シロクロ! (zienN)
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プロローグ:一条玄人

十字高等学校。

 

この街で最も発達した駅から商店街をまっすぐ進み、大きな道路に架かる歩道橋を渡った先に、その高校はある。

 

俺はこの高校に通う学生の一人。

顔は普通、だと思いたい。

16歳、絶賛彼女募集中、いたって普通のチェリーボーイ。

理由はわからないが赤い糸はどれだけ手繰っても運命の人には出会えないし、そのせいか最近は純情も劣情も持て余しすぎて、たまにメールに届く知らない女の子に返信をしてしまったり、義理チョコをくれた女子に対して本気のお返しを試みて友人に全力で羽交締めにされたりすることもしばしば。

 

空から女の子も降ってこないし、ふとした瞬間の異世界転生、からの魔王討伐でお姫様と結婚、どこかの機関に追われた少女を助けるべく東奔西走、なんて胸熱イベントは起こることもない。

 

「それじゃあ、明日からみんな、仲良くな。帰り道事故んなよー」

 

先生の無気力な発言で、ひと笑いして、先生が教室を出ると同時に、教室が賑わい出す。

 

「敦也〜、帰ろう」

 

始業式初日の帰りのホームルームが終わり、一年の頃からの付き合いである敦也(あつや)の元まで行く。

 

「おう、クロ。帰るか」

「どっか寄ってく?」

「あ、じゃあじゃあ、駅前にくるクレープ屋さん!」

 

敦也の後ろの席からからひょこっと顔を出す整った顔のJKも俺の友だち、涼香(りょうか)。その提案を受けた敦也はものすごく嫌そうな顔で小言を呟く。

 

「げ、まじか」

「いいじゃん!あのクレープ、凄く甘くておいしいんだもん!」

「クレープね。じゃ、今日は駅ぶらつくか」

「昼前なのに甘いもの食わされるなんて…」

 

こんな感じで、帰宅部として学校が終わるとすぐに放課後の活動に勤しむ、これが俺の日常だ。

駅前で歯が溶けるレベルの甘いクレープを食らい、気の済むまでぶらついてから、涼香を改札口で見送り、自転車置き場で敦也と少し話をして別れ、駅からそう遠くない我が家まで歩いて帰る。

 

「ただいま〜」

「あ、おにいちゃん、おかえり。あ、見て!これかっこよくない!?」

「おー、そうだな」

 

この通り、最近になって包帯やら眼帯やらをぐるぐる巻きつける妹を適当に受け流しながら飯の支度をする。

飯を食ってリビングで妹とテレビを眺めて、いつものトークアプリでの涼香からのお呼び出しで携帯電話に目を通す。

 

『今日のクレープ、美味しかったね☆また3人で食べに行こうね!』

『もういかない』

『えー、なんで!?( ;´Д`)美味しかったでしょ?』

『甘い=美味いならば、あのクレープはうまかった。うますぎた。あんなものを再度食おうものならうますぎて歯が溶ける。ってことでもう行かない』

『確かに、あれは本物の甘党じゃないと甘すぎてきついよな笑』

『クロくんまで!?!(◎_◎;)すごい美味しかったのに…』

 

これが俺の1日。今日は始業式だったが、放課の時間がいつもより早いことを除けば、大体はこんな感じ。

友人にも恵まれ、包帯眼帯付属だが健康体の可愛い妹もいる。

誰が見ても悪いとは言わないだろう。

でも、俺には重大な悩みがある。

 

それは。

 

 

「ああ、彼女欲しい…」

 

 

そう、この俺、一条玄人(いちじょうはると)には、彼女がいないことに、人一倍、二倍三倍も、コンプレックスを抱えていた。




どうも、初めましての方は初めまして。
そうでない方はいつもありがとうございます。
zienNです。

高校生活、思い出すだけでも懐かしい、思い出(そんな昔でもないですが)に浸りながら、今回この作品を書こうと思いました。
更新は遅いかもしれないですがお付き合いいただければ幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました^ ^
ご意見、質問などありましたらお気軽にどうぞ。


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プロローグ:二神優白

今日は十字高校新年度の始業式。

 

2年に上がり、クラスも変わり、見覚えのない顔の新たな同級生たちとともに、校長先生の長い話を聞く。それから、教室へ戻って、早めの帰りのホームルームが始まると同時に、私は配られたプリントをカバンにしまいこんで、ホームルームが終わると同時にすぐに教室を出られるように準備する。

 

「んー、何話そうか。お前ら今日から2年生になったわけだが…」

 

先生の話長いのかなあ…

早く終わってくれないかなあ。

 

「とりあえず自己紹介でも…」

 

自己紹介!?

いきなり飛ばしすぎだよ先生!

 

「って思ったけど、せっかくの午前の日なんだ。今日は早く帰りたいよな。それじゃあ、明日からみんな仲良くな。帰り道事故んなよー」

 

先生の発言で教室にくすくすと笑い声が上がる。

はあ、よかった。

面倒くさがりな先生で。

 

「んじゃ、さよーなら」

 

先生の挨拶が終わり、ホームルームが終わる。

それと同時に賑わう教室。

 

「今年も同じクラスでよかったよ〜」

「おい、早く部活行こうぜ!」

「いいじゃん!あのクレープ、すごく甘くて美味しいじゃん」

 

耳に届く音を全て遮断して、教室から早足で抜け出す。

階段を下り、一階の保健室へ。

慣れた手つきでノックをして、扉を開く。

 

「失礼します」

 

「は〜い。新学期からどうし…あら、二神さんじゃない。一ヶ月ぶりかしら?久しぶりね〜」

 

椅子をくるりと回してこちらに向き直り、私に気付くと優しい笑顔をするのは五十嵐先生。担任の先生よりも付き合いがある、私がこの高校で一番お世話になっている先生。

 

「お久しぶりです。今、お時間大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫よ。となり、移りましょう」

 

隣のカウンセリング室に移り、長テーブルを挟んで向かい合って座ると、先生は早速痛い話題を振ってきた。

 

「さて…どう?新しいクラスは?うまくやっていけそう?」

「さあ、どうでしょうね。とりあえず今日は誰とも、一言も話しませんでした…」

 

先生は笑顔こそ崩さないが、眉をひそめて、困ったように頬杖をつく。

 

「そう、相変わらずねぇ。はあ、どうしたものかしら…」

「どうしましょうね…」

「まあ、初日から暗い話題ばかりじゃダメよね!今日は私が、高校生活の山場である2年生の良さについて、二神さんに説明してあげるわ!」

 

先生は立ち上がり、「青春の正念場、2年生!」と近くのホワイトボードに書いて、目を輝かせる。

 

「ふふ、なんですかそれ」

「本当よ?2年の時が一番自由で楽しい時期だもの。あーあ、私も戻りたいなー!」

「戻りたいって、まだまだ若いじゃないですか」

「そういう問題じゃないのよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、ありがとうございました。また明日」

「はい、またね〜」

 

世間話をすること1時間、先生と別れを告げて、カウンセリング室から出て、新しい下駄箱で靴を履き替えて、誰もいない昇降口から一人校舎を後にする。

 

「やっぱり、先生は優しいなあ」

 

あ、つい口に…今の聞かれてないよね!?

ぶんぶんあたりを見回して、近くに人がいないことを確認して安堵し、ほっと息をつく。

 

私の日常は、先生と他愛もない話をして、帰り道に商店街に並ぶ洒落たお店を見つけては、ガラス越しの可愛い置物や店の中の素敵な空間に目を奪われ、いいなあ、友達と一緒に来たいなあ、と思いながら家に帰る。

 

「ただいま〜」

「あら、優白、おかえりなさい。今日は早かったのね」

「うん、始業式だったから」

 

学校へ行き、授業を受け、先生、お母さんという、二人の大人と話をして、後は授業の予習と復習で1日が終わる。

 

「ああ、今年は友達、できるといいなあ…」

 

ベッドの上で、誰にも聞こえないようにつぶやく。

 

私、二神優白(にかみやしろ)は、友達がいないという悩みを抱えながら、ついに高校2年生に進級した。

 

いや、進級してしまったのだった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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4月:30期生2-C
第1話 昼休み:二神優白


私にとって今日という日は最悪の1日だ。

いや、最悪の1日だった、の間違いか。

しかし今は違う。

 

「自己紹介、やっと終わったあ…!」

「頑張ったわね。お疲れ様」

 

鳥のように両腕を広げて伸びをする。

ああ、なんて開放感。

今なら蝉のように一週間休まず羽ばたける!

そして一片の悔いなく生涯を終えられる!

 

「でも、二神さん。ひとつだけ、良いかしら?」

「ん〜、なんでしょうか、先生?」

 

私を労いつつも浮かない顔をする五十嵐先生の質問を、伸びの姿勢のまま待つ。

まあ、大体の想像はつくけど。

 

「どうして昼休みなのにここに来るの?初日のお昼よ?まだ交友関係はできてないんだから、近くの人を誘って一緒にお昼を食べればいいのに…」

 

やっぱり。

五十嵐先生は昼休み開始5分、初日に私が教室ではなく保健室でお昼ご飯を囲んでいることが不満なようだ。

 

「そうはいっても、うちのクラスは見たところ去年から同じクラスか、部が一緒で仲の良い人が多いんですよぉ。だから入学当初と違って、一人の人もいなくて…」

「そうなの…?はあ…困ったわねぇ」

 

あらかじめ用意していた言い訳を言うと、先生はいつもみたいに優しく微笑みながら、困った、という仕草をしつつも、私を追い出そうとはせずに弁当を取り出す。

 

先生にはこういったものの、教室にいる全員がグループを作ってご飯を食べているわけじゃない。

中には私みたいに、一緒にご飯を食べる同級生がいない人もいる。

 

「まあ、まだ始まったばかりだし、いいじゃないですか。それより…」

 

そしてまた、放課後の時と同じように、私と先生は年の離れた女の子同士の話が始まる。

 

わかってはいるんだ。

もうグループができてるとか、始まったばかりだから大丈夫とか、そんな言い訳なんてしないで、自分から話しかけなければ何も始まらないことくらい。

でも、いざ、話しかけようとすると、喉が引き締まって、声が出なくなって、足がすくんじゃって。

話しかられても、焦って大した返事もできないから、すぐに会話が終わっちゃって。

 

それが積み重なって、「二神さんは話したがらない、一人が好きな子」なんて思われるようになって…

 

「二神さん?」

「…あ…はい。なんでしょう?」

 

途中から考え込んでしまっていたようだ。

心配そうな顔で先生は私の顔を覗き込んでくる。

 

「なんでしょうって…もうすぐ午後の授業始まっちゃうわよ。さ、そろそろ教室に戻りなさい」

「あ…」

 

ふと先生に言われて保健室の時計を見ると、もう後10分で昼休みが終わるということを時計の針は静かに示していた。

 

「うう、名残惜しいですが…それじゃあ五十嵐先生。また、放課後に…」

「放課後、ね。放課後は誰かと一緒に帰って欲しいんだけどねぇ」

 

保健室を後にして、私を待つ2-Cの教室へと向かう足取りは重い。

 

「ああ、もう!友達作るの、難しすぎるよ…!」

 

思い切り叫びたい衝動を抑えて、誰にも聞こえないように、静かに言葉を吐き出す。

何も考えなかった子どもの頃に戻って、毎日遊び呆けていたあの頃を、ふと思い出していた。

 

 

 

 

「今日は話すことないから。部活なり勉強なり青春しろよ。んじゃ、さようなら」

 

気の抜けた挨拶で教室が賑わい出す。

午後の授業はガイダンスだった。

休み時間も寝たふりをしていたから、おかげで隣の人とも話さずにホームルームが終わって、放課後。

 

先生、ごめんなさい!

一緒に帰る友達、できませんでした。

よし、こんな感じで謝ろう。

 

教室を出る時、近くにいたクラスメイトの会話が耳に入ってくる。

 

「…今日はどっか寄ってくか?」

「いいね!私、最近新しくできたシュークリーム屋さんに…」

 

あ、そのシュークリームの店、私も気になってるんだけど、よかったら私も一緒に行っていいかな?

 

はあ、たったこれだけのことなのに。

 

一瞬だけ足を止めたけれど、私はそのまま教室を後にして、保健室へと足を運ばせる。

 

いや、やっぱり。

 

「申し訳ないし、お詫びの品を買いにいこう…」

 

先生に対する罪悪感もあって、私は学校の近くのスーパーで先生へのお詫びのお菓子を買いに、昇降口へと向かった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m


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第2話 昼休み:一条玄人

「なあ、俺ってどうして彼女できないの?」

「春休み入る前から玄人くんは変わんないねえ。よくもまあ同じセリフを飽きもせずに言えたもんだ」

 

始業式翌日の昼休み、机を囲みながら、進級しても同じクラスの友人、敦也(あつや)に、パンの封を開けながら愚痴る。

 

「俺、自分で言うのもアレだけど顔は普通だし、勉強もそこそこできる、それにコミュ力もあって悪いとこないと思うんだけど。ねえ敦也、どうしてだと思う?」

「はいはい、なんでだろうね」

 

いつものように適当に流す敦也もパンの封を開ける。

 

「冷たいなー。もうちょっと真面目に考えてくれたっていいじゃんかー」

「はあ、クロ。めんどくせえな…」

 

敦也は口が悪い。

その上目つきも鋭く、髪を染めてピアスでもつけようものなら見た目だけでもこの学校の番長にでもなれるだろうが、反面で一人称が僕ということに、初めは少しギャップを感じていた。

 

「大体、今まで何十回も討論して、なんの成果も得られないんだから、こんな議論、不毛にもほどがあるだろ?」

「ぐぅ!まあそうだけどさ」

 

こんな感じで、正直な面もあるので中学の頃は色々あったと言っていたが、それは今でも変わらないようだ。

 

「まあまあ。クロくんの場合はさ、もう名物になっちゃってるからさ」

 

聞き覚えのある可愛い声が、後ろから飛んでくる。

 

「ん、涼香。購買のパンとは珍しいな。今朝遅かったのは寝坊だったのか」

「えへへ。今朝は待たせちゃってごめんね…」

 

隣の席に座り、指先で髪の毛を弄びながら申し訳なさそうにするこの三つ編みJKも俺のもう一人の友人、四季涼香(しきりょうか)

 

「うーん!あかないや…」

「ちょっと貸してみ。…ほらよ」

「おー、あっつやくん!さっすが!ありがとう!」

 

こいつらは仲良いな。

リア充かよ…!

いや、でもまだ、リア充予備軍だな。

 

「おう。でも、涼香も、さすがにパンの袋くらいは開けれる程度には鍛えようぜ?」

「き、今日はたまたまガッツのある袋のパンを取っちゃっただけだよっ!」

「なんだそれ…」

「いただきま〜す!」

 

普段はこんな感じで少しバカ、失礼。少し抜けたところがあるが、顔も頭もいい、寝坊しない限りは弁当もお手製だ。

一本の三つ編みを肩から垂らし、眼鏡をかけて授業を受ける様は一年の時はクラスの委員長を差し置いて委員長らしさを醸し出していた。まさしく高スペック系女子である。

一家に一人嫁又は彼女に欲しい。

そんな涼香は、一年のある時に仲良くなってから、女の友達が少ないのか、俺たちとの縁が未だに続いている。

こんな感じで毎日一緒に飯を食う仲だ。

 

「それで、俺が名物だって?意味がわからないし、それがどうして彼女ができないことに繋がるんだよ」

「あれ、クロくん知らないの?敦也くん教えてないんだ?」

「ああ、今日もおにぎりがうまいなあ」

 

敦也は聞いてるのか聞いてないのか、それだけ言って黙々と口を動かす。

涼香は一つ咳払いをして話し始めた。

 

「クロくんさ、一年の時から彼女彼女って、とにかく言い回ってたじゃん。最初はみんな引いてただけだったんだけど、それでも止まらないクロくん見てたら、みんなそれが当たり前みたいになっちゃって。それで、クロくんといえば彼女がいない。彼女がいないことで有名な十字高校の一条玄人、って感じで、もう学校じゃ相当な有名人なんだよ」

「え?」

 

 

涼香の説明を受けて俺の中で時間が止まる。

一年の時はみんな引いてた?

途中から当たり前になった?

いや、そんなことはどうでもいい。

 

それよりも。

 

「えっと…俺、彼女いない有名人なの?」

 

前に座る敦也を見ると、なんだ、今更か(笑)とでもいうような顔で頷く。

 

「おい敦也、まじか」

「なんだ、今更か」

 

意味ありげにニヤつきながら、(笑)を語尾に意識させるように敦也は言う。

 

「うわああああぁぁぁぁぁぁ!」

「っ…。おい、クロ、うるさいんだけど」

 

俺の叫びを耳に指で栓をしながら軽くあしらうの敦也の肩を掴んで目いっぱい揺する。

 

「敦也あ!どうして教えてくれないんだよおおぉぉ!知ってたんなら教えてくれよおぉ!俺たち友達だろう!?」

 

友達ってのは、包み隠さないものじゃないのか、敦也よ。

敦也はいつもの悪戯心を抱く子どものような笑顔を浮かべ、

 

「いや、本人が気づくまで見守るのが友達ってやつだろ?」

 

と、揺さぶられながらも、平然と返してくる。

 

「なんなのそのいらない優しさ!お父さんか!?お前は俺の父ちゃんなのか!?」

 

「そんな感じで名物になっちゃってるから、誰も『彼女がいない』っていうレッテルを剥がしてはいけないって、暗黙の了解が発生してるってわけ」

 

「なあっ!?」

 

涼香が止めの一撃を俺に差し込む。

彼女いない名物。

独り身のレッテル。

付き合っちゃいけないという暗黙の了解。

 

「お、終わった…」

 

がくり。

脱力して机に突っ伏す。

 

「俺、もう彼女できないこと確定してんじゃん…」

「ま、あと2年の我慢だ。大学行ったらなんとかなるだろ」

「大丈夫、くろくん面白いから、きっといい人見つかるよ!」

 

よくわからない励ましのような言葉が左から右へと抜けていく。

 

「涼香、それ褒めてんのか?」

「あはは〜」

 

俺は、目の前が真っ白になった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第3話 放課後カウンセリング

「・・・ねえ、クロくん。クロくんってば〜」

「おい、クロ。いい加減目覚ませって!」

 

バン、と背中に走った強い衝撃。

思わず息を吐く。

 

「はっ!」

「どんだけ凹んでたんだよ。ホームルーム、終わったぞ」

 

時計を見ると、時刻は15時58分を指していて、すでに放課後となっていた。

 

「マジか。もう、そんな時間か」

「全く、ショックなのはわかるけど、目を開けたまま失神しないでよね。クロ君の前の人も、プリント回すの大変そうだったよ?」

 

涼香の小言で、昼休みの出来事を思い出して再度目の前が真っ白になる感覚を覚える。

 

「いつまでも、凹んでんじゃねえ」

「っつ!いったぁ!!」

 

背中に走る先ほどよりも大きな衝撃。

俺の意識は再び現実に連れ戻された。

現実。彼女ができないことが約束された2年間という現実に。

 

「まあ、あんま気にすんなよ。他校の出会いとかもあるんだからさ。それより今日はどっか寄ってくか?」

「いいね!私、最近駅前に新しくできたシュークリーム屋さんに…って、くろくん?どこいくの?」

 

ふと立ち上がった俺への声に心の中で返事をする。

こんな時に、のんきにシュークリームなんて、食ってられっかよ。

 

「・・・俺は、カウンセリングいく。シュークリームは、二人で行ってきてくれ」

 

本音は口にできないので、建前で断って、俺はふらふらと教室を後にした。

 

「え、ちょっとくろ君?」

「そんな凹むことかよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうことがあったんです…」

「なるほどねぇ」

 

ここは一階の保健室の隣にあるカウンセリングルーム。

目の前で俺の話をうんうんと頷きながら聞いてくれているのは五十嵐先生。

俺達と一緒にこの学校に赴任してきた先生で白衣と黒縁の眼鏡が似合う俺の心のオアシスだ。

保健室担当、更にこの学校のカウンセリングを引き受けている。

 

「それで、俺、どうしたらいいかわかんなくて…」

 

俺の話が終わると先生は、いつもの柔らかい笑顔の上に困ったような表情を浮かべて俺を見た。

 

「そうよね…今更かとも思ったけど、一条君のことは私のところまで届いているし、結構有名よねぇ。というか、今更よね?」

「ぐっはあ!カウンセリングなのに、追い打ち!」

 

胸を掴んで、椅子の上で悶える。

くそ、静まれ、この胸の疼き。

 

「あはは、ごめんごめん!一条君、いじりがいがあるからつい」

「くっそぉ…」

 

何だこの教師。

ここのカウンセリング、患者の傷口に手突っこんでかき回してから始めないといけない決まりでもあるの?

何でここ来たのかわかんなくなってきたな。

 

「うーん、どうしたものかしらねぇ…」

 

その時だった。

ノックとともに、カウンセリング室の扉が開く。

 

「失礼します」

 

ノックの返事を待たずに入ってきたのは、どこかで見覚えのある、うちの制服を着たショートボブの小さな女子高生。略してJK。

 

「はあ、やっぱり来たのね」

 

先生の返事から、初めてではなく、結構な常連であることがうかがえるその子は、視線を泳がせて少しうなってから、勢いよく頭をさげる。

 

「先生、ごめんなさい。一緒に帰る友達、できませんでした!」

「まあ、残念だけどそう思っていたわ。でも、ちょっとだけ待って頂戴ね。今日はもう一人、悩める男の子がいるから」

「あ、すいません。それじゃあ終わったら…あれ?」

 

先生に促されて外に出ようとした彼女と、一瞬目があった。

 

しばしの沈黙。

 

やっぱり、どこかで会ったことがあっただろうか。

俺が感じているのと同じように、彼女も違和感があったのか、眉を寄せて俺を見据える。

俺はどこであったか、接点を思い出せずにただただ首を傾げていると、彼女は不意にはっとして、目を見開く。

 

「あ、もしかして、いちじょう、君?」

「そうだけど、俺のこと知ってるんですか?」

 

この時、冷静に答えたが、俺の内心では緊急脳内会議が行われていた。

彼女から発せられる、俺たちの接点について。

いつ出会った…?昨日?先週?一ヶ月、いや、もしかしてうん年前の子どものころ?

 

まさか、俺たちは、離れ離れになった腹違いの兄妹!?

それとも、親が幼い頃に決めてた許嫁!?

それか、幼き日に将来を誓い合った運命的な再会とか…!?

それとももしかして…!

 

数多の可能性が頭を駆け巡り、その期待が心臓を高鳴らせる。

そして、彼女の口から、ついにその、真相が…!

 

「あの、彼女がいないことで有名な、あの一条玄人君、ですよね?」

「…っぶ、ぐわぁ!!」

「うえぇ!?」

 

もっとも恐れていた、一番考えたくなかった可能性の一つによって、俺の無限大の可能性は見事に打ちのめされた。

 

「面白い子ねえ。普通に座ってる姿勢から、あんなにダイナミックに飛べるなんて…」

「え、なんで…?私、何かまずいことしちゃいました?」

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、俺って、そんな有名人だったのか…」

「あの、なんかごめんなさい」

「いや、いいよ。気にしてないし」

 

俺の隣に座った彼女は困惑しつつも、「なんか」という語を入れて、とりあえず謝ってくれた。

実際めっちゃくっちゃ気にしているけれど、モテる男は女には怒らないはずなので、紳士的な対応を見せる。

 

「優しいわね〜。実際とっっっても気にして、そのことでわざわざここまできたのに」

「っぐ…」

 

この人…いちいち俺のこと見透かして、隙を見つけては傷口に手を突っ込んできやがる。正直カウンセリング向いてないぞ。

 

「ま、まあそれはいいとして。それじゃあ、改めて。一条玄人です」

「あ、私は二神優白です。よろしくお願いします」

 

俺が姿勢を正して自己紹介すると、彼女もまた俺に体を向けて綺麗なお辞儀をしてみせた。

 

「それで、二神さんはどんな悩みがあってここに?常連っぽい感じだけど」

「うぅ。それは、その…ええっと」

 

妙に口ごもる二神さんを見てしまったと思った。

カウンセリングを受けにくるほどの人に悩みを聞くのはタブーだったな。

 

「ごめん!今のはなんとなく聞いただけっていうか…嫌だったら言わなくてもいいから!」

「いえ、いいんです。一条くんの悩みも聞いちゃったし、私の悩みも、聞いてください」

 

 

 

 

胸に手を当てて、頰を赤らめる二神さんに心臓が忙しく跳ねる。

 

少しの静寂を破って、彼女が口を開く。

 

 

 

「一条くん。二神さんはね、友達がいないのよ」

 

「先生!先に言わないでくださいよ!」

 

100%シリアス色だったはずの空気は、この空気ブレイカー五十嵐先生によってぶち壊された。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第4話 最果ての教室

ぶち壊された空気のまま、二神さんのカウンセリングは始まる。

 

「へえ、友達がいない、か」

「私、初対面の人と話すのが苦手で…それで、高校に入ってから、ずっと一人で…」

「それで、いつの間にか、ここの常連になっちゃったのよねえ」

「先生…」

 

どんな生徒に対しても、この人は毒舌であるようだ。

こんなのでよくカウンセリングが務まるものだ。

 

「それで、今日も友達、できなかったのか」

「うぅ…」

 

低く唸る二神さん。

 

「困ったな…」

 

去年、敦也と仲良くなる前、俺に言った言葉が頭を過ぎる。

『一つ教えてやるよ。学園生活における人間関係っつーのは1日目の午後1時までにほとんど決まると言っても過言じゃないんだぜ?その証拠に、僕を見ろよ。入学式初日に学校休んだせいで、今やクラスじゃ有名なぼっちだ』

よく堂々とあんなことを言っていたもんだ。

敦也の理論は一理あるが、本人が今ぼっちではないので、自分によって論破されているのだが。

 

「それで、先生。俺たちはどうしたらいいんでしょうか?」

 

俺個人には荷が重すぎるので、ここは大人である五十嵐先生の意見を聞くことにした。

きっと先生なら、何かしらの結論を出してくれるはず。

 

「んー。とりあえず一条くんの悩みは無理ね。運命の出会いにかけるしかないわ」

「えっ」

「二神さんの方も、本人が頑張るしかないわよね。一歩を踏み出す勇気が必要よ」

「それができないから今の状態なのに…」

 

大人の意見というのは、時に残酷であり、子どもである俺たちに無理難題を押し付ける。

恥を忍んで相談にきたというのに、こんなテンプレート以下の答えで片付けられたことへの不満が湧き上がってきた。

 

「わかりました…それじゃあ、俺は運命の出会いにかけます。失礼しました」

「え、一条くん?」

 

もう少し真面目に取り合ってくれると思ってたのに。

こんなとこに来た俺が馬鹿だった。

二神さんを置いて、俺は席を立つ。

 

「二神さんも、頑張って。また機会があったら、よろしく」

 

鞄を持ってドアに手をかける時、後ろから五十嵐先生に呼び止められた。

 

「はあ。待ちなさい。最近の子は、冗談もわからないのかしらねえ。ちゃんと考えてあるから、拗ねないの。ほら、二神さんも、ついて来なさい」

 

立ち上がった先生が俺より先に外に出て、廊下を一人歩き出す。

 

「一条くん。先生も悪い人じゃないので、そんな怒らないであげてください」

「…ごめん。行こうか」

 

自分の子どもさを痛感しながらも、俺は二神さんとともに先生の後を追った。

 

 

 

 

 

北校舎1階の保健室兼カウンセリング室から、五十嵐先生に連れられ、俺たちは今南の部活棟3階へ続く階段を登っている。

吹奏楽部の演奏と軽音部の低いベースの音が混ざり合って奇跡的に一つの音楽を形成しているかのように調和していて、同じ部屋でやってるんじゃないかとさえ思えてくる。

 

「とうちゃーく」

 

普段上がらない階段を上がって軽音部、オカルト研究会などの部室の前を通り過ぎ、一番奥の扉の前で、先生は立ち止まった。

その扉は部活棟にもかかわらず、他の教室のように部活動の名前の書かれた看板や飾り付けもなく、外から見たら完全に空き部屋にしか見えなかった。

 

「ここは…?」

「ほら、入った入った」

 

先生はその扉をノックもなしに遠慮なく開け、俺たちを手招く。

中に入ってみると思った通り、生活感も清潔感も感じられない、完全な空き教室だった。

部屋には長テーブルが斜めに置かれていて、2脚のパイプ椅子が無造作に鎮座している。入ってすぐ目に入った棚はどれくらい手入れがされていないのか、一目で分かるほどに真っ白な埃を見にまとっていた。

 

「なんですかここ…埃がすごいな」

 

口を制服の袖で覆いながら窓まで歩き、窓を限界まで開ける。

外から吹き込む風は教室の中を一巡りして、所々で眠っていた埃は宙を舞った。

 

「ごほっごほっ!わあ、埃が…!」

「あらら、やっぱり汚いわねぇ。一旦、外に出ましょうか」

 

教室の窓を全て開けきって、その不健康極まりない教室から脱出する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、新しい部活?」

 

外に出て換気をしている間、五十嵐先生は俺たちをここに連れて来た理由として部活を始めろと言い出した。

 

「そう。二神さんと一緒に、ここで部活動をしなさいっ」

「えぇ…!?」

二人とも、今のところ帰宅部でしょ?2年生から新しい部活を始めるなんて事はないし、大丈夫よね?」

 

肩をビクッと跳ねさせて驚く二神さんの横で、先生は勝手に話を進め始めた。

 

「まあ、取りあえず部室はこんな感じだから、まずは活動できるように掃除から始めましょうか。それと部活動を作る上でわからないことがあったら…」

「ちょ、ちょっと待った!」

「何?」

「何、じゃないですよ。なんで部活なんて始めないといけないんですか?」

 

いきなりこんな最果ての地まで連れていかれて、その上部活なんて。

先生はもしかして、問題の解決ではなく、発散を促そうとしているのであろうか。

 

「ああ、そうよね。いきなりすぎたわよねぇ、ごめんごめん」

 

ごほん、とかわいく咳払いして、先生は説明を始めた。

 

「えーっと、それでね、私が思うに、レッテルをはがすには、一条君と二神さんで部活動を始めればいいと思うの。活動としては、そうね、ここで生徒の相談を聞くなんてどうかしら」

「生徒の相談を聞く?」

「そう。それでね、一条君は人の悩みを聞いてくれるこの学校の相談窓口っていうレッテルで、彼女がいないっていうレッテルに上書き!二神さんは人と話す練習をして、コミュニケーションのとり方を学ぶっていう作戦よ!」

 

語尾を強調して、先生は両手を交差して変なポーズでカッコつけてみせた。

 

「ふむ、なるほど、確かにその作戦は素晴らしいかもしれないですね。ってかそこまで考えてるなら、もったいぶらないで最初からそう言ってくださいよ」

「ふふ、こういうのは、サプライズがいいんじゃない。ね、二神さん?」

「あ、はい」

 

サプライズねえ。

二神さんちょっと引いてるように見えるんだけど。

 

「とりあえず、今日は掃除して、明日からちゃんと使えるように綺麗にするだけでいいかしらね。後、部活動設立なんだけど、明日までに申請用紙もらってくるから、良い部活名考えといてね。私は保健室に戻るから。それじゃ、青春しなさい」

 

カツカツと床を鳴らす音とともに俺たちから先生は遠ざかる。

残された俺たちは、ただ先生の後ろ姿を見送る。

 

「嵐のような人だ」

「あはは…。とりあえず、掃除しましょうか」

「そうだね」

 

新しい部室を再び開け放ち、二神さんが中に飛び込む。俺もそれに続いた。

換気をした甲斐あって、先程と比べて空気が綺麗になったことが分かる。

 

「まずは、何から始めましょうか」

 

夕暮れの空き教室、まだ宙を舞う埃を窓から差し込む夕日が反射してできた光の粒が舞う中、手を後ろに回して俺に向き合う二神さんは、ただ綺麗だった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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第5話 夕暮れと青春

「まあ、こんなもんか」

 

埃だらけだった教室で掃いて拭いてを繰り返し、時計の針が5時を指す頃には、我が部室はまだ埃が舞ってはいるが比較的居心地がよくなった。

 

「ふー。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。喉乾いてない?ジュース買ってこようか?」

「ありがとうございます。今日はお茶があるので大丈夫です」

「そっか」

 

水筒を取り出して長テーブルの上に置く二神さん。

俺も一息つこうと、椅子を引っ張ってきてその隣に座る。

ちょうどその時、長テーブルに置いていたスマホが振動してうるさく音を立てる。

 

「おっと。あいつらか」

 

 

『新しい駅前のじゃんじゃんぼしゅーくりーむだよ!くろくんも今度一緒に行こうね(*'▽')』

 

『まじででかすぎ、もう頼まねえ』

 

涼香と敦也のグループトークが始まっていた。

二人の発言の後、画面に現れるどでかいシュークリームを前に目を輝かせる涼香と戦慄する敦也のツーショット写真。

涼香の自撮り棒のせいか、少し上から撮られていて、通りかかる人も巨大なそれに目が釘付けになっているのが見える。

 

『これシュークリームじゃないよね。シュークリームだったとしても普通サイズのやつを遠近法ででかくしてるだけだよね?』

 

『そんなわけないじゃん(; ・`д・´)くろくんも今度一緒に行けばわかるって!』

 

『クロ 僕も引いた。主にそのでかさと値段に』

 

『値段なんて気にしない♪青春の1ぺーじだよ!』

 

それからしばらく敦也と涼香の二人の発言でトークが盛り上がる。

ってかお前ら今一緒にいるんじゃないのかよ。

一緒にいるのにわざわざトークするとか、何?俺に気遣ってんの?

 

ピロリンピロリン。通知音の嵐が鳴りやまない。

シュークリームの話は、いつの間にやら青春とは何かという、実に哲学的な話題になった。

 

「はは。話題飛びすぎだろ」

「…」

「ん?うわっ!!ど、どうしたの二神さん!?」

 

気づくと二神さんは俺と密着するくらい隣にいて、俺のスマホの画面を覗き込んでいた。

反射的に仰け反って椅子から落ちそうになるのをぎりぎり堪えて、二神さんと距離を取る。

 

「…一条君は友達がいて羨ましいです」

「あ、ああ。でも、俺もこの二人くらいしか友達認定できるのいないよ?」

 

スマホを二神さんの前まで向けて、先ほどのシュークリームの写真を見せる。

 

「一人でも二人でも、いないよりはいいじゃないですか」

「…」

 

言葉が詰まった。

友達がいないってのは少ないとかじゃなくて本当に一人もいないのか。俺も一年の時友達いなかったけど、やっぱ辛いよな。

相変わらず羨ましそうに二神さんは写真を覗いている。

 

「それにしても、この二人、どこかで見たような…」

 

「あら、随分綺麗になったわね〜」

 

その時、硬い靴をならす音とともに五十嵐先生が、ノックもせずに我が部室へと入って来た。

 

「先生。ノックくらいはしてくださいよ」

「いいじゃない。突然入られて困るようなこととかしてるわけじゃないんだし」

 

正論に聞こえるような気がするが、あなた教師ですよね?そういうところはしっかりしましょうよ。

 

「それはそうですけど。それで、どうかしましたか?」

「あ、うん。さっき言い忘れたことがあってね」

 

先生は抱えていたバインダーから一枚の紙を取り出して長テーブルの上に置いた。

俺たちは寄り添って用紙を眺める。

それには『部活動・同好会申請書』と見出しに大きく書かれていた。

 

「さっき思い出したんだけどね。部活動の設立には顧問の他に五人の部員が必要なのよねぇ。後三人、部員を集めて欲しいんだけど…」

「5人ですか。多いですね」

「…」

 

横で固まる二神さん。まあ、二神さんには当てがないのは俺も先生もも承知の上だ。

ただ後三人となると俺も正直…

 

「俺、三人集めれるほどそこまで仲良い友達いないですよ?」

「うーん。じゃあ後一人でもいいわ。三人なら同好会ってことで、活動は認めて貰えるから」

 

後1人か。

それなら俺も一応誘えるかもな。

 

「わかりました。それじゃあ明日、あたってみます」

「ありがとう♪あ、でも入るって言っても、一回私のところに顔合わせに来てね?」

「え、なんで?」

「だってぇ」

 

カツ、と床を踏んで俺の顔の横まで先生が前かがみになる。

ふわっと甘い香りとともに、先生の囁き声が耳を撫でる。

 

「二神さんとうまくやれる子か確かめないといけないじゃない」

「っ!そ、そうですね!」

 

平静を保ってどうにか答える。

危ない。一瞬ときめきかけた…

 

「それじゃあそういうことで!後これ、ここの鍵。どうせ使わないから、どっちかが持ってて良いから。今日は帰って、明日からちゃんと活動頑張ろう!」

 

先生は星が飛び散るのが見えるくらい可愛くウインクをすると、俺たちの返事を待たずに出ていった。

 

「本当に嵐のような人だな。俺たちも帰ろうか」

「一条君。部員の話なんですが、私…」

 

帰り支度の途中、二神さんが真っ青な顔をする。

 

「大丈夫、わかってるから!俺も一応、二人くらいならあてがあるからさ。駄目でも、そいつに名前だけでも貸してもらうから、気にしないでいいよ」

「う…。ありがとう、ございます」

 

まだ肩を竦めていた二神さんだったが、それでも少しは安心したようで、顔色は良くなったように見えた。

 

「うん。後、鍵は二神さん持っててよ」

「わかりました」

 

机にあった鍵をとって、二神さんが鍵を閉めるのを待ってから、一緒に部室を後にした。

 

 

 

部活棟から長い道を経て昇降口へと着く。

新しい自分の下駄箱に靴をしまう中、俺のところと近い下駄箱から靴を取り出す二神さんに違和感が。

 

「一条君?どうしました?」

「二神さん下駄箱近いね。隣のクラスなのかなー…」

 

下駄箱に貼られた所属する教室の記されたシールを見てはっとする。

二神さんのところに貼られた『2-C』という、俺と全く同じのシール。

 

「って、同じクラスじゃん!!」

「知らなかったんですか!?」

 

知らなかったよ。

今日一のびっくりだよ。

 

俺たちの叫びは、人気のない昇降口を響かせ、こだまさせるのに十分な声量だった。

 

 

 

 

「それじゃあ、俺こっちだから。帰り道気をつけて。明日からよろしくね」

「はい。また明日」

 

橋を渡ったところで二神さんと別れ、夕日を反射しながら道路を走る車を見ながら俺は今日の出来事を思い出していた。

 

「なんか、久々にイベントの多い一日だったな」

 

清く正しく登下校をしていた帰宅部の俺にとって、今日の部活動加入というイベントは珍しいビックイベントだった。

 

「とりあえず、部員集めないと、か。敦也と涼香、入ってくれるかなぁ」

 

ヴヴヴヴ。

うるさすぎて途中からマナーモードにしていた携帯が制服のポケットの中で蠢く。

 

「うわ、なんだこれ」

 

ずっと見ていなかったグループトークはスクロールしても中々底が見えないほど議論をしていたみたいだったが、ついに二人の結論が出ていた。

 

『結論。青春とは、理由が無くても共にいられる友人と過ごす時間が、さも当たり前に感じられる期間のことをいう』

 

『青春とは、シュークリームだ☆』

 

恋愛とか関係ないとこが敦也らしいな。

涼香は…なんつーか、ノリで言ってそう。

 

俺も俺なりの考えを書いて、スマホをしまって歩き出した。

 

『いや、どっちもこじらせすぎだろ。青春とは情熱的な恋愛だ』




よく思いますが、部室があるっていいですよね。
私は結構入り浸って、グダグダやってたので、校内にプライベートスペースがあることに感動を覚えたものです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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第6話 お寝坊姫と2匹の忠犬

「それじゃあ俺先に出るから。食器流しに入れて、遅刻しないようにな」

「ふあぁ。んー…。いってらっしゃ〜い…」

 

いつもと変わらない朝。寝巻き姿で寝ぼけまなこの妹に声をかけ、家を出る。

雲の形が違うくらいで、日差しも、街並みも、見飽きたと感じさせることがないほどに刺激を感じない風景も、俺の時計の針もいつもと同じように秒針を働かせる。

 

「さて、今日もお姫様を迎えにいきますか」

 

いつものように、俺の足取りは学校ではなく駅へと向けられる。

お姫様と、それを待つ忠犬に会いに行くために。

 

 

 

駅の改札にて。

ちらほらとスーツを着たサラリーマンや包みを持ったおばあさん、大きなキャリーケースを引いて時刻表とにらめっこをする人がいる中で、俺の探す制服姿の友人の姿はすぐに見つかった。

 

「よう、クロ公」

「おはよう、忠犬の敦也くん」

 

忠犬の挨拶をして、俺たちはお姫様を待つ。

電車の到着とともに改札から多くの人が押し寄せてくるが、その中に俺たちの探すお姫様の姿はない。

 

「クロよ。今日もあいつは電車を逃したのか?」

「いやいや、お姫様は準備に時間がかかるんだよ。女の子だしね」

 

鳴り響く通知音。

全く、女ってのはめんどくせえな。

スマホを取り出し、そう言って俺にスマホを見せてくる。

 

『ごめーん、乗り過ごしちゃった(T ^ T)先に行ってていいよ!』

 

「ああ…敦也さん、どうされます?」

 

敦也はため息をついて面倒くさそうに頭をかいて歩き出す。

駅から出て、外の広場のベンチに腰を下ろす。

 

「困ったお姫様だ。犬二匹を朝っぱらから待たせるとは …」

 

そう愚痴る敦也は口は悪いけど、なんだかんだ待ってくれるから優しい。

 

「全くだね。今日の予習やった?」

「適当なこと抜かすな。今日も予習なしのガイダンスだろうが」

「あ、そうだった」

 

俺も隣に座って、時間的余裕もない中敦也と共に時間を潰し始めた。

 

 

 

適当に時間を潰すこと数十分。

電車が到着してきたのか、駅の中から人が列をなしてやってくる。

通勤ラッシュと呼ばれるこの時間は制服姿の学生はほとんど見当たらずサラリーマンが多く、電車から出るものと上りの電車に乗ろうと改札の向こうに消えるもので賑わっていた。

 

「おはよ〜!待っててくれたんだ!」

 

時刻は7時57分。最寄りの高校でも10分はかかるので駅にいる学生は自転車でもない限り遅刻にリーチがかかっているのがほとんどなはずだ。俺と敦也もそれに該当するのは言うまでもないが、特に異彩を放っているのはこちらにかけてくる我が校の制服を着た女子高生。

涼香は三つ編みを揺らしながら、俺達のところまで駆け足でやってきた。

 

「先に行ってくれてもいいのに」

「まあ、いつものことだしさ」

「早く行こうぜ。どうせ遅刻だけど、せめて遅刻しないように努力はしようぜ」

 

今の時間なら、少し急げば間に合うが、自分の発言に反して、急ぐそぶりすら見せない敦也に続いて、俺たちは悠々と街を歩き始めた。

 

 

ある程度歩き、商店街に入った。

ここからまっすぐいけば、大きな通りに出ることができ、歩道橋を渡るか信号を待って横断歩道を渡れば学校に着く。

 

「えへへ」

「どうかした?」

「ううん。二年になっても、こうして三人、一緒に学校に通えてよかったなあって」

「そうだね」

「…」

 

笑顔の涼香とは裏腹に、浮かない顔の敦也。

俺たちは一年のある時に起こったことが原因で、涼香のために駅からはどちらかが欠けても必ず一人は一緒に学校に行くようにしている。

そうしなければならないことが、涼香に辛い思いをさせていると考えている敦也にとっては複雑なんだろう。

 

「くろくん、敦也くん。今年も、よろしくお願いしますっ!」

 

不意に立ち止まって、俺たちに向かって深々と頭を下げる涼香。

 

「ああ、こちらこそよろしく」

「もう正月は過ぎてるけどな。まあ、よろしく」

「いいじゃん!いつだって、挨拶は大事なの!」

 

振り返った敦也はいつものように口角を上げて軽口を叩いた。

人通りの少ない寂れた商店街でこんなやりとりをしながらスロースペースで歩く俺たちは、刻々と迫る登校時間を誰一人として気にしていなかった。

 

 

 

案の定、学校へは遅刻した。

それはむしろ清々しいほどの遅刻ったが、一時限目の始まりで先生が前の扉から、俺たちが後ろの扉からほぼ同時に教室に入り、起立した生徒に紛れて自分の席に行き、荷物を持ったまま礼をして席に座ることで授業には遅れずに済んだ。

この先生にはばれてないかと思うが、朝のホームルームに出席していない時点で担任には遅刻か欠席にされていることだろう。

 

 

 

 

 

昼休み。

 

「敦也くん。昨日言われた通り、卵焼き作ってきたよ」

「お、さんきゅ。ん、やっぱうまいな」

「えへへ。敦也くんいつもそう言ってくれるから、作った甲斐があるなあ」

 

涼香の作る卵焼きは、敦也曰く直球ドストライクレベルで好みらしく、涼香の卵焼きを差し出せば大抵のお願いは聞いてくれる。

涼香もうまいと言われるのが嬉しいようで、敦也のために卵焼きに弁当のスペースを多めに取っているのが、なんとも微笑ましく、付き合ってるみたいで妬ましい。

くそっ。

 

「それで、クロ。昨日のカウンセリングは?」

「あー、そういえば、そんなことあったね。どうだったの?」

 

卵焼きを飲み込んで、敦也が聞いてきた。

俺から話そうと思っていたのだが、振ってくれたので話しやすい。

 

「ああ、部活に入ることになった」

「…はあ?なんでまた今になって部活なんかに…」

「実はね…」

 

そこで俺は昨日のことを話した。

カウンセリングに行き、部活棟の最果てまで連れていかれ、『彼女いない』のレッテルをはがすために、生徒のお悩み相談窓口的な活動をすることになったこと。

 

「へ〜。なんか面白そうな部活だねー」

「んー。まあ頑張れよ。涼香のことは心配しなくていいからさ」

 

そう言って再び卵焼きを口に運ぶ敦也。

他人事のようだが、本題はこれからなんだ。

 

「それでね、部活って5人からじゃないと始められないらしくてさ。今は2人しかいないから、少しでも部員を集めないといけないんだ。二人とも、一緒に入ってくれないか?」

 

突如二人の手が止まる。

一方は鋭い眼を顰めて露骨に嫌な顔、もう一方はキラキラと輝きを宿した眼で嬉々とした顔。

それは条件反射のように、二人の顔に浮かび上がった。

 

「嫌だよ。なんで今から部活なんかにはいらないといけな…」

「部活!?くろくんと、敦也くんと一緒に部活!?」

「あ、ああ。三人いれば、とりあえず同好会として成立させられるから、最悪名前だけでも貸してもらおうと思ってたんだけど…」

「名前だけなんてもったいないよ!私も三人で部活動やりたい!」

 

なぜか俺よりも乗り気な涼香。

二人の反応は大体予想はついていたが、ここまでのリアクションを得られるとは思っていなかった。

逆に食いつきがよすぎて反応に困る。

 

「そうか。じゃあ二人とも、頑張れよ」

 

あ、こりゃダメなやつだ。

瞬間的に敦也はそう判断したのだろう。

徐に席を立ち、昼食の入った袋をもって教室を出ようとする。

しかし涼香が許さない。

細い腕が敦也の腕に絡む。

 

「何言ってるの?敦也君も入るんだよ?」

「そちらこそ何を仰っているんだか。三人で同好会になるなら、もう涼香が入ればいいだけだろ。そうだよな?後離れろ」

 

チラッとこちらに救いを求める敦也。

悪いな。だが俺も今回ばかりは引かないぞ。

 

「ああ、でも、人の悩みを聞く活動だから、いろんな人の考えを取り入れないといけないだろ?それに、多い方が賑やかで楽しいじゃん!だよね、涼香?」

「流石くろくん!ね、敦也くん、一緒に頑張ろう?」

「…まじで嫌なんだけど」

 

やはり渋る敦也。

仕方がない。それなら名前だけ貸してもらおう。

 

「じゃあいいや、名前だけでも…」

「しょうがないなあ。敦也君ちょっと」

「ん、なんだよ」

 

俺の言葉を遮って、涼香は敦也に耳を貸せと促す。

背の低い涼香に合わせて敦也が屈むと、涼香は敦也の顔に自分の顔を寄せる。

 

おいお前ら。

腕組んで顔近づけて何内緒話してるんだよ。

彼女のできない俺への当てつけか!?

くそ!いいもん!昨日似たようなこと先生にされてるもんね!

 

「…」

「…?…!」

 

何を耳打ちしているのかはこちらには聞こえなかったが、敦也の眉が一瞬跳ねたかと思うと、少し考える素振りをしだした。

 

「どうかな、敦也くん」

「…わかった。僕も部活入るよ。よろしく」

「うん、よろしくね♪」

 

まじかよ。

あの敦也を納得させた?一体どんな案件で?

でも耳打ちするってことは、少なくとも俺が聞くものでもないだろう、黙っておこう。

とにかく、これで頭数は揃った。

後は、あの人の裁量にかかってるか。

 

「じゃあ、この用紙に名前書いてくれ。それで、顧問の先生が入部希望者と一度顔を合わせたいって言ってるから、放課後、挨拶に行こうぜ」

「うん、了解!」

「ああ…」

 

用紙を渡すと、二人はそれぞれ名前を書いていく。

こうして構成員名簿には綺麗な名前と乱雑な名前が並んだ。

 

「ねえくろくん。この代表者の部分は空いてるんだけど、それがもう一人の部員さん?」

「ああ、そうだよ。後はそれと部活動名と顧問の先生からサインを貰えば…」

 

教室を見回してみたが、その欄を埋める人物は、やはり教室にはいなかった。

 

「放課後、楽しみだね〜」

「あー、そうだな」




最後まで読んでいただきありがとうございます。
名前が難しいというご意見をいただいたので、上にルビを振る方法を模索中です。出来たら一度編集を入れてみようと思います。
出来なかったら人物紹介でも挟みます…!
ご意見ご要望などございましたらどんどん取り入れていきたいと思うので、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


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第7話 ご無沙汰してます、先生

「はい。じゃ部活頑張れよ。帰宅部も全国目指して励むように。さよーならっと」

 

ひと笑いして放課後。

新しい担任は適当だが、洒落が利いていて面白いおかげでクラスでは人気を集め始めていた。

鞄にホームルームで配られた色々な用紙をしまっていると、敦也と涼香がやってきた。

 

「クロ、顧問との面談だったか?早くいこうぜ」

「ああ、いこうか」

「楽しみだなぁ!」

 

ついでに二神さんも…

そう思って教室を見回すが、すでに彼女の姿は見当たらない。

おい、どんだけ教室出るの早いんだよ。

マジで帰宅部で全国狙えるんじゃないの。

 

「ま、いいか。案内するよ」

 

プリントをしまい終わり、俺たちはまだ賑わう教室を後にした。

 

 

 

 

 

「それにしても、いちいち生徒と面談したいって、そんな律儀な先生がいたとは知らなかったよ」

 

手提げの鞄を肩の背負って不良っぽく歩く敦也が感心するように言う。

 

「ああ、何でも部活内でうまくやっていけるようなやつかどうか、直接会って判断したいんだってさ」

 

正確には我が部の部長(二神さん)と仲良くやれるかどうかなんだけどね。

 

「品定めってことか。新設の部活だから、そう言うこともあるのかね」

「でも、顧問の先生ってどんな人だろう?怖い先生だったらどうしよう…」

 

両手を抱いて小さくなる涼香。

喜んでテンション上がったかと思えば、ビビってテンション下がって、忙しいな。

 

「喜んでテンション上がったかと思えば、ビビってテンション下がって、いちいち忙しいやつだな」

 

俺の思考とほとんど同じことを敦也が言いだした。

なんだ、お前読心術でも極めてるのか?

 

「だってさ、これっていわゆる面接だよ?最悪先生が気に入らなかったら、落とされるかもしれないんだよ!?」

「何言ってるんだか。その点なら、心配いらねえよっ」

「あうっ!」

 

敦也の手刀が涼香の頭に炸裂する。

敦也も手加減してるんだろうが、痛そうに頭を抑える涼香が涙目で敦也を見る。

 

「いたた…。どうして?」

「どうしてって…考えても見ろ。部活立ち上げるのに五人、同好会で三人必要って言ってるのに、わざわざ入りたい奴落としに来るわけないだろ。それに部活はバイトや仕事じゃないんだ。部活の参加は生徒の自由意志だ。それを拒んでいいなんてことは、普通ありえないんだよ」

「…なるほど」

 

適当なことを言うかと思ったが、案外筋が通った敦也の意見に、俺は素直に納得して感嘆の声が漏れた。

 

「だから何があっても堂々としてればいい。教師からの点数なんて挨拶が元気にできれば、第一印象で稼げるからな。女なんて特に、愛嬌があればブサイクだろうがなんとでもなる」

「なんか達観してるな…」

「ねえ、敦也くん。そのブサイクでも愛嬌があればって、遠回しに私に言ってるの?」

 

ブサイクという言葉が引っかかった涼香は頰を膨らませて敦也を見上げていたが、敦也はそれを見ることなく平然と答える。

 

 

「いや?涼香はうちの学校でも整ってる方だろ。信じられないなら今年の十桜祭のミスコンでも出て見たらいいだろ。最終選考までは余裕で残れると思うけどな」

 

敦也、すげえ。

涼香、赤面。

 

「…っ!あ、そ、そうかな…?」

「おう、もし出るなら一票は確実だ。期待しとけ」

「え?あ、ありがとう」

「…」

 

甘酸っぱ!何この薔薇色な会話!

羨ましすぎるんだけど!?

俺もこんな会話したいなあ!

 

顔を赤くする涼香の横で、平然と歩く敦也の余裕っぷり。

俺もこんな風に打算無しに相手を褒められれば、今頃はフラグの一つでも立っていたんだろうか…?

 

 

 

 

 

しかしそんな敦也の表情は、保健室の前にたどり着くと同時に陰りが生じた。

 

「ほら、着いたよ」

「保健室?もしかして顧問って、ここの先生が受け持ってんの?」

「ああ、言い忘れてたね。そうだよ。俺たちの悩みを解決するための部活だからね。顧問も責任取って引き受けてくれたんじゃないかな」

「そうなのか…」

 

何故か先ほどまでどっしりと構えていた敦也が少し落ち着きをなくしていた。

 

「ええっと、と言うことは顧問の先生って…」

 

気づくと涼香も固まっていて、ランドセルを背負う小学生のようにリュックの肩のベルトの部分を固く握り締めていた。

 

「涼香、いいのか悪いのかわからないけど、とりあえず大丈夫そうだな…」

「そうだね、敦也くん…」

「ん?まあいいや。いくよ?」

 

ノックをして、向こうから五十嵐先生の「は〜い」という返事が聞こえたので、ドアを開ける。

 

「失礼します。昨日言ってた、入部希望の件で、二人集まったので顔合わせに来たんですけど」

「あ!そうだったわね!それじゃ、隣の部屋に移りましょうか」

 

先生は少し嬉しそうに、保健室とカウンセリング室をつなぐ扉を開けて隣の部屋に移った。俺たちは廊下側から、隣のカウンセリング室へ足を踏み入れる。

 

「それで、その子達は?どうして入ってこないの?」

「え?」

 

一緒に入ったと思っていた二人はまだ廊下にいて、教室に入ろうとしない。

 

「どうしたんだ?入ってこいよ」

「失礼します…」

 

その呼びかけから少しして、涼香がひょこっと入り口顔を出す。

 

「…えっと。俺たち(・・)と同じクラスの四季りょ…」

「涼香ちゃんじゃない!久しぶりねぇ!」

 

俺の紹介が終わるよりも先に、先生は涼香の前に駆け寄り、そして抱きついた。

 

「うわぁ!もう先生!子どもじゃないんですから、抱きつかないでくださいよ〜」

「ずっとこないから、心配してたのよ〜」

「え、えっと…」

 

突然の出来事に戸惑う俺。

何?涼香さん?面識あったの?

その戸惑いに追い討ちをかけるように、敦也が面倒そうに教室に入ってくる。

 

「全く。やっぱり梨紗(りさ)姉だったか…」

「おお、誰かと思えば敦也くんも!?一条くん、随分と良いカードを引いたわね!合格よ!」

「え?え?え?」

 

戸惑う俺を見た敦也が俺の隣にやってきて手短に説明する。

 

「実は僕たち一年前から、面識あるんだよ」

「…は?」

 

俺にそれだけ言って、涼香に抱きつく五十嵐先生に敦也は頭を下げた。

 

「ご無沙汰してます、先生。…形式的な挨拶はこんなもんでいいだろ。久しぶり、梨紗姉」

「うん、ご無沙汰です♪」

「先生、そろそろ離して…!」

 

「ええぇぇぇ…」

 

顔合わせの場が、一瞬にして感動の再会の場になり、俺は敦也の言葉に対して、ただ驚きの音を垂れ流すことしかできなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
ルビの振り方について調べて見たら結構簡単にできたので、今までの話でも振り直して見ました。

これで当面の名前の読みにくさは解決して、ルビが振れたので人物紹介をする必要がなくなってしまいましたが、これについては読んでいただいた方からのご要望があるか、自分が書きたくなったら書くことにします。
何かご意見ご要望などございましたら、お気軽にお声掛けください。
それでは、また。


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第8話 青春の聖地

「それにしても、一条くんがこの二人を連れてくるなんてね〜」

「僕もリサ姉が顧問だとは思わなかったよ」

「でも、先生でよかったあ」

 

色々あったが俺たちは先生が入れてくれた紅茶を飲みながら、談笑している。

俺はその輪に入れなさそうだから小さくなって紅茶をすすっていると、敦也が両手をパンッと音を立てて合わせた。

 

「ま、咲かせるほどの昔話もないし、さっさと本題入ろうぜ」

「ええ!?ちょっと、随分と薄情じゃない!?」

 

敦也は平常運転で気を遣うことなくそう吐き捨てて、本題に入ることを促してきた。

少しそっけない気もするが、早くしないと二神さんも一人で待たせ続けることになるだろうし、この場は敦也に乗ることにする。

 

「クロ、頼む」

「ああ。わかった。先生、とりあえず入部希望者二人集めたし、同好会ってことでいいですか?」

 

申請書を長テーブルの上に乗せると、少し膨れながらも先生はそれをつまみあげ、俺たち三人の名前に目を通して言う。

 

「ええ、この二人なら間違いないわ。私の名前とはんこは、部活動名と部長の名前を書いて持ってきた時に押してあげるから。それじゃあ話も終わったことだし…」

 

手短に話を終わらせ、それを俺の元に返すと、先生は目を輝かせ身を乗り出す。

 

「最近の二人の話、色々と聞かせて!」

「遠慮しとく」

 

バッサリと切り捨てる敦也の一言。

いやまあ、早く部活行かないと二神さんにも悪いからね?

そういう意味で早く行かないとだから遠慮しとくっていう気遣いだよね?

 

「…最近の二人の話、色々と聞かせて!」

「遠慮しとく」

「…最近の」

「遠慮しとく」

「…」

「遠慮しとく」

 

あ、これ気遣いじゃない。ただ面倒なだけだ。

最後の「遠慮しとく」ってもう何も考えないで言ってるだろ。

敦也の変わらない『いいえ』の連打に、先生もついには黙り込んでしまった。

 

「すいません。僕たち部活なんでこの辺で。行こうぜ二人とも」

「え?あ、うん」

 

席を立とうとする敦也と、戸惑いながらも立ち上がる涼香。

先生はそんなドライな敦也の背後に回り込んで肩を掴み、無理やり椅子に座らせる。

 

「なんでよぉ!?ちょっとくらい話してくれたっていいじゃないのぉ!」

「いつの間に!?」

「っ!おい、離してくださいよ。これから部活行かないといけねーんすよ」

 

肩を握る力が強いのか、一瞬眉をしかめると、敬語なのかタメ口なのかわからない口調で、敦也は反抗の目つきで先生を睨みつけた。

大抵の人ならば怖気付くその鋭い眼光に、先生は物怖じしない。

 

「ねえお願い!後5分でいいから!ちょっとでいいから!お願いだからぁ!」

 

敦也を離すまいと、肩を掴んでいた手は敦也の胸の前に交差し、後ろから抱きつく姿勢になった。

先生ほどの美人に後ろから抱きつかれたら常人ならば速攻で落ちるはずなのだが、敦也は取り乱すことなく、めんどくさそうに舌打ちをしてみせた。

 

「お願いぃ、ちょっとでいいから、お話ししようよぉ…」

 

ついに涙声になってぐずり始めた。

ええ、泣いた?

昨日散々俺のことをいじり倒してくれたドSなあの先生が、生徒一人に泣かされただと!?

敦也、お前ってやつは…。

 

「…めんどくせえ。取り敢えず席つけ。5分だけだからな。その代わり涼香とクロは先に行かせるぞ」

「うん、それでもいいがら…」

「はあ。そういうことだからさ。二人とも悪い。先に行っててくれ…」

 

右手を挙げて、敦也は親指で俺たちに出口を指した。

 

「お、おお。敦也も、後で来いよ」

「ああ。後でちゃんと向かう。我が部の部長にもよろしく言っておいてくれ」

「敦也くん、また後でね。先生も、また今度お話ししようね」

「うぅ、うん…またね…ぐすっ」

「ほら、さっさと座って、カウンセリング始めますよ」

 

どっちのカウンセリングだよ…。

俺と涼香はカウンセリング室の扉をそっと閉める。

一人の犠牲を残して。

 

「先生、なんでそこまで敦也と話したがるんだ…?」

「あはは。先生は敦也くんがお気に入りだからね…。久しぶりに会えて嬉しかった、的な?」

「…」

 

初耳だよ全く。

結構長く友達やってたけど、まだまだ知らないことがあるとは。

友達…?

 

 

 

あ、二神さん。

 

 

 

「っと早く行こう。ずっと部室で一人で待たせるのも悪いし」

「あ、それってこの部の部長さん!?どんな人なんだろう、仲良くなれるといいな〜」

「仲良く、ね。うん、なれるといいな」

 

放課後を迎えてそこまで時間の経っていない、まだ賑わっている廊下を歩きながら、俺は二神さんが仲良くできるか、それだけが気がかりだった。

 

 

 

 

部活棟の階段は登校の時と比べて登るのが苦ではない。

授業への憂鬱も、クラス独特のスクールカースト制度もない新しい世界に、俺はむしろ心を躍らせている。

 

「というか青春の聖地だよな。部活棟って」

「そうだね〜」

 

隣を歩く涼香も、いつもよりもご機嫌な足取りで、一本に結んだ三つ編みを揺らす。

階段を登って3階にたどり着くと、涼香は廊下の中心でくるくる回って、教室を指差す。

 

「文芸部、放送部、軽音部、オカルト研究会…!この高校って、こんなに部活あったんだ〜」

「うちの学校は文武両道を掲げているからね。この校舎全部部室に使うくらいだから相当だよな」

 

我が学び舎は部活動に力を入れており、特に文化系部活動の功績が目を見張るほどで、そのおかげか、学校側でも部活に入ることを強く推すため、我が校の部活動加入率は95パーセントを超えているらしい。

 

因みに運動部の部室は体育館、そしてグラウンド前にアパートのような建物にそれぞれ割り当てられている。

 

「くろくん!部室はどこ?」

「うん。ほら、あそこに…」

 

俺は昨日まで空き教室だった、最果ての教室へと歩く。

相変わらず部活名も書いていない教室。

俺たちの新しい部室。

 

「涼香、ちょっと待っててくれ。部長になる人なんだけど、人見知りでいきなり入ったら緊張しちゃうからさ。俺がいいって言うまで外で待っててくれ」

「そうなんだ〜。わかった。待ってるねっ」

 

二神さんが驚かないように、控えめに扉をノックする。

中からの返事はない。

 

「…いないのか?」

 

扉を開けて入ると、開いた窓から吹き込む柔らかな春の風が俺の顔を撫でる。

静かなこの空間にはカーテンがなびいて布の擦れる音と、外から聞こえる運動部のかけ声とぱこんぱこんとボールをうつラケットの音だけが遠くから耳に届くだけ。

そして窓から受ける風を背中で受け、黒い髪をふわりと浮かせて長いテーブルに体を預けるのは、我が部の部長となろう人物。

 

「ん、んぅ…」

「…はあ」

 

日差しが斜めに傾き始める放課後、俺たち以外誰も足を踏み入れることのない部室で、二神さんは、寝息を立て、昼寝をしていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
なんかよくわからない部活とか、高校でも大学でもありますよね。
結構興味はそそられますが、僕は謎の敷居の高さに扉を開くことができませんでした。文芸部とか、活動はわからないけど入りたいと今でも思うんですけどね。
それではまた。
ありがとうございましたm(._.)m


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第9話 甘い禁句

「すぅ…」

 

なんとなく本棚のそばのパイプ椅子に目がいく。

その上には学生ならこれだろうというテンプレート的な学生カバンが鎮座していて、窓から吹き込む風にカーテンがひらひらとなびく。そしてそばには長テーブルが一つ。

そしてその椅子に、少女が一人、寝息を立てて眠っていた。

 

「んん…」

「…」

 

当然眠っているのは部長候補の二神さん。

放課後になってからすぐにいなくなったと思ったら、まっすぐここにきて、すぐに寝たのか。なんというか、余程退屈だったんだろうな。

 

「ええっと、涼香。入っていいぞ」

「うん。失礼しま…って寝てる!?」

 

教室に入ってテーブルの上の二神さんを見てすぐに、涼香は最速のツッコミを入れる。

 

「とりあえず紹介するよ。こちら、二神優白(にかみやしろ)さん。同じクラスなんだけど、知ってる?」

 

失礼だが俺は知らなかった。昨日も涼香のおかげで盛大な遅刻をし、ついた頃には俺たち三人以外の自己紹介は終わっていたからな…。

しかしそんな俺と違い、涼香はおー、と感嘆の声をあげる。

 

「もう一人って、二神さんだったんだ〜」

「ん?涼香、もしかして知り合い?」

「んー。名前だけだけどね。昨日敦也くんが言ってたんだ。『今年のクラスの奴らは名前読みにくいのばっかだな、特にこれとか』って。それで敦也くんが読めない名前の人をリストアップしたんだけど、くろくんの名前の近くに、二神さんの名前があったんだよー」

「なんで俺の名前もリストに載ってるんだよ…」

「よいしょっと、おとなり、失礼しま〜す」

 

近くの椅子を持っていって二神さんの隣に座った涼香は、その寝顔を覗き込む。

 

「仲良くなれるかなあ」

「二神さんも新しい友達欲しいらしいから、きっと仲良くなれるよ」

 

 

 

ピロリン。

チリーン。

 

 

 

突然俺と涼香のスマホが同時にメッセージの通知を知らせる。

噂をすればなんとやら、差出人は敦也から。

 

『ごめん しばらくそっちに行けそうにない』

『どうしたの?(・・?)』

『いやなんか。泣き止ませて適当に話したら帰ろうと思ってたんだけどリサ姉の愚痴が始まってさ。終わりがみえないんすよ』

 

どうやら敦也は先生に縛られているようだ。

敦也の話を聞くはずだったはずなのに…。

先生も色々と溜まってるんだろうな。

 

 

『面倒だから適当に切り上げて出ようとしたら、また泣きそうな顔して止めてくるから全然逃げられないしつらい 助けて』

『よくそんな状況でスマホいじってるな笑』

『ばれないように上手く隠してやってるんだよ ばれたら多分とられるからな』

 

 

「敦也くんすごいね。先生とお話ししながら私たちにメッセージ送ってるなんて」

「ばれてないのがまたすごいよな」

 

涼香とそんなことを話していると、また俺たちのスマホは連続で音を上げて数度震える。

 

 

 

『あ』

『やべばれた』

『たのむはやkyきてくれすまほとらr』

 

 

 

それ以降、敦也からメッセージが送られてくることはなかった。

 

「敦也、ばれたな」

「そうだね…」

 

 

 

『たのむはやkyきてくれすまほとらr』か。

 

 

 

 

頼む、早くきてくれ。スマホ取られる。

 

 

 

 

おそらくこう言いたかったんだろうな。

ローマ字打ちの敦也の字の乱れを見て、最後に足掻きながらも、俺たちにメッセージを送ったことがうかがえる。

 

「敦也のためにも、早いとこ二神さんの名前と部活名書いて、敦也を助けに行こう」

「了解です!」

「んん。ふあぁ…」

 

その時ちょうど、タイミングよく眠っていた二神さんが体を起こした。

眠そうに目をこすり、両手を広げて伸びをする二神さんと目が合う。

 

「ん…。あ、一条くん。こんにちは。遅かったですね」

「あ、うん。こんにちは。二神さん、とりあえずこれ、名前と部活名書いてもらっていい?」

「あ、はい。わかりました…」

 

寝ぼけているのか、目をこすりながら申請用紙に名前を書く。

 

「よし。とりあえず、四人集まったし、同好会ってことで申請するよ」

「んー。えっと、4人?」

 

首を傾げて俺を見る。

 

「うん。俺、一条玄人と」

 

自分を指差して、それから二神さんに手を向ける。

 

「私、二神優白」

「後もう一人、後でくるのと」

「私、四季、涼香ですっ!」

 

涼香が身を乗り出して二神さんの視界に入る。

 

「…」

 

数回瞬きして、固まる二神さん。

 

 

「えっと、四季りょ…」

「…ええあああああぁぁ!?」

 

 

 

突然、二神さんが逃げるように椅子から飛び落ちる。

 

「ええちょっとまなんでどうしていつからそこに!?」

 

色々と驚きすぎて言葉が選べないのか、色々な言葉を混ぜた発言とともに目一杯の感情を放出する。

 

「ええっと、最初からいたんだけど…。二神さん寝てたからさ」

「ああわわわわ…」

 

二神さんはパニックを起こして、後ずさりしながらせわしなく視線を泳がせる。

まさかここまで驚くとは。

こんなので友達できるんだろうか…。

 

「ええっと、あのさ…」

 

 

 

「落ち着いて!」

 

 

 

その時、涼香が叫んだ。

怯える二神さんを、涼香が歩み寄って抱き寄せる。

 

「…っ!」

「大丈夫。大丈夫だから」

「うぅ…!」

「まずは落ち着いて。それから、お話ししよう、ね?」

「…はい」

 

涼香が髪を撫でながら、優しく諭す。

二神さんも少しずつ、落ち着きを取り戻したようで、大きく深呼吸して呼吸を整える。

 

「ありがとう、ございます」

「うんっ!それじゃあ改めて、四季涼香です。よろしくね?」

「…二神優白です。よろしくお願いします」

 

二人は視線を合わせて、どちらともなく笑う。

 

 

どうやら俺の杞憂だったみたいだな。

仲良くできそうだ。

ダメそうだったら俺が仲を取り持とうと思っていたが、今回は俺の出る幕はないようだ。

大人しく、見守るとするか。

 

 

俺もそこらへんに散らばる椅子を持ち、テーブル付近において腰を下ろした。

 

 

「でも、四季さん。どこかで見たことある気が…」

 

 

 

「あ」

 

 

 

何かを思い出した二神さん。

なんだろう、俺の勘がこれ以上言わせてはいけないと叫んでいる。

 

 

 

 

 

「昨日、もしかして、一条くんが見せてくれた写真に写ってた、シュークリームの…」

 

ピクッ。

 

絶妙なタイミングで風が止み、教室が静まり返る。

 

 

--ああ、忘れてた。

 

 

涼香は自分の好きな甘いものの話になると…。

 

 

 

「そう、シュークリーム!二神さんも知ってるの!?あそこ最近できたシュークリーム屋さんなんだけどあそこのシュークリーム屋さんはとにかく種類が多いところがいいよね!生地もカリッとしてて食べ応えあるのとかふんわりしたのも選べるけどそれだけじゃなくてカスタードと生クリームの配分ができるから普通のシュークリームでも自分好みのシュークリームにできるのもいいかな。ジェラートシューも種類がいっぱいあって飽きないし暑い日も冷たくて美味しく食べられるなんてもう最高!季節限定で変わった味も出すみたいだから楽しみだなあ。あ、これだけでも全然良いんだけど何と言っても目玉はジャンジャンボシュークリーム!こーんなに大きくて夢がいっぱい詰まったシュークリームを贅沢に一人で食べれるんだよ!あ、一人もいいけどみんなで食べるのもいいよね。昨日早速食べてみたんだけどあれはもう格別で…お腹いっぱいシュークリームが食べれるなんてもう夢のような時間でね!それから…」

 

 

 

気づいた頃にはもう遅い。

涼香のスイーツトークが始まってしまった。

 

 

「え、えぇ!?」

 

涼香の機関銃のような言葉の雨は同年代の生徒と話し慣れてない二神さんには荷が重く、あうあうと口を開いて閉じてを繰り返している。

 

涼香は甘いものになるとすごいからなあ。

俺たちの間では甘いものに関する発言は禁句になっていたのに…。

始めに言っとけば…って言っても、そんなタイミングはなかったしな。

 

「い、一条くん…!」

 

ふと、思い出したように俺の方に視線を向けると、二神さんはどうにかしてくれと言わんばかりに俺を涙目で見つめてきた。

 

「ああ、もう、しょうがないなあ」

 

 

前言撤回。

 

 

やっぱ俺、出る幕あったわ。

 

涼香を納得させる理由を考えながら、俺は椅子から立ち上がり、床の上で繰り広げられるスイーツトークの切れ目に全神経を集中させることにした。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
涼香さんのお菓子の話についていくために、色々と横文字のお菓子の名前を知らないといけないということに気づいて戦慄しています。
それでは、また。


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第10話 部活名は。

「よし、そういうことだから、さっさと書くもの書いて敦也を助けに行こう」

「了解!ぱぱっとやっちゃおう!」

「そうですね…」

 

涼香のスイーツトークの炸裂から2分弱。

これが終わったら、部活設立記念の名目で敦也も連れて4人で写真で見たどでかいシュークリームを食べに行くという提案によって涼香を黙らせることに成功した。

 

昨日の今日でよく食えるな…。

そして、すまん敦也よ。

お前は二神さんのための尊い犠牲として、今日もあの甘いシュークリームと対面してくれ。

無理だって?大丈夫、今日は俺も二神さんもいるから。

 

頭の中で敦也に語りかけ、いざ、申請用紙へ。

 

「と言っても、部活名書いて出すだけなんだけど」

「名前かあ」

「名前…」

 

「………」

 

不意に流れる沈黙。

あれ?これ詰んでない?

 

「はっきり言って何も思いつかないな」

「えーっと。どんな活動するんだったっけ?」

「生徒の悩みを聞いて相談に乗ってあげる…でしたっけ?」

「あ、そうだった」

 

なんか、アレだな。

活動がアバウトすぎる。

 

「…お悩み相談窓口部、とか?」

「一応あってるけど、長すぎというか収まりが悪いというか。後、同好会ね」

「カウンセリング同好会、っていうのはどうですか?」

「間違っていないけど俺たちにそこまでのことができるわけはないから、そんなガチな名前だとちょっと…」

「じゃあ、奉仕部は!?」

「…なんか、それは違う気がする。奉仕ってわけじゃないし。後、同好会ね」

 

サイコホラー部。メンタル同好会、青年心理同好会、認知臨床心理部、愚痴られ屋。

それらしい名前がポンポン出てくるが、どれもしっくりこない。

後、涼香、いい加減同好会って言おうね?そして最後のは部ですらない。

 

色々と名前を出し続けてまた時間がすぎる。

どれだけひねり出そうとも、うまく当てはまる部活名は出てこない。

 

「くろくんもうだめだよ〜。いい名前が出てこないよぉ」

「…一条くんもう出ないです」

 

二人の疲れた顔を見て悟る。

ああ、これはもうしぼり出せそうにないな。

俺も諦めて、テーブルに置いた鞄を肩にかける。

 

「もう出ないからさ、先生のところ行って、みんなで考えようか」

「あ、それいいね!いこう、二神さん!」

「え、あちょっと!」

 

涼香に手を引かれ、教室を飛び出す二神さん。そんな二人に遅れないように、俺は今出て行った二人によって勢いよく閉められた扉のドアノブに手をかける。

 

ガッ。

 

「…ん?」

 

何故か鍵が開かない。ちょっと待ってもしかしてだけど…。

 

「二神さん!?もしかして鍵閉めてった!?あの短時間によくできたな!ねえ俺、まだ中にいるんだけど!?ちょっと!戻ってこい、涼香ぁ!!」

 

 

 

 

 

 

「俺としたことが、まさか内側の鍵の存在を忘れていたとは」

 

バンバンドアを叩きながら叫んでいたせいか、隣の部からの壁ドンで冷静になり、俺はドアの内側に鍵があったことを思い出した。

 

とりあえず敦也のところに向かおう。

駆け足で廊下をかけると、途中の廊下で先に行った涼香と二神さんが自動販売機の前で立ち止まっていたのが見つかった。

 

「お、くろくん遅かったね!なんか叫び声が聞こえたけど、どうしたの?」

「いや、なんでも。外でチア部が俺のこと応援してたみたいだから、全力で感謝の気持ちを叫んでたんだ」

「へえ〜、モテモテだね!」

「…ぷっ!」

 

勘違いで叫んでたのが恥ずかしかったので嘘をついた。

おい、涼香。モテてたら今頃彼女とデート行ってたわ!

部活なんてやってないわ!

二神さんも、何笑ってるんだ?

モテモテ?ご冗談を(笑)っていう意味の笑いじゃないよね?

 

「それで、何やってんの?」

 

怒りと恥ずかしさを秘めて、紳士的に質問する。

 

「えっとね。先生と敦也くんに、何か買って行ってあげようと思って。何がいいと思うかな?」

「向こう、紅茶あるじゃん。いいんじゃないの?」

「違うの飲みたくなるでしょきっと。何か買って行ってあげよう?」

 

季節とはだいぶ離れたおしるこを指差しながら、涼香が言った。

まあ、おしるこは飲みたいとは思わないけどさ…。

 

「なるほどね。じゃあ、ここは俺が出すよ」

「お、くろくん太っ腹だね!」

 

まあな、モテる男はレディにお金を出させるものではないのさ。

財布からお金を出して、投入口に入れる。

 

「先生はこれだよね!」

 

涼香がすぐにボタンを押したのは程よい甘みがクセになる女性に特に人気の紅茶。

でも、さっき紅茶出されといて、それで紅茶選ぶって、幾ら何でもその選択だけはナンセンスじゃないの?

 

「四季さん、先生の好物知ってるんですね…」

「え?」

「まあね〜。付き合い長いからね」

 

Vサインで応じる涼香。

ただの甘味テロかと思ったが、どうやら先生の好物だったようだ。

ナンセンスとかいってごめんなさい。

 

「次は敦也の分ね」

 

謝罪の意味も込めて再びお金を投入する。

 

「敦也くんはこれだよね」

 

押したのは黄色いパッケージのコーヒー。

苦味なんて宇宙の彼方においてきたんじゃないかと思える程の甘さが売りの飲み物。

 

「…」

 

敦也これもらって、それでこの後シュークリーム食いに行くよって言ったら、どんな顔するんだろうな。

 

「さ、いこっか」

「敦也、どうか無事で」

 

二神さんと仲良く歩く涼香に聞こえないように、俺は小さく呟く。

ふと窓の外を見ると、オレンジ色に染まり始めた空に、うっすらと友人の顔が見えたような気がした。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(._.)m
部活名…結構悩みました汗
どうにか名前は決められましたが、そんなに大事ではないので、今になってみればそこまで悩むものでもなかったなあ、と思わざるを得ないです。
余談ですが、何故かうちの高校の自販機は紙パックのジュースばかりでした。缶ジュースなんて並ぼうものならその日のうちに売り切れちゃいますね。学校のすぐ外の自販機には一通り揃ってたのに…不思議です…。
それでは、またm(._.)m


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第11話 星とシュークリームと白

「そういえば、もう一人って、敦也くん?でしたっけ。どんな方なんですか?」

 

カウンセリング室のほぼ目の前で、二神さんが尋ねる。

 

「んー。まあ、会ってみればわかると思うよ」

 

扉を指差して、俺は短く答える。

強いていうなら、見た目でびびっちゃいけないってくらいしか、言えることがないけど、これはおいおいわかることだろう。

 

「失礼します」

 

ノックをして、本日二度目の入室。

 

「それでまだ続きがあってね?向かいの席の人が…」

 

まず目に入ったのは、顔を泣きはらして延々と愚痴を続ける五十嵐先生。俺たちに目もくれず、まだ話し続けている。

そして次に映ったのはテーブルの真ん中に置かれた敦也のスマホ。

バンカーリングが分離して置かれていたので、おそらく抵抗している時にもぎ取られてしまったんだろう。

 

そして。

 

「あ、敦也…」

「よお、クロ。遅かったな…」

 

ゆっくりと振り向いて俺にそう言ってから、空のコップを口に運ぶ敦也。

メンタルが大分やられてるな…。

 

「待たせた。涼香、頼む」

「うん。任せて」

 

「せーんせぃっ!お疲れ様です!」

 

涼香が先生の目の前までかけよって、暖かい紅茶の缶を先生の顔に当てる。

 

「あっつ!ちょっと何、って涼香ちゃんじゃない」

「はい。部活の紙書きました。でもまずはこれ飲んで、少し休憩しましょっか!」

 

「よし、敦也。一旦出よう」

「恩にきる…」

 

涼香が気を引いているうちに敦也を立たせ、足早に外へと連れ出す。

涼香が選んだ黄色い缶コーヒーを持って。

 

 

 

 

 

 

「っぷはあ!生き返った!」

 

先ほどの自販機の横のベンチにどかっと腰を下ろした敦也は、炭酸の強い飲み物を勢いよく飲み干して、そう叫ぶ。

 

「大変だったみたいだな。スマホまで取られて…。うわ、甘っ」

 

敦也に断られてしまったので、仕方なく黄色い缶コーヒーを開けて口にする。コーヒーとは思えない甘さに反射的に奥歯を噛み締めた。

なんだこれ、砂糖でできてるんじゃないの。

 

「ああ、本当にきつかった。僕の話が終わった途端、リサ姉の仕事の愚痴が始まって…それで終わるかと思ったら、今度は友達の話から合コンの愚痴まで…。5分なんて甘えに乗らないでクロたちと一緒に行けばよかったよ」

「…遅れて悪かったね。こっちも色々あってさ」

 

そんなに色々なかったけど。とりあえず言っておく。

 

「いいさ。クロ、サンキューな。この借りはでかいからな。いつか絶対返す」

「ああ、楽しみにしてる。それじゃあそろそろ戻ろうか」

「おう」

 

こうして敦也に大きな貸しができた。

まあこの貸しはすぐに返してもらうんだけどさ。

 

俺たちは再び来た道を戻って、カウンセリング室の目の前にたどり着く。

 

「覚悟はいいか」

「もう大丈夫だ」

 

瞳に輝きを取り戻した敦也に迷いはない。

躊躇いなく扉を開いた。

 

 

 

「あら、おかえりなさい」

「あ、早かったね!」

「ちょっと自販機まで行ってただけだからな」

 

何事もないように、敦也は椅子に座った。

俺もそれに続いて、隣に座る。

先生も落ち着いたようで、背筋を伸ばした綺麗な立ち振る舞いはいつもと何も変わらない。

 

「それじゃあ全員揃ったところで。くろくん、例のもの、よろしく」

 

涼香が指を鳴らして、流し目で俺に指図する。

なんか今日はテンション高いな。部活をやれることがそんなに嬉しいか?

 

「先生、これを」

「かけたのね。ええっとぉ、部長は二神さんで、部活名は…」

「ええ!?部長!?」

 

ここまで黙ってた二神さんがいきなり叫ぶ。

びっくりして椅子から落ちかけたのは秘密だ。

 

「え、ええ。ほらこれ、部長って書いてあるじゃない。自分で書いたんでしょう?」

「ああぁ、本当だ…!」

 

寝ぼけて書いてたからな。欄を確認しないで書いたのか。

どうりで全くごねずに書いたなとは思っていたが…。

 

「先生!どうか、書き直しを…!」

「ん〜。あ、そっか!もうボールペンで書いちゃったし、このまま行きましょっ!」

「そんな…」

 

うわあ、「あ、そっか!」だって。

絶対「あ、そっか!面白そうだからこのままにしちゃおっか!」って思っただろ、容赦ないな!

まあ書かせたのは俺だし、他に適任はいないから黙っておくけどさ。

 

「あら、これ。部活名は?」

 

用紙の部活名の欄の空白を指しながら先生が言った。

 

「ああ、それなんですけどね。決まらなかったので、みんなで考えようと思ってました」

「これで時間かかってたのか」

 

横で敦也の小さなつぶやきが耳に入る。

ごめん敦也。初めからここに来てれば、お前を待たせることはなかったんだけどな…。

 

「先生、何かいい名前ないかな?私と二神さんじゃ、いいのが出なくって。敦也くんも、何かない?」

「部活名か…」

「ん〜」

 

考え込む先生と敦也。

やっぱりでないかな?

 

「あ」

 

閃いたのは先生。

 

「天文部、にしましょう」

「はあ?」

 

気の抜けた敦也の声が漏れる。

俺も同感だ。

 

「先生、なんでまたそんな…」

 

とりあえず先生の言い分を仰ぐ。

 

「そうね。まずは部室の立地かしら」

「立地?」

「ええ、部活棟3階。最上階にあるから、屋上まで階段登ってすぐ。いつでも星が見れるから、一番適した場所だと言えるでしょ?」

 

立地か。確かに4階の屋上までの距離はそこまでない。トイレに行くくらいの手軽さで屋上まで余裕でいける。

それだったら、天文部が3階にあっても、不自然には思えないな。

 

「でも、僕たち天体望遠鏡ないんだけど。生徒会だって、ぽっと出の同好会にそこまで経費割かないだろ」

「それは大丈夫。理科準備室に確か埃をかぶっていたはずだから、使うときだけ借りなさい」

「そうなのか」

 

器具の問題もないらしい。

先生は続ける。

 

「それに天文部なら、大会もないし、成果を上げなくても大丈夫だし、もし何か言われたら、他の高校と交流したり合宿でもすれば大丈夫よ」

「おお〜」

 

涼香から感嘆の声が漏れる。

この短い時間で、よく考えたな。

 

「うちの高校には天文部ないし、このまま名乗っちゃいましょう。変に専門的な名前にしたら、人も寄りにくいでしょうしね」

 

本当に、成り行きで生きてるんじゃないかと思えるくらい、頭の回転が速いな。

 

「でも先生。それだと…」

「相談者が集まってこない、って?」

「は、はい」

 

二神さんの発言を途中から遮る先生。

これずっと先生のターンだな…。

 

「その辺は少し難しいでしょうけど、こっちでも相談に来た子をあなたたちのところに行くように声をかけてみるわ。それ以外だとポスターなり呼び込みなりで宣伝してもらうことになるけど…活動だと思って、しばらく頑張ってね?」

 

文句なしの回答を得られて、俺は言い返すことがない。

他の3人も同じようで、涼香と二神さんに至っては小さく拍手をしている。

 

「特に反論もないなら、それ書いて終わろうぜ。早く帰りたい」

 

敦也が荷物をまとめる。

 

「そうですね。それじゃあ…」

 

ボールペンを取り出して、二神さんが部活動名に天文部、と綺麗な字で書き込む。

同好会なんだけど…まあ、いいか。

 

「うん、確かに!それじゃこれ、出しておくから、今日はもう帰っていいわよ。明日もまた、頑張ろうね!はい、解散!」

「失礼します」

 

先生の合図の後すぐに、ノックの音がしたかと思うと、ジャージ姿の生徒が顔を覗かせる。

 

「すいません。ちょっと捻っちゃって」

「あら。それじゃあ隣に行きましょうか」

 

去り際、先生は小さく手を振って、隣の教室へと消えていった。

そして俺たち4人が残される。

 

「帰るか」

「そうだね」

 

荷物をまとめていた敦也が先頭になって教室を出た。

 

昇降口に着くまで誰も話さなかったが、靴を履き替える時、敦也が二神さんの下駄箱を確認して言った。

 

「あー、二神なんとかって名前、どっかで見たと思ったら、やっぱ同じクラスだったんだ。僕敦也っていうんだ。よろしく。んで、下はなんて読むんすか?」

「えっと…やしろ、です」

「やしろさん、ね。部活仲間で一人だけさん付けってなんか気に入らないからさ。あだ名決めていい?」

「えっ!?あだ名!?」

 

目を丸くして二神さんが驚く。

 

「いや、そこまで嫌ならやめるけどさ…」

「あ、違います!全然嫌じゃないです!お願いします!」

「あ、おう」

 

否定的な反応と受け取って、気まずそうに靴を履き替える敦也に対して、二神さんは腕をぶんぶん振って、それからピシッと両手を体に貼り付けて頭を下げた。

なんか、動きの一つ一つが精一杯で可愛いな。

靴を履き終わった涼香が指を俺の隣にきて耳元で囁く。

 

「くろくん。二神さんってさ、なんか動きの一つ一つが精一杯で可愛いと思わない?」

「へ!?あ、ああ!そうだな!」

「んー?」

 

涼香といい敦也といい、俺の心の声代弁しないでくれよ。

偶然なんだろうけどさ。結構ドキッとするんだよな…。

 

「うーん二神優白。優白。本名でもいいけど、ここはやっぱり、せっかくクロがいるんだし、シロ、でいい?」

 

随分と適当な理由で決めたな。

 

「シロ…!敦也くん、ありがとうございます!私、今日からシロとして、精一杯頑張ります!」

「そんなに頑張らなくていいと思うけど…まあよろしく」

優白(やしろ)さんのシロと、玄人(はると)くんのクロか〜。なんかいいね!シロクロって感じ!?」

 

涼香が新しい呼び名の誕生を祝福する。

 

「俺のクロは色の黒じゃないけどな」

「そういえば、どうして一条くんはクロなんですか?」

「ん、なんでって」

 

敦也が俺の下駄箱を指差して答える。

 

「玄人。くろうとのクロ」

「ああ、なるほど!」

 

目を輝かせて感動する二神さん。

すげえ、俺のあだ名でここまで感動されたの初めてかも。

 

「よし、それじゃあ明日からよろしく。シロさん」

「はい、よろしくお願いします!」

 

硬い握手を交わす二人。

よかった。

とりあえず、部活内での人間関係は順調、かな?

 

「ようし、シロちゃんも新しく呼び名が変わって、心機一転部活動が設立できたことだし、約束通り、記念にみんなでパーっとやりますかぁ!」

 

あ。思い出した。そういえば…。

 

「クロ。約束ってなんの話?」

 

聞きなれない単語に眉を寄せて、敦也は俺に問いかける。

 

「ごめん敦也。さっきの貸し、これでチャラってことで…」

「ん?それってつまり、どういうこ…」

「こーれっだよ!」

 

涼香が昨日撮ったシュークリームの写真を目の前に突きつけた瞬間、敦也の顔が青ざめる。

 

「敦也。今日は部活動設立記念で、シュークリーム食いに行くって約束、さっきしててさ」

「…あ、ちょっと今日はクロのとこの妹に用があったんだった。急がないと、待たせるの悪いな。先に帰」

「何言ってるの?」

 

即座に用事を錬成して一足先に帰ろうとしたが、やはり敦也は逃げられなかった。

腕を掴まれ、敦也が涼香に引きずられる。

 

「妹ちゃん、今日は部活で遅い、でしょ?」

「…!」

 

満面の笑みで敦也を見上げるその笑顔は、もはや下手なホラー映画よりも敦也の背筋を凍らせる。

 

「ちょ、ちょっと待て。冗談だよね?幾ら何でも二日連続であのでか甘いもん食わせるなんてことはないよね?」

「ああ、二日連続であんなに大きなシュークリームが食べれるなんて、新学期早々、ついてるなあ!」

「マジか…!マジで勘弁しておい、ちょっと、涼香さん!?クロ、お前なんとか…」

 

俺に向けた言葉は遠ざかってよく聞き取れなかった。

すまん敦也。でもこれで、全部チャラだぜ?

 

二人の姿が学校の外へと消えて見えなくなったところで、俺はすぐそばで立ち尽くす二神さんに問いかける。

 

「どう、仲良くできそう?」

「…はい。二人とも、初対面なのに、親切にしてくれて」

「そっか。多分これから、迷惑とかかけるかもしれないけどさ。改めて、よろしく」

「はい!よろしくお願いします!」

 

俺たちも敦也と涼香に遅れないように、校舎を後にする。

夕日が街を彩り、グラウンドから聞こえる青春の音が、俺たちの始まりの舞台を祝福しているかのようだった。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(__)m
ということで、ついに部活動新設までこれました。
まだ話数は浅いし文章も読みにくいかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。

ps.敦也、強く生きてくれ。


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第12話 自己紹介part2

僕の名前は一条玄人。

十字高校に通う、普通の高校生です。

彼女コンプレックスで、誰でもいいから付きあってくれないかなって思っています。やっぱり彼女は欲しいですよね。

これに対して、君たちの中には一人が良いとかいう意見をあげる者もあるかもしれないけど、でもそれは嘘であり、一人である自分を擁護するための合理化にすぎない。誰しも人肌の温もりを求めて、日々模索しているはずだ。

彼女ができないことについて諦めて、それらしい理由をつけて自分を正当化する諸君。言わせてもらおう。ヘタレであると。

彼女の拘束でプライベートな時間がなくなる?デートの度に毎回飯奢る金がない?出会いがない?

そんな理由で独り身を肯定するな!

プライベートな時間なんて腐るほどあるだろ。同棲するわけじゃないんだから、週に数回くらい彼女のために使ってやれよ。

飯を奢る金がない?これだから恋愛初心者は。デートコースはこっちで選んでいいんだから、お金の調整くらいどうとでもできるだろう。

エスコートの仕方がわからないからそんなことが言えるんだ。

それでも金がないというならば、草食系男子が主流のこの時代、弁当を作る男子力でも見せてやるくらいの考えを持て。

そして出会いがない?否、出会いとは待つものじゃなくて作るもの!自分からいかなきゃ、始まりなんて永遠に来ないぞ。

結論に入ろう。

以上のことから、彼女なんていらないという男は存在せず、世の男どもは、誰しもが彼女が欲しいのである。

 

 

 

 

「言いたいことはわかるけどさ。流石に自己紹介の作文でこういうの書くのはやめようぜ」

「再提出の敦也くんも、人のこと言えないけどね〜」

「涼香も、ブーメランだけどな」

 

天文部が設立してから早1週間。

1週間も経つと放課後に部室で4人集まることも慣れたもので、今日は机を囲んで、先週末に出された自己紹介の作文の課題の書き直しをしている。

 

「はあ。3人とも、どうしたら再提出になるんですか…」

「えへへ。好きなもの書いてたら、途中からお菓子の話になっちゃって」

「僕は真面目に書いたつもりなんだけどね」

「シロは再提出にならなかったのか。すごいな」

「それが普通なんですよ。全く」

 

二神さん改めシロのため息も今日で何度目だろう。

まあ対して難しくないはずの作文で再提出を3人も部活内で出したんだ。不安も覚えるだろう。

しかし俺たちだって真面目にやったんだ。文句はうちの担任に言って欲しいものだ。

 

 

 

 

 

「なんでお前ら、呼ばれたと思う?」

 

遡ること月曜の放課後。担任である不動先生に呼び出しを受け、職員室に行くと、すぐにそう言われた。

 

「なんでしょうね。あの無気力全開の不動(ふどう)先生が呼び出しをするくらいだ。相当なことだとは思いますけど」

「敦也。お前の中での俺ってそんな物臭なの?まあいいや、これだよ」

 

突き出されたのは3枚の作文。

俺、涼香、敦也の名前が上に並んでいる。

 

「この作文。内容は自己紹介だし、ある程度なら思わず引いちゃう趣味の話でも目をつぶろうと思ってたんだが」

 

まず指をさされたのは俺の作文。

 

「まず一条。お前の作文。最初の2、3行で自己紹介終わってるんだけど。残りはだらだらと彼女がどうのこうの、敬語も忘れて欲望書き綴りやがって…」

「お、最後まで読んでくれたんですね。ありがとうございます」

「ある程度の脱線程度なら多めに見ようと思って最後まで読んだよ。最後まで脱線してたけど」

 

まあ確かに話が飛びすぎたか。

書いてるとついついテンション上がっちゃうんだよなあ。

 

「次、涼香」

「はい!」

「敬礼しなくていいから。お前のも一条と似たような感じだ。どいつもこいつも中途半端な量で提出する中、四季だけは裏一面まで使うほど書いてて印象は良かったが、3行目からの好きなものの話で表面使い切って、残りはマカロンについての考察とか、何?お前の彼氏ってマカロンなのかってくらい書きすぎじゃない?これも書き直しな」

「え〜。自己紹介っていうから、好きなものの話しただけなのに…」

 

自己紹介でもスイーツトークが起爆したのか。

こればっかりは最後まで読んだ不動先生を褒めざるを得ない。

 

「最後、敦也」

「はあ。最初に言っておきますが、僕は2人より何百倍もマシですよね?正直呼ばれた意味がわからないんですけど」

「んなわけあるか。お前のが一番ひどい。自己紹介はしっかりしているが、もう高二だってのに、中学時代の話引きずりすぎ。後、これに書いてる話全部嘘だろ。友人に頼まれてよその学校との縄張り争いに単身で乗り込んだとか、中学時代のスクールカースト壊滅させたとか、ネットのテンプレでだって見たことないこと書きやがって。真面目にやれ」

「…なるほど。すいませんね」

 

お前もなんてこと書いてるんだよ。

よくそれで俺と涼香よりマシだと思ったな。

現実的ではないが、しかし敦也ならあり得そうな話だからまた怖い。

 

「教室の後ろに掲示しないといけないから文面だけでも人当たりの良いこと書いたほうがいいぞ。お前ら見た感じ、クラスでも3人で固まってること多いし、他のやつとも話してないから友達少なそうだしな」

「ええ!なんで知ってるんですか!?」

「よくご存知で…」

 

俺達が友達が少ないことを見破っただと?

この人、適当な教師だと思っていたが、俺たちのことちゃんと見てるな…!

 

「つーことだから、今日は解散。今週末まで待ってやるから、ちゃんと書けよ」

 

 

 

 

 

これが月曜日の放課後。

そして今日は金曜日。の放課後。

 

後は言わなくてもわかるだろ?

 

「それにしたって、教室の後ろに掲示って。小学校じゃないんだから」

「とにかく、早く書いちゃってください。相談者が来た時に、こんなことやってたら真面目にできないでしょ」

「これは失礼。それならこんなことしてないで、依頼者のために万全の状態で待機することにしますかね」

 

そう言って敦也はクリアファイルに作文をしまう。

 

「おい、提出は今日だぞ?この時間に書かないで、いつ書くんだよ。今でしょ!」

「そんなのわかってるよ。だからシロのいう通り、早く書いたんだろうが」

 

クリアファイルに透けて見える作文は、一番下まで埋まっていた。

いつの間に、俺より先に終わっていたのか。

 

「まじか」

「あぁ〜。終わった〜!」

「え…?」

 

涼香も終わったらしい。大きく伸びをして、椅子の前足を浮かせる。

 

「クロ、お前待ちだ。隅っこで書いてろ」

「…」

 

腑に落ちない。腑に落ちない!

にやける敦也を横目に、近くの机を持って部室の隅に運びながら、俺は心の中で叫んでいた。

 

「それにしても、今日はくるのかなあ。相談」

「どうだかねえ。まだ一回も来てないじゃん」

「ちゃ、ちゃんとポスターは貼ったから、そのうち来ますよ!」

 

ポスターを作って掲示したのが先週末、それから部活棟を回り、挨拶と宣伝活動もやってみたが、相談がうちの部室にやって来ることは一度もない。先生も相談に来た人に声をかけるとはいったものの、そう頻繁に悩みをしに来る生徒はいないわけで。

 

俺たちはただ部室で4人で時間を潰すということに徹していた。

 

「今日も来るかわかんないし、またトランプでもやる?」

「そうだね。今日は何にしよっか。ババ抜き、ぶたのしっぽ、ドボン、大富豪…」

「もう!ちゃんと待ちましょうっ!」

「そう言って、なんだかんだでやるんでしょ。トランプ」

「それは…!そうですけど…」

 

そうして3人が机を運ぶ。

教室に響くトランプを切る音。

今日も結局、この流れか。

俺もさっさと書いて混ざろうっと。

 

「今日も誰もこないかあ…」

 

涼香に続き、俺もそう思った矢先だった。

 

コンコン。

 

突然、部室のドアが叩かれる。

 

「あ…」

「え?」

「ん?」

 

ガチャリ。

返事もする間も無く開かれる扉。

入って来た女生徒は落ち着かなそうに視線を泳がせ、尋ねる。

 

「あの、五十嵐先生に言われて来たんですけど…。ここで、あってますか?」

 

「…ダウト」

 

静まり返った部屋に、俺たちの予想を否定する敦也の声が嫌に響いた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(._.)m
タイトルは紛らわしいかもしれませんがpart1が抜けてるというご意見はできればお控えいただけると幸いです。
それでは、またノシ


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第13話 はじめての活動

放課後4時30分過ぎ。

初の訪問者によって、俺たちの日常は破られた。

 

「おい、部長。挨拶」

「へぁっ!?お、おはようございます!」

 

敦也がシロを小突くと、ヘリウムを吸ったように声を裏返らせて、挨拶をする。

もうおはようって時間じゃないんだけど?

 

「え?あ、おはよう、ございます」

 

黒い長髪のその人は、シロを不思議そうに見たが、戸惑いながらも挨拶を返してくれた。

 

「まあ、とりあえずおかけください」

「あ、ありがとうございます」

 

敦也が気を利かせて椅子を長テーブルに置いて促すと、スカートを抑えながら座った。

 

「…」

 

漂う沈黙。

 

「おい、部長。仕事」

「ひゃぅ!?ほ、本日はいいお天気でっ!!」

「え?はあ、そうですね…」

 

テンパり過ぎだろ…。

ここ一週間、俺たちとしか話して、ある程度慣れたと思っていたんだけど…。

 

「…りょう、か」

「…」

 

困った顔をした敦也が涼香を見るが、涼香も、敦也の制服を摘んで猫を被ったようにおとなしくなってしまい、先ほどまでの明るい表情は見られない。

 

「あ、あの…」

「ちょっと失礼」

 

おもむろに立ち上がり、俺のところまで悠然と歩く敦也。

しかし俺の元に着くと、瞬時に焦った表情を作り、聞こえないように囁いた。

 

「どうすんのこれ。あの2人無能すぎるんだけど!」

 

無能って言われても…。

二神さんはそれもあって友達がいないわけだし、涼香も俺たち以外と話してるの見ないしなあ。

 

「今はなんとかしてくれ。俺はほら、これ書かないといけないし?」

「…」

 

作文を指差しながら先ほどのカウンターを決めつつ微笑みかけると、敦也はため息をつきながら席へと戻った。

 

「はあ…。すいません。お待たせしました。それで、リサね、五十嵐先生から聞いて来たとお聞きしましたが」

「あ、はい。相談に行ったら、ここの場所と、これを渡すようにと言われまして」

 

畳まれたメモ用紙を受け取り、眉を顰めてそれを見た敦也は、くしゃくしゃに丸めて俺に投げる。

上手く机の上に着地したそれを広げると、雑に破かれたメモ用紙には見たことのある整った字があった。

 

『多分第一号よね?難しいかもしれないけど、初仕事、ガンバってね♪』

 

「…」

 

「五十嵐先生にここの人たちが悩みを聞いてくれるって言われたんですけど、ここって一体、何なんですか?」

 

不審そうに尋ねる女生徒に、敦也が口を開く。

 

「…ここは外を見て貰えばわかる通り天文部ということになっているんですが、本当の活動はカウンセリングみたいなもので、リサね、五十嵐先生だけでは解決できるかわからない問題を、僕たちの方で請け負っているんですよ」

「そうなんですか…」

「こちらの二人は新人で、入ってから日が浅くて。今は研修期間なんですよ。不快に感じたのなら、申し訳ございません」

「いえ、そんなことは…」

 

作文の仕上げを書きながら敦也の嘘に耳を傾ける。

相談に乗るものが嘘をつく時点でもはや世も末だが、一般の生徒がいきなり相談に乗ってやるというよりは説得力がある。本当によく嘘が思いつくものだ。

 

「よし、終わり」

 

待たせたな。俺も混ぜてもらおうか。

書き終えた作文をしまい、俺も椅子を近くに寄せる。

 

「それで、差し支え無ければ、あなたの悩みというものをお聞かせ願いたいのですが…」

「はい。私、今中学二年生の弟がいるんですけど…」

 

少し不安そうな表情で、彼女は話し出した。

 

 

 

 

「いじめ?」

「はい。一年のはじめの頃はお友達とも仲が良くて、たまに家に呼んだりして仲が良かったのに、去年の冬あたりから笑うことが少なくなって言って…。最近は特に傷が目立って来て…。制服も汚して帰ってくるんです!どうしたのって何回聞いても詳しく教えてくれないし、休みの日はたまに一人で外に出る以外は部屋にこもってずっとでてこないんです。学校で何かあったんじゃないかって私、不安で、心配で…!」

「…」

 

ねええ!先生!

ハードル高すぎない!?

一応初仕事ってわかってるならやりやすそうなの選んでよ!

いじめって、そんな深刻すぎる相談されたってさあ…。

 

「それで、どうしたらいいと思います?」

 

どうしようもないですね。お手上げです。

これをどうにかオブラートに包んだ表現、できる方いませんか?

 

「そうっすね…」

 

敦也が椅子に背を預けて考え込む。

そうか、こっちにはお前がいた!

頼むぜ、この手出しの仕様のない問題に、毒味すら感じさせないほどの麻酔入りのオブラートで包んだ回答を…!

 

「一度弟さんと話して見たいんですけど、いかがですか?男同士じゃないと話せないこともあると思いますし」

 

受ける気なのか敦也。

この問題に首を突っ込むつもりなのか敦也…?

 

「ええ、構いませんよ。最近は部活にも週に2、3回しか行ってないみたいで、金曜日は特に早く帰って来るから、そろそろ家に帰る頃だと思うんですけど…」

「そうですか。でも今日いきなり押しかけたら驚かれるでしょうし、日を改めましょう。明日からで都合のいい日を教えていただけますか?」

 

何やら勝手に話が進んでいく。

俺たち三人は全くついていけず、二人のやりとりを見守るほかない。

 

「それなら、明日、お願いできませんか?」

「明日ですか。せっかくの休みなのに、大丈夫ですか?」

「はい!弟のためにも、少しでも早く解決してほしくて…!」

 

弟想いのいいお姉さんだ。

こんなよくわからない一生徒の俺たちに、弟のためと思って、真剣に悩みを打ち明けて。

 

「わかりました。明日、一度話を聞いて見ましょう。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします…!」

 

今日のところはこれまでか。

後は明日、どうなるだろうか。

 

「それでは、また明日…」

「あ、ちょっと待って」

 

立ち上がって帰ろうとした彼女を、敦也が呼び止める。

 

「一応明日の予定を決めないといけないので。連絡先の交換、お願いできません?」

 

営業スマイルで自分のスマホを指差す敦也。

すげえええええええええ!

ここまで自然な異性との連絡先の交換を、俺は見たことがない!

 

「あ、そうですね」

 

納得した彼女はスマホを探すため鞄に手を入れる。

その間、敦也がシロに囁く。

 

「おい、シロ」

「へっ!?な、なんですか」

「最後くらい仕事しろ。交換の仕方、この前やったからわかるだろ?」

「は、はい。わかりましたっ!」

 

ぎこちなく歩み寄りながら、慣れない手つきでスマホを操作する。

 

 

「これで大丈夫ですね」

「は、はい!ありがとう、ございます!」

 

問題なく連絡先を交換できたようだ。

よかったな。

終わったのを見計らって、敦也がいう。

 

「お手数ですが、集合の時間と場所が決まったら連絡お願いします」

「はい。また明日、よろしくお願いします」

 

バタン。

 

「…」

「はあ…!」

 

再び流れる静寂。

それを破ったのは、敦也のため息。

 

「おい、もうちょっと話せ」

「うぅ、すいません…」

「ごめんね…」

 

頭が上がらない。

 

「これからこういうのやってかなきゃいけないんだからさ。次は頼む」

「…はい」

「でも、勝手に引き受けたのは悪かったよ」

 

敦也にしては優しい部類の注意の後、少し申し訳なさそうな顔をしてそう言った。

 

「いや、いいよ。俺明日暇だし」

「正直相談って言ってもどこまでやればいいかわかんなくてさ。踏み込み過ぎたかもしれないと思うけど、見てないのに答えとか出せなくて」

「大丈夫だよっ!お話聞いてるだけじゃわからないもん!」

 

勝手に一人で話をつけたことに対して、敦也なりに引け目を感じているようだ。

こっちだってほとんど丸投げ状態だったのに、頑張った方だと思うんだけどな。

 

「まあ初の活動だし、これくらいのことはしないとな。気にしなくていいって。まだ時間あるし俺も作文終わったから、トランプでもやろうぜ」

「いいですね。今日はポーカーしましょう」

「今日もシュークリームを賭けて勝負だよっ!」

「…サンキューな。でもシュークリームはいらない」

 

それから部室の扉が開かれることはなく、俺たちは残りの時間をいつも通りトランプをして過ごした。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
今の時期、世の学生さんは冬休みですね。
少し短い気もしますが、そんな長いと太ってしまいますからね。妥当と思いましょう。
さて、冬休みといえばイベントが盛り沢山。
そして明日はクリスマスイブ、明後日はクリスマス。
私は一人で聖夜を迎えますが、皆さんはいかがなものでしょうか…。
とりあえず今のうちに言っておきます。メリークリスマス(フライング)


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第14話 一条家の日常

「クロ、また明日な」

「ああ、明日。じゃあね」

 

シロと別れ、駅で涼香を見送り、最後に敦也と自転車置き場で別れ、俺も家へと帰る。

 

「どうしたもんかなぁ」

 

今日のことを思い出して、明日のことに不安が募る。

正直1回目がいじめとかハードル高すぎるんだが。

それにしても中二か。

あいつと同じ歳か。

 

そうこう考えながら歩くともう家に着いた。

玄関横の学校指定のシールが貼られた自転車をみて、玄関の扉を開ける。

 

「ただいま〜」

「あ、お兄ちゃんおかえり!」

 

リビングでは我が妹、(はるか)がすでに帰っていて、いつものお気に入りの寝間着用のジャージに着替えていて、ほんのり赤く火照った頰と肩にかかる真っ黒な髪が濡れているのを見るに、風呂上がりだということに気づく。

そこまでは良かったんだけど。

 

「お、おお。悠、お前…。なんか、色々増えたな…」

「ふっふっふ。どうこの装備!カッコよくない!?」

「…」

 

腕に巻いた包帯と眼帯を俺に見せつけてくる悠を見て、俺は「風呂上がりなのに勿体無い」に勝るフレーズが出てこなかった。

最近、ずっとこうなんだ。

カッコいい、という理由だけで包帯とか巻いて、今日は眼帯まで…。

もしかして…。

 

「悠、お前もしかして、いじめられてないか?」

「え、何で?ってちょっと!やめてよぉ!」

 

カッコいいという理由は建前で、俺に見せたくない傷を隠しているんじゃないだろうか。

今日のことを思い出して不安に駆られた俺は妹の抵抗を無視して包帯を剥がしたが、成長期の妹の細い腕には傷一つなく、不自然な痣すら見当たらない。

 

「じゃあ目は…!」

「だからなにも…ああ、引っ張らないでよ!伸びちゃうよ!」

 

今度は眼帯を掴んで引っ張るが、そこにも傷はなかった。

眼帯の奥には大きくて真っ黒な目が、不機嫌そうに俺を睨む。

呆気に取られた俺は脱力して、眼帯から手を離す。

眼帯は、痛々しい音を立てて悠の目に収まった。

 

「ぁいたっ!」

「何もない?じゃあ眼帯と包帯をつけている理由は本当に…」

「もう、だからカッコいいだけだって言ってるじゃん!」

「あ、そうなんだ…。その、なんかごめん」

「もういいから、早くご飯作ってよねっ」

「はい」

 

包帯を巻きながら不機嫌な表情を浮かべる悠を背に、俺は台所に向かった。

とりあえずいじめじゃなくてよかったけど、カッコいいってだけで包帯とか眼帯つけられてもそれはそれで困るんだけど。

嬉しいのやら悲しいのやら。

悠、お兄ちゃんちょっとわかんないぞ。

 

「今日は餃子でも作るか」

 

無心で包んで思考を停止させるために、俺はひき肉を取り出し、早速料理に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまー!」

「はい、お粗末様」

「中々美味しかったじゃん」

「まあな。料理のデキる男はやっぱかっこいいだろ」

 

夕食も食べ終わり、二人で食器を洗う。

両親が全然家にいないので家事は二人で分担しているが、料理は毎日俺が作っている。

料理もできるんだぜ?俺、超優良物件じゃね!?

 

「何だかなあ…」

「どうしたの、お兄ちゃん」

「いや、なんでも。それよりさ」

 

ふと、隣で俺が洗った皿を拭いている悠の包帯が再び気になった。

 

「その包帯と眼帯ってモデルとかいるの?」

「あ、うん!あつやくん!」

「敦也?」

 

あいつ、包帯なんて巻いてたっけ…?

 

「ちょっと待っててね〜」

 

ちょうど皿洗いが終わり、悠はリビングを飛び出した。

食器棚に皿をしまっていると、悠が戻ってきて俺に一枚の写真を突きつける。

 

「ほら、これ!あつやくん!」

「これは…中学時代か?」

 

何で持っているのか、悠の写真の中に収められているのは中学校の制服をきた敦也だった。

包帯と眼帯、絆創膏までつけていて痛々しい様子の敦也が、隣にいる指ぬきグローブと包帯を装着した生徒と一緒に包帯を巻いた方の腕を見せつけるようなポーズで写っていた。

 

「カッコいいよね!あつやくん!」

「う、うんまあ。ちょっとその写真写メっていい?」

「いいよ。はい、ちーず!」

「悠は写らなくていいんだけど…。まあいいや、ちーず」

 

本当は許可を取るべきは敦也なんだけどな…。

天文部のグループラインにでも貼って聞いてみよう。

最新式のスマホは寸前の狂いもなく、悠と写真を綺麗に抑えることに成功した。

 

 

 

 

 

「ふう。いいお湯だった。なんかあったっけなあ」

 

風呂を上がって、冷蔵庫の中身を漁る。

涼香の甘党が移ったのか、時たま口が寂しくなるようになり、風呂上がりに何となく冷蔵庫を漁る習慣がついてしまった。

 

「お、お宝発見」

 

冷蔵庫の奥にあったのはカラメルと生クリームの層が食欲をそそるプリン。確かコンビニの700円買ったおまけで引けるくじで当たったやつだったな。

テレビを見ている妹が座るソファの向かいに座る。

 

「お兄ちゃんいつもお風呂長いね〜。なんか携帯鳴ってたよ」

「ん、そうか」

 

ロックを解除して通知を開くと、いつものようにグループトークが栄えていた。

プリンを食べながらスクロールして会話を追う。

 

『明日は午後1時に駅に集まって欲しいとのことです』21:11

『了解d( ̄  ̄)がんばろうね☆』21:12

『おっけ』21:18

『明日って、もしかしたら早く終わるの?』21:18

『ちょっと話して帰る予定だからすぐ終わる気がする』21:22

『そっか、じゃあ明日帰りにクレープ屋さん行かない?』21:23

『いかない』21:23

『なんで!?ってか返信はやいよ!Σ(・□・;)』21:23

 

「はは」

 

行きたくなさが返信の時間に現れていて思わず口元が緩んだ。

涼香、クレープって言っちゃダメだ。そこは嘘でもラーメン屋って言わないと、敦也が食いつかないぞ。

 

そこからの会話は割愛して一気に一番下までスクロールする。

ってか多すぎ、そしてまだ続いてんの?

個人トークでやってくれよ…。

 

『ごめん風呂入ってた 明日は1時ね 了解』21:37

『くろくん!くろくんもあつやくんになんとか言ってあげて!』21:38

『クロの頼みでも僕は動かない おごりでだっていくもんか』21:39

『そんなに行きたくないんだ…今度絶対いこうね(`・ω・´)』21:39

 

涼香が諦めたみたいだ。

ひとまず今日のところは終わりかな。

でも俺は悠からもらっていた写真が気になったので、敦也の個人トークで聞くことにした。

 

『一条玄人さんが写真を送信しました』21:40

 

これいつの写真?と聞こうとした打ち込んでいる最中、写真の横に既読の二文字がついた瞬間だった。

 

『やっぱいく』21:40

 

天文部のグループトークで、敦也がそう言った。

 

『なんかすげー行きたくなってきた 是非行こう(╹◡╹)』21:40

『え!?嬉しいけど、どうしたの?Σ(・□・;)』21:41

『よし決まりな 以上、解散』21:41

 

そして意味不明なスタンプで無理やり会話が閉められた後、俺のところへメッセージが届く。

 

『これでいいのか?』21:42

『いや、脅しとかで貼ったんじゃないんだけど…』21:42

『後これに写ってるちびに話があるから午前中に家いっていい?』21:43

『ああわかった』21:43

『いつもの通り早めにいくから じゃあまた明日』21:43

 

殺伐とした会話も終わり、俺はスマホをテーブルに置いてテレビを見る悠を見つめる。

 

「ん?どうしたの?」

「…明日午前中に敦也が遊びに来るってさ」

「え、ほんと!?」

 

パァっと嬉しそうな表情をすると悠はテレビを消した。

 

「私もう寝るね!あつやくん来るなら早起きしなくちゃ!じゃ、おやすみ!」

「ああ、おやすみ。包帯と眼帯、外して寝ろよ」

 

敦也が来るというといつもすぐに寝るのは何故だろう。

とは言え、明日怒られるってのに、随分とご機嫌だったな。

 

「…はあ、俺も寝るかな」

 

明日は忙しくなりそうだ。

俺も悠に見習って、今日は早めに寝ることにした。




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
こういう小話を挟むと結構話が進まないなと反省をしつつ、やっぱりこういうの書きたいという自分もいます…。
やっぱり難しいですね…。


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第15話 一条家の休日

「…」

 

夕焼け空がオレンジ色に街を染め上げる中、俺、一条玄人はようやく見慣れた教室で一人、この手紙の差出人を待っていた。

 

「い、一条、君」

 

教室の窓を開け放ち、静かな街を眺めていると声をかけられた。

振り向くと見知らぬ女の子が俺の目の前に立っていた。

少しの間手を結んでは開いてを繰り返していたが、

 

「あ、あのね!私、一条君のことが…!」

 

敦也。涼香。シロ。

十字高校のみんな。

俺、ついにリア充になります。

 

「一条君のことが…す」

「うわああああぁぁいたいいぃぃぃ!」

 

 

 

「…」

 

妙な断末魔にはっと気づくと夕焼け空も教室に佇む物憂げな女の子の姿もなく、毎朝見ている自室の天井が視界に映るだけだった。

 

「…夢か」

 

本当に最悪。

一生覚めなきゃよかったのに。

それか正夢になってくれ。もう女の子の顔思い出せないけど。

 

「ごめんなさいごめんなさい話しの流れでついいだいいいぃぃぃ!!」

 

俺のかけがえのない時間を台無しにした断末魔は今も鳴り続けている。

まあ大体予想はつくんだけど。

 

「ふわあ、おはよう。敦也」

 

玄関まで行くと敦也が(はるか)の頭を掴んで怒りをあらわにしていた。

 

「よお、クロ。起こしちゃった?」

「うんまあ。毎度早いねえ」

「あああぁぁ!われるうぅ!あたまがわれるよあつやくうん!!」

 

敦也の指の間から苦悶の表情が覗き、女の子があげるそれとは思えないほどの叫び声のおかげで漸く頭が動き始めてきた。

 

「上がってよ。後、本当に頭割れたら大変だからそろそろ離そうね」

「悪いね。お邪魔します」

「…」

 

悠。お兄ちゃんのせいでごめんな。

敦也に解放され、無言で頭を抑えてうずくまる悠を気の毒の思いながらも、俺は心の中でとりあえず謝っておいた。

 

 

 

「お待たせ」

「おう、今日も決まってんな」

 

寝間着から着替えてリビングに着くなり、俺の服を見て敦也はそう言った。

ボーダーに白いスキニーパンツ、そしてテーラードジャケット俺のお気に入りの組み合わせだ。家の中なのでジャケットはまだ着ていないが。

 

「敦也は相変わらずパーカー好きだね」

 

対する敦也はグレーのパーカーとジーパン。特に洒落ているとは言えないが、酷いとは言えない程度の服装をしていた。

こういうと敦也は決まってこういう。

 

「クロさんみたいにモテるの意識してないから、最低限でいいんですよ」

 

平常運転ですね。

いつも通りの返答、ありがとうございます。

 

「朝ごはん食べてきた?まだならなんか作るけど」

「今日はいいかな。どうせすぐに昼になるだろうし」

 

時計を指差し敦也がいう。

時刻は8時。一条家はこのくらいに朝食を取るのが休日の定番なのだが、時たま敦也が遊びに来るときは一緒に食べることがある。今日はいらないようだ。

 

「そっか。じゃあ俺と悠の分だけ作るよ。腹減ったらキッチン使っていいから」

「ありがとう。僕はハルと遊んでるよ」

「あまりいじめるなよ…」

「もう説教は終わったよ。ままごととか適当な遊びでもしとくよ」

 

中学生相手にままごとはレベルが低すぎる気がするが…。

敦也を見送って、俺も朝食を作るべく冷蔵庫を漁った。

 

 

 

 

「いただきます」

「ハル、腕あげたな」

「でしょ!?あつやくんもそのうち超えちゃうんだから!」

「へえ〜、それだけ言うなら一回くらい勝って欲しいね」

「んー!食べたら続きやるんだから!」

 

両親抜きの3人で囲む一条家の食卓。

こうして食卓に敦也が座るのも珍しい光景ではない。

大抵遊びに来る日は朝早いからな。

正直ほとんど帰ってこない親より食卓を囲む頻度が高い。

まだ幼い悠にとって敦也はいい兄貴役で、こうしてゲームとかで遊んでくれるから寂しさをあまり感じさせずに生活できているようだ。

 

「後聞いておきたかったんだけどさ…。それ、どっか怪我してんの?」

「え?あ、これ?」

 

包帯と眼帯について尋ねる敦也に対し、触れてくれたことが嬉しそうな悠。

 

「はあ、とりあえず怪我とかじゃないらしいよ」

「ふっふっふ…。カッコいいでしょ!」

「…」

 

顔を覆って落胆する敦也。

次に顔を上げた時、いつもの鋭い目は死んだ魚のような目をしていた。

 

「ハル。一応聞いておくけど、学校にはそれ巻いて行ってないよな?」

「え、行ってるけど?」

「…いつから?」

「えっと。2年生に上がってからかなあ」

「…」

 

奥歯を噛み締めて、敦也が辛そうな表情を浮かべる。

 

「あ、敦也?」

「いや、何でもないんだ。ちょっと昔を思い出して」

「ごちそうさま!さ、早く続きやろ!」

「ああ、わかった…」

 

そう言って連れられる敦也に、なぜだか先程までの生気は感じられなかったが、ただ腕は落ちていなかったようで、悠に対しては容赦のないコンボを繰り出し、悠の操るキャラクターを場外に弾き飛ばしていた。




明けましておめでとうございます。
今年も皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
最後まで読んでいただきありがとうございました!


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第16話 恋愛事情

「うう…。また大貧民…」

「ふっふっふ。兄貴に勝る妹なんていないんだよ。さあ妹よ。次も貢物、期待してるぞ」

「絶対いつか、逆の立場に立ってやるんだから!」

 

テレビゲーム、ボードゲーム、ままごと、トランプ。3人で色々と遊んで時間を潰しているうちに、ついに時計の短針は一日の一周目の終わりに差し掛かろうとしていた。

テーブルに置いていた敦也のスマホが、小刻みに震える。

 

「…っと。涼香からか。なんかもう駅につくらしいから、迎えに行ってくる」

「今日は一段と早いな。まだ集合には早いからうちに連れてきなよ」

「おう。それじゃ一旦、お邪魔しました」

「いってらっしゃいっ!」

 

敦也を見送って、俺と悠は散らかった部屋を片付ける。

 

「午後はなにしよっか?」

 

悠がボードゲームの道具であるおもちゃの札束をまとめながら尋ねてきた。

 

「ああ、午後はちょっと、俺たち仕事があるんだ」

「仕事?お兄ちゃんの高校ってバイト禁止じゃなかったっけ?」

 

仕事と言ったが、バイトと勘違いされてしまったようだ。

そういえば悠にはまだ部活始めたって言ってなかったっけ。

 

「実は俺たち部活を初めてさ。簡単に言うと、困ってる人の悩みを聞くのが仕事なんだけど、今日の午後から話を聞きに行かないといけないんだよ」

「へえー。そうだったんだー。じゃあ仕方ないね。頑張ってきてね!」

 

いまいち納得してるんだかしてないんだか、少々棒読みに近い返答が帰ってきた。

まあ、意味わかんないよな。俺だってモテるためじゃなかったらこんな部活入らないし…。

 

「ああ、ついでに買い物してくるけど、晩飯なにがいい?」

「んー、あ、そうだ!今日はあつやくんも誘ってカレーがいい!」

「カレーね。敦也がいいって言ったらいいんじゃない?」

「うんっ。戻ったら聞いてみる!」

 

なんだか最近、俺の妹が敦也にべったりな気がするんだが。

まあ反抗期が来るよりは全然ましだけど、普通は俺に懐くもんじゃないの?

 

「昼飯は適当でいいか」

 

片付けもある程度終わり、俺は帰って来る敦也と涼香の分も合わせて、4人分の昼食を作り始めた。

 

 

 

 

ピンポーン。

 

炒め物をしている最中、チャイムが鳴った。

 

「悠ちょっと出てくれ。今手が離せないからさ」

「はーい」

 

パタパタと玄関に向かう悠の足音は、少しして3人の足音になってリビングに帰ってきた。

 

「くろくん、お邪魔しまーす!」

「もっかいお邪魔します」

「はい、いらっしゃい」

 

敦也に連れられて、涼香も家にやってきた。

正直女の子を家にあげるのとか緊張して舞い上がっちゃうんだけど、涼香くらいになるとそこまで意識する間柄でもないので、別に舞い上がったりもしない。

 

「早かったね。もう直ぐ昼できるからさ。テーブル座って待ってて」

「おう。悪いね」

 

敦也と悠が座り、会話が始まり食卓は再び賑やかになった。

涼香はバッグをソファに置くと、キッチンにやってきた。

 

「ほ〜。くろくん、上手になったね〜」

「おかげさまで。先生」

 

一年の時、カレーとチャーハンくらいしか作れなかった俺に料理を教えてくれた涼香のおかげで、俺もすっかり自炊ができるようになっていた。

確かあの時は料理ができる男はモテるとかなんとか言われてやらされたんだっけ。

本当のところは『成長期の妹にコンビニ飯ばっか食わせるんじゃねえ』と言って敦也が仕向けたらしいが。

 

「なんかくろくん見てたら、私も作りたくなっちゃった。ちょっと一品作ってもいい?」

「どうぞ。卵は冷蔵庫の上の方に新しいのあるから好きに使ってくれ」

「えへへ、ばれちゃった?」

 

敦也がいるときに涼香が作るものなんて大体わかる。

食器棚から容器を取り出し、片手で卵を割って、素早くかき混ぜる。

そしてさじを使わずに調味料を入れ、ねぎを細かく刻んで入れる。

この目分量だけはどうやっても真似できないんだよなあ。

涼香にしか作れない、世界にひとつだけの卵焼きといったところか。

 

少しして、涼香の作った卵焼きも並び、全員が席に着く。

 

「いただきます!」

 

悠の高い声の合図で、少し早い昼食の時間がはじまった。

食卓には、俺特製のチャーハンと野菜炒め、そして涼香の作った卵焼きが並べられていた。

 

「ん…。くろくん腕あげたね」

「ありがとう」

「安定のうまさだな」

 

俺は料理の師である涼香に料理を褒めてもらえたので、とりあえず安心した。

 

「へえ、ネギ入りの卵焼きもあるのか。これもやっぱりうまいな」

「えへへ、よかった♪」

 

涼香も敦也に褒めてもらえたので安心している様子。

悠がそんな二人を見ながら、感心したようにいった。

 

「なんか、家族みたいでいいね」

「はっは。そうなると、家族構成はどうなるんすかねえ?」

 

ニヤけながら言うこの顔は悪ノリの時の顔だ。

 

「玄人お父さんと涼香お母さん。長男の僕に妹にハル。お、全然違和感ないな」

「面白そう!朝のままごとの続きする?」

「JKと一緒にやると洒落にならないからやらない」

「じぇい、けえ?」

 

悠の誘いを片手を振りながらあしらい、敦也は再び卵焼きに手を伸ばす。

JKとやるとか以前に、この歳でやる遊びじゃないから!

 

「うーん。私的には敦也くんが旦那様がいいなあ…」

「まあ、毎日この卵焼きが食えてこのスペックなら、僕も役得だけど」

「えへへ…♪」

「…」

 

今日の涼香、だいぶ攻めるな…。

前々から敦也にアプローチをかけてるのは見ていてわかったが今のは強烈だった。

涼香が敦也に気があるのは、見ていればすぐわかる。

敦也のために弁当の卵焼きのスペース多くしたりしてるし、よく帰りに店に誘うし、後ちょいちょい休みの日に遊びに行ってるらしいし。

甘いものは逆効果になっているけど。

しかしこんな涼香のアプローチに対しても、敦也は揺るがない。

その理由はなんとも言えず。

 

「つっても、独身貴族志望の僕には縁のない話っすね」

 

いつも決まってこういう。

スペックは悪くないのに、本人はなぜか恋愛を諦めている。

青春の象徴とも言える高校生の時点で。

 

「もったいないなあ」

「なんとでも言え。ほら、さっさと食って、ままごとするぞ」

「もうそんな時間ないよ!もう少しで集合の時間だよ!」

 

この二人の進展は難しそうだ。

いつか涼香が相談者になって俺たちに相談する日がくるんじゃないか?

 

「あつやくん。今日の晩御飯、うちでカレーにしない?」

「お、いいじゃん、じゃあ帰ったら…」

 

何も知らない悠の気楽さが、今は少しだけ羨ましく思えた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日は世に聞くセンター試験がありましたが、今年も試験にネタが仕込まれていないかと、Twitterに流れてくるのを心待ちにしています。_φ( ̄ー ̄ )
受験生の方には明日も頑張って欲しいですね。
それでは次回、またお会いしましょう。


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第17話 弟の部屋

「じゃ、留守番頼んだよ」

「はるちゃん、またね!」

「うん!あつやくん、帰ったらまた遊ぼうね!」

「おう、お邪魔しました」

 

一条家の楽しい(?)時間も終わりを告げ、俺たち3人は駅へと向かう。

時刻は12時40分。俺の家から駅まではそう遠くない、せいぜい歩いても5分あれば着く。

来週の課題とか適当に少し話をしただけで、駅へと辿り着いた。

 

「お、もうきてたか」

 

行き交う人の中、駅前の広場の椅子に座っていたシロと相談者の沢渡(さわたり)さんを見つけた。

青い顔をして下を向く様子から、どう話をすればいいかわからずに俺たちがくるのを待っていたことは一目瞭然だ。

ふと顔を上げたシロと目が合い、真っ青だった顔に安堵の表情が浮かんだ。

 

「こんにちは。早いですね」

「ええ、まあ。お願いしたのはこちらですから」

「少し早いですがこうしてるのもなんですし、早速行きましょうか」

 

社交辞令とも言える挨拶をして、俺たちは問題の弟の待つ沢渡家に向かうことにした。

 

 

 

 

 

「敦也君、すごいですね…!」

「あー、うん」

 

道中、敦也が話を繋げているのを見て、シロが感心したように言った。

 

「へえー、もう3年ってことは、もう受験勉強にも専念したりしてるんですか?」

「ううん、まだ全然。これから少しずつ忙しくなってくるかもしれないけど、今は束の間の休息みたいなものかしら」

「まあ、沢渡先輩頭良さそうですし、結構いいとこ行けそうっすね。羨ましいです」

「ふふ、上手ね」

 

確かにすごいコミュ力だ。

いつの間にか向こうも敬語じゃなくなってるし、ちょいちょい笑ってるし。

俺たちとしかつるんでいたからわからなかったが、誰が相手でも普通に話せるようだ。

ってかここまでとは知らなかった。

こいつ本気出せば全校生徒と仲良くなれるんじゃないの?

 

「敦也に聞いたら、人との話し方も教えてくれるんじゃないか?」

「今度聞いてみます…」

 

そうこうしているうちに、前を歩く二人が立ち止まる。

止まった家の表札には沢渡と書かれていて、ここが目的地だと悟った。

 

「ここっすか」

「そう。今は出かけてて弟しかいないから、変に気を使わなくていいからね」

 

鍵を開けて家に入り、誰もいないリビングに案内される。

お茶とお菓子を出され、お菓子に手を伸ばす涼香を見ていると、敦也が頭を抑えて牽制した。

 

「あぅ!」

「遠慮くらいしろ」

「ふふっ、いいのよ。好きに食べてちょうだい」

「すいませんね…」

 

涼香の代わりに敦也が頭を下げる。

お前は涼香の兄貴かお父さんなの?

 

「おほん。とりあえず、弟さん、紹介してもらってもいいですか?」

「ええ、一応昨日から人が来るっていうのは言ってあるんだけど…。でも、あまり人数が多いと戸惑うだろうから…」

 

暗に四人は多いと言いたいんだろう。

依頼人の意を汲んで、敦也が言う。

 

「じゃあ男同士、僕とこいつで話を聞いて見ます。シロ、涼香を頼んだ」

「あ、はい!」

 

沢渡さん、敦也に続き、部屋を出て扉を閉める瞬間、涼香の手がものすごいスピードでお菓子に伸びたのを見て、思わずにやけてしまった。

 

「どした?」

「いや、なんでも」

 

階段を上がって二番目の部屋の前で沢渡さんが立ち止まる。

部屋の前には張り紙がしてあって、それを読もうとした途端、敦也が小さく「マジか」と漏らした。

 

「ここなんだけど…。こんな張り紙もしてて、全然出てこないの…」

「えーっと、『オレの許可無しに絶対に開けないこと』?中で何かやってるのかな…。それにしてもこの十字架と剣の絵は…ん、敦也?」

「…」

 

手書きで書かれたカクカクした字体の文章と脇に描かれた絵に首を傾げていると、青ざめた顔の敦也が、眉を顰め何か考えていたようだが、深呼吸して腕まくりをするとノックもせずにドアノブを回した。

鍵のついていない扉はたやすく開き、敦也が部屋の中へ入る。

 

「ちょっと、敦也君!?」

「おい、敦也!」

「うぇえ!?な、なんだ!?」

 

俺たちの驚きとともに、中からは変声期を迎えていない幼い驚きの声が上がる。

敦也の背に隠れて中を見ると、昼間なのにカーテンを閉めて薄暗い部屋の中には、モデルガンやらコインやらが転がっていた。真っ黒なジャンパーを着た中学生くらいの男の子が一人、部屋の真ん中でへたり込んで俺と敦也を交互に見ていた。

 

「やっぱりそうか…」

「ごめんね(ゆう)くん!この人たちは昨日言ってた…」

 

沢渡さんが弁解をする中、振り向いた敦也が俺のジャケットの襟を引っ張り、顔を寄せて耳打ちしてきた。

 

「クロ。間違いない、こいつは…」

「え…?」

 

今朝、悠の包帯を見た時と同じような色々と辛そうな目の敦也が

少しの間を置いて、敦也が語気を強めて言う。

 

「こいつは絶賛、中二病患者だ…!」




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
中二病と聞くと中学時代を思い出しますね…。
なんにせよ普通が一番です…!
それでは次回、またお会いしましょう。


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第18話 中二病的自己紹介

中二病。

中学二年の時期に患いやすいことから名付けられたその病気の症状は様々な個人差があるらしく、明確な処方箋がない厄介な病気らしい。見た目的な変化としては髪を思い切り伸ばして片目を前髪で隠したり、基本的に黒をベースとした服や十字架、ドクロみたいなカッコいいアクセサリーを好んだり、画数の多い漢字を並べてルビを振りたがったり。

心境的な変化では背伸びしてコーヒーに砂糖を入れずに飲んだり、自分には何か特別な力があるんじゃないかと思い込んで、ふと怪しい儀式を催したり秘密の訓練(カーテンを殴る、公園で緊急回避etc...)をするようになったり。

人格形成に大きく関わり、時に思い出して布団の上で悶えたくなる反面、時に良い思い出の一つとして不意に思い出して笑うことも出来る恐ろしくも愛すべき病気であるという事を、敦也は誰かの英雄譚のように話してくれた。

 

「中二病…?」

「へ〜。なんか面白そうな病気だね!」

 

沢渡さんが弟に俺たちの事を説明をしている間、俺と一緒にリビングに避難した敦也が説明を終えると、涼香が呑気な顔でそういった。

テーブルの上にあったお菓子は既に半分は無くなっていて、涼香の前に置かれた包み紙の山を見れば、誰が食べたのかはいうまでもない。

 

 

「…まあいいや。そういうわけで、今回はもしかしたら、いじめとかそういう類じゃないかも」

 

氷がすっかり溶けて汗をかいたコップの中身を飲み、敦也はそういった。

 

「とりあえず、いじめかどうかは本人に聞くとして、そうじゃなければその中二病?をどうにかすれば解決ってことでいいんだよね?」

「ああ」

 

いつもの顔色を取り戻した敦也がそういうと、沢渡さんがリビングにやって来て向かいのソファに座る。

時間をかけた説明に神経をすり減らしたのか、疲れたような顔で深くため息をついた。

 

「はあ…。ゆうくん、弟には私の友達だって説明をしたから、もう入ってもいいわよ」

「すいませんね。それじゃあ敦也、いこうか」

「ああ」

 

再び二階へと上がろうとリビングを出る前、ふと後ろを振り向くと、口をへの字に結んだ涼香が一口サイズのドーナツを両目に当てて俺を見ているのが面白くて、つい吹き出してしまった。

 

「どした?」

「ぷっ!いや、涼香が…!」

「涼香?なんともないじゃん」

 

敦也が振り向くと、涼香は隣にいた二神さんの手に瞬時にドーナツを渡し、「美味しいね〜」などと抜かしてドーナツを食べてみせた。

 

「…ごめん、俺の見間違いだった。いこう…!」

「ん?おう」

 

涼香め、覚えとけよ…!

俺は仕返しとして、いつか涼香の弁当に練り辛子を入れることを固く誓った。

 

張り紙のされた沢渡さんの弟の部屋はしまっていた。しかし今回は話は通してくれているようなので、扉を叩くことに抵抗はない。ノックをして張り紙にある通りに扉を開けずに待っていると、少しして中から返事が返ってきた。

 

「入っていいよ」

「んじゃ、遠慮なく」

「お邪魔します…」

 

扉を開け、中へと入る。

部屋は先ほどよりは綺麗になっていたが、部屋の中は相変わらず暗く、カーテンの隙間からこぼれた一筋の光に飛び込む部屋のハウスダストが、その光を受けて瞬いていた。

 

「ようこそ、我が聖域へ…」

「ああ、うん」

「…」

 

なあ、色々ということあるけどさ…。

もうちょっとお前は興味を示せよ!

弟君、なんかスルーされて「あれ?」って顔してるけど?

 

「まずは自己紹介かな。僕は敦也。こっちは玄人(はると)。まあクロとかハルとか好きに呼んでくれ」

「えと、よろしくね」

「…ちょっと待って」

 

握手を求めたが、弟君はそういうと机の上にあったノートパソコンを開き、キーボードを鳴らし始めた。

1分くらいしてようやく、こちらに振り返り、俺の前に歩み寄ると、腰を落として両足を開き、顔に手を当てながら言った。

 

「待たせたな…。現世の穢れた世界に生まれし堕天使、現世に混沌を生んだ七大罪が一人、その背負いし…」

「その背負いし罪は強欲、罪状は楽園の禁忌の実を齧り…。うわあ、長いな。これ全部聞かないとだめなの?」

「わあああぁぁぁ!!やめろよ!今僕が言おうとしてたのに!」

 

敦也が弟君の後ろのノートパソコンの画面を覗き込み、それに書かれているらしい文章を読み上げ、文章をスクロールして嫌そうな顔をした。

高いながらも重みを含んだ先ほどまでの口調はどこへ言ったのやら、急に情けない声を出して、敦也に詰め寄るが、振り返った敦也に見られた瞬間、弟君が蛇に睨まれた蛙のようにピタッと固まる。

 

「いいだろ別に。こっちはさっさと本題に入りたいんだよ。んで、名前は?」

「う…」

 

パソコンの光を受け、その鋭い目がギラリと光る。

いきなり現れた年上の男に、しかもこんな風に凄まれて物怖じしない中学生なんてそういないんじゃないだろうか。

少しして、弟君は口を開いた。

 

「…優希。沢渡優希(さわたりゆうき)

「ユウキ、ね。よしよし、そんなに怖がるなって。改めて敦也だ、

よろしくな」

「え、う、うん」

 

優希君の頭に手を置いて敦也が笑った。

危険を予知して目をつぶっていた優希君も、睨みを効かせた顔の次に頭を撫でられるとは思っておらず、その不意打ちに驚きこそしたが安心したようだった。

 

「ん、ユウキ、お前の髪撫で心地最高だな」

「え?あぁ!いた、いった!ちょっとまって!そんなかき回さないで!ええっとはると、さん!?見てないで止めてくださいよ!ああぁ!」

「あはは」

 

ちゃんと名前で呼ばれたの久しぶりだな…。

下にいる沢渡さんに悲鳴が聞かれないように、俺は部屋の扉を固く閉ざした。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
中二病にも色々と和訳があるようで、先日意味を調べてびっくりしました。

中でも一番の驚きは
闇に飲まれよ(お疲れ様です)
この一言につきましたね(汗

それではまた、次の話でお会いしましょう。


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第19話 中二病でも…?

「うおっ、眩し…!」

 

カーテンを開け放つと、外から差し込む光が部屋を満たし、今まで暗い部屋にいて目が慣れてしまった俺は、反射的にそう言った。

ベッドには敦也が腰掛け、その敦也の前で正座をしている優希君が向き合っているのを見ると、どこから見ても説教をしているようにしか見えない。俺は勉強机の椅子に腰掛け、この場を見守ることにした。

 

「それで、ユウキ。質問なんだが…」

「な、なんですか?」

「何でこんなことしてんの、お前?」

 

近くにあったモデルガンを指差し、敦也が問う。

おそらく、「病気」のことについて聞いているんだろう。

 

「中二病にかかるのに理由なんてあるの?病気なんだから、そんなの本人にはわからないんじゃないの?」

 

病気というくらいなんだから、原因はあれども理由なんてないんじゃないんだろうか。

俺の質問に対して、敦也は淡々と説明をする。

 

「クロ。中二病ってのは確かに厄介な病気だ。でもな、その症状にかかるのは病原体が体の中で暴れたりするとかそんなもんじゃない、自分の意志でなるんだ。理由は色々あるけど、単にカッコいいからっていう奴が大体だ」

「へえ…」

 

どうやら俺にはわからない世界のようだ。

かっこいいから?まあ確かにアニメのキャラとか黒いコートとか着ててかっこいいとか思う時もあるけど、別に現実でやったとして女が惚れるようなかっこよさじゃないというか、自分の評価で満足したかっこよさ感が否めない気がするんだが。しかし当の本人の前でそんな否定的な事を言えるはずもなく、俺は言葉を飲み込む。

 

「えっと、それはその…」

「後、さっきのネットの文章。僕が知ってる限り、中二病ならああいうのは一字一句完璧に記憶して設定とかもこだわってるのが多い気がするんだけど、お前にはそれがない。ユウキ、なんか理由があってこんな事してるんじゃないか?」

「…」

 

俺は机の上のパソコンで中二病、と検索エンジンに入れて見た。

少しの読み込みで現れた画面には、中二病の起源からその症例についての記事が大量に記されていたが、どれを取っても、最終的に分かることは「妄想と自己愛の混ざった混沌(カオス)」ということか。

あれ?あ、危ない…俺にもちょっと移ってしまった…!

 

「おい、移ってんじゃねーか」

「うえ!?」

 

声に出てた、だって…?

うわあ、恥ずかしい…!

湧き上がってくる羞恥心に顔が赤く染まり、冷や汗がいたるところから溢れ出す。妙な暑さに耐えきれず、俺はジャケットを脱ぐ。

 

「はあ。まあ、カッコつけるのはいいけど、姉ちゃんの前では普通にしたほうがいいぞ。学校でも、包帯巻いたり変な魔法陣とか書かないように。ましてや好きな子の前でやったら、内心何思われるかわからないからな…」

「ええぇそうなんですか!?」

 

黙っていた優希君が突然声を上げる。

この反応、もしかして…。

 

「優希君、もしかして、好きな子いるの?」

「す、好きな子!?い、いませんよそんな!」

「マジか」

 

分かり易すぎるその反応に、敦也が小さくこぼした。

 

「えー。いいじゃん!恋愛は自由なんだからどんどんやろうよ!中学校どこだっけ?」

「制服の校章を見たかんじ、第四中学校だな」

「や、やめてくださいよ!そんな、何にもないですって!」

 

敦也がかけてあった制服の襟を確認する。

顔が赤くなって恥ずかしそうな優希君だが、俺は恋心を抱く戦友は放って置けない。

中二病とかどうでもいい、この子の恋愛、精一杯サポートせねば!

 

「四中か!俺の妹も通ってるとこだ!」

「玄人さんの妹さんも四中なんですか!?」

「そうだよ!悠って言うんだけど知ってる!?」

「…ぇ!」

 

悠のことを知ってるのか、優希君のびくっと肩が跳ねた。

 

「ちなみに、玄人さんの苗字って…?」

「ん、ああ、言い忘れてたっけ。一条、一条玄人だよ!」

「…っ!一条さんの、お兄さん?えぇぇ…」

「そんなことより優希君、好きな子って同じクラス?それとも部活仲間?もしそういういつも近い位置にいるなら、俺としておすすめのシチュは…」

「落ち着け」

 

俺の恋愛についてのいろはを教えようとしたところへ、俺の頭に重圧がかかる。俺の頭を包むように全方向から力が加わりそれは俺の頭を締め付け始め…。

 

「いだだだだだだだ!!何だよ!アイアンクローは痛いからやめてって前に言ったじゃん!」

「悪かったよ。でも一回、落ち着いてユウキを見てみろ」

「ええ?よく見ろったって…」

 

敦也に言われ、目の前に座る優希君を見てハッとする。

 

「玄人さんが…一条さんの、お兄さん…」

 

赤みがかった優希君の顔が真っ赤になっているのを見て、俺は悟った。

 

「もしかして、でも、ええ?」

「そう、そのまさか」

 

聞きたくなかった続きを、敦也は遠慮なく言ってみせた。

 

「こいつ、ユウキは一条悠、ハルに惚れてる」




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
そろそろ中二病編も終わりそうなのでちょっと頑張って見ました。
それでは、また次の話でお会いしましょう。


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第20話 甘い地雷

妹の名は一条悠。

玄人(はると)(はるか)で文字が被ってややこしいこの名をつけてくれた俺の両親は、俺が中学二年生あたりから単身赴任で家に帰ってくるのは一月に一度帰ってくれば多い方。俺と悠の二人暮らしでは広すぎる一軒家で、悠が寂しさに打ちひしがれ、暗い子になってしまわないように、俺はできる限りのことをした。中学時代は悠の帰宅時間に合わせて俺も早く帰れるように校内でも強制力の少ない部活に入り、高校に入って二人と知り合ってからは涼香の指導のもと自炊を心がけ、休日も買い物に連れて行った。やがて遊び相手(主に敦也)も用意して、一緒にボードゲームやらテレビゲームに興じたりもした。

その甲斐あって、悠は健やかに育ち、俺が危険視していた暗い子とは正反対の、明るくて笑顔の多い女の子に育った。

包帯とか眼帯とかはちょっと想定外だったけど。

そんな悠に、兄より早く青い春が訪れようとしていたとは…!

 

「おい、クロ」

「あ、ごめん。なんだっけ?」

 

いつの間にか思い出に浸っていたようだ。その声でやっと我に帰る。

敦也はため息をついて、自分の部屋なのに借りて来た猫のようにちょこんと座る優希君を親指で指差しながら、俺の意識が飛んでいる間のことを話してくれた。

 

「はあ、気持ちはわかるけどしっかりしてくれ。簡単に言うと、こいつは去年の冬、席替えで隣の席になった悠に惚れたんだと。それで話してみたら、カッコいいものが好きって言うから、影で練習してたらしい」

「へえ…。ん?去年から?」

「なんか引っかかったか?」

 

去年の冬。

確か敦也が悠と頻繁に遊ぶようになったのは秋くらいだったな。

あの時期からだよな。悠がカッコいいの好きになったのって。

 

「まあ、いいや。それで、いじめとかはなかったの?」

「ああ、毎日制服が汚れてたって言う姉の情報は、形から入ろうとして帰りに少しだけ秘密の特訓的なこととか無駄な徘徊とかしてたから、制服が毎日汚れたらしい」

「部活は運動部じゃないし自由参加だったので、あまり学校の人に見つからない早いうちにやろうと思って…。練習して、上手にできるようになったら一条さんに見せようと思ってたんですけど…」

 

真っ黒な服装も、下を向いてもじもじとした動きをするだけの今となっては、もはやカッコいいとは程遠いものとなっていた。

 

「やっていくうちに、クラスのみんなに知られたら恥ずかしいなって思うようになって、しかもこういう道具とか結構お金もかかるってのもあるし…。自己紹介だって、あんな長い文、覚えられる自信ないし…」

「ビジネス中二病か」

「どういうこと?」

「営業スマイルみたいなもんだ。作り笑いみたいなもんだ。愛想笑いみたいなもんだ」

 

例がスマイルばっかりなんだが。要するに中二病を無理して演じてるってことでいいのか?

 

「え、えっと。ならやめようよ。恥ずかしいんでしょ?」

「そうですけど…でも一条さんとはもっと仲良くなりたいし…」

「さっきも言ったけど、姉ちゃんも心配してるぞ?」

「お姉ちゃん…?確かに最近、やたら学校のこととか聞いてくるな。そうか、お姉ちゃん、僕のこと心配して…」

 

でもこれをやめたら一条さんとの接点が…。ぶつぶつと独り言を呟く優希君はもはや自分の殻に篭ってしまっていた。

つい先ほどまでの俺だったら迷わずに応援していたんだが、悠が相手となると…。

その時、ズボンのポケットが震える。

取り出して見ると、緑色のメッセージアプリアイコンの右上に①というカウンターが乗っていた。差出人は目の前にいる俺の親友から。

 

『流石は恋する中学生。ジレンマで判断が鈍っててめんどくさい。どうする?』13:58

『俺もさっきまでは応援する気満々だったけど、正直相手が悠となると…ごめん』13:58

 

こういう煮え切らない空気、きっと苛立ってるだろうな。敦也の顔色を伺うと、予想に反してその顔は笑っていた。

 

『いいよ。じゃあここは僕に任せてもらってもいいか』13:59

『ん?なんかあるの?』13:59

『まあ。一個だけ』13:59

 

どうやら敦也的模範解答が生まれたんだろう。

俺を見つめるその笑顔が何よりの証拠だった。

 

『じゃあ、悪いけどちょっと頼むよ』13:59

『おk』14:00

 

「…いや、でもお姉ちゃんにも悪いし…うーん、でも…ぁいたっ!」

「落ち着け」

 

敦也の放つデコピンで、優希君を現実に連れ戻す。

痛そうだ…。徐々に赤みを帯びる額を見つめながら、俺はそう思った。

 

「いたた…」

「とりあえず、お前がハルの気を引くために恥を忍んで無理して中二病やってることも、個人的にそろそろ限界近いし姉ちゃんも心配してるから中二病やめたいってのもわかった」

「ぅ、はい…」

「それでだ」

 

優希君の頭を掴んで、顔を上げる。

顔に貼り付けた笑顔は営業スマイルか、愛想笑いか、はたまた、作り笑いか。

片方だけ口角を上げてニヤリと笑いながら、敦也が続ける。

 

「一条悠との接点を持ったまま、中二病をやめて、姉ちゃんにも心配させない方法があるんだが…」

 

 

 

 

 

「ねえ、あんなに早く切り上げちゃってよかったの?」

 

沢渡家を出て、再び駅についたころ、道すがら涼香が尋ねる。

 

「うん。一応話はついたから。本当は話聞くだけだったから、もう少し早く終わるはずだったんだけど」

「ま、来週には、大体片付くと思うけどな」

 

大きく伸びをしながら、敦也がいう。

 

「時間、余っちゃいましたね」

 

シロが小さな腕時計を見ながら言った。

 

「いいや、余ってなんかないさ」

「え?」

「クレープ、食いにいくんだろ?」

「あ」

 

青い顔をしながら商店街の中にあるクレープ屋の看板を指差す。敦也の言葉に、シロが思い出したように短く発し、その隣にいた甘味狂の目が輝き出す。

 

「そうだった!あ、だから早めに終わらせたんだね!敦也くんさっすがぁ!」

 

敦也の言葉で思い出した涼香が一気にハイテンションになる。

不思議と誰も覚えていなかったようで、シロも俺も、涼香でさえも言われるまでは思い出さなかったそのイベントを、最もそれを忌み嫌うであろう敦也によって思い出させられたのは、皮肉なんてレベルじゃなかった。

 

「…」

 

涼香たちに聞こえないように、呆然と立ち尽くす敦也に耳打ちする。

 

「ねえ、もしかしてだけど黙ってたら食わなくて済んだかもしれなかったんじゃない?」

「…クロ」

 

真っ青な顔でも、敦也はわざとらしく笑ってみせた。

どう見ても今気づいたとでも言うような顔だ。

 

「疲れた頭には、甘いものが一番って、相場が決まってるだろ…!」

「…強がるなよ。顔に出てるぜ。失敗したって」

 

先に店に入った二人を追って店に入り、テーブル席に座っているシロの元へ向かう。

なにも言わずに腰掛けた敦也の姿は、リングの上で真っ白に燃え尽きたボクサーのよう。

 

「大丈夫、ですか?」

「大丈夫、問題ないよ」

「大丈夫じゃない、問題だ」

「どっちですか!?」

 

テンションの高いツッコミを受けても、敦也は笑顔ひとつ浮かべずに否定した。かく言う俺も、あんな劇薬レベルの甘さをもつあれを食べるのは実のところ罰ゲームにしか思えない。

大丈夫と言ったがあれは嘘だ。女の前でカッコ悪いところを見せたくないという自尊心、プライド、色々なものが後押しして出てきた建前に過ぎない。

 

「まあ、とりあえずなに食べるか決めよう。えっと、メニューは…」

「あ、涼香さんが私たちの分も頼んでくれてるみたいですよ」

「え?」

「お待たせいたしま〜した!」

 

その時、タイミングよく涼香が戻ってきた。

両手に何か、大きな物体Xを抱えて。

 

「は?なにこれ…」

「何って、クレープ」

「ま、じか…!」

 

涼香が置いたそれに視線を向けた敦也が固まる。

頭の悪い規格外の大きさのクレープを見て、青い顔が心なしかさらに青くなったような気がした。

 

「ちょっと待って、クレープって普通手に収まるサイズだよな?」

「いやー、お店の人がサービスしてくれてさ〜。いつも来てくれてありがとうって!みんなで食べてってさ♪」

 

どこをどうサービスしたらクレープ4人前が10人分はあるだろうキングサイズのクレープになるんだ?ここのクレープは、仲間が集まると合体するのか??

てかもはやこれクレープじゃない。幾重にも重なる生地に生クリームやら球状のアイスクリームやらがレイアウトもなにも考えずバラバラに配置された目の前の物体Xはケーキ、もはやそれ以上の何かに究極進化していた。

手渡されたフォークを持って、その瞬間を静かに待つ。

 

「…俺も頑張るから、覚悟決めようぜ」

「…ああ」

「わあ、大きいですね!」

「うん!じゃあ、食べよっか!いただきまーす!」

 

こうして地獄のような至福のひとときが幕を開けた。

そうだな、今の状態を中二病的に言うなら…。

やっぱり混沌としか言いようがないよ…。

 

「なんでもでかくすりゃいいと思いやがって…!」

 

敦也が一口を噛み締めて苦しそうに言う。

一難去ってまた一難。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m


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第21話 解決は黄色い缶とともに

「…それじゃあ、今日はここまで」

 

鐘の音で数学の教師が区切りのいいところで切り上げ、颯爽と出ていく。

勉強が本分である高校生にとって、彼らの自由を告げる最後のウエストミンスターの鐘がなると、帰りのホームルーム前だというのに教室が賑わい出す。

そのお祭りにも似た騒がしい教室の中に、俺たちの担任、不動先生が頭をボリボリ掻きながらやってきた。

 

「うーい。お前ら席つけー」

 

無気力かつ適当だが愛嬌があり、クラスでは人気を得ている担任は、ホームルームも適当だ。

今日は配るプリントがないのか、一冊のノートを持って来た程度。

 

「はい。んじゃホームルーム始めるぞ。生徒諸君から何かあれば名乗りをあげろ」

「あはは、なにそれ〜」

「ねえか、じゃあ俺からもなんもなし!部活をやる奴は怪我しないように。帰宅部諸君は河川敷で秘密の特訓とかしないように。以上、解散」

 

毎日ネタが尽きないものだ。秘密の特訓といワードがタイムリーだったので、思わず口元が緩む。

生徒たちが席を立ち、部活やら帰宅やら、各々が放課後の活動に向けて動き出す。

俺もその一人。部室へと向かうため、涼香と敦也の席へ。

 

「部室行こう」

「おう、行こうか」

「お、忘れてた」

 

教室を出ようとした不動先生が、教室の出入り口でふと立ち止まった。

 

「おい、そこの三馬鹿」

 

面倒そうに振り向いて、三馬鹿という生徒を呼ぶ。

もちろん三馬鹿なんて変わった名前がつく生徒なんて、うちのクラスには当然いないし、俺の知る限りそんな名前のやつ我が校にいるなんて話は聞いたことがない。

じゃあきっと俺の聞き間違いだ。

先生がその半開きの目で俺たちを見ているのは、きっと気のせい、だと思う。

 

「クロ、行こうぜ」

「ん、ああ」

「おい、先生を無視すんな。一条、四季、敦也、お前らのことだ。ちょっとこい」

 

くそ、やっぱり俺たちか…。

「モテない一条玄人」といい、これ以上俺のレッテルを増やさないでくれ…。

 

「すいません。私、そんな頭悪くないと思うんですけど…」

「成績じゃない。お前はスイーツ馬鹿だ。一条は女馬鹿。敦也はまあおまけってことで」

「おまけって…」

 

一瞬だけ顔をしかめる敦也を見ても特に表情一つ変えず、先生は続けた。

 

「保健室の五十嵐先生から伝言だ。放課後部員集めて保健室来いってさ。お前らいつの間に部活なんて始めたんだ?」

「まあ、色々あって」

「ま、とにかく、伝えたからな」

 

先生の背中を見送って、俺たちは部室へと向かう。

俺たちが教室を出るよりも早く、シロは決まって教室からすでに姿を消していて、先に部室に行っていることは言うまでもない。

 

「もう結構経つね」

「ああ」

 

それはきっと優希君の件だろう。

俺たちが相談を受け、化け物じみたクレープを食べてから一週間以上の時間が経っていた。

あれから沢渡さんは部室に来ることもなく、事がどう動いているのか、それは俺たちにはわからないものとなっていた。

まあ、しばらく様子を見ておくように言ったのは俺たちなんだけどな。

 

「ゆうきくん。病気、治せたのかなあ」

「ユウキか」

 

隣で首を傾げながら歩く涼香の一言で、俺も優希君のことを思い出す。

確かに敦也のとった方法はうまくいくものだと思っているが、なんの連絡も来ないから結果がわからない。敦也は特に気にしていないようだが。

 

「まあ、俺たちの活動はあくまで悩みを聞くだけだし、相談窓口みたいなものだから、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな」

「うーん、そういうものなのかなあ」

 

涼香は少し腑に落ちなさそうな顔をする。

こんなこと言うのもあれだけど、お前特に何もしてないだろ。

人の家でお菓子を食べていただけなのに何をそこまで引きずることがあるのだろうか。

心の中でツッコミを入れながら歩くこと数分、部室にたどり着く。

鍵はやはり空いており、鍵の持ち主であるシロがすでに部室の中にいた。

 

「シロ、いい加減一緒に部室に…」

 

その言葉の続きはシロに向かい合って座る沢渡さんを見た途端に喉の奥に引っ込んでしまった。

沢渡さんは椅子から立って俺たちの方に向き直ると、次の瞬間には頭を下げていた。

 

「ありがとうございました!」

「え?」

 

それから沢渡さんは目に涙を浮かべて、ゆっくりと説明を始めた。

あれから一週間、優希君の様子を見ていたところ、俺たちと会った次の日から少しずつ前みたいに明るくなって、もう汚れて帰ってくることもなくなったこと。

最近はテレビゲームに熱が入って、一緒に遊ぶ機会が増えたということ。

全て話終わってから、敦也が悟ったように言う。

 

「…要するに解決ってことでいいんすかね」

「はい…。みなさん、本当にありがとうございました」

 

もう一度深々と頭を下げてから出て行った沢渡さんの清々しい顔には以前のような不安な表情は何一つなかった。

扉が閉まり、静かな空気を破ったのは笑顔を貼り付けた敦也の一言。

 

「ま、とりあえずリサ姉のとこ、行こうぜ」

 

 

 

 

 

「いや〜、みんな、お疲れ様!乾杯!」

 

カウンセリング室に着くと、五十嵐先生がそう言って胸の前で小さく拍手をして出迎えてくれた。

行く途中に涼香が選んだ缶ジュースを持ち寄り、今はみんなで祝勝会に近い会が開かれた。

 

「初仕事、大変だったでしょ?難しいと思ってたけど、解決できたみたいでよかったわ〜」

「本当ですよ…」

「でも、沢渡さん、すっごい感謝してたのよ?あなたたちを紹介してくれてありがとうって。一体どうやって解決したの?」

 

先生は俺ではなく、敦也に聞いているのを見ると、誰が解決に貢献したのかはすでにわかっていたようだった。

 

「ちょっと面倒だから簡単に言うと、いじめじゃない。惚れた女のために毎日ボロボロになるまで特訓してたのを姉にいじめと勘違いされた弟の話だったよ。だからちょっと手回ししただけ」

「なるほどねえ〜」

 

敦也の説明はなんとなくだが不良漫画にありそうな熱い青春を連想させるような言い回しだったが、それでも先生は納得したようだった。

こんな内容で納得する先生の器量というか価値観というか、何かがおかしい気がするが、敦也との付き合いだから信用しているということなのだろうか。

 

「よくわかんないけど、まあ解決できたみたいでよかったわ。一条君も二神さんも、この調子で頑張ってね♪」

「あ、はい」

「よし、じゃこれ飲んだら部室戻ろうぜ」

「そうだね。…敦也、これは?」

 

目の前には敦也の分の飲み物である黄色い缶コーヒーが俺の手元に置かれていた。

 

「何って、世界ギネスになりそうなほど甘い練乳コーヒーだけど?」

「俺も飲んでるんだけど」

「うん。そんなに美味しそうに飲んでたら、あげるしかないよね。ってことで、やる」

 

押し付けられた缶コーヒーには封が開けられておらず、乾杯の時も開けずにしていたのを想像すると、敦也の甘いものへのヘイトが現れているように思えた。

 

「はあ、わかったよ…」

 

涼香にバレないように、隙をついて黄色い缶を制服のポケットにしまう。

帰ったら悠にでもあげようか。

俺もこんな甘いものを飲まされて、あまりいい気分がするものではないんだけど。

そうだ、いつかの仕返しも込めて、この甘い不快感を、涼香にも分け与えてあげよう。

 

「よし、んじゃ先に戻ってるよ。女性陣はここで、女子会でもしててくださいよ」

「え、ちょっとくろく…」

「あら〜、気が利くじゃない!一条君、そういうとこ、私からは高得点よ!」

「え…ちょっと待って…」

「あはは、どうも。それじゃ、失礼しました」

 

どうやらまたストレスが溜まってるんだろう。いいサンドバッグを見つけたとばかりに、前に敦也を残した時と同じ、先生は含みのあるフルスマイルで二人のサンドバッグに笑いかける。

俺はまだその辛さがわからないであろうシロに、多少の罪悪感から、応援の言葉を投げかける。

 

「シロ、頑張れ」

「え?それってどういう…」

 

ピシャリ。

その言葉の先は閉めた扉の音に遮られて聞き取れなかった。

 

「健闘を祈る…!」

 

敦也が扉の奥に残された二人に、敦也が手を合わせた。

五十嵐先生のサンドバッグになる。その辛さが分かるものなら、誰でも手を合わせそうだ。でも俺にはわからないから、合掌なんてしない。

 

「行こう」

「ああ」

 

扉を抜けて聞こえてくる先生の感情のこもった声に後ろ髪引かれることなく、俺たちは部室への道を悠々と歩いた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
大学生はもう春休みですね。
高校生は三年生は今頃は一応学校に行かなくてもいいから、まあ春休みでしょうか。
高校生中学生小学生は、もう少しで春休みですね。

友人たちのTwitterで旅先の写真と感想をつぶやいているのをみると、私も春休みはどこかへ出かけたくなってしまいます。
まあ、時間があればですが…!

それではまた、次の話でお会いしましょう。


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中二病的エピローグ

部室へ帰る途中、敦也の携帯が震える。

 

「ふーん」

「どうしたの?」

 

敦也は通知画面を俺に向けた。

差出人は、見たことのある画数の多い名前。

 

「ユウキから連絡だ。おすすめのキャラ教えてくれって」

「あ、連絡先交換してたんだ」

 

沢渡優希。

敦也に届いたメッセージの主の名前を見て、少しだけ驚いた。

 

「まあ。こまめに教えとかないと、あいつ上達しないだろうから」

「そっか。それにしても考えたね。中二病を治すために、別のもので上書きだなんて」

「ハルだからできたことだ。他の身近じゃない子だったらできない」

 

敦也の作戦は単純かつ明快なものだった。

中二病をやめさせるため、敦也が悠に挑んだのはゲームでの賭け。

ゲームはうちにあった全年齢対象の人気格闘ゲーム。敦也と悠がよく遊ぶゲームであり、様々なゲームから参戦したキャラの豊富さと相手を吹っ飛ばした時の爽快感が魅力であるそのゲームで、敦也は悠に賭けを挑んだ。

賭けの内容は、勝った方が負けた方になんでもいうことを聞かせられる権利を得るという、結構グレーな賭けだ。

賭け事が嫌いな悠がそれに乗るとは思ってなかったが、勝てば敦也に何でもいうことを聞かせられると聞いた途端、いつになくやる気を見せ、一も二もなく勝負に乗った。

しかし相手は敦也。その格闘ゲームの強さにおいては群を抜いていて、俺も一度たりとも勝ったことがない。

悠は敦也の接待プレイのおかげで勝つことがあるが、本気のメインキャラは一度だって見せたことはない。

負けるわけにはいかない敦也は本気とまではいかないがそれでも使い手であるキャラのうち一体を使い、敦也が操る緑色の恐竜は可愛い奇声をあげながら悠を完膚なきまでに叩きのめした。

そして勝った敦也が提示した条件。

それはもちろん、敦也の中学時代の写真の返還と、健康状態での包帯眼帯の着用の禁止。

ここまでが中二病の荒治療。そしてここからが優希君との接点を作った要因。

落ち込む悠に敦也が最後に言った言葉。

 

『またそのうち賭けに乗ってやる。ただ今のままじゃどうせまた負けるだろうから…そうだな。お前の友達の沢渡優希に教えてもらえ。あいつはこのゲームにおいちゃ天才だからな』

 

その言葉が決め手となり、悠はこのゲーム一層はまった。以降優希君は悠と共通の話題を持つことができ、中二病を晴れて卒業できたというわけだ。

 

「結構来てるねー。優希君も真面目だなあ」

「まああいつ、本物の初心者だからな。嘘がバレたら、僕もハルに怒られる」

 

優希君はゲームを持っていなかったため、少ないお小遣いで新しくゲームを買って、敦也に教えてもらいながら姉と一緒に勉強しているようだ。

敦也と優希君のトークルームの吹き出しの数を見ればわかる。

姉からは全然連絡はなかったから姉の方でいじめの問題が解決したのかは今日まで分からなかったが、弟からはこうして度々の連絡が来ていたから、敦也は優希君のことに関しては解決したと思っていたんだろう。

 

「でもそのうち優希君が敦也を超えたら、悠の代理で優希君が敦也と戦うことになりそうだな」

「はっはっは」

 

なんてことないかのように、敦也は感情も込めずに声だけで笑う。

 

「負けるわけないだろ」

「あはは、確かに」

 

 

 

 

部活棟に着くと、階段を上がるごとに、吹奏楽部の管楽器や打楽器の音が流れて来る。

さらに上がると、軽音楽部から聞こえるアンプに繋いだギターの歪んだ音や胸を震わせる低いベースの音も合わさって、違う曲なのに妙な一体感を奏でていて、放課後の校舎に不器用だが心地よい、若々しい音楽を奏でる。

毎日この音楽を聞くたびに、青春の聖地にいるんだという実感が湧く。

 

「敦也」

 

自分もその青春の一部にあると言う感動と、心の奥底から湧き上がって来る高揚感を抑えられず、最後の階段を駆け上がって、ポケットに手を入れながら歩く敦也に振り向く。

 

「俺さ、今、一番青春してるかも!」

 

敦也は何食わぬ顔で階段を上りきると、一度だけ俺を見て、短く「あっそ」とだけ言って、俺の前を通り過ぎる。

 

「ま、いいんじゃねえの」

「敦也、これからも、よろしく頼むよ」

「…ああ」

 

ニッと口を引き伸ばして笑った横顔を見せて、部室の扉に手をかける。

俺も敦也に続いて部室に入ろうと近寄るが、敦也はいつまでたっても俺に横顔を見せたまま部室に入ろうとしない。

 

「敦也?」

「…」

 

ガチャガチャガチャガチャ!

騒がしくドアノブを弄り倒した後、扉から手を離し、背を預けて座り込む。

やれやれと言った感じで両手を上げ、敦也はため息をついた。

 

「鍵、かけていきやがった…!」

「…」

 

まじか…!

今の流れは、敦也が扉を開けて、一緒に部室に入って、

『俺たちはこれからもこの部活動で、甘くて楽しくて、賑やかな時を過ごしていく。そう、4人で』

とか俺のモノローグで締める展開じゃないの!?

シロぉ、空気読んで鍵あけといてくれよ…!

台無しだよお…!

 

敦也が、バカにしたように言う。

 

「言いにくいけど今のやりとり、台無しだな」

「やめろ」

「俺さ、今、一番青春してるかも」

「やめてくれ」

「敦也、これからも、よろしく頼むよ」

「ああああああぁぁぁ!!!恥ずかしいだろ!?やめろって!!」

 

なんだ!ちょっと、いやちょっとじゃない!スッゲーはずかしい!何だこの例えようのない恥ずかしさは!

辛い!今すぐ帰って枕に顔を埋めたい!バタバタしたい!

 

「クロ」

 

廊下の上で身悶える俺を、ニヤニヤしながら敦也が言う。

 

「クロ、中二病の特徴覚えてるか?後になって自分の行いが恥ずかしくなって、思わず枕に顔を埋めたくなるような、突発的に訪れる羞恥心。そう、これこそが…」

「何だ…?うわ、何この人…」

 

俺の声に驚いたのか、同じ階で部活動をしていた生徒たちが部室の扉を少しだけ開けて顔を覗かせ、その若干、いやかなり引いた視線が、俺をさらに痛めつける。

 

「これこそが、拭い去れない記憶。黒歴史だ…!」

「あああぁぁぁ…!」

 

もう、色々と、台無しだよ。

後日、「モテない一条玄人」、「三馬鹿の一条玄人」に続き、文芸部の奴らに「廊下に恋したヤバい奴」と裏で呼ばれるようになることを、この時の俺はまだ知らない。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
やっと彼らの4月が終わりました(長かった…。)
次は5月に入りますが、まだ付き合ってやるという方はお付き合いください。

それではまた、次回、お会いしましょう。

P.S.お気に入り10件ありがとうございます。
これからも頑張りますので、よろしくお願いしますm(_ _)m


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Extra:4月末のある日

こんにちは。
今回はおまけ回です。
読まなくても差し支えはないので暇な方はお付き合いください。


チャイムの音で目がさめる。

今日は土曜日。そして時間は朝7時。誰だ。こんな時間に家のベルを鳴らすものは。

 

「ん…。すいません、俺、低血圧だし、親もいないので、セールスはちょっと…」

「何言ってんだ?」

「ん…?」

 

聞き覚えのある声に寝ぼけ眼をこする。

ぼんやりとしていた輪郭がはっきりし、見たことのある逆立った頭が目に映る。

 

「よっ」

「…敦也。こんな朝早くに、どうしたの?」

「ん?聞いてないのか?ハルからお呼びがかかったんだよ。今日遊びに来いって」

「え?」

 

何も聞いてないんだけど…。

その時、階段をドタバタと忙しそうに駆けおりる音が俺の寝ぼけた頭を刺激する。

 

「あつやくん、おはよう!今日は負けないからね!」

「そーか。クロ、とりあえず上がるぞ」

「…え?」

 

寝起きでかみ合わなかった俺の頭の中のネジが締められ、ゆっくりと歯車が回転を始めた。

 

 

 

 

 

「勝負?」

「そ。どうしても戦いたいって。ユウキを通して誘われたんだよ」

 

敦也はそういうと、ショルダーバッグを外し、パーカーのチャックを少し下げ、パタパタと仰ぐ。

 

「ちょっと待って、優希君から?」

「ああ。あいつも来るらしいな」

 

まじかよ。

まじかよ…!

 

「悠。聞いてないんだけど」

「言ってないからね〜」

「いや、言えよ」

「どうして?」

「どうしてって…。はあ、もういい」

 

いや普通、友達呼ぶときはいうでしょ。

女友達とか呼ぶ時、「お兄ちゃんリビング来ないでね」とか、そういうのあるでしょお年頃なんだし。

まあ、それはそれで兄としてはショックなんだけど…。

 

「それじゃあ早速、デュエル、スタンバイだよ!」

「よく知ってるなそんな古い言葉。その前に、朝早いし、朝飯食ってからでいいだろ。クロも食ってないだろ?」

「あ、うん」

 

そういえばまだ朝なんだった。

俺の触覚が何本も生えたような寝癖を指差し、敦也はキッチンに向かった。

 

「お客さん、今日は何を作りましょうか」

「うん、お任せで」

「私も!」

 

カウンター席に座り、バーのマスターのように腕をまくってフライパンを取り出す敦也はそこそこ様になっている。

まあ、一応料理はできるからな。

 

「それじゃあ今日はもうすぐ4月も終わるけど、春らしい料理、作っていきましょうか」

「お、いいね。俺、一回着替えてくるよ」

「おう、ついでに寝癖もなおしとけよ」

「分かってるって」

 

ATSUYA'S Kitchenは見れなくて残念だが、まあ最後の仕上げくらいは見えるだろう。

そう思い、俺はひとまず自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

「それで、何これ」

「いや、4月と言ったら、出会いの定番じゃん。ってことで、トースト」

「フライパンは使わなかったのか!?」

「うん、演出」

 

演出って。

敦也は4月をテーマにした料理として、食パンにマーガリンを塗っただけという、シンプルな献立を考えたようだ。

しかし言いたいことはわかる。遅刻しそうでトーストくわえながら曲がり角で美少女とぶつかってあたたたた、その子はまさかの転校生で、そこから始まる王道ラブストーリー!って感じだろう。

残念ながらこの俺、一条玄人にはお目にかかれそうにないシチュエーションだ。

 

「まあ、食えよ」

「…いただきます」

「いただきま〜す!」

 

火傷しないようにトーストの端をつまみ、一思いにかぶりつく。

サクッと口の中で音を立てて、その音に少し遅れてマーガリンの焼けた香ばしい匂いが口いっぱいに広がる。

決して濃くなく、かと言って物足りなさを感じさせない風味。

 

「うまいな」

「ま、こんなの誰でも作れるけどな」

 

そう言って敦也もトーストを食べ始める。

案外シンプルなものでもうまいものだな。

久しぶりに食べたトーストは、俺の中に謎の感動を生み出してくれた。

 

 

 

「うわ、また負けた!」

「やっぱりまだまだだな。ハル、弱すぎ。ヨワヨワのヨワだわ」

「ううぅ〜!もう一回!」

 

朝食後、こうしてゲームに興じているが、敦也の無双っぷりは相変わらずで、接待用に弱いキャラを使っているにもかかわらず、悠はほとんど手も足も出ない。

 

「あ、ミスった」

「やった、当たったぁ!」

 

ただ敦也は優しいところもある。

ばれないようにわざと操作を間違え、悠に勝ち筋を提供している。

本当に上手い奴ってのは、相手にわからないようにわざと負けることができるやつのことを言うのかもしれないな。

 

 

 

 

「お、お邪魔、します!」

「いらっしゃい」

 

それから少しして、優希君が来た。

 

「あ、ゆうきくん。おはよう」

「一条さん!お、おはよう!」

 

緊張しながらも、優希君は悠に挨拶をした。

いつもの俺ならばこんなに甘酸っぱくて微笑ましい雰囲気は好きなんだが、相手が妹となると、なんとも喜び難い。

 

「おい、シスコン。そんな顔すんな」

「し、シスコンじゃないよ!」

 

顔に出ていたのか、敦也にいじられ、動揺が隠せない。

敦也は俺にコントローラーを押し付け、テレビから離れたカウンター席に座る。

 

「ちょっと疲れたから交代。クロ、頼む」

「ああ、うん」

「よし、ユウキ、ちょっとこい」

「は、はい!」

 

優希君は敦也に呼ばれ、俺と入れ替わる形で敦也の元へ行く。

 

「悠とタイマン、久しぶりだなー」

「最近は全然やらなかったからね〜」

 

俺が選んだのは中距離型の剣士キャラ。

中学校の頃ハマってたゲームのキャラだ。

リーチの長い剣を振り回し、どんどん悠のキャラを追い詰めて行く。

 

「あ、うう!」

「よし、もらった!」

「あ!」

 

必殺技が直撃し、悠のキャラは画面外に吹っ飛んだ。

手加減もせずに勝ってしまったが、まあ、兄貴としての威厳もあるし、なんとなく、負けてはいけない気がした。

 

「お兄ちゃん、強すぎるよ〜」

「まあ、敦也に仕込まれてるから」

 

敦也との勝負で鍛えられていることもあり、そこそこの腕はある方だと自負している。

その理屈で言えば、優希君も敦也仕込みで腕が上がるはずなのだが…。

 

「悠、ちょっと一人でやっててくれ」

「うん、わかった」

 

後ろで何やら話している二人の様子を伺いに行くと、優希君の手には携帯ゲーム機が握られていた。

 

「ん、これ、同じやつ?」

「ああ。僕が持って来たやつでね。今、ユウキがどれくらい上達したか見てるんだけどさ」

「うう、あ!」

 

敦也の表情が曇っているのを見て画面を覗き込むと、優希君の操るキャラクターはレベルの低い相手にさえフルボッコ状態にまでいじめられていた。

やっぱ初めて数週間程度じゃ難しいよな…。

そんな時、悠が優希君へ爆弾を投下した。

 

「ゆうきくん、どうしたの?そんなとこにいないで、一緒にやろうよ!」

「ううぇえ!?ちょっと待ってて!」

 

絶望的な状況だ。

間違いなくこのままやれば優希君が弱いことがバレてしまう。

 

「ユウキ。このままじゃハルに嘘がバレるぞ。どうする?」

「ど、どうしましょう!?どうすればいいですか、玄人さん!」

「いや、俺に聞かれても…。なんかないの、敦也?」

 

敦也が少し難しそうな顔をして、優希君を見る。

 

「うーん、一応あるけど。ちょっとずるいぞ」

「それでもいいです!嫌われるよりは…!敦也さん、お願いします!」

「わかった。今回はクロにも手伝ってもらうからな」

「うん、わかった。どうすればいいの?」

 

 

 

 

 

 

「うわー!また負けたー!」

「どうだハル。ユウキ、強いだろ」

 

カウンター席からテレビ画面を見る敦也が、悠にわざとらしく声をかける。

 

「うん、強い!あつやくんが天才って言ってたの、本当だったんだね!」

「あ、あはは。僕も敦也さんに鍛えてもらってるから…」

 

ぎこちなく笑いながら、優希君は答える。

今の戦いで悠の5連敗だ。

本当なら連敗するのは優希君の方なのだが、全く敦也も姑息なことを考えたものだ。

 

「もう一回、やろ?」

「う、うん。どのキャラにしようかな…」

「私はこのままで!」

 

悠が選んだのはこのゲームの製作会社の看板と言っていいほどの人気がある真っ赤な帽子の配管工。

悠は愛用している。

 

「じゃあ、僕はこれにしようかな」

 

優希君は対戦が始まるまでどのキャラが出るかわからない、いわゆるランダムセレクトを選んだ。

少しの読み込みの後、対戦が始まった。

 

「お、こいつは使ったことあるな」

 

敦也が近くにいる俺にだけ聞こえるくらい小さな声で呟いた。

 

「いまだ!」

「ええ!?」

 

悠の攻撃をやすやすと躱して、優希君は容赦のないガチ勢レベルのコンボを決め、一気にダメージが蓄積する。

 

「…っ!優希君、演技うまいなあ…!」

「本当にね」

 

携帯ゲーム機を操りながら、敦也が向こうで戦っている二人に聞こえないように答える。

もしこの場に涼香かシロが入れば一発で気づくだろうが、実は現在プレイしているのは敦也だ。

敦也は現在いじっている携帯ゲーム機が、テレビゲーム機と無線で通信をすると、コントローラーとして使用することができる点を利用した。

簡単に言うとゴーストライターならぬゴーストプレイヤーだ。

優希君の代わりに敦也が戦い、その動きに合わせて優希君が話すという、悠が後ろを振り向けばバレそうな狡くて脆い作戦だ。

優希君は適当に手に持ったコントローラーをガチャガチャ動かし、たまに言葉を挟む。

敦也はその後ろで悠の苦戦する様子を見ながら、こうして俺の後ろで悠を追い詰める。

 

腹話術師もびっくりするような二人羽織プレイは、滑稽すぎて俺の笑いのツボを押すのは十分なわけで。

 

「ぷっ!くくっ!」

「クロ、バレる…!」

「ふふ、ごめんごめん」

 

俺は俺で笑いをこらえながら、仁義もスポーツマンシップも無いこの戦いを見守っている。

俺の役目はいたって簡単。悠が振り向いてもバレないように、敦也の前に座って壁になるというもの。

ただこうして笑いを堪えるのが、俺にとって何よりも苦痛だ。

 

「それ!」

「わぁ!」

 

そしてまた悠の操る配管工が吹っ飛び、これで6連敗。

 

「ゆうきくん強いね〜!全然勝てないよ〜」

「い、今のキャラは僕の得意なキャラだったから。変なキャラじゃなくてよかったよ」

 

そこから二人の会話がどんどん加速する。

 

「ゆうきくん!このキャラのコンボってどういうのがあるの?」

「えっと…」

「掴みからの空中連撃で一発場外コンボだな。ユウキ、確か前にやってたよな」

「あ、ああ、そうですね!」

 

悠の難しい質問に対しては敦也が代わりに答え、うまく間を取り持つことでいい雰囲気になってきている。

よかったな悠。

お兄ちゃん的には反対だけど、とりあえず応援はしとくからな。

何気なしに時計を見るとそろそろ昼が近いので、キッチンへ歩き出す。

ちょうどその時、悠の言った言葉がこのいい空気をぶち壊す。

 

「ねえ!ゆうきくんとあつやくんが戦ってるとこ見せてよ!」

「え!?」

「もちろん、この前やった、勝った方が負けた方になんでもいうこと聞かせられるルール付きで!」

「…昼飯食ったらな」

 

これはやばいやつです!

優希君の目がそう語る。

うん、これはまずいやつだな。

敦也の目も少し険しい。

のっそりと敦也が立ち上がった。

 

「クロ、今日はチャーハン作ろうぜ。材料あるか?」

 

含みのあるその笑顔が意味することを察し、俺は冷蔵庫を覗き込み、間抜けな声を出す。

 

「あ、いっけねー。卵と野菜切らしてたー。これじゃあチャーハンがただの色付きご飯になっちゃうよー。ちょっと買いに行ってくるわー」

 

もちろん嘘だ。

冷蔵庫の中には卵は1パック、開けていないのが冷蔵庫に入っているし、具になりそうなネギやピーマンや、トッピングの紅ショウガまで完備されている。

 

「お、マジか!じゃあ僕もついていくわー。おいユウキ、お前確か人生で一回もコンビニ行ったことなかったんだよな!?僕とクロがコンビニの礼儀作法ってのを伝授してやるよ!」

「え、あ、はい!いやあ、コンビニ、楽しみだなあ!どんなところなんだろう!」

 

少々無理がある気もするが、敦也と優希君がうまく乗ってくれた。

 

「あ、みんないくなら私も…」

「というわけで悠、お前が好きなあのたっかいアイス買ってきてあげるから、留守番頼んだよ」

「本当!わかった、行ってらっしゃい!」

 

 

 

 

 

悠をどうにか言いくるめ、俺たちは迅速に家を出て、コンビニへと歩く。

外はもう四月の終わり。春の陽気と花の匂いが心を落ち着けて、雲ひとつない青空に浮かぶ太陽が、俺たちを見下ろす。

 

「クロ、ユウキ。ナイス」

「なんとかうまくごまかせたな…」

「でも、これからどうするんですか?」

 

焦りが隠せない優希君が敦也に意見を求める。

ここでバレたら、今まで裏でやってきたことが全部無駄になりそうだからな。

 

「そうだな…」

 

 

 

 

 

 

『3、2、1、Go!』

 

ゲーム画面からネイティブアメリカンレベルの英語が聞こえると同時に、優希君と敦也のキャラが動き出す。

悠はその二人の後ろでソファに座って観戦をしている。

 

「…」

 

俺はキッチンからテレビを眺め、横でフライパンを熱しながら、料理するふりをして、敦也から借りたゲーム機を必死に操作する。

 

敦也の考えたことはさっきと同じ、ゴーストプレイヤー(俺)が優希君に代わり戦うこと。

リビングとダイニングとキッチンが一体となった、いわゆるLDKという間取りであるために二人の対戦を眺めながら料理をするふりをして、ひたすらに敦也との熱戦を繰り広げる。

 

父さん母さんありがとう。

この間取りにしてくれたおかげで、悠の恋路の役に立ってるよ。

何度もいうが俺は認めないけど。

熱戦を繰り広げること数分、玄人レベルの腕前で敦也に食いついていたが、だんだんと押されていく。

 

「よっしゃ」

「おあっ!?」

 

最後の一撃をくらい、思わず声が出てしまった。

 

「あっつ!油入れすぎたなー」

 

油がはねたことにしてごまかしたが、悠は俺のことは気にしていなかったようで、終わると同時に歓声をあげた。

 

「すごい!やっぱうまい人がやると、キャラが生きてるみたいにくねくね動くね!」

「そうだろ…?」

「あはは、やっぱり敦也さんは強いや…」

 

こうして災難は乗り切った。

遅れを取り戻すように急いで野菜を刻みにかかる。

 

「クロ、やるじゃん」

 

敦也が俺の切った野菜を集めてフライパンに乗せ、いつの間に取り出していたのか卵を混ぜてご飯とともに炒め始める。

 

「流石だね。やっぱ勝てないや」

「ま、良くも悪くも、クロは玄人(くろうと)だからな」

「うまいこと言ってるつもり?」

「まーな」

 

調味料を入れてフライパンをせわしなく動かしながら、敦也はリビングで話し込む二人を見た。

 

「いいねえ、青春っての?」

「いや本当に、羨ましいなあ」

 

微笑ましく、甘酸っぱい光景を眺めていると、敦也が小突いて呟いた。

 

「妹と自分を比較すんな。大丈夫、そのうちクロにも真っ青な春が来るはずだからさ」

「…そうだね」

「よし、お前ら、飯の時間だ。今日は僕とクロ特製の、店よりうまいチャーハンだ。後、ユウキ、お前負けた罰として、今日からハルのことは名前で呼べ。いつまでもそんな距離置いてんじゃねーぞ」

「ええ!?」

 

 

 

 

 

 

それから昼飯を食べた後、ゲームやらボードゲームやら、4人で賑やかに騒いでいると、すっかり日は傾いていた。

 

「じゃあ、お邪魔しました」

「お邪魔しました!」

「ゆうきくん、また遊ぼうね!」

「うん、また!」

 

二人を見送って、片付けをする中、悠が感慨深く声を上げる。

 

「ああ、楽しかった〜!」

「よかったね。また遊べるといいな」

「うん、今度はあつやくんに勝ってみせるんだから!」

 

目を輝かせてそういう悠から、優希君の名前は出てこない。

 

「あはは…。優希君は?」

「ゆうきくんよりあつやくんだよね!あつやくんの方がずっっっっと強いもん!」

「そっか…」

 

敦也、もしかしてだけどさっきの試合、負けた方が良かったんじゃないか…?

しかし優希君の片思いはまだまだだというにもかかわらず、少しだけ安心する俺もいるわけで。

 

「今日からまた、頑張らないとね!」

 

やっぱり、シスコンなのかなあ。

 

悠の張り切る姿を眺める中、敦也に言われたシスコンという言葉が、いつまでも俺の頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
おまけ回ということで書いてみたのですが、思ったより長くなってしまいました(汗)
おまけなのでゲームの話も入れていて、ちょっとわかりにくいところもあったかもしれないです…。申し訳ない…。

さて、次回からはやっと5月に入ります。
次はちょっと空気だった優白に出番を…。

それでは、次の回でまた会いましょう。


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特別番外編
チョコレート戦線、異常ナシ


こんばんは。
今回は番外編です。
恋に恋する男の子の、少し前の話です。


諸君。

 

今日という日を知っているか。

 

諸君。

 

今日という日を心待ちにしていたか。

 

諸君。

 

毎年、今日という日は、お前らにとって天国か、それとも地獄か。

 

ん、俺か?

俺にとって今日という日はだな…。

 

 

 

戦争だ!!!

 

 

 

「…」

「…くろくん、どうしたの?」

「お前、下駄箱に恋でもしてんのか?」

 

してないよ。

そんな不審な目で見ないでくれよ。

お前、今日という日を知らないのか?

俺の目での訴えに気づいたように、涼香が手を合わせる。

 

「あー、くろくん!チョコレート探してるんだ!」

「おーそっか。今日は2月14日。世で言うところのバレンタインだったな。それでこうして、朝っぱらから人目も気にせず、下駄箱にディープな挨拶かましてるわけね。で、収穫は?」

 

俺の番号が書かれた下駄箱の中には、隅に埃が溜まっているだけで昨日と全く違いが見られない。

つまり。

 

「…ゼロだった」

「どんまい。じゃ、周りにも迷惑だし、教室行こうぜ」

「うん」

 

下駄箱戦線、全滅…!

 

俺の頭の中にその言葉が浮かび上がる。

 

絶望的な状況、しかし俺の戦いはまだ始まりに過ぎない!

恋に悩める男たちよ!

お前ら、下駄箱が空っぽだったからって、そんな簡単には諦めたりしないだろ!?

そう、戦いはまだ始まったばかり!

 

きっと今日は、寝坊した子が多くて!だから下駄箱に入れる時間がなかったんだ!!

はっはっは、みんなお寝坊さんだなあ!

 

「今日は遅刻しないで来れたなー」

「私、今日は早く起きたからね!」

「いつもそうならいいんだけど」

 

友人たちの、何気ない会話。

しかし俺にその言葉は届かない。なぜかって?そんなの決まってるだろ?戦地に向かう前に、気さくに話す兵士はいない、そうだろ?

 

「さあ、セカンドステージだ…!」

 

俺の所属クラス、1-Bの教室の扉を開け、自分の席へとひとっ飛び。カバンなんて今の俺には重荷だ。ゴミ箱に投げ捨てる。

 

ここが正念場!

下駄箱なんて所詮アナログだ。古すぎるんだよ!

今の時代は机の中に入れるのが、甘酸っぱくていいんだろうが!?

さようなら孤独の日々よ!こんにちは青い春!

 

 

 

さあ、イッツ、ショウタイム!!

 

 

 

 

 

俺の鞄を拾って、敦也が涼香とともにやってくる。

 

「…」

「涼香、どうやら机の中にも、ロマンティックはなかったらしい」

「あ、今の言い方、かっこいいね!」

「あ、あづやあぁ…!」

 

どうしよう!このままじゃチョコなしの高校生活一年目になっちゃうよお!

思わず涙腺が刺激され、上を向いていないと涙がこぼれそうだ。

敦也は頭を掻きながら、どうにか俺を励まそうと視線を泳がせる。

 

「泣くなよ…。そうだな、多分、手渡ししたいんだろ。休み時間とか放課後とか、まだまだ時間はあるんだし、焦らしてんだよ、きっと」

 

敦也はいいやつだった。

その一言は俺に希望を持たせてくれる。

 

「敦也…!そうだ、そうだよ、まだ俺のバレンタインは終わってない!ハッピーなバレンタインは、これからやってくるんだ!」

 

そこから俺の、果てしない戦いが始まった。

 

一時間目、二時間目、三時間目。

休み時間が訪れては終わり、また訪れる。

一分が地獄のように長く感じた。

俺は一瞬のまばたきもせず、身動き一つすらせず、ただただその訪れを待った。

しかしチョコどころか、女の子にすら声をかけられないまま、ついに昼休みが訪れた。

 

「はい、くろくん!チョコ、あげるね♪」

「…ありがとう」

 

涼香から渡された明らかに義理だとわかるチョコを受け取り、俺はそれを手のひらに乗せて眺める。

 

「どういたしまして♪…ふあ、っくしゅ!」

「大丈夫か?まだ寒いな…。なんで屋上で飯食わないといけないんだ…」

「敦也、俺にあの地獄で飯を食えなんて、そんな酷なこと言わないでくれよ…」

「…なんか、ごめん」

 

こんな状況だが、俺は心の奥ではまだ希望を抱いていた。

七時間目まであることを考えれば、まだ後2回の休み時間が残っている。それに放課後を入れれば、俺にだってまだチャンスがある…。

 

「今日は避難訓練があるんだよな。今日のところは大事だから中途半端に終わりたくないし、今日は自習にする」

「…ふぁっ!?」

 

避難、訓練、だと…!

そういえば、今朝、担任が言ってたような…。

 

「クロ、残念だが…」

「…うぅ!くそ、くそぉ…!」

 

現実は残酷だった。

 

「えー、みなさんが集合するまで…」

 

キイイィィィィン!

避難先の校庭で俺たちの前で話す校長が持つマイクがまるで俺をあざ笑うかのように何度もハウリングを起こす。

その時には、俺はすでに、考えることをやめていた。

 

 

 

「はい、じゃあみなさん気をつけて。さようなら」

 

最後の鐘が鳴り、先生も生徒も、教室を出て行く。

教室に残されたのは俺、涼香、敦也。

力なく椅子にもたれかかる俺、立ち尽くす涼香、そして敦也。

 

「くろくん…」

「…なあクロ」

 

敦也が俺の肩に手を置いて、優しく語り出す。

 

「バレンタインってのは、男にとっては本当に不幸なイベントだよな。女からすればチョコを作る作らないは自由だから、参加も自由だ。でも、男ってのは、そうもいかない。男の場合は強制参加だからな。女からみてチョコを渡す対象として認識されてしまっている以上、途中棄権は許されない。その結果、クロみたいに、こうやって傷つけられるやつもいるんだもんな。何も悪いことしてないのに…」

「敦也…!おれ、おれ!」

 

涙はとうに枯れていたと思っていたのに、目の前が霞んで、輪郭がめちゃくちゃに歪んで、何が何だかわからなくなった。

 

「いいんだ、我慢すんな」

 

俺は泣いた。

ただひたすらに、泣いた。

そしてひとしきり泣いた後、敦也が俺に鞄を持たせる。

 

「さ、帰るぞ」

「うん」

 

やっと落ち着き、敦也から鞄を受け取り立ち上がった直後のことだった。

 

「ふいー、やっと配りおわった〜。ん?」

「お、料理研の平和(ひらわ)か」

 

夕暮れの教室に入ってきたのは同級生の平和実(ひらわみのり)

料理もできて活発的な彼女は頭は悪いが、愛嬌のあるその笑顔は、周囲にほんわかした空気をもたらしてくれる。

クラスでは「へいわちゃん」とよばれ、クラスでも人気者だ。

 

「やーやー一条君に敦也君、涼香ちゃんじゃないですかー。どしたの?こんなロマンティックが止まらない夕暮れの教室に残って。もしかして、コックリさんでもやるとこだった?」

「そんなんじゃねーよ。今年一年、清く正しく部活動してたのに、チョコの一つももらえなくて、悔しくて帰宅部の活動にストライキしてたんだよ」

「あれ、私もストライキしてることになってる!?」

 

涼香が思わず突っ込む。

 

「ぷっ!敦也君てば面白いこと言うねー。そんなに面白いのに、なんで彼女の一人もいないの?」

「さあ、どうやら神様ってのは、僕に独身貴族として、ユニークでガラパゴスな人生を歩んで欲しいんじゃないか」

 

敦也の返答ににゃははと笑うと、へいわちゃんは俺たちの元に寄ってきた。

 

「うーん。チョコかあ。そんなに欲しいの?」

「僕はそんなでもないんだけど、クロが…」

「…」

「…そっか〜」

 

俺の泣きはらした顔を覗き込んで、へいわちゃんは優しく笑った。

そして、俺の手をとって、両手で優しく包み込む。

 

「え?」

「もう子どもじゃないんだから、あんま泣いてちゃダメだよ?これあげるから、元気出して!」

 

へいわちゃんが手を離しても、俺の手の中には、感触が残っている。

手の中には、俺がずっと待ち望んでいた、可愛い包装のお菓子の袋。

 

「最後の一個、余っててどうしようかと思ってたんだけど、一条君いてよかったよ〜。じゃ、私、お先に帰るから!じゃまたした!」

 

へいわちゃんは鞄をさっと拾い上げると、嵐のように走り去っていった。

 

「…まあ、よかったな。さ、ストライキは終わりだ。帰ろうぜ」

「よかったね!…くろくん?」

「…」

 

 

 

「いよっっっしゃああああああぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

「じゃあなクロ」

「くろくん、じゃあね…」

「うん、また明日」

 

 

 

 

 

「駅まで送ってく。涼香、次の電車何分だ?」

「…敦也君」

「ん?」

「あ、あの、ね?」

「…」

「…あのね!敦也くん、これ…!」

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

「あ、お兄ちゃんおかえりー。これあげる!」

「ありがとう。悠、これ、高かったんじゃない?」

「えへへ、お返し、期待してるからね」

「ああ、楽しみにしてて。さ、晩飯作ろっか」

「うん!」

 

諸君。

諸君にとって、2月14日はどんな日だ。

 

俺?

そんなの、決まってるだろ。

 

それはもう、ハッピーなバレンタインだったよ。




最後まで読んでいただきありがとうございました。
今日はバレンタインデーということで、ちょっとした番外編を書かせていただきました。
みなさんは本日、いかがでしたか?
もらえた方、もらえなかった方、あげた方、あげなかった方、雪で滑ってコンクリートに捧げた方もいるでしょう。
まあ、そんなことは置いておいて。
外でも高校生がチョコを渡している場面をいくつか見かけました。
青春ですね。

それでは、また別の話でお会いしましょう。


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お返し戦線、異常アリ

またまた番外編です。
今回はバレンタインデーの一ヶ月後の話です。


「…よし」

 

今日は俺にとって特別な日。

因縁か宿命か、それとも運命だったのか、俺はついに、今まで参加することのできなかったイベントへの参加を許された。

 

3月14日。

そう、ホワイトデー。

 

「さ、敦也、作戦タイムだ」

 

学校に着き、教室に鞄をおくなり敦也を少し離れた空き教室へ呼び出す。

呼び出された敦也は少しだけ不満そうな顔。

 

「いや、作戦タイムったって…」

「敦也、今日が何の日かは当然わかるだろ?そう、ホワイト…」

「そんなのはわかってるよ。そうじゃなくて…」

 

俺を遮って続けようとする敦也をさらに遮る。

 

「話が早くて助かる。それじゃあ本題に入ろう。前に俺がチョコをもらったのは覚えてるだろ?それでお返しをしたいんだけど、タイミングがわからなくてさ。敦也に意見をもらいたい」

「…話はわかった。でもなあ」

 

敦也は不機嫌そうに立ち上がると、携帯を取り出して俺に見せる。

見せられたのは涼香からのメッセージ。

 

『あつやくんとくろくんどうしたの?もう授業始まってるよ?(・・?)』

 

「いくらなんでも、授業サボることはないだろ」

 

時刻はすでに9時近く。

一時限目が始まっている中、俺と敦也は授業をサボり、空き教室に潜んでいた。

 

「教室戻るぞ。今から行けばまだトイレ行ってたとか適当な理由で何とかなるから」

「いや、待って!本当に待って!今日だけは!今日だけは俺のために!頼むよ、なあ敦也ぁ!」

 

椅子から立ち上がり教室を出ようとする敦也の足にすがりつき、決死の思いで引き止める。

俺の恋愛戦線はここを逃したら負け確定だ!

なんとしても、今日は一時限目は絶対に休ませる。

 

「おい、やめろ。離せって」

「頼む!何でも言うこと聞くから!」

 

数分の抵抗を見せた結果、ついに折れた敦也が大きく息を吐く。

 

「…はあ、もうわかったよ。貸し一つだからな」

 

敦也が制服を脱ぎ、さっきまで座っていた椅子の背にかけると、黒板の前に立つ。

 

「要するに、平和(ひらわ)にバレンタインの時のチョコのお返しをしたいんだよな」

「うん、そう」

 

俺は一番前の席に座り、教卓に立つ敦也に向き合う。

閑散としすぎてまるで廃校寸前の学校みたいだが、そんなことは気にしない。

コツコツとチョークを黒板に突き立て、敦也がへいわちゃんこと平和実(ひらわみのり)の特徴を黒板に書き出す。

 

「カースト上位、料理研、料理が得意、明るい、男女の壁がない。バカ…あとなんかあるか?」

「笑顔が可愛い!人気者!」

「なるほど。まあわかってたけど…」

 

それらを書き終え、敦也は一つの結論を出した。

 

「ただのリア充だな。クロ、まじでお返しするつもり?」

「もちろん!俺は彼女に、最高のシチュエーションでお返しがしたいんだ!」

 

せっかくのホワイトデー初参加なんだ。男として、万全の態勢で臨みたい。

 

「なるほどね…最高のシチュエーション、か」

 

敦也が時間割を書き出し、その間の休み時間をピックアップする。

 

「よし、今日は6時間授業がある。で、休み時間は午前は10分休憩が3つ、昼休みが1時間。そして午後は5、6時間の間に休憩がある」

「うん」

「まず午前の休み時間。ここは多分クラスの仲の良い連中が適当に板チョコとか市販のクッキーとか渡すだろうな。フレンドリーに返すならここら辺がベストなんだが、最高のシチュエーションってそういうことじゃないんだろ?」

 

流石敦也、話がわかっているじゃないか。

そう、俺の求める最高とは、ロマンスを感じさせるような良い雰囲気で、ときめくような綺麗な言葉で、友人関係から恋愛関係に一気に格上げされるような。俺が求める最高はそこにある。

 

「ああ、俺は、彼女を落とす気でいく。だからそうなるように少しでも良い場を整えたい。できるか、敦也?」

 

敦也なら何とかしてくれるのではないか。

そう思って俺は今日、こうして敦也に相談をしているのだ。

 

「…お前、痛いなぁ」

「え?」

『五十嵐先生、至急職員室に来てください。五十嵐先生、至急職員室に来てください』

 

敦也は険しい顔をして何か言ったが、ちょうど放送で先生の呼び出しがかかり、うまく聞き取れなかった。

 

「ま、わかった。じゃあ午前の休み時間は全部無理だ。平和は沢山配ってたはずだから、お返しが殺到するかもな。昼休みには他のクラスの奴らもくるはずだから、昼休みもダメだ」

 

次々と休み時間に×がつけられる。

残る休み時間は午後の一つだけ。

 

「最後だ。この時間になるとそろそろお返しをする奴はいなくなって来るだろう。ってかいないだろ。そういう意味では呼び出しても差し支えないと思う」

「じゃあ、そこの時間に…!」

 

しかし敦也は何も言わずに×をつけた。

 

「残念だが、今日は避難訓練がある。表向きは6時間だが、6時間目は飾りらしい。5時間目の途中から避難訓練開始だ」

「な…!」

 

はあ!?飾りってなんだよ!

しかもまた避難訓練かよ!

この学校、バレンタインとホワイトデーを災害だと思ってるんじゃないか!?

 

「じゃあ、もうだめなんじゃ…」

 

脱力する俺。しかし敦也は希望を捨ててはいなかった。

 

「まだ時間はある。放課後だ」

 

俺の心に火が灯った。

 

「放課後!そうだ放課後があったじゃん!」

「ああそうだ。夕暮れの教室。二人だけの空間で、お前のできる最高のシチュエーションで渡してやれ。うまくいけば、ちょっとは意識してもらえるかもな」

 

夕日が差し込み赤く染まった空と教室。

高校生にとってこれ以上にロマンスを感じさせる場面はないだろう。

 

「平和には放課後、僕が教室に来るように料理研の部室までアポを取りに行くよ」

「敦也…!」

 

持つべきものはやはり親友だ。

俺が敦也と出会えたことは、高校生活で一番の幸運だったのかもしれない。

 

「もう授業も終わりだ。そろそろ教室戻るぞ」

 

ミッション開始時刻は放課後。

このチャンス、絶対にモノにして見せる!

 

 

 

 

「へ〜。くろくん、(みのり)ちゃんに放課後にお返しするんだぁ」

「ああ」

 

どうでもいい午前の時間を乗り切り、俺たちは再び屋上にて昼飯を食べていた。

 

「はい、この前のお返し!」

「わっ、ありがとう〜!」

 

ベンチに並んで座って飯を食うカップルのなんと羨ましいことか。

俺も来年の今頃には、ああいうことしてみたいなあ。

 

「お待たせ。よっと」

 

そんな光景を眺めていると、敦也がレジ袋を持って屋上の扉を開けた。

 

「敦也くん、お昼ご飯買ってたの?」

「平和に放課後の予定聞いてたんだよ。一応部活はあるけど、少しなら抜け出しても大丈夫だってよ」

「あ、じゃあ、放課後は空いてるんだね!」

「らしいな。部活中に呼び出すか。涼香、悪いけど、一緒に残ってくれ」

「了解です♪」

 

そして昼休みも終わり、午後の授業も無事に中断され、避難訓練。

 

「ええ、みなさんが揃うまでに…」

 

キイィィィィィン!

校長のこのマイクのハウリングも苦すぎる初恋の思い出も今の俺にはなんて事はない。

 

勝負の時間は、刻々と迫っていた。

 

 

 

 

放課後。

 

「さてと、料理研の部室はここか」

 

恋に恋する面倒な友人、一条玄人に付き合い、僕はこうして部活棟に侵入する。

一階に位置する料理研の部室の前で立ち止まる。中からは女子の楽しそうな話し声が聞こえる。

その中には僕の知る、平和実という、本日のターゲットの声も聞こえた。

ノックをすると、はーいどうぞー、と気の抜けた返事が返って来たので、遠慮せずに中に入る。

 

「およ、昼休みぶりだね」

「よ、平和。今暇か?」

「ぜーんぜん!今は仕分けでそれどころじゃないのだよ〜」

「仕分け?…ああ、なるほどな」

 

山のように盛られたお返しの山を見て察した。

確かにこれは、処分に困りそうだ…。

 

「義理にお返しとは。みんな律儀だな」

「そんなつもりであげたんじゃないけどね…。こほん。それで何の用かな?ワトソン君。君にチョコをあげた覚えはないのだが?」

 

僕はいつからお前の助手になったんだ。

そう突っ込むと話がそれそうなので、本題に入れるように言葉を返す。

 

「まあそうだな。でも貰ってなくても、男が女に贈り物をする風習も、ホワイトデーには一応あるんだぜ?ホームズ?」

「はえ?…あ!それっ、え!?」

「ま、とりあえず、暇になったら教室に来てくれ。それだけ」

 

珍しくテンパる平和を待つのが面倒だったので、それだけ言って扉を閉める。

背を向けて歩き始めてすぐ、料理研の部室から女性特有の甲高い叫び声が廊下に抜けてうるさく響いた。

 

 

 

 

 

「全く、お菓子の山に群がっているかと思えば、次はいきなり奇声を上げて、まるで動物園の猿みたいだな」

「…」

 

なんだろう、なんか青春っぽい。

 

「さて、そろそろいい時間だろ。教室、行ってこいよ」

「…教室の前まで、一緒に来てくれない?」

「はあ、いいよ」

 

敦也は笑いながら息を吐くと、黙って席を立った。

やっぱり持つべきものは親友だ。

内心で感謝しながら教室に着く。

 

赤く染まった教室に佇む、一人の女子高生。

窓から差し込む夕日が、その茶色い髪を照らし、キラキラと輝く。

遠目からでもその姿は写真に収めて壁紙にしておきたいくらい、美しい絵になっていた。

 

「さ、僕にできるのはここまでだ。頑張れよ」

「敦也、ありがとう。俺、決めてくる…」

「たかがチョコのお返しでここまでするのもどうかと思うけど。まあ男らしく決めて…。おいクロ。お前それなんだ?」

 

ポケットから取り出した箱を見て敦也が問う。

俺はきっとドヤ顔をしていたと思う。

箱を開け、中身を見せてやった。

 

「女子高生の間で人気のメーカーのネックレスだ。これならきっとへいわちゃんも喜んでくれるはず!じゃ、決めて来る!」

「あ、おい!待て!」

 

教室に向かった途端、敦也が俺の恋路を塞ぐ。

 

「 敦也、なんだよ!俺は今から、これでへいわちゃんを落とすんだよ!」

「いやいやいや!重い重い、重すぎるっての!たかが義理チョコのお返しでネックレスとか、何考えてるんだ!」

「え、義理?」

「あれが本命なわけないだろ!?明らかにおこぼれだっただろうがよ!」

「ちょっと待って」

 

義理?

いやいや、そんな、夕暮れの教室でチョコくれたんだぞ。

あれが義理なわけ…。

記憶を探る。

茜色に染まる教室。

佇む俺と敦也と涼香。

悲しみにくれた矢先、現れた一筋の光。

泣き顔の俺に、チョコを差し出す彼女。

 

そして彼女が一言。

 

『最後の一個、余っててどうしようかと思ってたんだけど、一条君いてよかったよ〜。じゃ、私、お先に帰るから!じゃまたした!』

 

『余ってどうしようかと思ってたんだけど』

 

『余っててどうしよう』

 

「あ」

 

『余り』

 

「…余り?」

「今まで本命だと思ってたのか…」

「あ…え?」

 

思わず全身から力が抜け、俺は廊下にだらしなく座り込んでしまった。

余り、だったのか…?

手作りのチョコをもらったことが嬉しすぎて、義理との分別がつかなかった俺は、ここで重大な勘違いと、今の状況を察した。

 

「どうしよう、俺、こんなの渡したら、気持ち悪がられて、明日からいじめられるかも…!」

 

本命だったとしても、付き合ってもいないのにネックレスをプレゼントする、それだけでも重いのに、義理で放課後に呼び出して貴金属のお返しなんて…!俺が女だったら怖すぎる!

 

俺は察した。

ネックレスを買った時から、俺はこのイベントの負けが確定していたことを。

 

真っ赤な夕日は今やロマンなんて感じない。

地獄の入り口が大きく口を開けているようにしか見えない。

そしてその地獄への扉はもう、すぐ目の前。

 

「終わった…。俺の高校生活…」

 

口から出たのは、心の底からの、絶望の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…すまん」

 

敦也が何かを呟いた。

力なく顔を上げると、そこには俺を見下ろす親友の笑顔。

 

「ほら」

「え?っと、これは?」

「それ、渡してこい。教室で待ってる」

 

投げられたのはプレゼント用に綺麗に包装された封筒だった。

 

数分後。

 

「あ!これ、ダッツのギフト券!」

「え?」

「一条君、私がこのアイス好きなの知ってたんだあ!」

「え、ああ、うん」

「いやあ、今日一番のプレゼントだよ〜。感謝感謝。じゃあ、また明日!」

 

にゃははと笑うと、へいわちゃんは教室から出て行った。

二人の待つ教室に戻ると、二人はトランプで遊んでいた。

 

「あ、くろくんおかえり〜」

「よお、どうだった?はい、あがり」

「ああ〜!!負けた〜!!」

 

何食わぬ顔でカードを引く敦也。

 

「なんか、すごい喜ばれた」

「そか。じゃ帰るか。涼香、ちょっと片付けとくから先に昇降口に行って待っててくれないか」

「うん、わかった!」

 

涼香の足音が聞こえなくなったあたりで、敦也が切り出した。

 

「なあクロ。バレンタインは強制参加、でもホワイトデーは任意参加だ。お前みたいにクラスのみんなに配るような量産型の義理に対してお返しをしなければいけない義務なんてない。大体チョコ渡すやつなんて普通に良いやつか、点数稼ぎの二択がほとんどだから、お返し目当てでチョコ作るくらいなら、食い放題の店でスイーツ漁った方が断然安い。お返しは来たらラッキー程度のもんなんだよ、義理は。適当にありがとうですませりゃ良いんだ。今回の件でよくわかったろ?」

「う、うん」

 

いつもと違い、優しく笑う敦也。

笑っている反面、一瞬影を落としたその顔には、どこか寂しさを感じさせた。

 

「ま、平和の場合はめちゃくちゃお返し来てたから、あいつの人望に関しては本物だな」

「敦也、もしかしてあのギフト券、あれって…」

「お、そういえば、貸し、あったよな。ここで使わせてくれ」

「え?」

 

 

 

 

「ただいま〜」

「おにいちゃん、おかえり〜」

 

リビングでくつろぐ我が妹、悠に箱を投げる。

 

「何これ?」

「ホワイトデーのお返し。お洒落したくなったらつけてみなよ」

 

箱を開けた悠が目を丸くする。

 

「ええ!なにこれ、高かったんじゃないの!?」

「ま、いい勉強代になったよ」

「え?」

「何でもないよ。さ、夕飯作ろうか」

 

結局、今日も普通の一日とあんま変わらなかったなあ。

ホワイトデーって、こういうものなのかもな。

でもとりあえず結論。

多分ホワイトデーほど、そこまで盛り上がらないイベントもそんなにないかもな。

 

 

 

 

そろそろ、家に着いたか?

先に帰れなんてことに貸し使うのも安すぎる気がするけど、ま、いいだろ。

あいつも混ぜると、いつもと変わらないからなあ。

僕はクロを先に返し、涼香を連れて、涼香が好きなクレープ屋に足を運んでいた。

 

「ごめんな。お返し、用意するの忘れてた。これで我慢してくれ」

「ううん。いいよ。これはこれで嬉しい、から」

 

もじもじして巨大なクレープを見つめながら言う涼香。

やっぱ、それを待ってるんだよな…。

 

「…涼香。あのな、なんというか、その…」

「うん?」

「…チョコ、うまかった。さんきゅ」

「っ!うん、よかった…!」

 

やっぱりクロを先に帰らせといてよかった。

こんな恥ずかしいの、他の奴には見せられないな。

 

「じゃあ、一緒に食べよっか!」

 

目の前に置かれたとてつもなく大きいクレープを、さっきまで涼香は遠慮気味に眺めていたが、いつの間にその表情は消えていて、目を輝かせてクレープが幾重にも重ねられたミルフィーユ状の、とにかく見るだけでお腹がいっぱいになりそうな物体Xをすくい上げる。

 

「は?いや、僕は」

「はい、あーん」

「…」

 

差し出されたクレープの切れ端は、見ているだけで胃もたれをおこしそうなほど、クリームやらイチゴのソースやら、色々と飾り付けられていて、早く食えと言わんばかりに、涼香が目の前にスプーンを近づけてくる。

 

ああ、やっぱりこうなるのか…。

 

「はあ…。わかった」

「ふふ、どう?甘い?」

「うん、甘いよ。色々と」

 

結論。

こんなに甘すぎるホワイトデーは、僕には似合わなすぎる。

涼香の嬉しそうな顔を見ながら、呆れ気味に笑うと、目の前のクレープなのかケーキなのかわからない物体に、僕はフォークを突き刺した。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
ホワイトデーなんて大して特別でもないと言う方もいるとは思いますが前回もらったままでお返しが無し、と言うのもあれなので書いてみましたが思ったより長くなってしまいました…。
さて、ホワイトデーと言うことでお店にもそういったお菓子なども取り揃えてはいるようですがバレンタインデーほどの盛り上がりはなかなかみられないですね。
この差はなんなのか、興味深いですが長くなりそうなのでこの場で予想をするのは遠慮しておきます。
次こそ、5月編に入ります。
それではまた、お会いしましょう。


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5月:30期生2-C
GW開けプロローグ


「えーっと、生徒諸君。五月病とか言って、部活動サボんなよ。俺だって五月病でもこうして教壇に立ってるんだからな。それじゃ、ちゃんと部活頑張れよ。さよーなら」

 

いつにも増して気の抜けた担任の先生の声で、ゴールデンウィーク明け初日の学校が終わり、放課後になった。

 

「ねえ敦也くん。五月病って本当にかかるものなのかな〜?」

「さあな。ってか何でもかんでも病気にすればいいってもんじゃないだろ」

 

俺は教室から出て行く生徒の波をかわし、自分たちの席から動かず話す二人の元へ。

 

「おう、クロ。部室、行くか?」

「うん。行こうか」

 

「あ、また忘れてた。おい、三馬鹿、ちょっとこい」

 

また先生が思い出したように呟くと、三馬鹿なる生徒を呼ぶ。

前にも言ったがもちろん俺たちなわけがない。俺はこう見えても学年ではテストの上位者に名前が乗るくらいには勉強ができるし、涼香だって頭が良い。敦也はまあ普通だけど、馬鹿ってほどでもない。

でも相変わらず、先生は俺たちを見ている。

 

「何度も言わせんな。一条、四季、敦也。こい」

 

やっぱ俺たちなんですね。

諦めて先生のいる教卓前に向かう。

 

「先生、私、そんなに馬鹿じゃないと思うんですけど…」

「四季、お前はスイーツ馬鹿だ。んで一条は女馬鹿。敦也はまあ、おまけってことで」

「…このやりとりは前にもやりましたよ」

 

敦也の呆れ気味なツッコミを横で聞いて、俺も以前のこの既視感のあるやりとりを思い出した。

要件も一緒なら完全にデジャブなんだけど。

 

「そうだったか?まあいい。五十嵐先生から伝言だ。放課後、3人で保健室横のカウンセリング室に来いってさ。お前ら、部活やってたんだな…っと、このやりとりは前にもやったな」

「マイペースですね…」

「うるせ。ちゃんと伝えたからな」

 

そういうと先生は切り上げて出て行ってしまった。

全く、うちの担任は本当にフリーダムすぎる。

 

「じゃ、行こうか」

「先生、なんだろうね〜?」

「また最近の愚痴じゃなきゃいいけど」

 

教室に残り俺たちを横目に笑う奴らを背に、俺たちは先生の待つカウンセリング室へと向かった。

 

 

 

「どーれーにぃ、しーよーうーかーなっ♪」

「僕のはなるべく甘さ控えめのやつで頼む」

「よし、君にきめたっ!」

 

涼香が勢いよくボタンを押し、出てきたのは名前の割に午後じゃなくても飲める甘い紅茶。

きっと先生の好物なんだろう。行くたびに紅茶飲んでるし。

 

「敦也くんのは…これだ!」

 

質量のある音を立てて出てきたのはまたも黄色い缶コーヒー。

練乳を存分に使ったそのコーヒーは、口にする者に衝撃を与える。

虫歯の人なんかは特に。

 

「…何で毎回これなんだよ」

「えー、美味しいじゃん!」

 

毎度のことながら露骨に嫌そうな顔をする敦也。

 

「何でいつも涼香に選ばせるんだ?自分で選べばいいのに…」

 

涼香の分も先生の分も代金は敦也持ちだ。

自分の分は自分で選べばいいのに。

そう思い耳打ちすると敦也は肩を竦めて苦笑い。

 

「そういうわけにも、いかないんだよ」

「え?」

「あ、じゃあじゃあ!これならどう?」

 

涼香がもう一度ボタンを押すと、再び黄色い缶が放出された。

両手に缶を持ち、一方を敦也に差し出す。

 

「お揃い、じゃ、だめ?」

「…」

 

敦也が一瞬だけ考え込み、すぐに缶を手に取った。

 

「…はあ。わかった。お揃いなら仕方がない、よな?」

「うん♪」

「…」

 

そんな二人の様子を見て、俺は冷静を装いながらも、頭の中では煩悩がスパークリングしていた。

 

あああもうくっそ、何だこの青春っぽいやりとりは!?

甘すぎる、甘すぎるんだよぉ!黄色い缶の甘さと洒落でもかけてるのか!?

ああ敦也が羨ましい。「お揃いだね」って顔を赤らめながら上目遣いで言ってくれる彼女、俺にもいないかなあ!!同じ飲み物買っただけでなんかもう特別な感じになる、そういうの俺も味わってみたいなあ!

 

「じゃ、もうすぐそこだし、先行ってるね!」

 

涼香はそれで満足したのか、軽やかな足取りで保健室にかけていく。

俺の分は選んでくれないのね。

 

「クロ」

 

敦也が自販機を指差す。

 

「残りやる。好きなの買えよ」

「え、ありがとう。じゃ、これかな」

 

俺はいろんなフレーバーが混ざり合って癖の強い味が賛否両論となっている博士みたいな名前の飲み物をチョイス。

 

「また変わったものを選んだな…」

「はは、たまに飲みたくなるんだよね。はい、お釣り」

「さんきゅ。いこうぜ」

「うん」

 

 

 

 

「失礼します」

「はーい」

 

扉の向こうの返事を確認して中に入る。

長テーブルと棚と花瓶くらいしか目立ったものがない部屋には保健室担当兼カウンセリング室担当兼我が部の顧問である五十嵐先生しかおらず、先に行ったはずの涼香の姿はない。

 

「あれ、涼香は?」

「ちょっとお菓子が欲しいって言って、これ置いて隣のスーパーまで買いに行ったわよ?」

 

テーブルの上に置かれた缶を指差す。

敦也が途端に険しい顔をする。

 

「冗談、トイレよ。その様子じゃまだ気にしてるみたいねぇ」

「…」

「敦也…」

「ただいま〜。あ、二人も来たんだね。あれ、どしたの敦也くん?」

 

重くなった空気をぶち壊して涼香が入ってきた。

敦也は涼香を見た瞬間、その顔を別ジャンルの辛そうな顔へと表情を変えてみせ、口元を覆う。

 

「いや、リサ姉の先週の合コンの話聞いたら、いたたまれなくなって」

「ええっ!?なんで知って…。はっ!」

「え、合コンで何かあったの、先生?」

 

涼香が驚きの声を上げた。

でまかせで言った敦也も驚きを隠せなかった。

 

「まじか…!え、ええとまあ。元気出せよ」

 

あれほど自分が忌み嫌う甘い缶コーヒーを開けておもむろに飲んでいるのがその証拠だ。

 

「うん、大丈夫だよ先生。先生美人さんだから、そのうちまたいい人に会えるよ…」

「どうしてそんなに優しいのよ…。もう、今日は私の話はいいから、みんな座って待ってて」

 

そう言って先生は一度となりの保健室に行ってしまった。

 

残された俺たちがするのはもちろん今の推測。

なんてったって、高校生は恋バナが大好きだからな…!

 

「先生、振られちゃったのかなあ」

「いや、そんなんじゃないだろ」

「じゃあ、どういうことなの?」

「友達か同僚だかの合コンで数が足りないから参加してくれって言われてでてやったら、リサ姉のとこに男が集まっちゃって女の反感買ったんだ。一応顔は美人だからな」

「なるほど〜」

 

確かにさっき悲しそうな顔はしてなかったな。

振られていたら今日はもっと落ち込んでるだろうし、案外当たってるかもしれない。

それにしても、よく次から次へと言葉が出てくるものだ。

この敦也の嘘をつくことと話のでっち上げに関しては、右に出るものはまずいなさそうだ。

 

「ま、本人から詳しい話を聞くと、また長く縛られそうだから聞かないでおこうぜ」

「あはは。そうだね」

「お待たせ〜。はいこれ」

 

話が終わってすぐ。丁度いいタイミングで、五十嵐先生が戻ってきた。

先生は何かのプリントが入ったファイルを持ち、中から一枚を取り出して俺たちの前に置いた。

 

「なんだこれ?」

「ええっと、お悩み相談、受付中?」

「この絵かわいいね!これ、先生が書いたの?」

 

そのA4用紙にはお悩み相談受付中と書かれ、小さくうちの部の天文部という名前と教室の場所、活動時間が簡潔にまとめられていて、下の方に猫っ毛のおさげの女の子とギザギザな髪型でものすごく不機嫌そうな顔の男の子が二頭身で仲良く並んでいて、後は風船やら動物やら可愛らしい絵で飾り付けがなされていた。

 

 

「その絵、全部二神さんが書いたの。うまいでしょ?」

「優白ちゃんが書いたの?すごいね!」

「へえ、うまいな…。こいつはちょっとやる気なさそうだけど」

 

ギザギザ頭の二頭身を指差して呟く敦也。

それ、多分お前だぞ?

 

「それで先生。これは?」

「どうせあなたたち、相談を受けるだけの部活なんだから待ってればいいだろとか言って、毎日トランプでもしてるんじゃない?だから二神さんと一緒に、昼休みに二人で作ったのよ。知名度が上がって少しでも相談が来れば、そう暇にもならないでしょ?」

「…」

 

呆れ顔の先生の言うことはその通りすぎて何も言いかえせなかった。

ここのところ毎日トランプしかやってなかったけど、いざストレートに指摘されると本当に、ぐうの音も出ない!

 

「50部は刷ってあるわ。文化部の部室だけでもいいから、みんなで手分けして配りなさい。二神さんは昼休みにこれ書いて疲れてるだろうから部室で休ませてあげたいし、3人で配ってきてね♪」

「…はい」

 

こうして俺たちの騒がしい放課後の始まりは、静かに幕を開けた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
本編が進むのは一ヶ月ぶりだったのでお待たせしてしまい申し訳なく思っています。
4月5月と章で区切ってはいますがただ時系列をしっかりしたいから付けたのが一番の理由なので月によって話数にものすごいばらつきが出るかもしれませんが、付き合っていただける方はこれからもよろしくお願いします…!
それではまた、次回にお会いしましょう。


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file:1 宣伝をしよう

「さて、じゃあさっさと配っちまうか」

「そうだね、どう分けようか」

 

俺たち3人が現在いるのは部活棟一階の階段横のひらけたスペース。

上の階から聞こえる吹奏楽部の音色と、すぐそばの水道から漂う美術部が流した絵の具の匂いと、料理研究会の調理する甘いお菓子の匂いが合わさって、聴覚と嗅覚を一度に刺激される。

 

「一階、二階、三階で分ければ僕たち一人ずつの分担で終わるけどな。ただ、どの階にも頭のおかしいやつらがいるからなあ。涼香を一人で行かせるには厳しい部分もあるだろ」

「うん、ちょっと怖いかも…」

「階層ごとのやばそうなところとしては…。主に一階の科学部、二階の漫画研究会、三階のオカルト研究会かな?確かに変な噂はあるもんなあ」

 

一階の科学部は無駄なところに科学を追求し、男子トイレの個室の内側をオートロックにして30分経つまで出られなくしたり、部室には月曜日だけ自動迎撃装置として全自動チョークマシンガンが作動しているとか、無駄にクレイジーな連中が多いと有名だ。

二階の漫画研究会は絵にかける情熱が凄まじく、可愛い子を見つけては拉致してデッサンのモデルにするらしく、ひどい時で夜まで返してもらえなかったこともあったらしい。最近は完全下校時刻は決められているのでそれが上限だが。

三階のオカルト研究会は名前の通りオカルティックでサイコなタケノコ派の連中が日々集まり、きのこ派の人間がタケノコ派になるためにはどうしたらいいかをこっくりさんに聞いたりしているとも聞いた。

 

他にも「恋愛の形はそれぞれ」と言いながらテトラポットと人間の恋を作品にした文芸部や、前転さえできれば大抵のアクションが可能なほどにアクション要素にバリエーションが少ないカンフー映画を作ったという映画研究会など他にも様々な逸話を聞くが、どれも目の当たりにしていないからわからない。

結局、どの階にも危ない部活があるということか。

 

「じゃあ涼香と敦也で回りなよ。俺は一人でも大丈夫だからさ」

「そうか?じゃあ僕と涼香で配るよ。こっちは二人だから一階と二階を配る。クロは三階を頼む。多分比較的安全だ」

「うん、わかった」

「それじゃまた後で、なんかあったら呼べよ」

「またねくろくん!」

 

二人と別れた俺は階段を登る。

いつものように聞こえる演奏。

放課後のBGMであるこの演奏を俺たちが一時停止するのは少し気がひけるが、今回きりなので許してほしいと思いながら階段を登りきる。

 

「えっと3階の部活動は…」

 

一の字の廊下を端から端まで歩いて名前を見る。

軽音部、文芸部、オカルト研究会、放送部、そして一番奥の俺たち天文部。

やっぱり3階ともなると部活が少ないな。

とりあえず端から配っていくか。

 

「まずは軽音部からか」

 

一つだけ防音措置がされた扉は軽音部の部室。

正直扉だけ防音しても壁は薄いからアンプに繋がれた音は壁を抜けて漏れているため、あまり効果は実感できない。

大きめのノックをすると、中の演奏が止み、いかにもなパーカーを着て、ヘッドホンを首にかけた女の子が出てきた。

 

「あ、ども。うるさかったっすか?」

「や、そうじゃなくて。今ちょっと良い?」

「あー、すぐ終わるなら」

 

肩からかけたギターのチューニングをしながら答える彼女に、俺は早速プリントを渡す。

 

「ありがとう。うちの部、名前とは違ってカウンセリング的なことしててさ。これ、部室の黒板の端にでも貼っといてもらっても良いかな?」

「んー?あ、もしかして一条君?」

 

プリントをつまらなそうに見たと思うと、思い出したかのように俺の名前を呼ぶ。

こんなウェイ系女子、俺の友達にいたか?

 

「そうだけど、俺のこと知ってるの?」

「まあ有名人だし。今コンタクト外しててあんま見えないけど、そっか、一条君かー。部活入ってたんだ」

 

有名人、というところは聞かないでおこう。

傷つくから。

 

「あはは。と言っても部活らしいことはほとんど何もしてないからこうして宣伝してるんだけどね」

「へえ、面白そうな部活だねー。それって…」

 

廊下で世間話に花が咲く。

ああ、これだ。こういう、放課後、女の子との何気ない世間話とか、こういうことがしたかったんだよ俺は!

これこそ青い春。イッツザSEISHUN!

 

「そうなんだー。じゃあみんなにも言っておくから、機会があったらよろしくね!」

「うん、ありがとう。それじゃあ部活頑張って」

 

楽しい時間は終わりを告げ、防音扉は重い音を立てて閉まった。

うん、順調な滑り出しだ。

しかも女の子とお話しまでできるなんて、五十嵐先生には感謝しないといけないな。

 

「さて、次は…。ここか」

 

文芸部。

テーマと内容が意味不明な話を好む部員がいると有名なこの部活は、思考こそ過激かもしれないがきっと非力な文学少年少女しかいないだろうし身の安全は大丈夫だろう。

扉を軽く叩くと、癖が強い髪型の男子生徒が出てきた。

 

「どちらさんで…って。あっ」

 

俺の顔を見た途端、察したような顔をされた。

なんだよ。俺ってそんなに有名なの?出会い頭でそんな顔するのやめてほしいんだけど。

 

「すいません。うちの部の宣伝してて。よかったらこれ、部室に貼っといてもらえますか?」

「はあ…」

 

渡されたプリントに目を通す癖っ毛の生徒。

さあ用は済んだ。さっさと次行こう、次。

爽やかな笑顔で挨拶し、俺は颯爽と去ることにした。

 

「それだけだから。それじゃあこれで」

「あ、ちょっと待って!」

 

俺の思惑とは裏腹に、颯爽と去ることはできなかった。

 

「これって、今でも良いですか?」

「今?別に良いけど」

「あ、じゃあ。入ってください」

 

促されて中に入る。

文芸部の部室は俺たちの部室とは違い狭く、縦の長テーブルが二個並べて置かれ、横には文庫本が収められた棚が並んでいて、細長いロの字のスペースしか歩くところがない。

 

「それで、相談なんですけど。これの感想、聞かせてくれませんか?」

 

渡されたA4用紙には文字が並び、一目で彼らの作品だとわかる。

 

「触りの部分だけなので、すぐ読めると思うんですけど、本人の意見を聞きたくて」

 

聞き間違いだろうか…。

本人の意見って聞こえたんだけど。

 

「まあ、俺の意見でいいなら。題名は…、廊下の君と僕、か」

 

 

 

廊下の君と僕(仮)

 

恋というのは人それぞれ。

ノーマルな人もいればアブノーマルな人もいる。

でもきっと、どちらも純粋に恋をしていることに違いはないと、俺は思う。

 

「でさー」

「えー、チョーウケるんだけどーって、うわ、なにあれ…!」

 

人は俺をアブノーマルというだろうか。異端者扱いするだろうか。弾圧するだろうか。

それでも俺はきっと。

 

君を、愛してる。

 

その白い肌も、物音一つに動じないしたたかさも。

夕日に照らされて染まった綺麗な頬も。

 

「あいつ、最近噂の、彼女ができなさすぎて、ついには廊下に手を出したっていう変態野郎じゃん!」

「え、なにそれキモッ!早くいこ!」

 

俺は異端者かもしれない。

でも、俺は普通の恋愛もしたい。

 

だから俺は叫ぶ。

 

「かおりぃ、俺も彼女、ほしいよお!!」

 

横たわり、愛する廊下(きみ)と寄り添いながら、一条玄人は、愛を叫ぶ。

 

 

 

 

「俺じゃねえか!」

 

力一杯に、俺はそれを真っ二つに引き裂いた。

 

「ああ!せっかく書いたのに!」

 

落ち込む癖っ毛の彼だが、それは大した問題じゃない。

だってそうだろう。もっと深刻なことは、俺が彼の中で廊下に頬ずりしながら彼女がほしいなんてのたうちまわる、ぶっ飛んだ変態野郎にされているのだから。

 

「ま、こんなこともあろうかと、10部くらい刷っといたんですけどね。この通り」

「んなっ!?」

「それで、どうでした?この前廊下で横になって悶絶してるの見てから、どうしても書きたくなっちゃって」

 

どうでしたじゃねえよ!俺の肖像権どこいった!?

こいつ、まさかあの時のこと見てた一人だったのかあ…!

俺別に好きで廊下に寝てたわけじゃないのに、くそおおおぉぉぉ!!

これは怒っていいのだろうか。

でも相手はあくまで俺を陥れようとして書いたわけじゃないしな…。

様々な言葉が頭の中で弾幕のように飛び交うなか、俺はそれらを振り払って、できるだけ冷静に振る舞う。

 

「ええっと、できれば、実名はやめてほしいんだけど。後俺、別に廊下フェチじゃないからね?」

「ええ、そうなんですか!?」

 

そうだよ?当たり前でしょ?

 

「おかしいな…。あいつは廊下に恋したヤバイ奴だって、部長が言ってたんだけど…」

「はあ!?そんなわけ…!」

「ういーっす。ん、お客さんか?」

 

ちょうど入ってきた生徒に、俺の言葉は遮られた。

黒髪ロングのメガネの、絵に描いたような文学少女が、本を読みながら入ってきた。

 

「ええ、俺の新作を見てもらってたんです。それで部長、聞いてくださいよ。一条さん、廊下、好きじゃないんですって」

「あー、どっかで見たと思ったら噂の一条玄人か。ふーん、廊下フェチじゃないんだ」

「…」

 

当たり前だろ。くっそ、なんだこの謎空間。

とにかく、長居は無用だ。早く出よう。

 

「それで、こいつは何しに来たんだ」

「宣伝みたいです」

「宣伝?ん、こいつは…」

「それじゃ、隣にも配らないといけないので、俺はこれで」

 

部長らしい彼女が渡されたプリントを見ているうちに、ドアに手をかける。

ドアを閉める直前、彼女と目が合った。

 

「おい、一条。これやるよ」

「え?うわっと」

 

持っていた本を投げられ、俺は反射的に手を出して受け取る。

不敵な笑みを浮かべて、彼女は言った。

 

「そのうち行くかもしれないから、その時はよろしくな」

 

その含みのある笑みの意味は分からなかったが、これ以上時間をかけるのも面倒だ。

俺は首を傾げながらも、頭を下げて扉を閉める。

 

「ふう、変わった人だったな」

 

普通の文学少女だと思ってたのに、案外男勝りな口調だったな。

そういえばさっき何くれたんだろう。

やけに大きいな。雑誌か?

大きなブックカバーを外し、表紙を見る。同時に、おれの後ろで鍵が閉まる音がした。

これは…。

 

「ってこれエロ本じゃねえか!!おい、やっぱりこれ返…うわ、鍵閉めてる!なあ、なんだよこれ!こんなのどうしろってんだよ!」

 

扉をバンバン叩くと、中から大きな笑い声が聞こえてくる。

 

「はっはっは。私からのささやかなご褒美だ!是非使ってくれ!」

「何がご褒美だ、いらないっすよこんなの!いいからここ開けてくださいよ!うちの部、女の子もいるんですよ!」

「うるさいなあ。集中して部活動できないだろ。神聖な文学の場を荒らすな。生徒会にちくるぞ」

「ぐっ!」

「用は済んだんだろう?なら早く次のところに宣伝にいけ。こんなところで油を売ってる暇はないんじゃないか?」

 

確かに正論だが…なんか腑に落ちない!

初対面だというのになんなんだこの部の連中は…。

こんなのがいる部活動が後二つもあるのだろうか。

すでに半分が終わったというのに、次の部室へと向かう足取りは、靴底に鉛が仕込まれているんじゃないかと言うほどに、重く感じた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
春ですね。
高校生はもう卒業式も終わってそろそろ合否発表も終わった頃でしょうか。
大学生はこの時期は春休みの長さに当てられてどんどんモチベーションを吸われる時期です。
春に来る大学生一年生には、是非そうならないように生活してほしいですね。
それではまた、次にお会いしましょう。


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file:2 人物試験

「…」

 

俺は小学校の頃は好きな子にちょっかいを出す、どこにでもいるやんちゃ坊主だった。

中学の時も人一倍妹を優先していたくらいが特徴のありふれた普通の生徒だったし、高校に入ってからはまあ色々あったけど彼女がいないことを除けば充実した日々を送る普通の高校生だ。

今まで人との衝突を避け(時に当たって砕けたが)、できるだけ温厚に(情熱的な恋愛願望はあるが)、目立たないように(最近有名になってしまったが)生活をして来たことを思い出すと、俺は拳を交えた喧嘩なんて片手で数えられるくらいしかしていない。

その結果がこの、今の状況なのだろうか。

 

「ええっと、なんで俺、いきなり縛られてるんでしょうか」

 

椅子に縛り付けられ、ロープでぐるぐる巻きにされている理由を、目の前の黒い布を被った一人に問う。

 

「どうして、ですか。そんなの、考えてみればわかるでしょう。胸に手を当てて考えてみてください」

「胸に当てる手がこうして縛られてるんだけど…」

「ちっ。癪に触る言い方ですね」

 

なぜこうもひどい扱いを受けるかわからないが、とりあえず今までの経緯を簡潔にまとめてみよう。

 

①オカルト研究会の部室の前に立つ。

②いきなり扉が開いたかと思えば、目の前が真っ暗になる。

③気づいたら椅子に縛られて、数人の黒いやつらに囲まれている。

 

以上。

 

「ごめん、考えたけど全然わからないや。とりあえずこれ、解いてもらえません?」

「どうします、部長?」

 

下っ端らしい奴が部長であるらしい黒い頭に耳打ちする。

 

「それは聞けませんね。どうせあなたは、生徒会のスパイ、か何かなのでしょう?」

「え、なんだって?」

「難聴主人公キタコレ!」

 

横のもう一人が高い声でそう叫ぶ。

難聴とか言うな。

ちゃんと聞こえた上で聞いてるんだよ!

 

「とぼけないでください。あなた、うちの部室の前でこそこそして、きっと我が部の活動を密に記録して、生徒会長に報告するつもりなのでしょう」

「いや、俺生徒会入ってないんだけど」

「ふふ、ご冗談を。ただならぬリア充の覇気があなたからにじみ出てますよ?これが生徒会とつながりであることを裏付けていると言っても過言ではない!」

 

過言です。

 

「いや、だから俺は違うって…」

「まだ言いますか!それではあなた自身でそれを証明してください」

「証明ったって…」

「では第1問!」

 

どこからかジャラン!とクイズで流れるような効果音が流れる。

いきなりなんか始まったぞ…?

 

「ちょっと待って、いきなりなんなの?」

「そんなの決まってるでしょう。あなたがシロかクロかを判断するためのテストですよ。これから出す問題に全問正解すれば、あなたを解放してあげましょう」

 

なんと言うドヤ顔。

そして目の前のやつは俺に問う。

 

「それでは第1問!キノコ派、タケノコ派?」

「…」

 

いやこれクイズじゃないだろ。

こんなの俺のことなんだから正解不正解なんて決めようがないだろ…。

俺は特に考えることなく、答えることにした。

 

「…タケノコ派」

「正解!」

 

ピンポンピンポーン!

正解音がどこからかけたたましく鳴り響く。

 

「やりますね。キノコ派だったら問答無用で弾圧していたのですが。まさかあなたも同胞でしたか」

「まあ、タケノコはどこも味が付いてて美味しいし」

 

キノコ派を毛嫌いしているっていう話は本当だったのか…。

キノコはキノコで美味しいんだぞ?

ただあっちは開けた時に付け根から折れてる時があって切なくなるけど…。

 

「こほん。まあこんなのは好みの問題。生徒会にタケノコ派の人間がいたところでなんてことはありません。次に行きましょう」

 

再びクイズの音が鳴る。

 

「あなたは友達になんか面白い話をしろと突然振られました。そんな時あなたはどんな話をする?」

 

もうこれクイズなのか?

基準がわからないし、答えなんてない気がするんだけど…。

しかし黙っているのは不正解になってしまいそうなので、直近の面白い話を出そうとして頭の引き出しを開けまくる。

 

「えっと…。あっ、今日のことなんだけど、俺、隣の文芸部に、廊下に頬ずりするほどの廊下フェチっていう設定で、小説の主人公にされたんだけど…面白い、かな?」

「ぶふおぉ!」

 

黒い布に隠れて素顔は見えないが、蒸気機関のような音を出して口元を覆ったかと思うと、すぐに正解の音が薄暗い部屋にこだました。

 

「くっ…ふふ!やりますね…っ!頭の固い生徒会の連中なら、答えをはぐらかすと読んでいたのに、まさか答えられるとは…!」

「ああ、そういう採点基準だったのか…」

 

生徒会ってそんなに真面目な連中がやってたんだっけ。

あんま気にしたことないから覚えてないな。

 

「ふう。ここまでの答えを聞く限り、あなたはシロの気がしてきました」

「最初からそう言ってるじゃん…」

 

俺はクロなんだけどね。

これを言ったら場が白けそうなので黙っておく。

笑いを噛み殺したオカルト黒頭巾は、依然として俺の拘束を解くそぶりは見せない。

 

「次で最後の問題です。生徒会の正答率10%を切っている問題、果たしてあなたに正解できるでしょうか…。それでは第3問!」

 

近くにあったパソコンを指差し、俺に問いかける。

液晶に移った女の子が、無機質に笑っていた。

 

「私の彼女はこの通り、次元の壁によって一生実ることのない、いわば一生会うことのできない遠距離恋愛状態です。あなたはこれを、果たして恋愛と呼ぶでしょうか」

 

 

 

 

「…ふっ」

 

思わず笑い声が漏れた。

何を言いだすかと思えば、最後の最後でこんな問題か。

くだらない。

 

「愚問だな。こんなの、答えるまでもないんじゃないか?」

「…やはりあなたにも理解できませんか」

「ああ、理解できない。俺にとって、愛さえあれば、壁なんて関係ないと思うけどな」

「…!?」

 

俺に恋愛の問題を出すなんてな。

この、恋に飢えた俺に、恋バナをさせようとは…!

 

「恋の形は自由だ。それがたとえ普通の人に認められないものだったとしても、俺はそれを蔑んだりしない。軽蔑もしない。ちょっと引く時もあるかもしれないけど、俺はそれを異質だとは思わないさ」

 

黒い布を被った目の前の恋するものを見上げ、俺は最後の言葉を口にする。

 

「たとえみんながどう言おうと、その恋路、俺は応援するよ」

「…彼の拘束を解いてあげてください」

 

部長らしい黒頭巾がそういうと、取り巻きの黒い頭巾の部員が、俺の縄を解いてくれた。

 

「生徒会ならドン引きするか、一蹴して終わらせる問題。それに対してこんな聖人のような答えを出せるあなたが、生徒会の使いなわけがない。私が間違っていました」

「わかってくれればいいよ。俺、この階の一番端の部活の宣伝に来ただけなんだ。何かあったら、俺でよければ相談にのるよ」

 

足元に置かれていた荷物を拾い上げ、うちの部の宣伝プリントを渡す。

 

「ありがとうございます」

 

部屋にいた全ての者が、被っていた黒い布を取り、頭を下げた。

俺は荷物を脇に挟み、軽く手をあげて教室の扉を開ける。

薄暗い部屋にそとの光が差し込み、それが思いの外眩しくて、つい両手で顔を覆ってしまい、挟んでいた荷物とプリントが落ちてしまった。

 

「あ、プリントが…」

「拾いますよ」

 

オカルト研究会の部員が総出で、落ちたプリントを拾い集めてくれた。

噂通りのへんな奴らだと思ってたけど、なんだ、思ったより良いやつらじゃないか。

でも何かを忘れているような…。

何か、人に知られてはいけないような何かを…。

 

「あ」

 

思い出した。

しかしそれはすでに遅く。

 

「これは…。随分と変わった趣味で…!」

 

プリントの下に隠れていたそいつは、俺が思い出すと同時に顔を見せた。

そう、つい先程文学少女に押し付けられ、処分に困っていた、エロ本である。

その中身を見て、オカルト研究会の誰もが固まる。

 

「えっと、こういうのがお好きなんですか…」

「い、いや、ちがっ…」

「だ、大丈夫です!愛さえあれば問題ないんですよね!私の恋を肯定してくれたように、私もあなたのこと、応援しますから!どうぞ、胸を張ってください!」

 

すぐにプリントを渡され、本と鞄を渡され、教室の外へ出される。

振り返ると、敬礼をした部員たちが、俺を真っ直ぐに見つめていた。

 

「私たちは応援してますから!頑張ってください!」

「ええっと…。うん、ありがとう…」

 

弁明をしなければいけないのだが、俺にはそんな気力はもうなかった。

俺は無理やり笑顔を作って、部室の扉を閉めた。

 

「何を頑張れば良いんだよ…。はあ、もう帰りたい…」

 

俺は廊下の窓から顔を出し、一人呟く。

5月の風は、そんな俺を慰めるように、俺の頭を優しく撫でた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
部活動宣伝の話ですが毎回部活ごとの絡みを用意すると話数がかさみそうですね汗
このまま別行動をしている敦也と涼香の分もやるとすると話が進まなそうなのでそこらへんはカットしていくかもしれないです…。


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file:3 宣伝完了

「はあ、次で最後か…」

 

軽音部に始まり、文芸部、オカルト研究会と、毎回2乗、3乗とハードルの上がる宣伝活動も、残すところは放送部のみとなった。

鬼門だったオカルト研究会は乗り越えたが、まだ安心はできない。

小説家の卵のクレイジーな小説とオカルトティックな連中の理不尽な尋問により、俺の中で放送部への警戒心は膨らんでいった。

 

「放送部ね…」

 

放送部といえば文化祭中のゲストを呼んだ校内放送と月一くらいの頻度で昼休みにやるラジオ感覚の放送がセンスがあって面白かった気がするんだけど、最近じゃ全然聞かない。

 

そんなことを思い出しながらノックをする。

少し待っても返事はなく、それでいて中の電気がついていることはドアの下から明かりが漏れていることから、俺は一つの結論にたどり着く。

 

「居留守かなあ」

 

いや普通にないだろ。

自分の家でもないのに何を恐れて居留守を決行することがあるのだろうか。

俺は返事を待たず、ドアを開けた。

 

「失礼しま…。おお、これは随分と…」

 

縦長の部屋には真ん中にテーブルが文芸部と同じように置かれていて、その上にはラジオやらヘッドホンやらが無造作に散らかされている。

壁際の棚にもCDやらテープやらが重ねられていて、流石職人の職場と言うべきなのか、しかし俺にとってはそれはただの散らかった部屋という印象が強く。

 

「汚いな…」

 

俺の口から漏れたのは、その一言だけだった。

そしてそんな散らかった環境の中眠っているのは一人の女生徒。

 

「すぅ…。んん…」

 

鞄を枕にし、眠っている彼女を見て、俺はなんだか拍子抜けしてしまった。

今までの流れなら放送部の連中もどこかおかしくて俺の恥ずかしい過去とかをその場で校内放送されるとかものすごく嫌なことをしてくると思ったんだけど…。

なんというかもっと騒がしくて、わいわいしながら台本とか書いてるんじゃないのか?

なんだか閑散としてるな…。

 

「…起こさなくて良いか」

 

起こすと面倒なことになる、彼女も起きたら何をしでかすかわからないということよりも、俺はすでに疲れていたから、とにかく早く終わらせて部室で休みたい、という思いが強かった。

俺はとりあえず、テーブルの上の見えやすいところに宣伝のプリントを置き、音も立てずに教室を後にした。

 

「ああ、終わったぁ…!」

 

宣伝を終え、部室の扉を開けて俺はそう吐き出す。

そんな俺を迎え入れるのは、眠っていた部長の二神優白。

 

「んん…。あれ、一条君…」

「あ、ごめん。起こしちゃったね。こんにちは」

「あ、はい。こんにちは」

 

鞄をおろし、俺は目をこする彼女の隣に座る。

 

「それにしても珍しいですね。昼休みに一条君がここにくるなんて…。探し物ですか?」

 

何を言ってるんだろう。

あ、寝ぼけてるのかな?

 

「あはは、寝ぼけてるね。もう放課後だよ?」

「ふふ…。一条君、そんな冗談には乗りませんよ。まだ昼休みは半分くらい…あれ?」

 

部室にかけられた時計を見て、笑っていたシロの顔から笑顔が消える。

それからすぐに、真っ青な顔を俺に向ける。

 

「い、一条君…」

「え、ちょっと、どうしたの!?」

「私…私…昼休みからずっと、寝てたみたいです…」

「…まじかよ」

 

そういうことってあるのか…。

でも誰も気にしてなかったし、俺も気づかなかったもんな…。

すごいステルス性能だ…。

どうフォローして良いかわからなかったので、鞄からノートを取り出し、机の上に置く。

 

「とりあえず、これ午後の授業のノートだから。今のうちに写しちゃいなよ」

「ありがとうございます…」

「うん。えっと、どうかした?」

 

ノートをずっと見つめる彼女のことを見て、俺は自分のノートに何か付いているのか、もしかして間違ってさっきのエロ本を渡してしまったんじゃないかと、一瞬ものすごい焦りを覚える。

 

「いえ、こういう風に誰かにノートを貸してもらえるのって、友達同士のやりとりみたいで…。ちょっと嬉しいなって」

 

その落ち込みながらも嬉しそうに笑う様子に、小動物的な可愛らしさを感じ、少し胸が高鳴る。

 

「っ!そ、そっか!多分先生も気づいてなかったから、欠席にはなってないと思うよ!」

「そうですか。よかった…」

 

シロはノートを取り出すと、教科書と照らし合わせながらノートを写し始めた。

広い部室にはペンの音とたまにページをめくる音だけが響く。

そういえば、二人になることなんてあんまりなかったっけ。

 

「今日は敦也君と涼香さんは一緒じゃないんですね」

「あ、うん。先生に言われて、これを分担で配っててね。二人で一、二階の方を配ってるから、もう少しかかるんじゃないかな」

「…先生、仕事が早いなあ」

「これ、シロが描いたんだって?上手だね。なかなか評判良かったよ」

 

自分が描いたプリントを見て、恥ずかしそうに窓の方に顔を向ける。

 

「少しは来る人、増えると良いですけどね」

「増えるよきっと。でも部活棟の連中は変わった人が多いからなあ…。ちゃんとした相談が来ると良いけど」

 

まあ、相談が来たところで俺たちにできることがあるとも思えないが。前は運が良かっただけだし。

敦也と涼香、大丈夫かな。

 

「一条君、ノート、ありがとうございました」

「え、もう良いの?速くない?」

 

まだ貸して5分も経ってないのに、シロはノートを俺に返した。

 

「今日のところはほとんど前に勉強してたので。そんなに難しくもないですしね」

「すごいな。予習とかしてるんだ」

「まあ、勉強くらいしか、することもないし…」

 

これは地雷を踏んでしまったようだ。

 

「なんか、ごめん」

「謝らなくてもいいですよ」

「…」

 

少しの間、気まずい空気が流れる。

このままじゃダメだ。何か話さないと…!

しかし俺より先に、シロが口を開く。

 

「一条君たち三人は、凄く仲がいいですよね」

「そ、そうかな」

「ええ。学校に来るのも、休み時間も、お昼ご飯を食べるのも一緒で、普通は仲が良くてもそこまで一緒にはいないと思います」

 

優しく笑いながら、窓の外を眺めていうシロの顔を見ながら、俺は知り合ったあの日のことを思い出す。

 

「あはは。まあ、俺たちの場合は、出会った時が最低の時期だったからなあ」

「最低?」

 

俺のことはいいが、ここにいない二人のことはあまり話すことじゃないだろう。

 

「うん、色々あってね。そのおかげというかなんというか。いわゆる吊り橋効果ってやつなのかな?」

「よくわからないですね…」

 

詳しく話したら、それこそ空気を重くしかねない。

だからできる限りぼかして説明をすると、苦笑いをしながらもシロはそこで話を切り上げてくれた。

 

「敦也君と涼香さん、遅いですね。もう結構経ってるのに」

「もしかしたら、心折れて帰っちゃったかな」

「どういうことですか?」

 

ちょうどその時、金属的な音を立てて扉が開いた。

 

「え…?」

「よお、お疲れ…」

 

疲れたようにそう言いながら入ってきたのは敦也、なのだろう。

上半身のほとんどが真っ赤に塗られ、一目見ただけでは誰かと思うほどだった。

そして涼香が涙目でスマホを握りしめて、敦也に続いて入ってくる。

涼香も返り血を浴びたようにペンキが顔にかかっていて、そんな二人を見ていると本当にお気の毒としか言いようがない。

 

「随分と派手にやられたもんだな…。お疲れ様」

「派手にって…。え…?」

「うう、もう帰りたいよぅ…」

 

帰ってきた友人たちを労いながらも、俺は俺の階の奴らの方がまだマシだったと思わざるを得なかった。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
なんだかんだでもう3月も終わりですね。
時間が過ぎるのはあっという間な気もします。
そして早い気もしますが、5月編もあと少しで終わりです。
それではまた、次の話でお会いしましょう。


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file:4 校内放送

「美術部?」

「ああ。一発目の美術部でそいつが描いた絵の感想を聞かれてね。あんまり好きじゃないって言ったら、この通り。頭に真っ赤な花咲かされちゃいました」

 

頭からかぶったペンキを指差しながら、呆れ気味に笑う。

 

「お、おお…」

「大変だったぞ?これのおかげで映画製作の連中に特撮モノのレッドの役をやってくれとか、漫画研究会の奴らには死体のモデルをしてくれとか、色々と言われてさ…」

 

まじか…。

すごいなこの高校。

よその高校も文化部ってこんな感じなのか…?

 

「う、うう…」

 

涙目な涼香が声を漏らす。

手に握ったスマホを机の上に置き、悲痛な叫びをあげた。

 

「うああ!私の携帯、変になっちゃったよお!!」

「どういうことですか?」

 

意味がわからずにシロと顔を見合わせる。

涼香がスマホを指差すので、俺はスマホを手に取り、人工知能を起動させる。

 

『なんや自分。用があるならはよせいや』

「ええ…?」

『すまん。よう聞こえんかったわ。もっかい言うてみ』

「なんですかこれ」

 

いや俺に聞かれても。

普通は標準語で話すはずの人工知能はなぜか、芸人が使いそうな、砕けた言動になっていた。

 

「はあ…。それ、科学部のやつにやられて、人工知能の言葉が全部関西人っぽい言動に改造されたんだ」

「なんでまたこんな魔改造を受けたんだ?何か怒らせるようなことした?」

「いや、逆だ。涼香が科学部の発明を見てすごいって褒めてたら、あいつら調子に乗り出して、その場で技術を披露し始めてね。その中の一つが、そのスマホだよ」

 

俺は絶句した。

美術部みたいに自分の絵が気に入らない者に対して頭からペンキの入った缶をかぶせる奴もいれば、科学部みたいに褒められて有頂天になりスマホの人工知能をエセ関西人にしてしまう奴もいる。

悪いと言ったら真っ赤にされて、良いと言っても魔改造って…。

もうこれわかんないな。

 

「うあぁ…」

「涼香、関西人もいいもんだぞ。テレビに映るあの芸人もこの芸人も、ほとんどが関西人だからな。そんな面白いやつがポケットサイズでいつでもお前の手元にあるんだ。こんな幸運滅多にないぞ?」

 

敦也、そのフォローの仕方は間違ってるんじゃないか?

涼香もノーリアクションだぞ…。

 

「うぅ、ううぅ…!」

「…やれやれ」

「おい、敦也、どこ行くんだ?」

 

涼香の手を引いて立ち上がり、部室の扉に手をかける敦也に問いかける。

敦也はポケットに左手を突っ込みながら肩を落とし、

 

「ちょっと出てくる」

 

と言い残して、教室を出て行ってしまった。

涼香の呻き声と起動中の人工知能の『すまん、よう聞こえんかったわ』という機械的音声が部室から遠ざかって行く。

涼香の声に対してその返事をしているのがおかしくて笑いそうになったが、本人は悲しんでいたのでどうにか笑うのは我慢した。

 

「どこに行ったんでしょうね」

「うーん。科学部に直すようにお願いに行ってるんじゃないかな」

「なるほど」

 

そうしてまた二人になったわけだが。

まだ活動時間はは1時間以上ある。

まあ何人だろうがこの部の活動は変わらない。

 

「シロ、大富豪しない?」

「いいですね」

 

俺はさもこれが活動として当たり前であるかのようにトランプを取り出す。

最初の方は真面目に活動しようと言っていたシロも今ではこの通り、乗り気である。

いっそのこと遊戯部にすれば良かったな。

そうすればこの活動も正当化できるのに。

シロと向かい合う位置に座りなおしてトランプを切っていると、再び扉が開く音がする。

敦也が戻って来たのだろうか。

 

「あ…」

 

正面のシロの顔を見て、俺の推測が外れていることを察した。

 

「あ、あの!これ見てきたんですけど!」

 

先ほど置いて来たプリントを見せられ、俺は早速効果が出たことに驚いた。

相談者は来てくれたのは良かったが、1ゲームもせずにトランプをしまうのは少しだけ寂しさを覚える。

 

「ああ、どうぞ。座ってください」

 

俺はシロの隣に座りなおして、入って来た女生徒を座るように促し2対1の構図を作る。

すぐに座ってくれた女生徒はものすごく直近でどこかで見たことがあるような気がした。

 

「…」

 

今は敦也がいないから俺が仕切らないとダメだよな。

まあいいか。うまくいけばお近づきになれそうだし。

 

「えーっと、俺は一条玄人。2年C組です。で、こっちは二神優白さん。一応部長です」

「よ、よろしくお願いします!」

 

うん、元気な挨拶だ。

声が裏返ってなければ言うことなかったんだけど。

 

「2年D組の六嘉美佳(ろくかみか)。隣の放送部で活動してます」

 

ああ、放送部か!

先程、放送部の部室で寝ていた子だとわかり、俺の頭の中で歯車が噛み合う。

 

「同学年だったんだ。本当はあと二人いるんだけど今ちょっと出てて。えーっと、悩み相談ってことでいいですかね?」

「はい。後、学年同じなんだし、敬語やめない?」

「あはは、そうだね。それで、悩みっていうのは?」

「うん。私の部活のことなんだけどね」

「部活?」

 

それから六嘉さんは話し始めた。

 

「私、さっきも言った通り放送部やってるんだけど、今、部員が私しかいないんだ。前は5人くらいいたんだけど、色々あってみんな一斉にやめちゃって」

 

俺は思い出していた。

高校入学から毎月数回、この部活棟で校内放送をして生徒を楽しませてくれたあの放送を。

いつの頃からだろう。パッタリと放送が止まり、放送部の校内放送は恒例的なものではなくなっていた。

 

「今年は新入生も入らなかったし…。でも私、またあの時みたいに校内放送をやりたいの。それで、私と一緒に校内放送をしてくれる人を探してるんだけど…」

「なるほど…」

 

部活動の数が多いこの十字高校では、部員が入らない年がある部活動も珍しくない。

しかも全校生徒が部活動に入るわけじゃないし、俺たちみたいな帰宅部連中も結構多い。

そしてもう5月。部活動の入部期間は終わっている中、これから人を集めるというのは流石に難しいだろう。

どうしたものか…。

 

「ただいま〜!」

 

その大きな声に顔を上げると、満面の笑顔を貼り付けた涼香が紙袋を持って入り口に仁王立ちをしていた。

そして後ろからまだ赤い敦也が頭をかきながら部室を覗き込む。

 

「敦也、どこ行ってたんだ?」

「料理研だよ。あそこで作ってるお菓子の余りをもらいに行ってたんだよ。それで、そちらさんは?」

「えっと…」

 

シロが簡単に説明をする。

涼香はお菓子を食べながら、敦也は乾き始めた制服のペンキを引っ掻いて剥がしながら話を聞いていた。

 

「あー、私あの放送好きだったよ!」

「よく三人で聞きに行ったなあ。普通に面白かったな」

 

基本的に暇な俺たちはそういう娯楽に関してはそこそこにアンテナが立っている。

放送範囲が部活棟内だけだったため、放送のある日にはわざわざそれを聞くためだけに忍び込み、熱心なリスナーとなっていた日々を思い出す。

 

「ありがとう。そう言ってくれる人も多かったから、本当は今年も、頻度を上げて頑張ろうねって意気込んでたんだけどね…」

 

その矢先に全員辞めてしまった、と。

何があったのか気になるが、ここは今回のこととは関係はないことだ。

 

「しかしこの時期に部員募集か…。無理じゃね?」

「うん…。ビラ配りとか、友達にも兼部できないか聞いてるんだけど、やっぱりみんな忙しくて…」

 

まあそうだろう。

それと、仮にも思春期真っ盛りの高校生だ。

校内放送なんて人の目に知れることをやりたがるなんて生徒は普通ならそういない。

 

「あ、いいこと思いついた!」

 

誰もが黙る中、沈黙を破って涼香が叫ぶ。

俺にはいい予感がしないんだが。

 

「前は五人でできたんだよね?じゃあ私たちでやればいいんじゃない!?」

 

はい予感的中!

そして涼香がこんなことを言ってしまったら、便乗するやつもうちにはいるわけで。

 

「おー、うちの部とのタイアップか」

「うん!ついでに私たちの活動も宣伝してもらえたらなって!」

 

ほーら、敦也が乗っちゃったよ。

 

「本当に?いいの?」

 

いや、そんな期待されたら、断りにくいじゃないか…!

 

「ああ、俺たちに台本書くとかそういうことはできないけど、そういう専門的な仕事以外だったらできるんじゃない、かな?」

「まあ、裏方なら…」

 

シロも空気読んでるし…。

もうやるしかなさそうだな。

 

「台本は私がどうにかするから大丈夫!みんなでテーマ決めて、それからどういう風にするか決めていこう!それじゃあ明日また来るね!ありがとう!」

 

決まった途端、六嘉さんは意気揚々と出て行ってしまった。

 

「…明日から忙しくなりそうだけど、頑張ろうぜ」

「おー!」

「おお…」

「お、おお…」

 

窓の外から吹き込む風に乗って、外で活動しているテニス部の「おつかれっしたー!」という声が、やけに耳に響いた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
更新が遅くなってしまい申し訳ないですm(_ _)m
いい感じに時間ができればいいんですけど…。
次の相談は放送部の方からです。
正直校内放送とかきっとトークが多いからカギカッコがいつにも増して増えそうですが、そこはどう表現するか考えていこうと思っています。
それではまた、次の話でお会いしましょう。


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file5 テスト期間

翌日。

 

「それじゃあまずは役割を決めよっか」

 

六嘉さんは来るなりそう言って、部室を見回す。

 

「あの二人は?」

「科学部に用事だって。もうすぐ来ると思うよ」

「そ。まあいっか。とりあえず誰が何をやるか決めようね」

 

ノートに書き出したのは簡単に「声」と「音響」という項目。

本当は難しい名前とかがあるんだろうが素人の俺たちを気遣ってこう書いているんだろう。

 

「簡単に説明するね。役割は話す人と後ろでBGMを流したりする音響かな。多分話すのは三人、音響は二人もいれば十分かな」

「ふーん」

「私は話すところに入るから、そっちの方で二人ずつ決めて欲しいな。音響もやり方は私が教えるから、心配しなくて大丈夫だよ」

「じゃあ僕たち音響で」

 

開いていた扉からぬっと顔を出し、敦也と涼香が入ってくる。

 

「優白ちゃん、スマホ直ったよ!」

「えっと、私、音響がいいんですけど…」

「スルーされたっ!?」

 

涼香と敦也も座る。

 

「ラジオなんだから部活動の代表者が喋ってくれ。それにラジオ番組のタレントなんて、話のネタになるだろ。友達作るにはちょうどいいって。クロはまあなんでもいいだろ。てことで頑張れ」

「ええ…!?」

 

俺の理由雑すぎない?

まあ、こうなるとは思ってたけどさ。

 

「そういうことで、役割は今言った通りで頼む」

「うん、じゃあ次はどんな感じにするかっていう話だけど、大まかな流れは昨日書いてきたんだ。一条君たちとのコラボだから、放送前に集めたお便りから匿名で相談とか質問するコーナーを中心にしようと思うんだけどどうかな?」

「おお〜、なんかそれっぽいね!」

 

確かいつか放送部がやってた時は毎回テーマに沿ったあるあるネタとか大喜利みたいなことやって、それについてトークしたりしてたっけ。

今回は相談内容がお題みたいな感じか。

 

「相談ボックスは私が生徒会に許可を取って設置するから任せて。みんなはそれよりも本番までに基礎をしっかり身につけようね!」

 

六嘉さんは親指を立てて俺とシロにその輝く視線を投げかける。

昨日のしょげた顔とは打って変わって、なんかリア充って感じだ。

 

「大まかな内容はこれで終わりだけど、なにか質問はある!?」

「…じゃあ、ちょっと質問。本番っていつ頃やる予定なの?」

「来週の金曜日くらいかな!」

 

全然時間ないじゃん。早いな…。

 

「えーっと、ちょっと早すぎない?」

「やっぱりそうかな?できるだけ早くやりたいと思ってたんだけどね…」

「…どっちにしろ今月は最後の一週間以外は無理だろ」

「どうして?」

 

首をかしげる六嘉さん。

敦也は昨日配られた一ヶ月の予定が載ったスケジュール表を取り出して、俺たちに見せた。

 

「二週間後はテストだ。つーことで二週間前はテスト勉強期間で部活動休止。だから終わってからじゃないと無理だな。そして明日かららしいな、テスト期間」

「えっ。あっ」

 

短い悲鳴が、部室に響き渡った。

 

 

 

 

 

テスト期間に入り、部活動は活動休止となった。

日々青春の汗を流す運動部の生徒も、ひっそりと自らの創作活動に勤しむ頭のおかしい文化部員も、今日からしばらくは帰宅部同然の放課後を過ごさなければならない。

それは俺たちにも当てはまるわけで…。

 

「涼香、この問題の公式の使い方がわからないんだけど」

「これはね〜?」

 

商店街にある規格外の大きさのクレープを扱う涼香行きつけの店。

そこで俺たちは、こうして再び集まっていた。

 

「なるほどね。サンキュー。涼香先生」

「えっへん!」

「えーっと、一条君?」

「ん?」

「私、一緒にきてよかったの?」

 

メニューとにらめっこするシロを見ながら、六嘉さんは問う。

 

「何いってんの。六嘉さんいないと、俺たちだけじゃ何もできないじゃん」

「でも、テスト期間だし、二人は勉強してるし…。一条君たちの勉強の邪魔になっちゃうし…」

 

丸いテーブルで並んで仲良く勉強している敦也と涼香を見る。

 

「大丈夫だ。僕以外はめちゃくちゃ頭いいから、そっちはそっちでやっといてくれ。こっちも平均点取れるくらいの対策したら話に混ざるからさ」

「そうなんだ…」

 

自慢じゃないが普段から勉強してるしな。

涼香もシロも俺よりも頭がいいからなおさらだ。

敦也は大体平均付近をさまよっているから成績は普通。

ただ、うちの部の偏差値が高いせいで相対的に敦也が劣っている気がして少し不憫な気もする。

 

「美佳ちゃん、もしかしてテスト勉強に集中したかった?無理言っちゃったかな…?」

「あ、いや全然!そんなことはないんだけど…。いいの?」

 

まだ遠慮気味な六嘉さん。

そりゃそうかもな。

単に相談相手にすぎなかったはずの俺たちが、テスト期間なのにこうしてわざわざ学校外で彼女のために集まっているというのだから。

 

「六嘉さん。自分の勉強のことはともかく、俺たちのことは気にしなくて良いよ」

「でも…」

「俺、いや俺たちさ。あの放送すごく楽しみにしてたんだ。だからできることなら力になりたい。あんなにいい放送、諦めちゃ駄目だよ」

「一条君…」

 

敦也、そんな目で見るな。

俺だって恥ずかしいことを言ってる自覚はあるんだ…。

そしてシロ、ずっとメニュー見てないでさっさと決めろ。

 

「それに、今回の校内放送は俺たちにとっても一大イベントだしね!去年の放送を超えるくらいの、いい放送をしよう」

「…うん。ありがとう…!」

 

納得してくれたのか、六嘉さんは笑顔を見せる。

これで少しは俺たちに遠慮をせずに接してくれるといいけど…。

 

「よっしゃ、対策終わり。僕たちも混ぜてくれ」

「え、敦也くん、まだ終わってな…」

「おーっとそうだ。勉強教えてもらったのにお礼なしってのは礼儀がなってなかったな。ほら、涼香、好きなの頼めよ」

 

敦也が空気を読んでか、勉強の途中のはずなのに教科書を閉じた。

お前、何気にいいやつだよな…。

ただそれ、自分の身を削ってるってことに気づいてるか?

 

「ほんとに!?じゃあじゃあ、このキングクレープDX!一緒に食べようね!」

「え!?あ、おう…」

 

その引きつった笑顔とは正反対に、六嘉さんは屈託のない笑顔で握り拳をあげる。

 

「じゃあみんな。今月中に放送できるように、よろしくお願いします!!絶対成功させようね!えいえいおー!」

「おー!!あ、すいませーん、店員さーん!キングクレープDXお願いしまーす!」

 

ただじっとメニューを見つめる者、運ばれてくる甘味に目を輝かせる者、その甘味に思わず笑顔がひきつる者、これからの活動に希望を抱く者。

各々の思惑は様々だが、こうして俺たちのコラボ企画への準備は、つつがなく始まりを告げた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
もうすっかり桜も満開ですね(もう散ってるかな?)
そして場所によっては30度近い気温も出始めていたりと、夏の訪れも伺えます。
今年の夏は涼しくあってほしい…。
さらにさらに、もう少しでゴールデンウィーク、それまでがんばって乗り切りたいところです。
それではまた、次の話でお会いしましょう!


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file6:裏方の戯れ

「それでね、一応台本は用意するんだけどね、お便りの方を…」

 

「…」

 

横で話し合いを続ける友人たちの声に半ば耳を傾けながら、目の前のノートに短く横たわる数式に、まるで手や足をつけるかのように沢山のイコールをつけて数字を並べていく。

やがてたどり着いた短い答えに勢いよく下線を引いて、隣で甘い菓子を頬張る先生、涼香に視線を投げる。

 

「…うん、正解!これだけできればバッチリだよ!」

「数学もこれで一通り終わりか。涼香、いつもサンキューな。そのうちなんか奢る」

「えへへ。期待してるよ?」

 

上目遣いで僕を見上げる涼香の言う期待という言葉に、どんな価格のスイーツを奢ることになるのだろうかという疑問が瞬時に頭に浮かんだ。

涼香のリクエストは毎回僕の予想の範疇を超える。馬鹿でかいクレープ、馬鹿でかいシュークリームなどなど、この街には規格外という言葉を欲しいままにしたスイーツが多いからな。

最近は毎日このクレープで勉強してるってのもあるし、今月もまた出費がかさみそうだ。

 

「クロくんたちも、頑張ってるね」

「そうだな」

 

隣のテーブルで話し合う3人を僕たちは外野から見守る。整った顔の割に何故か冴えないしモテない友人のクロと、相談を聞く部活の部長の癖にコミュニケーション不足のシロ、そして今回の相談者である六嘉美佳。このテスト期間、こいつらは校内放送に向けて毎日準備を進めている。

テスト期間でもこうして勉強もせずにいられるのは、シロもクロも日々勉強に励んでいるから直前で準備する必要がない、いわゆる勤勉な生徒なのだろう。六嘉は知らないが。

涼香もそうだけど、僕の周りは頭のいい奴しかいないな。

勉強においては僕が全体の平均を下げてる感があるな。テスト勉強の面倒見てくれてるからまだマシな方だとは思うけど。

 

「敦也くん。私たち、暇になっちゃったね」

「そーか。テスト前の高校生とは思えない発言だな」

「むー、なんか意地悪な言い方!」

 

上目遣いもするし、頰を膨らませたり、いちいちあざとい感じがするが、これが狙っていないことは今までの付き合いで分かっている。

でも確かに、暇になったのは確かだな。

ふと隣のテーブルで話し込む友人たちのテーブルの端に積まれた紙の山に目がとまる。

 

「涼香。これ、お便り的な何か?」

「うん、そうだよ。これだけ集まってるなんてすごいよね〜。1年生のリクエストもあったんだって!」

 

隣のテーブルに積まれたノートの切れ端や可愛らしい封筒に入れられたものなど、合わせて10数枚の手紙を見つめながら、涼香が感嘆の声を上げる。

 

「へー」

「そうだ!」

 

思いついたように手を叩いた涼香が、僕のノートに何かを書き始めた。

キュッキュと音を立て、ペンを置くと、自信に満ちた顔で僕に見せてくる。

 

「じゃーん!」

「おい、それ僕のノート」

 

太字のマーカーで僕のノートのページ一杯に書かれた『DJ敦也のお便りコーナー』という文字。

それを掲げてドヤ顔を決めてくる涼香がかわいく見えた自分が情けない。

ごまかすために話題をそらして、くそ甘いクレープを口に運ぶ。

甘すぎて歯が溶けそうだ。

 

「…んで、それ何?」

「このコーナーはですねー、この私、四季涼香と当番組の看板である敦也さんと一緒に、リスナーさんが抱えるお悩みをずばずばっと、解決していくコーナーですっ!」

「…」

 

なんか勝手に始めてるし。

それにこのセリフ、聞いたことあるようなないような。

去年の放送部の真似か…?

 

「それじゃあ敦也さん、よろしくお願いします!」

 

でもまあ試験勉強も終わったし、暇ということに違いない。

それに何より、面白そうじゃん。

 

「おう、ずばずばっと、解決するぜ。よろしく!」

「それでは、第一のリクエスト、お願いしまーす!」

「おうけい。六嘉、ちょっと借りるぜ」

 

六嘉の返事を待たずに隣のテーブルの紙の山をすべてかっさらい、僕はその中から一つを選び出し読み上げる。

 

「ええっと、ペンネーム野球青年一号さん。野球部の練習がきついです。野球部って高校生活じゃクラスでの立場もトップになれるしモテるんじゃないかと思ってノリで入ったんだけど間違いでした。上下関係は厳しいし廊下で挨拶しないだけでしばかれるのもしんどいです。唯一の救いはマネージャーが可愛いことくらいです。きつい練習の後でもあの笑顔を見たら疲れなんてふっとびます。どうすればいいでしょうか?っと…」

「部活動の悩みですね〜。どうでしょうか、敦也さん!?」

 

期待を目に宿らせてアシスタントの涼香は僕を見る。

 

「ああ、そうっすね…」

 

高校生の悩みってのもこんなもんなんだな。

まあ僕も高校生だけどさ。

 

「とりあえず、部活はやめたいならやめろ。どの部活に入ってるから偉い、モテる、ってわけじゃない。クラス内の立場だってスポーツ以外にも、顔が良いやつ、面白いやつ、勉強ができるやつ、後、普通に良いやつ、だいたいこの辺がいい位置にいるし、モテる。スポーツできればモテる時代なんて小学生と中学生までだ。つまり結論、やめたいなら、やめちまえ。以上」

「お、ズバッと解決しましたねっ!なんだかんだでマネージャーの方については触れないあたり、流石だと思います!」

「ああ、野球部のマネージャー、可愛いよな。それだけ。がんばれよ。はいつぎー」

 

高校生活、色々あると思うが、流れに身を任せず芯をもって生きてくれ。野球少年一号君。

 

「はい、それじゃあ次のお手紙読んでいきましょう!次は、これ!」

 

適当につまんで涼香がそのまま読み上げる。

 

「ペンネーム匿名希望さん。『最近、隣の高校では七不思議が流行ってるみたいです。その高校の友達から聞いたのですが、トイレのよしこさんとか音楽室の幽霊とか、どれもこれも聞いたことのあるようなものばかりでちょっとがっかりでした。それで、うちの学校でも何か七不思議があったりするのでしょうか?もしないなら、何か作ってみてください。』」

 

もう悩み相談とかじゃないじゃん。

 

「それじゃあ敦也さん。七不思議、一緒に考えていきましょうか!」

「まあ七不思議なんて十字高校にはないもんな」

 

といってもなあ。

やはりすぐには思いつかない。

 

「すまんリスナーのお前ら。僕には瞬時に7つの不思議をでっちあげることができるほど頭がよくなかったようだ。だからこの話は次回のテーマにしようぜ。今度、みんなで七不思議を作ろう」

「ありゃりゃ、残念…」

 

すまん涼香、お前の期待には今日は応えられそうにない。

視線を泳がせていると、ふと隣のテーブルで話をしているクロと目があった。

 

「?」

 

ああ、そうか。

あるじゃん、七不思議。

 

「でもこうして終わらせるのは腑に落ちないだろ?だから一つだけ、僕からの不思議を提供するぞ」

「おお、その不思議とは!?」

「十字高校のある生徒の話だ。顔はそこそこのイケメンだし、頭もいい。なんでもできて、大抵のことは玄人レベルでこなせるんだけどさ」

「あれ…。それって…」

「天は二物を与えず、そんな完全無欠に近い男にも唯一の欠点がある。それは…」

「あ、敦也くん…クロくんが…」

「絶望的にモテないんだよ…。っとまあ、こんな感じで七不思議完成まで後6つだ。次回の放送で完成させたいから、みんなの不思議、待ってるぜ!」

「待ってるぜじゃないよ。勝手に俺のこと七不思議にしないでくれる?」

 

あ、聞いてたのかよ。

横を見ると六嘉もシロも僕を見ていた。

 

「敦也君、キミ面白そうなことしてるね〜」

「えー、ただいまマイクに関係のない音声が紛れてしまいました。申し訳ない」

「ええ、スルー!?」

「涼香さん、それじゃ次、いきましょう」

「はい!それじゃあ次は…これ!」

「続けるんですね…」

 

涼香も空気が読めてるな。

偉いぞ。

 

「ペンネーム恋する盗塁者さん!最近うちのマネージャーが可愛くて仕方がありません。むさくるしい男だらけの我が部になんで入ったのか不思議でなりません。なんでだと思いますか?」

「なんでって…。んなこと知るかよ。ってか悩みじゃないじゃん。次」

 

名前からしてまた野球部か。次だ次。

しかし、引いた紙にも同じような内容。

 

「はい、ペンネームマネージャー大好きっ子さん…。もう読むまでもないよな。競争率高いけど頑張れ、以上。涼香、尺もないし最後の手紙よろしく」

「はい!本日の最後を締めるのはこの方!ペンネーム、マネージャーが好きすぎて夜も眠れませんさん!最近…」

「なんも考えないで歯磨きして寝ろ!終わり!」

「はい、ということです!野球部の皆さん、これからも頑張ってください!」

 

くいくいと涼香が袖を引く。

締めの挨拶をしろといったところか。

 

「それでは名残惜しいですがお時間がきてしまいました。次回の放送は未定ですが、次回のテーマは最近の悩みと十字高校の七不思議です」

「皆さんの応募、待ってまーす!」

「本日の放送は涼香さんと、私敦也の二人でお送りいたしました。次回のゲストは一条玄人君と、二神優白さんです」

「え、俺!?」

「私もですか!?」

「おーっと次回のゲストのお二人が別番組の打ち合わせが終わってスタジオに遊びに来てくれたようです。あーでも、もう時間がないので今日はこの辺で。それではまた来週、ばいばーい」

「ばいば〜い!」

 

それっぽくヘッドホンを外す仕草とマイクの電源を切る動きを涼香と同時に行い、こちらに身を乗り出していた3人に視線を投げる。

 

「六嘉、サンキューな。いい暇つぶしになった。多分ないだろうけど、使えそうなとこあったら台本の参考にしてくれ」

「え、あー、うん。二人とも、なんかこういう経験したことあるの?」

「ううん、なーんにも!」

「帰宅部だしな」

「そうなんだ…」

 

さて、本当にすることがなくなってしまったな。

残ることと言えばこのテーブルに残されたでかいクレープの山だが…。

 

「よし、じゃあ僕はやることやったし帰る。涼香、行こうぜ」

「あ、うん!じゃあ、また明日ね!」

 

正直食べたくない。

勉強道具を片付け、鞄にしまいこみ、残ったクレープの山を隣のテーブルに移し、僕と涼香は店を後にした。

 

「敦也くん、今日はどうだった?」

 

道すがら、涼香が僕の顔を見上げながら問う。

僕は顔を動かさず、空を見上げながら呟くように言う。

 

「思ったより楽しかったな」

「本当に?じゃあ、またやろうよ!」

「おう。また、気が向いたら」

 

テストまで後1週間。

今日の夕日も、もう沈みかけていた。

 

 

 

 

店を出て行く敦也と涼香の背中を見つめ、俺は心の底から思ったことがある。

 

「あれ…。もしかして俺たち…」

「多分一条君と同じことを考えたんですが…」

「うん、私も」

 

「もしかして、人選間違えた?」

 

積まれた紙の山とでかいクレープの山を見つめ、俺たちのつぶやきは虚しく響いた。




お久しぶりです。
↑なんか毎回言ってる気がしますね。
色々と忙しくてやることやってたら夏になってました…。
いいペースで投稿していきたいものですね…。
さて、今回は敦也と涼香の謎ラジオ回でしたがこのコーナーは恐らく今後もやっていくと思います。
基本投稿者の相談はフィクションですが、もし「日頃の悩み、愚痴を聞いてほしい」、「七不思議ネタこんなのどうかな」という方がいらっしゃいましたらメールで送っていただければ本編で彼らに取り上げてもらえるかもしれないです。
(あくまで十字高校の生徒の投稿として取り上げるので投稿内容に制限はつきますがよろしくお願いします)

それではまた、次回でお会いしましょう!


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