。

 さて、ボクは先にギルドに行ってくるから準備を整えてから来てくれ」

 

 気を取り直して、とりあえず魔法を試してみよう。対象は自分と着ている服だ。

 

「我が意に沿いて、汚れをはらえ。クリーン」

 

 白い光が一瞬体を包みこんだ。それと同時に、体が非常にさっぱりとした。服も洗い立てのようになっている。MPの消費量もわずかだ。便利なんだけど、なんでこのタイミングで出るのか……。

 メニューの魔法欄を見たが、【クリーン】は登録されていなかった。異世界の魔法だから登録されていないのか?

 流星雨みたいに、清浄魔法:異界として登録されるかなとか思っていたんだが。魔法と一口にいっても、あの世界とこの世界では別のアプローチで効果を発揮しているのかもしれない……とそんなことを考えている場合じゃない。

 軽く頭を振った後、装備を整え、ギルドに向かった。

 しかし、当然、ベル君達が戻ってきたとの証言はなく、冒険者依頼(クエスト)を出すことになった。オレが一人で行ってもいいか尋ねたが、渋い表情で止められた。

 

「やはり、君を一人だけで行かせるわけにはいかない。ポーション類を使ってもベル君たちが動けない状態なら、君は3人を抱えてここまで戻ってくる必要がある。複数人の手が必要だ」

「わかりました……ヘスティア様の指示に従います」

 

 ヘスティア様の理屈もわかるし、リリたちの回復を待つ必要があるため、今日潜ったとしても、明日潜ったとしてもダンジョンから脱出する日は変わらないだろう。

 だったら中層で変なことが起きてないか聞いた後、潜っても問題ないはずだと、自分に言い聞かせる。

 ベル君は起きているし、他の二人も回復傾向にある。今現在、危ない目にあっているのではなく、誰かに保護されていると思いたい。

 

「聞き入れてくれてありがとう。……じゃあミアハたちに相談しにいくよ」

「ちょっと待ってください。

 もし、クエストを受ける人に同意を得られたらオレが変装して加わっていいでしょうか?」

「……わかった。1人だけじゃないなら許可しよう」

 

 ミアハ・ファミリアのホームで会議が行われる。

 ヘスティア様、ミアハ様、ヘファイストス様、タケミカヅチ様、と神様だらけだ。

 話を聞くと、ベル君が帰ってこなかったのは、タケミカヅチ様の眷属が原因の一つらしい。

 少なからず怒りを覚えたが、ここはヘスティア様に任せる場面だと自分を落ち着かせる。

 ヘスティア様は彼らに許しを与え、眷属に力を貸すように頼みこんだ。さすが神様だと少し尊敬した。

 その後、捜索隊結成の話になったが、ヘファイストス様のところは、高レベルのものはロキ・ファミリアの遠征についていったため、すぐに動かすことができる戦力では不安が残るそうだ。

 オレも行くのか尋ねられたが「参加したいですが……、冒険者に成って日が浅いので。しかし、有用な人物に心当たりがあります」とだけ答えた。

 冒険者になって日が浅いが17階層まで潜っていても、有用な人物がかつらと仮面をかぶったローブ姿のオレだとしても、嘘はついていない。

 ヘスティア様の挙動が少し怪しかったが他の神々からはスルーされた。ベル君といいヘスティア様といい、どうしてこんなに隠し事が下手なのか……。

 その後、ヘルメス様という神が表れ、団長のアスフィ・アル・アンドロメダさんと一緒に捜索隊への参加を表明した。

 恐ろしいことにヘルメス様本神自身も参加するらしい。それに触発されヘスティア様も参加することになった。

 

「ボクもベル君を助けに行く。自分は何もしないまま、あの子のことを誰かに任せるなんてできない」

 

 そう言い放ち、梃子でも動かないといった表情である。心配なのはわかるけど大人しくしてほしいんですが……。

 サトゥーも一緒に行くかと振られたが「足手まといが増えるのも……」といって辞退した。サトゥーとして力を制限して降りるのは足手まといを増やす行為だ。嘘はついていない。

 アンドロメダさん1人だと、いくらレベル4とはいえ、他のメンバーの守りの点で不安である。オレかアンドロメダさんどちらかが前衛に出て、もう片方が他の人を守れば安全に移動できるだろう。

 

 その後、オレはソーマ様の元へ情報を求めて訪れたが大した情報は得られなかった。

 念のため、神酒の酔いに関しても経過観察中なので、捜索隊に参加するのも止めておいたほうがいいだろうという話になった。

 ただ、タルトの材料は用意しておくから、帰ったらリリのために改めて作ってやってくれ、との一言はうれしかった。

 

 その日の夜八時、バベルの門前に捜索隊が集まった。

 タケミカヅチ・ファミリアから桜花さん、命さん、サポーターとして千草さん、ヘルメス・ファミリアからアンドロメダさん、サトゥーの紹介で変装したオレ、お荷物枠でヘスティア様とヘルメス様、そして、ヘルメス様が追加で呼んできた、フード付きのケープで顔を隠したリューさん、計8名が捜索隊となった。

 オレは仮面に金髪のカツラ、フード付きの体のラインがわからないようなゆったりとしたローブを纏って変装している。あまり意味はないと思うけど、オレの交流欄のプロフィールの名前を空欄にしたり、レベルを3にしたり、所属を空欄にしたりと細工もしている。

 しかし、レベル4が2人来るとは思わなかった。オレもナナシとして加われば、さすがに過剰戦力だろう。前もって、ヘルメス様がリューさんも呼ぶよと言ってくれれば、サトゥーとしての参加も選択肢に入ったんだが、しょうがないか。

 ダンジョンでの戦闘だが、リューさんの動きはすさまじく、彼女一人でいいんじゃないかな状態だ。さすが、レベル4だ。

 オレとアンドロメダさんが後衛でまれに動く。オレは魔刃剣アイリスから魔刃砲を放つのがお仕事だ。魔石を回収しているような時間はないので、魔石を狙い打ちしている。

 なお、サトゥーがせめてこれを持って行ってくれと言った設定で、魔刃剣を所持している。強敵がいたとは聞いてないが念のためだ。しかし、あまり必要なかったかと思ってしまう。魔刃剣のほうが楽とはいえ、指先からでも魔刃砲使えるしね。

 

「ナナシさん、その魔法は一体?

 何の詠唱もないようですが」

 

 桜花さんが尋ねてきた。ナナシとはオレの偽名である。安直だがネーミングセンスがないのは昔からなので、これでいいやとなった。

 

「……能力の詮索は……マナー違反」

「す、すみません」

 

 変声スキルで中性的な声を出し、喋り方は言葉を詰まらせながら話すことにした。

 他人とのコミュニケーションが苦手そうにしておけば、下手に話を掘り下げられないと思ったのだ。

 

 道中問題なく進めたが、17階層のラストに階層主のゴライアスが陣取っていた。

 18階層の街にいる冒険者が地上からの物資搬入の邪魔ということで討伐するのが常なのだそうだが、運悪く、生まれてそう時間が経っていない状態だったようだ。

 

「討伐するのは面倒です。私が気を引いているうちに走り抜けてください」

 

 そういってリューさんがゴライアスの前に躍り出た。7mはあるだろう巨人相手に凄まじい速さで動きまわり、上手く立ち回っている。

 

「いきます。ついてきてください」

 

 アンドロメダさんが先導し、道を切り開く。オレは最後尾でこちらを追ってきたモンスターの対処を行った。

 通路に入ったことを確認したリューさんが素早くこちらに戻ってきて、無事、18階層へ走り抜けることができた。

 

「おおおおお……!?あ、あんな巨大なモンスターがいるなんてっ聞いてないぞ!?」

「あっはははははっ!?死ぬかと思ったー!」

 

 神様たちは疲れを見せているものの、意外と元気に叫んでいる。

 冒険者は肩で息をしている。特に、アンドロメダさんの疲労がすごいようだ。主に精神的な面のためだと思うけど。

 神様たちの叫び声に引かれたのか、周囲に人が集まり、その中にベル君の顔もあった。

 ヘスティア様はベル君に抱き着き、涙を流す。ベル君もヘスティア様を抱き返そうとするが、回りの視線に気づいたのか、赤くなって手をワタワタとさせた。

 リリがヘスティア様を無理矢理はがし、引きづっていく。こまめにマップを見て、起きたのには気づいていたが、こうやって目で見ると安心できる。元気そうでなによりだ。

 

 ベルくんたちは遠征帰りのロキ・ファミリアに運よく助けられたようだ。助けられたといっても、自力で18階層まで降りたというから驚きだ。モンスターとの戦闘は極力避け、ひたすら逃げたとはいうものの、Lv2とLv1の前衛、サポーター1人だけで降りたのだ。かなりきつい状態だっただろう。

 あるいは、愚者足掻(フールズストラグル)で追加された自動回復系の効果や、幸運アビリティがベル君を守ってくれたのかもしれないね。

 なお、ヘスティア・ファミリアに宛てがわれたテントにはオレは入っていない。

 サトゥーではなく、ナナシとして来ている以上、あまり過度にかかわらないほうがいいとの判断だ。残念だけど仕方がない。ぼんやりとメニューで本を眺めていると、ヘルメス様が声をかけてきた。

 

「やぁ、ナナシ。君は何者だい?

 君ほどの魔法の使い手がオラリオに居れば、オレが知らないはずはないんだけどね?」

 

 別に魔法の使い手になった覚えはない。というか、クリーンとかいう家事に役立つ魔法ひとつだけで優れた魔法使いにしてほしくないんだが……。

 いや、魔刃砲が魔法扱いなのか。

 

「……話すつもりはない」

「君は……サトゥー君と知り合いなんだよね?」

 

 嘘発見能力持ちの神様相手に問答を交わすつもりはないぞ。絶対ボロが出る。

 

「……怪しく思うのは勝手。……けど、問いに答えるつもりはない」

 

 ヘルメス様は大きく溜息を吐いて、やれやれと言わんばかりに首を振った。

 

「わかったよ、今後の予定についてヘスティア達と話し合うからついてきてくれ」

 

 こくりと頷き、ヘルメス様の後に続いた。

 




ナナシモードでサトゥーが捜索隊に加わった以外は大体原作通りです。
ベル君は、英雄願望の代わりに、魔刃を使ってピンチを切り抜けています。危ない場面はあったものの、自動回復のおかげで一定の数値まで回復したので原作と比較すると元気です。


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28話:黒い階層主

 ヘスティア・ファミリアに宛てがわれたテントに入ったが、微妙な空気だ。

 モンスターを押し付けたタケミカヅチ・ファミリアのパーティーと押し付けられたベル君たちのパーティーが会えば、そうもなるけどさ。

 ヘルメス様がうまく両ファミリアを取り持った後、今後の予定を話し始めた。

 

「さて、知っての通り、ロキ・ファミリアが遠征の帰りで今この階層に滞在している。

 階層主のあのデカいモンスターは彼らに倒してもらおう。それを確認した後に出発する。

 ロキ・ファミリアが出発するのは、早くて二日後だ。

 つまり、明日はヒマだということだ。せっかくだし、18階層の街でも観光しようじゃないか!」

 

 念のため、集団行動が課せられたが、オレとリューさんについては好きにしていいとヘルメス様は言っていた。

 ちょうどいい。高台にある街で人目に触れるのも避けたほうがいいだろう。この階層の大部分を占める森にいれば、人と会わずに済むはずだ。ついでに雲菓子(ハニークラウド)はこの階層でとれるらしいし、ほかの果物を含めて適当に回収してストレージに放り込んでおこう。

 マップの検索機能で果物類を光点で表示させて、適当に回収していく。

 さすがに根こそぎとるような真似はせず、食べごろのものをいくつかとっては場所を移動して回収を繰り返した。

 モンスターの数も少ないし、なかなかいい場所である。街があると聞いて人が多そうだと、この階層には下りなかったが、顔を合わせずにいるのも難しくなかっただろう。森の中に人の光点がいくつかあったが、簡単に避けることができたしね。

 もっと早くに足を伸ばせばよかったとも思ってしまう。

 

 2日後、集合場所の天幕に顔を出した。

 ヘルメス様とアンドロメダさんはまだ観光していき、リューさんは一人で帰るそうだ。

 オレは念のため、ベル君たちに同行するつもりだった。

 天幕を引き払い、それぞれ装備を整えて、18階層の出口そばで集合とのことだったので、特に装備を整える必要のなかったオレは、そのまま出口そばに移動し、ベル君たちを待っていた。

 手持ち無沙汰だったので、ちらちらマップを確認すると、モルドという知らない男がヘスティア様と一緒に移動していることが確認できた。

 ――なにが起こってる?

 縮地までは使わないが、急いでそちらへと向かう。

 オレの移動中にモルドはヘスティア様とは別の場所に動き出した。

 ヘスティア様の近くにたどり着くと、木に縛られたヘスティア様と見張りの冒険者が数人いた。縮地からの格闘攻撃を行い、気絶させる。

 

「怪我はありませんか、ヘスティア様」

 

 そう言いながら、魔刃を指先に発生させて、ロープを切る。

 

「あ、ああ、ありがとう、サトゥー君。きみ、滅茶苦茶強かったんだね。動きが全然見えなかったよ」

 

 ヘスティア様は、驚きつつもそう返してくれた。

 

「彼らは気絶させただけです。とにかくこの場を離れましょう」

「ま、待ってくれ。ボクはベル君を誘いだすために、さらわれたようなんだ。

 透明になる魔法か何かを使う相手がいる、あっちに向かった」

 

 マップを確認すると、ベル君が複数の冒険者に囲まれている。

 ヴェルフ、桜花さんたちはベル君達のほうへ向かっているようだ。リリは小型のモンスターに変化してこちらに来ている。

 放置しても大丈夫だろうし、悪いがリリは放っておかせてもらおう。

 

「わかりました。少し飛ばします。しっかり捕まっててください」

 

 ヘスティア様をお姫様抱っこして、少し速度を出す。全力だと空気の抵抗がすごいのでかなり抑え気味だ。

 

「ちょ、ちょちょ!……速すぎ……!」

「我慢してください。ベル君のためです」

 

 叫ぶヘスティア様を無視して先を急ぐ。ちょっとしたジェットコースターみたいなものだ。そこまで恐怖を感じるものでもないと思う。たぶん。

 

 ベル君たちのところに辿りついたのは、ヴェルフや桜花さんたちがベル君の元に辿りつき剣を抜いたのと同じくらいだった。

 ベル君は透明となったモルドと1対1で戦っていた。冒険者に囲まれていたのは、ベル君を逃がさない壁の役目のようだ。ベル君はほんの少しHPは減っていたが、気配で動きを察知したらしく問題なく相手の位置をわかっているようだ。スキルなしで器用なことをする。

 大怪我をする前に到着できたことに、少し安堵する。

 

「ベル君達、ボクはもうこの通り無事だ!

 無駄な喧嘩は止せ!

 君達も、これ以上いがみ合うんじゃない!」

 

 ヘスティア様が一喝する。

 縮地でちょっと介入しようと思っていたが、ヘスティア様に従い腕を下げた。ベル君やヴェルフ達も武器を下した。

 

「神の指図なんざに構う必要ねぇ!やれ、やっちまえ!!」

 

 透明になっていたモルドが叫ぶ。空間把握スキルがとびかかろうとするモルドの気配を捉えたが、その瞬間。

 

「――止めるんだ」

 

 冒険者たちは金縛りにあったように、体を一斉に停止させる。モルドも透明状態から元に戻り、顔を青くしている。

 ヘスティア様は神威を解放したようだ。なにか体を押さえつけるような寒気を感じる。

 

>「神威耐性」を得た。

 

 また、神様に喧嘩を売るような、ポイントを振っていいのか悩む耐性を得たものだ。

 普段から神威には接していたはずだが、ある程度の強さを持って放たれないと取得はできないということか。

 リューさんとリリがこのタイミングで現れたが、彼女たちには目も向けず、冒険者たちは一人、また一人と逃げ出した。

 人数が多いので他が逃げる分には好きにさせるが、モルドだけは無理矢理に腕をつかんで止める。

 

「……その兜、頂戴?」

 

 他の装備は銘なしなのに、この兜だけハデス・ヘッドという銘が付いている。相場スキルで表示されている情報も「-」となっている。恐らくこれが透明化の原因だろう。

 怯えたように声をあげたあと、モルドは兜を投げ捨てるようにした。

 

「……さすがにそれはどうかと思いますが?」

 

 微妙に呆れた表情で桜花さんが声をかけてくる。

 

「……恐らく、これが透明化の原因となるアイテム」

「その兜がですか!?」

「……透明化できるアイテム……あの程度の冒険者が買えないくらい高値がつきそうかな」

「大金を得たいがために、奪ったと?」

 

 軽蔑したような視線を向けてくる。いや、たしかに夢が溢れるアイテムだし、個人的に欲しかったけど、違うんだよ。

 

「この兜を渡した人物が……冒険者をベル君に仕向けた可能性がある」

「……なるほど」

 

 この世界では神秘という発展アビリティがないと、この手のアイテムは作れないらしい。

 残念ながら、AR表示の製作者の欄が生きていないので確定事項ではないが、これを作ったのは、万能者(ペルセウス)の二つ名を持つ、アスフィ・アル・アンドロメダだろう。彼女とヘルメス様が監視できる場所で待機中なのがマップからわかるので、少なくとも関係はあるはずだ。

 彼女というより、その上のヘルメス様を少し問い詰めたほうがいいかもしれない。

 ダンジョンを移動中にヘスティア様に話していた、「ベル君の様子を見る、ベル君を見極める」というスタンスにしては、少しイタズラが過ぎる。

 

「この兜を渡した人物の名は……?」

 

 ほぼヘルメス様の手の者だろうと思うが確認しておこう。そう思って、モルドに尋ねたと同時に、天井に生えた数多の水晶、その中の一番大きな水晶に亀裂が走る。モンスターが生まれる際の壁のひび割れと似ている。

 

「ありえません、ここは安全階層(セーフティポイント)です!」

「まさか、ボクのせいだっていうのかよ?」

 

 ヘスティア様の言葉に、思わず視線を向ける。

 

「たった、アレっぽっちの神威で……バレた!?」

 

 水晶の雨と共に降り立ったのは黒いゴライアスだ。

 あの黒いバカでかい巨人のそばには、ベル君を囲んでいて逃げた冒険者たちがいる。

 モルドは明らかに怯えた表情をしている。逃げた冒険者も似たような気持ちだろう。

 ロキ・ファミリアが階層主を倒すのを待っていた連中だ。通常種より強そうなゴライアス相手なら、当然、逃げの一手しかない。

 

「あのモンスター、神を抹殺するために送られてきた刺客だ」

 

 ヘスティア様はそういうが、幸いなことに知能は低く、手当たり次第、獲物を襲っているようで神様を集中して狙うような思考はしていないようだ。

 

「……は、早く、助けないと!」

 

 逃げまどう冒険者達を見て、黒いゴライアスに恐怖しながらもベル君はそう言い飛び出そうとしたが、リューさんに腕をつかまれる。

 

「本当に、彼らを助けにいくつもりですか、このパーティーで?」

 

 ベル君はほんの一瞬迷いを見せた。

 

「助けましょう」

 

 しかし、ベル君は答えを変えることはなかった。本当に呆れるくらいにまっすぐな子だ。

 モルドも信じられないようなものを見る目でベル君をみている。

 

「貴方はパーティのリーダー失格だ。だが、間違っていない」

 

 そういってリューさんは飛び出した。

 他のメンバーも異を唱えずに笑って頷いた。ならば、オレも参戦したほうが安心できる。オレもリューさんの後を追った。モルドを焚き付けた人物は気になるが、ひとまず放っておくことにする。

 

 千草さんとヘスティア様は街に行きアイテムを仕入れて、援軍を頼むために別行動だ。

 リューさんが階層主を受け持ち、それ以外が雑魚を減らすのが主に行うとのことなので、黒い階層主の叫び声で呼ばれた周囲のモンスターの魔石を目がけて魔刃砲をばら撒き、モンスターの数を減らしていく。

 意識を他の冒険者から逸らすためか、桜花さんと命さんがリューさんに続き攻撃を加えたようだが、武器のほうが破損する程度に表皮は固いようだ。

 

「固い……それに、動作が速い。やはり通常の階層主(ゴライアス)とは違う」

「もうしばらく引きつけて!……安定したら、参戦する」

 

 モンスターの数が多い。

 リリやベル君がモルド一行を助けるのを目にしつつ、周囲のモンスターを減らして戦場を安定させていく。

 

 しばらく殲滅を続けていると、アンドロメダさんが爆薬を黒いゴライアスに投げつけた。

 ヘルメス様にとっても、さすがにこれはイレギュラーなのか?

 マップを見ると冒険者の援軍も来ているようだし、もう雑魚は他の人に任せていいだろう。オレも黒いゴライアスに攻撃を仕掛ける。しかし、たいして魔力を込めていない魔刃砲はどうやら効かないようだ。

 しょうがないので、魔刃剣アイリスに魔刃を発生させて魔力をそこそこ流し込む。紫の燐光が魔刃剣から溢れだした。

 

「今から来る援軍が魔法の一斉射撃の準備を行います。二人とも、ゴライアスの注意を引きつけておいてください!」

 

 アンドロメダさんがオレとリューさんに声をかける。

 

「わかりました。それでは私と、ナナシと、貴方で、敵の意識を分散させましょう」

「え、いや、待っ――」

 

 リューさんの返答に、なにかアンドロメダさんの叫びが聞こえたようだが、無視をする。

 オレとリューさんが前後左右から足を中心に斬撃を仕掛け、アンドロメダさんが周囲から投擲などを行う。

 なかなかうまく連携が取れていると思う。しかしながら、体皮を切り裂くに至らないし、あまり大きなダメージは与えられてない。

 もっと魔力を注ぎこめばそれも可能だろうが、無理をすることはないだろう。戦線は安定しているし、一斉射撃があるなら、そちらに任せたほうがいい。

 姿を偽っているとはいえ、わざわざ目立つ行動をとらないほうがいいだろう。

 途中、ベル君がゴライアスの一撃を回避しつつ、逆に一撃を当て、ゴライアスをよろめかせる場面があったが、正直ヒヤヒヤした。

 リューさんが面倒を見てくれるようなので、彼女に任せておく。

 よく見ると、ベル君たちが助けた冒険者たちも、雑魚狩りに参戦していた。

 そうしてしばらく時間を稼いでいると、

 

「前衛、引けえぇっ!でかいのぶち込むぞ!」

 

 待っていた言葉がきた。ただちに距離をとる。

 火の雨に雷の弾に氷の槍に風の刃、多種多様な魔法が炸裂し、爆音が響き渡る。

 これはすさまじい。

 立ち込めた煙がはれると、黒い体皮は傷つき、えぐれ、赤い血肉を晒している。ちょっとグロイ。しかし、明らかにダメージを負っているし、チャンスではある。

 

「ケリをつけろてめえ等ぁ!たたみかけろおおおおっ!」

 

 アタッカーが四方八方からゴライアスに襲いかかる。

 しかし、見覚えのある赤い光の粒子がゴライアスの体皮から発散され、みるみるうちに傷は癒えていき、完全になかったものとなる。

 ――自己治癒スキル持ち!?

 攻撃しようと近づいたが傷が治るのをみて呆然としているアタッカーがほとんどだ。

 立ち上がったゴライアスは両手を頭上高く振り上げた。

 ――アレハヤバイ!

 危機感知スキルが強烈な警告を鳴らす。

 魔刃剣に、追加で魔力を注ぎつつ、ジャンプで高速接近し手首を切りつける。

 抵抗を感じず、硬皮を刃が切り裂く。

 ゴライアスが痛みに攻撃を止め、叫び声を上げる。

 よし、攻撃を中断させることができた。

 

「陣形を整えろ!」

 

 呆然としているアタッカーに声をかける。

 そうこうしている間に赤い光が先ほどつけた傷を治してしまう。

 全回復するボスとか昔懐かしのゲームじゃないんだから勘弁してくれませんか。

 さすがにMP切れまで付き合いたくはない。

 魔法部隊に目を向けるが、かなりMPの消耗が激しい。

 ゴライアスとの根競べは分が悪い。

 

「その剣で魔石を狙えますか!?」

 

 リューさんがゴライアスの攻撃を躱しつつ、声をかけてくる。

 たしかに、ほかに勝ち筋が見えない。

 魔法の乱射でゴライアスの皮は貫けるが、剣撃だとオレ以外に皮を切り裂いたものはいない。やるしかない。

 

「切り札を切る!時間を稼いで!」

 

 そういって、距離をとり、突きの構えをとる。

 あの回復力だ。一撃で仕留める必要がある。念には念を入れ、もっと強い一撃を繰り出す。

 大型モンスターの魔石狙いと聞いて思い出したのは、シルバーバックを倒した時のベル君だ。武器を含め、体全体を一本の突撃槍のように使ったあの強烈な突きだ。

 魔刃剣アイリスの貫通能力をさらに高めるため、魔刃剣には合計2000ポイントほどの魔力を注ぎ込む。魔刃剣を軸に巨大な突撃槍をイメージして魔刃を形成した。

 紫紺に光輝き、周囲をまばゆく照らす巨大な光槍ができあがった。

 周りの冒険者がこちらをちらちら見てるが、それどころじゃない。

 黒いゴライアスが明らかに警戒した目でこちらを見たのだ。

 

「これは周囲に被害が出る!離れて!」

 

 思いっきり地面を蹴るつもりなので、反動で周囲の人を巻き込まないように遠ざける。黒いゴライアスがこちらを見た時点で、結構な人が距離を取っていたが、武器を構えて立ちはだかった人もいるので離れるように仕向ける。

 まだMPは残っているものの、ほとんどはこの魔刃に注いだ。これで効かなかったら……。

 嫌な未来が一瞬、頭をよぎったが、大きく息を吐きこの一撃を完璧なものにすることに集中する。

 

「いくぞ!」

 

 声で、周りに警告を出しつつ、思いっきり地面を蹴る。

 地面がひび割れた。

 地面が柔らかすぎて蹴破ってしまい加速が十分ではない。

 天駆スキルで頑丈な足場を作り、さらに加速する。

 その勢いのまま、足や腰や腕、全身を連動させ、力を余すところなく突きに込める。

 想定以上の威力があったのか、なんの抵抗も感じずに、ゴライアスの魔石をその体ごと貫いてしまった。

 ゴライアスを貫通した後、慌てて天駆を使い空中で勢いを殺したが、刺突の衝撃は留まることを知らず、迷宮の壁まで衝撃が届き、轟音とともに壁に大穴を開けてしまった。

 天駆で空中に浮きながら、後ろを振り返ると、大穴の空いた体がゆっくりと灰になり、その大量の灰の上にドロップアイテム『ゴライアスの硬皮』が残された。

 まわりの人々がポカーンと大口を開けてこちらを見ている。うん。ちょっとやり過ぎたかもしれない。

 

>称号「巨人殺し」を得た。

>称号「階層主殺し」を得た。

>称号「絶望を打ち貫く者」を得た。

>称号「名も無き英雄」を得た。

 



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29話:ヘルメス・ファミリア

 あの黒いゴライアスを倒して、オレとベル君たちは、無事、オラリオに帰還出来た。ただ、18階層の一件は緘口令が敷かれた。神様が原因で起こった事だから仕方がない。もともと語るつもりもなかったことだ。それに、ナナシの話があまり出回らないというのは正直助かる。

 もっとも、人の口を全て塞ぐことなんてできないから、一部の人や神には知られるだろうけど。

 18階層滞在中も周囲がかなり騒がしくなった。あれだけ派手な真似をしておけば当然だけどね。いくら話されても、ロクに会話をしなかったけど。

 ベル君に関しては、なんか憧れの目で見てきたし、帰りのダンジョン移動中にナナシと会話を試みようとしてくれたが、ポツポツと話す程度に留めておいた。

 魔刃砲について聞かれたので、魔刃の先の技術と答えたが、ファイヤボルトがある以上、ベル君にとっては不要な技術なので、魔刃の精度を高めることに集中しろとも言っておいた。

 なお、ベル君と別れる際に、魔刃剣をサトゥーに返しておいてくれと手渡したのだが、英雄が使った剣だとはしゃいでいたのは、内心複雑だった。

 オレは英雄なんて大したもんじゃないんだけどね。

 モルドに関しては、後から唆した人物の名を聞いたが、口を割らなかった。ベル君に謝ったようだし、モルドの説得により、ベル君たちが助けた冒険者が援軍に協力したようなので、今は強引な手段で喋らせることは止めておいた。

 さて、隠れてクリーンを使っていつもキレイとはいえ、いい加減、ナナシの仮面とローブを脱ぎたいのだが、いくつか監視の目が付いているのがマップから読み取れる。縮地で逃げるなりしてもいいが、今後のことを考えると、隠形系のスキルが欲しい。

 前に索敵スキルを得た時は、周囲から様々な変化を感じ取ったが、逆に自身を周囲に溶け込ませて一体になるイメージで得られるか?

 色々試しているとそんなに時間をかけることなく得ることができた。

 

>「潜伏」スキルを得た。

>「隠形」スキルを得た。

 

 早速有効化しておく。スキルのおかげか簡単に見張りを撒くことができた。

 適当なところで装備を解除し、木剣を身につける。

 ホームでジッとしていられず、外で木剣を振っていて帰ってきた。そんな筋書だ。木剣は教会を直すときに余った木材で作ったものをストレージから取り出した。

 普通に歩いているつもりが、少し早足になっていた。サトゥーとして彼らの帰還を喜びたいと思っているのが表れたのかもしれない。

 ホームに戻り、一通りベル君達と言葉を交わした後、ステイタスの更新をしてもらった。

 

サトゥー

 Lv.1 (ランクアップ可能)

 力:H103→H125 耐久:I61 器用:G216→G286 敏捷:H169→G211 魔力:F361→E447

 《魔法》【クリーン】

      ・清浄魔法

      ・詠唱式【我が意に沿いて、汚れをはらえ】

     【】

     【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

「……かなり上がったね」

「上がり過ぎですね。黒いゴライアスは特別な個体だったそうですし、特別な補正でもかかったのでしょうか?」

「そうかもしれないけど、イレギュラーすぎて、考えても答えはでなさそうかな。

 さて、以前の更新の際、僕も焦ってたから、言ってなかったけど、ランクアップの際、発展アビリティは2つから選べるよ」

 

 しかし、ヘスティア様の言葉が発展アビリティが複数から選択可能なわりに暗い。どういうことだ?

 

「ひとつは狩人」

 

 たしか一度倒したモンスターと戦う時にプラス補正がかかるアビリティだっけ?

 

「もうひとつは……家事だよ。実はボク、これもベル君の幸運と同じく初めて聞くよ」

「え……? 炊事・洗濯・掃除とかの意味の家事ですか?」

「……うん」

 

 ヘスティア様とオレの間で奇妙な沈黙が流れる。

 たしかに、ヘスティア・ファミリアの家事は基本オレがやってきたし、スキル任せとはいえ、結構いい環境を作ってきたはずだと思う。

 ダンジョン潜ってモンスター倒してランクアップ可能になったのに、家の仕事がこなせるようになる発展アビリティなんて発動する奴はいないだろうな……。鍛冶や調合などのダンジョン関連のアイテムを作るスキルならともかく。

 

「まぁ、発展アビリティは狩人を選べば問題ないよ」

「いえ、ランクアップするなら家事を選びます」

 

 鍛冶持ちが特殊な武器を作れるなら、家事持ちは泊まるとより疲労が回復したり、食べるとプラス補正が付く料理が作れる可能性が高い。そこまでいかなくても、より美味しい料理を作れるだろう。

 どのみち、現状はオーバースペック気味なのだ。

 いまさら自分だけにプラス補正がかかる狩人よりは、皆に補正のかかる可能性がわずかでもある家事のほうがいいだろう、ということをヘスティア様に説明した。

 

「……君が納得しているならそれでいいんだけどね。それでランクアップはどうするんだい?」

 

 さて、ランクアップしないという選択もあるが、レベルが高い方が、オレの目的の次元転移魔法が発現する可能性が高い気がするというのもある。それに、ベル君たちの様子をみて、トラブルに巻き込まれた際、解決することを考えるなら、ある程度レベルがあったほうが説得力があるだろう。毎回ナナシとして変装できる余裕があるとも限らない。

 悪目立ちする件については尻ごみしなくもないが、ベル君への神の勧誘もなくなったわけではなくとも、一時に比べると大分落ち着いている。

 オレがランクアップしても、しばらくすれば落ち着くだろう。

 

「では、家事でランクアップお願いします」

「君がそれでいいというなら、わかったよ」

 

サトゥー

 Lv.2

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 家事:I

 《魔法》【クリーン】

      ・清浄魔法

      ・詠唱式【我が意に沿いて、汚れをはらえ】

     【】

     【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 神に近づくとヘスティア様は言っていたが、特に何かが変わったような気はしないな。残念ながら、魔法やスキルも発現しなかった。

 ベル君とリリに報告すると、

 

「サトゥーさん、ランクアップおめでとうございます」

「おめでとうございます。

 ですが、魔法のクリーンに発展アビリティの家事、と非戦闘系の効果ばかりを得て、リリは少し心配です」

 

 といった言葉をかけられた。

 

 一通り言葉を交わした後、ソーマ様の元を訪ね、無事帰還したことの報告した。

 報告に対してソーマ様はそうか、と小さくつぶやいただけだったが、どこか安心したような雰囲気を感じられた。

 なお、神酒の酔いの経過だが、皆、酔いが完璧に醒めたとのことだ。

 報告後、リリに食べさせるためのタルトづくりに励んだが、特に家事スキルの恩恵らしきものは感じずに、味見してもいつも通りだった。完成されすぎてて、味が変わらなかったのかな?

 

 ホームに戻り、皆の夕飯を作る。

 普通にタルトを作った場合は特に変化があったように思えなかったので、疲れを癒すような効果が付け、と念じながら料理を作った。

 普通の料理の場合はいつもより美味しくできた気がする。

 ベル君が一口食べて笑顔になったり、ヘスティア様が一心不乱にかきこんだり、リリがその二人を見て微笑ましそうにしてたりと、大体いつも通りのリアクションだ。

 一応、AR表示を見たが、良補正の状態変化などは発生していなかった。表示なくステイタスが一時的に上がっている場合は、確認する方法がない。これからの実験次第ではあるが、あくまで気休めと思ったほうがよさそうだ。

 デザートとして皆に神酒(ソーマ)の失敗作とタルトを出した。

 ベル君やヘスティア様は、堪能してくれているようだ。

 だが、リリはタルトには手を付けたが、酒にはなんどか手を伸ばすものの途中で引っ込めることが続いた。顔が青い。

 彼女の過去に対して、オレは軽々しく考えすぎたかもしれない。

 

「すまない、リリ。抵抗があるならお酒下げようか?」

「いえ……リリの知っているお酒とは違うのはわかっているのです」

 

 そう言って、震える手でグラスを持ち、彼女は酒に口を付けた。

 

「……これが今のソーマ様とサトゥー様が作ったものなんですね。……とても暖かく気持ちいいのに、……とってもスッキリした気分になれます」

 

 リリの手の震えは収まり、かわいらしい笑顔と共にそう言ってくれた。

 彼女は一口ずつ味わうようにタルトとお酒を綺麗に食べ終え、こう言ってくれた。

 

「ベル様、サトゥー様、ヘスティア様、本当にありがとうございます。リリが今の幸せな味に出会えたのも、皆さまのおかげです」

 

 

 

 食後、それぞれに与えられた個室に戻った後、隠形スキルを使ってバレないように外に出た。

 ハデスヘッドの動作確認及び、ヘルメス様へ釘を差すためである。

 また、うちのファミリアの子をさらわれたり、リンチにしたりするように焚き付けられたら、たまらないからね。

 とりあえずは適当なところでナナシに変装して、ストレージからハデスヘッドを取り出す。

 どうやって使うのかわからないが、とりあえず装備して透明になれと念じてみる。すると、全身が透明になった。どうやら、念じている間は透明になる仕様で、ごく少量の魔力を消費する仕組みらしい。チートアイテムすぎる気がするね。

 せっかく、透明になる兜があるんだし、背後をとってヘルメス様を驚かせようか。

 ヘルメス様に会いに行く前に、試しに体や装備の臭いを消し去るように念じながらクリーンを使ってみる。それほど嗅覚が優れているわけでもないから、すべて消えたとは言えないが、オレには無臭になったように思える。

 マップで確認すると、ヘルメス様は、ヘルメス・ファミリアのホームで、アンドロメダさんを含む数人の護衛と一緒にいるようだ。

 隠形系スキルと透明化で、簡単に部屋の前までは侵入できたが、さすがに扉を開ければ気付かれるだろう。

 さてどうしたものかと考えていると、部屋の中から扉が開かれた。

 

「透明化を解きなさい」

 

 そういって、アンドロメダさんが緊張した面持ちで声をかけてきた。あれ、なんで気づいたんだろう?

 

「そこにいるのはわかっているわよ。透明化なんて悪用されそうなアイテムをなんの対策もなく作るわけないでしょう?」

 

 至極まっとうな意見だが、まったく考慮していなかったな。透明化を解除した。

 

「ナナシ、何の用かしら?」

 

 アンドロメダさんはあまり驚いてはいない。ある程度予測していたのだろう。

 

「ナナシなのかい。とりあえず、部屋に入ってもらいなよ」

 

 部屋の中からヘルメス様の声が聞こえる。

 

「しかし、透明化を使い、侵入してきました!ナナシは危険です」

「もし、手を出すつもりなら、話す暇もなく終わっているよ。

 それくらい力の差の有る相手だろう?」

 

 アンドロメダさんは渋々部屋にオレを招きいれた。

 周囲に本棚、窓が一つ。執務用の机に高そうな革張りの椅子に腰掛けた笑顔のヘルメス様。透明化を使った護衛二人がオレの横に、アンドロメダさんがヘルメス様の後ろに立つ。

 マップがあるし、空間把握スキルもあるので、透明でも位置がわかる。

 

「やぁ、ナナシ。よく来たね。何の用だい?」

「この兜を冒険者に渡して、焚き付けた理由を聞きたかった」

 

 ストレートに言ってみた。嘘を見抜く神様相手に駆け引きなどできないだろう。ナナシとしては少々饒舌になっているが、会話のしやすさのためだ。特にヘルメス様はなにもいってこない。作られた口調というのはよくわかってたのかもね。

 

「ああ、ベル君に冒険者の一面を知ってほしかったのさ。ベル君は人間の綺麗じゃない部分を知らなさ過ぎる」

 

 兜を渡したことを認めずにごまかすかとも思ったが、意外と素直に答えてくれる。モルドを捕まえたことは見ていたはずだから、モルドがバラしたと思っているのかな?

 

「正直に話してくれてありがとう。モルドは結局、誰が渡したか言わなかったから」

 

 モルドがバラしたと勘違いされて、彼に危害が加わるのも寝覚めが悪いので一応言っておく。嘘でないことは神様なんだからわかるだろう。

 ヘルメス様は微笑を浮かべたまま、特に何も言わない。

 

「人間の汚い部分を見せるにしても限度がある。神をさらい、透明化してリンチにしようなんて」

「オレの娯楽が入っていることは否定はしないよ。ヘスティアにも悪いことをしてしまった」

 

 随分とタチの悪い神に聞こえるぞ。

 少し強めに釘を刺したほうがいいかもしれない。ただ、その前にハデスヘッドについて聞いておきたいんだよね。

 

「もうひとつ聞きたい」

「何かな?」

「この兜、どんな対策をしているの?」

 

 ヘルメス様はアンドロメダさんに視線を送る。彼女は溜息を吐いた後に喋り始めた。

 

「私には位置がわかるような仕掛けがあります」

 

 ヘスティア様のホームに兜があることがバレたのか?

 いや、ストレージ内では時間が止まるからその手の信号のようなものも発しなくなるはずだとは思う。魔力を流したエイナさんのナイフをストレージにしまった際、まったく魔力の減衰がなかった点からそう考えられる。

 彼女が知っているのは、黒いゴライアス戦の前にハデスヘッドの信号が消えて、ついさっき、再び現れたということだけのはずだ。

 ストレージがバレたと心配はしなくていいだろう。なんらかの方法で魔導具の効力を一時的に封じることができると理解はできても、一足飛びでストレージまでは想像できないはずだ。

 

「そう、じゃあこれ、返しておくよ」

 

 そういって、ヘルメス様にハデスヘッドを軽く放り投げた。便利なアイテムだから手放したくなかったが、現状さっぱり仕組みがわからないのだ。恐らく大丈夫だとは思うが、これ以上、身バレの危険を冒したくない。

 相変わらず、ヘルメス様は笑顔だ。その表情を保つ力をうちのベル君やヘスティア様にも分けてやってほしい。

 しかし、ちょっとは警告の意味を出したいので、とあるスキルにポイントを振っておく。意味があるのかわからないが、タイミングを見て称号も変えておこう。

 

「最後の質問」

「ああ、答えよう」

「私、個人の娯楽のために、ヘルメス様をボコボコにしていい?」

 

 このタイミングで称号を「恐怖をもたらす者」に変更し、指先に長い魔刃を発生させる。本当はあの時みたいに魔刃剣を軸に槍を作り出したいんだけど、ナナシが今、魔刃剣を持っているのはおかしなことになるのでやめておく。

 ついでに魔力鎧も発動して身に纏っておく。防御機能しかないけど、こけおどしにはなるだろう。さっきポイントを振った威圧スキルレベル10、頑張れ。

 

「今の所、殺すつもりはない。けど、派手に動かれると手元が狂うかもしれない」

 

 そう言った後、魔刃をヘルメス様の顔の横に一瞬で伸ばした。魔刃砲でもよかったんだけど壁に傷ができるから、魔刃をわざわざ伸ばしてみた。

 ヘルメス様は表情こそ真面目なものに変えたけど、それ以外は特に変化を読み取れない。

 ただ、アンドロメダさんは顔を青くしてガタガタと震える。透明になっている者も透明化を解除して「ひぃぃ」と言いながらオレから離れ、尻持ちをついた。あれ、もしかして威圧レベル10はやり過ぎだった?

 

>「脅迫」スキルを得た。

>「殺気投射」スキルを得た。

>称号「畏れ人」を得た。

>称号「恐怖の大王」を得た。

 

 なんだが、ログに突っ込みを受けたように感じる。

 

「オレは、オレのためにベル君たちを危ない目に会わせた。オレは好きにしてくれて構わない。

 だけど、オレの子は、オレの命令に従っただけだ。オレの子に手は出さないでほしい。頼むよ」

 

 神威を伴って真剣な表情で頼みこまれた。少しやり過ぎたか?

 いや、別に怪我らしい怪我は負わせてないはずだし、ベル君のリンチに比べれば大分マシなはず。

 

「今回は警告だけ。

 また、サトゥーの周りを傷つけ回るような真似をするなら、あなたを傷つける。

 それでも続けるようなら……次はあなたの子」

「わかった……。もうこんな真似はしないと誓う」

 

 神様だし、内心どう思っててもおかしくないけど、周りの反応からすると、このあたりにしておいたほうがいいだろう。

 魔刃を引っ込め、スキルを無効化し、称号を空白に戻すと、アンドロメダさんがペタンと座りこんだ。透明だった護衛は寝っ転がって、荒い息を吐いている。

 おおげさだなと思いつつ、よく見ると、先ほどの威圧でアンドロメダさんのスタミナゲージがいくらか減っている。透明だった護衛はかなり多めにスタミナゲージが減っている。

 うん……。護衛の人たちに関しては、ちょっと悪かったと思う。

 軽々しく使ってはいけない部類のスキルだった。

 内心謝りつつも、部屋を出て隠形系スキルを使い、町中に紛れ込んだ。

 しかし、どんどん日本に帰るに帰れなくなってくるな。

 家族に連絡程度は入れておきたいから2つの次元を行き来できる魔法か、手紙を送る魔法にでも目覚めてくれればいいんだけど。

 




◆発展アビリティ「家事」
もし、補正がかかる料理があるなら、トップファミリアのロキ・ファミリアは必ず利用しそうだと考えて、ソードオラトリアでその手の話が出ていない以上、料理系の発展アビリティは、今まで出ていないと設定。
調理や料理でもよかったけど、名称が似たようなものだとダンまち側かデスマ側か分かりにくくなりそうなので家事に。
あと、バフがかかる料理は、雲菓子(ハニークラウド)のタルト並に拘って作らなくてはならないと設定してます。
そういったわけで今作では良補正がかかる料理は出てこないと思います。

◆ハデスヘッドの独自設定
原作の消費一切無し→本人の意識しない程度の魔力を消費に変更。
別になしのままでもよかったのですが、神の恩恵を受けたヘスティア・ナイフが魔力使う設定にしているので、こちらのほうが自然かなと思って変えました。

なお、ハデスヘッドは透明化中に限り、専用のレーダー魔道具の周囲100mほどにいれば位置が表示されるという対策を施していた、という独自設定です。

◆ヘルメス様
ナナシはお人好しだし強い。何かあった時に動かせるコマは多い方がいいと思って面会したものの、威圧で大惨事に。


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30話:久々のダンジョン

 今日は、ベル君たちはまだダンジョンに潜らずに体を休めている。せっかくなので、18階層でベル君たちを助けてくれたロキ・ファミリアへのお礼の菓子を作ることにした。

 ヘスティア様がロキに礼なんて……ぐぬぬと唸ったが、渋々許可をくれた。

 ランクアップが公表されると、ベル君の時みたいに面倒になりそうだし、アイズさんには稽古でお世話になってる。そういった意味でも、早めに作っておきたいんだよね。

 作る場所はホームではなく、ソーマ様の厨房で、食材は持ち込みだ。

 高い酒を持ってきて、これに合う肴を作ってくれと言ってくる顔見知りのソーマ・ファミリアの人向けの料理なんかも作りつつ、そこそこの量のクッキーが焼きあがった。

 何色かの生地を用意して、チェックやストライプなどのクッキーを作ってそこそこ見れるデザインにしたはずだ。もちろん、色によって味も違う。ケーキも考えたのだが、足の速さを考えるとクッキーに落ち着いた。

 夕方、ホームに戻り、休んでいたベル君とリリにちょっと味見してもらったが、これなら喜ばれる、と二人とも太鼓判を押してくれた。

 

 ロキ・ファミリアのホームに向かっていると荷物を持ったリヴェリアさんと出会った。

 

「お前も買い出しか?」

「いえ、先日の件だけでなく私たちはロキ・ファミリアの方々にお世話になってますから、お礼に心ばかりの品を持って行こうかと」

「わざわざすまないな。ここで受け取りたいのだが、生憎、持ち切れそうにないな。ホームまでついてきてくれるか?」

「もともとホームの方にお渡しする予定だったので気にしないでください」

「サトゥー、そういえば、あの時、言っていた魔法は使えるようになったか?

 ……さすがに、この短期間では無理か」

 

 そういえば、ベル君が精神疲労(マインドダウン)を起こした際、綺麗になる魔法が欲しいって冗談言ったっけ?

 

「あー……いえ、本当に言っていた魔法だけが発現してしまいまして……」

 

 ベル君のランクアップで、オレも成長しているか探りを入れたのかもしれないが、リヴェリアさんは非常に困ったような表情になった。

 彼女もまさかあの冗談が本当になるとは思ってもみなかったのだろう。オレも思ってもみなかった。

 

「まぁ……なんだ。ダンジョンで綺麗になるというのは、こと遠征において精神的にとても助かるんだ。日帰りではあまり実感できないかもしれないが、将来的には非常に役立つ魔法だと思うぞ」

 

 さすがに冗談で言った勧誘については触れはしないようだ。聞かれても普通に断るけど。

 

「実際、この魔法が発現した時はそれなりにショックでしたけど、この魔法、日常生活でも結構便利がいいんですよね。

 皿洗いも魔法一回で済みますし、雨の日で洗濯ものが乾かないなんてこともありません。

 範囲を広げることを意識すれば、この魔法で掃除まで出来るんですよ?」

「随分と所帯じみた魔法だな……」

 

 リヴェリアさんは若干呆れたようにそう言った。我ながら、日本にいたころは一人暮らしでロクに料理もしなかったのに変わったものだ。だからこそ、家事なんてアビリティが発現したのかもしれない。

 差し入れたクッキーはなかなか好評のようだった。結構な量を作ったつもりが、わずか2日で全てなくなったと、後から聞いた。

 

 

 翌日、サトゥーとして久々にダンジョンに潜ることとなった。

 メンバーはオレ、ベル君、ヴェルフ、リリの4人だ。とりあえず、力加減を間違えないように注意しておこう。

 

「よぉ、久々だな、サトゥー」

 

 ヴェルフが声をかけてきた。サトゥーとしては、ヴェルフがヘスティアファミリアに一度顔を見せに来た時に会ってそれ以来だ。ナナシとしては18階層で会ったけどね。

 

「久々だね、ヴェルフ。それはそうと、ランクアップおめでとう」

「ああ……ありがとうな、おめえこそ、ランクアップおめでとうな」

 

 はにかんだように笑いながらヴェルフは言った。

 ベル君との契約では鍛冶アビリティが手に入るレベル2のランクアップまでと聞いていたが、引き続きパーティーに参加してくれるようだ。

 その前に、ヴェルフとオレはランクアップの報告をしなくちゃいけない。

 オレはいつものエイナさんにお願いした。ベル君の時は大声で叫んだと聞いたので、個室に案内してもらってから、一応、注意を促した後に、話した。

 オレの書いた書類や行動履歴を見てエイナさんの顔色がどんどん悪くなっていく。

 

「ダンジョン潜っていないのに、この短期間で偉業達成でランクアップとか……本当に、どういうことなのよ……」

 

 大きなショックを受けたのか机に突っ伏したエイナさんがそう言った。

 

「神の酒に対抗できる料理ですし、偉業と言えば偉業でしょう」

 

 この理論でゴリ押すことにした。実際、これ以外に心あたりがないのだ。

 

「……君は本当に冒険者なの?」

「一応はそのつもりです」

 

 エイナさんは大きな溜息をついた後、オレに尋ねた。

 

「それで今日はどの階層まで潜るつもりなの?」

「ダンジョンに潜るのは久々ですし、少しずつ奥の階層にいって、進んでも上層の12階層までですね。とりあえずは感覚を確かめるつもりです」

「そう。ランクが上がったとはいえ、久々に潜るんだから、本当に注意して潜ってね」

「わかりました」

 

 疲れた表情をしたエイナさんに見送られ、相談ボックスを後にした。

 

 

 今日は、サトゥーとして久々のダンジョンということで、ステイタスの確認の意味合いが強い。現パーティーとオレの連携の確認という意味合いもある。

 魔刃剣アイリスと石を詰めた小袋を腰に下げ、ダンジョンに潜った。魔刃砲はさすがに自重するつもりだ。魔刃の先の技術とベル君に言った以上、オレも使えない設定が無難だと思う。

 ベル君とヴェルフはレベル2ということもあり危なげなく戦っていく。オレも久々に力を抑えての戦闘だが問題ない。

 ベル君はいつのまにか、ナイフを持ったまま拳からファイヤボルトを放てるようになっていた。ただ、威力は手のひらから放ったほうが大きいとのことだ。それでも、ナイフを仕舞わなくても放てるのは色々と便利がいいと笑顔で語ってくれた。

 オレは、ヴェルフの能力を観察しながら、戦闘を行った。同じくランクアップしたところだし、出していい力の範囲を見極める相手としてはちょうどいいだろう。

 

 リリがモンスターを解体するのを眺めていると、ベル君が声をかけてきた。

 

「サトゥーさん、さらに剣の腕が上がってる気がします」

「そうかな?

 一応、料理でダンジョン潜ってない時も、軽く剣は振ってたけど、オレには違いがわからないよ」

 

 魔刃砲が使えるようになってから特にゴリ押し度が上がったからね……。一応剣も使うようには心がけたけど、あまり上手くなった気はしない。

 

「実際、大した腕前だと思うけど、ベルのレベルが上がって全体的な能力が上がった分、そういった細かい部分まで気付くようになったんじゃないか?

 ベルがレベル上がってから一緒に潜ってなかったんだろ?」

「ヴェルフが言う通りかもしれないね」

「オレとしてはベル君の動きの変わり具合に驚いたけどね」

 

 ステイタスの補正もそうだけど、間合いの取り方や体運びが見違えた。

 まだまだアイズさんの領域には遠いが、近づいていることは間違いない。

 

「魔石回収が終わりました。リリはそろそろお昼ご飯にすることを提案しますが、どうでしょうか?」

「お、サトゥーが作ったメシなんだよな?

 かなり料理上手いって聞いてるから楽しみだぜ」

「サトゥー様の料理はお金が取れるレベルですから、味わって食べてくださいね」

 

 今日作ったのは、野菜や鶏肉を挟んだシンプルなサンドイッチだ。

 決め手は果実を使った甘酸っぱい爽やかな風味のソースだ。ソーマ様の所で作ったレシピを元に、少しアレンジを加えてみた。なお、家事スキルで頑丈上がれと念じながら作った。

 今日の朝ご飯でも同じく頑丈上がれと念じながら作ったが、特に良い状態変化が発生したとの表示はなかった。なにか変わったような気もしない。

 もしかしたら、特別な食材なり、特別な料理でないと、そういった効果が付かないのかもしれないね。

 サンドイッチの味はなかなか好評のようだったが、ヴェルフが大げさに美味ぇ!と何度も叫んだせいか、ちらちらと同じ大部屋の冒険者がこちらをうかがってくる。いや、あげるほどサンドイッチはないからね。

 

 その後も11階層と12階層で戦闘を繰り返してバベルに戻ってきた。

 この後は焔蜂亭というヴェルフ行きつけの酒場でヴェルフとオレのランクアップ祝いだ。

 焔蜂亭は所せましと丸テーブルが並べられ、いかにも大衆酒場といった感じだ。

 ヴェルフがオススメするだけあり、どの料理も美味しい。味を盗むように意識しつつ、料理を味わう。どれもこれも丁寧に処理されていて、シンプルなようで細部まで凝っている。

 また、名物の赤い蜂蜜酒は意外とサラリとしている。喉が熱くなるようなアルコール度数で、それでいて独特の蜂蜜の風味が鼻に抜ける。蜂蜜酒なんて初めて飲むがなかなか美味しい。

 惜しいのはこの体のアルコール耐性の高さだろうか?

 ちょっとホロ酔い気分になってもすぐに元にもどる。酒精耐性は切ってるんだけどこの有様である。

 

「そういや、ベルはランクアップしなかったのか?」

「うん、僕はまだ」

「レベル1とレベル2では必要経験値なども違うのでしょう。それに、最後の戦闘で言えば、リュー様とアスフィ様とナナシ様が分ける形でしょうからね」

 

 オレとしては、ほぼソロでゴライアスの気を引き続けたリューさんのほうが持って行ってると思うんだけどね。途中参戦で、一撃ぶち込んだだけだし。

 

「お前はナナシから話は聞いてるのか?」

 

 ヴェルフがオレに話を振ってきた。緘口令が出されている話題だから気を使ったんだろう。

 

「黒いイレギュラーが出てきたから、ナナシさんがちょっと本気だしたというくらいは聞いているよ」

 

 声を抑えながらそういった。

 

「最後のアレ、なんだったんだ。ナナシが紫の光る槍取り出して、紫の閃光がゴライアスを貫いたようにしか見えなかったが」

「オレも詳しいことは聞いてないよ」

「たぶん、光る槍は魔刃の変形だと思うけど、あの速さと空を飛んでいたのはわからない。まさに英雄の一撃って感じだったな……」

 

 ベル君が憧れの光景を思い返しているような表情でそう言った。

 

「黒いゴライアスは何だったんだ?」

「ヘスティア様は知ってるようだけど、アレ以上話そうとしないし……」

「リリたちが考えても、仕方がないです。それより料理を楽しみましょう」

「そうだな。追加で、料理も頼もうぜ。この店色々美味いからな!」

 

 リリが重くなった空気を入れ替えるようにいい、ヴェルフが乗っかった。その後、オレたちは和やかに料理とお酒を楽しんだ。



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31話:奇跡の料理人

 ランクアップが公表され、オレがレベル2になったことが知れ渡った。

 それと同時に、短期間にレベルアップしたこと、ダンジョンに潜らずソーマ・ファミリアに入り浸って料理ばっかりしていたこと、料理で偉業をなしたこと、なども噂として流れ出した。

 

「料理でランクアップしたんだって?その料理を食べさせてくれ!」

「やあ、サトゥー君。君に神に料理を献上する栄誉を与えよう!」

「私だ、サトゥー!料理を作ってくれー!」

 

 なんて言葉を投げかけてくる神様が現れるのも、ベル君の時の例を見れば、想定の範囲内というわけだ。

 ただ、ベル君の時は結構早く波が引いたのに、オレの時はそこそこ続いている。

 ベル君は世界最速でレベル2になった点が評価されたが、オレの場合は、神の酒に匹敵する料理という点が評価されているようだ。

 神酒(ソーマ)の失敗作と合わせなければ、人の領域の、ただ美味しいだけのタルトのはずなんだけど……。

 

「――と、いうわけで、ヘスティア様、どうにかなりませんか?」

「う~ん、すまないね。ボクがヘッポコな神だから、他の神に言ってもあまり効果を見込めないんだよ……」

 

 ツインテールがしおれた状態のヘスティア様がそう答えた。

 

「数日間、屋台で料理を売ってはいかがでしょうか?」

 

 リリがそう提案してきた。

 

「でも、他の神どもが余計調子に乗らないかい?」

 

 ヘスティア様が首をかしげながら、リリに向けて尋ねた。

 

「サトゥー様の料理は、神酒(ソーマ)のように酔ってしまうような神の料理ではなく、ただ美味しいだけの人の料理です。

 噂では、どうも過剰にサトゥー様の料理を評価する傾向にあります。一度食べると中毒になるほどおいしいとの噂を、リリは耳にしました」

 

 それはひどいな。そこまで大した料理じゃないはずなんだけど。

 

「そのため、実際に料理を神々に食べてもらえば、確かに美味しいが、噂は大げさなものだということになるとリリは思うのです」

 

 なるほどね。たしかにそんな噂が出てるなら早めに火消しをしたほうがいいだろう。

 

「膨れ上がった噂に現実を突きつけるという点では賛成なんだけど、屋台ってお金を払えば借りれるものなのかい?」

「ええ。可能なはずですよ」

「せっかくだし、ボクのバイト先で、ジャガ丸くんを作って売ってみないかい?」

 

 ヘスティア様が良いこと思いついたというような表情でそう言った。

 

「シンプルなジャガ丸くんなら、いくらサトゥーさんの腕でも大きく味が変わらないでしょう。いいのではないでしょうか?」

「じゃ、さっそくオーナーに交渉してこようか。

 サトゥー君もおいで。顔くらいは見せておいたほうがいいだろう」

 

 その後、ジャガ丸くんの屋台を複数だしているというオーナーに会いにいった。

 料理でランクアップという噂は聞いていたらしいが、試験としてジャガ丸くんを作らされた。

 オーナーが食べた時の第一声が「究極のジャガ丸くんを作ろう。オレが極上の食材を用意する」だったのには、ちょっと引いた。オレの調理スキルと家事アビリティは一体どうなっているんだ。オーナーさんが大げさなだけだよな?

 屋台の件は問題なく承認され、最高の食材を手配してやるとの言葉をもらった。

 せっかくなら、美味しいものを作りたいので、早速オーナーさんに食材を集めてきてもらい、明日に向けて試作と仕込みを行った。

 ジャガイモや衣、油など色々用意してくれたので、色々と組み合わせて、できるだけおいしいものを目指してみた。

 

 翌日、指定の場所に、売り子役のヘスティア様と一緒に向かうと、オーナーさんの他に、なぜかアイズさんがいた。

 

「どうしてヴァレン何某が?」

「オーナーさんに究極のジャガ丸くんが誕生すると聞いて」

「……さすがに言い過ぎだと思いますが精一杯作らせてもらいます」

 

 とりあえず、前日仕込んだタネに衣を付け、揚げて、アイズさんに差し出す。

 アイズさんは緊張した面持ちで一口かじった。5秒ほどためた後、

 

「これは、最早『ジャガ丸くん』じゃない……『ジャガ丸さん』というべきもの!」

 

 カッと目を見開いてそう宣言した。

 オーナーさんにもひとつ渡すと

 

「絶妙なジャガイモの潰し加減、厚み、衣の細かさ、揚げ具合、全てが素晴らしい!まさに究極のジャガ丸くんだ!」

 

 などと叫び始めた。

 看板の文字の「くん」に斜線を引き「さん」に変え、値段も普通のジャガ丸くんより高くなっていた。

 値段についてはいい材料使っているから仕方がない。普通のよりはおいしいとは思うけど、味についてはそこまでいうほどのものかと思ってしまう。

 

 販売を開始すると、物珍しさからか、アイズさんが近くで大量のジャガ丸くんを食べていたことからか、かなり並んでくれた。

 想像以上に売れ行きがいい。オーナーさんに追加の食材を頼んで、揚げるのと並行してタネを仕込んでおくことにしよう。

 

「サトゥー。たしかに美味しいがこれが君の本気なのかい?

 一度食べると、他のものは食べられなくなるほどの味だと、神の仲間が言っていたが?」

「食材にこだわった本気の一品ですよ。噂が真実とは限りません」

 

 神もそこそこ食べに来ているようだ。

 当初の目的であった噂の解除も、上手くいっているようだ。

 勧誘もかけてくる神もいたが、ヘスティア様がいることに気付くと「ヘスティアがいない時にまたくるよー」といった軽いノリで去っていく。

 加えて、料理でランクアップということが気に入らないのか、馬鹿にするような冒険者も中にはいたが、無表情(ポーカーフェイス)スキルで笑顔を張り付けて流しておいた。こっちは料理に忙しいのだ。手を出してこないなら、好きにさせておけばいいだろう。

 オーナー自らの目利きをした食材を追加で調理しつつ、1日目は盛況のなか、店じまいをした。

 

「お疲れ。サトゥー君」

「ヘスティア様もお疲れ様です。特に他の神の相手は大変だったでしょう?」

「ずっと料理していた君ほど大変ではなかったさ」

 

 オーナーさんが笑顔で近づいてきた。

 

「お疲れ様。屋台をするのは初めてだったんだろ、どうだった?」

「コンロをもう少し増やして回転率あげたいですね」

 

 オーナーさんの問い掛けにそう答えた。

 どうしても、待ちの時間が発生するのは仕方のないことなのだが、もう少しコンロが多くても捌けるだろうと思っていた。

 待たせるのも忍びないし、もう少し回転率をあげたいものだ。

 

「ははは、わかったよ。少し大きめの屋台でコンロを増やしておこう。手伝いの連中は要らないかい?」

「長くやるなら考えますが、今回はあと2日で終了の予定ですので、ひとまずは調理は一人でこなします。売り子としてヘスティア様も手伝ってくれていますし」

 

 その後の屋台もオーナーさんの食材の手配と、ヘスティア様の協力もあり、順調に運営することができたと思う。

 それと、いつのまにか、奇跡の料理人という二つ名が出回っているようだ。

 「奇跡の料理人よ、ジャガ丸さん2つだ」というオーダーもあったので、並んでいる人にも知られて、さらに広がったかもしれない。暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)よりかはマシと思おう。

 ちなみに、値踏みするような目でみる神様やこちらを挑発するような冒険者もいたのだが、毎日来てくれるようなリピーターも何人もいた。

 特に毎朝、アイズさんが大量にジャガ丸くんを買いにきては、幸せそうに食べていったのが印象的だ。あの人、そんなにジャガ丸くんが好きなのか。

 そんなことを振り返りながら、クリーンで借りた屋台を清めているとオーナーさんが声をかけてきた。

 

「これで、君の屋台はひとまず終了だね。お疲れ様」

「いえ、オーナーさんも屋台や食材の手配などお疲れ様です。おかげ様で、安心して調理に集中できましたよ」

「また屋台を開いてみてくれ。結構なリピーターもいたしね」

「そうですね。何かの折にまた屋台を開くのもいいかもしれません」

「私個人としては屋台を通り越して、店を任せたいレベルなんだけど、君にそのつもりはないんだろう?」

「ええ、もうしばらくは仲間と一緒にダンジョンに潜りたいと思います」

 

 ベル君はトラブルによく巻き込まれるからね。ずっとついていくわけにもいかないけど、ダンジョンにはなるべくついていきたいと思っている。

 

「そうか。もし、食材なんかで欲しいものがあるなら私に相談してくれ。良いものを安値で用意しよう」

「ありがとうございます。何かあればご相談させていただきます」

 

 ホームに戻ってしばらくするとベル君達が帰ってきた。

 ベル君が顔を腫らしていてギョッとしたが、どうもホームに戻る際に、冒険者にヘスティア様を馬鹿にされて喧嘩になったようだ。しかも、相手に殴られた後に気付くほどの速い一撃だったらしい。ロキ・ファミリアの冒険者の介入により、その場はすぐ収まったそうだが……。

 しかし、ベル君より格上の冒険者が喧嘩を売ってきたか……。トラブルに愛されてるよね。本当に。

 オレがそんなことを考えていると、ヘスティア様はベル君を優しく諭し、相手のファミリアについての話になった。

 

「相手は太陽のエンブレムをつけてました」

「アポロン・ファミリアでしたっけ?

 そういえば、屋台にも来て一通り絡んできましたよね、ヘスティア様」

「ああ、あのしつこかった子たちか。並んでいる人達がいるってのに長々と絡んできて、最後には並んでいる冒険者が怒ったから帰っていったんだね」

 

 オレに絡み、手を出させようとしたが、無理だったのでベル君たちに喧嘩を売りにいった可能性がある。少し気を付けたほうがよさそうだ。

 

 翌日、ダンジョンからの帰りに、アポロン・ファミリアの女性二人に手紙を渡された。どうも、神の宴の招待状らしい。

 弱小のヘスティア・ファミリアとそこそこの規模のアポロン・ファミリアだ。喧嘩をしたという負い目がある以上、参加を断るのはよい選択とはいえないだろう。

 その点はリリとも意見が一致した。

 ヘスティア様に手紙を手渡すと微妙な顔をした。どうもアポロンとは天界で色々あったらしい。

 

「今回の神の宴は、自慢の眷属の子を一人連れていく趣向らしい」

「誰を連れて行くんですか?」

 

 ベル君が尋ねる。

 

「サトゥー君にしておこうか?

 落ち着きがあるし、あちらの挑発にも冷静でいられるだろう。

 それに料理上手だし、宴の料理を再現とかできるんじゃないかい?」

「食べただけで再現ができるのかは確約できませんが……。

 それより、礼儀作法なんて詳しくありませんよ?」

「相手もそこまで求めてないだろうさ。ボクもたいして作法を守っているわけでもないしね。一応、軽く教えておくよ」

「アポロン様は、何か仕掛けてくるとリリは考えます。お二人ともお気をつけてくださいね」

 

 警戒を促してきたリリに頷き返す。

 その後、軽くヘスティア様から礼儀作法について講習を受けると、

 

>「社交」スキルを得た。

>「礼儀作法」スキルを得た。

 

 とログがでたので、両方にそれぞれ5ポイントほど振っておく。

 完璧すぎると逆に怪しまれそうなので、半分までにしておいた。

 これでも、ヘスティア様に恥をかかせない程度の動きができると思う。

 

 

 神の宴当日、パーティー会場へはミアハ様と店員さんと一緒に馬車で向かった。

 普段は参加しないらしいが、偶にはということで説得し、お金もヘスティア・ファミリアから出している。以前の捜索隊の際に、ポーションを提供してもらったしね。

 ファミリアのお金を管理しているリリも若干迷いを見せたが、お金を出す許可をくれた。

 パーティー会場で、顔見知りの神とヘスティア様が会話をしていると、主催者のアポロンの挨拶が始まり、本格的に宴が始まった。

 アポロンと接触しようにも周りには多数の神がいて、話すにも一苦労しそうだ。

 とりあえずは宴を楽しもうということになり、味を盗むべく、珍しい料理に手をつけつつ、知り合いの神に捜索隊のお礼を言ったりして時間を過ごした。

 広間の入り口に大きなどよめきがあったので、そちらに目線を向けると、バベルの最上階にいた銀髪の女性がいた。

 

「フレイヤ様だよ、サトゥー君」

「美の神様でしたか?

 下界の子が見つめると、たちまち虜になり魅了されてしまうとか。たしかにそれも納得です」

「そ、そうだ。視線を合わせちゃ駄目だ!」

 

 ヘスティア様が必死に止めてきた。もう少し眺めていたかったが、仕方がない。ちらちら見る程度にしておこう。

 彼女がこちらを見たが、一瞬、がっかりしたような表情を浮かべたように見えたが気のせいか?

 フレイヤ様はヘスティア様に挨拶をした後、オレに声をかけてきた。

 

「とても美味しい料理を作るそうね?

 今夜私のために一皿作ってくれないかしら?」

「作るかァ!」

 

 フレイヤ様の問い掛けに対して、ヘスティア様が答えた。

 フレイヤ様とオレの間に立ち、捲し立てる。

 

「いいかい、この女神は男を見れば手当たり次第ペロリと食べてしまう怪物みたいな奴なんだ!料理だけで済むわけがないぞ!?」

 

 個人的にはそれで構わないのですが。むしろ、お願いしたいです。

 

「あら、残念。ヘスティアの機嫌を損ねてしまったようだし、もう行くわ。それじゃあ」

 

 入れ替わるように男装をしたロキ様と、ドレス姿のアイズさんが現れた。

 ヘスティア様とロキ様がじゃれあっていると、アイズさんがこちらに近寄ってきた。

 

「……ジャガ丸くん」

「え?」

「……次、ジャガ丸くんの屋台はいつ開くの?」

 

 この人は、そんなに気にいったのか?

 

「今の所、特に予定はないですが……」

「……そう」

 

 下を向き、ガックリと肩を落とした。ションボリとしたオーラが全身からでている。え、そんなに悲しむの?

 

「ああああっ!うちのアイズたんを悲しませるとか、何考えとんねん!今すぐジャガ丸くん作ってこんかい!?」

「ボクの眷属に、何、命令しているんだ!」

 

 神様同士で相変わらず言い争っている。その争いを周りの神様は見世物代わりにして楽しんでいるようだ。

 

「えっと……、そのうち、きっと、また屋台を開きますので、そう落ち込まないでください」

「……ほんと?」

「ええ、もう屋台は開かないというわけではないです」

「わかった。次に開くことになったら、絶対に知らせて」

「わかりました」

 

 アイズさんをなんとかなだめたころ、神様同士の争いもひとまず終了したようだ。

 

「いくで、アイズたん!」

「サトゥー君、こっちに来るんだ!」

 

 ヘスティア様がオレの腕を引っ張る。胸がオレの腕に当たる。幸せな感触を楽しみつつ、ヘスティア様に従い移動を始めた。



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32話:アポロン・ファミリア

 そろそろアポロン様に会いに行こうかというとき、アポロン様の声が響いた。

 

「諸君、宴は楽しんでいるかな?

 盛り上がっているようならば何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」

 

 そういいつつ、こちらに歩み寄ってくる。

 

「遅くなったが……ヘスティア、先日は私の眷属()が世話になった」

「……ああ、ボクの方こそ」

「私の子は君の子に重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

 

 そういうと包帯を全身に巻いたミイラ状態の小人族(パルゥム)が痛い痛いと言いながらよろよろと出てきた。ちなみにHPは全快だ。

 これ、神様の嘘を見抜ける能力で、別に痛くもなんともないってわかるんじゃないかな?

 かすり傷が痛いで嘘だとバレないなのか?

 ヘスティア様に視線を向けると明らかに動揺していた。

 ああ、わからないみたいだ。

 

「更に、先に仕掛けてきたのはそちらだと聞いている。証人も多くいる、言い逃れはできない」

 

 そういうと、数柱の神とその眷属が前に出てきた。

 準備のいいことだ。しかし面倒だな。

 ヴェルフの主神であるヘファイストス様がヘスティア様の援護をするが、人数の差とヘスティア様と仲がいいこともあり、意味を為さない。

 

「団員を傷付けられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。ファミリアの面子に関わる……。ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか?」

「くどい!そんなものは認めるものか!」

「ならば仕方がない。ヘスティア――君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』、団員同士で闘う、言わば神の『代理戦争』。

 勝利を得た神は敗北した神からすべてを奪う。通常なら、団員を含めた派閥の資材を全て奪うことが通例だ。

 オレが本気を出せばアポロン・ファミリアには負けないと思うが、表向きの能力に限定すると、レベル2が二人、レベル1が一人に対してレベル3を含む100名近くの団体との対決だ。まるで話にならない。

 

「我々が勝ったら……君の眷属、サトゥーをもらう」

 

 はい……?

 なにいってんの、こいつ。

 

「駄目じゃないかぁ、ヘスティア~、こんな可愛い子を独り占めしちゃあ~。

 あのジャガ丸くんという安っぽい軽食すらあの美味しさになるんだ。一流の食材で一流の皿を君には作ってもらうよぉ。

 そして、めいいっぱい可愛がってあげるとしようかぁ~」

 

 あまりの気持ち悪さに、思わず魔刃砲を放ちそうになったが、何とか抑える。

 アポロン、いや、変態神は、オレを奪うために、わざわざ色々と根回ししたらしい。なんとも面倒臭い神に好かれたものだ。

 もう、ナナシモードでボッコボコにしに行ってもいいんじゃないかな?

 だめだ、考えが投げやりになってきている。ベル君の一件はちょっと押す程度だがこっちが先に手を出したらしいし、さすがにオレ個人の好き嫌いで動くのはどうかと思う。

 

「それでヘスティア、答えは?」

「受ける義理はないな!」

 

 ヘスティア様に腕をつかまれ、会場の外に出た。

 ほんと、面倒なことになってきたものだ。

 とりあえず、アポロン・ファミリアの眷属には全員、要注意人物としてのマーキングを施しておこう。

 

 

 

 翌朝、食事を終え、装備を整え終わったくらいに、マップに敵の光点が複数、ホームを囲むように接近してくることが確認できた。弓などを持っている。まさかとは思うが、ヘスティア・ファミリアのホームを攻撃するつもりなのか?

 

「アポロン・ファミリアが武器を持って集まってる。路地裏に紛れ込むよ。急いで」

 

 マップを隠すため、ちらりと外を見た後、念のため、そう告げた。

 皆、少し慌てたようだが、特に質問なくオレのそばに来た。

 隠形スキルを使用して先導し、うまく路地裏に紛れることができた。しばらく進むと後方から爆発音が聞こえた。

 

「これって……」

「ホームを魔法で攻撃したんだとリリは思います」

「お、おのれぇ……!?よくもボクたちの帰る場所を……!」

 

 さすがに、やり過ぎだ。木造の仮設部屋とかはもう駄目だろうな。

 オレ単独なら反撃に行きたいところだけど、今はとにかくギルドに向かって身の安全を確保すべきだろう。

 

「いたぞ!こっちだ!」

 

 声を聞かれたのか、見つかってしまった。弓兵が数人こちらを狙っている。

 ベル君はヘスティア様、オレはリリを抱えて、駆け出した。マップを見ながらギルドへ先導するが、どうしてもヘスティア様を運んでいるベル君より、相手のほうが足が速い。

 リリが強臭袋(モルボル)を敵に投げつけ敵を封じたり、ベル君が周りの建物を巻き込まないようにファイヤボルトを放ったりしたが、依然、状態は非常に悪い。

 というか、ベル君、人相手にファイヤボルトって結構容赦ないな。

 いや、攻撃されてなお、投石程度の怪我がない反撃で済まそうというオレが、この世界ではおかしいのかもしれないけどさ。たしかに、このままいけば、ヘスティア・ファミリアの誰かが怪我をしかねない。

 何とか身を隠すことができたが、そのうちまた見つかるだろう。

 もう全力を出してあの変態神を殴るべきなのかもしれない。

 

「もう、戦争遊戯(ウォーゲーム)を受けるしかないかもしれない」

 

 意を決してそう言うと、3人は驚いた表情でこちらをみる。

 

「どのみち、ギルドに駆け込んでも、アポロン・ファミリアにペナルティが与えられても、あの神は諦めないだろう。だったら、叩き潰すしかない。

 最悪負けても、オレがアポロン・ファミリアに行くだけだ。もっともそんなことになりたくないから、それ相応の手を使ってでも勝たせてもらうつもりだけど」

 

 ヘスティア様に、場合によっては本気で対処することを言外に伝える。能力がバレることになるとしても、これ以上、ベル君たちを危険に巻き込むことになるほうが嫌だ。

 

「……ええい、ボクの家族(ファミリア)にそこまで言わせておいて、なにが神だ!

 ベル君、サポーター君、ボクは『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受けようと思う!

 なんとか一週間稼ぐから君たちは準備や策を整えてくれ!

 みんななら、きっと勝てるはずだ!」

 

 ヘスティア様は顔を歪ませた後、そう言った。オレだけに全てを解決させるつもりはないようだ。

 

「わかりました、神様!サトゥーさんのために全力を尽くします!」

「リリは力ではお役に立てませんが、策を考えてみます!」

 

 皆、真剣な表情でそういってくれた。

 ……まったく、オレにはもったいないくらいのファミリアだ。

 

「ありがとう。ただ、怪我はしないように気を付けてくれよ。オレのために怪我なんてしたらそっちのほうが落ち込むから」

 

 一応、あまり危ないことをしないように注意するように言っておいた。

 

「アポロン・ファミリアのホームに乗り込むぞ!あのニヤついた顔に手袋をぶつけてやる!」

 

 ヘスティア様はアポロン・ファミリアに乗り込み、言葉通りにアポロンの顔に手袋をぶつけ、こう宣言した。

 

「上等だっ!受けて立ってやる、戦争遊戯(ウォーゲーム)を!」

 

 

 その後、リリは各種アイテムの用意と上位者を負かす策を練ることに集中している。

 ヘスティア様はミアハ様のところに向かい、仮病でしばらく時間を稼ぐ予定だ。

 ベル君はなりふり構わず、ロキ・ファミリアに押しかけ、表向きは追い出されたものの、アイズさんとティオナさんの2人に稽古をつけてもらうことになった。

 オレも連れてこいという話になったので、世話になることになった。

 ベル君だが、愚者足掻(フールズストラグル)の自動回復の効果で倒れても倒れてもすぐ起き上がり、相手に食らいついていく。凄まじい密度で格上との戦闘をしているので、成長補正スキルと合わせると、凄い勢いでステイタスが伸びているのかもしれない。

 ベル君が立ち上がる時に自身を鼓舞するように言った「サトゥーさんを守るために強くなるんだ」というセリフは、少し気恥ずかしさも感じたが、うれしかった。

 オレはオレでレベル2の力の制限で、格上相手に先読み:対人戦と空間把握を使ってどう立ち回るかの練習をさせてもらっている。

 アイズさんが、ベル君が聞いていないことを確認してから全力での訓練は必要か聞いてきた。試合形式が決まってから、必要そうならお願いするつもりだと答えておいた。

 

 そして、夜、ナナシとして変態神に警告に行くか迷ったが、やめておくことにした。それなりの力を出しても勝ちにいくと決めている以上、あまり警戒心を抱かせないほうがいいだろう。昨日の時点に警告しておけば、もう少し変わった展開になったかもしれないが、今更だ。

 ヘスティア・ファミリアが戦争遊戯(ウォーゲーム)を受けた以上、こちらにチョッカイをかける理由もないはずだ。向こうからすれば弱小ファミリア。大人しく待っていれば勝ちが転がり込んでくると思っているはずだ。

 

 翌日、ヘファイストス・ファミリアからヴェルフ、タケミカヅチ・ファミリアから命さんがヘスティア・ファミリアに移籍してくれた。

 命さんについては1年間限定だが、ベル君たちが18階層まで進むこととなった、かつての一件にたいして何も返せていないからとわざわざ移籍してくれた。

 なお、アイズさんとの訓練の際に、オーナーさんに食材の手配を頼んで、ジャガ丸くんを作って持っていくことにした。屋台のものは揚げたてが最高においしいタイプだったが、今回のは冷めてもおいしいタイプだ。

 アイズさんは違いを見抜き、とても喜んでくれた。ただ、アイズさんとティオナさんの食べる量を甘く見積もっていて、もっと欲しそうにしていたので、少し増量の必要がありそうだ。

 

 ホームに襲撃があってから3日後、戦争遊戯(ウォーゲーム)は3対3の団体戦となることが決定した。1人ずつ戦って、先に2勝したファミリアが勝ちになる形式だ。

 フルメンバーの攻城戦とかなら、天駆と魔刃砲で無双することを考えるレベルの戦力差だったから、それに比べると幾分マシか。少なくとも、この試合形式なら、オレが全力を出す意味はほとんどなくなったと考えていい。

 欠点としては、オレだけで勝利を掴めないことだけど、ベル君がグングン伸びている。どうにかなるはずだ。

 ヘスティア様にこの手の配置について聞いたが、先鋒が一番弱く大将が一番強い配置が基本だそうだ。それを踏まえて、ヘスティア・ファミリアの代表は、先鋒、命さん、中堅、ベル君、大将、オレとなった。

 命さんは武術の神、タケミカヅチ様の指導を受けただけあって、武器の扱いや対人戦に長けている。ベル君はステイタス面での急成長が期待できるため、多分命さんより強くなるだろうと中堅に配置した。大将は、恐らくアポロン・ファミリアのレベル3の団長とやりあうはずなのでオレとした。

 レベル3の団長は無視して、先に命さんとベル君でファミリアの勝利を決めるという作戦を伝えてあるので、特に問題なくこの順番になった。

 相手の並びは読めないが、多分、弱小ファミリアと思っている以上、特に策を弄さず、スタンダードにくると思う。

 

 ヴェルフはベル君とオレ用の軽鎧を作ってくれるそうだ。材料代として以前の屋台の儲けからいくらか渡しておいた。魔力鎧スキルを見せて、オレの鎧は魔力と相性をよくしてくれとオーダーしておいた。ベル君を優先させてくれ、ともいってある。こちらに移籍したばかりで悪いが、ヘファイストス様の知識を分けてもらう必要があるかもしれない。

 命さんはタケミカヅチ・ファミリアで対人戦の特訓をしている。武術の神による特訓だ。効果は期待できるだろう。

 リリは主に、相手の情報を集めることに精を出している。変身の魔法を使っているとはいえ、あまり無茶はしてほしくないんだが……。

 オレとベル君は引き続き、アイズさん達に鍛えてもらうこととなっている。

 力の制限は十分できているが、技術に関しては抑えるつもりもなく全力で取り組んでいる。ティオナさんには、最初はかなり驚かれたが、面白がって色々試してくれるのは助かる。

 なお、夜の魔力の扱い方の講座はリリはお休みして、ベル君の魔刃の精度を高める訓練を集中して行っている。かなり安定して魔刃を使えるようにはなっているが、まだまだ精度は高められるはずだ。

 そんな風に日を重ねて、戦争遊戯(ウォーゲーム)開催の日を迎えた。



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33話:愚者の意地

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の会場である闘技場は満員だ。これに加えて、普段は使うことを禁じられている神の力でオラリオ中に中継するらしい。

 一般人にとっては数少ない冒険者の力が観られる機会ということもあるのだろうけど、思っていたより、娯楽色が強い。

 オレたち、ヘスティア・ファミリアは現在、控室で、装備の最終確認を行っている。

 オレのステイタスは、基本アビリティの器用と魔力がHになったがほかはIのままだ。だが、特に問題はないと思う。

 ベル君のステイタスは、全ステイタスSSという状態だ。これならレベル2相手ならまず負けないだろう。

 装備に関しては、ヴェルフが軽鎧を新たに作ってくれたのだが、これがなかなかいい感じだ。性能や重さ、着け心地、といったものもいいのだが、オーダー通り魔力との相性が良好なのがうれしい。魔力鎧で強化するのが簡単なのだ。

 外見は、ベル君が付けている白い軽鎧と対になるかのように黒い軽鎧だ。

 名前は烏鎧(カーキチ)だそうだ。……名前以外はほんといい性能なのにね。

 ベル君の鎧も新調し、兎鎧MK-IV(ピョンキチ マーク4)になってたはずだ。

 

「そろそろ時間だぜ、3人とも。大丈夫か?」

 

 ヴェルフが問いかける。

 

「はい。必ず勝ちます!」

 

 両手を握りしめながら命さんは答えた。かなり気合が入っているようだ。

 

「僕もがんばりますよ!」

 

 ヘスティアナイフに軽く撫でつつ、ベル君が答える。

 

「オレも問題ないよ」

 

 軽く肩を回しながら答えた。

 

「負けんじゃねぇぞ!」

「無事に帰ってきてくださいね、リリは勝利を信じています!」

 

 リリとヴェルフの声援を受けて、オレたち3人は舞台へと向かった。

 

 

「今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を務めさせていただきます喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は火炎爆炎火炎(ファイヤー・インフェルノ・フレイム)。以後お見知りおきを」

 

 ……しかし、神々はひどい二つ名をつけるものだ。オレにはどんな二つ名がつくのか考えると嫌になる。せめて、リトル・ルーキーのような無難な二つ名であってほしい。この際、奇跡の料理人でも妥協する。

 

「さぁ、まずは、西門から登場するのは、ヘスティア・ファミリアです。先鋒は絶†影ことヤマト・命選手、中堅はリトルルーキー、ベル・クラネル選手、そして大将は今回の騒動の原因ともなった奇跡の料理人、サトゥー選手です!」

 

 騒動の原因は、あの変態神であって、断じてオレではない。

 

「絶†影ちゃ~ん!!」

「やっちまえ!リトルルーキー!」

「サトゥー!またジャガ丸くんを作ってくれー!!」

 

 オレの声援だけなんかおかしいぞ。

 

「サトゥー選手は、一時期ジャガ丸くんの屋台を開いておりました。私も食べましたが、素晴らしい味でしたね。また、屋台を開いてほしいものです」

 

 実況まで料理ネタか。

 そんな実況を聞きながら、審判の待つ舞台のそばまでたどり着いた。

 

「東門からは、アポロン・ファミリアの入場です。先鋒は、ダフネ・ラウロス選手!中堅がなんと団長、ヒュアキントス・クリオ選手!大将がリッソス選手となっております!」

 

 げ、中堅にレベル3を持ってきたか。

 参加選手はリリの情報通りで、ある程度の相手の情報も聞いているが、順番が違う。

 相手の情報を仕入れただけでリリは十分な仕事をしたと言えるが……。

 直前に変えたのか?

 というか、ベル君がレベル3相手になるのか……。

 

「解説のガネーシャ様、この組み合わせからどういったことが読み取れますか?」

「俺がガネーシャだ!」

「……両チームとも中堅に、最大戦力を持ってきていますね。こちらの勝敗がファミリアの勝敗に大きく影響するかと思われます」

 

 解説役の神、ガネーシャを無視して実況の人が喋り始めたぞ。

 

「ただ、中堅戦だけはレベル差があるからな。レベルが1つ違うということは大きな壁があるということだ。ヒュアキントス有利と見るのが普通だろう。

 だが、ベルも最速のランクアップ記録を持つ少年だ。あるいはその成長でヒュアキントスをも倒すかもしれん」

 

 おっと、意外に真っ当な解説が付け加えられた。

 

「は、はい。そうですね。ヘスティア・ファミリアには是非、健闘してほしいものです!」

 

 解説の人もちょっとびっくりしてるじゃないか。

 

「先鋒前へ」

 

 舞台上の審判がそう促した。

 

 命さんとダフネさん。女性同士の対決となった。能力的には若干、ダフネさんのほうが有利だったが、ダフネさんにない技術でもって命さんが食らいついた。

 一進一退の攻防の末、最終的には、円月投(ミカヅチ)なる太ももで相手の顔面を挟みこんで、頭から地面に叩きつける投げ技で決着がきまった。

 女相手じゃなかったら繰り出せない投げ技だね。

 

「素晴らしい投げ技でした!まずはヘスティアファミリアが一勝です!!」

「うむ。素晴らしい試合だった!俺がガネーシャだ!」

 

◆◆◆

 

 命さんが勝った!次は僕の番だ。

 リリが集めた情報によると、相手は、短文詠唱の魔法はない。魔力の円盤を投げる魔法があるそうだが、そこそこ長い詠唱があるので使うことはないだろうとのことだ。

 とはいえ、能力だけでも、頬を殴られた時の動きがまったく見えなかったレベル3が相手だ。僕に勝てるのか?

 

「ベル君、相手はレベル3だ。危ないと思ったらすぐギブアップしてくれ。オレの相手はレベル2だし、自分の手でケリをつけるのもありだと思う」

 

 サトゥーさんが僕を心配するように声をかけてきた。

 神様とサトゥーさんは、組み合わせについて、命さんと僕で2勝し、レベル3である団長は捨てると言っていた。

 けれど、今になって思えば、サトゥーさんは、始めから自分で団長を倒すつもりだったのかもしれない。

 アイズさんとティオナさんを相手取ったあの技術。速度は僕より遅いはずなのに、不思議と先を読み、僕より長い時間、攻撃を受けることなく戦っていた。攻撃を受ける際も、クリーンヒットはなく、必ずダメージを軽減した状態で受けていた。

 クリーンヒットを受け、何度も倒れて愚者足掻(フールズストラグル)で回復し、起き上がる僕とは大違いだ。

 きっと、僕が負けても、言葉通りサトゥーさんがファミリアの勝利を決めるのだろう。

 ……でも、それは嫌だ。僕は仲間を守れる男になりたい。

 

「大丈夫ですよ。いつもサトゥーさんにはお世話になってますし、今回くらい僕に決めさせてください」

 

 そう言って、舞台にあがる。

 

「まさか、ヘスティア・ファミリアごときに1敗するとは思わなかった。

 ただ、私とお前は文字通りレベルが違う。最後の一人はただの料理人だ。

 ファミリアとしての勝敗は火を見るよりも明らかだ」

 

 頭に血がのぼりそうになるが、神様が言っていたことを思い出し、なんとか抑える。

 黙って、右手に神様のナイフを、左手にヴェルフが作った牛若丸二式を構える。

 団長は不快そうに、フランベルジュを構えた。

 

「試合開始!」

 

 僕は宣言とともに、相手に向かって駆け出した。何故か、相手が驚いたような表情を浮かべる。

 様子を見るために軽くナイフを振るうと、相手はフランベルジュで防御した。右に飛び退いた後、再び近づき、左右のナイフで連撃を仕掛ける。防御はされたが、速さは若干、僕が勝っているようだ。

 アイズさんやティオナさん、サトゥーさんを見て学んだフェイントを入れつつ、相手の隙をうかがう。ギリギリ防御はされるが、僕が押している。

 だけど、アイズさんは、こういうときこそ、冷静に相手を見極める必要がある、と言っていた。

 

「何なんだお前は!私はレベル3だぞ!?」

 

 相手が明らかに隙を見せた。牛若丸二式をフランベルジュに叩き込む。キチンとした防御ができなかったフランベルジュは根元から真っ二つだ。

 団長は一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐさま表情を切り替えた。すぐに、予備武器の短剣を抜いたので、追撃はできなかった。しかし、剣よりは慣れていない印象がある。冷静になって、隙をつけと自分に言い聞かせる。

 

「う、おおおおおおっ!?」

 

 数度の攻防の後、相手は短剣を足元に振り下ろした。

 舞台がえぐられ、石つぶてが飛ぶ。僕は後退して回避したが、相手も同様に後退した。

 距離をとって何をするつもりだ?

 

「貴様ごとき弱小神の眷属が、偉大なる太陽神より与えられし魔法を受けて立つことなどできはしまい!

 ゴミのような眷属ばかりのファミリアでは、皆、逃げることが精一杯だろう!」

 

 挑発だ。わかっている。この狭い舞台上で魔法を詠唱するには戦闘しつつ並行詠唱をできる高位の魔法戦士でないと無理だ。そのための挑発だ。落ち着け。自分に言い聞かせる。

 

「ファイヤボルト」

 

 僕は魔法を使った。

 ……ただし、相手の足元に向かってだ。

 

「くっ!」

 

 驚きの声をあげる、相手に僕は言った。

 

「詠唱を止めるのは簡単だ。だけど、僕は邪魔はしない!

 魔法を撃ってこい!真正面から受けて立ってやる!!」

 

 馬鹿なことはわかっている。

 神様も呆れているかもしれない。

 けど、言わざるえなかった。

 やっぱり、神様を、家族を、馬鹿にされて黙ってられなかった。

 僕は仲間を守れる、大切なものを守れる男になりたい。

 想いを貫き通す英雄みたいな男になりたい。

 僕は。

 英雄に、なりたい。

 

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ」

 

 怒気を含んだ声で団長が詠唱を開始した。

 僕も牛若丸二式をしまい、ヘスティアナイフで突きの体勢を取り、魔力を流し込む。

 

「我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ」

 

 僕は、あの人への憧れを燃やした。そして強くイメージする。

 

「放つ火輪の一投。来たれ、西方の風!」

 

 思い描いたのは英雄ナナシ。

 絶望を打ち貫いた一撃。

 究極の魔刃。

 あの巨大な光槍が放つ光と比べればかなり弱弱しい。

 同じというにはおこがましい。

 けれども、僕の精神力(マインド)をほぼ全てを使い、紫紺に光輝く突撃槍を作り出した。

 

「アロ・ゼフュロス!!」

 

 右手に魔力を凝縮させ、光円を円盤投げのように投げつけてきた。

 同時に、僕は全力で地面を蹴った。

 

「うわあああああああああっ!!」

 

 人の上半身ほどもある巨大な光円に、紫の光槍がぶつかる。

 ほんの一瞬の均衡の後、光の槍の先端の魔刃が制御しきれずに砕ける。

 しかし、光円全体も粉々に砕け散った。

 

(ルベ)……!?」

 

 リリの情報にはなかったが、光円を強化する追加の詠唱なのかもしれない。しかし、砕いた以上もう意味はない。先端が失われ、槍というより鈍器になったが気にせず、突撃の勢いのまま、隙だらけの相手に魔刃の一撃を加えた。

 相手は場外まで大きく吹っ飛び、数度跳ねた後にようやく止まった。

 妙に静かだ。僕の荒い息だけが耳に響く。

 

「まさか、まさかの大番狂わせ!レベル2ベル・クラネルがレベル3ヒュアキントス・クリオを降した!そして、この勝利により、ヘスティアファミリア対アポロンファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)は、ヘスティアファミリアの勝利に決まった!!」

 

 実況の声と同時に爆発するような歓声が聞こえた。

 その声を聞き、緊張が解けたのか、少し力が抜け、片膝をついてしまった。

 精神疲労(マインドダウン)ギリギリまで魔力を注ぎこんだから、その反動かもしれない。さいわい、倒れるほどではない。すぐに立てる程度だ。

 

「おめでとう。それと、ありがとう。これでヘスティアファミリアのままでいられるよ」

 

 サトゥーさんが駆け寄って、僕を支えるようにしつつも、そう言ってくれた。

 

「サトゥーさん、僕は、少しは、借りを返せましたか?」

 

 僕は荒い息のまま、サトゥーさんにそう尋ねた。

 

「ベル君に貸しなんて作った覚えはないけど、とても助かったよ。

 ありがとう、ベル君」

 

 少し気恥ずかしそうな笑顔でサトゥーさんはそう言った。いつも微笑を受けべているサトゥーさんのこういった表情は初めて見たかもしれない。

 

「それより、立てるかい?

 ほら、観客がベル君に声援をくれてるよ!」

 

 一つ咳払いをして、ごまかすように、サトゥーさんがそう言った。

 周りを改めてみると、たくさんの人がいる。戦う前は全然気にならなかったのに、今になって急に恥ずかしくなってきた。

 

「正直、ファイアボルトの連射で決めてほしかったけど、あの一撃はかっこよかったよ。

 英雄みたいに堂々と手でも振ったらどうだい?」

 

 サトゥーさんが、からかうようにそう言った。

 僕は、顔が熱を持ち、赤くなるのを自覚しつつ、観客に向かって頭を下げた。




◆ヴェルフ
決意する前にナナシが黒ゴライアスを倒したため、魔剣に関しての踏ん切りがついていない。
仮に魔剣を作れる状態だとしても、闘技場の戦いで魔剣を持ちだしたら周囲の視線が凄まじいことになりそうなので、使わないはず。
今作では、主に防具を作成に全力を注ぐ。
原作だと、兎鎧MK-IVはグリーブなしだが、今作は存在する。
烏鎧は、兎鎧と比べると防御力が若干低く、少し重いが、その分魔力との相性はいい。

◆リリ
リリの情報収集自体に間違いはなかった。
ただ、直前にどっかの神がちょっと暗躍しただけ。


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34話:新たなホーム

 戦争遊戯(ウォーゲーム)からしばらく経って、オレ達ヘスティア・ファミリアは、変態神(アポロン)から奪い取った館を改築した新たなホームに、引っ越し用の荷物を持ち、向かっていた。

 なお、変態神(アポロン)はファミリア解体と財産没収、オラリオからの追放となり、100名近くの無所属冒険者が誕生したことになる。

 主神である変態神(アポロン)が喧嘩を仕掛けてきたことが原因だ。甘んじて受け入れてもらおう。

 ベル君と戦った団長は変態神(アポロン)に頭を下げ、命で贖おうとしたそうだが、変態神(アポロン)にそれを止められ、オラリオから出奔してもついていくことを誓ったそうだ。他にも団長についていく者がいたらしい。

 ただ、変態神(アポロン)が無理矢理ファミリアにしたものもそこそこいるため、喜んでいる者も結構いるというのは変態神(アポロン)の業の深さを感じるね。

 

「わぁ……!」

「どうだい、今日からここにボク達が住むんだぜ!?」

 

 庭付三階建ての豪邸だ。庭付きで周囲を鉄柵で囲まれている。100名を超えるファミリアが暮らしていた館だ。馬鹿みたいにデカい。

 

「ヘファイストスにボロい地下室を押し付けられてから、よくぞここまで……!」

 

 ヘスティア様が男泣き(女泣き?)をしている。

 たしかに、あの地下室から考えれば大きすぎる飛躍だ。あの教会にはなんだかんだで思い入れもあったが、こうして広い屋敷に住めることは素直に嬉しい。

 ゴブニュ・ファミリアが改装を担当し、各自の要望をキチンと叶えてくれたそうだ。

オレの要望は、主に調理室絡みだ。風呂は命さんが要望したようなので、こちらからは特に言っていない。

 

 キッチンを確認すると、大型冷蔵庫に、業務用の魔石コンロ、大きなオーブンに、各種特殊な包丁などなど、要望以上の道具の揃いっぷりだ。

 これから入団試験を受ける人達に、軽食でも振るまってやれとのヘスティア様の指示があったので、ソーマ様の厨房を借りて前もって仕込んでおいた食材を、新たな厨房で仕上げにかかる。

 今回はツナっぽい魚と自家製マヨネーズとレタスなどの野菜を巻いたクレープだ。

 配膳用のワゴンがあったので、100人分を乗せて前庭に向かうと、もうすでに結構な人数が集まっていた。

 

「見てくれよ!サトゥー君、ついに零細ファミリア脱出だよ!」

 

 ヘスティア様が嬉しそうにペシペシとオレの背中をたたく。

 

「お、おい。奇跡の料理人がなにか持ってきてるぜ」

「クレープか?」

「葉物野菜が見えるぞ」

 

 入団希望者を見回すといかにも戦士風の剣と盾を持った冒険者や旅装の者、サポーターのような大きなバッグを背負った者がいた。これらはわかる。

 ただ、何故かコックコートを身にまとった料理人が混じっている。いや、あなたたちは何しに来たのかな?

 

「料理でランクアップしたお前目指して、料理人まで来てるぜ、サトゥー」

 

 うん。そう思いたくなかったけど、そうなんだろうね。

 神の酒と対抗できる料理ということで、弟子入り希望とかなんだろうね。

 

「さて、今日はヘスティア・ファミリアの入団試験によく集まってくれたねっ!ボクはこんなにたくさんの子が集まってくれて嬉しいよ!

 来てくれた子にはサトゥー君が作った軽食をプレゼントしよう。今回だけの特別だぜ!」

 

 入団希望者から歓声が上がる。

 クレープを配ると早速嬉しそうにかぶりつく。

 

「ヘスティア・ファミリアに入ったら、毎日こんな料理が食べれるんですか?」

「特に用事がないときは大体オレが作ってるよ。

 洒落た料理だけじゃなくて、質素な時も結構あるから食べ物目当ての入団はオススメできないけどね」

 

 入団希望者が聞いてきたので、クレープを配りつつも答える。

 

「おい、聞いたか、奇跡の料理人のお手製料理が食えるんだぜ!」

「この美味しい料理が食べられるなら、気合い入れないとね!」

 

 あれ、この人たち話を聞いてないよ?

 

 配り終わって一息ついていると、ベル君が声をかけてきた。

 

「サトゥーさん、すごい人気ですね!」

「ベル君こそ、最速のレベル3だからね。ほら、あの子たちを見てごらん。ベル君のことを憧れの眼差しでみてるよ」

 

 ベル君は変態神との闘いで偉業を成し遂げ、ランクアップを果たした。最速のランクアップを2回。

 それに、戦争遊戯(ウォーゲーム)はオラリオ中で神の力をもって中継された。魔法を真正面から打ち破ったあの一撃は大きな反響を呼んだ。ファンくらい増えるだろう。

 一方、オレは料理をしてランクアップ。

 ファミリアとしての勝敗は決したが、数少ない冒険者の力を示す機会ということで大将戦も行われた。ただし、先読み:対人戦スキルを使って、隙を見せるタイミングで相手の首元に剣を置いたため、10秒くらいの決着だ。

 すでにファミリアの勝敗が決した後だったので、技術について秘密にするか迷ったが、ベル君がアレだけ意地を見せて適当に戦うのもどうかと思ったので、技術だけは全力で戦った。

 見る人が見ればわかるかもしれないが、料理人がマグレ勝ちしたという見方が多い。

 

「頑張ってくれよ、団長さん」

 

 オレは顔を赤くしたベル君にそう声をかけた。

 オレは帰り方がわかれば一時的に抜けるということもある。

 ベルくんは、ヘスティアファミリア唯一のレベル3、かつ移籍ではない元々の眷属ということで、ヘスティア様の指名もありヘスティア・ファミリア団長となった。

 なお、レベル3に上がると同時に、英雄願望(アルゴノゥト)なるスキルが発動していた。どうも、スタミナとMPをチャージして一撃の威力を高めるスキルらしい。撃った時に反動が大きいが、愚者足掻(フールズストラグル)の自動回復との相性はいいはずだ。

 英雄願望(アルゴノゥト)という名を聞いた時は、愚者足掻(フールズストラグル)の時と同様に、ちょっと落ち込んでいたらしいが……。

 少し照れたようなベル君を見ていると、屋敷から命さんの叫び声が聞こえた。

 

「ど、どうしたんだい、命君?」

「に、に、荷物の中から……借金4億ヴァリスの契約書がぁ――――――!?」

 

 ヘスティア様とヘファイストス・ファミリアの間で交わされた借金の契約者が入団希望者の前に掲げられる。

 オレは自室に置いた魔刃剣アイリスを思い浮かべつつも、ベル君の腰に差してあるナイフに目を向ける。

 魔刃剣アイリスが誰が作ったかは聞いてないが、神が絡んでいることは間違いないだろう。ヘスティアナイフは言うに及ばず。

 神自ら作り、神血(イコル)を付与した武器だ。1振り2億ヴァリスも頷けるね。アイズさんのデスペラードがたしか、9900万ヴァリスとか聞いたっけ。うわ、レベル6が使ってる装備より高いのか。さすが、神様の武器だ。

 そんな風にまるで他人事のように考え現実逃避していると、ベル君があまりの衝撃に意識を失った。慌てて、ベル君を受け止める。

 そして、入団希望者から阿鼻叫喚の絶叫が放たれ、皆、逃げるように去っていった。

 

 

「どーいうことですか!説明してください!」

 

 リリの声が新しいホーム1階のリビングに響く。

 神様を含めファミリア全員がここにいる。

 ヘスティア様は、オレの剣とベル君のナイフの対価として借金をしたと説明した。

 

「先ほど街に出て偵察してきましたが、ヘスティア・ファミリアは借金漬けの爆弾ファミリアだと、そう認知されています」

「それは、ともすると……」

「ええ、もう入団希望者は現れないでしょう」

 

 空気がさらに重苦しいものとなる。

 

「派閥の資産は、少しは残っていますが、派閥のランクは一気に上がってEランク。ギルドへ納める税も上昇します。年間で100万ヴァリスは用意しないといけないでしょう」

「屋台の利益がかなりの額だったから、いざとなれば本格的に料理人に転職すればどうにかなるだろうけど……」

 

 あまり、ベル君たちを放置したくないんだよね。どうも、トラブルに巻き込まれやすいみたいだし。

 

「か、勘違いしてもらっちゃ困る!これはボクの借金さ、ボクが自分の手で返す!いや、ボク一人で返さなきゃいけないんだ!!」

「でも、借金までして、このナイフをくださったんですよね?」

 

 ベル君はナイフを優しく手でなぞった後、神様の目を真っ直ぐに見る。

 

「神様……僕は一緒にお金を返していきたいです」

「オレも、同じ気持ちです」

 

 貰った以上、さすがに返さないといかないだろう。

 魔刃剣はいい剣だ。色々剣を見て回ったが、剣としてのバランスで魔刃剣を超える剣はそうそうない。

 ヘスティア様は苦笑して、ベル君がプレゼントした髪飾りを弄り出す。やがて、微笑んで結論を出した。

 

「お金はボクが何年かかっても必ず返す。だからベル君達は……こんなボクを倒れないよう支えてほしい。……借金まみれの主神で悪いけど……いいかなぁ?」

「も、もちろんです!」

 

 オレも他の眷属もそれに続いた。できるだけ安くて美味しい食事を用意しよう。

 

「では、ヘスティア・ファミリアの現状と方針の確認です。目下、目標は十分な生活費の確保と、ギルドへの税に備えた貯金。これ以上借金を増やさないため、資金集めは必須です」

「今後の派閥の活動も、迷宮探索が主導というわけですね」

「オレの屋台はまた時期を見てってことで。オレもヘスティア様にもらった魔刃剣が錆びつかない程度にはダンジョンに潜りたい」

 

 さすがに、あれだけのお金がかかった魔刃剣を死蔵して料理人に転職するのもね……。

 

 夕食は、様々な具材が詰まった豪華なお鍋にした。

 言葉にしていないが、個人的には、ヴェルフと命さんの移籍祝いも兼ねている。今まで、宿住まいだったせいで、基本、オレが食事を作らなかったしね。ヴェルフのためちょっといい酒を用意し、命さんのため締めは雑炊にしてみた。

 鍋を作っている最中に、家族で鍋を囲んだことを思い出した。少しぼんやりと昔を懐かしんでいたら、料理を手伝ってくれていた命さんに腕を揺すられた。

 自分としては、ほんの10秒足らずのつもりだったが、命さんが声をかけても反応がなかったらしく、心配したそうだ。

 自分で思ってたよりもホームシックなのかな?

 アラサーで結構一人暮らしも長いから、自分ではあまり気にしていないつもりなんだけど……。

 なお、結構いい食材を使い浪費をしている点がリリに睨まれたが、前もって用意していたものだ。仕方がない。

 皆で笑いあいながら鍋を囲んでいると、ヘスティアファミリアが新しい家族なんだと思える。日本に未練はなくはないが、オレの居場所はここだ。

 にぎやかな食卓は夜遅くまで続いた。




◆ベル君のランクアップ
ミノタウロス戦では、英雄というより身近な存在に負けたくないという思いが強かったために、愚者足掻(フールズストラグル)が発現しました。しかし、ナナシに出会い、英雄への憧れが強くなり、団長戦で英雄になりたいと自覚し英雄願望(アルゴノゥト)が発現しました。

◆今後
以前、感想での返答でも少し書きましたが、今作はダンまち7巻で最終となり、オレたちの戦いはこれからだエンドになる予定となっています。
あまり、サトゥーが大活躍、といった感じにはならないかもしれません。
多分、あと5,6話くらいかと思いますが、よろしければお付き合いください。


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35話:歓楽街

 翌朝、タケミカヅチ・ファミリアの千草さんが、命さんを訪ねてきた。その後の命さんは明らかに様子がおかしかった。ベル君やヘスティア様と同じく隠し事が下手な人のようだ。

 その夜、こそこそと隠れて外へ出ていく命さんを、リリ、ヴェルフ、ベル君、オレで追うこととなった。

 マップを見ながら命さんの向かった方向を確認するが、千草さんと合流したのち、娼婦達が集まる歓楽街に向かっている。

 女性二人でどこに向かってるんだ。

 

「ベル君は戻ったほうがいいんじゃない?」

「え、なんで?」

「いいから聞けっ。お前にはまだ早い」

「むしろ、ベル様が来ていい場所ではありません!」

「そんな、今更なんで……あ、命さんたちが行っちゃうよ」

 

 結局、ベル君も歓楽街に足を踏み入れることになってしまった。色っぽい女性を目の前にしてベル君は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

 

「ここの匂いは、どうも慣れないな……」

 

 そういいながら、ヴェルフは顔をしかめる。ヴェルフは抵抗なく利用しそうと思っていたが、そうでもないらしい。

 オレがたまにアマゾネスのお姉さんにお世話になっていることを知られたら、結構な目で見られるかもしれないね。

 そうこうしているうちに、ベル君が迷子になりかけたので、命さんたちを追うのはヴェルフたちに任せて、ベル君の面倒を見ることになった。

 

「ベル君には刺激が強すぎるみたいだし、とりあえず、ここから出ようか?」

「わ、わかりました」

 

 素直に従ってくれたベル君を歓楽街から外への道へ案内していると、何度かお世話になったアマゾネスのお姉さんのアイシャさんに出会った。

 

「サトゥーじゃないか。ん……?

 そいつは、リトル・ルーキーじゃないか」

「ええ、少々事情がありまして、歓楽街の道を通ったのですがこの子にはまだ早すぎたようです」

 

 アイシャさんは品定めをするようにベル君の顔を覗きこむ。

 

「この子に手を出すのはやめてくださいね。色々と純粋な子なので」

「そういう子と楽しむのもまた一興さ」

 

 ベル君は顔を真っ赤にさせる。

 

「からかうのもそれくらいにしてあげてください。さ、いくよベル君」

 

 ベル君の手を引いて歩きだすと、後ろから声がかかる。

 

「次はいつ来るんだい?」

 

 ベル君と一緒の時にそういう質問は止めてほしいんだけど……。まぁ、いくらベル君でも今までの話で察しているよね。

 

「最近、戦争遊戯(ウォーゲーム)や引っ越しで忙しかったですからね。時間ができたらお邪魔しますよ」

 

 そう言って、アイシャさんと別れた。

 ベル君とオレは無言で歩き、歓楽街の外へたどり着いた。

 

「ここまでくれば、一人でホームまで戻れそうかい?」

「あ、あのサトゥーさんは……その……」

「アイシャさんには、何度かお世話になったよ」

 

 さすがにごまかせそうにないため、正直に言った。

 

「………」

 

 ベル君は顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 

「まぁ……嫌がっている人を無理矢理ってわけでないから、あまり気にしないでほしいかな?

 むしろ、あっちから誘われたくらいだし」

「……普通のことなんでしょうか?」

「いや、だらしない男扱いされちゃうね。ベル君は真っ直ぐなままでいてほしいかな?」

 

 ベル君に悪い影響を与えたくはないんだよね。今更感はあるけど。

 

「とにかく、先に戻ってて。ヴェルフ達がオレ達を探してるかもしれない。ヴェルフ達にオレから話しておくよ」

「わ、わかりました」

 

 そうして、ベル君はホームへ向けて移動し始めた。

 

 ベル君を見送って、歓楽街を歩く。洋風の建物、アラビアンっぽい建物、娼婦の衣装も様々だ。

 マップを元にヴェルフ達の下に向かう途中、和風っぽい建造物が現れ始めた。いや、和風なのだが、壁が綺麗な朱色に塗られている。

 オレの想像する木材の茶色と漆喰の白、瓦の灰色から構成される日本家屋のイメージとはちょっと違う。遊郭ってこんな風なデザインなんだろうか。別に日本家屋に関して、詳しいわけでもないからよくわからない。

 辺りを見渡すと、提灯が吊るされ、着物を着た女性が歩き、街路樹として青い桜が植えられている。青い桜ってなんだよとは思うが、目が離せない。

 プログラマーとして働いていた時は、こんな日本らしいものとは縁遠いものだったが、懐かしいと思うのはなんでなんだろうね。

 辺りを眺めているとふと、田舎の祖父(じい)さんの家の近くの神社を思い出す。遊郭の朱色と神社の朱色を同じものとするなんて、神様に怒られそうだけど、連想してしまったものは仕方がない。

 

 ―――ようやく……繋がった

 

 おかしな声も聞こえた気がするが、そのままあたりを眺めていた。

 ぼんやりとしていると、不意に肩を揺すられた。

 

「サトゥー君、サトゥー君?」

 

 ヘルメス様がオレを肩を揺すっていた。

 

「……あ、ああ。ヘルメス様ですか」

 

 マップにマーキング済みのヘルメス様の接近に気付かず、あまつさえ、声をかけられても気づかなかったようだ。我ながら少しぼんやりしすぎだ。

 

「どうしたんだい?ぼうっとして」

「いえ、建物がどことなく故郷に似ているなと思って、懐かしんでいました」

「……サトゥー君は極東出身なのかい?」

「いえ、そういうわけではありませんが、雰囲気が似ているというか」

 

 危ない。探りを入れて来ているぞ。話を逸らすんだ。

 

「ヘルメス様こそ、どうしてここに?」

「サトゥー君、歓楽街(ここ)でそんな野暮なことを聞いちゃ駄目だぜ?」

 

 薄く笑いつつも、ヘルメス様はそう言った。

 

「それもそうですね。私がヘルメス様にあったのも夢かなにかでしょう」

「わかってらっしゃる。ほら、これはオレからの餞別だ」

 

 イイ笑顔を浮かべたヘルメス様から小瓶を渡された。

 

「これは?」

「精力剤さ」

 

 おおう。別にこれに頼るほどの年でもないんだけどなぁ……。

 

「それじゃあサトゥー君!お互い楽しい夜を過ごそうぜ!」

 

 弾んだ声でそう言い、ヘルメス様は軽い足取りで去っていった。とりあえず、精力剤はストレージに送っておこう。

 さて、いい加減本来の目的だった、ヴェルフ達の合流を果たそうか。

 

 

 

「探してもらったみたいで悪かったね」

 

 マップを見て近づいたヴェルフ達にそう声をかける。

 

「ベル様は?」

「先に歓楽街の外まで送ったよ。また、はぐれても困るし、ベル君にはあまりいい場所でもないしね」

 

 リリが焦った様子で声をかけてきたので、答えると、安心したように胸をなでおろした。

 

「それで、そっちの状況を説明してくれるかい?」

 

 命さんのほうを向いて問いかけた。

 知り合いがいたと聞いたから、女性陣だけで探しに来たとの回答が得られた。春姫という名と狐人(ルナール)という種族も聞いたのでマップから検索をかける。

 さきほどいた和風っぽいエリアにいるが、レベル1でイシュタル・ファミリア所属となっている。

 

「ツテがあるから、オレのほうで探ってみるよ」

 

 リリが胡乱げな目でオレを見てくる。

 

「屋台を開いた時にこのあたりに詳しそうな神様と知り合えたから、女性が喜びそうな甘い菓子と引き換えに教えてもらうだけさ」

 

 本当はマップで位置を把握したのだが、それっぽい嘘をついておく。

 

「とりあえず、いい加減、この町から出よう。余計な誤解を招くようなことは避けようぜ」

「じゃ、先に帰っててくれ。今から接触してくるから」

 

 ヴェルフが町から出る提案してきたので、オレはクッキーの小袋をポーチから取り出しながらそう言った。

 

「サトゥー様は少々準備が良過ぎではありませんか?」

「ダンジョンのおやつに持っていったクッキーを入れっぱなしにしてただけだよ」

 

 リリが睨むような表情でこちらを見てきたので、言い訳をする。ポーチではなくストレージに入れっぱなしなんだけどね。

 ヴェルフ達と別れ、とりあえず、春姫さんに直接接触してみるか、と遊郭に向かい指名してみた。部屋に通され、しばらくすると、長い金髪に狐耳、狐の尻尾に赤い着物を纏った女性が現れた。

 

「今宵、お相手をさせていただきます、春姫と申します。可愛がってくださいませ」

 

 三つ指をついていた彼女は顔を上げ、そういった。ポップアップする情報でも間違いないみたいだ。

 彼女と向かい合って座ると、お付きのアマゾネスの女性が酒と盃を乗せたお膳を置いた。さすがにこんな高そうな店は利用したことがないので、勝手がよくわからない。

 同じファミリアが探していた人とそういうことするつもりはないけど。

 

「さ、まずは一杯」

 

 盃に注がれた酒を口に含む。辛口の日本酒のようだ。こっちにもあるのか。日本酒。こんど自分用に買っておこうかな。

 

「よろしければ、少しお話しをしませんか?」

「ええ、よろこんで」

 

 あちらから話しかけてくれたので、喜んで返事する。

 

「実は先ほど、貴方様が懐かしそうにジッとあたりに見入っている様子を目にしてしまいまして、……極東のご出身なのですか?」

 

 日本っぽい景色を眺めていた所を見られていたらしい。少し恥ずかしいな。

 

「いえ、故郷と少し似ているなと思いまして。あの青い木はなかなか素敵ですね」

「蒼い桜ですね。迷宮で生えている木だと聞いたことがありますよ?」

 

 そうやって他愛ない話を続ける。なんというか、箱入り娘といった感じだ。命さんも高貴な方と言っていたから、同名の別人、なんてことはないと思う。

 切り出してみるか?

 

「失礼ですが、命、桜花、千草、といった名前に覚えはありませんか?」

 

 ピクリと尻尾と耳が大きく揺れる。わかりやすい。

 

「……そ、その方たちが何か?」

「春姫さんのお知り合いではないのですか?

 彼らはオラリオに来てます。私は彼らにお世話になったので、もしあなたが望んでここにいるわけでないのなら、少々の金銭を払ってでもあなたを自由にしたいと、私は考えています。金銭を用意するのに少し時間はかかりますがね」

 

 借金などで働かされているならと、そう考えて提案してみた。

 

「そ、そんな……でも、私はもう汚れてしまって……あの人達に合わせる顔なんて……」

 

 そう言って、顔を伏せる。少しアプローチを変えるか。

 

「話は変わりますが、奇跡の料理人という名前を聞いたことありませんか?」

「……神様が気に入るような、とても美味しい料理を作る方だと」

 

 怪訝そうな顔をしながらも答えてくれた。

 

「これはその料理人が作ったクッキーです。お詫びにどうぞ」

 

 オレも1枚食べて特に問題ないとアピールしておく。彼女は箱入り娘だから変なものが入ってるなんて発想はしてこないと思うが念のため。

 

「とても……とっても美味しいですっ!」

 

 春姫さんは可愛らしい曇りのない笑顔でそういってくれた。

 

「……命さんたちに会ったら、今の笑顔を見せてあげればそれでいいと思いますよ?」

 

 我ながら、気障ったらしい。日本っぽい懐かしい風景で少しおかしくなったのかもしれない。

 

「……っ!……でも……イシュタル様は……私を逃がさない……」

 

 反応は悪くないとは思うんだが、訳アリっぽいし、少し急ぎ過ぎたか。いきなり来て、話す内容でもなかったな。反省。

 

「申し訳ない。あなたを困らせるつもりはなかったのですが……。

 そろそろいい時間です。今日はここで失礼しますね。残りのクッキーは困らせたお詫びとして、受け取ってください。また、お菓子をもって遊びにきます」

 

 そういって、遊郭を後にした。



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36話:殺生石

 オレは、今、ホームで正座している。

 目の前には両腕を組んで仁王立ちしているヘスティア様がいる。なんというか、ゴミでも見るような目をしていらっしゃる。

 

「歓楽街に行って、朝帰りぃ~?ほら、サトゥー君、申し開きはあるのか~い?」

 

 ヘスティア様にしてみれば、オレがソロにダンジョンに潜って怪我したのではないかと心配していたら、歓楽街で朝帰りだ。怒るのも仕方がない。

 オラリオの神の間でも3大処女神の1柱として有名らしいし、娼婦と寝るといった行為に嫌悪感を抱くのも無理はないか。

 

「昨日、歓楽街に行って、朝帰りしたのは事実ですが、娼婦と寝たりといった変なことはしてませんよ」

 

 “昨日は”変なことはしてない、ということになるが嘘は言っていない。

 

「……神の前では嘘はつけない。サトゥー君は、嘘は言っていない」

 

 ヘスティア様は長い沈黙の後、溜息をつきながら、そういった。

 正直、危なかった。掘り下げられると完璧にアウトの案件だったからね。

 

「ただしっ、歓楽街に行った事は許せない!今日1日、君には罰を与える。それで反省すること。いいね?」

「はい」

 

 神妙そうな表情を作って答えた。反省はするが、また行くと思います。ごめんなさい。

 ヘスティア様とリリが怒りながら出ていったのを確認して立ち上がる。足が痺れたそばから自己治癒が発動するのか、そもそも体のスペック的にそういうのとは無縁なのか、特に足がしびれたということもない。

 

「申し訳ありません、サトゥー殿……」

「気にしないでいいよ。それより春姫さんにあってきたよ」

「こらぁ、サトゥー君!時間はないぞー!」

 

 ヘスティア様がオレを呼ぶ。

 

「すまない。話は後にしよう」

 

 オレに科せられた罰は、新居移転に伴う挨拶用の菓子作りだった。命さんに手伝いをお願いしてもいいかとヘスティア様に問うと許可が出たのでキッチンで菓子を作りつつも、彼女に会ってきた様子を説明する。

 彼女を遊郭で指名したと言った瞬間、視線だけで人を殺せるような凄まじい目で見られたが、さっきのヘスティア様が嘘はついていないといったことを持ち出すと、謝ってくれた。

 

「結局、彼女は望んで遊郭にいないようではあるけど、イシュタル様が逃がさない、だからね」

「イシュタル・ファミリアを倒せば……」

「……それは無理だよ。レベル5もいるし、主な戦闘員はレベル3以上。変態神の所の団長、ヒュアキントス相手に一撃で勝つくらいじゃないと無理だよ」

 

 勝手に突っ走られても困るので、はっきりと言っておこう。

 命さんは眉間にしわを寄せる。

 

「真正面からなんて考えないで、他の方法を考えよう。

 春姫さんはイシュタル様が逃がさないとはいったけど、その執着の理由次第では、代わりのものを用意すれば聞き入れてくれるかもしれない」

 

 命さんが頷いたのを見て、言葉を続ける。

 

「今日の夜も、春姫さんに会いに行ってくるよ。その時に持っていくお菓子をつくろうと思うので、手伝ってくれるかな?」

「それは構わないのですが……私も一緒に行って、一目見たいです」

「止めておいたほうがいいだろうね。女性が女性に会いにいけば目立つだろう?」

「で、では変装すれば!」

「……彼女は、まだ顔を合わせられないと言ってたからね。命さんに会ったら、彼女は動揺して、イシュタル様にバレる可能性がある。もう少し我慢してほしいかな。

 オレだけなら、男が春姫に惚れたで済むと思う」

 

 不承不承に彼女は頷いた。

 

 

 その夜、再び、春姫さんに会いにいった。

 イシュタル様が逃がさないという詳しい理由を聞きたかったが、昨日が急ぎ過ぎていたため、今日は彼女にお菓子を渡してから、ゆっくりと他愛もない話をして過ごした。急ぎすぎて不信感を彼女に抱かれても困るからね。

 どうも彼女は英雄のおとぎ話が好きなようだったので、いくつか日本でみたアニメや漫画から適当に抜き出して話を語って聞かせると、とても喜んでくれた。

 遊郭から出ると、意外な女性が待っていた。

 

「あの娘が最近のお気に入りかい?」

 

 アイシャさんはそう問いただしてきた。

 アイシャさんというアマゾネスの方がよく面倒を見てくれていたと春姫さんは言っていた。何度か一緒に寝て、この人の性格もある程度把握しているつもりだ。ならば、正直に話しても大丈夫だろう。

 

「笑顔がとても可愛らしいですね。可能なら身請けしたい程度には気に入ってます」

「残念ながら、身請けは無理だね。……あの娘は、あんたが作る菓子は気に入ったようだから、また来てやりな」

 

 春姫さんが話したのか、アイシャさんは昨日の内容を知っているようだ。

 春姫さんは知らなかったようだが、さすがに、アイシャさんは奇跡の料理人がオレだと知っているか。

 

「身請けが無理な理由を聞いても?」

「……主神様のご意向だよ」

 

 意向か。彼女に特別ななにかがあるのか?

 珍しい種族ではあるみたいだが……。

 

「主神様も、彼女がお気に入りなんですか?」

「まぁ……そんなところだよ」

 

 残念ながらアイシャさんはこれ以上、話す気はなさそうだ。

 

「仕方ありませんね。またお菓子を作って、彼女の笑顔を見に来ますよ」

「そうしてやってくれ、その前にちょっと付き合いな」

 

 そういって、アイシャさんは歓楽街の外へ向かって歩き出し、人気のない空き地へオレを連れて行った。

 

「さて、アンタの力を試させてくれ」

 

 アイシャさんは訓練用の木剣をオレに投げ渡しながら、そういった。

 

「理由を聞いても?」

「男ってのは、やっぱり強くなきゃいけない。身請けを願い出るようなら特にね」

 

 春姫さんの身請けについて、強さが必要ってことか?

 

「勝てば、春姫さんの身請けができますか?」

「それは無理だ。どうしても欲しけりゃ、イシュタル・ファミリアを敵に回してでも、力づくで持っていきな。

 私に手を出しておきながら、他の女を身請けしたいとか言い出す男の強さを確認したいからこの戦いを持ち掛けたのさ」

 

 そういって、アイシャさんも木剣を構える。

 

「わかりました。お手柔らかに」

 

 戦闘の結果からいえば、攻撃を一回も喰らわなかったが、オレの木剣が壊れて終了だ。

 一応、真正面から受け止めず、武器に負担のかかりにくい防御法を意識したのだが、レベル2の制限の中では結構キツイ。魔刃剣アイリスの異常な性能がよくわかる。

 こちらから何度か隙をついて攻撃してみたが、速度差により決定打にならない。

 アイシャさんも本気ではないようだが、変態神(アポロン)の所の団長以上に強いと思う。隙はあるものの、ひとつひとつの速度が速すぎて、大体、防御や回避を選ばされている。レベル3の中でも高ステイタスなのかもしれない。

 勝てば身請けできるというなら、魔力鎧を左腕に発生させて、攻撃を捌いて不意を突いたかもしれないけど、勝たなくてもいいなら、それなりの強さを見せておけばいいだろう。

 

「大した腕前だ。度胸もある。あんたとは、こんなおもちゃじゃなく、本気の装備で戦ってみたいよ」

 

 バシバシとオレの背中をたたきながら、アイシャさんが笑う。

 

「その日が来ないことを祈ってますよ」

 

 綺麗な大人の女性と剣で戦うよりは、ベッドの上でお相手願いたいものだ。

 

 

 

 翌日、朝起きてマップを見ると、ヘルメス様がホームのそばにいる。

 ベル君と命さんがギルドへ行くというので、オレも一緒に外へ出ると、ヘルメス様が近づいてきて話かけてきた。

 

「あー、ベル君、最近何か物騒な目に遭ったりしてないかい?具体的には、たくさんのアマゾネスに襲われたりとか……」

 

 お、おい、まさかヘルメス様、アマゾネスの集団って、戦闘娼婦(バーベラ)と言われるイシュタル様の部隊が印象強いんだが……。

 イシュタル様を焚き付けたのか!?

 演技しているのかもしれないが、いつもの飄々とした笑顔ではなく、明らかに落ち着きがない。

 

「元気がないようだけど……何かあったのかい?」

 

 ベル君たちの態度を見て、そう尋ねるといつもの態度に戻り、一笑する。

 

「オレで良ければ、相談に乗るよ?ここで聞いた話は決して誰にも言わない、神の名において誓おう」

 

 ベル君たちは春姫さんのために僅かでも情報が欲しいとヘルメス様に相談することにした。

 ヘルメス様に連れられて、喫茶店に入る。

 

「なるほどね……狐人(ルナール)の友人が娼婦に、ね」

 

 狐人(ルナール)という言葉を聞いた時に反応を見せたヘルメス様は、一通り話を聞き終えると少し考えるようなそぶりを見せた後、口を開いた。

 

「これはオレの信条に反するんだが……サトゥー君と歓楽街で会ったあの日、オレは運び屋の依頼を受けて、イシュタルのもとにある荷物を届けに行っていた」

「ある荷物……?」

「運び屋として依頼主や荷物の情報を明かすのは御法度、失格もいいところなんだけど……オレは君達を贔屓にしている、話しておくよ。オレが届けたのは【殺生石】という道具だ」

 

 オレの世界だと九尾の狐が死体が石となり、それが殺生石と呼ばれたとかいう伝説があったっけ?

 狐人(ルナール)絡みのアイテムなんだろうけど、ロクなものじゃなさそうだ。

 

「オレが話せるのはここまでだ。じゃあね、3人とも」

 

 そう言って、ヘルメス様は会計を済ませて店を出ていった。

 ホームに戻ると、商会からの冒険者依頼(クエスト)が入っていたが、ヘスティア様があまり気乗りしておらず、急いで金を稼ぐ必要もないため、受けないこととなった。

 ヘスティア様の借金は、ファミリアとは別口扱いだ。もし、春姫さんの身請けの話が成立しそうなら、受けてたかもしれないね。

 

 その後、ヘスティア様に殺生石の話と、春姫さんの話を通しておいた。オレが遊郭に通っているという点で凄まじい顔をしたが、遊郭に通うことを許可してくれた。

 命さんはタケミカヅチ・ファミリアに殺生石と春姫さんのことを報告しにいった。タケミカヅチ様なら知ってるかもしれないから、聞いてくれと命さんに一応言っておいた。日本ネタのアイテムだし、極東の神様なら知ってると思う。

 

 その結果、恐ろしいことがわかった。殺生石は、狐人(ルナール)の魂を石に封じ込め、他者が狐人(ルナール)の貴重な魔法を行使可能とする、マジックアイテムだ。しかも、砕いても、その欠片一つ一つがオリジナルと効力が変わらず、魔法が行使可能になるという。

 春姫さんがどんな魔法を持っているかは知らないが、その魔法を皆が使えるようにするのが目的だろう。

 殺生石に魂を移す儀式は満月にしか行えない。満月は2日後だ。つまり、それまでに春姫さんを保護するか、殺生石を破壊する必要がある。

 

「イシュタル・ファミリアに乗り込んで、春姫さんを保護しないと!」

 

 ベル君が必死に叫ぶ。

 

「……残念ながら、イシュタル・ファミリアの戦闘娼婦(バーベラ)はレベル3が大半です。ヘスティア・ファミリアとタケミカヅチ・ファミリアが崩壊をすることを覚悟して攻め込んでも、目的を達成することなく返り討ちでしょう」

 

 リリが冷静に戦力差を示す。その表情は暗い。

 

「とにかく、残された時間は短いが、まだ時間はあるんだ。今日、無理な作戦に出る前に、各々で何か策はないか考えよう」

 

 そうして、重苦しい空気のまま、各々が部屋に戻った。

 正直言って、サトゥーとしてできることは、ほぼない。せいぜい春姫さんに会いに行って話をするくらいだろう。

 そして夜、オレはナナシとして動きだすことにした。



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37話:新たなる魔法

 まず、ナナシとしてヘルメス様に会いに行こう。今日もホームの私室にアンドロメダさんと二人でいるみたいだが、透明な護衛はいないようだ。

 隠形系スキルを使って、サクサクとヘルメス様の私室のドアを開ける。

 

「こんばんは」

「げっ!ナ、ナナシ!?」

 

 げっ、って……。いや、脅したのオレだけどさ。

 

「イシュタル様にベルを襲うよう焚き付けた?」

「ち、違う!アレは仕方がなかったんだ!彼女の魅了の力で全て喋らされて!」

 

 指先に魔刃を発生させながら尋ねたら、すごい早口で返してきた。

 

「何を話したの?」

「フレイヤがベル君にご執心ってことだよ!イシュタルはフレイヤを敵視してるから、嫌がらせのためにベル君を襲うかもしれないと思って、オレ、ベル君にわざわざ警告しにいったんだよ!相談にも乗ったよ!ヒントもあげた!」

 

 必死にヘルメス様が語る。いや、結構新情報が出てくるな。

 イシュタル様がフレイヤ様を敵視しているとか知らなかった。一番驚いたのはフレイヤ様がベル君にご執心って点か。オレだったら大歓迎なのに。

 

「オ、オレは今回は殴られずに済む?」

 

 演技だとは思うが、ヘルメス様がビクビクとした態度で尋ねてきた。ベルくんの警告やヒントもくれたし、身内に処分を任せよう。

 

「アスフィ、私が出ていったらヘルメス様を殴っておいて」

 

 この程度の形式上の罰くらいでいいだろう。あのフレイヤ様と同じ美の神のイシュタル様に迫られたら、喋りたくなるのも無理はない。あの時の脅しはソレ以下の衝撃しかなかったってことだけど……。

 

「きちんと殴るわ」

 

 妙に気合いの入った返答だ。

 

「ナナシはこれからどうするか聞いていいかい?」

「イシュタル様を天界に送ることも簡単だけど、さすがに警告なしで送る気はないよ?」

 

 今回は、殺生石を盗むだけに留めておくつもりだ。ナナシとしてイシュタル様に姿を見せるつもりはない。

 春姫さんの件を力づくで解決ってのが難しい気がする。力で強制的に移籍可能状態にさせたとしても、あとで春姫さんにちょっかい出されそうだし、匿う場所がない。

 それに、アンドロメダさんは本当に怯えているようにみえるけど、神であるヘルメス様は、前回の脅しに対してあまり懲りてないように見えるからね。ちょっとイシュタル様を脅したところで、またちょっかいを出してくると思う。

 一応、神様も致死量のダメージを与えれば、天界へ強制送還され、眷属の恩恵も無効化されるらしい。しかし、殺すのはさすがに抵抗がある……。

 春姫さんをどうするのかって問題はあるが、春姫さんの故郷に返そうにも、伝手がない。ナナシとしてタケミカヅチ様に接触して、ある程度、故郷に送り届け、匿うための環境が整ってから、春姫さんを迎えにいったほうがいいだろう。

 

「ちなみに、ヘルメス様の天界送りも検討したし、もう少し気を付けることをオススメする」

 

 実際に行うつもりはないに等しいが、ヘスティア・ファミリアのために検討したことは事実だ。釘を差すために一応いっておく。

 

「わ、わかったよ」

 

 神妙な面持ちでヘルメス様が答えるが、大して懲りてないんだろうなとも思う。

 話も終わったし、隠形スキルを使って部屋を出た。

 マップを見ると、ヘルメス様が気絶状態になって結構HPが減っている。アンドロメダさん、これ、結構マジで殴ってないですか?

 

 さて、イシュタル・ファミリアの潜入だが、こちらも隠形系スキルでサクサクと移動ができた。警備自体はあるものの、そこまで厳重ではなく簡単に目的の部屋までたどり着いた。

 マップによると目の前の金庫に殺生石が入っているが、重そうで頑丈そうな大きな金庫だ。音が出るの覚悟で指先に魔刃を発生させて切りつけると簡単に穴が開いた。殺生石を探してストレージに収納する。

 マップで光点が近づいてきたので、さっさと部屋の外に出て隠形スキルで潜む。そのまま急いでイシュタル・ファミリアを後にした。

 

 その後、サトゥーとして春姫さんに会いにいった。殺生石が盗まれたことを話すわけにもいかず、昨日と同じく他愛もない話をして過ごした。

 アニメから適当に掻い摘んだ話はなかなか春姫さんに好評のようだ。聞いたこともないような話なので楽しいとのことだ。

 帰る間際に菓子のリクエストを聞くと、団子が食べたいとのことだ。美味しい団子を用意しよう。

 

 遊郭を出ると、アマゾネスの戦闘娼婦(バーベラ)があわただしく走り回っていた。賊を探しているんだろうけど、姿も見てない状態でどうやって見つけるつもりなんだろうね。そのまま歓楽街を後にした。

 

◆◆◆

 

 殺生石を盗まれた、その事実はイシュタルを激怒させた。

 誰にも気付かれずに金庫の間に侵入し、盗むという桁外れの力。フレイヤ・ファミリアしかありえないだろう。

 

「フレイヤめぇえええええ!」

 

 あのいけすかない女神は、ヘルメスから話を聞き、当てつけのように殺生石を盗んでいった、イシュタルはそう考えていた。

 春姫を始末しないところを見ると、春姫の持つ魔法の内容まではバレていないようだが、もう一度殺生石を用意するにも、時間がかかる。しかもヘルメスの伝手なくして、フレイヤにバレないように集めなければならない。

 

「ヘスティア・ファミリアの誰かの可能性はないのか?

 春姫のところに奇跡の料理人が通ってたんだろ?」

 

 戦闘娼婦(バーベラ)が軽い口調で疑問を呈す。たしかに、ヘルメスが口を滑らせて、ヘスティア・ファミリアが殺生石のことを知った可能性はある。

 春姫を殺さなかったという点では、たしかにこちらの行動とも思える。

 

「たしかに戦争遊戯(ウォーゲーム)での戦いはそれなりだったが、だからといって誰にも気づかれずに潜入して、金庫を切った挙句、逃げられるかというとな……」

 

 眷属5人、最大レベル3のファミリアだ。誰にも気づかれずに侵入を果たし、あの金庫を斬り、そして音もなく逃げ出せるとは思えない。

 

「殺生石がなければ、さすがにフレイヤ・ファミリアを相手にするのは難しいですね。ベル・クラネルの捕獲もやめたほうがいいのでは……?」

 

 戦闘娼婦(バーベラ)の一人の意見に、イシュタルの中で葛藤が巻き起こる。しかし、一つの結論に達した。

 

「いや、ベル・クラネルの捕獲は早急に行え!

 せめて、奴を骨の髄まで魅了して、フレイヤの悔しがる姿を笑ってやろう!」

「しかし、早急に、といわれても、あいつらダンジョンに潜ってないからな……。

 商会を通じて、冒険者依頼を出しておびき寄せようにも、借金まみれのファミリアの癖に拒否しやがったしな」

 

 町中で襲うわけにもいかない。イシュタル・ファミリアはギルドに対してある程度大きな顔はできるものの、そこまでしてしまえば言い訳はできない。

 

「料理人が入れ込んでる娼婦の身請けについて話したいことがある、なんていえば案外簡単に釣れるんじゃないか?

 無理矢理襲うんじゃなくて、奴の興味を引いて自分の足で来るように差し向けて、魅了しちまえば、ギルドも文句は言えないんじゃないか?」

「それだ!」

 

 どうして、もっと早く気付かなかったのか!

 怒りでフレイヤに仕返しをすることしか頭にないイシュタルはそう考えた。

 そして、フレイヤの執着を甘く見ていた。

 

「明日中には接触して、ベル・クラネルをここへ自ら足を運ばせるのだ!」

 

◆◆◆

 

 翌日、ヘスティア・ファミリアでの空気は重苦しいものだった。

 ナナシが殺生石を盗んだと報告しようかと思ったのだが、ベル君は絶対に顔に出そうなのでやめた。

 代わりに、遊郭の帰り、誰かを探すように戦闘娼婦(バーベラ)たちが走り回っていたと報告した。イシュタル・ファミリアが殺生石を用意してまで闘おうとしていた敵勢力が、もしかしたら殺生石を壊したのかもね、という予測を添えておいた。

 少し空気が軽くなったが、あくまで予測だ。春姫さんをどうするかという問題もある。

 そんな時、ヘスティア様が、ステイタス更新をしようといいだした。皆、素直に従った。

 

「それでだ。サトゥー君、君、殺生石を壊してきたのかい?」

 

 更新をしながら、ヘスティア様はそう尋ねてきた。説明の際に嘘をついた覚えはないのだが、見破られていたようだ。

 

「ええ、お察しの通り、殺生石を盗んできましたよ。もとは狐人(ルナール)の遺体を加工したものということで、埋葬しようかと思ったのですが……」

「……加工される前ならともかく、今は再利用されないように綺麗に砕いてあげるのがいいと思うよ」

 

 その声色からヘスティア様な複雑な心境がうかがえる。たしかに、また余計なことに巻き込む可能性があるなら、綺麗に砕いたほうがいいか……。

 

「……なんだ、この異常な経験値(エクセリア)は。

 まるで外部から付け加えられたような……」

 

 ステイタス更新中のヘスティア様から恐ろしい言葉が聞こえたぞ。恩恵(ファルナ)に外部から作用するって……。

 

「故郷を思い出してぼんやりしていた時に、何度か変な声が聞こえたんですよ。最後に聞こえたのは、やっと繋がった、という言葉です」

 

 ヘスティア様は考え込むようなしぐさを見せた後、話し始めた。

 

「恐らく、君の故郷の神が、君の郷愁の念を利用して、恩恵(ファルナ)に作用したのかもしれない。

 この経験値(エクセリア)を取り出して、恩恵(ファルナ)に反映させるかい?

 僕の勘では、悪い物ではないとは思うぜ」

 

 神様の勘か、信じてみるか。

 

「反映させてください」

「わかった……。なるほど……こう来たか……。サトゥー君、確認してくれ」

 

 メニューから恩恵(ファルナ)を開く。

 

サトゥー

 Lv.2

 力:I23 耐久:I41 器用:H121 敏捷:I55 魔力:H139

 家事:I

 《魔法》【クリーン】

      ・清浄魔法

      ・詠唱式【我が意に沿いて、汚れをはらえ】

     【ディメンションムーブ】

      ・次元転移魔法

      ・発動対象は術者本人のみ

      ・二つの次元間を行き来する

      ・詠唱式【我が意に沿いて、次元をつなげ】

     【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 次元転移魔法!?

 しかし、大魔法と言っていい魔法の割には詠唱文短すぎないか?

 詠唱分の長さが魔法の強さに影響するんじゃないの?

 たしかに、神の干渉があったとしても、うなずけるけど……。

 

「……おめでとう、というべきなのかな?」

 

 ヘスティア様は複雑そうな表情でそう告げた。オレの目的の一つであった日本への帰還は果たせそうだ。しかし、今となってはオレのヘスティア・ファミリアへの思い入れが大きくなってしまっている。

 

「ありがとうございます。ただ、まだ帰れませんね。春姫さんのことに決着つかないと気になって仕方がありませんよ」

「いいのかい?」

「ええ。それに、帰ったとしても知り合いに挨拶したらまた戻ってきますよ」

 

 大分若返っているから、会うより手紙のほうがいいかもしれないけどね。

 

「とりあえず、魔法については黙っておいてください。ベル君たちにも、落ち着いてから話したほうがいいでしょう」

「そうだね」

 

 しかし、まさか本当に次元転移の魔法が発現するとは……。

 干渉してくれた神様には感謝するが、もう少しタイミングよく発動してくれれば、素直に喜べたのに……。




次回、イシュタル・ファミリア壊滅の予定。


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38話:美の神の昇天

 ステイタス更新をした後、オレと命さんはタケミカヅチ・ファミリアのホームの長屋に訪れていた。

 ベル君、ヴェルフ、リリは別行動で情報を集めてくれようとしている。

 ヘルメス様が警告したアマゾネスの件もあるので、3人でまとまって、人通りの多いところを移動するように注意している。ヴェルフもリリも冷静に彼我の戦力差を把握できているはずだ。

 オレと命さんは、殺生石の追加情報を得るという名目で、タケミカヅチ様所有の本を読ませてもらう予定だ。

 それと、彼女に手渡す団子を一緒に作る予定もある。材料はオレが買ってきたが、あちらも追加で材料を用意して結構な量が出来上がった。

 結構な量の団子を持たされて、オレはタケミカヅチ・ファミリアを後にした。

 ホームに戻ると、何やら騒がしいことになっていた。

 

「ベル様を見かけませんでしたか!?」

 

 リリが焦った表情で問いかけてくる。マップを検索すると歓楽街、イシュタル・ファミリアのホームから近い場所にベル君はいた。

 

「知らないけど……、リリ、何があったんだい?」

「獣人の女性がベル様の耳元で何か話すと、様子がおかしくなって……。気を付けていたのですが、いつの間にかベル様が姿を消してしまって……」

 

 ベル君本人から足を運ばせたのか?

 とにかく、急ぐべきだ。美の神の魅了、あの初心なベル君なら一発で堕ちるかもしれない。

 

「ベル君を探してくる。リリはベル君が帰ってきた時のためにここで待ってて」

 

 そう言って、歓楽街に向かって走り始めた。

 力づくになるかもしれないと、道中でナナシの装備に早着替えしておく。

 マップを見る限り、イシュタル・ファミリアの警備網が敷かれている。レベル3が大量にいて、レベル5がイシュタル様のいる部屋へと続く最後の階段で待ち構えている。

 相手にしている時間が勿体ない。天駆スキルで空中を駆け、直接イシュタル様の私室の壁をぶち破る。

 

「な……」

 

 先手必勝。

 数人の上半身裸の男のお付きが部屋内にいるが、指先から魔刃砲で魔力の塊を飛ばして気絶してもらう。球体状にしておけば、ポーションで治る怪我で済むだろう。

 レベル4が混じっていたようだが、少し多めの魔刃砲をプレゼントしてある。初弾こそ回避されたが続く弾はかわせなかったようだ。ちょっと多すぎたかもしれないが、HPの減少は止まっているし問題ないだろう。

 イシュタル様はベル君が魅了されていた場合、解除させる必要があるため、特に攻撃は仕掛けていない。

 イシュタル様は全裸でベル君を襲おうとしていたところのようだ。なんだろう、美の神と聞いているわりにちょっと……。実際美人さんなんだけど、フレイヤ様ほどオレの琴線に触れない。

 

「ベル、大丈夫?」

 

 変声スキルで中性的なナナシの声に変えて、ベル君に声をかける。

 

「ナ、ナナシさぁぁぁああんっ!」

 

 ベル君を拘束していたお付きの人をふっ飛ばしたので、自由になったベル君がこちらに駆け寄ってくる。一般人程度の力しかないイシュタル様に、ベル君は止められない。

 よし、幸い魅了されていないようだ。

 

「な、何故だ!何故、お前達は魅了されない!私は美の神だぞ!!」

 

 全裸でこちらをにらみつけるように顔を歪める。ベッドの上でガニ股で踏ん張りつつも、イシュタル様が吠えた。正直、美の神でもこれは美しくない。

 

「いくら見た目が綺麗でも、さすがに全裸でわめいているのはちょっと……」

 

 思わず言葉にしてしまった。

 いや、たしかにスタイルとかはいいし、美人さんだよ。でも、あの姿で魅了されろっていわれてもねぇ……シチュエーションがちょっと……。ギャップ萌えは嫌いじゃないけど、今回は、ギャップ萌えとかそういうレベルじゃないと思うんだ……。いや、そういうのが好きな人もいるかもしれないけどね。

 

「ナナシさん、いくら本当のことでも失礼ですよ、相手は神様ですよ」

 

 ベル君がオレをたしなめるようにいうが、それはイシュタル様への追撃に他ならないと思う。

 

「うっ……うぁああああああああああああぁっ!?!」

 

 オレの言葉が癪にさわったのか、ベル君の追撃にやられたのか……。髪をかき乱しながら、ベッドをたたき始めた。ああ、もうダメだ。放っておこう。

 

「ベル、しっかり捕まって」

 

 不思議そうにしつつも、素直にベル君は従った。ベル君の背中に腕を回してしっかりと抱き、天駆で空を走った。

 マップで人気がないことを確認して、歓楽街から離れた空き地に速度を落とし、降り立った。天駆でベル君は相当怖がってしまったようだ。緊急事態とはいえ、少し反省。

 

「空を走るのは怖かった?」

「こ、コワイに決まってるじゃないですか!言ってくださいよ!」

 

 青い顔のベル君が答える。

 

「緊急事態だったから仕方がない。

 それより、どうして一人でイシュタル・ファミリアへ?」

「サトゥーさんが入れ込んでる春姫という娼婦の身請けについて話したい。

 他人にバレないよう、フード付きマントなどで姿を隠してお前ひとりで来いと言われて……。

 イシュタル・ファミリアに着いたら、お前をおびき寄せるための嘘だよと……」

 

 ベル君はもう少し、人を疑うということを知ったほうがいいと思う。本当に。

 

「早く帰りなさい。心配しているファミリアのメンバーに怒られておいで」

「そ、そうですね。ファミリアのみんな心配してますよね。今すぐ帰ります。助けてくれて本当にありがとうございました!」

 

 大げさに頭を下げた後、ベル君はホーム目指して駆け出した。

 

◆◆◆

 

「こんなことになってしまうとはね……」

 

 市壁から、トップファミリアとも言っていい、フレイヤ・ファミリアがイシュタル・ファミリアのホームへと進む様子を見下ろしながら優男の神は悲嘆めいた声を出す。

 

「ベル君の存在を、イシュタルに知らせてしまったのは他でもない、オレだ……オレが原因の一端を担ってしまうなんて……あぁ、なんてことだ、胸が痛む……」

 

 大仰な身振り手振りをした後、胸を抑えうつむくヘルメス。

 

「で、どこまでが計算通りなのですか?」

 

 そばで冷たい視線を向けていた、アスフィがそう尋ねる。

 

「計算なんてしないで、面白そうだから火種を放っただけだぜ」

「そうでしょうね。しかし、もう少し考えてから行動してほしいものです。……ナナシが再び訪ねてきた時は、本当に肝が冷えました」

「それをいうのは止めてくれないかなぁ……オレも攻撃はしてこないと踏んでたけど少しは反省してるんだぜ。オレの勘だけど、アレ、神を殺した経験があるんじゃないかな」

 

 神の勘、それは人の勘とは違い、ほぼ確定した事項といってもいいレベルだ。

 

「そうでしょうね。

 黒いゴライアスを倒したあの異常な一撃や、生身で空を飛ぶ飛翔靴(タラリア)とは別の謎の技術。そして、ホームに訪ねてきた時のあの威圧感、神威こそ感じませんでしたが、それ以上の恐怖を感じましたよ。

 神の力を身に宿していると言われても、私は信じますよ。

 とにかく、ナナシのカンに障るような真似はくれぐれも慎んでください」

 

 ヘルメスは大げさにため息を吐き、頭を振った。

 

「オレはベル君の器を確かめたいだけなんだけどね。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)でベル君が中堅とアポロンにばらして、順番を変えさせるのはうまくいったのに」

「とにかく、気を付けて動いてください。巻き添えは食らいたくありません」

「ま、ナナシはイシュタルを傷つけないほどのお人好しだから、相当ヤバいことをしない限りは大丈夫だと思うけどね。もう少し踏み込んでみるつもりさ」

「はぁぁぁ………もうやだ……」

 

 アスフィから長い溜息がもれた。

 英雄のためならば、美の女神の嫉妬と確執さえ利用してみせよう、ただし、ナナシをどうしたものかとヘルメスは頭を悩ませる。ヘルメスの目論見では、今回もうまく動けばベルへの試練となるはずだったが、彼の成長を促すに至らなかった。

 ナナシは、ヘスティア・ファミリアへの危険を排除するものだ。一般人であれば危険の排除はいいことだ。しかし、より光り輝く英雄になるには、試練に打ち勝ち、成長をすることは必要不可欠なのだ。ナナシはベルの成長を妨げるものだ。

 ただし、ナナシはお人好しだ。そこにつけこみ、制御する方法を考えるべきだろう。

 

「おっと……彼女の本格的な怒りを買う前に、おさらばしよう」

 

 遥か遠方、銀髪の女神がこちらに振り返ったのに合わせて、ヘルメスは戦場に背を向けた。

 

◆◆◆

 

 ホームへ戻る途中に、歓楽街から煙が上がったので、マップを確認した。

 どうも、フレイヤ・ファミリアとイシュタル・ファミリアが戦闘しているらしい。いや、戦闘というより一方的な蹂躙のほうが実際には近いけど。

 ヘルメスからフレイヤ様はベル君に執着してるとは聞いていたけど、ここまでやるか?何人かフレイヤ・ファミリアの偵察を置いてたのも、このため?

 

 そうこう考えているうちに、空を貫かんばかりの光の柱が立ち上った。神威も感じる。マップでイシュタル様が消えていること、イシュタル・ファミリアのメンバーのレベルが消えていることと合わせると、天界に送られたのだろう。

 女神の嫉妬って恐ろしいな。

 ただ、イシュタル様が消えた以上、チャンスでもある。混乱に乗じて春姫さんを保護できるかもしれない。サトゥーとして少し近くに寄ってみるとするか。

 

「よくこんな時に来たね?」

 

 そういって、春姫さんを連れたアイシャさんが声をかけてきた。

 

「状況はよくわかりませんが、かなりあわただしいみたいなので、この隙に春姫さんを頂けないかな、と思いましてね」

「察しているんだろ、イシュタル様が天界に帰ったことくらい」

「やはり、そうでしたか」

 

 確認が取れたのはありがたいね。

 

「ほら、春姫を頼んだよ」

 

 そういって、アイシャさんは春姫さんをオレに押し付けた。キャッと可愛い声をあげる春姫さんを腕で支える。

 

「いいのですか?」

「本当なら、本気の戦闘をしてあんたの覚悟を確かめたいところだけど、私が恩恵なしじゃね。

 それに、あんたならマシさ。他のバカなファミリアに狙われるのに比べればね」

「あ、あの!アイシャさん、今まで本当に」

 

 春姫さんを遮って、アイシャさんが口を開く

 

「辛気臭い話は止めな、そういうのは嫌いなんだ。それに私はやりたいようにやってただけさ、お前に感謝される筋合いなんてないよ。

 幹部連中にもお前のことは口外しないよう言い含める。簡単にはお前に目をつけられないはずだ」

「アイシャさん……」

 

 目を潤ませる春姫さんを見て、アイシャさんが背中を向けた。

 

「サトゥー、しっかりそのポンコツ生娘の面倒みてやってくれ。私は後始末があるからいくよ」

「生娘?」

 

 オレの言葉に、アイシャさんがこちらに顔を向けて答える。

 

「ああ、男の上半身裸を見ただけでぶっ倒れちまう。客も呆れて返品ばっかりの娼婦としては失格の生娘さ。その割に、卑猥な夢でも見てんのか、たまに変な寝言が……」

「わぁあああ、アイシャさん止めてくださいっ!」

 

 にやりと笑うアイシャさんを、顔を真っ赤にした春姫さんが手をワタワタとさせながら叫んで止めた。

 

「とにかく、そういうわけだ。春姫のこと頼んだよ」

「はい。わかりました」

 

 アイシャさんは軽く手を振って、歩き去っていった。

 春姫さんは、その姿に、深く一礼した。

 

「さて、ひとまずオレのファミリアのホームに行こうか?

 タケミカヅチ・ファミリアの皆と一緒に作った団子があるんだ。

 食べてひと眠りして朝になったら、タケミガヅチ・ファミリアの皆に会いに行こう?」

「は、はい!」

 

 春姫さんは晴れやかな笑顔を浮かべた。




◆フリュネと戦闘娼婦(バーベラ)
フリュネと戦闘娼婦(バーベラ)相手に無双させようと思ったけど、急いでるなら天駆で無視するよね。相手の出番すらカットなんて、さすがサトゥーさん。

◆イシュタル様
人が嘘をついてないと分かるので、ナナシが本心から、ないわーと思っているとわかり、凄まじい衝撃を受ける。ベル君の無自覚な追撃でさらにダメージを受ける。原作と違い、ベル君が魅了されない理由が書いてある背中の恩恵(ファルナ)も見ていないので、より衝撃がすごいはず。
その後、原作通り、ベル君に手を出そうとしたことに怒ったフレイヤ様がイシュタル様の心にさらにダメージを与えた後、天界送りへ。
なお、ベル君は原作通りの理由で、サトゥーは耐性スキルのおかげで、魅了されてませんが、変な姿でもあばたもえくぼで、一般人なら普通に魅了されるはずです。たぶん。


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39話:2つの異世界協奏曲

 春姫さんは結局ヘスティア・ファミリアに所属することとなった。タケミカヅチ・ファミリアに所属するなり、極東に戻るなりといった選択肢を提示したのだが、そこは頑なだった。

 春姫さんには家事を担当してもらっている。というか、本人が希望した。

 メイド服が着たいとのことだったので、オレが気合いを入れて作った。レースなどで飾り、この世界のものより少々華美になったかもしれないが、別に構わないだろう。日本人としてメイド服は異世界に広めるべきだと思う。本人や命さん、ヘスティア様にも評判がよかったしね。

 とはいえ、箱入り娘だった春姫さんはロクに経験がない。基本は配膳などの簡単な仕事を中心にしてもらって、今は基本的な事柄を教えているところだ。

 飲み込みはかなり早い方だと思う。春姫さんをそう褒めると、サトゥーさんの教え方がいいからですよ、と返ってきた。教育スキルの影響なのかな?

 

 春姫さんの魔法に関しては、オレの意向でヘスティア様とオレと本人しか知らない。想像以上に強力な魔法であったが、彼女をあまりダンジョンに連れまわしたいとは思えなかった。

 争いに関係なく暮らしてほしいというのがオレの勝手な希望だ。

 

 1ヶ月ほど、オレはダンジョンに潜らず、仕事を教えたり、お菓子を一緒に作ったり、他愛もない話をしたりして、春姫さんと過ごした。

 ベル君たちは順調に階層を増やしているようだ。ベル君の早さにヴェルフの魔法封じ、リリの頭脳に、命さんの探査系スキルとなかなかにバランスがいい。

 春姫さんに家事を任せても安心できるようになったし、命さんも料理上手だ。

 そろそろ一旦、日本に帰っても構わないだろう。

 ヘスティア様に話すと許可をくれたので夕食後に皆に話があるといって、テーブルにとどまってもらった。

 春姫さんがお茶を皆に配って、席についたのを確認してから会話を切り出した。

 

「わざわざ、すまないね。皆」

 

 皆、気安い表情である。

 

「それは構わないですが、何の話でしょうか?

 そろそろダンジョン探索に加わられますか?」

「あー、そういった話じゃないんだ。

 とりあえずは、オレのスキルと魔法を知ってもらおうかな」

 

 そういって、オレのステイタスの写しを皆が見えるように広げた。

 

サトゥー

 Lv.2

 力:I25 耐久:I46 器用:H124 敏捷:I57 魔力:H145

 家事:I

 《魔法》【クリーン】

      ・清浄魔法

      ・詠唱式【我が意に沿いて、汚れをはらえ】

     【ディメンションムーブ】

      ・次元転移魔法

      ・発動対象は術者本人のみ

      ・二つの次元間を行き来する

      ・詠唱式【我が意に沿いて、次元をつなげ】

     【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 

「次元転移魔法……異世界の理?」

「どういうことです、このスキルは……」

 

 皆、困惑したような表情を浮かべている。

 

「要するに、オレは、異なる世界の人間で、原因はわからないけど、この世界に迷い込んだんだよ」

「右も左もわからないサトゥー君をボクが家族(ファミリア)として迎えて、今にいたるというわけさ」

 

 ファミリアのみんなは、沈黙している。

 

「それで、次元転移魔法は最近発現してね。

 元々いた世界の親や知り合いに挨拶もしないで、こっちの世界に迷い込んだんだ。せっかく魔法が発現したし、知り合いに元気でやってるよ、と伝えるつもりだから、しばらくホームを離れさせてもらうよ」

「……リリたちのもとに帰ってこられるのですか?」

「そりゃそうさ。こっちの世界にも随分と思い入れのあるものが増えてしまったしね。オレたちは家族(ファミリア)だからね」

 

 皆が脱力したように、机に伏したり、溜息を吐いたりしてる。アレ?

 

「もう!リリはお別れのお話かと思ったじゃないですか!

 もっと、こう、リリたちが心配しないように話してください!

 まったく!サトゥー様は!!」

 

 リリが頬を膨らませながらお小言をこぼす。

 

「まったくだぜ!お前の美味いメシがもう食えないのかと思ったじゃねえかよ!」

 

 ヴェルフが笑顔でそういった。

 

「サトゥーさんの故郷、親御さんに挨拶、私もついていきたいですけど……この魔法だと無理そうですね」

 

 春姫さんが残念そうに微笑んだ。

 

「手紙を書きますか?それならばお渡しできるのでは?」

 

 命さんが春姫さんの様子を見てそう提案した。

 

「いいですね!皆で書きましょうよ!」

 

 ベル君が嬉しそうに続く。

 

「しょうがないな。ボクも書いてあげようか。サトゥー君の主神だしね!」

 

 ヘスティア様も笑顔で輪に加わる。

 ――ああ、ヘスティア様に拾われて、家族(ファミリア)になれてよかった。本当にそう思う。

 

「あ、こっちとオレの世界では当然言葉も違うから。オレが訳すために見ても大丈夫な内容にしておいてね」

「えっ!?」

 

 おい、今、声上げた人はどんな内容を書こうとしてたんだ……。

 その後、なんで異なる言葉を話せるのか聞かれたが、異世界の理で言語が話せるようになったとボカして説明しておいた。色々器用なのもこの異世界の理のおかげとも言っておいた。

 あまり詳細な能力に関していうと、ナナシとバレるからね。

 

 翌日、オレはリビングで皆の見送りを受けていた。

 服装は、この世界に来た時に着ていた、日本で買った服だ。

 この景色をしっかりと焼き付ける。転移する場所の明確なイメージが必要というのはお決まりだしね。

 

「じゃ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 皆が声を揃えて答えてくれた。

 日本の、寝る以外はあまりした記憶がない、それでも安住の地であった自室を強くイメージする。

 

「我が意に沿いて、次元をつなげ、ディメンションムーブ」

 

 詠唱後、一瞬景色がグニャリと歪んだ。

 

 視界が元に戻ると、なぜか砂嵐の真っ只中にいた。

 メニュー画面はいまだに視界に表示されている。どういうことだ、とマップを確認すると、竜の谷と表示された。

 竜の谷、オレが一番初めに降り立ち、リザードマンに襲われたために流星雨3連発を放った場所だ。

 どういうことだ、何が起こっている?

 混乱していると、マップ上にあった敵を示す赤い光点が消え、リザードマンを倒したログと「源泉:竜の谷を支配しました」というログ、そして戦利品の獲得ログが高速で流れ始めた。

 ――転移が失敗した?

 メニューから恩恵(ファルナ)がいまだに有効であることを確認してから、再び、日本の田舎の祖父(じい)さんの家をイメージして詠唱をした。

 

 視界が開けると、そこはさっきのリビングだった。

 

「ちょ!?どうしたんだい?いきなり砂まみれになって……。まさか魔法が失敗したのかい?」

「転移は成功しましたが、別の異世界に転移してしまったようです。ちょっと失礼。

 我が意に沿いて、汚れをはらえ、クリーン」

 

 砂まみれになった体が問題なく清められ、さっぱりした。

 しかし、どういうことだ?

 イメージと全く違う場所に転移したぞ?

 イメージは関係ないのか?

 

 その後、何度か転移を繰り返した結果、オラリオで転移魔法を唱えると異世界Aの最後にいた場所・時間に、異世界Aで転移魔法を唱えるとオラリオで最後にいた場所・時間に転移することがわかった。

 オレがオラリオで1日生活してもあちらでは1秒も経っていないみたいだ。逆もしかり。時計をおきっぱなしで転移して時間が秒単位で変化していないことを確認した。

 どうも、この魔法では日本には帰れそうにない。

 別に帰らなくても大丈夫とは思うのだが、ここまで期待させておいて、ダメでしたといわれると、実に悔しい。

 せっかくだ。異世界Aも探索して、なにか日本へ転移するような手段を探そうか。

 消費MP1000ポイントほどで、オラリオと行き来できるのだ。疲れたらオラリオにかえって休めばいい。

 ファミリアの皆に相談すると、気を付けていってらっしゃい、と言われた。

 さて、異世界では、観光ができるくらいに安全だといいんだけど、いきなり襲われたし気を付けていったほうがいいだろうね。

 

◆◆◆

 

「――と、いうわけで、オレは二つの世界を行き来しているというわけさ」

 

 オレは魔法で作った異空間内にある孤島宮殿で、オラリオとは異なる異世界で出会った仲間たちに、迷宮都市の話を終えた。

 

「最下層が分からない迷宮は気になりますが、魔物が灰になるのはいただけませんね。せっかく狩った獲物を食べられないとは……」

 

 リザが食欲にまみれた感想を漏らす。

 

「お肉きえる~」

「ひどい迷宮なのです」

 

 タマとポチも、迷宮には食べられる魔物がいないという点で、あまりお気に召さないようだ。レベル上げ目的ならかなり深い階層まで潜る必要がありそうなので、あまり皆をダンジョンへと案内するつもりはない。

 

「でも、迷宮だけでとれるという果実は気になりますね。

 雲菓子(ハニークラウド)のタルトは一度食べてみたいです」

 

 ルルは、神の酒に対抗できる菓子に料理人として興味を持ったらしい。

 

「私は、ベルって子がやっぱり気になるかな。美の神様に好かれる子なんでしょ?

 きっと素晴らしいショタ……、おっと失礼」

 

 アリサはベル君に興味を持ったようだ。危ない発言は軽くチョップをして封じておく。

 

「でも、なんで、今この話を?」

 

 ヒカルが疑問を呈す。

 

「実は、ようやくこっちの魔法で、恩恵(ファルナ)に干渉する方法がわかってね。本来、オレしか転移できないけど、大量の魔力を注ぎ込むことで、多人数でも転移できることが分かったんだ。実験もすでに終えてある」

 

 これは本当に時間がかかった。まず、こっちの魔法の詠唱でつまずき、魔法が使えるようになっても、異世界の神の力に干渉する方法を探さなくてはいけなかったからね。

 

「相変わらず、うちのご主人様はチートね」

 

 呆れたようにアリサがつぶやく。オレはその言葉を無視して話を続けた。

 

「だから、皆揃って、異世界観光に行かないかというお誘いだよ。

 ヘスティア・ファミリアにも皆を紹介したいしね」

 

 皆から歓声が上がる。特に反対はないようだ。

 さて、皆で迷宮都市オラリオの観光に行こうか。




「デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲」はこれで完結です。
デスマ側から、リザ、ポチ、タマ、アリサ、ルル、ミーア、ナナ、ヒカル、セーラ、ゼナ、カリナ、システィーナが追加されると、さすがにキャラ数的に処理が……。
今の所、まったく構想はありませんが、ティンときたら、特定キャラに焦点を当てた短編を追加するかもしれません。しない可能性のほうが高いと思いますが……。

恩恵(ファルナ)の設定
デスマ的に説明するなら、成長する神の欠片。
始めは、かなり小さなサイズで、人を問わずに恩恵を受けられる。
ランクアップにより、魂の器が大きくなり、より大きな神の欠片が入るようになる。
デスマでいう神の洗礼とはまた別物なので、源泉の支配が可能。


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