宮守の神域 (銀一色)
しおりを挟む

宮守の神域 外伝
宮守の神域 リクエストその1


リクエストを早速消化したいと思います。
皆さんドシドシ活動報告にてリクエストをお願いします(露骨)


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

リクエスト:宮永咲と神域小瀬川白望

 

 

 

 

これは私が全国小学生麻雀大会が行われる前に、長野に行った時の話である。

 

正確な時系列を言えば、予選が行われる前である。

 

 

県予選に出場する事を決めた私は、予選まで時間があったので全国を転々と武者修行をしていた。

 

 

「あーあ…ダル…」

 

長野についた私と赤木さんは、近くにある雀荘に行こうと探していたが一向に見つかる気配はなく、私はただ未開の地を彷徨っていたのであった。

 

 

何故私は長野市から離れたところに来たのだろうか。岩手から東京までバスで行き、そこから北陸新幹線で長野に来たまではよかった。長野駅で降りた私は、何故か「宮守のような田舎な場所がいい」と思い、こんな辺境の地まで来てしまった。

…そもそも宮守に雀荘が全く無い時点で気付くべきだったのかもしれない。

 

 

そんな哀れな私は、来た道を戻り、バスに乗って長野市に戻ろうとしていたところであった。

長野市から離れた此処は、長野市の都会感とは正反対の田舎感であった。もしかしたら宮守以上かもしれないぞコレ。

 

 

そんな事を考えながらバスの停留所まで戻ろうと道を練り歩く私であったが、そこで1人の少女を見つけた。

 

その少女はひどく挙動不審で、辺りを見回していた。

恐らく迷子なのだろう。

そのまま放っておくほど非道ではない私は、その少女に声をかけた。

 

「…ねえ」

 

するとその少女はビクッと震えたが、私を視認し女の子だと分かると安心したようで、その不安そうな顔が和らいだ。

 

「どうしたの?」

 

私がその子に質問すると、その子は恥ずかしそうな顔で

 

「…迷子になっちゃった」

 

と目をウルウルさせながら私の服を強く握った。

 

「あー…家は何処にあるか分かる?」

 

私はとりあえずその子の家の居場所を聞いた。するとその子は

 

「…長野市です」

 

と答えた。何という偶然であろうか。私の目的地と同じではないか。これは都合が良い。

 

「こんなとこまで何しに来たの?」

 

続いて私は此処まで来た経緯について聞いてみた。…まるで自分に向かって言っているようで少し悲しくなってきたが、今はそんな事はどうでも良い。

 

 

「…友達の家に行くためです」

その子が此処まで来た経緯を話す。成る程、そういう意図か。なら長野市まで送るよりかはその友達の家に送った方が良いだろう。

 

「その子の家は何処にあるの?」

友達の家の場所を聞いた私は、その子から衝撃の発言を耳にする。

 

「長野市……です」

 

 

(え?)

 

 

 

長野市?だと?長野市って、あの長野市だよな?この子の家が長野市で、その友達の家も長野市ってことだよな?

 

どういうルートを通れば此処まで来るんだろうという疑問を押さえ込み、その子に向かってこう言う。

 

「じゃあ、その友達の家まで送って行ってあげようか?」

 

するとその子は、パアッと表情が明るくなり

 

「いいんですか!」

 

と言った。流石にこの子を長野市に連れてハイ終わりではこの子の方向音痴具合なら何をしでかすか私にも予想がつかないから当然であろう。

 

「じゃあ、行こうか」

 

と、私がその子に手を差し伸べると、その子は満面の笑みで

 

「うん!」

 

と手を掴み、バスの停留所まで一緒に歩いた。

 

 

 

-------------------------------

バス内

 

 

バスに乗り、長野市まで迷子の子と一緒に行くことになった私たちはバス内でその子と少し話をしていた。

 

 

「お姉さんはあそこで何をしようとしてたの?」

 

いきなりその子が私の心を抉るような一言を放ってきた。いくら何でも「雀荘を探していたが、都会が嫌なので田舎に来てみたら雀荘が全く無かった」とは言えない。流石にマヌケすぎる。

 

そこで私はそれを悟られないように

 

「雀荘を探そうとしていたんだ」

 

と無理矢理答えた。

 

 

「麻雀…」

だが、雀荘という麻雀ワードに反応したのか、彼女の表情が暗くなる。何か訳アリなのだろう。

この時、普通だったら私はその訳を話させて悩みを解決しようとしていたが、さっきまで迷子で、右も左も分からない状態だった彼女にそれはあまりにも酷だろう。明らかに私より年下だし。

 

 

そこで、私は強引に話題を変えて彼女の気を紛らせた。

 

 

-------------------------------

長野市

 

バスから降り、無事長野市に着いた(戻ってきた)私と迷子の子は、その例の友達の家に行った。

 

 

インターホンを鳴らすと、ドタドタドタという音が聞こえて、ドアが開く。

 

「遅かったなー!咲!ってあれ?」

ドアから出てきたのは金髪の少年であった。身長が大きかったが、さっきの口ぶりからこの子と同年代なのだろう。

 

「ごめんね。この子、迷子になってたみたいだから…」

 

と、私が言うと

 

「ありがとうございます!お姉さん!ほら咲、お礼を言え!」

と元気そうな声で頭を下げ、咲と言われる迷子の子も頭を下げる。

 

「…じゃあ。それじゃ」

 

目的を果たした私は踵を返し、その場を離れた。これ以上此処にいる必要もないだろう。

 

 

-------------------------------

 

「…あのお姉さん。スッゲー綺麗だったな」

 

「京ちゃん…見境いなさすぎるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------




明日は本編を書きたいと思います。
又、リクエスト消化は完全な気まぐれですので、リクエストする際は、消化されたらラッキー程度に思ってリクエストして下さると嬉しいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その2

リクエスト回の第二回です。
リクエストについては、期限は無いので、ドンドンリクエストしてね!!(宣伝)


 

 

 

 

-------------------------------

「宮守の神域」でシノハユ第0局

 

*IFストーリー的なものと見てください。

 

 

 

 

インターハイの激戦から数年が経ち、私はプロ雀士となり、私の名を世界に轟かせていた。

世間からは『最強にして無敗』『華の麻雀』『怪物』など、私の異名や称号は幾つも有る。そんな中で、私が一番気に入っている称号は言わずもがな『神域』である。実際どうかは断言できないが、この称号を手にした時は私はやっと赤木さんと同じステージに立てた、と感じた。

 

プロ雀士というのはやはり忙しく、来る日も来る日も麻雀の日常であった。まあ、打ってて楽しいのだから私は文句などは無い。

それにたまに大会とかの解説とかを任される事もある。面白い人とかも結構見かけるので、私は好きだ。

 

私が著者の本も幾つかあり、結構な売り上げらしい。実際、それを読んで参考にできるかと言われると微妙だ。こんな打ち方に変えることなど不可能だ。私のように最初からあの打ち方で始めなくてはいけない。

…それでも売り上げが伸びるのは日本の麻雀ブームが冷めていない所以であろう。

まあ、私も赤木さんに似たのか、金のことはあまり興味が無いし、普通の生活が送れれば有り余る金は邪魔でしか無いと思っている。

 

 

 

まあ、そんな話はどうでもいいか。

所変わって私は月の光に照らされる夜道を、ある店に向かう為に歩いていた。現在時刻は午後十時。普通なら私は今頃お風呂とかに入ってグダグダしている時間帯にも関わらず、私は出かけていた。

理由はただ1つ、ある者に呼ばれたからである。プロ雀士としての仕事を終え、帰宅しようとしたら一通のメールが私に届いた。差出人は辻垣内智葉からだ。色々誤字脱字があって読み辛かったが、恐らく急いで打っていたのだろう。

 

何で今日呼ばれたのだろう…と思ったけど、そういえば今日が丁度インターハイの閉会式から5年後の日だったっけ。今年はちょっと遅めにインターハイが始まるから、あんまり実感が湧かなかったけど、あれから5年も経ったのか…

 

 

そんな事を考えていると、目的地の店の前まで辿り着いた。扉を開けて入ると、店員さんが私に向かって挨拶をする。

 

「いらっしゃいませ」

 

店内には辻垣内智葉、愛宕洋榎、宮永照、その妹の咲が既に席に着いていた。他の客は居なく、貸切みたいな状態になっていた。

 

「遅かったじゃないか。シロ」

智葉が私の方を見て言う。その言い振りからして、私が一番遅かったようだ。

ここにいる全員がプロ雀士になっているので、別に久々の再会というわけでもなかったが、こうしてオフで会うのは久々だったので、皆心待ちにしていたようだ。無論私も。

 

「お、咲」

だが、照の妹、宮永咲には結構久々に出会った気がする。まだプロになって三年目という事もあり、私達と比べるとまだそんなにも試合数は多くないからであろう。…咲の同年代と比べれば、咲が一番忙しいそうだが。

 

「…お、お久しぶりです。シロさん」

咲がぺこりと私に向かってお辞儀をする。幾つになっても、その礼儀正しさは変わらないようで安心したが、

 

「咲…なんか大人っぽくなった?」

少しの間見なかっただけで、咲は結構成長していた。何か、大人びた感じが物凄い。

 

「5年前まではあんなちんちくりんだったのになあ〜咲ちゃんも成長したもんやで!」

洋榎が咲の肩に手を回し、お酒を飲む。洋榎、残念ながら今この中で一番子供っぽいのはお前だ。洋恵の席の前のテーブルに並ぶジョッキの数を見るに、相当飲んだなコイツ。

 

「もう大人ですから!」

咲が胸を張って自信ありげに言う。…前言撤回。咲よ。やはりお前はまだ子供だ。大人はそんなこと言わない。

 

「どれだけ大きくなっても咲は私の妹。まだまだ子供だよ」

照が相変わらずの甘そうなパフェを頬張りながら咲に向かって言うが、あんまり説得力が無いのはしょうがないといったところか。

 

「私も大人です!成人式迎えましたから!お酒も飲めるし!…苦っ」

 

咲が無理をしながらジョッキにあるビールを飲む。だがどう見てもそれは美味しそうに飲んでいるとは言い難い。子供が親のビールを勝手に飲んでいる光景を見ているようだ。

 

「…変わらないな。皆」

智葉が私達の方を見てしみじみとした感じで呟く。確かにそうだ。皆あれから成長はしたものの、根は全く同じである。

 

「同窓会…みたい」

照がパフェを食べ進める手を止めて言う。

 

「まあ、全員学校違うけどな!」

洋榎がビールを飲みながら喋る。…そういえば、咲と照も違う学校だったな。

 

「まあ、なんだ。乾杯…でもするか?」

智葉が提案する。皆はそれに頷くと、テーブルに置かれたジョッキを持って、智葉が乾杯の音頭をとる。

 

「コホン。じゃあ、5人の再会を祝して…」

 

 

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

 

 

-------------------------------

 

乾杯から十数分が経ち、私達は色々な事をくっちゃべっていた。近況報告とか、インターハイの思い出話とか。

 

そんな感じで話し合っていた私達だが、ふと咲が呟いた。

 

「そういえば確かインターハイ個人戦の最終戦…小学生の時の大会の決勝戦と同じ面子でしたよね」

そういえばそうだった。インターハイの個人戦最終戦も、小学生の時の全国大会の決勝戦も、私、智葉、照、洋榎で卓を囲んだのであった。

 

「…あの時は会場が大盛況だったな。メディアの奴らも騒いでたしな。『6年の時を超えた因縁の対決!』…って」

 

「アレ、仕組んでたとかあらへんのか?今思い返しても、出来過ぎてるやろあんなん」

 

「さあ。偶然だったら凄いけど…でも対戦表が決まったのって白望がメディアとかにまだ無名の選手だって思われてた団体戦が始まる前だった気がしたけど」

 

「知ってる人は知ってるんじゃない?メディアの人も結構な数いるし、いそうな気はするけどね。勿論麻雀協会の人とかにも。6年も私の事を覚えているのもすごいけどね」

 

4人がそれぞれの記憶を思い出す。懐かしいな。あの頃は…今も十分楽しいが、それとは違った楽しさがあった気がする。

 

そうして昔の話に浸っていた私達だが、ふと智葉が立ち上がり、こう言った。

 

「…打ってみるか?」

その言葉を聞いた私達も立ち上がり、卓のある場所に移動する。

「この4人で打つなんて場面、滅多にないしね」

私が言うと、洋榎も照も笑い、

 

「負けへんで、お前ら。最下位はこれ終わったらラーメン奢ってもらうで〜」

 

「ラーメン…いいね。食べたい」

 

 

4人が卓の前に立つ。席順決めはいらない。私が仮東、照が南家、智葉が西家、洋榎が北家。小学生の時も、インターハイの時もどっちもこの席順だった。

 

「うわぁ…豪華。こんな対局放送したら視聴率ウハウハだね」

咲が卓の近くの椅子を近くまで持ってきて座る。位置は私の後ろ。いずれ闘う私のデータでも集めようとしているのだろうか。まあ、どうでもいい。やるからには本気だ。他の3人も目を鋭くさせ、卓を見つめる。

 

 

 

『世紀の対決』とも謳われた私、智葉、照、洋榎の対局。

1度目は全国小学生麻雀大会決勝。2度目はインターハイ個人戦最終戦。そしてこれが3度目。

 

咲以外に、私達を邪魔する者は誰もいない。かくいう咲も、黙って私達を見ている。

 

 

 

 

(…やるか)

 

 

 

 

賽が振られた。

 




こんな感じでどうですかねー?
次は本編、準決勝を書きたいですね!(願望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その3

リクエスト回その3です。
あと通算UA数が50,000回突破しました。有難う御座います。
これからも頑張って毎日、そして尚且つ高クオリティの作品を投稿したいと思います。


 

 

 

 

 

-------------------------------

リクエスト:小瀬川白望in有珠山咲日和②

 

 

 

 

「……こ、これだ!」

 

部活の休憩時間中、突如獅子原爽がスマホを見て何か思いついたかのような発言をする。室内にいた桧森誓子と私は、爽の方を向く。どうせ爽のことだ。ろくでもない事だろう。

 

 

「どれだ?」

 

 

誓子が爽に尋ねる。爽は自分が見ていたスマホを誓子の方に向け、

 

 

「これだ!」

 

と、誓子に見せる。私も一応気になるので、ちらっとそのスマホの画面を見ると、

 

 

ー男として毛はえ薬ー

 

 

という、所謂育毛剤の宣伝の画像が映し出されていた。何で育毛剤なんか……という私の疑問を代弁するかのように言うように誓子が

 

 

 

「……髪の毛が不安なの?」

 

 

と問いかけた。すると爽がびっくりしたようにスマホを自分の方に向け直すと、

 

 

「遅れて表示されるタイプの宣伝め……」

 

 

と、忌々しそうにスマホを見つめ、広告を消した。ああ成る程。そういう事かと納得し、改めて爽が言う例の何かを見る。

 

 

そこにはダンス動画コンテストの応募画面が映し出されていた。

 

 

「ダンス動画コンテスト?」

 

誓子が爽に聞き返すと爽は

 

「そう!『おどろうきっず』ってあるだろ。それの企画で、ダンスを録って送って、採用されればテレビで流れるやつ!」

 

と返す。ああ、確か某テレビ局でやってる番組の企画か。あの番組今でもやっているんだ。

 

 

「へぇ」

 

誓子が関心がなさそうな声で返答する。

 

「それで……それがどうしたの?」

 

 

私が爽に尋ねる。すると爽は無邪気な顔で、

 

 

 

「踊ろう!」

 

 

 

と言った。……何を言っているんだ、と口に出しそうにしたものの、それを抑えて爽の言うことを聞く。

 

 

 

「ユキをセンターにするんだ。はやりんに匹敵するためにはこういう事からだ!」

 

 

「ユキを?」

 

 

通称真屋由暉子アイドル化計画。ユキを麻雀のおねえさん(28)のはやりんこと瑞原はやりの座を奪おうという謎計画を、ここにきてもってくるか。思わず成る程と思ってしまった。

 

 

 

「でもその番組子供向けよね」

 

だが、ここで誓子が根本的な問題を爽に指摘する。言われてみればそうだ。いい年にもなった高校生が子供向けの番組の企画に参加するなどとてもアホらしい。しかもよりにもよってダンスだ。採用された方がかえって恥ずかしい。

 

 

「私たちだって広義で子供だし。子供っぽいとこあるし……ほら」

 

それに対して爽は苦しすぎる言い訳を始める。広義に解釈できればそれでいいのか。というより自分で子供っぽいと認めていいのか獅子原爽よ。

 

 

 

「協力してくれチカ!シロ!テレビのアピールは話題作りになるんだ!」

 

 

 

 

 

 

爽が誓子と私に擦り寄るようにして懇願するが、さっき子供っぽいと言った割には動機が全く子供っぽくない、まるで汚いプロデューサーのようだ。と誓子と私は心の奥底で思った。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

結局その案は爽の独断によって強引に可決され、部室にやってきた成香と揺杏にダンス動画を録るという事を説明した。

 

 

「ダンス!いいね!やっぱり時代はダンスだよダンス!」

 

それを聞いた揺杏はやる気に満ちていた。お前は一体時代の何を知っているんだ。何を。

 

 

「でもそれちっちゃい子が躍るものなのでは」

 

 

一方成香は当然の疑問を爽に問う。まあそりゃあダンスするって言って、しかもそれが子供向けの企画であれば尚更である。

 

 

 

「応募に年齢制限はないぞ」

 

 

が、爽は屁理屈を言って押し通そうとする。確かに見たところ年齢制限は無いが、そういう理屈でいいわけがないだろう。

 

 

 

「まさか高校生だけで送ってくると思わないのでは……」

 

成香が私が思っていたことを代わりに言う。すると爽はとんでもない返答をする。

 

 

 

「安心しろ。私たちにはシロの師匠こと赤木さんが付いている」

 

いくらなんでもそれはダメだろう。ツッコミどころが多すぎる。まず容姿は欠片だし……

 

 

 

「流石に厳しい。爽、別の案を考えよう」

 

 

とにかく爽の暴走を止めるために、ストップをかける。爽は不服そうだったが、すぐに代案を考える。

 

 

「じゃあ幼児役を作ろう」

 

 

幼児役。となるとその役は身長が160以上ある私と誓子と揺杏は除外されるだろう。ユキはセンターになるだろうし、となると……

 

 

「幼児役は、背丈が低い私と……」

 

 

チラリと爽が成香の方を見る。まあ、そうなるであろう。

 

 

 

「背丈で考えないでほしいです……」

 

 

まあそうなるであろう。ご愁傷様である。

だが、その言葉を数秒後の私に言う事になるとはこの時思ってもみなかった。

 

 

「いや、シロ!お前もやれ!」

 

 

 

「うえ……!?」

 

 

 

ああ。何故こうなった。

 

 

 

 

(ダル……ダルい)

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

主役のユキが部室に入ってきたところで、ユキも交えてダンスの配役を爽に発表してもらう事となった。

 

 

 

 

「私とシロと成香が幼児役!チカと揺杏とバックダンサー!赤木師匠は監督!」

 

 

 

「そして……センターで踊るのが、ユキ、お前だーーー!!」

 

 

パチパチパチ。と私たちがユキに向けてささやかな拍手を送る。当の本人は、呆然と爽を見つめる。

 

 

 

「私がいない間に話を進めましたか……」

 

 

 

まあ自分の知らないところでダンスを踊ることになり、しかも自分がセンターに決められてしまえば当然の反応ではある。

 

 

 

「いいでしょう。やりましょう。お気持ちはありがたいですし楽しそうです」

 

 

何はともあれ、これでユキからの了承を得て、一気に皆はダンスの準備ムードになり始める。

 

 

衣装も爽が本気だという事を伝えるためと言って作ることになり、いつもユキの衣装を作っている揺杏が衣装作りの担当となった。幼児役の衣装は園児服、バックダンサーは着ぐるみ、ユキは特別衣装を着ることに決まった。成香が園児服を着るということを聞いて驚愕していた。もちろん私も唖然としたが、もうどうにでもなれと現実逃避するしかなかった。

 

 

録画は爽が編集は小賢しいという理由で一発撮りということに決定した。どう考えても編集が面倒という理由であろう。小賢しい。

 

 

 

準備や計画はだいたい決まり、後は揺杏が衣装を作り終わるのを待つのみとなった。とはいえ、二週間程度かかるという事らしいので、ためしに踊ってみる事にした。現場監督の赤木さんの目の前で踊り、赤木さんに評価をしてもらうという算段だ。……失礼だが赤木さんにダンスという概念があるのだろうか。と不安になるが、いざという時は誰かが見ればいいだけだ。

 

 

 

 

 

〜〜

 

という事で踊ってみた。踊り自体は楽(カットした部分はあるけど)だが、体を殆ど動かさない私にとってダンスというものはあまりにも辛い事であった。

一回やっただけでとてつもない疲労感に襲われたが、とりあえず赤木さんの感想を聞く事にした。

 

 

「師匠。どうだった?」

 

 

【……ちょっと獅子原。こっち来てカメラ見てみろ】

 

 

赤木さんが爽を呼び出し、カメラで撮った動画を見に行く。私たちも爽について行き、カメラを一緒に見た。

 

 

(((……ユキがかなり下手だ)))

 

 

ユキが思った以上に下手だったのだ。どういう風に下手かというと、タイミングが明らかにずれている。それも、結構なずれである。流石にこれを誤魔化すのは無理があるレベルだ。

 

 

「成香。子供はおねえさんより上手く踊っちゃダメだ!」

 

 

「ええ!?」

 

 

……フォローになってないぞ爽。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

再度見た結果、他にも色々な課題点が見つかった。成香がところどころミスってたり、私の表情が苦しかったりなど、ユキほどでもないが、結構重大な課題点が挙げられた。

 

 

ユキと成香は要練習としか言えないが、問題は私の表情だ。ただでさえ表情を出さない私が、ダンスという重労働によって顔が苦痛に歪んでしまって、自分で見てて見苦しかった。

 

「笑顔だよ笑顔。私も後ろで笑顔アピールすっからさ」

 

そんな私を、満面の笑みで励ます揺杏。流石揺杏だ。持つべきは揺杏のような優しい人間だ。

 

 

「私たち着ぐるみで顔隠れない?」

 

誓子が揺杏に対してツッコミを入れる。そういえば着ぐるみ着るとか言ってたな。

 

……気持ちだけ貰っておく事にした。

 

 

-------------------------------

 

 

 

あれから二週間が経ち、遂に揺杏が衣装を作ってきた。

 

私と爽と成香の衣装はやはり思った通りの園児服で、御丁寧にサイズまでしっかり合っている。これで160cm以上の幼稚園児が誕生してしまった。そして以上なほど爽が様になっているのは何故であろうか。

 

一方誓子と揺杏の衣装は番組のマスコットキャラクターの着ぐるみであった。だが、同じマスコットが二体いるという不気味な光景になったので、成香のハーパンを揺杏が剥ぎ取って頭に被せるという大胆な解決策で乗り切った。……端から見ればただの変態野郎だが、気にしないでおこう。

 

 

そして肝心のユキの衣装だが、とても良く仕上がっている。周りが着ぐるみと園児服な事もあってか、凄く可愛く見える。

 

 

「仕上げにこの髪飾りを」

 

『ゆあん』と胴体に書かれた着ぐるみ一号が、ユキに髪飾りを渡そうとする。

 

 

「あっ」

 

が、誤ってその髪飾りを『ゆあん』が落としてしまう。すかさず『ゆあん』が拾おうとしたが、着ぐるみの所為で上手く拾う事ができない。

 

 

「拾えねー!」

 

 

ハーパンを被った着ぐるみが美少女の目の前で髪飾りを一生懸命拾おうとする光景はまさに滑稽であった。

 

 

 

 

「あとトイレ行きたい!」

 

 

もうトイレネタではつっこまないぞ。揺杏。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

髪飾りも装着し、あとは踊るだけだ。表情の問題もなんとかできるようになったし、ユキと成香の問題も解決できた。

 

 

万全の状態で撮影に挑んだ。

 

 

 

 

 

「……これは良い出来だ!」

 

「感動しました」

 

 

一発勝負であったが、会心の出来であった。私の表情も、ユキと成香もきっちりしていて、完璧と称するに相応しいほどの完成度であった。

 

 

「一緒にダンスするの楽しかったです……!」

 

ダンスの主役のユキが踊った感想を述べる。皆それにしみじみしていたが、約2名それどころではない者がいた。

 

 

「はぁ……はあ……!」

 

 

着ぐるみ要因であった誓子と揺杏であった。いくら涼しい北海道とはいえ、着ぐるみを着てダンスをすれば熱気に包まれる。着ぐるみを脱ぐと、そこには真っ赤になった誓子と揺杏。

 

 

「水いるか?」

 

 

 

まあ、頑張ってくれた誓子と揺杏にも賞賛の拍手を送るとしよう。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

後日、例の『おどろうきっず』の放映日に、私と爽と揺杏で集まって見ることにした。

 

番組内で、ダンスコンテスト企画の時間になると、今までダラダラ過ごしていた私達は、待ってましたと言わんばかりにテレビの前に移動する。

 

そして、なんと私たち『ユキちゃんファンクラブ」が入選され、放送されてしまったのだ。

 

 

「うれしい……うれしい……!」

 

 

あまりの嬉しさに、爽はベッドに寝転がり、足を天井に向けて上げながら喜びを露わにしていた。

 

 

((あっちの踊りもすげー……))

 

 

そんな事を思いながらテレビを見ていると、爽の携帯が着信音を発した。するとその直後、私の携帯も鳴った。爽は成香で、私は智葉からであった。とりあえず私と爽が電話に出て、聞いてみると

 

 

 

『シロ!……幼稚園児のシロもなかなかありじゃないか!!』

 

 

 

『服装についてお母さんに質問されているんです……』

 

 

 

 

「なんで見ているんだよ……」

 

 

 

「私の名前出して説明していいぞ!」

 

 

 

 

 

 

……これは私と成香の黒歴史として忘れられることはないであろう。

 

 

 




リクエストは現在も受け付けてます。優先度は既にきている方が高くなってしまいますが……
あとこれ、4600文字もあるんですよね……
本編よりも多いとは……

次回のリクエストは、高校生編の日常を書きたいと思います。次のリクエスト回がいつになるのかは分かりませんが……
まあ、早めに書き上げたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その4

リクエスト回です。


宮守の神域 リクエスト その4

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

リクエスト:宮守女子高校の日常

 

 

 

 

「……寒っ」

 

 

年の瀬も押し迫ってきている師走の今日、日本の東北地方に位置するここ岩手県の外では、朝っぱらから雪が降っていた。寝癖を立たせながら私がベッドから身を起こすと、寝る時布団もシーツもかけていたのにも関わらず、体は冬の寒さにあてられて、思わず体を震えさせてしまいそうなほどすっかりと冷えていた。今日は両親が朝早くから仕事があるらしいので既に家には居らず、私一人だった。……まあ赤木さんも居るから一人では無いのだが、死んだ人をカウントするのはどうなのだろうか?

 

部屋のデジタル時計に目をやると時計は8:00を示していた。今日は土曜日とあって学校はなく、しかもあいにく今日は部活がない。なのに何故小瀬川がこんなにも早く起きているのかというと、今日は客人が来るからである。同じ麻雀部の塞、胡桃、豊音、エイスリンが今日私の家にやってくる予定だ。何故そうなったかは昨日、金曜日に遡ることとなる。

 

 

 

 

-------------------------------

部室

 

 

「ロンだよー!リーチ一発ドラ1で5,200!」

 

 

「ナイス!トヨネ!!」

 

 

豊音がエイスリンのリーチに対しての追っかけリーチ、いわゆる豊音の能力である『先負』によって追っかけてから一発で討ちとる。場は既に南四局のオーラスであり、豊音は今の5,200で私に逆転できる手だ。振り込んだエイスリンが喜んでいたのは何故かというと、この対局……というか近頃は私を除く他三人の協力体制のもと、私を二位以下にするというノルマを熊倉トシ先生から課せられている。ただでさえ厄介な豊音の『先負』を始めとした『六曜』を駆使されては結局困ったことになる。事実この5,200であわや二位という状況にある。

だが、残念ながら私にもエイスリンの切った牌は当たっている。そして私はエイスリンの上家。つまり頭ハネだ。

 

 

「ロン。頭ハネ……12,000」

 

 

「え、ええー!?」

 

 

私は手牌を倒して申告する。すると豊音は悔しそうにばったりと卓に倒れかかる。豊音からしてみればやっと私に勝てそうだと思っていたのに、それをあろうことか私に潰されてしまったので豊音は190cm以上は余裕である体の全体を使って本気で悔しがっていた。

 

 

「またシロに負けちゃったー……今日も結局勝てなかったよー」

 

 

「シロ、ハンソクキュウ!」

 

 

「・・・三人がかりで勝てないってどういうことなの……」

 

 

その豊音に続くようにエイスリンと胡桃もぐったりと姿勢を崩す。それを部室内に設置されてあるソファーから塞と熊倉先生、赤木さんが眺めていて、対局が終わったとなると熊倉先生が立ち上がって私達に帰るように促そうとする。

 

 

「またシロの勝ちかい?……まあ今日はもう終わり、また来週だね。あんまり遅いと親御さん達が心配するからもうお帰り」

 

 

それを聞いた私達は、帰る支度を次々と始めた。すると、支度をしている途中、塞がふとこんなことを熊倉先生に向かって質問した。

 

 

「熊倉先生、明日部活はあるんですか?」

 

 

その質問に対して熊倉先生は何かを思い出すような仕草をして、頭の中で考えている。

 

「無いわ。明日はお休みだよ」

 

 

それを聞いた塞は、嬉しそうな声で私達に向かってこう言った。

 

「よし、じゃあ……みんな!明日シロの家に集合!」

 

「えっ」

 

「やったー!シロの家でパーティーだよー!!」

 

「シロノオウチ!イク!」

 

「ちょっと待って」

 

「久々だなー。シロの家、ちゃんと掃除しておきなよ!」

 

 

 

【……相変わらず人気者ってのは不便だな。熊倉さん】

 

「そうだね……私もあと20年若ければ惚れていたよ」

 

 

 

 

 

「……ダル」

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

なんてことがあり、家に来ることになったのだ。……塞の強引さもそうだが、それを受け入れて昨日ちゃんと部屋の掃除をした私もアレである。

 

確かその後メールでやり取りした結果朝の九時集合になったはずだ。携帯のメールの履歴を確認したがやはりそうだった。朝っぱらからよく人の家に来れるな、流石若者と内心あの四人を尊敬しながら、飲み物やお菓子を淡々と用意していく。

 

 

(……そういえば炭酸とか飲めたっけ、豊音とエイスリン)

 

飲み物を冷蔵庫から出していく途中、そんなことを考えた。塞と胡桃は昔から私の家に来てるから好みの飲み物とかタブーなのとかは知っているが、豊音とエイスリンに関してはあまり分かってはいない。見た感じ豊音もエイスリンも炭酸系が飲めなさそうなイメージで、しかも冷蔵庫にジュースと呼べる物は炭酸系の飲み物しかない。流石に私ら三人で豊音とエイスリンだけ麦茶……なんてことはあんまりだろう。

 

私は窓から見える風景をじっと見つめる。外は相変わらずの雪景色であり、今も尚上空から雪という名の爆撃が続いている。だが、豊音とエイスリンのためだ。仕方ないと腹を括り、防寒着に防寒着を重ねて、パパッと飲み物を買うべく、靴を履いたのであった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

(豊音とエイスリンのため……豊音とエイスリンのため……)

 

そんなわけで下界という名の外に降り立った私は、心の中でそう呟きながら雪道を進んだ。

 

(寒い……)

 

防寒対策は積みに積んだのだが、それでも寒さはそれをやすやすと貫通してくる。はっきり言ってやばい。しかもこれでまだ十二月。一月二月の事を考えるだけで気が滅入りそうだ。それにさっきから体がガチガチに震え、歯がカタカタと音を鳴らしている。

 

 

(こんなことなら炬燵を持ってくれば良かったなあ……)

 

そう考えたところで私は我に返った。何を言っているんだ私は。炬燵を持ってきたところで一体どうなるというのだ。……確かに私はリヤカーで炬燵を持ってきた伝説はあるにはあるが、流石に移動している時に炬燵を使おうなんて発想したことが無い。いや、当然のことだ。第一、移動式炬燵などがあったら今頃日本ではそれしか道路を走っていないだろう。

流石に頭がおかしくなり始めてきた。これはまずいと感じた私は柄にもなくコンビニの方へ向かって猛ダッシュした。よく言われるが、私は運動音痴ではない。ただ走ったりするのがかったるいからやってないだけで、しっかり走れたりはする。

それに対して一応持ってきていた赤木さんが驚いたような声で私に聞いてきた。

 

 

【・・・お前って走れるんだな】

 

 

クソっ。死んだ身だから寒いとか暑いなどという感覚は無いのだろう。だからそんな余裕な感じで私に聞けるんだ。私は今極寒の地を走っているのに……!

 

「・・・うるさい……!」

 

半ばキレかけながらも、無事にコンビニに辿り着くことができた。コンビニの暖房の温もりを身体全身で受け止める。心地良すぎて危うくここにきた理由を忘れそうになったが、何とか任務を遂行できた。

そして2Lのペットボトルを買い、それが入ったビニール袋に手を通し、抱えるようにして持ち、これまた全速力でダッシュして家に帰った。

 

 

-------------------------------

 

家に帰るなり私は靴と防寒着を脱いで、ペットボトルが入ったビニール袋を放り、最短距離で炬燵の元へ駆け寄り、中に足を入れた。

 

生き返ると思わず声に出してしまうほどの温かさを満喫していたが、その瞬間チャイムが鳴った。慌ててデジタル時計を見ると時刻は8:40。まだ時間ではないが、既にそんな時間が経っていたのか。……原因はコンビニ内で温まろうとしていたからなのだろうけど。

 

 

 

ドアを開けると、そこには防寒対策をしっかりとしてきたエイスリンがいた。防寒対策をしながらも、相変わらずその首にはちゃんとイラストボードが提げられており、耳当てをしながらも赤いペンを耳に引っ掛けている。

 

 

「オハヨ!」

 

敬礼のポーズを取りながらエイスリンは私に挨拶する。いったい誰に教わったのかと聞きたい衝動を抑えて、エイスリンを中に入れようとすると、遠くに豊音が入るのが見えた。

エイスリンもそれに気付き、豊音に向かって手を振る。それを受けて豊音も手を振りながら真っ直ぐこちらに歩いてきた。

 

 

 

 

「ついたよー!シロのお家、大っきいんだねー!!」

 

「デカイ!」

 

 

「……ごゆっくり、どうぞ」

 

 

エイスリンと豊音を部屋に入れると、私の部屋をまじまじと辺りを見渡す。そんなに珍しいの置いてたっけか。……まあミーハーな豊音と、純情なエイスリンからしてみれば人の家というのはワクワクするものなのだろう。

 

 

「わ、わー!小っちゃい頃のシロだよー!ってあれ?この人たち宮永照さんと辻垣内智葉さんと愛宕洋榎さん!?」

 

そう言って豊音が指さした方向には、小学生の頃撮った写真があった。そこには私、照、智葉、洋榎の四人が写っていた。

 

「シロ?」

 

いつの間にかエイスリンのボードには絵が描かれており、そこには二つの手がグッと握り合っていた。……エイスリンの絵の表現はたまに変なのがあるが、これくらいなら見ただけで理解できる。お友達かどうかを聞いているのだろう。

 

「まあ、そんな感じかな」

 

それを聞いたエイスリンと豊音は私から距離をとって二人で何やらヒソヒソ話を始めた。

 

 

 

「エイスリンさん、あの三人についてどう思う?」

 

「ンー……コイ、シテル!」

 

「だよねー……シロはああ言ってるけど、どう見ても惚れてるよ……愛宕洋榎さんは分かんないけど、他二人は完全に敵だよー」

 

「テキ!ライバル!」

 

 

 

私に隠して話しているのだろうが、思いっきり筒抜けだ。まあ、聞かなかったことにしておこう。

 

そう思っていたところ、またもやチャイムが鳴り響く。扉を開けると、そこには寒そうにしている塞と胡桃。そして塞の腕にはペットボトルが入っているビニール袋が提げられていた。どうやらさっき考えていたことと同じことを考えていたようだ。

 

 

「・・・あー……ごめん。塞」

 

 

「何がごめんなの!?」

 

「まさか……」

 

 

私は部屋からペットボトルをビニール袋に入れたままの状態で塞に見せた。胡桃は見る前から何となく察していたのだろう。見せる前から顔が引きつっている。

 

 

「私たちは何のために……」

 

取り敢えず私はガックリと落胆する塞と胡桃を中に入れることにした。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「いやー……やっぱり炬燵は人間が生み出した最高の暖房器具だよ……」

 

塞が炬燵の中に入りながらそんなことを言った。いつもなら何を言っているんだと聞き流したが、炬燵となっては話は別だ。私は思わず塞の手を握り、こう言った。

 

 

「塞、塞なら分かってくれると思ってた」

 

突然手を握られて困惑した塞だったが、すぐに受け入れてくれた。それでこそ炬燵愛好家よ。

 

「シロ……」

 

「塞……」

 

 

「そこ、ふざけない!」

 

折角今から炬燵のなんたるかについて塞と語り合おうとしていたのに、胡桃にバッサリと切り捨てられた。ここからがいいところなのに……

 

 

「思ったけどー」

 

と、豊音がふとそんなことを呟いた。全員が一斉に豊音の方に向くと、豊音は

 

「……五人は狭いんじゃないかなー?」

 

と言った。確かに炬燵が四角形、四辺に対してこちらは五人、つまるところ誰かが一辺につき二人となる必要がある。流石にこの状況下で誰かが抜けるという残酷な選択肢は存在しなかった。友情云々の前に、抜けたら死ぬという恐怖によってそんな事は言えない。

となれば、結局誰か二人が一辺に二人で入るということになる。それを悟った私を除く四人は目がギラリと鋭くなる。

 

 

「まず豊音は無理だよねぇ?」

 

先に沈黙を破ったのは塞、豊音に向かって言い放つ。一体どういう意味なのかと考えるまでもない。私はもう既に二人の内の一人になることは決定しているようだ。なのに四人は私に悟られないように、しかも準備なく言うあたり、阿吽の呼吸というのだろうか、やはり仲が良いとしか言えないだろう。

 

「シロを上にすれば大丈夫だよー」

 

と思ったあたり豊音が私の名を呼ぶ。私が気づいた途端隠す気ゼロになった。

 

「塞こそその腰が邪魔になるんじゃない?」

 

続いて胡桃が塞に攻撃する。塞はグッと呻き声を上げる。どうやら腰のことは図星だったらしい。

 

「ワタシ、テキヤク!!」

 

エイスリンが挙手して名乗りでる。適役って何だ適役って。

 

「ここは付き合いが長い私でしょ!」

 

「長さは関係ないよー!」

 

「腰……かぁ……」

 

 

そんな無駄な言い争いを続けること五分。結局ジャンケンすることになった。勝ったのは豊音。意地のチョキで三人のパーを打ち破った。

 

 

「おいで、シロー」

 

「じゃあ……失礼します」

 

 

 

そう言って私は炬燵の中を経由して豊音の方に移動した。丁度豊音が私の頭一つ分大きいので、まるで親子のように抱えられているかのようだった。

 

「髪がもふもふだよー」

 

「天然だから……」

 

 

そんな会話をしていると、三方向から恨めしい目線が飛んできた。

 

 

「くっ……!」

 

「Darn it!」

 

「腰……」

 

 

胡桃は羨ましさが混じっているのでまだ良いが、エイスリンは完全に目線がやばい。女子高校生がいっちゃいけない単語使ってるし、本場の英語となれば怖い。塞にいたっては関係ないし。

 

その目線を感じた豊音は、あろうことか私の首に腕を回し、三人に向かって見せびらかすようにこう言った。

 

 

「シロは私のものだよー!」

 

 

 

それを聞いた三人は、今すぐ飛び出て豊音から私を引っぺがしたいが、炬燵の誘惑に負けて出ようにも出れない、そんなもどかしさを感じていた。

 

 

……はあ、このほとぼりはまだまだ冷めそうにないなあ。

 

 

 

to be continued……!

 

 

 

 




はい、続きます。書いてて楽しくなったので、続きを書きたいと思います。
相変わらず番外編は本編より長いという風潮は健在。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その4-2

リクエスト回後半です。


 

 

 

 

-------------------------------

前回の続き

 

 

「♪〜」

 

 

「……ダルッ」

 

 

「むー……!」

 

「Darn it!!」

 

「はぁ……腰……」

 

 

現在、私の部屋には妬みという妬みを抱えた悲しい女子高校生三人と私を人形のように後ろから抱えている197cmの長身であるミーハー女子高校生がいた。

豊音は三人の妬みの目線を受けても、御構い無しといった感じ鼻歌を歌い、私の首に回す手を引っ込めようとはしなかった。それどころか一層その手に強さが増していったような気もする。

それを見兼ねた塞が、場を紛らわせようと話を持ちかける。

 

 

「・・・はぁ、じゃあ飲み物用意するね」

 

そう言って、炬燵という名の神の暖房器具から塞が出る。若干その動きには炬燵という温もりから出る後ろめたさが感じられたが、それを踏み殺して一気に出た。私にはその決意を抱けはしないだろう、と内心で塞を尊敬した。そして塞は二つのビニール袋からそれぞれペットボトルを取り出し、炬燵のテーブルへと置いた。

そして次はコップを取ってくるのだと思われたが、コップのあるキッチンには行こうとはしなかった。塞が私の家に来るのは久々だが、最後に来た時からコップの位置などは変わっていないはずなので、迷うということはないはずだ。

一体全体どうしたものか、と私が思った矢先に塞が私に向かってこう言った。

 

「あーコップの位置がワカラナイナー……というわけでシロがとってきてくれないかな?」

 

ああそういう事か。私を豊音から離そうとするためだけに下手な演技をした塞を見て、何とも悲しい奴め、と思った矢先に豊音が反論する。

 

「嘘は良くないよー。シロを引き剥がそうたってそうは行かないよー!」

 

「まあそうなるよね……」

 

「サエ、ダイコンヤクシャ!」

 

それに便乗して塞の下手な演技を批判する胡桃とエイスリン。それだと結局私は豊音の元に居続けることになってしまうが良いのだろうか?

 

「そんなに酷かった!?」

 

塞が辛口な評価に驚きを隠せていないが、確かに今の演技は酷かった。漫画で見たような嘘のつき方って本当にあるんだなぁと、今改めて感じさせられた。まあ私は取り敢えず塞に持ってきてもらえるよう適当に促した。

 

 

「いいから取ってきて……」

 

 

 

-------------------------------

 

 

「よいっしょっと」

 

塞が人数分のコップを持ってきて、炬燵のテーブルにドンッと置いた。その時塞が無意識中に発した『よいしょっと』という言葉に『おばあちゃん』とツッコミかけたが怒られそうなので我慢した。胡桃の方を見ると、明らかに笑いを堪えているのが見えた。まあ常日頃『おばあちゃん』やら『御母さん』やらでからかっていた塞がこんなことを言えば仕方ないことでもあるが。

 

そして塞は避難場所へ避難するかのようにすぐさま炬燵の中に足を入れる。炬燵入り選手権という競技があれば確実に一位を取れるような鮮やかな炬燵の入り方だった。全く無駄がない洗練された動きだ。

 

 

「じゃあジュース注ぐよー」

 

 

そして豊音が私を座らせたままみんなのコップにジュースを次々と注いでいく。私を座らせながら注いでいるので豊音は前に重心を傾けなければならない。そうなれば自然的に豊音の身長に比例した長い髪が私の顔にかかり、少しもどかしさを覚えたが、不快ではない。そしてそれよりも私が気になったのが、豊音の胸が私の後頭部に思いっきり当たっていることだ。別に私は阿知賀の例の子のようにそんな偏った趣味はないが、それでも気になってしまうものは気になってしまう。

その事を豊音に伝えようとしたが、ジュースを注いでいる豊音の顔はすっごくニヤニヤしていた。その時、私は豊音の行為がわざとだということを悟った。……初めからこうするつもりで注ぐと言ったのか。他人事のように聞こえるが、恋する乙女とは実に恐ろしいものだ。

 

 

「何でニヤニヤしてるの?豊音」

 

 

そして異変に気づいた胡桃が、豊音に質問する。私に胸を押し付けることに夢中になっていた豊音はびっくりしてこぼしそうになるが、何とかこぼさなかった。

 

「な、何でもないよー!」

 

 

「トヨネ、ワラッテタ!」

 

 

そう言ってエイスリンはボードを向ける。そこには麻雀をやってた時以上の卑しい笑みを浮かべた豊音がいた。豊音は何とか誤魔化そうとしたが、実際にされている側の私からしてみれば苦しい言い訳にしか聞こえない。

 

 

「どうせシロに変なことしようと考えていたんでしょ?」

 

 

「ち、違うよー。塞、信じてよー」

 

豊音が必死に弁解する。まあ、豊音の言っていることは実際的を得ている。考えてはいない、ただもう実行しているだけだ。

 

そんなこともありながら、豊音が全員分のコップにジュースを注ぎ終えた。そして全員がそれぞれのコップを持ち、取り敢えず乾杯することにした。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「・・・ねえそろそろシロを解放してあげたら?」

 

 

「やだー!」

 

あの乾杯から結構な時間が経った。あれから私たちはボードゲームやトランプで遊んだり、インターハイについて話し合っていたり適当に駄弁ったりしていた。昼食は塞とエイスリンが私のキッチンを使って作ってくれたりして何とかなった。塞の手料理は何回か食べたことはあったが、エイスリンのは食べたことがなかったので、どこか新鮮な感じがした。味はとてもよく、下手な店よりも普通に美味かった。これが女子力というやつなのか。

因みに私は未だ豊音の上にいる。どうやら豊音は私を解放する気は無さそうだ。だが、私はそろそろお小水に行きたい。流石に我慢するのも面倒なので、豊音に頼んで解放してもらうことにした。

 

「シロー!すぐ戻ってきてねー……!」

 

豊音が大げさにトイレに行こうとする私に向かって叫ぶ。"戻ってきて"ということは私はまた豊音に拘束されることになりそうだ。……別に私は構わないが、他三人はそれを聞いたら目つきが鋭くなっている。一触即発とはまさにこのこと。

 

 

 

 

お小水を済ませた私は、そろそろおやつの時間だということで、部屋に戻る前にお菓子を調達しようと思い、戸棚を調べてから戻ることにした。

戸棚を調べていくと、何やら高そうな箱を見つけた。中を開けてみると、そこにはいかにも高級そうなチョコレートが入っていた。高級そうなので少し出そうかを憚られたが、まあすぐに見つかるところに置いてあるから大丈夫であろうという勝手な解釈の元、それを持っていくことにした。この時、私はただ高そうという観点から選んだため、ある事に気づくことはできなかった。そしてその見落としが、後に悲劇を生むことになってしまう。

 

 

 

 

 

「お待たせ……」

 

私が戻ってくるなり、豊音が豊音自身の膝をぽんぽんと叩く。どうやら今日の私の定位置は豊音の上ということで確定してしまったらしい。しかも明らかに他三人が不貞腐れている。

私は豊音の上に座ると、持ってきたチョコレートが入っている箱をテーブルに置いた。

 

「これ何?」

 

「チョコ。戸棚にあるの適当にとってきた」

 

そう言って箱を開けると、さっき見た高そうなチョコレートが私達の前に姿を現した。四人はおお、といった感じでそのチョコレートをまじまじと見る。

 

「・・・これ高そうだけどいいの?シロ」

 

「多分大丈夫」

 

「じゃあありがたく貰うよー」

 

豊音がそう言ってひょいとチョコレートをとって、それを口の中に入れる。それを食べた豊音は目を見開き、

 

「これ美味しいよー!みんなも食べるべきだよー!」

 

と嬉しそうに言う。そんなに美味しかったのならこのチョコレートもさぞかし嬉しかろう。

 

「ワタシモ、イタダキマス!」

 

エイスリンもチョコレートを口に入れる。そして幸せそうな表情を浮かべる。良かったなチョコレートよ。お前の美味しさは国境を超えたようだ。

 

「そんなに美味しいの?……じゃあ私はトイレ行ってから食べるとしますか!シロ、トイレ借りるよ」

 

「いいよ」

 

塞が立ち上がってトイレの方向へ向かう。そして豊音は胡桃にチョコレートを勧めるが、胡桃は「ジュース飲み終わったらね」と言った。……端から見れば完全に小学生にしか見えないんだよなぁ。言ったら怒鳴られそうだから言わないけど。

その間に豊音とエイスリンはバクバクとチョコレートを食べていく。私もその美味しさを楽しむべく、チョコレートを手に取って食べようとすると、あることに気づいた。エイスリンの顔がほんのり赤くなっていることに。

熱でもあるのかな?と一瞬思ったが、チラッと豊音の方を向くと、エイスリンと同じく顔を赤くしていた。

 

異変に気づいた私は慌ててチョコレートの箱、パッケージをよく見る。そこには『ウイスキーボンボン』と英語で書かれていた。

ウイスキーボンボン。実際のウイスキーとアルコール度数を比較するとウイスキーボンボンは度数はかなり低い方だが、耐性のない女子高校生を酔わせるには十分すぎた。

 

嫌な予感がする、と悟った私だったが、時既に遅し。私の体は既に豊音の腕によって完全に拘束されていた。

 

「・・・豊音、大丈夫?」

 

「らいじょーぶだよー」

 

恐る恐る豊音に聞いてみると、豊音は顔を真っ赤に染めながら呂律の回っていない声で答えた。ベロンベロンに酔っているようだ。しかも私を囲っている腕には尋常じゃないほどの力がかかっている。

 

 

「シロ!」

 

エイスリンが私の名前を呼ぶ。エイスリンの方を向こうとした時には、既にエイスリンは私に向かって抱きつこうとしていた。

私はそれを避けることもできないので、受け止めるしかなかった。二人の息からは酒の香りがする。危うく匂いだけで私も酔ってしまいそうだ。

そして胡桃もやっと二人の以上に気づいたのか、ガタッと立ち上がる。

 

「ちょ、エイちゃん!?何やってんの!?」

 

 

「Shut up デス!シロ、ワタシノモノ!」

 

 

「エイスリンさん、少しおふざけが過ぎてるよーシロは私のものらよー」

 

 

だめだ。これは収まりそうにもないな。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

その後、塞が戻ってきて胡桃とともに無理矢理エイスリンと豊音を私から引っぺがした。

・・・あのまま放置してたら今頃私はどうなっていたか想像したくもない。酔った人間とは恐ろしいものだ。

そして引っぺがした直後こそ大きな声で泣いたものの、泣き疲れたのか、すぐに寝てしまった。

流石にこのまま寝てもらっても困るので、エイスリンと豊音を別室に敷いた布団に乗せて寝かせたままにした。

結局、その日豊音とエイスリンは起きることがなかったので、私の家に泊めることにした。そして翌日、前日にあったことを二人は覚えていたのか、酔った時とは違う理由で顔を真っ赤にしてそれぞれの家に帰った。

帰ってきた親には滅茶滅茶叱られたが、まあこういうのも悪くはないであろう。流石に二人に滅茶苦茶にされそうになった時は血の気が引いたが。

 

 

まあ、何事もなかったので結果オーライだろう。未遂で終わって何よりだ。

 

 

 

 

 

 

*良い子はウイスキーボンボンは食べないでね!お酒と違って禁止されてないけど、お酒飲んでるのと同じだからアルコール検査されたら余裕で警察に捕まっちゃうよ!




次回は本編書きたいですね(希望的観測)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その5-1

リクエスト消化回です。
結構長くなりそうです……


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ふう……」

 

 

 私は一息つきながら、自分の部屋にかけてある丸時計を見る。そうして、私は大きなリュックを漁りながらメールを確認する。こうして私が何処かに行く準備をしているのは大概武者修行の旅だと思われがちなのだが、今回は違う。今回は修行ではなく、その反対。明日、私は高校生となった記念……と言っても今は夏で、三ヶ月ほど前の話なのだが、その入学記念ということで智葉に連れられて海に行くことになったのだ。

 

(……凄い人数来ることになったけど、智葉は大丈夫なのかな)

 

 もともと、最初は智葉に私だけが呼ばれたのだが、何処からか情報が漏れてしまったおかげで、私の全国各地にいる知り合いに情報が回って、私の麻雀を通しての知り合いほぼ全ての人が集まる事となった。他の人たちとの面識がないはずの爽や松実姉妹達も来ることになっているらしく、どうやら私の知らぬ間に謎のネットワークができていたようだ。

 結局、何十人も来る事となってしまった。それを電話で伝えた時智葉は微妙な声色をしていたが、ちゃんとオーケーを出すあたり流石と言えるだろう。人間的にも財力的にも。

 

(爽や霞、哩達は確か今日の段階で出発しているんだっけ……)

 

 集合場所は東京駅で、明日のお昼前くらいに集合なのだが、明日出るようじゃ間に合わない遠くにいる人達、特に北海道や九州から来る人達は今日の時点でバスを利用して出発するらしい。流石の智葉と雖も、数十人分のそれぞれの電車や飛行機の座席は用意できなかったらしい。だから彼女らは今日の段階でバスで移動する事になったのだ。勿論の事財力的な話ではなく、智葉が予約しようとした時点で既に座席が埋まっていたらしい。……それでも智葉ならなんとかできそうな気もするのだが、私の感覚が麻痺しているのだろうか。

 そんな事を思っていると、私の携帯が鳴る。メールの着信音だ。私は自分の携帯を確認すると、それは塞からのメールであり『明日の朝、ちゃんと間に合うようにしなさいよ!』という内容であった。勿論、塞も胡桃も明日共に海に行く事になっている。私はそんな塞のメールに対して、『分かってるよ』と返信する。こういうメールをくれる辺り、塞はお母さん……いや、どちらかと言うとお婆ちゃん感が途轍もない。まあこれを言ったら塞に怒られそうなので、言う気にはならないが。

 塞があそこまで念を押している理由といえば、まあ単純に明日は朝から出発するからである。いくら北海道や九州よりかは近いとはいえ、岩手から東京までも十分に距離がある。私は基本朝起きるというのは嫌なのだ。だからこそ塞は私にそう言ったのだろうが。

 

「ふう……」

 

【……一体何人集まるんだ】

 

 そしてそんな私に向かって、赤木さんはそんな事を言ってくる。正直なところ、誰が来るのかは全員分かるのだが、それが総勢何人になるのかは数えていないので分からない。一々増えるごとに智葉と確認していたのだが、余りにも増える人数が多すぎたため、人数計算は智葉に丸投げである。「だいたい二十人くらいかな?」と私は返し、とりあえず明日に備えて私は眠りについた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「ふぁ〜あ……おはよ」

 

 

「結構ギリギリだったわね……」

 

「ほら、早くする!」

 

 最寄りの駅に朝っぱらからやってきた私は既に先に来ていた塞と胡桃にそう言う。あれだけ塞に言われたものの、私が来たのは乗る予定の電車が来る2分前だった。

 

「ほら、早くしないと獅子原さん、だっけ?待たせる事になるよ!」

 

 私はこれから電車に乗って盛岡駅まで行く事になるのだが、そこの盛岡駅で北海道から来る爽と合流する事になったのだ。それを聞いた塞と胡桃は若干嫌そうな顔をしていて、大丈夫かなと思ったがこの塞の発言を見る限り、心配は無用だったのかもしれない。

 ……そのはずだったのだが、そこから数十分後、塞と合流した爽はお互いの事を睨み合っていた。

 

「幼馴染がなんだ……お団子頭!」

 

「なっ、なによ!?悪いわね!……っていうか、アンタも変な髪型でしょうが!」

 

「ぐっ……この赤髪!」

 

「だからそれもアンタもでしょうがー!」

 

 二人はまるで高校生とは思えないほど悲しい言い争いをしているが、私と胡桃は少し二人から距離をとって遠くからそれを眺めていた。……周囲の目がとても痛いのだが、あれを見るに多分気付いていないな。

 

「……どうする?シロ」

 

「うーん……メールだけ送って、私たちは先に行こうか」

 

 そう言って私は塞と爽の二人に先に行って待ってるというメールを残して、胡桃と共に先に行こうとしたが、メールを受け取った塞と爽はメールを見ると真っ先に私と胡桃のところへ来た。

 

 

「全く……抜け駆けはズルいぞ?」

 

「胡桃も随分と積極的になってきたわね……」

 

 

(あ……これ凄いダルいやつだ)

 

 この二人の状況を見るに、これは胡桃も混ざってもっとややこしくなりそうな気がした私は、胡桃に「……肩車、してあげるから落ちないように気をつけて」と言った。胡桃はびっくりしながら「子供扱いしない!」と言うが、いち早く現状をどうにかしないとと思った私は胡桃に有無を言わさずに肩に担ぐ。そうして、塞と爽の事を強引に抱え、ダッシュで新幹線のホームへと移動した。

 

「ちょ……これ……///」

 

「シ、シロー!?」

 

 爽と塞から何か言われるが、私は気にせずダッシュする。そうして新幹線のホームまで来た私は、二人を離して、胡桃を肩から下ろした。

 

「はあ……はあ……」

 

 いくら皆が軽いからといって、三人を担いだり抱えたりしてダッシュするのは相当きつい。行く前から既に疲れきった私は、新幹線の中で爆睡した。

 ……因みに、下ろしてからの二人は顔を赤くしてはいたが啀み合う事もなく、平和が訪れていた。まあ私は寝てしまっていたわけだけれども。……これは先が思いやられそうだ。

 




次回も恐らくこの続きです。
どうでもいい話ですけど、今日、パワプロ(相当前の)をやったのですが、やっていて無性にパワポケの方をやりたくなってきました。
確かもう完結したんでしたっけアレ。

まあハードがDSより前のやつはやったこと無いんですけどね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その5-2

リクエスト回です。
残念だけど豊音と末原さんは不参加だよー


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「お、シロちゃん達が来たでー!」

 

 

「騒ぐなや、愛宕」

 

 

 東京駅に到着した私と胡桃と塞と爽を最初に出迎えてきてくれたのは洋榎とセーラであった。二人で待っていてくれたのだろうが、私はそれに対して少々の疑問を抱いていた。単純に言うと、二人の仲はあまり良いとは言えない、むしろ悪い仲であった。高校に入って大阪の一、二を争う名門校に入ったからか、二人はライバルという事もあって高校に入ってからよく二人から互いの愚痴をメールで聞かされている。少し前から二人は知り合っていたらしいが、その時はどんな関係であったのか非常に気になるが、聞かないでおいている。

 そんな二人が大人数だけならまだしも、二人だけでいるという光景が違和感しか感じなかった。もしかすると、二人は互いにああ言ってはいるものの、嫌も嫌も好きのうちという事なのだろうか。

 

 

「シロちゃん達はあっちの方向に辻垣内がいるさかい、そっちに向かいー」

 

「分かった。洋榎とセーラは?」

 

「ウチらはここで皆が来るかどうかを確認する係なんや。ジャンケンで負けてな……まあ、別にええんやけどな!……セーラがおらへんかったら」

 

「はあ……ジャンケンで負けたとはいえ、なんでオレがこんなんと一緒で待たなあかんねん」

 

 十数秒前の私の疑問が直ぐに解かれ、ああ成る程と妙に納得してしまったが、取り敢えず私は智葉のところへと行こうとすると、塞からにっこりとした笑顔で私に向かってこう言った。

 

「この獅子原さんといい、あの関西弁の子といい……随分と顔が広いようじゃない?シロ?」

 

「……シロの誑し!」

 

 笑顔ではあるが目は笑っていない塞に戸惑い、更に胡桃に横からそんな事を言われて反応に困っている私は、爽に助けを求めようとしたが、「まあ仕方ないだろ。……だいたい予想ついてたし」と言われ、完全に孤立無援状態であったが、何とか智葉達のところへとたどり着き、難を逃れたと思っていた。が、

 

 

「中坊が出しゃばるもんちゃうで!」

 

「うるさか!私かて、シロさんに対しての愛情は本物ばい!」

 

 

「まあまあ、怜……」

 

「ちょ、落ち着け!姫子!」

 

「どうしたらええんやコレ……」

 

 

 実際問題、そこも結構悲惨な状況であった。怜と姫子が啀み合っており、それを止める竜華と哩。そしてそれを戸惑いながら見ている絹恵と智葉といった、非常にダルい状況であった。智葉が頭を抱えながらもこちらを見つけると、「やっときたか……」といってため息をつく。私ら来る前までに、すでに疲弊しきっていた事が伺える。

 

「あ、シロさん!怜をどうにかしてや!」

 

 そんな智葉を憐れんでいると、竜華が此方に向かって助けを呼ぶ。私としてはすごく関わりたくないのだが。とはいえ、背後にはとてつもないオーラを放っている塞と胡桃がいる。しかも、「また増えたのか」という声の圧力を背後からかけてきている。前も地獄、背後も地獄。どちらに行ってもダルそうな未来しか見えないジレンマを抱えながらも、取り敢えず私は竜華達の元へ行く。

 

「イケメンさん。ちょいとばかし待っててな。この中坊に真の愛情というものを教えてやるんや」

 

「シロさん!この関西人ば倒し、部長と共に愛情ば育むばい!」

 

 しかし、私が行ったところで現状が良くなるわけでもなく、むしろそればかりかもっと悪くなっているようにも思える。竜華はどうしたらいいんだと困り果てているし、哩に至っては顔を赤くして「姫子……少し恥ずかしか」といってどこか満更でもなさそうな表情をしていた。こりゃあ収拾がつかないなあと思っていると、遠くの方から巫女服を着た五人組がやってきた。東京駅での巫女服集団という事で、かなり目立っている五人組が私達のところへとやってきた。

 

「あらあら。ごきげんよう」

 

「お前か……いつぞやの電話のやつは」

 

 やってきて挨拶を言った霞に対して、智葉がそんな事を霞に向かって言う。そういえば、私が過去鹿児島に行った時霞が智葉と電話で話していたが、一体何を話していたのだろう。その謎が深まった瞬間であった。

 

「シロさんを困らせてはいけませんですよー!」

 

「なんや、露出狂が騒いどるで。中坊」

 

「ええ。全く、とんだ変態とですよ」

 

「えらく二人の仲が良くなったですよー!?」

 

 二人の喧嘩を仲裁しようとした初美が、怜と姫子にすっぱり切られて撃沈する。初美が言っていた通り、この二人、急に仲が良くなったように見える。それと同時に露出狂や変態呼ばわりされた初美に同乗する。まあ、そんな格好をしているから言われるのであって自業自得としか言えないのだが。

 しかし、私もあそこまで露出が多くはなかったものの、巫女服を着た事があるし、罰ゲームで怜に無理やり着させられたとはいえ、背中がぱっくり見えているセーターを着た事はあるので、もしかしたら私も変態、露出狂と言われてしまうのか……?いや、それはないな。ないと信じる。

 

「まあ……これで後は長野のあいつと、奈良のやつら。そして……宮永照か」

 

 智葉が手帳を開きながらそんな事を呟く。照はそういえば重度の方向音痴だが、この広い東京駅で無事に指定の場所に来られるのだろうか。……多分無理かなと思いながらも、流石に東京駅全てを回り歩いて探す事もできず、奇跡的に到着してくれる事を祈るしかなかった。

 

 

「あ……照」

 

 そんな事を考えていると、照が少し遠くでオロオロしているのを見つけた。あれを見るに、やはり迷っていたようだ。私は照の腕を掴んで皆のいる方向に引っ張っていく。

 

「白望さん……ありがとう」

 

 そうして無事に合流できた照であったが、照からのお礼よりも私は周りからの視線がとても気になって仕方なかった。何を怒っているのか、何が気になっているのかは分からないが、とにかくこれはダルくなりそうだと思っていると、久がやってきた。しかし、久は登場と共に大変な爆弾を炸裂させてきた。

 

「会いたかったわよー!」

 

「ちょ……久」

 

 いきなり久は私へと飛びかかり、思いっきり抱きしめられる。これはヤバいと内心思った時には既に遅く、絹恵が久の首根っこを掴むと、「悪い子はお仕置きやでー」と言って待ち構える怜を始めとした数人が久の事をずるずると引きずっていった。

 そうして数分後、セーラと洋榎の仲が良いんだか悪いんだか分からないコンビと共にやえ、憧、穏乃、松実姉妹の奈良組がやってきて、これで全員が揃った。

 

(海から行くまでで既にダルいってどういう事……)

 

 そうしていざ海に出発となったが、行く時点で既に疲れ切っている。海ではこれ以上にダルくなるのだろうか。後々が思いやられるような幕開けであった。




次回でリクエスト回は終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮守の神域 リクエスト その5-3

リクエスト回です。
あんまり上手く纏めれなかったです……


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「これで全員揃ったか?」

 

 

 智葉が皆を統括して、東京駅から海に向かって出発する。移動する方法は車であり、智葉の家の所の超高級車が二台、近くに止まってあった。車に乗るとき、一部の人たちがどっちの車に乗るかで途轍もなく争っていたが、智葉から指示を下された黒服達によって争っていた人たちは全員仲良く後ろの車に乗せられていた。

 

「よっしゃー!行くでー!」

 

「うるっさいわホンマ……竜華も何かいってやり!」

 

「まあまあ、元気そうでええんちゃう?」

 

 

 私が乗っている車は普通の車よりも格段に広く、座席も運転席と助手席を除いても四列構成となっており、智葉曰くこれでも最大級ではないらしいから恐ろしい話だ。

 一番後ろには洋榎とセーラと竜華の、怜を除く大阪トリオが座っていた。もちろん前の時点で争っていた怜はさっきも姫子と言い争いになっており、黒服によって後ろの車に乗せられていた。

 

「争わない甲斐があった……役得。黒糖食べる?」

 

「ん、嬉しか。ありがとな」

 

「……」

 

 そして二列目には春と哩、そして寝ている小薪の九州組が座っていた。そういえば、春はよく黒糖を食べていると聞くが、果たしてそんなに美味しいものなのだろうか。気になりはするのだが、結局食べた事が無かったので、あとで分けて貰おうかな。

 小薪はやはりと言ったらアレだが、ぐっすりと寝ている。騒いでいた人は後ろの車に乗せられていたとはいえ、十分騒がしいこの車内でよく眠る事ができるものだ。流石の私であってもこの状況で寝る事は不可能であろう。寝たいというのに。

 

「あーあ、憧……大丈夫かな」

 

「憧ちゃんなら大丈夫じゃない?それにしても……神代さんと霞さん、でしたっけ……とても素晴らしいおもちでした……」

 

「うう……やっぱり海はあったかくはないよね……」

 

「私も、海より山が良かったなあー」

 

 

 そして三列目。私から見てちょうど後ろの座席に座っているのは穏乃と松実姉妹の阿知賀組。憧はどういうわけかは知らないが、後ろの車に乗せられたようだ。穏乃はああ言っているが、別にいつも山に行ってるから今日くらいいいだろうに……まあ、何方にせよ海でもはしゃぐ姿が容易に想像できるのだが。

 

 

「やっとあのうるさい人たちから解放されたわけね……」

 

「塞も十分口うるさいよ?」

 

「その言い方は酷くない!?」

 

 

 そして運転席と助手席を除いた場合最前列となる席に座っているのは私と塞と胡桃。今までで呼ばれなかった人たちは全員後ろの車に乗せられている。まあ、ぶっちゃけ隔離に近いようなものなのだが、気にしないでおこう。とにかく私は疲れすぎた。

 

「……あんまり騒ぐなよ」

 

 運転席には黒服が座っており、華麗なハンドルさばきを見せる。そして助手席に座っているのは智葉。智葉は私たちの方を見てそう言い、ため息をひとつつくと、視線を前へと戻した。

 

 

 

 

「ちょっと、シロ。今寝てどうするの」

 

「うーん……だって」

 

 そして車で移動すること十数分。私はさっき小薪によく寝れるなと言ったが、実は私も半分寝そうになっていた。私は目を擦りながらも、なんとか起きようと目をこじ開ける。多分、このまま寝たらもう起きれない予感がしたからだ。それほど私の体は疲弊していた。

 

(ね……眠い……!)

 

 皆が海を心待ちにしている中、私は睡魔と闘いながら海へと向かうこととなった。そして睡魔と格闘すること更に十数分。とうとう海へと到着した。海へと辿り着いた私は、眼前に広がる海を見ていると不思議と眠気が薄れてきた。私は海を見ながら思いを馳せていると、後からついてきたもう一台の車が到着した。私はいつになくリフレッシュした表情で二台目の車から降りてくる人たちを見たが、降りてくる皆はいずれも表情が死んでいた。挙句、私を見つけるやいなや直様私に飛びついてきた。

 

「分かったから……取り敢えず水着に着替えさせて」

 

 私は皆にそう言って更衣室へと向かおうとしたが、その一言が余計に皆のスイッチを押してしまったのか、皆はぞろぞろと私の後をついてきていた。私はため息をつきながら、「……一人で着替えれる」と言って断った。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「シロさんー!行きますよー」

 

 水着姿となった私がまず最初にやったことはビーチバレーであった。ビーチバレーをしているのは私と絹恵と霞と竜華と玄と爽の六人で、他の皆は海で泳いだり、ビーチバレーをする私たちの事を見ていたりなど、各々の楽しみ方で楽しんでいた。

 

「……よっと」

 

 私は絹恵からのスパイクを跳ね返し、上へと打ち上げる。バドミントンの才能があった私は、ビーチバレーもなかなかできるようだ。とはいっても、そんな本気でやってるわけではないため、白熱しているわけではないが。まあ、これもこれで楽しいものだ。

 

「白望さん?」

 

「シロちゃん!」

 

 

「ん……?」

 

 そして、私がビーチバレーで遊んでいると、久と洋榎とから声をかけられた。

 

「どうしたの……」

 

「いやあ、せっかく海に来たんやから、泳がなあかんやろ?」

 

 そう言って洋榎は海の方を指差す。既に海では遠くの方でセーラと初美、そして意外にも憧が猛烈な速度で泳いでおり、少し浅瀬のところでは胡桃や塞、小薪、小薪を見守る春と巴が海で遊んでいた。

 

「確かにそうだけど……洋榎はビーチバレー、やんないの?」

 

「いや……ウチ、っちゅうかウチらは参加する資格はあらへん……」

 

「?」

 

 私が疑問に思っていると、久が少し肩を震わせながら「色々とサイズが……ねえ」と言って目線を逸らしていた。それに続くようにして「獅子原……だったっけ。アイツ、相当なツワモノやで……」と洋榎は言う。が、そう言われても未だに分からないのだが、まあ触れないでおこう。

 

「ちょいまち、お姉ちゃん。今シロさんはビーチバレーやってるんやけど」

 

「そうよ。途中で無理やり引き抜くのは褒められたことじゃないわね……」

 

 すると私たちの会話を聞きつけてきたのか、ボールを持った絹恵と、霞がやってきた。まあ、実際私がやっていたのはビーチバレーのため、理に適っているのは絹恵側なのだが。

 

「!」

 

 そんなことを考えていると、私と絹恵の間を割るようにして木刀が振り下ろされる。私たちは木刀を振り落とした張本人を見ると、そこには木刀を持って尚且つスイカを片手で持っていた智葉が立っていた。智葉の後ろには、スイカを見てはしゃいでいる穏乃とやえ、哩と姫子がいた。そして目を凝らして少し遠くのところを見ると、テントの中には怜と照、海だというのに相変わらず厚着の宥がおり、三人はそこで寛ぎながらも私に向かって視線を送っていた。

 

「ええい、貴様ら。スイカ無しにするぞ」

 

 最初に口火を切ったのは智葉。脅しなのかなんなのかもはや分からない言葉を放つと、それを皮切りに口論が始まり、私は文字通り皆に引っ張られながら口論のど真ん中で皆の意見を聞かされていた。あーでもない、こーでもない。そんな無意味に思えてくる口論は次第に大きくなり、遠くにいた人たちも来てしまい、これはそろそろマズイぞ、と思った私は皆の一瞬の隙をついて集団の中から抜け出した。

 

 

「あっ!シロ!」

 

 もはや誰が言ったのかすらわからないが、名前を呼ばれた私は全速力で皆から逃げ出した。そして後ろを振り返ると私を追ってくる皆。不毛な鬼ごっこが始まってしまったが、捕まるよりかは百倍マシ。あんな口論聞かされてもみくちゃにされるなど、考えただけでダルい。ダルすぎる。

 

(……もっとこういうのってロマンチックな展開じゃないのかなあ。普通……)

 

 別にロマンチストでも、そういう願望があるわけでもないが、こんな状況で砂浜を走るのは、もういいかなあと思いながらも、全力で逃げる私であった。

 ……無論、数分と経たぬ内に皆に捕まってしまったのだが。そして帰ってくる頃の私は、それは死んだ魚のような目をしていたという。




次回は本編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス企画 シロ×赤木しげる

クリスマスアンケート企画です。
ここだけの話、私はアンケートを行う前に『面白そうだから赤木も入れてみよう。まあ、赤木はないだろうな……』などと思って赤木を候補に入れました。
そしたらどうですか、まさかの赤木が当選するじゃないですか……

予想だにしていなかったので、シロ×赤木というよりはクリスマスの日常になっている気もしますが……
まあ、仕方ないよね。赤木とシロは師弟関係だから、カップリングになるわけがないよね。

・・・まさかのまさかですよね……私的には、今回のアンケートは結構衝撃的なアンケートでした。


 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ふぁ〜あ……おはよ」

 

12月25日。寒さも厳しい冬の真っ只中ではあるが、世の中はクリスマスとやらで大いに賑わっている。しかし、日本人で賑わっているのはキリスト教を信仰していない者が大多数を占めている。無宗教国家の日本だが、そういう事には積極的に参加するあたり、日本らしいといえば日本らしいのだが。

まあ、宗教の話はどうでもいいだろう。今日という日は、彼女や彼氏がいる者とそうでない者との格差を改めて知る事となる1日となっており、1年の中でこれだけ日本という国が光と闇に分かれる日もそうそうないであろう。強いて言うならバレンタインデーやホワイトデーとかもそういう世間の光と闇を垣間見ることができるが、クリスマスの方が凄い、と私は思う。

 

そういう事で日本中がクリスマスというイベントに影響されているわけだが、私が起きたのは昼過ぎであった。もうクリスマスが半分も終わってしまっている事になる。……いや、クリスマスというのは夜が始まってからが本番と巷では言われているらしいのだが、時間という観点から見れば、半分と言っても過言ではないだろう。

折角のクリスマスなのに、という人もいるかもしれない。が、生憎私は昨日……つまりクリスマスイヴでもうクリスマス気分は十分味わってきた。それは嫌というほどに。

昨日は智葉の家……つまり東京まで行ってきて、クリスマスパーティーを行ってきたのだ。当初智葉は私だけ呼ぶ予定だったらしいのだが、うっかり私が塞や胡桃に話してしまったため、そこから情報が流通し、結局私の全国各地にいる同級生の知り合い全員が智葉の家へお呼ばれする事となった。私はそのパーティーで引っ張りだこ、皆にもみくちゃにされた。そしてその度に皆のお互いを見る目に明らかな嫉妬、羨望、優越、敵対などの色んな人間の醜い感情が含まれていた。

そして時間が経過すればするほど皆の気持ちがパーティー気分によって高揚し、収拾がつかなくなるまで大いに騒いだ。そのおかげで家に帰ってくるなりすぐさまベッドに横たわり、死んだようにそのまま寝た。

そして現在に至る。昨日あれだけ騒いだのだから、今日はもういいだろう。昨日で今年のクリスマスは堪能し尽くした。故に、今日の予定は何もいれていない。昨日パーティーに来た人の殆どに明日空いている?というようなお誘いを受けたが、私はスッパリとお断りした。断った時のあの罪悪感はとても心に来る部分があったが、昨日に引き続き今日も疲れるとなると流石に辛いところがある。 仕方ないけど断らさせてもらった。

というわけで今日は全く予定はなく、家でまったりと過ごす予定だ。流石に断ったのに家まで来る猛者はいないだろうから、静かな1日になるであろう。

そして私の親は今日も働いている。これが俗に言う社畜、というやつなのであろう。故に今家にいるのは私と赤木さんのみだ。

 

【やっと起きたか……】

 

昼になって漸く起きた私に向かって赤木さんが呆れたような声で言う。私はムッとした表情で、

 

「・・・別に休みなんだからいいでしょ……ああ、身体中がダルい……」

 

と言い、ボサボサになっている髪を整えるべく洗面所へ行く。そこで、顔を洗って抜けきっていない眠気を落とし、髪を整えると自分の部屋にある炬燵の電源を入れ、入れたばかりでまだ温まってもいない炬燵の中へ入る。そしてすぐさま炬燵の机へ倒れかかる。次第に下半身が暖かくなっていき、さっき顔を洗った際に落としてきた眠気が私の身体に再び戻ってきた。

そんなウトウトしかけていた私を眠気から解き放つかのように赤木さんが私に向かって話しかけてくる。

 

【炬燵の中で寝ると風邪をひくらしいぜ?】

 

その声にハッとした私は眠気を強引に振り払うべく、何か別の事をして眠気を誤魔化そうとする事にした。

何か別の事、と言っても私と赤木さんしかいないこの状況でする事と言ったらもう麻雀しかないだろう。

私は炬燵の温もりからスッと脱出する。迷いが生じてしまっては遅い。思い立ったが吉日とやらだ。

部屋の押し入れから麻雀セットを取り出し、赤木さんの石を反対側に置いて、二人麻雀を始める。ルールは全ての牌を使って、鳴きなしだけど、それ以外は実戦と殆ど同じ感じの簡易的麻雀だ。

もちろん、赤木さんはツモや打牌ができないため、私が代わりにやるしかない。打牌も赤木さんが指示した牌をわざわざ私が捨てている。赤木さんと一緒に麻雀を打ち始めた最初こそめんどくさがっていたが、やっていくうちにもう慣れてしまった。

 

そんな感じで二人麻雀を始めて数分が経ち、ふと私が思った事を赤木さんに聞く。

 

「赤木さんってさ……」

 

【どうした?】

 

「赤木さんが生きていた時ってクリスマスの時何してたの?……」

 

それを聞いた赤木さんはクククと笑い、私の質問に答える。

 

【お前……俺が恋人を連れてどこかへ出かけるような人間に見えるのか?……おっと、リーチだ。右から二番目の牌を捨ててくれ】

 

「・・・野暮な質問だったね。……よっと」

 

 

まあ聞くだけ無駄な質問だったが、赤木さんらしくて安心した。私は山から牌をツモり、打牌する。この時も赤木さんからは目の前にある手牌によって何を捨てたか見えないため、私が発声しなければならない。

だが、私が捨てようとした時、今度は赤木さんが私に質問してきた。

 

【・・・お前はまだ誰にするか決めてないのか?相手」

 

「そう簡単に決める事なんてできないよ。誰か一人を選ぶなんて……皆大切な人なんだからさ。……七萬」

 

私が質問に答えながら打牌すると、またもや赤木さんはクククと笑う。そんな笑われるような事言ったっけか。と疑問に思ったがすぐにその疑問は解消された。

 

【残念、それだ。ロン。リーチ一発一通ドラ3。……裏ドラを見てくれないか?裏が一つでも乗れば倍満だ】

 

「うぇっ……!?ダル……」

 

どうやら私が切った牌が赤木さんに当たってしまったらしい。予想だにしていなかったので、慌てて赤木さんの手牌を倒すが、見事に単騎の{七}待ち。直前に切った牌を使っていれば平和もついた理想的両面待ち。それを捨ててわざわざ私を狙いに来ていた。完全に油断していたところを狙われた。単純に悔しい。

私が裏ドラを開くと、そこには{六}があった。完璧に場を掌握されている。

私は溜息をついて、赤木さんに裏ドラが二つ乗った事を伝える。

 

「裏ドラは七萬。……はぁ、はい、16,000」

 

私が16,000点分の点棒を赤木さんの点棒入れの部分に入れる。一時の油断が原因で16,000点も失ってしまった。

 

【フフ……まだまだ甘いな】

 

赤木さんは笑いを堪えながら私に向かって言う。油断していた私が悪いのだが、無性に腹がたつ。クソッ。

そのあとも仕返しとして赤木さんから直撃を奪いに躍起になったが、そんな心構えで赤木さんから直撃を奪えるわけがなく、あっさりと返り討ちとなった。これ以上やっても赤木さんに踊らされるだけだと感じた私は切り上げようとも思ったが、赤木さんの安い挑発にまんまと乗せられた私はそのあともたっぷりと点棒を搾り取られた。

そして結局その二人麻雀は、親が帰ってくるちょっと前まで続き、それまでずっと赤木さんの和了宣言を聞き続ける羽目になった。

やっと赤木さんとの二人麻雀という名の地獄が終わり、自分のベッドに倒れて親の帰りまで寝ようかと思ったが、そこで赤木さんからの一言。

 

【・・・そういえば麻雀を打っている間、携帯電話が鳴りっぱなしだったが返信しなくていいのか?】

 

そう言われ慌てて携帯電話を取り出し、携帯電話、いわゆるガラケーを開くなり鳴る通知音。届いたメールの数を数えると、その数なんと30通。まさかこの半日だけで30通も来るとは……しかも、学校のクラスメートなどの同級生だけでなく、昨日クリスマスパーティーで断った人達からもメールが来ていた。メールの中身をみるとその内容は揃いも揃って『誰かシロを襲いに来ていないか、誰にも何もされていないか』というもの。何故私は襲われている前提なのかが分からない。そんなに私は人に恨みを持たれるような事はしていないはずなのだが……

 

結局、返信と称した安全報告を一人一人にしている内に親は帰宅し、その後すぐに夕食となったため睡眠をとる事はできなかった。

そしてそんな私に赤木さんがふと呟いた事が私の中でとても印象に残った。

 

【・・・やっぱりお前は誰も決めない方がいいのかもしれないな……】

 

 

 

今年のクリスマスはいつにも増して疲れたクリスマスだった……まあ、その分楽しかったので良かったと思う……はずだ。




次回は本編。
次のアンケートからは赤木を除外してのアンケートですね。
まあそんなアンケートするよりもはよリクエスト消化して第2回目のリクエストやれという言葉が聞こえてきそうな気が……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタインデー企画 シロ×宮永照&姉帯豊音 前編

バレンタインデー前編です。
前後編となりました。すみません。
今回は照!


-------------------------------

視点:宮永照

 

 

(バレンタインデー……か)

 

二月の中旬にさしかかろうとしているのにも関わらず相変わらずの寒さを誇り、これは春は遠いなあと感じる休日の昼間、私は部屋でお菓子を食べながら窓の向こうに展開する景色をただボーっと眺めていた。世間は俗に言うバレンタインデー一色の雰囲気を醸し出しており、かくいう私もバレンタインデーには色々お世話になっている。なぜなら私がどんなにお菓子を食べても、友達から貰った友チョコであるという大義名分があるからだ。まあ、そうでなくとも普段からよく食べているのだが、そこは気分的な問題だ。

しかし、そんな私にとって夢のような一日がもう迫っているというのにも関わらず、私の気分はあまり晴れない。

まず、今回のバレンタインデーは例年とはわけが違う。私が初めてチョコレートを渡される側ではなく渡す側になりたいと思った人がいるのだ。まあ、その人物は言わずもがな白望さんのことであるのだが。それなのに何故憂鬱になっているかというと、東京都と岩手県という絶望的な距離の話もあるのだが、俗に言う彼女は誑しである。しかも、天然な方のだ。全国大会で会った時の時点で既に彼女に好意を抱いている人は多かった。そんな彼女がバレンタインデーの日に誰にもチョコレートを貰わないということもないだろう。それどころか当日は彼女にチョコレートを渡す人で大勢だろう。もしかしたら私のように県外から来る人たちもいるかもしれない。

そんな状況で、果たして私のチョコレートが彼女の心に届くのだろうか。そう考えれば考えるほど、どんどん気持ちが沈んでいく。

しかし、このままバレンタインデーまでなにもしないわけにもいかない。例え彼女に届かないとしても、やってみるだけの価値はある。俗に言う当たって砕けろというやつだ。

 

(・・・作らなきゃ)

 

そう考えると、自然と私は立ち上がっていた。お菓子が食べかけであるにも関わらず、私の体は既にキッチンにいた。材料と器具を取り出して、エプロンを装着して、チョコレート作りへと挑んだ。

 

 

-------------------------------

視点:姉帯豊音

 

 

(バレンタインデーか……ちょー楽しみだよー)

 

私は、部屋の中でカレンダーを確認しながらうずうずしていた。子供が極端に少ないこの村で、私はいわゆる友チョコというやつをしたことは一回もない。年上や年下からは貰ったことはあるものの、やはり同年代での友チョコ交換というのには強い憧れがあった。しかし、今までにその憧れが叶うことはなかった。

だが、今年は違う。去年に私の住む村の近くの山で出会ったシロという存在がいる。私がチョコレートを渡すということは、彼女にはまだ知らせていない。完全なるサプライズだ。因みに、もう渡すチョコレートは作って冷蔵庫にて保管されている。何故そんなにも早く作ったのかというと、恥ずかしい話だがバレンタインデーが待ちきれなかったというのが理由だ。

 

(シロ……喜んでくれるかなー)

 

私はカレンダーの二月十四日を囲むかのように記されている赤丸を見ながら、そんなことを思う。あと数日のことではあるが、私にとっては永遠のように長い数日となりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

バレンタインデー当日

視点:宮永照

 

 

 

 

(しまった……出遅れた)

 

 

バレンタインデー当日、決戦の日。そんな日に、私は全速力で岩手の地を走っていた。何故かというと、完全に遅刻(?)してしまったのである。

私は新幹線で東京から岩手県まできて、そこから電車で彼女の通う中学校に一番近い駅までやってきた。そこまではよかった。彼女が通う学校は既に白望さんから聞いていたので、そこに一番近い駅も予め調べておいたのだ。駅に着いた時も、順調に行けば確実に白望さんの下校時間にちょうど間に合う手筈であった。

問題だったのは、私が駅からその学校までのルートが分からないという点だった。ルートを確認してなかったことに気付いたときも、何故か私は何処にあるもかもわからないのにあっちへこっちへと足を進めてしまったのだ。当然、運良く見つかるなんてこともなく私は来た道を戻り、近くにいる人に聞いてやっとルートを理解できたのだ。

 

そういうわけで私は今走っている。私の持てる全ての力を振り絞って。あのまま歩いていたら、確実に白望さんの下校に間に合わない。いや、走っている今も間に合うかどうかギリギリなのだが。

 

「ハァ……ハァ……ここ何処……?」

 

だが、そこで私の足が止まる。おかしい。いつまで経っても学校につかないのだ。一体どういうことかとあたりを見回すが、今私がいるところは全く知らない場所であった。取り敢えず引き返そうと振り返るが、私が何処からどうやってここに来たのかも分からず、完全に迷子になってしまった。

 

「・・・どうしよう」

 

事態が深刻であることに気づいた私が最初に思ったことは、迷子になったどうしようということよりも、白望さんにチョコレートを渡せないという焦りであった。

渡せない。この焦りがどんどん私の余裕を奪っていく。気づいた時には、既に軽いパニック状態に陥っていた。

そんなパニック状態によって心の堤防が決壊したのか、自然と涙が零れ落ちる。どうしたらいいのかも分からず、途方に暮れていた。

 

 

「・・・照?」

 

 

だが、そんな私の後ろから声がした。振り返ってみると、そこには制服を着ていた白望さんが立っていた。彼女は少し小さめのリアカーを引いており、良く見るとそのリアカーには大量のチョコレートが包装紙に包まれている状態で、山のように積まれていた。

 

「し……白望さん?どうしてここに……」

 

思わず、これが現実のことどうかを疑ってしまう。そりゃあそうだ。ここが何処かも分からない場所だというのに、どうして白望さんはここまで来れたのか。その疑問を白望さんに言うと、白望さんは首を傾げながら私に向かってこう言った。

 

「どうしてって……あれが私の家だからなんだけど……」

 

白望さんはそういって私の隣にある家に向かって指差す。なるほど、そういうことか。つまり私は無意識中に白望さんの家の近くまで来ていたというのか。それを聞いて、今起こっているのが現実のことであるということをしっかりと理解する。いや、ちょっと待て。これが現実だということは、つまり今私は白望さんと二人きりということだ。あれだけ他のライバルもいることが懸念であると思っていたのに、まさかこんな僥倖に巡り合うとは思いもしなかった。

 

「あ、あの……白望さん、これ……」

 

息を深く吐いて、私は持ってきたチョコレートを白望さんに向かって渡そうと差し出す。白望さんはほんの少しだけ微笑み、私のチョコレートを受け取った。

 

「ありがとうね。照……」

 

彼女はそう言って私が渡したチョコレートをまじまじと見つめる。一体どうしたものか、と疑問に思ったその瞬間彼女は私に向かってこう言った。

 

「食べていい?」

 

「えっ……」

 

突然そんなことを言われて私は少し返答に困ったが、ゆっくりと頷くと、彼女は包装紙を取り外し、私が作った手作りチョコレートを一口食べた。私が作ったものだが、味見してなかったため味に保証はない。故に美味しくあってくれと願ったが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 

「美味しい……」

 

そう言って彼女は残りのチョコレートを食べ始める。彼女がそう言ってくれて力が抜けたのか、急に脱力感と疲労感が私を襲った。ふと我に帰ると、彼女は既に私の手作りチョコレートを食べ終わっており、私に頭を下げてこう言う。

 

「ごちそうさまでした」

 

「ど、どういたしまして……」

 

そう言われ、私は顔を隠す。自分の顔が仄かに赤くなっているのが自分でもわかる。

 

「どうしたの、照……?」

 

そんな私を疑問に思ったのか、白望さんは私に急接近してきた。それによって私の顔は急激に赤みを増す。そうして私は耐えきれなくなり、私は思いっきり走り出した。

 

「てっ、照?」

 

私を呼ぶ声が聞こえてきたが、何も聞かないことにした。思いっきり……思いっきり走って、気がつけば私は駅に着いていた。

 

(白望さん……ごめん)

 

私は置いていった白望さんに向かって謝罪しながら、私は依然顔を赤くしながら電車へ乗って、東京へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 




明日は豊音!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタインデー企画 シロ×宮永照&姉帯豊音 後編

後編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(行っちゃった……)

 

 

 急に走り出した照を呆然と見送りながら、私は何か照に変なことしたかな?とさっきのやりとりを思い返していた。しかし、結局思い当たる節もなく、私はリアカーを目の前にある家に入れようとした。

 

(あれ……そういえば照ってここが何処だか分からないはずだったような……)

 

だが、そうしようとした時一抹の不安が私の中で浮かび上がる。照は私を見つけて「どうしてここに」と言っていた。ということは、彼女はここが何処だか分からないという事だ。それが指し示すものは、照はさっきのさっきまで迷子ということだ。それなのにも関わらず、照は脇目も振らず走り去って行ったが……ちゃんと無事に駅に帰れるであろうか。そういう不安が頭の中を駆け巡るが、もう照が何処に行ったのかすら分からないので、無事に駅に行けますように、と祈ってからリアカーを家の敷地内へ入れた。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「よっこらせ……」

 

家に帰ってきた私がまず行ったのは、リアカーに積んである大量のチョコレートを家の中に入れることである。大量にあるので当然ながら冷蔵庫に収まるはずが無く、食べ切るにしても流石に一日で食べれるものでもないので、こういうこともあろうかと私は保冷剤を敷き詰めた箱を何個か用意していたのである。無論永久に保管できるわけではないので、私は今日よりチョコレートを沢山食べなくてはならない。

 

【凄い量だな……】

 

あの赤木さんでさえも思わず驚いてしまうほどの量、いや驚くというか若干呆れているのかもしれないが、凄まじい量だというのは間違いない。

甘いものばっかりで辛いなあ……とは思わない。いや、思わなくなってしまったといった方が正しいか。もう毎年の事であるので、正直慣れてしまった。

 

「まあ……毎年こんな感じだし……」

 

そうしてどんどん箱にチョコレートを詰めていく。因みにお返しは、違うクラスからの知らない人からも渡されるので、基本的に仲が良い人にしか返さないつもりだ。もし仮に渡された分全部返すとなれば、手作りにしろ売っているものにしろ、膨大な費用が必要になってしまうからだ。貰うだけというのは些か罪悪感を感じるが、致し方ないことだろう。

なんてことを自分に言い聞かせながらチョコレートを箱に入れて保管していると、突然携帯が鳴りだした。

 

 

-------------------------------

15:56

From:姉帯豊音

件名:こんにちはだよー

 

突然だけど今から私と会ってくれるかなー?

 

 

 

-------------------------------

 

メールを開いてみると、それは豊音からのメールであった。思わず「いいともー!」みたいに返しそうになりそうな聞き方だが、ひとまずそれは置いといて、今から会える……か。まあ別に特別やらなくてはならないこともないし、というかどちらかというと暇な方であったので、私は取りあえず「いいよ、私が豊音の家まで行こうか?」とメールを送った。そうして携帯電話を置いて、防寒着や手袋、マフラーなどを取り出して外に出掛ける準備をする。そしてそれらをいつでも着れるように近くに置いていると、ちょうど携帯電話が鳴りだした。メールを確認すると、豊音から「いいのー?」というメールが送られてきていた。対する私は「うん、今から行くね。多分一時間くらいかかると思う」と返信し、防寒着を装着して家から出た。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(はあ……そういえば忘れてたなあ)

 

そうして私が豊音の家を目指すこと30分。私はバスに乗ってそこから豊音の村がある山にたどり着いた。

いやしかし、まだ豊音の村に着いたわけではない。むしろこれからである。確か、最初に行った時は山を通るだけでも20分かかったんだっけか。

そして何を忘れていたのかというと、その山を通るということがどれほど大変かということを何故か忘れていたのである。

だが、山を目の前にして私はようやく思い出した。山を登った時の苦しい思い出、それらの記憶が全て蘇ってきた。

しかし、ここで引き返すわけにもいかない。当然だ。私が行くと決めたのだから、最後まで押し通さなければ行けないだろう。そういうことで、私は山へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「シロー!」

 

「あ、豊音……」

 

私が山へ足を踏み入れてから約15分とちょっと、もう少しで村に着きそうといったところで、豊音と遭遇した。おそらく迎えにきてくれたのだろう。そんなに気を遣わなくても大丈夫なんだけどなあ……

 

「それで、何の用なの?」

 

まあそんなことはどうでもいい。とりあえず私は豊音に何の用があるのかということを聞いた。「今から会えるか」と聞いてきたのだ。何かしらはあったのだろう。

すると豊音は私の問いかけに対し、

 

「うーん……それについては私の家の中でいいかなー?」

 

と答えた。まあ別にここで聞いても豊音の家の中で聞いても変わりはない。というかいくら防寒着を着たといっても寒いものは寒いので、どちらかというと豊音の家に入りたいという気持ちが強い。

そういうことでも私の返答はイエス。私は豊音と一緒に豊音の家へと向かった。

 

 

 

 

-------------------------------

豊音家

視点:小瀬川白望

 

 

「お邪魔します……」

 

そう言って私は玄関へと入る。まあ当然のことながら、最初に豊音の家に行った時と内装は変わってない。多少差異はあるものの、変わってないと言っても十分すぎるくらいの細かい部分だ。

というか、私がそもそも豊音の家に来たのなんていつぶりだろうか。最初に会った後に何回かは行ったことがあるが、それこそ片手で数えれるくらいの数しか行ったことがない。メールや電話はそれなりの回数やりとりしていたが、実際会って話したり何かするのは結構久しぶりの事であった。

 

 

「どうぞー」

 

豊音はそう言って私を居間へと案内する。私は言われるがままに居間へと入り、置いてある椅子に座る。私がこの家に来るときに必ず座る場所だ。数回しか来たことがないが、この椅子は私の定位置となっていた。まあそれは私が初めて来たときに座ったのがこの椅子で、それが理由で今までここに座ってきただけなのだが。

 

「シロ、ちょっと待っててね!」

 

そんなことを思い出していると、豊音が居間から出て何処かに行ってしまった。例の話のことかな、とか色々なことを考えながら窓に映る景色を眺めていると、ガチャ、という音が居間と廊下を繋ぐドアから聞こえてきた。どうやら何処かに行っていた豊音が戻ってきたのだろう。そうして私が豊音の方を向くと、眼前に包装紙に包まれた箱型の物体があった。

 

「こ、これ!受け取ってちょうだい!」

 

いきなりのことに驚いている私に、豊音がそう言う。

 

「これってバレンタインの……」

 

「そ、そうだよー?だ、ダメだったかなー?」

 

なるほど、用件というのはバレンタインデーのチョコレートのことだったか。私はその包装紙に包まれた箱を両手で掴み、豊音に向かってこう言った。

 

「ありがとう、豊音」

 

するとそれを聞いた豊音の顔がパアッと明るくなり、「こちらこそありがとうだよー!」と笑顔で私に言う。

そして折角渡されたので、私はこの場で食べることにした。

 

「食べていい?」

 

「も、もちろんだよー」

 

豊音の了承を得てから、私は包装紙を外し、箱からチョコレートを取り出した。そうして私はそのチョコレートを頂く。

美味しい。それがまず最初に出てきたことだった。照の時は甘いホワイトチョコで、豊音のはほんのりと苦いビターチョコレート。どちらもとても美味しいものだった。

そうして気がつけば、私はそのチョコレートを食べ切ってしまっていた。私は豊音に向かって

 

「豊音のチョコレート、美味しかったよ」

 

と言った。すると豊音は、私に抱きついて「ありがとうだよー」と言った。

 

「お返し、待っててね」

 

「期待してるよー」

 

 

その後も豊音と他愛のない会話を続けていたら、気がつけばもうすでに夜になっていた。私は携帯電話で家に連絡を取り、この日は豊音と夜を過ごすことになった。

 

 

 

 




次回は本編……
リア充は地獄の業火に焼かれるべき、はっきりわかんだね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊急用番外編

ついにこの日が来てしまいました。
とうとう次回の話が書ききれなかったので、その合間を縫った緊急用番外編です。
(需要は特に)ないです。

間に合わなかったので、急いで(緊急用を)仕上げました。なので色々おかしいです。深夜テンションです。


 

 

 

 

 

-------------------------------

『宮守の神域』ハーレム住人紹介

視点:小瀬川白望

 

 

 

「第1回!『宮守の神域』やあらへんで!チキチキ!ハーレム住人紹介コーナー!」

 

 

 

気がつくと変なステージに立っていて、洋榎の掛け声とともにスポットライトが当たる。いや、どういう状況なんだこれは。おまけに観客たちもいて、拍手をしている。

 

 

「え…?本編は?ていうか、ここどこ?」

 

私が洋榎に聞くと、いつも通りのハイテンションで

 

「あー…それなら本編が書ききれなかったからやで。シロちゃん!そしてここの場所についてはよー知らん!」

 

と返してくる。

 

「それとこの次元は本編とは無関係やから、あんまり考えすぎないことやな!みんな!」

 

洋榎が観客の方を向いて叫ぶ。観客はウォー!といって洋恵に返す。一体なんだこいつら。

 

「…それで、何するの」

 

話の半分も理解できていなかったが、とりあえず洋榎に任せることにした。どうにでもなれ。

 

 

「さっきも言った通り、シロちゃんのハーレム住人を紹介するコーナーやで!」

 

 

「…それどういう意味?」

 

私が洋榎に問うと、洋恵は大声で笑い、

 

「まあ、考えんでええ。…まず最初はハーレムの根源、シロちゃんこと小瀬川白望からや!」

 

洋榎の掛け声と共に、私の後方に配置してあるスクリーンに映し出される。

 

 

 

 

小瀬川白望 (12)

誕生日 5月24日

性格:誑し。ダルがり。(心も体も)イケメン。

雀力

・デジタル性能 S

・オカルト性能 S+ (ブラックホール使用時)

・オカルト耐性 A+

 

総合評価 S

 

 

総評

ハーレムの諸悪の根源。雀力はトップクラスで、作中準最強を誇る。性格はイケメンで優しく、しかもそれが天然なのでハーレム住人が面白いくらいに増えていく。地方に分けると東北、関東、中部、近畿、九州にはハーレム住人が存在している。目指せ全国制覇。

 

ハーレム住人の推移

〜1話(塞、胡桃、宇夫方)

6話〜(豊音*まだ描写なし)

7話〜(智葉)

8話〜(照*15話まで描写なし)

9話〜(愛宕絹恵、愛宕洋榎*まだ描写なし、怜、竜華*まだ描写なし)

30話〜(やえ、久、哩)

 

 

計13人 (内3人は未だ描写なし)

 

 

 

 

 

「いやー凄いなあシロちゃん!計39話で13人やで!3話で一人落とすってスローペースなこの小説では凄いことなんやで!」

 

 

マイクを持った洋榎がバンバンと背中を叩きながら大声で笑う。結構悪意入ってたな今の紹介。

 

「じゃあ早速ハーレム住人…と行きたいところやけど、次は『宮守の神域』には欠かせない存在であり、シロちゃんの師匠こと赤木しげるだー!」

 

 

洋榎が指を鳴らすと、スクリーンの表示が入れ替わり、赤木さんの紹介になる。

 

 

「…洋恵って赤木さんの存在知ってたっけ?」

 

私が野暮な事を聞く。対する洋榎は

 

「まあ、ええやないか。どうせ別次元の話なんやし」

 

と適当にあしらわれた。

 

 

 

 

赤木しげる (??)

誕生日 不明

性格:普段は大雑把。麻雀時、賭博時は狂人。

雀力

デジタル性能 SS

オカルト性能 SS

オカルト耐性 S++

 

総合評価 SS

 

 

総評

作中最強。強い。ただただ強い。小瀬川白望に麻雀という武器を与え、ハーレムを全国に広げた張本人といっても過言ではない。若い頃はチキンランとか暴力団を潰しそうとしたり、老人を血を抜いて殺そうとしたりと、結構やんちゃしていた時期もあった。

 

 

 

 

「いや〜やっぱシロちゃんの師匠だけあって色々チートやなあ!」

 

 

「まあ!次はやっとハーレム住人紹介に入ります。住人NO.1。臼沢塞ェー!」

 

洋榎が後ろの方を向くと、後ろに取り付けられていたカーテンが開く。そこにいたのは紛れもなく塞であった。

 

 

 

 

 

臼沢塞 (11)*誕生日はまだ来てない。

誕生日 2月15日

性格:母親のような優しさ。オカン。

雀力

デジタル性能 B+

オカルト性能 A (継続できないため)

オカルト耐性 S−

 

総合評価 A

 

 

総評

我らがお母さん。母性溢れるその行動一つ一つが優しさを感じることができる。恋は純情で、奥手である。小瀬川白望の正妻の筆頭。

 

 

 

 

「え、あー…よろしくお願いします」

塞が深々とお辞儀をする。それを見た洋榎が

 

 

「じゃあ、早速質問なんやけど、シロちゃんのどこが好きなん?」

と唐突に質問する。塞は思わず吹き出してしまい

 

「…うーん。優しいところ。かな。しかもそれを当然かのように誰彼構わずできるから、やっぱりシロって凄い人だと思うよ」

 

と答えた。

 

 

 

…塞。よくそんな恥ずかしい事を言えるなあ。おかげでこっちは顔が真っ赤だよ。

 

 

「時間も押してるから、次の住人に移るで!」

 

 

「えっ、もう私の番終わり!?」

あれ、もうおしまいなんだ。と思ったが、今更止めるのもアレだろう。すまん塞。

 

 

「次は原作ではウチが色々お世話になったあの方、住民NO.2!鹿倉胡桃ィー!」

 

 

 

 

 

鹿倉胡桃(12)

誕生日9月15日

性格:第二のお母さん。よく叱る。塞とはまた違う系統のお母さん。

雀力

デジタル性能 A

オカルト性能 B−

オカルト耐性 B

 

総合評価 B+

 

 

総評

「うるさいそこ!」で知られる彼女。対局中でも、その先生みたいな発言は止まらない。(主に洋榎に)

黙テンが得意であるが、果たしてそれはオカルトなのかは謎。

 

 

「シロちゃんの幼馴染二号やな!」

 

 

「うるさいそこ!」

 

 

「おおぅ、…まあ、質問いくで。シロちゃんとデートするならアンタはどこがいい?」

 

この質問に、塞と胡桃の両方が吹き出す。いや、一々質問変わるのかよ。

 

しばし考えた胡桃は出した答えは、

 

「…家。かなあ」

 

「ほほう?それはなんでなん?」

 

「…シロはあんまり家の外に出るの好きじゃないから」

 

それを聞いた洋榎が、ふと呟いた。

 

「そこから夜まで発展…いや、ハッテン?」

 

その呟きが聞こえた胡桃は顔を真っ赤にして、

 

 

「だ、黙るそこ!」

 

と、「うるさいそこ!」のグレードアップバージョンを披露した。

 

 

 

「ハハハ…!まあ、そろそろ作者も限界みたいやし、これくらいにしとくか!」

 

「次回は宇夫方と智葉、いけたら照まで行くかもなー!」

 

 

「じゃあ、次回!本編が投稿されるとええな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

キャラ紹介のみを抜粋

偏見あり

 

 

小瀬川白望 (12)

誕生日 5月24日

性格:誑し。ダルがり。(心も体も)イケメン。

雀力

・デジタル性能 S

・オカルト性能 S+ (ブラックホール使用時)

・オカルト耐性 A+

 

総合評価 S

 

 

総評

ハーレムの諸悪の根源。雀力はトップクラスで、作中準最強を誇る。性格はイケメンで優しく、しかもそれが天然なのでハーレム住人が面白いくらいに増えていく。地方に分けると東北、関東、中部、近畿、九州にはハーレム住人が存在している。目指せ全国制覇。

 

-------------------------------

 

赤木しげる (??)

誕生日 不明

性格:普段は大雑把。麻雀時、賭博時は狂人。

雀力

デジタル性能 SS

オカルト性能 SS

オカルト耐性 S++

 

総合評価 SS

 

 

総評

作中最強。強い。ただただ強い。小瀬川白望に麻雀という武器を与え、ハーレムを全国に広げた張本人といっても過言ではない。若い頃はチキンランとか暴力団を潰しそうとしたり、老人を血を抜いて殺そうとしたりと、結構やんちゃしていた時期もあった。

 

-------------------------------

 

臼沢塞 (11)*誕生日はまだ来てない。

誕生日 2月15日

性格:母親のような優しさ。オカン。

雀力

デジタル性能 B+

オカルト性能 A (継続できないため)

オカルト耐性 S−

 

総合評価 A

 

 

総評

我らがお母さん。母性溢れるその行動一つ一つが優しさを感じることができる。恋は純情で、奥手である。小瀬川白望の正妻の筆頭。

 

-------------------------------

 

鹿倉胡桃(12)

誕生日9月15日

性格:第二のお母さん。よく叱る。塞とはまた違う系統のお母さん。

雀力

デジタル性能 A

オカルト性能 B−

オカルト耐性 B

 

総合評価 B+

 

 

総評

「うるさいそこ!」で知られる彼女。対局中でも、その先生みたいな発言は止まらない。(主に洋恵に)

黙テンが得意であるが、果たしてそれはオカルトなのかは謎。

 




明日は休日なので、確実に本編が上がります。上がらせてみます。
本当に申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 小瀬川白望と神域の出会い (小学生編)
第1話 運命の出会い


初作品です。
色々ガバガバな設定だけど許して下さい。
カッコいいシロが書きたかったんです(逆ギレ)


 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

東京都 武蔵野市 某所

 

 

8月の盆休みを使って私、小瀬川白望は、親に連れられて夏の暑さが際立つ東京まで墓参りに来ている。

 

 

都会の所為なのかそれとも東北が涼しかった所為か、東京の暑さは私をより苦しめた。

 

 

こんな暑い中で頑張る私は褒められるべき人間であろう。

 

 

お盆には死んだ人が帰ってくるというが、こんな暑い所に戻ってくるあたり幽霊もご苦労なこった。

 

 

名前しか知らず、顔すら分からないご先祖様の墓参りが無事に終わり、帰ろうとした時、私は異様な光景を目の当たりにした。

 

 

その墓の墓石は異常なほど削れていて、もはや墓としての意義を無くしているようだった。

 

 

しかし、どうやら悪戯が原因では無さそうなのだ。

 

 

墓にはギャンブルで使いそうな道具や、酒、栄養ドリンク…

 

 

おまけに墓には冷えピタが貼ってある。

 

 

色々な物が置かれていて、墓石の状態とは正反対の様子だった。

 

 

その墓石に刻まれた文字は…

 

 

 

赤木 しげる

 

 

 

私はその墓石をしばらく見続けた。

ふと、我に帰ると父親が此方を呼ぶ声がした。

 

 

私はその墓を後にし、帰ろうとしたその刹那、

 

 

 

足元に小さな欠片が落ちていたのに気がついた。

 

おそらく 赤木 しげる の墓石の欠片だろうか。

 

 

暫し考え…否、現実では数秒にも満たなかったが、私はその墓石の欠片をこっそりと拾って行くことにした。

 

 

 

 

-------------------------------

岩手

 

 

 

家に帰ってきた私はすぐさま自分の部屋へと入った。

 

 

そしてベットに横たわり、持ち帰ってきた欠片を手にとって眺める。

 

(…勝手に持ち帰ったけど、大丈夫かな…?)

 

 

暫く罪悪感に襲われたが、もう考えない事にした。

 

(まあいいか…ダル…)

 

思えば車で片道6時間はかかる道を通って帰ってきたのだ。昼間から出発したのに、家に帰れば真夜中。

 

大人でも辛い苦行が、小学生には酷く堪えたのか、そのままばったりと眠ってしまった。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

翌日、私は不意に目が覚めた。

 

 

時計に目をやると時刻は午前4時28分。夏休み中はいつも昼間になるまで寝ている私にとって、その時刻は見慣れないものだった。

 

 

…いや、流石に4時半頃にいつも起きる"強者"は多く無いはずだが。

 

 

兎に角眠気が吹っ飛んだ私は宿題を終わらせる事にした。

 

 

プリント類などは既に終わらせたが、肝心要、私に立ちはだかる強敵、自由研究。

 

自由研究というだけあって、テーマはなんでもいい。あまり逸脱した内容でなければ殆どが通るだろう。

 

 

にも関わらず、私は焦っていた。理由は二つ。

 

 

一つ。まず夏休みの日数である。岩手では、というより東北地方では、夏休みの日数が関東に比べ少ない。

今日は8月17日。そして始業式は19日。後2日しかないのだ。

 

 

であるから『明日が31日だー』と嘆く某日曜アニメの少年や少女の感情移入はできない。

それどころか『31日まであるのか』という恨みを持っている東北民は8割以上を超えていると思っている。

 

 

そして二つ。こっちの方も深刻な由々しき事態だが、テーマが決まってすら無いのだ。小学生である私は以下のような思考回路で夏休みLIFEを満喫してきた。

 

 

テーマが自由

テーマくらい自由なんだからいつかは決まるでしょ

自由研究の件を忘れる。

 

 

こんな幼稚な思考回路で6年間夏休みを過ごしたが、今回は時間の少なさもあって、深刻度は跳ね上がる。

 

 

今までなんとか乗り越えて来ただけに、どこか油断していたのだろう。

 

 

とりあえず昼間に作業に取り掛かる為に、今はそのテーマ決めだ。

 

 

さあ考えよう。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

侃侃諤諤の議論(脳内)をすること約5分。

 

 

私の闘志は燃え尽きた。名前の白望のように真っ白な灰と化したのだ。

 

 

だいたいテーマが無いのだから、どれが正しいとかのも無いのだ。

 

 

正解の無い問題で馬鹿真面目に正解しようとしている気がして、私は諦める事にした。

 

 

そして眠気も無いのに二度寝タイムに入ろうとしたまさにその瞬間。

 

 

 

声が聞こえた。

 

 

 

【ククク…もう終わりかい?】

 

 

 

空耳などでは無い。幻聴でも無い。しっかりと秒速約340mの速さである"声"を私の鼓膜がキャッチした。

 

 

辺りを見渡す。

 

 

自分の部屋に何か特殊な物などは無い。

 

 

人影らしき人影もない。

 

 

特別な物を持ち込んだわけでも無い。

 

 

あるとしたら、昨日持ち帰った『欠片』だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は結論を出した。

 

 

これだけ考察をしても、何も原因が分からないとしたら答えは一つ。

 

 

 

 

 

「成る程、…………夢か」

 

 

これなら全ての辻褄が合う。第一、おかしいのは最初からだったでは無いか。私が4時半に起きるという幽霊が出てくるレベルの奇跡を起こした時点で、おかしかったのだ。

 

 

【…そんな事言われると、普通に傷つくぜ。嬢ちゃん】

 

 

 

…音源は誰がどう言おうと『欠片』から。

 

 

どうやら夢オチは許してくれなかったらしい。

 

 

そして私は答えを知っている質問をする。

 

 

 

「…あんた、誰」

 

 

 

そして『欠片』は答える。端から見れば滑稽な図だが、私は気にしない。

 

 

 

【赤木…赤木しげる。何処にでもいるギャンブラーで、死んだ筈の人間さ】

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ダルっ」

 

 

-------------------------------

 

 

私は喋る『欠片』に色んな事を聞いた。

 

 

何で幽霊として出て来たのか。

 

何か未練でも残してきたのか。

 

 

この質問の答えはいずれも『わからない』だった。『未練を残しては無い筈だが、心の何処かで未練があったのかもしれない。』と『欠片』は答える。

 

 

そして次の質問に移る。質問は勿論あの事について。

 

「…何で墓が削られてたの」

 

 

それを聞いた途端『欠片』は笑い出す。

 

 

【…お守りみたいなもんじゃねえかな。欠片の俺が言うのも威厳が無いが、俺はギャンブラーの頂点に上り詰めた男だ。つっても俺はそんなもんに興味は無いけどよ】

 

 

大方質問をしたところで、私はふと思った事を口に出した。

 

 

 

「…赤木さんって、麻雀できる?」

 

 

 

確かにギャンブラーの頂点に上り詰めたとは言ったが、単に即ち麻雀とは言い切れない。ポーカーとか、バックギャモンとか…色々な物を総じてギャンブルと呼ぶのだ。

 

 

だが、私は真っ先に麻雀を出した。

 

 

麻雀は今や大ブームの最中であり、インターハイやインターミドルなど、青春を懸けて凌ぎを削る大会も行われている。

 

 

斯く言う私もそのブームに影響され、麻雀を始めたクチだ。

 

 

しかし悲しいかな。私は物凄く才能が欠如していた。

 

 

簡単に言えば私は下手だった。

 

 

何と言っても私のズボラな性格であろう。牌効率などのデジタルな打ち回しはダルくて嫌だし、知り合いにオカルトを使えるような人もいない。

 

 

 

…いや、一人いたか。まあアレは例外であろう。

 

 

そんなこんなで私は今麻雀から距離をとっていた。

 

 

が、そこに(自称ではあるものの)ギャンブラーの頂点の霊が出現。

 

 

一度は距離をとった私でも、麻雀に戻れるかもしれない…

 

 

そんな藁をも掴む気持ちで問いかけた。

 

 

 

【…俺の打ち回しは奇怪でな、嬢ちゃんの苦手なデジタルってわけでもないし。特殊なオカルトチックなものでもない…謂わばその中間】

 

 

 

私が口にしていないというのにこの幽霊は全てを見抜いていた。

 

 

読心術とはまた違った別のナニカを幽霊から感じた。

 

 

【それでもいいってなら相手してやるぜ。嬢ちゃん。麻雀牌はあるかい?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして幽霊からの指導を受ける事となった。

 

 

 

 

 

…そういえば何か忘れている気がするが、きっと気の所為だろう。

 

 

 

 

 




暇な時に更新します。
明日かも知れないし、1年後かも知れない。
過度な期待はNGです。
麻雀は第4話くらいからやります。多分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 神域の麻雀講座

今書いた1話に続けて2話も投稿…倍プッシュ…!
まだまだ終わらせない…
*赤木の麻雀について語っている部分があります。
実際はもっと凄いとか違うとかは触れないで下さい。


 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

【…さっきも言ったように、俺の麻雀は奇怪だ。

しかしそれは客観的な話だ。現に俺はこれが普通だと思っているし、この打ち方で勝ってきた】

 

そう幽霊は語る。その話はどこか説得力があり、嘘偽り無いのは明々白々だ。

 

【…そこで、嬢ちゃんには俺の打ち方を普通と思うところから始める】

 

「普通と思うところ…?」

 

【そうだ。時に嬢ちゃん。あんたは麻雀で1番大切なものは何だと思う…?】

 

大切なもの。単に言われても沢山のものが出てくる。

 

色んな要素が頭を巡ったが、私は一つの答えを出す。

 

「運…かな。運が無ければ、どれだけ考えてもどうにもならない時もあるし」

 

【惜しいな。85点ってところか。】

85点。単純に喜ぶべきか、それとも15点分まだ足りないと思うべきか。

 

【確かに運は大事だ。麻雀は運9割という人間も少なくは無い。本当のところ、その答えは100点を出されても良いレベルだ】

 

【けどそれよりも大切なモノがある。と俺は考えている…

それはな、自分の心だよ】

 

「自分の…心」

 

【そうだ。どんなに運が良い状況でも、それを信じて攻める事ができなきゃ、意味は無い。

逆に運が悪い時に、『もしかしたら』で勝負にいって負けるようじゃ話にならねえ…

一瞬一瞬の自分を信じる心が無きゃ、麻雀に限らず、全てに於いて駄目だ】

 

【だから、どんな時でも自分を信じろ。それで失敗しても構わない。問題は、その失敗が、本当にお前が選んだかどうかだ。

自分がそう感じたのならそれでいい。理由はいらないんだ…

例え、無意味だとしても、無謀だとしてもだ】

 

自分を信じる、心。ただ言うのは簡単だが、それを実現させるのは相当の覚悟が必要である。

 

現にこの幽霊は、一度ではない、何度も何度も…

もしかしたら常に死地を潜ってきた様な感じがする。

 

【ククク…まあ精神論はこの辺にしといて、次は麻雀における不確定要素。運…ツキ…流れ…

これらを読み切る事についてだ】

 

【どんなに信頼してても、それが間違ってたら意味は無い。そうだろ…?】

 

「どうやって読むの…」

 

【簡単な事からでいい…場が対子場だとか、順子場だとか…

手が染め手にいくとか、三色にいきそうだとか、些細な事でもいい】

 

【そして場の流れは常に変わっていく。その変化に敏感になることだ。それに信じる心があれば、一気に俺の域に達する事が出来る。

簡単そうだろ?…でも、そうやって出来る人間は殆どいない。俺に似た奴はいたが、少なくとも俺と全く同じ同類はこれまで見たことが無い。

…皆そうだ。アテにならないデシャヴやトラウマ…挙げ句の果てには『自分の保身』という鎖に引きづり回され、迷走する】

 

【だが、お前にはその素質がある。だからお前に麻雀を教えてる】

 

「私に…才能が…」

 

信じられない話だが、良く考えれば下手で当然なのかもしれない。

 

いつも肝心なところで牌効率などの見えない迷路で私は迷っていた。

 

私は私自身の麻雀を打っていなかった。

 

【取り敢えずこんなとこさ。…しかし、それはあくまでも自分自身の事だけ。

麻雀は相手がいて、初めて勝負が成り立つ。

…つまり次は相手のことについてだ】

 

幽霊は私が思い返し終わるのをちゃんと待ってから、話を続ける。

 

【相手と勝負をする時に一番重要なのは相手を知ること…

相手の手の内、思考回路、感情、癖…

相手の全てを知ること。それを土台として戦略を組み上げる。そして初めて勝利が見えてくるのさ…】

 

【こんな状況なら相手はどう動くとか、この状況なら相手は下がるとか…

大変な事だが、これをしなけりゃ勝負とは言い難い…】

 

【今言った事を頭に入れ、今からひたすら対局をする。牌効率、捨て牌の読み方などの戦略は二の次。兎に角そういった『精神と読み』を鍛える】

 

「…うん」

 

【苦行になるかも知れないが、少なくとも俺はお前の歳の頃には完成していた。

…俺が最初に牌を触ったのは、ほんのちょっと後の話だがな】

 

 

こうして私と赤木さんの訓練は始まる。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

あれから何時間経ったのか分からない程麻雀を打った。

 

基本的に私と赤木さんの二人麻雀で、赤木さんは麻雀牌を触れないので、いちいち私がツモって、指定された牌を切るといった面倒な方法だったが、これしか方法が無かったのだから仕方ない。

 

二人麻雀といったが、実戦に近いように全ての牌を使い、鳴きは全てアリ、流局は二人の捨て牌が合計35になるまでなど、限りなく四人打ちに近づけた。

 

やはり赤木さんは恐ろしく強く、最初は全く歯が立たなくて、上がれるかよりも、半荘を最後までトバずにいられるかで精いっぱいだった。

 

しかし次第に上がれるようになり、それに比例して自分を信じる心も鍛えられた…と思いたい。

 

…結局のところ赤木さんの全勝だったが。

 

4巡で黙聴の3倍満や四槓子裸単騎など思い返しただけで寒気がする。

 

そして赤木さんは決して振らない。例え立直した状態でも当たり牌を掴まない。

本人曰く立直する時は当たり牌を掴む流れかを読むと良いのだそうだ。

何を言っているのかは分からないと思うが、実際掴まないのだからそうなのだろう。

でも少年時代には一回立直後にイカサマを喰らって倍満を振ったらしい。

【思えばそれが一番大きい振り込みかな】と言っている時点で私はもしかしたらヤバい人に教えてもらってる気がしてならないが、ダルいので考えるのをやめた。

 

御飯やお小水以外はぶっ通しで麻雀を打った。

いつぶりだろうか、こんなに麻雀を打ったのは。

 

窓を見れば真っ暗な世界。時計を見ると針は8時半を指している。

 

【今日で嬢ちゃんは、見違えるほどの進化を遂げた。明日からは少し戦法なども交えて麻雀を打つ。今日はもう寝ると良い】

 

赤木さんはそう言うので、私は寝る事にした。

 

…しかし何だろうか?私の心の中をよぎる一抹の不安は。

 

…思えば早起きをして、何かを諦めて、そして赤木さんと出会った。

 

(何だっけ。まあいいか。ダルいし早く寝よ…)

 

 

 

 

その見落としが、19日に悲劇を齎す事をまだ知らない。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 飛躍する話

更に倍プッシュ…!3話連続投稿…!
4話すら完成していないのに異端の3話連続投稿…!


というより鷲巣麻雀はまだ終わらないのでしょうか。


 

 

-------------------------------

 

 

あの出会いから1週間が経った。

 

 

今の生活はとても充実していて、前とは比べ物にならないほど世界が輝いて見える。

 

赤木さんとの麻雀が楽しく打てたおかげか、身の回りのモチベーションも向上していた。

 

一時期『怠惰の小瀬川』と言われた私が、見違えるほど何事にも積極的になっているという。

ダルい物事にも諦めずに挑戦する姿勢は恐らく赤木さんとの麻雀で何度も心を折られかけた所為だろうか。

 

その証拠として、隣の席の男子には『お前、前よりもイキイキしてんな…』と言われた。

 

…私もそうだがこの学校の生徒の一部は精神年齢が異様に高い。そこらの中学生よりも口が達者で、人生を悟ってる奴等が多い。

斯く言う隣の男子もそれに該当する。

多分、私が達者になったのは大半はコイツの影響だ。

 

因みに赤木さんがいる《欠片》は私が肌身離さず携帯している。

 

家に置いてたら親に捨てられてそうだし、机の引き出しに放置ってのも可哀想な気がする。

そこで私はお守りの中に入れて携帯することにしたのだ。

 

本人曰く、【狭いとかそんなのは幽霊には心配ご無用って話だ…】とのことだ。

 

まあそんな感じで私のスクールライフは光り輝いていた。

 

…自由研究の件を除いて。

 

やはりあの日から麻雀漬けの生活をすれば自由研究の件など思い出せる訳も無く、それに気付いたのは学校初日だった。

 

私の親友である臼沢塞と鹿倉胡桃には『まあしょうがない。』と心配にすらされてなかった。

いや、心配してもらう程の件でも無いのだが。それでも少し悲しいものだ。

 

そして案の定担任に怒られ、説教を喰らった。

流石に教壇の前に立たされて晒し者にされたままの説教は辛かった。

ちらりと横を見ても、親友含むクラスメイトには親指をグッと立てて"頑張れ"とニヤニヤしながら口ぱくをされた。

 

後日自由研究として提出したのは《人生とは》という哲学を延々と述べた論文の様な物だ。

 

勿論人生を最期まで経験している人(?)が此方にはいるので、経験談を踏まえて作成した。

 

本来原稿用紙数ページで良いと担任に言われたが、赤木さんの話に夢中になってしまったので、最終的に全部で15ページの大作を作り上げてしまった。

 

ダルがりの私がここまでやったのだ。それに見合う対価はやはりあの担任の驚く顔だろう。

 

自信満々に教師に見せつけて、これは勝った。と思ったその直後。

 

「…まあ、頑張ったんじゃないか?うん。」

 

えらく冷めた対応だった。はてどうしたものかと問い詰めると、何と私のページ数の実に2倍以上の量を書いた奴が私を除き四人いたという。

テーマは消費税問題、政治、第二次世界大戦、少子高齢化問題。

…本当にこいつら小学生かよ。と改めてこの小学校の異常さを感じた。

 

因みにその中の一人は『イキイキしてんな』と私に言った隣の席の男子である。

 

まあそんな思い出しただけでダルい事は置いといて、麻雀についてだ。

 

やはり1週間では赤木さんの足元にも及ばないものの、ネトマでは好成績を安定して出せる様になった。お陰でレートが上がること上がること。

 

赤木さんの課題である《自分を信じる心》は5割完成されており、滅多なものでは揺るがなくなった。

赤木さんの心を折りにいく精神的攻撃の本気の30%くらいでも大丈夫になってきた。

…これが100%になると私は麻雀関連の単語に関しただけで発狂しそうになるのではないかと恐怖する。

いや、麻雀関連の単語で発狂って日常生活にも支障がでる様な気が…

まず、ビンゴは当然《リーチ》があるから無理だ。

《平和》もダメ。というより《平和》を聞いた瞬間発狂する人間は最早戦闘狂か若しくは悪の大王だろう。

《3色》、《アンコ》、《東西南北》等…

それに《テンパる》という単語も、元は麻雀の《聴牌》が由来だ。

挙句数字や丸を聞いただけで発狂とかだとそれは人間と言えるかどうかは微妙なとこだ。

 

まあ半分お遊び半分恐怖のジョークは辞めにして、次は《流れ、ツキ、運を見極める事》(以下"読み"とする)についてだ。

 

*一応、

流れ=誰が有利か

『場の』流れ=全体の牌の偏り

ツキ=自分の打点の高さ

運=牌の進みやすさ

と差別化を図ってますが、コロコロ変わるので、その都度言います。

 

 

これも結構成長していて、30秒の時間が必要だが、赤木さんの"読み"の25%は発動できる様になった。

…これで成長と言えるのかは微妙だが、まず第一に普通の人間には理解できない境地なので、まあ良しとしよう。

夏休み前の私が"30秒考える(?)だけで場の流れ云々が分かる"と聞いたらどんな反応をするだろうか。

…多分頭のおかしい奴だと決めつけてダラけるだろう。いや、私は今でもダラけたい精神は一杯だが。

因みに、毎順使うと精度が若干落ちる。流石に毎順も使えば精神的疲労があるからであろう。

それでも赤木さんは常時それを発動しているので恐ろしい。

 

他にも戦術などを教わった。

主に狙い撃ちのやり方と敵の待ちの見分け方についてだ。

敵の待ちの見分け方は赤木さんが最初に編み出したロジック《捨て牌三種の声》をベースに見分け方を伝授してくれた。

 

《捨て牌三種の声》を簡単に言うと、超高性能レーダーのようなものだ。

その証拠にそのロジックによって赤木さんは全くと言っていいほど振ることは無かったらしい。

…一度「絶一門」でどうしようもない余り牌を狙われてピンチにはなったらしいが…

 

次に狙い撃ちの方だが、これはシンプルに《捨て牌三種の声》を騙せるような迷彩を作れば良いだけである。

至ってシンプルに言ったが、難易度は激ムズである。しかも折角作った迷彩も赤木さんは軽々と交わすので、自信が無くなりかける。

それでもネトマでは遊び半分の迷彩でも引っかかってくれるから私の鬱憤晴らしにはもってこいだ。

まあ、ダルい私がネトマをやる時などそうそう限られてくるけど、完璧な迷彩を作ってブチ当てた時のアドレナリンは言葉にはできない。

 

今迄軽い感じで言ってきたが、これらを100%使いこなすには相当の運を要する。

当然、どんなに"読み"が的確でも、攻める為の手牌がよくなきゃ意味が無い。どんなに自分を信じても、運が悪けりゃ意味が無い。

こういった不安だが、赤木さん曰く

 

【嬢ちゃんの運は良いに決まってる…死んだ人間に会えるなど多分世界でお前さんしかいない…

60億分の1さ。天和は33万分の1だろ?じゃあお前さんの運は良いはずさ…】

 

と、何か誤魔化された感はあるが、そう言うなら大丈夫という事だろう。

 

 

 

そんなこんなで私の今の課題は

・"読み""信じる心"の強化

・実際の麻雀の経験

の2つである。

 

体感的に"読み"などの技術面は後半年もしたら完成するのでは無かろうか、と感じる。

無論、赤木さんの域に達するには相当後になるが、中学卒業までには赤木さんの本気を出させるまでに仕上げたいものだ。

 

実際の麻雀の経験については、今日の放課後、家で何かをするらしい。

 

何かは予測出来ないが、まあ楽しみにしている。今は昼休み。後だいたい2,3時間後か。

 

と、机に突っ伏しながら放課後の事を考えていた矢先、私の名前を叫ぶ声が聞こえた。

 

「小瀬川さーん!放課後一緒に遊ばない?」

 

そう呼んで起き上がって見てみると前髪をわけている黒髪ロングの女の子がよんでいた。

名前は…確か宇夫方葵とか言ったっけか。

私のクラスメートで、何かと私に突っかかる人だ。小6になってから初めて同じクラスになり、それから知り合った。

…最近は特に私に突っかかってくる。一体私に何があると言うのだ。

まあ放課後は用があるので断っておく。用が無くてもダルいから断るであろう。

 

「用事があるから、また今度で…」

 

そうすると宇夫方さんは『そっかー、なら何時ならいいかな?明日?明後日?明々後日?それとも弥の明後日?』といつの間にか私の目の前まで接近してきた。

 

こうなると約束しない限り離してくれなさそうなので、

「じゃあ明日で…」

と返答する。そうしたらいきなり

「よっしゃあああ!言質とったもんね!じゃあ明日ね!何を着て行こうかな〜!」

と言って、廊下へ駆けていった。

「ちょっと…明日何をしに行くの…」

と呟いたが彼女はもう教室から出て行っているのだ。届かないと思っていながらも呟いたが、

「お散歩よ!二人きりで!」

と一瞬にして戻ってきて返答し、一瞬にしていなくなった。何者なんだ彼女は…

そう考えている時、一枚のメモ用紙が机におかれた。差出人は隣の席で数学Bと書かれている本を見ている優等生の男子からだ。

 

メモをみるとそこには『彼女に刺されないようにな。』

と書かれていた。彼がそこまで言うのならそれ程ヤバいのだろう彼女は。

「…ダルっ」

そう口にして午後の授業を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

放課後

 

 

 

午後の授業も難無く終わった。

宇夫方さんの件の事で頭の中がモヤモヤしていたが、とりあえず早く家に帰ろう。

 

実際の経験と言っていたが、誰かを呼ぶのだろうか?いや、赤木さんは幽霊であり、今もこうして私のお守りの中にいる。抜け出せる間は無かったはずだ。

 

 

 

 

そんな事を疑問に思いながら、私は家に着くなり自分の部屋へ駆け上った。

そしてお守りから《欠片》を取り出す。

「…今日は何をするの?」

そう質問すると赤木さんは自信満々な声でこう言う。

【嬢ちゃんには実際にプロ雀士と打ってもらう。今からだ。】

どういうことだろうか。自分の中で真っ先に無いと思っていた筈なのに。まさか知り合いの幽霊でも呼ぶのだろうか?

【これはつい最近気付いたことだがな、どうやら嬢ちゃんを過去に飛ばすことができるらしい。】

「…は?」

【まあそんな顔すんなよ…でも実際できちまうんだから仕方無えさ。】

何を言っているんだ。そして何という御都合主義感。とうとうこの神域は時空をも超えてしまったのか。

【ま、モノは試しさ。行って来い。】

「え…」

頭の混乱が収まらない内に《欠片》が光り出す。私はその光に飲まれてしまった。

 

-------------------------------

???

 

 

気が付いたら私は見知らぬ部屋にいた。そこは薄暗かったが、無数の雀卓を見て、ここは雀荘だと確証した。

 

隣には何やらガタイのいいおじさんと如何にも悪そうな緑色の服を着たおじさんがいる。

 

そして目線を前に送ると緑色のおじさんの数倍悪そうなおっさん達がいる。所謂ヤクザだろうか。

その中で一際存在感を放つ男。優雅にタバコを嗜んでいて、その目は自信と殺意に溢れている。

何なんだこいつは、と思った矢先そいつが私に向かって

「さあ座りな、俺とのサシ勝負に勝てたら南郷さんの借金はチャラだ。」

と雀卓に座って言う。もしかしなくてもその目は私を見据えている。

そもそも南郷とは誰であろうか、と考えていたら

「頼むぞアカギ、お前ならできる…きっと勝てるはずだ…」

とガタイのいいおじさんが私の肩に手をやり言う。きっとこの男が南郷という人だろう。

ん?アカギ?赤木さんの事か?私は女だぞ、流石に間違えんだろ…

【これは俺の過去…俺が実際闘った相手とお前に打ってもらう。名は矢木圭次。ついでに今お前は他の奴から見ればガキの頃の俺に見えるようになってる。】

と脳内から赤木さんの声が聞こえる。頭がショート寸前の私にとってその声は助けだった。

【まあとりあえず打て。一応言っとくが俺はこの時自分の指を賭けて打っていたが、負けても指が飛ぶこたあねえよ。】

…前言撤回する。助けではなくただの脅しだった。




赤木は時空を超えました。設定が唐突すぎますが知りません。
次回から麻雀します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 矢木VS小瀬川

4話が完成していないと言ったな、あれは嘘だ。
(本当は分割しただけです許して下さい。何でもしませんけど)

麻雀します。
初めてなので牌画像変換ツールの仕様とかよく知らないのでミスってたらなんとかします。



 

 

 

 

 

 

-------------------------------

雀荘みどり

視点:小瀬川白望

 

東一局 親:矢木 ドラ{七索}

 

小瀬川 25000

モブ1 25000

矢木圭次 25000

モブB 25000

 

 

 

赤木さんが初めて闘った相手。矢木圭次。

それに対するは赤木さんの弟子(?)である私。

 

実戦を積むのが目的であるが、

是非ともここは勝って、赤木さんの域に近づきたいものだ。

 

そんな意気込みを掲げて始まる東一局。サシ勝負であるが故に他のモブ達はあまり手出しはしないと思いきや、モブ達もヤクザ側の人間で、大金を賭けている為当然私を狙ってくる。つまり3対1だ。

しかしモブ達も所詮は凡夫。私の狙いは矢木だ。

 

手積みということもあって山を積む時はイカサマも考慮しなければならない。私はする気はないが、相手はマジになったらイカサマをするかもしれない。

流石に東一局からは来ないだろうが、念のためだ。

 

 

 

無事イカサマも無くサイコロが振られ、配牌を取っていく。

最初の四牌を開く。

{東東九萬五索}

ふむ、場風牌が対子か。中々よろしい。

どんどん牌を取っていき、配牌は

{東東西白七萬九萬一筒一筒四筒七筒五索六索七索}

の三向聴。翻牌の対子にドラが一枚面子になっている。まずまずと言ったところ。

 

矢木が南を切り、上家がツモって東を切る。だけど私は動かない。そして牌をツモる。

 

後ろの南郷さんが少し動揺しているが、まあ見ててなよ南郷さん。

 

ツモ牌 :{東}

 

これが鳴かなかった理由だ。私は東を手牌に収める。

 

手牌 {東東東西白七萬九萬一筒一筒四筒七筒五索六索七索}

 

 

通常、ここは孤立している西か白切りであろう。

しかし、私は『ちょいタンマ』といって場の流れを読んだ。何故なら場の流れに変な突っかかりを感じたからだ。

時間にして約30秒。上家のゲームコントローラーのようなシャツを着たヤクザはキレそうだったが、矢木がそれを目で黙らせた。

そして私が読みを信じた、その一打は

 

 

 

 

{五索}

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

〈小瀬川 捨て牌〉

{五索}

 

五索。小瀬川、ドラの面子を崩して打、五索。

 

背後にいる緑の服を着た悪そうな男(以下安岡)と南郷は唖然。

 

勿論、矢木と背後で矢木を見守るヤクザ(以下竜崎)も一瞬時が止まる。

小瀬川の手牌が見えなくとも、最初の一打が五索の時点で不穏…

(チッ…このガキ…どんな配牌なんだ…チャンタとかだったら良いが…国士と清老頭の可能性もある…しかし、素人だからで済ますこともできる…)*矢木からは13歳の頃のアカギに見えるので、素人だと思ってます*

厄介だ。と矢木は感じる。この場での素人という肩書きは矢木を苦しめている結果となった。

 

下家が戸惑いつつも九索を打つのを確認した後、矢木は牌をツモる。

 

(とりあえず、この場面での断定は厳しい…手を進めるしかない…)

打:{中}

矢木、手牌から浮く中を切って手を進める。

上家もそれに合わせ打つ形で打、中。

 

そして小瀬川のツモ。

さっきとは皆の注目度が違う。ツモった牌を手中に収め、切り出した牌は

 

〈小瀬川 捨て牌〉

{五索四筒}

 

四筒、またしても中張牌。中張牌二連打。

この場の小瀬川を除く全員が困惑。

(どういう事だ…?刑事や南郷の様子を見れば、まともな打牌じゃないことは分かった…

つまり国士やチャンタを目指しているわけではないのは確かだが…まさか、このガキ初っ端からブラフを?)

そう矢木が半信半疑になるものの、下家が西を打ったことを確認して、山に手を伸ばす。

しかし、手が牌に触れようとしたその時

 

「ポン」

 

{西西横西}

 

 

小瀬川が鳴く。翻牌の西。そして

 

〈小瀬川 捨て牌〉

{五索四筒九萬}

 

打九萬。さっきとは打って変わっての九萬。

 

この鳴きに矢木はある仮説を立てる。

(恐らくあの鳴きは意図的…さも溢れ出た九萬のように振る舞ってチャンタを演出している…!

この状況下で本気で速めに上がりたいのなら是が非でも鳴きたい…

従って鳴きの発声は通常、瞬間的なものとなるハズ…

しかし奴は違う。奴は待った…!余裕があった…!何故なら上がる気はゼロだから…!

別にバレたわけで負けが決まるわけじゃない…が、実はそこが落とし穴…!露呈した…!その偽りのチャンタ…!)

 

矢木はそう結論付けると同時に

(このガキ…素人と聞いたが、その前提は捨てた方が良い…恐らく素質では奴が数段上…)

と、内心評価していた。

その瞬間、矢木の目は変わる。

小瀬川の見る目を素人から相手へと変更し、殺す気でかかろうとする。

 

 

 

〜〜〜

そして8巡後、矢木が聴牌。

(来たっ…!)

 

矢木:手牌

{五萬六萬二筒四筒七筒七筒五索五索六索六索七索七索七索}

ツモ牌:{三筒}

 

嵌張の三筒の受けが理想的に入り、断么九、平和、一盃口の良型。おまけにドラもある。

ツモればダマでも親跳。6000オールとなる。

立直して一発ツモ、若しくは裏ドラ次第で親倍にまで化ける理想的な手牌。

 

聴牌に受けるにはドラの七索を切ることになるが、肝心の小瀬川はブラフであり、他家はこちら側の人間。和了られる事はまずない。

そう確信して、千点棒を取り出す。それが意味するのは立直の宣言。

そして打、七索…ッ!

 

 

 

 

 

(…)

しかし矢木がドラを、七索を、河に放つことはしなかった。

 

矢木によぎる可能性…僅かな可能性が、矢木を思いとどまらせていた。後ろにいる竜崎は何故立直にいかないのかと困惑している。

それもその筈、唯一の敵である小瀬川はノーテン。ブラフ。そう確信したではないか。

 

(…その前提が、何故あっさり…真実だと…受け入れた…ッ?受け入れることが出来た…ッ!)

 

前提の間違い。それ即ち。

 

 

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏}{西西横西}

 

小瀬川白望:捨て牌

{五索四筒九萬八筒中二筒}

{南白}

 

 

 

 

小瀬川白望の聴牌…!

 

(ブラフのブラフ…!二段構え…!おそらく奴は張っている…和了牌は九分九厘この七索…!)

 

(そもそも…俺は確信したはずだ。奴を素人としてではなく、相手…即ち雀士として闘うと…!

そんな奴が、鳴く時に焦って発声など、ありえない…ブラフであれ、ブラフでなかれ、奴はそんな分かりやすい事はしない…!

そう思考が誘導されたのもコイツの技…

しかしそれに騙された俺も、認識が甘かった…何処かで俺は見くびっていた…!)

 

冷静になる矢木は、タバコを口に咥え、火をつける。いよいよ矢木が本気になる。

 

(兎に角、この牌を切らなければ奴は和了る事はほぼ不可能…しかし七索打ちを止めれば奴も勘づく…

十中八九聴牌し直すだろう…)

 

 

小瀬川白望:手牌予想図

{六索六索七索八索八索北北北発発}ツモ{発}

 

(こんな感じだとしたら…)

 

小瀬川白望:手牌予想図

{六索六索七索八索北北北発発発} 打{八索}

 

(最速で一巡で聴牌し直すことも可能…!)

 

無論これは仮の話で、最も理想的な話だ。

まず第一に七索は小瀬川の和了牌と決まったわけでもない。

 

しかし、矢木は確信していた。

長年の経験の勘によって…!和了牌は七索であると…小瀬川は直ぐに聴牌し直すであろうと…

この局を小瀬川がモノにするであろうと…!

 

故に、矢木は防御へと思考を変更する。

打:{二筒}

三筒を手中に収めるも小瀬川の安牌である二筒打ち。完全にオリの姿勢。

それに対する小瀬川の打牌は

 

打:{八索}

 

八索の手出し…!これが意味するもの、それは張り直し…!

矢木の推察は的を得ていた。矢木は危険を回避した。即ち…

 

小瀬川の一巡前の待ち、嵌七索待ち…!

 

 

(ツモられたか…)

 

 

「ツモ…」

 

小瀬川白望:手牌

{東東東一筒一筒一筒六索六索七索八索}ツモ{九索} {西西横西}

 

「東、西、ドラ1。1600-3200…」

 

待ちを変えたその次の順に和了牌を引き入れツモ和了。50符3翻の6400。

親っ被りの矢木は3200を支払い、点差は9600と小瀬川が一歩リードする形になる。

しかし振り込みを避けた矢木も、結果和了できた小瀬川も、決して良い表情をしていなかった。

 

 

〜〜〜

(まさかそこで七索切りを止めるとはな…ダルっ)

本来、矢木が唯の凡夫であったらあそこは切っていた。東、西、ドラドラの満貫を討ち取ったハズだ。

16000のリードの手筈が、たった9600ぽっちのリード。

(流石、赤木さんと最初に打った人…だね。簡単には勝たせてもらえないか…)

いつもはダルいで済ませていた小瀬川だが、その闘志は沸々と静かに燃えていた。

 

 

 

 

〜〜〜

(…)

16000のリードを、9600程度に抑えた矢木。あの局面では矢木が一歩上手と言わざるを得ない内容だったが、こちらも同様良い表情ではない。

(そもそも、最初の時点で気付くべきだった…気付いていたら、対策は打てたハズだ。

それこそ食い断么九で充分だ。連荘できたハズだ。しかし実際に俺は上がれるどころか親っ被り…

満貫の直撃は辛うじて避けたが…それでも下の中。流れを引き寄せる闘牌とはとてもいう事は出来ない…)

だがしかし、と矢木は付け加えて

(それは奴も同じだ。奴も満貫の直撃を俺に躱されたのも事実。つまりまだチャンスはある…奴に強大な風が吹く前に、流れをモノにしてやる…!)

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

東二局

 

親:モブB ドラ:{白}

 

小瀬川 34600

モブA 23400

矢木 21800

モブB 23400

 

 

 

様々な思惑を抱えて始まる東二局。矢木、小瀬川共に配牌は四向聴。どちらも手牌に高目を狙う要素がなく、どちらもノミ手の早上がりを目指す。

 

 

 

「チー」

 

小瀬川

{横三筒二筒四筒}

 

 

「ポン」

 

矢木

{中横中中}

 

 

「ポン」

 

矢木

{六索六索横六索}

 

 

「ポン」

 

小瀬川

{七萬七萬横七萬}

 

 

捨て牌がまだ二列目に行く前に場は既に鳴き合戦。

矢木は中のノミ手。それに対し小瀬川は食い断么九。

矢木は長年の勘で、小瀬川は赤木伝授の《読み》の『ちょいタンマ』で己の手を高速で仕上げる。

 

先に聴牌したのは小瀬川。三萬と八筒のシャボ待ちで、三萬は残り1枚、八筒は2枚と計3枚残っている。

 

それに追いつく形で同順、矢木も聴牌。

辺七筒と待ちは微妙だが、こちらも山にまだ3枚眠っている。

 

両者五分五分の闘い。先に和了するのはどちらか…

 

矢木か…

 

 

小瀬川か…

 

 

 

 

 

 

 

モブB

打:{七筒}

 

 

放たれる七筒。それとほぼ同時に倒される矢木の手牌。

 

 

矢木:手牌

{一筒二筒二筒二筒三筒八筒九筒} {六索六索横六索 中横中中}

 

 

「ロン…ッ!」

 

「30符1翻。1000…」

 

 

 

東二局、制するは矢木…!無論、通しは使ってない。実力で一歩矢木が先に和了。

 

6巡にも満たない早い順目で、1000点は些か勿体無い気がしなくも無い…

が、否、それは否…!

今矢木と小瀬川が狙いしは己の流れ…!

1000という数字本来の意味とは重さが違う…!

確かに1000点で流れを得たかと言われたら微妙だろう。

しかし、流れは確実に矢木へと傾きつつある…!

もう一歩、二歩すれば矢木は完全に流れを掌握する。そうなれば幾ら赤木の指導を受けた小瀬川と雖も、劣勢を強いられるのは確実…!

が、逆に考えれば今、流れが完全に行き渡ってない…即ち、不安定な状態…

不安定な今なら、小瀬川にも流れを掴む余地がある。上手く自分の元へ手繰り寄せれば流れは小瀬川の物にも成り得る。

 

それは小瀬川も矢木も同じ事を考えている。決着の行方は東三局で大きく揺れ動く事を…

 

 

こうした6巡にも満たない熱い速攻戦は矢木が一歩リードした形で終了する。

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

東三局 親:小瀬川 ドラ:{六筒}

 

小瀬川 34600

モブA 23400

矢木 22800

モブB 22400

 

 

 

 

小瀬川の親。東三局。ここで矢木に和了られてはますます矢木に流れを掌握させられてしまう。

小瀬川としては何とかして和了したいところ。

 

 

小瀬川:手牌

{中中東東西四萬七萬八萬一筒二筒四筒六索八索九索}

 

 

見た感じではかなり良さげの配牌。中、ダブ東に純チャンまで見える好配牌。

 

 

 

一方矢木の手

 

矢木:手牌

{一萬三萬七萬四筒八筒九筒三索八索東南南中発}

 

ボロボロ…!五向聴に加え、受けも嵌張と辺張、オタ風の対子しかなく、チャンタに行くにしても遠過ぎるし安過ぎる…

おまけに手牌の字牌の{中}と{東}は切れば小瀬川の手を加速させるだけ…!

 

(どういう事だ…流石に1000の和了じゃあ流れを掴むどころか、失ってしまったのか…?)

 

矢木は東二局での和了を振り返る。

しかし、あの局面では和了るしかない。何故なら小瀬川は聴牌していたのだから。

 

(クソ…奴の配牌は分からんが、俺がこの状況なら、奴の凡その手は分かる。俺と同じか、若しくはその逆、好配牌か…)

 

当然、牌が透けている訳でも無いので断定は出来ないが、一先ずそう仮定する事にした。

 

この局は取り敢えず《見》に徹底する。

そう考えていた矢木だが、矢木の手はここから覚醒しだす。

 

矢木:1巡目 ツモ

{西}

 

2巡目 ツモ

{九萬}

 

3巡目 ツモ

{一筒}

 

4巡目 ツモ

{白}

 

 

4連続老頭牌引き…!

これによって、矢木の手はあと{一索、九索、北}の三牌のうち二牌ツモれば国士無双聴牌というあの配牌からは考えられぬ異常事態。

 

一方小瀬川は3連続のムダヅモによって配牌から未だに変化が無い。

矢木とは反対にあの好配牌からは目も当てられぬ悲惨な状況。

 

 

8巡目にして、{一索}を引き入れ矢木は一向聴。

 

 

続く9巡目に、小瀬川はやっと手を一向聴に進める事が出来るが、その同順、矢木

 

ツモ牌:{北}

 

 

国士無双聴牌を成就。九索待ち…!

矢木はここまで小瀬川の手を進める{東}も{中}も切る事なく聴牌に至る。

 

(これで掴んだ…後は和了すれば完全に俺のもの…!これだがら麻雀は恐ろしい…!!)

 

矢木は今度こそ千点棒を河へ放り、宣言する。

「リーチ…」

すると(矢木から見て)上家は察したのか、打九索。

 

 

今度は余裕を持って、牌を倒す。

 

「…ロン!」

 

矢木:手牌

{一萬九萬一筒九筒一索東南南西北白発中}

 

「国士無双、役満だ…これで逆転…!」

 

 

「何ッ…!?」

 

小瀬川の後ろにいる安岡と南郷は驚愕する。馬鹿な、役満だと…と。

 

しかし小瀬川は案外冷静だった。

(役満かぁ…20200点差…別に、取り返せない点差じゃ無いけど…流れは完全に持ってかれただろうなあ…)

矢木の流れが薄れるまで耐えるしか無い、と考えた小瀬川は自分の手牌を伏せる。

 

その冷静な反応に矢木は驚きはしない。

(当然だ…お前はそういう奴だ…たかが役満の差し込み如きでお前の表情は崩せない。

《雀鬼》とでも言おうか…兎に角奴の動揺でのミスは期待できない。実力でねじ伏せる…!)

 

矢木の後ろの竜崎は「矢木…やったな…!」と喜びを隠せずに矢木に言う。

しかし矢木は竜崎を向いて

「安心しないで下さい…竜崎さん…!たかが20200の点差…未だ安全圏ではない。それどころかむしろ危険…ここでのリードは逆に安堵という油断を生みます…ここから…!ここからが勝負どころ…」

 

竜崎は「おお、そうか…」と戸惑いながらも返答する。

 

(そう…ここからが正念場…)

 

矢木は小瀬川を睨みつけ、対する小瀬川は不敵に笑みを浮かべる。その表情は、まさしく青年期の《アカギ》の表情だった。

 




矢木は自分の中でも割と好きな方です。
ですが矢木さんには悪いけど犠牲となってもらいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 正念場

速攻で書き終えました。
文脈とか色々おかしくなっているかも知れませんがそこはスルーでお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

東四局 親:モブA ドラ:{北}

小瀬川 34600

モブA 23400

矢木 54800

モブB -9600

 

 

 

 

東四局。前局の矢木の役満によって逆転を許した小瀬川。流れを掌握され、一見ピンチに見える小瀬川だが、別に気にも留めなかった。

 

配牌も悪い。五向聴の遅い手でこの局も矢木がモノにしそうな気配。

 

しかし、そんなボロボロな配牌を、小瀬川はどこか懐かしい物を見ている様な表情で配牌を見つめる。

(赤木さんと打った時は殆どこんな感じ…別に相手が超劣化版赤木さんになっただけ…)

 

 

 

 

南郷はそんな小瀬川を見て不安になる。

(この五向聴でどう闘っていけばいいんだ…ここからの逆転が可能だとでも言うのか…?)

無論安岡も不安になるが、興味深さも内に秘めていた。

(さあ…これが最初の試練だぞアカギ(小瀬川)…

見せてみろ…俺の目が狂っていなければ、矢木の野郎にあっさりと負ける訳が無い…

ここからこいつの奇跡は始まる…!)

 

安岡の予想を裏付ける様に、小瀬川は手を進めていく。

流れを失った今、通用するのは自分の運とツキのみ。

 

 

そしてムダヅモ無しで聴牌。つまり五度のツモで全て有効牌を引き入れる。

 

小瀬川:手牌

{一索二索三索四索五索六索七索七索八索八索八索六筒七筒東}

 

後ろで見ていた安岡はこの手をどう仕上げるかを考えている。

(ここから手を高くするには{九索}引きの平和一通。若しくは2枚索子を引いての清一色多面待ちか…

どちらにせよここはダマで様子見であろう…)

安岡の考えは実に理にかなっている。

通常なら誰もがそうするだろう。

しかし、

 

 

「リーチ」

 

異常の赤木を受け継ぐ小瀬川はその普通という壁を破る。

安岡の推察を裏切る形でのリーチ。

無論、手は安くリーのみの手。

しかし、それはあくまでも小瀬川側から見たから無意味なリーチと見えるだけであって、反対側。つまり

 

 

(…)

 

矢木側からして見ればそれは矢木を惑わす武器になる…!

 

(聴牌即リー…清一色か混一色か…何方にせよ索子は危険牌…!切れない…!)

 

この時矢木は純チャン三色の手で、八索を切れば聴牌({七筒七筒八筒八筒九筒}の形)だが…

 

 

小瀬川:捨て牌

{白一筒三萬四筒横七萬}

 

 

肝心要、その{八索}が切れない…切れる牌ではない…

 

捨て牌はどう見ても索子の染め手に見える。たまたま索子が捨てられていないだけかもしれない…それで片付く話かもしれない…しかし…

 

(それで{八索}が切れたらどれだけ楽な物か…)

 

切れない…切ったら最悪逆転されるかもしれないこの状況での超危険牌は正に自暴自棄。

 

故に…切ってしまう。

勝負する為の{八索}ではない。勝負から逃げる為の{八筒}を切る。

まるで【逃げなければ死ぬ】と笑みを浮かべた悪魔に囁かれたように…

 

 

 

 

打{八筒}

 

 

 

まるで白痴だな…矢木さん

 

 

 

小瀬川が呟く。奇しくもその言葉はアカギが矢木に放った言葉と同じだった。

 

 

「あの状況で…私が馬鹿の1つ覚えみたいに索子の染め手にいくと思ったの…?」

 

 

 

「ロン。リーチ一発。2600」

 

 

 

(なっ…なんだと…!?)

有り得ない。矢木は困惑していた。待ちが{五筒、八筒}だったことではない。

矢木は逃げたはずだ。勝負から逃げる為に打ったはずだ。それが何故、危険な道だと気付かなかったのか。

或いは、危険な道を恰も安全だと小瀬川に唆されたのか。

 

何れにせよ、矢木は既にこの直撃で流れを失った。流れは勝負から逃げる者には決して味方をしない。

その証拠に、

 

「裏、2つ。満貫…8000」

 

裏ドラまでのる始末。些細な一手が、勝負の流れを完全に変えてしまった。

 

 

 

 

この後の矢木は見る影もない。

小瀬川に余り牌を執拗に狙われ続け、次第に見え見えの手にまで振り込むようになっていった。

 

この場にいる全員が、人の崩壊というものを知った。

ヤクザである竜崎も例外ではない。竜崎達は、壊れかけていた人間を壊しているだけであって、どう人間が壊れていくかの過程は知らない。

その過程が、自分の目の前で行われている。竜崎は言葉を失った。

 

まるで趣味の悪いショーだ。

矢木は既に壊れかけている。後一歩。後一歩で矢木の精神は崩れ、完全に廃人となる。

矢木は心の何処かで後悔していた。どうしてあの局面で逃げたのか、どうして流れを掴んだのに生かせなかったのか、どうしてこんな怪物と打ったのか。

 

しかし小瀬川の猛攻は終わりを知らない。

南三局は小瀬川の親だが、連荘が続き既に5本場を迎えている。

それだけではない。この親番中、小瀬川の上がりは全て矢木からの直撃である。

直撃と言っても打点が3900、満貫(+300)、2400(+600)、7700(+900)、2000(+1200)とそれほど高くも無い。しかし、削った点数よりも、矢木の精神の方を多く削っていった。

 

 

そして5本場の今の点差は

小瀬川 81400

モブA 4800

矢木 15900

モブB -2100

 

と、役満を直撃させても逆転しない状況であった。

しかし矢木は残っている僅かな精神をフルに使い、勝負にかける。目指すはダブル役満。四暗刻清老頭。

矢木の願いが通じたのか、どうにか聴牌まで漕ぎ着ける。{九筒、一萬}のシャボ待ち。

九筒はまだ1枚、一萬は2枚も残っている。

 

(ツモってくれ…!)

 

一筒をツモる。違う。まだ足りない。

 

「カン…!!」

矢木が一筒を暗槓する。この状況で嶺上開花でツモ和了すれば四暗刻清老頭。

嶺上牌に手を伸ばそうとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

「その花は…咲かない…」

 

小瀬川:手牌

{一萬一萬九萬九筒一索九索東南西北白発中}

 

「ロン。槍槓国士無双。48000に5本場を加え49500」

 

残っている筈の{一萬}2枚と{九筒}1枚がそこにはあった。

矢木の求めたものは既に無く、ダブル役満は幻想だった事を思い知らされた。

矢木は完全に崩壊し、卓に突っ伏した。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川

 

 

「…あれ」

気が付いたらいつの間にか自分の部屋に戻ってきた。どうやら勝負がつくと自動的に戻されるらしい。

 

【ククク…お疲れ様…】

赤木さんが労いの言葉をかけてくる。

その言葉に返事をする前に私はベットに倒れ込む。流石にもう疲れた。

 

【強かったか?矢木圭次は…】

「まあまあ強かった。赤木さんの足元にも及ばないけど」

【…そうか、ククク…まあ今日は休みな。明日はお友達との約束があるんだろ?】

どこでそんな情報を得たんだ。と思ったが赤木さんを学校に持って行ったので、知ってるのは当然だった。

「もう寝る…」

枕に顔を埋める。

【…いずれ俺と同類の男と闘わせてやるよ。】

赤木さんが不意に呟く。

矢木相手であれだったのに赤木さんの同類の男とやったらどうなるんだろうか

「ダルい…」

そう返し、私は夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 




シロがどんどん神域に近づきます。途中で書いていて怖って思いました。(小並感)
また、市川や浦部、鷲巣との過去麻雀は番外編でやろうと思います。
次回はレズ(宇夫方葵)とのデート回です。
因みに宇夫方葵さんは咲本編でシロを食堂に誘ってたあの方です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 宇夫方葵と書いてレズと読む

今回麻雀しません。
蛇足回です。(多分)
設定がいつにも増してガバガバです。


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

矢木との激闘から一夜明け、私は学校に行っている。

昨日の疲れが残っているが、今日は重大なイベントがある。

 

そう、宇夫方葵とのデートである。

隣の席の優等生からの警告を受けて、私はもうガクブル状態だった。

 

刺されるってなんだ。比喩表現ならいいが、物理的だったら私は死ぬじゃないか。

 

赤木さんに言っても

【女の考えている事は分からねえな…女と触れ合った事なんて数える位しかねえしな。】

案の定である。麻雀というか博打一筋の赤木さんに思春期の乙女の心情など分かるはずもない。

 

 

いっそ時間でも止まってくれと願ってもその願いが通じる訳も無く、無情に時間は過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

そして最後の授業が終わり、クラスメイトたちが帰る用意をし始める。

担任も所謂「帰りの会」が始まるのを待っている。

自分もランドセルを持ってきて帰宅の用意をしようとしたが、いかんせん教室の空気がおかしい。

私がランドセルまでの道のりを歩いていると、クラスメイトからの同情と哀れみの目が突き刺さってくる。なんだと言うのだ。

 

と私は疑問に思ったが、その疑問はすぐに解決する。大声で私の名を呼ぶ声。こりゃあ同情もしたくなるわ。

 

「何…」

私は振り向いてその大声を発する人物に返答する。その人物は勿論宇夫方葵。

「小瀬川さん!約束覚えているよね!放課後、一緒に出掛けましょ!」

 

目がマジだ。狂気に取り憑かれたみたいに私を揺さぶるな。そして顔を近づけるな。近い近い。

そして気のせいだろうか、クラスメイト達は私達に視線を向けてはくれなくなった。

どれだけヤバイんだこいつは。

 

「分かった。分かったから…揺さぶらないで…」

 

宇夫方さんはハッとしたのかすぐに止めてくれた。本当に何なんだこの人は。

 

そして担任は見て見ぬフリである。このクソ教師が。

 

 

-------------------------------

放課後

 

 

 

「さようなら」

 

この声と同時に私は宇夫方さんに腕を掴まれ学校を出た(引っ張られながら)

 

その時の宇夫方さんの足の速さは異常だった。小学六年生が出す速さではない。ただでさえ私を引っ張りながらなのに。

何て言ったっけ…オリンピックで三連覇したジャマイカの人は…ああ、ボルトか。

多分ボルトといい勝負をするんじゃないかな。

 

そんな下らない事を考えている内に既に校門を出て、宇夫方さんは止まっていた。

 

そういえば何処か出掛けるとか言ったがどこに行くんだろうか。

 

「宇夫方さん…」

 

「キャァーー!」と宇夫方さんは叫ぶ。名前を呼んだだけだろうに。

しばらくして宇夫方さんは落ち着きを取り戻してきた。本題に移ろう。

 

「これからどこ行くの…?」

対する宇夫方さんは自信満々に言う。

 

 

「山よ」

 

 

 

「…は?」

つい言葉にしてしまった。山、山だと?

何を言ってんだ宇夫方さん?

 

「山って、あの山でしょ?」

この上ない間抜けな質問だった。私はアホか。

 

「そうよ。丁度いいデートスポットを昨日の放課後を使って岩手中を探し回ったのよ。」

 

「…昨日の放課後で岩手を回ったの?」

 

「だって…小瀬川さんの為なんだから…」

モジモジするな。乙女のような振る舞いをするな。まず昨日の放課後だけで岩手を回れるほど岩手は小さくないだろ。北海道の次にデカいんだぞ岩手は。

 

「さ!バス乗るよ!そんな遠くもないから!」

宇夫方さんはウキウキでバス乗り場に歩いていく。まじか宇夫方さん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

バスに乗ること約20分。そこから徒歩五分で山の麓へとついた。

 

宇夫方さん曰くここから山を少し登ったところに絶景ポイントがあるという。しかし

 

「ダルい…」

 

私が山登りなどできる訳がなく、早3分でノックダウンだ。

 

「もうちょっとで着くけど…休憩しよっか?」

と宇夫方さんは提案する。

無論、私はその案に賛成し、暫し休憩する事にした。

 

今や開発が進んで森林の減少が問題視されており、こういった場所に来るのは初めてだ。

何処もかしこも緑。一面緑。

自然が奏でるメロディーに包まれながら、こういうのもたまにはいいかもしれないと思った私であった。

…隣に宇夫方さんがいなければ私はこのまま寝ていただろう。

流石に宇夫方さんを置いて寝るわけにもいかないので、頑張って起きている。

宇夫方さんはやはり何処か外れているのか私の話になると目の煌めきが異様になる。

その事が休憩中の会話で分かった。

 

そうやって私たちが会話していると、何やら鼻歌が聞こえてくる。

 

「♪〜」

 

鼻歌はどんどん近づいてきて、私たちの方向に向かって来る。

 

「…ちょっと鼻歌の人を探してくる。」

 

「小瀬川さん大丈夫!?私もついていくよ?」

 

「大丈夫。大丈夫…すぐ戻るから待ってて」

そういって私は宇夫方さんを置いて捜索に入る。

 

綺麗な音だ。私はその鼻歌に見惚れながらもその音源を探す。

 

 

 

 

そして人影を見つけた。白いワンピースを着ている少女だった。

それだけなら別にどうって事もないが、問題はその身長である。

遠くから見ても170以上はあるその身長。その身長が異様さを引き立てた。

 

私はその異様さに戸惑いながらも、その少女に話しかける。

 

「誰…」

 

 

するとその少女は飛び上がって

「わ、わ…!お客さんだよー!」

 

と明らかに動揺を見せる。何だこの大きい小動物は。可愛い。

 

「わ、私は姉帯、豊音で、です。」

 

豊音。豊音と名乗るその少女はどうやら私のような小学生と話すのは珍しい事のようだ。

 

「小瀬川白望…よろしく。」

私も取り敢えず自己紹介する。こういう礼儀くらい私にも知っている。

 

「よ、よろしくだよー」

豊音さんが深くお辞儀をする。礼儀がしっかりとしている人だ。

 

「でもでも…珍しいねー。小瀬川さんは何の用があって来たのー?」

 

「友達(?)に連れられて来て…絶景があるとか言ってたから…」

その返答に対し豊音さんは首を傾げ

「そんな絶景ポイントは無かったような気がするけどー」

やはり宇夫方さんは嘘をついていたか。私と2人きりになりたいからといってあんな嘘をつくとは…

案外、「刺されるなよ」も本当だったのかもしれない。

 

私が頭を抱えていると、豊音さんが何かを思いついたらしく、

「この近くに私の住んでいる村があるけどー。小瀬川さんもそのお友達さんと一緒に来れるかなーとかとか…」

 

豊音さんナイス助け舟。勿論その案を受け入れ、宇夫方さんを連れて豊音さんの住む村へ行く。

しかし、豊音さんの向く方向は山の麓の反対方向。つまり豊音さんの村に行く為には山を登らなくてはならない。

 

私はダルさを堪え、豊音さんについていく事にした。

 

-------------------------------

 

 

 

(しんど…)

山を登って20分。ようやく辿り着いた。

豊音の村は高齢者が多く、豊音さんは数少ない若者の1人であった。

 

 

山を登る途中聞いたのだが、どうやら私達と同い年らしい。それであの身長は凄いな。てっきり年上かと思っていたので、ビックリした。

 

そして私と宇夫方さんは豊音の家で会話を楽しんでいた。やはり同い年と話した事が無いらしく、しどろもどろだったが、今では普通に話し合っている。

 

 

そして夕方になり、帰ろうとした時、豊音が泣いてしまった。

 

どうやら私たちと別れるのが寂しかったらしい。

そこで私は豊音と携帯番号とメールアドレスを交換した。そうすると豊音は喜んだ。可愛い奴め。

 

 

そんな事もあったが、無事帰ってこれた。今日は濃い1日だった。宇夫方さんに巻き込まれた形だったが、こうして友達も増えた。豊音にメールを返信して、私は眠りにつく。

 

 

【…ククク。やっぱり年頃の女ってのは分かんねえな。】

…赤木さんには多分一生分からないだろうから、分かろうとしなくても大丈夫だろう。




豊音は高校編になるまであまり出番は少ない設定ですが、書きたい衝動を抑えられませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 いざ、東京へ 前編

東京行きます。麻雀します。
お相手はあの方です。
対局中に刀を振り回すあの方です。


-------------------------------

豊音との出会いから少し日が経ち、今世の中はシルバーウィークなるものに直面している。

 

私はこの休日は家で休むと決めていたが、

【休日を使って旅にでもでるか。】

という赤木さんからの一言によって私は今東京へと旅に出かけている。

 

【東京にはお前と同じくらい年の雀士がぞろぞろいるだろ】という赤木さんの謎の推察。何だその適当さは。

しかし他の誰でも無い赤木さんの言うことだ。当たるに決まっているだろうという希望が今の私のモチベーションだ。

思ったが私が今まで対局してきた人って赤木さんと出会ってからは赤木さんと矢木だけだ。

私と同じくらいの年の人達の現状を知るのにも良い機会だろう。

 

新幹線に乗って東京を目指す。

やはり新幹線は速い。あっという間に東京に行く事ができる。

 

 

 

-------------------------------

東京についた私と赤木さんは取り敢えず雀荘に行くことにした。

 

いくら東京と雖も麻雀ブームには逆らえないらしく、私のような小学生も入れる事ができるし、大人たちも子供を歓迎してくれる。

 

しかし、真昼間な事もあって雀荘にいるのは二十代以上が大半を占めている。

お目当の私と同年代の子もいなさそうだが、とにかく雀荘で打つことにした。

しばらく経って誰も来なければ次の雀荘に…と完全にハシゴする気だった。

 

 

 

 

「やっぱり都会は熱いなあ…」

そう呟き三軒目の雀荘へ向かう。

今までの成績は全戦全勝。最初の方は「お嬢さん強いね〜」と大人の風格を出していたおじさん達も次第に余裕が無くなり、挙げ句の果てには3対1になるが、アマチュアの素人如きに負ける訳もなく余裕の1位。

 

そして三軒目の雀荘に入る。

中の空気は一軒目、二軒目とは明らかに違う張り詰めた空気だった。

 

それもその筈、ちょうど私と同じくらいの年の少女が無双していたからである。

それだけならまだいいが、異様なのは大人達の表情。

まるで金でも賭けてると言わんばかりの表情だ。というより、どう考えても賭けている。

それに加え少女の隣には黒服が立っている。ボディーガードとはまた違うような感じの黒服が2人ほどいた。

 

その一見異様な光景に私は恐れもせず少女の対面に座る。

 

「…お前、今の状況が分かってるのか?」

少女が口を開く。完全に私が場違いなのは知っている。知った上で座っている。

 

「そりゃそうでしょ…私はお金全然持ってないけど、それでも私と打ってくれる…?」

と私が挑発気味に言って五百円玉を少女の元に投げる。その瞬間黒服たちが身構える。

それをその少女は片手で制し、

「面白いな、お前。名前を聞かせてもらおうか。」

 

「小瀬川白望」

 

「小瀬川白望…良い名前だな。私は辻垣内智葉。さっさと始めるか。」

 

本来なら金がある奴としか打たんがな、お前は特別だと智葉と名乗る少女が言う。

その目付きは矢木と同じかそれ以上の殺気を帯びていた。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

東一局 親:黒服A ドラ:{西}

 

小瀬川 25000

黒服A 25000

辻垣内 25000

黒服B 25000

 

 

 

智葉との闘牌。上家と下家は他の大人達は意気消沈していたので代わりに黒服が入った。

智葉が「3人で協力とかは無いから安心しろ。あくまでも私とお前のサシ勝負だ」と言う。

…別に3対1でも構わないが、と喉まで出てきていたが言ったら黒服に殺されそうなので止めておいた。

 

 

 

東一局。私はラス親。相手の素性が分からない状況でのラス親は正に理想的だ。

早くも自分の好調な流れを予知する。

 

小瀬川:配牌

{一萬七萬八萬三筒三筒四筒七筒七筒八筒七索南南中}

オタ風の南の対子が目立つが、それを除けば中々な配牌だ。

普通に手を進めていく事もできるし、手が寄れば七対子、果ては四暗刻まで届く融通の利く配牌だ。

 

肝心な対面の智葉だが、あまり良い配牌では無いらしい。ドスを効かせた目で配牌を睨む。

 

そして私の第一ツモ。

小瀬川:手牌

{一萬七萬八萬三筒三筒四筒七筒七筒八筒七索南南中} ツモ{六索}

 

浮き気味な{七索}が早速繋がる。良いツモだ。

私は{六索}を手中に収め、{中}を切る。

 

その後も好調なツモは続き、4巡目に聴牌する。ムダヅモ一回での聴牌だ。

 

小瀬川:手牌

{六萬七萬八萬三筒三筒四筒五筒七筒七筒六索七索南南} ツモ{七筒}

 

{三筒}を切れば{五索、八索}待ち。ツモも好調であるし、リーチをかければ一発ツモに裏ドラが期待できる良形。しかし、

 

(…違う。そういうベクトルの好調じゃない。)

 

そう。違うのだ。まるで一本道なのに違う道が隠されていて、そこが正解のルートの様な感じ…

 

「…ちょいタンマ。いいかな…?」

智葉に『読む』時間を確保するため了承を得ようとする。

彼女は別に気にもとめず

「良いだろう。時間をやろう」

と許可する。

 

『読む』こと実に25秒強。結論が出る。

私の勘は当たっていた。今の流れは…

(手を高く進める事のできる流れ…!)

 

ツモってきた{七筒}を切り、聴牌に取らない形になる。

そして次順、{六萬}をツモり、{七筒}を切る。

(この牌が予兆…爆弾に火をつける導火線…)

そう、この牌を機に私は牌をどんどん重ねていく。

次順

ツモ{四筒} 打{七筒}

 

さらに次順

ツモ{八萬} 打{南}

 

その後、{五筒}を重ね、{六索}も重ねて張り直す。

 

小瀬川:手牌

{六萬六萬七萬八萬八萬三筒三筒四筒四筒五筒五筒六索七索} ツモ{六索}

 

断么九二盃口を聴牌した私は{七索}を横に向け、千点棒を投げて立直を宣言。

 

その宣言に智葉が嫌な表情を露骨に顔に出す。そりゃあそうだ。私の捨て牌は張り直すまでに{七筒}の暗刻と{南}の対子を落としている。

そのおかげで捨て牌は情報を知る為の意味を成していない。

 

小瀬川:捨て牌

{中一萬八筒四萬七筒七筒}

{七筒南南横七索}

 

おまけに待ちは4巡目にツモ切った{四萬}の筋であり、尚且つどうしても意識は{七筒}暗刻{南}対子落としの後の唯一の索子{七索}周辺に向いてしまう。

 

我ながら相手を惑わす良い迷彩だと思う。

 

智葉が数秒考えるが、その迷彩に上手く騙され、一発で{七萬}打ち。

 

「ロン」

 

小瀬川:和了形

{六萬六萬七萬八萬八萬三筒三筒四筒四筒五筒五筒六索六索} ドラ{西} 裏ドラ{三筒}

 

「立直一発断么九二盃口ドラドラ。倍満」

 

智葉が驚いて思わず立ち上がる。偶然振り込んだのではない。意図的に{七萬}を切らせようとしていたと気付いたのであろう。

 

まあ、気付いたところで和了る前で無いと意味は無いのだが。

そういう点で言えば矢木は智葉より優れている。長年の経験というものだろうか。

 

「…お前を少々舐めていた。お前、相当な打ち手じゃないか。」

智葉が私に向かって言う。

「そうかい…まあ、ホラ、早く16000。払って。」

私が智葉に点棒をよこせと催促する。

智葉は「フン」と鼻で笑い、倍満分の点棒を私の元に投げ渡す。

 

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内 智葉

東二局 親:辻垣内 ドラ{五筒}

 

小瀬川 41000

黒服A 25000

辻垣内 9000

黒服B 25000

 

困ったな。ただの馬鹿かと思ったがこの女、相当などころか化物の腕前じゃないか。

私より数段格上とかそういう次元にいない。あの和了だけじゃない。奴の気迫、威圧は正しく人間を超えている。

私が赤色の炎なら、奴は青色の炎…といったところか。

消えない炎だ。いや、消されるのは私の方か…

私よりも遥かに熱さが秘められている。私よりも酸素という圧倒的なナニカが奴にはある。

ふふ…面白いな。

 

ここの親を最も簡単に流されたら勝ち目は無い。それどころかこの局で決着がつく可能性も否定できない。

 

今はとにかく連荘で安全圏まで点棒を持ち直す事が先決だ。来いよ化物。人間の強さを見せてやる。

 

 

辻垣内:配牌

{三萬三萬四萬一筒五筒六筒九筒一索一索三索五索八索発中}

 

あれだけ意気込んだはいいが、やはり良くないな。ここまで計算済みか?化物。

取り敢えず発を切るか。この場で役牌が暗刻にはならんだろ。

 

打{発}

 

「カン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {発発横発発}

 

 

1巡目で大明槓だと?何が目的…いや、待て。新ドラ…ッ!

 

ドラ表示牌{四筒四筒} ドラ{五筒五筒}

 

そういう事か。奴は筒子の染め手に向かうだろう。。仮に{五筒}が1枚でもあるなら発、混一色、ドラドラ。私を殺す満貫手か。

 

対子、暗刻だったら筒子以外も危険牌だが…

それは無いな。上家の黒服が新ドラを見た時自分の手牌に目を落とした。少なくとも1枚は潰されているのは確実だ。

 

ツモ牌{六索}

 

兎にも角にも、奴が聴牌する前に余りそうな{一筒、九筒}はさっさと切らねばな。

 

打{一筒}

 

 

さて、ここから聴牌まで持っていけるか?

 

-------------------------------

 

 

智葉:手牌

{三萬三萬四萬八萬八萬五筒六筒一索二索三索四索五索六索} ツモ{七筒}

 

ふう…何とか聴牌に持っていけたな。

待ちは{二萬-五萬}待ち。奴から丁度溢れそうな萬子待ちだ。

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {三筒三筒横三筒} {発発横発発}

 

小瀬川:捨て牌

{一萬中九索三索北七索}

{六索八萬八筒五萬}

 

丁度さっき奴は{五萬}を切った。しかしまだ山には残っているし、流石の奴も前順に切った牌を止めるのは容易ではなかろう。

 

「リーチ」打{三萬}

 

奴もそろそろ聴牌してそうな気配だが、こちらとて引くわけにもいかんな。こうなったら殴り合いだ。

 

(捻り潰す…)

 

私のリーチ宣言を気にもとめず奴がツモる。その時、奴は微笑んだ。この時、奴の微笑みの意味がわからなかったが、数秒後、その意図が分かる。

 

「カン」

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {三筒横三筒三筒三筒}{発発横発発}

 

加カン。そして捲られる新ドラ。どうせ{五筒}が新ドラになると思っていた私はその牌を見て驚愕する。

 

ドラ表示牌

{四筒四筒五萬}

ドラ

{五筒五筒六萬}

 

 

「は?」

 

{六萬}。{五筒}ではない。よりにもよって{六萬}。何故、萬子が新ドラに。奴の読み違い?それとも嶺上自摸?いや、奴は牌を切った。嶺上開花ではない。

上家の黒服が動揺しながらもツモ切りをする。

 

そして私のツモ。この時ようやくあの笑みを理解した。

{六萬}

 

嗚呼。成る程、全部奴の手の内か。

 

{六萬}を叩きつける。それとほぼ同時に倒される奴の手。

 

小瀬川:和了形

{六萬二筒二筒二筒東東東}

{三筒横三筒三筒三筒}{発発横発発}

 

「ロン。東、発、対々和、ドラドラ。」

 

 

 

勝てなかった…いや、勝負にすらなっていなかった。これが小瀬川白望か。これが化物か。

 

私は暫し卓を眺めていた。こんなにも強い奴がいるとは思わなかった。自分は最上位の方に位置すると思ったが、その上がいるということを知った。思い知らされた。

 

 

 

…いい経験だった。

 

 

 




はい。智葉との対局終わりです。
一応差し馬相手がトンだら終わりにしました。
私の精神が持たないのが主な原因です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 いざ、東京へ 後編

今回麻雀しません。
智葉の次はあの人と会います。


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「はあ…」

智葉との対局が終了して脱力しながら椅子にもたれこむ。

 

智葉が立ち上がって雀卓を見つめている。

 

「なあ。」

と智葉が一言。

 

「…なに」

 

「…どうして、わざわざ大明槓したんだ?1打目から。」

 

何故。何故かと言われると説明しなければいけないが、この状況だと説明するまで帰してくれなさそうだなあ。

 

「…新ドラが{五筒}になると思ったから。」

 

 

「というと?」

智葉が興味深く聞いてくる。

 

「新ドラが{五筒}になって、しかも{五筒}が少なくとも2枚は見えてるなら、だいたい私の手を予測しやすくなるでしょ。」

 

「もし2枚持っているならわざわざ大明槓してまでドラを乗せる必要もない。それこそメンホン発ドラドラのダマで十分。現に智葉は、新ドラがでてから私の手を混一色だと断定したでしょ?」

「残る可能性は0枚か1枚かだけど、智葉は『ドラを乗せる為の槓』っていう前提で考えているから、0枚ってことはない。そう考える。

つまり私の手は鳴き混一色発ドラドラの満貫…

そう思わせる。満貫だから振ってもトバない。だから智葉はリーチした。でしょ?」

 

「…ああ。」

智葉が驚愕した表情になる。

(こいつ、さっきのでこれだけの事を考えていたのか…)

 

「強いて言うなら、槓に意味を持たせた。智葉は『私の槓がただの運否天賦な槓じゃない』っていう肥大化した私を利用したってこと。」

 

「【『鳴く』ってのは、自分の手を進めたり、新ドラを乗せて高くするだけじゃない…

相手を止めたり、迷わせたり…そっちの方が本来の『鳴く』だと考えている。】」

 

「!」

一瞬、智葉が信じられないものを見たような表情をする。

(…なんだ?奴が一瞬、他の誰かに…見え…た?)

 

「分かった?」

私がびっくりしている智葉に問う。

 

 

「あ、ああ。」

智葉が納得したように呟く。

ならもうここに用は無いだろう。智葉と打てた事だけで既に満足した。

そして私が場代を払い、雀荘を去ろうとした時、

 

 

「待て。」

と、智葉が引き留めて私の目の前まで来て、私が打つ前に出した500円玉ともう一つの500円玉、そしてメモ用紙を私に握らせた。

 

「勝ち分の1000円だ。…それでこっちが私のメールアドレス。ここの近くの人間じゃないんだろ?」

 

「…ありがと」

 

500円玉とメモ用紙をポケットに入れ、今度こそ雀荘を後にした。

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

 

「…ありがと」

 

 

奴が雀荘から出て行った。その瞬間、どっと疲れが出てきた。

 

「…ふう」

それにしても、あいつ。メールちゃんと寄越すかな…

 

(…にしても、綺麗だったな…あいつ。…ん?)

は?『綺麗だった』?私が、あいつを、綺麗だと思った?は?

 

これはもしや…

 

 

(…そんなわけないだろう)

どんだけ私は疲れてんだか…

そりゃそうだ。あいつは女で、私も女だ。

第一、同性愛など馬鹿馬鹿しい。

それに…

 

「…お嬢?」

黒服が私に尋ねてくる。

その瞬間我に帰り、恥ずかしくなってその黒服の脛を思いっきり蹴ってやった。

 

 

 

 

 

 

(ないだろ、あんな女…ないよな?)

 

 

 

今日からある程度はモヤモヤした気持ちで過ごす事になりそうだ。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

雀荘を出た私は、現在時刻を確認した。

12時36分。丁度昼ご飯の時間だ。

今から家に帰って遅い昼ご飯を食べるより、この辺で外食した方が良いだろう。

 

 

東京の街を徘徊する事5分。ファミレスを見つけた為、そこで食べる事にした。

 

 

 

 

〜〜

席に座り、お手頃なハンバーグセットを頼む。

水を飲んで昼食を待っていると、反対側の席に見知らぬ私と同年代の少女が座ろうとしていた。

あれ、もしかして元々座ってたのかな。と思った私は口まで持って行った水を持って他の席に座ろうとその席を後にしよう立った時、その少女も立ち上がった。

(何この人…面倒な人に遭遇しちゃったなぁ…)

 

試しに一つ奥の席へ移動すると、その少女の私に合わせて並行移動する。お前は図形問題の点Pか。

この少女から距離をとるのを諦めた私は、その少女に質問する。

「…なんか用?」

すると少女は答える。

「特に何も。」

 

「はあ…?」

 

「強いて言うなら、私と同じ境遇の人かと思ったから。」

 

「同じ?」

 

「こんな昼間に小学生が独りでファミレスに来るなんてそうそういないから…」

 

何だ。そういう事か。つまりは両親が連休も働いてて、昼食を作るのが面倒になったタチか。

…いや待て、流石にどっちも働く何て事はないだろ。…何やらワケありな予感。

 

「…いや、私は岩手から来たから…」

 

「独りで?」

 

「まあ、そんなところ。」

 

「そう…」

悲しそうな声で反応し、彼女が頼んだのだろうか、さっき届いたデラックスパフェなる物を食している。雰囲気ぶっ壊しだ。

 

「…なんか悩んでるなら、相談。乗るよ。」

 

「…え?」

 

「そういう事私に聞くって事は、何かあなたにあったって事でしょ。1人で思い詰められんのもダルいから。」

 

「…ない。」

彼女がパフェを頬張りながら否定する。嗚呼、意固地な人だ。

「…あんまり1人で抱えてもダルいだけ。」

 

「ない…!」

彼女のスプーンを持つ手が震える。やはり何かあるな。

だが彼女が話しそうな気配はない。

…仕方ない。

 

 

「…!???」

私は彼女に抱きつき、耳元で囁く。

 

「そう意固地になんないで。私も辛い…」

そういうと彼女は涙を流し、私の胸の中で泣き崩れた。

 

…全く、こういう役は白馬の王子様で十分だというのに。

 

 

〜〜

彼女の境遇はこうだ。

彼女は元々長野に住んでいて、妹がいたという。

そして彼女と妹と母親と父親で家族麻雀を行っていたらしい。

そこでは主にお小遣いやお年玉を賭けて麻雀をしていたようだ。

しかし、妹は勝ちすぎてしまうと家族に嫌われる。負けすぎてもお小遣いが根こそぎ無くなる。と考えたのだろう。

そこで編み出したのが『プラマイゼロ』という点数調整。勝ってもいなく、負けてもいない唯一の道。

…まあ、自分だけ考えれば最高な方法だが、やられる側はたまったもんじゃない。

現にそれが原因で家族に亀裂が入り、結果姉妹同士で仲直りする前に別居という形になった。

という事らしい。

 

別居して母親と2人で生活しているから、母親が休日も働いているのも頷ける。

 

そりゃあ辛いだろう。楽しむ為のものによって家族間に亀裂が入るなど。

 

 

「…大変そうだね。気安く聞いた私が悪かった。」

しかし彼女はいいや、私こそ話に付き合わせてゴメン。と言う。

 

「それよりも、どう思う?」

 

「プラマイゼロ?」

彼女がコクリと頷く。

「…私は(赤木さんに比べて)人に教えるほど麻雀は上手くないから…なんとも言えない。」

 

「そうだよね…まず、プラマイゼロなんて出来る方がおかしいよね。」

 

「うん。(意識しなきゃ)まず無理だよ。でも、妹さんも悪気があってやった訳じゃないって事は事実なんだから。

確かに、私もやられたら良い気持ちにはならないけど…だからって妹さんだけが悪者じゃないでしょ。妹さんに気付かせてやりなよ。今は厳しいかと思う。けど、何年後になってもいい。妹さんに気付かせてあげて、『あの時は怒ってゴメン』って謝りな。」

 

「…わかった。」

彼女は深く頷いて立ち上がる。いつの間にかパフェの容器は空っぽになっていた。

 

「ありがとう…私、もう帰るから。」

 

「…そう。」

彼女がレジの所まで行こうとして、足を止めて私の方を向く。

「…名前、教えて。」

 

別に拒否する理由もなく

「…小瀬川白望」

と答える。

 

「わかった。小瀬川さん。私は宮永照。会う事はもう無いかもしれないけど、お元気で。」

と言い、今度こそレジへ向かった。

 

 

そうして数分後に届いたハンバーグセットを平らげ、東京を後にした。

 

 

 

 

 

-------------------------------

小瀬川宅

 

 

「あーー」

長旅から帰宅した私はすぐにベットに転がり込む。

本当に今日は疲れた。

 

【…どうだったか?今日の旅は…】

 

「疲れた。」

と答えると、赤木さんはハハハと笑い、

【だが…慢心するなよ。お前にはまだまだ先がある。そこで、慢心して、止まる事が一番ダメだ。】

 

「…分かってる。でも取り敢えず今日は寝させて」

また赤木さんは笑い、【そうかい】と言う。

私はその言葉の数十秒後に寝た。

 

 

 

…あ、智葉にメールしてないや。

まあいっか。

 

 

 

 

〜〜

視点:辻垣内智葉

 

 

「…あいつからメールが来ない」

 

くそっ、これでは寝れんじゃないか…!!!

 




事件です。次回の構想が全く決まってません。
次回は明日投稿できない可能性があります。
…というより私は毎日投稿って言ってないから、いいんです(逆ギレ)

-追記-
次回の構想を練りました。
次は大阪に行かせます。愛宕姉妹と会う『予定』です(変更ありかも)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 大阪の姉妹と病弱な少女

まさかの投稿出来ないかもっていった日に投稿できるとは思いませんでした。

何とか間に合ったので投稿します。
30%とは何だったのか

今回も麻雀しません!!


 

 

 

-------------------------------

東京の長旅を終えた次の日、その日はいつもと変わらない赤木さんとの特訓をする日だったはずだが、急遽予定が変更した。

 

何でも親戚の家に行くという事らしい。

何故それを当日言うのかと親に言ったところ、『お前が昨日急に東京行くのが悪い』と切り捨てられた。…否定はできない。

 

行き先はまさかの関西。未開の地、大阪に行く事になった。

私はどうも関西のイメージは皆ネタを言わないとダメだというイメージ(偏見)があるので、素直に喜べはしなかった。

 

…東京行った次の日大阪とは、またハードな日程だ。有名人のスケジュールでもあるまいし。

 

赤木さんに言ったところ、クククと笑われ

【家族との用事なら仕方あるめえ…俺は家族ってもんが存在しなかったからな…その大切さを良く知っている。必要かどうかは別としてな。】

と言って赤木さんは1人(一欠片?)お留守番だ。

 

因みに移動方法は車らしい。今日中に帰るのは無理なので、一泊する用意をして、家を出た。

 

 

 

 

-------------------------------

大阪

 

という事で私は生まれて初めて大阪という地を訪れる。

 

親戚の家に行って用事を済ませてきた。

さっき聞かされたが親戚の方が結婚をして、その結婚式に呼ばれたらしい。

 

結婚式まで時間があるので、私は暫く大阪を散歩してくるといって、外に出た。

 

そして今は比較的小規模な祭りに来ている。

昼間から屋台やらが点々とあり、小腹が空いた私はそこで早めの昼食を摂ることにした。

 

屋台の列に並ぶこと数分。私に順が回ってきそうな時に、チラとパックに入れられた最後の一パックのたこ焼きが見えた。

やはり大阪と言ったらたこ焼きだろう。何としてでも確保せねば。と思った時にはもう私の番に回っていた。

 

勝った。私の勝利だ。そう確信して屋台の人に頼もうとする。

 

「…たこ焼きh「おっちゃん!たこ焼き一つ!」…」

 

 

 

 

「「あ」」

 

 

予想外。隣からの刺客。客を捌く為の二列同時の接客が仇となった。

 

言い始めたのは私が先だが、声量、インパクト、迫力。など諸々隣にいた少女に負けたいた私は、

 

「…やっぱ焼きそばで」

 

妥協することにした。それを聞いた少女は

 

「…なんか、すまんなあ。」

と同情の目で私を見たが、その手にはしっかりとたこ焼きの入ったパックが握り締められている。

 

 

 

…同情するならたこ焼きをくれ。

 

 

 

-------------------------------

 

焼きそばを買った私は、たこ焼きを(合法的に)奪った少女と昼食を祭りの近くの公園のテーブルで食べていた。

 

「まあ、アンタも運が悪かっただけやん!気い落とすなや。」

 

「…別に気を落としてるわけじゃない。たこ焼きが食べたかっただけ。」

 

「それを気を落としてるって言うんやで、過去を引きずってるとネガティヴになるで〜」

 

少女がハハハと笑ってたこ焼きを頬張る。

畜生。もう数秒早く並んでいたら…!

 

「ま、悪かったな。ところで、アンタの名前、何て言うんや?」

少々機嫌が悪い私は素直に言わず、

「何で言う必要があるの…」

と冷たい態度をとる。

すると少女が

「悪かったな言うとるやん!まあ、面白そうな奴だったからやな。」

私はムスッとした態度で、

「わかったよ…小瀬川白望。」

「シロちゃんやな!ウチは愛宕洋榎!よろしゅうな!」

何でこの人はこんなフレンドリーなんだ。あとシロちゃんってなんだ。アメちゃんみたいに言うな。

「わかったよ、ヒロちゃん」

何か洋恵のペースに押され気味だったのでお返ししてやった。

 

「…!!」

洋榎がプルプル震える。あれ、流石に度が過ぎたか?

 

「おっもしろいなあ!シロちゃん!!!」

ガッと肩を掴んで揺らしてくる。私の体がガクンガクンとなる。

端から見ると面白い状態なのだろう。周囲の目線がヤバイ。

 

すると洋榎を呼ぶ声が聞こえた。

「お姉ちゃん、何やっとんの!?」

洋榎と違った髪の色をした妹と思われる人が来た。良かった。これで解放される。

「絹恵!絹恵に紹介したる、小瀬川白望、シロちゃんや!」

 

「…」

私は揺さぶられすぎて何が何だか分からん状態だった。赤子を揺さぶりすぎては行けないとよく聞くが、その意味を改めて知った気がする。

 

 

「お姉ちゃん!その人気を失いかけてる!」

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

「これがウチの妹、絹恵や!自慢の妹やで!」

洋榎が胸を張って絹恵ちゃんの肩をたたく。

「お姉ちゃん、声デカいわ…!」

絹恵ちゃんは恥ずかしくて顔が真っ赤だ。

 

「そう…」

揺さぶられ地獄から抜け出した私は、未だにその余韻から抜け出せずそれどころではない。

 

 

今この最中もテーブルに倒れかかる状態になっている。

 

いや、いつもこんな感じか。

 

そんな私の状態を察したのか、絹恵ちゃんが心配そうな表情をする。

 

「すまんな、シロさん。ウチの姉が。」

 

グダッとしていた私は何とか

 

「大丈夫…」

と親指を立てる事ができた。表情は別として。

 

 

「で…も、絹恵ちゃん…(気分が悪いからこのまま)付き合って…」

 

「ぶっ!」

絹恵ちゃんが飲んでいた飲み物を吹き出す。

洋榎はたこ焼きに夢中でそれに気付いていない。

 

「いや…初対面で、その、あの…そういうんは、まだ早いっちゅうか…」

絹恵ちゃんがモジモジしながら何かを呟いているが、私はそれを聴き取る余裕は無かった。

 

そんな時に、絹恵ちゃんと洋榎を呼ぶ声。今度は一体誰だと思ったが、気分が悪くてその音源を確認する事もままならない。

 

話を聞いていると、それは洋恵たちの母親のようだった。

 

どうやらもう帰るらしい。

 

洋榎が「またな!シロちゃん!これ、ウチのメルアドや!」と学校で配られてそうなプリントの裏に洋恵と絹恵ちゃんのメールアドレスを記入し、去っていった。

 

 

-------------------------------

愛宕姉妹と別れて5分が経ったが、あの時の姿勢と何ら変わっていない。

 

しかし、体調は良くなってきてる。だがまだ本調子とは言えないというのを口実としてグッタリとしている。

 

気がつけば、私の前に同じようにグッタリとしている人が一名。

 

…最近私と同年代くらいの人とよく合うなあ。と思いながら、その子に話しかける。

 

「ねえ…」

 

その子は顔色が悪い状況で

「なんや…こちとら病弱なんや。はよ、竜華のとこに行かなアカンのに…」

 

「そう…」

と、私は彼女の側までいき、彼女を背にして屈む。

 

「…何しとるん」

 

「竜華って人のとこに行くんでしょ。おぶってあげる。目の前でそうされると、ダルいから。」

 

そういうと彼女は力無く立ち上がって、私の背中へ覆い被さる。

彼女は紙のように軽かった。

 

「すまんなあ…見ず知らずの人間をおぶらさせて…」

 

「別に…」

と私は返す。

 

 

彼女の指示した方向に行き、やがて竜華って人らしき人を見つけた。

 

その人は私達を見つけると、走って来て

「怜ー!」

と呼んだ。恐らくおぶっているこの子の名前だろう。

後は竜華さんにまかせるだけだ。

 

-------------------------------

「ほんまに怜をありがとな…あ、ウチは清水谷竜華。そんでこっちが園城寺怜や。」

 

「…よろしゅうな」

怜が死にそうな声で挨拶する。

さて、私の役目はもう終えた。私は2人を背にして、親戚の家へと帰った。

 

 

-------------------------------

視点:園城寺怜

 

…おぶってくれた人が何も言わず立ち去っていった。

 

かっこええなあ。憧れるわ。名前くらい聞いとけばよかったな…

 

見たところ関西人じゃ無さそうやし、もう会う事は無いんやろなあ…

 

と思っていたが、あの人が急に方向転換してきた。

 

何事かと思ったが、それは直ぐに解決した。

 

「…逆方向だった。」

 

天然さんやな。この人は。

 

「あー…そういえば名前言ってなかった。小瀬川白望っていいます…じゃ、お元気で」

 

と小瀬川さんは帰ろうとした。

 

その時、私は彼女の肩を掴み、耳元で囁いた。

 

「……………!」

彼女は意味が分からなさそうにしていたが、私が付け加えた。

 

「ウチの電話番号。ちゃんと覚えていきいな。」

そう言うと彼女はポケットから学校で配られてそうなプリントとペンを取り出し、そこにウチの電話番号を書き加えると、今度こそその場を離れていった。

 

 

-------------------------------

視点:赤木しげる

 

 

【…しかし、思ったよりも暇だな…】

白望がいないとこんなにも暇だったとは、と痛感する。

いや、幽霊に暇とか忙しいって概念は無いはずなんだがな。

 

 

【…帰ってきたらちょっと本気出してやるか】

そう言い邪悪な笑みを浮かべる。

そうして明日が一層楽しみになった。

 

 

 




本来、愛宕姉妹だけの予定でしたが、大阪には千里山もあるやんけ、って事で怜も追加です。

因みにお気に入りが100件突破しました。正直、かなりビビってます。


追記
次回は岩手に戻ります。
胡桃さんと塞さん関連にする予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 塞の神とカクラサマ

今回おっどろくほど短いです。
麻雀もしませんし、完全に導入回です。
でも、(次回は麻雀するから)仕方ないね。


 

 

 

 

-------------------------------

岩手 学校

 

 

「あーー」

休日が明け、岩手に帰ってきた私は、学校で情けない声を出して机に倒れかかった。

 

周りからはいつもの私の様に見えるが、実は全然違う。

昨日大阪から帰ってきた私が早く寝ようとした時、赤木さんが【今から打とう】といきなり言い出した。

 

眠気に襲われていた私は半分寝ながら牌を用意して、打つことにした。

 

しかし、私はその眠気を一瞬で吹っ飛ばされる事になる。

 

赤木さんが何故かは知らないけど本気なのだ。

捨て牌は気持ち悪いし、何より安牌がわからない。

この休日、赤木さんと打ってこなかったので、安牌がわからないのがとても辛かった。

 

最終的にどれを捨てても和了られる様な錯覚に陥り、何とか赤木さんの連荘を止め、そのまま麻雀卓に倒れこむように寝た。

 

そういうわけで今はトラウマを癒している最中だ。

 

危なかった。あと一局で私は失神していただろう。

 

それにしても何故あんな本気で打ったのだろうか。本気を出したら牌が触れなくなるとか言ったのは赤木さんじゃあないか。

 

これ以上赤木さんからの理不尽を受けたら、私は死ぬであろう。精神的に。

 

 

そんな事を考えてグダグダしてた私を強引に起こそうとする輩が来た。

 

「ほら、シロ。理科室行くよ。」

 

臼沢 塞。私の幼馴染である。真っ赤な髪にお団子ヘアーが特徴の人。

随分なお節介焼きで、私によく構ってくれる。

有り難いのだが、今私は心の中で赤木さんの恐怖と闘っているのだ。まだ授業が始まるまで時間はある。

 

「まだ間に合うから…」

そう返すと、塞の後ろからひょこっと出てきたおかっぱの身長の低い少女が私に注意する。

 

「ほら立つ!シロがそう言っても説得力ない!」

 

鹿倉 胡桃である。こちらも幼馴染。塞よりも世話好きで、マナーにとても厳しい。あと身長がとても低い。彼女のコンプレックスの一つである。

 

「しょうがないなあ…」

仕方なく立つ。親友の頼み(?)ともあればしょうがないであろう。

 

 

-------------------------------

学校 廊下

 

理科室に行く途中。私はふと思った。

「そうだ。」

 

「どしたのシロ。」

 

「麻雀しよう。塞、胡桃。」

 

「「!?」」

 

前にも言ったが、私は一回麻雀から身を引いている。そのことについて深く言及しなかったこの2人はすごく優しいな。と思っていた。

 

しかし、今は違う。昔の私とは違うという事を、赤木さんの地獄の特訓の成果を披露しようではないか。

 

 

「いいの?シロ」

塞が驚きながらも私に質問する。

 

私は「勿論。打とう。麻雀。」と返す。

 

「…シロはてっきり、麻雀が嫌いになっちゃったのかと思ってた。」

胡桃が安心したような声で言う。

「じゃあ打とう。今日。放課後!」

 

私達は放課後の約束をする。

 

その時、

 

キンコンカンコーン

 

 

タイミングが悪い時にチャイムが鳴る。

 

「やべっ!行かなきゃ!」

塞が走り出す。

 

「ほらシロも行く!」

胡桃が私の手を掴み走り出す。

 

「…廊下は走っちゃダメじゃないの?」

私の問いにぐぬぬと胡桃が数秒悩み、

「うるさいそこ!不可抗力だからいいの!」

と強引に私を引っ張って走るのを続けた。

 

 

-------------------------------

放課後

視点:小瀬川白望

 

放課後になるなり、颯爽と校舎から出て、近くの雀荘へと寄った。

 

雀荘と言っても、胡桃の祖父母が経営している雀荘なので、特別場代はタダらしい。

 

雀荘に着いた私達は、常連の若手の男の人を交えて4人打ちすることになった。

 

卓に置かれた四つの風牌を取り、席決めを行う。

その結果私が仮東で、上家に常連さん、対面に塞、下家に胡桃という配置になった。

 

次に私が親決めのサイコロを振り(*自動卓ですがこのような表現とします)、起家は塞。

 

塞がサイコロを振り配牌とっていく。

 

私は帰ってきた。

 

私が逃げた『麻雀』というものに、本当の意味で帰ってきたのだ。

 

さあ、始めよう。否、もう一度やり直そう。

 

『祭り』を。

 

 

 

 




次回は本気出して書きます。
そして今日中に投稿します。(多分)
無理だったら途中で分割か延期です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 防塞

麻雀回です。
今回シロが更にパワーアップします。
どんどん神域に達していきます。


 

-------------------------------

視点:臼沢塞

東一局 親:塞 ドラ{白}

 

小瀬川 25000

胡桃 25000

塞 25000

常連 25000

 

 

久々だ。あのダルがりさんのシロと打つのは。

 

彼女が麻雀を辞めて数ヶ月。てっきりもう彼女と麻雀という点で関わることは無いだろうと思っていた。

 

しかし、今私の前にはシロがいる。私の初恋の相手であり、今も尚恋しているシロが。

 

数ヶ月振りに打つ彼女の姿は、前よりも更にかっこよくなっている気がする。

 

姿だけじゃない。麻雀の腕の方も、感触だけで分かる。前のシロとは、まるで別人だ。

 

その証拠に、彼女が放つプレッシャー、威圧感は同年代のソレではない。

 

彼女は確実にパワーアップしていた。

 

(面白いね…シロ。どこまで強くなったのか見せてもらうよ…!)

 

目の前の伴侶を見つめ、配牌をとっていく。

 

塞:配牌

{二萬三萬六萬七萬二筒九筒一索一索四索四索五索五索七索九索}

 

比較的早く、連荘するには良い配牌だ。

ここから行くとしたら平和一盃口。対子場であれば七対子を狙ってみてもいい。

孤立した九筒を切る。

 

打{九筒}

 

常連さんがドラの{白}を切る。

繋がらないと思ったのか、早めに地雷を処理するようだ。

 

そしてシロが{南}をツモ切りする。

あまり運は良くないようだ。

 

胡桃がそれに合わせて手出しの{南}打ち。

 

胡桃はリーチを絶対にしない。黙聴に徹する麻雀である。

オカルト的なものもあるのだろうが、胡桃は聴牌を察知するのが非常に困難である。

故に、予め聴牌しているかしていないかを仮定して進めるしかない。

 

そして私のツモは{白}。

 

ドラではあるが、さっき常連さんが切った牌でもある。

 

何ら迷いもせず、{白}ツモ切り。

 

 

その瞬間牌が倒れる。そして「ロン」の声。

 

音源は目の前にいるシロから。

 

シロが一番端の牌を倒す。それは紛うことなき{白}。

 

そして他の12牌を遅れて倒す。

 

小瀬川:和了形

{二萬二萬二萬七萬八萬九萬二索三索四索東東東白}

 

「6400…」

 

シロが点数申告をする。いや、点数など今はどうでもいい。シロは{南}をツモ切りしたはずだ。

即ち聴牌していたのだ。じゃあ、何故常連さんの{白}で和了らない?

 

そう考えたが、ハッと思い出す。

 

(そうか…あくまでもこれは3人の勝負。だから和了らなかった。シロは。おまけに見逃したおかげで私は完全に油断してた。)

 

「一杯食わされた。って事ね。」

私がそう言うが、彼女は表情を変えず、

「さあ…それはどうかな。」

とクールに返す。

私は6400点分の点棒を支払い、牌を穴に入れ、常連さんがサイコロを回す。

 

(次…いや、シロが親の時か…アレを使わせてもらうよ!)

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

東二局 親:常連 ドラ{二筒}

 

小瀬川 31400

胡桃 25000

塞 18600

常連 25000

 

さて、好調なスタートダッシュが切れた。

塞と胡桃は気付いていないが、これで私は流れを掌握する事に成功する。

 

さあ、ここからガンガン攻めようか…

 

小瀬川:配牌

{二萬三萬四萬五萬六萬六萬九萬二筒九索東東南南}

 

萬子の混一色が狙える手牌。流れを掌握した私にとって、この程度の配牌はあまり良いとは言い難い。しかし…

(狙い撃つには持ってこいの"コレ"がある…)

ドラの{二筒}を手で弄び、それを見つめる。

シナリオはできた。

混一色と見せかけての、{二筒}単騎。

 

ならばその準備を進めなくては。

 

常連さんが捨てた{一萬}を早速鳴き、{九索}を切り払う。

 

そして胡桃が捨てた{東}も鳴く。そして{九萬}切り。

 

今、手牌は

{四萬五萬六萬六萬二筒南南} {東東横東} {横一萬二萬三萬}

 

という状況。

3巡で早くも2副露で一向聴。

塞に至っては一回もツモっていない。

 

そして次順。{四萬}をツモる。

私は{二筒}単騎以外は見えていないので、{二筒}を切らず、{五萬}切り。

 

そして塞が苦しい表情をしながらも、{六萬}打ち。

 

私が「ポン」と発声した瞬間、塞がビクっとなったが、「ロン」では無いのを確認して、露骨に安堵する。胡桃も同様に、「ロン」ではないかとヒヤヒヤしていた。

 

私は勿論聴牌には取らず、対子の{南}切り。

 

その次順に再び{四萬}をツモり、聴牌。{南}を切る。

 

わざわざ対子であった{南}を落とすという事は、聴牌の待ちを変えたという事。

前局の和了もあり、萬子の混一色気配だとしても{二筒}は警戒されるだろう。

第一、これは些か露骨すぎる。

 

(まだ足りない…萬子の混一色を取り繕う為には…)

 

そう。まだ足りないのだ。鍵はまだ揃っていない。

 

次順はムダヅモ。{八索}を切る。

 

同順、胡桃が強めの{五索}を切る。十中八九聴牌であろう。

その牌を塞が鳴く。ポンだ。

 

そして私のツモ番。{四萬}。キーは揃った。

 

「カン」

 

小瀬川:手牌

{二筒} {裏四萬四萬裏} {六萬横六萬六萬} {東東横東} {横一萬二萬三萬}

 

このカンはただ{四萬}を晒して混一色の印象を強めただけではない。

 

私が欲しているもの。それは新ドラ。

 

 

しかし、新ドラをのせるのは萬子ではない。

 

 

ドラ表示牌 {一筒四索} ドラ {二筒五索}

 

 

 

 

そう。塞が晒した{五索}である。

そして、ターゲットは胡桃である。

ドラが塞に乗ったこの状況では話は変わってくる。胡桃のこの場で警戒すべき人物は私よりインスタント満貫が確定の塞に向く。向かざるを得ない。

 

 

おまけに塞が危険になったおかげで私の怪しさ満天の混一色モドキも警戒が解けた。この事によって、胡桃は私の混一色モドキは混一色と断定してしまう。

 

おまけに塞の捨て牌には{二筒}がある。

胡桃がオリれば、いずれ打ち出される牌だ。

 

読み通り、胡桃はオリを選択し、9巡目に{二筒}を吐き出す。

 

「ロン」

 

小瀬川:手牌

{二筒} {裏四萬四萬裏} {六萬横六萬六萬} {東東横東} {横一萬二萬三萬}

 

「東ドラ2。6400…」

-------------------------------

 

 

胡桃が驚愕する。自分はオリに徹底したハズなのに。

(いや…そもそもあのカンで塞にドラをのせたのもシロの策略?自分の警戒を塞に見事に逸らしたものなのかな…そうだとしたらシロ、メチャクチャ強くなってる!)

-------------------------------

塞も驚きを隠せないでいた。

(あのカンは無意味なものじゃなくて、ちゃんとした意味があったんだ…なかなか、というかすっごく強い。)

 

 

しかし、その瞬間胡桃と塞の目が変わる。

(シロの親番…潰す…)

(親番だし、塞ぐか…)

 

 

少女達は、小瀬川白望という怪物に立ち向かう。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

東一局、東二局と連続で和了ったが、その後は徐々に点棒を失っていった。

 

東三局から一向に聴牌に辿り着けない。例え聴牌しても、和了る事が出来ない。

 

(この感覚は…)

 

そう。私の対面に位置する臼沢塞。彼女のオカルトによって、私は塞がれている。

 

彼女の能力は防御最強と言っても過言ではないほど強大な力で相手を封じる。

無論、その代償は大きく、長時間続けたりすると疲れ果てて倒れたりしてしまうほどに体力を消耗する。

今だって例外ではないはずだが、塞にやめる気配はない。それほど彼女が本気だという事だ。

 

いくら赤木さんの特訓を受けた私といえ、オカルトに真っ向から対抗する術はない。

赤木さんのは端から見ると『オカルトに見える』だけで、オカルトではない。

 

故に私が打ち破る事もできず、そこに塞や胡桃が和了っていき、私は南一局に逆転を許す。

 

逆転した後も塞がれ続け、オーラスになるまでに点差はどんどん開いていった。

 

小瀬川 19000

胡桃 34500

塞 27800

常連 18700

 

一応最下位は免れているものの、常連さんは無関係だ。それは常連さんも承知なので、「見」に回っている。常連さんが攻めようが攻めまいが私が負けている事実は覆らないだろうが。

 

 

この時私は焦っていた。

赤木さん相手にも屈しなかった私が、初めて焦っていた。

 

 

(このままだと…負ける。)

 

それは表情には出していなかったものの、額に汗をかいている。

 

ラス親の胡桃がサイコロを振る。

分からない。どうしたらいいのか見当がつかない。打ち崩せる気がしない。

 

敗北。

その二文字が迫ってきている。

 

 

しかし、

(…敗…北?)

 

 

(…負ける?誰が…負ける?…私?私が負ける…?)

 

 

(こ の 私 が 負 け る ? )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、私の体から闇が放たれる。

 

幻ではない。この場にいる全員がその闇を確認した。まるでブラックホールのようだ。

 

それと同時。

 

バキ。と音がした。

 

 

塞が驚愕する。

 

(まさか…ありえない…)

 

そう。私は塞の『塞ぎ』を跳ね返した。

故に、私を阻むモノはもういない。

 

 

皆は驚きながらも、配牌を恐る恐るとっていく。

 

(そうだ…)

 

{一萬東九筒南}

 

(私は決めたじゃないか…)

 

{西白北一索}

 

(赤木さんを超えると…)

 

{発九萬一筒九索}

 

(神域になると…)

 

{中}

 

故に…こんなとこで負けていてはいられないのだ。

 

 

胡桃がゆっくりと牌を捨てる。それが何であろうと関係ない。

 

塞がツモ切りをする。瞬間、胡桃が鳴く。

 

(…甘いよ。胡桃。)

牌の位置だとか…鳴きによる流れだとか…

 

関係ない。関係ないのだ。

 

ツモが回ってくれば、それが和了牌。

 

塞がもう一度ツモり、牌を捨てる。それに続いて常連さんもツモって牌を河へ置く。

 

私は深呼吸して山に手を伸ばし、盲牌すらせずにその牌を自分の手牌の横に置き、申告。

 

「ツモ」

 

{一萬九萬一筒九筒一索九索東南西北白発中} ツモ{一筒}

 

 

 

 

 

「8000-16000」

 

 

点数を言い終えた直後、プツリと糸が切れたように私は倒れ、意識を失った。

 

 

 

 

-------------------------------

 

「あれ…塞?胡桃?」

 

目が覚めるとそこには心配そうな目で私を見つめる2人がいた。

 

「やっと起きた…倒れた時はどうなるかと思ったよ。」

塞が胸を撫で下ろし安堵する。

胡桃は「心配させないでよね!」と私を叱った。

 

私は2人を抱き締めて、謝った。

「ごめん。偶然とはいえ、倒れるような無茶して。」

 

「うぇ!?ちょ…!シロ…!?」

 

「…!??」

 

塞と胡桃がびっくりして、顔を赤く染めている。

 

塞が唐突に話題を変え、私の腕を解く。

「にしても、やっぱりアレは偶然だったんだ」

 

「うん…」

 

「びっくりしたよ。まさか塞いだのを跳ね返すなんて。」

 

「そうそう!シロから変なの出てたし!」

 

「まあ、久々に打てたから楽しかったよ。シロ。」

 

「私も!」

 

 

 

塞と胡桃が笑顔でこちらを見る。

やはり彼女らは大切な親友だ。

 

「じゃあ、もう一回、打つ?」

 

「流石に塞ぐのはもう無理だけど、塞さんに任せなさい!」

 

「塞を狙おうっと」

 

「ええ!?シロじゃなくて!?」

 

 

 

 

 

私達の『祭り』は夜まで続いた。

 

 

 

 

 

 




シロのブラックホールは、アカギのブラックホールのように豪運や能力を打ち消し、鷲巣様のホワイトホールのように強力な運を引き寄せるようなイメージです。

よっぽどシロを追い詰めるか怒らせたりしないと発動させません。
だって、連発できたらチートですやん…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 ブラックホールと全国小学生麻雀大会

今回から全国小学生麻雀大会編に突入します。
シロは優勝できるのか!?
シロのブラックホールの正体や如何に!?
そして頑張れ乙女辻垣内智葉!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

塞と胡桃との麻雀から一夜明け、赤木さんと昨日起きた事について考察していた。

もちろん、題材はあの「ブラックホール」みたいなものである。

無意識に出たものなので、どうやって出したのかも分からない。

 

そんな有耶無耶な「ブラックホール」だが、赤木さんには心当たりがあった。

 

【…そいつと同じかどうかは知らねえが、同じようなモノを出していた奴ならいるな。】

 

「…誰」

 

【多分、俺が生きた中で一番俺を追い詰め、一番強い奴だ…】

 

【名は鷲巣巌。昭和の怪物と言われた男…】

 

【俺は特別な条件下で奴と打った。半荘6回にしか満たない勝負だったが、奴と打った記憶は鮮明に覚えている。】

 

「特別な条件?」

 

【ああ、奴が賭けたのは大金。それに対し俺が賭けたのは自らの血液…文字通り命を賭した博奕だ。…結局、奴も血を賭けたんだがな。】

 

「金を賭けてたのに?」

 

【ちょいとルールが特殊でな、それについては今は関係ないから省略するが…まあ、要は鷲巣の金が底をついたから、血液を賭けたんだ。】

 

【…それで、沢山奴の血を抜いて、何度も地獄の淵へ追い詰めた。いや、一回地獄にいったか。】

 

【事が起きたのは確か南一局4本場。親は俺で、奴の抜いた血液は1100cc。老体の奴には致死量でもおかしくない…そんな奴の死の間際に、奴が光を放ったんだ。それまで奴は5連続俺に振り込み、絶不調の鷲巣が…だ。】

 

【その結果奴は七対子を配牌で聴牌。奴はダブリー一発七対子ドラ4の倍満を和了り、俺の親を蹴った。】

 

【言うまでもなく…その時の流れは俺…!確実に俺が優勢だった…!

本来なら…俺が奴から和了り奴を葬れたはずだ…

が、それを超越したのが奴の光だ。あれは、オカルトだとか、そんな程度のモノじゃない。正しく…神を超えた力…】

 

【…多分、お前のは奴の光と相反するようで、実は同じ…そんなモノだと思う…】

 

「…」

私に、そんな力が。

確かにあの時はとてつもない力を感じた。しかし、今こう言われると実感が湧かない。

 

「じゃあどうすればいい?」

同じようなモノを見た赤木さんなら知っているはず…そう思って言ったが、流石に赤木さんにも分からなかった。しかし

【鷲巣のホワイトホールも、奴がコントロールして発動させた訳じゃない…あまり躍起になっても仕方ないって事さ…】

 

「そればっかりに頼らないようにしろって事でしょ…?」

 

【そういう事だ。】

 

 

「分かった。」

聞きたい事も聞き終えたので、私は学校へと行った。

 

-------------------------------

学校が終わり、家に帰ってきて自分のベッドに寝転がり、塞とメールを打っていた私は未だ「ブラックホール」について考えていた。

 

 

(「ブラックホール」…赤木さんを追い詰めたのと同じようなモノ…か。)

 

(まあ、私はそんなモノで勝つより、実力で勝ちたいから別にどうでもいいけど…もっと詳しく知りたいなあ…モヤモヤするし)

 

そう思っていた矢先、ピロリンと手に持っている携帯が着信音を放つ。

 

宛先は智葉からだ。

 

(あ、そういえば交換してたんだっけ…何も送ってないけど…悪いことしたなあ。)

 

罪悪感をぶら下げ、智葉から来たメールを開く。

 

-------------------------------

16:48

From 辻垣内 智葉

件名:私だ

 

こんにちは。今少し時間あるか?

 

 

 

-------------------------------

 

なんだろうか。流石に今東京には行けないぞ。

とりあえず「何の用?」と返す。

そしてその1分後、再び着信音が鳴る。

 

-------------------------------

16:50

From 辻垣内 智葉

Re:何の用

 

今週の土曜日、麻雀大会の予選があるんだが…

お前も参加してみないか?

因みに岩手も今週の土曜日が予選だ。

 

本戦は三週間後になるはずだ。

 

 

 

-------------------------------

 

麻雀大会?麻雀大会ってあの『全国小学生麻雀大会』の事か?

別に私はそういう大会には興味無いのだが…

まあいい、智葉が出るような大会だ。期待はずれって事にはならないはずだ。少なくとも智葉とは打てるのだから。

 

私は「いいよ。エントリーってどこでするの?」と返そうとしたが、続けて智葉から送られてきて、

 

-------------------------------

16:51

From 辻垣内 智葉

Re:Re:何の用

 

エントリーはこちらで済ませておく。あとはお前次第だ。

 

 

-------------------------------

 

と先読みされた。

私は「エントリーってどこでするの?」という文だけ消して返信した。

 

土曜日か。

 

 

まだ時間はある…予選だからといって気は抜かない。全力で叩き潰す。

 

そう意気込んで、赤木さんとの特訓に励む。

 

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内 智葉

 

 

ついにあいつを誘ってしまった…

震える手を強引に押さえつけ、メールを打った甲斐があった。

 

(あいつとまた会えるのか…)

 

そう考えると胸が高鳴る。と同時に私は自分の有り様に恥ずかしくなり、布団にくるまる。

 

(あいつとまた会って…それで…デ、デートなんて事になったら…)

 

〜〜〜

脳内:小瀬川

[早く行こう。智葉。恋人同士なんだから…あんまり恥ずかしがらないで…私も恥ずかしいんだから。]

 

[でも大丈夫…私がついてる…]

〜〜〜

 

 

 

「〜〜…!!」

 

声にならない叫びで悶える私。その日、私は寝る事が出来なかった。

 

 




次回は予選ですが、麻雀描写は少ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 圧倒

県予選。麻雀描写は少ないです。


 

 

 

 

-------------------------------

 

土曜日。私は盛岡のある会場に足を運んでいた。

 

何故私がそこに行ったかというと、簡単に言えば麻雀大会の予選をしに来たのだ。

 

対局中のルールはインターハイなどの公式ルールと全く同じ。形式は半荘を10回やって、その合計収支で選抜する。他の県はどうか分からないが、岩手では最終的に1人しか全国大会に行けないらしい。

 

参加人数は結構多く、200は余裕で超える。

 

200人中1人しか全国に行けないと思うと狭き門だが、インターハイ優勝に比べればまだ少ない方だ。確か1万分1とか言ってたっけか。

 

今回の大会は誰でもエントリーできるらしい。もっとも、1人しか全国大会に行けないため素人が来たところで偶然全国に行く…何て事は無いだろうが。

 

因みに塞と胡桃を誘ったが「アンタが出る時点でもう無理だから」と断られてしまった。

実際私を極限まで追い詰めたのに…

 

まあ、胡桃は兎も角塞の能力は10半荘も続けさせるのは危険だ。流石に辛いだろう。

 

そんな彼女達だが、今日は私の応援に来てくれている。全国大会にも来てくれるらしい。

 

別にわざわざ私の為だけに来なくていいのに…と思ったが、「シロの頑張るところが見たいからいいの!」と言われてしまえば仕方ない。

 

アナウンスが鳴り、そろそろ対局開始の知らせをする。

 

私は対局開始の5分前に対局室に入り、相手が来るのを待つ。

 

やがて全員が集まり、場決めをして、対局開始のブザーが鳴る。

 

-------------------------------

 

対局が始まってからは圧倒的だった。

9半荘目を終え、現在私の得点は+626ポイント。1半荘あたり7万点近く稼いでいる計算だ。

当然ぶっちぎりの1位で、2位とは300ポイント以上離れている。

 

 

全国小学生麻雀大会といっても所詮は県予選らしいレベルで、塞や胡桃達でも余裕で勝てるくらいであった。

 

やはり県予選では肩慣らしにもならない。全国大会に期待するしか無いだろう。

 

そう考えながら、最後の10半荘目の対局室へ移動する。

 

私の対局は他の人にも知られているらしく、7半荘目あたりからは対局室で私を視認した瞬間に恐怖する人もいたほどだ。

 

せめて最後の半荘くらいは存分に打ちたい。と思って対局室のドアを開ける。

 

早めに来た私だが、そこにはもう人がいた。

確か、2位の人だっけ。

 

その人は私を睨みつけて前口上らしきものを言う。

 

「…私は、一昨年、去年と岩手の代表として全国大会に出場してきた。今、点差は絶望的だ。しかし、私は諦めない。

…お前、気を抜いていたら承知しないからな?30万点差如き、不可能な差ではない。役満5回の直撃で吹き飛ぶ差だ。」

 

「…そう」

 

「とにかく、最後まで真剣に対局しろということだ。それが礼儀というものだ。」

 

要は舐めプをするなという事だろう。

もとより舐めプをする気など毛頭ない。

 

「当然。そのつもりでいるよ…」

 

そんなやり取りをしている内に、他の2人が対局室に来た。

 

そして今日10回目の開始のブザーが鳴り、対局が始まる。

 

 

-------------------------------

全国小学生麻雀大会 県予選 10半荘目

視点:神の視点

東一局 親:モブA ドラ{一萬}

 

小瀬川 (1位) 25000

モブA (16位) 25000

モブB (38位) 25000

モブC (2位) 25000

 

 

全国小学生麻雀大会県予選。その10半荘目。

1位と2位間には300ポイント以上も点差がある状況でも、諦める気を持つ者はこの場には1人もいなかった。

 

 

 

 

「ツモ」

小瀬川:和了形

{一萬二萬三萬五筒六筒二索三索四索四索五索六索西西} ツモ{七筒}

 

「400-700」

 

 

東一局。この局は小瀬川が平和ツモをあっさり和了。

 

字だけで見るとそこまで凄みはないように見える。しかし、そのスピードが異常。

 

僅か3巡。たった2回のツモで急所の牌を引きいれ、当然の如くその次順での和了。

 

現在2位のモブCもその速さに驚愕していた。

(異常なまでの速さ…ここまで差があるのか…)

 

 

 

-------------------------------

東二局 親:モブB ドラ{九筒}

 

 

この勝負。誰も負ける気などない勝負なのは確かである。しかし、

 

 

小瀬川:捨て牌

{北一萬二索南}

 

モブB

打{二萬}

 

 

「ロン」

 

(((は?)))

 

 

 

小瀬川:和了形

{三萬三萬三萬四萬五萬六萬七萬五筒六筒七筒五索六索七索}

 

 

「断么平和三色同順。7700」

 

 

現実は非情である。気持ちでは負けていない。だが、彼女達と小瀬川には圧倒的な力量差があった。

工夫すればどうにかなるとか、相性だとか、そんな程度ではひっくり返す事はまず無理。

 

 

 

 

(この巡目でそれを張るか…!?捨て牌の手出しが{一萬}だけってことは配牌で一向聴…!)

 

 

 

無論、その事は小瀬川と打っている三人全員が知っていた。しかし、知っているところでどうにかなるものでも無い。

 

この満貫から小瀬川は加速しだす。

 

 

-------------------------------

東三局 親モブC ドラ{五萬}

 

 

5巡目

 

 

「ツモ」

 

小瀬川:和了形

{一索二索三索四索五索六索八索九索南南南北北} ツモ{七索}

 

「3000-6000」

 

 

-------------------------------

東四局 親:小瀬川 ドラ{白二萬三索八筒}

 

 

六巡目

 

 

モブC

打{六筒}

 

 

「ロン」

 

小瀬川:和了形

{三索四索五索六筒} {横三萬三萬三萬三萬} {裏九筒九筒裏} {八筒八筒横八筒八筒}

 

「18000」

 

 

-------------------------------

東四局 1本場 親:小瀬川 ドラ{七索}

 

 

「リーチ」

 

小瀬川:捨て牌

{九索二索八索八索六索南}

{一索北一萬横六索}

 

 

 

「ロン。9600の9900。」

 

 

「え?」

 

 

(まだ何を捨てたか見えてないのに…っ!?)

 

 

小瀬川:和了形

{一萬一萬四萬四萬五萬五萬六筒六筒八筒八筒四索東東}

 

裏ドラ{九萬}

 

モブA:捨て牌

{南九筒二萬三索東北}

{七筒白中} {四索}

 

 

 

(何で切った牌が分かったんだ…って顔してるね。でも逆に分かるようにまでならなきゃ、私には絶対に勝てない…)

 

 

 

 

 

-------------------------------

そこからも小瀬川の猛攻は止まらず、結局、この10半荘目も終わってみれば小瀬川の1人勝ち。

 

大きな番狂わせも無く、小瀬川が1位で県予選は終了。

 

小瀬川は全国大会への切符を手にした。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

終わった。ぶっちぎりの1位。さっき智葉も全国大会の出場が決定したとの報告も入った。

 

「シロ!お疲れ様。」

塞と胡桃が迎えに来た。

塞は私に抱きつき、私も優勝に喜ぶ。無論胡桃もだ。

 

「やっぱシロはこの程度じゃ満足しない?」

胡桃が質問する。

 

「そりゃ、こっからだもん…」

 

そう。

全国にはこれまで以上に強い奴もいる。

能力持ちやトリッキーな人もどんどん増えていく。

 

だが、私が最強だという事を証明してみせる。

 

 

そして、全国で優勝してやる。

 

待っていろ、全国。

 

 

 




全国大会の前に1話何か他の話を書くかもしれません。
無理だったらそのまま全国大会になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 名前呼び

辻垣内智葉さん回です。
乙女が書きたかったんだよォ!!!



 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

「ざわ…ざわ…」

 

予選を通過し、全国大会への出場を決めた私は学校で表彰式が行われた。

 

やはり全国大会というネームバリューは大きく、すぐに学校での注目の的となった。

朝学校に行けば、私の周りに人だかりができ、まともにダラける事もできなかった。

 

校長が長ったらしい前口上を言い、何事も無く賞状とトロフィーを渡される。

 

宇夫方さんはこの時、表彰式には参加していなかった。どうやら失神してしまったらしい。何が起こったと言うのであろうか。

 

それは置いといて、全国大会までは少し時間がある。

 

なので休日を利用して智葉のところへ行く事にした。

 

主に全国大会に出る強者を知るためだ。

 

もしかしたら、智葉並に強い人もいるかもしれない。

 

そうなれば、全国大会がもっと楽しみになる。

 

 

-------------------------------

東京

 

 

そんなわけで東京にやってきた私。新幹線から降りて、東京駅から出ると、所謂ベンツなる車の側に智葉が立っていた。

 

こちらが手を振ると、智葉もぎこちなく手を振り返す。

 

「おはよう。智葉。」

 

「お、おはよう…」

 

挨拶を交わすと、黒服が出てきて、車のドアを開ける。随分と豪勢な出迎えだ。

 

私と智葉が乗ったのを黒服が確認して、ベンツを走らせる。

30分位で智葉の家?らしきところに着いた。

家、というよりは屋敷と呼んだ方がいいだろう。車から降りると、黒服達が門の前に並んで、頭を深く下げ、「おはようございます。お嬢。」と智葉に向かって言う。

 

そんな光景を目の当たりにした私は惘然としていたが、智葉が進むのを確認したので、それについて行く事にした。

そして、智葉の部屋らしい場所にお邪魔する。確実に私の部屋の二倍はある。

部屋の中には座布団と机があり、智葉が座布団の上に座る。

 

智葉が「て、適当に座っていいぞ」と言うが、座布団と机がそれはまあ高価なものだ。私は恐る恐る座布団に座った。

 

「じゃ、じゃあ…全国大会に出場する選手の情報だっけか?」と智葉が書類を取り出す。

 

そこには全国大会に出る選手の名前、顔写真、牌譜など隅々まで記入されていた。

 

「一体どこからそんな情報が…」

 

「ひゃい!?」

智葉が一瞬変な声を上げたが、すぐに冷静を取り戻し、

「…まあ、私のグループの情報網は伊達じゃないからな。」

何だろうグループって。絶対なんか怪しいやつにしか聞こえないが、それは一旦考えないようにしたが、耐えられなくなり、

「…智葉って何者なの?」

と、つい質問してしまった。が、

「…お前は知らない方が身の為だ。それより、それを見に来たんじゃないのか?」

 

「…そうだね。」

何かはぐらかされた気がするが、まあいいだろう。

 

 

 

(んー?)

智葉が用意した書類を見ている内に、見た事のある顔があった。

 

 

宮永照

 

 

愛宕洋榎

 

 

清水谷 竜華

 

 

 

この三人はこの前の連休であった人達だ。宮永照は何となく予想していたが、まさかあの洋榎まで麻雀が打てる人だったとは。

 

 

「ほう、その三人を見るとは流石お前だ。」

 

「…というと?」

 

「まあ、その三人は私と同じ位。若しくはそれ以上の奴らだ。去年にも出場している。」

 

「へえ…」

 

そうだったのか。まさかそんなに強い人達と会っていたなんて。

これはますます楽しみになってきた。

 

-------------------------------

視点:辻垣内 智葉

 

 

…今のところはまだ大丈夫だ。まだ正気を保てている。

 

書類を見つめる小瀬川をちらりと見る。やはり綺麗だ。そしてかっこいい。

 

(…まさか自分の為に用意した書類のおかげで合法的にデートが出来るとは…!!)

 

寝る間も惜しんで作成した私と、それに手伝った黒服に感謝する。

 

「そういえばさあ」

 

(…!?!?)

 

「な、何だ?」

 

危ない。急に話しかけられたから、変な声をまた出すところだった。落ち着け私。

 

だが、次の小瀬川の発言で冷静な私は完全に砕け散った。

 

「私は、智葉の事名前で呼んでるけど、智葉は私の事名前で呼ばないの?」

 

「え…!?それは、その…」

 

名前呼び。だと?メールをするだけで精神を削ぎ落とした私が、名前呼び?

いくら何でもハードルが高すぎる。失神してしまうぞ。

 

(だが、これはアイツの、小瀬川白望の頼みだぞ?辻垣内智葉。行け…!行くんだ辻垣内智葉ァ!!)

 

「じゃ、じゃあ…何て呼べばいい?」

 

(違あああああう!そうじゃない!辻垣内智葉ァ!名前で呼ぶんだよォ!何妥協してんだよオイ!)

と自分で自分を責めたが、アイツは

「じゃあ皆も読んでるからシロって呼んで。」

 

と、提案してくれた。

思考回路がショート寸前の私の脳内で厳粛な会議が開かれそうになるのを抑え、

 

「…じゃあ、そうしようか。シ、シロ。」

 

そう言うと彼女は、いや、シロは。

「いざ言われてみると恥ずかしいね…」

と顔を真っ赤にする。

それにつられて私も顔が真っ赤になる。

 

その後黒服が部屋に入ると、顔を赤く染めた2人の乙女を見て、

(お嬢の成長にこの黒服…感激です…!)

 

と思ったそうな。

 

 

-------------------------------

 

 

 




咲-Saki-で、バトル(物理)小説物を書きたくなってきた今日この頃。
まあ、その話は小学生編が終わるまでは書きませんがね。
そもそも書くと決まったわけでもないですし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 全国大会 (小学生編)
第15話 全国大会 開会式


今回から全国大会が始まります。
今回はその前日に行われた開会式についてのお話です。


 

 

 

 

 

-------------------------------

 

ついに始まる。小学生最強を決める大会が。

 

私は全国大会に出場する為、塞と胡桃と私で東京へ出発した。無論新幹線である。

私は今からワクワクが抑えられないでいた。

 

実際試合は翌日からだが、開会式が今日行われるのでそれに参加するため、前日に出発している。

故に、今日は東京のホテルで宿泊である。

因みに塞と胡桃も私と同じ部屋だ。同伴者という事で同じ部屋になったらしい。いつから私の保護者になったんだ?

 

そもそも何故開会式が前日にあるかというと、1日置いて英気を養う為なんだろうと自己解釈しているが、本当のところは良く分からない。

それに人数も県予選に比べれば半分より少ない。わざわざ1日空ける必要性が分からないが、大人の事情だろう。

 

 

今回出場する選手の人数は64名。トーナメント方式で一位しか勝ちあがれないおかげか、試合数もそんなに多くなく、1回戦、準決勝、決勝の三回一位を取れば優勝できる。逆に言えば、2位になったら即敗北である。

敗者復活戦なども当然ないので、負けることは許されない。

 

いずれも県予選で1つ、若しくは2つしかない全国大会というイスを勝ち取った精鋭揃いだ。

県予選のように一筋縄では行かないであろう。

 

因みに47都道府県の内、どこの県が全国大会出場人数2人なのかは、県別の麻雀人口ランキングによって決められたらしい。

一位から順に、

東京都

神奈川県

大阪府

愛知県

埼玉県

千葉県

兵庫県

北海道

福岡県

静岡県

茨城県

広島県

京都府

宮城県

新潟県

長野県

岐阜県

 

の上位17県が2人の出場を認められている。

これは知って驚いたが、私の住む岩手県は32位。なんと下から数えた方が早いほど低かった。

…面積は2位なのに人口が少ないとはこれいかに。

 

 

そんな事を考え、トーナメント表を見つめる。

私の名前と、智葉、洋榎、照、清水谷さんの名前を見つけた。

清水谷さんとは準決勝に行けば闘えるが、他の三人とは決勝まで行かないと闘えない。

 

 

(私の1回戦の相手は…)

 

そう思い、目線を私の名前のある方に戻す。

 

 

小瀬川白望(岩手県)

上埜久 (長野県)

白水哩 (佐賀県)

小走やえ(奈良県)

 

 

(この三人が1回戦の相手か…)

名前だけでは分からないが、全国大会出場という時点で、相当の強者という事は確かだろう。

 

 

(明日は楽しくなりそうだ。)

 

そう思いながら、窓の景色を眺める。新幹線のスピードのおかげで景色はゆっくりとは見えないが、空が綺麗だった。

 

 

 

-------------------------------

開会式

 

 

47都道府県から選抜された精鋭達が集まり、開会式が開かれる。

 

周りを見ると智葉などの知っている人もいたし、当然ではあるが全く知らない人もいた。

 

運営員が前に出てきて、開会式を始める。

 

「只今より、平成XX年度第65回、全国小学生麻雀大会の開会式を開催致します。」

 

拍手が鳴る。私も皆に合わせ、拍手をする。

 

「開会宣言。主催の日本麻雀協会会長、◯◯さんお願いします。」

 

「皆さん、おはようございます。……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…以上をもちまして、第65回、全国小学生麻雀大会の開催を宣言します。」

 

パチパチパチ。と拍手が起こる。

この中で今の話をまともに聞いた人は何人いたのだろうか…と思わせるほど長い。

私の苦悩をよそに、開会式は続く。

 

「続きまして、選手宣誓。代表者の宮永照さんお願いします。」

 

「ざわ…ざわ…」

 

宮永照という名前に辺りがざわつく。あれ、照ってそんな有名な人なんだ。と思っていたら、照が皆の前に出て、選手宣誓お約束の右手を上げ、宣言する。

 

「宣誓。私達選手一同は私達を支え、励ましてくれた保護者や友に感謝を表し、一戦一戦を正々堂々と行う事を誓います。選手代表 宮永照」

照の選手宣誓も終わり、開会式の全行程が終了する。

 

 

「以上をもちまして、第65回全国小学生麻雀大会開会式を終了致します。」

 

 

-------------------------------

ホテル

 

 

開会式が終わり、ホテルに着いた私と塞と胡桃。私達以外にも、この大会に出場する人の殆どがこのホテルで一夜を過ごす。

 

荷物を持ち、私達の部屋に行く途中に、智葉と会った。

 

「よ、よう…シロ。」

 

「智葉。」

 

私と智葉の会話に、塞と胡桃は驚愕していた。

 

「シ、シロ!?この人とどういう関係なの!?」

胡桃が私を揺さぶって問い詰める。

「シロの事…名前呼び…えー?」

塞は戸惑い、混乱している。

 

「東京で会った人。そこから仲良くなった…」

 

「そ、そうなんだ…」

胡桃が納得する。が、その後すぐに

「こらそこ!シロは私達のモノなんだからね!シロがカッコいいからって手出ししない!」

 

「「ぶっ!」」

塞と智葉が噴き出す。

 

「な、なんだお前。シロはお前らだけのモノじゃないだろ?」

智葉が反論する。というより何で私はモノ扱いなんだ。

 

「むー!」

 

「あー?」

 

智葉と胡桃が睨み合う。

 

「「ふんっ!」」

そしてほぼ同時に振り返る。もしかしてこの2人、案外気があうんじゃ…

 

「もういい!行くよ!塞、シロ!」

強引に胡桃が私と塞を引っ張る。

 

智葉に後で謝っておこう。と思った。

 

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内 智葉

 

(…やっぱりモテるよなあ。シロ。)

覚悟はしていたものの、やはりシロはモテるようだ。

 

(麻雀には勿論、シロの争奪戦も負けられないな。)

恐らくあの調子では岩手のみならず他県にも恋している敵がいるだろう。

 

 

ぐっと拳を握りしめ、私は自分の部屋へと戻る。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「あ。」

胡桃に引っ張られている私は、選手宣誓をした照を確認した。

「おーい、照。」

すると照は少しビックリしながらも、こちらの方へ向かってくる。

 

「ちょっと!シロ!今度は何!?さっきの人と同じような人!?」

胡桃が私に怒る。いや、照とはファミレスの件以来会ってないのだが。

「久しぶり。白望さん。やっぱりあなただったのね。」

照が胡桃を無視して私に話しかける。

「いや…こっちもまさか照と会えるとは」

 

「え…?」

照が目を見開く。一体どうしたのだろうか。

 

「いや、何でもない。じゃあ、また明日。」

照がそそくさと帰っていく。何かあったのか。

 

-------------------------------

視点:宮永照

 

私はホテル内を走っていた。

(…何だろう。白望さんに、照って呼ばれた時、胸がドキっとした。)

この胸の高鳴りは一体何だろう。

何かの病気でなければいいが。

 

(…切り替えなきゃ。明日に備えて、もう寝よう。)

 

私はベッドに寝転がり、そのまま寝た。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

引き続き胡桃に引っ張られながらの私は、私を揺さぶって軽いトラウマを生んだ洋榎に遭遇する。

 

「シロちゃんおひさ!名簿見た時ごっつビックリしたで!麻雀やってたんなら教えてくれれば良かったのに!」

 

「シ、シロさん。お久しぶりです。」

 

「ああ、お久しぶり。」

色々とこの姉妹には言いたい事があったのだが、前にいる胡桃と塞からは異常なまでの殺気を放っていたので、これはやばいと思い、さっさと逃げ出す事にした。

 

「じゃあ、私達これから用があるから…」

と一言加え、全力ダッシュで自分達の部屋を目指した。

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

「あー。行ってしもた。何があったんやろ。シロちゃん。」

 

シロさんが猛烈なスピードで走って行った。

恐らく隣にいた友達に迷惑をかけない為であろう。優しいなあ…シロさんは。

 

(やっぱカッコええなあ。シロさん。お姉ちゃんは気付いとらんようやけど。)

 

 

 

-------------------------------

ホテル 部屋

 

 

ホテルの部屋に辿り着いた私は、部屋に着くなり正座をさせられていた。

 

正面には塞と胡桃。

 

完全な修羅場である。

 

「一体これはどういう事?シロ?」

塞がニッコリと問いかける。人の微笑みをここまで恐怖として感じたのは初めてだ。

 

「ちゃんと説明する!」

胡桃は完全にカンカンだ。

 

 

私はさっき会った人達について、しっかりと言った。

 

 

 

 

 

「やっぱりシロはシロだったかあ…」

塞が呆れたように言う。

 

「あんまりアレだと岩手から出入り禁止にするよ!」

胡桃は未だ怒っている。

 

「まだもう1人いて「もういい!」…」

 

園城寺さんの事を話そうと思ったら、胡桃に一刀両断されてしまった。

 

「シロには今夜、寝るまで充電器の刑に処す!」

と、正座している私の上に乗る。

 

「ちょ…足、痺れるよこれ…」

私は数十分後に来るであろう地獄を予見し、胡桃に懇願する。

勿論答えはNO。「ちゃんと反省する!」と怒られしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




通算UA数が1万回という大台に乗りました。
これも全て読者様のおかげです。
これからも拙い文章ではありますが、どうぞよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 第一次小瀬川争奪戦

麻雀回だと思ってた人。すみません。
麻雀の構想を練っている時に思いついたので、その息抜きとしての投稿です。


 

 

 

-------------------------------

 

開会式のあった日から一夜明けた翌日。とうとう今日から試合が始まる。

 

因みに昨日はあの後胡桃が途中で寝たりして、そのまま正座を続けざるを得なくなり、非常に足が痺れて痛かった。

 

そんな事もあったけど、私は後もう少しで始まる大会にうずうずしている。

 

いつ以来だろうか。こんなにも私が期待に胸を踊れせているのは。

 

そのうずうずを抑え、私は大会の会場に出発する。

 

-------------------------------

 

 

会場につくと、もう別の試合が始まっているのを、会場にある巨大なスクリーンに映し出されているのを見て確認した。

 

現在時刻は10時ちょうど。

今始まった試合は1回戦第2試合目。

日程は1回戦に2日使い、今日8試合。明日8試合となっていて、準決勝と決勝は3日目に行う。

 

メディアの人達に対する配慮で、選手の試合時間が被らないようにしているからか、1時間ごとに次の試合が始まるようにスケジュールが組まれている。

理由は単純で、1回の半荘の平均時間が45分程度だからだ。

また、前の試合時間が1時間を越えれば、その分次の試合が始まる時間が延期される。

それだけ日本中が関心を示しているということだ。

 

それと、1回戦は半荘1回だが、準決勝と決勝は半荘2回に設定されている。

 

つまり3日目だけ空き時間が2時間という事になる。

 

 

 

第1試合目が9時に始まるので、今の所はそういった遅延は起きていないようだ。

 

因みに私は第6試合に出場する。このペースでいけば試合が始まるのは14時とまだ時間があるが、私は会場に来ていた。

 

目的は、今スクリーンに映し出されている智葉を見る為である。

 

観戦が目的の為、塞と胡桃はホテルでお留守番だ。

 

智葉レベルなら何事もなく突破できそうだが、一応見に来たのだ。

 

第2試合目が始まって10分しか経っていないが、現状智葉は1位をキープ。

大量リードとまではいかないが、恐らく手の内を隠そうとしているのだろう。

 

このまま何事もなく智葉が1位で準決勝へコマを進めた。

 

智葉が勝ち上がったのを見届け、私は塞と胡桃が待つホテルへと戻る。

 

本来なら智葉に一言かけようと思ったが、また充電地獄の刑をされるのは嫌なので、私はすぐに帰った。

 

-------------------------------

 

ホテルに帰ってきた私は、塞と胡桃を連れて東京の街で昼食を食べる事にした。

 

まあ、小学生の財力ではファミレス以外選択肢は無いのだが。

 

「いらっしゃいませ。3名様でよろしいでしょうか?」

店員が接客を始める。

「はい」と、私は答えて店員が私達を誘導する。

 

店員が誘導した席に着いた私達は、水を店員から貰い、メニュー表を見て、何を頼むのかを決めようとする。

 

お昼時だが、満席で座れない何て事や、うるさい中での昼食にならなくてよかった。

 

これで静かな昼食を堪能できる。

 

が、

 

「シ…シロ!?」

 

私を呼ぶ声がした。その音源は胡桃でも、塞でもない。

 

「あ、智葉。」

そう。智葉からだった。

それを聞いて、真っ先に反応したのは胡桃だった。

 

「でたな!ドロボウ猫!」

 

「なっ!?何がドロボウ猫だ!」

やっぱり始まった。仲が良いんだか悪いんだか…

 

しかし、その状況に油を注ぐように

「シロちゃん!おっはーやで!」

 

「ちょ、お姉ちゃん?今はもう昼やろ?」

愛宕姉妹のご登場である。

 

「あだ名呼びか…なんか特別感あっていいなー…」

横では塞がモジモジして何かを呟いていた。

 

「シ、シロちゃ、ん…だと!?貴様!一体シロの何だというんだ!」

それに過剰な反応をする智葉。一体どこでスイッチが入っているんだ。

 

「シロちゃんはシロちゃんや!自分こそ何なんや!」

洋榎が反論する。いや、ちゃんとした理由になっていないだろ。

 

「シロさん、試合頑張ってな…ウチは麻雀じゃなくてサッカーやっとるんやけど、良かったら後日、試合見に来てくれます?」

と、いつの間にか私の隣に座っている絹恵ちゃんが顔を赤く染めて私を誘う。

 

あんまりサッカーとか分かんないけど…

「まあ、この大会が終わったら考えるよ…」

と答えた。すると絹恵ちゃんは喜び

「ホンマですか!?やった!」

と言った。

 

その会話を切断するように智葉と胡桃が来て、

「「年下が抜け駆けようとするな!!」」

と叫ぶ。抜け駆けって…レースでもやってるのかこの人たち。

絹恵ちゃんもやる気に満ちていて、席から立ち上がって

「上級生が相手でも、負ける気は毛頭ないで!」

と完全に一触即発の状況である。

それを横では洋恵が面白そうに眺めている。

 

(静かに昼御飯を食べさせてくれ…)

そう思った私だが、神様はそれを嘲笑うかのように次の刺客を寄越してくる。

 

「イケメンさん!お久やで!」

 

「ちょ、怜?ここファミレスやで?」

竜華さんと怜さんだ。どうやら竜華さんの付き添いできたらしい。

 

智葉と胡桃と絹恵ちゃんから発せられる殺気をものともせず、私に近づいて

「またあの時みたいにおぶってくれんか?」

と三人に見せびらかすように抱きつく。

 

(((おんぶ…だと?)))

 

三人が絶句する。おんぶにそんな驚くこともなかろうに。

 

「いや、ここファミレスだから…そういうのは…」

とりあえず断っておく。しかし

「あんときはイケメンさんからおぶらせてくれたのになあ…つれないなあ…」

とわざと他の人に聞こえるように呟く。

さっき刺客と言ったが、とんでもない。まるで核爆弾だ。

 

「え…いや、あの…」

私が返答に困っていると、私の肩をグッと掴む手が出てきた。

「シロォ?」

それはさっきまでモジモジしていた塞だった。

その手には力が込められており、笑顔ではあるが、その目は笑っていない。

(あ…これヤバいやつだ。)

私は周りを見渡す。

誰か私を助けてくれる人はいないのか。

そう思った矢先、大きなパフェを食べている少女を見つけた。

そう、照だ。

 

私はそこから器用に抜け出し、照のところへ緊急脱出し、

「照。助けて。」

と言った。

 

が。

「…」

その頬は赤く染まっている。照、お前もか。

結局、私が望んだ静かな昼食とは正反対の、騒がしい昼食になった。

 

(ダル…)

昼食をとった私は、会場へ行き、試合が始まるまで精神統一という名目で仮眠をとった。

 

 

-------------------------------

ファミレス (10分前)

視点:清水谷竜華

 

小瀬川さんを中心に騒がしくなっていく様を、同じ大阪代表の愛宕洋恵と眺めていた。

すると、洋榎

「清水谷は行かんのか?」

と質問する。

「そっちこそ、妹さんが行ってんのにええのか?」

と返すが、

「…ウチは別にええねん。友達だとは思ってるけど、それ以上の関係は望んでないから、ええねん。」

それに、と洋榎は付け足し

「ウチは絹ちゃんのサポートせえへんといかへんしな。」

と笑って言った。

 

…ええ姉やな。

 

ウチも、できるだけ怜を応援せえへんとな。

 

 

 

 

 

 




次回は本当に麻雀回です。(多分)


追記
すみません。次回麻雀しません。
許して下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 全国大会 1回戦 ①

第1回戦を書いていたのですが、その前の話が案外長かったので、本格的に麻雀するのは次回からです。
本当に申し訳ございません。


 

 

 

-------------------------------

視点:臼沢 塞

 

時は少し遡り、開会式を行った日の夜の事である。

 

その日は色んな事(主にシロの誑し性)が発覚し、シロが胡桃に正座充電地獄の刑を受けたりなど、非常に疲れた1日だった。であるから、私は胡桃とシロよりも先に夢の世界へと旅立った。

 

 

〜〜〜

夢の世界

 

 

夢の世界で、私は卓に座るシロの後ろ姿を見つける。

卓に椅子はなく、シロはあぐらをかいていた。

(シロがあぐらとか…珍しいものでもあるんだな。)

 

私はシロの近くへ行くと、私は驚愕した。

 

「今得た勝ち分を全部乗せ、もう一勝負…倍プッシュだ…!」

 

意外や意外。それはシロではなかった。

ただの白い髪の青年であった。

よく見ると、その青年の横には札束がどっさりと積まれている。

 

(似たような人もいるもんだなぁ…)

いや、髪の色が似てるだけであって、普通に見ると、まず間違えない。シロのアゴは尖っていない。

 

気がつくと、その青年と札束と卓はいなくなっており、代わりにシロが前にいた。正真正銘本物のシロだ。

しかし、どこか様子がおかしい。

その違和感に戸惑っている時、さっきいた青年が出てきた。

「○○くん…!」

シロがその青年らしき名前を呟き、私の方に見向きもせず、その青年に抱きつく。

(え、ええー?)

私が困惑していると、2人は恋人繋ぎをしながら去っていった。

 

私はそこに取り残され、再びシロと会うことはないのでした。

 

 

 

 

〜〜〜

 

「ちょっとまてぇぇぇ!」

私はバッと起き上がった。何だったんだあの変な夢は。

 

(まず、シロに好きな人なんていないでしょうが…)

そりゃそうだ。好きな人がいるんだったらあんな事できるはずもない。

 

(あの夢のせいで、何だかすっごい疲れた…)

部屋にある時計を見ると3時。もう真夜中だ。

ふと辺りを見渡すと、胡桃がベッドで寝ているのが暗い部屋の中でも分かった。どうやら正座充電地獄は終わったらしい。流石に3時まではやらないか。

 

しかし、

(シロが…いない…!)

そう。あのシロが部屋にいないのだ。

どこへ行ったのだろうか。

 

私は取り敢えず髪を整え、ホテル内を探す事にした。またシロの誑しが始まってしまっては遅い。

 

ホテル内を探す事数分、ようやくシロを見つける事に成功した。シロはどこかに行こうとしているのか、右手になにかを握りしめている。

 

それが何なのかはよく分からなかったが、私はシロに気付かれないように後をつける事にした。

 

-------------------------------

 

(一体どこに行くんだろう…)

シロはエレベーターで1回まで降りていった。私は、それを確認して、階段を駆け下りた。

 

このホテルは、1回に部屋は無く、あるのは受付や休憩所、小規模なゲームセンターとお土産しかない。

 

何が目的なのか、と思った矢先に、シロが休憩所にあるテーブルと椅子があるところへ行き、その椅子に座った。

 

その瞬間頭をよぎったのは誰かと夜のデートという事だったが、どうやら違うらしい。

 

シロが右手に握りしめていたものをテーブルに置く。遠くからでよく見えないが、それは御守りのようなものだった。シロがその御守りから石のような欠片を取り出す。

 

「…ついに、ここまで来たよ。赤木さん…」

と、シロがその欠片に語りかけるように話す。

 

ああ成る程、あれは形見といったところか。

 

しかし、気になる点もある。シロのおじいちゃんなどに、赤木という人はいなかったはずだ。

 

(じゃあ、赤木さんって言うのは…)

 

そう思っていたが、事態は急変する。

 

【フフフ…ここまで来た。というよりかは、ここからが本番だろ…?】

 

何と、その欠片が喋ったのだ。

 

空耳ではない。他の誰かがいたわけじゃない。

 

本当に、欠片が喋っていたのだ。

 

【…にしても、寝なくていいのか?明日からなんだろ?】

欠片がシロに質問する。

 

「…別に明日は午後からだし、それに最近赤木さんと全然喋れてなかったし。」

 

【…お前さんの友達の件か。】

 

きっと私たちの事だ。赤木さんがシロの何なのかは知らないが、ちょっと悪い事をしたなあと思う。

【しっかし、お前さんも凄いな。お前さんに対して恋している奴が今何人いるのか、把握してないだろ?】

 

「…赤木さん、恋って事分かるんだ。」

 

【ククク…あまり俺を馬鹿にするなよ。それくらい分かる。】

【それで、】

 

【お前さん、一体誰を選ぶんだ?】

赤木さんが一気に切り込んでいく。誰もが知りたいシロの本心を、いとも容易く聞きにいった。

 

「誰を選ぶか…ねえ」

シロがしばし考える。まさか、ここで結論を出すというのか。呆気なさすぎる。

 

 

「…」

嘘だ。こんな簡単に進んでしまうのか?こんな簡単に終わってしまうのか?

 

「まだ決めない。」

と、シロがきっぱり言う。断言する。

その答えに、私はどこか嬉しくあり、悲しくもあった。

 

【ククク…そうかい。でも、お前さんは何れ決めなきゃならない。…それを忘れるなよ。】

 

「分かった。」

 

 

 

 

私はその後の会話も聞いたが、さっきの話で全く頭に入ってこなかった。

 

これ以上聞いても無駄だと思った私は部屋に戻り、そのまま倒れるようにベッドで寝た。

 

 

-------------------------------

視点:臼沢塞

 

今、私は昼食を食べ終わり、シロが仮眠を取りたいと言ったので仮眠室で寝ている。私はその隣でシロの寝顔を眺めていた。もちろん胡桃もいる。

 

(昨日夜更かししてたから…)

そう思い、シロの頭を撫でてやる。

一体、昨日のは何だったんだろう。赤木さんとは何者なんだろうか。そんな事を考えていると、シロが目を覚まし、

「ん…塞、胡桃。おはよう…」

と呟く。

「何言ってんの、今はもう昼よ。昼ご飯食べたじゃない。」

「ほら、寝ぼけない!シャキっとして!」

と、2人でシロを起こす。

「今何時…」

シロが時間を聞く。私は腕時計を見て、

「13時半。もう直ぐ時間よ。」

と報告する。

「そろそろかぁ…じゃあ、待機室に行ってくる。塞達は観戦室に行ってて。」

と、シロが仮眠室を出ようとする。

が、私はその腕を掴む。

「?」

シロは頭の上にハテナマークを浮かべる。胡桃も、私を疑問そうに見る。

「一つ。質問させて」

そう言うと、シロは

「いいよ。」

と、許可する。

 

私は言った。

 

 

 

「赤木さんって、誰?」

 

 

 

「っ…?え…!?」

シロが驚愕する。恐らく初めて見ただろう。

胡桃は全く知らない人の名前と、それに驚くシロに困惑している。

 

「…ど、どこで、知ったの?」

シロが慌てる。

「昨日…夜の3時くらいに…」

 

シロが冷静を取り戻し、深く息を吐いて、

「…この際、2人に教えてあげる。」

と、昨日欠片が入っていた御守りを取り出す。

胡桃は話の展開についていけない。

 

「…私の師匠。赤木しげるさん。」

【ハハハ…よろしく、嬢ちゃん達。】

昨日見たように欠片が喋る。やはり本当だ。

 

この後、赤木さんとシロの関係を話してもらった。

本当かどうか信じれないほどのびっくりする話だが、本当なのだろう。

 

「そうか…それで、シロがあんなに強く…」

胡桃はさっきまで話の展開についていけなかったが、大体の話の流れは分かったようだ。

 

「今まで黙っててごめん。」

と、シロが深く頭をさげる。

「いや、別にいいよ。」

「そうそう、第一、こんなの普通は信じられないもん!」

私と胡桃がシロを許す。いや、許す以前の問題である。

 

と、そこに赤木さんが口を挟み、

【…昨日の会話が聞かれたって事は、あの話も聞いたんだよな?】

と私達に言う。

 

「あの話…?あっ!」

私が思い出して、顔を真っ赤に染める。

無論シロも、顔が真っ赤だ。

「…待機室行ってくる。」

とシロが言い残し、超スピードで部屋から出て行った。

「…あの話?塞、どういう事?」

胡桃が私に聞いてくる。

「…後で話す。」

と、返した。

「…じゃあ、私たちも観戦室に行こうか。」

と、部屋を出ようとした時、ふと思い出す。

シロが出て行った時、確か赤木さんの欠片は持っていかなかったはずだ。

 

そして振り返ると、そこには御守りと欠片があった。

 

【流石に、ちと寂しいな…】

気まずくなった私と胡桃は取り敢えず赤木さんに謝る事にした。

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内 智葉

 

 

聞いてしまった。シロ達が話していたのを全て聞いてしまった。

 

シロが部屋から出た時は、シロは気付かなかったが、私はずっとここで話を聞いていた。

 

そろそろシロの試合だと思い、シロをしらみつぶしに探していたところで、つい聞いてしまったのだ。

 

(赤木…しげる…)

話に聞いた事はある。伝説の男。神域。100回やって100回勝つ男。転ばずの赤木等、数々の異名を持った天才ギャンブラー…

かつての私の憧れの存在だった。

 

彼についての伝説は幾つもある。

彼が麻雀を初めて打った日に裏プロを倒し、その数日後には当時最強とまで呼ばれた裏プロをも倒したとか、70,000点差を僅か2局で逆転したとか、吸血麻雀で今でいう60億と1人の命を奪い会社を潰したとか、人生で負けたのはたったの二度だけとか…

彼のエピソードはまるで下手な作家が考えた最強のギャンブラーみたいな話ばかりだった。

 

そもそも今では実在するのかどうかも怪しい人物だった。

 

(それが、本当に実在してて…霊となっている…)

馬鹿げた話である。しかし、その話は全て真実である。

 

「ちょっといいか。」

私はドアを開け、恋敵共に尋ねる。

「む!シロはいないよ!」

ちっこいのがそう言うが、今はそれどころじゃない。

「…赤木、しげるさんか?」

私は欠片にそう問う。

【そうだが…】

「…お前ら、赤木さんの欠片を持って私について来い。」

 

 

-------------------------------

特別観戦室

視点:臼沢塞

 

恋敵である智葉について行くと、警備員が道を遮るように立ち往生していた。

しかし、

「辻垣内智葉だ。通せ。」

と智葉が言うと警備員は敬礼し、私たちを見て質問する。

「後ろの方々は?」

すると智葉が

「…私のツレだ。気にするな。」

と、若干言い渋ったがまあいいだろう。

 

そこから少し歩くと、今度は黒服がドアの傍に立っている。

黒服が私たちを確認すると、お辞儀をして、ドアを開ける。

 

そこは所謂VIPの観戦室だった。

ソファーとテーブルがあり、大きなスクリーンが映し出されていた。そのスクリーンには、シロが出る前の第5試合目が行われていた。

 

「ちょっと、どういうつもり?」

胡桃が智葉に質問する。

「…赤木さんに、教えて欲しくてな。」

智葉が真剣そうな眼差しで私たちを見る。

「私にっ、シロが好きな事を教えてくれぇ!」

と、深く頭を下げ、言う。

 

【あらら。】

と赤木さんが笑う。

 

 

「…」

胡桃がプルプル震え、叫ぶ。

 

「抜け駆けしようとするなー!」

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

さっきの恥ずかしさがおさまり、私は今待機室で文字通り待機している。

 

部屋に置いてあるテレビを見て、第5試合目が終わるのを確認してから、私は待機室を出て、試合室へ向かう。

 

 

試合室へ辿り着くと、私より早く来ていた人がいた。

 

「こんにちは。」

取り敢えず挨拶をする。

その人が私に気付き、

「こんにちは。私の名前は上埜久。久でいいわよ。」

と自己紹介する。

「小瀬川白望…どう呼んでもいいよ。」

私も自己紹介をする。

そこに、また新しく人が来る。

「もう人がいたか。ウチの名前は白水哩。今日はよろしくばい。」

「…確か佐賀県の人だっけ?」

私は白水さんに質問する。恐らく方言のせいで変な日本語になっているんだろう。

「ああ、ウチは佐賀県出身ばい。変な方言だばってん勘弁してね。」

どうやら的を射ていたようだ。

 

…後は1人か。

そう思った矢先、その最後の1人が現れる。

「ふふふ…王者は遅れてやってくる…」

確か小走さんだったっけ?

「よろしくばい王者さん。」

と、白水さんが皮肉を交え言う。

「佐賀県の白水だったか。方言でしか喋れんとはニワカめ…」

と、王者さんも返す。

なんだこのピリピリした空気は。

「あ、私西家。」

上埜さんはすでに場決めを始めていた。

マイペースか。

 

私もそれに続いて牌を取る。それは{東}。仮東か。

 

他の2人も牌を取り、場決めが終わる。

そして、ブザーが鳴る。

 

 

 

 

 

(…始まる。)

 

 

 

1回戦第6試合目 開始。

 

 

 

-------------------------------

視点:臼沢塞

 

 

胡桃と智葉の睨み合いも終わり、私達は特別観戦室でシロを見守る。

 

一応赤木さんが解説役として一緒に観戦する。

 

 

(頑張れ…!)

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

全国大会 1回戦

東1局 親:小瀬川 ドラ{五萬}

 

小瀬川 25000

小走 25000

上埜 25000

白水 25000

 

 

 

 

 

 

 

 




次回に続きます。流石に次回は麻雀します。
この話だけで5000文字なんだ。許して下さい。何でもしますから!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 全国大会 1回戦 ② 対子場

麻雀しますが、1局しか作れてません。
一回南場まで作ったのですが同じ牌が5枚ある、書いてて自分でも意味が分からなくなってくるなどの理由により、書き直したせいです。

書き直しましたが、日本語も結構怪しくなっているので、分からない箇所、分かりづらい箇所、日本語として成り立っていない箇所など、読みにくいところがございましたら、報告お願いします。


第18話 全国大会第1回戦 ②

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

全国大会 1回戦

東1局 親:小瀬川 ドラ{五萬}

 

小瀬川 25000

小走 25000

上埜 25000

白水 25000

 

 

遂に始まった。全国大会第1回戦。

私は胸のドキドキを強引に抑えつけ、配牌を取る。

小瀬川:配牌

{三萬三萬四萬赤五萬七萬二筒三筒七筒八筒六索八索八索九索南}

 

配牌は良い。赤ドラの{赤五萬}は、この場ではこれ一つでドラドラ。打点も速さもある理想的な配牌だ。

 

私は手牌から浮いている{南}を切る。

 

小瀬川

打{南}

 

小走

打{南}

 

小走さんは私に続くように{南}打ち。{南}は小走さんの自風牌だが、私が切ったのを見て重ならないと踏んだのだろう。

 

 

上埜

打{⑨}

 

上埜さんは九筒をツモ切り。

 

白水

打{北}

 

白水さんも自風牌を切り出す。他に字牌が無かったのだろうか。それを考慮すると、白水さんも速そうな気配が漂う。

 

 

そしてツモ順が一周してきて、私の番になる。

 

小瀬川:手牌

{三萬三萬四萬赤五萬七萬二筒三筒七筒八筒六索八索八索九索} ツモ牌{九索}

 

(んー…)

実に悩ましいところをツモってきた。

(…読むか。)

これ以上悩んでも無駄だと悟り、他3人に了承を得ようとする。

「ちょいタンマ…」

 

「ふふふ…ニワカめ。良いだろう。王者が許可してやる。」

「ウチもよかよ。」

「いいわよ。」

 

3人から許可を得た私は牌の流れを読む。

読むこと十数秒。

 

(じゃあ…ここかな。)

打{赤五萬}

{三萬四萬赤五萬}の面子を崩す。

その瞬間、下家の小走さんが{五萬}を2枚晒す。

 

「ポン!」

打{西}

 

(…やっぱりか。)

 

 

-------------------------------

視点:臼沢塞

 

シロが{赤五萬}を切る。何故。あれ一枚でドラドラが確定したのに。

私が混乱していると、それを察したのか赤木さんが説明を始まる。

【今の一打は、場の流れを読まなきゃあできねえ一打だ。】

「…というと?」

智葉が質問する。彼女もあの一打の意図が理解できずにいた。

【簡単に言えば、今あの場は対子場である。それも極端に縦にのびる偏りだ。…故に、順子は役に立たないと踏んだんだろう。】

それに、と赤木さんは付け足し

【今の南家。ポンしただろ…?なら{五萬}は殆ど重ならないと思った。だから切った…あの{赤五萬}を。】

何だその理屈は。仮に対子場だとしても、南家が対子にしているなど根拠がない。

「それだと理由になっていない…何かしら根拠があったのだろう?目線の動きとか。」

智葉が私の考えを代弁するように質問する。

赤木さんはクククと笑い、

【根拠なんて無いし、いらねえんだよ…嬢ちゃんたち。根拠を強いて挙げるとすれば、そう思ったから。それだけだ。それ以上の根拠なんて必要ねえ。】

「…だが、」

【そんな事普通はできないって?…ああ。それをするアイツも、それを教えた俺も多分、客観的に見れば普通じゃない…だが、俺らからしたら、何でそれができねえのかと思うくらいだぜ。】

【確率だとか根拠だとか…そんなもんに踊らされて自分から自滅するよりかは、よっぽど理にかなっていると思う…】

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

小瀬川の読みは赤木が言った事と全く同じで、対子場と読み、小走が二つ抱えているから{赤五萬}を切り出したのだ。

 

そしてその読みは的を得ていて、場はどんどん対子場を露呈させていく。

 

 

上埜手牌

{一六七八九九九112白発中} ツモ{発}

 

({白}と{中}を切って、混一色かしら…)

打{白}。しかし次順。

 

3巡目

{一六七八九九九112発発中} ツモ{白}

(裏目かあ…)

勿体無いなあと思い、{白}をツモ切り。

 

が、次順も{白}引き。

(…!運がとことん無いわね…)

 

そして5巡目。上埜はようやく理解する。

(え…?)

ツモ牌を確認する。それは{中}。

そう、即ち2巡目に{中と白}を残しておけば、大三元を狙える手になっていたというのだ。

(チッ…!)

打{1}

現状は対子場だと悟った上埜が混一色に向かう為、{1}を切る。

 

続いて白水のツモ。

こちらも、上埜のような役満を逃した程でもないが、とことん裏目を引く。

 

白水:手牌

{二四四①②②④115889} ツモ{北}

(なんだこの状況…捨て牌ば合わせっぎ七対子聴牌してたのに…)

 

白水:捨て牌

{北二④5}

 

(もそいばってんたら、対子場か…?)

こちらも場が対子だという事に気付きだす。

 

(そいばってん、皆そいに気づいていなかかもしれなか…上埜は気付いたかもしれんが、他2人はまだ気付いていなかはず…

だとしたら、この聴牌競争、まだ分からなか…)

 

そう。「普通は」気付かない。

 

しかし、白水の下家にいる小瀬川は、断じて「普通ではない」。既に気付いている。ちょいタンマをかけた2巡目には。

 

故に、

 

8巡目

小瀬川:捨て牌

{南②⑦七⑧八}

{横四}

 

「リーチ」

 

先手を取るのはごく当然の事である。

 

(な…もう張ったっていうのか!ていうより、気付いよったのか…!)

白水が驚きを隠せずにいる。

上埜もそれに驚愕しているのが分かる。

 

 

(…としたら、2打目の赤五もそいの布石っていう事になる。もし、最初からそいに気づいよったのなら、この場で一番やばいのは小瀬川…!)

 

その考えは半分当たっている。が、半分止まりだ。

 

(ふふふ…)

そう。この場で対子場に速く気付いたのは小瀬川だけではない。

 

小走:手牌

{一二二三六六七七八東東} {五横赤五五}

 

そう。小走やえも対子場になる事を確信していた。

しかし、小走には対子場かどうかを速く察知する事は無理だ。

「察知する事は」無理だ。

 

ならば、察知できる人間に教えてもらえばいいだけ。

 

そう。小走はずっと小瀬川の動向を探っていた。対局が始まってからずっと。

(あの状況で{赤五}切り…不自然すぎるのだよ。)

そう。ドラの{赤五}を切るという事は、{五}が繋がらないという事。そして{五}は自分が対子っている。それをも小瀬川は知ってたと仮定すると、小瀬川が切る理由は、対子場以外にないのだ。

 

小走にとってもそれは賭けだった。しかし、小走の小瀬川に対する評価は間違ってはいなかった。

王道。100%の確信を持って行くのではなく、50%の運否天賦に身をまかせる、ギャンブルの絶対的王道。

(小瀬川がリーチをかけている以上、こっちの方が有利…!圧倒的有利…!)

 

 

「お見せしよう…王者の打ち筋を…!」

 

打{二}

 

(なっ…!こっちも気付いよったのか…!?)

 

 

小走の賭けは勝った。賭けでは勝っていたのだ。

 

しかし、

 

 

「それだ…ロン…!」

小瀬川:和了系

{一三三三③③③678999}

 

裏ドラ:{一}

 

手牌の駆け引きでは、小瀬川が勝っていた。

 

 

「リーチ一発…裏、一つで9600…!」

 

 

 

 

「なっ…!」

小走が絶句する。その手、一発と裏が乗らなければリーのみの手。たった2400にしかならない勿体無い手。

 

(一巡待って、純粋単騎にすれば三暗刻もついた。ツモれば文句無く満貫になった手だ。それを、あろうことか、リーのみ…)

 

 

「…目が曇ってるよ。小走さん。」

小瀬川が笑う。不敵な笑みで。

 

「まだ気付かないか?」

奴が言う。何に気付けというんだ。対子場以外に、何を。

「…対局が終わったら教えてあげる。」

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

視点:神の視点

 

「{赤五}を切る意味はない?」

胡桃が聞き返す。赤木曰く、本来あの手の最善手は、{赤五}を切る意味はないのだ。

 

【そう、普通に手を進めればあの手は一巡速くツモっていた。打点もツモ三暗刻ドラドラと高い。…なら何故{赤五}を切ったか分かるか?】

 

そういうと皆が考え始める。が、誰1人その答えに辿りつく者はいなかった。

 

【…正解は、狙い撃つ為さ。】

 

「狙い…撃つ?」

塞が疑問そうに言う。

 

【そう、わざと{赤五}を打って鳴かせて、場を対子場だと知らせた。小走がアイツの動向を探っていたのは既に気付いていたのさ。

そうして気付かせ、丁度自分が聴牌した順に聴牌させる事ができた。つまりあの{赤五}は布石の布石…】

 

皆が言葉を失う。

まさかあの8巡の内に、小瀬川はそんな事まで考えて打っていたとは。

 

【ククク…まあ、アイツは俺と何回も何回も打ってたからな。…ほら、一本場が始まるぞ。】

 

その言葉を聞いて、皆はスクリーンに映る小瀬川を見る。

その小瀬川の表情は、まるで狩りをする獣のような表情だった。

 

 

 

 

 




佐賀弁難しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 全国大会 1回戦 ③ 分岐点

東1局一本場の前半です。
筆遅スギィ!


 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東1局 一本場 親:小瀬川 ドラ{2}

小瀬川 34600

小走 15400

上埜 25000

白水 25000

 

 

前局、9600を小走やえに直撃させ、流れを得た小瀬川。

それに対して9600を吐き出し、流れを失った小走やえ。

 

両極端な東1局は一本場へと移る。

 

 

小瀬川:配牌

{四九②⑤⑥4566東東北白白}

最初の時点で既に{東と白}の対子を抱える。

この手が既に三向聴。{東と白}を鳴く事ができれば実質一向聴。ダブ東白の速攻が望める配牌。

 

白水:配牌

{四五六六九②③⑤赤58東西中}

白水は面子こそあるものの、受けが広がらず五向聴止まり。

{赤5}をどう生かすかが分かれ道となりそうな気配漂う配牌。

 

上埜:配牌

{三六七九①③④④⑧115中}

こちらは向聴数だけで見れば白水よりも速い四向聴だが、いかんせん打点は望めない。

打点を満貫に伸ばすためには裏ドラなどが必須と言っていいほど低めになりそうな配牌。

 

そして肝心の小走の手牌だが、

 

 

小走:配牌

{一五八九①赤⑤⑧⑨246西南}

ボロボロ…!ドラを2つ抱え、白水と同じ五向聴だが、受けは辺張と嵌張のみ…!流局まで聴牌できるのかどうかも怪しくなってくる手牌。

(ぐっ…!)

思わず苦い表情を浮かべる。

 

 

全員の理牌が終わったのを確認した小瀬川が{北}を切り、一本場が始まる。

 

 

小走:ツモ

{西}

 

オタ風の{西}が重なる。普通なら運の悪い予兆のようなものだが、向聴数が進む事の重要さが大きい今では、そんな贅沢は言ってられない。

{西}を手中に収め、{①}を切り飛ばす。

 

上埜:ツモ

{2}

ドラの{2}引き。別にドラを切り飛ばす理由も無いので、手牌から浮く{中}を早目に切る。

 

 

 

白水:ツモ

{中}

 

一方白水は{中}が対子となり、小瀬川の親を蹴る特急券を得る。

ついさっき上埜に切られたが、まだ山に1枚は残っている。

そう考え、打、{南}。

 

ツモが一巡し、小瀬川は三向聴。その他3人は四向聴と、中身に差はありながらも、横並びになりかけてきた一巡目だが、次の順目からキー牌を持っている者と持っていない者の差がくっきりと出始める。

 

小瀬川:ツモ

{6}

向聴数を進める{6}引き。これによって小瀬川は{東と白}を鳴く事を前提とすれば実質聴牌した事になる。

 

打{九}

 

 

(聴牌しなければこのドラドラも役に立たない…何とか聴牌しなくては…)

 

小走:ツモ

{中}

 

しかし、その願いは天に通じず、無駄ヅモの{中}引き。無論ツモ切り。が、この{中}から場は一気に加速する。

 

「ポン!」

 

白水:手牌

{四五六六九②③⑤赤58東} {中横中中}

 

打{東}

 

まず白水が{中}を鳴き、特急券を確実なものにする。これで三向聴。

 

 

(…!ツモを飛ばされた…!いや、普通に手を進めただけか…)

上埜としては、ここでツモを減らされるのは正直厳しいところ。ツモを飛ばされたと思ってもいいほど悪いタイミングの鳴き。

 

しかし、まだこれでは終わらない。

 

「ポン…」

 

小瀬川:手牌

{四②⑤⑥45666白白} {横東東東}

 

打{四}

 

(やっぱい来っか小瀬川…!)

 

続いて小瀬川も{東}という2飜を得る。そして誰よりも速く一向聴に到達する。

 

小走:ツモ

{白}

 

またもや無駄ヅモ。自分の運の悪さを呪いつつ、{白}切り。

 

 

「ポン…」

 

小瀬川:手牌

{②⑤⑥45666} {白白横白} {横東東東}

 

打{②}

 

二連続飜牌鳴き。他の3人は知る由もないが、この鳴きで聴牌する。待ちは{④-⑦}。

 

小走:ツモ

{赤五}

 

今度は向聴数を進めることができた。おまけに{赤五}。このドラ引きで、インスタント満貫が確定する。

 

打{南}

 

上埜:ツモ

{七}

ようやくツモが回ってきた上埜はこれで小走についてくる形で三向聴となる。

 

{三}を打った瞬間、白水は慌てるように{四五}を晒す。

 

「チー!!」

 

打{九}

 

(こいで二向聴…小瀬川はもう聴牌か、一向聴は確実…!兎に角ここは親ば蹴らんと…)

 

そして小瀬川にツモ番が回る。

 

小瀬川:手牌

{⑤⑥45666} {白白横白} {横東東東}

ツモ {3}

 

(…{3}か。)

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

【…分岐点だ。】

赤木が小瀬川が{3}をツモったのを見て、ふと呟く。

 

「分岐点…?」

胡桃が疑問そうに言い返す。

胡桃の疑問も当然の事で、{3}ツモ切りのリャンメン聴牌維持しかないだろう。

わざわざダブ東白が確定しているのに、混一色に向かって二向聴の白水に追いつかれては目も当てられない。

 

【そう。この{3}が分岐点。分かれ目…この牌の処理の仕方で、この一本場は決まる…】

 

赤木がそれを言うと、皆はスクリーンを一斉に見る。

 

そこには{⑥}を打って、聴牌を愚形の単騎待ちに変えた小瀬川の姿が映っていた。

 




文字数見たら1915文字で笑いました。
次回はもうちょっと頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 全国大会1回戦 ④ ギャンブラー

今回はいつも通りの長さです。
だけど一向に話が進まない…


 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東1局一本場

 

小瀬川 34600

小走 15400

上埜 25000

白水 25000

 

 

 

打{⑥}。

 

リャンメンを捨て、愚形の{⑤}単騎待ちに移行する。

 

小瀬川と共に打つ3人には何が起こっているか分からないが、特別観戦室の塞たちはその一打に唖然としていた。

 

ありえない。

 

そんな一打を打った小瀬川。ここは手堅く行くべきだ。確かに、あと一枚索子を引けば混一色を聴牌できるが、今はそんな切羽詰まる状況でもない。

 

しかし、塞達の不安を他所に、局は進む。

 

現在の状況は

 

小瀬川:手牌

{⑤345666} {白白横白 横東東東}

 

小走:手牌

{赤五五七八九赤⑤⑧⑨246西西}

 

上埜:手牌

{六七七九①③④④⑧1125}

 

白水:手牌

{六六②③⑤赤58} {横三四五 中横中中}

 

という状況で、次のツモは小走。

 

 

 

小走:手牌

{赤五五七八九赤⑤⑧⑨246西西} ツモ:{3}

 

小走のツモは{3}。これで一向聴となる。

 

打{6}

 

が、小走が一向聴にする為に切られる牌を、{6}を待ち望んでいた者がいた。

 

 

「カン…」

 

小瀬川:手牌

{⑤345} {666横6 白白横白 横東東東}

 

そう。ついさっき聴牌を変え、{⑥}を切った小瀬川が、ここで動く。

 

-------------------------------

特別観戦室

 

【ククク…来たか。】

赤木がやはりといった感じで笑う。

 

「…?どういうことだ?王牌に索子が眠っていて、それをツモろうというのか?」

智葉が、赤木の笑みを理解できずに言う。

 

【…20点だ。そもそも、アイツは混一色を狙う気はない。そのまま嶺上開花だ。】

赤木がサラッととんでもない事を言う。

 

「混一色の分岐点じゃあ無かったの…!?」

塞が驚いて赤木に問い詰める。

 

赤木はクククと笑い、

【混一色かどうかの分かれ目じゃねえ…和了れるかどうかの分岐点だよ。】

 

「{④ー⑦}じゃ和了れないって事?」

胡桃が答える。

 

【その通り。…だが半分だ。まずあの待ちでも…混一色に向かっても…和了ることは不可能だ。】

 

【ツモはさっきの{6と3}引きから見て、まず索子寄りだという事は分かる。筒子は引けないだろう…となると、残りは出和了りだが、これもまず望めない。】

 

【小走と上埜は{④を引いても⑦}を引いても溢れる事は無い…すると白水からは2人と比べ、溢れやすいかもしれないが、それより先に{8}が切られるだろう。】

 

【だが混一色に向かえばその分遅くなる。お前らには分からないかもしれんが、この巡目でカンしなければ小走が和了っていた。次の巡でアイツが仮に混一色を聴牌しても、奴がそれに追いついてリーチをかけ、上埜が{西}をツモって振り込んで終わりだ。】

 

つまり、と赤木は加え

【この局はあの巡目で{⑤}待ちにして、大明槓からの嶺上開花以外では和了れないってこった。だからあの{3}は分岐点なのさ…大明槓からの嶺上開花をする為の分かれ目…】

 

言葉で言えば如何とでも言える。

いや、赤木はできるのかもしれない。

しかし、あの状況で、あの形に手を仕上げる事が出来る人間など、誰がいようものか。

 

誰も、いない。

 

そう悟る3人であった。

 

 

-------------------------------

 

「ツモ」

 

小瀬川:和了形

{⑤345} {666横6 白白横白 横東東東}

ツモ:{赤⑤}

 

ドラ:{2北}

 

「嶺上開花ダブ東白赤1。満貫。」

 

淡々と点数を申告する。

 

通常では理解できない打ち筋で辿り着いた奇跡の和了を、ただ淡々と。

 

「…一本場を加えて12300の責任払い。」

 

 

(何だその和了形…馬鹿げた打ち筋、{④ー⑦}待ちば取らなかで{⑤}単騎…?)

白水がその和了形を見て絶句する。意味が分からない。何故速めの{④ー⑦}を捨て、挙句混一色にも取らないで和了る意味が。

 

(私と同じ悪待ち…?いや違う…のか?私は悪待ちにすれば逆に和了れるといった感じだけど…

小瀬川さんは悪待ちとか関係なしに和了れると確信しているからそう打っているのかな…?何にせよ、普通のオカルトよりオカルトチックな打ち筋ね…)

こちらもその和了形を気持ち悪そうに見つめる。自分と似たようで、全く違う異形の何か。

 

(…馬鹿、な。何故そんな打ち方が出来るんだ。)

小走は何故そんなメチャクチャな事が出来るのかが不思議でたまらなかった。

例えそう確信したとしても、そう実行できる人間などいない。そもそも、確信できるのがまずおかしい。

 

(ニワカなんてものじゃない…最早こいつは…)

 

ギャンブラー。雀士という枠組みから超えた、自分の破滅さえも厭わない、狂人。まさに小瀬川がそんな様に見えてきた。

 

(やらなければ、やられる…喰われる…!)

気付かない間に小走は小瀬川に恐怖していた。手を震わせ、額からは汗が出ていた。

 

「…2本場。」

 

小瀬川は3人の動揺と戦慄を気にも留めず、100点棒を取り出し、ヒョイと投げる。

 

 

-------------------------------

東1局 2本場 ドラ{6}

 

小瀬川 46900

小走 3100

白水 25000

上埜 25000

 

 

この麻雀には1回戦のみトビ終了がある。つまり、小走は残りの3100を吐き出せばその時点で小瀬川の勝ちが決まる。

 

であるからして、小走をトバさないように上埜と白水は打っていかなければならない。

が、トバさないようにする事は文字だけ見れば案外難しい事ではない。小走に差し込んで安全圏に戻したり、ツモらず小走以外の人間から出和了りしたりなど、色々な手段がある。

しかし現実的な話として、トバそうとする人間がいる時点でそれは至難の技と言える。

 

故に、今白水と上埜が最も聞きたくない単語は、

 

 

「リーチ」

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏}

 

捨て牌

{横5}

 

 

小瀬川の聴牌宣言である。

 

ダブリーの2飜が確定する。どれだけ少なく見積もっても、ツモは30符3飜で2200オール。これならまだいいが、小走が打てば最低でも30符2飜の3500。つまり終わりだ。

 

だが、それを知りつつも、

 

 

「チー!」

 

小走:手牌

{二二五七③③④666中} {横534}

 

 

 

小走、動く。

 

(やられる前に…やる…!)

そう決心しつつ打{中}。一打目から既に危険を伴う地雷ゲームに足を踏み入れる。

 

「…」

 

小瀬川からロンの言葉はない。つまり回避したようだ。

 

続く上埜は小走が鳴けそうな中張牌の{③}を強打。別に振っても構わない。小走がトバなければいいのだ。

 

「…」

この{③}にも小瀬川からの発声は無く、セーフ。

 

小走は上埜の期待に応え、それを鳴く。

 

「ポン!」

 

これによって聴牌する事が出来る。待ちは嵌{六}。

 

{④}を河へと置くが、これも小瀬川は動かない。

 

続く上埜は差し込もうと{四}を打つが、実らず。

 

(違う…そっちじゃない!)

 

白水も同じく差し込みを狙いつつ小瀬川の安牌でもある{5}を打つ。

 

が、それも実らない。

 

上埜も鳴いてツモ順を変える事もできず、ついにツモは小瀬川の元へ。

 

(ここまでか…!)

 

打ったのはこれで3局目だが、嫌でも分かる。小瀬川はここで和了れないなんてミスはしない。

和了れると小瀬川が思えば、それは必ず的中する。

 

ゆっくりと小瀬川が山に手を伸ばす。

 

まるで焦らすかの様に。まるで死刑宣告をするかの様に。

 

(ぐっ…!)

 

 

が、

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

「…」

打{北}

 

 

小瀬川が「ツモ」という単語を発する事は無かった。

即ち、無駄ヅモだったという事だ。

 

(え…?どういう…事だ?)

小走は若干困惑していた。どういう事だ。今までからして、ここで和了れないなどという失態をする筈がない。このギャンブラーは、そんなミスなどありえない。

 

(それとも…今までのは運が良かっただけ…?)

そう疑心暗鬼になるほど、インパクトが大きかった。

が、小走はまだある可能性に気づいた。

 

(そうか、私のツモ…!)

そう。ツモでないのなら、残りはロンしかない。つまり、当たり牌を掴まされるという事だ。

 

(何を引く…安牌を引けば、まだ和了れる可能性はある…!)

 

そう願い、ツモ牌を引く。その手は震え、今にも山を倒しそうな弱々しい手だった。

 

 

ツモ牌{六}

 

(…!)

引いたのは{六}。いや、掴まされたのは{六}。捨て牌に未だ姿はない、つまり危険牌の{六}。

 

(取り敢えず、この{六}は切れ…)

そう考え、手中に収めようとした時、

 

({六}…?)

 

 

小走:手牌

{二二五七666} {③③横③} {横534}

 

 

待ちは嵌{六}。ツモってきたのは{六}。

 

 

即ち。

 

 

「ツ、ツモ!」

 

小走:和了形

{二二五七666} {③③横③} {横534}

ツモ{六}

 

「断么ドラ3!2本場を加えて2200-4100!」

 

 

自摸和了。起死回生の和了。これによって、遂に長い東1局を終える事が出来る。

白水と上埜は、ホッとして点棒を小走に渡す。

 

親のダブリーを蹴られた小瀬川だが、そんなに驚く事も無く、手牌13牌を伏せ、親被りの4100分の点棒を渡す。

 

その顔に一切の悔しさは感じられない。

 

 

(…ここから巻き返す。王者の打ち筋というものを、ギャンブラー…お前にお見せしよう…!)

小走はすっかり勝ち気を秘め、サイコロを振る。

 

小走の親番で、東2局が始まる。

 

 

 

 




やっと東1局が終わったと思ってたけど、まだ東1局しか終わってないという。
こんなんで「準決勝と決勝は二半荘」とか言ってたけど大丈夫だろうか。
でも流石に「アカギ」みたいに一回のツモに二、三話はないです。まず小説でそんな事が出来る筈がない。
というか鷲巣麻雀完結は今年中とか豪語してた春の頃の私を殴りたい。絶対今年までに終わらないと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 全国大会第1回戦 ⑤ ノーテン

前回のダブリーについての話と、東2局の話です。



 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

東2局が始まる少し前に時は遡り、東1局2本場で小瀬川がダブリーをした場面。その時一般観客席は騒然としていた。

 

 

ざわ…!ざわ…!

 

 

親のダブリーに対して驚いているのではない。小走がトンで終了してしまうかもしれない事態に驚いているのではない。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

小瀬川:手牌

{一四九②⑥⑥⑨3569東白}

 

捨て牌

{横5}

 

 

 

 

リーチを放ったのにも関わらず、ノーテンである事に対してだ。

 

 

 

-------------------------------

特別観客席

 

 

「え…?何で?」

 

塞が不意に言葉にしてしまう。が、それはごく当然と言っても過言ではない。

 

何故なら?と聞かれれば答えは1つだろう。

 

ノーテンであるからだ。それも、清一色などで聴牌していると見間違えたわけでもない。どこにも見間違える要素もない、全くのバラバラなのだ。

 

塞達の困惑や疑問などが卓に届くわけもなく、淡々と局は進む。

 

『チー!』

 

小走が切った{5}を鳴く。何事も無かったかのように。いや、小走側からは知る由もないが。

 

「…どういう事だ?流石にこれは意味があるとは思えんぞ。第一にこれは和了る為の布石にすらなっていない。寧ろその逆だ。」

 

智葉が冷静そうに赤木に尋ねる。いや、冷静そうに振る舞っているだけで、スクリーンを見つめるその目線は、明らかに心配そうだ。

 

それに対して、赤木は珍しく事でもないと言わんばかりに返す。

【どういう事もなにも、ノーテンリーチだ。意図的のな。】

 

「それは分かってるよ。赤木さん。そう言う事じゃない!話を逸らさないそこ!」

胡桃が赤木に説教する。赤木は【あらら】と大して反省していない様子で

 

【この局が終わったら教えてやるよ。】

と、言う。

 

-------------------------------

 

『ツ、ツモ!』

 

小走が満貫をツモ和了り、東1局2本場は終了する。

 

「…教えてもらおうか。」

智葉が赤木を見て言う。

 

が、いきなり本題には入らず、赤木は3人に質問する。

【最初に上埜が切った牌は何だ?】

 

「「「{③}」」」

3人が口を揃えて答える。

 

【じゃあその{③}はツモ切りと手出し、どっちだった?】

赤木は次の質問に移る。

 

「確か、ツモ切り…?」

塞が答える。

 

【正解だ。じゃあ、小走が鳴かなければ、その{③}は誰がツモっていた?】

その質問に、3人はハッとする。

 

【鳴かなければ、{③}は"小走がツモっていた"。じゃあ聞くが、奴が和了した牌は、本来誰がツモるはずだった?】

赤木の問いに、3人は暫し考え、

「「「小走…」」」

と答えを出す。

 

【そうだ。つまり奴は、鳴かずとも聴牌する事が出来ていたんだ。】

 

【奴が鳴かずに聴牌していれば、打点を高くする為にリーチをする。あの流れじゃあ、一発でツモっていただろうな。リーチ一発ツモ断么ドラ3。裏が乗れば倍満。乗らずとも跳満だった手だ。】

 

【が、あのノーテンダブリーによって…わざわざ鳴かなくても良い牌を鳴かせたんだ。ツモられれば終わりの状況で、まず考えるのは速攻で終わらせる事だ。】

 

【逆に言えば、あそこでノーテンリーチをしなければ、最低跳満をツモられていたってわけだ。おそらく、最初に切った{5}も見逃すだろう…】

 

「…だが、どうやって察知したんだ?これまで小走は、二連続シロから点棒を取られている。流石にシロも、何の予兆も無しにそんな事はできないはずだ。それに、小走が急にそんな大物手を張れる事が分からない。」

智葉が赤木に質問する。さっきまでの小瀬川の打ち筋は何らかの予兆があった。対子場や染め手などのツモの偏りや、前局の{3}などの分岐点となるキー牌など、予兆はあった。

 

しかし今回は違う。東1局2本場に限っては、何の予兆もない。

 

が、赤木はフフフと笑い

【予兆はあったさ…前局、小走の配牌は最悪だった。立ち上がりから親に振り込めば、流れも悪くなるのは当然と言っちゃあ当然だがな…

それでも尚、あいつはインスタント満貫を二番目に聴牌した。】

 

つまり、と赤木は付け加え

【言うなればそれが予兆…本来悪いはずの流れで、聴牌にもままならない配牌でも聴牌した事が異常…

そう考えれば、その次の局にあたる東1局2本場も必然的に小走が優勢になる。その証拠に、二連続和了ったあいつの配牌はあまり良いとは言えなかっただろ?】

とテストの回答を述べるように、当たり前の事らしく言う。

 

【この局…あいつはイレギュラーな流れを強引にねじ伏せ、最小限に抑えた…

だが小走のイレギュラーな流れは一度だけで終わるとは到底思えない…この後の2、3局、正念場だな…】

と、楽しそうに赤木は言い、スクリーンを見る。

 

-------------------------------

対局室

 

東2局 親:小走 ドラ{東}

 

 

小瀬川 41800

小走 12600

上埜 22800

白水 22800

 

 

悲願の小瀬川の親を蹴る事に成功し、親番となった小走の追撃はここから始まる。

 

 

8巡目。小走がツモった牌を盲牌しニヤッと笑うと、その牌を置き、

 

「ツモ!」

 

小走:和了形

{12345666789③④}

ツモ牌{②}

 

「2600オール!」

 

3人が2600分の点棒を支払う。それをしまった小走は、100点棒を取り出し、

「1本場!」

と高らかに宣言する。

 

-------------------------------

 

東2局1本場 親:小走 ドラ{8}

 

小瀬川 39200

小走 20400

上埜 20200

白水 20200

 

前局の和了で、一位とは差があるものの、2位に浮上。この勢いは、未だ留まることを知らず、

 

7巡目

 

(きたっ!)

小走:手牌

{一七④④⑤⑤11377発発}

ツモ{一}

 

「リーチ!」

 

小走が1000点棒を投げ、牌を曲げる。

 

しかしその同順。小瀬川が少し長考し、打ったのは{9}。

 

それとほぼ同時、白水が牌を倒す。

 

「ロン。」

 

白水:和了形

{二二二三四④⑤⑥⑥⑦⑧78}

 

「平和ドラ1。3200ばい。」

 

 

((!!))

 

 

この場にいる全員が、小瀬川が振り込んだのではなく、差し込んだと理解した。

 

 

(しっかりと低めば打つか…やっぱいこいつは強敵ばい。)

 

 

強引に小走の親を終わらせ、場は東3局。未だ焼き鳥の上埜に親が回る。

 

(どうしよう…まだ一回も和了れてない…)

顔には出していないが、上埜は内心とても焦っていた。

 

「上埜さん。」

そんな中、小瀬川がふと上埜を呼ぶ。

 

 

「は、はい?」

想定外の事に、若干戸惑う上埜だったが、

 

「緊張するのは分かるけど…もっとリラックスしなよ。気楽に打とう…」

と、小瀬川に言われた事で、頭のスイッチが変わる。

 

(…そうね。小瀬川さんも皆も、この対局を楽しんでいる。なら、焦っている場合じゃないわね。)

そう思いを抱き、サイコロを回す。

 

「良かったのか?相手ば元気付ける事ば言って。」

白水がどこか微笑ましく小瀬川に問いかける。

 

それに対して、小瀬川は

「…本気の状態で闘いたいから。相手が本調子じゃない時に勝っても、ダルいし…」

と返す。

 

(イケメンさんだな…)

と、白水は内心ときめきながらも、それを振り払い、東3局が始まる。

 

 

 

 

 




東2局あっさりしすぎィ!それと進まなすぎィ!
まあ、こんなローペースでも毎日投稿しているから、まあ多少はね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 全国大会第1回戦 ⑥ 悪待ち

東3局です。
逆に言うと東3局しかないです。
毎日投稿だししょうがないね(現実逃避)


 

 

-------------------------------

視点:上埜 久

東3局 親:上埜 ドラ{西}

 

小瀬川 36000

小走 19400

上埜 20200

白水 24400

 

 

小瀬川さんのおかげで冷静になれた私は、サイコロを回す。一位の小瀬川さんとは15800点差。満貫ツモで吹っ飛ぶこの差は小さいと言うべきか、それとも大きいと言うべきか。

 

上埜:配牌

{二三五五六六245東北北発白}

 

配牌は筒子が1枚も無い3向聴。オタ風の{北}を鳴いて、萬子の混一色を目指すのが良いのだろうか。

 

取り敢えず私は{白}を打って、様子見だ。

 

 

次順 上埜:手牌

{二三五五六六245東北北発}

ツモ{五}

 

対子だった{五}が暗刻となる。この順も字牌である{発}を打つ。

 

 

3巡目 上埜:手牌

{二三五五五六六245東北北}

ツモ{東}

 

その次の順の3巡目のツモでは、{東}が対子となる。

手も進み、尚且つ打点もアップする希望の牌を重ね、私は{2}を切る。

 

 

 

6巡目

 

白水

打{東}

 

白水さんが私が求めていた{東}を切る。私は待ってましたと言わんばかりに{東}を2つ晒し、宣言。

 

「ポン」

 

上埜:手牌

{二三五五五六六45北北} {東東横東}

 

打{5}

 

 

8巡目

 

 

小走

打{北}

 

今度は小走さんが{北}を切ってくれた。もちろんこれも鳴く。

 

「ポン!」

 

上埜:手牌

{二三五五五六六4} {横北北北 東東横東}

打{4}

 

 

これで私は{一ー四}待ちの混一色ダブ東の満貫を聴牌する。

 

それに、相手側から見れば、ギリギリ四喜和聴牌にも見えなくも無い。

親の役満。48000。冷静に考えればこんな状況で役満など張れるわけも無いが、100%ではない。

その僅かな可能性に、3人が怯えてくれたら良いのだが…

 

「リーチ」

 

小瀬川

打{横六}

 

 

少なくとも小瀬川さんには通じないだろう。それは既に分かりきっていた。

 

いや、それにしてもその打牌はおかしい。四喜和ではないのだから、その{六}は混一色の私に超危険牌だろう。

 

(小瀬川さん…透視能力でも持ってるのかな。)

そう思う程馬鹿げた打ち筋だ。危険牌はポンポン切ってくるのに、当たり牌だけは絶対に切らない。

 

 

9巡目

上埜:手牌

{二三五五五六六} {横北北北} {東東横東}

ツモ{五}

 

ここで{五}をツモってくる。普通ならここは{五}ツモ切りだろう。

 

しかし、

 

(私にそんなセオリーは通用しないわよ!)

 

 

打{三}

 

 

{三}切り。聴牌を崩す。が、

 

 

10巡目

上埜:手牌

{二五五五五六六} {横北北北 東東横東}

ツモ{七}

 

そのすぐ次順、私は{七}をツモってくる。これで張り直しが完了した。

 

(見せてやるわ…私の十八番…)

 

そう意気込み 打{六}。{二}単騎待ちへの移行を成功させる。

 

悪待ち。これが私の十八番だ。

私が打つ時、良い待ちよりも愚形などの単騎や辺張の時の方がツモ和了できるというオカルトだ。

他人からは信じられないように思われるが、事実悪待ちの方が和了れるのだ。

 

この卓の相手は強敵だらけだが、ツモ和了る自信は大いにあった。

 

 

 

 

11巡目、私にツモ番が回ってくる。私は山から牌をツモり、それを盲牌する。

盲牌で牌を確認した後、私はニヤリと笑い、その牌をコイントスのように上空へと打ち上げる。

そして私は、牌が上空にいる内に蛍返しで手牌を倒す。

打ち上げた牌が重力によって落ちてきたところに、私は右手を振り上げ、思いっきり牌ごと振り下ろす。

 

ゴッシャアアア!!といった轟音が鳴り響く。

 

上埜:和了形

{二五五五五六七} {横北北北 東東横東}

ツモ{二}

 

 

「ツモ!満貫!4000オール!」

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

上埜さんが滅茶苦茶なツモり方をして、点数申告する。

 

(上埜さんの和了形は{二五五五五六七}。…2巡前とさっきの{六と三}を見るに、やっぱり止められていたか…{五}。)

 

そう思い私の聴牌を確認する。

 

小瀬川:手牌

{四六①②③④⑤⑥⑦⑦⑦⑧⑨}

 

嵌{五}待ち。上埜さんから{五}が溢れそうだったから嵌{五}にしたが、止めるとは少し予想外だった。

 

(おそらく、私の嵌{五}を見切ったわけじゃないと思うけど…多分、そういうオカルトなのかな…?)

 

オカルトであろうとそうでなかろうと馬鹿覚えのような溢れ牌狙いもひと工夫しないと通用しないはずだ。

 

面倒な打ち筋だが、面白いのも事実だ。攻略のしがいがある。

 

(この満貫でとうとう逆転されたか…)

 

この3人の大体の情報は揃った。そう。ここからが勝負だ。

 

 

(見てな…凍りつかせてやるよ…)

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

特別観客席

 

「"悪待ち"?」

塞が疑問そうに言う。

 

 

【…そうさ。上埜はあえて悪待ちにする事で、和了りやすくなる性質がある。】

赤木がその疑問に答える。

 

「…じゃあ別にシロの待ちが分かってた訳じゃないって事?」

 

【ああ。】

 

「…どちらにせよ、そういったセオリーを狙うシロの打ち筋とは、相性が悪いんじゃないか?」

智葉が冷静に質問する。

その問いに対し、赤木は

【…それは違うな。】

と、あっさり否定する。

 

【あの打ち方はそんなんじゃあ崩せない…相手がセオリー外の事をするなら、その裏をかくまで…あの打ち方はそんなに単純なものじゃない…兎に角、あんな付け焼き刃じゃあアイツは崩せない…】

 

 

-------------------------------

 




構想したネタを使いたいが、それだと後が辛くなるので結局ネタを考えるのに必死というこの本末転倒感が拭えない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 全国大会第1回戦 ⑦ 誘発

東3局1本場です。
もうすぐ南入が見えてきた…


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:上埜久

東3局1本場 親:上埜 ドラ{2}

 

小瀬川 31000

小走 15400

上埜 33200

白水 20400

 

 

 

前局、私は満貫ツモで逆転トップになった。

しかし、トップと雖も2位との差は僅か2200。

ノミ手の直撃で吹っ飛ぶ差だ。安全圏には程遠い。

(というより、この卓だったらどんな点差でも安全圏ではないでしょうけどね…)

 

上埜:配牌

{三四六八九九②④236東西西}

 

2、3、4の三色が狙える比較的良い配牌だ。{西と九}が対子な為、断么まで持っていくのはキツそうだが、そう無茶も言ってられないだろう。

 

そうして私が{東}を打った瞬間、対面から牌が2枚倒れる。

 

「…ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {東横東東}

 

小瀬川さんが飜牌を鳴く。

(速攻…?)

そう冷静に分析していた私だが、次の瞬間にその冷静は砕け散る。

 

打{2}

 

小瀬川さんが打ったのはドラ。ドラの{2}。通常、飜牌鳴きのドラ打ちはそんなに驚く事でもない。

 

しかし、それが最初の最初…1打目でなければの話だ。

 

ドラを切る時の理由は、幾つかはある。

その周辺の牌が全部ない状態や、他の色に染める為や、聴牌する時の溢れ牌などが挙げられる。

…つまり、小瀬川さんの手は既に聴牌もしくは目前まで迫っており、尚且つ高打点という可能性が高い。

 

小瀬川さんのドラ打ちに若干場は凍りつくが、小走さんがその{2}を鳴く。

 

「チ、チー!」

小走:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横234}

 

打{発}

 

断定はできないが、小走さんも速そうだ。おそらくこの不穏な雰囲気から抜け出したいのだろう。

 

序盤から既に急展開が始まり、多少戸惑いながらも私にツモが回る。

 

上埜:手牌

{三四六八九九②④236西西}

ツモ{4}

 

{23}の搭子が面子へと進化する。溢れた{6}を、さっき軽々しく切った{東}の何倍も警戒しながら切る。

 

白水

打{九}

 

白水さんも私の{6}切りと同じように警戒しながら{九}を切る。{九}は私が2枚持っているが、これを鳴いてはこの手は死んでしまう。いいとこ鳴き三色ドラ1に仕上げれば良い方。もしくは役無しになってしまう可能性だって十分にある。

 

が、

 

 

「チー」

 

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {七八} {東横東東}

 

小瀬川さんが{七と八}を倒す。

(まずっ…!)

これはまずい。ここで{九}鳴きとなると、彼女の手は東チャンタ三色でほぼ確定。聴牌はしているだろう。

 

(ここで和了られたら、小瀬川さんの独壇場になる…!)

そう悟った私は、考えるよりも先に{九}を倒す。

 

「ポン!」

 

チーとポンが同時に起きた時、優先されるのはポン。つまり小瀬川さんのチーを阻止する事に成功する。

 

(鳴いたのはいいけど…ここからどうするか…)

 

上埜:手牌

{三四六八②④234西西} {九九横九}

 

そう。鳴くまではよかったのだ。だが、鳴いたことによってこの手は一瞬にして融通が利かなくなった。

 

(取り敢えず、聴牌しても和了れる形にしないと…)

 

そうなると搭子のどちらを切るかに絞られる。鳴き三色に使う{②④}は残さないといけないので、必然的に{六八}の搭子を切る事になる。

 

打{八}

 

 

 

 

「ーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

何かが聞こえた。誰かが声を発した。

 

 

 

正確には、"対面の小瀬川白望がロンと発した"。

 

 

「え?」

 

 

 

ありえない。だって、お前は、さっき、鳴こうとしていたじゃないか。

聴牌していなかったから、鳴こうとしたのではなかったのか。

 

 

「…聞こえなかった?」

 

悪魔がもう一度口を開く。私に、皆にちゃんと聞こえるように。

 

「ロン」

 

小瀬川:和了形

{七八八九⑦⑧⑨789} {東横東東}

 

 

「東、三色。2300。」

 

 

 

 

「ど…うし…て?」

気がつくと私は声に出していた。

それに対し、悪魔は笑みを浮かべ、

 

 

「…私が鳴こうとしたのは、あなたを鳴かせようとしたから。」

悪魔が淡々と説明を始める。

 

「人が、いつも自分の思うように行動するとは限らない…」

 

「信じるなよ…私を。」

 

 

 

 

 

 

「…」

 

私は怯えていた。振ってしまった事に怯えているわけではない。打点の高さに怯えているわけではない。

 

もっと、別。小瀬川白望の中にある別の何かに触れた気がした。

 

次元が違う。

 

 

この人には、確率だとか、絶対だとか…多分、そんなものは一切通用しない。

 

でなければ、あんな打ち方などできない。

 

そんな、私が{九}を2枚持っている前提の行動など、できるわけない。

 

 

-------------------------------

視点:白水哩

*流石に心理描写は標準語にします。

 

 

 

(なんだこの和了…こぎゃんのお手上げだ)

隣で震えている上埜を尻目に、小瀬川の和了形を見つめる。

牌だけ見れば、そんな震えるほどでもない。

問題はその過程だ。

もし、あの場面で上埜が動かなければ、小瀬川の策は死んでいたのだ。

 

(いや…鳴くと確信しよったからこそか。つくづく驚かされる人ばい。)

上埜が振り込んだので、親が私に回る。

今の状況だと、和了るのは厳しい。

(なら、この東場は…捨てるまで…!)

東4局は和了するよりも、小瀬川の独壇場になる前に奴の親を終わらせる…私の親諸共。

 

 

(しっかし、あの小瀬川のセリフ…痺れた…ウチにも言って欲しか…)

私の中で何かが目覚めた気がしたが、気にしないでおこう。




容赦のないシロの猛攻が3人を襲う…!(かも)
哩さんはドMだと思います。(失礼)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 全国大会第1回戦 ⑧ 南入

東4局を強引に終わらせて、南入します。
今回色々おかしいところとかあるかもしれませんが、脳内補完でお願いいたします。
もし、「それでもわっかんねー」という人がいたら感想欄での指摘をお願いします。
*私はメンタルクソ雑魚なのであまり辛口はお控え下さい。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

 

もし、自分よりも遥かに強く、勝てる可能性がほぼゼロに近いほどの相手と闘ったらどうするのが一番有効なのか。

 

その者と闘わずに逃げる。勇敢に挑む。策を考える。一旦様子を見るなど、色んな案が挙げられるだろう。『その者と自分の強さの差によって変わる』と答える人も少なくは無いはずだ。又、その案に正解も無ければ不正解もない。結果が出るまで、その案が正解だったのかは分かるはずもない。

 

いや、そもそも結果の捉え方についても人それぞれだろう。生き延びはしたが相手を倒していないので失敗という人もいれば、完膚なきまでに叩きのめされたが、命があるから成功という人もいる。

 

極論、「人の価値観による」と言ってしまえばそこまでだ。それ以上どんな仮説を立てたとしても、その仮説に意味は無い。何故なら「人によって違う」のだから。

 

 

所謂これは哲学のようなものだろう。いや、強敵の対処法というもの自体が哲学的な事かと言われると違うが、答えが無いという点では哲学に似たものであろう。

まあその話は一旦置いておく事にしよう。

 

 

 

 

 

-------------------------------

東4局 親:白水 ドラ{1}

 

小瀬川 33300

小走 15400

上埜 30900

白水 20400

 

 

 

 

東4局。小瀬川の勢いは最高潮に達し、怒涛の和了をメディアや他の選手の目に焼き付けていった。

 

 

4巡目

 

「リーチ」

 

小瀬川:捨て牌

{5②東横四}

 

僅か4巡で小瀬川がリーチをかける。その圧倒的な速さに3人は対応できない。

差し込むどころか、鳴かせて延命する事すらできる事なくツモ番が一周してしまう。それが示す事は、即ちツモ和了るという事。

ここで和了れないなんてヘマをするような人ではない。それは卓にいる3人と特別観客席にいる塞達だけではなく、一般観客席にいる観客達もそれを悟っていた。

 

「…」

 

特別力を入れてツモるわけでもなく、そのツモに期待を込めるわけでもなく、静かに、ただ静かに山から牌をツモり、自分の元へ寄せる。その動作に淀みはなく、さも当然かのようにツモ牌を確認する前に自分の手牌の前にタンと置く。

そして宣言する。

 

「ツモ」

 

小瀬川:和了形

{一二三五五七八九西西北北北}

ツモ牌{五}

 

裏ドラ{8}

 

 

「リーヅモ一発混一色。3000-6000」

 

無駄ヅモ無しでの流れるような跳満ツモ。

リーチの宣言牌の{四}を見る限り、流れを完全に読み切っている事が伺える。でなければ一通の可能性を完全に遮断する事はできない。次のツモが{五}であると確信したからできた愚形。

 

小瀬川はまるで準備運動と言わんばかりな表情をして、サイコロを回す。

次は小瀬川の親。地獄の時間が幕を開けようとしていた。

 

-------------------------------

 

 

(ど、どうしよ…)

上埜久は焦っていた。一時期はトップに登りつめた上埜だったが、さっきの跳満によって差は18000点位まで開いてしまった。

次の小瀬川の親を蹴らないと、ますます勝ちから遠ざかる一方だ。それは小瀬川以外の全員が理解している。

 

 

だが、

 

 

(どう打っていけば…小瀬川さんの親を蹴れる…?)

 

 

どうすればいいのかがわからない。守りに専念しても小瀬川にトップで逃げられる。逆に攻めにいけば、そこを小瀬川に狙われる…

 

つまりどう動こうと、結局小瀬川にしてやられるという軽い錯覚状態に陥っている。

 

考えれば考えるほど勝てるイメージが薄まっていく状態は、勝負という物事に於いて、一番なってはいけない状態だ。いや、勝負だけではない。テストの時やゲームをしている時など、勝負事に限らず負のイメージを高める事は全てに於いていけない事なのだ。

 

 

無論、彼女達はそれを知っている。知っている上でも、勝てるイメージが全く湧かない。勝てる気がしないのだ。

 

 

当然と言えば当然なのかもしれない。実際、小瀬川を完膚なきまでに打ち崩せと言われて、そう実行できる人間など、まずいない。

それこそ彼女の師匠である赤木や、かつて赤木を追い詰めた鷲巣巌、赤木がイカサマをしなければまともに直撃が取れなかった市川のような化物にしか不可能であろう。

 

 

が、その絶望的な現実にも屈せずに、勝とうという明白な意思を持つものがいた。

 

 

(次が勝負どころばい…)

 

 

そう、白水哩だ。

 

彼女はこの南入まで、まともに和了っていない。和了ったと言っても差し込み要因としての役目でしかない。

だが、彼女は待った。機を。チャンスを。そしてこの南1局こそが、その機の予兆。前座である。

 

 

南1局をどうにか凌ぐことで、白水哩にも僅かにチャンスが生まれるかもしれない。

 

が、実際は厳しい道のりだ。第一、南1局を凌いだところで彼女に勝てるという保証にはならない。第二に、彼女と白水には大きな差がある。その力量差で、この点差を縮めることは容易ではない。

 

 

 

が、それでも尚まだ分からない。まだ分からないのだ。

 

 

麻雀は運要素がとても高いジャンルで、「麻雀は運九割」と豪語する人もいる。即ち、相手がどれだけ強かろうと勝てないという事は無いのだ。

 

 

 

無論、小瀬川ほどのレベルになると、相手の運が良くても技量でどうにかしてくる場合もある。東3局1本場のような鳴きのブラフも、その技量の1つだ。

 

しかし、それでもゼロではない。絶対的では無いのだ。その事実は曲げる事はできない。小瀬川白望といえども…

 

 

その僅かな可能性を信じて、白水は突っ走る。小瀬川という大きな壁に。神域という壁に。

 

 

 

 

(ん…)

そんな意気込みをする白水を見て、小瀬川が違和感を感じる。

東4局までは完全にものにしていた流れに、どこか淀みが見られる。

(間違いない。この南1局、取り扱いに気を付けないと…やられる。)

そう。流れは傾きつつあったのだ。

白水は南1局をどうにかする事が必須と考えていたが、実は既に傾き始めていたのだ。

まるで、壁に挑む白水を後押しするかのように。

即ちこの南場、劣勢を強いられる可能性が高い。

 

 

(…ダルくはない。いいよ、白水さん。来なよ。)

 

 

 

 

 

-------------------------------

南1局 親:小瀬川 ドラ{南}

 

小瀬川 45300

小走 12400

上埜 27900

白水 14400

 

 

小瀬川から順々に山から配牌を取り出す。この南1局、小瀬川が追う者で、他3人は追われる者と一般観客の人には思われているが、実際はそうではない。

小瀬川が追われる者であり、他3人が追う者であるという事にまだ小瀬川しか気付いていない。

 

逆に言うと、他3人は気付いていないという事だ。上埜と小走はまだ自分が狩られる側だと誤認している。白水にはその誤認はないが、小瀬川の親をさっさと蹴りたい一心で一杯だ。

できれば小瀬川としては3人が気付く内に局を消化したい。

 

 

小瀬川:配牌

{七八①④1223455889}

 

小瀬川の配牌は索子が固まっており、混一色が狙える手だ。

しかし、小瀬川にとって今重要なのは局を消化する事。即ち、流局若しくは差し込みがベストである。

当然、配牌の良さなど今はどうでも良い…どうでも良いはずだが、

 

(…ふふふ)

 

 

小瀬川は笑う。この若き神域は、この配牌から常人とはかけ離れたストーリーを構成する。

 

 




次回から南1局です。
やっと折り返し地点に立ちました。
小学生全国大会編はまだ4分の1にも到達してませんけどね。

よくよく考えてみたら南入までに7話使っているので、一半荘が14話と仮定すると
1回戦…14話(残り7話)
準決勝…28話
決勝…28話

合計70話…70話!?

…まあ、頑張ります。いつまで毎日投稿が続くのかは分かりませんが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 全国大会第1回戦 ⑨ 幻想の龍

なんと南1局が終わりませんでした。
本当に小学生編終わるまでに70話かかるんじゃないかコレ


 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

南1局 親:小瀬川 ドラ{南}

 

小瀬川 45300

小走 12400

上埜 27900

白水 14400

 

 

小瀬川:配牌

{七八①④1223455889}

 

 

(ふふふ…)

 

 

南1局。その親の第一打。通常の手作りをするのなら混一色に向かうために{①や④}あたりを切るのが無難であろう。

が、今は和了る気など毛頭ない。白水に流れが傾いているのを気付かれる前に局を消化する事が今の最優先事項だ。

こんな状況の時、常人が考えつく策は『混一色』ブラフであろう。適当に萬子と索子を切っていき、索子の混一色の聴牌偽装をして、相手に安くて速い和了りを誘発させるブラフ。

 

だが、この小瀬川はここから誰も予想できなかったストーリーを展開させていく。

 

 

 

打{5}

 

 

まさかの{5}切り。和了りにも、ブラフにも向かっていない謎の打牌。

この南1局までにも、こういった不可解な打牌は起こったが、今回のは少し異質である。

今までの謎の打牌は、通常考え得るルートとは別のルートを通るための打牌である。対局中にそれに気づくことは難しいが、説明されればなんとか理解の範疇にはいたのだ。

しかし、今回のはどう考えても別のルートなどありはしないのだ。

 

いや、厳密にはある。あるのだが、その可能性は既にないのだ。

 

そう、{5}打ちから考えられるブラフである、国士無双のブラフは有り得ないのだ。

 

 

何故なら、

 

 

白水:配牌

{四六八②④⑥⑨東東東北中中}

 

 

白水が国士無双の為の{東}を暗刻っているからである。そしてドラは{南}であるのだから、表示牌には必然的に{東}が使われている。つまり、{東}は既にカラであるのだ。

故に、国士無双ができないのだから国士無双のブラフもできないのである。

 

が、小瀬川は御構い無しに次順、

 

小瀬川:手牌

{七八①④122345889}

ツモ{赤5} 打{5}

 

捨て牌

{55}

 

 

また{5}打ち。国士無双のブラフは有り得ないというのに、{5}打ち。

観戦客やメディアの人間も、皆小瀬川の意図が分からない。無論、特別観戦席にいる塞達も、例に漏れず意図が掴めない。

 

何故なら、国士無双のブラフが有り得ない状況で、国士無双のブラフをするのは、意味がないという事だ。当然ではあるが、この場での無意味という事は、決定的な過ちであるのだ。

今局、小瀬川の目的は「白水が流れを掌握する前に局を消化するという事」。それなのにありもしないブラフをしては、最悪白水が己が流れに気付いてしまうかもしれない。

そういった危険を孕んでいるのだ。この無意味なブラフは。

 

 

 

しかし、そんな事など気にする素振りも無く、3巡目、

 

 

小瀬川:手牌

{七八①④12234赤5889}

ツモ{②} 打{赤5}

 

捨て牌

{55赤5}

 

またもや{赤5}。今度は赤ドラ。

これで三連続{5}打ち。捨て牌には{5}が3枚並ぶ異様な光景になっている。

 

当然、この光景を目の当たりにしても、白水にとっては痛くも痒くもない。

事実国士無双という可能性だけはないのだから。

そう考えれば、白水にとっては楽な麻雀である。

 

だが、今まで述べたのはあくまでも客観的視点からの話である。

 

つまりどういう事か?

 

 

結論から言えば、白水は焦っていたのだ。

国士無双はない。国士無双はないのだ。だがしかし、

 

 

(…!)

 

 

白水によぎるある可能性。その僅かな可能性が白水を苦しめていた。

 

 

そして、4巡目。その可能性を裏付けるかのような事態が起きる。

 

小瀬川:打{1}

 

 

打{1}。今までとは打って変わって老頭牌の{1}。この{1}により、白水はある確信を得る。いや、得てしまう。

 

(緑一色…)

 

そう。{5}三連打から考えられ得る役満は、国士無双だけではない。緑一色もあり得るのだ。

 

*緑一色。手牌が{23468発}だけで構成されている役満。別名オールグリーンとも言われる。

 

即ち、小瀬川のブラフは、最初から国士無双ではなく、緑一色であったのだ。

国士無双なら対処は簡単である。一九字牌を切らなければいいのだから。

しかし緑一色となってくると話は違ってくる。{234}は4枚切れであっても絶対安牌ではないし、例え{6}が4枚見えても、それでも聴牌できないわけではない。

 

そういった点では、国士無双よりも厄介な役満といえよう。

 

 

その後も小瀬川の打牌は{9、白ツモ切り、①、1ツモ切り}と、着々と緑一色のブラフに磨きをかけていた。

 

そして、9巡目。小瀬川が最後の仕掛けを放つ。

 

 

 

「リーチ」

 

小瀬川:捨て牌

{55赤519白}

{①1横3}

 

 

小瀬川:手牌

{七八②④⑤2246888}

 

 

緑一色のブラフを完成させる為のリーチ。無論ブラフであるからノーテンリーチである。

 

 

(!!)

 

 

実はこの時、白水は聴牌していた。

 

白水:手牌

{④④④赤⑤⑥⑨⑨東東東中中中}

 

混一色中三暗刻赤1。ツモれば文句なく倍満の大物手を聴牌していた。

今は白水に流れが吹いているので、これは当然といった結果だろう。

だが、此の期に及んで未だ白水は流れが良いことに気付いていない。

 

それを図ったかのように、同順、白水に使者が舞い降りる。

 

白水:ツモ{発}

 

{発}。まさかのここでの{発}引き。

通常、流れの良い今、当たり牌を掴むことなど滅多にない。

しかし、白水には幻想の緑一色が見えている。故に、流れが良いのは小瀬川だと錯覚しているのだ。

そう考えれば、この{発}は当たり牌と言えよう。

白水にとっては、この{発}は自分の流れの悪さの象徴に見えてしまうのだから。

 

 

故に、白水は聴牌を崩す。

打{⑨}

 

 

この選択は、白水にとっては至極当然の事である。

が、それは小瀬川の手が本当に緑一色だったらの場合である。

即ち、白水は騙されたのである。ありもしない緑一色に。幻想の龍に…

 

 

 

 

小瀬川:手牌

{七八②④⑤2246888}

 

捨て牌

{55赤519白}

{①1横3}

 

 

 

 




次回は南1局終わらせます。
そろそろこの1回戦も終盤戦に入りかけています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 全国大会第1回戦 ⑩ 確信

南1局がやっと終わります。
哩さんのキャラが若干崩壊するかも…


 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

白水:手牌

{④④④赤⑤⑥⑨東東東発中中中}

 

打{⑨}

 

 

 

小瀬川のブラフに騙され、勝負手を崩してしまう白水。白水には小瀬川の幻想の緑一色が見えている為気づいていないが、現状白水の流れは最高潮に達している。

度合いとして、小瀬川がノーテンリーチを使わざるを得なかったほどの流れと言えば粗方想像はつくだろうか。

 

 

次順

白水:手牌

{④④④赤⑤⑥⑨東東東発中中中}

ツモ{⑨}

 

故にこのツモは必然である。

(ぐっ…!)

 

{⑨}ツモ。前順、白水が{発}を通していれば、和了れたはずの{⑨}。

ツモ混一色中三暗刻赤1。倍満の和了。

もし、あそこで切っていれば、点差を24000点分縮めれた和了。

 

しかし、裏目を引いたと同時に、白水はもう一度チャンスを得たのである。

倍満手をもう一度聴牌できるという千載一遇のチャンス。

 

そういう点では、この裏目はあまり痛くはない。

 

が、

 

 

(その為には…{発}ば切らなきゃいけなか…)

 

そう。そもそも、{発}を引いたから聴牌を崩す羽目になったのである。もう一度聴牌できるという事は、それと同時にこの{発}という悪魔を切らなければいけないという事だ。

 

観客からしてみれば、ここで{発}を切れというのは簡単であろう。

だが、それはあくまでもノーテンリーチという事が分かっているからこそ言えるものだ。

マジックと同じようなものだ。一度タネが分かってしまえば、そのマジックに驚く事はもう無いのと同じである。

 

が、白水はそのノーテンリーチというタネが分からない。

分からないどころか、緑一色の幻影が白水には付き纏っている。そう考えれば、この{発}は切れない。

 

…切れる牌ではない。

 

 

 

打{⑨}

 

断腸の思いで{⑨}をツモ切りする。悩んだ末のツモ切り。

 

しかし次順、そんな白水を嘲笑うように

 

ツモ{⑨}

 

{⑨}という使者がやってくる。二度も。

 

(…!?)

 

ツモ牌を確認した白水は思わずそれを凝視してしまう。二度。二度も和了を逃したのである。

 

ツモ混一色中三暗刻赤1。8飜。倍満。16000。4000-8000。逆転へ詰め寄る大魚をあろうことか二度も逃してしまう。

 

(…?)

 

 

が、白水はここで小瀬川が最も恐れていた事態に気付き始める。

 

(裏目ば二度も引いた…普通であいば、こいは流れが悪い典型的ケース…あいどん、ほぎゃんこてにそうか?二度も倍満手ば逃す何て事、流れが悪い状態であり得るか?)

 

 

(不ヅキで…引くか…?二度も…?)

 

 

そう。今白水は、核心に、真に迫っている。

だが、その後一歩が出ない。

 

(いや…!違う…!よく考えろ!こいこそ小瀬川の狙い…!聴牌に受けるには、{発}切りが必須…!{発}はどう見ても小瀬川の本命…!倍満なんて甘い罠に騙されて、行けば死ぬ…ウチは今、そぎゃん状況。忘れるな…!)

 

そう白水には未だ幻想が白水の目の前に立ち塞がっている。

緑一色という透明な壁が。

 

 

白水

打{⑨}

 

{⑨}切り。白水としては当然の事である。

 

 

そして次、小瀬川のツモ番。小瀬川がツモ牌を盲牌するが、「ツモ」の声はない。

 

小瀬川

打{2}

 

そうしてツモ切った牌は{2}。白水はその牌を見て、一瞬体が跳ねる。が、どうやら和了牌ではなかったと理解すると、露骨に安堵した。

 

一見、この{2}切りはブラフを看破されかねない牌だが、普通ブラフだと気付くよりも先に{2}以外が和了牌であるという認識が働く。

 

 

そして小走と上埜の番が終わり、ツモ番は白水へと回る。

 

 

白水

ツモ{6}

 

 

{6}。{6}引き。このツモによって、ついさっきまで核心に近づいた白水は遠ざかる。

 

(掴まされた…!)

 

そう。この巡、小瀬川が切った牌は{2}。つまり白水から見たら{2}は和了牌ではない。そしてリーチの時切った{3}も考えると、小瀬川の待ちは{4、6、8、発}の4種類。

その中の一種である{6}をツモった白水。白水にとって最も引きたくない牌。それを引いてしまうという事は、やはり流れが悪いと感じてしまう。

 

打{⑨}

 

 

そして次巡、小瀬川のツモ。

小瀬川が山から牌をツモって、盲牌する。

この牌に対しても、小瀬川は何も言わない。

 

打{4}

 

またしても緑一色を構成するための牌。{4}切り。これで考えられ得る待ちは{6、8、発}の三種。

 

 

だが、次の白水のツモによって、その選択肢は更に絞られる。

 

 

白水

ツモ{6}

 

{6}を引いてくる。これで{6}が対子となる。それだけではない。これによって{6}の待ちは確定する。

 

小瀬川は少なくとも{6}は3枚以上持っている事はない。即ち対子もしくは1枚であるという事。

{234}は待ちではない為、考えられる待ちは単騎かシャボである。

 

つまり小瀬川の手牌は

 

小瀬川手牌予想図

{22334466888発発}

{2233446688発発発}

{2233446888発発発}

 

の三通りである。厳密に言えば、{222333444}などの{234}が暗刻になっている可能性が考えられるが、{234}を切っている為、それはない。

 

何故なら、もし暗刻になっているのなら暗槓をするはず。と白水は考えていたからである。

 

打{④}

 

 

そしてまた次巡のツモで、小瀬川の待ちは完全に絞られる。

 

白水

ツモ{発}

 

 

{発}。これで小瀬川は{発}の暗刻はない。即ち、

 

{22334466888発発}

 

この形しかあり得ないのである。そしてそれと同時に、小瀬川の緑一色を完全に封殺する事に成功し、聴牌する事ができた。

一回も危険牌を切らずに…!

 

打{④}

 

(やっぱいツイてるのかも…?いや、いやいや…違う!あくまでもウチは小瀬川の猛攻ば凌いだだけ…

小瀬川の和了牌ば潰したって事は、ウチの和了目もなかって事…和了れる事ができなか今、ツイてるなんて事はあり得なか…)

 

そう考える白水だが、それは誤りである。

 

まず第一に、小瀬川はノーテンである。即ち、{6、発}待ちではないし、{6、発}はまだ残っている。

第二に、今流れが良いのは白水。小瀬川ではないのだ。

 

故に、終局間際、17巡。

 

小瀬川

打{6}

 

 

解れる…!小瀬川の壮大なブラフが…!

 

(!?)

 

{6}切り…!

 

 

({6}…?{6}?)

 

 

(ていうことは…{22334466888発発}は、あり得ない…?あり得ない?あり得ないって…)

 

これでやっと、白水に纏わりつく幻想が、幻影が、霧が晴れる。

 

(ノーテン…?ノーテン!?)

 

 

(リーチもしておきながら…結局…ノーテン!?)

 

 

白水が驚愕する。あれだけ気をつけていた小瀬川の緑一色は、幻影にすぎなかった事に。

 

「ロ…ロン!!」

 

白水:和了形

{④赤⑤⑥66東東東発発中中中}

 

 

「中、ドラ1…3200!」

 

白水が和了る。しかし、小瀬川はノーテンリーチの為、流局すれば満貫の支払いだが、白水は和了った。

 

理由は1つ。このまま局を続けると、いずれ小瀬川が上埜か小走のロン牌を放つであろう事を、悟っていたからである。

それは的を得ていて、実際小瀬川の次のツモは、小走のロン牌であった。

 

(和了れよった…!和了れよった…!!こぎゃん3200ぽっちそいぎなく…倍満ば…!

流れは良かったんだ…そいけんこそ小瀬川はノーテンリーチばした…ウチの倍満ば潰す為に…!!)

 

慙愧…!焦燥…!呵責…!自責…!失態…!ありとあらゆる激情に身を焼かれた白水哩は…遂に確信する!

 

 

現時点の流れは…自分にあると…!そしてそれに気付かれるのを避けようとしていた小瀬川が焦っている事を…!

 

 

(良いとやなかろかにゃ…!今度こそ決着させてやる…!勝負も…小瀬川、お前のハートも…!)

 

 

 

 

 

 




最後のあたりの「慙愧…!焦燥…!呵責…!自責…!失態…!」のところはアカギの場面から取り入れました。(アカギのノーテンが鷲巣様にばれたシーン)
他にも参考にした部分はありますが、丸々取り入れたところはそこだけです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 全国大会第1回戦 ⑪ 布石

南2局途中までです。



 

-------------------------------

南2局 親:小走 ドラ{2}

 

小瀬川 41100

小走 12400

上埜 27900

白水 18600

 

 

 

流れを得た事を気付かせたくなかった小瀬川に対し、それに気づいた白水と、両極端な内容だった前局。

この南2局の配牌では、その両極端がそのまま表れているような配牌であった。

 

白水:配牌

{三六六六七①③④赤⑤236発}

 

タンピンドラドラの満貫以上が濃厚な良配牌。手自体もそんなに重くないし、打点も十分。今の白水が欲しかった理想図にとことん近い配牌。

 

一方、小瀬川の配牌。

 

小瀬川:配牌

{五九①③134779南北白}

 

バラバラ…!酷い配牌…!向聴数も五向聴と重く、尚且つ打点も望めないクソ手。白水の配牌とは雲泥の差…

 

 

〜〜

特別観戦室

 

 

「何だあの配牌…一体シロに何が…?」

特別観戦室で小瀬川を見守っていた智葉達も、その酷い配牌を見て驚いている。

 

それもそうだ。何故なら前局、本来なら倍満を和了れていた手をたった3200ぽっちで抑えたのだから。

それにも関わらず、良くなるどころか最悪になっていく小瀬川の配牌に、智葉達が怒りを露わにする。

 

赤木は、別にその配牌を見て疑問に思うどころか、寧ろその逆、納得しているようだった。

当然、智葉達にはその理由がわからないため、赤木に解説してもらう。

 

【そもそも…前局から既にアイツの流れは悪くなっていたよ。】

 

【あの局。アイツの流れが本当に良けりゃあ、アイツは白水に振り込む事はなかった。アイツの和了牌を引く前に、小走に差し込む牌をツモれた。…だが実際蓋を開ければ和了ったのは白水で、振り込んだのはアイツ。…あの状況で和了牌を掴む事自体が、流れが悪い象徴と言える…】

 

「じゃ、じゃあこの局は…」

胡桃が何かに気づいたように赤木に質問する。

赤木はそれに迷いもせずに

【ああ。この局、アイツは何もできない…ものの数巡もしないうちに、白水が和了る。】

と答える。その答えに胡桃は

「この局シロは一体どうする気なの?」

と、更に質問を加える。

その問いに対し、赤木は無邪気な笑みで答える。

【…それは答えらんねえな。先にネタバラシしちゃあ、興醒めだからな。】

 

 

〜〜〜

対局室

 

(…はあ。ダルっ。)

通常なら見るだけで悲しくなってくるような配牌を眺める小瀬川は悲しみよりも、呆れを感じていた。

 

(あの時は私はあれ以外どうしようもなかった局だけど…赤木さんならどうにかしたんだろうなぁ…)

ふと小瀬川は毎日のように打ってきた赤木との特訓を思い出す。

 

小瀬川も大概であるが、赤木はそれ以上にバケモノだ。

どう考えても小瀬川が優勢である状況にも関わらず、気が付けばわけの分からない展開になり、結局小瀬川が煮え湯を飲まされる場面が何度もあった。

 

それを考えれば、一見小瀬川の手が最善と思えたあの南1局も、赤木ならなんとかしたかもしれない。それ程までに分からないのだ。赤木という男の用量が。

 

(…まだまだ届かないなあ。)

自分と赤木の差を改めて感じた小瀬川はゆっくりと溜息をつき、配牌をもう一度見つめ直す。

 

{五九①③134779南北白}

 

いくら見直したところで現状は変わらない。重く、打点も望めない酷い配牌である。

 

(確かに、この局。私は何もできないかもしれない…だけど、布石くらいは打たせてもらうよ。)

 

 

現状の悪流を再確認した若き神域は、次の一手を打とうと動く。

 

-------------------------------

 

 

 

親の小走が第一打を放ち、上埜のツモ番も終わって、白水へとツモ番が回る。

 

白水:配牌

{三六六六七①③④赤⑤236発}

ツモ{四}

 

若干浮き気味になっていた{三}に{四}が重なる。このツモで白水は聴牌に一歩前進。流石に流れが良いと確信しているこの状況で、白水はこのツモを恰も当然の事と思っていた。

 

打{発}

 

 

続いて小瀬川がツモり、{北}を切る。白水から見て、小瀬川の手牌の状況は分からないが、大方の予想はついていた。

 

(表情は崩していなかばってん…小瀬川、あんまり良くなかよね?)

 

この読みは当たっていて、実はさっきツモった牌は{⑦}。向聴数を進めることすら叶わなかった。

 

 

そして次順、白水のツモは{八}。これで一向聴となり、聴牌までもう目前の状況になる。

白水は{①}を切り、自分にツモ番が回ってくるのを心待ちにする。

 

〜〜〜〜

 

次順

白水

ツモ{北}

 

そうして待望のツモ番が回ってきたが、この局初のムダヅモ。聴牌には至らない。

 

実は白水のツモの前、上埜が{二}を切っていた。これを鳴けば白水は聴牌する事ができたが、白水はそれに一瞥もない。

 

眼中に非ず…!鳴いて進めるなど思惑の外である。もし鳴いて進めて結果打点が落ちれば、それこそ小瀬川の狙いである。

 

高打点…

 

 

高打点なのだ…!

 

それも、小瀬川に詰め寄る事ができる、満貫跳満クラスの高打点。白水に今あるのはその一念のみ。

 

 

が…そんな蚊帳の外にいる感覚…現状が、上埜や小走の気持ちに僅かな淀みを生んだか…?

 

 

上埜

打{南}

 

ミスとまでは言えない{南}打ち。そう。ミスとまでは呼べない…しかし、場には{南}は生牌で、南場であるから場風牌である。そんな緩み…漫然の{南}打ち。

 

 

その緩みを小瀬川は逃さない。

 

 

「ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {南横南南}

 

打{⑦}

 

 

ここで小瀬川が動く。{南}を鳴き、特急券の1飜を得る。

 

そして続く小走のツモ番。打牌は{7}。

 

無論これも小瀬川が見逃す理由もない。

 

 

「ポン」

 

 

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {77横7 南横南南}

 

打{五}

 

またもや動く。二連続副露…!そしてその手牌は誰がどう見ても索子の混一色である。

小走と上埜も、ようやく今の状況を理解し、オリへ回る。その証拠に彼女らの打牌はさっきとは打って変わって守りの打牌である。

 

 

白水:手牌

{三四六六六七八③④赤⑤235}

ツモ{7}

 

今度の白水のツモもムダヅモで、聴牌までに至ることはなかった。

そして掴んだのは、索子の混一色相手には本命とも言える牌の{7}。

しかし、白水はそんなの御構い無しといった感じで、ツモってきた{7}を睨みつける。

 

(無駄だ小瀬川…そのハッタリはもう通用ウチには通用しなか。そぎゃんモノ、裏から見っぎハリボテ同然、苦肉の策…!)

 

そう。小瀬川の手が本当に『索子の混一色』であれば、{7}は本命である。

だが、実際はそれはブラフである。その事は白水は既に看破していた。

 

故に白水は{7}を切り出す。

だが、小瀬川もタダではそれを通さない。

 

「チー」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏} {横789 77横7 南横南南}

打{3}

 

 

小瀬川が仕掛ける。これで三副露…!

ますます小瀬川の混一色聴牌が匂い立つ。そして白水が聴牌する時溢れる牌は{5}。三副露ともなれば、この{5}はついさっき切った{7}の何倍も危険な牌。

しかし白水はその状況に焦る様子もない。ハナからブラフとそれを決め付けている。

 

この局、「何らかの布石を打つ」と言った小瀬川の策に既にはまりかけている事に気付きもせずに。




次回で南2局が終わります。
いよいよ終盤戦と言ったところでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 全国大会第1回戦 ⑫ 囮

南2局と南3局です。結構ハイスピードで進みます。(今までに比べれば)


 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

白水が{7}を通し、それを小瀬川が鳴いた一巡後、白水がとうとう念願の牌を掴む。

 

白水:手牌

{三四六六六七八③④赤⑤235}

ツモ{二}

 

{二}引き…!これで聴牌に至ると同時に、ツモれば安めの{1}でもツモ平和ドラ2の4飜が確定する。

聴牌に取るために、{5}を切り払おうと、{5}に触れようとしたその時、白水は小瀬川の表情の変化に気付いた。

 

(なんだ小瀬川…?何が可笑しかんだ?)

 

 

白水の方からは小瀬川は下を見ているからあまり見え辛いが、その顔は確かに笑っていた。

自分の負けを認めた諦めの笑いなどでは断じてない。言うなれば、自分の思い通りに事が進んでいる事に喜んでいるよう…そんな笑みだった。

 

(まさか…ほんなこてに混一色ば張って…?)

 

そんな考えが白水の頭を駆け巡る。もしかしたら、ブラフだと思わせておいての実は聴牌していたという、二重のブラフなのかもしれない…と。

 

ありえない話ではない。彼女ほどの腕前なら、ブラフを仕掛けることも、ブラフだと思わせるように振る舞う事も造作もないだろう。

言うまでもなく、彼女は今、嘘をついている。それは明白だ。誰がどう考えたって小瀬川が今まともに手を進めているわけがないだろう。

 

 

だが。

 

 

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏} {横789 77横7 南横南南}

 

 

 

(……。)

 

 

それがどっちの嘘なのかが分からない…!

ただの聴牌脅しの嘘なのか、聴牌脅しと見せかけての出和了り狙いなのかが分からないのだ。

どちらの方でも、小瀬川ならやりかねないし、どちらの方が確率が高いとかいうのもない。

 

 

二分の一。完全な50%である。

俗に言うジャンケンの手の読み合いとでも言えばいいだろうか。相手がグーを狙ってきそうだからチョキを出す。それも気づかれてそうだからパーにしよう。いやそれを敢えてグーに変更してはどうだろう…など、考えてもキリがないのだ。

 

 

(くそ…だばってん、逃げるわけにもいかなか…)

 

半ば思考を放棄し、白水は思いっきり牌を振り上げ、

 

(自爆覚悟…!)

 

ダァァァン!という快音が響く。打ち出したのは{5}。和了られる可能性を孕みながらも、白水は前へと進んだ。

 

「…」

 

小瀬川からの発声はなく、小瀬川は山から牌ツモろうと山へ向かって手を伸ばそうとしていた。

つまり白水は賭けに勝ったのである。

それ即ち…

 

 

小瀬川:手牌

{九③14} {横789 77横7 南横南南}

 

 

バラバラ。ノーテン…!小瀬川の手牌はノーテン…!形を成していないオンボロの刀は、白水には通じず…!

 

 

 

「ツモ!」

 

 

白水:和了形

{二三四六六六七八③④赤⑤23}

ツモ{4}

 

「ツモ断么平和ドラ2!2000-4000!」

 

 

白水が聴牌に受けたその直後、和了牌を手繰り寄せるようにして和了。きっちり高目をツモり 、己が手を満貫にする。

 

 

この満貫ツモで、現在の点棒は

 

小瀬川 39100

小走 8400

上埜 25900

白水 26600

 

と、白水は2位に再浮上する。一位の小瀬川とは一時期30000点も離れていた点差も、12500点差にまで縮まり、次白水が跳満をツモれば文句無く順位はひっくり返ることとなる。

 

(とうとう背中が見えた…小瀬川!)

 

 

-------------------------------

南3局 親:上埜 ドラ{4}

 

 

小瀬川 39100

小走 8400

上埜 25900

白水 26600

 

 

先ほどの南2局で大きく差を詰めた白水。この南3局も、その波に乗るかのように、配牌は絶好調。

 

ツモもよく、5巡目にして一向聴である。

 

白水:手牌

{六七七八八九②③⑨⑨479}

ツモ{九}

 

打{六}

 

 

高目が出れば純チャン平和一盃口。ツモで跳満、リーチをかければ倍満にまで到達する、小瀬川を打ち倒す手。

 

 

だが、小瀬川もそれを黙って眺めているわけでもない。

 

「リーチ」

 

小瀬川:捨て牌

{一一三六横九}

 

手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏}

 

 

 

小瀬川が先制リーチをかける。しかし、白水はそれに一切の興味を示さない。

 

(しつこいぞ小瀬川…もうその脅しは通用しなか。)

そう。既に南2局で今の小瀬川の状態はたかが知れている。仮に聴牌していたとしても、白水の{5}で和了れない時点で、小瀬川に流れはない。

 

故にありえないのだ。鳴いてもない面前で白水よりも先に聴牌する事など。

 

 

 

白水:手牌

{七七八八九九②③⑨⑨479}

ツモ{8}

 

 

そして2巡後白水が嵌張の{8}を引き、聴牌に達する。

相変わらずリーチ後も小瀬川の捨て牌は不気味だが、聴牌しているわけもないので和了られる事もない。

1000点棒を取り出す。それが指し示すものは、リーチの宣言。小瀬川に追っかける形でのリーチ。

 

高目をツモり、裏ドラが1つでも乗れば倍満確定。流れの波に乗る今の白水にとって、そんな事は難しい事でもない。

 

(こいで終わりだ…小瀬川ァ!!)

 

 

そう思い、横に曲げて打ち出した{4}。

 

 

瞬間、牌が倒れる音がする。

 

 

小瀬川は何も発声はしていない。

 

 

『小瀬川は』。

 

 

 

 

小走:和了形

{二三四⑥⑦⑦⑦⑧56888}

 

「ロン…!断么ドラ1は2600。」

 

 

 

 

小走が和了する。白水はギョッとして、小走の捨て牌に目を向ける。

 

小走:捨て牌

{北南②9六3}

 

捨て牌に異常は見当たらず、典型的な断么平和型の捨て牌であり、待ちは大方直前に切った{3}の裏筋…そう。{4-7}辺りが待ちになりそうな捨て牌である。

比較的読みにくい捨て牌ではない。それにもかかわらず白水は簡単に振り込んでしまった。

 

 

じゃあ何故白水はそれに気付かなかったのか。

 

 

原因は明白。小瀬川のリーチのせいである。

 

 

(まさかあのリーチは聴牌ば宣言してウチば止めるつもりなんて最初からなく、小走さんへの目線ば誘導すっ為…?)

 

いわば囮である。小瀬川がリーチをかければ、それがブラフであると分かっていても分からなくても、とりあえず目線は小瀬川の方へ向く。

 

ただでさえ今まで暴れていた小瀬川の奇妙な打ち筋だ。仮にブラフであると確信していたとしても、小瀬川に注目しない人間などいないだろう。

 

 

それを逆手に取った囮戦術…!

 

 

 

 

何はともあれこれで点棒が動き、

 

小瀬川 38100

小走 12000

上埜 25900

白水 24000

 

白水と小瀬川の差は14100となる。

しかし次の親番は白水である。親満なら文句なく逆転勝利できるし、親っ跳だったら出和了りでも逆転が可能である。

それに親番であるから、小さな和了を積み重ねて逆転…といった事も可能である。

そういう点では、14100という差は大きくはないと言えるだろう。

 

 

 

 

 

そして局面は最終局面。オーラスへ…!

 

 

 




次回からオーラスです。
オーラスは完全にシロVS哩となりそうです。やえと久ごめんよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 全国大会第1回戦 ⑬ 国士無双vs大三元

南4局。オーラスです。
今回でやっと第1回戦が終わります。
長かった…


2016/12/29 追記
読者の方からの指摘により内容を改善。話の大筋は変わってないものの、シロの手牌に変化ありです。
指摘してくださった人に感謝です。


-------------------------------

南4局 親:白水 ドラ{①}

 

小瀬川 38100

小走 12000

上埜 25900

白水 24000

 

 

二転三転…全く展開の読めない全国大会第1回戦第6試合。

そんな少女達の死闘も、遂に最終局面、オーラスを迎えようとしていた。

 

 

 

白水:配牌

{三六九①①②④9東南西北白発}

 

 

白水の配牌は幺九牌が九種十牌と、配牌の時点で既に国士無双三向聴となっている。実際、白水は満貫ツモで逆転が可能な状況ではある。その状況下で、この役満は些か過剰戦力だ。

 

(…)

 

だが流局して、この配牌よりも良くなるとは決して限らない。そして何よりこの国士無双はいわば運命が選んだモノと言っていいだろう。ならばこれで闘わないわけがない。

 

というより、今白水が気にしているのはこんな国士無双や向聴数などの事ではない。小瀬川だ。小瀬川の状況で、この死闘の決着が決まるといっても過言ではない。

 

 

そんな小瀬川の配牌…

 

 

 

 

小瀬川:配牌

{六①⑦7889白白発発中中}

 

奇しくも、小瀬川の配牌も役満の大三元が狙える配牌で、同じく三向聴。

だが、この配牌は決して偶然などではない。断じて偶然ではなく、むしろ必然的である。小瀬川は、このオーラスに向けて布石を打ってきた。だから、白水と互角の配牌に持ってくる事が出来た。

 

その布石とは、南3局でのあの白水の振り込みである。あの振り込みは、小瀬川のリーチによって起こった意図的な振り込み誘導である。あの振り込みがなければ、場は完全に白水の独走状態となっていた。多分、小瀬川が大三元三向聴の配牌を持ってくるのはまず無理であろう。あの振り込みがあったからこそ、今同等の条件で渡り合えているのだ。

 

それに、あの振り込みを実現させるには白水の思考をコントロールする必要があった。通常なら小瀬川がリーチをした程度で、小走の警戒を怠る事はしない。では何故怠ってしまったのか?それは単純で、ただのリーチではなかったからだ。小瀬川はこれまで何度も聴牌のブラフによって場を凌いできた。そういう人間がリーチを打てば、まず真っ先に警戒される。例えそれがノーテンだろうと確信していたとしても、だ。

だからこそ、白水は小走の警戒を怠ってしまったのだ。だからこそ、小走に振り込んでしまったのだ。

 

南場を丸々使っての大々的な布石。全てはこのオーラスで、対等に渡り合う為。

 

(同じ状況下…来なよ、白水さん。小細工なしの本物の勝負をさ…)

 

 

 

 

(やっぱい立ちはだかるか、小瀬川…確かに一辺倒の勝負そいぎ、締まりがつかなか…)

白水も、小瀬川の配牌の状況は大体はわかった。今までは自分に傾いていた流れが、水平になるのが感覚で理解した。今度はブラフではない。場をしのぐだけの小細工などではない。本物の真剣勝負である。

 

 

国士無双と大三元。似ても似つかない2つの役満が、今真正面からぶつかる事になる。

 

-------------------------------

 

白水

打{三}

 

 

親の白水が{三}を切ってオーラスが始まる。次に小瀬川が山から牌をツモり、それをツモ切り。打{⑥}。

 

五巡が経過し、未だ展開は進まず、共に三向聴止まり。両者の捨て牌が中張牌で埋め尽くされているが、それに何の違和感も感じさせない。それほど、場は白水と小瀬川の役満の一騎打ちという場である事がわかる。

 

そして6巡目、最初に動くは白水。

 

白水:手牌

{六九①①②④9東南西北白発}

ツモ{一}

 

{一}をツモってくる。国士無双を完成せしめる必要牌{一}。これで白水は三向聴という均衡状態から抜け出し、二向聴になる。

 

打{六}

 

 

これで一歩リードしたかのように見えた白水だったが、それに食らいつくかのように、直後小瀬川も手を進める。

 

小瀬川:手牌

{六①⑦7889白白発発中中}

ツモ{中}

 

打{六}

 

こちらも大三元という役満を成就する為のキー牌である{白発中}の内の一牌、{中}をツモってくる。白水が進めば小瀬川も進む。まるで二人三脚の様な状態である。

 

 

そして続く7巡目も、白水、小瀬川共にキー牌を掴み、これで一向聴。

 

白水:手牌

{一九①①②④9東南西北白発}

ツモ{⑨}

打{④}

 

小瀬川:手牌

{①⑦7889白白発発中中中}

ツモ{発}

打{⑦}

 

 

この巡目で両者早くも役満を聴牌間近の一向聴へと駒を進める。そしてこれで真に対等になったと言える。

白水が聴牌へと進める事のできる牌{中}と{1}の内{中}は既に小瀬川に三枚潰され、残り1枚。{1}も既に小走と上埜の捨て牌に三枚出ていて、残り1枚で、合計2枚である。一方小瀬川も残りのキー牌はあと{白}のみ。白}はその内2枚は自分の対子、そして白水に1枚あり、また索子の{789}のどれかをツモれば小瀬川は聴牌となる。一見小瀬川が優位に見えそうでもあるが、その内の{7と9}は白水の捨て牌と、小走と上埜に潰されていて、{8}が2枚残っているものの、その場合{8}待ちとなるため、実質{8}は1枚のみと言っても過言ではないだろう。これで小瀬川と白水のどちらが先に手を進めるかという、後には戻れない闘いへと変化する。

 

 

 

 

2巡の間に両者が一向聴へと手を進めたが、その後は膠着状態が続いた。しかし両者の捨て牌に、中張牌以外の牌が置かれる事は決して無かった。

 

そして11巡。遂に聴牌を成す者が現れた。

 

 

小瀬川:手牌

{①7889白白発発発中中中}

ツモ{白}

 

 

先手を取って聴牌に至ったのは小瀬川。白水の一歩先へ足を踏み入れた。これで大三元が確定する。

 

小瀬川は1000点棒を取り出して、宣言する。

 

 

「リーチ…ッ!」

 

小瀬川:捨て牌

{⑥五3八⑧六}

{⑦⑤二七横8}

 

 

そして小瀬川はこれに留まらず、手牌を前へと倒す。それが指し示す事は、オープンリーチという事。

 

「オープン…!」

 

 

小瀬川:手牌(オープン)

{①789白白白発発発中中中}

 

 

小瀬川が手牌をオープンする。待ちは{①}である事を宣言し、決してブラフのリーチでは無い事を証明する。

とは言っても、白水はブラフだという事はハナから疑ってないが。

 

そしてその直後の12巡目に一歩先を越された白水も、役満聴牌を成就する事に成功する。

 

白水:手牌

{一九①①②⑨9南西北白発中}

ツモ{東}

小瀬川に三枚潰された{東}をツモり、執念の様な何かで小瀬川に追いつく。

 

白水も小瀬川に対抗するかの様に、1000点棒を投げ、手牌を全て晒す。

 

「リーチ!!」

 

白水:捨て牌

{三37⑤4六}

{④七⑧72横②}

 

 

「オープン!!!」

 

 

白水:手牌(オープン)

{一九①①⑨9東南西北白発中}

 

 

 

これで両者共にオープンリーチをかけ、後はどちらが先に掴まされるかの殴り合いである。先に掴んだ方の負け、掴まなかった方の勝ちという、戦略だとか駆け引きなどの小細工は一切無い。ただ純粋に引いた方の負けである。

 

一打一打が、両者の精神を削っていく。切り出した牌は、まるで両者の命のようなモノと言える。

 

そしてそれが長引くにつれ、時間の経過は遅くなっていく。実際には10秒にも満たない僅かな時間であるが、今両者にはその10秒が誰よりも長く感じているだろう。

 

両者は永遠にこの時間が続くのかと思っていた。勝負は終わらないと思っていた。だがしかし、物事には必ず終わりという物が存在する。存在してしまう。

 

 

 

 

 

 

それは突然にやってきた。白水が自分でツモった牌を盲牌すると、それを晒した13枚の手牌の横に置き、震えるような声で言う。

 

 

 

 

「小瀬川…楽しかった…ウチはこいまで、麻雀にこぎゃんにも勝ちたかっていう執念ば持ったのは初めてだ…礼ば言うよ。小瀬川…」

 

 

 

 

そして晒した手牌の横に置いた牌を掴み、自分の河へと叩きつける。

 

 

 

 

 

 

「お前と会えて良かった…!!!」

 

白水:捨て牌

{三37⑤4六}

{④七⑧72横②}

{4八④三} {①}

 

 

小瀬川はそれに応えるように、ゆっくりと、ゆっくりと申告する。

 

 

 

 

「ロン…ッ!役満。32000…!」

 

 

 

 

小瀬川 71100

小走 12000

上埜 25900

白水 -8400

 

これで南4局が終了し、半荘終了。小瀬川の一位通過が決定する。

 

 

死闘決着…!




やっと終わりました。第1回戦。
でもこれ第1回戦なんですよね…
本当の地獄(長編的な意味で)はここからだ…


追記
合計UA数がさっきふと見たら25000超えてました。30000超えたら何かリクエストでも受け付けますかね。需要あるかは知りませんが!!!
(因みに感想欄でのリクエストは禁止されているので、ご理解とご協力をお願いします。万が一リクエストを受け付ける場合は、活動報告等で行うので、リクエスト受付は始まり次第、ご報告します。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 全国大会第1回戦 ⑭ 対局後

1回戦が終わってすぐのお話です。

追記
さっき気づきましたが、もう30話なんですね。逆に言うとやっと30話という大台に乗った感じですね。
これからも頑張っていきたいと思います。


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

全国大会第1回戦第6試合

小瀬川 71100

小走 12000

上埜 25900

白水 -8400

 

 

対局が終わり、会場にブザーが鳴る。が、それを聞いた4人はそこから動かなかった。各々が未ださっきの対局の余韻に浸っている。

 

先に口を開いたのは小走やえだった。

 

 

「…良い試合だった。」

 

 

そう言い、目の当たりを手で拭いながら、小走が対局室を後にしようとする。

 

「いいの?…対局が終わったら教えてあげるって言ったけど。」

 

小瀬川が背中を向ける小走に向かって言う。それは東1局に言ったことについてだった。

 

「…ニワカと一緒の類いにするな。それくらいもう理解した。」

 

小走は今も尚小瀬川に背を向ける。小瀬川の方からはよく見えなかったが、小走は涙を落としながら、小瀬川に向けて言い放つ。

 

「勝てよ。小瀬川…!」

 

そう言い放った小走は、自分のポケットからペンとメモ帳を取り出して何かを書いた後、そのページを破って、その破った切れ端を小瀬川が座る卓の前に投げる。

 

「いつでも呼ぶといい。この王者が相手になってやろう。」

 

そんな事を言った小走はゆっくりと対局室のドアを開けて、対局室から出て行った。

 

 

 

 

「…勝てなかった、か。」

 

次に卓を立ったのはオーラスで役満合戦をした白水だった。

彼女も目を潤ませていたが、決して涙は落とさずに対局室を後にした。

 

「優勝しろよ。小瀬川。お前なら成し遂げるはずばい…」

 

そう言い残して、ドアが閉まった。

 

 

「…」

 

 

 

「…」

 

これで残ったのは小瀬川と上埜の2人だけだった。2人は何も喋らず、かといって対局室から出ようと立つこともしなかったので、場には奇妙な沈黙が訪れた。

 

 

「…ねえ。小瀬川さん。」

 

その沈黙を破ったのは上埜だった。

 

「…何?」

 

小瀬川もそれに反応する。

 

「私が小瀬川さんに追いつく為に足りなかったものって何だと思う?」

 

上埜の質問に、小瀬川が暫し考えたものの、結論を出す。

 

「じゃあ…」

 

 

 

小瀬川がそう言って卓上にある山を崩し、適当に牌を5枚裏側にしたまま取り出し、上埜に問題を与える。

 

「この5枚の中から1枚選んでみて。選んだ牌は絶対に私に見せないように。」

 

そう言われた上埜は若干戸惑ったが、指示通り5枚の内適当な牌を1牌ツモる。

 

 

 

 

「…赤ドラの{5}。」

 

 

「!?」

 

不意に小瀬川が呟く。上埜が慌てて自分がツモってきた牌を見る。それは正しくさっき小瀬川が呟いた{赤5}。

 

「…何で分かったのかしら?」

 

上埜が信じられないような声色で小瀬川に問いかける。

その問いに小瀬川は別に特別な事でもないような口ぶりで、

 

「理由はない…ただそんな感じがしただけ。」

 

と答える。小瀬川はそれに加え

「直感とか…自分の勘って言った方が良いのかな…?私は…いや、私達はそれを頼りにして麻雀を打っている。…一見無謀だって思うでしょ?でも違う。違うんだよ。麻雀に正攻法なんて存在しない。どうしても不確定要素が混じってくるんだ。だから絶対なんてものは存在しない。…唯一。信じられるのは卓越した己の力のみ…」

 

「その力をどれだけ信じているか…そこだと思うよ。」

 

 

小瀬川が淡々と述べていく。その中に存在する、神域の理。その断片に触れた上埜は、言葉を失っていた。

 

「…じゃあ、私も帰るね。楽しかったよ。」

 

 

小瀬川が先ほど小走が投げたメモ帳の断片をポケットに入れて、席を立って出口へと歩こうとした時、不意に上埜に手を掴まれて

 

「…あ、あなたのメールアドレスとか、で、電話番号とか教えて…!」

 

と小瀬川に頼んだ。小瀬川は呆気にとられていたが、

 

「いいよ。」

 

と返す。そしてメルアドなどを交換しようとしたその時、対局室のドアがバン!と開く音がした。

 

小瀬川と上埜がドアの方を振り向くと、そこには携帯電話を持って息を切らしている白水がそこにいた。

 

「ゼェ…ゼェ…!小瀬川…!メルアド交換しよう…!」

 

 

結局小瀬川は1回戦で打った人全員とメルアドを交換する事となった。

 

 

-------------------------------

廊下

 

 

「シローッ!」

 

対局室から出るや否や、胡桃が小瀬川にダイビングしながら抱きつこうとした。小瀬川はそれを体全体で受け止める。

 

それに続くように塞と智葉も小瀬川の元へと来た。

 

「お疲れ。シロ。」

 

 

「…うん。」

 

塞が我が子の活躍を喜ぶ親のような素振りで小瀬川を労う。小瀬川もそれに応え、胡桃と塞に体を預けるようにして倒れこむ。

 

(…くっ、これが幼馴染という力なのか?)

 

そしてその光景を恨めしい感じで眺めていた智葉も、小瀬川のすぐ側に寄って

 

「シロ。頑張ったな…」

 

と言い、智葉も小瀬川に抱きつく。その行動に腹を立てていた者がいたが、ここでは割愛する。

 

「…あとこれ。シロの大切なもの…お前の師匠だ。」

 

智葉が小瀬川が置いていった欠片。もとい赤木しげるをお守りに入れた状態のまま渡す。

 

「…あれ、いつの間に知ってたんだ。智葉。」

 

小瀬川がいつそんな情報を知ったのか智葉に問うと、智葉は

 

「少し聞いてたからな…」

 

と返す。すると小瀬川は

 

「…盗み聞きは良くない。一言声でもかけてくれば良かったのに。」

 

少しムッとしたように智葉に言う。

しかし智葉にはそんな怒りは伝わる事は無かった。それどころか

(少し怒っているシロ…アリだ!)

と、絶賛新たな道を開拓中の状態になっていた。

 

 

そんな脳内空間を旅している智葉を置いといて、小瀬川は手にある赤木がいるお守りを持って、赤木に話しかける。

 

「…1回戦。突破したよ。赤木さん。」

 

 

【ククク…案外苦戦してたじゃねえの…?】

 

赤木からは若干厳しめの評価を頂く。

 

「うん。結構ギリギリだった。」

 

それは小瀬川も重々承知していた。

赤木はその答えにクククと笑い、

 

【…なら、まだ俺には届かねえな。】

 

と小瀬川をわざと煽るように言った。

対する小瀬川はその煽りを冷静に返し、

 

「いつまでも最強のイスに座れると思わない事だね。」

と赤木に挑戦状を送りつける。赤木は今まで以上に笑って、

【やっぱりお前は面白いやつだ…】

と呟く。

 

 

会話を終えた小瀬川は、お守りを自分のポケットの中に入れて塞達を連れてホテルに戻る事にした。

 

(明日は対局がない日、か…ゆっくり寝てようかな。)

 

 

そう思ってホテルに帰る小瀬川であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




準決勝まで丸一日あるので、その日の事に数話使う予定です。
最近麻雀回が多かったから、多少はね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 準決勝前 ① 第二次小瀬川争奪戦

今回全く進展しないです。



 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

ホテル内

 

 

1回戦を無事一位通過できた私は、塞たちとホテルに戻ってきた。現在時刻は15時過ぎで、これから寝るにしても早過ぎるし、どこかに出かけるにしても時間が少し足りないといった微妙な時間帯である。

 

 

「なら夕食の時間までの間遊ぼうという」塞の提案で、私達の部屋でトランプ大会が開かれる事になった。

 

どうせなら多い人数でやろうと私が提案し、1回戦が今日にあった智葉、竜華と付き添いである怜、そして先ほど卓を囲んで死闘を演じた哩、久、やえも呼ぶ事となった。

 

照と愛宕姉妹も呼ぼうかと思った。が、彼女らは明日に1回戦が控えているので彼女たちの事を思って呼ばない事にした。試合前に雑念などが入ったらいけないからね。

 

というわけで私達の部屋に集まり、部屋の中にあるテーブルを囲んだ9人。(私を入れて)

だが、どういうわけか私と竜華以外の7人は互いの事を睨み合っていた。なんだこいつら。

 

特に目つきがヤバイのは胡桃と塞。そもそも皆でやろうと言った時もこの2人は凄い不服そうであった。

 

そして挑発的な目つきで周りを煽っているのは哩、久、怜の3人。いずれも余裕そうな表情である。いや、なんの勝負をしているのであろう?

 

残りの智葉とやえは顔を赤く染めながら頑張って皆の事を睨みつけていた。そんな恥ずかしいなら睨まなければいいのに。

 

 

唯一まともなのは竜華だけであった。竜華は微笑ましそうに皆の睨み合う場面を見ている。

 

 

「じゃ、じゃあ手始めにババ抜きでもしようか?」

 

この修羅場のような状況に耐え切れなくなった私が塞が持ってきていたトランプをテーブルの上で切りながら、提案する。

 

 

その提案に皆が賛成し、場を包んでいる緊迫感も若干薄まった。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

それからババ抜きを5回行い、今が6回目。

 

未だ抜けていないのは私と久のみ。そしてjokerを持っているのは久で、私はjokerではない6を引けば私の勝ちだ。

 

 

「ぬぬぬ…!」

 

久が私に見えないように二枚のカードをシャッフルし、唸り声をあげる。

 

「どうだ!」

 

久がシャッフルし終わり、二枚のカードをテーブルの上にバン!と叩きつける。

私に悟られないようにする為か、久は両手で目を覆っていた。しかし、

 

「久がテーブルに置く時、若干力んでいたのは右側。目線はどうにかできても、人間はjokerの方に意識が行く。つまり力んだ右側がjoker…」

 

そう言い、間髪入れずに左側のカードを捲る。そのカードは正しく6。♦︎の6であった。

 

 

「ぬがぁぁぁ!」

 

久がドサッと後ろに倒れる。これで久の最下位が確定する。

 

「心理戦でシロに勝とうってのが間違いなんだよ!」

 

胡桃が胸を張って誇らしく語る。何故胡桃が誇らしそうにしているんだ。

 

「小瀬川はトランプも化け物レベルで強いな…」

やえがやっぱりと言った口調で呟く。このババ抜き6回の内6回連続8位と、あまり凄くなさそうに見えるが、実際は全部サシ勝負にもっていき全勝している。

無論、わざとサシ勝負にする為にjokerをわざと最後まで持っていたり、アガってもそのまま続行したりした。

 

 

「…じゃあ!次のゲームはイケメンさん抜きで、一位抜けした人が夕食まで自由にしていいルールはどうや?」

 

 

「…は?」

 

 

怜が変な提案をする。その提案に、皆(竜華以外)の目の色が変わる。

 

「よし!絶対アガるわ!」

塞がマジな声で意気込む。いや、それでいいのか塞よ…

 

 

「小瀬川ば貰うにはウチばい。お前らには渡さんよ…ふふふ。」

哩も完全にやる気だ。目が完全なアレである。私の中で一番勝ってほしくない人の1人になったよこの野郎。

 

 

「シ、シシシシシロを自由…に?」

顔が真っ赤な智葉が思わず下を向く。おい智葉、変な妄想はやめろ。

 

 

「ん〜…」

 

 

「どうした?清水谷。」

1人悩む竜華にやえが質問する。竜華は

 

「やっぱウチはそういうのええわ。皆の為に…な?」

竜華がどうやら参加しないらしい。竜華だけがマトモだ。私の味方よ。

 

「ちょっといいかしら?」

そうして私を賭けたババ抜きが始まろうとしたその時、久がタイムをかける。

 

「…どうしたん?上埜ちゃん」

この賭博を考案した怜が久に質問する。

 

 

「折角ババ抜きやるなら、最後までやった方が面白いでしょ?だから、最後までjokerを持っていた人が勝ちってことにしない?」

と、久がルール変更を申し出た。皆は成る程と頷く。

 

「…でも、わざと揃っても捨てない人とかいたらどうするの?シロもさっきやってたし」

それに塞が異議を唱える。そういえばそんな事もしてたな私。

 

「じゃあ、小瀬川さんと清水谷さんが二手に分かれて皆を見張るとかはどうかしら?」

久が私と竜華を監視役にする提案をする。

 

 

「うぇぇ…ダル「うるさいそこ!」…はい。」

 

私の拒否を胡桃が一喝する。どうやら私に拒否権はないらしい。

 

「じゃあ、そうするか。」

全員(私以外)がそれに賛成し、智葉が手慣れたような手つきでカードをシャッフルしてカードを分配し始める。負けが勝ちの変則ババ抜きが、欲望にまみれた泥沼の闘いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ババ抜きの結果どうしましょうかね…
アンケート式にしてもいいですし、私が適当に選ぶ方法でもいいですね。

でもアンケート式の場合期間が1日未満と短く、読者様の意見が集まりにくいので、今回は私のルーレットによって決めたいと思います。

次こういうのがあった時を想定して、アンケート式か私のランダム、どっちがいいか感想を書くついでで構いませんので教えていただけると嬉しいです。

又、アンケートもリクエストと同じで感想欄に書き込むのは避けて下さい。

そういえば『アンケート式にするかどうか』を感想欄に書くのはセーフなんですかね…?『アンケート式にするかどうかのアンケート』として扱われるんですかね…?
もしアウトな奴だったらご指摘お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 準決勝前 ② 勝者

ババ抜き編です。
勝者はルーレットで決めさせていただきました。

次回からアンケートを使う場合は、二、三日前から活動報告の方にてアンケートを行いますので、その都度連絡致します。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

私の夕食までの時間を(勝手に)賭けたトランプ大会。種目はババ抜きで、最後までjokerを持っていた人が勝者という変則ルールでの勝負。

 

私と竜華は二手に分かれ、揃ったのに捨てないという、負ければ勝ちのルール上での反則行為を見張ることになった。

 

私の方から監視するのは塞、胡桃、智葉、久の4人。竜華側からは怜、やえ、白水の3人だ。

 

智葉が常人の何倍も速いシャッフルでトランプを切る。両手でパラパラやるアレとかもまるでいつもやってるような感じでやってのける。

…智葉ってギャンブルのディーラーさんなのかな。そんな感じがするくらい速かった。

まあ、家とかがアレな感じだし、驚きはしないけども。

 

そして切り終わった智葉が順々にトランプを配っていく。負ければ勝ちのこの勝負、最初の枚数が多ければ多いほど有利というわけでもないだろうが、少なすぎるのは不利であろう。1枚だけだった場合、最速一巡で終了…なんて事も起こりかねない。もっと言えば最悪全部揃っているなんてパターンも確率上ない事はない。…実際それが起こるかどうかは置いといてだ。

 

 

全員に全てのカードが行き渡り、皆が揃っているカードをどんどん中央に晒していく。

 

皆がカードの整理が終わり、誰から引くかのジャンケンが始まる。

 

さっきまでは、一番最初のゲームはトランプを配った智葉から時計回り。次ゲームからはjokerを最後まで持っていた人。即ち負けた人から時計回りというルールだが、私と竜華が抜けたため新しく決めることになったようだ。

…別に最初のように智葉からとか、さっき負けた久でもいいのに、と思ったがここでは口出ししない方が良いだろう。

 

 

 

 

「「「「「「「 最初はグー!」」」」」」」

 

 

 

 

「「「「「「「ジャン!ケン!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「ポイッ!」」」」」」」

 

 

 

 

出した手は皆バラバラであり、あいこになる。

 

 

「「「「「「「あーいこーで」」」」」」」

 

 

 

 

「「「「「「「しょっ!!」」」」」」」

 

 

 

次もバラバラ。またあいこになる。

 

その次もそのまた次もあいこが続く。回数が増えていくにつれ、皆のタイミングもズレていき、最終的にはグダグダになってしまった。

 

 

そろそろ何回あいこになったのかを数えるのが面倒になってきたまさにその時、均衡が破れる。

 

「はいストップ!」

 

胡桃が次のジャンケンに移ろうと引っ込めようとする皆の手を止めるように大きな声で言う。

 

皆の出した手の種類はグーとパーの2種類。そして怜だけが1人パーを出している。それは即ち、怜の一人勝ち。これで怜から時計回りで引くことが決まり、順番は

 

怜→久→智葉→胡桃→塞→白水→やえ→怜…

 

という順番になった。

 

「うわっ。ウチが最初かぁ…ついてないわー」

 

怜が渋々久のカードに手をかけ1枚カードを引き、始まる。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

あれから数分が経ち、どんどんとアガった人。もとい敗者が出てきた。

その敗者たちは地面に崩れ落ちている。お前らは私に何を求めていたんだよ。

 

そして遂に残りは怜と智葉の2人となり、智葉がjokerと♦︎の7を持っており、怜が♣︎の7を所持している。今引く番は怜。ここで怜に出来ることと言えば、jokerを引いてアガりを回避することしかない。

 

「ぐっ…」

 

怜が念じるようにしてカードを手で触れ、一気に引く。

引いたのはjoker。つまり怜は回避に成功したのである。

 

「ぐぐっ!」

 

智葉が苦い表情をする。これでピンチは智葉に回った。

 

…そういえばさっきから智葉の背後には黒服達がいて、智葉を見守るようにして両手を合わせている。お前らいつの間に、そしてどっからやってきたんだ。

 

「「「「お嬢…!」」」

 

果てには智葉に向かって声援(?)送っちゃうし。マジでお前ら何なんだよ。

 

 

まあ黒服達はほっといて、とうとう智葉が引いたようだ。引いたカードはまたもjoker。

 

「…よしっ!!よし!」

 

智葉がガッツポーズをする。これで再び怜にピンチがやってきた。

 

「引くで…!」

 

シャッフルを済ませた智葉が2枚のカードを怜に突き出し、怜が選ぼうとする。

 

「引けるかよ!ここまでが出来過ぎ!さっきのjokerまで!奇跡はもう起こらない!」

 

黒服、お前は黙れ。まーたややこしくなるだろう。

 

 

「…おりゃああ!」

 

怜が吼え、カードを引く。そしてそのカードは三度目のjoker。またもや危険を回避した。

 

「…ぐぐぐ!」

 

智葉の顔が一気に曇る。普通ならあり得ないサシ勝負での四度目。それほどまでにこの2人の執念というものだろうか、得体の知れない何かは凄いのだろう。

 

 

そして怜が2枚のカードを見ずにシャッフルして、テーブルに置く。これで心理戦を遮断し、純粋な50%。

 

「…こっちだ。」

 

そして智葉が(智葉側から見て)右側を選択する。それを確認した後、怜も(智葉側から見て)左側に手をかけ、一緒のタイミングでカードを開く。

 

 

「「せーのっ!」」

 

 

智葉が開いたカードは、♣︎の7。そして怜が開いたカードは、joker。

 

 

つまり、この勝負怜の勝ちである。

 

「よっしゃ!やったでイケメンさん!」

 

怜が私に向かって思い切り抱きつく。それに対し智葉はばったりと倒れてしまった。

 

 

「…おめでと。」

 

私が勝者に対し祝福の言葉をかける。私は景品なので、嬉しさは感じないが。

 

 

「じゃあ、そういう事や。夕食まで好きにさせてもらうで。ほな、またな〜」

 

私の腕を引っ張り、怜は皆に見せびらかすように言ってホテルを出る。

現在時刻はおよそ16時。ホテル内の夕食時間は18時から。つまりこの後二時間は私は怜の自由にされるのである。

 

私が怜に連れられた場所は、ホテルの一室であった。

 

 

「ここがウチとりゅーかの部屋や。」

 

どうやらここが怜達の部屋のようだ。

 

 

「それで、何するの?」

 

私が怜に質問する。その問いに対し怜は満面の笑みで、

 

「膝枕や。」

 

と返す。

 

「…え?」

 

いきなり想定外の答えに、私は思わず聞き返してしまった。

 

「膝枕は膝枕や。流石に二時間ずっと膝枕ってわけにもいかんけど、少しの間膝枕させてーや。」

 

 

「…いいよ。」

 

 

「それでこそイケメンさんや!」

 

 

 

…膝枕か。胡桃の充電と同じ感じのものなのかなぁ…?

 

 

 




次回は怜とシロの二時間と、敗北者達の座談会です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 準決勝前 ③ 膝枕と会議

怜とシロの話と、敗北者の会議です。
結構攻めた表現を使ってるけど、ヘーキヘーキ(適当)


追記

もうすぐ通算UAが30000回超えそうなので、活動報告にてリクエストを募集します。私の名前から飛べば活動報告の欄にあるので、どうかお願いします。
(感想欄では書かないでください!)


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「気持ちええなぁ…りゅーかとええ勝負や…」

 

私を賭けたトランプ勝負に勝った怜の願いにより、彼女に膝枕をする事になった。勿論私はする側である。

 

どうやら満足してくれたようで、私の膝枕の上で怜はぐったりとしている。

 

しかしここで問題がある。私はこの時何故か正座の状態で膝枕をしてしまったのだ。ベッドを利用すれば普通に座ってできた筈なのにも関わらず、私は重大なミスを犯してしまった。

 

「ねえ、怜。」

 

そろそろ足がきつくなった私が、怜に声をかける。

 

「どした?イケメンさん。」

 

怜が膝枕された状態で私に聞き返してくる。

 

「そろそろ、足、キツイかも…」

 

その声に怜はふふふと笑って、

 

「イケメンさんを勝ちとって自由にしていい権利を得たのはウチなんやで。イケメンさん。もうちょっと頑張りや。」

 

と、私の要望はあっさりこの小悪魔に却下されてしまった。

 

(竜華も、大変なんだなぁ…)

 

これをいつもやってあげているという竜華はとても優しい人なんだな。と足の限界と闘いながら身に染みた私であった。いや、正座の状態でいつもやってあげているのかは分からないが…

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

所変わってトランプ大会が開かれた小瀬川白望達の部屋には、怜に敗れた悲しき(?)少女達が会議なるものを開いていた。

 

 

題して、第一回緊急小瀬川会議である。

 

 

「いいか皆の衆。これから二時間程度、我らが(?)小瀬川白望が怜に好き放題されてしまう。」

議長は辻垣内智葉。あと一歩のところで怜に負けた一番ショックが大きい人物である。場は既に殺気に包まれ一触即発の状況だが、それでも尚会議を開こうとしていた。

 

 

「そんなのは分かってる!」

小瀬川白望の幼馴染という特権を持ちながらも最終決戦前に敗れ去った胡桃が、半ばイラつきながらも参加する。

 

「別に会議を開くのは構わんが、そんなに緊急と題するほど重要な事か?」

一回戦、小瀬川白望と闘った小走やえが、案外余裕そうな感じで議長こと智葉に質問する。

 

「これだから王者(笑)は…恋ってものが分かってないわねえ…」

同じく一回戦小瀬川と対峙した上埜久が、小走を煽るような口調で馬鹿にする。

 

「なんだと!」

 

「王者(笑)」

 

「う、うるさい!」

 

 

 

「…静粛に。確かに上埜の言う通りだ。今の事態は単純なものではないのだ。」

 

上埜と小走の口喧嘩を仲裁するかのように智葉が間に割って話す。そしてそれを聞いた全員が智葉の方を見る。

 

 

「…それはどういう?」

臼沢塞が状況を読み込めていない人を代表するかのように、智葉に問う。一番先に抜けてしまった彼女はさっきまでばったりと倒れていたが、どうやら無事なようだ。…精神的ダメージを考慮しなければ。

 

 

 

「…つまりだな。」

 

その智葉の言い方に、全員が息を飲む。

 

 

 

 

「シロが、園城寺の事を好きになってしまうかもしれないということだ!!」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

室内が騒然に包まれる。(それほど大人数ではないのだが)

 

「議長!シロに限ってそんな事は無いと思います!」

しかし、胡桃がそれに異議を申し立てる。

確かに胡桃の言う事は的を得ているし、偽りではない。

 

だがしかし、と智葉は加え

 

「考えてもみろ。そもそもこのギャンブルを始めようと言ったのは奴だぞ?それなら、シロを落とす算段、計画はあるはずだ!」

 

と反論する。その反論によって騒めきも大きさを増してきた。

 

「ていう事は、園城寺は何かアテがあってあぎゃん事ばしたってこと?」

佐賀弁で喋る白水哩が質問する。

 

 

「…その可能性が高い。」

智葉が右手をグッと握り締めてそう言う。

その手はワナワナと震えていて、よほど悔しかったのだろうと容易に想像がつく。

 

 

 

 

「あそこで逆を選んでいればなぁ…」

 

 

「議長!聞こえています。」

塞からの指摘によって我に返った智葉が、会談を続けようとする。

 

 

「取り敢えず…だ。今あの2人はどこに行ったか見当がつく奴はいるか?」

 

智葉の問いに皆は周囲を見渡すが、誰も手を挙げる気配はない。

 

 

ここで会談が終わるのか。という絶望(?)に包まれたが、その絶望を切り裂く者が現れた。

 

 

「…はい!」

 

それは上埜久であった。その声に皆は一斉に久を注目する。

 

「恐らくだけど…あの2人、園城寺さんと竜華さんの部屋に行ったんじゃない?」

 

ざわ…!ざわ…!

 

 

「…それは本当か?」

智葉が疑問そうに久に質問する。

 

 

「多分、あまり時間が無いこの状況で何処かに出かけるってことは無いはず…なら、考えられるのはホテル内でしょ?」

 

ざわ…!ざわわわ…!

 

 

「確かに、一理あるな。」

智葉が成る程と感心していると、哩が真剣そうな声でこう放つ。

 

 

 

 

「まさか、ちかっと早い夜ば楽しむんそいぎ…」

 

 

 

 

 

その発言に、全員が取り乱す。

 

 

 

 

 

「シロで変な妄想しないで!変態!バカ!」

真っ先に口を開いた胡桃が顔を真っ赤に染めて哩に罵倒を浴びせる。

 

「冗談。冗談。」

哩ははははと笑い、あまり悪びれもせず胡桃に謝る。

 

 

「…全く、これ以上話しても埒があかないな。」

 

 

結局哩の生々しい発言によって、第一回緊急小瀬川会議は話し合いというレベルに達する前に終了する事となった。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

あれから数分が経ち、今足は限界を迎えようとしていた。

 

「ギブ…ギブだよ怜…!」

 

私の必死の感嘆に怜が応えてくれてようで、怜が私の膝枕から起き上がる。

 

「本音はもうちょっとして欲しかったけどなぁ。でもイケメンさん。ありがとやで。」

 

怜が足の痺れに悶えてる私の頭を撫でる。

撫でられ終わった私は、足の痺れをどうにかしようと立ち上がったまさにその時、

 

 

 

 

怜が私に倒れかかった。

 

 

 

 

 

 

無論いきなり倒れかかったので私が支えてあげれるわけもなく、そのままベッドに2人して倒れる。

 

 

「怜。これはどういう…」

いきなりの事に展開に追いつけない私が怜に質問する。

 

 

「すまんな…イケメンさん。ちょいと…疲れて…な。」

 

 

どうやら疲れ果ててしまったらしい。それを言い終わったと思ったら、私に倒れかかったまま怜は寝てしまった。

 

 

(…ちょうどいいや。私も疲れたし。)

 

 

無理矢理脱出して怜を起こすわけにもいかない私は、怜とベッドに挟まれたまま怜に続くように瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 




次回に続きます。そろそろ準決勝かな、と思ったら次の日は一回戦の残り8試合があったので2日後でしたね。
どうしようかな…


追記
前書きにも書きましたが、活動報告にてリクエスト募集中です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 準決勝前 ④ 温泉

シロと怜の二時間の最後です。
リクエストもやって、どうぞ。(しつこい宣伝)



 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「なぁ…イケメンさん。」

 

気がつくと、私の上にいたはずの怜が隣にいて私を揺すっていた。どうやらあのまま本気で寝てしまったらしい。

 

「あー…おはよ。」

 

寝ぼけていた私は時間ハズレな挨拶を怜に言い、上半身を起こし、現在時刻を確認する。時間は17:20分。結構な時間寝ていたようだ。

 

「それで、どうする…」

 

約束の18時までは少し時間があるので、これから何をするかを怜に聞いたところ、怜が胸を張って

 

「ふふ…もう考えてあるんやで。」

 

と自信満々に言う。少し時間はあると言ったものの、40分程度しか無いが大丈夫なんだろうか。

 

「それはな…」

 

怜が勿体振るように言う。私は見当もつかないので、黙って聞くしかない。

 

「…温泉や!」

 

 

「温泉…?」

 

温泉。ここのホテルにそんなものあったのか。初めて聞いたし、何よりもここのホテルはあまりにも豪華すぎないか…いくら全国大会とはいえ小学生が泊まれるようなクラスではないぞ。

 

「せっかくあるんなら行かんとな。ほな、行くで。イケメンさん。」

 

そう言って怜がバスタオルや浴衣などを持ってドアの前に立つ。準備がよろしいこと。

 

一回部屋に戻るのも面倒なので、竜華の分の浴衣とバスタオルを頂戴して一階にある温泉に行くことにした。

 

 

-------------------------------

ホテル 温泉

 

 

 

部屋から出て温泉がある一階についた私と怜は、女湯と書かれている暖簾を通った。

 

脱衣所には誰もいなく、温泉にも人はいない様子で、貸切状態であった。流石に夕食前に入るという人はいないか。

…温泉マニアならやりそうだが、女でそれはいないだろう。多分。

 

 

私は何ら躊躇せずに服を脱ぎ始めようとする。すると怜が私に声をかける。

 

「ちょ、ちょい待ち。イケメンさん。何ナチュラルに脱いどるんや…」

 

私は全く表情を変えずにこう言う。

 

「…?怜も分かってて温泉に入ろうって言ったんでしょ?」

 

すると怜は顔を真っ赤にしながら私に背を向けて、何かを呟いていた。

 

 

-------------------------------

視点:園城寺 怜

 

 

(積極的すぎやないか?イケメンさん…少しくらいは躊躇せえや…)

 

イケメンさんがいきなり服を脱ぎだした事に驚きを隠せないウチは、ついイケメンさんに背を向けてしまった。

いや、温泉に一緒に入るというという事は、つまりそういうことだ。そうだと分かっていた。理解していた。が、心の準備はまだできてなかった。

 

そうウチが考えている内に既にイケメンさんは脱ぎ終わったようで、中に入っていてシャワーで体を洗っていた。

 

遠くから見ても分かるように、イケメンさんの体は綺麗な体で、惚れ惚れしてしまうほどの艶やかな肌だ。

 

 

(イケメンさん…)

 

今イケメンさんのこの姿を見ているのは、世界中の中でもウチ1人だと思うと、優越感に浸れる。

 

腹を括ったウチは服を脱いで、イケメンさんの隣に行こうと、扉を開けた。

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

何かを呟いていた怜を置いてきた形になってしまったが、いずれ来るだろう。

 

 

中に配備されていたシャワーを使って体を洗っていた私は、温泉の近くにある効能などを見ていた。

 

 

【泉質】ナトリウム塩化物強塩温泉

【効能】神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え症、病後回復期、疲労回復、健康増進

 

 

(ナトリウム塩化物強塩温泉…ねえ。)

 

別にそれを見たところで何かが分かったり、理解できるわけでもないが、効能とかをしっかりと見るのは温泉通っぽくて私は好きだ。何か温泉に詳しくなった気がするから嫌いではない。気がするだけなのだが。

 

 

 

そうして、気がついたら怜が扉を開けた音がした。タオルに身を包んだ彼女が、私の隣にやってくる。

 

丁度体も洗い終わったところなので、怜と入れ替わる事にした。

 

「…先入ってるから。」

 

すると彼女は視線を落としながら

 

「せ、せやな…」

 

と何故か恥じらいながら答える。一体何があったのだろう。

 

 

兎にも角にも、私は温泉を堪能しようと、温泉に浸かる。

 

温度はちょうど良く、体の芯まで温まるのが分かる。実際どうかは分からないが、疲れがとれるような気がする。

 

(あー…やばいこれ…)

 

駄目だ。このままでは気持ちが良さすぎてのぼせるまで入ってしまいそうだ。

 

そんな状態の私の隣にシャワーで体を洗い終えた怜が入ってくる。

 

「ああ〜…ええなあ。」

 

怜もこの温泉を気に入ったらしく、心の底から出たような声を上げる。

 

 

 

そこから十数分が経ち、のぼせそうになる前に私と怜は温泉からあがる事にした…はずだった。

 

「なあ。イケメンさん」

温泉から出た私の腕を掴み、怜がどこかを指差してこう言った。

 

「サウナ行こうや!ウチ、一回行ってみたかったねん。」

 

怜が指差していたのはサウナであった。サウナ。確かフィンランドの蒸し風呂とかだったけか。

 

のぼせる寸前の私は遠慮したかったが、怜が行きたいと言うのなら仕方ない。のぼせるまで入ろうじゃないか。

 

 

と、若干思考回路がおかしくなっている私と怜はサウナに入った。

 

 

 

 

-------------------------------

サウナ

 

 

ドアを開けて最初に感じだのは異常な熱気である。試しに一回外に出ると、そこは屋外かと錯覚するぐらい涼しかった。いや、サウナが異常に暑いだけである。

 

怜は楽しそうにサウナ室にある椅子に腰掛け、私が座るのを待っている。

 

ええい。どうにでもなれと投げやりになりながら私は怜の隣に座る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局耐えきれなくなった私と怜は逃げ込むようにしてサウナ室から抜け出した。あれから何分が経っただろうか。数十分かもしれないし、もしかしたら5分も経ってないかもしれない。

 

 

異常なまでの熱気に煽られた私たちは、ボーッとしながら脱衣所に行き、着替える事にした。

 

 

「もうサウナはいいかな…」

 

「せやな…一回で十分や…」

 

 

もう二度とサウナにはいかない。そう固く決意した私たちは、夕食会場へと向かう事にした。

 

 

 

 

-------------------------------

夕食会場

 

 

夕食会場に向かった私と怜は、塞達と合流した。

 

 

「シーロー!!」

 

胡桃と塞が私に抱きつく。その勢いは凄まじく、危うく倒れそうになるところだった。

 

「シロ!大丈夫か!」

遅れてきた智葉が切羽詰まった表情で私に駆け寄る。なんだ大丈夫かって。捕まったわけでもないのに。

 

 

「しかし、シロ。何故浴衣…ハッ!?」

智葉が浴衣姿の私に疑問を持つも、すぐにそれは解決したようだ。

 

隣の怜を見ると邪悪な笑みで智葉達を見つめる。その笑みは優越感で満たされている。

 

 

「おー、小瀬川さん。二時間前ぶり」

 

遅れて哩、久、やえ、竜華もやってきた。

 

 

これで9人全員が揃い、私達は夕食をとって各々の部屋へ行き、夜を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 




次回は準決勝前日です。
今までのはあくまでも一回戦直後の話です。準決勝前日は次からです。

…そんなに内容濃くないと思いますがね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 準決勝前 ⑤ クイズ大会

今回結構雑です。色々と。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

あれから一夜明けて、全国大会も(開会式を入れて)3日目に突入することとなる。今日は一回戦の残り半分、計8試合やる予定だ。

 

昨日は私、竜華、智葉の試合だったが今日試合をするのは洋榎と照だ。

照の試合は第十試合目で朝の10時から、洋榎は第十三試合目で午後1時に始まる。

別に智葉のように応援しに行ってもいいが、2人が手の内を隠すとも限らないため、行かない事にした。楽しみは後に取っておかなきゃね。

 

 

そんなわけで今日はホテルでぐっすりと休もう…というわけにもいかず、相変わらず皆が部屋に集まってくる。呼んだ覚えないんだけどなあ…

 

 

「ウチらは呼ばれなくともいつでもやってくるから、安心してよかよ。」

 

哩が私に向かって言う。心を読むな心を。

 

「それで、今日は何をするんだ?」

 

やえが皆に問いかける。というより既に何かをするというのは決定されているんだ…

ともかく、私達は何をするかを考える事にした。現在時刻は午後二時。因みに先ほど照と洋榎の準決勝進出が決まった事を知った。

それはさておき、さすがに9人も集まって何もしないという事態だけは避けたい。

 

 

だが、何の案も出ないまま時は刻一刻と過ぎ去っていき、沈黙が続く。

そしてこの沈黙がこれからも続くであろうと誰しもが思ったその時、ふと私にある感情が芽生えた。

 

「…クイズ大会がしたい。」

 

そう。今何故か無性にクイズがしたくなった。何故したくなったかは分からない。が、クイズをしたいという衝動に駆られたのである。

 

他の皆も、いきなりクイズ大会がしたいと言われ困惑していたが、代案が出なかった為、クイズ大会を行う事にした。

 

智葉の合図によって黒服達が人数分のペンとホワイトボードを皆に配る。流石智葉の専属の黒服だ。仕事のスピードが並の速さの何十倍も速い。…智葉に対する愛は鬱陶しいが。

 

問題を出すのは順々にローテーションしていく事になり、問題者が二周し終わって正解数が一番多い人が優勝という事になった。

 

因みにこの大会に賞品は何も無い。無論私を自由にしていい権利などもない。であるからそんな殺伐した空気ではないので、のびのびとできる。

 

じゃんけんによって、最初の問題者は私に決まった。私は問題をホワイトボードに書き、皆に見せる。

 

 

*読者のあなたも考えてみてね!

 

 

問 ベートーベンの作品「エリーゼのために」は、本来違う名前であった。その本来の名前とは?

 

 

 

「これは…」

皆が思い思いの表情をする。流石に難しいかな?と思ったが、

 

 

((((((((クイズっていうより雑学だコレ))))))))

 

 

どうやら違ったらしい。皆の表情をよく見たらすぐに分かった。いや、クイズとはいっても雑学もある意味クイズだし。セーフだよセーフ。

 

 

クイズ形式は早押しで、一番最初に答えを書いて正解した人が1ポイントという事になる。

 

 

しかし、誰も答えを発表しようとする者は現れなかった。そりゃあそうだ。こんなの分かる人間なんて、そうそういないだろう。

 

 

だが、

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.テレーゼのために

 

 

 

 

 

ここに知識人現る。

 

 

「え…正解…」

 

ざわわ!

 

 

私含むこの場全員がやえの方を向く。やえは恰も当然かのように

 

「フフフ…これだからニワカは相手にならんのだよ。これくらい知ってて当然であろう。」

 

と、胸を張って言う。何か凄い腹が立ったが、それは皆も同じである。

 

 

潰す。

 

 

この場全員がその感情を抱いた。そして、皆が自分の中で最も難しいと思われる問題ををやえにぶつける。しかし

 

 

問 君が代の「さざれ石の」のさざれ石の正体は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.石灰質角礫石

 

 

 

正解。

 

 

胡桃

問 地球の自転周期は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.二十三時間五十六分四秒。

 

 

 

 

正解。

 

 

問 アンパンマンの友達は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.愛と勇気

 

 

 

 

正解。

 

 

 

竜華

問 南極と北極、寒いのはどっち?

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.南極

 

 

 

正解。

 

 

 

問 今何問目?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.6問目

 

 

 

正解。

 

 

 

問 バーベキューのスペルを答えよ

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.barbecue.

 

 

 

正解。

 

 

 

 

智葉

問 グーデルマン関数とは何か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小走やえ:回答

A.双曲線関数と逆三角関数の合成関数。

 

 

 

 

正解…!これで8問連続正解という化物っぷり。いずれも難易度はメチャクチャで、普通知らないと答えられない問題ばかりのはずだ。なのに何故やえはこんなに正解するんだろう。途中ふざけた問題もあったが。

 

 

その後も結局全部正解し、クイズ大会(もとい知識王決定戦)はやえの圧勝であった。「王者なら当然の事」とやえは言うが、王者でもそんなに知識は多くないと思う。

 

 

結局今日は皆クイズ大会で疲れたのか、クイズ大会が終わると皆すぐさま帰って行った。無論私も疲れてしまったので、そのまま塞と胡桃と一緒に寝る事にした。

 

 

明日は準決勝と決勝。絶対勝たなきゃな…

 




次回からは準決勝です。
シロVS竜華をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 準決勝 ① 真剣勝負

AI二回行動(ドラクエ感)
いつから1日1投稿だと錯覚していた?
(まあ実際文字数は少ないんですがね!)
今回は準決勝が始まるまでです。



 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

全国大会3日目。開会式を入れれば4日目の今日は、準決勝と決勝が行われる。即ち、小学生の中で一番強い雀士が決まる日と言えよう。

 

もうすぐ、その高みへの一歩となる準決勝が始まる。私は既に待機室に来ていて、塞と胡桃と赤木さんは一回戦と同じく特別観戦室にいる。

 

時刻は9:40。今は準決勝第一試合が行われていて、智葉の試合だ。といってももう終盤だろう。もしかしたら既に勝負が決しているかもしれない。

 

(まあ、番狂わせは起きていないでしょ…)

 

おそらく、決勝に行くのは順当に考えて智葉だろう。ちらっと準決勝第一試合を見ていたが、それほど強い人もいなかったし。そうそう智葉を崩せる人間など存在しない。

 

 

それよりも、今は自分の事に集中すべきだ。

 

(竜華…か。)

 

清水谷竜華。怜と同じ時期に出会った彼女とは、一回も麻雀を打ったことはない。まあ、洋恵も照もそうなのだが。

 

無論ここまで勝ち上がってきている時点で、彼女も相当の雀士であることが想像できる。ましてや大阪府代表である。三本の指に入るほどの麻雀人口が多い都道府県である。確かに大阪府は代表が2名と、岩手より1人分多いが、麻雀人口で比べれば話にならないほど差がある。その中での上位2名の1人が竜華であるのだ。

そう考えれば、清水谷竜華という雀士の強さがうかがえる。

 

(クク…面白い…)

 

面白い。面白いじゃないか。まさに決勝に行くための椅子を取り合う相手に相応しい。

 

当然、最初っから本気だ。本気で潰しにいく。

 

 

 

準決勝第二試合が始まるのを、私は今か今かと待ち続ける。

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ツモ」

 

辻垣内が自摸和了を申告する。場は後半戦南4局オーラスで、辻垣内が圧倒的トップ。

それが指し示すものは、辻垣内の勝利での対局の終わり。小瀬川の予想は的中していた。

 

 

 

『決まりました!辻垣内選手。他者を寄せ付けない終始安定した打ち筋で、去年に引き続き決勝進出です!』

 

準決勝から導入された実況が、半ば高揚しながら解説する。小学生でありながらの辻垣内の"闘志"に、実況は釘付けである。

 

 

(…フン。ここは未だ通過点に過ぎない。)

大盛り上がりの観客席と実況席に対して、辻垣内は冷静だった。そう、自分の目標は、この上。

 

間違いなく、小瀬川白望は勝ち上がってくる。清水谷竜華も相当な雀士だが、小瀬川白望の方がもっと異常である。これは、自分が恋している相手だからなどの希望ではない。紛れもない事実であるのだ。

 

(勝ち上がってこい。シロ。…いや、"小瀬川白望"。)

 

自分の壁であり、恋している小瀬川白望を見据えて、辻垣内智葉は対局室を後にする。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

ブザーが鳴った。即ち、準決勝第一試合が終わったという事だ。

 

(…行くかぁ。)

特別何か変なゲン担ぎをするわけでもない。何かおまじないをするわけでもない。ただただ普通に、私は対局室へ向かう。

 

(奇跡だとか、偶然だとか…そんなものは必要じゃない)

 

闘志。それだけを提げて行けばそれで十分だ。

 

 

対局室の扉を開けると、竜華がそこに立っていた。

 

 

「シロさん。」

 

「竜華。」

 

 

私は卓の近く、竜華の近くまで行くと、竜華をまっすぐに見据え、右手を差し出す。

竜華も、私に応えるように右手を差し出し、

 

「悔いの残らないようにな。お互い。」

 

「…そうだね。」

 

 

グッと握手を交わす。竜華が握るその手は、確かに闘志が込められていたのが分かる。

他の2人も来たので、席決めを始め、私が北家で、竜華が南家となった。

 

そして、ブザーが鳴る。今日2度目のブザーだ。

 

(始めようか。竜華。)

 

 

 

 

準決勝第二試合 前半戦東一局 親:モブA

 

 

小瀬川 25000

モブA 25000

清水谷 25000

モブB 25000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の雀士が、真っ向からぶつかり合う。

 




次回から準決勝です。
シロと竜華の真っ向からの激突、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 準決勝 ② 絶一門

シロと竜華の一騎打ち。東一局です。
果たしてこの準決勝が終わるまで何話使うんですかねえ…


第37話 準決勝 ② 絶一門

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

前半戦東一局 親:モブA ドラ{⑥}

 

小瀬川 25000

モブA 25000

清水谷 25000

モブB 25000

 

 

準決勝前半戦。その東一局。小瀬川と清水谷の一騎打ちとなる状況で、2人の選手…否、雀士は静かに闘志を燃やし、お互いを見つめ合っていた。

 

(…ふふ)

 

 

(勝つで…小瀬川!)

 

 

不敵に笑う小瀬川に対して、勝つという意思を全面に押し出している清水谷。方向は違えど、2人の闘志はまさに最高潮であった。

 

 

親が第一打を放ち、東1局が、前半戦が、準決勝が始まりを告げる。

そして清水谷へツモ番が回る。清水谷はツモ牌を静かに手牌へ取り込み、清水谷も第一打を放つ。が、

 

 

 

 

清水谷:捨て牌

{⑦}

 

 

清水谷:手牌

{二三六七九⑨⑨3588東北}

 

 

その一打は、誰がどう見ても有り得ない一打であった。手出しの{⑦}。

しかも、これっきりではない。次順、その更に次順に{⑨}の対子を落とし、筒子三連打。

 

この三連打によって、清水谷の手牌は

 

{二三六七九135889東北}

 

になり、結果として向聴数を三向聴から四向聴に戻ってしまった形になる。

この場にいる者は勿論の事、実況、観客も、皆この意図が分からない。

 

 

だが、

 

 

 

 

(へえ…)

 

〜〜

 

 

【…なるほどな。】

 

 

 

 

 

小瀬川と赤木だけはそれを察する。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

小瀬川

{西南⑥}

 

 

2巡前までは字牌の整理をしていた小瀬川だが、3巡目にして急遽筒子の{⑥}打ち。

この小瀬川の打牌に観客はどよめきを露わにする。

 

 

無論、特別観戦室にいた塞と胡桃もその例外に漏れない。

 

「ど、どういう事…?」

塞が信じられないような表情をして、スクリーンに映る小瀬川を見つめる。胡桃もまた、今の状況についていけてはいなかった。

 

 

【…絶一門(ツェーイーメン)さ。】

 

そんな2人を見て、やれやれといった感じで赤木が呟く。だが、2人はその言葉の意味が分からない。

それを知った赤木は、【あらら】と言って、絶一門について説明を始める。

 

【絶一門ってのは…萬子、筒子、索子の内の1種類を無視し、残りの二色だけで手作りをするという戦法…今の状況はまず清水谷竜華が誘い、アイツが受けて立ったって感じだな。】

 

説明を聞いた塞と胡桃だが、根本的な質問を赤木にぶつける。

 

「なんで清水谷さんはそんな事を?」

 

 

【互いに一色を殺して手作りすれば、必然的に聴牌間際に溢れる牌は残った二色の何かという事になり、撃ち合い必死になる…いわば逃げない麻雀だな。並みの勝負じゃ勝ち目が薄いと判断したのだろう…】

 

赤木が抑揚のない声で解説するが、2人は心配そうな声で

 

「それって場合によってはシロが不利になるかもしれないって事なの?」

 

と尋ねるが、赤木はニヒルな笑みで急に別の事を話し始める。

 

 

【約束ってのは、必ず守らなければならないなんて事は無い。人によっちゃあ約束は破るためにあるものなんて言うろくでなしも居るもんさ。】

 

 

「「?」」

赤木が突然無関係な事を話し、2人は首を傾げた。

 

 

【抜け道はいくらでもあるという事…まあ見てな、今局か次局、面白いものが見れる…】

 

ハテナマークを浮かべた2人にそう言い、赤木はスクリーンに映る小瀬川をただただ面白そうに眺めて笑っていた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

序盤は殆どの人間が理解できなかった清水谷と小瀬川の『絶一門』だが、捨て牌が2段目に移ろうとしていた頃には、観客含む全員がそれを察していた。

 

ー2人とも意図して筒子を殺している。と

 

 

 

そして先手を取ったのは『絶一門』を誘った清水谷であった。

 

清水谷:手牌

{二三五六七九34588東東}

ツモ牌{東}

 

打{九}で{一-四}待ち。問題はリーチにいくか否かである。

 

リーチをかければこの手、リーチツモ東。裏ドラに東が乗れば最高跳満まで化ける可能性を秘めた手である。がしかし、リーチをかけなければどう足掻いてもツモ東どまり。出和了なら東のノミ手にしかならない。

 

(…)

 

 

暫し考えたが、リーチはかけずに打{九}。一時保留する事にした。

 

 

 

だがその同順に小瀬川も急所の牌を引き入れて、聴牌まで残しておいたと言わんばかりの確実安牌の{①}を打って聴牌。

 

小瀬川:手牌

{二三四五八八八456発発発}

 

捨て牌

{西南⑥③①⑤}

{九⑥5西①}

 

 

此方もリーチはかけず、発のノミ手。これで両者ともに役牌のノミ手を聴牌。最初の決闘が始まる。

 

 

清水谷

打{三}

 

 

清水谷の聴牌後初めてのツモは{三}。危険牌極まりないこの牌だが、後には引けないと考え打{三}。

 

 

小瀬川

打{⑤}

 

 

それに対する小瀬川のツモは安牌の{⑤}。地雷原に足を突っ込む事なく、一巡を消化する。

 

 

 

危険牌を掴んだ清水谷に対して、安牌で場をやり過ごした小瀬川。聴牌してからたった一巡ではあるが、誰しもが小瀬川の好調を予見していた。

 

 

 

だがしかし、

 

 

清水谷:ツモ

{四}

 

 

 

(来た…!)

 

 

 

「ツモや。」

 

 

清水谷:和了形

{二三五六七34588東東東}

ツモ{四}

 

 

 

 

「四十符二飜は700-1300。」

 

 

あっさりと清水谷がツモり、2700の和了。観客は小瀬川が先に和了ると予想していたが故、清水谷が先に和了った事に疑問を持つが、そもそも前提が、即ち小瀬川の好調という前提自体が誤りなのである。

 

そもそも、この『絶一門』という状況を作り出したのは清水谷である。言い換えれば、『絶一門』というステージを清水谷が作ったという事。

 

即ち、小瀬川は清水谷の土俵の上で闘っている事に等しい。スポーツで言うアウェー戦と言ったところか。

そう考えれば、ホームである清水谷と、アウェーの小瀬川のどちらが好調か。と言われれば、少なくとも小瀬川が好調であると答える人はいないだろう。

 

 

ただ、決して必ず清水谷が好調であるというわけという事でもない。小瀬川が清水谷を上回る事はないが、同等である可能性はある。むしろ、そっちの方の確率が高い。

 

そういう点から見ても、今の清水谷の状態はラッキーだったと言えよう。この和了が、その証明となった。

 

 

 

何はともあれ、清水谷と小瀬川の『絶一門』の一騎打ち、その初戦は清水谷が足一歩分リードした結果となった。

 

 

そして勝負は清水谷の親番である東二局へと進んでいく。




絶一門といえば、市川と霞さんのイメージが強いですね。
次回も頑張りたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 準決勝 ③ 悪魔

東二局です。
帰ってきてから急いで書いたので、色々おかしい点があるかもしれません。若干キャラ崩壊もあるかもしれません。


 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:清水谷 ドラ{南}

 

小瀬川 24300

モブA 23700

清水谷 27700

モブB 24300

 

 

清水谷が親番となる東二局。前局、『絶一門』を制し、一歩リードした清水谷。

清水谷としてはこの親番で稼いで、小瀬川の親を凌げる点差にまで持っていきたいところ。

逆に小瀬川からしてみれば、どんな手段を用いてでも清水谷に和了せない事が重要である。

 

そんな二人の思惑が交錯する東二局。

 

 

 

清水谷:配牌

{三赤五六③33678西西西白発}

 

(…まあまあ、いや、かなり良さげやな。)

 

清水谷の配牌は二向聴と軽い。打点はオタ風の{西}が暗刻となっているため、あまり高くは望めないだろうが、連荘を希望する清水谷にとって打点は二の次であったので、清水谷の願望をそのまま叶えたような配牌と言える。

 

この局も、小瀬川に『絶一門』を誘う為に手牌の字牌を後回しにして、筒子の{③}を切り出す。

 

その直後の小瀬川は、ツモった{⑥}を手牌に入れる素振りもせず、そのままツモ切り。どうやらこの局も『絶一門』の誘いに乗るつもりだ。

 

 

この局、東一局の流れは潰えていないらしく、5巡目には一向聴へ手を進める清水谷。

 

そして捨て牌が二列目に移ろうとする7巡目に、清水谷は聴牌する事に成功する。

 

 

清水谷:手牌

{一一三赤五六33678西西西}

ツモ{二}

 

打{一}で聴牌{四-七}待ち。リーチをかけなければ出和了は望めず、ツモのみの手となってしまう。

 

しかし牌は横には曲げずに打{一}で聴牌。

 

(他家に聴牌気配は無い…ここは無理をせずツモ待ちや。)

未だ清水谷以外に聴牌している者がいないというのが大きな理由だが、いざとなれば{西}の暗刻を切って回避する事もできる。故のリーチ拒否。

 

 

一方、6巡目までは筒子や一九字牌をただただ切っていた小瀬川だが、7巡目からは打って変わるような強打を続ける。

 

 

7巡目

小瀬川:捨て牌

{⑥北④南1赤⑤}

{六}

 

 

8巡目

{⑥北④南1赤⑤}

{六 五}

 

 

9巡目

{⑥北④南1赤⑤}

{六五 5}

 

 

10巡目

{⑥北④南1赤⑤}

{六五5 8}

 

 

 

 

4巡連続の中張牌連打…!一歩間違えば、清水谷に振ってしまう可能性だってある萬子と索子の中張牌を、軽々しく、気にも留めないようにサラッと捨てていく。

 

そして11巡目、

 

 

 

「リーチ…」

 

 

小瀬川:捨て牌

{⑥北④南1赤⑤}

{六五58横一}

 

 

清水谷に追いつき、1000点棒を卓へ投げ捨て、宣言する。

 

-------------------------------

 

 

『小瀬川選手、清水谷選手の{四-七}をうまくかわしてリーチです。』

 

実況室にて実況及び解説を行っていた二人の男性が、小瀬川のリーチを確認し、それを実況する。

 

『いや〜しかし、小瀬川選手の待ちがここからでは確認できませんね。△△さん。』

 

しかし、右端の一牌が小瀬川の指によって遮られていた為、スクリーン越しから見てもどんな待ちなのかはわからなかった。

 

『確かにそうですが、良形ではないって事だけは言えると思います。』

 

この時、小瀬川の手牌は

 

{二三四五六七444赤567裏}

 

である。

 

捨て牌の{リーチ宣言牌の一や五や5、8}を使っていれば三面待ち、或いは多面待ちにする事が出来たこの手牌で、待ちがわからず、しかも一牌だけ見えないというのは、傍観者の身からしてもただただ不気味。

 

果たして一体どんな待ちなのであろうか、という疑問は意外にもその直後に解決される事となる。

 

-------------------------------

 

 

清水谷:手牌

{一二三赤五六33678西西西}

ツモ{⑨}

 

 

小瀬川がリーチをかけたその次の順、{⑨}をツモってきた清水谷。

あの小瀬川がリーチをわざわざかけてきたのだ。この巡目は危険牌をツモってくるだろうと畏怖していた清水谷だが、半ば安心して{⑨}を捨てる。

 

 

が、次の瞬間、清水谷は自分のとった行動が誤りであると気付く。否、気付かされる。

 

 

「…」

 

 

無言ではあるが、小瀬川は確かに笑っていた。笑って、清水谷が今捨てた{⑨}を見つめていた。

 

 

「…確かに『絶一門』は掴むか掴まされるかの闘いで、力量差があろうとも勝てるチャンスは正攻法で闘うよりはずっと多い。」

 

 

ニヒルな笑みを浮かべて、小瀬川はさっきから指で隠していたハジの牌を手牌の反対側まで持ってきてそれを倒す。その牌は{⑨}。

 

「…だけど、『絶一門』はあくまでも縛りの一種。ただの口約束にしか過ぎない。」

 

そう言いながら、両手でゆっくりと残りの十二牌を倒す。

 

「『絶一門』はそこまで絶対的な制約ではないし、人間は一々口約束を守るほど馬鹿正直じゃない…甘いよ。"竜華"。」

 

 

小瀬川:手牌

{二三四五六七⑨444赤567}

 

 

 

「ロン。リーチ一発。ドラ…」

 

 

淡々と申告し、まるで川を流れる水のような淀みなき動きで、裏ドラを捲る。裏ドラ表示牌は{三}。

 

 

「表裏合わせて二つ。満貫だ。」

 

 

 

小瀬川が自分で放った1000点棒を拾い、点数申告をする。

 

この時、清水谷はその小瀬川を見て、とてつもない悪寒や恐怖に包まれていた。『絶一門』を破った、裏をかいたような行動に対してではない。小瀬川の変貌ぶりに対してのであった。

 

(…目の前のコイツが、ホンマに、あの小瀬川なんか?)

 

あれだけ皆に愛され、信頼されていた小瀬川の表情が思い出せなくなる。そんな感じがするほど『目の前にいる何か』は強烈な存在であった。

 

氷のような冷たい視線。刺すような言葉。肉食動物が獲物を見つけた時のような眼差し。赤子よりも無邪気な笑み。

 

どれをどの視点から見ても、通常の小瀬川とは共通点が存在しなかった。

 

まるで本性を現した悪魔のように。

 

 

 

 

だが、この時は未だ清水谷は知らなかった。いや、知る由も無かったと言った方が正しいだろう。

 

 

 

 

(クク…)

 

 

 

 

 

 

この悪魔が、ただの悪魔ではないという事を。

 

 

 




次は東三局ですね。
このペースでいけば少なくとも14話以上はかかりますね。連荘や流局があればもっと増えます。
高校編までいけば確実に話数3桁行きという事態…!
まあ、スローペースの代わりに毎日投稿だから、多少はね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 準決勝 ④ 囁き

東三局です。
今日も昨日に引き続き急いで仕上げました。


 

-------------------------------

視点:神の視点

特別観戦室

 

 

 

『ロン』

 

 

特別観戦室で試合を見ていた胡桃と塞は、清水谷が打った{⑨}で和了った小瀬川に対して、ひどく驚いていた。

 

「{⑨}待ち…!?」

 

驚くのも無理はない。『絶一門』によって消した一色が筒子なのにもかかわらず、{⑨}で和了ったのだから。

 

呆然としていた二人の背後から、ドアがバン!と開く音が聞こえた。振り返ると、そこには息を切らしていた辻垣内がそこにいた。

 

 

「ど、どうなってる…?シ、シロ…は?」

 

自分の対局が終わった直後に慌ててきたのだろう。声は掠れていて、疲れ切っている様子だ。

 

「満貫を清水谷さんに直撃させて、トップなんだけど…ちょっと色々おかしくて…」

 

肩で息をする辻垣内に水の入ったコップを渡しながら、塞が説明する。

 

「はーっ。…それで、『色々』ってどういう事だ?」

 

渡された水を飲み、一息ついた辻垣内が塞のいう『色々おかしい』という部分について問う。

 

「えっと…シロと清水谷さんは『絶一門』で手を進めてたんだけど、シロの待ちは消した一色だったんだけど…どうしてそうしたのかが分からなくて…」

 

そう言い、赤木(欠片)の方を見る。赤木は【フフフ…】と笑い、解説を始める。

 

【要するに…『絶一門』で消した一色は安全牌になるっていう前提の裏をかいた狙い撃ちさ。だから俺は、『約束ってのは、必ず守らなきゃならない事ではない』って言ったのさ。】

 

「じゃあシロは清水谷さんを騙したって事?」

 

それを聞いた胡桃が赤木に問うと、赤木は大きな声で【ハハハ…!】と笑いながら、

 

【まあ、悪く言えばそう捉える事も可能だ。実のところ、アイツはハナからまともに『絶一門』をしようなんざ思ってないからな。】

 

【…これで、清水谷は揺れた。清水谷はアイツが、『本物』の騙しなのか、『偽り』の騙しなのかの判断ができなくなる。準決勝からはトビが無いから仕方ないが、この東場でほぼ勝負が決まるって事も可能になってきた…。】

 

-------------------------------

東三局 親:モブB ドラ{東}

 

小瀬川 32300

モブA 23700

清水谷 19700

モブB 24300

 

 

小瀬川にまんまと騙され、満貫を振り込んだ清水谷。それによって今、彼女の精神に若干ヒビが入りかけていた。

 

(…どう打っていけばええんや。)

 

右に行っても、左に行っても、前に進んでも、後ろに下がっても、結局は小瀬川に煮え湯を飲まされる事になる。

 

振り込んだのは一回だけだが、それだけで十分であった。あの一回だけで理解してしまった。

 

悪魔の恐ろしさを。

 

 

 

だが、そんな清水谷に追い打ちをかけるが如く、東三局の小瀬川の捨て牌は

 

 

小瀬川:捨て牌

{36白5北1}

 

 

索子に染まりつつある。そう。これはどう見ても『絶一門』である。

普通、『絶一門』自体にはそんな人を恐怖させる効果は無い。が、それはあくまでも『普通の絶一門』であったらの話だ。

 

 

分からない。索子を安全牌だと思わせての索子待ちなのか、はたまたその裏をついた筒子萬子待ちなのかが。

 

結局、清水谷は何方かを決められる事ができずに、安牌連打。悩んだ末のベタオリ。

 

 

だが11巡目、逃げる清水谷を笑うかのように、安牌という生命線が切れる。切れてしまう。

 

 

清水谷:手牌

{四四七八③⑤⑧8南南西発中}

ツモ{九}

 

(ぐっ…!)

 

 

これで手牌の全てが危険牌である。当然、この中の全てが待ちではない。あっても精々2種。清水谷は手牌の12種から選べるのだ。最悪でも当たる確率は17%にも満たないし、もしかしたらゼロかもしれない。そう考えれば、多少はマシになるだろうか。

 

だがしかし、

 

 

 

小瀬川:捨て牌

{36白5北1}

{2東①六⑥}

 

 

この捨て牌に、何が通りそうで、何がダメか。それすらも分からない。分からないのだ。

最早小瀬川の捨て牌は待ちを読むための道具ではない。むしろその逆。見れば見るほど、小瀬川の術中にハマってしまう。

 

 

もう一度確認しよう。清水谷の手牌は今

 

{四四七八九③⑤⑧8南南西発中}

 

という状況で、小瀬川の捨て牌が

 

{36白5北1}

{2東①六⑥}

 

だ。

 

 

一見、ぱっと見通りそうな牌はいくらかある。例えば小瀬川が捨てた{⑥、5、六}のスジの{③、8、九}辺りなどはその筆頭だろう。だが、それでも尚清水谷には切ることができなかった。当然だ。スジ打ちなど、小瀬川が一番狙ってそうなところだ。そんな危ない牌を打つよりかは、関係の無い牌を打った方がいくらはマシだ。

 

そう考えれば{③、8、九}よりも安全そうな{四の対子、⑤、⑧}だが、それもダメ。小瀬川が順当に手を進めていたらこれらは十中八九あたり牌になるであろう。

 

これで数牌は切れない。残りは字牌だが、

 

まだ場に出ていない{発と中}は以ての外。小瀬川の風である{南}も切れない。

 

 

だから、切ってしまうのだ。

 

 

 

 

 

清水谷:打牌

{西}

 

 

 

 

他の牌よりも安全そうな{西}を。

 

 

 

 

 

簡単に言えば、逃げたのだ。危険牌を切らずして、安全そうな牌に逃げてしまったのだ。

ベタオリは守備なんだから逃げも攻めもあるか、と思うかもしれない。だが清水谷は最早守備ではなかった。守備からも逃げる一打だった。

 

 

 

そんな心の逃げを、この悪魔が許すわけもない。

 

 

 

 

「ロン。1600。」

 

小瀬川:和了形

{三三四四五五④④⑤⑤⑧⑧西}

 

 

 

 

七対子{西}単騎。直前の{⑥}を残していれば、高めタンピン二盃口の手だ。それを崩してまで、執拗に、ただ執拗に清水谷を狙っている。

 

 

1600という数字の何倍もの心のダメージを負った清水谷を奈落に突き落とすかのように、次の親は小瀬川。

 

 

「攻めてきなよ…"竜華"。」

 

茫然自失の竜華に向けて、悪魔が囁く。

 

 

「さもなければ、東四局、地獄を見るよ。」

 

 

 

 

 

その言葉は、清水谷の復活を待ち望むための言葉なのか、単なる脅しなのかは分からない。

 

 

 

 

だが、これだけは言える。

 

 

 

次の東四局。清水谷が何とかしなければ小瀬川の勝利が確定的になるという事だ。

 

 




次回は東四局ですね。
シロの親番…果たして竜華は止められるんでしょうか…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 準決勝 ⑤ 地獄

東四局です。
絶望のシロの親番…
これじゃあ完全にシロが悪役だけど、アカギ原作でも鷲巣様が主役で、アカギが悪役みたいな感じだしヘーキでしょ(なげやり)


 

-------------------------------

東四局 親:小瀬川 ドラ{七}

 

小瀬川 33900

モブA 23700

清水谷 18100

モブB 24300

 

 

 

 

 

小瀬川の親で始まる東四局。前局、前々局と和了ってきた小瀬川にとってのここでの親番は、最高以外の何物でもなかった。

 

小瀬川:配牌

{二四五六七④⑥⑦⑨5西発中中}

 

 

配牌も結構良さげだ。{中}の対子に、ドラもあり、おまけに三向聴だ。鳴きの中ドラ1でも、面前でも攻めることができる理想的配牌。

 

 

小瀬川

打{西}

 

 

 

この東四局では小瀬川は『絶一門』をしかけなかった。もともと、清水谷を折るためだけの戦法だったので、清水谷が茫然自失の今『絶一門』は使い物にならないと判断した。

 

やはり今の流れは小瀬川一辺倒のようで、他3人と比べて明らかに手の進む速度が違う。6巡目にして3人は未だ三向聴未満だが、小瀬川だけは聴牌まであと一歩の一向聴まで手を進めていた。

 

 

そしてその勢いは止まることなく、8巡目。

 

 

小瀬川:手牌

{四五六七⑥⑦345発中中中}

ツモ{⑧}

 

 

小瀬川が聴牌に至る。中ドラ1が確定している手。待ちは通常なら{発}を切って聴牌だろう。だが、

 

 

(この{発}は使える。地雷となって、竜華を刺せる武器になる…)

 

 

そう。{発}は現在今持っている{発}を除けばさっき場に二枚見えている。つまり地獄待ちだ。そしてその最後の一枚を持っているとしたら清水谷だ。彼女は役牌を私に鳴かせまいとして字牌を意図的に止めている。となれば、{発}が二枚見えれば彼女は切ってくるだろう。しかも{発}の二枚目は私のツモの前、さっき下家が直前で切ったのだ。即ち、次清水谷が切る牌はほぼ{発}で決定だろう。

 

 

無論リーチはかけない。完全に闇に溶け込んで清水谷を討つ構えだ。

 

 

小瀬川

打{四}

 

 

そして清水谷のツモの番。引いた牌は場に生牌の{中}。この{中}は既に小瀬川が暗刻っているが、そんなことは知る由もない。

 

そしてしばし考えた後、打{発}。それとほぼ同時、

 

 

「ロン」

 

 

小瀬川が発声する。それを聞いた清水谷の体が少し跳ねた。

 

 

小瀬川:和了形

{五六七⑥⑦⑧345発中中中}

 

「4800。」

 

 

闇に溶けた刃が清水谷を襲い、そして貫いた。詩人などがこの場にいたら、そう表現したであろうこの和了りは、まさしく黙聴、闇聴の名に相応しい和了りだった。

 

 

(どうした"清水谷竜華"。霧を払ってみろよ。私が作った幻想の霧を…)

 

 

そう清水谷に心の中で言い、100点棒を取り出す。

 

 

「一本場…私の連荘…!」

 

 

小瀬川がそれを右端に投げ、東四局一本場が始まる。

 

 

 

-------------------------------

東四局一本場 親:小瀬川 ドラ{中}

 

小瀬川 38700

モブA 23700

清水谷 13300

モブB 24300

 

 

小瀬川の親である東四局一本場。そう、ここからなのだ。さっきまでのはただの序章に過ぎない。この局から小瀬川白望の本当の地獄。連荘地獄が始まる。

 

 

まず一本場。相変わらず流れのいい小瀬川は僅か3巡で聴牌し、上家から出和了る。

 

 

モブA

打{八}

 

 

 

「ロン」

 

小瀬川:和了形

{一二三四五六七九⑨⑨南南南}

 

 

 

「一気通貫。一本場を加えて4200。」

 

 

 

軽く40符2飜を和了る。その異常な手の速さは、誰も寄せ付けない。まさに独壇場。一人麻雀。そんな声が聞こえてくるほど呆気ない和了りだった。

 

 

 

-------------------------------

東四局二本場 親:小瀬川 ドラ{三}

 

小瀬川 38700

モブA 23700

清水谷 13300

モブB 24300

 

 

 

東四局二本場では、東四局、東四局一本場とは打って変わったような和了であった。

 

 

「カン」

 

小瀬川:手牌

{一一一一二三③③③西} {裏77裏}

 

 

ドラ{三、西}

 

{7}の暗槓。新ドラに{西}が乗り、これでツモれば嶺上開花、自摸、三暗刻、ドラ3。無論ここで引けない小瀬川ではない。そのまま流れに身を任せ、

 

 

 

「ツモ」

 

 

小瀬川:和了形

{一一一一二三③③③西} {裏77裏}

ツモ{西}

 

 

「自摸、嶺上開花、三暗刻、ドラ3。跳満に二本場を加えて6200オール。」

 

 

 

当然の如く嶺上自摸でツモ和了る。この勝負初めての跳満和了。この二本場まで大きくても満貫止まりで、しかも一回戦のようなノーテンリーチやブラフなどのトリッキーさは無く、ただただ裏をかいて細かい打点でチマチマ和了っていた印象とは正反対と言える和了り。

 

 

そんな彼女のオーラはまさに獲物に飢えた獣。清水谷という"エサ"を逃しはしないといった感じで和了りを積み重ねていく。

 

 

 

-------------------------------

東四局三本場 親:小瀬川 ドラ{九}

 

小瀬川 57300

モブA 17500

清水谷 7100

モブB 18100

 

 

とうとう小瀬川の親もこれで4回目。三本場に突入した。今の小瀬川と清水谷の点差は50200。役満をツモっても吹っ飛ばないこの点差は、まだ前半戦の東四局であっても絶望的であった。

 

通常、50000点差はそうそうひっくり返す事はできない。それが普通だ。だが、可能性は無くはない。良く考えれば満貫直撃や7700直撃4回で吹き飛ぶ差だ。リーチタンピンドラ1。これを4回当てればいいだけの話だ。そう考えるとまだ希望はありそうにも見える。

 

 

だが、それは仮に普通の奴が相手だったらの場合だ。小瀬川白望が相手でなかったらの話だ。

まず、前提として小瀬川は絶対に振り込まない。振り込んだと言っても、一回戦の白水に差し込んだ一回きりだ。県予選から数えても、小瀬川が振り込んだのはその一回だけだ。

感覚をも超越した彼女の読みは、普通の人間が一生を費やしても手に入れる事はできないであろう。

 

 

そんな彼女から、満貫直撃や7700直撃を4回。馬鹿げた話だ。そんな無茶苦茶な事をするくらいなら、役満を和了る方がまだ希望は持てるであろう。可能性はあるのだから。

 

 

…もっとも、役満を和了る前に彼女が阻止するだろうが。

 

 

 

ここまで、現時点での絶望感を語ってきたが、まだ地獄は終わっていない。まだ彼女の親番は続いているのだ。

 

ここからもっと点差は広がる一方であろう。誰かが止めようとしないと、トビが存在しないこの準決勝ではこのまま一生和了り続けるだろう。

 

だが、分かっていても動けない。それを止めようとしたら、本当に恐ろしい何かが見えそうな気がする。そんな見えない恐怖に清水谷は覆われていた。

 

 

(…この局で終わりだな。)

 

そんな清水谷を見て、小瀬川が心の中で思う。この三本場、ここがターニングポイントだ。ここで小瀬川を止めることができなければ、勝ちの目はゼロだ。

 

逆に、小瀬川の親を蹴ることができたら、その時は…

 

 

 

(勝つ気じゃなく、殺す気で行くよ。"清水谷竜華"…。)

 

 

 

…清水谷は小瀬川の相手ではなく、敵になるであろう。

 

 

 




シロが最近ドSな件。
親を蹴れなきゃこのまま負け、蹴れたら殺す気で行くとかどっちにしろ竜華がやられるじゃないですかやだー!


因みに言うと、シロの本気と殺す気の違いは
本気→勝負に勝つ。一位になる。
殺す気→心を完全に折る。何がなんでも執拗に狙い、相手を壊す。

みたいな感じです。完璧にシロが若き頃のアカギに近づいていってる。怖い(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 準決勝 ⑥ 潰しの槓

東四局三本場です。
これでやっと(準決勝の)4分の1が終わったんやな…


 

 

 

-------------------------------

東四局三本場 親:小瀬川 ドラ{九}

 

小瀬川 57300

モブA 17500

清水谷 7100

モブB 18100

 

 

 

 

東四局三本場。小瀬川の4回目の親番。清水谷との点差は50200。役満をツモっても逆転しないこの点差だが、小瀬川はそれほどの大差とは思ってもいなかった。

 

 

むしろこの局で清水谷が親を蹴ることができれば、逆転も可能である。そんな点差なのだ。

 

 

小瀬川:配牌

{一三四六七九①667東東東白}

 

 

 

配牌は良い。ダブ東が確定して、萬子の混一色、果ては一気通貫も狙える好配牌だ。

 

小瀬川が浮いている{白}を切り、清水谷を見据える。

 

 

(…この局。私は一切迷彩や変わった打ち方はしない。止めれるもんなら止めてみなよ。)

 

 

 

〜〜

 

所変わって清水谷。清水谷はこの局が節目なのにも関わらず、未だ小瀬川の幻影に惑わされ、それに恐怖していた。

 

(どうしたらええんや…一体、どうすれば…)

 

清水谷の前に立ちはだかるのは、壁。小瀬川白望という巨大な壁。

 

そんな壁を前にして絶望する清水谷。だが、その絶望の刹那、思い浮かぶ顔。

 

(…シロさん?)

 

対局前に握手を交わした時の小瀬川白望の顔が浮かび上がってくる。

 

その表情は、今目の前にいる小瀬川とは正反対の、優しい表情だった。お互いに頑張ろうという健気な感じであった。だが、目の奥に勝つという闘志は今の小瀬川も、さっきの小瀬川も同じであった。

 

(そうや…今目の前にいるシロさんも、さっきまでのシロさんも同じやないか…)

 

その通りだ。どれだけ雰囲気が変わろうと、それは全て小瀬川白望なのだ。それ以上もそれ以下もない。

 

(シロさんがどれだけ邪悪な雰囲気だとしても、変わらへん。変わらへんのや…!)

 

スイッチを切り替えた清水谷が、さっきまでの怯え、恐怖していた弱気な目から、勝とうという意思を持った鋭い目つきへと変わる。

 

 

(…行くぞシロさん。これがウチ、清水谷竜華や!)

 

 

 

〜〜

 

清水谷の目つきが変わった事に、いち早く気づいた小瀬川は、それを見て笑う。

 

(そう…そうこなくっちゃ…)

 

 

これでなくては面白くない。といった感じで自分の髪を指で弄ぶ。

 

 

東四局三本場にしてやっと、二人の雀士が対等となって闘う場ができた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

6巡目

小瀬川:手牌

{一三四五六七九667東東東}

ツモ{二}

 

 

先ほど対等と言ったが、それはあくまでも気持ち、意思での対等という意味である。流れは俄然小瀬川にあり、この局も僅か6巡で聴牌に至る。

斯く言う清水谷は未だ二向聴で、小瀬川と比べれば相当な差がある。

 

 

「リーチ」

 

小瀬川:捨て牌

{白①4⑨西横7}

 

 

 

そんなことは御構い無しといった感じでのリーチ宣言。1000点棒を投げて、牌を横に曲げる。待ちは嵌{八}待ちで、ツモればリーヅモ一通ダブ東ドラ1の跳満が確定するこの手。

 

 

 

だが、それを待ってたと言わんばかりの人物が小瀬川の目の前にいた。

 

 

「カン!」

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {77横77}

 

 

そう。清水谷である。清水谷は小瀬川がリーチをかけてくるまで、必死に耐えていた。機を。チャンスを。

 

 

そして今まさにこの時が、その機であり、チャンスである。

 

(この…この一巡…!この一巡が勝負や!小瀬川のツモになる前に、なんとしてでも小瀬川の当た牌を全部、もしくはできるだけ削る…!)

 

そう。これは単なる大明槓ではない。いわゆる潰しのツモ。おそらく小瀬川にツモ番を渡せば、一発でツモ和了るだろう。これはさっきまで散々思い知らされた。この局だけ一巡待ってくれる何てことはないだろう。

 

だから、小瀬川のツモ番になっても、ツモ和了れなくなる状況にしてしまえばいい。単純なことだ。ツモれない牌はツモれないし、新しく牌を作り出せるわけもない。そういう物理的不可能な状況を作れば、あの小瀬川でさえも封殺できるといったことだ。

 

 

(…無駄だね。)

 

 

だが、それを見た小瀬川は、全然焦ってなどいなかった。

小瀬川の待ちである{八}はドラ表示牌に一枚見えているだけで、残るは三枚。だからいくら潰そうとしても、嶺上ツモとドラ表示牌それぞれ一牌ずつ、二枚までしか潰すことができない。

 

 

清水谷が嶺上ツモをツモる。あの感覚的に、おそらく{八}を引いたのだろう。おまけにドラ表示牌には三枚目の{八}が見られた。これで二枚は潰せた。

 

 

…だが、結局は二枚だけ。二枚までしか潰すことができていない。

どうしても残ってしまう。後一枚の{八}が。

 

(…終わったな。)

 

そう思い、自分のツモ番を待とうとする小瀬川。

 

 

 

 

 

 

 

「…もういっこ…カン!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {裏中中裏} {77横77}

 

 

清水谷が暗槓を宣言する。それ即ち、もう一度清水谷にはチャンスが与えられたという事。

 

言わずもがな、清水谷はここまで想定済みだった。だから、手牌を圧迫する槓材の{中}を今まで取っておいていたのだ。全てはここで、小瀬川の当たり牌を潰すため。

 

 

(…ッ!)

 

小瀬川としても予想外だったらしく、普通なら拝む事すらできない彼女の動揺が見られた。その動揺に、観客達は騒然としている。

 

 

新ドラ表示牌には{西}が見られたが、清水谷がツモるときの感覚からして、{八}はツモられたであろう。

即ち、清水谷の奇策、潰しのツモは成功したのだ。

 

 

 

 

そして、小瀬川のツモ番に回る。

 

 

 

 

小瀬川

ツモ:{二}

 

 

 

和了り牌を一つ残らず潰された小瀬川が引いた牌は{八}な訳は無く、{二}。

 

小瀬川はそれを静かに置く。その瞬間、清水谷が声を出す。

 

 

 

「ロン!」

 

 

清水谷:和了形

{一三八八赤⑤⑥⑦} {裏中中裏} {77横77}

 

「7700!」

 

 

 

小瀬川が遂に、振り込んだ。リーチをかけていたとはいえ、あんなにも完璧に振り込んだのはこの大会で初めての事だった。それ故に観客もその和了に沸き立つ。

 

 

(…)

 

斯く言う小瀬川も、あんなに完璧に潰され、挙句振り込んだのは赤木との特訓を入れたとしても久々なものだった。

 

 

(これでシロさんが萎縮してくれればこちらとしては嬉しいんやけど…)

 

小瀬川から点棒を拾った清水谷はそんな事を考えていた。才気優れるもの程脆い。そういった感じであろう。あの完全無欠の小瀬川があんなにも上手くしてやられたのだ。当然、彼女のダメージも大きいはずだ。

 

 

そう考えていた。

 

 

 

 

 

だが、ここで清水谷は一つ見落としていた。

 

 

 

 

 

 

目の前にいる人物の正体を。

 

 

 

 

 

 

確かに目の前にいるのは小瀬川白望だ。それ以上も以下もない。

 

 

 

 

 

だが、確実に言える事として、小瀬川白望という人間は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悪魔』である。

 

 

 

 

 

 

「フフフ…」

笑う。和了った清水谷ではなく、振り込んだ小瀬川の方が。

 

それも、とびきり愉快そうに。

 

 

 

 

 

 

 

(…潰す)

 

 

 

 

 

どうやら清水谷は、『悪魔』を目覚めさせてしまったらしい。

 

 




次回から南場に突入です。
次回もよろしくゥ!(謎テンション)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 準決勝 ⑦ 動きだすカウントダウン

南一局です。
今回、シロがとんでもない事言い出します。



 

 

 

 

-------------------------------

南一局 親:モブA ドラ{東}

 

小瀬川 48600

モブA 17500

清水谷 15800

モブB 18100

 

 

 

 

小瀬川一辺倒だった東場も遂に終わりを迎え、準決勝前半戦の南場に突入する。

前局、初めてあの小瀬川から直撃をとり、そして尚且つ親を蹴る事に成功した清水谷。それでもまだ30000点以上差はあるのだが、前局だけで20000点弱縮めたと考えると、現実的な話であるのは一目瞭然である。

 

 

そう。点差はあるにしても、この南場突入時点で今風が吹いているのは明らかに清水谷なのだ。完璧な形で振り込んだ小瀬川に清水谷の猛攻を真っ向から受け止めることができる流れは完全に小瀬川から消え去っていた。

 

 

だからこそ、この南一局。小瀬川は真っ向から清水谷に勝負は挑もうとはしなかった。

 

 

「…?」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

会場が騒然とする。対面にいる清水谷も、小瀬川が今行っている奇行を理解できていない。

 

 

 

何を隠そう、小瀬川が手牌を開こうとせず、配牌で取った13牌を伏せたままにしていたからである。

 

 

 

「…戒めだよ。」

 

 

動揺していた清水谷に向かって言うように、小瀬川が口を開く。

 

「あの南一局。完全に私は見誤っていた…その誤解があったからこそ、私は振り込んだ…だからコレはその戒め。…宣言しようか?清水谷竜華。」

 

 

自分の名前を呼ばれた清水谷が思わず身構える。次に彼女が言う事は、自分にとっての死刑宣告かとか思うと、つい小瀬川を見る目に鋭さが増す。

 

そして小瀬川が口を開く。その発言は、この場にいる全員が誰一人として予想できなかった発言であった。

 

 

 

「私はこの南場は一切和了らない。…いや、東場もだな。この南場と後半戦の東場は一切和了らない。」

 

 

全員がその意味不明な宣言に目を丸くする。それもそうだ。一切和了らないという事は、その分だけ好きにしていいという事だ。確かに清水谷にとっては有り難い事この上ない。だが小瀬川にとっては違う。この宣言は小瀬川に何の利益も生まない。それどころか、不利益しか被らない。完全に意味が分からない。

 

 

「もちろんその間に逆転しようがしまいが、私は後半戦の南一局まで一切動かない。…好きにしなよ。清水谷竜華。…ただ。」

 

 

 

 

 

 

 

「…後半戦の南場、後悔する事になるけどね。」

 

 

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

 

 

「どういう事だ!?シロ!」

 

先ほど百害あって一利なしの宣言をしたスクリーンに向かって激昂する辻垣内。それもそうだ。小瀬川は、半荘を丸々捨てると言っているようなものである。

 

 

それに疑問を持たぬ者などいないだろう。ただでさえ優勢なのは清水谷に、何の対策もしないどころか、逆に無防備になるなど、言語道断である。

 

 

「何であんな事…あんな事して何の得が…」

 

 

不意に呟く塞の声を聞いた赤木が、さっきまでのおふざけな口調から一転して、真面目な…否、冷徹な口調で語る。

 

 

【要は、縛ってんのさ。アイツは。極限の状態まで自分をわざと追い込んでいる。…意味はないかもしれないが、意味がないからこそ『戒め』になるもんさ。】

 

 

「で、でも…だからと言って半荘丸々は多すぎじゃないのか!?後半戦の南場まで、何万点差になるかわからんぞ!」

 

それを聞いた辻垣内が赤木に向かって叫ぶ。頭の整理がついていかず、つい大きな声で言ってしまった。

 

 

【…何万点だろうと関係ねえよ。どれだけ点差がつこうとも、勝負はまだ分からないって事さ。たとえ70,000点差つこうが、それくらいの差なら二局で吹っとばせる。心配するな。アイツは勝つさ。】

 

 

 

(【…案の定、足元をすくわれたな。まだまだ小学生って事か。】)

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ツ、ツモ!」

 

 

清水谷:和了形

{一二三七八九①①789北北}

ツモ{北}

 

「ツモチャンタ。1000-2000!」

 

 

 

先ほどの小瀬川の宣言に若干日和ながらも、この局は清水谷がきっちりと和了。このツモで点棒は

 

 

小瀬川 47600

モブA 15500

清水谷 19800

モブB 17100

 

 

となり、点差を27900まで縮めた。とにかく、小瀬川が動かないと宣言していた後半戦の南一局までに逆転し、点差を広げておきたい。あの小瀬川の事だ。ちょっとやそっとの点差では、四局もあれば逆転するであろう。最低でも、50,000点は差をつけておきたいところだ。

 

一見、あと70,000点以上取らないと50,000点差にはならないが、小瀬川が動かないとなればそれはさほど難しい事ではない。

 

 

ただ、ひたすらに和了る。次局と後半戦の東二局の親番はしっかりと和了りを積み重ねて、連荘で差を広げたい。

 

 

 

(…容赦しないで。小瀬川さん。)

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔が動くまで、残り7局。

 

 

 

 

 

 

 




え?手抜きっぽいって?
…それよりも総合UA数40,000回超えましたね(急な話題変更)

決勝戦は一局一局密度が高くなるよう頑張ります(実際頑張れるかは書く日の気分次第)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 準決勝 ⑧ 連続和了

前半戦南二局が終わるまでです。
完全にこれは竜華が主人公や…


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

南二局 親:清水谷 ドラ{一}

 

小瀬川 47,600

モブA 15,500

清水谷 19,800

モブB 17,100

 

 

 

悪魔が動きだすまであと七局となり、点差は20,000点弱。できればこの親番で点差をなくし、逆の点差をつける立場へと持っていきたい。

 

親番であるこの局は、高さよりも速さを重視して、親番を終わらせないようにする事が大事だ。故に、満貫だの跳満だのと欲張っている場合ではない。とにかく連荘。連荘で数を重ねる事が先決。

 

 

 

「チー!」

 

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横⑥⑤⑦}

打:{⑨}

 

 

であるからして、手が安くなってしまう鳴きによる速攻もやむなしである。

 

今は一刻を争う状況。悠長に門前に向かって、その挙句親を流されてはそれこそ自殺行為だ。

 

だからこの親番だけは、必要最低限の打点でいい。ノミ手であろうと構わない。

 

 

「ポン!」

 

 

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {七横七七} {横⑥⑤⑦}

打:{五}

 

 

 

 

モブB

打:{7}

 

 

 

 

「ロン!」

 

 

清水谷:和了形

{二三四⑧⑧赤56} {七横七七} {横⑥⑤⑦}

 

 

「断么赤1で2,900!」

 

 

清水谷の必要最低限であり最速の2,900で和了る。そして連荘。小瀬川が動かない今、清水谷を止める事ができる者は存在しなかった。小瀬川によって薄まっている感は否めないが、清水谷も相当な実力者であるのは確かだ。辻垣内もそれは認めている。

 

故に、清水谷の下家と上家に位置する二人では、清水谷の連荘はそうそう止められることはない。

 

 

 

それを裏付けるかのように、清水谷はどんどん和了りを積み重ねる。

 

 

 

南二局一本場 {南}

 

 

「ツモ!」

 

 

清水谷:和了形

{⑤⑥⑦⑦⑦⑧⑧⑨11456}

ツモ:{⑨}

 

 

「自摸平和一盃口!1,300オールの一本場は1,400オール!」

 

 

-------------------------------

 

 

南二局二本場 ドラ{①}

 

 

「チー!」

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横七八九}

 

 

 

モブB

打{⑦}

 

 

「ロン!」

 

清水谷:和了形

{①①赤⑤⑥666南南南} {横七八九}

 

 

 

「南ドラ3は12,600!」

 

-------------------------------

 

南二局三本場 ドラ{東}

 

 

「ポン!」

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {南横南南}

 

 

 

「ポン!」

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横六六六} {南横南南}

 

 

「ポン!」

 

清水谷:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横六六六} {南横南南}

 

 

「ツモ!」

 

清水谷:和了形

{二四五五七八九} {横六六六} {南横南南}

ツモ:{三}

 

 

「南混一色。2,000オールに三本場を加えて2,300オール!」

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

これで清水谷は東四局三本場から数えれば6連続和了という快挙を成し遂げる。

そして点棒は遂にひっくり返り

 

小瀬川 43,900

モブA 11,800

清水谷 46,400

モブB -2,100

 

清水谷が小瀬川に追いつき、2,500の差をつけることに成功した。

 

 

続く四本場ではとうとう下家と上家が協力し合って親を流されてしまったが、兎に角逆転に成功したのだ。したのである。

 

対する小瀬川は相変わらず牌を伏せ、ツモっては切り、ツモっては切りを繰り返している。それでも一向に清水谷に振り込まないのは小瀬川の持つ運によるものだろうか。

 

 

そして次の南三局から次の親番までは多少強引でも高めを狙いに行くしか無い。

 

小瀬川が動き出すと宣言した後半戦南一局までに、この点差を広げ、彼女の猛攻を凌ぎきる点棒を確保しておきたい。おそらく彼女が動いてからは、こちらは殆ど和了れないと言っても過言では無い。

 

それほどに清水谷は小瀬川に対してある種での信頼があるということだ。

それは彼女と闘ってきた者なら必ず持つ共通意識であろう。

彼女はここぞというところで何かをする雀士だ。南一局から動いたものの逆転には程遠く終わる…何てことはありはしない。確実にこちらは切羽詰まる状況にまで追い込まれるだろう。

 

 

 

(……………クク)

 

 

 

 

 

 

 

悪魔が動くまで、残り6局。

 




最近字数が少ないですねえ…
休日なのにも関わらず字数が平日より少ないってどういう事ですか(困惑)

まあ、今はシロが動いていないから竜華一辺倒だし、心理戦とか無いから仕方ないね。


…え?心理戦描写もともとない?



…善処します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 準決勝 ⑨ 人事を尽くして人事を尽くす

今回で前半戦終わります。
そして今回もシロの気まぐれで大変な事になります。


 

 

-------------------------------

南三局 親:モブB ドラ{7}

 

小瀬川 43,900

モブA 9,600

清水谷 46,400

モブB 100

 

 

前局の清水谷の親の連荘により、一時期は50,000点以上あり無限のようにあると思われた点差も、これで逆転し、逆に2,500点差をつけることに成功した。

 

が、それと同時に小瀬川が動くまであと六局になり、残された親番はあと一回。ここの六局で小瀬川の猛攻をある程度耐えられるほどの点差をつけられるかが第一条件であり、そしてそれを耐えるのは自分の技量次第である。

 

故に、人事を尽くして天命を待つのではない。人事を尽くして、そこから尚人事を尽くすのだ。信じられるのは己の力のみ。天命などあやふやなもので勝負に勝てるわけが無いのだ。その相手が小瀬川であるならそれは尚更である。

 

勝つべくして勝つ。ギャンブラーとしての第一歩を誰にも教わらず自発的に理解した清水谷。

 

 

 

そんな彼女は、正しくギャンブラーの鬼人である小瀬川に対抗すべく立ち向かう。

 

 

小瀬川

打{西}

 

 

「ロン!」

 

 

清水谷:和了形

{一一三三九九②②88東東西}

 

 

 

「1,600!」

 

 

 

たった1,600ではあるが、今まで何かに守られていたかのように清水谷に振り込まなかった小瀬川が、ここに来て遂に振り込む。

 

たった1,600、されど1,600。清水谷にとっては前者であろうか、それとも後者であろうか。

 

 

(…よし。ええ感じや!)

 

 

無論のことながら、後者である。この振り込みは、謂わば奇跡の終わり。今までただツモ切っていただけなのにも関わらず清水谷の聴牌を交わす神懸かりの運が遂に切れたということである。

 

 

となれば、次局からは小瀬川の振り込みも当然あり得るわけで、点差のつけ方がグッと楽になる。上家や下家からの出和了りより二倍点差をつけられるので、それは当然であろう。

 

 

 

そして前半戦最終戦の南四局、オーラスに入る。

 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川 ドラ{南}

 

小瀬川 42,300

モブA 9,600

清水谷 48,000

モブB 100

 

 

 

 

清水谷:配牌

{三八九③④⑤⑤33349発}

 

 

配牌から三色同順が狙える好配牌。{八九}の搭子をどうにか切れば、断么もつく可能性があり手を高くする事もできる。親が小瀬川の今、ツモでも親被りなので、兎に角高い手を張って和了る。これが今清水谷に課せられた試練である。

 

 

だが、ここで悪魔が思わぬハプニングを起こしてしまう。

 

 

「…何かズルいようでダルいけど、折角の親番だしね。」

 

 

 

 

相変わらず手牌を伏せたままの状態だが、配牌で最後に取った一牌を捨てる。だが、そのもう片方の手には1,000点棒が握られていた。

 

 

牌を曲げて、その1,000点棒を投げ捨てる。

 

 

 

「リーチ!」

 

 

小瀬川:捨て牌

{横東}

 

 

 

「…聴牌している確率は僅か。だから流局させても良いけど、もし聴牌してたら、あなたは流れを失う事になる…まあ、この大会では流局した場合オーラスは親が聴牌していたら和了り止めみたいに流すことも認められているけど、私は連荘する事を宣言するよ…フフフ。面白い?」

 

 

 

 

 

悪魔が無邪気に笑って、清水谷を見つめる。無論、このリーチに小瀬川は何の利益も生まない。流局してもし聴牌していたとしても小瀬川の宣言によって連荘という形になってしまい、聴牌していなければただただ16,000点差をつけられるだけ。

 

そう、意味が無いハズだ。それなのにも関わらず、リーチを打ったのだ。流局させてほぼ確実の16,000の点差を広げるチャンスにかけるか、それとも普通に和了るか。

 

普通なら前者であろう。例え聴牌したとしてもまだチャンスはあるし、普通に手を進めても16,000以上点差を広げる手を作れる保証はどこにも無い。

 

だが、それでも尚清水谷は追い込まれていたのだ。

 

もし、流局させて小瀬川が聴牌していたとしたら小瀬川が言うように流れを失うのは必須であろう。

 

だからと言って16,000点のチャンスを捨てるのも辛い事だ。

 

 

 

必死に悩んだ結果、清水谷は結論を出す。

 

 

 

 

「決めたで。小瀬川さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチはこの局、和了らせてもらう!流局なんて起こさせへん!」

 

 

 

清水谷は、16,000点の未曾有のチャンスを捨てる。千載一遇のチャンスを捨て、清水谷は前へと進む。

 

 

 

 

そしてその9巡後、前に進んだ意思が反映されるかのように

 

 

「ツモ!」

 

 

清水谷:和了形

{三四五③④⑤3334678}

ツモ{5}

 

 

「メンタンピン三色!満貫!2,000-4,000や!」

 

 

 

きっちりとメンタンピン三色の満貫ツモを果たし、点差を12,000つける。

 

16,000を捨て、12,000を取った清水谷の選択は、一見愚行であると思われそうであるが、清水谷の判断は正しかったのである。

 

 

 

 

それはどういう事か?即ち

 

 

 

 

 

(面白い…)

 

 

 

小瀬川:手牌

{一二三四五六七八九東東南南}

 

 

 

 

小瀬川の聴牌である。清水谷が和了った後に、チラと手牌を開くと、そこにはダブリー混一色一通役牌ドラドラの大物手があった。

 

勿論小瀬川は和了る気など毛頭なかったが、清水谷が流局させなかったのは意外に思った。

 

 

(その意思。その意思だよ…私達の域に辿り着くには、理屈などでは無い、己の直感が何よりも大事…)

 

 

 

「どう?"清水谷竜華"。今の感じは?」

 

 

対する清水谷は元気な声で

 

 

「…最高や!」

 

 

 

と答える。

 

 

 

 

 

 

 

そしてブザーが鳴り、前半戦の終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

怪物が動くまで、残り四局。




和了らないと宣言はしたが、それでも心理戦にも持っていくシロさんマジドS。

オーラスでの流局での取り決めは色々ありますが、この作品では流局時に親が聴牌していたら和了り止めと同様に止める事ができるルールにしました。ポピュラーなのかは分かりませんが、そういう事にしてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 準決勝 ⑩ 絶望的点差

後半戦東場です。今回の話のスピードが今までの四倍速いです。
どういうことかは見れば分かります。(適当)


 

 

 

 

-------------------------------

前半戦終了時点

 

小瀬川 37,300

モブA 7,600

清水谷 57,000

モブB -1,900

 

 

 

 

前局のオーラスの清水谷による満貫ツモによって前半戦は幕を閉じた。点棒上では清水谷は小瀬川に19,700点差、ほぼ20,000点差をつけている状況である。

 

通常、こういう状況において清水谷は圧倒的有利に思われるが、観客含めその認識は誤りであると悟っている。

理由は言うまでもなく、小瀬川が動いてからでは20,000点ぽっちの点差など無力に等しい。跳満直撃で吹き飛ぶこの20,000点は、小瀬川相手ではあってないようなものだ。

 

 

前半戦が終了した後、控室に戻ってきた清水谷は後半戦に向けての対策を練っていた。

 

 

(最悪でも、子の満貫直撃を三回耐えられる50,000点差にはしとかんと……)

 

 

 

そう。50,000点。小瀬川との点差を50,000点にする事が清水谷の後半戦東場の目標である。

 

小瀬川が動くまで残すはあと四局。四局で30,000点以上稼ぐのは小瀬川が動いていなくとも難しい話である。

そもそも、四局の内1全部回ずつ和了ったとしても30,000点を超えるかも怪しい。簡単に30,000と言うが、そのハードルは決して低くはないのだ。

 

 

しかも、それはあくまでも最低ライン。小瀬川の猛攻を耐えられる可能性がある最低基準である。

南場に入って50,000点差をつけられなければそれは清水谷の負けであるし、仮にきっちり50,000点差つけたとしても勝てる可能性は極々僅かである。宝くじを買わないか買うかの違いに過ぎないと言えば分かりやすいであろうか。

 

 

そういう意味では、清水谷の目標は50,000点などではなく70,000……80,000……その辺りが清水谷が目指す点差と言えるであろう。

それを達成するためには、取り敢えず全局和了る事が必須であろう。親番の時も、できるだけ連荘を繰り返して点差を広げる。小瀬川は南場まで決して和了る事はないのだから、落ち着いてやれば全局和了もできない事ではない。現に前半戦の南場は南二局の四本場以外は全部清水谷が和了っていたのだ。

 

 

(……行くか。)

 

 

前半戦以上に熾烈になるであろう後半戦に、清水谷は前を向いて歩を進めた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

(20,000点差か……これがどれだけ広がるかが見ものだな……)

 

 

清水谷と同じく控室に戻って後半戦が始まるまで待っていた小瀬川は、ぐったりとしながら後半戦の事について考えていた。

 

 

(70,000点差を……二局……ねえ)

 

 

そんな中ふと思い出したのが赤木の伝説の一つである、偶機の{北}待ちと河底役なしドラ4裸単騎であった。

赤木はそのたった2回の和了りによって、70,000点差という大差を逆転したという赤木という男を語る上では必ず話題となる伝説。

そう。今の小瀬川の状況と、それの状況は酷似している。小瀬川が大量リードをされ、少ない局数で逆転に向かうという状況。違う事を挙げるとするなら和了る局数が四局である事か。

 

 

(…………何万点差でも構わない。絶対に勝つ)

 

 

 

悪魔が椅子から立ち上がり、控室を後にする。

 

 

 

 

 

そして勝負は後半戦。少女たちの運命を決定づける後半戦が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

ところ変わってここは会場内の廊下。宮永照は会場内を走って観客席へと移動していた。

 

だが実際、宮永照の試合は12時から始まり、現在時刻はまだ11時過ぎなのでまだ少し時間はある。だが、彼女は焦っていた。

 

 

(白望さんの試合……終わっちゃう……)

 

そう。小瀬川の試合を見るために彼女は焦っていたのである。一回戦は見ていなかったので分からなかったが、聞けばとてつもない打ち方で勝利したと言う。

 

別に小瀬川の事を研究するわけではない。では何故宮永照が走っていたかと言われると。それは宮永照本人も分からない。

 

 

(……何なんだろうこの感覚。白望さんの事考えると、モヤモヤが止まらない……)

 

 

強いて言うならば、小瀬川がちゃんと勝ち上がれたか心配していたのである。宮永照が自分の勝負事ではなく、他人の勝負事を心配したのは初めてである。

 

 

別に彼女なら勝ちあがれるであろうとは分かってはいたが、心の落ち着きが取り戻せなかったため、こうして結局観戦する事にした。

 

 

観客席につき、空いている席を探すよりもまずスクリーンの方に宮永照は目を向けた。観客席には未だ人がいたので、どうやら間に合ったらしいという安堵感を持ってスクリーンをしっかりと見ると

 

 

 

 

『ロン。満貫……8,000!』

 

 

 

そこには清水谷に満貫を振り込んだ小瀬川が映っていた。もしやという微かな悪寒が宮永照の背中を駆け巡った。不安になった宮永照が得点を見ると

 

 

 

 

小瀬川 19,700

モブA -14,000

清水谷 124,000

モブB -29,700

 

 

 

そこには10万点以上という絶望的点差があり、残り局数は南場のみの残り四局。

 

 

その現実を目の当たりにした宮永照は、他に人がいるという事も忘れ、膝から崩れ落ちた。

 




次回から南場に入ると思います。
今回色々すっ飛ばしてますが、しょうがないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 準決勝 ⑪ 逆襲の始まり

南場突入ですが、麻雀要素はそんなにないです。


 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

南一局 親:モブA ドラ{一}

 

小瀬川 19,700

モブA -14,000

清水谷 124,000

モブB -29,700

 

 

 

(104,300点差……ここからが勝負やで……!)

 

小瀬川が動くと宣言した南一局までに清水谷が作った点差は104,300点。7、80,000点差を目標としていた清水谷にとってはこれ以上にない出来である。だが、それでまだ気は抜けないというのも事実である。……というより、清水谷の言う通りここから。ここからが勝負なのである。

普通に考えて、残り四局でおよそ100,000点差を逆転するのは殆ど不可能と言っても過言ではない。仮に全て満貫直撃(親の連荘を考慮せず)で和了っても全然逆転には足りないのだ。

 

 

 

 

子の満貫直撃三回→16,000×3=48,000

 

 

親の満貫直撃一回→24,000

 

 

48,000+24,000=72,000

 

 

 

このように72,000点までしか取り返せず、結果として清水谷は逃げ切る事ができてしまうのだ。つまり、小瀬川はこの南場の全てを清水谷に直撃させ、尚且つ平均跳満以上の打点でないといけないという、ほぼ無理難題と言っていいほどの状況を、この100,000点差という壁が作り出したのである。

 

 

前述した通り、普通なら無理だ。普通の人間が相手だとしたら、この時点で清水谷の逃げ切りはほぼ決定したと言っても強ち間違いではない。100人に聞いて100人が清水谷が勝つというだろう。当然ながら、清水谷はこの南場は防御に入る。清水谷レベルの雀士が守りに入れば直撃を取ることでさえ精一杯である。一般レベルの雀士であれば、100,000の点差の内どれだけ頑張っても精々70,000点差にする事くらいが妥当だろう。

しかし、既に分かりきっている事ではあるが今清水谷の目の前にいる人間は普通ではない。それも、とびきり異常である。小瀬川ならこの点差でも何とかしてくれる。小瀬川なら清水谷に逆転できる。

……そんな予感、そんな有り得ぬ未来が最も簡単に予想できてしまうほど、小瀬川白望という人間は本当に分からない。要領がつかめないのだ。

 

 

 

「……南一局」

 

 

小瀬川が卓の中央で回る賽を見つめて呟くように言う。

その声はまるで、今まで眠っていた猛獣がゆっくりと目覚めるかのような微かな声だった。だが、その声の内には秘められた闘志が垣間見える。

 

 

 

山が卓の中からせり上がってくると、親から順々と配牌を取っていく。当たり前のことではあるが、小瀬川もこの局からは配牌は伏せることなく、開いて理牌していく。

 

 

 

 

(行くよ、竜華……)

 

 

 

(……来いや、小瀬川)

 

 

 

 

 

親の第一打によって運命の南場の始まりが告げられた。

 

 

 

 

-------------------------------

観戦席

視点:宮永照

 

 

(白、望さん……そんな…………)

 

 

私はトップと100,000点差という巨大な点差を目の当たりにして、私の事でもないというのにその点差に絶望し、その場に膝から崩れ落ちてしまった。

 

 

「お、どうしたん?宮永」

 

 

「宮永さん。こんにちはです」

 

 

そんな私に声をかけてきた人物が来た。愛宕姉妹。姉の洋榎は竜華さんと同じ大阪府代表の選手で、過去も何度か彼女と卓を囲んだことがある。妹の絹恵ちゃんの方は麻雀はやってないけど、色々因縁もある人物である。

 

 

「洋恵、し、白望さんが……」

 

 

そんな彼女の手を掴み、若干パニックになりながら白望さんの事を聞く。聞きたい事は山ほどある。まずはこの点差に至った経緯だ。

 

 

「お、おう……宮永。取り敢えず席に行こか」

 

いきなり詰め寄った私に戸惑いながらも、椅子に座って話せるように促す。私は洋榎について行き、落ち着いてから会話を始めた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

椅子に座り、この準決勝で起こった事を洋榎さんから聞いた。『絶一門』という変則的な打ち方をしていた事。最初の方は白望さんがリードしていた事。……突然白望さんが和了らないと宣言し、そこから竜華さんが点差を縮め、逆転してしまった事。

話で聞いただけでも、高度な闘牌であった事が伺える。まず最初の『絶一門』の時点で、普通聞かない打ち方である。

それにしても、白望さんのあの点差がただ漫然と作られたものではなく、意図的なものであったと知って私は心の底から安心した。

 

 

「……勝てるかな。白望さん」

 

 

だが、それでも100,000点という点差は凄まじいという事には変わりない。そこで愛宕姉妹に聞いてみると

 

 

「確かに清水谷もヤバイけど、シロちゃんも凄いのは確かや……どっちが勝っても可笑しない」

 

 

「何言うてはるんやお姉ちゃん。シロさんが勝つに決まっとるやろ!」

 

 

と、絹恵ちゃんは偏見ではあったが、洋榎も白望さんの負けとは言わなかったので、取り敢えず安心する事にして、対局を見る事にした。

 

 

(……頑張れ)

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

南一局 親:モブA ドラ{一}

 

小瀬川 19,700

モブA -14,000

清水谷 124,000

モブB -29,700

 

 

 

 

小瀬川が動くと宣言した南一局。この局から小瀬川の反撃が、逆襲が始まろうとしている。この南一局はその序章。

 

 

小瀬川:配牌

{二二八①①④④24466南}

 

 

配牌を久々に開いてみると、七対子一向聴の良形の配牌がそこにはあった。

 

 

だが、ドラもない七対子では打点に欠けてしまう。今の状況でこの七対子を和了っても雀の涙ほどにしかならないし、リーチをかければ清水谷はベタオリであろう。

状況と流れが噛み合っていないこの配牌であったが、それでもこの配牌でできる事は十分ある。

 

 

(上等。始めようか……清水谷竜華)

 

 

清水谷を睨みつけ、第一ツモを山から持ってくる。

 

 

 

 

 

終局まで、残り四局。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本格的な麻雀が始まります(多分)
ここから地獄が始まる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 準決勝 ⑫ 退路を断つ

南一局です。
漸く濃密な闘牌(主観的)が始まります。


 

-------------------------------

南一局 親:モブA ドラ{一}

 

小瀬川 19,700

モブA -14,000

清水谷 124,000

モブB -29,700

 

 

 

小瀬川:配牌

{二二八①①④④24466南}

 

 

とうとう小瀬川が動き始めたこの南一局。立ち上がりの配牌は速さでは恵まれたものの、いまひとつ打点が乏しいという微妙な配牌。

 

 

親のツモから一巡し、ついに小瀬川のツモ番になる。小瀬川は山からゆっくりとツモる。ツモった牌は{赤⑤}。それを手中に収めて、{①}の対子を落とす。時間はまだあるので、断么をつけにいったのであろう。

 

 

その後は{二}を重ねて{①}を完全に切り落とす。どうやら小瀬川は七対子ではなく、三暗刻。もしかしたら四暗刻を狙いにいったと観客は思った。

そう思われた。しかし4巡目、思わぬ事態が起きてしまう。

 

 

 

 

 

モブA

打{4}

 

 

 

 

「ポン」

 

 

小瀬川:手牌

{二二二④④赤⑤266南} {44横4}

 

 

打{八}

 

 

 

副露。まさかの鳴き。鳴いてしまってはリーチもかけられず、打点が望めないどころか打点を下げてしまっている。

そんな意味不明な副露。観客から見てみれば愚行極まりない副露。

 

しかし、清水谷側から見てみればこの鳴きは、本当に愚行だったと言えるのだろうか?

当然ながら、清水谷側からは小瀬川の手牌は分からない。であるからこの鳴きが打点を下げる意味の無い行動だとは思わない。故に、鳴いたとしても打点を望める手牌であるはずだと思ってしまう。

 

 

(清一色……!)

 

 

副露ありでも満貫跳満を目指せる役といえば、先ず思いつくのは清一色であろう。

{4}鳴きとなれば、索子の清一色。断么も絡めば跳満。{赤5}を持っていれば断么が無くとも跳満である。

 

そう思ってしまえば、清水谷とてただ漫然と牌を切って振り込むわけにもいかない。

 

 

清水谷

打{八}

 

 

 

故に、清水谷はオリに回ってしまう。副露後に切った{八}を切るというあからさまなベタオリ。

それと同時に、この局清水谷の和了りはまず消える。

 

これら一連の流れは全て小瀬川の作戦通りである。当然、あの鳴きも清水谷を降ろす為だけの副露であり、鳴く事によって得る直接の利益は無い。

清水谷が一歩引いてしまえば、限界まで追い込むのは容易である。清水谷が流れて行くであろう逃げ道をどんどん潰していけば良いだけなのだから。

 

 

 

小瀬川:手牌

{二二二④④赤⑤266南} {44横4}

ツモ{4}

 

 

そして6巡目、小瀬川が4枚目の{4}を引き入れ、そのまま加槓。

 

 

「カン……ッ」

 

小瀬川:手牌

{二二二④④赤⑤266南} {444横4}

ツモ{④}

 

 

加槓によって得た嶺上ツモは{④}。これで一歩前進ではあるが、正直今は小瀬川にとって手の進み具合などどうでも良い。加槓をした意味はそんなものの為ではない。

 

 

新ドラ

{一南}

 

 

加槓によって得られるのは嶺上ツモだけでは無い。新ドラもあるのだ。新ドラは小瀬川に丁度手牌にある{南}。

だが、この{南}というドラを持つべき者は小瀬川ではない。

 

 

 

小瀬川

打{南}

 

 

 

(これで場が動く……)

 

 

 

「ポン!」

 

 

モブB

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {南南横南}

 

 

 

モブB

打{八}

 

 

 

そう。ドラを抱えるべき者は、清水谷が差し込む可能性のある他家である。もし清水谷が差し込みに回ろうとした時のために、{南}ドラ3というインスタント満貫を持たせたのである。

しかも捨て牌を見る限りこれは萬子の混一色。{南}混一色ドラ3。ドラの{一}も対子で抱えていると仮定すれば倍満にまで届いてしまう。

 

 

満貫跳満程度なら小瀬川に振り込むよりは幾らかマシであろう。仮に小瀬川に満貫を振れば点差は8,000のいってこいで16,000縮むが、跳満を差し込んでも12,000しか縮まないのである。が、倍満クラスとなると16,000の出費となり、満貫直撃となんら大差はない。

 

それを見越しての、加槓。これで清水谷は差し込みによる逃げはできなくなった。

 

 

 

 

小瀬川:手牌

{二二二④④④赤⑤266}{444横4}

ツモ{6}

 

 

{南}が鳴かれたそのすぐ後に引きれた牌は{6}。これで{③-⑥、⑤}待ちの聴牌へと至る。

 

 

打{2}

 

 

 

「リーチ」

 

 

モブA:捨て牌

{発⑨81二⑤}

{横七}

 

 

 

そして幸運な事に、親からのリーチが入ってきた。

 

*点棒がマイナスの状態でもリーチをかけられる設定とお考え下さい。点棒は鷲巣麻雀のような点棒マイナス時の黒色の点棒のようなイメージでお願いします。

 

このリーチによって、清水谷の最終手段の親への振り込みも無くなった。

親への振り込みは清水谷にとって点棒は減る。連荘が起きるなど、良い事は無い。が、それでも不注意での小瀬川への振り込みや、ツモよりはマシだと考えた場合での最終手段ではあった。が、それはあくまでも親が安めの時の場合に限る。リーチがかかっている以上、リーチのノミ手であっても裏ドラが乗ったりする恐れもあるため、易々とは振り込むことができない。

 

 

即ち、清水谷はこの局、流局まで粘り続けるしか道は無くなった。和了に行くこともオリ途中であるから不可能であるし、差し込みもできない。しかも、流局まで粘るのもそう容易なことでは無い。

 

まず手牌にある索子は切れない。これは小瀬川が索子の清一色であると思い込んでいるため、切れないのは必然である。萬子、字牌は下家の{南}ドラ3混一色に対して危険。すると清水谷が切れそうなのは筒子であるが{⑤}は小瀬川の和了牌であり、しかも高めである。生憎、親の捨て牌には{⑤}があり、清水谷が安牌を切り続けていけばいつかは切り出される牌である。

無論、清水谷はまさか{⑤}が小瀬川の和了牌だとは夢にも思わないし、そう感じていたら清水谷は今窮地には立たされていない。

 

 

 

そして9巡目にその時が訪れた。

 

 

 

 

 

清水谷

打{⑤}

 

 

 

清水谷の{⑤}切り。安牌だと信じて打ったこの{⑤}に淀みは感じられない。が、現実は清水谷の上を行った。

 

 

「ロン」

 

 

 

小瀬川:和了形

{二二二④④④赤⑤666} {444横4}

 

 

 

「断么対々和三暗刻赤1。跳満……!12,000」

 

 

 

小瀬川が倒した手牌を見て、漸く清水谷は自分が振り込んだ事に気がついた。清水谷にとっては衝撃であろう。何しろ安牌だと信じて切った牌であってしまったのだから。

 

だが、清水谷はもう折れない。折れずに、小瀬川の猛攻を真正面から受け止める。

 

 

 

 

兎も角、この跳満によって12,000と親のリー棒1,000の点棒が動き、25,000点分点差が縮まる事となった。

 

 

小瀬川 32,700

モブA -15,000

清水谷 11,2000

モブB -29,700

 

 

25,000点分縮まったとは言え、未だ点差は79,300と、80,000近く存在しており、点棒上の優位は清水谷に揺るがないと言ってもなんら間違いでは無い。

 

だが、清水谷にとっては不幸な事に次の南二局は清水谷の親番。和了れば連荘になってしまい、ツモによる親被りの危機は続いてしまう。和了るのだから点差は多少は広がるのだが、それで親被りのリスクを背負うよりかは他家に差し込んで流した方が良い。

だが、先ほどのように差し込みたいけど差し込めない状況にもっていかれると苦しくなるのも事実だ。

 

 

 

逃げる清水谷。追う小瀬川。二人の状況が鮮明になった南一局が終わり、南二局へと移る。

 

 

 

終局まで、残り三局。

 

 

 

 

 

 

 




次回は南二局です。
やはり心理戦の描写は頭を使いますね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 準決勝 ⑬ 偽り or 偽りの偽り

南二局です。今回結構雑に仕上がっているかもしれません。
もう少しで準決勝も終わってしまいますね……


 

 

 

 

-------------------------------

南二局 親:清水谷 ドラ{南}

 

小瀬川 32,700

モブA -15,000

清水谷 11,2000

モブB -29,700

 

 

 

前局、逃げ道を塞ぐ事によって跳満直撃が起こった南一局。この南二局は清水谷の親。清水谷としては他家に差し込んで親を終わらせたいところではあるが、それを小瀬川がただ黙って見過ごすわけにもいかないのは明白である。

 

だが、そうとは言っても前局の和了は他家の聴牌や手牌の偏り等あらゆる条件が最も理想的に重なったから生まれた和了であり、2度目3度目となってくるとそうそう再現することはできない。

 

 

それを理解しているのは小瀬川だけではない。清水谷もまた、そうそう起こり得ることでは無いと理解している。

 

ーーーーしかし、その認識が清水谷を迷わせる枷となってしまう。

 

 

 

 

 

 

「チー」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横213}

 

打{⑧}

 

 

 

まず小瀬川が上家が切った{2}を鳴く。この時点で前局清水谷に猛威を振るった断么や対々和の可能性は消えた。が、

 

 

「ポン!」

 

 

モブB

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {⑧⑧横⑧}

 

打{五}

 

 

 

(小瀬川から見て)上家がさっきの鳴きのお返しと言わんばかりに、小瀬川が切った{⑧}を鳴く。そして

 

 

 

小瀬川

打{⑥}

 

 

 

「ポン!!」

 

 

モブB

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {⑥⑥横⑥} {⑧⑧横⑧}

 

打{西}

 

 

またもや小瀬川が切った牌で鳴きを仕掛けに行く。ありのまま見た感じであれば清一色対々和。断么も絡めば倍満である。

 

しかし、まだこれだけでは終わらない。

 

 

 

「ポン…!」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横西西西} {横213}

 

打{南}

 

 

 

 

これが僅か数秒の出来事である。小瀬川のあの鳴きから、たった数秒で4回も副露合戦が始まってしまったのである。未だ5巡目ではあるが、既に場は終盤戦の模様を呈しており、ハイスピード過ぎる展開である。

 

 

 

 

だが、あの副露合戦があった次の巡からはまるでさっきの高速展開が無かったかのように場は膠着して、和了発声はおろか、鳴きやリーチも行われることは無かった。

 

 

しかし、いくら膠着状態とは雖も、流石にこの状態が永遠に続くわけも無い。

いずれ誰かしらは動くに決まっているのだ。

 

 

 

そして9巡目、膠着状態を破らんとするように颯爽と(小瀬川から見て)下家が1,000点棒を卓に投げ入れる。

 

 

「リーチ!」

 

 

モブA:捨て牌

{発⑧八2北③}

{9九⑥白横④}

 

 

 

下家がリーチを宣言し、{④}を横に曲げて河へと放つ。そして、このリーチが引き金となり、さっきまでの膠着状態からは一転、今まで待っていたと言わんばかりに場は進展する。

 

 

 

 

「ポン!」

 

 

モブB:手牌

{裏裏裏裏裏} {④横④④} {⑥⑥横⑥} {⑧⑧横⑧}

 

打{七}

 

 

 

上家がリーチ宣言牌の{④}を鳴き、やや危ない{七}を切る。おそらく聴牌に至ったのだろう。

 

 

 

 

小瀬川

打{③}

 

 

続く小瀬川も、断么清一色対々和の上家に対して超危険牌の{③}を切る。こちらも聴牌したようだ。

 

 

 

 

これで場は整ってしまった。上家は倍満手を聴牌し、筒子の清一色。小瀬川は索子の混一色。下家はリーチといった、まるで前局を彷彿させるほぼ同じような状況である。

清水谷からして見れば、まず筒子と索子は切れる牌ではない。となると、順当にいけば萬子を切るしかなくなる。実際、結果それで下家に当たってしまえばそれはそれで結果オーライではある。

 

 

だが、清水谷は萬子を切ろうとは思わなかった。いや、思えなかった。先ほど話した通り、前局と同じ条件が揃うことなどまずない。普通はありえない。

だが、そうやって相手につけ込むのが小瀬川の麻雀である。そういうありえない事を現実にしてしまうのが小瀬川白望という雀士である。

ありえないと理解しているが故の、特別パターンでの迷い。通常なら考慮にも値しない可能性が、今清水谷の頭の中を支配していた。

 

 

例えば小瀬川の捨て牌にはドラの{南}がある。普通に考えれば、今小瀬川の手牌の中にドラの{南}はない。となれば高い可能性があれば索子の混一色だけだが、その裏をかいて{赤五六東東東南南}という待ちもあり得る。{南}の暗刻を切って、ドラがないと思わせておいての安牌狙いのパターンだ。

 

ただ何気ないように切った{南}も、相手が小瀬川というだけでここまで意味が膨れ上がってきてしまっている。

 

 

別に清水谷は気持ちでは小瀬川に押されてはいないし、心は折られてはいない。これは小瀬川から遠ざかる単なる逃げではなく、小瀬川の猛攻を避ける守りであることは確かである。

 

……だが、小瀬川はその守りすら許さない。許さないのだ。逃げを討つ雀士の数は多いだろう。心が流れていく方向に照準を構えればいいのだから、そうそう難しい事ではない。だが、守りを討つ雀士は限りなく少ない。心が流れていかない不安定な状況で確実に狙い撃つのは極めて困難な話であり、微妙な心の動きを察知しなければならないからである。

 

 

 

 

そしてその悪魔の読みは、的を得てしまう。

 

 

 

 

清水谷

打{9}

 

 

 

清水谷が{9}を河に置く。その瞬間に牌が倒れる音がして清水谷はギョッとしてしまうが、牌を倒したのはリーチをかけた(小瀬川から見て)下家。

 

 

 

「ロン!」

 

 

モブA:和了形

{一二三四五六七八九6678}

 

 

「リーチ平和一通!」

 

 

 

どうやら断么がつかない安めだったらしい。清水谷はふぅと一息ついて、点棒を出そうとする。

 

 

 

「裏……っ!?」

 

 

 

裏ドラを確認しているはずの突然下家が驚く声をあげる。何事かと思って王牌を見ると、そこには裏ドラを確認しようとした下家の人を、片手で制する小瀬川がいた。

清水谷がこちらを見たのを確認して、小瀬川が言う。

 

 

 

「惜しかった……確かに今起こっていた状況を疑ったまでは良かった。……だけど、そこからが惜しかった。その裏をかけなかった……」

 

 

 

 

そして小瀬川は鳴いて少なくなった7牌を両手で倒す。

 

 

 

「残念……頭ハネだ」

 

 

 

 

小瀬川:和了形

{7778中中中} {横西西西} {横213}

 

 

 

 

「満貫……!8,000!」

 

 

 

 

 

清水谷が警戒していた混一色ブラフはブラフではなく、そのままの混一色であった。

 

 

確かに、混一色かブラフかあの時点で判断するのはほぼ不可能だ。確率的に言えば完全にどちらも同じ確率で有り得てしまう。50%50%である。

が、逆に言えば清水谷は50%もある確率を外してしまったとも捉えることができる。

 

 

 

 

そしてこの満貫で更に16,000とリー棒分の1,000、合計して17,000の点差がつまり、

 

小瀬川 41,700

モブA -16,000

清水谷 104,000

モブB -29,700

 

 

 

 

となった。だが清水谷と小瀬川の点差はまだ62,300と、二回振り込んだ清水谷の所為で軽く見えるが、小瀬川も結構追い込まれているのが分かる。

 

どちらも同じ程度の苦しみを味わいつつ、勝負は最終局面に着々と近づいている。

 

 

 

 

終局まで、残り二局。




次回は南三局……!
ですが確実にあと二話では終わらないと思います。オーラスで二話以上使う可能性が高いので……
そして何気に一回戦と話数が同じな感じになっている……まあ、流石にこの大会だけで70話も使えないからね。しょうがないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 準決勝 ⑭ 役満を捨て去るという意志

南三局です。
何気にこの小説も次回で50話(外伝除き)ですね。
早かったようで長かったですね……
まあ、まだまだ続くんですけどね。


 

 

 

-------------------------------

南三局 親:モブB ドラ{⑦}

 

小瀬川 41,700

モブA -16,000

清水谷 104,000

モブB -29,700

 

 

 

人は残り二局で62,300という点差を聞いて、どういう反応を示したらいいのだろうか?通常なら、絶望的だと感じるであろう。一応、62,300点差は役満の直撃で一局だけで逆転はするものの、少し麻雀を打ったことがある人間ならそれでもなお絶望的である事実は揺るがないであろう。何故なら役満など滅多に出ることはないのを知っているからだ。

当然ながらではあるが、狙って役満を出すことなど不可能である。だからこそ、役満の中でも特に珍しい天和や九蓮宝燈などは和了ったら死ぬと言われてしまうのである。

そう。あり得ない。こんな役満が欲しい状況で役満を狙える配牌が入ることなど、有り得ないのだ。

 

 

だが、そんな点差を目の当たりにしても、観客は未だ勝負の結末が分からないでいた。

その理由は、言わずもがな小瀬川白望である。小瀬川白望の対局を見てきた者ならわかるであろう。

 

……小瀬川は、ここでというところで勝負手を引いてくる。と。

 

 

そんな観客の予感、期待を背負った小瀬川がどんどん牌を引いてくる。

四牌ずつ、四牌ずつ小瀬川が配牌を取っていく。最初の方は黙っていた観客達も、配牌を取り終える頃には観戦室は歓声に包まれていた。

 

 

そんな小瀬川の配牌がこれである。

 

 

小瀬川:配牌

{一一四八⑧89白白発中中}

 

 

 

{白}と{中}の対子に、一枚の{発}。誰がどう見ても、これは大三元を十分狙える配牌である。

そして次の小瀬川のツモに、観客の歓声は更に大きくなる事になる。

 

 

小瀬川:手牌

{一一四八⑧89白白発中中}

ツモ{発}

 

 

 

 

{発}。{発}引き。これで大三元の種{白発中}が対子となった。

 

そして小瀬川の奇跡はここで絶えることなく、小瀬川に引き寄せられるかのように次のツモは{白}。

まるで、神のような何かが小瀬川を勝たせようと馳せ参じているかのようである。もしくは、小瀬川が引き寄せているのではなく、牌が小瀬川に近寄っていくかのようだ。

 

 

 

当然、この後も要所要所も牌を引き入れていき、遂に7巡目に、観客の歓声が絶頂を迎えることとなる。

 

 

 

小瀬川:手牌

{一一一四四八白白白発発中中}

ツモ{中}

 

 

 

聴牌。{四、発}のシャボ待ち。高めの{発}が出れば役満大三元。{四}でもツモってくれば四暗刻。{発}ツモなら四暗刻大三元のダブル役満になるという正に異常事態である。

*ダブル役満ありです。

 

 

 

勿論{八}を打って聴牌を取る。リーチはかけず黙聴。

だが、清水谷は小瀬川の大物手、勝負手が聴牌したと感覚で察知していた。故に、役満の待ちとなりそうな一九字牌は聴牌後は全く切っていない。

 

 

そして清水谷側から{東}が四枚見えたとなると、今度は一九牌を切り出していき、手にする字牌は一層切ろうとはしないという意志が聞こえてくる。局が進むごとに、観客の声はいつしか消えていた。

 

そして流局間際15巡目、最初は歓声であった観客の声がとうとう嘆声の声に変わってしまう。

 

 

清水谷:手牌

{一七九③④44東東西西北白}

ツモ{発}

 

 

清水谷が小瀬川の和了牌の{発}をツモってくる。この{発}は切られることはないのは分かっているが、嘆声に変わった理由は他にもある。

それは、この{発}が最後の四枚目であったからだ。既に(小瀬川から見て)上家の捨て牌には小瀬川が聴牌する前にあったので、この{発}が最後の希望であったのだが、正真正銘清水谷が握りつぶしてしまったのだ。

 

こうなれば小瀬川は{四}をツモってくるしかないが、これも既に捨て牌に一つあり、地獄待ちとなっていて、{発}をツモる前に握り潰されてしまった小瀬川がツモってくる確率はかなり低いし、何より流局寸前である。

 

 

そんなこと御構い無しといった感じで清水谷は{発}を、この牌だけは出さないという固い意志で手牌の中へ取り込む。

 

 

(これで耐え切った。耐え切ったで……!)

 

 

 

そして{一}打ち。観客が諦めかけていたその時だが、

 

 

 

 

 

 

「……そうかな?」

 

 

 

 

「まだ……分からない」

 

 

 

小瀬川:手牌

{四四白白白発発中中中} {一一一}

 

 

「カンッ!」

 

{一}の暗刻を倒して、宣言。小瀬川がここで動く。誰しもが諦めていたが、小瀬川だけは諦めなかった。小瀬川は、この一瞬の機、チャンスを待っていたのだ。

 

 

 

大明槓によって王牌から嶺上ツモを行う。そしてそのツモ牌を盲牌し、卓へ叩きつける。

 

 

 

「ーーーーーツモ」

 

 

小瀬川:和了形

{四四白白白発発中中中} {一横一一一}

ツモ{四}

 

新ドラ:{①}

 

 

「嶺上開花混一色小三元白中対々和三暗刻。11飜で三倍満の責任払い……24,000だ」

 

 

 

役満という淡い夢を完全に捨て、役満を追っていれば決して手にすることができなかった最後の{四}を王牌からツモってくる。その決断をするために、一体どれだけの覚悟が必要であったのだろうか。あそこで槓せず、{四}が出れば同じ三倍満であった。もし嶺上ツモでツモ和了できなかったら三倍満にも満たない倍満に手が下がっていた。だからあの状況での大明槓をするという事はあそこでしか和了れないと確信していないとできない愚行だ。でなければせっかく残されていた四暗刻という役満を意図的に棒に振ったという事になる。それが友人らとお遊びで卓を囲んでいる時ならできたであろう。だが、今の状況は決してそんなお遊びでは決してない。

青春、信念、プライド……そんな金よりも重い自分自信を賭けているのだ。

そんな状況下で、あんな決断をするという小瀬川の精神、意志が異常であることがこの場にいる全員が感じていた。

 

 

役満という夢をも捨て去ってでも、勝利という現実を突き進むという意志。その意志は、常人では決して辿り着くことができない境地であり、理解することは不可能であろう。

これが小瀬川という名の悪魔である。

 

 

 

そしてこの現実を追求した和了によって点棒は

 

 

小瀬川 65,700

モブA -16,000

清水谷 80,000

モブB -29,700

 

このように変化し、かつては100,000以上あった点差も、今となってはたった14,300ぽっちであり、清水谷の背はすぐそこまで迫ってきていた。

どちらも譲れない闘い。プライドを賭した死闘にも、次局で決まってしまうこととなる。

 

 

そして勝負は運命のオーラスに突入する事になる。

 

 

 

 

 




次回は50話にしてオーラスです。
因みに、私が今回でのシロの立場になったら竜華が発を握りつぶしたことも分からずにツモを狙いに行ってたでしょうね……
そう考えるとシロは勿論、役満張ってると察知できる竜華もなかなかにぶっ飛んでますね。絶対に同じ卓で打ちたくない(震え声)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 準決勝 ⑮ 呆気ないオーラス

遂に五十話突破です!!
ここまで長かったですね!!何故か毎日投稿なのに進まないので余計に長く感じますね!!

……本当に展開遅いですね。五十話とは思えない話の進み具合。


 

 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川 ドラ{四}

 

小瀬川 65,700

モブA -16,000

清水谷 80,000

モブB -29,700

 

 

 

かつては100,000以上あった点差も、14,300まで詰め寄り、オーラス最後の親は小瀬川。直撃なら7,700。ツモなら満貫で逆転が可能となるこの状況。

 

 

(このまま守ってばかりじゃアカンわ……守ってたら満貫をツモられてまう……攻めるしかあらへん)

 

 

今までは流局狙いも視野に入れていた清水谷だが、この小瀬川が親であるオーラスに限りその作戦は潰えた。理由は単純で、流局したとしても小瀬川が聴牌していれば連荘になる。……というか流局はほぼ無いであろう。小瀬川が流局まで和了れず、聴牌止まりというそんな馬鹿げた話が起こるわけが無い。

 

 

 

互いに、和了りに行くしかない。

 

 

 

 

清水谷:配牌

{一二二①②⑤⑥⑧579東南}

 

 

 

清水谷の立ち上がりの配牌は四向聴。良くも悪くもない、否、やや若干遅めの配牌か。

ここから見える手としては鳴くにしては少し厳しいものがあるので、面前ツモか、もしくは平和のノミ手と言ったところであろう。

 

 

清水谷:手牌

{一二二①②⑤⑥⑧579東南}

ツモ{二}

 

親の小瀬川から一巡して、清水谷のツモ番。ツモったのは{二}。今までは小瀬川の飜牌、役牌は切らないできた清水谷だが、今はそうも言ってられず、聴牌までの最短距離を突っ走るために、{南}を切る。

 

 

 

この牌では動かなかった小瀬川であったが、4巡目にして、清水谷がツモ切った{八}に反応する。

 

 

 

「ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {八横八八}

 

 

 

打{九}

 

 

 

この鳴きによって小瀬川の手牌のおおよそが掴めた。役牌コースか、断么コースのどちらかであろう。どちらにせよドラの{四}は暗刻になっているだろう。

役牌ドラ3もしくは断么ドラ3。振り込んでもツモでも逆転可能である。

 

だが、それ如きの脅しでは清水谷は屈しない。清水谷もどんどん手牌に有効牌を引き入れていく。

 

 

 

清水谷:手牌

{一二二二四②⑤⑥45789}

ツモ{7}

 

 

7巡目のツモによって二向聴となり、あと二歩で聴牌に至る。ドラは一枚抱えているが、まだ暗刻ではないとは言い切れないので、油断はできない。が、小瀬川も捨て牌を見る限り未だ聴牌はしていないようだ。

清水谷は、前巡に{①②}の辺張落としとしての{①}を切ったので、それと同じ感じで{②}を落とす。

 

 

だが、それも小瀬川はタダでは通す事を許さなかった。

 

 

「……ポン!」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {②横②②} {八横八八}

 

 

 

 

小瀬川が鳴くまでは良かった。別に何も驚きはしなかった。問題なのは、鳴いた後に捨てた一牌。

 

 

 

打{四}

 

 

 

あろう事か、ドラの{四}。ドラ切り。しかもそれだけではない。

 

 

「ポン!」

 

 

 

モブA:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横四四四}

 

 

打{南}

 

 

 

鳴かれてしまったのだ。そのドラが一気に三枚。清水谷が持っているドラを含めると、これでドラは全て場に姿を現した。わずか数秒で。そして先程まで予想していた小瀬川の手牌が全く分からなくなってきた。

 

 

役牌にしても、断么にしても満貫以上は無くなってしまったのだ。赤ドラが入ってくると話は変わってくるが、{赤五と赤⑤}は既に場に出ている。つまり残るドラはもう一つの{赤⑤と赤5}の二枚のみ。つまりどれだけ高くとも役牌ドラドラ、断么ドラドラの三飜止まり。役牌ドラドラならまだ40符三飜で7,700の目があるが、断么ドラドラなら30符三飜の5,800止まり。14,300の点差はそれだけでは埋まりはしない。小瀬川の事だからこの局で決めにかかってくると思ったが、一体全体どうしたものか。が、

 

 

 

(いや……対々和!もしくは役牌二つ!)

 

 

しかし清水谷に電流走る……!そう、考えられる役は断么と役牌だけではない。対々和ドラドラも、役牌2ドラドラもまだ可能性が残っている。そう考えれば、小瀬川のあの謎のドラ打ちも理解できる。

 

 

しかし、そんな清水谷の考察をことごとく打ち破るかのように、10巡目

 

 

「チー」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏} {横546} {②横②②} {八横八八}

 

打{⑦}

 

 

まさかのチー。まさかの対々和と役牌2。これをどちらもあり得なくするチー。それどころか役牌ドラドラともなくなり、どんなに高くとも断么ドラドラの30符三飜の5,800。役牌なら役牌ドラ1の40符二飜の3,900となってしまった。

 

 

 

(何を考えているんや……?シロさん)

 

 

小瀬川の奇行に、混乱してしまう清水谷。これに何かしらの意図があるというのか。対局中は情を入れないように名字呼びだったのが思わず名前呼びになってしまうほど清水谷は驚いていた。

 

だが、そんな動揺する清水谷をものともせず、ツモは絶好調。12巡目に聴牌に至る。

 

 

 

清水谷:手牌

{一二二二四⑤⑥456789}

ツモ{三}

 

聴牌。{④-⑦}の平和ドラ1。平和がついているので、{④か⑦}のどちらかが出た瞬間清水谷の勝ちが確定する。

 

 

打{一}

 

 

清水谷は恐る恐る{一}を切る。もしかしたら連荘狙いで、この溢れ出てしまった{一}が和了牌かもしれないと思ったが、小瀬川からの発声はない。

 

 

 

 

(……本気かいな小瀬川さん。もしかしたら次の瞬間には終わってしまうんやで)

 

 

まず清水谷が思ったことは、呆気ないという感想だった。呆気なさすぎる。ここで終わってしまうのか。ここで小瀬川が何もできずに終わるのか。思い返せばこのオーラス、ここまで全部悪い方向に行っている。最初は満貫は確定だと感じていたものが今となっては高くとも5,800という悲惨な状況。

 

 

 

そういう不安、疑念を抱いて、小瀬川を見る清水谷。

 

 

 

(……)

 

 

 

そんな清水谷をただただ見つめ返す小瀬川。

 

 

 

 

 

 

 

南四局オーラスも最終局面に向かう事となる。

 




次回はオーラス後半です。
最終回は何話になるんでしょうかね……?
まあ、100話は超えるでしょう(乾いた笑い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 準決勝 ⑯ 三つの関門

オーラス後編です。
オーラス後編ですけれど、まああっさりと終わります。したがって内容もそんなに多くは無いです。まあ、説明が足りなければ次回で補足します。


 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川 ドラ{四}

 

小瀬川 65,700

モブA -16,000

清水谷 80,000

モブB -29,700

 

 

清水谷:手牌

{二二二三四⑤⑥456789}

 

 

小瀬川と清水谷の熾烈な闘いの最終局、オーラスも最終局面へと移ろうとしていた。

清水谷は{④-⑦}の聴牌を既にしている。平和が既に役として確定していて出和了りも可能であり、誰かが河に置いた時点で有無を言わさず清水谷の勝ちが確定する。

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏} {横546} {②横②②} {八横八八}

 

 

その一方、小瀬川は高くとも断么ドラドラもしくは役牌ドラ1が良いところで、ツモはおろか直撃でも逆転は不可能と、この局での逆転はほぼ不可能である。そもそも、下り坂の今、聴牌しているのかどうかすら怪しくなってきている。

 

 

 

 

清水谷:手牌

{二二二三四⑤⑥456789}

ツモ{中}

 

 

 

清水谷が聴牌したその直後ツモってきた牌は{中}。{中}と何かのシャボ待ちであれば、この{中}が当たる可能性はあるにはある。

だが、ここでもし振ってしまったとしても最高でも役牌ドラ1の2,900にしかならず、逆転には程遠い打点である。2,900というこんな先の欠けている刃では、脅しにすらなっていない。当然、清水谷はここで退くわけがなく打{中}。

 

そしてこの{中}に、小瀬川は何も発声をしなかった。

内心当たってしまうのでは無いかと危惧をしながら切った清水谷にとっては、その危惧が杞憂であったと確信し、心の中で密かに安堵した。

 

 

 

 

 

 

清水谷:手牌

{二二二三四⑤⑥456789}

ツモ{東}

 

 

そして清水谷の次のツモは{東}。さっきの{中}をパパッと切ったので、これもすぐに切るであろうと観客は総じて思っていた。が、清水谷はなかなかその{東}を切ろうとはしなかった。

 

確かに振っても2,900だ。そう、()()()2,900である。これで和了ってくれれば怖くない。

だが清水谷には、ある可能性が見えていた。{東}を切る事で、逆転される手にも化けてしまうというある可能性が。

 

 

{東}は場に生牌である。つまり、小瀬川が暗刻にしているという可能性があるわけである。つまり清水谷が{東}を切って、それを小瀬川が大明槓をする。その大明槓によって得た嶺上ツモでツモ和了りして、そして尚且つドラを一枚乗せることができれば、5()0()()()()()9(),()6()0()0()()()()()()。点差は19,200詰まることになり、小瀬川が逆転するという算段だ。

 

 

通常、こうなる可能性は紙のように薄い確率である。大明槓をしたとしても和了れないかもしれないし、ドラも乗らないかもしれない。そもそも、{東}が暗刻でなければこの話は始まらない。

だが、ゼロではない。ゼロではないのだ。可能性は確かに紙のように薄いかもしれないが、あるにはある。

 

 

清水谷はその可能性に翻弄されてしまう。もし大明槓をしてきてしまったら、もし嶺上開花でツモ和了りしてしまったら、もしドラが乗ってしまったら。そんな事を考えれば考えれるほどこの{東}が切れなくなってしまう。

 

 

(せやけど……ここで逃げるわけにも行かないやろ!!)

 

 

 

あれだけ負ける僅かな可能性を考えたが、そんな迷いを全て振り切って清水谷は{東}を切る。

 

 

 

対する小瀬川は、それを{東}だと確認したあと、手牌にある内の牌を三枚倒す。

その三牌は全て{東}。

 

 

 

「カン…ッ!」

 

小瀬川:手牌

{裏} {東東横東東} {横546} {②横②②} {八横八八}

 

 

大明槓。{東}の大明槓。それが指し示すものは、先程清水谷が考えていた最悪の結末に小瀬川は向かおうとしていた。

大明槓からの嶺上開花。そしてドラを乗せた責任払い。この三つの関門の一つ目を小瀬川が超えた。

 

 

小瀬川が嶺上牌に手をかけ、盲牌をせずに残された最後の一牌の隣に置く。

その牌は{中}。それを見た清水谷は一瞬安心しかけたが、その安心をぶち壊すかのように隣にある一牌を晒す。その牌は{中}。

 

 

 

「ツモ。嶺上開花、東」

 

小瀬川:和了形

{中} {東東横東東} {横546} {②横②②} {八横八八}

ツモ{中}

 

 

 

まさかの{中}での和了り。即ち、小瀬川はさっきの清水谷の{中}で和了っていたのだ。それをわざわざ見逃してまで、この機をずっと待っていた。全てこの三つの関門を超えるための御膳立てであったのだ。

 

 

 

これで三つの関門のうち超えたのは二つ。残るは槓によって得られる新ドラ。これでドラが一つだけでも乗れば、小瀬川の逆転が確定する。

 

 

「さて……新ドラ」

 

 

小瀬川が新ドラを捲ろうと、ドラ表示牌の隣の牌に右手の人差し指を向ける。

 

 

 

そして、ドラが捲られた。

 

 

 

 

 

ドラ表示牌

{三}{北}

ドラ

{四}{東}

 

 

 

 

 

 

 

「……ドラ4。嶺上開花、東、ドラ4。跳満の責任払い……逆転」

 

 

 

 

 

小瀬川 83,700

モブA -16,000

清水谷 62,000

モブB -29,700

 

 

 

 

 

準決勝が終了した。

 

 




とうとう準決勝が終わりましたね。
次は決勝……これも長くなる予感……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 決勝戦 ⓪ 四人の雀士

決勝戦始まるまでです。
ここから一体何話使うことになるんでしょうか……?


 

 

 

-------------------------------

視点:神視点

 

全国大会準決勝第二試合

小瀬川 83,700

モブA -16,000

清水谷 62,000

モブB -29,700

 

 

小瀬川:和了形

{中} {東東横東東} {横546} {②横②②} {八横八八}

ツモ{中}

 

 

ドラ

{四東}

 

 

 

 

 

 

トップからの直撃を見逃すという愚行を起こしてからの、嶺上開花、東、ドラ4の責任払い。この理解できぬ常識離れした不可解な打ちまわしによって、全国大会準決勝第二試合は幕を閉じた。

 

この死闘を演じた四人の若き雀士は各々の表情を浮かべる。

上家と下家(小瀬川から見て)は、対局中は最後の最後まで自分を保って、勝つ事は無理だと分かっていてもその目に闘志を宿していたが、対局が終わるとその闘志も消え去ったのか、瞼に涙を滲ませて対局室から出て行った。

 

小瀬川の対面に位置する清水谷は、対局が終わった今でも小瀬川の和了形をまるで雷にでも打たれたかのような呆気にとられた表情をしながら見つめていた。そしてそれを小瀬川は椅子の背もたれに背中を預けながら、能面のような無表情で清水谷を見つめる。

 

対局室にはしばらく沈黙が生まれたが、その沈黙を破るように清水谷は席を立ち、深く息を吐いて

 

 

「シロさん。……楽しかったで」

 

 

と、笑顔で小瀬川の肩をポンと叩いて対局室を後にした。いや、それは笑顔ではなく、彼女が精一杯作った笑顔であった事を小瀬川は分かっていた。清水谷が涙を堪え、唇を噛み締めていた事を小瀬川は見抜いていた。小瀬川はその心情を汲み取り、

 

 

「……勝つから。竜華の分まで、決勝も……絶対」

 

 

と宣言する。その瞬間、清水谷の足が止まり、何かを呟いた。

 

 

『ありがとう』

 

 

その後、清水谷は再び足を進め、対局室の扉を開けると、廊下へと出て行った。その扉が閉まった直後、誰のとまでは言わないが、誰憚ることなく泣く声が扉越しに聞こえてきたのは言うまでもない。

 

 

小瀬川はその泣き声が止んでから、対局室を離れた。

 

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

視点:辻垣内智葉

 

 

「……終わったか」

試合が終わり、シロが決勝に勝ち進んだのを確認した私は、塞と胡桃と赤木さんを残し、特別観戦室を後にしようとした。

「ちょっと。どこ行くつもり!?」

扉に手をかけた私を止めるように胡桃が問いかけてきた。どうやら抜け駆けをしようと思われているらしい。

「精神統一をしてくるだけだ。シロには会う気は無いから安心しろ」

そう言うが、胡桃の疑念は未だ消えていないらしく、

「本当に??」

と問い詰められる。確かにそうしたいのは山々だ。だが、そうも言ってられない。

 

「……"敵"にわざわざ会って話す必要も無かろう」

 

ドスを効かせた声で胡桃を睨む。胡桃と塞は思わず言葉を失ってしまった。流石に言い方がアレだったか。

私は扉を開き、言葉が出なくなった二人を残して特別観戦室から出て行った。

 

 

 

確かにさっき言ったことは言い過ぎたとは思ったが、大体は合っている。決勝に進出が決定した今、私とシロ……いや、小瀬川白望は敵同士なのだ。私にとってシロはかけがえのないものである。それは変わるものではない。だが、私と小瀬川白望が敵である以上、そんなものは関係は無い。

 

 

むしろ、そんな気持ちで挑んでしまえば小瀬川白望には到底敵わないであろう。それは逆に小瀬川白望に対して失礼である。

 

 

まだ決勝まで準決勝が二試合控えていて結構時間はあるが、決勝出場者の個別の控室に入る。

 

 

決勝で卓を囲む者は私と小瀬川白望、残り2名はおそらく宮永照と愛宕洋榎であろう。

はっきり言って、この3人をまともに相手をして勝てるかと言われると難しいところである。サシでやったとしても手強い強敵が3人。しかもその内の一人はかつて私が二局でトバされた相手だ。

 

だが、そんなもので怖気付く私では無い。勝機が無かったとしても、負けると分かっていても、それでも最後まで信念を持って勝負する。それが私、辻垣内智葉という雀士だ。

 

 

(……ねじ伏せてやる)

 

 

 

 

-------------------------------

視点:宮永照

 

 

 

白望さんの対局を見終わり、ようやく安心することができた私は、続く準決勝第三試合を難なく勝ち抜け、決勝へと駒を進めた。

 

今の今まで白望さんと対局するなど、全く想像できなかった事が、とうとう実現することとなる。白望さんのあのヒリヒリと焼けつくような熱く、見る者を魅了する魔性の闘牌を間近で見ることが出来ると思うと、嬉しさによって心の高鳴りが治らなくなる。

 

だが、対局するとなれば、私もそう易々と負けてはいられない。

 

 

(全力で勝ちにいく……負ける気は無い)

 

 

 

私はその目に闘志を抱いて、決勝戦を今か今かと待ち望む。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕洋榎

 

 

「ツモや!」

 

 

ウチの四連続和了によって準決勝第四試合が決着し、無事に決勝戦に出場することがこれで確定した。辻垣内、シロちゃん、宮永が頑張っているこの状況で、ウチだけ不甲斐ない結果ではいられない。

 

 

遂に決勝戦。ウチが待ち望んでいた舞台に立ち上がる事ができた。後は日本一になるだけ。簡単に言ったが、そのためには怪物を3人、しかもそれらを同時に相手しなければならない。

だが、それでいい。その方がいい。ハードルは、高い方が超えた時の達成感が凄まじいというものだ。

 

 

 

(優勝は、ウチが……この愛宕洋榎が頂いていくで!)

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

(遂に……ここまで来た……)

 

 

 

控室で決勝戦を待っていた私は、この後始まる決勝戦を前にして、ふと思った。

思い返してみれば、私の転機は夏休みのお盆。あの日に、赤木さんと出会った。あの出会いがあったからこそ、私は今ここに立てている。逆に出会えてなかったら、きっと私は麻雀をもう一度しようとは思わなかっただろう。そして、他県の皆とも出会えることは無かったであろう。

 

 

(……赤木さんには頭が上がらないなぁ)

 

 

私は赤木さんに心の中で感謝し、控室を後にする。

 

 

 

決勝戦。相手は智葉、照、洋榎といった、錚々たる面々。相手にとってこれ以上の面子がいるであろうか。間違いなく、この大会の中で一番の面子と言っても過言では無いだろう。

 

 

無論、勝ち以外は範疇に無い。負ける気など毛頭なし。

 

 

 

 

 

そして、四人の雀士(怪物)が集結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から決勝戦が始まります。
乞うご期待!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 決勝戦 ① 闘いの始まり

決勝戦……と思いきや今回はナレーターのみという事実。
明日からは麻雀やります。
すいません許して下さい!何でもしますから!


 

 

 

-------------------------------

視点:神視点

 

 

 

第二次世界大戦後に日本国憲法が公布され、自由と平和を愛し、文化をすすめる日と言われる国民の休日の、文化の日である今日16:00。休日の夕方前ともあって、外は街中がゆったりと、そして長閑な風景を日本全体で醸し出していた。が、その中で唯一、異常なほどの闘志で溢れかえっていた地点があった。

 

 

そこは全国小学生麻雀大会の会場。その対局室であった。対局室と言っても、そこには雀卓一つと監視カメラが数台といったひどく殺風景で、無機質な部屋であった。そんな対局室にいるのは未だ中学生にも満たない少女が四人ばかり。ほぼ同時にやってきたらしく、対局室の扉が閉まる音が連鎖して聞こえる。

たった四人だけではあったが、確かにその闘志は日本のどこよりも、煮え滾るように沸々とした熱いモノだった。

 

 

これから彼女らが行うのは麻雀。文面だけ見ればそこまで大仰な事柄ではない。だが、彼女らの内に秘められている想いは、言葉では表現できそうにもないくらい大きなモノである。それもその筈。全国の小学生の中で最強を決めるという闘いだ。一人一人途轍もないものを背負って、この場に立っているのだ。それは彼女らだけの思いだけではない。彼女らが進んできた過程にある、膨大な敗者の数……その者たちの思いも提げてここにいるのである。

そんな彼女たちの闘志が、熱くないわけがなかろう。

 

 

 

 

全自動式の麻雀卓を囲むが如く、四人の少女は雀卓を前にして互いを見つめあっていた。この時、他の人がどんな事を思い、感じているかなど四人とってはどうでもよかった。最早彼女らの間に、言葉という概念は不要であった。その目に宿す闘志を確認できれば十分。それで良かったのだ。

 

 

雀卓の上にある、予め用意されていた風牌の{東南西北}が伏せられていたまま、無造作に混ぜた痕跡があり、その四牌だけ偏って置かれていた。まるで席順決めなるものを決めろと、彼女らに訴えかけるかのようだった。

その訴えに応えるわけでもなかったが、彼女らは順々に伏せられた牌を一人一牌ずつひっくり返して行った。

 

 

 

小瀬川

{東}

 

 

 

宮永

{南}

 

 

 

辻垣内

{西}

 

 

 

洋榎

{北}

 

 

 

この席決めによって、小瀬川白望が仮東、宮永照が南家、辻垣内が西家、愛宕洋榎が北家ということが確定した。

席決めが終わった彼女らは、自分が引いた牌の対応する席へと座り、背凭れに自らの背中を預ける。

 

 

仮東となった小瀬川が、全自動卓の中央に位置するサイコロを振るボタンを押す。サイコロがカラカラと音を立て勢いよく回り出す。が、軈て回転する速度は落ち、最終的にサイコロは静止する。出た目は4と3。つまり仮親は辻垣内に決定した。

 

 

仮親となった辻垣内はサイコロを振るボタンをもう一度押す。再びカラカラといった無機質な音が対局室に響き、サイコロが止まる。出た目を見ると5と6。合わせて11である。それ即ち、起家、親は小瀬川に確定した。自分が親に決まった事をサイコロを見て確認した小瀬川は、表側に東、裏側に南と刻まれた起家マークと呼ばれるものを置く。四人は席決めをするために使った山を崩し、中央にあるサイコロを振る時とはまた違ったボタンを押し、開閉板が開く。それによってできた穴へと牌を一つ残らず全て入れる。

卓上にある牌を全て穴に入れた後、小瀬川は再び先ほど押したボタンを押し、開閉板を閉じる。それと同時に、卓の中から先ほど穴に入れた牌とは別の色で塗られた牌の山が出現する。

 

小瀬川がまたサイコロを振るボタンを押す。これでサイコロがカラカラと回る音が聞こえたのは三回目である。最も、この大会が始まってからはこの音は何回も聞いているのだが。

 

そしてやはりサイコロは止まり、出た目を確認すると5と3。足して8。

それを見た洋榎が、洋榎側から見て右側から8牌目と9牌目の境目を区切り、小瀬川から順々に区切られた9牌目から四牌ずつ配牌として取っていく。それを3巡したら、今度は小瀬川が洋榎が取っていった牌のところから一列目と三列目の上の牌をそれぞれとる。俗にいう『チョンチョン』と言われるやつだ。

それに続いて照、辻垣内、洋榎が一牌ずつツモり、洋榎が最初に区切った牌から二つ前の牌をドラ表示牌として捲る。捲られたのは{⑦}。

 

 

配牌を終えた四人は、理牌を行う。牌のカチャカチャという接触音が幾度となく聞こえる。

全員が理牌し終えるのを確認した小瀬川が、河に第一打を放つ。

 

 

 

 

この瞬間、全国小学生麻雀大会の最終試合、幾千といる小学生雀士の頂点を決める半荘二回の決勝戦。その闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

-------------------------------

決勝戦前半戦 東一局 親:小瀬川 ドラ{⑧}

 

小瀬川 25,000

照 25,000

辻垣内 25,000

洋榎 25,000




次回から東一局です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 決勝戦 ② 照魔鏡

東一局です。
急いで書いたので、何かおかしい所があるかもしれません。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

東一局 親:小瀬川 ドラ{⑧}

 

小瀬川 25,000

照 25,000

辻垣内 25,000

洋榎 25,000

 

 

やっと始まった。名実共に日本の小学生最強を決める運命の半荘二回戦。

相手はいずれも同等もしくは格上の雀士。こいつらをまともに相手して勝つことは極めて難しいであろう。こいつらは本当に化物だ。こいつらを相手して勝つ人間など、少なくとも私が知る限りは一人位しか思い浮かばない。それほどまでにこいつらは、何倍も……私より何倍も異常なのだ。……だが、そんな事は自分が一番分かっている。理解している。

だからこそ私は諦めたりなどはしない。まだ勝負が決まったわけでもないのに諦めるなど、それこそ勝つ可能性を下げる愚行だ。少なくとも、そんな気持ちで挑んでもこいつら三人に勝つ事は絶対に無理だ。

 

勝つ可能性が低いとしても、決してゼロではない。力量差があったとしても、それが勝利につながるほど麻雀は単純ではない。

 

 

そんな思いを胸に抱き、配牌を開いていく。

 

 

 

辻垣内:配牌

{一二三七八①⑥⑨269西発}

 

 

良い感じに手を進めることができれば平和純チャン三色の満貫、ツモってくれば跳満の可能性さえ有り得る、なかなかに高打点を望める配牌。

 

 

だがまずまずの滑り出し……とは到底思えなかった。この東一局、牌譜通りであれば南家の宮永照はこの局を使って『照魔鏡』を使用してくる。

 

宮永照のソレは『照魔鏡』という名に相応しく、最初の一局を和了らず放棄する代わりに、対戦相手の能力、力量を全てその一局で理解するという能力のようなもの。それが『照魔鏡』。魔の隠れた本性を映し出す鏡……

 

 

それ故にこの東一局だけは、対戦相手が一人減ったと言っても過言ではない。宮永照が『照魔鏡』を使ってくればの話に限るが、十中八九使ってくるだろう。

 

 

だからこそこの局の配牌は速く、尚且つ高い最高と言って良い配牌を欲していた。次局からの配牌がどうなってもいいから、この局の配牌が良くあって欲しかったのだ。

だが、現実は非情であった。速く高い配牌を望んだが、開いてみたら中身は五向聴というこの有様。

 

こんな遅い手では折角和了れる可能性が高くなっているこの局が、他の二人のモノにされてしまう。

 

 

この配牌に心の中で舌打ちしながらも、頑張って手を進めようと試みる。

 

 

 

-------------------------------

 

 

6巡目

辻垣内:手牌

{一二三七八①⑨⑨12679}

ツモ{7}

 

 

あの五向聴の配牌から6巡で二向聴へと手を進めることができた。しかもうまく幺九牌が手牌に絡み、三色は無理そうだが、純チャン聴牌が現実的なものとなりかけていた。

 

そしてやはりこの局、宮永照は『照魔鏡』を使うらしく、和了りに向かおうとはしていなかった。

 

肝心な小瀬川白望と愛宕洋榎だが、愛宕洋榎の方はおそらくどんなに遅くても一向聴。もしくは聴牌に至っているだろう。捨て牌を見る限り、断么平和の系統であろう。もしかしたら三色も付いているかもしれない。

残った小瀬川白望の方だが、彼女の捨て牌を見たところで何の情報も得られないという事は知っている。彼女は捨て牌さえ武器にするような奴だ。ならわざわざその武器に触れる意味は無いだろう。

それに、捨て牌で待ちを読むのが許されないどころか、聴牌しているかどうかさえも捨て牌を見ても全く分からないのだ。その良い例として、ブラフが挙げられる。だから本当に彼女の捨て牌は、私にとって惑わすだけの地雷なのだ。

 

……故に、小瀬川の捨て牌はこの対局が入ってからは一度も凝視していない。見たとしても瞬間的に目に入るだけで、それについては一切考えないようにしている。

 

 

 

だがその同巡、私は小瀬川の捨て牌を見ざるを得ない状況になってしまう。

 

 

 

「……リーチッ!」

 

 

 

 

 

 

小瀬川が1,000点棒を置き、牌を横に曲げる。しかも、それを私が確認するようにゆっくりと牌を指で隠しながら放つ。

 

 

それによって、見てしまった。まるで真面目に手を進めようとはしていない様に思えるほど、馬鹿みたいな捨て牌を。

 

 

小瀬川:捨て牌

{白白白⑧四6}

{横白}

 

 

 

馬鹿げている。{白}の暗刻を切った後、リーチ宣言牌で最後の{白}を切り出すという、ふざけた捨て牌だ。こんなのを見て、どう待ちを読めば良いのか分からない。

 

 

やはり見るべきでは無かった。と思ったが、これも小瀬川の策略なのだろう。どんなに見ないと固く決心しても、人間は未知という魔性の誘惑には勝てないのだ。事件現場で何が起こっているのかを、危険と知っていても行ってしまう時のようなあの野次馬根性。

地震が起きた後、津波がどうなっているのかと、川の近くに行ってしまう時のようなあの未知の誘惑。

 

知らないから知りたい。分からないから理解したい。そんな人間の当たり前の欲望すら、彼女は操ってくるのだ。

 

 

 

そして一度よく見てしまったら、もう逃げられない。逃げたとしても、その先を狙ってくるのが彼女の悪魔的手法だ。逃げる事は許されない。ただ当たらないように、私は裸足で地雷原を突っ走るしかない。

 

 

 

 

辻垣内:手牌

{一二三七八①⑨⑨12679}

ツモ{1}

 

 

私の次のツモは{1}。そしてここからが悩み所だ。まず、手を進めるために順当に捨てていくのは論外だ。私が振らずとも、小瀬川の引きなら私が聴牌する前にツモるだろう。しかも溢れ牌を狙われているかもしれない。百害あって一利無しだ。

となると、小瀬川の和了を待つしか無い。もしくは愛宕洋榎に和了ってもらう事だ。どちらになろうと、私は小瀬川に振らないければ良いだけだ。

 

だが、何を切って良いのか分からない。どれが安牌なのかが分からない。

 

まず、今ツモってきた{1}と、溢れそうになっている{①}は切れない。掴まされたかもしれない。溢れた牌は狙われそうだ。そう考えればもう切れる牌ではなくなった。

 

 

そして捨て牌にある{⑧四6}の近くの牌も危ない。無筋の牌を切るよりかは、その近くの牌を切った方が幾らかはマシだが、そんなもの彼女に通じるとは到底思えない。むしろ、無筋の方がかえって通るかもしれない。

 

 

となると、切れそうな牌は{一七八29}くらいだが、筋を考えれば、{一七9}は通りそうだ。が、そんな程度で切れるなら切ってやりたいものだ。

 

 

結局、私にとって如何にか切れそうな牌は{八と2}のどちらかになってしまった。

もうこの二牌は捨て牌では安全が予想できない。できそうにも無かった。

 

 

そうして私が悩みに悩んだ末、切り出した牌は{八}。

 

 

 

色々考えた結果だ。私の頭脳を精一杯フル稼働させて出した結論だ。

 

 

 

 

でも、やはり、彼女の一歩上に行く事は不可能であった。

 

 

 

 

 

小瀬川:和了形

{二三四八123456北北北}

 

 

「ロンッ……!」

 

 

 

裏ドラ

{8}

 

 

 

「リーチ一発……裏なし。3,900」

 

 

 

 

有り得ない。宮永照が『照魔鏡』を使っている今、チャンスなのは私だけではない。小瀬川だってそうだ。なのに何で、一発がなければ2,000の手で勝負しようと思ったのだ。{白}の暗刻を切らなければ、7,700程度にはなっていたはずだ。あれで暗槓していれば、ドラが増えて大物手にまで化けていたかもしれないのに、たった3,900でチャンスを棒に振るなど、考えれられない。

 

小瀬川も、宮永照の恐ろしさは前に渡した資料で分かっていたはずだ。それなのにもかかわらず、そういう事をするということは、何か秘策でもあるというのか?

 

 

 

……分からない。小瀬川が何を考えているのかさえ分からない。謎だらけだ。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕洋榎

 

 

(何や何や……やっぱ気づいとったのか……)

 

リーチ一発の3,900で和了ったシロちゃんを成る程と思いながら和了った形を見る。

辻垣内は勿体無いと思っているが、あの判断は案外正解であったりする。

 

 

洋榎:手牌

{12345赤56789中中中}

 

実はウチは混一色一通ドラ1の跳満を張っていたりしていた。おそらく、あそこで辻垣内が振らなきゃ、ウチがツモっていただろう。あそこで辻垣内が振り込むよう、迷わせる為だけに打点を下げて、ウチの跳満をわざわざ潰した。

 

 

確かに宮永の『照魔鏡』は脅威だ。そしてそれを発動しているこの東一局はチャンスになる。が、ウチに和了られるよりは流した方が良い……そう考えたのだろう。

 

 

 

(流石やな。シロちゃん……)

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神視点

 

 

3,900の和了によって東一局が終わり、小瀬川の連荘の一本場になるが、ここで全員が危惧していた宮永照の『照魔鏡』が発動することとなる。

 

 

 

バッキィィィ!!という音と共に、三人の背後に、鏡が出現した。

 

 

 

これこそが、『照魔鏡』である。




次回は東一局一本場ですね。
そういえば、照は原作では咲ちゃん曰く昔と打ち方が違うと言っていましたが、この小説ではどうしましょう……?
まあ、考えておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 決勝戦 ③ 真っ黒な恐怖

東一局一本場……ではなく、『照魔鏡』の描写で丸々一話です。
今回、ひっさびさにあの設定が出てきます。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

3,900を智葉から直撃で和了った東一局。照を除く全員のチャンスとなる局の筈なのに、安手で狙い撃たれた事に対して狼狽する智葉から点棒を受け取り、一本場として100点棒を置いた正にその瞬間、背後からバキッという、明らかに異常な音が聞こえた。

 

 

 

(……へぇ。これが例のアレか)

 

 

背後には、緑で縁取られた巨大な鏡。周りを見れば、智葉と洋榎の後ろにも自分の背後にある鏡と同じような鏡があり、私たちをそれぞれ映し出している。

 

智葉と一緒に見た書類にも記述してあった、最初の一局は様子を見て、その後対戦相手の背後に鏡を出現させて、相手の本質的な実力を見破るという『照魔鏡』とか称されているアレ。

 

 

成る程……確かにこれは気味が悪いな。まるで体の隅々まで照に監視されているようだ。

 

 

と、不快な気持ちになった所で鏡は雲散霧消し、完全に消えて無くなった。おそらく"全部見た"のであろう。

 

 

まあ、私にはこれといった能力は無いから、別に知られたく無い事は無いのだけども。もしかしたら赤木さん流の打ち方まで全部解析したのかな?まあ、理解した所でそれが何かの役に立つわけでは無いのだが。そりゃあそうだ。理解しただけで対策できる程単純な物であれば、とうの昔に私は赤木さんに勝てたであろう。

 

過信や高飛車などでは決して無い。ある種の誇りと言えよう。私はそれほどまでに、赤木さんの意思を継ぐという事に対して誇りを持っているのだ。それ故に分かるのだ。理解された程度では対策を講じることは不可能だと。

 

さあ、何はともあれ次は私の連荘、東一局一本場だ。生憎、流れは絶好調である。いくらこの三人が相手とはいえ、絶好調の私を一発で止める事はそれこそ赤木さんくらいの雀士(人外)でなければ厳しい事だ。だが、早急に止めなければ私の独壇場となるであろう。

 

(私の親……止めなけりゃあとってもダルい事になるよ)

 

 

この局から本格的に照も参加してくるだろう。漸く決勝戦らしくなってきた。

 

 

 

-------------------------------

視点:宮永照

 

 

 

私はいつも打つ時と変わらぬように、最初の一局を犠牲にして私の生まれ持った能力『照魔鏡』を発動し、他三人の本質を覗いた。

 

 

(……やっぱり辻垣内さんと洋榎さんは能力は持っていない。か)

 

 

辻垣内さんと洋榎さんは前に対局した事があるので、能力持ちでは無いという事は既に分かっていた。まあ、前に対局した時と今回までの間で能力が開花しているかもしれない可能性はあるのだが、そんな事はなく、二人に能力は無かった。

だが、その分基本的な力や技量が前に比べてかなり上昇していた。私もそうだったが、他の二人もかなり成長していたという事になる。

 

 

取り敢えず二人の事は見終わった。ある程度予想していた通りだったので、そんなに驚く事は無かった。そして次は、ある意味本命である白望さんの方を見ようと、意識を白望さんに向けた。

 

一体どんな雀士なのだろうか。準決勝の後半戦南場しか見ていないが、あれを見ただけで、彼女の打ち方に私は惹かれたのである。どんな力を持てば、あんな人を魅了する麻雀が打てるのか、私は見る前から気になってしょうがなかった。この時をずっと待っていた。

 

 

(…………?)

 

 

だが、白望さんを見ようと意識しても、一向に見える気配がしなかった。頑張って見ようと力を入れたが、映し出されていたのは一面真っ黒。何も見えなかった。

これまで、『照魔鏡』を使って人を見るとき、特別見ようと力を入れて意識した事は無かった。つまり、今力を入れて見ようと試みているという時点で、既に異常であるのだ。

 

 

有り得ない。今まで、色んな類の雀士に相対してきたが、『照魔鏡』自体を防ぐ事ができたには一人もいなかった。どんな能力を持ったとしても、麻雀に直接影響を及ばさないこの『照魔鏡』は防げないはずだ。

 

 

だとすれば、どういう事か。

 

(見えないんじゃない……これこそが、白望さんの本質……?)

 

今見えている真っ黒な闇こそが、白望さんの全てだという事だ。この闇が、彼女であるという事だ。

 

 

だが、仮にそうだとしても説明がつかない。例えこの闇が彼女の本質だったとしても、詳細が分からないという事は無いはずである。

 

 

(やっぱり、何か能力が……?)

 

 

だが、ここで予想だにしない事態が起こる。白望さんの闇の正体について考えていたその時、白望さんの闇が、どんどん私の方に寄ってき始めたのである。

 

モゾゾゾゾ、と、闇が私の方に侵食してきている。恰も主人の身を守ろうと侵入者を排除しようとするガードマンのように。しかも、彼女の背後の鏡が、黒に染まっていっているのが確認できた。

 

 

 

(まず……ッい!?)

 

 

緊急離脱。身の危険を感じた私は、闇から逃げるように咄嗟に鏡を消した。

半ば本能的なものでもあったが、あのままあと数秒でも見ていれば、多分闇に飲まれ、内側から破壊されていただろう。それほどまでに、あの闇からは得体の知れない恐怖を感じた。

 

 

怖かった。ただ単純に、怖いと感じた。さっきまでは見たい気持ちで一杯だったが、もうそんな事思えない。

 

 

それと同時に、屈辱でもあった。今まで『照魔鏡』は百発百中だった。なのにも関わらず、見えなかった。それどころか、逆に恐怖を与えられた。これ以上の屈辱は無かった。

 

 

(何者なの?白望さん……?)

 

 

 

……自分が思っていた何倍も、この卓で勝つ事は厳しくなりそうだ。

どうやら私は、小瀬川白望という雀士を、人を魅了する華やかな雀士だと思っていたと同時に、心のどこかで侮っていたらしい。

 

 

 

-------------------------------

視点:赤木しげる

 

 

 

実際にどうかは定かじゃあないが、見た感じ、宮永照が白望と辻垣内が言っていた例の『照魔鏡』を引っ込めた。

 

 

スクリーン越しからでも分かる。宮永照は平静を保ってはいるが、やはり小学生。内心恐怖を抱いているのが丸わかりだ。

 

 

(恐らくは、白望の"アレ"を見たんだろうな。ククク……)

 

 

白望の"アレ"。言い換えるならばブラックホールを見たのだろう。

アレだけは俺が唯一白望の中で分からないものだ。アイツ曰く、一度しか発動した事が無いらしい。それも、決定的に追い詰められた時にのみ発動するのだとか。

それを聞いて、ちょくちょく俺はアイツの事を本気で叩き潰そうと試みたが、結局俺がそれを拝む事ができなかった。その前にアイツがギブアップするからである。

 

 

だが、その恐ろしさは分かる。もし、仮にアイツのいう事が正しければ、そのブラックホールは、途轍も無い代物だ。

 

嘗て俺を死にまで追い詰めた男の"ホワイトホール"と、俺の"ブラックホール"を足したような能力。つまり、相手の豪運をかき消し、尚且つ自分が豪運を引き寄せるという、かなり馬鹿げた能力。

 

 

もしそれがこの勝負で見れるとしたら、それはアイツを追い詰めるほどの力とアイツに惑わされても自分を見失わない異常さを、他の三人が持っているかにかかっている。

 

 

 

 

勝負の行方とは別に、楽しみな事がまた一つ増えた瞬間であった。

 

 

-------------------------------

東一局一本場 親:小瀬川

 

小瀬川 28,900

照 25,000

辻垣内 21,100

洋榎 25,000

 

 

 

 

そして東一局一本場。ここから本当の決勝戦が始まる。




次回は東一局一本場を書きたいです。(希望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 決勝戦 ④ 加算麻雀

東一局一本場ですね。
照の『連続和了』の前の能力をオリジナルとして考えました。


 

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

東一局一本場 親:小瀬川 ドラ{4}

 

小瀬川 28,900

照 25,000

辻垣内 21,100

洋榎 25,000

 

 

 

 

シロ……いや、小瀬川が先ほど3,900を私から和了ったおかげで、一本場に突入すると同時に、『照魔鏡』も発動された。そんなに長い時間鏡が背後にあったわけじゃないが、恐らく私を"全部見た"のだろう。そして、この局から本格的に宮永照も参加してくるということだ。

 

しかし、ただでさえ前局小瀬川一人に翻弄され、相手が一人減ったという千載一遇のチャンスをものにできなかった私が、三人を相手してまともに耐えられるか?と言われるとまあ、微妙なところではある。

 

 

だけど、それは既に承知していたはずだ。今更出鼻を挫かれた程度で狼狽える必要も無いだろう。と、自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えることにした。

 

 

辻垣内:配牌

{一四九②⑤⑦⑦233456}

 

 

 

配牌は四向聴と、若干遅めの配牌ではある。が、断么平和が見えており、上手く重なれば三色まで育ちそうではあるが、そんなに都合よくは重ならないだろう。

 

 

さて、ぶっちゃけて言うと、私の配牌はそこまで重要な事ではない。この場で一番重要なのは、何といっても前局『照魔鏡』を使用し、すべてを理解したであろう宮永照だ。彼女には『照魔鏡』以外にも脅威となるものはある。()()がこの局から始まるとすれば、対策を今のうちに講じなければ、また以前対局した時のような独壇場(虐殺)になりかねない。

 

確かに、小瀬川も愛宕洋榎も脅威ではあるが、宮永照はそれを圧倒しかねない。それほどまでに、宮永照の()()は恐ろしいものなのだ。

 

 

だが、宮永照が未だ()()を使わず、また様子見となれば、話は変わってくる。そうなれば今の脅威は宮永照から今親である小瀬川へと移る。

 

実際、二局連続で『照魔鏡』となる場合などは分からないが、小瀬川がいるこの卓ではありえそうで恐ろしい。言うまでもなく、小瀬川は未知数だ。その異端故に、もしかしたら『照魔鏡』でさえもはっきり見えない可能性があるかもしれないからだ。

 

ともかく、今の注意すべき点はそんなところだ。

 

 

-------------------------------

4巡目

 

辻垣内:手牌

{三四①②⑦⑦2334456}

ツモ{二}

 

 

あれから4巡。前局チャンスをものにできなかった私を、神は未だ見放していないらしく、四回のツモが全て有効牌であり、聴牌に至った。

 

聴牌……とはいっても未だこの手は高くなる余地はある。例えばここから{2か5}をツモって一盃口。若しくは{①②}の辺張を払って断么に目指したり、{④}をツモって打{①}の断么三色など、この手は未完成といっても過言ではない。

 

であるから、ここでリーチをするのは勿体無い。と普通なら考えるだろう。

 

 

「リーチ!!」

 

辻垣内:捨て牌

{九一⑤横6}

 

 

しかし、私にとってそんな事は考慮にすら値しない。

 

何故か。と言われれば、これは単純な脅しである。4巡目のリーチという威圧をかけ、相手を怯ませるためのリーチだ。

 

とはいえ、そんなものは少なくとも小瀬川には通用しない。が、このリーチには二つ目の理由がある。

 

 

その二つ目の理由は、小瀬川は今{③}が浮きかけている。いや、そうなるように牌が偏っているのが理由だ。

これは勘にしか過ぎない、理屈のないものだが、この勘は恐らく当たっているだろう。

本来見たくはない彼女の捨て牌を見てみると、早々に{②}が切られている。これを罠と認識するか否かを考えてしまう止まらないので、とりあえず素直に見ることにすれば、彼女の手には{②}周辺の牌が存在しないということだ。となれば、{③}も溢れるはず。という予測だ。

さっき言った通り、これが罠であれば彼女からの直撃はまず出ないであろう。

だが、そんな事を考えていても結論は出ない。もしかしたら他の二人から出るかもしれないし、ツモってくるかもしれない。善は急げというやつだ。

 

 

 

 

小瀬川

打{③}

 

 

だが、意外にも小瀬川は一発で私のお目当の牌、{③}を河へ放った。

一瞬、思考が止まってしまうが、ハッとした私は手牌13牌を倒す。

 

 

「ロ、ロン!」「ロン」

 

 

 

だが、私の発声の一つ遅れて放たれる和了宣言が私の鼓膜に響いた。

ギョッとして音のする方向を向くと、そこには奇しくも同じ{③}待ちである手牌13牌が倒している宮永照がいた。

 

 

宮永:和了形

{①②④④⑥⑦⑧789中中中}

 

「中のみ……頭ハネの1,300は1,600」

 

 

その瞬間、二つの事が脳をよぎった。一つは、小瀬川は意図的に差し込んだということ。私の待ちも、宮永の待ちも分かっていたからこそ、あえて{③}を打ったのだろう。振った瞬間に点棒を取り出そうとしていたのがその証拠だ。

二つ目は、宮永の()()が発動しようとしていることだ。

 

 

(やはり、前局で全部見たということか……)

 

 

 

今の和了が中のみの手。ということは、()()()()か。くそ。思った以上に自分の手が早く進みすぎて、警戒を怠ったか……

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:宮永照

 

 

白望さんの闇は結局分からなかったが、きっと何度見ても同じであろう。と思った私はいつもの打ち方を始めることにした。

 

 

加算麻雀。和了った飜数が合計十三飜になった時、役満を聴牌するという私のいつものスタイルだ。

 

色々制約はあるものの、私のこのスタイルを破ったものなど、そうそういない。……私の妹を例外として、だ。

 

 

 

今が一飜の和了りであるから、残り十二飜。この卓で十二飜分和了るのは容易ではなかろうが、まあいいだろう。

それでも、勝つのは私だ。

 

 

 

 




ここで少し照のオリジナル能力『加算麻雀』について少し。

加算麻雀(所謂『ギギギー』の奴だと思って下さい。)
・和了った飜数が十三飜以上になると、次の局で役満を聴牌できる。
・『連続和了』のような、和了り続けるという制約はない。
・発動時に『ギギギー』という音(役満の枷が外れた音的な感じ)がする(重要)

メリット
・確実に役満を聴牌できる。
・和了り続けなくとも発動できる

デメリット
・聴牌できるだけであって、確実に和了れるわけではない。
・連続和了のように、役満発動時以外は手牌に補正はかからない。補正なしで十三飜分和了る必要がある。
・そもそも十三飜分和了らなくてはならないので、時間がかかる。
・飜数のストックは半荘までしか持ち越せない。即ち後半戦になると飜数がリセットする。


連続和了より強くしないように、尚且つそれでも強くするように……と、頑張って考えた結果がこれです。
よくこれ相手に咲ちゃんはプラマイゼロできたな……まあ、役満がくるタイミングとかがわかれば、咲ちゃんレベルになれば対応できるのでしょう。
色々ガバガバな点があるかもしれませんが、追々補強していきます。
因みに、今の照は『連続和了』が使えない設定だからいいですが、『連続和了』と『加算麻雀』は併用することが可能です。

……アレ?めちゃめちゃ強くね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 決勝戦 ⑤ 応援

東二局だと思った……?
残念!違います!

……すみません間に合いませんでした(スライディング焼き土下座)


 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

東二局 親:宮永照 ドラ{①}

 

小瀬川 27,300

照 26,600

辻垣内 21,100

洋榎 25,000

 

 

 

 

(……親、流しちゃったなぁ)

 

 

照に1,600の点棒を渡す時、私はそんなことを思っていた。あの場では照に振り込むのが一番最良の判断であった。意外にも智葉の流れが良くて、対応する時には既に照に差し込むしか方法がなかった。……あのまま振り込まなきゃ、いずれツモってくるのは智葉だ。それくらい、さっきの智葉の調子は前局良かったのだ。結果として、私からの直撃は叶わなかったが、親を流したことが既に値千金であるのだ。

……次の親は照か。『照魔鏡』以外の事はよく調べてなかったから分からないけど、確か『加算麻雀』とか言ったっけ?まあ、それを発動させないように照を封じなければ行けないなぁ。流石に役満を何発も放たれちゃあダルいこと極まりない。ありがたい事に智葉と洋榎も照を止める事を考えてくれている。照の親に移ったとなると照に対する目つきが鋭くなっている。

 

 

(良いね、この緊迫した感じ。やっぱり麻雀はこうでなくちゃ……)

 

 

卓を囲む殺伐とした空気にシビれながら、配牌を山からとっていく。

まだ勝負は始まったばっかりだ。

 

 

 

-------------------------------

視点:神視点

実況室

 

 

『……未だ東二局ではありますが、各選手の立ち上がりとしてはどうなのでしょうか?大沼プロ』

 

決勝戦の実況は準決勝まで解説をしていた人が変わり、大沼プロと呼ばれる老人が務める事となった。

大沼秋一郎。66歳という年齢で、延岡スパングールズというシニアリーグに所属している男性プロ。彼の全盛期には、5年連続守備率1位という並外れた成績を収めていて、The Gunpowderという称号を持つ往年のスタープレイヤーである。

そんな彼が決勝戦で解説を務めるという事もあり、会場内は更に沸き立っていた。

 

 

「……まだなんとも言えない。が、宮永照の『照魔鏡』。あれは百発百中では無いのかもしれないな」

 

 

大沼秋一郎がそう呟くと、隣にいた実況もといアナウンサーがビックリしたような目で大沼秋一郎を見つめ、

「……本当ですか?これまで、宮永選手が『照魔鏡』で見破れなかった選手は一人もいませんよ。それに、宮永選手は現に和了っているではありませんか」

 

と言う。それに対して大沼秋一郎は

「いや……ふとそう思っただけだ。気にしないでくれ」

 

と返し、再びスクリーンを見つめる。そのスクリーンには、小瀬川がアップで映し出されていた。

(……小瀬川白望、か。俺がまだ青くさいガキの頃にいた奴に似てるな。……誰だったか)

やれやれ、俺も歳だな。と、心の中で自分で自分を笑う。微かに残っている記憶を思い出しかけて、大沼秋一郎は懐かしさを感じた。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

観戦室

 

 

「清水谷さんと……園城寺さん。こんにちはです」

観戦室にて、竜華と一緒に決勝戦を見ていたが、そこに愛宕絹恵が来て、若干ウチの事を言い渋りながらも、ウチらに声をかける。絶対わざと言い渋っただろ。ファミレスでの「おんぶ」発言は少なからず愛宕絹恵に敵対心をもたせてしまったのだろう。……まあええわ。ウチはイケメンさんと温泉にも入ったし。一歩どころか十歩リードや。

 

「洋榎んとこの妹さんか」

「……こんにちは」

 

竜華は普通に返したが、私は少し不機嫌そうな感じで返す。さっきのお返しだ。

 

 

「……隣座ってもええですか?」

が、そんなウチの含みのある返しを鮮やかにスルーし、竜華に問う。

 

「ええよ。人数が多い方が楽しいもんな?怜」

竜華がそう言ってウチの方を向くと、ウチは「あ、ああ。せやな」と渋々承諾した。

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

「なあ。園城寺さん」

 

突然、愛宕絹恵がウチに話しかけてきた。一体何なのだろうか。

 

「なんや」

と取り敢えず返すと、絹恵が真面目な声でスクリーンを見ながら話し始めた。

 

「……この決勝戦。ウチはシロさんも、勿論お姉ちゃんも応援したいんや。でも、勝つのは一人だけやろ?……ウチ、一体どっちを応援したらええのか分からないんです」

 

「そこで、準決勝ウチと同じ境遇であった園城寺さんに聞きたかったんです。……どんな気持ちだったん?園城寺さん」

 

……なるほど、そういうことか。恋敵ではあるが、絹恵の事をお姉ちゃん思いなええ妹だと素直に思った。確かにそうだ。勝つのは一人という観点から考えれば、両方を応援するという事は無理だ。

でも、

 

「……絹恵。よう聞いとき。麻雀ってのはな、勝ち負けだけが絶対やないんや。勿論、卓にいるあの四人はそうではないかもしれんけど、応援する側にとって勝ち負けは関係ないんや。そいつがよう頑張って、胸張って戦ったって言えるような勝負ができれば、応援する身としてはそれでええんや。だから、どっちかやない。どっちもでええんや」

 

ウチが言い終わると、絹恵は安心したのかフーっと息を吐いて、再びスクリーンを見つめた。

 

 

……ガラじゃない事やったけど、こういうお悩み解決もええなぁ。イケメンさんはそれを無自覚でやるから本当に末恐ろしいイケメンやで。




次は東二局です。このペースじゃ決勝戦で20話以上も使ってしまうことになる……やばいやばい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 決勝戦 ⑥ 一瞬で崩れる羽

東二局前半です。
100話以内には終わるでしょう(希望的観測)


-------------------------------

視点:神視点

東二局 親:宮永照 ドラ{①}

 

小瀬川 27,300

照 26,600

辻垣内 21,100

洋榎 25,000

 

 

宮永照の絶対的能力、『照魔鏡』が小瀬川によって破られたり、小瀬川の親があっさりと流されてしまうなど、まだ東二局ではあるのにもかかわらず既に場は波乱に満ちていた。

宮永照のもう一つの秘策、『加算麻雀』が前局の和了によって始まり、役満発動までは残り十二飜。まだ発動には程遠いものの、視点を変えてみれば跳満二回で発動するとも捉えることができるため、ただべらぼうに遠いとは一概には言えない。いや、通常なら跳満を二回和了れと言われてできる人間は殆どいないであろう。どんなに最善を尽くしてもノミ手でしか和了れない、果てには聴牌すらできないという事もあるのだ。そう考えれば、自ずと跳満を二回というのは高い壁であるということは分かるはずだ。だが、それでも宮永照、いや、この卓を囲んでいる者達なら悠々とやってのけるであろう、と思えるから彼女たちは恐ろしいのだ。通常の感覚が麻痺してしまうほど、彼女たちは異次元、異常であるのだ。

 

 

そんな彼女たちが織り成す決勝戦前半戦東二局。場は一時膠着状態となっていたが、その均衡を最初に破ったのは愛宕洋榎。

 

「出鼻挫きリーチ!」

 

洋榎:捨て牌

{1九⑦61発}

{②⑨2横一}

 

 

11巡にしてやっと場がリーチによって動いた。それまでリーチはおろか、鳴きすらなかったこの東二局。このリーチが引き金となり、場は一気に動き出す。

 

 

 

「カン」

 

照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {一一横一一}

 

ドラ表示牌

{⑨九}

 

ドラ

{①一}

 

 

愛宕洋榎のリーチ宣言牌を宮永照が大明槓。それによって得た新ドラはまさかの{一}。つまりこの宮永照の手は一気にドラ4を持つ確定満貫という羽を得る。『加算麻雀』の頂である役満までに必要な十三飜という目的地へと一気に近づくことのできる羽を宮永照は身につける。

だが、それをただ黙って見過ごすほど、この真っ白な悪魔は優しくはなかった。

 

 

打{西}

 

 

 

「ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {西西横西}

 

打{7}

 

 

小瀬川が宮永照が切った{西}を鳴き、打{7}。だが、小瀬川にとって{西}はオタ風。しかも、鳴いたことによって小瀬川の手牌の自由度は一気に狭まることとなる。それに加え、捨て牌には萬子、索子、筒子が満遍なく切られていて、混一色の染め手ではないのは一目瞭然。故に、小瀬川の手は必然的に役牌抱え、もしくはチャンタ手に限定される。ドラを暗刻で抱えている場合を考慮すれば一応満貫にはは届くが、まあ暗刻はないであろう。よくてドラ1どまりだ。

そして次ツモってきた牌は{北}。チャンタにしても、役牌狙いだとしてもこの{北}は危険ではあるが、宮永照にオリの二文字は無かった。なぜか、と言われれば宮永照の手が勝負手であるからの一言に尽きる。

 

照:手牌

{四四四五六七八八八九} {一一横一一}

ツモ{北}

 

 

{四-七、八、九}の4面待ちで、尚且つ清一色ドラ4の親倍満という高打点。しかも、宮永照にはそれだけではない特典が付いてくるのだ。そう、『加算麻雀』の飜数が、この手を和了れば残りは三飜だけとなるのだ。もしこれを和了って、次局、例えばメンタンピンを和了った時点で合計十三飜。役満を聴牌することが可能となる。親番であれば16,000オール。親倍満と合わせれば少なくとも24,000オールと、他三人の点棒が同時にハコ下になってしまうほどの驚異の打点。トビありの勝負であればもうそれでおしまいである。いや、例えトビなしだったとしてもそれを逆転するのは難しいであろう。

その24,000オールという未曾有のチャンスを考えれば、オタ風を晒した程度の脅しで引き下がるわけもいかない。故に打{北}。

 

 

「カン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {北北北横北} {西西横西}

 

 

だが、宮永照が予測したであろう事態にはならなかった。しかし、それは悪い方向に、である。

新たなドラ表示牌には{8}が見えたが、今はそれどころではない。問題は小瀬川の嶺上ツモである。

小瀬川は、王牌から嶺上ツモとして一枚牌を引き入れる。それを盲牌で確かめた小瀬川は、微かに邪悪な笑みを浮かべながら、それを手中に収めて、その収めた牌の横にある4牌を晒す。それが指し示すのは暗槓の宣言。

 

 

「カンッ……!」

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏} {裏南南裏} {北北北横北} {西西横西}

 

 

{南}を暗槓。まさかの暗槓。この暗槓によってさっき候補として挙がっていたチャンタや役牌抱えよりも、ある役満の可能性が浮上してきた。

四喜和。そう、これで四喜和のキー牌{南、西、北}が揃った。しかも、大明槓の(パオ)はその直後であれば暗槓後も適応される。つまり、これで嶺上開花でツモ和了りすれば実質役満の直撃となってしまう。

 

(なんで……こんなことに?)

 

左隅の、小瀬川の副露を晒す場所にある{南と西と北}をただ呆然と見つめながら、宮永照は思う。さっきまで、自分が優位であったはずだ。自分が合計24,000オールという武器によって追い詰めていたはずだ。なのに、その優位関係が1分も経たずして逆転した。宮永照の親倍満という計十三飜までの道を行く羽は、白い悪魔によって見るも無残、ボロボロの羽に変わりつつあった。

 

 

ーー凄いでしょ?

 

 

(……!?)

 

 

宮永照の背後から聞こえた、小瀬川の声。いや、それは宮永照の脳内にある架空の小瀬川であり、本物ではない。だがしかし、容姿は確かに小瀬川である。『照魔鏡』の闇といい今といい、小瀬川に対する恐怖が脳内で形作ってしまったのだ。

 

 

 

 

ーー漸く分かった?これが私。これが、小瀬川白望……私が怖い?

 

 

宮永照の脳内で作られたソレ(偽物)は、宮永照にそう囁く。邪悪に微笑みながら、照を欺くかのように。

 

 

 

「……」

心の中の小瀬川に怯えている宮永照を気にも留めず、現実の小瀬川はまたもや王牌に手を伸ばしていた。

 

 

 

ただゆっくりと、しかし淀みなく。そして宮永照の脳内にいる偽物と、全く同じ笑みを浮かべて。

 




次回は嶺上ツモからです。
嶺上開花でツモ和了ってしまうのか?もしくは無駄ツモなのか?それとも……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 決勝戦 ⑦ 誘導、掌握

東二局です。
まだまだ4分の一どころか8分の一しか終わっていないという事実。
まあ、前々から分かってたことなので驚きはしませんがね。


 

 

 

 

-------------------------------

視点:神視点

東二局 親:宮永照 ドラ{①一}

 

小瀬川 27,300

照 26,600

辻垣内 21,100

洋榎 24,000(+リー棒1,000)

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏} {裏南南裏} {北北北横北} {西西横西}

 

宮永照が切った牌、{北}を鳴き、それによって得た嶺上ツモで{南}を暗槓した小瀬川。

小瀬川の手は隅に晒されている字牌を見れば一目瞭然。四喜和であると予測できる。そして、ここで仮に小瀬川がツモってくれば直前に生牌の{北}を大明槓させた宮永照の責任払いになり、小四喜なら32,000。大四喜なら64,000と、この嶺上ツモで勝負が決まってしまうこともあり得るわけだ。

因みに殆ど意味はないであろうが、新ドラは{6}になった。役満聴牌であろう小瀬川にとっては本当にどうでもいいのであろうが。

 

 

小瀬川がゆっくりと王牌からツモってきた嶺上牌を引き込んでいく。ゆっくり、とは言っても、その一連の動作は十秒にも満たないものであったが、小瀬川以外の三人にはその十秒が永遠のように感じられた。

 

 

 

宮永照は心の中で作られた小瀬川に恐怖する。辻垣内は、たった二つの行動によって、オタ風だけの貧弱な手が、役満、ダブル役満の超高打点になったのを見て、あり得ないといった風に晒されている字牌を見つめる。愛宕洋榎は冷や汗をかきながら、それでも面白いといった感じで小瀬川をツモった牌を凝視する。それぞれが思い思いの感情を抱えながら、小瀬川に注目する。

そんな三人からの注目を浴びる小瀬川が、嶺上牌を己が手配四牌の横に少し離して置く。それを確認した三人は思わず息を飲む。

 

小瀬川はまたもやゆっくりと、その離して置いた牌を倒す。その牌は{白}。そしてそれを、勢いよく河へ放つ。

嶺上開花、ならず。それを少し遅れて理解した三人はほぼ同時に安堵のため息をして、椅子に凭れかかる。あわや役満という状況を鑑みれば、安堵したくなるのも分からなくはないが、まだ危機は去っていない。まだ小瀬川の四喜和の可能性を完全に潰したわけではない。勿論、そのことは全員が承知していて、安堵の表情を浮かべたのは最初の数秒で、すぐに真剣な表情へと元どおりになる。

 

 

宮永照:手牌

{四四四五六七八八八九} {一一横一一}

ツモ{東}

 

そして次、宮永照がツモってきた牌は{東}。四喜和のキー牌の最後の一牌。当然、これは切ることはできない。たとえ和了牌でなくとも、これを切って鳴かれると四喜和を完成させた報いとしての責任払い(パオ)が発生してしまう。

そういう意味もあって、この{東}は地雷である。故に、萬子のどれかを切らなければならないが、万が一流局した場合も考えて聴牌は維持しておきたい。親番を流されると、色々不都合だ。

だからこその{九}切り。

 

 

「ロン」

 

 

だが、その牌に対して発声し、牌を倒す者がいた。辻垣内、愛宕洋榎のどっちかに当たったのであろう。

宮永照はそう思って辻垣内と愛宕洋榎へと目線を移すが、二人は和了れて小瀬川の四喜和を潰せたという安堵を浮かべていたのではなく、戦慄を浮かべていたのだ。目線を下に逸らすが、辻垣内と愛宕洋榎の牌は倒れてはいなかった。

 

(……ああ)

振り込んだ。その瞬間、自分が振り込んだと悟った。四喜和、役満。32,000か、もしくは64,000か。ともかく、これで宮永照は優勝争いから程遠いところに行ってしまった。

別に油断していたわけではない。{東}だけが和了牌ではないことは分かっていたのだ。だが、あまりにも上手く条件が重なりすぎではないか。あんまりである。宮永照はそんなことを自分に言い聞かせながら、震える手で点棒を取り出そうとしていた。

だが、様子がおかしい。辻垣内と愛宕洋榎の表情が、おかしいのであった。四喜和を和了られて戦慄しているというよりは、別の何かに驚愕しているようだった。

どういうことか?と放心状態の宮永照が虚ろな目で小瀬川の手を見る。

 

 

小瀬川:和了形

{三三三九} {裏南南裏} {北北北横北} {西西横西}

 

それを見た宮永照の虚ろな目は、一瞬にして辻垣内や愛宕洋榎のような戦慄、驚愕の目へと変化する。

あれだけ四喜和を意識させておきながら、結局北、対々和、混一色の満貫ぽっち。それだけではなく、完璧な形で宮永照の思考を誘導、いや、掌握して操っていた。四喜和という役満の恐怖でまず芽を植え付け、間を空けずに嶺上開花での責任払い(パオ)によって恐怖を煽る。そして一度は安堵させておきながら、{東}という地雷を抱えさせる。この時点で、小瀬川は四喜和かどうかという二択から、四喜和を和了られるか潰せるかという二択に移行が完了されている。

そうなれば、{東}は切ることはできなくなり、守りへと思考が移る。あとは聴牌という誘惑に駆られ、自ずと振り込む。全て小瀬川のシナリオ通りであった。

 

「満貫。8,000……」

 

 

宮永照は、さっきとはまた違った意味で手を震わせながら点棒を小瀬川へと渡した。違う、とは言っても恐怖、戦慄という感情から震えがきていることは同じである。だが、その恐怖の矛先が違うのだ。先ほどの震えは、役満に振り込んだという役満に対しての恐怖だった。だが、今の震えは、自分を最初から最後まで完璧に操ったという小瀬川に対しての恐怖であった。人の思考を読み、掌握し、行動を操る。しかも、誰にも悟られず、だ。

 

 

だが、宮永照はそれ以外のことに対しても恐怖していたのだ。

 

(違う?白望さんのアレ()は、これじゃない……!?)

 

違うのだ。そう、『照魔鏡』でみたあの闇は、これではないのだ。感覚だけの直感ではあるが、違うと確信した。これだけでも恐ろしいものだが、これの何倍も恐ろしいモノが、小瀬川には隠されているというのだ。まあ、小瀬川はそれを意図的には出せないのだが、宮永照はそんなことを知っているわけもなく、ただその存在に怯えるしかないのだ。

 

小瀬川白望という、悪魔に。

 




次回は東三局。役満よりも大きな恐怖をを背負った皆はどうシロに立ち向かうのか……?

……やはりシロが主人公してないですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 決勝戦 ⑧ 本当の勝負

今回何と東三局が始まりません。
四人の心情を延々と書いてたら終わってました……


 

 

-------------------------------

視点:愛宕洋榎

東三局 親:辻垣内 ドラ{2}

 

小瀬川 36,300

照 18,600

辻垣内 21,100

洋榎 24,000

 

 

(あんなに字牌を晒したんは、宮永を下ろすため、っちゅうんか……)

 

シロちゃんの和了形を見ながら、ウチは冷静にシロちゃんの思惑と狙いを再確認していた。最初の{西}鳴きの時点でブラフをしようと決めていたのなら、それはあの時点で既に宮永が{北}も{東}も掴むことを察していたということだ。それは推察なのか直感なのかは定かではないが、おそらく直感なのであろう。もし推察であったとしたら、あんなことは分かっていたとしてもできないであろう、逆に、直感のみ、自分の力のみの判断であるからあんなことができたのだろう、という考察だ。一見自暴自棄に見えて、実は信頼しているのは自分のみ。

最初にその和了を見た時、ウチは絶句していた。完璧に人間を欺き、騙し切ったその悪魔的技量に恐怖していた。だが、そんなものではない。今の和了りの凄さは、相手を支配するということではない。自分を信頼する心、その力が、他人の数十倍も優れているということが、凄まじいのだ。

 

(すげえな……すげえよシロちゃん!!)

 

それを知ったウチの心情は、恐怖から感動へと変わった。すごい。本当にすごいと心の底から思った。自分を信じる、たったそれだけのことだが、それを極限まで信じることができるなど、まるで漫画の主人公のようだ。かっこええなあ、シロちゃん!

 

(よし、ウチも負けてられんなぁ!行くでぇー!!)

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

 

 

四喜和だと思わせておいて、オリの{九}狙い……流石だ。流石としかいいようが無い。事実、私は小瀬川が和了形を晒すまで四喜和だと思っていた……いや、()()()()()()()()()

これが普通の一般人であったら騙されていなかったであろう。すぐにブラフだと看破できていたはずだ。小瀬川だったからだ。小瀬川だからこそ、あのブラフは生きるのだ。本当にあの状況で四喜和を聴牌できそうな小瀬川がやって、初めて意味が生まれてくるのだ。

 

(結局、また小瀬川に一杯食わされてしまった……………)

 

なんにせよ、とどのつまりは小瀬川にはまだ及ばなかったということだ。私は真の意味で小瀬川白望という雀士を理解できていなかったという事であろう。

……思えば、これまで私は小瀬川の事を理解できた時があったであろうか?

準決勝の絶一門(ツェーイーメン)の時も、半荘一回分和了放棄の時も、一回戦のノーテンリーチの時も、……初めて会った日の時も。その都度赤木さん、若しくは小瀬川本人に説明されてやっと理解できていた。自分からその意図を理解できた事など、一度もなく、全て小瀬川は、私の一歩も二歩も上をいっていた。

多分、塞や胡桃などの岩手の奴らを除けば、一番長い付き合いなのは私であるはずだ。故に、自分は小瀬川と他の奴らよりも心を通わせていた、理解していたと思っていた。

だが、実際はそんな事はなかった。友達としての小瀬川とは心を通わせていたのかもしれないが、雀士としての小瀬川とは、全く心は通っていなかった。それどころか、少しも理解できていなかった。

 

 

遠い……

 

 

 

遠い。遠すぎる。小瀬川白望という雀士と、辻垣内智葉という雀士の間には、絶大な差がある。

いや、分かっていた。分かっていたはずなんだ。でも、認めたくなかった。諦めたくなかった。必死にしがみついて、後を追いたかった。

それでも、認めてしまった。認めざるを得なかった。この決勝戦まで、私は頑張った。今この瞬間に、小瀬川と対等に闘うために。だが結局、対等どころか、理解する事すら不可能だった。絶対的差、周回遅れ。それほどまでに、差は大きかったのだ。

 

 

 

ーーーだが、それがどうした?

 

 

(そこに絶大な差があるのなら、詰めてしまえばいいじゃないか。周回遅れだというのなら、一周分速く走ってしまえばいいじゃないか……)

 

(今は理解できていなかったとしても、これから理解していけばいい。少しずつ、少しずつ小瀬川に近づいていけばいい……)

 

 

さっきまで絶望によって光を失った目を、睨みつけるような真剣な目つきに変え、対面にいる小瀬川を見据える。

 

(……私は絶対に負けん!行くぞ、小瀬川白望ッッッ!!!)

 

 

 

-------------------------------

視点:宮永照

 

 

 

ーー諦めなよ……そうすれば私からは逃げられるよ?

 

 

私の頭の中にいる白望さんが、私に向かって語りかける。確かに、それも良いかもしれない。逃げてしまえば、これ以上怯える必要はないのだから。

だけど……ごめんね。私には逃げる、何てことはできそうにないや。

 

 

ーーは?

 

 

私、負けず嫌いだからさ。その所為で、私は失ったものもあるけど、ただ呆然と負けたくはないんだ。

 

 

ーー……怖くないのか?

 

 

確かに、怖い。あなた……いや、白望さんのあの闇は、未だにどんなものかは見当がつかない。でも、それでも逃げたくはないんだ。あの日、白望さんに会った日から決めたんだ。もう、何事にも逃げない。って……

 

 

 

 

 

だからさ、覚悟を決めなよ。『弱い私』

 

 

 

 

 

その瞬間、私の頭の中から白望さんが、いや、白望さんの面を被った『弱い私』が消え去った。まるで、霧が晴れたかのような爽快感に私は包まれた。私は私の呪縛から無事に抜け出すことに成功したのだ。『弱い私』に打ち勝ったのだ。

 

 

 

 

覚悟は決まった。ここからが本当の『宮永照』だ。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(皆、決意したんだね。その熱意……ダルくない。それどころか、待ってたよ。その熱意を……)

 

私は牌を穴に入れながら、三人の表情を覗いた。和了った直後こそ、驚愕や恐怖に包まれていたが、今はそんな面影などなく、全員がその目に闘志を再び宿していた。

その闘志は、決勝戦が始まった時のものよりも、チリチリと熱く燃え滾っている。多分今、この世界にいる誰よりも熱く燃えているのは私たちであろう。

取り合っているのは点棒ではなく、自分自身のプライド(誇り)。これこそ、あの赤木さんが求めていた、"本当の勝負"という事なのかもしれない。いや、もしかしたらまだ足りないのかもしれないが、多分こういう事なのだろう。

 

 

(負けてられない、な)

 

 

 

さあ、楽しもうじゃないか。"本当の勝負"を。

 




次回こそ、東三局ですね。
ていうか東三局までに8話使うってどういう事なんですかねえ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 決勝戦 ⑨ 波乱の予感

東三局です。
ギリギリ投稿間に合いました……!


-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:辻垣内 ドラ{二}

 

小瀬川 36,300

照 18,600

辻垣内 21,100

洋榎 24,000

 

 

 

 

小瀬川が宮永照に満貫の直撃を果たした前局、小瀬川以外の三人は少し小瀬川白望という悪魔に恐れをなしていたが、其々解釈や発想を変えて、その恐怖に真っ向から立ち向かった。

そしてこれで全員の気持ち、闘志がやっと等しくなったこの東三局。ここからが"本当の勝負"の始まりと言っても過言ではないだろう。

立ち上がりの四人の配牌は全員がまずまずと言ったところ。打点、手の進みやすさ、この二つの点から考えても、全くと言っていいほど対等な条件である。この時点では、まだ誰が和了るかという予想はできそうにもない。そう思わせるほど四人の配牌は拮抗していた。

 

配牌から6巡が経ち、未だ場に鳴きやリーチなどの動きは見られず、暫く対局室には沈黙が生まれていた。配牌から四人の手は進んだものの、一人が進んだと思えばもう一人が進み、そしてそれを追いかけるように二人が追いつき……といった追いかけっこを繰り返していて、四人は同じ速度で手を進めていた。

そして事が起こったのは8巡目。北家の宮永照が拮抗状態から一歩足を出し、誰よりも先に聴牌に辿り着く。

 

 

「リーチ」

 

宮永照

打{横③}

 

 

そしてすぐさま1,000点棒を取り出して、リーチの宣言をする。その行為に淀みはなく、迷いなき眼で放ったリーチであった。

先陣を切って宣言した宮永照。そしてそれに追いつくように辻垣内は、リーチの直後のツモによって聴牌に至る。

 

辻垣内:手牌

{六六七八⑤⑥⑥⑦⑧⑧789}

ツモ{⑦}

 

 

{⑤}か{⑧}、もしくは{六}を切って聴牌。{⑤と⑧}の場合は{六九}待ち、{六}の場合は一盃口は確定しないものの、{⑤⑧}待ちとなる。ここは一盃口を確定させるために{⑤}を切りたいところだが、意外にもこの選択に辻垣内は悩んだ。

そして悩んだ末に出した牌は{六}。一盃口を確定させず、{⑤⑧}待ち聴牌。何故この聴牌にとって、一盃口が確定する{⑤}を切らなかったのかと言われれば、他の誰でもない宮永照のせいである。

 

 

宮永照:手牌

{赤五五六六七七⑥⑦33567}

 

リーチタンピン三色一盃口赤1の手。{⑤}がでれば高目となる。つまり辻垣内が{⑤}を切っていれば、一発がついて倍満となっていた。辻垣内はこれを読んで{⑤}を切らず、{六}を切ったのだ。確定一盃口という甘い罠につられずに、辻垣内は倍満直撃を回避する事が出来た。

 

そして次に聴牌に至ったのは小瀬川。断么七対子を聴牌し、ドラである{二}を抱え、待ちは奇しくも辻垣内と宮永照と同じ待ちの一つ、{⑧}単騎待ちであった。

しかし、既に{⑧}は辻垣内が二枚持っているため、残された{⑧}はあと一枚のみの地獄待ちである。故に、待ちが一種多い辻垣内と宮永照の方が有利な状況といえよう。

 

小瀬川

打{西}

 

 

これで三人が聴牌に至る。未だ聴牌していないのは愛宕洋榎だけだが、彼女はそんな事は気にも留めなかった。彼女には彼女なりの策があったからである。

小瀬川の一打から宮永照、辻垣内へとツモ巡が回るが、二人とも和了牌を引き入れる事はできず、場が動く事はなかった。

そして愛宕洋榎のツモ番になり{②}をツモる。これで彼女も三人に一巡遅れではあるが聴牌する。そして打牌するかと思いきや、ここで愛宕洋榎は手牌にある内の4枚を晒す。暗槓だ。

 

 

「カン!」

愛宕洋榎:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏11裏}

 

新ドラ

{8}

 

 

「ツモ!」

 

 

愛宕洋榎:和了形

{九九九①②③⑨⑨79} {裏11裏}

ツモ{8}

 

 

「嶺上開花に新ドラを加えて跳満……3,000-6,000や!」

 

 

そして流れるように嶺上開花でツモ和了る。槓によって生まれた新ドラに嶺上開花を加えて満貫どまりの手が跳満に成長した。全て愛宕洋榎の計画通りだ。

愛宕洋榎は他の三人と聴牌がほぼ同じタイミングになると最初の方に悟っていた。だからこそ、手牌を狭めてまで{1}を槓材として残していたのであった。聴牌に至った時、暗槓によって一歩先を行くため。その結果愛宕洋榎だけが一巡遅れとなってしまったが、その間誰にも和了られず自分の番へと回ってきたので結果オーライである。

 

 

(やられたッ……!ここは鳴いてでもいいから連荘に向かうべきだったか……?)

 

 

辻垣内は愛宕洋榎の和了形を見て、内心舌打ちする。これで親を流されたどころか、跳満の親被りである。舌打ちしてしまう気持ちも頷ける。

悔しそうにする辻垣内とは対照的に、宮永照と小瀬川は氷のように固まった表情で愛宕洋榎を見つめる。この二人は粗方予想していたようで、愛宕洋榎が暗槓した時も、和了った時も眉一つ動かさずにそれを見ていた。

そして三人を振り切り、無事に和了った愛宕洋榎は、心の中で大いに喜んでいた。夢にまで見た決勝の舞台に最高の好敵手。その中であのように完全な形で和了れば、嘸かし嬉しいであろう。

 

(……ええ調子や!どんどんギア上げてくで!)

 

 

そして次の親は現在絶好調の愛宕洋榎である。ここでどれだけ稼げるかが今後の展開を変えていくであろう。無論、辻垣内ら三人はただ見過ごすわけにもいかない。東場最後の局は、始まる前から既に荒れそうな予感を醸し出している。

 

 




今回急いで書いたので中々に文書が乱れていそうですね……
今後の展開も現実の忙しさも一段と激しくなっていくでしょう……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 決勝戦 ⑩ 差し込み

東四局です。
やっと"前半戦の東場"が終わりますね……


 

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

東四局 親:愛宕洋榎 ドラ{白}

 

小瀬川 33,300

照 14,600

辻垣内 15,100

洋榎 37,000

 

 

 

(……親は愛宕洋榎か)

額に手を当て、愛宕洋榎の方を見ながら私は思考を巡らせる。前局、洋榎にはまんまとしてやられた。槓材を取っておいて聴牌した直後に嶺上開花という奇策で私たちを出し抜きやがったのだ。そしてこの局の親はタイミングが良いのか悪いのか、愛宕洋榎である。おそらく、というよりほぼ確実に風は愛宕洋榎に向かって吹くであろう。

 

 

辻垣内:配牌

{一一四六七①③⑤⑥9東西中}

 

その予想を裏付けるかのようにこの東四局の配牌は決して良いとは言えるものではない。

チラと愛宕洋榎の表情を伺ってみると、そこには希望に満ち溢れているような顔の愛宕洋榎。……表情を見ただけで配牌が良いというのが丸わかりじゃないか。まあ、愛宕洋榎らしいといえばらしいのかも知れないが。

しかし、当然ながら私の方からしてみれば愛宕洋榎の配牌が良いというのは望ましくない。他の二人は愛宕洋榎とは違って相変わらずのポーカーフェイスで配牌は良いのかどうかは分からない。いや、愛宕洋榎が分かりやす過ぎるのであって、小瀬川白望と宮永照の方が普通なのだが。

まあ十中八九愛宕洋榎よりは良くはないだろう。言い方は悪いが、二人も私と共に愛宕洋榎にしてやられたのだ。当然、配牌はあまり良くはないであろう。……それでも何らかの力によってどうにか対策してそうな可能性が否めないから"十中八九"と表現したがのだが……

 

 

4巡目

辻垣内:手牌

{一一四六七九①③⑤⑥⑧9中}

ツモ{⑨}

 

あの配牌から4巡が経過したが、異常なほど手が進まず、配牌の時と殆ど変わらないし、大きな変化は起きていない。確かに、今私の流れが良いわけがないのは承知していたが、幾ら何でもこれは酷い。酷すぎるとしか言い表せない。そしてほぼ確実にこの局、私が和了るのは不可能であろう。この流れの悪さに加えて、愛宕洋榎の勢いの良さもある。これ以上奴に好き勝手される前に対策を講じるしかない。となれば、差し込みによって奴の親を流さなければいけない。

だが、その差し込みにも問題点があり、宮永照に差し込んでしまえば、例え一飜和了だとしても確実に合計十三飜への道に近づいてしまう。まだ宮永の親も残っているのだ。あいつほどの腕前ならこの卓でも残り十一飜を埋めるのも決して不可能な事では無い。かといって小瀬川に差し込んでしまえば単純に差が開いてしまう。彼女からの直撃がリーチ状態以外殆ど望めない、しかもリーチ状態でも余程のことがない限り直撃は無い事を考慮すれば、今の時点での点差15,000程度ならまだツモや出和了だけでも巻き返せそうだが、30,000近くになると逆転は厳しくなるであろう。まさに二者択一である。

多種多様な意見があるかも知れないが、ここでは宮永に差し込む方向で動いた方が得策であるだろう。小瀬川に点差をこれ以上広げられるのも癪だし、尚且つ宮永照の『加算麻雀』唯一の弱点である半荘が終わるとリセットされる事を鑑みると、ここは宮永照に風が吹かないことを祈って、宮永照に差し込むしかないであろう。

宮永の手は典型的な萬子の混一色。おそらく、私が差し込みに回ると踏んで当たり牌を差し込みやすく、尚且つ打点的が露骨に高くもなく安くもない丁度の位置である混一色を狙って動いていたようだ。……客観的に見て見れば私はただ宮永に利用されているような感じは否めないものの、背に腹はかえられん。ここは大人しく差し込みに回るとしてやるか。

 

 

 

辻垣内

打{中}

 

 

「ポン」

 

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {中中横中}

 

打{6}

 

 

皮肉にも差し込みに回った途端運が良くなったようで、私が切った一発目から宮永は鳴くことに成功した。その直後に打った{6}を見る限り、まだ聴牌には至ってはなさそうである。

 

 

辻垣内:手牌

{一一四六七九①③⑤⑥⑧⑨29}

ツモ{東}

 

そして次ツモってきた牌は{東}。これも混一色の宮永には有効牌になり得そうではあるが、生憎{東}は既に私と愛宕洋榎が一枚ずつ切っており、鳴かせる事は不可能である。単騎待ちであれば可能性はあるものの、差し込んでもらうのに単騎待ちという事はないであろう。

 

打{九}

 

 

 

「ポン」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {九九横九} {中中横中}

 

打{二}

 

次に私が打った{九}も鳴いてくれて、私が差し込みに回ってから愛宕洋榎に一度もツモらせずに二回鳴かせることに成功している。そして宮永が打ったのは{二}。九分九厘聴牌であろう。

そして又もや私のツモ番に回ってきたが、ツモった牌はこの際どうでも良い。目星は既についている。

 

 

(となればお前の待ちは……)

 

 

 

打{六}

 

 

{六}切り。直前に切られた{二}の裏スジの{三六}は危険牌の筆頭。つまり本来切ってはいけない牌なのだが、今の私の状況を踏まえれば、危険牌こそ私にとって救いであると言っても過言では無い。……誤解はされそうではあるが。

 

 

(ここか……?)

 

 

念じるように宮永の方を見る。すると宮永は私が打った{六}を確認した後、

「ロン」

と宣言する。どうやら私の念は宮永に通じたようだった。

 

 

宮永照:和了形

{四五六七八八八} {九九横九} {中中横中}

 

 

「混一色、中。3,900」

 

 

一瞬、ドラの{白}暗刻の可能性が脳内に浮かんだが、どうやら杞憂だったようだ。まあ、ドラが暗刻になるほどの流れがあるのなら差し込みを待つなんてことする必要性は無いであろうが、そうも言ってられないのがこの卓、決勝戦の面子である。特に私の対面に位置する小瀬川。小瀬川ならさっき言った可能性も馬鹿にはできない。普通にやってのけそうだから余計に恐ろしい。さっきも頭ハネされるんじゃないかと少しビビっていたが、それが無事に起こらなくて安心した。

 

さて、これで東場が終わった。即ち、決勝戦の四分の一が終了したことになる。たった四局とはいえ、一局一局の濃度があまりにも濃すぎる。私からしてみればあれだけやってまだ四分の一しか終わってないのか、と思うくらいである。……まあ、事実この勝負をやっていて面白いし楽しいから別に苦では無いのだが。

点棒的には小瀬川と愛宕洋榎の二人浮きで、私と宮永が沈んでいるが、この卓でそんな情報はあてにならない。一局で優劣がひっくり返ることなど最早日常茶飯事と言っても語弊では無いくらいに拮抗している。つまりまだ私が一位になる可能性は大いにあるということだ。……裏を返せば、一位を取ってもすぐに引きずり落とされる可能性も高いということだが。

 

 

(……そろそろ本格的に攻めないとまずいな)

 

 

ここから場はより熾烈になるであろう。宮永の『加算麻雀』もさっきので残り九飜となり、いつ発動してもおかしく無い状況にある。

南一局の親は小瀬川白望……次が正念場だな。ここを如何に速攻で流すことができるかがカギだ。それは愛宕洋榎も宮永も理解しているであろう。いざとなれば協力戦線を張ることだって可能なわけだ。

 

 

(さて……悪魔退治と洒落込もうじゃ無いか……!)




次回は南入です。
シロの親番……これは場が荒れる(確信)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 決勝戦 ⑪ 無色透明な水

南入前の観戦者たちの会話です。
お菓子総選挙を見ながら書いていたので、色々おかしいところもあるかもしれません。お菓子だけに(激寒)


 

 

-------------------------------

特別観戦室

視点:臼沢塞

南一局 親:小瀬川白望 ドラ{七}

 

小瀬川 33,300

照 18,500

辻垣内 11,200

洋榎 37,000

 

 

決勝戦前半戦の東場が終わり、現在シロは二位。二位とは言っても、赤木さん曰くあの面子では順位での優劣はなくて、いつひっくり返ってもおかしく無いのだという。だから、今の二位という順位は全くもって安全圏では無いそうだ。次の南一局の親はシロ。私としてはこの親で大量に稼いで安全に逃げ切って欲しいと思うが、赤木さんのさっき言った事と、他の人たちも相当な実力者な事を併せ考えると、おそらく最後までギリギリな戦いになるであろう、と思う。しかも、シロの打ち方は本当に理解不能である。最後の最後まで理解できない事もあるので、見てるこちら側としてはヒヤヒヤされっぱなしだ。いや、シロは自信を持ってやっているのだから、シロとしては全然ヒヤヒヤも緊張もしていないのだろうが、こっちとしてはたまったものではない。

そう考えている内に、ふと昔のシロの事を思い出した。

そういえばシロは昔、麻雀物凄い下手だったなあ、と。

昔のシロと今のシロを比べてみれば一目瞭然だ。それほど、昔のシロが弱く、今のシロが物凄く強い。まるで別人のように。斯く言う私も、久々にシロと打った時は本当にびっくりした。まさかあのシロがこれほど強くなったなんて……って。それに、強くなった事以外にも変わった事はある。それは、シロが本当に楽しそうに麻雀を打つようになった事だ。以前までは、麻雀の定石や牌効率などに悩まされていたようで、のびのびと打てなかったらしかったのだが、あの打ち方に変わってから、悩みは全て消え去ったらしく、本当に楽しそうに麻雀をしている。……たまにシロが怖くなる事もあるが、シロなりに楽しんでいるのだろう。とにかく、私としてもシロがあの打ち方に変わって良かったんじゃないか、と思う。まあ、そのおかげでライバルが増えた事に関しては、仕方ないといったところか。あのイケメン力は昔も今も変わらないからなぁ……容姿もそうだが、クールで、誰にでも優しく接して、自分でダルいダルいばかり言っているのにも関わらず、常に他人の事を気遣ってくれる。そんなシロに魅了される人が多いのは当たり前と言っては当たり前か。

シロの昔の事を思い返していると、私にふと疑問が湧いてきたのだ。もし、私も赤木さんに教えてもらえれば、シロに近づけるのか?という疑問だ。今までシロの晴れ舞台を見てきたが、正直シロが羨ましい、と思った事もあるし、シロと同じところに立ちたい、と思った事もある。嫉妬、というよりは憧れに近い感じだ。

 

そこで、シロの師匠的な存在である赤木さんに直接聞いてみる事にした。

 

「赤木さん、単刀直入に言いたい事があるけどいいかな?」

 

【どうした?】

 

「私にも、シロのような打ち方に変えられるかな?」

 

結構無茶な質問をしたかな、と言った後で思った。赤木さんはハハハと笑い、笑い終わった後に間を置かず、きっぱり

 

【無理だ】

 

と答えた。意外である。無理難題な質問ではない。意味的には麻雀の打ち方を教えて欲しい、という質問だ。確かに決して簡単に返せる質問ではない。だが、普通はきっぱりとは答えられないはずだ。それなのにも関わらず、予想外の返答の速さに私は思わず目を丸くしてしまい、

 

「む、無理なんですか?」

 

と、自分でも間抜けと思うような素っ頓狂な声で聞いてしまった。それに対し、赤木さんは真剣な声で質問に答え始める。軽々しく聞いた私とのその声との温度差に、私だけではなく、胡桃までもが息を飲んだ。

 

 

【簡単に言っちまうと、白望だから教えてやる事ができたってわけだ。】

 

「シロだから?」

 

 

胡桃が聞き返すと、赤木は【ああ】と答える。シロだからこそ打ち方を教えられた?どういう事なのかさっぱりわからない。胡桃の方を見ると、胡桃も分からないらしく、缶ジュースを口につけながらむむむと考えていた。

 

 

【……ヒントは、水と色、だな】

 

 

私と胡桃がいつまでたっても正解に辿り着かなさそうと思ったのか、赤木さんががヒントを言った。

水と色……それが何を指し示すのだろうか。水と色といえば、学校で図画工作に授業をする時に、絵の具の色と、筆を洗う時に使うバケツにある水くらいしか思い浮かばない。絵の具といえば、初めて絵の具で授業を行った時、バケツの水を絵の具で色を変えて何色になるかで遊んでいたっけか。それで結局グロテスクな色になり、収集つかなくなって胡桃に「遊ばない!」って怒られたっけ。

 

 

(いや、バケツの水を染める……?)

 

 

ここで私に電流が走った。もし、シロや赤木さんの打ち方を水、つまり透明な色と考え、私や胡桃などのそれ以外の打ち方を他の色、とすれば全てが上手く繋がる。そして一度染まった水は、決して元の無色な透明には戻る事はない。つまり、何に染まるか悩んでいたシロだからこそ、透明のままを貫き通せた。

 

 

「「も、もしかして!」」

 

この発見を胡桃にも教えなくては、と思い胡桃に声をかけたが、それと同時に胡桃も立ち上がって声を上げた。どうやら胡桃も気づいたらしい。

 

 

【どうやら分かったようだな……】

 

 

赤木さんがクククと笑って言う。これが正解らしい。

 

 

【その通り、所謂何色にも染まっていない透明な水こそが俺らの打ち方だ。あいつがまだ何色にも染まっていなかったから、俺が色を染める以外の方法を教えただけだ。……そして何故無色透明な水が俺らの打ち方かと言うと、それはただ単純。純粋な打ち方だからだ】

 

 

純粋な打ち方。私には到底そうは思えないが、そう思うのも多分、"染まっている"からなのだろう。

 

 

【麻雀においても勝負においても……もっと言えば日常生活においても、俺らの打ち方の根源、つまり"自分の信頼"と"予測"ってのが最も必要なものであり、中心となっている……それに自分のオカルトやら牌効率やら色んなものを足していってしまうから、それが薄れていってしまい、理解できなくなっちまうんだ。本来それが一番大切な事のはずなのに、だ。だから俺らの打ち方が純粋な水なんだ】

 

【当然、染まっている水が一概に悪いとは言えねえのも事実だ。その色は個性であり、それが人とは違う事の証明でもある。色の種類が人によってそれぞれ違うから、また違った面白味というのもある。だが、それは元々俺らの打ち方が基盤となっている事を忘れちゃあいけねえし、それが消されかけているのも忘れちゃあいけねえ】

 

 

【ま、そんな事だな。そろそろ南一局が始まるぜ】

 

 

なるほど、と私は素直に思った。自分の信頼と予測、確かにそれが元となって麻雀を打っている。そしてそれが元であり、一番大切な物なのだから、それを極限まで高めたシロや赤木さんは強いわけだ。当然といえば当然である。

改めて、シロの強さの秘訣を知った私と胡桃は、スクリーンに映るシロを、さっきまでとはまた違った観点から見る事にした。

 

 

 

 

-------------------------------

観戦室

視点:神の視点

 

 

「こんにちは、清水谷さん。園城寺さん」

 

 

所変わって観戦室では、園城寺、清水谷、愛宕絹恵がいた席の近くに、上埜久がやってきた。

園城寺と清水谷は上埜に普通に(園城寺は少し睨みつけながらだが)挨拶するが、初遭遇の愛宕絹恵にとっては、誰だこいつ状態になっている。

 

 

「あら、もしかしてあなたも小瀬川さんに惹かれた人かしら?」

 

 

そんな愛宕絹恵に、挨拶代わりとして上埜が質問する。突然の質問に、愛宕絹恵は思わず吹き出してしまう。

 

「な、なんや!アンタ、シロさんのなんだっちゅうんや!」

 

 

愛宕絹恵が立ち上がって上埜に向かって指をさして問う。

 

 

「私?私は小瀬川さんのかn」

 

 

「嘘をつくなや!」

 

 

上埜が何かを言いかけたが、園城寺からの腹パンによってそれは遮られる。病弱な彼女の腕からは考えられない鈍い音が放たれ、上埜はうっ、とお腹を抑える。

 

 

「な、何するのよ園城寺さん!」

 

 

「嘘つきには制裁が必要や。次ウチの目の前で言うたら許さへんで……」

 

 

「……いずれそうなるわよ」

 

自分のお腹に手を当てながらボソっと呟くと、それが園城寺の導火線に火をつけたのか、上埜にもう一度腹パンをしようと試みるものの、清水谷に抑えられてしまう。

 

 

「放しーや、竜華!こいつはここで懲らしめなかアカン!」

 

 

バタバタと暴れる園城寺。そして、それを哀れむように見る周りの観客。清水谷はやれやれと言った感じで園城寺を抑え続ける。

 

 

 

「はーなーせー!」

 

 

園城寺の叫びが、決勝戦前半戦の南場の始まりを告げるように虚しく響いた。

 




次回は南一局です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 決勝戦 ⑫ ようこそ『神域』へ

南一局です。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神視点

南一局 親:小瀬川白望 ドラ{七}

 

小瀬川 33,300

照 18,500

辻垣内 11,200

洋榎 37,000

 

 

前半戦の東場の四局が終了し、南入。南一局へと場は突入していく。現在トップを走るのは愛宕洋榎。それを三人が追いかけるといった状況となる。だが、この卓では何が異常で、何が正常か、そのような判断もつかないようなくらいに四人の力は拮抗している。それも、一局、二局で何万という差が吹き飛ぶレベルで、である。故に、今は誰が一位だとかはあまり関係は無いのかもしれない。

 

 

辻垣内:配牌

{一八⑤⑥12赤567889東}

 

この南一局の親である小瀬川の対面に位置する辻垣内智葉の配牌はまあまあ良さげではある。索子の偏りを生かして混一色。果ては清一色も狙いにいくことができる良配牌。実際、辻垣内本人も、索子の染め手に進めようと考えていた。

 

辻垣内:手牌

{一八⑤⑥12赤567889東}

ツモ{2}

 

そしてそれを後押しするかのように辻垣内の最初のツモは索子の{2}。これで目標の索子の染め手に一歩前進する形となる。

しかもこの時、辻垣内は索子の染め手以外は眼中に無いようだったらしく、両面搭子の{⑤⑥}の片割れの{⑤}を打つ。どうせいずれ切るのだから、中盤以降狙われる可能性が高くなる中張牌から切ってしまおうという考えだ。だから浮いている{一や八、東}よりも先に切ったのだ。{④や⑦}をツモってくるという裏目を恐れず、真っ直ぐな{⑤}打ち。

その決断が麻雀の神様に気に入られたのであろうか、この後もどんどん索子を引いてきて、早くも6巡目にして索子の清一色一向聴となる。

 

辻垣内:手牌

{一122赤56778899東}

ツモ{6}

 

いや、厳密には二向聴であるのだが、麻雀の基本の和了形四面子一雀頭でない例外、七つの対子によって構成される七対子としてみれば一向聴である。

当然、{一}を切って一向聴となる。6巡目にして清一色聴牌目前となり、通常優位であるはずの辻垣内であったが、しかし辻垣内の内心は穏やかではなかった。

そんな、辻垣内を焦らせる要因となっているのが、他の誰でも無い、小瀬川白望である。

 

小瀬川:捨て牌

{二五七④⑧一}

 

 

小瀬川の捨て牌を占めるのは萬子と筒子のみ。そこには索子はおろか、字牌すら置かれることはなかった、6巡たった今でも。となれば、彼女が目指しているのは索子の染め手が濃厚であるだろう。

 

(……先手を打たれているかもしれんな)

 

小瀬川が自分と同じ索子の染め手に進んでいるとすれば、あの小瀬川の事だ。既に先手を打たれている可能性も高いであろう。が、たしかにこれはあくまでも辻垣内のただの憶測、予想でしかない。しかし、皮肉にもこの辻垣内の予想は後々当たってしまうことになる。

 

辻垣内:手牌

{122赤566778899東}

ツモ{5}

 

そしてそのすぐ次巡に聴牌へと導く{5}をツモり、念願の清一色七対子を聴牌する。しかし、ここでは辻垣内はリーチをかけずにただ{東}を切って黙聴にとった。理由としては、もし{2か3}をツモってくれば、{123もしくは222}の面子を作ることができ、七対子ではない通常の清一色を聴牌できるからである。しかも待ちは{5689}の四面待ちと、待ちも広くなるといった利点がある。故に、ここではリーチをかけずに保留したのである。

そしてその次巡、その保留が結果的に功を奏す事となる。

 

辻垣内:手牌

{1225赤566778899}

ツモ{3}

 

{3}引き。これで{123}の面子が完成し、{5689}のシャボ待ち四面待ちに手を移行することができる。が、しかし辻垣内の表情は決して良いとは言えない。どちらかというと暗いといった表情である。まるで、()()()()()()()()()()()()()事が進んでいる事態に気付いたかのように。

 

 

辻垣内

打{1}

 

 

結局、辻垣内はここでは四面待ちに取らずに七対子{3}待ちとした。辻垣内には、どうしても{2}が切りきれなかったのだ。何故なら、ここまで上手く事が行きすぎている、と感じたからの一点である。根拠などはない。が、辻垣内の本能が告げていた。これを切ったら死ぬ、やられる、と。

 

小瀬川:手牌

{12334567789中中}

 

そしてその本能が告げていたことは真実であった。{258}待ち。あそこで{2}を切っていれば当たっていた。辻垣内の判断は正しかったのだ。

そして辻垣内は、おそらく自分が{2}を止めたことから、次巡かその次にでも小瀬川は待ちを変えてくるであろうとも考えていた。多分次は{3}が狙われてくるであろう。{2}を止め、{1}を切ったとなれば次溢れるのは{3}となるのは誰でもわかることであろう。

しかし、逆に考えれば{3}に待ちが変わるとなれば、{2}が安全になるということだ。そうなれば、{123もしくは234}の面子を作れば、四面待ちへ移行できるが、どうせ都合よく和了牌の{3}や四面待ちにつながる{1、4}はツモれないだろう。もっと言うなら次ツモる牌は{3}が溢れる形になる{222}の面子にすることができる{2}だ。結局、ツモに頼ることはできず、宮永照からの{1か4}を待ち、それを鳴いて{3}を処理し、四面待ちにするしかない。

 

(さあ……どう動く?)

 

 

小瀬川と辻垣内。二人の思惑が交錯するこの南一局だが、辻垣内の次のツモ番である愛宕洋榎の打牌によって、この南一局は終盤戦へと突入することとなる。

 

 

 

愛宕洋榎

打{中}

 

 

 

「ポン……」

 

 

 

小瀬川:手牌

{12334567789} {横中中中}

 

 

 

小瀬川

打{7}

 

 

愛宕洋榎が切った{中}を鳴き、辻垣内の予想通り待ちを変えてきた。しかも案の定待ちは{3}が含まれる{369}待ち。辻垣内の動きに合わせて小瀬川は照準を構える。それは追跡ミサイルの如く辻垣内の元に和了牌という軌道をピッタリと変えていく。

しかし、運が良いことにこの直後、宮永照はこのツモを機にオリへと回ってくれた。それだけで有難いのだが、それに加えてその第一打目から辻垣内に対して絶対安牌の{1}。しかし、辻垣内にとってこの{1}はまさに恵みの雨だった。

 

 

「チー!」

 

 

辻垣内:手牌

{25赤566778899} {横123}

 

 

辻垣内

打{2}

 

 

宮永照が打った{1}を鳴いて、爆弾である{3}を安全処理するとともに、小瀬川の待ちを二回潜り抜けて待望の四面待ちへと移行することができた。鳴いてしまったことで打点は下がってしまったものの、清一色赤1の跳満という高打点。しかも待ちが四つ。いくらなんでもこれは引けるであろう。ただでさえ小瀬川の妨害を華麗にかわしてきたのだ。狙ったが和了れなかった小瀬川と、狙われたが振り込まなかった辻垣内。どちらがこれから優勢になるかは一目瞭然である。

そしてそれを裏付けるかのように小瀬川の次のツモは{三}。和了牌を掴むどころか、待ちを変更することができる索子すら引けなかった。

無論、宮永照はオリているので、小瀬川の和了牌を切るような愚行はしなかった。そして、遂に辻垣内のツモ番になる。辻垣内はフーッと息を吐き、気合いを入れて山から牌をツモってくる。

 

「……やっと、掴むことができたな」

 

 

 

辻垣内:和了牌

{5赤566778899} {横123}

ツモ{9}

 

 

 

 

「ツモ!清一色赤1、3,000-6,000!」

 

 

 

 

数多もの障害を越えて、掴んだ{9}という和了牌。おそらくこれを掴むことができるのは、まさに奇跡としか言いようが無いであろう。100人が同じ条件で打って、100人が小瀬川に振り込んでいただろう。それほど難しいことを辻垣内はやってのけたのだ。自分の直感に身を任せるということは、簡単なことに見えて、実は一番難しい事なのだ。それを恰も平然とやってのける赤木や小瀬川の『神域』という名のステージ、それに漸く辻垣内は立つ事ができた。ここまで長く、苦しい道のりだった。そうして、やっと同じステージに片足を突っ込む事ができた。だが、所詮は片足。赤木が言ったように、色のついた水は二度と無色透明な水には戻らない。

 

だが、それがどうした。

 

例え完全な透明になれないとしても、()()()()()()()()()()()()()。新たな水を加えて、色を薄めるように、少しずつ戻していけば良い。少しずつ小瀬川に近づいていけば良い。その道のりはこれまで以上に険しいであろう。だが、確かに辻垣内は一歩を踏み出した。目標に向かって、確かな一歩を踏み出したのである。

 

 

(……智葉)

 

 

そんな辻垣内を、小瀬川は嬉しそうな表情をしながら見つめた。そして、辻垣内に心の中でこう呟いた。

 

 

 

ーーようこそ、私たちの世界(神域)

 

 

 

 

 

 




次回は南二局!
ここまで空気気味だった『加算麻雀』が猛威を振るう事になるでしょう(予定)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 決勝戦 ⑬ 順番飛ばし

南二局です。
ふと思ったのですが、よく毎日書けるなぁと自分でも思います。まあ、内容が進まないからプラマイゼロなんですけどね!!
(そもそもこの展開の遅さで周一とか最終回が数年後になってしまう件)


 

 

 

-------------------------------

南二局 親:宮永照 ドラ{七}

 

小瀬川 27,300

照 15,500

辻垣内 23,200

洋榎 34,000

 

 

前局、辻垣内が跳満をツモった事によって点数は徐々に平らに戻りつつあった。 辻垣内にとってはさっきの跳満が初の和了であり、観戦室では辻垣内の和了によって沸いていた。もともと、小瀬川以外は優勝候補とされていた者たちが卓を囲んでいたため、そこまで大きな差はつかないであろうと観客や世間は予測していた。が、小瀬川というイレギュラーや差し込みに積極的に回っていたこともあり、ここまで一度も和了れていなかったものだから、観客も不思議に思っていた。が、先ほどの和了りによって再度辻垣内への期待が高まりつつあった。漸く仕掛けてきたか……ここからが辻垣内の本領だ……そういった期待、辻垣内に対しての安堵の声が観戦室を包んでいた。

 

 

(……ふぅ)

斯く言う辻垣内本人もこの和了りによって安堵していた。もしかしたら一度も和了れずに終わってしまうんじゃ無いか、と決勝戦が始まる前まで不安だったものだから、余計に安心したのである。だが、言ってしまえばまだ一回しか和了れていない。それにまだまだトップ目はおろか未だに三位。ここから、そう。ここからが勝負所である。

しかしながら、決してさっきの和了りは小さいものではない。いや、寧ろ大きいといった所だ。あの小瀬川の親を早々に蹴る事ができたのだ。あそこで蹴れていなければ、今頃点棒は小瀬川一強となっていたかもしれないのだ。それを考慮すれば、さっきの和了りの重要さが分かるであろう。そしてそんな重要な場面できっちり和了れた辻垣内に良い流れが来ないわけがない。

 

 

辻垣内:配牌

{二三八九①①④13789東}

 

それを裏付けるかのように南二局の辻垣内の配牌は良い。純チャンが見える二向聴。辺張の{八九}の受けと嵌張の{13}の受けが目立つものの、配牌がこれだけの辻垣内の今の状態であれば、何の支障もなくツモれるであろう。それに、二向聴という速さはあまりにも大きい。極端に言ってしまえば、最短で二回のツモによって聴牌、そして次順でツモ和了……なんて事が可能である。流石にこの卓の面子と雖も、二向聴相手に先に聴牌するのは容易ではない。ましてや流れの良い状態の、しかも辻垣内相手だ。余程のツキが無ければ不可能であろう。辻垣内からしてみれば、次の南三局は自分の親番。この流れを保持して親番に回したいところ。故に、この局は和了っておきたいところである。

そんな辻垣内の願いを具現化するかのように、四巡目にして聴牌に至る。

 

四巡目

辻垣内:手牌

{二三七八八九①①13789}

ツモ{2}

 

 

流石に二巡で聴牌……とはいかなかったが、それでも四巡聴牌という圧倒的速さである。打{八}で{一四}待ち。高目{一}で平和純チャンドラ1の満貫。ツモってくれば跳満に成り得るという四巡とは思えないほどの打点の高さである。

が、ここで辻垣内は岐路に立たされることとなる。さっきも言った通り、打{八}とすれば聴牌だが、一度聴牌に取らずに更に手を高めることも可能である。{23}の両面搭子を捨て、{七、もしくは九}を引き入れての一盃口を加えれば、ダマでも高目さえでれば平和純チャン一盃口ドラドラの跳満。ツモれば倍満と、打点がワンランク上がる事になる。しかも一番低い結果になっても平和ドラドラの三飜は確保できる。{一四}の待ちで{四}が出れば平和ドラ1の二飜だと考えれば、一度聴牌に取らないという手もアリではある。……というより、今場はまだ四巡目。聴牌している人間は辻垣内以外いないであろう。一向聴の人がいるかどうかすら怪しい。ならばここは一度聴牌を取らないべきだ。今の辻垣内の流れであれば、直ぐに聴牌し直すであろう。

 

辻垣内

打{三}

 

結局辻垣内は{三}を切って聴牌には取らなかった。四巡ということも考えれば、当然とうえば当然の判断と言えるだろう。だが、それをただ見守るほどこの卓を囲む奴らは甘くはない。

 

 

宮永照

打{西}

 

 

「ポンや!」

 

 

愛宕洋榎

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {西横西西}

 

打{⑧}

 

 

 

宮永照が打牌し、辻垣内のツモ番となったと思ったまさにその時横槍が入る。愛宕洋榎が宮永照の切った牌の{西}を鳴く。愛宕洋榎からしてみれば、役牌を鳴いて和了りへと目指すというごく当たり前の行動であったが、辻垣内にとっては迷惑なことこの上ない。聴牌し直すチャンスもお預けにされた挙句、聴牌に近づかれるという二重の嫌がらせだ。が、それを口にしたところで何かが変わるわけもない。当然ながら愛宕洋榎の鳴きを無効化したり、次のツモ番が自分に回るといった馬鹿げた事が起こるはずもない。仕方なくまた一巡するのを待つしかないであろう。だが、そう思った数秒後、

 

 

宮永照

打{⑥}

 

 

「……ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {⑥⑥横⑥}

 

打{東}

 

またもや宮永照が切った牌を鳴かれ、自分のツモ番はお預けにされてしまう。多分、辻垣内にツモ番を極力回さないようにやっているのだが、それを理解しても尚辻垣内は不満の顔を隠すことはしなかった。露骨に嫌がっているのが観客達にも確認できた。

が、その嫌な表情を悪い方向へと加速させるような出来事が再び起きることとなる。それは小瀬川が鳴いた後のツモ番である宮永照がツモってきた牌を手中に収め、手牌から{⑨}を切った直後にそれは起こった。

 

 

「ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {⑨⑨横⑨} {⑥⑥横⑥}

 

打{①}

 

 

二度あることは三度ある。そんなことわざをまさに体現した瞬間であった。これで三回目。三巡連続で辻垣内のツモ番を飛ばされてしまう。嫌がるとかそういうのを通り越して、辻垣内は悲しんでいた。……まるで何かの因縁をつけられたかのようだ。私が何をしたというのだ。そんな事を心の中で呟いているかの表情を辻垣内はしていた。

流石に連続して四度目は無かったようで、宮永照の捨てた牌の{三}に誰も反応することはなかった。それを確認した辻垣内は心の中でスイッチを変え、聴牌を崩した時のような張り詰めた表情へと戻る。そして改めてツモ。

 

辻垣内:手牌

{二七八八九①①123789}

ツモ{七}

 

 

ツモってきた牌は{七}。途中で妨害は多少(三回連続)あったものの、僅か一回のツモで狙い通りの牌を引き入れ、聴牌し直す。{六九}待ちで、高目{九}の平和純チャン一盃口ドラドラ。ツモれば倍満となる。しかし、辻垣内はまだ気を緩めない。ここまで来るのにあった事を思い出せばそれは自ずと分かるはずである。まさかあの鳴きがツモ順を飛ばし、時間を稼いでハイ終わり……なはずがない。鳴いた、という事はその分手は進んでいるという事であり、聴牌している可能性は無いことは無い。特に小瀬川に至っては二副露である。危険極まりない事この上ない。

だが、小瀬川の捨て牌には{二}があり、愛宕洋榎の捨て牌は早々に{二}はないものの、その周辺の牌が切られている事から、十中八九{二}が待ちではないであろう。

 

辻垣内

打{二}

 

 

だが、この時辻垣内は大変な事を見逃していた。辻垣内が危険視していた、愛宕洋榎と小瀬川。確かにこの二人は鳴いた事により手は進んでいたであろう。だが、宮永照はこの二人よりも多く手が進むチャンスがあったのだ。

 

「ロン」

 

 

(……な、なに?)

 

一瞬、辻垣内の体が跳ねる。愛宕洋榎でも、小瀬川でもない。全くノーマークだった宮永照という思わぬ伏兵に辻垣内は驚きの顔を隠せない。

 

 

宮永照:和了形

{二二赤五六七②②③③④④11}

 

「一盃口ドラドラ。7,700」

 

 

 

よくよく考えてみると、愛宕洋榎が鳴いたのは宮永照が切った牌。そして、小瀬川が鳴いた二回の内どちらもが宮永照による打牌によるものだった。即ち、四回。辻垣内にツモ番が回るまでの間で、四回もツモ番が回ってきたのだ。鳴きというモーションによって隠れがちではあるが、あの短時間で四回もツモをしたということは結構脅威である。

多分このように宮永照が隠れたのは全くの偶然であろう。小瀬川も愛宕洋榎も、自分の聴牌と辻垣内のツモ番を飛ばすという事を目的に鳴いていたので、宮永照が隠れたというのは偶然の賜物である。

 

(警戒を怠ったか……)

 

辻垣内は冷静に今起こった状況を飲み込もうとするが、直ぐにその冷静は消え去ってしまう。そう、宮永照が和了ったということは、『加算麻雀』がその分進んだという事。今の和了りは三飜の和了り。ここまで合計四飜和了っているという事は、今ので合計が七飜となり、役満まで残り六飜。つまり半分を切ったという事になる。

 

 

(しかも宮永照の連荘で親は続く……親の役満なんて死んでもごめんだぞ……!)

 

ここにきて、宮永照の『加算麻雀』が辻垣内を追い詰める。ただでさえ今の状況でも辛いというのに、そこにもう少しで役満なんていう要素を足せばキャパオーバーしてしまいかねない。打点は二の次、宮永照の親を流して前半戦をささっと終わらせて『加算麻雀』の飜数をリセットするしかない。

 

 

(残り六飜……!意地でも止めなければな)

 

やはり一筋縄ではいかないな。と辻垣内は他の三人を見て少し笑った。本来絶望的状況なはずなのにもかかわらず、辻垣内はこの状況を心から楽しもうとしていた。

そして直ぐに表情を変え、今度は真剣な表情で三人を睨みつける。

 

 

役満まで、残り六飜。




次回は一本場です。
さあ『加算麻雀』の役満発動まで残り六飜……
あと三局(連荘を考慮しないで)で六飜って微妙ですよね。跳満で一発でクリアできると見るか、六飜もあると見るか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 決勝戦 ⑭ スピード

南二局一本場からです。


 

 

 

 

-------------------------------

南二局一本場 親:宮永照 ドラ{西}

 

小瀬川 27,300

照 23,200

辻垣内 15,500

洋榎 34,000

 

 

前局、親である宮永が一盃口ドラドラの三飜、7,700を辻垣内に直撃させ、順位を辻垣内と入れ替わるように三位に戻し、それと同時に宮永照の『加算麻雀』発動まで、残り六飜とした。これでもし次に宮永照が跳満以上を和了れば合計十三飜となり、次局で役満を自動的に聴牌することができる。仮に、宮永照が親番のこの局跳満を和了ってまた役満を和了るとなれば、6,000オール+16,000オールで計22,000オールとなる。つまり、上手くいけばたった二局で66,000点を稼ぐ事が可能という事である。もしそうなれば宮永照の勝ちがぐっと近づく事になる。

当然、他の三人からしてみればそんな事は少しも、微塵も望んでいない。子の役満でさえごめんだというのに、親の役満なんてとんでもない事である。故に、早々に宮永照の親を蹴りたい所である。が、宮永照も単純ではない。前述したように、跳満を和了れば一気に役満聴牌だが、別にわざわざ跳満を和了る必要はない。ようは六飜和了ればいいのだ。一飜ずつ和了ろうが、跳満を和了って一発で決めようが、どちらにせよ役満を聴牌できるのなら、わざわざ時間をかけて跳満まで手を育てるというリスクを背負うよりかは、一飜や二飜などの速攻の和了りを繰り返してじわじわと攻めていったほうが安全である。

 

三巡目

宮永照:手牌

{二二四六六七九⑤⑥33中中}

ツモ{中}

 

三巡目、宮永照は序盤にして役牌の{中}を暗刻とする。そして打{九}。本来ならばこの手、{33}の対子と{⑤⑥}の両面搭子を落としていき、{一三五八}を引き入れて萬子の中混一色一気通貫の跳満にまで育て上げることが可能である。だが、宮永照は早々に{九}を切って中ノミの手の方針を確定させた。跳満という欲につられず、確実な和了を目指そうという意思。そして、まるでその宮永照の意思に牌が応えるように宮永照は有効牌を引き続ける。

 

 

四巡目

宮永照:手牌

{二二四六六七⑤⑥33中中中}

ツモ{三}

 

打{二}

 

 

五巡目

宮永照:手牌

{二三四六六七⑤⑥33中中中}

ツモ{3}

 

打{七}

 

 

四巡目、五巡目と立て続けに有効牌を引き入れて聴牌に至る。中ノミの安手ではあるが、今この場で重要なのは和了る事であるので、打点は今は関係は無いのだ。故に、宮永照は警戒されやすいリーチはかけずに黙聴を取った。

そして七巡目、宮永照はツモった牌を確認すると、そのまま手牌十三牌の横にツモ牌を置き、手牌を晒す。

 

 

「ツモ」

 

 

宮永照:和了形

{二三四六六⑤⑥333中中中}

ツモ{⑦}

 

 

 

「自摸、中。1,400オール」

 

 

これが捨て牌が二段目行く前の七巡目というスピード和了。この局の宮永照の手は色々と打点を高める事は可能であったが、それよりもスピードを優先し、最短距離を駆け抜けた。それにこの和了りは、たまたま聴牌する時に面前だったから自摸がついただけで、鳴ける牌が切られたら鳴いて中ノミの手も考慮していた。考慮していたというよりかは、それを大筋として考えていたので、自摸がついたのは全くの偶然であった。

だが、この二飜和了りは大きい。これで『加算麻雀』発動まで残り飜数は四。ドラを暗刻とすればその時点で満貫が確定し、それを和了れば次局役満聴牌である。

 

 

「一本場……」

 

宮永照が呟き、そしてこれで二本目となる100点棒を置いて場は南二局二本場へと移行する。

 

 

 

-------------------------------

南二局二本場 親:宮永照 ドラ{4}

 

 

小瀬川 25,900

照 27,400

辻垣内 14,100

洋榎 32,600

 

 

前局に引き続きこの局も、宮永照は打点を高める事はせず、速攻重視で和了りを目指していく。三人も止めようとはするが、それよりも宮永照の方が優勢である。明らかにスピードが違う。五巡目でありながら既に役牌の{南}を鳴き、{八}をポンして{①④}待ちの聴牌に至っている。宮永照に好調な風が吹いているのは確定的に明らかだ。ここぞという場面で流れが良くなるのは、後に宮永照が『牌に愛された子』と呼ばれる由縁であろう。だが、それよりも打点を捨て速さを重視する判断を下した宮永照の采配が大きい。攻めたくなる場面ではあるが、堪えて確実な和了りを目指すのは流石といったところだ。

 

 

愛宕洋榎

打{①}

 

 

「ロン」

 

 

宮永照:和了形

{②③④④234} {八横八八} {南南横南}

 

 

「南ドラ1。……二本場を加えて3,500」

 

 

愛宕洋榎が打った{①}で宮永照は和了を宣言。南ドラ1の二飜。これで計十一飜となり、残りは二飜。次止めなければおそらく二飜を和了られて役満を聴牌されるであろう。が、次局で親を流したとしてもその次にたった二飜を和了れば目標達成なので、この時点で既に手遅れとも言える。だが、それでも親を流して被害を抑える事をしなければ16,000オールという甚大な被害を被るであろう。

 

 

(……そろそろ止めなアカンな)

 

愛宕洋榎は宮永照に3,500の点棒を渡し、そう考えた。今は一位であるが、役満をツモられれば一気に一位という王座は陥落する事になる。前半戦をトップで折り返したい愛宕洋榎にとってはこの条件はまさに不利な条件である。それに加え、愛宕洋榎はラス親。もし仮に宮永照の親番を流したところでオーラスに役満の親被りという事も考えられる。だが、それはその時になってから考えればいいだろう。それよりも今は親の役満という馬鹿げた事を止めなければならない。それが先決だ。

 

 

 

-------------------------------

観戦室

 

 

 

「……そろそろ来るで。宮永さんのアレ(加算麻雀)が」

 

清水谷がスクリーンを見据えながらふと呟く。それに反応したのは今まさに決勝を闘っている愛宕洋榎の妹、愛宕絹恵。

 

「『加算麻雀』……」

 

愛宕絹恵自身は麻雀をやっておらず、サッカー一筋であるが、姉から『加算麻雀』の情報は度々聞いている。いつも姉は宮永照の話になれば、『加算麻雀』の突破口がないかと考察していたほどだ。結局、「宮永に和了らせないようにする」という脳筋な対策法が結論となったが、愛宕洋榎は天才だ。それはいつもその背中を見ている愛宕絹恵が一番よく知っている。口では変な事を言ってたとしても、いざ勝負所となれば相手を完膚なきまでぶ叩きのめすほど、彼女は天才なのであった。

だから、宮永照の『加算麻雀』も完封してくれる、と愛宕絹恵は願っていた。

 

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

 

【あと二飜、か。面白い……】

 

赤木が興味深そうにスクリーンに映る宮永照を見て言った。小瀬川から聞いていた例の『加算麻雀』。いくら赤木と雖も、流石にスクリーン越しからではその全貌は掴めない。果たして本当に十三飜和了れば役満を聴牌できるのか、小瀬川にとっては辛くなるだろうが、内心見てみたいという気持ちで一杯だった。

 

 

「ちょ……赤木さん縁起でもないこと言わないで!親の役満とかになったらどうするの!?」

 

だが、そんな事を聞いた胡桃が赤木に指摘する。まあ、応援する側の人間が相手の役満を聴牌するところを見てみたいと言えば当然の反応だ。

 

【ククク……まあ何もこの次宮永が二飜を和了ったとしても、それが即ち16,000オールとはならない……そうだろ?】

 

 

「どういうことですか?」

 

それを聞いた塞が赤木に聞く。赤木の口ぶりは、まるで宮永照の『加算麻雀』の役満を止められるという口ぶりであった。

 

【単純さ。その役満が天和でなければ、和了るまでに若干の猶予がある。ならその隙に和了っちまえば問題はないわけだ。和了れるまで役満を聴牌し続けるとか、そういう例外がなければ可能だ。……まあ、十中八九宮永の方が先に和了るだろうが、一応の解決策ってのはあるもんさ】

 

 

確かにそうだ。と塞と胡桃は思った。『加算麻雀』での役満聴牌は、聴牌が確定されるだけであって、和了れるとは限らない。例え配牌から聴牌されていても、和了れない時は和了れないのだ。確かに赤木が言った通りそんなことはまず起こらないだろうが、そういう可能性が少しでもある時点で、完全ではないのだ。つまり、阻止できるかもしれないのだ。

 

 

(シロ……)

 

 

 

 

 

役満聴牌まで、残り二飜。

 




次回は三本場。役満を止められるかが今後の展開を左右しますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 決勝戦 ⑮ 誘導

南二局三本場。
さあ役満を聴牌することができるのか……?


 

 

 

-------------------------------

南二局三本場 親:宮永照 ドラ{①}

 

小瀬川 25,900

照 30,900

辻垣内 14,100

洋榎 29,100

 

 

 

南二局三本場。宮永照はこの親番で和了りを重ね続け、『加算麻雀』による役満聴牌まであと二飜というところまで近づいていた。ここまで誰も寄せ付けずに最短距離で和了ってきた宮永照。いくらこの化け物揃いのこの卓でも、今の絶好調の宮永照を止めるのは容易ではない。事実、二本場は止めに行ったもののそれを上回る速さで逃げ切られ、一本場に至っては誰も成す術もなく和了られてしまった。故にこの三本場も宮永照がものにし、四本場で役満を張るであろうというのが観客の大半の予想であった。だが小瀬川白望も、辻垣内智葉も、愛宕洋榎も、ただ指を咥えて宮永照が役満を和了るとこを眺めるわけにはいかない。例え無理だと言われようとも、無謀だと言われようとも、死力を尽くして宮永照を止めなければならないのだ。

 

 

「チー」

 

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横③②④}

 

打{西}

 

 

しかし、そうは言っても宮永照の手は速い事には変わりない。二巡目にして既に一副露と、桁違いなスピードである。だが、それに必死に喰らいつくように、小瀬川は今さっき宮永照が切った{西}を大明槓。

 

 

「……カンッ!」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {西西西横西}

 

 

新ドラ

{東}

 

 

打{⑨}

 

 

大明槓によって得た新ドラ表示牌は{北}。つまり新ドラは{東}となった。だが、それを確認した宮永照は、小瀬川の大明槓に対して腑に落ちず、どこか釈然としなかった。

 

 

(オタ風を大明槓……?何でわざわざそんな事を……?)

 

そう、結論から言うとこの大明槓に小瀬川が得る直接の利益は全く持って存在しない。バカ混でさっさと場を流したい時にオタ風をポンする、というのはよくあるが、何も大明槓するほどのことでもない。普通、大明槓をする場合、多くは新ドラや嶺上開花による打点の上昇を狙うために行われる。だが、今小瀬川たちの狙いは打点ではなくスピードだ。わざわざ面前を捨てて新ドラを増やす必要性が微塵も感じられない。しかも、その新ドラがオタ風の{東}である。小瀬川の意図が全然分からないのだ。

異彩を放つこのオタ風大明槓。いや、別に今に始まった事ではない。これまでも小瀬川の不可解な行動は度々、要所要所で見られたので、もはや見慣れてしまったと言っても差し支えないものだが、やはりいざこの状況で謎な行動をされると、対処に困ってしまう。もっとも、小瀬川からしてみれば困らせるためにやっているので、当然といえば当然であろう。

まだ捨て牌が一列目の半分すら届いていないものの、既にこの南二局三本場は荒れそうな予感を醸し出していた。が、そんな予感とは裏腹に

 

 

「ポン」

 

六巡目

宮永照:手牌

{二二三四六234} {七横七七} {横③②④}

 

打{六}

 

 

 

六巡目、まるでそよ風のようにあっさりと宮永照が聴牌に至る。しかも、場が荒れそうな予感を作り出した原因の小瀬川はあの大明槓以降目立った動きはない。捨て牌も特に異常は見当たらず、ただ順当に牌を切っているようにしか見えない。当然、愛宕洋榎も、辻垣内智葉もリーチは疎か鳴きすらなく、一本場や二本場のような独壇場と何ら変わりない状況であった。本来、宮永照にとってはこの状況は嬉しい事態である。が、上手く進みすぎているからこそ、宮永照に疑惑が湧いてくる。そして宮永照が抱いた疑惑が妄想を育て、妄想は恐怖を生む。宮永照にはこの状況が、宮永照が圧倒的有利なこの状況が()()()()()()()()()状況にしか見えなくなっている。

 

 

七巡目

宮永照:手牌

{二二三四234} {七横七七} {横③②④}

ツモ{南}

 

 

そして聴牌してから最初のツモである七巡目、このツモってきた{南}で、明らかに宮永照の動きが静止する。通常ならば、この{南}はノンストップで切れる牌であろう。だが、この{南}はもし小瀬川が混一色に向かっていればそう易々と切れる牌ではない。絶対危険とまでは言えないものの、確かに危険牌である。だが、ここは行くべきであろう。混一色、とは言ったものの、この局で小瀬川がやったことといえばオタ風の{西}を大明槓しただけだ。それ以外は特別な打ちまわしは一切合切していない。

 

 

(切る……切ってやる……!)

 

 

切る。そう決心し、ゆっくりツモってきた{南}を手に取ると、そのまま一気に河へと放つ。この時の宮永照は小瀬川に当たらないかという事で緊張し、心臓はバクバクであった。それ故に、辻垣内がツモるまでの僅かな時間が永遠という単位で長かった。が、辻垣内がツモったのを確認すると、張り詰めた緊張の糸がプツンと切れたように露骨に安堵した。

 

 

 

九巡目

宮永照:手牌

{二二三四234} {七横七七} {横③②④}

ツモ{白}

 

そして次にツモってきた混一色ならば危険牌である牌は{白}。だが、この{白}は小瀬川の捨て牌に存在している。つまり、この{白}は小瀬川には絶対に当たらない牌である。であるから宮永照は、余裕を持って切る事ができた。

 

 

 

だが、お忘れではないだろうか?確かに、小瀬川の捨て牌には{白}がある。フリテンの関係上、小瀬川に和了られる事は絶対ない。だが、この時宮永照は盲目であった。どういうことかというと、宮永照は小瀬川しか見ていなかったということである。確かに、この宮永照を困惑させる状況を作り出したのは小瀬川だ。故に、どうしても小瀬川に注意が向いてしまう。小瀬川が和了りにきていると思ってしまう。

 

 

 

「ロン!」

 

 

 

辻垣内:和了形

{一一五五⑤⑤⑦⑦33東東白}

 

 

 

「七対子ドラドラ。7,300!」

 

 

 

 

生憎ながら、全て小瀬川の算段通りだ。あの大明槓によって自身に宮永照の注目を向けさせたのも、最初から計画通りである。

 

 

(誘導っ……!)

 

 

それに気づいた宮永照は思わず歯嚙みしてしまう。振り込んだ自分でも、思わず成る程と思ってしまうほど、綺麗な誘導だった。

そしてこれで宮永照の親は流れ、地獄の親役満の可能性は完全に消えて無くなった。だが、これで役満自体の可能性は消えてはいない。次局、もし宮永照が和了れば、オーラスには役満を聴牌してしまう。まだ脅威は残り続けている。

 

 

 

残り、二飜。

前半戦終了まで、残り二局。

 




次回は南三局。
さあ一体どうなることやら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 決勝戦 ⑯ 異常こそ正常

今回は結構話がぐちゃぐちゃです。
見てて見苦しい点があるかもしれませんが、まあ『銀一色クオリティじゃあこんなものだよな』程度で流して下さい。
その代わり明日は休日だから頑張っちゃいます。(ただし内容が濃くなるとは限らない)


 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

宮永照

打{白}

 

 

辻垣内:和了形

{一一五五⑤⑤⑦⑦33東東白}

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {西西西横西}

 

 

 

小瀬川の決死の誘導によって、ついに宮永照の親を蹴ることができたこの南二局三本場。オタ風を大明槓して混一色の可能性を示唆し、一度危険牌を切らせることで安心させて辻垣内に振り込ませるといった、小瀬川の誘導というよりは、メンタリズムのような心理操作に近い手法であった。振り込んだ宮永照はもちろん、和了った辻垣内も、親を蹴ろうと和了りに向かっていた途中の愛宕洋榎までもが、振り込む直前まで気づけていなかった。和了って初めて小瀬川のオタ風大明槓の意味、意図をようやく理解できた。

 

 

(……まさか、第三者に振り込ませるブラフをしてくるとは、な)

 

和了った……否、和了らせられた辻垣内も、思わず小瀬川の自然すぎる淀みなき誘導に感心する。通常、ブラフというのは自分と相手、二人だけの駆け引きである。プレッシャーを与えて相手を下ろしたり、わざと勝負させるように仕向けて勝ち取ったりするのが通常のブラフだ。しかし、小瀬川のブラフは違う。自分に注目を集めて、辻垣内という第三者によって宮永照を討ち取る。一回戦であった白水哩が小走やえに振り込ませたあのブラフと似たようなものであろう。

はっきり言って異常だ。ブラフにしろ普通の状況にしろ、第三者頼みという選択肢はあり得ない。どれだけ策を講じようとも、その第三者が自分の予測外の行動をとってしまえばその時点で計画は破綻する。確実にその第三者の行動を予測しなければ、不可能である。そしてたとえ完璧に予測できたとしても、それを信じて実行できるものなどまずいない。まず、自分を信じれない人が多いのだから、第三者のことを信じれる人は更にいないだろう。

だが、それを平然とやってのけるのが小瀬川白望だ。辻垣内が一直線に和了りに向かうと、決して自分のオタ風大明槓に対しても恐れず、手を緩めたりはしないと、確信していたのだ。信用、信頼、いや、それ以上のものである。そしてそれを信じようとする自分の感性、心を信じる力がずば抜けている。常人の何十倍も、遥かに上回っている。

だが、ここで疑問が生まれてくる。確かに小瀬川のやっている事は異常だ。しかし、その行動は間違ったものなのか?ということだ。

 

 

(とはいえ、結果的に小瀬川のあのブラフが功を奏した……あれがなければ今頃役満を宮永照に和了られていただろう)

 

そう。辻垣内の言う通りである。あれだけ異常だの何だの言ったものの、結果として小瀬川の判断が正しく、最善であった。それは変えることのできない事実である。そして既にお気付きかもしれないが、この決勝戦という場はもはや正常ではない。むしろ異常に包まれていると言った方が正しいのかもしれない。そんな通常じゃ有り得ない事こそ、この場ならそれが当たり前であり、それが真実なのである。異常の中では、正常こそ異常であり、異常こそ正常である。小瀬川はまさにその言葉を表していた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

(……)

 

 

場が南三局に移り、辻垣内の一打によって始まろうとしていたまさにその時、宮永照は心の中でこう呟いた。その言葉には感情は無く、先ほどまで小瀬川に対して悔しがっていたあの宮永照とは思えないほど抑揚のない声だった。

 

 

(……役満。和了らせてもらうよ)

 

 

 

 

宮永照:配牌

{④⑤⑥⑨⑨⑨666東東東西}

 

 

 

宮永照が手牌を開くと、そこには三暗刻が確定している、つまり二飜が確定している手を聴牌していた。しかもこれが配牌で、だ。もしこれを最初のツモで和了ってしまえば、地和となり、役満となる。しかも、それだけではない。定義上役満は十三飜分として扱われる。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

これこそが、『牌に愛された子』と呼ばれる者の力。宮永照の要望によって、牌が馳せ参じてきた。まるで、宮永照を守護する門番のように、宮永照の負けを牌が認めないように。

となれば、この次のツモは宮永照の{西}が最も簡単に予測できるであろう。他の誰でもない、牌の意思、麻雀の意思がそう告げているのだ。

そうして、ツモ番が宮永照へと回ってくる。宮永照はゆっくりと、ゆっくりと山からツモ牌を掴み、それを引き入れる。

勝負を決定づける、運命の{西}を……!!

 

 

(……)

 

宮永照はツモ牌を引き入れたが、一向に手牌を倒そうとはしなかった。いや、そのツモ牌が何かはまだ宮永照は確認していない。故にまだ和了牌かもしれない可能性はあるのだが、それでも宮永照は倒す気は毛頭無かった。何故なら、それが和了牌ではないと確信したからだ。そして牌を倒す代わりに、宮永照は小瀬川をじっと見つめた。牌の意思に逆らい、そして打ち破った者を。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……正体を現したね。白望さん)

 

 

 

 

 

宮永照

ツモ{北}

 

 

 

宮永照、役満和了ならず……!




そろそろリクエストも消化してリクエスト第二弾を募集したいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 決勝戦 ⑰ 集いし七つの星

南三局からオーラスの配牌までです。
とうとう決勝戦の半分が終わる……!


 

 

 

-------------------------------

南三局 親:辻垣内 ドラ{四}

 

小瀬川 25,900

照 23,200

辻垣内 21,800

洋榎 29,100

 

 

宮永照:手牌

{④⑤⑥⑨⑨⑨666東東東西}

 

 

ツモ{北}

 

 

 

ならず。地和、ならず……!本来なら、地和をツモれなかったとしても何らおかしいことではない。だが、今の状況は違う。宮永照は牌の意思があった。自分の勝つという信念に応える、麻雀を司る牌の意思があったにも関わらずツモ牌の{西}を掴めなかった。即ち、牌の意思を上回るほどの何かによって阻害されたということだ。そしてその何かは他の誰でもない、小瀬川白望。照魔鏡曰く本質が真っ黒な闇の小瀬川白望が、牌の意思に抗い、打ち破ったのである。

 

(これがあの真っ黒なアレ……いや、まだこれだけじゃない)

 

小瀬川の本質を直接見ることができた宮永照本人だからこそ、これが小瀬川白望のあの闇だと感じた。だが、宮永照が言う通りそれはまだ全容ではない。あくまでも片鱗。突然に現れた牌の意思に反するために片鱗が微かに見えた。所謂緊急出撃というやつだ。だからこそ、配牌聴牌までに留まった。もし今あの闇が全力を出していれば、宮永照は牌の意思の恩恵を全く受け取れていなかったであろう。だが、まだ片鱗だけのおかげで配牌聴牌までは維持できた。確かに二連続役満は夢となり消えたが、この手は三暗刻が既についている。つまり、この手さえ和了ってしまえば次局『加算麻雀』によって役満を聴牌できる。確かにこの『加算麻雀』でさえも小瀬川の闇によって潰されてしまう可能性も否めないが、小瀬川の闇には一つ欠点がある。それも、致命的な。それは、()()()()()()()()()()使()()()()ということだ。もし本人の意思で使えるとしたら、今で全力を出していたはずだ。それにもかかわらず、片鱗しか見えなかったということは、自分で操れることができない証明となる。これは宮永照の予想にしか過ぎないものだったが、確かに的を得ていていた。

宮永照はツモってきた牌、{北}をそのままツモ切りする。この時宮永照はリーチはかけなかった。リーチをかけずとも目的の二飜に達しているのが大きな理由であったが、ダマに徹することで警戒されないようにするためという事も理由も一つである。ただでさえ前局、親を流されているので警戒が解けかけていたのに、その宮永照がダブリーとなればまた警戒されてしまう。そうなれば、自分のツモ番を意図的に飛ばされたりされる可能性もある。故にリーチはかけなかった。妥当な判断である。

 

そしてその直後の三巡目、宮永照は今度こそ運命を決定づける決定的な牌を引いてくる。

 

 

「ツモ」

 

 

宮永照:和了形

{④⑤⑥⑨⑨⑨666東東東西}

ツモ{西}

 

 

「自摸三暗刻。1,600-3,200」

 

 

これでこの半荘で和了った飜数は十四飜。つまり、十三飜を達成してしまったのだ。それが指し示すのは、次局、役満を聴牌するということ。

 

 

 

(……なっ、何だと!?)

辻垣内は宮永照のあまりの速さに衝撃を受ける。親を自分で振り込んでしまって流れが悪いはずの宮永照がこんなにも速く和了れるなど予想だにしていなかった。もちろん愛宕洋榎もその速さに驚いていたが、それと同時に喜びを感じていた。

 

(ウチにそれ(加算麻雀)が止められるか……

試そうやないか!!)

 

あれほど危険視していて、それとともに一種の憧れを抱いていた宮永照の『加算麻雀』。それがやっと自分の眼の前で展開される。その喜び、ワクワクは、驚愕や恐怖よりも強かった。

 

 

 

(……役満、か)

 

小瀬川はふぅと息を吐いて、椅子に背中を預ける。次局、とうとうアレが来るのか、と半分役満に対しての期待と、半分役満による点差の危惧によって満たされていた。

 

次局の前半戦オーラス、宮永照の『加算麻雀』の役満が遂に発動することとなる

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:愛宕洋榎 ドラ{5}

 

小瀬川 24,300

照 29,600

辻垣内 18,600

洋榎 27,500

 

 

とうとう、宮永照の和了った総飜数が十三を超え、役満を聴牌することが確定付けられているこの前半戦オーラス。この局で宮永照が役満を聴牌するということは卓に座っている小瀬川や辻垣内、愛宕洋榎は勿論、観客や実況解説、果ては現地にいないテレビやパソコンなどで生で見ている人たち全員が理解していた。それほど宮永照の『加算麻雀』は皆に熟知されるほど恐ろしく、彼女を象徴する能力であるのだ。そしてそれを熟知されていても、未だ象徴、『加算麻雀』を破るものは現れていない。どういうことかと言うと、半荘で十三飜分和了らせないことで未然に回避することはできる。それは誰にでもできる対策の一つだ。だがしかし、十三飜分和了らせた次の局。即ち役満を聴牌する局で、宮永照が役満を和了れなかったことは一回もないのだ。本人は『聴牌できるだけで必ず和了れるというわけではない』とは言っているが、結局彼女の役満を止めた者は依然存在しない。それほどまでに強大であり、絶対的な存在なのだ。彼女の『加算麻雀』は。

 

 

 

ギギ、ギギギギギ……!

 

 

宮永照の方向から、何かが軋むような音が聞こえた。そう、これこそが『加算麻雀』での役満の解禁の合図。十三飜分を鍵として、役満が眠る金庫を開けようとする。そしてその金庫の扉が今、開かれようとしていた。

 

 

ギギギ!!ギギギギギギ!!!!

 

 

その音がどんどん大きくなっていく。まるで、巨大な魔物が解き放たれるかのような大きな音だ。その音を聞くと思わず身構えてしまいそうな、不穏な音。その音は十数秒間続いたが、親の愛宕洋榎が配牌を取り始めようとするとパッと消えてしまった。確かにあの音は不穏であったが、それが急に消えるのもまた不穏。嵐の前の静けさとはまさにこのことか。

 

 

 

 

宮永照:配牌途中

{中白北西}

 

そしてこの南四局の先陣を切る配牌の内の四牌が宮永照の元へと渡る。彼女の四牌は全て字牌。観戦室では、今回彼女がどんな役満を聴牌するのかといった予想がされている。この時点で、大方の予想は国士無双であろうと思われた。この時点で字一色と大三元はないからである。何故なら、宮永照の『加算麻雀』の役満聴牌は、決して役満よりにはならない聴牌をする。即ち、ダブル役満やトリプル役満になる可能性のある手は聴牌しないのだ。故に、この状態で配牌聴牌するとなると、大三元の場合は{白発中と北西の何方か}が暗刻ないしは何方も対子にならないと聴牌できないため、ツモ和了ってしまえば四暗刻がついてしまう。そして字一色も順子が存在しないため四暗刻がついてしまうのが決まっていて、最初から候補としてはなかった。

そんな予想がされている宮永照の配牌も次の四牌が追加されることとなる。

宮永照が配牌の四牌を山からとってくると、それを二つに分けて、二牌ずつ自分の手に引き入れ、開いていった。

 

宮永照:配牌途中

{中白北西北白}

 

 

しかし、その二牌は観戦室の大半の予想を裏切る二牌であった。{北と白}。これで国士無双の可能性が消えてしまった。となれば、四暗刻か?と観戦室は思ったが、残りの二牌もまた、その予想をことごとく裏切る二牌になる。

 

宮永照:配牌途中

{中白北西北白東東}

 

{東}対子。そしてこの瞬間、宮永照が聴牌する役満の予想が完全についた。

字一色である。しかし、それは四暗刻がついてしまうため、最初からあり得ないと思われた役満だ。だが、字一色にも例外がある。

大七星。字牌の対子のみで構成されているローカル役満の一つ。この大会のルールに、ローカル役満は認められていないので、仮に大七星を聴牌してもダブルにはならない。宮永照はこれを聴牌しようとしていたのだ。

 

そして残りの配牌も取っていき、集結する……!集結せしめる……!大七星……!!

 

宮永照:配牌

{東東南西西北北白白発発中中}

 

 

この七つの対子はまさに熱……!溶けてしまいそうな恒星そのもの、それが七つ……!圧倒的熱量を持った七つの星が漸く……漸く宮永照の手中へと集った……!

 




次回は南四局……
さあシロたちは役満を防げるのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 決勝戦 ⑱ 役満

南四局です。
三人は照の役満を防げるか……?


 

 

-------------------------------

南四局 親:愛宕洋榎 ドラ{5}

 

小瀬川 24,300

照 29,600

辻垣内 18,600

洋榎 27,500

 

 

 

宮永照:手牌

{東東南西西北北白白発発中中}

 

 

『宮永選手、配牌で役満聴牌です』

 

 

『例の加算麻雀……か』

 

前半戦オーラス、自身の持つ能力『加算麻雀』によって、ローカル役満の一つである大七星。俗に言う字一色の七対子形を配牌で聴牌した宮永照。それを実況室から眺めていたアナウンサーと大沼プロもとい大沼秋一郎。アナウンサーは宮永照の能力による役満が目の前で展開され、雀躍する心を押さえ込み、実況という職務を全うしようとする。その一方大沼秋は宮永照の役満手を興味深そうに見つめていた。そして大沼はアナウンサーにこう質問をした。

 

『・・・宮永選手が加算麻雀を発動した局、和了るのはだいたい何巡かな?』

 

アナウンサーはそれにいち早く対応し、近くにあった書類を手に取ると、宮永照の牌譜や傾向が書かれてあるページを見つけると、それを大沼に見せるように答えた。

 

『だいたい平均三巡、どんなに遅くとも五巡には和了っています』

 

アナウンサーがそう言うと大沼は立派に生えた顎髭を指で弄びながら、その資料をまじまじと見る。そしてそれを見ること数秒、大沼がアナウンサーに問いかける。

 

『ああ、ありがとう。少しそれを貸してもらってもいいかな?』

 

それを聞いたアナウンサーは『大丈夫です』と認めの意を示すと、大沼へ資料を手渡した。大沼はそれを受け取ると、解説の役目を忘れてそれをじっくりと見つめた。

それを見たアナウンサーは、資料を見て集中している大沼を気遣って、一人で実況を再開した。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

(さあ、まずはどれを切るかやな……)

 

愛宕洋榎:配牌

{二三六七七②③③④278東北}

 

 

この南四局オーラスの親である愛宕洋榎は最初の最初、第一打目でどれを打とうか悩んでいた。宮永照が役満を張っている今、結論から言ってしまえば、全て危険牌となり得るのだ。過去のデータとして、宮永照が『加算麻雀』によって張る役満は、複合やダブルにならない、もしくはなりにくい役満の国士無双と九蓮宝燈が大半で、次点で大三元と緑一色が彼女の張る役満の種類である。ここで問題なのは国士無双と九蓮宝燈が大半を占めているという点である。性質上、国士無双は一九字牌の全種類が和了牌と成り得る。そして九蓮宝燈は萬子だけのイメージが高いが、筒子や索子でも九蓮宝燈として成立する。つまり、数牌の三種全てが和了牌である確率を有している。即ち、()()()()()()()()と言っても過言ではない。事実宮永照が今回張ったのは字一色の大七星というイレギュラーであるが、それを愛宕洋榎が知っているわけもない。

 

(・・・心臓に悪い黒ひげ危機一発やな。これは)

 

確かに手牌全てが危険牌であり、どれを切っても当たる確率があるというのは黒ひげ危機一発と類似しているだろう。しかし、実際黒ひげ危機一発のルールは当初『飛ばした人の勝ち』というルールだったので、意味的には全くの逆なのだが。

そして余談ではあるが、黒ひげ危機一発の"発"は一髪の"髪"ではない。よく勘違いする人も多いのだが、危機一発という言葉は存在せず、あくまでも商品名というだけであって、正しくは危機一髪である。

豆知識はここまでにして、話を戻す。

愛宕洋榎は結局、配牌が全員に配られて十数秒の間打牌に悩んでいて、未だ結論を出せないでいる。全てが危険牌となっているこの状況ならば仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

(・・・決めたで)

 

そこから更に十数秒が経ち、ついに愛宕洋榎は結論を出した。

 

愛宕洋榎

打{北}

 

それは危険を承知して突き進むこと。全て危険牌ならば、何を切っても結果は変わらない。つまりどう考えたところで、当たってしまうかもしれない、当たらないかもしれないという事は切ってみなければ分からない。考える行為そのものが意味を成さないのだ。ならば、怯えて立ち止まるよりも、宮永照の役満手を潰すことができるように一歩でも手を進めるべきだ。逃げずに、立ち向かう愛宕洋榎の意思。それに同調するかのように辻垣内が場を動かした。愛宕洋榎の次のツモ番である、小瀬川の切った牌に反応する。

 

 

「ポン!」

 

 

辻垣内:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {三横三三}

 

打{9}

 

 

小瀬川白望が切った{三}を辻垣内が鳴き、多少躊躇しながらも打牌する。愛宕洋榎と小瀬川白望の逃げない意思を見習って、此方も逃げる気はさらさらないようだ。

そしてまたもや愛宕洋榎のツモ番になり、山からツモ牌を手に取って手中に収めると、すぐさま{東}を切った。

その次は小瀬川白望。さっきのように小瀬川はいつもと変わらない動作で山から牌を手にとって、手の中へ入れて打牌した。

 

 

「・・・どうすか」

 

 

小瀬川白望:捨て牌

{5}

 

 

 

その牌はまさかのドラ、ドラ強打。しかも無筋のドラ{5}。おそらく誰かに鳴かせようとして切ったのだろう。だが、辻垣内は二連続起こったその強打を疑問に思った。

 

(・・・さっきといい今といい、それだけ手が遅いのか?)

 

どういうことかというと、まだ鳴かせるといった結論に至るにはまだ早いということだ。役満が複合してしまうルール上、地和だけは絶対に有り得ない。故に、一回目のツモでは絶対に和了ることはないのだ。だから、どんなに最速でも二巡。まだ時間はあるのだ。それなのに自分の手牌を考慮せず鳴かせようとするのは、自分の手牌がそれほど和了りに程遠いか、もしくは……

 

(ま、まさか……一回目のツモで和了るというのか!?)

 

そう、本来有り得ない一回目のツモ和了という可能性である。確かに、地和がある関係上一巡目で引く可能性はまずない。だが、その前に鳴きが入れば地和はつくことはない。それなら一回目から和了る可能性があるということだ。地和の可能性があるから、決して一回目のツモではツモ和了らないのではないという事ではない。即ち地和の可能性が無かったら一回目のツモ和了れるという、認識の違い、錯誤。

 

 

そして生憎辻垣内も愛宕洋榎も{5}の対子が無かったため、鳴くことができない。誰も鳴かないことを確認すると、小瀬川は手牌を伏せる。辻垣内の僅かな可能性は悪いことにどうやら的中してしまったようだ。

 

 

-------------------------------

 

 

【あらら……】

 

 

「「え!?」」

 

それと同時刻、特別観戦室にいた赤木はなんとも言えない感じに呟く。赤木はそんなに動じていなかったが、隣にいる塞と胡桃は思わず立ってしまうほど焦り、動揺してしまっている。

 

 

 

【流石に止めるのは無理だったか……ククク】

 

 

「わ、笑い事じゃないよ!!どうするの!?」

 

胡桃が赤木に問い詰めると、赤木は笑ってこういった。

 

【まあ少なくとも、最後までギリギリの闘いになるってことは確かだな……】

 

胡桃と塞には悪いが、どうやら決勝戦も最後まで緊迫していないといけなくなるようだ。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

そして宮永照はガッ!!と卓の()()()()()()で掴んだ。

 

「「「!!」」」

 

ギギギ、ギギギギギ……といったこの局の最初に宮永照から発せられた音が再び聞こえてきた。卓の角を掴んでいない左手の方から。あの何かが軋んだような、聞いていて決して良い気持ちにはならない不穏な音が、再び。

まるで左手に何かの力が収束していくかのように。

 

そしてその音が止んだと思ったら、宮永照の左手は既に山へと向かっていっていた。一直線に、淀みなく。そしてツモ牌を左手で取る……否、掴むと、勢いよくその牌を卓へ叩きつける。あまりにも勢いが良すぎて、その牌が高速回転してしまい、それが何かを確認するまで時間がかかってほどだった。だが、宮永照はそのツモ牌を確認することなく手牌十三牌を両手で倒す。

 

 

「ツモ」

 

 

宮永照:和了形

{東東南西西北北白白発発中中}

 

 

 

 

「字一色。役満……8,000-16,000です」

 

 

 

ツモ{南}

 

 

 

 

前半戦、終了。




役満を和了ったことでリードを得た照。シロたちはどうやってこの点差を詰めるのでしょうか……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 決勝戦 ⑲ 一時の休息

前半戦と後半戦の間です。
やっと折り返しと思ったら既に19話使っているという事実……


 

 

 

-------------------------------

 

宮永照:和了形

{東東南西西北北白白発発中中}

ツモ{南}

 

 

「字一色。役満……8,000-16,000です」

 

 

『宮永選手、役満ツモ!この役満ツモによって更に大差をつけて決勝戦を折り返しました!』

 

 

役満。宮永照の『加算麻雀』による役満和了によって決勝戦前半戦が終了した。これによって点棒が大きく変動した。

 

小瀬川 16,300

照 61,600

辻垣内 10,600

洋榎 11,500

 

二位の小瀬川でさえも宮永照との点差は45,000点以上あり、辻垣内に至っては点差は50,000点もある。点棒だけ見てみれば独壇場ではあるが、何度も言った通り点棒の優劣はあまり関係はない。それほど四人の力は拮抗していて、尚且つ平均打点が恐ろしく高いのだ。無論、点棒が多ければ多いほど有利なのは変わりはないが、決定打となるほど優劣を分けるわけではないということだ。むしろ宮永照以外の三人からしてみれば、点棒的な意味でのショックよりも、宮永照の役満を止められなかった事に対してのプライドが傷つけられた事の方が精神的なダメージが大きかった。

 

 

「いやー!宮永の役満止められんかったわー!絹!」

 

愛宕洋榎は、控室で妹の愛宕絹恵と前半戦について振り返っていた。確かにプライドは傷ついたものの、そんな程度で折れるほど愛宕洋榎はヤワではない。まるでさっきのショックが無かったかのように明るく絹恵と話していた。

 

「……お姉ちゃん、大丈夫なんか?」

 

明るい洋榎に対し、絹恵は現状の点差に対して若干焦っていた。まあ点棒上では優劣がつかないという事情を知らない人からしてみれば50,000点近くの差があると聞いたら焦るのも仕方ない事ではある。

それを察した愛宕洋榎であったが、絹恵の肩に手を回して大声で笑った。

 

 

「大丈夫や絹!お姉ちゃんにまかしときや!」

 

 

その後愛宕姉妹の談笑がしばらく続き、そろそろ後半戦が始まろうとしていたので、洋榎が対局室へ向かおうとしていた。

 

「・・・じゃあ行ってくるわ」

 

 

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 

洋榎が一息ついて、席を立つ。腕をぐるぐると回しながら扉の近くまで歩き、扉を開けようとした直前に洋榎が絹恵に向かって堂々と宣言した。

 

 

「勝つのはウチ、愛宕洋榎や。絹、よー覚えとき」

 

 

洋榎が部屋から出て、扉を勢いよく閉めるとそのすぐあとドタドタドタという音が壁越しに聞こえてきた。それを聞いた絹恵は、いくら小学生とはいえ会場内を走る奴がいるか……と額に手を当てハアとため息をついた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「お嬢、前半戦お疲れ様です」

 

 

「ああ、すまない」

 

辻垣内が控室に戻ると、辻垣内の側近である黒服が辻垣内に向かって頭を下げて一礼した。辻垣内が控室に設置されている椅子に座り、グラスに注がれている水を飲んだ。

 

 

(・・・点差は50,000点、か。字面だけ見ればなかなかな点差ではあるが、そこまで絶望的ではないな)

 

辻垣内は水を飲みながら現在の状況を把握する。一位とは51,000点差、二位とは5,700点差、三位と900点差での四位という、二位までとの差は小さく、一位との差はかなり大きいイレギュラーな状況だが、それはあくまでも点棒だけの話である。事実、小瀬川は準決勝清水谷相手に四局で100,000点差をひっくり返している。あのハイレベルな二人で100,000の点差がひっくり返るのだ。この決勝戦でも起こらないとはいえない。むしろ、起こる確率の方が大きい。

 

 

(・・・一番の敵は、やはり小瀬川白望となる。か……)

 

そして、辻垣内の勝利への道の最大の障害となるのが小瀬川白望である。確かに宮永照の『加算麻雀』も、愛宕洋榎の純粋な火力も脅威ではあるが、それよりももっと手強く、対策が難しいのは小瀬川白望だ。どんな展開になろうとも、最後に立ちはだかるのは小瀬川白望であろう。そんな感じが決勝戦が始まる前からしていたのだ。

 

 

(とにかく、宮永の『加算麻雀』は封じなければ、な)

 

だが先ず対策すべきは宮永照の『加算麻雀』であろう。小瀬川も洋榎も、宮永照が十三飜和了らせないように対策するはずだろうが、もう一度宮永照に役満を和了られてしまえばそれこそ宮永照の優勝がほぼ確定してしまう。それだけは避けなければいけないし、そして宮永照を一位の座から引きずり下ろすのが今の辻垣内の目的だ。

 

 

「お嬢、そろそろ時間でございますが」

 

そこまで考えていたところで、黒服からそろそろ時間だということの報告を受ける。それを聞いた辻垣内は椅子の手すりに手をかけ、立ち上がる。そして黒服に向かって一声かけて、控室を後にする。

 

 

「わかった。行ってくる」

 

 

 

(逃げる気など毛頭なし。全力で潰してやろうじゃないか)

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ふぅ……」

 

宮永照は控室に置いてあった色々な菓子類を口に含みながら前半戦を振り返っていた。

 

(この点差を守れるかどうか……)

 

現在宮永照が他者につけた50,000点という点差は確かに意味を持っていないけども、これを守らずして優勝という道はないのだ。これを守りきってこそ、初めて勝ちに近づけるのだ。何故なら、この決勝戦で宮永照が卓を囲んでいるのは愛宕洋榎と辻垣内智葉と小瀬川白望だ。気を抜いたら50,000なんて点差は一気に吹っ飛ぶだろう。だからこそこの点差は死守しなくてはならないのだ。だが、ただ守ってばかりでじりじりと点差を詰められるだけの対局は宮永照の性に合わない。故に宮永照は守りよりも、後半戦は攻めを重視しようとしていた。所謂攻めこそ最大の守りというやつだ。

 

 

(……負ける気はない。もう一度『加算麻雀』で役満を和了る気で攻めにいく)

 

 

俗にいうお菓子を食べ終わった宮永照は、その目に闘志を燃やしながら、席を立ち、控室を出る。

 

 

 

-------------------------------

 

「あー、塞、胡桃……」

 

バタン。という音が扉から聞こえて、小瀬川が扉の方を見るとそこには臼沢塞と鹿倉胡桃がいた。だが、少し様子がおかしい。どういうことかというと、胡桃が猛スピードで小瀬川の方へと向かっているのだ。

 

 

 

 

「シローー!」

 

 

「ぐぇっ……!」

 

 

そして鹿倉胡桃は猛スピードを保ったままそのまま小瀬川白望のお腹へ頭突きをかました。そしてドスッっという鈍い音が聞こえ、その頭突きによって小瀬川が仰向けに倒れ、胡桃が馬乗りになるような体制になる。

 

 

「いたたたた……何するの胡桃……」

 

「何するも何も、役満和了られて大丈夫なの!?」

 

胡桃から叱咤を受けた小瀬川は、頭をポリポリとかきながら答える。

 

「まあ、50,000点なら大丈夫……」

 

そう。50,000点程度ならいくらでも取り返すことは可能なのだ。だが、その過程を見ている側の塞と胡桃側からしてみれば心配極まりないのだ。

 

「そう言っていっつもギリギリになるんでしょう?シロ」

 

やはり塞にそこを指摘され、小瀬川は返答に詰まってしまう。

 

「……ま、勝機はあるんでしょ?」

 

返答に困っている小瀬川を見て塞が質問を変えると、小瀬川はすぐに

 

「ある……」

 

 

と答えた。それを聞いた胡桃は小瀬川から体をどかして、小瀬川に指をさして激励の言葉を言い残した。

 

 

「とにかく、絶対後悔しないこと!わかった!?」

 

 

それを聞いた小瀬川は、右手を頭の全部に当てて、敬礼の構えをとって

 

「……了解」

 

といった。そしてしばらくして、そろそろ後半戦の時間になったので、控室を後にした。

 

さっきまでダラダラしていた小瀬川の姿とは打って変わって、一気に真剣な目つきになる。

 

 

(……さあ、始めようか)

 

 

 

 

 




次回から後半戦です。
話が進むにつれて私の忙しさも過激になっていきます。
もう(忙しさから)逃げたいメゲたいつらいつらい(末原感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 決勝戦 ⑳ 後半戦開始直前

半荘始まるまでです。
二話連続で麻雀描写なしで申し訳ない……!気がつけば……描写なし……!二話連続麻雀描写なし……!やってしまった……!流石に二話連続は猛省……!

ていうことで、次回はちゃんと麻雀します。


 

 

 

 

-------------------------------

後半戦東一局

 

小瀬川 16,300

照 61,600

辻垣内 10,600

洋榎 11,500

 

 

 

「・・・あれ、皆もう来てたんだ」

 

 

その言葉と同時に小瀬川白望が対局室の扉を開ける。他の三人は既に対局室に来ていて、もう卓の近くに立っていた。三人は後半戦の開始を今か今かと待ちわびていたらしいので、小瀬川がやっと入ってきたのを確認すると、小瀬川の方を一斉に向く。いや、それだと少し語弊がある。別に小瀬川は遅れたわけではない。自分の身体に鞭打ち、ちゃんと時間の十分前行動を取れたのだ。怠惰の象徴と言っても差し支えないあの小瀬川が、だ。ただ、小瀬川が早めに来たと感じさせないほど、他の三人は小瀬川よりも早く対局室にいただけなのだ。

 

「シ……小瀬川。席決めはもう済んである。私ら三人が既に開いているからもう決まっているようなものだが、一応確認してくれ。同じ牌が混ざってたりするかもしれんからな」

 

てっきり一番最初だと思っていたので少し不思議そうに三人を見ていた小瀬川に辻垣内が声をかける。それを受けて小瀬川は対局室の中央の位置する卓の元へとゆっくり歩きだす。そして卓の目の前まで来た小瀬川は、先ほどの辻垣内の指示通りに、卓上に置かれている四つの牌の内、唯一伏せられている一牌を人差し指でひっくり返す。既に卓には{南、西、北}が晒されていたので、わざわざ見るまでもなかったが、辻垣内に言われた通り他の牌が混ざってたりする可能性もあるため、小瀬川は一応確認する事にした。

 

小瀬川

{東}

 

当然のことではあるが、小瀬川が開いた牌は{東}。心の中でまた仮東かあ……と思ったが、よく見てみると{南}は宮永照の立っている所の近くに、{西}も辻垣内の近く、{北}も愛宕洋榎にあるのが確認できた。即ち、前半戦と席が全く変わってないのだ。多少運命的なものを感じた小瀬川だったが、まあ正直席順などはどうでも良かったので、深くは考えなかった。これで席決めが終わり、四人はそれぞれの席へと座る。前半戦と席を変えるための席決めだったはずなのにもかかわらず、見える景色は前半戦と何ら変わりないが、四人にとってそんなことは重要ではない。

さっきまで他三人の思わぬ行動の早さに呆気にとられていた小瀬川も、椅子に座るなりその目つきを変え、先ほどの小瀬川とは別人のような真剣な表情をする。無論、他三人も真剣な表情だ。

 

そして小瀬川は後半戦の起家を決定づけるために、卓の中央にある赤と白に塗られた二つの賽子を回すべく、賽子の手前にあるボタンを押そうとした。

 

 

 

-------------------------------

 

 

決勝戦を演じる四人が席に座るのを実況室から見ていたアナウンサーと大沼秋一郎は、まだ対局が始まるまで時間があったのだ。実況もテレビ局によって放映されるが、一応今は休憩中という時間だ。それ故にマイクは切られているので、二人は現在状況や、ここだけの話誰が有利などかについて話していた。

 

「……ああそう、宮永照の資料、参考になった。ありがとう」

 

大沼はそう言って、先ほどアナウンサーから手渡してもらった宮永照の牌譜などが記述されている資料をアナウンサーに返却する。アナウンサーはそれを受け取り、持参していたファイルにその資料を入れると、部屋の隅に置いてある自分のバッグの中へ入れた。それを遠くから見ていた大沼は、アナウンサーに向かって質問する。

 

「……そういえば、小瀬川白望の資料はあるかい?」

 

それを聞いたアナウンサーは、バッグに資料を入れながら返答する。

 

「ありますよ。流石に準決勝のは研究は終わってないので、牌譜しかありませんが。県大会と一回戦の分もありますよ。……まあ研究といっても彼女の傾向などは全然分かりませんでしたけど」

 

「別に構わないさ。それじゃあ、それを頼もうか」

 

そうアナウンサーに言った大沼は、スクリーンに映る小瀬川を見て少し考えていた。

 

(……出てこねえ。小瀬川白望が昔いた誰かの打ち方に似ているってのと、そいつが小瀬川白望と同じ白髪だってことは思い出せるんだが……肝心の名前と顔が出てこねえ)

 

そう。先ほどから小瀬川に似ている誰かを知りたかったのである。名前さえ覚えていれば、ネットが普及しているこの御時世、昔にいた雀士といえど、有名であればすぐに探すことが可能であろう。だが、肝心要その名前が分からないのだ。

……まあその人物は言わずもがな赤木しげるであるのは間違いない。赤木は数々の逸話があるので今でも知っている人などは多いのだが、いかんせんもう大沼秋一郎も年である。定年を迎えた66歳の老いぼれだ。流石に何年も前のことなど、とうに忘れているだろう。だが、それでも尚大沼は知りたがっていたのである。

そこで、小瀬川の牌譜を見れば何かを思い出すのではないかと思ったので、アナウンサーに頼んだのであった。

 

(確か「あ」から始まったような気もするが……いや、「た」だっけか?とにかく強いってのは分かるんだが……流石に"とにかく強い雀士"で調べても出てこないだろう。十中八九小鍛冶とかにヒットするだろうしな……)

 

そこまで考えていたところで、アナウンサーが小瀬川白望のと思われる資料が入ったファイルをバッグから取り出して、そのファイルから資料だけを取り出して自分の元へ近づいてくるのが見えた。

 

「見るのは構いませんが、大沼プロは解説が役目ですので、ちゃんとお願いしますね」

 

アナウンサーはそう言って大沼に資料を手渡した。大沼はそれを受けると、バツが悪いような感じで、

 

「……ああ、すまんすまん。さっきは申し訳なかった」

 

と言った。が、その直後大沼の全目線は今さっきアナウンサーが渡した小瀬川についての資料に注がれていた。それを見たアナウンサーは、やれやれといった感じで、腕時計を見た。後半戦までは後五分。流石に五分では読み終わらないだろうなあ、とアナウンサーは一人だけで実況するであろうと腹を括った。

 

 

-------------------------------

観戦室

 

 

所変わって一般観戦室。観戦室では、休憩中ということなので、スクリーンには何も映っておらず、暗黒が広がるだけ。なので席を立って飲み物を買いに行く者もいれば、何処かに行って休む者もいた。園城寺たちは相変わらず小瀬川の件でギスギスして、一触即発の状態だったが、そこから少し離れたところでは、白水哩と小走やえが隣同士で座っていた。

 

 

「小走。お前はこの決勝戦どうなっぎ思う?」

 

腕を組んで、真っ黒なスクリーンを睨みつけながら白水が小走に質問する。それに対し小走は冷静な表情で返答する。

 

「……そうだな。点差はこの際関係ないが、宮永照がもう一度役満を和了れるかどうかが重要だな」

 

その返答を聞いた白水も真剣な表情で小走の方を向いて言う。

 

「……なんばい。小走もやっぱり気づいよったのか。点差は関係なかって」

 

「当たり前だ。ニワカと一緒にするな。……それにしても、辻垣内や愛宕洋榎の動向も気になるな」

 

 

そんなやり取りを続けていると、突然白水が真剣な表情を崩して、さっきの白水は何処へやら。いかにも楽しそうな感じで小走を肘で突きながら質問する。

 

「小走は小瀬川のことどう思っよっのかな?」

 

その質問を聞いた小走は完全に取り乱す。

 

「ど、どうって……」

 

返答に詰まった小走を見て、白水はやれやれといった感じでこう言う。

 

「どぎゃんしこら王者といっても、恋愛に関してはまだまだニワカか……」

 

「な、なんだと!?」

 

悔しくても言い返せない。そんな敗北感を白水から叩きつけられ、顔を真っ赤にする小走であった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

ビーーーーー

 

 

ブザーの音とともに、照明が一段と明るみを増す。観戦室ではスクリーンに対局室が映り、テレビでは実況の声とともにCMが終了する。それと同時に、先ほど親番を決めた結果、起家となった宮永照がボタンを押して、賽子を振る。

 

 

(……後半戦。まずはそのうざったい点差をさっさと退かさなきゃね)

 

(守りなど不要。攻めて攻めて捻じ伏せる)

 

(さあ、これからもここからも正念場。気は抜けないな)

 

(ええやん、ええやん!この緊張感!やっぱこれがあってこその決勝戦やで!)

 

 

ボタンを押したことによって回る赤と白の賽子を見ながら四人がそれぞれの思いを馳せる。全国大会決勝戦。全国の小学生で最強を決める最後の半荘が、後に"世紀の対決"と称される後半戦が今、始まる。

 

 

 

-------------------------------

後半戦東一局 親:宮永照 ドラ{西}

 

小瀬川 16,300

照 61,600

辻垣内 10,600

洋榎 11,500

 




さあ次回から後半戦。
優勝者は一体誰になるんですかねー!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 決勝戦 ㉑ 真逆

東一局です。


 

 

 

-------------------------------

後半戦東一局 親:宮永照 ドラ{西}

 

小瀬川 16,300

照 61,600

辻垣内 10,600

洋榎 11,500

 

 

 

いよいよ始まった全国大会決勝後半戦。最後の半荘が幕を開けた。何度も言うが、一位と他三人の点差は大きいものの彼女らにとってそんな点差あってないようなものだ。こんな点差もすぐに吹き飛び、元の点数である原点近くでの攻防が予想されている。故に、宮永照以外の三人が宮永照に対して集中砲火し、宮永照はそれを防ぎきるであろうと思われたその後半戦東一局。だが、その予想と反した形での始まりとなってしまった。

 

この東一局、既に六巡が経とうとしていたが、宮永照以外の他三人はこれといった特別な打ち回しはしていない。簡単に言ってしまえば平凡、手なり。平均50,000という点差を埋めるためには、多少強引な打点向上があるはずなのだが、他三人にはそういった動きは見られない。逆に、宮永照の方が大胆に動いているようにも見える。

 

六巡目

宮永照:手牌

{一二三四五六七八八八⑤⑥⑦}

ツモ{二}

 

打{⑤}

 

 

六巡目になる前に既に宮永照は聴牌{三六九、一四七}待ちの聴牌をしていたが、大胆にも{二}を引き入れて{⑤}を切り、筒子の面子を外して清一色に向かおうとしていた。この東一局の親は宮永照であり、聴牌しているのならわざわざ遠回りしてまで打点を高くしなくとも、連荘を優先すべきだ。にもかかわらず、宮永照は打点を上げようと試みたのである。まるで、宮永照が三人を追いかけているようではないか。宮永照の方が50,000点差をつけられているようではないか。

宮永照のその行為の意図が観戦室の観客は全くといっていいほどわからない。いや、数人は理解していた人はいたのだが、大多数は未だ靄の中だ。しかも数人、と言っても清水谷、小走やえ、白水などといった人とは一線を越している強者だけなので、同じ観客と一緒に数えていいのかは微妙だが。

 

 

「リーチ」

 

 

小瀬川:捨て牌

{①北七九西横四}

 

 

そしてその同順、小瀬川が牌を横に曲げる。六巡にしてのリーチということで期待がかかるが、卓を囲んでいる三人を除いて全ての人間が小瀬川の手牌を理解していた。そして理解していたからこそ、そのリーチを理解できなかった。

 

小瀬川:手牌

{三四五⑤⑥⑥⑦⑦⑧3379}

 

 

一見ただのリーのみの手。だからこそ、理解し難いものだった。この手、一手挟むだけでも打点向上に繋がる。例えば{6}をツモってくれば断么九がつくし、{⑤乃至は⑧}をツモってくれば一盃口がつく。つまり、まだこの手は完成していないと言っても過言ではない。それなのに小瀬川は牌を横に曲げた。しかもまだまだ序盤の六巡目に、だ。

 

宮永照:手牌

{一二二三四五六七八八八⑥⑦}

ツモ{九}

 

その直後の宮永照のツモは{九}。当然のことながら、宮永照は筒子の{⑥}を切り飛ばす。

一度聴牌を拒否したものの、あと一手で清一色を聴牌することができる清一色一向聴まで手を進めることができた。裏目を引くどころか、一巡で清一色への転生の兆しを見せた宮永照の流れを鑑みても、次、遅くとも三巡後には聴牌するであろう。

だが、

 

七巡目

辻垣内:手牌

{三三②③⑧⑨5566777}

ツモ{①}

 

その同順、辻垣内が一盃口を聴牌する。その待ちはまさかの{⑦}待ち。即ち、宮永照が聴牌すれば必然的に溢れる牌である。しかし、この時辻垣内はリーチをかけずに黙聴で打{7}。

何故打点を高くしようとしないのか、という疑問が生まれたものの、その疑問は愛宕洋榎によって遮られる。

 

「チー!」

 

 

愛宕洋榎:手牌

{一二六七③④赤⑤2223} {横768}

 

 

 

打{二}

 

 

愛宕洋榎が辻垣内の切った牌を鳴き、これで一向聴となる。だが、愛宕洋榎も辻垣内や小瀬川のように特別打点が高いというわけではない。むしろ低めといったところだ。

 

観客からしてみれば何故、本来高目を狙うべき者が高くしようととせず、高くなくてもいい連荘狙いで良いはずである者が強引に高くしようとするという異常事態が起こっているのかすら分からない。そこにどういう意図があり、何を考えているのか分かるわけがない。何故なら、観客は今起きている事態と、真逆の事が起きているからである。『まさかそんな事起きないだろう』と思う事すらなかった事態なのだ。そしてそれが起これば、意図を理解できないのは当然といえば当然である。

 

 

そして愛宕洋榎が鳴き、牌を切った直後、次のツモ番となった小瀬川のツモによって小瀬川はあっさりと宣言する。

 

 

「ツモ」

 

小瀬川:和了形

{三四五⑤⑥⑥⑦⑦⑧3379}

ツモ{8}

 

 

「リーチ、ツモ……」

 

 

手牌十三牌を両手で倒し、裏ドラを捲るためにドラ表示牌の南を取り、一段下がった裏ドラを小瀬川は人差し指一本で捲った。

裏ドラ表示牌は{⑨}。つまり裏ドラは{①}だった。しかし、小瀬川の手牌には{①}はない。もっと言うなら、{①}は小瀬川が最初に切った牌である。しかも愛宕洋榎の鳴きがあったため一発はつかず、リーチツモのみの30符二飜。2,000の和了である。

 

 

「裏なし。500-1,000」

 

 

この和了によって、ますます小瀬川達の狙いがわからなくなった。裏ドラが乗ったりして満貫になるであろう。だからノミ手でもリーチをかけたと推察していたのに、箱を開けてみれば満貫どころか裏ドラは一つも乗らず。じゃあ何故リーチをかけたのかが再び理解できなくなったのだ。

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

(なんで……?その手だって、まだ途中じゃあ……)

 

臼沢塞がノミ手を和了った小瀬川を見て、疑問そうに思った。観客の恐らく99%が思っている疑問を、だ。

それを表情で悟った赤木は、臼沢塞に向かってこう言った。

 

【……今、あの卓で点差は関係ない。ここまではいいな?】

 

それを聞いた臼沢塞は、声に出してもいない事を気付いた赤木に若干びっくりしながらも、赤木の問いに答える。

 

「は……はい」

 

 

【だとしたら、答えは自ずと出てくるはず……仮に点棒を原点と仮定した場合、起家の宮永は『加算麻雀』をいち早く発動させるために、打点を高くしようと試みるのは当然のことだ。となれば、あいつらは宮永を止めようとするだろ?……つまりそういうこと。点差にどうしても意識が向いてしまうから本質を見失いそうになる。だから理解できなくなっちまうんだ】

 

「そうですか……」

 

 

臼沢塞は赤木の話に半分だけではあるが納得する。そして残り半分は、やはり小瀬川のことが心配だからそんなこと言ってられないという気持ちだったのを赤木が見抜いたのか、クククと笑って赤木が独り言のように呟いた。

 

【大切な人がいるってのはいいもんだな。生きていた頃の俺には友しかいなかったが……】

 

「な……!」

 

またもや赤木に見抜かれ、臼沢塞が顔を真っ赤にする。鹿倉胡桃はそんな臼沢塞を見ていたが、

 

【あんたもだぜ。鹿倉さん】

 

とバッサリ言い切る。その言葉に、鹿倉胡桃もまた顔を赤くした。

 

 

(【……肝心のあいつがアレ(誑し)だからな。全く、恋ってもんは分からないものだ】

 

人が恋、という感情を抱いているかどうかは分かるが、それが一体どういったものなのかは分からない。赤木にしては珍しくはっきりしない事だが、赤木の生い立ちを振り返ってみればそれも仕方ないであろう。

 

 

 

 

赤木がそんな疑問を抱えながら、決勝戦の場は東二局へと移る。

 

-------------------------------

 




次回は東二局。
そういえば通算UA数が70,000回突破しましたね。
これからも頑張っていきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 決勝戦 ㉒ 犠牲

東二局です。


 

 

 

 

 

-------------------------------

東二局 親:辻垣内 ドラ{②}

 

小瀬川 18,300

照 60,600

辻垣内 10,100

洋榎 11,000

 

 

 

後半戦東二局。前局の東一局では観客の予想に反して小瀬川があっさりと安手で和了り、宮永照の親番を流した結果となった。小瀬川からしてみれば、宮永照の『加算麻雀』による役満聴牌を阻止するための安和了りの為、当然といえば当然であろう。これで厄介な宮永照の親が流れ、連荘の危険性は南一局のみの残り一局となった。そして改めてこの東二局から、観客が予想していた試合展開となっていった。つまり、小瀬川達が手を高めに作ろうとし始めたのである。唯一予想と違ったのは、そこに宮永照も含まれている事か。

だが、それも無理もない。50,000点の点差などワンチャンスで吹き飛びかねないほど脆弱な点差なのだ。となれば、宮永照はもう一度『加算麻雀』の役満を発動させる為に和了りにいくしかない。それに、宮永照が安手で流そうとしても、それよりも早く、尚且つ高い手で攻められ、和了られるといった事態が当然のように起きかねない。いや、起きかねないというより、九分九厘そうなるだろう。しかも、これは『加算麻雀』とは違った意味でのオカルトチックな話になるが、通常の場合で正しいと思われる戦略が、この卓では愚行と見做される可能性が高い。この状態で言えば宮永照が安手で流すという戦略のことだ。確かに、通常ならこの戦略は普通……いや、当然であろう。50,000点差がある状況で無理に手を高くする必要はない。例えそれによって危機が訪れても、未だその呼び名はされた事はないが、宮永照は『牌に愛された子』なのだ。並大抵の事では宮永照の優位は揺るぎない。だが、この卓では『牌に愛された子』と雖も、必ずしも優位に立てるとは限らない。いわゆる、不安定な場なのだ。そしてこれは完全な宮永照の憶測だが、こういう時のような不安定な場は『前に進む者を応援する』という傾向がある。逆に言えば、『後ろに戻る者は見放す』という事だ。この二つのこと故に宮永照は安手で流すよりも、無理に手を高くしようと試みたのだ。

 

しかし、当然の事ながら全員が手を高くしようと動けば、 聴牌するタイミングは重なる可能性は高い。つまり、聴牌する時に溢れる牌によって打ち合い必須の状況となりやすいのだ。であるから、場はますます激戦となりかねない。

 

 

七巡目

小瀬川:手牌

{一①②③⑦⑧⑨112中中中}

ツモ{②}

 

そして七巡目、前局ツモ和了って宮永照の親を蹴った小瀬川が一向聴となる。しかも、うまく牌が重なればチャンタ中ドラ2一盃口が見え、打点は申し分ない。小瀬川はすぐさま{一}を切る。これで小瀬川が四人目の一向聴となり、全員が聴牌直前となる。問題は誰が先に聴牌するかが問題だが、その一巡後の八巡目、誰よりも一歩先に聴牌に至る者が現れる。

 

 

八巡目

辻垣内:手牌

{一一四四⑧⑨⑨⑨446白白}

ツモ{6}

 

親の辻垣内が七対子を聴牌する。待ちは{⑧}待ち。そして暗刻の{⑨}を横に曲げ、1,000点棒を投げ入れる。つまりリーチの宣言だ。

 

「リーチ」

 

 

辻垣内

打{横⑨}

 

 

 

それを受けて同巡、辻垣内に追いつく形で宮永照が聴牌することとなる。

 

 

 

宮永照:手牌

{三四五⑤赤⑤⑦⑦⑧東東北北北}

ツモ{東}

 

三暗刻東赤一の満貫手。しかし、聴牌に取るには辻垣内の和了牌の{⑧}を切る他ない。確かに{⑦}を切ることで聴牌に取ることもできるが、そうなれば東赤一の二飜どまりとなってしまう。斯く言う宮永照も、この{⑧}が怪しいことは承知である。だが、切るしかない。切るしかないのだ。宮永照は{⑧}を指をかける。

 

 

宮永照

打{⑧}

 

 

そして宮永照は思い切り{⑧}を捨てた。無論、辻垣内は牌を倒さないわけもなく、和了宣言をする。

 

 

辻垣内:和了形

{一一四四⑧⑨⑨4466白白}

 

 

裏ドラ{六}

 

「ロン……リーチ一発七対子。9,600」

 

 

 

裏ドラは乗らなかったものの、二十五符四飜の9,600。この東二局、結果的に宮永照が親の辻垣内に振り込んだ形とはなったものの、宮永照の心意気はかなり良かった。逃げずに突っ込んでいった。自分の攻めるという気持ちを押し通してまで振り込んだ。故に、この直撃は決してただただ振り込んだだけではない。それよりも自分を保ったことが何より大事である。

 

(9,600、か。宮永が勝負に来るとは思わなかった……だからこその9,600止まり、か)

 

そう。そしてその恩恵は既に現れていた。それは裏ドラである。あの流れであれば辻垣内に裏ドラが乗るはずであった。それにもかかわらず乗らなかったということは、宮永照に風が吹き始めようとしていることだ。どうやら宮永照のあの自分の振り込みを覚悟しての{⑧}強打を、麻雀の女神が気に入ったのである。点棒を犠牲にして、宮永照は流れを得ようとしたのである。流れという現実、言うなれば『前』を進もうとしたのである。

 

(……宮永を徹底的に潰しておかなければ、な)

 

辻垣内は不本意そうに100点棒を取り出して、卓上に置いた。親の辻垣内が和了ったため次局は東二局一本場となる。いくら意味を成さないとはいえ、宮永照とは50,000点近い点差だ。それを抜きにしてもここで和了っておきたいところである。

 

 

(振り込んだ……でも、手応えは感じた)

 

そして振り込んだ宮永照も、自身に好調な風が吹いている予兆を感じていた。50,000点差を守るためには、点棒を削ってでも守りきる。というなんとも矛盾めいた話ではあるが、それが一番正しいのだ。勝利とは、リスクと等価交換で得るものなのだ。そのためなら、点棒などいくらでも削ってやろう。その意思こそが、混沌とした場は好みなのである。

 

そして場は東二局一本場。辻垣内の連荘に移ることとなる。

 




次回は東二局一本場。
今日は間に合わないと思いました(小並感)
でも間に合ったー!って思ったらそんなに字数がないという現実。
まあ、毎日投稿がこの小説の魅力(笑)だからね。仕方ないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 決勝戦 ㉓ 代理戦争

東二局一本場です。


 

 

 

-------------------------------

東二局一本場 親:辻垣内 ドラ{発}

 

小瀬川 18,300

照 51,000

辻垣内 19,700

洋榎 11,000

 

 

前局の辻垣内の連荘によって東二局一本場となったこの局。辻垣内の宮永照からの9,600直撃を打ち取り、点差はラスの愛宕洋榎でさえ丁度40,000点となるなど、どんどん宮永照へと近づいて行っている。だが、それは宮永照は承知の上だ。知った上で、宮永照は突っ走っている。前局の振り込みだって、逃げ腰になっていれば避けることのできた振り込みだ。だが、宮永照は気にもとめず、堂々と振り込んだ。その結果、宮永照に風が吹きつつあったのだ。点棒を多く持っている者が勝つ麻雀に勝つために、点棒を犠牲とする。麻雀のなんとも皮肉な部分と言えるだろう。

 

そして東二局一本場、配牌の全員の立ち上がりはまずまずといったところだ。若干、宮永照が少し牌が繋がりやすい配牌のため、宮永照が少々有利といったところか。しかし、前局和了った辻垣内もなかなか負けてはいない。スピードでは宮永照に劣るものの、ドラの{発}を対子にし、インスタント満貫が狙える手である。しかもこのインスタント満貫は鳴いても覆らないので、どんどん鳴いていけるのだ。そういった点を踏まえれば今局での配牌、一番理想的な配牌は辻垣内と言える。まあ、いくら宮永照に風が吹きつつあるとはいえ、それ即ち前局和了った辻垣内の流れが悪くなるわけはない。故に、この結果は極めて妥当な配牌だろう。むしろ、振り込んだ宮永照が辻垣内に配牌の良さで対抗できるということ自体が異常なのだ。

そしてこの局で最初の動きが起こったのは局が始まってすぐ、三巡目のことであった。

 

 

「ポン!」

 

辻垣内:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {八八横八}

 

 

打{六}

 

 

 

最初に動いたのは辻垣内。愛宕洋榎が切った{八}を鳴くことができた。宮永照にスピードで勝つ為、どんどん鳴いていくしかない辻垣内からしてみれば三巡目から鳴けたのはラッキーといったところか。

 

そして、その辻垣内の鳴きを見て、思考を走らせる者が一人。

 

 

(……なるほど、インスタント満貫か)

 

そう、小瀬川白望である。小瀬川は辻垣内のあの一鳴きで辻垣内の手の内をだいたい予測した。まず、三巡目に鳴いた時点で打点は鳴いていても高いことが確定する。点が欲しいこの段階で三巡目に鳴くということは、既に満貫や跳満が確定している手ということだ。そして、辻垣内は鳴いた後{六}を切った。つまり、萬子の染め手ではないことがわかる。いくら鳴いたとはいえ、三巡目で聴牌している可能性は低い。つまり染め手がないとなれば、他に満貫が確定している手といえば、インスタント満貫である。そういった思考を、小瀬川は辻垣内のあの数秒の動きで瞬時に読み取る。こういった瞬時の判断も、小瀬川の恐ろしいところの一つであろう。豪快で尚且つ華やかな打ち回しや、ここでこその強運に目が行きがちだが、これもまた小瀬川白望という雀士を形作るには欠かせないパーツの一つであるのだ。

 

四巡目

小瀬川:手牌

{一一二三②④⑤2356発発}

ツモ{七}

 

そしてその一巡後、小瀬川は手には全く繋がりのない{七}を引いてくる。しかし、小瀬川は{七}を手の内に入れ、ドラ対子の{発}に手をかけた。辻垣内がインスタント満貫で、既に一鳴き入れていることから、辻垣内を鳴かせた方が早いと判断したのだろう。

 

 

小瀬川

打{発}

 

 

 

「ポンだ」

 

 

辻垣内:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {発横発発} {八八横八}

 

 

打{4}

 

 

 

小瀬川の想定通り、辻垣内はドラの{発}を対子で抱えていて、無事鳴いてくれた。この判断は値千金の判断であることの証明となる。もし仮に小瀬川が{発}の対子を抱えたままであれば、小瀬川も辻垣内もありもしない{発}をツモることなく、宮永照に先を越されていたであろう。まさに好判断であるこの小瀬川のファインプレーは、六巡目に身を結ぶこととなる。無論、辻垣内が和了るという形で。

 

 

 

「ツモ」

 

辻垣内:和了形

{一二三⑥⑦33} {発横発発} {八八横八}

ツモ{⑧}

 

 

「発ドラ3。一本場を加えて4,000オール」

 

 

 

辻垣内が宮永照を振り切り、実質親満をツモ和了る。振り切る、とはどういうことかというと

 

宮永照:手牌

{六七八②③④赤⑤⑥⑦⑦234}

 

 

宮永照が聴牌していたのである。しかも、{①④⑦}の理想的三面待ち。おまけに断么九平和赤一と既に三飜が確定し、ツモられていたらよ四飜和了となってしまい、『加算麻雀』の役満聴牌にグッと近づくこととなる。何気なく辻垣内が順当に和了っていたこの局だが、実際は結構危うい局であったのだ。だが、それを感じさせなく、辻垣内を和了らせた……いうなれば辻垣内を利用して宮永照と代理戦争をさせた元凶は他の誰でもない、小瀬川白望である。

 

 

(……)

 

小瀬川が動いていなければ、この局は宮永照がものにしていたはずだ。小瀬川が辻垣内を鳴かせさえしなければ、宮永照が四飜をツモ和了っていたはずだ。やはり、小瀬川白望という脅威は計り知れない。が、他三人とはまた違った脅威なのだ。宮永照のような強大な能力による恐ろしさではない。辻垣内や愛宕洋榎のような単純な強さによる恐ろしさでもない。異端。何から何まで謎なのだ。例えるなら、白と黒のモノクロの世界に存在する透明な色のないもの。白でもなく、黒でもない。明らかにその場に不釣り合いな色。だが、かといって真っ赤などの場違いな色ではない。馴染みつつも、また異常な、小瀬川という色。

 

 

そして辻垣内がまた和了ったことで、次の局は東三局には移らず、東二局二本場となる。

好調になりつつある宮永照と、親の連荘でじわじわと、また確実に点差を詰める辻垣内、そして今はまだ闘いを様子見している愛宕洋榎と、それら三人を掌握しようとする小瀬川白望。

混戦となりつつある四つ巴の決勝戦後半戦は、まだ始まったばかりだ。

 




次回は東二局二本場です。
やっとまともな休日が来るよ!!やったね!!

月曜日「呼ばれた気がした」


呼 ん で な い



……疲労で頭おかしくなってますね。これはやばい(確信)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 決勝戦 ㉔ 天と地

東二局二本場です。


 

 

-------------------------------

東二局二本場 親:辻垣内 ドラ{⑥}

 

小瀬川 14,300

照 47,000

辻垣内 31,700

洋榎 7,000

 

 

前局、小瀬川が援護する形で辻垣内が宮永照を振り抜いて、30符四飜の一本場4,000オール。実質親満をツモ和了った。この和了のおかげであれだけあった点差も一気につまり、辻垣内と宮永照との点差は15,300と、うまくいけば今局で逆転できるような点差になった。一方三位とラスの小瀬川白望と愛宕洋榎は、小瀬川の方は32,700点差、愛宕洋榎は40000点差と、この二人はトップとはまだまだ点差はあるものの、連荘はあったものの東二局まででもう点差は10,000点も縮まっている。そういう意味では、決して遠い点差ではない。

点差だけで考えれば、宮永照がこの後半戦から若干押され気味のように感じるが、実のところ一概にそうとは言えない。前局も、前前局、というよりこれまでの後半戦の全局、宮永照は和了れはしなかったものの、聴牌していたのは事実である。しかも全て満貫以上の手であり、宮永照の好調の翳りは全く見える様子はない。むしろ、良くなっているようにも見える。故に、未だ宮永照の好調な流れはまだ終わってはいない、むしろ始まったばかりだ。だが、その好調な流れは本来の力を発揮していないのもまた事実。地震のように初期微動があるように、宮永照に吹く風も未だ予兆程度でしかないのだ。逆に言えば、あと少しで主要道、本命が来るということだ。その間に他三人はなんとかしたいところである。

 

そしてこの局、前局、前前局と連続で和了り連荘をしてきた辻垣内の立ち上がりはあまり良いとはいえない。前兆状態の宮永照も何方かと言えば良くない。そして小瀬川も愛宕洋榎も例外なく配牌は悪い。つまり全員の配牌が悪かったのだ。

 

一巡目

愛宕洋榎:手牌

{五八九赤⑤⑦⑦⑧679南北北}

ツモ{北}

 

 

そして愛宕洋榎の最初のツモは{北}。愛宕洋榎にとってオタ風の{北}が暗刻となってしまった。オタ風が暗刻になるなど最悪。観客もオタ風の暗刻を見て早くもこの局、愛宕洋榎の和了は無いと思われたが、実は違う。この{北}こそ導火線。愛宕洋榎の爆発的な流れに火をつける導火線なのだ。宮永照のように予兆などではない。宮永照が地震だとしたら、愛宕洋榎の流れは雷。予兆なしに突発的に地面へ降り注ぐ電流の矢。この天と地の闘い、この局はスピードの違いによって愛宕洋榎側に軍配が上がるようだ。

 

二巡目

愛宕洋榎:手牌

{五八九赤⑤⑦⑦⑧679北北北}

ツモ{⑥}

 

打{五}

 

まず二巡目。愛宕洋榎は手始めに{赤⑤と⑦}を繋ぐ架け橋、{⑥}をツモってくる。これで一歩前進。

 

 

三巡目

愛宕洋榎:手牌

{八九赤⑤⑥⑦⑦⑧679北北北}

ツモ{八}

 

打{九}

 

 

四巡目

愛宕洋榎:手牌

{八八赤⑤⑥⑦⑦⑧679北北北}

ツモ{八}

 

打{9}

 

 

そして続く三巡目、四巡目と連続で{八}を重ね、{八}を暗刻とし、これで三面子。一向聴とし、僅か四牌のツモで聴牌目前まで詰め寄った。三人と比べればその速度は異常なほど早い。好調の予兆状態の宮永照でさえも未だ牌が繋がりにくい受けが良くない二向聴、小瀬川に至ってはまだ三向聴で、やっと字牌処理を終えた頃だ。

無論、この流れは絶えることなく五巡目、聴牌へと至る。

 

愛宕洋榎:手牌

{八八八赤⑤⑥⑦⑦⑧67北北北}

ツモ{7}

 

{7}を対子、雀頭とし、聴牌{⑥⑨}待ち。手自体はそんなに高くはない。リーチをかけなければ出和了りできないものの、あの配牌で五巡目聴牌は恐ろしい速さだ。しかし、愛宕洋榎は牌を曲げずに一巡待った。

 

(・・・まだやろ。こんなもんやないやろ!)

 

そう。この手に潜められた可能性。この手、一手挟むだけで打点がグッと上がることとなる。愛宕洋榎はそれを期待してリーチを一巡遅らせた。そしてそのすぐさま次巡、六巡目に待ち望んでいた牌を引き寄せる。

 

六巡目

愛宕洋榎:手牌

{八八八赤⑤⑥⑦⑦⑧77北北北}

ツモ{⑦}

 

{⑦}引き。これで聴牌し直し、打{⑧}で{④⑦、7}の三面張。高目の{④⑦}が出る、もしくは{7}ツモで三暗刻がつくこととなる。1,000点棒を取り出すと、愛宕洋榎は{⑧}をガッと右手で掴み、横に振りかぶる。そして思いっきり野球のサイドスローのように腕を地面に対して平行に動かす。そして、{⑧}を横向きにしかながら捨て牌に並ぶ五牌に向かって叩きつける。それと同時に持っていた1,000点棒を置き、宣言。

 

 

愛宕洋榎:捨て牌

{南五九96横⑧}

 

 

「リーチ!」

 

多少物議を醸しそうな牌の扱い方でリーチする。が、愛宕洋榎はそれに留まることなく、手牌の両端に両手をかけ、手牌を一つ残らず晒す。

 

 

「オーープン!!」

 

 

愛宕洋榎:オープンリーチ

{八八八赤⑤⑥⑦⑦⑦77北北北}

 

 

オープンリーチ。愛宕洋榎は手牌十三牌を全て晒すことを条件に、一飜を己が手に加算させる。これでツモればオープンツモ三暗刻赤1の跳満。裏が二つ以上乗れば倍満になる。

 

 

(こんなに早くに跳満、倍満手だと……?冗談じゃないぞ)

 

親の辻垣内は愛宕洋榎の晒された手牌を見て顔を顰める。辻垣内の手は未だ二向聴。しかも、聴牌できたとしてもノミ手。そんな自分と愛宕洋榎との手牌の格差に心の中で苦言を呈する。

 

そしてオープンリーチをされたところで、まだ他の三人は聴牌には程遠い。故に差し込んで流したりする事も不可能だ。三人が何もできないまま場は一巡し、愛宕洋榎のツモ番となってしまう。

 

 

愛宕洋榎が力を込めて山からツモ牌を引き抜く。そしてツモった牌を盲牌し、頭の中でそれが何の牌かを親指の感覚だけで確かめる。

 

 

((まさか……!?))

 

 

(……)

 

辻垣内と宮永照は愛宕洋榎のツモった牌を焦ったようにして凝視し、小瀬川はクールな表情を崩さず、愛宕洋榎が盲牌している様を眺めていた。親番を終わらせたくない辻垣内と、好調な流れの本陣を早目に引き入れたい宮永照が焦るのはしょうがない。逆に、全く焦る様子のない小瀬川が異常なのだ。彼女からしてみれば点棒が減るだけで、弊害はないものの、倍満の可能性がある、しかもオープンされた状態の最初のツモを意にも介さないという時点で、彼女の感覚は吹っ飛んでいるのだ。……主に赤木という彼女の師が原因なのだが。話を戻して愛宕洋榎のツモ。愛宕洋榎は盲牌していた親指をぴたりと止め、ゆっくりと上に上げていた手を下ろす。

 

 

「……まあ、そんなに上手くはいかんな」

 

 

愛宕洋榎:捨て牌

{南五九96横⑧}

{①}

 

 

愛宕洋榎がツモってきた牌は{①}。{④⑦}と同じ筋ではあるが和了牌に{①}は含まれていない。つまり、一発はなかったのだ。それを見た辻垣内と宮永照がホッとしたのも束の間。

 

 

八巡目

愛宕洋榎:和了形

{八八八赤⑤⑥⑦⑦⑦77北北北}

ツモ{7}

 

裏ドラ{2}

 

「ツモ!!オープンツモ三暗刻赤1、跳満!3,200-6,200!」

 

 

 

二人が一息ついたその瞬間に、愛宕洋榎が二牌目によってツモ和了る。裏は乗らず跳満だが、無事ツモ和了って辻垣内の親を蹴ると同時に、宮永照にグッと近づいた。

そしてタイミングが良いのか悪いのか、次局の親は愛宕洋榎。

 

 

(エンジン全開で行くで!)

 

 




次回は東三局。
土日というありがたみがわかりますね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 決勝戦 ㉕ 第三、そして第四の選択肢

東三局です。


 

 

 

-------------------------------

東三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 11,100

照 43,800

辻垣内 25,500

洋榎 19,600

 

 

 

愛宕洋榎:和了形

{八八八赤⑤⑥⑦⑦⑦77北北北}

ツモ{7}

 

裏ドラ{2}

 

 

東二局二本場、この後半戦では動きが見られなかった愛宕洋榎がオープンリーチを駆使しての跳満ツモ、二本場を加えて12,600をツモ和了った。これで愛宕洋榎と宮永照の点差は24,200にまで縮まり、仮に次宮永照に親満を当てれば点差はたったの200と、リー棒一本で点差は完全に無くなってしまうほどになる。小瀬川と宮永照の点差は変わらず32,700だが、まだ親番を二回残していると考えれば、そう大きい点差とは言えないであろう。一方、親被りによって宮永照と小瀬川の倍点棒を支払った辻垣内は宮永照との点差が3,000開き、その点差を15,800とした。開いたとは言え、未だ点差は15,800。あと一歩か二歩で宮永照に届きそうな点差だ。

 

点棒以外の彼女らの現状といえば、今は愛宕洋榎に好調な風が吹いていて、前局は軽い独壇場の模様を呈していたことくらいか。だが、愛宕洋榎以外にも好調な風が吹いている者はいる。それは宮永照だ。前局どころか、後半戦の東一局、最初からその予兆はあった。しかし、未だその全容は見えておらず、突発的に吹いた愛宕洋榎への風に先を越された形になったが、確かに宮永照に風は吹いているのだ。

とはいえ、事実場を制しているのは愛宕洋榎。この局の配牌も、愛宕洋榎が頭一つ飛び抜けていた配牌と言わざるを得なかった。

 

愛宕洋榎:配牌

{一二三四四五六八八⑦⑨2東東}

 

 

萬子の混一色にダブ東、おまけにドラの{二}を抱えていて、門前でいけば跳満確定。しかもこれが混一色を考えなければ一向聴、萬子の混一色に向かったとしても二向聴と、打点の割には驚異の速さを誇る。打点もスピードも申し分ない。というより殆どこの局は愛宕洋榎がものにしたようなものと言っても差し支えないだろう。二向聴の跳満という半ば反則級の配牌を手にした愛宕洋榎。愛宕洋榎は混一色に向かう方向でも、速あがりに向かう方向のどちらでも浮く形となる{2}を切り飛ばす。

 

そして小瀬川へとツモ番が回り、次は宮永照、辻垣内……そして愛宕洋榎へと一巡するかに思われたが、ここで動きが見られた。

 

 

小瀬川

打{一}

 

 

「チー」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横一二三}

 

 

 

打{西}

 

 

宮永照が一巡目にして鳴きを入れてくる。ここまで流れは良かったが、いつも良いところで誰かに阻止されてきた宮永照が、遂に鳴きを入れてきたのだ。

それを見て頭を働かせる愛宕洋榎。

 

(・・・鳴かないとやってられんほど酷いっちゅうんか?宮永。・・・これを機とみるか、何か裏があると見るか……)

 

愛宕洋榎が宮永照の鳴きを見てまず率直に思ったことは、宮永照の衰退であった。今まで殆ど、後半戦に限って言えば全部の局で門前で手を進めてきた宮永照が、この局になって急に一巡目から鳴きを入れてきた。となれば、門前で行くのは厳しい配牌であったと考えて妥当だろう。しかも、それと同時に宮永照に流れかけていた風が消えかかっているということの証明にもなる。

実際のところどうなっているのかは分からないが、本陣が来る前に消えてくれれば、愛宕洋榎側からしてみれば嬉しいことこの上ないことだ。

だが、そんな期待の可能性に少し遅れて愛宕洋榎の脳内に浮上した可能性は、宮永照の罠だという可能性だ。確かに宮永照は一巡目で鳴きはしたが、それ即ち彼女の手が酷いということには結びつかない。例えば配牌が萬子の清一色や混一色、或いは純チャンなどの一向聴で、仕方なく鳴いたということも考えられる。

無論、いくら考えたところで答えが分かるのはこの局が終わってからだ。だからここで結論を出そうということ自体が野暮である。しかし、だからこそ愛宕洋榎は迷っていたのだ。進むべきか、退くべきか。

 

愛宕洋榎:手牌

{一二三四四五六八八⑦⑨東東}

ツモ{東}

 

そして辻垣内のツモ番も終わり、愛宕洋榎のツモ番。彼女の元に舞い降りたのは{東}。あろうことかこれでダブ東が確定し、聴牌することとなる。打{四}で嵌張{⑧}待ち。無論、{⑦⑨}を切って萬子の混一色に向かう事も可能だ。

しかし、愛宕洋榎にとってこの{東}は要らない援護であった。まだ、宮永照の手が良いのか、悪いのかがはっきりしていない。そういう意味では、ここでの{東}は援護というよりは、愛宕洋榎を決断という崖へ追い込む刺客であった。もしかしたら混一色に向かう事を読まれていて筒子の{⑦か⑨}で待っているんじゃないか、もしかしたらただ手が悪いだけなんじゃないか。と愛宕洋榎の中で意見が真っ二つに分かれている。

だからこそ頭をフル回転させて思考する愛宕洋榎。どっちを取るべきか、どっちに進むべきかを、決断するために。

 

 

 

(・・・決めた)

 

現実時間に換算して数秒の思考であったが、その数秒の間に愛宕洋榎の頭は常人の何倍も働いていた。そして出す結論。

 

 

(・・・ウチには守りより……)

 

 

 

 

愛宕洋榎

打{⑦}

 

 

 

(攻めの方が似合ってるんや!!)

 

 

愛宕洋榎がとった決断は、攻め。自分らしさを追求して、攻めに向かった。あれだけ考えたのにもかかわらず、結局出した答えの理由は自分らしいから、という事に納得できない人も多いだろう。だが、愛宕洋榎の言っている事……というよりやっている事は正しい。結局、どこまで考えても確実な答えは出ず、結果論にしか過ぎない。答えが出ないのだから、無理に考えて自分を捻じ曲げるよりも

自分を押し通した方が良いに決まっている。そして麻雀というものは、自分を見失わない事が最も重要なのだ。故に、"そんな理由"で片付けてはいけないのだ。自分を押し通すという事の難しさは、この世で最も難しいのだから。

 

結局愛宕洋榎が切った牌の{⑦}に反応するものはおらず、和了られる事は無かった。それを確認して心の中で盛大にガッツポーズを取る愛宕洋榎。そして小瀬川のツモ番へと移り、小瀬川が切ったのは{⑦}。狙っていたのかはたまた偶然か、{⑦}の合わせ打ちという形になる。

しかし、ここで新たな動きが起こった。動いたのは言わずもがな宮永照。

 

「チー」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横⑦⑧⑨} {横一二三}

 

打{赤5}

 

 

鳴き。二連続の鳴き。これで、愛宕洋榎は自分の判断が正しかったと確信する。宮永照は、あの時点では張ってなかったと。そして{⑦}を鳴いた時点で、彼女の手の内はだいたい理解した。彼女の待ちは十中八九チャンタ手。字牌抱えではないというのが{赤5}打ちで分かった。

そして{⑨}は{⑦⑧⑨}で鳴いているから当たり牌になるのは滅多にない。本当に狙ってやらなければ無理だ。それを二巡で二鳴きした宮永照ができるわけがない。

 

 

愛宕洋榎:手牌

{一二三四四五六八八⑨東東東}

ツモ{⑥}

 

そして一巡して愛宕洋榎がツモってきたのは{⑥}。愛宕洋榎のこの局初めての裏目となる。だが、愛宕洋榎はそんな事は御構い無しといった感じで{⑥}を切る。宮永照がどれだけ鳴きで純チャンに近づこうとも、鳴きが必要な時点で流れは宮永照にはない。故に愛宕洋榎が有利なのは目に見えているのだ。そう、こんな状況で宮永照の方が有利になるなど、それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

愛宕洋榎からしてみれば完全に想定外だった。少なくとも、この切った牌の{⑥}は当たらないと信じていた。肝心の宮永照は張っていたとしても純チャン。{⑥}はまず当たらない。そのはずだった。それこそ、打点の上昇の可能性があったにも関わらず、それを全部捨てて速さを求めなければこの{⑥}が当たるなんて事は起きない。そんな馬鹿な事起こるはずがない。それが常識だ。

だが、宮永照はその馬鹿な事をやってのけていたのだ。

 

 

宮永照:手牌

{①①①⑥中中中} {横⑦⑧⑨} {横一二三}

 

 

「ロン。中ドラ1……2,600」

 

 

 

(ウソやろっ……!?)

 

愛宕洋榎は思わずガタッと立ち上がる。宮永照の手牌、本来なら絶対に行き着かないはずの最終形。それが今愛宕洋榎の目の前にしっかりと存在している。

 

この手、宮永照の判断によって最短ルートを走ったが、その道中で幾度となく打点向上のチャンスをことごとく潰してきたのだ。

まず最初の{一}鳴き。あれをやらなければ筒子の混一色にだって向かえることができていたのだ。宮永照は和了るまで鳴きしか行っていない。つまり、配牌で既に{中}暗刻、{①}暗刻に{⑥⑧⑨}の搭子が確保できていたのだ。ならば、一巡目から鳴いて筒子の混一色の可能性を遮断するなど本来有り得ない。それに、二度目の鳴きだってそうだ。二度目の鳴きの後切ったのは{赤5}。つまり、ドラドラにだってできた手なのだ。それをわざわざドラを放棄して、愛宕洋榎の{⑥}狙い撃ち。愛宕洋榎が考えていた宮永照の手の内、鳴かないと聴牌できないほど遅い手、ないしは鳴いたとしても打点が高く速い手。このどちらでもない、第三の選択肢、速く低い手を宮永照は選んだのだ。

おそらく、流れを完全にものにしたいがために宮永照はわざわざ確実に和了れる道を進んだのだろう。完全に見落としていた、と宮永照の和了形を見てさっき解説した事を瞬間的に愛宕洋榎は察して、それと同時に強く悔やむ。

 

 

「フフ……」

 

 

(あ……?)

 

 

そんな愛宕洋榎……いや、この場全員を笑う声が発せられた。

音源は、小瀬川白望から。意図的かは不明だが、この局、宮永照を二度も鳴かせ、愛宕洋榎の混乱を生んだ張本人の小瀬川が笑う。もしや宮永照が和了ったのも小瀬川が意図的に鳴ける牌を切ったからか、と愛宕洋榎は考えるが、どうも様子がおかしい。小瀬川の手が小瀬川本人の手牌へと向かって行っているのだ。

 

「照ばかり気にして……つれないなぁ……」

 

 

小瀬川白望はそう言って、両手で手牌の端と端を掴み、その手を同時に倒す。つまり、小瀬川が和了ったという事の実質的宣言。

 

 

小瀬川:和了形

{七七①②③④赤⑤⑦⑧⑨666}

 

 

「たまには見なよ……私を……」

 

 

 

「ロン。一通ドラ1、5,200の頭ハネ……」

 

 

 

皮肉な事に、愛宕洋榎が悔やんでいた第三の選択肢はあっさりと潰されてしまった。

 

 

小瀬川白望という、第四の選択肢によって。

 




次回は東四局。
因みにこの回、本編で久々に4,000文字を超えました。
まあこのくらいの量でも少なすぎるレベルなんですがね。
ま、まあ毎日更新だから!(震え声)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 決勝戦 ㉖ 小瀬川白望という別領域

東四局……と思わせておいてのその間の話。
明日まで引っ張っていく赤木スタイル。(自虐)

日間ランキング見たら10位で草。
評価10の恐ろしさを知りました。おお怖い怖い。


 

 

 

-------------------------------

東四局 親:小瀬川白望 ドラ{8}

 

小瀬川 16,300

照 43,800

辻垣内 25,500

洋榎 14,400

 

 

宮永照:手牌

{①①①⑥中中中} {横⑦⑧⑨} {横一二三}

 

 

小瀬川:和了形

{七七①②③④赤⑤⑦⑧⑨666}

 

 

 

愛宕洋榎

打{⑥}

 

 

 

頭ハネ。東三局、愛宕洋榎が切った牌で宮永照が和了ったと思われたが、愛宕洋榎の上家である小瀬川の和了牌だったが故に、宮永照の和了は認められず、頭ハネとなった。

 

 

(・・・んなアホな……っちゅうことは二巡で聴牌して、尚且つ宮永が鳴ける牌が溢れたってことやないか……)

 

ありえない。愛宕洋榎が小瀬川の手牌を見てまず感じた事はその一言だった。宮永照と同じ二巡で聴牌できるような好配牌で、更に切る牌は宮永照が鳴ける牌でないといけない。仮に宮永照が鳴けない牌を切ってしまえば、愛宕洋榎の注意は辻垣内、もしくは小瀬川に向く事となっていた。一巡目の{一}はともかくとして、二巡目の{⑦}は完全に怪しい。愛宕洋榎が恐る恐る切った牌であったから合わせ打ちという大義名分があり、怪しまれずにすんだが、通常ならまず怪しいであろう。

 

確率的に不可能だ。どんなバカヅキだったとしても、良いのは自分の速度や打点の高さ、

つまり自分だけに影響するのだ。しかし、小瀬川は違った。宮永照の手までも干渉したのだ。次元が違う。通常の者と、小瀬川との圧倒的差、スケール、発想、感覚、どれも小瀬川の方が段違いに上回っている。

別領域からの刃。小瀬川白望という、別領域からの刃。その刀身は鋭く、他とは異なった輝きを淡く発している。その異端の刃に、愛宕洋榎は柄にもなく冷や汗をかいていた。

 

 

 

(・・・今更何が起こったって私は驚かない覚悟はできている……私はそれよりも恐ろしいものを知っている……)

 

小瀬川の頭ハネによって和了りを妨害された被害者である宮永照は以外にもおどろきはなかった。何故かといえば、彼女の本質の闇、あれを宮永照は見てきたからに尽きるだろう。前半戦南三局、あの闇の片鱗に触れてきた宮永照にとってあれ以上の恐ろしさはない。

故に宮永照は動じなかった。いや、むしろこんな程度で驚いていては、身がもたないであろう。小瀬川白望が考えれば考えた分だけ小瀬川白望の武器の数となる。つまり、彼女の思考の上を行かなければ彼女の攻撃を完全に防ぐことはできない。当然、小瀬川の思考の上を行くのはまず無理だ。だとすれば、宮永照にできることは、できるだけ小瀬川の行動に冷静に対処することだ。さっきも言った通り、小瀬川の行動一つ一つに驚いていては冷静に対処もクソもない。それも合わさって、宮永照は今冷静に小瀬川に対峙できているのだ。

 

だが、あの闇が小瀬川の中の異常の、一際異常なだけで、無論今の状態も宮永照にとってまずい状況である。

 

(・・・白望さんの親番……ここが踏ん張りどころ……)

 

 

 

 

 

 

(・・・私の親が流されたと思ったらこのザマか……相変わらずの速度だ)

 

辻垣内は未だ三向聴である自身の手牌を伏せ、小瀬川の和了形を見て唖然とする。宮永照に傾きかけていた流れや愛宕洋榎に突発的に吹いた風など御構い無しに強引に小瀬川は和了った。そう、これこそが辻垣内が小瀬川と初めて会った時に感じた絶望感だ。ここから地獄が始まるという恐怖と、ここから小瀬川の真の麻雀と対峙できるのかという期待、恐怖半分期待半分を抱えながら、小瀬川を見据える。

策略も何もあったものではない。気がついたら既に小瀬川に操られ、常人の想像を超越する器量と運によって完膚なきまでに叩きのめされる。そこに一切の隙はなく、気がついた時には既に眼前に刃を突きつけられている。逃げるとかそんなのを考えている暇もない。時既に遅しとはまさにこの事を言うのだ。

 

 

 

(・・・やっと、本命が来たか)

 

 

確かに、今までの小瀬川の麻雀も脅威であり、常人とは一線を越す力である。だが、まだ対抗できる余地がある。人間にどうにかできる範囲での力だ。故に、違うのだ。辻垣内が感じたあの時……僅か二局で飛ばされた時に触れた、あのどうやっても抗えず、ただただ点棒が消えていくあの絶望感とは、違うのだ。

無論、小瀬川本人は意識して違くしているのではないのだろう。唯一辻垣内に思い当たる節があるといえば、赤木しげる。恐らく、あの絶望感を味わえるのは小瀬川が赤木に最も近づいている、ないしは赤木と同等になっている時だけなのだろう。

そしてその時はまさに今だ。あの時感じたものと同じ気迫、威圧だ。辻垣内が待ちわびていたもの、そして己が超えるべきもの。

 

(・・・やるか)

 

 

-------------------------------

実況室

 

 

 

(・・・小瀬川白望……確かに彼女の麻雀には見覚えがあるはずだ)

 

所変わって実況室、そして時はほんの少し遡って東三局が始まる直前、東場も終盤に差し掛かったのにもかかわらず、大沼秋一郎は未だにアナウンサーから拝借した小瀬川白望の資料を見て、自分の記憶を探っていた。

しかし、流石にアナウンサーも痺れを切らしたのか、アナウンサーが大沼秋一郎に声をかける。

 

「大沼プロ。そろそろよろしいでしょうか?」

 

それを聞いた大沼秋一郎も流石にまずいと感じたのか、一旦記憶に蓋をして、解説に回ろうとする。

その後の大沼秋一郎はさっきまで黙っていた分を取り返すか如く、一手一手を詳しく解説していった。そして、三巡目に切った愛宕洋榎の{⑥}で和了宣言をした宮永照を遮るように小瀬川が声を発する。大沼秋一郎に電撃が走ったのはまさにその時だった。

 

 

『照ばかり気にして……つれないなぁ……』

 

 

(・・・まさか)

 

 

『たまには見なよ……私を……』

 

 

 

『ロン。一通ドラ1、5,200の頭ハネ……』

 

 

 

(・・・っ!!)

 

大沼秋一郎が思わず立ち上がってしまう。そう、大沼秋一郎は完全に思い出した。小瀬川白望の麻雀に似ていたあの人物、赤木しげるを、漸く。

 

それを横から見ていたアナウンサーはびっくりして言葉を失うが、直ぐに実況という自分の役目を思い出す。アナウンサーは大沼秋一郎にわざと聞こえるように咳払いをし、大沼秋一郎に座るように促す。声を出してお茶の間の人たちや会場の観客に不信感を出さないように、あえて咳払いで大沼秋一郎に悟らせた。大沼秋一郎がプロ雀士とすれば、アナウンサーの方はプロアナウンサーといった所か。

 

対する大沼秋一郎は冷静を取り戻したように椅子に腰掛け、解説を続けるが内心は驚愕でいっぱいだった。何故、小瀬川白望が赤木しげるの打ち方に似ているのか。今度はそこが分からなかった。大沼秋一郎の記憶が一気に蘇る。その記憶の中には、自分が赤木しげるの打ち方を独学で学ぼうとしていた、若き頃の自分。無論、赤木の境地に辿り着くことはできなかった。だが、だからこそ大沼秋一郎は理解している。赤木しげるの打ち方に似せたり、己のものとする事は不可能だと。なのに何故、小瀬川白望は赤木しげると同じ麻雀ができるのか。分からない、それと同時に、大沼秋一郎の心はワクワクによって高揚していた。自分が必死になっても辿り着けなかったあの境地。赤木しげるがこの世にいない今、もう二度見れることは無いであろうと思っていた、そしていつしか忘れてしまうほど遠い存在であったあの境地が、今目の前で見ることができることに、大沼秋一郎は途轍もない喜びを感じている。

 

 

(・・・人間、長生きするもんだな。まさかここであの麻雀(神域)を見ることができるとは……全くこれだから人生ってのは理解できねえ……)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

(・・・この親番を入れて、親番は後二回……それでトップとは27,500、か)

 

 

自分の押したスイッチによって回るサイコロを見つめながら、小瀬川は現状を再確認する。残り五局で、27,500点差。準決勝で100,000点差を四局で返した小瀬川だが、あまりにも条件が違いすぎるのだ。準決勝では清水谷一人だけだったが、この決勝戦では一人だけではない。難易度はぐっと上がる。そもそも、点棒の大小など関係ないこの場では、それこそ例え100,000点差があったとしてもそんな大差はない。

 

サイコロが止まり、出た目に沿って配牌を小瀬川から取っていく。四人の思いが複雑に絡み合う東場最終局、後半戦東四局の配牌がこれで出揃った。

 

 

 

決勝終了まで、残り五局。

 

 




次回こそ東四局。
赤木スタイルといえば、ふと1話で1ツモとかやってみたいと思ってた時期がありました。でも流石に1話分心理描写考えるのも辛いので、やるにやれないんですけどね。
そもそもやるつもりもないという。なら何でそう思ったのか自分でも分からない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 決勝戦 ㉗ 油断

東四局です。


 

 

 

-------------------------------

 

 

 

小瀬川白望が親である、後半戦東四局。卓につく小瀬川以外の三人や、小瀬川の真実に迫りかけている大沼秋一郎などと同じように、この親番は今までにもない程荒れそうな予想が始まる前から観客たちから挙げられていた。『親の小瀬川が大暴れするであろう』という予想や、『他三人が食い止める』という予想など、荒れることは満場一致で分かっているのにもかかわらず、誰がどうするという詳細の予想は意見が真っ二つに割れた、という珍しい状態になっている。

 

そして、園城寺怜達のところでも盛んに議論が行われていた。

 

「小瀬川さんの親番……ね」

 

上埜久が興味深そうにスクリーンに映る小瀬川白望を見つめながら呟く。一回戦の時は目の前で見れたし、準決勝でもスクリーン越しではあるがしっかりと見ていた上埜だが、今まで見てきたものと全く違う。それがスクリーン越しからでも分かるのだから恐ろしい。いや、スクリーン越しだからどう変わるとかは関係なさそうなものなのだが、とにかく今までよりも気迫、威圧が段違いであったのだ。

 

(お姉ちゃん……シロさんをここで止められるかが勝負やで……逆にシロさんはここでお姉ちゃん達を振りきれるかが勝負やで……)

 

上埜の隣に座る愛宕洋榎の妹、愛宕絹恵は自身の姉である愛宕洋榎と、想い人である小瀬川白望に心の中で声援を送る。麻雀は姉がやっているとはいえそれなりにしか知らない。だがそんな絹恵でも分かる。ここがターニングポイントであるということだ。この局によって、場の流れは大きく変わる。そんな予感が愛宕絹恵の中を駆け巡っていた。

 

 

「りゅーか。イケメンさんさっきの凄かったな」

 

そしてその更に隣、園城寺怜は清水谷竜華と小瀬川について話していた。園城寺怜の言葉に清水谷は反応する。

 

 

「そうやなぁ……でも」

 

「でも?」

 

 

 

清水谷はゆっくりと口を開き、園城寺怜を諭すかのように話した。

 

 

アレ(小瀬川)は、あんなもんやない」

 

そう。準決勝、100,000点という空前絶後の点差を、たった四局で逆転された清水谷だからこそ分かる。小瀬川は、あの程度にとどまるような雀士ではない。自分を逆転したあの四局の時よりも、小瀬川にはまだ上があるということを身を以て知った。肝心なのは、小瀬川本人に自覚がないということ。

だからこそ、計り知れない。故に、恐ろしいのだ。小瀬川白望という雀士は。

 

 

 

 

-------------------------------

東四局 親:小瀬川白望 ドラ{8}

 

小瀬川 16,300

照 43,800

辻垣内 25,500

洋榎 14,400

 

 

 

そして場は対局室に移り、四人の配牌が出揃う。小瀬川の第一弾によって東四局が幕を開けることとなった。四人の配牌の様子は、愛宕洋榎と小瀬川が良く、その次に辻垣内と宮永照が良いといったところ。

そしてこの局も前局ほどとはいかないものの、二巡目から動きが見られた。

 

 

「チー」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横213}

 

 

打{⑤}

 

 

二巡目にして愛宕洋榎が切った牌の{2}を小瀬川が鳴く。全員のツモの二周目が何事も無く終わりそうだと思われた直後の出来事である。しかし、悪いことばかりではない。小瀬川の面子に早々に幺九牌の{1}が見え、一気に小瀬川の手の内が絞られることとなる。が、辻垣内はそれを見ても全く有難いとは思わなかった。むしろ逆、小瀬川を危険視していた。

 

(・・・一見、索子の染め手に見るだろうが、そんなわけない……!)

そう。あの小瀬川が手なりに手を進めてハイ終わりのわけがない。必ずどこかで手を打ってくるはずだ。当然、今の鳴きもそのための一打なのだろうと辻垣内は予測する。

 

そして次の辻垣内のツモ番では、{南}をツモってくる。

 

辻垣内:手牌

{一三四六九②⑥⑦⑨13東東}

ツモ{南}

 

 

(オタ風……)

 

 

辻垣内からしてみればこの牌は何よりもいらない不要牌筆頭。だから簡単に切ってしまったのだ。つまり、この時辻垣内は油断していた事になる。小瀬川と闘う時に絶対に抱いてはいけない感情。それは油断。人の心理を操る人間にとって、これほど利用しやすい感情はない。安堵による油断、傲慢からの油断など、いくつも原因はあるが、どれも人間の心にスキができるのには変わらない。

 

 

無論、そんな状態の辻垣内を黙って通すほど小瀬川も甘くはない。

 

 

 

「カンッ……!」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {南横南南南} {横213}

 

 

新ドラ{⑨}

 

 

 

(なッ……!)

 

 

辻垣内はここで漸く理解する。自分が完全に油断していたという事に。まだ三巡目で、尚且つ小瀬川の目立った動きが一つで、迷彩を作るにはまだ途中であるという辻垣内なりの仮定があった。故に心のどこかで油断していたのだ。油断しない、と誓うのは簡単であろう。だが、それを実行できる人間など殆どいない。

辻垣内もその例に漏れず、あれだけ油断しないと決めていたのにも関わらず油断してしまった。それも、あっさりと。

そう、人間の生理現象と言っても過言ではないのだ。油断という感情は。

 

 

小瀬川がゆっくりと嶺上ツモ牌を引き寄せていく。それをやられたといった目で見つめる辻垣内。

だが、辻垣内が予想していた未来は具現化することはなかった。

小瀬川はツモってきた牌を手中に入れ、暫し考えるとパッと打牌した。そう、ツモ和了りではなかったのだ。その事に安堵しかける辻垣内だが、すぐに自分の感情を改め直す。

 

(いかんな……これじゃあ小瀬川には届かない。一喜一憂、喜怒哀楽……こういう人間の当たり前の感情を操作するのが小瀬川白望だ)

 

辻垣内は己の考えを改めて再度小瀬川へと立ち向かう。今度こそ油断など絶対しない、と。その改めが効いたのか、次巡、辻垣内は危機を回避することとなる。

 

 

四巡目:辻垣内

{一三四六九②⑥⑦⑨13東東}

ツモ{九}

 

 

{九}をツモり、若干浮き気味だった{九}が対子へ変化する。これで手牌から浮くのは{②}になるが、ここで辻垣内の目が光る。

 

 

(・・・この{②}、切れないな。小瀬川の意思を僅かだが感じた)

 

小瀬川の手はどこからどう見ても索子の混一色。つまりこの{②}は通るはずなのだが、辻垣内にこの{②}はひどく心に引っかかったのだ。ここまで来るとオカルトの類の話なのだが、とにかく辻垣内の第六感が告げたのだ。ここで{②}を切ってはいけないと。

 

辻垣内

打{一}

 

そういうことから辻垣内は{一}切り。通常、第六感が告げたといってとる判断は裏目になるのが殆どなのだが、辻垣内の悪運はどうやら強かったらしく、危機を回避することとなった。

 

 

小瀬川:手牌

{②4赤56789} {南横南南南} {横213}

 

混一色と見せかけての一気通貫ドラ1赤1の{②}待ち。辻垣内は文字通り危機を回避した。小瀬川もよく回避したと感心する。

しかし、小瀬川はそれでも尚笑みを浮かべていた。そう、決してこの判断だけで辻垣内はこの攻防を制したという事にはならない。

 

(・・・感覚とはいえ、これを回避したのは大きい……だけど、回避できたのは()()だけ。……まだ分からない)

 

そう、辻垣内は回避できたが他の二人、愛宕洋榎と宮永照はどうだろうか。・・・結論から言えば、辻垣内と同じようにはいかなかった。逆に、いくら小瀬川を警戒視していたとしても、あそこから混一色じゃないと決めつけれる方が異常なのだ。それはそうだ。小瀬川のどこをどう見ても索子の混一色にしか見えないのだから。だが、何度も言うように、この場では異常こそ正常。異常であるはずの辻垣内が回避でき、正常のはずの愛宕洋榎と宮永照が回避できない。この局は、それを再確認させられる局と言える。

 

 

宮永照

打{②}

 

 

六巡目、宮永照が手牌から{②}を吐き出す。それを見た小瀬川は手牌を倒す。その手牌を見て愛宕洋榎と宮永照は少なからず驚く。

 

 

「ロン……ッ!」

 

 

小瀬川:手牌

{②4赤56789} {南横南南南} {横213}

 

 

「一通ドラ2。7,700……」

 

 

 

(ぐっ……)

 

 

辻垣内が危険視していたことが現実となってしまった。流石に宮永照と愛宕洋榎に気付かせることは不可能だ。仕方ないと言えよう。だが、この場は仕方ないで済む話ではない。連荘。嘗て辻垣内にこれほどまでの連荘という二文字の重圧を受けたことがあっただろうか。

 

「一本場……」

 

 

100点棒を添える。地獄はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

 

「よしっ!」

 

「いいよ!シロ!」

 

 

東四局が終わった直後、特別観戦室では臼沢塞と鹿倉胡桃が大いに喜んでいた。7,700とはいえ、重要な場面できっちり和了れたのは大きい。小瀬川以上に喜んでいた二人であった。

 

【7,700……か】

 

それを尻目に赤木はスクリーンを見ながら呟く。それを聞いた臼沢塞と鹿倉胡桃は赤木に詰め寄る。

 

「どういうことですか?」

 

対する赤木は【・・・何でもねえよ】とあっさりと返す。だが、直後赤木は思考を巡らせていた。

 

(【・・・ドラが絡み7,700にまで上昇し、まずまずな点数になったように思えるが、本来アレは一通のみの手……】)

 

そう、ドラによって隠れがちだが、ドラが無ければ2,000ぽっちの手。いくら調子が良いと言っても、2,000ぽっちの手など調子が良いとは言えない。今はまだドラがある分、まだ良い方なのだろう。おそらく親番が終わるまでは大丈夫であろう、と赤木は考える。だが、そのあと、南場での小瀬川の衰運。これも同時に予知していた。

 

(【・・・この対局、真にあいつの力が問われるな……】)

 

 

 

決勝終了まで、残り五局

 

 




次回は一本場。
そろそろ残りのリクエストも消化して二回目を開催したいという願望。そんなことよりはよ本編書けという話ですがね。

え?1日にリクエストも本編も書けばいい?
・・・聞かなかった事にします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 決勝戦 ㉘ 肥大化

東四局一本場です。
やっと休日……



 

 

 

 

-------------------------------

東四局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{北}

 

小瀬川 24,000

照 36,100

辻垣内 25,500

洋榎 14,400

 

 

 

小瀬川:手牌

{②4赤56789} {南横南南南} {横213}

 

 

宮永照

打{②}

 

 

 

 

東四局、小瀬川が親であるこの局、索子と{南}の二回の鳴きによって、当初小瀬川の手は混一色だと思われたが、実は小瀬川の手はその裏をかいて鳴き一通の{②}雀頭待ち。辻垣内はそれにいち早く気付いて回避することができたが、宮永照と愛宕洋榎はそれに気付くことはできずに、果てには宮永照が{②}を吐き出して小瀬川の和了。一通ドラドラの7,700を宮永照が振り込んだ結果となった。

 

(何……?)

 

振りこんだ宮永照自身も全くわからなかった。何故{②}が当たってしまうのか。何故混一色に向かわなかったのか。完全に虚をつかれたようで、未だ宮永照は唖然としている。無論、愛宕洋榎も。まさか宮永照が切った{②}が当たるなど思いにもよらなかったのである。しかも、小瀬川の恐ろしいところは偶然ではないという事だ。それは捨て牌がその証明となっている。

 

小瀬川:捨て牌

{西⑤二一9白}

 

 

小瀬川の捨て牌にはツモ切った{9}がある。小瀬川が聴牌していたのは少なくとも辻垣内が{②}を止めた四巡目までであり、{9}をツモ切ったのは五巡目、つまり小瀬川はわざと{②}単騎にしたのである。{9}を残していればは{369}待ちで、親満が確定していたはずだ。なのにもかかわらず{②}単騎を決行したという事は、自分達を狙っていたということであり、偶然などでは決して無いという事だ。辻垣内は早々に気づき、回避できたものの、宮永照と愛宕洋榎は振り込んだ今、ようやく気づいたのだった。

 

 

そして場は一本場へと移り、またもや小瀬川を起点として配牌を取っていく。全員が自らの配牌を取り終えると、小瀬川の第一打によって東四局一本場が始まる。全員の配牌を見比べると、やはり振り込んだ宮永照の配牌は悪く、愛宕洋榎も宮永照ほどでは無いにしろ良いとは言い難い。辻垣内の配牌はまあまあと言った感じで、和了った小瀬川が順当に一番配牌が良い。だが、小瀬川はこの配牌に少し眉を顰めた。

 

(・・・やっぱり、流れは良くは無いなぁ……)

 

そう。配牌が良いといったものの、それはスピードだけの話である。即ち、打点が伸びにくい配牌なのだ。親番なのだから連荘するために打点よりもスピードが重視されるのが普通だが、本来小瀬川が二回連続で和了ったのだから、流れは小瀬川に引き寄せられるはずだ。となればこの局での配牌はスピードも速く、打点も高い配牌であるべきだ。しかし、実際はスピードだけの配牌。前局はドラがあったから何とか7,700まで持っていけたが、本来あれは一気通貫のみの手。この局だけの話ではなく、既に影響は出ていたのだ。

赤木が予見していた事と全く同じ状況。小瀬川の流れはゆっくりではあるが下り坂となっていた。だが、未だそれを知るのは小瀬川のみ。当然だが他の三人はそれに気づくわけも無い。それが小瀬川にとって唯一の救いであった。そして救いであり、また小瀬川にとってこれは利用できるものであった。

何を利用するのかといえば、それは他の誰でもない自分。調子が良いと思われている肥大化した自分を利用するのだ。

 

 

そして東四局一本場が始まってから五巡目、その肥大化した自分を使う時……!

 

 

「リーチ」

 

 

 

小瀬川:捨て牌

{南一⑧白横4}

 

 

 

小瀬川:手牌

{四四四⑤⑥⑥⑦⑦⑧7999}

 

 

手だけ見ると小瀬川の手はノミ手。だが、手牌が見れない他三人からしてみれば小瀬川のリーチはただただ不気味。リーチ宣言牌の{4}の裏筋、567の三色か……それとも対子系か……もっと飛躍して清一色か……など、考えれば考えるほど小瀬川の手はどんどん肥大化していく。ノミ手のリーチだけの手だとは知らずに。

 

しかも、まだまだ他の三人は五巡目でありながら聴牌どころか一向聴すらなっていない。聴牌には程遠く、しかも親リーが入ってきた。捨て牌を見る限り高そうな気配も拭えないので、オリへと回る。回ってしまう。

そして三人全員がオリへと回れば、必然的に和了るのは小瀬川だけとなり、あとはゆっくり和了牌を待つのみだ。

 

そしてその牌はリーチを打ってから三巡後、八巡目に小瀬川が山から掴んでくる。

 

 

 

「ツモ」

 

 

小瀬川:和了形

{四四四⑤⑥⑥⑦⑦⑧7999}

 

ツモ{8}

 

 

 

裏ドラ{8}

 

 

 

「リーヅモ裏1……2,100オール」

 

 

 

裏ドラが一つ乗って2,000オールに一本場を加えて2,100オールとなる。辻垣内はそれを見て歯軋りする。さっきのさっきまで高打点と思わされていたのに、いざ和了られてたらそれはまさかのノミ手。こんなことならリーチをされてもオリなければ良かったという後悔と、またもや小瀬川に踊らされたという憤りが辻垣内の脳内を駆け巡る。しかし、この辻垣内の思考さえも小瀬川の算段の内である事を辻垣内は知る由もない。

まず第一条件として、小瀬川の流れは下り坂だ。それを考えれば今のノミ手をツモ和了ってしまっては、自分が今不調であることを教えているようなものだが、ここで第二条件が深く関わってくる。その第二条件とは、他の三人は小瀬川は好調だと誤解しているということだ。だから小瀬川のリーチに対して全員が同時にオリに回ったのだ。となれば、小瀬川が今ここでノミ手を和了っても小瀬川が不調だ、というよりも、小瀬川にしてやられたという感情が優先されるのは当然。小瀬川はそれを分かっていたからこそ、ノミ手でも和了りにいったのだ。

 

 

(・・・今ので分かった)

 

だが、小瀬川にとって想定外のことが起きる。それは、宮永照が気付いてしまった事。

あろうことか、宮永照は小瀬川の不調に気付き、この場で一番核心に迫っているといえる。だが逆に、愛宕洋榎と辻垣内智葉は未だ小瀬川の策略に囚われていえるかもしれないが、この策略は誰か一人でも気付いてしまえば意味を成さない。故に、小瀬川の策略は失敗してしまったと言っても過言ではないのだ。

 

 

 

核心に迫る宮永照と、それを何とか防ごうとする小瀬川白望。後半戦の東場最終局東四局である小瀬川白望の親場は三局目、二本場に突入する。

 

 

 




今回字数少なスギィ!
・・・次回は頑張ります。(多分)

通算UA数が80,000を超えましたね。作者冥利につきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話 決勝戦 ㉙ 侵食

東四局二本場です。
びっくりするほど急展開。


 

 

-------------------------------

東四局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{北}

 

小瀬川 24,000

照 36,100

辻垣内 25,500

洋榎 14,400

 

 

裏ドラ{8}

 

 

小瀬川:和了形

{四四四⑤⑥⑥⑦⑦⑧7999}

ツモ{8}

 

 

 

東四局一本場、親の小瀬川がリーヅモ裏1の一本場を加えた2,100オールを和了。表面上だけ見れば、親の小瀬川が三人を降ろして独壇場となった後、余裕を持って自摸和了のように見えるかもしれない。……いや、愛宕洋榎と辻垣内智葉は完全のそうだと思っているので、そのようにしか見えないと言った方が正しいか。だが、事実小瀬川は今窮地に立たされている。和了りを積み重ねても、一向に流れが良くなる気配がない。むしろ、どんどん悪くなっているような感じもする。今はまだドラ、裏ドラによって隠れてはいるものの、それが無ければ全てノミ手、もしくは二飜和了という、東三局から立て続けに和了ってきたとは思えないほど打点が伸び悩んでいたのだ。そして、その事実に、小瀬川が必死に隠そうとしていた、小瀬川の衰運という事実に宮永照はここにきて気付き、確信する。

 

(・・・間違いない……)

 

しかも、宮永照には小瀬川本人ですら分からず、謎であった自身の衰運の原因にもおおよその目星がついていた。

その小瀬川の衰運を招いた直接的根源は、小瀬川白望が無自覚ながらその身に宿していて、尚且つ彼女の本質でもある謎の闇が原因であると宮永照は予測する。

一度『照魔鏡』によってそれを探った宮永照だからこそ分かったのだ。小瀬川が和了れば和了ろうと……()()()()()()()()()()()()()、その闇がどんどん力を増してきている、と。そしてその闇は小瀬川の力……厳密に言うと流れを次々と削っていき、どんどん小瀬川の中で膨張していっているのだ。そしてその闇は未だ小瀬川の中にあり続けていて、表面には出てきてはいない。だから小瀬川が不調のように、衰運のように感じてしまうのだ。

 

(・・・いつ暴発してもおかしくない……けど、ここは攻め時。無理矢理にでも親番を終わらせる)

 

 

何故小瀬川の闇が急に小瀬川の流れを奪い、膨張していったのかは宮永照にはこの時点では分からなかった。が、東四局が始まる前の辻垣内の考察と、小瀬川の闇について併せ考えればその理由は浮き彫りとなる。

辻垣内は『小瀬川が赤木しげるに最も近づいた状態の時に途轍もない絶望感を味わえる。そしてその時は今だ』と考察した。確かにその考察は正しく、今小瀬川は赤木しげるの領域に最も近づいている。が、そこがポイント。小瀬川の闇は、宮永照の『照魔鏡』によって小瀬川の本質であると分かった。そして、他の何かが小瀬川の闇にある程度干渉しようとすると、小瀬川の闇が他の何かから防衛するが如く、それを侵食していくのも分かった。そしてここである仮説を立てると、上手く辻褄が合ってしまうのだ。

その仮説とは、小瀬川の本質ではない、謂わば異物である『赤木の麻雀』に小瀬川が近づきすぎてしまったため、小瀬川の闇がそれを遠ざけようと、『赤木の麻雀』を機能させまいと、流れを強引に食いとっている、という仮説だ。そうなれば、不自然な小瀬川の衰運も、宮永照が感じた闇の膨張も一つに繋がる。

だが、ここで一つ問題がある。先ほどの仮説から考えていけば自ずとその問題は出てくるのだが、それは小瀬川の『赤木の麻雀』がどんどん闇によって排除されかけているという事だ。今はまだ流れを食いとっているだけだからまだ良いが、次第に小瀬川本人の意思ですらその闇に侵食されかねないという事だ。小瀬川本人が『赤木の麻雀』に近づきたいと思っているが故に、その本人の意思も闇によって異物と判定されれてしまえば、それで終わりだ。つまり、宮永照が考えているように、いつその奪った流れを闇が表面上に出していくのかとかそういう問題の話ではなく、小瀬川の身の危険すら関わってきているほど深刻な問題なのだ。

 

しかし、小瀬川本人は未だその深刻な事態には気付いていない。そもそも原因すら検討がついていない小瀬川がそんな事態に気付けるわけがない。小瀬川にとっては一時的な流れの歪み、不具合程度にしか感じていないが、この東四局二本場、小瀬川が配牌十四牌を山から取り、それを開こうとする。が、その瞬間

 

 

(・・・ッ!?)

 

 

ズキッっという頭痛の時の症状と同じ、頭の中を何かで刺されたかのような鋭い痛みがが小瀬川の頭の中で起こった。いきなりの痛みに、思わず小瀬川は手で頭を押さえる。

 

 

(・・・痛くない……?)

 

だが、その痛みは一瞬の痛みだったようで、手で押さえた時には既にその痛みは無くなっていた。小瀬川は疲れているのかな程度で考えているが、これこそが予兆。小瀬川の中の闇が、どんどん小瀬川を侵食していっている事の紛れも無い証明。それが、とうとう体の表面に出てきてきた。それが指し示す事は、闇の侵食がもう少しで完了してしまうという事。

 

しかも、これだけでは無い。小瀬川の体のSOSは、これだけに留まらなかった。

 

-------------------------------

東四局二本場 親:小瀬川白望 ドラ{9}

 

小瀬川 30,300

照 34,000

辻垣内 23,400

洋榎 12,300

 

 

七巡目

 

小瀬川:手牌

{三四五七七九⑤赤⑤567東東}

ツモ{八}

 

 

七巡目にしてやっと{八}をツモってくる事ができ、聴牌{⑤東}待ち。前局は五巡目で聴牌できたという事を考えると、やはり流れもどんどん侵食されてしまっている事がうかがえる。しかも、七巡目での聴牌のため、既に宮永照と愛宕洋榎に先を越されてしまっていた。

無論、リーチをかけなければこの手は出和了りは{東}でしか望めないため、小瀬川はリーチをかけていく。

 

 

「リーチ」

 

小瀬川

打{横七}

 

 

 

ここまではまだ良かったのだ。問題はその次、八巡目の出来事だった。

 

場が一巡して、小瀬川が山からゆっくりとツモってくる。そしてその牌を見ると、ツモ牌には{④}と記されていた。当然{④}は和了り牌ではないため、切るしかない。小瀬川は宮永照と愛宕洋榎の捨て牌に目を向けると、見事にどちらの捨て牌にも{④}があった。辻垣内には聴牌気配はないため、これは通る。そう思って切った小瀬川だが、

 

 

「ロン」

 

 

(・・・え?)

 

 

 

宮永照:和了形

{二三四四四③④456678}

 

 

「ロン。タンピンドラ1。4,500」

 

 

 

宮永照が手牌を倒す。だが、おかしい。おかしいのだ。小瀬川が切った牌は{④}のはずだ。そして宮永照の待ちは{②⑤}。当たるわけがない、そう思い、今さっき小瀬川が切った牌を見ると、それは{④}ではなく、{赤⑤}だった。

 

(・・・見間違い?私が、そんな初歩的なミスを……?)

 

小瀬川は頭の中で思考する。ただ単なる見間違いなのか?と。だが、普通そんなことは有り得ない。今まで驚異の集中力を誇ったあの小瀬川白望に至って、そんな馬鹿なことをするわけがない。

・・・その原因は言わずもがな闇の侵食である。侵食が、とうとう牌を見間違えるほどにまで進んできてしまっている。しかも、小瀬川は未だこの事態に気付いていない。

 

 

(・・・小瀬川が、あんな簡単に振り込んだ?)

 

辻垣内も、小瀬川があっさり宮永照に振り込んだことに違和感を感じている。しかも、明らかに動揺して、だ。かつて小瀬川がこんな表情を見せた事があっただろうか。辻垣内に並ならぬ悪い予感がした。

 

 

 

 

 

(・・・白望さん、もしかして……)

 

 

そして和了った宮永照も、あっさり振り込んだ小瀬川に不信感を抱く。それと同時に、闇が小瀬川の流れだけでなく、体も侵食しているという事実にも薄々感づいていた。

だが、そこからが分からなかった。宮永照には、何故闇が小瀬川を侵食していく理由が、今の事実に気付いた事で、さらに分からなくなった。

 

不穏な予感が漂いながらも、これで東四局が終わり、勝負は最後の四局。南場に突入する。




なんというゴリ押しっぷり。
脳内では結構いいアイデアかなと思って文章にしたらこれだよ!

小説あるある『文章にしてみたら文章力のせいで果てしないコレジャナイ感』

結構時間かけて文章にしたからボツにはできなかったんだ……すまんな。
・・・ボツで思いましたがこの『宮守の神域』という小説も幾つものボツ作品という屍の上に成り立っているんですよ。
逆に言えば色々試行錯誤した結果がコレです。これ以上のは無理です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 決勝戦 ㉚ 重圧と抗う意思

南一局。
麻雀描写は殆どないですが、確かに進んでいます。

追記
活動報告にて、アンケートをとっています。
詳しくは活動報告にて。


 

 

 

-------------------------------

実況室

南一局 親:宮永照 ドラ{東}

 

小瀬川 25,800

照 38,500

辻垣内 23,400

洋榎 12,300

 

 

「こ……小瀬川選手、和了牌の{赤⑤}をツモりましたが、それを見逃して宮永選手に振り込んでしまいました」

 

東四局二本場で小瀬川が{④}に見えた{赤⑤}を切って宮永照に振り込んだのと同時刻、実況のアナウンサーが半ば驚きながらも実況という職務を全うする。しかし、その声には明らかな動揺が見られた。一方の大沼も、目を見開いて画面越しにいる驚いた表情の小瀬川を見ていた。

 

 

「・・・お、大沼プロ、これは故意に小瀬川選手が振り込んだのでしょうか?」

 

頭の中で今起こっている事の状況が処理しきれていないアナウンサーが大沼に助けを求める。が、大沼も何が起こっているのか分からなかった。無理もない。何せ小瀬川自身も{④}と{赤⑤}を見間違えるなど、全くの予想外であったのだからだ。

 

「・・・多分、故意ではないだろう。小瀬川選手の表情を見る限り、本気で見間違えたのだと思う……」

 

落ち着きを取り戻した大沼が冷静に答えるものの、アナウンサーは未だ驚いており、ソワソワしてどこか落ち着かない様子だ。

 

「・・・しかし、あれほどの集中力を発揮していた小瀬川選手が、見間違えるなんてこと有り得ますかね?」

 

アナウンサーが大沼に質問する。その質問は的を得ている。考えられないのだ。見間違えるということなど。盲牌で間違えるという事はそんなに珍しくはない。だが、あの時小瀬川は目でしっかりと{赤⑤}を見てから切っていた。間違えるわけがない。しっかりと確認していたのだから。

それなのに、宮永照に和了られ、それを見逃したと知ると明らかに驚いていた。意味が分からない。

 

「・・・分からない。だから分からないんだ。決勝戦まで残るほどの実力のある選手が、あんな場面で牌を見間違えるなんて話……」

 

もしかして小瀬川の体は何か異常を抱えているのではないか、と言おうとしたが大沼は言わなかった。ここまでくると流石に憶測だけでは語れない領域に入ってくる。大沼は咳払いをして、画面に映る小瀬川を見つめた。

 

 

(・・・小瀬川。お前には一体何が起こっている……?)

 

 

-------------------------------

対局室

 

 

 

(・・・おかしい。おかしいねん、シロちゃん)

 

前局、聴牌はしていたものの、宮永照に和了らててしまった愛宕洋榎は、宮永照に振り込んだ小瀬川白望を真剣に見つめていた。明らかに不自然過ぎたのだ。あの小瀬川は振り込んだ後驚愕するという、多分一生拝めないであろう光景が、まさかこの場で展開してしまうとは。偶然なんかじゃない、何かがある。小瀬川の身に何かが起こっている。そう見抜いた愛宕洋榎は、小瀬川にわざと聞こえるようにこう言った。

 

()()()()()()()()()()

 

それを聞いた小瀬川は、何かを言い躊躇って

 

「・・・大丈夫」

 

と答えた。彼女なりに心配をかけまいと言ったのだろうが、生憎ながらバレバレだ。愛宕洋榎だけではなく、他の二人もそれが痩せ我慢だという事は一瞬で見抜いていた。だからこそ、愛宕洋榎は困っていた。このまま対局を続行させれば、いつ小瀬川の身に何が起こってもおかしくはない。かといってここで中断させるように促せば、それは小瀬川という一雀士に対しての侮辱となる。これが愛宕洋榎にとって赤の他人であれば困りはしなかっただろう。しかし、小瀬川白望は愛宕洋榎にとって他人なんかではない。友、親友、好敵手……かけがえのない存在であったからこそ、愛宕洋榎は悩んでいた。彼女の安全を優先させるべきか、彼女の意志を優先させるべきか……

 

 

(・・・チッ)

 

二つに一つ。しかしどちらを選んでも小瀬川が良くなる事はない。何もしてやれない、どちらかしか選ぶ事の出来ない自分の無力さに思わず心の中で舌を打つ。

しばし考えていた愛宕洋榎だったが、遂に決心したようで、息を思いっきり吐く。

 

 

(仕方ない。ええよ、シロちゃん。その意志、尊重してやる)

 

 

愛宕洋榎という雀士として、小瀬川白望という雀士を尊重する。この決断が正しかったどうかは分からない。いつ彼女の身に何か異常が起こってしまうかなど予想すらできない。だが、愛宕洋榎には、小瀬川白望の気持ちを無下にする事はできなかった。小瀬川白望の闘志を、中断などという行為で絶やしたくなかったのだ。

 

彼女を心配する気持ちをぐっと抑え込み、一人の雀士として、小瀬川を見つめる。

 

 

i

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

 

「・・・シロッ!?」

 

 

ガタッ!っという音と共に、臼沢塞が立ち上がる。小瀬川のあの不用意な振り込みに、思わず手に汗を握る。その隣にいる鹿倉胡桃も、画面に映る小瀬川を心配そうに見つめる。そして赤木は、まるで赤木が闘っている時のような真剣な表情でスクリーンを睨みつける。赤木は実体がない故表情などは実際は分からないのだが。

 

(【・・・まさか、あの闇があいつに牙を向けるとはな……】)

 

迂闊だった。赤木は素直にそう感じる。まさか小瀬川の体にまで干渉してくるとは、思いにも寄らなかった。かつて死闘を演じた鷲巣巌の光は鷲巣巌を救うだけの存在であったため、小瀬川の害になるとは考えてすらいなかった。いくら赤木はオカルトには精通していないとはいえ、赤木の考えを上回るあの闇は、途轍もないものなのだろう。そして、それに侵食されている小瀬川の身体の負担も、想像を絶するものなのだろう。

 

 

「・・・ッ!」

 

そこまで赤木が考えていると、歯軋りする音が聞こえた。その音源は臼沢塞から。よく見ると臼沢塞の足は既に観戦室の扉の方を向いていて、いつでも外に出れるような位置取りだ。鹿倉胡桃に至っては、足どころか、さっきからチラチラと扉の方を見ている。だが、両者ともそれを必死に抑えようとしているのがわかった。

 

(【あいつに何もしてやれない……それに対する歯がゆさ。・・・分からなくもない……かつて俺が死ぬ時に、皆んなが俺に向けてくれたのも、そんな表情だった……】)

 

そんな塞を見て、赤木は昔の事を思い出す。自分の我儘を押し通し、自分を見殺しにしてしまうという形になりながらも、自分の意志を優先してくれた、友の事を。

 

(【お前らも……見届けてやれ。あいつの……小瀬川白望の意志を優先してやれ……】)

 

それは、小学生にはあまりにも辛い決断。しかもそれが、意中の人とあれば尚更だ。だが、それでも尚、臼沢塞と鹿倉胡桃は必至となって小瀬川の意志を優先しようと闘っている。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ツモ」

 

五巡目

宮永照:手牌

{一二三四五六七八九②②44}

ツモ{②}

 

「・・・2,000オール……」

 

 

だが、そんな応援も虚しく宮永照が五巡目にして和了ってしまう。30符三飜、2,000オールの和了。ここにきて宮永照がどんどん加速し始めた。前局と合わせればこれで六飜目。役満発動まで残り七飜となり、これ以上連荘が続けば、役満発動も笑えない状況になってくる。

 

 

そして対する小瀬川だが、前局よりも配牌は酷くなっており、手を進めようとすればするほど小瀬川の頭痛が増した。この局、2回ほど手を進めることができる牌をツモってきたが、向聴数を上げるため不要牌を捨てた途端前局よりも大きい痛みが頭を駆け巡った。そして相手の捨て牌をしっかりと判別できていないのか、宮永照が四巡目に聴牌した直後の小瀬川の打牌は超危険牌の{赤5}を切ったりなど、前局より容態は悪化していた。

 

 

(・・・なに……これ……)

 

思わず息を切らしかけるほどの体にかかる重圧。そして意識が朦朧するなど、前局は少しの不具合程度だと思っていた自身の容態が、明らかな異常だと悟った。わずか一局。それも、たった五巡でここまで悪化するという異常事態に小瀬川の思考はぐちゃぐちゃになる。目はたまに霞み、少し気を抜くと倒れてしまいそうな身体の異常にも小瀬川は懸命に抗う。その意志に一切の逃げようという迷いはない。最後まで、それこそぶっ倒れるまでやるという闘志は捨てない。これが『赤木の麻雀』。だが、そう意思を固くした直後に来る頭痛。しかしそれでも負けない。

 

 

(例え……私の身体……それこそ、私の中心部を司るものが止めようとしても……曲げられない……曲げられないんだ……)

 

どうなっても構わない。ただ、逃げることだけはごめんだ。

 

 

(・・・逃げの中断など行う気なし……続行……続行だ……)

 

 

半ば痩せ我慢の笑みを浮かべながらも、小瀬川は抗い続ける。するとその意思が自身の闇を上回ったのか、少し体が楽になった気がした。だが、それでも体にかかる負担は通常では計り知れないほどのもの。圧倒的ハンデを抱えながらも、小瀬川は立ち向かう。目の前にいる三人は勿論、己自身に。

 

 

 

 




次回は南一局一本場。
シロの容態がやばい……!

追記
活動報告にてアンケート中。
期限があるので、期限内にお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 決勝戦 ㉛ 決死の囮

南一局一本場です。

アンケート受付中!詳しくは活動報告にて!


 

 

 

 

-------------------------------

南一局一本場 親:宮永照 ドラ{三}

 

小瀬川 23,800

照 44,500

辻垣内 21,400

洋榎 10,300

 

 

 

前局、親の宮永照が三十符三飜の6,000、2,000オールを和了り、『加算麻雀』による役満発動まで、残り七飜とした。そして他3名との点差も広げ、二位の小瀬川とは20,700点差、三位の辻垣内とは23,100点差、ラスの愛宕洋榎とは34,200と、一時期は二位と10,000点ちょっとしかなかった点差だが、東四局二本場の和了と、前局南一局の和了によって点差はまた元に戻ってしまった。後半戦の最初の方から示唆されてきたものの、ここにきて加速しだした宮永照。更に点棒を重ねるべく、己が手をどんどん進めていく。

だが、宮永照はある事を心から心配していた。それは、小瀬川白望のこと。彼女の身に異常が起き始めたのを彼女が最初に気付いたのは東四局一本場の和了後から。彼女の本質である闇が、彼女の流れを奪っている事に気付いた。ここまでならまだ良かったのだが、東四局二本場から彼女の様子がおかしくなり始めたのだ。

東四局二本場では{赤⑤}を打って宮永照に振り込んだと分かった時、小瀬川は{赤⑤}をまるでそれと別の牌を切ったかのような自分でも驚いた表情をしていたし、先ほどの南一局でも、捨て牌がはっきりと見えていないのではないかと思わせるほど危険牌を切ってきたりなど、流れだけでなく、小瀬川の身体にも影響が及んでいるとうかがえる。南一局一本場が始まろうとしている今も尚小瀬川の状態は悪そうであり、その目は虚ろで、いつ倒れてもおかしくないほどの状態であると見ただけで分かる。彼女は大丈夫だと言っていたが、一局経った今ではそんなことも言っていられないであろう。思わず小瀬川に大丈夫かと聞こうとしたが、宮永照はここである事に気付いた。

 

(・・・白望さんの闇が、弱く……いや、白望さんが闇を上回った……?)

 

微かではあるが、小瀬川を蝕む闇の勢力が落ちているように感じた。しかし、上回ったと言っても未だ闇は小瀬川の事を侵食し続けている事には変わりない。だが、闘っているのだ。小瀬川は、ありとあらゆる障害に立ち向かっているのだ。そんな姿勢を示す小瀬川を改めて見た宮永照は、もう小瀬川に大丈夫かと問おうとはしなかった。小瀬川の闘志を、無下にする事は宮永照にはできなかった。

 

 

 

-------------------------------

三巡目

 

「カ、ン……」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏⑥⑥裏}

 

 

新ドラ{発}

 

 

 

そしてこの南一局一本場、まず最初に動いたのは己が闇に抗っている最中の小瀬川白望。小瀬川が三巡目にして{⑥}を暗槓。新ドラ表示牌には{白}が見え、新ドラは{発}となった。体調がマシになったとはいえ、やはり何らかのアクションする度に小瀬川の体には異変が起こる。今回は頭痛。字面だけ見れば大した事はなさそうだが、頭痛のレベルが違う。痛い、というよりも激痛の方が近いだろう。頭を針で刺したかのような鋭い痛みをこらえ、嶺上牌を王牌からツモってくる。その手は弱々しく震えていたが、しっかりと嶺上牌を掴み、一息置いてからそれを確認する。

そして、小瀬川はその牌をツモ切った。

 

小瀬川

打{3}

 

 

この三巡目は小瀬川が暗槓をしただけとなったが、その次、四巡目からこの南一局一本場は激化し始める。

 

 

「チーだ」

 

辻垣内:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横879}

 

打{発}

 

 

 

辻垣内が宮永照の切った{8}を鳴き、先ほどドラとなった{発}を捨てる。これで一向聴となり、一気に和了へと近づく。

 

そしてこの四巡目、これだけでは終わらない。小瀬川がツモってきて宮永照のツモ番へと回り、五巡目になろうと思われたまさにその時、小瀬川は疲弊しきった顔で精一杯手牌にある内の四牌を晒す。その牌は全て{中}。つまり{中}の暗槓だ。

小瀬川は声を振り絞って宣言する。

 

 

 

「カン……!!」

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {裏中中裏} {裏⑥⑥裏}

 

 

新ドラ{発}

 

 

小瀬川の二回目の暗槓によって増えた新ドラ表示牌はまたもや{白}。つまり、これで{発}は一枚でドラ二つ分の力を持った。

小瀬川は再び王牌から嶺上牌をツモってくる。その手はさっきにも増して震えているようにも見える。だが、きっちりと牌を右手で掴み、自分の手牌へと引き入れる。そして、小瀬川はまさかの1,000点棒を取り出した。疲弊によって動作がいつにも増して遅かった小瀬川は、ここで一気に体を動かす。

その時の声は、先ほどの暗槓の宣言の何倍も強く、小瀬川の負けないという固い意志が見られた。

 

 

「リーチッ……!!!!」

 

 

小瀬川

打{横五}

 

 

立直。小瀬川、満を持して牌を横に曲げて宣言する。宣言直後こそは体の異常に顔を歪めていたが、しばらくして落ち着いたのか、小瀬川は息をゆっくり吐いて背凭れに寄りかかった。

そして小瀬川がリーチをした直後の宮永照のツモは{⑧}。{⑥}と{中}を暗槓している、筒子の混一色かと思われる小瀬川に対しては危険牌の筆頭。いくら{⑥⑦}の搭子がない事は確定しているとしても、{⑧}が安全という事には決してならない。小瀬川が身を削ってまで立直をしているのだ。一筋縄では躱すことはできない。故に、絶対に当たらない小瀬川の捨て牌にある{東}を切った。これは小瀬川の一打目に切られており、それに続く形で辻垣内が二巡目に切っている。しかも、今は南場であるので、宮永照自身以外は{東}はオタ風。つまり絶対安全な牌と言えるだろう。無論、この牌に対して反応するものは居らず、

辻垣内のツモ番へと回る。一発直撃は回避できた。

そして場は小瀬川のリーチから一周し、リーチ後初の小瀬川のツモ番になる。小瀬川は体を動かし、ツモってきた牌を凝視すると、その牌をゆっくりと河へと置いた。一発ツモではなかったのだ。

そしてその直後宮永照のツモは{①}。またもや筒子をツモってきたが、宮永照は切る気は毛頭ない。守備の徹する。この瞬間、宮永照は小瀬川の策から抜け出せた、と思われたが、小瀬川の策はまだ終わってはいない。いや、むしろここからである。

 

(・・・逃げ切った気でいる……みたいだけど……違う……()()()()()……)

 

そう、小瀬川のリーチはいわば囮。宮永照が小瀬川の安牌を打たせるための誘導。小瀬川は体だけでなく、流れも侵食されている。故に、たった2回の暗槓如きでは流れは良くならない。つまり、小瀬川はこの時ノーテンだったのだ。最初から和了る気などなかったのだ。

それに、例え小瀬川が聴牌していたとして、和了ったとしたら小瀬川の体は良くなったばかりなのに、直ぐに幻覚や体の自由を奪われたりなどの状態に戻ってしまう。だからこの局、小瀬川は和了れないし、和了ってはいけない局であった。

ならば、どうするべきか。和了れないし和了ってはいけない局で小瀬川はどうすれば一位の宮永照の点棒を削れるか。と言われれば、その答えはただ一つ、()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけだ。その準備のために、新ドラを乗せたり、安牌を打たせるためにリーチをしたのだ。

そして文字通り命を賭けた誘導が、ついに報われることとなる。

 

宮永照

打{3}

 

安牌。小瀬川に対して安牌である{3}打ち。これこそが、小瀬川の狙い。

見るまでもない。当然、牌を倒す。

愛宕洋榎が。

 

 

「・・・ロンや」

 

愛宕洋榎:和了形

{二二六六⑧⑧⑨⑨377発発}

 

 

 

「跳満……12,300」

 

 

 

愛宕洋榎の和了。小瀬川が新ドラを愛宕洋榎がその時既に対子としてもっていた{発}に乗せ、手を跳満まで育てた。そして、小瀬川がリーチをかければいつかは宮永照が切ってくれるという算段。宮永照が早目に振り込んでくれたのも小瀬川の身体の状態的にも嬉しい結果となった。

 

 

(・・・今ので、更に楽になった……そろそろ……仕掛けないと……)

 

 

小瀬川は息を切らしながらも、宮永照にどんどん詰め寄っている。

 

決着まで、残り三局。決勝も終盤戦。ここから更に熾烈となる予測が、最も簡単にできた。




次回は南二局!
いやー、土曜日曜からの月曜日は辛いですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 決勝戦 ㉜ 己の身を賭けても

南二局です。
アンケートもよろしくお願いします。期限は24日の23:59まで!


 

 

 

 

-------------------------------

南二局 親:辻垣内智葉 ドラ{4}

 

小瀬川 22,800

照 32,200

辻垣内 21,400

洋榎 23,600

 

 

南一局一本場。この小瀬川による決死の囮、暗槓二回によって愛宕洋榎にドラを乗せ、ノーテンリーチで小瀬川の安牌を宮永照に打たせるように誘導し、見事愛宕洋榎の跳満が宮永照に突き刺さった。

 

(・・・っ!)

 

 

宮永照も、小瀬川によって増えた新ドラの{発}を愛宕洋榎が抱えたのを確認すると、小瀬川のリーチが囮であったことを察し、思わず歯噛みする。しかし、それと同時に宮永照は小瀬川に対する不安も覚えた。この局だけでなく、前局から宮永照は彼女が手を進めようとしたり、暗槓する度に彼女の顔が苦痛に歪むのを見てきた。そう踏まえると、彼女が和了ろうとすれば、今まで以上の痛みが彼女を襲うと考えても不自然ではない。そして南一局、彼女が和了に向かわなかったのを見ると彼女の容態はよろしくはないのだろう。少なくとも、一回の和了分の痛みには耐えられないほどには。そんな小瀬川白望を心配する目で見ていた宮永照だが、小瀬川はその視線に気付いたのか、小瀬川は目で宮永照に訴えかけた。ただ見つめるだけで、何かを伝えるようなジェスチャーはしなかったが、宮永照は小瀬川の目から放たれる熱い視線によって小瀬川が訴えている事を理解した。

 

『心配するな』と。

彼女の表情を見る限り、先ほどのような辛い状態と比べて一段とマシになったようだ。だが、それでも辛いことには変わりない。宮永照はすぐにそれを痩せ我慢であると見抜いたが、彼女の意志を曲げることはしない、と南一局一本場が始まる時に決意した宮永照には、もう何も小瀬川に口出しはできない。せめて小瀬川の容態が少しでも良くなってほしいという思いを込めて宮永照は小瀬川にコクリと頷くと、宮永照は視線を愛宕洋榎に移して、12,300点分の点棒を払う。あれだけ小瀬川の事を心配していた宮永照だが、これで宮永照の最後の親は流れ、またもや点差は大幅に縮まった。小瀬川の問題も随分深刻であったが、宮永照自身も結構深刻な問題を抱えていたのであった。

 

 

 

そして場は南二局。辻垣内智葉の親番に回ることとなる。

 

 

 

-------------------------------

観戦室

 

 

「上埜、絹恵、そこをどき……そして……竜華、離しや。腕」

 

ところ変わって観戦室、そこでは席から立ち上がり、観戦室の出口に向かおうとした園城寺怜の腕を掴む清水谷竜華と、そんな竜華の方を見つめる園城寺怜、そして園城寺怜の行く道を遮るかのように園城寺怜の前に立つ上埜久と愛宕絹恵がいた。全員が真剣な目つきをしていて、場は既に一触即発の状況を呈していた。

そして園城寺怜の腕を掴む清水谷竜華は、園城寺怜に向かってこう言った。

 

「何処行くつもりや。怜」

 

それを聞いた園城寺怜は少し声を荒げて清水谷竜華に言う。

 

「何処……?何処やって、イケメンさんのとこに決まってんやろ!?」

 

その園城寺怜の発言に愛宕絹恵が園城寺怜を静めようと園城寺怜の肩に手をかけようとした、が。

 

「園城寺さん、ちょっと落ち着いてください」

 

「うるさいんや!」

 

園城寺はその手を払いのける。そして三人に向かってこう言い放った。

 

「あのイケメンさんの顔見てもまだ落ち着けっていうんか……!?どう見ても辛そうやろ、苦しんどるやろ……!・・・まさか自分ら、イケメンさんの『大丈夫』って言ったこと間に受け取ったんか?」

 

園城寺がスクリーンを指差す。いきなりの事に、周りの観客も騒めき出す。注目を浴びているといち早く気付いた上埜が園城寺の肩を掴み、強引に座席に座らせ、園城寺に顔を近づけてこう言った。

 

「私だって……小瀬川さんを助けたい。小瀬川さんにこれ以上苦しんでほしくない……!だけどね、『続ける』って言うのだから仕方ないの……他の誰でもない、小瀬川さんが。・・・痩せ我慢だとしても、小瀬川さんは『続ける』と言う限り、私らには小瀬川さんを止める権利はない……そうでしょ?」

 

園城寺は自身に語りかける上埜を見てハッとする。口では力強く言っているが、園城寺を掴む上埜の腕は頼りなく震えていた。横を見ると、清水谷竜華、愛宕絹恵のどちらもが自分の手をぐっと握りしめていた。それを見て園城寺は確信する。つまり、同じであったのだ。皆小瀬川を助けたい。今すぐにでも助けたい。試合を止めてまで小瀬川を助けたい気持ちでいっぱいだったのだ。自分と愛宕絹恵と上埜久の想い人である小瀬川を。清水谷竜華の準決勝で競い合った戦友である小瀬川を。

だが、彼女らは必死に堪えていた。小瀬川の意志を優先するため。小瀬川に後悔してほしくないため、必死に……必死に……!

園城寺は下を向いた。結局、弱かったのは自分だけだったのだ。自分だけが小瀬川を助けたいという気持ちを抑えられなかったのだ。園城寺は率直に『馬鹿者だ』と自分に思った。自分の一辺倒な気持ちを優先しようとして、小瀬川の気持ちを考えていなかった自分に心底呆れた。

 

園城寺は自分に失笑すると、上埜達に向かってこう話した。

 

「・・・すまん。ウチが悪かった……自分らも、抑えていたんやな……」

 

「怜……」

 

上埜はそれを聞くと自分の席に座り、愛宕絹恵と清水谷竜華はホッとして席に座り直す。園城寺は大きく深呼吸してから、誰にも聞かれないよう、心の中でこう言った。

 

(・・・イケメンさんが帰ってきたら、イケメンに心配させられた分のお返しで全力で抱き締めてもらうとするわ……せやから、絶対に無事に帰ってくるんやで、イケメンさん……)

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

(・・・体調はだいぶ良くなった……攻めればまた悪くなるんだろうけど、そろそろ攻めなきゃ勝てない……)

 

南二局、小瀬川は配牌を開いて改めてそう思った。点差が縮まったと言っても、この時点で小瀬川は三位。そして残すはこれを入れてあと三局。そろそろ攻めなければ優勝を手にすることはできない。故に、向聴数を一進めるだけで悲鳴を上げる自分の体に鞭を打ち、全力で和了りに向かう。一回一回のツモが重く、また手を進めようとすればさらなる痛みが小瀬川を襲う。だが、それでも小瀬川は前へ進む。勝利への意欲、勝ちへの執着、そんな自身のギャンブラー精神が彼女を突き動かした。体が軋み、悲鳴を上げても構わない。勝ちたい、勝負したいというどうしようもない衝動だけで彼女は今ここにいる。

 

だが、現実はそう上手くはいかない。小瀬川がどれだけ決意を固めて動いたとしても、闇が体と流れを支配しているこの状況、小瀬川が他の三人と対等な流れに持っていくには、これ以上の痛みを覚悟して、闇を強引に抑えるしかない。しかし、今小瀬川は闇を真っ向から抑えられるほどの体力はなく、抑えようと試みても小瀬川の体が動かない。そのため、圧倒的不利の状況で今小瀬川は闘っているのだ。故に、聴牌速度も、打点も他三人と比べれば天と地の差、小瀬川には成す術もなく六巡目、小瀬川が手を進めようと切った{一}が、運悪く辻垣内に当たってしまう。この時、小瀬川には辻垣内の捨て牌は視界がぼんやりとしていてはっきりとは見えておらず、尚且つ前へ前への前傾姿勢のため、振り込みは避けられなかったのだ。

 

 

 

小瀬川

打{一}

 

 

 

 

「ロ……ロン」

 

 

辻垣内:和了形

{一二二三三九九④赤⑤⑥888}

 

 

「3,900……」

 

 

辻垣内が一瞬躊躇ったが、それは小瀬川に対する侮辱だと感じたが故に、辻垣内は思いっきり手牌を倒した。そして宣告する。

 

 

(・・・まだ……体が追いついていない……なら、ここは耐えるべき……)

 

小瀬川は自身の体に全神経を集中させ、体の容態を探る。やはりまだ体は闇の重圧によって体力を消耗している。足は既に動かない。何故なら足を動かす体力を上半身に持ってきているからだ。

故に、体の体力の回復を待つべきが得策だと思考する小瀬川。この南二局は動くべきではない。そこで小瀬川が見据える勝負所は、南三局。小瀬川の親である南四局でなく、南三局だ。無論南四局も大事なのだが、いつ闇が体を蝕むスピードを加速させてくるか分からない。小瀬川の感覚的に、南四局まで持つか……と言われると若干怪しい方だ。ならば、南三局に一発で逆転し、残りの南四局、南三局の余力で耐えきり終局……これが小瀬川の考えつく最高のプランだ。だが、それを簡単に実行できたとしたらどれだけ楽なものか。前提として、南三局に闇を強引に抑え込む必要がある。もしその時に闇を抑えきれなければ、小瀬川が勝てる可能性は限りなくゼロになる。もしかしたら勝てる勝てないどころか、勝負にすらならず、ぶっ倒れてしまうかもしれない。そういう危険な賭けが必要なのだ。だが、小瀬川は逃げない。勝つために、勝利するために、南三局を待つため、この場を必死に耐える。

 

 

己の身を賭けると分かっていても、だ。




次回は南二局一本場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 決勝戦 ㉝ 立ち向かう時

南二局一本場からです。
アンケートもお願いします


 

-------------------------------

南二局一本場 親:辻垣内智葉 ドラ{七}

 

小瀬川 18,900

照 32,200

辻垣内 25,300

洋榎 23,600

 

 

前局の南二局、小瀬川が3,900を辻垣内智葉に振り込んだ事により、順位が大きく変動することとなった。宮永照は相変わらず前半戦のオーラスから依然トップを保ち続けているが、下三人の順位は混戦を呈しており、3,900の直撃でも大きく動いた。まず、3,900を打ち取った辻垣内は二位に浮上し、振り込んだ小瀬川は四位、ラスに転落した。そしてその影響で愛宕洋榎は繰り上げで三位となり、3,900だけで南二局、三人の順位がガラッと変わることとなった。

さて、先ほど『宮永照は依然トップを保ち続けている』と説明したが、もうそんなことも悠長に言ってられなくなる状況になってきている。後半戦スタート時の二位との点差は45,300もあったが、この南二局一本場の時点で二位の辻垣内との点差は僅か6,900と、ツモなら5,800、直撃なら3,900でも逆転という状況まで辻垣内は迫っており、いつでも宮永照のその背中を刺せる間合いまで辻垣内は接近していた。

小瀬川が落ちてくれたおかげで結果的に三位に浮上することができた愛宕洋榎も、二位の辻垣内との点差はリー棒二本にも満たない1,900。宮永照との差も8,600と、満貫の出和了り一回でその差は殆ど吹っ飛ぶような位置づけであり、それこそこの南二局一本場で逆転しそうな勢いであった。

 

しかし、その一方で振り込んだ小瀬川の状況は悪い。一位との点差は絶望的なほどではないものの、少し差をつけられ13,300。これだけならまだ良い。が、小瀬川には自身の闇による侵食が絶えず行われているという最大の障害にしてハンデを背負っている。故に、あれだけ点差には意味がないと口煩く言っていたこの13,300という点差にも意味が生じてくるようになる。何故かと言われれば、それは小瀬川の身体の状態を考えれば自ずと答えは浮き彫りになるであろう。まず前提として、点差に意味はないと言ったのはあくまでこの卓を囲む四人だからこそである。何万点という差でも、少ない局数で逆転することが可能である圧倒的な火力を有しているから言えた話だ。だが、今の小瀬川はどうだろうか?彼女は今自分の手を進めようとしただけで激痛が走り、目が霞んだり足が動かなくなるほど体は闇に蝕まれており、今意識を保っている事自体が尋常でないという状況だ。

もはや火力云々とかの問題ではない。それ以前の問題。聴牌しようとすれば体は痛みを訴え、挙句南二局では和了るどころか聴牌にすら至っていない。頑張って抑えようとしても、残っている体力は極わずかであるため、抑え込む事ができない。事実南二局では聴牌できなかった。これではただただ体力を浪費するだけ、ジリ貧の状況。

故に、小瀬川は思考を変え、体力を無駄に削って土俵に上がる事よりも、土俵を降りて体力を温存する事を優先した。不確定要素は多いものの、それでも小瀬川はやるしかない。その道しかなかったのだ。例え体がどうなろうとも、逃げたり、勝負を放棄する事は小瀬川の考えには存在しない。あれだけ赤木を超える、赤木を倒すという目標を掲げてきたのに、こんなところで逃げては話にならない。少なくとも赤木が今小瀬川と同じ状況であれば、迷わず突き進むだろう。

其れの他にも、小瀬川はただ純粋にこの決勝という場から、卓を共に囲む三人から背を向けたくなかったのだ。後悔したくない、といういかにも子供らしい理由だが、それ以上の言葉があるだろうか?・・・少なくとも小瀬川には今それ以上の言葉では表す事はできない。

 

(くれてやるよ……一万だろうが二万だろうが、くれたきゃくれてやる。・・・ただ、南三局までに私の闇を抑えれるほどの体力を温存できれば良い……それに比べれば、点棒なんて安いもの……)

 

そう考えた後、小瀬川は体に力を入れずにあくまでも自然体になって、配牌を開いた。相変わらず流れは悪いようで、通常の人間がこれを見たら思わず顔を顰めてしまうほどの悪い配牌。普通に進んでも遠く、尚且つ国士にも字牌が少ないため遠い、まさに最悪の配牌。前局の何倍も悪い配牌だ。だが、それも当然の事。今まで無駄に体力を削って闇の進行を防ぎ、流れを改善させていた時の状態で聴牌すらできなかったのだ。そして今小瀬川は最低限意識が保たれて、尚且つ体力を温存できる程度にしか闇を防いでいない。となればこの局の配牌は悪くなって当然という事だ。何も闇の進行が急激に進んだというわけではない。むしろこれが普通なのだ。逆に言えば、これで普通となるほど、闇の侵食による影響が多いという事が伺える。

 

 

 

「・・・ツモだ」

 

 

辻垣内:和了形

{一一一①②③④⑤⑥2267}

ツモ{8}

 

 

「ツモのみ。一本場を加えて600オール……」

 

 

親の辻垣内がノミ手ながらもあっさりと自摸和了。これが四巡目の事。前局と和了を積み重ねたため、やはりスピードは圧倒的に速い。小瀬川を除く二人がまだ手牌を整理する段階であったのにもかかわらず、辻垣内はそれを知ったこっちゃないと言った風にスピード和了。これで南二局は二本場へと突入する。

だが、辻垣内は不信感を覚えていた。それは勿論、小瀬川に対して。

 

(・・・ツモ切りのみ。まるでわざと手を進めようとしていない見たいだ……それか、ツモ切る事しかできないほど酷い容態なのか?)

 

そう、小瀬川はこの局、ツモ切りしか行っていない。辻垣内にとっては知る由もないが、小瀬川からしてみれば手を進めようとしただけで激痛に耐えなければいけない。そしてこの局はもとより体力を温存するときめている。わざわざ激痛に耐える必要もないだろう。故に小瀬川はツモ切りしかしていなかったのだ。ごく当然の事である。しかも、辻垣内が和了ってくれたことで局数が増え、休める時間も増えた。小瀬川にとってはこの辻垣内の和了はありがたい事この上なかった。

 

 

しかし、そんな事情を知るわけもない。不信感を抱く辻垣内だが、小瀬川の方を見るとやけにリラックスしていた。辻垣内は更に疑問に思ったが、結局答えはでず、二本場へと場は動いた。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

南二局二本場 ドラ{⑤}

 

 

南二局二本場、この局も小瀬川はツモ切りしか行わず、更に皆の疑心が高まった。が、それとこれとは別問題と言うかのように場は動く。まず最初に動いたのは四巡目、

 

「リーチ!」

 

辻垣内

打{横四}

 

辻垣内:手牌

{一二三①①①②③13789}

 

純チャン三色が確定している大物手、辻垣内は迷わずリーチをかけたが、この決断が辻垣内に悲劇を生む事となる。

 

 

「・・・カン」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏22裏}

 

新ドラ{2}

 

宮永照の暗槓。しかも、槓したのは辻垣内の唯一の和了牌{2}。これで辻垣内の和了牌は宮永照に潰され、辻垣内はただ牌を切るだけの木偶の坊となってしまった。

それだけではない。あろう事か新ドラは槓をした{2}。つまり、宮永照のこの手、どんなに安くとも満貫が確定した。方や和了目を失ったツモ切りマシーンの辻垣内と、方やダマでも最低満貫が確定している宮永照。誰がどう見ても優勢なのは宮永照であり、宮永照に風が吹いていた。

そして九巡目にとうとう辻垣内が宮永照に掴まされてしまう。

 

(ぐっ……)

 

 

辻垣内

ツモ{赤⑤}

 

ツモってきたのは{赤⑤}。あまりにも危険すぎる{赤⑤}。これひとつでドラ二つ分という地雷そのものだが、辻垣内はリーチをかけているため、切るしかない。

 

(・・・クソッ!!)

 

 

辻垣内

打{赤⑤}

 

 

 

「ロン」

 

宮永照:和了形

{六七八赤⑤⑧⑧⑧444} {裏22裏}

 

 

「断么三暗刻ドラ8……24,600」

 

 

しかも、宮永照の手牌にはもう一つ一枚でドラドラの{赤⑤}を抱えていた。断么三暗刻にドラ8を加えて三倍満。24,600を振り込んでしまった。一度のリーチによって、こんなにも変わってしまうという場の恐ろしさを辻垣内は身を以て知る事になる。

辻垣内が宮永照に三倍満を振り込み、点差は格段に開いた。これで勝負が決まったか……と思う観客も少なからずいた。

だが、まだ終わっていない。次は辻垣内の親が流れて南三局。つまり、小瀬川が動く時。休んでから二局しか経っていないものの、体力は温存できた。あとは、自分の精神を信じるのみ。

 

 

(・・・止める……!)

 

 

全神経を集中させ、小瀬川は体を蝕む闇を強引に押さえつけようとする。今まで自分を蝕んできた闇と向かい合う、それと同時に立ち向かう時。

 

 

小瀬川が力を入れたその瞬間、今までの何十倍もの痛みが小瀬川を襲った。

 

 

 




次回は南三局。
さてシロはどうなってしまうのか……!?

そういえば今日テレビで「アカギ」が取り上げられてましたね。テーマは現実時間との乖離が大きい順のランキングでしたが、アカギは市川戦と浦部戦の時にも、鷲巣麻雀編前の時も漫画内で結構な間があったので、トータルで見ればそんなでもないのはランキング開く前になんとなく予想できましたが、まさか10位とは……
それよりも鷲巣麻雀だけで見れば一年で25分しか進まないという圧倒的一位に驚愕……と思ったけどオーラスは配牌で10カ月使ってるから、一年で25分も進んでいるのかと思えてきますね……恐ろしい恐ろしい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話 決勝戦 ㉞ 死、そして蘇り

まさかの祝日前にこの辛さ……
ギリギリセーフです!
そして明日は祝日……!感謝……!圧倒的感謝……!


 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

 

(・・・ここまでか……クソ……!クソッ!!)

 

辻垣内智葉が思いっきり卓を叩く。今の三倍満の振り込みで、宮永照との点差は55,700。それだけでも脅威だというのに、今の和了は三倍満の十一飜。つまりどういうことか、というとそれは宮永照限定の能力が絡んでくる。半荘で合計十三飜和了ると、その次局に役満を配牌で聴牌するという能力。この後半戦、この和了十一飜分を加えると合計で十八飜。つまり、条件を達成しているのだ。故に、この南三局で宮永照が役満を和了ると仮定すると、辻垣内との点差は90,000点以上となり、役満直撃でもひっくり返らないほどになってしまう。故に、辻垣内の勝ちの目はさっきの振り込みによってほぼゼロとなった。悔しい。辻垣内は素直にそう思った。まだ対局が終わったわけでも無いのに負けを認めてしまう自分が不甲斐なさすぎて悔しかった。

その悔しさが涙となって辻垣内の目尻に涙が溜まるが、それを強引に拭う。涙だけは流したく無い。その一心で無理矢理拭った。

 

(・・・負けるの、がほぼ確定したとしても、私は……諦めない……!!)

 

だが、いくらそう決心し、ゴシゴシと涙を拭おうとしても涙は止まらない。止まることを知らなかった。そしていつしか涙は辻垣内の頬を伝っていった。

 

 

 

 

(・・・終わった……ここまで、やな。そうか……終わりか……)

 

そして愛宕洋榎もまた、敗北という現実を目の当たりにして、辻垣内のように拭わなければ溢れるほどではないにしろ、確かに涙を浮かべていた。自分の弱さを痛感したと同時に、今まで支えてくれた自身の妹に対する申し訳なさでいっぱいだった。

 

(なんでやろな……どうして、まだ終わったわけやないのに、悔しがってんやろな……)

 

心の中で無理矢理自分に対して笑う。自分で負けを認めた事に対しての呆れ、憤りをひっしに隠そうと、笑った。だが、それも限界になり、涙がどんどん加速していった。

 

 

 

 

(・・・勝った……いや、まだ決まっていない。私は私のやることをやるだけ……)

 

そしてほぼ勝ちが確定している宮永照は、まだ決して喜びはせずに、ただ淡々と牌を打つだけと決めている。そう、油断が命取りなのだ。この決勝戦、油断が故にピンチを招いたのは何回もあり、嫌でもわかりきっていた。

南三局で役満を和了ったとしても、まだオーラスがあり、親は最も危険な小瀬川である。いくら容態が悪いとはいえ、このまま黙って見過ごすわけにもいかない。

故に、宮永照は決して油断しない。

 

ギギギ、ギギギギギ!

 

『加算麻雀』特有の、あの歯車を強引に回したような音が響く。これで次局、役満を聴牌する事が確定。あとは南四局を逃げ切るのみとなった。

 

 

 

そうして宮永照、愛宕洋榎、辻垣内智葉の三人は思い思いの感情を募らせながら、山を崩して中央の穴に入れようとした。

 

 

だがその時、恐れていた事が遂に起きてしまう。無情にも。

 

 

 

ガタッ!

 

 

 

(((!?)))

 

 

 

あろうことか小瀬川が声もあげずに静かに卓に突っ伏したのだ。

ジャラジャラと牌が小瀬川の体によって強引にかき混ざる音が無情に響く。それを間近で見ていた三人は、思わず立ち上がり、小瀬川の肩を揺さぶった。そして三人が小瀬川に声を一生懸命にかけるが、小瀬川からの返答はない。目は閉じており、完全に意識を失っている。

 

 

(・・・!真っ黒……!?)

 

宮永照は小瀬川の闇の容態を見ようとすると、小瀬川の中にある闇が小瀬川を取り囲んでいた。先程まで蝕んでいたとはいえ、侵食は半分以下であったはずだ。それにも関わらず、今小瀬川は闇によって包まれている。

しかも、完全に小瀬川は闇に侵食されてしまっているため、このままでは小瀬川は死んでしまってもおかしくはない。闇が抗い続ける小瀬川を不要と見なせば、それで終わりだ。だが、止めようにも止める事ができない。宮永照の『照魔鏡』でさえも侵食しようとしたあの闇だ。下手にやれば小瀬川と共倒れという可能性も否めない。

 

三人が恐れていた最悪の結果。これが現実となってしまった。辻垣内が先程までとは違う理由での涙を流し、必死に小瀬川に声をかける。

 

「シロ!!起きろ……起きろ!!」

 

 

辻垣内の悲鳴にも聞こえる声が、対局室に無情に鳴り響く。しかし、小瀬川はまだその目を瞑ったままであった。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

???

 

 

(・・・あ、れ?)

 

 

倒れた小瀬川が目を覚ますと、そこは対局室ではなく、全くの別世界であった。

真っ暗で何も見えず、決して楽園などとは言い難い異世界。右を見ても左を見ても一面闇。だが、そんなこと小瀬川にとってどうでもよかった。決勝戦。小瀬川は決勝戦を闘っていたはずだ。そして勝負所の南三局、小瀬川は温存していた体力を全て使って闇を抑え込もうとして、そしてそれまでとは比にならないほどの激痛が小瀬川に走って……そこまでは小瀬川も覚えている。だが、肝心のそこからが全く覚えていない。予測ではあるが、おそらく倒れてしまったのだろう。

そして、挙句目覚めたところは辺り一面闇に包まれた空間。それが指し示すことはただ一つ。

 

(・・・負けちゃったのか……闇にも、勝負にも……そして、死んじゃったのか……)

 

不思議にも、それに対する、自分が負けたということに対しての悔しさはなかった。自分のやれることを全力でやりきったのだ。その結果敗れたのなら、何も言うことはない。ただ自分の力量が足りなかっただけだ。

それよりも問題なのは、

 

(みんなに迷惑、かけちゃったな……)

 

そう、自分のことを信頼してくれて、また自分も信頼していた友を残して旅立った事が唯一の心残りだ。彼女らは優しいから、こんなわがままな私の死に対してもきっと泣いてくれるだろう。

彼女らを散々心配させた挙句、その結果彼女らを泣かせてしまうという事が情けなかった。

そして、

 

(・・・赤木さん……超えられなかったな……)

 

 

何よりも師を越える事ができなかったことに対しての悔しさで一杯だった。あれだけ赤木を超える、神域になると言ってきたのにも関わらず、志半ばで終わってしまった事が悔しく、赤木に対して申し訳ないと思っていた。

 

これから、小瀬川がどうなるのかは分からない。ここから閻魔大王のいるところで裁かれるのか、それともずっとこのまま何もない闇の世界に居続けるのか、小瀬川は予想ができなかった。

とにかくここにいても何もする事がないので、小瀬川はどこかに向かって歩き始めた。右も左も分からないこの空間、一体どこを歩いているのかも分からなかった。

 

そうして歩いて、何分かが経った時、どこからか微かに声が聞こえた。声が発せられた方向はなく、まるで自分の脳内に直接に語りかけるかのように。

何を言っているまでは聞き取れなかったが、小瀬川が更に進もうとすると、その声らしきものは段々大きくなってくる。そしていつしかその声が何を言っているかを聞き取れた。

 

 

シロ。その声は自分の名を呼んでいたのだった。小瀬川が先へ進めば進むほど、その声はますます大きくなり、声が最大になったと思えば、そこには一人の老人が小瀬川に背を向けて立っていた。そして、その老人の向こう側には、闇の中で輝く淡い光。小瀬川は思わず身構えるが、老人は笑って小瀬川にこう言った。

 

 

「そうか……貴様も()()()()()()()()()()ということか……カカカ……!!色は同じだが、中身は儂と同じようなもの……つまり、()()()とは正反対の存在にも関わらず、か……!」

 

「・・・誰」

 

小瀬川はその老人に尋ねると、老人はこう答えた。

 

「・・・かつて麻雀で身を滅ぼした者、とだけ言っておこう……カカカカ」

 

小瀬川の問いに対する本質的な答えにはなっておらず、思わず首を傾げた小瀬川だが、その老人は続けて言う。

 

「しかし……己の闇と闘ってまで、そこまでして()()()()()()()()()()というその心意気……運命に抗うというその無謀……!儂は嫌いではない……!」

 

そうして老人は光を指差してこう言った。

 

「・・・行くがいい。そして抗ってみせろ。己が運命に……!」

 

 

小瀬川はゆっくり頷くと、未だ輝き続ける光に向かって歩き出した。ここをくぐれば、現実に戻れる。そう感覚で悟った小瀬川は、今度こそ負けない。そう再度決意し、その光をくぐった。

 

決勝戦をするために。そして勝つために。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「どうして……こんな……!」

 

辻垣内が卓に突っ伏して倒れている小瀬川の横に立っていたが、へなへなと座り込んでしまう。涙はもう止まらない。想い人を失うという辛さに、辻垣内の心は壊されかけていた。

辻垣内とは反対方向にいる愛宕洋榎も、絶句して言葉もでない表情をしている。何をしたらいいのかわからず、思わずそこに立ち尽くしていた。

 

 

「シロ……!シロ!!!!」

 

ガチャ、という音が扉の方から聞こえてくる。三人が扉の方を見ると、塞と胡桃がそこにいた。よく奥の方を見ると小瀬川の知り合いである人達が勢揃いであった。そして誰しもが小瀬川のことを心配しており、皆泣きそうであった。

 

そしてそのすぐ後に警備員と担架が到着し、突っ伏している小瀬川を担架に乗せようとする。だが、その時だった。その事に気付いたのは宮永照ただ一人だけだったが、確かに決定的な何かが起こった。

 

 

 

バキッ!!!

 

 

 

(闇が……砕け、散った……?)

 

小瀬川を取り囲んでいた闇が爆発四散する。突然の出来事に戸惑う宮永照だったが、直後の出来事によってその戸惑いは嬉しさへと変換される。

 

 

 

「ベタベタ触らないで……」

 

 

小瀬川の体から声が発せられた。幻聴ではない。この場にいる全員が確かにそれを聞いた。

 

 

「勝負は南三局……まだ終わっていない……そうだったね……」

 

ゆっくりと顔を上げて、この場にいる全員に向かって笑って見せた。それは明らかに無理をした笑いだったが、小瀬川が起き上がった。その事実だけで良かったのだ。

 

 

小瀬川、生還。

 

 

 

 




次回は南三局。
結構急いだので文がおかしくなってるかもしれませんが多めに見てください。

アンケートの方もラストスパートです。今のところ怜が優勢でしょうか。締め切りは24日23:59までなので気をつけてください!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話 決勝戦 ㉟ 輝く闇

南三局だと思っていたら1話使ったという。
さすがに祝日とはいえ休みすぎましたね……これは猛省


 

 

 

-------------------------------

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

「「「シロ!!」」」

 

 

起き上がった小瀬川を皆が有名人を追うパパラッチの如く取り囲んだ。

嬉しさで涙を流す者、一安心して胸を撫で下ろす者、小瀬川を取り囲む者は思い思いの感情をあらわにしていたが、彼女ら全員が同時に思った事がある。

小瀬川白望が、起き上がってくれてよかった、ということ。

 

 

「良かった……良かった……!!」

 

辻垣内が今回で3度目の涙を流す。今度は1度目や2度目の時の悔しさ、絶望に溢れた悲しい涙ではなかった。かけがえのない、大切な人が戻ってきてくれたことに対しての、感謝、喜び。そういったものに対しての涙だった。

 

そんな辻垣内の頭を撫でながら、小瀬川は皆に向かってこう言う。

 

 

「・・・ごめん。迷惑かけて……」

 

それを聞いた皆んなは安堵の溜息をつく。そして臼沢塞は思わず小瀬川の目の前に立って、ギュッと小瀬川のことを抱き締め、小瀬川に向かって叫んだ。

 

「バカ……!人の気持ちも知らないで……私たちがどれだけシロのことを心配したと思ってるの……!?」

 

 

「倒れた時……シロがもう戻ってこないんじゃないかって……本当に心配で……!」

 

 

「塞……」

 

塞が思いっきり自分の気持ちを小瀬川へとぶつける。小瀬川はそれを聞いて何て返したらいいかわからず、数秒の沈黙が生まれた。周りに人がいるというのにもかかわらず、二人はただ静かに見つめ合っていた。他の人も場の空気を察したのか、塞を小瀬川から引き離そうとする者はいなかった。そしてしばらくすると、弱々しく震える手で小瀬川は塞の体を抱き締め返し、塞に向かって呟く。

 

 

「・・・本当にごめん。塞……」

 

 

 

「んなっ……!?」

 

 

ひんやりとした小瀬川の体が塞の体と密着し、塞の熱が小瀬川に伝わっていくのを塞は感じた。しかし、塞の後ろに回っている小瀬川の手には力が入っていない。おそらく小瀬川本人は思いっきり抱きしめているはずなのだろうが、肝心の体がまだ力を出せるまで回復できていなかった。

だが、そんなことは塞にとってどうでも良かった。小瀬川に恋して数年、多分こんなに積極的に小瀬川から塞に何かをしたのは初めてだろう。

 

・・・しかし、そうだとしてもこの状況は恥ずかしすぎる。周りからの目線には殺気が含まれているし、何より警備員まで来ているのだ。小瀬川は気付いていないのかわざとやっているのか分からないが、おそらく小瀬川は気付いていないのだろう。ずっと小瀬川の隣にいた塞だからこそ分かる。小瀬川はああ見えて純粋でヘタレなのだ。もし気付いているのなら恥ずかしくてたまらないはずで、すぐにやめるはずだ。。なのにも関わらず小瀬川はそれを止めようとはしないということは、気付いていない事の証明である。

しかし、衆人環視の中で抱き合う、二人。この公開処刑レベルでのあまりの恥ずかしさに、冷たい小瀬川の体を直接触っているはずなのに、塞の顔は真っ赤に染まっていた。

だが、その恥ずかしさもいつしか消えて、塞は再び小瀬川の事を抱きしめる。強く……強く。その心地良さに塞と小瀬川はどっぷりと浸かっていく。

そして再度生まれる沈黙。しかし、とうとう堪えることができなかったのか、側にいた愛宕洋榎が大袈裟に咳払いをする。そのおかげで我に返った塞は今自分がやっていることの

恥ずかしさという一度離しかけた理性を取り戻す。

 

 

「・・・!ごめん、シロ……」

 

 

「いや……大丈、夫……」

 

 

思わず塞が小瀬川から離れると、小瀬川も我に返って自分のしたことを冷静に振り返り、すぐに顔を真っ赤にする。幸い、小瀬川が倒れてからは流石に人が倒れているところを放送する事はできないといったテレビ局側の配慮によって中継は止まっていたので、あんな恥ずかしい行為をお茶の間に流すということは無かった。

その後は大会を運営する麻雀協会の人達が来て、小瀬川がこのまま続行を希望するということを伝えると、改めて南三局から再開するということに決まった。無論塞たちは勝手に対局室に入った事を注意されたが、すぐに観戦室へと帰された。

 

 

 

-------------------------------

 

 

そしてその数分後、改めてブザーが鳴り、部屋の照明が点く。卓は南二局二本場が終わった時の状態だったので、卓の中央にある開閉板を開け、牌をそこの中へ入れるところから始まった。

 

 

「・・・大丈夫かいな、シロちゃん。代わりにウチが牌、入れてやるで?」

 

 

愛宕洋榎が小瀬川に声をかける。何故声をかけたかというと、小瀬川が牌を中に入れる事すらままならなかったからである。牌を入れようとしても手に力が入っておらず、その腕は不規則に震えていた。そう、いくら小瀬川が奇跡の生還を果たしたとはいえ、もともと小瀬川の体は闇によってボロボロだったのだ。故に、闇に打ち勝った今も、小瀬川は今度は体の疲労、残った痛みと闘わなければならないのだ。

 

「大丈夫……」

 

それを気遣って愛宕洋榎は声をかけたのだが、意外にも小瀬川は助けを借りずに、震える手をめいいっぱい動かして牌を入れ終える。

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

そして改めて南三局が始まり、山が麻雀卓からせり上がってくる。二回サイコロを回して、親の愛宕洋榎から順々に配牌を開いていく。配牌を開く四人の表情はさっきとは比べられないほど険しい表情をしている。それはそうだ。何故ならこの局、宮永照は『加算麻雀』によって配牌で役満を聴牌する手筈となっている。ただでさえトップの宮永照に役満を和了られてしまえば、差は絶望的になる。それに加えて、この南三局を入れて対局は残り二局しかない。故に、宮永照にとっては絶対に和了らなければならない局であり、三人にとっては宮永照を絶対に抑えなければいけない局である。

 

 

 

 

 

 

・・・そのはずだった。

事件が起こったのは宮永照が最初の配牌の四牌を山から取り、それを開いたまさにその瞬間。

 

 

バキィィィ!!!という破壊音が鳴り響いたかと思うと、宮永照の背後に存在していて、宮永照の『加算麻雀』の象徴と言っても過言ではない歯車が木っ端微塵に砕け散っていた。いや、正確に言うとそれは宮永照のイメージ内での出来事なのだが、確かに宮永照の歯車は何かによって粉砕されたのだ。

 

(なっ……!?)

 

宮永照が驚いて背後を振り返ると、そこには歯車だった何かがあった。その歯車だったものを凝視すると、その近くにそれを破壊したと思われる闇を発見した。そのおかげで宮永照は理解できた。破壊した張本人を。そう、宮永照の歯車を破壊したのは言うまでもなく、小瀬川白望。だが、おかしい。宮永照は小瀬川が意識を取り戻す直前に闇が砕け散ったのを見たはずだ。消えて無くなったはずだ。なのに何故小瀬川にはその闇があるのか、もしやまた小瀬川を侵食し始めたのかと焦った宮永照は小瀬川の方を見ると、小瀬川の周りにはあの砕け散ったはずの闇が存在していた。

しかし、様子がおかしい。感覚ではあるが、南二局二本場までの時の闇とは違うような感じがした。宮永照はじっくりその闇を見ると、明らかな違いを発見する。

 

 

(・・・違う、あの時の闇じゃない……!?)

 

 

そう。前までの闇はもっと濁っていて、澱んでいたものだった。それを見て良い思いをする人はいないだろう。それほどまでに前までの闇は不穏な存在であり、不吉な感じがしていたのだ。

だが、今の闇はどうだろうか。そんな濁りや澱みは無く、輝きを発して透き通っている。闇なのに輝きを発している、透き通っているという矛盾めいた話だが、それ以外に形容し難いほど、その闇は特殊であった。煌めき、とでも言うのだろうか。その闇は他者から見ても綺麗で、人を魅了する、そんな闇であった。闇であるはずなのに、闇らしさはどこにもなかった。地球から肉眼で見た宇宙、夜空のような感じだと言えば分かりやすいだろうか。そんな感じの闇なのだ。

 

まあその話は一先ず置いて、ともかく今の闇とさっきまでの闇とは違うのだ。コントロールはできていないのだろうが、小瀬川を蝕み敵対する害悪なものから、小瀬川を守り味方となる護衛となった。

そしてその小瀬川を守ろうとすべく、その闇は宮永照の歯車を破壊したのだろう。宮永照自身、まさか歯車自体が破壊されるなど夢にも思っていなかったため、この局の配牌がどうなるのか予想もできなかった。

宮永照が改めて恐る恐る配牌を開く。その四牌は{中中白中}。これは誰がどう見ても役満の大三元コース。宮永照の『加算麻雀』の性質上、観客は十中八九大三元だと予測した。だが、宮永照は察していた。この次からの配牌、確実にそのまま大三元を聴牌できる牌は来ない、と。

 

 

そしてその宮永照の予想を裏付けるが如く、次の配牌の四牌。

 

宮永照:配牌途中

{中中白中②七98}

 

 

逸れる……!大三元だと思われていた宮永照の配牌がここで逸れる。観客の予想に反して、あらぬ方向へ……!と言っても、宮永照の『加算麻雀』の象徴である歯車が壊された今、配牌が大三元から逸れるのは当然なのだが。

 

そして最後の五牌の配牌を山から取ってきても、大三元の種は宮永照の手元には来ず、役満を聴牌するはずだったこの局の宮永照の配牌、最初の布陣は

 

宮永照:配牌

{二七①②②赤⑤⑥89白中中中}

 

このような結果となった。宮永照は思わず歯嚙みする。体がボロボロであり、そもそも闇も無自覚で出していた小瀬川相手には大人気ないが、宮永照は小瀬川の事を睨みつける。

自覚はないとはいえ、結局のところ彼女にしてやられたのだ。またもや勝ちの目から遠ざからされた宮永照。

 

この南三局。当初は宮永照の役満の出来レースだと思われていたが、配牌が揃った後にはそんな予想は全て無くなった。

そして親である愛宕洋榎の第一打から、誰にも予測できない南三局が始まった。




次回こそ南三局。
アンケートの方も明日までですので、よろしくお願いします。
それよりもアンケートで幼馴染の塞と胡桃の名前が一切出ないってどういう事なの……
そして半ばネタで入れた赤木が意外にも人気で草。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話 決勝戦 ㊱ 狂気の沙汰ほど面白い

南三局です。
アンケートは今日の23:59まで!今のところ赤木が有力です。
まだの人は是非活動報告から!


 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

宮永照:配牌

{二七①②②赤⑤⑥89白中中中}

 

 

粉砕……ッ!宮永照の『加算麻雀』、それによる役満が死の淵から黄泉がえり、生還を果たし、己が闇を新たなものに進化させた小瀬川にあっさり粉砕……!役満を封殺されてしまった。配牌の最初の四牌こそ{中}を暗刻、{白}一枚と大三元ルートだと思われていたが、結果はこのように大三元とは大きく異なる配牌であった。

確かに打点は目も当てられないほど落ちた。が、スピードはそこまで落ちてはいない。確かに配牌聴牌に比べればスピードも確実に落ちたようにも見えるが、宮永照には{中}の暗刻がある。宮永照にとって打点がいらないこの状況、役牌暗刻はまさに天啓。完全に破壊されたが、牌の意志は宮永照を選んでいたのだ。流石は『牌に愛された子』。自分の能力を封殺されても尚宮永照は流れを失っていなかった。

 

この{中}暗刻。宮永照にとってこれを活かさないわけがない。鳴いて局を流すべき。それが当然であり、一番理にかなっている。だが、それをさせないのが小瀬川の、『神域の麻雀』なのだ。

 

一巡目

愛宕洋榎

打{九}

 

 

「ポン……!」

 

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {九九横九}

 

打{7}

 

 

幺九牌の{九}を一巡目から鳴いていく。その動作は今までの小瀬川とは比べ物にならないほど遅いが、確かにその鳴きには小瀬川の意志があった。これで早々に門前を崩し、手牌から弱々しく{7}を捨てる。しかし、この鳴きは常識的に考えて理解できない。今小瀬川と宮永照の点差は38,900点。いくらこの次の局のオーラス、小瀬川が親だとしても、できることならこの局、高打点を和了りたいところだ。門前を崩せば、大方の手は鳴けば打点が下がってしまう。

 

そう、だからこそ小瀬川の手は不気味なのだ。いくらあの小瀬川といえど、腕に力が入らず、牌すら満足に戻せないほど消耗している状態で二局はともかく、三局や四局打つのは厳しいという事は知っている。この場で一番理解できているはずだ。ならば、この局で逆転は無理だとしても、少ない局数で勝負を決めることができるように、高打点で和了るべき。これが理。

故に、ありえない。ありえぬ事なのだ。この巡目から早々に打点を落とす事になる門前崩しなど。通常ならあってはならない。ご法度と言っていいほどの愚行……!

・・・しかし、一つある。ただ一つだけの方法がある。鳴いていたとしても高打点を狙える役を。

 

(・・・萬子の清一色……ッ!)

 

そう萬子の染め手。清一色ならば、ドラの{二}を抱えていれば倍満にも成り得る勝負手を作れる。例え混一色だとしても、ドラと役牌さえ抱えていれば役牌混一色ドラ3の跳満に届く可能性もある。仮に小瀬川の手が染め手に向かっていると決めつけて考えてみれば、一巡目の鳴きも分からなくはない。鳴いても跳満倍満に成り得るなら、宮永照の役牌抱えに門前でスピード対決という分の悪い賭けをするよりは、鳴いて対等な勝負にするのは至って当然だろう。

 

そして小瀬川が切ったこの{7}、宮永照はこの{7}を鳴いていく事だって可能だ。これを鳴いて、小瀬川に食らいつく事も可能である。しかも厄介な辺張を処理できる絶好の機会。だが、宮永照はこれを拒否する。

 

(・・・"避"……ここは"避"を徹するしかない……)

 

そう、この局宮永照にとって一番重要なのは点棒を失わない事。確かに和了る事も重要だ。宮永照自身も和了れるのなら和了っておきたいところだ。事実、配牌が配られてから宮永照は鳴いて速攻で流すと考えていた。だが、今は状況が違う。小瀬川が迫ってきているのだ。当然、正面からぶつかり合う道もある。だが、明らかに分が悪い。悪すぎる。いくら宮永照が『牌に愛された子』とはいえ、小瀬川とまともに対等に闘えば小瀬川が一枚、いや二枚も三枚も上手である。それはこの決勝戦、そして宮永照が見た小瀬川と清水谷の準決勝を考えれば明々白々。明らかだ。明らかに段違いなのだ。他の者と、小瀬川白望という雀士との力量差は。練度、と言えばいいのだろうか。小瀬川が持つ刃と他者が持つ刃の圧倒的練度の違い。小瀬川の持つ刃には刃毀れ一つない。洗練され、磨き上げられた刃だ。

故に、"避"。避けなければならない……小瀬川という刃、妖刀を。あの小瀬川がどんなに鋭利な刃を持っていたとしても、それを避けてしまえば如何なる切れ味を持っていたとしても宮永照には傷一つつかない。そう、現物、安牌を切り続ける事で避け続ければ、小瀬川の跳満倍満には当たる事がない。小瀬川は萬子の染め手のはず、当然萬子や字牌が危険牌

の筆頭となるが、裏を返せば索子と筒子は確実に通るという事だ。しかし、これを鳴いてしまえば安牌の索子を二枚も失い、尚且つ手牌が狭まってしまう。そうやって何も考えず鳴いていけば、気付いた時には最悪全ての牌が萬子若しくは字牌で一向聴というような状況にもなりかねない。これでは百害あって一利なしだ。

だからこその、見逃し……宮永照、戦略的見逃し……!小瀬川の甘い誘惑、しかも良く考えれば直ぐに分かるようで、なかなかそれに気付けない厄介な誘惑を避けた……!少なくとも、宮永照はそう確信していた。

 

 

 

 

 

が……!駄目……!

 

(・・・気付いたね、照。()()()()()()()()……残念だけど、それは既に織り込み済み……想定内……!)

 

小瀬川の域は超えられない……!小瀬川の二重トラップにまんまとはまる宮永照。そう、宮永照は避けた、と解釈しているようだが、視点を変えて見ればこう捉える事も可能だ。

 

『真正面から闘うのを恐れ、小瀬川から逃げた』と。

無論、宮永照の判断は何方かと言えば正しい。普通の感覚ならばそれが正解だ。

だがしかし、この場では通用しない。……するはずがないのだ。牌の意志によって{中}が暗刻ならば、ここは攻め……!避けよりも攻めるべきだ。だが、宮永照はそうはしなかった。いや、それだと語弊がある。()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

あの一巡目から{九}を鳴くという愚行、あれに意味を持たせる事によって……!無論、小瀬川には宮永照の手牌が見えていないから宮永照が役牌を暗刻っているのを予測したのも、小瀬川が宮永照の鳴ける牌を打ったのも、全て偶然……直感に委ねた結果なのだ。

不合理、不条理、不可解。いくらでも小瀬川の麻雀を罵倒する言葉はある。だがしかし、現に宮永照がそう動いたのだ。鳴けるのにも関わらずそれを見逃し、避けの姿勢にする事ができたのだ。結果論でなく、これが小瀬川の強み……!偶然や直感……そういった不合理で、不条理で、不可解なものに身を委ねての麻雀……いや、ギャンブル……!!

 

 

(・・・退いたのならば、進もう。照が退いた分……私が前へ……)

 

小瀬川の最初の一手が鮮やかに炸裂した。宮永照を勝負から下ろさせる、これだけでも十分価値はあるのだが、あくまでもこれは前座。次に続く為の最初の一手にしか過ぎない……

 

最終目標、宮永照からの直撃を狙う為の僅かな、そして重要な一手なのだ。

 

それと同時に、小瀬川はある懸念を抱いていた。それは、この時点での逆転はできない。つまり当初の計画からは大きく逸れる事となった。別に、小瀬川にとってそこはさほど重要ではない。瑣末、どうでもいいことなのだ。問題なのは、それによる弊害だ。当然、この局での逆転が不可能ならば、次局も本気で行かなければならない。そこで自分の体がもってくれるかという事だ。確かに小瀬川を蝕んでいた闇は消え去り、小瀬川は知る由も無いが全く新しい闇へと生まれ変わり、小瀬川に牙を剥く事は無い。だが、それを差し置いても小瀬川の体の疲労、ダメージは大き過ぎた。肉体的にも、精神的にも。本気で行くとなれば当然休む事もできないし、何より二局やれるだけの体力が残っているのかも怪しい話だ。

そう、先ほどまでの目立つ危機では無いにしろ、小瀬川にとって致命的に成り得る問題がまだ残っていたのだ。

が、しかし、

 

(・・・面白い)

 

小瀬川は楽しんでいた。この危機的状況を。このピンチを。何故楽しいのかどうかは小瀬川本人もよくわかってはいない。本当は辛いはずなのに、苦しいはずなのに。何故か小瀬川は心の底から楽しんでいたのだ。

その楽しむ様は、かつて赤木しげるが、市川に銃を口に入れられてロシアンルーレットをしている時のような、狂気と純粋さが混じった、まさに赤木しげるそのものだった。

そして小瀬川は心の中でつぶやく。合理的な麻雀を目指しながらも、当時の赤木を限界まで追い詰めた市川から赤木へ。そして赤木から今度は小瀬川から受け継がれようとしている、あの言葉を……

 

(【狂気の沙汰ほど面白い……!】)

 

その時の小瀬川は体は弱々しく、いつ倒れてもおかしくないほどの状態だったが、彼女の目にははっきりとした闘志。そして狂気を宿していた。

 




今回、なんとツモ巡が一巡すらしてません。
なんてこったい!
明日はクリスマス回!シロが一緒にクリスマスを過ごすのは誰か……?それはあなたが決めるのです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話 決勝戦 ㊲ 振れば、終わり

南三局です。


予め言っておきますが、正月の時は小説を書く暇がないので1月1日〜3日までは休載とさせていただきます。




 

 

 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {九九横九}

打{7}

 

宮永照:配牌

{二七①②②赤⑤⑥89白中中中}

 

 

南三局、勝負の南三局。一巡も経たずに場は既に動き始まっている。一巡目の親の愛宕洋榎の一打、{九}打ち。この一打で、小瀬川は宮永照を勝負から下ろし、攻めの姿勢を避け……逃げの姿勢へと変化させた。

当然手牌が狭まり、尚且つ萬子の染め手に安全な牌となる索子を使うので小瀬川の切った牌の{7}を鳴くことはできない。

故に宮永照は小瀬川の{7}を見逃し、山から牌をツモる。

 

(・・・ッ!)

 

宮永照:手牌

{二七①②②赤⑤⑥89白中中中}

ツモ{九}

 

ツモったのは{九}。{九}……!小瀬川がまさに先ほど鳴いた牌である{九}。宮永照は顔を顰める。宮永照と小瀬川白望の位置関係上、これを切っても小瀬川は鳴く事ができない。そしてこの{九}を持っていても手牌を圧迫してしまうだけであり、いい事が何一つない。

ならばここで切ってしまえばいい。そう思うのは極めて当然であり、至極当たり前の発想だ。だが、宮永照にはこの{九}が異様に切れずにいた。ここで切って、仮に小瀬川白望が聴牌していたら……そう考えると、もう切れない。宮永照がここで{九}を切ることはできなくなっていたのだ。

元はと言えば、この心理状態になってしまったのは小瀬川白望が原因。根源的要因……!小瀬川は宮永照を下ろさせた。そう、宮永照は今、勝負という坂を下っているのだ。そして一度足を踏み出してしまえば、もう登ることはできない。ずるずると引きずり込まれる……小瀬川という沼……闇に……!

 

(・・・振れば、終わり……)

 

その言葉を何度も自分に言い聞かせて、宮永照は{九}を手牌に取り込む。今の自分の心理状態がおかしい、小瀬川によって操られているということは宮永照は重々承知している。だが、承知しても尚宮永照は戻れない。勝負という坂を、登る事ができない。登る道は、既に小瀬川によって封じられている。

そして手牌から萬子の染め手では当たることのない{8}を切り飛ばす。{九}が切れないのに、{白}や{中}が切れるわけがない。手牌を圧迫していると分かっていても、僅かでも可能性がある。宮永照はこれで完全にオリに回ることとなってしまった。

 

そして宮永照が{8}を切った直後、辻垣内からの発声。辻垣内も果敢に攻めていく。

 

 

「ポン!」

 

辻垣内:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横888}

 

 

一瞬体が跳ねた宮永照だが、「ロン」ではない事を確認するとふう、と一息つく。

辻垣内が{8}を晒すと、手牌の中から{9}を切る。が、誰もそれに反応しなかったので、愛宕洋榎のツモ番に回る。これでやっと一巡目が終わったのだ。愛宕洋榎がツモった牌を取り替えて打牌し、小瀬川もそれに続くようにツモった牌を取り替えて打牌する。

さっきまでの停滞が嘘のようにスルスルと進んでいく。ここからどうやって小瀬川から逃げ切ろうか考えていた最中なのにも関わらず、次のツモ番は宮永照。どうしようもないので、宮永照はツモってから考える事に決めた。だが、宮永照がツモってきた牌は先ほど小瀬川が切った{西}。宮永照は余裕を持って暫し小瀬川の手をどうやって回避するかを考えてから{西}を切った。

 

この南三局。まだ二巡目ではあるが、この時点で既に熾烈な闘い。故に、この後もどんどん熾烈になるであろう。そんな予感が容易くできるほどであった。

 

 

 

-------------------------------

実況室

 

 

「大沼プロ。この局、宮永選手はオリに回っているようですが、一体どうしたのでしょうか」

 

所変わって実況室では、アナウンサーが大沼に質問をしていた。大沼は表情を変えずに、あくまでクールに答える。

 

「この局、小瀬川選手の手牌が萬子の清一色で、 尚且つドラの二萬を暗刻で持っていれば倍満にも到達する手。宮永選手はそれを警戒したのだろう……おそらく」

 

だが、そんな大沼のパーフェクトな回答にも、アナウンサーは未だ信じられないような表情をして、大沼に問いかける。

 

「で、ですが……これは……」

 

大沼も、アナウンサーのように戸惑いはしていないものの、少し困ったような表情をする。

 

 

「ああ、小瀬川選手は宮永選手にそう思わせている、()()()()()()()()()()()()()()いるんだ。だからこそ、恐ろしいんだよ……こんなギャンブルのような駆け引きをする小学生は初めて見た……」

 

 

そう言ったが、大沼は内心どこも困ってはおらず、しっかりと理解していた。

 

 

(・・・さあ、こんなところで『神域の麻雀』が終わるわけないだろう……?見せてくれ。俺に……)

 

 

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

「上手くシロの作戦が通っているみたいだね……」

 

 

特別観戦室では、先ほど対局室から戻ってきた塞と胡桃がスクリーンを凝視していた。赤木はそんな塞と胡桃を横目で見ながら、小瀬川の闇について考えていた。

 

(【・・・『加算麻雀』を打ち破ったあの闇……フフフ……やっとあのジジイが出ていったか……】)

 

そう、小瀬川の闇が発動したのにも関わらず、小瀬川の配牌は配牌聴牌や役満聴牌などではない。小瀬川本人の体験談を聞く限りでは、能力を破る他に、配牌も良くなるはずだった。

だが、小瀬川の配牌には全く影響が起きていない。そして、あの闇から凶々しさ、邪気、悪鬼、物の怪の類が一切合切消え去っていた。そしてそんなものを従えていたのは、他ならぬ赤木の生きてきた中での最大の敵であり、赤木が唯一、偽物ではない同類と認めた男。

それならば赤木の『神域の麻雀』に牙をむいたのも頷ける。そしてそれがいなくなった今、あの男は小瀬川から離れたのだろう。

赤木いるところにあの男あり。それは他ならぬ赤木と同類であったからであろう。それが、まさか小瀬川を通して存在するとは思いにも寄らなかったが。

 

(【・・・まあ、あいつには関係ねえ。それを察してくれたのか……それとも俺を追うあいつの精神を面白がっただけなのか……どっちかは分かんねえが、あいつには関係ねえんだ。引っ込んでな、俺と同じ亡き者よ……】)

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

???

 

小瀬川がいなくなり、一人ぼっちとなってしまった老人。だが、光を通して小瀬川たちのいる対局室を覗きながら、老人は愉快そうに笑っていた。

 

「カカカ……!面白い……抗え、抗うがいい……そして絶望するんだ……!『アカギ』との差、圧倒的差に……!お前では無理だ。『アカギ』には届かん。そこらのガキじゃ到底追いつくことは不可能……カカカカカカ……!」

 

老人は笑う。絶望する小瀬川を見ることができるという、己が最高の愉悦のために。

 




次回も南三局。

最近クオリティが下がっている感が否めない……否めなくない?
無い脳絞って文を考えろって言いたいですよね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話 決勝戦 ㊳ 下準備

南三局です。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {九九横九}

 

宮永照:手牌

{二七九①②②赤⑤⑥9白中中中}

 

 

 

南三局。まだ二巡目の半ばではあるが、場は追い詰める小瀬川、それを必死に避ける宮永照という構図が既に出来上がっていた。

いや、小瀬川と宮永照が一際目立っているだけで、実際は辻垣内も愛宕洋榎も宮永照を追いかけている。

しかし、どうしても小瀬川と宮永照に目がいってしまうのは仕方ないであろう。

そう、仕方ないのだ。だからこそ、この認識は宮永照を狂わせる要因となってしまう。

 

 

宮永照の{西}切りの後、辻垣内、愛宕洋榎、小瀬川……とツモがどんどん回っていき、宮永照にまでツモ番が再び回ってきた。この間約十数秒間。宮永照は如何にして小瀬川の手牌を避けるために、小瀬川の手の進み様や小瀬川の待ちの予測などを試みたが、その前提を作ること自体が自身を惑わせる枷になりかねないと思い、とりあえずは萬子と字牌。この二種類は絶対に切れない、切ってはいけない牌だ。その最低限の事だけでいい。とにかく小瀬川に振り込まない事、ただそれだけでいいのだ。そう心に決め、山から牌をツモってくる。

 

宮永照:手牌

{二七九①②②赤⑤⑥9白中中中}

ツモ{3}

 

宮永照がツモってきたのは{3}。宮永照はただでさえ{中}が暗刻であるおかげで手牌が嵩み、圧迫しかねない状況の宮永照にとっては一回一回のツモが重要。無論、{九}が切れないのと同じ様に、{中}を暗刻落としすることもままならない状況である。僅かではあるが、ゼロではない。その僅かな可能性に宮永照はここまで追い詰められてしまっているのだ。

故に、ここでの{3}は大きい。局の初めから数えて、宮永照が小瀬川の手牌を回避しきるまでに牌を捨てる回数は、鳴きや槓があれば多少上下するが凡そ17回程度。宮永照はその内の既に3回目を安全に回避できたという事にもつながる。

当然、宮永照は{3}をなんら躊躇もせずに切り飛ばす。宮永照にとって筒子と索子はまさに生命線。それと同時に、小瀬川には絶対に当たらない安全牌。故に、筒子と索子であれば安全という括りで見ればどんな牌でも価値は等しい。故に、どんな牌を切っても変わりはない。

 

そして四巡目は萬子の{五}を引いたものの、手牌にある{9}を切って{五}を適切に保管する。五、六巡目は{7}と{⑨}を引き、当然宮永照はそれをツモ切り。その徹底した守りぶりに、一瞬の隙はない。だが当然、小瀬川の手牌は萬子の清一色は無いことは観客含め卓を囲む三人以外は承知していたため、この徹底の守りは意味が無い様にも思われるかもしれないが、仮に宮永照が小瀬川の手牌が萬子の清一色ではない事に気づいたら、宮永照は決して振り込むことはないであろう。そんな気がするほど宮永照の徹底した守りは凄まじかった。間違ってしまっているとしても、だ。

 

無論、小瀬川もそう感じている。もし宮永照が自分の清一色ブラフを見抜けば、宮永照から直撃を奪うのはほぼほぼ不可能だ。だが、誘導は可能だ。宮永照を誘導する事はいくらでもできる。

通常の人間なら、この状況での誘導となれば『宮永照に自身の清一色ブラフを見抜かせないための』誘導と考えるだろうが、小瀬川は違った。ただ見抜かせないように誘導しても、いずれは見抜かれる。だから小瀬川は、宮永照に見抜かれるのを前提で誘導を図ろうとしていた。

 

事は七巡目、小瀬川が牌を切って宮永照のツモ番になろうとしたまさにその時、小瀬川の誘導が開始する。

 

 

「ポン!」

 

愛宕洋榎:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {⑤赤⑤横⑤}

 

打{北}

 

 

愛宕洋榎が小瀬川の大胆に切った{⑤}を鳴く。これこそが小瀬川の宮永照誘導のその幕開け。

そしてまたもや小瀬川にツモ番が回り、再び牌を切る。その牌は{南}。

 

「ポン!」

 

愛宕洋榎:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {南南横南} {⑤赤⑤横⑤}

 

打{9}

 

この牌も愛宕洋榎が鳴き、これだけで二副露目。しかしまだ終わらない。終わらせない。

 

「ポン!!」

 

 

愛宕洋榎:手牌

{裏裏裏裏裏} {⑨⑨横⑨} {南南横南} {⑤赤⑤横⑤}

 

 

(なっ……!?)

 

 

三回。愛宕洋榎、瞬く間に三副露。そして愛宕洋榎の手は誰がどう見ても筒子の混一色。だが、手の中身などどうでもいい。宮永照にとっては些細なことなのだ。だが、これで宮永照は筒子を封じられてしまった。この局の親は愛宕洋榎。仮に宮永照が振り込んでしまえば、南三局一本場となり、更に危険は増す。となれば、愛宕洋榎にも振り込めない。愛宕洋榎に振り込めないということは、筒子がもう切れないということと同義である。そうなると宮永照が切れる牌は索子のみ。だが、宮永照の手牌には索子は{9}の一枚のみ。とてもじゃないが流局まで持ちそうにもない。

 

(・・・やるしか、ない……)

 

そうなれば、宮永照は危険を承知に切るしかない。まだ捨て牌にある牌、つまり片方にある安牌でもしのげそうな気もするが、それもいつまでもつか分からない。いずれ危険牌を切ることになるだろう。

 

 

 

(・・・流れた……)

 

そう。小瀬川が誘導したのはまさに今の宮永照の状況。宮永照の『筒子も危険牌』と思わせるための三副露。これで宮永照が小瀬川の清一色ブラフに気付いたとしても、宮永照の足が『筒子も危険牌』という状況に引っ張られ、逃げ切ることはできなくなった。

宮永照がブラフに気付いたら萬子も切ってくるだろう。だが、萬子も無限にあるわけではない。次からの宮永照は索子を切り続けるので、索子は手にないであろう。そこで萬子が切れた宮永照は本来なら筒子を切りにいくはずであろう。だが、親の愛宕洋榎が筒子の混一色となると、筒子を切るわけにはいかない。既に『筒子は危険牌』という状況によって筒子は遮断されている。

そうなったら宮永照はどうするか。当然、字牌の方へと目線が寄る。それが小瀬川の狙い。

とはいえ、まだ小瀬川も聴牌には至っていない。何より染め手でないが故、打点も高くない。ここから小瀬川の下準備。宮永照という最高の食材を使って料理を完成させるための下準備を始めることとなる。宮永照がブラフに気付く前に。

 

 

(・・・逃げさせはしない。追い詰めて、追い詰めて……)

 




次回も南三局。
昨日に引き続き今日も字数が……2000台……
毎日投稿だと字数はどれくらいが丁度良いんでしょうかね?
当然字数は多いほうが良いとは思うのですが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話 決勝戦 ㊴ 例え振っても満貫

南三局です。
南三局もそろそろ佳境……!


第91話 決勝戦 ㊴

 

 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

 

愛宕洋榎:手牌

{裏裏裏裏} {⑨⑨横⑨} {南南横南} {⑤赤⑤横⑤}

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {九九横九}

 

宮永照:手牌

{二七九①②②赤⑤⑥9白中中中}

 

辻垣内:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横888}

 

 

 

七巡目に小瀬川の切った牌によって愛宕洋榎が三回連続で鳴き、親の愛宕洋榎にも振り込むことができないため、萬子と字牌に引き続き筒子が危険牌となり、宮永照の頼みの綱は索子だけとなってしまった。

それなのにも関わらず、宮永照の手牌には索子は{9}の一枚のみ。流局まで宮永照が索子を引き続ければ一応回避は可能だが、そんなことはそうそう起こるわけもない。小瀬川との点差は38,900。配牌で役満を張れなかったとはいえ、{中}の暗刻があり、速攻の体制はできていた。そんな絶大な点差と好配牌で南三局を迎え、本来小瀬川たちを追い詰める側であった宮永照が一転、宮永照が小瀬川に追い詰められている。眼前……!あれだけ避ける避けると言ってきた小瀬川の刃が、すぐそこに……!小瀬川から遠ざかるあまり、宮永照が逃げた先には行き止まり、地雷原。どう足掻いてもそこから先に逃げることはできない。そう、宮永照は追い込まれてしまったのだ。意図的……!全て意図的……!当然、小瀬川は追いかけてくる。追い詰めた獲物を狩るが如く、慎重に、しかし確実に宮永照の元へと迫っているのだ。もう目と鼻の先にまで……!

 

しかし、宮永照にも刃はあるにはある。{中}暗刻、配牌時に手にした{中}暗刻という刃がある。ならば相討ち覚悟で突撃する手も、ない事にはない。だが、致命傷。宮永照はここまで手を進めてきてはいない。全て避けるために手を崩し続けてきたのだ。いくら{中}暗刻があろうとも、小瀬川と闘える刀があろうとも、鞘……その刀を鞘に入れてしまっては不可能……!宮永照が刀を鞘から抜き取る前に、小瀬川が間を詰めてあっと言う前に小瀬川に叩っ斬られてしまうであろう。鍔迫り合いにすら持っていくことのできない、絶体絶命の状況。故に踏み入れるしかない……!地雷原に向かって……!

 

宮永照:手牌

{二七九①②②赤⑤⑥9白中中中}

ツモ{①}

 

(・・・!!)

 

そして宮永照のツモは{①}。愛宕洋榎に当たる確率が高い、危険な{①}。当然、これは切れない。切れるはずがない。手牌にある最後の索子である{9}を切る。これで手牌の索子は尽きてしまった。ここから宮永照は地雷原を走りきらなくてはいけないデスゲームに足を踏み入れることとなる。

 

宮永照は思考を巡らせる。愛宕洋榎の待ちと、小瀬川の待ち。何が通りそうで、何が通らないか。それを懸命に考える。

そんな宮永照に情報を与えるが如く、辻垣内の切った牌を小瀬川が鳴く。

 

「ポン」

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {東横東東} {九九横九}

 

打{1}

 

 

小瀬川がオタ風の{東}を鳴く。そして打{1}。だが、この時点では宮永照にとっての情報とはならない。だが、この次の宮永照のツモる牌と合わさることで、初めて宮永照の情報となりうるのだ……!

 

宮永照:手牌

{二七九①①②②赤⑤⑥白中中中}

ツモ{赤五}

 

{赤五}……!宮永照、ここで{赤五}を引く。赤ドラである{赤⑤}は二枚あるが、{赤五}と{赤5}は場に一枚限り……!つまり、小瀬川の手に{赤五}は無いということ。宮永照が絶対に避けなくてはいけないのは小瀬川に対して跳満以上の振り込み。言ってしまえばこの一点だけである。裏を返せば、最悪満貫以下なら振り込んでもいいのだ。その理由はオーラスでの小瀬川の勝利条件の違いにある。もし、宮永照が小瀬川に跳満を振り込めば、点差は12,000のいってこいで24,000点詰まることとなる。つまり、38,900の点差は14,900となってしまい、オーラス親の小瀬川は満貫ツモで逆転が確定してしまうのだ。だが、満貫なら8,000のいってこい。16,000しか点差は縮まらず、点差は22,900……!小瀬川は満貫直撃か、跳満ツモでないと逆転は不可能。この満貫ツモと跳満ツモ。この差が大きい……!満貫ツモならインスタント満貫で逆転が可能であり、極論手作りを考慮せずともいい可能性は高い。だが、跳満ツモとなったらそこから更に打点を上げなくてはならない。つまり二の矢、三の矢が必要となってくる。そうなれば宮永照が逃げ切る可能性はグッと高くなる。

つまり、極論満貫を振ればいいのだ。満貫さえ振ってしまえば、オーラスで厳しくなるのは小瀬川。無理に不確定な地雷原を走るよりも、刃を持つ小瀬川の方に向かって走る。多少の傷はいい。それで窮地を脱することができるのなら、安いもの……!無論、宮永照にとって一番良いのは小瀬川にも愛宕洋榎にも振り込まないこと。しかし、今それを完全に果たすことは不可能。不可能である。何を切ってもどちらかに当たってしまう可能性は極々僅かではあるが、何%かはある……!となれば、宮永照が行くべき場所は、第二の策。

 

(・・・満貫……!)

 

逆転されないこと……!仮に振っても、オーラスで逆転するのが難しい満貫以内の振り込み……!

 

 

故に……!

 

 

宮永照

打{九}

 

 

 

{九}……!{九}切り…………!!

 

 

 

(満貫……8,000……!仮に倒しても……8,000ならオーラスでの有利は揺るぎない……!)

 

 

そう。宮永照が切ったこの{九}。これが当たり牌であったとしても、どんなに高くとも満貫止まり……!小瀬川に{九}の明刻があるが故に単騎待ちはありえない。単騎待ちではないのなら、両面待ちしか有り得ない……!{九}を待てる搭子は{七八}のみ。そして{赤五}が宮永照には見えているのだから、

{二二二赤五五七八}のような手牌は有り得ない。故に、どんなに高くとも混一色ドラ3、乃至は混一色役牌ドラドラの五飜どまり……!跳満には至らない……!

最悪のケース、混一色ドラ4や混一色対々和ドラドラなどの跳満は、この{九}を打つ限り起こることはないのだ……!無論、この{九}は四枚目であるから、厄介な大明槓も可能性はゼロ。

 

 

(・・・倒せ……!倒せ……!!倒しても8,000……8,000なら大丈夫……!)

 

 

宮永照は睨むように小瀬川を見る。対する小瀬川は、宮永照が切った{九}を見たあと、宮永照の方へと視線を上げて、小さく微笑んだ。そして口をゆっくり開いた。

 

 

 

「・・・通しだ」

 

 

 

-------------------------------

実況室

 

 

「・・・宮永選手が九萬を打ちました。大沼プロ。この判断はどうでしょうか?」

 

アナウンサーが大沼プロに向かって問う。今画面の向こうで行われているとても小学生とは思えないような超高度なレベルの闘牌に、アナウンサーはついていけていなかった。

大沼も顎に伸ばした髭を右手で弄りながら、淡々と自分の考えを話す。

 

「・・・宮永選手の九萬打ち。よくよく考えればこれは極めて当然の打牌だ……」

 

「というと?」

 

「あー……例え九萬であたっても、宮永選手には赤五萬が見えているから、どんなに高くても満貫止まり、と踏んだのだろう……満貫直撃なら点差は22,900。オーラスで小瀬川選手が逆転できる条件は満貫直撃もしくは跳満ツモ……これを狙っての九萬打ちなのだろう……」

 

アナウンサーは鳩に豆鉄砲を喰らったような表情をして、大沼に尋ねる。

 

「本当ですか……?宮永選手はこれを狙ってやったと言うんですか……?」

 

「ああ。100%だな」

 

それを聞いてアナウンサーは絶句する。麻雀に100%という言葉は存在しない。どんなにやっても、確率は99.99999……と、100になることはない競技だ。その競技のプロである大沼が、宮永照の考えの予想と、運要素ではないが、麻雀の事に関して100%という数字を使うという事自体が異常なのだ。

 

「ということは、宮永選手は満貫を振り込む覚悟で、尚且つオーラス、小瀬川選手の逆転条件が満貫直撃、跳満ツモ以上ならば宮永選手は逃げ切れる。そう考えているのですか?」

 

アナウンサーはまたも大沼に尋ねる。そりゃあそうだ。満貫を振り込む前提で牌を切るなど考えられない。しかもオーラスで、満貫直撃、跳満ツモ以上の条件なら宮永照が確実に逃げ切れるという保障はない。それなのに、宮永照はやってのけたのだ。小瀬川の手には当たらず、見当外れではあったが、その覚悟をするという事自体が恐ろしいのだ。

対する大沼は、ゆっくりと首を縦に振る。アナウンサーはこの時心でこう思ったそう。

 

 

(・・・本当に小学生なのかな……この四人)

 

 

 

 

 

 




次回も南三局。
後1、2話くらいで南三局が終わるはずです!

それよりも小林立先生のブログ更新があったと思ったらまさかのシロとエイスリンが同居という事実……やっぱりシロエイじゃないか!
・・・この小説内でそんな事が起これば一体どうなってしまうのか……これは戦争不可避


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話 決勝戦 ㊵ 変化

南三局です。
大晦日には南三局が終わりそうですね。(多分)


 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

宮永照:手牌

{二赤五七①①②②赤⑤⑥白中中中}

打{九}

 

小瀬川:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {東横東東} {九九横九}

 

 

「通しだ」

 

 

宮永照の満貫振り込みを覚悟して打った{九}だが、小瀬川には当たらず。この{九}は最後の一牌なので、見逃しということもない。つまり、宮永照が切った{九}は当たらなかったのだ。

だが、それも当然であろう。小瀬川がオーラスで不利になるはずの満貫に手を進めるわけがない。至極当然のことであった。

結局、宮永照の肉を切らせて骨を断つような覚悟は言ってしまえば意味はなく、振り出しに戻ってしまった。小瀬川が満貫を張ることはない。そう考えてしまえばもう宮永照にできることといえば、地雷原を突っ走ることしかない。常に何%かの確率がある、悪趣味な博打を。

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

「九萬を切った……?」

 

胡桃が宮永照が{九}を切ったのを見ると、そう呟いた。最初にツモった時から決してその手の内から出すことの無かった{九}を、ここにきて宮永照が切ってきた。当然、塞と胡桃が疑問に思うのも当然のことで、いったいなにが起こったのか整理が追いついていない。赤木はその心中を察したのか、二人に説明を始めた。

 

【・・・宮永の譲歩だよ】

 

「譲歩?」

 

【宮永は愛宕洋榎の三副露が起こる前は当然、小瀬川に振らないことを目標としてきた。だが、愛宕洋榎の三副露によって場は急転……自分の手牌が全て危険牌となってしまった……そこで、宮永は思考を変えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という第二、次善の策……あの九萬で当たったとしても、どう足掻いても満貫止まりだからな】

 

だが、それを聞いても胡桃と塞はまた新たな疑問に首を傾げる。

 

(それって今のシロの手牌で和了ったら結構危ないんじゃ……)

 

そう、宮永は満貫までなら振り込んでもいいということは、満貫より下の打点ならもっと小瀬川が逆転する可能性が低くなるということだ。宮永照は小瀬川の手を高くても跳満、安くても満貫といった思考回路で動いているのに、塞と胡桃はそれどころの話では無かったのだ。つまりどういうことかというと……

 

小瀬川:手牌

{⑧⑧⑧555中} {東横東東} {九九横九}

 

 

安手……!!圧倒的安手……!

宮永照にあれだけ跳満、満貫と意識させた小瀬川の手は限りなく低く、対々和のみの安手。ツモでも五十符二飜の800-1,600の手。宮永照が恐れている跳満には程遠く、それどころか宮永照が妥協した満貫にさえも遠い安手であった。

 

(・・・そうしたらシロの中単騎……これだけは絶対にでない……)

 

そう、打点の時点で小瀬川の手は危ういのに、それ以上に小瀬川の手には問題があった。それは小瀬川の待ちの{中}単騎待ち。これが一番の問題なのだ。今の宮永照は満貫に届く牌なら切るだろうが、跳満の可能性のある牌は絶対に切らない。

 

(例えば……)

 

〜〜〜

 

宮永照

打{二}

 

 

 

「ロン」

 

小瀬川:和了形

{二二四四四七七} {東横東東} {九九横九}

 

 

〜〜〜

 

 

(オーラスでシロの逆転が優位になる跳満……!ドラ待ちの混一色対々和ドラ3……!)

 

 

(あるいは……こんな感じ)

 

 

〜〜〜

 

宮永照

打{中}

 

 

 

「ロン」

 

 

小瀬川:和了形

{二二二七七七中} {東横東東} {九九横九}

 

 

 

〜〜〜

 

 

(字牌待ち……!これだけは宮永さんは避けるはず。徹底的に……)

 

そう、跳満の可能性がある萬子、もしくは字牌待ちでは宮永照からの振り込みは決して望めない。しかも、{中}待ちでは、{中}が宮永照の手に暗刻になっているということは他者からの振り込みも、ツモも望めない確実に死に手となっているのだ。

つまり、どうあろうとこの手で和了れるわけがない。この{中}単騎は絶対に。跳満が有り得るこの{中}は出ない。そう言い切れるのだ。

 

(出ない……!シロ……その中単騎は……!!)

 

そして、塞は心の中で小瀬川に向かって叫んでいた。決して小瀬川には届かぬ叫びを。

 

 

(気付いて……!その中単騎が出ないってことに……!)

 

 

そんな塞を横で見ていた赤木は、塞と胡桃に聞こえぬように静かに笑った。

 

 

(【まあ見てな……あいつがそう易々とは終わらない……追う道はあるのさ】)

 

 

 

 

 

-------------------------------

対局室

 

 

 

 

そして宮永照の{九}切りから場は少し動き、辻垣内から愛宕洋榎のツモ番に回り、愛宕洋榎が牌を切った。

 

愛宕洋榎

打{⑧}

 

 

切った牌は{⑧}。宮永照はこの{⑧}を見て、愛宕洋榎が聴牌したのだろうと推測する。しかし、宮永照のそんな冷静な推測を一発で吹き飛ばすような事態が起こってしまう。

 

 

 

「ポン!!」

 

 

(・・・!?)

 

 

小瀬川:手牌

{⑧555中} {⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

 

小瀬川、まさかのポン……!!大明槓でもない、まさかのポン!!当然、喰い変えの関係上、このまま{⑧}を切ることはできない。そしてそこで小瀬川が切ったのは

 

小瀬川

打{5}

 

{5}……!!小瀬川、聴牌を崩す……!手牌が見えている観客たちは勿論、手牌が見えていなく、あくまで推測でしか小瀬川の手牌を判断できなかった宮永照ら三人も、小瀬川の鳴きに対して困惑した。

手牌が見えている観客たちは聴牌を鳴きによってわざわざ崩したということに対して。手牌が見えていない三人は小瀬川の手が混一色が有り得なくなったどころか、どう考えていても跳満には至らない手だったという事に対して。特に宮永照は、さっきのさっきまで小瀬川は跳満しか見えていないと推測していたはずなのに、その予想は見事に外れてしまった。

 

(え……じゃあ、この字牌は……)

 

 

そして宮永照は自身の手牌の右端に目を落とす。そう、ドラを打たない限りこの時点で満貫以上しか可能性はないのだから、あれだけ危険視していた字牌の{中}暗刻と{白}がそっくりそのまま通ってしまうこととなる。例え当たっても、どんなに高くとも対々和ドラ3。しかも当たらずとも、{中}ならそれが通っただけで三巡の安全が買えるということ……!

 

 

 

 

そう、この鳴きは宮永照にとって有り難いことこの上ない事態。宮永照にとって良い事しかないこの鳴きだが、小瀬川はこの鳴きによって新たな変化をもたらした。

それは些細な変化にしか見えないが、後々大きくなってくる重要な変化。

 

 

 

 

宮永照

打{中}

 

 

 

 

そう、今まで絶対出ないと言われていた、宮永照の{中}の打牌。先ほど言った通り、宮永照から見て小瀬川の手はドラを打たぬ限り満貫以下で、宮永照の字牌は瞬く間に安全牌となったのだ。小瀬川自ら、条件を変えたのだ……!絶対に出ない定め、そういう運命であった字牌の{中}が出る事となったのだ……!改革……!小瀬川の大胆な方法によって、本来河に放たれることの無い{中}の運命を変えたのだ……他の誰でも無い小瀬川が……!

結局、和了っても小瀬川の手は高くない、そもそも小瀬川はこれで聴牌を崩してしまったと思われたが、まだ道はある。

 

 

少なくとも既に無いと思われていた宮永照の、跳満振り込みという可能性が、まだ……

 




さあここからの跳満……いったいどんな展開になるのか……!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話 決勝戦 ㊶ 天を突き抜け宇宙へ

南三局です。

この回で、累計ではありますが100話を突破しました。ここまでこれたのも読者である皆様の声援のおかげです。
まだまだ小学生編と最終回は遠いですが、これからも頑張りたいと思います。


 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

小瀬川:手牌

{⑧55中} {⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

宮永照:手牌

{二赤五七①①②②赤⑤⑥白中中中}

 

 

 

変化……!小瀬川が混一色ブラフという自分を守る殻を破り、決して出ないと言われていた、二人の運命を分かつ牌、{中}の定めを変えたのだ……!しかも、自身の聴牌を崩してまで、そこまでして小瀬川は宮永照の握る{中}の定めを変更させたのだ。

宮永照からしてみれば、あれほど危険視し、手牌を圧迫していただけの枷と言っても過言ではない厄介物だった字牌が、今やそれを切って小瀬川に当たったとしても満貫止まり、跳満には至らない安牌同然の牌となったため、有り難い事この上ない事態だ。その事態になんら疑問も持たず、これ幸いといった感じで山から牌をツモってくる。

 

(当たらなくても四巡は凌げる……)

 

 

宮永照:手牌

{二赤五七①①②②赤⑤⑥白中中中}

ツモ{⑦}

 

宮永照がツモってきたのは{⑦}。ドラを除く萬子や字牌は安全となったが、未だ筒子は危険牌のままだ。それは当然、愛宕洋榎が筒子の混一色だからである。もし宮永照が振ってしまえば、せっかく小瀬川の逆襲を凌ぐ事ができそうになりつつあったこの南三局がまた振り出しに戻ってしまう。今、宮永照が最も危惧していたのは愛宕洋榎が和了る事。故に、この{⑦}含む筒子は一切きれない。危険極まりない地雷だ。

だからと言って萬子の{赤五}はドラ四となる恐れがあるから切れない。それと同じ理由で{二}も切る事ができない。ドラでもなく、振っても字牌と同じ満貫止まりの{七}は切れそうにも見えるが、この{七}はまだ場に出ていない。つまり生牌だ。宮永照は準決勝、清水谷が切った{東}を小瀬川が大明槓をして、それによる責任払いによってトップの清水谷を捲って逆転したのをしっかりと見ている。それを考えれば、この{七}は一番の危険牌と言っても差し支えない。小瀬川の刺客と言えるだろう。

結局、宮永照が安心を持って切れる牌は{中}と{白}のみ。宮永照は{⑦}を手牌に入れると、暗刻となっている手牌の一番右端にいる{中}を右手で掴み、すぐさまこれを切った。

絶対に出ないはずであった{中}を。

 

 

宮永照

打{中}

 

 

 

(・・・きた)

 

小瀬川:手牌

{⑧55中} {⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

宮永照の{中}切り。些細な変化かもしれないが、ともかく小瀬川は変えたのだ。この時小瀬川は宮永照の{中}切りのきっかけとなった{⑧}鳴きによってノーテンであったが、一枚目の{中}が切られたのだから、当然二枚目も三枚目も切られる事になる。問題なのは小瀬川はいかにして再度聴牌するかがだ。宮永照は恐らく次もその次も{中}を切ってくるだろう。となると小瀬川が再度聴牌し直し、{中}単騎で宮永照の{中}を討つ事ができる猶予は残り二回のツモ。たった二回のツモで小瀬川は{中}単騎に聴牌し直せるか。小瀬川の真価が問われる二巡となるであろう。

そして当然、宮永照の{中}に反応を示す者はいないので、辻垣内、愛宕洋榎へとツモ番が巡っていく。

そして残された二回のツモの内の最初のツモ。注目の第一ツモへ……!

 

 

 

小瀬川:手牌

{⑧55中} {⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

ツモ{4}

 

小瀬川がツモった牌は{4}。これで残されたチャンスはあと一回のツモとなってしまった。が、しかし小瀬川には羽がある。聴牌という天へと登る、飛翔するための羽が……!

 

 

「カンッ……!」

 

小瀬川:手牌

{455中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

 

小瀬川、ここで加槓。既に晒されてある{⑧}にさらなる{⑧}を加え、嶺上牌を王牌からツモってくる。そしてその嶺上牌、

 

 

小瀬川:手牌

{455中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

ツモ{4}

 

 

{4}!{4}!!{4}引き……!!!確かにこの{4}引きで、宮永照の{中}を討ち取ることは不可能となり、またもや小瀬川の予定とは異なる結果となったが……とにもかくにも聴牌、張ったのだ。その事実だけで十分。小瀬川の勢いはまだ潰えてはいなかった……!そして捲られる新ドラ表示牌。小瀬川はあくまで自然体でドラ表示牌の隣の牌を人差し指一本で捲る。その表示牌、

 

 

 

 

新ドラ表示牌

{4}

 

 

 

 

 

またもや{4}……!つまり新ドラは{5}となった……!これで小瀬川の対々和のみの手が、一気に対々和ドラドラ、満貫手へと生き返る……!新しく進化して……!!!

しかし、これで満貫が確定してしまい、仮に宮永照に直撃させたとしても、オーラスでは跳満ツモ以上が逆転の状況となり、小瀬川が避けてきた状況となってしまうが、観客がそれを感じないほど、観客から見た今の小瀬川は好調。その一言にしか尽きなかった。

 

(・・・)

 

 

天へと登った……小瀬川白望、高みへ向かって飛び立ち、見事到着……!

その羽は小瀬川を聴牌という高み、天へと導いた……!

 

 

-------------------------------

 

 

 

「シロが張り返した!」

 

 

 

時同じくして特別観戦室では、胡桃が画面に映る小瀬川がツモってきた{4}を指差して大声で言った。

隣で見ていた塞も、思わず立ち上がっていた。

 

(・・・やっぱシロには敵わないなあ……)

 

小瀬川白望という雀士は、臼沢塞の予想をことごとく上回ってきた。一回戦、準決勝、決勝……そして、この瞬間も。塞は小瀬川白望を心から尊敬した。人間としてはずっと前から。今度は、雀士として。小瀬川はずっと予想外の事をして、何度も危ない局面になったが、結局は勝って帰ってきたのだ。それを自分は今まで心配をかけさせるただのギャンブラーだとどこかで思っていたのかもしれない。だが、今ので分かったのだ。小瀬川白望と臼沢塞、この両者の間に何が足りないか。

それは不屈の精神。最後の最後まで諦めないという心だ。

それをようやく理解した臼沢塞であったが、塞の隣にいた赤木が二人に向けてこう言い放った。

 

【クククク……】

 

「・・・赤木さん?どうしました?」

 

【続行だ】

 

「「え?」」

 

【続行だ……ケチな点棒拾う気なし……】

 

何を言っているのか理解が追いつかない二人を無視して、続けてこう言った。

 

【・・・ヤツを見てみろ】

 

それを聞いた塞と胡桃は、画面に映る小瀬川を見る。

 

・・・そこには、{4}を切った小瀬川が映っていた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

小瀬川:手牌

{455中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

 

 

打{4}

 

 

 

{4}……{4}打ち……!なんと小瀬川、聴牌に取らず{4}打ち……!満貫確定を拒否する……!

 

(・・・満貫じゃ足りない……跳満……)

 

そう、観客は今の小瀬川の調子は好調。絶好調だと認識しているが、それは否!断じて否……!当然ながら、この局の流れはこの局のみの流れである。局が変わるごと、いや、局の途中でも流れは急に変わることはあるのだ。そして小瀬川のこの局で己に課した目標は跳満直撃。ただでさえ南三局での逆転という目標を一度変更しての目標、これすら果たせなかったら小瀬川はオーラス、確実に好調から不調になるであろう。小瀬川はそれを予見していたのだ。

故に、足りない。満貫ではいけないのだ。満貫程度では……

だが、運がいいことに、この局の流れは確かに好調。好調と言わざるをえない。そう、道はあるのだ。・・・まだ飛べる。まだ高みへと飛べる。

 

故の、{4}打ち。小瀬川、天から再度飛び降り、再浮上……!目指すは天より上、宇宙……!天を突き抜けた宇宙……!小瀬川、さらなる高みを目指して……!!

 




累計100話目だというのに文章が雑な感じが否めませんね……
次回で南三局も終わる……はず!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話 決勝戦 ㊷ 鬼博打

南三局です。
長かった南三局もこれで終わり……!


 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

宮永照:手牌

{二赤五七①①②②赤⑤⑥⑦白中中}

 

小瀬川:手牌

{455中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

 

打{4}

 

 

 

 

再飛翔……!小瀬川、対々和ドラドラが確定した満貫手を聴牌する権利、{4}を拒否して再び飛び上がる……!目指すは跳満。宮永照を討ち取り、次局の南四局、オーラスに繋げるための跳満直撃……!それを目指して小瀬川は尚も飛び続ける。一度地の底の底、闇に叩き落とされた小瀬川だが、今やその小瀬川は天、それすらを超えて宇宙へと飛び立ったのだ。

 

 

宮永照:手牌

{二赤五七①①②②赤⑤⑥⑦白中中}

ツモ{五}

 

そのことを知る由もない宮永照は、さっきの{⑧}による加槓は苦し紛れ、苦肉の策だと思っている。そう考えるのも当然であり、小瀬川は{⑧}を鳴いたときに、加槓時に新ドラとなった{5}を切っている。その状態で小瀬川が{5}を持っているということは、聴牌であったのにそれを崩してまで{⑧}を鳴いたということだ。通常宮永照に情報を開示してまでやるようなことではない。意味のないことだ。

故に、何も問題はない。{中}の暗刻落としは今の宮永照にとって最善の手。これ以上ない安全策であった。

だからこそ、切る。何の躊躇も無く。

 

宮永照

打{中}

 

 

 

これで小瀬川の猶予はあと一回のツモのみ。今度は加槓による連続ツモなども存在しない。正真正銘のラストチャンス、最後のツモと言っても過言ではない。小瀬川は特別何かをするわけでもない。お祈りするわけでも、気持ちを高ぶらせるわけでもない。ただ静かに賭けるのみであった。己が運命に身を委ね、ただ羽を動かすだけである。

 

 

 

(・・・)

 

 

 

人事は尽くした。後は天命を引き寄せるまで。待つなどでは遅すぎる、自分から引き寄せてくるくらいの気持ちで臨むまでだ。

 

 

-------------------------------

特別観戦室

 

 

宮永照が二回目の{中}切りをした直後、未だにわけが分からない塞と胡桃は赤木から説明を受けることにした。

だが、彼女たちにはどうしても不可解なことがあったのだ。ここでもし小瀬川が最後の{5}をツモってきたとしても、結局は対々和ドラ3。満貫にまでしか届かない。{5}は既に一枚切ってしまっているし、加槓による新ドラも望めない。完全に手詰まりである。

 

(・・・あっ)

 

と、そこまで考えてから塞と胡桃は気付いた。自分の致命的な見落としに。そう、小瀬川に残されている{5}はただの{5}ではない。赤ドラ。本来真ん中しか赤く塗られていない五索だが、一枚、一枚だけ全て赤く塗られているのだ。

しかもそれは新ドラが{5}の今、{赤5}は一枚でドラ二つ分の力を得る強力な牌、魔法の牌であるのだ。

そしてそれをツモってくることができれば、見事小瀬川は対々和ドラ4。跳満が確定することとなる。その事態に塞と胡桃は漸く気付いたのだ。

そして小瀬川のあの聴牌を崩して{⑧}をわざわざ鳴いたのも、宮永照にドラの{5}を持っていないと思わせるため。もしあそこで普通に大明槓をすれば、当然宮永照は不審がる。こうして{中}も切られることも無く終わっていたであろう。だが、ポンなら別……!ポンならば{5}が捨て牌に置ける……!宮永照が決断をする前に、先手を打てるのだ。

 

(分かってたんだ……当然、シロは……ドラが五索になるって……赤ドラがまだ山に残っているって……)

 

捨て身、狂い博打。誰がこんな常軌を逸した麻雀をできるだろうか。対々和ドラ4、この跳満を成就させるために、見送り!見送り!!見送り……!!!聴牌を二度見送ったのだ。{⑧}の鳴きの時も……!{4}が対子となった時も…………!拾わない。聴牌を拾わない……!土壇場、ギリギリの状況でも……この……血の滲む地獄待ち……!対々和ドラ4というこの奇跡を手にする為……!小瀬川白望一世一代の最後の鬼博打……!!!

細い細い空の道を突き進み、小瀬川……宇宙へ……!!!!

 

(ツモれば……出る……!!宮永さんの最後の中が……!宮永さんからしてみれば安牌同然……!だから……ツモって……!!!)

 

 

 

【最後の博打……この南三局の集大成……】

 

もう説明をしなくてもいいと二人の表情を見て察した赤木は、小さく呟いた。思わず塞と胡桃が息を飲む。声すら出ないほどの緊張感で満たされた特別観戦室。

 

そしてとうとう運命の小瀬川のツモ番、最後の博打……!

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

小瀬川が山へと手をかける。その動作に淀みは感じられない。自然体。この常軌を逸した鬼博打の真っ最中なのにも関わらず、小瀬川は自然体であった。水のように静かに牌をツモってくる。盲牌はしない。自分の目でしっかりとその牌を確認する。

実りは、掴めたのか。会場で間近で見ていた者も、中継をテレビから見ていた者も、全員が注目するこのツモ番。

 

そして小瀬川はツモ牌を手牌に静かに置く。

 

 

 

小瀬川:手牌

{455中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

ツモ{赤5}

 

 

 

 

{赤5}……!!その事実に驚き、観客席で立ち上がるほどの人がいたほどであった。

実った……!実りを掴んだ……!小瀬川の最大の博打……成就……!!鬼博打成就……!!!

誰にも辿り着けないであろう最終形、それを小瀬川は完成させた。小瀬川だけ、小瀬川だからこそ辿り着いた。この地獄待ち。対々和ドラ4{中}地獄待ち……!

小瀬川は空を割り、天をも割って宇宙へと辿り着いた……!羽がもげようとも、燃え尽きようとも構わない。そんな小瀬川の狂気が、羽に力を与えた……!運命を変えた……!天命を掴み取った……!!

 

(・・・)

 

小瀬川はツモってきた{赤5}を静かに見つめて、何の感情も出さずに{4}を切った。

そしてツモ番は宮永照へ……宮永照のツモ番へ……!!

 

 

宮永照:手牌

{二赤五五七①①②②赤⑤⑥⑦白中}

ツモ{白}

 

ツモってきた牌は{白}。宮永照にとってこの{白}は{中}を切ってからの逃げ切る為の安全牌……!当然、宮永照が今切るのは{中}。{中}……!

宮永照はゆっくり{白}を手牌に入れ、手牌の右端にある{中}に手をかけようと……いや、指が{中}に触れていたまさにその瞬間。

 

 

(・・・?)

 

 

疑問。宮永照の心に、沸々と湧き上がる疑問。果たしてこれを切っても良いのだろうかという疑問。だが、宮永照はそれを必死に否定する。おかしい。これを切る以上、跳満という事にはならないはずだ。唯一跳満と成り得る赤ドラ含みの新ドラの{5}暗刻も捨て牌に{5}がある限り有り得ない……

 

 

(有り……得……ない?)

 

昇華。宮永照の疑問が気付きに昇華する。この{5}。ただ単に切られただけの{5}ではない。そうだ、跳満を目指していた小瀬川がよもや自分から満貫手に落としに行くなど有り得ない。そんな弱い雀士ではない。

宮永照は咄嗟に{中}に乗せていた指を離し、再び思考する。確実だ……

 

(確実に跳満を張っている……!)

 

確実に{5}が暗刻になっている。しかも、{赤5}つき。跳満、宮永照が最も恐れていた跳満を張っている。この土壇場で、それに気がつくことができた。

だが、ここからが問題だ。宮永照はこの巡、何を切ればいい?ということだ。

宮永照は一度良く手牌を一枚ずつ見た。

 

{二赤五五七①①②②赤⑤⑥⑦白白中}

 

この手牌から、何が小瀬川に当たって、何なら回避できそうか必死に考える。

十中八九親の愛宕洋榎に当たるであろう筒子の{①①②②赤⑤⑥⑦}は切れない。ドラである{二と赤五}も当然切れるわけがない。となると、宮永照にどうにか切れそうなのは{七、白、中}の三牌のみ。しかもそのうちの{七}は生牌で、{白}は対子となっているが、まだ場には一枚も出ていないため小瀬川は言わずもがな、愛宕洋榎にだって当たる可能性は高い。

となると……もう{中}しか……{中}しかない……!

 

(切ってもいいのかな……?そう考えれば、まだこっちの筒子の方が……どっちかっていえば安全……なのかも……?)

 

宮永照は思考を巡らせる。ありとあらゆる可能性を必死に考え、どれが当たらないかを必死に判断しようとする。

だが、いつまで考えても結論は出ないまま、時間だけが無情に過ぎ去っていく。

分からない……何を切ればいいのか、そんな事で宮永照がこれほど迷ったのは初めてだ。

 

 

(何を……切れば……)

 

右手を左右に動かしながら、迷う。答えの出ない迷宮に、小瀬川白望という迷宮に迷い込んでしまっている。

 

 

(やっぱり……この牌しか……)

 

そして決心……いや、決心とは言い難いものだったが、宮永照は切る牌を決めたのだ。覚悟には欠けているものの、それは決心と言っても過言ではないはずだ。宮永照は震える手で、その牌を掴み、河へと置く。

 

 

そう、確かに宮永照は決心をした。・・・が、僅かに覚悟に欠けている。目覚めていない。意識……精神……感性……だからこそそれは切られた。だからこそ宮永照は振り込んだ。

 

 

 

宮永照

打{中}

 

 

 

それは終わりか、はたまた始まりか。宮永照の振り込みか、小瀬川の直撃か。失策と捉えるか、成就と捉えるか。

そんなものはどうでもいい。どう捉えようとも、この南三局の決着はついたのだから。

 

 

 

 

「・・・長かった……」

 

小瀬川は宮永照が切った牌を確認すると、両手の掌を前に向ける。

 

「ロン……!」

 

小瀬川:和了形

{55赤5中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

 

「対々和ドラ……4!跳満……!」

 

 

 

 




次回からはとうとうオーラスへ!
そして明日からの三日間は「宮守の神域」は正月休載です。
予定が予想以上に早く片付けば、書くことができそうですが、多分無理でしょう。
ということで次回は1月4日!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話 決勝戦 ㊸ 再生

明けましておめでとうございます。そしてお久しぶりでございます。
正月の間休載はしていましたが、書き溜めしていたわけではありませんので、いつも通りのボリュームです。あしからず。


 

 

 

 

 

-------------------------------

南三局 親:愛宕洋榎 ドラ{二5}

 

小瀬川 18,300

照 57,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

小瀬川:和了形

{55赤5中} {⑧⑧⑧横⑧} {東横東東} {九九横九}

 

宮永照

打{中}

 

 

 

 

跳満。跳満……!小瀬川の鬼博打、再飛翔……己の持てる全ての力を賭けた小瀬川白望の最大にして最難関の博打が、とうとう実りを掴んだ……!小瀬川の全てを出し切ったその有終の美、対々和ドラ4の跳満直撃……!地の底から這い上がって空を超え、宇宙にて宮永照を討った……!

 

(・・・馬鹿げている……わざわざ跳満を宮永に当てるためだけに、聴牌を崩してその後聴牌を一度見送ったというのか……)

 

辻垣内は絶句して小瀬川の手牌を見る。有り得ない。どんな可能性を考慮したら、そんな手牌で和了れるのかが辻垣内には全くもって分からなかった。このとき辻垣内は、多分己の一生を費やしてもこの局で小瀬川が何を感じ、何を考えていたのかなど理解できないであろうという事を悟った。人間と人外の壁、どんなに進化しようとも人間が決して越えることのできない壁を、この局で辻垣内は改めて思い知らされた。今まで辻垣内は、自分との小瀬川の間にはひと回りやふた回りどころか、圧倒的な差が存在していると思っていた。が、そんな程度の度合いではなかった。

辻垣内と小瀬川では全く領域……次元が違っていたのだ。追いつくとか、周回遅れとか、そんなものじゃなかった。ステージ……レベルが明らかに違うのだ。どれだけ近づこうとも、追いつくことのできない差だったのだ。いや、最早それは差ですらない。何故なら辻垣内の先には、小瀬川の背中は無いのだから。

 

(・・・流石だ。完敗だよ……)

 

それに気付かされた辻垣内は、素直に負けを認めた。辻垣内がこの後どれだけ足掻こうとも次局のオーラス、小瀬川が満貫ツモ若しくは7,700を宮永照から直撃させるだろう。それで、終わり。この永遠のように感じた決勝戦がそれによって幕を閉じるのだ。自分が介入できるものではない。まだ小瀬川が和了ると決まったわけではないが、少なくとも辻垣内が優勝してこの決勝戦が終わることはない。今の点差を考えてみればそれは言わずとも分かるであろう。

しかし、だからと言って逃げたりはしない。今までこの決勝戦を共に闘ってきた戦友たちへ敬意を表して、この死闘の結末を最後まで見届ける。それが、今辻垣内智葉にできる最大のことであった。

 

 

(・・・ダメやな。シロちゃんの和了をいちいち考えてたら埒あかん。……とにかくこれでウチと宮永との点差は23,200。跳満直撃でひっくり返る……キツイな)

 

愛宕洋榎は最初こそ小瀬川の和了についてどうしてそんな最終形に辿り着けたのか考察をしていたものの、直ぐに無駄だと悟り、冷静に現状を再確認する。普段は持ち前の明るさで他者からは阿呆とよく言われている愛宕洋榎だが、ここぞというところで冷静に物事を判断できるあたり、彼女もまた天才と呼ばれる部類なのだろう。

だが、そんな天才にもどうしようもない事はある。オーラスでトップとは23,200点差あり、これを逆転するには宮永照から跳満を直撃させるか、それ以外となると三倍満以上の和了が必要となってくる。それが至難の技。ラス親ではない愛宕洋榎にとって次のオーラスがラストチャンス。迂闊に裏ドラ期待の和了もできない。逆に三倍満を作ろうとしても、まず三倍満の手を張ることが難しく、それをラス親の小瀬川が察せば、軽い手で和了って一本場……といった事も有りうる。愛宕洋榎が圧倒的不利の状況なのだ。いくら天才と呼ばれていても。

 

(こんな状況でも、シロちゃんならなんとかするんやろな……)

 

そう、天才がどうにもできない状況だとしても、それを上回る者、鬼才ならどうにかできてしまう。いや、もしかしたら小瀬川は鬼才以上の存在なのかもしれない。本来鬼才とは、『人間とは思えないほどの才能、又はそれを持つ者』と定義されているが、小瀬川は『人間とは思えないほど』などではない。本当に()()()()()()()()。あれほどの博打を行えるその感性はまさに人間とは言えないであろう。

 

(でもまだ終わったわけやない。やったろやないか……シロちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・そんな)

 

その一方で、小瀬川白望に跳満を振った宮永照は心の中で崩れ落ちていた。まさかそんな事が起こるはずがない。まさかこの{中}を切って跳満に当たるわけがない。そう信じて切った{中}が当たり、しかも跳満。完全に小瀬川にやられてしまったという自責の念と、勝ち目が殆ど無くなってしまったことに対しての悔しさが宮永照の心の中を埋め尽くす。

あれだけ避けていた、危険視していた跳満直撃が起こってしまった。流石にここから最悪の条件で小瀬川を相手にするなど、宮永照にはできるはずもない。何故なら次局のオーラス、小瀬川は満貫……いや、四飜。四飜でいい。七対子以外であれば四飜をツモ和了れば逆転が可能なのだ。

ドラ暗刻も、三色も、混一色もいらない。リーチメンタンピンドラ1。これで十分なのだ。ドラや赤ドラを一つ、たった一つでもいいから手牌に入れ、あとはリーチをかけるだけでいい。ツモならそれで終わり。出和了でもそれを和了っても一本場に突入する事ができ、誰がどう見ようと小瀬川の圧倒的優位な状況なのだ。

その状況に、宮永照が諦めかけそうになってしまう。無理もない。百人にこの状況で小瀬川相手に逃げ切れといったお題を出せば、逃げ切りに成功する人は当然ゼロだとして、実行するどころか、やる前から逃げ出してしまう人の方が多いであろう。ましてや、あれだけ小瀬川の恐ろしさを身をもって体感してきた宮永照なら尚更だ。

だが、その刹那。宮永照が諦めかけたその刹那。

 

 

『嶺上開花?何それ?』

 

 

 

(・・・ッ!?)

 

 

突如思い出す、とある記憶。自分の妹の得意役を妹に初めて教えた時の、あの記憶。今は別居中で、離縁関係である妹だが、記憶の中の妹は幼気な顔で興味津々に話を聞いていた。

 

 

(・・・そうだったね。『森林限界を超えた高い山の上でさえ、可憐な花が咲く事もある』か……)

 

嘗て宮永照が妹に教えた言葉。それを今度は自分に言い聞かせる番だ。どんな悪条件、どんな不利だとしても、まだ勝つ可能性は僅かながらある。そんな高い山の上で咲く花になる時が宮永照に来た。

 

(・・・咲、力を貸して)

 

宮永照は心の中で自身の妹に助けを求める。力を貸してほしいと頼みかける。

確かに、今は離縁状態かもしれない。今は互いに遠いところで生活しているかもしれない。だが、二人の気持ちは一緒だった。どんな事があろうとも、それこそ、別居するほどの訳があろうとも、姉妹の絆は確かなものであった。

その瞬間、宮永照の祈りが通じたのか南三局の時小瀬川の闇によって粉々にされたはずの歯車、『加算麻雀』を象徴する歯車が、どんどん元の形へと再生していく。次々と破片が集まり歯車を再構築させ、その歯車は再び動き始めようとしていた。

まだ修復が完全にできていないのか、役満は張れそうにない。だが、それでも十分。十分すぎる。効力が無かったとしても、その歯車は、姉妹の絆によって再生した歯車は宮永照の心の中に炎を再び燃やした。

もう、逃げない。諦めない。そんな闘志を燃やして宮永照は南四局、オーラスへと臨む。

 

 

 

 

 

 

 

(・・・空気が変わった……)

 

宮永照の歯車が再生すると同時、小瀬川はその異変を感じた。明確に分かったわけではないが、宮永照の何かが決定的に変わったということは分かった。それと同時に小瀬川は次の南四局、そう容易く勝たせてくれないようだという事も察した。だがそれでも尚、小瀬川は笑っていた。無邪気に、嬉しそうに。

 

(・・・そうこなくちゃ)

 

泣いても笑っても後一局。一本場などハナからやる気などなし。このオーラス南四局0本場、ここで決める。そういった決意を持って、小瀬川はサイコロを振る。

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 30,300

照 45,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

 

 




3日やらないだけでこんなに変わるものなのですね……
全然構想が思いつかず、結局オーラスは次回という事になってしまいました。
・・・そしてリクエストの未消化もあと二件あるという事実。
2017年はこれまで以上に頑張らないといけないですね(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96話 決勝戦 ㊹ 最後の勝負

オーラスです。今回は結構文がごちゃごちゃしてます……
最近ハーメルン内で咲-saki-の二次小説が増えて私大歓喜。


 

 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 30,300

照 45,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

『照魔鏡』、『加算麻雀』による役満、小瀬川の闇、振り返ってみれば半荘二回とは思えないほど長かった決勝戦もこれで遂に最終局。決勝戦後半戦南四局、オーラス。親の小瀬川は満貫ツモ、もしくは宮永照に7,700以上の直撃を当てる事ができれば逆転勝利となり、そのトップの宮永照はどんな形であっても和了ってしまえば逃げ切り優勝となる。三位の愛宕洋榎は宮永照に跳満直撃、それ以外なら三倍満。ラスの辻垣内は宮永照に役満直撃が各々の勝利条件である。これを見る限り、一見宮永照の方が圧倒的有利にも見えなくもないが、前局の南三局を思い出せばその考えは誤りであると言えるだろう。

だが、だからと言って小瀬川が有利ということにもならない。このオーラスが始まる直前に、宮永照に起こったこと。姉妹の絆によって奮起した宮永照は、小瀬川に最後まで闘う決意を抱いた。故に、まだ分からない。このオーラス、いったい誰が勝利を手にするのか、分からない。最後の最後まで分からないのだ。

 

 

キュィィィィィィ!!

 

宮永照の背後に位置する歯車が回転する。しかし、先ほどまでのとは全く異なる回転の仕方だった。一番大きな変化は音。今までは錆びた歯車を噛み合ってもいないのに強引に回すような軋む不快な音であったが、今回は違った。その音はもはや歯車とは思えないほど鋭く、まるで歯科医が歯を削る器具を使う時のような精密な音であった。これこそが、妹の力。姉の持つ最強とも言える能力は、妹との絆の力によって磨き上げられた。

 

 

宮永照:配牌

{四五五八③③⑦1114西西}

 

そして南四局の宮永照の最後の配牌、その牌姿。歯車が直ったものの、役満を聴牌することはできなかった。だが、そんなものは瑣末。瑣末なのだ。宮永照の、『最後まで闘う』という意志を呼び起こした。その事実だけで十分だったのだ。

 

 

(・・・三向聴、か)

 

宮永照は自身の配牌を見ながら考える。確かにこの三向聴は決して遅い配牌ではない。面前でも十分聴牌に辿り着けるだろう。だが、

 

 

(それじゃあ足りない……)

 

そう、足りない。小瀬川と対等の状況であるこの状況、この三向聴では追いつくことはできない。悠長に手を進めていたら、あっという間に和了られてしまうであろう。

であれば、どうするか。それは当然、鳴くしかない。

 

 

愛宕洋榎

打{③}

 

 

親の小瀬川の最初の打牌から少し場は固まる。宮永照のツモは{発}と、完全に無駄ヅモであったが、ようやく一巡といったところで愛宕洋榎から{③}が捨てられる。一巡目から鳴いていいのか、手牌が圧迫されるのではないかと一瞬躊躇したが、もう捨てられた以上思考する時間はない。

 

「ポン」

 

宮永照:手牌

{四五五八⑦1114西西} {③横③③}

 

打{4}

 

宮永照、一巡目からしかけて出る。開始早々愛宕洋榎の捨てた{③}を鳴き、手を一歩進めた。これで聴牌まであと二歩、二向聴となった。鳴いてしまった以上、あとは時間との勝負だ。ここまで来て逃げるわけにもいかない。そして宮永照が鳴いたことにより、次のツモ番は小瀬川とはならず、辻垣内になる。そして辻垣内から愛宕洋榎へとツモ番が移り、ようやく小瀬川のツモ番へと回る。小瀬川はツモったあと暫し考えているような素振りをして、ツモった牌を手牌に取り込んで{西}を切り出す。そう、{西}。宮永照が対子にしている{西}を。当然、宮永照は牌を二枚晒して、宣言する。

 

「ポン」

 

宮永照:手牌

{四五五八⑦111} {横西西西} {③横③③}

 

打{⑦}

 

 

この鳴きでとうとう宮永照は一向聴となり、聴牌まであと一歩のところまで来た。ここからが正念場、粘りどころだ。ここでいち早く聴牌できるかが勝負。

だが、その心配もあっさりと解決する。

 

 

辻垣内

打{赤五}

 

 

{赤五}打ち。宮永照が鳴いたその直後に辻垣内が{赤五}を打った。勿論、宮永照はこれを鳴かないわけがない。宮永照は{五}を二枚晒す。

 

 

「ポン!」

 

 

 

宮永照:手牌

{四八111} {五五横赤五} {横西西西} {③横③③}

 

打{四}

 

 

 

聴牌……!宮永照、流れるように聴牌。韋駄天のごとく三副露して聴牌に至る。あとは単騎待ちである{八}が出ればそれで終わり。{八}が河に置かれるか、自分が掴んだ時点で宮永照の一位、優勝が決まる。その状況に宮永照は胸を高鳴らせる。{八}が出れば、終わり。

だが、それをただで通さない雀士が宮永照の近くにいる。そう、小瀬川白望だ。この雀士が、黙って見過ごすわけもない。

宮永照の聴牌からツモ番が数巡して小瀬川のツモ番、小瀬川はツモった牌を盲牌すると、1,000点棒を取り出して、独り言のようにこう言った。

 

「・・・最後の勝負をしよう」

 

 

「リーチ」

 

 

小瀬川:捨て牌

{北5中8①横1}

 

 

リーチ。しかも、宣言牌は宮永照が暗刻の{1}。宮永照は小瀬川の言っていたことをようやく理解した。ここで宮永照がこの{1}を大明槓すれば、小瀬川に一切の隙を与えることなく嶺上開花で和了ることだってできる。宮永照は全神経を集中させて王牌を見つめる。妹の力を借りて、王牌の嶺上牌をよく見ると、四枚目、四枚目の嶺上牌が{八}であることが分かった。無論、ここから四枚目の嶺上牌を引くには槓を四回しなくてはならない。つまり、この{1}の大明槓後から{五、西、③}を立て続けで引かなければならない。この皮のように薄い確率を当てることは容易ではない。当然だ。何故ならここで{八}で嶺上開花自摸をするということは、四槓子を和了るということと同義である。天和を除く役満の中でも最も難しい役満の四槓子。他家に槓をされた時点で潰されるこの四槓子、まず四回槓をするということが既に難しい。そんな雲をつかむような役満であるが、宮永照は引き下がらない。

 

(ここで……決める!!)

 

 

宮永照が暗刻である{1}に手をかけ、三枚全て晒す。宮永照と小瀬川白望、最後の勝負が今始まった。

 




字数が少ない……ま、まあ正月終わったから仕方ないね(震え声)
え?正月休載してた?
・・・次回は頑張りたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話 決勝戦 ㊺ 四槓子

オーラスです。
次回で決勝戦が終わるかも……?


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 30,300

照 45,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

 

「カンッ……!」

 

 

宮永照:手牌

{八} {111横1} {五五横赤五} {横西西西} {③横③③}

 

 

 

 

大明槓。宮永照、小瀬川のリーチ宣言牌の{1}を大明槓して四槓子嶺上開花という栄光へ向かって動く。小瀬川白望との最終決戦がとうとう始まった。

宮永照は四枚の{1}を右端に晒して、嶺上牌を王牌からツモろうと手を伸ばす。まず一牌目、ここで{③、西、五}のどれかをツモれば二回目の槓、加槓をすることができる。

宮永照には現時点では四回目の嶺上牌の{八}以外は何か分からない。そもそも、{③、西、五}のこれら三つが残っているのかすら分からない。他の三人が既に潰しているかもしれないし、ドラ表示牌に出てしまえばそこまでだ。一応捨て牌にはこれら三つの牌は無いのだが、参考程度にしかならないだろう。

そんな宝くじで一等を当てるような薄い確率だが、それでも宮永照は前へ進む。無事四回目の槓をすることができれば、勝ち。それ以外なら恐らく小瀬川が一回目のツモで満貫以上をツモって、負け。これ以上に無い単純なことだ。

無論、通常の宮永照……いや、宮永照がどんなに絶好調でもここから四回連続の槓はできないであろう。そう、()()()()()()()()

だが、今は違う。宮永照は一人ではない。咲、宮永照の妹の咲が宮永照へ力を与える。姉妹の力。宮永照自身も、一人では目標の四回連続の槓に……小瀬川白望には到達しないということは分かっている。しかし、二人なら……!二人なら小瀬川白望に並べる。二人なら小瀬川白望を越せる……!!

そして今、最後にして最大のチャンスを宮永照は、()()()()()()()は掴もうとしている……!!

 

 

王牌にある最初の嶺上牌を宮永照は右手で掴む。その牌は通常の何倍も重く、少し油断したら落としてしまいそうな重量であった。

だが、宮永照はその重圧を跳ね除け、一気にツモってくる。

 

 

 

(・・・花が咲いた……)

 

 

嶺上牌をツモる宮永照を真横から見た小瀬川白望は、宮永照が牌を引き入れた時に宮永照の手の軌跡に沿って花が咲いたような錯覚を見た。だが、それは錯覚ではないと小瀬川は直ぐに察知した。己が闇と同じような部類もの、異能の力であることも見抜いた。だが、その花は小瀬川の持つ闇のような禍々しさ、何かを壊すような重圧は感じられなかった。華やか、とでも言い表そうか。その花には確かな鮮やかであり、華やかが感じられた。

その華やかさに思わず小瀬川は感心してしまうが、それと同時に他者には分からないようのニイッと口角を吊り上げる。リーチ前には既に伏せていた手牌を見つめながら、嗤う。

 

(照……明らかに四槓子は過剰……既に付いている役の対々和で満足すべき……あの時の照の目線の先を見ると四牌目に和了牌があったんだろうけど……私がただ単に照にチャンスを与えると思う……?)

 

宮永照は今、前へ前へと前のめりな姿勢である。だが、その姿勢こそ小瀬川にとっては操りやすい良い姿勢だ。だからこそ、小瀬川は{1}をリーチ宣言牌として切ったのだ。

宮永照は、ツモるか、ツモらないかが勝負だと思っているが、実はそれは誤りである。本当の勝負所は宮永照が小瀬川の意図に気付くかどうかだ。

 

 

 

 

 

(・・・きた)

 

 

宮永照:嶺上牌

{西}

 

 

それを知らない宮永照。だが、ツモってきた牌は{西}。とにもかくにも、宮永照は次の嶺上牌へと繋げる{西}をツモってきた……!

 

(後、二回……!!)

 

 

宮永照は{西}を既に右端に晒してある明刻となっている{西}に向かって横に叩きつける。

それが指し示すものは、{西}の加槓。

 

 

「カン!」

 

宮永照:手牌

{八} {111横1} {五五横赤五} {西横西西西} {③横③③}

 

 

 

新ドラ表示牌

{東}

 

 

 

宮永照は一回目の明槓によって生じる新ドラを捲ってから二回目の嶺上ツモを行うため、手を伸ばして嶺上牌を掴む。相変わらずの重量感だが、それをものともせず嶺上牌を自分の元へ引き入れる。

そして敢えて盲牌をせず、嶺上牌を目でしっかり確認する。

 

宮永照:嶺上牌

{五}

 

 

{五}。{五}……!!!宮永照、栄光の四槓子嶺上開花まで後一歩のとこまで到達する。無論、宮永照はこれも右端にある三枚の{五}へ重ねる。

 

 

「カンッ!!!」

 

宮永照:手牌

{八} {111横1} {五五五横赤五} {西横西西西} {③横③③}

 

 

 

新ドラ表示牌

{8}

 

 

宮永照が二回目の新ドラ表示牌を捲るとそこには{8}。だが、今の宮永照には槓ドラなどどうでもいい。嶺上牌。嶺上牌……!宮永照は自身に妹の力が加わっている事を胸に手を当てて確認し、息を深く吐いてから嶺上牌を掴むべく右手を差し出す。その右手には竜巻と、花が舞っていた。竜巻によって吹き飛ばされていく花。だが、その花は竜巻の暴風に耐えて、確かに宮永照の右手に存在していた。

そして宮永照は、嶺上牌を一気にツモる。不思議と、その嶺上牌にはさっきまでの牌とは打って変わって牌本来の重さであった。

 

 

 

 

 

-------------------------------

観客席

 

 

 

「ツモるんやない……!ツモられたらアカン……!」

 

宮永照が三度目の嶺上牌をツモろうと手を伸ばしたまさにその時、観客席では園城寺怜が両手を合わせて宮永照が和了牌、もしくは{③}をツモることのないように必死に祈っていた。隣にいる上埜、愛宕絹恵、清水谷竜華も、スクリーンを真剣に見つめていた。

というのも、小瀬川の手牌がリーチをする前に手牌を伏せていたため、一体小瀬川が何の待ちなのか分からないのだ。大部分はリーチ前からあった牌なので分かっているのだが、肝心の待ちとなっている部分が分からなかったのだ。だが、ある程度は推測できる。清水谷竜華は、頭の中で思考を巡らせる。もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(){()()}()()()()()()()()()()()()()。だが、もしその牌をツモってきたとしても、普通ならそうはしない。

 

(シロさん……ホンマに……?)

 

 

 

 

 

「・・・どう思う?白水」

 

そこから少し離れた席では、小走やえと白水哩はスクリーンを見ながら話し合っていた。

 

「どう思うって……そりゃあ小瀬川が勝つ事ば願うしかなか……」

 

それを聞いた小走はフフッと笑う。

 

「・・・そうだな。野暮だったな……」

 

この時、小走はいかにも平静を装っているが、実は内心心配で心配で仕方なかった。そもそも、平静であったらわざわざ野暮な事を白水に聞かないだろう。それを白水は察したのか、小走の質問に答えた後、小走に気づかれないように微笑んだ。やはり小走もなんだかんだ言って小瀬川の事が心配なのか、と。

無論、白水自身も小瀬川の事が心配だ。本人は気付いてないが、白水の手には力が入っていた。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

(ツモる……ツモって勝つ……!!)

 

 

 

多くの雀士が注目する宮永照の嶺上ツモ三回目、宮永照はツモった牌にかかる右手の親指をゆっくりとよける。

 

 

(三筒……!三筒……!!!)

 

 

そして親指を完全によける。そこに記されているのは黒丸二つと赤丸一つ。そう、それは{③}。{③}……!

宮永照、四槓子に必要な最後の牌、そして四牌目の嶺上牌である{八}をツモる権利が与えられる必要牌、{③}!!!

 

 

 

(来た……)

 

 

 

 

宮永照:嶺上牌

{③}

 

 

 

そして、宮永照はウイニングランを開始するため、{③}を晒してある明刻に重ねる。そして新ドラ表示牌を捲り、嶺上牌の{八}をツモるために手を王牌へ伸ばす。

 

 

 

「ーー」

 

 

 

 

その瞬間、誰もが宮永照の勝ちを確信した。誰もが小瀬川の負けを確信した。

だが、それを遮る声。

 

 

 

 

「・・・聞こえなかったか?宮永照……」

 

 

 

そう、その声を発したのは小瀬川白望。小瀬川が、宮永照のウイニングランを阻止した。

 




次回は決勝戦最終回(予定)!
最後にシロが言ったこととは……?
まあ、この状況で何かを言うといったらもうアレしか無いですよね。
ということで、あまり伏線とかは無いです。(今までにまともな伏線が無いといったら駄目です)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話 決勝戦 ㊻ 死闘決着

決勝戦最終回です


 

 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 30,300

照 45,200

辻垣内 1,500

洋榎 23,000

 

 

 

 

宮永照:手牌

{八} {111横1} {五五五横赤五} {西横西西西} {③③横③③}

 

 

 

「聞こえなかったか……?」

 

 

(え……?)

 

 

 

妨碍……!小瀬川、今まさに栄光の嶺上牌{八}を掴むため、ウイニングランを開始した宮永照のその右手を妨碍……!!その手を遮る……!

当然、宮永照は困惑する。小瀬川がこれ以上何ができるというのか。全く分からなかった。宮永照の今の槓は四回目の槓。しかもそれまでの計三回の槓は宮永照自身が全て行ったもの。四槓流れは有り得ない。いや……そもそも四槓流れだとしても、宮永照が嶺上牌をツモった後捨て牌を捨てて初めて四槓流れが成立する。その嶺上牌で和了る事ができれば、四槓流れは成立しない……!そう、どうあろうとも、宮永照の槓は成立……!後は嶺上牌の{八}をツモって終わり……!

だというのに、何故小瀬川は宮永照を止める……?何故まだ諦めない……!?

誰しもが小瀬川白望の言う事の意味が分からなかった。どうして、宮永照を止めるのか。もう終わったはずではないか。

しかし……宮永照の勝ちが99%決まったこの状況で……未だ、小瀬川白望の目には闘志が灯っている……!!

 

 

(何が……)

 

 

疑問。先ず宮永照の頭の中に湧いた感情は疑問。小瀬川の言う意味が分からない。だが、その疑問の結び目が、どんどん解れていく。

そして疑問は驚愕へと変わっていく。

そう、宮永照の槓が流局するため成立しないのではない。それ以外の道……!

つまり、どういう事か。

 

 

 

宮永照がその答えを考えるよりも先に、小瀬川は前々から伏せていた手牌を元の状態に戻し、宮永照に向かって言い放つ。

 

 

 

「その嶺上……取る必要なし……」

 

 

(・・・まさか……)

 

 

 

槓をした時に、他家のロンが認められる場合は二パターン存在する。

一つ目のパターンは国士無双を他家が聴牌した時に、誰かがその和了牌を槓した時に国士無双のロン和了を認める場合。

そして、もう一つのパターンは誰かが加槓をした時に限り、その加槓した牌が他家の誰かの和了牌であれば、ロン和了を認める場合。

 

 

 

「槍槓。その槓成立せず……!」

 

 

小瀬川:和了形

{①②④④④⑤⑥⑦⑧⑨55赤5}

 

 

 

 

(なっ……!?)

 

 

 

槍槓……!!小瀬川、槍槓地獄待ちの{③}で鮮やかに宮永照を射った……!

いや……違う。鮮やかというのは些か違う。小瀬川のこの待ち、偶然の産物ではない。まず、小瀬川のこの待ち、{③}しかないということ……!しかも、小瀬川がリーチをかけたのは宮永照が{③}を鳴いた後、つまり、地獄待ちだと分かっていてリーチをかけたという事……!

それに加え、小瀬川の捨て牌を見るともっと驚く点がある……!リーチをかける前の小瀬川の捨て牌が

{北5中8①横1}

これ……!そう、リーチ宣言牌の一巡前に{①}が捨ててあるのだ。もしこの{①}を持っていれば、小瀬川の手は

{①①④④④⑤⑥⑦⑧⑨55赤5}

この形。{①、④⑦}の三面待ちになっているはずだった。当然、{③}待ちがないため、ツモっても確実に満貫……!という事は起きない。どうしても一発や裏ドラ期待となってしまう。が、それでもツモればリーチツモ赤1。2,600オール……!!この局で決着はつかずとも、一本場での点差はたった4,500……!3,900ツモでも事足りてしまう点差で、それでも小瀬川の勝ちは九割以上であっただろう。だが、それすらも拒否。九割九分九厘勝てるといった状況でも、小瀬川は流れない。100%。100%……!確実を、現実を追い求める……!99.9%という幻想、空虚を追わない。

そして現に小瀬川が{③}待ちを選ばず、三面待ちを選んでしまったら、宮永照を射す事は叶わなかっただろう。宮永照に四槓子嶺上開花を決められてそれで終わりとなっていた。その0.1%、そのわずかな差が、命運を分けた……!小瀬川と、宮永照の命運を……!!!

しかも、小瀬川自身も分からなかった。宮永照があの連続加槓を行えるような牌を嶺上牌で掴めるのか。もしかしたら宮永照は一回目の嶺上牌で終わり、誰かが振り込んで終わっていたかもしれない。ただ、そんな気がしたから。その一言に尽きる……!その直感を信じて、全てを賭けたのだ。そしてその勘、博打が実っただけ。ただそれだけなのだ。だが、誰がそんな賭けをするだろうか。もしその可能性が見えていたとしても、そんな無謀な事できるわけがない。しかし……小瀬川は選んだ……!その薄い薄い糸のような可能性に身を任せ、その糸を手繰ったのだ……!

そう、決して鮮やかなどではない……泥沼。泥沼の和了。勝利を目指して、地面に這い蹲ってでも小瀬川は進んだのだ。そして刺した……!泥と血にまみれた刃で……!

 

 

「リーチ槍槓一通赤1。……満貫」

 

 

小瀬川が点数を申告する。そう、この瞬間終わったのだ。この長い長い四つ巴の死闘、決勝戦が遂に決着。終了したのだ。ここまで色々な事が起こった。一つ一つ振り返っては埒があかないほど。そして拮抗していた。最後の南四局こそ小瀬川か宮永照のどちらかといった感じだったが、それはあくまでも点差のみの場合。・・・だが実際は少し違った。

 

 

(・・・少し及ばず……か)

 

 

辻垣内:手牌

{二三四九九⑦⑨白白発発発中}

 

 

この南四局、逆転は役満直撃が必須で辻垣内本人も半ば諦めていたが、配牌を開いてみれば大三元を狙える好配牌だったではないか。聴牌には至らなかったものの、あのまま続けていればいずれ聴牌していただろう。そう、あれだけ不可能、無理だとされていた辻垣内でさえ、この南四局では対等に戦っていたのだ。それは無論愛宕洋榎も。

 

 

愛宕洋榎:手牌

{六七2267999北南南南}

 

こちらは三倍満には程遠い手ではあるが、宮永照の槓によって生まれた新ドラ{9南}を暗刻にして、直撃に必要な跳満には至っていたのだ。

つまり、この南四局……いや、この決勝戦は常に拮抗していたのだ。最後の最後まで誰が勝つか分からない、緊迫していた勝負であった。

 

 

 

「・・・負けちゃった」

 

勝負の終わりを告げるブザーが鳴って、まず最初に口を開いたのは宮永照だった。だが不思議と、宮永照は悔しいとは思わなかった。ただ、小瀬川の賭けが、自分の予想を上回った。それ以上も無ければ、それ以下もない。そこには負け、という結果しか残っていない。だから宮永照に今できる事は、その負けを悔やむのではなく、負けを受け入れるという事だ。だからこそ、宮永照からその言葉は呟かれたのだ。

 

 

「ありがとう。白望さん……いい勝負だった」

 

そして宮永照はそう言ってお辞儀をする。そのお辞儀はまるでぺっこりんといういうな擬音語が付けられそうな行儀正しいお辞儀だった。そして宮永照は対局室を後にしようとするが、それを愛宕洋榎が宮永照の腕を掴んで止める。

 

「水くさいなぁ……折角なんやから四人一緒に帰ろうや。なあ?」

 

愛宕洋榎がそう言って辻垣内と小瀬川の方を向いて賛同を得ようとする。小瀬川と辻垣内は互いに顔を見合わせて微笑した後、小瀬川は辻垣内に向かって、

 

「行こうか。智葉」

 

と言い、立ち上がって手を未だ椅子に座る辻垣内に向かって差し伸べた。辻垣内は恥ずかしながらも、その手を握って

 

「そうだな……シロ」

 

そう言って立ち上がり、四人一斉に対局室を出た。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「小瀬川選手、今のお気持ちはどうですか!?」

 

「ダ……嬉しいです」

 

「この気持ちを最初に誰に伝えたいですか!?」

 

「・・・取り敢えず親に伝えたいです」

 

 

 

死闘を演じた四人を最初に迎えたのは無数のカメラとマイクであった。例年いつも決勝戦は小学生の大会とはいえ、注目を浴びてきた。そんな注目されてきた勝負であんな高度な対局が繰り広げられれば、廊下を埋め尽くすほどの記者に囲まれるのは当然といえば当然であろう。

完全に逃げ場が無いので、仕方なく四人は取材に応えることにした。

 

 

「なんやシロちゃん、もっと愛想良くせんといかんやろ!」

 

「え……」

 

「ほら、笑って笑って!」

 

 

 

 

(はあ……思ってた以上に取材はダルいなあ)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「何をあんなふざけた真似を……!あ〜??」

 

 

所変わって一面闇の世界。小瀬川が一度は堕ちたあの禍々しい闇。その世界一際目立って輝く光の前で佇む老人は小瀬川の勝利に対して激怒していた。

 

「おい、ヒゲ!!」

 

老人がそう闇に向かって叫ぶと、その闇の中から俗に言う閻魔大王らしき人物がやってくる。だが、その人物には閻魔大王の威厳が全く感じられない。閻魔大王らしき人物は呼んだ老人に完全に服従しており、閻魔大王とはとても思えない情けない者だった。だが、見た目だけは完全な閻魔大王だ。だが老人は閻魔大王に向かって叱咤し、蹴りを食らわす。

 

「くだらん!なんだあの有様はッ!!茶番……茶番劇……!!何故天は紛い物の奴に……!!」

 

閻魔大王はそんな老人の理不尽な怒りを受け止め、老人を一生懸命に宥める。

 

「わ、鷲巣様……どうか冷静に……!どうか冷静に……!」

 

 

「カッ!!」

 

 

そんな悲痛な訴えを聞いたのか、それとも老人の怒りが収まったのか、ともかく老人は閻魔大王を蹴る足を止め、光とは逆の方向へ歩を進める。

 

(しかし……奴の見せたあの鬼博打……あれはまさしくアカギの博打……いや、そうかそうか……!成る程成る程、そこにいるのだな……奴の近くに……アカギの存在が……!!だとすれば奴がなかなか地獄に来ないのも合点が行く……!)

 

閻魔大王はそんな老人をただじっと見ていただけだったが、老人がそれに気づくと閻魔大王に向かってこう言った。

 

「・・・あ?……ほれ!何をしておる、引き返すぞヒゲ!!」

 

 

「は、ははー!」

 

 

 

このように地獄の門番とも言われる存在の閻魔大王は、突如現れた老人によって屈服させられてその後老人は一度帰ったと思われたが、直ぐに戻ってきて今のような状態になり、完全に閻魔大王は老人の下僕となってしまい今まで色々な老人の我儘に付き合わされてきたが、それは別の話。

 




決勝戦はこれで終わりですが、小学生編はあと1、2話続きます。
まあ小学生編での対局はこれで終わりです。応援ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話 決勝戦後 ① 表舞台にサヨナラ

昨日はすみませんでした。
寝て起きたら治りました。これからは体調管理もしっかりしていきたいと思います。
今回ですが、病み上がり+異常なテンションで書いたため、色々おかしい部分があるかもしれませんが、脳内補完をお願いします(予防線)


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「やっと終わった……」

 

対局室のドアの前で待ち構えていたメディアの人達の取材やらインタビューやらを一通り終わらせ、やっと解放された。どうやら他の三人も取材が終わったのか、廊下を埋め尽くさんとしていたメディアの人達は綺麗さっぱりいなくなった。

 

(にしても……照の変貌ぶりは凄かったな……)

 

取材の時にも色々あったのだが、中でも一番驚いた事は、照の取材時の豹変ぶりである。なんといえば良いのだろうか、いつものクールな態度とは打って変わって取材時ではいかにも明るい健やかな小学生っぽい態度になったのである。俗に言う営業スマイルとやらだ。これは後で聞いた事だが、本人曰く『本当に心の底から思っているから嘘は言ってない』らしい……それでもあの変わりようはもはや別人レベルなのだが。

 

「・・・やっと終わったか」

 

私が照の営業スマイルについて考え終わると同時に智葉が私に向かって言った。その口振りから見て、どうやら私が一番最後に取材が終わったらしい。まあ優勝した私が一番長いのは仕方の無い事ではあるが。

 

「いやーしっかし、シロちゃんはやっぱりいつも通りっちゅうか何ていうか……シロちゃんも宮永を見習った方がいいで?」

 

「・・・それはダルい」

 

「白望さんも私と表情筋鍛える?」

 

「ええ……」

 

というよりあそこまで変わるのは流石に無理だろう。表情筋とかそういうの関係無く……いやホントに。

 

「シロの満面の笑顔か……いや、シロにはあのクールさがあってこそカッコ良いのだが……どちらも捨て難いな。実に悩ましい……」

 

智葉が壁の方に向かって何かをボソボソ言っているが小さくてあまり聞き取れなかった。だが、まあ大方の予想はついてるのであまり言及はしないようにしておこう。

そう思った直後に智葉が正気(?)に戻ったらしくコホンと一つ咳払いをして、私に向かってこう言った。

 

「そ、そういえばシロは『記者会見』何を言うかもう決めてあるのか?」

 

え?記者会見?何を言ってるんだ智葉は。取材はあれで終わりじゃなかったのか。これ以上またあんなしんどいのやらされるとか聞いてないぞ。

 

「あれで終わりじゃないの……」

 

「さっきのは取りあえずのインタビューみたいなものだ。小学生とはいえ全国の頂点。それに加えてシロはあんな麻雀をしたんだ。たったあれで終わりじゃないだろう……さっきの記者たちが『詳しくは記者会見の時に聞く』みたいな事言ってたが……聞いてなかったか?」

 

 

前言撤回。・・・確かそんな事も言ってたような気がする。全然考えてないけど大丈夫かな。

・・・まあ別に隠すような事でもないし、"あの事"を公言するいい機会だろう。

 

「・・・考えておくよ」

 

「そうか。じゃあ記者会見の時に笑顔で言うってのは……」

 

「それは断っておく」

 

生憎だけどそれだけは有り得ない。私が拒否した瞬間智葉が残念そうな表情を見せたが、それでも私は絶対にやりはしない。

 

 

「じゃあ、それぞれ戻ろうか……」

 

 

取りあえず、閉会式にはまだ少し時間があるので、私はそう言って各々の場所へと戻るように促した。まあ各々とはいっても塞達のいる場所が他の人たちとは違うらしく、そこはどうやら智葉が設けた場所のようなため、私と智葉は一緒にその場所へと行く事になるのだが。

そんなわけで、私と智葉は一緒にその場所へ行く事にした。といっても私はその場所がどこかは知らないため、智葉について行くしかないのだが。

そして私が智葉について行っている途中、ふと智葉がこんな事を言った。

 

 

「なあ」

 

「・・・どうしたの」

 

「シロは中学生になったらどうするんだ?」

 

「どうするって……」

 

その事を記者会見の時に言おうかと思っていたのだが、今この場で智葉に言っていいのだろうか……

そう悩んでいると、智葉が続けてこう言った。

 

「宮永、中学では麻雀の大会には出ないそうだ」

 

「えっ……」

 

「色々あいつにも事情があったらしくてな。本来この大会も出ないつもりだったらしいが、親が小学最後という事で出場するよう勧めたらしい……」

 

 

何て事だ。確かに照は色んな事情があるとは何となく分かっていたが、まさかそこまで深刻な事だったとは……まさか照"も"だったとは。

・・・仕方ない。私も言うしかないだろう。

 

 

「智葉」

 

「ん?」

 

 

 

「私も……来年からは大会に出るつもりはないんだ」

 

「・・・」

 

 

そう。私も中学の大会、所謂インターミドルには参加する気は無かったのだ。確かにこの大会で得たものは沢山ある。今までに味わえなかった緊張感やプレッシャーも感じる事ができた。・・・だけど、それじゃ足りない。足りないのだ。私の目標は全国制覇ではない。あくまでも赤木さんを越えることが私の目標。それを達成するためには、大会に出る事じゃ足りない。だから、一度表舞台から降りて武者修行をすると決めていたのだ。無論、この事を人に言ったのは初めてだ。だからこれに賛同してくれるかどうかは分からない。

 

 

「・・・成る程。赤木しげるさんを越えるためか……そうだろ?」

 

だが、智葉は私の思っていた事をすぐに見抜いてきた。そして智葉は続けてこう言う。

 

「・・・マスコミの方にはその事だけ回して、今大会のシロに関する情報は全て規制させておく。・・・シロを追うようなマスコミ共が出てくるかもしれんからな。だから記者会見は止めだ」

 

「・・・ありがと」

 

それに加えて、智葉は後処理を殆どしてくれるようだ。しかも情報規制までするようで、そこまでやらなくてもいいけどと思ったが、他の誰でもない智葉がやると言うのなら智葉に任せよう。それにしても私のためにそんな事をしてくれるなんて、やっぱり智葉は優しい人だ。・・・たまに残念なところもあるけど、智葉に出会えて良かったと本当に思う。

 

「あとそうだ」

 

「何?」

 

「たまには私のところへ遊びに来い。いつでも歓迎してやる」

 

「・・・分かった」

 

智葉に対するお礼と言ってはあれだが、現在私のできるとびきりの笑顔で返した。本当なら恥ずかしくてやりたくなかったが、さっきの智葉の悲しそうな顔を思い出したら、やってあげてもいいかなと思ったからだ。・・・だがやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。やった私は勿論、智葉も顔を真っ赤にして見つめ合う。

 

「シ、シロ……今の……」

 

「・・・もうやらない」

 

「そんな!もう一回、もう一回でいいから!」

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

「ただいま……」

 

 

塞達のいる部屋に行ってドアを開けた瞬間、塞と胡桃がクラッカーを持ってこちらに向けているのが見えた。

そしてそれをクラッカーだと確認する間もなく、クラッカー特有のパン!という音が鳴る。そして目の前にはカラフルな色。

 

 

「「おめでとー!!」」

 

 

そしてクラッカーの音に遅れて塞と胡桃の声が聞こえた。体に直で紙テープを食らった私と智葉は、取りあえず体に付着した紙テープを払った。

 

「ありがと……」

 

 

【ククク……良かったな。優勝できてよ。そこのお嬢ちゃんもよく頑張った】

 

 

「ありがとう……赤木さん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

その後は閉会式が始まるまで皆で談笑を始め、決勝戦の振り返りや、さっき智葉に言った事を話したりなどした。

 

-------------------------------

 

 

 

そして閉会式も何事もなく終わり、私はトロフィーや賞状を貰った。

閉会式後、私たちが帰ろうとした時、洋榎がカメラを持って猛ダッシュでやってきた。

 

 

「おーい!シロちゃん!」

 

「・・・何?」

 

「写真撮ろうや!決勝戦のメンバーで!」

 

そう言って洋榎より奥の方を見ると、智葉と照もこっちへ向かってやってきた。どうやら二人には既に話をしているようだ。

 

「じゃあチビッコ!カメラよろしくな!」

 

洋榎がそう言って胡桃にカメラを渡す。胡桃は自分がチビッコと呼ばれた事に不服があるようで、洋榎に向かって怒る。

 

「チビッコ言うな!」

 

「なんでや!どう考えてもチビッコやろ!」

 

「うるさいそこ!」

 

そう言った洋榎と胡桃のやり取りが終わったあと、洋榎含む私たちは並び、胡桃が渋々とカメラを構える。

 

「撮るよー!笑って笑って!」

 

「いつでもこいや!」

 

洋榎が私たちの肩に手をまわす。記念写真とはいえ、一体どんなポーズをすればいいのか分からなかったので、取り敢えずピースする事にした。

 

 

「はいチーズ!」

 

 

 

パシャ!という音が鳴り、フラッシュがたかれる。そして洋榎は胡桃のところに駆け寄り、今撮った写真を確認する。それに続いて私と智葉と照もその写真を確認するためカメラの元へ向かう。

 

「なかなかええんやないか?」

 

「確かに良く撮れてるな……一発目にしては。・・・相変わらず宮永とシロは真顔だけどな」

 

「仕方ないでしょ……ね?照」

 

「うん。しょうがない」

 

そして洋榎が胡桃からカメラを返してもらうと、私たちに向けてこう言った。

 

「じゃ、ウチが焼き増しして後で渡すから、でき次第メールで言う事にするわ」

 

 

ということは近い内に四人で集まる事になりそうだ。・・・しばらくは予定を入れないようにしよう。まあ、私が予定を入れることなど殆ど無いのだが。

 

「じゃあ……解散するか」

 

「じゃあな!また後日!」

 

「・・・バイバイ」

 

 

そうして、私たちはそれぞれ家に帰る事にした。私と洋榎は新幹線に乗るために途中まで一緒だったが、新幹線の行き先は真逆のため駅で別れる事になった。

 

 

 

 

「またな!シロちゃん」

 

「じゃあね……」

 

 

互いに手を振り、それぞれが乗る新幹線に乗った。そして新幹線に乗り、座席に座ると同時に、隣に塞と胡桃がいる事も気にせずにそのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

 




次回で小学生編は終わり……のはず!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話 小学生編最終回

小学生編最終回です。
やっと小学生編が終わった・・・!!


 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(『号外!宮永照、第一線を退く』……ね)

 

 

全国大会が終わったその翌日、火曜日の今日。勿論小学生である私は学校があり、全国大会での疲れなどの配慮は一切されてない。・・・まあ学校に行ったところでダラダラすると決めている私にとって休みだろうがそうでなかろうが正直どうでもいいのだが。朝早くに起きた私はついさっき届いた新聞を読んでいた。一面を飾るのは照の中学での大会出場をしないという事に関してだった。やはり昨日智葉が私に言っていた通り、その新聞には私の名前は一切出てこなかった。しかも照の記事には、私の名前は意図的に出さないように新聞記者たちが四苦八苦して考えたような文章が羅列してある。・・・流石智葉と言ったところか、マスメディアを裏で完全に牛耳っているのがこの新聞を読んだだけでうかがえる。インターネットも昨日家にある家族の共有パソコンを使って調べていたが、私の名前どころか決勝戦の情報全てに規制がかかっているらしく、新しく決勝戦に関するページが出来ても、ものの数分で抹消されていた。・・・智葉のとこの黒服の人たちがやっているのだろうけど、ネットにすら手が回っているなんて、本当に智葉のとこの家の人たちはは一体何者なのだろう……智葉曰く『先祖代々火消しの血を引いている』らしいのだが、どう考えても理由になっていない。俗に言うヤクザなどの指定暴力団程度ではこんな事できないだろう。暴力団がマスコミやネットを支配するなど聞いた事がないし、たまにニュースとかで見るからそれはないだろう。・・・それなら、前に漫画で読んだことのある『帝愛』みたいな会社でもやっているのだろうか?漫画の世界にしか過ぎないが、『帝愛』レベルであればマスコミやネットにまで手が回っていてもおかしくはないだろう。まあ私の勝手な憶測にしか過ぎないのだが。

それと智葉が火消しの血を引いているって事は、やっぱり智葉の背中とかには刺繍が彫られているのだろうか……?別に私は気にはしないが、つい温泉とか入れるのかな……とか思ってしまう。

 

(・・・これ以上は考えないようにしよう)

 

まあ、私がどう思ったところで真実は謎のままだ。これ以上考えても無駄だろう。・・・それにこれ以上追求したら色々と危なそうだし。

中途半端な結論を出した私は新聞を置いて、朝食を食べてから学校へと向かった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「小瀬川さん!昨日の凄かったよ!」

 

「カッコ良かった!」

 

「ありがと……」

 

そして学校にやってくると案の定私を取り囲むクラスメイトたちがやって来た。いや、別に嫌ではないのだが……よりによって廊下で、私を行動できないレベルにまで密集されると流石に困る。どうにか教室に入れるか試みたが、やはり無理であろう。仕方ないので、人集りがなくなるまで動く事は諦める事にした。

しかしその数秒後、私の方へ走ってくる足音がこの人集りの中でも聞こえてきた。その足音に反応したのか、私の目の前にいたクラスメイトが急に廊下の端に寄った。そして一直線に私の元へやってくる黒髪ロングの女の子。そう、宇夫方葵である。

 

「小瀬川さーーん!!」

 

そう言って宇夫方さんは私に向かってダイビングして抱きついてくる。いきなり抱きつかれたため、重心を支えられなくなり、後ろに倒れてしまう。しかし抱きついた時、宇夫方さんは私の頭の後ろに手を当てていたため、地面に頭を打つなんていう事はなかった。恐らく私が倒れるところまで予測済みだったのだろう。そこまで予測していたなら抱きつかなければいいのに……

 

「だ、大丈夫?小瀬川さん……」

 

周りにいたクラスメイト達が声をかけてくる。私は地面に倒れたまま

 

「大、丈夫……」

 

と答える。そして宇夫方さんはクラスメイト達によって私から引き剥がされ、その後は無事に学校生活を送る事ができた。

 

 

 

 

-------------------------------

1月、東京

 

 

 

 

「シロちゃん、おはようさん!」

 

「おはよ。洋榎……ふぁ〜あ」

 

それから数日後、私は洋榎から写真の焼き増しが完了したという旨のメールを受け取り、四人の都合が合う日に皆で集まる事となった。しかし、なかなか四人の都合が合う日が見つからず、結局年を越してからとなった。そして場所は智葉の家となり、そのため先に私と洋榎が駅で待ち合わせしていたのだ。

大会があった日は11月、今は1月とあって、久々に見る洋榎の格好は前に比べて随分と厚着になっていた。私と洋榎は"朝の挨拶"を済ませて、駅の近くに止めてある智葉の家のところの車が止まっているところへ行こうとしていた。

 

「じゃ、今からサトハのとこに行こか!」

 

「やっぱり何も朝っぱらから集まる事なかったんじゃ……」

 

「そう言ってシロちゃんもしっかり来とるんやからええやろ?」

 

「えー……」

 

現在時刻は10時。朝の7時過ぎから新幹線に乗って遠路はるばる岩手から東京までやってきたのだ。いくら休日とはいえ一体朝の何時に起きたと思ってるんだか……まあ、洋榎の言う通りしっかり来る私も同罪なんだけどさ……

そして私と洋榎は黒服が待っている場所まで行き、車……もといベンツに乗せられ、智葉の家まで行った。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「お、おはよう。シロ……愛宕」

 

「おはよう……白望さん。洋榎さん」

 

 

それから智葉の家に行くと、家の門の前には智葉と照が立っていた。無論、その周りには前に智葉の家に来た時と同じように黒服達が立っていた。

そのまま私たち四人は智葉の家に入り、前に行った時と同じどデカい智葉の部屋に行った。

それぞれ机……っていうかテーブルを囲むように座布団に座り、洋榎が持ってきた写真を取り出す。

 

「じゃ、約束のモノを出すでー!」

 

約束のモノ……洋榎、言い方に凄い悪意が感じられるがただ天然なだけだろう。そうであると信じたい。

そして洋榎が私たち三人に焼き増しした写真を手渡す。私たちはそれぞれ写真入れに入れるなどして保管する。・・・改めて写真を見ると、結構良く撮れているものだ。やっぱり私と照は相変わらずの無表情だけども。まあ、私が満面の笑みを浮かべている写真など自分で見てて不気味だと思うから無表情でいいだろう。

 

「で、これでもう用は済んだが……どうする?」

 

写真の保管を黒服に任せた智葉が、私たちに向かって問いかける。先に答えたのは洋榎。

 

「どうするって……分かりきっとるやろ?なあ?」

 

洋榎が私と照に向かって言う。私と照は微笑んでそれに答える。

 

「じゃあ、やろうか……」

 

「智葉の家に卓って用意してあるの?」

 

「当然だ。部屋を移そう……それと既に昼食を手配しているが、嫌いな食べ物とかがあったら直ぐに取り替えてもらうから安心してくれ」

 

「お、気がきくなー。流石やで!」

 

そう言って私たちは座布団から立ち上がり、智葉の先導によって雀卓がある部屋へ移動する。

そしてこの日は既に智葉の家に泊まる事になっており、そのまま智葉の家で四人一緒に一夜を過ごした。

なんだかんだ言って、この一泊二日の旅は小学生最後の思い出としてふさわしいイベントだったと思う。次この四人で集まるのはいつかは分からない。もしかしたら、本当に今日が最後かもしれない。だけど、私はこの日を忘れる事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

小学生編、完結。

To be continued・・・!




次回から中学生編!一体どんな話にしましょうかね……
それと智葉の家でお泊まり会の場面ですが、ご希望がありましたらもっと描写したいと思います。外伝として。
というわけで小学生編はこれにて完結!今まで応援して下さった皆様大変ありがとうございました!そしてこれからも応援よろしくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 武者修行 (中学生編)
第101話 中学生活の始まり


中学生編です。


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

四月

 

 

「シロー!おはよー!」

 

「おはよ……」

 

 

暖かい日の光が私たちを照らし、桜が咲き誇る四月の朝。春休みが明け、今日は学校の登校日。まだ生活リズムが戻ってない自分の体に鞭を打ち、朝早くから家を出ていつもの胡桃と塞との集合場所へ行く。相も変わらず私が三番目であったが、それはまあ関係ないだろう。そして揃った私たち三人が学校へと向かって歩き出す。だが、私たちが今日から行く道は、今までとは違う道。そう、いつも歩いていた小学校への道、六年間変わることのない忌々しい通学路は今日からはおさらば。私たちは今日から中学生……つまり中学校への通学路を歩く事になったのだ。・・・まあ小学校への通学路が忌々しいとはいえ、中学校への通学路は実際は小学校より少し遠くなったので本当のところは小学校の頃の通学路の方が良いのだが。

 

(・・・始まる。中学三年間)

 

まあ今はそんな事どうでも良いだろう。問題は、今日から自分は中学生だということだ。中学三年間……私が武者修行をすると決めたこの三年間。この三年間をどう過ごすかによって私の目標の赤木さんに追いつけるかが決まってくる。現状に甘んじていては、赤木さんに追いつくどころか、同じ土俵に立つことすらできないだろう。悔しいけど、私はまだまだ赤木さんの足元にも及ばないと思う。全国大会を通してそれを痛感した。故に、もっと経験を積まなくてはならない。麻雀だけでなく、ギャンブルの経験も必要だ。赤木さんに聞いた話ではもともと麻雀をする前から命の保証がないチキンランやらをしていたらしい。それも13歳の時点で既に、だ。もしかしたらもっと小さい頃からやっていたのかもしれないけど。・・・まあ今のご時世、命を賭けた博打などできるわけないのだが、智葉に頼めば命までとはいかずともそれに近い事は出来そうな気もするけど……まあそれは後々考えることにしよう。もしかしたら智葉の家は危ない方じゃないかもしれないし。

ともかく私はこの中学生活を使って自分を鍛える予定だ。前にやった遠くの方へ行って麻雀を打ちに行くのがメインとなるだろう。そういう事を計画している事を話したら智葉が『旅費は任せろ』と言ってくれたので金銭的な問題はない。・・・本当に智葉には頭が上がらないなあ。

 

「じゃ、行こうか……塞、胡桃」

 

「「・・・うん!」」

 

 

二人にそう言って、私たちは中学校へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

「・・・ねえ」

 

「何?」

 

通学途中、いきなり塞が私の方をジロジロ見て言葉を発した。服に何か変なものでも体についていたのかな、とか思っていると、塞が私から少し目線を逸らしながら小さくこう言った。

 

「・・・シロの制服、可愛いね……」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・えっ」

 

いきなりの事に私の時は一瞬止まる。そういう塞だって、私と同じ制服だし、どっちかっていうと私より似合ってるし……などと色々頭の中で思考が巡ったが、塞にかけるべき言葉が何も出ず三人の空間は沈黙に包まれた。……かに思えた。

 

「何言ってんの!塞!」

 

「うぎゃ!」

 

胡桃が塞に向かってツッコミを入れる。よりにもよって頭に思いっきりのチョップだ。しかも、思いっきり。チョップをモロに食らった塞が思わず頭を抱え、うずくまって胡桃の方を見る。

 

「イタタタタ……ってちょ、何すんのよ!胡桃!」

 

「うるさいそこ!そもそもシロが可愛いとか周知の事実だからいちいち言う必要なし!」

 

胡桃が胸を張って塞に指差して高らかに言う。いや、そんな自信満々に言われても私が困るんだけど……と口を挟もうとしたが、それを御構い無しに塞は胡桃に向かって言い放つ。

 

 

「そっ……そういう胡桃だって言おうとしてたのバレバレなんだからね!?」

 

「えっ……!?///」

 

「ほらー!顔赤くしちゃって、ねえ、胡桃サン?」

 

「う、うるさいそこ!!///」

 

 

 

 

(さっきから一歩も歩いてないけど、入学式に間に合うかな……流石に入学式から遅刻は嫌だなあ……)

 

二人の言い争いを遠目から見ていた私は、入学式に間に合うかどうかを考えていた。しかし、火のついた二人を私が止める事などできるわけがなく、私はただ二人の言い争いが早く終わることを見守るだけだ。

 

 

-------------------------------

 

 

 

(・・・!?)

 

二人の言い争いが始まってから数分が経とうとして、まだ終わりそうにないかなあと半ばどうでもよくなりかけていたその時、ふと背中に悪寒が走った。

 

「小瀬川さん!」

 

「・・・なに。宇夫方さん」

 

 

後ろを振り返ってみればそこには私や塞、胡桃と同じ制服を着ていた宇夫方葵が私のすぐ目の前に立っていた。そういえば宇夫方さんも同じ中学なんだ……小学校の卒業式の時に私に泣きながら抱きついてきたからてっきり違う中学だと思っていたけど、じゃあ何であの時泣いたんだか……

そして、突然やってきた宇夫方さんに控えめに言ってもびっくりした。さっきのさっきまで足音ひとつ聞こえなかったのにいつの間に私の背後までやってきたのか。忍者の類の人なのかな……

 

「いや、学校に行こうかなーって思ったら丁度小瀬川さんがいたからつい声をかけちゃった!」

 

宇夫方さんは私に笑って平然と言ったが、どう考えても偶然なんて嘘にしか聞こえないのは私が人を信じれない人だからなのか、それとも宇夫方さんの自業自得か。

 

「そう……」

 

とりあえず適当に返事をして、私は視線を宇夫方さんから塞と胡桃の方に向けた。二人は未だに言い争っているらしく、心なしか両人とも顔が赤く染まっているようにも見える。一体どんな事を言ったらそうなるんだか……

そう思っていると、宇夫方さんも二人の方を見て、何かを考えるようなポーズをとっていた。そして私に向かってこう言う。

 

「じゃあ……行こうか!」

 

「え?」

 

そう言って宇夫方さんは、突然行こうと言われて反応に困っている私の腕を掴んで更にこう言った。

 

「学校!ダッシュで行くよ、小瀬川さん!」

 

「えっ」

 

宇夫方さんは私の返答を待たずに私が背負っている学校の指定カバンを取って私の手で持たせ、そのまま私をいわゆる『お姫様抱っこ』で抱え、走り出した。何が起こっているのか整理が追いつかない私だが、取り敢えず塞と胡桃を置いてきてしまったという事はわかった。宇夫方さんに言って下ろしてもらおうかとも思ったが、宇夫方さんの出す尋常でないスピードがそれを妨げた。結局、私は心の中で塞と胡桃に謝り、そのまま宇夫方さんに学校に連れて行ってもらう事にした。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「いっつも充電充電って、シロとスキンシップしたいだけでしょ!?」

 

「な、何てこというの!?///」

 

「全く……ってアレ?……あー!?シロがいない!?」

 

「えっ、そんな!?私たちを置いてったの!?」

 

「ぐぬぬ……ほら胡桃!行くよ!」

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

中学校に着いてからも宇夫方さんと私のクラスが違う事を宇夫方さんが知って叫んだり、後からやってきた塞と胡桃にめちゃくちゃ叱られたり、初めて会うはずのクラスメイトから手紙を貰ったりなど、色々あったが無事入学式が無事終わり、家に帰宅し始めた。結局宇夫方さんとは違うクラスで、私と塞と胡桃は同じクラスという事となった。・・・まあそのおかげで朝の件に関しての説教がいつまでも続いてしまったのだが。

 

「はあ……疲れた」

 

「誰のせいだ、誰の」

 

そして思わず呟いてしまった事に対して塞がすかさずツッコミを入れる。・・・実際あれは私のせいじゃなくて宇夫方さんのせいなんだけど……まあ聞く耳なんて持たないよね……

 

(今年も疲れそうな一年になりそうだな……)

 

中学生活初日からこの疲労となると、先が思いやられる。武者修行の旅は学生なので夏休みや冬休みに行うしかないので、こういった日常生活で疲れるとなると一年中疲れっぱなしではないのかと初日から危惧しているが、まあどんなに疲れたとしても武者修行を緩めるような事はしないから別に関係ないのだが。そして私は最初の夏休み、何処に行こうかを頭の中で考える。

 

(・・・夏休み、最初は何処に行こうかな……)

 

 




次回はいきなり飛んで中学一年の夏休み編です。
中学生編は夏休み編→冬休み編を三回繰り返しみたいな感じで進行していきたいと思います。ネタが切れたら減るかもしれませんが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話 北海道編 ① 出発前夜

夏休み編です。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

七月

 

 

【・・・明日から夏休みが始まるが、一体何処から行くつもりなんだ?】

 

今学期最後の中学校の登校日から帰ってきた私が荷物を整理していると、不意に赤木さんが私に聞いてきた。そう、明日からとうとう夏休みなのだ。中学最初の学期ともあって最初こそ色々バタバタしたが、何とか一学期目を終了することができた。そこで、全国大会以来から計画していた武者修行なるものを明日から始めようと思っていたのだ。無論その事は予め両親に伝えており、言った当初は反対されたが、旅費は智葉の家が負担してくれる事になっている事を伝えると仕方ないといった感じで了承してくれた。・・・私の両親は全国大会以来智葉の両親とメールアドレスを交換するほどの仲に、いわゆるママ友みたいな関係になっている。故に智葉の家が負担してくれると知ったら了承してくれたのだ。私の親と智葉の親、完全に生きている世界が違いそうなものだが、よく電話で談笑しているところを見ると、智葉の親も意外と友好的な人なんだなあ、と今まで物騒としか思ってなかった智葉の家柄を改めさせられた。

まあ話を戻して、赤木さんからの質問に私は答える。

 

「北海道……」

 

北海道。日本の最北端の都道府県であり、日本一面積が広い都道府県。47都道府県中唯一の「道」であり、都道府県魅力度ランキングでは圧巻の一位。また、冷帯に属しており、降雪量も多いことから『試される大地』とも言われている、北海道。そこが今回私の行く修行場所だ。だが、今の季節は夏。せっかくの『試される大地』なのに何も試そうとしないのは私の性格の問題である。基本ダルがりの私がわざわざ冬の北海道に行くわけがないだろう。私から言わせてみれば何故寒い時期に最も寒いところへ行くのかが理解できない。

 

 

【フフ……鷲尾仁を思い出すな……】

 

それを聞いた赤木さんが微笑して呟いた。鷲尾仁さん……赤木さん曰く赤木さんと同じチームとして麻雀を打ったこともあるらしい『北の二強』の一人……だったっけ。まあ今はもうこの世にはいないんだけど。

 

【それで、俺はお前についっていった方が良いのか?】

 

そして赤木さんは続けざまに私に聞いてくる。当然、私はその質問に対して

 

「うん……」

 

と答えた。当然だ。目標の赤木さんを越えるために、その場ではなくとも二人きりになれる時に色々とアドバイスや赤木さんの心得や人生観を聞きたいので、ついていってもらった方が良いだろう。流石に一人きりで北海道に行くには少し寂しいし心細い。二人(?)ならいくらかその寂しさも紛れるだろう。

ちなみに、北海道への旅は一泊二日の予定だ。当然、夏休みの中でたったそれだけではない。北海道から帰ってきたら少し日を置いて東北六県を回ろうとも考えている。そしてお盆休みには東京に行って一応赤木さんの墓に行って墓参りをする予定もあり、結構予定が詰まっている夏休みだ。話を戻して、既にホテルの手配は智葉を介して済んでいる。最初は未成年だけで大丈夫かなとは思ったが、どうやら保護者の同意書があれば大丈夫らしく、しかも智葉曰くそこのホテルも辻垣内の息がかかっているホテルらしく、そのホテルの一番良い部屋に泊まれるらしい。新幹線の座席も東北新幹線と北海道新幹線、両方手配済みだ。故に、本当に残すところは荷物の準備をするだけなのだ。荷物の準備が終われば後は寝て起きて駅に行って新幹線に乗れば後はもう北海道入り、本州から脱出できるという話だ。

・・・今更だが智葉の家は私一人のためにそんな事をして資金的な意味で大丈夫なのだろうか……まあ、マスコミを買収できるくらいの金を持っているのなら私一人の旅費などちっぽけなものなんだろう。私が心配するほど大きい額ではないどころか、あの人たちにとっては財布からパッと100円玉出すくらいの感覚なんだろう。……恐ろしいな、金持ちってのは。

そう考えながら荷物の準備をしていたが、気がつけば既に終わっていた。まあ、荷物といっても麻雀牌と着替え、財布くらいしか持っていくものがないのですぐに終わるのは至極当然の事なのだが。

 

「終わったー……」

 

そう言って腕を伸ばし、そのままベッドに横たわろうとしたその瞬間、冬の時期にこたつが置いてあった場所に置かれている小さいテーブルの上にある携帯が音と共に振動する。今の音はメールの着信音だ。何事かと思って携帯を開くと、どうやらメールを送ってきたのは智葉のようだ。ついさっき寝ようとしたからか、猛烈な眠気によって目をショボショボさせながら、智葉から送られてきたメールを開く。

 

 

-------------------------------

21:33

From 辻垣内 智葉

件名:明日から

 

明日から北海道で頑張ってこいよ。強くなって戻ってこい。

 

 

 

-------------------------------

 

 

中を確認すると、そこにはいかにも智葉らしい応援メッセージが送られてきた。明日だけでなく、この夏休みだけでも既に北海道と東北六県を日を置きながら回るという無茶な計画を叶えてくれた智葉に最大限の感謝を込めて、返信のメールを打つ。返信し終わると私は携帯をテーブルに置いて、そのままベッドに入り、目を閉じるとすぐに夢の世界へと誘われた。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内 智葉

 

 

 

 

 

 

ピピッ、という音が私の握っていた携帯電話から発せられる。それと同時に携帯が振動したので、思わず私は持っていた携帯を落としそうになる。

 

(来た……)

 

いや、自分からメールを送ったのでメールが返ってくるのはごく当然の話なのだが、いかんせん私の意中の人はダルがりさんだ。メールを見ても返信が面倒だからスルーされることも可能性としてはなきにしもあらず、だ。だが、こうして帰ってきたので私はひとまず安心した。

 

 

-------------------------------

21:34

From シロ

Re:明日から

 

わかった。頑張ってくる。

今日はもう寝るね。おやすみ。

いっつもありがとう。

 

 

 

 

-------------------------------

 

(あ、ああありあり、ありがとう……?)

 

メールを開いて中を確認した私は絶句した。まさかあのシロに、あのクールでカッコいいシロに、ありがとう。ありがとうと言われた。今までシロと色々会話してきたが、シロにありがとうと言われたのは初めてだ。いくらメールとはいえ、いざありがとうと言われると嬉しさと恥ずかしさが込み上げてくる。

 

(ありがとう……か。もし"あの時"のシロの表情で言ってたと思うと……)

 

そして頭の中で思い浮かべるのは決勝戦が終わって特別観戦室に戻る途中で話した時のあの満面の笑顔のシロ。あの表情でありがとうと脳内再生をする。容易だ。私は容易に脳内再生ができた。そして脳内再生をすると同時に私の顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。そうやってベッドの上で悶えながらも、数分経って落ち着きを取り戻した。

 

(・・・本当はシロと一緒について行きたいのは山々なんだが……)

 

そう、私としてはシロと一緒に北海道に行きたいのは山々だ。そしてそれをシロに伝えれば、多分シロは快く受け入れてくれるだろう。シロは優しいから、いきなり言ったとしても承諾してくれるはずだ。だが、シロが北海道に行く目的は観光ではない。修行、武者修行なのだ。赤木しげるさんを越えるために行っているのだ。それなのに私が付いて行ってしまっては、シロは別に大丈夫だと思っても邪魔になってしまう可能性が高い。故に、ここは我慢。自分の身勝手な考えで、シロの邪魔になってはいけない。

だが、それでも気になる事はある。私がシロについて行きたい第二の理由、それはシロの誑しである。シロの事だ。北海道でもきっとシロの優しさやカッコよさに惹かれて恋に落ちる輩も出てくるだろう。いわゆる恋敵というやつだ。私はその恋敵を増やさないように、シロについて行きたいと思っていたのだ。

しかし、自分はもう行かないと決めている。だとすればどうするべきか。私が思考を巡らせていると、ある事を思いついた。そうだ。身軽に北海道に行けて、シロの邪魔にならないように、バレずにシロを監視できる奴らが何人もいるじゃないか。そう思って私が自分の部屋の扉を開け、自分の側近の黒服を一人呼んだ。

 

「どう致しましたか、お嬢」

 

「お前、明日から二日間空いているか?少し頼み事があるんだが」

 

と黒服に言うと、黒服は「そう言うと思いまして」と言って

 

「実は一人既に他の黒服を北海道に送っております。そして白望様に何かがあれば随時報告が入る手筈となっております」

 

と、私が言うまでもなく既に黒服達は準備を行っていたのだ。私は「フフッ」と笑い、

 

「流石だ。わざわざ言うまでも無かったな」

 

と言った。黒服は軽くお辞儀をしてこう言う。

 

「感謝の極みでございます」

 

「じゃあ、私はもう寝る。毎日ご苦労様」

 

そう言って私は自分の部屋へと戻り、ベッドに横たわってすぐに寝た。

 

 

-------------------------------

 




北海道以外にも東北六県に行く予定とありましたが、実際に描写するのは北海道のみです。東北の皆様すみません(?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話 北海道編 ② 試される大地

北海道編です。
やっと休日ですね……
色々設定ガバガバかもしれませんが、そこは脳内補完お願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

七月 小瀬川宅

 

 

「おはよう……」

 

【ああ、おはよう】

 

 

夏休みだというのにもかかわらず私は朝早くから起きていた。その理由は言わずもがな、今日から私の武者修行が始まるからである。現在時刻は6時半。学校に行くレベルでの早起きだ。いや、私は学校がある日はいつも7時位に起きているから、通常よりも早い起床となる。だが、そんなに早起きをしたとしても北海道の新函館北斗駅に着くのは11時である。当然、私は北海道に行く途中の新幹線の中で睡眠をとる予定だ。当たり前である。

まあその話は置いといて、とにかく起きた私は赤木さんに朝の挨拶を交わす。・・・赤木さんはいつも私が起きるときには起きているが、幽霊に睡眠なんて概念があるのだろうか。いや、赤木さんならたとえ生きていたとしても睡眠とらなそうな人だけども……少し心配ではある。

そして私は赤木さんの墓石の欠片を自分の部屋に置いて、リビングへと向かって朝食を食べる。私の親は私が朝早くから出発することを見越して、私よりも早く起きて朝食を作ってくれている。私は別に買って食べるからいいと言ったのだが、母親が栄養あるものをちゃんと食べていけというので私は母親のご厚意を受け取る事にした。夏休みの初日から北海道に行くという無茶な要望にも首を縦に振り、しかもその見送りもしてくれるとは、私は大人になったら絶対に親孝行をしようと朝食を食べながら改めて思った。その他にも、この武者修行を現実のものとしてくれた智葉にもいつか必ずお礼をしなくちゃね……

 

「ごちそうさま」

 

そう言って私は食器を片付け、軽く水につけてから再び自分の部屋へと戻った。そして赤木さんの墓石の欠片をいつもの中身のないお守りの中へ入れ、荷物の再確認をする。・・・そういえば、お守りの中を見てはいけないとか効力が無くなるとよく言われているが、生憎私のお守りは神社で買った正式な物ではなく、小学校の頃クラスメイト達と作った自作のお守りなので大丈夫だ。流石に自分が作ったお守りならバチとかは当たらないだろう……しかも何故か中を出し入れできるために開け口が付けてあり、赤木さんの墓石の欠片を出し入れするのも楽である。

話を戻して、私は荷物の再確認が終了したため、一泊用の小さいスーツケース、もといキャリーバッグの中に入れ、両親に『行ってきます』といって私は家を出た。私の家よ、しばしの別れだが行ってくる。きっと強くなって帰ってくるから……多分。

 

家を出てからは新幹線に乗るために盛岡駅まで電車に乗ることとなっている。しっかり位置を確認しているため、迷うことなく盛岡駅まで着くことができた。そして新幹線に乗る途中、私は智葉との電話での会話を思い出した。智葉と一緒にホテルやら新幹線やらを電話越しで決めていた時の会話。

 

〜〜〜

 

 

『シロ、新幹線はどの席がいい?』

 

「・・・別にどこでもいいよ……」

 

『じゃあ、グランクラスだな。おい、手配しとけ』

 

『了解です、お嬢』

 

「グ……ランクラス?何それ」

 

『ん?ああ……まあその時に分かるから、楽しみにしておけ』

 

 

〜〜〜

 

(あの時は何とも思ってなかったけど……)

 

そう、智葉が私のために手配してくれたのはグランクラス。・・・あまりそういうのに関しては疎いから何も気にしていなかったが、確かグランクラスって新幹線の中で一番立派なやつではなかっただろうか……私がいつも座っていた一般席よりも、10000円ほど高い高価な 席。・・・はあ、何もそこまでしなくてもいいのに……そう思いながら新幹線に乗ると、明らかに私が座ったことのある席とは違う席だった。まず、座席の数が少なすぎる。一つ一つの座席の間隔が少なく、のびのびとくつろぐことができる。

 

(・・・智葉、ありがとう)

 

心の中でそう思い、私は座席に座った途端に夢の世界へと足を踏み入れた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

(ついた……)

 

そこから何時間か経ち、夢の世界から戻ってきた私は新幹線から降りる。全くグランクラスを堪能してこなかったが……あとで智葉に謝っておこう。そしてもう一般席でいいよと言っておこう。まあ確かにグランクラスの方が快適なのだが、なんか罪悪感を感じるから一般席で私は十分だ。

そして新函館北斗駅に、北海道という試される大地へ足を踏み入れた私はすぐさま函館本線へと乗り換え、そして函館本線から室蘭本線へと乗り継いで予約していたホテルの近く、長和駅に移動することにした。そこまでいくためにも二、三時間はかかり、そこについて少し経ったらチェックインの時間と、結構ハードなスケジュールだが、まあ今日は時間が少なくても大丈夫だ。重要なのは明日。時間が押していない明日に麻雀を打てばいいだろう。武者修行と言っても、明確な目標という目標が赤木さんを越えるためであり、細かい目標は全て自分の判断だ。まあ、逆に言えば私が満足しなければいつまでも続くというわけだが。とにかく、今日は長和駅に着いて少し麻雀を打って……明日はみっちり麻雀を打つという予定だ。流石に北海道には非合法の賭博場とかはないだろう。仮にあったとしても相手にされるわけがないし、智葉という後ろ盾もないこの状況で言ったら確実にヤバい。・・・まあ、赤木さんは過去に後ろ盾もなく賭博をやっていたというが、流石にそんなことはできない。それにその時は赤木さんは運が良かったから助かっただけで、運が悪ければ赤木さんは死んでいたのだ。私もまだまだ未熟だということで悔しいが、私にはまだそんな覚悟はない。そういった意味でも、この武者修行は私の精神を鍛えるいい修行……のはずだ。

 

 

『次は、長和〜。長和〜。お出口は右側です』

 

そう考えていると、私の行き先の長和駅に着こうとしていた。私はキャリーバッグを持って、降りるために立ち上がった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

そして長和駅に着いた私は、ホテルの近くへと歩いて移動し、チェックインを済ませてから近くにある雀荘を探し始めた。夕食もホテル側から出るとのことだったので、夕食前にはホテルに戻らなくてはいけないので、あんまり時間はないが、ホテル内で何もしないよりはマシだろう。私はしらみ潰しに、そこらへんを歩き出し、雀荘に入った。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「よう、揺杏。これからどこ行く?」

 

「んー……どこでもいい。楽しけりゃあ爽のおまかせでいいよ」

 

「・・・どこに行ってもいいんだな?じゃあ、雀荘で。たっぷり遊んでやるよ」

 

「げっろ……」




今回字数が少なすぎィ!
・・・明日は頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話 北海道編 ③ 遭遇と報告

北海道編です。
今回変にネタに走った感が否めない・・・


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

東三局 親:小瀬川白望

 

「ロン」

 

 

 

小瀬川:和了形

{一二三四五五五五六七八九赤5}

 

 

 

「満貫……12,000は12,900」

 

 

 

北海道での武者修行、その記念すべき(?)第1戦は東三局の私の親番の三本場で上家が飛んで終了した。振り込んで飛んだ上家のおじさんは右手で頭を抑えて、笑いながら私に言った。

 

「いやあ、お嬢ちゃん強いねえ……参ったなこりゃあ……」

 

中学生に飛ばされたのはこのおじさんにとっても屈辱ではあるだろうが、ここはノーレートの雀荘で、他の皆も和気藹々と打っているのもあってかそんなに殺伐、ギスギスとはしていなく、おじさんから見れば自分を飛ばしたガキに対しても比較的優しく接してくれた。まあそんなに殺気立たれてもこっちからしてみればただただダルいだけなのだが。

それにしても、この空気は私はどっちかというと物足りない。確かに和気藹々と打つのも悪くはないのだが、そんなことのために私はこの北海道に来たわけではない。あくまでも、修行という名目できているのだから、このゆるゆるの空気はいかんせんぬるま湯過ぎではないだろうか。

 

(あと適当に一半荘したらレートあるとこ探そうかな……)

 

故に、私はこのノーレートの雀荘をあと適当に一半荘したら切り上げようと思っていたところだ。まあ賭け麻雀とはいえ、そんな十万百万みたいな大金を賭ける雀荘が昼間からやっているとも考えにくいし、そもそも今の御時世そんな大勝負ができるところを探すことすら難しいので、結局点五や点ピン程度の賭けしかできないだろう。だが、現状よりはまあ賭けたものがあるから少しはヒリヒリした麻雀ができるであろう。それを信じるしかない。

とにかく、この雀荘はあと一半荘。それでおしまいだと思っていると、雀荘の入り口のドラが開く音がした。私はドアの方を見ると、そこにはちょうど私と同年代らしき女の子二人組がやってきた。一人は私より少し背が低めの赤髪の子。よく見てみると瞳の中に逆三角形の模様みたいなものがあるのが確認できたが、遠くから見ていたから不確定だ。そしてもう一方の子は私よりも身長が高くて、こっちはいたって普通の黒髪の子。そんな二人組を見ていると、さっき同卓していた人たちのうち二人が立ち上がった。おそらく、抜けるんだろう。まあこれでちょうど二人欠けの卓ができた。この雀荘で人数が欠けている卓はここしかないから、自動的にあの二人はこっちの卓に来ることになるだろう。

 

「お、ちょうど二人足りない卓があるじゃん。よし揺杏、早く座ろう」

 

「やっぱやるんだ……」

 

 

揺杏と呼ばれた黒髪の子が赤髪の子に連れられて私のいる卓に座る。今の言動からして、揺杏って子はこの赤髪の子に振り回されているんだろうなあ……多分下級生に連れ回されている上級生といったところか……という勝手な想像をする。まあ、私が揺杏って子に言えるのは御愁傷様ってことだけだ。もし揺杏って子が私だったら絶対ダルくて嫌だけど。

 

「こんにちは……」

 

まあそんなことは置いといて、私はその二人組に挨拶を交わす。おそらく同級生なのだろうが、一応の礼儀というものだ。もしかしたら年齢が上ってこともあるからね……

 

「こんにちは。えっと……私は獅子原爽で、こっちは岩館揺杏。因みにこれでも私が中学一年生で、揺杏が小学六年生。よろしくな」

 

私の挨拶に対して獅子原さんは挨拶を返し、自己紹介を始める。背の高い岩館さんの方が年上かと思っていたけど、意外にも獅子原さんの方が年上だったのか。……っていうか、岩館さん私より背が高いのに小学六年生なのか。私は中学一年生の女子にしては結構背が高い方だと思っていたけど、やっぱり日本って広いんだなあと改めて思った。

話を変えて、礼儀として私も自己紹介をした。

 

「私は小瀬川白望で、歳は十三。獅子原さんと同じ中学一年生……よろしく」

 

「ああ、よろしく」

 

そう言って私と獅子原さんは握手を交わす。それを横で見ていた岩館さんとも握手をしようと手を差し伸べると、岩館さんは少し困ったようにしてこう言った。

 

「私爽とチカセンしか歳上と接したことないから……敬語とか使った方がいいの……ですか?」

 

岩館さんのいかにも使い慣れていないようなぶきっちょな敬語だったので、私は少し笑ってから岩館さんにこう言った。

 

「別にタメ口でもいいよ。私もそう変に改まられるとダルいし……」

 

そう言われた岩館さんは、笑顔で「ありがとう」と私に言ってから、卓へと座った。

 

(・・・少し面白くなりそう)

 

さっきまで和やかな雰囲気が形成されていたが、卓を囲んだ以上そんな事は関係ない。勝負という土俵の上なら仲の良い親友、全く知らない他人、さっき知り合った人、そんなものは全くもって無関係、同列であるのだ。そこに上もなければ下もない。私が今やるべき事は私の持てる全てを持って皆にぶち当たる。この一心だけだ。こんなにやる気になったのはこの北海道に来て初めてだ。全国大会以来の同年代の人と知り合えたからか、いつにも増して少し気分が高揚していたのである。

 

 

 

(さあ……行くよ)

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

少し時間は遡って、小瀬川が獅子原と岩館に会う前の半荘、東三局三本場で他家を飛ばした直後の事である。その瞬間を小瀬川の遠くから見ていたある人物。

 

 

(やはり強い……)

 

 

そう、辻垣内の側近が小瀬川の身の安全を見守るという名目で小瀬川が誰かを誑し込むのを随時報告するために、予め配備していた配下の黒服である。しかし、現在の彼の格好を見ると黒服とは言えないだろう。それは当然の事で、彼はいかにも一般客に紛れているからだ。黒服の状態で行けば小瀬川にバレてしまうため、これは至極当然である。

そんな彼は小瀬川がこの雀荘に入っていくのを確認するとすぐさま後をついて行き、小瀬川の視界から外れている席に座って、紅茶を嗜んでいるのを装って小瀬川の動向を見ていた。そして彼は黒服の中でもベテランなのか、完全に一般人に溶け込んでいる。

だが、実はこの時彼は内心ヒヤヒヤしながら小瀬川のことを見ていた。

 

(今はまだ大丈夫だが……いつ事が起こるか分からない……)

 

そう、彼は小瀬川の誑し属性なるものを重々理解していた。だからこそ彼は北海道に派遣されていたのであるのだが。そして理解しているからこそ、その恐ろしさが分かるのだ。何気ない一言でどんどんとハートを撃ち抜く様はまさに百発百中のスナイパー。

だが、今の所は大丈夫……そう彼は思っていた。が……駄目……!そういう油断、隙が駄目……!

彼が油断したその直後、来店してくる人が2名。黒服はドアの方を見ると、そこにはいかにも小瀬川と同年代そうな少女二人組が立っていた。

 

(ぐっ……!き、来た……!ターゲット(ハーレム候補)……!)

 

黒服は思わず立ち上がりそうになるのをこらえて、テーブルにおいてある紅茶を強引に口へと運ぶ。そう。まだ慌てるような状況ではない。が、しかし

 

(あ、ああ〜……!?)

 

立ち上がる……!小瀬川とさっきまで卓を囲んでいた人が……二名……!そして立ち上がった人は、精算を済ませ、帰宅……!圧倒的最悪なタイミング……!!しかも、欠けた卓は小瀬川の卓のみというこの状況……!

となれば当然、招かれる……!あの二人組は小瀬川の卓へと入る……!

 

(何故……何故こうなる……!?)

 

黒服は紅茶を置き、頭を抱える。そして最悪な条件が重なった今の状況に悪態を吐く。

 

(磁場……!まるで磁場……!小瀬川様がいかずとも……引き寄せられてしまう……!集めるんじゃない……集まっているんだ……!まるで、元いた居場所の川に帰る鮭の如く……!)

 

(が……違う……!違うんだ……!母川はそこじゃない……お前らが母川回帰する川じゃない……!圧倒的川違い……!)

 

そして黒服は携帯を取り出し、急いで辻垣内にメールで報告した。

 

 

 

〜〜〜

 

「・・・ハァ」

 

 

そして場所が変わって東京。辻垣内宅では、先ほど配下の黒服から届いたメールを読んだショックから立ち直れずにいる。いや、ショックから立ち直れずにいるといってもただ部屋の隅っこで体育座りをしているだけなのだが。

 

「まあ……分かってたけども……シロの誑し性は今に始まった事じゃないのは知ってるけど……」

 

指で地面を突きながら、独り言を呟く。病んでいる、というかどちらかというといじけている方が正しい表現であろう。

 

「・・・お嬢」

 

「なんだ……」

 

そんな辻垣内の元に側近の黒服がやってくる。何かを持っていたようで、黒服はそれを辻垣内の部屋内にあるテーブルへ置いて辻垣内にこう言った。

 

「コーヒーと洋菓子をお持ちしました。一口頂いてみては如何でしょうか?」

 

「分かった……」

 

そう言って辻垣内はテーブルに置かれたものをみる。それはコーヒーとチーズケーキであった。辻垣内はそれを口へと運ぶと、目を丸くしてこう言った。

 

「美味……しい……!」

 

「ありがたき幸せです」

 

黒服が深々とお辞儀する。そして辻垣内は頭を下げる黒服に向かってこう言った。

 

「これ……お前が作ったのか……?」

 

それに対して黒服は首を縦に振り、辻垣内にこう進言した。

 

「良かったらお教えしましょうか?お嬢」

 

「ほ、本当か!?」

 

「工程もそんなに難解なものではないので……お嬢ならすぐにマスターするかと。・・・次小瀬川様に会われる時の手土産としてみては如何でございましょうか?」

 

そうして、辻垣内のお料理修行が密かに始まるのだが、これはまた別のお話。

 

 

 

 

 

-------------------------------

東一局 親:岩館揺杏 ドラ{七}

 

小瀬川 25,000

おじさん 25000

獅子原 25,000

岩館 25,000

 

 




次回から少し麻雀します。
お料理修行が始まった智葉は無事、シロに手作りチーズケーキをご馳走できるのか……!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話 北海道編 ④ カムイ

北海道編です。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原 爽

東一局 親:岩館揺杏 ドラ{七}

 

小瀬川 25,000

おじさん 25000

獅子原 25,000

岩館 25,000

 

 

今日もいつも揺杏と打つ時のような麻雀だと思っていた。いつものように私が揺杏から点棒を際限なく取り続け、対局が終わってちょっと不機嫌な揺杏にアイスを奢ってやる流れだと思っていた。

そう、最初から自分が叩き潰す側だと思うほど私は強い方だと思っていたし、実際揺杏からも思われていた。それなりに自分の力にも自信があったし、自分が"使役しているモノ"もある。大会とかには出る気は無かったが、仮に出たとしても、なかなか良いところまで行くんじゃないかと思っていた。

だが、今目の前にいるこの真っ白な髪の女の子はどうだ。そんな自信に満ちた私が思わず竦んでしまうほどの圧力をかけてくるではないか。さっきまでちょっと大人しめな印象だった小瀬川は、私と揺杏が席に座った途端にその印象からは考えられないほどの重圧、圧力を発してきたのだ。

 

(こりゃあ……ちょっとヤバいかもな)

 

その重圧に相対した私は、この目の前にいる少女が確実に自分よりも強く、恐ろしい存在であると悟る。自分も十分人外のような能力を持っているが、彼女はそれ以上だ。特別禍々しいものではない、ただ単なる威圧。だが、だからこそそれが恐ろしかった。威圧の度合いが桁違いすぎる。一体どういった生き方をしてくればこんな威圧を発せられるのか、そもそもこの少女は本当に自分と同い年なのか、そういった疑心が頭の中を駆け巡る。

そしてふと横を見てみると、揺杏が何事もなかったかのようにいつもの感じで打っているのが見えた。何故だ。いくら揺杏が楽観的な人間とはいえ、あの強烈な重圧を前に平然といられるのは異常だ。

 

(私の気のせいか……?いや、揺杏は感じなかっただけか……)

 

そういった疑問を感じていると、目の前の元凶がツモった牌を卓において、手牌をゆっくりと倒した。

 

 

 

「ツモ……」

 

 

小瀬川:和了形

{二二二三②③④④赤⑤⑥234}

ツモ{四}

 

 

「跳満……3,000-6,000」

 

 

これが僅か五巡目の話である。早い。早過ぎる。たった五巡で跳満手を和了ってきた。思わず惚れ惚れしてしまうほど綺麗なタンピン三色。だが私は、その手牌を見ても全く惚れ惚れしないどころか、酷く恐怖した。彼女の感情が全く読み取れない。まるで何も感じてないような無表情。いや、彼女はもともと無表情な感じなのだが、そんな程度の話ではないのだ。氷よりも冷たい声、言い方は悪いが人を殺すような目つき。彼女のどれをとってもノーレート雀荘で和気藹々と打つ時の風貌ではない。まるで何かを賭けているかのような気迫。その風貌に、私は圧倒されてしまった。

 

「はっやァ」

 

揺杏が笑いながら小瀬川の手牌を見てそう呟く。どうやら揺杏はまだ気付いていないようだ。この小瀬川という存在の異常に。

 

(・・・不本意だけど……使うしかない、か)

 

そこで私は、別に使う気は無かった自分の"能力"を使うことにした。私が小さい頃から何かある度に私の身を守ったり、助けてくれた"何か"。私は"カムイ"と"雲"、と称している。アイヌ民族に伝わる神様と"五色の雲"が由来だ。小さい頃はそれらにただ呆然と守られていただけだったが、今ではもうほぼ全てのカムイと雲を使役できるようになっている。そんな便利なものを何故『不本意に使う』と表現したというと、これは私が異端であることの象徴であるからだ。小さい頃からそれらに付きまとわれていた私は、面で向かって言われたことはないが、多分クラスの人たちに気味悪がられたであろう。そりゃあそうだ。なんせ私に何かが起こると正体不明の何かが私を守るのだ。気味悪がられるのも仕方がない。その証拠に私の知り合い、友達と言える人は揺杏とチカしかいなかった。今でも中学ではクラスや同学年に特別親しい人はいないし、嫌われていたわけではなかったが、私に進んで声をかけようとする人は殆どいなかった。だからこそ、私はこのカムイと雲が嫌いであった。私を異常たらしめる象徴。だが、今はそうも言ってられない。言ってしまえばこれはただのお遊びだ。そう、そのはずであったが、私にはとてもお遊びで済むようなものとは感じられなかった。

 

(ホヤウ……!)

 

とりあえず私は他家の能力を封殺するホヤウカムイを出した。まだ小瀬川の全貌が見えない以上、下手に動くのは危ない。故に守りの姿勢にはいって様子を伺うことにして、東二局、小瀬川の親に備える事にした。

だが、それをものともせず、東二局の三巡目

 

「ロン……」

 

 

小瀬川:和了形

{一一一三四五3335東東東}

 

 

おじさん

打{4}

 

 

「4,800……」

 

「うわっ」

 

(なに……?)

 

それでも小瀬川が和了ってくる。この局、小瀬川は私の使ったホヤウカムイによって能力は一切使えないはずだ。それでも尚この局和了ってきて、しかもそのスピードがさっきより落ちていないどころか加速しているということは、

 

(素でこれなのか……!?)

 

つまりはそういうことだ。恐ろしい、まさか能力なしでこれとは予想だにしていなかった。そして揺杏もこの小瀬川の異常さに気が付いたらしく、目つきが本気の目つきになる。・・・本気とは言っても私にはまだまだ届かないのだが。

 

(となると……次は何を使えば……)

 

が、揺杏が異常さに気づいてくれたのは大きい。あんまり使いたくはないが、いざとなれば協力体制にもっていけることも可能だ。そして私が次なんのカムイと雲を使おうと考えていたまさにその直後、

 

 

 

 

(な……!?)

 

 

 

 

 

私が使役している雲が一瞬のうちに吹き飛ばされた。何か対策を講じるよりも先に、跡形もなく、だ。

おそらく完全に消し飛ばされたわけではないだろう。姿が消えた今でも、雲の感覚はまだ残っている。ただ単に雲が使えない状態になっただけだ。

 

(それにカムイもひとつ減ってる……)

 

そう、それと同時にカムイもひとついなくなっていた。だがやはり完全に消し飛ばされたわけではなさそうだ。そんなことよりも、問題な事がある。

 

(ホヤウカムイを上回ってきた……!)

 

ホヤウカムイの支配を上回ってきたことだ。いかなるものであっても私には指一本干渉できないはずの支配力を持っているはずなのに、雲全部とカムイを封じたモノはそれをものともしなかったのだ。そして、この変な現象を起こした張本人は言うまでもなく、

 

(・・・おっそろしいなあ)

 

 

 

「・・・」

 

 

小瀬川白望だ。小瀬川の背中の辺りから変な黒いのが飛び出しているのが感覚で察知できた。多分アレが私の雲とカムイを吹っ飛ばしたのだろう。そしてこれは推測だが、この黒いのはおそらく小瀬川が意識して使えるものではないということだ。もし意識して使えるとしたら、東二局が始まってすぐホヤウカムイを吹き飛ばせばいいだけなのだから。多分私のホヤウカムイが変に刺激したせいで、小瀬川の黒いのが目を覚ました……といったところか。だからこれ以上ホヤウカムイを使っても意味はないだろう。私はホヤウカムイをすぐさま引っ込める。ただいたずらに他のカムイを減らすだけだ。

 

(何にせよ……残ったカムイを全部駆使しても勝てる確率は10回やって1回も勝てないレベルだろうな……)

 

揺杏と適当に打とうと思って雀荘に入ってみれば思わぬ遭遇。しかも多分生涯見ることのない脅威を持つモンスター。だが、それを目の当たりにしても、私の中に潜むこのワクワクはとどまることを知らなかった。もっと小瀬川の麻雀を見たい。もっと小瀬川について知りたい。そんな探究心が私を駆り出す。

 

(いくぞ……!)

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(何ださっきのは……変な感覚がしたと思ったらすぐに消えた……)

 

 

東二局より、突如私は何者かに変な感覚に襲われた。別に体や流れには何の支障もなかったのでどうでもいいことだったが、それでも違和感は感じたので有り難い。

それにしても、やっぱりさっきのは一体何だったんだろうか。全くもって見当がつかない。それが何かは分からないけど、その出所を私はおおよそ目星はついていた。

 

(獅子原さん……)

 

そう、獅子原爽さんだ。っていうか、逆に獅子原さん以外ありえないだろう。岩館さんはついさっき私が和了ってから私に警戒し出したし、おじさんに至ってはまあありえないだろう。故の獅子原さん。まあ少なくとも、これだけで終わるわけはないであろう。また次の新たな異能の力が私に立ち向かってくるであろう。ここら辺で終えようと思っていた私にとっては思わぬ収穫となりそうだ。

 

(もっと私をダルくさせないような面白いのを見せてよ……獅子原さん、岩館さん……)

 

 

私は笑みを浮かべながら、二人を見つめる。まあ私が言うまでもなく、この半荘、面白いことになりそうだ。

 




次回は東三局から。
パウチカムイ……どうしましょうね(白目)
まあR-18にはなりません。これだけは言えます。そもそも私にR-18の小説なんて書けるわけがない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話 北海道編 ⑤ チセ

北海道編です。
今回カムイが出てきますが、設定とかは勝手に作ったものもあります。私自身もカムイに関してはあまり知識不足なところがあるので、そこのところはご容赦下さい。


 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原 爽

東二局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 41,800

おじさん 17,200

獅子原 22,000

岩館 19,000

 

 

 

 

親である小瀬川から順々に配牌を取っていく。私も上家にいるオッサンに続いて山から配牌を四牌ずつ取り、それが十三牌になるまで続けていく。そして配牌を取り終えると私は手牌を開き、理牌を始める。

理牌をしながら私は小瀬川の方を見て、頭の中で思考する。

 

(カムイもそんなにバンバン使えるもんじゃない……肝心なのはタイミング……)

 

かろうじて残っているカムイ達も無限に使えるものじゃない。そう何発も使えるわけじゃないし、麻雀には到底使いようのないカムイだってある。それに私の"雲"が全部吹き飛ばされて使えなくなったから余計に使うタイミングが重要となっているのだ。すぐに雲が戻ってくる可能性もあるが、断言できない以上迂闊に使ってしまっては取り返しのつかない状況になってしまう。

 

獅子原爽:配牌

{六八④1333赤5679東西}

 

と、思っていたところだったが、私の配牌は索子の割合が多く、混一色清一色の染め手にも行ける好配牌だ。混一色はともかく、清一色に行けば満貫が確定するこの配牌、勝負するしかない。そういうわけで、仕方なく私はカムイを使う。

 

(・・・チセコロカムイ!)

 

チセコロカムイを呼び出す。チセとはアイヌ語で家、巣を意味する。チセコロカムイはそのチセの全体を司る神様。今回私が呼び出したのはあくまでチセパンノキアンパカムイとチセペンノキアンパカムイの二種だが、家の中には数多くのカムイがそれぞれ柱や家屋を司っているので、面倒だからそれらを全部引っくるめてチセコロカムイと呼んでいる。

因みに私が今回主として呼んだチセパンノキアンパカムイとチセペンノキアンパカムイの二体だが、これらはそれぞれ西側の軒と東側の軒を支えている。そして私の手牌には{東}と{西}。そう、これらのカムイは手牌に{東}と{西}がある時に限り{東}と{西}を引き寄せるカムイだ。あまり使いどころの難しいカムイであり、打点も伸びにくく速攻にしか使いようがないカムイであるが、この局の私の風牌は{東と西}。そしてその内の{西}がドラであり、索子の混一色も見えているので、このチセコロカムイを最高の形で使えることができそうだ。

 

 

 

小瀬川

打{⑧}

 

 

小瀬川が{⑧}を捨てて東二局一本場が幕を開ける。確かにこの局、チセコロカムイを使っている私が有利になるのは確定だが、それでも私が和了ると決まったわけではない。小瀬川が和了ってくる可能性もある。いや、むしろそっちの方が大きい事もあり得るかもしれない。

 

(・・・考えても仕方ない、な)

 

だが、私は臆せず小瀬川白望というモンスターに立ち向かう。そして私の第一ツモ。

 

獅子原爽:手牌

{六八④1333赤5679東西}

ツモ{東}

 

 

当然のことながら、私のツモった牌は{東}。やはり小瀬川のさっきの真っ黒いのは意識的に使えるっていうわけではなさそうだ。これで私の推測が確信に変わった。ただ単に小瀬川が気付いていないだけという可能性も無きにしも非ずだが、あの小瀬川がそんな事を犯すわけがない。私はまだ小瀬川に出会って数分しか経っていないけど、そんな感じがするほど目の前にいる小瀬川は強烈だった。

だがまあ、カムイと雲を吹っ飛ばしたあの真っ黒いのが常時発動でなく、尚且つ意識的に使えないのだとしたらこちらにも僅かだが勝ちの目はある。

そしてこの巡、私は{六}を捨てた。もう私には搭子であろうと萬子という時点で見向きはしない。

 

「ポン!」

 

 

岩館揺杏:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {六六横六}

 

 

しかもありがたいことに揺杏が私の切った{六}を鳴いてくれた。別に意図したコンビ打ちではなかったが、揺杏には悪いが、この鳴きは私にとっては本当にありがたいことだ。

 

獅子原爽:手牌

{八④1333赤5679東東西}

ツモ{東}

 

何故なら小瀬川のツモ巡を飛ばして私のツモ番へとなるからだ。このツモでも私は{東}を重ねて、これで風牌の{東}が暗刻となった。私はさっき切った{六}の搭子の片割れ、{八}を河へと置く。これで二向聴。まだまだ道があるようにも見えるが、実際は後から{西}も重なるため、実質的には聴牌したも同然である。まあこのまま順当に行けば待ちは{1、2}の変則待ち乃至{9}単騎待ちとなるであろう。どちらにせよ後数巡で聴牌できるのは確実だ。

 

獅子原爽:手牌

{④1333赤5679東東東西}

ツモ{西}

 

そして今度ツモってきたのは{西}。チセコロカムイは、{東、西}が暗刻になろうとも山に残っていれば四枚目でもそれを優先的に持ってくる性質があるので、ここでツモってこれないという事はつまり{東}が一枚配牌の時点で潰されていたのだろう。まあ、その方が却って好都合だ。{東}が四枚になっても槓をすることで聴牌速度は変わらないが、槓をしなければ相手の注目を浴びるリスクは薄まる。まあ小瀬川なら槓をしなくとも警戒してくるだろうからあまり意味はないだろうが、気休め程度にはなるだろう。

 

打{④}

 

私は{④}を河へと置く。あと一巡で聴牌できるという事実に少し安堵していたが、それは束の間の安堵、一瞬のうちであった。

 

 

「リーチ……!」

 

 

小瀬川

打{横六}

 

 

 

リーチ。親からの先制リーチが入る。だが、私が問題視していたのはそんな事ではなかった。小瀬川、小瀬川からの先制リーチだということが問題なのだ。私のムダヅモ無しのチセコロカムイを使っての聴牌よりも早いという圧巻のスピード。しかも、一度ツモを飛ばされているというのに、だ。この状況で、私が和了れるのは最速でも後二巡必要だ。そう、また揺杏が鳴かない限り、リーチをかけた小瀬川に確実にツモ番が回ってしまう。もしオッサンが鳴けば、その分だけ小瀬川のツモ番が二回にも三回にも増えてしまうだろう。

 

(流石に揺杏に鳴かせようと促すようなカムイは無いし……)

 

そう、まさに絶体絶命な状況なのだ。小瀬川ほどの雀士であればたった一回でもチャンスがあれば、ツモってくると考えてもおかしくはないだろう。この魔の親番を蹴る事が出来なくなってしまう。

 

(間に合ってくれ……!)

 

だが、それでも100%ではない。麻雀というゲームである以上、どれだけ確率が高かろうとも、100%の壁を越えることはできない。例え小瀬川がこの一回の内のツモでツモ和了る確率が99.99%だとしても、私はその残りの0.01%に賭けるとしよう。

 

 

 

 




今回も字数少ない現象再び。
2600文字程度でした。毎日投稿とはいえ、一話3000文字以上は書きたいですね……(書くとはいっていない)

そして今更気付いたのですが、この「宮守の神域」、原作:咲-saki-の中で一番話数が多いんですね。この前気付きました。
あまり喜べるものではありませんが、まあ一位ということには変わらないから、まあ多少はね?(尚、文字数は少ない模様)
これからも頑張って書きたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話 北海道編 ⑥ 私がやらなきゃ誰がやる

北海道編です。
年明けてからやけに忙しいなあと思ったら普通に去年と変わらないいつも通りのスケジュールで驚きました。未だに正月の感覚が残っているのですね……


 

 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原 爽

東二局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 41,800

おじさん 17,200

獅子原 22,000

岩館 19,000

 

 

獅子原爽:手牌

{1333赤5679東東東西西}

 

 

勝負のこの二巡、私の手はまだ一向聴。そして親の小瀬川からのリーチがかかっている。それに対して私は最速でも二巡しないと和了ることができないし、小瀬川の事ならたった一回でもツモ番が回ってくればツモる確率は果てしなく高いだろう。だが、逆に言えばそこで小瀬川がツモ和了る事が出来なければ、私にもまだチャンスはある。聴牌して一発目で和了牌を引くか、もしくは聴牌して{西}をツモって暗槓をして嶺上開花でツモ和了ればそれで私は小瀬川の親を蹴る事ができ、小瀬川に親被りを払わせる事ができる。

 

(さあ……こい)

 

揺杏が打牌したのを見て、誰も発声しないのを確認してから山に向かって手を伸ばす。何の牌が来るのかなどとうの昔から分かっているが、それでも緊張はする。もしかしたら配牌時に既に{西}を二枚潰されている可能性も無いことではない。確実という言葉ほど信用できる言葉はない。何せ常に何パーセントかの確率が存在しているのだから、確実という言葉は本来しないのだ。

 

獅子原爽:手牌

{1333赤5679東東東西西}

ツモ{西}

 

だが、そんな緊張も杞憂だったらしく、私がツモってきたのは{西}。これで{1もしくは9}切りで聴牌に至る。{1}切りならば{9}単騎待ち、{9}切りならば{12}の変則待ちとなる。どちらをとっても{1か9}で高め三暗刻がつく。

無論、私は待ちが一本多い{9}切りを選ぶ。というより、よほどの事がなければこの場面は{9}切りであろう。理由として、低めの{2}をツモってきたとしてもツモ役牌2混一色ドラ4の倍満であり、例え高めの{19}をツモってきたとしてもツモ役牌2混一色三暗刻ドラ4の三倍満と、両方には打点にこそ差はあるものの、どちらにせよ最低でも倍満以上である事には変わりがないからだ。であるから当然{9}切りの{12}待ち。これは絶対だ。だが、それ以上に私を悩ませる選択が目の前にある。その問題とは、リーチといくかリーチといかないかである。リーチといけば当然追っかけリーチという形となり、小瀬川と撃ち合い必死の勝負となるだろう。だが、リーチをかければ裏ドラ次第で{2}ツモでも三倍満以上を狙うことだって可能であり、一応リターンは得られる。しかしそれでも、

 

(牌は曲げない……!)

 

 

打{9}

 

 

 

私はリーチをかけなかった。いや、よくよく考えてみれば当然の判断だ。確かにリーチをかけることでリターンも得られることには得られるのだが、リスクとリターンが一致していないのだ。そもそも、小瀬川と一切の策なしで真正面から運だけの勝負で殴り合って勝てるわけがないだろう。それこそ私は確実に負けてしまう。そんな最初から負けが決まっている勝負に何かを賭ける価値はないだろう。

 

(・・・この一巡が勝負だ)

 

そう、この一巡……正確に言えばこの巡での小瀬川のツモが勝負どころだ。多分揺杏の鳴きは起こらないだろうし、やはり次の小瀬川のツモが小瀬川の和了牌でない事を祈るしかない。私がどうこうして変わる事ではないが、今の私にはその一点に賭けるしか残されていない。

 

(頼む……!)

 

私は藁にもすがるような気持ちで小瀬川がツモっていく様を見つめる。相変わらず彼女の表情は無表情なのかすら分からない謎の表情で、私の不安や焦燥などどうでもいいと言った風に淀みのないスムーズな右手の動きでツモるべき牌をその右手の指で掴む。そしてその右手を小瀬川自身の方へ持っていき、ツモった牌を見るよりも先に盲牌を行う。たったそれだけの数秒間であったが、しかしその数秒だけでも場は途轍もない緊張感に包まれていた。私と揺杏はもちろん、おっさんだけではなく私らの卓の周りにいる人たちも息を飲んだ。

そして小瀬川が深く息を吐いて、その牌を河へと放った。一瞬だけ時が止まったが、すぐに現場の整理が追いついた。小瀬川がツモった牌を河に置いたということは、それはつまり小瀬川がツモらなかったということ。そう、なんと私の99.99%当たらないと思っていた無謀な賭けは、物の見事に実ってしまったのだ。

 

 

獅子原爽:手牌

{1333赤567東東東西西西}

ツモ{西}

 

 

そしてその直後に私がツモってきた牌は{西}。このツモでは私が和了ることはできなかった。だが、だからといってまた小瀬川のツモに回ってしまうという事には決してならない。何故なら、この手にはまだチャンスがある。そう、このツモによって私の手牌にある{西}は計四枚。そう、まだ暗槓による嶺上ツモがまだ残っている。ここで私が{西}を暗槓すれば、小瀬川にツモを回さずにツモ和了ることができる。

そして私は手牌に四枚ある{西}を晒そうと{西}に手をかけ……

 

(・・・え?)

 

そう、手をかけようとしたまさにその時、私の手を止めるある事に気づく。

それは小瀬川の捨て牌。その捨て牌には、明らかな異常があったのだ。

 

小瀬川:捨て牌

{⑧赤五横六7}

 

そう、まだその捨て牌には一度揺杏の鳴きによってツモ巡を飛ばされたため四枚しか置かれていないが、それのどれもが中張牌という明らかな異常。どう見ても小瀬川の手はまともな手牌ではないことがうか

がえる。偶然、とも思えない。そして捨て牌が中張牌で染まっている場合の典型的な手牌は

 

(国士無双……!)

 

 

そう、国士無双。それも国士無双であれば待ちは私が四枚持っている{西}という事になる。しかも、仮に小瀬川が国士無双{西}待ちだとすれば、さっきのムダヅモも証明できる。私がチセコロカムイを使用しているため、小瀬川に{西}が行くことはないからだ。そうなればさっきのツモも小瀬川の和了牌ではないということは当然のことなのである。そう考えれば、この{西}、軽々に槓などできない。国士無双の特例で、暗槓であっても槍槓が認められるからだ。私が{西}を四枚晒した時に、もし小瀬川の待ちが{西}であればその瞬間親の役満48,300。その直撃である。

思わず{西}に触れる指が震える。この{西}をどうにかしないと私は和了ることはできないし、どうにかしようとすれば親の役満の直撃というリスクを背負わなければいけない。確かにあの捨て牌だけで判断するのは難しい。だが、小瀬川は……この小瀬川に限っては違う……!ありえないこと、不可能なこと……それらを可能としてしまってもなんら不思議でもないのが小瀬川白望という雀士だ。何度も言うが私は小瀬川白望という人間についてはよく知らない。だが、小瀬川白望という雀士は卓についてすぐに理解した。いや、理解せざるを得なかった。自分との圧倒的差を含めた、小瀬川白望という恐ろしさを。

だが、こうは考えられないだろうか?私はこの瞬間、小瀬川の待ちを全て握り潰した事にもなる。これでこの局私は和了ることはできなくなったが、その代わり小瀬川も和了るということは不可能となった。思えば先ほどのリーチ拒否はまさに好判断であっただろう。もしあそこでリーチをかけていれば{西}を打つか暗槓するかしか残されていなかったからだ。そう考えればあのリーチ拒否は値千金の判断、ファインプレーだ。

だけど……

 

(・・・そんなんじゃダメだ)

 

そう、ここで私がやらねば誰がやるのだ。確かにこの局は小瀬川は和了れないだろうが、確実に揺杏やオッサンが和了れるとも考えにくい。もしこれで流局となれば、また小瀬川の親が継続してしまう。それでは意味がない。そう、私がやらねばいけないのだ。私がリスクを背負ってでも前に進まなければ、死ぬとわかっていたとしてもこの賭けをやらねば、この地獄は終わらないのだ。

 

(私がやらなきゃ……誰がやるんだ!?)

 

 

 

私は進んだ。小瀬川白望の進撃を止めるため、小瀬川白望に勝つために{西}を思いっきり倒して、大きな声で宣言する。

 

「カン!!」

 

 

 

 




次回も北海道編!
シロの手牌は本当に国士無双西待ちなのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話 北海道編 ⑦ 絶望の威圧

北海道編です。
安定と信頼のラスボスシロ。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原 爽

東二局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{西}

 

小瀬川 41,800

おじさん 17,200

獅子原 22,000

岩館 19,000

 

 

 

 

「カン!!」

 

 

 

 

槓子となっている{西}を倒して晒し、高々と暗槓を宣言する。本来ならばやってはいけない愚行、国士無双{西}待ちの可能性が高い小瀬川に対して危険極まりないこの槓。その危険性は私がよく知っている。だがそれを知っていて尚、私は槓したのだ。この局は死んでも和了らなくてはいけない。この悪夢のような親番を蹴るために、私は一世一代の大博打にでた。まだ人生を十二年……もう少しで十三年目と、そんなに生きていたわけではないが、これだけは確実に言える。

 

もし小瀬川白望と出会ってなければ、今の状況のような無茶な賭けを分かっていてもやるというこの絶大な緊迫と興奮、これらは生涯感じられなかっただろう。

強い緊張感が波となって私を飲み込む。額には汗が流れており、胸に手を当てなくとも心臓の脈動する音が全身に伝わってくるのを感じた。本当はこの緊張から逃げ出したいはずなのに、本当はこんな無謀な賭けなどしたくないはずなのに、私は何故かこの状況を楽しんでいた。それも、心から、だ。思わず笑みがこぼれる。楽しい。楽しくて仕方ない。全身が滾るように熱くなり、夏の暑さも垣間ってか額だけでなく、私の全身が汗でぐっしょりとなっていた。

・・・もしかしたら目の前にいるこの雀士は、いつもこんな心情の中で打っているのかもしれない。私にとっての非日常は、彼女にとっては日常なのだろう。そりゃああれだけ強いわけだ。

そこまで頭の中で考えていると、小瀬川が急に手牌に手をかけ、そのまま手牌をパタン、と伏せた。私は一瞬状況の整理がつかず、驚いていたが、直ぐに今の現状を理解する。

 

(国士無双じゃ……なかった……)

 

その事実を知った私は、先ほどまで緊張によって強張っていた体を元の自然な形に戻し、それから深く息を吐いて新ドラを開き、嶺上牌を掴むべくゆっくりと手を伸ばした。たった数十センチほどの間隔しかないが、私にはその数十センチがとてもとても長く感じた。伸ばしても伸ばしても届かない手に少しもどかしさを感じたが、手が嶺上牌に触れてからは一瞬のことだった。盲牌を済ませた私は手牌の前にその嶺上牌を叩きつけると、手牌を倒しながら宣言する。

 

「ツモ!」

 

 

 

獅子原:和了形

{1333赤567東東東} {裏西西裏}

ツモ{2}

 

 

「ツモ嶺上開花、メンホン東西ドラ5……6,000-12,000の一本場……!」

 

 

高目三暗刻となる{1}ではなかったため数え役満には至らなかったが、それでも十二飜でバンバンを入れて十四飜、三倍満ツモとなり、親の小瀬川から12,100を捥ぎ取る事に成功した。これで点差は私が46,300、小瀬川が29,700となり、逆転して尚且つ点差を16,600つけることとなった。まだ東二局が終わったばかりではあるが、ここで小瀬川の親を蹴ってしかも逆転したのは大きい。あの小瀬川の親を、だ。多分あのチャンスに賭けなければ私は自分の親どころか東三局すら拝めずにそのまま鬼のように連荘されてトンでいただろう。そう考えるとあそこでの判断は本当に今後の命運をわける超重要な賭けだったのだと思い知らされる。

 

(だけど、この局私が和了ったのは紛れもない事実……これは流れが変わるかもしれないな……)

 

そう、何はともあれ私はこの局小瀬川を出し抜いたのは事実。雲が消えたとはいえ、カムイも使いどころが難しいチセコロカムイしか使っていないし、何より今トップなのは私なのだ。となれば、必然的に私がこの場で一番優位に立っているも同然。

 

少なくともこの時私はそう思っていた。が、

 

 

 

ゴォッ!!

 

 

突如体に駆け巡る冷たい突風。いや、実際にはそれは突風ではなく幻にすぎないただの錯覚である。だが、確かにさっきただならぬプレッシャーを感じた。あれだけ汗でべっとり濡れていた衣服が一瞬のうちに冷たくなっていくのを感じた。神経が凝結したような気味悪さが全身を襲い、さっきまで火照っていた体、滾っていた血の熱がすーっと抜けていくかのようだった。まるでナイフを首元に突きつけられているかのように、体が恐怖を訴えている。必死に私は体を落ち着こうとするが、体の震えは留まることはなかった。

 

(・・・なんだこれは)

 

知らない。こんな恐怖、私は知らない。知らないし、本来ならば生涯知ることもなかったはずだ。こんなの、人間じゃない。私もカムイや雲を従えているなど大概ではあるが、ここまで人間離れした人間は初めて見た。

 

 

「・・・どうぞ」

 

小瀬川がそう呟いて点棒を私の近くに置く。たったその一言であったが、私の精神を狂わせるのは十分すぎた。この後に及んで尚、まだ無感情なその言葉は容赦なく私の心を貫く弓矢となった。

 

 

(・・・怖い)

 

気がつけば私は小瀬川に対して抱いていた驚きが恐怖という感情になっていた。さっき感じたのはたった一瞬の威圧だったが、それだけでも私の心を折ってきた。

他分も、私が小瀬川に必要以上に恐怖しているのは、人間を越えた人外たちのステージ……そういった領域にカムイを通して片足を突っ込んでいたからこそなのであろう。その領域を僅かながらでも知っていたからこそ、その領域にいる者の放つ威圧を実際に感じた以上に恐ろしく思ってしまった。

だが、私は心を蝕む恐怖を強引に抑えつける。正気を保とうとして、切らしていた息を整えようとする。

 

 

(落ち着け……落ち着け……)

 

必死に心に言い聞かせ、右手の震えを抑えつけるながら、小瀬川が私の近くに置いた点棒を取る。

そしてまた深呼吸をして、小瀬川を睨みつける。だが、私に睨みつけられた当の小瀬川は不敵に笑っていた。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(・・・少しやりすぎちゃったかな?獅子原さん)

 

点棒を獅子原さんに渡す前にちょっとばかし本気で威圧したが、どうやら獅子原さんは思った以上に効果があったようだ。本人は必死に自分の表情を隠そうとしているが、表情を見ずとも獅子原さんが怯えているのが分かった。岩館さんは獅子原さんよりは怯えていないけど、こちらも目を見開いて私の方を見ている。まあ、同年代や一つ上のどこにでもいそうな中学生があんな威圧したら私が赤木さんと出会う前なら確実に恐怖していただろう。だから怯える気持ちは分からないでもない。少し大人気なかったような気もするが……まあ決勝戦ではあそこまでの威圧が常時皆から放たれていたけど、あの三人は威圧だけでは恐怖する事は無かったのだが。・・・いや、あの三人と一緒にするのは少し酷かもしれないな。まあいいだろう。

因みに私の手牌が全くのノーテン。完全に獅子原さんを迷わせるためだけに打ったリーチ。当然様子見ということはなく、獅子原さんに{西}を止めさせようと打ったリーチだったが、獅子原さんは見事私の予想を裏切ってきた。つまり、私との駆け引きに勝利したということになる。一瞬ではあるが、私や赤木さんのステージに少しでも足を踏み入れた獅子原さんに対してのささやかな洗礼の気持ちでやったのだが、こちらも私の予想以上に獅子原さんに効いたようだ。

だが、私はこれから自分の攻めの手を緩めるつもりは一切ない。正真正銘の本気で私は獅子原さん、岩館さんを潰す。手加減などハナからする気などない。全力を持って闘ってやろう。

 

(受け止められるかな……?私の麻雀……!)

 

私を睨みつける獅子原さんを見て、少しばかり微笑んだ。どうやら獅子原さんは冷静を取り戻したらしい。

これでこそ倒し甲斐というものがあるというものだ。やはり麻雀は独壇場でやるよりも、こういう競い合う人がいた方が数倍面白い。そうに決まっている。

さあ……獅子原さん楽しもうか、麻雀を……

 

 

 




次回で麻雀は終わる予定です。
やっぱりシロがラスボスしてますね……
折角和了って気分が上がった爽をどん底に突き落とすシロさんマジ鬼畜ラスボス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109話 北海道編 ⑧ これが普通

今回で爽(と揺杏)との麻雀は終わりです。
今回の麻雀では揺杏が全くと言っていいほど目立たなかったなあと反省してます。ごめんよ揺杏……


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原爽

東三局 親:おじさん ドラ{八}

 

小瀬川 28,700

おじさん 11,100

獅子原 47,300

岩館 12,900

 

 

 

(どう打ったら……勝てる?)

 

 

前局、心から震えて怯えてしまうほどのプレッシャー……威圧をまともに受けた私は、表面上は落ち着いたようにも見えるが、やはり内心はさっきまでの熱意は無い。完全に私の熱意は小瀬川の凍りつくような威圧によって掻き消されてしまった。さっきまではあんなに自信に満ち溢れていたのに、まだ小瀬川に勝てる可能性を確かに感じていたはずなのに、今ではそんな事想像すらできない。勝てない未来しか見えてこなかった。一体どうやれば小瀬川を上回れるのか、どうしたら小瀬川を上手く出し抜けるのか、分からない。ついさっきやったはずなのだが、今となってはそもそもそんなこと可能なのかと疑いたくなるほど、自信を喪失してしまった。……これだと少し意味合いが違ってくる。喪失というより小瀬川に文字通り叩き潰されてしまったという方が正しい表現だろう。麻雀の点棒という観点から見れば勝っているはずなのに、追い詰めようとしているのは私なのに、その一方で精神面は完膚なきまでにボコボコにされた。それも、一瞬の威圧だけで、だ。そんな彼女は私の方に向かって悪魔のような笑みを浮かべている。もしかしたら小瀬川白望という雀士は、『悪魔のような』ではなく、本当に悪魔なのかもしれない。そんな馬鹿げた想像が容易くできてしまうほど、小瀬川白望という雀士は恐ろしかった。いや、強ち間違いではないのかもしれない。どうやったら普通の人間があんなに無感情になれたり、尋常でない威圧を発せられるのだろうか。そう考えれば、小瀬川白望は本当に悪魔なのだろう。逆にあれで人間だと言われた方が信じられないレベルだ。

 

「配牌を取りなよ……獅子原さん……」

 

そしてただでさえ切羽詰まっている私に追い討ちをかけてくるかのように無慈悲に小瀬川は私に配牌を取らせようと言葉で促す。先ほどまで笑っていたはずの小瀬川のその言葉には一切の感情はのっていない。無感情で、尚且つ機械的な声色で私に言う。さっきも感情があるかと言われると微妙ではあるが、さっきの小瀬川の表情は確かに笑っていた。それがまるで小瀬川がマシンになったかのように、突然感情を失ったのだ。その変貌ぶりに再度私は小瀬川に恐怖する。

それと同時に、私は配牌を取り始めた。取り始めた、というよりも小瀬川に言われて反射的に取らされた、と言った方が正しいのかもしれない。配牌を取っている最中の今も、半ば頭の中が混乱しながらも強引に体を動かして配牌を取っている。当然最初に取った四牌がなんなのかすらも頭に入ってこない。頭の中は小瀬川白望という悪魔で埋め尽くされている。そこに情報処理するための余裕など一切ない。

 

獅子原爽:配牌

{一九⑧12244668北発}

 

そしてこの局での私の配牌はこの陣容。面子がなく、よりにもよって五向聴。まるで今の私の精神を表しているような配牌であった。だが、この配牌、明らかにどうしようもないというわけではない。私のカムイを使えばこの配牌、役満にだって仕上げることができる。使用条件が厳しくて使える機会が殆どないカムイ。

 

(シランパカムイ……!)

 

そう、シランパカムイ。又の名を樹木のカムイという。配牌時に緑一色を形作る{23468発}が手牌の中に半分以上存在するときに任意に使用することができ、そのカムイを使用したあとはどんどんと{23468発}が手牌に送り込まれる。今手牌の中には八枚存在しているので、ここが使いどきだろう。私はシランパカムイを呼び出す。

そしてそのあとは次々と手牌に{23468発}が集まって行き、七巡も経てば私のあのゴミ手五向聴が役満の緑一色一向聴と、聴牌目前となっていた。

だが、好調に事が進んだのもここまで、小瀬川がニヤッと笑うと、1,000点棒を取り出して牌を曲げて河に向かって打ち、リー棒を放る。

 

「リーチ!」

 

 

小瀬川

打{横②}

 

 

 

(うっ……!)

 

やはりこの局も先手を取ってきたのは小瀬川。カムイを使用していても御構い無しといった感じだ。というより、カムイを使ってやっと追いつけれるかどうかとは一体どうなっているんだ。カムイはアイヌにとっての神様のような存在であるはずなのに、それを使っても対等以下とは、末恐ろしいことこの上ない。逆に言えば、私がカムイを使わずにまともに闘おうとすれば、一瞬のうちに捻り潰されるということだろう。そう考えると恐怖が込み上げてくる。

だが、そうは言っても私の手は次のツモで聴牌確実なのだ。それで追いつくとができる。もし仮にこの緑一色に無防備な小瀬川が和了牌を掴んでしまえば、32,000の直撃となる。そう考えれば、小瀬川のリーチは些か危険な判断だったと言える。それもこれも小瀬川が私のカムイを察知することができないからである。もし小瀬川にカムイを使ったかどうか察知されてしまえば、私は一切太刀打ちできなくなるであろう。

 

(来た……!!)

 

そしてその直後のツモ、当然ながら私はこの緑一色という栄光の架け橋の最後の仕上げの一牌を掴み取った。

 

獅子原爽:手牌

{12234466688発発}

ツモ{3}

 

 

これで打{1}で{8発}のシャボ待ち。役満緑一色の完成である。

無論私は緑一色に邪魔な鳳凰、{1}を手牌から取り、河へと放つ。だが、その瞬間声が発せられた。当然、小瀬川白望から。

彼女は邪悪な笑みを浮かべて、手牌をゆっくりと倒す。

 

「ロン……!」

 

小瀬川:和了形

{二二六六③③⑥⑥⑨⑨155}

 

 

「リーチ一発、七対子……裏無し。6,400」

 

私はその七対子{1}待ちを見て驚愕する。その単騎の{1}が私の()()()(){1}を狙った地獄待ちであることに対しては勿論、彼女がリーチ時に切った牌である{②}は場に生牌である。ツモ和了るには絶好の牌であったはずだ。そもそもこの{1}は今さっき掴まされた{1}ではない。もともと配牌から存在していたのだ。私が{1}を持っていると断言できるわけがない。だが、それでも彼女が{1}で狙い打ったということは、私が緑一色に向かうことも、私が{1}を配牌から持っていて、尚且つ最後に溢れると読んでいたのだろう。何の根拠もなしに、だ。

有り得ない……そんな言葉を今日だけで何回使っただろうか、だが、どうやらまだ使い足りなかったようだ。

 

その後は私の親である次局の東四局では私の端の数牌を狙われて小瀬川に振り込んでしまったことで呆気なく親を流され、南場に入ってからはカムイを強引に駆使しても小瀬川には何一つ敵わなかった。あの才能なのか努力の賜物なのかは分からないが、卓越した読みで私自身が予測していた事の三手くらい先を予想して打ってきて、しかも私はまさにその予想通りに動いてしまうため、どう思案しても小瀬川には足元にも及ばなかった。そして南二局、二回目の小瀬川の親では大量に点棒を吐き出し、八連荘が採用されていれば今頃トンでいただろうというレベルで連荘を続けていった。それと同時に私の点棒も湯水のように溶けていき、さっき八連荘があればトンでいただろうと言ったが、実際今もトビかけている。現在私の点棒は2,600。一時期あった4万の点棒は見る影もない。そして未だに小瀬川の親を誰も流すことができず、九本場となっている。それだけ和了られているのにまだ誰もトンでいないのは、小瀬川が大きい打点で和了らないからだろう。常識からは考えつかない意味不明な変則的な打ち方をするので、その分打点が下がっているのだ。だが、今の2,600という点差ではそんな呑気な事は言ってられない。多分この局和了られれば、私がトンで終わりだろう。

 

「リーチ……」

 

打{横七}

 

 

(来たっ……!)

 

 

だが、この九本場にしてやっと私にチャンスが舞い降りる。この小瀬川がリーチした時、実はもう既に私は奇跡的に聴牌することができた。故に、私はあのカムイを使うことで次の巡、小瀬川に私の和了牌を掴ませる事が可能となっている。

そんな夢のようなことを可能としてくれるカムイの名は、

 

(パコロカムイ……!)

 

パコロカムイ。相手に自分の和了牌を掴ませる事ができるカムイ。多分普通の小瀬川ならば掴ませたとしても溢れる事はない。だが、今は別。リーチをかけている今ならば小瀬川は避ける事は不可能だ。どんな天才であろうともリーチをかければ凡夫となる。小瀬川は多分今の流れは自分がツモ和了ることのできる流れだと読んでいたからこそリーチをかけてきたのだ。……恐らくその読みは当たっている。磨き上げられた感覚、感性。だが、他者に支配されればそれはまた別の話。今回はそれが仇となった……!

私の待ちは辺張の{③}待ち。純チャンが確定しており、ドラの{一}が暗刻となって跳満の手に仕上がっている。そして何も知らない小瀬川は、山から牌をツモってくる。それが{③}であることも知らずに、自分がツモった牌をただ切ることしかできない凡夫だとは知らずに……!

 

「・・・フフ」

 

小瀬川がツモった牌を確認すると、私に向かって微笑みかけた。それが何を意味するのかは分からなかったが、とりあえず小瀬川がその牌を放つ前の私は手牌を倒して、小瀬川に見せる。

だが、小瀬川はまだ笑うのを止めなかった。何故だ。何故笑っている?その事に対して私が小瀬川に聞こうとした瞬間、

 

「ツモ……」

 

 

と宣言する。思わず「は?」という間抜けな声を出してしまう。何故だ。小瀬川は{③}をツモったはずじゃないのか?

戸惑う私を気にもとめず、小瀬川は手牌を倒す。それと同時に私は驚愕する。

 

 

小瀬川:和了形

{四五六八八八③222東東東}

ツモ{③}

 

「リーチ一発ツモ東、三暗刻……」

 

 

「裏を見るまでもなく……トビで終わりだね」

 

確かに小瀬川がツモったのは間違いなく{③}だった。だが、その代わりに小瀬川の待ちは{③}単騎待ちであった。言うまでもない事だが、リーチ宣言牌の{七}を手牌に入れていれば{三六九、四七}の五面待ち。それを蹴っての{③}待ち。もはやそれだけでは驚かなくなった。多分、これが小瀬川にとって普通、正常なんだろう。それなのに私がおかしいと思ったところで、何かが変わるわけではない。むしろ小瀬川にとっては至極当然の事で、事実それが正解なのだから。

 

(・・・完敗だ)

 

 

 

 

 

 

 

 




後数話で北海道編も終わりです。
その次はどこに行きましょうかね……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話 北海道編 ⑨ 涙

北海道編です。
週末が一番きついってどういうことなんですかね……
今回自分のその場の流れで書いたんで、読みにくかったらすみません。


 

-------------------------------

視点:獅子原爽

 

「ありがとうございました……」

 

 

さっきまで鬼、鬼畜のような形相で麻雀を打っていた……いや、どちらかというと麻雀を打つというより半分私を潰そうとしていた小瀬川、もとい"悪魔"とは打って変わって、最初に話した時のような穏やか、というよりは大人しい感じの"人間"としてお辞儀をする。先ほど発せられたような威圧も、人を恐れさせ、そして震わせるような冷たい目線もなく、ただ一人の少女として彼女はゆっくりとお辞儀をした。まるで小瀬川白望という器から邪気が抜けたように、彼女のオーラは冷たく恐ろしいものから暖かく優しいオーラへと変わっていった。

いや、その表現は少し語弊があるかもしれない。多分、今の暖かい小瀬川白望も、麻雀を打つ時の冷たい小瀬川白望も、そのどちらもが小瀬川白望なのだろう。自分で何を言っているか分からなくなってきたが、多分それであっているはずだ。そう、例えるならコインの表と裏。全く正反対の小瀬川白望であっても、それはコインの表と裏というだけで、それのどちらもがコイン……小瀬川白望であるという事実は覆る事はない。

麻雀を打っていた時は小瀬川が恐ろしくて恐ろしくてただ怖がっていた彼女の事を見ていただけだったが、今彼女を見るとまるでさっき彼女が恐ろしいと言ってきたのが嘘だと思えるほど、『怖い』という印象は跡形もなく雲散霧消し、寧ろかっこいいというような好印象でいっぱいだ。それに見れば見るほど、どんどんかっこいいという印象が高まっていく。

 

(・・・え?かっこいい……?)

 

だが、そこまでして私は今の自分の感情に疑問を感じた。かっこいい……だと?私が、小瀬川のことをかっこいい……?しかも、ただのかっこいいとかそういう感情ではない。もっと特別なあったかいもの……いや、いやいやそんな馬鹿な。そう思って必死に自分の感情を否定する。あり得るわけがないだろう。よりにもよって、ついさっき初めて会ったしかも同い年の同姓に、だ。

・・・しかし、今までこんな感情を抱いた事などない。あるわけがない。逆になかったからこそ今の感情に自分は戸惑っているのだ。こんなの初めてだ。揺杏やチカに対してただ普通にかっこいいと思った事は何度かあったが、こんな突発的に、しかも変な感じがするかっこいいという感情は初めてだ。さっきまであんなに悪魔の権化みたいな感じで恐れていたはずなのに、恐ろしい強大なものと自分との差を痛感させられた最大の敵だと思っていたはずなのに、こういった感情が湧き出てくるのは何故なのだろう。

 

(いや、しかし……)

 

だけれども、さっきから小瀬川を見れば見るほど彼女の事をかっこいいと思うえるようになってくる。もふもふとした白い、どっちかというと銀色に近いような髪の色。黒目がちな瞳、中学一年生に対しては大き目な胸、高い身長、深く腰を下ろして背もたれによりかかり、肘掛に肘をかける座り方、顔に手を当てる仕草、どれをどう見ても彼女の事を見るだけでかっこいいと思えるようになってくる。そして彼女を見れば見るほど私の体温が高くなり、顔が紅潮していくのが自分でも分かる。そんな私に揺杏は「爽、顔赤いけど大丈夫か?」と声をかけるがもはやそれどころじゃない。とりあえず私は「あ、ああ、大丈夫」と答えたが、全然大丈夫なわけがない。頭の中は小瀬川白望の事でいっぱいだ。揺杏に答えた時もちゃんと揺杏の方を見て答えたが、目線はしっかりと小瀬川の方を見ていた。別に意識して見ているわけではない。ただ自然と目線が小瀬川の方を向いているのだ。

 

(あー……調子狂うな……)

 

そんなわけのわからない状態の私に向かって悪態を吐く。ああそうだ。もういっその事認めてやろう。私もそこまで勘付かないほど馬鹿じゃない。ああそうさ、恋に落ちてしまった。私は、獅子原爽は小瀬川白望に完全に恋をした。

・・・はあ。自分で言ってて呆れてくる。きっと数時間前の私に言ったら笑われるであろう。信じられない話だ。『初めて会った同年代の女の子と一緒に打ったら叩きのめされて精神狂わせられかけた挙句恋に落ちる』……なんていったい誰が信じるであろう。そこらへんにいる三流作家でもこんな馬鹿げた話よりもマシな話を作るだろう。

だが、実際恋をしてしまったのも事実だ。それは認めざるを得ない。

 

 

「じゃあ、私はこれで……」

 

 

だが、その一言によって私の思考はシャットアウトされる。彼女はそれを言った後、椅子に手をかけて立ち上がろうとしていたのだ。それが指し示す事は、彼女が帰ってしまうという事。ついさっき恋をしたという事を自覚したというのに、その当の本人がもう帰ってしまう。だがそうだというのに私の体は動かなかった。私はただ呆然と小瀬川が立ち上がって場代を払い、雀荘の出入り口に手をかけるのを黙って見ていた。何もできなかった。この時何故私が動けなかったのかは分からない。いや、それが何故なのかは本当は分かっている。その理由は、自分と小瀬川とでは完全に住む世界が違うという事だ。私がどれだけ彼女を愛そうとも、彼女には届かない。そう思ってしまったのだ。問題は、何故私がそう思ってしまったのかという事だ。あれだけ彼女を愛している、そう思っていたのに、いざ彼女が帰ろうとなると、急にそういった気持ちが私を引き止めた。

私には、何もする事ができない。初恋というものは苦いものとよく言うが、強ち間違いではないのかもしれない。そもそも初恋と呼べるものなのかは微妙だが、まあ初恋なんてそれくらいで十分だ。それに、もう会う事はないだろう。連絡手段もなければ、彼女が一体どこからきたのかもわからない。もし数年後奇跡的に会えたとしても、私が彼女を覚えていたとしても、まず彼女は私の事を覚えてなどいないだろう。私は彼女の事を好きだと思っていたが、彼女からしてみれば私はただ北海道でたまたま会った同年代の雀士としか思っていないだろう。別に私が特別彼女にまともに闘えたわけでもない。ただ一方的にやられただけでは、彼女の記憶には残らないだろう。

だから、これで終わり。そう決めたはずだった。そう自分の中で決心したはずだった。なのに何故だろう。

 

(なんで……涙が……)

 

どうして私の瞼には熱いものが溜まっているのだろう。もう会わないし、それを分かった上で私はいいと決めたのだ。どうせこの気持ちを彼女に伝えたとしても、彼女がそれを受け止めるわけがない。そう悟ったはずではないのか。なのになんで私は、未練がましく泣いているんだ。なんで悲しいと思っていないのに、涙だけが私の頬を伝うのだ。

そして気づけば、彼女は既に雀荘を出て行った後だった。牌が河に置かれる音だけが無情に雀荘内を満たし、私は何もできないまま座る事しかできなかった。

 

「はぁー……」

 

だが、そんな私の肩をポンポンと叩く者がいた。そう、揺杏であった。揺杏の方を見ると、揺杏はため息をついて、わざと目線をそらしながら、私に聞こえるようにして独り言のようにこういった。

 

「場代……私が払っとくから。行ってこいよ。あいつのところ」

 

そう言われてからは一瞬の出来事だった。私はその言葉が引き金となったのか、それまで考えていた事の全てを忘れて、涙を拭って猛ダッシュで雀荘の出入り口を開けた。

そして雀荘を出てからはカムイを使って彼女の事を捜索した。あまりここからは離れていないようだ。それを知った私は勢いよくカムイが特定した場所に向かって走り出した。走って走って、死ぬ気で走った。

そしてあの白色に近いような銀色に近いような曖昧な色合いのしたもふもふした髪の毛の中学生らしき女の子を呼び止めた。

 

「小瀬川……!」

 

 

 

-------------------------------

 

 

(はあ……あいつも正直じゃないなあ。全く、あの小瀬川も罪深いオンナだよ……全く)

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

「なっ……なんていう展開……!引き込まれた……!奴も……小瀬川白望というブラックホールに……!!キ〜〜!!どうしていっつも奴には女が群がるんじゃ……?あんな紛い物の奴の、どこに惹かれるんじゃ!?」

 

「ど、どうか致しましたか……」

 

「かっ!黙れ閻魔っ!塵芥風情が!」

 

だが、そう言いつつも小瀬川の事をしっかり見ている鷲巣様であった。

 

 

 

 




次回はお待ちかね(?)パウチカムイ先輩の出番です。
そのためのR-15。(R-18にはなら)ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話 北海道編 ⑩ パウチカムイ

パウチカムイ回です。
危うくR-18になりかけたぜ……安易にアッチ系に足を踏み入れた感が半端ないけどそれはもうどうでもいいでしょう(白目)
話が急展開すぎるけどその辺は気にしない気にしない。


 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「うっ……!」

 

 

 

獅子原爽が小瀬川白望の元へ走り、そして小瀬川白望を引き止めた場面と同時刻、一般人の変装をして小瀬川白望を監視している黒服は二人から少し遠いところから、いかにもタバコを吸いながら道を練り歩く一般市民に紛れながら小瀬川白望のことを見ていた。当然、昔から張り込みには何故か欠かせないアイテムとなっている牛乳(パック)とあんパンを所持しながら。

だが、このとき彼は張り込んでいる人間らしからぬほど焦っていた。何故なら折角小瀬川白望が珍しく同年代の女子を誑し込むことなく雀荘を後にしたのにも関わらず、今目の前には辛い現実が展開しているからだ。彼女が何事もなく雀荘を出た時、彼自身辻垣内智葉と小瀬川白望が結ばれることを望んでいる黒服は安堵の息を吐いた。そして彼女が雀荘から出た十数秒後に彼も出て、あとは小瀬川がホテルに帰るだけ。そう思いながら小瀬川の後をつけていたまさにその直後の事だった。その雀荘で小瀬川が出会ったはずの赤髪の女子が小瀬川の事を走って追いかけてきたではないか。大丈夫、これで今日は終わったと思った矢先に急展開。彼が焦るのも無理もないことだ。

 

 

(クソっ……なんてこと……!)

 

黒服は折角さっきまで打っていたメールの内容を全部消去する。あのまま何事もなく小瀬川がホテルに戻っていれば、辻垣内智葉のもとに吉報を送れたはずなのに。そういった悪態を心の中で吐き、二人の様子を観察する。

 

(何故いつも……こんな……)

 

そして黒服はメールの中身を消去しながら、空いている片手で牛乳パックの中身をストローで飲み干し、そのままパックを握り潰した。

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原爽

 

 

「小瀬川……!」

 

 

「ん……」

 

 

私が彼女の名前を叫ぶと、彼女は間髪いれずに私の方を向く。別人でした、みたいなアホらしい事もなく、紛れもない小瀬川白望だ。だがしかし、この時私はとても焦っていた。確かに私は彼女を引き止めた。引き止めたまではいい。問題はここからだ。具体的に言えば、私は引き止めた後の事を全く考えていなかったのだ。揺杏に促されて追いかけたまでは良かったが、あの時の私はただ小瀬川白望の事を引き止める事だけしか考えていなかったのだ。完全に盲点だった。

そして彼女が振り返ってからの今も懸命に何を話そう、どうやって切り出そうと考えているが、まとまった答えが一向に出てくる気配はない。そうこうしているうちに二人の間には沈黙が訪れていた。その証拠に、彼女はさっきから不思議そうに私の方を見つめている。今となってはその目線すら私にとっては彼女の魅力となっているので、うまく目線を合わせる事もできないので、余計に妙な空間が形成されてしまった。

そして彼女はそんな空間が堪え難かったのか、私に気を遣ったのか、私の右手をそっと掴んだ。それだけでも私の心が波打っているのに、彼女は御構い無しといった感じで私に向かってこう言った。

 

「・・・近くに私の泊まるホテルがあるんだけど、なんだったら獅子原さんも泊まってく?ここで立ち話もダルいから……さ」

 

 

「・・・は?」

 

一瞬、私の脳内の思考が停止する。いや、一瞬なんかではない。小瀬川の言葉によってもう頭の中がグチャグチャになり、まともな思考ができないでいる。

 

(え?ホテル?小瀬川と一緒に……ホテル?)

 

ダメだ。思考停止状態の私が今ホテルと聞いて想像するのはもうアッチ系のホテルしかない。小瀬川はそういうつもりではないのは確実なのだが、思考停止状態の私にはそうとしか捉える事しかできなかった。そのおかげでさっきから顔が熱い。きっと小瀬川から見た私の顔は私の髪と同じように真っ赤になっているだろう。

 

「・・・こないの?」

 

そんな私に向かって小瀬川が聞いてくる。その質問によってようやく我を取り戻した私は、まともな思考をして小瀬川に言おうとしたが、我を取り戻したところでうまく言葉にできるわけがない。思考の余裕ができたところで、私にできることは狼狽えることくらいだった。

 

「え、いや……」

 

「あー……部屋の事なら多分何とかなるよ。服も浴衣があるし……」

 

「え……そうなのか?」

 

「うん。獅子原さんも私に用があってきたんでしょ?だから、さ」

 

そう言って小瀬川は私の腕を掴んだ手を離して、もともと彼女が行こうとしていた方向に足を向けて、私に向かって改めて手を差し伸べる。ダメだ。普通ならこんな突拍子に言われても絶対断るはずなのに、何故か断れない。むしろ、彼女について行きたいと思っている自分がいる。

 

「・・・うん」

 

私はただ頷き、差し伸べられた右手を握った。

そして私は小瀬川の右手をぎゅっと握りながら、彼女について行った。そこで初めてやっと真に思考が回復した時、最初に私が思ったことは、

 

(これって他の人から見たら恋人同士みたいに見えるんじゃないか……///)

 

ということだった。折角思考が回復した私は再度顔を赤く染め、またもや思考が停止したのであった。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(あー……勝手にホテルに連れて行こうとしちゃったけど、本当に大丈夫かな……?)

 

私が彼女と手をつなぎながらホテルに向かって歩き出してから少し経ち、さきほどやった自分の行為について思い返してみた。確かに獅子原さんは何な私に対して言いたいことがあるのだろう。そしてそれがなかなか言えないというのも当たっているはずだ。だが、だからと言ってホテルに連れ込む必要性も無かったのではないか、と今更ながら疑問に思う。そもそも、彼女を連れ込んできて本当に良かったのか?私は獅子原さんをここら辺に住んでいる人前提で誘ったが、もし私と同じ旅行に来た人ならそれは確実にアウトだ。というか、親御さんの許可なしに連れ込むのも普通に考えてアウトであろう。このままでは獅子原さんが誘拐されたみたいな誤解をされかねない。いや、さっきの私の誘いもモロに誘拐犯みたいな強引さではあったが……

 

「獅子原さん」

 

「ひゃい!?な、何だ……?」

 

「親の許可とかとった方が良いんじゃない……?勝手に連れてきて悪いけど……」

 

「お、おう。そうだな……」

 

獅子原さんはそう言って彼女の携帯を取り出し、親に電話をかけ始めた。

 

(そういえば……智葉にちゃんと許可とらないとなぁ……)

 

そう思って私も携帯を取り出して、智葉に電話をかけようとする。今まで獅子原さんの心配ばかりしていたが、そもそも獅子原さんも一緒に泊めると私が勝手に言いだしてしまったので、そういった許可は全くとっていない。故に智葉に連絡を取ることにした。そういった人数変更とかすぐにできるかのは分からないが、智葉ならどうにかしてくれるだろう。そう思って私は携帯を耳に当てる。そしてその数秒後、智葉が電話に出てきた。

 

『もしもし……』

 

だが、その智葉の声には明らかに不機嫌そうな感情が乗っかっていた。どうしたものかと思ったが、獅子原さんを待たせるわけには行かないなと思った私は要件を伝えようとする。

 

「もしもし、智葉。突然だけど部『もう済ませてある!!シロのバカー!』……」

 

だが、要件を伝え終わる前に智葉が怒った声で私に怒鳴り、そのまま一方的に電話を切られた。電話越しとはいえいきなり大声を出された私は思わず耳を電話から離した。そうしてからもう一度耳に当てたが、『ツー……ツー……』という音しか聞こえなかった。

 

(・・・後で謝っておこう)

 

智葉がなんであんなに怒っているのかは分からなかったが、とにかく今の感じからしてやつあたりというわけではなさそうだ。完全に私に非があるらしい。ので私は後で智葉に謝っておこうと決めた。

そして獅子原さんも電話が既に終わったのか、気がつけば獅子原さんは顔を赤く染めて私の袖を掴んでいた。その仕草に少し心がドキッっとするが、すぐに「行こうか……?」と言い、少し強引に誤魔化した。

 

 

 

 

-------------------------------

ホテル内

 

「へえ……カムイっていうんだ」

 

そしてホテルに行き、予約していた室内に入る私と獅子原さん。智葉のおかげで獅子原さんも泊まることができており、無事に入ることができた。そして部屋に入る前にホテル内の夕食を食べてから部屋に入った。そして、獅子原さんから私に言いたいことを聞いてみると、どうやら私と友達になりかったらしい。無論私はそれを承諾して、そのあとは私と獅子原さん二人きりでお話をしていた。今は対局時に変な感じを覚えたものの正体について話していた。獅子原さん曰くそれは「カムイ」らしい。アイヌの神様的存在らしくて、それなりに効力もあるらしい。しかも色々種類がいて、その場その場の状況に応じて使い分けたりすることができるらしい。麻雀に使えそうもないカムイもいるらしいのだが、獅子原さんはそれを使って自分の身を守ろうしたり、人助けに使っていたりするらしいので、結構便利なものらしい。

そしてそこからはカムイの種類や、それぞれの特性を獅子原さんから教えてもらった。中には私にとって脅威となりそうなものもあり、それを聞くたびまた獅子原さんと打ちたいという思いが強くなっていった。

 

「他にはまだあるの……?」

 

「えっ……いや……あの……」

 

しかし、突然獅子原さんは何かを言い躊躇い、それと同時に顔を赤く染めた。何事かと思って獅子原さんに聞いてみると

 

「そのカムイは……人の体に影響を与えるカムイなんだけど……小瀬川に使ったら一体どうなるか……」

 

なんだ。そういうことだったのか。別に命に別状がないなら私的には問題ない。いやむしろ、獅子原さんに対しては申し訳がないが、仮に命に影響を与えるカムイであったとしても、そういう無謀な挑戦をしてみたいという気持ちはある。文字通り命を賭けるということができるいいチャンスかもしれないとも思った。まあただでさえ自分の闇によって一度死にかけているし、多分大丈夫だろう。

そういうわけもあって、私は両腕を広げ、獅子原さんに向かってこう言った。

 

「いいよ……大丈夫だから……」

 

 

-------------------------------

視点:獅子原爽

 

 

「いいよ……大丈夫だから……」

 

 

彼女がそう言って両腕を広げる。いや、いやいやちょっと待て。私が今君になんのカムイを使うか分からないのか。

私が今使おうとしているカムイは、そう……パウチカムイ。俗にいう淫欲を司るカムイだ。カムイを操れる私が自分に使ってみても大変なことになったのに常人に軽々と使っていいカムイではない。

この時私はそんなものを彼女に向かって使うなんて……という罪悪感と、小瀬川の乱れた姿を見てみたいという感情が入り混じっている。

だが、そんな私に拍車をかけるように彼女はこう言った。

 

「大丈夫。好きにして……」

 

その言葉が引き金となった。好きにして。ということはつまり私がこのパウチカムイを使って彼女を淫欲の言いなりにしてもいいという解釈をしてもいいわけだ。彼女の何気ない一言が、私の揺れている矢印を完全に傾けた。

 

(ええい、どうにでもなれっ!)

 

そうやって私はカムイを……パウチカムイを出現させ、それを小瀬川の元に向かって放った。しかし、私の最小限の理性がそうさせたのか、彼女の指先だけを狙ってパウチカムイを放った。そうすれば、残念だが幾らかはマシになるだろう。

 

(パウチカムイ……!)

 

 

そうやってパウチカムイは彼女の指先だけを取り囲む、そしてその瞬間

 

「んッ……!///」

 

と声を漏らし、ビビクンと言わんばかりに少しばかり痙攣した。すぐさま私はパウチカムイを引っ込めたが、彼女はどうやら腰が抜けたようで、へなへなと床に倒れ込む。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

そう言って彼女に聞くが、彼女は息を切らしながら、ぼんやりと私の方を見ている。私は床に膝をついて彼女の肩に手を置いて落ち着かせようとしたその瞬間、私の目線が天井を向いた。

 

「なっ……!?///」

 

どうやら、私は彼女に思いっきり抱きつかれたらしい。目線を真横に向けると眼前には小瀬川の横顔があった。彼女に抱きつかれた拍子に覆いかぶされた形となってしまったらしい。

そして彼女はそのままの体勢で私に向かってこういう。

 

「大丈夫……でも、ちょっと疲れたから……このまま寝かせて……」

 

そう言い終わると、彼女の寝息がすぐさま聞こえてきた。どうやら本当にこのまま寝てしまったらしい。だが、私からしてみれば寝れるような状態ではない。

 

(・・・こんな状況で寝れるわけないだろ……バカ……///)

 

だが、私も疲れていたのか、あれだけ言っておきながらこの日私が寝たのは彼女が寝て5分後のことであった。

 

 

 

 




これがR-18だったら爽は普通にパウチカムイを使ってそのままベッドインでしたね。危なかった……いやこれも結構アウト寄りなんですけどね。
でももしR-18となると爽が攻め、シロが受けとなりますね((
まあ次回かその次の話で北海道編は終わりですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話 北海道編 ⑪ 偶然の遭遇

北海道編です。
二度目の温泉回。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

ホテル内

 

 

(んっ……)

 

 

 

夢の世界から解放され、現実の世界へと戻ってきた私は重い瞼を開け、大きい欠伸をする。そうして立ち上がろうと体を動かそうとしたが、目の前に見慣れない赤い髪の毛があった。何事かと思ってその髪の毛を目線で辿っていくと、そこには獅子原さんがいた。よく見ると、獅子原さんは私に乗っかられていた。どうやら獅子原さんの体の上で寝てしまっていたようだ。驚いた私はすぐさま獅子原さんの体から離れる。

 

(一体何が……?)

 

普通に考えてベッドではなく床で寝て、しかも獅子原さんを倒してその上で寝るなんて有り得ない話だ。当然だ、睡眠に関してはうるさい私が床で、獅子原さんの上でなんて相当なことがなければ有り得ないし、そもそも常識的に考えて人の上で寝るなんてどう考えてもおかしい。となれば、昨日何かがあったはずである。そう考えた私は必死に記憶を辿ろうとするが、一向に思い出せそうな気配がしない。昨日、獅子原さんをホテルに泊めようとして、それで何故か智葉が怒って……それでもなんとか獅子原さんと一緒に泊まることになって、夕食を済ませたはずだ。そして部屋で二人で話したことまでは覚えている。確かカムイのことについても話したはずだ。そこまではやけに鮮明に覚えている。が、肝心要のそこからが全く思い出せない。それまでは決して変なことはなかったので、何かあったとすればそこからなはずなのだが、記憶の片隅にも残っていなかった。

 

(・・・ていうか汗でベットベト……お風呂入ってなかったんだっけ……?)

 

まあこのことに関しては後で獅子原さんに聞くことにしよう。解決は全くもってしていないが、とりあえずこの事を解決した気になった私が次にまず思ったことは、身体中が汗で濡れていたということだ。これも昨日何かがあったのだろう。二人で密着して寝たとはいえ、それを差し引いても異常な量の汗で塗れているのだ。私の着ている衣服は昨日から変わっていないし、多分お風呂に入る前に寝てしまったのだろう。

そういって現在時刻を確認するため携帯電話を開いて見ると、携帯は3:24を示していた。3時過ぎ、しかしそれは午後の3時ではない。朝の3時であった。試しに窓から外を確認すると、そこには一面真っ黒な空が広がっていた。ということはまだチェックアウトまではたっぷり時間がある。というか朝食の時間までもまだまだある。これからまた寝直す気分でもないし、このホテルには温泉が備わっているらしいので、浴衣に着替えて温泉に入ることにした。これは北海道に来る前から智葉から教えてもらったものだが、このホテルの温泉はかなり早い時間から開いているらしい。多分今の時間帯でも空いている……はずだ。

温泉が開いている事を信じて、私は服を脱いで浴衣を着る。もちろん獅子原さんを起こさないようにそっと。最初は獅子原さんも起こして誘おうともしたが、朝の3時から起こされる方も迷惑であろうと思ったため、起こさないことにした。

そして浴衣を着終わると、そっと部屋の廊下へと続くドアを開けて、温泉の元へと向かった。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

温泉内

 

 

 

(温泉なんて怜と一緒に行った以来だったなあ……)

 

 

結局、この朝の3時でも温泉は開いていて、私は脱衣所へと向かった。思い返すと私が最後に温泉に入ったのは小学生の頃、全国大会の時に怜と一緒に入ったとき以来の事であった。因みに、ここにもサウナがあるらしいのだが、当然ながら入る気など毛頭ない。前に怜と入ったときに地獄を見たため、もう二度味わおうとは到底思えなかった。まあ、サウナを愛して止まない人も居ると思うはずなので、根っから否定する気はないが、とにかく私は入る気はない。

 

(そういえば、大阪のみんなは今頃何してるんだろう……)

 

そんな事を思い出していると、ふと怜だけでなく、竜華や愛宕姉妹のことが急に気になった。いや、最近も彼女らとメールをやり取りしているので、本当に疎遠になったわけではないが、実際に会って話したのは小学生の頃以来の事だ。この夏休み中は不可能だとしても、冬休みの時は大阪含む近畿地方を私の修業先にしようかな……とか思った瞬間であった。

そんな事を考えていながら脱衣所の扉を開け、大浴場が目の前に展開される。流石に3時から入る人はいなかったらしく、大浴場はガランとしていた。

温泉に早く浸かりたいという気持ちもあるが、まず先に汗による不快感を払拭するべく、私は体を洗う事を優先させた。

 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原爽

 

 

「ふぁ〜あ。あれ……?」

 

 

目がさめると、まず気づいたのは昨日寝るときに私の上に乗っかった小瀬川がいなくなっていたということだ。携帯電話を取り出して時刻を見てみると現在時刻は3:30。しかも朝の3時半だ。きっと自動販売機とかにいって飲み物を買っているのかな、と朝っぱらの働かない頭を使って考える。改めてベッドに横たわって寝ようと思ったが、完全に目が覚めてしまっているようで、一向に眠れない。仕方ないので私は何処かに行った小瀬川を探すことにした。

 

(・・・っていうかめっちゃ濡れてるな……パウチカムイの影響じゃないはずだけど……)

 

だが、その前に私の体は汗で濡れていたことに気づく。着替えようと思っても、そういえば着替え持ってきてないということを思い出し、部屋から浴衣を取り出してそれを着ることにした。そして着替え終わった私は、脱いだ服をとりあえずハンガーにかけ、鍵を持ってから部屋を出た。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

(ん?こんな時間でも温泉開いてんだ……)

 

 

そしてホテル内を捜索することおよそ5分程度が経過し、私はホテル内の温泉が開いていることに気づく。まだ6時には程遠いのに、温泉が開いているなんて珍しい。折角なので、と思った私は迷わず温泉の元へと向かった。

 

 

〜〜〜

 

 

(あれ、こんな時間でも先客いるんだ……)

 

 

脱衣所について、浴衣を脱ごうと思った私は、既にカゴに入れられていた浴衣を発見した。自分が言えた義理じゃないが、こんな朝早く……というかそもそも朝と言えるかどうか微妙なこの3時という時間に入るなんて相当な人だな、と率直に思った。これが所謂温泉通というやつなのか、何はともあれこんな早くからご苦労様である。

そして私も浴衣を脱ぎ終えると、脱衣所の扉を思いっきり開けた。結構、というよりかなり良いホテルということを昨日の夕食時に思い知った通り、大浴場もかなり広い。奥の方を見れば屋外へと続くドアがあり、どうやら露天風呂もあるようだ。私も露天風呂を堪能しようと考えていたが、ここで私よりも先に温泉に入っているはずの先客の姿が見えないことに気づいた。大浴場の中には先客がいなかった事を考えると、どうやら先客は露天風呂の方に行っているらしい。

まあ私は人が居ても気にしない性格の人間なので別に露天風呂に人が居たとしても、私にとってはどうでもいいのだが。

 

(〜♪)

 

露天風呂に入る前に、私はシャワーで体に付着した汗を洗い流す。流石といったところか、シャンプーやリンスなども高級そうなのを使っている。……こんなところに一人で泊まれる小瀬川はいったい何者なんだろうという疑問が頭の中に浮かんだが、まあそれは考えても仕方がないだろう。

 

(さて……露天風呂に入ろうとするか)

 

そして体を洗い終えた私は、露天風呂に続くドアをガラリと開けて、屋外へと出る。いくら夏とはいえまだ日も昇っていない時間帯に真っ裸で、しかも体を洗ってから直ぐ外に出たため、それが冷えて結構肌寒く感じた。私は急いで露天風呂へ向かうと、そこには人影がいた。どうやら例の先客らしい。だが、その瞬間私の思考が停止する。あの後ろ姿、いや、後ろ姿といっても温泉に浸かっているせいで上半身しか見えなかったが、私には見覚えがある。

あの白色なのか銀色なのか曖昧な色で、もふもふしたあの髪を私は知っている。

そしてその先客も私の存在に気づいたのか、振り返って私の方を見て、私に向かってこう言った。

 

「あ……おはよう。獅子原さん」

 

「こ……小瀬川っ!?」

 

 




次回で北海道編は終わる……はずです。
もしかしたらもうちょっと使うかもしれませんが。
今回話に出た通り、北海道の次は大阪編です。
多分その次は奈良編になるでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113話 北海道編 ⑫ 爽やかな白

北海道編です。
今回雑さが目立つような気もしますが、それはまあ恒例行事なんで、ハイ。


 

 

 

-------------------------------

視点:獅子原爽

温泉

 

 

 

「こ……小瀬川っ!?」

 

 

 

なんということだ。私より先に温泉に、しかも私が入ろうとしていた露天風呂に入っていた先客がまさかの小瀬川であった。彼女は温泉に入っているせいで上半身しか見えなかったが、それでも私にとっては強烈な刺激だった。シャワーで体を流しただけで、まだ温泉には浸かっておらず屋外にいる体は夏とはいえ少し冷めていたはずなのに、私の首からかけて上は異常なほど熱かった。頭に血がのぼるとはまさにこのことか、と『頭に血がのぼる」2という比喩を体現した気分になった。

 

「入らないの?」

 

と、そういうことを考えながらぼーっとしていた私に向かって小瀬川が言ってくる。私はその言葉でハッと我に帰り、私は覚束無い足取りで露天風呂の小瀬川の隣、そのスペースに体を入れた。

ちゃぽん、という水音がするが、私の頭の中には入ってこない。当然だ。昨日ただでさえあんな事をしたというのに、その昨日の今日でこんな裸の付き合いをするなど、私の心臓は既に耐えられそうになかった。

 

(・・・)

 

私はそっと横を向いて小瀬川の顔を見る。昨日あんな事があったというのに、彼女は全然気にしてないような表情でただただ温泉を堪能していた。いくら彼女自身が許可したとはいえ、あんな辱めを受けたとなればそんな平然とはしていられないだろう。それがその事件があった直ぐ数時間後となれば尚更である。いったいどういう事なのか、それとも本当にあんな辱めを受けたのに平然といられるほどの心の持ち主なのか、と思った矢先に小瀬川が口を開く。

 

「・・・獅子原さん?」

 

「えっ、え?」

 

急に話しかけられたので、随分と間抜けな返事をしたが、構わず小瀬川は話を続ける。

 

「昨日の事なんだけどさ……」

 

うっ……何事かと思った矢先にまさかのその事か……。確かに私は許可されたとはいえ、詳しくパウチカムイの事を教えずに使ってしまった。もし詳しく教えていれば、小瀬川だって踏みとどまっていたはずだ。許されない事をしたのは自分でも分かっている。無論、それについて咎められても、私は何も言い返す事はできないし、甘んじて受け入れるしかない。

そう考えると、小瀬川がこんなのにも平然なのは、私を避難するためであったからなのかもしれない。さっきも言った通り、彼女がどんな言葉で罵倒しようとも、どんなに私を責め立てようとも、私はそれだけの事をしでかしたのだ。一人の女の子の貞操、直接的ではないものの、それに等しいものの危機に晒してしまったのだ。何度も言うが、これは彼女の許可があってやったものだ。だが、これが他の人間ならここまで罪悪感と自責の念に襲われてはいないだろう。無論全く罪悪感無し、というわけでもないが、いくらかは相手の責任もあると思っていただろう。しかし小瀬川に対しては何故こんなにも自責の念に駆られていて、全ての非は私にあると感じているのかと言われれば、それは私が愛して止まない人であったからなのだと思う。彼女とは昨日初めて会ったので、まだ日は浅いものの、それでも私は小瀬川を愛していた。それも超真剣に、だ。だからこそ、私は黙って彼女の事を聞く事にした。

小瀬川が口を開く。ゆっくりと、私の方を向いた状態で。

 

 

 

「・・・昨日の夜、寝る時の記憶が無いんだけど、獅子原さんは何かあったか覚えてる?」

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

思わず、思考が停止する。記憶が……無い?いや、確かに昨日パウチカムイを使った直後は倒れるようにしてそのまま寝てしまったが、そんな事でまさかその時の記憶だけ都合よく消えるなんて、そんな馬鹿な……

そう思ったと同時に、私は安堵のため息をつく。あれだけ罪を背負うだの言ったものの、やはり心の中ではどこかで小瀬川に嫌われたく無いという恐怖心があったようだ。

だが、実際まだ罪悪感はある。いくら記憶が無かったとはいえ、私がやった事の重さは消える事は無い。当然だ。・・・しかし、彼女が覚えていないというのなら、わざわざ言ってあげる必要も無いだろう。この罪は私が一人で背負う。そう腹に決めた瞬間でもあった。

だからこそ、私は小瀬川の頭を優しく撫でた。そして小瀬川に向かってこう言った。

 

「ごめんな……」

 

すると彼女は不思議そうな目で私の事を見て、私に頭を撫でられながら私に言った。

 

「・・・?どういう事?」

 

「・・・いや、なんでもない」

 

「変な獅子原さん……」

 

そういったやりとりをした後、私は撫でている手を引っ込めて、二人で夜の外を見ながら語り合った。まずは小瀬川の出身地についてだ。私の思っていた通り、彼女は北海道民ではないらしく、一人でこの北海道にやってきたらしい。何故一人で北海道に来たのかという疑問が浮かんだが、あえて私は聞かないでおいた。色々と訳ありかな?とも思ったが、そうだとしても雀荘に立ち寄る事なんて普通しないよなあと色々思案したが、この件はまあ彼女自身の問題であるので、私が立ち寄るべきところではないだろう。

その後は他愛のない会話を続け、彼女が『のぼせそうになってきたのでそろそろ温泉から出ようかな』と言い、私に一声かけてから立ち上がる。

 

「じゃあ、先に出るね。獅子原さん」

 

そういって彼女は大浴場と露天風呂を繋ぐドアの方に向かおうとした。が、その腕を掴んで遮る者が現れる。

そう、それは言わずもがな私である。

 

「・・・?どうしたの、獅子原さん」

 

「・・・爽」

 

「え……?」

 

「爽って呼んでよ」

 

 

この時、私は何故彼女に名前呼びをするように頼んだのかは分からなかった。いや、うっすらとは分かってはいる。多分、私は彼女の話を聞いたからであろう。さっき彼女と話している時、彼女の友達について話していると、彼女が嬉しそうに他の女の子の名を出すのだ。それも、苗字ではない。名前で、だ。いや、仲の良い友達であれば名前呼びはそれほど変わった事ではないのだが、それでも嬉しそうに他の子の名前を呼ぶ彼女を見ると、どこからともなくモヤモヤした気持ちが私の体を満たす。俗に言う嫉妬というやつなのだろうか。私がその子達に負けている、という劣等感が私を突き動かしたのだ。当然、その子達は一体どう思っているのかは分からない。ただの友達として、彼女と関わっているのかもしれない。だが、私はそれだけは有り得ない、とすぐに悟った。いや、何人かはただ純粋な友達として関わっている人はいるのかもしれないが、大多数が彼女に好意を寄せている人だという事が分かる。私は何故かその子達に負けている感じがしてならなかったのだ。

そんな私からの突然すぎる申し出だったが、彼女は快く承諾してくれた。いつも無表情な彼女の顔が緩み、ほんの僅かだけ微笑みながら。

 

 

「・・・分かったよ。爽」

 

 

「ーー!///あ、あああ、ありがとう……シロ……」

 

その言葉に私の顔は真っ赤になる。まさか名前呼びに変わっただけでここまでの破壊力を伴うとは思ってもみなかった。私の恋心、とでも言うのであろうか。それがどんどん高まっていくのが分かった。しかも、今の彼女……いや、()()は今一糸纏わぬ姿である。それが今の心の高揚と合わさってただでさえ熱い顔がどんどん熱くなる。

そして終いには鼻から血を吹き出してしまった。鼻を手で押さえようとするが、一向に止まる気配はない。結局、シロにおぶられながら脱衣所へと連れられた。

完全にのぼせてしまって、体調が振るわない私だったが、私をおぶるシロの背中を直接肌で感じ、悪い気分ではなかった。むしろ、役得である。

 

(綺麗な背中……)

 

そんなシロの綺麗な背中に惚れ惚れとしながら、私はシロの背中を脱衣所までという僅かな時間であったが、心行くまで堪能した。

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「じゃあ、ここでお別れ……だね」

 

ホテルの入り口を背にして私は獅子原……爽に向かって言う。爽が鼻血を出してしまったそのあとは、迅速に応急処置をして無事に血が止まった。そして温泉から出たあとは朝食を食べて、チェックアウトを済ませた。因みにその時に私と爽はメールアドレスと携帯番号を交換した。これでまた私の携帯に新たな人のメールアドレスが増えた。まあ、皆大切な人だからメールのやり取りが億劫とは思わないけど。

そして今に至る。爽はどうやら家に帰るそうで、またカムイを見れないのは些か残念だが、余裕がある時にまた来ればいいし、彼女には彼女なりの予定があるのだ。話を聞くだけでよかったのに、わざわざ泊めてしまったから仕方ないであろう。

 

「じゃあな。シロ」

 

そう言って彼女は手を振り、私に背を向けて歩き出す。私もしばらくは爽の事を見ていたが、次第に人混みに紛れて見えなくなったので、私も新たな雀荘を探しに爽が行った方向とは反対側に歩き出す。

 

(さあ……今日も頑張るかあ……)

 

このあとは流石に昨日のように爽のような面白い人とは出会わなかったが、まあ有意義な時間を過ごせたのではないか、と思う。

試される大地、北海道。私にとってはまた来たい、そう思える土地となった。

 




次回は後日談をやってから、大阪編突入です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114話 北海道編最終話 思わせぶり

北海道編最終話と銘打っての完全な蛇足回。
次回からは善処します。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「あ……」

 

爽と別れた後、新幹線が来るギリギリの時間まで雀荘を転々としながら麻雀を打っていた。そのおかげで私は駅のホームまで走って来るはめになったのだ。ギリギリ、とは言ってもまだ少し時間に余裕はあるのだが、万が一新幹線を逃してしまうことも無きにしも非ず、だ。

故に、私は体育の授業でも殆ど走らせない自分の足に鞭を打ち、走ってやってきたのだ。

だが、そんな足がパンパンとなっている私をホームで出迎えてくれたものがいた。当然のことながら余裕を持ってきたため新幹線の機体、ではない。

 

「シ、ロ……?」

 

そう、ホームで私を待ち構えていたのはまさかの智葉だった。だが、智葉から発せられる圧力は尋常ではないほどの圧力であった。まるで後ろからドス黒いオーラが飛び出ているかのように。しかし、そんなオーラとは裏腹に、智葉から発せられた声はいやに優しかった。いや、どう考えても声と雰囲気が一致していない。確かに智葉の口角はつり上がっていたが、目は完全に笑ってはいない。というよりむしろ怒っていた。

一体どうしたものか、と少しばかり考えたが、すぐにその答えは浮かび上がった。そう、昨日のホテルでの夜の事ばっかり思い出そうとしたせいですっかり忘れてしまっていた。確か私が爽をホテルに泊まらせるために智葉に電話した時、智葉は怒っていた?はずだった。

これで原因は分かった。しかし、そこからが全く分からないのだ。そう、あの時何故智葉が怒っていたか、である。今この最中も考えているが、一向に見えてこない。

 

(あっ……)

 

しかし、ここで私はある結論を導き出した。そうだ。これなら合点が行く。それと同時に、智葉に申し訳ないという気持ちが私の心を満たす。確かに、智葉があんなに怒るのも無理もない。これは完全に私が悪かった。

故に、私は頭を深々と下げる。そして智葉が私に何かを言う前に、私は智葉の事を思いっきり抱きしめた。そして私は智葉に謝罪の言葉を言う。

 

「智葉……ごめん」

 

 

 

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

 

 

 

(な、ななんだとっ!?)

 

 

いきなりシロに抱きしめられ、思わず口をパクパクさせてしまう。なんということだ。あのシロが……私に……ハグを……もしかして私だけに……?そういう考えが頭の中を巡っていく。

 

(いや、いやいや!思い出せ!シロはどこの馬の骨かも分からん女と……その……ホ、ホテルに……)

 

そうだ。シロがそんな私だけに、などという思わせぶりな態度をとるわけがない。あの鈍いシロだぞ。そんなわけが……

だが、そんな自分に対しての必死の言い訳も、シロが私に対して次に放った言葉によって全て吹き飛んでしまった。

 

「ごめんね……智葉……分かってあげられなくて……」

 

え、いやいやいやいやいや……そんな馬鹿な。私の頭の中が真っ白になる。分かってあげられなくて、だと?それってもしや……

 

(こ……告白!?)

 

私の体が熱くなる。自分の顔だから分からないが、おそらく自分の顔は真っ赤に染まっているだろう。抱きしめられたことで少し周りの目とかが気になっていたが、今ではそんなことすら気にならなくなってきた。いや、気にならなくなったのではない。気にする余裕もなくなったのだ。

 

「ちょ……シロ、それって……」

 

私がシロに何を言うのかを聞こうとしたが、シロはそれを無視して続けた。

 

「ごめん……」

 

ああ、もう駄目だ。あまりの恥ずかしさに私の思考回路はショートしかけている。

そしてシロが口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「図々しく当たり前のようにホテルで追加で泊まれるようにしてって言おうとしてごめんね?」

 

 

 

「・・・は?」

 

 

思考が真っ白になる。だが、それはさっきまでの気分の急激な高揚による真っ白ではない。困惑の意味での真っ白ということだ。は?っていうことはさっきまでのあの良いムードは何だったんだ?

 

「智葉が大変だっていうことも知らずに……本当にごめん」

 

シロが更に続ける。いや、そういうことではない。それはもうどうだって良いのだ。私がわざわざこの北海道まで来るほど怒ったのは、見ず知らずの女と一緒にホテルに泊まったということだ。私の気持ちも知らずに、だ。

 

 

「し……」

 

私は口を開く。ありったけの声で。シロは意図的にやっていないのは確定として、そうだと分かっていても何故か私の気持ちが弄ばれたような感じがして、無性に腹が立った。

 

「シロのバカー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

 

 

 

北海道から戻ってきて、はやくも数週間が経とうとしていた。北海道に行ってからも私は東北を泊まりで巡り、色んな経験を積めた……はずだと思う。旅の合間には智葉に頼んで賭け事もやってみたりと、怠惰の象徴である私が建てた計画にしては上手くいっている。・・・そういえば、北海道のあの時、智葉は何で怒っていたのだろう?私としてはアレしかなかったと思ったのだが、どうやら違ったようだ。しかもその事について赤木さんに【もう少し相手を思い遣ったらどうだ?】と笑われる始末。赤木さんにだけは言われたくないんだけどなあ……と思ったが、私には智葉が何故怒ったのか未だに分からないため、言い返すことができなかった。

因みにその後、新幹線内で爽からメールが来て、それを知った智葉がもっと声を荒げていた。爽と知り合いなのかなぁ……とそういうことを智葉に聞いてみたら、「うるさい!」と一喝されてしまった。本当に何があったんだか……

そういったことがあり、なんだかんだいってもう夏休みもこれで終わり。明日からは久々の学校生活が始まる。はあ、面倒だなあ……

 

 

 

次は冬休み。まだ確定ではないが、関西を中心に回ろうかと計画している。冬休みが始まる前には既に計画を完全に立てておき、智葉に頼んでおこう。

 

 

 




次回からは大阪編!
気合い入れていきたいですねー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115話 大阪編 ① サプライズ

大阪編です。
まずは愛宕家から。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「そういうわけで、明日からそっちに行くから……」

 

『おう、分かったで。シロちゃん』

 

 

夏休みが終わり、長い長い学校の新学期の始まり……と思いきや、時間の流れというのは不思議なもので、ついこの前新学期が始まったと思いきやもう今学期が終了、明日からは冬休みということになった。

そして今回、私が智葉に頼んで修行場に設定した土地は関西。近畿地方となった。今回は夏休みほど長くはない長期休みではないので、一回行って帰ってくるというわけではなく、一気に近畿地方を回るつもりだ。大阪には二日かけ、それ以外の県には一日づつかける予定だ。因みにそれらを回っている途中に愛宕姉妹と怜アンド竜華、小走さんのところへ訪問するつもりでもある。今はちょうど洋榎に電話をかけてその旨を伝えていたのだ。

 

『あ、そうそう。シロちゃん』

 

「なに?」

 

『明日な……午後から絹の試合があんねん。ウチはサッカーとかようわからんけど、アイツ、今から既に気合入っとるんよ。・・・そこでや、シロちゃん。シロちゃんも試合に来て、絹のこと応援してくれるか?』

 

「あー……」

 

そういえば、小学生の頃確か絹恵のサッカーの試合を見に行くとか約束していたなあ……結局日程が合わなくてその話はあえなくボツとなっちゃったんだっけ。誰が悪いとかではないのだけれども、絹恵には悪いことをしたなあ……

別にそんなスケジュールが明確に決まってるわけでもないし、小学生の頃の約束を果たすという意味でも、私はそれを承諾した。

 

「いいよ」

 

『ホンマか!?じゃあ、大阪に着いたら電話してくれや!駅からそう遠くないところでやるみたいやし』

 

「分かった……楽しみにしてるって、絹恵によろしく」

 

『任せとけや。じゃあ、また明日なー』

 

「また明日……」

 

そう言って電話を切り、そのあとは怜、竜華、小走さんの三人にも電話をかけて、近日そっちの方へ行くということを伝えた。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕洋榎

 

 

「また明日なー」

 

『また明日……』

 

 

プツン、という音が携帯から発せられる。そうして携帯をパタンと閉じたウチは、深く息を吐いて携帯を机に置く。

その瞬間、部屋のドアがガチャ、と音を立てた。びっくりしてドアの方を見ると、お風呂から上がってきてパジャマ姿の絹がそこにはいた。

 

「お風呂上がったで」

 

そう言って開けたドアをパタンと閉める。そして絹は私の方を見て、

 

「さっきまで話し声してたけど……電話で誰かと話してたん?」

 

絹がそう言った瞬間少しほど私は噎せたが、すぐに冷静を取り戻して絹の質問に答える。

 

「え、いやー……ちょっと少し、な」

 

苦し紛れの答えだったが、意外にも絹はそれを信じてくれたようで、「ふーん」と言って納得した。そして鼻歌を歌う絹に、私は質問した。

 

「なあ、絹」

 

「なに?お姉ちゃん」

 

「明日の試合、楽しみか?」

 

ウチが言った直後こそ突然の質問に首を傾げたが、すぐにニコッと笑ってこう答えた。

 

「楽しみやで」

 

それを聞いたウチは「そうか……頑張れや。絹」と絹に対して言った。シロちゃんには確かに「絹恵によろしく」とは言っていたが、今ここで言わなくてもいいだろう。いわゆるサプライズというものだ。絹がシロちゃんに抱えている気持ちはウチがよう知っている。だからこそそれを今伝えてしまったら、絹は明日いつものようにのびのびとプレーできないだろう。そういったウチなりの気遣い、というものである。

 

(それにサプライズの方が面白そうやしな……)

 

 

 

 

 

-------------------------------

翌日

大阪

視点:小瀬川白望

 

 

「あれ……なんだここまで来てたんだ」

 

「やっぱ相変わらずの厚着やな……岩手ちゃうんやで?」

 

その翌日、新幹線に乗ってやってきた私を洋榎が出迎えてくれた。確か昨日は大阪に着き次第連絡をよこせとのことだったが、あっち側が既に来ていた。

 

「東北民でも寒いものは寒い……」

 

「なんやそれ、そんなん大阪の人間なのにたこ焼き食えないと言ってるもんやろ」

 

洋榎が分かりづらい例えで私に説明する。いや、いくら大阪の人だからといって、粉物が嫌いな人くらい何人かはいそうな気もするけど……まあ、屁理屈を言っているのは元は私の方だ。ここはつっこまないことみしよう。

 

「お、白望さん……やな?」

 

そして洋榎の後ろから声が聞こえてくる。洋榎の後ろにいたのは私よりも少し大きい身長で、私と同じような、白なのか銀色なのか曖昧な髪の色をしていて、服越しからでも分かるほどの豊満な胸をお持ちである、独特なオーラを放つ女の人だった。

 

「どうも……」

 

私は軽くお辞儀をすると、洋榎が私に向かってこう言う。

 

「紹介するで、ウチと絹のオカンや」

 

「初めまして、やな」

 

「初めまして……」

 

そういったやりとりを洋榎のお母さんとすると、急に洋榎のお母さんは私の腕を掴んで洋榎に聞こえぬよう小声で私にこう言った。

 

「去年の決勝戦、洋榎から色々聞かせてもらったで」

 

「それはどうも……」

 

「それで、中学は大会に出る気はないってこともな」

 

「はあ……」

 

「そこでや、高校はこっち来て麻雀打たんか?千里山っていう名門なんやけど……」

 

なるほど、俗に言うスカウトということか。確かに悪い話でもない。だが、生憎ながら私にはそれよりも先にやるべきことが存在している。そもそもここに来たのもそれを果たすための過程に過ぎないのだ。当然、私はそれを却下する。

 

「すみませんが、私には目標があるので……」

 

一瞬、しつこく勧誘されるかなとかも思ったが、それは杞憂だったらしく、洋榎のお母さんは「そういうことやったら仕方ないな」と言って早々に諦めてくれた。どうやら、この話を私が断ると踏んでの勧誘だったようだ。

 

「ま、それが達成できたらいつでもウチに教えてくれな。これ、ウチのメールアドレスや。こっちに来たくなったらいつでも言うとええで」

 

そう言って私にメモを握らせる。年上の、ましてや大人のメールアドレスなど、私のお母さんとお父さん以来の事だ。いつも同級生とかなので、そういう意味では新鮮さがある。

そう言って洋榎と一緒に絹恵の試合の会場に行こうとしたが、最後に一つ、私が気になった事を洋榎のお母さんに聞いてみようとしたが、流石に失礼かなと思っていうのをやめた。いやしかし、これを気にするなというのも無理があるだろう。

 

(なんで洋榎のお母さんと絹恵は胸大きいのに洋榎だけあんなんなんだろう……)

 

別にそういう気があるわけではないが、ふと気になってしまったのだ。仕方ないであろう。それにしても姉妹でこんなに差がでるものなのか……と思いつつ洋榎の胸を見る。去年見た時と殆ど変わってなさそうに見える。絹恵は去年の時点で大きかったのに……

 

「ん?なんやシロちゃん。なんかあったか?」

 

するとそんな私の視線に気づいたのか、洋榎が私に聞いてくる。私は洋榎の肩をポンと叩き、こう言った。

 

「洋榎。頑張ってね……」

 

洋榎は意味がわからないと言った風に首を傾げていたが、

 

「お、おう。せやな」

 

と言った。多分、伝わってはいないだろうが、別にそこはどうでもいいだろう。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

(試合30分前……)

 

 

サッカーのコートに引いてある白線の外側で立ち止まり、少し瞑想する。相手チームは格上、無論、ウチが試合中にどれだけ点を取らせないようにしても、PK戦にまでもつれ込んだら話は別。某サッカーマンガの天才ゴールキーパーでさえペナルティエリア内のシュートは確実には止めることはできないと言われている。故に、PK戦となるとキックの精度が高い相手が勝つであろう。

だが、ウチは仲間の事を信じている。小学生最後のこの大会、負けるわけにはいかない。

 

(シロさん……)

 

そして私はシロさんの事を思い浮かべる。いつもこうだ。何か大きな物事の前には、必ずシロさんの事を思い浮かべ、モチベーションを上げている。

そうして隣に手に握ってあったキャプテンマークをつけて、コート内でアップを始めようと、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 




サッカー小説かな?(すっとぼけ)
私はサッカーに疎いわけでも、詳しいわけでもありません。なのであんまりサッカー描写はない予定です……サッカーファンの皆様、すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116話 大阪編 ② キックオフ

サッカー編です。


 

 

-------------------------------

車内

視点:小瀬川白望

 

 

「オトンはもう席取ってるんやっけ?」

 

 

絹恵のサッカーの試合の会場に行くべく、洋榎のお母さんが運転する車の中洋榎は自分のお母さんに聞く。オトンってことはお父さんのことか。

 

「そうやで。っと……赤信号かいな」

 

洋榎のお母さんは前を見ながら洋榎の質問に答える。どうでもいいことだが、片手でハンドルを握るその姿はどこか威厳というか風格がある。まあ、絹恵は別にいいとして、あのヤンチャものの洋榎をしっかり育ててきただけの親の凄さというものであろう。私はその格好良さに少しばかり感心しながら、私は車の窓越しにある風景を眺めていた。

 

「ところで、白望さん」

 

すると、洋榎のお母さんが私に声をかけてきた。私は「何ですか?」と相槌を打った。すると洋榎のお母さんは「単刀直入に聞くけどな……」と銘打って私に投げかけてくる。

 

「アンタ、絹恵の事どう思うんや?」

 

「ちょっ、オカン!?」

 

洋榎のお母さんが私に質問した瞬間、助手席にいる洋榎が制止に入ろうする。何故洋榎が止めようとしたのかは定かではないが、どう思う……か。これってどう答えたらいいんだろうか、と頭の中で疑問に思ったが、私はすぐに返答する。

 

「・・・いい妹さんだと思いますよ」

 

すると洋榎のお母さんは少し何かを考える素振りをしていたが、すぐに口を開いた。

 

「まあ、そうやったら別にええんやけどな……」

 

洋榎のお母さんが少し微笑んでそう言った。が、しかし、さっきまで前を向いていた体を私が座っている後部座席へ向けて、私にだけ聞こえるような小さな声でこう言った。

 

「ただ、絹恵を泣かせるようなことをしたらただじゃすまないと思った方がいいで」

 

その時の洋榎のお母さんの威圧は、私が対局中に放つ威圧とは全く別の部類の威圧であった。体験したこともない威圧に少し私は身震いする。何だろう……私や赤木さんの威圧は相手を壊すために放つものだが、洋榎のお母さんが放つ威圧は愛しているものを守るための威圧。そして威圧の起因となっているのは私や赤木さんのは狂気、だけど洋榎のお母さんのは愛情……とでも表現したらいいのだろうか。私は少し驚くと同時に、洋榎や絹恵はお母さんにこんなにも愛されているのだな、ということを知れて微笑ましくも思った。

だが、ここで私は自分が言われた言葉に疑問を持つ。それは私が絹恵を泣かせるということだ。私はそんなことはしないし、する気もない。むしろ、絹恵を泣かせる人など私が許せないくらいだ。何故なら私にとって絹恵は大切な友達なのだから。

故に、私は洋榎のお母さんにこう言い返す。

 

「そんなことはしないんで……安心して下さい」

 

そう言われた洋榎のお母さんは「そうか。心配する必要もなかったな」と言って体の向きを再び前に戻す。そして丁度信号が青に変わったので、洋榎のお母さんはアクセルを踏む。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕雅枝

 

 

(そんなことはしないんで……か)

 

 

アクセルを踏み、車を絹恵の試合会場まで走らせながら、ウチに白望さんが言ってきた言葉を思い出す。いくら鈍感だったとしても、絹恵が白望さんに好意を寄せているのは分かっているはずだ。それで白望さんがああいう返答をしたということは、つまりはそういうことなのだろう。後は絹恵の心構え次第だ。これ以上は彼女たちの問題。大人が踏み入ることはできない。

私は心の中で安堵し、それと同時に自分も重度の心配性であると感じた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「こっちやで、シロちゃん!」

 

 

車から降りるなり私は洋榎に連れられながら、応援席のところに走っていく。いや、走らされているといった方がいいだろう。

 

「オトン!席とっててくれたか?」

 

洋榎が席に座っていた男性に声をかける。きっと、この人が洋榎と絹恵のお父さんなのだろう。洋榎のお父さんは「ちゃんと取っといたで」と言い、視線を私に合わせる。

 

「ああ、アンタが例の小瀬川さんやったか。よろしゅうな」

 

そう言って、手を差し伸べてくる。私は「よろしくお願いします」と言ってその手を握り、軽く握手した。

そしてその手が解かれると、洋榎のお父さんは私のことをまじまじと見た上で、洋榎に耳打ちする。

 

「小瀬川さん、中学生にしてはえっらいカラダしとんなあ」

 

「ウチのこと見て言うなや、バカにしとんのかエロオトン」

 

耳打ちしているとはいえ、その内容は完全に筒抜けであった。全く、この父あってこの娘といったところか……ベクトルは違うものの、やはり親子なのだなあと感じさせる。すると後ろにいた洋榎のお母さんは深く咳払いをして、お父さんに向かってこう言った。

 

「・・・またプロレスやるか?」

 

するとそれを聞いたお父さんは顔を真っ青にして必死に言い訳をする。なんだプロレスって……家にプロレスのリングでもあるんだろうか……

 

「いや、それは勘弁してくれや!雅枝さん!」

 

お父さんが頭を下げる。それを見ると、やはり愛宕家の主導権を握っているのは完全にお母さんの方だというのが分かる。流石といったところか。

 

「オトン、試合まであと何分や」

 

洋榎がそう言うと、お父さんは腕時計を見て答える。・・・なんか洋榎よりも立場が対等、それ以下に見えるのは気のせいだろうか。私は少しばかり心の中でお父さんに頑張れと祈った。

 

「あと……4分やな」

 

あと4分。長いようで短く感じる一番微妙な時間帯だ。だが、私は洋榎やお母さんと話をしていると4分なんてあっという間であった。グラウンドの方を見ると、白線に沿って選手たちが並び始めていた。そして並び終えた選手たちはグラウンドの方を向いたまま後ろにいる審判に足の裏を見せる。あの動作は洋榎曰くスパイクのポイントというものを審判に見せて確認させているらしい。

全員のを確認し終えたのか、審判が両チームの間に入ると笛を吹き、選手たちと一斉に礼をする。そして中央まで行くと再び礼をして、選手同士で握手する。そのあとはチームの陣地に行って自分のポジションに入るのかと思いきや、絹恵と相手のチームの一人だけが審判とともに中央に残っていた。そして審判がコインらしきものを親指で弾く。聞いたところによるとどっちのボールから試合を始めるか決めているらしい。

どうやら相手のボールから始まる事になったらしく、絹恵はゴールの前まで移動する。俗に言うゴールキーパーというやつだ。

そして、審判が笛を鳴らす。その瞬間、相手チームの一人がボールをちょんと触った。

 

 

 

その瞬間、ボールが中央から消えた。いや、消えたのではない。さっきまであったボールは、既に絹恵が守っているゴールの方向に向かって空を切っていた。そう、試合早々の相手からのシュートであった。意表を突かれた私はボールの行方が分からなくなるが、なんとかボールの居場所を見つける。

ボールはゴールの隅に向かっていたのが見えた。まずい、と思った私だったが、それを何なりと絹恵がキャッチした。

 

「おお……」

 

思わず声をあげてしまう。自分だったら、多分反応すらできなかったであろう。すると洋榎は自慢げに私に向かってこういう。

 

「あんなシュート、絹なら余裕や。リアル若林の絹ならそう簡単に点は取られへんで、シロちゃん」

 

リアル若林というものが少しわからなかったが、とにかく絹恵は凄いというものなのだろう。そして視線を絹恵の方に戻す。絹恵はボールを軽く投げてそのまま足でボールを蹴り飛ばした。そのボールは高く飛んだ。蹴り飛ばしたあと、後方からディフェンスに指示を出す絹恵が、少しながらカッコよく見えた。

 




この頃知人からサッカーの事を詳しく教えてもらっています。とはいえまだまだ知ったかの部分が多そうですが、突っ込まないで欲しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117話 大阪編 ③ フリーキック

サッカー編です。
小学生のサッカーの試合って前半20分後半20分なんですね。初めて知りました。


-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

 

「11番マークつきい!」

 

 

「「はい!!」」

 

ゴールキーパーであるウチが後方の司令塔となってディフェンスに相手選手のマークを指示を出す。初っ端のあの超ロングシュートを見る限り、特にそのシュートを打った11番の選手は少なくともこっち側の陣地全てがシュートチャンスとなる。故に、味方が前線で攻めていたとしても、一人乃至二人のマークをつかせておかないと、相手チームにボールを取られてしまったら一気にカウンターをくらってしまう。そう考えれば二人でも少ないのかもしれない。しかし、その11番だけに人数をかけてもいられない。敗北は以ての外、PK戦を避けたいウチらにとって必要なのは先取点。速攻で1点をとって逃げ切ることができるかにかかっている。最大でも二人マークでないと、前線でボールを安定して回すことができない。その他にも、11番以外にも凄い選手が潜んでいる可能性もある。

 

(にしても……キックオフからシュートを打ってくるんか……)

 

ウチは後方に指示を出しながらそんなことを考える。あの最初のロングシュート、正直言って予想外であった。ギリギリ掴めたからいいものの、ほんの少し遅かったら確実にキャッチはできていなかっただろう。良くて弾く、悪くてゴールであった。超遠目からのシュートで多少は精度が落ちているはずなのだが、それでもしっかり枠内に入れてくるほどのキック精度、半端なものではない。

 

(・・・っ!)

 

そう思った直後、味方が相手にボールを取られてしまう。相手ゴール目前ともあってか、多少無理をして突破しようとしてしまったのだろう。そしてウチの予想通り、相手チームはボールをクリアし、おそらくチームの点取り屋、そして要となっている11番にボールを渡した。この距離とはいえ、相手がいつシュートを放ってくるか分からない。だから警戒するに越したことはない。

・・・だが、意外にも11番はボールをキープしたままで、なかなか突破してはこなかった。しかし、その間に相手チームは次々とこちら側の陣地へ侵入してくる。

 

(まさか……!)

 

 

「サイド警戒せえ!」

 

大きな声でディフェンスに指示を出すが、数コンマ遅かったようで、ウチが指示を出した時にはその11番は既にボールを蹴り飛ばしていた。大きくウチから見て右のサイドラインギリギリの所にいる選手へボールが渡る。当然ながらパスの精度も良く、前に向かっていた選手のちょうど進行方向ちょい前くらいにボールを蹴った。

ボールを貰った選手が、サイドからぐんぐんドリブルで突破してくる。味方はその選手を止めようとするが、すんでのところでパスを出されてしまった。

 

(くる……!)

 

そう思って身構えた直後、サイドからセンタリングを上げられた。しかも、高度な技術を必要とするグラウンダーのクロス。もちろんそのグラウンダークロスを受け取るのは11番。11番はボールを足でトラップしたあと、シュートの体制に入ろうとした。

 

(・・・今や!)

 

 

だが、11番がシュートを打つ直前に、ウチがボールに飛びついてボールを手で掴む。もちろん、11番はシュートを打つことができず、体勢を崩す。そして相手はこの時、大勢で点を取ろうと仕掛けてきた。そうなれば当然、守備の人数は比較的少なくなる。

 

 

(行けっ……!)

 

 

手で持っているボールを思いっきり蹴り飛ばし、最前線にいる味方に向かってボールを放った。今度はこっちのカウンターだ。

味方は敵のディフェンスを一人、二人を抜き去り、とうとうキーパーと一対一になった。

そして、味方は思いっきりシュートを放つ。ゴール右上の端、右利きのキーパーならほぼ確実にとれないコースだ。キーパーはボールを取ろうと飛びつこうとするが、すんでのところで届かなかった。

そしてネットが揺れる。

 

「よっしゃあ!ナイスシュート!」

 

ウチは思いっきりガッツポーズをして、自分の陣地に戻ってくる点を決めた味方の方に向かって、抱きついた。この先取点は大きい。まだまだ一点差と、全然安全ではないものの、士気的にもこの一点は数字以上の大きさを持っている。

 

(この一点……死んでも守らんとな!)

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「決めたーっ!!」

 

洋榎が立ち上がって喜びを体全体で表現する。それと同時に周りの観客も沸き上り、絶頂を迎えていた。

 

「凄い……」

 

かくいう私も、洋榎のように体全体で表現したりはしないものの、内心かなり興奮していた。サッカーとかはたまにテレビとかで見ているけど、生で見るのは初めてだ。点が決まった時はこんなにも興奮するなど、予想だにしていなかった。

 

「あの局面で止めて、ほんで正確にクリアできるのは流石絹やで!」

 

洋榎が私の方を見て、嬉しそうに絹恵を指差して言う。確かに、大事な局面で正確な判断ができるのは麻雀にも言えることだ。それを絹恵はしっかりできているのだから、絹恵というサッカー選手がどれほど凄いかがよくわかる。やはりこの愛宕姉妹は姉妹揃って天才だな、と感じた。

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

こっちが先取点を取ってからハーフタイムまでは、厳しい試合展開であった。先取点を取られたことにより、相手もいつもよりも数段本気でゴールを奪いに攻めにきたのだ。やはり強豪とあって、攻めの手が緩むことはなく、なかなかこちらが攻めるチャンスがなく守りに徹するしかなかった。得点こそ防げたものの、あわやゴールという場面も少しばかりあった。その度にディフェンスが助けてくれたりなどして何とか凌げてはいるものの、非常に苦しい前半であった。そんな意味でも、前半終了時の審判の笛はある意味天の救いであった。

 

(後半……正念場やな……)

 

そしてウチはまたシロさんのことを心の奥で思いながら、グラウンドへと入った。ゴールの手前まで移動し、全員が定位置についてからキックオフが開始される。前半は相手からのキックオフだったので、後半であるこのキックオフはウチらからのものとなる。

 

「ボール、後ろ下げてや!」

 

キックオフをして、後半が始まるやいなやウチは前線からボールを下げる、キーパーであるウチに戻すように要求する。すると味方はボールを下げた瞬間、ゴールへ向かって思いっきり走り出した。

 

「せやっ!!」

 

そうして向かってきたボールをダイレクトキックで前線へ送る。そう、これはウチらのチームでの定石と化している戦略であった。だからこそボールをウチに渡した瞬間前へ走り出すことができたし、ウチも確実にボールを蹴って前へ送ることができた。

 

(後半……行くで!)

 

 

 

 

〜〜〜

 

ピピーッ!

 

 

後半が始まってから15分が経とうとしていたまさにその時、審判が笛を鳴らす。20分ハーフということで、残り五分とアディショナルタイムを凌げば勝利というこの状況で、最大のピンチを迎えることとなった。

 

そう、ファールによるフリーキックだ。しかも、ペナルティエリアすこし前という、超危険な場所からのフリーキックだ。

無論、フリーキックを蹴るのはあの11番。後半が始まってからも、何本もシュートを撃ってきたが、これらは殆どが遠くから、もしくは無理な体勢でのシュートであった。それが今は距離も近く、ボールを置いた状態で蹴ることができる。

ここは止めなくてはならない。後半開始からは点数には変動がないので、ここで決められてしまえば1-1と、同点となってしまう。残り時間も少ないこの時間、決められてしまえばPK戦は避けられないであろう。

 

(来い……!)

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

直接フリーキック、という絶体絶命の状況に陥ってしまった絹恵。彼女の目つきは、さっきまでも鋭かったのに、それ以上に鋭くなっていた。

 

「止めてくれ……!」

 

洋榎が手を合わせて願う。私も、絹恵のことを見ながら心の中で必死に祈った。

 

「止めて……絹恵……」

 

気がつけば、私は言葉を発していた。そして、相手の選手がすこしばかり助走をつけてボールを蹴ろうとした。

 

 




さあ絹恵は止めれるのか……?
次回でサッカー回は終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118話 大阪編 ④ ゲームセット

今回でサッカー回は終わりです。


 

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

(来い……!)

 

 

相手の11番がボールを置き、少し助走をつけるために後ろに下がる。それとほぼ同時に、ウチは腰を落として身構えた。ここはもう止めるしかない。何があっても、必ず。

 

『止めて……絹恵……』

 

だが、そう身構えた刹那、シロさんが私を応援するような声が聞こえてきた。どうやら、無意識中にウチはシロさんの事を考えてしまっているらしい。こんな状況だとしてもシロさんの事を考えるなど、シロさんはやっぱりウチにとってかけがえのない存在なのだろう。

11番がシュートではなく、パスを選択する可能性もある。そういった理由で、相手チームの位置確認を行うために辺りを見回す。だが、ここで問題が生じた。そう、なんと観客席にシロさんが座っていたのだ。シロさんはお姉ちゃんの隣に座っていて、確かにウチの方を見て口を動かしていたのだ。何を言っていたのかは定かではなかったが、口の動きだけで何を言っていたのかは感覚で理解できた。

 

止めて、絹恵。と。そう、さっき聞こえたシロさんの声は自分の想像内の幻聴ではなく、本当にシロさんがそういっていたのだ。

 

(な、なんで……?)

 

ウチが見たのは見回した時の数秒にも満たない時間ではあったが、見間違えるわけがない。あの特異的な髪の色をしているのは白望さん以外の何者でもない。あのシロさんが、ウチの事を応援してくれている。そう考えると、嬉しさが込み上げてくる。だが、何故シロさんがここにいるのだ。どうしてシロさんがこの大阪までやってきて、そしてウチの試合を見に来ているのか、そういった疑問も一気に押し寄せてきたが、相手はそれを待ってはくれない。とりあえず一旦保留だ。止めなくては。

 

(シロさん……応援しててくれや!)

 

11番が助走を始める。11番の目の前には味方が作った壁が存在しているが、多分物ともせずその上を通ってくるだろう。何本ものシュートを止めてきたウチが言うのだから間違いない。

そして11番は助走の勢いをつけたまま、思いっきり足を振り上げた。シュートでくる。そう悟ったウチはいつでも飛びつけることができるよう目でタイミングを取る。そうして、11番はボールを思いっきり蹴り上げた。

 

(なっ……!?)

 

だが、11番が蹴ったボールは想像したよりも高く飛んでいた。このままでは、どう考えてもボールはゴールの真上を通り過ぎていく。だが、ウチはそれでも尚そのボールに向かって手を伸ばすべく、飛び上がった。11番がボールを蹴る時、僅かながら足首にスナップをきかせて蹴っていたのだ。そう、ボールには縦回転がかかっているドライブシュートを放ったのだ。本来、ドライブシュートはボールが地面に接している状態から打つのはほぼ不可能なはずであったが、それでもあの11番はやってのけたのである。そしてウチが飛んだ瞬間、ほぼ同時にボールは鋭く落ち始めた。ウチはめいいっぱい手を伸ばす。届かない、とも思ったがそこは気合いでなんとかした。その結果、ウチのキーパーグローブの指先で僅かにボールに触ることができた。キャッチはできなかったものの、触ることができたことによってボールが僅かに浮いた。そしてボールはゴールネットではなく、バーに直撃する。ウチの咄嗟の判断が、あわやゴールという危機を救った。それと同時に地面に落下し、尻餅をついたが、バーに当たって跳ね返ったボールを取るべくボールに向かって飛びつく。なんとかボールを掴むことに成功する。今度はウチらが攻める番だ。残り五分、ダメ押しにもう一点もぎ取ってやる。

 

「オラッ!!」

 

大声で叫びながら、ボールを前線に向かう味方に向かって思いっきりボールを蹴り上げる。

そしてさっきフリーキックでドライブシュートなどというとんでもないことをしでかした11番はウチが蹴り飛ばしたボールを呆然と見上げてあと、守備に戻る前にウチに向かってこう言った。

 

「ナイスキーパーやったで」

 

そういって11番は守備に戻ろうとする。ウチはその背中を見届けながら、小さくこう呟いた。

 

「・・・お前さんも、ナイスシュートやったで」

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「止めた……」

 

「止めたでシロちゃん!」

 

ボールが急に変な軌道になった、洋榎曰くドライブシュートとやらを絹恵はしっかりと止めた。ボールが高く上がったと思ったら、急に落ちるなどというどうボールを蹴ったらそうなるのかわからないくらい摩訶不思議なシュートも、絹恵は正確に見極めたのだ。

凄い。素直にただただそう思った。試合が始まってから、ボールを蹴る時、ボールを止めた時、そんな些細で僅かな動作でさえも私は凄いと感じた。

そしてそんな絹恵が、どことなくカッコよく思えた。

 

「ん?どうしたシロちゃん」

 

洋榎が私に向かって話しかけてくる。思わず表情に出してしまったかと一瞬焦ったが、すぐに平静を取り戻し、洋榎にこう言った。

 

「サッカーって凄いんだね……」

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

絶体絶命のピンチをなんとか守りきり、試合もあと一、二分。いや、もう既にアディショナルタイムに突入しているだろうか、ともかく最終局面を迎えようとしていた。

そう思った矢先、味方の放ったシュートが相手に当たってラインを割った。これでウチのチームにコーナーキックというチャンスが生まれた。そしてウチが審判の方を見ると、審判はチラチラ腕時計を見ていた。試合中に審判が時間を気にするときは、大概一つだ。

それはもう試合終了まで時間がないということ。そう、コーナーキックとなった瞬間審判が時計を見たということは、つまりこのコーナーキックが最後のワンプレーということ。

 

(・・・よしっ!)

 

それを見たウチは、迷わず思いっきり相手のゴールに向かって駆け上がる。ゴールキーパーだというのにゴールの守りを放棄するが、どうせ相手にボールが渡ったとしてもそれで試合終了だ。ならここはダメ押しの一点を取りに行くしかない。

 

そうしてウチがゴール前まで移動したのを確認したコーナーキックを蹴る味方は、ゴール前に向かって思いっきり蹴り上げた。そのボールはウチより手前側の味方に向かって落ち、その味方は頭でボールに合わせ、ヘッドシュートを放つが、ボールはキーパーによって弾かれる。

 

(今や……!)

 

そう、ここだ。キーパーがボールを弾いた直後のこの瞬間、相手は少なからず油断する。ここでウチは半ばスライディング気味に体を滑らせ、ボールに向かって突っ込む。ゴールを守る壁はもういない。ウチはゴールに向かってボールごと滑り込んだ。

 

「よっしゃあ!!」

 

 

ボールをねじ込んだウチはすぐさま立ち上がり、ガッツポーズをとった。その瞬間、審判が笛を鳴らす。

 

 

ピーッ、ピーッ、ピーーーッ!

 

 

そう、それが指し示すのは、ウチらのチームの勝利。強豪相手にして、2-0。最高の形で試合を終えることができた。ウチは観戦席に座っているお姉ちゃんとシロさんに向かって、ピースサインを送った。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

「シロさーん!」

 

試合が終わって、そのあと最初に向かった先は試合に来ていたシロさんのところだった。シロさんに飛びつき、そのまま体を思いっきり抱きしめた。

 

「お疲れ……カッコ良かったよ。絹恵」

 

シロさんはそういってウチの頭を優しく撫でる。温かい。試合が終わって急激に冷えたウチの体はシロさんの温もり以上に温かみを感じた。

 

「そういえば、なんでシロさんはここに……?」

 

そしてウチの今の1番の疑問をシロさんにぶつける。どうしてここにいるのk、ということだ。だが、意外にもシロさんは「え?」と驚いていた。どういうことか、と思ったがそんな私とシロさんの元にお姉ちゃんがやってきて、頭を下げた。

 

「すまん、絹!サプライズと思って内緒にしてたんや!」

 

なんだそういうことか。推測だが、お姉ちゃんはウチにシロさんが来ると伝えたらウチが緊張していつも通りできないと配慮して黙っていたのだろう。そういったところも考えてくれるなど、やはりお姉ちゃんは優しい人だ。

 

「お疲れさん、絹恵」

 

そういってオカンがウチの方に向かってやってきた。後ろにはオトンもいる。二人に返事をしようとしたが、ここで今の自分の状態を思い出す。

 

(シロさんに……抱きついたまま……///)

 

 

そんな自分の痴態を、両親に向かって見せつけていることとなる。オカンもオトンも、微笑ましそうにこっちを見ていた。

その瞬間、ウチの頬が髪の毛とは正反対の色、赤色に染まったのであった。

 

 

 

 

 




あと数話愛宕姉妹編をやったあと、次の人に移ります。
大阪編は少しばかり長引きそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119話 大阪編 ⑤ 引っ掛け

半分脳味噌縛りで書きました。
まあ文章力は御察しの通りです。


 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

絹恵の試合が終わり、私は愛宕家の車に乗せられて洋榎と絹恵の家……つまり愛宕家に向かった。そう、今日の大阪での修行場は愛宕家である。雀荘にしようかとも思ったが、そもそも雀荘に行っても洋榎と同じくらいの人間なんてそうそういないし、何より洋榎のお母さんは有名な千里山の監督だ。得られるものも少なくはないはず。面白い人が来るか保証のない雀荘に行って時間を潰すよりかは、愛宕家のお世話になった方がいいであろう。

因みに、今晩は愛宕家に泊まることになっている。無論私が大阪に来ることすら知らなかった絹恵は知らなかったが、それ以外の人は既に知っている。

 

(また智葉に急なお願いしちゃったなあ……)

 

そんな事を考えながら、ふと智葉の事を思い出す。私が愛宕家に泊まると決まったのは昨日の夜に私が洋榎に電話をかけた後、洋榎がまた電話をかけ直して、その時初めて決まったのだ。当然、既にホテルは手配してもらっているのだが、智葉に無理を言ってキャンセルしてもらったのだ。智葉も最初こそ嫌そうだったが、洋榎も一緒に頼んでいるという事を明かすと、渋々それを了承してくれた。何処か行くたびに迷惑をかけている智葉には本当に申し訳ないと思っている。

 

「ちゃんと部屋掃除しとけば良かったでホンマ……」

 

すると隣にいる絹恵が頭を抱えながらそう呟いた。声に出していることに気付いていないのか、その後も色々な事を呟いていた。

 

「常日頃から掃除しとけば良かったのになあ」

 

洋榎と絹恵のお母さんが笑いながら絹恵に向かって言う。そこでやっと自分の独り言が漏れていることに気付き、顔を赤くしながら「言ってくれればちゃんとやっていたわ!」とお母さんに向かって言った。

 

 

「シロちゃん、着いたで」

 

そんなやり取りを車内で聞いていると、車が駐車場らしき場所で停車した。洋榎がそう言って、車のドアを開ける。そうして私が車から降りて、家の方を見る。智葉ほどの大きさではないにしろ、私の家よりは圧倒的に大きかった。

 

「じゃあ白望さん、中に入りや」

 

洋榎と絹恵のお母さんにそう促され、私は愛宕家の中に入った。やはり見慣れないものが多く、キョロキョロとあたりを見回す。すると洋榎が奥の方に行って、「こっちや!シロちゃん」と手を振る。私は洋榎の方まで行き、洋榎が扉を開ける。その部屋の中には、全自動の麻雀卓が置かれてあった。

 

「よし……オカン!麻雀やるで!」

 

洋榎は自身のお母さんに向かってそう言う。お母さんもやれやれといった感じで、それでもその目に闘志を抱きながらも椅子に座る。

 

「絹もやるか?」

 

洋榎が絹恵に向かってそう言うが、絹恵は「シロさんのこと見てるわ」といって私の肩に手を回して断った。すると洋榎は「じゃあ……オトン、座りや!」といってお父さんの腕を掴んだ。

 

「え、夕飯の支度せんといかんのやろ……?」

 

お父さんがそう言うが、お母さんは

 

「プロレス……」

 

と呟くと、お父さんの顔が引きつった。本当にプロレスって何をやっているんだろうか。あの様子を見るに、まともなことはやっていないだろう。

 

「すまんな。白望さん。オトンあんまり上手くなくてな……」

 

お母さんがそう言う。ああ成る程そう言うことか。いつも洋榎やお母さんに点棒を毟り取られているのだろう。

まあ、そんな事は別に構わない。持てる全力を尽くして目先の勝負に勝つだけだ。遊びだろうがなんだろうが関係ない。

 

(さあ……やろうか)

 

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

(シロさんの麻雀……久々に見るわ……)

 

 

ウチは卓に座るシロさんの背中を見ていた。シロさんの闘牌を最後に見たのは去年にあった全国大会の決勝戦。それ以来シロさんの麻雀……というかシロさんと会うこと自体がなかった。たまにメールをやり取りしてはいたが、実際に会うのは実に1年振りだ。1年振りに見たシロさんの背中は、決勝戦で見たときの感じよりもひと回りもふた回りも大きく感じた。いや、実際に大きくなっているわけではないのだが、どことなく力強く感じられた。

そう言ってシロさんの表情を見る。やはりあの時よりも目つきが数段鋭くなっており、真剣な表情をしていた。いつも見るあのダルそうな顔をとはまるで別人のようであった。

 

(まあ、そのギャップがカッコええんやけどな……)

 

 

〜〜〜

 

 

「リーチや」

 

愛宕雅枝

打{⑥}

 

 

東一局の七巡目、オカンがリーチをかける。相変わらずの速度であり、これが千里山という強豪の監督をする者の力というものなのだろう。だが、オカンがリーチをかけるよりも前に既にシロさんは張っていたのだ。

 

(オカンの待ちは……)

 

オカンのリーチを受けてウチは椅子から立ち上がってオカンの手牌をチラリと覗く。

 

愛宕雅枝:手牌

{二三四六七八③⑥⑦⑧4赤56}

 

 

オカンの捨て牌はリーチ牌の{⑥}のスジ引っ掛けの{③}単騎待ち。{⑥}を持っておけば平和がつくのにも関わらず、オカンは迷わず{⑥}を切った。多分、最初からシロさんに対して仕掛けに行ったのだろう。それも、小手調べ程度といったところ。

このオカンの一打によって勝負の質が変わった。

 

 

小瀬川白望:手牌

{一二三四五六七八九3378}

ツモ{③}

 

オカンのリーチの同巡、シロさんがツモってきたのは{③}。これは切ってしまうかもな……と思ったが、シロさんは迷わずに{③}を手中に収め、{3}を切った。

 

(・・・シロさんには何が見えてるんや……?)

 

ウチには分からなかった。あそこで何故{③}を止めることができて、聴牌をあっさり崩せるのかが理解できなかった。ウチがあの立場だったら、確実に振り込んでいただろう。シロさんには牌が助けて見えるのではないかと思ってしまうほど、淀みのない動きであった。迷うそぶりもなく平然と切る様は、カッコいいというよりも、恐ろしいと感じた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(絹恵は不思議そうに見てるけど……まあ、()()()()の待ちは絹恵の表情を見るまでもない……)

 

後ろで私の事を疑問そうに見ている絹恵を放っておきながら、私は次のツモ番を待つ。雅枝さんの手牌は十中八九……確実に{③}が待ちに入っているだろう。あの表情を見ればだいたいそういうのは分かる。大概そういう引っ掛けをする……嘘をついている人間はどうしても手牌を見てしまうのだ。そういう古典的なスジ引っ掛けは赤木さん相手に嫌という程見てきた。いや、赤木さんの場合はそう言った素振りなどまったくなく、普通の時と変わらない感じでリーチを打つ分、こっちの方がまだ分かりやすい。赤木さん相手だと判別するのは本当に難しく、結局50%という無謀な賭けをする羽目になる。まあ、そういった50%の運任せにしようと誘導させるのが赤木さんの狙いであり、私はそれにまんまとハマってしまっているのだが。

 

 

(まあ……麻雀部の、しかも強豪校の監督がやるとは思ってもなかったけどね……)

 

だが、雅枝さんが予想していなかったのは事実だ。競技という名目での麻雀ではそんな事は特異的な能力を持っている人間以外は滅多にしない。直撃がどうしても必要というのなら話は別だが、これは東一局だ。こんな序盤からそんな引っ掛けをする意味はないだろう。生徒を指導する立場の監督ならば尚更だ。

しかし、洋榎とはまた違ったどちらかというと博打より……全然純度は違うものの、私や赤木さんよりの麻雀。やはりこの愛宕家は面白い。これだけでもこの大阪に来た意味はあっただろう。

 

(まあ……負ける気はないけどね)

 

 

 

 




今回の麻雀は北海道の時よりも短いし薄い(内容が)です。
最近R-18に手を出そうとしているけど中々書き始めることができないチキン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第120話 大阪編 ⑥ 情報戦

大阪編です。
相手が親友の母でも容赦のないシロ……流石です。


 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

愛宕雅枝:手牌

{二三四六七八③⑥⑦⑧4赤56}

 

 

 

(止めたか……三筒を……)

 

 

愛宕雅枝は半ば驚いたようにして小瀬川白望の事を見る。小瀬川白望が自分のリーチより前に聴牌していたのはある程度分かっていた。そんな彼女がここに来て牌を入れ替えるということは、恐らくではあるが{③}をツモってきたのだろう。他の牌だという可能性もあるが、長年の勘がそう告げていたのだ。そしてそれを止めて聴牌を崩した……確かに、自分が仕掛けたスジ引っ掛けの{③}単騎待ちは言わば小手調べ。そう思ってしかけたものだった。が、本当に的確にこちらの思惑を洞察することができるとは思ってもみなかった。愛宕雅枝は小瀬川白望が決勝戦に具体的にどう闘ったのかは見ていない。娘である愛宕洋榎と愛宕絹恵から口頭で聞いた情報しか持ち合わせていない。試しに『小瀬川白望』でネットで検索をかけてみたが、何かの規制がかかっているのか、色々な検索エンジンを使用したが、一件も小瀬川白望についてのページは見られなかった。今度は『麻雀 全国大会』で検索したが、明らかに決勝戦や準決勝の一部……というより小瀬川白望の事だけがうまく隠されていた。

故に、半信半疑であったのだ。この小瀬川白望が本当に化け物なのかということに。洋榎も絹恵も、少しばかり誇張に話しているのではないかとまでは疑わなかったが、いっときのツキなのではないかと思ったことは少しだけあるにはある。

だが、愛宕雅枝は今ので完全に理解した。……正確には小瀬川白望が卓に座ったときに彼女は理解していた。まあ何はともあれ、あの一打で愛宕雅枝の気づきは確信に変わった。

 

(・・・予想以上やな)

 

間違いない。愛宕雅枝は額に少しばかり汗を垂らしながら確信する。今目の前にいる小瀬川白望は、洋榎や絹恵が愛宕雅枝に言っていたように、いやそれ以上に化け物だということを。

オーラ、牌に対する嗅覚、それを実行できる精神力……麻雀をやる上で必要な全ての要素が完璧に洗練されている。愛宕雅枝はこれまで三十数年間生きてきた。彼女は自分が強い部類だと自負していたし、自分が敵わないと思った強者の存在も何人も見てきた。だが、彼女にとって、この小瀬川白望という雀士は全く未知の体験であった。実力如何の斯うのとかそういうものではなく、純度が違う。小瀬川白望がよく研がれている綺麗な剣先だとすれば、愛宕雅枝は刃こぼれのある剣先といったところか。そう表現したが、それはあくまでも小瀬川白望と比較した時の話であって、実際は愛宕雅枝は相当の強者だ。それは彼女自身が良く知っているし、またそれを小瀬川白望と対峙したことのある愛宕洋榎を始めとした他者もそれを認めている。ただ単純に、小瀬川白望が愛宕雅枝を上回っている。その一言に尽きる話であった。

 

 

 

〜〜〜

二巡後

小瀬川白望:手牌

{一二三四五六七八九③778}

ツモ{②}

 

 

小瀬川白望が{③}をツモってから二巡が経ち、前巡のツモでは{7}を重ね、この巡では{②}をツモってきた。当然、小瀬川白望は{8}を切って聴牌。{①④}の両面待ちだ。

ここはリーチに行くか、と小瀬川白望の事を後ろから見ていた絹恵はそんなことを考えていたが、小瀬川白望はここはリーチにいかず、黙聴で聴牌した。これでこの局に聴牌しているのは愛宕雅枝と小瀬川白望の二人。愛宕父はまだ聴牌には程遠く、愛宕洋榎は愛宕雅枝のリーチ後、早々に見に回った。無理に行かなくてもいいと思ったのか、それとも愛宕雅枝のリーチに小瀬川白望はどう対処するのか見て見たいと思ったのかは定かではないが、この東一局は愛宕雅枝と小瀬川白望の一騎討ち、そういった雰囲気が漂っていたかのように見えた。

 

(ここでオカンより早くツモれるかが勝負やな……)

 

事実、愛宕絹恵もそう思っていた。この局は小瀬川白望か愛宕雅枝のどっちが早く和了れるかが肝心なところだと。しかし、実際は少しばかり違う。

両側に座っている愛宕父と愛宕洋榎はどう考えているかは分からないが、少なくとも愛宕雅枝と小瀬川白望はそうは考えていなかった。これはいかにして相手を探れるかの、いわば情報戦。この東一局では彼女らは点棒よりも重要なものを取り合っていた。それがまさに相手の情報。この勝負、どちらが多く情報を得られるかで後の勝負が決まってくると言っても過言ではない。

 

 

 

〜〜〜

 

 

(来た……!)

 

 

四巡後

小瀬川白望:手牌

{一二三四五六七八九②③77}

ツモ{①}

 

 

そうして黙聴をとった小瀬川白望は四巡後に自身の和了牌である{①}を山から掴み取ってくる。これでツモ一通平和の四飜。一先ずは和了れることができた……と愛宕絹恵は思ったが、これはあくまでも情報戦である。ここで和了ってしまえば相手に情報を渡すこととなってしまう。故に、ここはツモ切り。完全に和了る気は無い。

 

 

(そういった意味でも……愛宕雅枝さんのリーチは愚行……)

 

そう、この局、小瀬川白望は和了る気はない。そうなれば必然的に愛宕雅枝が和了る、もしくは流局時に愛宕雅枝が晒すという二択になる。小瀬川白望はリーチをかけてはないが故に流局時に晒すことはしなくてもいいが、愛宕雅枝はリーチをかけてしまっているため、チョンボの8,000点を支払うことくらいしか手牌を晒すという小瀬川白望に情報を与えることから免れることはできない。

故に小瀬川白望は愚行と評したのだ。リーチをかけてわざとノーテンと言い張る事は一種の戦略ではある。事実、かの赤木しげるも同じようなことをしていた。だが、これはリーチをかける必要はまったくもってない。何故なら小瀬川白望は既に愛宕雅枝が{③}待ちで聴牌しているという事を完全に看破しているからだ。小瀬川白望は別にこの局もう愛宕雅枝の手牌を見ることにあまり意味はない。強いて言うならどういった道筋で聴牌に至った事を知るという利点。それらが無くとも収穫はこの局あったと言えるだろう。それがその収穫にプラスαを与えることとなってしまう。だからこそあのリーチは愚行なのだ。

 

 

〜〜〜

 

 

「「「ノーテン」」」

 

 

そうして東一局が終了する。愛宕洋榎と愛宕父は勿論の事、小瀬川白望も手牌を伏せる。だが、リーチをかけていた愛宕雅枝は手牌を晒す他なかった。

 

「・・・聴牌」

 

そういって手牌を晒す。それを見て小瀬川白望は少し笑う。完全に手の内を晒してしまった愛宕雅枝と、一方全く情報を与えなかった小瀬川白望。二人の命運が大方決まってしまった東一局となった。

 

 

 

 




少し字数が足りなかったかな?
因みに、2/1からバレンタインの番外編に関するアンケートを取りたいと思ってます。忙しかったら番外編自体しないと思いますが。

・・・リクエストが全然やれなくて申し訳ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第121話 大阪編 ⑦ 対応

大阪編です。
バレンタインデー特別アンケートを実地しました。
シロにチョコレートを渡す場面を見たいハーレム民の名前を書くだけですので、ご協力をお願いします。詳しくは活動報告から。


 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 流し一本場

 

 

小瀬川白望:配牌

{一五七赤⑤⑧12344579}

 

 

 

前局、小瀬川白望が情報戦という観点から見れば一歩リードしたと言わざるをえない結果となった。自分の情報を何一つ晒すことなく東一局を終えた小瀬川白望に対し、自分の手牌全てを晒すこととなった愛宕雅枝。小瀬川白望と愛宕雅枝、たった一局だけではあったが、この時点でもう既に両者の力量差がはっきりした。愛宕雅枝よりも小瀬川白望が数枚上手であったと言わざるを得ない。

 

(シロさんの配牌は可もなく不可もなく……って感じやな)

 

小瀬川白望の後ろで勝負を見守っている愛宕絹恵は、小瀬川白望の配牌を見ながらそう思った。そしてその感想は決して間違ってはいない。確かに小瀬川白望の配牌は少し索子が多めの三向聴。特別に良いわけでも、悪いわけでもない。平凡な配牌。だが、小瀬川白望はそうは考えてはいなかった。何度も言うが、愛宕絹恵が言っていることは正しい。だが、それはあくまでも()()()()()()()()()()だ。

そう、卓に座っている小瀬川白望だからこそ気付くことができていた。……いや、小瀬川白望が気付いたからといって、それがイコール他の人が気づけるとは言えないのだが。ともかく、卓に座っているからこそこの配牌に隠された可能性に気付けたのだ。それを踏まえて考えれば、この手、全然平凡ではない。むしろ、今の小瀬川白望が欲していた最高の形である。

 

(本当はまだ攻めてもいいけど、どうせなら全部丸裸にしてあげるよ……愛宕雅枝さん……)

 

そう、場合によってはこの配牌で愛宕雅枝の麻雀をほぼほぼ全部知ることが可能となる。そうなればこの勝負、愛宕雅枝が小瀬川白望に勝つことはほぼほぼ不可能となってしまう。だが、それをどうにかして回避できるか、と言われてもそれも不可能に近いことだ。

 

(・・・凍りつかせてあげるよ)

 

小瀬川白望はニヤッと笑って愛宕雅枝の方を見る。愛宕雅枝はそれを見て少し恐怖するものの、すぐに平常心を取り戻した。

 

 

〜〜〜

 

(流石やなシロちゃん……この局で全部オカンの麻雀を知ろうとする気やな……)

 

一方、愛宕洋榎はニヤッと笑う小瀬川白望の事を見て素直にそう思った。自身の母親である愛宕雅枝がどれほど強い部類に入るのかは彼女が良く知っている。全国大会で小瀬川白望と真っ向に対峙したり、その前の準決勝までは他者を圧倒していた愛宕洋榎でさえ、自身の母親に真っ向から闘って勝利できるか、と言われればすぐに頷くことはできないであろう。それほど愛宕雅枝という雀士は強いのだ。それを身を以て体験してきた。だが、前局見に徹してきた愛宕洋榎は確信した。自身がそあれほどにも高く評価している愛宕雅枝でさえも、小瀬川白望には技量では及ばないということを目の当たりにして、愛宕洋榎は少々興奮していた。やはり小瀬川白望は正真正銘の人外であるということに、どこか嬉しさを感じていた。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

三巡目

小瀬川白望:手牌

{五七⑧1223445789}

ツモ{3}

 

 

 

(おお、なんやコレ……索子がどんどんと……)

 

東二局が始まって早くも三巡が経とうとしていたが、小瀬川白望がこの三巡で掴んだ牌は{283}の三牌。そう、全て索子を引き入れたのだ。流石にここまで来ると小瀬川白望が配牌を開いた直後に気付いたこと……彼女の手牌に起こっている異常にも気づき始めてきた。そう、小瀬川白望のこの局の流れは総じて索子。まるで湯水が湧き出るかのように小瀬川白望の元には索子が集まってきたのだ。それを彼女は配牌を開いた瞬間にその彎曲した、索子に偏っている流れを察知したのだ。

 

 

小瀬川白望

打{⑧}

 

 

当然、小瀬川白望は{⑧}を切って前進する。その打牌に一切の迷いは見られない。自信を持って打っているのが彼女の表情を見れば一発で分かる。

そしてそれから二巡経った五巡目、小瀬川白望が遂に聴牌に至る。

 

五巡目

小瀬川白望:手牌

{七122333445789}

ツモ{6}

 

{6}をツモってきて小瀬川白望、聴牌。打{七}で{369}の三面待ちの聴牌か、索子を打って{七}単騎待ちの聴牌の二択となった。愛宕絹恵は、ここでは索子を打って{七}単騎待ちを取るのではないか、と予測した。何故なら、この索子だらけの流れであればいずれは他の人に気付かれる。そこで敢えて萬子待ちにすることで愛宕雅枝を狙い撃ちするという算段だ。

 

「リーチ……」

 

 

小瀬川白望

打{横七}

 

 

だが、小瀬川白望は真っ直ぐに{369}の聴牌をとった。愛宕絹恵は少し驚くが、小瀬川白望からしてみれば聴牌の待ちなどどうでもよかった。そもそもこの局での目的は愛宕雅枝の情報を得ること。点棒を奪うことではない。わざわざ狙い撃つために萬子単騎待ちにする必要はないだろう。小瀬川白望はむしろ、この偏りのある捨て牌でのリーチに愛宕雅枝がどのように対応するかを探りに行ったのだ。攻め続けるのか、守備につくのか、それとも保留して見に回るのか。そういったことも含めて、相手がどのようなロジックでリーチに対応しに行くのかを見極めようとしたのだ。

そうしてそのリーチから一巡が経ち、小瀬川白望のリーチ後第一ツモとなった。

 

小瀬川白望

ツモ{8}

 

ツモってきたのは{8}。和了牌ではないものの索子の{8}をツモってきた。小瀬川白望は無表情でその{8}を河へと置いた。

そしてその後も続けざまに索子、しかし和了牌ではない索子を続けざま、立て続けにツモってきた。

そういったこともあってか、リーチまでは河には一つも無かった索子が、まるで緑化が突然始まったかのように索子で埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

愛宕雅枝

ツモ{7}

 

 

そして同巡、愛宕雅枝がツモってきたのは{7}。これは小瀬川白望の和了牌ではないのだが、それでも愛宕雅枝を迷わせるには十分すぎた牌であった。

愛宕雅枝はチラリと小瀬川白望の捨て牌を見る。

 

小瀬川白望:捨て牌

{一赤⑤⑧五横七8}

{4251}

 

その捨て牌は、一言で言ってしまえば不気味極まりない捨て牌であった。リーチ前までは索子が無いと思いきや、リーチをかけた途端突如捨て牌に索子が置かれ始めたのだ。それも、五巡連続で。確率というのはなんだったのかと思ってしまうほどふざけたツモ運だ。それに加えて{369}のスジは一切切られてない。いや、だからといって確実に{369}待ちでは断定は出来ないものの、見れば見るほど不気味な捨て牌だ。

そして今度は自分の手牌を見る。聴牌直後の一向聴であり、ここからオリに回ろうとしても融通が利かない。それに、小瀬川白望の手牌はいかにも索子が待ちのようにも見えるが、それの裏をかいて萬子や筒子の待ちかもしれない。

無理に行くのは危険。ここは一旦退かず進まずの姿勢を取るのが得策である、と対子になっていて尚且つ小瀬川白望の捨て牌にある{⑧}を掴んで捨てる。

 

(こっからどう巻き返すかやな……)

 

そう、退かず進まずとは言ったものの、結局は聴牌できなかったのだ。それに対して小瀬川白望はもう五巡前から聴牌している。この差は大きく、いつ小瀬川白望がツモってもおかしくは無い……そう思った矢先、

 

 

「ツモ」

 

 

小瀬川白望:和了形

{1223334456789}

ツモ{3}

 

 

 

「リーヅモ一気通貫、清一色……4,100-8,100」

 

小瀬川白望が待っていたと言わんばかりにツモ和了る。倍満の和了り。だが、そんなことはどうでもよかったのだ。小瀬川白望は、この局で全ての情報を得ることに成功した。小瀬川白望はゆっくりと笑う。

 

(始めようか……)

 




次回かその次で麻雀は終わりですかね。
前書きにもあったように、アンケートのご協力をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第122話 大阪編 ⑧ 入門

大阪編です。
只今アンケートを実施しております。詳しくは活動報告にて。



 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(やられてしもうたな……)

 

そう心の中で呟きながら、愛宕雅枝は小瀬川白望の方を睨みつけるように見据える。その瞳には明確な敵対の意志、もっと言ってしまえば殺意がこもっていた。素人ならそんな目で睨みつけられたら心が震え上がって牌すらまともに持てなくなるであろう。それほど彼女が発するプレッシャーは途轍もないものであった。現に横に座っている愛宕洋榎と愛宕父、小瀬川白望の後ろにいる愛宕絹恵は額に嫌な汗を垂らしていた。だが、そんな人を怯え上がらせるほどの威圧を目の当たりにしても、小瀬川白望は平常心を保っていた。

もしかして、この威圧が彼女にブラックホールの如く吸い込まれて行ってしまっているのではないか、とまで愛宕雅枝が思ってしまうほど、小瀬川白望は全く気にもしない様子で椅子に座っていた。ある意味、小瀬川白望はブラックホールのようなものをその内に有しているが、それと今の威圧による平然とした様子は全くもって関係ない。

何か特殊なことをするまでもなく、愛宕雅枝の威圧、プレッシャーは小瀬川白望の心を揺らすものではなかったのだ。愛宕雅枝は知る由もないが、小瀬川白望は赤木しげると常に打ってきているので、威圧やプレッシャー如きではビクともしなくなっているのだ。それは仕方のない事だろう。

 

そうして東三局が始まり、配牌を次々と開いていく。そうして開いている途中、愛宕洋榎は未だ平然を保っている小瀬川白望の事をチラリと見ながら、心の中で思案する。

 

(やっぱしこの勝負、シロちゃんはオカンを徹底的に潰しにいくんやろうな……)

 

そう、この勝負が始まってからの東一局と東二局、場は完全に小瀬川白望vs愛宕雅枝という構図が出来上がっていた。この状況では愛宕洋榎は俗に言う人数合わせとなってしまっている。だが、彼女自身この勝負を見ていたいという気持ちもあるのだが、それを彼女の負けず嫌いな気持ちがそれを上回った。

 

(この卓には誰がおると思うてるんや……愛宕洋榎がおるんやで!)

 

 

 

〜〜〜

 

 

そうして愛宕洋榎が意気込んだこの東三局、愛宕洋榎の配牌は他三人と比べても段違いの良かった。彼女の負けず嫌いな素直な心を、麻雀の流れを司る神様が気に入ったのであろうか。この局、愛宕雅枝も小瀬川白望も、共に五向聴の配牌からとは到底思えないほどの驚くべきスピードで手を進めていたのだが、それに追いつかれる事なく愛宕洋榎が勝ち取った。

 

 

「ツモ!!」

 

 

 

愛宕洋榎:和了形

{二二二五六七⑧⑧⑧33東東東}

 

 

「ツモ三暗刻東……満貫やな」

 

 

千里山の監督と人外化物二人を差し置いての満貫ツモ。だがそんな二人はどちらかというと愛宕洋榎に良い評価を付けていた。そこに悔しさや、怒りなどは一切見られない。ただ単純に、愛宕洋榎の事を凄いと評価していた。

 

 

(ほお……やるやん洋榎)

 

(流石洋榎……面白いね)

 

 

この満貫ツモ、点数だけ見れば然程大きくはないものだ。これが評価されている理由は、愛宕雅枝と小瀬川白望を振り切ってツモったという事だ。決して二人は手加減などしていない。本気で潰し合いをしている。そんな最中、偶然ではあるものの流れを掴み取って二人を出し抜いてツモ和了るということはほぼほぼ不可能に近い。それを愛宕洋榎はやってのけたのだ。そう考えれば、この満貫ツモはただの満貫ツモと一緒くたにしてはいけない。難易度的に言えば役満をツモるレベルといったところか。

しかし、だからと言ってこれで愛宕洋榎が今後有利になるとは言い切れない。確かに、超重要な和了りを果たした愛宕洋榎の流れは良くなるかもしれない。これが相手が通常の人間だったら愛宕洋榎の圧勝だろう。まあそもそも、通常の人間相手だったらそんな事をしなくとも圧勝だろうが。

そう、今愛宕洋榎の目の前に立ちはだかるのは自身の母親である愛宕雅枝と、過去に打って完全敗北した小瀬川白望だ。そんな一時の流れでどうにかできるほど甘くはない。いやむしろ、ここから愛宕洋榎は厳しくなるかもしれない。今の和了りによって、愛宕雅枝と小瀬川白望は愛宕洋榎の事を意識しだした。そうなれば必然的に愛宕洋榎は愛宕雅枝と小瀬川白望の間に割って入るような形になり、二人から標的にされる可能性もますます高くなってくるだろう。

 

 

「ロンや。少し甘かったとちゃうんか?」

 

 

愛宕雅枝:和了形

{赤⑤赤⑤12345679南南南}

 

 

 

愛宕洋榎

打{8}

 

 

 

「一通ドラドラ……8,000やな」

 

その証拠に、次局の東四局は愛宕雅枝に狙い撃ちされてしまった。赤ドラの{⑤}を対子としている、なかなか見られない形のドラドラであったが、振り込んでしまった以上愛宕洋榎の責任である。

 

(確かに……ウチはオカンやシロちゃんに比べたら、まだまだ木偶や……)

 

愛宕雅枝に点棒を渡しながら、頭の中で冷静になる。そうして、一つの考えを導き出す。

己の限界を作るな。敵が格上であろうと、人外であろうと関係ない。自分の位置関係を再確認しろ。その上で目標を作れ。

 

 

(せやけど、木偶にも決意があるってとこ、見せなアカンな)

 

 

 

〜〜〜

 

 

(お姉ちゃんの目つき……似とるわ)

 

決意を抱いた愛宕洋榎を小瀬川白望の後ろから見ていた愛宕絹恵は、ふと愛宕洋榎の目つきがどこか愛宕雅枝や、小瀬川白望のような目つきに似てきた事に気づく。

そう、この時愛宕洋榎の抱いた決意は、並大抵のものではなかった。言うなれば、不屈の決意。文字だけ見ればそう凄くは見えないだろうが、彼女の決意は、それこそ劣りはするものの赤木しげるや小瀬川白望、愛宕雅枝のような所謂常人とは一線を画す決意であった。かつて辻垣内智葉が全国大会決勝戦で小瀬川白望との格差を目の当たりにしても諦めなかったソレと全くもって同じなのだ。

俗に言う、人外へのの入門。だがしかし、そこから自身の母である愛宕雅枝との距離は遠い。そして小瀬川白望や赤木しげるまでの距離はもっともっと遠く、月とスッポン、雲泥の差であるが、同じステージに彼女は意識せず片足を突っ込んだのである。恐らく常人が一生を費やしても叶う事のない土俵に、いや、理解することすら不可能な土俵に立てたのだ。

 

(洋榎も……こっち側(人外)に来たんだね……)

 

そんな愛宕洋榎の心情の変化を小瀬川白望も察知する。まだまだ自分や赤木しげるには足元にも及ばないいわば入門編に入った直後であったが、同胞が増えた事に対して強く彼女は嬉しく思った。

 

(まあでも……勝つのは私だけどね)

 

 

そうして、和気藹々と始まったはずの娯楽麻雀から完全な戦場と化したこの勝負も、遂に南入。半分を切った。そして南入最初の親番は小瀬川白望。他三人としては死んでも止めなくてはいけないこの親番、まず小瀬川白望が先手を取った……かに思われた。

 

 

愛宕雅枝

打{⑨}

 

 

「カン」

 

「ロン」

 

 

 

 

愛宕洋榎:和了形

{二二六七八②③③④④⑤⑦⑧}

 

 

「平和のみ、1,000点や」

 

 

 

小瀬川白望が大明槓による嶺上開花を狙っていたが、愛宕洋榎によってそれは妨害される。因みにこの時の嶺上牌は小瀬川白望の和了牌であり、愛宕洋榎がロンしなかったら小瀬川白望が確実に和了っていた。そう考えれば、愛宕洋榎の和了りはファインプレーと言わざるを得ない。

 

 

(成る程……流石に一筋縄じゃあ行かないってことか……)

 

(そう簡単にやらせはせんで、シロちゃん)

 

(次の親番で逆転……やな)

 

 

三人の思惑が交錯しながら、勝負は南二局に突入する。

 

 

 




次回で麻雀は終わり!
あとは数話愛宕回をやって、次は怜&竜華!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第123話 大阪編 ⑨ 誤解、再確認

なんか今回は長々と自分の思うことを綴っただけ感が半端ないです。麻雀要素全くないですし。
色々な意見があると思いますが、まあ暖かい目で見てくださると嬉しいです。
(因みにアンケートやってます。詳しくは活動報告にて!)


 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(・・・確かに成長したけど……甘いね。洋榎……)

 

南二局、配牌を取りながら小瀬川白望は愛宕洋榎の事を見てそう心の中で呟いた。そう、確かに愛宕洋榎は俗に言う『人外』の道に足を乗せた。だがしかし、それではあくまでも人間から少し能力を伸ばしただけの、異端止まりにすぎない。『人外』と評してはいるものの、まだまだ赤木しげるという名の『神域』には遠く及ばず、彼と比較すれば『人外』もまだまだ人間であると言っても差し支えないだろう。というより、及ぶ及ばないの話ではないのかもしれない。まず根本的な感覚、感性が違うのだから。赤木しげるのような『神域』はどのような考えをしているのか、と疑問に思うのは仕方のない事だろう。無論『人外』たちもそう思う。だが、その時点で『神域』に追いつくことは以ての外、足跡すら追う事もできないだろう。

無論、『人外』の中でも格差はあるし、全員が全員同じ強さというわけではない。麻雀初心者の頃ではあるものの、赤木しげるを後一歩のところまで追い詰めた市川や、当時現役の王と呼ばれていた原田克美、赤木しげるが現れるまで裏世界最強と言われていた曽我三威、たった一度ではあるが、赤木しげるに勝利した天貴史。これら四人はその中でも最上位に位置する存在である。サマは当然の事、ヒラで打っても現在の麻雀のプロと言われる連中には十分余裕を持って勝てるだろう。だが、そんな彼らでさえも赤木しげるの、『神域』の前には霞んでしまうのだ。誰一人赤木しげるの事を完全に理解できた人間はいない。そういった意味でも、赤木しげるを本当に理解した人物は赤木しげるが唯一同類と認めた鷲巣巌以外にはいないだろう。まあ彼は『神域』『人外』などの枠組みとはまた別の部類なのかもしれないが。

極論を言ってしまえば、どれだけ『人外』の中で位をあげても結局のところ『神域』には届くわけもないのだ。そして更に言ってしまえば、『神域』になるということはつまり『赤木しげる』という存在と同列になると同義である。そもそも赤木しげるが『神域』に辿り着いたのではない。むしろその逆、赤木しげるという存在そのものが『神域』であるのだ。故に『神域』というものは『人外』の延長線上、というわけではない。全くもって別の時空に存在している。それを愛宕洋榎は……というかほぼ全ての『人外』たちは誤解しているが、いつまでたっても資質のない者は一生『人外』という枠で収まり続ける。それは小瀬川白望もそうだ。前に小瀬川白望は、辻垣内智葉が『神域』の域に入ったと思っていたが、それははっきり言って全然違うものだ。その証拠にその後辻垣内智葉は小瀬川白望に対等に戦えていたわけではなかった。言い代えるのならば、辻垣内智葉が起こしたのはあくまで『人外』を極めかかっただけ。だが何度も言うように、そこに新たな境地はないし、どれだけ『人外』の道を進もうとあくまでそれは『人外』。『神域』に届くことは不可能。鳥がどれだけ速く飛んだとしても、地球という鳥カゴからは出られないように、資質のない者もまたその鳥カゴから出る事はできないのだ。というか、そういう人間がほぼほぼ10割を占めているだろう。

そういう意味では、小瀬川白望は鷲巣巌と同じレベルでのイレギュラーな存在と言える。『人外』を極めるよりも、ただひたすらに『神域』を目指しているイレギュラー。逆に言えばそれほどのイレギュラーでもない限り、赤木しげるの域に達する事はできない。

つまりそれほど赤木しげるという存在はそれほど遠い存在であるという事だ。小瀬川白望の存在によってそれが安い存在であると思われがちではあるが、究極の話現時点までに赤木しげるに敵うものはいない。それは麻雀以外にも言える事だ。多分、彼以上に自分を優先して生きてきた者は存在しないだろう。一番自分を捨てる覚悟でありながら、一番自分を大切にしてきている。それは矛盾が生じてしまうかもしれないが、事実そうであった。少年期の時点で既に自分の死も厭わない狂気を有していたし、赤木しげるが自殺をした時は自分を自分のままでいさせたかったために自殺を決行したのだ。

結局のところ何が言いたいかというと、皆はまだまだ赤木しげるというものを理解できていないのだ。その誤解に気づく事ができた小瀬川白望は、改めて赤木しげるとの差を痛感させられる。まだまだ自分も未熟者、親友相手と多少過大評価はしてしまったとはいえ、軽々しく『神域』の片隅に入るなどという言葉は使えない。そもそもまだ自分もその『神域』に達してはいない。だからこそ今こうして武者修行をしているのだという事を再確認する。

 

(だからこそこんなところでは負けられない。そろそろ終わらせようか……)

 

 

そう心の中で呟いたあと、本気で威圧を卓に向かって放った。その瞬間全員の顔が歪む。いくら『神域』にまだ達していないとはいえ、その『神域』を師としている小瀬川白望の威圧は凄まじいもの。逆に、これほどのプレッシャーを受けてまだ倒れないでいる三人のガッツを評価すべきか。

 

そして結論から言うと、この勝負は小瀬川白望の圧勝だった。南二局では三巡跳満を愛宕雅枝に直撃させ、その後は三倍満ツモと再び跳満を、今度はツモ和了りで終了した。勝負が終わると、小瀬川白望は一人平然と椅子から立ち上がって、「ありがとうございました」と礼をする。それに対して愛宕家三人組は、全身を汗で濡らし、息を切らしながら深く背もたれに凭れかかる。後ろにいる愛宕絹恵は、驚愕したような目で小瀬川白望の事を見ていた。

 

「色々と今の勝負はためになりました……」

 

そう小瀬川白望は三人に向かって言うが、三人はもはやそれどころではない。まあそれを承知で小瀬川白望は言ったのだが。

確かにこの勝負、小瀬川白望にとってとてもためになった勝負であった。勝ちそのものにためになったものは然程ないが、この勝負によって自分と赤木しげるとの立ち位置を再確認できた。それだけでもこの勝負はとても意味のあるものであろう。

 

(まだ足りない……)

 

 

 

-------------------------------

 

 

(【やっと分かってきたじゃねえか……自分がどれだけ普通の道から外れているか……】)

 

小瀬川白望がそういった事を思った時と同時に、小瀬川白望の首にかけられている手づくりのお守りの中に入れられている赤木しげるはそんな事を思っていた。

そう、今まで小瀬川白望は勘違いしていた。道は外れていないものの、今自分が進んでいる道が普通の、皆が通る道であると誤解していたのだ。そう、赤木しげるは言うまでもなく偏っている。それこそが『人外』を極めても赤木しげるにたどり着く事ができない理由なのだ。

そう、自分が偏っているという事を自覚しなければいけない。その自覚が今まで小瀬川白望には無かった。それを教えてあげるのは簡単だ。だが、それでは凡夫止まり。自分で気づく事が必要だった。

だからこそ、ここで小瀬川白望がそれに気付いたのは大きい。これを契機に、赤木しげるにより近づくこととなるだろう。

小瀬川白望が、どんどん自分の同類と化していく事に赤木しげるは喜びを抱く。いつか、自分と肩を並べるのかと思うと、楽しみで仕方ない。

 

(【まあ、負ける気など毛頭なしだがな……】)

 

 

 

 




インフレしそうだ、という意見をいただきましたが、今回『人外』では神域にはなれないという壁を設けて、赤木しげる、いわゆる『神域』を絶対最強としました。
まあ苦しい言い訳、後付け設定にしか見えませんが、私の文章力、機転力ではこれが限界です。申し訳ありませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第124話 大阪編 ⑩ 掃除と食事

大阪編です。
打って変わって今回はほのぼの回。
アンケートもやってます。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「はあ……夕飯の支度せんとな……ほら、いくで」

 

 

対局が終わった後、疲弊しきっていた愛宕雅枝さんが立ち上がり、息を切らしながらもふらふらとリビングの方に歩き始めた。一方お父さんの方も疲れ切っているのか、立ち上がる時にかなり時間をかけながら立ち上がった。

 

「シロちゃん……」

 

リビングの方に歩いて行く二人を見届けていた私は、洋榎が私の名前を呼んだので洋榎の方を向いた。しかし私を呼んだ洋榎は、ぐったりと卓に突っ伏していた。どうしたものか、と洋榎の近くまで行って肩を揺さぶってみると、顔だけを私の方に向けてこう言った。

 

「疲れて立ち上がれんや……シロちゃん、ウチのこと起こしてくれんか?」

 

「・・・ダルいけど、いいよ」

 

仕方ないけど、私は洋榎の申し出を受け入れた。私は洋榎の腕を引っ張って強引に立ち上がらせようとする。普通に軽かったので、すぐに引っ張りあげることができた。立ち上がった瞬間こそ倒れそうなほど体の重心がグラついていたが、すぐに重心を整えた。

 

「ありがとな。シロちゃん……」

 

「別に……大丈夫」

 

洋榎とそういった会話をした後、後ろにいた絹恵が私の腕を掴んで私と洋榎に向かってこう言った。

 

「夕飯できるまで時間あるし、部屋いくで。シロさん、お姉ちゃん」

 

私と洋榎は頷き、絹恵と洋榎について行った。

 

 

 

〜〜〜

 

 

「ここがウチとお姉ちゃんの部屋やで」

 

洋榎と絹恵に、二人の部屋のドアの目の前まで連れてこられた私に、絹恵が私に見せびらかすようにドアを開けようと手をかける。

 

(あれ……そういえば部屋散らかってるんじゃなかったっけ)

 

だが、そんな絹恵を見てふとそう思った。確かこの家に来る途中、絹恵は『部屋の掃除をしておけばよかった』と呟いていたはずだ。私もついさっきまで忘れていたことだったが、そこのところはどうなのだろうか。この家に来てからすぐに対局を始めたので、絹恵が部屋に行ったということはあり得ない。確かに、対局中にそっと部屋に行くことも可能であるが、対局中ずっと絹恵は私の後ろにいた。私がちゃんと確認していたので、それは間違いない。

 

(となると……俗に言うアレか)

 

そこで私はある結論にたどり着く。それは『掃除やってないわー』と言っておいて実際に部屋を見たら綺麗に掃除されているアレだ。できないアピールをしておいてからの本当はちゃんとやっているという言わば予防線である。そうなれば今の絹恵の言動も矛盾はない……

 

 

「あ……」

 

 

そうして勢いよく絹恵がドアを開ける。そこには本や学校の教科書類、プリントなど色々な私物が散乱していた。よく見ると部屋の中には机が二つあり、その片方だけが散らかっている。私が何か言う前に、ドアを開けたときの数倍のスピードでドアが閉まった。

 

「いや……あの、えっとな……?」

 

絹恵が顔を赤くしながら必死に弁明を始める。しかし全く言葉に成り立っておらず、三人の間に奇妙な空気が流れる。私はふと洋榎の方を見ると、「あちゃー」といった感じで手に顔を当てている。

 

(まあそんなわけないよね……)

 

まあ、さっきあれだけ色々な可能性を考えてはいたものの、ある程度予想通りだった。ドアを開ける直前の絹恵の顔を見ればわかる。まるで何事もなかったかのようにして開けるあの様は、明らかに予防線を張っているような計算された表情ではなかった。

 

「・・・せや!シ、シロちゃん!ト……トイレ行かへんで大丈夫か!?」

 

すると洋榎はとっさに絹恵に対しての助け舟を出す。私も、それに気付かないほど馬鹿ではない。無論その意図を汲み取り、私はお小水に行くことにした。

 

 

 

〜〜〜

 

 

「いや、ホンマ情けないですわ……」

 

そうして私がお小水から帰ってくると、さっきまで酷い有様だった部屋がまるで嘘だったかのように整頓されていた。失礼な話だが、私が驚いたのは洋榎がしっかりと部屋の掃除、整理整頓がなされているということだ。麻雀の河だってあまり綺麗とはいえないし、彼女の性格上掃除とかそういうのは無縁だと思っていたので、そういう意味でもあの絹恵がああいう状態になっている事が意外だった。まあ、私もたまに部屋の掃除をサボって部屋がごちゃごちゃしている時が多々あるので、人に言える立場ではないのだが。

 

 

「だから言ってるやろ?日頃から掃除しておき!って」

 

洋榎がハハハと笑いながら絹恵に向かって言う。彼女は絹恵に向かって言ってるつもりだが、その矢は私の方にも突き刺さっている。……なんか洋榎には言われたくはないな、と思ったが、これに関してはどう足掻いても洋榎の方が正論だろう。ちゃんと掃除しなきゃな……と心に密かに決めた私は、私に言い聞かせるようにして絹恵に向かって言う。

 

「大丈夫……私は気にしてないよ」

 

「ホ、ホンマですか?」

 

一気に絹恵の目がキラリと輝くが、すぐに洋榎にバッサリと一刀両断されてしまう。

 

「んなわけないやろっ!」

 

おおこれが本場のツッコミというやつか、と心の中で思う。そんな何気ないやり取りをしていると、エプロン姿の愛宕雅枝さんがドアをノックして開ける。

 

 

「ほら、お前たち。夕飯が出来上がったで」

 

そう言われて私たちは立ち上がり、リビングの方に行く洋榎と絹恵についていく。

そしてリビングについた私がまず目にしたのはテーブルの真ん中に鎮座している大量の唐揚げだった。他にも色々な料理がテーブルの上に乗っかっている。

 

「豪華……」

 

それを見た私が思わずそう呟いた。すると愛宕雅枝さんは自慢気に「奮発したからなあ」と言う。

そして私が隣にいる洋榎と絹恵の方を見ると、二人は瞳をキラつかせながらテーブルの方を見ていた。

 

「さあ、手洗って夕飯にするで」

 

そう言って私たちは手を洗った後、テーブルを囲むようにして座り、両手を合わせて「いただきます」と合唱してから夕飯を食べた。

まず、私の箸が向かったのはテーブルの中央にデカデカと存在する唐揚げ。それを箸で掴み、自分の口の前まで持ってきて フー と息をかけて冷ました後、唐揚げを口へと運ぶ。

 

(……ッ!)

 

その瞬間サクッ、という音が口の中で響き渡る。そして間髪入れずに肉汁が口の中を満たす。噛めば噛むほど口の中で唐揚げが私を幸福で満たす。

そしてよく噛んだ後、ゴクン、と喉を通す。何も言葉が出ない私を見て、洋榎が私に向かってこう言う。

 

「美味いやろ?シロちゃん」

 

色々と言いたい気持ちはあるのだが、唐揚げのあまりの美味しさで何も言葉が出てこない。そしてやっと私から発せられた言葉はただ一言、

 

「美味しい……」

 

この一言に尽きる。私はこの人生、唐揚げを食したことは幾らでもある。だが、この唐揚げは今まで食べた唐揚げの何倍も美味しい。そう思えるほど美味しかった。

 

「お、オカン。いつもより美味いやん!」

 

横で食べている絹恵も、満面の笑みで愛宕雅枝さんに向かって言う。

 

「まあ、白望さんが来ると知って昨日から漬けておいたからなあ。そう言ってくれて嬉しいで」

 

その後も、山と言えるほどあった唐揚げの山が綺麗さっぱり無くなるまで唐揚げを堪能した。

 

「ご馳走様でした」

 

そう言って両手を合わせる。愛宕雅枝さんはいかにも母親らしい態度で、

 

「お粗末様……やな」

 

と言った。私は十分な満足感と幸福感を感じながら、洋榎と絹恵と一緒に部屋に戻った。




まさかの飯テロ……?回。
絹恵ちゃんって咲日和でもどこか抜けている部分ありますよね。天然というのでしょうか。洋榎ネキは意外なところでしっかりしているイメージ。勝手な想像ではありますが。

因みにアンケートの締め切りは2/13日までです。(露骨な宣伝)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第125話 大阪編 ⑪ ドッキリ

愛宕回。そして書きたかっただけの蛇足回。
恒例化してしまうのではないかという今回。仕方ないだろう、書きたかったんや……!
あと、アンケートやってます。今のところ豊音がトップですかねー


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「おーい、風呂沸いたから入ってきや」

 

 

美味しい夕食を終え、また部屋で談義に花を咲かせていた私たちは、コンコンという音と共に部屋に入ってきた愛宕雅枝にそう言われる。常々思うが、時間というのはおかしなものだ。ついさっき夕食を食べたと思ったらもうお風呂に入る時間か。

 

「せやな……誰から入る?」

 

愛宕雅枝さんの言葉に対し、洋榎がそう言って私と絹恵の方を見てくる。そういえばお風呂の順番とか全く考えていなかったけど、どうすればいいのだろうか。まあ、ここはよそ者の私が口出しする場面ではないな、と悟った私は黙って絹恵と洋榎の決定に従う事にした。決して自分で決めるのがダルいからというわけではない。決して。

 

 

「・・・よし。シロちゃん、先入っててくれへんか?」

 

そうして二人の事を傍観していると、洋榎が私に向かって指をさしてそう言う。客人だからなのか、一番風呂は私がいただく事になった。私は立ち上がり、着替えの下着とパジャマを持って愛宕雅枝さんに連れられて風呂場の脱衣所へと行った。

 

「白望さん、洗濯物とかはこのカゴに入れときな」

 

愛宕雅枝さんはそう言って私にカゴを渡す。明日にはここを出るのに、間に合うのかという旨を愛宕雅枝さんに伝えたら、

 

「あー、夜の内に洗濯して、その後部屋干ししとくから安心しとき。」

 

と返された。成る程、そういうことなら大丈夫なのだろう。そう言って愛宕雅枝さんは部屋から出て行き、扉が閉められる。脱衣所、とは言ってもいつもとは違う光景を見渡す。やはり私の家のところよりも広い、というのが私の最初に出た感想だった。まあ、智葉のところはもっと凄かったのだが、もはやあれは比較していいものかという疑問が頭の中で駆け巡る。

そういったことを考えながら、私は服を脱いで先ほど渡された洗濯カゴの中に入れる。いくら室内といっても、今の季節は冬。流石に服を脱げば素肌に直接冷気が触れて、一気に寒くなってきた。私は早くこの体を温めるべく、風呂場と脱衣所を繋ぐ扉を開けてそそくさと入った。

 

 

〜〜〜

 

 

(あー……温かい……)

 

 

風呂場に入った私はまずシャワーのお湯を全身で浴びる。冷えた体がどんどんお湯によって温められ、体温が上昇していくのが分かる。

 

(あれ……そういえばシャンプーって何処に……)

 

そんなシャワーのお湯を堪能していた私は、ふとそんなことを思った。そういえば愛宕雅枝さんにシャンプーの位置とかを教えてもらってない。そう思って辺りを見渡した。が、そんな思いとは裏腹にシャンプーはすぐに見つかった。隣にはボディーソープもリンスもある。

そうしてシャンプーの配置を確認した私は、頭をシャワーで濡らす。

 

 

〈ちょ、何するんや!?お姉ちゃん!〉

 

 

(ん……?)

 

 

すると、ドア越しに絹恵の声が聞こえてきた。何かは言っているのだろうが、シャワーの音によって絹恵が何を言っているのかは分からなかった。絹恵に何があったのかは分からないが、濡れた状態のまま外に行って確認するのもできない。仕方ないので、とりあえず私はシャワーを止めて、さっき私が確認した位置にあるシャンプーを使おうとした。

 

 

 

 

その瞬間、ガララッという音がドアの方から聞こえてきた。何が起こったのか、と思う前に半ば脊髄反射で私はドアの方に向かって振り向いた。

 

 

 

「え……」

 

 

 

「いや、この……これはな、シロさん……」

 

 

 

するとそこには裸の絹恵が顔を真っ赤にしながら立っていた。よく見ると、絹恵の後ろには洋榎が絹恵がさっきまで着ていた服一式を持っていた。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

 

シロさんが入浴しているお風呂場にウチが突入するその数分前、オカンに連れられ風呂場へ行ったシロさんを見送り、部屋でお姉ちゃんと二人きりになったウチは、ふと隣にいたお姉ちゃんにこんなことを言われた。

 

 

「あ、そういえば……シロちゃん、自分の下着だけ用意しないで行ったんとちゃう?」

 

「ウソやろ?さっき持って行かんかったか……?」

 

「いや……多分パジャマだけだったと思うけどなあ……?」

 

なんというミス。シロさんらしくないなとも思ったが、やはりさっきの麻雀のせいだろう。あれが終わった直後、お姉ちゃんでさえ立ち上がれないほど疲弊していた。いくら夕飯を挟んだといえども、疲れは溜まっているようだ。それなら忘れても仕方ないだろう。

 

 

「・・・じゃあ、ウチが行ってくるで。お姉ちゃん」

 

「お、助かるで」

 

そういってウチは立ち上がる。だが、ああ言ったものの、本当に持って行っていいのかという疑問が今になっている浮上してくる。下着を忘れたのだから持っていくという行為自体は仕方ないのだが、シロさんの下着を持って行くということは、ウチがシロさんの下着を見て尚且つ触るということだ。別にお姉ちゃんのとかだったらまだ別にどうって事はない。だが、それがよりにもよってシロさんの下着……謎の背徳感が自分を襲うが、言ってしまった以上やるしかない。ウチはシロさんが持ってきたバッグの中を探す。

 

(ハア……軽々しく言うもんやないなコレ……すまんなシロさん……)

 

さっきやるしかないとか言ったものの、ウチは探している今も罪悪感と背徳感でいっぱいである。もっと自分のやる事の意味を考えてからモノを言うものだ、と改めて思い知らされる。ウチは心の中でシロさんに向かって謝りながら、バッグの中を詮索する。

 

(あ……これか?)

 

そして探すこと数秒、シロさんの下着とブラを発見する。麻雀を打っている時のシロさんと同一人物とは思えないほど、下着は年相応のものだった。

見つけた最初こそ、本当に触っていいのか逡巡するが、これで困ってしまうのはシロさんだ。と言い聞かせて、それを持ってお風呂場に行くべく、部屋のドアを開ける。

 

 

 

(ここやな……)

 

そしてウチは風呂場の脱衣所のドアの目の前までやってきた。深く深呼吸した後、ウチはそろりとドアを開ける。

ドアを開け、足音を立てないようにしてシロさんのパジャマがあるところに下着を置こうとする。が、そこで問題が生じる。

 

(ある……?)

 

 

そう、何故かは分からないが、シロさんのパジャマの上には既に下着が置かれていた。一体どうしたものか、と思っていると、脱衣所と廊下を繋ぐドアが閉められた音がした。

 

「ドッキリ大成功、やで!絹」

 

振り返るとそこにはお姉ちゃんが立っていた。なんだ、そういう系のドッキリか。全く、狙ってやっているのか、それとも偶然なのかは分からないが、心臓に悪いドッキリだった。そうして、ウチはシロさんの下着を持ったまま脱衣所から出ようとするが、それをお姉ちゃんが阻む。

 

「・・・お姉ちゃん?」

 

ウチはお姉ちゃんの事を呼びかけるが、お姉ちゃんは一向に退こうとはしない。なんだと思ったまさにその刹那、お姉ちゃんがウチの服を剥ぎ取った。

 

「んなッ……」

 

 

ウチが何かを言うよりも速くお姉ちゃんは無言で服を剥ぎ取る。一体どうしたというのだ。状況を何も飲み込めていないウチを気にも留めず、お姉ちゃんの手は止まることはなかった。

 

「ちょ、何するんや!?お姉ちゃん!」

 

そうお姉ちゃんに言うものの、お姉ちゃんは聞く耳を持たない。あっという間に服を全て剥ぎ取られたウチは、お姉ちゃんにぐるりと体の向きを変えられる。そうしてウチが向いた方向は、なんと脱衣所と風呂場を繋ぐドア。まさか、と思うよりも前にお姉ちゃんはウチに向かってこう言う。

 

 

「楽しんでこいや!」

 

そう言った後、お姉ちゃんはそのドアをガララッ、と開けてウチを突き出す。ドアの向こうには、シャワーによって全身が濡れている真っ白な肌をしたシロさんがいた。

 

「え……」

 

「いや、この……これはな、シロさん……」

 

そんなシロさんは、今まで見たことがないほど驚いた表情をした。ウチの顔が熱くなる。それと同時に一気に頭が真っ白になり、頭の中は完全にぐちゃぐちゃになっていた。

 




爽に引き続きまたもや裸の付き合い(意味深)
私のリビドーが抑えきれんかったのです。その癖R-18は書けない無能。はっきりわかんだね。
あと、この世界線にはパンツはあります。ノーパンなんてそんなオカルトありえません。
むしろあった方が良いという新見解。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第126話 大阪編 ⑫ 洗って

お風呂回です。
もっとシロの二次絵が増えてもいいんじゃないかと思った今日この頃。いつもとは少し早めの投稿です。

あとアンケートやってます。圧倒的豊音率


 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

 

そして現在に至る。ウチはお姉ちゃんに背中を押され、躓きながらも風呂場へと入った。いきなりウチの事を押したお姉ちゃんに何か言おうと振り向いたが、その時には既にドアは閉められていて、ドアの向こう側からガララ、という音が聞こえてきた。恐らく、脱衣室から出て行ったのだろう。ウチは深くため息をついた。

 

「はあ……シロさんごめんな……?お姉ちゃんが変な事したさかい、こんな事になってしもて……」

 

するとシロさんは、やれやれといった感じでシャワーヘッドを壁掛けに掛けると、風呂場にあるイスに腰を下ろし、ウチに向かってこう言った。

 

「・・・洗って」

 

「え?」

 

「自分で洗うのもダルいし……」

 

いや、いやいやいや。何を言っているんだシロさんは。ウチが、シロさんの頭を洗う……だと?

 

(せやけど……)

 

ウチの混乱をよそに、シロさんは完全にウチに洗ってもらう気でイスに鎮座している。断る気にもならないし、心のどこかで嬉しいと思っているウチがいる。

 

「・・・ええよ。シロさん」

 

結局、ウチはシロさんの申し出を受けることにした。自分の手にシャンプーをつけ、手によく馴染ませる。そして手全体にシャンプーの液体が行き渡った後、シロさんの髪の毛に自分の手を入れる。

 

(・・・柔らかいな。シロさんの髪)

 

見ただけでも柔らかそうなシロさんの髪の毛だが、実際に触ってみると予想以上に柔らかかった。あの癖っ毛も今ではお湯に濡れてペタンとしている。だが、そんな事は一切頭の中に入ってこなかった。どういう事かというと、もうそれどころじゃなかったのである。具体的に言えば、シロさんの裸体を見てそれどころでは無い状況に陥っているのだ。ウチは今、後ろからシロさんの頭を洗っているが、後ろからでもシロさんのありのままの身体の色々な部分がチラチラと見えている。きっとシロさんを前から見れば、シロさんの生まれたままの状態が一望できるのだろう……だが、そこまで考えて、ウチは咄嗟にシロさんの身体から目をそらした。ダメだ、あまり見過ぎているとそういう変な事しか考えられないようになってしまう。

 

(それにしても……シロさんの身体、めっちゃ色っぽいわ……)

 

一旦目を逸らしたが、やはりどうしても視線はシロさんの頭より、シロさんの身体の方に向いてしまう。さっきまではお姉ちゃんの件や、シロさんの急なお願いで困惑していたため気づかなかったが、よくよく考えれば今ウチはシロさんと裸同士で風呂場にいるのだ。それが何を指し示しているのかは、もう言うまでも無い。その事実にようやく気が付いたウチは、一度頭をブンブンと振って落ち着きを取り戻そうとする。

 

(抑えるんや……これはただ頭を洗ってるだけなんや……)

 

そしてそう自分の心に言い聞かせながら、ウチは顔を赤くしてシロさんの頭を洗う。そうだ。これは別に自分がやりたくて強引にやっているわけでは無い。合法的にやっているのだ。なにも背徳ではないし、事案でもない。むしろ事故、不慮の事故だ。

そんな事を一生懸命自分に言い聞かせて理性を保ったウチは、ようやくシロさんの頭のシャンプーをシャワーで洗い流す工程に漕ぎ着けた。

 

「シロさんお湯、行くで」

 

「ん……」

 

ウチがシロさんにそう言うと、シロさんは目を閉じる。目を閉じているシロさんはどこか可愛げがあり、さっきまでの色っぽい大人な感じのシロさんとはまた違った良さというものがある。

 

「流し終わったで」

 

シロさんにそう告げると、シロさんは目をパチリと開ける。目を開けたシロさんを少しまじまじと見ながらも、今度はリンスのボトルの中からリンスを手につけ、またもや手に馴染ませてからシロさんの髪に塗りたくるようにリンスをシロさんの髪の毛にコーティングしていく。そしてコーティングした後、またシロさんに一声かけてから髪を洗い流した。

ここまでは良かった。目線が相変わらず髪より身体の方を向いてしまうが、まだ自分の理性もどうにか抑えられたし、何よりこれで終わったと思っていた。だが、シロさんはイスに座ったまま動かない。ボディーソープの位置が分からないわけでもないだろう。と、そんな疑問を抱えていたウチにシロさんはこんな事を言った。

 

「洗って……」

 

 

 

 

 

 

「・・・いやいや、シロさん?流石にそれはマズいで……」

 

ヤバい。流石にそれはヤバい。ウチの理性的にも、背徳的にも色々なベクトルでアウトだ。いや、さっきまで散々シロさんの事を見ていた自分が言える立場ではないのだが。

そんな軽いパニック状態のウチに、シロさんはこう言う。

 

「いや……前じゃなくて背中……」

 

ああ、なんだそういう事か。まあそれなら多分セーフだ。というか、考えてみれば当たり前のことではないか。この状況で体を洗えと言ってそれが体全体を指し示すわけがないだろう。

 

「せ……せやろうな!そりゃ背中やな!」

 

ウチは咄嗟に誤魔化そうと言葉を発したが、シロさんはキョトンとした感じでウチの事を見ている。嗚呼、ウチの心はこんなにも汚れているというのに、シロさんはなんて純粋なのだろう。そんな自分のいやらしい心を卑下し、ボディータオルを持って、ボディーソープをつけた。そうして泡立ててから、シロさんの背中をボディータオルを使って優しく撫でるようにして洗う。

 

(にしても……)

 

洗っている途中、ウチはあることに気がついた。シロさんの体がとても華奢であることにだ。麻雀を打っている時の気迫からは考えられないほどその背中は華奢で、腕もか弱いと表現しても差し支えないほど細かった。スポーツをやっているウチが押さえつけようとすれば、なす術もなく抵抗すらできないほど。

 

(いや……!何を考えとるんや……)

 

一瞬、自分の心が黒に染まりかけたが、それを自分の理性で防いだ。危ない危ない。それよりも、一瞬でもそんな事を思ってしまった自分を殴りたい気持ちで精一杯だ。ウチはまたため息を吐いて、シロさんの背中を洗う。

 

「・・・終わった?」

 

するとシロさんはウチの方を向いてそういった。相も変わらず純粋な瞳だ。ウチは多少の罪悪感に包まれながらも、シロさんにボディータオルを手渡した。

そうしてシロさんは自分の身体をボディータオルを使って撫でるようにして自分の身体に擦り付け、シャワーで洗い流す。その一連の動作を、ウチは食い入るようにしてジッと見ていた。

 

そうして洗い流すのを終えたシロさんは、椅子から立ち上がって、浴槽の蓋を開けて、浴槽の中に入った。浴槽の中ではシロさんはいつにも増してグターッとしているので、余程疲れていたのだろう。

 

「気持ちええか?」

 

シロさんが浴槽に入った結果空いたイスに座り、そんな事をシロさんに言った。するとシロさんはグッタリしていた体を起こし、「うん……あと、洗ってくれてありがとね」と言い、またもやグッタリとした姿勢に戻った。

 

 

 

〜〜〜

 

 

「絹恵……」

 

 

そして、今度はウチが自分の体を洗っているまさにその最中に、シロさんはふとウチの名前を呼んだ。ウチは突然のことに少し驚きながらも、それに反応する。

 

 

「ど、どした?シロさん」

 

 

すると、シロさんはさっきのようなグッタリとした姿勢を保ったまま、ただ一声。

 

「カッコ良かったよ」

 

と、呟いた。またもや予想外の事を言われ、思わず咳き込んでしまう。ウチは「な、何がや……?」とシロさんに問いた。

するとシロさんは間をおかずにこう言った。

 

「今日のサッカーの……」

 

「ああ……サッカーの事やったか」

 

「絹恵がボールを止めた時とか、思いっきり遠くにボールを蹴り上げた時とか……カッコ良かったよ。絹恵」

 

 

そう言われて、ただでさえ赤面していた頬がどんどん熱くなる。いや、言われて嬉しいのだが、面と向かって言われると恥ずかしいというかなんというか……そんな形容し難い感情に包まれる。そしてなんとか振り絞って出せた言葉が、

 

 

「あ、ありがとう……」

 

という言葉だった。本人は何気なく言った事のように思っているが、ウチからしてみれば只事ではない。何よりも、あのシロさんにカッコ良いと言われて嬉しかった。

そんなふわふわした気持ちのまま、ウチは体を洗い終えた。残るは浴槽の中に入るだけなのだが、いくら小学六年生と中学一年生の女の子とはいえ、二人が一斉に入るにはどうしても体を詰めて入らないといけない。だが、入らないというわけにもいかない。仕方なくウチは息を飲んで、体を浴槽の中に入れた。既にウチの体が入れるように寄せてくれているシロさんの足が微かに当たる。入浴剤の影響でお湯の中は見られなかったが、逆にそれはウチの助けになった。多分、間近でシロさんの体を見たらぶっ倒れてしまうと思う。

そうして結構スペース的にキツめな入浴となったが、それでもシロさんと一緒に、しかもこんな近くに居られるという事にウチは喜びを抱く。

 

「お風呂……気持ちいいね」

 

 

シロさんがウチに向かってそう言う。確かに、シロさんは皆から愛されている。だが、今この瞬間だけは、ウチだけのシロさんだ。

 

「・・・せやな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で愛宕回は終わりです。
そのあとは怜&竜華回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第127話 大阪編 ⑬ 一時の気持ち

なんと連続投稿。時間があったので書きました。
今日の夜頃にまた投稿されると思うので、安心してください。
あとアンケートやってます。


 

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

「ホンマにすまんかった!」

 

 

お風呂から上がってきて、パジャマ姿に着替えて出てきたウチとシロさんをリビングで出迎えたのは、そんな事を言って土下座しているお姉ちゃんだった。リビングのイスに座っているオカンは、お酒を飲みながら笑いながらこちらをジロジロ見てくる。

 

「はあ……ほんと大変やったでホンマ……」

 

そうウチが言うと、オカンがチョイチョイ、といった感じで手を振る。酒に酔って変なテンションになっているオカンを呆れた目で見る。まだお風呂にも入っていないのに、そんなに飲んで大丈夫なのか。っていうかオトンは止めれんかったのかといった疑問を抱えるが、そんなオカンは「絹恵ー♪」と、歳を考えてくれやと言いたくなるほどわざと可愛くしたような声でウチを呼ぶ。ため息をついてから仕方なく、ウチがオカンの所に向かうと、

 

「白望さんと風呂入れて、ホンマは嬉しかったんやろ?」

 

とウチの耳元で囁く。その言葉を聞いたウチのただでさえ湯上りで熱い顔が、更に熱くなったのを感じた。成る程、お姉ちゃんのあの妙にすまないといった謝罪から鑑みて、きっとあのドッキリはオカンが計画したものだろう。面白いと思ってやっているのかは分からないが、全くもって変なところで気を回そうとするオカンだ。・・・まあ、嬉しかったのは否定はしないが。対するシロさんは「何があったんだろう」と今にでも言葉に発したいような表情をしてこちらを見ていた。ウチはそんな赤面した顔を隠し、「な、なんでもあらへんよ!?」とシロさんに向かって言う。シロさんは依然として不思議そうにウチのことを見ていたが、ウチがお姉ちゃんに騙されて持たされた下着を片付けにウチとお姉ちゃんの部屋の一旦行き、すぐに戻ってきた。

 

「まあ……いいからはよ風呂入りや。お姉ちゃん」

 

そして未だに謝る姿勢を保っているお姉ちゃんに向かってそう言う。お姉ちゃんはそれを聞くと、「許してくれるんか!?」と顔を上げる。まあ、元凶はオカンだし、お姉ちゃんに当たっても意味がないだろう。

 

「絹恵……」

 

そうしてお姉ちゃんがお風呂に入った後、シロさんはウチに向かってオカンを指差しながらこう言った。

 

「雅枝さんってお酒入るとあんなになるんだね……」

 

確かに、お酒が入ってるオカンといつものオカンはまるで別人。あの千里山の監督する人とは到底思えない。というか客人が泊まるというのに何でオカンは酒飲んでいるのだか……

 

「ほんま情けないで……」

 

ウチは苦笑いをしながら、シロさんの問いに答える。するとオカンがウチらが話している事が聞こえたのか、「なんやなんや〜?」と言ってウチらが座っているソファーの近くまで来る。

まったくオカンはいつになったら酒癖が治るのか……そう思いながらオカンの話を黙って聞く事にした。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

そしてあれからお姉ちゃんが風呂から戻ってきて、酔っ払ったオカンを強引に風呂に入れさせ、ウチらは寝る事にした。ウチらは部屋へと戻ったが、そこで問題が生じた。そう、ウチらは普段寝るときにはベッドを使っている。二段ベッドの、何処にでもありそうな普通のベッドだ。だが、今回はそれではいけない。シロさんがいるのだから、当然二段ベッドでは足りない。かといって誰かが床で寝るというわけにもいかない。どうしようかと三人で打開策を見つけようとするが、どれも根本的な解決策でなかったり、現実的に不可能な案しか出てこなかった。となれば、辿り着く結論はたった一つ。

 

「誰かが……二人で寝るって事やな」

 

そう。誰かが二人で一緒に寝るという事だ。というより、この案しか考えられないだろう。これで案は出た。だが、肝心要の誰が二人で一緒に寝るとするかがまだ残っている。どうしようかと思ったが、お姉ちゃんが信じられない一言を言い放った。

 

「せやな……じゃあシロちゃん、絹と一緒に寝てくれんか?」

 

「はあ!?ちょ、何勝手に言うとるんや!?」

 

 

思わず大きな声が出てしまう。だが、それもそうだろう。シロさんと一緒に寝るなど、確かに嬉しい。いや、それどころか最高のご褒美だ。だが、それには途轍もない恥ずかしさが伴う。裸の付き合いをした以上今更何を言うのだと思うかもしれないが、それでもウチにとってじゃ重要なことだった。

 

「私は別にいいけど……」

 

「シ、シロさん?」

 

だが、そんなパニック状態のウチを差し置いて、シロさんが賛成の意を示す。いや、嬉しいけど。一緒に寝てくれるのを受け入れてくれて非常に嬉しいのだけど。だが……いや、もういい。今更何を言っても意味がないだろう。シロさんを床で寝かせるわけにもいかないし、ウチはそんなお姉ちゃんの無茶振りを受け入れる。

 

「・・・ええよ。シロさん、一緒に寝よか」

 

ウチはそう言って二段ベッドの下の方のベッドに横たわる。そしてあらかじめ開けておいたスペースにシロさんが入ってくる。シロさんの顔が思ったよりも近い。思わず目線をそらしてしまうほど、ウチとシロさんの距離は近かった。お風呂の時とはまた状況が違い、心臓がバクバクと震えるのが分かった。

 

「おー……お似合いやな」

 

諸悪の根源であるお姉ちゃんはウチとシロさんの格好を見てそういう。自分で言いだしたくせによういうものだ。ウチは少しお姉ちゃんに向かってドスをきかせてこう呟く。

 

「それ以上言うとしばくでホンマ……」

 

それを聞いたお姉ちゃんは「ほーん?そうかそうか……」とあんまりこたえてなかったらしく、少し機嫌をよくしながら二段ベッドの上のベッドに駆け上がり、「おやすみやでー」と言って電気を消す。そうして一瞬の内に真っ暗な世界となった部屋で、ウチは既に瞼を閉じているシロさんに向かって小さくこう言った。

 

「おやすみやで……シロさん」

 

すると、シロさんの手がウチに伸びてきて、ちょうどウチが抱き枕のようにシロさんに抱き締められる。いきなりの事でびっくりしたウチに向かって、シロさんはウチにこう囁く。

 

「おやすみ。絹恵……」

 

そう言って、寝息を立て始める。どうやら今度は本当に寝たらしい。未だシロさんに抱き締められ、身動きができない状態だったが、ウチはそれに多大なる幸福感を得た。そうしてウチもシロさんの事を抱き締め返し、二人とも抱き合いながら夢の世界へと誘われた。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「行ってらっしゃい……っていうべきなんかな。まあ、元気にやりや」

 

そうして翌日、愛宕家で朝食を頂いた私は、そろそろこの家から出るべく、室内で干されていた昨日の洋服を畳み、パジャマから着替えたりなどして荷物を纏めた後、靴を履いて玄関の扉の目の前まで行き、愛宕家と最後の会話を交わしていた。

 

「頑張ってきます……」

 

昨日のお酒に酔っていた雅枝さんは何処へやら。いつもの感じに戻った雅枝さんに向かって私は返す。そして横にいる愛宕父は、にこやかな笑顔で手を振る。

 

「頑張れや、シロちゃん」

 

そして洋榎は、親指をグッと立てて、私に向かって突き出す。私も親指をグッと……というほど勢いよくではなく、スローな感じで立て、

 

「頑張るよ。洋榎」

 

と言った。そして最後は絹恵。絹恵は少しもじもじしながらも、「シロさん……ちょっとええか?」と言う。私は何の疑問も持たず、絹恵の方に寄った。

そしてその瞬間、絹恵が私の頬に口付けをした。

 

 

 

「えっ……あの……」

 

突然の事に困惑する。愛宕家側も予想してなかったことらしく、絹恵を除く三人は驚いたようにして絹恵の事を見る。そしてその絹恵は、顔を真っ赤にしながらも、私に向かって

 

「が、頑張ってや……!」

 

と言い、顔を両手で隠す。未だに状況がよく飲み込めてない私は、とりあえず玄関の扉に手をかけ、扉を開ける。何が起こったのかは分からないが、とにかく愛宕一家に「お邪魔しました……」と言って玄関の扉を閉める。

 

(絹恵が……私にキス……?)

 

そして外に出て私は、自分の頬を手で撫でるようにして触る。ようやくさっき何が起こったのか理解した私は、さっきの絹恵のように顔を赤くしながら歩を進める事にした。

 

 

 

-------------------------------

視点:愛宕絹恵

 

 

「はあ……死にたい……」

 

シロさんが言ってから数分が経ち、今更自分がやった事の間抜けさに気づいたウチは部屋の中で蹲っていた。自分でもさっきなんでシロさんにあんな事をしたのか分からない。

 

「まあ、ええんちゃうの?シロちゃんも嫌がってたわけやないし……」

 

お姉ちゃんはそう言ってウチの事を慰めてくれた。あの時は別に嫌がってたわけではないけど……ただ呆然としていただけで……

まあ、やってしまったものは仕方ない。全く、今回のシロさんの訪問では、一時の気持ちで迂闊な行動をとってはいけないという事を思い知らされた。

 




次回は怜と竜華編……かも!
断定はしません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第128話 大阪編 ⑭ ブレスレット

怜&竜華編は次回になります。
今回は皆さんご存知のあの方の回。


 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

愛宕家から出て、今度は怜と竜華との待ち合わせ場所に向かって歩いていた私は、さっき愛宕家を出る時に絹恵にやられた事を思い出す。この十三年間生きてきた中で、他人にあんな自然な感じでキスをされた事なんてない。そういった意味でも、絹恵にやられたキスは私をひどく困惑させた。

あの時、何故絹恵があんな事をしたのか。今の私の頭の中はその事でいっぱいだった。よく、外国人は額とかにキスするのが習慣であるとは聞いた事があるが、さっきの絹恵のキスはそんな習慣のような感じではなかった。キスをした直後の絹恵の顔は真っ赤になっていたし、絹恵の行為には若干の躊躇いと恥じらいがあったからだ。

 

(絹恵の唇……柔らかかったなあ……)

 

絹恵にキスをされた側の頬を手で触れ、ふとそんな事を思い出す。された時こそ状況が飲み込めずただただ困惑していただけだが、あの時の絹恵の唇の感触は確かに柔らかかった。

 

 

「あっ、あぶないでー!?」

 

「・・・えっ」

 

 

そんな事を自分の行く先、つまり前方を確認しないで考えながら歩いていると、見ず知らずの人が前方から思いっきり走ってくるのが私との距離が残り数メートルしかない地点で気付いた。相手も前を見る余裕もないほど急いでいたのか、直前で気づいて勢いを殺そうとしていたものの、それでも途轍もない勢いでそのままぶつかってしまう。当然の事ながら、全く予想外の事だったので私がその走ってきた人を抱え止める事もできず、勢いのある相手側が私を押し倒すようにして二人とも地面に倒れてしまった。

 

「いててて……だ、大丈夫ですか!?」

 

そうして倒れてしまった直後、その走ってぶつかってきた人がすぐさま起き上がり、私に声をかける。咄嗟に地面に手をついた事と、リュックを背負っていたお陰で、頭から地面に倒れるなんて事は起こらなかった。強いて言うならリュックで唯一守れなかったお尻が、尻餅をついてお少し痛いということだけ。続いて私も直ぐに立ち上がり、服をほろってそのぶつかってきた人に言葉を返す。

 

「大丈夫……怪我とかはしてないし。それに、私も前を見てなかったから……」

 

そう言って私は頭を下げる。そうだ。これは誰が悪いというわけではない。事故なのだ。もっと言うなら、前を確認せず歩いていた私にも非があるし、前を確認せず思いっきり走っていた彼女にも非がある。特別犯人がいるわけではないのだ。

 

「そ、そうか。そうなら良かったで……ほな、ウチ行くとこあるから、またな」

 

すると、彼女は頭を下げてそう言い、私が歩いてきた反対方向に向かって走り出そうとする。だが、その瞬間彼女の顔が苦痛に歪んだ。

 

「いっつ……」

 

そういって彼女はその場に屈み、右足の方に視線をやる。それが何を意味しているのか、私は直ぐに察した。私は彼女と同じ高さまで屈むと、「失礼……」と言って屈んでいる彼女の足と首元に手をやり、そのまま抱え上げた。

 

「ちょ……!?何するんですか!?」

 

いきなりの事に彼女は困惑と驚きを露わにしていたが、気にせず私は近くにあるベンチの下まで俗に言う「お姫様抱っこ」の状態で抱えて行く。彼女の体は予想以上に軽く、リュックを背負っている状態でも問題なく抱える事ができた。

 

(ん……?)

 

だが、そうして抱えている最中、私は少しほどの違和感を彼女の腕から手にかけての部分で感じた。私は抱える角度を変えて彼女の腕を見ると、彼女の腕には金色のブレスレットがつけられていた。もう反対の手にもブレスレットが二つ付けられており、そのブレスレットが何故か印象深かった。

そうしてベンチまで着いた私は、ベンチに座らせるようにしてブレスレットの子を下ろした。そうして座らせたあと、ブレスレットの子のズボンを膝まで捲ると、案の定地面に擦れたような傷跡が膝に残っていた。私とぶつかったと時にできた傷だろう。確かに私は後頭部や背中は守れていたが、彼女には守るような動作をしていなかった。上半身は私の体によって地面と接触しなくてすんだが、下半身……特に膝部分は守れていなかったようだ。出血も少ししているようで、彼女の膝は赤く血塗られていた。その傷を確認した私は、リュックを地面に下ろし、リュックの中から絆創膏を取り出した。別に持ってこなくてもいいかなと思っていたが、意外なところで役に立った。私は絆創膏を一枚だけ取り、彼女の膝部分に貼った。

 

「まだ消毒もしていない応急処置だけど、気分的でもいくらかはマシになった……と思う。ごめんね。怪我させちゃって」

 

私はそう言って再度頭を下げて、絆創膏の箱をリュックに入れて、それを背負う。そうして私は怜と竜華の集合場所に行こうとしたが、そのブレスレットの子に手を掴まれた。一体どうしたものかと、彼女に言いかけた瞬間、彼女が先に口を開いた。

 

「・・・名前、教えてくれや」

 

その彼女の問いに、拒否する理由もなければまだ集合時間まで時間もある。私は迷うことなく返答する。

 

「・・・小瀬川。小瀬川白望」

 

それを聞いた彼女は、「小瀬川白望……ね」と言い、彼女の持っていたバッグからペンとメモ用紙を取り出し、スラスラと何かを書いて、私に手渡した。私はそれを見ると、「末原恭子」と書かれていて、その下にはメールアドレスのようなものが書かれていた。

 

「ウチの名前とメールアドレスや。ほな、またな」

 

そう言って、ブレスレットの子……いや、末原恭子さんは立ち上がって走り去っていった。私はそれを見送ってから、怜と竜華との集合場所へと歩き出した。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:末原恭子

 

 

 

(小瀬川白望さん……か)

 

ウチは小瀬川白望さんと別れたあと、再びある場所へ向かって走りながら小瀬川白望さんの事を振り返ってきた。たった少しの間ではあったが、いつまで経っても小瀬川白望さんのことが頭から離れなかった。あの人にそんな気は無いとは思うが、それでもお姫様抱っこをされた時は心臓がバクバクしていたのを鮮明に思い出せる。人にお姫様抱っこを始めてやられたからドキドキしているからではなく、多分あの人だったからこそウチはドキドキしていたのだろう。抱えられていた時の彼女の顔はまさにイケメンといった感じで、そんな彼女の顔を見ていたらどこか胸が締め付けられていた。

 

(・・・メール、くれるやろか)

 

そう思って携帯電話が入っているカバンに視線を移す。確かにウチは小瀬川白望さんにメールアドレスを渡したが、ウチは相手側のメールアドレスは貰っていない。つまり、一回は相手側からメールをくれなければ、ウチには通信手段が無いのだ。別に、どうでもええ人だったらそんな事は心配しないだろう。ウチが心配している理由は、さっきと同じで、多分あの人がカッコええとウチが思ったからであろう。

 

(・・・カッコよかったなあ)




次回こそ怜&竜華編!
因みに末原さんとシロの関係で、彼女らが麻雀を打つ事は無いです。インターハイで打つ時までお預けです。
インターハイでまさかの再会を果たす末原さんとシロ……みたいな構想です。多分そうなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第129話 大阪編 ⑮ チョロい

大阪編です。まさかの3時に起きたので、パパッと書きました。早起きは三文の得といいますしね((
怜&竜華+……?


 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

末原恭子さんから貰ったメモ用紙を大切に保管し、怜と竜華との待ち合わせ場所へと歩く。そうして歩いている最中、ふと怜と竜華から聞いた話を思い出した。

 

(そういえば……初めて会う子も来るんだっけ)

 

そう、今日私が会いに行くのは、怜と竜華だけではないという事だ。怜と竜華が中学生になってから知り合った子が、たまたま今日一緒にいるという事で、それで私とも会うというのだ。確か名前は江口セーラっていう人。彼女の事は怜や竜華から聞いた情報しか知らないため、彼女が一体どういった雰囲気なのかとか、どんな風貌なのか全く予想すらできないのだ。私はこれまで多くの知らない人たちと関わって友達になってきたが、それは全て偶然……たまたま出会ったからである。故に予め知らない人と会うという事がわかっているという事は、私を結構緊張させるものだったりする。まあ、それは彼女も同じだ。写真とか私の姿を何かしらで見せているかどうかによって変わるが、私も彼女の事を知らないのと同様に、彼女も私の事を知らない。そんな変に緊張しなくても大丈夫だろう。多分。そもそも江口セーラさんは怜と竜華の友達であるのだ。少なくとも悪い人ではないだろう。

 

(まあ……多分大丈夫でしょ)

 

私はそう思いながら、どんどんと約束の場所へと両足を進めた。時刻は10時の少し前。そして集合時間は10時となっている。あまりここから集合場所まで遠くはないため、焦らずとも間に合うだろう。とは思いつつも、本音はダルいのにも関わらず、私はほんの僅かだけ歩くスピードを速めた。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「おはよ……」

 

 

 

そうして、私は待ち合わせ場所へと無事到着する。現在時刻は10時ちょうど。さっき少し歩くスピードを速めなければ危うく遅れていた事になる。別に大丈夫と思って歩くスピードを速めたが、意外にもここでそれの恩恵を受ける事ができたようだ。

私が少し前にいる既に到着していた怜と竜華……そして恐らく江口セーラさんに向かって挨拶する。それを聞いた三人は一斉にこっちに振り返った。そして怜は迷わず私に向かって走り出した。あれ、病弱じゃないのかなとかも思ったが、そんなに速くない走りを見て、ああ成る程と合点が行く。彼女なりの早く私に会いたかったという精一杯の意思表示なのだろう。私は無事に怜を受け止める事ができた。まあ、末原さんの時はイレギュラーであったが故にそのまま倒れてしまっただけで、ちゃんと予測と準備ができればただでさえ軽い怜を受け止めるという事は大した事ではないし、何ともない。怜は私に抱きつくと、抱きついたまま顔を上げて私と目を合わせる。

 

「おはようやで、イケメンさん」

 

そして、そのままの体勢で挨拶を返してくる。相変わらず、私の事を名前で呼ばず「イケメンさん」と呼ぶ怜。まあ、怜らしいといえばらしいのかもしれない。私は怜の頭を撫でながらそんな事を考える。すると、竜華と江口セーラさんだと思われる人物の二人が怜の後を追うようにして私の元へやってくる。

 

「おはようや、シロさん」

 

竜華が手を振りながら挨拶をする。それに合わせて、私も手を振り返す。まあ、ここまでは別に何の問題もない。むしろ問題はここからだ。

 

「……」

 

そう、江口セーラさんだ。こうして目線を合わせている今も、何て声をかければいいのか分からず、私と江口セーラさんの間には妙な空気が流れている。江口セーラさんは結構厳格な表情で私の事を見つめてくる。あれ、なにかしたかなとかさっきの自分の行動について振り返るが、全く身に覚えがない。

するとそんな空気を見かねたのか、竜華が江口セーラさんの背中を肘で突つく。

 

「ちょ……何するんや竜華っ」

 

「何緊張しとんやセーラ」

 

成る程。どうやら厳格な表情をしていたというよりは、緊張して顔が強張ってしまったという方が正しいだろうか。江口セーラさんの見た目は結構俗に言うボーイッシュ的な服装で、いかにも洋榎のようなフレンドリーっていうか何ていうか、そういう部類だと思っていたが、案外純粋な子なんだな、と心の中で思う。まあ、相手も自分と同じで緊張しているという事が分かったので、せっかく竜華がお膳立てしてくれたのだ。私は江口セーラさんに向かって右手を差し出した。

 

「・・・小瀬川白望。よろしく」

 

すると江口セーラさんは一瞬だけ躊躇ったような表情を見せたが、すぐに私の差し出した右手を掴んだ。

 

「お、俺は江口セーラ。よ、よろしゅうな」

 

やはり相当緊張していたのか。ぎこちなさが全面的に出ている。まあ、自分も会うまでは結構緊張していたので、その気持ちは痛いほど分かるのだが。

そういえば、江口セーラさんは麻雀を打つのだろうか。まあ怜や竜華の友達だと言っても、それが即ち麻雀を打つ雀士であるという事にはならない。まあ江口セーラさんが麻雀を打たないとしても、別に竜華と怜だけでも問題は無いのだが。恐らく打たないにしても、怜や竜華に今日来た趣旨は話してあると思うし。

 

 

 

-------------------------------

視点:江口セーラ

 

 

 

(はあ……調子狂うわホンマ)

 

俺はしどろもどろな自己紹介を自分で振り返る。なんというか、自分でも情けないと思うほど緊張していた。別に、小瀬川白望さんと会う前までは緊張など微塵もしていなかった。普通に接するつもりでいたし、普通に仲良くなりたいとも思っていた。

 

(せやけど……なんやアイツ)

 

そう、だが実際会ってみてどうだろうか。予想していたのよりも何倍もクールでカッコいいではないか。怜は彼女のことを「イケメンさん」と呼んでいるが、まさかホンマにイケメンさんだとは思わなかった。自分も自分で女みたいな格好はしていないが、彼女は普通の格好でもカッコええと思わせるほど、クールな顔をしていた。というより、自分は何故彼女を最初見たとき、俺はそう思ったのだろうか……別の事が第一印象であれば、さっきのよりももっとマシな挨拶もできたかもしれない。

 

「セーラ?どないしたん?顔赤いで」

 

そしてそんな苦悩すす俺に向かって小瀬川白望さんに抱きついている怜から、そんな事を言われる。ハッとして自分の手を頬にあてる。自分でも今赤面している事がわからなかった。なんだこれ、こんな気持ちになったのは初めてだ。

 

(それにしても……怜、ちっとばかし羨ましいなあ)

 

ふと彼女に抱きついている最中の怜を見て、そんな事を考える。自分も彼女と仲良くすれば、いつかああいう風になれるのだろうか。そこまで考えて、今、自分が何を考えていたかを冷静に分析する。今、自分は間接的に彼女に抱きつきたいと思ったのか……?そう考えると、また自分の顔が更に赤くなるのが今度は自分でも分かった。怜も彼女も、不思議そうに自分の表情を見るが、自分の腕で自分の顔を隠し、赤面した顔を見せないようにする。

 

(はあ……なんなんや一体……)

 

どうやら、今日は普通に過ごすことは少しばかり難しそうだ。そんな事を察した瞬間であった。

 

 

-------------------------------

視点:園城寺怜

 

 

(・・・ほーん?)

 

ウチは赤面するセーラを見て、何かを察する。竜華とイケメンさんはなんで赤面しているのかわかってなさそうだけど、ウチにはその原因は分かる。痛いほど分かる。

 

(っていうかセーラちょろ過ぎやろ……)

 

が、それと同時にセーラがちょろ過ぎるという事も思った。流石に、この僅かな時間で惚れるとか、普通は有り得ん……いや、イケメンさんなら分からないか。というより、実際ウチも若干一目惚れ感はある。そういった意味では、仕方ないというべきか……?

 

(まあ、セーラ……ウチは負けへんけどな)

 

そうして心の中で、親友であるセーラに対して宣戦布告した。セーラにも、他の連中にも負ける気はない。そうしてイケメンさんを抱き締める手を強くし、精一杯の力で抱き締めてから、手を離した。

 

「ほな、行くで。イケメンさん」

 

そうして、イケメンさんの右手を大胆に掴み、ウチらは歩き出した。

 

 

 




次回も怜&竜華&セーラ回
前話に続いて連続でオトすシロ……確実にパワーアップしてますねこれは……
嫉妬戦争待った無しですね(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第130話 大阪編 ⑯ バドミントン

バドミントン回です。怜-toki-のバドミントンシーンを見て書きたくなりました。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ほな、行くで。イケメンさん」

 

 

怜がそう言って私の腕を掴み、歩き出そうとする。急に引っ張られたので体勢を崩しかけるが、なんとか持ちこたえて歩き始めようとした怜に向かって質問する。

 

「怜、これからどうするの……?」

 

なぜ私がこの質問をしたかというと、全く聞かされていなかったからだ。具体的にどういうことかというと、私はこの後に何をするかは全然知らされていない。怜に電話した時も、「ウチに任しときや」といって何も伝えられていない。伝えられたことといえば、それこそここに集合することと、集合する時間くらいしかない。この後の予定は全く知らなかった。

すると怜は歩き始めようとしている足を止め、私の方に振り返るとにっこりと微笑んで私にこう言った。

 

「ひ・み・つ・や!」

 

予想外の回答に肩透かしをくらったような表情をする。秘密……怜が言ったからとかそういうことに限らず、こういう状況での秘密という単語はそこはかとない嫌な香りを醸し出している。だが、そう感じたとしても私にはどうすることもできないので仕方なく怜の言う通りにして、怜の手を握りながら怜について行った。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「・・・ここや」

 

 

そうして怜について行くこと十数分。とある地点で怜がその足を止める。怜が止まった地点は公園の近くであった。周りを見渡すが、至って普通の公園だ。一体ここで何をする気だ……と思ったが、それは竜華が持っている物を見てなんとなく察した。やったことが無いので分からないが、竜華が持っているのはラケット入れだ。そして公園という比較的広くもなく狭くもないスペースでできるラケット競技といえば、バドミントンであろう。

 

「バドミントン……?」

 

私は一応怜に向かって聞いてみるが、案の定怜は首を縦にふる。それにしてもなんでバドミントン……と思ったが、その疑問は次の怜の言葉によって解決した。

 

「竜華と二回目やったっけ……この公園で遊んだ時な、バドミントンやったんよ」

 

へえ、そんな過去があったのか。私が怜と竜華と出会ったのは既に怜と竜華が親友同士であった。それ故に怜と竜華はどのように出会ったのかなどは全然知らない。まあたまにそう言った思い出話とかは聞かされるが、詳しくは聞いた事がなかったなあ。

 

「まあそん時はウチが下手すぎて、マトモにラリーすらできなかったけど……だからこそリベンジや!」

 

怜は自信満々に胸を張ってそういう。まあ別に私はバドミントンをする事自体は反対では無い。問題なのはこのバドミントンをお遊び感覚でやるのか、それとも本気、マジでやるのかという事だ。私はバドミントンをやった事が無いから実際には分からないが、バドミントンという競技は本気でやれば相当疲れるらしい。無論それは遠慮したいところだ。怜のあの口振りからしてきっとお遊び感覚の方なのだとは思うのだろうが、竜華とセーラさんは分からない。きっと初めて怜とやった時は竜華が誘ったのだろう。という事は、竜華は少なくとも下手の部類では無いという事だ。セーラさんは見た感じでもう体育会系な感じがしているし、このバドミントン……ただのバドミントンでは済まなそうな感じがする。

まあ、そもそも私に本気でやれるほどのバドミントンのセンスがあるかすら分からない。いざとなれば怜と二人でやって、本気でやりそうな竜華とセーラさんで戦ってもらう事にしよう。

 

「にしても……ここにくると2年前の事を思い出すなあ」

 

そんな計画を立てている私をよそに、怜はしみじみとした感じで空を仰ぐ。そして怜はこう続けた。

 

「あのジャングルジムっぽいのでな、竜華が『約束して』ってウチに言うんや」

 

「ちょ!?怜!?」

 

そこまで怜が言ったところで、竜華が制止に入る。よく見ると顔が真っ赤になっていた。一体どんな恥ずかしい事を言ったのだろうか。そんな事を勝手に予想した。一方の怜は竜華の制止も御構い無しに続けようとする。

 

「あと、初めて竜華がウチの下校中ストーカー紛いの事をした時はホンマ驚いたで?」

 

「わー!わー!」

 

「怜、そこらへんで勘弁しといてやれや……」

 

色々と昔の事を暴露し始める怜を、ようやくセーラさんの制止によって止める事ができた。一方色々な事を赤裸々に語られた竜華は、未だに顔を真っ赤にしている。まあ、その2年前に何があったのかは分からないが、色々と大変だったのだろう。そんな事を考えていると、怜が「バドミントン、やるで」と言って竜華が持ってきたバドミントンのラケットと羽を持っていかにもバドミントンできますといったポーズをとる。そしてようやく落ち着いた竜華が、私にラケットを渡してこう言った。

 

「ま、まあ……まずシロさんがどれくらいできるかやな」

 

そう言われ、私はバドミントンのラケットを受け取る。軽くもないし、かといってそんなに重くもない微妙な質量のラケットを握り、少し軽めに素振りをする。そうして使い心地を確かめたあと、私は怜と一直線上になるように位置取りをする。そして怜に向かってコクリと頷くと、怜も頷き返して、羽を上げる。最初は上に向かって飛んだ羽だったが、すぐに勢いを落として羽は自由落下する。そうして、怜のサーブが羽に炸裂……するはずだった。

 

「あっ……」

 

だがしかし、怜のラケットは羽には当たらずに空を切った。そして怜のラケットが当たらなかった羽は当然、地面に落ちる。これが漫画ならば、スカッという効果音が付与されそうなほど凄い空振りっぷりだった。

 

「ちょ、ちょいタンマや!もう一回、もう一回やらせてや!」

 

すると空振りした怜自身もこんなはずではないといった感じで驚いて、もうワンチャンスを要求する。まあ別に断る理由もないので、もう一度怜にサーブをやらせてみた。

怜は深く深呼吸をして、羽を振り上げる。そうして落下して丁度良い位置に羽が来そうだというところで、怜はラケットを振る。パコーン、というバドミントン特有の音が響き、羽は上へと飛び上がる。だが当たりどころが悪かったのか、その羽はふらふらとしていて、いささか勢いが足りなかった。私は少しほど左に動いて位置を調節し、ちょうど私の頭上に来たところでラケットを振り下ろす。当然、羽は怜のところに向かって行く。が、怜はその瞬間ラケットをまるで自分を守る盾のようにして構えたので、当然ラケットに辛うじて当たった羽はあらぬ方向へと飛んでいく。その羽の進行方向にはセーラさんが立っていたため、遠くへ飛んでいくということは起こらず、セーラさんは片手でその羽をキャッチした。そして怜はさっきの盾の構えをした時、急に体勢を変えてしまったため尻餅をついていた。私は怜の近くまで行き、尻餅をついている怜に向かって「大丈夫?」と声をかけて右手を差し出す。だが、怜はそれどころではないといった表情をしていた。

 

「そんな……あのダルがりさんのイケメンさんが、ウチの必殺サーブを返したやと……?」

 

正直な話、あのサーブにはあんまり必殺サーブ感は出ていなかった。結構タイミングをとる余裕もあったし、難なく返すことができた。そして怜がこんなに驚いているのは、きっと私なら怜と同じくらいセンスがなく、下手同士二人で和気藹々と出来ると思っていたのだろう。実際、私も自分でそんなスポーツ系の才能はないと思っていたし、思われても仕方ないと思っていた。だが、現実は非情である。意外にも、私は上手かった。少なくとも、怜よりは確実に。そしてそんな私と怜のもとへ竜華とセーラさんがやってきて、怜に向かってこう言った。

 

「まあ……怜はやっぱりウチと特訓やな。セーラ、シロさんと打っててや」

 

「お、おう……せやな」

 

竜華がそう言って少し心を折られた怜をベンチへ連れて行った。そして残った私とセーラさんは、言葉をかわすよりも前に二手に分かれた。そうしてラケットを構え、臨戦態勢へと入る。やはりセーラさんはこういうのが得意らしく、目の前にいるだけで相当上手いということがわかる。さっきはあまり本気ではやりたくないといったが、前言撤回。やはり勝負となれば負けたくないのが勝負としての性だ。やるからには本気で勝ちに行く。

 

「・・・オラァッ!」

 

そうして、セーラさんが大きな声とともにサーブを放つ。怜には失礼だが、怜の時とは比べ物にならないほどスピードが速い。私はすんでのところで羽にラケットを当て、セーラさんへと返す。やはりさっき言った通り、私にはなかなかバドミントンのセンスというものがったようだ。間一髪とはいえ、セーラの馬鹿みたいに速い打球を返すことができる。

 

「セーラさんはさ……っ」

 

そしてラリーを続けている最中、私はふとセーラさんに話しかける。セーラさんも打球を返すと同時に、言葉のラリーも返してきた。

 

「なん……やっ!」

 

セーラさんから恐ろしいほど速い打球が返ってくる。だが、私はこれも間一髪のところで間に合う。何故バドミントンのセンスがあるとはいえ、初心者の私がセーラさんと互角にできているのにはちょっとした理由がある。その理由は、私がセーラさんの打球の方向がある程度分かるからだ。セーラさんの目線の方向を見れば、ある程度どこにくるかの方向は分かる。あとはそれが間に合うかどうかだ。まさか麻雀のために鍛えた観察眼が、こんなところで役に立つとは。

 

「こういうスポーツとか、得意なのっ」

 

するとセーラさんからは「まあ一応な!」という打球が返ってくる。そろそろ体力に限界がきそうだ。私が日常的に運動をしないツケが回ってきていた。

 

「あと……」

 

そう言ってセーラさんは、今度は少し緩めの打球が返ってくる。私は思わず前のめりになりながらも返す。が、これこそがセーラさんの狙いだった。

 

「セーラや!名前で呼び!」

 

セーラさん……いや、セーラは思いっきりラケットを振る。今までとは異常なほど豪快な打球音が響き、勢いよく羽は私の横を通り過ぎていった。

 

 

 

-------------------------------

視点:園城寺怜

 

 

「すごいな……二人とも」

 

長い闘いから帰還し、ベンチで休んでいたウチと竜華はイケメンさんとセーラのラリーを眺める。イケメンさんは私が思っていたのよりも軽く100倍くらいは上手かった。ホンマにあれで初心者か……?

 

(運動できなさそうだからここでウチのアピールチャンスと思ったんやけどなあ……)

 

そう、ウチがわざわざバドミントンをするのにはある理由があった。イケメンさんは運動が出来なさそうだと思っていたので、イケメンさんが四苦八苦しているところにウチの鮮やかな姿を見せつけ、イケメンさんにアピールするという算段だった。だが、この作戦には二つの問題点があった。一つ目はさっきも言った通り、イケメンさんが予想の100倍上手かったこと。二つ目はウチがあまりにも弱すぎたことだ。

 

(このまま終われへん……)

 

ダメだ。このままではウチがただの運動音痴ということで終わってしまう。これはいけない。ウチは竜華の膝枕から起き上がり、竜華が4本持ってきたラケット内の一本を掴み、竜華にこう言った。

 

「よし、竜華!バドミントンやるで!」

 

 

 

 

 

 




次回も怜&竜華&セーラ回。
因みに、竜華が怜-toki-の1話などで怜に言ったことは竜華の中で若干黒歴史化しています。深い意味はないので、あまり考えないで下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第131話 大阪編 ⑰ 膝枕と雀荘

やっと書き終わりました。
あと、Twitter始めました。リンクは私の作者ページから。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「疲れた……」

 

 

セーラとのバドミントン対決が終わった後、私は怜がいるベンチにまるで砂漠で水を追い求める遭難者のような歩き方で行った。あの後も何度かセーラにリベンジしに行ったが、全戦全敗。私の普段の運動のしなさによる体力不足が完全に決め手となった。いや、それだけではない。そもそものバドミントン力の時点でセーラに圧倒されていたと思う。思えば、私はただセーラの打球に追いついてそれを一生懸命に返しているだけだ。それに対して、セーラは私のことを上下左右に揺さぶって攻撃をしてきていたような感じだった。

いくら遊びのバドミントンとはいえ、あそこまで完膚なきまでに叩きのめされると悔しいものがある。だが、バドミントンではどうしようもないためバドミントンをやっている最中は実に歯がゆかった。

 

 

「お疲れ様やでー」

 

私とセーラの一戦目以降からバドミントンをやり始めていたはずの怜が竜華の膝枕を堪能しながら私とセーラに向かってそう言う。どうやら私よりも先に体力の限界が来てしまったらしい。怜にはあまり無理して欲しくないので、何か怜に異常が起こる前に中断してくれて良かった。

だが、そんな怜を私は非常に羨ましそうな目で見ていた。いや、少し違うか。私が見ていたのは竜華の膝枕。私も一度怜に膝枕をやってあげた事がある。あの時は膝枕の何が良いのか分からなかったが、疲れてクタクタの今では膝枕というものがとても羨ましく感じている。

するとそんな私の憧れの表情をセーラが横から見ていた。見られている事に気がついて視線をセーラの方に向ける。すると当然のことだがセーラと目が合う。だが、セーラは咄嗟に目線を外した。一瞬機嫌が悪いのかなとか思ったが、セーラはベンチへと座って私に向かってこう言った。

 

「おいでや」

 

「・・・?」

 

「膝枕、してやる……で?」

 

 

怜を羨んだ私を気遣ってくれたのか、私に膝枕をしてくれると言ってくれた。ということで私は怜と同じ姿勢、ベンチに寝っ転がるような姿勢にして、セーラの太腿を枕代わりにする。

セーラの太腿が私の後頭部に触れた瞬間、柔らかい感触が頭に伝わってきた。

 

「気持ち良い……」

 

思わず言葉に出してしまうほどセーラの太腿は気持ち良かった。なるほど、これは病みつきになりそうだ。怜が好きになる理由も、今となっては十分に分かる。そして私が一番驚いたのは、セーラの太腿があまりにも心地よい柔らかさであるということだ。セーラには豪快、というイメージがあったのでこの柔らかさは予想していなかった。

 

「そ、そうか?そうならええんやけど……」

 

セーラがそう言う。もはや気持ち良いどころの騒ぎではないのだが、私の語彙力では言い表すことができない。なんだろうか?ふかふかの綿……とも違うし、ちょうど良いムッチリ感、と言えば良いのだろうか。ただとにかく心地よくて、なんだったらこのまま寝れるくらいのものだった。多分、胡桃の「充電」もこれと同じようなものなのだろう。今までさせる側の私は何が気持ち良いのかと思っていたが、いざする側に回ると、確かにこれは気持ちがよすぎる。

 

(・・・もう、いいかな……)

 

そう心の中で呟き、私は瞳を閉じようとする。もう限界だ。この膝枕の気持ち良さによって急激に眠気が私を襲った。公園で、しかもセーラの膝枕の上で寝てはいけないということは理解しているのだが、それでもこの心地よさには勝てなかった……

だが、そんな私を我に戻す声が聞こえた。その音源は、私と共にそれぞれの膝枕を堪能していたはずの怜からであった。

 

「イケメンさん、起きや」

 

その声によって私の目はパチリ、と開いた。いつの間にか怜は膝枕を止めていて、ベンチから立ち上がっていた。私はセーラの膝枕から起き上がり、怜の方を見る。怜はムスッとした表情で私の方を見ていた。しまった。そりゃあそうだ、友達と一緒にいるというのに、私だけ一人寝てしまってはいけないだろう。私はベンチからも立ち上がり、セーラに「ありがとう」と告げてから、怜に「ごめん」と謝った。

そうして竜華がバドミントンのラケットと羽をしまうと、私たち四人は話し合った。もちろん、話し合いの内容は次に何をするのかという事についてだ。しかし、怜は既に考えていたらしく、胸を張って私たちに言った。

 

「次はな……麻雀や!」

 

麻雀。まあ、私たちが集まって何をするかといったらまあそれくらいしか思いつかないのだが。だが、セーラも麻雀を打てるのか、という疑問も浮かんできたのも事実だ。バドミントンをやっているところを見てきた直後なら尚更のこと。というわけでその事をセーラに聞いてみた。

 

「セーラって麻雀打つんだ……」

 

「おお、せやで。シロって強いんやろ?怜や竜華から聞いとるで?」

 

「まあ一応……バドミントンでは負けたけど、麻雀では負けないよ」

 

「望むところや」

 

そう言ってセーラと見つめ合う。彼女から発せられているオーラは常人のソレとは一線を超えていた。感じたのはオーラだけであったが、それだけでもセーラが強いということがわかる。成る程、これは面白くなりそうだ。

 

「ほな、雀荘行くで?」

 

そう言って怜が私の手を握って歩き出そうとする。だが、それを竜華が遮った。

 

「ちょ、怜、部室でええんちゃう?」

 

部室……彼女たちが行っている中学校には麻雀部が存在しているのだろうか?私の学校には麻雀部という部そのものが存在していない。まあ、あったとしても大会に出る気はないので入るつもりはないのだが。そして麻雀部が存在していないため、当然麻雀卓もあるわけがない。竜華の言葉を聞いていると、おそらく麻雀卓もあるのだろう。

だが、そんな竜華の発言もセーラがバッサリと切る。

 

「そもそも部室閉まっとるんやろ?」

 

「あっ……せやったな。ははは……」

 

というわけで、私たちは近くにある雀荘へと向かった。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

たまたま近くの雀荘に入ってきた私たち四人。扉を開けると、そこは普通の雀荘では感じることもできなさそうなくらい殺気がプンプンと漂っていた。座っている人たちは皆何かを賭けているかのように必死な表情をしており、その中には今にも崩れ落ちそうな絶望している人もいた。

 

「な、なあ……怜?ヤバいんちゃう……?」

 

竜華が怜に向かってそう言う。ああそうか、私は別にこういうのはどうってことはないが、彼女からしてみればこの場はとても恐ろしいものだろう。竜華たちの顔はひどく恐怖したような表情をしている。

だが、そんな中私はあるものが目にとまった。雀荘の入り口のドアから一番遠い場所にある卓。四人打ちをしていて、その中の一人だけが晴れない顔をしていた。そして他の三人はというと、明らかに通しやイカサマをして打っていた。恐らく、この三人は裏で結託していて晴れない顔の人を集中して搾り取っているのだろう。まあその人は通しやサマはおろか、自分だけが狙われている事に気付いていないようだけど。

 

「ちょ、シロ!?」

 

セーラが何かを言っているが、私にはもう聞こえなかった。自然と足がその卓の方に向かって動き、カモられているそのおじさんの肩を叩いて、こう言った。

 

「・・・代わりましょうか?」

 

私が何故、こういう事に首を突っ込んだのかと言われると、自分でも分からない。そのカモられているおじさんを哀れに思ったわけでも、そういうサマや通しが許せないというわけでもない。ただ、面白そうだったから。この一言に尽きる話だった。俗に言う博徒の性というものだろう。カモられているおじさんは驚いた表情で私の事を見た。まあ、中学生の女子にそんなことを言われたら当然驚くだろう。結託している三人はというと、私の事を睨みつけていた。周りで打っている人たちも視線は向けてはいないが、確実に私の存在に感づいている。そうして、入り口の近くにいる怜たちはオロオロしていた。私のワガママで無理矢理巻き込んだ形になってしまったが、後でちゃんと謝っておこう。そうして私は驚いた表情をしているおじさんに向かってこう続けた。

 

「大丈夫です。この勝負……必ず勝ちます」

 




ということで次回は麻雀回です。
因みに、カモられていたおじさんは完全なモブです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第132話 大阪編 ⑱ 脅し?

麻雀回です。
アンケートもよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ほ……本当かい!?お嬢ちゃん!?」

 

カモられていたおじさんがそう言って立ち上がり、私の肩を掴む。最初は驚いていたが、私の「必ず勝つ」という言葉によって目の色が変わった。いくら「必ず」と言ったとはいえ、こんな中学生のしかも女の子に賭け事の代打ちをさせようとよく思ったものだ。多分、そういうことすら考慮できないほど切羽詰っていたのだろう。藁にもすがる思い……とはちょっと違うかな。

 

「オイオイ……ガキが首出していい麻雀じゃねえんだ。分かってんのか?」

 

すると、カモられていたおじさんの対面に座るガラの悪い男の人が私に向かってそう言った。チンピラ、とは違うな。ヤクザの人なのだろうが、智葉のとこの黒服やお偉いさんを見てきた私からしてみれば、ただの男の人に過ぎなかった。所詮はイカサマ麻雀。オーラがまるで感じられないし、サマなしならセーラが打っても余裕で勝てそうなほどだ。

そんなことを考えていたら、男の人は紙袋を取り出して卓の隣にあるテーブルに置く。中には大量の札束が入っていて、それだけ大勝負をしていたのだろうと思う。

 

「1000万……これが今賭けてる金額だ。どうだ?お前に被害がないからそう言えるんだろうが、そこにいる兄ちゃんは命賭けてるようなもんなんだよ」

 

そう言って私のことを脅そうとする。しかし、私は少し笑ってみせた。男の人をはじめとしたこの場にいる全員が私のことを不思議そうに見ている。私は人差し指を立て、男の人に見せるように前に突き出す。

 

「一本」

 

私はそう言った。しかし、男の人は理解できていないようだった。わざわざ説明するのもダルいなあ……そう思いながら私は口を開く。

 

「腕一本……私がもし負けたら腕一本あげるよ」

 

そう言うと、後ろにいる怜たちやカモられていたおじさんがぎょっとして私の方を見る。しかしここで意外だったのが、目の前にいる男の人も驚いていたということだ。赤木さんの頃は腕やら指やらよく賭けてたとか言うけど、今はそういう「オトシマエ」とかは無いものなのかな。

 

「ちょ、シロさん!?何言ってはるんですか!」

 

竜華がそう言って私の腕を掴む。別に腕一本といったのはあくまで自分の覚悟とやらをお三方に示しただけの道具なのだが。まあ万が一負けたら腕一本切り落とすけど、別に負ける気などさらさら無い。

 

 

「い、いいんだな?それで」

 

男の人が少し声を震わせながら、私に向かってそう言う。すごんではいるものの、声が震えているせいで全く脅しにもなりやしない。虚仮威し以前の問題だ。

 

「当然……」

 

そう言ってカモられていたおじさんを椅子から立たせようと目線で促す。おじさんはなすがままに立ち上がり、私が椅子に座るのをただただ見ていた。無論、あまりの衝撃の大きさに怜たちは私を止めることができない。いやむしろ止めようとしたけど何も言葉が出なかったという方が正しいだろうか。まあ止めようとしたところで私が下りるわけも無いのだが。

そうして椅子に座り、点棒を確認する。25,000点開始で現在の点棒が4,000とちょっと。こんな点数じゃ切羽詰まるのも仕方ないものか。

 

「今は何局目?」

 

おじさんの方を見て私はそう質問する。おじさんは一瞬驚いていたが、すぐに私の質問に答えてくれた。

 

「な、南一局に入るところ。お嬢ちゃんはラス親……」

 

なんだ。まだあと四局も残ってるし、そして親番まで残っているとは。そしてトップはやはり対面の男で、点差は3万とちょっと。一応サシ勝負という事にはなっているが、まあ実質三対一な事には変わらないだろう。

 

 

(始めようか……)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

小瀬川白望:配牌

{一一一四四五②②⑧⑨268}

 

 

(暗刻に対子が二つ……ねえ)

 

まず初めの南一局。相手が通しを使っている事は既に承知している。が、それを指摘したとしても証拠を出さなくては意味がない。当然、通しの証拠なんてありはしない。サマの方は確実に見抜けるが、まあ相手が使ってくる事はないだろう。ただでさえ腕一本賭けるといった者相手にリスクを負ってサマをする意味はない。となれば、相手が取りそうな戦法は通しを使って鳴かせたり差し込んだりして、局を流すという在り来たりな戦法。

だが、通しを使ったとしても絶対ではない。意思の疎通が出来なければ確実性に欠けるし、何より通しを使っても追いつけないほどの速さで攻められたらそこまでだ。あの三人が具体的にどんな通しを使っていうのかはまだ確証が持てない。だからこそ、この局は速攻で流して相手の通しの全貌を暴いていくとしよう。

 

 

打{⑦}

 

 

二巡目、上家から{⑦}が放たれる。私は{⑧⑨}を晒して宣言し、これで一副露目。これこそが私の速攻の序章。三人を叩き潰す「お祭り」の始まりとなった。

 

打{②}

 

五巡目に今度は対面が{②}を打つ。当然のことながら私は{②}を二枚晒して代わりに{8}を河へと叩きつける。そしてその次巡、私がツモってきたのは{一}。もともと{一}は暗刻であった。それがこれで{一}が四枚揃い、槓材となる。

 

 

「カン……」

 

小瀬川白望:手牌

{四四五8} {裏一一裏} {②横②②} {横⑦⑧⑨}

 

 

私は暗槓を宣言し、新ドラ表示牌を捲った。そこに現れたのは萬子の九、{九}であった。つまり新ドラは{一}。

 

 

(ふふ……)

 

新ドラ表示牌を確認し、今度は座っているお三方の表情を見た。いずれも暗槓即ドラ4ということに驚きを隠せていない。だが、これで私が読みやすくなった。そういった表情も混じっていた。しかし、それも全て私の罠。私のこの手、通常ならば役牌抱えという線しか残っていない。つまり、役牌以外は完全にではないものの安全のなったといえよう。故に緩んでしまう。確実ではないというのに、安心しきってしまう。これが狙いなのだ。そもそも、私の今の暗槓はむしろこっちの方が重要であった。相手の意識の誘導が本命で、新ドラはいわゆるオマケ程度にしか過ぎなかった。

そうして嶺上牌をツモってくる。ツモってきた牌は{四}。これで対子であった{四}が暗刻に昇級し、聴牌に至る。役なしのドラ4で和了る事は無理だが、それはあくまでもこのままであったらという話。この手にはまだ可能性……道が残されている。

 

(だから安心しなよ……みんな)

 

そういって少し後ろの方をチラリと見る。後ろには怜、竜華、セーラが私のことを心配そうな目で見つめている。だが、心配はいらない。この手、まだ終わってない。

 

 

打{四}

 

 

十二巡目、ついに対面の男が{四}を切った。私の手は十中八九役牌手。そう踏んで勝負に出てきた。だが、生憎ながらその聴牌が実る事はない。

 

「カン」

 

小瀬川白望:手牌

{五} {四四横四四} {裏一一裏} {②横②②} {横⑦⑧⑨}

 

 

 

対面が切った{四}を大明槓。私が宣言したとき、対面の男はようやく悟ったのか驚愕する。だけど、まだ終わってはない。驚愕するのはまだ早い。

 

「カン……」

 

小瀬川白望:手牌

{五} {四四横四四} {裏一一裏} {②②横②②} {横⑦⑧⑨}

 

 

{②}の加槓。私はさっきの嶺上ツモで{②}をツモってきたのだ。無論私はそれを加槓し、これで三槓子が成就する。対面の男の顔がさらに青くなるのが見えたが、もう遅い。

 

「ツモ」

 

小瀬川白望:和了形

{五} {四四横四四} {裏一一裏} {②②横②②} {横⑦⑧⑨}

ツモ{赤五}

 

 

 

「嶺上開花三槓子ドラ5。倍満の責任払い……」

 

 

私は盲牌もせず嶺上牌を卓に叩きつける。赤ドラがのって役なしドラ4が一気に倍満手に進化した。後ろからは怜達の歓声が聞こえてくる。16,000の実質直撃となり、点差がこの局で一気に縮まった。対面の男はわざと私に聞こえるように舌打ちをするが、無論なにも怖くなどない。むしろそろそろ危ないと思った方がいいのではないか。点差も縮まってしまったし、お三方の情報は私に見られてしまっている。彼らの捨て牌を見れば、彼らがこの局でなにを考えていたかなど丸分かりだ。

しかし、まだまだ勝負は始まったばかり。油断はしない。全力をもって叩き潰す。

 




次回かその次で麻雀回は終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第133話 大阪編 ⑲ 水を失った魚

今日少し拙いし短いです。
なんもかんも週末のせい(意味不明)


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

前局の私の倍満の責任払いによって、さっきまであった三万ちょっとの点差は一気に無くなり、現在の点差は1,700。ノミ手の直撃で逆転できる点差となった。この事態にヤクザのお三方の額には汗が流れている。まあ、あんなにあっさり実質倍満に振り込んだとなれば焦りたい気持ちも分からないでもない。

そんな彼ら達とは正反対に、後ろにいる怜と竜華とセーラはホッとしている。彼女らからしてみれば自分が賭けているわけではないものの、負ければ腕を失うという一生体験できることのない緊張と恐怖。一安心したいのもしょうがない、と言ったところか。

 

(だけど……まだ終わってない。終わってないし、終わらせない……)

 

そう。安心するのはまだ早い。早すぎるのだ。私は幾度となく絶体絶命の状況に相対しても決して諦めずここまで勝ち続けてきた。勝負というのは何が起こるか最後までまだ分からないのだ。だからこそ、油断すれば逆も然りということだ。最後の最後までどう転ぶかは分からない。だがそんな未確定なものであったとしても、油断しなければそういう事は起こらない。地力で圧倒的差がある私と彼らが油断や驕りなしで打ったとしたら話にすらならない。一見そんなことは至って当然の事だろうと思うかもしれない。だが、その「油断しない」という事が至難の技。人間である以上、油断という感情を捨て去るのは不可能なのだ。

しかし、『神域』を目指す私にとってはこれくらいは出来なければ話にもならない。たとえどんな状況だとしても、私が気を緩める事はない。もし仮に今赤木さんが打っていたとしても、あの人は油断する以前の話だ。こんなことをいちいち思ったり確認することなどしない。何故ならそれが赤木さんにとっての普通、自然体なのだから。

 

(思えば……竜華にも前に一回してやられたなあ)

 

そう考えているうちに、ふと1年前の事を思い出す。全国大会で竜華と打った準決勝で、竜華に一度だけ虚をつかれて和了牌を全部潰された事がある。それもいわばもう一枚和了牌が残るであろうという油断からくるものだ。ただでさえ一度苦い思いをしているというのに、それを二度も繰り返すほど私は愚か者ではない。

 

「・・・ツモ」

 

南二局、そろそろ相手が仕掛けてきそうなところで私がそれを遮るようにして和了る。通しはだいたい理解することができた。まあ通しといっても、それは実に呆気ない簡素なものだが。相手が打牌するとき、上から叩きつけるようにして置いた場合は萬子が鳴きたい場合であり、一度手前に置いてから前に向かって押すように置く場合は索子、横から置く場合は筒子といった風に、イカサマや通しに慣れない私から見ても分かってしまうほどお粗末なサインであった。というかそもそも相手の自分の手牌を見る目線でだいたい分かり、サインがなくとも何が欲しいかが分かってしまい、サインの意味は殆どないのだが。

 

 

小瀬川白望:和了形

{一二三①②③⑦⑧⑨1239}

ツモ{9}

 

「ツモ純チャン三色……跳満」

 

 

話変わって、私がこの局和了ったのは門前ツモに純チャンに三色もついて跳満の3,000-6,000。私の和了形を見て、お三方の顔が真っ青になっていくのが分かる。そろそろ余裕がなくなってきた頃か。

 

(一度折れればあとは下り坂……)

 

だが、余裕がなくなってしまったらもう彼らには勝ち目は微塵も残っていない。一度崩れて仕舞えば転げ落ちるかのように負けの道を突き進むものだ。三人での連携も考えられなくなり、ここは自分が何とかしなければという思考が働いてしまう。だが、そんな思考こそ墓穴。三人の通しによる協力の利点が無くなり、個人個人で私と闘うという事になってしまう。そして誰か一人でもそういった思考に陥れば完全に三人の連携は絶たれる。

 

(こんなのはどうかな……?)

 

 

打{7}

 

 

「「「!」」」

 

 

そうして始まった南三局、既に逆転されあとがもうない彼らを追い詰めるのはとても容易いものだった。

気付かない方が幸せなのに、三巡目であっさり私の罠に気付いてしまう。負けかけているときに妙に警戒心を抱く人間の性というものだが、私からしてみればこれほど操りやすい思考回路はない。

 

小瀬川:捨て牌

{⑧⑤7}

 

 

まあ言うまでもなくありきたりな国士無双のブラフ。怪しすぎて見破られそうにも見えるが、こういう時人間は妙に警戒心が高いものの、思考力は全くもってない。彼らがそれに気付けていたら、そもそも私にここまで追い詰められないであろう。

そして危機に相対すれば連携力は一気に失われる。意思疎通できない連携などかえって足を引っ張り合うだけ。

 

小瀬川

打{八}

 

 

「ロ「ロン!」……!?」

 

 

そうして七巡目、私が切った牌に二人が反応する。対面の男と上家の男。対面の男……つまり差し馬を握った男は跳満手を張っていたが、頭ハネルールによって上家のノミ手に潰されてしまった。恐らく私の国士無双をいち早く止めたくてノミ手を作ったのだろうが、それこそが私の狙いだ。あのままいけば恐らく対面の男が跳満手をツモっていただろう。全て私の誘導通りだ。彼らは今や水を失った魚。泳ぐことができなくなった魚はまさに木偶の坊。生きることすらままならない。

 

 

(まだまだ……もっとやろう)

 

 

後一局、この勝負は私が親のオーラスのみであるが、最後まで麻雀を打とうではないか。

 

 




次回で麻雀回は終わりです
アンケートは後4日ありますがこのままいけば豊音ですかねー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第134話 大阪編 ⑳ 倍賭け

大阪編です。
アンケートですが、今は豊音と照が同率トップですね。このまま照と豊音に決まるんでしょうか。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

私が親であり尚且つオーラスの南四局。差し馬を握っている対面の男との点差はおよそ18,000で、ノミ手でも私が和了れば私の勝ちである。

 

小瀬川白望:配牌

{一六九②②赤⑤777東西北発中}

 

 

この局の配牌は字牌が多く、手が重い五向聴で打点も望めない。まあこの状況では打点に意味はないのだが、立ち上がりの配牌はあまり良いとは言えない配牌だった。始まりの南一局からほぼ完璧な立ち回りをしていた私の配牌とは思えないほど不調ぶりが伺える。後ろにいる三人も私の配牌を見て少し身構える。まあ完璧な立ち回り、とは銘打ったが実際さっきの南三局は結果的には私の策が実ったものであったが、和了れなかったのもまた事実。配牌が悪くなるのも不思議な話ではないといえよう。

しかし、私にはある予感がしていた。この配牌が持つ可能性。強大な流れの鼓動がこの配牌から聞こえてきたのだ。

 

そうして、私は手牌の一番左にある{一}を掴んですぐさま捨てた。後ろの怜達は字牌などから切らないことに疑問に思っているようだが、私が何故こうしたのかはすぐに分かること。

 

小瀬川白望:手牌

{六九②②赤⑤777東西北発中}

ツモ{西}

 

二巡目、私がツモってきたのは{西}。これで{西}が対子となる。しかしそんな手牌を見ても怜達の顔は晴れない。この状況でのオタ風対子は使い物にならないとでも思っているのだろうけど、実は違う。

 

(むしろこの西は予兆……爆弾の導火線……)

 

そうして今度は{六}を捨てる。その直後、上家が{西}を河へと捨てた。私はさきほど対子となった{西}を晒す。その瞬間後ろの怜達が私を止めようとしたが、私はそれを構わず発声する。

 

「ポン……」

 

小瀬川白望:手牌

{九②②赤⑤777東北発中} {西西横西}

 

打{九}

 

 

-------------------------------

視点:江口セーラ

 

 

(いったい何を考えてるんや……)

 

一見無駄にも見えるオタ風の{西}を鳴いたシロの後ろ姿を見つめながら、オレは思考を巡らせる。勝っているこの状況で重要なのはスピード。なのに何故スピードを殺し手を狭めるオタ風を泣くのかが理解できなかった。

しかし、次巡

 

小瀬川白望:手牌

{②②赤⑤777東北発中} {西西横西}

ツモ{東}

打{赤⑤}

 

今度は{東}をツモってくる。これでまたもや字牌が対子となった。いや、でもこれは結果論。決して{西}を鳴いたから{東}をツモれたというわけではない。そう自分に言い聞かせるものの、その次巡にまたもや

 

小瀬川白望:手牌

{②②777東東北発中} {西西横西}

ツモ{中}

 

(なんちゅうところをツモってくるんや……!?)

 

字牌引き。{中}がこれで対子となる。なんということだ……配牌はあんなにもパッとしない悪印象の配牌が今や一向聴。全てあの意味の分からない{西}鳴きからだった。

流石に二連続となれば信じざるを得ない。そう、あの鳴きこそ予兆。この字牌引きを招いた要因はあの一見無意味な行為。シロはそれを場の流れを読んでやったのだろうが、普通そんなことを読みきったとしても実行に移せる人間などいない。それが自分の腕を賭けていて、まだ勝ちが確定していないこの状況なら尚更のことだ。

 

(これが……小瀬川白望……)

 

オレは驚愕する。シロはオレの全てを上回っていた。たった四局だけではあったが、それを知るにはあまりにも十分すぎた。感度の違い、とでも言うのだろうか。彼女とオレの間には途轍もなく大きい壁が存在していた。無論、彼女が相当強いというのは自分も予め怜と竜華から何度も聞いてきた。あいつらが嘘を言っているとは思っていなかったし、なによりあいつらがそう言うのだから余程強いのだろうと思っていた。だが、そんな中オレは内心その強いと呼ばれている彼女にも勝てるのではないか、と思っていた。実際、彼女と会った時は色々な意味でのアクシデントはあったものの、正直な話まだ自分の方が強いのではないかと思っていた。だが、今はどうだろうか。強いとか勝てるそういうのどころか、まともに闘えるイメージすら湧かない。あんな事をなんの躊躇もなくできるなんて、自分には絶対できない。確かに自分の打ち方というのは高火力で相手を捻じ伏せるというスタイルだ。しかし彼女はそんな力強い打ち方もできれば、繊細で華やかな打ち方もできる。しかも、いずれも数段彼女の方が格上だ。

 

(所詮は……井の中の蛙ってヤツやな)

 

改めて自分の弱さというものを体感させられる。これが大海というものなのか。いや、彼女が特別強いだけなのかもしれないが、それでもオレにとって彼女の存在は強烈すぎた。もし、どうだろうか?今は彼女を後ろから見ているだけだが、いざ自分が彼女のような雀士と相対した時、自分は果たしてまとも闘えることができるだろうか?はっきり言って、無理だ。今のままでは勝てるどころか勝負にすらならない。しかし、それはあくまでも今のままでは、だ。自分の力は今のままでは終わっていない。まだ、伸び代は幾らでもある。

高く高く聳える山。いつかは乗り越えなければいけない山。その山の存在を知れただけでも、大きな成長といえよう。

 

「ツモ……」

 

小瀬川白望:和了形

{②②777東東中中中} {西西横西}

ツモ{東}

 

 

そんな事を考えている内に、シロは既に聴牌していてツモり和了って勝負を終了せしめた。兎にも角にもこれで終わり。心臓に悪い腕を賭けた麻雀もこれで終わりだ。隣にいるおじさんは喜び、シロに駆け寄る。ヤクザっぽい男の人たちは完全に脱力していて、目は虚ろである。まあ、あんな麻雀されたらそんな感じになるのも仕方のない事なのだが。かくいうオレも、怜と竜華と抱き合いながらシロの勝利を喜ぶ。

 

「じゃあこの金は貰っていくよ。お嬢さん、ありがとうね」

 

そういっておじさんは金の入った紙袋に手をかけようとする。一瞬報酬とかは貰えないのか、と思ったが、あんな大金貰っても困るだけか。

 

「・・・足りない」

 

だが、そんな私たちの思考を打った切るような発言が放たれる。その音源は言うまでもなくシロから。

 

「た、足りない?何がや、シロさん……?」

 

竜華がシロに向かってそう言う。そうだ。これ以上に何が足りないというのだ。もう勝負は終わったはずだろう。

 

「まだ終わってない。今の勝ち分1000万とおじさんが持っている1000万、合わせて2000万のサシ勝負をもう一半荘……」

 

「も、もう一半荘?」

 

バカな。何を言っているのだ。今の勝ち分を上乗せしてさらに勝負をしようというのか。

その言葉に、ヤクザの男も驚いたような声でシロに向かって言う。

 

「おいおい……もうこっちは金がねえんだ。もう勝負は終わ……」

 

だが、そんな声を遮ってシロは椅子から立ち上がり、ヤクザの頭を掴む。

 

「賭けるんだよ……あなたも腕を一本……でも安心して。当然、私も腕を賭けるからさ……」

 

 

「ヒッ……」

 

 

 

狂っている。さっきまで自分はシロの事をただただ麻雀が恐ろしいほど強いだけであると思っていたが、そもそもの感覚が違う。自分の命をも投げ捨てても構わないという狂った感覚。もはやそれは人間ではない。狂人……いや、それすらも超越した狂った何か。

思わずゾッとしてしまう。ヤクザの肩を持つわけではないが、そんな事をして何になるというのだ。それこそ、それで負けたらただの無駄死にでは……

 

「無駄でいい……そのくらいでいいんだよ。セーラ」

 

そんな自分の心の内を読んだのか、振り返らずにシロはそういった。

すると、そんなシロの恐ろしさにあてられたのか、ヤクザたちは腰を抜かしながら雀荘を飛び出していった。つまり、倍賭けしてもう一半荘という事は無くなったのだ。その事実に安堵する。99.9%勝つであろうという麻雀でも、万が一という場合もある。

 

「・・・」

 

だが、そんなシロの表情はただただ無表情のままだった。何も感じていなかった。

何故何も感じていないのか、ここは嬉しく思うべきではないのか。

 

 

「・・・行こうか。みんな」

 

彼女はそう言って、雀荘を出た。自分ら三人はそんな彼女を呆然と見ながら、彼女の後に続くようにして雀荘を後にした。

 

 

 




今回雑ですねー!
今日は激しい頭痛の中書いたので、少しくらい大目に見てください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第135話 大阪編 ㉑ 割り箸

大阪編です。
アンケートは明日まで!照が豊音を追い越しました。


-------------------------------

視点:江口セーラ

 

「ちょ、待ちいや!」

 

雀荘を出て行ったシロを走って追いかける。雀荘の出入り口からシロまではそんなに遠くなかったので、ものの数秒でシロの元へ辿り着いた。

そしてオレに続くようにして怜と竜華がやってくる。対するシロは、相変わらず無表情のままこっちを振り返った。しかし、オレたちを見る目つきはいつもの目つきではない。冷徹で、まるで狂気に取り憑かれたかのような目つきをしていた。

 

(・・・っ)

 

思わず、彼女から目を逸らしてしまう。澱んでいるその目が、いつにも増して恐怖を与えてくる。だがしかし、すぐに彼女の目つきは狂気を孕む目つきから正常……とでも言えばいいのだろうか。それともあの狂気の目つきが彼女にとっての正常なのか。それは定かでは無いが、ともかく直ぐに狂気は雲散霧消した。今やその瞳は純粋に透き通っている。

いや……狂気が抜けたにしろ抜けてないにしろ、彼女の瞳は純粋であることに変わりは無いのかもしれない。ただ狂っているか狂っていないかだけで、あの両方ともがありのままの自分なのだろう。

 

「・・・セーラ?」

 

シロがオレに向かって話しかける。いきなり目を逸らして黙りこくってしまったため、シロも対応に困ったのだろう。後ろでは怜と竜華が不思議そうに自分のことを見ているのが分かった。

 

「なんでもあらへん。さ、次行こか」

 

そう言って彼女の事を見る。いつまでも無表情だった彼女の表情が少し笑ったように見えた。内心少しドキッとしてしまうが、そんな感情に浸っている自分の事を怜がバッサリと切るかの如く話し始めた。タイミングが良いのやら悪いのやら……いや、これも怜の優しさなのだろう。オレの俗に言う乙女な感情が似合わないのは自分が良く知っている。

 

「じゃあ……次はウチの家やな。行くで、みんな」

 

そう言って怜は私たちを先導するかの如く歩き出し、自分たちは怜についていくようにして歩き始めた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

雀荘でのひと勝負が終わった後、怜の提案で私たちは怜の家に行くことになった。・・・そういえば、そもそも雀荘には四人で打とうということで行ったはずなのに、結局私だけの勝負一回きりで終わってしまったのだが、あれだけでよかったのだろうか。まああの雀荘の雰囲気は怜達にはまだ早すぎたか。早すぎたとかそういうのよりもそもそも触れることの無い世界といった方が良いだろうか。

 

「ここがウチのマンションやで」

 

そう言って大きなマンションの入り口……エントランスまで来たところで怜がそう言った。私はマンションというものはあまり見慣れなく、家と言えば一軒家のイメージしかないので結構新鮮味があった。私たちはエレベーターで怜の家の階層まで行き、あるドアの前まで来ると、怜は鍵を取り出して上にも下にも鍵穴がある二重の鍵を開ける。

 

「我が家へようこそや」

 

 

そうして、彼女はそのドアを開ける。中を見ると流石に一軒家よりは狭いものの、それでも住むには十分すぎるくらいの広さであった。俗に言う高級マンションというものであろうか、中はマンションとは思えないほどとても綺麗で広かった。

 

「お邪魔します……」

 

私はそう言って玄関で靴を脱いで、中へと上がる。そうして怜にある部屋へと案内された。怜は「ちょっと準備してくるわ」と行ってリビングに行き、私とセーラと竜華はその部屋の中で待機することとなった。

 

「お待たせやでー」

 

そう言って怜が扉を開ける。何を準備するのかと思ったら彼女の手には割り箸が握られていた。

ますます何をやるのか分からなくなったが、直ぐに怜が口を開いた。

 

「ファッションショー、しようやあ!」

 

「ファッション……ショー?」

 

そう言う私に対して、怜はロッカーやチェストを開けて中を私たちに見せる。そこには多種多様な服がいっぱい存在していた。何故彼女がこんなにも服を持っているのかは分からないが、成る程たしかにこの量ならファッションショーは可能だ。

 

「じゃあその割り箸……」

 

そう竜華が怜が握っている割り箸を指差しながら言う。怜はいかにもその通りだというような感じで胸を張りながらこう言う。

 

「この中に一本だけ当たりがあるんや。んでそれを引いてしもた人は廊下に出て、引かなかった人がその人の服を考える。そうして決まったら今度は引かなかった3人が廊下に出て、引いた人は中に入って着替えるっていうやつや」

 

成る程……ようはファッションショーというよりはコーディネート大会というのが近いだろう。別に私はそれに反対したりはしない。無論竜華も反対はしないであろう。問題はセーラだ。

 

「ちょ、ちょい!?おかしいやろそれっ!」

 

彼女の服装は俗に言うボーイッシュみたいな感じで、それこそ怜が持っているような服は絶対に着ないであろう人だ。というか、逆か。セーラが着そうな服を怜持っていないだけといった方が正しいであろうか。

まあそれなら反対するのは仕方ない。いくら当たりを引かなければ良いとはいっても、当たる確率は簡単に考えても4分の1。25%である。それを何回も避けるというのは至難の技だろう。一回目は25%だとしても、二回目は43.75%。ほぼほぼ半分の確率だ。それが三回目四回目となれば当たらない方が確率が低くなってくるのである。

色々とセーラにもセーラなりのプライドがあるだろう。かくいう私も今の状況とは全く関係の無い話だが、曲げられないものというものはある。それはさっきの雀荘のことでもそうだ。私はあの時負ければ本気で腕一本無くなっても良いと思っていた。それは私が赤木さんから受け継いだ博徒の性、博徒のプライドというものだ。自分が賭けたものが例えそれこそ自分の命だろうと、曲げるつもりは無い。生き死にの博打というものは、本来そういうものであろう。そもそもそんな覚悟に欠けた人間は自分の腕や命など賭けることはできないだろうが。

 

「ちょい、セーラ。こっち来いや」

 

だが、そんなセーラに向かって怜が手招きする。セーラはしぶしぶ怜の方に向かった。そうして怜がセーラに耳打ちする。何を話しているのかまでは分からなかったが、怜が耳打ちし終わる時には、すでにセーラの顔は真っ赤になっていた。

 

「ええやろ?セーラ」

 

そういって耳打ちをやめた怜がセーラに向かってそういう。対するセーラは、顔を赤くしながら、「せ、せやな……」といって小さく頷いた。一体何を言ったのかは気になるが、まあそれは気にしないでおこう。そうしてセーラは元いた場所に座り、息を呑んで置かれてある割り箸を睨むようにして見る。

 

「じゃあ、一回目行くでー!」

 

そういって怜は割り箸の先を隠すようにして持ち、手でジャラジャラと掻き混ぜる。これでどれが当たりの割り箸かは完全に分からなくなった。

最初は私が引く割り箸を決め、そのあとはセーラ、竜華、最後に怜といった風に決める順番を回していく。しかしまだ割り箸は引いていない。全員が決めた後に一斉に引くというルールだ。まあ、途中で当たりが分かってしまっては興醒めであろうという配慮からだろう。

 

「せーのっ!」

 

そう怜が掛け声をあげて、一斉に割り箸を怜の手から引いていく。私は引いて直ぐに割り箸の先端部分を確認した。当たりの割り箸は先端部分が赤色で塗られていて、見れば一発で分かる。

そうして先端部分を見てみたら、私の割り箸の先は赤く塗られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はシロの服決め!
怜がセーラに言ったことはまあなんとなく予想はつくはずです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第136話 大阪編 ㉒ セーター

はい、大阪編です。
アンケートは今日までです!


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「・・・誰当たったん?」

 

そういって、怜が私たちのことを見る。まあ当然ながらセーラと竜華が「当たった」というわけが無いので、私は割り箸の先端部分が見えるようにして割り箸を置いた。

 

「はあ、私か……」

 

私は小さなため息を吐いてから、よっこらせと体を持ち上げるようにして立ち上がる。やれやれ、まさか一発目から当たりを当ててしまうなど、全くもってついていない。

 

「まあ、任せときや!イケメンさん!」

 

怜はそういってやけに嬉しそうな表情を浮かべながら、廊下へと続くドアに私の背中を押して誘導する。しかし何故だろうか、怜の微笑みを見ているとあんまり信頼できない気がする。

念のため、廊下に出る前に私は怜に向かってこう言った。

 

「あんまりダルくないのにして……」

 

しかし、怜は俄然その微笑みを浮かべながら私の問いかけに対してこう返してきた。

 

「まあ、楽しみにしとくんやで」

 

そういって怜はドアを閉め、私は廊下で待機することにした。もう何をしようが私は怜たちが選んだ服を着るほかない。せめて季節のあった服装にしてほしいなと心の底から願い、黙って待つことにした。

 

 

 

-------------------------------

視点:江口セーラ

 

 

「・・・さあ、決めるで」

 

ドアを閉めた怜が、下衆な笑みを浮かべながらオレらに向かってそういった。まさか自分もシロが一発目で引くとは思わなかったので、内心びっくりしていた。

 

(怜の言ってたことがまさかもう起こるとはなあ……)

 

そして、先ほど怜に耳打ちされて言われたことを思いだす。怜はあの時、オレに向かってこう言ったのだ。

 

『イケメンさんのごっつカワイイ姿、見たいやろ?』

 

そう、そんなことを自分に言ってきたのだ。確かに、自分が似合わない服を着るかもしれないというリスクもあったが、シロの可愛い姿を見れると考えれば、腹をくくるしかないだろう。そうして半ば適当気味に承諾したが、まさかそれが一回目で起こるとは。

そんなことを考えていると、怜は自分と竜華の目の前に大量に服を置いた。やはりオレが思っていた通り、怜が持っている服は自分には合わないような服ばかりだった。内心自分じゃなくてホッとするものの、本当にシロに半強制的に着せるのを自分が決めていいのかと罪悪感が背中を這いずり回るが、やるしかない。やるしかないであろう。

 

「よっしゃ!決めるで……怜、竜華!」

 

半ば自暴自棄になりながら怜と竜華に向かって言う。怜と竜華はその言葉に対しコクリと頷き、服の山からシロに着させる服を選び始めた。

そうして服を選び始めること数分が経ったが、なかなか決まらず場は膠着していた。しかし、そんな膠着は怜が持ってきた服によって破られた。

 

「なんやこれ?」

 

そういって竜華が怜の持ってきた服を手に取る。既にその服が異常だというのは分かるのだが、よく見てみるとそれ以上にその服は異常だった。

 

「ちょ……ちょい待ちや。なんやこの服!?こんなん布切れやないか!」

 

そう、その服は明らかに露出が高いものだった。というか、竜華が言うようにこれはもう服としての機能が果たせないほど露出が高かった。まさに布切れと言えるような服であった。

怜曰く、「NAGANOSTYLEや」とかわけのわからない事を言っていたが、長野にこんな服があるとでも言うのだろうか。実際怜も貰い物でしかも着たことがないらしい。

 

「そ、それはアウトやろ……」

 

オレもすかさず意を唱える。だめだ。その服は季節的にも、色々な意味でも危ない。そんなもんを着せられるなんて、考えただけでも寒気がする。そう思うほどやばいのだ。多分、こんな布切れを好んで着る人間などいないであろう……そうであると信じたい。

すると怜は「ええ……竜華とセーラがそう言うんならしゃあないなあ」と若干心残りがあるような言い方をしながらも、布切れ……じゃなくて服をタンスへとしまった。

 

「じゃあ、これならええやろ?」

 

すると怜はもう一枚服をオレと竜華の目の前に出す。一見普通のセーターであったが、怜が裏側を見せるとその異常性が明らかになる。

 

「んなっ……」

 

そう、そのセーターはホルターネックで背中が大きく開いていた。それが何を意味するかというと、つまりそれを直で着れば背中がぱっくりと露出するということだ。いや確かに、さっきの布切れに比べれば露出度は減ったように見えるが、それを考慮しても明らかに露出は高い。

 

「なんでこんなん持っとるんや……」

 

思わずそう言ってしまうほど変わった服であった。さっきの布切れもそうだが、一体なぜこんなものが怜の家にあるのかが分からない。すると怜は「オカンが持ってたんや」という。だが、いくら怜のオカンだからといってなんでこんなのを持っているのかという疑問はまだ残っている。

 

「・・・これなら仕方ないなあ」

 

すると隣にいる竜華はそんなことを言った。オレは「ハァ!?」と言ったが、ここで怜の表情が邪悪に微笑んでいるのが見えた。もしや、さっきの布切れは囮で、この本命のセーターの印象を薄くするという作戦だというのか。肝心の竜華は全く気付いていないようだが、気付かない方がおかしいであろう。これも怜が竜華のことをよく知っているということなのだろうか。

 

「じゃあ、決まりやな!」

 

オレの同意を聞く前に、怜は決定しようとする。もう何を言っても止まらないだろう。心の中でそっとシロに向かって謝りながら「せ……せやな」と言った。

そして残りの下半分は二、三分でトントンとすぐに決まった。いや、決まったと言うのには少し語弊がある。どういうことかというと、下半身に装着する服は必要ないとなったからだ。その例のセーターだけでも必要最低限の箇所を隠す事ができるため、シロが着る服はあの背中がパックリ割れたセーターだけだ。異議を唱えようとしたが、もう怜の暴走を止めることはできなかった。そうして、オレたちはその例のセーター以外の服をタンスにしまった。そしてオレたちは廊下へと出た。

 

「じゃあ、イケメンさん。部屋に置いてある服をしっかり着てなー」

 

怜がそうシロに言って部屋に入れようと促す。そうして部屋に入ろうとするシロの肩に手を置き、「・・・すまん」と言って部屋に入らせた。彼女はなんのことを言っているのかわからなかったようだが、まあすぐに分かるだろう。すまない。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

(服……ってこれなのかなあ)

 

部屋に入ってまず目に入ったのが、セーターらしき服だ。いや、というかこのセーターしかない。しかも案外普通の服かと思ったら、それを着ようと思ったらまさかの背中の部分がぱっくり割れている。それに加えてこれ以外に着るものがない。つまり、これを着れば背中がほぼ全て露出してしまうのだ。下半身も必要最低限の箇所以外は露出してしまう。これでは寒くて凍え死ぬのではないかとも思ったが、冬であるということを考慮しているのか、さっき部屋にいた時よりも暖房が効いていた。いや、確かに寒くないから着れるけど……

 

(・・・仕方ないなあ)

 

文句を言いたくもなるが、もう後に退くこともできない。仕方なく私は服を脱いで、そのぱっくりセーターをはじめとした服をどんどん着て行った。そうして着た姿を鏡で確認したが、やはり非常に恥ずかしい。

 

「ダル……」

 

思わずそう呟き、ドアに向かって「入っていいよ……」と声をかける。すると私がそう言った刹那、怜がドアをバン!と開けて勢いよく入ってきた。

 

「おお……ええなあ」

 

怜がそう言って私のことをまじまじと見つめる。怜の後ろにいる竜華とセーラも、顔を赤くしながら私のことを見る。私はもうヤケになったのか、先ほど使った割り箸を怜に渡した。

 

「・・・もう一回やろう」

 

そういって先ほどのように取る割り箸を決めて、一斉に割り箸を引く。そうして割り箸の先端を見ると赤くは塗られておらず、普通の割り箸であった。まあさすがに二回連続はなかったか。

 

「あ……」

 

そうしてホッとしていると、怜がそう呟いた。私たちが一斉に怜の方を見ると、怜の持つ割り箸の先端部分は赤く染まっていた。

私はそんな怜に向かってこう耳打ちした。

 

「しっかりお返しするから……」

 

 

 

 




次回かその次で大阪編は終わりですね。
セーターに関しては、童貞を殺すセーターで調べればいくらでも出ると思います。書きたかっただけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第137話 大阪編最終話 恥ずかしいの共有

大阪編ラストですー


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「・・・じゃあ決めようか。竜華、セーラ……」

 

赤い割り箸を引いた怜を廊下で待機させ、ドアを閉める。そうして、部屋の中央に座っている竜華とセーラに向かってそう言った。しかし、私の格好が格好だけにどんな事を言っても私がただ間抜けな感じがしてならない。そりゃあ背中をほぼほぼ露出するセーターを着ているのだから間抜けと言ってしまえば間抜けなのだが。

 

「せ、せやな……」

 

私の言葉に、セーラは私から視線を逸らしてそう言った。まあ、目のやり場がないから仕方のないことなのだが。どうしても注目は後ろが割れているセーターを着ていることによって露出する背中に集まるが、下半身も十分際疾い格好だ。セーター以外に身体を隠しているものはなく、そのセーターもそれこそ大事な場所しか隠していない。多分、この格好で外に出たら数秒で通報されるレベルでヤバいだろう。怜はなんでこんな服を持っているんだ……

色々と問い詰めたい気持ちはあるものの、今度は私が怜の服を決める番だ。セーラと竜華の様子を見る限り、怜が提案したのだろう。あれだけ恥ずかしい思いをさせられたのだ。今度は私がきっちりとお返ししなければならない。……とは言ったものの、この部屋には大量に服がある。それはタンスの数が物語っているのだ。そこから一着を探すとなると、相当面倒な話となってくる。竜華とセーラに任せようかとも思ったが、折角の仕返しのチャンスだ。ダルい身体に鞭を打って、探すことにしよう。

そうして私たちは言葉も交わさずに、各自近くにあるタンスを虱潰しに捜索し始めた。

 

 

「こんなんどうや?」

 

それから探すこと数分、色々な案が出た。しかし、なかなかこれだ!というものは出てこない。露出度が高すぎて、まるで布切れのような服も見つけたが、これは流石にアウトだろうと見なかったことにした。暗雲が立ち込め始めてきたと思ったその矢先、セーラがあるものを私と竜華の目の前に出す。数分が経ったことでセーラと竜華はもう私の格好に慣れたのか、なんの動揺もなく話す事ができている。

 

「なんやこれ……水着?」

 

竜華がセーラが持ってきたものを広げてみる。するとそれはいかにも海とかの砂浜で女の人が着てそうななかなかに際疾い水着であった。私のように明らかにおかしい露出ではなく、ストレートな露出ではあるが、それでも相当露出度が高い服だ。

 

「異議なし……」

 

「ウチもや」

 

 

そうして私と竜華はその服に賛成し、全会一致で可決となった。私たちはドアを開けて、怜が待っている廊下へと出る。怜は出てきた私たちを確認すると、「ハア……」とため息を吐いてから部屋へと入る。まあ、最初からまともな服は用意されてないと理解しているのだろう。私もその覚悟はあった。私の場合は予想の斜め上を行ったが。部屋に入った怜は、ドアを閉める。私はそんな怜を見ながらどんな反応をするのかな、と思った。

 

-------------------------------

視点:園城寺怜

 

 

(・・・なんやこれ)

 

 

ウチは部屋に置いてあった水着を広げながら、心の中でそう呟く。水着……あの「NAGANOSTYLE」では無かっただけまだマシではあるが、水着というのもいかがなものだろうか。水着というのは本来プールや海に行くときに着るものだ。それに対して今ウチがいるのは室内。そして季節は冬。どう考えても水着を着るのはおかしい。何より恥ずかしすぎるのだ。

 

(せやけど……ウチもイケメンさんにあのセーター着せたしなあ)

 

だが、ウチもさっきイケメンさんにあの露出度が高い「童貞を殺すセーター」なるものを着せたのも事実だ。実際、あれを着たイケメンさんの姿はやはり官能的であり、思わず鼻血が出てしまうかと思った。だが、あれを着た時イケメンさんはきっと恥ずかしかっただろう。そう考えればウチだけ特別扱いということはできない。腹を決めたウチは身につけてあった服を全て、下着まで脱いで全てをさらけ出す。もしこの状態でイケメンさんが部屋に入って来れば……みたいな妄想をしながら、置いてあった水着を身体に身につけていく。

 

 

「入ってきてええで」

 

そうして脱いだ服を畳んでから、ウチは廊下にいる皆を呼ぶ。それを聞いた皆はドアを開けて部屋に入り、ウチのことをまじまじと見つめる。なるほど、さっきイケメンさんはこんな気持ちであったのか。そんなにまじまじと見られるととても恥ずかしい。

 

「怜……」

 

「イケメンさん……!」

 

ウチはそんな恥ずかしさをどうにかして紛らわせようとして、イケメンさんに向かって抱きつく。背中がパックリ割れているセーターを着ている少女に室内なのに水着姿でいる少女が抱きつくという、なんとも異様な光景であったが、そんなことは御構い無しだった。

 

「イケメンさん……あの時のイケメンさんが感じた恥ずかしさ、今なら分かるで……」

 

ウチはイケメンさんに向かってそう言う。いきなり抱きつかれてそんな事を言われたイケメンさんは最初は驚いていたが、イケメンさんもぎゅっと抱きしめ返してきてウチに向かってこう言った。

 

「分かってくれて嬉しいよ……怜」

 

そうして、ウチとイケメンさんは互いに見つめ合い、罰ゲームを受けた者同士にしか分からない感覚を共有する。しかし、まだこれでは足りない。この感情を、もっと沢山の人に知ってもらいたい。そういう理由付けをして、ウチとイケメンさんは罰ゲームを免れた竜華とセーラの方を振り向き、二人の方に近づいていった。

 

「ちょ……なんや!?」

 

竜華とセーラはいきなりのことに驚いているが、ウチらは御構い無しに二人に近づき、服を強引に剥いで行った。そうしてウチとイケメンさんで即興で選んだ服を着せる。竜華にはウチとイケメンさんのように露出が高い服、セーラにはいかにも女の子が着そうなひらひらした服を着させた。

 

 

「ハア……最悪やホンマ……」

 

「これ……ちょっと際どすぎやないか?」

 

 

そうして、部屋には三人の露出魔とひらひらした服を着た女の子というなんとも混沌とした状況が生み出された。全員が同じ恥ずかしさを知ったところで、このファッション対決もとい罰ゲーム大会は終了した。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「じゃあ、またね……」

 

あの罰ゲーム大会から時間が経ち、もう夕暮れとなったしまった。結局、帰る直前まであの服装で過ごすことになり、全員目のやり場に困りながらもなんとか過ごすことができた。

一時の感情とはいえ、大変な事をしでかしたものだ。怜は痛み分けという事でともかくとして、巻き込んだ竜華とセーラにはあとでちゃんと謝っておこう。

 

「またなー」

 

怜がマンションのエントランスの出入り口で手を振る。セーラと竜華は私と反対方向に歩き始めた。私はそんな二人と怜を見て、今日は色々あった一日だったなと半ば適当な振り返りをしてから、予約してあるホテルへと足を進めた。




次回は奈良編!
王者さんと阿知賀組ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第138話 奈良編 ① 雨宿り

奈良編です。
王者さんの前に阿知賀編!


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

(・・・奈良かあ)

 

 

怜たちと別れて四日が経ち、私は大阪から兵庫、京都、滋賀、三重と近畿地方を回っていた。

そして今度は奈良県。小走さんが住んでいる奈良県に私は足を踏み入れた。現在時刻は朝の8時。始発電車で三重県から奈良県に行ったためにこういった早い時間帯に到着してしまったが、小走さんと待ち合わせをしているのは午後1時からだ。つまり、あと五時間程度は何処かで時間を潰さなくてはならない。まあ適当に雀荘なりどこか適当な所に行ってれば自ずと時間を潰すことができるだろう。

 

(・・・なんか天気が悪くなりそうだなあ)

 

私は空を見上げながらそう思う。ちょうど真上の空は曇りなき快晴であるが、そこから少し西の空を見てみるとドス黒い雲が広がっている。天気というものは通常西から東へと変わっていく。つまり、時間が経てば西側に広がっている雲はこちらにまで来るということだ。

これは雨に打たれることも覚悟しないといけなさそうだ。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(やっぱり降るよなあ……)

 

そしてあれから30分が経った。案の定天気は快晴から一転して大雨。折り畳み傘くらい持って来ればよかったのに、何故か持ってこなかった自分を恨む。せめて家で一週間の天気くらいは確認しておけばよかった。まだ小走さんとの約束時間までは四時間半もある。早めに行ってもいないだろうし、わざわざ予定の四時間半前に呼び出すのも申し訳ない。そこで私は近くの場所で雨宿りをすることに決めた。

しかし、ここで問題が浮上する。それはここがどこだか分からないという点だ。適当にぶらぶらと歩いていた結果、どこかも分からない場所に来てしまった。

ここがどこかも分からぬまま、足を運んでいると、何やら学校っぽい建物を発見した。ここから見えるということは、然程距離はないだろう。引き返してどこか雨宿りできそうな場所を探すというのも手だが、とりあえず確実性の高いあの学校っぽい建物で雨宿りをすることにしよう。

そうして、私は急いでその建物へと走って行った。

 

 

 

(阿知賀……女子学院?)

 

そしてその学校の校門までやってきて目に留まったのは学校の名前。阿知賀女子学院という学校らしい。この学校が小学校なのか中学校なのか高校なのかは分からないが、とにかく私はその阿知賀女子学院へと足を踏み入れた。校舎内とか敷地内に先生とかいるかもしれないが、事情を言えばなんとかなるかもしれない。そんな淡い期待を寄せて。

 

 

(・・・人?)

 

そうして敷地内に堂々と入った直後、私は校舎内へと入っていく女の子2名を見つけた。その子達は傘を差しており、若干その子たちが羨ましかったが、とりあえずここには誰かしらはいると証明された。私もその女の子の後に続くようにして、私は校舎内へと入った。

そして校舎内に入り下駄箱のあるところについた私は、床に腰を下ろして深くため息を吐く。とりあえずは雨をしのげる場所を確保したが、よりにもよって何も目的がない時に大雨に降られるなど運が悪い。服もびしょ濡れだし、リュックの中身は流石に大丈夫だろうとは思うが、外側は完全に濡れてしまっている。しかし、下駄箱付近にいてもなにもすることが無く、雨もすぐ止む気配はしない。何かをしようと思うといつもダルさが体を襲ってくる私だが、何もしないというのも十分ダルいということが今日分かった。

そしてついにその退屈感とダルさに耐えきれなくなった私は、校内を歩き回ることにした。靴を適当なところに置いて、来客用に置いてあると思われるスリッパを一足分頂戴し、校内を散策し始めた。

 

 

 

-------------------------------

視点:赤土晴絵

 

 

 

「ツモ」

 

「ロン」

 

 

室内に響く「ロン」や「ツモ」の声を聞きながら、私はこの「阿知賀子供麻雀クラブ」の顧問として皆を指導する。まだまだ朝っぱらの時間帯ではあるが、こうして集まってくれている子供たちのためと思えばなんの苦にもならない。

そうして、窓から見える景色をチラッと見る。天気はさっきまで晴れていたのに、少し目を離していたらいつの間にか大雨になっていた。確かに天気予報では急に大雨になるといっていたが、本当に当たるとは思ってなかった。それほどさっきまでは快晴だったのだ。やはり天気予報という技術は馬鹿にできないなと思う。

 

(・・・シズと憧は傘持ってきているかな?)

 

そんな景色を見ながら、私は教え子の中でも2番3番を争う実力者で未だここには来ていない高鴨穏乃と新子憧の事を考える。彼女らの家との距離を鑑みると、彼女らが家を出た時は天気は晴れ。もしかしたら傘を持ってきていないんじゃないかと思ったので、一応タオルを準備しておいた。

そして数分後、シズと憧が元麻雀部室へと入ってくる。彼女らは傘を所持しており、二人は殆ど雨に濡れていなかった。

 

「おー、おはよう。シズ、憧」

 

私はやってきた彼女らに声をかける。彼女らの一個下のギバード桜子が「あこちゃんだああ」と言って憧に向かって飛びつく。憧はそれをしっかりと受け止める。ギバード桜子が憧に抱きつくある意味お約束となっているものだ。

 

「おはよう!先生」

 

それを横目に、シズは私に向かって挨拶をする。あのシズがよく傘を持ってきたなと感心する。

 

「憧はともかくとして、シズはよく傘を持ってこようと思ったな?」

 

「私がシズに傘を持たせたの!」

 

すると憧が胸を張ってそう言う。やっぱり憧が持たせたのか。まあシズが天気予報を見て、晴れているけど一応傘を持って行こうなんては思わないか。これは偏見だが、シズはそもそも天気予報すら見なさそうだし。

一応ということで用意していたタオルは結局使わなかった。私はそのタオルをしまおうとタオルに手をかける。

 

 

(・・・ッ!?)

 

その刹那、急に背中に悪寒が走る。それによって急に体温がスーッと下がったのを感じた。なんだこの感覚は。()()()()()()()()()()()()()()の威圧感、プレッシャー。それがドアの向こう側から発せられていた。

ドアの向こうに何か(バケモノ)がいる。そう感じた私はドアの方を見る。すると、ドアがゆっくりと開いた。そんなに古くはないドアだが、ギギギッと軋んだ音が聞こえてくる。これが幻聴か、それとも本当に発せられているのかは分からない。

 

 

そしてドアが完全に開かれた直後、窓がピカッ!と急に光った。そしてその数秒後、ガッシャーン!!という落雷音が響き渡る。まるでバケモノが登場に合わせて雷を落としているのかと思えるほどほぼほぼ同時のタイミングだった。

 

 

「・・・」

 

 

そしてドアの向こうには白い髪の毛が特徴的で、傘を持っていなかったのか、ずぶ濡れの女の子が立っていた。一見すると普通の女の子に見えるが、私にはどうしても彼女がただの女の子には見えなかった。彼女は何かがある。そう自分の第六感が告げていた。

 




シロの登場シーンはアカギの最初の登場シーンを意識して書きました。
レジェンゴに新たなトラウマが増えそう(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第139話 奈良編 ② タオル

阿知賀編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

(阿知賀子供麻雀クラブ……?)

 

 

時刻は少し遡り、阿知賀女子学院の校舎内を散策していた私。一階はあまり変わったようなものや面白そうなものなど、私の目を引くものは無かった。まあ学校に、ましてや冬休みのこの時期になにかがある方がおかしいのだが。

しかし、そう思って二階に上がるとまず私が目にしたのは「阿知賀子供麻雀クラブ」と書かれた看板。その看板から少し上に目線を上げると、「麻雀部」と書かれた看板が天井から吊り下げられている。勝手な推測だが、麻雀部の練習が無い日に部室を借りて子供麻雀クラブをやっているのだろう。

 

(・・・寒い)

 

そんなことを考えていると、徐々に体が冷たくなっているのを感じた。外よりは比較的暖かい校舎内にきたことで忘れていたが私はさっきまで大雨に濡れていたのであった。このままこの状態でいれば、風邪を引いてしまう可能性もあるため、早めに濡れている体をタオルか何かで拭きたい。流石にまだこの奈良県と和歌山県を残した状態で風邪を引くのは非常にダルい事だ。「阿知賀子供麻雀クラブ」の方々にタオルを貸してくれるようお願いをしよう、と思いそのドアに手をかけるが、その瞬間ドアの向こうから何やらオーラを感じた。心から驚愕するほどのものではないにしろ、少なくともそこら辺にいる雀士が放つオーラではないのは確かだ。

 

(・・・)

 

「阿知賀子供麻雀クラブ」という名前から見て、子供達と指導者が和気藹々と麻雀を楽しんでいるような光景を勝手に想像していたのだが、どうやら違うのか。それとも、オーラを発している誰かがその和やかな雰囲気に乱入しているのか。

他にも色々な憶測が頭の中を駆け巡るが、考えていても答えは出るわけがない。それに憶測といってもそれはただの妄想レベルにしか過ぎない。しかも俄然体は冷たいままなので、ここで突っ立っていても何も進まないと悟った私は再びドアを開けようとする。

とりあえず、何がドアの向こう側に待ち受けてもいいように気迫をこめる。ダラけきっている私がいつになく超真剣な表情をしながらドアを開ける。

 

 

そしてドアを最大限まで開いた瞬間、ガッシャーン!!という音が響いた。しかし、私にとって落雷など瑣末な事では無かった。問題なのはあの変なオーラを発している人物。突然やってきた私に対して「何事だ」と言わんばかりに振り向く連中……「阿知賀子供麻雀クラブ」のメンバーを一通り見る。しかし、「阿知賀子供麻雀クラブ」の人たちは一人の大人の女性に、あとは約十人の女の子たち。どうやら、さっき私が最初に「阿知賀子供麻雀クラブ」という名を見て想像していた「子供達が和気藹々と麻雀を楽しむ光景」は強ち間違ってはいなかった。

ただ一人、指導者と思われる一人の大人の女性を除いて。

 

「・・・」

 

私はその大人の女性と目を合わせた。彼女は豪く真剣な表情をしていた。子供達はただただ不思議に私の事を見つめる中で、彼女だけが私の事を睨みつけていたのだ。何か変な誤解でも受けているのかは分からないが、穏やかな雰囲気ではないのは確かなことと、そしてあの変なオーラを放っていたのは彼女であるという事の両方を同時に悟った。

 

 

-------------------------------

視点:赤土晴絵

 

 

(彼女は一体何者なんだ……)

 

ドアを開けた雨に濡れている白髪の少女を、精一杯睨みつける。子供達が彼女の事を一斉に見たからなのかは分からないが、彼女は子供達の事を一人一人目で確認していった。

何をやっているのかは全く分からなかったが、彼女が私以外の全員を見終わった後、彼女は私と目を合わせてきた。私は思わず身構えてしまうが、彼女の瞳は綺麗であった。いきなり何を言っているのか、と思うかもしれないのだが、常人ではあり得ないほど彼女の瞳は限りなく純粋な瞳なのだ。一見虚ろな瞳であるはずなのに、どこか透き通っている。そんな瞳であった。

 

(・・・!?)

 

が、そんな瞳を見つめていると、突然彼女の背中から途轍もなく恐ろしい何かが垣間見えたような気がした。私はひどく驚きながらも幻覚かと思って目を擦るが、幻覚ではないらしい。上手くは言い表わせる事ができないのだが、彼女に引きずり込まれるような錯覚を受けた。言うなればブラックホール。

私は驚愕しながら彼女の方を見る。しかし、目は合わせない。自分の心が弱い故に見えてしまったものなのか、それとも彼女には本当に恐ろしい何かがいるのかは定かではないが、もう一度彼女と目を合わせたら確実に精神が壊される。そんな気がしてならなかった。

辺りに沈黙が訪れる。いや、たった数秒にも満たない時間ではあるが、少なくとも私にはとても長く感じた。

 

「赤土先生、タオル貸りますよ」

 

沈黙を破ったのは私の隣にいた松実玄だった。玄はあの子の異常さに気がついていないのか、何事も無かったかのようにあの子にタオルを貸そうとしていた。というか玄だけでなく、シズも憧、ここにいる私以外は至って普通の表情をしていた。

誰一人としてあの子の異常さに気が付いていない。いや、それとも自分がただ存在しない何かに怯えているだけなのか?少しほど考えてみたが、結論は出ない。とりあえず、あの子は玄達に任せよう。私は心を落ち着かせてから、卓にいる子供達の指導を再開することにした。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「タオル、使ってください」

 

大人の女性の横にいた女の子が、女性が手にしていたタオルを手に取り、私へと差し出す。私はそもそも濡れて冷えた体を拭くという名目で来たため、当然断ることなく「ありがとう」と言ってタオルを受け取った。濡れた服をどうにかしたいとも思ったが、ここで脱ぐこともできないので取り敢えず頭をタオルで拭いた。着替えはあるし、いざとなったらどこか別の教室を利用して着替えればいいかな。そんなことを考えていると、私にタオルを渡した女の子が私の胸を見ながら、手の指をいやらしい動きで動かしてこう言った。

 

「お姉ちゃんほどでは無いにしろ、あなたも素晴らしいモノをお持ちで……」

 

・・・胸を見て何を言っているんだと半ば呆れながら頭を拭いていると、その女の子を近くにいたもう一人の女の子がその女の子を止める。

 

「初対面の人に何言ってるの玄!?」

 

「ええ……だって……」

 

そうして彼女は私の方を向いて、私の胸を執拗に見る子と、近くにいるジャージの子を横一列に並ばせてこう言った。

 

「私は新子憧で、そこにいるジャージの子が高鴨穏乃。どっちも小学五年生。それでこの子が松実玄。玄は六年生。」

 

新子さんが代表してそう言う。松実さんの目線は相変わらず私の胸を見ていたが、それはもう気にしないでおこう。高鴨さんはなんでジャージしか着ていないんだろうという疑問はあるが、いちいち気にもしてられないだろう。私も使っていたタオルを首にかけて、新子さん達に自己紹介をした。

 

「小瀬川白望……中学一年生。よろしく」

 

中学生というワードが珍しかったのか新子さん達は「おおー」と言って私の方を見る。私としては早く着替えたいなあとか思っていたが、急がせるのも申し訳ないだろう。すると新子さんが気を遣ってくれたのか、私の方を見てこう言った。

 

「小瀬川さん、着替えとか持ってますか?」

 

私は「ある……」と言うと、新子さんは私の手を握って「じゃあ他の教室で着替えますか」と言って、新子さんと共に教室を出た。その途中松実さんが「じゃあ私も……」と言ったが、新子さんは「シズ、玄を止めといて」と言い、高鴨さんに止めさせた。可哀想だなとも思ったが、まあ自業自得だろう。そうして隣の教室に入ると、「ここで着替えて下さいね」と言って戻っていった。

そして新子さんが出て行ったのを確認して、私は濡れた服を脱いで着替え始めた。

 

 

 

 




前置き長すぎィ!
次回も阿知賀編です。さて誰がシロにオトされるのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第140話 奈良編 ③ 玄

奈良編です。


-------------------------------

視点:新子憧

 

 

 (変わった人だな……)

 

 私は体がビショビショに濡れていた小瀬川さんを隣の教室に入れ、皆がいる教室へ戻ろうとする最中、そんなことを考えていた。いや、何が変わった人なのかは明確には分からないのだが、とにかくあの人には何かがある。そういう気がしてならなかった。

 とりあえず教室に入った私はまずハルエに「小瀬川さん、隣の教室で着替えさせたよ」と報告してからちょうど対局が終わった卓に既にいる子と入れ替わりで入る。しかしその報告を受けたハルエは「お、おう……そうか……」と言ってどこか落ち着かない様子を醸し出していた。

 対局が始まった今もチラリとハルエの方を見るが、やはり未だに呆然としている。さっきもそうだ。小瀬川さんがドアを開けて入ってきた時も、ハルエの表情は険しかった。ハルエに何があったのかは分からないが、ともかく小瀬川さんが何かしらの原因だというのは間違いないだろう。

 

 (何か繋がりが……?)

 

 配牌を開きながら、私は想像を始める。はっきり言って、今のハルエの状態は異常だ。明らかにどこかおかしい。もっといえば何かに恐怖しているようにも見える。

 ハルエの恐怖、と言って真っ先に思いつくのは過去ハルエを完膚なきまでに叩きのめし、当時のハルエにトラウマを植え付けた小鍛冶プロだが、あの人と小鍛冶プロと何らかの繋がりがあるとも思えないし、例え繋がりがあったとしてもいくら小鍛冶プロの事が恐ろしいとはいえ、それが即ちあの人が恐ろしいということにはならない。あるとすればあの人は小鍛冶プロの娘という線だが、そもそも小鍛冶プロは独身だ。子供がいるわけもない。

 考えれば考えるほど訳の分からないことになってくる。結局、何も結論が出ぬまま小瀬川さんが着替え終わったのか、ドアを開けて戻ってきた。

 

 「ありがとうございます。タオル、どうしますか……?」

 

 そう言って小瀬川さんはハルエに向かって言う。ハルエはやはり少し動揺しながらも、「あ、ああ、こっちで後始末しておくよ」と言って小瀬川さんからタオルを受け取り、外に干すこともできないので、部屋に干した。

 そうして小瀬川さんは近くにある椅子に凭れ掛かった。何を考えているのかは相変わらず分からないが、どことなく私は小瀬川さんのことが気になってしょうがなかった。

 そんなことを考えていると、対局が終わって抜けたシズが小瀬川さんの近くに行き、隣の椅子へと座った。そうしてシズは小瀬川さんに話しかける。対する小瀬川さんは、面倒だと思っているのか何なのか分からない曖昧な表情をしていたが、迷惑にはなっていないようなので私は一安心して、二人の会話に耳を傾けながら対局に集中した。

 

 「小瀬川さんは麻雀、やったことあるんですか?」

 

 「うん……」

 

 シズの問いに対して、小瀬川さんはとりあえずの返答はする。本当に迷惑だと思ってないのかと思ってしまうが、小瀬川さんの表情を見る限り嫌そうではなさそうだ。

 

 「高鴨さんは麻雀、強いの?」

 

 「一応、この中で二位を争うほどには……あっ、赤土先生を除いてですけどね」

 

 「ふーん……じゃあ一位の子ってどの子?」

 

 「断然、玄さんですね!」

 

 シズの返答に若干小瀬川さんは驚きつつも、「へえ……」と言って玄の事を見つめていた。まああの玄がこの中で一番強いと言われれば意外かもしれないが、実際問題本当に玄は強いのだ。どうあがいてもそれは揺るぎないだろう。今ちょうど私は玄と卓を囲んでいるが、はっきり言って勝てるビジョンが見えない。いや、上手くやれば勝てないことはないはずなのだが、今の自分の技量じゃあ無理である。

 そう思いながら、私は再び二人の会話に耳を傾ける。

 

 「小瀬川さんも、玄さんと打ってみますか?」

 

 「松実さんが迷惑でなければ……」

 

 そう小瀬川さんが言うと、対面に座っている玄が小瀬川さんの方に向かって右手を挙げ、「大丈夫です!」と言った。玄は相変わらずな胸……彼女曰く「おもち」の子が好きだ。小瀬川さんも結構大きい部類であるので、玄のセンサーに引っかかったのだろう。対局したいと言ったのも小瀬川さんの「おもち」を見るためなのか、あわよくば触りたいと思っているのかは分からないが、玄の下心は丸見えであった。

 

 

 「ツモ。ドラ6……跳満です」

 

 そんな玄を見て半ば呆れていると、その直後に玄が和了宣言。玄が自分の手牌を晒すと、やはりドラで溢れていた。当然ながら、私はこの対局が始まって以来自分の手牌はおろか、捨て牌ですら玄の手牌以外には一度も見えた試しがない。どれもこれも何を言おうその玄のせいなのだが。

 結局、この勝負は玄のダントツトップで終了する。私は一応は二位につけたが、トップの玄との差は歴然。流石は玄だ、と思いながら私は立ち上がり小瀬川さんに向かってこう言った。

 

 「小瀬川さん、次どうぞ」

 

 すると小瀬川さんは椅子から立ち上がり、私と入れ替わりで卓につく。私はシズの隣に座り、シズに向かってこう耳打ちした。

 

 「小瀬川さんと玄、どっち勝つと思う?」

 

 するとシズは少し考えながら、こう返してきた。

 

 「……流石に玄さんには勝てないんじゃないかな……?」

 

 「ふーん……」

 

 「憧はどう思うの?」

 

 シズが私にそう聞き返してくる。玄、と言うのが普通だろう。小瀬川さんがどれだけ強いのかは分からないが、玄の強さは筋金入りだ。ちょっとやそっとの実力者相手でも玄に勝つのは相当難しい。それは自分がよく分かっている。身をもって散々体験してきたことだ。

 しかし、私は何故か小瀬川さんのことが心に引っかかって仕方なかった。何故だろう。理由は不明だが、小瀬川さんなら玄に勝ってしまうかもしない。そんな気がした。

 

 「小瀬川さん……かなあ。根拠はないけど……」

 

 その答えにシズは「いやいくらなんでもそれは……」と言いかける。その瞬間「ロン」と小瀬川さんと玄がいる卓から聞こえてきた。それを聞いたシズは「ね?」と言う。

 

 (いや……違う。今の声は玄の声じゃない……)

 

 そう、違う。今さっき聞こえてきた「ロン」の声は玄の声ではなかった。シズも直ぐにさっきのは玄が和了ると思い込んでいたが故の聞き間違いであると察し、驚愕しながら卓を見つめていた。

 

 

 「ロン……断么九一盃口」

 

 卓を見れば、そこには玄が放った牌を打ち取った小瀬川さんが手牌を晒していた。

 

 

 

-------------------------------

視点:赤土晴絵

 

 

 「ロン」

 

 その声が聞こえた直後、私は指導中であるのも忘れて隣の卓で玄と打っている小瀬川の方を見る。さっきまで必死に自分の恐怖を押さえつけるために指導のことしか考えていなかったので、小瀬川が玄と打っている事さえ今知ったが、そんな事はどうでもよかった。

 

 (……見抜いている?)

 

 私は驚愕して小瀬川の和了形と、玄の手牌を見る。今の小瀬川の和了形が

 

小瀬川:和了形

{二二三三四四③⑥⑥⑥234}

 

に対して、玄の手牌は

 

玄:手牌

{四赤五六②②②赤⑤赤⑤2344赤5}

 

この牌姿だ。玄が打ったのは{③}で、この局のドラは{②}。その挙句小瀬川が最後に河に置いた牌は{④}。

 何が言いたいかというと、どう考えても普通に手を進めていれば小瀬川がこの待ちで待つのは有り得ないのだ。玄の能力を把握していない限り、だ。

 玄の能力は単純に言って自分にドラが集まり、他家にはドラがこなくなるという恐ろしい能力。色々と制約はあるものの、それは彼女がドラを切らぬ限り起こる事はなく、初見で闘うとなれば攻略するのは不可能に近い。

 それを見抜けない限り、小瀬川がこの手に仕上げる事は有り得ない。この手、直前に切った{④}を切らなければ最高タンピン三色一盃口ドラ1の手。しかしそれは絶対に起こらない。この局のドラである{②}は小瀬川には決してこないからだ。しかし、普通に考えてわざわざタンピン三色一盃口ドラ1を捨ててドラ側の{③}単騎に回るだろうか。どう考えても小瀬川が玄の能力を見抜いているとしか思えない。

 だが、どうやって小瀬川は玄の能力に気付いたのか?そこが問題だった。玄の対局を何局か見る機会はあっただろうが、たったそれだけで確信できるものだろうか。

 

 (……本当にたった数局見ただけで確信できたのか)

 

 もし、本当にそうだとしたら小瀬川は少なくとも私よりも格上だ。私でさえ、玄本人に言われるまでは半信半疑であった。いくら打ったとしても、見たとしても、100パーセント確信する事はできなかった。どうしても偶然という言葉が頭をよぎる。

 だが、この小瀬川はどうだろうか。小瀬川は玄の能力を断定して打ち回している。多分、自分を完璧に信じているからこそできる芸当だろう。

 

 (小瀬川白望……お前はいったい……)

 

 私は小瀬川の事を見ながらそう心の中で呟く。部屋に入ってきた時とはまた違った意味で彼女に恐怖する。あの時は彼女が発する未知の気迫、今は彼女の卓越した読みと、それを信じる精神。

 

 「……一本場」

 

 そう言って小瀬川は100点棒を置いた。この局の親は小瀬川だったらしい。

 ーー多分、玄じゃ敵わない。そう密かに思ってしまうほど小瀬川の威圧感は計り知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 




(因みに、この勝負の描写は殆ど)ないです。
ネタバレすると、その次のレジェンゴ戦を詳しく描写したいと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第141話 奈良編 ④ 欠点

奈良編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 私が松実さんから直撃を取ると、案の定赤土さんがやってきて驚愕する。確かに、松実さんの能力……『ドラが集まる能力』は強力だ。何もわからない状態でやればかなりの強敵だし、事実ある程度推測していたからこの東一局に松実さんから直撃を取れた。多分、予備知識なしでいけばこの局かもう一局は様子見していただろう。

 一見、超強力な能力に見えるかもしれないが実は少し違う。いや、能力自体は超強力と言っても過言ではない。私が見る限り、『自分にドラが集まる』のだから、『相手にドラが行かなくなる』のだろう。その時点で相手からドラという武器を取り上げ、自分はドラ爆……一回点差をつけられれば、逆転は容易ではない。しかし、松実さんの能力には明確な欠点がある。能力自体ではなく、それ以外に。

 まず、一つ目の欠点はドラというわかりやすいモノが松実さんに集中してしまうが故、その能力がすぐにバレてしまうという点だ。先程言った通り、松実さんの能力を全く知らない状態で闘えばかなりの脅威だ。相手が気づかぬ限り松実さんは絶対的優位の状況で闘うことができる。しかし、その松実さんの優位ももって二局。疑心暗鬼に相手がうまく陥ればもっと長くなるが、実際そんな上手く疑心暗鬼に陥ることなど殆どないと言っても過言ではない。松実さんの能力の利点を潰してしまうこの欠点は結構致命的な欠点だ。

 そしてもう一つの欠点だが、こっちはもっと深刻だ。松実さんの能力はドラが集まる能力なのだが、その集まったドラを決して松実さんは放たないということだ。松実さんは意図的でドラを放たないでいるのか、それとも何か縛りがあってドラを放てないのかは分からないが、これはもっと致命的な欠点。簡単な話、松実さんは相手に高確率で振るかもしれないし、そして尚且つ愚形であろうと、それがドラを打たないとなればそれを選んでしまうということだ。さっきはたまたま聴牌するのに{③}打ちが必要であり、それしか方法が無かったが故に、しかたない振り込みであったかもしれない。幾つかの偶然が重なった悲劇であろう。

 しかし、もしそういった偶然の悲劇でなくとも、対処は簡単だ。松実さんはドラを手放せないが故に、

 

 (ドラを優先させるという前提のもと整理される牌を殺すだけ……)

 

 そう。そんな簡単なことで済む話なのだ。無論、相手によってはこれらの欠点が相手に知られても十分に闘える場合はある。しかし、少なくともそれでは私には遠く及ばないし、私が今まで闘ってきた強者にも勝てないだろう。松実さんには酷かもしれないが、それは事実である。

 まあ、その欠点が必ずしもガンになるとは限らない。なんとかしてその欠点を逆手にとって行動することは不可能ではないし、もしドラを捨てられないという制約があるのなら、それを打ち破れるようにすることもできるかもしれない。まあ、それは松実さんが自分で気付かなくてはいけないことだ。教えるのは簡単だが、松実さんが自分で乗り越えてこその壁だと思う。

 

 (それよりも……)

 

 私は視線を自分の後方へとずらす。私の左斜め後ろに立っているのは、赤土さんだ。私が一番気になっていたのは、松実さんよりもむしろ赤土さん。

 

 (何に怯えているんだろう……?)

 

 そう、私が赤土さんの気になっていた部分は、その異常な驚愕のしかた。確かに、これまで色々と人に驚愕されたことはある。しかし、今回の赤土さんの驚きかたは少し違った。どっちかというと、私に怯えているというよりかは、何かを思い出して怯えているような感じだ。

 何が赤土さんをここまで追い詰めているのだろうか。一瞬赤木さんが過去に赤土さんに何かしたのかなとか思ったが、どう考えても年齢的にそれはないだろう。

 まあなんにせよ、その何かによって赤土さんが縛られているのは確かだ。あのオーラを見る限り、赤土さんは相当の実力者のはずだ。そんな赤土さんをここまで追い詰めた誰かがいる。私はそれに少し興味を示しながら、配牌を取る。

 

 

 

-------------------------------

視点:新子憧

 

 

 「ロン」、という声が聞こえてくる。これで、小瀬川さんが「ロン」と言ったのは4回目。対する玄は、何も出来ぬまま点棒を搾り取られている。あの玄でさえも小瀬川さんの親を止めることはできずに東一局も四本場になろうとしていた。言いかたは悪いが、小瀬川さんの一方的な虐殺であった。ドラがないというハンディキャップを物ともせずに……いや、寧ろそれを利用しながら小瀬川さんはどんどん玄から直撃を取っている。確かに玄はドラを優先する制約があるが、かつてそれを利用して、ここまで一方的に玄を叩きのめした人はいただろうか。

 

 「リーチ」

 

 そしてこの四本場、ついに小瀬川さんはリーチを放ってくる。これで玄をトバして終わらせるつもりだ。それは分かっているのだが、玄にはどうすることもできない。ドラを手放すことはできないし、かといってドラを優先させてしまえば、小瀬川さんに狙い撃たれるのは目に見えている。

 

 「……ロン」

 

 結局、玄が小瀬川さんに振り込んで玄のトビ終了。この『阿知賀子供麻雀クラブ』最強の玄が為す術もなくやられてしまった。

 

 「強い……」

 

 隣に座っているシズがそんなことを呟く。語彙力のない自分が情けなくなったが、確かにその言葉しか出てこなかった。玄の能力に気づき、逆手にとった事はもちろん、それ以外にも、まるで牌がすけて見えているかのような打ちまわしであった。というか、そういう能力なのかと思えてしまうほど理解できない打ち筋であった。

 

 「……ありがとうございました」

 

 そう言って、小瀬川さんは席を立って礼をする。対する玄は若干涙目であったが、直ぐに立ち上がって礼をした。私とシズは、その礼が終わってもしばし呆然としていたままであった。

 

 「……松実さん。お疲れ」

 

 小瀬川さんが玄にそう言う。玄は涙目になりながらも小瀬川さんに一目散に向かって抱きついた。玄は「小瀬川さんー!」と言って小瀬川の胸に頭をこすりつけていた。泣いているのか喜んでいるのかは分からないが、多分どっちもあるだろう。

 

 「……赤土さん」

 

 そんな玄を半ば微笑ましそうに見ていたまさにその最中、小瀬川さんが口を開く。一気に室内全員の緊張が高まるのが分かる。呼ばれたハルエも、思わず身構えてしまっていた。よく見るとハルエの額には汗が噴き出していた。

 

 「……打ちましょうか」

 

 

 

 




次回はレジェンゴ戦。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第142話 奈良編 ⑤ 逃げない

レジェンゴ戦です。
あまり進んでないという事実


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

 「……打ちましょうか」

 

 私は赤土さんを真っ直ぐ見据え、ゆっくりとこう言い放った。私の言葉によって、部屋の緊張感が高まっていく。今も尚松実さんは私に抱き、さっきまで私の胸を堪能して幸せそうにしていたが、その松実さんでさえも一気に表情が険しくなった。

 

 「……」

 

 すると赤土さんは、何も言わずして先ほどまで松実さんがいた席に座った。しかし、この一連の動作が分からないほど私は鈍感ではない。雀士同士が卓についたということは、それは即ち勝負をするということと同義である。

 私は少しニヤリと笑い、松実さんに退けてもらうように促す。残念がるかなと思ったが、意外にも松実さんはすぐに私から退いてくれた。恐らく、この空気を読み取ってくれたのだろう。

 そしてその直後、私がこの『阿知賀子供麻雀クラブ』に入る直前に感じたオーラ以上の圧力感が赤土さんから放たれていた。どうやら、赤土さんの中で何か決心したのだろう。しかし、まだ未完全だ。やはりまだ赤土さんの中には何かがいる。一時の感情で突き動かされてはいるものの、心の根っこの部分はまだ恐怖によって縛られている。

 

 (さあ……赤土さん。あんたが何を抱えているのか……見せて貰おうか)

 

 

 

-------------------------------

視点:赤土晴絵

 

 

 「……打ちましょうか」

 

 そう小瀬川から放たれた瞬間、私の時が一瞬止まったかのような錯覚を受ける。心臓が激しく脈動しているのが手を当てずとも分かる。額には嫌な汗によって濡れていて、あまりにも緊張しすぎて、自分でも緊張しているというのが何となくでしか分からなかった。

 本音を言えば、今すぐ逃げたい気持ちでいっぱいだ。()()()()()()()()もまだ完全には癒えてないと自分でも分かっているし、今目の前にしている子がソレと同等……もしくはそれ以上の脅威であるのかもしれない。もう二度と、あんな思いはしたくない。

 

 (……だけど)

 

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。本当に、今この場から逃げていいのだろうか。確かに、あの時のトラウマは少しずつではあるが癒えて行っている。しかし、それは単に打ち勝ったわけではなく時間が癒してくれたものである。根本的な事を言ってしまえば、何も私は乗り越えてはいないのだ。ただただ自分のトラウマという名のハードルが下がっていくのをじっと見守っているだけ。果たして本当にそれで私はトラウマを、小鍛冶健夜を乗り越えたことになるのだろうか。

 そう、これはある意味チャンス。私のトラウマに、脅威に……私をこれまで追い詰めてきた忌々しい過去に打ち勝つことのできるチャンスではないだろうか。そして、ここでこのチャンスを失えば、二度と私は自分のトラウマに打ち勝つ事も、そのチャンスも来ることはないであろう。一生背負っていくことになる。例え全て時間が癒してくれたとしても、だ。

 だからこそ、私は闘う。例えどんな酷い負け方をしたとしても、これ以上のトラウマを背負ったとしても、そんなこと私にとってはもうどうでもいい事だった。

 ただ、逃げてはいけない。逃げたくない。そう思ったから。その一心に尽きる話だ。

 

 (……小瀬川、いや……()()()()()。……殺す気で行くぞ)

 

 私は玄がさっきまで座っていた椅子に座る。そして、私が今持てる最大限の闘志を燃やす。

 ーーいつ振り、……あの時以来か。私がこれほど麻雀に命を燃やしたのは。……いや、それでは少し語弊がある。

 

 (……まだ足りない)

 

 そう、まだ足りない。決心はしているはずなのに、心の底の底。そこがまだあのトラウマによって縛られたままでいる。まだあの時には及ばない。しかし、

 

 (縛られているのなら……焼き尽くすまで、さ)

 

 闘志という名の焔で、焼き尽くしてしまえばいい。そう心の中で決意を満たしながら、私は再度小瀬川白望の事を見た。しっかりと目を合わせる事ができる。確かに目を合わせた瞬間の圧力は凄まじかったが、耐えられる。

 

 「シズ……憧。入ってくれるか」

 

 そうして、私はシズと憧に向かってそういった。二人は少し戸惑っていたが、私と小瀬川白望の威圧感にあてられたのか、そそくさと椅子に座った。

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:赤土晴絵 ドラ{2}

 

小瀬川白望 25000

高鴨穏乃  25000

赤土晴絵  25000

新子憧   25000

 

 

 

 名目上は娯楽麻雀。しかし実際には小瀬川白望と赤土晴絵の己の信念を賭けた博打。それが今始まった。

 東一局、親は赤土晴絵。赤土晴絵から配牌を取り始め、手牌が赤土晴絵が十四枚、他の全員が十三枚になったところで、赤土晴絵の第一打から勝負は始まる。

 

 (……まあまあ、か)

 

赤土晴絵:手牌

{四七八④赤⑤⑦⑧1225中中}

 

 赤土晴絵が自分の配牌に目をやりながら、そんな事を心の中でそっと呟く。赤土晴絵のこの配牌、手自体はかなり良い。役牌対子の三向聴で、尚且つドラの{2}も対子。親の連荘を決めたい、そして打点も欲しい今の赤土晴絵にとってまさにこの{中}と{2}の対子は僥倖といえよう。

 しかし、赤土晴絵はこの好配牌に恵まれたとしても、全く喜ぶ様子は見せなかった。

 

 (こっちの手牌は二の次……小瀬川、小瀬川の手牌……)

 

 そう、今赤土晴絵にとって最重要であることは小瀬川白望の配牌であった。先ほどまで、松実玄との勝負を赤土晴絵は見ていたが、正直な話赤土晴絵は小瀬川白望がどんな雀士かという全体像を掴めていない。確かに、松実玄との一戦は赤土晴絵にとって衝撃なものだった。しかし、肝心な小瀬川白望という雀士については全くもって分かっていない。少なくとも彼女が確信しているのは、小瀬川白望という雀士はデジタル、オカルト……そのどちらにも属さない異端な存在であるという事だけだ。

 それが赤土晴絵にとっては非常に厄介であった。小瀬川白望がどんな打ち回しをしてくるか予想がつかない。だからこそ、自分の配牌などはあまり関係ないのだ。例え自分の配牌が超好配牌だったとしても、小瀬川白望がそれを阻んでくる可能性もあるからだ。

 しかし、そんな小瀬川白望でも配牌が悪ければどうにもすることができないはず、そう赤土晴絵は読んでいた。故に最重要なことは、小瀬川白望の配牌が悪いか否か。それが一番であった。好配牌はその次、二番目のことである。……まあ、配牌が悪くとも小瀬川白望は幾度となくノーテンリーチなどのブラフを駆使して乗り切ってきた功績があるので、一概に赤土晴絵の考えが正しいとは言えないのだが。

 そして、そんな小瀬川白望の配牌は赤土晴絵の希望が叶ったのか、酷い有り様であった。

 

小瀬川白望:手牌

{二七九③③13469西北北}

 

 最悪、とまではいかないもののその二歩くらい手前の三向聴。三向聴とは名ばかりで、嵌張が目立つ他にもオタ風の{北}が対子など、普通の四向聴よりもタチが悪く、融通のきかない配牌。言い換えるならばクズ手といったところか。

 しかし小瀬川白望は、そんなクズ手をただ真っ直ぐな瞳で見つめる。そうしてから、小さく笑った。

 

 (始めようか。赤土さん)

 

そうして新子憧が卓に置いた{八}を見て、自分の手牌にある{七九}を晒した。

 一巡目で、尚且ついきなりの事に、卓にいる小瀬川白望以外の全員が驚きを隠せないでいる。

 しかし、そんな事は関係ないといったふうに小瀬川白望は宣言する。

 

 「……チー」

 

小瀬川白望:手牌

{二③③13469西北北} {横八七九}

 

 本来ならば、誰がどう考えても見逃すはずの{八}。しかし、小瀬川白望は鳴いていった。ここにいる小瀬川白望以外の人は、まだ気づいてはいない。これが既に、小瀬川白望の最初の布石、その始まりであることに。

 




次回もレジェンゴ戦。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第143話 奈良編 ⑥ 中間の姿勢

レジェンド戦です。


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:赤土晴絵 ドラ{2}

 

小瀬川白望 25000

高鴨穏乃  25000

赤土晴絵  25000

新子憧   25000

 

 

小瀬川白望:手牌

{二③③13469西北北} {横八七九}

 

 

 小瀬川白望の鳴きによって早くも一巡目から場が動く展開となったこの東一局。凡庸で、尚且つ打点どころか聴牌して和了れるかどうかすら怪しい手だというのに、小瀬川白望は自らその選択肢を潰していく。ここから小瀬川白望が和了るには、{西}を重ねるかもしくはチャンタに向かう他ない。言い換えるならば、今の小瀬川白望の鳴きは愚行。そうとしか言い表せなかった。しかし、この行為がただ単なる愚行ではない事は、小瀬川白望が一番よく知っている。無意味に変なことをするほど、小瀬川白望は木偶ではない。

 

 (……一巡目から八萬鳴き?)

 

 そしてその鳴きを見て、当然ながら赤土晴絵は疑問に思う。何故、一巡目から鳴いて仕掛ける必要があったのか。もしや、自分の手牌の中に役牌対子があり、ただ単に行けばスピード勝負では勝てないと踏んだのだろう、と赤土は解釈する。しかし、今の鳴きで有り得る手の形はだいたい絞れた。恐らくはバカ混かチャンタ手。速さを重視するならばその二択が筆頭であろう。

 

 (……となれば、迂闊に萬子や幺九牌は切れない……な)

 

 そう心の中で決心し、赤土晴絵は自分の手牌に視線を落とす。

 

 (とは言っても……)

 

赤土晴絵:手牌

{四七八④赤⑤⑦⑧1225中中}

 

 萬子と幺九牌は切らない。そう決心はしたものの、実際問題この手牌で進めていくうちに切られる定めの萬子と幺九牌の数は少ない。{1}は{2}が対子ではあるが、待ちの時に変則待ちに使える可能性もあるし、{中}はそもそも論外。となれば若干浮き気味の{四}くらいだが、それも{二三四五六}のいずれかをツモってくることができれば溢れる事はないだろう。

 一見して、赤土晴絵の今の状況は盤石。そうとしか言い表せない好調ぶりだ。内心、この好調が罠ではないかと赤土晴絵が思ってしまうほど、上手くことが進んでいる。

 そして次巡、そんな赤土晴絵を後押しするかのように、

 

 (……きた)

 

赤土晴絵:手牌

{四七八④赤⑤⑦⑧1225中中}

ツモ{四}

 

 あっさりと唯一の懸念材料であった{四}がくっつく。最も簡単に。まるで、赤土晴絵の要求に応じて牌が引き寄せられているかのように。

 

打{5}

 

 (ツキが回ってきたのか?)

 

 赤土晴絵の中での不安が、徐々に期待へと高まっていく。己が好調を目の当たりにして、本当にこれが罠であるかと疑問を抱きつつある。

 

 

小瀬川白望:手牌

{二③③13469西北北} {横八七九}

ツモ{北}

 

 その一方で、小瀬川白望の調子はあまり振るわない。{北}が暗刻になりはしたものの、結局{北}はオタ風。好調……とは言い難いであろう。手自体は着々と進んでいるためそこまで不調とも呼べぬが、赤土晴絵と比べれば雲泥の差である。

 しかし、赤土晴絵の好調には既に小瀬川白望は勘付いていた。これは小瀬川白望の経験則だが、麻雀のツキというものはどうやら強大なものに立ち向かう者に対して大きな味方をするようだ。かつて幾度となく小瀬川白望の相手に好調な風が吹き、その度に乗り越えてきた小瀬川白望だから分かる。今の赤土晴絵の好調は、まさにそれだ。

 故に、小瀬川白望は別に今の状況に何の驚きも示さない。むしろ、それに備えた布石を打っているほど。

 

 (私があとやる事はたった一瞬のみ……()()()()()()()()()()()()が、勝負の分かれ目……)

 

 

-------------------------------

 

 

 

 三巡が過ぎ、赤土晴絵の手牌は既に聴牌直前の一向聴となった。

 

赤土晴絵:手牌

{四四七八九③④赤⑤122中中}

 

 {四、2、3、中}。これらのどれかをツモってくる事ができれば聴牌する事が可能だ。この東一局が始まってからまだ四、五巡しか経ってないというのに、もう聴牌間近だ。

 そしてこの時には赤土晴絵は己が自身が好調であるということを徐々に確信し始めている。流石にここまで上手くいけばいくら慎重になってもこれは確信し始めても仕方ないであろう。

 しかし、そんな状態の変化を見逃さないのが小瀬川白望だ。小瀬川白望は、赤土晴絵の些細な表情の変化を感じ取って、タイミングを伺っていた。対局が始まってから小瀬川白望が構えていた一本の矢……それを放つタイミングを。そして今が最も良いタイミング。

 人間が何か勝負をする時の姿勢には、細かく分ける事はできるが大きく分けて攻めの姿勢と守りの姿勢、この二種類に分けられる。守りの姿勢は言わば消極的な姿勢。さっきで言う自分の好調を罠とまで思ってしまう赤土晴絵の状態の事。攻めはその逆。どんな事があろうとも、自分の流れに身をまかせる状態の事を指す。今の赤土晴絵の状態は、言うなればその中間。攻めにも守りにも入れるどちらでもないし、どちらでもある姿勢。小瀬川白望は、この状態に赤土晴絵が陥る事を待っていたのだ。

 確かに、一見攻めにも守りにも入れるのだから隙はないのかもしれない。だが、違った考え方をすればそんな状態で攻めか守りの二択を強いられた時、確実に迷ってしまうということも考えられる。そして人が極限まで迷った時、人は思考を放棄して自分の主観……即ち理に頼ろうとする。それが小瀬川白望の狙い。

 赤土晴絵は、ただでさえトラウマを抱えている。そんな彼女が極限まで迷えば、自ずと守り……消極的な姿勢へと行ってしまうだろう。何人もの思考、理を見抜いてきた小瀬川白望がそう言うのだ。その結果どうなるかはまた別として、赤土晴絵が守りの姿勢に入るということに間違いはないであろう。

 

 そして次巡、新子憧がドラである{2}を放つ。些か危険な牌ではあったが、運が良いことにまだ誰も聴牌しておらず、この{2}が刺さるという事はない。

 しかし、小瀬川白望はこの{2}を待っていた。そう、今。長いこと構えたままであったその弓を、放つ時がやってきた。

 小瀬川白望は、自分の手牌から{13}を晒す。その瞬間赤土晴絵の思考が一瞬止まる。

 

 「チ「ポン!」……」

 

 すんでの差。すんでのところで赤土晴絵が小瀬川白望の発声を遮った。この時、赤土晴絵はこう感じた。『今のを鳴かれてしまえば、小瀬川白望の手が大きく進んでしまう』と。無論それに根拠はあまりなく、自分の長年の理によるものであった。赤土晴絵はとっさの判断によって小瀬川白望の進撃を止めた、と安堵する。

 

赤土晴絵:手牌

{四四七八九③④赤⑤1中中} {22横2}

 

 しかし、あの鳴きによって赤土晴絵の手は聴牌はできるものの片和了りという形になってしまった。{四}では和了れず、{中}でしか和了れなくなってしまう。そう、小瀬川白望はこれが狙いであった。このまま普通に手を進めていれば、赤土晴絵がツモっていただろう。しかし、こうなると話は別。片和了りという制約ができることで、赤土晴絵のチャンスを確実に削った。

 しかし、チャンスを削ったとはいったものの、実質的には赤土晴絵の手はもう死に体と言っても過言ではなかった。

 

小瀬川白望:手牌

{③③134北北北中中} {横八七九}

 

 何故なら、赤土晴絵が唯一和了れる{中}を小瀬川白望は二枚連続でツモって潰していたからであった。赤土晴絵があの時鳴いていなければ、例え{中}を潰したとしても意味はない。こうなることで始めて、{中}潰しが意味を成すのだ。

 赤土晴絵が良かれと思ってやった事が、全て裏目となってしまう。いや……裏目に誘導されてしまったのだ。

 そして、自分で首を絞めたものの依然赤土晴絵の好調は保ったままである。{中}はもうツモれない。ならば赤土晴絵がツモってくるのは必然的に、

 

 

 (な……)

 

 

ツモ{四}

 

 もう一つの和了牌。和了れない和了牌の{四}をツモってくるのは、至極当然の事だ。




次回もレジェンド戦。
今回結構雑感が否めないですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第144話 奈良編 ⑦ あの時と酷似

お久しぶりです。
一応復帰しました。まだ病み上がりですが。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

ツモ{四}

 

 

 (な……)

 

 赤土晴絵が引いたのは{四}。和了牌ではあるが、和了ることができない{四}。これでこの{四}を捨てればフリテンとなってしまう。

 一度聴牌を崩すのも一つの手ではある。しかし、いつ小瀬川白望が聴牌してもおかしくはない。確かにさっきの鳴きは潰したが、それでも最後の一牌の{2}をツモったりなど、小瀬川白望が聴牌できないという保証はどこにもない。

 それに、これでフリテンになってもまだ完全に和了り目が潰えたわけではない。まだ{中}は残っている……()()()()()()()()()()()()()()

 

 

小瀬川白望:手牌

{③③134北北北中中} {横八七九}

 

 しかし、実際には小瀬川白望が既に赤土晴絵の最後の希望は潰してあるのだが。つまり赤土晴絵が{中}の在り処に気付くのは皮肉にも小瀬川白望が和了る時しかないということだ。

 無論赤土晴絵が和了ることもなく、高鴨穏乃と新子憧も小瀬川白望に追いつくこともできずに六巡後、

 

 「ツモっ……」

 

小瀬川白望:和了形

{③③③44北北北中中} {横八七九}

ツモ{4}

 

 「700、1300……」

 

 

 (馬鹿な……!?)

 

 そしてこの時、初めて赤土晴絵は全てが小瀬川白望の掌の上で踊らされていることに気付いた。唯一の和了牌である{中}が既に全て潰されていたことも、あの鳴きも自分の手に融通をきかせなくするためのフェイク、ブラフであることも。あの一巡目から、全てを見越していたという事実に赤土晴絵は驚きを隠せない。

 牌に対する嗅覚、とでも言うのだろうか。驚くべき瞬時の判断速度が、常人とは桁外れに速いのだ。あの時の小鍛冶健夜も、常人とはかけ離れたものを持っていたが、ベクトルは全く違うので全てを比較するのは難しいが、小瀬川白望の方が恐ろしさという観点から言えば確実に恐ろしい。小鍛冶健夜はただ単純な火力でねじ伏せられたが、この小瀬川白望は違う。思考回路を全て読みきられた上で、完璧な形でこちらの息の根を止めてくる。まるでこちらの体を直接糸やら何やらで操っているかのように、的確に思考を誘導してくる。

 

 

 (……まだまだこれからだよ、赤土さん……)

 

 小瀬川白望は、自分に対してひどく驚愕している赤土晴絵を見ながら嗤う。しかし、まだまだこれもほんの小手調べにしかすぎない。そして小瀬川白望が睨んでいたように、赤土晴絵にはまだ拭いきれないトラウマがあることがこの一局で完全に証明された。

 

 

 そしてそんな二人の横に座っている高鴨穏乃と新子憧は、この局に何が起こっていたのかを未だ分からずにいた。小瀬川白望のやっていた事に対しても、それを瞬時に理解する事のできた赤土晴絵に対しても二人は驚愕する。やはり、何故あの一巡目で小瀬川白望が鳴いたのか理解できなかったのだ。まあ、赤土晴絵にチャンタ手を鳴いて進めているということを敢えて知らせて危機感を持たせるという事を瞬時に理解できる事の方がおかしいのだが。だが、そんなおかしい事でも、勝負の場になればそんな事は関係ない。寧ろ逆、理解できない事の方がおかしいとされるのだ。

 

 (すごい……赤土先生もだけど、やっぱり小瀬川さんの方がそれ以上に凄い……)

 

 しかし、小瀬川白望の背後で見ていた松実玄は何とか現状を理解できていた。いや、正確には完全に理解できてはいないのだが、高鴨穏乃と新子憧よりかは理解できている。先ほど実際に小瀬川白望と打ったからであろう。だからこそいざ第三者の視点で見ればその異常さが際立つ。

 

 (……やはり、恐ろしいな)

 

 そして小瀬川白望の真正面にいる赤土晴絵は、小瀬川白望をまっすぐ見据えながら苦笑する。己が生涯をこれまで通して、小鍛冶健夜の右に出る相手に出会う事はもうないであろうと思っていた。しかし、今目の前にいる小瀬川白望は、右に出るどころか、それ以上を行く者かもしれない。確かにそんな気はしていたが、今実際に打って再度確信した。この雀士は俗に言う化け物、牌に愛された子、それらを殺す事のできる全くもって規格外の存在。小鍛冶健夜には跳満を直撃させたことがあったが、小瀬川白望にはどうやっても跳満どころか、直撃さえ不可能な気がしてならなかった。

 

 (って……何を考えているんだ。私は……)

 

 だが、赤土晴絵は折れない。そもそも、もう折れないという気持ちで挑んだこの勝負。一度小鍛冶健夜に叩き折られてはいる。しかし、もうそう易々と折れるほど赤土晴絵の心は脆くはない。あれから赤土晴絵は少なからずは成長したのだ。そう再確認して、赤土晴絵は点棒を取り出して小瀬川白望に手渡す。

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:新子憧 ドラ{西}

 

小瀬川白望 27700

高鴨穏乃  24300

赤土晴絵  23700

新子憧   24300

 

 

 (何だこれは……まるであの時のようだ)

 

 

 東二局、赤土晴絵は自身の配牌を開くと、少し自虐的に笑った。今赤土晴絵が開いた配牌が、あの時……そう、小鍛冶健夜から跳満を直撃させた時の配牌と酷似していたからだった。

 

赤土晴絵:配牌

{二二四七八⑦49白白発中中}

 

 配牌は大三元が狙える勝負手。赤土晴絵は、こんな配牌から小鍛冶健夜から()()()()()()を直撃させたのであった。その時の配牌が、多少差異はあるものの殆ど同じ感じであった。無論、だからと言ってあの小瀬川白望に小鍛冶健夜と同じ手法を使って跳満を直撃させることができるとは到底思えない。そもそも、配牌が似ているだけで展開まで同じようになるとは限らない。しかし、その点だけは赤土晴絵の中で確信していた。確実に、あの時と同じ展開になる。そんな気がした。

 

 「ポン!」

 

 そうして赤土晴絵は、親の新子憧が捨てた{中}を鳴いた。

 

 




言うまでもありませんが、レジェンドさんがすこやんに跳満を直撃させたのが小三元混一色であるというのはオリジナルです。
思いつくのが大三元と見せかけて小三元くらいしか思いつきませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第145話 奈良編 ⑧ 大より小

早めに出来上がったので投稿。
この後また上がるかは分かりません。私の気力次第。


-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:新子憧 ドラ{西}

 

小瀬川白望 27700

高鴨穏乃  24300

赤土晴絵  23700

新子憧   24300

 

 

 「ポン……!」

 

赤土晴絵:配牌

{二二四七八⑦49白白発} {中中横中}

 

 

 親の新子憧が切った{中}を赤土晴絵が鳴く。それと同時に、東二局が始まりを告げた。赤土晴絵は{中}を晒すと、手牌にある{9}を捨てる。

 一見、ただの役牌鳴きに見えなくもない。それほど些細な鳴きであった。先ほどの小瀬川白望の鳴きのように、あえて相手に意図を汲み取らせるような鳴きではなく、それとは全く逆、相手に悟らせないような鳴きであった。

 

 (……勝負手、かあ)

 

 しかし流石小瀬川白望と言ったところか、赤土晴絵の表情と今の場の流れを照らし合わせて、あの鳴きがただ単に役牌を鳴いただけではないという事をすぐに察知し、確信に至る。

 通常、あの一鳴きだけで役牌速攻か勝負手……ここでは大三元、それを判断するのは極めて難しい。が、そんな常識をあっさりと小瀬川白望が覆していく。

 

 (気付いたか……でもまだまだ許容範囲……)

 

 だが、それも既に赤土晴絵は予測済みであった。小瀬川白望に読まれないようにする対策など赤土晴絵にとってできるものではないにしろ、小瀬川白望が自分の手を粗方読んでくるのはなんとなく分かっていた。だから別に小瀬川白望が読んでいたとしても、そんなに動揺するものでもなかった。

 というより、これは小瀬川白望だけでなく赤木しげるにも共通して言える話なのだが、彼らと闘う上で『常に自分の考えは読まれている』前提が最も重要であろう。彼らは自分自身でも気付かない癖、深層心理をいとも容易く読んでくる。そんな彼らが此方の考えに気付かないわけはないので、常に見透かされていると思って行動した方が良いだろう。……まあ、そこを逆手に取られる場合も勿論無きにしも非ずなのだが、普通に意表を突かれるよりかは全然マシであろう。

 それと大前提として、『奇襲をかけることはできない』と思った方がいいであろう。そもそも彼ら自身が異常な聴牌速度を誇るので、殆どの確率で後手に回る可能性が高いし、前述した通り此方の考えは粗方読まれているが故に、無理に奇襲をかけるのは無謀であろう。それこそ先手をとって尚且つ奇襲をかける事の出来る者など鷲巣巌位しかいないのだが。

 

 

四巡目

赤土晴絵:手牌

{二二四七八⑦4白白発} {中中横中}

ツモ{発}

打{⑦}

 

 話は戻って四巡目、赤土晴絵は大三元の種である{発}を対子とする。通常であれば思わず舞い上がってしまいそうな引きだが、ここまでは正直予定調和と言っても過言ではない。勝負はここから。

 

 

五巡目

高鴨穏乃

打{白}

 

 

 といったところで次巡、高鴨穏乃が{白}をツモ切る。高鴨穏乃はまさか赤土晴絵が大三元も狙える勝負手だとは思ってもいないため、やすやすと切ってしまった。無論、これを見逃すはずがなく、赤土晴絵は{白}を二枚晒して宣言する。

 

 「ポン……!」

 

赤土晴絵:手牌

{二二四七八4発発} {中中横中} {横白白白}

打{4}

 

 

 これで{白}と{中}を鳴き、{発}が対子であるため小三元以上が確定する。しかもこれが一向聴。それに加えて{二三六九発}のどれを引いても聴牌という五面受けと、受けも数多である。

 通常ならば、ここはあわよくば{発}を引きたいところだろう。しかしそれはあまり現実的とは言い難いのも事実。現実的に言うのであれば、ここは{六か九}を引きたいところだ。そうすれば自ずと聴牌は{二発}のシャボ待ちになるからだ。逆にここで{二か三}を引いてしまうと、待ちは{六九}待ちになり、大三元の芽は潰えてしまう。

 故に、ここは最低でも{六か九}のどちらかを引きたいところだ。そう、これが通常であれば。

 しかし赤土晴絵は違った。赤土晴絵は、むしろ{二か三}を所望していた。

 

 (大三元じゃあ……届かない)

 

 そう、仮に{発}を引いたとしても、そのまま大三元に向かおうとすれば小瀬川白望を上回ることはできない。小瀬川白望を上回るには、やはり小鍛冶健夜の時と同じように、大三元を囮にするしかない。

 そのためにも、ここは{二か三}をツモってこれなければ、少なくとも直撃は不可能であろう。そもそもこの策自体成功するかどうかは微妙なところであるのだ。それなのにただの大三元で小瀬川白望を刺せるわけがない。そして小瀬川白望の手も、赤土晴絵の推測だがかなり進んできている。一度{六九発}のいずれかを引いてからまた直撃をするために立て直す……というのも難しい話だろう。諦めてツモ狙いに移行するほかない。

 故に、正真正銘ワンチャンス。一度きりの挑戦であるのだ。思わず、赤土晴絵のツモ牌を取る手が震える。

 

 (引くことが……できれば……!)

 

 赤土晴絵は祈る。しかし、祈りの先は神などという存在ではない。自分自身。自分の運、ツキ、熱……それら全てに自分の思いをぶつける。赤土晴絵はツモ牌に手をかけると、そのまま勢いよく引いた。

 

 (っ……!)

 

 勢いよく引いたはずなのに、それを自分の目で確認するまでには膨大な量の時間を有した。いや、それはあくまでも体感時間での話であって、実際にはほんの数秒にも満たない僅かな時間であるのだが。

 そうして引いてきたツモ牌、赤土晴絵はそれを確認すると、手牌に静かに置いた。

 

赤土晴絵:手牌

{二二四七八発発} {中中横中} {横白白白}

ツモ{三}

 

 赤土晴絵の祈りは届いた。己が運、ツキ、熱……それらが祈りに応えた。これで赤土晴絵は{二}を切り、{六九}待ちとなる。

 しかし、まだ勝負は終わってはない。というかむしろさっきまでは前哨戦といったところか。問題はこのあと、小瀬川白望から直撃を奪うという無理難題に立ち向かわなければならない。絶対的存在の、小瀬川白望から。

 

 

 

 そして対する小瀬川白望は、赤土晴絵の左側に晒されている{中}と{白}の明刻を見て、今度は赤土晴絵の表情を見る。そうしてから、合点が行ったのか小瀬川白望は不敵に笑った。

 この時、小瀬川白望は察知する。根拠などはない。しかし、赤土晴絵の表情を見れば、その真偽は分かった。この状況が、赤土晴絵が昔トラウマとなった相手に恐らくではあるが直撃させた時の状況と酷似しているということに。無論小瀬川白望は赤土晴絵とトラウマの相手と闘ったところを知らないため、本当にそうかは分からない。だが、それは全て当たっていると赤土晴絵の目は告げていた。

 

 (……なるほど、赤土さん。そういうわけか……面白い。覆してみせよう、その記憶……)

 

 

 そうして事が起こったのは七巡目、新子憧によって{九}が、赤土晴絵の和了牌である{九}が放たれた。

 

 

 

 




次回、レジェンドどうする!?の巻
木曜日から外出してないから曜日感覚が狂うこと狂うこと……生活リズムも崩れまくってるし、明日から大丈夫かなあ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第146話 奈良編 ⑨ 過去を捨てろ

レジェンド戦です。


-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:新子憧 ドラ{西}

 

小瀬川白望 27700

高鴨穏乃  24300

赤土晴絵  23700

新子憧   24300

 

 

赤土晴絵:手牌

{二三四七八発発} {中中横中} {横白白白}

 

 

新子憧

打{九}

 

 

 (九萬……)

 

 

 新子憧が{九}を放つ。一応、赤土晴絵はこれで和了る事も出来る。ここで和了って、跳満というリードを広げる事も一つの手なのかもしれない。しかし、

 

 (……倒さない)

 

 赤土晴絵は、自身の手牌を倒そうとはしなかった。ここまでやっとの思いで来たというのに、ここで妥協してはいけない。そういった思いが赤土晴絵の頭の中を駆け巡ったからだ。

 しかし、そんな赤土晴絵の妥協なき判断が幸運にも功を奏したのか、直後高鴨穏乃が発声する。

 

 「ポンッ!」

 

高鴨穏乃:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {九横九九}

 

 

 一見、この鳴きは赤土晴絵の和了牌を少なくするアンラッキーに見える。しかし、今の赤土晴絵にとってこの鳴きはむしろ僥倖。ラッキーと言わざるを得ない状況下にあった。

 

 (地獄待ち……!)

 

 そう、この鳴きによって{九}は三枚見えた。これが何を意味するかというと、この{九}でのシャボ待ちは消えたということだ。小瀬川白望もこちらの手が大三元が確定していない不完全な手であることは分かっているはずだ。となれば、赤土晴絵の手は{発}か何かのシャボ待ち……そう考える。

 そう考えれば、もし小瀬川白望の手が{九}が溢れ出るような形であったら、出るかもしれない。

 

 (……!)

 

 

八巡目

赤土晴絵:手牌

{二三四七八発発} {中中横中} {横白白白}

ツモ{八}

 

 そして八巡目、赤土晴絵は{八}をツモってくる。これもまた、赤土晴絵に有利な展開となってくるツモであった。

 

 (きた……!)

 

 無論赤土晴絵は{八}切り。そう、他者からしてみれば、少なくとも赤土晴絵に{八}はないという事の証明になる。何故なら、わざわざ大三元にまで手が伸びるシャボ待ちを捨ててまでの{六九}待ちなど、あり得ないからだ。そうなればいくら小瀬川白望と雖も、{九}が零れ落ちる可能性はある。

 

 (……前は、ここでシャボに切り替えた。そして、{発}じゃない方で刺した……)

 

 赤土晴絵はツモってきた{八}を見つめながら、昔の事を思い出す。今当然のようにツモ切ろうとしている赤土晴絵だが、実は赤土晴絵が小鍛冶健夜と打った時はここでシャボ待ちに移行していた。それで結果小鍛冶健夜は{発}ではない方の和了牌を放ち、見逃さず和了った。小鍛冶健夜も役満を狙うために見逃すと思って打っていたため、自分が振り込んだというよりも、赤土晴絵が大三元を捨ててでも和了ってきたことに驚いていた。

 しかし、いくら小鍛冶健夜でさえ振り込んだとは言え、それと同じ作戦が小瀬川白望に通用するとは到底思えない。一の矢、二の矢では到底足りない。故に三の矢、四の矢……それらが必要となってくるのだ。

 

赤土晴絵

打{八}

 

 (さあ……八萬が切られた……どうする)

 

 そうして赤土晴絵は{八}を河へと置く。あとは殴り合い、小瀬川白望が振り込むか、振り込まずに回避するかの勝負だ。それがこの局の全て。……少なくとも、赤土晴絵はそう考えていた。

 しかし、小瀬川白望は違った。まだ、小瀬川白望には切り札がある。まだその切り札を切れる状況は完成していないものの、切れば勝負の行方を左右させる絶対的切り札を。なにもこの局、赤土晴絵が一方的に仕掛けるといった局ではない。それを赤土晴絵は見誤っていた。

 

 

 (ふふ……)

 

 事が起こったのは赤土晴絵が{八}をツモ切った三巡後、小瀬川白望はツモってきた牌を盲牌して、少しばかり笑う。それを見た赤土晴絵は顔を顰めたが、小瀬川白望はそんな事など気にもせずに点棒を取り出す。

 

 「リーチ」

 

 そうしてリーチ棒を投げて、ツモってきた牌をそのまま曲げる。しかし、赤土晴絵の表情は驚愕に変わっていた。リーチ自体に対するものではない。いや、聴牌した事についての驚きは多少はあったものの、それよりも大きい驚きが赤土晴絵の目の前に現れた。

 赤土晴絵はひどく驚いた表情で、小瀬川白望が切ったリーチ宣言牌を見る。

 

 

小瀬川白望

打{発}

 

 {発}。まさかの{発}切りリーチ。{白と中}を既に鳴いて晒してある相手には絶対に切れない{発}を、小瀬川白望はいともあっさりと切り飛ばして見せたのだ。

 しかし、赤土晴絵が驚いていたのはそこではない。驚いているのは、小瀬川白望は既に赤土晴絵の待ちがシャボ待ちではなく、それを囮とした待ちであるという事に気付いているという点だ。確実に気付いている。そうでなければ、牌を切るしかないリーチなど、ましてや{発}切りなんて愚行できやしない。

 何故、気付くことができたのか。赤土晴絵はそこが分からなかった。どうしたら、シャボ待ちを囮とした待ちであるという発想に行き着いたのか。

 しかし、そんな事を考える暇など赤土晴絵にはなかった。ここでさらなる選択を強いられているからであった。

 それは、小瀬川白望が切った牌の{発}を鳴くか否か。しかし、ここで鳴かなくとも既に小瀬川白望に和了牌はどうかは分からないが、少なくともシャボ待ちではないという事は見抜かれている。

 それに、ここで鳴けば小瀬川白望の責任払いが確定する。そうなればツモでも直撃と同じという事になるし、待ちも容易に変える事ができる。

 

 (……鳴くしか、ない……!)

 

 

 「ポン!」

 

赤土晴絵:手牌

{二三四七八} {発横発発} {中中横中} {横白白白}

 

 赤土晴絵は、自身の手中にある{発}を二枚晒して宣言する。小瀬川白望の河の中から{発}を抜き取って、卓の右端へと晒す。そして先ほど赤土晴絵は{八}を切っているので、ここは{八}切りしかない。

 そうして赤土晴絵が{八}を河に置いた瞬間、小瀬川白望が手牌を倒した。

 

 (えっ……?)

 

 

 「ロン」

 

小瀬川白望:和了形

{三三四四五赤五七九赤⑤⑥⑦88}

 

 

 「リーチ一盃口ドラ2……満貫」

 

 

 赤土晴絵の待ち牌であった{九}を使って、尚且つ赤土晴絵が{発}を鳴けば溢れる牌の{八}待ち。赤土晴絵は、これが決して偶然でないと言い切れる自信があった。

 その理由は、小瀬川白望が{発}を切る二巡前からの捨て牌にある。小瀬川白望は二巡前に{7}を捨て、しかも一巡前には{8}を捨てている。あの和了形から推測するに、小瀬川白望は二巡前

 

{三三四四五赤五赤⑤⑥⑦7888}

 

こんな形で聴牌していたはずだ。そこから{九}を引いて、それが和了牌だと悟った小瀬川白望は手中に収め、次巡に{七}をツモって{九}とくっつけたのだろう。

 二巡前には聴牌していたのにその時点ではリーチをかけなかった理由は、おそらく小瀬川白望は分かっていたのだろう。いずれ自分が赤土晴絵の和了牌を引かされるという事に。

 そして{発}をツモ切るとともにリーチをかけてプレッシャーを与え、じっくり考える時間を奪う。つまり、小瀬川白望は赤土晴絵の作戦、策をずっと前から見抜いていたのだろう。少なくとも、赤土晴絵が聴牌した時には。

 

 (……なんて麻雀だ)

 

 赤土晴絵は呆然としたまま小瀬川白望の和了形を見つめていた。足りない。何もかも足りなすぎる。

 そんな事を考えていたら、小瀬川白望は立ち上がってこう言った。

 

 「……終わり。これ以上やっても無意味……」

 

 この場にいる全員がその言葉に驚くが、小瀬川白望は気にも介さずに赤土晴絵に向かってこう言った。

 

 「赤土さん……」

 

 「……なんだ」

 

 「……あなたはどうも過去に固執している。何があったかは流石に分からないけど……でも、少なくとも過去に捉われているままのあなたじゃあ、私には勝てない」

 

 赤土晴絵はドキッ、とする。小瀬川白望に話していないはずの過去に触れられて驚いている。しかし小瀬川白望は気にせずこう続ける。

 

 「人は成功を積みすぎると次第に成功に捉われ、死んだように生きる事になる……私の知り合いの"友"がそうだった。だけど、私は逆もまた同じとも考えている。失敗に捉われ続けても駄目……ということ。現に今、赤土さんは死んでいる……」

 

 

 「だから……もう自分を許してあげなよ。赤土さん……過去を捨てて……」

 

 

 「……っ!!」

 

 

 気がつくと、赤土晴絵は涙を流していた。しかしすぐに拭ったため小瀬川白望以外の人間は気付かなかったが。そして赤土晴絵は震えた声で皆に向かってこう言った。

 

 

 「……今日は、もう終わりだ」

 

 

 いきなりの解散宣言に少し皆は驚いたが、すぐに皆何かを悟ってぞろぞろと退室していった。

 そして部屋には赤土晴絵一人となり、頭の中でさっきの事を思い返していた。

 

 (……さっきのは何だったんだ)

 

 赤土晴絵は、小瀬川白望が自分に話している最中、不思議なものを見た。人影、とでも言うのだろうか。人影らしきものが小瀬川白望の背後にいた。あの時は小瀬川白望が言っていたが、それと同時に、その人影も小瀬川白望と同じ事を言っているような不思議な体験をした。

 結局考えても仕方ないため、赤土晴絵は思考を終了させる。そして携帯電話を取り出して、自分の携帯電話の中にあるカレンダーを確認しながらこう心の中で呟いた。

 

 

 (過去を捨てる……か。小瀬川には申し訳ないが、私にはそんな事はできそうにないかな……)

 

 (でも、乗り越えることならできる……私は過去を捨てずに、乗り越える……!!)

 

 

 この後日赤土晴絵は茨城県に向かったのだが、これはまた別の話。




なんか無理矢理感凄いけどレジェンド戦は終わり!
次回から王者さん編ですかねー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第147話 奈良編 ⑩ "勝つ"と"成功"

奈良編です。
チョロインが多すぎる事案発生


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「憧、これからどうする?」

 

 

 赤土さんとの麻雀が終わり、『阿知賀子供麻雀クラブ』を後にした私と高鴨さんと新子さんと松実さんは校門を出てそんな話をしていた。

 そしてやはりさっき降っていた雨は通り雨のようだったらしく、私たちが外に出る頃には既に日差しが濡れている地面を照らしていた。まあとは言っても冬であるが故に寒いのには変わりないのだが。

 

 

「何しようね……ち、因みに、小瀬川さんは予定ありますか?」

 

 すると新子さんがそう言って私に問いかけてくる。一応私もメンバーに入れてもらって嬉しいのだが、あいにく私には予定がある。まだまだ時間はあるのだが、そう言っても結構微妙な時間帯。昼食をどこでとるのかもまだ決まってないし、一緒に行きたいのは山々だが仕方ないであろう。

 

「……ごめん。私、ちょっとこの後用事あるから……」

 

「そ、そっか……それは残念ですね……ってうわっ!?」

 

 

 新子さんがそう言った直後ツルリ、と新子さんの足が思いっきり滑って前に出る。どうやら濡れた地面が冷えて凍っていたようだ。それも、運が悪いことにどうやら新子さんが踏んだ部分だけ。

 それを視認した私は、とっさに新子さんの腕を掴んだ。腕を掴まれた新子さんは、足を思いっきり滑らしたものの、それ以上……つまり、転ぶことはなかった。

 

「……大丈夫?」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 新子さんは顔を赤くして私に礼を言う。まあ、人の目の前で転びそうになったら恥ずかしくなるのは致し方ない事だ。それよりもケガとかされたらもっとダルい事になるし、無事で何よりだ。

 

「じゃあ、私そろそろ行くから……」

 

 そう言って私は3人に少し頭を下げ、反対方向へと歩き出そうとする。そして数歩ほど歩くと、ふいに私は自分の腕を掴まれた。

 いきなり掴まれてびっくりしながら後方を振り返ると、そこにはさっきと同じように顔を赤らめていた新子さんが私の腕を掴んでいた。

 私は頭の中に?を浮かべて新子さんの事を見ていると、新子さんは私にこう言った。

 

「メ、メルアド……」

 

「教えてもらっても……いいでしょうか……」

 

 

 私は携帯電話を取り出すと、何故か私から目を逸らしている新子さんに向かってこう言う。

 

「いいよ」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 そう言うと、新子さんも携帯電話を取り出して、メールアドレスを交換する。そして交換し終わると、新子さんに向かってこう言った。

 

「メール、後で送るね……"憧"」

 

「えっ……名前……」

 

「憧も別にタメ口でいいよ……なんか憧らしくなくて見ててダルいし」

 

「……分かった」

 

 そんな感じで私と憧が話していると、後ろにいた"穏乃"と"玄"がやってきて私と憧の間に割って入ってきた。

 

「憧、小瀬川さんとメルアド交換してるの?いいなー!」

 

「わ、私も交換してください……!」

 

 

 そうして、結局玄ともメールアドレスを交換する事となった。穏乃は携帯電話を所持していなかったため、その代わりに穏乃の家の固定電話の番号を教えてもらって、私は三人と別れた。

 

 

 

-------------------------------

視点:新子憧

 

 

(……"憧"か)

 

 私は歩いている小瀬川さんを見送りながら、携帯電話をギュッと握り締めながら先ほど小瀬川さんに言われた事を思い返す。

 初めてだ。自分の名前を人に言われてここまでドキッとしたのは。さっきまで、私は小瀬川さんの事を恐ろしいという目でしか見ていなかったはずなのに、何故あそこまで心臓の鼓動が早くなったのがわからなかった。

 

(……やっぱり変な人)

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……どう思う、赤木さん」

 

【……あの赤土ってやつか?】

 

 

 私は人通りが全くない道を歩いている最中に、赤木さんに向かって話しかける。私が気にしているのは赤土さんの事だ。私は赤土さんに「過去を捨てろ」とは言ったものの、あの思いつめた表情を見た限り、相当の事があったように見える。それを簡単に捨てる事が赤土さんにできるのかが不安であった。

 

「うん……結局、赤土さんが過去に何があったのかは分からず終いだったけど……大丈夫かな」

 

【ククク……安心しな。人間、そう白痴ばかりではない……ああいう人間は、過去は捨てられなくとも……乗り越える事で解決するはずさ……】

 

「あと、赤土さんの事だけじゃなくて……私も」

 

【ん?】

 

「私も、いつも勝たなきゃって思ってるから……もしかしたら"成功"に捉われているのかな……って」

 

 それを聞いた赤木さんは【ハハハ……】と笑って、私の問いに答える。

 

【確かに、勝つという事と成功する事は似ている。しかし、それはあくまで似て非なるもの……お前の勝ちへの執着は俺を越えるという目標から来るもの。成功からくる執着とはまた違うものなのさ……】

 

 【ま、要は考え方次第ってやつだな……それで迷いが生じるようなら、お前もまだまだ……という事】と続け、赤木さんはまた笑う。成る程……勝ちと成功の違い……ねえ。

 

 「ありがとう、赤木さん」と私は赤木さんに言い、私は昼食を食べるべくどこか店を探した。

 

 

 

-------------------------------

視点:小走やえ

 

(……少し早かったか)

 

 

 私は小瀬川との待ち合わせ場所にやってきて、辺りを見回す。しかしながら小瀬川はまだいない。だがそれも当然の事で、私と小瀬川がこの場所に集合するのは午後一時。しかし、今は十二時半前。そりゃあいるわけがないだろう。

 

(まあ……行っていきなり会うというより、心を落ち着かせてから会った方が普通に接しられるし、良いとするか)

 

「あ、やえ」

 

「ッ!?」

 

 そう思っていた矢先、私の名前を後ろから呼ぶ声。後ろを振り向くと、そこにはあの小瀬川が突っ立っていた。そして小瀬川はいつの間にか私の事を名前呼びとなっており、それも私の緊張を高める一つの要因となった。

 

「よ、よう……し……」

 

「……し?」

 

 

「し……白望……」

 

 

 きっと今の私の顔は相当赤く染まっているだろう。本当に自分が情けない。

 

「じゃあ……行こうか。やえ」

 

 そう言って小瀬川は私の目の前まできてそういう。私は一度目線を逸らし、私の家へと向かった。




次回は王者編。
あんまり麻雀要素は無い予定ですが、ご容赦下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第148話 奈良編 ⑪ 予定は未定

やえ編です。
今回ちょっと適当じゃないですかね……?
脳味噌が働きません……


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「じゃあ、行こうか。やえ」

 

 

 そう言って私はやえの方を見る。さっきの憧と同じように顔を赤くしていたやえは、「う、うん……」と言った。これから私とやえが行くところは怜たちとは違い事前に二人で決めており、私だけが知らないという事はない。

 しかし、ここで一つだけ問題がある。行き先はもう既に知っている。それは何を隠そうやえの家だ。問題なのは、そこで何をするか全く決めてなかったという事だ。やえも行き先だけ決めたその後何も私に言ってこなかったので恐らく何をするかはやえが決めているはずだ。ただでさえ怜の用意したバドミントンとファッション大会と称した罰ゲーム大会で大変な目にあった後の私はやけにそこの所が心配であった。まあやえはそんな事はしないであろうとは思うが。

 

「……行こう。し、しろ……白望」

 

 そんな事を考えているとやえがそう言って後ろから私の腕を掴む。……なんか私がエスコートするような構図になったが、私はやえの家の位置は分からない。やえは進もうとしない私の事を不思議そうに見ているが、そんな目で見られても私は分からないのだが……

 

「……やえ」

 

「なっ、なんだ?」

 

「……私、やえの家が何処だか分からないんだけど」

 

 その事をやえに伝えると、やえは少し疑問を浮かべていたが、すぐに今の謎な状況を理解したのか、ますます顔を赤らめて私の腕を握ったまま数歩ほど歩いた後、振り返って私にこう言った。

 

 

「い、行こう……」

 

 

「……うん」

 

 

 

-------------------------------

視点:小走やえ

 

 

 

(はあ……緊張していたとはいえ自分が情けない……)

 

 

 私は白望の腕を握りながら歩いている途中、心の中で深くため息を吐く。いくらいきなり現れた白望に驚いていたとはいえ、あの失態は擁護しきれないほどのバカ具合だ。このままでは白望の私に対するイメージはただただ変な事をやっている意味不明な人というので終わってしまうかもしれない。しかし、まだ挽回できるチャンスはある。この後私の家で私のイメージを挽回すればイメージ的にプラマイゼロ、もしくはプラスで終われ……

 

(……ちょっと待て、私の家でイメージをって言うけど、何をするかまだ決まってないぞ……)

 

 しかしそこで気付く。私の家に行くという事は事前に二人で話し合って決めている。だが、そこで何をするかという事は全く決めていないのだ。私の頭の中は白望が家に来るという事だけであったため、具体的に何をするとかそういうところまで頭が回っていなかったのだ。白望も私の家で何をするかという事を聞いてこないという事は、既に私が決めていると思っているからだろう。これは困った事になった。私は必死に考えるが、何をすればいいのかが全く分からない。そもそも白望が何の趣味があるとか何が好きであるかというのを私は全く知らない。麻雀という手もあるが、三人打ちなら聞いたとこがあるが、二人だけで麻雀など聞いた事がない。

 

(どうしよう……何も決めてないと知ったらますます私のイメージが……)

 

「……ねえ」

 

「ひゃい!?」

 

 そう考えている最中、白望が突然声をかけてくる。思わず変な声が出てしまうが、心の中で「平常心」というワードを言い続けて、強引に平常心を保とうとする。

 

「ど、どうした?」

 

「……やえの家に行く事は話し合って決めたけどさ、何をするかはやえ、決めてある?」

 

(ど、どうしよう……)

 

 今ちょうど考えていた事を白望に突っ込まれる。私は少しばかり頭の中で考えるが、さっき考えていた時に出なかったのに今パッと思いつくはずもなく、私と白望の間に奇妙な沈黙が生まれる。白望は私の事を不思議そうな目で見ている。

 結局、何も出てこなかったため、素直に白望に何も考えていなかったという事を伝える。これは呆れられたかなあと自分の心の中で再度ため息を吐くが、白望は私に向かってこう言った。

 

「じゃあ、決めようか……二人で。私も何も考えていなかったからさ」

 

「そ、そうだな……」

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「こ、ここだ」

 

 

 やえが立ち止まって私に向かって言う。私はやえの家を見渡す。大きい一軒家であり、どこかやえらしい感じを醸し出していた。いや何がやえらしいのかは説明はできないが、何となくそう思った。

 

「お邪魔します……」

 

 私はやえの家の中に入る。外見も立派なものであったが、中も立派である。私はおそるおそる部屋に上がると、やえに連れられてリビングにある椅子に座った。

 

「の、飲み物……何がいい?」

 

 すると冷蔵庫の前に立つやえにそんな事を言われる。別に今特別に飲みたい飲み物などなく、無いものを強請ってしまう可能性もあるため、「やえのおまかせで……」と言ってやえに任せた。

 

「……これでいいか?」

 

 すると私の目の前にあるテーブルの上に二Lのボトルを置く。見た感じこれは100%でないオレンジジュース。私は「いいよ……コップある?」と言う。

 

「大丈夫、私が装うから……」

 

 しかしやえがそう言うので、私はコップの中がオレンジジュースで満たされるのをじっくり見ていた。そこで私は、やえの手が途轍もなく綺麗である事に気づく。

 

「どうした……?」

 

「え、いや……やえの手、綺麗だなあって」

 

 するとやえは胸を張って私に掌を見せてこう言った。

 

「ま、まあこれでも小三の頃からマメなどできた事がなかったしな……」

 

 それは自慢になるのかなあとか思ったが、よく麻雀を打ちすぎると手にマメができると聞いた事がある。私も赤木さんと打ってて手にマメなどはできなかったが、私が本格的に打ち始めたのは小六からの話であるため、長い間やればマメができるのは当たり前の事なのかなあとか頭の中で考えた。

 

「じゃあ……何しようか、白望。麻雀も二人じゃあできなさそうだし……」

 

 

 そしてコップに注がれたオレンジジュースを二人で飲み、やえが私に向かって言う。私はやえの言葉によって、ある事を思い出した。

 そうか、二人で麻雀はできなくとも、麻雀牌を使った遊びならあるではないか、と。

 

「それだ……」

 

「え?」

 

「やえ、あるよ。二人で麻雀牌を使った遊び」

 

「それは……一体?」

 

 

 

 

「"ナイン"と"十七歩"だよ」

 

 

 

 

 




次回はナインと十七歩です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第149話 奈良編 ⑫ "十七歩"

はい、十七歩編です。ナインは十七歩の後。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

「"ナイン"と"十七歩"……?」

 

 私の言葉を聞いたやえは頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような表情をして私に問いかける。牌を使って説明した方がやりやすいので、私はやえに「麻雀牌……ある?」と言うと、やえは「わ、分かった」と言ってある一室へとやえは入り、数十秒してからやえは麻雀牌を持ってやってくる。

 私はその麻雀牌をやえから受け取り、筒子の一筒から九筒の計九牌を二セット取り出した。

 

「まず"ナイン"は、トランプの『戦争』に近いものなんだけど……」

 

 「厳密には似てるだけで違うんだけどね」と銘打ってからやえに説明を始める。簡単に言ってしまえば、お互いが選んだ一牌を伏せて、同時に開く。それでどちらの数字が大きいかで勝った負けたを決め、数字が大きかった者に自分が出した数字と相手の数字を得点として自分に加算される。ただし引き分けの場合は持ち越しというわけには行かず、そのままゼロとする。それを手牌が無くなるまで繰り返し、どちらが多く点数を取ることができたかを競うだけのゲーム。単純なように見えるが、勝敗は勝ち数ではなく得点数によって決めるため、実際はどれほど勝つかということよりも、どれほど大きい点数を狙えるかというゲームなのだ。これを頭のキレる者同士がやると普通に白熱したりする。

 かくいう私も、赤木さんとたまにこの"ナイン"を打ったことはある。……まあ、私は何度もこの"ナイン"によって赤木さんに煮え湯を飲まされたのであまり良い思い出はないのだが、そんな事をいちいち気にしてたら気が持たない。

 

「まあ、"ナイン"はこんな感じなんだけど……」

 

 やえに一通り上辺だけのルールを伝えると、やえは「なるほど……」と言ってテーブルの上に並べられた一筒から九筒をまじまじと見ていた。

 

「つまり、これはアレだな。一で九を殺せるかが鍵になってくるってやつだろう?」

 

「……御名答」

 

 ルール"だけ"を説明しただけなのに、そこに気づくとは流石やえと言ったところであろう。……まあ、私はこのゲームを赤木さんとやる時はそんな事を思ってやってはおらず、他の事を目標としてやっているのだけど。

 

「じゃあ、次は十七歩なんだけど……」

 

 やえに"ナイン"の説明を終えた私は次に"十七歩"の説明に移る。私は残りの牌を全部取り出して適当にかき混ぜ山を四つ作る。話は少し脱線するが、私はやけに山を作るのが早い。まあその理由ば"十七歩"に限らず、この動作は赤木さんと打っている時に何回もやった動作であるからなのだが。

 そうして山を四つ作ると私は目の前にある山を一つ自分に引き寄せて、山を開く。

 やえはこの動作を疑問そうに見ていたが、私の説明があるまでは黙って見ていた。

 この"十七歩"というゲームは地雷ゲームという別称で呼ばれており、このゲームの最大の特徴としてあげられるのが両者とも聴牌した状態からスタートするという事だ。今開いた一山……つまり三十四牌の中から十三牌を手牌として抜き出すのだ。

 そうして両者とも聴牌した状態になれば、先手から次々と手牌に使わなかった残りの二十一牌を選んで河へと置く。そうして和了牌が相手側から出れば、それでロン和了るというゲームだ。因みに十七巡してどちらとも和了ることができなければその局は流局扱いになる。原則としてツモという概念がないため、相手の捨て牌でロン和了るしかない。これが地雷ゲームと呼ばれる所以であったりする。

 他にも三十四牌の中から自由に聴牌形を決める事ができるため、満貫縛りが設けられており、その満貫縛りには予め決めておいたドラが入っていても認められたりする。他にも既にリーチの一飜が付与されていたり、ドラを縛りを満たす条件として認めては良いが裏ドラは認めない。満貫切り上げである、振り聴アリ、暗槓や鳴きはなし、ノーテンリーチのチョンボはなしといったルールが存在しており、ただただ単純な地雷ゲームとはワケが違うという事も一つの特徴である事だろうか。

 

「それで勝敗は……点棒でいいか」

 

「"いいか"って事は本来は点棒じゃないのか?」

 

 やえが痛いところをついてくる。確かにこの"十七歩"、本来であれば点棒という概念は存在しない。そもそもこれは金を直接賭けたギャンブルであるのだから。まさかやえと金を賭けるという事もできないだろうし、ここだけは仕方なくオリジナルとは違って点棒をやりとりして勝敗を決める事にした。因みにこのゲームは一局精算なのだが、点棒をやりとりする故にそのルールも改正して、何局かやった後に勝負を決める事にした。

 しかし点棒にしたことで本来のルールであった跳満なら賭け金を1.5倍に、倍満なら賭け金を2倍、三倍満なら賭け金を3倍、役満なら賭け金を4倍するといった面倒なルールよりも、普通にその和了ったときの点数分渡せばいいだけなので、ほんの少しだけ手間が省けた。

 

「じゃあ、どっちからやろうか?やえ」

 

 "ナイン"と"十七歩"、二つの説明を終えた私はやえに問う。どちらを先にやろうかという事を。やえは少し考えた後、十七歩の方から先にやろうと言った。当然私は了承して、私とやえが向かい合わせになって、山を一度崩し、再度山を四つ作り直す。

 

「じゃあ、最初にドラを決めるね」

 

 私はまずやえにそう言ってから、私とやえの目の前にない傍にある山から一牌をひっくり返した。ひっくり返した牌は{3}であり、ドラは{4}になった。

 

「まあ最初だし、本当は3分なんだけど5分間にしておくよ……」

 

「私もこの"十七歩"とやらに関してはまだまだニワカ。ありがたく頂戴しておくよ」

 

 

 そういったやりとりを終えると、私はやえの家にあったアラームをセットする。そうしてセットして私がテーブルの上に置く。それが開始の合図となり、私とやえはほぼ同時にそれぞれの目の前にあった山を開き、自分の手牌を考える。

 私は結構この"十七歩"も"ナイン"ではないにしろやった事があるので、普通に慣れていたりする。故に本来のルールである3分よりも早く手牌を完成させ、手牌十三牌を伏せた。

 しばらくして時間ギリギリといったところでやえも手牌を決め終えたのか、手牌らしき十三牌を伏せて私の方を見た。

 

「じゃあ、先手は私が……」

 

 そうして、私は第一打目を放とうとするべく、残った二十一牌の中から一牌を掴んで牌を横に曲げた。別にリーチしている前提のもと行うゲームなのでわざわざリーチと宣言する必要もないのだが、一応点棒も使っているのでそうしておこうと思っただけだ。

 

「リーチ」

 

 そう宣言して私はリー棒を投げ入れた。

 

 

 

-------------------------------

視点:小走やえ

 

 

 

小瀬川白望:捨て牌

{横7}

 

 

(……字牌じゃない?)

 

 

 私は白望が最初に打った{7}を見て、素直に疑問に思った。この"十七歩"というゲーム、私はあまり知らない。だが、話を聞いただけの情報量でも、最初の字牌連打はこの"十七歩"のテンプレ……揺るぎない鉄則であるはずだと思っていた。字牌暗刻があればそれだけで三巡は安全に凌げるし、そもそも字牌が和了牌になるという場合は国士無双か混一色くらいしかない。そう言った意味でもこの字牌連打は安全策かと思っていたが、白望の第一打目を見る限り違うのか。

 それとも、ただ白望のあの山の中に字牌が無かっただけか。その可能性も考えられるが、考えても結論は出てこない。とりあえず自分の思う安全策、字牌連打に身を託すしかない……そういって私は暗刻になっている{北}を掴んで河へと放った。

 

その瞬間、白望が「ロン」と言って先ほど白望が自分で伏せていた手牌十三牌を私に見えるように倒した。

 

 

 




十七歩のルールですが、よく分からなかった場合は調べれば一発で出ます。それか実際にカイジの十七歩編を見てね!(投げやり)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第150話 奈良編 ⑬ 偶然か罠か

王者編です。
何気に本編150話目。


-------------------------------

視点:小走やえ

 

 

 

「リーチ一発三暗刻ドラ3……」

 

 

小瀬川白望:和了形

{三三三①②③444777北}

 

 

 白望が手牌を倒す。確かにその手は{北}単騎待ちであった。しかし、よくそんな単騎待ちなどをしようと考えたものだ。私の捨て牌候補の中には{北}が暗刻で存在していたから良かったものの、もし私の捨て牌候補の中になければ絶対に和了る事が出来なくなる。無論字牌だけでなく、待ちが一種しかない状態でその和了牌が相手の捨て牌候補になければそれで終わりだ。

 故にこの"十七歩"では両面待ち、もしくは多面待ちが普通であろう。そう私は考えていたものだが、白望は私がそう考えるのを読んでいたかのようにその裏をかいて単騎待ちを取ってきた。恐らく、私が考えている戦略は間違ってはいないのだろう。それを白望は狙ってきただけで、私がズレている故に振り込んでしまったということではないはずだ。

 

(だけど……それではまだまだニワカ、白望の上を行くことはできない……か)

 

 そう、しかしそんな普通の考え、戦略ではダメなのだ。ただの普通止まりでは白望に勝つどころか、まともに勝負になるかすらも危ういこの技量差で、正攻法で闘っていても勝ち目はない。もっと違う視点から闘わねば、白望には及ばない。

 そもそも、先程言ったような「私の捨て牌候補に{北}が無ければ」というあくまで仮定、可能性だけの話に対する懸念は白望にとっては無用なのだろう。恐らく、白望は私の捨て牌候補に{北}がある事を察知していたはずだ。だからこそ字牌単騎などという愚行を起こす事ができた。言うなれば天性の勘。「◯◯だったら〜」や「もし◯◯ならば〜」などという言葉は白望にとって必要はない。何故なら白望はその天性の勘を、完全に信じる事ができるから。いくら他の人間が天性の勘を持っていたとしても、白望のように信じる事はできないだろう。天性の勘とそれを信じる心があってこそ、白望のような悪魔染みた麻雀ができるのであろう。

 

「裏ドラ……」

 

 そう言って白望が裏ドラ表示牌を捲ろうとする。今の時点でも既に指が七本折れている。この状況で裏ドラが一枚でも乗れば、それだけで倍満となる。

 今回の"十七歩"で私と白望が所有している点棒は三万点。点数計算は全て子の点数を使うため、跳満ならば12000、倍満なら16000となる。いくら満貫縛りとしても、白望が相手だという事を考えればこの4000の差は大きい。できることならここは裏が乗らずに跳満で済んでほしいものだが、

 

裏ドラ表示牌

{⑨}

 

 まあ、白望がこの状況で乗せることができないということはないだろうが。ここまで完璧な形で白望の思う通りに事が進んでいる以上、場の流れが白望に傾かないわけがなかった。

 

「裏……1。倍満だね」

 

 そう言って白望は両端の山を崩した。それを受けて私は倍満の点数の16000点分の点棒を白望に渡してから、私も山を崩して牌をかき混ぜる。相変わらず尋常でない速度で山を作る白望の手つきを見ながら、私もできるだけ早く山を作る。

 そして山を作り終えると、今度は私が両端の山から一牌を選んで指一本でひっくり返す。その牌は{白}。白望は「やえのことだからもう理解できていると思うから今回から三分にするけど……大丈夫?」と私に向かって言う。未だ白望に対抗するための術を見つけていないものの、だいたいの流れは分かった。故に私は「いいぞ」と言う。

 そうして白望がタイマーをセットし、テーブルに置く。それと同時に私は目の前に積まれている山を開き、手牌を考える。そして手牌を考えること二分半、私は迷いに迷った挙句字牌単騎の{東}単騎待ちにすることにした。本来であれば愚行と評される字牌単騎。しかも白望のように、相手が{東}を抱えていることなんて察知することができない。だが、普通から外れるためには多少のリスクを背負ってでもしなければならない。普通ではダメだ。そこから一歩出なければ、白望の裏をつくことはできない。

 そして私は手牌を倒して、白望の方を見る。すると白望はもう既に手牌が完成し終わっていたようで、私が白望のことを見たのを確認すると直様タイマーを切った。

 

「じゃあ……やえからどうぞ」

 

 白望が私に向かってそう言う。あれだけ普通から外れなければ白望には勝てないとは言ったものの、白望がどんな手で待っているかなど皆目見当もつかない。結局、運任せの地雷ゲームとして牌を切るしかなかった。

 しかし、意外にも第一打目で白望に当たることはなかった。その後も奇跡的に回避しているのか、将又自分の手牌に白望の和了牌があって、偶然ではあるが白望の和了牌を潰したのかは分からないが、当たることはなかった。だが、白望はこちらの思惑を見抜いているのか、一向に{東}が溢れる気配はない。{西}や{白}などの字牌は切る癖に、{東}だけは切られなかった。

 そしてラスト一巡、ここさえ凌げば最低流局でこの局は終了する。しかし、この最後の一巡というところで私は悩んでいた。

 この時点で、私の捨て牌候補に残っているのは{34679}の五牌。白望の捨て牌には索子が出てこなかったため、切ろうにも切り難い索子が残ってしまった。

 しかし、ここで私はある事に気付く。いや、それは決してこの状況を打破する気付きではない。その気付きとは、この残った五牌全てが白望の和了牌ではないかということだ。もし、白望の手牌が仮に{1114567888発発発}といった形であれば、待ちは{369、47}待ちの五面待ち。ちょうど私の残っている捨て牌候補全てが和了牌となってしまうのだ。

 あくまでこれは仮定の話。実際はどうなっているかは分からない。白望ならこれがどうなっているかまで見抜きそうだが、私にはそこまで鋭い読みはできない。

 しかし気付いてしまった以上、私にはこの五牌全てが待ちにしか見えなくなってしまった。ちょうどよくこの五牌が残るのも、罠にしか思えなくなった。

 ダメだ、これ以上考えても仕方ない。当たって砕けろのヤケクソ精神で私は{4}を切り飛ばした。

 

 

(……振ったか?振ってしまったか?)

 

 私は思わず目を閉じてしまう。しかし、いつまで経っても白望の発声も、手牌を倒す音も聞こえなかった。恐る恐る私は目を開いて白望の方を見ると、そこには捨て牌候補の中から一牌を選んで捨てようとしていた白望の姿があった。

 白望はさらっと{五}を捨てる。無論これは私の和了牌ではなく、これで流局となってしまう。

 

(あの五牌が残ったのは、ただの偶然という事だったのか……?)

 

 私は未だ現状の整理が追い付いておらず、不思議そうに捨て牌候補の{4}が抜けた四牌を見る。私が考えていた事は全て杞憂だったというのか。

 

(……どういう事だ)

 

 半ば混乱しながら白望のことを見ると、白望は私に向かって少し微笑んだ。可愛い……とさっきまでの私であればそう思っただろう。しかし今の私には、その微笑みを素直に受け取る事はできなかった。




次回で十七歩は終わりです。
もしかしたらナインも次回で終わらせるかもしれません。もしかしたらですけど。

……思いましたけど、相手が北を抱えているなってシロは普通に見抜いていますが、よくよく考えたら恐ろしいですよね。流石赤木の意志を継ぐもの、チート級ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第151話 奈良編 ⑭ たった1.3%

十七歩を強引に終わらせてナイン編に行きます。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(……悪くはないよ。やえ)

 

 私は山を崩しながらそんな事を心の中でやえに向かって言う。私が悪くはないと評したのは、やえの先ほどの読みである。やえは最後の一牌を打つ時、自分の捨て牌候補の全てが私の和了牌ではないかと推測した。結局流局したが、実はやえの読みは的を得ていたのだ。

 どういう事かというと、本当は私はやえが最後に打った牌の{4}で和了れていたのだった。もっというと、あの時私はやえの読み通り{369、47}の五面待ちであった。

 しかし、私は和了ろうとはしなかった。わざと和了らない事によって、私はやえに"自身の読みが当たっている"ということの確信を与えさせなかった。完全に情報を与えずにこの局を流した。確かに点棒を奪うことができなかったが、やえに確信を与えなかったと考えれば安いものだ。

 真実を知っている者は選べるのだ。知らない者に正直に教えることもできるし、それとは正反対の嘘を教えることもできる。今私がやったように何も教えないこともできる。情報戦という見地から見れば私はこの時点で既にやえに圧勝していた。

 

 

(さあ……そろそろ終わらせようか、やえ)

 

 

 私の宣言通り、次の局で私は大三元{西}待ちををやえに直撃させてこの十七歩を終了させた。テーブルに突っ伏しているやえを見ると、少し大人気がなかったかなとも思ったが、勝負をする以上手を抜く気はないため、仕方ない事であろう。私はやえの頭を撫でて、「じゃあ……"ナイン"、やろうか」と声をかけた。するとやえは突っ伏していた体を起こして、「次は負けない……!」と言った。

 そのやえの言葉を聞いた私は思わず笑みをこぼしてしまった。なるほど、負けない……か。例え次のナインでやえが負けなかったとしても、それはあくまでも勝敗という観点から見ただけの話であって、決して私を上回るものではないのだが。

 

-------------------------------

視点:小走やえ

 

 

 

「先攻と後攻、どっちがいい?」

 

 

 私と白望の手元に残された一筒から九筒までの数牌以外の牌を全て片付けて、白望は私に向かってそう言ってきた。私にはまだこの"ナイン"で先攻と後攻のどちらを選んだ方が優位に立てるのかはまだ分からない。そもそも先攻と後攻で優劣がつくかすら分からないが、とりあえず私は後攻の方を選んだ。

 まあ今まで大袈裟に言ってきたが今のはあくまでも最初の一回目にどっちが先に牌を出すかを決めただけであって、一回ごとに先に牌を出す順番は変わるので、やはり優劣はつかないと思っていいだろう。

 

「これで……」

 

 そんな事を考えていると、白望が手牌の中から牌を一枚伏せたまま切った。随分と切るまでの時間が短い。最初はこっちの出方を伺っているだけなのか、それともこっちが何を考えるかを既に予測しているのか。そこのところは分からないが、考えても結論には至らないだろう。

 

(さあ……この九牌の中から何を切るか……)

 

 私は手牌の九牌を見渡し、何を切るかを思案する。しかし、まだ手牌が制限されていない今、いくらこのゲームが心理戦といっても相手の出す手を読み切る事は不可能だ。

 

(ならば……準最強の八筒で……!)

 

 それならば、と私は{⑧}に手をかける。{⑨}と{⑧}以外なら全ての牌に勝てるこの{⑧}。これはあくまで私の偏見だが、こういう勝負では最初に最弱でもなく、最強でもない中間より強目の牌を選んでくる人間が多い。この勝負なら{⑥⑦}辺りか。白望がその例に漏れないとは思えないが、仮に様子見であった場合その確率は高い。

 故に私は{⑧}を伏せた状態のまま切る。そうして私と白望の目が会うと、言葉も交わさずに私と白望はお互いが切った牌に手をかけ、同時に牌を開いた。

 

「……引き分け、だね」

 

 私が白望の切った牌を確認する前にそう白望が言う。驚いた私が白望の切った牌を見ると、確かの白望は{⑧}を切っていた。引き分け……中間より強目の{⑥⑦}を期待していた私は少し残念に思う。

 

(いや……逆に考えれば、白望の{⑧}を殺したという事じゃないか!)

 

 だがすぐに私は思考を逆転させる。そうだ。私が強気の{⑧}を打っていなかったら、私は白望の{⑧}でやられていた。確かに{⑨}で白望の{⑧}を殺すという理想的な展開とはならなかったが、それでも十分僥倖。

 半ば強引な思考の反転をした私は、次に何を切るかを考える。{⑧}がなくなった以上、{⑨}を除く最強は{⑦}。できる事なら{⑨}で白望の{⑦}に勝ちたいところだ。しかし準最強の{⑧}を切った次の巡にまたもや準最強の{⑦}を切ってくるだろうか。白望が{⑦}を切ってくるという事は、私が{⑤⑥}辺りを切ってくると読んでいるという事だ。こういう時普通なら私は一度{②③④}辺りで様子を見ようとする。

 白望がこちらの考えを読んでくると仮定して考えれば、白望はきっと{⑤}を切ってくるはずだ。ならば私はそれを一番理想的な形で殺す、{⑥}。{⑥}を切った。

 

「さあ、今度は白望の番……!?」

 

 私は白望に今度は白望の番であるという事を伝えようとしたが、それは白望の思わぬ行動によって遮られてしまう。

 なんと白望は、私が切った直後に間髪入れずに切ってきたのだ。ノータイムで。私は自分が考えていた時は白望の事をよく見ていなかっただけで、まだ断定はできないが、本当に考えて打っているのか分からなくなってきた。いや、白望なら私が切ったと同時に思考を働かせほぼノータイムで切る牌を選んだり、私が考えている最中に白望も考えていたりしてそうだが、それでも少しの淀みもなくあんなノータイムで切る事など可能だろうか。

 

(白望は……何を切ったんだ)

 

 私はおそるおそる自分の切った{⑥}を裏返そうと手をかける。しかし私の目線には自分の切った{⑥}の存在などなく、私の目には白望が切った牌しか見えてなかった。

 そうして、私と白望は同時に牌をひっくり返す。それとほぼ同時に白望が切った牌を見て、私は驚愕する。

 

(……六筒)

 

 そう、白望は{⑥}を切っていたのだ。またもや引き分け。この二連続引き分けという異様な事態を目の当たりにして、私はある事に気づく。

 

(もしかして……引き分けになったのは偶然じゃなくて、わざと……?)

 

 信じられない話だが、そう仮定すればある程度辻褄が合ってしまうのだ。二連続引き分けなんて、本気で勝とうと思っている状態の白望がそんな失態を犯すわけがない。様子見、という事でも説明ができそうだが、わざわざ二回も様子を見る必要はない。そもそも、白望なら様子見をしなくとも大丈夫だとは思うが。

 もし、今の二連続引き分けが白望が狙って起こった事だとしたら、白望が目指しているのは、真の意味での引き分け。点数が全て同じで、勝ちもなく、負けもないという事を狙っている。

 だが、それがどんなに無謀であるかという事も私は知っている。今の二連続引き分けの時点でも、単純計算で9×8で72分の1の確率。たったの1.3%である。7回の時点で点数が同じであれば引き分けが決まるとはいえ、仮にそこまで全て引き分けとするならおよそ18万分の1。どう足掻いても不可能だ。

 しかし、今目の前にいる白望ならできるのかもしれない。そんな期待が持てる。だが、皮肉な事に白望と闘っているのは白望に期待を寄せる私。もちろん白望がそんな不可能を可能とする瞬間は見たい。だが、それは私の完全敗北を意味する。勝負する以上、本気でいかねばならない。私はそんな決意を抱いて、またもやほぼノータイムで牌を切った白望を見た。




次回もナイン編!果たしてシロは18万分の1(あくまでやえ目線からであって、シロが真に目指しているのは36万分の1)を引き当てる事ができるのか……!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第152話 奈良編 ⑮ 届かない

ナイン編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

(……目指すは()()()()()()。得点が同じだからとかそんな妥協はいらない……あくまでも0対0……)

 

 

 私は何を切ろうか考えているやえを見ながら、そんな事を心の中で呟く。やえの表情を見る限り、今やえはとても困惑しているだろう。そりゃあそうだ。引き分けでこの"ナイン"を終わらせる事は常識的に考えてみれば不可能だ。そんな事をやろうとしている人間が目の前にいれば、誰だって困惑する。事実、私も最初に赤木さんと"ナイン"をやった時、赤木さんが全戦引き分けを狙っているのに気付いた私は酷く困惑していた。私はてっきり赤木さんが勝ちに来るとばかり思っていたので、その時の私は随分と驚いていた。

 赤木さんは、この全戦引き分けを私相手に何度もやってのけている。というか、私との勝負全てを全戦引き分けで終わらせている。最後にやったのが小6の頃であったため今はどうかは分からないが、当時の私は何度も止めようと試みたが、結局止められる事ができなかった。因みに生前の時も、アルツハイマーで麻雀のルールが分からないほど記憶を失った赤木さんはこの"ナイン"で全戦引き分けを果たした。何度も赤木さんが全戦引き分けを果たしているのを見て感覚が麻痺してきそうだが、この全戦引き分けが起こる確率は36万2880分の1。天和が約33万分の1であるから、天和よりも薄い確率だ。

 信じられない話だが、実際に赤木さんは成功させている。全盛期の頃の赤木さんにとって、それくらい朝飯前なのだろう。さっきも言った通り、脳を十分に働かせる事のできない状態……つまり、直感と運だけでそれをやっているのだから。

 故に、私が赤木さんに並んでいるかどうかを知るためには、私も同じ条件でなければいけない。無心……とでも言うのだろうか。とにかく私は何も考えずに牌を切っている。ただ私の直感と運に身を任せて、淡々と打つのみだ。

 この全戦引き分けを果たす事ができれば、私は少なくとも直感と運だけで見れば赤木さんに並ぶ事が出来ている事の証明となる。追い越しているかどうかはまだ不明であっても、だ。

 

(……さあ、私は今何処にいる……)

 

 実際は私はやえと闘っている。しかし、私が真に闘っているのは本当はやえではない。やえには申し訳ないが、私は別の相手と闘っている。赤木さんという『神域』と闘っているのだ。

 

「……これだ」

 

 そんな事を考えていると、やえが手牌から一牌を切ってきた。どんな事があろうと平常心を貫いてきた私であったが、この時ばかりは私は非常に緊張していた。確かに、ここで私が全戦引き分けを成功させれば、部分的に私は赤木さんに追いついたという事になるかもしれないが、逆に失敗してしまったら、それは私が赤木さんにまだまだ及んでいないという事の裏付けという事になる。そう考えれば、ここで失敗はしたくない。

 珍しく私は震えるほどの緊張感を感じながら、牌を開く。それと同時にやえも牌をひっくり返す。私が選んだ牌は{⑦}で、やえの選んだ牌も{⑦}。これで三連続引き分け。ここまでの確率は504分の1、約0.2%だが、それでも目標の36万2880分の1には程遠い。むしろ遠すぎるくらいだ。

 残り枚数は六枚。一回だけで見ればだんだん確率は高くなっていくかもしれないが、あくまでそれは確率上での話。実際のプレッシャーは最初の時以上のものだ。

 

(あと……六回……)

 

 

-------------------------------

視点:小走やえ

 

 

(……次は何を切るべきか)

 

 これで勝負は四回目。私の先攻となる。ここまでで切った牌は{⑥⑦⑧}といずれも上位の牌。普通ならこの上位ばかり切られた状況で最強の{⑨}を打つとも考えにくい。ならば、私はここであえて{⑨}を切ってみるのも面白い。

 

(さあ……どうする?)

 

 私は{⑨}を切る。それを確認した白望は相も変わらずノンストップで牌を選んで切る。そして、私と白望は同時に牌をひっくり返すと、そこには二枚の{⑨}があった。流石、白望といったところか。

 というより、もはや白望は何も考えてはいないのかもしれない。全てを自分の直感に任せているようにも見える。まあ、私がどう推察したところで、答え合わせができるわけもないのだが。

 

 

 そうして、この後も私と白望は"ナイン"を続けたが、白望が私と異なる牌を切ることはなかった。気がつけば、私の手牌は残り三枚となっていた。ここで白望が私と同じ牌を出す事に成功すれば、見事白望は引き分けを達成する事となる。

 確かに、それは祝福されるべき快挙だ。だが、私はただ黙ってその達成を見ているだけという事はできない。あくまでも、本気で考えて、打つ。それが礼儀というやつだ。王者たるもの、八百長など私のプライドが許さなかった。

 

「どうぞ」

 

 すぐさま牌を切った白望が私に向かってそう言う。私はそれを聞いて、手牌へと目を落とす。

 私の手牌には{①と②と④}。この中から何を切るかという事だが、私は必敗の{①}を切り飛ばした。これが普通の勝ち負けを競う勝負であったら私はもっと考えていただろう。しかし、これはあくまでも白望が引き分けで終わらせることができるか否かの勝負なのだ。考えていても仕方ない事。ならば私も、自分の直感に身を任せてみよう。

 そうして私は{①}を切り、白望がさっき出した牌に手をかける。私と白望が同時に牌をひっくり返すと、白望の手の近くには{①}が置いてあった。

 

(……本当に、やってのけた)

 

 私は一瞬、頭の中が真っ白になった。まさか、本当にできるとは思っていなかった。およそ18万分の1。そんな紙のように薄い確率を、白望は引く事ができたのだ。私は何かを発しようとしたが、思うように声が出ない。

 しかし、ここで白望はそんな私に向かってこう言った。

 

 

「……やえの番だよ」

 

 一瞬、「え?」と聞き返したくなるほど私は不意をつかれた。何故、やる必要があるというのだ。もうこれで引き分けは決まったというのに、一体これから何をしようというのだ。

 私は疑問に思いながらも、私は{②と④}の二枚の中から一枚を適当に切り飛ばした。困惑していたため、私は今自分で何を切ったのか分からなかった。

 それを見た白望は、さっきと変わらず牌をノータイムで切り飛ばす。私は半ば混乱気味に自分の切った牌をひっくり返す。白望がまだひっくり返そうとしていないのに、だ。私が切っていた牌は{④}であった。これも今初めて知った事だ。こうして牌を開いた今も、未だに白望が何をしようとしているのか分からない。私は困惑しながら白望の方を見た。

 

「えっ……」

 

 するとどうだろうか、白望の頬に涙が流れていたではないか。よく見ると白望の手は震えていた。あまりの唐突さに、私は思わず声に出してしまう。いったい何があったというのか。それを白望に聞こうとすると、白望は私ではない何かに向かってこう呟いた。

 

「……届かなかった」

 

 それが誰に向かって言っている事なのか、私には理解できなかった。だが、私に向かって言った事ではないという事はなんとなく理解した。

 こうしている今も尚、白望は涙を拭おうとはしなかった。自分で気付いていないのかは分からないが、私は立ち上がって白望の涙をそっと拭いてあげた。すると白望は私に向かってこう言った。

 

「……ごめん、やえ……ちょっと風に当たってくるね」

 

 そう言って白望は立ち上がり、私の家の玄関へと歩き始めた。私は引き止めようとも思ったが、何故かここで白望を引き止めてはいけないという気がして、私は止めようと出した手を引っ込めて、外へ出て行く白望を呆然と見ていた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 届かなかった。今の私では、全然。たった一回の違いではあるが、数字にすれば18万と36万の違い。天と地の差だ。私はやえの家の近くにある公園のベンチに座って、赤木さんに話しかけた。

 

「……赤木さん」

 

【……どうした】

 

「どうしたら、私は赤木さんに届くと思う……?」

 

 すると赤木さんは【ククク……】と笑ってから、私に向かってこう言った。

 

【……ずれてるぜ。白望】

 

 




あと一歩のところで届かなかったシロ。(分かっていると思いますが、シロは二筒を出しました)
赤木はシロに何を伝えるのか……
いいところで次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第153話 奈良編 ⑯ 遅くてもいい

王者編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「え……?」

 

 私は赤木さんの言葉を聞いて目を見開く。『ズレている』……?はっきり言って、赤木さんの言っている意味がわからなかった。何がズレているのか、私には分からない。

 そんな驚きを隠せていない私を無視して、赤木さんは続ける。

 

【……お前、最近やたらと躍起になってないか】

 

「躍起……」

 

【確かに、今のお前では俺にはまだ及ばない。……だが、それはあくまでも()()()()()()というだけの事……お前にはまだ伸び代がある。だから今の時点で俺の境地に達していなくとも、その事に対して一々顔を青くしたり、赤くしたり……そんな必要なんてないのさ。お前にはまだ時間がある。気楽に考えればいい】

 

「で、でも……」

 

【事実なのだからしょうがない。お前はさっき、自分で言っていたな。『勝ちに捉われているんじゃないか』って。確かに俺はその事に対して否定したが、実はお前の今の状態も似たようなもんだ】

 

【……苦しくないか?この際はっきり言ってやろう。お前は今、目標に向かって我武者羅に進もうとばかり考えているせいで、逆に自分の足を止めている……!おかしい話だろ?だが、全て事実だ。……別に焦らずともいいのさ。どんなに遠回りの道を歩いたって、どんなに失敗したって、どんなに俗に言う『まとも』な道から外れたって……構わないんだ。全くもって構わない】

 

【止まるな……!どんなに遅くたって構わない。目標に執着するのも構わない。だが、その目標への執着が焦りを生み、思い煩い止まってしまうこ。これが一番まずい……!……だから歩け、白望。立ち止まる事なく、歩ききってみろ。俺という、『神域』という名の道……!】

 

 私の心が震えているのを感じた。立ち止まるな、前へ進め。確かに、私は赤木さんに追いつく事だけを考えていた。そこまでは全然問題なかった。だが、私はその目標に固執するあまり、焦っていたのだ。

 ……やはり、まだまだ赤木さんには敵わない。私の気づかない心の揺れを、赤木さんは的確に指摘してくれる。私の最大の敵でありながら、最高の師匠だ。

 

「……ありがとう。赤木さん」

 

 そう赤木さんに感謝のお礼を言う。もし、赤木さんに言われなければ、私の時間はずっと止まったままだっただろう。思い返すとひどい本末転倒な事をしていたが、それに気付かなかった自分が少しばかり情けないとも思った。

 そう思っていると、赤木さんは笑いを堪えるように【フフ……】と声を発した。そして赤木さんは私に向かってこう言う。

 

【それにしても、白望……フフ、お前……焦りすぎだ。俺を越えることを目標としているのに、その方法を俺に聞いてどうする……それじゃあお前だけの力で俺を越えた事の証明にはならないだろ……ククク……】

 

「……それは聞かなかったことにして」

 

 

 私は顔を赤くしながら、赤木さんに向かって言う。今思えば的外れすぎて呆れてくるくらいの事を聞いたものだ。いや、その事は既に私は気付いている。赤木さんも私が気付いた事を知っている。だからこそわざと赤木さんは言ってきたのだろう。赤木さんに茶化された私は少しばかり怒りながら、やえの家へと戻った。

 

 

-------------------------------

視点:小走やえ

 

 

「……やえ?」

 

 ガチャ、という音が玄関の方から聞こえてきたと思えば、それに続いて白望の声が聞こえてきた。私はすぐさま玄関の方へと向かうと、そこには外の寒さのせいか、少しほど顔を赤らめた白望が立っていた。いくら昼間とはいえ、冬の外は寒い。私はすぐに白望を中に入れ、炬燵の中へと移動させた。

 

「……それで、大丈夫なのか。白望」

 

 炬燵に入って温まっている白望に、私はそんな事を言った。それに対して白望は「うん……心配かけてごめん」と答えた。

 

「全く……もう私に、あんな表情を見せるなよ」

 

「……うん」

 

「……白望があんな表情になると、わっ、私まで心配してしまうからな」

 

「やえ……」

 

 我ながら結構恥ずかしい事を言ったものだ。私が目線を逸らしていると、白望は炬燵から出て私の元へときた。

 

「っ、!?」

 

 すると、白望は私に向かって抱きついてきた。さっきとは違った困惑が頭の中を埋め尽くす。

 

「し、白望?」

 

「……ありがとう。やえ」

 

 そう言って一層白望の私を抱きしめる手に力がこもった。私は頭に血が上っていくのを感じた。しかも白望は私の腰のあたりを抱きしめているため、しきりに白望の胸が自分の体に当たっているのが感触でわかった。

 確かにこの展開は私にとっても嬉しい展開だ。しかし、それ以上に私は恥ずかしさでたまらなかった。私は白望に向かって「……白望?」と声をかけるが、一向に離そうとはしない。

 

「ごめん……やえ、ちょっと……」

 

 それに加えて、白望は自身の下半身を私の腰のあたりを抱きしめたまま炬燵の中へと入れた。説明はしにくいが、簡単に言うと白望は私の事を半ば抱き枕みたいに抱いて炬燵に入っている。

 

「ちょ、白望?」

 

「こうしてるとダルくないから……少しだけ……」

 

 そう言って白望は両目を閉じた。私は白望の事を起こそうとするが、時既に遅し。白望は夢の世界へと誘われていた。

 

(こっ、こんな状況どうしろっていうんだ!)

 

 私もこのまま寝ようかとも一瞬考えたが、こんな状況で寝れるわけがない。

 結局、私は白望が起きるまで悶々と過ごす事となった。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……じゃあね。やえ」

 

「ああ、白望……」

 

 いつの間にか寝ていた私は、起き上がって寝ている間ずっと抱きしめていたままだったやえに謝罪をしてから、私はやえの家を出ることにした。

 今もやえの顔は真っ赤だが、炬燵に入りすぎて逆上せてしまったのだろうか。そんな心配をしながら、荷物を持ってやえの家の玄関で私はやえに挨拶をする。

 

 

「か、貸し一だからな!白望!」

 

 やえは私に向かってそう言う。貸し……何のことかはわからないが、恐らく"ナイン"後の事件の事だろう。確かに何も事情を話さずに家に出て申し訳なかったとは思う。

 私はその事をやえに伝えると、やえは一層顔を赤くしながら「その事じゃない!」と言った。……じゃあ一体何だというのだ。

 私はそんな事を疑問に思いながらも、「またね」とやえに向かって言い、玄関のドアを開けた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(あれ、確かそういえば……)

 

 私はやえの家から出てから、智葉が予約してくれている宿泊場所へと向かっている最中、ふとこんな事を思い出した。

 確かこの奈良で泊まる場所は、近くに智葉の傘下(?)が経営している宿泊施設がないため、普通の一般の旅館に泊まる事になっていたはずだ。それは別にどうでもいい事だ。前にも同じような事があったから、初めての事ではない。

 私が気にかかっているのは宿泊する旅館の名前。薄っすらとしか覚えてなかったが、確か今日泊まる場所は「松実館」というものではなかったか。

 私は今朝出会った私の胸をしきりに気にしてくる女の子の事を頭に浮かべながらその「松実館」へと向かっていると、「松実館」に入ろうとする女の子を見つけた。その女の子は私の事を見つけると、進行方向を変えて私の元へとやってきた。

 

「おや、ナイスなおもちをお持ちのシロさんではありませんか!」

 

 その人物は、今朝出会った松実玄であった。

 

 




まさかの松実編です。
シロと松実姉妹が書きたかったんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第154話 奈良編 ⑰ 姉妹

松実編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「玄……」

 

「数時間振りです!シロさん!」

 

 

 玄が私のところへとやってくる。やはり私の予想が的中したらしく、この「松実館」は玄の家のところが経営している旅館だった。相変わらず玄の目線は私の胸をしっかりと捉えているが、それは気にしないでおこう。

 

「ところで、シロさんは何を?」

 

「今日、ここで泊まるんだけど……」

 

 私は目の前にある「松実館」を指差して玄に言う。それを聞いた玄はびっくりして、「泊まるんですか!?」と言って私の顔を見た。私も意図してこの「松実館」を選んだわけではないので、事実私も驚いている。

 

「そっか……じゃあ旅館の手伝い、いつも以上に頑張らせて貰います!」

 

 そう言って玄は右手を額にビシッと当てて私に敬礼する。まだ小6だというのに旅館のお手伝い……色々と旅館を経営するのも大変なんだなあとか思いながら、私は玄に連れられて「松実館」の中へと入った。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ここがシロさんの部屋です」

 

 玄に連れられて入った一室。正直言って、予想の何倍も綺麗であった。部屋の広さも一人で寝るには明らかに広いし、成る程智葉が用意してくれたのも頷ける旅館であった。私は部屋の中に荷物を置くと、玄に「ちょっとこれから時間ありますか?」と言われた。私は玄の方を向き、用件を聞く。

 

「どうしたの……玄」

 

「今から私のお姉ちゃんをシロさんに紹介したいのですが、よろしいでしょうか!」

 

「別にいいよ……」

 

 そう言って、私は玄の後をついて行った。結構「松実館」の中は広く、これ迷子になったりしないかなという若干の不安を感じていると、玄はある部屋の襖の前で止まった。

 

「お姉ちゃーん?」

 

 そう言って玄は部屋の襖を開ける。私がその部屋に入って最初に感じた事は、「暑い」であった。今は冬であるという事を考慮しても、それでも暑いと思えるくらいの室温であった。そんな部屋の中央に置かれた炬燵の中で温まっている人がいた。その人は私と玄が部屋に入ったのに気づくと、むくっと起き上がった。こんな暑い部屋でよく炬燵に入れるものだ。私も無類の炬燵好きであると自負してはいるが、流石にこんな状況で炬燵に入ろうとは思わない。この人には炬燵に関しては勝てない(?)なと心の中で負けを認める。

 

「紹介するね、シロさん。私のお姉ちゃんの松実宥!」

 

 玄のお姉ちゃん、もとい宥さんはこんな室温の中でも凍えているような仕草をしながら、私の事を見る。宥さんは「よろしくね。シロちゃん」と言って手を差し伸べてきた。それに応えるようにして私も手を出し、「よろしく……宥、でいいかな」と言った。

 

「玄ちゃんから聞かされたけど、同年代なんだし……呼び捨てでも大丈夫だよ」

 

「分かった。宥……」

 

 そう言って私と宥は手を握る。その瞬間宥の体が跳ね、「あ、あったかくない……」と言った。私はそう言われて咄嗟に手を離したが、さっきのはどう考えても私の手が冷たいのではなく、宥の手が熱すぎるだけだ。確かにさっきまで外にいたとはいえ、この部屋に来て既に手の温度は通常に戻っているはずだ。

 

(多分、そういう体質なのかな……)

 

 聞いたことがないが、そういう体質なのだろう。妹の玄も面白い能力を持っていたし、姉の宥にも何かしらはあるのだろう。

 

「それにしても……玄ちゃん、よかったね。シロちゃんが泊まってきてくれて……」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「玄ちゃん、さっきお使い行く前に私と話してた時、すっごく嬉しそうにシロちゃんの事を話してたんだよ。……だからそんなシロちゃんとお話できて、私はすっごく嬉しい……」

 

 そう言って私に向かって微笑む。横にいる玄の事をちらりと見ると玄の顔は真っ赤に染まっており、口をパクパクさせていた。フリーズした玄はひとまず置いといて、私も宥に向かって「私も宥とお話できて嬉しいよ」と言った。

 すると宥は炬燵の中から出て、私の目の前までやってくる。何かと思えば、宥は私に向かって再び手を出して、「もう一回……握手してもいいかな?」と言った。私は恐る恐る宥の手を握り、宥の表情を見た。

 

「あったかくないけど……心はあったかい……」

 

 そう宥が笑いながら私に向かってそう言う。すると横からいつの間にか元に戻っていた玄が「おお、やはりどちらも立派なおもち……」と言って私と宥の胸をまじまじと見ていた。

 

「じゃあ、またね。宥」

 

「またね……シロちゃん」

 

 興奮している玄を連れて、私は廊下へと出る。部屋の室温に慣れてしまって感覚が麻痺しているのか、廊下がとても寒く感じた。

 そうして部屋に戻っている途中、私は玄に向かってこんなことを言った。

 

「玄……」

 

「シロさん、どうしました?」

 

「宥、いいお姉ちゃんだね……」

 

「……自慢のお姉ちゃんですから」

 

 姉妹愛、とでも言うのだろうか。私も宥ではないが、どこか二人の関係がとても「あったかく」感じた。

 ……そういえば、姉妹といえば照は結局いつになったら妹さんと仲直りするのか。私も早く解決させてあげたいのは山々なのだが、肝心の照が小心者すぎて「私はきっと咲に嫌われてる……許してもらえるはずがない……」と言って中々解決へと進まない。

 ここのところ照とはその喧嘩(?)の事については話していないため、現状がどうなっているのかはわからないが、きっと妹さんも照の事を許しているはずだ。だから照もそんな思いつめなくても大丈夫なはずだ……それを松実姉妹を見て確信した。

 ……まあ、照にも照なりの考えというものがあるのだろう。第三者の私が突っ込まずとも、いずれ二人で解決してくれるはずだ。そう信じて、私は部屋へと戻った。




字数が少ない……少ないぞ……!
そして宥の口調に違和感がないかどうか不安でしかたない……
そして何故唐突に照の話題になったのか……次は東京の予定じゃないのに……


まあ、大目に見てください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第155話 奈良編 ⑱ 大きい

松実編です。
恒例のアレ回です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「シロさん?」

 

 私が旅館の部屋に戻ってそこから一時間程度、部屋の中に設置されてあったテレビを見たり、今日に来た溜まっているメールを一人ずつ返信していたりなど、色々と寛いでいると襖の向こう側から私を呼ぶ声が聞こえた。

 その声を聞いた私は襖を開けると、そこには玄がいた。私は玄に「どうかした?」と言うと、玄は「温泉の場所を教えてなかったので!」と言ってがっつり私の胸を見る。玄の視線と表情を見るだけで、玄が今考えている事はだいたい分かる。「一緒に温泉に入ろう」と言う事だろう。

 断る、というのも一つの選択肢だ。しかし、私には色々と前例がある。他の人は良いのに玄だけダメというのは罪悪感が残る。別にそんなのは自分の勝手な拘りであって、断ってもいいのかもしれない。しかし、私にはどうも断れなかった。……変な拘りというのは時にダルいものとなるものだ。

 まあ一緒に温泉に入る事くらい減るものでもないし、大丈夫だろう。流石に胸を触られたりするのは少々ダルいが。

 そういった事を察しながら、私は玄に「……一緒に入る?」と聞く。それを聞いた玄の表情はさっきより増して明るくなり、「行きましょう!」と言った。

 

「じゃあ……温泉に連れてって……」

 

 私は部屋にあった浴衣やらバスタオルなどを持ち、玄に向かってそう言う。玄は「おまかせあれ!」と言って私の手を引き、歩き出した。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「シロさん、ちょっと着替えを用意するので遠回りになってしまいますがよろしいですか?」

 

 歩いている途中、玄がそんな事を聞いてきた。特に断る理由もないので、「いいよ」と返す。

 そう私が言うと、冬にしても室内では明らかな重装備を着ている宥とばったりあった。ありえないくらい着込んでいる宥であったが、それでもまだ寒そうに震えている。

 

「あれ、玄ちゃんとシロちゃん……どうしたの?」

 

「シロさんと温泉入るんです!」

 

 それを聞いた宥は「温泉……あったかそう、いいなあ……」と言った。そういえば宥はそんなに着込んでも寒そうにしているのに、温泉の中でも寒いと感じるのだろうか……いや、流石にそれはないか。それよりも入る前服を脱ぐときが宥にとって一番辛そうだが。

 

「……宥も入る?」

 

 私は宥に向かってそう言うが、宥は首を横に振って「私は手伝いの途中だから……」と言う。……そういえば玄は手伝いは終わったのだろうか。まあおそらく交代制なのだろう。流石に玄と宥だけで旅館を経営しているわけでもないだろうし。

 

「ごめんね……お姉ちゃん」

 

「別に大丈夫だよ……玄ちゃん」

 

 そういった姉妹のやり取りを間近で見る。……なんというか、照よ。やっぱり仲直りしたほうがいいぞ。私が言えるのはそれだけだ。

 そんな事を考えていると、宥は玄と私に向かって「じゃあシロちゃん、ゆっくりして行ってね」と言って廊下を歩いて行った。私と玄も再び歩を進めて、玄の着替えやらバスタオルやらを持って、温泉へと行った。

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 そうして私と玄は脱衣所へとやってくる。ちょうどタイミングが良かったのか、脱衣所には誰もいなかった。私は着替えを始めようとすると、ここで玄から熱い視線が注がれているのに気が付いた。私は服を脱ごうと動かしていた手を止めて、玄の方を見る。

 

「……どうしたの」

 

 私が玄に聞くと、玄は目を輝かせながら「シロさんの服を脱がせてあげようかと……」と言う。……これは果たして承諾していいものなのだろうか。

 

「ちょいタンマ」

 

 私は玄に向かってそう言って少し考える。別に構いはしないのだが、脱がせてもらうという行為そのものがどこか恥ずかしい。しかし、もう内心どうでもよくなってきた私は「……いいよ」と言って玄に身をまかせる。

 

「じゃあ……失礼します」

 

 そう言って玄はどんどん私の服を脱がす。……今になって気付いたのだが、今私はとんでもない事をしでかしているのではないか。本当に今になってのことだが、そんな気がしてならなかった。

 そう考えている間にも玄は御構い無しといった感じで私の服を脱がせる。気がつけば、私の上半身の服は全て玄によって脱がせられていた。

 

「ほう……服越しでも大きかったのに、これは……」

 

 そう言って玄は私の胸を見ながらそう言う。まだ上だけだから別にいいのだが、これ以上は流石にまずい。いや、上半身で既にアウトなのだが、それでも流石に下半身はだめだ。私は、玄に「これ以上は……自分で脱ぐ」と言って胸を腕で隠す。

 流石の玄もそれ以上はする気は無かったのか、すぐに私の願いを聞いてくれた。

 そうして服を脱ぎ終えた私は、未だ服を脱いでいる最中の玄を待って、玄が脱ぎ終わってから中へと入った。

 

 

「……広い」

 

 まず私が中に入って発した第一声はそれだった。隣にいる玄が「松実館自慢の温泉ですから!」と言う。これだけ広いと玄や宥の掃除の負担が大きいのではないのかという事を考えながら、私は頭を洗い終える。

 頭を洗い終えた私は今度は体へと移行する。ボディーソープを手にとる最中、玄が私の事をジロジロと見ているのに気付いた。「……別に自分で洗えるから」と私は玄が何かを言う前に先に断りを入れた。さっきの時点でもう既にアウト感が凄まじかったので、流石に断っておいた。断られた玄は少し悲しそうな表情をしていた。それを見た私は少しの罪悪感を感じたので、自分の背中を指差して玄に「じゃあ、背中なら……」と言った。玄の本命は私の胸なのだろうが、背中で我慢んしてくれ。

 

「……了解ですっ」

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ああ……」

 

 そうして体を洗い終えた私と玄は、温泉へと浸かる。思わず声が出てしまうほど、温泉の中は気持ちよかった。温泉と聞くと私はサウナの地獄を思い出すが、そんなトラウマを消し去ってくれるほど気持ちよかった。

 

「気持ちいいですか?シロさん」

 

 隣で同じく温泉に浸かっている玄にそんな事を聞かれる。私は「うん……玄はどう?」と聞き返した。

 

「それは勿論、シロさんのおもちも見れて最高です」

 

 そう玄が満面の笑みで答える。……玄はよく私の胸がどうこう言っているが、玄もよく見ると中々に大きいではないか。

 

「ねえ玄」

 

 私は玄に接近して玄の事を呼ぶ。いきなり近寄られた玄はびっくりしながら私の事を見る。

 私はさっきまでのお返しと言わんばかりに玄の胸を見て「そう言ってる玄もさ、おもち……?大きいよね」と言う。

 

「そ、そそそんな!」

 

 玄はさっき見たいに口をパクパクさせながらそう答える。……流石に今のは自分がアホであった。いくらなんでも、これじゃあ私がまるで変態みたいな感じになっているではないか。いや、もともとは玄が原因なのだが。

 

「……今のナシ。忘れて」

 

 私はそう言って温泉から立ち上がる。そして温泉から出ようとしたが、足を出そうとした瞬間、玄に手を掴まれた。何事かと思い玄の方を見るが、玄は目線を逸らしながら私に「もうちょっと……このままでいいですか?」と言った。

 

「……いいよ」

 

 私は立った状態から。再び腰を下ろす。そうして玄と手をつなぎながら、しばらくの間二人とも共に無言で温泉を堪能した。

 

 

 

 




次回も松実編!
……ハーレム民にヤンデレがいたら、多分全国を転々とするシロを監禁するんだろうなあとアホな事を考えている今日この頃。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第156話 奈良編 ⑲ 寝込み

松実編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「玄、そろそろ上がろうか」

 

 玄と手を繋ぎながら無言で温泉に浸かる事十数分。そろそろ逆上せそうになってきた私は玄の方を向いてそう言う。それを聞いた玄は私に微笑みながら、「了解です。シロさん」と私の胸ではなく、ちゃんと私の顔を見てそういった。

 そして私と玄は手を繋いだまま温泉から上がり、脱衣所へと戻った。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「あ、宥」

 

 温泉から上がってきた私と玄は、脱衣所で着替えて浴衣姿になった。そんな私は玄に連れられて私の部屋へと戻ろうと「松実館」の廊下を歩いている最中、またもや宥と遭遇した。宥は私と玄の事を見つけると、私に向かって「シロちゃん、温泉……気持ち良かった?」と聞いてきた。

 

「まあ……気持ち良かったよ」

 

 私は宥にそう返すと、宥は笑顔で「それは良かった……」と言うと、すぐに忙しそうに廊下を歩いて行った。

 そして私の部屋に戻ってきた私。玄は私をこの部屋に連れてきてくれた後に、「私もお姉ちゃんの手伝い、行ってきます!」と言って何処かへ行ってしまった。

 そうして一人で部屋で寛いでいた私は、さっき温泉に入っていた間に来ていたメールを返信していると、赤木さんにこんなことを言われた。

 

 

【……いつか刺されてもしらねえぞ】

 

「どういう事……?」

 

 結局赤木さんには【さあな。自分で考えろ】と言ってはぐらかされたが、どういう意味なのかは全然分からなかった。刺される?誰に……?そんな疑問を残しながらも、私は早めに寝る事にした。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「うう……寒い……」

 

 旅館の手伝いを終えた松実宥は、自分の部屋へと続く廊下を歩きながら、そんな事を呟いていた。現在時刻は夜の11時。極度の寒がりな松実宥でなくとも、暖房のついていない廊下は寒く感じる。それが松実宥なら尚更の事であった。

 彼女は寒さで体を震わせながら、どんどん廊下を歩いていく。風呂にでも入ろうかとも彼女は考えたが、生憎松実宥の部屋とは反対方向に位置する。今から引き返していくほど体温的にも余裕はないので、結局自分の部屋へと行こうとした。

 しかし、ある部屋の前で松実宥の足が止まった。松実宥はその部屋の襖を見つめながら、確かここは小瀬川白望が泊まっている部屋ではなかったかを思い出す。

 

(……シロちゃん)

 

 気がつくと松実宥は小瀬川白望がいる部屋の襖をそっと開けていた。襖を開けた松実宥は部屋へと入り、部屋を見渡した。すると松実宥は小瀬川白望が既に寝ている事に気がついた。

 松実宥は寝ている小瀬川白望の近くまで行くと、松実宥は小瀬川白望の頬をそっと触った。白銀に輝く小瀬川白望の髪が放つ冷たい印象とはまるで正反対に、小瀬川白望の頬は暖かい。松実宥はそんな暖かい小瀬川白望の頬を触るのを止めたかと思えば、そっと寝ている小瀬川白望の隣に入ろうとした。

 

(玄ちゃんには悪いけど……ごめんね。私もシロちゃんと一緒にいたいんだ)

 

 松実宥は自身の妹である松実玄に心の中でそう言いながら、小瀬川白望が寝ている布団の中に入る。

 そう、松実宥は簡単に言えば小瀬川白望に一目惚れしてしまっていたのだ。本人にはまだ気付けてはいないが、松実宥の今の小瀬川白望に対する感情は愛そのものであった。

 しかし、松実宥は知っている。松実玄が小瀬川白望の事を好きであるという事も。松実玄の事を赤ん坊の頃からずっと見てきている松実宥に、それを見抜くのは容易かった。だからこそ松実宥は今の自分の感情に気づいていなかった。いや、気付いてはいけなかった。さっき松実宥はまだ気付けてはいないと言ったが、それには語弊がある。松実宥は気付いているのに、自分で否定していたのだ。まさか松実宥自身もこうなるとは思ってもいなかった。妹が好意を寄せている人物の事を、好きになるなど。

 だが、松実宥は心の中で羨んでいた。自身の妹の事を。さっき松実宥が小瀬川白望と松実玄が一緒に温泉に入ると聞いた時も、あの時は手伝いがあると言って誤魔化したが、本当はそんなに忙しくはなかった。別に松実宥が抜けたとしても、そんなに困るような状況ではなかった。しかし、松実宥はあの時こう思った。小瀬川白望が自分の事ではなく、妹の方を優先するのではないか、と。無論、これは松実宥の勝手な想像であり、松実宥自身も小瀬川白望はそんな事をしないということは重々承知している。しかし、それでも尚松実宥は劣等感を感じられずにはいなかった。

 だからこそ、今こうして松実宥は誰にも分からぬよう小瀬川白望に思いを馳せていた。確かに妹には悪いとは思っている。しかし、自分の感情には逆らえなかったのだ。

 

(シロちゃん……あったかい)

 

 松実宥は横にいる小瀬川白望の事をそっと抱きしめ、体を触れ合わせる。会って初めて握手した時はあったかくはなかったはずなのに、何故今は暖かく感じるのだろうか、と松実宥は自分で疑問に思う。ただ単に小瀬川白望が布団によって温められた、というわけではない。しかし松実宥は結論が出ぬまま、暫しの間小瀬川白望の体を堪能していた。

 そしてそろそろ終わりにしようかと松実宥が布団から出ようとした瞬間、小瀬川白望が松実宥の事を抱き返してきた。

 

「シ……シロちゃん?」

 

 思わず松実宥は小瀬川白望の事を呼ぶが、小瀬川白望からの返答はない。そう、これは小瀬川白望が無意識的にやっている事だった。

 しまった、と松実宥は焦り始める。こんな状態で小瀬川白望や松実玄に見つかってしまえば、自分の小瀬川白望に対する好意がバレてしまう。松実宥は必死に脱出を試みるが、思ったより強い小瀬川白望の力によって脱出しようにもできなかった。

 

(ど、どうしよう……)

 

 松実宥はパニックに陥る。松実宥は、いつも松実玄と同じ部屋で寝ている。松実玄は先に部屋に戻っているが、寝ているかそれとも自分の事を待っているかどうかは分からない。もし後者だとしたら、きっと松実玄は中々部屋に戻ってこない自分の事を探しにくるだろう。それだけはまずい。いや、小瀬川白望にこの状態で起きられるのも十分にまずいのだが、松実玄に見つかるのはその何倍もまずい事であった。

 しかも、例え前者だとしてもこの状態のまま夜が明ければさっき言ったような事が起こりかねない。どちらの場合でもチェックメイトであった。

 しかし、松実宥には今この現状を打破する事ができない。運良く小瀬川白望が自分を抱きしめる腕が解けるのを、待つ事しかできなかった。

 

 

(シロちゃん……早く解いて……)

 

 しかしそんな松実宥の懇願は天には届かず、皮肉にも松実宥が心の底で望んでいたこの背徳的な状態が続く事となった。




宥ちゃんの夜這……ゲフンゲフン。
さあ宥ちゃんはどうなってしまうのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第157話 奈良編 ⑳ いくら姉でも

松実編です。
果てしないR-18感。まあでも、本番(意味深)じゃないからセーフ!


-------------------------------

視点:神の視点

 

(どうしよう……)

 

 小瀬川白望はがっちりと松実宥の体をホールドしていた。意外にも小瀬川白望の腕の力は強く、というか松実宥自身にそれほど力がないのも相まってか、松実宥が脱出できないのは明白であった。

 しかし、松実宥はそう言ってられない状況にある。もしかしたら今すぐにでも自身の妹の松実玄がこの部屋にやってくるかもしれない。そんなまるで浮気をしているのがバレるのを危惧している浮気相手のような状況に陥っている松実宥は、完全にパニック状態になっていた。

 

(えっ……!?)

 

 そしてそんな松実宥に追撃を放つかのように、小瀬川白望は寝ている状態で松実宥を抱き締める手を自身の方にグッと寄せた。そうなれば必然、松実宥は小瀬川白望の体に急接近。いや、というより密着してしまった。

 しかも、密着している箇所もまた問題であった。松実宥は当初、布団の中でうずくまるようにして小瀬川白望の隣へと入った。その結果、松実宥の顔の位置が小瀬川白望の顔の位置よりも少し下がってしまったのだ。そのような状況で小瀬川白望に抱き締められ、それに加えて引き寄せられて密着してしまったのだ。

 ……つまりどういうことかというと、簡単な話。松実宥の顔面に小瀬川白望の豊満な胸が接触してしまっているのである。しかも、浴衣越しで。ほぼほぼダイレクトに当たってると言っても差し支えなかった。

 

(シロちゃんの……む、胸が……)

 

 これは本来ならばご褒美と言っても過言ではない状況。しかし、松実宥は単純にこの状況を嬉しく思うことはできなかった。今は一刻を争うこの状況。

 しかし、しきりに当たってくる小瀬川白望の胸によって松実宥の冷静さはかき消されていく。どうにかしなければと解決策を考えようとするが、どうしても小瀬川白望の胸の方に意識が傾いてしまっていた。

 

「んっ……」

 

 と、ここで松実宥が少し体制を変えようとしたところ、松実宥の体が小瀬川白望の体と擦れ合った。どことまでは言わないが、あそこが重点的に。それによって、小瀬川白望は寝ていながらも声を発した。

 ちょっと擦れあった程度なら別に大丈夫であった。いや、それはあくまでも密着している松実宥にとっては大丈夫という話であって、普通ならそれでもアウトなのだが。だが、その発した声が問題であった。今小瀬川白望が発した声は、松実宥にとっては極限に殺した喘ぎ声、そうとしか聞こえなかった。いや、正確にはどうかは分からない。正しいのかもしれないし、違うのかもしれない。捉え方によって変わりはするのだが、今の松実宥には完全にソレにしか聞こえなかったのである。それもあってか、松実宥は更に冷静さを失っていく。いや、そればかりか松実宥は少しほど興奮していた。

 

(シロちゃんの声、もっと聞きたい……)

 

 果てには、松実宥は小瀬川白望の体に夢中になっていた。今も尚しきりに松実宥は自分の体を小瀬川白望に擦り付けるようにして動かし、小瀬川白望が条件反射的に発する……発してしまう声を楽しんでいる。

 端から見ればただの変態極まりない行為であったが、極度のパニックとアクシデントに見舞われて更に興奮している松実宥がそんな事に気付くわけがなかった。

 

 

(あっ……)

 

 そうして松実宥は小瀬川白望の体を楽しむこと数十秒、気がつくと松実宥を抱き締める小瀬川白望の手が緩んでいた。あれだけ体を執拗に当てたので、小瀬川白望も自分の手にかける力が弱まったのだろうか。

 それと同時に、松実宥は我に返った。そしてさっきまで自分がやっていた行為の恥ずかしさに少しほど身悶えし、それと同時に罪悪感にかられながら、小瀬川白望のホールドから抜け出した。

 

(シロちゃん……ごめんね)

 

 心の中で小瀬川白望に謝罪をする。松実宥が散々小瀬川白望の胸に体を擦り付けていたため、若干小瀬川白望の浴衣がはだけてしまっていた。直そうとも思ったが、ここで小瀬川白望を起こしてはアウトだ。松実宥は小瀬川白望を起こさないようにと襖をそっと開けて部屋を出る。頭の中は未だ少しほど悶々としながらも、松実宥は本来向かうべきであった寝室へと向かった。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「シロさーん、朝ですよ?」

 

 目が醒めると、そこには玄が立っていた。玄はカーテンを開けて、陽の光を部屋へと入れる。外を見れば見事なまでの快晴。しかし、そんな快晴とは裏腹に気温は恐ろしいほど低い。いくら関西といっても、冬の寒さは全国共通のものらしい。私は冷えた体を少しばかり震わせながら、布団から起き上がった。

 

「朝食の用意、できていますので。案内します!」

 

 玄が敬礼して寝起きの私の方を見る。……これは今私が気づいたことだが、私の浴衣が若干ではあるがはだけているのに気づいた。私の寝相が悪いのか、自然にはだけた感じではなかった。まあそれは置いておいて、私はまだ若干寝ぼけている状態であった。しかし、そんな状態でも私は玄に連れられてそのまま朝食を食べた。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「玄、美味しかったよ」

 

 そうして朝食を食べ終わって部屋へと戻る途中、玄と会ったので玄にそう言った。すると玄は「ありがとうございます」と言って頭を下げた。

 そんなやり取りをしていると、偶然にも宥とも遭遇した。私は宥に向かって「おはよう、宥」と挨拶したが、宥は「シ、シロちゃん!?」と言って驚いていた。

 

「どうしたの……宥」

 

「な、なんでもないから……おはようね、シロちゃん」

 

 そう言って宥は顔を逸らす。おかしい。いや、まだ会って一日も経っていないから正確なことはわからないが、どう見ても今の宥の状態はおかしかった。私はなにかあったっけかな……と昨日のことを思い出そうとするが、困ったことに何も思い当たる節がない。

 まあ、私がどうこうできる問題でもないな。と思考を放棄して私は「そう……じゃあまた。宥、玄」と言って部屋へと戻った。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……」

 

 松実宥と松実玄は、部屋へと戻った小瀬川白望を見送った後少しの間互いに黙っていた。松実宥はこの時、昨日自分がしていた恥ずべきことに気付いているのではないかと内心ヒヤヒヤしているが、松実玄は松実宥に笑って「じゃあ……私たちもそろそろ休もうか、お姉ちゃん!」と言った。

 

「そうだね……玄ちゃん」

 

 松実宥は心の中で安堵して松実玄に向かってそう言う。しかし、松実玄は松実宥の耳元まで接近すると、松実宥に向かってこう囁いた。

 

「いくらお姉ちゃんでも、負けないよ?」

 

 それを聞いた松実宥は驚愕するが、松実玄はすぐに廊下を歩き始めていた。しかもその方向は、先ほど小瀬川白望が去って行った方向。松実宥は呆然と立ち尽くしていたが、すぐに松実玄の後を追うようにして廊下を歩き始めた。




玄ちゃんの姉に対してのライバル宣言……これは取り合いになりますね(確信)
まあライバルは宥ちゃん以外にも山ほどいるんですけどね。頑張れ。
次回で松実編……そして奈良編は終わり……のはずです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第158話 奈良編 ㉑ 両手に花

松実編です。
修羅場……なのか?
今回じゃ終わらなかったよ……


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「シロさん!」

 

 朝食を食べ、部屋に戻ってきた私はゆっくりしようと椅子に腰掛けた瞬間、部屋の襖が開いた。襖の方を見ると、そこには玄がいた。私は何事かと思って玄の事を見ていると、玄は私のところまで来て、私の腕を掴んでこういった。

 

「シロさん、どこか出かけませんか!?」

 

「ちょ……玄」

 

 どこかに出かけるかという事を玄は私に聞いているのだが、私が気になったのは玄が私の掴んだ手を玄自身の胸に押し当てている事だ。玄は分かっててやっているのかそれとも偶々当たっているのかは定かではないが、押し付ける力を見るに多分わざとであろう。

 何をもって玄がこういった行動に出ているのかは分からないが、とにかく手に伝わる柔らかい感触によってそれどころではなかった。

 そうして私が返答に戸惑っていると、再び襖が開く音がした。私だけではなく、玄も驚いて襖の方を見ると、そこには室内であるのにマフラーを巻いている宥が立っていた。そして宥も私に方へやってくると、玄が掴んでいる手とは反対の方の手を掴んだ。

 

「お姉ちゃん……ッ」

 

「わ、私もシロちゃんとどこか行きたい……!」

 

 そう言って宥も私の手を掴んで胸に押し当てる。両腕を掴まれてどうにもできない私は、玄と宥の間に火花が散っている事に気づいた。何があったのかは知らないが、昨日私が見えた仲の良い姉妹ではないというのは分かる。

 

(なんだこの状況は……?何があったのかは分からないけど、これだけは言える……)

 

 

 

(これはダルい事になりそうだ……)

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 椅子に座っている小瀬川白望の両脇にいる松実姉妹が、それぞれ小瀬川白望の腕を掴んで自分の胸に押し当てているというこの謎の空間。松実姉妹の間には小瀬川白望が気付いた通り、火花が散っていた。

 松実玄は反対方向で自分と同じ事をしている松実宥を見て心の中でこう呟く。

 

(お姉ちゃん……昨日見ちゃったよ。シロさんの部屋に入っていくの……)

 

 そう、松実玄はあの夜発見してしまったのだ。自身の姉である松実宥が自身の想い人である小瀬川白望が寝る部屋に入っていく現場を。言うまでもなく、松実宥は怠っていた。入った後に誰かに見つからないかと懸念していたが、入る時の時点では松実宥は小瀬川白望を起こさないように気を付けていただけで、誰かに見られたりしないかという事は警戒していなかった。

 しかも運が悪かった事に、松実玄がその現場を目撃できた理由はたまたまトイレに行っていたところだったのだ。そういう偶然の事故であったが、松実玄が発見してしまったのも事実。

 

(シロさんの反応を見るに、お姉ちゃんが部屋に入った時起きてはいなかったんだろうけど……)

 

(それでもお姉ちゃんがシロさんに気があるのは間違いない!負けないよ、お姉ちゃん!)

 

 そうして心の中で自分の姉である松実宥に向かって宣戦布告すると、じっと松実宥の事を見つめる。松実宥は今まで自分に見せた事のない松実玄の闘志を見て、少しほど怯む。

 

(玄ちゃん……でも、私も負けたくない……ごめんね)

 

 そういって松実玄に心の中で謝罪した松実宥ではあったが、さっきのお返しと言わんばかりに少しほどムッとした表情で松実玄の事を見た。

 

(どうしたらいいんだろ……これ)

 

 そしてそんな松実姉妹に挟まれている小瀬川白望は、両手に伝わる柔らかい感触に戸惑いながら頭の中で解決策を考える。しかしこの状況を打破する素晴らしい案は出てこない。しかもこうして小瀬川白望が考えている内に、松実姉妹は小瀬川白望の手を胸に押し当てる力をどんどん強くしていくので、どうしてもそっちに気が向いてしまう。

 両手に花。そんな慣用句を文字通り再現して見せた小瀬川白望だが、その顔は晴れる事はなかった。

 

(あ……でもこれ丁度良いかも)

 

 だが、ここで小瀬川白望の思考が変わる。この状況、松実姉妹が小瀬川白望に身体を寄せているため暖かい二人の体温が小瀬川白望に伝わってくるのであった。

 思考を放棄した小瀬川白望は、その丁度良い心地よさに気付くと決断は早かった。そのまま小瀬川白望は瞳を閉じて、すやすやと眠り始ようとした。温度も良好、背凭れに背中を預けているため身体の体制も良好。手には違和感があり、まだまだ朝の時間帯ではあったが、怠惰の象徴とも言える小瀬川白望が寝るには条件が十分に揃いすぎた。そのまま小瀬川白望は夢の世界へと旅立ってしまった。

 

「……あれ?」

 

 そうして十数秒後、小瀬川白望の異変に松実玄が気付く。さっきから小瀬川白望はずっと黙りっぱなしであったため何方を選ぶか考えていたのだろうかと思っていたが、どうにも様子がおかしい。

 そう思い松実玄は小瀬川白望の顔を窺うと、小瀬川白望は瞳を完全に閉じていた。それとほぼ同時に松実宥も小瀬川白望が寝ている事に気付いた。

 

「ちょっと、シロさん!?」

 

「この状況で寝るなんて……」

 

 二人は小瀬川白望を起こそうとするが、小瀬川白望は一向に起きようとはしなかった。仕方なく二人は胸に押し当てている小瀬川白望の手を放した。

 

「……ど、どうする?お姉ちゃん……」

 

 松実玄は少し顔を赤らめながら松実宥に向かって言う。さっき宣戦布告したばかりなのに、こういった事態になって少し恥ずかしくなってしまった。

 松実宥も恥ずかしがりながら、「とりあえず……シロちゃんを布団に入れようか。風邪引いたらあれだし……」と言う。

 そういった後の姉妹の行動は迅速であった。小瀬川白望が朝食を食べている間に片付けた布団を敷き、小瀬川白望を姉妹二人で持ち上げると、小瀬川白望を布団の中に入れた。これも小さい頃から旅館の手伝いをしている二人だからこそできる一連の動きだろう。

 

「……お姉ちゃん」

 

 そうして一連の作業を終えた松実玄は、先ほど宣戦布告した松実宥に向かってこう言う。松実宥は「玄ちゃん……」と言って松実玄の事を見る。そして松実玄は頭を下げて、

 

「さっきはごめんね……?」

 

 と言った。松実宥も頭を下げ、「いいの……玄ちゃんは悪くないから……」と言う。それを聞いた松実玄は「……お姉ちゃん!」と言って松実宥に抱きついた。

 

「……思ったんだ。お姉ちゃん」

 

「何……?」

 

「別に私とお姉ちゃん、何方か一人じゃなくても良いんじゃないかな?って」

 

「玄ちゃん……」

 

「だから私とお姉ちゃんの二人で、シロさんの……その、こ、恋人になれるように頑張ろう?」

 

「……うん」

 

 

 そういって二人は互いの身体を強く抱きしめ合う。姉妹の友情が再び強く結ばれた瞬間であった。そして松実玄は笑って松実宥に向かってこう言った。

 

「じゃあ……私達も寝る?」

 

「……そうだね、玄ちゃん」

 

 

 そうして二人は寝ている小瀬川白望の隣に入り、互いに小瀬川白望の腕を抱きしめ、瞳を閉じる。さっきまで火花を散らしていた修羅場のような状況とは打って変わって、幸せそうに眠る三人であった。

 

 

【……やっぱり、女の考える事ってのは分からねえな】

 

 そしてそんな三人を呆れるようにして見る赤木しげる。彼は呆れながらも、どこか微笑ましそうに三人を見ていた。

 




次回で奈良編は終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第159話 奈良編最終回 災難

今回結構攻めた内容です。
苦手な方は注意してください。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ん……あれ」

 

 玄と宥、松実姉妹によって生み出された寝るには丁度良い心地よさに身を任せるようにして寝ていた私が目覚めてまず視界に入ったのは天井であった。しかしこれはおかしい、私は椅子に座って寝たはずなのに、何故今私は仰向けになっているのだろうか。

 そう思って起き上がろうとするが、私の両腕が動かせないことに気付く。恐らく私の両腕が拘束されているにだろう。いや、動かそうとすれば動かせるくらいの拘束であったのだが、私には無理に解くことはできなかった。

 その理由は、私の両腕を掴んでいるのが松実姉妹であったからだ。私が寝ている間に何があったのかは知らないが、とても心地よさそうに寝ている。私が寝る前までは火花を散らし合っていた二人だが、今の状況を見るにそれも解決したのであろう。

 

(……どうしよう)

 

 しかし、未だ問題点は存在している。この状況、私は起きているものの私の両腕を掴む二人は起きていない。無理に解こうとすれば、せっかく寝ている二人を起こしてしまうかもしれないし、何より危険が伴う場合もある。そういう理由で、私は迂闊に動けなかった。

 

(まあ……いいか)

 

 しかし、今私が起き上がる特別な用事とかがあるわけでもなく、ただ単に起き上がろうとして起き上がれなかっただけで、結局私は再び目を閉じようとする。俗に言う二度寝というやつだ。

 

(……っ!?)

 

 その瞬間、私の胸に途轍もない違和感を感じた。もっと具体的に言うと、私の胸が玄か宥の何方かの手によって揉まれたという事だ。何方が揉んでいるのかは布団で隠れているため分からないし、その布団も両腕が使えない今退ける事もできない。しかし、右側を揉まれているため恐らく私の右側にいる宥が揉んでいるのだろう。私の腕はまだ掴まれているので、恐らく私の腕を掴んでいる手とは反対の手で揉んでいると思われる。

 玄はそういうのが好きだというのを知っているから玄の場合では驚かなかっただろう。しかし、宥がやってくるとは思いにも寄らなかった。まあその宥は寝ているため、宥も玄と同じような趣味があるという事には繋がらないのだが。

 

(それにしても……んっ)

 

 こうしている今も、宥の私を揉む手はは止まる事を知らなかった。寝ているという事を考慮しても、それにしてはどんどん私の胸を弄ってくるし、尚且つ手つきがいやらしい。それに加えて私の今の格好は昨日の夜から変わっておらず浴衣姿。ほぼほぼ直で触られていると言っても過言ではなかった。かといって恥ずかしい声を上げるわけにもいかず、私は声を押し殺すしかなかった。早く宥が目覚めるか、この手が止まってくれるかのどっちかが起こってくれる事を願う事しか今の私にはできなかった。

 

(ちょ……く……玄も?)

 

 そう願っている矢先に、私に次の不幸が待ち受ける。今度は玄が宥が揉んでいる反対側の胸を揉み始めたのだ。これで姉妹仲良く私の胸を揉むという異様な状況が出来上がってしまった。姉妹の仲が良いのは良い事だが、かといって同時に胸を弄られている私はたまったものではない。

 単純に考えても、私はさっきの倍我慢しなくてはならない。さっきの時点で既にもうギリギリだというのに、今の状態で私が耐えられるわけがなかった。

 

「んっ……ちょ、やめ……」

 

 押し殺そうとするが、どうしても声が漏れてしまう。次第に我慢が利かなくなり、どんどん私の頭の中で焦りが大きくなってくる。 

 そうして私が「あ、これやばい」と思ったその刹那、私に救いが訪れた。

 

「すみませーん!玄さんいますか!?」

 

 外から玄と宥の事を呼ぶ声が聞こえてきた。室内のここでも聞こえるくらいの大きな声。その声の主を私は知っている。昨日玄と共に出会った穏乃の声であった。

 その穏乃の大きな声によって、宥と玄は目を開ける。それと同時に私は心の中で「穏乃、ありがとう」と感謝して松実姉妹のホールドから抜け出した。危なかった。あれ以上続いていたら多分私は果てていただろう。何をとまでは言わないが。

 

「うーん……この声はシズちゃん?」

 

 そう言って玄は欠伸をして起き上がる。宥も「おはよう……シロちゃん」と言って布団に包まりながら起き上がった。どうやら本当にただ寝ていた時の事故だったようだ。事故とはいえ、恐ろしい体験をしたものだ。

 そうして私は椅子に座って暫く気持ちを落ち着かせていると、玄が「え、もうこんな時間!?」と言った。

 

「どうしたの、玄ちゃん?」

 

「もう11時だよ、お姉ちゃん!」

 

 それを聞いた宥もびっくりしたようで、「そんなに寝てたんだ……」と言い、姉妹揃って慌てて部屋を出て行った。11時か……そろそろ私も行かねばな。そう思い私は出発の支度をして、浴衣姿から着替えた。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 出発の支度が済んだ私は、宥と玄に顔出しをしてから私はこの『松実館』を後にした。そうして『松実館』から出た私は、外にいた穏乃に「ありがとう。助かった……」と伝えてその場を去った。

 穏乃は何の事だかわからず首を傾げていたが、まあ知らぬが仏というやつだ。そもそも私は教える気などないのだが。寝ていたら松実姉妹に両腕を掴まれていて、それで胸を揉まれたなんて言えるわけがない。言えるわけがないし、言いたくもない。

 

 

「災難だった……」

 

 私は赤木さんに向かってそう呟いた。すると赤木さんは笑ってから、私に向かってこう言った。

 

【こういうの何て言うか知ってるか、自業自得って言うんだぜ……ククク……】

 

「何が自業自得なの……」

 

【自分の心に問いかけてみろ……】

 

 そうあしらわれた私は頑張って何かしたかを考えたが、結局なにも心当たりが思いつかなかった。

 考えても無駄さと悟った私は、駅へと向かう。次なる目的地、和歌山県へと行くために。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「辻垣内さんから聞いたわよ……また!?またなの!?」

 

 あれから二日後、和歌山県から岩手へ戻ってきた私を待っていたのは怒り状態の塞と胡桃であった。

 どうやら智葉は私が近畿で何をしてきたかをある程度知っているらしい。流石に『松実館』で何があったのかまでは無いと思うが、それでもバッチリ玄や穏乃や憧たちとメールアドレスを交換している事は既に知られていた。

 いったいどうやってそんな事が分かるのか……そして何故塞はそれで怒っているのか。それが気になって仕方なかった。

 

「別に麻雀打ってきただ「いいから黙ってる!」……はい」

 

 私も弁解をしようとしたが、胡桃の一喝によって遮られてしまった。さっきから正座をさせれて足が痺れそうになっているが、塞も胡桃も何故か私を許す事はなかった。




雑すぎい!
次回からは九州編になる予定です。
今後のスケジュールとして、
九州(二年夏)→関東(二年冬)→未確定(三年夏)→中部(三年冬)
といった風なんですけど、どうしましょうかね……三年夏……
第三次小瀬川争奪戦でもやりましょうかね((


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第160話 佐賀編 ① ライバル

今回から佐賀編です。
姉妹の次はリザべ組か……たまげたなあ……


-------------------------------

白水哩宅

視点:神の視点

 

(いよいよ明日、小瀬川が私のところにくる……)

 

 白水哩は自分の家で携帯を持ちながら、少しばかり顔を赤らめる。今日は中学校二年生の一学期最後の日。そして明日から夏休みに突入するのであった。その夏休み初日に、あの意中の人である小瀬川白望が来ると知った白水哩は、喜びと緊張が入り混じった何とも言えない気持ちに耽っていた。

 小瀬川白望が中学生になってから全国各地を転々としているのは他の所謂ライバル達から教えられて知っている。それを聞いたときは小瀬川白望が来たというライバル達の事をひどく羨んだものだ。しかし、今度は違う。今度は白水哩の番であった。先週辺りから小瀬川白望から「夏休み予定空いてる?」と聞かれ、とうとう今日「明日そっちに行くね」というメールが来たのであった。白水哩は佐賀で、小瀬川白望は岩手。東北と九州という超遠距離の関係だが、遂に明日小瀬川白望と会うことができるのだ。電話越しでの声でなく、メール越しの文章ではなく、生の。生の小瀬川白望と会う事ができる。白水哩は非常に明日が楽しみで仕方がなかった。

 

「ぶちょー?何ばしとっとー?」

 

 そんな携帯を持ちながらニヤついている白水哩に向かって、白水哩と同じ生立ヶ里中学に通っている、後輩でありパートナーである鶴田姫子が声をかけてきた。いきなり声をかけられた白水哩はびっくりして携帯を落としそうになりながらも、鶴田姫子に向かってこう言う。

 

「ど、どうした?姫子」

 

「ぶちょーってたまに携帯持ちながらニヤついてますよね……」

 

「そ、そうか?」

 

「あの"小瀬川白望"がこっちに来るんでしょたい?ぶちょーの目ば見れば分かるとばい……」

 

 鶴田姫子が若干ジト目になりながら白水哩に向かってそう言う。因みに鶴田姫子が白水哩の事を「ぶちょー」と呼んでいる理由は簡単で、白水哩はまだ二年生でありながらも部長に抜擢されているからだ。それほど白水哩は強かったのだ。

 まだ鶴田姫子は麻雀部に入って、白水哩と出会って三ヶ月程度しか経ってないが、その短い期間でも鶴田姫子は白水哩が強いという事は十分と思い知らされたし、心から尊敬している。

 そして、鶴田姫子は密かに白水哩に想いを寄せていた。だからこの短い期間の中で、鶴田姫子は白水哩に必死にアプローチを続けていた。その甲斐あってか、こうして家に呼ばれたり何処かへ出掛けるまでの仲になり、今では白水哩のパートナーになることができた。

 だからこそ、鶴田姫子は気に食わなかった。小瀬川白望という存在を。今も尚鶴田姫子に咎められた白水哩は顔を赤くしている。その赤く染まっている顔、それが悔しくて悔しくてしょうがなかった。顔を赤く染めている原因が自分でなく、小瀬川白望であると分かっているから。

 

(部長がニヤつくときはいっつも決まって"小瀬川白望"とメールばやり取りしとっとき……)

 

(それにいっつもその"小瀬川白望"の事ば話すときは嬉しそうにしとっと……)

 

 小瀬川白望が白水哩とどんな関係なのかは分からない。もしかしたら自分より長い付き合いかもしれない。だがそうだとしても、だ。例えどれほど長い付き合いだとしても、どれほど白水哩と仲が良かったとしても、自分と白水哩との絆に勝るものはない。そう信じている。

 しかし、白水哩が鶴田姫子にその"小瀬川白望"の事を話すときはいつも嬉しそうに話すのだ。だから気に食わなかった。自分にもなかなか見せない表情を"小瀬川白望"の事を話しているときに見せるなど。

 

(明日、どっちが部長に相応しいか決めるばい……!)

 

 そうして鶴田姫子は闘志を密かに燃やす。明日、小瀬川白望はこの佐賀県へ、今白水哩と鶴田姫子がいるこの白水哩の家へやってくる。どうやら鶴田姫子にとって憎き小瀬川白望はあろうことか白水哩の家に泊まるらしい。一応鶴田姫子も白水哩にお願いして泊まることとなっている。

 決着は明日。一歩も引けない戦いが始まる。そう思って闘志をギラつかせていた鶴田姫子であった。

 

-------------------------------

小瀬川白望宅

視点:神の視点

 

 

(……鶴田姫子さん、ねえ)

 

 小瀬川白望はまだ夕方にもなっていない昼間だというのに、ベッドの上で寝転んでいた。そうして小瀬川白望はふと鶴田姫子の名前を心の中で呟く。実際に会うのは初めてだが、鶴田姫子の事は小瀬川白望が二年生になってから白水哩に度々聞かされていた。

 鶴田姫子はどうやら一年生にして、あの白水哩も認めるほどの実力者のようだ。その事を知った小瀬川白望は、ますます佐賀県に行く事が楽しみとなっていた。

 しかも、その鶴田姫子は小瀬川白望と同じく明日、白水哩の家に泊まるらしい。

 

(……どれくらい強いんだろうか。まあ……面白くなりそうなのは間違い無さそう……)

 

 小瀬川白望は、ほぼ同時刻に鶴田姫子が自分に対して謎の闘志を燃やしている事も知らずに、そんな事を思っていた。

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ぶちょー!」

 

「何だ?姫子」

 

 鶴田姫子は白水哩に抱きついて、白水哩の事を呼ぶ。抱きつかれた白水哩は携帯電話を近くに置いて、鶴田姫子の事を見た。

 

「部長、明日は頑張るとばい!絶対に勝つ!

 

「お、おう……そうか」

 

 白水哩は謎の鶴田姫子の宣言に戸惑いながらもそう返す。何が原因で躍起になっているのかは白水哩には分からなかったが、まあ恐らく小瀬川白望に勝つという事なのであろう。何故そんなに意気込むのかは分からなかったが。

 

(そいどんが……実際姫子が勝てるかと言われればそれは厳しい……)

 

 白水哩は鶴田姫子にああ返したものの、実際に小瀬川白望に勝てるかと言われれば白水哩は首を素直に縦に振ることはできない。確かに鶴田姫子の実力は白水哩が良く知っている。そしてかなりの強者という事も分かっている。

 だが、それでも尚あの小瀬川白望は規格外の強さなのだ。一昨年の全国大会、白水哩は小瀬川白望の一回戦から決勝まで全ての試合を見てきたが、小瀬川白望だけが一人ズバ抜けていたとしか言いようがない。明日、恐らく小瀬川白望と麻雀を打つとなったら鶴田姫子を入れた三麻となるであろうが、例え三麻であろうとも、白水哩には小瀬川白望が負けるというのは想像できなかった。

 だが、それでは駄目だ。確かに小瀬川白望は最強という言葉で評してもいいくらいの強さを誇る。だが、白水哩にとっての小瀬川白望は意中の人であり、そして目標である。その目標と闘うというのに、今から諦めるようではいけない。

 

(頑張ろう……姫子)

 

 そう白水哩は心の中で呟いた。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「おはよう……哩」

 

 そして翌日、私は生まれて初めての飛行機に乗って有明佐賀空港に到着した。到着した私が空港から出ると、恐らく姫子さんであろう人物と哩を発見した。そういえば全国大会の時は苗字で呼んでたっけという事を哩を呼んでから思い出したが、まあ別に問題はないだろう。

 

「よ、ようこそ……佐賀県へ。白望……」

 

 




次回も佐賀編。
因みにこの時点ではまだリザベーションは会得してません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第161話 佐賀編 ② 宣戦布告

佐賀編です。
因みに佐賀弁は変換サイトを利用している部分があるので、正確ではないです。


-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

「どうしたの……哩。顔、赤いよ?」

 

(き、気安く私の部長の名前ば呼ぶな〜!)

 

 これがあの小瀬川白望。はっきり言って、私の目から見た小瀬川白望は常々聞かされている『恐ろしく強い小瀬川白望』には到底見えない。それどころかどこかぼんやりとした表情をしており、小瀬川白望の事を評価している部長には悪いが本当に部長に小学生の頃勝てたのかと疑いたくなるほどだ。

 この小瀬川白望のどこを部長は良く思っているのか。そこが私には分からなかった。しかし、実際に私の横にいる部長は顔を赤らめて小瀬川白望の事を見ている。

 

(一体アレの何がひやかんだか……)

 

 そう思っていると、小瀬川白望が"私の"部長の近くまで近寄る。私の中での緊張が高まる一方で、部長の顔はどんどん赤くなっていく。

 

「熱でもあるんじゃ……」

 

 すると、近くまで寄った小瀬川白望はそう言って部長の前髪を掻き上げ、額に手を当てた。なんという事だ。私は小瀬川白望のまさかの行動にびっくりしすぎて少し時が止まってしまった。

 

「な、なおんしゃれん!大丈夫……!大丈夫……」

 

 部長はそう言っているが、一向に額に当たっている小瀬川白望の手を跳ね除けようとはしなかった。

 

(わ、"私の"部長のおでこば触るなんて……)

 

 日常的に部長にベットリしている私でさえ、部長の首から上のゾーンは触れた事はない。畏れ多くてなかなかできない難題を、この小瀬川白望は最も容易くやってのけた。狙ってやっているのか、それともただの天然なのかは分からないが、どちらにせよ強敵だというのには変わりなかった。

 

「ぶ、部長!」

 

 私は咳払いをしてから部長の事を呼ぶ。それを聞いた部長は我に返り、小瀬川白望は部長の額にある手を退けて、私の事を見る。未だに部長の顔は真っ赤だが、それを差し置いて小瀬川白望は私の近くまで寄ってくる。

 思わず身構えた私だったが、小瀬川白望は手を差し出して私に向かってこう言った。

 

「鶴田……姫子さんだよね?」

 

「は、はい……そうですけど」

 

「私は小瀬川白望。……どう呼んでも構わないから。宜しく」

 

「……鶴田姫子。宜しく、小瀬川さん」

 

 私は渋々自己紹介をして小瀬川さんの手を握った。部長が少し羨ましそうな表情をしているのが横目で見えたが、気のせいという事にしておこう。そうして私は深呼吸をしてから、小瀬川さんに向かって指をさしてこう宣言した。

 

「絶対に勝つ……!覚悟!」

 

「……よく分かんないけど、麻雀でって事?」

 

 小瀬川さんは首を傾げながらそう言う。勿論麻雀でも負ける気などなし。だがそれ以上に恋の勝負も負けられないのだ。小瀬川さんに気があるのかは分からないが、悔しいが断言しよう。部長は確実に小瀬川さんに気がある。だからこそ、麻雀で叩きのめして部長の気を私の方に持ってくるという作戦だ。

 そんな事を私が考えていると、小瀬川さんは微笑してから私に耳元でこう囁いた。

 

「まあ……別に構わないけど」

 

 

 

 

「殺す気で行くよ」

 

 

「ーーッ!?」

 

 そう小瀬川さんに耳打ちされてから、私は息が荒くなり、そして心臓の鼓動が速くなっているのが確認できた。足は震え、体が動かない。なんだというのだ、この感覚は。さっきはこんな威圧感は感じなかった。別人……いや、人ですらない。そんな得体の知れない何かの片鱗に触れたような気がして、少しほど私は硬直した。そして私がようやく動けるようになったのは、部長に声をかけられてからであった。

 

「ん、大丈夫か?姫子」

 

 私は息を整えてから、部長に心配をかけないように平静を装って部長に返答する。

 

「だ、大丈夫ですなたぁー。部長、行きしゅうか。」

 

 そう言って震える足を強引に動かして、私と部長と小瀬川さんの三人で部長の家へと向かった。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

(うーん……ちょっとやりすぎちゃったかな)

 

 個人的にはさっきのはほんの挨拶程度だと思ってやったものであったが、どうやら結構ダメージは大きかったようだ。哩には上手く平静を装っているが、私にはバレバレである。

 まあ、宣戦布告された以上私も全力を持って闘う事には変わりない。そもそも哩がいる時点で、本気を出す事は決まっているのだが。

 

(そういえば、三麻……やった事ないな)

 

 そういったところで、私はまだ三麻というものをやった事がないという事に気づく。ルールは大体は把握しているが、実際にやった事はなかった。大抵赤木さんと打つか若しくは雀荘で四人打ちをするかなので、三麻はした事がなかった。

 まあ、ルールを把握しているのであまり大きい支障はなさそうだが。ハンデにすらならない些細な事であった。

 

「……ここばい。白望」

 

 哩がそう言って玄関のドアを開ける。私は「お邪魔します……」と言って哩の家に上がり込む。普通に広くて、中々快適そうな家だ。そうして哩の部屋らしきところに連れられた私と姫子は、哩が麻雀牌を持ってくるのを待つ。

 

「お待たせ。姫子、しろ……ッ!?」

 

 数十秒後、麻雀牌を持ってきた哩が部屋に入ろうとした瞬間、哩がコケそうになった。私は運良く哩に近い位置にいたため、瞬間的に立ち上がって哩の体を受け止める。麻雀牌が散乱する事もなく、哩も転ぶ事なく無事に事は済んだ。

 

「……大丈夫?」

 

「あ、あり、ありがとう……」

 

 哩は顔を赤くしながら私の腕に体を預けている。姫子が「部長、大丈夫やろか!?」と言うと、哩は体勢を立て直して「お、おう。大丈夫だ」と言い、麻雀牌を取り出す。

 

 

「始めようか。哩、姫子」

 

 私がそう言うと、哩と姫子の二人の表情は一変し、一気に真剣な表情となった。そうして萬子の二萬から八萬を取って、三人一斉に山を作り始めた。

 




次回から麻雀編です。
だから今回の字数の少なさも仕方ない……仕方ない……(涙目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第162話 佐賀編 ③ 普通ではない

佐賀編です。
最近の文字数の低下が悩み。


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:鶴田姫子 ドラ{3}

 

小瀬川白望 25000

白水哩   25000

鶴田姫子  25000

 

 

(一体さっきのはなんしゃったのか……?)

 

 鶴田姫子は先ほど小瀬川白望から受けた威圧に未だ捉われながらも、配牌を取っていく。はっきり言うと、鶴田姫子が受けた威圧は小瀬川白望からしてみればほんの序の口、片鱗にしか過ぎなかった。

 しかし、鶴田姫子も威圧だけで怯むほどヤワではない。そんな簡単に決意が揺らぐほど、白水哩に対する鶴田姫子の愛情は小さくはなかった。

 

(考えても仕方んなかばい……)

 

 鶴田姫子は深呼吸をして心を切り替え、配牌を開く。この一連の動作、何気ない事ではあったが、実は結構重要なこと。過去に捉われずに、ただ今この瞬間を全力で乗り越えようとするその心。それが小瀬川白望と闘う上で最低限必要な心構えであった。いつまでも前の事に気を取られてしまっていては、それこそ小瀬川白望の格好の的である。

 しかし、無論その心構えをしただけで小瀬川白望との闘いが優位になると思ったらそれは大間違い。その心構えはあくまで一時的なもの。小瀬川白望がやろうと思えば、いくらだってその心構えを崩せる。それに耐えられる程頑強な心構えであれば、小瀬川白望と良い勝負ができるかもしれないが、そんな屈強で頑強な心構えを持つ人間など、まずいない。鶴田姫子の心構えは、確かに常人が持つ事ができるのはそれほど多くはないだろうが、あくまで小瀬川白望と闘う上での最前提中の最前提。それに過ぎなかった。

 

鶴田姫子:配牌

{一②赤⑤⑦⑧⑧14667東西白}

 

 東一局の配牌、鶴田姫子の心構えとは裏腹に立ち上がりの配牌はあまり良いとは言えない。面子がなく、字牌が三つもある四向聴。いくら三麻である程度手は進み易いとはいえ、その条件は他の二人にも言えること。

 

鶴田姫子

打{西}

 

 鶴田姫子は手牌にあるオタ風の{西}を切り飛ばし、東一局が開始する。そして小瀬川白望のツモ番になる……と思われていたその矢先、小瀬川白望が声を発する。

 

「ポン」

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横西西西}

 

打{7}

 

 

(西鳴き七索切り……流石白望……開始早々に訳が分からんばい)

 

 白水哩は小瀬川白望の晒した{西}を見てそう心の中で呟く。この時、小瀬川白望は南家。場は東風であり、{北}は特例で全員の風牌。そう、小瀬川白望は唯一のオタ風である{西}を鳴いて行ったのだ。それも、一巡目から。

 一体、小瀬川白望には何が見えていて、何を考えているのか。白水哩には見当すらつかなかった。

 ここから予測できる小瀬川白望の手牌は、せいぜいチャンタか筒子か索子の混一色の二択。通常の場合この二択が妥当であろう。それが合理的だし、何よりその二択に行けないような手牌ならわざわざ{西}を鳴いたりする必要はない。

 

(くっ……!)

 

 しかし、白水哩は非常に悩んでいた。普通に考えればチャンタか他の役牌抱え。その二択で間違いはないはずだ。しかし、今目の前にいる小瀬川白望は違う。どう考えてもその"普通"で推し量ることのできない存在。もっと言うなれば、"普通"に最も遠い存在である。

 そんな彼女が、果たしてその"普通"の選択肢を取るだろうか。いや、だからといって小瀬川白望が必ずしも普通の選択肢を取らないというわけではない。裏の裏をかいてくる可能性だってある。だが、白水哩の第六感がそう告げていた。

 小瀬川白望の手は、確実に"普通"の手ではないという事を。

 

 

(やられる……)

 

 そう確信した白水哩は、徹底的にオリへと回る。通常ならば絶対有り得ない選択肢。だが、白水哩は確かめたかった。自分の第六感が的を得ていたか否かという事を。これを機に白水哩は一切の攻めっ気を失い、完全な守へと移行する。

 

 

(……チャンタか混一色、か)

 

 一方の鶴田姫子は、白水哩とは正反対の考えをしていた。四向聴スタートという事もあってか、鶴田姫子はオリたが、小瀬川白望の手牌はストレートにチャンタと混一色に絞った。そうして七巡目、鶴田姫子は{九}を掴んでくる。

 

(九萬……)

 

鶴田姫子

{一①②赤⑤⑧146689東白}

ツモ{九}

 

 チャンタの可能性が高い小瀬川白望にとって、この{九}は本来切ってはいけない牌。当然、鶴田姫子はこの{九}を手中に収めて、代わりに{6}を切り飛ばした。

 しかし、その瞬間小瀬川白望が手牌を両手で倒した。

 

 

「ロン……っ!」

 

「え……!?」

 

 

小瀬川白望:和了形

{一一一③③③⑨⑨⑨6} {横西西西}

 

 

「対々和三暗刻……満貫……」

 

 

(そぎゃん……対々和三暗刻だって……?そいぎあ西ば鳴かなければ役満だってあり得たそいぎなかか……)

 

 そう、この小瀬川白望の手牌、最初の時点で{西}を鳴かずにおいておれば役満も狙えた絶好の手牌であった。しかし、小瀬川白望はそんな事は気にもとめずにあっさり役満の可能性を捨て去った。白水哩は、やはりな。といった表情で小瀬川白望の手牌を見る。まさか役満を狙えた手牌を崩すとは思ってもいなかったが、どうやら白水哩の第六感は的中していたようだ。しかし、一方の鶴田姫子には不思議で仕方がなかった。何故あそこで鳴いたのか。わけが分からずにいた。

 

(流石に哩は鋭いね……)

 

 対する小瀬川白望は白水哩を見てそういった事を心の中で呟く。嘗て一度小瀬川白望と打ったことがあるだけに、そういった事は鋭い。もちろん鋭いだけでは小瀬川白望には勝てないのだが、何もできないよりかはまだマシであろう。

 そして今度は小瀬川白望は鶴田姫子の方を見る。未だに鶴田姫子はまだ小瀬川白望がどうしてあの変な打ち方をしたのか、気付いていないようだ。

 正直な話、小瀬川白望にとって今のはほんの小手調べ。これだけで参ってもらっては小瀬川白望とて困るのだが、まあこの場で教えてあげるほど小瀬川白望も甘くはない。

 

(どんどん行くよ……)




次回も佐賀編。
果たして姫子はシロとどこまで闘えるのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第163話 佐賀編 ④ 狩る側と狩られる側

佐賀編です。
文字数低下が著しいですね……


-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:小瀬川白望 ドラ{④}

 

小瀬川白望 33000

白水哩   25000

鶴田姫子  17000

 

 

 前局、小瀬川白望に三暗刻対々和という珍しい手に振り込んだ鶴田姫子は、心の中で未だに小瀬川白望の手に対して疑問を抱いていた。

 

(……どぎゃん思考ばすればあぎゃん手になる?)

 

 正直な話、それは小瀬川白望にしか分かるはずがなく、考えても答えは出ないのだが、それでも鶴田姫子にとっては難解なものであった。ただでさえ出会った時にあんな威圧を受けているというのに、こんな訳のわからない事をされては溜まったものではない。そうしていつしか鶴田姫子の疑念は、恐怖へと変わっていった。今目の前にいる小瀬川白望は、只者ではないという事を力づくで理解させられた感じがしてならなかった。会う前までは威勢良く叩き潰すだの絶対に勝ってやるなどと思っていた鶴田姫子だが、その威勢も完全に掻き消され、自分は潰す側ではなく、潰される側。狩るものではなく狩られるものであるという事を察した。今の鶴田姫子だからこそ理解できる。自分の愛して止まない白水哩が勝てなかった訳が。

 

(部長……)

 

 そうして鶴田姫子は白水哩の事を見る。いつも通りの平静を保っているかのようにも見えたが、しっかりと彼女の額には汗が噴き出ていた。あの白水哩がこんなにも焦っている姿を見るのも、鶴田姫子は初めてのことだった。絶対的エースであり、自身の目標としていた白水哩が、先ほどの一局だけでこんな状態になる。ますます小瀬川白望という存在の恐ろしさを痛感する。

 

(しかも次は小瀬川さんの親……)

 

 そう、次局……というよりこの局の親はタイミングが悪いことに小瀬川白望。白水哩でさえ小瀬川白望を止めれるかどうかは怪しい。恐らくこのままであれば小瀬川白望が永遠に連荘を続けて終了するであろう。

 

(私が和了らんと……)

 

 気持ちのリセット、とまでは行かずとも鶴田姫子は自分をわずかながらではあるが鼓舞し、配牌を開いていく。

 しかし、配牌を開いた鶴田姫子の顔は晴れない。前局に引き続きさほど良い配牌ではないというのが伺える。鶴田姫子はチラリと小瀬川白望の表情を見ようと小瀬川白望の方に視線を逸らした。

 

(えっ……?)

 

 そうして小瀬川白望の方を見た鶴田姫子は驚愕した。なんと小瀬川白望は点棒を取り出していたのだ。対局中に雀士が点棒を取り出すのは、点棒をやり取りする時か、リーチ宣言をする時かの二パターンである。今回のは後者だ。別にリーチ宣言そのものの行為が驚かれるものではない。ただ、そのスピードが尋常ではないほど疾いのだ。多分通常の人間よりも、何倍も。

 小瀬川白望は点棒を投げて、手牌を曲げて河へと放る。まさかのWリーチ。配牌の時点で聴牌していたという事は、天和だって有り得たという事だ。それほど、今の小瀬川白望の流れは良い。常人からしてみれば、それこそ何年かに一度。いや、それ以上の流れが小瀬川白望を後押ししている。

 

「リーチッ……!」

 

小瀬川白望

打{④}

 

 ドラ切りWリーチ。 もはやどれから驚けばいいのか分からないほど小瀬川白望がこの数秒の間にやった事は大きかったのだ。続いて白水哩のツモ番。白水哩はこの時非常に焦っていた。先ほどまでは表情には出していなかったが、今は一目で焦っていると分かるほど。この状況、何が白水哩にとって恐ろしいかというと、確実な安全牌がないという点だ。ただでさえ捨て牌を見ても全体像が見えない小瀬川白望の手牌にとって唯一の救いは安牌であった。しかし、今は安牌ゼロ。何も手がかりがないこの状況、捨て身で特攻できるほど白水哩は気持ち的に強くはない。

 しかし、今ここでやらねば誰がやるというのだ。小瀬川白望に闘わずしてこの勝負に勝てる訳がない。白水哩は目を閉じて深く息を吐いた。そして白水哩が目を開けたかと思うと、そのまま勢いで手牌にある{9}を切り飛ばした。

 

「……通し」

 

 小瀬川白望はそんな白水哩の方を向いて小さくそう呟いた。どうやら一発で振り込むというのは免れたらしい。そして次の鶴田姫子のツモ番も、意を決して打った{発}も小瀬川白望に通った。

 

(白望のツモ……!)

 

 そうして小瀬川白望のWリーチから一巡が経過し、小瀬川白望のツモ番へと移る。確かに白水哩と鶴田姫子は一発での振り込みは免れたが、ここでツモられてしまえば意味がない。Wリーチに一発ツモ。それだけで四飜が確定してしまう。雀頭に裏ドラが乗ればそれだけで跳満の6000オールとなる。注目の一瞬。小瀬川白望がツモ牌を盲牌すると、少しほどニヤリと笑った。ツモられたか、そう白水哩が思ったが、事態はここから急変する。

 

「……カン」

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏中中裏}

 

新ドラ表示牌

{発}

 

 

「「!!」」

 

 小瀬川白望の暗槓が炸裂する。しかも、それだけでなく新ドラが槓した{中}にモロ乗りという異常事態。一発はなかったものの、それを踏まえたとしてもこれで最低でもWリーチドラ4。跳満が確定してしまった。

 

「白望……」

 

 思わず、白水哩は小瀬川白望の名前を呼ぶ。流石小瀬川白望だという称賛の表情と、これはまずいという焦燥の表情が入り混じった複雑な表情で小瀬川白望の事を見る。

 対する小瀬川白望は白水哩の事を見てまたもやニヤリと笑った。まるで白水哩がどう対処してくるのかを楽しみにしているかのような感じで、白水哩に向かってこう言う。

 

「止めれるものなら、止めて見せてよ……哩」

 

 そう言って小瀬川白望は嶺上牌を切り飛ばす。未だツモる事ができていないのか、それとも意図して流れを捻じ曲げてツモらないようにしているのか。それは白水哩には分からないことであったが、白水哩は進むしかない。

 小瀬川白望という、難攻不落の要塞を落とすために。

 

 




次回も佐賀編。
明日はいつにも増して忙しい一日となりそうですが、頑張ります。
無理だったら活動報告で休載をお知らせしたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第164話 佐賀編 ⑤ 絆が生んだウイニングラン

佐賀編です。
なんとか間に合いました。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(とにかく、白望の親ば蹴らんばいと……)

 

 小瀬川白望のWリーチ一発ツモというどうする事も出来ない理不尽な和了こそなかったものの、今度はWリーチドラ4という新たな脅威が白水哩と鶴田姫子の前に立ちはだかった。しかも、最低でも親っ跳が保障されていて、裏ドラ次第では倍満、或いは三倍満以上にもなり兼ねない爆薬。白水哩と鶴田姫子は、その爆弾を解体せねばならない。一度手順を間違えればその時点でゲームセット。爆発四散してしまう。

 

白水哩:手牌

{一一②④④⑥⑧1335東西}

ツモ{東}

 

(また重なった……これが対子場ってやつか)

 

 白水哩の二巡目のツモは{東}。これで白水哩の手には対子が四つ。このツモによって白水哩は、通常の役作りにも、七対子にも移行できるようになった。

 しかし、これだけではまだ白水哩は安心しない。今この場が対子場であるなら、小瀬川白望の手牌にも対子が多いと十分に考えられる。となれば、裏ドラが乗るとしたら一つだけなどという事はなく、三つや四つ乗るという事も可能性としては無きにしも非ず、だ。

 

(まずいな……姫子どころか、私まで振り込めば一発で終わるって事も有り得るわけだ)

 

 今の鶴田姫子の点棒は17000。親の跳満は18000であるため、もともと鶴田姫子は振り込めない。これが前提であったのだが倍満はともかく三倍満となってくると白水哩が振り込んでもトンでしまう可能性がある。ツモならばとりあえず何方かがトブという事はないが、振り込めばトブ可能性は大いにある。

 

(ん……?)

 

 そういった状況整理をしていたところで、白水哩は自身に向けられる視線を感じる。白水哩が手牌から顔を上げると、鶴田姫子が白水哩に視線を送っていた。

 

『部長、援護するばい!』

 

 そうして鶴田姫子は視線で白水哩に意思を送る。まだまだ鶴田姫子と出会って日は浅いものの、鶴田姫子とは固い絆で結ばれている白水哩がその意思を受け取れない事などなかった。

 そうして鶴田姫子の意思を汲み取った白水哩は鶴田姫子に向かって微笑み返すと、手牌から{西}を切り出した。

 

(二人がかりが卑怯じゃなかとは言い難いけど……こっちも白望、お前ば止めるので必死なんだ)

 

 確かにこの状況、白水哩と鶴田姫子が結託して小瀬川白望と闘う構図になるであろう。だが、それも仕方のないことなのかもしれない。一人はおろか、三人がかりになっても勝てるかどうか分からない。それが小瀬川白望なのだから。

 しかし、白水哩と鶴田姫子の友情が自然と牌を引き寄せるのか、はたまた鶴田姫子が白水哩の願いに呼応して牌を操作しているのか、それは定かではなかったが、鶴田姫子は次々と白水哩が鳴ける、つまり白水哩が対子としている牌を引いてくる。

 白水哩もその事は感覚でなんとなく察知している。鶴田姫子もまた、自分がツモった牌は白水哩が鳴ける牌であるという事を承知している。これも二人の心が通じ合っているからこそ出来る芸当であろう。

 

鶴田姫子

打{⑧}

 

「……」

 

 そして運が良いことに、未だ白水哩、鶴田姫子が小瀬川白望のロン牌を放たずに手を進める事ができており、小瀬川白望も肝心の和了牌をツモれないでいる。

 そうして七巡目、白水哩の機が熟す時。

 

白水哩:手牌

{一一九①④④⑥1335東東}

ツモ{7}

 

 

(来た……!)

 

 白水哩が{7}をツモってくる。一見、未だバラバラのようにも思える。事実白水哩の手牌は三向聴であり、七巡目にしてはまだまとまっていない手牌。しかし、それはあくまでも見かけ上の話だ。先ほど言った通り、鶴田姫子は白水哩が鳴ける牌を持っている。詳しく言うと{一、④、東}。つまり三回鳴ける事ができるのだ。三向聴とはいっても、実質聴牌しているようなものなのだ。しかも、白水哩が関係なさそうな{7}を望んでいたのは、聴牌時に鶴田姫子が持っている{6}で和了れる、{57}の待ちを作るため……!

 これまでこの七巡という、小瀬川白望がWリーチをかけてると考えると決して短くはない、むしろ長い時間を費やしてチャンスを作る下準備をしてきた白水哩と鶴田姫子が今、ようやく小瀬川白望へと仕掛け出る。小瀬川白望のWリードラ4という闇を取り払うべく、今動き出す。

 白水哩が手牌にある{1}を切り、鶴田姫子に視線を送る。鶴田姫子もそれに頷き、ツモった牌を手中に収めて{1}を切る。白水哩は深呼吸してから目を見開き、発声する。

 

 

「……ポンッ!」

 

白水哩:手牌

{九①④④⑥3357東東} {一一横一}

 

打{九}

 

 

 これで一副露目。この鳴きが白水哩と鶴田姫子による意図的なものと気付いているのかどうかは定かではないが、この時点で小瀬川白望の表情に変化は見られない。白水哩と鶴田姫子は知ったことかと言わんばかりに二回目の副露へと移行しようとしていた。

 

(部長、受け取ってくんしゃい……!)

 

 そして鶴田姫子は{④}を切る。これも当然の如く白水哩が鳴く。まだ小瀬川白望の表情は変わらない。

 

「ポン!」

 

白水哩:手牌

{①⑥3357東東} {④④横④} {一一横一}

 

打{⑥}

 

 

 二副露目。此の期に及んでまだ小瀬川白望は表情を変えない。しかし、まだこれで終わりではない。白水哩はそんな小瀬川白望の事を見て少しばかり嗤う。その無表情がいつまで貫けるのかを楽しみにしているぞ、そういった事を考えながら、ツモ番を鶴田姫子へと回す。

 

鶴田姫子

打{東}

 

 もちろん、鶴田姫子はツモった牌を放つわけもなく、手牌にある{東}を切る。三副露目の{東}。小瀬川白望のWリードラ4を封殺する{東}を。白水哩は手中にある{東}を倒し、宣言する。

 

「ポン!!」

 

白水哩:手牌

{①3357} {東東横東} {④④横④} {一一横一}

 

 この間わずか十数秒間。しかし、その十数秒間で白水哩は勝利への階段を駆け上がった。そして小瀬川白望に追いついた。いや、追い越した。そしてあとは勝利のウイニングランを終えるだけ、そう思っていた白水哩であったが。

 

「……」

 

 対面に座る小瀬川白望は小さく笑っていた。まるで白水哩が罠にかかっていると言わんばかりに。




次回も佐賀編。
さて、シロが笑っていた理由とは!?((


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第165話 佐賀編 ⑥ たかが勘、されど勘

佐賀編です。
今回で麻雀編は終わりです。最近雑っぽくなってしまい申し訳ありません……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(あ……?)

 

 白水哩が手牌から{①}を切り出そうとした時、ふと小瀬川白望が笑っている事に気付いた。思わず{①}を持つ手が止まる。何故、此の期に及んで小瀬川白望は突然笑ったのだろうか。切ればそれで白水哩がやるべき事は終了し、後は鶴田姫子が{6}を切って終わりだ。

 それで終わり。そのはずなのに、白水哩の右手は動かなかった。白水哩の体に異様に絡み付くこの悪寒。いったいどうしたものか、白水哩は視線を小瀬川白望から右手に持つ{①}へと移す。見掛け上は何ら変哲もないただの{①}。しかし、白水哩にはその{①}が悪魔の象徴に見えて仕方がなかった。白水哩の次のツモ番である鶴田姫子は、もう既に{6}を切ろうと心の準備をしていたというのに、白水哩がなかなか動かないのでただただ不思議そうに鶴田姫子は白水哩の事を見ている。

 当然の事ながら、白水哩にはこの{①}を切る他に道がない。ただでさえ三副露をしているため、融通の利かないこの手牌で流局まで逃げ切るのはほぼ不可能だ。そして何よりここでオリるという事は小瀬川白望に和了を譲る事と同義である。オリるにオリれないこの状況。しかしこの{①}は危険な香りがする。そういった決断を白水哩は強いられていた。

 確かに、この{①}。何度も言うように何の変哲もないただの{①}だ。小瀬川白望が最初にリーチをかけている以上、何かトラップを仕掛ける猶予は無い。これは断言できる。それにこの{①}は対局が始まってからずっと持っていたものではなく、途中でツモってきたもの。普通に考えれば、最初から持っていた牌よりも後からツモってきた牌が狙われないというのは当然の考え。しかし、今白水哩の目の前にいる小瀬川白望に、そんな当たり前、当然のことは通じない。通じるわけが無い。だから小瀬川白望が白水哩が後からツモってきた{①}を狙っている可能性も、無い話では無いという事。そう考えれば、この{①}は危険だ。むしろ、最有力候補と言っても過言では無い。故に、オリたほうが賢明であろう。

 しかし、白水哩は自分の右手で掴んでいる{①}を振り上げる。

 

(確かに、この一筒は何やら危険な気配がする……)

 

 

(……ばってん、オリはなか!)

 

 

 そして、白水哩は{①}を河へと叩きつけた。確かにこの場面は聴牌を崩すのが正しいようにも見える。しかし白水哩にはWリードラ4が見えていた。悠長にしていれば、小瀬川白望にツモられる可能性だってある。ならば白水哩は進むしかなかった。

 この決断、どちらが正しかったのかは誰にも分からない。小瀬川白望の手牌が見えない以上、どれだけ考察を加えても答えは出ない。出るわけが無い。ならば、ここは自分の勢いに身を任せる。それしか方法は無いであろう。

 

 

 

「ロン……」

 

 

小瀬川白望:手牌

{九九九①⑥⑦⑧222} {裏中中裏}

裏ドラ表示牌{発}

 

「Wリードラ4……裏4。三倍満……トビだね」

 

 しかし、それでも小瀬川白望を越えることはできなかったわけだが。白水哩は驚愕して小瀬川白望の手牌を見る。いや、確かに白水哩はさっきそんな気がしていたのだが、それでも本当にそうなるとは思っていなかった。もしかしたらあるであろうという机上の空論程度と思っていた事が、現実になってしまったのだ。

 そして鶴田姫子も、山まで伸ばしていた手を止めて小瀬川白望の事を見る。鶴田姫子はてっきり自分がツモって{6}を切って終わりだと思っていたので、突然の和了に困惑している。

 小瀬川白望はそんな白水哩と鶴田姫子の方を見て、説明するような口調で話し始める。

 

「……焦りすぎたね、哩」

 

「本来ならば、あそこは手牌が制限されても構わないからまだ我慢しておくべき……{①}に何かがくっつくか{①}単騎になるかを待つべきだった。確かに私にツモられる可能性も無くはないけど、さっきの時点で迷いが生じるならもう一巡か二巡回すべき……それが妥当。事実哩も一度はそう考えていた」

 

「……だけど、それでも哩が一筒を切ったのは、私のドラ4が見えていたからでしょ?」

 

 そう言われた白水哩はびっくりしながらも「あ、ああ」と返事をする。小瀬川白望はそれを聞くと「やっぱりね」と言って話を続け始めた。

 

「実はそこが分岐点……このドラ4が見えていなければ、多分哩は聴牌を取らずに回していた……言うなればこのドラ4は毒」

 

「それ故哩は焦った……目の前のWリードラ4をどうにかする事しか考えられなかった。……わずかに覚悟に欠けているあの状態。意識、精神、感性。それらが目覚めていなかった……だからこそ、だからこそ哩は振り込んだ」

 

「それに、私の一筒単騎は全然トラップなんかじゃなくて、むしろ偶然に近い」

 

「えっ?」

 

「流石に私といえども、未来は見えない。……まあ、自分の直感を信じてそれに近いことはできるだけって話。今のもそう。簡単に言ってしまえばただ一筒の方が和了れる。そんな勘に身を任せて、後は哩が迷うように誘導した。そしてその結果哩が振り込んだ……ただそれだけの話」

 

 言うなれば、小瀬川白望の{①}単騎は{①}を待っていたというよりも、白水哩から{①}が溢れる偶然。偶然の機会を待っていたのだ。

 一見すると、ただの運任せかと思うかもしれない。だが、事実当たってしまうのだから仕方ない。たかが勘、されど勘。そもそも、常人との勘の精度、純度が違いすぎるのだ。故に、常人と小瀬川白望の勘を一緒にしてはいけない。

 

「……そうか」

 

 白水哩はふっと笑うと、脱力したのか椅子の背凭れに身を任せる。小瀬川白望も同じようにダラけるような姿勢になろうとしたその刹那、鶴田姫子が小瀬川白望に向かってこう言う。

 

「も、もう一回ばい!!」

 

 小瀬川白望は驚いて目を見開いて鶴田姫子の方を見る。鶴田姫子は白水哩と共闘したのにもかかわらず憎き小瀬川白望に完膚なきまでに叩きのめされて悔しかった。

 

「別にいいけど……手加減しないよ?」

 

 そう言ったことを小瀬川白望は鶴田姫子に向かって言うが、鶴田姫子は胸を張って小瀬川白望に宣言する。

 

「次は勝つ!」

 

 そうして宣言した数十分後、卓には散々小瀬川白望に直撃を取られた鶴田姫子が突っ伏している姿となったそう。

 




次回も佐賀編。
とうとうシロの誑し能力が姫子を襲います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第166話 佐賀編 ⑦ 繋がる

佐賀編です。
文章量は多いが雑な事には変わり無い。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「結局、一回も勝てなかった……」

 

 最後の対局が終わり、私が立ち上がると対局終了時に雀卓に突っ伏した姫子が突っ伏したままそう呟く。それを聞いた哩は笑ってから、姫子に「そりゃあ、あの白望ばい。勝てる方がおかしか」と言って姫子の頭を撫でた。撫でられていた姫子は涙目になりながらも起き上がって「ぶ、部長ー!」と言って哩に抱きつく。そして抱きつかれた哩は姫子に向かってこう言う。

 

「白望ば何度も相手にして、そぎゃんに元気なら上出来ばい。泣く必要なんてなか……」

 

「だって……だって……部長は私より白望さんの方が好いとるんでしょ?」

 

 そう姫子に言い放たれた私と哩は噴き出す。びっくりした。姫子が突然何を言ったかと思えば、哩が私の事を好き……?思わず咳き込んでしまった。

 

「そぎゃん事なかよ……私は姫子も大事だと思ってっと」

 

 私が何か言おうとする前に哩が姫子に向かってそう言う。しかし、姫子は聞く耳を持たずに哩から離れて、哩に向かって「嘘だ!私がさっき言った時部長は満更でもなか表情ばしてた!部長の嘘つき!」と言って部屋を出て行ってしまった。私と哩が呆然と姫子が出て行ったドアの方を見ていると、哩が咳払いをしたあと、私に向かってこう言ってきた。

 

「あー……悪いな、白望。姫子がヤキモチ妬いとるみたいで……」

 

「いや、大丈夫。……姫子が何処に行ったか見当つく?」

 

「……多分、寝室ばい」

 

 私は「分かった」と言って部屋のドアを開ける。哩は「私も行った方がよかか?」と私に向かって言ったが私は「うーん……多分、私一人で十分だと思う」と哩に向かって言う。哩は「……分かった。麻雀牌、片付けておくばい」と言って卓上にある麻雀牌を片付け始めた。私はそんな哩を置いて寝室の方へと向かう。

 そうして私は寝室のドアの前まで来ると、私はドアをノックしてから扉を開ける。扉を開けた向こうには、明かりのついていない暗い部屋の中で蹲っている姫子がいた。

 私は「姫子」と言って蹲る姫子へと近づく。私に呼ばれた姫子は少しほど驚きながら私の方を見た。何か言いたそうな表情をしていたが、私は姫子の近くまで近寄り、蹲る姫子の顔の位置と私の顔の位置が一直線上になるように屈んで姫子にこう言った。

 

「後輩想いの先輩で、よかったね」

 

「え?」

 

 姫子は突然の私の話にびっくりして目を丸くして私の事を見ていたが、私は気にせず話を続ける。

 

「私がこの佐賀県に来る前から、姫子の事は哩から聞かされてた」

 

「それが……」

 

「メールをやり取りしている最中でも、電話をしている最中でも……とにかく哩が中学二年生になってから私と話す時は必ずと言って良いほど、哩は姫子の事を話題に挙げていた」

 

「それも、その時の哩はいつも嬉しそうに話すんだ。……姫子から見た私と哩の関係がどう見えたのかは分からないけど、少なくとも哩は姫子の事を大事に思ってるよ」

 

 そう私が言うと、姫子は再び顔を埋めて下を向く。私は直ぐに姫子が涙を流している事に気づき、姫子の事を抱き締めた。

 

 

-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

(何で……何でこの人は私にこぎゃんと事……)

 

 私が涙を流している時、白望さんに抱き締められた。私の白望さんに対する敵対心が、完全に一方的な嫉妬であると気付かされた今だからこそ分かる。何で白望さんはそんな一方的な嫉妬をぶつけられていたと言うのに、その私にこんな事をしているのだろう。変な恨みを持たれていたというのに、どうしてこの人は私に優しくできるのだろう。

 そして、どうして私はこの状況を心地良く思っているのだろう。誤解(?)が解けたとはいえ、ほんの数秒前までは目の敵にしていた白望さんを、どうして私は受け入れてしまっているのだろう。そもそも私には部長という存在がいるというのに。どうして、どうして、どうして……何もかも、分からない。分からない事だらけであった。

 

(でも……もうちかーとばっかいだけこのままでもひやかそいぎろか……なんて)

 

「……ん」

 

 そんな事を考えていると、白望さんは何かに気づいたようで私を抱きしめていた手を解いた。そう思っていた直後に解かれた私は少しほどムッとしたが、白望さんは気にせず私の後方にある私のバッグを指差してこう言う。

 

「……なんかバッグの中から出てるけど、あのバッグってもしかして姫子のバッグ?」

 

 そう言って白望さんは私の後方にあるバッグへと向かう。まずい、確か私のバッグの中にはもし白望さんが部長に何かしようとした時用に手錠を持ってきているのだった。別にもうそんな心配は必要なくなったのだが、この状況で白望さんに見られるのは非常にまずい。いや、まだバッグの中から出ているのが手錠とはまだ決まったわけではないが、もし手錠だったら目も当てられない。

 そう思って振り返ってバッグの中から出ているものを確認しようとすると、そこには手錠が置いてあった。部屋の電気がついていないが故に視認するのは難しいが、私の持ち物の中であれほど丸い物は手錠しかない。

 

「見え辛いなあ……」

 

 そう言って白望さんが手錠に手をかけようとした時、私は咄嗟に手錠に向かってダイブした。一瞬躊躇してしまったため既に白望さんは手錠を手に持って「何だこれ?」といった風に見つめている。だが、部屋が暗いためまだ手錠とはバレていない。バレてない事を祈る。そう思って手錠へ飛びつこうとするが、

 

(あっ……)

 

 運が悪い事に、私は飛びつこうとした瞬間、足を滑らせてしまった。足を滑らせた私はノンストップで白望さんの元へと飛んでいく。白望さんも咄嗟に避けれるはずがなく、そのまま衝突してしまった。そして衝突した白望さんは床に尻餅をついてしまい、私は白望さんの上に乗っかる形で倒れる。

 

「いてて……」

 

 そう言って白望さんは起き上がろうとするが、運がいい事に手錠は手の平から無くなっていた。しかし近くには手錠の鎖が見えている。という事はまだ近くにあるという事。急いで捜索しようと立ち上がるが、右手だけ異様に動かなかった。いや、動く事には動くのだが、ある一定の距離以上からは全く動けなかった。私は思いっきり右手を引っ張ると、それと同時に白望さんの手が引っ張られた。

 

(えっ……?)

 

 暫く思考が停止したが、直ぐに私は自分の右手……厳密に言うと右手首から下の部分を見る。するとそこには、私の探していた手錠があった。ただし、私の右手首から下にかけられていた状態で。そうして白望さんの左手首から下を見ると、予想していた通り手錠がかけられていた。そう、もしかしなくても私と白望さんは手錠を通じて繋がれてしまったのだ。よもや、あの衝突が原因で。有り得ない話だが、実際になっているのだから何も言えない。

 

「……何これ、手錠?」

 

 白望さんは疑問そうに白望さん自身にかけられている手錠を見て、私の方を向いた。私は戸惑いながら「えっ、いや……その、あの……」と言い訳を考える。

 その瞬間、私の中で光明が見える。そうだ、この手錠を外せばいいという事に。流石にどんな手錠であろうとも、鍵がない手錠など存在しない。それに私はこの手錠の鍵のありかを知っている。が、

 

(鍵は確か私の机の中……)

 

 そう、ここは部長の家。私の家ではない。あろう事か、私は手錠の鍵を持ってきてはいなかった。再びどうしようか悩んでいる最中、廊下の方から階段を上がってくる音が聞こえた。今この部長の家のいるのは私と白望さんを除けば部長のみ。部長にこんな姿を見られれば、確実に私は危ない人間と認定されてしまう。それに何より自分が持ってきた手錠に自分でかかるという事自体が恥ずかしい。

 

「どうしたら……」

 

 私は白望さんに何か良い案を出してくれないかと思い懇願する。いや、鍵が無い時点でもうどうしようも無いのだが、白望さんならどうにかしてくれるかもしれない。そんな根拠の無い淡い期待を寄せたが、白望さんはただ一言私に向かってこう言った。

 

「……ダルい」




次回も佐賀編。
果たして手錠で繋がれた二人の運命は……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第167話 佐賀編 ⑧ 三人仲良く

脳死しながら書いた&時間が少なかったので過去最大級に雑になってると思います。



-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

「だ、ダルいって……」

 

 私は思わず白望さんの肩を揺さぶる。いや、ダルいで済む話ではないだろう。この状況……もし部長に見られたらと考えると想像しただけでも恐ろしい。確実に自分がそういう系統の性癖を持っているものと思われてしまう。何より自分で手錠にかかったなど言えるわけがない。恥ずかしすぎる。

 そう心の中であたふたしていたが、現実は非情なようでとうとう廊下から聞こえてくる階段を上がる音は聞こえなくなった。当然の事ながら、いなくなったわけではない。階段を上り終えたという意味だ。そして階段を上がる音はすぐさま地面を歩く音に変わって廊下から聞こえてくる。絶体絶命。もうどうしようもできなかった。

 

「姫子、白望……?」

 

 部長はそう言って部屋の扉を開ける。ああ、もうダメだ。これは終わった。そう思って私は呆然と開く扉を見ていた。

 

 

「姫子、すまなか。私はお前の気持ちば分かってなかっ……?」

 

「ぶ、部長……」

 

「哩……どうしよ。これ」

 

 白望さんはこんなトラブルに巻き込まれているのに相変わらず無関心そうに、私は若干涙目になりながら部長の事を呼ぶ。部長は私と白望さんの事を驚きつつも見てから、手をポンと叩いて私と白望さんに向かってこう言った。

 

「そういうプレイ……?」

 

「ち、違います!」

 

「何言ってんの……」

 

 私と白望さんに部長に向かってそう言うと、部長は「そいぎあ、どうしたらそぎゃん状況に……」と言ったが、そんなもの私にだって分からない。そんなあたふたしている私を横目に白望さんは部長に向かって「さあ……?」と言った。

 

「それでこの手錠、姫子のか?」

 

「……はい」

 

「……鍵はあるのか?」

 

「家です……」

 

 それを聞いた部長は少しほど悩むと、「じゃあ……姫子の家も遠いし、とりあえず今日はそのままにしとき」と言った。私はもっと部長に幻滅されると思っていたのに、部長はあっさりとおしまいにしてしまった。

 

「……部長?」

 

「どうした、姫子?」

 

「どうしてって……部長、気持ち悪いと思わんやろか?こぎゃんと手錠ば持ち歩いて……」

 

 それを聞いた部長はふふっとハナで笑うと、私に向かってこう言った。

 

「例え姫子がどぎゃん人間であろうとも……姫子は姫子。私は姫子の事ば愛してるよ」

 

 そう言われた私は顔を赤くして、「部長ぉ〜……」と言って抱きついた。言った本人である部長も顔を赤くして、抱きついている私のことを見ていた。隣にいる白望さんはいきなり抱きつきに行った私に引っ張られながらも、微笑ましそうに私と部長の事を見ていた。そして白望さんは私に向かってこんなことを言う。

 

「……別に、このままで生活するのはいいけどさ」

 

「どうしとった?白望さん」

 

「お風呂とかお小水とかどうするの……?」

 

 それを聞いた私は思わず「あっ」と口に出してしまう。そうだ。さっきまで部長の事しか頭になかったが、この状況は色々とマズい。お風呂も別々に入ることなんてこの状況じゃ無理だし、トイレもどちらかが行くときはもう片方も行かなければならない。完全に悪い意味での二人三脚の生活であった。

 

「……二人で入らんといかんね」

 

 部長が私の代わりに白望さんに言う。白望さんはため息をつきながらも、「仕方ない……姫子、大丈夫?」と言ってきた。いきなり面と向かってそう言われて、私の少し顔が赤くなる。あの一件があってから、色々と私は白望さんの事が気になって仕方ない。私が部長に思う気持ちと、同じような気持ちが白望さん相手に感じてしまう。

 

「そ、そうやね……」

 

 私は顔を逸らしながら白望さんに向かってそう言う。そんな顔を赤くする私を部長が見ながら「姫子が嫉妬する理由、今なら分からなくもなか……確かにどっちも羨ましいばい」と言ってきた。確かに私も、今の部長の気持ちはわかる。部長という存在がいるにも関わらず、私は今白望さんの事も気にかかっている。つまり、簡単に言えば浮気状態であった。世間一般的に浮気というものは否定的に見られる。私も浮気なんて最低だと思っていたが、今思うとその気持ちは分からなくもない。まあ私と部長のはちょっと他のパターンとは違くて、どちらも互いに浮気を公認しているようなものだが。

 

「まあ……部長、白望さん。三人で仲良くやっていきしゅうばい」

 

 そう言って私は手錠の掛かってない左手で部長の手を持ち、部長と白望さん丹向かってそう言った。部長は少し恥ずかしがりながらも「そ、そうやね……」と言った。白望さんは少しほど困惑しながらも「ダルい……」と言ってぐったりする。まあ相変わらずと言ってしまえば相変わらずの反応なのかもしれないが。

 

「じゃあ……どないする?姫子、白望。そろそろ昼食にするか?」

 

 部長は改めて私と白望さんに向かって言う。私と白望さんは頷くと、手錠がかけられているが故に体を接近させながら部屋を出て、階段を降りる。階段を下る時、白望さんの体が間近にある事に若干恥ずかしがりながらも嬉しく思うが、その直後に私と白望さんに待つ最初の試練があるとは思いにも寄らなかった。




次回は佐賀編です。
次回こそもっとちゃんとした時間を確保して書きたいですね……
まあ明日は平日なんですけどね……(絶望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第168話 佐賀編 ⑨ あーん

昨日は急な休載で本当に申し訳ありませんでした。
モチベーションも昨日に比べれば格段に上昇したので、今日から続けていきたいと思います。



-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

「姫子と白望はそこの椅子に座って待ってて。昼食の支度は私がやっと」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ありがと……」

 

 私と手錠で繋がれた白望さんは椅子に座って昼食の支度を始める部長を見届ける。手錠で繋がれているため何をするにも二人で行動しないといけないし、何より私が手錠で繋がれいるのは右手。右手も満足に使えないようでは食器すら使えない有様である。手伝いたい気持ちはあるが、絶対に足手まといになるため、ここは我慢するしかない。

 隣に座っている白望さんは、手錠に繋がれているという超異常な状態におかれているはずなのに、まるでそれが普通の状態であると言わんばかりに寛いでいる。部長も部長で、あっさりと今の状態を受け入れているし、この異常な空間は自分が招いたはずなのに、何故かこの状況の中では自分が一番常識人に見えてきて仕方がなかった。

 

「何かリクエストあるか?」

 

 そう私が考えていると、部長が私と白望さんに向かってそう質問してきた。この状況下で特別何か食べたい物などあるはずもなく、「部長のお任せでお願いしますばい」と答えた。隣に座る白望さんも、「じゃあそれで……」と言って再度凭れ掛かった。

 それを聞いた部長は、「そいぎあ簡単なチャーハンでよかか」と言ってエプロンを装着する。久々に見る部長のエプロン姿。こういう状況でなければ、きっと私の気分は最高であっただろう。

 そうして部長がチャーハンを作り終え、私と白望さんの目の前にチャーハンが盛られた皿とスプーンを置く。部長は「それじゃあ私は部屋の掃除ばしてくる。二人で食べな」と言って先ほど私たちが麻雀をしていた部屋へと行った。そして部長の手作りチャーハンを出された私と白望さんは「いただきます」と言って目の前にあるチャーハンを食べようと右手を動かしてスプーンを取ろうとした私だが、右手が良いように動かない事に気付いた。

 

「あっ……」

 

 そこで私は、白望さんと手錠で繋がっている事を思い出した。そうだ。さっきまで皆が何事もなかったかのように振る舞っていたため忘れかけていたが、今自分の右手は満足に使えない状態であった。当然、左手だけで食べる事も利き手的な意味にしても、礼儀的な意味にしても食べる事ができなかった。

 白望さんも白望さんで、手錠で繋がれているのは左手だが、鎖の部分が短いため皿を左手で支えたり持ったりすることができず、不便なために食べる事ができなかった。私が白望さんの事をどうしようかという風に見るように、白望さんもどうしようかと言わんばかりに私の方を見る。そして暫くの間悩んでいた二人だったが、ここで白望さんがある事を思いつく。

 

「姫子はさ、右手が使えないんでしょ?」

 

「は、はい」

 

「じゃあ、私が姫子の右手の代わりをやるよ。その代わり、姫子が食べ終わったら少しだけ私の左手を動かせるように、姫子の右手をうまく動かしてよ」

 

「……えっ?」

 

 白望さんがとんでもないことを私に向かって告げる。白望さんは狙ってかそれとも天然なのかは分からないが、『右手の代わりをやる』という事はつまり白望さんが私にチャーハンを食べさせる、いわゆる「あーん」という恥知らずのカップルがやるものだ。いくら白望さん相手とはいえ、「あーん」をまともにできるほど私は恥知らずではない。部長相手でもちょっと厳しいほど、これは恥ずかしい行為であるのだ。そんなこの上なく恥ずかしい案であるが、白望さんは自分で思いついたこの謎の案を実行すべく、私の目の前に置いてあったスプーンを手に取り、チャーハンを掬う。そしてチャーハンが上に乗っかってある状態のスプーンを私の口の前まで持ってきて、「口、開けて」と言ってきた。

 さっきも言った通り、この上なく恥ずかしい行為ではあるが、ここで折れてしまってはこの先やっていけない。こういう恥ずかしい行為が少なくとも夕食の時にもあるし、トイレの時、果てにはお風呂や睡眠の時にもあるのだ。この関門たちを乗り越えるためにも、ここらで現状に慣れておいた方が良いだろう。

 まあ、この状況はあくまでも自分が招いたこと。自業自得であろうと自分に言い聞かせながら、口を開ける。私が口を開けるのを確認した白望さんは、手に持っているスプーンを私の口の中へと運ぶ。そうして白望さんがスプーンを口の中で静止させたのを見た後、私は口を閉じる。私がチャーハンを味わい始めたのを同時に、白望さんはスプーンを私の口の中から引き抜いて、直ぐさま皿に盛られてあるチャーハンを掬う。

 

(パラパラしてる……)

 

 こういった状況であるが、チャーハンは普通に美味しいのは確かだ。俗に言うベットリとしたチャーハンではなく、ちゃんとパラパラしていて美味しい。流石部長だと心の中で呟き、チャーハンを胃の中へと運ぶと、既に待ち構えていたかのようにして私の口の前で静止しているチャーハンを白望さんに運んでもらうべく口を開ける。二回目にして、この一連の動作にはもう慣れ始めてきた。最初は恥ずかしくてどうしようかと頭を抱えていたが、案外やってみれば慣れるものだ。……いや、実際はあまりの恥ずかしさにただ吹っ切れているだけなのだが。

 そうしてチャーハンを食べる、もといチャーハンを食べさせてもらうこと早十分。流石に食べさせてもらっているため食べる速度は普通に食べるよりも遅い。そんなに多くない量のはずなのだが、見た限りこれでもまだ半分以上は残っているだろう。

 そんな今までの事に比べれば随分と平和な悩みについて考えていた私の思考は、部屋の掃除を終えた部長の一言についてストップする。

 

「ふ、二人して何やっとるんだ!?」

 

「あ、哩」

 

 部長は顔を赤らめて私と白望さんの事を見てそう言う。私は突然の事に思考がストップし、チャーハンを食べさせてもらうべく開けた口が塞がらなかった。

 こんな状況でも白望さんは平然として「何って……姫子が右手使えないから食べさせてるんだけど」と返す。そう言われた部長は遂に(私が勝手に)誤魔化していたある事を突いてくる。

 

「そ、それって結局は『あーん』って事……」

 

「それがどうしたの」

 

 しかし、白望さんはあっさりと受け流してしまう。私の顔は完全に紅潮しているのに、白望さんは平然と受け答えをする。そして白望さんにそう言われた部長は少し顔を逸らしながら「だって二人してそんな……う、羨ましか……」と言った。

 流石にこの言葉に白望さんは少し返答に困っていたが、すぐに部長は「じゃ、じゃあ!」と私と白望さんに向かってそう言った。

 

「姫子が食べとる時は、私と白望で交代して食べさせっと。……そ、そして白望が食べる時は私が食べさせっと!……それでよかか?」

 

 部長の提案は、言うなれば自分も「あーん」させたいという欲望がダダ漏れのものだったが、白望さんは少し笑ってから「じゃあそれでいいよ」と言ってから私の目の前に静止したあったスプーンを部長に「はい、スプーン」と言って手渡す。渡された部長は深呼吸してから、私に向かって「姫子……行くぞ」と言い、私は口を開ける。そうして部長はスプーンを私の口の中へと動かす。口の中にスプーンが入った事を確認した私は直ぐさま口を閉じる。さっきの十分間によって、この一連の動作は完全に極まっていた。そしてスプーンを引き抜いた部長は私に向かってこう言う。

 

「姫子、美味しいか?」

 

「……美味しいばい」

 

 私は、ありったけの笑顔で部長の質問にそう答えた。

 

 




次回も佐賀編。
いやあ私も哩さんにあーんさせてもらいたい(殴)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第169話 佐賀編 ⑩ トイレ

佐賀編です。
内容はタイトルの通りです。


-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

「ご、ごちそうさまでした……」

 

 部長と白望さんが交互に私にチャーハンを「あーん」するという異様な事態が起こってから更に十数分後、私はようやく自分の分のチャーハンを食べ終えた。私はそう言って少しほど二人から顔をそらす。仕方ない事とはいえ、私も随分ととんでもない事をしてしまったものだ。今更ながらではあるが、自分の起こした行為について恥ずかしくなってくる。穴があったら入りたい気持ちとはまさにこの事を言うのだろう。

 

「じゃあ……哩、よろしく」

 

 隣に座っている白望さんはそんな私の事など気にもとめずに部長に向かってそう言う。……本当に天然誑しだなこの人は。そう思っていると部長は少し顔を赤らめながら、持っていたスプーンで白望さんのチャーハンを掬う。

 

「く……口開けて」

 

 部長がそう言うと、白望さんは素直に口を開ける。そうして部長は白望さんの口へスプーンを入れると、白望さんは口を閉じた。そういえば、あのスプーンは確か私が食べる時に使用していたスプーンではないか?そう思って白望さんのチャーハンが盛られている皿の近くを見ると、そこにはまだ誰にも使われていないスプーンが置いてあった。つまりこれが何を意味するかというと、

 

(これって間接キスなんそいぎ……)

 

 そう、いわゆる間接キスとやらだ。間接とはいえ、キスはキス。そう考えると、私の顔が更に赤くなるのが自分でもわかった。私がそうしている間も、部長は白望さんにどんどんチャーハンを食べさせている。普通に見てて羨ましい。私の右手が使えないから仕方ないとはいえ、これが俗に言う見せつけプレイというやつなのか。昨日までの私だったら絶対に白望さんの事を呪っていただろうが、今は違う。一体この羨みを何処にぶつければいいのか。そして間接キスという新たな重圧によって色々と心情がぐちゃぐちゃしている。なんとも言えない複雑な感じだ。

 

「美味しいよ。哩」

 

「あ、あり……がとう」

 

 そう考えていた矢先に白望さんが部長にそんな事を言う。クソっ、私も部長と白望さんの間に入りたい気持ちが強すぎる。そういった事を感じながら、その後は何事も無く昼食が終了する。

 

「ごちそうさま……」

 

「お粗末様ばい」

 

 そうして昼食を食べ終えた私は椅子から立ち上がり、ソファーへと座る。無論白望さんも一緒に。……というより、白望さんの方が先にソファーへ行こうとしていたのだが。

 そして部長は部長の分のチャーハンを食べ始め、私はテレビをつける。まだ昼時だからか、あまり私の気を惹きつける番組は始まっていなかった。他に何かやっていないのかと私はリモコンを操作していると、急に"アレ"が私にやってきた。

 

(……っ)

 

 私は下半身をもぞもぞさせながら"アレ"を抑えようとする。しかし、"アレ"は収まることが無く、どんどん進行してくる。白望さんにも気付かれたようで、白望さんは私に向かってこう言った。

 

「……姫子、大丈夫?」

 

「ちかーとばっかい……まずいばい」

 

 それを聞いた白望さんは「じゃあ、行こうか」と言って立ち上がる。私は「で、でも……」と言ったが白望さんは「大丈夫……何も見ないよ」と言う。白望さんはそれでいいのかもしれないが、する側はそう言われたとしてもそれどころではないのだが。しかし我慢するにもできないものなので、諦めて私も立ち上がり、トイレへと向かった。

 

 

-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

 私の"アレ"をどうにかするべく、私と白望さんはトイレのドアの目の前までやってきた。まあ、"アレ"は単刀直入に言えば尿意なのだが。それでも白望さんのいるところで用を足すなど恥ずかしすぎるものだ。手錠の鎖が短いせいで白望さんも部屋内に入らないといけないし、トイレの部屋という狭い空間で二人きりという時点でも既に恥ずかしくてたまらなかった。私はドアを開け、中へと入る。そして便器に座り、スカートの下に穿いているパンツを下げる。一応白望さんは見ないと言っているが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。当然動作はぎこちなくなる。

 

「……」

 

 ここでふと白望さんの方を見ると、白望さんは言った通り私の方を見ておらず、別の方向を見ていた。まあ当然の事なのだが。

 そうして私は用を足す。別に私のことを見ていない白望さんに気付かれるほど何か大きな恥ずかしい事が起こっているわけでもないのに、私にはどうしてもこれが羞恥プレイにしか感じられなくて仕方なかった。もうこんな思いはしたくないと思ったが、尿意はいつやってくるかは分からない。また私にやってくるかもしれないし、今度は白望さんにくるかもしれない。だからこれっきりという可能性は殆どないと言っていいのだ。

 

(白望さんのトイレ……)

 

 ここで私の思考が一瞬危ない方向に向くが、すぐに我を取り戻す。危ない危ない。私はそんなアブノーマルではない。至って普通、ノーマルである。それよりも何よりも、白望さんでそんな変な妄想をしようとした自分が情けなくて仕方ない。恥ずかしいを通り越して呆れてしまった。

 取り敢えず、私はトイレットペーパーで自分のアソコを拭き、トイレの水を流す。そしてパンツを上げて、白望さんに「もう大丈夫ばい」と告げ、外へと出た。ああ、これを後何度やるのだろうか。ただでさえお風呂という最強の関門があるというのに、こんな感じで大丈夫なのか。先行きを不安にさせる出来事であった。

 

(……あ)

 

 そうしてリビングへ戻ろうとした時、不意に白望さんの表情を見ると少しほど顔を赤くしていた。やはりいくら白望さんともいえども、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 

(ということはそぎゃん見てもなかのに恥ずかしいと思える事ばしてる私って……)

 

 そう自分の中で勝手に解釈して、私はまた顔を赤くするのであった。




次回は恒例お風呂回。
そろそろ佐賀編も終わりですかね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第170話 佐賀編 ⑪ 手錠が故の

お風呂回だと思った?残念、次回以降でした!
…まあ、見れば分かります。


-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

 トイレの一件から部長の部屋でダラダラすること数時間。結局手を満足に動かすことができないので私たちは麻雀もする事ができず、ダラダラすりことしかできなかった私と白望さんの目の前に今日の夕飯という事で部長が作ったお粥が置かれた。

 

「……お粥?」

 

 何故ここにきてお粥なのか。病人でもあるまいし……そう思っていた矢先に隣にいる白望さんが部長にそういった。すると部長は「スプーンば使って食べるものと言ったらお粥くらいでしょ?」と返す。少し恥ずかしがりながら言っている部長を見るに、要は私と白望さんに「あーん」したいという事なのだろう。分かりやすい部長だ。

 

(でも……そぎゃん部長が可愛いんだけどね……)

 

 私はそんな部長を微笑ましそうに見る。最初からそう言えばいいのに、素直じゃないんだから。まあ、そうやってプライドを守ろうとしているのもカッコいいし可愛いのだが。

 

「そいぎあ、昼は姫子が先しゃったから……今回は白望からでよかか?」

 

 そして部長はそんな事を私に向かって言い、私はそれを了承する。別に私としては食べる事よりも、部長と白望さんに食べさせてもらう事が重要だったりするので、順番はどうであれ、二人に食べさせてもらえればそれでよかった。まあ、やっぱり白望さんが部長に食べさせてもらっているときは私は蚊帳の外なのでちょっと羨ましくもあるが、それはしょうがない事として諦めるしかないだろう。

 

(というか……もうこぎゃんと時間なんだ……)

 

 そんな二人を横目に見ていると、ふと部屋に掛けてある時計が目に入った。時刻はもう19時を回ろうとしている。あの事件からもう7時間程度が経とうとしているのか……まあまだ解決してはいないのだが。せっかく白望さんと部長の家にやってきたというのに、午後からはあまり何もせず、ただダラダラと駄弁ったりぐったりしていただけであった。

 でもまあ、こういうほのぼのとした空気感も悪くないだろう。何か特別な事があるわけでもない、俗に言う『なんでもない時間』。これこそが一番幸せだったりする……のかもしれない。

 

「ごちそうさま」

 

 私がそんな感情に浸っていると、既に白望さんがお粥を食べ終えていた。白望さんがそう言うと、部長は白望さんのお皿を片付け、白望さんに食べさせていたスプーンを使って私の目の前にあるお皿に盛られたお粥を掬う。今度は私が間接キスをする番だ。そう考えると自然と顔が赤くなる。部長はこれが間接キスになっていることに気付いているのかは定かではないが、今回は最初の時点でスプーンが一つしかなかった。

 

「い、いただきます」

 

 私が少し戸惑いながらもそう言うと、部長はスプーンで掬ったお粥を冷ますように「ふーっ、ふーっ」と息を吹きかける。その仕草の可愛さと言ったらたまったものではない。多分今の私の頬は、お粥と同じくらい熱くなっているであろう。

 そうして部長が私にお粥を食べさせ始める。やはり部長も慣れ始めたようで、結構スムーズに食べる事ができるようになった。そして部長が白望さんにスプーンを手渡す。白望さんもダルいダルいといつも言っているようなイメージが強いが、こういう事は断らずちゃんとやってくれる辺り根は優しいのだろう。

 そんなこんなで私もお粥を食べ終え、最後に部長もお粥を食べ終える。これで夕食という関門は乗り切った。これで後はお風呂という関門と、一緒に寝るという関門を乗り切るだけである……そう思われた。

 しかし私は此の期に及んで気づかなかった。お風呂という関門は私と白望さんがどう頑張っても、乗り切る事はできないという事を……

 

-------------------------------

視点:白水哩

 

 

「お風呂沸いたけど、先入るか?」

 

 食事を終えた私はお風呂を沸かし、今もなお手錠で繋がれている二人に向かって私はそう投げかけた。が、二人揃って私が先に入っていいという事を言ってきたので、客人を後に風呂に入らせるのは多少アレな感じだが、2人がそう言うなら仕方が無い。

 そんな事を考えながら風呂場までやってきた私は、服を脱ぎだす。一人だけのこの空間、私はふとある事を考えた。

 

(それにしても……昼食といい夕食といい……雛に餌ばやる親鳥の気持ちが分かったような気がすっと)

 

 そう、あの昼食と夕食の時、なんとなく自分が大人で姫子と白望が子供のような感じがしてならなかった。

 それにしても赤ちゃん姿の姫子と白望……そのままの年齢の状態でも、歳相応の状態でも少しそそるなと思うのは私が変態だからなのだろうか。いや、そうでないと信じたい。

 

「ぶ、ぶちょー!って、わっ!?」

 

「ちょ、姫子!?」

 

 そんな変な妄想をしていると、姫子が手錠で白望を半ば引きずるようにして扉を開ける。私はちょうど服を脱ぎ終わり、入ろうとしていたので素っ裸の状態である。もう既に色々見られたが、一応私は大切な箇所を腕などで咄嗟に隠す。姫子と白望は真っ裸の私を突然見たもので、驚きながらも顔を赤くしながら私に話しかけてくる。

 

「あ、あの……部長」

 

「どうしたばい……?」

 

 そうして姫子は私に説明を始める。個人的に私は早くバスタオルか何かで身を隠したい気持ちでいっぱいだが、姫子と白望はとりあえず私の方から視線を外しているため取り敢えずは大丈夫……いや、本当は大丈夫じゃないのだが。

 

「……成る程ね。そういえばそうだよなあ……」

 

 姫子から聞かせられたのは至極当然の事だったが、自分も気づかなかった事である。その事とは、あまりにも当然の事だが、手錠で繋がれている状態では服が脱げないという事である。そりゃあ手が繋がれているのだから脱げるわけがない。

 

「……仕方なか。取り敢えず今日は私が頭洗ってやるばい。明日、手錠ば外れたら銭湯にでも行かんとね」

 

 そう姫子と白望に言い、取り敢えず頭だけ洗う事にした。しかし未だに私は真っ裸で、真っ裸の人間が服を着ている人間の頭を洗うという異様な光景が出来上がってしまった。




真のお風呂回は次々回ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第171話 佐賀編 ⑫ 主従?

佐賀編です。
結構アレな表現があるので苦手な方はブラウザバック推奨。


-------------------------------

視点:白水哩

 

「まず……姫子から頭ば出しい」

 

 すっぽんぽんの私は浴室に入り、お湯が出ているシャワーヘッドを持ち、浴室内にある風呂イスに座る。そして廊下と洗面室を繋ぐドアのところにいる服を着た姫子に向かってそう言った。それを聞いた姫子は、白望とともに今度は洗面室と浴室を繋ぐドアのところまでやって来る。

 そうして、姫子は私に言われた通り首から上だけを浴室に入れるようにして頭を出す。しかし、頭を出したはいいものの、姫子はなかなかその頭を下げようとはしなかった。姫子は顔を赤くしながら私の顔を見ているだけで、一向に頭を下げようとはしなかった。当然のことながら頭を下げなければ、頭を洗うことができないので、私は顔を突き出す姫子に向かってこう言う。

 

「姫子、頭ば下げて」

 

 しかし、姫子はなかなか頭を下げようとはしない。依然顔を赤くして私の顔を見ている。何があったのかは分からないが、とにかく頭を下げてくれない事には進まない。私は無理矢理にでも頭を下げさせようと姫子の頭に手をかけ、下げようとすると姫子が「ちょ、部長!?まずいです!」と言って抵抗する。

 私は何がまずいのか分からなかったため、姫子に「何がまずいん、だッ!」と言い、思いっきり姫子の頭を下げようとしたら、直前で白望の右手が静止に入った。なんだと思い白望の方を見ると、白望は顔を赤くしながら目を逸らして「た、多分姫子が下向くと、哩のが目に入るから……」と言って私の下、風呂イスのあたりを指差した。

 そうして私は視線を下に落とす。視線を落としてから私は思い出した。私は今、風呂イスに座って足を開いて座っていたのだった。となれば当然、アレが開帳してしまうのは当然だろう。それに気付いた私は、「ひ、ひゃあ!?」と言って風呂イスから飛び出るように後ろに後退し、私のアレと胸を隠すようなポーズをとる。そして私は顔を赤くしながら目線を逸らす姫子と白望を見ながら、さっきまで自分がやっていた事を思い出す。つまり自分は、自分のアレを姫子に見せようとしていたのである。あまりの恥ずかしさに、私は少し目を潤ませながら白望と姫子に向かってこう言った。

 

「バ、バスタオル持ってきて……」

 

 

-------------------------------

視点:白水哩

 

 

(……はあ)

 

 バスタオルに身を包み、万全の状態となった私は改めて姫子の頭をお湯で流す。正直、さっきの精神的ダメージが酷過ぎてそれどころではなかった。お湯で流し終えた私は、シャンプーを手にとって馴染ませ、姫子の頭を洗い始める。一見冷静になったかとも思われそうだが、実際今の私の頭の中は真っ白。やはり何度も言うようにさっきの行為に対しての精神的ショックが大きすぎた。

 そうして感情を失いながら姫子の頭を洗い続ける。やはり私が姫子たちにこうしてやっていると、どこか自分が赤ん坊の世話をする親で、姫子と白望が赤ん坊に感じてきて仕方ないのだが、今の私はそれすらも感じなくなりつつある。私は溜息をつきながらも、再びシャワーヘッドを手にとって泡をお湯で洗い流す。

 何も悪くない二人に向かって溜息を吐くのは御門違い。どれもこれもさっきのは自分側のミスなのだが、どうしてもショックは大きいものだ。溜息の一つや二つ、吐いても仕方のないことだろう。そうでないとやってられない。

 そうして流し終えると、私は感情を失った声で「姫子、終わったばい……」と言う。姫子は依然として顔を赤くしながら「はい……」と小さな声で私に向かって言い、何も言わずにバスタオルを手にとって頭を拭き始める。いや、私を気遣ってくれての事だと思うが、今の私にとってはその気遣いすらも心に突き刺さるのであった。

 取り敢えず私の心のダメージは置いといて、次は白望が下げた状態で頭を私に向かって突き出す。そうしてシャワーヘッドからお湯を出そうかと思ったその時、不意に私は自分に向かって頭を下げている白望を見てこんなことを思った。

 

(……まるで、白望ば屈伏させてるような感じが……)

 

 そう。あんな服従するように頭を下げる白望の格好と、そんな白望の頭に手をかける私の今の状態がなんとなくご主人様と奴隷のような主従関係が出来上がってるように思えてきた。

 そう考えてしまったからであろうか。今私の背筋にゾクゾクっと何かが駆け巡ったような気がした。背徳感、とも違うどこか生物の本能を掻き立てるような何かが私の頭の中を埋め尽くす。思わず、私は白望の頬に手をかける。白望はいきなり頬を触らられて顔を上げてこちらを見るが、低い姿勢のまま私の顔を見ようとしたため、上目遣いのような状態で私の事を見る。これもまた、私のリビドーを加速させる要因となった。

 もし、今の私が手錠に繋がれて身動きがとりにくい二人を襲ったら、どうなるだろうか。そんな黒い欲望が私の頭の中をよぎったが、すぐに私は我に帰る。私は顔を横に振り、疚しい想いを消し去る。全く、さっきといい今といい色々アホな事を考えすぎだ。そろそろ疲れが溜まっているのかな。そんな事を考えながら、すぐにこちらを見る白望に「ん、なんでもなかよ」と言ってシャワーヘッドからお湯を出す。そして私は白望の頭を洗い始めた。

 

 

-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

「ふう……疲れたばい」

 

 部長に頭を洗ってもらった私と白望さんはリビングに戻ってきて二人一緒にソファーに座る。そしてそんな事をふと呟いた。

 明日に持ち越されたものの、せっかく部長の家に来ているのに部長や白望さんと一緒に入れなかったのは悔やまれる。お預け感が否めなかった。まあ全部私のせいなのだが。

 

(それにしても……部長の身体、綺麗しゃったなあ……)

 

 そしてソファーで寛いでいると、ふとさっきの部長の姿を思い出す。流石にアレまではしっかりと見ようという気にはならなかったが、それを除いても部長の身体は綺麗であった。純潔、とでもいうのであろうか。見ただけでもすべすべした肌であるというのが分かるほど。

 

(白望さんも綺麗なんだろうか……)

 

 続いて私は横にいる白望さんの事を見て想像する。白望さんの胸は見ただけでも部長より大きいのが伺える。おそらく服を脱げばそれ以上であろう。私にはそんな趣味はないが、白望さんや部長となっては話が別である。明日の銭湯がまた楽しみとなった瞬間であった。

 

「……あ、部長」

 

 そんな事を考えていると、いつの間にか部長がお風呂から戻ってきていた。当然、お風呂に浸かってきた部長は私や白望さんとは違いパジャマに身を包んでいた。こうして見ると、パジャマ姿の部長もなかなか良いものだ。本当に白望さんのパジャマ姿を見ることができないのが悔やまれる。

 そうして部長が戻ってきたのを視認した白望さんは、「そろそろ寝室に行こうか?」と私と部長に向かって言った。すると部長は「じゃあそうするか」と言い、私と白望さんは立ち上がって部長の後をついていった。




次回も佐賀編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第172話 佐賀編 ⑬ 就寝

残念ながら真のお風呂回は次回です。すみません。


-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

「姫子と白望は二人でベッドで寝て。私は布団ば敷いて寝るから」

 

 私と白望さんが手錠で繋がれてしまった場所でもあり、ある意味因縁の部屋とも言えるこの寝室。寝室に入った私と白望さんに、部長はタンスから布団を出しながらそう言った。

 流石に手錠で繋がれているとはいえ、部長のベッドで寝るというのも抵抗がある話だが、昼からの疲れによるものなのか、それとも私が部長のベッドで寝たいという欲が心のどこかであるのかは分からないが、私はすんなりと白望さんと共に部長のベッドへと入る。だが実際、部長を一人だけで、挙句ベッドではなく布団の上で寝かせるのは申し訳ないというものだ。部長のベッドも意外と大きく、私と白望さんがいたとしてもまだ部長が入れるスペースは十分にあった。

 

「部長。そぎゃん水くさい事言わんで、三人でベッドに入りしゅうばい」

 

 そして私は部長に向かって一緒に入ろうと声をかける。それを聞いた部長は振り返ってこちらを向き、「……狭くなるけど大丈夫か?」と聞いてくる。私と白望さんが大丈夫だという旨を伝えると、部長は先ほどタンスから出してきた布団を再びタンスの中へと押し込み、部屋の明かりを消してから私と白望さんがいるベッドの中へと入ってくる。

 

「おやすみ」

 

 私たちはそう言うと、夏だというのに体を寄せ合いながら眠りにつこうとした。一人がパジャマ姿、他の二人が普段着のままというなかなか見られない珍しい光景ではあったが、私は白望さんと部長に挟まれる形で寝る事ができて素晴らしく幸せな状態であった。やはり右手には手錠の輪っかが頻りに当たって違和感があるが、それがどうでもよく思えるほど、私は心の底まで満たされた状態のまま、眠る事ができる。今日は白望さんの事を目の敵にしていた挙句麻雀でボコボコにされた後に結局惚れてしまったり、その白望さんと手錠で繋がれててしまったりなど、色々な事をやらかしてしまった私であったが、その反面良い事もあった。

 明日には、この手錠は外されるだろう。無論、外れる事に越した事はない。しかし、どこか外れる事に対しての寂しさも感じられた。白望さんは多分、明日には居なくなってしまうであろう。メールアドレスや電話番号を交換すれば、連絡を取り合う事は可能かもしれないが、次にこうして実際に会えるのはいつになるだろうか。部長から話を聞いたところ、白望さんは岩手県に住んでいる。佐賀県と岩手県。2県の距離は絶大なものであった。そうやすやすと会えるものではない。だからこそ、もっと白望さんといたかった。そう言う思いが強いのだろう。私は隣で既に寝ているのか、寝息を立てている白望さんの事を見ながら、そう考察する。

 ずっと、このままでいれたらいいのに。そんな叶わぬ願いを心の中で呟きながら、私は瞳を閉じた。

 

 

-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

「ん……」

 

 今がいったい何時なのかは分からないが、両隣にいる部長と白望さんが起きてないという事は多分早い時間帯なのだろう。まあ、とにかく目が覚めた私は起き上がろうとして、右手の違和感に気付く。寝て起きて忘れかけていたが、そういえば私と白望さんは手錠で繋がれていたんだった。身動きが取れない私は、とりあえず現在時刻を知るために時計を見る。現在時刻はまだ五時半。こんな時間帯に白望さんと部長を起こすのも悪いので、とりあえず私は二度寝に移ろうと瞳を閉じようとしたが、その瞬間に部長が目を開ける。

 

「おはよ……姫子」

 

 部長は欠伸をしながら私に向かってそう言う。寝ようかとも思っていたが、部長が起きればその必要は無くなった。部長は私に向かって「今何時……?」と目を擦りながら聞いてきた。私は「五時半です。部長」と答えると、「……まだ早いけど、朝食の準備ばしてくるから姫子は白望と待ってて……」と言ってベッドから出て、そのまま寝室から出て行った。

 そうして、寝室には私と寝ている白望さんだけとなった。私は未だ寝ている白望さんを見る。当然の事だが、無防備に寝ているわけだが。そんな白望さんを見て、私は好奇心によるものなのかは分からないが、そっと白望さんの胸を服越しに触ってみた。

 

(柔らかい……)

 

 柔らかいけど、弾力があるなんとも言えない触感が自分の指に伝わってくる。その感触が面白く、また白望さんの胸を触りたい欲求もあってか、私は寝ている事をいい事に何度も白望さんの胸を指でつついたりしてみた。

 

(やっぱり、大きいんだろうなあ……)

 

 果てにはそんな妄想をし始め、いよいよ自分でも今の行為を止める事ができなくなりかけた瞬間、突如白望さんが目を開ける。しかも、タイミングが悪い事に白望さんの胸を指で触っているところで。

 

「あっ」

 

 思わず、声をあげてしまう。白望さんも驚いたような表情で私の事を見ている。私は恥ずかしさのあまり逃げようとするが、手錠で繋がれているため逃げる事はできない。私は顔を赤くしながら白望さんに向かって「すみませんでした……」と謝罪する。対する白望さんは仕方ないといった感じに「別に大丈夫……」と言った。

 あんな事をしでかした私を、こうもあっさりと許してくれるとは。やはり白望さんは聖母かなにかか。麻雀の時はとても恐ろしい悪魔のような人だったが、それ以外の時はまるで聖人、女神のような人だ。やはり変わった人だ。

 そんな事を考えていると、部長が寝室にやってきて朝食の準備ができたという事を伝えに来た。私と白望さんは一緒にベッドから出て、またいつもの如く私は部長と白望さんに。白望さんは部長に朝御飯を食べさせてもらい、そのあとはまだ朝ではあるが、私たちは私と白望さんを繋ぐ手錠を外すべく、鍵がある私の家へと向かった。

-------------------------------




次回こそ手錠を外してお風呂回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第173話 佐賀編 ⑭ 胸の中

風呂回です。
リザべ組は変態(確信)


-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

「ここが私の家ばい」

 

 私は自分の家を左手で指差して白望さんと部長に向かって言う。そういえば、私が部長の家に行ったことは何回もあるが、部長が私の家に来るのは何気に初めてだったりする。そうして私たちは私の家へと入り、真っ先に自分の部屋へと向かった。この私と白望さんを繋ぐ、全ての元凶でありながら、どこか私の中で愛おしいこの手錠。それを外す鍵がある私の部屋へと向かった。

 

「あった……!」

 

 そうして自分の部屋へ入り、自分の学習机に置いてある鍵を真っ先に見つけてそう呟いた。私はその鍵を左手で持つと、先ず最初に白望さんの方から外してあげた。手錠を外されて自由の身となった白望さんは繋がれていた左手を動かし、左手の動作の確認を行っている。それを横目で見ながら、私も自分の右手を拘束している手錠を左手を使って外す。利き手ではない方の手で外そうとしたため、若干外しにくかったが、無理に外そうとして鍵が壊れてしまった……そんなヘマをするほど私は阿呆ではない。

 

「やっと外れた……」

 

 私は深くため息を吐いて、心の中から出た言葉を発する。確かに白望さんと繋がれてるのも悪くはないとは思ったし、むしろこのままでもいいのかもしれないと思ったほどである。

 しかし、そうは言っても疲れるものは疲れるのだ。白望さんが近いせいでずっと緊張していたし、何より恥ずかしい場面の時が一番疲れた。もうこういう思いをするのはこの一回きりでいいかな……そう思えるほど大変な事件であった。……元々は私が原因なのだが。

 後ろで私と白望さんが手錠を外して喜んでいるのを微笑ましそうに見ている部長は、私と白望さんに向かって「無事に手錠も外れた事だし……銭湯に行くか」と言う。私と白望さんはそれに頷き、すぐさま銭湯へと向かった。

 

 

-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

 

「ここが銭湯……私は初めて来るばい」

 

「私も……」

 

 銭湯へとやってきた私と白望さんは銭湯の脱衣室を見渡す。部長は何度かこの銭湯に来た事があるらしく、直ぐに服を脱ぎ始めた。本来なら私と白望さんだけでいいのだが、せっかく部長も来たのだから一緒に入ろうという事になったのだ。

 着替え始める部長を見て、私と白望さんも服を脱ぎ始める。しかし、服を脱いだいる最中も、私の目線は白望さんの胸を捉えていた。あの服越しからでも分かるほどの強烈なバディ。服という障壁が無い状態であれば、それは自分の想像していたサイズよりも大きいものが見える事であろう。そんな妄想に夢中になり、思わず服を脱ぐ手の動きが止まる。怪しまれても仕方ないほどの急な静止だ。これでは白望さんはおろか、部長にまでバレてしまう可能性も高い。

 そう危惧していた私だったが、ふと部長の方を見ると部長も服を脱ぐ手を止めて白望さんの方を見ていた。もちろん私と同じ胸の箇所を。

 

(部長……やっぱり私と部長は一心同体……)

 

 私はそんな部長に目配せをして、部長との絆は確固たるものであると確信する。その理由が理由なのだが。

 そしてそんな事をしているうちに、白望さんの脱衣は遂にクライマックスに差し掛かっていた。なんともう既にブラを外す直前まで上半身は脱ぎ終えていたのであった。白望さんは私と部長が凝視している事に気付かず、ただ作業のようにブラを外そうとする。そうして白望さんの胸が露わになるそのわずか数秒にも満たない一瞬の時が、私には途轍もなく長く感じた。

 そして、白望さんの胸を隠す壁が完全に取り払われた。白望さんの胸が御開帳され、完全に胸を露出する。私はそんな白望さんを、自分の服で顔を隠すかのようにしてジッと見ていた。やはり私の想像していた以上の大きさ、サイズである。そして綺麗な色をしており、嘸かし感触も良いのだろう。私は白望さんの胸に釘付けであった。本当は恥ずかしい事なのに。そもそも自分の顔が赤くなっている今実際恥ずかしい事だと思っているはずなのに、私の欲望には勝てない。どうしても白望さんのソレを見てしまう。

 そして白望さんにバレる前に目線をそらして、再び服を脱ごうとした私は不意に自分の胸の方を見た。

 

(やっぱり小さか……)

 

 白望さんの胸をナイスバディと評すのであれば、私の胸はバッドバディであろう。随分と貧相な胸である。いや、白望さんのが大きいだけで、私のは中学一年生としては普通の、並のサイズなはず……そう信じて私はペタペタと起伏のない胸を触りながら心に中で唱えた。

 

「……哩?」

 

 そんな事をしていると、白望さんが上半身裸のまま部長の方に駆け寄っていた。いったい何があったのかと私も部長の方に近寄ると、部長は鼻から血を流していたのだ。白望さんは驚きながらも「まさかもうのぼせたの……?」と言いつつ私が白望さんに手渡したポケットティッシュを使って部長の鼻を抑える。だが、私はこの部長の突然の鼻血の原因がなんとなく分かる。いや、分かってしまうのだ。決して部長はのぼせたわけではない。恐らく、白望さんの胸を見て少しばかり興奮してしまったのだろう。何を隠そう、私も少し鼻血が出るかなと思うほど顔が熱くなり、それほど興奮していたのだ。部長が鼻血を出しても何ら不思議な事ではない。まさか自分の体で興奮しているなんて思わないド天然の白望さんにとっては摩訶不思議な事だろうが。

 とにかく、部長を少しばかり脱衣室で休ませている間、私と白望さんはシャワーで体を洗う事にした。昨日洗ってないだけあって、1日ぶりのシャワーはとても気持ちが良いものであった。やはり人間にとって必要不可欠な要素であろう、と何処かスケールが大きい想像をする私であった。だが、そんなスケールの大きいまともそうに見える想像も、隣にいる白望さんを見れば一発で書き換えれてしまう。白望さんのありのままの姿は、やはり官能的である。少し気を緩めば私も鼻血を出してしまうくらい、刺激が強すぎるものであった。

 そんな白望さんからの無意識な刺激に耐えながら、私は身体を洗い終えた。そしてそろそろ部長の鼻血も止まった頃であろうと若干勝手な想像をしながら、私と白望さんは休んでいる部長のところへと戻ろうとする。

 

「あっ……」

 

 しかし、そこで私は見誤っていた。濡れている地面の恐ろしさを。シャワーによって濡れた足、それに加えて濡れている地面。不用意に一歩を踏み出そうとした結果、私は思いっきり足を滑らせて前へと倒れかかった。

 

「えっ」

 

 しかし、私の目の前には白望さんがいて、尚且つちょうど私が声を発した瞬間白望さんがこちらを振り向いたため、白望さんには申し訳ないが白望さんが支えとなり、地面に倒れる事はなかった。私は白望さんが自分の事を受け止めてくれた事に感謝しつつ、体制を立て直そうとしたが、ここである違和感を覚えた。

 

(なんでこんなに柔らか……?)

 

 そう、私は白望さんに前から倒れかかったために今視界は真っ暗であるため分からないが、白望さんの身体に倒れかかったにしては随分と顔に当たる感触が柔らかかった。身体とは思えないほど異常に。

 しかし、身体の部分でもある箇所だけ異常なほど柔らかいのは言うまでもない。特に白望さんだったら、これほど柔らかくても何らおかしくはない。

 

(ま、まさか……)

 

 つまり、私は今白望さんの胸に顔を埋めている状態にあるのであった。まだ視界は真っ暗なため確定ではないが、こんなにも柔らかい箇所など胸以外にあるわけがない。

 

「……姫子っ!?」

 

 そんな現状を知った私は顔に当たる刺激にとうとう負け、無様にも私は白望さんの胸の中で鼻血を流し、果ててしまった。




Wで鼻血を流すリザべ組……
これはひどい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第174話 佐賀編最終回 煽情

佐賀編最終回です。
後半結構展開急ですがそこはご了承ください。


-------------------------------

視点:鶴田姫子

 

「うー……」

 

 私は鼻血を止めるべく鼻にティッシュを詰め、バスタオルに身を包み、脱衣室の今もなお涼しい風を人々に提供してくれる扇風機の近くにある椅子に座りながら、私と交代するようにして中に入っていった部長と、その部長の身体を洗う手伝いをしている白望さんを遠くから見つめていた。

 

(まさか白望さんの胸に顔が行くだなんて……)

 

 私はさっきの白望さんの胸の感触を思い出しながら、そんな事を心の中で呟く。別に、故意でやったわけではない。いや、やってみたいという気が全くなかったわけではないが、さっきのは完全な事故だ。

 俗に言うこれが「ぱふぱふ」というやつなのだな。いや、だめだ。これ以上あの事を思い出してしまえば、それこそ鼻血が止まらなくなってしまう。それで出血多量で死亡とか笑い話にすらならない。取り敢えずクールダウンすべきだ。そう心の中で自己暗示し、回る扇風機の羽根をただボーッと眺める。さっきで変な想像はもうやめたため、部長が身体を洗い終える頃には止まってそうだ。そんな事を考えながら、脱衣室で一人孤独にボーッとしている私であった。

 

 

-------------------------------

視点:白水哩

 

 

「背中、洗おうか?」

 

 頭を洗い終えた私は、後ろで立っている白望にそんな事を言われた。そう言われた私は少しほど逡巡し、少しばかり考え始める。

 もちろんやってほしい気はある。というより、やってもらいたい気持ちが十割というほど。

 しかし、私が危惧しているのは私がまた興奮して鼻血を出さないかということと、私の理性を抑えられるかということだ。さっき鼻血が治ったからといって、また鼻血が出ないという保証はないし、今もなお私の目の前にある鏡に反射して裸体の白望がはっきりと見える。当然、立っているため上半身から下半身全てが丸見えだ。だから私は今も鏡を絶対に見ないようにしている。それに、昨日の風呂での一件でさえ、私の理性が失われかけたのだ。次私の理性が吹っ飛ぶかも分からない今、変にボディータッチをさせない方が両者の身の為ではないか。そんな気がしてならなかった。多分今、白望が誘っているわけではなくとも、私の理性を揺さぶるような事をもししてきたら、私は白望を襲ってしまうであろう。それほどまでに、今の私は危険で、不安定な状態なのだ。一種の興奮状態、とでも言うのだろうか。ともかく、今は白望に自分の身体を触らせない方がいい。それが今できる最善策だ。

 

「……哩?」

 

 しかし、そう分かっていても、だ。私はどうしても白望に触れられたい。洗ってほしい。その欲望が抑えきれなかった。暴走、とまではいかなくとも、すでに歯止めが効かない状況にあるのは一目瞭然であった。そういう状態であるというのは理解しているというのに、分かっていても私は断ることはできなかった。

 考える時間が少しほど長かったため白望に少しほど心配されたが、私は自分の欲望に囚われているある意味での狂気の目付きを隠すように、鏡から見ても分からないように私は顔を少しずらして、そして目付きを普通の目付きに戻してから白望に向かって「じゃあ、お願い」と微笑んでそう言った。

 そうして、白望はボディーソープを泡立てて私の背中に触れる。既にシャワーによって温められているはずの私の身体だが、それでも白望の手の温もりははっきりと私の背中に伝わってきた。今、白望は私のために一生懸命自分の背中を洗ってくれている。そう考えると、またも自分の黒い部分が湧き上がってくるかもしれないので、私は少し冷静になるため深呼吸をする。今ここで理性が吹っ飛んでしまえば大変な事になる。何よりこの空間は私と白望だけの空間ではない。他にも客は何人かはいるし、そして姫子もいる。今暴走する事の危険性を再確認して、私は心を落ち着かせる。そしてそんな事を考えていると、白望はシャワーヘッドを持って私の背中を流していた。どうやら変な事を考えているうちに終わっていたらしい。

 

「背中、洗ったよ」

 

 そう言って白望は姫子のいる脱衣室へと向かった。姫子もそろそろ鼻血が治った頃であろう。姫子と白望……私の愛して止まない二人と一緒にお風呂に入れるなど、本当に夢のようだ。もっとこの時間が続けばいいのに、何て事を考えていると姫子と白望が戻ってきた。そして私たちは風呂へと入る。

 

「気持ちいい……」

 

 白望がぐったりとしながら、そんな事を呟く。私も激しく同感だ。やはり自分の家で入るのとではまた違った気持ちよさがある。特に昨日頭しか洗う事のできなかった白望と姫子は尚更のことであろう。

 先ほど冷静になった、とは言ってもまだまだ私は欲望に忠実なようで、今から脱衣室へ戻って着替えるまでの間私の視線が捉えていたのは白望と姫子の裸の姿であった。白望は人を扇情するたわわに実った胸。姫子は白望に比べれば劣るものの、それでも人を欲情させるには十分に魅力のある身体であった。私はそんな二人を見ながら、ここは天国か、それとも楽園か。そんな言葉を何度呟いたことか。

 そして銭湯から出てきた私たちを待っていたのは、別れの時。

 

「……もう、行くのか」

 

 私は目の前にいる白望にそう問いかける。すると白望は真っ直ぐな瞳で、「うん」と答えた。白望の目には、はっきりとした意志があっ。それが言葉と目だけでも十分に伝わってくる。

 そして隣にいる姫子は、白望とメールアドレスを交換する事を申し出た。そうして交換している最中、姫子がどこかうずうずして緊張しているのが確認できた。私はそんな姫子を見て少しばかり笑う。……懐かしい。私も白望とメールアドレスを交換する時は緊張したものだ。まあ、一度それを忘れかけて焦って戻ってきたというポンコツな話はあるが。

 そんな昔の事を考えていると、既にメールアドレスは交換し終えていた。私と姫子は白望に向かって、またこの佐賀に来い。そう告げて白望とは反対方向の道を進んだ。

 次、また白望と会えるのはいつになるのかは分からない。だけど、この二日間は、多分忘れる事のない日になるであろう。そう思える二日間であった。

 

 




次回は恐らく鹿児島編となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第175話 鹿児島編 ① 強大な気配

鹿児島編です。
そんなに上手くないのにシリアスっぽさを出そうとして頑張った感が半端ない。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「あっつ……」

 

 哩と姫子に別れを告げてから数日が経ち、私は今日沖縄を除いた九州地方最後の県、鹿児島県へとやってきた。流石に夏の九州地方となってくると途轍もなく暑く、東北民の私にとっては夏の九州は天然サウナのような地獄であった。私は岩手の夏も相当暑いと思っていたし、夏が来るたびに暑い暑いと言っていたが、この暑さに比べるとやはり岩手はまだ涼しい方であるという事に気づかされる。

 こういう暑い日に一番気をつけなければいけないのは熱中症であろう。水分補給はこまめに取らなければいけない。最悪の場合死に至る可能性だってありえる。命を賭けた勝負とかなら別に覚悟はできているしそれで死ねるなら本望だが、こんな熱中症如きで行き倒れなんて真っ平御免だ。

 そう思い、私が鹿児島に来て真っ先にとった行動は自動販売機を探すことであった。

 

 

-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

「宿題、終わる気配が全く無いですよー……」

 

 シャープペンシルを持ちながら、机に積まれたテキストの山を前にして突っ伏している初美ちゃんがそう言う。恐らく宿題を後回しにしたいという意味なのだろうが、私は初美ちゃんに向かって「あらあら。でもちゃんと宿題を終わらせないと駄目よ?」と言って切り捨てる。

 その言葉に初美ちゃんは若干渋い顔をしたが、深くため息をついてシャープペンシルを動かしていく。私はそんな初美ちゃんを微笑ましく見ながら、たった今終わった課題を自分のバッグの中へと入れる。今自分が終わったのは別に特別自分が早かったというわけでもなく、ただ単に初美ちゃんと小蒔ちゃんが遅すぎるだけだ。巴ちゃんも見た感じもうすぐ終わりそうだし、確実に二人が遅いということが分かる。

 

「それにしても、まだ小学生のはるるが羨ましいですよー……ああ、小学生に戻りたい……」

 

 せっかく集中し始めたと思っていたう矢先、結局そんなに集中は持続しなかったらしく、初美ちゃんがペンを動かしながら近くで黒糖を食べている春ちゃんに向かってそう言った。すると春ちゃんは初美ちゃんに向かって「私の宿題も結構あるけど……?」と言って春ちゃんは自分のバッグからプリントの束を見せる。小学生といえども、春ちゃんはもう小学六年生。それ相応の量はあるのは分かりきっていた事だった。しかしそれを見た初美ちゃんは全く予想していなかったように絶句して「ぐぬぬ……じゃあもう園児でいいですよー」と言って頭を抱えていた。いくら二年前の話とはいえ、過去に自分がやってきているはずの宿題の量に驚愕するなんて……と半ば呆れたような目で私と巴ちゃんは初美ちゃんの事を見る。

 

「すー……すー……」

 

 そんな初美ちゃんを見ていると、私の隣にいる小蒔ちゃんが眠りについていることに気がついた。私が小蒔ちゃんを起こそうと声をかける前に初美ちゃんが「姫様!寝てはいけませんよー!」と言って強引に起こす。恐らく小薪ちゃんにもこの地獄を味わってほしいという初美ちゃんの死なば諸共精神だろう。小蒔ちゃんががっつり寝てしまえば起こすのは困難になるのは分かっているため、まだ眠りに浅い今起こすしかなかった。それもあってか、小蒔ちゃんを起こす初美ちゃんの姿は雪山で寝ようとしている人を起こすかのように切羽詰まったものであった。

 

「ふぁ……あれ、すみません……寝てました」

 

 そうして初美ちゃんに起こされた小蒔ちゃんは重い瞼を開けていかにも眠たそうにそう言う。そういえば神様に勉強をやらせたら一体どうなるのだろうかと一瞬私の脳裏をよぎったが、まあそうそううまくいかないであろうとすぐに自分の考えを否定する。

 話を戻して、小蒔ちゃんはもういつ眠ってもおかしくないような表情をしながら、ペンを走らせていく。私は既に終わった身という事で小蒔ちゃんが分からない箇所を教えながらやっているのだが、眠そうな小蒔ちゃんに果たして伝わっているのかどうかは私には分からないことであった。とは言っても、小蒔ちゃんの期末試験での点数は中々に高いと聞くので、これでもしっかりやる時はやっているのだなと思う。

 

「巴ちゃん、まだ終わりませんかー?」

 

 そんな私と小蒔ちゃんを見てか、初美ちゃんは巴ちゃんに向かってSOSの合図を送る。さっきから見ていたが殆ど初美ちゃんのペンは動いていなかった。そんなに難しい箇所があったかなと頭の中でさっきやっていた課題の内容を思い返していると、巴ちゃんがふう、と一息ついて初美ちゃんに「今終わったよ」と言った。それを聞いた初美ちゃんは目を輝かせて教えてくれと巴ちゃんに懇願する。

 そういった感じで課題を終わらようとしていた私たちだったが、突然、私は何者かの気配を察知した。それも、今まで感じた事のない強大な気配を。

 

「……!」

 

 私は真剣な目つきで辺りを見渡すが、どうやらこの近くにはいないらしい。となれば可能性があるとすればその何者かがこの鹿児島に入ってきたという線であろう。しかし、強大といっても度が過ぎる。ここから鹿児島県と他の県の県境はかなりの距離がある。だが、そんな遠い距離からでもこれほどまでに強い気配を感じるという事は、少なくとも只者ではないという事だ。何の理由があって、何の目的でこの鹿児島に来たのかは分からないが、警戒した方が良いであろうという事は言える。過去にも何度か神様や恐ろしいものの類の気配は感じたりする事は多々あったが、今回のソレは全くの別物、いや、もしかするとそれ以上かもしれない程であった。そして何と言っても前例がないため、どれほどの脅威か分からないという点も、私を焦らせる要因となった。

 そんな私を小蒔ちゃんと初美ちゃんと驚いた表情で見ていた。本来、この二人もこの強大な気配は感じてもおかしくはない筈なのだが、多分宿題に集中していた……いや、集中はしていないか。どっちかと言えば宿題に気を取られていたため気付かなかったのであろう。私が感じたのもたった一瞬のみであったから、二人がたまたま気づくかなかったのも頷ける。

 

「……霞さん、これ」

 

 私以外にあの気配に気付いていた巴ちゃんが私の方を見てそう言う。どうやら春ちゃんも気付いていたようで、周囲を警戒していた。

 

「な、何があったんですかー?」

 

「……強い気配を感じた」

 

 何が起こっているか未だ見当も付いていない初美ちゃんの質問に春ちゃんが答える。いや、しかし私も何が起こっているかは皆目見当もつかない。そんな緊張の糸を張る私たちだが、ここで小蒔ちゃんが立ち上がって「それは気になりますね……調べに行きましょう!」と言った。

 少々……いや、かなり危険が伴うもののこのまま放っておくわけにもいかない。もしかしたら危害を与えるものかもしれないと考えると、ここは私たちがどうにかするしかなかった。今までとは違い、相手は神様の類であるかすらも分からないものの、とりあえず私たちはその強大な気配の原因を探る事にした。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

【……】

 

 岩戸霞らが出発したのとほぼ同時刻、小瀬川白望は赤木しげるが何かを感じ取った事に気付いた。

 

「……どうかした?赤木さん」

 

【いや、何でもねえよ】

 

 赤木しげるはそう返すが、小瀬川白望が鹿児島に入った瞬間、小瀬川白望が宿す闇から鷲巣巌の気配を赤木しげるは感じ取っていた。小瀬川白望の身体から発せられたため彼女自身は気付いていなかったが、鷲巣巌は小瀬川白望に何か危害を加えるわけでもなかったため、赤木しげるはあえて何も言わなかった。

 

(【鷲巣のやつ……何を考えてるんだ】)

 

-------------------------------

 

 

「わ、鷲巣様?どうか致しましたか?」

 

 何も見えない暗闇の中に輝く光を見つめている鷲巣巌に、完全に鷲巣巌の側近と化した閻魔大王が尋ねる。鷲巣巌が小瀬川白望の闇に干渉しなくなった今も、鷲巣巌はまだ小瀬川白望の闇の中に留まり続けているのは、やはり鷲巣巌もなんだかんだ言って小瀬川白望の事が気にかかるのであろう。

 

「いや……ちと何かを感じたのでな。少し威嚇してやっただけじゃ」

 

 鷲巣巌はそう言ってまた暗い闇の中へと戻ろうとする。鷲巣巌が感じたのは圧倒的違和感。神をも超えた鷲巣巌が感じた違和感。もしや神やら霊やらの類に干渉する力がここまで届いてきたのかと鷲巣巌は自分なりに考察するが、その最中、鷲巣巌は鹿児島には何やら神を手なづけている連中がいるというのを聞いたことがあったなと思い出す。今感じたのは恐らくそれらの気配であろう。

 

(ま……わしの敵ではないわ)

 

 しかし、鷲巣巌はご存知の通り神をも超えた男。彼が恐怖したのは今までで赤木しげるただ一人。たかが神を手なづける連中に恐れをなすような存在ではなかった。




鷲巣様はツンデレ(確信)
言うまでもなく、霞さんが感じ取ったのは鷲巣様の威嚇です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第176話 鹿児島編 ② つぶつぶ

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

(どっかに自動販売機とかないかなあ……)

 

 私が鹿児島に入ってから歩を進めること数分。私は周囲を見渡しながら、どこかに自動販売機がないかを探しながら道を歩いていた。さっき赤木さんが何かを感じ取っていた事についても気になるが、とにかく今は熱中症予防。水分補給が先決であると判断した。

 

(あ……あった)

 

 そう考えていた矢先、私の目に自動販売機らしき赤く塗られた直方体が留まる。私はその直方体に向かって一直線で向かい、それと同時に財布を取り出す。そして自動販売機の目の前まできた私は、その自動販売機が売っている飲み物の異常さに気付いた。

 

(つぶつぶドリアンジュース……?)

 

 そう、自動販売機の中にさも当然の様に鎮座している『つぶつぶドリアンジュース』と表記された缶ジュース。ドリアンのジュースなど聞いた事もない。そもそも、果たしてこのジュースに需要があるのかどうかと問いかけたいほど、意味不明な飲み物であった。

 無論、他はいたって普通の飲み物類が置いてある。有名どころのやつもあるし、私は少しほど苦手だがコーヒーなども置いてある。まあだからこそこの『つぶつぶドリアンジュース』がひときわ目立つ違和感を放っているのだが。

 当然、ここは普通の飲み物を買ったほうが良いだろう。あくまで水分補給がメインとはいえ、飲み慣れている物の方が良いに決まっている。ここで無理に冒険する必要はない。しかし、私はどうしてもその例の『つぶつぶドリアンジュース』が気になって気になって仕方がなかった。

 

(……)

 

 結局、私はその『つぶつぶドリアンジュース』と普通のい◯はすを購入した。本当に好奇心というものは恐ろしすぎる。飲めたものではなかったらどうすればいいのかとしっかりと考える前に自分の体が動いてしまっていたのだ。嵩張るものの、あそこでい◯はすを買ったのは英断であっただろう。もし飲めなかったら私は干からびていたところだった。

 

【……人の事言えた義理じゃねえが、ちゃんと飲めよ】

 

 そんな私を見て赤木さんはそう呟いた。赤木さんは生前ふぐちりやら豪華な料理を少ししか食べてないのに食べ終わったというほどの気紛れであり、食べ物を粗末にしていると言われても仕方のないほどの事をやってのけた事のある人だが、そんな赤木さんに言われてしまえば、もうおしまいであろう。それほど私はさっき愚かな事をしたという事だ。確かにこれで飲めませんでしたでは擁護できないであろう。そもそも水分補給が目的なのにどうしてそんな危険な冒険に出てしまったのか今になって疑問に思う。

 私はそんな自分の愚かさを呪いながら、右手にある『つぶつぶドリアンジュース』を恨めしく睨みつけたあと、歩き始めた。

 

-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

「それにしても……本当にこんな探し方でいいんですかー?」

 

 外に出て数分が経とうとしていた時、初美ちゃんはそんな事を私に向かって言ってくる。確かに、この探し方ではラチがあかないものだが、前例がない以上こうして探し回る事しかできないだろう。

 その事を初美ちゃんに伝えると、初美ちゃんは少し渋々とした表情で「まだ課題も残っているというのに……ちゃちゃっと終わらせるですよー」と言った。

 初美ちゃんはあの時感じなかったから分からないのも仕方ない事だが、あの時感じたのは確実に小蒔ちゃんが降ろしてくる九面よりも恐ろしい何か。いや、そもそも全く別の存在であるから一概に上位かどうかは実際に相対しないと分からないが、恐ろしさでは確実にあれのほうが上であった。しかも、たまに小蒔ちゃんが降ろしてくる『恐ろしいもの』よりも。

 

「でも……確実にこの鹿児島内のどこかにはいるはず……」

 

「地道に探すしかない……」

 

 隣にいる巴ちゃんと春ちゃんは渋々と歩く初美ちゃんに向かってそういう。そう、その何かがこの鹿児島内のどこかにいるという事は揺るぎのない事実なのだ。地道ではあるが、その何かがどういったものかすら分からないため下手に放っておくのも危険である。

 

「いざとなったら……御祓も考えなくちゃいけないわね」

 

 私は巴ちゃんの方を向いてそう言う。巴ちゃんも、それを聞いて静かに頷いた。相手が霊的な存在であれば、御祓して成仏してもらうしか他ない。まだ中学生の若造があの強大な何かをちゃんと御祓できるかどうかは不安であったが、そうだとしてもやるしかなかった。それが、私たち巫女の役目なのだから。

 

「あっ……」

 

 そう考えていた矢先、小蒔ちゃんが声を上げて遠くの方を指差していた。私たちはその指の先を見ると、そこにはベンチで座って……いや、どちらかといえばグダッとしており、いつ倒れてもおかしくないようなそんな不安定な座り方をしていた白髪の女の子がいた。もしやあの例の何かを発見したのかと少し緊張の糸を張り巡らせていた私は緊張を緩和して一息つく。他の皆も少しばかりほっとしたような表情をしていた。

 

「姫様……私たちの目的はあくまでも霞ちゃん達が感じた『何か』を見つける事ですよー」

 

「そうですけど……人の助けになる事も巫女の役目ではないでしょうか?」

 

 小蒔ちゃんはそう言ってベンチに座っている白髪の女の子の方へと向かう。私たちはやれやれといった感じで小蒔ちゃんの後を追った。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(あ、ベンチ……)

 

 今からちょうど数分前、私が歩いていた最中でちょうど見つけたベンチに座り、私はそこで水分補給を取ろうとしたのだ。

 無論、例に『つぶつぶドリアンジュース』はまだ私の右手の中に存在している。いつまでも持っておくのも嵩張るので、私は意を決してその『つぶつぶドリアンジュース』を飲もうと試みたのであった。……思えばこれが既に間違った選択だったのかもしれない。

 そうして私は缶の『つぶつぶドリアンジュース』を開ける。缶に入っている以上見た目で危ないかどうかの識別は難しい。というか、缶でなくても見ただけで識別は不可能であろうが。

 視覚での識別は不可能となれば、私が次に危険かどうかの識別を行ったのは嗅覚。私は恐る恐る中身の臭いを嗅ぐ。

 

(うわっ……)

 

 私の知識の中でドリアンというものは恐ろしく臭いがするというものであったが、どうやらその知識は間違ってなかったらしい。これでも薄くした方なのかどうかはわからないが、そんな長く嗅いでいられるような臭いではなかった。思わず私は手に持っている缶を自分の鼻から遠ざける。

 

(これを……飲むのか)

 

 私の缶を持つ手が震える。こんなもの、一口でも既にやばそうなのに、全部飲むとなればそれこそ命に関わる問題だ。バラエティー番組で青汁を飲まされる人の気持ち……いや、それ以上の苦しみを知った瞬間であった。

 しかし、開けてしまった以上飲まないという事は許されない。例え命に関わる事だとしても、自分のやってしまった事は自分でどうにかする。自分の意思を曲げる事はできなかった。

 

(……南無三)

 

 そうして私は意を決して缶の中身を口の中に入れる。その結果どうなったかは言うまでもない。当然全部飲みきれるわけもなく、まだ半分は残っているであろう缶を自分の隣のところへ置き、口直しと言わんばかりにい◯はすをまるで砂漠にいる旅人が水を意地でも飲もうとするかのごとく口に含む。しかし、ダメージはいくらい◯はすでも消せなかったようで、死んだような目をして私は缶を少しばかり揺らす。まだまだ質量感のある缶を見ながら、少しばかりいつにも増してグッタリとする私であった。




つぶつぶドリアンジュースェ……
苦しむシロがただ書きたかっただけです。悔いはない(開き直り)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第177話 鹿児島編 ③ 霧島神境

鹿児島編です。
プレミアムフライデー……?ハッ(白目)


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「うう……」

 

 そして現在へと至る。私がぐったりしながら恨めしそうに隣に置いてある『つぶつぶドリアンジュース』を見ていると、突然女の人に声をかけられた。

 

「あの、すみません……大丈夫でしょうか?」

 

 私はその声が聞こえてきた方向を見ると、そこには巫女服を着た女の人……いや、私と同い年くらいの女の子が立っていた。後ろの方を見ると、同じような格好をした女の子たちが今目の前にいる巫女さんを除いて四人ほどいた。コスプレ……というわけではなさそうで、本物の巫女さんのようだ。

 

「え、ああ……まあ」

 

 私はそんないきなりの巫女さんたちとの遭遇に戸惑いながらも、目の前にいる巫女の問いかけに答える。どうやら周りから見た今の私の状態は心配されるほど酷い状態だったらしい。

 

「それは良かったです!」

 

 私の返答を聞いた巫女さんは笑顔でそう言った。見たところ、純粋な人のようだ。というか、純粋でない巫女さんなどいるものなのか。そういった事を考えていると、後ろの方にいた巫女さんたちの中から一番背の低く、そして一番露出度が高い巫女さんが私のところまでやってきてこう言った。

 

「そこにある缶ジュース、飲まないんですかー?飲まないなら私が貰いますよー」

 

「えっ、いや、あの」

 

「喉乾いてたんですよー。すみませんね、頂いちゃいますよー」

 

 私が何かを言う前に露出度が高くて背が胡桃くらい小さい巫女さんは私の隣に置いてある『つぶつぶドリアンジュース』を持ち、そのまま一気に飲もうとする。だめだ。多分これの中身がなんなのか確認せずに飲もうとしている。私は巫女さんを止めるべく声をかけようとしたが、時既に遅し。その巫女さんはグイっと口へ含んでしまった。あれこれ全然飲めるじゃん!みたいな事が起こるわけもなく、巫女さんは飲んだその瞬間口から噴き出してしまった。まあ普通のジュースだと思って飲んでみたらドリアンでした。となれば噴き出してしまうのも仕方のない事だろう。

 

「ッ、?!?!?」

 

「わっ」

 

「あちゃー……」

 

 噴き出した巫女さんは未だに何が起こったのか分からずに手に持つ『つぶつぶドリアンジュース』の缶を見つめる。そして中身の正体を知った巫女さんは驚愕しながら私の方を向いてこう言った。

 

「なんてもの飲んでるんですか貴方はー!?」

 

 ……それに関してはただの好奇心としか言えないのだが、本当に私は何てものを買ってしまったのか。まあ巫女さんが飲んでくれたおかげで缶の中身もなくなったようだ。私はベンチの近くにあるゴミ箱の中へ忌まわしき『つぶつぶドリアンジュース』を捨て、私に向かって怒ってくる巫女さんの方を見る。自業自得といえば自業自得なのだが、私が中身を教えなかった事は悪いと感じてるし、そもそもあんなもの買わなければ良かったのだ。だから一概にこの巫女さんが悪いとは言えない。私はその巫女さんに謝ろうとしたが、それは後ろにいた三人の中の一人の巫女さんに遮られる。

 

「すみません……初美ちゃんが勝手に貴方のものを飲んでしまって……」

 

 私がその巫女さんを見て初めて思った事は、胸が異常にデカイという事であった。今まで色々な人の胸を見てきたが、これほどまでにデカイ胸を持った人は見た事がなかった。そんな胸のデカイ巫女さんは、初美ちゃんと呼ばれたさっきドリアンジュースを飲んだ巫女さんの頭を右手でグリグリしている。初美さんは「い、痛いですよー!?」と言って涙目になっている。

 

「いや……そんな、大丈夫です……」

 

 私はそんな初美さんに向かって心の中で謝りながら、胸がデカイ巫女さんの方を見る。すると巫女さんは頭を下げて、「自己紹介が遅れました。石戸霞です。そしてこの子が薄墨初美ちゃんで、さっき貴方に声をかけたのが神代小蒔ちゃんで、後ろの方にいる赤髪の子が狩宿巴ちゃん、緑色の髪の子が滝見春ちゃん。五人全員が巫女をやっています」と軽く私に自己紹介した。私は初美さんに謝罪の意を込めて自分の持っていたい◯はすを渡した後、霞さんに向かって「私は小瀬川白望……」と言った。

 そして自己紹介をした後、どうしたら良いのか分からなかった私はとりあえず霞さんに向かって右手を差し出し、こう言った。

 

「よろしく……」

 

 霞さんも「よろしくね」と言って右手を掴み、握手をする。が、その瞬間霞さんがバッと右手を離した。

 

「……?」

 

 私は驚いた表情で霞さんの事を見るが、さっきまで温厚な感じであった霞さんの目は鋭くなっていた。よく見ると、初美さん、小蒔さん、後ろにいる巴さんと春さんまで、私の事を睨みつけるようにして見ていた。

 私になにかあったのであろうか、と思い思考を巡らせるが、すぐに思いつく事があった。それは赤木さんの事である。幽霊ともいえる赤木さんの存在が、もしやこの巫女さん達にバレてしまったのではないか。そう思い霞さんたちの事を見ていると、霞さんは私に向かって「……少し、ついてきてくれるかしら?白望さん」と言った。

 

 

-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

「……はい」

 

 私の要望を承諾した白望さんを連れ、私たちが来た道を戻る。抵抗されるかな、とも思ったがすぐに受け入れてくれたところを見ると、そんなに危なくない存在なのであろう。邪悪な気配は一切感じられなかった。

 しかし、そうだというのに私が警戒を解かなかったのは、私が握手した時に白望さんから感じた気配は、先ほど感じた気配と全くの別物であったからだ。いや、力の強大さでいえばどちらも同じくらいなのであろうが、こっちはさっき感じた邪悪な気配とは違い、まるで死んだように凍りつくような気配であった。

 私たちが本来探していたものとは違かったが、それでもこの気配は異常だ。もしかしたらさっきの邪悪な気配と白望さんには何か関係があるのかもしれない。そう思って白望さんを連れてきたのだ。

 

(もしかしたら……この子が取り憑かれてる可能性もあるかもしれない。放っておくのは些か危険ね……)

 

 私はそう思いながら後ろをついてくる白望さんを見る。白望さんの状態は至って普通であり、取り憑かれている、とは思えなかった。が、それはあくまでも見かけ上のものだ。実際はどうなのかは分からない。念には念を入れて、白望さんに何かが憑いていないかを調べ、その後で措置を決める。これが私たちができる最善の手だ。

 そういって歩くこと数分、私たちはこの近くで一番近い山の中へと入った。白望さんがその事に対して疑問に思ったのか、「一体どこに連れてく気……?」と私たちに聞いてきた。

 

「霧島神境です」

 

 白望さんの隣にいた巴ちゃんが真剣な表情で答える。白望さんは「霧島……神境?」と言うと、巴ちゃんは続けてこう言った。「意味が分からないとは思いますが、少なくとも鹿児島ではないところです」と。白望さんはますます疑問そうな表情をしていたが、私たちは既にその霧島神境についていた。

 

「あれっ……さっきまで山の中じゃ……」

 

 白望さんはそういって辺りを見渡している。まあ、余程のことがない限り普通の人間が入れることの出来ない場所だ。それもさっきまで山の中であったのに、いきなりこんな開けた場所へ来た事に驚かない人などいないだろう。もっとも、白望さんは驚いたというよりかは疑問に思う程度であったが。

 

「ようこそ。ここが霧島神境よ」

 

 そうして鳥居をくぐった私は、不思議そうに、しかし何かを考えているかのような表情をしている白望さんに向かってそう言った。

 

 




次回も鹿児島編です。
シロの近くに幽霊として存在する赤木と、シロが抱える闇の中に存在する鷲巣様、両方をいっぺんに見たら霞さんたちはどう反応するのでしょうか。
因みに握手の時感じた気配はシロ本人の気配だったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第178話 鹿児島編 ④ 御祓

鹿児島編です。
エイプリルフールなんてなかったんや……


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

(鹿児島じゃないところって……一体どういう事なんだ……)

 

 私はそんな疑問を抱えながらも、霞さんたちに連れられて神社(?)の中へと入った。その神社らしき建物は語彙力が低そうにも見えるが、ただ大きい建物だ。としか言い表す事ができなかった。まず私の目の前にあるドア……というより門。それが大きすぎる。まるで自分が小さくなったような錯覚を受けてしまうほど、その門は大きかった。

 

「どうぞごゆっくりですよー」

 

 そんな門の前に立っている初美さんが手を振ってこちらを呼ぶ。私は未だ辺りをキョロキョロ見ながら、その門をくぐった。

 そうして神社……らしき建物に入った私は室内を見渡す。今まで私が見てきたどんな家よりも、そこは広くて豪華であり、そしてどこか神聖な感じがした。

 私がそうしていると、奥の方にいる霞さんに「白望さん。どうぞ此方へ」と言われた。ここで何をするのか、だいたいの予想はできたものの明確には分からない私は霞さんに従うほかなかった。後ろにいる初美さんを見ても分かる通り、この『霧島神境』に来る前から皆はえらく神妙な表情をしており、こうしてこの『霧島神境』へ連れてこられたものの、あまり此方を歓迎するような雰囲気ではなかった。

 

(まあ……別にいいけど)

 

 しかし私はそんな異様な雰囲気にも臆せず、霞さんが呼ぶ部屋の中へと入る。するとそこには霞さんと、よく普通の神社にいったときお祓いで使われている大麻を持った巴さんと巫女服を着ているにしては随分と薄着の春さんがいた。

 

「どうぞ、座ってください」

 

 霞さんは此方を警戒させないようにするためかどうかは分からなかったが、いやに笑顔でこちらに言ってきた。彼女が何を考えているのかは分からないが、それが緊張している時の作り笑顔だというのはすぐにわかった。

 私は霞さんの目の前にある椅子に腰掛けると、霞さんは咳払いをして私に向かってこう言った。

 

「……単刀直入に聞くわ」

 

「……何」

 

「あなた、何かに憑かれてない?」

 

 ……やはりそういう感じか。赤木さんの事を私に取り憑いている悪霊か何かと勘違いしてしまっていたのだろう。私が事情を説明しようとしたまさにその時、間に入るようにして赤木さんが霞さんに向かって声をかけた。

 

【……俺の事か】

 

「!!……やっぱり……」

 

「……なんで出てくるの」

 

【俺が出なければ話が終わらないだろう……フフフ】

 

「何者ですか……貴方は」

 

【まあそう身構えるな……ククク……別に取り憑いているわけじゃあねえよ】

 

「……?どういう事かしら?」

 

 そうして赤木さんが説明を始める。とはいっても随分と端折られたところはあるものの、一応霞さんたちにも理解してもらえたようだ。霞さんは安堵のため息を吐くと、近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「という事は、赤木さんは白望さんに取り憑いているわけじゃなくて、ただ近くで見守っているだけ……?」

 

「そういう事……」

 

 有り得ない話ではあるが、実際そうなのだから仕方ない話だ。どういう理屈を並べようとも事実だけは覆す事はできない。霞さんも「前例は聞いた事はないけど……信じる事にしましょう」と言って納得してくれたようだ。私としても素直に納得してくれてよかった。これで霞さんたちに祓われて赤木さんが成仏してしまいましたなんていう事になったら笑い話にもならない。

 

【それに……さっきアンタ達が感じた気配は、俺の気配じゃねえ。こいつのもんだ】

 

「……それは本当の事かしら?」

 

【とはいってもこいつの気配も俺の気配も似たようなものだけどな……】

 

 そうして密かに私が安堵しているうちに、赤木さんと霞さんはどうやら打ち解けていたらしく、二人だけで会話をしていた。やはり巫女さんという職業柄、そういう霊とか神様とかの類と接するのは慣れているのだろうか。

 

「まあ……疑念も晴れたわけだけど……」

 

 霞さんがそう言って大麻を持った巴さんの方を見ると、巴さんも「結局核心には至らず……ですね」と言って大麻を特徴的な筒の中に入れ、私の隣の椅子に座る。どうやら、彼女らの問題は振り出しに戻ってしまったようだ。しかし、ここでまたも赤木さんは口を挟む。

 

【……アンタらももしや感じたのか。こいつの闇を】

 

「鷲巣……巌?」

 

 私も驚いて赤木さんの方を見る。私の闇。一度私を死の淵まで追い詰めたあの闇。結局制御する事は不可能だと判断したきり、現れる事のなかったあの闇を、どうして感じたのであろうか。赤木さんは霞さん達に耳打ちするようにして、私には聞こえないようにして話す。そして話が終わった後、霞さんはこちらを向いて「……白望さん。少し貴方の闇、拝見させてもらいますね」といった。すると隣にいた巴さんが再び大麻を筒の中から取り、「安心して下さい。別に貴方の闇を成仏させたり、取り除くわけではなく、ただ拝見させてもらうだけなので……」と言って立ち上がる。

 

 

「……何やってんの」

 

 しかし、ここで一つ問題があった。別に巴さんのやっている事は何らおかしなことはない。あまり神道の類は分からないが、多分普通の事であろう。しかし、霞さんと春さんのやっている事がおかしかった。突然、巫女服を脱いで全裸になりだしたのだ。それも、さも当然のように。まるでこのための薄着であったと言わんばかりに。

 そうして、あっという間に私の目の前にいた二人は全裸になっていた。一体何をやっているのか、何を思って服を脱いだのか。全然私には理解が及ばなかった。流石にこれは赤木さんも驚いたようで、少し動揺気味に【あらら……】と呟く。

 そして困惑している私の腕を霞さんは掴むと、そのまま霞さんに引っ張られてちょうど霞さんと春さんのちょうど間の位置に連れてこられる。前を向いても全裸、後ろを見ても全裸。目のやり場に困っていた私に、霞さんは信じられない発言をする。

 

「さあ、貴方も脱ぐのよ」

 

「……本気?」

 

 そう言って巴さんの方を見ると、申し訳なさそうな表情をして首を縦にふる。どうやら、本気で脱がないといけないらしい。私は他人事のように此方を見ている赤木さんを睨みつけ、私はおそるおそる服を脱ぐ。

 いや、別に今までも人に全裸を見せたことは何度もある。しかしそれはあくまでも風呂、入浴という大義名分があったからだ。これはそういう大義名分はない。いや、何かそういう大義名分はあるにはあるのだろうが、何も分からない私にとってはただこの場にいる人に全裸を見せるだけにしか思えなかった。……いくらなんでもこれは恥ずかしすぎる。しかし、隣にいる霞さんと春さんは何の躊躇いもなく全裸でいるから恐ろしい。多分、こういうお祓い的なものを何度もやっているうちに慣れてしまったのであろう。……私が巫女でなくて本当に良かったと思った瞬間であった。

 そうして私も霞さんに促されるままに全裸になると、春さんと霞さんが私の事を挟むようにして体を寄せる。彼女らの歳はまだ聞いてなかったが、私と近い年齢だと仮定しても二人の胸はかなり大きい方であった。特に霞さんなんてそれこそ竜華や絹恵よりも大きいのではないだろうか。

 そして大麻を両手に持った巴さんが、全裸三人を前にしても何も動揺することなく、真剣な目つきで「……始めます」と言った。




次回も鹿児島編。
原作の方でも何故御祓の時に全裸になっていたんでしょうかね。霞さんと春ちゃんは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第179話 鹿児島編 ⑤ 鷲巣巌

鹿児島編です。
やっぱりノリで書かないとダメですよね。書いてる途中で賢者モードに入るようじゃSSは書けません。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……始めます」

 

 巴さんがそう言って御祓の時に使われる大麻を振りはじめる。それとほぼ同時に、後ろにいる春さんが私の背中に額を当てる。突然の事で、しかも裸で直に触れられた私は思わず声を上げてしまうが、その声も目の前にいる霞さんによって遮られてしまう。

 

「行くわよ……」

 

 そう言うと、霞さんは私の額と自分の額を合わせて、目を閉じる。

私は何が起こっているのか、全く分からなかったが、巴さんはもちろんの事、春さんも霞さんも真剣な感じがしていたので、私はあえて言及を避けた。素人の私が口を挟んだところで意味はないだろう。さっきの服を脱ぐ時点で私は置いてかれているからだ。まあ少しくらいは説明してくれても良さそうなものだが。

 

(……なんだこの状況)

 

 そうして、とりあえず今はこの人たちに全て任せようと決めた私は、改めて現状の異常さに気づく。大麻を振る女の子と、その目の前にいる全裸で、抱き合っているといっても過言でない状態の三人の女の子。端から見れば露出狂の集い、もしくはどこか危ない宗教。そんな感じにしか見えない状態であった。

 現状の異常さを再確認した私は未だ春さんと霞さんにサンドイッチされながら、チラリと巴さんの方を見る。素人の私が見れば、ただ大麻を振っているだけのようにしか見えないが、巴さんの集中力を見ればただ振っているだけではないというのが一目瞭然である。それに、巴さんの汗の出る量が尋常でない。いくら夏場だからといっても、巴さんの顔は異常なほど汗で濡れていた。よほど集中しているという事なのであろう。

 

(恥ずかしいから早く終わらせてほしいなあ……)

 

 途轍もなく集中しているのは分かるのだが、はやくこの恥ずかしい状態が終わってほしい私からしてみれば、なるべく順調に事が進んでくれると良いなと思う。まあそのためにも、無用な口出しは避けるべきだろう。

 

 

-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

(さあ……白望さんの闇……一体どんなものなのかしら……?)

 

 私は全裸の白望さんの額に自分の額を当て、全神経を集中させて白望さんの身体へと意識を送る。赤木さんから特別に教えてもらった、白望さんが抱えている闇。それがどうにもあの時私が感じた邪悪な気配の原因らしい。

 やはりその闇は赤木さん曰く危険なものであったらしく、一度は白望さんの命を奪いかけたほどであったらしい。だが、白望さんはそれを乗り越えて己の闇に打ち勝った……らしいのだが、どうにも白望さんが鹿児島入りしてから様子がおかしいと赤木さんは言っていた。

 そしてその元凶とも言える存在が、鷲巣巌という男。赤木さんには、その男の様子を見てきてくれと頼まれたのだ。だから今こうして白望さんの闇を探っているのである。

 そうして探す事数分、案外早めに白望さんの闇を見つける事ができた。私は慎重になりながら、少しずつその闇へと近づいていく。

 

(赤木さんは闇と言っていたけど……澱んではいないわね)

 

 私が最初に白望さんの闇を見てまず初めに思ったのはそれであった。白望さんの身体を蝕んでいた元凶の鷲巣巌という男がいたせいで、白望さんの闇は必要以上に禍々しく、澱んでいたと赤木さんは言っていたが、その鷲巣巌という男が身を退いたとしても、その闇は綺麗であった。それこそ夜の空のような、どこか人を惹きつける色をしていた。

 

(本当に、この中に鷲巣巌という男が……?)

 

 信じられない話だが、でも赤木さんが言うのだから本当らしい。私は白望さんの闇の中心部へと向かう。それと同時に、私は従えている小薪ちゃんが時折降ろす『恐ろしいもの』をいつでも自分の身に降ろせるように準備する。赤木さんが言うには、その鷲巣巌という男は神様を超越どころか、神様を下僕として扱える事ができるような存在である。もしその言葉が本当であれば、私はどうにもする事ができない。私はあくまでも神様の力を借りて発揮するタイプである。それ故に相手が神様と同等、それ以上の存在であれば、私は太刀打ちができない。ましてや神様を下僕として扱えるような存在に、私がどうこうできるわけが無かった。

 

「おい、小娘」

 

(……ッ!?)

 

 

 そう考えていると、いつの間にか背後に何者かの存在がいた。私が振り向こうとした直後、その背後にいた者に首根っこを掴まれる。私が抵抗しようと『恐ろしいもの』を降ろそうとしたが、その者の「無駄じゃ」という一言と共に払われた腕で『恐ろしいもの』が吹き飛ばされてしまった。恐らくこの者が、赤木さんの言っていた鷲巣巌なのであろう。完全に抵抗する術がなくなった私は、諦めてその者の言葉を聞く。

 

「小娘、貴様は何者じゃ」

 

「……六仙女の巫女」

 

 恐らくこの者が、鷲巣巌という男なのであろう。確かにこの男、神様よりも数段格上、それこそ下僕、奴隷として扱えるほどの存在だ。

 鷲巣巌が私の答えを聞くと、どこか納得したような表情をして「成る程……やはりわしの聞いた話は満更御伽噺ではなかったということじゃな。こうしてここに来ているところを見ると」と一人言のように呟く。

 

「さて小娘。この鷲巣巌に何の用だ?よもやこの鷲巣巌を成仏させようという魂胆ではないだろうな……」

 

「赤木さんに、白望さんの闇の中にいる鷲巣巌って人を調べてきてくれって……」

 

 それを聞いた瞬間、鷲巣巌は驚いた表情で私に詰め寄る。

 

「あ……?赤木?赤木ってあの……アカギしげるの事かッ!?」

 

「カカカ!成る程のぉ……わしが放った貴様らに対する威嚇が、よもやあのアカギも察知してくるとは……つくづく生意気なやつだ……!」

 

 自己解決した鷲巣巌は愉快そうに、そして不気味に笑ってみせると、私の首根っこを掴んでいた手を離して、私に向かってこう言った。

 

「安心せい。アカギには『もうこのガキにちょっかいをかけるような気はない』と伝えておけ」

 

「……ふう。分かったわ……」

 

 私がそう言って帰ろうとした直後、鷲巣巌さんは「ああ、そうじゃ」と言って私を呼び止める。

 

「今後わしに何か聞きたい事があれば、いつでも呼ぶがいい。あくまでわしはこのガキの闇に興味があるからいるだけで、別にこのガキ専用の存在ではない。それに、わしは今退屈での……閻魔も最近は張り合いがなさすぎるんじゃ」

 

 そう言って鷲巣巌さんは手をパンパンと叩くと、どこからか鬼のような者が現れた。鷲巣巌さんのさっきの言葉と照らし合わせて、多分この人が閻魔大王様という事になるだろう。本当に地獄の神様を下僕として扱っているようだ。

 そんな二人を遠目で見ながら、私は意識を白望さんの身体から自分の身体へと戻し、無事に戻ってきた。

 

「……終わったわ」

 

 私が汗だくの巴ちゃんにそう言うと、集中しすぎて力が尽き果ててしまったのか、裸のまま私は白望さんの身体に倒れかかるようにして気絶した。白望さんの背後にいる春ちゃんも私のサポートとはいえ余程体力を使ったのか、春ちゃんも白望さんの身体へと倒れかかった。

 

 

 

 




やっぱり鷲巣様はツンデレじゃないか……
安易な考えで御祓の全裸シーンを書いてしまったため、その後の展開が少々雑になってしまった感。
……次からはもっと丁寧に全裸シーンを書きたいと思います(殴


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第180話 鹿児島編 ⑥ 関節技

鹿児島編です。
安定のおっぱいオバケ


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「お疲れ様でした……」

 

 さっきのさっきまで大麻を振っていた巴さんがそう言うと、巴さんは大麻を筒へしまって、ふらふらとした足取りで奥の部屋へと向かった。未だ春さんと霞さんに裸のままサンドイッチされている状態で、しかも二人に寝られてしまっていて身動きの取れない私は、この状態をどうにかしようとしてもらうべく巴さんを引きとめようとしたが、それよりも先に巴さんは部屋の襖を閉めてしまった。

 

(……はあ)

 

 私はため息をついて目の前で寝ている霞さんを見つめる。いや、別に普通に私に倒れかかるのも、それで寝られるのもそんなに嫌な事ではない。ただダルいだけであり、そんなに拒絶するような事ではない。なんだったら私も一緒に寝る事だって可能だ。

 しかし、今の状態は少し通常の場合とは異なる。要するに今私と霞さんと春さんは裸の状態なのだ。裸の状態のまま寝られてしまうと、起きてもらうまで私まで裸のままでいないといけないし、何より恥ずかしい。目のやり場にも困るし、寝ようとしても寝れるような状況でないのは一目瞭然である。

 

(しかも胸……当たってるし)

 

 しかも、しきりに霞さんと春さんの胸がしきりに私の体に当たっている事も、私が早くこの状況から脱出したいと思える一つの要因であった。私も裸であるため、直で胸の感触が伝わってくる。

 確かにこの状況、私が力づくで抜け出したり、霞さんと春さんを起こしたりする事も一つの手だ。しかし、それはあくまでも私個人だけの理由である。先ほどの行為で相当疲れたのが素人の私から見ても分かるし、倒れるようにして寝た二人を無理に起こすのは悪い。そもそも、私が声をかけて起きるかどうかすら怪しい話だ。霞さんと春さんをどこか別の場所に移す事も、サンドイッチのようになっている私一人だけではしたくともできない。

 結局、私はこの羞恥と二人の胸の感触に耐えながら二人の目覚めをただひたすら待つしかなかった。巴さんの協力も無理そうだし、初美さんと小薪さんが今どこにいるのかも分からない以上、私はただ耐えて待つ事しかできなさそうだ。全裸の状態なため端から見ればただの露出魔にしか見えないが、服を着たくとも身動きが取れないためどうにもする事ができないのだ。仕方あるまい。

 

(それにしても……やっぱり大っきいなあ)

 

 そうして何もする事ができない私は、霞さんの胸に視線が向く。やはり霞さんの胸は尋常じゃないほど大きい。見ただけでもその大きさは伺えるが、今直で触れているからこそ改めて分かる。異常なほどの大きさだ。絹恵や竜華よりも大きい"かも"と私は思っていたが、今なら確実に分かる。確実に絹恵や竜華よりも大きい。いや、絹恵はともかく竜華の胸は服越しでしか見た事はない……というかそれが普通なのだが、服越しだとしても、竜華がこれほど大きいとは思えない。それほど霞さんの胸が大きすぎるのだ。

 

「霞ちゃー……ってあれ、もう終わったんじゃなかったんですかー?」

 

 そんな事を考えていると、運がいい事に初美さんが襖を開けてやってきた。ちょうどいいタイミングでやってきてくれた。初美さんに協力してもらって、霞さんと春さんをどこか布団とかにでも移動させよう。

 

「いや……ちょっと霞さんと春さんが終わったんだけど寝ちゃって……」

 

 私は初美さんに事情を説明すると、初美さんは成る程と言いながら頷くと、私のところまでやってきて私に倒れかかるようにして寝る霞さんの顔を覗く。裸であるという事に特に驚いたり言及しないところを見ると、やはり裸になってこういう御祓的なものをやるのは彼女らにとっては普通なのだろう。慣れとは恐ろしいものだ。

 

「しっかし……霞ちゃんも大きくなったものですねー……身長的な意味でも、胸的な意味でも……」

 

 初美さんは寝ている霞さんを見てそう呟く。私は「どういう事?初美さん……」と初美さんに聞くと、初美さんはどこか誇らしげに私にこう答えた。

 

「今はこんなデカいおっぱいオバケみたいな感じですけど、七歳の頃は胸もツルツルぺったんで身長も私より低かったんですよー?性格も輝くほど純粋でしたし……しっかしそれがどうしてこんな風に……」

 

 そして初美さんがそう続けようとした瞬間、寝ているはずの霞さんが初美さんに向かってパンチを繰り出した。霞さんが放ったパンチは初美さんの顔面をまっすぐ捉え、そのまま振り抜かれた。初美さんは顔面を殴られて顔を押さえながら「んなっ……!?ちょ、本当に寝ているんですか霞ちゃーん!?」と霞さんに向かって言う。しかし霞さんは目を閉じたままで寝息を立てている。完全に起きているわけがなかった。

 

「うーん……あら?どうやら寝ちゃってたわね……」

 

「あ、霞さん」

 

「霞ちゃん、酷いですよー!」

 

 すると初美さんの声で起こされたのか、霞さんが目をさます。霞さんは欠伸をしながら背筋を伸ばすと、私に向かって「裸のままで……ごめんなさいね」と私に謝り、私の後ろに倒れかかるようにして寝ている春さんの背中を優しく叩き、「春ちゃん、おきなさい」と言って起こす。春さんもいかにも眠そうにして起きると、何も言わずに裸のまま巴さんが先ほど行った部屋へと向かった。

 二人に解放された私はとりあえず近くに脱ぎっぱなしにして置いてあった服を再び着る。霞さんも巫女服を着直していると、初美さんに向かってこう言った。

 

「そういえば、初美ちゃん?」

 

「なんですかー?」

 

「さっき私の事を酷いって言ってたけど……どういう事かしら?」

 

「えっ」

 

 霞さんにそう聞かれた初美さんは汗をダラダラと流しながら目を泳がせて「な、なんでもないですよー」と言って誤魔化そうとする。

 

「おかしいわね……さっき初美ちゃんが白望ちゃんに言った事は気のせいだったのかしら?」

 

「やっぱり起きてたんじゃないですかー!……ってハッ!」

 

 霞さんの策略によってボロを出してしまった初美さんの事を心配しながら、霞さんの事を見る。今の霞さんの表情は笑っているようにも見えるが、目は笑っておらず、初美さんの事を睨みつけていた。

 霞さんは初美さんの事を捕まえると、関節技のような事を初美さんにしながらこう言った。

 

「さーて……じっくりと聴かせてもらおうかしら……」

 

「痛い痛い痛い!ギブ、ギブだから許して下さいー!」

 

 そこから初美さんが全てを打ち明けるまで、初美さんの悲鳴が消える事がなかった。




次回も鹿児島編です。
そろそろ麻雀回になると思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第181話 鹿児島編 ⑦ 本家と分家

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「あっ、霞ちゃんと白望さん。もう終わったんですね」

 

 あれから数分後、ようやく初美さんが全てを打ち明け、霞さんの巫女さんだとは思えないほど洗練された関節技がようやく終わった。そして私は霞さんと初美さんに連れられて、ある和室へと連れてこられた。そしてその和室には、小薪さんが座布団に座っていた。

 小薪さんが私たちを視認するとそう言い、それと同時に私と霞さんの間から初美さんが飛び出て小薪さんに抱きつく。小薪さんはいきなりのことで少しほど驚きながらも初美さんを抱擁する。

 

「ど、どうしたんですか……初美ちゃん」

 

「姫様……霞ちゃんが酷いんですよー」

 

 初美さんが小薪さんに向かって言う様は年の離れた姉妹、もしくは親子のように見えるが、そう思っていると隣にいる霞さんが「……あれでも初美ちゃんは私と同じ中学二年生。そして小薪ちゃんは中学一年生。……つまり初美ちゃんの方が一つ年上なのよ」と私に向かって囁いた。私は少しばかり驚きながら初美さんの事を見る。本当に自分と同い年だとは思えない身長だが、胡桃と同じような感じだと思えばなんら不思議なことでもなかった。

 そしてもう一つ驚きなのが、隣にいる霞さんも私と同い年であるという事。どう考えても中学二年生には見えないが、ここでこの事を霞さんに言ったらどうなるか分かったものではない。流石に関節技を決められるのは御免だ。

 

「姫様っていうのは何か関係があるの……」

 

 そんな霞さんに向かって気になった事を一つ聞いてみた。それはさっき初美さんが小薪さんの事を姫様と呼んでいた点。普通あだ名だとしても、年下の事を姫様だとは呼ばない。何らかの理由があるのだろうと聞いたところ、小薪さんは本家で、他の皆は分家らしい。あんまり私には本家とか分家とかは馴染みのない話だが、そういう神社とかでは結構重要だったりするのかな。

 というか、本家と分家という事は皆血が繋がっているという事なのか。それもそれで凄い話だと思っていると、初美さんを抱擁していた小薪さんが「あっ、ところで白望さん!」と私に向かってそう言った。

 

「何……」

 

「白望さんって、麻雀とか打たれるんですか?」

 

「まあ……」

 

 私がそう返すと、小薪さんは目を輝かせて「じゃあ、今ちょうど四人いる事ですし、麻雀でもやりませんか?」と私たちに向かってそういった。

 

「小薪ちゃんがそう言うなら、やりましょうか」

 

「予めに言っておきますが姫様、手加減はしませんよー?」

 

 小薪さんに抱擁されていた初美さんが立ち上がり、小薪さんの手を握って別の部屋へ移動を始める。その後をついていく形で私と霞さんが並んで歩く。そして歩いている途中、霞さんが私に向かって前にいる二人に聞こえるか聞こえないかの微妙な声量でこう言った。

 

「白望ちゃん」

 

「……何、霞さん」

 

「さっきの赤木さんの只者ならぬ気配と、あなたが自分の身体の中に宿してる闇を見ても分かったけど、あなた……麻雀はかなりの腕前じゃないかしら?それも、トッププロを凌ぐほどの相当強い部類……」

 

 よく私は強いと言われたりするが、目標が赤木さんである以上、正直今の自分が強いかどうかなど分からない。客観的から見ればそうなのかもしれないが、私からして見ればまだまだ道半ばでしかないのだ。だからこそ、こういう事を言われるとどう返したら良いのか分からないのだ。そう返答に困っている私が答えずに黙っていると、霞さんは少しほど微笑み、「まあ、実際に打ってみないと分からないわね」と言った後、続けて独り言のようにこう言った。

 

「少し前に、小薪ちゃんに麻雀のルールを教えたらハマっちゃってね……」

 

「頑張り屋さんなんだけど、小薪ちゃんあんまり強くないのよね……むしろ弱いくらい」

 

「……手加減しろって事?」

 

 私が霞さんに向かってそう言う。正直な話、手加減するという事はあまり好きではない。常に自分の全てを使って相手と全力で闘う。それが私が求めている、赤木さんが嘗て求めていた『本当の勝負』であり、相手にとっての礼儀であるからだ。残念だが、私はその要求は飲めない……そういう旨を伝えようとしたら、霞さんがまたもや微笑して私にこう言ってきた。

 

「いいえ。むしろ……本気でいかなきゃ潰されるわよ。特にあなたのような強者であれば、小薪ちゃんが猛威を振るうと思うわ」

 

「……どういう事?」

 

 私が霞さんに向かってそう聞くと、霞さんは「まあ、対局が始まってからのお楽しみね。小薪ちゃん次第なところもあるし……」と若干有耶無耶にされたが、とりあえず小薪さんには何かあるという事なのだろう。私はそれを頭の片隅に置いておく事にした。

 そして霞さんが思い出したかのように「ああ、そうだ」と言って私に耳打ちをする。

 

「そういえば、初美ちゃんには気をつけなさいよ。特に『裏鬼門』には」

 

「……ふーん」

 

 警告のようなものを霞さんに言われたが、生憎私には警戒しろと言われたところで関係のない事だ。私は如何なる時でも警戒を怠るような事なんてしない。常に最大規模の警戒をしている。そういう意味で、気をつけろという警告は心配後無用といった感じであった。私は少しばかり皮肉っぽく霞さんに向けて「警告どうも……霞さん」と言った。

 

「……随分と余裕みたいね」

 

 すると私が言った事を皮肉だと察したのか、霞さんは私に向かってそういった。私はあえて何も言わずに黙っていると、霞さんは私に向かってこう言った。

 

「あと、さん付けじゃなくて、呼び捨てで大丈夫よ。私だけじゃなくて、小薪ちゃんや他の皆も」

 

「……そう?」

 

「小薪ちゃんの事を皆が姫様って呼ぶのは昔からだから慣れてるから別にいいんだけど……基本みんなあんまり堅苦しいのは嫌なのよね……」

 

 姫様と呼ばれている小薪さんまで呼び捨てにするのは如何なものかと思ったが、まあそう言われてしまえば従うしかない。

 

「じゃあ呼び捨てで呼ぶ事にするよ……霞」

 

 私は霞に向かってそう言うと、聞こえていたのか小薪さんと初美さんが私のところまでやってきて私に向かってこう言った。

 

「霞ちゃんだけ呼び捨てで呼ばれるなんてズルいですよー」

 

「わ、私の事もそういう感じで呼んで下さい!」

 

「分かったよ……初美、小薪」

 

 そうして会話が終わり、私たちは全自動雀卓のある一室へとやってきた。そして部屋に着いた私たちはまず席決めと親決めを行った。すると北家スタートの初美が、「東一から北家ですよー!」と半ば興奮しながらそう言っていた。

 私は何があったのかは分からなかったが、これが霞の言っていた『裏鬼門』なのか。実際そうなのかは分からなかったが、兎にも角にも東一局が始まった。




次回は麻雀回。
初美ちゃんの裏鬼門……果たしてどうなるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第182話 鹿児島編 ⑧ 裏鬼門

麻雀回です。


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:小瀬川白望 ドラ{①}

 

小瀬川白望 25000

石戸霞   25000

神代小薪  25000

薄墨初美  25000

 

 

 自動卓から牌の山が迫り出されて始まった東一局、親は小瀬川白望で、石戸霞が忠告した問題の薄墨初美は北家である。

 対局が始まる前に石戸霞が小瀬川白望に忠告した薄墨初美の『裏鬼門』だが、元々陰陽道では南西の(ひつじさる)の方位とされ、裏鬼門とは反対の方位の(うしとら)……つまり鬼門と同じようにして鬼が出る方向として忌み嫌われていた。そして肝心の薄墨初美の『裏鬼門』もそれに通ずるものがあり、ざっくばらんに言えば自動卓の場合サイコロの部分を中心として鬼門の位置に鬼門の牌……つまり東と北を晒すと、薄墨初美の手牌には裏鬼門である牌、南と西を手牌に次々と呼び寄せることができるというものだ。要は、東と北を晒せば四喜和を聴牌できるという事だ。役満の中でも四喜和、特に大四喜は国士無双や大三元、四暗刻のいわゆる役満御三家と比べればかなり難しい部類に入るが、彼女は東と北を鳴いて揃える事ができれば、四喜和を聴牌できるのだ。そう考えれば、いかに薄墨初美の『裏鬼門』が強力な能力だという事が分かるだろう。

 また前述した通り、東と北を鳴けばいつでも発動できるというわけではなく、ちゃんと鳴いた後の晒す場所が鬼門でなければいけない。そして薄墨初美が牌を鳴いた時晒す場所が鬼門である場合は薄墨初美が北家の時で、つまり薄墨初美が『裏鬼門』を発動させることができるのは薄墨初美が北家の時のみである。という事は今がまさにその『裏鬼門』を発動させるチャンスということなのだ。

 その他にも、当然ながら仮に東と北を暗刻にするだけでは意味がなく、しっかりと鳴かなければいけないし、何より誰かがその牌を切らなければ『裏鬼門』が発動できないなど、色々な制約があるが、暗槓を利用すれば誰かが切らずとも発動できるし、何より『裏鬼門』の能力を知らない初見が相手ならばほぼほぼ東と北を切ってくる、究極の初見殺しだという事には変わりない。

 

(さあ……初っ端から飛ばしていきますよー)

 

 そしてその薄墨初美も、自身の『裏鬼門』には絶対の自信を抱いていた。それはそうだ。何せ『裏鬼門』は彼女の麻雀の代名詞と言っても過言ではない、薄墨初美にとっての必殺技であるからだ。

 

(霞ちゃんはともかく……まだ初心者の姫様と、初見さんの白望ちゃんなら多分切ってきてくれますねー……でも、大人気ないとは言わせませんよー?)

 

 薄墨初美は頭の中でそんな事を考えながら、配牌をどんどん取っていく。そして薄墨初美の東一局の配牌はこのような牌姿となった。

 

薄墨初美:配牌

{二五六九①③⑧33東東北発}

 

 見掛け上は、場風牌の{東}が対子となっている四向聴。{東}が対子となっているからまだ救いがあるが、それでもこの手は凡手といわざるを得ない。

 しかし、それはあくまでも"見掛け上は"というだけの話。薄墨初美にとっては最初から{東}が対子となっているのは実に好都合。{東と北}を鳴けると仮定すれば、{北}を一枚持って来れば{南と西}を引けるため、実質薄墨初美が運のみでツモってこなければいけない牌は{北}のみという事になる。またその{北}も場の流れが『裏鬼門』を発動させる事の後押しをするのか、大抵早い段階で{東と北}は対子となる。

 そう考えれば、実質薄墨初美が北家の時に配牌の良さはあまり関係ないと言っても過言ではない。最低一つ搭子があればそれで小四喜を決められるのだから。

 とはいっても、その肝心の{東と北}を鳴けなければ話は進まないのだが。自分の『裏鬼門』をよく理解している石戸霞、狩宿巴、滝見春の三人と一緒に卓を囲むと大概の場合は{東と北}は例えオリる事になったとしても切ってこないので薄墨初美自身で{東と北}を暗槓しないといけなくなる。しかし、今は違う。初心者の神代小薪と、『裏鬼門』について知らない小瀬川白望がいる。この二人からなら、恐らく溢れる。そう予想して薄墨初美は機をうかがっていた。

 

 

 

(……『裏鬼門』。鬼門の反対みたいな感じなのかな……そうだとすれば運が良くなる……得意分野……そんな感じだけど、どうなんだろ……)

 

 そして肝心の小瀬川白望は、『裏鬼門』の事を考察しながら取り敢えず手牌に浮いている{中}を切る。確かに小瀬川白望の考察は一部的を得ている。鬼門が関係しているのは確かだ。しかし、そこから後が出なかった。まあそれは知識の問題であるため仕方ない部分ではあるが。

 しかし、小瀬川白望にとってその中学二年生の女の子にしてはマニアックな部類の知識がなくとも、『裏鬼門』の正体を突き止める事自体はそんなに難しい話ではなかった。

 小瀬川白望がある事に気付いたのは二巡目、神代小薪がうっかり{東}を切ってしまった時であった。

 

「カンですよー!」

 

 

薄墨初美:手牌

{二五六九①③⑧33北} {東東東横東}

 

 

(まだ二巡目の、しかも点差の無い東一局で場風を大明槓……)

 

 薄墨初美にとっては{東}を晒すための当然の明槓であったが、その行為に小瀬川白望は怪訝な表情をする。確かに、場風を明槓する状況は無いわけでは無い。しかし、それはあくまでも既に他の役牌を鳴いていたり、槓ドラ目的の一か八かの賭け……そんな時のみ考慮される。だからこそ、小瀬川白望はこの点差もなく、ただ無意味に面前を捨てて警戒されるだけの{東}の明槓が怪しいと踏んだ。その上で、小瀬川白望は考察を改める。

 

(東を明槓する……もしくは晒す必要があった……そう考える方が自然……それに)

 

 そして小瀬川白望は対面にいる神代小薪の方を見る。神代小薪はいかにもやってしまったといった後悔と焦燥が混じったような表情を浮かべていた。やはりこの{東}の大明槓は必要な動作であったのだろう。そう小瀬川白望は考察する。そして同時に、薄墨初美が次に何を欲しているのかも看破していた。

 

(東を鳴いた瞬間……いや、今も尚初美は手牌の右側に目線を下ろしてる。それも、東を晒した時右側に一枚だけ残ってた牌を……)

 

 数牌の並べ方は人それぞれではあるが、字牌の並びはほぼほぼ左側に{東→南→西→北→白→発→中}の並びで理牌される。そして{東}が晒された時右側に一枚残っていたという事は、{南から中}の字牌という事になる。

 

(聴牌はしてない……だけどどちらにせよ字牌は切れない)

 

 つまり、薄墨初美にとって{東}以外の字牌のどれかがキー牌になっている。そう小瀬川白望は確信する。そしてここからは小瀬川白望の想像だが、{東}の無必要な明槓から鑑みてそのキー牌を晒す事が必要であると想像する。確かに想像ではあるが、小瀬川白望のこの想像は的を得ていた。まだ確信にまであと一歩といったところだが、それでもたった二巡で小瀬川白望は『裏鬼門』を実質的に看破する事ができた。

 

(流石に姫様からの北切りは無いと思いますけど……白望ちゃんからの北切りは十分狙えますよー!)

 

(自分の手牌に集中しすぎてしまい、思わず東を切ってしまいました……)

 

(あらあら……小薪ちゃんったら……)

 

 

 薄墨初美の『裏鬼門』を発生させるためには、あと{北}を鳴く必要がある。薄墨初美はこの現状を楽観的に考えているが、実際は小瀬川白望にも九割看破されているため、副露はほぼほぼ絶望的な状況となってしまっていた。

 

 




次回も麻雀回。
裏鬼門を九割看破したシロ……初美ちゃん大ピンチ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第183話 鹿児島編 ⑨ 驕り

麻雀回です。
初美ちゃん涙目……


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:小瀬川白望 ドラ{①}

 

小瀬川白望 25000

石戸霞   25000

神代小薪  25000

薄墨初美  25000

 

五巡目

薄墨初美:手牌

{二五六九①③⑧33北} {東東東横東}

ツモ{北}

 

(さあ、来ましたですよー!)

 

打{九}

 

 小瀬川白望が薄墨初美の『裏鬼門』の正体の核心に大きく迫った直後、薄墨初美は実質最後のキー牌の{北}を引いてくる。後はこの対子となった{北}を鳴くだけである。たったそれだけで四喜和聴牌が出来るのだ。もうキー牌を持ってくる必要も、何かしらの準備も必要ない。ただ捨てられた{北}を鳴くだけ。晒すだけでいいのだ。たったそれだけの単純作業。……しかし、その単純作業を薄墨初美がすることはほぼほぼ有り得ないのだ。

 

小瀬川白望:手牌

{一二三四五六七八九⑥⑧中中}

ツモ{北}

 

 

(……北か)

 

 そう、肝心の小瀬川白望が字牌を切ってこない以上、薄墨初美が鳴ける可能性は神代小薪のヒューマンエラー以外ありえないのだ。危険視していた字牌の{北}を引いたので、当然小瀬川白望は字牌を切らずに{⑧}切り。この一気通貫の聴牌を崩し、{北}を抱える。薄墨初美の理想と現実とのこのギャップ。これが致命的……薄墨初美の侮りであった。まだ小瀬川白望には気付かれないであろうという驕りが、自分の首を絞める形となった。

 

 そして聴牌を崩した小瀬川白望は二巡後、すぐに{中}を引いてきて張り直す。しかもさっきまでは一気通貫のみであったのに、張り直した後の方が打点が高くなる中混一色一気通貫の跳満手となった。

 小瀬川白望はここはリーチを掛けず、ダマで聴牌する。薄墨初美に警戒心を与えずに素の状態を見るためだ。

 

 

 そして小瀬川白望が聴牌してから数巡、場は膠着しており、小瀬川白望はまだ和了牌をツモってこれず……まあ、ツモってきたとしても見送るであろうが。石戸霞はオリ、神代小薪は未だ{北}を掴んでないため手を進めていた。

 

(むー……なかなか白望ちゃんから北が切られないですよー……もしや霞ちゃんか姫様が抱えてるのかも……?)

 

 薄墨初美はなかなか{北}を鳴けずにうずうずしていたが、そう考えていた直後の薄墨初美は{北}。これで{北}が暗刻となった。

 無論、鳴かなければいけないため{北}が暗刻になったところで意味はない。兎にも角にも{北}を晒さなければいけないのだ。通常なら、ここで最後の一枚を待って暗槓して『裏鬼門』を発動させるのがセオリー通りなのだが、ここで薄墨初美にある思惑が過った。

 

(ここは霞ちゃんか姫様が抱えていると仮定すると……)

 

 薄墨初美はニイッと口角を吊り上げて手牌から牌を切り出す。その牌は{北}。そう、このセオリーを無視した打ちまわし、薄墨初美にはある考えがあった。

 

(霞ちゃんは分かりませんけど……姫様が抱えていたら私の北切りを見れば溢れる可能性は大いにありますよー!)

 

 そう、これは{北}を安牌と思い込ませる一種のブラフ。無論、このブラフ、筋は通っている。確かにこの状況で{北}が切られれば薄墨初美が『裏鬼門』を諦めたのかと思う可能性はある。それが初心者の神代小薪なら尚更である。

 しかし、薄墨初美は見誤っていた。まず、{北}を抱えているのは神代小薪でもなく、石戸霞でもなく、小瀬川白望であるという点。そして、薄墨初美は自分の手牌と{北}の行方しか気にしていなかったため、小瀬川白望が聴牌している事など考慮すらしていなかった点。

 

「ロン」

 

 

「えっ……?」

 

 

小瀬川白望:和了形

{一二三四五六七八九北中中中}

 

 

「跳満……18000」

 

 

(そっ、そんな馬鹿なですよー!?)

 

 薄墨初美は思わず小瀬川白望の手牌を二度見してしまう。そう、小瀬川白望がロンと言っていたのにも関わらず自分の幻覚かと疑ってしまうほど、薄墨初美にとってそれは衝撃的なものだった。この{北}単騎待ち、明らかに偶然そうなったわけではない。確実に{北}を危険と見て手牌に抱えていたと知り、薄墨初美は驚愕する。

 

(という事はこの人……一局で見抜いたんですかー!?)

 

 有り得ない。二回や三回目ならともかく、まさか初見で自分の『裏鬼門』を攻略されるとは思ってもいなかった。確かに、薄墨初美自身少し怪しまれそうな行動は取っていた。早々の{東}大明槓がそうだ。しかし、そうだとしても情報が少なすぎる。どうして{北}が危険という結論に至ったのか、薄墨初美は理解できなかった。

 

(でも……まだこれで終わりではないですよー!)

 

 しかし、薄墨初美はまだ折れない。確かに小瀬川白望には見抜かれたが、見抜かれただけで完封できるものではない。何なら{東と北}どちらも暗槓してしまえばそれで発動できるのだ。鳴くことができずともそれで大丈夫だ。

 そして何より、和了った小瀬川白望は親。つまり、連荘でまた薄墨初美が北家となるのだ。『裏鬼門』チャンスの回数は変わらず、未だ二回残っているのだ。

 

(18000の支払いは痛いですけど……32000を和了ればチャラどころかお釣りが貰えますよー)

 

 そう薄墨初美はポジティブシンキングで前向きに考え始めるが、それは横にいる神代小薪の発言によって遮られてしまう。

 

「あれ……」

 

(ひ、姫様……!?)

 

「終わってる……」

 

 いきなり我に返ったかのような反応を見せる神代小薪に対し、小瀬川白望は「……どうしたの」と一声かけた。

 

「……すみません……少し寝てました」

 

「……?」

 

 さっきまで目を開けていて、そして麻雀を打っていた人物とは思えない返答が返ってきた小瀬川白望は少し困惑したような表情をしていた。

 しかし、薄墨初美は神代小薪の事を驚愕しながら見つめていた。

 

(もう寝て起きたって事は……いつ二度寝が来てもおかしくないってことじゃないですかー!?ただでさえ18000振ってるのに、『裏鬼門』を発動する前にバカでかい手で和了られちゃたまりませんよー!!)

 

 薄墨初美が焦っている理由は、神代小薪が降ろす神様の存在である。その神様が、たった一局で覚醒直前となっていたのだ。

 『裏鬼門』の薄墨初美に、神様を降ろす神代小薪。状況は更に混沌と化しながら、場は東一局一本場へと移る。




次回も麻雀回!
神様VSシロ……さてどうなる?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第184話 鹿児島編 ⑩ 二度寝

鹿児島編です。



-------------------------------

視点:神の視点

東一局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{七}

 

小瀬川白望 43000

石戸霞   25000

神代小薪  25000

薄墨初美  7000

 

 

 

(寝てたって……さっきまで寝てたとは思えなかったけど)

 

 前局跳満を薄墨初美から打ち取った小瀬川白望は配牌を取りながら対面にいる神代小薪を見る。思えないと言っていた小瀬川白望だったが、確かに小瀬川白望は今の神代小薪はさっきまでの神代小薪とは何かが違うという事を感じていた。うまくは言い表せぬが、さっきまでの神代小薪の方が威圧感やら力が凄まじかった。それが、神代小薪が寝ていたと言った途端それが消え去ったのだ。どういう事かはまだ小瀬川白望にも分からない。

 しかし、神代小薪に対しての疑問はこれが初めてではなかった。

 

(小薪が初美に東を鳴かせた後から途端に小薪に力、威圧感が加わった……まるで、何かを宿したかのように……)

 

 そう、神代小薪が早々に薄墨初美が所望していた{東}を切って薄墨初美に大明槓された後から神代小薪は力を得ていた。そしてその得た力が、さっき丁度雲散霧消したのだ。

 恐らく、神代小薪は本当に何かの力を借りているのだろう。そう小瀬川白望は考察する。巫女という職業を考慮すれば力を借りているのは恐らく神様の類いであろう。

 小瀬川白望は少し俯向くようにして表情を隠す。そして、ニイッと口角を吊り上げた。

 

(神様が相手……面白い)

 

 言うなれば、神代小薪と闘うという事は神様と闘うという事になる。『神域』を目指している小瀬川白望にとって神様と対等、それ以上になる事は避けて通れぬ道。そういった意味でも、小瀬川白望は嬉しくてたまらなかった。半年前に小走やえとの"ナイン"で感じた赤木しげるとの差。赤木しげるには遅くとも進めとは言われた。そして小瀬川白望はその通り焦らず、確実に一歩を重ねてきた。果たしてこの半年で自分は赤木しげるを越えたかどうかではなく、どれだけその差を埋められたか。それを確かめる丁度いい機会だ。

 そして小瀬川白望が嬉しいと感じたのは、他にも理由がある。というか、そちらの方が大きいのかもしれない。それはただ単純に強敵と戦える事ができるということだ。博徒の性、とでも言うのだろう。勝負をするということ自体が楽しくて仕方なかった。

 

(さあ……いこうか)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「リーチ」

 

 

小瀬川白望:捨て牌

{中①中⑨六横5}

 

 

小瀬川白望:手牌

{一二三四四赤⑤⑥⑦22279}

 

 

 小瀬川白望はああ意気込んだものの、残念ながら今は未だ神代小薪には神は降りてきていない。つまり、普通の神代小薪であった。そして石戸霞が小瀬川白望に言っていた通り、確かに素の状態の神代小薪は完全な初心者で、お世辞にも強いとは言えなかった。

 小瀬川白望の聴牌は、リーチ赤1の{5}切り嵌{8}待ちという単純な筋引っ掛けであったが、それでも神代小薪を打ち取るには十分すぎるトラップであった。神代小薪はこの親リーに対してオリたというのに初っ端からリーチ宣言牌の{5}の筋、{2}を切り飛ばすなど、一歩間違えば振り込んでしまうような不安要素でいっぱいであった。

 一応、その後はツモってきた安牌に一度場は凌いだものの、その次の巡にあっさりと神代小薪は{8}を切ってしまう。

 

「ロン」

 

 

小瀬川白望:手牌

{一二三四四赤⑤⑥⑦22279}

 

 

「リーチ赤1……裏無し。3900」

 

 

 

「ああっ!振り込んでしまいました霞ちゃん……」

 

「あらあら……やっぱりまだ小薪ちゃんは経験が浅いようね……」

 

 神代小薪が少し泣き目になりながら石戸霞に助けを求めるようにして話しかけるが、その横で今にでも泣きそうになっている薄墨初美がいた。前局だけならず、二度までも自身の必殺技を発動さえさせてもらえなかった薄墨初美の精神的ダメージは甚大なものだった。

 

(は、早すぎですよー……片方すら暗槓させてもらえないなんて……)

 

 そんな傷心の薄墨初美の気持ちを読み取ったのか、石戸霞が少しほどサディスティックな笑みを浮かべて薄墨初美に向かってこう言った。

 

「一応言っておくけど、この対局にトビはないわよ。しっかり半荘やりきってもらうからね……初美ちゃん?」

 

「ぐぬぬ……まだ点棒が減ってないからといって……」

 

「小薪ちゃんもこの半荘、トビはないけどできるだけ失点を抑えるようにして頑張りなさいね?」

 

 そう石戸霞が神代小薪に向かって言うが、なかなか神代小薪から返答が返ってこなかった。石戸霞と薄墨初美は疑問に思って神代小薪の顔を伺おうとすると、突然神代小薪から強烈なエネルギー、熱量が放たれる。石戸霞や薄墨初美はもちろん、小瀬川白望も今神代小薪に何が起こっているのかを理解した。

 

(まさか……白望ちゃんのさっきの直撃が、小薪ちゃんが従える神様に刺激を与えたのかしら……?)

 

(やっ……やっぱりもう二度寝ですかー!?)

 

(なるほど……これが)

 

 

 神代小薪は何も言わずに牌を穴へと入れ始める。気迫、威圧……それら全てがさっきの神代小薪とは段違いであった。しかも、まだこれが片鱗だと言わんばかりに神代小薪は真っ直ぐに小瀬川白望を見つめる。見つめられた小瀬川白望は、フフッと笑ってから、サイコロを振る。東一局二本場が始まった。

 

 

(おお……配牌の時点で東が四枚あるんですよー)

 

 東一局二本場の薄墨初美の配牌は良く、『裏鬼門』に必要な{東}四枚と{北}四枚のうち{東}が揃っていたのだ。

 いくら神代小薪が神様を降ろしているとはいえ、『裏鬼門』を真っ向から封殺することは容易ではない。故に神様が相手であったとしても、まだ薄墨初美にも勝てるチャンスはあったのであった。

 

 

 

 しかし、

 

 

「カン……」

 

 

神代小薪:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏西西裏}

 

 

「へっ?」

 

 

ドラ表示牌

{南南}

 

 

(んなっ……!?)

 

 それは一瞬、一瞬の夢であった。一巡目の神代小薪の{西}暗槓によって全て打ち砕かれた。そう、{西}が潰されてしまえば『裏鬼門』もクソもない。しかも、それだけではない。薄墨初美の『裏鬼門』を潰すだけにとどまらず、その上で更に槓ドラを乗せたのだ。もともとドラが{西}であった事も合わせると、神代小薪はたった一巡で八飜を得たのだ。

 

(……面白い)

 

 小瀬川白望は神代小薪を見ながら、心の中でそう呟く。確かに、常識を逸した運だ。ただ単純に運を競い合えば、恐らく苦戦を強いられることであろう。しかし、小瀬川白望に負ける気など毛頭なかった。

 

 




次回も鹿児島編!
とうとう直接対決です。
因みに、姫様に降りている神様は原作の二回戦の時とは違い、最強クラス(という設定)です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第185話 鹿児島編 ⑪ 失策

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:神の視点

東一局二本場 親:小瀬川白望 ドラ{西西}

 

小瀬川白望 47200

石戸霞   25000

神代小薪  20800

薄墨初美  7000

 

 

小瀬川白望:手牌

{一七八②⑥⑥⑦⑧24799}

 

 

(……ドラ8か)

 

 

 

 小瀬川白望は{南}が二枚揃って晒されている王牌にあるドラ表示牌を見る。流石神様といったところか、たったの一回の槓でドラ8という異常事態を作り出した。それだけでも神様の驚異的な火力が窺える。

 しかし、小瀬川白望が目をつけたのはそのドラ表示牌ではなかった。小瀬川白望が注目したのはドラ表示牌の近くにある、嶺上牌であった。

 

(あくまでドラは飾り……本命はまた別に存在する……)

 

 そう小瀬川白望は睨んだ。今の神代小薪は……神様はドラを必要としていないと。ドラなどそんな瑣末なものなど、どうでもいいと。そして真に必要としていたのは、ドラではなく嶺上牌である、と。根拠のない話ではあるが、この小瀬川白望の予想は見事に的中していた。

 

 

神代小薪:手牌

{二二二②⑧22666} {裏南南裏}

ツモ{2}

 

 神代小薪の手牌は、まさにドラ8などどうでもよく、ドラ8を有しているという事を忘れてしまいそうな大物手、W役満が認められていればW役満の四暗刻単騎待ちであった。神代小薪が暗槓をした理由は、ドラを乗せるわけではなく、小瀬川白望が一枚持っているため既に最後の一枚であり、嶺上牌に埋まっていた{2}をツモってくることであった。

 

「リーチ」

 

 そして神代小薪……いや、神は{⑧}を切って聴牌する。しかも、リーチをかけて。本来四暗刻単騎待ちと役満が確定しているのにリーチをかける必要はなさそうなものだが、恐らくそれほどの自信があるということなのだろう。

 それにしても、一巡で四暗刻単騎待ちを聴牌するという随分とぶっ飛んだ麻雀だが、小瀬川白望から言わせてみればこれは完璧な聴牌とは呼べぬものであった。

 

(暗槓をせずとも、その手はいずれ聴牌できる手……初美の『裏鬼門』を発動させるよりも前に……いや、それどころか誰よりも早く聴牌できていたはず……)

 

 そう、言うなれば神代小薪は、神は急ぎすぎたのである。そのままの流れに沿っていけばいずれ聴牌できていたはずなのに、いち早くの聴牌を取るために流れを無視して強引に聴牌にもっていった。確かに、流れを捻じ曲げてでも嶺上牌で有効牌を手にし、裏目を引かなかったのは評価できるが、わざわざするほどの必要性は無かった。

 

(折角好調の流れがあったのだから……例え神レベルの超運であろうとも、あの場面は素直に流れに沿うべき……)

 

(むしろ……今の強引な聴牌は流れを逸する愚形……いくら超運だとしても、一度流れを失えば失速……足止めを食らう……)

 

 むしろ小瀬川白望から言わせてみれば、逆に流れを失う愚形であった。如何に自身の能力が強大だとしても、流れに見放されてしまえばそれまでである。最速の聴牌で尚且つ大物手のような、完璧な打ち回しをしたとしても、流れを手にする打ち回しでなければ負ける事も大いにあるのが麻雀。神様であろうと人間であろうと、その根底は変わらないのだ。

 しかし、いくら流れが超重要なものであっても、決して流れ=絶対という事ではないのだ。小瀬川白望や赤木しげるのように流れが無くとも互角……いや、それ以上に戦える者は存在するのだ。

 

(流れを逸したのなら、いくら超運であろうとも和了牌は中々ツモってはこれない……まあ、神様の運もバカにできないだろうし、もって五巡……)

 

(だけど……それで十分。神様が止まった分だけ、私は加速する。五巡で止まった神様をぶっちぎる……)

 

 そう、神代小薪に降りている神にはその力は無い。今まで神の超運、ただそれだけに縋ってきた神にそんな力は存在しない。もし今の相手が赤木のように流れが無くともどうにかしてくるほどの打ち手であれば、小瀬川白望は勝てなかったであろう。

 ものを言ってしまえば、要はただ一つが突出していたとしても、それだけでは強者には成り得ないという事だ。常人にはない運、流れを掴み操作できる卓越した技、そして己自身を突き動かす狂気。これら全てを極めた者こそが、真の強者であるのだ。

 話を戻して、リーチをかけたのも自信の表れであろうが、実はそれが一番の失策であった。今神代小薪は、牌をただ切るだけの木偶の坊であった。待ちを変えることも、敵の和了牌を掴まされても切ることしかできない、凡夫。そこを大きく見誤っていた。そしてその反面、小瀬川白望は前へと進む。先に飛び出していった神へ、大きく差を詰めるべく。

 無論、小瀬川白望は流れへと乗って手を進めていく。神代小薪の和了牌の{②}が溢れそうであったが、小瀬川白望はそれを見切っているかの如く{②}を切らずに握りつぶす。そしてその直後に{②}に{③}が重なるなど、小瀬川白望は完全に流れを掴んでいた。

 そして一方、流れに逆らって聴牌した神代小薪は聴牌してリーチもかけたというのに未だ和了牌をツモってこれずにいた。神代小薪の表情からは分からないが、威圧感が高まっているところを見ると、中々和了牌をツモってこれないのに少々神は苛立ちを覚えているようだ。

 そうして四巡目、神代小薪が足止めを食らっている内に小瀬川白望がついに追いつく。小瀬川白望は1000点棒を投げるようにして置き、牌を横に曲げる。

 

「リーチッ……!」

 

小瀬川白望:捨て牌

{発一7横⑥}

 

小瀬川白望:手牌

{七八九②③⑥⑦⑧23499}

 

 結局、小瀬川白望は一度も無駄ツモをする事無く一直線に聴牌する事ができた。これで両者聴牌と、立場が対等になる。

 しかし、立場は対等と言ったものの、実際は天と地の差が両者の間にはあった。片や流れを掴み、無駄ツモ無しで聴牌した小瀬川白望の手。片や流れを逆らって無理矢理聴牌し、流れを逸して和了牌を中々掴めない神代小薪の手。どちらが先に和了牌をツモってくるかなど、わざわざ考えるまでもなかった。

 

「ツモ」

 

 六巡目、小瀬川白望は{①}を卓に叩きつけて手牌を倒す。石戸霞と薄墨初美は、まだ聴牌すらしていないというのに、だ。それに加えてまだ捨て牌が二段目に到達する前にツモ和了られた両者の表情は驚きに満ちている。

 

「リーヅモ平和……裏1。2800オール」

 

 

小瀬川白望:手牌

{七八九②③⑥⑦⑧23499}

ツモ{①}

 

裏ドラ表示牌

{赤⑤発}

 

 

 神と小瀬川白望の闘い、その初戦は小瀬川白望に軍配が上がる形で終了した。そして小瀬川白望は小さな声で宣言するようにしてこう言った。

 

「三本場……」

 

 




次回も鹿児島編。
ちょっと霞さん空気っぽいなあと思いました(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第186話 鹿児島編 ⑫ 間接的差し込み

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:神の視点

東一局三本場 親:小瀬川白望 ドラ{白}

 

小瀬川白望 55600

石戸霞   22200

神代小薪  18000

薄墨初美  4200

 

 

(まさか……神様を降ろした小薪ちゃんよりも早く和了るなんて……)

 

 

(神様が降りている状態の姫様でさえも先に和了れないなんて……このままじゃ点棒がマイナスになってしまいますよー!)

 

 

 神代小薪の先制リーチをものともせず、見事神代小薪に競り勝った小瀬川白望の和了を見て二人は驚愕する。神代小薪に降りてくる神様の力には若干の個体差がある。まあ……一番弱い神様も常人には考えられないほどの強さで、石戸霞も薄墨初美もまともにやれば確実に勝てないだろう。だからこそ、小瀬川白望が神代小薪よりも早く和了った事に対してひどく驚いていたのだ。そして今神代小薪に降りている神様は、その中でもトップクラスの力を誇る神様。神代小薪に降りてくる神様を全種類見た事のある二人だからこそそれは分かる。しかし、そのトップクラスの神様の力であっても、小瀬川白望の連荘を止めることはできなかったのだ。

 

(いったい……あなたには何が見えているの……?)

 

 石戸霞はただ真っ直ぐ中央で回転するサイコロを見つめている小瀬川白望の事を見る。彼女には何が見えているのか。一般人には見えないモノと日々接している彼女が、初めて他人に何が見えているのか気になった瞬間であった。

 

「三本場……」

 

 小瀬川白望はそう呟き、配牌を取っていく。突然の言葉により思わず石戸霞はビクッとなる。そして少し戸惑いながらも、石戸霞も配牌を取っていく。確かに今まで石戸霞は一回も振り込んでいないため二位ではあるが、逆に和了ってもいない。このままではツモで点棒が削れる一方だ。

 

(だけど……まだ早いわね。今は守備に徹していた方が無難かしら……今攻めに転じても、小薪ちゃんと白望ちゃんに板挟みに合うだけね……)

 

 しかしまだ石戸霞は動かなかった。それも当然のことで、客観的から見ても今ここで石戸霞が攻めれば、呆気なく小瀬川白望か神代小薪に跳ね除けられて終わりだ。それを石戸霞は重々承知していた。それに加えて攻めは石戸霞にとっての苦手部分にあたる。故に石戸霞はかなり慎重になっていたが、その慎重さが功を奏した。

 

 

(う〜……私が北家でこんな醜態を晒すなんて……)

 

 そして一方の薄墨初美は、自分の十八番である『裏鬼門』で和了るどころか、発動さえもさせてもらえないこの状況に焦りを感じていた。しかし、この東一局三本場の二巡目。盲牌をした小瀬川白望が少しほど薄墨初美の事を見ると、手牌から河へ{東}を置いた。

 

(……えっ?)

 

 

「ポ、ポンですよー!」

 

 

薄墨初美:手牌

{四四②③⑥⑨17北北発} {東東横東}

 

打{発}

 

 

 ようやく薄墨初美が{東}を鳴くことができたが、薄墨初美は困惑していた。さっき小瀬川白望は確実に薄墨初美の『裏鬼門』の正体を見抜いていた。なのに何故小瀬川白望はここにきて{東}を切ったのだろうか。まさか小瀬川白望のミスとも思えない。

 

(それとも……何かあるんですかー?)

 

(……)

 

 

 疑問そうに小瀬川白望の事を見るが、当然ながら返答は帰ってはこない。何を考えているのかすら分からない無表情を貫いている小瀬川白望は、鳴きによってツモ番が変わり、またしても自身のツモ番となったため山から牌をツモってくると、盲牌をした後そのままツモ切りした。

 その牌はまさかの{北}。そう、絶対に切られることが無いであろう牌が、よもや二枚も切られたのだ。

 

(この人……まさか)

 

 薄墨初美はその小瀬川白望の打牌からある事に察する。あの明らかなる薄墨初美を支援するような打ち筋……そう、これは小瀬川白望による薄墨初美への間接的差し込みであった。そしてその意図を汲み取った薄墨初美はニヤッと笑って鳴きの宣言をする。

 

「……ポンッ!」

 

 

薄墨初美:手牌

{四四②③⑥⑨17} {北北横北} {東東横東}

 

打{1}

 

 

(さあ……『裏鬼門』ですよー!!)

 

 半分小瀬川白望のお陰で発動できたと言っても過言ではないが、何はともあれ発動できたのだ。薄墨初美は自身に集まる"何か"を感じながら、やっと発動できたという安堵の溜息をつく。

 

(これこれ、これですよー……)

 

 

 そして薄墨初美はまたしてもツモ番となった小瀬川白望を見る。小瀬川白望はツモ牌を手牌へと取り入れると、手牌から{四}を切った。これは薄墨初美が対子としている{四}。当然この{四}は薄墨初美を鳴かせるために切ったもので、薄墨初美もその期待に応えるように宣言する。

 

「ポン!」

 

薄墨初美:手牌

{②③⑥⑨7} {四四横四} {北北横北} {東東横東}

 

 

(流石ですよー。さて……)

 

 小瀬川白望からのラストパスを受け取った薄墨初美は、自信に満ち溢れた表情をしながら次のツモ番を待ち望む。いくら神様を降ろしている神代小薪であろうとも、一度発動させた『裏鬼門』を封殺する事はできない。薄墨初美は後は五巡後に小四喜を和了るだけであった。

 

(これで、発動したって事でいいのかな……)

 

 小瀬川白望は自信に満ち溢れている薄墨初美を見てハアと溜息をつく。本来ならばこの局も和了る気でいたのだが、二巡目に引いた牌が{中}であったのだ。何故{中}を引いたから鳴かせに行ったのかというと、何を隠そうその{中}が神代小薪の和了牌であったからである。

 

神代小薪:手牌

{一一一八八白白白発発発中中}

 

 この時の神代小薪は{八、中}のシャボ待ちの高め四暗刻大三元を聴牌していた。あのまま小瀬川白望が切っていたら、大三元……役満の振り込みとなっていたのだ。

 だから小瀬川白望は急遽薄墨初美に和了ってもらうべく、聴牌時に切る予定であった{東}を切り、通常ならばツモる必要のない{北}をツモりにいったのだ。いくら小瀬川白望が最後の{中}を握り潰した、流れを失っているといっても、流局まで四暗刻となる片方の{八}をツモらないとは考えにくい。よって薄墨初美に和了らせる事にしたのだ。

 『裏鬼門』を完璧に理解していないため小瀬川白望もこれで発動できたかどうか疑問であったが、薄墨初美の表情を見る限り発動したのだろう。ここから薄墨初美がどれほどの速度で和了ってくるかはわからないが、少なくとも流れを失った神代小薪よりは早い。

 

(……小四喜だろうなあ)

 

 そして小瀬川白望は薄墨初美の手を予想する。ツモられてしまえば神代小薪の四暗刻と同じ被害だが、神代小薪に流れを渡さないのに加えて、これで『裏鬼門』の全貌を知れると考えれば、16000など安い支出にすぎなかった。むしろ、神代小薪に和了らせない上に薄墨初美の情報を得られる絶好の機会であった。

 そして五巡後、小瀬川白望の予想通り薄墨初美は{西}を卓に叩きつけて宣言する。

 

「ツモッ!8000、16000ですよー」

 

薄墨初美:手牌

{南南西西} {四四横四} {北北横北} {東東横東}

ツモ{西}

 

 

(……そろそろかしらね)

 

 小瀬川白望の策略が無事成功したものの、これで小瀬川白望の親が流れることとなった。石戸霞はそろそろ頃合いであると予測する。恐らく後二、三巡もせずに神代小薪の神様はいなくなるであろう。そこで一気に攻めに転じる。そう石戸霞は目論んでいた。

 

 

(この16000点で得た物は大きい……後はこの情報的、状況的優位を上手く利用する事に徹する……)

 

 そして16000点分を薄墨初美に渡す小瀬川白望はそう思っていた。あの小四喜でかなり差が詰まったものの、それはあくまでも点棒だけの話。小瀬川白望の優位は揺るぎないものだ。

 小瀬川白望が親である魔の東一局もとうとう終わり、ようやく東二局へと場は移行する事となった。




次回も鹿児島編です。
これでもまだ東一局が終わっただけという……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第187話 鹿児島編 ⑬ 神殺し

鹿児島編です。
月曜日の辛さ


-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:石戸霞 ドラ{8}

 

小瀬川白望 39300

石戸霞   13900

神代小薪  9700

薄墨初美  37100

 

 

神代小薪

打{⑥}

 

 魔の東一局がようやく終わり、東二局が始まったと思われたが、小瀬川白望の猛攻は留まることを知らなかった。五巡目に神代小薪……に取り憑いている神から切られた{⑥}を確認すると、小瀬川白望は相変わらずの冷めたような無表情のまま手牌を倒して宣言する。

 

 

「ロン……ッ!」

 

 

小瀬川白望:和了形

{二二二四五六④赤⑤⑨⑨456}

 

 

「三色ドラ1……5200」

 

 

(まだ五巡しか経ってないのに三色ですかー!?メチャクチャですよー!)

 

 薄墨初美は小瀬川白望の恐るべき速度に音を上げる。いや、先ほどまでも小瀬川白望の速度は尋常でないものだったのだが、小瀬川白望の親が流れてもこの速度を保てていることに驚きを隠せなかった。

 

(バ、バケモノですよー……)

 

 

(……まさか白望ちゃん。神様の運さえも奪っていってる……?)

 

 バケモノと称する薄墨初美に対して、石戸霞は小瀬川白望の事よりも神代小薪に取り憑いている神様の事の方が気になっていた。そう、今神代小薪に取り憑いている神様が切った牌の{⑥}は手出しである。つまり、まだ聴牌していなかったのだ。先ほどまで小瀬川白望は一度流れに沿わなかった神様に狙いをつけ、神様の流れを奪っていくような打ちまわし、又はそれを利用した打ちまわしであった。しかし、どんなに流れを失っていても今までは神様が必ず先制をとっていた。それはただ単純の運の力だけで先制をとっていたものであったはずだったのだが、ここにきて神様が後手となってしまっていたのだ。恐らく、あまりの流れの不調故に、素の運だけではどうにもできないほどになってしまっていたのだろう。

 という事は、小瀬川白望はただ単純な場の流れを操るだけでなく、直接的ではないにしろ、相手の運すらも操作しているという事になる。正直、石戸霞はそう考察するしかないのだが、未だに信じられないでいる。相手の運に干渉するなど、信じろという方が難しいだろう。

 しかし実際起きている事は事実でしかない。いくら否定しようとも、事実をねじ曲げることなど不可能だ。

 そして石戸霞がもう一つ気になった事がある。それは神様が小瀬川白望の和了牌をやすやすと切ってしまったことだ。捨て牌だけ見れば、数牌の真ん中……つまり456辺りの数牌が切られていない、端の牌か字牌だけで構成されている。ここから456辺りが怪しいと考察できるのはそんなに難しいことではないだろう。それこそ普通の状態の神代小薪でも気付けそうなものだ。

 それなのに、神様は安易に{⑥}を切ってしまった。これはどういう事なのか。そう石戸霞が疑問に思っていると、ある一つの可能性が頭をよぎった。

 

(神様は……焦っていた……いや、焦らせられていた……?)

 

 そう、先ほどの神様の超運が掻き消されるほどまでに流れを不調にさせられて神様が焦っていたという点。しかし、神様とあろうものが焦る事などあり得るのだろうか。

 

 

(それがあり得る話……神様であろうと、人間だろうと関係は無い……)

 

 しかし、小瀬川白望はそうであると確信している。どんなに格差があろうとも、博打となれば当然同列。そう考えればなんら不思議な事ではなかった。

 

(神様のあの大物然としたオーラ、威圧感はあくまで神様の超運が前提……ならばその前提を取り払ってしまえば、そこに残るのは神様の面影も無い……普通の人間と同じ)

 

(普通の人間と同じまで下げてしまえば……今まで自分の超運に縋り付いていた神様は何もする事ができない……土台を崩してしまえば後は崩壊、崩落の一途を辿るのみ……)

 

 いかなる存在、それこそ神であったとしても、小瀬川白望にとってしてみれば、人間が相手である時と根本的な戦略は何も変わらない。土台を崩し、後はフラつく本体を壊すのみ。神が相手だとしても、関係なかった。

 

(……まるで、神殺しね)

 

 そしてそんな小瀬川白望を、石戸霞はそう表現する。神の象徴とも言える圧倒的超運、それを奪って尚追撃して人間の位まで叩き落としていき、最終的には神の感情さえもコントロールしていく様は、まさに神殺しと言っても過言ではなかった。

 

「んっ……?あれっ……?」

 

(……消えた)

 

 

 そんな事を石戸霞が考えていると、神代小薪が声を発する。どうやら二度寝から覚めたらしく、小瀬川白望に弄ばれていたため最早虚仮威しにしかなっていなかったオーラも神代小薪からは消え失せ、当の本人は点棒が大きく減っている現状を見て驚いている。

 

(どうやら、恐れをなして逃げてしまったようね……)

 

 石戸霞はそんな神代小薪を見てそう考える。まあ神様と讃え祀られてきた神様が祀る側のはずである人間にあそこまで叩きのめされれば、プライドを守るため逃げたくなるのも仕方の無いことだが。……まあ、そもそも小瀬川白望をただの人間だと思って闘った事自体、神様の傲慢、驕りであるのだが。

 

(……消えちゃったか)

 

 小瀬川白望は神代小薪の事を見ながら、率直な意見を心の中で述べる。確かにこの勝負は小瀬川白望の勝利と言わざるを得ない結果だったが、どうせなら最後までやりたかったな。そんな事を思っていると、

 

(……この感じ)

 

 小瀬川白望はさっきの神代小薪の力とはまた違った新たなる力。威圧感を感じた。小瀬川白望はその力の発生源、石戸霞の方を見る。

 

(やっときたね……霞)

 

 

 

(行くわよ……白望ちゃん)

 

 神代小薪に降りている神ももういなくなり、薄墨初美の『裏鬼門』の心配もいらない。小瀬川白望と真っ向から闘うにはちょうどいい条件だ。

 

(どう攻略してくるか……見せてもらうわ)

 

 そして石戸霞は、時折神代小薪が降ろしてくる『恐ろしいもの』を自分へと降ろす。確かにこの『恐ろしいもの』も、相当な力を有している。しかし、ただ単純な力ではダメだ。それでは小瀬川白望に全てを無に帰されてしまう。故に自分にただ降ろして主導権を任せるだけでは対抗できない。

 

(ならば……場を支配するまで……)

 

 そうして石戸霞は場全体を『恐ろしいもの』で支配する。他家の手牌、ツモ牌からある一色だけをこないように……つまり『絶一門(ツェーイーメン)』状態にさせ、相手に行かなくさせた一色を自分のツモ牌へと取り込む支配。それを行った。

 無論、その状態であれば相手に行かなくさせた色の牌は全て安全牌となるため、攻撃状態といえども、守備も圧倒的なものであった。そしてその上石戸霞の手は毎回混一色清一色の高火力。これを小瀬川白望はどう打ち崩そうとするのか。それが自分でも気になるほど興味深いものであった。




次回も鹿児島編です。
もう東風戦って事でいいような気もしてきました……だってまだ例の恒例回もやってないですし……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第188話 鹿児島編 ⑭ 絶一門の穴

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:神代小薪 ドラ{二}

 

小瀬川白望 44500

石戸霞   13900

神代小薪   4500

薄墨初美  37100

 

 

 

(ん……)

 

 

 石戸霞が『恐ろしいもの』をその身に降ろし、石戸霞本人以外を強制的に『絶一門』状態にさせ、取り除かれた一色を石戸霞へと集まる支配をする。小瀬川白望も石戸霞が何らかの行動をしたという事までは見抜き、自身の配牌を注意深く観察しながら取っていった。

 

(これは……果たして偶然って言ってもいいのだろうか……)

 

 そして小瀬川白望が配牌を取り終えると、手牌からある事に気づいた。そう、小瀬川白望の手牌には筒子が一枚足りとも存在していなかった。いや、確かに偶然として片付けてもなんらおかしくない話である。しかし、小瀬川白望はどうにもこの筒子だけがないこの状況が引っかかっていた。偶然でなく、意図的な感じがしてならなかった。無論、この違和感が小瀬川白望の勘違いで、石戸霞の能力はまた別のものであるという事も十分に考えられる。

 

(まあ……これは攻めよりも一先ず「見」に徹した方がいいだろうなあ……)

 

 石戸霞の能力が果たしてこれなのかは不明だが、とにかく石戸霞がこの局で何かを仕掛けてきたという事は間違いない。今は取り敢えず石戸霞の能力を探った方が賢明であろう。

 

(流石ね……白望ちゃんに早速勘付かれちゃったわ……)

 

 そして一方の石戸霞は、配牌を開いただけで直ぐに『絶一門』状態である事に疑問を感じている小瀬川白望の事を素直に評価する。それと同時に、自分の能力を攻略されないかどうか少し焦ってもいた。薄墨初美の『裏鬼門』もそうだが、小瀬川白望は何か異常が起こると直ぐに察知し、全貌を暴かれてしまう。常人の数十倍のスピードで、だ。故にこの『絶一門』も、恐らく直ぐに全貌を暴かれて対策を講じられるであろう。

 

(……時間との勝負ね)

 

 石戸霞は全神経を集中させ、支配をより一層強くする。卓にはピリッとした空気が流れており、一触即発な状況であった。

 そして小瀬川白望が「見」に回っていた故か、珍しく場が膠着し、捨て牌が二段目に到達した。そして八巡目、石戸霞が牌を曲げた事によりようやく場が動き出した。

 

「リーチ」

 

石戸霞

打{横③}

 

石戸霞:手牌

{①①②④④⑤赤⑤⑥⑥⑧⑧⑨⑨}

 

 

 石戸霞の先制リーチ。無論これが小瀬川白望に当たる事はなく、リーチが通る。手牌は清一色七対子赤1の待ちは{②}単騎待ち。ツモれば倍満。一発がつく、若しくは裏ドラが乗れば三倍満。何方もつけば数え役満だってありえるといった超大物手であった。そしてリーチが通ったと同時に、石戸霞はある試みに挑戦した。

 

(……初美ちゃんと小薪ちゃんだけに支配を集中させて、白望ちゃんに筒子を掴ませる……!)

 

 そう、小瀬川白望と石戸霞には30000以上という膨大な量の点差がついている。これを小瀬川白望が『絶一門』のカラクリに気付く前に逆転するには、ツモでは足りない。役満だってあり得る手ではあるが、どう頑張っても一発と裏ドラが乗る、この二つの条件が同時に合わさるなど考えれなかった。何故なら石戸霞の支配は王牌には及んでいないからである。だからドラ表示牌も筒子ではなかったのだ。同じように裏ドラが筒子である確率も、全くないわけではないが支配など関係なしの通常の確率となってしまう。そして仮に一発がついて三倍満ツモとなってもギリギリ逆転に届かず、どうしても直撃が必要である。

 故に、『絶一門』の支配を薄墨初美と神代小薪を集中させる事により、小瀬川白望に対する支配を弱め、筒子を掴ませるという事を石戸霞は試みたのだ。

 石戸霞の降ろしている『恐ろしいもの』は、一度降ろすと狩宿巴にお祓いしてもらわなければ解除できない。だから場の支配を解除しようなんて事はできずに、神代小薪と薄墨初美に対しての支配力を大幅に上げる事で相対的に小瀬川白望に対しての支配力を弱めるというこんな遠回しの方法でしかできなかった。

 当然、この試みが成功するかどうかなんて分からない。何しろ初めての試みだ。気を抜けば支配力はいつも通りに戻ってしまうし、そもそもそんな事が可能なのかどうかすら分からない。仮に配牌時に既にツモる事のない運命が既に決定づけられていれば、そんな事をしても無意味なだけだが、そうではなく、ツモる毎に上書きするように運命を変えていくようなものであれば、やってみるだけ価値はある。

 

(この一巡だけだけれど……正直キツイわね……)

 

 だが、石戸霞のリーチからまだ神代小薪がツモ牌をツモっただけまでの僅かな時間であるというのに、石戸霞は相当疲れていた。要は小瀬川白望のツモ番まで頑張ればいいのだが、それでも尋常でないほどの精神力を削がれていった。一巡だけならどうにかなりそうだが、二巡以上続ければいつ倒れてもおかしくないほどの膨大な疲労であった。

 

 そして、薄墨初美が打牌を終えると、とうとう小瀬川白望のツモ番へと回る。小瀬川白望は山からツモ牌を取ろうと手を伸ばす。そうして小瀬川白望はツモ牌を掴んだ瞬間、石戸霞は集中の糸を切る。だが、ここからが勝負なのだ。果たして上手くいったのか。そしてまだ小瀬川白望が核心に至ってないか。それらが問題であった。

 しかし、小瀬川白望は石戸霞が考える数多の可能性を全て裏切る形で、手牌から四牌を倒して宣言する。

 

「カンッ……」

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏四四裏}

 

 

 

(カ……カン……?)

 

 石戸霞は驚いたような表情をしながら、小瀬川白望が晒した四枚の{四}を凝視する。カン。まさかの暗槓。驚きながらも石戸霞は槓ドラ表示牌を捲ろうとしている小瀬川白望の手を追っていた。

 そして小瀬川白望は人差し指一本で槓ドラ表示牌を捲る。その牌は{9}。それを見た小瀬川白望は微笑して、石戸霞に向かってこう言った。

 

「やっぱりね……」

 

「霞のこの『絶一門』。今ので全部分かった」

 

 槓ドラ表示牌を捲っただけで、自分の能力をほぼ全て網羅されている事に石戸霞は驚きを隠せていなかったが、小瀬川白望の対面に座る神代小薪が「ど、どういう事でしょうか……?」と小瀬川白望に聞く。薄墨初美も「何がなんだか分からないですよー」と小瀬川白望に言う。小瀬川白望は石戸霞の方を見て「……霞、教えていいの?」と聞くが、石戸霞は「……勿論よ。あなたがどこまで正確に理解できたのかも確認したいからね」と返す。

 

「……まず、霞のこの支配には穴がある」

 

「……穴、ですかー」

 

「数牌は一色につき三十六枚。霞はその一色三十六枚を自分のものだけに独占する事ができる。まあ独占じゃなくて厳密には相手から一色を縛って間接的に自分に集めているはずだけど。……だけど、単純に考えて霞は字牌も引くのに、その三十六枚を全て使い切る事はできない。せいぜい、配牌の十三枚とツモの約十七枚。その内今霞が切った字牌の数、四枚……局全体で見れば七……いや、八か。となると霞が独占できる牌は二十二枚……」

 

「となるとその余った牌はどこに行くのか……普通に考えれば王牌に行くのかもしれない。でもそれだと今のドラ表示牌で矛盾が生じる。残っている十四枚が全て王牌に行けば、ドラ表示牌は筒子になってるはずだからね……つまり、王牌には支配が及んでいない……正確に言えば王牌にまでその一色を追いやる事ができない……」

 

「王牌に無いとすれば、残っている牌は必然的に私たちがツモる牌……それも山の最後の辺り。だからこの『絶一門』は完全な支配ではない……故に、一見霞からの振り込みは字牌以外は有り得ないと思われていたこの『絶一門』だけど、流局寸前では可能になりうる……」

 

 そう言って小瀬川白望は嶺上牌をツモり、「まあ王牌に支配が及んでいないとはいえ……元々王牌に筒子がある場合もあるわけだけど」と言って嶺上牌をツモ切りする。その牌は{④}であった。

 

「……見事だわ。満点よ」

 

 石戸霞はそう呟き、山からツモってくる。正直、ここまで正確に見破ってくるとは思ってもいなかった。そして、小瀬川白望の流局寸前云々の話は、恐らく次局にお前から直撃を取るという宣戦布告だろう。石戸霞がツモ牌を見ると、それは{②}であり、結局小瀬川白望が振らずとも石戸霞は和了れたわけだが、喜びどころかさっきの小瀬川白望の言葉に対する恐怖しか感じられなかった。石戸霞は恐る恐る手牌を倒して、宣言する。

 

 

「ツ……ツモ。リーヅモ清一色七対子赤1……三倍満」

 

 それを聞いた小瀬川白望は点棒を石戸霞へと渡し、「さあ……東四局。やろうか」と言い放った。




次回も鹿児島編。
絶一門の能力について、ノリと物事をすぐに忘れやすいスッカスカの記憶容量だけで書いたので若干の原作との違いとかあっても気にしないで下さい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第189話 鹿児島編 ⑮ 魅入られたよう

鹿児島編です。
そして麻雀回終わりです。


-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:薄墨初美 ドラ{④}

 

 

 

小瀬川白望 38500

石戸霞   37900

神代小薪  ー7500

薄墨初美  31100

 

 

(まあ……狙い撃つためにも『絶一門』が薄れる終盤までにはとりあえず聴牌しておかないとね……)

 

 小瀬川白望は焦りを感じている石戸霞の事を見ながら、そんな事を心の中で呟く。できる事ならば、『絶一門』が薄れ、縛られている一色が自分に手牌に来るようになるまでに単騎待ちで聴牌をしておきたいところだ。そうすれば手を崩さずとも、簡単に待ちを変更でき、石戸霞の読みをさせ辛くする事も可能である。故に小瀬川白望は単騎待ちで聴牌をする事を目標とした。

 

 

 

(……別に構わないわ。『絶一門』の支配が切れる前に和了れば、振り込みの危険が生じる前に逃げ切れる……)

 

 そして一方の石戸霞は、『絶一門』の支配が切れる終盤に狙い撃つというなら、終盤になる前にカタをつければいいという単純だが確実な方法で小瀬川白望から逃げ切る姿勢で挑む。

 しかし、この時石戸霞は誤解していた。何も、終盤でなければ石戸霞は絶対に振り込まないというわけではない。いや、相手に行かなくさせた色の牌であれば国士無双もないため100%有り得ないのだが、石戸霞はその一色だけでなく、字牌も引いてしまうのだ。

 つまり、字牌の単騎待ちを小瀬川白望が選んでいれば、石戸霞が振り込む可能性も十分にあり得るという事。無論、その確率は低い。しかし、小瀬川白望がそうしてこない保証などどこにもない。というか、むしろ『絶一門』の支配が切れるまではそうなっている確率は高いであろう。そうなれば、石戸霞は易々に字牌を切れなくなってしまう。

 

(卓上に二枚見えていたとしても、まだ安全じゃないわね……地獄待ちの可能性だってあるわけだし……)

 

 実際はその考えこそが石戸霞、自分自身をを縛り追い込むものであるのだが、そんな事に今焦っている石戸霞が気付くわけもなく、字牌を切らずに手牌で持っておく。つまり当初考えていた序盤のうちにカタをつけるという案を妥協したのである。終盤になって小瀬川白望が待ちを字牌から解放された一色に変えてから石戸霞が和了に向かおうとしても、そこを小瀬川白望に狙い撃たれるのが目に見えている。そう、この時点でこの局、石戸霞の勝ちはなくなったのである。まだ四巡も経っていないこの時点で、だ。

 もし小瀬川が張っていたら、もし小瀬川白望が字牌単騎であったら。そんな石戸霞の思考、陥っている心理状況こそ、小瀬川白望の狙いであった。そうして石戸霞の進行を止め、縛り付け、勝負から降ろす。石戸霞は小瀬川白望の狙い通りに動いているのだ。

 

 

 

 そして石戸霞は勝負から降りたので和了どころか聴牌までも遠くなっていき、結局石戸霞が当初避けなければと思っていたはずの終盤にまで局は縺れ込んでしまっていた。また、一方の小瀬川白望は当然のように単騎待ちで聴牌しており、縛られている萬子がくればいつでも石戸霞を狙い撃つ態勢に入っていた。

 

 

(……三萬か)

 

 局もあと5、6回のツモで終わる十二巡目に小瀬川白望はこの局最初の萬子、{三}をツモってくる。当然、小瀬川白望は{三}単騎待ちにして、もともと待ちであった牌を横に曲げて1000点棒を投げる。

 

 

「リーチッ……!」

 

 

 そうしてすぐさま石戸霞のツモ番となる。しかし石戸霞はこれまで切ろうとも切れずに手牌に残されている字牌を切って回避する。しかしその字牌回避も二、三巡が関の山。十五巡目には手牌全てが萬子だけとなっているのにも関わらずノーテンという珍しい事が起こっていた。

 

(何を切れば……)

 

 そしてここにきて『絶一門』のデメリットに石戸霞は苦しまされていた。通常単騎待ちというのは、筋や壁などが通用しない故に、相手から情報を得るためには河に捨てられている牌、つまり安牌しかなかった。けれども、それが絶対当たらないという唯一にして絶対の情報であった。

 しかし、小瀬川白望の萬子が行かないように場を支配しているため、当然河には萬子が無い。それに対して自分の手牌は萬子オンリー。十中八九小瀬川白望が萬子の単騎待ちであるというのにこの状況はもはや絶望と言っても過言ではなかった。

 単にに言ってしまえば、萬子九種の内一種だけが当たり牌なのだから、適当に切っても九分の八で回避する事ができる。が、裏を返すと九分の一で当たってしまうということだ。

 しかし、石戸霞にはこの状況を打破する事は出来ない。結局石戸霞はこの九分の一の賭けに出なくてはならなかった。

 ……普通、こういう時人間が考えるのは対子や暗刻となっている牌から切っていくという事だ。そうすれば一度の危険で二回、ないしは三回の安全が買える。そして流局まで後三巡。つまり暗刻が通ればこの局は小瀬川白望に振らずに済むという事だ。

 

 

石戸霞

打{三}

 

 

 

 

「……ロン」

 

 

 

 しかし、石戸霞は振り込んでしまった。安全に逃げてしまったからバチが当たったのか。それとも小瀬川白望の策略だったのか、石戸霞が振り込むという事が運命づけられていたのか、それは石戸霞には分からないことだった。

 吸い寄せられるように切ってしまったのだ。何か違和感を感じるわけでもなく、自然に、これが最善手だと思い込んでいたのだ。まるで、何かに魅入られたように。

 

 

小瀬川白望:手牌

{三①②③④赤⑤⑥⑦⑧⑨222}

 

 

「リーチ一通ドラ2……裏無し。満貫」

 

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「じゃあ……私の親だね」

 

 私は霞に向かってそう言い、山を崩そうとしたがそこである事に気付いた。

 

「すー……すー……」

 

 それは小薪がぐっすりと寝てしまっていた事だった。目を閉じている事から、恐らく神様を降ろしている時の眠りではなく、ただ寝ているだけというのがなんとなく分かった。そしてそんな予感は的中していたようで、霞も「あらあら……対局の途中に寝るなんて……」と呟いた。

 

「白望ちゃん、どうしますかー?」

 

「うーん……まあ小薪も寝ちゃった事だし、これで終わりにしよっか……よっと」

 

 私はそう言って寝ている小薪を両手で持ち上げる。そういえば姫様っていう身分なのに一般人の私が気軽に手を触れていいのか一瞬頭に過ぎったが、初美と霞が何も言ってこない事を見ると、私の杞憂だったようだ。

 

(……やけに軽いな)

 

 私は小薪が異様に軽い事を心の中で呟いていると、初美が「姫様を抱えて、大丈夫ですかー?」と聞いてきたが私は「全然大丈夫」と返し、初美の案内の元、小薪の寝室らしき部屋へと向かった。

 

 




次回も鹿児島編。
後二話くらいで合計200話……ここまで続いたのも皆様の応援や励ましのお陰であります……感謝。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第190話 鹿児島編 ⑯ 電話

鹿児島編です。
久々のお嬢。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「ここが姫様の寝室ですよー」

 

 初美に連れられて、私は小薪の寝室らしき部屋へとやってきた。まだ部屋の中には入っておらず襖しか見ていないが、横に並ぶ襖の数を見るだけでもその部屋がどれだけ広く、大きいものなのかを推測するにはそれほど難しいものではなかった。

 

「部屋に入ったら布団があると思うので、そこで寝かせてくださいねー?」

 

 そう言って初美は襖を開けて、私に入るように促す。初美が異様に部屋に入ろうとしなかった事に対し私は少し疑問に思ったが、恐らくそれも分家やら本家やらの関係があるのかなとか思い初美に聞いたところ、「いやあ……布団の中でぐっすりと寝る姫様を見ると多分眠気が襲ってくると思うんですよねー……そういえば宿題も残ってますし……」と私に言った。ああ成る程、そういう事かと私は思ったが、ここで自分の宿題もまだ残っている事を思い出す。まあ夏休み始まって直ぐに九州入りしたから終わっているわけがないのだが。

 

「宿題は"そういえば"で片付けてほしくないわね……?」

 

「か、霞ちゃん!?」

 

 すると後ろには霞が立っていた。いつの間に後ろにいたのかと一瞬驚きそうになるが、驚いて小薪を落とすわけにもいかないので、心の中で驚く事にした。

 そしていつまでも私に抱えられている状態で小薪を寝させ続けるのも悪いと思ったので、初美と霞がじゃれあっている内に私は寝室へ入り、そっと小薪を布団の中へ入れる。そうして改めて部屋の中を見ると、やはりと言っていいほど部屋は広く、寝室にするには些か勿体無いような気もしたが、まあこの建物自体馬鹿みたいに広いのでそういうのはあまり関係ないのかもしれないが。

 私は部屋の中を一通り見終わると、私は直ぐ様霞と初美がいるところまで戻る。

 

「もう今日は勘弁ですよー……」

 

「そうね……まあ今日は白望ちゃんがいるから仕方ないわね……」

 

 すると二人はそんな話をしていた。恐らく初美の宿題の事を言っているのだろうが、手さえつけてない私にとって初美は馬鹿にできるような存在ではない。むしろ、この短期間の内に手をつけている初美が凄いとしか思えなかった。私の場合この九州での旅が無くとも、どちらにせよ夏休み終盤にならないとやらないであろう。そう言った意味では、初美が優等生にしか見えなかった。

 そんな優等生こと初美は、霞から許しをもらえたため「やったですよー!」と言って喜んでいた。……こうして見ると、子供に許可を与える親のような構図に見えてくるのだが、それを言ったら少しダルいことになりそうな予感がしたため、何も言わずに黙っておいた。

 

「ただし、白望ちゃんが明日帰ったらちゃんとやること。分かったわね?」

 

(……うん?)

 

 ここで私は引っかかった。私が明日帰る?いや、私は智葉に事前に予約されてもらっているホテルがある。それなのに明日帰るという事は、また智葉にキャンセルしてくれるように頼まなくてはいけないということだ。北海道での一件がある以上、また智葉を怒らせるような事はしたくないのだが……

 そう思い私は霞に事情を説明したが、霞は「でも……霧島神境から出ようとするのも相当な時間がかかるし……困ったわね……」とわざとらしそうな声でいかにも困ってる感を出しているが、どう見てもそう思っていないということが見てとれるようにして分かる。そして白々しそうにしていた霞は、私に向かって「じゃあ……白望ちゃんの携帯を貸してくれるかしら?その智葉さんっていう人に私が頼んでみるわ」と言った。私は「仕方ないなあ……」と言って霞に智葉に電話をかけてから、霞へと渡す。この霧島神境で電話が繋がるのかなって一瞬思ったが、霞さんの「もしもし?」という声でその考えは杞憂であると知った。

 

「……ちょっと失礼するわね」

 

 そして少しほど恐らく智葉の話を聞いていた霞は、急にマイク部分に手を置き、私と初美に向かってそう言った。

 

「え、まあ……いいけど」

 

 そう言うと、霞は「直ぐに戻ってくるわ」と言って少しほど廊下の向こう側まで行き、電話の会話を再開した。私の隣にいる初美も、霞が何を考えているのか分からないようで、「一体何を考えているんだか……」と若干呆れ気味に霞を見て言う。

 

(……大丈夫かな)

 

 私は霞に対しても、智葉に対しても向けてそんな事を心の中で呟いた。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

『おい!お前!何者だ!?』

 

 

 小瀬川白望と薄墨初美と少し距離を置いて電話の会話を再開した石戸霞が最初に聞いた言葉はそれだった。辻垣内智葉はかなり取り乱している様子だが、石戸霞はあくまでも平常心で辻垣内智葉と話を続ける。

 

「あらあら、取り乱して……」

 

『うるさい!シロをどこへやった!?』

 

「別に……ちゃんと無事よ?」

 

 石戸霞はわざと何か裏があるような言い方をして、辻垣内智葉を弄ぶ。辻垣内智葉は石戸霞にドスを効かせた声で脅すようにしてこう言った。

 

『お前、シロに何かしてみろ。二度と日の目は拝めないと思え……』

 

 しかし石戸霞は動じずに、あくまで冷静に、弄ぶようにして辻垣内智葉にこう返す。

 

「大丈夫よ。安心して……ああそれと、白望ちゃんの予約しているホテル、キャンセルしてくれないかしら?」

 

『……は?』

 

「白望ちゃんを無理にホテルに行かせるのも悪いし……どこかで誰かに襲われちゃうかもしれないしね?」

 

『な、何言って……』

 

「まあ、よろしくお願いね。別に何かしようって訳じゃないから、安心して大丈夫よ?」

 

『ちょっと……ま』

 

 辻垣内智葉の返答を最後まで聞かずに、石戸霞は電話を切る。そうして半ば強制的に決めたというのにさも二人でしっかり話し合って決めてきたかのように小瀬川白望と薄墨初美に「キャンセル、やってくれるらしいわよ」と言って小瀬川白望に携帯電話を返す。

 

(まあ……少しくらい白望ちゃんと一緒にいても罰は当たらないわよね?)

 

-------------------------------

視点:辻垣内智葉

 

 

「クソッ!なんなんだあいつは!」

 

 私は珍しく(?)声を荒げて携帯電話をベッドに投げつける。投げられた携帯電話はベッドで跳ねる。それを聞いた黒服は部屋へと入り、私に向かって「お嬢、大丈夫ですか?」と言う。

 

「一体……鹿児島にいる黒服は何をやってる!?」

 

「それが……白望様が巫女姿の女五人組と出会って、そこから白望様が一緒に山に入ってから見失ったようで……」

 

 それを聞いた私は、「ハア……なんなんだ一体……」と言って少し私は巫女姿のシロを想像する。なかなか良いとは思ったが、直ぐにあの電話の野郎の事を思い出して、思わず壁を殴りつける。

 

(クソ……九州には白水がいるから大丈夫だと思ったのに……どうしてこんな……)

 

 やはりシロの誑し性は計り知れない。まるでシロの麻雀ように見当もつかないほどのものであった。




次回も鹿児島編。
智葉ちゃん可愛いよ智葉ちゃん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第191話 鹿児島編 ⑰ 二度目の御祓

通算200話です。
これからも頑張っていきたいと思います(小並感)


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ああ、そういえば初美ちゃん」

 

 智葉と無事(?)に交渉が終わり、携帯電話を返された私はポケットに携帯電話を入れていると、霞が初美に声をかけていた。初美は「何ですかー?」と言って巫女服をヒラヒラさせながらくるくるとその場で回る。……見えてはいけないものがチラチラ見えているのだが、それはもう突っ込まないことにした。

 とりあえずその事を置いておいて、霞の方を見ると霞は少し恥じらい深いような表情をしてこう言った。

 

「御祓をしてほしくて……」

 

「ああー!成る程ですよー」

 

 霞の変な表情は一旦無視して、また何かやるのか?と私は疑問そうに二人のことを見ていると、初美は私に向かって「霞ちゃんがさっきの"絶一門"のやつを使うと、一回御祓をしないといけないんですよー」と説明する。成る程、ようはあの"絶一門"は強制的に何かを霞自身におろして使用していたのか。

 

(あれ、でも御祓って……)

 

 そう、私が気付いた通り、御祓はさっき私がやられたように裸にならなくてはならないようだ。だから霞もさっき何かを恥じらうような表情を浮かべていたのか。まあ実質裸を見せるようなものだし、自分から御祓をしてというのは結構恥ずかしいものだろう。

 そう私が考えていると、霞は私の腕を掴んでこう言った。

 

「そうだ……白望ちゃん?」

 

「……?」

 

「御祓の手伝い……してほしいの。いい?」

 

 邪悪な笑みをこぼす霞を見て、若干だがかなり嫌な予感がしたのだが、一応私は霞に「それって……もしかして……」と聞こうとしたが、その途中で霞に「ええ。もちろん脱いで貰うわよ」と言われてしまった。人の笑顔とはここまで怖くなるのか、と思わず初美の方を見ると、目線をそらして私に「頑張って下さい」と表情で訴えてきた。どうやら逃げることはできないらしい。初美のあちゃーという表情で何となく理解できた。この状態の霞から私は逃げることはできないと。

 しかし、それでも初美の良心なのか、情けなのか、仕方ないといった風に初美は「別に素人が手伝えるようなものじゃ……それに、はるるを起こせばいいと思いますよー」と呟いたが、それを言った瞬間霞が初美の口を塞いで「……どうしたのかしら?初美ちゃん」と言って微笑み、誤魔化そうとする。いや、全然誤魔化しきれていないのだが 。

 

「はあ……」

 

 私はため息をつくと、仕方なく了承の意を霞に伝えた。すると霞は「じゃあ、行きましょうか!」と言って私と初美の腕を引っ張り、巫女さんとは思えないほどの猛烈な速さで走る。私と初美は躓きながらも、しっかりとついていくこととなった。

 それにしても、何故私をわざわざ御祓で巻き込むのだろうか。そういうのが好きだとでもいうのであろうか。変わった人だなと思ったが、私の隣にいる初美もそういう露出狂のような服装であった。

 

(裸を人に見せたい変態さんの集まり……なのかな)

 

 さすがに小薪と巴はないであろうが、春は結構微妙なラインだ。まあそういう変態かどうかの区別をしたところで、私が嫌々とはいえ了承してしまっている時点で、私も十分霞や初美側の人間なのかも……?いや、流石にそれほどではないだろう。

 

(はあ……恥ずかしいし早く終わってくれないかなあ……)

 

 そんなことを考えながら、先ほど私が御祓的なものをされた部屋へと戻ってきた。当然、そこには大麻があるし、初美はその大麻をとって「本来なら巴ちゃんの役目なんですけどねー……補助のはるるもいないし……まあ、できるだけ迅速にやってみますよー。さあ、二人はちゃちゃっと着替えるですよー」と言って私と霞に服を脱がすように促す。私は少し躊躇していたが、隣にいる霞はそんな躊躇いもなく待っていたかのように服を脱ぎ捨てる。あっという間に裸になった。そして霞はまたも怪しい微笑みをして私に向かってこう言ってくる。

 

「……私が脱がせてあげようかしら?」

 

「いや、いいです……」

 

 私は霞の変な目線を感じながらも、服を脱いでいく。大麻を持つ初美はため息をつきながら私をジロジロと見る霞に「端から見ればただの変態さんですよー……」と言ったが、霞の「何ですって?」という一言でバッサリ切られてしまう。

 そんなやり取りをしているうちに、私は服を脱ぎ終える。そうして裸になった私は、霞に「もっと寄ってちょうだい」と言って霞の近くへと招かれる。私の躊躇など御構い無しのようだ。

 

「やっぱり二人の身体は大きいですねー……どことは言いませんが。同年代の私からしてみれば嫉妬ものですよー」

 

 そんな私と霞を見て初美はそう言うが、とにかくこの状況を早く終わらせたい私は「いいから早く……」と初美に促す。

 

「そういえば、御祓ってどれくらいかかるものなの……」

 

「……補助のはるるがいないとなると、結構かかりますよー?これでも、ちゃんとやるつもりですけどねー」

 

「はあ……」

 

 そうして御祓が始まったが、正直私は目の前にいる裸の霞に気を取られて初美の事など見えていなかった。無論何が起こっているかなど分かるわけもなく、どれだけ進んだのか、いつになったら終わるのか分からないため、余計に何も考えられなくなっていた。

 

(もうどうでも……いいか)

 

 そして御祓が始まること体感時間で約5分。私はとうとう諦め、無心のまま御祓が終わるのを待つことにした。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「はあ……やっと終わったですよー……」

 

 

 御祓が始まってどれくらい経ったのかは分からないが、初美のその言葉によって無心だった私は我に返る。どうやら終わったらしい。私はもう後半の方は何が起こっているのかすら覚えていないほどで、人形のような表情をしていたと思う。

 

「はあ疲れた……お風呂入ってくるですよー」

 

 さっきの巴のように初美は疲れ切っていて、同じようにフラフラとした足取りで初美は何処かへ行く。そして裸の状態で取り残された私と霞だが、霞はどこか満足気な表情を浮かべていた。絶対私がいる必要性は無かったであろう。

 そして霞は、私に労いの意を込めてなのかは分からないが、裸のまま部屋の箪笥らしきところから巫女服を私に手渡す。私は「自分の服あるんだけど……」と言ったが、「服を着るのも嫌になる程疲れているかと思って。……ダメだったかしら?」と返される。口ではそう言っているが、表情は全くそんなことを言っていなかった。ただ巫女姿が見たいだけだろ。しかし、断ることもできないので、仕方なく私は普通の私服ではなく、巫女服を着ることにした。

 

(思った以上にダルい人……)

 

 果たして私はどこで道を踏み外したのであろうか。そんなことを心の中で呟きながら、巫女服を着る私であった。




まあ通算200話だからと言って雑じゃないって事は無いんですけどね。

追記
活動報告欄にて、リクエスト募集中です。
気軽にリクエストして下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第192話 鹿児島編 ⑱ 主導権

鹿児島編です。
恒例のあれです。

リクエスト募集してます


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……やっぱり巫女服を着ても美しいわね」

 

「そりゃあどうも……」

 

 巫女姿となった私は霞にそんな事を言われるが、正直嬉しいとかそういう感じでは無かった。とりあえず私はそれを受け流し、今自分はどうしてこうなったのかを頭の中で一生懸命考えていた。もはや一時期私を味覚的に半殺しにされかけた憎きつぶつぶドリアンジュースなどとうの昔に忘れていた。もしかしたら、そこが私がこうなった原因だったのかもしれない……

 まあ、そのお陰で私も神様だの『絶一門』だの『裏鬼門』だの、面白いものと戦えたのだから一概にこの状況が全て悪いとは言えないのだが、今の状況がとてつもなくダルいのはどう足掻いても変える事はできない。高い代償だったなあと私は自分の中で勝手に損得勘定をしていると、後ろの襖が開いた音が聞こえた。私は振り返って後ろの方を見ると、そこにはいかにも眠そうな表情をした巴と、半分寝ている春がいた。そして巴は私がいることを確認すると、少し慌てながらも私に向かってこう言った。

 

「な、なんで巫女服を着ているんですか!?」

 

「ああ、それは私が着させたのよ。あとそれと今日、白望ちゃん此処に泊まっていく事になったから。別に構わないわよね?」

 

「それは良いですけど……どうしてそんな急に……」

 

 巴は半ば呆れたような表情で霞に言う。そして私の方を向くと、申し訳なさそうに「ウチの霞さんが突然すみませんね……」と言った。その言い方を見ると、恐らく私が霞に巻き込まれたというのを察してくれたのだろう。この人も色々と苦労人なんだなあと此方も色々と察し、軽く会釈する。そして霞が巴に向かってこんな事を聞いた。

 

「十曽ちゃんと明星はまだ部屋で寝てるのかしら?」

 

「まだ寝てますよ。あの調子だと明日まで起きないでしょうね」

 

 まだ他にもこの霧島神境にも巫女さんがいるのかな、そんな事を思いながら二人の会話を聞いて考えていると、巴は「じゃあ、私は夕食作ってきますよ。霞さん、はるるを頼みます」と言って部屋から出て行った。そうして部屋には霞と私と春の三人のみとなったが、霞がいきなり私の腕を掴むと私に向かってこう言った。

 

「夕飯ができるまで時間あるでしょうし……私たちは先にお風呂入っておきましょう?」

 

「え……いや、あの……」

 

「春ちゃんはどうする?」

 

「私は夜御飯できるまで寝てる……後で巴と一緒に入るから」

 

 春がそう言うと、「それは残念ね……じゃあ、二人で行きましょうか」と言って私の腕を引っ張る。残念とは言っているものの、その表情は確実に喜んでいた。そんなに二人がいいなら何故わざわざ春を誘ったのか。そういった疑問はあるものの、霞は私の事を引っ張ってお風呂場まで連れていかれる。私はとりあえずこのダルくなるであろう未来を予測して、どうにかしようと「初美が入ってるんじゃないの……?」と聞いたが、霞は「此処のお風呂ってかなり広いから、大丈夫よ」と返された。その場凌ぎですらも認められる事ができなかった私は心の中で諦める。どう考えてもダルくなる未来しか見えないが、もう逃げ場がない以上抗おうとするのは無意味だろう。

 

 

「ここよ」

 

 そう言って霞は立ち止まる。恐らくここがお風呂場の入り口なのだろうが、私にはどう見ても銭湯……いや、旅館やホテルにある温泉の入り口にしか見えなかった。確かにこの霧島神境は途轍もなく広いところだという事は分かっていたが、まさかお風呂場がこんなに広いとは思ってもいなかった。

 

「中はもっと広いわよ。露天風呂もあるし……」

 

 正直に言ってとても嬉しいのだが、霞にこの後何をされるのかと思うともうそれどころでは無かった。私は若干憂鬱になりながらも、霞の後をついていく。そして脱衣所らしきところまできた私は、巫女服を脱ぎ始める。霞はそんな私をまじまじと見ているお陰で正直着替えずらいのだが、まだ「着替えさせてあげるわ」みたいな事を言われないだけマシなのか、それとも私の感覚が狂っているのかは分からないが、まだマシな部類だ。

 

「ありのままのあなたも綺麗ね……」

 

 もう私の裸を見るのも三回目で、何を今更褒めているのかとも思ったが、とりあえず私は霞の目を見て「霞の方が綺麗だよ……」と返す。だが、そう言われた霞は顔を真っ赤にして「そ、そんな事ないわよ……」と言って下を向いてしまった。

 

「まあ……先に中に入ってるよ」

 

 私はそんな霞を放っておいて、とりあえず浴室に入る。しかしそこはどう見ても旅館やホテルにある温泉であり、こんなところに毎日入っているのかと考えると少し羨ましく思う。

 

「わっ!し、白望ちゃん!?」

 

 そんな事を考えていると、先に湯船に浸かっていた初美が驚いたようにして私の事を見る。まあ、入っている時にいきなり他人に来られたらそりゃあ驚くか。

 

「あー……もしかして霞ちゃんに無理矢理連れてこさせられたんですねー?」

 

「まあ、そんな感じです……」

 

「気をつけて下さいねー……霞ちゃんは何をしでかすか分からないですからねー……」

 

 できることならそれをもっと早く耳にしたかったが、初美が悪いわけではないから何とも言えない。そんな事を考えていたら、背後から「初美ちゃん……?」という声が聞こえてきた。振り向くとそこには全裸の霞が立っていて、その顔は笑っているがどう見ても怒っている。

 

「明日覚えておきなさいね……」

 

「か、勘弁ですよー!」

 

 そんな二人のやり取りを横目に、私は頭を洗い始める。あの二人の間に入ってもただダルくなるだけだ。ここは放っておいた方が賢明だろう。

 

「白望ちゃん、私が手伝ってあげましょうか?」

 

 しかし直ぐに霞は私のところへやってきて、そんな事を聞いてくる。ここで断っても無駄だろうと思った私は「じゃあやって……」と言ってシャンプーの入ったボトルを手渡す。

 

 

(別にこういうのは慣れてるんだけどなあ……)

 

 こういうのは初めてではないため、そういうのが嫌だというわけではないのだが、どうも私にはこれがダルく感じてしまう。主導権を握られている、と言うのだろうか。そんな気がしてならなかった。

 

(まあ……霞が楽しそうだし、仕方ないか……)

 

 だが、それで霞が良いというのなら仕方ないか。そう考えるようにした。むしろそうでないとやっていけない。

 

 

(……岩手に帰ったらゆっくり寝よう)

 

 これまでの疲労、そしてこれからの疲労を予測して、例えこの温泉のような風呂に入って疲れが取れたとしても、この後もまだまだ疲れそうだなあと悟った私は、岩手に帰ったらゆっくりと寝る。そんな事を決心した瞬間であった。

 

 

 

 

 




次回も鹿児島編。
思ったんですけど、この鹿児島編異様に長いですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第193話 鹿児島編 ⑲ 三角?

鹿児島編です。
そして恒例回です。
そしてそしてリクエスト募集中です。
そしてそしてそしていつもの通りで今回雑です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「カラダも洗ってあげますか?」

 

 霞に若干不本意ながらも頭を洗ってもらった私は、流石に身体くらいは自分で洗わせてくれという事で霞の要求は断っておく。しかし、その時の霞の表情がとても残念そうであったのはあえて触れないでおいた。

 そして私に断られた霞は「仕方ないわね」と言って隣のシャワーノズルを取って頭を洗い始めた。……正直、ここが銭湯や温泉のように思えてしまって普通に感じているが、普通家にあるお風呂で二人いっぺんどころか何人も同時に身体や頭を洗えるほどシャワーノズルがあるというのはおかしい。まあこの霧島神境も家と言ってしまっていいのかどうかは分からないが、どちらにせよこのお風呂場の広さは異常である事には変わりない。それを改めて思わされる瞬間であった。

 

 

「……白望ちゃん」

 

「ん……何」

 

 そんな事を思っていると、霞が私の方を向かずに目の前にある鏡を見ながら私の事を呼んだ。そして霞は真剣な表情で私にこんな事を聞いていた。

 

「白望ちゃんは、カッコいいし……何より優しいじゃない?」

 

「……急にどうしたの」

 

「さっきの白望ちゃんの知り合いと話して、なんとなく白望ちゃんが大切に思われているのが分かった。多分……あの人だけじゃなくて、もっと沢山の人から……」

 

「……」

 

「そうなるのは、白望ちゃんが皆に優しくしてるから。……そうじゃないかしら?」

 

「……別に。私はただ麻雀を打って、そこから仲良くなったりしているだけ。特別な事なんてしてないよ」

 

「違う……違うわ。それ、それなのよ。普通の人はそんな麻雀を打っただけで仲良くなるなんて事有り得ない……正直、白望ちゃんの事が羨ましい……。どうしたら皆にそんな仲良く、優しく接することができるのか……って。私の我儘も、あなたはなんだかんだで聞き入れてくれた。普通、そんな事有り得ないわよ。あって初日であんな事聞き入れてくれるなんて」

 

 突然の質問に少し戸惑った私は数秒考える。恐らく、さっきまでの質問は前口上、どうして自分の我儘を私は付き合ってくれているのかというのが聞きたかったのだろう。そして考えがまとまった後、私は口を開く。

 

「……違うよ」

 

「?……どういう事かしら?」

 

「……私はただ場をダルくしたくないから聞き入れているだけ。それに、我儘っていっても、それは霞の願いには変わらない。霞がそう願っているんだから、私はそれを叶える……応えるのが当然の事だと思う」

 

 私の考えを聞いた霞は、少し気が抜けたように笑った。何か変な事を言ってしまったかと思ったが、霞は私にこう言う。

 

 

「……なんとなく、皆が白望ちゃんのどこに惚れたのかが分かった気がするわ」

 

「……どういう事?」

 

「さあ、どういう事かしらね。ふふっ、……私の我儘に付き合ってくれて、ありがとうね」

 

 

 霞に上手くはぐらかされた気もするが、まあそういう事にしておこう。そんな話をしていると、私は身体を洗い終え、初美が浸かっているお風呂に入ろうと立ち上がると、霞がボソッと呟いた。私は何を言っていたか聞き取れなかったので、霞に何を言ったか聞こうとしたが、霞は誤魔化すようにしてシャワーで頭にお湯を流し始めた。またもやはぐらかされてしまったが、もう聞きだせる事もできないと踏んだ私は無理に聞くのをやめた。

 

 

-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

(……全く、罪深い人間ね。白望ちゃん)

 

 

 私は白望ちゃんが初美のところを行くのを確認してから、私は深く一息つく。全く、天然すぎて危うく私も落とされかけた……いや、もう既に落とされているのか。

 どちらにせよ、白望ちゃんが絶望的に鈍感であるという事は分かった。あの感じだと、数多くの人が白望ちゃんにアタックしたけど無意味であっただろう。勿論、私のアタックも効いてないようだが。しかし、逆に言えばまだ私にもチャンスはあるという事だ。白望ちゃんのハートをキャッチする事ができる可能性はまだゼロではないという事だ。

 

(……ふふっ。私ったららしくないわね……)

 

 そこまで考えてから、私は我に返ったように冷静になる。いつも初美におばさんみたいな事を言われて茶化されていて、私も実際年相応ではないと自覚していたのに、こんな乙女みたいな感じなど、私らしくないし、似合ってない。

 

「霞ちゃーん」

 

 そう自分に言い聞かせていると、お風呂からあがったのか、初美ちゃんが私のところまでやってきた。私は「どうしたの?初美ちゃん」と初美ちゃんに聞くと、私にこんな事を耳打ちしてきた。

 

「今くらいは乙女でもいいんじゃないですかねー?」

 

「なっ、何を……」

 

「応援、してますよー」

 

 そう言い、初美ちゃんはお風呂場から出て行った。多分、今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。全く、余計な事をしてくれたものだ。

 

(でも……)

 

 

(今くらいは、自分に正直でもいいかしらね……)

 

 

 そうして私はお風呂に浸かっている白望ちゃんの隣へ向かって歩き出した。

 

 

-------------------------------

視点:薄墨初美

 

(まあ……今のところは譲ってあげるですよー)

 

 私は脱衣所で自分の巫女服を身につけながら、風呂場の方を向いて心の中で霞ちゃんに向かってそういった。確かに、私も白望ちゃんの事が気になって仕方なかった。勿論、たとえ霞ちゃんを相手にしてでもこの思いは止められる事はできないだろう。しかし、あの時の霞ちゃんは自分でも見た事がないくらい乙女な表情をしていた。あの霞ちゃんでも、あんな表情ができるのか。そう思った私は、どういうわけか霞ちゃんにいい状況をセッティングしてしまった。

 

(でも……全てを譲るわけではないですよー……)

 

 今のところは、霞ちゃんに譲ってあげてもいい。しかし、それだけで身を引くほど私の想いはちっぽけなものではなかった。




次回も鹿児島編です。
現状として、霞と初美が堕ちてますね……
こっからまだ増えるのか……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第194話 鹿児島編 ⑳ 逆上せ

鹿児島編です。
霞さんかわいい(唐突)
リクエスト募集中です


-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

 

「ん、霞……」

 

 

 初美ちゃんに背中を押されるようにして白望ちゃんのところへやってきた私は、此方を振り向いて私の事を見てくる白望ちゃんに少し顔を赤くさせながらも、あくまで冷静を保っているように振る舞う。

 

「隣、いいかしら?」

 

「別に……いいけど」

 

 白望ちゃんの了承を得た私は、白望ちゃんが入っている隣に自分の体を入れる。白望ちゃんとの身体の距離が縮まるほど、私の心臓がバクバクしてきているのが分かる。顔が真っ赤に火照ってるのが分かる。そして今とても緊張していることと合わさってか、もはやお風呂のお湯の温度どころではなかった。

 

(さっきまではまだそんなにでもなかったのに……)

 

 さっきまでは気軽に……いや、気軽に言う事ではないのだが裸になれだのお風呂に入ろうだのそんなに緊張していた事ではなかったのだが、ここにきて物凄く緊張してきている。さっき裸で抱き合っていたなど考えられないほど、私の見方というか感覚というか考え方というか、それら全てが変わってしまったのだ。

 

(初美ちゃんにとんでもない爆弾を抱えさせられたわね……)

 

 正直、緊張と恥ずかしさが相まって今からでもここから立ち去りたい気分なのだが、入ってすぐに出るのも不審に思われるし、かといって白望ちゃんと何を話せばいいのかも分からないので無言となっているこの状況はとても過ごし難いものである。

 結局私から白望ちゃんに声をかける事はできず、また、白望ちゃんからも私に声をかけることなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 

(……まだ大丈夫なのかしら)

 

 そうして互いに無言のまま10分以上が経ち、私はそろそろ逆上せかけてきたところで隣にいる白望ちゃんの事を見るが、彼女はまだまだ大丈夫そうだと言わんばかりに平然としている。正直、此方はそろそろ限界が近づいてきたので、上がりたい気持ちでいっぱいなのだが、何故か白望ちゃんと一緒に上がりたいという謎の意思が働いているため、意地になってでも出ようとはしなかった。

 

 

(ま、まだ……?)

 

 そこから更に数分が経ち、お風呂に入る前から赤く染まっていた事を考えても、私の顔は茹で蛸のように異常なほど真っ赤になっていた。未だに白望ちゃんは平然な顔をしているし、上がろうとする気配はなさそうだ。ここでやめておけばいいものの、一度やりだしてしまった以上やり通さなければという変な意地があるので、止めるに止めれない。

 とはいっても、心の中では白望ちゃんに対して早く上がってくれと念じているのだが。そんな念が通じたのか、白望ちゃんは私の方を向いて、話しかけてきてくれた。

 

 

「ねえ、霞」

 

「な……何かしら?」

 

 私はてっきりそろそろお風呂から上がろうと言ってくれるものだと思い、立ち上がる気満々であったのだ。しかし、白望ちゃんは私の(勝手な)希望を裏切り、私に顔を寄せてこんな事を聞いていた。

 

「私はさ、霞に呼び捨てでいいって言われたから呼び捨てで呼んでるけど……霞は私の事呼び捨てで呼ばないんだ?」

 

(顔……近い///)

 

 眼前に白望ちゃんの顔があるお陰で、ただでさえ熱い私の顔が更に加熱されていくのを感じる。白望ちゃんにあんな事を聞かれたが、正直耳に全く入ってこなかった。

 

(あ……)

 

 そしてそれと同時に私の身体に限界がきたのか、私はあまりの身体の熱さによって気を失ってしまった。

 

 

 

-------------------------------

視点:石戸霞

 

 

「……ん」

 

 

 目が醒めると、私は布団の上で寝転がされていた。あれからどれくらい気を失っていたのかはわからないが、私の横で白望ちゃんが心配そうに私の事を見てくれてると気付いた私は、時間は分からずとも、白望ちゃんに迷惑をかけてしまった事には変わりなかった。

 

「霞……大丈夫?」

 

「え、ええ……ごめんなさいね。白望ちゃんが運んできてくれたの……?」

 

「まあ……そうだけど」

 

 白望ちゃんはそう言って私に冷水が注がれてあるコップを私に手渡す。私はそれを受け取って冷水を飲んでいると、白望ちゃんが「それでさ」と私に向かって言ってくる。

 

「結局、私の事は呼び捨てで呼ばないの?……まあ、別にいいんだけどさ」

 

「そ、そうね……」

 

 一体どういう意図があってそう言ってるのかなど、私には分からなかった。表情を伺っても、何を考えていて、何を思っているかなど、まるで悟らせないような表情を浮かべているようだった。

 結局、謎の白望ちゃんの圧力に押されて、私は呼び捨てで呼ぶ事となった。

 

「シ、シロ……。こっ、これで十分かしら?」

 

 それを聞いたシロはふふっと微笑むと、「それでいいよ。霞」と言う。僅かな微笑みだったが、それでも私の心を射止めるには十分すぎるものであった。私は顔を逸らして、枕に顔を埋めるようにして恥ずかしさによって顔が赤くなっていることがバレないように必死に隠す。しかし、どうみても怪しかったのは言うまでもない。

 

「霞さん」

 

 そんな状況で私に助け舟が降りたのか、襖を開けて巴ちゃんがやってきた。私の事を若干呆れたような目で見ると、溜息をついて私にこう言ってきた。

 

「白望さんに感謝して下さいよ。霞さんを運んできてくれたの、白望さんなんですから」

 

「白望ちゃ……シロ、すまなかったわね」

 

「いや……別に」

 

「全く、一応白望さんもお客様なんですから、迷惑をかけるような事はしないで下さいね」

 

 かつて巴ちゃんが私にそんな事を言ったことがあっただろうか。どこか悔しいなと思いながらも、「ごめんなさいね。次からは気をつけるわ」と巴ちゃんに向かって言った。

 

「もう夕食出来上がってるんで、あとは霞さん待ちですよ」

 

「あらあら、悪いことしたわね」

 

 そう言って布団から出て、立ち上がろうとすると、何故か私の裸体が見えた。いくら巫女服が着方によっては露出が高い服とはいえ、こんなにも裸体が見える事はあるはずがない。どうしたものかともう一度私の体をよく見ると、私は巫女服どころか一糸まとわぬ姿であった。まあ、お風呂場で倒れて運ばれてきたのだから当然といえば当然なのだが、突然のことで時が止まっていた私は数秒間真っ裸のままで立ち尽くしていた。それを見かねた巴ちゃんが、咳払いをした後、私の近くに置いてあった巫女服を持って私にこう言った。

 

「……早く服を着てください」

 

 私はそれを受け取って巫女服を着ようとすると、横にいるシロが顔を逸らしている事に気がついた。そしてうっすらではあるが、顔が赤くなっていた。私はシロにも羞恥があるんだという事を思いながら、服を着た。




次回も鹿児島編。
シロにも羞恥はあるんだよなあ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第195話 鹿児島編 ㉑ 手伝う

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「もうお蕎麦茹で上がったですよー」

 

 

 霞が巫女服を着てから、皆のところへとやってきた私と霞を、先に椅子に座って盛られた蕎麦を前にしている初美と春と小薪が待っていた。仕方ないとはいえ、遅れてきた私と霞は少しほど急いで皆のところへと行く。

 

「あ、あのっ!」

 

「ん……?」

 

 席に座ろうとすると、さきほどまで寝ていたのか眠そうにしていた小薪が私に声をかけてくる。何事かと思った私は小薪の言う事を聞くと、「さっきは途中で寝てしまってすみませんでした……そして、私を運んでくれてありがとうございます!」と小薪は言って私に向かってお辞儀をする。私はそんな小薪に対して、「別にいいよ。十分楽しめたし……」と返す。すると小薪は嬉しそうな顔をして、「それは良かったです」と言う。

 そうして、取り敢えず適当な席に座ろうとした私は意外にも春の手によって止められる。腕を春に掴まれた私は、「……なに」と春に聞くと、「隣に座って……」と腕を掴みながら私に向かって言う。そしてそれを聞いた瞬間霞と初美が吹き出した。

 

「ゴホッ……ゴホッ……!なにを言ってるんですかはるるはー!」

 

 若干噎せた初美は驚きながら春に向かって言う。私以上に驚いているのもおかしな事だったが、まあ急に言われれば驚くであろう。事実私も突然言われて驚いている。

 

「わ、私も白望さんのお隣に座らせて下さい!」

 

 そして春が掴んだ反対の方の腕を、小薪が掴んでそう言う。またも初美と霞は驚いているようで、私の見間違いかどうかは分からなかったが、霞の腕がワナワナと震えていたような気がした。

 

「姫様も、あんまり無理な事を言うんじゃないですよー……」

 

 初美も私の事を気遣ってくれているのか、小薪と春に止めるよう促す。……まあ実際、別にそれでもいいのだが。

 

「……いくら年上でも、これは譲れない」

 

「んなっ!?」

 

 そういったことを思っていると、いつの間にか初美と春との言い争いが始まっていた。いくら初美の方が年上で、尚且つ今回は完全に初美の方が正しいと言っても、端から見れば完全に駄々を捏ねる子供とお姉さんにしか見えない。これを言ってしまっては失礼だろうからあえて言わないでおくが。

 

「べ……別にいいわよっ」

 

 するとそこで霞が、拗ねたようにして椅子に腰掛ける。……なにがあったのかは分からないが、後で霞に謝っておこうと心の中で思った瞬間であった。それを聞いた春は勝ち誇ったような表情を浮かべて私の腕を掴み、「本当は二人っきりがいいんだけど……我慢する」と私に向かって言う。歓迎されるのは嬉しいが、ここまでくると宇夫方さんと似た系統の若干の面倒さを感じるのは私の偏見なのだろうか……

 

「じゃあ、ここに座るよ」

 

 そう言って私は春と小薪の間の席に腰掛ける。そうして全員が揃い、「いただきます」という声と共に蕎麦を食べ始めた。

 

(ん……美味しい)

 

 普段蕎麦を食べないからなのか、それともここの蕎麦が特別良いのかは分からないが、とても美味しい。これなら蕎麦だけでもいくらでも食べれそうだというレベルだ。

 そうして蕎麦を食べる事に夢中になる事数分後、あっという間に私は蕎麦を平らげてしまった。岩手に帰ったらもう一度蕎麦を食べようかな、と心の中で決心して、「ごちそうさま」と言って夕食を終える。

 

「はあ……白望さん。すみませんねほんと……」

 

 そしてテーブルを拭く巴が、私に向かってそう言った。まあ、別にそんな気にもしてないし、全くもってダルくなかったとは言い切れはしないが、全然許容範囲内であった。

 

「全然大丈夫……それこそ、巴の方が大変なんじゃない?」

 

 私は巴に向かってそう言うと、巴は少し恥ずかしそうにして「いや……そんな事ないですよ」と言う。私から見た巴は、同じ赤髪の塞と同じようなお母さん的ポジションであるため、あの反応を見るにやはり何かと苦労しているようだろう。

 

(……ちゃんと塞も労ってあげないとな)

 

 そしてそんな事を思っていると同時に、その塞に色々と迷惑をかけたなあと思った私は帰ったら塞を労おうと心の中で決める。岩手に帰ってからやろうと心に決めた物事が若干多いような気もするが、そこはまあ帰ってからという事で……

 

「……手伝おうか?」

 

 取り敢えず、私は今目の前で頑張っている巴を手伝おうと巴にそう言うが、「お客様にそんなことやらせれません」と拒否されてしまう。が、ここで素直に退くほど私も軟弱者ではない。私は巴の肩を掴むと、「良いから……二人でやればその分早く終わる……」と言った。対する巴は口をパクパクとさせていたが、黙秘は容認とみなすとよく言うので、私も容認したという解釈でテーブルを拭くのを手伝う。

 そうして食器洗いなども一通り手伝った私は、久々の家事に疲れて背筋を伸ばしていると、顔を赤くした巴が「あ、ありがとう……ございます」と言ってくる。私はそんな巴に「全然いいよ。むしろ、巴と一緒にできてよかった」と若干の御世辞も交えて言うと、巴は壊れたロボットのように立ち尽くして我ここにあらずといった表情となっていた。あれ、なにか変な事言ったっけかなと思いながらも、私は巴の背中を押して私の荷物が置いてあった部屋へと移動する。特に何もなければ、後は寝室を一室借りて寝るだけなのだが、そういえばまだ巴と春、小薪はお風呂に入ってないんだっけか。まあ、先に寝させてもらおうと思いながら、部屋へと向かった私と巴であった。




シロ……流石としか言いようがない……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第196話 鹿児島編 ㉒ 『迷い家』

鹿児島編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「じゃあ、白望さんはこの部屋で霞さんとはっちゃんと待ってて下さいね」

 

 巴はそう言って襖を開く。するとそこには霞と初美が布団の上で座っていて、こちらを見ていた。よく見ると床には布団が八人分敷かれてあり、二つの布団には既に寝ている巫女服を着た少女が二名、さきに寝ていた。恐らくこの二人がさっき霞とかが言ってた子の事なのだろう。まあ正直な話、一人でゆっくりと寝たかったのだが、まあ客人である以上贅沢は言えない。多少騒がしくなろうとも我慢すべきであろう。というかそもそも、そんなに騒がしくもならなさそうだから別に構わないのだが。

 

「ふぁ〜あ……」

 

 そして大きな欠伸をして、そのまま布団へ倒れこむ。そんな私へ、初美が声をかけてくる。

 

「白望ちゃんはもう眠いんですかー?」

 

「うん……まあね」

 

 それを聞いた初美と霞は、ふふっと微笑み「小薪ちゃんたちがまだお風呂に入ってるけど、先に寝ちゃいましょうか」と言う。私はその提案に対して頷き、布団の中へと入る。部屋の電気は初美が消してくれた。後はもう寝るだけである。

 

「ん……?」

 

 そうして目を閉じて眠りにつこうとしたら、背中に何やら柔らかい感触が伝わってきた。驚いて後ろの方を見るとそこには霞がいた。霞は体を私に寄せて、私を後ろから抱きしめるようにして体を寄せている。

 

(まあ……別にいいか)

 

 霞を無理に振り払うほどの事でもないし、そもそも私に今そんな活力がない。不快でも、ダルいわけでもないので私は霞の自由にさせる事にした。強いて言うならば、霞の異常なサイズの胸が背中に当たっている事が気になる事だが、それはまあ別にどうでもいいだろう。

 思い返せば、今日はとても忙しい1日であった。鹿児島に来て買ったつぶつぶドリアンジュース。思い返せばあれが転機だったのかもしれない。……まあ、霞たちの目的はどうやら私のようだったらしいからあの時合わずとも、別なところで会っていた可能性もあるかもしれないが、そこは気にしないでおこう。

 そしてどうやら忙しいと銘打っただけはあり、私は瞼を閉じるとすぐに夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(シロ……何も言って来ないわね)

 

 石戸霞は、真っ暗な空間で背中を向ける小瀬川白望に後ろから抱き締めるような形で体を寄せていた。何か小瀬川白望からの反応があるかと思っていたが、これといって何か小瀬川白望に言われるような事はなかった。

 

(もしかして、もう寝ちゃっているのかしら)

 

 何も反応が返ってこない小瀬川白望の後頭部を見ながら、石戸霞はそんな推測をする。その推測は九割ほど合っていて、小瀬川白望は気付きはしたが、何も言わずにそのまま寝てしまっていたのだ。

 石戸霞もわざわざ反対側に回って小瀬川白望の顔を見たり、声をかけて起きているかどうか確認するほどでもなかったため石戸霞はそのまま小瀬川白望の体を抱きしめていた。それも、かなりの力で。

 

(……誰かをこんなに強く抱き締めた事なんて、今までであったかしら……)

 

 人生初。そう思ってしまうほど、石戸霞はめいいっぱい小瀬川白望の事を抱きしめていた。小瀬川白望の暖かい体温が直に伝わってくるのを石戸霞は肌で感じていた。

 

(……明日には、シロは帰っちゃうのよね)

 

 なぜここに来て小瀬川白望の事がこれほどまでに恋しくなっているのかといえば、単純な話小瀬川白望と別れたくないからであった。いくらこの霧島神境にいるとはいえ、ずっと小瀬川白望を此処に留めておくという事もできない。明日には帰ってしまうであろう。だから石戸霞はこれほどまでに小瀬川白望の事を離したくないという意思表示をしていたのであった。まあ、どれだけ強く抱きしめたとして小瀬川白望が帰ってしまうという事実は変えられそうにないのだが。

 

(……今くらいは、私だけのシロとして……シロに甘えてもいいわよね)

 

 霧島神境にいる他の巫女、滝見春と神代小薪。石戸霞は気付いていないが狩宿巴と薄墨初美までもがライバルであるこの状況、今が唯一小瀬川白望を独占できるチャンスであった。そして石戸霞が思う通り、この霧島神境以外にも山のようにライバルはいる。だからこそ、この時間が石戸霞にとって大切であった。恐らく小瀬川白望にはこの想いは届かないかもしれないが、それでも石戸霞はそれで十分であった。

 

 

(……おやすみ。そして、さようなら)

 

 ここで石戸霞が目を閉じれば、今の『石戸霞だけの小瀬川白望』ではなくなり、『皆の小瀬川白望』となる。故に、石戸霞はそんな小瀬川白望に対して心の中で別れの言葉を告げたのだ。多分、もう二度と『石戸霞だけの小瀬川白望』がやってくる事はないのだろうから。

 

(はあ……私って、面倒くさい女ね……)

 

 そしてそこまで考えて、石戸霞は自虐的に笑う。ただ抱き締めているだけで、自分のものとはなんとも烏滸がましい話だ。それに、一々「さようなら」だのなんだの言ってるなど、重い女よりも重症である。そんな事を自分に言い聞かせるようにして心の中で言う。

 結局は石戸霞もまた、小瀬川白望に魅了された者なのだ。しかし、魅了されて小瀬川白望に求愛したところで、小瀬川白望には届かない。欲のあるものは辿り着くこのできない、『迷い家』。小瀬川白望はまさに『迷い家』と称しても粗方間違ってはいない。

 

(まあ、欲の無いものでも辿り着く事はできないでしょうけどね……)

 

 誰一人として辿り着く事ができないなど、全く何て酷い『迷い家』だ。そう思いながら石戸霞はより一層強く小瀬川白望の事を抱きしめる。もし、時間を一度だけ止められる事ができるとしたら、石戸霞はここで時間を止めていたであろう。しかし現実はそこまで甘くはなく、無情にも時間だけが過ぎていってしまうのだが。

 

(全く……酷い女だわ)

 

 口ではそう言いながらも、身体はしっかりと小瀬川白望にべっとりな石戸霞は目を閉じ、本当は来てほしく無い明日へと歩き始めた。

 

 




次回も鹿児島編。
そろそろ鹿児島編も終わりですかね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第197話 鹿児島編最終回 さらば霧島神境

鹿児島編ラストです。
昨日は休載申し訳ありませんでした。
言い方が大袈裟に思われます(というか実際言われた)が、昨日は完全なる私のミスによって招いたことなので、謝罪というよりはその戒めとでも思って下さい。
一応毎日投稿と謳っているので、そこら辺はしっかりしたいですね。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「うーん……ふぁ〜あ」

 

 目が醒めると、目の前には見知らぬ天井。一瞬ドキっとしたが、すぐに現状を理解して落ち着く。それにしても、昨日あれだけの事があったからかよく寝れた気がする。思わず昨日あった事を忘れて起きた瞬間にちょっとびっくりしてしまうほど、ぐっすりと眠る事ができた。

 

(……それはいいんだけど)

 

 

 私は視線を天井から部屋の四隅の方へと落とし、辺りを見渡す。奥の方の布団には初美と同じくらいの身長の女の子が二人寝ていた。そこまではまあいい。しかし、そこから視線をどんどん自分の手元へと寄せていくが、他の布団には誰も寝ていなかった。まさかと思って一気に視線を自分の周りへと落とすと、やはりと言っていいのかどうなのかは分からないが、皆が私の周りを取り囲むようにして固まっていた。別にそのこと自体には何の問題もない。しかし、こうやって密集されると夏ということもあってか、かなり暑苦しくなる。寝ている内は別に気にすることはなかったのだが、起きてからが暑さ地獄であった。

 皆がまだ寝ているということから、まだ起きる時間帯でもないのだろう。至福の二度寝に入りたいのは山々なのだが、いかんせん暑苦しくて二度寝できるような状態ではない。ならばここから出ればいいのだろうが、ここの構造を全く理解していない上に私は客という立場上、ここをうろうろ歩き回るわけにもいかない。どうしようもできない上に暑い、いつぞやのサウナを思い出すような暑苦しさであった。

 

(あっつ……)

 

 もはや二度寝とかそういうの関係なく、ただこの暑い状況をどうにかしたいと思った私は、取り敢えず定番の手で扇いで風を送ってみる。が、それでどうにかなるわけでもなく、其の場凌ぎにすらなりやしない。できる事なら服を脱いで涼しくなりたいが、生憎私は巫女服しか身につけていないため、実質私が今できる最も涼しい恰好であった。

 いくら皆が寝ているとはいえ、流石にこの状況で裸になる事もできず、結局はただただ皆が起きてくるのを待つのみとなった私は半ば自暴自棄になりながらも目を閉じる。しかし、体に伝わってくる熱気が私を夢へと導くわけがない。

 結局、皆が起きたのは朝の六時半。私がいつから起きていたのかは分からないが、少なくとも三十分以上は暑さに耐えながら起きていただろう。我ながら折角ぐっすりに寝れたというのに、これでプラマイゼロどころかマイナスになってしまった。

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……やっぱり、行くのね」

 

 朝食をいただいて、巫女服から普段着へと戻った私は部屋の中で自分の荷物を整理していた。そしてそのところに霞がやってきてそう言う。

 ……確かに、此処にもっといたいという気持ちが無いわけではない。いや、無いどころか寧ろあり過ぎて困る。なんだかんだ言いつつも、私も素直に言うともっといたいという気持ちはある。

 しかし、いつまでも此処にいるわけにもいかない。私には帰るべき場所がある。故に、私はここで首を縦に振り、肯定するしかなかった。

 

「……うん」

 

「また、来てくれる……いや、会えるわよね?」

 

 そう霞は悲しそうな表情をして私に向かって言う。岩手と鹿児島。佐賀にいる哩と姫子のように、また会うというのはかなり難しい。しかし、私はそれでも確信を持ってこう言った。

 

「……もちろん」

 

 そう霞言うと、タイミングよく巴が部屋にやってきて、「じゃあ、そろそろ帰りますよ」と言ってきた。私はゆっくり頷くと、霞と一緒に外へ出た。そしていよいよこの霧島神境ともお別れかといったところ、霞が私に向かってふとこんな事を言ってきた。

 

「……今度あなたが来た時には、十曽ちゃんと明星の事も紹介してあげるわ」

 

「ん……ああ、あの子たちね……」

 

「それと……」

 

 そう言って霞は私にメモ用紙を握らせる。何かと思って霞の方を見ると、霞は微笑みながら「これ……ちゃんと寄越しなさいね?」と言う。私が握らせられたメモ用紙の中身を見ると、そこにはアルファベットの羅列が五行ほどあった。おそらく、霞含めた五人のメールアドレスだろう。

 

「ありがとう……」

 

 私はそう言いながら霞と一緒に巴について行ってると、いつのまにか霧島神境ではなく、昨日私が入った山の中となっていた。

 いや、厳密に言えばそこが霧島神境ではないというのは私には分からないが、雰囲気的に霧島神境ではなく、鹿児島に戻ってきたという感じがした。

 そうして山を降り、見覚えのある所へ出ると、霞が私に向かって「とうとう、お別れね」と言った。

 

「二日にも満たないけど、楽しかったよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 

 そう言葉を交わし、私は霞と巴に背を向けて歩き始めた。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……」

 

 自分に背を向けて歩き始める小瀬川白望を見ながら、石戸霞は狩宿巴に向かってこんな事を呟いた。

 

「もし……もしもよ、シロが岩手の山で迷い込んで偶然霧島神境に来るなんてこと、あり得るかしら?」

 

「……確かに白望さんは私達よりも異常な存在ですけど、流石に白望さんだけでは無理でしょう」

 

「そう……よね」

 

 狩宿巴は石戸霞が何を思っているのかを心の中で察しながら、持ってきていたハンカチを石戸霞へと渡す。石戸霞はそれを受け取ると、小さな声で「……ありがとう」と言ってハンカチを使う。

 

(……全く、本当は私のために持ってきたものなんですけどね)

 

 

-------------------------------

 

 

「シロ……!」

 

 九州から戻ってきた小瀬川白望を待ち受けていた辻垣内智葉は、小瀬川白望の事を視認すると真っ先に飛んでくるようにして小瀬川白望の所へやってきた。

 

「何もされなかったか?」

 

「……大丈夫」

 

「本当か?なんなら私が叩っ斬ってくるぞ?」

 

「大丈夫だから……」

 

 長旅から帰ってきてクタクタの状態の小瀬川白望に詰め寄る辻垣内智葉を見て、小瀬川白望は(心配してくれるのは嬉しいんだけど……これはこれでダルいなあ)と思いながら辻垣内智葉の質問に答えていた。




鹿児島編は終わりで、次回から2年の冬編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第198話 東京編 ① メグ

今回から東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「メグ。いい加減それを食うのを止めたらどうだ?」

 

 辻垣内智葉は自身の部屋でカップラーメンを啜る高身長のアメリカ人……メグことメガン・ダヴァンにそう言った。メガン・ダヴァンは麺を啜りながら「いやあシカシ……これは止められないでスヨ。ニッポンジンの最先端技術の結晶デス」と言う。いくらアメリカ人とはいえ、礼儀がなっていないメガン・ダヴァンを辻垣内智葉は呆れたような表情で「まあ……出会えてよかったな。たかがカップラーメンだけども」と言う。

 そう言われたメガン・ダヴァンは麺を食べ終え、スープをグイッと飲み物感覚で飲み干すと、立ち上がって辻垣内智葉に向かってこう言った。

 

「……サトハのお陰でスヨ。初めてのニッポン、しかも一人旅で道に迷っているという絶体絶命のジョウキョウのワタシを助けてくれて、その上このカップラーメンという世紀の大発明とワタシを引き合わせてくれたのデスカラ。感謝しきれまセン」

 

「そうか……それは良かったな」

 

 辻垣内智葉は微笑みながら、近くのソファーへと凭れこむ。そして辻垣内智葉は、ニヤけながらメガン・ダヴァンに向かってこう言った。

 

「しかし……そうは言うが、メグ。お前が私と麻雀をする前はあんな大口を叩いていたじゃないか。『日本人に負ける事はない』って」

 

「……それは仕方ないデス。サトハは規格外過ぎるんでスヨ!まさかワタシのデュエル(決闘)を破ってくるなンテ……」

 

「ああ、アレの事か。なかなか楽しめたぞ」

 

「デモ……」

 

「でも?」

 

 

「まだワタシは智葉以外のニッポンジンに負ける気はないでスヨ?これでも、アメリカではかなりの打ち手ですからネ!!」

 

 メガン・ダヴァンは胸を張ってそう言う。その口ぶりから見るに、メガン・ダヴァンは相当な打ち手であるという事が伺える。しかし、辻垣内智葉はそんなメガン・ダヴァンを見てある人物を思い浮かべていた。己の想い人でありながら、自身の絶対的壁でもある小瀬川白望の事を。

 

(規格外……か。シロの事を指す言葉と言っても過言ではないな)

 

 

 そう、メガン・ダヴァンは辻垣内智葉の事を規格外と評したが、辻垣内智葉にとっての規格外は小瀬川白望であった。確かに、辻垣内智葉自身宮永照や、愛宕洋榎など何年に一度の人材とも言っても差し支えない強敵と闘ってきたが、その中でも小瀬川白望が群を抜いて異彩、規格外であるのだ。

 そしてそんな小瀬川白望だが、明日からとうとう辻垣内智葉のいる東京へとやってくる。今まで辻垣内智葉は全国各地へと飛び回って、その度に新たなライバルが増えていくショックで悩まされていたが、今回は違う。小瀬川白望を送る側ではなく、訪問される側となったのだ。冬休みが始まる前から計画は立てていたのだが、その時点から辻垣内智葉は明日の事が楽しみで、そして嬉しくてしょうがなかったのだ。やっと、やっと小瀬川白望が自分の元へ来てくれる。それが辻垣内智葉のあらゆるものに対してのモチベーションへと変換されていた。

 そんな事を考えていると、メガン・ダヴァンが不審に思ったのか「……考え事でスカ?」と辻垣内智葉に向かって言う。不意を突かれた辻垣内智葉は少しびっくりしながらも、「ま、まあな……」と返答する。そして辻垣内智葉はメガン・ダヴァンに「メグは明後日に帰るんだっけか?」と質問する。

 

「イエス。まあ高校になってニッポンに留学する事になるかもしれないという事での訪日ですからネ。下見程度なのデ、そんなに長居はしまセン」

 

「そうか……明日は何か用事とかあるのか?」

 

「下見とはいっても、ただニッポンに来ただけなノデそんなプランは存在しないデス。それが何カ?」

 

「いや……お前に合わせたい奴がいてな」

 

「ホウ……もしかして雀士ですか?」

 

 メガン・ダヴァンは目をギラつかせて辻垣内智葉に向かってそう言う。その目は獲物を狩る時の獣のような獰猛な目つきをしていた。が、辻垣内智葉は内心で(明日はその余裕がいつまで持つか……見ものだな)と思ったが、あえて口には出さずに「まあな」と答える。

 

「……因みにそのオトモダチは、サトハと比べてどれ位ですカネ?」

 

 メガン・ダヴァンにそう聞かれた辻垣内智葉だが、真実を知らせるよりも、あえてここは隠したほうが面白くなりそうだ。そんな気がした辻垣内智葉は「さあな……最後に打ったのが随分と前の話だからな。今は知らん。……だが、見縊るなよ?」と言葉を濁してメガン・ダヴァンに言う。

 

「まあ……全力で叩き潰すだけデス。あらためてサトハにワタシの強さを教えてあげまスヨ」

 

「そうか……それは楽しみだ」

 

 

(……色々な意味でな。メグには悪いが、全力で叩き潰されてもらおう。日本人が甘く見られているのは私にとっても屈辱だしな)

 

 辻垣内智葉は内心でそう思いながら、携帯電話を取り出して小瀬川白望にメールを送る。その内容は、明日小瀬川白望にボコボコにしてほしい奴がいるという内容であった。それを文字にしている間、辻垣内智葉はずっと気になっていた事をメガン・ダヴァンに聞く。

 

 

「そういえば」

 

「どうかしましタ?」

 

「アメリカでも日本人が学校で英語を学ぶように、学校で日本語を学ぶ授業とか存在するのか?初の日本にしては日本語を流暢に話すものだから気になっていたんだ」

 

「学校……スクールで日本語を学べるようになるのは高校、大学からデスヨ。ジュニアハイスクールでは学びませンネ……地域によりけりなのかもしれませンガ」

 

「となると、独学なのか?」

 

「答えはノーでスネ。私の古くからの友人にニッポンで小さい頃から生活していた人がいて、それで習いまシタ」

 

「それにしてもかなり上手い日本語だな……日常生活では何の支障もないんじゃないか?」

 

 辻垣内智葉にそう言われたメガン・ダヴァンは照れながら「褒めてもらえるのは素直に嬉しいデスネ」と言う。そしてそれと同時に、辻垣内智葉は小瀬川白望へメールを送り終えた。

 

「さあ、明日も早い事だし、そろそろ寝るとするか」

 

 そして携帯電話をテーブルの上へと置くと、メガン・ダヴァンに向かってそう言った。それを聞いたメガン・ダヴァンは「早寝は三文の得と言いますシネ」と言う。辻垣内智葉はメガン・ダヴァンの間違った諺にずっこけながらも、メガン・ダヴァンの間違った諺を訂正する。

 

 

「……それは早起きだ」

 

 

「ありゃ、そうでしたっケ?それはソーリーです」

 

 

-------------------------------

 

 

「……『ボコボコにしてほしい奴がいる』。ねえ」

 

 

 中学二年生の冬休み、今度は関東を中心に回っていき、現在は千葉にいた小瀬川白望は先ほど届いた辻垣内智葉のメールを見ながらそう呟く。赤木しげるが【ククク……面白そうじゃねえか。あのヤーさんのお嬢さんが言うほどだから、お前もそれなりにに楽しめるんじゃねえか?】と小瀬川白望に言う。

 

「まあ……そう言われなくても、全力で潰すんだけどね。『分かったよ。言われなくても本気でやる』……っと」

 

 小瀬川白望は指先で携帯電話を操作しながら、文字に変換する。そうして返信が完了すると、携帯電話をポケットの中に入れて小瀬川白望は窓から見える夜景を見ながらこんな事を思った。

 

(……東京かあ。九州とか大阪とか、遠くのところに行く時経由するために訪れた事を除くと……最後に来たのはいつ以来なのかなあ……)

 

 思い返せば、全ては東京から始まったと言っても過言ではないかもしれない。赤木しげるに出会うきっかけになった赤木しげるの墓を見つけたのも東京。小瀬川白望が麻雀の修行のために初めて行った土地も東京。今や小瀬川白望の事を全面的にサポートしてくれる辻垣内智葉と出会ったのも東京。そして、全国大会があり、優勝したのも東京。

 そんな全ての始まりである地、東京に明日小瀬川白望は行く事になる。初めて赤木と出会った頃から、辻垣内智葉や宮永照と出会った頃から、全国大会の頃から……果たして自分はどれほど変わったのか。そんな事を考えながら、眠りにつく小瀬川白望であった。

 




次回も東京編。
ダヴァンさん逃げて、超逃げて(届かぬ思い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第199話 東京編 ② 虚無

東京編です。
どんどんフラグが建築されていく……


-------------------------------

視点:神の視点

 

「ウーン……サトハ、グッドモーニングでス」

 

 まだ夜が明け切らない頃、メガン・ダヴァンは布団から体を起こし、既に起きて着替え終わっている辻垣内智葉に向かって挨拶をする。辻垣内智葉は「おう、メグ……おはよう。まだ時間はあるから、寝ててもいいぞ?」とメガン・ダヴァンに返す。しかし、メガン・ダヴァンは首を横に振って拒否する。

 

「いやア……もう目が覚めてしまったのデ。顔を洗ってくるので、洗面所を貸して貰えますカ?」

 

「ああ、別に構わんぞ」

 

 メガン・ダヴァンはああ言ったものの、眠いようで欠伸をしながら部屋を出て行く。メガン・ダヴァンなりに気を使ったのだろうか。そんな事をしなくても別に良いのに。まあ、その分早く部屋の片付けを始められることが出来て嬉しいのだが。そんな事を辻垣内智葉は思いながら、部屋の片付けを始めていく。

 小瀬川白望が来るまで、あと数時間といったところ。正直な話、まだ時間はあるのでそんなに辻垣内智葉が急ぐ必要はないのだが、あの小瀬川白望が来るということで、変に力が入っていた。それは辻垣内智葉の家にいる黒服もそうで、朝から大忙しであった。床や部屋の清掃、昼食と夕食の食材の買い出し、麻雀卓の準備、小瀬川白望を迎えに行くための車の配備など、黒服が総動員されていた。

 

「失礼します、メガン・ダヴァン様」

 

「あ、ハイ……」

 

 そして黒服が雑巾で床を磨いているのを見ながら、メガン・ダヴァンは辻垣内智葉の部屋に向かう。この時、メガン・ダヴァンはこんな事を思っていた。

 

(サトハって一体何者なんですかネ……家も途轍もなくビッグでしたし……)

 

(ハッ……!これが、いわゆるジャパンマフィアというヤツですカ!オトシマエですカ!)

 

 そう考え、メガン・ダヴァンは辻垣内智葉に直接聞いてみた。メガン・ダヴァンは俗に言うヤクザに対してとても興味を示しているが、辻垣内智葉はそれを否定もしないし肯定もしない。まあ、知らぬが仏というヤツだ。とメガン・ダヴァンに告げて、「取り敢えず、着替えてこい」と促す。メガン・ダヴァンは右手で敬礼をして「イエッサーです!ボス!」と言い、別の部屋で着替えを始めた。

 そんなメガン・ダヴァンを辻垣内智葉は若干呆れたとうな表情をしながら、(……別に知られたからといって消すわけにもいかないが、知られても面倒だしな。適当にあしらっておいて正解か)と心の中で思った。

 

 

-------------------------------

 

 

「よし、行くぞ。メグ」

 

 

 そうして1時間後、小瀬川白望をもてなす黒服たちの用意と、辻垣内智葉とメガン・ダヴァンの準備が終わり、二人は黒服に連れられて小瀬川白望を迎えに行く。そうして車の中に入ると、メガン・ダヴァンは辻垣内智葉に向かってこう言った。

 

「いやア……小瀬川サン、でしたっけ?どんな人なのか今から楽しみですヨ」

 

「そうか……まあ、昨日も言った通りあんまり奴を侮るなよ?」

 

「ハハハ!ったりめえじゃんデス!サトハには悪いですケド、全力をもって叩き潰してやるですヨ!」

 

 それを聞いた辻垣内智葉は微笑しながらも、メガン・ダヴァンに聞こえない程度の小さな声で「潰されるのはどちらかな……」と呟いた。

 

「ン?何か言いましたカ?サトハ」

 

「……いや、何でもない。気のせいだ」

 

 そしてその後はメガン・ダヴァンのアメリカでの生活のことや、逆に辻垣内智葉の生活の事を話しながら、集合場所へと向かっていった。

 二人が出発してから20分後、黒服は辻垣内智葉とメガン・ダヴァンに向かって「お嬢、メガン・ダヴァン様。そろそろ到着でございます」と告げる。

 そして車が集合場所手前で停車すると、辻垣内智葉とメガン・ダヴァンは車から降り、小瀬川白望が来ている手筈のところまで歩いていく。少しほど歩くと、白い髪の毛の女の子が立っていた。その人は、辻垣内智葉がよく知る、紛れもなく小瀬川白望であった。

 

「シロ」

 

 辻垣内智葉が小瀬川白望の事を呼ぶと、小瀬川白望は振り返って辻垣内智葉の事を見る。目が合った辻垣内智葉は少し顔を赤くしていたが、平静を装いながら「久しぶりだな。こうして直で会うのはいつ振りだ?」と言う。

 

「うーん……夏休み以来?」

 

「まあ、元気そうで何よりだ」

 

 辻垣内智葉と小瀬川白望がそんな会話をしている最中、メガン・ダヴァンはそんな小瀬川白望の事をマジマジと見ていた。

 

(……あんまり強そうに見えないのは気のせいでショウカ)

 

 正直な話メガン・ダヴァンは、小瀬川白望はそれほど強そうには見えなかった。それはあくまでも見かけ上のものだけであり、実際にオーラや風格を感じ取ったわけではないのだが。

 

(まあ……所詮はニッポン人。サトハのようなイレギュラーでない限り、ワタシでも十分戦えるはずデス……)

 

 メガン・ダヴァン曰く、本当に強いのであれば何もしなくても強者のオーラ、風格が滲み出ているはず。それがない小瀬川白望は恐るるに足らず。そう考えていた。

 しかし、ここでメガン・ダヴァンは見誤っていた。小瀬川白望のオーラが放たれていないのではなく、そのオーラが闇のように冷たく、まるで虚無の様であったが故にメガン・ダヴァンが感じ取れていないだけということに。無論、この見誤りが後のメガン・ダヴァンの首を締めることになるのは、言うまでもない。……まあ、ここで見誤らずとも結果は変わらなかったかもしれないが。

 

「ああそうだ、紹介しよう。こいつがメガン・ダヴァンだ」

 

「よろしくお願いしマス」

 

 

 そう言ってメガン・ダヴァンは右手を差し出す。すると小瀬川白望も右手を差し出し、握手をすると、それと同時にメガン・ダヴァンはニヤッと笑った。

 

(……ふーん)

 

 そう、小瀬川白望がメガン・ダヴァンの右手を握った瞬間、彼女は小瀬川白望に向けて自身のオーラを放ち、一瞬だけ威嚇したのだ。メガン・ダヴァンからしてみれば驚かそうと本気でやったのだが、これの何倍も大きい威圧感を経験してきている小瀬川白望にとって、この程度では動揺の「ど」の字もなかった。

 

(……アレ、これで平然にいられるんですカ……?)

 

 無表情のままメガン・ダヴァンの右手を握る小瀬川白望の事を見ながら、彼女は小瀬川白望の事を不審に思う。いくらちょっと驚かそうとしたとはいえ、本気で威嚇したはずだ。しかし、メガン・ダヴァンは(まあ……これくらいでビビってもらってはこっちとしても困りますからネ……)と前向きに捉え、握手を止める。

 そんな二人を見ていた辻垣内智葉は、(……早速仕掛けていったが、当然ながら不発に終わったか……)と思いながら、二人に向かってこう言った。

 

「まあ、話はここでなくても車内や家の中でもできる。取り敢えず戻るぞ」

 

「……そうだね。智葉」

 

「了解デス。じゃあ行きましょうカ、小瀬川サン」

 

 

(……ダヴァンさん、だっけ。少しは楽しめそうかな……)

 

(白望サン……精々ワタシを楽しませてくれると嬉しいデスネ……)

 

 

 二人の思いが交錯しながらも、辻垣内智葉含む三人は辻垣内智葉の家へと車で移動した。

 




次回も東京編。
ダヴァンさん終了のお知らせ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第200話 東京編 ③ 決闘

200話目です。
早いものですね。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「うわあ……久々だなあ、智葉の家」

 

 辻垣内智葉の車に乗せられて彼女の家に連れてこられた小瀬川白望は、初めて辻垣内智葉の家に来た時のような新鮮な感じで家の外装を見ていた。最後に来たのが全国大会が終わって宮永照、愛宕洋榎らと一緒に来た以来で、実に二年ぶりの訪問であった。

 

「前にも、来たことがあるのですカ?」

 

「まあ、二回ほどね」

 

 それを聞いたメガン・ダヴァンは小瀬川白望の耳元までより、小さな声で小瀬川白望にこう言った。

 

「サトハって、一体何者なんですカ?やっぱりジャパンマフィア?」

 

「……さあ、智葉曰く火消しの血を受け継いでいるらしいけど」

 

「……ヒケシ?」

 

「昔の消防隊みたいなものだよ。今の消防隊とは全然違うけど……」

 

「じゃあ、ジャパンマフィアではないと?」

 

「……それはわからない」

 

 結局、結論が出ることはなく、かといって辻垣内智葉に直接聞くのも、ただでさえメガン・ダヴァンは辻垣内智葉に知らない方がいいと言われたため聞くに聞けなかった。そして何よりも、真実を知ったら消されそうな気がするので聞かないことにした。

 

「シロ、メグ。何してる。行くぞ」

 

 そしてそんな二人に向かって先に家に入りかけていた辻垣内智葉が言う。二人はこれ以上は聞かないでおこうと胸に決めて、辻垣内智葉の家へと向かった。

 

 

 

 

 三人が家に入ると、そこに待ち構えていたのは車を運転していたのとはまた別の黒服であった。黒服は辻垣内智葉の事を視認すると、深く一礼し、辻垣内智葉はそんな黒服にこう聞いた。

 

「おい、お前。もうできているか?」

 

「はっ、卓の準備は出来ております」

 

「そうか。今鈴木は空いているか?」

 

 辻垣内智葉の言葉が聞こえたのか、何処からともなくもう一人の黒服がやってきて、「大丈夫です。お嬢」と言う。メガン・ダヴァンは何処からやってきたのだろうといった疑問を持ちながらも、取り敢えず辻垣内智葉についていった。

 

 

 

「よし……始めるか」

 

 辻垣内智葉がそう言って風牌を四枚取り出し、裏にして掻き混ぜる。さっそく麻雀ということになったわけだが、メガン・ダヴァンと小瀬川白望、両者も既にやる気に満ち溢れており、まるで待ってたかのように臨戦態勢に入る。そうして席決めが終わり、親も決めて、辻垣内智葉とメガン・ダヴァン、そして小瀬川白望の三つ巴の麻雀が始まろうとしていた。

 

 

-------------------------------

東一局 親:鈴木 ドラ{二}

 

小瀬川白望 25000

辻垣内智葉 25000

ダヴァン  25000

鈴木    25000

 

 

 

(さて……配牌は、ト……)

 

 東一局、メガン・ダヴァンは配牌を取って立ち上がりの自分の調子を確認する。メガン・ダヴァンが前日辻垣内智葉と話していた彼女の能力である決闘(デュエル)は、この時点では割愛するが聴牌しないと発動することはできない。聴牌するまでは普通の人間であるのだ。故に、最初の立ち上がりが重要であった。ここでいかにして早く聴牌できるか。そこが彼女の最初の課題であった。

 一見、聴牌しないと発動する事ができないため使いにくい印象を受けるかもしれない。しかし、彼女はこの能力に絶対の自信をおいている。特に、相手が日本人なら負けるわけがないと思うほどに。それほど彼女にとって自身の能力は絶対的なものであったのだ。……辻垣内智葉と闘う前までは。

 

(未知数の白望サンはひとまず置いといて……この卓にはサトハもいる。あの時は油断していたとはいえ、それを差し引いてもワタシの完敗でした。……全力でやったりまショウ)

 

 確かに、辻垣内智葉にはなす術なしにやられてしまったが、それでも彼女の中での決闘(デュエル)は彼女の支柱であることには変わりなかった。辻垣内智葉のようなイレギュラー以外であれば、日本人など恐るるに足らず、といった感じであり、未だ日本人を下に見ていた。

 

 

(……まあ、見なきゃ分からんだろうな)

 

 そしてそんなメガン・ダヴァンを見ながら、辻垣内智葉はそんな事を思っていた。確かに、メガン・ダヴァンの決闘(デュエル)は強力である。それは破った辻垣内智葉自身もよく分かっている。しかし、それでは小瀬川白望に勝つことはできない。

 

(懐かしいものだ……最初も私は舐めてかかった挙句、二局でトバされたんだっけな)

 

 小瀬川白望の事を舐めているメガン・ダヴァンを見て、昔の事を辻垣内智葉は思い返していた。最初の勝負は、本当に何もできずまま終わってしまった。

 

(……いや、最初の時だけじゃない。全国大会でもそうだ。私は幾度となくシロに驚かされてきた。私の考え、想像を全て上回ってきた。……決勝戦の時も。私も一発逆転のチャンスが来かけていたとはいえ、オーラス、最終的に争っていたのはシロと宮永だった)

 

 そして辻垣内智葉の過去の振り返りは、どんどん加速していく。全国大会決勝戦、あの時も、辻垣内智葉は小瀬川白望を上回る事は出来なかった。というより、超える段階にすら到達する事はできなかった。

 

(……確かに、シロにはメグを叩き潰せと伝えてある。が、私は殺す気で行くぞ、シロ)

 

 

 常人が感じれば発狂しかねないほどの殺気を放ちながら、小瀬川白望の事を見る。それを感じとった小瀬川白望は、脳内でこんな事を思った。

 

 

(成る程、あくまでも三人の闘いっていう事か……)

 

 そんな事を思いながら、小瀬川白望は手を順調に進めていく。辻垣内智葉、メガン・ダヴァン、両者を突き放すような勢い、圧倒的速度でわずか五巡で聴牌する。

 

(……ダヴァンさんの打ち手も見たいし、ここは様子見かな)

 

 しかし、小瀬川白望はここではリーチをかけずに黙聴をとる。その次巡、辻垣内智葉は小瀬川白望にとっての危険牌を掴んだためにオリる。かなり消極的な判断ではあったが、これは運が良いのやら悪いのやら、辻垣内智葉が止めた牌は小瀬川白望の和了牌であった。

 しかし、一方のメガン・ダヴァンは気にも留めずに手を進めていく。そうして八巡目、メガン・ダヴァンが小瀬川白望に追いつき聴牌すると、ここで初めて小瀬川白望が聴牌している事を察知する。

 

(では、やりますかね……サトハもオリのようですシ)

 

 そうしてメガン・ダヴァンは牌を切って能力を発動させる。そう、これこそがメガン・ダヴァンの能力決闘(デュエル)であった。

 

 

(……初っ端からか。まあ、何にせよ見ものだな)

 

 小瀬川白望の和了牌を止めた辻垣内智葉は、メガン・ダヴァンの事を見てそう思う。どうやら、辻垣内智葉もメガン・ダヴァンが決闘(デュエル)を使った事を感覚で察知したようであった。

 

 

(行きますヨ……決闘(デュエル)!)

 




おい、デュエルしろよ(挨拶)
(因みに黒服の鈴木は、アカギの鈴木と同一人物じゃ)ないです。
あくまでモチーフにしただけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第201話 東京編 ④ イメージ

東京編です。
ダヴァンさん終了のお知らせ


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:鈴木 ドラ{二}

 

小瀬川白望 25000

辻垣内智葉 25000

ダヴァン  25000

鈴木    25000

 

 

(決闘(デュエル)!!)

 

 メガン・ダヴァンは目を閉じて、ガンマンとなった自分を想像する。彼女の想像内では、今彼女は同じくガンマンの格好をしている小瀬川白望と背中合わせの状態となっていた。

 

(本来ならリーチをかけてきてくれれば一発なんですけド……まあ、贅沢は言ってられないですネ)

 

 彼女が小瀬川白望がリーチをかけてきてくれれば良かったと思っている理由は、彼女の決闘(デュエル)という能力の秘密にある。彼女の能力は、簡単に言ってしまえば自分と相手が聴牌している時、彼女が任意で能力を発動させて、三巡後に相手に自分の和了牌を掴ませるというものであった。無論、振り込ませる能力ではないため、掴ませたところで相手が切らずに回せば、彼女の能力は意味がなくなる。だから彼女は小瀬川白望がリーチをしてきて欲しかったのだ。そうすれば確実に小瀬川白望が振り込んでくれるからだ。

 

(あと二巡、でスネ)

 

 

 まあ、そんなに事がうまく進むはずもなく、結局メガン・ダヴァンは小瀬川白望が自主的に振り込んでくれるのを待つしかなかった。が、それでも尚メガン・ダヴァンは余裕の表情をしていた。

 

(まあ……仮に振り込んでくれなかったとしテモ、結局のところ小瀬川サンはオリなければいけなイ……サトハもオリのこの状況、直撃がツモになるだけですヨ……)

 

 そう、簡単な話小瀬川白望があと二巡後にメガン・ダヴァンの和了牌を掴むのだから、そうすれば小瀬川白望はあとはメガン・ダヴァンに振り込むか、聴牌を崩すかの二つの選択肢しかない。だからこそ、小瀬川白望がたとえ振り込まなかったとしても、メガン・ダヴァンの優位は揺るがないものであるのだ。少なくとも、メガン・ダヴァンはそう考えていた。

 

(さあ、あと一巡ですヨ……)

 

 メガン・ダヴァンは自身のイメージ内で、機関銃のようなものを構える準備をする。小瀬川白望と背中合わせになって互いに一歩ずつ離れていって、今が二歩目。三歩目になればメガン・ダヴァンと小瀬川白望の銃撃戦が始まる。メガン・ダヴァンはその時を待ち望んでいた。そうしてメガン・ダヴァンのツモ番となり、あとは小瀬川白望が彼女の和了牌を掴むだけ。そう思ってツモ牌を切り飛ばした直後であった。

 

(……ッ!?)

 

 突如、メガン・ダヴァンの背中に謎の悪寒が走った。メガン・ダヴァンは驚きながら、小瀬川白望の方を見る。それと同時に、イメージ内でも三歩目を踏み出そうとした直前で小瀬川白望がいるはずの反対側を振り返った。

 

(な、なんですかコレ……?)

 

 振り返って小瀬川白望の事を見ると、小瀬川白望の格好はガンマンのような格好ではなく、ただ普通の格好をしていた。それに、それだけではない。決闘(デュエル)直後には持っていたはずの銃すら、小瀬川白望は身につけていなかった。彼女の経験上、イメージ上で相手が途端に普通の格好になった時は決まって相手がオリた時である。それはメガン・ダヴァン自身も分かっていた。

 しかし、今は違う。小瀬川白望はオリてなどいないし、何より今のツモ番はメガン・ダヴァンであったはずだ。今小瀬川白望がオリるということは有り得ない。そして何よりメガン・ダヴァンが驚き、慄いていた理由は、小瀬川白望がただただ不気味であったからである。

 

(な……)

 

 そうして慄いていると、イメージ上での小瀬川白望は、普通の格好をしていて何の異常もないはずの小瀬川白望は、ゆっくりとメガン・ダヴァンの元へと歩き始めた。ゆっくり、ゆっくりと。しかし、メガン・ダヴァンからして見れば、不気味と言わざるを得なかった。まるで、死んだはずの人間を見ているような、未知という名の恐怖にメガン・ダヴァンは震えていた。思わずメガン・ダヴァンは、自分の能力のイメージであるというのにルールを無視して、三歩など関係無しに小瀬川白望に向かって発砲する。しかし、小瀬川白望は自分が発砲されているのに気付いていないかのように、メガン・ダヴァンに向かって前進していく。メガン・ダヴァンの手が震えているのか、それとも小瀬川白望が間一髪で避けているのか、そもそも彼女の能力のイメージ内であるため、当たらないようになっているのか。一体何が原因なのかはわからないが、そんな事御構い無しといった感じで小瀬川白望は着々とメガン・ダヴァンとの距離を詰めていった。

 

(や、ヤバいでス……此処にいたら殺られル!)

 

 銃が不発に終わったメガン・ダヴァンが次に取った策は逃走。さっきまでの威勢や、自信を全てかなぐり捨てて脇目も振らずに逃げ出した。全速力で、メガン・ダヴァンは逃げて行く。だが、

 

 

(……!?)

 

「……」

 

 メガン・ダヴァンが逃げた先にも、小瀬川白望は立っていた。何故、どうして。メガン・ダヴァンがそんな事を疑問に思いよりも先に、小瀬川白望に完全に間合いを詰めらていた。

 彼女のイメージ内の小瀬川白望はゆっくりと右腕をメガン・ダヴァンに向ける。その瞬間、小瀬川白望の背後から途轍もない勢いで闇のような真っ黒な何かが噴出する。メガン・ダヴァンが何かを思う前に、その闇はメガン・ダヴァンに向かって振り下ろされた。

 

 

 

 

「ロン……ッ!」

 

 

(……ハッ!?)

 

 

 その瞬間、イメージ内の世界が突然遮断され、現実へと引き戻される。現実に戻されたメガン・ダヴァンがまず先に目にしたのは、自分がツモ切った牌によって小瀬川白望が手牌を倒しているところであった。小瀬川白望は「タンヤオドラ2……5200」と点数申告をする。それを聞いたメガン・ダヴァンは、状況の整理が追いついていないものの、「ハ、ハイ……」と言って小瀬川白望に点棒を渡す。

 

(さっきは……一体?)

 

 そうして点棒を渡し終えたメガン・ダヴァンは、さっきの事を振り返る。確かに自分の決闘(デュエル)を、発動してから三巡以内でカタをつけるという単純だが、三巡というチャンスの少なさを考えればかなり難しい攻略法。これをやってのけたのも十分に驚くべき事だ。しかし、それが問題ではなかった。さっきの攻略法も、小瀬川白望が初めてというわけではないし、現にメガン・ダヴァンは辻垣内智葉にその攻略法を使われてバッサリ一刀両断された。しかし、小瀬川白望はどうだろうか。イメージ内での話ではあるが、辻垣内智葉もあそこまで不気味な感じにはならなかった。一体、小瀬川白望には何があるというのか。そして、おそらくメガン・ダヴァンは麻雀の中で初めて恐怖を知ることとなった。さっきまでは平然といられたのに、今ではもう小瀬川白望の事を直視する事すら叶わない。メガン・ダヴァン自身、何度か決闘(デュエル)を破られて撃ち抜かれたり、斬られたりなどをイメージ上でされてきたが、あそこまで恐怖を感じた事はなかった。イメージ上での話だというのに、初めてメガン・ダヴァンは『死にたくない』と感じてしまった。

 

「……」

 

 そして、未だにどうしたらいいのか分からずに困惑しているメガン・ダヴァンを小瀬川白望は見て、微笑する。メガン・ダヴァンは恐る恐る小瀬川白望の事を見ると、小瀬川白望はメガン・ダヴァンに向かってこう言った。

 

 

「……今のでダヴァンさんの能力は大体わかった。確かに強力な能力だけれど、その(脅し)じゃ私は縛れない。それに、突破口も沢山ある。今の殺られる前に殺る方法も、数多くある内の一つにしか過ぎない。……まあ、一つだけアドバイスをあげるよ」

 

「『死にたくない』。こう思っているようじゃあ、私は殺せない……」

 

 




次回も東京編。
ダヴァンさんのライフはもうゼロ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第202話 東京編 ⑤ 愚行のリーチ

東京編です。



-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:小瀬川白望 ドラ{⑥}

 

小瀬川白望 30200

辻垣内智葉 25000

ダヴァン  19800

鈴木    25000

 

 

 

(……やはりメグでも足元にも及ばない、か)

 

 小瀬川白望の和了に驚きと恐怖を感じているメガン・ダヴァンを見て、辻垣内智葉はやはりといった感じで心の中で呟く。

 勝てる、などとは最初から辻垣内智葉は思ってなどいなかったが、メガン・ダヴァンの強さは辻垣内智葉がよく知っている。確かに、辻垣内智葉はメガン・ダヴァンの事を叩きのめしたものの、その叩きのめした辻垣内智葉自身も、メガン・ダヴァンはかなり強い位置にいると確信していた。辻垣内智葉はあまり認めたくはなかったが、あの強さなら日本でも十分に通用できるほど。

 しかし、小瀬川白望には足元にも及ばなかった。二……いや、せいぜい一局くらいなら小瀬川白望に和了らせずにメガン・ダヴァンが和了るかとも思ったが、それは小瀬川白望が許さなかった。

 

(それにしても……メグの決闘(デュエル)を一局も経たずに看破し、その上直撃を取ってみせるとはな。流石といったところか)

 

 辻垣内智葉は久々に小瀬川白望と闘ってみて、全国大会の時とは確実に強くなっている事に気づく。全国大会の決勝の時はオカルト持ちは殆どいなかったため、オカルトや能力には苦戦するかとも思ったが、それも今までの修行で完全に克服している。……そもそも、克服せずとも小瀬川白望なら十分勝てるかもしれないが。言うなれば鬼に金棒。確かに辻垣内智葉自身も全国大会の時よりは成長していると思っているが、そんな彼女でも今の小瀬川白望を止めるとなると確実に全国大会の時よりも難しくなっているだろうと思っている。ただでさえ全国大会の時止める事ができなかったのに、だ。

 

 

(……怖い、デス)

 

 そして小瀬川白望に直撃を取られ、精神的にも甚大なダメージを受けたメガン・ダヴァンは虚ろな目で配牌を取っていく。それも仕方のない事だろう。彼女は気にしていないようにも見えるが、前日に辻垣内智葉に負け、ただでさえショックを受けた状態で、またも決闘(デュエル)を攻略された挙句、それが辻垣内智葉より強く、その上で恐怖を直に叩きつけられたのだ。今メガン・ダヴァンが感じている以上に、彼女の心はボロボロであった。

 

(どうしたら……イッタイ……)

 

 メガン・ダヴァンは半ば錯乱しながらも、手を進めていく。心はボロボロだが、流れはどうやら好調らしく、今直ぐにでも逃げたい気持ちに反して、どんどん聴牌に近づいていく。

 

(聴牌……ですカ)

 

 

ダヴァン:手牌

{一二三四五六七八九④④27}

ツモ{5}

 

 

 一気通貫だけのノミ手ではあるが、兎にも角にも聴牌。嵌張の{6}待ちであった。取り敢えずダヴァンは{2}を切って、誰が聴牌しているかを確認する。

 

(小瀬川サンは……ノーテンですね)

 

 未だ誰も聴牌しておらず、自分だけが聴牌している状況であった。小瀬川白望も未だノーテンであるが、いつ聴牌してきてもおかしくない、ダヴァンはそんな気がしていた。

 

 

(……!きましタカ……)

 

 そしてその数巡後、小瀬川白望が聴牌した事を察知する。そしてダヴァンはある選択を強いられていた。それは小瀬川白望を相手に決闘(デュエル)を仕掛けるか否か。既にプライドやらメンタルやらはズタズタだが、それでも早々に諦めて尻尾を巻いて逃げる事だけはしたくなかった。

 

(……次巡、小瀬川サンが和了らなければ、決闘(デュエル)デス!)

 

 

 そうして牌を切る。僅かながらではあるが、先ほどまでの弱々しいメガン・ダヴァンではなくなった。ほんの少しだけ、闘志を再燃焼させていた。小瀬川白望もそれに気付いたようで、ツモった牌を見ながら思考を働かせる。

 

(智葉にはヘコませろとは言われたけど……一体どこまでやっていいんだろ……)

 

 小瀬川白望は、果たしてどこまでメガン・ダヴァンを潰しにかかっていいのか悩んでいた。確かにヘコませる事など造作もない事だが、それこそ二度と牌を触る事のできぬよう勝つ麻雀ではなく、100パーセント殺す麻雀でやっていいのか、どこまでやっていいかを智葉から聞かされていなかったのだ。

 流石の辻垣内智葉といえども、二度と牌を触る事のできないようにしろという意味で頼んだのではないのだろう。それはメガン・ダヴァンと辻垣内智葉とのやりとりや、先ほど小瀬川白望がメガン・ダヴァンと話した感じから容易に想像できる。が、逆にそれがかえって小瀬川白望を悩ませる要因でなかった。

 

(まあ……トラウマにならないレベルだろうな……加減するのは結構ダルいけど……これくらいなら大丈夫だよね……)

 

 そうして小瀬川白望は微笑みながら、ツモ牌を手牌へ入れる。聴牌したというのに手替りをするという光景を、小瀬川白望が聴牌しているという事を知るメガン・ダヴァンは驚いていた。

 しかし、小瀬川白望は気にもとめずに手牌から牌を切り飛ばす。しかも、それだけでない。小瀬川白望はなんと牌を横に曲げたのだ。メガン・ダヴァンと辻垣内智葉が驚くよりも先に、小瀬川白望は1000棒を投げ、宣言する。

 

「リーチ……」

 

 

(ば、馬鹿な……!?)

 

 

(リ、リーチですカ……!?)

 

 

 辻垣内智葉はリーチ宣言をした小瀬川白望の事を見て、驚愕する。それもそうだ。メガン・ダヴァンの決闘(デュエル)を知っている者なら、絶対にやってはいけない行為であるからだ。

 

(どういう意図がある……?まさかシロがメグの決闘(デュエル)を誤って解釈したわけでもなかろう……)

 

 

(……これはチャンス、なんですカネ)

 

 そして一方のメガン・ダヴァンは、驚きながらもこれをチャンスとし、小瀬川白望にもう一度決闘(デュエル)を仕掛ける。そこには、もう一度前局の時がまた起こるのではないかという恐れはなかった。

 

(……決闘(デュエル)ッ!)

 

 その瞬間、誰しもがメガン・ダヴァンの和了を予見した。三巡後にメガン・ダヴァンの和了牌を掴んだ小瀬川白望が振り込み、それで小瀬川白望の親が蹴られる。そう思われていた。流石にいくら小瀬川白望であれど、このままリーチをかけた状態で三巡が過ぎてしまえばメガン・ダヴァンの和了牌を掴むだろうし、振り込むであろう。

 しかし、小瀬川白望は違った。小瀬川白望だけは、違う未来を予想していた。

 

(……後、三巡だね)

 

 

 




次回も東京編。
果たしてシロの考えとは……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第203話 東京編 ⑥ 三拍子

東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:小瀬川白望 ドラ{⑥}

 

小瀬川白望 30200

辻垣内智葉 25000

ダヴァン  19800

鈴木    25000

 

 

 

(さア……この三巡の間。気を付けねばいけませんネ。危険ならオリも考慮しなけれバ)

 

 小瀬川白望が無意味、無謀とも言えるようなリーチを放って一巡が経ち、メガン・ダヴァンは山から牌をツモってくる。その牌は小瀬川白望の捨て牌にも存在している{北}。これはどう足掻いても小瀬川白望が和了ることのできない牌だ。当然ながら大明槓からの責任払いということもない。メガン・ダヴァンは安心しながら、ツモってきた{北}を捨てる。

 メガン・ダヴァンの言う通り、この局は小瀬川白望の親番だ。一番やっていけないのは小瀬川白望に振り込んでしまうこと。危険と感じれば聴牌を崩して決闘(デュエル)放棄という手もある。その場合、おそらくこの局は小瀬川白望がモノにするだろうが、振り込むよりかマシな選択だと言えるだろう。

 

(マア……次巡に危険牌を掴まなければ良い話なんですがネ)

 

 確かに、次巡ともう次巡でメガン・ダヴァンが危険牌を引かなければ、それでメガン・ダヴァンの勝ちなのだ。安牌をあと二回ツモるだけで、だ。

 最も、小瀬川白望に通っていない牌全てが小瀬川白望の和了牌ということではない為、よほど露骨な危険牌を引かない限りは安心といって過言ではないだろう。相手が小瀬川白望という事でそういった一般的な考えは無力にしか過ぎないのだが、今回はそれが良い方向に傾いた。

 

 

(メグにシロの和了牌を引かせるわけでもない……何を考えている?)

 

 そしてそれを横で見ていた辻垣内智葉は、未だ小瀬川白望のあのリーチのことについて考えていた。小瀬川白望がリーチをかけた以上、彼女に何らかの意味はあるのだろうが、それが未だにわからないでいた。

 

(……流石に、メグを降ろすためだけのリーチではないだろう。ノーテンであればメグにばれているはずだし、シロもメグにそういう察知能力があるという事に少なからず気付いているはずだ)

 

(勘違い、もしくはミスという事は無いだろう……となると、シロは和了れると確信していてのリーチという事になるが……メグから直撃を奪うわけでもなし……私と鈴木から直撃をとるといった感じでもなさそうだ……)

 

 自分のツモ番となった辻垣内智葉だが、今は自分の手牌の状態よりも小瀬川白望の事を考えていた。まあこの局、既に小瀬川白望かメガン・ダヴァンのどちらか一方が和了る事がほぼほぼ確定しているため、振り込み以外であれば自分の手牌の事などどうでも良かったから別に不注意というわけではなかったが。

 

(いや……待てよ?)

 

 そうして牌を切り、メガン・ダヴァンのツモ番となったまさにその時、辻垣内智葉に電流走る。

 

(仮に……仮にだ。シロがもしメグと同じ待ちであったならば……決闘(デュエル)が発動した時、シロが掴むのはメグの和了牌であり……自分の和了牌。つまりツモ和了だ)

 

 確かに、考えてみれば単純なことである。メガン・ダヴァンの和了牌を掴まされるのだから、メガン・ダヴァンと待ちを同じにしてしまえばいいという、単純な話。

 しかし、それをやってのけるのには神懸かり的な読み、メガン・ダヴァンと待ちを同じにできる牌をツモってくる運。そして、確実にメガン・ダヴァンと同じ待ちになっているであろうと確信する心。この三拍子が揃ってこその離れ業だ。考えついたとしても、それを実行できる人間などまずいないであろう。

 

(……勝負あり、だな)

 

 辻垣内智葉は場が一巡して、もう一度自分のツモ番になる。これが、この局最後にツモである。あとは小瀬川白望がメガン・ダヴァンの和了牌……もとい自分の和了牌を引いて終了。それでおしまいであった。

 そしてメガン・ダヴァンはそんな事考慮さえせず、自分がまたしても安牌を引いた事に喜んでいた。まあ彼女からしてみれば、これで自分が和了ったと確信したため、しょうがない喜びだろう。

 

 

(さあ……飛び込んでくるデスヨ……)

 

 そう意気込むメガン・ダヴァンだが、小瀬川白望はそれを鼻で笑って一蹴した。メガン・ダヴァンは何が可笑しいのかわからず、困惑していたが、自分の決闘(デュエル)に狂いは無いと確信しているため、気にしない。

 そう、確かに狂いは無いのだ。ここで決闘(デュエル)が誤作動するなど、メガン・ダヴァンは伊達では無い。ただしかし、今回は皮肉にもその百発百中の精度が仇となってしまったが。

 

「ロ……」

 

 メガン・ダヴァンは、小瀬川白望がツモってきた牌を自分の手牌の前に置いた瞬間、手牌を倒そうとする。勝った。撃ち抜いた。そうメガン・ダヴァンは確信していたが、その瞬間彼女の顔が真っ青になる。

 

「……ツモ」

 

 

(ハ……!?)

 

 

小瀬川白望:手牌

{二二三三四四⑤⑥⑦5667}

ツモ{6}

 

裏ドラ表示牌

{3}

 

 

「リーヅモ一盃口ドラ1。裏はのらずに満貫……」

 

 

 小瀬川白望は淡々と点数申告していく。しかし、和了られたメガン・ダヴァンは驚愕して、声も出ぬほどであった。

 

(ジャア、さっき手替りしたノモ……ワタシに待ちを合わせるためでスカ……!?)

 

 有り得ない。まずメガン・ダヴァンが思った事はそこであった。小瀬川白望が、自分と待ちを合わせてきて、決闘(デュエル)を逆手に取ったという事は分かった。というか、そうと仮定しないとリーチの事が説明つかなから、そうとしか考えられないのだが。

 だが、どうやって小瀬川白望が自分と同じ待ちだと確信できたのか。まず、どうやって自分の待ちを見抜けたのか。そこが説明のしようがなかった。

 

「……確かに、ダヴァンさんのその能力は強いよ。確かにこれはちゃんと能力を理解しないと、まともに戦う事すらままならない」

 

 そんなメガン・ダヴァンに向かって、小瀬川白望はそんな事を言ってくる。メガン・ダヴァンは何故だか、その小瀬川白望のその言葉が自分の今後を左右する大切なものであると感じた。故に、メガン・ダヴァンは黙って小瀬川白望の言葉を聞いていた。

 

「だけど、ダヴァンさんはその()()()()()()()()()()が普通だと錯覚している……だから私や智葉のような格上が相手だと、なす術がなくなってしまう……」

 

「ジャア……ワタシはどうすれバ……」

 

「簡単な話、その能力に依存しないようにすればいい。……だけど、それは厳しいかもしれないから、気付かれた後の対策を考える。それか、全く別の打ち方を身につけ、それを併用する。……ダヴァンさんがどうしようがダヴァンさんの勝手だけど……」

 

 

「今のままじゃ、私には勝てない。……それどころか、直撃すら取れないよ。今のままじゃ、ね」

 

 

 それを聞いたメガン・ダヴァンはハッとしたような表情で小瀬川白望の事を見ながら、「ハハハ……」と笑い、小瀬川白望に向かってこう言った。

 

 

「ナルホド……改めて思い知らされましタヨ。自分の現状を」

 

 

「……マア、ワタシに課題を与えた責任くらいは、とってもらうとしますカ……さあ、続けまショウ。ワタシが何かを発見できるまで続けまスヨ、サトハ!シロさん!」

 

 

 

 




次回も東京編。
これは確実にダヴァンさんの強化フラグが建ちましたね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第204話 東京編 ⑦ 意味

東京編です。
麻雀回は前回で終わりでした……


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「いやあ……小瀬川サン、強すぎデス……」

 

 

 あれからかなりの回数半荘をして、心身ともに疲れ切っている様子のダヴァンさんは卓に突っ伏しながら私に向かってそんな事を言ってくる。私は「ダヴァンさんだって日本で十分通用するくらいの強さはあるよ……」と返したが、ダヴァンさんは立ち上がって「ノーデス!世の中には小瀬川サンとまではいかずとも、ワタシより強い雀士は沢山いまス!」と私に言った。

 

(まあ……ダヴァンさんも確かに強かったけど、それ以上に凄かったのが……)

 

「メグ、そろそろ片付けるからそこをどけてくれ」

 

「リョーカイデス」

 

(智葉……全国大会の時からかなり強くなってるし、読みも鋭くなってる……明らかに二年前より……)

 

 私はそんな智葉を見ていると、視線に気付いたのか智葉はびっくりして「シロ……どうした?」と私に向かって言ってくる。面と向かって「強くなったね」というのもなんかアレだし、まあ心の中に留めて置いたままでいいかな……そんな事を心の中で考えながら、「いや、なんでもないよ」と返す。

 

「……そうか。まあ、私はここの部屋を掃除するから、二人は別室に移動してくれ。鈴木、頼んだぞ」

 

 智葉に指令を出された鈴木さんは、「了解です。お嬢」と言って私とダヴァンさんに「では、ついてきて下さい」と言って廊下へ出る。智葉の家に来るのは初めてというわけではないが、未だにこの家の全貌は知らないため、ありがたい配慮であった。そして私とダヴァンさんが鈴木さんの後について行っている途中、ダヴァンさんは私にこんな事を聞いてきた。

 

「小瀬川サンは……何のために打っているんでスカ?」

 

「……どうしたの、突然」

 

「イヤア……どうしたらそんなに強くなれるのカ、知りたかったノデ……」

 

「……目標にしている人がいるんだ」

 

「ホウ、あれほどのウデマエが有りながらも、まだ上がいるというのでスカ……」

 

「私はその人を超えるために麻雀をしてるけど……あの人が何で麻雀を打ってるか、知りたい?」

 

 それを聞いたダヴァンさんは、「是非とも聞きたいデス」と言って右手を上げる。実際、私もなんで赤木さんが麻雀を打ってるのか詳しく聞いたことはなかったため私の想像になるが、まあ間違ってはいないだろう。

 

「あの人にとって……麻雀、というか博打は生きるという事そのものだった」

 

「それは……ナゼ?」

 

「何でだろうね……なんでかは分からないけど、あの人は自分の命を賭けて闘う事を強く求めていた。周りの人から、死にたがってたって思われても仕方のないほど……博打を楽しんでいた。俗に言うギャンブラーってやつだね。……多分、潔いんだよ。誰よりも」

 

「死にたいっていうノニ、潔いんですカ?」

 

「うん……誰よりも潔いから、簡単に自分の命を賭けられるんだよ……死人が何も欲しがらないように、あの人もまた、何も欲しがらない……たとえ自分の命だとしても、欲しがる意味はない……」

 

「ただ……あの人が求めていたのは、自分と同格の人間と闘う事……純粋な命の削り合い、それだけだった……結局、それが叶ったのかは分からないけどね」

 

「そうでしタカ……デモ、あまりにも偏った話ですネ……ワタシは死んでもいい、なんて事は思いもしませんでシタ」

 

 

「……まあ、あの人は誰にも理解されなかった人だからね。仕方ない……だけど、私は理解する。してみせるよ。あの人を……」

 

「互いに頑張りまショウ。()()さん」

 

 

「だね……頑張ろう。メグ」

 

 そうして私とメグは手を握り合い、鈴木さんについていく。その時の鈴木さんの表情がかなり焦っていたような気もしたが、まあ気のせいであろう。多分。

 

(……そういえば、赤木さんは初めて麻雀を打ったのが13歳の時って聞いたけど……その前は何をやってたんだろう……親とか、いなかったのかな……)

 

 そして私はメグにそんな事を言ったからか、ふと赤木さんの過去について気になってきていた。赤木さんの生い立ち……赤木さんからは聞かされたことはなかったけど、いったいどういった幼少期を過ごせばあんな風になるんだろうか……

 

(きっと親も、あんな感じなのかな……)

 

 赤木さん曰く「友はいた」とは言っていたが、家族がいるとかそういうのは一度も聞いたことがなかった。聞きたい気持ちはあるが、そんなに昔の事なんてアルツハイマーでなくとも忘れてしまっているだろう。もし覚えていたとしても、多分教えてくれることはないだろうが。

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……随分と仲良くなったようじゃないか?シロ、メグ」

 

 私とメグが鈴木さんに連れてこられた部屋で談笑していると、智葉がそんな事を私とメグに向かっていってきた。

 

「イヤア……シロさんと話していると、ワタシも井の中の蛙であるという事を知らされましたよ……」

 

「まあ、なんとなくそんな感じはしていたよ……」

 

 智葉が溜息をつきながら、部屋に置いてあるソファーに腰掛ける。何のことだかは分からなかったが、まあ触れないでおこう。

 

「……そうして智葉が張り詰めたような表情をしてるとさ、初めてあった時の事を思い出すよ。最初に私に向かって言ったこと、覚えてる?」

 

 そしてふと今の智葉の表情が私が初めて雀荘で智葉と会った時の表情に似ていたため、私がそんな事を言ってみると、智葉は吹き出して「む、昔の事は関係ないだろう!」と私に向かって言う。メグはそのことに関してとても気になったようで、「シロさん、ワタシもサトハの小さい頃の話、聞きたいデス」と私に言う。

 

「二年以上前の話なんだけどね……」

 

「やめろー!!」

 

 智葉は顔を真っ赤にしながら私のことを抑えようとする。が、洗いざらい全てメグに伝えたため、智葉の健闘は虚しく散った。

 

「ホウ……サトハにもトゲトゲしていた時期があったんですネ……」

 

「……うるさい」

 

 若干拗ねてしまった智葉を見ながら、私は少し微笑む。そして「拗ねてる智葉も可愛いよね」と言うと、智葉はさらに顔を赤くしてフリーズしてしまった。




次回も東京編。
ダヴァンさんの次に攻略するのはお金にうるさい人になる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第205話 東京編 ⑧ 路地裏

東京編です。
ネリー!


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「よし、準備できたか?シロ、メグ」

 

 辻垣内智葉が小瀬川白望とメガン・ダヴァンに向かって言う。それに対して二人は頷くと、辻垣内智葉は玄関のドアを開けた。これから三人は、またも麻雀を打ちに行くために出発する。しかし、今回は小瀬川白望の提案によって雀荘で打つということになった。

 その提案に二人は断るわけもなく、それに賛成し、現在に至る。辻垣内智葉の先導によって、小瀬川白望とメガン・ダヴァンの二人は近くに存在する雀荘にやってきた。

 

「ん……ここって」

 

 中に入った小瀬川白望は、あることに気づいたようで、辻垣内智葉の方を向いてそう言った。それを聞いた辻垣内智葉は、どこか顔を赤らめて「……初めて、私がシロと打った雀荘だ」と呟いた。メガン・ダヴァンはそんな辻垣内智葉を見て若干ニヤニヤしながら「ホウ……ここがでスカ」と言って雀荘を見渡す。

 

「まあ……昔の思い出に浸るのもそこまでにして、メグ、智葉。……打とうか」

 

 そして小瀬川白望が雀卓を前にして椅子に座り、辻垣内智葉とメガン・ダヴァンに向かって言う。辻垣内智葉は「そうだな……やるか」と言って座り、メガン・ダヴァンは「リベンジでスヨ!」と意気込んだ。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「メグ、大丈夫か?」

 

 

 三人が麻雀を打っているうちに日はすっかり暮れてしまったようで、ほとんど夜道と言っても過言ではない道を三人は歩いていた。

 メガン・ダヴァンはクタクタに疲れきったようで、フラフラとした足取りで小瀬川白望と辻垣内智葉についていく。

 

「だ、大丈夫ですヨ……ただ……」

 

「ただ?」

 

「もう……地獄待ちはカンベンでス……」

 

 メガン・ダヴァンは虚ろな目でそんなことを呟く。なにが起こったのかといえば、ただ単純に小瀬川白望が地獄待ちやら単騎待ちをメガン・ダヴァンに直撃させまくったのだが、それがどうやらメガン・ダヴァンにはトラウマレベルで心に刻まれてしまったようだ。

 

「大丈夫……メグ。裸単騎じゃないだけまだマシな方だよ」

 

 小瀬川白望はそんなメガン・ダヴァンに向かってもはや励ましになっていない励ましの言葉をかける。確かに、小瀬川白望は赤木しげるという更に格上と闘っているためまだマシな方だと思えるかもしれないが、メガン・ダヴァンのような常人からしてみればあれだけでもトラウマになってもおかしくなかったほどであった。というか実際にトラウマになっている。

 

「シロさんより上がいる……恐ろしいデス。考えたくもありまセン……」

 

 メガン・ダヴァンがそう言いながら周りを見ていると、路地裏で蹲っている女の子を見つける。暗い夜道ということもあって識別することは難しいはずなのだが、視力には自信があるのか、メガン・ダヴァンは確信して路地裏の方へと歩く。それに気付いた小瀬川白望と辻垣内智葉は、「……メグ?」と言いながらメガン・ダヴァンの後をついて行った。

 

 

「……!!」

 

「アッ……!」

 

 

 そしてメガン・ダヴァンはその女の子のところへ行こうとしたが、相手にメガン・ダヴァンの存在を確認されてしまい、反対側に向かって走り出してしまった。メガン・ダヴァンも相手が走り出したと同時に走り出し、相手のことを追いかける。

 

(……こんな時間帯にあんな路地裏で蹲っているなんテ……ワケアリのようですネ……)

 

 一見、家出をしている女の子のようにも見えるが、メガン・ダヴァンはそれはないと確信していた。あの逃げ方といい、何者から隠れるようにして蹲っていたあの感じからしてみても、何かがある。そうメガン・ダヴァンは確信していたのだ。そして何よりも、その子が日本人ではなかったからである。

 

(何があったのかは分かりまセンケド……話を聞くだけでも助けにはナルんじゃないでしょうカ……)

 

 そう思いながら、メガン・ダヴァンはその女の子の後をついていく。最初こそその女の子との距離はあったものの、次第にその距離も縮まっていき、最終的にメガン・ダヴァンがその女の子のことを捕まえた。

 

「……!」

 

 その女の子はメガン・ダヴァンの言っていた通り日本人ではなく、メガン・ダヴァンが彼女のことを捕まえると、彼女はメガン・ダヴァンでも分からないような言語で抵抗を始める。

 

(……英語、ではありませんネ。ロシア語……でもナイ?)

 

「ワカリマシタ。取り敢えず、落ち着いて下サイ。ワタシはアナタには何もしまセン」

 

 メガン・ダヴァンは取り敢えず日本語で話しかけてみると、彼女はびっくりとした表情で「……本当?」と日本語でメガン・ダヴァンに向かって言う。

 

「オヤ、その感じたとワタシより日本語が流暢デスネ」

 

 対するメガン・ダヴァンも彼女が日本語で話せて、尚且つ自分よりも流暢に話せることに驚きながらも、彼女のことを落ち着かせる。そしてそこへメガン・ダヴァンのことを追いかけてきた小瀬川白望と辻垣内智葉も合流してきた。

 

「なんだ、メグ。お前の知り合いか?」

 

「イイエ……路地裏のところで蹲っていたモノでしたから、ちょっとワケアリのようだと思ったノデ……」

 

 それを聞いた辻垣内智葉は「そうか……」とつぶやくと、女の子に向かって「……お前、日本語は話せるか?」と聞いた。すると彼女は「話せるよ……オトナから日本語を覚えさせられた」と言う。辻垣内智葉は「成る程な……」と言って、何かを悟る。

 

「……何があって日本まできた。金の問題か?……よければ、詳しく話してくれないか」

 

 そう言われた彼女は少し言い淀んだが、辻垣内智葉に向かって「その通りだよ……故郷で借金が嵩んで、お金が足りないからこうして日本に出稼ぎに来たんだけど……ネリーの歳じゃあまともに相手してくれる所もないし……」と言う。辻垣内智葉は「借金か……因みに、どれくらいだ?」と彼女に聞く。

 

「20万ラリだよ」

 

「……智葉、どのくらい?」

 

 小瀬川白望が辻垣内智葉に向かって聞くと、「確か1ラリが50円程度だから……およそ1000万円ってとこだな……」と返す。小瀬川白望はそれを聞いて何かを考えているような仕草を取っていると、小瀬川白望は辻垣内智葉に向かってこんなことを聞いた。

 

「智葉。今日の夜から、智葉の家で何か賭博とかある?」

 

「賭博……確かウチの傘下が今日の夜に他の組と賭博麻雀をやるそうだが……ってまさか……」

 

「私がやろう。1000万……この子の代わりに稼いであげるよ」

 

「ほ、ホンキですか!?シロサン!?賭博デスヨ!?」

 

 メガン・ダヴァンと辻垣内智葉が驚愕しながら小瀬川白望に向かって問い掛けるが、小瀬川白望は「大丈夫……もし負けたら私が全責任を負うから、智葉は心配しなくてもいいよ」と辻垣内智葉に言うが、辻垣内智葉は「いや、そういう問題じゃなくてな……!」と返す。

 

 

「……なんで、ネリーのためにそんな事ができるの?」

 

 するとネリーと自称する女の子は小瀬川白望に向かって、そんな事を聞いた。小瀬川白望は眉一つ動かさずに、ネリーに向かってこう言った。

 

「簡単な事だよ。私がやろう、って思ったから……ただそれだけ」

 

「デモ、もしシロサンが負けてしまったら、その時ハ……!」

 

「……構わないよ、メグ」

 

「……エ?」

 

「その時はその時……指や腕だろうと、心臓だろうと……いくらでも切り出すよ」

 

「……死ぬ時は死ぬ時。ただ死ねばいい……」

 

 この時ネリーには、目の前にいる小瀬川白望が自分を救ってくれるヒーローではなく、狂気に取り憑かれた狂人にしか見えなかったという。しかし、それも仕方のない事だろう。そんな事を平然と言える人間など、いるわけがないからだ。そんな小瀬川白望を辻垣内智葉が持つ、先ほど走る時に小瀬川白望に渡された御守りの中から赤木しげるはニヤリと笑ってみていた。




次回も東京編です。
因みに、ラリというのは実際にジョージア国で使われている通貨で、厳密には1ラリ=58円(wikipediaより)くらいなのですが、ここでは50円という設定にしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第206話 東京編 ⑨ 生への未練

東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「うん……ああ、そうだ。……そうか、分かった。今から行こう」

 

「……どうだった?智葉」

 

 辻垣内智葉が電話を終え、携帯電話をしまうと小瀬川白望達に向かって「大丈夫らしい。相手側の組も良いそうだ」と報告する。それを聞いて微笑む小瀬川白望。しかし、メガン・ダヴァンとネリーはそれに対して少し疑問を抱いていた。

 

「いやシカシ……幾ら何でも10万ドルほどの大金、相手が賭けるなんて思えないのデスヨ……」

 

「そうだよ。ネリーのためにやってくれてるのは有難いけど、ネリーが相手だったら絶対にそんな賭けなんてしないよ」

 

 実際その通りで、いくら辻垣内智葉の頼みとはいえ、中学生の女の子相手に1000万も賭けることなどできるわけがない。だからこそ、二人は裏に何かがある。そう思ったのだ。とはいえ二人の言っている事はまさしく正論であり、的を得ている。が、

 

「構わない……どんな条件だろうと、やれるならやるまで……」

 

 小瀬川白望はそんな二人の不安を一蹴する。もともと、まともな条件でできるわけがないだろうと思っていた小瀬川白望にとって、そんな不安など瑣末なものであった。というか、ここでそんな事に怯えるような人間が、他人の借金を返すために自ら自分の破滅を賭けれるわけがないだろう。

 

「……だけど、これだけは約束してくれ、シロ」

 

 そんな小瀬川白望に、辻垣内智葉はある提案をしようとする。しかし、小瀬川白望はそんな辻垣内智葉の言葉を真っ向から否認した。辻垣内智葉が何かを言う前に、小瀬川白望は言いたい事が分かっていたのだろう。

 

「そんなもの、要らない。……例え智葉の頼み事だとしても、私には必要じゃない」

 

「だ、だけど……!」

 

 しかし辻垣内智葉とて、万が一の事が起こってしまえば親友、想い人を失ってしまう可能性だってあるのだ。このまま引き下がるわけにはいかないのだが、そんな辻垣内智葉の事を諭すように小瀬川白望は言う。

 

「負けても大丈夫……そんなの勝負じゃない。ただの茶番。無意味に死ぬ……それくらいでいい。そんな生への未練なんてぶら下げてちゃあ、それこそ真の意味で無意味。勝負を放棄し、自ら負けにいく行為……それに」

 

「……こんなチャンス滅多にない。……なのにそんな馬鹿馬鹿しい茶番で終わらせるなんて、私の心が満たされない……そんなの私が許さない……!」

 

「……っ!」

 

 

 思わず、辻垣内智葉は小瀬川白望から目を逸らしてしまう。小瀬川白望の気迫に気圧され、言葉に詰まってしまう。こうなった小瀬川白望は止められない。そう悟った辻垣内智葉は溜息をついて小瀬川白望に「分かった……わかったよ。シロに任せる」と言う。それを聞いた小瀬川白望は辻垣内智葉に向かって「ありがとう。智葉」と返した。

 

「……負けるなよ。シロ」

 

「常に勝つ気だよ。私は……」

 

 そうして四人は近くに黒服が運転してきた車の中に入り、辻垣内の組と他の組が賭博麻雀を行っているところに向かって出発している。辻垣内智葉とネリーとメガン・ダヴァンはソワソワして、気が気じゃない状態であったが、当の小瀬川白望は至って普通で、むしろリラックスしているようにも見えた。

 

(……いくら全責任を私が負うって言っても、場を提供してくれた智葉のところにも幾らか行くだろうし……そう考えれば2000万の賭け金……でも、それでも2000万か……)

 

 そして小瀬川白望は心の中で自分が勝負する麻雀の賭け金を簡単に計算する。確かに2000万という金額は正真正銘の大金だ。ちょっとやそこらで集まるような金の額ではない。しかし、どうしても師である赤木しげるが賭けていた金額と比較してしまう。赤木しげるが最初に麻雀を打った時でも賭け金は矢木圭次との10万勝負を除外すれば勝てば300万の勝負。それが最低額で、その後に倍プッシュによってその300万を全て賭け、600万を得た。

 その数日後の市川との闘いは800万を賭けた勝負で、数年後の浦部との闘いは3200万、鷲巣巌との勝負は赤木自身は金ではなく、血を賭けたが結果的に5億と隠し資金の1億、計6億を手に入れた。

 数字上だけ見れば浦部や鷲巣巌の相手はともかくとして、その前まではそうでもなさそうに見えるが、それはあくまでもその時代の価値での金額である。現在の貨幣価値に換算すれば大体当時の1円が現在の10円以上であるので、最初の勝負の300万も、実質3000万以上であるのだ。そう見れば、小瀬川白望が低いと思うのも仕方ないだろう。

 

(まあ、金額が全てじゃないし……っていうか、今時そんな8000万とか、3億2000万とか賭ける事なんてないだろうしな……)

 

(問題は金額じゃない……確かに緊張感という点では大事だけれど、私が楽しめればそんなのはどうでもいい……)

 

 そう、金額に関わらず"本当の勝負"を楽しむことができれば、小瀬川白望はそれでいいのだ。逆に金額が箆棒に高くとも、期待外れに終わるという可能性だってある。そういった点では、あまり当てにはならない。

 

「……着いたか」

 

 そう小瀬川白望が考えていると、辻垣内智葉がそう呟いた。気付いた時には既に車は停車しており、料亭らしきところの目の前にいた。小瀬川白望達は車から降りると、そこにいた黒服が四人に向かって話しかける。

 

「辻垣内のお嬢さんと、そのお友達ですね」

 

「ああ。そうだ。そっちの組長に合わせてくれ」

 

 辻垣内智葉が代表するようにその黒服に向かって言う。メガン・ダヴァンとネリーは相変わらず緊張して何も考えられなくなっているが、心に余裕がある小瀬川白望は、そんな辻垣内智葉と黒服を見てこう思ったそう。

 

(……どうして智葉は自分のところの黒服じゃないって分かったんだろう。確かにあの口振りから分かるかもしれないけど、智葉は言われる前から分かってたようだし……)

 

 半ばどうでもいい事を小瀬川白望は疑問に思いながらも、小瀬川白望はその黒服の後をいの一番についていく。それを追うように、他の三人はついていった。

 

 

 

「ここが、組長のいる部屋です」

 

 そう黒服が言うと、小瀬川白望は三人に向かって「ここからは私だけで行く。三人は待ってて」と言った。三人が何か返事をする前に、小瀬川白望は部屋の中の入っていった。するとそこにはいかにも和室、というような部屋であった。その部屋の中央には、組長と思われる人が座っていた。

 

「……君かね。後ろ盾を放棄して、単身だけで大金を賭けたいっていう少女は」

 

「……どうも」

 

 小瀬川白望はそう言って、テーブルを境にするように座布団の上に座る。組長はそんな小瀬川白望を、まじまじと見ていた。

 

「……幾ら賭けたい」

 

 そして組長が小瀬川白望に話の核を聞いてくる。小瀬川白望はそれを聞いて、「……2、ってとこかな」と答える。それを聞いた組長は少しほど笑って小瀬川白望にこう言った。

 

「成る程……2000万ね。ワシらは構わないよ。辻垣内のとこのお嬢さんから頼まれちゃ降りるわけにもいかない。この前の勝負で余分な金が浮いているからな。……だが、君はどうじゃ?」

 

「……」

 

「そりゃあいくら辻垣内のとこのお嬢さんのお友達だと言っても、2000万の賭けを無かったことにはできない……無論、代償を払って貰う」

 

「……当然。いちいち聞かれるのもダルいから、聞かないで貰って結構」

 

「ハハハ!まあ、後ろ盾を放棄した人間が、そんな事に怖気付くわけがなかったな!失敬失敬……」

 

「……じゃあ、交渉成立。ですね」

 

 そう言って小瀬川白望は立ち上がる。そんな小瀬川白望を見て、組長は忠告するようにこう言った。

 

「だが、お前……本気で死ぬぞ?」

 

「……」

 

「ああは言ったが、こっちもただ2000万差し出すわけにもいかなくてな。最初の辻垣内のとこのお嬢さんの要求からして、ただ者じゃないのは分かった。……だから、ワシは負けた時の代償を払わずに済ませる代わりに、利益も一切与えないという条件である代打ちを呼んでおいた」

 

「……脅し、ですか?」

 

「まあ、どうとでも受け取るがいい。しかし……後悔するなよ」

 

「しませんよ……そっくりそのままお返しします」

 

 そう言って小瀬川白望は部屋から出て行く。そして部屋に残った組長は煙草を吸いながら、こんな事を考えていた。

 

(全く……"あの子"もよく代打ちを頼んでくれたものだ。いくら祖父がワシのとこと知り合いで、代償無し、利益無しの条件、それに加えて情報漏洩は一切心配ないとはいえ……)

 

 

(……表の世界でプロ入りが注目視されている人間がこんな事に首を突っ込んでくれるとはね……)

 




次回も東京編。
代打ちに呼ばれた方はあの方です。
原作ではトッププロの人ですが、こんな事をして大丈夫なのか……?
まあ、色んな噂が飛び交う人ですし、大丈夫……かも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第207話 東京編 ⑩ 挑発

東京編です。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「シ、シロ!大変だ!」

 

 小瀬川白望が組長との交渉を成立させ、部屋から退室した矢先に辻垣内智葉が非常に焦ったような表情をして小瀬川白望に向かって言う。小瀬川白望はそんな辻垣内智葉を落ち着かせるように話す。

 

「どうしたの……智葉らしくもない」

 

「とりあえず、対局する部屋に来い!」

 

 小瀬川白望は辻垣内智葉に言われるがままに腕を掴まれ、連れて行かれる。その道中で「メグとネリーは?」と小瀬川白望は辻垣内智葉に聞くが、もはやそれどころではないといった感じではあったが、「先に部屋で待っている!」と答える。

 

 

「はあ……はあ……ここだ」

 

 そう言って辻垣内智葉が足を止めて、小瀬川白望を部屋の前まで連れてき終える。小瀬川白望はあの辻垣内智葉がこれほどまでに取り乱しているには何らかのわけがあるのだろうと推測し、少しばかり緊張感を感じながらも部屋の中へと入る。するとその部屋の中には、小瀬川白望と同じ……いや、少し年上の女性が立っていた。その女の人は制服を着ており、今から賭博麻雀をするというこの部屋では若干どころかかなりの場違い感があった。まあそれを言ったら小瀬川白望達も場違いなのではあるのだろうが。

 

「……代打ちってのはあんたなの」

 

 小瀬川白望はその女性に向かって声をかける。するとその女性は小瀬川白望の言葉に対して「イグザクトリーです……もしかしてガールが出てきてちょっとガッカリしちゃいましたか?」と返す。

 

「いや……別に」

 

 そう小瀬川白望は反応するが、背後にいた辻垣内智葉が小瀬川白望の事を呼ぶ。小瀬川白望が「何?」と返すと、辻垣内智葉は小瀬川白望の腕を掴み、戒能良子には聞こえないようにこう言った。

 

「知らないのか、あいつのこと……」

 

「うん……有名人?」

 

「今年のインターハイで大暴れして、高校一年生なのにも関わらずプロ入りがほぼ確実となってるスーパールーキー、戒能良子だ。……まさかアレを代打ちに立ててくるなんて……!」

 

「ふーん……」

 

 小瀬川白望はそれを聞いた後でも、あまり関心が無さそうに戒能良子の事を見る。そして目が合い、小瀬川白望は戒能良子に向かってこう言った。

 

「……さっき組長さんから聞いたけど、利益ゼロの代わりに責任もゼロなんだって?」

 

「イエスです。私もこういった裏のお仕事はする気なんてナッシングでしたけど、私のグラウンドファーザーがここの組にお世話になってたというので……そういった契約で私はここにきました」

 

 それを聞いた辻垣内智葉が「まあ……そりゃあそうだろうな。仮にそれで金なんて貰っていたら、プロ入りも確実視されていた人間が故にかなり大きな問題だ。当然の契約内容だろうが……」と言う。が、それを聞いたからなのかどうなのかは不明だが、小瀬川白望は少しほど不気味に笑った。

 

「……なるほど、二流だ」

 

「!!」

 

 

 小瀬川白望がそう言い放った瞬間、場の空気が凍りつく。言われた本人の戒能良子は勿論、辻垣内智葉や座って様子を見ていたメガン・ダヴァンやネリー、周りにいた黒服までも、変な緊張感を抱いた。

 

「……見た目に反して、結構失礼なガールですね」

 

「私は率直に感じたことを言ったまで……利益ゼロなのはどうとしても、責任も負わないというのじゃ話にもならない。正直な話……興が削がれた気分だよ。折角こうしたチャンスが巡ってきたと思ったのに……そんなリスクを背負ってすらいない人間と闘ったんじゃいつもと変わらない……むしろそれならいつもの方がマシかな」

 

「あんたは確かに雀士からしてみれば多分一流……それこそ今の表のプロの世界じゃトップクラスに並べるかもね。だけど……勝負師としてのあんたは今のところ二流以下……熱くもないただの凡夫」

 

「なら私にどうしろと?」

 

「簡単な話、あんたも背負えばいい。リスクを……でもそれは立場上、あんたは金を賭けたりする事はできない……」

 

 だから、と小瀬川白望は言い、続けざまに口を開いた。小瀬川白望から放たれる条件に一同が注目する。

 

「……もしあんたが負けたら、1日なんでも私の言うことを聞くこと。それでいい?」

 

「……?もう一回言ってくれませんか?リピートプリーズです」

 

 戒能良子は困惑しながら小瀬川白望にもう一度頼むように言うが、小瀬川白望はさっき言ったことを一字も変えずに繰り返した。周囲の人間は呆気にとられている。それはそうだ。戒能良子が負けたとしても、小瀬川白望の言うことを1日なんでも聞くという条件に対し、小瀬川白望が負けたら2000万の代償を払わなくてはならない。完全に釣り合ってなかった。

 戒能良子はその条件に何か裏があるかとも思ったが、考えるだけ無駄だと悟り、深呼吸して「オーケーです。こちとら色々言われて結構アングリーだったので……受けて立ちましょう」と小瀬川白望に向かっていった。それを聞いた小瀬川白望は「そうでなくちゃ……」と言って笑い、部屋の中央にある全自動でない麻雀卓を前にして胡座をかく。

 

(……正直、さっきの条件は何も意味はない。あれはただそういう"体"が欲しかっただけ。ただ、戒能さんを本気にさせたかっただけなんだけど……結構上手くいったなあ)

 

 結局のところ、さっきまでのは小瀬川白望の挑発に過ぎず、戒能良子はそれにまんまと乗っかってしまったわけだが、何はともあれこれで戒能良子を本気にさせることができた。まあ、流石にプロ入りが確実視されていたエリートが歳下にあんなことを言われればプライドというものが黙っていないだろう。

 ある意味、それは命を賭けた闘いではないものの、自分のプライドや誇りを賭けた勝負となった。結局、賭博も命を賭けてはいるものの、極論を言えば自分の誇り、プライドを賭けて削り合っていると言っても差し支えないため、本質的な意味では戒能良子も賭博として小瀬川白望と闘うこととなったと言っても過言ではなかった。

 

(さあ……始めようか)

 

(……全力で叩き潰します。それこそ彼女をキルするつもりで)

 

 

 戒能良子と小瀬川白望の闘いの火蓋が、今切って落とされた。




戒能さんとシロの一騎打ちは果たしてどうなる……!?
次回も東京編です。
あと2日しか休日がないじゃないか……たまげたなあ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第208話 東京編 ⑪ 情熱

東京編です。
とうとう明日で終わってしまいますね……(絶望)


-------------------------------

視点:神の視点

 

東一局 親:戒能良子 ドラ{⑨}

 

小瀬川白望 25000

黒服1   25000

戒能良子  25000

黒服2   25000

 

 

(……始まったか。泣いても笑ってもこの一回きりの半荘。さて、天はどちらに味方するか……)

 

 対局が始まるとほぼ同時に、組長は対局している部屋へ入り、煙草を吸いながら小瀬川白望と戒能良子、両者の行く末を見届けていた。しかし、彼の瞳は戒能良子に勝ってくれという懇願はさほど見られず、どちらかというと小瀬川白望と戒能良子がどのように闘うのか興味を示しているようにも見えた。無鉄砲ながらもどこか圧倒的な凄みを感じられ、どんな事にも臆せず自分の命すらも厭わない小瀬川白望と、表の世界では高校1年目にして早くもプロ入りが確実視されている戒能良子、この正反対とも言えるこの両者の闘いが彼の心を躍らせた。

 

(戒能のとこの孫は言わずもがな、あの小瀬川とかいう嬢さんも凡人にはないオーラ、存在感がある……これは面白くなりそうだ)

 

 そこまで考えて、組長は心の中でハッとする。自分が今、恐らくここ10年20年は感じなかった、心の高揚を感じていた事に。彼の中で眠っていた若かりし頃のあの麻雀に対する情熱が、今再び呼び起こされた感覚を彼は感じた。

 

(不思議だな……何故かあの嬢さんを見ていると、昔のことを思い出してくる……)

 

 そしてそんな懐かしい感情を呼び起こした小瀬川白望の事を、組長は不思議そうに見つめていた。

 

 

(サイコロの出目次第とはいえ……起家はバッドですね……彼女の出方を見る上でも、グッドとは言い難い……)

 

 一方、起家となった戒能良子は自分の起家に対して心の中で苦言を呈しながら、配牌を取っていく。

 

戒能良子:配牌

{一二六七②⑨1568東東西中}

 

(配牌もバッドですね……唯一の救いが東の対子でしょうか。イタコの能力もまだインフィニティに使えるわけではありませんし……というか今の私ではワンチャンスしかありませんからね……)

 

 面子もなく、打点もイマイチでせいぜいダブ東のみの手になりそうな微妙な配牌であったが、とりあえず戒能良子は{西}を切って様子を見る。いざとなれば自分のオカルトを使っても良いのだが、果たして一回きりしか使えないというのに、東一局という初っ端からその一回きりを使って良いのだろうかという問題に悩みつつも、いざとなったらいつでも使えるように心の中で準備をする。

 

(そうですね……いざとなったら"ソロモン王"の力でも借りましょうか。マヤ神話のモノでは相性が良くなさそうですしね……と言っても、借りるのは"ソロモン王"本人ではなく、従えていた悪魔と天使の力なんですがね……)

 

 そうして第1ツモを行う小瀬川白望を見ながら、戒能良子は何かを念じた後、自身の左手薬指から指輪のようなものを召喚する。そう、これこそがかつてソロモン王がヤハウェに祈りを捧げ、大天使ミカエルから受け取ったとされている『ソロモンの指輪』。それを戒能良子は発現させ、自身に装着させる。

 

(……さあ、どう動いてくるか、カモンです)

 

 

 

 

(シロ……相手は恐らく、今までのオカルト使いの中で一、二を争うほどの厄介なオカルト使いだ。私もアイツの牌譜を見て考察したが、何も答えは出てこなかった……)

 

 そして小瀬川白望の後ろにいる辻垣内智葉は、心の中で小瀬川白望に向かって声援を送る。辻垣内智葉が言っていたように、彼女自身も今年のインターハイの牌譜を見て考察を重ねたが、一貫して戒能良子の全貌は掴めなかった。まるで小瀬川白望のような牌譜だとも思ったが、小瀬川白望とは違って、戒能良子には明白な何かがある。小瀬川白望は素の状態であるのに対し、戒能良子は何かが取り憑いている、もしくは使役している。そんな感じがしたのだ。そういった意味では、小瀬川白望とはまた違った謎である。

 

 

(シロサン……前までは前側しか見れていませんでしタガ、今回は後ろから見える……一体どんな麻雀を打つのでショウカ……)

 

 辻垣内智葉の横にいるメガン・ダヴァンも、今まで散々叩きのめされてきた小瀬川白望の闘牌がいよいよ後ろから見えるとなって、緊張を交えながらも小瀬川白望の打ち筋を楽しみにしていた。

 

 

(……)

 

 

 しかし、そんなメガン・ダヴァンの期待とは裏腹に小瀬川白望は何か変わった打ち方をするわけでもなく、ただただ平凡に、手なりに打っていく。

 それを感じ取ったのか、戒能良子も首を傾げながら小瀬川白望の事を見ていた。

 

 

(何かをするわけでもないという事ですか……なら)

 

 

「ポン」

 

戒能良子:手牌

{一二六七②125678} {東東横東}

 

 

打{②}

 

 横にいる黒服が切った{東}を鳴き、これでダブ東が成立する。まだ聴牌までには遠いものの、この{東}を鳴けたのは大きかった。

 

 

(……)

 

 しかし、対する小瀬川白望はそんな事を気にも留めずに手を進めていく。戒能良子が聴牌していないと考えてか、もし仮に聴牌しているとしたら危険牌となりうる牌を次々と払っていく。その一打一打に迷いはないが、後ろから見ている三人にとっては一打一打が冷や汗ものであった。絶対に振り込まないであろうと信じているものの、いざあんな事をされてしまっては緊張してしまうというのが人間のサガだ。

 

小瀬川白望:手牌

{四五六六七八①②⑥⑥⑦23}

ツモ{4}

 

 そして数巡後、小瀬川白望が戒能良子よりも早く聴牌する。しかし、聴牌したとは言ってもそれはあくまで形だけである。待ちも悪ければドラもなく、このままでは打点が望めないこの手、まだ中盤に差し掛かったこの段階では手を確定するには惜しすぎる手であった。せめてあと二、三手挟んで{①②}の搭子を払って断么九、欲を言えば平和を狙って行きたいところだ。

 

(サスガにこれは、リーチには行かないでしょう……)

 

 後ろで見ていたメガン・ダヴァンも同じような事を考えていたようで、ここでのリーチは有り得ない。そう呼んでいた。

 が、しかし。小瀬川白望はそんなメガン・ダヴァンの思惑を真っ向から裏切る形で点箱から1000棒を取り出し、{⑦}と共に放り投げた。

 

 

「リーチ」

 

「!!」

 

 

小瀬川白望

打{横⑦}

 

(エエッ……?そこでリーチですカ?)

 

 

 メガン・ダヴァンは困惑しながらも小瀬川白望の事を見る。それもそうだ。待ちも悪く打点もイマイチのこの手でリーチをする意図が分からなかった。

 しかしメガン・ダヴァンは今までの小瀬川白望を見てきたが故に、ここでリーチをかけたのもきっと何かがある。そう思っていたが、その希望も数巡後に真っ向から裏切られる。

 

 

「……ツモ。ダブ東のみです」

 

 

 戒能良子のツモ和了によって。




これじゃあシロにピンチが到来しちゃう(棒読み)
シロは一体どうするのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第209話 東京編 ⑫ 情報量

東京編です。
うわああああああGWが終わるううう


-------------------------------

視点:神の視点

 

東一局一本場 親:戒能良子 ドラ{七}

 

小瀬川白望 23000

黒服1   24000

戒能良子  29000

黒服2   24000

 

 

(……随分と簡単に和了らせてくれましたね。もっと手こずるかと思っていましたが)

 

 東一局、まずはダブ東のみの1000オールをツモ和了った戒能良子は、自身のスムーズな和了りに少し首を傾げる。もっと何か仕掛けてきているものかと思っていたのだが、意外にも小瀬川白望のリーチはただの聴牌即リーのようだ。

 

(……これならいつもの癖でわざわざ二筒を止めずに、さっさと和了った方がグッドでしたかね。まあリザルトは変わらないんですけどね)

 

 戒能良子は小瀬川白望がリーチ牌として切ってきた{③}の近くである{②}を警戒して止め、数巡待って小瀬川白望から筋である{⑤}が切られてから{②}を改めて切ったことによって一度失速したのだが、結果的にあそこは勝負にいってしまっても良かったのかもしれないと戒能良子は考える。まあ、それは結果論であるしそもそもどっちを選んでも結果は変わらなかっただろうが。

 

 

(一体何故あのリーチを……?)

 

 そして小瀬川白望の後ろにいるメガン・ダヴァンは今も尚小瀬川白望のさっきの聴牌即リーに対して疑問を感じていた。隣にいるネリーも、どうやら麻雀は辛うじて知っていたのか同じく疑問そうな表情を浮かべていた。

 

(……どこまで戒能良子の事を知れたのかは分からないが、果たしてあれでどれほど収穫があったのか……)

 

 しかし、小瀬川白望という雀士がどういう雀士か肌で感じたことのある辻垣内智葉だけは、さっきの行動の意味を推測する。それは言わずもがな小瀬川白望が戒能良子の事を「調べる」行為であり、完全に小瀬川白望は戒能良子という雀士……いや、戒能良子という人間を調べている。

 

(和了ったのは早計だったかもね。5000ぽっちの差を得るために払う情報の量ではない……)

 

 そして実際小瀬川白望も、戒能良子という人間の思考をおおよそ掴みかけていた。ここで戒能良子が和了ってきてくれたのは大きい。戒能良子がどのような思考で打ってきたかが鮮明に分かるからだ。それに、小瀬川白望は戒能良子の捨て牌の全てを手出しか、ツモ切りかを覚えていて、牌の配置も全て覚えている。つまり、殆ど牌譜を見ているに等しいものであった。辻垣内智葉は牌譜を見ても全容は分からなかったと言っていたが、それはそこから辻垣内智葉は特異的なもの……つまりオカルトのみを見つけようとしているからだ。戒能良子の思考回路を追うように解明していけば、オカルトまでは分からずとも戒能良子という人間が何なのかを知ることができる。

 そういった意味でも、小瀬川白望は5000のリードを得るために差し出す情報量ではないと言ったのだ。確かに大切な親番ではあるが、それを差し引いても小瀬川白望に渡した情報量は大きかった。

 おそらく、通常の人間が同じ量の情報量を渡されたとしても、それを100パーセント有効活用できる人間はいないだろう。だからこそ戒能良子は和了ったのかもしれない。しかし、小瀬川白望は別。僅かな心の揺れでさえも自身の情報として加えるのだ。そんな小瀬川白望にさっきのような行為は正しく自殺行為。無謀と言っても差し支えなかった。

 

 

(……役満必至とか、そういう強力なオカルトを使われるとそれはそれでダルいけど……見たい気持ちもあるし、半々かな……)

 

(まあ、そろそろ本気で行こうか……)

 

 

 そう心の中でつぶやき、東一局一本場の配牌を取っていく。そんな小瀬川白望を見た組長は、内心で小瀬川白望の事を評価していた。

 

(……確かに点棒を得たのは戒能のとこの孫だが、一枚上手なのはあの嬢さんだな)

 

 彼は前局、小瀬川白望の手牌と戒能良子の配牌を見比べていたのだが、彼は率直に小瀬川白望の方が一枚上手であると感じた。確かに、麻雀という観点からしてみれば戒能良子がリードしたのであろう。しかし、博打……勝負という観点からしてみればリードしたのは小瀬川白望であった。

 

(……どこでそんな打ち方を知ったのかは分からないが、この嬢さんは勝負において必要な"情報"の重みを理解している打ちまわしをしている)

 

 そう、勝負や博打で相手に勝つのに必要な土台は"情報"である。勝負の半分はこの情報量によって決まると言っても過言ではなかった。裏の世界でさえも、それを重視する人間は今となっては少ない。故にそんな小瀬川白望を組長はとても懐かしそうに見つめていた。

 

 

「チー」

 

小瀬川白望:手牌

{一三六七七②③④188} {横657}

 

打{一}

 

 

 そして六巡目、最初に小瀬川白望が仕掛ける。とはいっても、端から見ればただのチーだが、実はこのチーにはある仕掛けが施されていた。

 

(この一萬によって……警戒をさせることができる……)

 

 キーとなるのは小瀬川白望が切ったこの{一}。{二}が繋がる可能性があるのというのに、完全に孤立した{1}があるというのに小瀬川白望が切った{一}。しかしこれが戒能良子獲り、その幕開け。

 

(戒能さんは相手が何かアクションを起こしたりすると、その同巡に切った牌の近くの牌を異様に警戒する傾向にある……おそらく意図的でなく、体に染みついているパターン……)

 

 小瀬川白望の推測によると、小瀬川白望がリーチやら何やらすると、戒能良子はその同巡に切った牌の周辺の牌を警戒するらしかった。だから前局戒能良子は{③}切りリーチに対して{②}を止めたのだ。しかし、それでは数巡後の{②}打ちは説明がつかない。いくら筋の{⑤}が通ったとはいえ、安牌でもない……むしろこういう裏の世界の麻雀でその警戒を解くことはできるのだろうか。そう思われがちだが、戒能良子の癖はそれだけではない。

 

(……だけど、その警戒は同じ筋が切られた時に雲散霧消する。安牌と同等レベルで扱ってしまう……感じを見る限り、それも癖……体が覚えてしまっている……)

 

 そう考えると、あれだけ警戒していたはずの{②}を{⑤}が切られた途端処理したことにも説明がつく。至ってそれは癖と言っても合理的なものではあったが、小瀬川白望からしてみれば格好の的であった。

 

(どうやら鳴きでも同じように警戒してるようだね……さっきから全く一萬の近くが切られなくなった……)

 

(だけど……こんな感じに筋が切られると)

 

 

小瀬川白望

打{六}

 

 

 

戒能良子

打{三}

 

 

 

(あっさり警戒は緩む……)

 

 

小瀬川白望:和了形

{三七七七②③④888} {横657}

 

 

「ロン、7700の一本場は8000……」

 

 

「お、オオ!やりましたネ!シロサン!」

 

 小瀬川白望が手牌を倒すとほぼ同時に、後ろにいるメガン・ダヴァンが立ち上がってそう言う。振り込んだ戒能良子は心の中でこんな事を思った。

 

(……まさか、私の"癖"に気付いて……?もしそうだとしたら、癖には警戒しないとダメですね……)

 

 しかしそんな思考さえも読み取ったのか、小瀬川白望は心の中でこう呟く。

 

(癖を警戒するんだとしても、どっちにしろ私にとっては好都合……好きにしなよ……戒能さんが戒能さんのままである限り、戒能さんが私に勝つ事は不可能……)

 

 

(私に勝つなら、自分を捨てるくらいしなきゃ……自分という理に縛られてちゃ、縛られるものがない私には勝てない……)




次回も東京編です。
ピンチとはなんだったのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第210話 東京編 ⑬ 自信

-------------------------------

視点:神の視点

 

東二局 親:黒服2 ドラ{西}

 

小瀬川白望 31000

黒服1   24000

戒能良子  21000

黒服2   24000

 

 

 東一局一本場では小瀬川白望が戒能良子の癖を利用して7700と一本場を加えた300、合計8000を直撃させ、戒能良子の親を蹴ると同時に順位を逆転させる。

 逆転、とはいってもまだまだ序盤の東二局で尚且つ点差は10000点と、勝負が決したという事はできない状況であった。直撃を決められた戒能良子無論そのつもりで、一層闘争心を燃やしている。

 

(……やはり、最初に感じたようにミステリアスなガールですね)

 

 そしてそんな戒能良子は小瀬川白望の事を見ながらそんな事を思う。戒能良子が小瀬川白望と初めて相対した瞬間から感じてきた妙な感覚。これが戒能良子にとっては初めてのものであった。確かに何かを感じているはずなのに、戒能良子の目……イタコの戒能良子の目でさえも何も見えない。それが不気味であり、恐ろしかった。

 

(何というか……何も見えないですね。ここまで見えないとミステリアスを通り越して不気味です……)

 

(それだけでも不気味なのに……それ以上に恐ろしいのはあの不可解な打ちまわし。人によってどっちが恐ろしいかは分かりませんが……全てを見透かされているようなあの打ちまわしの方が私にとっては恐ろしい……全く、厄介極まりないエネミーですね)

 

 そう、戒能良子はこの時点で気付いているのだ。小瀬川白望の恐ろしさは、得体の知れない何かよりも、彼女の深層心理でさえも操ってくるほどの心理掌握術であると。気づいてはいるのだ。しかし……

 

 

「ポン」

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {八横八八}

 

小瀬川白望

打{1}

 

 

(……仕掛けてきましたか。そしてそこで一索を切ってきたという事は……)

 

 

 戒能良子の読み通り小瀬川白望は次巡、狙っていると言わんばかりに手牌から{6}を切り出す。本来なら{1}の近くで警戒しているはずの{3}を、無警戒状態にさせるはずの{6}切り。しかし、ここは切れない。小瀬川白望が戒能良子の二重の癖を利用していると仮定すれば、小瀬川白望が待っているのは{3}となる。さすがに癖といえども、ここで切るほど木偶の坊ではない。無論、ここは戒能良子は攻めには行かずに萬子で打ち回す。

 

 

(あとは彼女がツモってこない事を祈るしかないですね……)

 

 戒能良子は、この時点ではそう考えていた。少なくとも自分が振り込んでこの東二局が終了するという未来は無い。そう確信していた。しかし十三巡目にその確信はあっさりと覆される。戒能良子が切った{④}を見て小瀬川白望は牌を倒す。戒能良子は小瀬川白望の和了形を見てやっと自分が振り込んだという事実に気づいた。

 もはや、自分の目で確かめでもしない限り信じられない……そんな領域の確信であった。しかし、たとえどれほどの理屈を揃えて確信していたとしても、現実に勝る虚像はないのだ。

 

 

 

「……ロンッ」

 

 

小瀬川白望:和了形

{二三四③赤⑤23466} {八横八八}

 

 

 

「断么九、ドラ1……2600」

 

 

 

 2600。これは大きい点数とは言えるものでは無い。しかし、戒能良子は避けた。そう確信していた状態で討ち取ったこの和了は、点数以上に戒能良子の精神を削って行った。

 

(何故……?癖を利用していたんじゃ……)

 

 困惑しながら小瀬川白望の和了形を見つめる戒能良子に、小瀬川白望は小さく笑ってから戒能良子にこう言った。

 

「獲物を狩るとき……獲物が狩られないように右、左と逃げ回ったとしても、それが助かる手立てにはならない。猟師はただその獲物に照準を合わせるだけ……」

 

 

「殺されたくない。そう思うならば猟師()から逃げるのでなく、闘わなければいけない……獲物(あなた)のままじゃ猟師()に狩られるだけ……」

 

 

 

 そう言って小瀬川白望は自身の和了形と山を崩して、牌をかき混ぜる。全自動卓が普及しているこの時代には随分と手慣れた山積みを披露しながら、未だ呆然とする戒能良子に追撃するようにこう言い放つ。

 

 

「……私の親番くらいは、ダルくさせないでよ。私も狩りだけじゃちょっとダルくなってくるからね」

 

 

(……まあ、今の感じじゃ南場まではこんな感じなんだろうけど)

 

 

 

-------------------------------

 

東三局 親:小瀬川白望 ドラ{⑤}

 

小瀬川白望 33600

黒服1   24000

戒能良子  18400

黒服2   24000

 

 

 

 小瀬川白望が親の東三局。小瀬川白望が予見していた通り、戒能良子は自身を完全に失いかけている。あれほどの小瀬川白望の挑発で逆上さえできないほど、心がまいってしまっている。

 しかし、戒能良子という人間の過去から考えてしまえばそれも仕方ないかもしれない。戒能良子は高校一年生でありながらも、今年のインターハイで暴れまわり、プロ入りも確実視されている超期待のスーパールーキーであった。そんな勝ち続けてきた人間、勝つ側であった人間が、突如自分よりも数段格上……というか次元違いの力量差、しかもそれが自分よりも歳下である雀士が目の前に現れたのだ。戒能良子が失墜してしまうのも無理はない。

 一度バランスを崩せば、才気優れるものほど脆い。かつて赤木しげるの前に最初に立ちはだかった矢木圭次が言っていた通りである。その言葉通り、戒能良子には今闘争心というものが欠けている。

 

 

「リーチ」

 

 

小瀬川白望

打{横⑧}

 

 

 

(……ッ!!)

 

 

 戒能良子は顔を顰めるが、今回は小瀬川白望の捨て牌を見れば普通に待ちに気付ける。そんな分かりやすい捨て牌であった。見る限りでもタンピン三色の気配で、待ちはちょうど{⑧}の裏筋の{④⑦}待ちといったところか。しかし、戒能良子は意外にもこの捨て牌に手が止まってしまっている。

 

 

(……これは、どっちを切ればグッドなのか)

 

 気づいてはいる。気付いてはいるのだ。{④⑦}が危ないなど、百も承知なのだ。しかし、それでも尚、それでも尚分からない。自分が信じきれなくなっているのと、小瀬川白望ならあり得るだろうという謎の読みが、戒能良子の判断力を失っていく。

 

 

戒能良子

打{中}

 

 結局、戒能良子は暗刻で持っていた{中}を切ってしまう。戒能良子からしてみれば逃げの一手だったのだろう。というか、誰がどう見てもこれは逃げの一手だ。

 しかし、小瀬川白望はそれを許さない。逃げようとする戒能良子を、小瀬川白望は逃さなかった。

 

 

「……ロン」




次回も東京編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第211話 東京編 ⑭ ソロモンの指輪

東京編です。
風邪は治りました。


-------------------------------

視点:神の視点

 

東三局 親:小瀬川白望 ドラ{⑤}

 

小瀬川白望 33600

黒服1   24000

戒能良子  18400

黒服2   24000

 

 

「ロン……」

 

 

小瀬川白望:手牌

{二三四六七八⑥⑥⑥678中}

 

 

 小瀬川白望は「ロン」と宣言し、ゆっくりと牌を倒す。対する戒能良子はまだ現実が受け入れられないようで、逃げるために打ったはずだった暗刻の{中}。それと小瀬川白望の今にも倒れて晒される手牌の背中をただただ呆然と見ていた。

 

「リーチ一発裏……1。7700」

 

 そして小瀬川白望は手牌を完全に倒し終え、裏ドラ表示牌を捲って点数申告をする。裏ドラ表示牌には{三}があり、結果的に一つ乗ることとなった。裏ドラが{⑥}になるという最悪のパターンは避けられたものの、戒能良子からしてみれば裏ドラが乗ろうが乗らまいが関係ないことだった。無論、小瀬川白望からしてみても裏ドラなど正直どうでもいいことであった。戒能良子の事を精神的に追い詰めるのが今の小瀬川白望の目標であるので、裏ドラが乗らずとも今の戒能良子の状態を見ても達成に支障は出ないからだ。

 呆然としていた戒能良子であったが、ようやく我に返ったのか、戒能良子は未だ若干困惑しつつも小瀬川白望に点数を支払いながら小瀬川白望の手牌と捨て牌を照らし合わせる。

 

 

(アンビリーバボー……)

 

 そして戒能良子は驚くべきことに気づく。小瀬川白望の手牌とリーチ宣言牌に使った{⑧}。これを切らずに手牌に持っていたらタンヤオ三色が狙えていた手だ。それを蹴ってあえてこの{中}単騎にしてきたということは、確実に{中}待ちで戒能良子が振り込んでくると確信していたのだろう。そうでなければ、小瀬川白望の行動全てにおいて説明することができない。

 とはいっても、小瀬川白望がどうやって戒能良子が{中}を暗刻で抱えており、そしてオリるために暗刻落としに行くと推測できたのかという謎は残る。しかし、戒能良子は悟っていた。どうやっているのかは分からないが、小瀬川白望には麻雀における不確定要素であるはずの場の流れ、偏りが明確に見えている。確かに理屈も無ければ非科学的である、大層おかしな話ではあるが、自分自身がオカルト使いである戒能良子にはそれを否定することができなかった。

 

 

(……本来ならここで使わずに、南場まで温存しておくべきものなのでしょうが……止むなしですね)

 

 ようやく戒能良子は、目の前にいる小瀬川白望がただの強者でないという事を知る。ただべらぼうに強いとか、そういう無ければ人間の努力で超えれるようなところに小瀬川白望はいない。そういう事実にようやく気付いた。次元、ステージが違うという事を。

 ならば、戒能良子にできることといえばそれと同等のもので対抗するしかない。そう彼女は考えた。戒能良子は自分の指にはめられている指輪に意識を向け、真鍮の部分を触りこう唱えた。

 

(……"ソロモンの指輪"。カモンです、大天使ミカエル)

 

 

 その瞬間、戒能良子がはめている黄金に輝く"ソロモンの指輪"が更に輝きを増し、威圧感を放つ。思わず横にいる黒服や組長なども身構えながら、輝きを放つ指輪をはめる戒能良子の方を見る。小瀬川白望の後ろにいる辻垣内智葉とメガン・ダヴァン、ネリーも圧倒的な威圧感を必死に耐える。その中で、小瀬川白望はただ一人、何も動じずにただ真っ直ぐ戒能良子の事を見ていた。

 

(……この感じ、小薪や霞もこんなんだったような気がするなあ)

 

 心の中で過去に闘った神様を降ろす事の出来る霧島神境にいる巫女たちの事を思い出しながら、牌を崩して山積みを始める。確かに、小瀬川白望からしてもあの気迫、威圧は人間の出せるものではないと評価する。しかし、あくまでも小瀬川白望が思ったのはそれだけ。驚愕するほどのものではないということであった。

 

(まあ……赤木さんと比べるとね。それに赤木さんの唯一の同類の鷲巣さん、だっけ……その人は赤木さん曰く神様を越えてるみたいだし。それにそういう類いとは鹿児島で既に闘ってるけど……面白い。こういう機会、滅多にないしね……)

 

 心の中でそんな事を言いながら、山を積み終える。小瀬川白望の言い振りだと、戒能良子が凄くともなんともないように聞こえてしまうが、それは誤りである。あくまでそれは小瀬川白望の主観からであり、その主観は主に赤木しげるが基準となっている。生涯誰からも理解されてこなかった赤木しげるが基準という時点で、小瀬川白望の主観は常人にはあてにならないという事だ。そもそも、神様やら天使などを降ろしたり操ったりする事ができる時点で、常人からしてみればそれだけでもう既に人外の類なのだが。

 

 

(……恐ろしいですね。ミカエルを見ても尚、眉一つ動かさないとは……)

 

 

 戒能良子はそんな小瀬川白望の事を見ながらも、大天使ミカエルの恩恵を直に受けようとする。ここで和了って、小瀬川白望の親を蹴る。それが戒能良子の今の目標であった。小瀬川白望もそんな戒能良子を見て、こう思考する。

 

 

(……戒能さんが呼び出したものを真っ向から叩いても怯まないのなら……それを操る戒能さん自身を叩くまで……)

 

-------------------------------

東三局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{二}

 

小瀬川白望 41300

黒服1   24000

戒能良子  10700

黒服2   24000

 

 

 

(……ビューティフォーな配牌です)

 

 戒能良子は自身の配牌を引いて、自分が起こした事に自分で感動していた。まあそれもそのはずで、こんな配牌、常人なら多分一生麻雀だけをしても見られるかどうかの配牌なのだから。

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南南西北白白発発}

 

 点棒が一万点を切ろうとしている圧倒的劣勢の状況だとしても、大天使の力を借りればこの配牌を引く事など造作もない事であった。配牌聴牌、とまではいかずとも{西}か{北}を引けばそれだけで混一色混老頭七対子が確定し、ツモれば倍満となる手であった。しかしこの手、{①}の対子を切り払ってしまえば役満必至となる手でもある。これをどうするかは、戒能良子の采配によるのだが。

 

戒能良子

ツモ{二}

 

 そんな状況の中、一巡目に引いてきた牌は{二}。ドラではあるが、この手牌では使いようがない。{①}の対子を外して重なる事を狙うという手もあるにはあるが、それでは混老頭が消えてしまうため打点的には変わらず、{二}が重なる保証もない。そもそも、役満を狙いに行けばこれは不要な牌。下手に持っていて狙われる前に、ここは切り飛ばしたほうがいい。そう思って切った{二}だが、これを見た小瀬川白望は小さく笑い、手牌から二枚、牌を倒す。

 

 

「……ポン」

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {二横二二}

 

 

 

 




次回も東京編。
さあ、シロはどう攻略するのか……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第212話 東京編 ⑮ 垣間見た狂気

東京編です。



-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{二}

 

小瀬川白望 41300

黒服1   24000

戒能良子  10700

黒服2   24000

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {二横二二}

 

 

(……ここで来ますか)

 

 

 戒能良子がツモ切りで切ったドラの{二}を鳴き、小瀬川白望は{二}を晒して手牌から{北}を切る。戒能良子はそんな小瀬川白望の事を見て、小瀬川白望が早くも此方の状況を察知していると悟る。そして戒能良子は緊張感からか、額に汗を流しながら手牌へと目を倒す。

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南南西北白白発発}

 

 

(……流石にここから役満まで持っていくには、かなりデフィカルトですかね……?)

 

 圧倒的配牌、とは言ったもののそれはあくまでも七対子として見たときに一向聴であり、役満も狙えるといったものだ。間違っても役満手が一向聴という意味ではない。戒能良子がここから役満まで持っていくには一度{西か北}をツモって七対子で聴牌し、それを蹴って{①}の対子を落としていくか、{西と北}以外の牌をツモって暗刻にしていくかの二択であり、かなり時間がかかるがわかる。時間がかかるとは言ってもこの配牌からであるため言うほど時間はかからないのだが、小瀬川白望が迫ってきている戒能良子からしてみれば一巡一巡が命取りなのである。よって、役満に持っていくことは相当のリスクを背負わなければ行けないのだ。ましてや、あの小瀬川白望が相手なのだ。寸分の差も小瀬川白望からしてみれば一発逆転のチャンスとする値千金に成り得るのだ。油断することはできない。

 そもそも、まず戒能良子が仮に七対子で妥協したとしても小瀬川白望が先に和了るという可能性もあるかもしれない。どんなに配牌が良くなろうが、結局は大ピンチには変わりなかった。

 

「……ポン!」

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {一一横一} {二横二二}

 

(な……ッ!?)

 

 

 そうして戒能良子が緊張の第二ツモをツモろうとした瞬間、小瀬川白望が再び牌を二枚晒す。小瀬川白望がまるで戒能良子がツモろうとする瞬間を狙ってきているかのような鳴き。一瞬の出来事であったが、戒能良子の心を揺れ動かすには十分すぎたものであった。

 

小瀬川白望

打{④}

 

 

 そして小瀬川白望は手牌から{④}を河へ放つ。そしてまた黒服のツモ番となり、黒服がツモ切りをする。またもや鳴いてくるんじゃないのかと少し警戒しながら戒能良子はツモを行おうとするが、戒能良子がツモ牌を掴んでも小瀬川白望は動こうとはしなかったため、流石に三連続で鳴きはなかったようだ。

 

(……!!)

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南南西北白白発発}

ツモ{西}

 

 小瀬川白望に調子を狂わされた戒能良子であったが、ツモってきた牌はまさかの{西}。これで戒能良子は七対子を聴牌することができ、それと同時に役満を狙うルートでも一歩前進することができた。そしてここからが戒能良子を迷わせる問題であった。

 

(……ここは行くべきか、否か)

 

 無論、ここで役満を狙いに行くのも全然良いだろう。しかし、それはあくまでも通常の場合であり、目の前にいる敵を見ればその通常の場合が適用されないのは一目瞭然である。ここは小瀬川白望の親を蹴るのを優先させれば、ここは七対子で手堅く和了っていくのが常道であろう。

 が、しかし。それでも戒能良子はこの手を跳満倍満程度の小火で済ましたくないと思った。当然ながら、確実に和了れるという保証はない。しかし、それでも尚……戒能良子には{南}を切ることはできなかった。この手を捨ててしまえば、もう一生小瀬川白望を追い詰めることはできない。そんな気がしてならなかった。

 

(……これが勝負師としての"二流"、ですか)

 

 ここで戒能良子は、小瀬川白望が自分に言った言葉を思い出す。初めて言われた、二流という評価。それを最初に言われた時は流石に腹が立ったし、すぐに見返してやろうとも思ったが、今思うと二流と評価されても仕方のないことである。ここ一番というところで、決断する事ができず、自分と理に揺れ動かされている。確かに勝負師としてじゃ二流以下であった。

 

(……勝負に行かせてもらいます)

 

 二流と言われた戒能良子が、ここで決断を下そうとする。{①}を持ち、河へと置こうとする。そして{①}が河へと接触しかけたその時、ふと戒能良子は小瀬川白望の事を見た。

 

 

(……!?)

 

 小瀬川白望と目があった瞬間、悪寒が走る。戒能良子の本能が、河へと置こうとする{①}を止め、自分の手元へと戻した。戒能良子は恐る恐る{①}へ目を落とし、謎の悪寒に鳥肌を立たせていた。

 

(いったい何が……?)

 

 威嚇、とでもいうのだろうか。しかし、どう足掻いてもその言葉では表しきれないほどの恐ろしいものを戒能良子は垣間見たような気がした。

 まるで、この世の狂気、悪鬼を一遍に見させられたかのような悪寒。何が何だかわからないが、戒能良子はこの{①}を切れば死ぬ。そんな感じがした。

 

(ホワイ……?例えこれを切っても、彼女は萬子の染め手では……ッ!)

 

 そこまで考えて、戒能良子は気付く。絶対に当たらないと思われていたはずの{①}。これはよくよく考えれば当たる可能性は十分にあった。

 

(対々和や三色同刻、果てには役牌の中……そしてどれのパターンでも、私が振り込んでしまえばそれで終わり……ゲームセット……!)

 

 言わば、これは戒能良子が見た幻覚。小瀬川白望は何もしていないし、ただ戒能良子の事を見ていただけだ。しかし、その何も感じていない不気味さ、そして戒能良子の中で肥大化し続けた小瀬川白望が呼んだもの。どう考えても無謀な作戦ではあるが、小瀬川白望はそれを狙っていたのであった。これで戒能良子の心は揺れ動き、怯んだように{南}を切り捨てる。本来なら、これだけでも十分すぎる結果であったが、小瀬川白望はそれだけに留まらない。ここからが本当の追撃であった。

 

 




次回も東京編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第213話 東京編 ⑯ 死と狂気

東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{二}

 

小瀬川白望 41300

黒服1   24000

戒能良子  10700

黒服2   24000

 

 

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南西西北白白発発}

 

 

(打てば……デッド……)

 

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {一一横一} {二横二二}

 

(違うよ……死ぬから止めるんじゃない。本気で死んでも構わない。そんな気持ちで行かなきゃ……)

 

 

 戒能良子が役満を諦めて暗刻になっている{南}を切り、七対子の{北}単騎待ちとした。直前の直前まで役満を狙おうとしていたのにもかかわらず、小瀬川白望に気圧されて尻尾を巻くようにして{南}を切った。気圧されたとは言っても、常人だったら一局打つだけでその時点で精神がボロボロにされ、精神崩壊を招くかもしれない……もしかしたら、小瀬川白望の狂気にあてられ打つ前から精神を壊されるかもしれない。それほどの狂気、恐怖を受けて尚あそこまで自我を保てている戒能良子を評価すべきであろう。初めて小瀬川白望と相対して、しかも賭け麻雀という、通常の小瀬川白望との闘いとは数段狂気や恐怖が大きいはずなのに、あそこまで頑張れたのは戒能良子という人間の強度が分かる。

 しかし、そんな戒能良子でも自身の"死"……即ち負けの可能性に気づいてしまえば、死へと遠ざかって逃げ出してしまう。とはいっても、死を恐れるのは人間……生物として当然の本能だ。小瀬川白望や赤木しげるだけなのだ。死を恐れず、死んでも構わないと思うのは。だが、赤木しげるや小瀬川白望が間違っているかと言われると、そうではない。勝負において何が正しい、何が正義だというのは勝者、強者が決めるもの。事実勝者であり、絶対強者の小瀬川白望や赤木しげるの考えは正しい。常識、通常が絶対などというほど甘い世界ではないのだ。

 

(……この狂気、どこかで)

 

 そして小瀬川白望と戒能良子の闘いを傍観する組長は戒能良子を下ろした狂気、恐怖を目の当たりにして、長い年月によって薄れてしまっていた記憶がだんだんと蘇りつつあった。まだ表の麻雀界よりも、裏麻雀が盛んであったあの頃。あのような狂気、悪鬼が当然であった昔の記憶。それが蘇ろうとしていた。

 

 

(……死への恐怖。それによって戒能さんは降りたんだろうけど、惜しかったね……あそこで降りない、死を恐れず進む勇気、狂気があればこの勝負もどうなるかは分からなかった……)

 

 小瀬川白望はここ一番の勝負から降りた戒能良子に向かってそう言う。本来通常通りに行けば役満を和了れていたほどの超運が戒能良子に力を貸していたというのに、その戒能良子自身が降りてしまった。そしてその時点で戒能良子と超運との間に意識のギャップができてしまう。戒能良子は降り、七対子に向かっているのに対し、超運……戒能良子が呼び出した大天使ミカエルは真逆、役満へと向かおうとしている。よって、戒能良子が{南}を切った次のツモは当然、

 

(な……)

 

戒能良子:手牌

{①①東東南南西西北白白発発}

ツモ{東}

 

 

 裏目を引くことになる。戒能良子があそこで{南}を切らずに……もうちょっと強引に行っていれば、役満まであと一歩の一向聴になれたはずの{東}。これを掴んできた。もうすでに{南}を切っている戒能良子からしてみれば、ここは{東}をツモ切るしかない。一度死から逃げた人間が、その直後に立ち向かえるわけがない。当然、ここもツモ切る。

 

 

(……ふふ、無理だよ。戒能さん)

 

 そして裏目を引いて苦しんでいる戒能良子を見て、小瀬川白望は嘲笑っている。戒能良子が一応目指しているのは七対子の{北}単騎待ちであるが、実は小瀬川白望からしてみればそれは実ることのないものであった。

 

 

小瀬川白望:手牌

{三四六③9北北} {一一横一} {二横二二}

ツモ{三}

 

 

 戒能良子が求めていたはずの{北}単騎。一度小瀬川白望が{二}を鳴いた時に切られていたはずの{北}。故に無いと思われていた{北}が、なんと小瀬川白望は持っていたのだ。それも、二枚。捨て牌にあるため、少なくとも小瀬川白望は持っていない。それを希望として戒能良子は待っているというのに、既にその希望は打ち砕かれていたのであった。

 全て、小瀬川白望の狙い通りであった。流石にここまでで{北}が一枚も切られていない状態であれば、戒能良子からしてみれば小瀬川白望は見かけ上は混一色のため、握り潰されていると思われてしまうが、捨て牌にあれば、また考え方も変わってくる。そういう小さな希望を作ってやることで、戒能良子を呼び寄せていたのだ。人は希望があればそこについてくる。まさにその言葉を体現させたのであった。

 

(くっ……)

 

 そんな起こるはずの無い小さな希望を追い求めながら、戒能良子は無意味に突っ走る。戒能良子はそんな小さな希望が見えているため、攻めに行くこともできず、かといって完全に守りに移ることもできないような、どっちともとれない微妙なところで右往左往していた。さっきのように{東}を引いたとしても、危険牌を引いたとしても、ただただあるはずにない{北}を待つだけの木偶の坊同然であった。

 

 

小瀬川白望:手牌

{三三四六9北北} {一一横一} {二横二二}

ツモ{三}

 

 そして結局、聴牌にはまだ距離があったはずの小瀬川白望が追いついてくる。待ちはあまり良くないと言える嵌張の{五}待ちで、あまえい出和了も望めないように思えるが、戒能良子と比較すればそれだけでも十分すぎるほどである。片や和了ることのできない{北}単騎と、片や戒能良子がツモってくれば振り込んでくれる嵌{五}。両者の差は歴然であった。

 

 

 

 そして結局、戒能良子は{五}をツモってきてしまいそれを切ってしまう。超危険牌の{五}なのだが、守っているし攻めてもいる戒能良子はこれを切って望みをつなげることしかできなかった。

 

 

「……ロン。終わりだね」

 

小瀬川白望:手牌

{三三三四六北北} {一一横一} {二横二二}

 

 

 戒能良子は死んだ様な魚の目をしながら、小瀬川白望の和了形を呆然と見つめる。小瀬川白望に和了られた事に対するショックなのか、小瀬川白望が切ったはずの{北}を対子としている事に疑問を持っているのか、それとも自分が負けた現実が受け入れられないのかは分からないが、彼女の目には生気が感じられなかった。

 そんな彼女の肩をポンと叩き、「……少し休んで来なさい」と言った組長は黒服が持ってきた大金、2000万の札束を小瀬川白望の目の前へと置く。それと同時に小瀬川白望の後ろにいた辻垣内智葉、メガン・ダヴァン、ネリーは喜びと同時に安堵しながら、小瀬川白望の周りへと駆け寄る。しかし、当の本人の小瀬川白望は浮かれない顔をしながら、三人の喜びとは正反対に、サッと立ち、廊下へと出て行った。

 

 

 

 

(……確かに、戒能さんとの賭け麻雀は貴重な体験だった。面白いもの見れたし、そもそもあんな大金を賭ける事自体滅多にない話……それは分かってる。分かってるんだけど……)

 

(やはり戒能さんも裏で打っているわけじゃないし、実践に慣れていない……結局戒能さんも最終的には"死"と私の幻想に負け、勝負から降りてしまった……私は雀士ではなく、勝負師とああいう場では闘いたかった……)

 

(……足りない。あれ(雀士)では、足りない……本当の勝負はできない……)

 

 

 そんな事を思いながら、外の風景を眺める博徒、小瀬川白望。その背中は、年相応の後ろ姿であるはずなのに、狂気に満ち溢れていて、どう考えても少女の様には見えなかった。




麻雀回は終わりで、次回も東京編。
毎年の事なのですがGW明けの一週間はいつにも増して辛いですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第214話 東京編 ⑰ 貸し

東京編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「……シロ」

 

 

「ん、智葉……」

 

 

 私が縁台で夜の風景を眺めていると、智葉がやってきて私に声をかける。私は智葉の方へ振り返ると、そこには智葉だけでなく、札束を持ったネリーとメグもいた。

 何事かと思い、三人に問いかけようとしたが、それよりも早くネリーが私の前に出てきて、札束を私に差し出すようにして私にこう言った。

 

「お金、返すよ……ネリーには受け取れないよ」

 

「……どうして?」

 

 私が聞き返すと、ネリーは顔を下に向けて私に向かってこう続ける。

 

「……本当は、これはあなたが稼いだお金。それこそ命を賭けて、死ぬ気になって勝ち取ったお金。……だけど、ネリーは……肝心のネリーは何もしてない。そんなの、受け取れない。あなたが良くても、ネリーが良くない……」

 

 なるほど……そういう事か。言いたい気持ちは分かるし、ネリーにも思うところがあるのだろうが、私からしてみればネリーは何もかもを背負いすぎている。そんな感じがしてならなかった。いくら他力本願が嫌だと言っても、少女一人が背負うには重すぎるほどの重圧。そういうものは、私のような自由気儘な人間に背負わせていればいいのだ。確かにそれは客観的に見れば俗に言うズルい生き方ではあろうが、賢く生きるという観点からしてみれば立派なものだ。私は自分のような生き方が賢い生き方だとは思ってない。正しいとも思っていない。ただ、こう生きたいから生きているだけ。

 そんな自由に生きている私から見れば、ネリーは随分と窮屈な状態であった。まあこうなった人間は意固地のため、何か妥協策を考えないといつまでたってもお金を返す、返さなくていいの水掛け論だ。

 

「……じゃあ」

 

 そこで私はあることを思いついて、うつむくネリーの頭にポンと手を置く。ネリーが顔を上げ、目があうと同時に私はこう提案した。

 

「こうしよう。私はネリーに、この2000万円を"貸す"。約束事として、ネリーは私から借りたこのお金で元あった借金を返すこと。……返済に期限はないし、利子もない。だからそのまま返さなくても、2000万揃えて私に返しても、それはネリーの自由」

 

「えっ、でも……」

 

 ネリーが何かを言おうとする前に、私はネリーに向かって話を続ける。相手が言い淀んだらあとは畳み掛けるだけだ。

 

「……いつでも待ってるからね」

 

 そう言って私はネリーに札束を強く握らせて、智葉に向かって「あとはよろしく」と言う。そうして私は廊下の向こうへと行こうとしたが、智葉に「何処に行くんだ?」と呼び止められる。

 

「……別にここに待っていれば、直ぐに迎えの電車は来ると思うが?」

 

「いや……ちょっと用事がある」

 

 

 そう言って私はネリーと智葉を置いて廊下を歩こうとすると、少し遠くからネリー達のことを見ていたメグがそっと私に耳打ちしてきた。

 

「……本当に良かったんでスカ?あんな大金、全部ネリーに上げるなんて……人が良すぎますよ」

 

「別に、私はお金とか興味無いし……優しいと思われたくてやってるわけでもない。……理由は単純。肥大化したお金は人間の心を縛る。ただそれだけ……それだけだけど、結構ここが重要だったりもする。流石にあれほどの額になってくると、邪魔でしか無いからね。……それに」

 

「ソレニ?」

 

「ネリーは真面目だから、いつかちゃんと2000万、耳を揃えて返してきてくれると思うよ。まあ、その時も私は絶対に受け取らないけど。麻雀で勝負してでも私は受け取らないよ」

 

 それを聞いたメグはフフフと笑って、「流石シロサン……敵わないですよ……」と言う。そうして話し終えた私は、廊下を歩いていた黒服に声をかけ、戒能さんが今何処にいるかを聞く。果たして私が話かけた黒服が智葉のところか、それとも相手側なのかはわからないが、とりあえず教えてくれたので良しとしよう。

 

 

(……ここか)

 

 そうして黒服が教えてくれた部屋へと入る。するとそこには組長さんと話している戒能さんがいた。組長さんは私が入ってきたことを確認すると、そっと立って部屋を出て行った。

 組長さんがいなくなり、戒能さんと二人だけになったこの状況で、戒能さんは私に向かってこんな事を聞いてきた。

 

「……あなたは、どうしてそんなにストロングなのでしょうか」

 

「……さあね。強いて言うなら……あの時私は死んでも構わないと思ってた」

 

「死んでも構わない……ですか」

 

「そこの意識の差だと思うよ。あの時戒能さんは死を意識して、勝負から降りた。……死にたく無い、って思ったんだろうね。でも、私は違う。私は死んでも別に良い。そう思っていたから、私は前へ進んだ。そこの差……」

 

「成る程……私が二流と呼ばれる訳ですね」

 

 戒能さんは何処か満足したような表情でそう呟く。実際私は戒能さんと少し話がしたかっただけで、実はもう用事はなかった。そうして私は智葉達のいるところに戻ろうとすると、戒能さんは私を引き止めた。

 

「……ウェイトです。小瀬川さん」

 

「何……?」

 

 私は疑問そうに戒能さんの方を見る。まだ何か聞き足りないのかと思っていたが、戒能さんは携帯電話を取り出して、私にこう要求した。

 

「……明日、私から連絡しますので……」

 

「……?」

 

 勝手に話を進めようとしているが、私には何が何だか分からないため、少しばかり混乱していた。そんな私を見て「……どうかしましたか?」と聞いてくるが、それは私のセリフだ。一体どうしたのだ。そう聞こうとすると、戒能さんは私に向かってこう言った。

 

「……あなたが私が負けたら、一日なんでも言う事を聞くって言ったんでしょう?」

 

「……あっ、そういえば……」

 

 しまった。完全に忘れていてしまっていた。そもそも、その約束はあくまでも戒能さんを勝負にやる気にさせるための建前であり、本気でやるとは思っていなかった。だから私も今の今まで忘れていたのだが、まさか戒能さんが本気にしていたとは。

 

(……かといって断ることもできないしなあ)

 

 仕方なく、私は戒能さんとメールアドレスと電話番号を交換する。正直、こうなるとは予想だにしていなかったため、びっくりしていたのだが、まあこうなってしまった以上断ることもできまい。そもそも私から最初にふっかけたし。

 

(またアドレスが増えた……別に嫌ではないけど、塞や胡桃にまた怒られるのはダルいしなあ……)

 

 戒能さんも戒能さんでまた面白そうな人であるため、嬉しくないと言われればそれは嘘なのだが、それによってまた塞や胡桃とかに怒られるのが非常にダルいのだ。確かに、会って一日も経っていない人とポンポンメールアドレスを交換するのは危ない事だし、何か悪用とかされるかもしれないが、いくらなんでも過保護ではないだろうか。

 

「まあ……明日連絡するよ」

 

 そう言って私は改めて部屋を出ようとする。戒能さんはどこか嬉しそうな表情をしていたが、そんなに私とメールアドレスを交換した事が嬉しかったのだろうか。

 

「……おかえり、シロ」

 

 私が携帯電話を見つめながら歩いていると、どこか不機嫌そうな智葉が立っていた。私は智葉に何か言おうとしたが、それはメグによって止められた。

 

「……智葉に何かあったの?」

 

「ハア、智葉を宥めるワタシの身にもなってくれると嬉しいんですガネ……シロサン」

 

「……どういう意味?」

 

 メグにそう聞いたが、メグは「なんでもないデス」と言ってはぐらかされた。肝心の智葉は「戒能良子……いくらシロの挑発でああいう約束をしたとはいえ、それを利用するなんて……」と何かを呟いていたが、気にしないでおこう。

 

「……ねえ」

 

 そんな智葉を見ていると、ネリーから声をかけられる。私はネリーの方に振り返って「……何?」と聞くと、ネリーは私に向かってこう宣言した。

 

「絶対にネリーはお金を返すから、忘れないでよ!」

 

 そんなネリーに向かって、私は微笑みながらこう返した。

 

「いつでも待ってるよ。ネリー」

 

 そう言った瞬間、後ろにいるメグに「……テンネンとは恐ろしいモノですネ」と言われたが、とりあえず無視する事にした。

 




次回も東京編。
こうなってくると、ネリーの原作でのセリフの「ネリーにはお金がいるの」という発言の印象もまた違ってきますよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第215話 東京編 ⑱ 分が悪い

東京編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「お待たせしました……お嬢」

 

 私が戻ってきてからどこか機嫌が悪そうにしていた智葉の元へ、黒服がやってくる。その言い振りからして、どうやら迎えの車が到着してきたのだろう。そしてこの黒服はその迎えの車を運転していた……のかな。流石に智葉のように見ただけで識別することはできないが、だいたい状況と場合から推測することはできる。

 

「あ、ああ……分かった」

 

 さっきまで若干自分の世界に入り込んでいた智葉は我に返って黒服にそう答える。そして冷静を取り戻したのか私に向かって「……行こうか」と言った。私はそんな智葉に「……うん」と答えて、智葉の後を付いて行った。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(……何なのでしょうか。この感じは……)

 

 

 小瀬川白望が部屋から出て行った後、戒能良子は部屋の中で不思議そうに自分の携帯電話を見つめながら、ふと自分の今の感情に対して疑問を覚えていた。

 

 

(さっきまで……対局していた時は、ただただ恐ろしいものとしか見ていなかったはずなのですが……)

 

 そのはずなのだが、何故だろうか戒能良子は小瀬川白望を目の当たりにした途端、何か変な感情を抱いていた。今まで感じた事のない不思議な感情、それに戒能良子は疑問を抱いていたのだ。

 

(……ミステリーな人ですね)

 

 小瀬川白望のあの感じを見ていた以上、戒能良子も小瀬川白望がふっかけてきた約束事はもう覚えていないと気づいていた。というかそもそも、あの約束事自体小瀬川白望は本気でやるつもりがない。それに気付いていた、そのはずであった。

 しかし、戒能良子はどういうわけかそれを口実にしてでも小瀬川白望と話したい、会いたいと思ったのだ。それが俗に言う恋という感情であることに、戒能良子は気づいていなかった。

 

(……ふふっ、罰ゲームがこんなに待ち遠しいと思ったのは初めてです)

 

 

「……一人でニヤニヤしおって、何か嬉しい事でもあったのかのう?」

 

 そんな戒能良子を見た組長は若干茶化すようにしてそう言った。

戒能良子は気づいていなかったが、ちょっと前から組長は既に部屋の襖を開けて戒能良子の事を見ていたのだ。

 そんな組長の言葉を聞いた戒能良子は顔を赤くして「な、なんでもないです……ノープロブレムです」と言う。

 

「そうか……まあ、そういう事にしておいてやろう」

 

「ああ、それと……すみません。負けてしまって……」

 

 戒能良子は頭を下げてそう謝罪するが、組長は「ハハハ!構わんよ……流石にアレが相手じゃあ、いくらお前さんでも分が悪い」と戒能良子に向かって言う。

 

「……何かあの娘について知っているんですか」

 

 それを聞いた戒能良子は、組長に向かってそんな事を聞いた。それは小瀬川白望の事を意識していたからではなく、ただ純粋に雀士として、あの強さについて知りたかったからであった。……無論、あくまでそれが大部分であるだけで、そんな気持ちが微塵もないと言われればノーなのであるが。

 

「いや……確証は無いんだがな。ワシが未だ若造だったころ、当時最強だった雀士がいてな……どことなく、ソイツに似てるんだ」

 

 

「……当時最強って言うと、今でいう小鍛冶プロ位でしょうか」

 

 

「それ以上だ。確かに小鍛冶は麻雀が生み出した化物だが、ソイツは化物なんてものじゃない。……そうだな、一言で表すならば狂人。それも、生まれつき……根っからの狂人なんだ。ワシやお前さんのような人間じゃあ到底理解することなどできない程の、な」

 

 それを聞いた戒能良子は驚愕する。戒能良子が思いつく最強の雀士といえば小鍛冶健夜くらいしか思いつかなかった。それほど戒能良子にとって小鍛冶健夜は強大な存在であり、多くの人間が憧れを抱く対象であった。なのにそれを真っ向から否定され、挙句それ以上と言われたのだ。戒能良子の驚愕も分からないものではない。

 

「……その人が、あの娘に似ている……と?」

 

「ああ。一瞬ソイツの孫かとも思ったが……"家族はいなかった"と明言するあたり、それは無いだろうがな……そもそも、家庭を持つような人間でも無いしな……」

 

「まあ、そうでなくともあの小娘の実力は本物だ。少なくとも、その例の奴以来の希少な人材である事には間違いない」

 

「なるほど……」

 

 それを聞いた戒能良子は、どこか納得したような表情でそう呟く。そして心の中で小瀬川白望に向かってこう言った。

 

(ますます、ミステリーになりましたよ……明日が楽しみです)

 

 

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

「ふう……疲れた」

 

 私は欠伸をしながら車から降りる。まだそんなに夜中ではないにしろ、色々あった私の体は疲れきっていた。流石にあそこまで車移動が多いとなると、車内で乗るだけでも体は疲れてくるものである。

 今日は智葉のところに泊まると決めてあるから今日はもう車移動というのは無い。メグとネリーもそうするらしく、三人で智葉の家に泊まらせてもらう事となっていた。

 

「……シッ、シロ?」

 

「ん……」

 

 そうして本日二度目の智葉の家にやってきて、荷物が置いてある部屋で私が明日の支度をしていると、智葉が後ろから声をかけてきた。私は振り返って智葉の方を見ると、智葉は顔を赤くしながら私に向かってこう尋ねてきた。

 

「……風呂は、ど……どうする?一人の方がいいか?」

 

「うーん……別に何人でもいいけど。……っていうか、それならもう入る?智葉」

 

「えっ!?ああ……いや、うん。分かった……」

 

 智葉はそう言って廊下を猛ダッシュで駆けて行った。私はそんな智葉を見送りつつ、メグとネリーがいる寝室へ行き、一緒にお風呂に入ろうと誘いに行った。

 

「イイですよ。これが俗に言う"ハダカのツキアイ"というものですネ!行きましょう、ネリー!」

 

「ええ……いや、でも……」

 

 随分とノリ気のメグはまあいいとして、ネリーは何かを言いよどんでいた感じであった。もしかして宗教的なあれなのか、はたまた純粋に体を見せるのが怖いのか。そりゃあさっきのさっきまで多額の借金に追われていたのだ。警戒心は消えることは無いだろう。

 

「……まあ、宗教とかそういう問題だったら、別に無理はしなくてもいいよ。ネリー」

 

「エッ」

 

「……何、どうかしたのメグ」

 

 私がそう言い返すと、メグは「イエ……なんでもないデスよ」と言い、またもはぐらかされてしまった。そんなやり取りをしていると、ネリーは私に向かって「ネリーはそんな問題はないよ。だけど……」

と言って顔を赤くして黙りこくってしまった。私がそんなネリーを見て困っていると、メグが小さな声で呆れたようにしてこう言った。

 

「シロサン……乙女心というのを分かってあげて下さいよ……」

 

 私はどういう意味かメグに問おうとしたが、メグは私が聞き返す前に私とネリーの体を掴んで智葉のいるところまで走っていき、結局聞く事はできなかった。

 

 




次回も東京編。
ああああ月曜日がやってくる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第216話 東京編 ⑲ 脅し以上

東京編です。
書きたいものが書けて満足


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……サトハ?」

 

「ど、どうした?」

 

 

 辻垣内智葉の家の中にある脱衣室へと着いた四人。そこでメガン・ダヴァンは驚愕しながらさっきから顔を赤くしている辻垣内智葉に向かって声をかける。メガン・ダヴァンが驚くのもそのはずで、脱衣室から既に一般の家にある脱衣所とは比べ物にならないくらい広く、大きい部屋であった。……というかそもそも、本来ならば浴室に隣接されているはずの脱衣"所"が脱衣"室"として独立した部屋がある時点で少しおかしい気もするが、そこまで突っ込んでいくとキリがなかった。

 

「……この部屋、広すぎじゃないデスカ?」

 

「そ、そうか?これくらいの広さが丁度良いと思うのだが……」

 

 メガン・ダヴァンと同じく、隣で辻垣内智葉のように顔を赤くしているネリー・ヴィルサラーゼもその部屋の広さと、辻垣内智葉の庶民とはかけ離れた感覚に驚いている。唯一、二年前に一度この広さを経験した事のある小瀬川白望は驚いてはいなかったが、やはりここの広さには慣れていないようで、どこか落ち着かないような様子でいる。

 

「マア……取り敢えずワタシは脱ぎますヨ」

 

 そしてメガン・ダヴァンは辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼに言い聞かせるように言い、服を脱ぎ始める。それを見た小瀬川白望も、後に続くようにして服を脱ごうとしたのだが、それを二人の声によって中断させられる。

 

「ちょ、シロ!?」

 

「何……?」

 

 小瀬川白望は顔を赤くして小瀬川白望の事を見ようとしているのかそれとも見ないようにしているのか曖昧な仕草を取る辻垣内智葉に向かって問いかける。そう聞かれて戸惑っている辻垣内智葉の隣には、変な妄想を始めて自分で恥ずかしくなっているネリー・ヴィルサラーゼがいた。

 

「白望のハダカ……///」

 

「……ねえ、何も無いなら着替えていい?」

 

「えっ、いや……その……」

 

(ハア……予想はできてましたケド、ここまで重症とは……)

 

 そんな三人を遠目で見ながら着替えているメガン・ダヴァンは呆れた表情をしながらそんな事を考えていた。小瀬川白望も、辻垣内智葉の物言い(?)を無視し、服を脱いでいく。その光景を恥ずかしそうに見ている辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼ。

 そして小瀬川白望とメガン・ダヴァンが服を脱ぎ終えると、メガン・ダヴァンは小瀬川白望にこう言った。

 

「サア、二人が服を脱いでいる間、ワタシ達は先にカラダでも洗ってまショウ」

 

「ん……そうだね」

 

 小瀬川白望はそんなメガン・ダヴァンの要望を聞き入れ、浴室へと向かっていく。うまく小瀬川白望を辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼから切り離したメガン・ダヴァンはようやく一息つく事ができた。

 

(……これであの二人も心置きなく服を脱ぐ事ができるでショウ)

 

 そう、これはあくまでも小瀬川白望の目の前で服を脱ぐ事ができない状態であった辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼを思っての事、メガン・ダヴァンなりの気遣いであったのだが、どうやらその気遣いは二人には届かず、あろうことかあらぬ勘違いをされてしまっている事は、メガン・ダヴァンの背後から発せらる殺気によって証明されてしまっている。

 

「メグ……もしかして」

 

「……抜け駆けしようとする悪い子には後でお灸を据えなければならんな……」

 

(ヒィィ!?なんか物騒な事になってマスネ!?)

 

 背後から微かに聞こえる辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼによる嫉妬の声を聞いたメガン・ダヴァンは彼女らに対して恐怖する。メガン・ダヴァン側は善意のつもりでやっていたため、完全な誤解であった。

 

「……?どうしたの、メグ。何かを怖がってるような表情をして」

 

 そんなメガン・ダヴァンの異様なまでの恐怖心に気付いた小瀬川白望は彼女にそう聞くが、メガン・ダヴァンは「ハハハ、何でもないデスヨ……」と言って誤魔化そうとする。が、しかし。小瀬川白望はここにいる人間の予想を全て裏切っていく。

 

「……もしかして、私が今日メグの事を散々狙ってたことに対して?」

 

「ハ?」

 

「もしそうだったとしたら……ごめんね。まあ私は誰が相手だろうと手加減するつもりなんてハナから無いから……でも、それがトラウマになったんならそれはそれで謝るよ」

 

「エッ、イヤ……」

 

「麻雀を打ってる時は"敵"だけど……今は私の"友達"だからね」

 

 小瀬川白望は自身の頬を掻きながらそう言う。いや、その事に対してはもはやどうでもいい。そう言われた事は確かにメガン・ダヴァンにとっては嬉しいものであったが、時と場合が今はそれを求めてはいなかった。

 

(……ヤバイ)

 

 身の危険を察知したメガン・ダヴァンは、裸体の小瀬川白望の腕を掴んで、浴室の中へとダッシュで駆けて行った。浴室もここは銭湯かと見間違うくらい大きなものであったが、そんな事今のメガン・ダヴァンの頭の中には入ってこなかった。

 

 

「……本当にどうしたの?」

 

「ナ、何でもないですヨ。サ、サア。カラダを洗いましょうか」

 

 そうしてシャワーノズルが何個も設置してあり、もはや銭湯かと言いたくなるような光景が展開されていたが、案外メガン・ダヴァンはそれに素早く順応する。そしてこの時ばかりは普通の浴室でない事に感謝していた。

 

(サスガにこの状況で洗いっこイベントなんて起こったらワタシは今頃海に沈められていましたヨ……)

 

 そんな感じで、辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼの殺気から怯えつつ、手早く頭と身体を洗い終える。小瀬川白望はまだ洗っている途中であり、一足先に浴槽に入ろうとしてメガン・ダヴァンの自分の部屋の何十倍も広い浴室を歩いていると、運悪く辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼに遭遇してしまう。

 

「……」

 

 ネリー・ヴィルサラーゼは嫉妬している感じを完全に出しているからまだ可愛いものなのだが、対する辻垣内智葉は違った。彼女は気味が悪くなるほど明るい笑顔を浮かべながら、メガン・ダヴァンとすれ違いそうになった瞬間、彼女はメガン・ダヴァンの肩を掴んでこう囁いた。

 

「……良かったな。ここが鉄が錆びてしまって使い物にならない風呂場で」

 

 意訳するとすれば、それは「ここが風呂場じゃなかったら刀で叩っ斬っていた」という事だ。普通の人間が言えばそれはただの脅しの冗談で済まされるのだが、辻垣内智葉が言ってしまうとそれは最早脅しで片付く話ではない。本気でやりかねない。だからこそメガン・ダヴァンは怯えていたのだ。

 辻垣内智葉のさっきの言葉は、言うなれば小瀬川白望が国士無双のブラフをしているようなもの。そんな此処一番という状況で役満手など引けるはずがないというのに、小瀬川白望ならやりかねないような事と同じ事である。

 

 そしてもはや脅しになってすらいない恐怖の言葉を叩きつけた辻垣内智葉は身体を洗うべくシャワーノズルを取ろうと近寄ると、小瀬川白望の一糸まとわぬ背中が視線の中に入ってきた。

 

「……〜〜!!///」

 

 さっきのメガン・ダヴァンを脅す事に集中(?)していたのか、小瀬川白望の存在に今の今まで気付いていなかった。視線の中央で展開される小瀬川白望の背後姿に、辻垣内智葉の頭に熱が昇る。そして辻垣内智葉よりも早く気づいていたネリー・ヴィルサラーゼは顔を隠すようにして小瀬川白望の背後姿を見ている。もう既に限外状態に近いのだが、辻垣内智葉の声にならない叫びによって小瀬川白望が身体ごと振り向いたため、二人は小瀬川白望の裸体をモロに目撃してしまい、もはやノックアウト寸前であった。

 

 

(……確実に二年前より大きくなっている!?)

 

(白望の、本物の身体……///)

 

 二人は悶絶しながらも小瀬川白望の事をまじまじと見続ける。小瀬川白望はそんな二人を見て首を傾げる。

 そしてそんな騒ぎを浴槽の中で聞いていたメガン・ダヴァンは大きい溜息をついた。

 

 

(ナゼ予測していなかったノカ……)




次回も東京編。
今後の流れは
智葉達→戒能さん→照
みたいな感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第217話 東京編 ⑳ 豊満

東京編です。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……大丈夫?ネリー、智葉」

 

 小瀬川白望は自分の事をまじまじと見ながら悶絶しているネリー・ヴィルサラーゼと辻垣内智葉に向かってそんな一言を投げかける。それに対して二人は顔を赤らめながら「いや……なんでも、ない」と言って顔を隠す。小瀬川白望はあっけらかんとした表情で二人の事を見ていたが、「ふーん……それならいいけど」と言い、再びシャワーを流し始めた。

 そして一難去った辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼは胸を撫で下ろし、それぞれ身体を洗い始める事にした。しかしその位置どりもまた欲望に忠実であるということをよく表していて、小瀬川白望を挟む形の位置どりであった。そして頭を洗っている最中、ネリー・ヴィルサラーゼは隣にいる小瀬川白望の事を横目で見ながら、こんな事を思っていた。

 

(……麻雀を打っている時とはまるで別人だね。ネリーはそこが白望の一番不思議なところだよ……)

 

 麻雀を打っている時……というより、正確には麻雀や賭博の話をしている時の小瀬川白望は狂気で溢れている。自分の事を助けてくれる優しい人のはずなのに、彼女からは恐怖しか感じなかった。だが、今の小瀬川白望にはそんな狂気などというものは一切合切感じられない。言い方は悪くなるが、ダルがりの天然ジゴロである。

 まるで、何者かに取り憑かれていたかのように。……いや、それは少し語弊がある。むしろ麻雀、賭博の時の小瀬川白望こそ、真の小瀬川白望なのかもしれない。だから取り憑かれているという表現は不適切だ。

 

(……これが俗に言う"ギャップ"ってやつなのかな?ネリーにはよく分からないけど……)

 

 ネリー・ヴィルサラーゼ自身、こういう女性に対して特別な感情を抱いたことなど無いため少々戸惑っていた。無論、隣で自分に対してドキドキしている事など小瀬川白望は知る由もなく、黙々と身体を洗い続けている。

 

(……一体何を食べたら、あんな風になるんだろうか?)

 

 そしてネリー・ヴィルサラーゼとは反対側にいる辻垣内智葉は、二年前よりも大きくなった小瀬川白望の胸を当人にバレ無いようにしてジロジロと見ながら、そんな事を疑問に思っていた。自分がそうでもないだけあって、小瀬川白望のような豊満な身体は一種の憧れでもあった。きっと小瀬川白望にその事を言えば「肩が凝るから……無い方が良いよ」と如何にも彼女らしい事を言うのであろうが。

 

「……ん、待っててくれたのか?」

 

 そして辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼが頭と身体を洗い終えたと同時に、先に洗っていたはずの小瀬川白望がようやく洗い終える。辻垣内智葉はてっきり自分達が小瀬川白望に気を遣わせて待たせてしまったのかといった風に小瀬川白望に聞いたが、「いや……なんか身体中がダルくてボーッとしてただけ……」と返す。どうやら気を遣っていたとかそういうことではなかったようだ。

 

「そうか……じゃあ、手。貸してやる」

 

 そう言って辻垣内智葉は小瀬川白望に手を差し伸べる。小瀬川白望は「ありがと……」と言って辻垣内智葉の手を握る。辻垣内智葉が自分で差し伸べたはずなのだが、やはり手を握るという事は辻垣内智葉にとっては緊張以外の何事でもなかった。辻垣内智葉は深呼吸をすると、一気に小瀬川白望を引っ張り上げる。

 

「……ありがとう。智葉」

 

 引っ張り上げられた小瀬川白望は改めて辻垣内智葉に向かってそう言い、辻垣内智葉は顔を赤くしているのを隠すようにして、「さ、行くぞ」と言って先にメガン・ダヴァンが入っている浴槽へと向かう。しかし、さっき握っていた手はしっかりと握ったままで、話そうとはしなかった。

 

(むー……)

 

 そんな二人を見ていたネリー・ヴィルサラーゼは頬を膨らませていた。そして我慢の限界だと言わんばかりに、辻垣内智葉が握っている手とは反対の方の腕にしがみついた。今小瀬川白望達がいるところからメガン・ダヴァンのいる浴槽まで距離は殆どない筈なのに、わざわざ三人は繋がれたまま浴槽へと歩いていく。

 

 

(オー……あれが"両手に花"ってやつですか……)

 

 そして先に風呂に浸かっていたメガン・ダヴァンは、前方からやってくる小瀬川白望達の事を見て呆れながらそう思う。辻垣内智葉も、ネリー・ヴィルサラーゼも、自分からやり始めたことなのに自分で恥ずかしがっていて、端から見ればとても面白い光景であった。

 

(っていうか。完全にオウジサマですね……これがテンネンの恐ろしさ……!)

 

 両端に辻垣内智葉、ネリー・ヴィルサラーゼがいる状態の小瀬川白望を見ながら、メガン・ダヴァンはそんな事を思っていた。するとメガン・ダヴァンは辻垣内智葉と目が合った。どうやらあの幸せそうな状況でもさっきの誤解の嫉妬心は忘れていなかったようで、此方を見ては睨み付けて、怖い表情になったと思ったら直ぐに小瀬川白望の事を見て顔を赤くしていた。一体恥ずかしいのか怒っているのか、果たしてどっちなんだと問いかけたくなるが、それを聞いたらまたややこしくなるであろう事を予見して、メガン・ダヴァンは口を抑える。

 

(フウ……あの二人を見て恥ずかしがってるのを楽しむのも飽きて来ましたシ、そろそろ上がりましょうカネ……)

 

 二人が恥ずかしがっている姿を見て楽しむという中々Sな楽しみ方をして満喫しきったメガン・ダヴァンは立ち上がって、多少危険ではあったが辻垣内智葉の傍から上がろうと足を踏み出した。が、

 

(アッ……!?)

 

 その瞬間、足を挫いてメガン・ダヴァンの身体がヨロケた。本来辻垣内智葉の傍……左側を通ろうとしたのに、メガン・ダヴァンは誤ってその進路を右へ……小瀬川白望へと向かってしまった。

 

(……マズイ!?)

 

 今更進路方向を変えることも不可能なため、メガン・ダヴァンはせめて衝突だけは避けなければと腕を小瀬川白望の首の傍を通す。しかし、それだけでは腕が当たる心配が無くなっただけだ。小瀬川白望の事を押し倒すような状態になりつつある。そこでメガン・ダヴァンは小瀬川白望が頭を撃たないようにと、彼女の首の横から出した腕を交差させ、小瀬川白望の頭を覆うようにした。結局、小瀬川白望は頭を撃つ事なくただ押し倒しただけとなったのだが、それを横で見ていた辻垣内智とネリー・ヴィルサラーゼはそれどころではなかった。

 

「イツツ……大丈夫でしたカ?シロサン」

 

「……大丈夫だよ。そっちこそ大丈夫?」

 

 小瀬川白望がそう言ったことにより一安心して「大丈夫デス」と返答するが、メガン・ダヴァンは横から発せられる殺気を感じ取った。

 

(……オット)

 

 身の危険を悟ったメガン・ダヴァンは、直ぐに小瀬川白望の身体から離れ、辻垣内智葉の横を通って風呂から脱出。そして駆けていくように浴室からいなくなっていった。そうしてようやく一息つける状況にありつけたメガン・ダヴァンは、心の中でこんな事を呟いていた。

 

 

(アブなかったです……真っ二つにされるところでしタヨ。それに、一瞬オトサレかけました……怖いデスね)

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私達もそろそろ上がろうか」

 

「そうだな……シロ」

 

「ネリーも上がる!」

 

 

 そしてその十数分後、小瀬川白望の知らないところでメガン・ダヴァンは辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼから色んなことを問い詰められたりしたが、ここでは割愛させてもらう。

 

 

 




次回も東京編。
そろそろ戒能プロのターン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第218話 東京編 ㉑ 罰ゲーム?

東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふぁ〜あ……もうこんな時間……」

 

 小瀬川白望が辻垣内智葉やネリー・ヴィルサラーゼ、メガン・ダヴァンと談話しながら麻雀を気楽に打っている最中に、室内に掛けられている如何にも高そうな掛け時計を見て欠伸混じりにそう呟く。時刻はもう24時を回ろうとしていた。流石に中学二年生の身体には耐えられるような時間では無いらしく、ちょっと前から小瀬川白望はコクン、コクンと頭を揺らしていた。

 

「そろそろ寝るか?」

 

 そして辻垣内智葉はそんな小瀬川白望を見て、そんな事を小瀬川白望に告げる。眠そうな状態とはとても思えないほど相変わらずの闘牌で、流石に思考力は低下しているもののそれでも他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇っていた。しかし、いつ寝てしまってもおかしくないような状態であったため、辻垣内智葉はそう言ったのだ。

 

「うん……そうする」

 

 小瀬川白望は目を擦りながらそう返事する。それを聞いた辻垣内智葉は「そうか。じゃあ私達も寝るかな」と言って麻雀牌を片付ける。ネリー・ヴィルサラーゼとメガン・ダヴァンは眠そうな小瀬川白望を立たせ、そのまま寝室へと送って行った。

 

 

「ココ、ですカネ?」

 

 そしてメガン・ダヴァンは寝室だと思われる部屋の目の前までやってきてネリー・ヴィルサラーゼにそう言った。当然ながらこの辻垣内家の全貌を知っているわけがなく、常識では考えられないほどの広さを誇っている辻垣内家では一つの部屋に辿り着くのでさえも大変であった。

 無論、メガン・ダヴァンもネリー・ヴィルサラーゼも今目の前にする部屋が寝室なのかなど分かるわけもなく、結局中に入って確かめるしかない。そうしてメガン・ダヴァンは扉をそっと開けると、そこには布団が四つ並べて敷かれている光景が見えた。どうやらここが寝室で間違いはないらしい。

 

「……おやすみ」

 

 もし間違った部屋で、尚且つ極道の"危ない場面"に遭遇しないで済んだとメガン・ダヴァンが胸を撫で下ろしていると、横から小瀬川白望がすっと通り、そのまま布団へ倒れ込んだ。相当疲れていたのか、枕が扉側にあったため、小瀬川白望が倒れた状態のままでは寝る方向が反対であるのにも関わらず、そのまま小瀬川白望は倒れたまま動かなくなった。

 

「……どうする?メグ」

 

 そんな反対になっている小瀬川白望を見て、ネリー・ヴィルサラーゼはそんな事を聞く。メガン・ダヴァンは「ムリに起こすのも悪いでしょうシ、そのままにしておきまショウ」と返した。

 そして片付けを済ましてきた辻垣内智葉が来るのを待ってから、三人も寝ることにした。もちろん、小瀬川白望の隣は辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼであり、その更に隣でそんな三人を見ていたメガン・ダヴァンはふとこんな事を思ったそう。

 

(……ワタシも混ざりたいと思うのはオトサレている証拠なんでしょうか)

 

 そんな事を考えながらフッと鼻で笑ったメガン・ダヴァンは瞳を閉じて、そのまま夢の世界へと旅立った。

 

 

-------------------------------

 

 

「……もう行くのか」

 

 そして日が変わり、小瀬川白望が旅立つ時がやってきた。この一日だけでもかなりの事があった濃い内容の一日であったが、いざ終わりを迎えると早いものだ。そんな事を思いながら辻垣内智葉は小瀬川白望に向かってそう言う。

 

「うん……楽しかったよ。ありがとう」

 

 そして小瀬川白望は辻垣内智葉に向かってそう言う。辻垣内智葉は少し寂しそうな表情をして「……また来いよ」と言った。小瀬川白望はフフっと笑って、「もちろん」と答えた。

 

「ネリーとメグはこれからどうするの?」

 

「ネリーは国に帰って取り敢えず借金を返すかな……その後はどうするかは決めてないけど、借りた分のお金は返さないとね」

 

「……いつでも待ってるよ」

 

(受け取る気はないけど。嵩張るだけだし)

 

「メグは?」

 

「ワタシも一度アメリカに帰るとしマス。その後は未定でスガ……今度はシロサンの家の方にでも行きましょうカネ」

 

 ハハハと笑いながらメガン・ダヴァンはそう言うが、横にいる辻垣内智葉が「ほう……よく私の目の前でそんなセリフが吐けたな」と言って殺気を放つと、メガン・ダヴァンは「冗談ですヨ。冗談」と言って否定する。

 

(マア……行きたい気持ちはありマスけどネ……)

 

 

 心の中でそんな事を呟いていると、小瀬川白望は「じゃあ……またいつか」と言って歩き始める。辻垣内智葉ら三人はそんな小瀬川白望の事を黙って見送っていた。そして小瀬川白望の姿が見えなくなると、メガン・ダヴァンはネリー・ヴィルサラーゼに向かってこんな事を言った。

 

「……ナゼでしょうカ。シロサンとはまたいずれ、何かしらで会うような気がしマス」

 

「ネリーもだよ。っていうか、ネリーはお金を返さなきゃいけないからまた会わないといけないし」

 

「……それもそうデスね」

 

-------------------------------

 

 

 

 

(はあ……なんだろう。昨日の夜辺りから身体が凄くダルい……)

 

 

 そして辻垣内智葉の家から出発すること約20分。小瀬川白望は自分の身体の異常な気怠さを感じながら、戒能良子と昨日決めた待ち合わせ場所に向かって歩いていた。

 

 

(あー……そういえば、何の要求をするのか考えていなかった……)

 

 

(まあでも、それを考えてもらうのも一つのお願いって事で良いか……)

 

 結局それでは罰ゲームとして成り立っていないような気もするが、取り敢えず小瀬川白望は待ち合わせ場所までやってきた。小瀬川白望が到着した時には既に戒能良子が待っており、小瀬川白望の事を見つけると「グッモーニングです。昨日以来ですね」と声をかける。

 

「おはよう……ございます」

 

 小瀬川白望自身、数歳年上という微妙な年齢の人と関わる事が少ないためどうしたら良いのか戸惑っていたが、取り敢えず挨拶を交わす。

 

「別に年上だからといって敬語を使う必要はありませんよ?」

 

「ん……分かった」

 

 そうして、戒能良子はいきなり本題である罰ゲームを聞き始める。「それで、私は何をすれば良いんでしょうか?」と戒能良子が小瀬川白望に聞くと、小瀬川白望は「ダルいから戒能さんが決めて……」と返答する。戒能良子もその返答は予想していなかったようで、少し考えた後、小瀬川白望にこう提案した。

 

「じゃあ、ショッピングにでも行きましょうか?」

 

 

 それを聞いた小瀬川白望が「……買い物?」と聞き返すと、戒能良子は親指を立てて「イエス」と答える。

 

 

「あんまりダルくないのにしてほしかったなあ……」

 

 

「私に決めさせたのは白望さんですよ。さあ、レッツゴーです」

 

 

 

 

 

 




次回も東京編。
ようやく戒能プロのターン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第219話 東京編 ㉒ 風邪

東京編です。
ルー語難しいです……(涙目)


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「買い物って……何を買うの?」

 

 小瀬川白望は自身の腕を掴んで歩く戒能良子に向かってそんなことを聞いた。戒能良子は「ふうむ……クローズとかはどうでしょうか?」と返答する。

 

「クローズ……?ああ、服ね」

 

「That's rightです。てっきり貴方は麻雀やギャンブルばかりの人生だと勝手にシンキングしてたんですが、普通に教養はあるんですね」

 

「それくらい分かるよ……」

 

「それはソーリーです。……あまりにも貴方はストロンガーでしたので。人智を超えるほど。人間らしい一面を見れてサティスファクションです」

 

「サティス……ファクション?」

 

 流石に中学二年生には少しばかり難しい単語だったのか、小瀬川白望は戒能良子に向かって聞き返すと、「満足、という意味ですよ」と戒能良子が付け加える。そんな会話を終えた小瀬川白望は戒能良子の事を見て戒能良子の独特な話し方についてこんな不満らしきものを心の中で漏らしていた。

 

(ところどころ英単語とか混じってるから……なんか話すだけでも疲れるなあ)

 

 まあ、そうは言ってるものの結局は渋々ながらも付き合ってくれるのが小瀬川白望なのだが。……それが小瀬川白望が他人に好かれる理由の一部、なのかもしれない。無論小瀬川白望は知る由もないが。

 そして戒能良子が見つけた近くにあった洋服店に入り、戒能良子曰くショッピングを楽しむこととなった小瀬川白望と戒能良子。小瀬川白望にとってはあまりファッションだの流行りだのは興味が無いらしく、自分が着る服は戒能良子に一任していた。

 

「白望さん、こういうのはどうでしょう?中々にグッドなクローズだと思ったのですが……」

 

 戒能良子はそう言って自分が選んだ服を小瀬川白望の身体に合わせて、外見の方を確認する。まあ実際小瀬川白望はよほど外れたファッションでも無い限り大概似合ってしまうので、あまりどれが特別似合うというのは無いのだが、そこら辺は全て戒能良子が判断していた。

 

「フムフム……ではこれを試着してきてくれませんか?」

 

 戒能良子が小瀬川白望にそう言って服を渡す。渡された小瀬川白望は戒能良子に促されて試着室へと入る。そして小瀬川白望は戒能良子から受け取った服を着ようとすると、少しばかり露出が多いような気もしたが、一年ほど前に怜によって着させられたあの変なセーターよりはマシだろう。そう割り切って小瀬川白望は着る。

 

「……どうかな」

 

 そして着終えた小瀬川白望は試着室から出てきて、待機していた戒能良子に向かってそう言う。戒能良子はそんな小瀬川白望をまじまじと見て「グレイト……エクセレントです」と呟く。

 そんな戒能良子を呆れたような目で見た小瀬川白望は、ふと寒気を感じた。何かを察知したようなそんなものではなく、ただただ普通に寒気を感じたのだ。昨日から身体は本調子ではなかったのだが、それが風邪で、そしてまさかコレで悪化してしまったとでもいうのであろうか。

 

(あー……ちょっとヤバいかも)

 

 小瀬川白望自身風邪を引くなど滅多に無いことで、挙句それが悪化してしまったため今の小瀬川白望の容態は悪かった。小瀬川白望が少しばかり肩を震わせていると、戒能良子はそれに気づいて「オールライト?少し寒かったですかね」と言って小瀬川白望の額に手を当てようとする。原始的な判断方法ではあるが、何もしないで放置するよりかはマシだろう。

 

「いや……大丈夫だから」

 

 しかし、小瀬川白望はその手を払いのける。彼女にも折角戒能良子がショッピングを自分と楽しんでいるというのに、水を差すのは良く無いと思ったのだろう。だが、戒能良子からしてみれば我慢しているようにしか見えなかった。

 

「ちょっ……!」

 

 あの感じを見る限り風邪を引いているのに変に気を遣って我慢しているのだろうと予測した戒能良子は小瀬川白望の事を壁に押しやり、彼女の両腕を壁に押さえつけて額と額を合わせる。多少強引ではあるが、こうでもしないと小瀬川白望は無理をし続けるであろう。それで更に悪化されても戒能良子も困るので、こうするしかなかった。

 

「……ホットですね」

 

 やはり戒能良子が読んでいた通り、小瀬川白望の額は熱かった。それも結構な温度であった。発熱のせいなのか、それともいきなり額同士をくっつけられて恥ずかしがっているのか、顔を少し赤くする小瀬川白望は「これくらい全然大丈……」と言いかけ、突然フラリと倒れそうになる。

 

「おっと……」

 

 そんな小瀬川白望を戒能良子は腕で支える。そして小瀬川白望に向かって「体調はバッドのようですね……マイハウスでナーシングしてあげますよ」と言う。小瀬川白望は戒能良子にこれ以上迷惑をかけまいと断ろうとするが、戒能良子は小瀬川白望が何かを言う前に試着室にある小瀬川白望の服を持って、レジの方に向かって店員に「着たままバイするので、タグをカットして下さい」と言う。そうして戒能良子は小瀬川白望の服を貰った袋の中へと入れ、店を出る。

 

「別にそんなことしなくても良いのに……」

 

 小瀬川白望は店から出ると、フラフラとした足取りで戒能良子に向かってそう言う。戒能良子は「ノープロブレム。それより、マイハウスまで行くのもハードでしょう。私がおぶるので、ライドして下さい」と返答する。

 小瀬川白望は最初こそ拒否しようとしたが、確かにここからどこにあるのかも分からない戒能良子の家まで行くのは厳しいと判断したのか、戒能良子におぶられることにした。

 

(一応私への負担は軽減させているとはいえ……それを考慮してもライトですね)

 

 戒能良子は小瀬川白望をおぶるために何かを呼び出し、戒能良子にかかる負荷を減らしているので大丈夫なのかという事は全く問題なかった。むしろ小瀬川白望が軽くてそっちの方が心配になるほどであった。

 

(色々とハードな生活なんでしょうね……少しウォーリーです)

 

 昨日見た彼女の恐るべき一面を鑑みると、彼女も相当厳しい特訓、鍛錬を積んでいるのであると容易に想像できる。彼女の住む世界がまず常人には耐えられない世界であるため、彼女の疲労も溜まっているのであろう。そんな彼女の事を心の内で少し心配になりながらも、とにかく早く落ち着ける状態にしなければと歩を進める。

 

(戒能さんには悪い事をしたなあ……)

 

 そして対する小瀬川白望は自分のせいで負担をかけてしまったと後悔していた。自分の体調管理くらい意識せずとも出来ていると思っていたが、意外にもできてなかったようだ。

 

(赤木さんが風邪になった事なんて聞いた事無いし……もうこんな事をしないようにしないと……)

 

(それに……おぶられているこの状態が凄い恥ずかしいし……)

 

 高校生におぶられる中学生という異様な状態に小瀬川白望は少し恥ずかしがりながらも、今更降りるというわけにもいかず、結局戒能良子の家までおぶられることとなった。

 

「ウェルカムマイハウスです。……とは言っても、今はそんな事をしている場合では無いですね」

 

 戒能良子はそう言いながら寝室らしき部屋まで小瀬川白望を運び、ベッドの上に寝かせる。そうして布団を被せると小瀬川白望に「タオルと体温計をbringしてきますね」と告げ、寝室から出て行った。

 

(……照と会うのが今日じゃなくて良かった)

 

 そして小瀬川白望は明日に会う約束をした宮永照の事を考えていた。危うく今日の午後とかだったらキャンセルになっていたかもしれない。まあまだ明日行けるという事も不明なため、今日は回復に専念するしか無い。そう思った小瀬川白望であった。




看病プレイ……ですかねえ(意味不明)
次回も東京編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第220話 東京編 ㉓ 熱

東京編です。
週末キツいです……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「体温計とタオル、持ってきましたよ」

 

 戒能良子はコンコン、とドアを叩き扉越しで小瀬川白望に向かってそう言った。小瀬川白望は「うん……ありがと」と返すと、戒能良子はドアを開けて部屋に入ってくる。

 

「フォアナウ。とりあえず体温を計りましょう。脇、失礼しますよ」

 

 戒能良子はそう言って小瀬川白望の服の隙間、首元から温度計を通し、脇を使って挟まさせる。小瀬川白望は(それくらい自分でできるのになあ……)と思っていたが、どうせ言ったところで無意味であろうと悟った小瀬川白望はおとなしく戒能良子に任せる事にした。

 そうして計測してから1分弱が経ち、体温計がピピッという音を発する。それを聞いた戒能良子は小瀬川白望の脇から体温計を抜き取り、表示された温度を見る。

 

「38.5度ですか……それなりにハイですね」

 

「……そんなにあったの?」

 

 小瀬川白望が戒能良子にそういうと、「イエス。ルックアットディスです」と言って温度計を小瀬川白望に渡す。小瀬川白望が温度計をみると、確かに38.5度と表示されていた。いや、実際に見ただけで何かが変わるということは無いのだが、それでも小瀬川白望にとっては少し衝撃的であった。

 

(発熱なんていつぶりだろ……)

 

 そして小瀬川白望がそんな事を考えていると、戒能良子が部屋のタンスから何かを取り出すと、それをベッドの横に置いて小瀬川白望に向かってこう言った。

 

「とりあえず、そのクローズではスリープし辛いでしょうから着替えましょう」

 

「え……ここで?」

 

「イエス。スリープにはパジャマがグッドかと……」

 

「いや、そういう事じゃなくて……取り敢えず部屋から出てって。自分で着替えられるから」

 

「……仕方ないです」

 

 最初ら辺は誤魔化そうとしていた戒能良子であったが、小瀬川白望に直接言われてしまったので渋々納得して部屋から出て行く。小瀬川白望からしてみれば、人に着替えさせてもらうなど恥ずかしくてたまらない。公開処刑のようなものである。

 

(っていうか……別に寝る時用の服は持ってきてるんだけどなあ)

 

 そして小瀬川白望が着替えている途中、彼女はそんな事を思う。正直言って戒能良子から貸してもらった服を着なくとも、自分の服を着ればいいだけの話なのだが、用意されてしまった以上着るしかないだろうと考えて小瀬川白望は服を着る。

 

(私と比べて少し小さい程度だったから……サイズは大丈夫そうかな)

 

 小瀬川白望は自分の身体と戒能良子の服のサイズが合っているかを確認する。戒能良子の身長と、小瀬川白望の身長とでは小瀬川白望の方が若干大きいものの、そんなに大差あるものでもないためその問題は心配無用であった。自分の着ているサイズと同じか、ちょっと小さめのやつくらいの大きさだ。

 

(……こういう時、胡桃とかってどうするんだろ。流石に同年代であの身長はいないような気がするけど)

 

 自分のサイズと戒能良子の服のサイズが合っている事から連想して、小瀬川白望は鹿倉胡桃がもしこうなった場合はどうするのだろうかと考え始める。彼女は中学生とは思えないほどの身長の低さであり、小学生に見られても仕方のないほどであった。本人は自分は成長期が遅く来る晩成型だと言っていたが、正直あそこから身長が高くなるのは望めない、と小瀬川白望は思っている。無論、言ったところで説教を食らうだけなので小瀬川白望は言っていないのだが。

 

(まあ、考えるだけ無駄かな……そもそも胡桃は体調管理ができない人じゃないし……)

 

 結局、『鹿倉胡桃はそういうミスはしない』という一応の結論を出した小瀬川白望は着替え終え、戒能良子を呼ぶ。呼ばれた戒能良子はドアを開けて入ってきて、着替えた小瀬川白望の事をまじまじと見ていた。

 

「おお……白望さんが私のクローズを……グッド、グレイト、エクセレントです」

 

 そう呟いていると、小瀬川白望の呆れたような目線を感じ取ったのか、戒能良子はコホンと咳払いをし、「まあトゥデイはゆっくり安静にしてくださいね」と言って小瀬川白望を再びベッドに寝かせ、額に濡らしたタオルを置いた。

 

「何かあったら直ぐに私をコールしてください」

 

「ん……分かった」

 

 戒能良子はそう言って部屋から出て行く。そうして小瀬川白望だけの空間となった状況で、小瀬川白望は額に乗っかっているタオルの冷たさを感じていた。

 

(冷たい……というか涼しい?まあ……どちらにせよ、気持ちいい……)

 

 そういえばこうして昼間から寝るのはいつぶりなのだろうか。そんな事も小瀬川白望は考えていた。小瀬川白望はこの冬休みが始まってからはずっと関東にいて麻雀を打っているし、結構スケジュールもハードだったので(と言っても自分からハードにしているだけなのだが)、こうして昼間から寝るという事はかなり久々の事であった。それに、ゆっくり寝る事も久々の事であろう。そこで小瀬川白望は初めて自分の体が疲れていると実感する。

 

(確かにまだまだ足りないとは思っていたけど……こんな事になっちゃ駄目だよなあ……)

 

 急ごうとするあまり、体がついて行っていない典型的な自滅行為。これをしていたとようやく小瀬川白望は知る。それによって小瀬川白望だけが被害を被るのはいい。しかしそれで他の人に迷惑がかかってしまうのが小瀬川白望は許せなかった。

 

【……焦っても何も得やしない。お前は少し休んでな】

 

 そしてそんな小瀬川白望に向かって赤木しげるは小さな声で話しかける。小瀬川白望はそれを聞いてふふっと笑って「そうだね……そうするよ」と呟き、瞳を閉じた。赤木しげるはそんな小瀬川白望を見て、【しかし、つくづくお前を見ているとガキの頃の俺を思い出すな……その無鉄砲さ、嫌いじゃないぜ】と呟いた。




次回も東京編。
今回ちょっと雑だったかしら?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第221話 東京編 ㉔ 看病の一環

東京編です。
戒能プロのキャラ崩壊……?


-------------------------------

視点:神の視点

 

(……やはりかなりタイアードだったようですね……もうスリープしてしまいました)

 

 戒能良子は小瀬川白望が眠っている寝室のドアをそっと開け、中の様子を覗く。そこには静かに寝息を立てる小瀬川白望がいた。やはり疲労が溜まっていたようで、さっき戒能良子が出て行ってからまだ5分も経っていないのにも関わらずもう寝てしまっていた。

 一応これで戒能良子が小瀬川白望にできることはし尽くしたのだが、あらかたやってしまったため随分と暇になってしまった。本来戒能良子は今日を全て小瀬川白望のために費やすと決めていたため、小瀬川白望がこうなってしまった以上何もすることが無くなってしまった。

 今からリビングに戻って本やテレビを見ることだってできるのだが、別にいつでもできることだし、特別そういう気分でもない。そして何より小瀬川白望がこうなっている状況で放っておくわけには行かなかった。そういう名目で戒能良子はリビングに戻らず、開けたドアから堂々と侵入する。小瀬川白望を起こさないように、足音を立てないように小瀬川白望が眠るベッドの横までやってきて、そして寝室にあった椅子をこれまた音を立てずにそっと持ってくる。

 通常ならばここで誤って音を立てて小瀬川白望を起こしてしまう。そういう展開になりがちであるが、戒能良子はそんなミスはしない。なぜなら彼女は小さい頃から麻雀やイタコの修行だけでなく、傭兵としての訓練やスパイとしての訓練を受けてきたのだ。彼女自身プロ雀士を志している人間に必要なものなのかといつも疑問に思っていたが、今日ようやくそれが役に立つ時が来た。

 

(まさかシークレットエージェントのトレーニングがここで役に立つ時がくるとは……)

 

 実際訓練が本当に役に立っているのかはさておき、とりあえず少しも音を立てずにこうして椅子に座って小瀬川白望の寝顔を見ることができた。小瀬川白望の普段の顔も十分破壊力があったのだが、寝顔もそれと同等、もしくはそれ以上の破壊力があった。

 

(寝顔もキュートですね……軽くジェラシーしちゃいますよ)

 

 そうして戒能良子は寝ている小瀬川白望の頬を撫でるようにして触る。触られた小瀬川白望が寝ている状態で反応を示すのが戒能良子からしてみれば可愛らしくて仕方なかったのであった。端から見れば、寝ているのをいいことに良からぬことをしようとする悪い人間にしか見えなかった。

 

(……流石に風邪をキュアーできるモノは居ませんし……怪我をヒーリングしたり、逆に病気にかけると言ったらまた話は別なんですけど……)

 

(結局、私にできることはこうしてルッキングすることだけ。これもナーシングの一環です)

 

 しかし戒能良子はそう言い聞かせ、小瀬川白望の事を間近で看病する。最初の内は小瀬川白望の寝顔を見るだけで堪能できていたのだが、次第にそれも飽き……というか満喫しきり、そして尚且つ自分も疲れていたのか、いつの間にか戒能良子も椅子に座りながら寝てしまっていた。

 

 

「ん……」

 

 そして戒能良子も寝てしまってから1時間ほど経ち、戒能良子ではなく小瀬川白望が目を覚ました。小瀬川白望は先ほどよりはだいぶマシになったが、まだダルさと風邪の時特有のボヤッとした晴れない感覚の中、小瀬川白望は上半身を起こす。するとまず最初に目に入ったのは椅子に座って眠っている戒能良子であった。

 

(……戒能さん、ずっと看ててくれたんだ)

 

 小瀬川白望はそんな戒能良子を見ながらふふっと笑い、起こしていた上半身を再び倒し、タオルを自分で自分の額の上に乗せる。無理に起きて風邪を長引かせるのも看病してくれている戒能良子に対して失礼である。そう思って小瀬川白望は直ぐに寝ようとする。

 実際、さっき寝たばかりなのにまた寝れるものかと思っていたが、不思議なように目を閉じたら直ぐに寝ることができた。

 

 

 

 

「……おや、どうやら私もスリープしてしまっていたようですね」

 

 小瀬川白望が再び睡眠を始めてから今度は3時間が経とうとしていた頃、戒能良子はようやく目を開けた。自身が寝てしまっていたことと、そして4時間ほど寝てしまっていたことに気づき、どうやら自分も疲れが溜まっていたという事を思い知らされる。

 流石に4時間も経てば、小瀬川白望の額の上に乗っている濡れていたタオルもすっかり乾ききっていた。戒能良子はとりあえずそのタオルを水で濡らし、再び額の上に乗せようとすると、小瀬川白望の着ている戒能良子の服が濡れていることに気づいた。

 

(……白望さん、汗によってウェットな状態ですね)

 

 汗で濡れたままでいるのも、次第に汗が冷えてしまうと考えればそのままにするのは良いとは言えない状態である。小瀬川白望を起こすのも悪いし、ここは自分が汗を拭いてあげるしかないだろう。そう自分に言い聞かせ、興奮を抑える。

 

(と、とにかく……汗を拭く用にNEWなタオルをbringしてこなくては……)

 

 そうして新しいタオルを持ってきて、改めて汗に濡れる小瀬川白望を前にする。戒能良子は息をのんで、音を立てないように……そして小瀬川白望の足などを誤って踏んだりしないようにベッドの上に乗り、小瀬川白望の上半身をそっと起こし、前にも後ろにも倒れかからないように左手で体を支える。

 

(流石に上半身オンリーですけど……本当に良いんでしょうか、これは……)

 

 しかし、ここまで来た以上退くわけにも行かないと自分に言い聞かせた戒能良子は右手に持つバスタオルを手に届く範囲で置く。そして恐る恐る小瀬川白望の着ている自分の服のボタンに手をかける。

 

(ボタン式のクローズで助かりました……)

 

 内心そんなことを考えながらも、ボタンをプチプチと外していく。わずかな音ではあったが、今はそのわずかでも命取りとなるこの状況、細心の注意を払う。そうしてボタンをある程度外すと、小瀬川白望のブラジャーによって守られている胸が開帳する。

 戒能良子はもしかしたら高校生の自分と同じくらいあるのではないかと少しびっくりしながらも、直ぐに任務を続行する。あくまでもこれは看病の一環。決してやましい事ではないのだ。

 

(ブラジャーを外すなんて事流石に看病の一環といえどインポッシブルですけど……とりあえず拭けるエリアは拭きましょう)

 

 そうして服のボタンをだいたい外すと、戒能良子はタオルを手にとって小瀬川白望の身体を拭き始める。前側は何の問題もなく終わった。というより、あまり前側が汗に濡れていなかったため、直ぐに終わることができた。

 そして問題は裏側である。背中側は服を着たままではなかなか難しいし、そもそも背中側に至っては服まで濡れているため、背中だけを拭いただけでは無意味であった。なら服を脱がせば良いのだが、それが至難の技なのであった。普通に脱がせるだけなら全然難しい事ではない。しかし、それに寝ている状態のままという条件が加わると難易度は一気に上昇する。それに、他にも服を変える必要があり、小瀬川白望が起きたと同時に気付かれるのではないかという後の心配もしていた。

 

(……しかし、やるしかありませんね。……イエス、アイキャン)

 

 戒能良子はそう言い、小瀬川白望から服を外していく。まずはボタン。途中まで外していたボタンを全て外し、今度は腕。右手からそっと服を抜き取っていくように脱がせていく。

 ここまでは順調であった。が、しかし。

 

「ん……?」

 

 小瀬川白望が目を閉じたまま発した声。寝言なのか起きる直前なのか分からないが、その声は戒能良子を非常に焦らせた。その拍子に、誤って戒能良子は前に向かって倒れかかってしまう。この時、戒能良子が前傾の状態で座っていなければ、こういう事にはならなかったのであろう。戒能良子は小瀬川白望の事も巻き添えに押し倒してしまう。そして、倒された小瀬川白望はパチリと目を開く。

 

(なっーーー!?)

 

 

「え……」

 

 その結果、上半身の服を脱がせられている最中の小瀬川白望と、脱がせていた戒能良子の目が合ってしまった。その瞬間、いきなりのことで驚いた小瀬川白望は思わず拳を放ってしまう。しかし、戒能良子はその拳を冷静に掴み、場に沈黙が訪れた。




次回も東京編。
さて、戒能プロはどう乗り切るのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第222話 東京編 ㉕ お粥

東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……なにしてんの」

 

「え、いや……あのですね」

 

 上半身が半裸状態となっている小瀬川白望が、自身の拳を掴む戒能良子に向かって問いかける。寝る前までは椅子に座っていたはずの戒能良子が、起きてみたら何故か自分の事を押し倒して、何故か服を脱がせられている。完全に何か変なことをされかけていたとしか思えなかった。

 何をしているのかと問い詰める小瀬川白望に対して、問い詰められる側の戒能良子はおどおどしながら小瀬川白望の拳を掴んでいた。ありのままの事実を言ったところで、結局は小瀬川白望の服を脱がせようとしたというのは事故ではなく、事実でしかない。しかし、ここで黙りこくっているのもあらぬ誤解を受けてしまう可能性もある。完全に追い詰められた状況となった戒能良子ではあったが、とうとう観念したのか、小瀬川白望にさっきまでやっていたことを明かす。

 

「……成る程ね。その気遣いは嬉しいけど……なんていうかなあ。そこまでする必要はないと思う……」

 

「その点に関してはソーリーです。すみませんでした」

 

 そう言って戒能良子は頭を下げる。素直に謝られて少し戸惑った小瀬川白望は「うん、まあ……許すけど」と言い、それに続けて戒能良子に「とりあえず腕、離してよ」と頼む。そう言われた戒能良子はハッとして掴みっぱなしであった小瀬川白望の腕を離す。

 

「じゃあ汗とか拭くし、着替えたいから出てって……」

 

「お、オーケーです」

 

「あ、あと……多分着替えたらそのまま寝るから……」

 

「......I see」

 

 

 そうして戒能良子はスッと部屋から出て行く。小瀬川白望はそれを確認してから途中まで脱がせられていた服を脱ぎ去り、汗で濡れている背中を拭く。そうして別の服を着ると、再び床についた。今何時なのかは小瀬川白望には分からなかったが、病人にできることは寝ることしかない。窓から見える空はまだ青く、夕方でもなさそうなので寝ることにした。多分昼時は過ぎているのだろう。が、風邪のとき特有にものなのだろうが、不思議と食欲は湧かず、何かを食べようという気にはなれなかった。

 

(まあ何かしらは食べた方がいいんだろうけど……)

 

 しかし実際問題食欲が全くないので、無理に食べてしまえば嘔吐する可能性もある。消化器官も十分に作動しているかどうか分からないこの状況で、消化の良いもの以外は食べない方が賢明であろう。そう思って小瀬川白望は何も食べようとしなかった。

 これで三度寝となる睡眠ではあったが、さっきは戒能良子に半分起こされたようなものだったので、目を瞑れば直ぐに寝ることができた。

 

 

 

(……ハア。思えば私は結構フールな事をしてましたね……)

 

 そして戒能良子は小瀬川白望が寝ている寝室から少し離れたリビングにあるソファーに座ってテレビを見ていながら、さっきやっていた自らの行動に対して後悔していた。

 きっと今戒能良子に過去に戻れるなら何をしたいと聞けば、おそらく数分前の自分を止めたいと言うであろう。そんな感じがするほど、今の戒能良子は後悔の念を抱いていた。

 

(今は……多分スリーピングでしょうね)

 

 戒能良子は部屋に出るときに小瀬川白望が言っていたことを思い出し、とりあえず今自分が何もやることがないという事実に直面する。また看病という名の小瀬川白望の事を見守る行為はさっき痛い目を見たので、もう一回しようという気にはなれない。しかしそうなるとすると、困ったことに何もすることがなかったのだ。

 

(病気の時の代表的フード、お粥をメイキングするのも良いですが……今作ったところで冷めてしまいますね……それはノットグッド)

 

 結局、何もすることがない戒能良子はソファーに座ってただただテレビから映し出される映像を眺めるほかなかった。その様子はまるで滝に打たれている修行僧のように雑念などが取り払われていた。と言っても、ただただ無心であっただけなのだが。

 そして無心のままテレビから与えられる視覚的情報を得続け、一体どれくらい経ったのか分からないほどの時間が経過した。するとリビングと廊下を繋ぐドアが開かれる。戒能良子はドアの方を見ると、そこにはいかにもダルそうにしていて、足をふらつかせていた小瀬川白望がいた。戒能良子はそんな小瀬川白望を支えるようにして、自分が座っていたソファーに座らせる。

 

「大丈夫ですか?あまり無理せず、スリープしてても良いんですよ?」

 

「いや……さっきまで散々寝たから。それに……」

 

「それに?」

 

「一人でいるより……二人でいた方が気持ちがダルくないから」

 

 不意にそんなことを言われた戒能良子は顔を赤くして、「そ、そうですか……」と言って顔を隠すように俯く。そして小瀬川白望がソファーに体重をかけると、ふと小瀬川白望の腹部から音が鳴った。本人は食欲はあまりないと言っていたが、どうやら胃は食べ物を欲していたようだ。その音を聞いた戒能良子は「ふふふ……お粥をメイキングしてきますね」と言い、キッチンに向かった。

 

(しっかし……お粥かあ。最後に食べたのはいつだっけ……)

 

 小瀬川白望はキッチンでお粥を作る戒能良子の後ろ姿をソファーから眺めながらそんな事を考える。

 

(ああ……そういえば姫子と手錠で繋がれた時に哩に食べさせて貰ったんだっけ)

 

 確かに佐賀で小瀬川白望は白水哩の作ったお粥を食べていたが、それは別に病気というわけではなく、事故によるものであった。であるから、実際病気になったときにお粥を食べたことなどそれこそ記憶からなくなるほど前の話だということであろう。そんな事を戒能良子がお粥を作り終えるまで考えていた。やはり風邪の影響なのかどうかはわからないが、思考力が低下しているように思える。脳が働いていないのか分からないが、小瀬川白望は(こんな時に麻雀打ったらどうなるんだろ……)と、一応はそういう事を考えるほどの思考力はあったため、まだ大丈夫なほうなのであろう。

 

「お待たせしました。お粥です」

 

 そして戒能良子がお粥をテーブルの上に置き、小瀬川白望に向かって言うと、小瀬川白望はのそっと立ち上がって椅子まで向かう。そうして座り、お粥を食べようとスプーンを持つが、そこで戒能良子のストップがかかる。

 

「ど、どうせなら……私が食べさせてあげますよ」

 

「……嬉しいけど、戒能さんの負担にならない?」

 

「ドントウォーリーです。むしろどんと来い、ウェルカムですよ」

 

 そう言って小瀬川白望は戒能良子にスプーンを渡して、戒能良子はそのスプーンでお粥を掬い、ふーっと息をかけ、小瀬川白望の口元へと運ぶ。小瀬川白望は戒能良子の息によって適温となったお粥を口に入れる。戒能良子はドキドキしながら「……どうでしたか?」と聞くと、小瀬川白望は「うん……おいしい」と答える。

 それを聞いた戒能良子は幸せそうな表情をして、小瀬川白望にどんどんお粥を食べさせる。小瀬川白望自身も、食欲がないはずなのにここまで食べれていることに対して少し驚いていた。

 

「……ご馳走様」

 

「お粗末様です」

 

 そうして小瀬川白望が全部食べ終えると、戒能良子は食器とスプーンを直ぐに洗い始める。迅速な行動で小瀬川白望は感心しながらも、戒能良子に「あまり起きているのも身体にバッドです。白望さんはスリープして下さいね」と告げられ、寝室へ戻って再び寝ることにした。

 そうして小瀬川白望がいなくなり、戒能良子だけとなったリビングでは小さく拳でガッツポーズを取る戒能良子がいた。

 

 

 

 




次回で戒能プロ編は終わる(予定)です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第223話 東京編 ㉖ ばっちり

東京編です。
戒能プロ編はこれで終わり!


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(……白望さんも今頃はスリーピングでしょうし、私もさっさとお風呂に入ってスリープとしますかね……)

 

 小瀬川白望が寝室へ戻り、おそらくもう寝たであろうと推測した戒能良子は風呂を沸かす事にした。小瀬川白望も相当疲れていたのだろうが、自分も意外と疲れているので早めに寝るには越した事はない。

 そうして風呂が沸くと、戒能良子は着替えを持って浴室へと向かった。

 

 

 

 

(ふう……やはり寒い日に浴びるシャワーはマキシマムですね)

 

 そして服を脱ぎ去った戒能良子はさっさとシャワーを浴びる。室内であるというのに寒さが伝わるほど冬というものは寒く、これがもっと北の地域になると更に寒くなるというのだから恐ろしい。戒能良子は心情で(私はきっとノースの地域ではLiveできませんね……)何て事を思いながら、身体を洗っていく。

 そうして身体と頭を洗い終えた戒能良子は、いざ風呂に入ろうとしたが、そこで彼女は何かを忘れている事に気づく。

 

(おっと、うっかり入浴剤を入れるのをフォゲットしてしまったようですね)

 

 そう、戒能良子は風呂に入浴剤を入れるのを忘れていたのだ。乾燥する冬場で、保湿効果を持つ入浴剤は女性にとっては不可欠(のはず)。戒能良子もそれを愛用していたのだ。他にも保温効果やリラクゼーションなど色々な効果があるものの、一番はそこではあった。流石の戒能良子でも肌荒れを治す神様や霊を降ろすことはできない。というかそんなものが存在していなかった。

 戒能良子が使っている入浴剤は固形のものであり、それは浴室の隣にある洗面所のある棚の中である。戒能良子がそれを得るためには一度浴室から出る必要性があった。それの何が問題かというと、濡れた状態で寒い洗面所へ出るというのが問題であった。いくらそんな数秒もかからない行為だとしても、その数秒間はきっと地獄であろう。そんなリスクが戒能良子が入浴剤を持ってくるという行為を逡巡させたが、戒能良子は意を決して行く事にした。

 

(……ゴー)

 

 そうして戒能良子は浴室と洗面所を隔てる浴室ドアを開ける。そうして洗面所へと出た瞬間、浴室ドアとからではなく、()()()()()()()()()()()が開く音がした。

 

「なっ……」

 

「あ……」

 

 

 戒能良子は驚いて後ろを振り返ると、そこには驚いて言葉を失っている小瀬川白望が立っていた。二、三秒沈黙が訪れるが、その直後小瀬川白望がバン!と勢いよくドアを閉める。戒能良子は閉まったドアを見ながら、少しばかり突っ立っていた。

 そうして、戒能良子は深呼吸をしてから大いに焦り始める。

 

(な、なぜ白望さんはスリープしてなかったんですか……?Why……?)

 

 思わず問いかけたくなってしまうほどの衝撃を受けた戒能良子は焦りと羞恥心でいっぱいであった。何故ちょうどタイミングが良い時にやってきたのか、そして何故小瀬川白望は起きていたのか、何から何まで理解できていなかった。

 

(……ばっちりルックしてましたよね///)

 

 とりあえずそのことは置いといて、小瀬川白望がここに来たという事は何かしら訳があったのだろう。戒能良子はバスタオルに身を包んでドアをそっと開ける。するとそこには未だ驚きの表情をしていた小瀬川白望が立っていた。

 小瀬川白望は戒能良子がドアを開けた事に気づくと、一瞬びっくりしたものの、バスタオルに身を包んでいる様子を見てとりあえず安心した。

 

「……What Happenedですか?」

 

 そして戒能良子が問いかける。戒能良子も冷静になっていると思いきや、動揺しすぎて英語の発音も完全にネイティヴになりかけていた。小瀬川白望は視線を逸らしながらも、戒能良子に向かって「いや……タオルが乾いてたから、濡らそうと思って……」と言う。それを聞いた戒能良子はああなるほど、その可能性があったかと自分が前もってタオルを濡らさなかった事を後悔する。もし戒能良子が小瀬川白望が部屋に戻って寝ると言った時に、タオルに気づいて濡らしておいていれば、今回の事件は免れたかもしれないというのに。

 

「あ、ああ……そうでしたか……」

 

 戒能良子は後悔しながらそんな事を呟く。もう起こってしまったものは仕方ない。気にしないようにしようと戒能良子の心の中で切り替え、話題を別の方向へ逸らそうとする。浴室から出たら体が冷えると危惧していたのにもかかわらずに、そんなことなど既に忘れ去っていた。

 そして、戒能良子は思い出したかのように小瀬川白望に向かって聞く。

 

「バイザウェイ。白望さんはバスに入るんですか?sickの時にバスに入ってはいけないというのは迷信だとよく言われますが……」

 

「……そうだね、長風呂はする気は無いけど、さっとなら入ろうかな……」

 

 そして会話が終わると、戒能良子は少しほど顔を赤くしながら「じゃ、じゃあ。私はコンティニューしますね」と言って棚から固形の入浴剤を取り出し、中身をとって包装紙を捨て、浴室のドアを開ける。そしてサッと浴室の中へと入っていった。

 そうして小瀬川白望がタオルを濡らし終えたのか、洗面所から出て行く音がすると、戒能良子は深い溜息をついて脱力する。そしてさっきやった自分の失態を改めて恥ずかしく感じた。

 

(……これではWifeに行けません///)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……上がったよ。戒能さん」

 

 あの後からは何事もなく戒能良子が風呂から上がり、小瀬川白望と交代して、そして今小瀬川白望が上がってきた。若干顔を赤らめているパジャマ姿の戒能良子はそれを聞いて「そうですか……」と言って目線を逸らす。そして小瀬川白望が寝室へ行こうとすると、戒能良子が小瀬川白望に向かってこんな事を聞いた。

 

「……トゥモローは何かあるんでしょうか?」

 

「……あるよ」

 

「そうですか……」

 

 戒能良子は少しほど寂しそうな表情をしながら、小瀬川白望の事を見る。そんな戒能良子に、小瀬川白望はこう言った。

 

「何も、今日で終わりってわけじゃないでしょ」

 

「今日できなかった事……いつかやろう。戒能さん」

 

 それを聞いた戒能良子は、ふふっと笑って小瀬川白望に向かって笑顔でこう返した。

 

「……次はhealthな状態で来てくださいよ?」

 

「うん……わかった。おやすみ」

 

 そう言って小瀬川白望はリビングから出て行き、寝室へと向かう。そんな小瀬川白望の後ろ姿を見ながら、戒能良子はさっきまでの寂しい想いなど忘れ去り、次への期待に胸を膨らませていた。

 

(……私もスリープしますかね)

 

 そして戒能良子も寝る事にした。確かに小瀬川白望と一緒に寝たいという欲望はあるが、風邪の小瀬川白望と寝るわけにもいかないので、やむなくソファーで寝る事にした。

 

 

-------------------------------

 

 

「……36.7。どうやら完全にリカバーしたようですね」

 

 そして翌日、戒能良子は小瀬川白望の脇から抜き取った体温計を見てそう呟く。実のところまだ熱があれば予定をキャンセルして今日も家で休養してくれるかなとか戒能良子は思っていたが、即座にその用事は小瀬川白望にとっても大事な用事なのだろうと自分自身で考えを否定する。

 そしてそれを聞いた小瀬川白望は、戒能良子に向かって「昨日一日、看病してもらってありがとう……」と感謝の意を伝える。対する戒能良子は「You're welcomeですよ」と返す。そうして小瀬川白望は彼女の荷物を整理し始める。それを見た戒能良子は彼女に向かってこう言う。

 

 

「……そろそろ時間ですか?」

 

「うん……そうだね」

 

「……いつでもコンタクトして下さいね」

 

「……うん。勿論」

 

 そうして彼女は荷物を纏め終え、戒能良子に「じゃあ、またね」と言って玄関へと向かう。戒能良子は玄関の前で立ち、「シーユーアゲインです」と言う。小瀬川白望は玄関の扉を開け、戒能良子の家から出て行く。戒能良子は小瀬川白望が出て行っても暫くの間、玄関のドアを見つめていた。




次回はとうとう照編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第224話 東京編 ㉗ 方向音痴

東京編です。
ちょっと原作と時間軸が違う箇所がありますが、そこは仕方ないということで……


-------------------------------

視点:神の視点

 

「コホッ、コホッ……」

 

 昼とも言えぬし、かといって朝とも言えぬ微妙な時間帯で小瀬川白望は咳をしながら東京の街を歩いていた。やはりいくら熱が下がったからとはいえ、咳や鼻水の症状が全て治ってはいなかった。

 

(まあ……あのダルさと頭痛が無くなっただけまだマシかな……)

 

 しかし、体調は昨日と比べて格段に良くなったと言えるであろう。あの状態で続けていればいつ倒れてもおかしくなかった。そう言った意味では、好調と言えるのではないか。

 今度小瀬川白望が会う人物は、2年前に決勝戦で死闘を繰り広げた宮永照であった。彼女と会うのももう2年前が最後で、それ以降はメールや電話などでしか関わりがなかったのだ。しかも、同じ東京にいる辻垣内智葉と比べてメールや電話の頻度は少なく、基本的に小瀬川白望から声をかけて連絡を取り合うので、宮永照から声がかかってくるのはほぼ無いと言っても過言ではなかった。小瀬川白望はきっと携帯慣れしていないんだろうなと推測しているが、それは半分当たっていて半分外れている。どういうことかと簡単に言えば宮永照が小瀬川白望に好意を向けているが故に、宮永照がどう話しかけていいのか分からないという悩みが本物の原因であったりする。

 そんな宮永照の言ってしまえばヘタレと小瀬川白望の鈍感さが重なり合い、連絡を取り合うのも少なかったので小瀬川白望はやけに宮永照と会うのを楽しみにしていた。

 

(っていうか、照はちゃんと待ち合わせ場所に来れるかな……)

 

 そんな事を考えながら小瀬川白望が待ち合わせ場所にまで向かっていると、ここで小瀬川白望は宮永照が重度の方向音痴であったことを思い出した。彼女と最初に東京で会った時は分からなかったが、その後からだんだんと重度の方向音痴であると分かりはじめていた。その方向音痴っぷりは絶大であり、辻垣内智葉の家でなどもはや遭難と言えるレベルで迷っていた。もう少し具体的に言えば、宮永照がトイレに行ったと思ったら20分以上経っても帰って来ず、挙げ句の果てに辻垣内智葉が黒服を動員してやっと見つけるというほどである。確かに辻垣内智葉の家は広く、小瀬川白望も迷わないとは言い切れないが、彼女にとっては辻垣内智葉の家は家ではなく、もはやラビリンスでしかなかった。

 そんな彼女と待ち合わせしているのだが、その地点に彼女が迷いなく到着するとは考えにくい。到着してから捜索をしても見つかりそうにも無いので、小瀬川白望は予め宮永照に電話をして、今どこにいるのかを聞き出す。そして宮永照には動かないように指示して、小瀬川白望がそこへ向かう。そんな作戦を実行しようと携帯を取り出そうとした。するとその瞬間、「白望さん?」という声が聞こえてきた。

 小瀬川白望は驚いて後ろを振り返ると、そこには宮永照が少し怯えながら立っていた。小瀬川白望は呆気にとられながらも、「照……?」と宮永照に問いかける。

 

「ど、どうしてここに来れたの?」

 

 そして小瀬川白望は当然の疑問を宮永照にぶつける。あの宮永照が、まさかちゃんと来れるなんて。まだ集合場所ですらないこの場で会えたのは奇跡に近い。きっと明日は槍が降ってくるだろう。そんな感じで宮永照に聞くと、宮永照は少し悲しい表情を浮かべながら「待ち合わせ場所に行こうとしたら……途中で迷って……ずっと彷徨ってたら運良く会えたから……」と言い、それと同時に小瀬川白望に抱きつく。小瀬川白望はそんな宮永照を見ながら(そりゃあいくら方向音痴で迷い慣れてはいるはずだけど……怖いよなあ)と思いながら、抱きつく宮永照の頭をポンポンと触る。そうして宮永照が小瀬川白望の身体から離れると、小瀬川白望はとりあえず、と言い、ファミリーレストランを指差して宮永照にこう言った。

 

「お店で何か食べながらでも話そっか?」

 

「うん……分かった」

 

 そうして小瀬川白望は宮永照がどこか別の方向に向かって居なくならないように腕を掴んで、ファミリーレストランの店内へと入っていった。

 

 

-------------------------------

 

 

(そういえば……最初に会ったのも店内だったっけ)

 

 そして宮永照がパフェを食べている光景に既視感を覚えながらも、2年前のことを思い出す。宮永照と出会ったのはこの店ではないにしろ、こういうファミリーレストランの店内での事であった。その時も彼女は何やらパフェを頬張っていたような気がする。

 

「懐かしいね……」

 

 小瀬川白望がパフェを食べ進める宮永照に向かってそう言うと、宮永照も微笑んで「うん……そうだね」と言ってパフェを再び食べ進める。

 

「そういえばさ」

 

「……何?白望さん」

 

「あれから結局どうなったの」

 

 小瀬川白望がそう聞いた瞬間、宮永照が持つスプーンの動きが止まる。宮永照は少しほどスプーンを震わせながら「……妹のこと?」と聞くと、小瀬川白望は黙ったまま頷いた。

 

「……あれから、一回だけ私の妹が来たことがある」

 

「へえ……どうだったの」

 

 そう言うと、宮永照は肩を震わせながら「怖かった……咲が私の事を嫌いになってるんじゃないかって思うと……怖くて……何も話せなかった……」と俯きながら言う。

 

「……嫌いになってるわけじゃないと思うよ」

 

「でも……私は……」

 

「そもそも、本当に嫌いになってたら照の所に来ないと思う。私だったら絶対行かない……むしろ」

 

「妹さんはむしろ逆、照と仲直りしたいって思ってるはずだよ。これは2年前にも言ったかもしれないけど、両方に非があるわけなんだし……」

 

「そう、だけど……」

 

 小瀬川白望はそう言う宮永照を見て、(これは仲直りまではもっと時間が必要になるなあ……時間を置いた方がいいんだろうけど、そうしたら何もしないような気がするし……まあ、そこは照次第かな)と考え、「まあ、この話は止めにしよっか」と言うと、宮永照は「うん……ありがとう」と言って、残りのパフェを食べ進めた。




前書きに書いた通り、咲が照の所に訪問する時期が違います。
まあそこは見逃して下さい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第225話 東京編 ㉘ 海

東京編です。
シロたんイェイ〜


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「じゃあ、これからどうしようか?」

 

 宮永照がパフェを食べ終えたのを見計らって小瀬川白望は宮永照にそう聞く。そもそもちゃんと集合できるかどうかで悩んでいた小瀬川白望がその後のプランなど考えているわけがなく、結局宮永照に聞かざるを得なかった。しかし宮永照も小瀬川白望と会うまで迷っていたので、そんな事を構想している余裕もなく、「どうする……?」と返答する。

 今までは辻垣内智葉を始めとした、小瀬川白望が会いに行った人間は大抵何かしらのプランを考えてきてくれた。故に小瀬川白望は自分から何かをしようと提案することに慣れていなかったのであった。無論宮永照も何かをしようと提案することなど全くないわけで、話し合いは膠着するかに見えた。

 

「……よし」

 

 急に宮永照が立ち上がって、小瀬川白望に向かってそういった。小瀬川白望は何だと少し驚いていたが、宮永照はそんな小瀬川白望にこう提案した。

 

「とりあえず、どこかゆっくりできるところに行こう。公園とか、二人でゆっくりできる場所」

 

 いきなりの提案ではあったが、結局小瀬川白望がさっきまで考えていても何も思いついていなかったため、宮永照の提案を受け入れる。どこか落ち着いた場所でゆっくりするという、今までに小瀬川白望はそんな事はしたことなどなかったが、まあそれもたまにはアリかなと小瀬川白望は考える。いつものように小瀬川白望がどこかに行って誰かと麻雀をするのではなく、こうしたのんびりと過ごすのも新鮮味があって良いかもしれない。

 

(それに、照は小学校の頃の全国大会以来麻雀はやっていないからね……姉妹の仲も麻雀が原因らしいし、触れない方がいいかもね……)

 

 そして何よりも宮永照にとって麻雀は全国大会が最後と決めているのであろうということだ。宮永照曰く麻雀が原因らしいので、彼女が麻雀を辞めた以上無理にやるのは良くないだろう。今だけは武者修行という事を忘れて、純粋に宮永照と楽しい時間を過ごそうと考えた小瀬川白望であった。

 

「善は急げ、もう行こうか。ここの近くで何かあったりする?」

 

 小瀬川白望はそう言って立ち上がると、宮永照にそう聞く。宮永照は少しほど考えると、「近くに東京湾ならあるけど……公園とかあったかな……?」と答える。

 

「東京湾か……まあそれでも良いんじゃないかな。私は行ったことないし……」

 

「そうだね。別に公園とかがないと行けないわけじゃないし……どこか静かな場所であれば」

 

 そうして宮永照と小瀬川白望は代金を払って、ファミリーレストランを後にする。そして近くにあるという東京湾に二人は向かった。

 宮永照の言っていた通り、東京湾はファミリーレストランから近く、歩いて十数分の地点からもう既に東京湾の海が見えていた。

 

「すご……」

 

「自然だけの海も良いけど、こういった都会と自然が混ざった風景も結構良いものだよ」

 

 小瀬川白望は東京の都会感と、東京湾の自然感の両方を一望できたことにより少しほど感動する。まだ遠目からしか見ていないのにも関わらず、小瀬川白望の見たことのない風景に心を躍らせていた。

 

「ん……あの堤防のところに誰かいる?」

 

 そうして遠くから東京湾の風景を見ていた小瀬川白望は、東京湾にある堤防の上に誰か人がいるのを発見した。ただの普通の人であったなら気にするほどのことでもなかったのだが、問題はその人の横に置いてある釣具らしきものであった。こんな冬の時期に釣りをするなんて珍しい話だ。

 

「ほんとだ。……しかも、女の子?」

 

 宮永照もその釣具を持つ人の事を見ていると、次第にその人が女の子であるという事に気付いた。女の子で釣りをやっている人間なんてこれまた珍しく、小瀬川白望と宮永照の興味は東京湾から完全にその女の子の方に向けられていた。

 

「……どうする?照、話しかけてみる?」

 

 小瀬川白望が宮永照に向かってそう聞くと、宮永照も「うん。面白そうだしちょっと話しかけてみよう」と答え、二人はその少女の元へと向かって行った。

 

 

 

(……今日は冬にしては水温が高いから、思ったよりも釣れるな)

 

 そして釣りをしていた少女、名を亦野誠子という少女は自分で釣った魚を見ながら心の中でそう呟く。基本的に、冬での釣りは堤防などではなく船を利用するものだが、まだ中学生という事でそういうことは出来ず、今日のような特別水温の高い日でしかする事ができなかった。

 

 

「すみません……」

 

「わっ!?」

 

 そして突如現れた小瀬川白望と宮永照に亦野誠子は驚く。思わず持参してきた折りたたみ式のイスから転げ落ちそうになりかけたが、すんでのところで踏み止まった。

 

「な、なんでしょうか?」

 

 亦野誠子は驚きながらもやってきた小瀬川白望と宮永照にそう聞くが、宮永照は亦野誠子がもつ釣竿に引っかかっている魚を指差して「食べるの?それ」と言うと、亦野誠子は思い出したかのように「ああ、そうだった……」と言って魚を海へリリースした。

 

「……戻しちゃうんだ」

 

 そんな一部始終を見ていた小瀬川白望は亦野誠子に向かってそう言うと、「ええ、まあ……自分だけの趣味なんで、調理とかはできないんですよ……キャッチアンドリリースです」と答える。

 

「冬なのに釣れるものなの?」

 

「今日みたいに水温が高い日なら、冬でも割と釣れたりするんですよ。それを考慮しても今日はかなり釣れてますけどね……っと」

 

 亦野誠子はそう言って釣竿を振って東京湾へ投下する。小瀬川白望と宮永照はそんな光景を見ていると、亦野誠子にこう言われた。

 

「お二人は釣りとか興味あるんですか?」

 

「いや……ないけど、釣りをしているあなたに興味が湧いただけ……」

 

 宮永照がそう言うと、小瀬川白望も「同じく…」と答える。亦野誠子は「へえ……」と答え、再び魚が掛かった事に気づく。そこからの亦野誠子の魚を釣り上げる動作は全くもって淀みがなく、趣味でやっているにしてはかなり手慣れた動作であった。そうして例のごとく亦野誠子は釣り上げた魚を海へと戻す。

 

「……釣りは良いですよ」

 

「うん。あなたの目からそれは十分に伝わってきた」

 

 小瀬川白望がそう答えると、亦野誠子は「あれ、そんなに顔に出ていましたか?」と言うが、隣の宮永照は(顔に出てなくても白望さんなら余裕で分かるんだけどね……)と思いながら亦野誠子の事を見ていた。

 

 

「じゃあ、お二人の趣味とかって何かあるんですか?」

 

 亦野誠子が小瀬川白望と宮永照にそう聞くと、小瀬川白望は少し言い淀んだ。宮永照が隣にいる状況で麻雀と言ってしまっていいのだろうか。そう言った事を考えていたが、隣にいる宮永照は亦野誠子に向かってこう言った。

 

「……麻雀」

 

「麻雀ですか……なるほど」

 

 そう聞いた亦野誠子の目つきが変わる。その目を見ただけで小瀬川白望は麻雀を打った事のある人間だと看破したのは言うまでもないが、それよりも何よりも宮永照がああいった事に対して驚いていた。さっきまで小瀬川白望は宮永照は麻雀からはもう足を洗ったと思っていたものだから、驚いても仕方のない事だが。

 

「実は私も麻雀が二つ目の趣味なんですけど……ちょうどいいし、打ちましょうか?」

 

「いいよ」

 

「照……」

 

 承諾する宮永照に小瀬川白望はそう言った事を聞こうとするが、宮永照は小瀬川白望に向かって亦野誠子には聞こえないほどの声でこう言った。

 

「確かに、私は麻雀のせいで苦い思いをした」

 

「だけど……それだけじゃない。楽しい事も沢山あった。……苦しい思い出も、楽しい思い出も……捨てたくない。だから、今日は打つよ。白望さん」

 

 

 




まさかの亦野パイセン登場。
これは59400どころじゃ済まなそうですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第226話 東京編 ㉙ 機会とリベンジ

今回時間がなくてかなり文字数が少ないです。
明日はもうちょっと頑張ります。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 亦野誠子はそう言って釣竿をしまって宮永照と小瀬川白望に向かって言う。宮永照はもう既に戦闘態勢に入っているようで、何やら亦野誠子の事をじっと見ていた。隣にいる小瀬川白望は(照がああ言うなら……大丈夫か)と心の中で呟き、亦野誠子は少し遠めの方を指差すと、宮永照と小瀬川白望に向かって「ここから一番近くにあるあの雀荘でやりましょう」と言った。

 

「分かった。行こうか、白望さん」

 

 宮永照も久々の麻雀とあってか、いつになく真剣な表情をして、闘志をむき出しにしていた。小瀬川白望もそんな宮永照をみて(麻雀に対する熱はあの時から変わってないね……よかった)と安堵しながらも「そうだね。行こうか」と言って、亦野誠子についていった。

 

 

-------------------------------

雀荘内

 

 

 

「三人だけだから、三麻になるね」

 

 雀荘に入ってきた亦野誠子と小瀬川白望と宮永照は、卓に座ると他に誰もいない状況を見ると互いにそんな事を言った。こんな感じでは人が来るような気配などしないし、結局三麻をする他なかった。

 まあ三麻とはいえ、四人打ちに比べれば楽しさが減少するといえばそれは間違いである。三麻には三麻の面白さがあるし、四人打ちとは勝手が違うのだ。安易に同じものとして見てはいけない。

 

(……私の能力では若干不利になるかな?)

 

 亦野誠子はそんな事を考えながら山が全自動卓から迫り出されるのを見る。彼女の能力、通称「釣り人」と言われる能力は三副露をした後、五巡以内に和了ることができるという能力。三麻であるが故にチーをすることができず、鳴くためにはポンしかないのだが、それでも亦野誠子は(まあ……ちょうどいいか)と言って対面に座る小瀬川白望と、隣に座る宮永照の事を見る。

 

(楽しみだ……私がどこまで強いのか、計る良い機会になりそうだ)

 

 彼女のその余裕そうな表情と心の声からして、彼女は自分の力を結構評価しているようだ。確かに、亦野誠子も相当な実力者である事には間違いない。能力も弱いとまでは言わずとも、三副露すればその時点でほぼほぼ和了確定という能力は無いとあるのとでは全然違う。もちろんその能力を抜きにしても彼女は強く、またそれは自他認められてきた事であった。

 しかし、運が悪い事に今亦野誠子が闘おうとしている相手は、片や牌に愛された子、片や麻雀の歴史上で三本の指に入るかもしれないほどの真の実力者であり、神域の後継者。悪く行ってしまえば、亦野誠子は自分は井の中の蛙であるという事を思い知らされる事となるであろう。とは言っても闘う相手が極端すぎる例なのだが。

 

(……久々だ。この感覚は)

 

 そして宮永照はサイコロが回っているのを見つめながら、懐かしい感覚に身を馳せていた。2年前、たった2年ととるか、長い2年ととるかで大分印象が変わるのだが、宮永照は人生を歩んでまだ十三、四年しか経っていないのだ。そう考えれば2年という歳月が如何に長いかはいうまでもない。

 そんな2年前、宮永照は敗れた。最後の最後、南四局オーラス。その時点ではまだ勝ってはいたのだ。しかし、それでも尚宮永照は敗れた。今隣にいる小瀬川白望の手によって。何度も逃げ切った、勝ったと思った。しかし小瀬川白望はそれを悉く裏切り、安堵の数と同じ数……もしくはそれ以上の数の恐怖と戦慄を与えてきた。そんな彼女と、宮永照はようやく再戦する事ができるのだ。状況は違えど、小瀬川白望と闘うという事実は覆らない。その事実が宮永照の心を躍らせ、そしてそれが闘志となって燃え滾っていた。

 

(リベンジだよ……白望さん)

 

 




次回から麻雀回。
今日はすごく大変な一日でした(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第227話 東京編 ㉚ 鏡と加算

東京編です。
やっと今週が終わりましたね……


-------------------------------

視点:神の視点

 

東一局 親:小瀬川白望 ドラ{九}

 

小瀬川白望 30000

宮永照   30000

亦野誠子  30000

 

 

 始まった小瀬川白望と宮永照と亦野誠子の三人打ち。親である小瀬川白望は配牌を取りながら宮永照の事を見る。

 

(……確か、東一局は和了ってこないんだっけか?)

 

 そう、もし宮永照が今までと同じ方針で麻雀を打ってくるのならば、宮永照はこの最初の東一局は和了らずに、『照魔鏡』を使って相手全員の能力、言うなれば本質を覗くことに徹してくるはず。故にこの最初の東一局だけは実質小瀬川白望と亦野誠子の二人だけの対局と言っても過言ではなかった。

 

(……できることならこの一局で決定的な打点を和了りたいところだけど……釣り人さんも釣り人さんで何かありそうだしなあ)

 

 そう心の中で呟いて亦野誠子の方を見る。彼女のあの自信満々の表情からして、彼女には何かしらはあるのであろうと推測する。それが井の中の蛙であり、ただ単なる過信であるのか、絶対の自信を持つ強者の表情であるのか、ああいう表情はどちらとも取れてしまう。故に実際に打って小瀬川白望自身が確かめるしかなかったのであった。

 

 

(まあ、表情から情報を得れる時点で赤木さんよりはまだ有情なんだろうなあ。まあ、もし生きていた状態の赤木さんと打っても表情だけじゃ全然わからないと思うけど……)

 

 確かに亦野誠子がどれほどの実力者なのかは未知数ではあるが、この東一局、宮永照が攻めにこないこの東一局での和了は重要である。

 小瀬川白望はそんな事を心の中で呟きながら、自分の配牌の牌姿を見る。

 

小瀬川白望:手牌

{一一九②⑦⑧⑨1157東北北}

 

 三向聴ではあるものの、ここから目指せる役がほとんどなかった。しかし三麻での{北}の扱いは抜きドラかもしくは役牌扱いで、この勝負では役牌として扱う事になっているので、平和すら望めない状況と、打点はあまり望めなさそうな手牌。今の状況の小瀬川白望からしてみればあまり打点は必要ではないとは言い難い。確かにどんな形であれ和了れば連荘ではあるが、その場合宮永照と差を開けることなく闘う事となってしまう。確かにそうなった場合でも殴り合いに持っていけば小瀬川白望ならば十分勝てる範囲であろう。しかし、小瀬川白望が危惧していたのは宮永照の『照魔鏡』ではない、もう一つの能力。『加算麻雀』であった。

 半荘内での自身が和了った合計飜数が十三以上になると自動的に発動し、十三飜以上となった局の次の局に役満を聴牌できるという圧倒的能力。かつて小瀬川白望はその単純なカラクリではあるが、絶大な火力によって苦しめられたのだ。……もっとも、その時は自身の闇に身体を蝕まれていたのも重なっていたのだが。しかし、それを抜きにしたとしても宮永照の『加算麻雀』が強力である事には変わりない。

 

 

小瀬川白望

打{東}

 

 小瀬川白望はとりあえず{東}を置いて、東一局が始まる。そうして宮永照が手を伸ばそうとした瞬間、亦野誠子がニヤリと笑って牌を倒す。

 

「ポン!」

 

亦野誠子:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {東横東東}

 

打{②}

 

 

 亦野誠子が早々に飜牌の{東}を一副露。自身の能力『釣り人』を発動させるために邁進しているようだ。しかし小瀬川白望と宮永照は亦野誠子が何を狙っているのかまだ分からないため、未だ様子見程度ではあったが、彼女らはとりあえず『亦野誠子が何かをしようとしている』という事に気付いたため、当然のように警戒する。小瀬川白望は自身が和了に向かいながら、宮永照は自身の点棒を減らさないように警戒していた。

 

「ポン」

 

亦野誠子:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横888} {東横東東}

 

打{一}

 

 

 しかし、宮永照が切った{8}を亦野誠子が鳴く。この牌は小瀬川白望の安牌であったため宮永照が切ったものであったが、運悪くそれが亦野誠子の手を進める事となってしまった。亦野誠子は心の中で(あと一副露……流石に露骨に狙いすぎたか?)と言って、自身の萬子と筒子で構成された捨て牌を見る。端から見れば混一色狙いであるということが一目瞭然である。これは亦野誠子にとっては痛手であった。この捨て牌を見て索子を絞られてしまうと、鳴きたくても鳴くことができない。当然の事ではあるが、それが結構痛手であるのだ。故にここは能力を使わずに自力で和了を目指した方がいいかと思っていた矢先、小瀬川白望が衝撃の一手を放った。

 

小瀬川白望

打{5}

 

 

(……んなっ!?)

 

 亦野誠子は驚愕する。自分で言うのもアレなのだが、いくらなんでもこんな露骨な捨て牌にあんなど真ん中の牌を打つなどあり得ない。愚行極まりないものであった。なぜ、あんな牌が打てるのか。いや、実際小瀬川白望が打った{5}は亦野誠子は和了れないし鳴けないのだが、それにしても驚くべきものであった。

 

(ただの素人か、それとも此方の手が見透かされているのか……どっちだ?)

 

 亦野誠子は小瀬川白望の事を見ながらそう呟く。得体が知れない。素人という言葉で済ますこともできるのだが、亦野誠子は今自分の目の前にいる小瀬川白望から、なんとも言えぬ凄みを感じていた。一体それがなんなのかは分からないが、とにかく素人という言葉で片付けて良いものではない。そう悟った。

 そうして亦野誠子が驚愕しながらも引き続き自力での和了に向かったが、さっきの{5}打ちで一向聴となっていたのか、その一巡後に小瀬川白望がリーチをかけ、一発でツモ和了った。

 

 

「ツモ」

 

小瀬川白望:和了形

{一一一⑥⑦⑧12234北北}

ツモ{3}

裏ドラ表示牌{赤⑤}

 

「リーチ一発ツモ……裏1。6000オール」

 

(くっ……)

 

(……)

 

 亦野誠子は小瀬川白望の和了形を見て苦言を呈す。もう少しバレないよう慎重に行っていれば三副露できていたかもしれないという若干の後悔と、本来ならばリーのみの手で、一発や裏が乗って満貫となってしまった小瀬川白望の強運に驚く。

 そして東一局、宮永照は小瀬川白望に振り込むことなく東一局を終えることができた。満貫ツモはやられたもののm、振り込まなかっただけ大きいものであった。そして……

 

 

バキッ!!

 

 

(……来た)

 

 

(な、なんだこの感覚は……!?)

 

 

 宮永照の『照魔鏡』が発動することとなった。




次回も東京編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第228話 東京編 ㉛ 能力なしでも

東京編です。
明後日が月曜日なんて私は認めない


-------------------------------

視点:神の視点

 

東一局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{⑥}

 

小瀬川白望 42000

宮永照   24000

亦野誠子  24000

 

 

 

(……久々、だね。この感覚は……)

 

 小瀬川白望は『照魔鏡』を発動する宮永照を見ながら、そう呟く。宮永照は小瀬川白望にこの『照魔鏡』を使うのはまだ二回目ではあるが、それでも小瀬川白望にとっては随分と懐かしいものであった。初めて使われて自分の事を見られた感想が率直に気味が悪いと言っていたのも今となっては懐かしい話である。

 無論、こうして見られる感覚は慣れるものではなく、今も小瀬川白望は体に違和感を感じながら、後ろにある鏡をチラリと見る。一体自分は宮永照にはどう見えているのか。それが気になってはいたが、とりあえず小瀬川白望は積み棒を重ねると、「一本場……」と呟く。その瞬間、宮永照も見終えたのか小瀬川白望と亦野誠子の後ろにあった鏡が雲散霧消した。

 

(さあ……来な。照……ダルくさせないようにしてあげるからさ……)

 

 

 

 

(……な、なんだったんださっきのは……?鏡みたいな物が私と、白髪の子の後ろに……?)

 

 一方で亦野誠子は思わず後ろを振り返りながら先ほどの謎の体験に驚いている。まあ、突然自分の後ろに鏡が出現すれば驚くのも無理はないであろう。そして亦野誠子は自身の背後に鏡が突然出現しても、全く驚くそぶりすら見せない小瀬川白望に対して若干の恐怖を感じた。何故そんな普通でいられるのか。さっきの暴打といい、今の無表情といい、こいつは果たして人間なのか。そんな疑問が頭の中で浮かび上がってしまうほど、亦野誠子にとって小瀬川白望という雀士はショッキングなものであった。

 

(……なる程、三副露すれば五巡以内に和了れる能力……さっきの二副露はそれを狙ってたのかな……?)

 

 そして対する宮永照は、『照魔鏡』によって覗いた亦野誠子の能力を確認する。宮永照は確かにこの能力は地味ながらにして強力で、尚且つ能力を露骨に狙いにさえ行かず、幾度か自重して能力を使えばバレにくく、確実に和了ることのできるボロの出にくい能力であると評価した。

 しかし、『照魔鏡』によって全貌が明らかとなった今ではその利点も消え、残ったのは対策がしやすい能力ということだけである。それに、他の人間ならまだしも、小瀬川白望ならいずれかは亦野誠子の能力に気付くであろう。言ってしまえば、亦野誠子の運が悪かったとしか言えないのだが、それは仕方ないだけでは済まされない話である。

 

(能力が見破られたからといって、勝てないわけじゃない……現に白望さんは今まであの闇を除けば能力無しで戦ってきてるし、私も『加算麻雀』はあるけど、それを発動させるまでは私も能力は無いし……)

 

 そう、能力が見破られたからというのは言い訳にすらなっていない戯言でしかない。能力がなくとも強い雀士はそこら中にいる。それを極限まで強くしたのが小瀬川白望であり、しかも小瀬川白望は能力を逆手に使ってきたりそれの裏をかいてきたりするので、彼女からしてみれば能力がある方が良くないと思っているのかもしれない。

 

 

(……白望さんのあの闇は未だに見えるけど……何だろう、それよりも恐ろしいものを覗いている気分……)

 

 そして今度は小瀬川白望の方を向いて宮永照は心の中で呟く。2年前に見たあの輝く閃光のような闇は健在であったが、それ以上に恐ろしい何かを見たような感覚を覚えたのであった。それは『照魔鏡』ですら全貌が掴めず、霧のような何かが雲がかっていた。それを何と言い表せばいいのか宮永照自身ですら分からないが、2年前とは明らかに小瀬川白望は進化しているということが分かった。2年前の時点で既に小瀬川白望は他人とは一線を越していた雀士であったが、ここまでくると異次元とか、別のステージとか、手の届かぬ所とか、もはやそんな話ではなくなっているように思える。届く、届かぬの話ではない。それ以前……無理であると吟味する事すら必要のない、いわば絶対の存在。宮永照から見た小瀬川白望は、まさにそれであった。

 無論、それが一概に正しいとは言えない。事実小瀬川白望の上に存在する者はいるし、何より小瀬川白望はその人物を目標としているのだ。しかし、宮永照から見た小瀬川白望は、雲や宇宙のような存在を超越し、神様などのような存在であったのだ。

 

(……片や2年でさらなる進化……片や2年のブランク……正直厳しいなんてものじゃないけど、私はやるよ……白望さん)

 

 

 そんな宮永照の意気込みと共に始まった東一局一本場。宮永照の手牌はとても調子が良く、この局は宮永照がものにする。そんな気配が立ち込めていたが、それをただでは見過ごさないのが小瀬川白望である。自分の手牌では追いつかないと悟った小瀬川白望は、無理に宮永照を追いかけることはせず、亦野誠子のサポートへと回った。亦野誠子が鳴ける牌を二連続で鳴かせ、一巡置いて再び小瀬川白望が切った牌によって亦野誠子は鳴く。これで三副露となり、形勢は一気に逆転する。

 

(……まさかとは思ってたけど、まさかもう釣りの人の能力に気づいてるなんて……)

 

 宮永照は当然のように小瀬川白望が亦野誠子の能力を利用しようとしている事実に驚きを隠せずにいた。実際小瀬川白望も半ば予測だけでの行動で、これは宮永照の手を潰す以外にも亦野誠子の能力を確かめるという二つの意味を持つ行動であったが、小瀬川白望の予測は当たっていたため、見抜いていたのとなんら変わりはなかった。そして宮永照があと一歩で聴牌となったところで亦野誠子は手牌を倒して宣言した。

 

「ツモ、タンヤオドラ1!」

 

 

亦野誠子:和了形

{④⑤⑥⑦} {②横②②} {8横88} {3横33}

ツモ{④}

 

 

 亦野誠子自身も小瀬川白望に和了らされたという事はもしかしたら程度で感づいていたが、確信には至らなかった。それはそうだまさか自分の能力が披露する前に見抜かれていたなど思うわけがない。

 

 しかし、そんな常人が無理だと思ったもの、それを可能とするのが小瀬川白望である。そこを亦野誠子は見誤っていた。

 




次回も東京編。
因みにまだ照は連続和了は習得していない設定になってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第229話 東京編 ㉜ 散れ

東京編です。
明日は月曜日……?


-------------------------------

視点:神の視点

 

東二局 親:宮永照 ドラ{5}

 

小瀬川白望 40600

宮永照   23100

亦野誠子  26300

 

 

 小瀬川白望が亦野誠子を三副露させて宮永照の良手を潰した前局、宮永照を潰すために小瀬川白望は自分の親を捨てたことにより、逆に良い手を流された宮永照は今度は親番となった。

 通常なら、この時点で宮永照に好調が来る流れではない。それに2年のブランクもあるし、そう容易く流れを手繰り寄せることはできない。早くも勝負あったかと思われそうな状況ではあるが、小瀬川白望ほどではないにしろ、宮永照も十分『通常』という言葉では計ることのできない人間である。

 そう、確かに流れを失った。失墜していたと思われても仕方のない内容であったが、彼女は腐っても『牌に愛された子』である。ちょっとやそっとでは揺らぐものでは到底ない。

 その証拠にこの東二局、宮永照の手牌……

 

宮永照:手牌

{一①④⑤⑦⑦⑨24578東東}

 

小瀬川白望:手牌

{九九九①②⑥⑧⑨113西中}

 

 

 小瀬川白望とほぼ互角……いや、それ以上と言っても過言ではない内容……!両者共に三向聴ではあるが、宮永照にはダブ東である{東}が対子となっている。それに、小瀬川白望も確かに三向聴ではあるものの、手牌は老頭牌に偏っており、チーのできないこの三麻では明らかに不利な状況であった。

 確かにこの状況、宮永照が有利であると言わざるをえない状況ではあったが、宮永照は全然安心などしておらず、むしろこの状況を危惧していた。

 

(白望さんなら、こんな状況でも何をしてくるか分からない……)

 

 そう、今宮永照が闘おうとしている相手は小瀬川白望だ。ただの人間ではないのだ。小瀬川白望は2年前、幾度となく宮永照が有利、勝利を収めるであろうと予想された状況でも、何度でも何度でもその予想を裏切ってきたのだ。当然、油断できる相手などではない。というか、油断という選択肢がある時点で勝ちの芽などあるわけがない。それを宮永照は2年前に痛いほど思い知らされてきた。故に。

 

「……ポン!」

 

宮永照:手牌

{①②④⑤24578東東} {⑦⑦横⑦}

 

打{②}

 

 速攻を仕掛けに行く。多少打点や飜数が落ちてもそれは仕方のないこと。とにかく和了。和了なのだ……!小瀬川白望でさえ追いつけないほどのスピード、目にも留まらぬ疾風怒濤のスピードで宮永照は駆けていく。しかし、小瀬川白望はそんな宮永照を試すが如く。

 

「ポン……ッ」

 

小瀬川白望:手牌

{九九九①⑥⑧⑨113西} {②②横②}

 

打{①}

 

 

 小瀬川白望も動いて出る。{②}鳴き{①}打ち。無論、この行為にはあまり意味はない。言うなれば脅し。これで宮永照の中張牌切りによる前進を抑止しようという試みであった。進んでみろ、さもなくば殺すぞ。そんな言葉を放つように小瀬川白望は構えるが、実際小瀬川白望が持っているのは刃のない剣。見せかけにしか過ぎないのだが、それが宮永照を悩ませることとなる。

 

宮永照:手牌

{①④⑤24578東東} {⑦⑦横⑦}

ツモ{6}

 

打{①}

 

 

宮永照:手牌

{④⑤245678東東} {⑦⑦横⑦}

ツモ{東}

 

 

(……ッ!)

 

 

 小瀬川白望が{②}を鳴き、{①}を切った以上混一色や清一色ではない事は確かである。だとすれば、可能性があるのは役牌かもしくはタンヤオ。そのどちらかである。そしてそのどちらかで可能性が高いとしたらタンヤオである。しかし、それがいけない……!そう、宮永照のこの手、聴牌するためには何か中張牌を切らなくてはいけないのであった。それも、二枚。もちろん今重なった{東}の暗刻を切るという事も可能ではあるものの、その{東}だって安全というわけではない。

 未だ場には{東}は出ておらず、宮永照が迂回するために切った{東}を小瀬川白望が{発}などの他の役牌を持っていて単騎で狙っていた……あるいは、対々和三暗刻で宮永照が暗刻落としでくるだろうと予想して単騎で狙っていた……何て事は容易に想像できてしまう。小瀬川白望であるなら、それだけでどんなパターンだって。一転して追い詰められる宮永照。が、しかし。

 

 

(……私はあの時、逃げたから直撃を受けた)

 

 ふと思い出すのはまたもや2年前、全国大会決勝の後半戦南三局。死の淵から蘇った小瀬川白望が絶体絶命の状況で宮永照から直撃をとったあの思い出。宮永照はあそこで、最初に逃げてしまったのが全ての始まりであったのだ。

 確かに、宮永照が振り込むという最悪の事態が起こりうる可能性は幾らでもある。しかし、あの時もそうであった。散々迷った挙句、小瀬川白望にしてやられた。小瀬川白望という名の迷宮、ラビリンスに迷わされた。

 

(どうせいつかは散る(死ぬ)定めなら……)

 

 そう言って宮永照は手の中にある逃げの{東}を手牌の横にそっと置き、代わりに{2}を掴む。2年前のような逃げの一手ではない。攻め。攻めの一手。

 

(私も嶺に咲く花のように……)

 

 

(胸を張って散れ……!)

 

 

打{2}

 

 

 宮永照が打ってから数秒、時は静寂を迎える。亦野誠子は宮永照から鬼気迫るものを感じ取って狼狽えている。対する小瀬川白望は、静かに宮永照の目を見ていた。

 

 

「……ツモりなよ、釣り人さん」

 

 狼狽えているために中々牌をツモろうとしなかった亦野誠子に向かって、小瀬川白望がそう言ってゲームの続行を促す。宮永照は安堵とはまた違った感情を感じながら、再びツモ番になるとすぐ様牌をツモってくる。

 

宮永照:手牌

{④⑤45678東東東} {⑦⑦横⑦}

ツモ{④}

 

 宮永照の前へ進む姿勢に牌が応じたのか、あっという間に聴牌に至る。{369}の三面待ち。そのためには{⑤}を切らねばならなかったのだが、今の宮永照を止める障壁など無いに等しかった。

 

打{⑤}

 

 

(……面白い。そうでなくちゃ……)

 

 

 そんな宮永照を見て、小瀬川白望は心の中でそう呟いて手牌を倒す。この時点で小瀬川白望は悟っていたのだ。次巡、宮永照がツモってこの局は終わるであろうということを。

 

(……何て人、いや、バケモノなんだ!)

 

 そして宮永照の次に牌をツモる亦野誠子は、宮永照を見て未だ驚愕していた。宮永照のその狂気にも似た、前へ進む姿勢。それが亦野誠子にはもはや人間ではなく、バケモノにしか見えなかったという。

 

「ツモ」

 

宮永照:和了形

{④④45678東東東} {⑦⑦横⑦}

ツモ{3}

 

 

 

「ダブ東、ドラ……1」

 

 

 宮永照は小瀬川白望の予想通り、聴牌して直ぐ様次巡に和了る。宮永照がそう申告し、小瀬川白望は点棒を渡す。しかし、その時の小瀬川白望はしてやられたといった感じではなく、至って無表情。いつもと変わりの無い、冷静でクールな崩れることの無い表情。

 しかし、そんな薄皮を剥いでやれば、その中にいるのは神をも殺す狂気で塗りたくられた言葉で表現できない正真正銘のバケモノ、いや、それ以上の何かであった。

 




次回も東京編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第230話 東京編 ㉝ 迷いの二択

東京編です。
月曜日ってあれですよね。一番月曜日感ありますよね(意味不明)


-------------------------------

視点:神の視点

 

東二局一本場 親:宮永照 ドラ{西}

 

小瀬川白望 36700

宮永照   30900

亦野誠子  22400

 

 

 前局、宮永照はダブ東ドラ1の7800、3900オールを和了って親を続行。連荘。依然として宮永照の好調は続き、またもや良手の三向聴が入る。

 

宮永照:手牌

{一②⑥⑦⑨134477白発発}

 

(……これくらいなら上々。むしろ、良すぎるくらい。七対子にも、普通の役牌手でもいける)

 

 宮永照は自分の配牌を見て今後の方針を考える。スピードはもちろん第一優先なのだが、ここはやはり打点も気にしながら打っていきたいところである。宮永照のさっきの和了は三飜。『加算麻雀』を発動させるために必要な十三飜は残り十飜となった。局数だけで見れば、いくら三麻とはいえまだ東二局。今の調子や流れを鑑みても、小瀬川白望の猛追さえ防ぐことさえできれば『加算麻雀』発動は問題はないだろう。……小瀬川白望を抑えることができるかはまた別の話として。

 しかし、小瀬川白望と闘う上で避けなければならないのは長期戦。闘いが長引けば長引くほど、腕や技量が宮永照と比べても格段に違う小瀬川白望の方が有利になっていく。それに小瀬川白望に与える情報量も多くなるであろうし、できることなら短期決戦。早めに役満を和了りたいところではあった。その後、小瀬川白望からどう逃げるかはまた別として、勝てる道があるとすれば断然短期決戦型で挑むことがベストであろう。

 微妙な駆け引きではある。が、これが後の運命を分かつと考えれば容易に決断することは些か危険と言えるであろう。しかし、その僅かな思考のための空白、今一時ではない未来……言うなれば不確定要素を見据えた埒があかぬ思考……小瀬川白望はそれに乗じてある準備を進めていた。

 

 

宮永照:手牌

{②②⑥⑦⑨134477発発}

ツモ{3}

 

(……!)

 

 とはいえ、宮永照が好調なのも真実ではある。宮永照が引いたこの{3}、融通無碍な牌である事は言うまでもない。宮永照は未だ七対子か役牌超特急か決め切れぬ状況にある。そんな状況の下で七対子にも普通の手作りも可能である{3}を引いてこれたのは流石というところか。

 しかし、そんな安堵する宮永照を見て小瀬川白望はそれを一蹴する。

 

(……ズレている。むしろ逆。それを引いたのは幸運でもなんでも無く、照……あなたの心の迷いが招いたもの……)

 

(……結局、手牌が自由すぎるが故にまだ決める事ができていない。そんなに悠長に構えてるなら、こっちだって考えがある)

 

 

 小瀬川白望は宮永照とは全くの逆の立場であり、迷いに迷って道が広がり続ける宮永照に対して、小瀬川白望は一本道。ただ一つの目標に向かって動いている。そうなれば当然、スピードの点でも好調な宮永照を差し置いて小瀬川白望が前へ進む。実際小瀬川白望は既にこの時点で手を一向聴にまで進めていた。

 

(その一瞬の思考……今一時ではなく、浮いた思考……それが命取り)

 

 

 

(……ここから最後の三副露目が鬼門だな)

 

 そして一方の亦野誠子も着々と手を進めてはいるものの、決定的な事が起こらずに四苦八苦していた。二副露までは鳴く事ができても、どうしても三副露目を鳴けることができない。亦野誠子自身、いくら三麻でチーができない、そして尚且つ能力の事が筒抜けだからといって、ここまで露骨に鳴かせてくれないとなると多少苦しいものがある。しかも、ただ運が悪いだけではなく、意図的に鳴かせてくれないのである。宮永照も小瀬川白望も、ポンポン危ない牌は切ってくるはずなのにどういうわけか此方の急所の牌はしっかりと握り潰してくる。まるで牌が透けて見えるのかと思ってしまうほどであった。

 

(よし、だがこれで一向聴……)

 

亦野誠子:手牌

{①④④⑧⑧⑨中} {9横99} {横北北北}

ツモ{①}

 

打{中}

 

 しかしなんだかんだ言いつつも、小瀬川白望が一向聴となった巡目の次の巡、即座に亦野誠子も一向聴となる。{①④⑧}のいずれかが出ればその時点で鳴いて後は和了るのを待つだけ。実質三面待ちと言っても差し支えないものではあるが、あくまでも能力が発動できるだけで、和了れるとは限らないのだが。

 

 

宮永照:手牌

{②②⑥⑦1334477発発}

ツモ{⑥}

 

「リーチ」

 

打{横⑦}

 

 

 そうしてその次に宮永照は七対子を聴牌することができた。宮永照は点棒を投げ入れてリーチを宣言するが、時既に遅く、小瀬川白望の謀略は実行に移ろうとしていた。

 

(……よし)

 

 亦野誠子がツモ切りを終えると、小瀬川白望は山から牌をツモってくる。ツモ牌を確認した小瀬川白望は、チラリと亦野誠子の手牌を視線に入れながら点棒を取り出す。そして点棒を先に投げてからリーチ宣言牌を横に曲げると同時に、亦野誠子は動いた。

 

「リーチ」

 

小瀬川白望

打{横⑧}

 

「ポン!」

 

(!?……)

 

亦野誠子:手牌

{①①④④⑨} {⑧横⑧⑧} {9横99} {横北北北}

 

 

 亦野誠子は内心歓喜する。ようやくいつもの感じで和了れることが出来ると。先ほどのような明らかに和了らされたものではなく、ようやく、和了れる。そう思い希望を繋ぐ{⑨}を叩きつける。しかし、

 

 

 

「……ロンッ!」

 

 

(……は?)

 

 

小瀬川白望:和了形

{①②③④⑤⑥⑨⑨赤555中中}

裏ドラ表示牌{6}

 

 

「リーチ赤1……!」

 

 その希望を、いとも容易く潰されてしまう。それも、先ほど希望を与えたも同然の小瀬川白望が、あっさりと。亦野誠子が驚愕したのは、それだけではない。完全に小瀬川白望は此方の{⑨}を打ち取る気であったという事に気付いたからだ。でなければ一通が無くなるような待ちにする意味はない。ここにきてようやく亦野誠子は気づくことができた。それは遅いのか、もしくは早いのかは分からない。しかし、気付いてしまった以上、亦野誠子は怯え続けるしかない。

 

「……2600は2900」

 

 目の前にいる小瀬川白望は、バケモノなんかとはてんで格が違う。神様……いや、それ以上の何かであるという事に気付いた以上、亦野誠子には打つ手がなかった。

 




次回も東京編。
そういえば、もう五月が終わって六月になるんですね。関係無いですけど……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第231話 東京編 ㉞ 信用、信頼

東京編です。
まだ火曜日なんですか……


-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:亦野誠子 ドラ{発}

 

小瀬川白望 40600

宮永照   29900

亦野誠子  19500

 

 

(……なんなんだ一体……ここまで私がこっ酷くやられた事なんて今までであったか……!?)

 

 亦野誠子は自分の目の前にいる小瀬川白望と、横にいる宮永照を交互に見ながら苦言を呈する。もはや彼女らには恐ろしさ、驚きを通り越して理不尽な怒りを覚えていた。この東三局、親番ではあるものの実際問題チャンスかと言われれば微妙なところである。当然ながら小瀬川白望と宮永照から直撃を取る事なんてできるわけも無いし、亦野誠子自身それは自分でもよく分かっていた。

 そうなればツモ和了しかないのだが、それすらも厳しい状況である。親番で1人沈みのこの状況では退こうとする事もできないし、強引に前に進もうとしても倍のスピードで彼女らはついてくる。さも当然かのように。どうしようも無い状況ではあったが、亦野誠子は深呼吸をして落ち着くと、山から配牌を取っていく。正直なところ、具体的な戦略などは全く思いついていない。しかし、小瀬川白望と宮永照という確実にトップクラス以上であるバケモノ2名は亦野誠子を律儀に待ってくてるほど優しくは無い。亦野誠子はやらねばならぬのであった。迷っていたら確実にやられる。とにかく感覚に身を任せて突っ走るしか無い。そう思った亦野誠子である。

 

(……ふふふ。問題は、その自分の感覚をどこまで信じられるか、ということ……!さあ、釣り人さん……どこまで自分を信用できる……?)

 

 確かに理を完全に棄て去り、感覚に身を任せて打つ打ち筋は小瀬川白望が相手となるといえど手強い部類に入る。しかし、それはあくまでも完全に自分を信用できて、意味の無い合理性を持ち込まない打ち筋であったらの場合であり、それこそそんな打ち方をできるものなど赤木しげる、もしくは小瀬川白望本人でしかできない打ち方であり、そんな彼女だからこそ前述した打ち方がそこらの天才にさえできるものでは無いというのは重々承知している。

 ちょっとの疑いすらも許される事の無い完全に自分の不合理な感覚。それを信じる事ができなければ、亦野誠子はあっという間に小瀬川白望に喰われてしまうであろう。

 

 

(……突っ走る!)

 

 亦野誠子の配牌はかなり良いとも言えぬし、逆に悪いとも言えない。せいぜい役牌の{中}ともう一つ対子があり、他には搭子が二つといった典型的四向聴であり、言ってしまえば平凡少し上の手牌であった。しかし、亦野誠子はそんな手牌でも果敢に攻めていく。

 

「ポン!」

 

亦野誠子:手牌

{一②④⑦14699東西} {横中中中}

 

 

 開始早々に亦野誠子は{中}を鳴き、初っ端から仕掛けて行く。小瀬川白望はそれを見て宮永照の動向を探りつつ手を回していく。小瀬川白望も中々良い配牌ではあったのだが、打てる牌がどれも宮永照が鳴ける牌という不幸に見舞われるが、きっちり宮永照にはチャンスを与えずに回し打つ。

 

(……三副露は無理だ。ここで仕掛けないと……!)

 

 亦野誠子はそう言って手を急激的に進める。無理に対子を意識して鳴きを待つのではなく、素直に聴牌へと進んでいく。そんな彼女を見て小瀬川白望は少し感心したものの、(……まだ迷いがあるね。仕方の無い事だけど……)と厳しめの評価をする。実際、亦野誠子も肝心なところまで行けずに、聴牌はできるが和了ることはできない……という歯痒い内容が続く。しかし一方の宮永照も親を流された事でさすがに流れが失墜したか、後半になってくると宮永照も無理だと判断したのか、オリへと回る。無論オリられた事で自由となった小瀬川白望も和了りに向かう事は流石に不可能なため、そのまま局が流れる事になった。

 

 

「テンパイ」

 

「……ノーテン」

 

「同じく」

 

 結果は亦野誠子の1人テンパイで流局となり、亦野誠子の親の続行が決定する。亦野誠子は山を崩すと、心の中でこう意気込んだ。

 

(流局したけど……構わない……!テンパイ流局なら全然オーケー。連荘……!)

 

 亦野誠子は100点棒を置き、東三局一本場へと臨む。小瀬川白望と宮永照という天才、いや……一名は天才より上の枠組みである。そんな2人に亦野誠子は立ち向かっていった。

 

 




次回も東京編。
字数が少ないですねえ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第232話 東京編 ㉟ 理を捨てる事と思考放棄

東京編です。
勝負の途中ですがキングクリムゾンさせてもらいます。
終わりそうにないので……


-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:亦野誠子 ドラ{⑤}

 

小瀬川白望 38600

宮永照   27900

亦野誠子  19500

 

場 4000

 

 

 東三局が流局によって終わり、亦野誠子の1人テンパイによって東三局一本場へと場は移行する。宮永照と小瀬川白望のノーテン罰符によって亦野誠子と2人の差も若干詰まり、宮永照に至っては8200しか差が無い。しかし、亦野誠子はその差は決して小さいものでは無いと感じていた。というより、ここまで来れば嫌でも気づかされるであろう。その8000ちょっとの点数を削る事が、どれほど難しいかという事を。そもそも和了ることすら困難な状況で、その上8000以上の差を詰めろというのが難しいのは言うまでも無い。

 

(……考えるな。感覚だけで判断するんだ……!)

 

 前局から雑念を振り払って感覚だけで打ってきている亦野誠子ではあるが、若干その精度に解れが生じてきていた。

 どういう事かといえば、考えないように意識しすぎているあまり、ただ単に全ツッパしているような感じとなってしまっていた。その証拠に、この東三局一本場は呆気ない幕切れとなってしまう。

 

 

「……リーチ!」

 

 

亦野誠子:手牌

{一一一②④⑦⑦34赤5678}

 

 

打{横①}

 

 

 

 十一巡目に亦野誠子はリーチを放つ。しかし、些か状況整理を怠ったか、その{①}は宮永照の和了牌となっていた。

 

「……ロン」

 

 

宮永照:和了形

{②③⑤⑤⑦⑧⑨566778}

 

「……平和ドラ2。4200」

 

 無論、宮永照が見逃すはずもなくロンと宣言して牌を倒す。それだけでも前へ前へと傾いていた亦野誠子の気持ちを失速させるには十分なダメージであったのだが、ここでさらなるダメージが亦野誠子の事を襲う事となる。

 

「……確かこの勝負はダブロンありってルールにしたんだったよね……」

 

 小瀬川白望が少しほど笑いながら亦野誠子に向かって聞く。亦野誠子は「あ、ああ……まさか」と思わず声に出してしまっていた。小瀬川白望はそんな亦野誠子の狼狽えるところを見て「悪いな。ダブロンだ……」と言って手牌を倒した。

 

小瀬川白望:和了形

{①②②⑥⑥⑧⑧東東中中北北}

 

「七対子混一色。満貫……8600」

 

 亦野誠子はそれを見て小瀬川白望と宮永照の捨て牌を改めてよく見てみた。宮永照も小瀬川白望も、よく捨て牌さえ見ていれば避けることのできていた振り込みであったのだ。亦野誠子はそれに対して悔やんでいたが、対する小瀬川白望はそんな亦野誠子を見て心の中でこう呟く。

 

(理を捨てるという事と、思考を放棄するのとではまた違う話……常に最大限の思考を働かせて、その上で判断を自分の直感に任せる。その程度を意識しないでできるようにならなきゃ私達には届くわけが無い……)

 

(……確かにさっきの発想は良かったけど……その有様じゃあただの投身自殺。ツメが甘いというか何というか……お粗末だね)

 

 まあ小瀬川白望からしてみればそう感じるのであるのだろうが、実際のところあれだけ追い詰められてああいう発想になるのは感心すべき点であろう。ただ、それがどちらかというとヤケクソになったような状態になってしまったというのが悪かっただけで、固定観念を捨てるという点では評価すべきであろう。

 しかし、まだまだ及第点にはほど遠い。その発想だけの策略で宮永照と小瀬川白望。この2人と闘えるわけがない。そういった意味ではお粗末であると言えるのであろう。

 

(ど、どうしても……どうあっても最終的には振り込んでしまうのか……!?)

 

 おまけにこのダブロンによって亦野誠子の気持ちは完全に折られたようで、何をしようとも振り込んでしまうのではないか、和了られてしまうのではないかという負の思考回路へと誘われていた。一度こうなってしまえば、通常の思考……前向きな思考になるのは余程のことがなければ起こることはない。

 結局、亦野誠子はこの東三局一本場のダブロンを境に失墜。どんどん点棒を減らしていき、最終的には南三局のオーラスでトバされてしまった。

 宮永照と小瀬川白望の闘いも、宮永照が十三飜分を和了りきるまえに小瀬川白望が宮永照を上回るスピードで聴牌して和了っていき、十三飜に達する前に小瀬川白望は亦野誠子をトバして終局。終わってみれば小瀬川白望の勝利で締めくくられた。

 

「……また勝てなかった」

 

 宮永照は少し呆けたような表情で小瀬川白望に向かって言う。2年という歳月は小瀬川白望と宮永照の元々あった力量の差をさらに広げていたようで、南場には入ってからは突き進む小瀬川白望、それを必死に追いかけようとする宮永照という構図が多かった。

 それを聞いた小瀬川白望は「2年もやってなかったのによくそこまで腕を保てたと思うよ」というお世辞ではない、率直な感想を述べる。確かに宮永照の腕は落ちたというわけではない。もしかすると全国大会の時よりも少しばかり強いかもしれない。ただ、それ以上に小瀬川白望が大きく成長していた。ただそれだけのことであった。

 そして小瀬川白望は俯いている亦野誠子に向かって「釣り人さん、まあ色々解れは見られたけど、中々楽しめたよ」と言う。すると亦野誠子は顔を上げて小瀬川白望と宮永照に向かってこう聞いた。

 

 

「……何者なんですか、あなたたちは。多分そこらのプロよりも何十倍も強い。はっきり言って異常ですよ」

 

 そう聞かれた小瀬川白望と宮永照はお互いの顔を見て首を傾げる。そんな事を聞かれたことなんてなかったため、少しほど返答に困ったが、小瀬川白望は亦野誠子に向かってこう答える。

 

「……何だろうね。強いて言うならギャンブラー、かな」

 

「ギャ、ギャンブラー?」

 

「そして照は何だろうね……?」

 

 小瀬川白望が宮永照にムカてそう言うと、宮永照は小瀬川白望の腕を掴んで滅多に笑わない宮永照がニコりと笑って「ギャンブラーのお嫁さん、かな?」と言い放った。

 

「えっ?」

 

「え……」

 

 小瀬川白望と亦野誠子は宮永照の事を驚きながら見る。宮永照は今ようやく自分が心の中で密かに思っていた爆弾発言が口から声として発しられていたということに気付き、顔を真っ赤にしながら「……今のは忘れて」と言って顔を隠した。

 

「そ、そうだ。釣り人さん、携帯持ってる?」

 

 そして宮永照は話題を変えるべく、亦野誠子に向かってそう聞く。亦野誠子は「あ、はい……」と言いながら携帯電話を取り出すと、宮永照は「メールアドレス……交換しよう」と亦野誠子に向かって言うと、小瀬川白望にも「ほら、白望さんも……」と言って、話題を強引に変更しようとしていた。

 

「まあ、いいけど……」

 

 そう言って小瀬川白望が携帯電話を取り出すと、宮永照は小瀬川白望に自分の携帯を渡して「やり方分からないから……やって」と言うと、小瀬川白望は「……そろそろ使い方くらいちゃんと覚えたら?」と言いつつも、宮永照の携帯電話を使って亦野誠子のメールアドレスを登録する。そうして宮永照に返す。そしてその後小瀬川白望が亦野誠子とメールアドレスを交換すると、亦野誠子は「よ、宜しくお願いします……白望さん、照さん」と改まって挨拶をする。

 

「宜しく。誠子さん」

 

「宜しく……」

 

 宮永照と小瀬川白望がそう言うと、「照、この後どうする?」と小瀬川白望が宮永照に聞く。そんな光景を見て、亦野誠子は心の中でこう思ったそう。

 

(……本当に夫婦になれるんじゃないかな。この2人……似た者同士だし……)

 

「……?どうしたの、誠子さん」

 

 そんな亦野誠子を見て宮永照がそう聞くが、亦野誠子は「いや、何でもないです」と笑って誤魔化した。

 

 




次回も東京編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第233話 東京編 ㊱ 鈍感、天然

東京編です。
明日でやっと今週が終わる……


------------------------------

視点:神の視点

 

「誠子はこれから何か用事とかある?」

 

 さっきまで宮永照と、亦野誠子曰く夫婦のようなやり取りをしていた小瀬川白望は、今も尚若干顔を赤くしながらも亦野誠子にそんな事を聞いた。亦野誠子は別に何も用事とかは無いと言いかけたが、ここで亦野誠子は宮永照と小瀬川白望の方を見てこんな事を考えた。

 

(……これは2人の空間を邪魔しちゃ悪いかな)

 

 これはちょっとした亦野誠子なりの気遣いということだ。それに、も今小瀬川白望が亦野誠子の事を呼び捨てで、尚且つ名前で呼んでいたことにより宮永照の亦野誠子に向ける視線には若干の嫉妬が含まれていた。今も尚亦野誠子が思考を働かせている間も少しムッとした表情で亦野誠子の事を見ていた。亦野誠子はさっきの小瀬川白望の発言からして、宮永照に好意を抱かれているのは気付いていないのだろう。あれだけの爆弾発言をされたのにも関わらずあんな事を言える小瀬川白望はド天然なのであると結論付けながら、亦野誠子はようやく口を開く。

 

「いや……これから連れとちょっと釣りの用事が入ってるので……」

 

 亦野誠子はそう言うが、実際はそんな事はなく完全に亦野誠子の嘘であったが、小瀬川白望は「そうなんだ……」とつぶやく。あの感じからして、亦野誠子の嘘には気付いていないのだろう。

 

(麻雀ではあんなに私の心を読んできたのに、まるで別人みたいだなあ……いや、ただ"そういうの"に鈍感なだけか……)

 

 亦野誠子は思わずニヤついてしまいそうになりながらも、「じゃあ、私はこれで。ありがとうございました」と言って頭を下げる。小瀬川白望は「うん……こっちもありがとう」と言い、宮永照は少し表情を明るくしながら「ありがとうね。亦野さん」と言う。

 そんな亦野誠子は明るい表情を浮かべる宮永照を見て、(この人はこの人で何というか……分かりやすいというか……)と思いながら、宮永照のところまで近づくと、小瀬川白望に聞こえないようにそっと耳打ちするようにこう言った。

 

「宮永さん。頑張って下さいよ」

 

 それを聞いた宮永照はびっくりしながらも、顔をまたもや赤くしながら「な、何を……」と亦野誠子に向かって言うが、亦野誠子はふふっと笑いながら(やっぱり分かりやすい人だなあ……)と思いつつ、「じゃあ、またいつか!」と言い残して雀荘を後にした。小瀬川白望は「じゃあね……」と、宮永照は「え、あの……」と何かを言いたそうにしていたが、亦野誠子はせっせと帰って行った。

 

 

「……行っちゃったね」

 

「ふえっ!?そ、そう……だね」

 

 小瀬川白望がふとそんな事を口にすると、宮永照は驚きのあまり変な声を発しながらも小瀬川白望の言葉に反応する。さっきの亦野誠子の言葉のせいで全く思考が働いていない状況となった宮永照は頭が真っ白になっているが、小瀬川白望はそんな宮永照に向かってこう言った。

 

「じゃあ、私たちも行こうか」

 

 そう言って小瀬川白望は右手を宮永照の左手に向かって差し出す。宮永照は顔を赤くしながらも「うん……行こう」と言って小瀬川白望の右手を握り、雀荘を後にした。

 

(……白望さんの手、あったかい……)

 

 宮永照は小瀬川白望の手の温もりを感じながら、東京の道を2人は歩いていると、小瀬川白望はふと宮永照にこんな事を聞いた。

 

「ねえ、照」

 

「……何?白望さん」

 

 そう宮永照が返事すると、小瀬川白望は「それ。それだよ、照」と宮永照に向かって言う。宮永照はぽかんとした表情でいると、小瀬川白望は宮永照の方を見てこう言った。

 

「……もう知らない中じゃないんだし、別に"さん"付けじゃなくてもいいんじゃない?」

 

 小瀬川白望がそう言うと、宮永照は「そ、そうかな……」と返す。一見して平静を装おうとしているが、しっかりと顔が紅潮してしまっているので、焦りと恥ずかしさでいっぱいなのがしっかりと顔に出ていた。

 

「……それとも、私を呼び捨てで呼ぶのは嫌?」

 

 そしてさらに小瀬川白望が詰め寄ると、宮永照は半ばやけくそのような感じで小瀬川白望に向かって「わ、わかった……!」と答える。

 

「分かったよ……白望さ……じゃなくて、白……望///」

 

 それを聞いた小瀬川白望は少し満足げな表情をして「ありがとう。照」と言う。宮永照はこれまで他人の名前を呼び捨てで呼んだことなど殆どなかった。その上言う相手が想いを寄せている小瀬川白望である。恥ずかしさはまさに絶頂を迎えていた。

 そして落ち着きを取り戻した宮永照は、いきなり名前を呼び捨てで呼べと言ってきた小瀬川白望に対して「でも……いきなりどうしたの。し、白望……」と、未だ慣れない呼び捨てで聞くと、小瀬川白望はこう返した。

 

「いや……みんな私の事を呼び捨てで呼ぶから、照もそうした方が違和感無くて良いかなって……まあ例外はいるんだけど」

 

「え……そ、そう。そうだったんだ……」

 

 そう言って宮永照は少しばかり落ち込む。もしかしたらてっきり小瀬川白望が自分の事を特別視してくれているのかと期待していた宮永照はため息まじりに心の中でこう言い放った。

 

(はあ……期待した私が馬鹿だった……)

 

 そんな宮永照を見て小瀬川白望は「ん……どうしたの?照」と問いかけるが。宮永照は少しむすっとした表情で「ううん……なんでもない」と返答する。小瀬川白望はそれを聞いて、(何かあったのかな……)と的外れな考察をする小瀬川白望であった。

 

 




次回も東京編。
流石天然誑しは違いますね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第234話 東京編 ㊲ 迷子

東京編です。
至福の土日。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「あ、し……白望」

 

 宮永照がやはり慣れない呼び捨てで小瀬川白望の事を呼んで遠くの方を指差すと、小瀬川白望は「……どうしたの?」と返して宮永照が指差す方向を見る。が、そこにはかなりの人や物、店があったので、どれを指して言っているのか分からずに小瀬川白望が再び「……何かあったの?」と聞き返すと、宮永照は小瀬川白望に説明を付け加えた。

 

「……いや、あの人。何か困ってそうだから……」

 

 宮永照がそう言って初めて、小瀬川白望はようやく宮永照が指していた対象の人を発見する。確かに、よく見てみると何か困ったような表情をしていた。小瀬川白望は宮永照に「……ちょっと声、かけてみようか」と言うと、宮永照は「うん……人助けだね」と言って、その人のところへと向かい、近くまで行くと、小瀬川白望はその人に向かって声をかけた。

 

「ねえ、そこの人」

 

「えっ?わ、私ですか……?」

 

「うん。まあ……」

 

 声をかけられた当人は少しばかりびっくりして小瀬川白望と宮永照の事を見る。そして2人に向かって「……何か用ですか?」と聞く。少しばかり警戒しているような雰囲気であったが、何か悩んでいたところに見知らぬ2人に話しかけられたら驚いたり警戒したりするのも無理はないであろう。

 とりあえず小瀬川白望は「いや……困ってそうだったから、つい」とその人に向かって言う。隣にいる宮永照はそれに付け加える形で「何かあったの?」とその人に聞いた。

 

「いや……少し道に迷ってしまって……こういうところに来るのはあまりないので、つい……」

 

 『迷った』。それを聞いた小瀬川白望は咄嗟に方向音痴ですぐに迷いそうな宮永照の方を見る。すると視線を感じた宮永照は少しジロリと小瀬川白望の事を見ると、「私は方向音痴じゃない」と呟いた。小瀬川白望は心の中で(……どう考えても方向音痴以外の何者でもないんだけどなあ)と思いながらも、迷っているという人に向かってこう言う。

 

「そっか。何処に行こうとしてたの?」

 

「○○という店で……」

 

 東京の地形や店などの情報に疎い小瀬川白望が聞いたところで、何処にあるのかも分かるはずがないのだが、とりあえず聞いてみた。もしかしたら、宮永照が奇跡的に知っている可能性もあり得る。まあ、仮に知っていたとしても宮永照がそこまでの道をちゃんと覚えておいて、尚且つそこまでたどり着くことが出来るかと言われれば話はまた変わるが。

 そうして小瀬川白望は一か八かで宮永照に「うーん……照、知ってる?」と聞いてみると、意外にも「うん、知ってるよ。……白望」と答えが返ってきた。それをきいた迷っているという人は表情が明るくなり、宮永照に向かって「そこまでの道、教えていただけますか?」と聞いた。

 

「うん……分かった。ついてきて」

 

 宮永照はそう言うが、小瀬川白望は内心心配で仕方がなかった。あの超絶方向音痴の宮永照が、本来道を聞く側であるはずの宮永照がまさか人に道を教える事になろうとは。空から槍が降ってくるのではないかという心配と、果たして本当にそこまで行けるのかという心配の二つの意味で心配になりながらも、小瀬川白望は宮永照に向かってついていった。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「そういえば、名前は?」

 

 

 歩くこと20分。果たして道があっているのか間違っているのか、それすらも分からないまま歩き続ける小瀬川白望であったが、ふとここで迷子の人の名前を聞いていないという事を思い出した。

 

「渋谷尭深です」

 

 すると迷子の人は渋谷尭深と名乗った。それをきいた小瀬川白望は「へえ……良い名前だね」と返すと、今度は逆に渋谷尭深が小瀬川白望と宮永照に向かって「あの、あなた方のお名前は?」と聞いてきた。

 

「私は宮永照」

 

「小瀬川白望……」

 

 2人はそう答えると、渋谷尭深は「成る程……記憶しました」と言った。そうして小瀬川白望は続けて「渋谷さんはその店に何か用でもあるの?」と渋谷尭深に向かってきいた。

 

「ちょっと日本茶を飲みに……」

 

「へえ……お茶、好きなんだ?」

 

「はい。まあ、お茶と言ったら静岡ですけど。都内でも有名な日本茶のカフェがあると聞いたので、居ても立っても居られなかったんですけど……そのお店が何処にあるのかをしっかり調べてませんでした」

 

「ふーん……」

 

「良かったら、お二人も一緒に飲みませんか?日本茶」

 

「そうだね……照、そうしようか?」

 

「うん……そうしよう」

 

 そして小瀬川白望は再び歩きながら、ここである疑問が浮かんできた。それは何故宮永照がその日本茶のカフェを知っているのかということであった。それを宮永照に聞いてみると宮永照は「いや……カフェっていったら甘いものとかありそうだから、そういうカフェとかは知識豊富なんだ」と返してきた。成る程、それなら合点が行くと小瀬川白望は納得すると、宮永照が急に止まった。

 そして店らしき建物を指差すと「着いたよ。渋谷さん、白望」と2人に向かって言う。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 渋谷尭深は宮永照にお礼を言う。小瀬川白望も感心して宮永照の事を賞賛しようとしたが、ここで小瀬川白望はあることに気づいてしまう。実はこの場所、先ほど一回通った道なのであった。ということは通り越して尚且つ遠回りしてここまでやってきたということで、やはり宮永照の方向音痴は治ってはいなかったということになる。

 

(もし、ここにまた戻ってこれなかったらって考えると……すごくダルいな)

 

 まあ、何はともあれ無事に着いた事には変わりない。時間は本来かける時間以上かかったが、無事にたどり着けたことが僥倖である。そう思いながら、小瀬川白望は渋谷尭深と宮永照と一緒に、その店へ足を踏み入れた。

 




次回も東京編。
照&たかみー編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第235話 東京編 ㊳ お茶より譲れない

東京編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「うわあ……風流だね……」

 

「いかにも『和』って感じ……」

 

 

 若干遠回りしたり通り過ぎたりなどと時間はかかったものの、無事たどり着く事ができた三人が店へと入ると、そこにはいかにも和風のような感じの店内であった。宮永照と小瀬川白望はその内装に思わず声を出して周りを見渡す。小瀬川白望はもちろん、宮永照も実はそういう店があるということだけは知っていて、実際は行ったことはないのであった。確かに凄いところだと宮永照は聞いていたのだが、その宮永照の予想の一回り、ふた回りも上をいっていた。一方の渋谷尭深はというと、自分の目的の場所へと来れて言葉も出ないほど感動していたのか、それともこの和の感じを静かに感じたいのかは分からなかったが、黙ったまま店内を見ていた。

 そして店員によって三人は和室の一室へと案内されると、そこもまあ見事なまでの『和』であった。三人の心が更に高揚する。そして三人はメニューを確認すると、ずらりと並んだ『和』のメニュー。こういう機会でなければ多分今後一切食べることのないであろうものもあり、三人の気分はまさに絶頂を迎えていた。

 

「凄いね……心が落ち着く……」

 

 小瀬川白望がそう言うと、宮永照と渋谷尭深は黙ってコクリと頷く。そうして三人がメニューを決め終え、店員を呼び出してメニューを取ってもらった。

 そして注文したものが届く。頼んだのはまずはもちろん日本茶。これのためのきたようなものだ。あとは思い思いのメニューをオーダーし、あらかた揃うと三人はまず日本茶を飲もうとした。

 

 

「熱……」

 

「ちゃんち冷まさなきゃ……熱っ」

 

 熱がる小瀬川白望を嗜める宮永照が即座に小瀬川白望と同じことをするというコントのようなやり取りを見ながら、渋谷尭深は慣れた感じで日本茶を飲む。2人はそんな渋谷尭深を見て「熱くないの?」と問いかけるが、渋谷尭深は「慣れてますので……」と言って再び日本茶を口にする。

 

「あ、このお菓子美味しい……」

 

 そして宮永照は自分が注文した和菓子を食べながら若干猫舌の宮永照が飲めるほど冷めた日本茶を飲む。流石甘党というべきか、小瀬川白望からみてかなりの量の和菓子を注文していたはずなのだは、宮永照は物ともせず次々と口へと運ぶ。

 

「……甘いもの、お好きなんでしょうか?えっと……」

 

「宮永照。宮永でも照でもどっちでもいいよ。そして隣にいるのが……」

 

「白望さん、ですよね」

 

「あれ……知ってたんだ?白望の事」

 

 宮永照がそう言うと、渋谷尭深が少し戸惑ったような表情をしながら「いえ……宮永さんが何度も言っていたものでしたから……」と答える。宮永照は「ああ、そうか」と言った天然ボケも披露しながら、どんどん和菓子を食べていく。そして少し経って、自分に向けられた質問にまだ答えてなかったと思い出した宮永照は「まあ……かなり大好きな方。甘いものがないとやってられない……渋谷さんは?」と渋谷尭深に向かって聞く。

 

「私はお茶にあうものだったら基本なんでも好きですね……」

 

「ふーん……」

 

 渋谷尭深の返答を聞きながら内心で(この人とは気が合いそうだな……)と考えながら和菓子を食べる。そして食べ終えると、三人は立ち上がって会計する事にした。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ふう……本当にありがとうございました」

 

 そして店から出た渋谷尭深は、ここまで導いてくれた宮永照と小瀬川白望にお礼を言う。宮永照は「困った時はお互い様だから……」と返す。

 

「渋谷さんはこれから何か用事でもあるの?」

 

 そして小瀬川白望が渋谷尭深にそう聞くと、隣にいる宮永照の表情が一気にムッとした表情になる。前の亦野誠子は『そういう空気』をうまく察知する事ができたが、渋谷尭深は察知する事はできなかったようだ。

 

「いえ……何もありませんけど」

 

「じゃあそれならこれから私たちと一緒に来る?」

 

「……でも、そちらにまた迷惑をかけるのも……」

 

 渋谷尭深がそう言った瞬間宮永照の表情が元に戻り、目を輝かせるが小瀬川白望の放った「全然。私たちもそんな用事があるわけでもないし……」という言葉によってまたも顔がムッとした。

 

「そうですか。そうでしたら、ご一緒させて頂きます」

 

 渋谷尭深はそう言ってお辞儀をする。宮永照はそんな渋谷尭深を見てこう思ったそう。

 

(……前言撤回。この人とは仲良くやっていけないみたい)

 

 そうして小瀬川白望に聞こえないように宮永照はそっと渋谷尭深の眼前まで近寄り、小さな声でこう囁いた。

 

「……譲る気はないからね」

 

「?……なんの事です?」

 

 渋谷尭深はそう聞き返すが、宮永照には聞こえていなかったらしくその時には宮永照は渋谷尭深にわざと見えるように小瀬川白望の腕にしがみついた。そしてようやく宮永照の言っていた事を渋谷尭深は理解した。

 

(……なるほど、そういう事でしたか。宮永さん……残念です。せっかく仲良くなれると思っていたんですけど……)

 

 なんと悲しい事であろうか。渋谷尭深はそんな事を考えながら宮永照の事を見る。渋谷尭深がそう心の中で呟いた訳は、もはや言うまでもあるまい。そう、この瞬間から宮永照と渋谷尭深は敵同士。恋敵同士となったのであった。

 

 

(確かに時間は宮永さんより浅いんでしょうけど、関係はないです……私も初めてお茶より譲れないものができたんですから……)

 

 

 そう心の中でつぶやき、小瀬川白望の近くをついていく。確かに渋谷尭深のは一目惚れに近いようなものである。しかし、渋谷尭深がこういう感情になったのは初めてなのであったのだ。いくら宮永照の愛情が本物であろうとも、渋谷尭深のそれも劣るほど薄っぺらいものではない。と彼女は思っていたん。そしてなるべく、離れないようにして近くをついていった。いつもは寡黙気味でクールな渋谷尭深であったが、この時ばかりは内に秘める焔を灯していた。

 

 

 




次回も東京編。
まさかの修羅場ターイム。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第236話 東京編 ㊴ 妙な違和感

東京編です。
ああ、休日が終わる……


-------------------------------

視点:神の視点

 

「さあ、行こうか。白望」

 

「行きましょうか。白望さん」

 

「えっ、ああ……そうだね」

 

 宮永照と渋谷尭深が小瀬川白望の両側について腕を掴んでそう言う。小瀬川白望は2人にいきなり掴まれたため少しほど驚くが、心の中で(2人とも笑顔だし、いつの間にか仲良くなったのかな……?)と事実とは正反対の事を考えながら2人の事を見る。実際は仲が良いという事は微塵もなく、恋敵として火花を散らしあっているだけなのだが。もちろん笑顔で互いの事を見ているのも、作り笑顔であり、薄皮一枚剥げばそこには闘志に燃える恋する乙女()のような表情をしている事だろう。

 当然ながら、小瀬川白望はそれが作り笑顔である事に気づくわけもなく、2人は仲が良くなったのであろうというある筈のない空想を頭の中で考えていた。そんな小瀬川白望の事を見てか、赤木しげるは心の中でこう思ったそう。

 

【(……本当になんでコイツが刺されねえのか、そしてコイツがなんでこれほどにも恋に疎いのか……確かに俺もそういうのは興味は無かったが、ここまで疎いって事はないな……分からねえな、コイツらは本当に……)】

 

 赤木しげるでさえも何故小瀬川白望がそういう他者からの好意、愛情というものを受け取る事ができないのか分からなかった。本人でさえもまず感じることができないという事に気付いていないため、何故なのかは誰にもわかる事はないのだ。

 

【(……全ての原因ってわけでもないんだろうが、コイツは優しすぎる……無論、勝負の時はそういう情をかなぐり捨てて非情に徹するんだろうが、それ以外の時のコイツは違う……俺のような一匹狼ではなく、人に優しく接する事のできる人間……今は無理でも、将来コイツは俺が手にした"友"とはまた違った、俺が得られなかったものを得れるかもな……)】

 

「さあ、どこに行きましょう?白望さん」

 

「そ、そうだね……2人は何処がいい?」

 

「「私の家!」」

 

 小瀬川白望の問いに対して宮永照と渋谷尭深は同時に同じ言葉を発する。小瀬川白望は困惑しながらも、両者の思いを聞き入れ、結局困ったのでどちらの家にも行くという事に決まった。それを聞いた宮永照と渋谷尭深は心底不満足な結果であるといった表情をしそうになったが、それを堪えて笑顔で「じゃあそうしようか。ね、渋谷『さん』?」 「そうですね、宮永『さん』」と言った裏のある言葉を交わしながら、最初は渋谷尭深の家に行く事になった。

 

(なんだこれ……何が何だか分からないけど……凄くダルそうな気配が……)

 

 小瀬川白望はようやくここで2人の違和感を感じるが、結局何故なのかは分からず仕舞いで思考は中断され、宮永照と渋谷尭深の両者に腕を引かれながら小瀬川白望は連れて行かれるのであった。

 

 

 

-------------------------------

 

「ようこそ、白望さん……宮永『さん』」

 

「お邪魔します、渋谷『さん』」

 

「え、ああ……お邪魔します……」

 

 小瀬川白望は未だに宮永照と渋谷尭深の間に妙な違和感を感じているものの、ここで口を挟んでも2人に怒られそうな感じがしたので言うことを止めようとした。が、小瀬川白望はどうしても気になってしまい、思わず2人に仲が悪いのかと聞いてしまった。

 

「いえ、そんな事はありませんよ、ねえ?宮永さん」

 

「うん。そうだよ……渋谷さん」

 

「そ、そう……ならいいけど……」

 

(やっぱり……この2人、ダルい関係だなあ……)




次回も東京編。
日曜なのに忙しい……案の定今回短い……私の日曜はどこ……ここ……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第237話 東京編 ㊵ ギスギス

東京編です。
嫉妬に燃える2人……若干のキャラ崩壊。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「お茶どうぞ。白望さん、宮永さん」

 

「え、ああ……ありがとう」

 

 渋谷尭深の家の中に入ってリビングにある椅子に座った小瀬川白望と宮永照は渋谷尭深からお茶を出される。

 小瀬川白望は未だ拭いきれない違和感を感じつつも、しかし深く追求できないもどかしさを感じながら渋谷尭深のことを見る。さっき彼女が2人にお茶を出す時も、小瀬川白望の時は静かにテーブルに置いたが、宮永照の時は少し力が入っていたような感じもした。

 小瀬川白望は出されたので取り敢えずお茶を口にするが、隣にいる宮永照は一口も飲もうという気配はなかった。

 

(……流石私のライバル。リビングだけじゃなく、さっきチラッと見えた自室も綺麗に整ってる……女子力のなせる業だね)

 

 宮永照はリビングの周りをじっくりと観察しながら渋谷尭深というライバルを見定める。宮永照も認めたくはないものであったが、今の所渋谷尭深は非の打ち所がない完璧人であった。部屋も綺麗、持て成しも十分、礼儀正しい……まるで架空のキャラクターかと思ってしまうほどであった。

 しかし、それで屈する宮永照ではない。というか、屈するという選択肢以外何もないのだが。

 

(……私も今日に備えて部屋はもちろん、あらゆる場所を掃除した。万全の体制なのはこちらも同じ……)

 

 なぜか心の中で勝ち誇っている宮永照を見て、渋谷尭深がわざとらしく「そんなに部屋を見渡して……何かありましたか?」と聞いた。虚をつかれた宮永照は少し動揺しながらも「いや……なんでもない」と返答する。

 それを聞いた小瀬川白望は、改めて渋谷尭深のリビング内を見渡す。そして「そういえば……凄い綺麗だね」と発した。

 

「ありがとうございます。白望さん」

 

「うん……まあただ思ったことを言っただけなんだけどね……」

 

「それだけでも嬉しいです。掃除しがいがありますよ」

 

(むー……渋谷さんばっかり……)

 

 渋谷尭深の家ということでどうしても招く側と招かれる側で話すという構図、つまり小瀬川白望や宮永照が渋谷尭深と話す事が多く、招かれる側同士の小瀬川白望と宮永照が話す機会というのは少ないのは仕方のないことなのだが、それでも宮永照の嫉妬心を高めるには十分だった。

 

 

(照……やっぱり尭深さんと仲悪いのかなあ……?)

 

 そしてそんな宮永照を横目で見ながら、渋谷尭深との関係性についてまたもや考察する。何が原因で仲が悪いのかはもちろん原因である小瀬川白望が気づくわけがなく、答えは出ないままであった。

 小瀬川白望がそんな事を考えていると、渋谷尭深が小瀬川白望に向かってこう話しかけてきた。

 

「あの……すみません、白望さん」

 

「ん……?どうしたの?」

 

 小瀬川白望がそう言うと、渋谷尭深は恥ずかしがりながら携帯電話をテーブルに置いて小瀬川白望にこう言った。

 

「あの……メールアドレスとか、教えてもらっても……」

 

「ああ、全然良いよ。じゃあ照とも交換すれば?」

 

 そして小瀬川白望は要らぬ気遣いを見せる。渋谷尭深が交換しようと言い出した瞬間に小瀬川白望は自慢の思考力でなんの違和感もなく宮永照とメールアドレスを交換させて、仲を良くさせようという小瀬川白望の計らいなのであったのだが、関係が小瀬川白望の考えている以上にギスギスしている宮永照と渋谷尭深にとっては火に油を注ぐような行為であった。

 しかし、小瀬川白望の提案ということで断ることもできない渋谷尭深は宮永照に向かって「じゃあそうしましょうか、宮永さん」と言う。宮永照も「そうだね……そうしようか」と笑って言う。が、その目は全然笑っておらず、それは渋谷尭深も同じであった。

 因みにこの小瀬川白望の提案が原因で、後日宮永照と渋谷尭深のメール上での喧嘩などが度々起こってしまうこととなるのだが、それはまた別の話である。

 

 

「ふう……そろそろ時間かな」

 

 そしてメールアドレスを交換して時間が経ち、宴も闌となったとこで小瀬川白望がそう言う。それを聞いた渋谷尭深は少し不満そうな表情を押し殺して「そうですか……少し残念ですけど、仕方ないですね……」と言う。逆に宮永照は表情を明るくしながら小瀬川白望に向かって「じゃあ、そろそろ行こうか。白望」と言う。

 

「本当は私も行きたいところですけど……親が帰ってくるらしいので、残念です……」

 

「うーん……まあ岩手と東京じゃあ中々会う機会もないしね。でもまあ、そのためにメールアドレスも交換したんだし……暇なときはいつでも話しかけて」

 

 小瀬川白望がそう渋谷尭深にそう言う。もちろん、隣にいる宮永照が動揺と嫉妬の混ざった表情をしている事には気付いているわけがなかった。

 

「そうですね。ではまた、お元気で」

 

「バイバイ、尭深さん……」

 

「『尭深』です」

 

「えっ?」

 

「そう呼んで下さい。さん付けではなく……私もそうしますので」

 

「……分かった。尭深」

 

「さようなら、白望」

 

 

 渋谷尭深は玄関に向かって歩く小瀬川白望にそう言いながら、笑顔でそう言う。渋谷尭深は小瀬川白望よりも年下であったはずなのに、なんとも烏滸がましいものだと感じながら宮永照は歯を食いしばってどうにか渋谷尭深に一泡吹かせたいと思っていた。

 

(そうだ……麻雀でちょっとお灸を据えてやろう……)

 

 こうして後日宮永照がこの時点では初心者であった渋谷尭深をネット麻雀で誘って麻雀を打つことで、後にチーム虎姫の一員となるほどまで成長するのだが、それもまた別の話である。

 

「じゃあ、行こうか。照」

 

 小瀬川白望が宮永照に向かって言う。宮永照は多分記者たちがいつも見ている営業スマイル以上の笑顔を浮かべて「そうだね、白望」と言って手を握って宮永照の家へと向かった。




次回も東京編。
ギッスギスしてますね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第238話 東京編 ㊶ 防波堤

東京編です。
若干過激……かも?


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「私の家はここ……」

 

「ここが照の家か……何気に初めてかな、照の家に来るのは……」

 

 宮永照が指さした家を見て小瀬川白望はそう呟く。そもそも照と会うこと自体そんなに回数があったわけでもないので、小瀬川白望が宮永照の家に来るのは初めてなのもなんら不思議なことではない。

 小瀬川白望はそんな宮永照の家を外からまじまじと見る。流石に辻垣内智葉の家のような豪邸ではなかったが、随分と立派な家であるのは確かである。

 

(まあ……智葉の家みたいに広かったらそれこそ問題だけど……)

 

 よく辻垣内智葉の家が比較対象として出される場合が多いが、あくまで辻垣内智葉のところの家柄は『普通ではない』のだ。それもちょっとやそっとの問題ではなく、常軌を逸したものである。そんな家と他の人の家の大きさが同じであったらそれこそ恐ろしいものだ。

 

「……ようこそ」

 

 そんな事を考えながら宮永照の家の玄関の前までやってくると、宮永照が玄関の扉を開けて、小瀬川白望に向かってそういった。小瀬川白望は「おじゃまします……」と言って小さく会釈して中に入っていく。

 

(……尭深の家と同じくらい綺麗だな)

 

 小瀬川白望が入ってまず思ったのはそこである。宮永照は小瀬川白望から見て結構ポンコツなイメージがあったのだが、中は意外と綺麗であった。見た目によらず几帳面なのかと小瀬川白望が考えているところを見て、宮永照は少し不安になった。

 

(どうしたんだろ、白望……もしかして部屋、白望から見て綺麗じゃないのかな……結構掃除頑張ったつもりだったんだけど……)

 

 実際小瀬川白望は綺麗だと思っているので、これは宮永照の単なる過剰な心配だけなのだが、ともかく今の宮永照はネガティヴな状態であった。ただでさえ渋谷尭深との一件で少しナーバスな状態になっている宮永照に、小瀬川白望に無言でいられるとそれが心配になってしまうのであった。

 そして宮永照は心の中にモヤモヤを抱えながらも、小瀬川白望をリビングまで連れて行って、もてなしの飲み物をとりあえず差し出す。

 

「ん、ありがと」

 

 小瀬川白望がそう言うので、宮永照も若干嬉しくなるが、そう簡単にネガティヴからは脱却できず、暫しの間沈黙が訪れてしまった。宮永照もこの空気から脱却したいのは山々なのだが、いかんせんどう話しかけていいのか分からず、困り果てていたのである。

 

「ねえ、照」

 

「っ!?な、何……白望?」

 

 すると突然、小瀬川白望が宮永照に向かって声をかける。宮永照は客観的に見ても過剰な反応を見せて小瀬川白望に聞き返すと、小瀬川白望はそんな宮永照を見てこう言った。

 

「やっぱり尭深とは仲が悪いの?」

 

「……別に、そういうわけじゃ……」

 

 宮永照は顔を逸らし、少し声のトーンを落としてそう言う。まただ、そう宮永照は頭の中で思った。また自分ではなく他の人、他の人、他の人の話……確かに、小瀬川白望は優しい。それは揺るぎないものだ。かくいう宮永照も、その優しさに惹かれたものだ。が、それと同時に小瀬川白望は誰にでも優しすぎたのであった。故に、自分だけという事はいかないのである。自分はこれほどまでにも小瀬川白望の事を欲している、愛している。そうだというのに、小瀬川白望はそれに気付かず、誰にでも差別なき優しさを与えるのだ。正直言って、嫉妬という枠組みをもはや超えてしまっていたのであった。

 渋谷尭深など度重なる嫉妬のオンパレードによって、宮永照の心は荒みきっていた。嫉妬、と漢字二文字で簡単に表しているが、宮永照が抱える心のドロドロとしたものはもはや漢字二文字では形容することのできないほどまでに成長しきっていた。

 

「でも、なんか『尭深』と仲が良くなさそうだったし……私もああいう空気だと、ちょっとダルい……」

 

「……ッ!!」

 

 そしてこの小瀬川白望の言葉、それによって宮永照が必死に押さえつけていた防波堤が決壊した。あらゆる感情を堰き止める防波堤はもはや存在せず、感情と欲望だけが彼女を構築していた。

 

「白望……ちょっとついてきて」

 

 宮永照はすっと立ち上がって、小瀬川白望に向かってそう言う。小瀬川白望は疑問そうな表情をしていたが、まんまと宮永照についてきてくれた。こういう疑問に思っていながらも何も聞く事なく、しっかりとついていっている辺り小瀬川白望の優しさがうかがえる。……しかし今回はその優しさが仇となってしまったのだが。

 宮永照は小瀬川白望を引き連れてある一室へと連れてきた。そう、そこは寝室であった。無機質なベッドと、教材が並べられている学習机が存在しており、まさに生活感溢れる部屋であった。

 

「……ここ、照の部屋?」

 

 小瀬川白望は首を傾げながら部屋を見渡してそう言うが、宮永照はその問いに答えず、静かに戸を閉め……そしてガチャリと鍵を閉めた。

 

「……照?」

 

 流石の小瀬川白望も問いてしまうほど怪しすぎる行動をとった宮永照だが、小瀬川白望の問いかけを無視してそのまま小瀬川白望をベッドへ押し倒し、そのまま接吻した。

 小瀬川白望は目を見開いて驚きの表情を浮かべる。何が起こっているのか理解した頃には、既に宮永照の唇が離れた後であった。

 

「……ッ、て、照!?」

 

 小瀬川白望は驚愕しながら宮永照の事を叫ぶが、宮永照はそれに応じない。小瀬川白望は抵抗しようにも、宮永照が両手を押さえつけているため、足でしかもがく事ができなかったが、万が一宮永照に怪我を負わせたらと考えていたのだろうか、小瀬川白望の抵抗は宮永照を払い退けるには勢いが足りなかった。

 

(なんで……なんで抵抗しないの……?)

 

 そして宮永照はそんな小瀬川白望を見て、半ば放心状態になりながら心の中で呟く。どうして、あんな事をいきなりした自分の事まで配慮しているのであろうか。それが謎で仕方なかった。どこまで寛容なんだ、どこまで優しいんだ。……宮永照は何もかもが分からなくなっていた。

 

(どうして……どうして!)

 

 

「……白望、抵抗しなよ。このままだと、どうなっても知らないよ」

 

 宮永照はそんな小瀬川白望に対し、一種の苛立ちにも似た何か変な感情にどっぷりと浸かりながらも、わざわざ小瀬川白望に忠告する。しかし、小瀬川白望はそれを聞いた上でも抵抗しなかった。

 

「……な、んで……」

 

 気がつけば、宮永照が小瀬川白望の手を押さえていた手は緩み、押さえつけている状態からただ単に馬乗りになっている状態となってしまった。しかしそれでも尚、小瀬川白望は振り払う事はしない。むしろ逆、小瀬川白望は上体を起こして宮永照をそっと抱きしめた。

 

「……ごめん、照」

 

 そして一言、宮永照に向かって言う。その一言が引き金となって、宮永照はポロポロと涙を流してしまった。抱きしめながら謝る小瀬川白望に向かって、宮永照は泣きながらこう言う。

 

「ううん……違う、違うんだよ……」

 

 そう言って宮永照は抱きしめられた状態から、今度は小瀬川白望の腹部に抱きついて、頭を埋める。小瀬川白望は何も言わずに、宮永照の話を聞いていた。

 

「怖かった……白望が私の事、どうでもいいと思ってたらって考えると……怖くて」

 

「……そんな事ない。照は私の大切な人」

 

 そう小瀬川白望は宮永照に向かって言うと、宮永照は嬉し涙なのかもはや分からぬ涙に顔を濡らしながら、小瀬川白望に再び強く抱きしめる。

 そうして宮永照が落ち着きを取り戻すまで、2人はずっと抱き合っていた。




次回も東京編。
いや〜素晴らしいですね(殴


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第239話 東京編 ㊷ ぶり返し

東京編です。
そういえば何気に前話で通算250話目なんですね。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……さっきはごめん」

 

 あれから十数分が経ち、なんとも言えぬ気まずい微妙な空間が構築されてしまった宮永照の寝室。その部屋にある、先ほど小瀬川白望を押し倒して強引に接吻したベッドの上で、宮永照は小瀬川白望にそう言って謝罪する。

 

「いや、別に謝んなくてもいいよ……確かにさっき強引にやられたのはビックリしたけど、照にも思うところがあったんだし……」

 

 確かに小瀬川白望の言っている事は正しく、別に間違っている事でもないのだが、今宮永照の頭の中には感情に流されてしまったとはいえ、それに乗じてあんな事を小瀬川白望にしてしまったという自責の念を感じていた。

 そうして再び互いに声すら交わさないもどかしい空間が出来上がってしまった。やはりあの事件が起こってからでは気分転換に何かしようという空気ですらないのは明々白々であった。

 部屋は沈黙で満たされ、唯一何か聴こえるとしたらそれは体がベッドの布団と擦れる音であり、それ以外は何一つ聴こえる事はなかった。

 

(……この空気、どうしよう)

 

 宮永照は現状を打破しようと考えながら、なんでさっき自分はあんな事をしてしまったのであろうという再び後悔していた。対する小瀬川白望も、何も言わずただ黙ってどこかをぼーっと見つめている。ただでさえ何を考えているのか、麻雀でも普段でも分からない小瀬川白望の心情が、今の状況で分かるはずなどなかった。

 

「……」

 

 そうして宮永照が困り果てていると、小瀬川白望が黙ったまま立ち上がって、宮永照を背後からそっと抱きしめた。宮永照が必死に思考を働かせていたため、背後にいた事はおろか、小瀬川白望が立ち上がっていた事にすら気づいていなかった。宮永照にとってはいきなり抱きつかれた形となったため、驚いて声を挙げてしまう。

 

「……少し、このままでいさせて」

 

 宮永照は小瀬川白望が何故抱きついてきたのか分からなかったが、取り敢えず小瀬川白望のやりたいようにやらせる事にした。

 

(また、ぶり返してきたのかな……身体、寒い……)

 

 そして当人の小瀬川白望は、前日の風邪が少しぶり返してきたような事を感じていた。流石に熱が下がっていたとはいえ、昨日の今日で完全に治ってはいなかったのかもしれない。とはいえ、まだ身体の寒気だけで、そんなに辛そうな表情ではなかった。故にそんな冷える身体を温めるべく、宮永照の身体に自分の身体を当てて温めようとしていた。

 とはいえ、通常の思考回路であったならば小瀬川白望がそんな事をするとは思えない。先ほどの異常事件や急に風邪がぶり返してきた事によって小瀬川白望の思考回路はおかしくなりつつあった。

 

「……?白望?」

 

 宮永照は後ろを振り返って小瀬川白望の事を呼ぶが、その小瀬川白望は宮永照の背中に抱きついたまま瞳を閉じていた。宮永照はそんな小瀬川白望を見て、疲れているのだろうと推測する。

 小瀬川白望が眠ってしまったため、身動きが取れなくなってしまった宮永照だが、宮永照はそんな小瀬川白望をそっと倒し、小瀬川白望に抱きつかれたまま宮永照も同時に身体を倒す。そうして小瀬川白望の上に乗っかって寝るという体制になった。流石にこのままでは小瀬川白望が辛いであろうと考えて、宮永照は身体を振って横に倒れる。

 

(……白望、大好き)

 

 そして背後で抱きつく小瀬川白望に心の中でそんな言葉をかけながら、宮永照も瞼を閉じて眠りへ着いた。

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……ん」

 

 小瀬川白望が目を覚ますと、最初に宮永照の後ろ頭が視線に入ってきた。小瀬川白望は一度寝た事により体調が良くなった事を確認すると、宮永照に抱きついていた自身の左手を使って、何を思ったのか宮永照の頭を優しく撫でた。

 もはや自分が座りながら宮永照に倒れかかるようにして寝ていたことなど覚えていないようで、自分が今ベッドの上で寝転がっている事には何の疑問も抱いてはいなかった。

 

「ん〜……おはよ、白望」

 

 すると宮永照も起きたようで、小瀬川白望に向かって前を向いたまま口を開く。小瀬川白望も「おはよう……」と時間帯的にありえない挨拶を交わしながら、2人はゆっくりと立ち上がる。

 

「……もうこんな時間」

 

 小瀬川白望が時刻を確認してそう呟く。ただいまの時刻は午後5時を回っており、冬のこの季節では既に空は暗闇に包まれていた。宮永照はそれをきいて少し恥ずかしそうにしながら「じゃあ……泊まっていけば?」と小瀬川白望に向かって言う。

 

「いいの?」

 

「うん……親も今日帰ってこないって言うし……」

 

「……ありがとう」

 

 小瀬川白望が笑顔を浮かべて宮永照にそう言う。滅多に笑顔を見せない小瀬川白望の笑顔は、どうやら宮永照には強烈な刺激となったようで、照れを隠すべく「と、取り敢えず夜ご飯どうしようか?」と話題を逸らした。

 

「うーん……どうしようね」

 

「……よし」

 

 すると、宮永照が何かを決心したようにそう呟いた。小瀬川白望は「どうしたの?」と聞く。宮永照は自信を持って小瀬川白望に向かってこう言った。

 

「……私が作る」

 

 小瀬川白望はそれを聞いて(あれ……照って料理とかするのかな)と疑問に思いつつ、宮永照に向かって質問してみるとあっさり宮永照からNOという答えが返ってきた。

 

「佐賀の白水さんだってできたんだから、私にもできるはず」

 

 小瀬川白望はそう意気込む宮永照を見て少し心配になりつつも、ここで新たな疑問が生じた。

 

「……あれ、なんで哩が料理作ったって知ってるの?」

 

「えっ」

 

 宮永照は一瞬動揺した素振りを見せたが、まさか小瀬川白望が何処か遠い所に行く度に開かれる会議でそんな事を聞いたなんて言えるわけもなく、「じゃ、じゃあ作ってくる」と言ってキッチンへと駆けて行った。

 無論、10分も経たぬうちに真っ黒な物体がキッチンで生産されたことは言うまでもなく、小瀬川白望が代わりに作ったものを食べる事となったのは言うまでもなかった。




次回も東京編。
そろそろお風呂回の予定。その後は長野編ですかねー?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第240話 東京編 ㊸ 敗北、劣等

東京編です。
恒例のあの回


-------------------------------

視点:神の視点

 

「どうだった?照……美味しかった?」

 

 小瀬川白望は食器を洗いながら椅子に座る宮永照に向かって言う。宮永照は自分の料理の出来なさが想像以上であったことに対する呆れと、小瀬川白望の料理がとても美味しかったという事に対する幸福感が混じり合った微妙な心情であった。

 そして自分のあまりの料理の下手さが宮永照のプライドに火をつけたのか、小瀬川白望の質問に答える前に宮永照は椅子から立ち上がって小瀬川白望に詰め寄り、「……いつか料理、私に教えて」と言った。突然そう言われた小瀬川白望は驚きながらも「う、うん……その時はそんなに難しくないものから始めようね……」と返事する。

 

(……岩手に戻ったら塞から人に教え易そうな料理を教えてもらおう)

 

 そして小瀬川白望は決意する。かくいう小瀬川白望も、料理のセンスは人並みにはあるものの、どういった料理があるのかというのは全て臼沢塞から指導してもらっているのだった。今日小瀬川白望が振る舞ったのも臼沢塞から教えて貰ったもので、ダルがりで面倒くさがりの小瀬川白望でもちゃんと作れるように、という事らしい。

 宮永照のために教える小瀬川白望が教えるために臼沢塞に教えてもらうという、なかなか回りくどい方法ではあったが宮永照と臼沢塞とではあまり関係があるとはいえない程の仲なので、知らない人に教える、教えてもらうよりかは知っている自分が教えてもらう、教えるといった方が円滑に進むであろう。そして何よりも、小瀬川白望自信が臼沢塞に宮永照に教えるためとかそういうのを抜きにしても教えて欲しかったためというのもあるのだが。

 

(でも、照……ちゃんとできるかなあ。さっきだって何を作ってああなったのか分からないし……)

 

 しかし、小瀬川白望が料理スキルを習得できたのは人並み、もしくはそれ以上に料理の才能やセンスがあったからであり、さっきの惨状を引き起こした宮永照に料理の才能やセンスがあるとは言い難いものであった。無論何を作っていたかにもよりけりなのだが、だからと言って黒い灰の塊が生成されるのは少しどころではなくかなり問題がありそうである。見た感じ器用ではなさそうであるし、いつも教えてもらう側であった小瀬川白望が教えるということもあって、うまく出来そうな気がしなかった。

 

(まあ……そこは私が頑張るか……)

 

 そう小瀬川白望が考えながら食器を洗い終えると、宮永照が「あ……ちょうどお風呂沸いたよ」と良いタイミングで報告してくれた。小瀬川白望は「……どうする?」と宮永照に聞く。ここでのどうするとは、風呂に一緒に入るのか否か。入らなかったとしたらどちらが先に入るか、そのことを踏まえてどうする?と聞いたのだ。すると宮永照は少しほど顔を赤らめながら小瀬川白望の服を掴んで、「……一緒に入ろう」言った。小瀬川白望は「じゃあ、そうしようか」と言って2人で風呂場へと向かった。

 

 

-------------------------------

 

「……よいしょっと」

 

 風呂場に来た小瀬川白望と宮永照。小瀬川白望は脱衣所に入るなり服を脱ごうとするが、目の前でいきなり小瀬川白望が脱ぎ始めたので宮永照は驚きと喜び、そして羞恥が入り混じった複雑な表情で「し……白望」と声をかける。小瀬川白望は「……どうしたの」と言って服にかけた手を止める。

 宮永照はまさか小瀬川白望の裸を見れると思うと今からドキドキしている、なんて事言えるわけもなく、目線を逸らして「……なんでもない」と返した。

 

(……あんなに大きいんだ)

 

 そして宮永照は小瀬川白望の身体の一部分……山を作っている豊満な箇所を凝視しながら、自分の胸に手を当てる。どう考えても小瀬川白望にあって、自分にないもの。それの差別化がされていた。そして再び小瀬川白望の胸を見てから、自分の胸に目線を移してため息を一つ吐く。遺伝とかで変わるとはよく聞いたものではあるが、ここまでくっきり分かれるとこの世の不条理、残酷さを垣間見た気分になれる。

 そして小瀬川白望が宮永照の視線に気がついたのか、下の服にかかっていた手を止めてさっきから脱ごうとせず、小瀬川白望のことをしきりに見ていた宮永照に向かってこう言った。

 

「……脱がないの?」

 

「え、えっ?あ、うん……そうだね」

 

 そう言って宮永照は服を脱ぎ始めるが、正直な話小瀬川白望の胸を見てから、自分の胸を晒すという行為がとてつもなく恥ずかしかったのである。自分のDNAに毒づきながらも、宮永照は渋々服を脱ぐ。そして2人の全身が露わになったところで、2人は浴室へ入る。

 

「先に頭、洗ってあげようか?」

 

 小瀬川白望がそう言ってシャワーノズルを持つと、宮永照は風呂椅子に座って「お願い……」と言って下を向く。小瀬川白望はそうして宮永照の頭を洗い、今度は宮永照が小瀬川白望の頭を洗い、最後は2人で身体を洗うと、2人は仲良く風呂の中へと入った。

 

「……やっぱり2人一緒には狭いね」

 

「う、うん……」

 

 小瀬川白望は宮永照に向かってそう言うが、真正面から小瀬川白望の全てが視線に入ってきている宮永照は少しほど言葉に詰まりながらもそれに同調する。

 

「し、白望ってさ……胸、大きいよね」

 

 そして宮永照がさっきから気になっていた小瀬川白望の胸についてついに本人に向かって言ってしまう。小瀬川白望は「そうかな……あんまり大きいのもあれだけど……」と何気ないように言うが、胸の小さい宮永照にとってはそんな何気ない一言が突き刺さる凶器に等しかった。そうして宮永照は敗北感と劣等感を味わいながら、風呂を終えたにのであった。




次回で東京編は終わりですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第241話 東京編最終回 そっと口を

東京編最終回です。
やっと一週間が終わったんやな……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふう……さっぱりした」

 

 風呂からあがってきた小瀬川白望はふとそんな事を呟く。とは言っても、宮永照は小瀬川白望の胸を見ながら本日何度目かも分からない自分の胸の無さに対する劣等感に煽られている最中のため宮永照には届いていなかったわけだが。

 そしてそんな上の空状態の宮永照は小瀬川白望がもう身体を拭き終わっている事に気づかず、小瀬川白望がバスタオルに身を包んで脱衣所を後にしようとした時にようやく宮永照は我に返って濡れた身体を拭き始め、慌てながらも小瀬川白望の後をついていった。

 

 

「そういえば……白望、服とかちゃんと持ってきてるの?」

 

 そして宮永照は小瀬川白望にそう言った事を聞くと、小瀬川白望は「うん……まあ何泊かできるほどの服は持ってきてるよ」と言って、バスタオルを手で押さえながら小瀬川白望が持ってきたリュックの中からパジャマと下着を取り出す。宮永照は小瀬川白望の下着がいきなり視線の中に入ってきたため、驚きながら顔を手で隠そうとする。もちろん両手でやってしまうと自分のバスタオルが落ちてしまうため片手のみでだ。何故視線に入れないようにするかといえば、まともに見てしまえば自分の欲望が抑えれる自信が無かったからである。ただでさえさきほどあれだけ小瀬川白望の身体を見てきて頭の中は悶々としているのに、そこに小瀬川白望の下着という妄想が捗りそうなアイテムを出されてしまえば、宮永照の理性が吹き飛んでしまう可能性が高かったのだ。先ほども感情の昂りとはいえ小瀬川白望に酷いことをしてしまった宮永照が、ここで欲望に負けるわけにはいかなかった。

 しかし、小瀬川白望は後ろで宮永照が理性で何かと闘っていることなど露知らず、小瀬川白望はバスタオルを取って裸になり、着替えを始めようとする。それに対して宮永照は理性が壊れかけるのを防ごうとしたのか思わず「き、着替えてくるね!」と言ってそこから立ち去ってしまった。小瀬川白望は去っていく宮永照を見て、あんなに慌ててどうしたのだろうかという疑問を持ちながらも、小瀬川白望は下着を穿いたのであった。

 

-------------------------------

 

 

「うう、やっぱり寒い……」

 

 そうして着替え終えた宮永照と小瀬川白望は、数時間前に宮永照が小瀬川白望の事を押し倒して強引に接吻したあのベッドに横たわっていた。流石に夜の冬の寒さは馬鹿にはならないらしく、宮永照はそう言って身体を縮こまらせる。すると、小瀬川白望は宮永照にそっと近寄って抱き締めてこう言う。

 

「……こうすれば寒くない、でしょ?照」

 

 抱きしめられた宮永照は驚きと恥ずかしさのあまり眼前に小瀬川白望の顔があったのだが、それが直視できないほどドキドキしていた。宮永照の顔は茹でタコのように赤くなっており、さっきまで感じていた寒さは文字通り吹っ飛んでしまっていた。

 

「うん……ありがとう///」

 

 宮永照がそう言うと小瀬川白望は疲れ果てていたのか、すぐに眠りについた。一方の宮永照はというと、ある種の興奮で寝れもしないし、この状況をもっと味わっていたいという細やかな欲望のため寝ようとはしなかった。

 

(あ……白望の胸)

 

 そして宮永照は先ほどまであれほど意識していた小瀬川白望の胸が目の前にあるという事実に気づく。すると宮永照は心の中でバレなければ……と言って、その先端を少し触った。宮永照が先端を触るごとに、その度に小瀬川白望は少しほど身体が跳ねる。その光景が面白かったのか、小瀬川白望の事をもっと見たい、知りたいという欲望が理由なのかは定かではないが、宮永照の行為はどんどんエスカレートしていく。

 

(ちょっとくらいなら……どうせ私には無縁のものだし)

 

 宮永照が自虐的なことを心の中で呟くと、小瀬川白望の胸を鷲掴みした。もちろん、小瀬川白望を起こさない程度に加減して、だ。宮永照が小瀬川白望の胸を掴んでまず思ったのは、不思議な感触であるということであった。柔らかいのにも関わらず弾力がある。いわばマシュマロのに近いような感触であった。絶壁である宮永照の身体では絶対感じることのできない感触である。

 

「んん……」

 

(……っ!?)

 

 そうして小瀬川白望の胸で楽しんでいると、小瀬川白望が声を漏らした。一瞬起きたのかと思った宮永照は咄嗟に手を止めて小瀬川白望の胸から離す。どうやら起きたわけでは無かったようだが、それを機に宮永照はだんだんと冷静になり、終いには自分の行為の愚かさを悔やみながら、さっさと寝ることとした。

 

 

-------------------------------

 

 

「じゃあ、お別れだね。照」

 

「うん……そうだね」

 

 そしてその翌日、小瀬川白望は玄関で宮永照とそんな事を話していた。色々あった1日ではあったが、小瀬川白望も宮永照も、互いに満足できた1日であったことに変わりはないであろう。

 

「……ねえ、白望」

 

 そうして、小瀬川白望がそろそろ宮永照の家から離れようとしたと同時、宮永照が小瀬川白望の事を呼び止めた。

 

「……何?」

 

「あ、あのさ……」

 

「キ……」

 

「き?」

 

「キ……ス、しよう」

 

「え……?」

 

 小瀬川白望は驚きながらも、顔を赤らめる。いきなり言われたと思ったら、宮永照からキスの提案である。そりゃあ驚くし、顔を赤くするのも無理はない。宮永照にとっても一世一代の願いであったのだが、小瀬川白望にとっても重大なものであった。

 

「……い、いい……かも?」

 

 そうして小瀬川白望が曖昧な返事をすると、宮永照は少しほど笑って「冗談だよ……白望」と言う。しかし、宮永照は「その代わり、頰っぺた出して」と小瀬川白望に向かって言う。小瀬川白望は宮永照の指示に従うと、宮永照はその頬にそっと口を付けた。いきなりの事で驚きながら口付けをされた箇所を手で触っている小瀬川白望の事を外へ送り出すと、小瀬川白望に向かってこう言った。

 

「……バイバイ。またね」

 

「え、ああ……うん」

 

 そうして小瀬川白望は宮永照の家から出たわけなのだが、小瀬川白望が現状を整理するまでに数分間ドアの前で立ち尽くしていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

(ああ……緊張した……)

 

 そして当人の宮永照は、ベッドに倒れかかるようにして先ほどの事を振り返る。そして宮永照は口に残る微かな感触を思い出しながら、ただただぼんやりと天井を眺めていた。




(長かった)東京編もこれで最終回。
次回からは長野編ですかね。その次はようやく高校編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第242話 長野編 ① 野球

長野編です。
我らが部長、久登場。


-------------------------------

 

「おはよう!白望さん。久し振りね……久なだけに!」

 

「おはよ……久」

 

 

 東京での一件から1年ほど過ぎ、中学三年生の冬休みに突入した小瀬川白望は、受験生であるというのにあいも変わらず武者修行へと旅立っていた。今回最初に来たのは長野県。長野県といえば小瀬川白望が三年前に全国大会で一回戦で当たった上埜久がいる県である。そして小瀬川白望が長野県に到着するなり、上埜久は大して面白くもない自虐的な駄洒落を小瀬川白望にぶつけるも、小瀬川白望は呆れたような目線で上埜久の事を見て、冷静に挨拶を返す。

 

「何よ、私が自分の名前を使った渾身の駄洒落をスルーする気?」

 

「別に……それに今のも面白くない」

 

 そう小瀬川白望に言われて、上埜久は「あ、気づいた?」とニヤけながら小瀬川白望に返す。小瀬川白望は朝っぱらから謎のハイテンションな上埜久との温度差を感じ、早速心の中で(どうしたんだろ……久、凄くダルい……)と呟く。

 そして一方の上埜久は、そんな小瀬川白望を見て心の中でこんな事を考えていた。

 

(三年振りとはいえ、ちょっと飛ばし過ぎちゃったかしらね……全く、白望さんに若干引かれちゃったかしら……相変わらず悪待ちの癖は治らないわね……本当に)

 

 そう言って自虐的に自分の事を笑うが、上埜久は気持ちを切り替えて小瀬川白望にこう言った。

 

「まあ……冗談は置いといて、今から何する?白望さん」

 

「冗談に聞こえなかったけど……まあいいや。久が決めてよ」

 

 それを聞いた上埜久が「あら、それでいいの?」と聞き返す。小瀬川白望は一瞬自分の軽率な発言に後悔したが、もう時すでに遅し。上埜久は小瀬川白望の上でを掴むと、小瀬川白望を引っ張りながら走り始める。小瀬川白望は「一体何するの……」と聞くと、上埜久は笑ってこう言った。

 

「それは……もちろんこのいい天気ならやる事は決まってるわ!」

 

「……野球をするわよ!」

 

 それを聞いた小瀬川白望は目を見開いて「野球……?」と思わず聞き返してしまう。上埜久は「そうよ。野球……まあ、2人しかいないからキャッチボールしかできないけどね」と小瀬川白望に向かって言うが、小瀬川白望はまだ信じられないような声色で「冬なのに……野球?」と言うが、上埜久は聞く耳を持たず「子供は風の子、って言うでしょ。大丈夫よ。大丈夫」と小瀬川白望を強引に説得する。

 そうして上埜久の家までついた小瀬川白望は、上埜久が家の中にあるというグローブと野球ボールを見つけてくるまで玄関の中で待機していた。玄関の時点で既に外よりも暖かいため、小瀬川白望は是が非でも家から出たくはなかったのだが、その願望は上埜久によってあっさりと打ち砕かれる。そうして、小瀬川白望は寒い寒い冬の朝から、河川敷のようなところまで連れてこられた。

 

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 そう言ってグローブを嵌めた上埜久は、渋々グローブを装着した小瀬川白望に向かって言う。小瀬川白望が「オーケー……」とあまりやる気が感じられない返答をすると、上埜久はとりあえず初級ということで、加減してボールを小瀬川白望に向かって投げる。対する小瀬川白望は一歩横に動いてグローブを上埜久が投げたボールに合わせて取る。

 

(……投げる動作からして加減してるんだろうけど……かなり速いなあ)

 

 野球完全素人の小瀬川白望からしてみれば、さっきのボールでも十分速いと感じるほどの速さであった。小瀬川白望はこれより速くなるのかと心の中で溜息をつき、小瀬川白望も八分くらいの力で上埜久に向かって投げる。

 

(ちょ……速っ!?)

 

 小瀬川白望が投げたボールはさっき上埜久が投げたボールよりも速く、投げた本人でさえも驚いていた。小瀬川白望は自分でも分からないほど強肩であったらしい。上埜久は驚きながらもなんとかボールを取る。そうして上埜久はかなり焦っていた。

 

(まずいわね……野球なら私の凄いところを見せて白望さんの気を引ける、っていう作戦だったのに……肝心の白望さんがまさかあんなにも運動ができるなんて……)

 

 ずいぶん前に小瀬川白望は園城寺怜の要望でバドミントンをした(実際は江口セーラとやった)のだが、そこでも小瀬川白望は驚くべき隠れた才能……運動神経を発揮して江口セーラとほぼ互角の勝負になるほどであった。そしてその運動神経はどうやら、ピッチングでも遺憾なく発揮できるようだ。

 

(ちょっと……嫉妬しちゃうわね)

 

 そうして上埜久はさっきは軽いいかにもキャッチボールのような投げ方だったのに対し、今度は思いっきり振りかぶった。小瀬川白望もそれに気付き、さっきより速いボールが来ると察知して構える。

 

(これが本気……ッ!?)

 

 そうして本気で投げたボールであったが、ボールは小瀬川白望の頭上を大きく超えて弧を描いて飛んで行った。小瀬川白望は思わず後ろに振り向いてしまう。そしてそのボールは遠くへ飛んで行った。

 

「あはは……ごめんなさいね」

 

 そうして上埜久が両手を合わせると、小瀬川白望は一つ息を吐いて「じゃあ……取りに行こっか」と上埜久に向かって言う。上埜久は小瀬川白望の腕を抱き、「じゃあ、行きましょうか。白望さん」と言った。

 そして小瀬川白望は、そんな上埜久を見てこう思ったそう。

 

(やっぱり、今日の久はおかしい……凄くダルい……)




若干久のキャラが崩壊している……かも?
次回も長野編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第243話 長野編 ② 飛び込み

長野編です。
アイツが登場。
登場させたかっただけです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「うーん……見つかんないなあ。そんなに遠く飛んだっけ……」

 

「そうね……こんな開けた河川敷で見えない場所に行くってことは無いはずだけど」

 

 小瀬川白望と上埜久は先ほど上埜久があらぬ方向へ向かって飛ばしたボールを探すが、なかなか見つからない。いくら遠くへ飛んだとはいえ、深い茂みがあるわけでもないこの河川敷で何処にあるか分からなくなるとは考えられないのだが、現実で起こってしまっているのだからその考えは甘かったようである。

 

「そんなに強かったかしらね……私の肩」

 

 冗談混じりに上埜久がそう言って小瀬川白望の方を向く。小瀬川白望は半ば呆れたようにして上埜久のことを見ていると、上埜久の視線が小瀬川白望とはかけ離れた方向を向いているのがわかった。そうして小瀬川白望が後ろを振り向くと、そこには綺麗な川が存在している。しかし、そんな川の景観をぶち壊すような不純物が混じっていた。

 まあそれは言わずもがな上埜久が放ったボールであり、小瀬川白望と上埜久が感じた絶望とは裏腹に、ボールは川の中央を悠々と浮いていた。

 

「……どうする、あれ」

 

「……どうしようね」

 

 小瀬川白望と上埜久はボールを見ながら横目にそう言い合う。野球ボールは水に浮くという事も初めて知った2人であったが、こういう形で知りたくはなかったであろう。

 これが夏ならば、2人は川に飛び込もうという気になれたであろう。2人とも泳げないというわけではないので、服が濡れるという点さえどうにかできれば川を泳いで取ろうとしたであろう。しかし、今は夏ではない。むしろその逆。極寒とまではいかずとも十分寒い日である。水温も分からぬこの状況で川に飛び込もうなどという自殺行為は、上埜久にはできなかった。上埜久は半ば諦めかけており、小瀬川白望に諦めようという旨を伝えようと横を振り向くと、そこには川の水に手を入れて水温を計っている小瀬川白望がいた。

 

「ちょ、ちょっと?白望さん?」

 

 上埜久が小瀬川白望に向かって声をかけるが、小瀬川白望の腕は既に自分の上半身の服を掴んでいたところだった。小瀬川白望はそんな上埜久に向かってきょとんとした表情でこういった。

 

「何?久」

 

「何って……こっちのセリフよ。まさか、飛び込む気?」

 

 そう上埜久が聞き返すと、小瀬川白望は真剣な表情で「そうだけど……?今触ってみたけどそんなに冷たくなかったし」と答える。しかし引き退るわけにもいかない上埜久は「止めて、風邪でもひいたらどうするの?」と小瀬川白望に向かって聞く。そうして小瀬川白望が返答する前に、第三者からの声がかかった。

 

「良かったら、俺が取ってきましょうか?」

 

 小瀬川白望と上埜久がその声の主の方向を振り向くと、そこには小瀬川白望と同じか、もしくはそれ以上の背丈の少年が立っていた。しかし背丈は確かに小瀬川白望よりも高いのだが、どこか幼い感じがする少年であった。少年は上着を脱いで少し身震いしながらも小瀬川白望に向かってこう言った。

 

「こんな寒い日に川に飛び込むなんて、それこそ命を捨てるような行為ですよ。こういうのは男子に任せて下さい」

 

「いや……むしろそれだった……ん……!?」

 

 小瀬川白望が何かを言いかける前に、上埜久は小瀬川白望の口を押さえて強引に止める。今の感じからして、『命賭けならそれこそ本望』とでも言いそうだったのだが、すんでのところで上埜久がファインプレーをする。こうでもしないと小瀬川白望は止まらないであろうから、まさに英断であろう。

 そうして小瀬川白望を押さえつけているうちに、少年は川へ飛び込む。少年の運動神経はどうやら良いらしく、パッと飛び込んでパッと戻ってきた。そういう印象であった。そうして水浸しになりながらも、少年は上埜久に向かってボールを渡す。

 

「あ、ありがとうね。えーっと……名前は」

 

「あ、須賀京太郎です」

 

 須賀京太郎。そう名乗る少年は嚔をしながら上着を着る。しかし下半身が濡れているため、寒いという現状は変わらなさそうではあるが。そんな須賀京太郎を見て小瀬川白望は彼にこう言った。

 

「……久、この子を久の家に連れてって」

 

「ど、どういう事?白望さん」

 

「いや……寒そうにしてるからこのまま帰すのもアレかなって……もともと私が行けば良かった話だし」

 

 須賀京太郎は「全然大丈夫です。それに、そんな事ないですよ」と返そうとしたが、一瞬だけ小瀬川白望に威圧されたような気がして心ごと怯み、言葉を発せなかった。

 

「白望さんはどうするの?」

 

「私はこの子のズボンを買ってくる。お金はちゃんとあるから大丈夫。買ったら直ぐに久の家に行くから」

 

「いやいや、悪いですよ!」

 

 そう須賀京太郎は小瀬川白望に向かって言うが、小瀬川白望は聞く耳を持たずしてそのまま向こうへと行ってしまった。そしてその場に取り残された上埜久と須賀京太郎は、ぽかんとした表情で互いの事を見ていた。そうして、上埜久は溜息をついて須賀京太郎に向かってこんな事を呟いた。

 

「……またあのお節介病が始まったわね」

 

「お節介病?」

 

「ええ。いっつもあの子は誰かのヒーローになってる。どこかで必ず、誰かのためにその身を犠牲……とまではいかなくても、他人に尽くしてるのよ」

 

「それって、良い事じゃないんですか?」

 

「良い事なんだけどね……敵が増えるから嫌なのよね、正直な話。……ただでさえ敵が何人いるのか分かったもんじゃない。そういうシチュエーションでそうなったっていう人を私は何人も聞いているわ」

 

「……もしかして、あなたも?」

 

 須賀京太郎がそう言うと、上埜久は少し顔を赤くしながら「ま、まあ……そう言う事になるのかしらね」と返答する。須賀京太郎はそんな上埜久を見て、小瀬川白望の事をもう一度脳内で思い出してみた。

 

 

(うん……確かにっていうかわざわざ確認するまでもなく可愛い。それに加えて気怠そうなあの表情で、この人の言ってる事がそのまま正しいとしたら……ギャップ萌えというヤツか。……最高だ)

 

「ねえ、須賀くん」

 

「は、はい!?」

 

 

 須賀京太郎がそんな妄想をしていると気付いたのか、上埜久は少しドスを効かせた声で、半ば脅迫のようにこう言った。

 

「あなたは大丈夫よねえ?確かに、男の子と女の子っていう関係が一番世間一般的に正しいんでしょうけど……だからってねえ?」

 

「は……はは。大丈夫ですよ……」

 

 そうして更に上埜久が付け加えるようにして須賀京太郎に向かって囁いた。

 

「中には本当にヤバい家柄の娘さんも狙ってるって話だから、気をつけた方がいいわよ。諏訪湖に埋められたくなければ、慎む事ね」

 

 須賀京太郎は冗談だと思いたかったが、少し奥の方を見ると何やら黒服の男がわざわざ此方から見えるように出てきて存在を須賀京太郎に確認させた。そうしてやっと上埜久の言ってる事が本当であるという事を悟った。最も、上埜久は若干冗談で言ったものであったが。

 

「さ、須賀くん。行きましょう。白望さんを待たせちゃ悪いわよ!」

 

「は、はい……」

 

 

 

-------------------------------

 

 

(男の子のズボンって、どんなのがいいんだろう……赤木さんに聞いてもあんまりアテにならないだろうしなあ……)

 

 そうして一方では、須賀京太郎がどういう好みをしているのか知らないため、意外なところで服選びに迷っていた。サイズなどはさっき見ただけでもだいたい推測はできたのだが、いかんせんどういう趣味なのか分からず四苦八苦していた。無論赤木しげるという一応男としてのアドバイザーはいるのだが、どこからどう考えても赤木しげるがいわゆる今時の少年の趣味と合致するわけがなかった。

 

(まあ……考えるだけ無駄か……)

 

 そうして小瀬川白望は直感で選んだズボンを取ろうとするが、ここで新たな選択肢が浮上する。

 

(そういえば……下着ってどうなんだろ。買うべきなのかな……あんまりそういう事はしたくないけど……)

 

 そうして悩みに悩み続ける小瀬川白望であった。

 

 




次回も長野編。
お前ノンケかよ!?って声が聞こえてきそうですが気にしません。
シロの前では京太郎でさえも攻略対象。流石ハーレム王。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第244話 長野編 ③ 竹井

長野編です。
ちょっと今回あまり笑えない感じの部分があるので、そういうのが苦手でしたらブラウザバックでお願いします……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……よし」

 

 小瀬川白望が須賀京太郎の替えの服を買い終えると、小瀬川白望は上埜久に一度電話をかけてから須賀京太郎と上埜久の元へと向かった。

 

(……本当にこんなんでいいのかな。まあ私から言わせて貰えば一時的にずぶ濡れの状態をしのげればいいんだろうけど、須賀君……だったっけ、あの子がそう思ってるとは限らなけど……他人の拘りとかは分からないからなあ……)

 

 そう小瀬川白望は言っていたが、なんだかんだ言って先ほどまで悩みに悩んでいたという事をここで伝えておきたい。流石小瀬川白望といったところではあるが、小瀬川白望は買った服が入ってある袋を見ながら少し恥ずかしそうに心の中で呟いた。

 

(それに、男物の下着まで買っちゃったし……余計な事に気付かなきゃ良かった……そうじゃなきゃこんなダルい思いしなくて良かったのになあ……私のバカ……)

 

 しかし気付いてしまったのだから仕方のないことであろう。ズボンが濡れていて、その下の衣服が濡れていないわけがないのだ。気付いてしまうのも無理はないことだ。

 そして何より小瀬川白望が気になったのは他人からの目線であった。女子中学生が、男物の服や下着を取り扱うスペースで買い物をするなど、どう考えていてもおかしい話であった。店員からも変な目で見られてしまったため、今後は本気で思いつきでは行動してはいけないと肝に命じた小瀬川白望であった。

 

「ただいま……いや……お邪魔します、か」

 

 そうして小瀬川白望が歩くこと数分、ようやく見覚えのある家を見つけた小瀬川白望はインターホンを鳴らす前に玄関の扉を開けて入る。小瀬川白望は記憶力でも常軌を逸した才能があるようで、上埜久の家までの経路をさっきので全て覚えてしまっていた。そして確認もせずに堂々と入る様は、自分の記憶力に対しての自信の表れという事なのであろう。

 

「おー、お疲れ様。白望さん」

 

「思ったよりもダルかった……」

 

「はは、白望さんらしいセリフだわ」

 

「ああ、それと……はい、須賀君」

 

 小瀬川白望がそう言って須賀京太郎の目の前に買ってきた服が入っている袋を置く。すると須賀京太郎は「ありがとうございます……!大切にします!」と思い切って言ったところでふとさっきの上埜久を思い出してしまい、恐る恐る上埜久の方を見るが、上埜久はニコニコしながら須賀京太郎の事を見ていた。そこで須賀京太郎は後で絶対殺されるという事を悟り、血の気が引くがそれを誤魔化すようにして「じゃ、じゃあ着替えてきます!」と言って須賀京太郎はある一室へと駆けていった。小瀬川白望はそんな須賀京太郎の事を不思議そうに思いながらも、上埜久にリビングへ連れて行かれる。そうして小瀬川白望が椅子へ腰掛けると、ふと小瀬川白望はこんな事を上埜久に聞いた。

 

「そういえば……受験、大丈夫なの?久」

 

 そう、高校受験という人生の節目を迎える受験生にとってはある意味禁句の言葉である。小瀬川白望は、こうして自分が来ても良いと言ったり、さっきもキャッチボールをするほどの余裕はどこから来ているのかと気になっていたのだ。上埜久は目線を逸らしながらも、小瀬川白望の問いかけに対してこう答える。

 

「うっ……痛いところついてくるわね……っていうか、そう言う白望さんはどうなのよ!」

 

「流石に大丈夫じゃなかったら普通長野まで来ないよ……まあ、大丈夫じゃなくても来てたかもしれないけどね……」

 

「これだから天才は……」

 

 上埜久は若干の不満を漏らすが、小瀬川白望はそれに「まあ……そんなに頭良いところじゃないし……」と付け足す。しかし、小瀬川白望の余裕そうな感じはそれだけではないようにも思える。しかもそれは事実で、定期考査の時も勉強は殆どしてこなかった。したと言ってもそれはただ家に帰って教科書を眺めるだけ。それで高得点を叩き出しているのだからやはり天才には変わらないのだろう。

 

「なに……久はトップ校とかでも狙ってるの?」

 

 そう小瀬川白望が言うと、上埜久は「そういうわけじゃないけど……心配なのよね。ちゃんと理解できてるのか、当日ヘマしないか……とかさ。だから今回のも単なる息抜きよ」と返す。そうしてこの話は終わりとなり、小瀬川白望が他の話題へと移行させる。

 

「そういえば、麻雀とかは久は続けてるの?」

 

「……ええ、まあ、ね」

 

 小瀬川白望の問いかけに、上埜久が口を濁らせて答える。小瀬川白望はそれを聞いて瞬時に何かあったのだろうという事を推測し、即座に「……言いたくなければ、何も言わなくていいよ」と言う。しかし上埜久は「いや、いいわ。いつかは言わなくちゃならないと思ってたしね……」と返した。

 

「実はね……今年、麻雀の大会に出たのよ」

 

「……うん」

 

「そこで、まあ普通に勝ち進んでたんだけど……その途中で父親の方がね……事故に遭って……」

 

「……」

 

 悲しそうな表情で話し続ける上埜久。しかし、さっきは言わなくてはならないとは言っていたが、その肩は震えている。やはりあまり言いたくはないという事がひしひしと小瀬川白望に伝わってきた。しかし、小瀬川白望は止めようとはしない。上埜久が自分を信頼して話している。そしてそれと同時に乗り越えようとしている。震えてはいるが、その覚悟はしっかりとできているのだ。だから小瀬川白望にできることは、その覚悟を見届けることであった。

 

「それで、私は途中棄権して病院に行ったけど……間に合わなくて……」

 

「……だから、私の名字は『上埜』じゃなくて『竹井』なのよね、今は……だって、前の名字じゃあ……忘れたくても忘れられないもの……はは……」

 

「……おいで、久」

 

 そう苦し紛れに笑う上埜……いや、竹井久は小瀬川白望に言われて小瀬川白望の元へと向かうと、小瀬川白望に抱きつくようにして涙を流した。

 

「……頑張った。久は頑張ったよ……」

 

「うう……ごめんね……カッコ悪いところ見せちゃって……」

 

「そんな事ない。久は強いよ……人は忘れる事で強くなれる。……確かにそうかもしれない。でも……乗り越える事の方は私は強い人間だと思う……逃げずに、立ち向かったんだから……久もそうでしょ?さっき忘れたくても忘れられないって言ってたけど……大丈夫。ちゃんと乗り越えられてる」

 

「……ありがとう。白望さん……」

 

 

 そう言って竹井久は小瀬川白望に長い間抱きついていた。そうして、そんな会話をリビングの扉の前で聞いていた須賀京太郎は、申し訳ないような感情になりながらこんな事を考えいていた。

 

(竹井さんにそんな過去があったなんて……)

 

(……今はまだ出るべきじゃないな)

 

 そうして須賀京太郎がリビングに入ったのは、竹井久の様子が落ち着いてからであった。須賀京太郎なりに気を遣ったのだろうか、決してこのまま入ろうとは思えなかった。




次回も長野編です。
しかしこうなってくるとキャプテンの『上埜さん』呼びが結構畜生みたいな感じになってしまうかも……
まあ、久がそこのところは乗り越えたという事で……(震え声)
実際のところ、久に(というか上埜家に)何があったんでしょうかね……途中棄権も含めて……私の陳腐な考えではこれくらいしか思いつきませんでしたが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第245話 長野編 ④ 充電

長野編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

「あ、須賀君……私の買ってきた服、どう?……何か変じゃなかった?」

 

 小瀬川白望が買ってきた服に着替えた須賀京太郎が、扉越しに竹井久が泣き止んだのを確認してからリビングに入ると小瀬川白望が開口一番そんな事を聞いてきた。須賀京太郎はそれに答える前に、小瀬川白望の服には若干濡れた跡が付いていたのを発見する。そして竹井久の事をチラッと見ると、竹井久の顔には涙を強引に拭ったような痕跡が見られた。やはり先ほど竹井久は泣いていたのだと確信すると、須賀京太郎はそれに対しては何も言わずに、小瀬川白望の問いに答える。

 

「全然大丈夫ですよ。サイズも良い感じですし、ありがとうございます……えっと……」

 

「ん……白望でいいよ」

 

「分かりました。ありがとうございます、白望さん」

 

 そう言って須賀京太郎は頭を下げると、改めて小瀬川白望の事をまじまじと見つめた。竹井久も須賀京太郎から見ればかなりの美人であることは間違いないのだが、今じっくりと見てなるほど、これはあの竹井久が惚れるわけだと改めて感じた。外見と性格。人間を評価する上で最も重要になってくる二つの要素であるが、小瀬川白望はどちらも完璧な人間であった。可愛いとも言えるしイケメンだとも言える容姿に、聖人のような優しい性格。そして何より須賀京太郎の目がいったのはその豊満な胸。まさに理想的な女性と言っても過言ではなかった。

 

(……それにしても、本当に大きいな……竹井さんも普通に大きいけど、白望さんの方が大きいな……何というか、凄い魅力的なカラダだ)

 

 そうして小瀬川白望にクギ付けになっていた須賀京太郎は、自分がジロジロ見られているということに気づいた小瀬川白望からの「……どうかした?須賀くん」という言葉によって我に返る。はっとして竹井久の事を見ると、此方を少し疑っているような疑惑の目で見られている事に気付き、須賀京太郎はすぐに「いや、何でもないですよ……ちょっと考え事してただけで……はは……」と返答する。

 それを聞いた小瀬川白望は「そう……なら良いんだけど」と言って椅子に凭れかかった。それを見た竹井久が小瀬川白望の目の前にあるテーブルにコーヒーを置くと「色々とありがとうね。……お疲れ様」と言う。小瀬川白望は「ありがと……久」と言ってコーヒーを飲む。ブラックではあったが、小瀬川白望は気にもせずにグイッと飲み干す。ブラックでも御構い無しに飲む姿を見る須賀京太郎は感心したような表情で小瀬川白望に向かって言う。

 

「白望さん、ブラック飲めるんですね。俺は苦くて無理ですよ……」

 

「そうなんだ。まああんまりコーヒーとかに拘りはないけど……っていうか久、何で久は私がブラック飲めるって知ってたの?」

 

「え?いや……たっ、たまたまよ!たまたま!」

 

 竹井久は偶然だと否定するが、須賀京太郎はそれがどうも嘘としか受け取れなかった。実際竹井久も小瀬川白望の情報が俗に言う『現地妻』同士でのネットワークで行き交っていて、そこから竹井久は情報を得たわけなのだが。

 しかし小瀬川白望は余計な詮索はせずに「ふーん……」と言いながら半信半疑に竹井久の言い訳を聞き入れる。

 そうして小瀬川白望と竹井久との他愛のない会話が始まろうとしていたところで、須賀京太郎が自分の現状の気まずさに耐えきれなくなったのか、小瀬川白望と竹井久に向かってこう切り出す。

 

「あ、あの……俺はどうしたら……」

 

「うーん……別にこのまま居ても良いんじゃない?どう、久?」

 

「えっ、そ、そうね……白望さんが言うなら……良いんじゃ、ないかな……」

 

「そうですか……じゃ、じゃあそうさせていただきます……」

 

 そう言って須賀京太郎がソファーの上に座ると、それを見た小瀬川白望がこんな事を言い出した。

 

「ねえ、須賀くん」

 

「はっ、はい?」

 

 小瀬川白望は須賀京太郎の返事を聞くと、椅子から立ち上がってソファーに座っている須賀京太郎の目の前までやってくると、そのまま須賀京太郎に向かって腰を下ろした。須賀京太郎は突然の事に驚き、尚且つ大胆な行動に顔を赤らめながら、小瀬川白望に向かって「なっ!なんですか!?」と言う。

 

「いや……私の友達にさ、私が座っているところに更に座るっていう『充電』?だっけか……それを常日頃やられてるから……どんな感じなのかなって……」

 

「そ、そうですか……」

 

 須賀京太郎は自分の上に座っている小瀬川白望の後頭部が目と鼻の先にあるのに対して心を昂らせていた。そして小瀬川白望の髪の毛から発せられるシャンプーの香りを感じながら、(何というか役得……というか、どれだけ積極的なんだ、この人……)と心の中で呟いた。一方の小瀬川白望は(うーん……まあ年頃の男の子だし、がっちりしてるのは仕方ないけど、胡桃は私に座ってどう感じてるんだろ……)と感じていた。

 

「〜〜……!」

 

 そしてそれを見ていた竹井久も、我慢の限界がきたようで「白望さん!」と叫ぶと、須賀京太郎の上に座る小瀬川白望の上に更に座った。須賀京太郎は少し程「うおっ」と呻くが、案外軽かったので二人乗っかったとしても結構苦ではなかったりする。小瀬川白望は須賀京太郎と竹井久に挟まるような形となったが、(ああ……これ、意外にダルくないかも……)と呟きながら堪能していて、小瀬川白望の上に座る竹井久は(の……乗っちゃった……///)と顔を赤く染めていて、座り心地などそういうのは感じる余裕が無かった。

 そうして一人の上に更に二人が座るという珍しい光景が竹井久の家のリビングで展開され、それが解散したのは十数分後の話であった

 

 

 




次回も長野編。
私も充電されたいです(殴


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第246話 長野編 ⑤ 一面

長野編です。
今回若干蛇足っぽいかも?


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふー……ダルくない……」

 

「そ、そうですか?それなら良かったです……」

 

 須賀京太郎の上に乗る小瀬川白望が竹井久を上に乗せて須賀京太郎に向かってそう言う。竹井久を上に乗せてはいるものの、重さは殆ど感じなく、小瀬川白望はちょっと竹井久の体重の軽さに対して心配になっていたが、それ以上に須賀京太郎が二人の軽さを心配していた。

 一方の竹井久はというと、先ほどから小瀬川白望に横から手を出されて人形のように抱かれてしまっていてもはや『充電』どころではなくなっていた。小瀬川白望と須賀京太郎からは見えることは無かったが、竹井久は今顔を熟したリンゴのように赤く染めていた。小瀬川白望の香りやら何やらを、直で感じる事ができるこの特等席を堪能しながら、竹井久はドキドキを抑えられずにいた。

 そうして心の高揚が臨界点を突破し、とうとう抑えきれなくなった竹井久は小瀬川白望のホールドから脱出するように立ち上がった。確かにあのままいるのも悪くはない……というかむしろいつまでもそこに座っていたかったくらいなのだが、いかんせんあのままだと暴走しかねなかったので、理性による行動の結果であった。

 そうして竹井久が上から退けたのを見て、小瀬川白望も須賀京太郎に「ありがと……悪く無かったよ。むしろ良い方……」と言って立ち上がる。

 

(……色々と危なかった……)

 

 しかし須賀京太郎はこの残念だと思うべきのこの場面で安堵していた。まあ理由は竹井久と同じく、自分のリビドーをさっきから必死に押さえつけていたからだ。ちょっと手を動かせば豊満な胸を弄る事の出来るという、巨乳好きを自称する須賀京太郎にとっては興奮せざるをえない状況であった。中学一年生の男子にとってはあまりにも刺激的すぎる状況。しかしそこはやはり竹井久と同じく理性が勝ったようで、結果的にその『危ない事』は免れたのだが。

 

(でも……やろうとしたらできるんだよな、多分……)

 

 さっきの小瀬川白望の軽さからして、いくら小瀬川白望の方が年上だからと言っても体格の差は大きい。やろうと思えばおそらく呆気なく事に及べるのだろうが、そこまで考えて須賀京太郎は自身の両頬をパンッ!と両手で叩く。危なく欲望に負けそうになった須賀京太郎は心の中で自分に戒める。

 

(俺はアホか……たかが俺のエゴを突き通しただけなのに、それをわざわざ服まで買ってくれるような優しい人で何ていう妄想を……)

 

 須賀京太郎は罪悪感を感じらながら小瀬川白望の事を見るが、小瀬川白望は「どうしたの……」と問いかける。須賀京太郎は「いえ。何の心配もいりませんよ」と小瀬川白望にとってはクエスチョンマークが浮かぶような答えであったが、ともかく正気に戻る事ができた。

 

「そういえば、白望さんと竹井さんって何年生なんですか?年上だろうとは思ってましたけど……」

 

 そうして理性を取り戻した須賀京太郎は小瀬川白望と竹井久に向かってこんな事を聞いてきた。小瀬川白望と竹井久は口を合わせて「中学三年生」と答える。それを聞いた須賀京太郎は申し訳なさそうにして「もしかして受験勉強の邪魔してるんじゃ……?」と言うが、小瀬川白望は「私は大丈夫……久も大丈夫なんだっけ?」と竹井久に聞き、彼女は「え?ああ……まあね」と答える。あまり成績が芳しくない須賀京太郎からしてみれば二人の余裕そうな表情はまさに羨ましいものであった。そんな憧れの眼差しで二人の事を見ていると、それに気づいたのか「もしかして須賀くんは勉強苦手な方?」と聞くと、須賀京太郎は「まあ……恥ずかしながら……」と答える。それを聞いた小瀬川白望は、少し程考えたが結局テーブルに倒れかかるような姿勢になって須賀京太郎にこう言う。

 

「うーん……まあどうにかなるよ……私もどうになったんだし」

 

「あ、逃げたわね。白望さん……っていうか、それでどうにかなるのはあなたくらいしかいないわよ」

 

「勉強はまた別の話でしょ……」

 

 竹井久が「まあそれもそうね」と答えると、小瀬川白望の携帯がいきなり鳴る。小瀬川白望は大儀そうにポケットから携帯を取り出すと、椅子から立ち上がって「電話かかってきたから、ちょっと席外すね……」と言ってリビングから出て行った。

 そうして須賀京太郎と竹井久が二人きりになると、竹井久は須賀京太郎にこんな事を聞いた。

 

「ねえ、須賀くん?」

 

「はっ、はい?」

 

「どう思った?……白望さんの事。まあ、ちょっと変わってるでしょ。いっつもダルそうにしてるし……それなのに人には気配りできるし……」

 

「まあ、少し変わった人だなとは思ってましたけど……」

 

 そう須賀京太郎が答えると、竹井久は須賀京太郎に向かってこう言った。先程までの半ば脅しのようでありおふざけのようである声色とはまた違った、真剣な声で言葉を発した。

 

「『少し』なんかじゃないわ」

 

「え?」

 

「白望さんは少し変わってるなんてものじゃない……というかむしろ人間じゃないわね。もはや人間っていう枠組みを超えているわ」

 

「……それを、どうして俺に?」

 

「……何でかしらね。よく分からないけど、須賀くんが誤解してちゃダメかなって……」

 

「誤解……ですか」

 

「まあ、優しい部分ももちろん彼女の一面な事には変わりないわよ。……だけど、それが全てじゃないのも事実。彼女のその人間じゃない一面を見れてこそ、彼女という人間を……いや、彼女という存在をやっと認識できる段階に行けるわ」

 

「なるほど……分かりました」

 

 「まあ、だからと言って須賀くんにどうしろって言うわけじゃないんだけどね」と竹井久は付け足す。そして小瀬川白望が電話を終えて戻ってくる。須賀京太郎は先ほど言われた『人間じゃない一面』という言葉を思い出しながら、注意深く小瀬川白望の事を見ていた。

 

(あの白望さんにはどんな一面が……)

 

 しかしこの時点では須賀京太郎は気づくことができず、須賀京太郎がそれを知ることができたのは須賀京太郎が高校生になってからと、相当後の話になるのだがそれはここでは割愛する。




次回も長野編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第247話 長野編 ⑥ 当然のように

長野編です。
安易に使ってると思われそうなこのイベント(?)


-------------------------------

視点:神の視点

 

「ふう……そろそろお昼ご飯の時間だね」

 

 小瀬川白望がテーブルに倒れかかるような姿勢で竹井久と須賀京太郎に向かって言う。須賀京太郎も、なんだかんだ言ってこんな時間までこの竹井久と小瀬川白望という女子二人に対しての男一人という色々危うい状態で居れたのかと改めて自分の理性の強さを褒め称えると同時に、「そうですね。……どうしますか?」と二人に向かって言う。流石に昼まで一緒に食べるのは色々と危ないし気まずいので、須賀京太郎はあえてどうするかといったことを言うが、小瀬川白望は「久、何か料理とかできる?」と聞くと、竹井久はグッと袖を捲くって「任せなさい。こういう時に備えてちゃんと鍛錬は積んでるわよ」と言う。どうやら須賀京太郎もここで彼女らと一緒に食べる雰囲気のようだ。まあ確かに気まずくて仕方がないのだが、こうなってしまった以上は心から今の状態を楽しむべきであろう。そう思って立ち上がると、竹井久に向かって「俺も手伝います。何かお役に立てれば……!」と言う。竹井久はそんな須賀京太郎を見てふっと笑うと、「行くわよ須賀くん。美味しいものを作るわよ!」と言い、二人で台所に立つ。小瀬川白望はそんな二人を見て、こんなことを思ったそう。

 

(あの二人……仲が良いのかな。ギスギスしてない方がダルくないから別に良いんだけど、やれやれ、照と尭深とかとは正反対だなあ……)

 

 小瀬川白望は去年の今頃、渋谷尭深とギスギスしていた宮永照の事を思い出す。彼女らはあの後お互いに色々と話したり何らかの方法で関わっていたのだろうか、一応仲は去年に比べてかなり良好になっているそうだ。しかし仲が良くなる前、特に互いの家に訪問した時のギスギス感は恐ろしかった。というか宮永照にはそのギスギスが積もり積もった結果押し倒されたのだが、それはまあ置いといておこう。

 そう考えれば、この二人は仲が良いようで、小瀬川白望も変に気をかける事もしなくて済んでいるようだ。もっとも、去年のも小瀬川白望が二人からの好意を感じ取れなかったから変なフォローとなってしまったため、結果的に自分で自分の首を絞めた形となってしまったのだが。

 

(……そういえば、照に料理を教えるって約束してたっけ)

 

 そうして竹井久と須賀京太郎の料理をしている後ろ姿を見ながら、宮永照繋がりでそんな事も思い出した。宮永照自身、本人が果たして覚えているかどうかは分からないが、小瀬川白望は(……来年辺りでも行こうかな)といった事を考えながら、竹井久と須賀京太郎が料理を作るのを待っていた。

 

「はい、白望さん。召し上がれ!」

 

 そうして数分後、小瀬川白望の目の前に竹井久と須賀京太郎が作った料理が置かれる。小瀬川白望は両手を合わせて「いただきます……」と言い、料理を口へと運ぶ。そうして咀嚼する小瀬川白望を、緊張しながら竹井久と須賀京太郎は見る。できることはやった。後は小瀬川白望の口に合うか否か、それだけであった。

 そして小瀬川白望が喉を通して、箸を置くと一言二人に向かってこう言った。

 

「美味しい……」

 

 それを聞いた竹井久と須賀京太郎は小さくガッツポーズをしてハイタッチをする。そんな二人を微笑ましく見ていた小瀬川白望が二口目を食べようと箸を持った時、ふとあることに気づいた。

 

(あれ……?)

 

 そして小瀬川白望が何かに気付いたという事に二人が気付くと、二人は息を呑んだ。小瀬川白望が何に気付いたのか、予想すらできなかったからである。しかし小瀬川白望から放たれた疑問は、竹井久と須賀京太郎の予想を色々な意味で裏切るものであった。

 

「二人の分は……?」

 

 「えっ?……あ」と竹井久と須賀京太郎はお互いに顔を見合わせると、ようやく今まで小瀬川白望の分しか作っておらず、自分たちの分を考慮していなかったという事に気づく。余りも存在していないため、また新しく作ろうかと二人が考えていたところで小瀬川白望がそんな二人に向かってこう言った。

 

「……まあ、私だけで食べきるのもちょっと無理そうだし……三人で食べよう」

 

 それを聞いた竹井久と須賀京太郎は若干申し訳なさそうに「いいの?」と聞いたが、小瀬川白望は「全然大丈夫……須賀くんにとっては満足できる量じゃないかもしれないけど……」と返した。

 

「そんな!食べれるだけ有難いですよ!……ありがとうございます!」

 

 須賀京太郎がそう言うと、小瀬川白望は箸で料理を摘み、須賀京太郎の前まで持ってくる。須賀京太郎は一瞬どういう意図か分からなかったが、直ぐに理解し、顔を真っ赤にして「な、なんですか!?」と聞く。隣にいる竹井久も顔が燃えるように赤くなっていた。

 

「何って……食べるんでしょ?」

 

 そう言って小瀬川白望は須賀京太郎に口を開けるように促す。小瀬川白望は当然のように俗に言う『あーん』をしようとしているのだが、それは過去に自分が何かある毎にそう食べてきたからであろう。いつの間にやらそれが普通のように錯覚してしまっていたのだ。

 無論そんな事を知るわけもない二人は困惑していたが、須賀京太郎は小瀬川白望に促されるまま口を開け、小瀬川白望に押し込んでもらう。羞恥が強すぎてもはや何を食べているのか分からないほど味は感じなかったが、須賀京太郎からしてみれば小瀬川白望に食べさせてもらったという事実だけでお腹いっぱいであった。

 

「はい……次は久」

 

 小瀬川白望は須賀京太郎に食べさせると、今度は竹井久の方を向いてそう言う。もはや逃れることができない。そう考えた竹井久はもう羞恥と欲望に負けつつあった。顔をガチガチにしながらも竹井久は素直に口を開けて、小瀬川白望に食べさせて貰う。

 そうして小瀬川白望は二人に食べさせると、お次は自分の番である。そして小瀬川白望が食べているシーンを見ていた竹井久と須賀京太郎g、ある事に気付いてしまう。

 

(これってまさか……)

 

(これってもしかして……)

 

((関節……キス……!?))

 

 その事実に気づいた竹井久と須賀京太郎は羞恥に耐えきれなくなって床に寝転がってジタバタしていたが、小瀬川白望はそんな二人を見ても御構い無しといった感じに須賀京太郎に向かって「須賀くん、口……開けて」と言う。

 

(仕方ない……やるしかない!)

 

 そしてとうとう謎の開き直りをした須賀京太郎は勢いよく小瀬川白望が持つ箸に向かって食らいつく。恐らく今日の夜、もしくは須賀京太郎が家に帰って直ぐ、今起こっている事件を思い出して羞恥に悶え死ぬであろうということも分かりきっていたが、ここまで来たらもはやどうでもいいと思ったのだろう。

 

(……私も!)

 

 そしてそれに次ぐ形で竹井久も謎の開き直りをして口を開く。端から見れば雛鳥に餌を与えているかのような光景であったが、羞恥を受け入れた竹井久と須賀京太郎には関係のないことであった。……もちろん、正気に戻った後のダメージはどんどん積み重なっているのは言うまでもない。

 そして案の定、三人が食べ終えて食器洗いやら料理した後の片付けをしている最中にふと冷静になって深刻なダメージとなんであんな事をやったのだろうという後悔と、確かな喜びという更に羞恥を加速させるような要素を抱えながら、穴があったら入りたい状態になったのは言うまでもない。

 

 

 




次回も長野編。
一度に二人堕としていくスタイル。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第248話 長野編 ⑦ 寝言

長野編です。
帰ってきました……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(はあ……一体どうしてあんな事しちゃったのかしら……)

 

(何故俺はあんな事を……)

 

 食器を洗い終え、ソファーに座って頭を抱える須賀京太郎と竹井久。二人は未だにさっきの『あーん』事件について後悔を抱いていた。何故勢いだけでやってしまったのだろう、何故自分が恥ずかしい事をしているという事に気付けなかったのだろう。そんな自責の念が二人の脳内を埋め尽くす。

 

((でも……))

 

 

(嬉しかったのは嬉しかったんだけど……さあ)

 

(役得だったけれども……)

 

 

 確かに、二人とも嬉しいという感情は抱いている。しかし、その後に跳ね返ってくる羞恥と後悔がそれを上回っているのだが。小瀬川白望はそんな二人を見て「何かあった?」と聞くと、二人は口を揃えて「「なんでも……ない、です」」と答える。

 

(何があったんだろ……まあ、いいか。なんかだんだん身体がダルくなってきたし……)

 

 何があったか気になってはいたが、それがどうでもよくなるくらいの眠気が小瀬川白望の元へやってきた。小瀬川白望がウトウトしているのに気付いた竹井久は「白望さん、大丈夫?」と声をかける。小瀬川白望は「うん……何とか大丈……」と、そこまで言いかけてテーブルに突っ伏した。突然突っ伏した事によって二人は驚いて小瀬川白望の元へと駆け寄るが、彼女かは寝息を立てて瞳を閉じていただけであった。疲れていたのだろうか、それとも何か別の理由があったのかは知らないが、三年前に小瀬川白望が急に倒れたのを見ていた事のある竹井久からしてみれば心配以外の何物でもなかった。

 しかし小瀬川白望が気を失っているのではなく、ただ眠っているだけだという事を確認すると、竹井久は小瀬川白望の事を心配の目ではなく、どこか愛おしく見ていた。

 

(本当に麻雀を打ってる時とは別人ね……まあ、麻雀打ってる時もカッコいいんだけどさ、こういう可愛い一面も……アリね)

 

 そこまで考えて、竹井久は須賀京太郎の方を向いて戒めるようにこう言った。

 

「いくら寝顔が可愛いからって、襲っちゃダメよ。須賀くん」

 

「まだ何も言ってませんけど!?というか、竹井さんもそれは同じでしょう!」

 

 須賀京太郎が若干顔を赤くしながら、そう反論する。竹井久は「ふふ。冗談よ、冗談」と言っていかにも須賀京太郎を弄んでいるように見えるが、実際は竹井久自身が小瀬川白望の事を襲いたい衝動に駆られているため、須賀京太郎に向かって戒めると同時に自分に言い聞かせているだけなのであったのだが。

 

(……全く。反則よ。反則。こんな無防備な姿見させられて、何もしないって一体どういう生殺しよ……)

 

 竹井久はそんな欲望に塗れた文句を心の中で吐いていると、須賀京太郎が少し遠慮気味に「あの……竹井さん?」と竹井久に声をかける。

 

「ど、どうしたの?須賀くん」

 

「いや……白望さん、あの体勢で寝て体痛めたりとかするんじゃないかなって思って……それに」

 

「それに?」

 

「俺たちの理性も危険ですからね。少し物理的に距離を置いた方が賢明かと……」

 

 それを聞いた竹井久は少し残念に思いながらも、確かにこのままでは色々と危ない状態であったので、コクリと頷き「分かったわ。そうしましょう」と言って立ち上がった。そうして須賀京太郎は小瀬川白望が座っている椅子を小瀬川白望を乗せた状態で引き、小瀬川白望をそのままお姫様抱っこのような体勢で抱える。寝ている状態からいきなり抱き上げられたが、小瀬川白望は意にも介さぬといった感じでスヤスヤと寝ている。須賀京太郎はそんな彼女を微笑ましく見つめながら、竹井久に連れられて寝室へとやってきた。

 

「よっと……」

 

 須賀京太郎がそんな声を上げながら、小瀬川白望をそっとベッドの上に寝かせる。寝かせる時に彼女の髪から発せられるシャンプーの香りがほのかに香ったが、なんとか須賀京太郎の理性は保たれていた。そうして須賀京太郎と竹井久はホッと一息して部屋を後にしようとすると、寝ている小瀬川白望が何かを発した。

 

「……さ……た……」

 

「「えっ?」」

 

 須賀京太郎と竹井久は驚いて後ろを振り返り、小瀬川白望の方を見ると彼女はやはり眠っていた。恐らく夢でも見て、寝言でも呟いたのだろう。やっと理性を休ませることのできるチャンスが到来したというのに、小瀬川白望が何の夢を見ているのか気になってしまったのだ。やはり人間というのは好奇心には勝てないようで、須賀京太郎と竹井久は小瀬川白望の側にそっと近寄り、耳を立てる。すると小瀬川白望は口を開いてこんな事を呟いた。

 

「久……須賀くん……」

 

「なっ、……〜〜!!//」

 

 竹井久と須賀京太郎は自分の名前を呼ばれて心臓が波打つ。ただでさえ危ない心のブレーキが、音を立てて崩壊していくのが感覚でわかった。しかし、アクセルは踏まない。ギリギリのところで踏みとどまった二人は、ダッシュでリビングへと逃げ出した。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「じゃあ……またね、久」

 

「お……お邪魔、しました……」

 

「じゃ、じゃあ……ね//」

 

 そして二時間以上経ち、起き上がった小瀬川白望は須賀京太郎と共に帰ろうとしていた。小瀬川白望はぐっすり寝ることができて、表情からは分かりにくいが、かなり元気そうであった。

 しかし、須賀京太郎と竹井久はそれどころではなかった。あれから心のブレーキは壊れてしまって、あとは自分のリビドーとの戦いが二時間以上。心身ともに疲れ切っていた。

 無論、そんな事が起こっていたなどとは知る由もない小瀬川白望はそんな二人を疑問そうに見つめていた。

 

 

(……どうして二人はそんなに顔を真っ赤にしてるんだろう。どこか疲れたような感じだし……)

 

 荷物を纏めている最中も小瀬川白望は自分に注がれている二人の視線を感じ取っていて、疑問に思っていたのだが、その疑問が解決する事はなかった。原因であるという事も知らずに。

 そんな解決するはずのない疑問……敢えて言い換えるとするなら自分が犯人の探偵推理ゲームを心の中に抱えながら、竹井久の家を後にする。そうして小瀬川白望と須賀京太郎は暫く歩いていた。小瀬川白望は近くにある雀荘へ。須賀京太郎は自分の家へと向かって。

 しかし、彼らは竹井久の家を出てから一言も言葉は交わさなかった。須賀京太郎は自制していたからで、小瀬川白望はそもそも会話が無いという事自体に気まずさを感じていないからであった。端から二人の事を見れば、さながら破局寸前のカップル。内容は全然違うが、第三者から見ればそんな風に見えるほど、気まずそうな状況であった。

 そうして彼らの口が開かれたのは須賀京太郎と小瀬川白望の進行方向が異なった時であった。

 

「私、こっちだから……」

 

「そ、そうですか……じゃ、じゃあ。これで」

 

 須賀京太郎はそう言って小瀬川白望とは別の方向に向かって進もうとする。小瀬川白望がこの地の者では無いという事は竹井久から聞かされている。須賀京太郎にとってこれで会うのが最後だというのは少し……いや、かなり悲しいものであったが、須賀京太郎には一歩踏み出す勇気はなかった。たった一言、たった一言の言葉を発するだけで、全然違う結末を辿っていただろうに。連絡先を交換さえしていれば、もう会う事は無いという悲しい結果では終わらなかっただろう。

 しかし、須賀京太郎は踏み出す事はしなかった。いや、それだと少し語弊がある。しなかったのではなく、できなかったのだ。何故だかはわからない。ただ、言葉を発しようという勇気が持てなかった。ただそれだけであった。

 

「……須賀くん」

 

「えっ……?」

 

 しかし、小瀬川白望は須賀京太郎を呼び止める。須賀京太郎が踏み出せなかった一歩を、小瀬川白望が代わりに踏んで詰め寄った。須賀京太郎が振り向くと、そこには携帯電話を持った小瀬川白望が立っていた。

 

「連絡先、交換してなかったでしょ?」

 

「え、いや……なんで」

 

 須賀京太郎がそう言うと、小瀬川白望は首を傾げて「なんでって……」と言い、須賀京太郎の問いに答える。

 

「私が交換しようと思ったから。理由なんて無いし……必要じゃ無いでしょ」

 

 それを聞いた須賀京太郎は、顔を赤くする。そうして小瀬川白望と連絡先を交換している最中、須賀京太郎は心の事でこんな事をつぶやく。

 

(……やっぱり、敵わなないなあ……この人には……)

 

 




次回も長野編。
久の回短いって……?むしろ他の人たちが長すぎるんですよ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第249話 長野編 ⑧ 怠惰と勤勉

長野編。
久の次はあの方。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふう……次は何処に行こうかな」

 

【クク……随分と気合が入ってるじゃねえか。若えってのはいい事だ】

 

 雀荘から出てきた小瀬川白望がそう呟くと、赤木しげるが小瀬川白望に向かってそう言う。小瀬川白望はそんな赤木しげるに対して「赤木さんもそんなに長生きしてたわけじゃないでしょ……今の平均寿命だってアイピーエス……?だったかのお陰でかなり伸びたって聞くし……」と返すと、赤木しげるはフフフと笑って【まあお前も五十を過ぎりゃあ分かるさ。案外長えもんだ。今思えば、俺がアルツハイマーになったのも俺が生きすぎた証ってわけだ】と返す。

 

「ふーん……まあ私には興味の無い話だけど」

 

【まあ、自分の生きたいように生きろ。あったかい人間はどんな死に方であれあったかく死ねるもんだ……】

 

 赤木しげるがそう言うと、小瀬川白望は「……赤木さんに勝つまでは死なないけどね」と言う。すると赤木はそんな小瀬川白望を挑発するように【お前が死ぬか、お前が生きてる間に俺に勝つか……面白い。賭けてみるか?】と提案する。小瀬川白望はふふっと笑って「いいよ」と返す。この時点でも間違いなく小瀬川白望は赤木しげるに近づいて行っているのだろう。しかし、今この時点で確かめるといった事を言わないのは、まだ力量差がある。そう感じているからであろう。

 だが、赤木しげる自身小瀬川白望の成長には目を瞠るものがある。生まれつき持った狂気ではなく、赤木しげるに教えられてのものであったが、それでもこの約三年間で相当赤木しげるに近づいてきていた。後数年もすれば、小瀬川白望はいずれ己を抜いてくるかもしれない。そういった危機感ではない、期待感を抱きながら赤木しげるは笑っていた。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

(もうこんな時間……早く帰らないと行けないわね)

 

 所変わって、学習塾の入り口から出てきた片目を閉じている少女、福路美穂子は少し早く家に帰らないと行けないという意識を持ちながら帰宅し始める。本来なら二時間ほど前に授業は終わっていたはずなのだが、彼女は塾に遅くまで残って勉強を続けていたのだ。小瀬川白望だったらそんな事は絶対にしないであろう。というか、学習塾に通わないであろうし、彼女の頭脳なら通う必要性も無いのだが。そんな学習面においての小瀬川白望を怠惰とするならば、彼女はその対義語にあたる勤勉と呼ぶに相応しい人間であろう。

 

(……それにしてもやっぱり、受験勉強は辛いわね……たまには息抜きしないと駄目になっちゃいそうだわ……)

 

 福路美穂子が勉強に対しての弱音とまではいかない苦悩を心の中で漏らしながらも、福路美穂子は家に向かって真っ直ぐ歩く。福路美穂子が目指している高校は長野県の中でも有数の麻雀の名門校であり、福路美穂子は麻雀をそこでするために受験するのであった。麻雀をするために行くならばあまり勉強は必要とはしないのであろうが、生憎彼女が行こうとしている風越女子女子高校は私立高校という事もあってか、結構偏差値が高く、受験倍率もかなり高い高校なのであった。

 勿論、彼女も勤勉故に風越女子高校程度のレベルなら問題なく合格できるほどの学力はあったのだが、彼女は油断せずに熱心に勉強に励んでいた。

 そうしている今も、彼女は頭の中で今日やった授業の振り返りをしながら歩いていた。しかし、前方を注意深く見ていなかった故か、福路美穂子は目の前にいた人間とぶつかってしまった。

 

「あっ……」

 

 福路美穂子はぶつかった衝撃で尻餅をついてしまう。持っていたバッグも落ちてしまい、中身はさほど散乱はしていなかったものの、福路美穂子にとってはそんな事よりも、ぶつかってしまった人に対する罪悪感を感じていた。しかし、ぶつかってしまった人は尻餅をつく福路美穂子に向かって手を差し伸べた。

 

「……大丈夫?」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 言うまでもなく福路美穂子にぶつかった人は、そして福路美穂子に手を差し伸べた人は小瀬川白望である。小瀬川白望は福路美穂子を右手で立たせ、落ちてしまった福路美穂子のバッグを拾い上げる。そうして福路美穂子に拾ったバッグを渡した。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます……そ、それと、すみませんでした……」

 

「ん?ぶつかったこと?」

 

「はい……前を見てなかったもので……」

 

 しかし、小瀬川白望はそんな福路美穂子に向かってこう返答する。

 

「別にいいよ……私は別にケガとかしてないし……それに、あなたはの方は大丈夫?」

 

 そう言って小瀬川白望は福路美穂子がついた尻の辺りを手で払った。福路美穂子は「な、なっ!?」と言って少し驚きながらも、顔を少し赤く染めていた。

 




次回も長野編。
キャプテン登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第250話 長野編 ⑨ オッドアイ

長野編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「なっ、何するんですか!?」

 

 福路美穂子が顔を赤くし、スカートを手で押さえながら小瀬川白望に向かって叫ぶ。小瀬川白望は何をそんなに怒っているのだろうかと疑問そうな表情を浮かべながら、「いや……尻餅ついてたから、汚れとか付いてたりしたら払ってあげようかなって……」と言い返すと、福路美穂子は「えっ……そ、そう……だったんですか」と自分だけが空回りしていた事に気づくと、恥ずかしさと小瀬川白望にあらぬ疑いをかけてしまった事に対する罪悪感を感じていた。

 

「あ、あの……」

 

「ん……?」

 

「あらぬ疑いをかけてすみませんでした……」

 

 そう言って福路美穂子は頭を下げる。まさか自分が痴漢していたと一時的に疑われていたなど気づくわけがない小瀬川白望からしてみればどういう事だか分からなかったが、とりあえず「え、ああ……うん」と答える。

 小瀬川白望はそうしてアクシデントも円満に解決したと思い、その場を離れようとすると、不意に福路美穂子の顔が視線に入り、ある事に気づいた。

 

(……あれ)

 

 小瀬川白望がじろじろと福路美穂子の事を見ていると、福路美穂子は「な、なんでしょうか?」と思わず小瀬川白望に聞いてしまう。小瀬川白望はこれは言うべきかどうか迷ったが、相手側からそう言われてしまえば言わなければいけないだろうと思い、「失礼な事聞くかもしれないんだけどさ」と前置きしてから、福路美穂子に向かってこう聞いた。

 

「その眼、どうかしたの」

 

 小瀬川白望は目線で福路美穂子の閉じている片目を指しながら、福路美穂子にそう質問する。さっきぶつかった時に目に何か入ったのかもしれないが、小瀬川白望にはどうもそれがさっきの一時的な事でなく、彼女が常日頃片目を閉じているように感じた。何かわけがあるのだろう。

 

「え……いや、えっと……」

 

 福路美穂子は言葉に困りながら、眼を閉じている方の頬を触る。小瀬川白望はそれを聞いて、やはり何か訳アリのようだと察したと同時にこれは聞くべきでは無かったと感じると、「ごめん。言い辛いならいいよ」と福路美穂子に向かって言う。

 が、しかし。福路美穂子は小瀬川白望に向かって「いえ……大丈夫です。やはり気になると思うので……ただ……」と言って、小瀬川白望にこう頼んだ。

 

「あまり人に見せたいものじゃないので……どこか場所を移しましょう」

 

 そう福路美穂子が言うと、小瀬川白望は(どこがいいだろうな……)と考えて、ふと現在位置を思い出す。そうして、今日自分が泊まる、辻垣内智葉が用意してくれたホテルが近くにあるという事に気付いた。すると小瀬川白望は、福路美穂子の手を掴んで「こっち……」と言うと、そのまま福路美穂子を近くにあった泊まるホテルへと連れて行った。

 

 

-------------------------------

 

 

「……あの、お嬢。あの二人、ホテルに入って行きましたけど……」

 

 所変わって、小瀬川白望と福路美穂子の事をつけていた黒服は、長野県という事で、東京から距離もかなり遠いというわけでもないので今日は自分も行くと言って来た少々……いや、かなり不機嫌な辻垣内智葉に向かって言う。

 

「見れば分かる!逐一報告するな……」

 

 辻垣内智葉は黒服に若干八つ当たりしながらも、イライラを募らせていた。こうなる事は大体は予想はしていたのだが、実際にこうして展開されると腹が立ってしょうがなかったのであった。

 

「ど、どう致しましょうか。お嬢」

 

 黒服はそう言って辻垣内智葉に聞くと、辻垣内智葉は「どうするって……私達も行くしかないだろう。どうせシロとあの女は戻ってきそうにもないからな。どうせ……」と少し拗ねながらも、黒服とともホテルに向かって歩き始めた。

 

「それにしても、だ」

 

「どうかされましたか?お嬢」

 

 辻垣内智葉が黒服にそう聞かれると、辻垣内智葉は福路美穂子の顔を思い出して「あの片目の女……確か今年の全国大会でいたはずだ。実際に打ったわけではないが、あんな特長のある奴はあいつしかいないだろう。おい、お前。あいつの素性を調べさせろ」と黒服に言って、ホテルの中に入って行った。黒服は(お嬢……頑張って下さい)と心の中で辻垣内智葉の事を応援しながら、携帯電話を取り出して東京にいる同期に連絡をするのであった。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……ここなら大丈夫だよ」

 

 そう言って小瀬川白望は荷物を置いて、部屋の中にあるベッドに腰掛けてそう言う。福路美穂子は、まさかこんな豪華なホテルに連れて行かれるなど予想だにしていなかったため、驚きながらも自分の持っていた参考書やノートが入ってあるバッグを小瀬川白望の荷物へ置き、小瀬川白望に促されて彼女の隣に腰掛けた。

 

(こんな凄いところに泊まれるなんて……どこかの社長さんの娘なのかしら?この人……)

 

 福路美穂子はそんな事を考えて小瀬川白望の事を見るが、どうもそんな金持ちだという感じでは無さそうな感じがする。謎は深まるばかりだが、福路美穂子は話し始めようとしたが、「え、えっと……」と小瀬川白望の事をどう呼ぼうかと悩んでしまった。そんな彼女を見て、小瀬川白望は「ああ……私の名前、言ってなかったね」と言うと、福路美穂子に向かって自分の名前を告げる。

 

「小瀬川白望。まあ何て呼んでもいいよ……」

 

「ふ、福路美穂子です。それで……白望さん」

 

 福路美穂子は小瀬川白望の名前を言うと、小瀬川白望にこんな質問を投げかけた。

 

「まず……虹彩異色症、って知ってます?」

 

「虹彩……異色症?」

 

「分かりやすく言えばオッドアイとも言いますけど……」

 

 そう福路美穂子が言うと、小瀬川白望は「ああ……ネコとかにある」と言って理解する。

 

「私がまさにそのオッドアイで……怖い、ですよね……目の色が違うなんて……過去に一度、私の眼の事を綺麗だと言ってくれた人がいたけど……他の人からはそうは思われてないんじゃないかって……」

 

 そう言いながら、福路美穂子は涙を浮かべる。小瀬川白望はそんな福路美穂子に向かって「……そんな事ない」と福路美穂子の言葉を否定する。

 

「怖いかどうかなんて、そんなの福路さんが決める事じゃない。私が決めること。……自分で自分を卑下しちゃダメ。どんどん自分に自信が無くなって、もっとダルいことになる」

 

「見せてごらんよ。その眼。……人間、価値観はそれぞれだけど、綺麗なものは誰が見たって綺麗。そう感じるはず……」

 

 そう言って小瀬川白望は福路美穂子の手をギュッと握った。福路美穂子は戸惑いながらも、小瀬川白望の言葉に従ってゆっくりと閉じていた眼を開く。そこにはさながら蒼く光る宝石、そんな瞳が小瀬川白望の眼に映った。そうして小瀬川白望は福路美穂子に向かってこういう。

 

「……ほら。綺麗だよ、福路さん」

 

 小瀬川白望は福路美穂子に向かってそう言うと、福路美穂子は浮かべていた涙をそのまま流した。小瀬川白望は驚いたが、福路美穂子は涙を流しながら小瀬川白望にこう言った。

 

「悲しいから涙を流してるんじゃないんです。嬉しいから流しているんです……御世辞でなく、素直に言ってくれる事が本当に嬉しくて……」

 

「そう……それならよかった」

 

 そうして、小瀬川白望は涙を流す福路美穂子を落ち着かせようと福路美穂子の事をそっと抱き寄せる。そうして福路美穂子が落ち着くまで、小瀬川白望はじっとそうしていた。

 ……無論、この光景を同じホテルで泊まっている辻垣内智葉が見ようものなら、修羅場になるのは言うまでもない話であるが。

 

 




次回も長野編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第251話 長野編 ⑩ 無意識な拳

長野編です。
まだ火曜日という現実。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……落ち着いた?」

 

 小瀬川白望が福路美穂子の事をそっと抱擁しながらそう言う。福路美穂子はようやく涙が止まったようで、右手で眼の辺りを拭ってから小瀬川白望に「はい……ありがとうございます」と言う。しかし、そう言う彼女の右目は閉ざされていた。それに気づいた小瀬川白望が何かを言おうとする前に、福路美穂子は小瀬川白望にこう言った。

 

「すみません。ああ言われた後にこうやって眼を閉じてるのは失礼かも知れませんけど、小さい頃からやってたらいつの間にか癖になってたみたいで……」

 

「ああ、成る程ね……それなら仕方ないか」

 

「はい。こうしてると気分が落ち着くので……それに、ミステリアスな感じがしていいじゃないですか?」

 

「え?そ、そう……だね」

 

(天然さん、なのかなあ……っていうかミステリアスな感じってどんな感じなんだろ……)

 

 小瀬川白望が他の人からしてみればそっくりそのまま言いたいセリフを心の中で呟きながら、福路美穂子の方を見る。ミステリアスな感じがすると言われても、ミステリアスな感じというものを知らない小瀬川白望にとっては理解し難いものであったが、取り敢えず同調する事とした。

 そうしたところで、小瀬川白望の腹の虫が鳴った。そういえばと小瀬川白望はまだ夕飯を食べていないという事に気づいた。夜になるまで麻雀をやっていたが、夕飯の事などもはやどうでも良い域にあったのだが、ここにきてその重要性を思い出した。

 福路美穂子は何故か自分の腹が鳴った訳でもないのに、少しほど顔を赤くしながら「まだ夜ご飯、食べてないんですか……?」と小瀬川白望に向かって聞く。小瀬川白望は「うん……」と答える。こういう時もし食材があれば小瀬川白望のために腹の足しになるものを作ってあげる事ができたのにと福路美穂子は心の中で若干悔やむが、小瀬川白望は立ち上がって福路美穂子に「さあ、行くよ」と言って手を差し伸べる。

 

「あ、あの……どこへ?」

 

「あー……ここのホテル、バイキングとかあるんだよね。まだやってると思うから、大丈夫だと思うよ」

 

「でも、私は……」

 

「多分大丈夫じゃないかな……福路さんも代金必要ないだろうし……」

 

 小瀬川白望の言っている事の根拠は全く持って感じられなかったが、取り敢えず福路美穂子は小瀬川白望に言われるがままついていった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ふう……ご馳走様」

 

 小瀬川白望はそう言って両手を合わせる。福路美穂子はまだ食べている途中ではあったが、さっきから全然福路美穂子の腕は動いていなかった。

 

(本当に白望さんって何者なのかしら……こんな豪華な料理、食べた事なんてないわ……)

 

(それに、予約しているわけでもない私が来ても白望さんが事情を説明すればあっさり許可してもらったし……分からないことばかりだわ……)

 

「……食べないの?」

 

 福路美穂子がそんな事を考えていると、小瀬川白望がそう言って福路美穂子の料理が盛られている器を指差す。福路美穂子は「も、もういいわ……色々といっぱいいっぱいだもの……」と言う。

 

「じゃあ、部屋に戻ろうか」

 

 小瀬川白望はそう言うが、福路美穂子はもうそろそろ帰らなければといった事を気にしていた。このホテルに来たのも、自分が頼んだことだが、小瀬川白望に連れてこさせられたからであるし、何より福路美穂子は塾からの帰りである。親にあらぬ心配をかけさせたくないという思いから、そろそろ帰ったほうが良いのではないかと思ったが、小瀬川白望に手を握られると何故か思考が停止してしまい、正常な判断ができなくなってしまった。

 そうして二人はさっきまでいた部屋まで戻ろうと、ホテル内の廊下を歩いて右折しようとしたところで、小瀬川白望にとって見覚えのある人物が突き当たりのところにいた。そう、時を同じくしてこのホテルに入った辻垣内智葉である。

 

 

「あ……」

 

「えっ……?」

 

 小瀬川白望がまず思ったのは、どうして辻垣内智葉がここに居るのかという事である。対して辻垣内智葉は、何故このタイミングで小瀬川白望と運悪く遭遇してしまったのかという焦りが生じていた。いや、もはやその焦りが生じるよりも前に辻垣内智葉は反射的に拳を放っていた。本来ならばばったり敵と遭遇してしまった時の武術であるのだが、辻垣内智葉の一瞬の心の動揺と、自分がここに居たという事実を小瀬川白望から隠そうという防衛反応によって思わず拳を放ってしまった。

 

「サト……!?」

 

 辻垣内智葉の拳は小瀬川白望の顎を捉え、スパァン!と綺麗な形で打ち抜いていった。小瀬川白望はいきなり物凄い速度で顎を殴られた事で若干ではあるが足が地から離れた。そして辻垣内智葉の名を言い終える事すら許されずに気を失い、背中から地面に倒れた。そうしてやっと辻垣内智葉が冷静になった時には、既に気を失って動かなくなっていた小瀬川白望と、口に手を当てて驚愕する福路美穂子がいた。

 

 

(……ヤバいヤバいヤバい……!)

 

 

 反射的に小瀬川白望を殴ってしまったと辻垣内智葉が気付くと、折角冷静になったはずの心は再び焦りによって動揺していた。そうしてどうしたら良いのか分からなくなった辻垣内智葉は、取り敢えずこの場から遠ざかろうとして反対方向に向かってチーターのような速さで駆けて行った。

 

「え、あの……」

 

 福路美穂子が辻垣内智葉に向かってそう言うが、辻垣内智葉はもうその時には居なくなっていた。福路美穂子は気絶している小瀬川白望を見て、(どうしよう……)と思いながらも、小瀬川白望の事を担いで行くしかないと悟った福路美穂子は、気絶している小瀬川白望の事を担いで、目的の部屋へと向かった。

 

 

 

 




次回も長野編。
特に理由のない智葉さんの拳がシロを襲う……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第252話 長野編 ⑪ 機械音痴

長野編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「はあああ〜……やってしまった……」

 

 辻垣内智葉が顔に手を当てていかにも落ち込んでいるといった雰囲気で呟きながら黒服がいる部屋へと入った。辻垣内智葉の表情には後悔しか残っていなかった。まあ、突然の出来事とはいえ自分が想いを寄せている小瀬川白望の事を殴ってしまい、その上気絶している小瀬川白望を放置して去ってしまったとなれば当然落ち込むであろう。

 そんな事があったなど知る由もない黒服は辻垣内智葉に駆け寄って肩をガッと掴んで「お嬢、大丈夫ですか?」と声をかける。しかし辻垣内智葉は虚ろな目で「ああ……大丈夫。大丈夫だ……」と言ってそのままベッドに横たわってしまった。そんな彼女を見てようやく黒服は辻垣内智葉に先ほど何があったのかをおおよその見当がつき、それ以上は何も言わずにそのまま辻垣内智葉を寝させる事にした。

 

 

(何があったか、詳細までは分かりませんけど……心中察します。お嬢)

 

 そう心の中で呟き、窓を開けてタバコを咥える。ライターを取り出してタバコに火をつけると、黒服は夜景を見ながらタバコを嗜むのであった。

 

 

-------------------------------

 

 

(ふう……白望さんが軽かったおかげで運んでこれましたけど、どうしましょう……)

 

 そして所変わって、福路美穂子は辻垣内智葉に殴られて気を失っている小瀬川白望を部屋へと担いで運んできて、そのままベッドに寝かせていた。福路美穂子は帰らなければという気持ちと、勝手に帰っていいのか、そして気を失っている小瀬川白望をそのままにしておいていいのかという気持ち、更に本人は気づいてはいないが小瀬川白望と一緒にいたというこの複雑とした感情が彼女の頭の中を渦巻き、葛藤していた。

 

(……こういう時に不謹慎かもしれないけど、気絶してる白望さんの顔、可愛い……)

 

 しかしそんな葛藤も、気を失ってる小瀬川白望の顔を見ればそれは一瞬で吹き飛んだ。福路美穂子は小瀬川白望の頬を手で触ると、大事そうに優しく小瀬川白望の頬を撫でた。そしてそれと同時にこれだけ触ったりしても目を覚まさないという事は、なかなか起きないであろうという謎の根拠を理由に、福路美穂子は大して使った覚えのない慣れない携帯電話を取り出すと、いかにも慣れてない人の手つきで携帯電話を使って親にメールを送信しようと試みる。もしかしたら今日は帰れないかもしれないけど、何の問題もないから大丈夫という事を親に伝えておけば、後日親から何か言われるかもしれないが、取り敢えず現状はどうにかなると考えた福路美穂子は携帯電話と奮闘する。その奮闘ぶりを見て分かるように、福路美穂子はとんでもない機械音痴である。もしかしたら機械に疎い老人のほうが上手く扱えるのではないかというレベルで、彼女の機械音痴さは絶望的であった。

 

(えーっと……メールはどこでやるのかしら?多機能なのはいいけど、どうも使いにくいわね……)

 

 現に今もメールをどうやって送るのかという事で迷っていた。当然メールの仕方を知らない福路美穂子が電話を使えるわけもなく、あれこれ十数分格闘した後、ようやくメールの本文を書くまでに至った。常人からしてみれば驚異的遅さだったが、福路美穂子からしてみれば及第点なのであろう。

 

(大、丈、夫、で……す。と。これで送信、だったかしら……)

 

 そうしてメールの本文を作成するまでにも常人の数倍の時間を要したが、無事送信するまでに至った。そうして福路美穂子は携帯電話を仕舞うと、それでもまだ気を取り戻していない小瀬川白望の事を見ていた。そうして福路美穂子は、小瀬川白望を殴って気絶させた辻垣内智葉の事を思い返していた。

 

(あの人……記憶が確かなら麻雀の大会でいたはずね。確か……辻垣内さん、だったかしら?)

 

 福路美穂子はこれでも記憶力には自信があるようで、事実辻垣内智葉側も福路美穂子の事は見たと証言している事から、間違いでないというのは容易に想像できる。そんな辻垣内智葉がどうしてこんな豪華なホテルに泊まっているかという事よりも、どうして小瀬川白望と会っただけで、思わず殴ってしまうほど焦ってしまったのだろうかという事が気になって仕方がなかった。

 

(白望さんと知り合いなのかしら……)

 

 そう考えが至ったと同時に、福路美穂子の心は小さな針が刺さったような違和感を覚えた。これが俗に言うジェラシーというものなのだが、福路美穂子には気付くわけがなかった。

 

「ん……あれ。ホテルの部屋……?」

 

 そんな事を考えていると、小瀬川白望が目を開けてようやく意識を取り戻した。福路美穂子は「大丈夫?白望さん」と開口一番にそう言い、小瀬川白望は「え……何が?」と言ってキョトンとしていた。どうやら記憶が飛んでしまっているらしい。まあ知り合いかもしれない辻垣内智葉に殴られて気絶したなんて言われても気分は良くならないだろうし、取り敢えず福路美穂子は「いえ……突然気を失ったものだったので……」と言って、辻垣内智葉の存在はなかった事にした。

 

「そうだったんだ……ここへは福路さんが?」

 

「はい……軽かったので全然苦じゃありませんでしたよ」

 

「そうか……ありがとね」

 

 小瀬川白望にそう言われ、嬉しそうな表情をしながら福路美穂子は「いえ……どういたしましてです」と言う。小瀬川白望は顎に残る違和感を感じながらも、福路美穂子の言ったことに疑う事はしなかった。




次回も長野編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第253話 長野編 ⑫ タッチ

長野編です。
ああ……明日で今週が終わる……


-------------------------------

視点:神の視点

 

(……一体何があったんだろう。身に覚えがないんだけど、実際気絶してたみたいだし……)

 

(それに、気を失っている間に夢でも見たのか分からないけど智葉が出てきたなあ……なんだったんだろ。アレ……)

 

 小瀬川白望は未だに気絶する前の記憶を思い出そうとするが、まさかここにいるとは思いもしない辻垣内智葉に顎を殴られて気絶させられたなど思いつくはずもなく、終わりの見つからない迷宮を迷っていた。そして結局自分は疲れていたのであろうという仮説を適当に立てて、強引にこの問題を解決する事にした。

 

「あ、あの……!」

 

 そうして小瀬川白望が一息つこうとした直後、福路美穂子が小瀬川白望の事を呼ぶ。小瀬川白望は「んー?」と言ってベッドに再び倒れかかった。

 

「もしそちらが宜しければ……今晩ここに泊まってもいいでしょうか?」

 

「え……」

 

 小瀬川白望がそう反応するのを聞いて、最初は福路美穂子は迷惑になってしまうと思ってしまったが、小瀬川白望は福路美穂子が予想した答えとは真逆の答えを言ってくれた。

 

「私はそのつもりだったけど……もしかして当初はそんな気じゃなかった?」

 

「え?い、いや……そ、そうだったんですね!ありがとうございます!」

 

 福路美穂子はまさか小瀬川白望が最初から自分を泊めるつもりであったということを知って内心驚きながらも、ホテルで打ち解ける前は初対面で右も左もわからない状態であった私をその時から泊めるなんてそんな無用心なことをよくできるものだとある意味で感心する。

 

(……もしかして、他の人にもそういう事を?)

 

 そして福路美穂子のその感心は、一種の嫉妬へと変わっていく。あの辻垣内智葉といい、他の人といい、そういう事を平気でやってのけてそうな感じが小瀬川白望がすると福路美穂子は察知した。まあそれは事実であり、否定しようのないものなのであったが。

 そういった心の中にギスギスとしたものを抱えた福路美穂子であったが、小瀬川白望は欠伸をしながら福路美穂子にこういった。

 

「ふう……そろそろお風呂に入ろうか」

 

「お……お風呂って、この部屋にあるお風呂ですか?」

 

 福路美穂子がそう言うと、小瀬川白望は「ああ……そういえばそっちもあったね」と思い出したかのように答える。小瀬川白望がこういった辻垣内智葉の用意してくれたホテルでは、必ずと言っていいほど温泉、もしくは大浴場があり、小瀬川白望は常にそこに入っていたため、部屋に設置されている風呂は利用した事がないのであった。そういった事情を知らない福路美穂子は小瀬川白望の発言に首をかしげるが、小瀬川白望は「じゃあ、そっちに入ろうか」と言って福路美穂子の腕を掴んだ。

 

「え、え?」

 

 福路美穂子は動揺しながら小瀬川白望の事を見ると、小瀬川白望はそれを見て「なに……どうかしたの」と質問する。

 

「い、一緒に入るんですか?」

 

「いや……別々だとどっちかが待つ時間が必要になってくるし……ダルいから二人で入った方が楽かなって」

 

 そう言われた福路美穂子は、自分が一人で空回りしている事に気づき、顔を真っ赤にして「そ、そうですか……」と言う。小瀬川白望はそれを聞くと、服を脱ぎ始めた。

 

(……大きい)

 

 福路美穂子も先ほどから覚悟は決めていたが、やはり刺激が大きすぎるのは事実である。小瀬川白望のたわわに実った果実のような胸が、今福路美穂子の眼の前で開帳されていく。福路美穂子は、もはや自分が服を脱ぐという事を忘れてただただ体を露出させていく小瀬川白望の事を見ていた。

 そうして流石に小瀬川白望も、福路美穂子の視線に気づいたのか少し顔を赤くし、両手で胸を隠すようにして福路美穂子に向かってこう言った。

 

「あんまりジロジロ見られると……恥ずかしい」

 

 その瞬間、福路美穂子の心の中で何か大切なものにピシッとヒビが入ったような気がしたが、それは気のせいであると信じよう。しかしその小瀬川白望の発言で若干我を取り戻したのも事実であり、福路美穂子はようやく服を脱ぎ始める事にした。

 

「じゃあ、入ろうか」

 

 そして全裸となった小瀬川白望は同じく全裸の福路美穂子にそういって浴室へと入る。二人は取り敢えず頭と身体を交互に洗うと、流石に温泉や大浴場ほどの広さではないものの、それでも一般的なサイズよりかなり広めの浴槽に浸かる。

 

「ふう……」

 

 小瀬川白望はそう言いながら天井をボーッと見ていると、福路美穂子は小瀬川白望に向かってボソッとこんな事を言い放った。

 

「大きいですよね……白望さんの」

 

 それを聞いた小瀬川白望は驚いて噎せてしまう。特に何が大きいと指定はしていなかったが、小瀬川白望にとっては一発でそれが何を指しているか分かるものであった。

 小瀬川白望は驚きながらも、福路美穂子に反論(?)するような形でこう言う。

 

「福路さんだって、大きい方じゃん……」

 

「そ、そうですか……?ありがとうございます……あ、あと……触ってみてもいいでしょうか?」

 

 そう福路美穂子が言うと、小瀬川白望は目を丸くして福路美穂子に向かって「……胸を?」と聞き返すと、福路美穂子は「はい……」と恥じらい深いような表情でそう言った。小瀬川白望は少しの間考えたが、「まあいいよ……ダルくない程度で」と言うと、胸の辺りに置いてあった手をどけて、福路美穂子が触れるような体制をとった。

 福路美穂子は深呼吸をすると、「じゃ、じゃあ……行きますよ」と言って謎の警戒しながらおそるおそる小瀬川白望の胸を突いた。小瀬川白望は何かを押し殺そうとしていた様子ではあったが、ここでは割愛させていただく。

 

(柔らかい……私のじゃこんなに柔らかくはないわ……)

 

 そうして触り心地を確認しながら、小瀬川白望が声を押し殺すこと十数分、ようやく福路美穂子は満足したようで「ありがとうございました」と言うと、小瀬川白望は「うん……もう、こういうのはいいかな」と言って浴槽に浸かっているのに、そこから更にぐったりとしていた。

 

(……もしかして変態なのかなあ。思ったよりダルい人だ……)




次回も長野編。
心を無にして書いてます(悟り)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第254話 長野編 ⑬ 救い

長野編です。
ようやく今週が終わった……
キャプテンのキャラが迷走している感が……


-------------------------------

視点:神の視点

 

(はあ……疲れた。身体がすごくダルい……)

 

 小瀬川白望と福路美穂子は入浴を終えると、二人は着替える事とした。もちろん福路美穂子は着替えを持ってきていないため、小瀬川白望が持ってきた余った服を着る事となった。サイズは福路美穂子にとっては少し大きいもので、ほんの少しぶかぶかであったのにも関わらず福路美穂子は少し嬉しそうな表情をしていた。そんな福路美穂子を見ながら、小瀬川白望はベッドに倒れるようにして横たわった。

 そしてその福路美穂子はというと、自分が着ている小瀬川白望の服を見ながら、堪能しているような事をしていた。何故福路美穂子がこれほどまでに興奮しているのかというと、小瀬川白望から貸してもらった服が意外と可愛い系のものであったからである。無論、無地に比べればなのであるのだが、福路美穂子の考えていた小瀬川白望のパジャマはその無地系のものだと思っていたので、チェック柄の服を渡された時は良い意味で期待を裏切られたわけであったのだ。

 

(ふふふ。白望さんの服、意外に可愛いのね)

 

 心の中で小瀬川白望の新たなギャップを発見して、気分が良くなる福路美穂子ではあるが、そんな福路美穂子を小瀬川白望は見ていたのか、それとも本当に疲れただけなのかは分からないが「……もう寝るね」と言ってプイと福路美穂子に背を向けてそこから動かなくなった。福路美穂子は少しほど悲しそうな表情をするが、すぐに何かを思いついたようで、微笑しながら小瀬川白望が入ってる布団に身体を入れ、後ろから小瀬川白望の事を抱きしめた。これには小瀬川白望も少しほどびっくりしたのか、身体が一瞬跳ねる。小瀬川白望は後ろを振り向こうとするが、福路美穂子が抱きしめているために振り向こうとしても振り向けずにいた。そうして小瀬川白望は福路美穂子に向かって「……何」と聞くが、福路美穂子は「すみません……一人は寂しいので」という半ば……というか大半が嘘を言うと、小瀬川白望は渋々納得して再び寝ようとする。

 

(……もう寝たかしらね)

 

 そうして十数分経ってから、福路美穂子は小瀬川白望が眠りについたかどうかを確認しようと少し体制を変えて小瀬川白望の顔を伺うが、小瀬川白望はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。それを確認した福路美穂子は、小瀬川白望の背中に自分の顔を押し付ける。

 

(……上埜さんも、白望さんも……大好き。私があそこまで優しく接して貰えたことなんて、本当にいつ振りかしら……)

 

 小瀬川白望に対して行った奇行も、異様な心の昂りもすべては結局のところ、福路美穂子は寂しかった。その一言に尽きる話であった。幼少期の頃からオッドアイという事だけで謎の隔たりが同い年の人間とできていた事は、聡明な福路美穂子にとって理解する事は実に楽しかった。もちろん、全員が全員嫌悪感を抱いて隔たりを作っているわけではないのは分かっている。気を遣っている人も少なくはなかったのかもしれない。だがしかし、それ故の妙な優しさ……気を遣って特別視される事が福路美穂子にとっては、何よりも悲しかったのである。ただ普通に接したい。そう思っているだけなのに、自分がオッドアイだからというそれだけの理由で、特別視されるというのが辛くて辛くて仕方なかったのであろう。

 無論、福路美穂子の感性が正しいとは一概には言えない。同情してもらう事がその人にとって活力を与えてもらう事と同義である人間もいれば、福路美穂子のように悲しいと思う人間もいる。要するに人それぞれの感じ方があり、福路美穂子は普通に接してもらいたかったと思っていた。それだけである。

 

 

 そういった理由で、長い間自分のオッドアイは欠点であると思っていた福路美穂子であったが、それを上埜……今は竹井久と、小瀬川白望が希望を与えたのであった。彼女らの言葉には、昔言われてきた同情などという感情は一切なく、ただ思った事を率直に言ってくれた。その上で綺麗だと称賛してくれた。それだけで福路美穂子にとっては救いであり、福路美穂子にとっての真の理解者を見つけた瞬間であった。

 そんな二人に対して、福路美穂子は偏った愛情を注いでいることになるのだが、その愛情は本物であるという事実は覆らない。福路美穂子はもう一度二人に対して感謝の意を込めて、そっと小瀬川白望のうなじにキスをした。

 

「ありがとう……白望さん」

 

 そうして、福路美穂子はゆっくりと眠りにつく。そうして福路美穂子が完全に寝た後に小瀬川白望は、ゆっくり目を開けて「ふう……」と息を吐く。福路美穂子は先ほど小瀬川白望が寝ていたと思っていたのだが、実は小瀬川白望は起きていたのだ。ただ目を閉じていただけで、寝てなどいなかったのだ。そうして福路美穂子の心の声を聞いた小瀬川白望は、後ろで抱きつく彼女の事を思いながら、今度こそ眠りについた。

 

(……大変だったね。福路さん。救いになったのなら、それだけで私は嬉しいよ……)

 

 




次回も長野編。
そろそろ高校編に突入ですね〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第255話 長野編最終回 鼻血

長野編最終回です。
全155話。小学生編の1.5倍以上の話数をかけた中学生編が終了します。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……ッ!?」

 

 あれから数時間が経ち、闇に包まれていた空はすっかり太陽の祝福を受けて蒼く輝いていた。そんな蒼い空の下、とあるホテルの一室で福路美穂子は目を覚ました……はずであった。

 本来なら、福路美穂子が目を開けてまず最初に見えるのは小瀬川白望の後ろ姿か、もしくは天井かのどれかであろう。それが普通だ。しかし、福路美穂子の視界に広がるのは真っ暗な闇であった。目を閉じても、目を開けてもそこは暗黒。福路美穂子は驚いて動こうとするが、身動きが取れずにいた。

 

(な、何が……)

 

 福路美穂子はいきなりの暗闇に戸惑いながら、どうにかして身体を動かそうとしたところ、福路美穂子の鼻にムニュっとしたものが当たった。福路美穂子はその感触が何なのかと色々モゾモゾと動いていると、寝ていたはずの小瀬川白望が声を放った。

 

「……んん、ん……」

 

 恐らく、小瀬川白望が反応を示しているという事は福路美穂子が感じている柔らかい感触のものは小瀬川白望の体の一部である事は間違いない。そして、身体の中でも最も弾力があり、柔らかい感触を持つ部位は一つしかないであろう。そして何よりも、その感触には身に覚えがあった。……そう、昨日浴室で福路美穂子が弄った、小瀬川白望の胸であった。

 

(な、なんで……!?)

 

 そうであると確信した福路美穂子は、驚きと羞恥が彼女の心に現れる。それもそうで、福路美穂子は寝る前に小瀬川白望に抱きつきはしたものの、それはあくまでも背中から抱きついたため、どう考えても胸に当たるような体勢ではなかったはずだ。どうしたらそうなったのか分からない福路美穂子にとっては、動揺するべきの事であった。まあそれも全て福路美穂子が寝ている間に抱きつかせていた手を緩め、その間に小瀬川白望が寝返りを打てるくらいの隙間ができていた事が原因なのだが。

 しかし寝ている間のことなど知るわけもない福路美穂子にとっては驚きのことであるのだが。

 

(白望さんの胸……当たって……//)

 

 そうして福路美穂子は顔を真っ赤にしながら、小瀬川白望の胸の感触と温もりを感じていた。自分は今、小瀬川白望の胸に抱かれている。そう考えると、心が昂り、興奮してくる。そうしてその興奮が絶頂を迎えると、その証として福路美穂子は血を吹き出した。無論、怪我などではない。福路美穂子は、鼻から血を吹き出したのだ。

 自分が鼻血を出していることも分からずに、福路美穂子は小瀬川白望の胸に顔を押し付けていた。そうして自分が鼻血を出していた事に気付くのは、小瀬川白望が起きて福路美穂子の事を解放した時であり、福路美穂子は胸だけが血に濡れた小瀬川白望を見て、驚きと瞬時に自分が鼻血を出していた事に対しての恥ずかしさのあまり、叫び声をあげてしまったことは言うまでもない。

 

 

-------------------------------

 

 

「……すみませんでした」

 

「いや、いいよ……別に……」

 

 小瀬川白望と福路美穂子は、朝食を済ませてチェックアウトしてホテルの外にいた。福路美穂子は朝に起こった鼻血の件について謝罪していたが、福路美穂子が鼻血を出したという事実だけしか知らないため、何のことかは分からなかったが、取り敢えず気にしていないということを伝えた。

 

「あ、あと……」

 

 別れる寸前、福路美穂子は小瀬川白望に向かって携帯電話を差し出した。小瀬川白望はクエスチョンマークを浮かべていたが、すぐに福路美穂子は小瀬川白望にこういった。

 

「連絡先……交換したいんですけど、やりかたが分からないので……」

 

「ああ、成る程ね……」

 

 そう言って小瀬川白望は福路美穂子の携帯を受け取り、連絡先を交換する。そうして福路美穂子に返すと、小瀬川白望は手を振って福路美穂子とは反対の方向へと歩き始めた。

 

(……白望さん)

 

 福路美穂子は閉じている右目を開け、小瀬川白望の事を両面でしっかりと見た。

 

 

(ッ!?……)

 

 しかし、そこにいたのは小瀬川白望ではなく、小瀬川白望と同じ髪の色をした青年であった。福路美穂子は驚いてもう一度よく見るが、そこにはしっかりと小瀬川白望がいた。福路美穂子の右目が映し出した謎の青年。福路美穂子は最初はただの見間違いかと思ったが、どうにもその青年が何か関係がある。そうとしか思えなかった。

 

 

-------------------------------

 

 

『……今回もありがとうね。智葉』

 

 

「あ、ああ……」

 

 後日、辻垣内智葉は小瀬川白望から感謝の意を込めた電話を受けていた。しかし、今もなお小瀬川白望の事を殴った事に対しての後悔しているため、少しほど遠慮がちであったが。

 

『そういえばさ』

 

「なっ、なんだ……?」

 

『長野のホテルで泊まった日、智葉が夢に出てきたんだよね」

 

「そ、そうなのか?」

 

『それで……何か知らないけど、いきなり殴られたんだよね。夢の中で』

 

「えっ!?ああ……それはすまなかったな。は……はは……」

 

 そう言って辻垣内智葉は無理に堪えて笑う。そうして電話での会話が終了した後、辻垣内智葉はベッドの中で再びあの時の後悔をしていた。

 

 




次回から高校編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第256話 中学生編最終回 合格

次回で終わり、と言いましたけど始まる前に一話挟みます。
皆さんも人生の中で一度二度は体験した事のあるアレです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 日本では冬もそろそろ終わりを迎え、出会いと別れの季節……春へと段々と近づきつつありながらも、まだ肌寒さを感じさせ、冬の存在をいやがうえにも意識させられる三月上旬。中学三年生は在校生徒である一年と二年よりもはやく学校が終わり、卒業生となった学生らは大半が入試試験を終え、自分の実力を信じて後は合格発表を迎えるだけとなった。

 そして今日、岩手県では合格発表が午後から県内の学校が一斉に行われる日となっていた。無論今日という日を心待ちにしていた受験生など、よほど絶大な自信がある人間しかおらず、大半の受験生が今日という日が前日になっても来ないでくれ。そう思うほど憂鬱な、そして人生を賭けた日であった。

 しかし、そんな中卒業したことをいい事に昼間まで寝ているという絶大な自信を持っている受験生ですらしない行為をやってのける人物がいた。そう、小瀬川白望である。彼女は携帯電話の着信音でようやく目が覚め……いや、強引に起こされ、誰からの着信か確認する前に小瀬川白望は応答した。

 

 

「はい……小瀬川です……」

 

『シロ、私よ。何回かけたと思ってるのよ!』

 

「……新手の詐欺?」

 

 小瀬川白望が冗談交じりにそう言うと、電話の主は少し呆れたような声色で『私よ。塞よ……冗談は麻雀だけにしなさい』と言うと、小瀬川白望は「ああ、塞……おはよ」と返答する。

 

『おはようって……今何時だと思ってるのよ』

 

「え……11時?」

 

『……まさか、今の今まで寝てたんじゃないでしょうね』

 

「……御名答」

 

 小瀬川白望が悪びれもなくそう言うと、臼沢塞は子供を嗜めるような口調で『せめて合格発表の日くらいはもっと緊張感持とうよ……』と言うと、内心今日が合格発表である事を忘れていた小瀬川白望は「……別に、受かってるから大丈夫じゃない?」と言う。

 

『何言ってんの。シロは余裕そうにしてるかもしれないけど、こっちは胃が痛くてたまらないんだから』

 

「……塞も大丈夫でしょ。もちろん胡桃も。何なら、今の御時世、ネットとかでも確認できるよ?」

 

『いや……そう言うわけじゃなくてね。せっかくの合格発表なんだから、しっかり目に刻んでおこうよ』

 

「そういうものかなあ……」

 

 小瀬川白望は渋った声でそう言うが、臼沢塞は『はい!言い訳禁止。今からでも間に合うからチャチャっと準備して!用意できたら連絡よこしなさいね。胡桃にも声かけてくるから!』と小瀬川白望に一方的に言って電話を切る。電話を切られた小瀬川白望は、大儀そうに着替えはするものの、頼まれたことは断ることができないのが小瀬川白望だ。臼沢塞も、それを分かっていて強引に言ったのだ。小瀬川白望はそうして出かける支度をすると、欠伸をしながら臼沢塞に電話をかけ、臼沢塞と鹿倉胡桃の元へと向かった。

 

 

-------------------------------

 

「そろそろ来るって」

 

「全く……予想はしてたけどまさか本当に寝てるなんて」

 

 臼沢塞が電話をポケットにしまうと、鹿倉胡桃に向かってそう報告する。鹿倉胡桃はやれやれといった風に言うが、その目は小瀬川白望に会えるといった期待の目であった。もはや合格発表そっちのけの状態の三人であるが、それもそのはずで、本来三人の学力と、彼女らが受けた学校の難易度が一致しておらず、学力はあるのに比較的近いという理由で受けた小瀬川白望と、それについていく形で俗に言う優等生である二人がついて行ったという形であり、三人の合否はやる前から分かっていたと言っても過言ではないのであった。無論、何かヘマをしてしまったらその前提は覆ってしまうのだが。

 もちろん、受験する前から三人は大変であった。受験勉強という面ではなく、志望校を決定するまでが大変だったのである。学校内でもかなり学力が高い三人が近いから、……厳密には二人は小瀬川白望と一緒の高校が良いからという理由でそんなに難しくもない学校を志望するとなれば、教師側はもっと上の高校を目指して欲しいのが願いであり、考えを改めて欲しいわけだ。そんな教師たちとの戦いもあったわけだが、三人の主張が勝って今に至る。

 そう言うわけで、彼女らは余裕ムード……なはずなのであるが、臼沢塞だけは少し違っていた。

 

(……大丈夫かな。ケアレスミスとかしてなかったよね……ちゃんと受験番号記入したわよね……)

 

 入試を受けて、体感的には合格は揺るぎないものであったのだが、臼沢塞は考えすぎるあまりあらゆる可能性を考えていたのだ。志望校のランクを下げてまで小瀬川白望と同じ高校に入りたくて受験したというのに、自分だけ不合格では何の意味もない話だ。

 

「あ、来たよ。塞」

 

 そんな臼沢塞の不安を断ち切るように鹿倉胡桃が明後日の方向を指差す。臼沢塞がその方向を見ると、いかにもダルそうな歩き方をする小瀬川白望がいた。加倉胡桃が手を振ると、小瀬川白望もゆっくりと手を振った。

 

「……もう帰っていいかな」

 

「えっ、ここまで来といて!?」

 

「文句言わない!ほらっ、行くよ!シロ!」

 

 鹿倉胡桃がそう言って小瀬川白望の事を押すようにして歩き始めると、小瀬川白望は仕方ないといった感じに歩き始める。臼沢塞は「全く……高校生になってもシロのダルがりは変わらなさそうね」と言うと、小瀬川白望は「まだ高校生になるって決まったわけじゃないでしょ……」と返す。

 

「って、何でシロがそんな弱気な発言するのよ。余裕なんじゃないの?」

 

「いや……別に中卒でもいいかなって……」

 

「馬鹿なこと言わないそこ!」

 

「冗談だよ……冗談」

 

 三人はそんなやり取りをしているうちに、彼女らが志望校として選んだ高校……宮守女子高校の校門に到着していた。臼沢塞は息を飲むと、小瀬川白望と鹿倉胡桃に向かって「さあ、行くよ!」と言って校門を通った。

 

 

「……あれか」

 

 小瀬川白望が指を指した先には、掲示板のようなものが設置されていて、その掲示板には数字がズラリと並んでいた。言うまでもなく、合否発表の掲示である。

 

「あ、あった」

 

 そうして掲示板まで向かっている最中、小瀬川白望がふとそんなことを呟いた。小瀬川白望は視力はかなり良い方なので、臼沢塞と鹿倉胡桃が認識するよりも前に目に入ってしまったのだ。

 

「緊張感乱すような事言わないでよ、シロ!」

 

「ごめん……見えちゃったからつい……」

 

 そう言うと、臼沢塞と鹿倉胡桃は掲示板の前まで来て自分の番号を探し始める。九割九分九厘受かっているとわかりつつも、緊張するものはしてしまうのは仕方ない事だ。

 

「ーーーあった!」

 

 そう言って臼沢塞が言うと、1秒遅れて鹿倉胡桃も「番号あったよ!」と小瀬川白望に向かって言う。小瀬川白望は「おめでと……そしてこれからも宜しく」と言うと、彼女ら小瀬川白望に向かってこういった。

 

「これからも宜しくね。シロ」

 

「これからも宜しく!シロ!」

 

 

 

 

「ーー小瀬川さぁん?」

 

「「「ッ!?」」」

 

 小瀬川白望達が歓喜の瞬間に浸っているところに水を差すようにして、黒髪ロングの宇夫方葵が突然小瀬川白望の耳元まで近づいてそう囁いた。三人は驚いて宇夫方葵の事を認める。

 

「……宇夫方さんもここ、受験してたんだ」

 

「小瀬川さんがここに行くって聞いたから、私もここに決めたのよ!これから三年間、共に頑張りましょうね!」

 

「……私、宇夫方さんに言った覚えないけど」

 

「風の噂よ!うふふふ!」

 

 そう言って宇夫方葵は小瀬川白望に抱きつく。小瀬川白望は面倒くさそうにしているが、宇夫方葵は背後から迫る殺気に気づいていながら、わざとより一層強く抱きしめるのであった。

 




次回から正真正銘高校編。
明日は月曜日ですけどね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4章 激動の序章 (高校一年生編)
第257話 高校一年編 ① "親切な人"


遂に始まった高校編……という事で原作に準えたこの回。
まずはシャープシューターさんから。


-------------------------------

視点:弘世菫

 

 

「……」

 

「どうしたの?親切な人」

 

 宮永が私を視認するとまず第一声にそう声をかけてくる。私は少しため息をつきながらも「良い加減その言い方、止めたらどうだ……」と言い返すと、宮永は「ごめん……つい癖で、菫」と言う。高校生活が始まってからーーこいつと出会ってから結構月日は経ったと思ったが、未だに私はその名称でこいつに呼ばれ続けている。

 

「全く……最初の頃はまだしも、もう4ヶ月は経ったんだから、良い加減に私の名前を覚えてくれ……」

 

「そうか……もう4ヶ月も経ったんだね……」

 

 そう宮永が呟くと、宮永と私はついこの間にあったインターハイの事を思い出す。思えば夢のような時間であった。並み居る強豪校と相対し、そして勝ち進んできた。麻雀をやる者なら誰もが憧れを抱くであろうあの場所で、私たち白糸台のチーム虎姫は全国の頂点に辿り着いた。年上相手に想像以上の闘いができたのも、チームが一丸となって栄光に輝けたのも全て宮永のお陰だった。頭が上がらないといえばそうであるのだが、どうしても麻雀の時以外のポンコツのこいつには言いたくはないものだ。

 

「……今失礼な事考えてたでしょ。菫」

 

 そんな事を考えていると宮永に見抜かれてしまったのか、指摘を受けてしまうが私は「さあ……どうだろうな」と言って誤魔化す。宮永照は相変わらずこちらをムッとした顔で見続けるが、真相にたどりつく事は無いであろう。

 

「っていうか、その『親切な人』ってのは一体どっから来たんだ?」

 

 話題を強引に変えて、私は宮永にこんな質問を投げかける。宮永と出会った時から今までずっと呼ばれてきたこの『親切な人』というフレーズ。恐らく本名よりも呼ばれたであろうこのフレーズが一体どこから来たのか、私はずっと気になって仕方なかった。こいつには全然真相などは不明ではあるが、色々と暗い過去を持っているのは明らかなのだ。前にも聞き出そうとしたが、結局あやふやのままである。繋がりが全くもって感じられない『親切な人』というこのワード。もしかしたら過去にもそう言った事と関係があったりするかもしれないという藁にも縋るつもりで聞いてみたが、宮永は少し顔を逸らして「いや……小さい頃あった人が、凄く親切な人で……菫もその人と優しいっていう点では同じだったから……」と答える。

 私はやはり関係は無さそうだと思いながら諦めると、宮永の携帯電話が通知音を立てて振動していた。宮永はこれまでに見せた事の無い俊敏な動きを見せ、携帯電話を起動して確認すると、なんかこう……あいつの顔が乙女の顔になった。えらく抽象的な表現ではあるが、本当にどこかちんちくりんのポンコツから、女の顔になったのである。私は先ほどの話の繋がりから「もしかして、その『親切な人』からか?」とおちょくってみると、宮永は驚いた表情で「なんで分かったの……?」と顔を赤らめて聞いてきた。

 

 

(なっ……嘘だろ?)

 

 

 冗談のつもりで言ってみたら、まさかまさかの大当たり。私は若干その『親切な人』に嫉妬心を抱いていたのか、それを本気で否定してくれと願っていた。こいつをああいう表情にさせるやつが、よもやあの『親切な人』だとは……私は驚愕していたが、更に驚愕するべきものが宮永の口から告げられる。

 

「……明日から、来るって」

 

「……!?あ、明日!?」

 

 私は動揺しながらも水を飲んで落ち着きを取り戻すが、未だに現状についていけてない。一度に得る情報量が多すぎる。

 

(いや……待て。もしかしたらその『親切な人』がこいつの過去について知っているかもしれんな)

 

 しかし私はこのピンチ(?)を上手く視点を変えてチャンスにする。これからあと最低でも二年は付き合う事になるこの宮永。こいつの過去を知れずして、こいつをサポートしたり、されたりするパートナーにはなれない。そういう理由があって私はこいつの過去を知りたがっていたのだ。それを解明できるという点では、ある意味チャンスであろう。

 

(それに……そいつがどんな人間か見定めたいしな)

 

 ここまでくると嫉妬以外の何物でも無い感情が露わになるが、それはもう気にせずに「おい、宮永」と宮永に声をかける。

 

「何?し……菫」

 

「そいつは一体どんな奴なんだ?あー……親切以外で」

 

 

「……何だろう。私もあの人に会ってから相当の年月が経ったけど……未だに謎の多い人だよ」

 

(それはお前も何だがな……)

 

 心の中でそんな事を思いながらツッコミを入れると、宮永はさっきまでとは数段目付きが鋭くなっていた。思わず私も息を飲んでしまうほど、宮永の表情は真剣であった。……食べかけのお菓子を手に持っている以外は完璧に真剣なのだが、逆に言えばそんな不真面目な要素を押さえつけるほど、彼女は真剣なのであると解釈できるであろう。

 

 

「……でも。確実に言えることとしては、その人は私には届かないところにいる……それは確かだよ」

 

「届かないって……麻雀でか?」

 

 俄かに信じがたい話であった。あれほど強く、底がしれない宮永が。団体戦ではもちろん、個人戦でもあの戒能だか言う三年以外の敵は全然完封していたはずだ。そんな宮永が、届かないと称するなど私には信じられなかったのだ。

 

「……全国でそんな奴がいたか?」

 

「いや。そもそもあの人はもう大会には出ないよ……そう明言してた。……本来なら私も出るつもりはなかったし」

 

「"もう"?ってことは前に出てた事があったのか?」

 

「……菫は小学六年生の頃って、覚えてる?」

 

「……確か、お前も出ていたんだっけか?」

 

「そう。その時に私が負けた相手……それがその『親切な人』……」

 

 記憶には薄っすらとしか残ってはいないが、確かにあの頃、馬鹿げた強さの奴がいたという事は覚えている。しかし、それ以降そいつの情報は全くと言っていいほど入ってこなくなり、尚且つインターネットを駆使しても影すら情報は掴めなかったことは覚えている。そしてついには時間という波がその記憶を綺麗さっぱり流してしまっいた。

 

「……小瀬川白望」

 

 宮永は小さくそう呟く。小瀬川白望。聞いた事があったかもしれないし、なかったかもしれない。あの時話題になっていた名前も言われてみればそんな奴だったかもしれないが、別の名前を言われても同じ結果であっただろう。

 

「……そいつが、明日ここに来るのか」

 

「そうだよ……それともし、白望と打つ事になったら菫の"シャープシューター"は使わない方がいい」

 

「何故だ?強いんだから使っていかないとダメだろう。大会に出る気がないなら、手の内を見せても構わないはずだ」

 

「そういう問題じゃない。もし……仮にもし白望に向かって放っても、絶対に当たらない。絶対に……」

 

-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

【なんだ……今度は宮永の嬢ちゃんのとこに行くのか?】

 

 

「うん……なんたって照をインハイで見る事になるなんて思ってもいなかったし、話を聞きたかったから……」

 

 私は赤木さんの問いにそう答える。本当に照の事を見る事になるとは思っておらず、テレビで照の事を見た時は目を疑ったものだ。戒能さんや智葉など、私の知り合いは何人か見るとは思っていたが、照がいるとは思ってもいなかった。

 

(……白糸台、だったっけ。照みたいに迷わないようにしないと……)

 

 

 そんな事を考えながら、私は明日の支度を始めるのであった。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第258話 高校一年編 ② 握手

前回に引き続き東京編。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……!」

 

「何ソワソワしてるの、菫?」

 

「ッ!そ、そうか……?ハハ……」

 

「……変な菫」

 

 

 あれから1日経ち、弘世菫は自分もその『親切な人』に会いたいという理由で、宮永照の部屋でやってきていた。夏休みであるため、寮が閉寮となってしまったことによって初めて弘世菫は宮永照の家に来たのだが、それ以上に弘世菫は何やらソワソワしていて、気が落ち着かない様子であった。それもそのはず、宮永照が自分には少しも見せた事の無いあの乙女の表情。あれが頭の中から離れずにいた。

 宮永照はいつも無愛想ではあるが、確かにごく稀に弘世菫から見てハートを掴まれるような表情は見せられる。お菓子の話題になった時とかの無垢なあの表情などが挙げられる。しかし、宮永照がその逆……ハートを掴まれている表情は見た事がなかった。そして何よりも自分が見た事のない宮永照の表情を、その『親切な人』が知っているという事が弘世菫にとっては許すべからざる由々しき事なのである。

 

(一体どんな奴なんだ……ハッ、まさかもしかして宮永があんなに女っぽくなったのは……)

 

 弘世菫の疑念はあらゆる可能性を呼び、それはやがて妄想へと育っていった。そのまさかではあるが、弘世菫にはそれを否定する事は出来なかった。勿論そんな事は起こっているわけもなく、宮永照の方はどうだかわからないが、その『親切な人』こと小瀬川白望はそんな事は一切思っていない。宮永照からしてみれば残念な話ではあるが、小瀬川白望にそういう感情は一切ないという事だけは確かだ。しかしそんな小瀬川白望の『イレギュラー』さを弘世菫が知っているわけもなく、その妄想によって明らかな小瀬川白望に対しての敵対心が目覚めてしまっていた。

 そうして弘世菫は、宮永照の肩をガシッと掴むと、いきなり掴まれてビックリしている宮永照に向かってこう言った。

 

「安心しろ、宮永。お前を淫らな世界から解放してやる」

 

「……え、ええ……?」

 

 宮永照は困惑していたが、弘世菫はもはや何故宮永照が困惑しているかに対して何の疑問も持たずに、自分は宮永照の事を守るのだという大義名分のもと、自分を鼓舞していた。一方の宮永照はというと、心の中で(……親切な人って、ちょっとおかしいところもあるのかな……)と言いながらもうすぐで来るであろう小瀬川白望のことを胸で想いながら、隣で燃えている弘世菫とその時を待っていた。

 そうして宮永照の携帯電話が着信音を鳴らすと、二人は同時にその携帯電話の事を凝視すると、二人は家を出て最寄りの駅へと向かった。無論、弘世菫が先導して。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ふう……やっとついた」

 

 小瀬川白望が欠伸をしながら駅から出てくると、開口一番に言った言葉はそれであった。今回でかなりの回数となる東京だが、やはり距離的に長いものは長いのである。長距離移動と言っても過言ではない旅をしてきた小瀬川白望は既に疲れているような様子であったが、そんなところに宮永照と弘世菫がやってきた。

 

(あ、照だ……えーっと、隣の人は誰なんだろう?)

 

 小瀬川白望は宮永照の隣にいる弘世菫を見て率直にそう思った。宮永照の知り合いというのは見て分かるのだが、小瀬川白望にとっては赤の他人なのでどういった反応をすべきか少し困っていた。

 

 

(……え、あれ。あれだよな。……なんというか、拍子抜けというか……とにかくあんなのが宮永を倒したとでもいうのか?)

 

 そして一方の弘世菫も、自分が勝手に想像していた小瀬川白望と実際の小瀬川白望とではギャップが生じていたそうで、見た目上はそんなに凶悪とかそういう感じではなかった。

 

(というか……むしろどっちかというとイケメン、ボーイッシュな感じだが……宮永がどんな奴に惚れるかとかそういうのは無しにして、本当に宮永よりも実力が上なのか……?そうには見えないが)

 

 そんな事を思っていると、宮永照は小瀬川白望に抱きついて「久し振り……白望。ずっと待ってた」と言う。対する小瀬川白望も「びっくりしたよ……照がまさかインハイに出るなんて……」と返す。一見微笑ましい光景だが、弘世菫にとっては非常に面白くともなんともない状況であった。そうして弘世菫は一つ咳払いしてから、小瀬川白望に向かって「小瀬川白望さん……だったっけ。私は宮永の()()、弘世菫だ。よろしく」と言って手を差し出す。わざと親友であるという事を強調していって見せ、小瀬川白望がどう出るかを見定めようとしていたのだが小瀬川白望の性格上弘世菫が小瀬川白望に対して嫉妬していることなど察することができるはずもなく、また察せたとしても宮永照に対してそういう特別な感情は持っていないため、伝わったところで小瀬川白望に意図は伝わらないだろうが。

 

「うん……宜しく。私は白望でも、小瀬川でもどっちの呼び方でもいいよ。菫さん」

 

 

(……成る程。躱されたか)

 

 弘世菫と小瀬川白望が手を繋いでいる最中、弘世菫は自分の仕掛けたものが小瀬川白望に躱されたと感じていた。実際躱されたとかいう前に気付いてすらいなかったのだが、弘世菫にとってのシャープシュートはもう始まっていたのであった。




次回も東京編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第259話 高校一年編 ③ Long time no see

前回に引き続き照&菫編
Long time no seeというサブタイトルで誰が乱入してくるか分かるんじゃないでしょうか。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「むー……」

 

 先ほどから小瀬川白望と弘世菫が握手を長い間していると、宮永照は少し頬を膨らませていた。小瀬川白望としてはそんな宮永照を見て早く握手を終わらせたいと思っているのだが、弘世菫がそれを許さなかった。弘世菫としても宮永照が怒っていることなど気付いておらず、ひたすら小瀬川白望の事をじろじろ観察していた。宮永照もそれを察したのか、「菫、いつまで握手する気なの」と言うと、その言葉でようやく気付いたのか「あ、ああ。すまん」と言って手を離す。その瞬間宮永照が小瀬川白望に再び抱きつくようにして「二年ぶりだっけ?白望」と言うと、小瀬川白望は「最後が中学二年の冬だから……一年半ぶりかな」と答える。

 そんな二人を見て、若干どころでは無い嫉妬を抱く弘世菫は心の中で(なんだなんだ……二人だけで良い雰囲気になりやがって……)と悪態をつく。

 

「あー……お二人さん、道端でそういうのはどうかと思うが」

 

 そこで、弘世菫は二人のことを嗜める。これで流石にベタベタするのも収まるであろうと思ったが、どうやら弘世菫の思惑は外れる事になる。小瀬川白望と宮永照は確かに離れたものの、両者は顔を赤くしていた。付き合い始めて周りに茶化されたカップルさながらのように……

 

「え……いや、そういうわけじゃ……」

 

「……ダル」

 

(な、なんなんだ一体……!?ま、まさか、こいつら本当にデキてるのか……?)

 

 そんな恥じらう素振りを見せる二人に対して、弘世菫は嫉妬を通り越して困惑していたのだが、直ぐに弘世菫は二人の手を掴んで小瀬川白望の事を見て「こうなったら仕方ない!勝負だ!小瀬川!」と言い放った。小瀬川白望はいきなり怒鳴られて何の事だと思っていたが、弘世菫から宣戦布告を叩きつけられた事に対して笑みを浮かべて「いいよ、やろうか」と言った。そこで始めて、小瀬川白望の威圧感というものを感じ取った弘世菫は若干怯むが、グッとこらえて「その答えを期待していたよ」と返答した。そうして三人は、近くにあった雀荘に向かう事となった。

 

 

-------------------------------

 

「……ん?あの人は確か……」

 

 三人が雀荘に入ってまず目にしたのは既に雀荘にいた先客であった。そこは雀荘でありながらバーのようなところであり、カウンターには三人よりも年上の、しかしまだ大人ではなさそうな少女が座って何かを飲んでいた。本来なら、三人にとって何ら関係の無い話であったが、その後ろ姿は小瀬川白望がよく知っている後ろ姿であった。宮永照と同じく、一年半が最後にあった事になる年上の高校生。戒能良子であった。

 

「おやおや……まさかこんなところでミートできるとは思ってませんでしたが……Long time no seeですね。白望サン」

 

「戒能さん……」

 

 小瀬川白望が驚いたような表情で戒能良子の事を見る。が、隣にいる宮永照と弘世菫も驚いていた。戒能良子がそんな二人を見て「おや……どうも。インハイぶりですね。白糸台の一年ガールコンビさん」と言う。

 

(そっか……照が負けた相手だから知ってて当然か……)

 

 そしてその戒能良子の言葉で、小瀬川白望は戒能良子と宮永照に繋がりがあったということを思い出す。ギリギリの勝負であったが、戒能良子が制したあの試合を小瀬川白望は思い出す。

 

「どうしてあなたがここに居るのか、説明してもらえますか」

 

 その言葉に食らいつくように、宮永照は戒能良子に向かってそう言う。小瀬川白望も気になっていた事である。と言っても、宮永照とはまた違った方向で気になっていたのだが。宮永照からしてみれば、他県の代表者であった戒能良子が何故この東京にいるのかという疑問。小瀬川白望からしてみれば、何故東京の代表でなく、他県の代表者であったのかという疑問。どちらも同じのような事を聞いているようで、正反対の疑問であった。

 そしてそう聞かれた戒能良子は、宮永照の言葉の裏に隠されている僅かな嫉妬を読み取った。宮永照は一度負けた相手だからそういう態度を取っているわけではなく、宮永照は戒能良子の事を恋敵として考えているからああいう態度を取っているのだと推測する。

 

 

(Let's see……なるほど。どうやら宮永は白望サンのフレンドではなく、私と同じ感じですか……)

 

 

「あー……私、東京にもハウスを持ってるんですよね。バケーションになると大体こっちにカムバックしてくるんですよ。それについては白望サンがよく知っているんじゃないでしょうか?」

 

 戒能良子はわざとそういう言い方をして、宮永照を軽く挑発する。宮永照は小瀬川白望の事をムッとした顔で見ると、戒能良子は続け様に「あの時はベリーグッドタイムでしたね……白望サン」と言い、更に宮永照を激昂させる。そうして堪えきれなくなったのか、宮永照は戒能良子に向かって「卓についてもらえますか。戒能さん」と言った。

 

「オフコースです。インハイのような堅苦しいスペースよりも、こちらの方が()()()()と打てますね」

 

 そう戒能良子が返すと、弘世菫は小瀬川白望の今の境遇を内心で若干憐れんだが、雀荘に入る前の宮永照とのイチャついていたシーンを思い出して直ぐに憐れみから先ほどの嫉妬に逆戻りし、小瀬川白望に向かって「行くぞ。小瀬川」と言い放った。

 様々な思惑が行き交うトップレベルの雀士が集ったこの卓。小瀬川白望は一人純粋に闘志を燃やしていた。

 

 




次回から麻雀回になります。
何この修羅場……怖い(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第260話 高校一年編 ④ シャープシューター

麻雀回です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

東一局 親:小瀬川白望 ドラ{五}

小瀬川白望 25000

宮永照   25000

弘世菫   25000

戒能良子  25000

 

 

 

(……私が親か)

 

 対局が始まって東一局、最初の親番は小瀬川白望となった。小瀬川白望はサイコロを振って出た目を確認すると、対応した牌から四牌を取っていく。それに続くようにして宮永照も牌を取っていく。小瀬川白望は、他の三人のことをチラリと見ると、久し振りにシビれる対局ができそうだと感じて少しほどワクワクしていた。

 

(……東一局、宮永はこの局に限り仕掛けてこない……ならば私が小瀬川を狙い撃つまで。戒能とかいう異質な存在はいるが、簡単な話、誰よりも早く聴牌すれば良いだろう……)

 

 そして一方の弘世菫は、東一局には宮永照が和了ってこないという事を踏まえて、ここが最初にして大きな攻め時であると感じた彼女は自身を鼓舞する。無論、宮永照に直接勝負で勝った戒能良子と、宮永照曰く自分よりも強いと言っていた小瀬川白望相手にそんなに上手く行くとは弘世菫自身思ってはいない。しかし、だとしてもそれで折れるほど弘世菫は弱い人間ではなかった。この時弘世菫はまだ気付いていないが、弘世菫は正真正銘の人外の更に人外、悪魔よりも恐ろしい何かに挑もうとしていた。

 

(インハイの時のようにテスカトリポカをユーズしても良いんですが……正直なところそれで私も一局を何もできずに潰してしまうのはバッド……あまりにもバッドです)

 

 対面に座る殺気と嫉妬が入り混じった宮永照を余裕そうに戒能良子は見ながら、宮永照の『照魔鏡』に対して対策を講じるべきか否かについて考えていた。テスカトリポカを使用する事によって、宮永照の『照魔鏡』に映らないようにする事ができるのだが、そこで戒能良子は迷っていた。もちろん、相手が宮永照なのだから使ったほうが良いのであろう。しかし、テスカトリポカを使用してしまえばこの局は何もする事はできない。もちろん、能力無しで手を進める事はできるのだが、それで天性の感覚と超運を持つ小瀬川白望を上回るスピードが出せるかといえばノーであろう。流れや状況によっても変わりはするが、それを考慮した上でもノーである。

 そうなれば、戒能良子も『照魔鏡』で見抜かれる事を前提として仕掛けに行くしかない。そう思い戒能良子はテスカトリポカでなく、別の異能の力を行使する事とした。

 

 

(む……戒能、何か仕掛けてくる気か……?)

 

(戒能さん……やはり初っ端から仕掛けてくるね)

 

 そうして戒能良子が攻めに転じようとした時、小瀬川白望と弘世菫がそれを察知する。とはいっても小瀬川白望はほぼ確信、弘世菫は疑問に思っている程度と若干の気づきの精度の差は出ていたものの、弘世菫は警戒を小瀬川白望だけでなく、戒能良子にも向ける事とした。基本的に宮永照からのアドバイスによって疑わしいものがあったら絶対に警戒しろという事は弘世菫は身についていたため、今回の場合でもしっかり対応する事ができた。

 

 

(……これで聴牌、だな)

 

弘世菫:手牌

{一一二二三三⑥⑥⑧5789}

ツモ{⑦}

 

 

 8巡目、弘世菫は{⑦}をツモって聴牌する。打{5}で典型的な{⑥⑨}待ちとなるこの手。何らかの能力を行使している戒能良子よりも何とか早く聴牌する事ができ、先手を取る事ができた弘世菫だが、弘世菫は()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()。そしてそれに加え、弘世菫はセオリーを無視してここは{⑥}切り{5}単騎に構えた。これこそが彼女の能力。相手から溢れる牌を狙い撃ち、ロン和了をするという能力。その最初の矛先は、戒能良子に向けていた。

 

(確かにここは小瀬川を狙いにいってもいいが……出る杭は打たねばならんな。それに、小瀬川からは全くといっていいほど情報が入ってこない。強者相手になるとそう珍しい事でもないんだが、少々不気味だ……)

 

 そうして弘世菫は競技用のアーチェリーの弓を構える。無論現実でではなく想像上のものであったが、これが後に白糸台のシャープシューターと言われる所以であった。そうして、背後に何かを従えながら歩く戒能良子に向けて狙いを付ける。

 

(……外しは、しない……!)

 

 戒能良子がツモ牌を掴んで自分の手牌に置いたと同時に、弘世菫は矢を戒能良子に向けて発射する。そうして戒能良子が河に牌を置き、弘世菫が倒そうとする。完全にいつもの自分のパターンであった。これで何人もの強敵を撃ち抜いてきた。後は矢が戒能良子を貫くだけ、そう思っていた矢先に、戒能良子の体が突如横に折れ曲がる。

 

 

(なっ……!?)

 

 

 戒能良子が横に吹き飛んでしまったため、弘世菫が放った矢は何も貫く事もなくただ空気を掻っ切って行っただけで終わってしまった。どういう事かと弘世菫が横を振り向くと、そこには煙が出ている拳銃を構えていた小瀬川白望が立っていた。

 

「……ロン」

 

 

小瀬川白望:手牌

{八八八④④④46999北北}

 

 

(こ、こいつ……!)

 

 弘世菫は小瀬川白望の事を見て少しほど歯を食い縛る。小瀬川白望が最後に切っていた牌は{4}。つまり小瀬川白望は四暗刻を聴牌していたということになる。それを放棄して{5}待ちに構えたという事は、小瀬川白望はこうなるであるという事を予見していた。そう考えることができてもおかしくない話であったが、少なくともそれはないと弘世菫はそれを否定する。

 

(いや、幾ら何でも私の能力は知らないはず……だとすればまさか、狙っていたというのか……?虎視眈々と、私の首を……)

 

 弘世菫にとってはある意味屈辱的な話であった。本来狙い撃つはずの自分が狙われていた事に気付いていなかった事はおろか、自分の獲物を横取りされてしまったのだ。弘世菫は悔しさを感情に滲ませると、小瀬川白望はそれを知ってか知らずか、積み棒を投げつけるようにして置き、「一本場……」と宣言する。

 

 

(さあ、ここからが本番……)

 

 小瀬川白望がそのような事を呟くと、小瀬川白望の背後に巨大な鏡のようなものが出現した。無論小瀬川白望だけでなく、戒能良子と弘世菫の背後にも小瀬川白望と同じような鏡が出現していた。そしてただ一人、鏡が背後に存在していないこの現象の元凶である宮永照は、スーッと息を吐くと、更にプレッシャーを卓全体にかける。約三年の歳月を跨いで、再び全国でその名を轟かせたチャンピオン宮永照が、ようやく小瀬川白望の目の前に現れた。




次回に続きます。
明日はプレミアムフライデーらしいですね(他人事)
はは……(白い目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第261話 高校一年編 ⑤ 連続和了

前回に引き続き麻雀回。


-------------------------------

視点:神の視点

 

東一局一本場 親:小瀬川白望 ドラ{二}

小瀬川白望 29800

宮永照   25000

弘世菫   25000

戒能良子  20200

 

 

(なるほど……そういう事か)

 

 前局の東一局を様子見、そしてつい先程『照魔鏡』を使用した宮永照は、インターハイの時から気になっていた戒能良子の能力の正体を突き止めることができて納得したような表情をする。インターハイで宮永照が唯一敗北した相手である戒能良子、宮永照からしてみれば因縁の相手と言っても過言ではなかった。『照魔鏡』を通しても何も見ることが不可能だった、そういった意味ではある意味小瀬川白望と同じ位不気味であった戒能良子。その戒能良子相手には、宮永照は手がかりを何もつかめることができず、点数的に見れば接戦だったものの、内容的には完敗に近いものであった。戒能良子が次々に繰り出してくる攻めに対応することができず、結局高火力同士での削り合いとなってしまった。

 しかし、今回は違う。宮永照は戒能良子の能力、その全てを看破した。何故あの時見ることができなかったのか、そしてどんな攻撃を繰り出してくるのか、今の宮永照なら迷う素振りもなく、確信を持って答えることができるであろう。宮永照の『照魔鏡』は複雑かつ多彩な能力にこそ真の力を発揮するのだ。そういった意味でも、戒能良子は見ることさえできればかなり相性の良い相手であるといえよう。

 

 

(バッド……焦りがミスを生んでしまいましたね……)

 

 戒能良子は唇を噛み締めながら、小瀬川白望の捨て牌をよく見る。あの捨て牌だけでも、戒能良子の{5}を狙っていたことが分かるのだが、よく注意して観察したとしても振り込むことを避けることができたかと言われれば肯定することはできない。それほど小瀬川白望が捨て牌で織り成す迷彩は恐ろしいほどの効果を発揮しているのであった。本来、捨て牌というものは自分の手牌で使えなくなった牌の事であり。言うなれば用無しの牌なのだが、小瀬川白望はそんな捨て牌ですらも攻撃として利用している。もはや小瀬川白望にとって、卓上全てが武器のようなものであった。

 そして戒能良子にとって更に痛いのが宮永照に能力を看破されてしまったことだ。戒能良子は何かに偏ることがなく、その場その場で使用する能力を変えていくことで一貫しないのに、どれもが一級品に強いというのをウリとしてきた雀士だ。それが全て暴かれてしまった今、まともに宮永照と闘えば勝てるかどうかは怪しいものだ。何よりこの卓には小瀬川白望がいる。それは宮永照にとってもマイナスだが、戒能良子にとってもマイナスであるという事には変わりなかった。

 

 

(……さて、そろそろ()()()()()……白望)

 

 宮永照は配牌をとると、手牌を見るよりも先に小瀬川白望の方を見る。小学生のあの時、宮永照は己の持つ異能の力『加算麻雀』で小瀬川白望を一時的には追い詰めたものの、最終的に封殺され、そのまま逆転された。確かに、この『加算麻雀』は強い事には変わりないであろう。しかし、小瀬川白望を討つ槍とはならないのであった。それを宮永照は一番良く知っていた。だからこそ、麻雀を再び始めるにあたって宮永照は模索した。確かにインターハイに勝つのも大事なことであろう。しかしそこに王座はない。本物の王座の目の前には、小瀬川白望が立っている。宮永照は小瀬川白望を捩伏せるために、ある打ち方を開発した。

 

(白望はインハイ見てたと思うから直ぐに気付くと思うけど……私は白望に届いているのだろうか。……いや、総合的なものだったら私は追いつかない。一生かかっても無理。……だけど、勝敗はまた別の話……)

 

 確かに、小瀬川白望のスピードは尋常ならざる速度である。しかし宮永照も負けてはいないほど、素の運というものは大きい。ならば、その速度を最初は速度重視で、そこから段々と速度から火力に切り替えいていけばいいという、後の宮永照の代名詞、『連続和了』を披露する時がやってきた。

 

 

宮永照:配牌

{一四五六②③⑦⑦8999東}

 

 宮永照の『連続和了』を発動して最初の局で引いたのはこの配牌。面子が二つあり、搭子もあるといったまさに高速配牌である。無論、速度に運を全振りしたとはいえ、それで小瀬川白望に勝てるというほど甘くはない。この卓には戒能良子も、弘世菫もいる。油断すれば一気に点棒が吹き飛ぶであろうこの卓で、宮永照の『花』は見事に咲き誇る事となる。

 勝負が決まったのは宮永照が最初のツモを終えてわずか3巡後、全体で4巡目の事であった。弘世菫や戒能良子はまだ字牌整理に勤しんでいるというのにもかかわらず、宮永照は己が手牌を前へと倒して宣告する。

 

「ツモ。500、800」

 

宮永照:和了形

{一一四五六②③⑦⑦⑦999}

 

 ここまでに無駄ツモはわずか1回。好調とも言える宮永照であったが、内心宮永照は冷や汗をかいていた。

 

(……白望の捨て牌。まさか)

 

 その原因は小瀬川白望の捨て牌である。その捨て牌の、3巡目に捨てられたドラの{二}であった。結果的に宮永照は浮き気味の{一}をくっつけて{8}を切ったのだが、もしかしたら、小瀬川白望は宮永照から{一か8}のどちらかが溢れると予測していたのかもしれない。{一}が溢れる方に賭けたが、速度で追いつけず失敗……といった感じであろう。そう思うと宮永照は少しだけゾッとした。もし自分の手が後一歩遅かったら、もし{一}がくっつかなかったら。そんな『もし』だらけの話であるが、小瀬川白望は『もし』を可能にしてきてもおかしくない雀士だ最大の注意を払うのは当然である。

 

 

(まずいな……次は宮永の親か)

 

(……宮永サンの親をストップさせるためには、白望サンよりも宮永サンを狙った方がベターですかね)

 

 そして一方、和了られた弘世菫と戒能良子は宮永照の親に対して警戒を高める。戒能良子は宮永照にあれだけ言っていたが、弘世菫と同じく本来、小瀬川白望がターゲットである。しかしそんな彼女らでもここは宮永照を止めなければというのは重々承知していた。インターハイを共に歩んできた弘世菫は勿論の事、一度勝ったことのある戒能良子も十分理解していることであった。

 

(……なるほど、それが噂の……ね)

 

 そして親を四巡で流された小瀬川白望は、()()(){()()}()()()()()()手牌を自分の方へ倒した。宮永照は速度で勝ったと思っていたが、小瀬川白望は速度も譲ってはいなかったのである。

 

(面白い……『加算麻雀』との複合はどうだか分からないけど、新しい打ち方はかなり面白い……だからこそ勝負する甲斐があるというもの……)

 

 それに、と小瀬川白望は付け加えて弘世菫と戒能良子の事を見る。弘世菫は未知数だし、戒能良子の能力も一端をみただけである。この未知との闘い、小瀬川白望の期待を高くさせるには十分な面子であった。

 




次回も麻雀編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第262話 高校一年編 ⑥ ドラ4、ドラ3

こんばんは。
もう7月……私が投稿し始めて9ヶ月くらいになるんでしょうか。早いものですねえ……


-------------------------------

視点:神の視点

 

東二局 親:宮永照 ドラ{西}

 

小瀬川白望 29000

宮永照   26800

弘世菫   24500

戒能良子  19700

 

 

(出でよ、ウリエル(神の光)……)

 

 戒能良子は何かを呟いて、集中力を高める。イタコであると思われている彼女が霊ではなく神様を降ろしていることには若干の違和感を覚えるが、そもそも戒能良子はイタコではなく、彼女の親戚が鹿児島にいる滝見春であると考えれば、神様を降ろしてくるのもなんらおかしい事ではないのだが。

 そんな戒能良子は神の光、もしくは神の火と呼ばれているウリエルを召喚する。閃光に瞬いて出現したそのウリエルは、戒能良子が掴んだ手牌に淡く光を放たせた。

 

(実にレッドですね……)

 

戒能良子:手牌

{一一二五七七九九⑥9中中中}

 

 ウリエルの二つ名の通りその名に相応しい配牌を掴んでくる。大量の萬子と暗刻の{中}と、かなりいい配牌ではあるが、戒能良子はまだまだ活かしきれていないと感じていた。本来ならウリエルは大天使の一人であり、相当位の高い天使である。その力を借りたのにも関わらずまだこの配牌であるという事はまだ完全に力を制御できていないということの表れだろう。

 

(……戒能さん、何か使ったね)

 

 そしてそんな戒能良子を見て、小瀬川白望は直ぐに何かを仕掛けてきたと察知してすぐさま行動を開始する。今何かを起こした戒能良子と、『連続和了』を継続させている宮永照の両方を潰すには、今自分の目の前に座っている弘世菫……彼女に協力してもらう事を優先して、小瀬川白望は弘世菫に鳴ける牌を置く。

 

小瀬川白望

打{5}

 

「ポン」

 

弘世菫:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {5横55}

 

打{③}

 

 

 これで一副露目。まだまだ一副露ではあるが、この序盤から鳴くことができたのは弘世菫にとっても、小瀬川白望にとっても都合が良かった。弘世菫は早く手を進める事が出来るし、小瀬川白望は弘世菫がもう後戻りできなくなり、突っ走るしかなくなったという点で都合が良かった。

 

(……まさか私に回さない気?)

 

 しかしそれを見ていて面白くないのが宮永照である。現に今も弘世菫の鳴きによってツモ番を飛ばされてしまったし、いくらスピードが速いとしてもツモれなければ話にならないのは同じだ。しかも小瀬川白望が鳴かせているとあって、ただ単純に鳴かせて差し込もうとしているとは思えずにいた。もしかしたら、三回連続で鳴かせて宮永照に一度もツモ番を譲る事なく、一回もチャンスを与えことなくこの局を終わらせると考えているのかもしれないし、弘世菫を和了らせるのではなく、小瀬川白望が和了ってくるのかもしれない。そういった可能性が考えることができる以上、警戒は怠れなかった。

 

 

(うーん……ウリエルのデビュー戦はここまで、ですか……)

 

 戒能良子は山から牌を一つツモって、それが{中}である事を確認した彼女は{中}を河へと置くと、そういった事を心の中で呟いた。あの鳴きはどう考えても小瀬川白望が意図して鳴かせたものである。小瀬川白望の狙いは自分と宮永照を和了らせない事であるので、少なくとも先手を取られた以上間に合わないであろう。後手になればなるほど不利になっていくのは大半がそうなのであるが、小瀬川白望を相手にしての後手は、つまり死を意味する事である。

 そうして小瀬川白望のツモ番となると、小瀬川白望はニヤッと笑ってツモ牌を手牌に取り込むと、牌を四枚ほど前へ倒した。

 

「カン……」

 

小瀬川白望:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏西西裏}

 

新ドラ表示牌

{7}

 

(なっ……!?)

 

(ドラ、フォー……!)

 

 

 小瀬川白望の暗槓宣言に対して、宮永照と戒能良子は驚愕する。ドラ4。その言葉が為す意味の大きさは果てしないものである。満貫確定となった小瀬川白望に対して一層宮永照と戒能良子は驚きと警戒心を抱くのだが、小瀬川白望の対面に座る弘世菫だけは反応が違っていた。

 

(……ドラ、3……)

 

 

弘世菫:手牌

{一四五六八⑥⑦888} {5横55}

 

 そう、小瀬川白望の暗槓によって弘世菫の{8}にドラが乗ったのだ。これでせいぜい断么九のみと思われていた凡手が、いっきに断么九ドラ3に成長したのである。そうして宮永照が完全に弘世菫の事など忘れているようで、小瀬川白望のドラ4を見ながらツモ番を終える。そうして弘世菫は次のツモで聴牌する事になる。

 

弘世菫:手牌

{一四五六八⑥⑦888} {5横55}

ツモ{赤⑤}

 

(……悪いな、照。流石にお前に暴れられると此方も困るんだ)

 

 そう言って弘世菫は今度こそターゲットを射抜くべく弓を構える。直前の赤ドラで断么九ドラ4の満貫手となった矢で、宮永照の事を狙っていた。

 そんな事など気づいているわけもない宮永照は、再び自身のツモ番となっても未だに小瀬川白望の事を警戒していた。実はこの時小瀬川白望は聴牌などしておらず、ドラ4は単なる脅しに過ぎなかった。もっとも、宮永照と戒能良子からしてみれば過去に敗れた時の記憶が蘇るトラウマのような脅しであったが。

 

宮永照

打{八}

 

 そうして宮永照が河へ置いたと同時に、弘世菫は矢を放った。矢は一直線に宮永照の胸板へと向かっていき、あっさりと貫いていった。今まで弘世菫は、宮永照から直撃は何回かとった事があったのだが、今回のように完璧な形で撃ち抜く事ができたのは初めてであった。

 

「ロン……満貫だ」

 

弘世菫:和了形

{四五六八赤⑤⑥⑦888} {5横55}

 

 

(……ッ!?)

 

(ワオ……あのドラ4も囮でしたか)

 

 宮永照と戒能良子は、弘世菫の抱える槓ドラを見てやっと小瀬川白望がやっていた事を理解した。あの時のドラ4を見せたのも、注意を引きつけると同時に弘世菫に槓ドラを与えるという二つの意味があったのだ。

 

(さあ……そろそろ本気で行こうか)

 

 誘導と槓ドラ乗せも、どちらも上手くいった小瀬川白望はそろそろギアを上げようとする。今までの時点でも既にいっぱいいっぱいであった三人であったが、ここからが小瀬川白望の真骨頂、虐殺の始まりであった。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第263話 高校一年編 ⑦ 天よりも遠い一歩

高校一年編です。
さあ、次の土日まで頑張りましょうか……


-------------------------------

視点:神の視点

 

東三局 親:弘世菫 ドラ{発}

 

小瀬川白望 29000

宮永照   18800

弘世菫   32500

戒能良子  19700

 

 

(クソッ、何故だ……何故撃ち抜けない!?)

 

 東三局も始まって捨て牌が二列目から三列目に縺れ込みそうな状況となりかけている事を意識し始めた弘世菫は、なかなか小瀬川白望から直撃が取れずに歯がゆい思いをしていた。『連続和了』を最もスピードの速い初期段階で発動させている宮永照、圧倒的な雀力を誇る神域に最も近い小瀬川白望、多彩な能力を持つ戒能良子がいるこの卓で、ここまで縺れ込むことには少々違和感を感じるが、こういった状況を作り出したのも戒能良子の能力のせいである。相手の配牌を強制的に六向聴にするという半荘一回きりではあるが恐ろしい能力を行使していたのだ。元の配牌が酷すぎるため、どんなにツモ運が良くてもなかなか手を進める事が困難ではあるが、三人はようやく聴牌に漕ぎ付ける。しかしここからがこの状況を作り出した戒能良子でさえも予期せぬ事が起こり、彼女はかなり序盤に聴牌してリーチをかけたのだが、なかなか和了ることができなかった。

 そして話は戻り、弘世菫は当然の如く弓で小瀬川白望を狙い撃ちしようと小瀬川白望よりも先に聴牌した時点から試みているのだが、一向に直撃を奪える気配が無い。それもそのはずで、相手の溢れ牌から直撃を狙える能力といっても、小瀬川白望の意思を強制する能力というわけではない。最終的には小瀬川白望が何を捨てるかを決める以上、余程の事……それこそリーチをかけている状態か、もしくは手牌全てが和了牌であるかの状態では起こるわけがなかった。

 そうして対する小瀬川白望も、弘世菫から狙われているという事に気付いていた。しかし小瀬川白望は狙われていると知った上で攻めに出て、ようやく弘世菫と同じ立場、聴牌という状態へと持ち込めた。

 

「リーチ」

 

小瀬川白望

打{横六}

 

(何度射っても、間一髪で躱される……なんなんだこいつは!?何度こっちが聴牌し直したと思ってるんだ!)

 

 そうして二度も聴牌をし直したのにその都度躱してきて、その挙句リーチまでかけてきた小瀬川白望に対して弘世菫は、ようやく小瀬川白望のアブノーマル、異常さに気付いた。決して偶然などではないと。意図的に、弘世菫が何を狙っているかを察して躱しているのだと。

 

(とんでもないやつだ……牌でも透けて見えているとでも言うのか!?)

 

 そうして宮永照も、弘世菫も、果てには最初にリーチをかけたはずの戒能良子ですらも和了れずに、ただただ小瀬川白望のツモ番へと移ってしまう。もはや、先手を取ったはずの戒能良子でさえ、今自分が小瀬川白望に競り勝てるなどと思ってはいなかった。自分はツモれず、小瀬川白望がツモ和了るであろうと、心の奥底でそう思っていた。

 そして皮肉なことに、戒能良子の予想は見事にも的中してしまった。ゆっくりと小瀬川白望はツモ牌を置くと、手牌を一気に倒した。

 

「ツモ」

 

 

小瀬川白望:和了形

{一二三三四五赤⑤⑥⑦78北北}

ツモ{9}

 

裏ドラ表示牌

{二}

 

 

「リーチ一発平和……ドラ3。3000-6000」

 

 小瀬川白望はきっちり裏ドラも乗せて跳満とする。配牌だけで見れば戒能良子の圧勝と思われていたこの東三局も、終わってみれば小瀬川白望が他者を抜き去った結果であった。小瀬川白望がリーチをかけた後の一巡など、他の三人は小瀬川白望のツモ番になる前に小瀬川白望が一発で和了ってくると予想できてしまうほど、圧倒的追い上げであり、絶対的な雀力であった。

 

(……六向聴にしたのにも関わらず私がルーザーですか。相変わらずクレイジー。モンスターどころの騒ぎじゃないですね)

 

 そうして戒能良子は小瀬川白望に対して。恐怖や驚愕を通り越してもはや尊敬、賞賛していた。戒能良子も小さい頃から色々な雀士を見てきた。小鍛冶健夜らがインターハイで闘っている所など、現在大活躍しているトッププロの闘いを見ていたが、正直それよりも強いと感じるほどであった。

 どんな手を使っても勝てるどころか、どんな手を使っても小瀬川白望に一太刀入れる事すらできない。そんな絶望感を放つのは小瀬川白望だけであった。というより、戒能良子は小瀬川白望が誰かに負けている姿など想像できなかった。

 しかし、小瀬川白望は事実最強、無敵というわけではない。小瀬川白望の身近なところに、彼女の思う最強、赤木しげるが存在している。そうして赤木しげるにはいつも勝てず仕舞いである。小瀬川白望の強さの理由といえば、その赤木しげるに負け続けてきた、いわば負けの経験を積み重ねてきたからであろう。誰よりも負けを知っているから、誰よりも勝てなかったからこそ、小瀬川白望は強くなれたのであろう。

 

(……まだ、足りない)

 

 そうしてとうとう最強の座まで後一歩、そう言ってもいいレベルまで辿り着いた小瀬川白望は、まだ己が力に満足していなかった。確かに、小瀬川白望が目指すところは後一歩かもしれない。しかし、その一歩は常人では考えることの出来ないほど途方な一歩。天よりも遠い一歩であった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

(速い……まだ初期の速度の私が、追いつけない……!?)

 

 そして次局、東四局では戒能良子の妨害も無くなり、いよいよ宮永照の連続和了が始まるであろうと思われていたが、その最速状態の宮永照でさえ小瀬川白望に追いつけずにいた。先ほどの和了でとうとう小瀬川白望に完全に主導権を握らせてしまった今、小瀬川白望を止める者は誰もいない。無論、弘世菫の弓も、小瀬川白望はきっちりと見極めてくる。というより、弘世菫が弓を放つ前に小瀬川白望が和了ってしまうのだが。

 戒能良子が降ろした神でさえも、小瀬川白望を止めるには至らないものであった。それこそ小瀬川白望を止めるには、神を超えた者でないと無理であろう。

 そうして速度でも追い抜かれた宮永照は、聴牌というところでとうとう小瀬川白望に振り込んでしまった。

 

「……ロン」

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第264話 高校一年編 ⑧ 四年振りの激突

今回はあんまり進まないです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

東四局 親:戒能良子 ドラ{東}

 

小瀬川白望 41000

宮永照   15800

弘世菫   26500

戒能良子  16700

 

 

「ロン……」

 

(くっ……!?)

 

 宮永照は絶句して小瀬川白望の事を見る。四年前の全国大会の時もそうだった。実際宮永照が闘っていた時は接戦ではあったのだが、それよりも前の試合……準決勝や一回戦の時がこれと同じ状態であった。どんな術を用いても小瀬川白望に傷一つ、一太刀も入れることのできないいわば『無双』。どう立ち回ろうとも、どう思考しても果てには小瀬川白望に煮え湯を飲まされる。これがずっと続くのだ。

 それが今起こっているという事は、それほど差がついてしまっていたのだ。もともと小瀬川白望と宮永照との間には大きな溝ができていた。しかし、まだ向こう岸は見えていたはずであった。どう考えても向こう岸に行く方法というものは無いように感じられるが、向こう岸という目標ははっきりと見えていたのだ。しかし、今はもう違う。もはや向こう岸など見えず、宮永照の目の前にあるのはただの闇ばかりであった。

 

「……2600」

 

 小瀬川白望が申告するが、宮永照にはもはや聞こえていなかった。いや、聞こえてはいた。ただ、宮永照はそれを聞いてしまえば聞くほど自分と小瀬川白望の間に隔たりができてしまう。そんな気がしてならなかった。

 

(ダメだ……このまま負けていたらダメだ……!ここで逃すと、白望は手の届くところからいなくなってしまう……!)

 

 そしてその事に対して宮永照は非常に危機感を抱いていた。もし宮永照がこのまま小瀬川白望に何もする事ができずに負けてしまえば、もう二度と手の届くところへは戻ってはこないであろう。宮永照が追いかけるしか無い。ここを逃せば、二度と追いつけない。そんな感じがしていた。

 

(ば、化け物……)

 

(ソー、クレイジー……)

 

 一方で、弘世菫と戒能良子は小瀬川白望の一方的な虐殺に対してなす術もなく、半分戦意喪失していた。戦意喪失とはいっても、むしろここまで戦意が保てたのは賞賛に値するものであろう。何しろ本気で殺しにきている小瀬川白望を相手に、南入まで保ったのだ。そんじゃそこらの一般人なら最初の一局で心が完全に折れるを通り越して消し飛ばされるであろう。それを四局も保ったのだ。その時点で彼女らは十分頑丈であると言えるであろう。

 

(さあ……照はどうするか。弘世さんや、戒能さんと同じ道を辿るか……それとも)

 

 そして小瀬川白望は改めて宮永照を見定めるかのようにして、宮永照から頂戴した点棒を収納する。恐らく、次の一局が最後であろうと小瀬川白望は直感的に感じていた。それはあくまでもこの半荘が、というわけでは無い。この勝負の意義が、次の一局で最後となるという事だ。次の一局、宮永照がどう動くか。その上で小瀬川白望を一度でも上回る事ができるか。それが南一局でわかる。ただそれだけの事であった。

 

(……もう一度だけ、力を使わせてもらうよ)

 

 一方の宮永照は、何かを決心したように心の中でそう呼びかけた。多分、返事は返ってこないであろうが、それでも何故か宮永照は言わなければならない。そんな気がしてならなかった。そうして、宮永照は力を得る。それを見た小瀬川白望は、四年前の全国大会決勝戦を思い出していた。同じ光景であった。後半戦南四局、宮永照は明らかに従来の打ち方ではなく、何者からの力を受け取っていた。そしてその人物の正体を、小瀬川白望は言われなくとも予想はできていた。そんな宮永照を見て、フフッと笑って心の中でそう呟く。

 

 

(なんだ……やっぱり繋がってるじゃん。どんな状況になろうとも、心はしっかり繋がってるよ、照)

 

(二体一……そんな野暮な事は言わないさ。あくまで私が闘っているのは照個人……そもそも、何人いようが関係無い。そういった事と無関係のところに……強者は存在するーー!)

 

 小瀬川白望という名の強者と、妹の力を得た宮永照は四年振りに激突する事となる。誰もがこれが最終局面であると思い込み、まだこれが南一局であるという事には気づいていなかった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 




次回で終わるように努力します。
こんなんだから話数がどんどん多くなってしまうんですけどね……インハイに突入するのはまだまだ先かもしれませんが、気長に待って欲しいです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第265話 高校一年編 ⑨ 嶺上の死闘

麻雀回最後です。


-------------------------------

視点:神の視点

南一局 親:小瀬川白望 ドラ{⑥}

 

小瀬川白望 43600

宮永照   13200

弘世菫   26500

戒能良子  16700

 

 

 

 

小瀬川白望:手牌

{三四赤五八⑤⑧⑨11788西}

ツモ{⑧}

 

(……天は私に味方するか……はたまた照に味方するか……)

 

 小瀬川白望は五巡目のツモで{⑧}を引くと、それを手牌に取り込んで{西}を切り落とした。先ほどまでは小瀬川白望一辺倒の流れであったのに対し、今は小瀬川白望と宮永照が拮抗する展開となっていた。無論、どちらに流れが傾くかは小瀬川白望でも予想の域は越えない。とはいっても、小瀬川白望のいう予想は常人の予想とでは全くの別物なのであろうが。

 そういった小瀬川白望と宮永照の鍔迫り合いのような接戦を先に変化をもたらしたのは宮永照であった。宮永照が手牌から切った直後の弘世菫の打牌である{3}を見て、手牌から{3}を三枚晒して大明槓を宣言した。

 

「……カン」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横3333}

 

(……なんだ、いつもとは様子が違う……?)

 

 そして大明槓をする宮永照を見て、弘世菫は疑問に感じていた。今まで宮永照が、最初の段階での速度でわざわざ大明槓をした事などあったであろうか。というよりそもそも、宮永照が大明槓自体をした事があったかどうか怪しいものだ。それほど、宮永照の大明槓という行為は珍しいものであった。

 一方の小瀬川白望はというと、その大明槓をする宮永照を見て(……やっぱり。四年前と同じだ)と言って少しばかり微笑むようにして笑みを浮かべる。宮永照が大明槓をした時の花が舞うようなあの感覚。まさに四年前と同じ感覚であった。

 

「もういっこ、カン……」

 

宮永照:手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {裏①①裏} {横3333}

 

 

 そうして、宮永照はまだ追撃を続ける。大明槓によって得た嶺上牌を手中に収めると、今度は{①}を四枚晒して宣言する。弘世菫と戒能良子は、思わず声を上げてしまった。

 

(……ダ、ダブル……ですか)

 

 これは流石に予想していなかったようで、戒能良子は困惑しながら宮永照の事を見る。さっき手に入れた嶺上牌で暗槓したというわけではなく、もとから槓子であったというわけだ。何故槓子となった時点で暗槓しなかったのか、という疑問が戒能良子の中を駆け巡るが、直後の槓ドラ表示牌によってその疑問は掻き消される。槓ドラ表示牌はまさかの{⑨}。という事は宮永照はこれでドラ4を得たという事である。そして驚きは更に戒能良子に訪れた。

 

(……また入った?)

 

 宮永照が今回2回目となった嶺上牌が、再び手牌に入る事となった。これによって宮永照は、この一巡だけで3回もツモをしたことになる。恐るべき嶺上マジックに戒能良子は驚きを通り越していた。この一巡一巡が生死を分かつ重要なものであるのに、宮永照はそれを一巡だけで3回分のツモをした。これは流石に小瀬川白望も虚をつかれたであろう。そう思った戒能良子であったが、小瀬川白望はそれも全て想定していたことである。

 

(ふふ……確かに、一巡で3回のツモはかなりの脅威となり得るけど……()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 そう思って小瀬川白望は次にツモってきた牌、{⑧}を見る。これで{⑧}が暗刻となった。しかし、まだ足りない。これではまだ足りなかった。そしてその次、今度は{八}を重ねる。しかしまだこれでも足りないのであった。これ以上を求めるには、山から求めるのではダメ……他の者の手牌から求めるしかない。そう小瀬川白望は考えていた。そうして宮永照がツモ切りをした直後、その最後のキー牌が放たれた。そう、それは戒能良子からの{⑧}。小瀬川白望はこれを待っていた。

 

「カンッ……!」

 

小瀬川白望:手牌

{三四赤五八八⑤1188} {⑧⑧⑧横⑧}

 

 

(なっ……!?)

 

 大明槓をする小瀬川白望を見て、驚かせる側であった宮永照は今度は同じ手法で驚かされることとなる。まさか小瀬川白望も、大明槓をしてくるなんて思ってもいなかった。しかし、宮永照は嶺上牌の方を念じるように見て、小瀬川白望が和了るかどうかを確認する。そして小瀬川白望が手牌から{⑤}を切ると、宮永照は小瀬川白望の手牌の状況を考察する。

 

(……私には嶺上牌が見えている。白望がツモったのは八索……!)

 

小瀬川白望:手牌

{三四赤五八八11888} {⑧⑧⑧横⑧}

 

 

 そう。小瀬川白望がツモったのはまさに{8}であり、これで小瀬川白望は聴牌した。{八1}待ちで、門前でない以上{八}でしか和了れないのだが、小瀬川白望はそんな事関係ないといった風にただ宮永照の事を見つめていた。そうして、宮永照はツモ牌をツモってくる。その牌は{8}。そう、先ほど小瀬川白望が嶺上ツモをした{8}である。

 

(……白望がこれをさっきツモってきたんだから、単騎待ちでない限りはこの牌はセーフティー……)

 

 そして宮永照は小瀬川白望に対して()()()()(){8}を切る。確かに、小瀬川白望に対してはこの{8}は当たる可能性が少ないであろう。しかし、それはあくまでも小瀬川白望が待ちでないという確率であり、宮永照はここである事を失念していた。

 

「カンッ……!」

 

小瀬川白望:手牌

{三四赤五八八11} {横8888} {⑧⑧⑧横⑧}

 

(なッ、しまっ……!)

 

 小瀬川白望が大明槓をする事である。宮永照は次の槓は四開槓で流局であるという固定観念に囚われていた。しかし、四開槓が認められず、和了りとみなす場合がある。それは四槓子の役満の場合か、嶺上開花でツモ和了するかのどちらかの場合である。そして宮永照は小瀬川白望がツモる最後の嶺上牌の中身を思い出して絶句する。

 

(嶺上牌は八萬……ま、まさか)

 

 宮永照が何かを発する前に、小瀬川白望は嶺上牌を叩きつける。宮永照が見えていたようにその牌は{八}であり、予想通り小瀬川白望はツモ和了した。

 

「嶺上開花、三色同刻……ドラ1。新ドラは……」

 

 小瀬川白望が新ドラを捲ると、その牌は{9}。新ドラもきっちり二つ乗せて親っパネ。18000の責任払いによって、小瀬川白望と宮永照……正確には宮永姉妹の戦いは終わりを告げる事となった。

 

「跳満……18000の責任払い」

 




まだ火曜日ですか……まだまだ長いですね(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第266話 高校一年編 ⑩ 狂気のEducation

前回の続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……お疲れ様」

 

 対局が終わってゆっくりと立ち上がった小瀬川白望がそう言ってサッと頭を下げる。弘世菫と戒能良子は終始小瀬川白望の異常さに驚くだけであった。しかしそんな二人にとっては虐殺の時間は終わりを迎える。改めて小瀬川白望が化け物を逸した存在であるという事を思い知らされた戒能良子は、そのまま黙りこくる事しかできなかった。戒能良子は全力をもってやった、とは言い難いものではあったが、例えそうであったとしても、それを加味しても今の自分は彼女に追いつく事は無理だと、百戦やっても一戦も勝てないという事を悟った戒能良子は、潔く現時点での完敗を認めて「センキューソーマッチでした……」と言ってマフィアが被ってそうな帽子、通称ボルサリーノを被ると、これまた黒い上着を羽織って、雀荘を出ようとする。

 

「もう行くんだ……もっとゆっくり休んでいけばいいのに」

 

 そんな戒能良子に向かって小瀬川白望が呼び止めるように言うと、戒能良子は帽子を深く被り直すような仕草をとって「私もbusyなので……付き合う事ができずに、ソーリーです」と言うと、今度は宮永照の近くまで行くと、そっと肩を叩いて「白望サン相手にあのネバーギブアップな精神……素晴らしかったですよ」と言った。

 

「私だけの力だけじゃない……それに、結局及ばなかった」

 

「いえ……それはプロブレムではありません」

 

 そう言うと、戒能良子は去り際に宮永照に向かって耳打ちする。「じゃあ、私はこれで。白望サンとのグッドタイム、楽しんで下さいね」と。宮永照は振り返って何かを戒能良子に言おうとしたが、そこには戒能良子の姿は居らず、既に外へと出てしまっていた。宮永照はさっきの言葉によって一瞬にして緊張が解けたどころか、少し顔を赤くして出口の方を見ていた。それに気付いた小瀬川白望は「照、顔赤いけど……大丈夫?」と声をかけるが「なんでもない……」と言って顔を隠すようにして否定した。

 

(て、抵抗すらできなかった……照でさえあそこまで完敗したのは無かったと思う。だが、この私が何も……何一つもできなかった……)

 

 そして一方の弘世菫はというと、己の非力さ、無力さを痛感してただただ自分に対して失望していた。しかしそれは小瀬川白望が強過ぎるから相対的に弘世菫が弱く見えているだけで、断じて弘世菫が弱いというわけではない。しかし、それに弘世菫が気付けるかどうかというのは無理な話であろう。

 

(何が……足りない?何が足りないというんだ?確かにインターハイでも私の課題点は見つかっている。しかし、それだけじゃない……決定的な何かが、足りない……)

 

 そうして弘世菫は頭を悩ませる。小瀬川白望も弘世菫が苦悩していることには気づいているのだが、あえて弘世菫には何も言わず、弘世菫が結論を出すまで待っていた。

 

「……小瀬川」

 

「何……」

 

「私には、何が足りないと思う?」

 

 弘世菫が小瀬川白望に随分と単刀直入な感じで聞いたが、小瀬川白望は「さあ……ね」と言って知らないふりをする。ここで弘世菫に答えを言ってしまうのは簡単である。しかし、それではいけない。自分で気づく必要があるのだ。麻雀において一番重要な要素である、自分を信じる揺れない心、しかしこれに気付くのは容易ではない。一度原点に戻ってやっと見つけ出すことのできるものであるからだ。

 だが、これに気付けないと小瀬川白望に追いつくどころか、闘うこともままならない。宮永照はその心はしっかりとできていたから、最後まで粘れていたのだ。無論、小瀬川白望や赤木しげるほどになるとその完成された揺れない心までも強引に折ってくるのは言うまでもない。戒能良子も一応自分なりの答えは見つけてある。しかし弘世菫は未だそれに気付けずにいた。

 

「……じゃあ、今から見つけてみようか」

 

 小瀬川白望は弘世菫に向かってそう言うと、山の中から二牌取り出した。そうして弘世菫に向かってその中の一牌を見せる。それは{5}であった。そして小瀬川白望はその{5}を卓の上に、背を向けるようにして置く。

 

「今から、さっき置いた五索の上に一牌置いて、そこからまた上の一牌を取るから、よく見てて」

 

 小瀬川白望がそう言うが、隣にいる宮永照は何を言っているのか理解が追いつかないでいた。無論弘世菫も、一体これから何が起こるのかといった疑問を浮かべながらも、真剣に裏返しになっている{5}と小瀬川白望が持つ一牌をジッと見ていた。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 そう言って小瀬川白望は持っていた一牌をそっと{5}の上に乗せると、すぐさま乗せた牌を取り除いた。目の前から見ても何の違和感のない動作にしか見えないはずなのだが、小瀬川白望の横で見ていた宮永照は小瀬川白望がやった一部始終を目撃して、驚愕していた。

 

「……それで、どうするんだ?」

 

「簡単な話、今菫の目の前にある牌は五索だと思う?」

 

 弘世菫は「は?」と言って裏返しになっている{5}であるはずの牌を見る。小瀬川白望は「5……4……」と弘世菫の疑問を無視してカウントダウンを始めると、弘世菫は焦ったように「ご、五索だろ!?」と言う。その瞬間、小瀬川白望のカウントダウンが止まったと同時に、小瀬川白望は人を殺すような目付きで弘世菫にこう言った。

 

「……なんで今、気付いていたはずなのにそう答えた?」

 

「えっ……」

 

 思わず弘世菫は仰け反り、背筋が凍った。対局中はいつもこんな感じであり、初めて見た一面じゃないはずなのだが、いきなりああいう風になられると思わず怯んでしまう。

 

「不自然な私の微動に気付いていたのに、菫は『ありえない』と思ってそれを否定したようだけど……なんでその『ありえない』っていう前提、自分の理が正しいと思ってるのか……つまりはそこだよ、菫」

 

 そう言って小瀬川白望は{5}であるはずの牌をひっくり返す。するとそこには{白}が置かれてあった。そう、小瀬川白望が{5}に乗せたのは一牌だけでなく、実は二牌乗せていたのである。二牌乗せると同時に、小瀬川白望は一瞬のうちに{5}を抜き取っていたのだ。まさに神業と言える動作であったが、小瀬川白望はあえてその動きに若干の淀みを見せて弘世菫が異様な動作を小瀬川白望がしているという事を気付かせたのであった。

 

「それを改善できなきゃ……私は倒す事は出来ないよ。多分、一生」

 

 弘世菫に向かってそう言うと、一気に先程までの狂気が小瀬川白望から抜かれたみたいにして人が変わる。狂気じみた小瀬川白望は、一瞬にして天然ジゴロのダルがりイケメンとなった。

 

「まあ……これからまだ時間はある。ゆっくり答えを見つけなよ。菫」

 

「……あ、ありがとう……小瀬川」

 

「白望」

 

「は、はっ?」

 

「名字で呼ばれるのダルいから……名前で呼んで」

 

「ああ……わ、分かったよ。白望……」

 

 そんな二人のやりとりを見て若干嫉妬した宮永照は、すぐさま小瀬川白望の腕を抱いて、「ほら、帰るよ」と言って三人は雀荘を後にした。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第267話 高校一年編 ⑪ リベンジクッキング

クッキングと言いながらあまり料理描写はないという。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「半荘一回だけだったのに、結構時間過ぎてたね」

 

 小瀬川白望と宮永照と弘世菫が、宮永照の家へ向かって歩く最中、ふと宮永照がそんな事を呟いた。弘世菫が腕時計をチラと見ると、「確かにもう昼前だな」と応答する。それを聞いた宮永照が、小瀬川白望と弘世菫に向かって目を輝かせてこう言った。

 

「白望、菫。覚えてる?」

 

「は……?」

 

「何が……」

 

 いきなり覚えているかと宮永照に聞かれた小瀬川白望と弘世菫は、互いに目を合わせながらなんの事だと疑問を浮かべていた。そんな二人を見て、宮永照は「いや……約束したのはそれぞれ別なんだけど……」と付け加える。小瀬川白望と弘世菫はそれを聞いてようやく何のことか思い出したようで、「ああ、そういう事か」と宮永照に向かって言う。そう聞いた宮永照は拳を握ると、待っていたと言わんばかりにグッと拳に力を入れ、過去を払拭するべくこう呟く。

 

「やっとリベンジする時が来た……」

 

 宮永照が何の事を言っているか、それは宮永照の手料理の件であった。前に小瀬川白望が宮永照の家へ行った際、宮永照が手料理を小瀬川白望に振る舞う事になったのだが、物の見事に失敗。炭素の塊のような黒い物体がこれ以上にないくらい存在感を発して、皿の上に鎮座する事となってしまったのだ。そんな宮永照が、小瀬川白望に「いつか料理を教えて」と懇願したのがきっかけであった。

 一方の弘世菫はというと、此方は宮永照が突然パンケーキを作りたいと言い出したのがキッカケである。恐らく宮永照も、小瀬川白望の件があってリベンジしようと思っていたのだろうが、案の定焦げてしまうといった事をやってのけてしまい、こうしてリベンジチャンスは今日までお預けとなってしまったのである。それほどまでの料理センスの無さを良く知っている小瀬川白望と弘世菫は、咄嗟に緊急会議を開いた。

 

「ど、どうする……白望。あいつはパンケーキ一枚まともに作れないヤツだぞ……」

 

「どうするって……約束しちゃったしなあ」

 

「だが……ここでまた照が失敗してみろ、多分泣くぞ」

 

 それを聞いた小瀬川白望は、心の中で(ありえなくもないかも……)と思わず思ってしまったが、とりあえず弘世菫とどうするかを決める事にした。

 

「……何か簡単な料理とか知ってないか?因みに私が思う簡単な料理はせいぜいオムライスくらいだが……あ、チキンライスは無理だろうからそれは無しの方向でだ」

 

「オムライスかあ……流石にそれならある程度駄目でも大丈夫そうかな……」

 

 そう言って小瀬川白望と弘世菫は結託して、宮永照に「じゃあ、家に帰ったらオムライスを作ろうか」と言って宮永照の腕を引く。宮永照は「うん……作ろう」と言って闘志をむき出しにして意気込む。しかし、小瀬川白望と弘世菫の予想は甘かった。無論この後、宮永照とオムライスとの格闘劇が始まるのは言うまでもない。

 

「す、菫。この後どうするの」

 

「は、早くご飯の上に被せるんだ!卵料理は時間が命だぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待って。どうやって乗せればいいの」

 

「照……一旦落ち着いて。取り敢えずサッとやればできるから。ほら」

 

「……サッ」

 

「声に出してもさっきから変わってないよ……」

 

 宮永照が思わぬところで躓いているのを、横にいる小瀬川白望と弘世菫が必死にサポートをしてようやくまともに料理をすることができている。それほど宮永照の料理センスは壊滅的であり、主婦にはなれないなと小瀬川白望に思われてしまうほどのものであった。一応は完成したものの、完璧には程遠く、むしろあと一歩間違えば真っ黒に焦げていたであろうレベルの完成度であった。とはいえ、完成したのも事実ではある。二人の協力があってこその事であったが、宮永照は無事にリベンジを達成したのである。

 

「はあ……」

 

「ダルい……」

 

 無論、その成功の裏には二人の大変な苦労が強いられているわけで、二人はエプロンを身に付けたまま椅子にもたれかかった。そして満足している宮永照を見て、改めてもう宮永照に料理をさせてはいけないという事を念頭に置いて、それと同時に包丁を使うような料理でなくて良かったと心から思った。

 三人はそうして出来上がったオムライスを食べる。三人の感想はそれぞれ別であり、宮永照は多分上手くできているであろうと自負し、他の二人は(照が作ったと考えれば十分及第点かな)といった感想であった。

 

「……私も本格的に料理、始めようかな」

 

 そしてふと、宮永照がそう呟くと小瀬川白望と弘世菫の身体がビクッと震えて、手伝う事の大変さよりも、宮永照が危険な目に遭わないように二人して宮永照に詰め寄ってこういった。

 

「……絶対にその時は私を呼べよ」

 

「私たちが最大限サポートするから、わかった?」

 

「え、うん……分かった」

 

 そう宮永照が言うと、二人は安堵の息をして再び椅子にもたれかかる。小瀬川白望もダルかったとは思っているが、それでも宮永照が危ない目に遭わないようにと考えればその苦労も無駄ではないであろう。そう考えるほど小瀬川白望は案外世話焼きであり、それほど宮永照が小瀬川白望をああまで言わせるほど心配させるような料理の腕前であるということは言うまでもない。




次回に続きます。
え、私の料理スキルですか?
……ご想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第268話 高校一年編 ⑫ 壁ドン?

昨日は休載してしまいました。この場を借りてお詫びします。
何故週末は信じられないほど忙しいのか……


-------------------------------

視点:神の視点

 

「ん……」

 

 昼食を終え、各々が宮永照の部屋で寛いでいると携帯の着信音らしき音がどこからともなく聞こえてきた。宮永照はその着信音に聞き覚えがあったのか、自分の携帯電話が置いてある場所まで手を伸ばすと、携帯電話を掴んで小瀬川白望と弘世菫に向かってこう言った。

 

「ちょっと電話……」

 

 それに対して小瀬川白望と弘世菫は「分かった」と答えると、宮永照は自分の部屋から出て行った。そんな後ろ姿を見た小瀬川白望は、宮永照がドアを閉めたのを確認してから「本当に照って携帯電話使えたんだ……」と呟いた。それを聞いた弘世菫は少し笑いながら「……随分前から知ってたんじゃなかったのか?」と小瀬川白望に向かって言う。

 

「いや……改めて本当に使えるんだって思ったから……」

 

「まあ、あんな料理の腕とあいつの性格を考えれば、機械音痴だと思われても何も言えないな」

 

 そうして二人の間に沈黙が訪れる。何とも言えない空気が流れているが、弘世菫は小瀬川白望にこんな事を聞いた。

 

「なあ、白望」

 

「何?菫」

 

「……お前は一体、照の事をどこまで知ってるんだ?」

 

「どこまで、って……」

 

 弘世菫の問いに対して、意外にも小瀬川白望が返答に詰まる。宮永照の事について確かに小瀬川白望は色々と知っているが、沢山知っているためどれを話していいか迷っていたのだ。弘世菫はそんな小瀬川白望の言いたい事を読んで「ああ、あいつの過去についてだ」と付け加えた。

 

「あいつ、前にこう言ったんだ。麻雀が好きじゃ無いってな。あの腕で好きじゃ無いってのもおかしな話だ。……何か知っているんだろう?」

 

(これは……言ってもいいのかな)

 

 小瀬川白望は確かにその事については知っている。それどころか、当事者を除けば多分一番その件については詳しいであろう。しかし、それを弘世菫に話していいのか。そこが小瀬川白望を悩ませた。恐らくではあるが、宮永照のその事はまだ解決には至っていないだろう。解決には至っていないが、何らかの思いがあってインターハイにも出たのであろう。そこが際どいところであった。

 そこで小瀬川白望はこの話を有耶無耶にしようと「さあ。どうだろうね……」と言って小瀬川白望も部屋から出ようとするが、弘世菫に腕を掴まれ、壁に追い込まれる。弘世菫が小瀬川白望に壁ドンしているような体勢になると、弘世菫は小瀬川白望に向かってこう言った。

 

「それは嘘だな。白望、お前が照と会った時何て言ったか覚えてるか?」

 

「え……あっ」

 

 小瀬川白望が思い出したかのように声を上げると、弘世菫は小瀬川白望に向かって追求するようにこう言った。

 

「そうだ。お前は『びっくりしたよ。照がインハイに出るなんて』と言ったんだ。つまり、お前は照がインハイに出ないと思ってたんだ。……お前のその実力からして、照の実力を見抜けなかったわけもあるまい。そうなればあとはお前が照について何か知っていたということだ」

 

 そう迫られた小瀬川白望は、ため息を一つ吐くと「仕方ないなあ……」と言って口を開いた。

 

「妹だよ」

 

「妹?あいつは自分で一人っ子だと言っていたはずだが?」

 

「それは照の嘘。妹との麻雀でのトラブルで照は一時期麻雀から離れた」

 

(そうか……照が言ってたプラマイゼロにする子ってのはもしや妹の事か……照の妹ならそれもできないわけはないな)

 

 弘世菫が過去に宮永照から告げられた話を思い出し、それと今の話を照らし合わせることで核心にだんだんと近づいて行っていた。そして十分と思ったのか、弘世菫は「成る程……まあそれ以上は聞かないでおくよ。あいつにも色々とあるだろうからな」と小瀬川白望に言った。

 

「……もう一つ聞きたいことがある」

 

「何……」

 

 小瀬川白望がそう聞き返すと、弘世菫は少し顔を赤くして「お、お前は……照とどんな関係まで行ったんだ?」と聞いた。小瀬川白望は頭の中でクエスチョンマークを浮かべながらも「どんな関係って……友達だよ」と返答する。

 

「と、友達……!?てっ、照とは遊びだって言ってるのか!?」

 

 その返答に対して弘世菫はあらぬ誤解をしてしまうが、小瀬川白望が「どういうこと……」と言うと、すぐさま弘世菫の誤解も解かれた。

 

(な、なんだ……私の勘違いだったのか)

 

 弘世菫は安心しながら小瀬川白望の事を見ると、(……それにしても、凄い美形なやつだな。照が惚れるのもおかしくないくら……ハッ!)と、そこまで考えると弘世菫はぶんぶんと頭を振って忘れようとする。

 

(こ、この私とあろうものが会って1日も経ってない奴のことを好きになるなど……ありえない!私はそんな軽い女じゃない!)

 

 頭の中で弘世菫はそう言い聞かせ、雑念を振り払う。しかし、運が悪いことにちょうどそれと同タイミングで宮永照が部屋に戻ってきてしまった。今の弘世菫と小瀬川白望の体勢はちょうど弘世菫が小瀬川白望に俗に言う壁ドンをしているような体勢である。それを発見した宮永は、少し目を潤ませながら「……菫の馬鹿」と呟く。

 

「そ、そういうわけじゃないんだ!照!」

 

 そう弘世菫は弁明するが、小瀬川白望は照が不機嫌そうなのは自分が弘世菫に宮永照の過去のことを勝手に話してしまったからだと誤解して、小瀬川白望は宮永照に「ごめん……守れなくて」と言うが、それによって宮永照の誤解は更に加速してしまうのは言うまでもなかった。




次回でとりあえず照&菫は終わりの予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第269話 高校一年編 ⑬ 玉座を守れ

照&菫回は終わりです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふんだ……もういいよ……」

 

「だから誤解だと言ってるだろう……白望もこいつに何か言ってやれ」

 

 未だ先ほどの照の誤解が解けず、その誤解を解こうと躍起になっている弘世菫は小瀬川白望に向かってそう助けを求めようとする。しかしその肝心な小瀬川白望も別の方向で誤解してしまっているため、弘世菫の思惑とは正反対の事を言ってしまう。

 

「そうだよ……菫は悪くないよ。悪いのは私……」

 

「や、やっぱり……!」

 

「だ、か、ら、違う!違ああああう!どうして話をややこしくするんだ!?」

 

 弘世菫が悲鳴にも似た声を上げながら小瀬川白望に言うが、そう言われてもまだピンと来ていない小瀬川白望は首を傾げる。そうして再び小瀬川白望が口を開いて「いや……事実は事実だし」と言うが、それによって更に弘世菫の首が締まるという事には、普段なら勘のいい小瀬川白望であったが、どうしてもそれだけには気付く事ができなかったようだ。

 

「じゃあ一体何なの……菫」

 

「いや、だからな……?」

 

 そうして弘世菫にやっと誤解を解くチャンスを得た弘世菫は、ようやく弁明の時が来たかと言わんばかりに宮永照と、ついでに誤解している小瀬川白望の誤解を解く。それによってようやく宮永照と小瀬川白望の誤解が解かれたのだが、それでも尚宮永照は「でもさっきのは紛らわしいよ……菫」と言って少しばかり羨んだような目でそう言うと、実際完全な事故というわけではなく、少し意識していた節もある弘世菫は少し言葉に詰まりながらも、「いや……あれは仕方ないんだ!」と言って強引に否定した。

 

「それにしても……照、色々と大変だったんだな」

 

 弘世菫は神妙な表情で宮永照にそう言う。宮永照が麻雀はあまり好きでは無いと言った頃から、何らかの重い事情があったのであろうということは察していたのだが、よもや血が繋がっている妹と別居して離れ離れになるほどの壮絶な過去があったとは思ってもいなかった弘世菫は、少しばかり宮永照に謝罪の意を込めた。

 

「いや……あれは仕方ない。あの娘を止めれなかった……いや、今思えば、私が躍起になっていたのが悪かったんだ。……でも、私は麻雀は捨てれなかった。麻雀を通じて、私はかけがえのないものを一杯作る事ができたから」

 

「妹に申し訳ない、最初はそう思ってやってた。だから私は中学の頃やってなかった。だけど……捨て切れなかった。私が感じた麻雀の熱、覇気、感覚……それを捨てれなかった。だから私はインハイの舞台に立った。勝手な話かもしれないけど、私が活躍するところを見て、妹にももう一度、麻雀の熱を取り戻して欲しい……」

 

「そうか……」

 

 宮永照の思いを聞いた小瀬川白望は、そう言って宮永照の肩を叩くと、こう言った。

 

「なら後二年間、立ち続けなきゃね。インハイの……高校生の玉座で、さ」

 

 そう小瀬川白望が宮永照に向かって言うが、宮永照は少し笑ったような表情で「妹にとってはそうかもしれないけど……私にとっての玉座は、白望だけだから。ちゃんと私が獲るまで、待っててね」と言うと、小瀬川白望は「うん……いつでも待ってる」と言って宮永照と握手する。そんな光景を見ていた弘世菫は、心の中で(なんだこの怪物共……話のスケールが違いすぎる……)と、改めて二人が異常であるという事を思い知らされた弘世菫であった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「じゃあ。半日と少しだったけど、楽しかったよ」

 

「もっとゆっくりして行けばよかったのにな。急ぎの用でも無いんだろ?」

 

 小瀬川白望に向かって弘世菫がそう言うと、小瀬川白望は「うん……だけどここに来たのも照とインハイの件について聞きたいから来ただけだし、私もまだまだ成長させないといけないからね」と弘世菫に言う。

 

(……まるで白望より上の奴がいるようなそんな言い回しだな。小鍛冶プロの弟子とかしたりするのか?……流石にないか。小鍛冶プロの感じからして、弟子とか取らなさそうだしな……)

 

 弘世菫はそんな小瀬川白望の言葉を聞いてそう考察するが、実際は小鍛冶健夜プロよりも恐ろしい人物で、彼女よりも弟子を取らなさそうな者が小瀬川白望の師匠だったりするのだが。

 

 

「じゃあね。白望……」

 

 そして宮永照がそう小瀬川白望に言うと、小瀬川白望は手を振って、宮永照と弘世菫に背を向け、そのまま歩き始めた。二人はそんな小瀬川白望の後ろ姿を、ただただ見つめていた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ねえ菫」

 

「うん?なんだ照」

 

 宮永照が小瀬川白望の事を見つめながら、隣の弘世菫の名を呼ぶ。弘世菫が聞き返すと、宮永照はこんな事を言った。

 

「白望は後二年……つまり高校生の間ずっとインハイの頂点で立ち続けろって言ってたよね」

 

「あ、ああ……確かにな」

 

「……多分無理かも」

 

 宮永照からの意外な言葉に、弘世菫は「へ?」と思わず聞き返してしまうが、宮永照は「あくまでも、今のままなら無理って事……」と付け加えた。

 

「……らしくないな。お前が麻雀の事で弱音を吐くなんて。もしかして、その妹に負けるとかそう思ってるのか?」

 

「ううん。違う」

 

「じゃあなんだ一体……」

 

 弘世菫がそう言うと、宮永照はようやく弘世菫の事を見てこう口を開いた。

 

「多分だけど……白望はいつかインターハイに出場してくる」

 

「あいつがか?あいつはインターハイには出ないと言ったんだろう?」

 

 そう反論する弘世菫。通常の人間なら気が変わったとかそういう理由で前言撤回するような事は起こっても何らおかしいことではないが、小瀬川白望はそんな自分の言ったことを曲げるような人間ではない。そう言った風に、ある意味弘世菫は小瀬川白望の事を評価していた。

 

「……分からない。分からないけど、多分白望は私たちの目の前に立ちはだかってくる。そんな気がする……」

 

「そうか……照がそう言うなら、もしかしたら現実になるかもしれないな」

 

「……少し、寄りたいところがある」

 

 宮永照がそう言うと、弘世菫は「ん、なんだ?」と言う。宮永照は弘世菫の腕を掴むと、「きっと、私たちの強力な味方になってくれる人のところだよ。……色々と因縁はあるけど」とそう言って、宮永照は方向音痴であるにもかかわらず、目的地へ真っ直ぐ向かって行った。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「……くしゅん」

 

 小瀬川白望が電車に乗っている最中、小瀬川白望はくしゃみをして鼻をすする。小瀬川白望は(風邪でも引いたかな……夏風邪みたいなものかな?)と思っていると、赤木しげるは心の中でこんな事を呟いていた。

 

【(やれやれ……恐らくさっきの嬢ちゃん二人に噂でもされてるな。相変わらずの人気者だ)】

 

【(それにしても……インターハイ、ねえ。麻雀も随分綺麗になっちまったもんだ。それが良いか悪いかは別として……しかし、こいつがもしインターハイに出る事になりゃあ、それは嘸かし面白くなるだろうよ……)】

 

 そしてこの赤木しげるの願望は奇しくも二年後に現実となるのだが、それはまた後の話である。二年後、まさか自分がインターハイの場で麻雀を打つなどと思ってもいない小瀬川白望は、次なる目的地を目指していた。




次回はまだ未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第270話 高校一年編 ⑭ スカウト

今回からは臨海回です。
とは言っても、原作一年組は出ない予定ですが……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「おはよ……智葉」

 

 宮永照と弘世菫から別れて、小瀬川白望が次に向かってのは辻垣内智葉のところであった。小瀬川白望も流石に辻垣内智葉の家の壮大さには慣れてしまったのか、先ほども何の驚きもせずに辻垣内智葉の家に上がっていた。

 そうして小瀬川白望が辻垣内智葉に向かって手を振ると、辻垣内智葉はぎこちない笑顔を見せて手を振り返す。辻垣内智葉は心の中で、高校生になってから小瀬川白望の色気も随分と増しているといった事を言いながら、それを表に出さずに押し殺して「ああ、おはよう……」と言う。すると辻垣内智葉の後ろからメガン・ダヴァンも飛び出してきて、小瀬川白望に「オハヨウゴザイマス、シロさん」と挨拶する。

 

「……あれ、ちょっと日本語下手になった?」

 

 小瀬川白望はメガン・ダヴァンの挨拶を聞いて率直にそう問いかけると、メガン・ダヴァンは笑いながら頭を掻いて「イヤア……チョットアメリカに戻っタラ、少しワスレちゃって……」と答える。それに付け加えるようにして辻垣内智葉が「こっちに戻ってからも、臨海女子だと日本語じゃなくても通じる奴が多いからな」と言う。

 

「ああそうか……確か留学生が多いんだったね。インハイでも殆ど留学生だったし」

 

「多いなんてものじゃないさ。むしろ私のような純粋な日本人が珍しいくらいさ」

 

 小瀬川白望が「ふーん……」と言うと、辻垣内智葉に向かって続けて「団体戦、智葉の実力なら出れると思ったけど……出なかったんだ?」とインハイを見てからの疑問をぶつける。小瀬川白望がインハイで団体戦の臨海女子を見て思ったのは、正直な話小瀬川白望が見る限りで、辻垣内智葉よりは断然格下の雀士だけであった。それはあくまでも辻垣内智葉と比較した場合であり、普通に見れば化け物軍団であることには変わりないのだが。

 

「……まあ、確かに私も出ようとすれば可能だったんだが、どうにもチームプレイというのに私は不向きのようでな。だから個人戦だけで充分だったんだ。……まあ、最終的に個人戦、団体戦共に宮永に負けたがな」

 

「ミヤナガってあのハリケーンガールの事ですカ」

 

「ああ……まさか新たな武器を提げて戻ってくるとは思ってなかった。宮永が出場しているという時点で驚いたのに、更にあいつは進化してやがった。……シロ、あいつと打ってきたんだろう?率直にどうだった」

 

 辻垣内智葉がそう小瀬川白望に尋ねると、小瀬川白望は少し悩んだような表情をする。そうして小瀬川白望は少しの間考えてから、彼女は口を開いた。

 

「……まだ、足りないかな。確かに照は成長したけど……まだ伸びる。もっと成長できる」

 

 そう小瀬川白望が辻垣内智葉に向かって言うと、辻垣内智葉とメガン・ダヴァンが居る位置からもっと奥の方から、「フフフ……噂に似合わず可愛いと思ってたけど……やっぱり噂は本物のようね。凄みを感じたよ」と言って若い外国人の女性が三人の方へ向かって歩いてきた。

 

「……智葉、誰?」

 

 小瀬川白望が辻垣内智葉に向かって聞くと、その女性は少しほどずっこけるようなリアクションをとって「ハハハ……インハイでも結構取り上げられてたと思うが……まあ私はこの子達、臨海女子麻雀部の監督をやってるアレクサンドラ・ヴィントハイムだ。よろしく。君の伝説めいた話はかねがねサトハから聞かせてもらってるよ」と言って小瀬川白望に握手を求める。しかしそれを辻垣内智葉は切るようにしてアレクサンドラに向かってこう言った。

 

「無駄ですよ、監督。シロを引き抜こうたってそんなの、シロが承諾しないに決まってる」

 

(ホントはサトハもシロサンに来て欲しいノニ……素直じゃナイデスね……)

 

「聞こえているぞ、メグ」

 

「……Why!?」

 

 そういったやりとりを横目に、小瀬川白望も「まあスカウトする気だとしても……私が行くことは無いんで。インハイも行くとしたら宮守で出ますし」と言ってアレクサンドラの手を握る。

 

「残念だな。キミが来ればサトハとキミの二枚看板で臨海女子の黄金時代が築けたと思ったんだが」

 

「まあ、そういう事です……まあでも、もし私との賭けに勝ったら考えますよ?それなりのもの(対価)は賭けてもらいますけど」

 

 小瀬川白望がそうアレクサンドラに言うと、辻垣内智葉は「シロ……」と心配そうな声色で小瀬川白望に言うが、アレクサンドラはハハハと笑って「流石にまだ人生を楽しみたいからね。折角だけどお断りしておくよ」と言って両手を振る。

 

「それで、何で監督さんが智葉の家に?」

 

「アア……カントクが新たにスカウトしてきたプレイヤーと会う日なんでスヨ」

 

 そうメガン・ダヴァンが言うと、アレクサンドラが「まあ、サトハとメグは将来部内の主軸になってもらうからね。サトハは団体戦は出ないっていうけど。上の二年と合わせても、すぐに引退してしまうし……一年の二人ならちょうどいいなと思ったんだ」と付け足すようにして口を挟んだ。

 

「っていう事は、その人はここにいるの?」

 

 小瀬川白望がそう言うと、辻垣内智葉は「ああ。さっき見てきたがまあ、特徴的な奴だったぞ。確か欧州で結構な成績を残したんだっけか?」

 

「へえ……」

 

「まあね。世界ランカーであり、欧州選手権では風神(ヴァントール)って呼ばれるほど大暴れしていたようだ」

 

「風神……ねえ」

 

 そう小瀬川白望が言うと、アレクサンドラは小瀬川白望に「なら少し彼女と会ってみるかい?」と提案する。小瀬川白望は「うん。世界ランカーが果たしてどれほどなのか見てみたいからね」と言って、アレクサンドラについていった。そしてそのスカウトした風神のところまで行く最中、アレクサンドラは小瀬川白望と会う前に事前に辻垣内智葉の言葉を元に下調べをした内容を思い出していた。

 

(……小瀬川、白望。サトハの噂が全部本当なら、架空の人物とまで言われた日本麻雀界のレジェンド中のレジェンド、アカギシゲルそっくりのプレイヤーって事になるけど……命を賭けてでも獲るべきだったかしら。勝てるかどうかは別として)

 

 アレクサンドラは心の中で若干後悔しながらも、すぐに(まあ……挑んだとしても100パーセント私が負けただろうね……彼女も100パーセント勝てるとまでは分かっていなかっただろうけど、それでもあの流れじゃ私に勝ち目はなかったわね。命拾いしたわ)と言って、辻垣内智葉の家の中にある庭に生えている木の上に向かって、「明華。君に会わせたい人がいるんだが」と言った。

 

「分かりました。カントク」

 

 そう木の上から返事が返ってくると、明華と呼ばれた少女は日傘をさしたまま、木から飛び降りる。しかし、明華は風を操っているのか、重力がかかっているとは思えないほど彼女はゆっくりと地面に降りた。飛んだというよりは、浮いたに近いであろう。そして彼女は小瀬川白望に向かって礼をする。

 

「初めまして。明華です」

 

「初めまして……小瀬川白望。……文字通り風神さんだね」

 

 そう小瀬川白望が言うと、明華は「ありがとうございます」と言って日傘をクルクルと回す。風神と神域を継ぐ者、同じ神という言葉がつく者同士似ているように見えて、中身は全くと言っていいほど違う二人が会合した瞬間であった。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第271話 高校一年編 ⑮ 風神

明華回です。
案の定……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「さっき浮いてたよね?」

 

 小瀬川白望は、まず雀明華に聞きたかった疑問を彼女にぶつける。彼女が明らかに地球の重力を無視してゆっくりと飛び降りたというよりは下降していた事についてだ。その問いに対して雀明華はニコリとした表情で「これでも一応、風神が二つ名ですので……」と答えた。小瀬川白望含む後ろの辻垣内智葉とメガン・ダヴァンも答えになっていない答えに若干納得はしていないような表情をしたが、アレクサンドラ・ヴィントハイムは「私が聞いても教えてくれないんだよ」と小瀬川白望達に言う。

 

「マジシャンは手品のタネは明かさない……それと同じですよ」

 

「まあ、この際どうでもいいや……アレクサンドラさん、この子と打てる?」

 

 結局真相は聞き出せないと悟った小瀬川白望は早速アレクサンドラ・ヴィントハイムに聞くが、彼女は首を横に振る。小瀬川白望がどうしてと理由を問う前に、彼女は小瀬川白望にこう答えた。

 

「一応まだ彼女も最後の欧州選手権が控えているからな。今日は顔合わせだけなんだ」

 

「ふーん……そっか」

 

「今日はダメですけど、もしそちらの都合が宜しかったらいつでも相手になりますよ?」

 

 雀明華は少し申し訳なさと本人も打てなくて悔しさが入りまじったような表情で小瀬川白望にこう提案するが、辻垣内智葉は「いや……シロは岩手県に住んでるから、そんなしょっちゅう来れるわけではないんだ……」と言う。

 

「そうなんですか……」

 

 雀明華は残念そうな表情をしたが、ならばといった風に小瀬川白望の手をとってアレクサンドラ・ヴィントハイムに向かって「ちょっと私の能力を見せるだけなら対局してないから違反ではない。そうですね?」と聞く。彼女は少し驚いた表情で「ま、まあ……」と返す。

 

「……なにするの」

 

「ちょっと私の能力で遊びましょう。白望さん」

 

 そういって小瀬川白望の手を握る手とは反対の手を自分の胸に当て、思いっきり息を吸う。何が始まるのだろうとその場全員が彼女に注目する。

 

「L A A A A A〜♪」

 

 すると雀明華は、大きな声で歌声を放つ。おとしやかな彼女の風貌からは想像できないほどその歌は力強く、強大な歌声であった。それを横で見ていたアレクサンドラ・ヴィントハイムはそんな雀明華を興味深く見つめていた。彼女自身、雀明華が歌っているところは何度も見たが、その音声は初めて聞いたのであった。

 

(これが風神(ヴァントール)……映像だけで見たから分からなかったけど、こんな歌なのね……)

 

 そうして彼女が歌い終わると、小瀬川白望の手を改めて強く握ると「ちゃんと掴んでて下さいね」と言うと、何やら集中力を高めるように精神統一した。そうして小瀬川白望が雀明華の手をギュッと掴んだ時には風が何やら不規則な動きをしていた。その動きの変化は、小瀬川白望だけでなくその場全員が感じていた。それほど風の動きというものを明確に支配しているということである。

 

「行きますよ」

 

 雀明華がそう言うと、彼女は少しほど強めに大地を蹴る。それと同時に彼女を押し出すように風が強く、自然の法則に逆らって吹いた。小瀬川白望は風に押し出されて体勢を崩しそうになるが、雀明華の手を握っていたおかげで振り落とされることもなく、宙に浮きながらさきほど雀明華が降りてきた木の周りを何周かしてから、その木の太い枝に再び乗った。

 

「……どうでしたか?短い風の旅は」

 

「びっくりしたけど……凄いね。唯一無二の能力だよ」

 

「それはありがとうございま……!?」

 

 そう雀明華が言いかけたが、雀明華は事もあろうか乗っていた木の枝から足を踏み外してしまう。雀明華の体が落ちそうになったが、小瀬川白望は驚くべき反射神経で彼女の腕を掴んだ。しかしいくら小瀬川白望でも両足とも地についていない彼女は持ち上げる事ができなかったようで、宙吊りになってしまったが、雀明華は冷静を取り戻すと、直ぐに風を操って再び木の枝の上に乗った。彼女は少し顔を赤くしながら、小瀬川白望に謝罪する。

 

「す、すみません……注意していた私が一番危なかったですね。そしてありがとうございます。多分あのままだったら操る前に落ちてました」

 

「別にいいよ……怪我とかしてない?」

 

 そういって小瀬川白望は雀明華の体を触るが、いきなり触られた雀明華は驚いて「だ、大丈夫です!さ、さあ。下に降りましょう」と言って降りようとするが、雀明華は小瀬川白望の手を握ることを少し躊躇った。が、小瀬川白望から握られてしまい頭の中が真っ白になりつつも、慎重に地面に降りた雀明華であった。

 

 

「スゴかったデスネ!シロサン、どうでしたカ?」

 

 地面に降りてきた小瀬川白望に、メガン・ダヴァンが目を輝かせながらそう質問する。「うん……凄かったよ。多分後にも先にも同じ体験は無いと思う……」と答えると、メガン・ダヴァンは「それはヨカッタですネ……」と羨ましそうに言う。

 

「……どうかしたか?明華」

 

「……」

 

「明華?何かあったのか?」

 

「え、いえ!何でもないです……」

 

「……?そうか」

 

 そして戻ってきた雀明華の様子の異変を察知したアレクサンドラは雀明華にそう聞くが、彼女は心ここに在らずといった感じで、アレクサンドラの声もまともに届いていなかった。

 

(……まさか)

 

「……監督。少し話が」

 

 そんな雀明華を見て、辻垣内智葉はまさかと思ってアレクサンドラ・ヴィントハイムの事を呼ぶ。アレクサンドラと辻垣内智葉は彼女たちから少し離れた場所で耳打ちを始めようとする。

 

「……あの、白望さん」

 

「何?明華さん」

 

「携帯番号とか……教えてもらっても良いですか?こっちに来たら私も携帯電話を買うので……」

 

 そして一方では雀明華が小瀬川白望の携帯番号を聞き出そうとしていた。メガン・ダヴァンはその光景を見てようやく気付いたようで、溜息を吐きながら心の中でこう呟く。

 

(ナゼ臨海にはこんなにも白望サンラブの方ガ多いのでショウカ……ネリーもイズレ来るってハナシですシ……)

 

 




次回に続きます。
麻雀回は無いんや……すまないです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第272話 高校一年編 ⑯ 過去の栄光

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……恋をしている?」

 

 アレクサンドラ・ヴィントハイムが辻垣内智葉から耳打ちして聞いた事に対して驚きながらそう聞き返す。辻垣内智葉は「監督、声が大きいです!聞こえますよ」と自分も聞こえそうな声量で彼女のことを注意する。アレクサンドラ・ヴィントハイムは「あ、ああ……すまない」と小声で辻垣内智葉に向かって謝った。

 

「ど、どういうことだ……?まさかさっきの間に何かあって、それで明華が惚れたって事……?」

 

「恐らくそうかと……相変わらずシロは気付いていないようですが……」

 

 辻垣内智葉がそう言うが、アレクサンドラ・ヴィントハイムは信じれないような目で小瀬川白望と雀明華のことを見る。小瀬川白望は辻垣内智葉の言っていた通り、雀明華にそういった気がないのは分かるのだが、雀明華の方は完全に小瀬川白望に友達という物差しでは計れないほどの好意を抱いているのが、離れたところから見ても丸わかりであった。

 

(ん……相変わらず?)

 

 そしてそんな雀明華を見ながら、アレクサンドラ・ヴィントハイムはある事が気になっていたのだ。そして辻垣内智葉に向かってその事を聞いた。

 

「サトハ」

 

「どうしました?」

 

「もしかして君もコセガワシロミに好意を抱いて……?」

 

「な、なっ!?そ、そんなわけ……ない……です」

 

「ねえ、智葉」

 

「ふぁい!?し、シロ!?」

 

 辻垣内智葉が必死に否定しようとしていたところで、いつの間にやら近づいてきていた小瀬川白望に声をかけられ、辻垣内智葉が心の底からでてきた驚愕の声をあげる。

 

「な、なんだ?」

 

「いや……アレクサンドラさんと何話してたのかなって……」

 

「い、いや……ちょっと、な?」

 

 小瀬川白望は「ふうん……じゃあ、先部屋に戻ってるよ」と言ってメガン・ダヴァンと雀明華と共に室内へと戻っていった。辻垣内智葉はそんな彼女らを見送って、一息つく。それを見たアレクサンドラ・ヴィントハイムは(やっぱり抱いているな……もしかしてメグも?)と言って考えながら、そのついでに辻垣内智葉にこんな事を聞いた。

 

「そういえば、サトハ。少し聞きたい事があるんだが」

 

「……なんですか。監督」

 

「コセガワシロミの牌譜なんだが……この前いくら調べても全く見つからなかったんだ。サトハなら何か知ってるか?」

 

「ああ、牌譜ですか。シロの牌譜は私が一応持ってますけど……見ます?」

 

 「そうさせてもらうよ」と言ってアレクサンドラ・ヴィントハイムは辻垣内智葉についていった。そしてその小瀬川白望の牌譜があるという部屋に着く前に、辻垣内智葉はこんな事を警告した。

 

「見るのは構いませんけど……持ち込みやコピーはダメですよ。本当に見るだけです」

 

「……随分と厳重なんだね」

 

「外部に漏れたら大変なことになりますからね。ようやく世間が抱くシロという雀士に対しての熱りが冷めてきたんですから」

 

 そう言って辻垣内智葉がある一室にアレクサンドラ・ヴィントハイムを招くと、何やらいかにもな金庫を辻垣内智葉が慣れた手つきで開けると、牌譜らしきものをアレクサンドラ・ヴィントハイムに渡す。

 

「これが……コセガワシロミの?」

 

「ええ、まごう事なくシロのです」

 

 そう言ってアレクサンドラ・ヴィントハイムは立ったままその牌譜を見た。そのほんのわずか数秒後である。アレクサンドラ・ヴィントハイムは牌譜を持ったまま、思わず口を開けて言葉を失っていた。小瀬川白望の、規格外の強さにアレクサンドラ・ヴィントハイムは心の底から驚愕していた。

 

(ちょ、ちょっと待て……!)

 

 そう心の中で言って牌譜を一通り流し読みする。しかしいずれも小瀬川白望は奇想天外な和了しかしていなかった。まるで一巡先……いや、十巡先まで見えているかのような打ちまわし。そして的確な狙い撃ちに、ここ一番のところで勝負手を引く運の強さ。彼女が思っていた小瀬川白望の何倍も上の強さを誇る小瀬川白望が、その牌譜には載っていたのである。

 

(……確かに、レジェンド中のレジェンドであるアカギシゲルと打ち方が似ているとサトハは言っていた……私も名前くらいは聞いた事がある)

 

(だけど、アカギシゲルをそこまで調べているわけじゃなかった……強いという事は知っていたし、似ていると言われる彼女も最低限ミヤナガよりも強いとは分かっていた。けど……まさかここまでなんて……!)

 

 アレクサンドラ・ヴィントハイムは唇を噛む。本当に死を覚悟してでも、99.9%負けるであろう勝負をあそこで受けていれば良かった。今まで彼女はスカウトとしても、一雀士としても様々な後悔を抱いた事はあるが、ここまでやっておけばよかったという強い後悔を抱いたのも、かなり久しぶり……いや、ひょっとすると初めてかもしれなかった。

 

(ミヤナガなんてレベルじゃない……同卓しているサトハやアタゴと比べても、明らかに一線を越している……!)

 

(しかもこれが四年前……?なんて話だ……)

 

 そうして牌譜を見れば見るほど、小瀬川白望の恐ろしさというものが嫌でも分かる。まるで漫画のような馬鹿げた牌譜である。神が味方しているのか、それとも何かが小瀬川白望に憑いているのか、それすら見当がつかなかった。

 

「ば、化け物……」

 

 アレクサンドラ・ヴィントハイムは小さくそう呟くと、辻垣内智葉に持っていた牌譜を返した。そうして辻垣内智葉は金庫に牌譜を入れると、放心状態のアレクサンドラ・ヴィントハイムに向かってこう言った。

 

「……どうでしたか。シロの麻雀は」

 

「そ、そうだな……私はこれまで色んな雀士を見てきた。コカジをはじめとした日本のトッププロや世界ランカーなど、色んな強者を見たけど、ここまで牌譜だけでインパクトを受けたのは彼女が初めてだよ……」

 

「そうですか……多分、監督はもうそれ以上の雀士を見る事はできませんよ」

 

「……私にとってもそうですし……何より、麻雀の中でのナンバーワンは、シロなんですから」

 

 そう言って辻垣内智葉は部屋から出て行く。

 

(今はまだ分からないけど……シロは赤木しげるをいつか越える。絶対に。私の言った事が正しいと認められる。その時はいずれやってくるはずさ……そうだろ?シロ……)




次回かその次で臨海ターンは終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第273話 高校一年編 ⑰ 負け気

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

「……そういえば、ネリーは再来年智葉やメグみたいに臨海に入るの?」

 

 小瀬川白望は辻垣内智葉とアレクサンドラ・ヴィントハイムが来るのを待ちながら、部屋でメガン・ダヴァンと雀明華と話をしていた。小瀬川白望は何も気にしてはいないのだが、現在雀明華は小瀬川白望の腕を抱いて寄りかかっており、さながら新婚さんのような状態になっていた。きっとこれを辻垣内智葉が目撃したら大変なことになると思いながら、とりあえずメガン・ダヴァンは小瀬川白望の話を聞いていた。

 が、しかし。雀明華が愛をもって小瀬川白望に擦り寄っている。そんな中でネリーの名前を出す小瀬川白望。雀明華は小瀬川白望には分からないようにうまく繕っていたが、メガン・ダヴァンは雀明華が少し嫉妬……というより憎悪に近いどす黒い感情が芽生え始めているという事に気付いていた。だからこそ小瀬川白望の質問もさっさと終わらせようと、メガン・ダヴァンは考えるよりも先に口を動かした。

 

「サア……多分そうなるかもシレマセンネ。ネリーも色々な大会にデテルらしいデスシ……カントクがスカウトするカト」

 

 小瀬川白望はそれを聞いて「ふうん……そうなんだ」と言うと、メガン・ダヴァンは内心で乗り切った!といった安堵の表情を浮かべる。雀明華もその質問が終わったことで機嫌が直ったようで、鼻歌を歌いながら小瀬川白望の腕をより一層抱き締めていた。

 

「待たせたな……って!?」

 

 しかし、メガン・ダヴァンの安堵はそう続くものではない。やっとのことで乗り切ったと思ったら、今度は第二波である辻垣内智葉がやってきた。辻垣内智葉は雀明華と小瀬川白望の今の状態を見ると、驚愕して思わず隠し持っていた刀を抜刀してしまう。それには流石のメガン・ダヴァンも「ヒィィ!」と言って手を挙げる。

 

「貴様……何のつもりだ」

 

 辻垣内智葉はドスを効かせた声で雀明華に向かってそう聞く。抜刀した日本刀を雀明華に向けたままであったが、雀明華は一歩も退く気配はなく、平然とした表情でこう言った。

 

「あら、もしかして貴女もですか?」

 

「何が貴女も……だ。調子に乗ってくれるなよ小娘。国へ帰りたいか?……骨だけでな」

 

 辻垣内智葉はいつになく怒ったような表情で雀明華のことを睨みつける。メガン・ダヴァンは何度か小瀬川白望の事で辻垣内智葉が怒っていたり、脅しをかけているところは見た事がある……というかメガン・ダヴァン本人もそれに巻き込まれた事があるのだが、今回の辻垣内智葉はどこかおかしかった。何というか、今の彼女なら本気で雀明華を殺しかねない。そんな感じがしてならなかった。

 

「殺されるのは嫌ですけど……情熱に逆らっては人間やっていけませんよ?」

 

 しかし、そんな殺されてもおかしくないはずの立ち位置にいるはずの雀明華は未だ余裕そうな表情で辻垣内智葉に挑発をかます。辻垣内智葉はその言葉を聞いてフッと笑うと、雀明華にこう言った。

 

 

「残念だよ。未来の臨海を支えるであろう有望株をここで失うことになるなんてな。……監督にどやされそうだ」

 

 そして辻垣内智葉が重心を退く構えたところで、小瀬川白望がスッと辻垣内智葉と雀明華の間に立って、辻垣内智葉に向かってこう言った。

 

「智葉……どうしたの。らしくない」

 

 小瀬川白望がそう言うと、辻垣内智葉は右手で持っていた日本刀を納刀すると、小瀬川白望に向かってこう告げて部屋から出て行った。

 

「……抜刀までした私にそんな言葉をかけてくれるのはやはりシロ、お前だけだよ」

 

 そうして辻垣内智葉がいなくなると、小瀬川白望はメガン・ダヴァンに向かって「メグ。智葉の様子を見てきて」と言った。

 

「シロサンが行かなくてイインデスカ?」

 

「いや……私が行ったら多分ダルいことになると思うから……お願い」

 

「……了解デス」

 

 そう言って出て行くメガン・ダヴァンを見送ると、小瀬川白望は今度は雀明華の方を見て雀明華に向かってこう言った。

 

「……明華も。将来チームメイトになる人なんだから、仲良くしなきゃ……」

 

「……すみませんでした。私もついムッとなって……」

 

「何が?」

 

「え、いや……ちょっと……」

 

(まさか白望さんと辻垣内さんを含む昔から続く色んな人との関係が羨ましいなんて言えないし……)

 

 心の中で雀明華がそう呟くと、先ほどのようにわざとらしくは近寄らずに、適度な距離を保っていた。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……サトハ?」

 

 メガン・ダヴァンが辻垣内智葉の事を追いかけると、辻垣内智葉は足を止めた。メガン・ダヴァンは辻垣内智葉の事を呼ぶと、「シロに言われたのか?」と辻垣内智葉は問いた。

 

「え、マア……」

 

 それを聞いた辻垣内智葉は「やっぱりな」と言うと、どこか嬉しげな表情をして縁側に腰をかける。メガン・ダヴァンもそれに続くように腰をかけると、早速辻垣内智葉にメガン・ダヴァンはこう聞いた。

 

「どうしたんデスカ……サッキはあんなにオコッテ……」

 

「単なる嫉妬さ。いや……ちょっと違うかもな」

 

「ドウイウコトデスカ?」

 

「最近……シロの事をよく知らずして奴に好意を抱いている者全体に言えるだろうが……そいつらはシロの事をなにも分かっていないのに、どうして私と同じ位置に立てるのか……ってな。酷く醜い嫉妬だろう?」

 

「ソレハ……」

 

「なんであいつらはシロの事をなにも知らない、理解していないのにシロに近づこうとするのか……って最近思ってな。あいつらは何も悪くなはいのにな……でも……シロの事を知っている、古い付き合いの私と一緒の扱いをされるのが……辛くてたまらないんだ」

 

「いつかシロがぽっと出の奴を選んで、結ばれるっていう未来を何度も想像してきた……シロが遠くに行ってしまう。そう思うと悲しくてな……」

 

 辻垣内智葉がそう言うと、メガン・ダヴァンは立ち上がって「……サトハらしくもないデスネ」と言い放った。

 

「……なんだと?」

 

「正直、闘わずシテ負けてイルサトハは見たくナカッタデス……いつものサトハなら、そんなコトは言わナイデショウ?」

 

「……」

 

「ダカラ、戻ってキテクダサイヨ。ツジガイトサトハ。今のサトハはサトハじゃないデスヨ。何事にもアタックしているサトハが、私が見たい一番のサトハデスヨ」

 

「……ふっ」

 

 辻垣内智葉はそう笑って日本刀を抜刀し、庭に突き刺す。そうして改めてメガン・ダヴァンに向かって「すまなかったな。弱気を見せてしまった」と言う。

 

「モウ、大丈夫デスネ?」

 

「ああ、シロは誰にも渡さないさ。最後に勝つのは私だ……シロはなんたって……私が唯一この身を預けてもいいって思った奴だからな」

 

「……ファイトデス。サトハ」

 

 そう言うと、辻垣内智葉とメガン・ダヴァンは元来た道を戻り、小瀬川白望と雀明華がいる部屋に戻った。そうして小瀬川白望と雀明華に謝ると、小瀬川白望は「気にしてないよ。智葉が大丈夫そうならそれでいい」と言い、雀明華は「私もすみませんでした……」と言って握手する。

 

「だけど、私は退く気はないですからね」

 

「なんだ。気が会うじゃないか……どうやら明華とは仲良くできそうだな」

 

 そう言って辻垣内智葉と雀明華は嫉妬や憎悪といった負の感情は一切入れずに互いにふふっと笑うと、それぞれ小瀬川白望の両側に座った。そんな二人を見て、メガン・ダヴァンは(ココにネリーが来たら、ドウナるんデショウ……)と二年後の事を考えると、今から胃が痛くなってしまった。




次回で臨海は終了予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第274話 高校一年編 ⑱ 美貌

昨日は投稿できなくて申し訳ありませんでした……
魔の金曜日でした……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふう……やっぱり智葉のとこのお風呂は広くていいね……体を思いっきり伸ばせる……」

 

「え!?あ、そ、そうか……」

 

 あれから時間は経って、小瀬川白望達は辻垣内智葉の家にある大浴場で風呂を堪能していた。やはりここの風呂はお湯の質とでも言うのであろうか、他の家との風呂とは一線を越していた。小瀬川白望もこの風呂に入るのは初めてではないのだが、それでも思わず感動してしまうほどのものであった。

 そしてその小瀬川白望はというと、足を開きながら浴槽の中で寛いでいた。本人は何気なくやっている動作なのだろうが、小瀬川白望が足を開く度に周り……というか辻垣内智葉と雀明華が小瀬川白望のあまりにも無防備な状態をジロリと見ていて、彼女らはもはや風呂などはどうでも良い状態であった。そしてそんな二人と、その二人の視線に気付かない小瀬川白望を、呆れたような目でメガン・ダヴァンは見ていた。

 

(マッタク……気付かないホウもホウですケド、あの二人もタイガイデス……そうならアタックすればイイノニ……)

 

 心の中でため息をついたメガン・ダヴァンは、それと同時に一昨年のような理不尽な怒りを辻垣内智葉にぶつけられる事がなく、ほっと一安心していた。一昨年のこの時間帯であれば、きっとメガン・ダヴァンは辻垣内智葉に脅すような目で見られていたものだが、今回はそんな事はなく、今度は呆れた意味ではなく、安堵のため息を吐いた。

 

(マア……見たくなるキモチはワカラナイわけでもないデスガ……)

 

 そしてメガン・ダヴァンは心の中でそんなことを呟きながら、小瀬川白望の綺麗な白い足を眺めていた。湯を通しても分かるほど小瀬川白望の足は美脚と呼べるものであり、触らずともきっとスベスベなのであろうという事も分かるほどであった。足だけに限らず、小瀬川白望の身体全体が綺麗と呼べるものであり、辻垣内智葉と雀明華が釘付けになってもおかしくないほどの美貌であった。メガン・ダヴァンは彼女らの気持ちも分からないわけでもないとフォローはしたが、ここで口にしたら辻垣内智葉に何をされるか分かったものではないので、言おうとはしなかった。そもそも、言う気もさらさらなかったのだが。

 

(な、なんか一昨年より更に大きくなってるような気が……)

 

 一方の辻垣内智葉はというと、先ほどから小瀬川白望の主に胸の部分を重点的に見ていた。一昨年の時点でも彼女のバストは豊満なものであったが、二年経ったいまではその時以上に大きくなっていた。自分も断じてまな板のような胸ではないと自負はしていたが、彼女の胸を見てしまうとその自身は一気に崩れるとともに、なにやら変な欲望を弄られるような感覚を受けていた。

 

(白望さんの……あんなに)

 

 また、雀明華も同じような感想を胸に抱いていた。彼女は普段いつもなにを食べているのだろうという疑問を胸に秘めつつ、雀明華は日本の風呂というものを楽しんでいた。

 

(……皆、なんで私のことジロジロ見てるんだろう……)

 

 そして小瀬川白望はようやく3人からの目線に気づくが、何故見られているのかを理解していない小瀬川白望は、ただただ三人の視線を浴びるしかなかった。

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

(まさかサトハの家に泊まらせてもらえるとはね……まるで宿泊施設……いや、下手すればそれ以上のところだ……サトハが羨ましいよ)

 

 アレクサンドラ・ヴィントハイムは夜中、そんな事を考えながら辻垣内家の廊下を歩き、用意してもらった寝室へと向かっていた。無論その前までは先ほどまでずっと小瀬川白望の牌譜を見ており、小瀬川白望が一打一打、どういう事を予想して牌を売っていたのかを必死に辿っていた。当然ながら完璧に理解する事は不可能であり、事実からでしか推測する事ができないのだが、小瀬川白望がどれほど凄い雀士であるか、それを知れただけでも収穫であったと言えよう。彼女はインハイに出ないと言っていたが、もし事前情報なしで小瀬川白望と当たったらと考えると、恐ろしいの一言に尽きるであろう。

 

(ん……)

 

 そしてアレクサンドラ・ヴィントハイムが歩いている最中、彼女は襖が少し空いている部屋を見つけた。その隙間から部屋を覗いてみると、布団の上で辻垣内智葉と雀明華に抱きかかえられている小瀬川白望と、メガン・ダヴァンが仲良く眠っているのを見つけた。

 

(全く、こんな暑い夜に……どれだけ仲良しなのだか)

 

 そんな四人を微笑ましく見つめるアレクサンドラ・ヴィントハイム。しかし彼女はこの時知らなかった。今目の前にいる小瀬川白望が二年後、臨海女子の目の前に絶対的な壁として立ちはだかるという事を。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「もう行くんですね、白望さん」

 

「うん……智葉達と仲良くやってね」

 

 翌日、小瀬川白望が出て行くのを辻垣内智葉達が見送っていた。そしてそう言った雀明華が小瀬川白望に傘のようなものを渡すと、「日傘です。よかったら……」と言った。そう聞いた小瀬川白望は、受け取った傘を早速開くと、雀明華に向かってこう言った。

 

「ありがとう明華。これで涼しくなるよ」

 

 そう言われて顔を赤くする雀明華であったが、小瀬川白望はそれにはやはり気づいてはいなかった。

 

「……またな、シロ。いつでも来いよ。そしていつでも相手になってやる」

 

「コンドはニホンゴ、前よりもモット上手くしてきマス」

 

「うん……ばいばい」

 

 そう言って小瀬川白望が歩き出すのを、三人は旅に出る我が子を見送るように小瀬川白望の事を見つめていた。そうして姿が見えなくなると、辻垣内智葉は雀明華に向かってこう言った。

 

「まあ……改めて。よろしくな、明華」

 

「よろしくお願いします。サトハさん」

 

 




次回はまだ未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第275話 高校一年編 ⑲ 豹変

今回から新しい話になります。
今回はあの方達。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……まだ久との約束の時間までには時間があるか」

 

 小瀬川白望は携帯電話で現在時刻を確認しながら、ギラギラと照ついているはずなのに完璧な見掛け倒しの冬の太陽をバックにそう呟く。今冬、小瀬川白望は実に一年ぶり竹井久に会う為に長野県へやってきていた。どうやら竹井久も小瀬川白望同様麻雀部に所属はしているらしいのだが、いかんせん小瀬川白望達と同じ人数不足という理由から大会には出る事ができずにいた。個人戦もどうやら出る気は無いらしい。そんな実情をつい最近知った小瀬川白望は、麻雀は赤木しげるがいた時代と違い、かなりポピュラーな競技となってしまったが、自分たちのことを見ると世界全てに根付いているわけでは無いようだ、そう考えていた。

 

「ちょ、ちょっと……!離してください!」

 

「ん……」

 

 そんな事を考えながら歩いていると、小瀬川白望の耳に嫌悪感が含まれた叫び声が届いた。小瀬川白望がその声の方向を向くと、今いる地点から数十歩離れた場所で何やら騒動が起きていた。ピンク髪の少女が、なにやらガラの悪い小瀬川白望と同年代か、それ以上の男に掴まれていたのである。とはいってもそこには当事者しかいないようで、騒動と呼ぶには些か相応しくはないように思える。

 

(……はあ)

 

 目の前で起こっている事件や、困っている人を放っておく事など許されないとする正義心を内に秘めている小瀬川白望にとって、現状は見過ごすことのできない事態であった。彼女はため息まじりに、スタスタと平然にそのピンク髪の少女とガラの悪い男の間に割って入った。

 

「すみません、ちょっとこの娘貸してもらいますよ」

 

「え、ええ?」

 

 突然割って入るようにやってきた小瀬川白望に対し、ガラの悪い男はもちろん、被害者らしきピンク髪の少女も困惑していた。しかしガラの悪い男はすぐに小瀬川白望に脅しをかけるが、小瀬川白望は怯むわけもなく、ガラの悪い男の腕をグッと掴む。男は割って入ってきたのが女であるとしって油断していたのか、想定外の力で腕を掴まれてしまい必死に解こうとする。が、小瀬川白望が畳み掛けるように胸ぐらをグイッと引っ張って男の眼前でこう言い放つ。

 

「うるさいんだよ……お前」

 

 これがただの女子高校生であればたいした脅しにもならない、可愛いものであったが、小瀬川白望の脅しは違かった。まるで何人も人を殺したことのあるような冷徹な目、声色。見てる方が怖くなってくるほど冷静な表情の裏に隠された憎悪、本気で殺されるかもしれないと思ってしまうほどの恐怖。全てにおいて小瀬川白望は突出していた。

 すると男も耐えられなかったのか、小瀬川白望の腕を強引に振りほどいてうめき声をあげながら反対方向へと駆けて行った。撤退した、というよりは自分の命の安全が脅かされた時の一歩でも離れようという疾走に近かった。

 

「……大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

 そうして事が済んだ小瀬川白望は、絡まれていたピンク髪の少女に声をかける。少女は小瀬川白望の豹変ぶりに驚いていたが、優しい声をかけられて少しほど安心した。

 

(……すごい大きい。絡まれても仕方ないかなこれは……)

 

 そして一方の小瀬川白望はというと、誰の影響かまず真っ先に目がいったのはその少女の胸部であった。小瀬川白望よりも確実に大きいであろう少女の実った果実がゆさゆさ揺れているのを見て、小瀬川白望は思わず先ほどの男に同情してしまっていた。

 

(……私より、年下だよね……)

 

「……!?ど、どこ見てるんですか!?」

 

「あっ、ごめん……」

 

 するとピンク髪の少女は小瀬川白望の目線がどこに向いているのかを理解した途端、顔を赤くして胸を隠すようにして小瀬川白望に向かってそういった。小瀬川白望はとりあえず謝ったが、心の中で(……多分、見ない人はいないんじゃないかなあ)と心の中で弁解をしていた。

 

「和さん!大丈夫でしょうか!?」

 

「あ……花田先輩……」

 

 そして小瀬川白望の弁解を断ち切るように新たな人物が登場してきた。クワガタのような髪の形をした少女がダッシュでやってくると、和と呼ばれるピンク髪の少女はその先輩の元へと駆け寄った。

 

「ありがとうございます……花田先輩。でも、なんで分かったんです?私が何かトラブルに巻き込まれてるって……」

 

「いやあ……後輩が危ない目にあったら、すぐに駆けつけるのが先輩というものですよ。とにかく、すばらくない事にならなくて実にすばらです」

 

 クワガタの髪の少女はそういうと、今度は小瀬川白望の方を向いて「申し遅れました!私、高遠原中学の麻雀部を務めております、花田煌と申します!こちらにいる原村和さんを助けてもらい、どうもありがとうございました!」と簡単に自己紹介と感謝の意を伝えた。

 

「別に……この子が困ってたから、私は私の意志を通しただけ。感謝される筋合いはない」

 

「まあまあそう言わず!どういう理由であれ、困った人を助けるその心意気、実にすばらです!!」

 

 花田煌はそう言って小瀬川白望の手を握り、笑顔で握手をする。一方の小瀬川白望は(……面倒ごとにならなきゃいいけど……)と思いながら、ハイテンションな花田煌のことを見ていた。

 

 

 

 




明日の祝日……実にすばらです……
次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第276話 高校一年編 ⑳ SOA

こんばんは。前回に引き続き高遠原中編です。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ただいまです!皆さん」

 

「あ、花田先輩!のどちゃん!お帰りなさいだじぇ!」

 

 花田煌が原村和と小瀬川白望を連れて高遠原中学の麻雀部の部室に入ると、真っ先にタコスを片手に持った少女が駆け寄ってきた。するとその少女は、花田煌と原村和の後ろにいる小瀬川白望を見て、「むむむ!?お主、何者だじぇ!?」と言って指をさした。そしてその少女に向かって原村和がこういった。

 

「ちょっと、ゆーき。やめなさい……この人は……」

 

「こらこら、優希さん。この方は先ほど和さんを助けてくれた人で、大変すばらなお方なんですよ」

 

 そう花田煌が言うと、片岡優希は「そうだったのか……白髪のお姉さん、ごねんなさいだじぇ……」と言って少ししょんぼりする。小瀬川白望はそんな片岡優希を見て若干の罪悪感を感じたのか、片岡優希の頭を撫でて「何も気にしてないから大丈夫だよ……」と言う。すると片岡優希の顔がパアアッと明るくなり、右手に持っていたタコスを差し出してこう言った。

 

「ありがとうだじぇ!さっきのどちゃんを助けてくれたお礼に、このタコスをあげるじぇ!」

 

(食べかけのようにしか見えないけど……まあいいか)

 

 小瀬川白望はそう思って一瞬逡巡したが、片岡優希からタコスを受け取って一口食べる。小瀬川白望は今までタコスというのを食べたことなど無いし、食べる機会もなくタコスという存在とは遠く離れた小瀬川白望であったが、一口食べただけで美味しいというのがわかった。

 

「あ……美味しい」

 

「タコスの素晴らしさが分かるとは、流石お姉さんだじぇ!」

 

 片岡優希は誇らしげにタコスを頬張る小瀬川白望を見つめながらそう言った。隣で見ていた原村和と花田煌はそんな光景を微笑ましく眺めていた。

 

「そういえば、あなたたちって麻雀部員なんだっけ。麻雀……打てるんだ?」

 

 そう小瀬川白望が三人に向かって言うと、片岡優希は「団体戦には出られなかったけど、のどちゃんは今年のインターミドルで一年生にして大きな成績を収めたんだじぇ!」と原村和の背中を押してそう言った。

 

「そうなんだ……ふーん」

 

(そういえば今年のインターミドルは見てなかったなあ……)

 

 小瀬川白望は今年はインターミドルよりも、辻垣内智葉や宮永照の出ているインターハイの方を見ていたため、今年のインターミドルがどうなっているかなど知ってはいなかった。

 

「お姉さんは麻雀できるんだじぇ?」

 

 そうして今度は返すように片岡優希が聞いてきた。小瀬川白望は四年前のことを言ってももうそれに価値は無いであろうという事で、四年前の全国王者であるという事は言わずに「まあ……打てるよ」と返答した。

 

「……ちなみに、白望さんはオカルトとか使えたりするんでしょうか?」

 

 今度は花田煌がそう小瀬川白望に質問する。すると一瞬だけ原村和の眉がぴくっと動いたが、小瀬川白望は(無いとは言えないよなあ……照のアレだってそうだし……意味合い的には違うかもしれないけど、赤木さんも今は存在そのものがオカルトみたいな存在だし……)と考え、こう答えた。

 

「さあ……私は別に使えたりしないけど……実在はするんじゃない?」

 

「ほう……お姉さんはオカルト肯定派なんだじぇ」

 

「まあ、色々それなりのは見てきたし……例えば神様降ろしてきたりする能力とか……」

 

「そ、そんなオカルトありえません!」

 

 すると我慢しきれなくなったのか、原村和が口を挟む。小瀬川白望一瞬体がびくっとなったが、原村和は気にせず持論を展開する。

 

「そういうのはただの確率の偏りに過ぎません!何より、非科学的です!」

 

 小瀬川白望は少しほどびっくりしていたが、原村和に向かって反論する形でこう発言する。

 

「……まあ考えは人それぞれだと思うけど、それを頭越しに否定するのはどうかと思うよ」

 

「……で、ですが。そんな存在を信じる事なんてできません!」

 

 しかし退かない原村和を見て、小瀬川白望は深くため息をついた。少しほど場がピリッとしたが、小瀬川白望は淡々と原村和に自分の意見を投げつける。

 

「……その存在を認めるかどうかはあなた次第。確かに非科学的だし、普通だったらあり得ないかもね。……だけど、認める事と理解しない事というのはまた話は別……」

 

「そういうのがあると理解した上でそれでも認めないというのなら仕方ない……だけど、理解しないで認めないというのは愚か……単なる白痴でしかない。そう考えると、今のあなたはオカルトを認めたくないというわけじゃない。ただ理解する事が怖い……自分の信じていた世界が変わるのを、オカルトを恐れているだけに過ぎない……」

 

「……ッ」

 

「それに、あなたのいう科学的っていうのも昔の時代ではそれこそ魔法のような存在、あり得ないもの……日が経つごとにどんどん進化して行っている。そう考えれば、科学的という言葉は基準として何の価値もない……」

 

 そうして小瀬川白望は雀卓に座り、雀卓内から点棒を取り出したと思うと、原村和の事をその点棒で指してこう言った。

 

「だけどあなたは自分の世界がオカルトによって広がるのを恐れている……科学的という言葉にどうしても固執してしまう。じゃあどうすれば良いか……それならばそのオカルトに対する恐怖と、科学的という言葉を消し去って仕舞えばいい」

 

「そ……そんなのどうやって」

 

「簡単な話……オカルトよりも恐ろしいものを見ればいいだけ。確率だけでは計ることのできない私の麻雀で。あなたの世の中を広げてあげるよ……階段二段飛ばしくらいでね」

 

 

 




次回はさらっと麻雀回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第277話 高校一年編 ㉑ サイコロ

前回に引き続き高遠原中学編です。


-------------------------------

視点:小瀬川白望

 

 

 

 

「……」

 

「ん、どうしたんだじぇ?お姉さん?」

 

 対局が始まってすぐ、親の小瀬川白望は少しほど考えているような仕草をとった。親の配牌は確かに重要ではあるが、最初に捨てる牌に悩むほどではない。故に片岡優希は小瀬川白望に向かってどうしたと聞くが、小瀬川白望は問いには答えずに雀卓から点棒を出すと、点棒を投げ入れて牌を横に曲げた。

 

「リーチ」

 

「すばらっ!?」

 

「ダ、ダブリーですか!?」

 

 小瀬川白望の親のダブリーに対して三人は驚く。その中でも一番驚き、自分の自信を失いかけていたのは片岡優希であった。

 なぜかと言えば、それは彼女のいわゆるオカルトに答えはある。彼女は南場で失速してしまう代わりに、東場で物凄いスピードと火力を得るというオカルトであった。言うなれば、片岡優希にとって東場はまさに彼女の庭、支配下なのだ。しかし、そんな庭に小瀬川白望は悠々と足を踏み入れたのだ。それも、片岡優希よりも早く。故に彼女は驚いていたのだ。まさか東場で自分よりスピードが速いとは思ってもいなかったのであろう。

 

(このおねーさん……たまたまかじぇ?)

 

 片岡優希は息を飲んで小瀬川白望の事を見る。しかし、いくら見つめたところで小瀬川白望からその答えは帰ってはこない。むしろ、小瀬川白望を見れば見るほど正解から遠ざかる。そんな感じがしてならなかった。

 

「……それがさっき言ったオカルトよりも恐ろしいもの、ですか?」

 

 一方の原村和は最初は驚いていたが、すぐに冷静を取り戻して小瀬川白望に質問する。肝心の小瀬川白望は答えをはぐらかすように「さあ……どうだろう」と答えた。

 

(もしこれだけだとしたら……ただの運が良かったって事ですけど……)

 

「……ダブリー一発ツモ、裏無し。3900オール」

 

小瀬川白望:和了形

{一二三三四五⑤⑥⑦2777}

ツモ{2}

 

「なっ……!?」

 

「に、二巡で終わったじぇ!?」

 

 原村和の疑問を断ち切るかのように、小瀬川白望は当然のごとく一発ツモをする。原村和は驚愕して思わず立ち上がる。小瀬川白望はそんな原村和に「どうしたの……オカルトは使ってないよ?」と言うと、原村和は小瀬川白望にこう返した。

 

「……なんで、三面待ちにしなかったんですか?」

 

 彼女は小瀬川白望が最初の一巡目に曲げたリーチ宣言牌、{6}を見てそう言った。そう、あの時小瀬川白望は三面待ちをあえて捨てて、わざと{2}待ちで待ったのだ。

 

「じゃあ逆に、なんで二索で待ったと思う?」

 

「……質問を質問で返さず、答えて下さい」

 

「ふふ……簡単な話、三面待ちよりもこっち(二索)の方が和了れそうだったからだよ」

 

 それを聞いた原村和は反射的に「そ、そんな理由で……!?」と再び驚くが、小瀬川白望は真剣な表情で「理由はそれだけ。そんな理由でも、人を動かすには十分な動機。動機になってしまえば、それ以上もそれ以下もない」と答える。

 

「……さあ、そんなとこで一本場。行こうか」

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……ロン」

 

「は、速すぎるじぇ!?」

 

 次局の一本場では、小瀬川白望が原村和から直撃を奪った。直前に切った{四}の筋、{一}が小瀬川白望の待ちで、原村和はそれにまんまとかかってしまった。しかもまた単騎待ちであり、どう考えても最善手ではない待ちであった。

 

「また不可解な待ち……!」

 

 原村和は歯噛みしてそう言うが、小瀬川白望は原村和を睨むような目で見つめ、こう口を開く。

 

「不可解なんてそんな……私はただ原村さんがこう考えるだろうなって思ったから打っただけ……そしてあなたは私の予想したように動いた……全然不可解じゃないと思うよ」

 

「だから、どうしてあなたはそう考えた上に、そう動けるんですか!?そんなの、本当にオカルトでも使わない限り……」

 

 そう原村和が言った言葉を聞いて小瀬川白望は(あ、オカルトの事認めちゃった……やっぱりただ認めるのが怖かっただけだったんだね……)と一応原村和のオカルトに対する問題は一応は解決したのだが、小瀬川白望はそのまま言葉を続ける。

 

 

「……例えばさ。サイコロを振って偶数か奇数が出るかどっちかに賭けろって言われたら、あなたはどうする?」

 

「ど、どうするって……そんなの50%の確率、偏りなんてないじゃないですか!そんなの、賭けようが……」

 

「そう。あなたの言う通り、どっちか出るかなんて分からないし、どっちが出そうなんて事もない……これはさっきの事にも言えること。あなたがどう考えて、どう動こうなんてあなたが動くまで正解は分からない。そんな先の見えない賭けを私はしただけ……ただ、あなたができるだけそう動くように誘導はしてるけどね」

 

 そう小瀬川白望は言うと、原村和は黙りこくってしまった。小瀬川白望はそんな原村和を見て、こう言った。

 

「何度も言うようだけど、私はオカルトなんてものは一切使ってない。ただ自分の感じとったものに身を任せているだけ。未来なんて見えてないし、正解が分かっているわけでもない。合理的じゃなくても、私にとってはそれが全て。一番合理的な考え方」

 

 

「……変わってるじぇ、おねーさん」

 

 片岡優希がそう呟くと、小瀬川白望は微笑みながら片岡優希にこう返す。

 

「それが私の強み。……そして、私の誇り」

 

「さ、続けようか……二本場」

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第278話 高校一年編 ㉒ すばら

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……ロン。これで片岡さんのトビだね」

 

「じぇ、じぇえ!?裏の裏をかいたはずなのに……」

 

 結局、小瀬川白望の親を誰も蹴る事なく対局は進み、果てには小瀬川白望以外の三人に一度も賽を振らせる事なく連荘で東一局で終わらせてしまった。片岡優希は卓に突っ伏しながら「ほ……本当に誰にも賽を振らせずに終わらせちゃったじぇ」と、二局前に小瀬川白望が突然言い出した宣言を的中させた事を言う。

 

「な、なんてすばらなお手前……失礼ですが、御年齢は幾つなのでしょう?」

 

「……16」

 

「高校一年生……この実力で二つしか年齢が違わないんですか……」

 

 

「で、でも……インターハイではおねーさんみたいな人はいなかったじぇ!」

 

「確かにそうですね……」

 

 花田煌と片岡優希がそう言うと、小瀬川白望は「ああ……インターハイとかには出てないよ。出ようとは思ってないし」と答える。すると原村和が「そんなに強いのに……勿体無いですよ」と小瀬川白望に向かって言うが、小瀬川白望は真っ直ぐな目でこう返した。

 

「……強いていうなら、私の目標はそこにはないから……かな。私の目標はインターハイよりももっと……遠くの方にある」

 

 そう小瀬川白望が答えると、花田煌が立ち上がって叫ぶようにして「ッ〜!すばらです!」と言った。小瀬川白望含む三人は少し驚いたが、花田煌は構わずこう続ける。

 

「それほどの実力を有して尚、さらなる高みを目指すその姿勢!まさにすばらです!」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 小瀬川白望は花田煌に若干押されながらも、花田煌と握手を交わす。そうしてその最中、小瀬川白望は対局中に感じた違和感を思い出した。

 

(そういえば花田さん、追い込まれてから人が変わったように何度も私の待ちを避けてたおかげで、当初計画してた花田さんをトバせなかったけど……追い込まれてから燃えるタイプなのか、それともなんらかの能力のせいなのか……)

 

 そう、小瀬川白望はあの対局中で片岡優希を飛ばすまで何回か花田煌を先にトバして終わらせようとしていたのだが、花田煌の点棒がギリギリの状態になった頃から急に小瀬川白望に振らなくなったのだ。それならツモでと思っていた小瀬川白望だったが、何度ツモってもツモる事ができなかったのである。確実に引く流れであるというのに、引く事ができなかったのだ。

 実のところ花田煌は自分の点棒がマイナスにならない……つまり、トバない能力を持っているのだが、花田煌はその事に気づいておらず、小瀬川白望も能力なのか、そういう人なのか判別する事ができないのでその事が明かされる事はなかった。……その能力があったが故に花田煌は二年後に強豪校の先鋒を任される事になるのだが、それはまた後の話である。

 

 

「さて……そろそろお暇させてもらうかな」

 

「も、もう行ってしまうんですか?もっとゆっくりしても……」

 

 そして小瀬川白望が立ち上がるが、原村和がそれを引き止めるようにして言う。小瀬川白望はそれを聞いて少しほど考える素振りを見せたが、「ゆっくりしたい気持ちは山々だけど……用事があるから」と返した。それを聞いた原村和は少し悲しそうな顔をしたが、直ぐに「じゃ、じゃあ!メールアドレスとか教えてもらっても……いいでしょうか!?」と聞いた。

 

「別にいいよ」

 

「わ、私もおねーさんのメールアドレス、交換したいじぇ!」

 

「私も同じくです!」

 

 すると花田煌と片岡優希も自身の携帯電話を持って小瀬川白望のところへ駆け寄る。小瀬川白望にとってはもはや慣れてしまったメールアドレスの交換。小瀬川白望は慣れた手つきで交換を完了すると、三人に向かって「じゃあ……またどこかで会えたら」と言い残し、その場を去っていった。

 

「……行ってしまったじぇ」

 

「そうですね……ゆーき」

 

 そうして小瀬川白望が去った部室内で片岡優希と原村和がそう言っている隣で、花田煌は自身の携帯を握りしめてこんな事を考えていた。

 

(小瀬川さんの目指すすばらなもの……それは一体なんなのでしょうか)

 

(……多分、私には分からないでしょうね。私はあそこまで強く、すばらな人間ではない)

 

(でも……小瀬川さんのように、ああして旅をする事で何かを見つける事が私にも出来るのでしょうか……?)

 

 

 そんな事を考えながら、花田煌は自分のバックに入っていた進路希望調査書を見る。本当なら部活が終わった後、担任の教師に渡すつもりであったのだが、花田煌はもう少し考えてもいいかな、と思っていた。

 そして一方、その隣にいる原村和は、小瀬川白望が去っていったドアを見つめながら、心の中で呟く。

 

(白望さん……私の頑固な考えを真っ向から否定したどころか、私の考えを曲げさせ、覆したりして……!)

 

(……責任、取ってもらいますからね。白望さん)

 

 その目は別れを惜しむ気持ちと、恋に燃える乙女の気持ち、両方が複雑に混ざり合った気持ちが映し出されていた。ただ、わかる事といえば、小瀬川白望に想いを寄せる人物がまた一人、増えてしまったという事だけである。




次回は久回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第279話 高校一年編 ㉓ プロ

今回から久回です。
因みにですがお題箱というのを開設しました。
作者ページから飛べます。
匿名でリクエストできるので、是非お願いします。
尚、いつもの如くやるかどうかは未定ですので、ご了承ください。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「やっほー、靖子。……いや、藤田プロって呼べばいいのかしらね?」

 

「久か……一体なんだと言うんだ。こっちも折角のオフなんだぞ」

 

 長野県にあるとあるバーにて、竹井久はプロ雀士である藤田靖子と密会していた。密会と言っても、そんなに隠密に動く必要はないのであるのだが。さっき言っていた通り、折角の休日に突然竹井久に呼び出された藤田靖子がため息混じりに竹井久に問い詰めると、竹井久はにやけ顔を浮かべながら、藤田靖子の問いに対してこう答える。

 

「ちょっと靖子に見定めてほしい人がいるのよね〜」

 

「そんな事で私を呼び出したのか……?」

 

 竹井久の問いに対して肩を落とすように落胆する藤田靖子を見て、竹井久は「あら、ダメだったかしらね?『捲りの女王』さん。最近テレビに引っ張りだこで忙しいのかしら?」と若干挑発するような声色で藤田靖子に返すと、藤田靖子は「これでも毎回本気で食らいついているんだ。プロの世界ってのはテレビで見るような華やかな場ではないぞ。毎日が死闘さ」と竹井久の挑発を受け流すように吐露する。

 

「例えあなたと同じ世界でも十分に……いや、制覇してしまうような逸材だとしても?」

 

 しかし、即座に帰ってきた竹井久の質問に対して藤田靖子の眉はピクリと動く。そして藤田靖子が「……それほどの人材がいるのか?」と返すと、竹井久は小さな声でこう答えた。

 

「……そうよ」

 

「そうか……お前ほどのヤツがそう言うなら、余程の実力を持っているんだろうな」

 

 藤田靖子はそう言ってグラスに注がれた烏龍茶を飲み干すと、立ち上がって出かける準備をした。意気込みを見せる藤田靖子を見ながら、竹井久は心の中でこんな事を思っていた。

 

(実際、見定めてもらうのは靖子の方かもしれないんだけどね……まあ、流石に靖子も闘う相手があの宮永照より強いとは思ってないだろうし、秘密にしておこう)

 

 もちろん、今回竹井久が呼んだのは小瀬川白望の事である。藤田靖子は完全に自分が教育者側の立場だと思っていたが、全然そんな事はなく、むしろ小瀬川白望が教える立場であり、自分が教えられる立場になるという事など知る由もなかった。

 

 

-------------------------------

 

 

「……お、あれか?」

 

 そして小瀬川白望との待ち合わせ場所に竹井久と共にやってきた藤田靖子は、そこにいた人物を指差して竹井久に確認を取ると、少しほど竹井久の反応が遅れたが「ええ、あの子よ」と答えた。すると小瀬川白望の方もこちらを視認したようで、竹井久に向かって挨拶する。

 

「久……こんにちは」

 

「こんにちは。白望さん。今日はあなたに合わせたい人がいるのよ!」

 

「もしかして……久の後ろにいる人?」

 

 小瀬川白望がそう言って藤田靖子の事を指差すと、竹井久は「正解よ。あの『捲りの女王』、藤田プロに来てもらったわよ」と答えるが、小瀬川白望はポカーンとした表情で「え……誰」と言ってしまった。それを聞いた二人は思わずズッコケてしまう。

 

「白望さん、プロ麻雀とか見ないの?」

 

「インターハイくらいしか見てないから、プロとかは全然……」

 

 そう言うと藤田靖子が咳払いをして「一応これでもトッププロの藤田靖子だ。よろしく」と言って小瀬川白望に握手を求めると、小瀬川白望は「小瀬川白望、よろしくお願いします……」と言って藤田靖子の手を取る。藤田靖子が異変を感じたのはまさにその時だった。

 

(……なんだこいつ……握手の仕方がおかしい……ただ親交を深めるための握手というよりかは、まるで相手がどんな人間かを探るような握手みたいだ……何が何だか分からんが、とにかくこいつが人とは違うってのは分かった……)

 

「なるほど……久の言っていたことが何となくわかったよ」

 

 そう藤田靖子が後ろにいる竹井久に向かって言うが、竹井久は心の中で(そんなレベルじゃないわよ……靖子。油断したら靖子といえども、捲ろうとする前にトバされるわ)と警告しながら、「さあ、早速打ちに行きましょうか」と言って二人を引き連れて最寄りの雀荘へと向かった。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第280話 高校一年編 ㉔ 無敵の要塞

魔の金曜日からの脱却です。久々に金曜日に投稿できました。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「よし、やろうか。小瀬川くん」

 

「お願いします……」

 

 

 藤田靖子がキセルを片手に小瀬川白望に向かって席に座るように促す。小瀬川白望は素直に卓につく。それに合わせて竹井久も席に座った。そしてもう一人適当な人物を卓に来たのを確認すると、藤田靖子は右手に何かを巻き付けて座り、賽を振った。

 

(最初の局は様子見と行きたい所なんだがな……やはりこいつは何かが違う)

 

 藤田靖子は配牌を取りながら小瀬川白望の事を見て思考を働かせる。捲りの女王と呼ばれている藤田靖子なのだが、小瀬川白望を目の前にして何やら不穏な空気を感じ取っていた。具体的に言えば、藤田靖子はこの時初めて捲れるビジョンが見えずにいた。今までどんな相手であろうと……それこそトッププロの中でも最上位のプロを相手にしようと、結果はどうであれ捲れるビジョンは見えていた。しかし、捲れる気がしないというのは初めての体験であった。まだ始まったばかりで捲るとかそういう話をする段階ではないのは確かなのだが、この時点で既に一度リードされたら藤田靖子では捲ることは不可能だというのを直感的に感じていた。

 

(攻めながら確かめるしかないな……)

 

 故に藤田靖子は最初から勝負を仕掛けに行こうとした。本来ならば相手の和了を見たりする事で何局か様子見に費やしたとしても最終的に捲る事で最初の失点を補うどころかプラスにできるため、個人戦ではいつも最初の局は見に回っていたのだが、捲れないと悟った藤田靖子に悠長に様子見をするという選択肢はなく、攻めて攻めまくるしか方法は無かった。

 

「ツモだ。 1300オール」

 

 そしてその甲斐あってか、藤田靖子は親の四十符二飜の1300オールをツモ和了、更に連荘と快調な滑り出しとなった。しかし藤田靖子の顔は浮かない。その理由は小瀬川白望の捨て牌にあった。藤田靖子は小瀬川白望の捨て牌を見ても、小瀬川白望が果たして張っているのかいないのか、それどころかどんな手を進めようとしていたのか。それすらも小瀬川白望の捨て牌からは分からなかった。改めて自分が様子見に回らなくて正解であったと藤田靖子はこの時思った。様子見に回った所で何も得れずじまいになる上に親まで流れると考えれば、攻めに回ったのは正に値千金の決意であった。

 

(……靖子、飛ばすわね。調子でもいいのかしら?)

 

(クソッ……ヤツが動いているのか、もしくはこっちの事を伺っているのか……それすら分からん!)

 

 このように竹井久からの視点と藤田靖子本人からの視点とではかなりのギャップが生じているが、正しいのはもちろん本人からの視点であり、未だ藤田靖子は小瀬川白望という雀士について何も情報を得られていない。そればかりかどんどん霧がかかるように全貌が見えなくなってきているようにも思えた。

 

(……なるほど、プロって言うほどあって確かにそこらの人とは違う。少なくとも久よりは数段格上。しかしその程度では私の想像を超えない……捲りの女王って言うくらいだし後半強いんだろうけど、リードをされないようにしてるのは逃げか……将又別の狙いか……)

 

 そして一方の小瀬川白望はというと、あらかた藤田靖子という雀士についてをたった一局で理解していた。あとは別名である『捲りの女王』としての一面だけである。確かに藤田靖子はリードされてからが本当の強さを誇るのだが、そこで問題なのは小瀬川白望の想像の域を超えるかどうかである。超えなければ当然の事ながら勝つ負けるよりも勝負にすらならないのは明白であり、小瀬川白望の想像の域を超えて初めて勝負になるのであった。そういった意味でも、藤田靖子の積極的な攻めは小瀬川白望の眉を動かせるものだった。リードされてから強いなら、わざわざ最初から攻める必要もない。しかし藤田靖子はこうして攻めに回っている。どうせなら自分の庭で闘えばいいのにと小瀬川白望は思いながら、それを今の所は逃げと断定せずに、藤田靖子の動向を探ろうとしていた。実際藤田靖子は自分の庭で闘ったとしても勝てる気がしなかったため攻めているので、逃げという意味でも正しいといえば正しいのかもしれないが。

 

「ロン、3900」

 

 そして一本場では小瀬川白望が竹井久から3900を取ってあっさり藤田靖子の親を蹴る。藤田靖子はあっさりと親を流されたという事よりも、小瀬川白望が和了まで聴牌の気配を読めなかった事に対して驚いていた。捨て牌と和了形を照らし合わせてでもしないと小瀬川白望が聴牌していたという事を理解する事ができないというのは実に恐ろしいものというのは容易に想像がつくだろう。

 

(……相手に聴牌を悟らせないオカルトでも持ってるのか……!?そう思えてしまうくらい今のは分からなかったぞ……)

 

 実際にはオカルトよりもタチが悪い小瀬川白望の迷彩に見事に藤田靖子はハマってしまっていた。今局は小瀬川白望に振ってはいなかったが、藤田靖子が振るのも時間の問題であった。

 

「ロンッ……!5200」

 

「なっ……地獄待ち……!?」

 

 そして次局の東二局で藤田靖子が四枚目の{8}を小瀬川白望の嵌張で刺される。捨て牌には見事に筋の{赤5}があり、直撃を取るべくして取った和了であった。それと同時にさっきと合わせた二回の和了で藤田靖子が作った僅かなリードを小瀬川白望はふき飛ばし、一気にトップに躍り出た。

 

(やっぱり白望さんに真っ向からやったら勝てないわよね……さあ靖子、次局の白望さんの親が正念場よ……)

 

 そして藤田靖子に向かって竹井久はエールを飛ばす。しかしこの卓は藤田靖子のためだけの卓というわけではなく、竹井久も挑戦者である。藤田靖子と竹井久、二人の挑戦者は小瀬川白望という無敵の要塞に向かって立ち向かう事となる。




次回で麻雀回は終わりです。
お題箱の方も宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第281話 高校一年編 ㉕ 女王と神域

前日は私用により書く暇がありませんでした……
しかも今日もそんな書けていないという……


-------------------------------

視点:神の視点

 

「ツモ、4000オール」

 

 藤田靖子と竹井久にとっては地獄のような時間である小瀬川白望の親番、まずは小瀬川白望が親満貫を和了って100点棒を卓に置く。竹井久はもちろん、藤田靖子も小瀬川白望を止めるはおろか、追いかける事すら無理であった。

 

(マズイな……とてもじゃないが追いつけない……)

 

 藤田靖子は歯を食いしばりながら手牌と山を崩す。聴牌にすらならなかった未完成な手に対して『この手を生かせなかったのはもったいない』という感想すら抱く事ができる前に小瀬川白望に潰されてしまった。小瀬川白望の圧倒的速度に対して藤田靖子はもはや驚く事もできず、ただただ小瀬川白望の恐ろしさを感じる事しかできなかった。

 

(捲るとかそういうのよりも……勝負にすらならない……!)

 

 そこまで藤田靖子が考えたところで、初めて藤田靖子は気づいたのであった。藤田靖子の目の前にいる人物はプロでもなんでもない、ただの高校生のはずだ。しかしここでようやく藤田靖子は理解する。こいつは只者ではないと。数十分前の藤田靖子はまさかその無名の高校生相手に完膚なきまでに叩きのめされるなど思いもしなかったが、今ようやくそれが甘い考え出会ったと悟る。確実に自分より、プロ雀士よりも格上の雀士である。

 

(一応これでもプロ雀士を名乗っているつもりなんだが……そんな肩書きが吹っ飛んでしまうほど格上にこんなところで遭遇できるとは……)

 

 藤田靖子は一度深く息を吐き、指導者という立場から挑戦者であるという立場へと切り替える。もはや強者の驕りなどは捨て去り、完全に藤田靖子は小瀬川白望に対して敬意と敵意を放つ。

 

(……面白い。やってやろうじゃないか)

 

 

(ん……やっと『捲りの女王』の本領ってやつか)

 

 こうして、捲りの女王と神域の弟子がいよいよ全力でぶつかる事になる。決して対等な立場ではなく、そこには圧倒的差がある。しかあい、藤田靖子は気負けせずに全力で立ち向かい、小瀬川白望は全力をもって叩き潰しにかかった。

 無論結果は小瀬川白望の圧勝で終わったのだが、藤田靖子は小瀬川白望との闘いを経てどんな強者にも立ち向かうという決意の重みを知った。たったそれだけではあるが、藤田靖子にとっては今後のプロ人生に大きく影響を与える大きな一歩である事には違いなかった。

 

 

-------------------------------

 

「……恐ろしいな。まさかインターハイに出ていない雀士の中でも、これだけの力を持ってる……というより、確実にプロで通用する化け物みたいな雀士がいるとは……」

 

「どうだった?白望さん。靖子の実力は」

 

 対局が終わって、竹井久が小瀬川白望に向かって尋ねる。藤田靖子はその時初めて「やっぱり私が見るんじゃなくて、私が見てもらう側だったか……」と苦笑いしながら竹井久に向かって言う。

 するとそれを聞いた小瀬川白望は「……簡単に言うと」と前置きしながら口を開く。藤田靖子は息を呑んで小瀬川白望の言葉を聞こうとする。

 

「やっぱりまだ自分自身に対して自信が持ててないと思う……今までさっきみたいな事はなかったんだろうけど……本物の強者と相対した時にそれは致命傷……それだけで勝負にすらならない重大な欠陥だよ」

 

「なるほど……自分自身に対しての自信……か。一度もそういった事を考えたわけじゃなかったけど……それだけを最重視した事はなかった。参考になるよ」

 

 藤田靖子は素直に小瀬川白望の言葉を受け入れ、礼を言ってキセルを口に咥える。すると小瀬川白望は「……プロ雀士の中で、藤田さんはどれ位の強さなの」と急に藤田靖子に聞いた。

 

「そうだな……まあ中の上、良くて上の下じゃないかな、総合的に見て。本当に強いプロは私のように負けてからでなく、終始強いからな」

 

「ふーん……」

 

 小瀬川白望はそう言って竹井久に向かって、「ありがとうね、久。いい機会だったよ」と告げる。竹井久は「靖子とは知り合いだからね……本来なら靖子の経験になればいいと思ったんだけど、白望さんのためにもなってよかったわ」と返した。

 

「因みに、小瀬川くん。君はインハイに出るつもりはないのか?君の実力なら今年のインハイで大暴れした宮永照にも十分勝てると思うが……」

 

「今のところはないです……目指す物はそこにはないので……」

 

 そう小瀬川白望が答えると、藤田靖子はふふっと笑って、「なるほどな……やはり格が違うな」と小瀬川白望に言った。隣にいる竹井久はそんな話を聞いて心の中で(白望さんが宮永さんに一度勝ってるって事は後で教えてあげましょう……)と思いながら、二人の話を聞いていた。

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第282話 高校一年編 ㉖ 転校?

前回に引き続き久回。
そろそろ久回も終わりですかね。


-------------------------------

視点:神の視点

 

「……」

 

「久?どうしたの?」

 

「い、いや!?何でもないわよ!?」

 

 竹井久がぼーっとしたまま小瀬川白望の事を見ているのに小瀬川白望が気付いたのか、小瀬川白望が竹井久に声をかけると竹井久は驚きのあまり声を裏返らせて叫ぶようにして返事をする。

 

(……なるほど。青春というものか。まだまだ若いな……小瀬川くんは気付いていないようだが)

 

 そしてそんな光景をニヤニヤした表情で見ながら自分の若い頃を想起し、小瀬川白望と昔の自分を照らし合わせ、麻雀に対する熱も実は小瀬川白望よりは薄かったかもしれないと今更ながら思い知った。

 

 

「じゃあ私はそろそろお暇するかな。いい経験ができたよ、久。お前も色々頑張れよ」

 

「えっ、え?ああ……靖子もプロ、頑張りなさいよ」

 

 竹井久に向かってそう言った藤田靖子は、今度は小瀬川白望の近くまで向かって握手を差し伸べてこう告げた。

 

「君は今のところはインハイには出ないらしいが……君の目標に向かって頑張ってくれ。……あと、本来私は君から教えてもらう側なのだが、これだけは年上の人間として助言する。人間関係には気をつけた方がいいぞ」

 

「……?は、はい」

 

 小瀬川白望は藤田靖子の助言に首を傾げならも、藤田靖子のアドバイスを聞き入れる。それを見て(私にできる事といえばこれだけだ。後は久、お前が自分で頑張れよ)と竹井久に心の中でエールを送りながら、キセルを片手に雀荘をあとにした。

 

「……久」

 

「な、なに!?白望さん!」

 

 またもや声が裏返る竹井久であったが、小瀬川白望は気にせず「私たちも雀荘から出ようか」と言って立ち上がる。すると竹井久は小瀬川白望の手を握って「そ、そうしましょうか」と言った。

 

 

-------------------------------

 

 

(……あいつら、手を繋いではいるが……やはり心の距離はまだまだ遠いな)

 

 雀荘を出た小瀬川白望と竹井久を遠くから見ている藤田靖子は、カツ丼を片手に二人の様子を眺めていた。二人は手こそ握ってはいるが、肝心の小瀬川白望がそういう恋愛の対象として竹井久を見ていないため、まだまだゴールは遠そうに見えた。

 

(しかし……なんだあの黒尽くめの男。怪しいのがバレバレじゃないか……)

 

 そして藤田靖子は、自分とは反対側の所で小瀬川白望と竹井久を見張っていると思われる黒服の男の存在に気づいた。そんな黒服を藤田靖子はバレバレだと批判していたが、実は黒服はそれと同じ感想を藤田靖子に対して抱いていた。

 

 

(あのお方……藤田靖子プロ雀士か。見張りなのにカツ丼を持ってちゃあ怪しいのは明白じゃないか……)

 

 互いに互いを批判していたが、一般人からはどちらも限りなく怪しいと思われている二人であった。

 

-------------------------------

 

「それでさ、久」

 

「な、なに?白望さん」

 

 小瀬川白望は竹井久と共に竹井久の家に向かっている途中、手を強く握りしめる竹井久に向かってこう話しかけた。

 

「清澄……だったっけ。どうなの、麻雀部は」

 

「ああ……麻雀部ね……」

 

 麻雀部の話になった途端、竹井久の表情が若干曇ったが、すぐに表情を明るくして小瀬川白望にこう返した。

 

「正直、幽霊部員しかいなくてまともに部活にならないのよ。何人かはたまに来たりもするけど……大会とかを目指してる感じではないわね。残念ながら……」

 

「ふーん……私も塞と胡桃とで麻雀部を立ち上げたけど、部員が集まらないから結局私達の集まり場みたいになってるかな。もちろん麻雀は打つけど、三麻だからな……」

 

 小瀬川白望がそう言うと、竹井久は冗談交じりに「じゃあ私が宮守で四人打ちできるように転校しようかしら?」と言うと、その数十秒後に竹井久の携帯電話が鳴る。竹井久は携帯電話をとってメールを確認すると、それは辻垣内智葉からのメールであった。恐る恐る本文を確認すると、そこにはただ一言「そうなればお前の首は飛ぶ」と書かれていた。何故聞こえていたのかは分からないが、竹井久は恐怖に襲われてこう撤回する。

 

「じょ、冗談よ冗談!」

 

「え?ああ……まあそりゃあね」

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「なるほど……私が宮守に行くという選択肢が……!?」

 

 そして所変わって東京では、携帯電話を見ながらそんな事を呟いたが、それはメガン・ダヴァンを始めとした臨海女子のメンバー、挙げ句の果てには監督のアレクサンドラ・ヴィントハイムも辻垣内智葉の事を止めようとしていた。

 

 




お題箱も宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第283話 高校一年編 ㉗ 危機感

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(……どうしよう。何も見えないから下手に動けないし……)

 

 雀荘を離れてから早くも数十分経った今だが、小瀬川白望は大いにある事に対して困っていた。

 何に対して困っているのかといえば、それは小瀬川白望が目隠しをされたまま部屋の真ん中で放置されている事に対してだ。小瀬川白望は目が見えないため下手に動くこともできないので、結局部屋の真ん中で座ったまま時間がすぎるのを待つしかなかったのだ。

 

(はあ……一体どうしたんだろう……)

 

 何故こんな事になってしまったのかといえば、それは今小瀬川白望が取り残されてる部屋の主であり、尚且つこの場に居ない竹井久が原因であった。そんな竹井久に対して早く戻ってきてほしいと言った願望を心の中で送りながらも、目が見えないという事から若干の戸惑いと不安を感じる小瀬川白望であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……白望さんもあんな表情するんだ)

 

 そしてそれを部屋の扉の向こう側から少しほどドアを開けて竹井久は眺めていた。どうしてこんな状況が作り出されてしまったのかといえば、それは10分前に遡る事となる。

 

『ねえ、白望さん』

 

『ん……なに?』

 

『ちょっと白望さんに見せたいものがあるんだけど、驚かせたいから目隠ししても良いかしら?』

 

『うーん……まあ、いいよ』

 

 これがきっかけで今のような状況になってしまったのだ。もちろん竹井久は見せたいものなどあるわけもなく、ただただ小瀬川白望目隠しをしてやり、そんな状況下に置かれた小瀬川白望を観察したかっただけであった。随分と不純な行為ではあるが、一応同意してやった事だと竹井久は自分に言い聞かせ、少しほど困惑する小瀬川白望をじっくりと目に焼き付ける。

 いつもは冷静沈着で絶対強者のオーラを放つ小瀬川白望も、視界を奪われた挙句放置されてしまった事で若干戸惑っているのが分かる。それが竹井久にとっては最高にたまらないものであった。竹井久はそっと携帯電話を取り出すと、無音カメラでそんな戸惑う小瀬川白望をこっそり撮影する。そしてこれは後でじっくり見ようと心に決めると、今度は小瀬川白望の危機感のなさについて心配になっていた。

 

(でもまさかあんな理由で何の警戒もせず承諾するなんて……ちょっと危なっかしいわね)

 

 自分でもお粗末であると言わざるを得ない誘導であったのにもかかわらず、小瀬川白望はあっさりと受け入れてしまったのだ。小瀬川白望の性格上、まさか自分だけには無警戒というわけでも無いだろう。そういう異常なまでの危機感のなさが、竹井久は心配と同時にもしかしたらという妄想を走らせる。

 

(もし、誰かに襲われたらどうするつもりよ……!?それこそ、辻垣内さんとかにでも狙われてたとしても、多分気付かないわよ……)

 

 そんな妄想をしながらも、そろそろ頃合いだと言った感じに竹井久はドアを開けて部屋の中に入る。その音を聞いたのか、小瀬川白望は見えない状態ながらも竹井久の方を向いて、安堵したような表情になる。そして安全が確保されたと思ったのか、すぐに小瀬川白望はいつものダランとした姿勢に戻り、竹井久が目隠しを外すのを待っていた。

 

「どこまで行ってたの、久」

 

 小瀬川白望はなかなか帰ってこなかった竹井久に向かってまず初めにそう質問した。もっとも竹井久はどこにも行っておらず、ドアの向こう側から覗き見をしていただけなのだが。

 無論そんな事を小瀬川白望に伝えるわけにもいかない竹井久は誤魔化すようにして「ああ……探したんだけど見つかんなくてね……今日はちょっと無理だわ。ごめんなさいね」と架空の謝罪をした。

 

「ふーん……それならいいけど」

 

(良いんだ……)

 

 そしてあっさり架空の謝罪を認めた小瀬川白望に対して竹井久は心の中でツッコミを入れる。そう言った小瀬川白望は背後を向いて竹井久に「ダルいからこの目隠しとって……」と言うと、またダルそうに姿勢を崩した。

 

「分かったわよ……」

 

 

(全く……どうしてこんなにも危機感が無いのかしら。まあただ好意を持たれてるって気付いていないだけなんでしょうけどね)

 

 そう推測する竹井久であったが、ここから彼女の思考がどんどん良く無い方へと捻じ曲がってしまう。

 

(でも……そんなに危機感が無いのなら、この場で襲っても……)

 

 そこまで思考して、竹井久はさっきまで目隠しに手をかけていたが、急に目隠しから手を離す。小瀬川白望は後ろを振り返って「……久?」と尋ねるが、小瀬川白望が言い終わる頃には既に小瀬川白望は竹井久に押し倒されていた。

 

「……ッ、久?」

 

 あくまでも平静を保ってる小瀬川白望であったが、流石に動揺しているという様が見て取れた。竹井久は静かな声で小瀬川白望に「もし、私が今白望さんを襲うとしたら……白望さんはどうする?」と聞き、小瀬川白望の腹部に手を当てる。

 

「襲うって……久が私を?」

 

 小瀬川白望は竹井久にそう聞き返す。竹井久は「そうよ。仮にそうだとして、白望さんはどうする?」と質問する。小瀬川白望はしばし悩んだようにしていたが、そんな彼女を見て竹井久は急に熱が冷めてしまった。

 

(……分かってるわよ。仮に私が襲うとしたとしても、白望さんは断れない。いや、断りはするんだろうけど、暴力を振るって逃げるなんて結論が出ないほど、白望さんは優しすぎる。それを分かってるのに、私は何を期待してたんだか……)

 

 そう竹井久が考えている間に小瀬川白望も一応の解答が出たのか、「……ダルいから襲うのは止めて欲しい」と言う。全くもって竹井久の予想通りであった。

 それを聞いた竹井久はどこか安心したような表情で「冗談よ、冗談。襲うわけないでしょ」と言って目隠しを外す。小瀬川白望は久々に光を見たせいか、しばらく目をショボショボさせていた。そんな彼女を見ながら、竹井久はあそこで強引に襲っていればと冗談交じりに少しばかり後悔していた。




そろそろお題箱のリクエスト消化もしたいですね。
因みに宮守の神域に関連しないリクエストはpixivの方でアカウントを作成して投稿しようと考えております。
お題箱以前のリクエストは…………すみませんでした(焼き土下座)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第284話 高校一年編最終回 孤独

前日はまた私用によって書けませんでした……すみません。
今回は高校一年編ラストです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……それじゃあ。またいつか」

 

 

 あれから数時間が経ち、小瀬川白望は竹井久の家の玄関の前で竹井久に向かってそう言うと、竹井久は少しほど涙目になりながらも小瀬川白望に抱きつき、「また……いつでも来なさいよ?」とか細い声で言う。あれだけ理性をギリギリのところもあったが、なんとか保ててきた竹井久が別れの時を迎えてとうとう理性という堤防が決壊し、結果このように若干泣きながら別れを悲しんでいたのだ。無理もない。高校に入って大会に出る事もできず、ほとんどずっと一人で麻雀を続けてきたのだ。藤田靖子にように知り合いはいたものの、同年代や同じ高校生で麻雀をやるという者はいなかったのである。そんな彼女が久々に、尚且つ意中の人である小瀬川白望と会えたのだ。本来なら会った時点で泣き崩れてもおかしくないほど、彼女の精神は崩れかけていたのだ。別れの今、涙の一つや二つ、何らおかしいものではなかった。

 

(……そうだよね。私には塞や胡桃、赤木さんがいるけど……久の身近な人で麻雀をする人は誰もいない)

 

 そして小瀬川白望はそんな竹井久の思いを汲み取る。確かに自分も大会に出れるという事はできないが、小瀬川白望には臼沢塞、鹿倉胡桃、赤木しげるといった人物がいた。そのおかげで部活でも十分に活動できるのだが、竹井久は違う。たまに上級生が来る程度で、基本は一人。同級生は一人もおらず、ただ孤独にこの8ヶ月程度もの期間を過ごしていたのだ。自分よりも悲惨な現状にいる竹井久の気持ちを汲み取った小瀬川白望は竹井久の事を抱擁し、こう言った。

 

「分かった……寂しくなったらいつでも言って。直ぐに久のとこに行くから……」

 

 そう言って一層抱き締める力を強めると、また竹井久も強く小瀬川白望の胴体を抱き締める。二人がようやく体を離したかと思うと、竹井久はそのままの勢いで小瀬川白望と口付けをしようとするが、すんでのところで我に返って顔を離し、顔を赤く染める。

 結局小瀬川白望と口付けを交わす事はできずに終わったものの、それ以上に小瀬川白望が竹井久の心の支えになったという事は言うまでもなく、最終的にはいつものような笑顔を小瀬川白望に見せ、元気よく小瀬川白望を送り出した。

 

 

「じゃあね、白望さん。そっちこそちゃんとメール送りなさいよ!」

 

「うん……ばいばい。久」

 

 そうして小瀬川白望が玄関の扉を開け、外に出て行く。その間に外の寒い空気が竹井久の家に入ってきたが、竹井久の熱いハートは冷める事を知らなかった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

『……っていう事があったのよ、おかしいわよね〜』

 

 

「うん……そうだね」

 

 あれから時間が経ち、以前以上に電話の回数が増えた小瀬川白望と竹井久。長野と岩手という決して短くはない二つの県の距離だが、竹井久の思いはしっかりと岩手にまで届いていた。無論、竹井久の全ての思いが小瀬川白望に届いているかと言われればそれは微妙な話であるが、繋がりそのものが竹井久にとっての精神的主柱であった。

 

「またシロ電話してる!」

 

「また竹井さん!?最近回数多くない!?」

 

 そして放課後、教室で電話をする小瀬川白望をクラスメートの大半が廊下から隠れて眺めていた。無論その中には臼沢塞と鹿倉胡桃が混じっていた。

 臼沢塞と鹿倉胡桃は誰と電話をしているかを知っているため、まだ何が起こっているのかは分かっているのだが、それを知らない大多数のクラスメートは電話の向こうにいる人物に向かって恨めしい視線を送りながら、小瀬川白望の事を眺めていた。

 

「誰……そいつは一体誰なの小瀬川さん……私の小瀬川さんが汚される……今直ぐそいつの首を落とさなきゃ……」

 

 中でも一際怨念を飛ばしていた宇夫方葵は輝きを失った瞳で物騒な事を呟きながら、廊下の壁に爪を立て、カリカリと音を立てる。流石にそれは鹿倉胡桃に注意されたが、それでも尚呪文のように宇夫方葵は何かを呟いていた。

 そうして流石に長いと思った鹿倉胡桃がとうとう痺れを切らしたのか、大きめに咳払いをすると、小瀬川白望はそこでようやく気付いたようで「あー……胡桃に呼ばれたからそろそろ切るね?」と言って少し会話を挟んでから、小瀬川白望は電話を切って鹿倉胡桃と臼沢塞、そしてその他大勢のクラスメートの元に向かった。

 

「また電話してたの?シロ」

 

「え、まあ……なんでみんなこんなに集まってるの」

 

 小瀬川白望が疑問そうに辺りを見回すが、臼沢塞と鹿倉胡桃は呆れたような表情でため息をつくと、「ほら行くよ!シロ!」と言って歩き出した。小瀬川白望が二人を追いかけようと歩き始めると、背後から宇夫方葵が飛び出してきて叫びながら小瀬川白望に抱きつこうとした。

 

「小瀬川さん!携帯なんかじゃなく、直接私と繋がりましょう!」

 

 そう叫び、小瀬川白望の背中に向かって飛びついたが、すんでのところで鹿倉胡桃に強引に止められる。気を失ってしまった宇夫方葵であったが、小瀬川白望が心配して変に気を回す前に、鹿倉胡桃と臼沢塞は小瀬川白望の手をとって、ダッシュで部室へと向かっていった。

 

 

-------------------------------

 

 

「赤木さん、シロの心を射止めるにはどうしたら良いですか?」

 

 そして同日、小瀬川白望がお小水に行ってる間に鹿倉胡桃と臼沢塞は緊急会議を開いて赤木しげるにそう迫ったが、流石の赤木しげるといえども小瀬川白望をどうやったら射止めることができるのかというのは分からないようで、【フフフ……さあな……それこそ幼馴染のお前らが一番詳しいんだろうが……今までの有り様を見りゃあそういう事でもないらしいな】と返した。

 

「そうなんですよ……」

 

「相手は落とすのに、自分だけ落ちないってズルいよシロ……」

 

(【……あいつもいつかは決めると思うがな。相手から来れば、あいつは受け入れるだろうし……どんな形であれ、俺が唯一得ることができなかった家族ってもんを、あいつは得れるだろうな……】)

 

(【まあ誰も選ばないって事もないわけじゃねえが……そうなったらあいつの言うダルい事になるってのは確実だな……ククク。人気者は大変だな……】)




これでも30話弱あったんですね……
次回から高校二年生編に突入になる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5章 再会と出逢い (高校二年編)
第285話 高校二年編 ① "シロちゃん"


今日はプレミアムフライデーだそうですね(白目)
今日から高校二年編なのよー


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「〜♪」

 

「……なんや、なんかええ事でもあったんか?洋榎」

 

「ご機嫌なのよー」

 

 夏休みを目前とした大阪県姫松高校の麻雀部の部活終わりの部室。そこにはご機嫌に鼻歌を歌う愛宕洋榎がいた。いつも機嫌がいいからそんなに珍しい事でもないのだが、今日の機嫌の良さは類い稀なるものであった。まさか夏休みになって機嫌良くなっているわけでもないだろうと、それを見た同学年の末原恭子と真瀬由子は愛宕洋榎に向かってそう問いかける。

 

「大正解や。実は明日からシロちゃんが来るねん!」

 

「「シロちゃん……?」」

 

 末原恭子と真瀬由子は疑問そうに聞き返すと、愛宕洋榎はハッとして「そっか……恭子とゆーこは知らんかったか」と言った。それを聞いた末原恭子と真瀬由子は愛宕洋榎から距離をとってヒソヒソ話を始めた。

 

「シロちゃんって何なんやろ……犬の名前か?」

 

「そうだとしたら洋榎ちゃんの意外な一面なのよー」

 

「でも、犬が来るってことなかなかないと思うのよー」

 

「まあ、せやけどな……」

 

 そうして結局二人の議論も平行線を辿っていたが、ここで愛宕洋榎の妹である愛宕絹恵に聞き出そうとした。が、しかし。

 

「はあ……///」

 

 

「……ゆーこ。絹ちゃんって彼氏とかできてたんか?あんな恥じらう姿、尋常やないで」

 

「華の高校生なのよー」

 

 何故か愛宕絹恵は顔を真っ赤にして何かを恥じらう表情を浮かべていたのだ。姉の愛宕洋榎に引き続き、こちらも何があったのかは分からないが、いつもとは違う一面を見せていた。末原恭子は「まあ絹ちゃん可愛ええしな……元々サッカーやっとったし、サッカー仲間とでも付き合っててもおかしくあらへんな……」と言いながら、勝手に解釈を進める。

 結局のところ謎が解決するどころか、謎が深まることとなってしまった二人であったが、末原恭子はまだ気づいてはいなかった。愛宕姉妹をいつもとは違う様子にさせている原因の人間が、よもや自分が数年前に出会い、一目惚れした相手であることに。

 

(一体誰なんやシロちゃんって……そして絹ちゃんには何があったんや……)

 

 そんな答えに辿り着きそうにもない感じの末原恭子であったが、ここで末原恭子の携帯電話が着信音を鳴らす。末原恭子は真瀬由子に「ちょっとすまん」と一言断ってから携帯電話を取り出して中身を確認すると、一通のメールが末原恭子宛に届いていた。

 

(……誰やろ。オカン?)

 

 そう思いながら末原恭子がメールを開くと、そこには小瀬川白望からのメッセージが画面に映し出されていた。

 

 

-------------------------------

From:小瀬川白望

件名:明日から

 

明日から大阪行くけど、末原さんが良ければ末原さんのところ寄っていい?

 

-------------------------------

 

 

(ま、まさか……"シロ"ちゃんって……)

 

 

 末原恭子は手を震わせながら携帯電話の画面を見つめる。隣にいた真瀬由子が「どうかしたのよー?」と問うが、末原恭子にはその言葉は聞こえておらず、謎の答えに気づいてただただ驚愕していた。

 

 

(小瀬川白望の"白"やったんかーーー!?)

 

 小瀬川白望。末原恭子が中学一年生の頃にばったり出会い、そのままの流れでメールアドレスを交換すると同時に、密かに末原恭子が思いを寄せていた人物。まさかその人物が、愛宕洋榎と知り合いであったという事に驚きを隠せていなかった。

 

(……ちゅうことは、絹ちゃんのあの表情ももしや……)

 

 一つ鎖が解けたと思えば、末原恭子は次々と鎖を外していく。そして末原恭子は一つの答えを絞り出した。

 

(よう考えてみたら、彼氏とかだったらあんなため息交じりの表情せんしな……ってことはやっぱりウチと同じやないか!?)

 

 そう、末原恭子の推理通り愛宕絹恵も小瀬川白望に対して恋心を抱いていたのだ。愛宕洋榎はどうなのかは分からないものの、愛宕絹恵に関しては、末原恭子自身、自分もそうであるからそうであると確信できたのだった。

 

(か……勝てるわけないやん)

 

 そして思わず末原恭子はそんな事を心の中で呟く。末原恭子もかなりの美貌を誇っているのだが、愛宕絹恵に対してはルックスでは勝てないと感じていた。あの愛宕洋榎の妹だからなのか、自分にはない豊満なバストがあるからなのかは分からなかったが、ともかく外見では劣る、そう思っていた。が、

 

(……いや、違うやろ末原恭子。凡人が最初から負ける気でいてどないするねん。凡人なら凡人らしく、最後まで闘うんや!)

 

 末原恭子は気持ちを一新して、小瀬川白望から来たメールを返す。真瀬由子は未だに何が起こっているのかは分かっていなかったが、直後の末原恭子の愛宕絹恵を見る目が変わったことから、そんな二人を見て心の中でこんな事を呟いていた。

 

(青春特有の修羅場なのよー……)

 

 そんな事をやっていると、末原恭子達の後輩であり、愛宕絹恵と同い年である上重漫が末原恭子に向かって「末原先輩、顔赤くなってますよ?」と言うが、それを聞いた末原恭子は上重漫の肩を掴んで「漫ちゃん……ちょっとその胸を貸してくれんか……」と詰め寄った。上重漫は少し怯えたような表情で「な、何言ってるんですか末原先輩……!?」と返した。一層混沌とした部室であったが、真瀬由子は微笑ましくその光景を見ながら心の中で再び呟く。

 

(……でも、面白いから十分アリなのよー)

 




姫松高校編です。
さてどうなるのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第286話 高校二年編 ② 意気地なし

土曜なのにこの文量……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「あー……あと30分でくるやん……」

 

「なんやー?絹、嬉しくないんか?」

 

 翌日の朝、夏休みだというのに早起きしてちゃんと着替えた万全の状態で小瀬川白望を待っていた。そして愛宕洋榎が愛宕絹恵に冗談っぽくそう言うと、愛宕絹恵は「そんなわけないやろ!」と若干食い気味に返した。愛宕洋榎は若干引きながらも「ま、まあそりゃあそうやろうな……」と言う。

 

「もう……どうして乙女の気持ちを分かってくれないねんお姉ちゃん……」

 

「自分で乙女っていうなや……っていうか、そんならこんな早くから来なければ良かったんちゃう?」

 

「違うねん……気持ちの整理をする大事な時間やねん、お姉ちゃん」

 

(どうせシロちゃん前にしたらタジタジになるのになあ……ホンマかわええやっちゃな、絹は)

 

 愛宕姉妹がそんなやり取りをしているうちに、約束の時間になり、遠くの方から小瀬川白望がやってくるのが確認できた。愛宕洋榎は小瀬川白望を見つけるやいなや手を振り「シロちゃーん!」と叫ぶ。隣にいた愛宕絹恵は小瀬川白望の事を直視できず、視線を逸らすようにして顔を赤くしていた。まさに先ほど愛宕洋榎が心の中で思っていた事が的中していた。

 

「おはよ……洋榎、絹恵」

 

 小瀬川白望が眠そうにあくびをしながら愛宕姉妹に向かって挨拶すると、愛宕洋榎は「おはよ、シロちゃん!」と元気よく返したが、愛宕絹恵は恥ずかしがりながら「お、おはようです……シロさん」と小さな声で返した。

 

「……絹恵、どうしたの?」

 

「ふぁ、ふぁい!?」

 

 小瀬川白望はそんな愛宕絹恵の様子が気になったのか、愛宕絹恵の方に寄ってそう質問するが、急に小瀬川白望に迫られた愛宕絹恵は驚きのあまり情けない声をあげながら後ずさる。遠くの状態で既にもう目すら合わせる事ができないのに、急接近されてしまった時には、おそらく愛宕絹恵は興奮と羞恥のあまりその場に倒れてしまうだろう。

 

「だ、大丈夫や、シロさん……はは」

 

「……ならいいけど」

 

 愛宕絹恵がそう答えると、小瀬川白望は渋々納得したようにそう言う。そして久々の再会となった小瀬川白望と愛宕洋榎が仲良く話しているのを、それを近くで顔を赤くしながら愛宕絹恵が見ていた。

 

「あれ、そういえばさ……」

 

「んー?どうしたん?」

 

 愛宕洋榎が小瀬川白望に向かって聞くと、小瀬川白望は愛宕絹恵の事を指差して「絹恵って高校でサッカーやってないの?」と聞いた。愛宕絹恵は驚いて体が跳ねるが、平常心を保つべく心の中で念仏のようなものを唱えていた。

 

「ああー、絹はな……ウチやシロちゃんと同じ道を歩む事に決めたんや。絹も前々からウチとかシロちゃんに対して憧れを抱いとったらしいからな」

 

「ちょ、お姉ちゃん!?」

 

 愛宕絹恵がとうとう我慢が出来なくなったのか、愛宕洋榎の事を止めようとするが愛宕洋榎は「いやー……今回もシロちゃんが来ると聞いてから今日まで、ずっと待ち望んでたんやでー?」と言う。更に顔を赤くした愛宕絹恵は愛宕洋榎の肩を掴んで「ちょっとお姉ちゃん!何言うてんの!?」とちょうど小瀬川白望に聞こえない声量で言うと、愛宕洋榎は「意気地なしの絹のために、話すきっかけを作っとるんや。ほら、頑張ってきいや」と反論して、愛宕絹恵の背中を押して小瀬川白望の前に立たせる。

 

「絹恵……」

 

 小瀬川白望が愛宕絹恵に向かって名前を呼ぶと、愛宕絹恵は返答する前に頭がショートしたようで、口をパクパクさせながら立ったまま硬直してしまった。それを見た愛宕洋榎は頭を抱えながら、「しゃーないなあ……シロちゃん、絹連れて行こか」と言い、愛宕絹恵を抱きかかえると、小瀬川白望は「どこに行くの……?」と質問する。

 

「そら……ウチと絹の高校、姫松高校や。全国常連校で鍛えたウチの実力、見せてやるで」

 

 そう言って小瀬川白望に向かって笑みを浮かべるが、内心では(多分まともにやったら100パー負けるけどなあ……まあ、シロちゃんと打てればそれでええわ)と言い、愛宕絹恵を抱えて姫松高校に向かっていった。

 




次回に続きます。
今日は後頭部を2回も強く打ってかなり頭が痛いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第287話 高校二年編 ③ 奇遇

ああ……土日がもう終わるんですね。
といったところで前回に引き続き姫松高校編です。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ここやでシロちゃん、ここがウチらの姫松高校やで!」

 

「ふーん……綺麗な校舎だね」

 

 小瀬川白望が呑気そうにそう呟くと、愛宕洋榎は肩透かしを食らったかのようにズッコケて、小瀬川白望に向かって「いや、ちゃうねん……そういう事やないねん、シロちゃん。もっと……何て言うんやろ。凄い!かっこええ!風格ある!みたいなのが欲しかってん……」と言うが、隣にいた愛宕絹恵が「何を言うとんの……恥ずかしいからやめてや、お姉ちゃん」と先ほど意識を取り戻した愛宕絹恵が、依然顔を赤くして嗜めるように言う。

 

「……まあ綺麗な方が凄いかどうかはともかく、風格は出てると思うけど」

 

 すると小瀬川白望が冷静に愛宕洋榎の要望に応えると、愛宕洋榎は「せやろー?風格出てるやろー?」と言って笑顔を浮かべてそう言った。そんなハイテンションな姉とその姉を乗せる小瀬川白望の事を見て、妹の愛宕絹恵は「もうやめてや二人とも……校門の前で……」と言って呆れ半分恥ずかしさ半分の二つの感情を露わにした。

 

「……何やら校門付近が騒がしい思て来たけど、やっぱりあんたらか……」

 

「端から見れば変人よー」

 

 そんなやり取りを愛宕姉妹と小瀬川白望がしていると、校舎から二つの声が飛んできた。三人は校舎からやってくる者を見ると、そこには末原恭子と真瀬由子がいた。その二人を見てまず最初に言葉を発したのは小瀬川白望であった。小瀬川白望は末原恭子の事を指差してこう問いた。

 

「え……末原、さん?」

 

(……ッ。やっぱりバレとるわ……っていうかバレへん方がおかしいか……)

 

 思わず末原恭子は顔を逸らす。隣にいる真瀬由子は顔を逸らす末原恭子と、小瀬川白望の隣で顔を赤くする愛宕絹恵を見て(この人が例の……見る限り天然さんなのよー)とすぐに察知した。

 最初は顔を逸らして目線を合わせないようにしていた末原恭子であったが、このまま無視し続けるのも如何なものかと罪悪感が働いたのか、深く息を吐いて精神統一すると、小瀬川白望に向かってぎこちなく手を振ってこう言った。

 

「正解やで。奇遇な事に……ウチもそこの愛宕姉妹と同じ姫松高校の麻雀部員なんや」

 

「えっ、恭子。シロちゃんを知っとったんか!?」

 

 それを聞いた愛宕洋榎は驚いて小瀬川白望と末原恭子に向かってそう聞く。そう聞かれた小瀬川白望と末原恭子は首を縦に振ると、愛宕洋榎がどこか感心したような表情で「世間てやっぱ狭いもんやなあて」と言ってウンウンと頷いていた。

 

 

(え……末原先輩、シロさんの事を知っとるんか?っというか、末原先輩……まさかウチと同じ……)

 

 そして隣にいる愛宕絹恵は驚いた表情で末原恭子の事を見る。驚きながらも愛宕絹恵は、末原恭子が自分と同じ境遇であるということを理解した。小瀬川白望に対して、密かに想いを抱いているという境遇。自分がまさにその状態であったため、すぐに末原恭子が小瀬川白望の事が好きであるということが分かった。

 

(というか……端から見ればバレバレやな。ウチも末原先輩みたいにあんな感じなんやろか……恥ずかしいわ……)

 

「まあ奇遇なこともあるもんやな……」

 

「私としてみれば末原さんが麻雀やってる事自体初めて知ったけど……」

 

 小瀬川白望がそう言って末原恭子の事を見ると、末原恭子は少し照れたような顔をして「う、ウチかて小瀬川さんが麻雀やっとるなんて知らんかったよ……」と返した。

 

「うーん……」

 

「……どうしたの洋榎」

 

 そんな小瀬川白望と末原恭子の会話を聞いてどこか不満そうに愛宕洋榎が声をあげる。小瀬川白望がどうしたのかと聞くと、愛宕洋榎は「よし!」と言って手を叩き、二人に向かってこう言った。

 

「シロちゃん、恭子。あんたら名前で呼びや。違和感しか感じないわ」

 

「えっ……」

 

 末原恭子は思わず声を上げてしまうが、小瀬川白望は「まあ確かに……知らない仲でもないしね」と言って末原恭子の方を見ると、末原恭子は「え、あ……え……?」と動揺していたが、小瀬川白望が「これからも宜しく恭子」というと、末原恭子は顔を真っ赤にして「よ、宜しく……白望」と言うとこれまた先ほどの愛宕絹恵のように倒れてしまった。それを小瀬川白望が優しく抱えると、末原恭子は更に顔を赤くして口をパクパクさせていた。

 

(イケメンさんなのよー……)

 

 真瀬由子はそんな小瀬川白望を見てそう言ったが、果たしてその言葉の裏に真瀬由子の想いがあったかどうかは真瀬由子にしか分からなかった。

 そうして五人は校舎内に入り、麻雀部に向かったのだが、その道中で会った上重漫に「ちょ、先輩!?ナンパでもされたんですか!?」と何故か小瀬川白望がナンパに勘違いされたが、末原恭子に「客になんて事言うんや……?」と言ってペンを取り出してみせると、すぐにその誤解は解かれ、というか強制的に解かされた上重漫は「すみません!」と言って小瀬川白望に向かって謝罪をすると、小瀬川白望は「気にしてないし……全然いいよ。えーっと……」と上重漫に向かって言うと、

 

「上重漫です。宜しくお願いします」

 

「私は小瀬川白望……宜しくね、漫」

 

 そうしていい雰囲気になっているのが気に食わなかったのか、愛宕絹恵と末原恭子は上重漫に詰め寄ると、「す、すみません〜!」と言ってダッシュで逃げてしまった。

 

「なんや……あいつ」

 

(なんだと思ってるのは多分あっちの方だと思うのよー)

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第288話 高校二年編 ④ ギリギリ

こんばんは。
そろそろお題箱を消化しようと思いつつも文章に思うようにできないもどかしさ……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「ここが部室や、小せ……白望」

 

「ふーん……部員多いね……」

 

 姫松高校麻雀部の部室に案内してもらった小瀬川白望はそんな事を呟きながら部室内を見渡す。小瀬川白望のいる宮守女子高校では恐らく……というか100パーセント見ることのできないであろう、大人数が一斉に卓につき、麻雀を打つという光景が広がっていた。ここまで大人数で麻雀を打っているという光景を見るのは小瀬川白望にとっても初めてであり、恐らく赤木しげるも見たことのないであろう光景であった。

 

(そのせいで何て言うんだろ……部活っぽさが出てる感じがするけど、そもそも部活だったか……)

 

 小瀬川白望は改めて麻雀というものがすっかり部活のような競技になってしまったという事を理解し、ちょっと寂しそうな表情をする。確かにここまで麻雀が普及し、圧倒的人気を誇ったのもこういう変化があったおかげなのだが、どこか赤木しげる達がいた世界の麻雀とは乖離してしまっている気がしてならなかった。しかし、小瀬川白望はただそれを寂しいと思うのではなく、(まあ……仕方ない気もするかな。廃れてるわけでもないし……オカルトだって赤木さんは例外として、やりようによっては私と対等に戦えるところまで成長できる……そういった意味では昔の麻雀の劣化とは言えないけど……幾分自分の成長の道を閉ざしてる人が多い……それは指導者の質によって変わるんだろうけど……)と推測する。

 そんな事を考えていると、愛宕洋榎は小瀬川白望の肩をポンと叩くと、「せっかく麻雀部の部室まで来て、卓も用意されてるんや……こんな状態で打たんと言ったら、麻雀に対して失礼や。そう思わんか?」と言って椅子に座る。それを聞いた小瀬川白望はふふっと笑って「いいよ。やろうか」と言って洋榎から見て対面にあたる位置に座った。すると愛宕洋榎に向かって、愛宕絹恵がこう質問した。

 

「お姉ちゃん?あと二人、誰が入ったほうがええかな?」

 

「そうやなあ……」

 

 口では誰にしようかと迷っているように振舞ってはいるが、実は愛宕洋榎は最初から誰を卓につかせるかを既に決めていたのだ。

 

(正直な話、恭子と絹は卓につかせられへん。二人がシロちゃんの事好きとかそういう理由じゃなく、な。恭子も絹も、この前のインハイの……というか宮永のお陰でかなりメンタルにきとる。そんな状態でシロちゃんと闘わせてもおもろないし、何よりトラウマになる。流石のウチでもそんな折られた心でシロちゃんとは戦いたくはないしな)

 

(そういった意味ではゆーこと漫は適役や。ゆーこはともかくとして、漫は強敵と当たるとたまに面白い結果を残したりするからな)

 

「ゆーこ、漫、お前ら卓につくんや」

 

「ウチらは見てろって事か、洋榎」

 

「まあそういう事になるなあ」

 

 そう言いながら愛宕洋榎は少し残念そうでもあり不服そうでもある愛宕絹恵と末原恭子に向かって「絹と恭子はシロちゃんの後ろで見るより、ウチ側から見とった方がためになるはずや。これだけは言える」と言って、サイコロを振った。そして回るサイコロを見ながら、小瀬川白望は昔の事を思い出したのか、愛宕洋榎にこう言った。

 

「……いつ振りだろうね、洋榎」

 

「中学の時は決着はついとらんかったけど、ウチにとっては二戦二敗や。ここで返させてもらうで、今までの借りをな」

 

 そう言って愛宕洋榎がニヤッと笑うと、小瀬川白望は「また借りが増えないといいね……」と半ば挑発気味に言いながら、配牌を取っていく。愛宕洋榎はそれに対しては何も返さなかったが、そのやり取りを後ろから見ていた末原恭子は驚いたような表情で小瀬川白望の事を見ていた。

 

(ウソやろ……たった二戦とはいえ、洋榎が二敗って……)

 

 末原恭子が驚くのも無理はない。末原恭子にとって愛宕洋榎という存在は絶対的強者であった。いつも自分の上にいて、遠く雲のような存在であったのだ。インターハイでも一つ上の三年生とも引けを取らないどころか圧倒していた。惜しくも愛宕洋榎は同年代の辻垣内に負けてしまったが、それを踏まえたとしてもあの中では五本の指には入るような強者だ。その愛宕洋榎が、二戦やって二戦とも負け。末原恭子は天地をひっくり返されたような衝撃を受けていたのは言うまでもないだろう。

 無論、同卓している上重漫もその事に対して動揺を隠せずにいた。真瀬由子は平然を装ってはいたものの、内心では(かなりヤバい人と当たっちゃったのよー)と呟いていた。

 

(しっかし……洋榎の言う事がイマイチ分かれへん。なんや洋榎の方から見た方がためになるって……洋榎のは牌譜とかでも死ぬほど見たし、普通気になる人の後ろで見た方がええんやないのか……?)

 

 末原恭子はそんな事を思いながら対局を見ていた。愛宕洋榎はなかなか良い配牌を引き当てたようで、快調な滑り出しを見せた。末原恭子も(ノってる時の配牌やな……典型的な好配牌)などと心の中で感想を言い、どんなに悪くても八巡以内には和了れるだろうと見ていたのだが、五巡後、小瀬川白望がリーチをかけて先手を取られてしまう。

 

(うわ……洋榎より速いんか……)

 

 やはり愛宕洋榎に対して二戦二勝をあげたのも満更偶然でもなさそうだと末原恭子は確信していると、愛宕洋榎はその小瀬川白望のリーチに対してあっさりとオリてしまった。流れが好調だというのにもかかわらず、勝負に行かずにあっさり足を返してオリ。それをみていた末原恭子はもったいないと思っていた。が、愛宕洋榎はむしろこのオリこそ値千金の判断だと感じていた。

 

(あっぶないなあ……多分ウチの読みやと、いずれ浮く牌がシロちゃんの和了牌。せやな……三索ってとこか?なんにせよ、手牌が狭まる前に避けれて良かったわ)

 

 そんな事を思っていたのだが、直後放たれた上重漫の{1}に対して小瀬川白望は「ロン」と発声する。愛宕洋榎は一瞬自分の読みが外れたかと思って驚いて小瀬川白望の手牌を見たが、小瀬川白望の待ちは{1222}の変則待ち{13}待ちであった。愛宕洋榎はそれを見て自分の読みが外れていなかったという喜びと、そこまで思考が及ばなかった事に対する悔しさを滲ませながら、小瀬川白望にこう言った。

 

「流石やな。今の漫が打ってなかったら多分ウチは打ってたわ。ええやん……やっぱこうじゃなくちゃな、シロちゃんと打つのは。こういうギリギリの闘いが一番おもろいわ」

 

 

「私もだよ……洋榎」

 

 

 二人はそう言い交わすと、すぐに東二局を開始する。しかし、後ろで見ていた末原恭子と愛宕絹恵はもちろん、振り込んだ上重漫と同卓する真瀬由子までもが、二人の話についていけずに置いてけぼりにされていた。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第289話 高校二年編 ⑤ 爆発

前回に引き続きです。
そういえば前回で番外編を含めて300話に到達した模様。
そろそろ一年が経つという事ですね。早いものです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「ツモォ!自摸チャンタで3200オールや!」

 

 

愛宕洋榎:和了形

{一三七八九①①①⑨⑨⑨東東}

 

 

(はっや……流石にこれは対応しきれへんわ)

 

 前局は愛宕洋榎の推測を上回って小瀬川白望が上重漫から直撃を奪ったが、愛宕洋榎が親であるこの東二局はしっかり愛宕洋榎が和了って連荘に漕ぎ着ける。点数もそうなのだが、愛宕洋榎にとって何よりも大きかったのが小瀬川白望の猛攻から逃げ切れたこと。これが大きかったのだ。しかし、だからと言って今の和了が完璧かと言われればそれはまた違う話である。愛宕洋榎は少し勿体無そうな表情をしながら、自分の和了牌である{二}を見ていた。

 

(……惜しいなあ。ここで東を持ってきたら、三暗刻とダブ東もついてリーチ自摸で倍満だったのになあ……まだウチに流れが来てない証拠か……)

 

 そんな事を思いながら愛宕洋榎は小瀬川白望の捨て牌に視点を移す。さっきは勘が冴えていたのか、小瀬川白望の待ちを半分ほど当てることができたのだが、今度の捨て牌は全くもってわかりそうもない。相変わらずめちゃくちゃな麻雀をしているのだろうが、それこそが小瀬川白望の思う最適解なのだと愛宕洋榎は考え、積み棒を置き、声高らかにこう言った。

 

「さあ、連荘やで〜!」

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……」

 

 

小瀬川白望

打{中}

 

 

「ロン、一本場を入れて1600なのよー」

 

「なっ……」

 

 先ほどは自分を鼓舞していた愛宕洋榎だが、あっさりと小瀬川白望が真瀬由子に振り込んで東二局が終了してしまう。末原恭子は内心惜しいなと思っていたが、となりにいる愛宕絹恵と愛宕洋榎はそうは考えていなかった。あれはどう見ても差し込みであり、意図的な振り込みであった。せっかく調子が上がってきたところで呆気なく逸らされてしまった愛宕洋榎であったが、小瀬川白望は愛宕洋榎よりも気になっている存在がいた。

 

(……次の親の子、なんだろ……逆境に強いのかなんなのか、変な感じがする……)

 

 それは上重漫であった。一年生ながらにして、副将を務めるという確かな実力を有している期待の新人。彼女の最大の強みが彼女の『爆発』である。未だ何がトリガーになっているのかは分からないが、稀にとんでもない爆発力を発揮する事があるのだ。その爆発力は並大抵の雀士はおろか、瞬間的な攻撃力では化け物クラスにも引けを取らないほどの、まさに爆弾のような少女であった。愛宕洋榎はそのトリガーは上重漫よりも格段に強い相手と闘った時だと思っていたのだが、どうやらそれ以外にも何かが必要であり、結局全貌は分からぬままである。

 

(気がかりになることといえば、漫が『爆発』する時はやたらとチャンタを和了っとったような気がしたけど……それ以外はわからんなあ)

 

(こういう時浩子がおったらええんやけど……あいつ、セーラのおる千里山行ったからなあ。なんか腹たつわ……)

 

 実は愛宕洋榎のこの気がかりになることは的を得ていて、上重漫が『爆発』する数局前から「789」の数牌が彼女に集まりやすくなり、それが予兆となって三倍満や役満などの鬼手を引いてくるのであった。それを上重漫が自分で気づいているのかは不明であったが、持続する事ができればそれこそ化け物クラスを凌ぐことのできる恐ろしい能力であることには間違いない。もっとも、この卓では『爆発』する前に消し飛ばされそうなのだが。

 

(……こういう時、和了られたら面倒な事になるのは目に見えてる。赤木さんが良い例……何万点差だろうと一気に詰められる)

 

 そして巡り合わせが良いのやら悪いのやら、次の局は上重漫の親番。連荘されて上重漫が『爆発』し、挙句親役満連発などそれこそ追いつこうと前にトビで負けてしまう。それは避けなければならないと思った小瀬川白望は、上重漫に対していち早く脅しを仕掛ける。

 

 

「ポン」

 

小瀬川白望:手牌

{二三三五六②⑦39東西} {横一一一}

 

(も、もう鳴くんかいな……)

 

 {一一二二三三}の一盃口が見えていたのにもかかわらず、小瀬川白望は上重漫が切った{一}を早々に鳴く。

 これに対して、自分の好調の兆しが見えていない上重漫は小瀬川白望の早々の鳴きに若干怖気付く。それを対面から見ていた愛宕洋榎は怪しみながらも、それがブラフか早和了なのかは判断がつかなかったのでとりあえず自分の手を進める。

 

(とにかく、ここで和了らんと話しにならへん……)

 

 しかし上重漫も親番であるが故に、そう簡単には折れずに手を進めようと試みる。が、真瀬由子が切った{三}に対して小瀬川白望は二度目の鳴きを行った。しかもそれに飽き足らず、次巡の上重漫の{四}に対しても小瀬川白望は鳴いてきた。

 

(萬子の清一色……悪くても混一色。こちとらチャンタ三色に邪魔な六萬抱えとるちゅうのに……これで切ったら確実に振るやん……)

 

 {六七八九}の状態で{六}を保持してしまった自分の判断に対しやってしまったと後悔する上重漫であったが、小瀬川白望の現在の手牌は{二⑦89}と、バラバラ過ぎる状態であった。

 そんな事など知る由もない上重漫は、引いてきた{八}を見て絶句する。小瀬川白望は{一と三}を明刻、そして{四五六}をチーで順子としているのだ。となれば{六七八九}辺りは危険牌中の危険牌であった。

 

(あかん、これはオリるしかないわ……)

 

 上重漫は散々迷った挙句オリを選択してしまうのだが、これを機に今度は小瀬川白望に風が吹いた。一発目に{⑦}を引いた小瀬川白望は{二}を落とす。上重漫はそれを見て(待ちを変えたんかな……)とあらぬ推測をしていたが、小瀬川白望は次巡に{8}を引いて{9}を切る。

 

(は……?きゅ、九索……?)

 

(あー……やってしもたな)

 

 上重漫が突然の{9}に困惑する。有り得ない、この状況で入れ替えての{9}打など、起こるはずがないのだ。上重漫の、小瀬川白望が和了っているという前提では起こるわけがないことだ。

 

(ま、まさか……ノーテンやったって事か!?)

 

(え、エグいわ……)

 

 上重漫と同時に末原恭子も驚愕、戦慄する。ブラフかバレるかどうかの瀬戸際であったはずなのにも関わらず、小瀬川白望は平然としていたのだ。その有り得ないほどの勝負師の姿に、愛宕洋榎は感服する。

 

(い、いや……でも、それやったら字牌暗刻でない限り役無しや)

 

「……カン」

 

 上重漫の期待を一瞬にして断ち切った小瀬川白望は、引いてきた最後の{一}を明刻にくっつけると、嶺上牌に手を伸ばし、そのまま卓に叩きつけた。

 

「ツモ、嶺上開花」

 

 上重漫は思わず二度見してしまうが、まだ終わりではない。小瀬川白望のこの手はまだ伸び得るのだ。今度は小瀬川白望は槓によって生まれた槓ドラを捲ると、そこには{二}。つまり、役無しの小瀬川白望の手が一気に嶺上開花ドラ3に化けたのだ。たった一度のブラフで、全てを変えた小瀬川白望。

 そしてこれも巡り合わせが良いのやら悪いのやら、今度は小瀬川白望の親番となる。愛宕洋榎は息を呑んで小瀬川白望の事を見据え、それと同時に心を昂らせていた。

 

(ええやんええやん……!この感じ、五年前を思い出すわ……!)




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第290話 高校二年編 ⑥ トリプル

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

(……気迫が凄いのよー)

 

 真瀬由子は親番である小瀬川白望から異常な程の気迫、圧力を感じて若干怯む。真瀬由子も決して弱いというわけでもなく、精神が未熟だというわけではない。というよりむしろ部内でも上位の人間であるのだが、そんな真瀬由子でも小瀬川白望を前にすれば怯んでしまうのだ。前局では警戒していた上重漫を和了らせる事なく、その上で嶺上開花ドラ3という通常では有り得ないような和了を見せた小瀬川白望は、まさに絶好調と言っても良いほどの状態であり、その分気迫も物凄い事になっており、ビリビリと身体に伝わってくるような錯覚を受けてしまうほど、小瀬川白望の凄みは増していた。

 

(な、なんなんや……こんなん魔王とか呼ばれてもおかしくあらへんほどのプレッシャーやんけ……鳥肌立つとかそんなレベルちゃうわ……)

 

 末原恭子もまた真瀬由子と同じように小瀬川白望の圧力に押され、もはや小瀬川白望を自分の意中の人として……小瀬川白望として見ていなかった。彼女の小瀬川白望を見る目はさながら物の怪を見るような、蟻の群れの中にいる蛇……そんな明らかにいるべきではない異質、不適合な存在を見る目であった。

 

(……っ、洋榎)

 

 そういった風に小瀬川白望を見ていると、末原恭子は目の前にいる愛宕洋榎の手が若干震えている事に気づいた。口では自分を鼓舞していたが、やはり恐怖に抗える人間などいるわけもない。しかしそれは末原恭子にとって当然の事であった。それはそうだ。今の小瀬川白望に闘おうとするなど、まさに軍艦や要塞に自分一人で突っ込もうとしている事となんら大差ないことである。絶望や恐怖を感じてもおかしい話ではないのだ。

 しかし、愛宕洋榎は末原恭子が感じていたのとは少し違っていた。確かに圧倒的気迫を放つ小瀬川白望に対して気圧されていないという事ではなく、しっかりと恐怖している。が、愛宕洋榎はその恐怖さえも自らを鼓舞する材料としていた。

 

(このどうしようもない感じ……これや。これやウチが求めてたのは!)

 

 逆境に燃える、とでも言うのであろうか。愛宕洋榎は小瀬川白望に恐怖さえしたものの、それをバネとして闘志を燃やしていたのだ。どれだけ燃えていたとしても、実力には大きな溝があるのは明白であろう。だが、小瀬川白望に全力を持って立ち向かうということ、これだけでも勲章ものであることには間違いないだろう。

 

 

「……リーチ」

 

 場が変わって東四局、最初に仕掛けたのは小瀬川白望。小瀬川白望はリー棒を投げ捨てるように放つと、牌を横に曲げる。まだ捨て牌が二段目にすら到達していない六巡目でのリーチ。小瀬川白望ほどの雀士が和了れないと思いつつもリーチなどという迷いのある無謀な賭けなどするわけがなく、和了れるという予感を信じてのリーチだろう。無論予感といっても運否天賦にしか過ぎないのは明白なのだが、小瀬川白望に限ってその予感を外すわけはなく、何もしなければ九分九厘和了るだろう。無論ブラフを抜きの前提としての話だが。

 

(……よっしゃ!)

 

「追っかけリーチや!」

 

 しかし愛宕洋榎もリーチ一つで引き下がれない。追っかけリーチを放つが、愛宕洋榎はそれに留まらずに手牌を倒し、「オープンや……」と言って小瀬川白望の事を見据える。

 

(そこでオープンリーチかいや……幾ら何でも無謀すぎひんか?)

 

 末原恭子はこのオープンリーチに対して疑問を持つが、小瀬川白望は正確に愛宕洋榎の意図を汲み取った。

 

(なるほど……他二人から和了る気はさらさら無く、あくまでも私との一騎討ちってことか。私はリーチをかけてるから、オープンしたところで洋榎に損はない……)

 

 こうなってしまった以上、二人はどうすることも出来ない。和了牌を掴まされればそれで終わりで、逃げることも避けることも出来ず、振り込むしかない。真瀬由子と上重漫が和了るという事も考えられるが、今の流れは小瀬川白望と愛宕洋榎にある。二人の付け入る隙などまったくもってなかった。

 小瀬川白望と愛宕洋榎の正真正銘の一発勝負であったが、その勝負の行方はあっさりと次巡の七巡目で決まってしまった。発声したのは小瀬川白望。東三局には爆発寸前の上重漫を抑えるという一歩間違えば負けの可能性もあった瀬戸際の闘いを制した小瀬川白望が、この一騎討ちの勝者となった。

 

 

「ツモ」

 

 盲牌をした小瀬川白望が卓上にツモ牌{9}を叩きつけると、小瀬川白望は手牌を開く。その瞬間、誰かが驚きの声を漏らしたが、次の瞬間には沈黙が訪れた。

 そして愛宕洋榎の言葉によって、その数秒間の沈黙は破られる事となる。

 

「ち、清老頭四暗刻単騎待ち……」

 

小瀬川白望:和了形

{一一一九九九⑨⑨⑨1119}

ツモ{9}

 

 

 愛宕洋榎は自身では役満を和了った事はないが、愛宕洋榎の人生でも何度か役満を見てきた。それでも初めて見たという老頭牌の暗刻のみで構成される役満の清老頭と、四暗刻単騎待ちという脅威の複合役がそこにはあった。役満の複合はないので点数に変わりはないものの、そうだとしても愛宕洋榎は衝撃を受けていた。ただ運が良いというわけではない。それだけでは片付けることのできないものが小瀬川白望にはある。そう思いながら小瀬川白望の手牌を見ていると、小瀬川白望はふふっと笑って愛宕洋榎に向かってこう言った。

 

「……16000オール」

 

 そう小瀬川白望は言うが、実際問題上重漫がこの和了でトンでしまっているのでこの対局は小瀬川白望の勝利で終わっているので、わざわざ点棒を渡す意味はない。しかしそれを分かってて小瀬川白望は言っていると愛宕洋榎は理解した上で小瀬川白望にこう返す。

 

「リー棒もつけて17000やな、シロちゃん。……ええ勝負やったで、ありがとな」

 

「こちらこそ……最後の一局、凄かったよ」

 

 そう言って小瀬川白望と愛宕洋榎は抱擁し合うが、他の四人は複合が認められればトリプル役満という多分生涯でもう見ることのできないだろう手牌を見ながら、小瀬川白望という雀士の恐ろしさをきっちりと脳内に埋め込まれていた。

 

 

(しっかし……清老頭か。ウチも和了ってみたいわあ)

 

 この時愛宕洋榎はそんな感想を抱くが、一年後彼女が生涯で初めてインターハイでの役満を和了る事になるのだが、それが清老頭である事はまた別の話である。




次回に続きますー
ここでしっかりと「考慮しとらんフラグ」を設置するシロ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第291話 高校二年編 ⑦ 肴

前回に引き続きですー


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「はあ……ダルかった」

 

 小瀬川白望と愛宕洋榎達との勝負から小一時間が経ち、小瀬川白望はそんな事を呟きながら疲れているような素振りを見せ、部室のソファーに腰を下ろしていた。

 

「やっと解放されたんか、シロちゃん」

 

「うん……」

 

 それを見ていた愛宕洋榎が少しほどニヤニヤしながら小瀬川白望に向かってそう言う。元気のない返事をした小瀬川白望が何から解放されたのかといえば、それは姫松高校の部員達からであった。あの一戦が終わった後、どうやらその一戦のおかげで他の部員達からも注目を集めていたらしく、対局が終わり小瀬川白望が立った瞬間に周りの部員達から何者なのか、どうやってこれを和了れたのか、何かオカルトを持っているのかなどと色々聞かれた挙句、大勢の人数に揉みくちゃにされていたのだ。

 勿論、その状況を見ていた愛宕絹恵と末原恭子は良く思うはずもなく、群がっていた部員を引き剥がすようにしてその集団に混ざり、更に場は混沌となってしまったため、小瀬川白望は必要以上の労力を使ってしまったのであった。

 

「し、白望……」

 

 

「ん……恭子」

 

 そしてようやく騒ぎも収拾がついたのか、こちらも疲れたような表情を浮かべた末原恭子が小瀬川白望の名前を呼びながら現れた。それを見た愛宕洋榎は「おー、恭子。満員電車からの出勤お疲れさんやで」とネタをかましたが、末原恭子はそれにツッコむ余裕もないのか、冷静にぴしゃりと返した。

 

「洋榎も手伝ってくれたら助かったのに……えらい騒ぎやったんやで」

 

「まあトリプル役満なんて和了ったらそりゃあしゃあないわな……っていうかそれは恭子が勝手に突っ込んだだけやろ!それと、ウチのネタになんか反応せい!」

 

「いや、そういう事やなくてな……」

 

 そう言った末原恭子に対し、愛宕洋榎は「ほーん……そういう事やないってどういう事なんやろうなあ?」と笑みを浮かべながら言うと、末原恭子は顔を赤くして「うるさいわホンマ!」と言うと、ドスッと勢い良くソファーに腰掛けた。が、末原恭子は小瀬川白望からできるだけ距離を離しているので、その勢いは建前だけというのが分かる。

 それを見た愛宕洋榎は更に顔をニヤつかせていたが、そろそろ本気で怒られそうな気がしたのでそれ以上言う事はなかった。しかし愛宕洋榎は小瀬川白望と末原恭子の人一人分はある隙間を面白そうに見ていると、真瀬由子がお茶を持って愛宕洋榎の目の前に置いた。

 

「洋榎、お疲れ様なのよー」

 

「おう、悪いな」

 

 そう言って愛宕洋榎がお茶を飲んでいると、真瀬由子は小瀬川白望と末原恭子にもソファー前のテーブルにお茶をわざと寄せて置くと、「二人ともお疲れ様なのよー」と言って末原恭子の事をニヤニヤして見ていた。お茶が寄せられて二つ置かれている今、お茶を取るためにはどうしても小瀬川白望との距離が近くなる。それを狙ってなのかは末原恭子には分からなかったが、貰ったのに飲まないのは悪いのではないかという正義心と葛藤していた。

 

「ゆーこ、お前は大丈夫なのか?」

 

「何がなのよー?」

 

「いや……絹や恭子みたいに惚れてへんのやろかと思て」

 

 愛宕洋榎がそう聞くと、真瀬由子は笑顔を浮かべて「それよりもあんな表情を浮かべる恭子の方が面白いのよー」と言う。末原恭子と小瀬川白望には聞こえていなかったが、近くで休んでいた上重漫は(エグい先輩や……)と心の中で呟いていた。

 

「漫ちゃんも例外じゃないのよー?」

 

「せやで、漫」

 

「な、なんで心を読めたんですか!?」

 

 上重漫は驚いて立ち上がるが、愛宕洋榎は「シロちゃん見とる時の顔が恭子と同じやねん。そのふやけとる顔が」と言うと、上重漫は末原恭子の事を見る。確かに見かけ上は冷静を保とうとしているのが分かるが、その表情は恥ずかしさと嬉しさでどこか緊張がほつれたようば表情をしていて、完全に小瀬川白望に夢中になっていた。そしてかくいう上重漫自身も、小瀬川白望にそういう気がないわけではなく、自分を末原恭子に重ねながら心の中で呟く。

 

(う、ウチも小瀬川さん見たときは末原先輩みたいな顔しとるんか……はっず……)

 

 そう心の中で呟いている上重漫を見て、愛宕洋榎は真瀬由子と「やっぱ漫っておもろいわ。カマかけたらまんまとハマるし」と言いながらニヤニヤした表情で見ていた。

 

「ふう……疲れた」

 

 そんな事を話していると、愛宕絹恵が遅れてやってきた。どうせ同年代の人に小瀬川白望の事を問い詰められたのだろうと予測しながらも、愛宕洋榎は「おう絹。何があったんや?」と聞いた。

 

「それがどうもシロさんと一度話したいとか言うド阿呆がいてな……追っ払うのに手間取ったわ」

 

「お、おう……せやったか。そら大変だったな」

 

(全員が全員絹と同じ感情を抱いていないとは言えへんけど……もしかしたらそいつはシロちゃん目当てじゃなくてシロちゃんの麻雀目当てっちゅう可能性もあったけど……ま、どちらにせよ絹の敵か)

 

 そう心の中で思っていると、愛宕絹恵は意外にも大胆にソファーに座る小瀬川白望の側まで行き「やっぱりシロさんカッコよかったで、流石やったで!」と言って体を寄せる。隣にいた末原恭子はお茶を噴き出しそうになりながらも愛宕絹恵の事を敵対視していた。

 

「あー……ゆーこ。デジカメ持ってへんか?アレ撮影したいんやけど」

 

「持ってたら既に撮ってるのよー。それにしても、絹恵ちゃんがあんなに積極的だったのは意外なのよー」

 

「……多分、恭子にそういう気があるの分かったから、闘争心燃やしとるんやろうな」

 

 愛宕洋榎がそう考察すると、真瀬由子は上重漫の方を見て「漫ちゃんも早めに仕掛けないと取られちゃうのよー?」と言う。それに畳み掛けるようにして愛宕洋榎は「そうやで漫、恭子はしらんけど、絹とは小学からの付き合いなんやで」と言う。

 

「なんで先輩らの肴にされないといけないんですか……」

 

「ちゃうわ漫、お前を酒の肴にするわけちゃう。そもそもこの歳で飲めへんし、いつになってもウチはコーラ一筋や。ええか?これはお前のためでもあるし、ウチらの飲むお茶を上手くするためでもあるんやで。行くんや、漫」

 

「ゴーなのよー」

 

「だからそれを肴にするって言うんですよ!?」




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第292話 高校二年編 ⑧ 車

前回に引き続きです



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「あー……洋榎、この後どうする。時間も時間だけど……」

 

 末原恭子と愛宕絹恵が小瀬川白望の腕を掴みながら寝ている事に対し、なんの違和感も感じていなかった小瀬川白望が愛宕洋榎にそう言う。すると愛宕洋榎は心の中で(なんでシロちゃんは恭子と絹に腕を抱かれながら寝られとんのにあんな平然といられんのや……慣れとるんやろか)と疑問に思った後、小瀬川白望にこう言った。

 

「せやな……結構時間経ったからな、そろそろ解散するか?」

 

「じゃあそうしようか……私は動けそうにないけど」

 

 そう聞いた愛宕洋榎は「あっ、せやったな……」と思い出したかのように言い、末原恭子と愛宕絹恵の事を見る。彼女らを起こすというのも可能ではあるが、気持ちよさそうに寝ている二人を無理矢理起こすというのは二人の気持ちを理解している愛宕洋榎にできることではなかった。二人を小瀬川白望から引き剥がすという行為が二人にとってどれだけ寂しい事かを予測できるからだ。実際は半分ほどは揶揄いたいという理由から来たものだったが。

 

「うーん……でもここで寝かしとくのもあれやしな……」

 

 愛宕洋榎はそう言って悩んでいると、雷鳴が愛宕洋榎の脳内に走ったかのように突然何かを閃き、「そうや!」と言って小瀬川白望の方を見る。

 

「シロちゃん。ちょっと待っとれ」

 

 そう小瀬川白望に言った愛宕洋榎は、携帯電話を取り出すと誰かに電話をかけた。小瀬川白望ら三人はぽかんとした表情で愛宕洋榎の事を見ていたが、愛宕洋榎が電話を切ると、三人に向かってこう言った。

 

「よし、お前ら……今日はウチの家に泊まってけ」

 

「え、いいんですか先輩!?」

 

「うるさいアホッ!二人が起きたらどうすんねん!」

 

 上重漫は叱咤する愛宕洋榎の事を見ながら、(先輩の方がうるさいやないですか……)と涙目になりながらも、勢いに乗る愛宕洋榎を止める事ができないのは百も承知なので黙りこくっていた。

 

「でも……結局この二人が起きるまで待たなきゃ……」

 

「結局変わってないのよー」

 

 しかし小瀬川白望と真瀬由子は結局愛宕絹恵と末原恭子が起きないと事は進まないと反論するが、愛宕洋榎はチッチッチと舌を鳴らすと、携帯電話を取り出してこう言った。

 

「確かに二人をおぶったまま帰るのは不可能や。特に、ウチらのようなか弱い乙女にはできっこあらへん」

 

「自分で言っちゃダメですよ先輩……」

 

 そうボソッとツッコミを入れる上重漫に対して、愛宕洋榎は「よし、漫はウチの家に来たらまずミーティングやな」と笑顔で言った。

 

「えっ、今のそう言う流れやないんですか!?」

 

「とにかく、話を進めて欲しいのよー」

 

 そんなコントのようなやり取りをバッサリと切った真瀬由子に対し、愛宕洋榎は若干悲しそうな表情で「あ、はい……」と言い、改めて三人にどうするのかを話し始めた。

 

「つーことで、二人を寝かしたまま家に連れてくためにオカンを呼んである。だから泊まってけって言ったのはそいつのついでやな」

 

「なるほどね……車まではどうするの」

 

「シロちゃんの腕を掴んどるとはいえ、抜くことは出来るやろ。抜いたら二人くらいで抱えれば車までは大丈夫やろ」

 

「あれ?洋榎のお母さんは部活ないのよー?」

 

 真瀬由子がそう聞くと、愛宕洋榎は「今日は休みとか言うとったからな。どうせ一日中家でゴロゴロしよーとか思ってたんやろ、一日に一回は外に出さんとな」と返した。

 

「よくそう思てたのに受け入れてくれましたね……」

 

「シロちゃんの名前出せば一発や。あのオカン、まーだ千里山に来るように狙っとるからな」

 

「私は行く気ないけど……」

 

 小瀬川白望が言うと、「まあせやろな。でないと大変なことになるわ」と愛宕洋榎が返す。そうこうしている内に、愛宕洋榎の携帯が鳴ったので、まず小瀬川白望から二人を引き剥がすところから始めた。

 

「まず絹の方からやな……シロちゃん、手を抜いてみ。慎重にな」

 

「んっ……」

 

 小瀬川白望が最低限の力を入れて腕を愛宕絹恵から引き抜く。その時に漏れた声が上重漫のハートを刺激していたようで、もはや小瀬川白望の事を(うわあ……声エッロいわ)といった友達や知り合いを見る感じではない、如何わしい目で見ていた。

 

「よし……漫、お前は先行って車のドア開けるんや。絹はウチとゆーこが持つ」

 

「でっ、でも先輩。末原先輩を担ぐのが小瀬川さん一人になりますけど……」

 

 そう言う上重漫だが、次に返ってきた愛宕洋榎の「恭子なら大丈夫や、シロちゃんや絹や漫とは違って胸が無い分より軽いからな……ハハハ、畜生が!」という返答に納得すると、小瀬川白望の「恭子は私に任せて、漫」と言われると、名前で呼ばれて一瞬ドキっとしたが、すぐに愛宕洋榎と真瀬由子を抜かして車へとかけていった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「まー大人数やな。この人数は初めてやないか? 洋榎」

 

 結局無事全員が車に乗れ、愛宕雅枝が車を運転しながら愛宕洋榎にそう言うと、愛宕洋榎は「せやな……バカみたいに金使って広くした車が役に立つ日が来て良かったな!」と返すと、「お前だけこっから徒歩にしとくか?」と言って若干圧力をかける。

 

「冗談や冗談。かわいい娘のジョークやんけ」

 

「高校生にもなって親に自分の事をかわいいと言うアホがおるか」

 

「まあそれはそうと、シロちゃん、久しぶりやな」

 

「お久しぶりです……」

 

 愛宕雅枝に呼ばれて、小瀬川白望はそう返すと「相変わらずで何よりや。……あれから三年、アンタの身にも色々あったと思う。どうや、千里山に来るって気持ちにはなったか?」とまたもや小瀬川白望はスカウトされるが、小瀬川白望はきっぱりとノーと返した。

 

「ハハハ。ダメもとで言ってみたけどやっぱ無理やったな」

 

「まあ、インターハイに出るとしたら宮守で出る気なんで……」

 

「そうかー……まあせやろな。人数、集まるとええな。千里山女子の監督としてのウチからしてみればたまったもんやないけど、一雀士としてのウチは楽しみにしとるで」

 

 全国2位の実力を誇る超名門千里山女子からのスカウトをあっさりと断る小瀬川白望の事を横で見ていた上重漫は、小瀬川白望のカッコよさに痺れていた。

 

(千里山女子の監督直々からのスカウトを躊躇うことなく断るって……カッコよすぎやん……!)

 

 そんな会話を続けながら車で愛宕家に向かうのであったが、それでもまだ末原恭子と愛宕絹恵は幸せそうな表情で眠っていた。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第293話 高校二年編 ⑨ 決定事項

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「んん……どこや、ここ」

 

 小瀬川白望一行を乗せ、愛宕家へと向かっている車の中で末原恭子はようやく目覚める事となる。寝る前は明るい部室で小瀬川白望の腕を抱きながら寝ていたというのに、気がついたら車に乗せられていた末原恭子は戸惑うが、彼女の前の座席に座っていた小瀬川白望を見てホッとする。が、直後にどうして車に乗せられているのだろうという疑問が生まれたところで、小瀬川白望の隣に座っていた上重漫が末原恭子の起床に気付き、声を上げる。

 

「あ、末原先輩。目が覚めましたか」

 

 そう上重漫が言うと、前の座席に乗っていた小瀬川白望と真瀬由子、助手席に座っていた愛宕洋榎が末原恭子の事を見る。愛宕雅枝もバックミラー越しに末原恭子の事を見て「久しぶりやな、恭子。ご無沙汰やで」と声をかける。

 

「ご、ご無沙汰してます……っていうかなんでウチらは洋榎んとこの車に乗っとるんや……?」

 

「泊まるんや、恭子」

 

「……は?」

 

 末原恭子が心の底からでてきた言葉を愛宕洋榎に投げ返すと、愛宕洋榎は末原恭子に向かって「『は?』やない。これから全員でウチの家に泊まるんや」と返す。

 

「いやでも、ちょい待ちや。服はどないするねん!?」

 

「安心せえ。さっきまで漫とゆーこの家に行って服は調達してある。今はこれからお前の家に寄ろうとしてる最中や。嫌ならすっぽんぽんでええで?」

 

「だから大丈夫なのよー」

 

 そう愛宕洋榎と真瀬由子に言われるが、起きたばかりの末原恭子はまだ現状を処理できずにいた。頭の中を色々なものが駆け巡るが、何より大きかったことが小瀬川白望と一緒に泊まるという事であった。

 

(嘘やろ……ウチと白望が泊まるって……ちゅうことはアレか?パジャマ姿の白望とかも見れるんか!?……ヤバすぎやろ)

 

「あ、ああ……分かったわ」

 

 末原恭子は渋々納得したように返事をするが、愛宕洋榎と真瀬由子には末原恭子の口元が緩んでいるのが見え、それが上辺だけの態度である事に気付いていながらも、それをニヤニヤしながら見るだけで、末原恭子に何も言う事は無かった。

 

-------------------------------

 

 

 

「ほれ、ついたで皆さん」

 

 愛宕雅枝がそう言ってシートベルトを外すと、愛宕洋榎が小瀬川白望に向かって「シロちゃん、絹起こしてや!」と声をかける。が、それに対し末原恭子が「なんでわざわざ白望にやらせんのや」と異を唱えた。

 

「なんや恭子。お前がシロちゃんに起こされなかったからってそう言うなや」

 

「ちっ……ちちちち違うわどアホ!」

 

 末原恭子が顔を真っ赤にしてそう反論するが、前方にいる小瀬川白望が末原恭子の方を振り向いて「……私に起こして欲しかったの?」と聞く。小瀬川白望が自身の想いに気付いているわけでは無いというのを末原恭子は分かってはいるのだが、「な、なんでも……ない」と言って顔を隠すようにしてそっぽを向いた。小瀬川白望はハテナマークを浮かべながらも、愛宕絹恵の事を起こそうとする。

 

 

「絹恵、起きて」

 

 そう言って小瀬川白望は座席から乗り出さんとばかりに身体を倒して愛宕絹恵の事を揺らすが、愛宕絹恵は一個に起きる気配はない。いくら問い掛けても起きる気配はなさそうなので、小瀬川白望は今度は頬を触ると、小瀬川白望が声を出す前に愛宕絹恵の目がパチっと開き、驚きの声を上げる。

 

「ひ、ひゃああ!?」

 

「あ、起きた」

 

 小瀬川白望はそう言って愛宕絹恵の頬から手を引く。愛宕絹恵は先ほどの末原恭子のように何故自分の家に停めてある車の中にいるのか、そして何故小瀬川白望達も乗っているのかと一瞬の内に沢山の量の疑問が愛宕絹恵の頭を埋め尽くすが、それよりもなによりも小瀬川白望が自分の頬を触っていたという事実が一番驚いていた。

 

「おはよう……ってこの時間だからおかしいか。まあなんでもいいや。おはよう、絹恵」

 

「お、おはよう……ございます……」

 

 動揺して敬語になってしまっている愛宕絹恵に、愛宕洋榎が更に動揺する燃料を投下していく。

 

「起きたか、絹。今日みんなでウチの家に泊まる事になったから、そこんところよろしくなー」

 

「は……ハア!?そんな急な話あるか!?」

 

「大丈夫や。もう決定事項やし、もう家に着いたからな。異論は認めへんで」

 

 そう言い残して車から降りる愛宕洋榎。そしてそれに続くように小瀬川白望ら三人も車から降りていった。そして取り残された愛宕絹恵と末原恭子であったが、ここで末原恭子が愛宕絹恵にこんな一言を言った。

 

「……なんでこうなったんやろな」

 

「さあ……多分お姉ちゃんの所為だとは思いますけど……」

 

 互いに互いの事を同情しながら、二人も車から降りて先に降りた四人に向かって歩き出す。その光景を見ていた愛宕雅枝は(天然なところも相変わらずやな……ホンマに)と思いながら車の鍵を閉め、六人の後を追うようにして家の中へと入った。

 

-------------------------------

 

 

 

「ウチと旦那は夕食作るから、あんたらは部屋で適当に時間潰しといてなー」

 

 家に入って愛宕雅枝はまずそう言うと、五人の返答を待たずしてキッチンへ向かった。その道中で愛宕雅枝の旦那の首根っこを掴むと、「お客様四人来場や。大至急夕食を作るで、アンタ」と言うと、旦那は「分かったから首根っこを掴むのはやめてや雅枝さん!!」と苦痛な表情を浮かべながらも、愛宕雅枝に引っ張られていた。

 

 

「とりあえず荷物とか纏めとくかー」

 

 愛宕洋榎がそう言うと、荷物を持っていた四人は首を縦に振り、愛宕洋榎と愛宕絹恵の部屋へと向かっていった。

 前に小瀬川白望が愛宕家にやってきた時は愛宕絹恵が部屋を掃除していなかったため、大変な様を小瀬川白望に見せてしまったため愛宕絹恵にとっては苦い思い出のある話である。しかし、今回は違う。あれ以降しっかり部屋の掃除をしているため、愛宕絹恵に焦りの表情は無く、習慣付けてて良かったといった安堵の表情を浮かべていた。

 そうして部屋の扉を開けると、そこには綺麗に片付いている部屋が広がっていた。それを見た小瀬川白望は感心しながらも、こんな事を呟いてしまう。

 

「おお……散らかってない」

 

「前に来たことあるんか?白望」

 

 末原恭子が驚いて小瀬川白望に向かって聞くと、小瀬川白望は「前に来たことがあるんだけど、その時は結構散らかってたから……」と嘘偽りなく喋った。それに対して愛宕絹恵は羞恥の表情を浮かべながら「言わんといて下さい白望さん!!」と言う。が、結局それが墓穴を掘る事になってしまった。

 

「えっ、それって絹ちゃんの方の話だったんか!?」

 

「あ、いや……その……」

 

「てっきり洋榎の方だと思ってたのよー」

 

「意外な話やな……」

 

 そう三人に言われた愛宕絹恵は顔を真っ赤にしながら「もう言わんといてや……」と言う。恥ずかしさのあまり言葉も大きく出せず、そのまま縮こまってしまった。そして一方では愛宕洋榎が真瀬由子に対して「私のイメージはどないなっとるねん……」と語っていた。

 

「まあ……昔の話だし、今は綺麗だからそれで良いと思うよ……」

 

「……シロさん……」

 

 小瀬川白望が愛宕絹恵の肩に手を置いてそう言うと、愛宕絹恵は目を輝かせて小瀬川白望と目を合わせる。そんなあからさまに感情が変化した愛宕絹恵を見て、上重漫はこう思ったそう。

 

(幾ら何でも絹ちゃん、チョロ過ぎるやろ……)

 

「お前もやで、漫」

 

「漫ちゃんもなのよー」

 

「だから何で心が読めるんですか!?」




次回に続きます。
久々の3000文字。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第294話 高校二年編 ⑩ 覗き

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

「ふう……やっと作り終わった……」

 

 小瀬川白望達が愛宕姉妹の部屋で談笑なりで時間を使い潰してくれている間に全速力で六人分の夕食を作り終えた愛宕雅枝は、エプロンを身体から取り外すと、疲弊しきった体を椅子の上へ押し込むようにして座った。愛宕雅枝の旦那もくたくたに疲れたようで、ぐったりとしながら愛宕雅枝にこう言った。

 

「……どうする?自分らの夕食も作る?」

 

「……アンタ、この状態からまたキッチン立ちたいんか?」

 

「それは勘弁や……せやったらもう今日は飯抜きでもええわ……」

 

 そう言って立ち上がり、フラフラと寝室に向かって歩き出した旦那の事を見送りながら、部屋にいる自分の娘達を呼び、夕食を振る舞った。

 

-------------------------------

 

 

 

 

「ふう……オカン、いつも以上に美味かったで!」

 

 夕食を終え、食器を片付けている愛宕洋榎が愛宕雅枝に向かってそう言うと、愛宕雅枝は力無い声で「ああ、せやったか……そら良かったわ」と返した。愛宕洋榎はそんな母を見て「いきなりですまなかったな。後でなんか親孝行するわ」と言うと、愛宕雅枝は笑って「覚悟しときいよ……」と言って愛宕雅枝は栄養ドリンクを飲んでいた。

 

「風呂沸き次第入ってはよ寝ろな、お前たち」

 

 そして愛宕雅枝が六人に向かってそう言うと、了解の返事を言ったあと六人は愛宕姉妹の部屋に行った。それを見送った愛宕雅枝は、糸がプツリとと切れたかのようにソファーに倒れるようにして横たわり、そのまま眠ってしまった。

 

 

-------------------------------

 

「さー……お前ら、風呂どうする?」

 

 部屋に戻ってきてまず最初に愛宕洋榎が放った言葉はそれであった。それを聞いた他の五人はどうしようかと首を傾げる。言った愛宕洋榎と、真瀬由子と小瀬川白望は別にどうでもいいと思っていたのであったが、それ以外の愛宕絹恵、末原恭子、上重漫の三人にとっては重要な問題であった。どういう事が重要かといえば、簡単に言ってしまえば小瀬川白望と一緒に風呂に入るか否か、という事であった。流石に愛宕家が広いとはいえ、そんな五人や六人入れるようなスペースは存在していない。せいぜい二人が限度であり、小瀬川白望とそのもう一人になれるかどうかで三人は非常に険しい表情を浮かべていた。

 が、その三人の熱い思いを断ち切るかのように小瀬川白望がこんな事を言い放ってしまった。

 

「まあ一人ずつでいいんじゃない……一気に入れるわけじゃないし、皆ゆっくりお風呂に入りたいでしょ……」

 

(((なっ……!?)))

 

 そう言った途端三人は驚愕して小瀬川白望の事を見る。愛宕洋榎と真瀬由子も流石にこの発言に目も当てられないような反応を示していた。しかしそれに反対するとあまりにも不自然なので、結局小瀬川白望の案は通ってしまった。小瀬川白望のあまりにも人に寄せられている想いに気付けなさに若干呆れていた愛宕洋榎だったが、ここで妙案が浮かんだようで、愛宕洋榎が「よし……そうするか。じゃあシロちゃん、先入ってくれるか?」と小瀬川白望に向かって言った。

 

「うん……じゃあ先入ってくるね」

 

 小瀬川白望がそう返事をすると、パジャマと下着を持って風呂に入るべく部屋を出て行った。その姿をただ見ていた愛宕絹恵と末原恭子と上重漫は悲しそうな表情をしていたが、愛宕洋榎がその三人に向かってこう提案した。

 

「……よっしゃ、覗きに行くか」

 

「はっ、はあ!?」

 

 末原恭子が驚きのあまり声を上げるが、その末原恭子を制して愛宕洋榎がこう言った。愛宕洋榎も自分なりに末原恭子、愛宕絹恵、上重漫が小瀬川白望と一緒に風呂に入りたかったのだろうと気遣っているからの話であった。が、それはあくまでも建前であり、本音は小瀬川白望の裸を見て恥じらう三人を見て楽しみたかっただけであったのだが。

 

「まあ裸の付き合いっていうやろ。絹は一度やってるんだし」

 

「そう言う事じゃないわ……って絹ちゃん!?ホンマか!?」

 

「えっ、いや……その……」

 

「ホンマなのか!?」

 

 そう言って末原恭子は愛宕絹恵に問い詰めるが、愛宕絹恵は顔を赤くしながら「いやー……そんな……」とまともに答えようとはしなかった。そんな二人を引きずるようにして「じゃあ行くか。シロちゃんのナイスバディーを拝みに行くで」と言い、小瀬川白望の通ったであろう道を辿っていった。

 

 

-------------------------------

 

 

「ホンマにこんな事して大丈夫なんか……」

 

 洗面所と廊下を隔たるドアの目の前まで来た末原恭子は頭を抱えながらそう呟くが、真瀬由子は「多分白望ちゃんは気にしないと思うから大丈夫なのよー」と言って説得する。

 

(シロさんの身体……どんだけ成長しとるんやろ)

 

(服着てた時点で凄かったしなあ……どない感じなんやろ)

 

 

 そして一方の愛宕絹恵と上重漫は小瀬川白望の裸体に対して期待が次第に高まり、妄想に耽っていた。そんな二人を見て(……乗り気やな)と愛宕洋榎はニヤけながらも、目の前にあるドアをそっと開けるべくドアに手を伸ばした。音を立ててしまっては小瀬川白望にバレてしまうため、音を立てないように最大限集中してドアをそっと開ける。

 

(う、うわー……すっぽんぽんやんけ)

 

 あれだけ言っていた末原恭子も、1cmもないような隙間からしっかりと小瀬川白望の着替えシーンを見ていた。無論他の四人もそれぞれ小瀬川白望の身体を覗き、愛宕絹恵と上重漫は顔を赤くしながらじっくりと見ていた。

 

(確実にデカなっとるな……少しくらいウチにも分けてくれや)

 

(超ナイスバディーなのよー)

 

 愛宕洋榎と真瀬由子は小瀬川白望の身体を見て率直に感想を心の中で述べていたが、愛宕絹恵と上重漫はそれどころではなかった。

 

(やばい……あんな身体反則やろ……)

 

(なんやあの胸……)

 

 確実に小瀬川白望の身体に見惚れていた二人であったが、小瀬川白望が着替え終わったのか、浴室に入った後もその余韻に浸っていた。

 そのあとは部屋に戻った五人であったが、末原恭子と愛宕絹恵、上重漫の三人は悶々とした表情で小瀬川白望の次に風呂に入る人を決め、小瀬川白望の風呂上がりを待つのであった。

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第295話 高校二年編 ⑪ 枕

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……次の人どうぞ」

 

「「「っ!」」」

 

 小瀬川白望の着替えタイムを覗き見しようという愛宕洋榎の提案が実行されてから二十数分が経ち、小瀬川白望に想いを寄せている末原恭子を始めとした三人は未だ小瀬川白望の身体の余韻とでもいうのだろうか、それが頭から離れなくなり二十数分間ずっと悶々と小瀬川白望の帰りを待っている、いわゆる生殺しの状態でいたのだ。

 そんな三人は小瀬川白望のいつ通りの振る舞いをしているのを見て、自分達がさきほど彼女に対して覗きという最低な事をやっていたのにも関わらず、本人は全くもって気付いていない。そういって罪悪感に駆られていたのだが、その罪悪感も次第に先ほど裸体を見てしまった故か更に扇情的に見えてしまう小瀬川白望の容姿によって背徳感へと変わっていき、三人の心がどんどんと欲望に忠実になっていくのを、愛宕洋榎は三人の顔を見ただけで察した。

 

(まあ……多少強引に行ってもシロちゃんなら大丈夫やろ。シロちゃんに誰か好きなヤツがおるわけじゃないし……何よりシロちゃんは優しいからな。迫られて断れるほど酷いヤツやないし、後はあいつらの度胸次第やなー)

 

(ま、ライバルが居てる状況では動けへんやろなあ。流石にウチもそんな度胸はないわ)

 

 

 そしてそんな事を心の中で考え、それと同時に三人にエールを送った愛宕洋榎は、小瀬川白望の事を体育座り、関西では三角座りと呼ばれる座り方で座っていながら、顔を隠すようにしてジッと見ていた末原恭子に向かって「ほら末原、次行ってこいや」と言って入浴を促す。末原恭子は我に返ったかのようにして「あ、ああ……せやな……」と立ち上がり、小瀬川白望と入れ替わるようにして廊下に出て行った。

 

 

 

(はあ〜……危ないわ……白望の次で良かったわホンマ……)

 

 そうして浴室へと向かっている末原恭子は道中で胸を撫で下ろして露骨に安堵する。ただでさえあの1分もなかった短時間で小瀬川白望に見入ってしまい、我を忘れて妄想を働らかせていたのだ。あそこからまた二十数分、もしかしたらそれ以上の時間を小瀬川白望のいる空間で時を過ごすには、今の末原恭子の状態では不可能に等しかった。

 

(この状態であんなとこおったら何しでかすか自分でも分かったことやない。兎に角気持ちをリセットや、リセット)

 

(まあそう言った意味で絹ちゃんと漫ちゃんには悪い事したかもな……ウチだったら耐えられる気せえへんもん……)

 

 本来ならば末原恭子の敵である愛宕絹恵と上重漫に対して同情し、罪悪感すら抱いていた。それは彼女もまた優しい人間故の感情なのだろう。

 そんな事を考えていると、末原恭子は既に洗面所へと繋ぐドアの目の前まで来ていた。末原恭子は今度は覗くわけではないと心の中で理解はしているものの、そっとドアをスライドさせて洗面所に入る。

 

(……ホンマに分からへんもんなんか?)

 

 と、ここで末原恭子が疑問に思った事を確認するためにドアを二十数分前に開けた隙間と同じくらいの感覚を残して閉める。そうしてさきほど小瀬川白望が立っていた位置から着替えを始める。が、末原恭子が開いているのを知っていたからなのかは分からないが、どう考えてもドアに違和感を感じてしまうのだ。ドアに背を向けたとしても窓から反射して見えるし、横を向いたとしてもどうしても視界に入ってきてしまうのだ。

 

(どんだけ鈍感やねん……覗きもしてたんがウチらだったからまだええけど、盗撮とかされたらって考えると心配でしゃあないわ)

 

 そんな心配を小瀬川白望に対して抱きつつ、末原恭子はドアを完全に閉めてから衣服を脱ぐのを再開した。そしてその後は小瀬川白望に対する自分の欲望や邪な考え諸共洗い流すようにシャワーを浴び、体を洗い始めるのであった。

 

 

-------------------------------

 

 

「ふー、戻ったで」

 

 

 あれから何事もなく全員に入浴の順番が周り、最後に入った愛宕洋榎が戻ってきた。愛宕洋榎が戻ってきた頃には既に時刻は23時を過ぎようとしており、もういつでも寝られるように二段ベッドの他に追加で四人分の布団が床に敷かれていた。

 

「さあ、誰が何処で寝るか決めよか」

 

 そして愛宕洋榎が戻ってきたのを確認すると、末原恭子は皆に向かってそう言うが、愛宕洋榎と真瀬由子は澄ました顔で「もう決まってるやろ?恭子」と末原恭子に向かって言う。末原恭子は「は、はあ?聞いてへんでそんな話」と返すが、愛宕洋榎は末原恭子にこう言った。

 

 

「聞いてないもなにも……四人が布団で寝るんやろ?なら恭子、漫、絹恵、シロちゃんの四人で寝るに決まっとるやろ」

 

「異論は認めないのよー」

 

 真瀬由子が愛宕洋榎の意見に同調していると、末原恭子は「そんな身勝手……白望、どう思う!?」と顔が赤くなっていることに気付いているのかどうかは定かではなかったが、小瀬川白望に意見を求めるが、小瀬川白望は「洋榎がそう言うなら……いいんじゃない?私はベッドと布団でどっちが寝たいのとかないし……」といった返答が返ってきた。

 

「よし、じゃあ決まりやな。ほな、そういうことで」

 

 そうして半ば強引に寝る場所を決めた愛宕洋榎であったが、ヤケになったのかそのまま寝ようとした末原恭子を止めて皆に向かってこう問い掛ける。

 

「……自分ら。こんなもうあるかどうかすら分かれへんこのイベント。易々と寝て次の日に時間を進めてええと思うか?」

 

「なんやいきなり……」

 

 そう前置きした愛宕洋榎は文句がありそうな末原恭子を置いといて、真剣な表情をして皆にこう提案した。

 

「せっかくこんだけ枕があるんや。いっちょここらで枕投げでもしようや」

 

「はあ?」

 

「枕投げですか……?」

 

「ちょっとそれはないのよー」

 

 先ほどのように提案はしたが、まさかの真瀬由子からも反対されてしまい、全員から反対意見を言われるという残念な結果に終わってしまった愛宕洋榎の枕投げの提案に、ここぞとばかりに皆が一気に畳み掛けるようにして意見を言う。

 

 

「そんな枕投げなんて今時の男子もやらんよ……なあ?漫ちゃん、絹ちゃん」

 

「まあ……」

 

「そんなんやりませんて……まずやろうとしても怒られますよ……」

 

 そう言ってはははと笑う上重漫を見て、愛宕洋榎は「なんや……まさかゆーこにまで裏切られるとは思わなかったで……」といってイジけた。そんな愛宕洋榎を見て小瀬川白望は「三年前とかだったらやってたかもね……」とフォローを入れる。それを聞いた愛宕洋榎は「そんな事言ってくれるのはシロちゃんだけやでホンマ……」といってわざとらしく小瀬川白望の胸に飛び込む。

 

(なっ……まさか洋榎、ああやってウチらに対して優越感に浸りたいからあんなアホな提案を……)

 

(そんな先読みしてたなんて……ズルいわお姉ちゃん!)

 

 愛宕洋榎を剥がそうにも引き剥がせないもどかしさに歯痒い感触を覚える三人であったが、実は愛宕洋榎はそれ以外にも他の事を狙ってこの提案をしていたのだ。

 

(……ウチがここまでやったら積極的にならざるを得ないやろ。御三方、火薬は積んだから後は着火任せたでー)

 

(……まあ、枕投げしたかったのは事実なんやけどな……反対されるとは思っとったけど、まさかここまで酷評とはな……ま、セーラなら受けてくれるやろ。いつかボコボコにしたる)

 

 実は既に小瀬川白望に誑し込まれている人物の一人であった江口セーラには負けないといった心構えをして、二段ベッドの上段に上がったのであった。

 

「ほな、じゃあ改めて電気消すで」

 

 

 そしてそう言って末原恭子は部屋の電気を消す。それこそさっき愛宕洋榎が言った通り後はもう寝て時間を進めるだけなのだが、その当の愛宕洋榎と真瀬由子は暗闇ながらも微かに慣れてきた目で小瀬川白望たち四人の状態をじっくりと観察していた。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第296話 高校二年編 ⑫ 夜中

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

(おー……サカってんな。いや、実際やってるわけやないけど……)

 

 明かりのついていない愛宕家の一室。そこでは床に敷かれている布団に寝転がっている少女四人と、二段ベットからその少女四人の様子を見ている少女二人がいた。愛宕洋榎は頭の中でそんな事を考えながらも、寝ている小瀬川白望ら四人を楽しそうに見ていた。

 愛宕洋榎が予想していたように、小瀬川白望だけが真っ先に熟睡し始めており、他の三人はその小瀬川白望の布団に入るように接近していた。そのため布団は四人分敷かれていたのにもかかわらず、実際に使われていたのは二人分の布団しか使われていなかった。小瀬川白望の両隣りの末原恭子と愛宕絹恵は直接小瀬川白望の体を抱きしめ、末原恭子の隣で寝ている上重漫は末原恭子を通して小瀬川白望の体を抱きしめていた。愛宕洋榎が予測していたことが案の定的中したことになった。

 

「ゆーこ、起きとるか」

 

 そんな面白い光景を目の当たりにした愛宕洋榎は、顔を二段ベットから出して下のベッドで寝ている真瀬由子に小さな声で呼ぶ。真瀬由子もニッコリとした表情で愛宕洋榎に「もちろん起きてるのよー」と小さな声で返した。

 

「な、ウチの言った通りやったろ」

 

「恭子も絹ちゃんも漫ちゃんも自分の気持ちに正直なのよー」

 

 そう言ってヒソヒソ声で話していた愛宕洋榎と真瀬由子だったが、次第に微妙な距離に嫌気がさしたのか、愛宕洋榎は音を立てずに上段のベッドから降り、真瀬由子のベッドの上に乗った。真瀬由子もスペースを確保するために寝転がっていた状態から体を起こす。

 

 

「シロちゃん凄いなあ……この姫松だけでもハーレムを作れるとはなあ……」

 

「やっぱりここだけじゃないー?」

 

 真瀬由子が愛宕洋榎に聞くと、愛宕洋榎は「そうなんよ……多分全国各地にシロちゃん好きが居るわ」と返す。それを聞いた真瀬由子は若干呆れたような表情で「恐ろしいのよー……いつか刺されちゃうのよー」と思わず口に出してしまった。

 

「ホンマにな……まだ刺されないのがおかしいくらいや……」

 

「白望ちゃんにアタックしてる人はおらんの?」

 

「絹から聞いた話ではおらんらしいな……まあ皆こいつらみたいにヘタレなんやろ」

 

「逆に白望ちゃんが好きな人はおらんのー?」

 

 そう真瀬由子に聞かれると、愛宕洋榎はちょっと考えてから「おらんと思うでー……いたらあんな事せんやろ。流石に……」と言う。しかし真瀬由子は「でもいたとしてもあの天然さだから有り得そうなのよー」と反応した。

 

「あー……有り得るかもなあ。まあ仮にそうだとしたら大変なことになるけどなあ。マジで戦争が起きるで」

 

「ヤバい人たちなのよー……」

 

 そんな事を話していた愛宕洋榎と真瀬由子だったが、そろそろ眠くなってきたのか、愛宕洋榎が大きな欠伸をした後真瀬由子にこう言った。

 

「眠いしそろそろ寝るわー……まだこいつらを見てたい気持ちはあるけどなー」

 

「オッケーなのよ。おやすみなのよー」

 

 そうしてようやく長い1日が終わりを告げ、全員が眠りにつくことになった。

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「んん……なんだこれ」

 

 

 目が覚めた小瀬川白望が最初に放った言葉はそれであった。愛宕絹恵、末原恭子、上重漫に両側から抱き締められ、全く身動きができない状態であった。過去に小瀬川白望はこの状態に何度も出くわして来たのだが、それでも起きようとしても身体を起こせないこの感覚に小瀬川白望は慣れなかった。

 

「おっ、王子様が起きたな」

 

 そんな小瀬川白望を見た愛宕洋榎はニヤつきながらそうお目覚めの小瀬川白望に投げかけると、小瀬川白望は「どういう事……?王子様って私女でしょ……」と返す。しかしそれを聞いた愛宕洋榎は少しほど笑って「まあ、こっちの話や」と言って誤魔化した。

 

「っていうか私起きれないんだけど……」

 

「うーん……まあまだそんなに遅い時間でもないし、そんままでもええんちゃう?」

 

「……まあいいや。おやすみ」

 

 小瀬川白望はそう言って再び目を閉じ、眠りに就こうとした。それを見ていた愛宕洋榎は(相変わらずというか……マイペースやな)と思っていながら、下のベッドにいる真瀬由子に話しかけようとした。

 

 

「……」

 

 しかし、真瀬由子は何かを恥じらっているような表情をしていた。それに対し愛宕洋榎は「なんかあったか?」と質問すると、真瀬由子は「絹ちゃんって結構積極的なのねー……」と言った。

 

 

「ウチが寝た後何かあったんか?」

 

「洋榎が寝た後も少し見てたんだけど、絹ちゃんが突然起きて、そのまま白望ちゃんにキスしてたのよー……」

 

 それを聞いた愛宕洋榎は「あー……前もキスしとったな絹は。夜這いみたいな感じではなかったけど……」と寝ている愛宕絹恵を見て呟く。

 

「びっくりしたのよー……起きたと思ったら周りを伺ってキスしてて……凄くあの状況で居づらかったのよー」

 

「まあ……絹にも絹なりで覚悟はあるんやろな……端から見れば完全に夜這いしとる奴やけどな……」

 

 そう言って二人は今度は末原恭子と上重漫の方を見る。そして愛宕洋榎はこう呟いた。

 

「……絹だけに言える話やないんだけど、シロちゃんが誰かとくっついたらどないなるんやろ、コレ」

 

「私たちがフォローするしかないのよー……」

 

「いや、そうやなくて……シロちゃんが夜這いとかされて寝取られるんやないかなって……」

 

「あー……女の恐ろしい事だね……そうなったら本当の修羅場なのよー」

 

「……想像もしたくないわ」




次回に続きます。
何故キスから発展しなかったのか(困惑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第297話 高校二年編 ⑬ 罰ゲーム

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ほれ恭子!心を決めるんや!」

 

「ちょ……ふざ……」

 

「……はい、恭子」

 

 愛宕洋榎にヤジられたじろぐ末原恭子に対し、何故か意外に乗り気な小瀬川白望が末原恭子の事を呼んでポッキーを咥える。それに対し愛宕絹恵と上重漫は悲鳴のような声をあげる。末原恭子はそんな悲鳴を発する二人からも明確な殺意が発せられているのを背中で感じ、色んな意味で冷や汗をかきながら末原恭子は心の中で(……なんでこうなったんや……)と後悔しながら呟いた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……罰ゲーム付きの遊びがしたくなってきたわ!」

 

 事の発端は朝食を食べ終えた後、当然愛宕洋榎が皆に向かってそう言った。いきなり何を言うんだと末原恭子が「……何言ってんのや」と冷たい言葉で言うが、ここで意外にも小瀬川白望が「いいかもね……」と同調する。

 

「ま、マジでか白望!?」

 

「まあ……そういうのもいいんじゃない?腕とか賭けるわけじゃないんだし……」

 

「それは極論やけど……ま、ええわ……」

 

 そうして末原恭子が同意したところで愛宕洋榎はどこからかティッシュの空箱を持ってくると、「そう言うと思って既に罰ゲーム内容は作っとるで、安心せえ」と言って中に何枚もの折られた紙が入っているのを皆に見せる。

 

「い、いつから用意してたんや……」

 

「んー?いつからやろなー?」

 

(罰ゲーム用のこの箱は前から用意してたんやけどな……前からこういうのしたい思っとったし。まあ()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 そう言って愛宕洋榎は北叟笑むと、特に末原恭子と愛宕絹恵と上重漫にバレないようにその笑顔を堪える。そして愛宕絹恵が「お姉ちゃん、ゲームっていっても何するんや?麻雀とかか?」と言うと、愛宕洋榎はこう返した。

 

「それだと四人でしかできないしなー……それに麻雀だったらシロちゃんが勝つに決まっとるし……適当に七並べとかでええんちゃう?」

 

「なんでよりにもよって七並べなんですか先輩……」

 

 上重漫が愛宕洋榎にそう言うが、愛宕洋榎はそれをいなすように「別になんだってええやろ。ウチの本命はこっち(罰ゲーム)なんやし」と言う。

 そうして始まった罰ゲームを賭けての七並べが始まったのだが、結果は分かるように末原恭子がビリで負けとなる。問題が起こったのはその罰ゲーム内容なのであった。負けた末原恭子が渋々罰ゲームが書かれた紙を引き、それを開いた瞬間青ざめる。どうしたものかと愛宕絹恵と上重漫が末原恭子が持っていた紙を見ると、ボンッと爆発したかのように顔を赤くした。

 

(引っかかったな……恭子!罰ゲーム内容は全部シロちゃん関連や!)

 

 カタカタしている末原恭子を見て愛宕洋榎は笑いを必死に抑える。愛宕洋榎が言うようにティッシュの箱の中には全部小瀬川白望が関連しているものであり、末原恭子はどれを引こうとも小瀬川白望と何かをしなければならないのであった。しかし全てをそういった罰ゲームにしてるといっても、愛宕洋榎や真瀬由子、本人の小瀬川白望が引く場合を全く考慮していないわけではない。用意した罰ゲームは仮に愛宕洋榎と真瀬由子が引いたとしてもギリギリ大丈夫なお題しか用意しておらず、小瀬川白望はまずどんなゲームであれど勝負事という時点で負けないだろうという一種の信頼を置いていた。しかしそんな心配事も杞憂に終わったようで、案の定末原恭子が負けたのだが。

 

「恭子、何引いたん?」

 

「洋榎……お前……」

 

 そう言って末原恭子は愛宕洋榎に『シロちゃんとポッキーゲーム』と書かれた紙を見せると、愛宕洋榎は嬉しそうに「ポッキーゲームかあ!中々の引いたな恭子!」と言うと、予め用意してあったポッキーを取り出す。そうして愛宕洋榎は小瀬川白望に「シロちゃん、ちょっとポッキー咥えてくれへん?」と要望する。

 

「え、私……?」

 

「まあ罰ゲームやからなあ……本来は恭子の罰ゲームなんやけど、頼まれてくれ!」

 

(……洋榎って結構ゲスなのよー)

 

-------------------------------

 

 

「くっ……ホンマにやるんか洋榎、由子!?」

 

「罰ゲームは絶対なのよー」

 

「当然やな」

 

 そして現在に至る。小瀬川白望は既にポッキーを咥えて準備済みであり、あとは末原恭子の決意次第であった。後ろにいる愛宕絹恵と上重漫は同時に(そんな事やら負けた方が良かったわ……)と後悔していた。

 

「っ……ハア。仕方ない、白望!行くで……!」

 

 かなり悩んでいた末原恭子も、ついに意を決したのか小瀬川白望の事を呼ぶ。咥えているため喋れない小瀬川白望はゆっくり首を縦に振ると、小瀬川白望は自分の顔を末原恭子に寄せ、末原恭子がポッキーを咥えれるように近づく。

 

(……落ち着け、落ち着くんや末原恭子。こんなん途中で失敗すればそれで終わりや……)

 

(ええい、ままよっ!)

 

 そう心に唱える末原恭子だが、いざ咥えてみると小瀬川白望の顔が眼前にあり、しかも逃げようにも逃げられないので顔を逸らすこともできず、ただ頭を真っ白にしていた。

 

「準備ええな、二人とも。よーい、スタートや!」

 

(えっ、ちょ……!?)

 

 頭が真っ白になってしまったため先ほどの決意などどこかへ飛んでしまった末原恭子の事など御構い無しといった感じです愛宕洋榎が開始を宣言する。末原恭子が驚き戸惑う間にも、小瀬川白望はポッキーを食べ進めていた。

 

(なっ、早……)

 

 末原恭子も取り敢えず途中で折れることを祈って食べ始めるが、時間が経つごとに小瀬川白望との距離が縮まるだけで、折れる気配は一向にしなかった。

 

(は、早く折れへんと……このままじゃ……)

 

(キ……ス……!?)

 

 しかし末原恭子の祈りも通じず、結局最後まで折れることなく二人の唇が触れ合うこととなった。一瞬だけではあったが、末原恭子は唇が触れた瞬間脳が沸騰しそうな感覚を覚えた。

 

「あ……」

 

 結果的にキスとなってしまったのに気付いた小瀬川白望はそう言って唇を離す。愛宕絹恵と上重漫は手で顔を隠すようにしていたが、それでも指と指の隙間からしっかりとその瞬間をみていた。そして愛宕洋榎はそんな末原恭子の事を見て、こんな事を思っていた。

 

(……良かったな、恭子)

 




次回に続きます。
ちょうど末原さんが誕生日なので……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第298話 高校二年編 ⑭ 絶対にまた来い

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「はあ……死にたい……」

 

 

 『小瀬川白望とポッキーゲーム』という罰ゲームを執行され、それを半ば強制的に完遂させられた末原恭子は興奮が過ぎ去った後に来る反動、二言で言って仕舞えば羞恥と後悔に身を焼かれていた。部屋の隅っこに身を縮こませ、ため息を混じらせて後悔の念を口から吐き出す。

 

(でも……唇柔かったなあ……)

 

 しかしいくら後悔していると言っても、やはりあの時の感触が忘れられないのか末原恭子は自分の唇に指を当ててほんの数分前に起きた小瀬川白望との一瞬の接吻を想起し、その時の幸せな感覚に酔い痴れていた。

 

(ってちゃうやん……キス魔でもあるまいし、何より最低や……)

 

 そして我に返った末原恭子は再び自責の念に駆られる。感情が昂ぶったり落ち込んだりと起伏に富んでいた末原恭子の心であったが、後ろから小瀬川白望に声をかけられて今まで考えていた一切合切を消し飛ばされてしまう。

 

 

「ねえ、恭子」

 

「……っ!?な、なんや……」

 

 今の今まで小瀬川白望の事で心を揺れ動かしていたので、突然その本人に声をかけられて、驚きたじろぐ末原恭子であったが、小瀬川白望がそんな忖度などできるはずもなく、平然とした表情で何の特別な意味を持たずに末原恭子に話しかける。

 

「ごめん、恭子」

 

「い、いや……って、はあ?」

 

 藪から棒に小瀬川白望に頭を下げられて、先ほどとはまた違った驚きと困惑が頭の中を駆け巡った末原恭子だったが、小瀬川白望はそれを無視して「……恭子が落ち込んでたから、私とポッキーゲームやったのがそんなに嫌だったのかと……」と言う。

 

「そっ……そんなわけないやん!」

 

 それを聞いた末原恭子は条件反射的に小瀬川白望の肩を掴んでそう叫ぶ。いきなり叫んだ末原恭子に、小瀬川白望だけでなく周りの愛宕洋榎達も驚くが、末原恭子はこう続けた。

 

「……むしろ、ありがとうな。ウチの罰ゲームに付き合ってくれて」

 

「別に……まさか成功するとは思わなかったけど」

 

 小瀬川白望は末原恭子にそう言うと、少しだけ視線を逸らす。それを見た末原恭子は小瀬川白望にも羞恥という感情があるのかという驚きと、自分相手に羞じらいを感じているという事に対しての若干の嬉しさを感じつつも、末原恭子は「ま、まあ……あれは事故やしな!しゃあないわ!」とその喜びを隠すように誤魔化す。

 

「うん……って、あれ。じゃあなんでさっきまで落ち込んでたの」

 

 しかし小瀬川白望が思い出したかのように末原恭子に質問するが、末原恭子は「い、いや?そもそも気のせいだと思うで?」と言って強引に押し通す。普通なら嘘である事が一瞬でバレてしまうような拙い言い訳だが、小瀬川白望は末原恭子がそう言うならという事であっさりと受け入れてしまう。末原恭子はそんな小瀬川白望のお人好しなのかそれとも天然なだけなのか分からないが、そういう人を信用し過ぎな点に対して心配していた。

 

(いつか誰かに騙されるんちゃうか……逆に怖くなってくるわ)

 

 

 

 

(末原先輩と小瀬川さんとのキスシーン……あんなん見る方もキッツイわ……)

 

 そしてそんな二人を少し離れていたところから見ていた上重漫はというと、生まれてこの方見たこともないキスシーンを、よもや目の前で見てしまったという事で顔を真っ赤にし、初めての光景という事もあってか、それを頭の中で何度も何度もリフレクトさせていた。

 

「……顔真っ赤だけど、大丈夫?」

 

「わっ!!」

 

 小瀬川白望がそんな上重漫の視界に入って声をかけると、上重漫は叫び声をあげて思わず立ち上がり直立した。頭の中が真っ白になる上重漫だったが、小瀬川白望は上重漫に畳み掛けるように立ち上がって右手を上重漫の額にくっつける。額を触られた上重漫は声も出ないほどの驚きと戸惑いを見せたが、小瀬川白望は暫くすると右手を離し、「……熱はないのか。でも顔、すごい赤いよ」と上重漫に言う。

 

「あ……だ、大丈夫なんで!ホンマに、はい!」

 

「漫がそう言うなら……いいけど……」

 

 小瀬川白望はそう言って愛宕洋榎の元へ行くが、上重漫は直立したまま額を摩り、(……小瀬川さんに触ってもろた)と充足したような表情を見せ、口元を緩ませる。

 しかしそんな幸せ気分の上重漫を嫉妬に塗れた愛宕絹恵は音も無く上重漫に忍び寄って羽交い締めにする。上重漫は「な、何するんや!?」と叫ぶが、愛宕絹恵は聞く耳を持たずに「随分と幸せそうやったなあ……?漫ちゃん」と言い、上重漫ごと末原恭子の方を向く。すると末原恭子はいつの間にか水性ペンを右手に所持し、キャップを既に外していた。

 

「漫ちゃん……良かったやん、デコ触られてなあ?そんなに良かったんなら……ウチが触ってもええよなあ?」

 

「ちょ……待って下さ……」

 

「問答無用や!覚悟しい!」

 

 そう言って末原恭子は上重漫に向かって飛びつくように襲いかかった。そんな光景を側から見ていた小瀬川白望と愛宕洋榎は、「……何やってんの、あれ」「ああ、あれは恭子と漫のスキンシップみたいなもんや」といったやり取りをしていた。

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……じゃあ、私はこれで」

 

「じゃあな、シロちゃん。元気でな」

 

「また会えるのを楽しみにしてるのよー」

 

 あれから時間が経ち、とうとう小瀬川白望の出発する時が来た。愛宕家から数歩離れたところで、小瀬川白望と愛宕洋榎と真瀬由子は別れの言葉を交わす。

 

「……他の三人は?」

 

 小瀬川白望がここにいない三人の事について触れると、愛宕洋榎は「別れが辛いから立ち会いたくないんやて。だからシロちゃん、絶対にまた来るんやで!」と答える。小瀬川白望は「うん……また来るよ」と言うと、二人に手を振ってその場を後にした。

 

 

 




次回からは千里山編の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第299話 高校二年編 ⑮ 加速

今回から千里山編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「なありゅーか」

 

「どしたん?怜」

 

 小瀬川白望が愛宕家を離れた頃とほぼ同時刻、千里山女子高校の麻雀部の部室内では園城寺怜が清水谷竜華に膝枕されていた。園城寺怜はそんな状態で自信に極上(園城寺怜曰く)の太ももを提供している清水谷竜華に声をかける。無論清水谷竜華は優しく園城寺怜に聞き返した。

 

「今日イケメンさん……来るんやろ?」

 

「そうやでー。久々やなー」

 

 園城寺怜の言う『イケメンさん』とは勿論の事小瀬川白望の事であり、清水谷竜華はそれを理解してそう返した。それを近くで聞いていた江口セーラは自分の想い人が来るという事を事前に小瀬川白望本人から知らされていたというのにも関わらず、改めてその話をされて体をビクッと跳ねらせていた。

 

「先輩、その『イケメンさん』さんって言うのはもしかしなくても……」

 

 その反応に興味を示した船久保浩子が、もしやと思ったのか清水谷竜華に『イケメンさん』について質問すると、「お、浩子。知っとるんか?シロさんの事」と逆に小瀬川白望の事を知っているのかと船久保浩子に質問する。

 

「『シロ』ってやっぱり、小瀬川白望の事ですか」

 

「っ!」

 

(セーラ……どんだけ緊張しとんの)

 

 小瀬川白望に関する単語を出すだけで身体を跳ねる江口セーラに若干ほど園城寺怜は引いていたが、清水谷竜華はそれに気づいていないのか、無視して「せやね、小瀬川白望や」と答えた。

 

「オバさん……じゃなくて監督や絹ちゃんとかから色々噂は聞いてますんで……なんでも先輩方の何倍も強いとかなんとか」

 

「ま、まあそうやな……シロの腕は半端ないわ。多分っていうか実際チャンピオンより強いしな」

 

「そうですか……あのチャンピオンよりも……」

 

(それ以外にも相当な誑しだとか色々聞いてたけど……察するに江口先輩と園城寺先輩は既に落とされとるな……)

 

 清水谷竜華はどうなのかは船久保浩子でも判別はできなかったが、とりあえず園城寺怜と江口セーラは既に小瀬川白望の虜となっているのを知れただけで良しとしようと船久保浩子は満足していた。

 そしてそんな中、監督である愛宕雅枝が部室に到着する。清水谷竜華達は監督に向かって「おはようございます、監督」と挨拶すると、愛宕雅枝は声を上げて皆にこう指令する。

 

「ここにいる四人は知っとるな、小瀬川白望が今日ここで来る事を」

 

「まあ……っていうかてっきり監督と一緒に来るもんかと思っとりましたよ、昨日から小瀬川さんが監督の家にいるって聞いてから、そのまま一緒に来るもんかと……」

 

「そ、そうなんか?浩子」

 

 船久保浩子から唐突に新情報を公開され、驚いた江口セーラは船久保浩子にそう聞くが、船久保浩子は澄ましたような表情で「はい。絹ちゃんから一昨日あたり自慢されたんで、知っとりましたよ」と答える。それを聞いた江口セーラは少ししょんぼりしたような表情で「そっか……まあシロの事やしな……」と呟く。

 

(あ、江口先輩が乙女モードに……カメラ持って来ればよかったな……)

 

(あんの貧乳と巨乳の姉妹……やっぱイケメンさんを狙っとったんかあいつら……)

 

 そして園城寺怜は膝枕されている状態で嫉妬心を燃やしていたのだが、あまりに感情を昂ぶらせてしまったのか、園城寺怜は咳き込む。清水谷竜華は咳き込んだ園城寺怜に「大丈夫か?」と声をかけると、園城寺怜は「大丈夫や大丈夫。ちょっと咳き込んだだけや」と答え、すっと立ち上がった。

 園城寺怜は清水谷竜華に対してああ答えたものの、実際は大丈夫とは言い難いものであり、それどころかその真逆の容態であった。小さい頃から病弱である園城寺怜にずっと纏わり付いていた、自身を蝕む何か。それが最近だんだんと激しさを増してきたのであった。無論、病弱故に自分の健康状態には常に気を遣い、ちょっとの身体の乱れが直ぐに分かることができるようになっていた彼女にとってその異常はすぐに察知できた。

 

(あー……ちょっとヤバいかもなあ)

 

 自分の健康状態が悪化している事に対して意外にも真摯に受け止める園城寺怜であったが、不思議と恐怖は感じてはいなかった。直ぐに良くなるであろうという前向きな捉え方などでは全然無く、着々と自分の身体が蝕まれているという事を理解し、その上で恐怖を感じていなかった。

 

(……なんでなんやろな。イケメンさんが来るからなんかなあ?このままいけばマジでぶっ倒れるかもしれへんけど……イケメンさんの腕の中で倒れるんならそれもアリかもなあ……?)

 

「怜?とーき?」

 

「んっ?あ、ああ。りゅーか。どないしたん」

 

 園城寺怜は清水谷竜華に呼ばれて返事をするが、そこで園城寺怜は異様な光景を見た。急に自分以外の空間が加速したような幻覚が園城寺怜の目の前で展開される。

 

(あれ、なんで皆……そんな険しい表情して……?)

 

 そして加速した時間の中で、清水谷竜華含む部室内にいた全員が険しい表情で、何かに焦っていたような感じで高速行動していた。愛宕雅枝は見たことのないような表情で携帯電話で誰かと話をし、清水谷竜華は涙を流していた。清水谷竜華の後ろには江口セーラと船久保浩子が驚愕した表情を見せる。園城寺怜はそれらを見て一体なんの幻覚かと顔を顰めるが、加速した時間は元には戻らず、どんどん先へと進んでいく。どこまで行くのかというと、小瀬川白望がこの部室に来るまでであった。

 

(……は?イケメンさん?)

 

 そうして小瀬川白望が部屋に来るまで時間が加速したと思いきや、今度はそこで時は止まる。静止した空間で園城寺怜はマネキンドッキリの何かかと思っていたが、視線を下に移した園城寺怜は絶句した。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(え……なんで……ウチ……?)

 

 

(倒れ……て……)

 

 

 園城寺怜の思考はそこまで達すると、止まっていた世界が逆行するように巻き戻る。加速していた時間の数倍の速さで、時間が巻き戻っていく。そしてようやく元の時間に戻っていた時には、園城寺怜の意識は失われ、身体の重心は既に傾いていた。

 

 

 




次回に続きます。
怜の運命やいかに……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第300回 高校二年編 ⑯ 救急

祝、300回という事で前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……怜?」

 

 園城寺怜が自分が咳き込んだ事に対して大丈夫と発言して立ち上がったまではよかった。しかし、園城寺怜が元気そうに立ち上がってから数秒後、彼女の異変にいち早く気付いたのは一番近くにいた清水谷竜華だった。何かがおかしい、そう思って園城寺怜に声を掛けるが、園城寺怜からの返答はない。一向に立ち尽くすだけであった。

 

「どうかしましたか?園城寺先輩」

 

 流石に清水谷竜華の呼びかけにも対応せず、ただ無視を貫いて立ったままの園城寺怜に船久保浩子も不審に思う。最初は船久保浩子も何か考え事でもしていたのかと思っていたのであった。が、園城寺怜にとっての小学校からのパートナー的存在である清水谷竜華にあそこまで無視を決め込む事など、園城寺怜に限ってあるわけがない。そういった二人の絆に対して熱く信頼していた船久保浩子は直ぐに先ほどの前提を覆し、こちらも園城寺怜に声を掛けるものの、やはり返答はない。

 

「怜、どうしたん……」

 

 ここまで来ると流石に皆にも今の園城寺怜が何かおかしいという事に気付き、江口セーラが園城寺怜にそう言って園城寺怜の肩に手を掛けようと、手を伸ばしながら近寄る。が、江口セーラがその腕を伸ばしきり、園城寺怜の肩に乗らんとしたまさにその時であった。立ったまま地面に固定されていたかに見えた園城寺怜の身体が、緊張している細い糸がプツンと切れたかの如く軸を失う。そしてそのまま、力無く園城寺怜の身体が横に倒れたのであった。

 

「……と、怜?」

 

 江口セーラは右手を伸ばしたまま、視線だけを下に移す。目の前で園城寺怜が倒れたというのに、江口セーラの脳が『園城寺怜が倒れた』という事実を確認した時間と園城寺怜が倒れた時間との間には数秒のラグがあった。

 いや、恐らく江口セーラは『園城寺怜が倒れた』と直ぐに理解できていたのだろう。ただ、それを江口セーラ自身が否定したかったために、事実を認めるのには若干の遅延があっただけで、江口セーラの容態は好調の健康体である。

 

「う、うそや……」

 

 江口セーラが目の前で起こった事実を認めたのとほぼ同時に、清水谷竜華がそう呟く。江口セーラと同じく、まだ現実に起こった事が事実であると脳は理解しているのだが、清水谷竜華という人間はそれを肯定できなかった。

 

「うそやろ……なあ、せやろ……?怜?だって……大丈夫って……」

 

「先……輩」

 

「怜!……嫌っ、嫌あああああああああああ!!!」

 

 清水谷竜華が絶叫に近い声を出しながら園城寺怜に駆け寄るが、園城寺怜から返事など帰ってくるわけもなく、ただ倒れているだけである。船久保浩子もようやく我に返ったのか、一番近くにいる清水谷竜華ではなく、江口セーラに向かって「江口先輩!今直ぐ園城寺先輩の気道を確保した後、呼吸と脈を確認してください!呼吸が無いようなら人口呼吸、そしてAEDを持ってくるように私に言って下さい!」と叫ぶ。この状況下ではまだ現実を受け止めきれていない清水谷竜華よりも江口セーラの方が働くとの判断だろう。江口セーラは「わ、わかった!」と言って園城寺怜に駆け寄り、呼吸の有無と脈の状態を確認し始める。

 

「おばさんは救急車呼んで下さい!ウチは園城寺先輩の方を見てるんで!」

 

「了解や。怜に何かあったら直ぐにジェスチャーで知らせるんやで!」

 

 愛宕雅枝はそう言うと、携帯電話を胸ポケットから取り出して119番に電話をかける。その時番号を押す時の愛宕雅枝の右腕は震えていたが、(……落ち着けや自分。教え子の緊急時に師が無能でどないすんねん!)と自分に叱咤し、震える手を強引に動かして救急車を要請する。

 

「……呼吸はあるみたいやな。脈はどうや」

 

「こっちも正常です……一体何が原因で……まさか熱中症?」

 

 一方では江口セーラと船久保浩子が応急処置を園城寺怜に施していた。船久保浩が園城寺怜が倒れた原因について考えていると、部室のドアが開く音がした。船久保浩子はもう救急車が到着したのかと自身の予想何倍も早い時間帯である事に対して驚いていたが、振り返ってみるとそこには救急隊員ではなく、白髪の少女が立っていた。

 

 

「……怜!」

 

「なっ!?し、シロ!?」

 

 江口セーラは突然の小瀬川白望の登場に驚き名前を呼ぶ。すると船久保浩子が小瀬川白望に向かって「小瀬川さんですね!?そこのドア、全開にしといて下さいわ!」と叫ぶ。そう言われた小瀬川白望はスッと部室のドアを開け、江口セーラの元までやってくる。

 

 

「……怜の容態は?」

 

「今んとこは怜が倒れただけで、他はなんも異常なしや……」

 

「今監督が救急車呼んで下さったんで、後7分程度で来ると思います」

 

 船久保浩子がそう小瀬川白望に対して答えると、小瀬川白望は「取り敢えず何も異常が無くてよかった……」と言って胸をなで下ろす。

 そして江口セーラはこの事態に何故小瀬川白望が気付いたのかと聞くと、小瀬川白望は先ほど清水谷竜華の悲鳴が聞こえてきたから、急いで部室にやってきたと明かした。先ほどは突然の余り乱心状態であった清水谷竜華も若干は落ち着いたのか、目尻に涙を溜めながら「怜……」と呟いて鼻をすすっていた。

 

 そしてその後は園城寺怜の身体に何の異常も現れる事なく、救急隊員が到着し、園城寺怜の痩せている身体を担架の上に乗せると、そのまま救急車の中まで運んだ。小瀬川白望達は園城寺怜の付き添いとして救急車に乗り、そのまま近くの病院まで運ばれた。

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「それで、ウチの怜は大丈夫なんですか。先生」

 

 園城寺怜が運ばれていった部屋とは違った部屋で、愛宕雅枝は医者に園城寺怜の容態について尋ねる。どうやら意識は回復したようで、小瀬川白望達は今頃園城寺怜のいる病室で園城寺怜と面会でもしている頃だろう。

 

「それなんだがね……」

 

 そして医者は口を開き、そう前置きする。それを聞いた愛宕雅枝は緊張で胸がドクドクと波打っていたが、次の瞬間呆気に取られたような声を上げる事となった。

 

「……どこにも異常が見られないんだよ」

 

「……はあ?」

 

 驚きのあまり情けない声を出してしまった愛宕雅枝を見て、医者は「あ、いや。それでは語弊があるね」と言って訂正する。

 

「というと……?」

 

「確かに意識を失っていた時は異常なまでの極度の身体の疲労が見られた。元々病弱な体質な彼女から見た話ではなく、常人からでも考えられないほどのね?」

 

「疲労……ですか?」

 

 愛宕雅枝が医者に向かってそう質問すると、医者は「……疲労って言ってもひとえに疲れてるだとか、そういう話じゃないよ。力が削られていたんだ」と付け加える。

 

「ところがどうしたものか……意識を回復した途端、一気に通常の容態に戻ったんだよ。力も元通り。私も長い事この病院で勤めてきたけど、この事例は初めてだね」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そうだよ。病気を患っている……とは回復してしまった以上言い難いし、言うなれば……オカルト的な何かかね」

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……皆、ウチ、皆に言わなきゃならん事あるねん」

 

 そして所変わって病室では、意識を取り戻した園城寺怜が自身の無事を喜んでいた小瀬川白望達に対し、そう切り出した。その瞬間一気に場の空気がピリッとするが、小瀬川白望は「いいよ……何」と園城寺怜を促す。

 

「実は……ウチ」

 

 

 

「未来……見えるようになったかもしれん」

 

 




怜が覚醒しましたね……
因みに医者は優しそうなおじいさんをイメージしてセリフを書きました。はい、どうでもいいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第301話 高校二年編 ⑰ 未来視

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「未来……やて?」

 

 清水谷竜華が、園城寺怜から告げられた意外すぎる告白に驚きを隠せず、思わず聞き返してしまう。流石の小瀬川白望も唐突すぎたのか、若干驚いたような表情を見せた。園城寺怜は清水谷竜華の問いにもちろん首を縦に振る。

 

「……未来って、あれやろ?何秒後とか……何日後とか……」

 

「それ以外に何があるねん」

 

 清水谷竜華の天然ボケに対し素早くピシッと突っ込む園城寺怜。その様子を見るに、どうやら本当に体調は良くなったらしい。ほんの数十分前に突然倒れ、救急車で搬送された人間とは思えないほどピンピンしている。

 

「未来ねえ……今も見えるの?」

 

 そしてそんな園城寺怜に小瀬川白望がそう尋ねると、園城寺怜は「どうやろな……偶々見えたから、どうやって見れるかは分からん……それに、その未来が見えた所為で倒れて死にかけたしな。さっき倒れたんはその未来視が原因や」と答える。確かに園城寺怜の言葉も尤もな事だ。未来が仮に見えるようになったとして、それを意図的に見る為にはどうすれば良いのか分からないのは当然の事だ。そしてその上で更に意図的に見る事ができたとしても、未来を見たのが原因で今回の事件を引き起こしてしまったのだ。もしもう一度見ようとすれば、それこそまた死にかける恐れがある。

 

「まあ……それが麻雀で生かせれるなら強いだろうね……」

 

「ちょ、シロさん!」

 

 清水谷竜華が小瀬川白望を制止するように発言する。勿論の事、小瀬川白望としても園城寺怜に無理はさせたくはないのだが、小瀬川白望の言う通り未来を見る事が麻雀に生かせれるならかなり強い部類に入るという事に関しては間違いはないだろう。無論、園城寺怜にかかるリスクはまた別の話としてだ。

 

「……せやね……そら未来視ができたら強いわ。……やるよ。ウチ。麻雀で試してみるわ」

 

「怜!?」

 

 が、しかし。園城寺怜は自分でできるかどうかも、本当に大丈夫なのかも分からないのを知ったその上でそう提案した。無論、その提案を真っ先に拒否したのは清水谷竜華であった。清水谷竜華は園城寺怜の肩をガッと掴むと、ここが病室である事も忘れて声を上げる。

 

「ダメや!怜!もう見たらアカン!」

 

「……りゅーか。ここは病室や。いくらウチらしかいないからといって騒いでええ事じゃないで。……それに、何言うとるんや」

 

 しかしいつも病弱だなんだのと言っていた園城寺怜もここは引き下がらず、清水谷竜華に反発する。ここで理にかなっているのは当然清水谷竜華の方であり、危険であるという事は十分園城寺怜は理解していた。当然、園城寺怜の言葉が嘘だと思っている人物などいるわけがなく、またそれを園城寺怜も良く分かっている。証明する事が目的でないのなら何故、園城寺怜はそこまでしてやろうというのか。そんな皆の疑問に答えるようにして園城寺怜は口を開く。

 

「安心せえ……まだ麻雀で見れると決まった訳やあらへんし……それにな?イケメンさんや竜華達が頑張ってるところ見ると……切なくなるねん。ウチもああいう風に皆と闘いたい、ってな」

 

「怜……」

 

「それに、イケメンさんは小学校の頃一度死にかけたやろ?……まあイケメンさんはその前も強かったけどな。……まあ、そんならウチもそれ位の努力をせんといかん……分かってくれ竜華。ウチにとってこれが高校最後のチャンスやねん」

 

 園城寺怜がそう言うと、清水谷竜華は黙りこくる。園城寺怜の身体を優先するべきか、園城寺怜の意思を優先するべきか。その二択で大いに迷っていた。しかし清水谷竜華が迷っていたところを横切るようにして小瀬川白望が、「いいよ。怜にその覚悟があるならやってみようか」と園城寺怜に向かって言った。

 

「ありがとうな、イケメンさん」

 

「大丈夫なんか?シロ」

 

 その話を先ほどまで黙っていた江口セーラが初めて口を開き、小瀬川白望に尋ねる。江口セーラもこの事に関しては園城寺怜の意向に任せるといった姿勢を保っていたものの、いざやるとなると本当に大丈夫なのかどうか怪しくなってくるものだ。

 

「どうだろうね……私も未来視なんて初めて聞いた事例だし……」

 

 無論、小瀬川白望も初めての事であるのでどうなのかは疑問だ。しかし、園城寺怜がやると言った以上ベストを尽くすのみだ。そう江口セーラに答える。

 

「……シロがそう言うんなら、ウチもサポートするで」

 

「じゃあウチはそのデータを採らせていただきます。もしかしたらその未来視に何か法則性が見えるかもしれませんしね」

 

「セーラ、船Q……」

 

「……分かったわ。分かったわ怜!怜がそこまで言うんやったら付き合うわ。但し怜、危なくなったら直ぐに言うんやで」

 

 そう清水谷竜華が忠告すると、園城寺怜は「ありがとうな、竜華」と微笑むと、愛宕雅枝が病室へ入ってきた。愛宕雅枝が入って開口一番に行った言葉は「怜、何か異変はあったか!?」であった。

 そして愛宕雅枝に園城寺怜に起こった異変を言うと、愛宕雅枝は「成る程なあ……あの医者の言う通りや」と答えた。

 

「それで、ウチはいつまでこの病室へいるんですか」

 

 園城寺怜は愛宕雅枝にそう尋ねる。ああは言ったものの、病室で寝かせられている状態で更に体に負担がかかるかもしれない事などできるわけがない。最低限ここから出られるまでは足踏みを食らう事になると思って園城寺怜が愛宕雅枝に尋ねたのだが、愛宕雅枝からは意外な答えが返ってきた。

 

「ああ、もう帰ってもいいそうや」

 

「えっ……?」

 

 清水谷竜華が思わずそう口に出すが、愛宕雅枝は「医者さん曰く、一時的なものだからもう治療や安静にする必要はないそうや」と説明する。

 

「ふーん……」

 

「ま、これで良かったんちゃうんか?シロがいる内に試せて」

 

「せやね……」

 

 そう言ったあとは園城寺怜が帰りの支度を始めるため、小瀬川白望らは病室から出る。そして小瀬川白望がトイレに行くという名目で誰もいない空間に来ると、赤木しげるに対してこう問い掛けた。

 

「ねえ、赤木さん」

 

【……例の嬢ちゃんの未来視の事か?】

 

「そうなんだけど……赤木さんがいた頃に未来視できる人っていた?」

 

 小瀬川白望がそう聞くと、赤木しげるは少し思い返すような間を空け、【どうだかな……曽我のは能力っていうより、長年の経験と勘によるものだからな……】と答える。

 

「……成る程ね」

 

【ま、あの嬢ちゃんに無理はさせないこったな。あの嬢ちゃんの未来視は麻雀でも十中八九使える。が、その後が問題……】

 

「というと?」

 

【要は『何処まで見えるか』という事……何秒見えるのかといった時間的な問題から……仮に見た未来と違った行動をした場合、その時はどうなるのか……まあ、何にせよ嬢ちゃんの身体じゃあせいぜい一……いや、二巡分の時間が限度だろうな。それ以上はそれこそあの嬢ちゃんの生死に関わる……】

 

「……分かった」

 

 そう小瀬川白望が言うと、赤木しげるは【まあ、自分の命を棒に振るような覚悟があるならやらせても面白いかもな……ククク……】と笑った。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第302話 高校二年編 ⑱ 時間

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……始めるで」

 

 

 園城寺怜達は病院から千里山女子高校の麻雀部部室へと戻り、まず始めた事は園城寺怜の未来視が麻雀でも使えるのか、そもそもその未来視をもう一度使う事ができるのか。その二つを確かめるべく、園城寺怜と清水谷竜華と江口セーラ、そして小瀬川白望が卓を囲んだ。園城寺怜の後ろには船久保浩子がタブレット端末を片手に園城寺怜の手牌を見ていた。

 そして園城寺怜は皆に向かって今から始めるという事を宣言する。その宣言に対して三人は了承の意を伝えるべく首を縦に振る。園城寺怜はそれを皮切りに、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……」

 

 暫く目を閉じ続ける怜だったが、この場にいる皆は園城寺怜に対して見えたとかどんな感じだとか、一切声はかけなかった。無論、園城寺怜の集中を途切らせないためである。園城寺怜のいる卓から少し離れていた所から見ていた愛宕雅枝も、他の部員が寄ってこないように見張りつつも、しっかりと目線は園城寺怜に注がれており、危なくなったらいつでも対処できるよう心構えていた。

 

(……何も見えへん、お先真っ暗や。くそッ、やっぱアレ(未来)が見えたんは単なる偶然っていう事なんか……?)

 

 そして一方の園城寺怜は、目を閉じて集中しているが何も見えてこないのに対し若干苛つき、悲観になる。それもそうだ。自分がようやく親友と同じ土台に立つ事ができ、競い合い、高め合う立場になれるかもしれないというのに、こう出だしが悪ければ悲観になってしまう。

 

『……死にかけた当初は面白いと思ったんじゃがのお……何故そこまで悲観する、餓鬼』

 

 が、そんな園城寺怜の精神世界に突然何者かが入り込んでくるかのように、此処にはいないはずの誰かの声が聞こえた。園城寺怜はその声に対し驚き目を開けてしまいそうになるが、園城寺怜がどれだけ目に力を入れたとしても、一向に目を開く事ができなかった。

 仕方なく、園城寺怜は素直にその声の主に届くかどうかは分からないが、心の中で念じるように会話を試みる。

 

(なんやねん、誰やアンタ)

 

『質問を質問で返すな小童が。儂に口答えするなど数千年早いわ』

 

 やけに攻撃的な言葉で園城寺怜に返事をする。園城寺怜も先ほどまで苛ついていたのが、一気にその声のおかげかどうかは知らないが、我に返り冷静になる事ができた。園城寺怜はその声の主に対して若干怯むが、正直に理由を打ち解ける。

 

(なんでって……ウチ、麻雀できひんもん。未来もあれっきり見えへんし)

 

『ほう……できない、か。それほどの才を持つ者が、そんな愚図の代名詞のような台詞で悲観するか……甘ったれるな、餓鬼』

 

(……ウチが才能あるみたいな言い方やな。そんな才があるんなら今部活で三軍やっとらんわ)

 

 園城寺怜が自分の素性を明かしながら反論するが、その声の主は一蹴する。『そこが駄目なんじゃよ。だから貴様は平凡止まりなんだ』と園城寺怜に言い放つ。それに対して園城寺怜が何かを言おうとしたが、先に声の主がこう続ける。

 

『いいか、時間というものは万物、森羅万象において絶対に他者から侵されることのない絶対的概念。ここまでは分かるな?』

 

『それを……何だ?ただの偶然で、時間を超越した未来など見えるか?凡人には紛れだろうと越えることのできない時間という枠組みから、貴様は飛び出したのだ。という事は、貴様はその時間を越える才があるに違いないは確定的じゃろて……!そもそもそんな凡人に、儂は声をかけんわ……!』

 

 

(そんなん言われても……実際見えへんし)

 

 園城寺怜がそう言って気落ちするが、声の主はあっさりと『当然だ』と答えた。園城寺怜は先ほどまでの話とは百八十度違う発言に驚くが、声の主はこう付け足した。

 

『そんな心構えで見れるわけがなかろう……時間を超越できる者、言うなれば森羅万象、万物を統べる者……その者であると自覚を持て……!王……神……それすらも超えた者である事の自覚……もっと傲慢に、もっと貪欲に……全てを掴め……!』

 

(自覚……か)

 

『そうだ……!恐れるな!勝つ……仕留める……捻じ伏せる……神が選びし者は自分だ……!他がどうであれ、貴様には関係のない些末なこと……出来ぬことなど無いッ……!()()()()()を叩き潰すんじゃ!』

 

 そう園城寺怜に熱弁すると、園城寺怜はふふっと笑ってその声の主に対して(ありがとな)と礼を言う。そう言ってから声が止まり、完全にいなくなったのを確認した後、園城寺怜は目を開ける。

 

(……全てを、視る……!)

 

 その瞬間、キュイイイイインという音と共に園城寺怜が見ている世界が静止して、緑色に世界が染まる。あの時倒れたのと同じ現象が再び起こった。そして世界は緑色のまま進む。漸くこの時園城寺怜は未来が見えているという事に気付いた。

 

(うわっ、凄いなこれ……色んな視点から見えるんや)

 

 園城寺怜は未来を見ている内に、自分からの目線以外にも、様々なところか見ることができる事に気付いた。相手からの視点からも見えるお陰で、次に相手が引く牌も見る事ができる。その発見に園城寺怜が凄いなと感心していると、園城寺怜はあることに気づく。

 

(っちゅう事はこれ……イケメンさんのパンツとか見れんちゃうんか!?)

 

 そう思って神経を集中させるが、一向に見える気配はしなかった。どうやら未来を見て、その未来の中で何らかの変化もない物を見るための視点は見えないらしい。しかしそれが分かっただけでも十分と言わんばかりに園城寺怜は息を呑んだ。

 

(という事はあれやな……着替えシーンやお風呂シーンも覗けるな。まあ一緒に入れば万事解決なんやけど)

 

 そんな無駄なことを考えている内に、園城寺怜はそろそろ疲れてきたようで、未来を見ることを中断する。時間にして場が一巡と何秒分かの時間であったが、無事に見る事ができた。

 未来を見終えた園城寺怜は一瞬フラつくが、すぐに身体を固定して皆の方を見る。少し息切れはしていたものの、右手でグーサインを出すと、皆が明るい表情になった。愛宕雅枝も園城寺怜に近づいて共に喜ぶ。

 

「できたんやな!怜!」

 

「ああ……親切な爺さんと、みんなのお陰や」

 

「爺さん?」

 

 清水谷竜華がそう言うと、園城寺怜は「まあ、親切なんかどうなんかは分からんけど……」と付け加える。その会話を見ていた小瀬川白望が、誰も聞こえないほど小さな声で赤木しげるにこう聞いた。

 

「……何かやった?」

 

【さあな……俺は何もしてねえよ】




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第303話 高校二年編 ⑲ 改変

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「まあ……やっぱ慣れない分しんどいな……」

 

 園城寺怜はそう言いながら大きく一息つく。清水谷竜華はそう呟く園城寺怜に対して「大丈夫か?ちょっと休むか?」と声を掛けるが、園城寺怜は「まあ取り敢えず一局打とうや。流石に一巡もしないで休んでちゃ話にならん」と首を横に振った。

 そうして園城寺怜はもう一度息を吐くと、ゆっくりと手を伸ばして山から牌をツモってくる。ツモってきた牌が未来で見た通りなのかといちいち確認する必要はなく、園城寺怜はそれほど自分の『未来視』に対して自信を持っているという事だ。そしてやはりツモった牌は未来で見た通りの{六}であり、園城寺怜はフッと笑って手牌から{西}を切る。

 

(イケメンさんの手はかなり速そうやな……セーラと竜華はウチと同じくらい……未来が見えるからといってリアルラックが上がるわけやあらへんけど……まあこの力を加えて五分五分って感じか。……セーラと竜華に限っての話やけどな)

 

 そんな事を考えながら引き続き未来を見ようと試みる。その瞬間一気に世界がグリーンに染まるが、最初に見えたのは江口セーラがツモっている姿であった。どうやら局所だけを見る事は出来ないらしく、しっかり最初から見ないと先の未来は見えないようになっているらしかった。

 

(成る程な……永続的に見る事はウチの体力的に出来ないから、もーちょい先の未来を見るのは無理って事か。まあ局所だけ見れるとしたら和了った時のところを見ればそれで終わりやし、当然の話やな)

 

 園城寺怜は納得して江口セーラが打牌する所を見る。しかし、江口セーラが何を切るか分かっている園城寺怜にとっては見る必要のないものだが、それでも視覚的情報として入れておいた方が良いと思った怜は江口セーラの打牌を見ていた。

 

-------------------------------

 

 

 

 

(三萬を切ったらセーラに振り込むと……えらい使い勝手がええなあ)

 

 そして局が中盤に差し掛かろうとしていた頃、園城寺怜は最速で一向聴に到達する。確かに体力は消耗するが、それでも体力と引き換えに裏目と振り込みという危険が解消されるという事は大きいものであった。当然園城寺怜は{三}を切らずに{7}を切る。

 が、しかし。ここで小瀬川白望がアクションを仕掛ける。{7}を二枚晒してポンを宣言すると、{9}を打牌する。その事に園城寺怜は驚いていたが、直ぐに自分の能力についての穴を見つける事ができた。

 

(そうか……ウチが見た未来はウチがセオリー通り三萬を切った後の事だけやから、その未来から外れた場合の別の未来までは見てへんから危険っちゅうことか)

 

 園城寺怜は冷静に自分の能力を分析し、取り敢えずもう一度未来を見ようとした。が、今度はどれだけ見ようとしても一向に見れる事はできなかった。園城寺怜は一瞬焦るが、それだけで揺らぐほど園城寺怜の自信はヤワではない。直ぐに何故見れないのかを推理し、こういった結論に達する。

 

(……もしかすると、未来を変えた場合は当分は未来は見えへんって事か。これはもうこの局は未来が見えへんと考えた方がええな……)

 

 仮定の話なのだが、それに納得する園城寺。しかしその瞬間小瀬川白望に対しての園城寺怜の警戒心が高まる。未来が見えない以上、小瀬川白望がどのタイミングで和了り、どこで仕掛けてくるのかが分からない。それだけでなく、清水谷竜華と江口セーラも今の園城寺怜は地力だけなので、まともに対抗できる術はないのだ。

 

(こりゃあ致命的やな……未来を変えるのは本当に考えてからやな。今回はまだええけど、重要な時には振り込みもやむなしやな)

 

 そうして未来が見えなくなってから二巡が経過し、園城寺怜が再びツモをしようとした時、突然再び未来が見えるようになった。園城寺怜は先ほどまで全く見えなかったのにいきなり見えたので若干ビックリしたが、(ほーん……未来を変えたときに未来が見えなくなる期間はだいたい二巡くらいって事か)とだんだん自分の能力について理解を深めていた。

 

(……あっ)

 

 しかし、園城寺怜はそう心の中で声を漏らして固まる。園城寺怜が見ていた未来では、見事に江口セーラのツモの次に小瀬川白望がツモ和了をしていた。未来をまた変えようかとも思ったが、江口セーラが打った牌は自分は鳴けない。万事休すかと思われたが、園城寺怜はここで最後の賭けにでる。

 

(……セーラか竜華が鳴くことを期待して別の牌を切るしかないな)

 

 そう、園城寺怜は自分が切ろうとしていた牌を切らずに、未来を変えて先程のように予測外の鳴きが入ることを狙うという事であった。園城寺怜は祈って手牌を崩して打牌するが、江口セーラと清水谷竜華は何もアクションを起こそうとはしなかった。

 

(あー……やっぱ無理か。そんなに上手くはいかんなあ)

 

 誰も鳴いたり和了ったりしないのを見て、園城寺怜は諦めて手牌を伏せる。それを見た江口セーラと清水谷竜華は驚いて身構えていたが、小瀬川白望はニヤッと笑いながら園城寺怜の事を見つめていた。

 

(はは、流石やな……未来が見えてなくても、イケメンさんには関係無し、か)

 

 小瀬川白望の事を改めて尊敬し、称賛した園城寺怜は小瀬川白望がツモっている姿を見つめる。もちろん小瀬川白望はツモ和了をした。そうして局が終わり、園城寺怜は一度立ち上がろうとしたが、そこで一度フラつく。後ろにいた船久保浩子は園城寺怜を支え、皆が園城寺怜の周りに集まる。

 

「大丈夫?怜」

 

「イケメンさん……心配ありがとな。でもこの一局でウチの未来視について、大体分かったで。そして未来を見るのがめっちゃしんどいって事もな……」

 

 そう言って小瀬川白望に倒れ込む。小瀬川白望は慌てて園城寺怜を抱擁し、園城寺怜は小瀬川白望の胸の中でスヤスヤと寝息を立てていた。未来を見るという事がとても疲れる事なのだと皆が理解している中、園城寺怜は夢の世界へと旅立っていった。

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第304話 高校二年編 ⑳ 宿泊

1日振りです。見事に夏風邪を引いてしまいました……
怜が病弱だのなんだの言う前に自分の健康管理をしっかりしなければ行けませんね……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「しっかしまあ……ごっつええ寝顔やな」

 

 江口セーラは先程の疲れのあまり眠ってしまっている園城寺怜を見ながら、ため息まじりにそう呟いた。そんな江口セーラに言葉に対し、園城寺怜の頭を膝に乗せている、いわゆる膝枕を園城寺怜にしていた清水谷竜華は園城寺怜の頭を撫でながら「寝る子は育つって言うしな。なあ?シロさん」と小瀬川白望の方を見て言う。いきなり振られた小瀬川白望は少し返答に迷ったが、暫くして「まあ竜華が言うならそうなんじゃない……?」と返す。

 それを聞いた江口セーラは小瀬川白望と清水谷竜華の首から腹までの部分を凝視し、「満更間違いでもないな……もっと寝とけば良かったわ……」と敗北感を抱きながらそう呟いた。すると愛宕雅枝はハハハと笑いながら休憩室に入ってきた。

 

「あー……なるほどな。だからウチの洋榎は絹恵と違ってあんなんなのか」

 

「おば……監督、それウチにも言うてないですか?」

 

 愛宕雅枝の後ろからフラフラとした足取りで部屋に入って来た船久保浩子がそう言うと、愛宕雅枝は後ろを振り向いて「なんや。めっちゃしんどそうやん」と声をかける。

 

「……小瀬川さんと打っただけでも既に心が折れそうになってるのに、その牌譜を整理なんてしたらそりゃあトラウマで頭痛くなりますよ」

 

「なんか……ごめんね。船久保さん」

 

 小瀬川白望がソファーに凭れ掛かりながら船久保浩子に向かってそう謝ると、船久保浩子は遠い目で何処かを見つめながら、「謝らんで大丈夫です……これも一種の修行ですわ……はは」と呟く。

 

「そういや、シロちゃん。アンタこの後どうするんや?またウチの家に泊まる訳でもないんやろ?」

 

 愛宕雅枝が思い出したかのように小瀬川白望に向かって尋ねると小瀬川白望は「あー……どうしよう」と相変わらず麻雀以外はポンコツな無計画ぶりを露呈したが、ここで清水谷竜華が「あれ?シロさんって辻垣内さんのとこから泊まるとことか用意させて貰ってるって怜から聞いてたけど……違ったんか?」と聞く。

 

「前はそうだったんだけどね。でも散々キャンセルしたから、高校になってからは必要になった時だけ言えって……まあ行くたびにキャンセルされたらそうするよね……」

 

(多分キャンセル自体が原因やなくてそのキャンセルの理由がアカンと思うよ……シロさん)

 

 清水谷竜華は辻垣内智葉の色々な苦労を心の中で察しながら、「ははは……そうやったんか」と笑いながら誤魔化した。多分言っても小瀬川白望には理解できないだろうと思ったのだろうが、全くもってその通りなので仕方がないといえば仕方がないのであろう。

 

「じゃ、じゃあ……オレの家に泊まるか?」

 

 それを聞いていた江口セーラは胸をバンと叩いて満を持してそう小瀬川白望に言った。いかにも今日は泊まっていけという姉御感でるセリフではあったが、緊張のあまり詰まる言葉の他にも、額に走る冷や汗と震える足がその威厳を掻き消しているという事は言うまでもなかった。

 

 

「……なんやてっ!?」

 

「怜!?」

 

 するとさっきまで清水谷竜華の膝を枕にしてスヤスヤと眠っていた園城寺怜が突然起き上がってそう叫ぶ。園城寺怜がいきなり起きたものだから、清水谷竜華は驚いて体が仰け反る。

 それを見ていた小瀬川白望は「どうしたの、怜」と声を掛けるが、園城寺怜は目に血を走らせるような勢いで小瀬川白望に詰め寄り、「イケメンさん……ウチの家に泊まっていこうや」と小瀬川白望のことを誘った。

 

「え、でも……」

 

「……どうかしたんか?」

 

「セーラが先に……」

 

 

 そう言った小瀬川白望は江口セーラの方を見ると、園城寺怜も「え?」と驚いて江口セーラの方を向く。見られた側の江口セーラも困惑したような表情を浮かべており、そしてその困惑の裏には微かな不安が隠されていた。そのことを読み取った小瀬川白望は「……セーラも一緒に怜の家に泊まる?まあ逆でもいいけど……それでいい?怜、セーラ」と江口セーラと園城寺怜、両方に提案する。

 

「オ、オレは別にそれでいいけど……」

 

「ウチもやで。先に言ったセーラから横取りするってのも後味悪いしな」

 

「じゃあそうしようか」

 

「ふふ……ありがとな、イケメンさん」

 

 園城寺怜は不敵な笑みを浮かべて小瀬川白望にそう言い残すと、ゆっくりとソファーに座り、息を切らす。清水谷竜華はそんな園城寺怜を見て「大丈夫か?怜。いきなり起きてあんなにはしゃいだから疲れとるんちゃうか?」と心配の声を掛けるが、園城寺怜は息を切らしていただけではなく、「ふ……ふふ……イケメンさんのカラダ……」と喜びに喘いでいただけであった。それに気づいた清水谷竜華は呆れたような目で園城寺怜のことを見て、それと同時に勝手に心配していた自分に馬鹿らしくなったのか船久保浩子の肩をガシッと掴み「さ、さ。ウチらははよ帰るで」と言って部屋から出て行った。

 

「何するんですか!?清水谷先輩!」

 

「いいから帰るで!

 

 愛宕雅枝も清水谷竜華と船久保浩子の後に続くように「まあまた暇になったらくるんやで、千里山のメンバーも、姫松のメンバーもいつでも待っとるからな、ほな」と言い残して部屋から去っていった。

 

「……それじゃあ、怜の家に行こうか。二人とも」

 

 そして部屋に取り残された小瀬川白望は園城寺怜と江口セーラにそう言うと、荷物を纏めて校舎から出て、校門の前まで来たところで「じゃあ……オレは泊まる用意してくるから、先行っててくれ」と江口セーラが言うと、その瞬間ダッシュで江口セーラは向こう側へ駆けて行った。そんな江口セーラを見送った園城寺怜はふっと笑い、心の中でこう呟いた。

 

(あんなガチガチになるくらいなら、なんで泊まろうなんて言ったんかな……ま、それほど愛してるってことなんやろうなあ)

 

「さ、ウチらは先に行くで!イケメンさん」

 

 小瀬川白望に向かってそう言った園城寺怜は小瀬川白望の腕を引くと、まるで病弱な人とは思えないほど軽快に歩き出す。小瀬川白望は園城寺怜に引っ張られるようにして園城寺怜の家へと向かっていった。

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第305話 高校二年編 ㉑ おんぶ

前回に引き続きです。
怜のエロオヤジっぷりが……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(あれ……学校から家までの距離ってこんなにあったんか……?)

 

 江口セーラと一旦別れて小瀬川白望と共に園城寺怜は自分の家に向かっている最中なのだが、園城寺怜はなかなか自分の家に辿り着かないことに若干の不安を感じていた。もちろん距離が遠いというわけではなく、園城寺怜の身体的疲労がまだ抜け切っていないのが原因で少し歩いただけでだいぶ疲れていたからである。故にいつも帰宅している時の疲労と進んだ距離との関係式に差異が生じているのだ。

 

「……怜、大丈夫?」

 

 そしてそのこと事が小瀬川白望に伝わってしまうほど園城寺怜が疲れている様子だったのか、小瀬川白望が心配の声を園城寺怜にかける。慣れない未来視を使用したために疲労が溜まっていたのに加え、このギラギラに照りつける夏の太陽の熱光線が園城寺怜の体力を奪っていたのだ。いくら寝ていたとはいえ、流石に園城寺怜の病弱な身体では耐え切れなかったのだろう。園城寺怜は苦しそうな顔で「あ、ああ……ちょっときついかもなあ」と答えると、小瀬川白望が園城寺怜の前で屈んだ。

 

「ど、どうしたんや?」

 

「いや……辛そうだから、おぶってあげるよ?」

 

 小瀬川白望が平然とした顔でそう答えると、園城寺怜は申し訳なさそうな顔で「い、良いんか……?」と聞くと、小瀬川白望は「倒れそうな勢いだし……全然大丈夫だよ」と言った。園城寺怜は思わず涙を流すような勢いで「あ……ありがとな。イケメンさん」と言って、ゆっくりと小瀬川白望におぶられる。小瀬川白望を撮影するための大きいカメラとか重たい余計な荷物を持ってきてなくて良かったと園城寺怜はとても数時間前の自分に心から感謝していた。そしていつもは自分を蝕む憎き太陽もこの時に限っては感謝をしていた。

 

「懐かしいなあ……小学生の頃を思い出すわ」

 

「そうだね……」

 

(あ……イケメンさんの背中……良い匂いや……)

 

 そしてそんな会話をした後。小瀬川白望におぶられている園城寺怜は疲れているのを装って、顔を埋め、小瀬川白望の背中を嗅ぎながら幸福感に浸っていた。そして嗅いでいるのに夢中になっている園城寺怜はだんだんエスカレートしていき、今度は小瀬川白望の首筋に顔を埋め始める。

 

(怜……何してるんだろ……くすぐったいなあ)

 

 首筋の匂いを嗅いでいる園城寺怜をおぶっている小瀬川白望は、興奮しているからなのかはわからないが園城寺怜の鼻息が首筋に当たってもどかしさを感じていた。いくら軽い園城寺怜をおぶっているとはいえ、流石に首筋に違和感がある状態で人をお振りながら歩くのは辛いものがある。しかし何も言わずに耐える小瀬川白望に対し、小瀬川白望が気付いていないと思った園城寺怜は更に興奮し、今度は小瀬川白望の肩に置いている自身の手をそっと降ろし、肩からだらんと自分の手を小瀬川白望の前に出すという姿勢をとった。

 

(……大丈夫かな)

 

 自分の肩から手を出し、だらんと腕を垂らしている園城寺怜の事を若干心配しながらも、小瀬川白望は歩を進める。しかし園城寺怜の思惑はただ腕を出す事だけではないという事は言うまでもないだろう。園城寺怜はゆっくりと肩から垂らした腕を小瀬川白望の身体に近づけると、小瀬川白望という木にたわわに実っている果実を鷲掴みする。小瀬川白望は驚いて背筋を張るが、園城寺怜を落とすまいとしてどうにか持ちこたえる。

 

(うおっ……すごいな。竜華に負けず劣らずの見事なものや……)

 

 園城寺怜は意地悪い笑みを浮かべながら小瀬川白望の胸をまさぐると、小瀬川白望は(ちょ……何やってんの)と戸惑いの表情を浮かべながら首だけで振り返って園城寺怜の方を見ると、園城寺怜は目を閉じていたので園城寺怜に何も言えなかった。

 

(ふふふ……これで本当に寝相が悪いって事で通るんやな……セーラが来ないって事になったら家でウチに食われてたで……)

 

 園城寺怜は目を閉じながらふふふと密かにほくそ笑むと、小瀬川白望の胸を掴む手をゆっくりと動かす。その度に小瀬川白望の動きが止まり、「ん……」と声を漏らす。流石にこれ以上は無理だと判断した園城寺怜は再びゆっくり腕をだらんと垂らすと、今度は自分の胸を小瀬川白望の背中に押し付けた。

 

(……今度はウチのお色気攻撃や。セーラや監督んとこの姉にはできない芸当やな。……まあ竜華やイケメンさんほどやないんやけど)

 

 園城寺怜がそんな事を思いながら自分の並ほどの大きさの胸を小瀬川白望に押しつける。小瀬川白望は園城寺怜の胸が押し付けられている事を意識しながらも、(……怜の胸当たってるんだけど)と心の中で呟く。

 

(んっ……ちょ、これ、ヤバいわ……)

 

 そして段々園城寺怜も段々危なくなってきたのか、お色気作戦を途中で切り上げ、おとなしくおぶられる事にする。園城寺怜は一度山を越えてしまったための反動か、さっきまでの自分の行為を悔やんでいた。

 

(……流石におぶられている時に悪戯した挙句サカってエクスタシー感じるとか猿でもやらんわそんなアホな事……幾ら何でもやり過ぎやろ……)

 

 そうして自責の念に駆られている園城寺怜は腕で小瀬川白望の事を抱き締めると、心の中で(ごめんな……イケメンさん)と言って今度は本当に眠ろうとし、小瀬川白望に素直におぶられる事にしたが、眠れる一歩手前のところで小瀬川白望に起こされる。

 

「怜?」

 

「ふ、ふぁい!?」

 

「いや……どっちに曲がれば……」

 

「あ、ああ……せやったな。寝ててごめんな、右や」

 

 

(……なんでおぶられとるんや。怜……)

 

 そしてそんな二人を遠くから江口セーラは内心ドキドキしながら見ていた。あまりにも猛ダッシュして家に向かっていったため、園城寺怜達が家に着く前に追いついてしまったのだ。しかし江口セーラには勇気がないので、声をかけられずに遠くから眺めていた。

 

(いいなあ……)

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第306話 高校二年編 ㉒ 悩殺

前回に引き続きですー


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「お、おうお前ら。もう着いとると思っとったんやけどな」

 

 先ほどまで遠くから小瀬川白望におぶられている園城寺怜の事を羨みと妬みの目で見つめていた江口セーラはそう言って彼女達の後ろ側から声をかける。小瀬川白望は園城寺怜の事をおぶったまま振り返って江口セーラの事を視認すると、「ああ、セーラ。案外早かったね」と返す。しかし江口セーラは中途半端に急いだ気持ちだったため緊張しているのか、目をわざとそらして「せ、せやな……」と答えた。

 

(言えるわけないやん……早く会いたいからめっちゃダッシュしてきたなんて……)

 

 全力でダッシュしてきた割には大して息も切らしてはおらず、疲れているような様子を小瀬川白望に見せる事がなかったのは普段スポーツなどで体を動かす事を怠らなかった普段の私生活での努力の賜物であろう。客観的に見れば随分と小さな賜物かもしれないが、小瀬川白望に早く会うためだけに走ってきた事を恥ずかしいから知られたくないという乙女心を有していた江口セーラにとっては大きな恩恵なのであった。

 

「そ、そうや!そのキャリーバッグ、ウチが運んだるわ!おぶったままじゃあキツいやろ!」

 

 江口セーラが早く来た事についての話を強引に終わらせるべく、話題を断ち切って小瀬川白望の隣にあるキャリーバッグ……リュックなどを背負うのが面倒だと思っていた小瀬川白望が選んだものなのだが、そのキャリーバッグすらまともに直接運ぶのが嫌だったのか、キャリーバッグの持ち手と自分の腕をまるで犬を引き連れるような形で紐で繋いで、腕だけで運ぶという究極に面倒くさい精神が働いた結果のキャリーバッグを指差して江口セーラがそう尋ねる。それを聞いた小瀬川白望は「良いの?」と聞き返し、江口セーラが首を縦に振ると小瀬川白望は江口セーラに向かって「じゃあ……ちょっとこっちまで来て。おぶってる状態からじゃこの紐、解けないから」と言い、江口セーラに自分の右腕を向ける。

 

「お、おう……分かった」

 

 江口セーラは一瞬息を呑んだが、すぐに雑念を振り払って小瀬川白望の元まで行く。そして小瀬川白望の露出された白く細い右腕をまじまじと見ながら手で触る。魔が差していたのかどうかは分からないが、この時江口セーラの頭の中には『小瀬川白望の腕に結ばれている紐を解く』という目的も、自分には乙女という言葉が似合わないという意識も存在しておらず、それをまるで宝石を見るような恍惚とした表情で、言って仕舞えば乙女のような表情で見惚れていた。

 

(真っ白で綺麗や……すべすべしとるからまるで雪像みたいやな)

 

 そこまで考えて、江口セーラはハッとして咄嗟に腕を離す。ほんの数秒の間ではあったが、自分の柄でない一面が出てしまった事に対して恥ずかしさを感じている一方、我に返った今でも小瀬川白望の腕は綺麗であるということの再認識をしていた。そんな江口セーラを小瀬川白望におぶられていた園城寺怜は(こら凄いわ……あのセーラがあんな顔するなんて、多分イケメンさんがおらんかったら拝めへんわ……)といった風に珍しいものを見る目で見ていた。

 

 

「ん、どうかした?」

 

「い、いや!?大丈夫や、大丈夫。ちょっと考え事してただけやわ!」

 

「……ならいいけど。流石に二人おぶるのは無理だよ?」

 

 平然とそんな事を言う小瀬川白望に対して江口セーラは顔を真っ赤にして(何言っとるんやシロは!ウチの気持ちくらい汲み取ってくれや!)と心の中で叫びながらも、小瀬川白望の腕から紐を解くと、その紐は無視してしっかりとキャリーバッグの持ち手を持ち、「さ、さあ。行こか」と赤面した顔を隠すように俯きながらそう言った。

 

 

-------------------------------

 

 

「あー……冷房の効いた部屋は外とは違うなあ……あんなところに何時間もいたら蒸発してまうわ……」

 

 

 そして無事に園城寺怜の家までやって来た三人は、まず暑い……というよりもはや熱い感覚から抜け出すためにリビングの冷房を入れ、とりあえず一息つく。室内といえども最初は外とあまり大差ない空間であったのが、段々涼しさを感じ始め、どんどん快適な空間へと変貌を遂げていく。その過程が一番の至福だと言わんばかりに三人は座りながら熱された体を冷却していた。

 

(……ま、色んな意味でアツくなっとった……いや、今もアツくなっとる奴がおるけどな)

 

 園城寺怜は心の中でそう呟きながら、江口セーラのことを見る。隣にいる小瀬川白望が気になって仕方ないのか、小瀬川白望の事を見つめていると思ったら顔を赤くして恥ずかしそうに目線を逸らしたりしているなど、挙動不審なのが丸分かりである。本来の園城寺怜なら心の中でヘタレと評すのも仕方ないほどの挙動不審なのであったが。今回は少しいつもとは違う。そう誰かに言い聞かせるように園城寺怜は小瀬川白望の方を見る。

 

(……ダルい)

 

 

(どうせ『ダルい』とか思っとるんやろうけど……汗のせいで服が若干透けてただでさえエロい胸元が更にエロくなっとるのに気づいとらんのやろか……あれは悩殺もんやで。セーラでなくても思わず釘付けになるわあんなん)

 

 そんな事を考えながら白い服を着ていたが故に汗によって若干透けていた小瀬川白望の胸元を見ていた園城寺怜が頭の上に電球を光らせるが如く何かを閃いたような表情をして、そしてその上でニヤリと笑う。

 思い立つ日が吉日、そう言わんばかりに園城寺怜は直ぐに準備に取り掛かる。小瀬川白望と江口セーラは何事かと思いながら園城寺怜の事を見ていたが、園城寺怜は何も二人に告げることなく風呂場まで行く。

 

 

(……ふう、部活行く前に風呂洗っといてホンマによかった。これで何も怪しまれずに一緒に風呂が入れるわ……ククク)

 

 

 園城寺怜は笑いながら風呂を沸かし始める。そうして居間へと戻ってきた園城寺怜は小瀬川白望と江口セーラに向かってこう言った。その時の園城寺怜の声はやけにどこか純真さが出ていたが、普段の怜を知っているものならば違和感を感じてしまう声色であった。……それに小瀬川白望が気付いたかと言えば否なのだが。

 

「なあ、セーラ。イケメンさん。汗で身体とか湿って、気持ち悪いやろ?」

 

「え?あ、ああ……まあ……せやけど」

 

「うん……いくら涼んだからといって、このままは風邪ひくかな……」

 

「せやろ?……なら」

 

 

 

「入るか、風呂。三人で」

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第307話 高校二年編 ㉓ 湯

前回に引き続きです
恒例のあの回。


-------------------------------

視点:神の視点

 

「……は、はあ!?なに言うとるんや!?」

 

 園城寺怜の入浴の誘いにまず反応したのは江口セーラであった。江口セーラは顔を一段と真っ赤にして立ち上がると、園城寺怜を指差してそう叫ぶ。しかしここで引き退る園城寺怜ではなく、ふふふと不敵な笑みを浮かべた後に江口セーラの肩をガシッと掴むと、小さな声でこう囁く。

 

「なに言うとるんは自分の方や、アホ」

 

「な、なんやて……?」

 

「はー……ええか?風呂っていうのはな、合法的に人の裸体が見れる有難い行為なんや。それをお前は、イケメンさんのあんな所やそんな所を見ずにこの『お泊り』というイベントを終える気なんか?」

 

 園城寺怜が江口セーラを言い伏せるようにして力説すると、江口セーラはただでさえ赤くなっている顔が更に赤みを増し、耳まで紅潮すると「そんな不純な理由で泊まろうと思ったんちゃうわ」と反論するが、それを聞いた園城寺怜はムッとした表情をして「不純とは心外やな。好きな人を知りたいって思う気持ちは全然不純なんかやない。寧ろ人間として当然の反応や」と言い返す。江口セーラはそう言われて少し返答に困っていると、園城寺怜の目がキラリと光ってここぞとばかりに江口セーラにこう詰め寄る。

 

「それとも……あれか?セーラはイケメンさんの裸が、全然気にならんって事か?」

 

「んなっ、いや……」

 

「いやあー……そうやったんなら仕方ないわ。じゃあウチとイケメンさんで()()()入ってくるわ〜」

 

 そう言って口笛を吹く園城寺怜に、江口セーラは堪え切れなくなったのか「分かった……分かったわ。……入るわ」と拳をワナワナと震わせて小さな声で呟いた。それを聞いた園城寺怜は心の中で(……やっと素直になったか。強情な奴め)と呟き、「よっしゃ、入るで!イケメンさん!」と小瀬川白望の腕を引き、風呂場へと駆け込むようにして入っていった。

 

 

-------------------------------

 

 

(……服がベタつくなあ)

 

 園城寺怜に半ば強引に洗面所に連れて来られ、意見を発する間もなく風呂に入る事となった小瀬川白望は仕方なく脱衣を始める。汗で濡れたせいで肌にベタつく服に対して嫌悪感を感じながらも、小瀬川白望は淡々と服を脱ぐ。

 

(や、ヤバいわあんなん……まともに見れへん)

 

(触った時に分かっとったけど……ホンマにデカいなあ。これで高校生なんだから恐ろしいわ)

 

 そんな小瀬川白望を、江口セーラは脱いだ服で顔を隠すかのようにバリケードを構築し、そこから隠れるように。園城寺怜はスカートに手をかけているのを制止させ、食い入るようにして小瀬川白望を見ていた。二人がそうして腕を止めている間にも、小瀬川白望は次々と身に付けているものを外していく。そして小瀬川白望の服が外されている度に、二人の欲望のボルテージは高まっていく。

 そして一糸纏わない姿になった小瀬川白望はまだ脱ぎ終えていないどころか全く脱いでいなかった二人に対して「……先入ってていい?」と聞くと園城寺怜は「あ、ああ。ええで。先入ってや」と促した。そうして促された小瀬川白望が浴室に入り、空間を隔てるドアを閉めた途端、園城寺怜と江口セーラは急ぐようにして服を脱ぎ、小瀬川白望の後を追うようにドアを開け、浴室に入っていった。

 浴室では小瀬川白望が頭を洗おうとしていて、そこに園城寺怜がシャンプーボトルを持って小瀬川白望に向かってこう言った。

 

「頭洗ってあげようか?」

 

「ん、いいの?」

 

 小瀬川白望がそう聞き返すと、園城寺怜は「さっきおぶってもらったお返しや」と言うと、シャンプーボトルから溶液を手に取り、シャンプーボトルを江口セーラに渡してこう頼んだ。

 

「じゃ、ウチの頭洗ってくれや。セーラは後でイケメンさんに洗ってもらうとええで。それでええやろ?イケメンさん」

 

「うん……いいよ」

 

 そうして小瀬川白望の頭を園城寺怜が、園城寺怜の頭を江口セーラが洗うという三連結状態で頭を洗い始める。そして園城寺怜は小瀬川白望の頭を洗っている最中、心の中で(髪、ふわっふわやな……)と髪の感触を楽しみながら洗っていた。

 そしてその後は今度は小瀬川白望が江口セーラの頭を洗い、その次に身体を洗い、浴槽の中に入った。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ああ……いい湯や」

 

 浴槽の中で園城寺怜は浴室の天井を見上げながらそう呟き、身体を湯の中に沈める。それに同調するように小瀬川白望は「そうだね……」と言う。

 

「……ほれ、セーラ。どこ見とんねん」

 

 視点を天井から水平に戻した園城寺怜は浴槽の中でそっぽを向いている江口セーラの背中を小突いて声をかける。江口セーラは園城寺怜の方を振り返って「ようそんな平然と見れるわ……」と言う。

 

「そう言わずに、裸の付き合いくらい仲良くやろうや。なあ?イケメンさん」

 

「……そうなんだ」

 

 そう言って園城寺怜は江口セーラの肩を引っ張ると、園城寺怜は江口セーラを小瀬川白望に近づけさせる。小瀬川白望は園城寺怜に促されて江口セーラを優しく抱擁すると、顔を赤くしてこう叫んだ。

 

「ひ……ひゃあああ!」

 

「お、良い声やな」

 

「……セーラって見かけによらずにスベスベしてるよね」

 

「そ、そんなん言うな〜……///」

 

 江口セーラは顔を湯に埋めんばかりに俯向くが、園城寺怜はその上に江口セーラを小瀬川白望と自分で挟むように抱きつき、江口セーラを完全に包囲する。それによって江口セーラは逃げようにも逃げられず、しかし嬉しさを顔に滲ませながらも、三人の少女の裸の付き合いはその後も十数分は続くこととなった。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第308話 高校二年編 ㉔ 泥酔

前回に引き続きです。
エロい怜は今日も平常運転。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふう……」

 

 裸の付き合いという名の入浴を済ませた小瀬川白望は寝巻きを身に付けて、テーブルを前にして床に座り込む。そして小瀬川白望はテーブルに突っ伏しながら一息つくと、園城寺怜が両手に何かを持って小瀬川白望の側にその持っている片方のをそっとコトンと置くと、園城寺怜は「風呂上がりの一杯や」と言う。小瀬川白望が首を曲げてその園城寺怜が置いたものを見ると、それは飲み物が入ったコップであった。中身は何かはわからないが、何やら空気がパチパチとしているところを見るに炭酸ジュースなのだろうと小瀬川白望が推測すると、園城寺怜に「セーラはどこに行ったの……」と聞いたところ、園城寺怜はコップに注がれているものを口に含んだ後、「部屋で髪整えとると思うで〜」と答えた。

 

「……顔赤いけど、何かあった?」

 

「いや〜……?何もないわ〜」

 

 いつもとは違う反応を示した園城寺怜に若干の不信感を抱きながらも、園城寺怜に渡された飲み物を口に運ぶ。味覚がおかしくなったのかは分からないが、炭酸ジュースだと思って飲んだというのにジュースとは思えない苦味を感じた。小瀬川白望は首を傾げながらも、いちいち気にするのも面倒だと思った小瀬川白望はグッと飲み干す。

 

(怜には悪いけど……あんまり美味しくないなあ……苦いし)

 

 心の中で渡された飲み物に対して文句を言うが、取り敢えず園城寺怜から渡された飲み物を小瀬川白望は全部飲み干した。しかし、飲み干したものはいいものの、飲み干して数秒が経ったと思いきや、急に小瀬川白望の身体に異変が現れる。

 

(何だこれ……熱いし、何か……良い気分……)

 

 小瀬川白望の身体は体温が上昇し、それだけでなく何やら爽やかな気分になっていくのを感じた。時間を重ねていくごとに小瀬川白望の頭もぼーっとしはじめる。そして小瀬川白望がようやく自分の飲んだもの……園城寺怜から渡された飲み物に疑惑を感じた頃には、脳の処理能力も程よく削り取られた頃であった。

 

「と、怜……?」

 

「らあに……?イケメンさーん……」

 

 園城寺怜は呂律が回らない様子で小瀬川白望の呼びかけに反応すると、顔を真っ赤にしながら小瀬川白望に抱きつこうとするが、小瀬川白望は身体の重心を保てずに園城寺怜に押し倒されるような体勢になると、小瀬川白望は押し倒されていることに対して何も感じず……いや、脳が麻痺しているせいで何も感じれずに園城寺怜にこう質問する。

 

「怜……私が飲んだの……何……?」

 

「あー……あれな……?」

 

 園城寺怜がそう言って顔を小瀬川白望に寄せる。園城寺怜の息からは何やら変な臭いがしたが、それが何かを識別すること今の情報処理ができない小瀬川白望にはできなかったが、小瀬川白望は園城寺怜から発せられる言葉によってその正体を知ることになるはずだった。しかし、その前に園城寺怜は何かを言い躊躇うと、ニヤリと笑って勢い任せに小瀬川白望に接吻を交わす。

 

「……んッ!?」

 

 小瀬川白望が驚きのあまり目を見開くが、園城寺怜は無我夢中になって必死に小瀬川白望の唇を貪る。二人の吐息やら唾液やらが混じり合い、どんどん小瀬川白望の思考能力は働かなくなっていく。そうしてようやく園城寺怜の唇が離れたかと思うと、蕩けた顔で小瀬川白望が飲んだ飲み物の正体を明かす。

 

「……お、さ、け、や。お酒。炭酸ジュースかと思ってたら間違ってたみたいやなあ……」

 

「お……お酒?」

 

 小瀬川白望が戸惑いながら空になったコップを見る。どうやら苦味を感じ、飲んだ後に急に熱くなったのも、爽やかな気分になり、頭がボーッとしたのも全部引っ括めて先ほど飲んだ酒のせいのようだ。その事実を知って呆然としている小瀬川白望だが、園城寺怜は接吻を続行せんとし、小瀬川白望に顔を近づける。しかし小瀬川白望は手で園城寺怜の顔を押さえ、流石に我に返ったのか園城寺怜に向かってこう言う。

 

「ちょ、怜……何するの……」

 

「んー?イケメンさんとキスするんよ。別に減るもんやないやろ?なあ、なあ?」

 

 園城寺怜がそう言って先ほどから接吻を妨害する小瀬川白望の手を掴み、邪魔者がいなくなったのを確認すると鼻息を荒くしながら小瀬川白望の唇に迫る。小瀬川白望も抵抗の意思は見せているものの、酒に酔っているせいか力が入らず、病弱非力な園城寺怜に押さえつけられるほどであった。その抵抗しようとしているのにまともに抵抗できていない小瀬川白望が園城寺怜からは誘っているように見え、更に園城寺怜を欲情させた。

 

「むふふ……んぁ!?」

 

 そして小瀬川白望と園城寺怜の唇が触れそうになった瞬間、園城寺怜の身体が宙に浮く。小瀬川白望が驚いて園城寺怜の方を見上げると、そこには園城寺怜を羽交い締めにする江口セーラが、顔を真っ赤にしながら立っていた。

 

「な、何するんやセーラ!後もうちょっとでベッドインやったのに!」

 

「何か妙な気配がしたと思ったら……何か変な臭いするし、酒でも飲んだんか……と思ったらシロにも飲ませたんやな。怜」

 

「くそっ、くそ!離すんやー!」

 

 

 園城寺怜が江口セーラの羽交い締めから抜け出そうとするが、ただでさえ病弱非力で、尚且つべろんべろんに酔って力が入っていない園城寺怜が江口セーラの羽交い締めから抜け出せるわけがなかった。江口セーラは取り敢えず園城寺怜をソファーに座らせると、未だ仰向けに倒れている小瀬川白望の腕をとってこう声をかけた。

 

「大丈夫か?シロ」

 

「セーラ……」

 

 江口セーラに腕を引かれ上体を起こした小瀬川白望は、顔を赤くするのを隠すように江口セーラの胸元に向かって抱きついた。江口セーラは驚いたあまり先ほど園城寺怜が小瀬川白望にやったように、今度は小瀬川白望に押し倒される形になった。江口セーラは自身の胸元に顔を埋める小瀬川白望に声をかける。

 

「ちょ、どしたん?シロ?」

 

 

「……」

 

 しかし江口セーラがどんなに声をかけても小瀬川白望からは何も返答が来ず、どうすればいいのかと江口セーラは顔を赤くして焦っていたが、暫くすると小瀬川白望から寝息が聞こえてきた。

 

「全く……怜、後でちゃんと謝っとけよ」

 

 園城寺怜に向かってそう言ったが、小瀬川白望と同じく園城寺怜からの返答は聞こえなかった。江口セーラは小瀬川白望を起こさないように首を起こして園城寺怜の方を向くと、園城寺怜はソファーの上で眠りについていた。

 

(……起きたら説教やな)

 

 




未成年の飲酒、ダメ絶対。
次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第309話 高校二年編 ㉕ 説教

前回に引き続きです。
そして今回はあの方も登場。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……んっ」

 

 自分は一体いつから寝ていたのか、そもそも自分は眠っていたのか。それすらも分からないほど記憶が抜け落ちている小瀬川白望は欠伸をしながら目を開ける。確かに起きはしたのだが、とても良い目覚めとは言い難く、頭痛はする、気怠さはいつも以上に増して酷いと、良い目覚めというよりは寧ろその正反対、最悪の目覚めとなった小瀬川白望だが、むろんその原因である飲酒など記憶が無い小瀬川白望が覚えているわけもなく、そのおかげで小瀬川白望は更に気分が悪くなった。

 

(お風呂の時から私、何してたっけ……思い出せないし、今何時なんだろう……)

 

 そして身体を起こした小瀬川白望はようやく今まで自分が家の寝室らしきところで寝かされていたという事に気付く。布団が自分が寝ていたところの両端にも敷かれているところを見るに、園城寺怜と江口セーラはまだ起きているのだろう。時間感覚がめちゃくちゃになっている小瀬川白望が現在の時刻など分かるわけがなく、寝室内にどこに時計があるのかも知らない小瀬川白望は取り敢えず園城寺怜と江口セーラがいるであろう居間へと向かわんとして立ち上がる。立ち上がる時にやけに頭が重く感じたが、気にせず居間へと直行する。

 

(頭痛もするし、いつもよりもダルい……風邪でも引いたかな)

 

 小瀬川白望は自分の容態に対して首を傾げたが、結局答えは出ないまま居間へと辿り着く。そんな小瀬川白望が居間に入ってまず視界に入ったのは、園城寺怜が仁王立ちしてる江口セーラに対して土下座をしている光景であった。

 

「……他に、何か弁解はあるか?怜」

 

「いや……ホンマすんませんでした」

 

「反省は?」

 

「もうちょっとスムーズにやれば「あ?」……何でもないです」

 

 

 江口セーラは顔に青筋を立てながら園城寺怜を見下ろす。園城寺怜は当然弁解の余地などあるわけもなく、ただただ失言という名の本心を語ってはその都度謝罪する。これしか出来なかった。そんな状況の中、小瀬川白望が「怜……何かしたの?」と言って二人の元へふらふらとやって来た。その声を聞いた途端、園城寺怜と江口セーラは同時に小瀬川白望の方を見る。園城寺怜は申し訳なさそうに、江口セーラは先ほどまでの表情とは打って変わって顔を赤らめ、小瀬川白望に押し倒されたあの一件を思い出し、それを恥じらうように小瀬川白望の事を見ていた。

 

「い、イケメンさん……」

 

「怜……」

 

 園城寺怜はゆっくりと小瀬川白望に抱きつき、「さっきはごめんな……?」と小瀬川白望に謝罪する。もちろんさっきの事など覚えていない小瀬川白望は首を傾げて「……何が?」と聞くが、園城寺怜は首を横に振って「覚えてなくても別にええんや。ウチが謝りたいって思ったんやから、謝らせてくれや」と言う。

 

「お、覚えてないんか?シロ」

 

「うん……」

 

「そ、そか。せやったか」

 

 江口セーラは顔を赤くしながらどこか安堵したような表情で頷く。小瀬川白望はそれを(……変なセーラ)といった風に見ていたが、取り敢えず小瀬川白望は現在時刻を確認した。どうやら小瀬川白望が入浴を終えた時間から一時間少ししか経っていなかった。逆に言えば、一時間以上も記憶が飛んでいるというわけであったが。

 

(……起きたばっかりなのに、まだ眠いなあ)

 

 居間での目的を達成した途端に小瀬川白望は猛烈に睡魔に襲われ、再び欠伸をする。それを見た江口セーラは「シロ、大丈夫か?」と聞くと目を擦りながら小瀬川白望は「少しダルい……」と答えた。すると江口セーラは「まあ言うても寝てたんは一時間くらいやしな……時間もええとこやし、寝るか?怜」と言う。

 

「せやな……ウチもまだ頭がぼんやりするし……」

 

「そうなんだ……大丈夫?」

 

「いや、大丈夫や……ははは」

 

 まさかこの気怠さを作った原因が園城寺怜にあるなどとは夢にも思っていない小瀬川白望は園城寺怜に心配を掛けるが、園城寺怜はその心配が逆に自分の良心を抉ることとなり、罪悪感に駆られてながらも笑って誤魔化す。先ほどは『もっとスムーズにやれば気付かれる前に完遂できた』という内容の本音をうっかり江口セーラに口走っていた園城寺怜であったが、それとこれとはまた話は別である。園城寺怜はいつもなら小瀬川白望に支えられる側の人間であったが、居間から寝室まで行くこの時だけは小瀬川白望を支えるようにして寝室へと連れて行った。

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「おやすみ……」

 

「おやすみや」

 

「おやすみなー」

 

 

 三種三様の挨拶を交わして、園城寺怜は寝室の明かりを消す。勿論小瀬川白望が真ん中に位置し、その両端に江口セーラと園城寺怜が位置するといった形であり、小瀬川白望が挟まれる事となる。そして暗闇によって包み込まれ、静寂が訪れた寝室で江口セーラは一人想いを馳せていた。

 

(……シロ)

 

 江口セーラは暗闇の中でもしっかりと小瀬川白望の姿を捉え、心の中で名前を呼ぶ。確かに先ほどは小瀬川白望に非合法に迫っていた園城寺怜の事をきつく叱っていたものの、やはり小瀬川白望に触れたい、迫りたいという気持ちは強いことには間違い無かった。

 

(ウチだって……キスとかしたいんや……)

 

 どれだけ大きな声で、何度小瀬川白望に叫ぼうとも、小瀬川白望には届く事はない。それを分かった上で尚、江口セーラは心の中でそう呟き、眠りについている小瀬川白望へと近づき、彼女の右腕を抱く。力一杯に、そして離さないといった気持ちを存分に表現する。

 

(シロ……)

 

 そして江口セーラは、小瀬川白望の事を意識が無くなる最後の最後まで想い続けながら、夢の世界へと旅立つのであった。

 

 

-------------------------------

 

 

「じゃあ、またな。シロ、怜」

 

「またいつでも来るんやで、二人とも!」

 

 翌日の朝、小瀬川白望と江口セーラは園城寺怜の家を出る直前に三人で別れの挨拶を交わした。小瀬川白望と江口セーラの進行方向は逆のため、ここで三人は同時に別れを告げる事となっていた。

 小瀬川白望はそんな二人に対して「うん……ありがとう。怜、セーラ。千里山の人達にも宜しく伝えてね」と言い、別れを告げると、江口セーラの行く先とは反対の方に歩を進めた。

 

(……さて、ここからどうしようかな)

 

 二人と別れた小瀬川白望が、行くあてもなくただ道路を練り歩く。そこら辺で見つけた雀荘にでも入ろうかと楽観的に考えていた小瀬川白望は、目の前にある人物を見つけた。

 

(ん……確かあれは)

 

 見覚えのある顔を見つけた小瀬川白望は「ねえ、ちょっといいかな」と声をかける。見覚えのある人物と言っても、小瀬川白望が直接関わった人間ではない。その人物は何故かは分からないがナース服を着ていたが、そんな事は小瀬川白望にとってはどうでも良いことであった。小瀬川白望の記憶が確かならば、今小瀬川白望が声をかけた人物は今年のインターハイ個人戦で、宮永照に次ぐ二位となった荒川憩であった。

 

「なんですか?私に何か用ですかーぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第310話 高校二年編 ㉖ 噂通り

荒川さん編です。
昨日は私用というか公用と言った方が正しいですかね……はは。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「あなたってもしかしてインターハイ個人戦二位の荒川さん?」

 

 小瀬川白望はコスプレなのかは分からないが、ナース服を着用しているのに何言わぬ顔で平然と突っ立っている荒川憩に本人確認を取ると、荒川憩は「そうですよーぅ。それで、何の御用ですかーぁ?」と小瀬川白望に聞き返す。小瀬川白望も荒川憩を見つけたから突発的に声をかけただけであり、何か用があって声をかけたというわけではなく、「いや……何かあるってわけではない……」と小瀬川白望が言うと、荒川憩は首を傾げて考え始める。

 

「うーん……うちのファン?って感じには見えないですねーぇ」

 

「まあ……そうなんだけど」

 

 荒川憩の推測に小瀬川白望は同調すると、それに加えて「智葉を押しのけて二位になった荒川さんが気になってたから……」と続ける。それを聞いら荒川憩は驚いたような表情で「あー!成る程、辻垣内さんと宮永さんが言ってた"あの"小瀬川白望さんですねーぇ?」と小瀬川白望に向かって言う。小瀬川白望は「うん……まあそうだけど、"あの"って……」と不服そうな表情で荒川憩に聞くが、荒川憩はふふふと笑って誤魔化し、小瀬川白望の事を褒める。

 

「小瀬川さん、あの化け物二人から絶賛されとりましたよーぅ?」

 

(麻雀以外にも、ですけどねーぇ?)

 

「それは……どうも」

 

 小瀬川白望はそう頷くと、荒川憩は「本当にあのお二人は化け物でしたよーぅ……二位になれたのもお零れみたいなもんでしたし」と少し声を小さくしてそう呟く。確かに小瀬川白望が個人戦決勝戦で見ていた限り、荒川憩が辻垣内智葉を押しのけて二位になったというよりかは、荒川憩の言っていることの方が正しいと言える。オーラスに辻垣内智葉が無理に勝負しに行ったものの、宮永照の手に直撃してしまい、結果的に荒川憩が二位となったといった経緯である。しかし、小瀬川白望は荒川憩のことを素直に評価し、「まあ……智葉が振ったのが原因としても、それで繰り上がるくらいの点棒は守れてたから良いと思うよ」と荒川憩に伝える。それを聞いた荒川憩はニッコリとした表情でこう言う。

 

「そう褒められると嬉しいですねーぇ」

 

「それに……荒川さん、打ってる時楽しそうだったし」

 

 そう言われた荒川憩は「色々心は折られかけたんですけど、まあ楽しかったんは事実ですよーぅ。笑顔でいれば全てオールオッケー花丸さんですからねーぇ」と笑って答える。それを聞いた小瀬川白望はふふと笑って「そっか……それならよかったね」という。

 

「ところで、小瀬川さんはこっから何か用はありますかーぁ?」

 

「いや……ないけど」

 

「立ち話もアレですし、ちょっと場所を変えましょうか?」

 

 荒川憩がそう提案すると、小瀬川白望は首を縦に振って了承する。「じゃあ小瀬川さん、うちに着いてきてくださーぃ」と言い、小瀬川白望を先導する。そうして何処かに連れてかれている途中、小瀬川白望は先を進む荒川憩の手を後ろから握り、声をかけた。いきなり後ろから手を握られた荒川憩はビクッと体を痙攣させた。

 

「荒川さん」

 

「な、何ですかーぁ?///」

 

「苗字とさん付けで呼ぶのダルいから名前の呼び捨てで呼んでいい?」

 

 突然そんなことを言い始めた小瀬川白望に対して、荒川憩は驚き、顔を赤らめながら「はい?い、いいですけどーぅ……///」と了承すると、今度は荒川憩が「う、うちは、何て呼べばええですかねーぇ?」と小瀬川白望に聞くと、「シロでも白望でも何でもいいよ。それと、別に敬語じゃなくていいから」と返すと、荒川憩は「りょ、了解やでーぇ……シロさん」と言い躊躇いながらも小瀬川白望の要望に応えた。

 

 

(本当に噂通りなんやねーぇ……こらあんなん言われてもおかしないねーぇ……///)

 

 

 

-------------------------------

 

 

(ふう……やっぱり東京は熱いわー。インハイ以来やからここに来ても全然はるばるやって来たって感じせえへんなーぁ。スカイツリーは何回見ても飽きんけど)

 

 時は遡り、一、二週間前に大阪から東京へ麻雀の取材にやって来ていた荒川憩はそんなことを心の中で呟いていた。取材が終わって帰るまでに東京の街を散策していた荒川憩は別に景観に対してこだわりなど持っていないため、あまり東京の街は荒川憩を楽しませるものはそれこそスカイツリー以外は無かったのであった。

 

「よう、荒川憩」

 

「ひゃ、ひゃあ!?」

 

 そんな東京に対して若干飽きてきていた荒川憩は突然後ろから肩をガッと掴まれて自分の名前が呼ばれる。荒川憩は驚いて後ろを振り向くと、そこには奇遇なことにインターハイの個人戦で闘った辻垣内智葉と宮永照が立っていた。荒川憩は個人戦でこの二人が荒川憩から見ても異次元な一騎討ちを繰り広げていたことを思い出し、荒川憩は若干心の傷がその二人を見ることで抉られていた。

 

「まあまず個人戦二位、おめでとうな。一年坊主ながらも良くやったじゃないか」

 

「は、はは……ありがとうございますーぅ……」

 

(ウチが勝ち取ったわけやないんやけどねーぇ……怖いわこの人ら)

 

「取材でこっちに来てたんだろ?私たちも今終わったとこだからちょっと私と宮永の話に付き合ってくれ」

 

「そういうことだから、ちょっとこっちに来ようか」

 

 辻垣内智葉と宮永照に両腕を掴まれた荒川憩は目を見開いて「え、えー?ホンマですかーぁ!?」と叫ぶが、辻垣内智葉は「まあ大人しくしていたら無事に解放してやるよ。だから騒ぐんじゃない」と脅しをかけ、喫茶店へと荒川憩を連れ込んだ。

 

 

 

 

「はあ……なんですか話って」

 

 連れ込まれて話し相手となった荒川憩は呆れたような目で辻垣内智葉と宮永照に向かって言うと、辻垣内智葉と宮永照は目を見合わせてどちらが先に切り出すかの駆け引きをアイコンタクトでしていた。結局どっちも譲ることなくじゃんけんで決めることとなり、辻垣内智葉が話を切り出すことになり、辻垣内智葉は荒川憩にこう質問した。

 

「あー……単刀直入に聞くが、お前、小瀬川白望と会ったことがあるか?」

 

「小瀬川、白望……ですかーぁ?聞いたことないですね。どうしてですかーぁ?」

 

「ただ単に、あなたが知ってそうな感じがしたから……」

 

 宮永照がそう言うと、荒川憩は心の中で(麻雀バケモノのこの2人のことやから、知る人ぞ知る、隠れた名雀士の方ですかねーぇ?)と考えていると、宮永照はこう続けた。

 

「まあ、知らないのなら別にいいけど……相談相手にもなるし」

 

「その人がどうしたんですかーぁ?」

 

「いや……何ていうか、な……」

 

 荒川憩が二人に問いかけると、辻垣内智葉と宮永照は再び目を合わせる。今度は顔を赤くし、二人とも何かを恥じらうような乙女の表情をしていた。荒川憩はそんな二人を見て(一体なんなんやろこの人ら……)と呟くと、意を決したのか辻垣内智葉は話を続ける。

 

「……シロが誑しなんだよ」

 

「……はあ?その人が?」

 

「うん……本人はその気が無いんだろうけど、あちこちに飛び回ってはまた新たに私たちのライバルを作ってくる……私たちが単純なのも含めても、あれは異常……」

 

「……それが私の元にも来ているかも、そういうことだったんですか?てっきりあなた達の事だから麻雀関連の人かと思ってたんやけど、まさかの恋愛相談ってことですかーぁ?」

 

 そう荒川憩が二人に質問すると、辻垣内智葉は「いや、そういうわけでもないんだ」と答える。

 

「その方も雀士なんか……強いんですか?その人」

 

「ああ……多分ここにいる私たち三人でかかっても、勝てはしないだろうな」

 

「……まじですかーぁ?」

 

「うん……まあ荒川さんの元にもやって来るかもしれないけど、気を付けてね」

 

(まあ、主にオトされた後の洗礼の事に、だがな……)

 

 そう辻垣内智葉が心の中でそう呟いていると、荒川憩は「わ、分かりましたよーぅ」と言うと、そのあとは延々と小瀬川白望についての話と、どちらが小瀬川白望に相応しいかを二人から聞かされた。

 

 

-------------------------------

 

 

(危ないわ……マジでオトしにかかってきたわーぁ……)

 

「憩、どうかした?」

 

「け、憩……///」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもあらへんよーぅ……///」




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第311話 高校二年編 ㉗ 武勇伝

最近隔日化してきてますね……
まあ疾走するよりはマシかなと思いますが、自分で毎日投稿謳う以上は頑張らないといけませんね。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……ここでええですかーぁ?」

 

「うん……憩が言うならそこで良いよ」

 

 荒川憩は小瀬川白望と目を合わせないように横を向かずに目の前の喫茶店のような所を指差して提案する。小瀬川白望はあっさりと了承すると、荒川憩はそれを聞いて(『私が言うならそこで良い』って……さっき会ったばかりなのにようそんなこと言えるわーぁ)と内心恥ずかしがりながらもその喫茶店へ小瀬川白望を連れて行った。

 

 

 

 

「……ほんで、ウチに他に何か聞きたい事とかありますーぅ?」

 

 喫茶店に入り、とりあえず手始めに二人分の飲み物を頼んでそれを飲み、一息ついた荒川憩は小瀬川白望はそう聞くと、小瀬川白望は少し悩んだような素振りを見せる。荒川憩はそれを見て(あ、これ続かないヤツかもしれへんなーぁ)と察すると、荒川憩は即座に「そ、それなら!ウチから聞きたい事があるんやけど聞いてええですかーぁ?」と小瀬川白望に向かって聞く。小瀬川白望は悩んでいた素振りを止めると、飲み物を一口飲むと、「いいよ。なに?」と荒川憩に聞いた。

 

「その……宮永さんや辻垣内さんとかと打った事とかあるんですか?」

 

「え、まあ……何回か打ったことはあるけど」

 

 小瀬川白望がそう答えると、荒川憩は目を輝かせて「その話、詳しく聞かせて欲しいですーぅ。いいでしょうかーぁ?」と尋ねると、小瀬川白望は「うん……もちろん」と言うと、「個人個人で打ったのは何回かあるけど……二人を相手したのは五年前の一回きりだったかな……」と昔のことを思い出しながら語りだす。

 

「六年前、っていうと……シロさんが小学六年生の頃ですねーぇ?そんな昔からの付き合いやったんやねーぇ」

 

「まあ……そうだね。最初に出会ったのはどっちもその年だけどね。その年の麻雀の全国大会の決勝戦が、最初で最後の照と智葉と一緒に囲った卓かな……」

 

 それを聞いた荒川憩が驚き咳き込む。すると荒川憩は慌てるように右手をコップに手を伸ばし、飲み物を強引に喉に通した。そして落ち着いた荒川憩は小瀬川白望に「シロさん、全国大会に出とったんですかーぁ?じゃあなんで今は……」と言い掛けるが、それを最後まで言う前に小瀬川白望は「まあ……私の高校は部員も足りないし、よほどの事が無ければ出る気はないよ」と荒川憩に尋ねられる前に答える。

 

「そうなんですかーぁ……残念やね」

 

「うん……それで話の続きなんだけど、その時もう一人同卓してたのが照や智葉と同じ時期に知り合った洋榎」

 

「洋榎って、姫松の愛宕洋榎の事ですかーぁ?」

 

 荒川憩がそう聞くと、小瀬川白望はゆっくりと頷く。荒川憩はこのときに(東は宮永さんと辻垣内さん、西は愛宕んとこの姉さん、顔が広いってレベルやあらへんねーぇ。最初は全国を飛び回っては誑し込むとか嘘やろって思ってたけど、ウチも同じ事になりかけとるし、嘘やないのは間違いないなーぁ)と心の中で考えていたが、小瀬川白望の話を聞くために一旦思考を中断させる。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「まあ、だいたいそんな所かな。全国大会の時の牌譜とかは智葉が持ってるらしいし、智葉に聞いたら見せてもらえると思うよ」

 

「辻垣内さんがですか……」

 

 話を終えて、牌譜の詳細は辻垣内智葉が所有しているということを小瀬川白望が荒川憩に伝えると、荒川憩は後で辻垣内智葉に連絡を取ろうと思いつつ、それと同時に(他にもいろんな話を聞いたけど……どれも本当とは思えない話ばかりやね……まあそれくらいの事ができないと宮永さんや辻垣内さんを圧倒できないんやろうけど……)と小瀬川白望に対して驚きと恐ろしさを感じながらも、ニコッと笑って「今日はありがとうございますーぅ」と小瀬川白望に言う。

 

「ん、もういいの?」

 

「そうですねーぇ……ウチがやらねばならない事を見つけたんで、今日はこの辺にしておきますーぅ」

 

 それを聞いた小瀬川白望は、ポケットから携帯電話を取り出すと「じゃあ電話番号とメールアドレス、交換しようか?」と聞くと、荒川憩は目線を外しながら「ほ、ホンマですかーぁ?///」と携帯電話をそっと取り出す。小瀬川白望に顔を見せないように顔を逸らしたため小瀬川白望は分からなかったが、その時の荒川憩の顔は確実に赤面していた。

 

(……成り行きでとはいえ、シロさんの連絡先、ゲットしちゃったわーぁ///)

 

 心の中で呟いた荒川憩は、喫茶店の外へ出ると「じゃあ、また会いましょうやーぁ。来年のインターハイ待っとるんで、期待しときますーぅ」と小瀬川白望へ言い、歩を進めた。小瀬川白望はそんな荒川憩の後ろ姿を見ながら、心の中でこう呟いた。

 

(……インターハイ、か)

 

 

(そう上手く部員なんて集まるとは思えないけどね……宇夫方さんは頼めば入ってくれそうだけど、それはやらないでおこうかな……)

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……なるほど。お前もまんまと誑し込まれて、挙句ここまで来るとはいい度胸だな」

 

 そしてあれから数日後、荒川憩は再び東京の地まで舞い降り、辻垣内智葉の家までやって来ていた。辻垣内智葉は納刀している日本刀を担ぎながらも、抜刀はせずにナース姿の荒川憩の事を睨み付けていた。たまたま辻垣内智葉の家まで来ていたメガン・ダヴァンは(……ナゼサトハの家にやって来る人はシロさんラブしかイナイんでしょうカ……ソシテどうして変人しかイナイんでしょうカ……)と呆れながら二人のことを見ていた。

 

「まあそれで、牌譜を見た後はどうするんだ?」

 

「見た後、ですかーぁ?」

 

 辻垣内智葉に質問されて返答に悩んでいた荒川憩を見て、辻垣内智葉は「ま、その後は好きなだけ麻雀に付き合ってやるよ」と言い、日本刀を床に置いた。荒川憩は「ほ、ホンマですか!?」と聞き返すと、辻垣内智葉はこう返した。

 

「あの牌譜を見たら嫌でも自分の非力さを痛感するさ。……どうせ私も触発されるだろうしな。嫌というほどやってやるよ」

 

 そう言った辻垣内智葉はメガン・ダヴァンの事を呼ぶと「今から明華を呼んでくれ。こいつが笑顔でいれなくなるほど……いっそ気絶させるまで麻雀を打つからな」と言うと、荒川憩は驚いて「え、な……?」と困惑していると、辻垣内智葉が荒川憩の腕をガッシリと掴み、笑顔でこう言った。

 

「まあさっきのは半分建前だ。もう半分はシロに想いを寄せている……こっちの世界に入って来やがった洗礼だよ」

 

 

 それから数時間後、荒川憩が辻垣内智葉達によって本当に気絶させられる事になるのであった。




次回はとうとう宮守編もとい原作に突入する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第312話 高校二年編 ㉘ 例の人物

今回からとうとう原作編に突入していきます。
原作に則ったセリフとかはだいたい同じニュアンスですけど原作全く同じにはしてない(というより一々原作見て確認するのが面倒な)ので、原作やアニメのセリフとは若干の差異があると思いますが、そこの所はご了承願います。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(……全く、やっぱり東北の冬は寒いねえ)

 

 秋も終わり、ほんの数ヶ月前まで真夏であったとは到底思えないほどの寒さを誇る冬のある日、白銀に輝く岩手の世界を駆ける電車が一本走っていた。その電車に乗車している熊倉トシは、電車の窓から岩手の世界を一望しながら東北の冬の厳しさに対して愚痴を吐いていた。

 

(それにしても、遠野市の宮守女子ねえ……)

 

 そんな彼女は今から自分が向かう場所、もとい来週から自分の勤務先となる宮守女子高校の事を頭の中で考えていた。遠野市といえば遠野物語が有名ではあるが、熊倉トシは別のことがとても気にかかっていた。

 

(……秋一郎さんが言っていた"例の人物"。確か岩手に住んでるらしいけど……もしかしたら会えるかもねえ?)

 

 肝心の名前と岩手に住んでいるということ以外は何も教えてもらってはいなかったが、大沼秋一郎ほどの名プロ雀士が一目置く子供が岩手にいるという事を何年か前に熊倉トシは聞いたことがあった。確かに時期が合えばその人物がちょうど高校生になってちょうど宮守女子高校に所属しているという可能性もあるのだが、自分が今から行く宮守女子高校に運良くいるとは到底熊倉トシは思えなかった。

 

(宮守女子はインターハイどころか、県予選ですら名前は出ていなかったからねえ……個人戦でさえも)

 

 そう、もしそんな存在がいたとすればインターハイや県予選などの何かしらの大会で一度は名前は耳にするはずだ。しかしここ三年はおろか、熊倉トシが調べる限りでは宮守女子高校の名前を地区大会ですら見ることはできなかった。

 

(ま、期待するだけ無駄かもね……麻雀部は一応あるようだけど、どうやらまともに活動もしてなさそうだしね……)

 

 しかし熊倉トシはこの時点では気付いてはいなかった。宮守女子高校の名前が個人戦の地区大会ですら出ていないのはあくまでその人物が出る意志が無いからであり、別に活動をしていないというわけではなかった。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「塞、何してるの?」

 

 臼沢塞は雪が降っているのにも関わらず、傘も差さずに遠野市の名物である宮守川橋梁……通称めがね橋と呼ばれる鉄道橋の上を走りさる電車を遠くから見ていた。そんな臼沢塞に傘を二本持ってきていた鹿倉胡桃は声をかける。振り返って鹿倉胡桃の存在を確認した臼沢塞は、めがね橋の方を指差してこう言った。

 

「来週辺りからくる新しい先生……多分さっきの電車に乗ってたかも」

 

 臼沢塞は電車に乗っていた白髪の人物を思い出しながら、鹿倉胡桃が持っていた二本の傘の内の一本を受け取って言う。鹿倉胡桃は「本当?それすら初耳なんだけど、誰か知ってたの?」と臼沢塞に向かって質問すると、臼沢塞は「いや、校長の幼馴染らしいって事以外は全然知らないけど……この時間帯にあの電車に乗る人なんてそうそういないから、そうかなー……って思って」と言う。鹿倉胡桃は「いやいや、気のせいじゃ無い……?」と返し、臼沢塞に向かってこう言った。

 

「そんな事よりも、ほら。シロが待ってるよ」

 

「え?ああ……うん。分かった。行こうか」

 

 鹿倉胡桃が校舎に戻ろうといった旨を婉曲な言い回しで臼沢塞に伝えると、臼沢塞はそれを了承して鹿倉胡桃についていく。が、臼沢塞の興味は未だあの電車に乗っていた白髪の女性に向いていたのであった。

 

(……悪い気のせいじゃ無いと思うけど)

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

「珍しいねー……シロが卓についたまま何もしてないなんて。いつも私か胡桃が来るまでメールの返信してるのに、何かあった?」

 

 臼沢塞は卓の前にある椅子に座っていた小瀬川白望に対してあくまでも友達として、邪な考えを省いて小瀬川白望に向かって言う。……まあ若干の妬みはあったかもしれないが。

 

「ああ……ちょっとダルくて。家に帰ってからでもいいかな……って思ったから」

 

「それが理由なんだっ……!?」

 

 臼沢塞は小瀬川白望の自由奔放さに驚きながらも、日本のどこかで小瀬川白望からの返信を待っている誰かに対して(今頃なかなか返ってこないとか思ってるんだろうなあ……)と同情していたが、すぐさま(いや……よくよく考えれば私も何回かシロにやられてるな)と自分がそのような状況下におかれたことが何回かあったという事を思い出して同情の気持ちが綺麗さっぱり消えてしまった。

 

「胡桃は?」

 

「後から来るって」

 

 小瀬川白望が鹿倉胡桃の事について質問し、臼沢塞がそれに答えた瞬間、部室のドアが開いた音がした。臼沢塞はてっきり鹿倉胡桃が帰ってきたものかと思って「お、早っ。もう来た……」と言いながらドアの方向を向くと、そこには先ほど臼沢塞がめがね橋で見た白髪の女性が立っていた。その女性は傘を窄めると「一応、卓はあるみたいだね」と突然二人に向かって話しかけた。

 

「誰……?」

 

「胡桃が老けた……」

 

 小瀬川白望が本当にそう思っているのか、果たして冗談で言っているのか分からない微妙なラインの発言をするのをよそに、臼沢塞はようやくここで先ほど自分がめがね橋で見た人物であると認識する。臼沢塞は「新任の先生ですか?校舎広いから、迷ったりして……」と言うが、熊倉トシは臼沢塞の発言に対して首を振りながらこう言う。

 

「ああその点は大丈夫。っとその前に、自己紹介が遅れたね。私は来週からこの学校の教師になる、熊倉トシです」

 

「私の趣味は麻雀でね、自然と牌がある場所に足が向くのさ。だから私はここに来たんだよ」

 

 熊倉トシがそう自己紹介すると、小瀬川白望は「牌無くした時に便利……」とこれまた本気で言っているのかどうか分からないような発言をすると、臼沢塞は「いやいやシロ。幾ら何でも雑用やらせるのは失礼でしょ」とツッコミを入れる。そんな二人を微笑ましく見ていた熊倉トシは、二人に向かってこう提案した。

 

 

「……今からちょいと打たないかい?」

 

 その瞬間、臼沢塞の表情は途端に青ざめる。熊倉トシは何事かと思って臼沢塞の事を見ていたが、臼沢塞は「いや、止めた方が……四人いませんし……」とあまり乗り気ではないような発言をした。熊倉トシは(……やけに乗り気じゃないね?さっきの白髪の子が言ったように麻雀を全然しないっていうわけでもなさそうだけど……)と疑問に思いつつも、後ろからドアが開けられる音を聞いてニヤッと笑った。

 

「たっだいまー……って誰!?」

 

 鹿倉胡桃が部室内に見知らぬ人……熊倉トシを見てそう言うが、熊倉トシはその問いかけを無視して「これで四人揃ったね?じゃあ、始めましょうか」と三人に向かって言う。臼沢塞はそれを聞いて心の中で(熊倉さん、大丈夫かな……)と心配していた。そしてやけに気合の入っている小瀬川白望を見て、(……本当に大丈夫かな)と更に熊倉トシに対して心配の気持ちを一層強く抱いた。

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

「……ロン」

 

「っ……!?」

 

「2900の7本場……」

 

 小瀬川白望が熊倉トシの捨て牌を見るやいなやそう宣言して手牌を倒す。積み棒は既に7本目を数えており、完全に小瀬川白望の独壇場のまま局は進行していた。いや、厳密に言えば小瀬川白望が親になってから既に7本場と、一向に小瀬川白望の親が終わらないため実際にはそんなに進んではいないのだが。

 そしてこの小瀬川白望の和了によって熊倉トシの点棒はゼロを割り、箱テンとなってしまったためこの対局は終了した。熊倉トシも自分がかなりの実力者であるという事を自覚していたが故に何も出来ずにトバされるという事に対して悔しさや屈辱を感じていたが、それよりも何よりも熊倉トシは感動していた。今自分の目の前にいる小瀬川白望こそが、大沼秋一郎が言っていた例の人物だと、熊倉トシは確信していた。

 

(まさか、本当に出会えるとはね……"あの娘"といいこの娘といい、宮守は遠野物語が劣るほどの魔境だね……)

 

 




次回からようやく大天使2名が登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第313話 高校二年編 ㉙ パン

前回に引き続きです。
今回はエイスリンから。と言っても出るのは最後の方ですが。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……どうします、もうひと半荘しますか」

 

 熊倉トシがあの大沼秋一郎が認めた……一目置く存在である小瀬川白望によもや少なくともここでは会えないであろう宮守女子高校で会えた事と、その小瀬川白望の自分でさえも最も簡単にトバすほどの雀力対して深く心を動かされていたのをよそに、小瀬川白望が再度椅子に深く凭れ掛かりながら熊倉トシにこう告げた。熊倉トシははははと笑って、「もう十分だよ。何度やっても結果は変わらなさそうだし」と答えた。すると臼沢塞は、そういう熊倉トシに向かってこう言った。

 

「でも、久々の四人打ちは楽しかったです」

 

 臼沢塞はそう言うが、実際はさほど久し振りではない。赤木しげるを加えた三人と一人の霊体での四人打ちは高校で麻雀部に入って稀に行い、その都度小瀬川白望と赤木しげるの頂上決戦のような臼沢塞と鹿倉胡桃からしてみれば地獄のような卓になったりはするのだが、ここでは敢えて臼沢塞はそれを通常の四人打ちとは別物として考えた。

 

(まあ……生きてる人間だけでの四人打ちは本当に久々だから、強ち間違いではないかな……ははは)

 

「見た限り顧問もいなさそうだけど、部員もこの三人だけなのかい?」

 

 それを聞いた熊倉トシは三人に向かって質問するが、小瀬川白望達はこの問いにどう答えていいのか非常に悩んでいた。部員が三人だけなのかという問いに対してではなく、顧問がいなさそうという発言に対してである。赤木しげるも一応は小瀬川白望達の顧問的存在なのだが、いかんせん厳密には部外者なため、顧問としていいのか、そもそも死んだはずの赤木しげるの存在を明かしていいのかという点、この二つに対して悩んでいた。

 

【……ククク。どうせ隠したっていつかはバレるもの……なら先に言っておいた方が好都合だ】

 

 

「っ!?一体誰が……」

 

 だが、赤木しげるがここで口を開く。熊倉トシはどこからか放たれた言葉なのか分からず辺りをキョロキョロ見回すが、この場にいる以外の人間はどこにもいなかった。熊倉トシは疑問そうに小瀬川白望達の事を見ると、小瀬川白望は「また勝手に……」と言って首から掛けていた巾着を取って中身を手に取ると、熊倉トシに向かってその中身を見せつけた。熊倉トシは興味深そうにその中身である石の欠片……正確に言えば赤木しげるの墓の断片をまじまじと見ていると、熊倉トシは未だ驚いたような表情で「驚いたね……いったい何者なんだい?」と小瀬川白望に聞くと、小瀬川白望の代わりに赤木しげる自らが答えた。

 

【赤木……赤木しげるだ。もうこの世にはいないはずの人間だが、どうしてかこんな形で俺はまだ存在しているらしい……一応当時では名の通ってた博徒だったんだが……俺の名前を知ってたかい、お嬢さん】

 

 熊倉トシに向かって赤木しげるが自分の名前を語ると、熊倉トシは少し怒ったような表情で「お嬢さんねえ……私もこれでも今年で54歳なんだよ?」と赤木しげるの言った「お嬢さん」に対して反論する。それを聞いた赤木しげるは【おっと、そいつあ失礼……確かに俺が死んだ歳は53だから、そういう意味ではアンタの方が歳上なのかもな、熊倉さん】と笑いながら言う。そんな赤木しげるを見ながら、熊倉トシは心の中で記憶を掘り返していく。

 

(それにしても……赤木、しげるねえ……確かに聞いた事があるようなないような……)

 

(……そういえば、秋一郎さんが前に言っていたような)

 

 そうして熊倉トシが記憶を掘り返していると、大沼秋一郎が取材で尊敬する人物について聞くと言われていたためにどうしようか嘆いていた、その時の会話を熊倉トシは思い出した。

 

『困ったな……俺の尊敬する人物か』

 

『取材を受けられるだけでも有り難いと思うんだね。……それにしてもあんたの尊敬する人物かい?そりゃあ気になるねえ』

 

『ああ、まあ適当に偉人でも言ってれば良いんだろうが……俺が唯一、一人だけ挙げるとしたら赤木しげるになるだろうな。まあ、公言する気はないけどな』

 

『へえ、麻雀打ちかい?』

 

『そうだな……多分日本の麻雀界に一番衝撃を与えた人物だろうな……俺がプロになろうと思ったのも、そいつを越えるためさ……まあこのように無理だったんだがな』

 

 

(……なるほど、こいつはたまげたね……"背向の娘"にこの娘たち、まさかそれ以上の発見があるとはね……ちょっと怖くなってくるね?)

 

 熊倉トシはスケールの大きさに少し腰を抜かしそうになるが、とりあえず姿勢を保って皆に向かって言う。小瀬川白望らは熊倉トシの方を見ると、熊倉トシは天を仰いでこう続けた。

 

「……実は、ここに来る前にちょっと寄り道をしてたんだけどね」

 

「そこで、面白い娘を見つけたのよ」

 

「あんた達に……合わせてやりたいと思う……」

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「はあ……」

 

 熊倉トシが突然宮守女子高校にやって来たあの日から数日が経った今日、小瀬川白望はいつもと変わらぬ状態で机に突っ伏し、ゆっくりと自由な時間を過ごしていた。そんな小瀬川白望を見つけて、宇夫方葵は「あー、やっぱりいた!」と廊下から叫ぶ。

 

「小瀬川さーん!食堂行かない!?私と愛を育みに行きましょーう!!」

 

 女子高校生とは思えぬ発言をする宇夫方葵であったが、小瀬川白望もとうとう慣れてしまったのか、いちいち突っ込む事はせず「今ダルいからまた誘って……」といつもの答えを返した。するといつも通りの答えが返ってきた宇夫方葵は「今日もダメかー……残念!」と言うと、食堂の方へと向かっていった。そんな宇夫方葵を見送った小瀬川白望は突っ伏していた身体を起こして、勢いそのままに今度は後ろに倒れこむ。すると小瀬川白望の目に入ってきたのは日本では珍しい金髪の少女がスケッチブックらしきものを首から引っ提げ、赤ペンを競馬よろしく耳に掛けていた。小瀬川白望は今日から来るという留学生の存在自体は知っていたが、今この瞬間までどこにいるのか後ろの席にいたというのに分からず、小瀬川白望にとっては初めて見るものであった。もっとも、ホームルームの時小瀬川白望が話を全く聞いていなかったのが原因なのだが。

 

「留学生の子……後ろの席だったんだ」

 

 小瀬川白望が日本語が通じるかどうか分からないものの一応日本語でそう言ったが、留学生の少女はその言葉に対して頷くところを見る限り、少なくともある程度日本語は理解できるようだ。

 

(ふーん……まあ流石に日本語が何も分からないで日本なんかに来ないか……メグとかも話せるし)

 

 その留学生の少女を小瀬川白望は見ながらそんな事を考えていると、小瀬川白望の腹部から音が鳴った。昼食は今の今まで机に突っ伏していたため、何も食べていない状態の小瀬川白望の胃は耐えきれなかったようだ。留学生の少女は腹を鳴らす小瀬川白望に対し少し驚いていたが、小瀬川白望に向かって「……オナカ、スイタ?」と質問する。それに対して「うん」と頷くと、留学生の少女はパンを取り出して小瀬川白望にこう聞いた。

 

「パン、タベル?」

 

「……うん」

 

 




次回は豊音です。
ようやくメンバーが揃いますね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第314話 高校二年編 ㉚ 再会

前回に引き続きです。
今回は豊音も出てくるよー



-------------------------------

視点:神の視点

 

「パン、タベル?」

 

「……うん」

 

 小瀬川白望がそう答えると、留学生の少女は小瀬川白望に対して警戒していたような表情をキラキラと輝かせ、ニッコリとした表情で小瀬川白望にパンを渡した。留学生という立場以上、言葉も通じるか分からないのが理由で話し難いというのもあるのだろう。そう言った意味で留学生の少女にとっては貴重な宮守女子高校でのこの小瀬川白望とのコミュニケーションは。目を輝かせるほど嬉しいものだったに違いない。

 そんな期待と希望を背負った留学生の少女から小瀬川白望はパンを受け取ると、「……いただきます」と言い、モキュモキュとパンを食べ始めた。よほどお腹が空いていたのか、小瀬川白望はかなり速いスピードでパンを食べ進めていく。

 

「ああ、いたいた」

 

 そして小瀬川白望がパンを食べている途中、廊下側から聞き慣れた声が聞こえてきた。すると小瀬川白望がパンを食べるのを止め、声が聞こえた廊下の方を見る。留学生の少女も、気になったのか小瀬川白望と同じ方向を向いた。教室にドアの前には小瀬川白望が予想していた通り臼沢塞と鹿倉胡桃が立っており、鹿倉胡桃は小瀬川白望にこう伝えた。

 

「シロ!熊倉先生が言ってた例の娘、連れて来たって!」

 

「あー……今行く」

 

 小瀬川白望はそう言うと、止めていた手を再び動かして食べかけのパンを口へと押し込む。そうして全て食べきった後、小瀬川白望は立ち上がり留学生の少女に向かって「ご馳走様……それとありがとう」と言い、臼沢塞と鹿倉胡桃の方へと歩き始める。しかし、ここで小瀬川白望の足が止まった。

 

「……」

 

「……?」

 

 小瀬川白望は足を止めて、何かを考えているような不自然な間を作る。留学生の少女を含めたこの場全員の人間が小瀬川白望がいきなり進むのを止めた事に対して頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。そして幾許かの時間が経った後、小瀬川白望は留学生の少女の方を振り向いて、こう問い掛けた。

 

「……一緒に来る?」

 

 それを聞いた留学生の少女はもちろん、教室の外にいた臼沢塞と鹿倉胡桃も驚いて小瀬川白望のことを見ていた。そしてそんな小瀬川白望の元へ臼沢塞が近づくと、小瀬川白望に対して耳元で「ちょっと……まだ何も分からない留学生の子を誘っても、向こうだって困るでしょ。それにシロだってあの子のこと何も分からないでしょ」と言う。が、臼沢塞にそう言われても小瀬川白望は引き下がらず、逆に臼沢塞にこう反論した。

 

「でも……一人で教室にいるよりはマシでしょ。多分初日で仲が良いって子もいないだろうし……」

 

「それはまあ、そうだけど……」

 

 臼沢塞が反論に対してたじろぐ間に、小瀬川白望は再度留学生の子に「……どうする?」と問い掛けた。一度目に問い掛けた時は驚いていたようで返答に困っていたが、今度は笑顔を浮かべて「……イク!」と答えた。

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……熊倉先生が連れて来た子、どんな子なんだろうねー」

 

 四人が麻雀部の部室へ向かっている最中、鹿倉胡桃がそう言って小瀬川白望と臼沢塞に向かって熊倉トシが連れて来た子がどんな人であるかについて尋ねてみるが、その肝心の小瀬川白望はというと、自らの後ろを付いてくる留学生の少女に興味津々の様子であった。

 

「名前、なんていうの」

 

「……エ、Aislinn Wishart.」

 

「……じゃあエイスリンさん、でいいのかな」

 

「……OK. And you?」

 

 エイスリンが小瀬川白望にこう聞くと、小瀬川白望は「ああ、あー……マイネームイズ、コセガワシロミ」とエイスリンのネイティヴな発音とは正反対の、いわばカタカナ英語のような発音で自己紹介をするが、どうやらエイスリンにも伝わったようで、「OK.シロミサン……」と小瀬川白望に向かって返した。

 

「……ふんだ!いいもん!シロなんて知らない!」

 

 そしてもちろんそんな光景など臼沢塞や鹿倉胡桃が快く思うわけもなく、鹿倉胡桃はついに匙を投げ、怒ったような口調でそう言った。それを聞いた小瀬川白望は「あ……ごめんごめん。熊倉さんが呼んだ子の事でしょ?」と鹿倉胡桃に言うが、本人は「……ふん!」といまだ怒っている様子だった。そんな鹿倉胡桃を見てか、エイスリンは小瀬川白望の制服の裾をちょいと引っ張って「……オトモ、ダチ?」と臼沢塞と鹿倉胡桃の方を向いて尋ねた。小瀬川白望は「うん……」と答えると、エイスリンは臼沢塞と鹿倉胡桃の近くまで近寄ると、ぺこりとお辞儀をしてこう言った。

 

「ワ、ワタシ……Aislinn Wishartデス……」

 

「は、はあ……」

 

「……ヨ、ヨロシクデス」

 

 エイスリンが震える手で臼沢塞と鹿倉胡桃に両手を差し出すと、臼沢塞と鹿倉胡桃は「よ、よろしく……」と言ってエイスリンの両手を握った。流石に相手があそこまでピュアだと、二人も強く言えないのか、臼沢塞と鹿倉胡桃は肩透かしを食らったことで、エイスリンは知り合いが増えたことで喜びを噛み締めたことで、その後は無言のまま部室へと向かった。そんな中、小瀬川白望はポケットの中にある携帯電話を異様に気にしていた。

 

(それにしても、熊倉さんが連れて来た"面白い娘"ねえ……豊音から連絡が入ったのはちょうど熊倉さんが初めてここに来た時期と一致するけど……まさか……ね)

 

 

-------------------------------

 

 

 

「こ、こんにちはー」

 

「遅かったね?」

 

 部室のドアをコンコン、といつになく礼儀正しくドアを開ける臼沢塞は、まるで見知らぬ人の家に上がるような声色で挨拶しながら中に入る。中に入った臼沢塞が最初に見たのは熊倉トシと、彼女が連れて来たという長髪の少女の姿であった。……いや、外見から見て『少女』と評するには些か語弊があるだろう。その少女は最初は座っていたが故に分からなかったが、熊倉トシが自己紹介をするように促し、その少女が立ち上がったところでようやく臼沢塞は気付いた。彼女の異常なまでの高身長に。どう少なく見積もっても180……いや、190はありそうな高身長で、とても『少』女と呼ぶには値しなかった。

 

「岩手から来ました、姉帯豊音です」

 

 姉帯豊音は開口一番にそう名乗ると、大きな体を折り曲げてお辞儀をする。臼沢塞は「ここも岩手だよ……っていうかデカいな!?」と驚きを露わにするが、熊倉トシは「これでもあんたと同じ高二だよ?」と言う。そして熊倉トシは面喰らったような表情を浮かべる小瀬川白望を見て、「流石のアンタでも豊音の身長には驚いたかい?」と質問すると、小瀬川白望は驚いたような表情で「豊音……?」と言う。すると姉帯豊音もようやく気付いたのか、はっとしたような表情で「し、シロッ!?」と叫ぶ。

 

「おやおや、知り合いだったのかい?」

 

「いや……私たちは全然」

 

 突然の再会に驚きと喜びを浮かべる姉帯豊音と小瀬川白望をよそに、熊倉トシも若干呆れたような表情で小瀬川白望のことを見ていた。

 

「久しぶりだねー。自己紹介に緊張しすぎてて今の今まで気付かなかったよー」

 

「やっぱりメールをくれた時期が同じだったからもしやと思ったけど……本当に豊音だったなんて」

 

「うん……まさかシロがいるなんて思ってなかったから……これだけでも来た甲斐があったよー」

 

 そう言って小瀬川白望を抱き締める姉帯豊音を見て、鹿倉胡桃は(まさかこの学校でライバルが更に二人増えることになるなんて……思ってもいなかったよ)とこれまた呆れた表情を浮かべていた。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第315話 高校二年編 ㉛ 六曜

前回に引き続きです。
今日は帰ってきてすぐ書いたのですが、いかんせんなんとも言えない感じです……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「さあさあ、久しぶりに会えて嬉しいのは分かるけど、とりあえず打ってみなさいな」

 

 小瀬川白望と姉帯豊音が思い出話に花を咲かせる前に熊倉トシがそう言うと、姉帯豊音はハッとして今の今まで抱きついていた小瀬川白望から離れる。そしてすぐに卓につくが、その時の姉帯豊音の頬が薄く赤くなっていることに小瀬川白望は気付くわけがなかった。

 

「そういえば今更だけど……豊音って麻雀やってたんだね」

 

 姉帯豊音に続くようにして小瀬川白望が卓につき、姉帯豊音に向かってそう言うと、横から熊倉トシが「知り合いのアンタが知らないのも無理はないよ。なんたってこの子の村には若い子が少なかったからねえ。ネト麻もできないから、一人で牌を並べたり、テレビで対局を見ることしかできなかったんだよ」と答える。鹿倉胡桃ははそれを聞いて「じゃああまり人と打ったことはない?」と言うと、熊倉トシは「それでも、私のお墨付きだよ。まあ白望には遠く及ばないと思うけどね」と返す。鹿倉胡桃は「ふうん……」と呟き、静かに卓についた。そしてそれと同時に、心の中で姉帯豊音に向かって(シロの知り合いだかなんだか分からないけど……良い気にはさせないよ……!)と意気込む。臼沢塞をそんな鹿倉胡桃の心情を読み取ってか、愛想笑いをしながら卓についた。

 

「そして白望の後ろの子は誰だい?」

 

 四人が卓につき、対局が始まろうとしていたところで熊倉トシが先ほどから気になっていた事を小瀬川白望たちに向かって質問する。熊倉トシの視線の方向は当然エイスリンである。すると小瀬川白望が「留学生の、エイスリンさん」と答える。熊倉トシは「ふむ……あなた、麻雀は?」とエイスリンに向かって聞くと、エイスリンは首を振って「ウウン……」とノーを示した。

 

「そうかい……それは残念だね」

 

 熊倉トシが残念そうに言うと、卓につく四人に向かって「じゃあ、そろそろ始めましょうか」と言い、姉帯豊音の耳元でこう囁いた。もちろん姉帯豊音はそれを了承し、彼女の能力である六曜を発動させる。

 

「……豊音。まずは赤口(しゃっこう)で……」

 

「了解だよー」

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ツモ!2000オールっ!」

 

 初っ端、親の姉帯豊音はまず挨拶代わりのツモ和了を見せる。配牌や序盤のツモはあまりピリッとしないものであったが、中盤に引きが良くなる赤口によって中盤に一気に聴牌まで漕ぎ着け、そのままの勢いでツモ和了った。小瀬川白望は自分のぐちゃぐちゃな手牌を伏せながら、(……ふーん)と姉帯豊音から何かを感じたような表情で心の中で呟いた。姉帯豊音は積み棒を卓へ置くと、「まだまだいくよー」と言い、一本場に移る。それと同時にまたもや熊倉トシは姉帯豊音の耳元で「じゃあ次は先負でいいかい?」と囁いた。

 

(さあ、背向の豊音……果たして白望を射抜くことができるかね……)

 

 熊倉トシは興味深そうに雀卓の周りを歩きながら、特に小瀬川白望と姉帯豊音の手牌に注目して見ていた。姉帯豊音の能力、六曜の一つである先負。発動している時の局に姉帯豊音以外の誰かが先行リーチをし、姉帯豊音が俗に言う『追っかけリーチ』をすることが発動条件であり、先負の『先んずれば則ち負け』という意味に準じて先にリーチをかけた者が一発で姉帯豊音の和了牌を掴むという回避不可能な強烈な能力。そんな姉帯豊音の先負を小瀬川白望はどう対応するのか、そこが熊倉トシの気になるところであった。

 

「リーチ」

 

 最初に動いたのは小瀬川白望。小瀬川白望は牌を切ってリー棒を投げる。が、しかし。その瞬間、姉帯豊音の口角がつり上がった。小瀬川白望の次のツモ番の臼沢塞はそんな姉帯豊音に対して不気味さを感じながらも、ツモってきた{東}をそのまま河へ置く。そして問題の姉帯豊音のツモ番。姉帯豊音はツモ牌を盲牌すると、手牌から取り替えるようにツモ牌を手牌へ取り込み、端の牌を掴む。

 

「追っかけるけどー」

 

「……」

 

 

「通らばー、リーチッ!」

 

 姉帯豊音はそう言い、牌を河へ叩きつけてリー棒を置く。この瞬間、姉帯豊音の先負の発動条件が揃い、小瀬川白望はこの次のツモで姉帯豊音のツモ牌を掴むことが確定した。無論、小瀬川白望にこれを回避する術は無い。が、そんな状況下におかれても小瀬川白望は至って冷静な表情であった。

 

(……追いつかない!)

 

 鹿倉胡桃も何かが起こるという事を察知したのだろうが、まだ手牌は二向聴であり、追いつくことはできなかった。鹿倉胡桃は悔しそうな表情を浮かべながらも、手牌から一枚牌を切る。

 

(……)

 

 そして小瀬川白望のリーチから一巡が経過し、リーチ後初のツモ番となった小瀬川白望はツモ牌を掴むべくゆっくりと山へ手を伸ばし、盲牌もせずにそのまま卓に置いた。姉帯豊音はわざわざ見る必要も無いと言わんばかりに「ロン!」と発声すべく口を開こうとするが、それよりも先に小瀬川白望は手牌を倒した。

 

「え、え……?」

 

 姉帯豊音は突然の事に呆気にとられていたが、小瀬川白望は気にせず「……ツモ、リーチ一発」と宣言した。そして流れ作業のように裏ドラを確認すると、「裏ドラ……2。満貫」と淡々と言い進める。

 

(ど、どうして……?まさか先負が発動してな……!?)

 

 姉帯豊音は未だ困惑しながら小瀬川白望のツモ牌を見るが、確かにその牌は姉帯豊音の和了牌。確かに小瀬川白望は掴まされたのだ。ただ、その牌が小瀬川白望の和了牌であっただけの話である。

 

(驚いたね……豊音の待ちを予測してリーチをかけたとでも言うのかい?)

 

 

(多分シロは私の六曜は分かってはないと思うけど……場の流れを感じて『シロが私の和了牌を掴む』ってのを予測したのかなー……?)

 

(……やっぱりシロ、ちょーすごいよー)

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第316話 高校二年編 ㉜ 五人

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ロン」

 

「……っ!」

 

 

(まずいねえ、精彩を欠いてきた……いくら豊音と雖も、流石に相手が悪かったようだね)

 

 

(……何を打ってもシロに当たっちゃうよー)

 

 

 小瀬川白望の姉帯豊音の六曜の一つである先負の数少ない、姉帯豊音と同じ牌が当たり牌であれば確実に和了れるという弱点を利用したリーチ一発ツモを皮切りに、小瀬川白望の怒濤とも言えるような猛攻撃が始まることとなった。しかし、特別小瀬川白望の運や配牌が良いというわけでも、何か特殊な事をしているわけでもない。ただ小瀬川白望はいつも通りの麻雀をしているだけなのだ。相手の捨て牌や仕草、癖を観察し、そこから仮説を立てて照準を合わせ、敵に気づかれないように迷彩を作って射抜く。簡単に言ってしまえばこれ以外の事は何もしていない。それが姉帯豊音に……いや、小瀬川白望と赤木しげる以外の人間は怒濤のように見えるだけなのであった。

 しかし、当然の話だがそのような事を実際に彼ら以外に完璧にできる人間がいないが故に、恐ろしく、常軌を逸したように見えるのであって、姉帯豊音の反応はなんらおかしな事ではなかった。

 

「と、通らば……リーチ」

 

「通らず……ロン」

 

 

 そしてこの半荘何度目かも分からぬ小瀬川白望の放銃によって、結局最初の東一局以外和了れる事が出来ぬまま姉帯豊音のトビ終了で終わりを迎える事となってしまった。姉帯豊音は最後の辺りは若干涙目になっていたが、勝負が終わると同時に防波堤が決壊したかのように涙を流し、小瀬川白望に抱きついて「シロー……怖かったよー……」と、恐怖を植え付けた本人に向かって言う。局が終わるまでは小瀬川白望に執拗に狙われているのを見て同情していた鹿倉胡桃も、それを見て一気に同情の気が失せたのか、何かを言いたそうに両手をグッと握り締めていた。

 

「……それで、豊音はいつ転校してくるの」

 

「え……て、転校……?」

 

 抱きつく姉帯豊音に小瀬川白望が質問すると、姉帯豊音は驚いたような表情で熊倉トシの方を見た。臼沢塞は「てっきり熊倉さんが私たちの新たなメンバーを連れてきたのかと思ってたけど、違うんですか?」と熊倉トシに質問すると、熊倉トシは「サプライズで豊音にも話してなかったんだけど……どうやら分かってたようね」と言い、近くにあったソファーに腰掛ける。

 

「で、でも……私なんかが皆さんのお仲間なんて……ありえないなー……とかとか」

 

「何言ってるの、豊音」

 

 姉帯豊音が涙を拭ってそう言うが、小瀬川白望はそれを直ぐに否定する。自らを謙遜する姉帯豊音に向かって、小瀬川白望はこう告げた。

 

「もともと私は豊音と友達……そして今、塞と胡桃っていう友達が増えた……それが仲間じゃないなら、なんだって言うの……」

 

 

 小瀬川白望が姉帯豊音に向かってそう告げると、姉帯豊音は再び涙を流して「……ちょー嬉しいよー」と笑顔で言った。熊倉トシは「それで、さっきの答えだけど既に手続きは終わらせてあって、書類上は転校済みになっているんだよ。私が初めて豊音と会った去年の秋辺りから」と答えた。

 

「あとは豊音があんた達と合うかどうかだったんだけど……もうその心配はいらなさそうだね?」

 

「そうですね……シロの知り合いなら、断る理由もないですし……」

 

「塞の言う通りだけど、ほらそこっ、シロから離れる!シロが窒息しちゃうでしょ!」

 

 鹿倉胡桃が小瀬川白望に抱きつく姉帯豊音に向かって指をさすと、姉帯豊音は「わっ、ごめんなさいだよー」と素直に小瀬川白望を解放し、謝罪した。素直に謝った姉帯豊音を見て、鹿倉胡桃は若干罪悪感を感じたのか、「いや、そんなに謝らなくてもいいけど……」と付け加えた。

 

「でも、そんなに前から準備していたんですね。去年の秋からだったなんて……なんでそんな前から……」

 

 臼沢塞が疑問そうに熊倉トシに向かって言うと、何かに気づいたように小瀬川白望の方を見る。小瀬川白望もそれとほぼ同時に気付いたのか、顔を見合わせた。

 

「そっか……」

 

「インターハイの団体戦……」

 

 姉帯豊音はそれを聞いて「え……?」と呟くと、鹿倉胡桃が「全国麻雀選手権!毎年夏にあるんだよ!」と説明する。ここで熊倉トシは最終確認として小瀬川白望に「……あなたは出る気は無かったようだけど、どうするんだい?」と質問した。小瀬川白望はそれを聞いて、少し悩んだような表情で「……皆が出たい、って言うなら……」と答えた。これで全員の理解と了承はは得られた。時期的にも夏のインターハイには間に合うが、ここで新たな問題が生じる。団体戦に出るには五人必要であり、今のままではあと一人足りないのであった。臼沢塞が候補として頭の中で一人、宇夫方葵を思い浮かべていたのだが、宇夫方葵だけはダメだと頭の中で撤回する。新たな問題に当たった一向であったが、ここで「ハイ!」と言って手を挙げた人物がいた。そう、今の今まで黙って見ていたエイスリン・ウィッシュアートであった。

 

 

「エイスリンさん……?」

 

「ノー!プリーズコールミーエイスリン!」

 

 エイスリンがそう言って掛けていたホワイトボードを皆に見せる。そこには絵が描いていたのであり、小瀬川白望は「……皆で地区大会に出て優勝しよう」と解釈した。臼沢塞は「分かるの!?」と驚いていたが、小瀬川白望は「いや、勘だけど……」と答える。

 

「……これで、五人揃ったわね。師としてのあなたとしては、彼女が表のインターハイに出るのはどうなんだい?」

 

【……さあな。あいつがやると言った以上、それを後押しするのが師ってもんだろ……】

 

 熊倉トシが赤木しげると話しているのを見て、姉帯豊音とエイスリンは驚いて小瀬川白望に近寄り、熊倉トシの方を指差してこう言った。

 

「い、石が喋ったよー……」

 

「アノストーン、シャベッタ!!」

 

「ああ、そういえば二人には話してなかったね……」

 

(……嘘みたい。ほんの前までインターハイとか、夢の話だと思ってたのに……たった数時間で現実味のある話になるなんて)

 

(ようやく、私もシロのいたあの場所に……今度はシロの横で立つことができるんだ……!)

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第317話 高校二年編 ㉝ 報告

まーた体調崩してしまいました。
よりにもよって休日に……いや、風邪を引いたところで休日の生活は変わらなかったですね(白目)


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ところで豊音。そろそろ帰らないと最後のバスに間に合わないんじゃないかい?」

 

 熊倉トシが手に掛けてある腕時計をチラと確認しながら小瀬川白望達と談笑していた姉帯豊音に向かって質問すると、姉帯豊音は熊倉トシに言われてそのことに気付き、もう二度とやってこないというわけではないと分かりつつも、今の幸せな時間が一時的に失われてしまう。そう思って少しほど泣きそうになりながらも「う、うん……そうだったよー……」としんみりとした口調で呟くと、立ち上がって帰りの支度をし始めようとするが、小瀬川白望が少しほど何かを考えたような仕草をとると、姉帯豊音に向かって「……別に、良いんじゃない」といった。

 姉帯豊音はそれを聞いて目を丸くしながら「え……?」と言ってソファーに背中を預ける小瀬川白望の方に視線を下ろすと、小瀬川白望はさも当然かのように姉帯豊音にこう言った。

 

「帰るのが嫌なら……泊まっていけば」

 

「ちょ、シロ!?」

 

 それに意を唱えるかのように叫んだ臼沢塞に小瀬川白望はダルそうに「どうしたの……塞。豊音とは知らない仲じゃないんだし、別に良いでしょ」と説得しようとするが、臼沢塞は「……そうじゃなくてっ!と、豊音が泊まるなら……わ、わ……」と途中まで言いかけ、しどろもどろになってしまう。小瀬川白望は「わ……?」と臼沢塞に疑問そうに言うと、臼沢塞は顔を赤くしながら「わ、私も泊まるわ!」と叫んだ。

 

「さ、塞が泊まるなら私も!」

 

「ワ、ワタシモ……!」

 

 臼沢塞に便乗するように鹿倉胡桃とエイスリンが手を挙げると、熊倉トシはふふっと笑いながら赤木しげるに向かって「おやおや。どうやらあなたの弟子さんはたいそう人気そうじゃないか?」と言うと、赤木しげるは笑って、【どうやらそうらしいな……いつか誰かに背後から刺されなきゃいいがな】と半ば呆れたような口調で言った。

 

「おっかない事言わないでおくれ。この麻雀部で死人が更に増えるなんて笑い話にもならないよ」

 

【確かにそうだが……嫉妬に塗れた女ほど厄介なものは無い……そう聞いた事がある。まあ嫁を二人ももらってたやつがいたから、実際にどうなのかは知らねえが……】

 

 赤木しげるがそう言うと、熊倉トシは小瀬川白望の周りにいる四人を見て「あの娘達に限ってそれは無いと信じたいね……」と若干冷や汗をかきながら呟いた。そして姉帯豊音に向かって「それで、白望の家に泊まるのかい?」と質問するが、姉帯豊音の真っ赤な顔を見て答えを聞く前に察した熊倉トシはこう言った。

 

「全く、村に連絡するこちらの身にもなっておくれよ?」

 

「あ、す、すみません……」

 

「ふふ、冗談だよ。めいいっぱい楽しんできておいで」

 

 頭を下げる姉帯豊音に向かって熊倉トシがそう告げると、姉帯豊音は笑顔を輝かせて「熊倉先生、ありがとうございます」と再び頭を下げた。そして今度はエイスリンに向かって「あなたの事も後で寮長に言っておくから、行ってきなさい」と言い、エイスリンが「ア、アリガトウ、ゴザイマス……」と答えると、最後に「白望」と、小瀬川白望の事を呼ぶ。

 

「エイスリンと豊音の事を頼んだよ」

 

「……分かりました。じゃあ、行こうか。みんな」

 

 熊倉トシに二人の事を頼まれた小瀬川白望は赤木しげるの墓石の欠片が入ってる巾着袋を持つと、四人を引き連れて部室を去っていった。そうして部室に取り残された熊倉トシは窓から五人の事を見送ると、携帯電話を取り出して姉帯豊音の村に電話をかけた。

 

 

 

 

 そして小瀬川白望が四人を連れて自らの家に向かっている最中、急に小瀬川白望は足を止めた。そんな彼女を見て、四人がハテナマークを浮かべていると、小瀬川白望は不意にこんな事を臼沢塞と鹿倉胡桃に向かって呟いた。

 

 

「……そういえば、来年大会出るって事、皆に伝えておこう……忘れない内に」

 

「そ、そうだね……」

 

「ま、まァ。良いんじゃない?改めて敵になるんだし!」

 

(……塞、なんかいつもより寛容……?)

 

 小瀬川白望が臼沢塞の反応に若干首を傾げていると、エイスリンが小瀬川白望の腕を引っ張って「ミンナッテ……ダレ?」と聞く。それに続くように姉帯豊音も「私も気になるよー」と問いた。小瀬川白望は「うーん……まあその話は家に帰ってからでいい?」と切り上げ、再び家に向かって歩き始めた五人であった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうしたんデス、サトハ。ケータイ握り締めテ」

 

 

 所変わって東京。家の庭の中で携帯電話を握りしめながら空を見上げていた辻垣内智葉の背中を見つけたメガン・ダヴァンが背中越しに質問すると、辻垣内智葉はゆっくりと振り向き、メガン・ダヴァンに持っていた携帯電話を投げつける。

 

「ワ、ワッ!?」

 

 メガン・ダヴァンは慌てながらも携帯電話を落とす事なく受け取る。いきなり投げてきた辻垣内智葉に文句を言おうとするが、それを黙殺して辻垣内智葉が「……やっとだ」と呟いた。メガン・ダヴァンは言っている意味が分からなかったが、携帯電話の画面を見て納得した。

 

「なるホド……そういう事でしタカ」

 

「……そういう事だ。来年が楽しみだよ」

 

 

-------------------------------

 

 

「……照。お前の言っていた事が本当になったな」

 

「うん……そうだね」

 

 同じく東京の白糸台では、宮永照と弘世菫が頬と頬を合わせながら二人で一つの携帯電話の画面を見ていた。すると宮永照が弘世菫に向かって「……菫、尭深と誠子呼んできて」と言った。弘世菫が「照が呼べば……いや。わかったよ。呼んでくる」と言い、部屋を出て行った。

 

(……最後の最後に立ちはだかるのはやっぱり、白望なんだね)

 

 

 

-------------------------------

 

 

「なになに……ほーん?オカン、聞いたか?」

 

 

 大阪の愛宕家では自分の部屋から飛び出してきた愛宕洋榎が、千里山から帰ってきたばかりで疲れている様子の愛宕雅枝にそう言葉をかける。愛宕雅枝は「なにがや?」と動きを止めると、愛宕洋榎が差し出した携帯電話を見る。

 

「シロちゃん、来年大会に出るって!」

 

「……は、ハア!?」

 

 それを聞きつけてきたのか、居間にいた愛宕絹恵が「ほ、ホンマかお姉ちゃん!」と言って自分の携帯電話にも届いているのにも関わらず、愛宕洋榎の携帯電話を見た。

 

「やっとや……ウチが求めてたんがやっとこれで実現したわ!」

 

 

「……勘弁してや」

 

 

 右手でガッツポーズをとり、意気込む愛宕洋榎とその対称に顔を引きつらせる愛宕雅枝。そして愛宕洋榎の携帯電話を握り締めていた愛宕絹恵は、敵が増えたというのにも関わらず、姉とはまた違った理由でどこか嬉しそうな表情をしていた。

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

 




次回はお泊まり回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第318話 高校二年編 ㉞ 充電

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ようこそ……」

 

 小瀬川白望は玄関のドアを開けて皆に背を向けながらそう呟くと、先ず最初に動いた姉帯豊音は「初めてのシロの家だよー!」と言って小瀬川白望の家の中をキョロキョロと見回す。姉帯豊音は持ち前のミーハー力でテンションが急上昇していたが、他の三人は緊張のあまりか、どこか落ち着かない様子で靴を脱ぐ小瀬川白望の事を見ていた。するとその視線に気付いた小瀬川白望は、顔を見上げて「……上がっていいよ?」と言うと、三人はハッとしてせかせかと靴を脱ぎ、家の中へと上がった。

 

 

「シロの家、結構広いよー」

 

「ウン……オオキイ!」

 

 エイスリンはどうやら小瀬川白望のあの一言によって緊張も解れたのか、姉帯豊音と共に家の中をくまなくチェックしていた。小瀬川白望は「別に面白いものはないと思うけど……」と呟くが、想いを寄せている人の家の中だ。どれも気になってしまうのは当然だろう。そんな二人を小瀬川白望は微笑ましく見ていると、今度は後ろに視線を変えて臼沢塞と鹿倉胡桃の方を見た。どうやら未だにこの二人は緊張しているようだ。

 

 

「……何、そんなカタくなって。何度も来たことあるでしょ」

 

「えっ?いや、まあ……そうだけどさ……」

 

「べ、べつにシロには関係ないでしょ!」

 

 鹿倉胡桃がそう叫ぶように言うと、小瀬川白望は「まあいいけどさ……」と呟き、姉帯豊音とエイスリンの後を追うようにして今の方へと向かって行った。二人は胸を撫で下ろし、一度深く深呼吸してから居間へと入って行った。そして荷物をひとまず部屋の片隅に置くと、ソファーに座ろうとしていた小瀬川白望を鹿倉胡桃が呼んだ。

 

「シロ!」

 

「ん……何」

 

 小瀬川白望がそう言って鹿倉胡桃の方を向くと、鹿倉胡桃は小瀬川白望をソファーに座るように促した。小瀬川白望は促されるがままソファーに座ると、鹿倉胡桃はその上に小瀬川白望をソファー代わりにするようにして座った。これが俗に言う『充電』である。

 

「やっぱりこれをしなきゃやってられないよね!」

 

「そんなに良いものなの……」

 

「私が良いからそれでいいの!」

 

 そう説得する鹿倉胡桃を見て、姉帯豊音は羨望の眼差しで二人のことを見つめる。視線に気付いた鹿倉胡桃が若干驚きながらも「そういえば豊音は『充電』、知らなかったんだっけ?」と聞いた。姉帯豊音は「じゅう……でん?」と首を傾げていたが、臼沢塞が「胡桃がシロの上に座る事を充電って呼んでるのよ」と補足する。それを聞いた姉帯豊音が「いいなー……」と言って鹿倉胡桃の事を見たが、エイスリンがこんな事を言った。

 

「ワタシモ、ヤッテミタイノニ、クルミガダメッテ!」

 

「えー!?ダメなのー?」

 

「シロは私の専用充電器なんだよっ!ここだけは譲れないよ!」

 

 鹿倉胡桃が誇らしげにそう言う。臼沢塞が若干申し訳なさそうに姉帯豊音とエイスリンに「小学の頃からやってるんだけど……一回も他の人には譲ろうとはしないのよ……」と言った。しかしそれでも姉帯豊音は(うーん……でも、私も充電したいよー)と言った風に諦めきれてはいなかった。思考を巡らせる姉帯豊音であったが、ここで妙案が思い浮かんだ。姉帯豊音は「じゃ、じゃあ。私がシロの充電器になるよー!」と宣言する。鹿倉胡桃も流石に予想していなかったのか、「なっ、その手が!?」と驚く。

 

「胡桃もそれなら文句ないでしょー?」

 

「ぐぬぬ……し、仕方ないよ!」

 

 そう言って鹿倉胡桃は立ち上がると、小瀬川白望もつられて立ち上がる。この時小瀬川白望は(挟まれる側の人の意見はいいんだ……)と内心思いながらも、(ま……二人がそれでいいならいいんだけど)と了承し、先に座ってドキドキと胸を高鳴らせている姉帯豊音の上に乗る。

 

「……重くない?」

 

「大丈夫だよー。むしろ軽い方だよー」

 

「ならいいけど……さ、胡桃。おいで」

 

 小瀬川白望は手を広げて鹿倉胡桃が入るスペースを示す。鹿倉胡桃はそんな小瀬川白望に対して若干顔を赤くしながらも、素直に小瀬川白望の上へと座り、これで姉帯豊音⇒小瀬川白望⇒鹿倉胡桃という三連結の『充電』が展開されることとなった。当人たちは(小瀬川白望を除いて)幸せそうな表情をしていたが、横にいた臼沢塞とエイスリンはぐぬぬと言った表情で姉帯豊音と鹿倉胡桃の事を睨むようにして見つめていた。エイスリンはともかく、臼沢塞もああは言っていたものの、やはり羨ましいという気持ちはあったのだろう。

 

「……シロ!」

 

「ん……?」

 

 そんなエイスリンは高速でホワイトボードに絵を描くと、小瀬川白望の事を呼んでホワイトボードを見せた。ホワイトボードを見た小瀬川白望は少しほど考えたが、「……胡桃と豊音がズルい、かな」とエイスリンに答えを求めると、半ば怒ったような口調で「ウン!」と答えた。それを聞いた小瀬川白望は「うーん……胡桃、これはもうおしまい」と言って、鹿倉胡桃を下ろすと、自らも姉帯豊音の上から下りた。

 そしてエイスリンが姉帯豊音と鹿倉胡桃のサンドイッチから解放されたばかりの小瀬川白望の元へ寄ると、いきなり小瀬川白望に抱きついた。鹿倉胡桃と臼沢塞は思わず口から噴き出しそうになり、また姉帯豊音は顔を手で隠すようにして二人のことを見つめていた。

 

「「っ!?」」

 

「なっ……ど、どうしたの」

 

 小瀬川白望が戸惑いながらもエイスリンに尋ねると、エイスリンはニッコリとした笑顔を見せて「ハグ、ニュージーランドノアイサツ!」と言った。それを聞いた小瀬川白望は「そうなんだ……」と納得するが、臼沢塞がそれに意を唱えるように「いやいや!今挨拶するってどう考えてもおかしいでしょ!?」と小瀬川白望に言う。ハグを終えた小瀬川白望はそれを聞くと、臼沢塞にこう返した。

 

「……塞もやりたいの?」

 

「んなっ!?」

 

「いや……そんな感じがしたから……違った?」

 

 小瀬川白望は澄ました顔で臼沢塞に質問すると、臼沢塞は顔から血を吹き出してもおかしくないほど紅潮させながら「……いや、そうだけど……い、いいの……?」と聞いた。

 

「塞がいいなら……別にいいけど……」

 

 そう言われた臼沢塞は、周りからの圧力を感じ取ったものの、心の中で(べ、別に皆同じようなことしてたし……私だけダメってわけはないわよね……)と弁解するように呟き、小瀬川白望の目の前まで歩み寄った。そして何か言葉を交わすと言うこともなく、二人は静かに抱き合った。

 

「……満足した?」

 

 小瀬川白望が臼沢塞に向かって感想を求めるが、臼沢塞からの返事は返ってこなかった。小瀬川白望が首を傾げていると、鹿倉胡桃が臼沢塞のことを指差して「し、シロ!塞、気絶してる!」と叫んだ。

 

「あ……ほんとだ」

 

 小瀬川白望はそう言ってあまりの嬉しさのためか失神する臼沢塞を抱きかかえると、「ソファーに寝かせておこう……」と言ってお嬢様抱っこの状態で臼沢塞をソファーまで運んだ。そんな紳士的な行動をする小瀬川白望に、姉帯豊音とエイスリンは心を釘付けにされていた。

 

(シロ、完全に王子様だよー)

 

(プリンス……!)

 

 

 

-------------------------------

 




次回に続きます。
進行度など私には関係ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第319話 高校二年編 ㉟ 指導

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「う、うーん……はっ!」

 

 先ほど小瀬川白望とハグした事によってショートしてしまった臼沢塞が、雷にでも打たれたかのように突然起き上がった。ソファーから身を起こし、とりあえずどこまで記憶が残っているかを確かめる。しかし、臼沢塞にとっていくら夢のような出来事だとしても、小瀬川白望とハグをしたという事実が記憶から消えているはずもなく、気絶した後の今になって羞恥心を感じ、後悔していた。その反面、小瀬川白望とのハグの瞬間を鮮明に思い出して嬉しがってはいたのだが。

 

「ア、オキタ!」

 

「……大丈夫?」

 

 そんな臼沢塞の目覚めに気づいた小瀬川白望とエイスリンは、そう言って寝起きの臼沢塞に近寄って心配の声をかける。臼沢塞は「まあ、うん……大丈夫だよ」と言って視線を逸らす。流石に先ほどの事があってか、容易に小瀬川白望と目を合わす事が出来なくなっているらしい。乙女の恥じらいとでも言うのであろうか。

 

 

「たっだいまー!」

 

「ただいま戻ったけどー……って、わわっ、塞が起きてたよー」

 

「お、おかえり……何処行ってたの?」

 

 すると玄関から姉帯豊音と鹿倉胡桃が家へと戻ってきた。臼沢塞はただいまと言われて反射的におかえりと返したが、実際二人が何処に行っていたのかどころか、出かけていたことすら分からなかったのだ。臼沢塞がそう質問すると、横にいた小瀬川白望が「いや……夕飯の食材、二人に買ってきてもらったんだ」と説明した。

 

「シロとエイスリンも一緒に行けば良かったのに」

 

「いや……気絶してた塞を放っておくわけにはいかないし……それに」

 

「そ、それに……?///」

 

 平然と述べる小瀬川白望に対して既に真っ赤に顔を染めていた臼沢塞は、今から小瀬川白望が続ける言葉に臼沢塞はどこか期待し、更に赤面する。また倒れてしまうほど赤くなっていた臼沢塞であったが、小瀬川白望はそんな期待を裏切るが如くエイスリンの事を指差してこう続けた。

 

「エイスリンが留守番したいって言ってたから……」

 

「ウン!シロトルスバンガヨカッタ!」

 

「え?あ、ああ……まあそりゃあそうよね……はは」

 

 臼沢塞が一瞬でもど天然な小瀬川白望に期待してしまった自分を悔やんでいると、鹿倉胡桃が臼沢塞の手を引っ張って立ち上がらせる。臼沢塞がなんだと思って鹿倉胡桃に聞こうとしたが、それよりも前に鹿倉胡桃がこう臼沢塞に向かって言った。

 

「塞は豊音と晩御飯作ってきて!私とシロはエイちゃんに麻雀教えるから!」

 

「わ、分かったわよ……」

 

「ほら、お母さん力を見せる絶好の機会でしょ!豊音、あとは頼んだよ!」

 

「お安い御用だよー」

 

 そう言って姉帯豊音が敬礼の構えをとって臼沢塞をキッチンへと連れ込むのを確認した鹿倉胡桃は、いつも通りダルそうに座っている小瀬川白望を引っ張ると、「シロ、麻雀牌持ってきて!」と言った。

 

「別に夜ご飯の前くらいゆっくりすれば……」

 

「そう言って怠けようとしない!麻雀牌持ってくるの面倒なだけでしょ!?シロしか何処にあるのか分からないんだから!エイちゃん、役は覚えたからその復習と実践練習!私も付いて行くからほら、立って!」

 

「教えるんだったら私より適任な人がいると思うんだけどなあ……まあいいか」

 

 小瀬川白望はそうして半ば強引に立たせられると、鹿倉胡桃に背中を押されるような形で部屋へと連れて行かれた。そんな鹿倉胡桃と小瀬川白望をキッチンからチラリと見ていた臼沢塞は心の中で(やっぱりどう考えても胡桃の方がお母さんっぽいわよね……一番子供みたいな見掛けなのに)と思いながら包丁で野菜を切っていると、横にいた姉帯豊音に「塞、余所見は危ないよー?」と注意される。臼沢塞が我に返って視線を落とすと、自分の指と包丁との間が数センチにまでに迫っていたことに気づき、思わず声を上げてしまった。

 

「え?うわっ、危なっ!?」

 

「塞は意外とおっちょこちょいだよー」

 

「べ、別に……考え事してただけだから!」

 

 それを聞いた姉帯豊音が「それってシロの事ー?」と何気ない感じで尋ねると、臼沢塞は大きな声で「い、今は違うわよ!」と言う。まあ実際違うのではあるが、その場限りの話であって、いつも考え事といえば小瀬川白望の事なのは間違いは無いのだが。

 

「『今は』ってことは、いつもはシロの事を考えてるんだねー」

 

「ま、まあ……そうだけど」

 

「……シロってカッコいいよねー。私なんかじゃ、シロとは釣り合わないよー……」

 

「……豊音だってカワイイじゃない。後ろ向きだとやってけないわよ」

 

 臼沢塞はそう言って姉帯豊音の方を見ると、姉帯豊音も集中力を欠いているのか自分の指を包丁で切りかけていたところであった。すんでのところで「と、豊音!指、指!」と叫ぶと、姉帯豊音も「わっ、わー!」と言って思わず尻餅をついてしまった。

 

「……豊音も、私と同じでおっちょこちょいだね」

 

「うん……おっちょこちょい仲間だよー」

 

 そう言って二人が笑い合っている裏では、小瀬川白望と鹿倉胡桃がエイスリンに麻雀を教えていた。小瀬川白望は赤木しげるから教えてもらった方がいいと提案したのだが、赤木しげるから人に教えるのもまた修行の一環だと言われたので、教える側に回っていたのであった。

 

「えーと……ここは……八萬切りかなあ」

 

「ホワイ?」

 

「え、いや……直感だけど。ツモを予測する時は他に情報とかないし……」

 

「もっと分かりやすい説明ないの!?私も全然分からないよ!」

 

 そう言って鹿倉胡桃は赤木しげるに解説を求めるが、当の赤木しげるも小瀬川白望と同じ己の感覚から根拠を組み立てて行くといった、一言で言えば『勘』で済む説明だったため、鹿倉胡桃とエイスリンにとっては終始ハテナマークが飛び交う始末であった。そもそも、今回の趣旨はエイスリンに必要最低限の知識と戦略を知ってもらう事であり、いきなり小瀬川白望や赤木しげるのような異次元な麻雀をするような人物が教える側に立たせるのは自分の人選ミスであると理解しつつも、鹿倉胡桃は小瀬川白望と赤木しげるに向かって文句を言う。

 

「もう、何なのこの二人!」

 

「ほら、次巡で二向聴になった」

 

「う、うるさいそこ!」

 

 

 

 

 

 




次回に続きます。来月で第1話からとうとう一年が過ぎようとしてますね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第320話 高校二年編 ㊱ 暖める

前回に引き続きですー


-------------------------------

視点:神の視点

 

「「「「ご馳走さまでしたー!」」」」

 

 

「美味しかったよ、塞、豊音!」

 

「へへへ……お粗末様だよー」

 

 姉帯豊音と臼沢塞は互いに不注意によって自分の指を包丁で切りそうになるなど、危ない場面もあったが無事に調理を終え、今はその料理を皆で食べ終えたところであった。鹿倉胡桃が臼沢塞と姉帯豊音の料理の腕を賞賛すると、姉帯豊音は照れながらもそれに答えた。

 

「それにしても、豊音って料理出来たんだね」

 

「イガイ!」

 

 小瀬川白望とエイスリンが姉帯豊音に向かってそう言うと、姉帯豊音は人差し指を合わせながら「ずっとこういうの憧れてたんだー……私の料理を振る舞うの」と答えた。それを聞いた小瀬川白望は澄ました顔で「……良かったね。それが今叶って」と言った。すると姉帯豊音はニッコリと笑顔を輝かせて「……うん!ちょー嬉しいよー」と言った。

 

「まあ胡桃は出来るとして……エイスリンは料理とかできるの?」

 

 小瀬川白望がエイスリンに向かってそう聞くと、エイスリンは少しほど首を縦に振って「スコシダケド……」と答えた。それを聞いた臼沢塞は「じゃあ一応全員が料理できるのね」と言う。姉帯豊音は「皆女子力高いよー。お嫁さんに行っても困らないねー」と言うと、臼沢塞は頭の中でよからぬ事を考え始めた。

 

(シロが……女子力……お嫁さん……)

 

『おはよう、塞。朝ご飯出来てるよ』

 

『塞、お風呂にする?ご飯にする?……それとも、私?』

 

(あ、ああああああああ〜……///)

 

 

「塞、塞〜?……自分の世界に入り浸ってるみたい……」

 

 鹿倉胡桃は呆れたように妄想を続ける臼沢塞の事を見て、やれやれと手を振る。しかし臼沢塞も不意に我を取り戻したのだが、(いや、いやいやいや……ありえないでしょ……シロに限って私より早起きして朝ご飯作ったり、私が帰って来る前にお風呂沸かしたりご飯作っておくなんて……)と、少しズレた事に対してツッコミを入れた。

 

「まあ塞は置いといて……お風呂どうする?」

 

 そんな臼沢塞に対して匙を投げた小瀬川白望が何気無い感じでそう発言すると、その瞬間場の空気がピリッとする。小瀬川白望は場の異変を察知して内心驚きながらも、皆の返答を待つ。無論皆の緊張感が高まったのは『誰が小瀬川白望と一緒に風呂に入るのか』というのが原因であった。流石に辻垣内智葉の家のような何人も入れるようなスペースなどあるわけもなく、どれだけ頑張っても小瀬川白望を含めて三人が限界であった。

 

「シ、シロはどうするつもりなの?」

 

 沈黙が訪れ、各々が他者の出方を伺っていたところで遂に臼沢塞が均衡を破り、小瀬川白望に質問する。突然振られた小瀬川白望は質問の内容も相まってか、返答に困りながらも「まあ、別に私はいつ入っても良いけど……」と答える。それを聞いた臼沢塞は他の三人と目を合わせて頷きあうと、小瀬川白望から少しばかり離れ、じゃんけんを始めた。小瀬川白望は(……何やってるんだろう)と疑問に思いながらも、そのじゃんけんしている光景を眺めていた。すると決着がついたのか、エイスリンが小瀬川白望の胸元に飛び込んで「シロ、イッショニハイロウ!」と言い、小瀬川白望の背中を押した。

 

「え、うん……いいけど」

 

 

 小瀬川白望はなされるがままにエイスリンと共に浴室の方へ行くと、臼沢塞は嫉妬と憎悪に身をかられながらその二人の事を睨みつけていた。そして三人は二人の姿が見えなくなると、大きな溜息をついた。

 

「はあ……」

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ふう……」

 

 そして一方の小瀬川白望とエイスリンは洗面所もとい脱衣所にて服を脱いでいる最中であった。小瀬川白望は何の抵抗もなく服を外していくが、一方のエイスリンはというと、自分の目の前でどんどんと服を脱ぐ小瀬川白望を呆然と見て、ただただ顔を赤くすることしかできなかった。

 

(……シロ、ナイスバディー……)

 

 そしてエイスリンは小瀬川白望の開帳される胸元を見て心の中でそう呟く。外国人でありながらもグラマラスとは言い難いエイスリンにとって、小瀬川白望のソレは一種の憧れの対象であった。すると小瀬川白望がエイスリンの視線に気づいたのかどうかは分からないが、エイスリンに「……脱がないの?」と聞く。エイスリンはそう聞かれて「エ、ア……ウン」と目線を逸らし、ようやく服を脱ぎ始めた。

 

 

「……サムイ」

 

 そうして服を脱ぎ終わったエイスリンは恥ずかしさと岩手の冬の寒さというものを直で感じたせいで身体を縮こまらせていると、小瀬川白望は(……やっぱり寒いのには慣れてないのかな)と心の中で思っていると、小瀬川白望はそっとエイスリンの身体を抱きしめた。

 

「ワ……ワッ!?シロ……!?///」

 

 エイスリンは驚いて目を見開いたが、小瀬川白望はエイスリンに向かって「いや……寒そうだったし、少しでも暖めてあげようと思って……」と言い、エイスリンの身体から離れた。

 

「ア、アリガトウ……ゴザイマス」

 

「うん……じゃあまた寒くなる前に入ろうか」

 

 小瀬川白望がそう言うと、エイスリンは首を縦に振って同意を示し、浴室の中へと入った。そうしてシャワーノズルを手に取り、お湯を出した小瀬川白望はエイスリンを風呂椅子に座るように促すと、「じゃあ私が洗ってあげる……」とエイスリンに言った。

 

(シロノ……ヤワラカカッタ……)

 

 

 しかし一方のエイスリンは先ほどの感触を未だ忘れることができず、今もなおその感触を想起させていた。小瀬川白望が「……エイスリン?」と呼ぶことで、エイスリンはようやく反応を示した。

 

 

「洗うよ?」

 

「オ……オネガイシマス……」

 

(……モウ、シロノタラシ!///)

 

 

 心の口ではそう言うエイスリンであったが、その時彼女の口元が緩んでいることは言うまでもなかった。




次回に続きます。
これは戦争不可避ですね……間違いない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第321話 高校二年編 ㊲ 眼前

前回に引き続きです。
心が浄化されます。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「あー……あったかい……」

 

「ソウダネ……」

 

 頭と身体を洗い終えた小瀬川白望とエイスリンは、二人仲良く湯船に浸かって物思いに耽っていると、エイスリンが小瀬川白望に身体を寄せて彼女の名前を呼んだ。

 

「シロ……」

 

「……何?」

 

 小瀬川白望が問いかけると、エイスリンは小瀬川白望の手を握って「アノトキ……サソッテクレテアリガトウ」と言った。あの時とは言うまでもなく、小瀬川白望が鹿倉胡桃と臼沢塞に呼ばれて部室に行こうとした時に、急に足を止めてエイスリンを誘った時の事であった。日本での友達が全くと言って良いほどいなかったエイスリンにとって小瀬川白望は救いであり、初めてできた友達……そしてエイスリンが生涯で初めて恋心が芽生えた存在であった。

 それを聞いた小瀬川白望は自分の手を握りしめるエイスリンを見て、若干照れ臭そうに「まあ……あそこで一人にするのも可哀想だったし……」と返した。

 

「それに……礼を言うのは私もだよ」

 

「エ……?」

 

 小瀬川白望の発言に首をかしげるエイスリンであったが、小瀬川白望は「あの時、エイスリンが手を挙げなかったらきっと地区大会に出ようっていう話は無かったことになってかもしれないし……もう一度、私があの場所に立てる機会がやってきたのはエイスリンのお陰だよ……」と呟くようにエイスリンに向かって言った。

 

「だから、ありがとうね。エイスリン」

 

「ア、ア……ドウイタシマシテ……」

 

 エイスリンは小瀬川白望が真剣な表情で感謝の意を述べている事に対して若干たじろぐが、小瀬川白望に向かってそう言うと、慌てるようにして握っていた手を離した。

 

「じゃあ、そろそろ上がろっか……」

 

「ッ〜……!!??」

 

 そうして立ち上がろうとした小瀬川白望だが、エイスリンが声にならない叫びを放ち、目を覆うようにして腕を交差させる。小瀬川白望はこの時何があったのかは気付いていなかったが、エイスリンは浴室に入ってからは小瀬川白望の裸体を極力見ないように心掛けていたのだ。初心が故にそういう愛する者の裸体というものを直視して平気でいられるほど、エイスリンは肝の座った者では無かった。浴槽の中も入浴剤のおかげで見る事なく、そうして小瀬川白望の裸体を避けてきたエイスリンであったが、ここで小瀬川白望が立ち上がる事によって、エイスリンは視線を予め逸らそうとする前にモロに小瀬川白望のありのままの姿が視線の中に入ってきたのであった。

 

「シ、シロ!」

 

「……?どうしたの」

 

 エイスリンは顔を慌てて隠すかのように手で覆いそう叫ぶが、今この瞬間も小瀬川白望の裸体が脳内を駆け巡っている事は言うまでも無かった。無論そんな事になっているなどと小瀬川白望は思っていないため、疑問そうにただ突っ立っていただけであったが、それがまたエイスリンの精神と理性を削って行く要因となった。もうどうしようもなくなったエイスリンは、わずかに残っていた思考力に従って小瀬川白望の腹部目掛けて抱きついた。

 

「……ッ!」

 

「っ……エイスリン……?」

 

 小瀬川白望はエイスリンを優しく受け止めると、エイスリンに向かってそう言う。が、思考力がほとんど機能していないエイスリンにとってはこれしか考えついた方法は無かったのであった。小瀬川白望の腹部に顔を埋めれば、小瀬川白望の裸体を見ることができないという理論に基づき、エイスリンは実行したのであった。

 結局その後は落ち着いたエイスリンが目を閉じている間、小瀬川白望が先に上がるということになり、小瀬川白望は浴室から出たのであったが、それでも尚エイスリンの脳裏では小瀬川白望の艶やかな肌の感触と、美しい肢体が頭の中から離れる事はなかった。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ただいま戻ったよー」

 

 それから少し時間が経ち、最後に入浴を行なった姉帯豊音が戻ってくると、小瀬川白望を除いた三人が何やら話し合っているのを彼女は確認した。姉帯豊音は何だろうと思いつつも、ソファーでグッタリとしている小瀬川白望に近付き、隣に座った。

 

「あ、豊音……」

 

「ご無礼したよー」

 

 小瀬川白望と姉帯豊音が挨拶を交わしていると、臼沢塞はようやく話し合いが終わったのか、小瀬川白望と姉帯豊音の目の前に立つ。そうして、二人に向かってこう切り出した。

 

「シロ、豊音。……寝る時どうする?」

 

 それを聞いた姉帯豊音が思わず「シロと寝たいよー!」と言うが、それを見越していたかのように臼沢塞がふふっと笑い、二人にこう提案した。

 

「まあそう言うと思って……ところで、シロの寝室にベッドあるでしょ?」

 

「まあ、あるけど……それが?」

 

「……そのベッドで、五人で寝るわよ」

 

 臼沢塞の提案を聞いた小瀬川白望は流石に「……五人で?」と聞き返したが、臼沢塞は満足そうに頷くだけであった。そればかりか、「どうせ布団出すのダルいとか言うでしょ、面倒だから五人で寝るわよ」と小瀬川白望を言いくるめようとした。実際何も言い返せない小瀬川白望は仕方なくといった感じで「ま、まあ……いいけど」と了承してしまった。

 それを聞いた鹿倉胡桃とエイスリンは喜び声をあげ、「じゃあ早速寝に行こう!」と小瀬川白望の腕を引っ張った。姉帯豊音も「五人一緒に寝る……こんな体験きっとできないよー」と乗り気の様子で、小瀬川白望の家の寝室へ向かうのであった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「じゃ、おやすみー」

 

「おやすみだよー」

 

「グッナイ!」

 

 そうして提案通り五人全員で小瀬川白望のベッドに寝る事になったのだが、やはりスペースの狭さは否めないものであった。

 

(シロ……顔近い……///)

 

(こういう時に……偶然装ってお触りとかしたりしてー……やってもいいかなー?)

 

 さっそく臼沢塞は暗闇でもしっかり小瀬川白望の寝顔を見ることができ、それに対して悶絶して、姉帯豊音は純粋ながらも邪な考えを心の内に秘めつつ、小瀬川白望の事を抱きしめていた。鹿倉胡桃は(狭いけど……これもいいかも)と心の中でつぶやき、エイスリンは(ネガオ……カワイイ)と小瀬川白望の顔を手で愛でていた。

 

(……やっぱり五人一緒に寝るのは冬でも暑苦しいけど……寒いよりかはいいか)

 

 そして当の小瀬川白望はというと、そんな楽観的な事を考えながら目を閉じ、そのまま夢の世界へと旅立つのであった。




次回に続きます。
そろそろ高校三年編に突入しそうですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第322話 高校二年編最終回 ここから

前回に引き続きです。
とうとう二年編の最終回。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……んん」

 

 あれから何時間が経ったのか、小瀬川白望はそれすらも分からないまま目覚めを迎えることとなった。小瀬川白望は手を挙げて背筋を伸ばすと、今も尚眠たそうに欠伸をしながら起き上がる。そうして誰もいないベッドの方を見て、ようやく皆がいないということに気付いた。

 

(……皆もう起きたのかな。悪いことしたかも……)

 

 小瀬川白望は現在の時刻も確認せずにとりあえず居間の方へ歩いて行くと、そこには臼沢塞を始めとした小瀬川白望を除いた全員が何やら調理に勤しんでいた。まず小瀬川白望が起きてきたことを確認した姉帯豊音が「あ、シロ。おはようだよー」と声をかけると、その場にいた全員が小瀬川白望の方を向いて「おはよう」と声をかけた。

 

「何してるの……?」

 

「何してるのって……見れば分かるでしょ!朝ご飯作ってるの!」

 

 鹿倉胡桃はめいいっぱい背伸びをし、食材を切りながら小瀬川白望の返答に答える。側から見れば完全に料理の手伝いをする小学生にしか見えないのだが、小瀬川白望はあえてそのことについては何も言わずに「……私は何したらいい」と四人に向かって質問した。

 が、その問いに対して皆は口を合わせて何もすることはないから、椅子に座って待っててということであった。確かに小瀬川白望自身あまり料理など好んでやるタイプではあるのだが、どこか疎外感を感じてしまう。しかしそう言われてしまった以上何もすることはないのでおとなしく椅子に座ることにした。

 結局そのあと直ぐに朝食が出来上がり、五人が席に着くと、「いただきます」と言って一斉に朝食を食べ始めた。

 

「正式に豊音がこっちに来るのはいつ頃になるの?」

 

 食事中、小瀬川白望がふとそんな事を聞くと、姉帯豊音は「んー……分からないけど、近いうちに行くよー」と答えた。それを聞いた鹿倉胡桃は「じゃあ!その日に歓迎パーティーやんなきゃね!エイちゃんも含めて!」と皆に提案した。

 

「おー、いいね」

 

「そうだね……」

 

「わっ、わー……あ、ありがとうだよー」

 

「アリガトウ……!」

 

 涙を流す姉帯豊音と、嬉しさで顔を綻ばせるエイスリンを見て、臼沢塞はふふっと笑うと「感謝するのはこっちの方だよ……二人が来なければ、インターハイなんて出ようって話になんなかったし」と言った。それに加えるようにして鹿倉胡桃が「何処かの誰かさんが行く気は無いって言ってたからね!」とニヤつきながら小瀬川白望に言うと、小瀬川白望は「皆が言うから、私も出る事にした……ただそれだけ。でも、皆が本気で思ってるんだから、やる以上は一つしかないよ……」と呟いた。

 

「そうだね……目指すは全国大会優勝!」

 

「ほら、豊音も涙拭いて!」

 

 

「う、うん!」

 

 

 そうして彼女たちは朝食を食べ終えると、小瀬川白望の家から出る事となった。その時の四人の顔は若干物足りないといった表情であったが、一件矛盾するような表現だが、それと同時に確かな満足感は得る事はできたのであった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「はあ……ダルい」

 

 

 あれから数日、小瀬川白望は部室の中にある雀卓の椅子に腰掛けると、そのまま凭れるようにして背中を預けると、誰かに語りかけるわけでもなく、ただただ心の中から出てきた言葉でそう呟いた。同じ部室にいるエイスリンはそんな小瀬川白望を見てホワイトボードに何かを描いていた。先程から何も喋らないところを見るとかなり熱心になっているのだろうと小瀬川白望が推測すると、特に何もすることがないので視線をエイスリンから天井近くに設置されているテレビに移す。どうやら高校麻雀の特集をしているようで、今も小瀬川白望がよく知っている鹿児島の霧島神境のメンバーが紹介されているのを見て、小瀬川白望は釘付けになっていたが、そこで外から臼沢塞と鹿倉胡桃が部室の中に入ってきて小瀬川白望にこう言った。

 

「やっぱりここにいたか」

 

「塞……」

 

「ほら、駅行くよ」

 

 臼沢塞がそう言って小瀬川白望の腕を掴むが、小瀬川白望は一向に椅子から離れようとはしなかった。臼沢塞が力みながら「ほら、急いで立って〜!」と言うが、意外にも小瀬川白望の体はビクともしなかった。

 

「お、重い……」

 

「オモイ!」

 

「全く!忘れちゃったの!?」

 

「……分かってるよ。ただからかっただけ」

 

 小瀬川白望はそう言ってケロっとした表現で立ち上がると、ハンガーにかけてあった上着を取って着る。そしてエイスリンも自分の上着を着ると、宮守駅に向かって歩いて行った。外は雪景色で、本来なら外に出ようとも思いたくない寒さであったが、今回に至っては別だ。そう、何を隠そう今日は姉帯豊音が正式に宮守女子にくる日であった。

 

「あ、電車。もうすぐ来ちゃう!?」

 

 外に出た臼沢塞が時刻を確認すると、慌てたようにそう叫んだ。それを聞いた四人は地面が凍結している可能性もあったが、それを顧みず駆け足で駅の方へ向かった。

 

「もう!シロのせいだからね!」

 

「ごめん……」

 

 そう言いながら走り、宮守駅が視界に入ったと思ったら、駅内から姉帯豊音と熊倉トシが出て来た。走りながらやってくる四人を見て、熊倉トシは若干呆れながら「迎えはいいって言ったのに……」と言うと、姉帯豊音の背中を押して「ほら、行っといで」と促した。

 

「豊音!」

 

「トヨネ!」

 

「やっほー。とうとう来たよー」

 

 

 

 

(……これで、五人)

 

 姉帯豊音と皆の再会のシーンを少し離れて見ていた臼沢塞は、心の中でそう呟いた。ようやく、今までの一件が夢ではなく、現実に起こっているのだと確信できた臼沢塞は、拳を強く握りしめた。

 

(ここから……ここから始まる……!)

 

 

 

 

 




次回から三年、インターハイ編です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6章 最後の栄光を目指して (高校三年生編)
第323話 地区大会編 ① 予選前


ついに始まりました。三年編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……おはよ」

 

 少し前までは一面を白く埋め尽くした雪も、すっかり雪解けどころか雪の形跡が全て消えてしまった始まりの春。新学年という名の通過儀礼の始業式を終えてから既に一ヶ月以上が経ち、県予選まであと約一ヶ月としたある日、眠そうに部室に入ってきた小瀬川白望はもう時刻は未刻を過ぎているのにも関わらずそう挨拶すると、先に来ていた臼沢塞がピンと来たのか、「……もしかして授業の時寝てたの?」と聞くと、小瀬川白望は「座りながら寝るって結構疲れるね……」と呟き、「やっぱり寝る時は横たわらないと……」と言ってソファーに寝っ転がった。

 

「あ、そういえば」

 

「どうしたの、シロ?」

 

 臼沢塞がそう言ってソファーに横たえる小瀬川白望の方を向くと、小瀬川白望は天井を見たまま「清澄高校も地区大会出るって……さっき聞いた」と伝えた。臼沢塞が「清澄って……確か竹井さんのいる?」と言うと、小瀬川白望はコクリと頷いた。

 

「あっちも人数揃ったんだ。ウチと同じような境遇だって聞いたから心配してたけど」

 

「そうみたい……あと、阿知賀と有珠山も」

 

「……その高校は初めて聞いたわよ?」

 

 そう臼沢塞が言い、小瀬川白望の方を睨むと小瀬川白望は何事も無かったかのような自然な動きで寝返りを打ち、臼沢塞から視線を逸らした。内心で臼沢塞は(実はシロの知らないところで繋がってるんだけどね……まあ言わないでおくか)と呟き、ふふっと笑った。

 

 

 

「おやおや、授業中に寝ていたのかい?感心しないねえ」

 

「あ、熊倉先生……」

 

 先ほどまでの話をドア越しから聞いていたのか、それともソファーに寝っ転がる小瀬川白望を見て推測したのか、部室に入って来た熊倉トシは小瀬川白望に向かってそんな事を言う。そう言われた小瀬川白望が上体を起こすと、熊倉トシは「師匠の赤木さんも何か言ってやりなさいって言いたいところだけど、生憎あなたもいわゆる『不良』だったようだね?全く、この師にしてこの弟子ありってところかい。まあ、まだ授業に出てくれるだけ有難いけどね」と呆れたように言うと、赤木しげるはこう反論した。

 

【おいおい……不良とは人聞きの悪い……一応俺は工場で真面目に勤めてた事もあるんだぜ】

 

「それは驚いたね……麻雀界のトップに立っていたあんたがかい?」

 

【まあな……色々あって直ぐに辞めたが……】

 

 赤木しげるがそう言うと、小瀬川白望が「どうせ同僚とか上司とかから賭けでお金毟り取ったんでしょ……」とズバリ言い当てる。赤木しげるはフフフと笑い、【まあ、俺には合わねえと悟ったな……窮屈で仕方ない】と言った。それと同時に赤木しげるは同僚であり、毟られていた側の治の事を思い出していた。

 

【(そういえば……治のやつ、一体あれからどうなったんだろうな……ま、あいつの性格上、なんかの店でも開いたんだろうが……)】

 

「まあ、補修でインハイに出られないなんて事にはならないでおくれよ」

 

「……善処します」

 

 小瀬川白望がそう返答すると、姉帯豊音とエイスリン、そして鹿倉胡桃がやって来て「たっだいまー!」と言い、部室内へやって来た。

 

「やっぱり一年生をたまに見かけると、ちょっとビックリするし、ドキドキしちゃうよー」

 

「ワタシハ、モウナレタ!」

 

「多分相手の方もビックリしてると思うよ?私たちのほうが良い意味でも悪い意味でも目立つと思うし」

 

「そうだねー……超高身長に超低身長に外人さん、他じゃ見れないよー」

 

 そう会話する姉帯豊音らを制し、熊倉トシは手を叩いて皆に向かって指示を出す。「全員揃ったね。今日も本番を想定して、各自

10万点持ちの状態から始めてもらうから、とにかく半荘終了まで白望を相手に耐える。これさえできれば後は言うことはないよ。良いね?」と言うと、全員が頷く。

 

「じゃあ白望、後はあんたに任せたよ」

 

「……分かりました」

 

 

 小瀬川白望が首を縦に振ると、誰よりも早く卓に着いた。そうして他に座る三人を四人で決めているのを、今か今かと待ち望み、はやく打ちたい。そんな目で、ジャンケンをする四人を見つめていた。

 

-------------------------------

 

 

「おーっす、全員いるかー」

 

「いるわよ、全員」

 

 岩手から更に北上し、日本の最北端の北海道にある有珠山高校では、獅子原爽が指揮を執って麻雀の練習に勤しんでいた。獅子原爽と、その後輩の岩館揺杏の幼馴染である桧森誓子が獅子原爽の問いに答えると、「っとその前に……揺杏、ユキの衣装と"例の衣装"。完成しそうか?」と聞くと岩館揺杏は「ユキのは完成間近、っていうかほぼ完成……だけど"例のヤツ"の方は結構ギリだな……モデルの最後の記憶が五年以上の前の話だし」と答えた。

 

「チカちゃん、ちょっと良いですか?」

 

「どうしたの?成香」

 

 桧森誓子と小学時代からの付き合いである本内成香が桧森誓子に向かって「爽さんと揺杏ちゃんの言う"例の衣装"って一体誰の衣装なんですか?」と質問する。それを隣で聞いていた真屋由暉子も「私も気になります。私の衣装より派手そうでしたし」と同調する。

 

「まあ……私も会ったわけじゃないんだけど、揺杏曰く爽の絶賛片想い中の人らしいよ。それも、中一の冬頃からの」

 

「ということは……五年も片想いしてるんですか?」

 

 真屋由暉子がそう言うと、桧森誓子は「らしいね……」と呟く。それを聞いた本内成香は目を輝かせて「五年も片想いを続けるなんて……素敵です。ロマンです……」と呟いた。

 

「でも、そんな人にあんなの着せるんですか?正直、私も逡巡しますよ」

 

「確かにあの服はちょっと際どいです……」

 

 そんな話を聞いていたのか、獅子原爽はゴホンと咳払いをして、至って真面目な声で三人にこう言った。

 

 

「私の愛が拗れに拗れた結果があれだ。私は悪くないぞ!」

 

「それを爽が悪いって言うんでしょ!?」

 

 

 

-------------------------------

 

 

「……どうしました?赤土さん」

 

 所変わって今度は南下し、奈良県のあるコンビニでは買い出しに来ていた高鴨穏乃が麻雀の週刊誌らしきものを見つめていた赤土晴絵に向かってそう言うと、赤土晴絵は「ああ、いや。すまん……さ、帰るか」と答え、コンビニを後にした。

 

(熊倉さんは言っていたあの話、十中八九本当だとして……もしそこと当たれば……皆は……)

 

(……いや。あまり悪い風には考えない方が良いな。何も私のように軟弱なわけじゃない。だけど……もし当たったらその時は……覚悟しないと……)

 

 

 そんな事を考えていた赤土晴絵と、先陣を切る高鴨穏乃を遠くから発見した小走やえは、成る程と言って少し考えるような仕草を取る。

 

(確か……赤土晴絵とか言ったか。阿知賀のレジェンドに……いつぞやのニワカ。成る程、凱旋ということか?いや、ちょっと違うか……)

 

 

(まあ、どれだけ監督がレジェンドと言われようと、所詮はニワカはニワカ。覚えたての剣を振るうニワカじゃあ相手にならんよ。個人も団体も、容赦はしない。勝ち取るのは私らだ)

 

 小走やえは謎の勝利感に浸りながら、心の中で笑う。絶対的自信がそこから容易に感じることができる。小走自身、去年のインターハイでは後続がなすすべも無く完封されたり、時の運も絡んで二回戦で敗退する事となってしまったが、それはあくまでも団体戦の話。個人戦では決勝卓に残れはしなかったものの、十分健闘した方であった。

 

(さて……メールを確認して、よし。まだ何も返ってきてない。……帰るか)

 

-------------------------------

 

 

 

「悪いけど、今のあなた達じゃ全国は疎か、県予選すら危ういな」

 

「ッ……!」

 

 更に所変わって今度は奈良から見て東に位置する長野県のとある雀荘では、藤田靖子がキセルを片手に二人の少女に向かってそう言い放った。

 

「お前らの最大の敵になるのは人呼んで……『牌に愛された子』。昨年長野県の代表の龍門渕高校の大将、天江衣。あいつを打ち崩すのは至難の技だぞ。なんせ、私だって勝てなかったんだからな」

 

「……!」

 

 そう言われ絶句する二人を見て、藤田靖子はフフと微笑み、再びキセルを吸い、「ま、私はそれ以上のヤツを知ってるけどな。世界ってのは広いもんだ」と付け加えた。

 

「そ、それ以上の方が……?」

 

「それについては原村。お前も知ってると聞いたが?」

 

「え……っ、ま、まさか!」

 

「ああ、今お前の思い浮かべているやつだ。……そしてそいつは確実に天江衣より上だ。……信じられないかと思うが、あの宮永照よりもな」

 

「……ッ」

 

 その名を聞いて一方の少女が奇妙な反応を示すが、それは一旦無視して少し前の事を思い出す。

 

(……そういや天江衣のやつにも冗談だと言われたっけな)

 

 

 

『おい、天江衣』

 

『むっ、また衣の上背を嘲弄するつもりか。衣に負けたくせに!』

 

『いやいや。そんな事じゃないさ。……ただ、お前じゃアイツには絶対勝てないだろうなって事を忠告しようと思っただけだ』

 

『フンっ、勝者に諫言など言語道断。悪女の深情けこと限りなし』

 

『……お前がそう言うなら仕方ないな。まあ、足元を掬われないようにしておけよ』

 

 

「ま、今のままじゃ無理だろうな。地区予選、楽しみにしてるぞ」

 

 

 藤田靖子はそう言い残し、雀荘を去る。そして暫くした後、竹井久の携帯番号に電話をかける。内心藤田靖子は竹井久に対して愚痴を吐くが、それでも言われたことはしっかりと遂行した藤田靖子であった。

 

(全く……人使いの荒いやつめ)

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第324話 地区大会編 ② 王者たる所以

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……カン!」

 

「ひっ……」

 

 

 

 あれから更に一ヶ月が経ち、地方では段々と地区大会……いわばインターハイ出場校を決定する執念の闘いが彼方此方で始まっていた。無論麻雀だけでなく、ありとあらゆる種目で地区大会が行われており、高校生が全国各地で凌ぎを削っている。

 そしてどの種目にしても共通するのが、その年のインターハイの昨年度の優勝校、あるいは優勝者の地区大会での闘いが一番メディアの注目を集めるという事だ。それは麻雀においても同様であり、地区大会が始まる前からこのインターハイで前人未到の三連覇を狙おうとしていた白糸台は世間からかなり注目されていた。一部の人間からはメンバーに対してのプレッシャーになり兼ねないから過度な期待に繋がる報道は自粛せよとの声もあったのだが、その心配を払拭させるほどの快進撃で白糸台は勝ち進み、もう既にインターハイ出場まであと一局……いや、あと一巡に迫っていたところであった。

 一年ながらにして白糸台のレギュラーメンバーであり、大将を任された大星淡はツモってきた牌を盲牌で確認すると、ニヤッと笑って声高らかに宣言する。

 

「……ツモ!ダブリードラ4、跳満!」

 

『決めたあああああ!王者白糸台、三年連続インターハイ出場決定ー!!史上初の三連覇へ、また一歩近づきました!』

 

 

 

「……三度目のインターハイ、決まったな。安心したか?照」

 

 控室からモニターでその瞬間を見届けた弘世菫は隣で御菓子を口に運ぼうとしていた宮永照に向かってそう声をかける。宮永照は大星淡の事をモニター越しに見つめながら「いや……全然。ここからが本番……」と呟いた。

 

「でも、わざわざ淡の手の内までバラす必要はなかったんじゃないですか?あそこは私が無理にでもトバしに行っていた方が……」

 

 宮永照と弘世菫に向かって亦野誠子がそう言う。確かに、手の内を隠す余裕があるのならインターハイに向けて温存するのはもっともな話だ。亦野誠子も、てっきりそのつもりで大星淡を大将に置いたものかと思っていたのだが、宮永照は御菓子を食べながらこう亦野誠子に言った。

 

「いくら手の内を隠したところで、シロのいる宮守を相手にすればシロに直ぐにバレるだろうし……むしろ淡の初陣がインターハイじゃなくて良かったと思うよ。淡が変に緊張しないとは言い切れないし……」

 

「な、なるほど……」

 

 

「たっだいまー!どうだったー?照ー!」

 

 そんな会話をしていると、大星淡が元気よくドアを開けて開口一番そう声を発した。それを聞いた渋谷尭深が予め用意していた湯呑みを持って大星淡のところに行くと「お疲れ、淡ちゃん」と言って湯呑みを差し出した。

 

「ありがとうタカミー!」

 

 大星淡は感謝の言葉を述べると、湯呑みに入っている茶を勢いそのまま飲もうと試みるが、高温だったせいか大星淡は「あ、あふっ!?」と言って思わず零しそうになった。そして火傷しかけた舌を出し、涙を流しながらこう叫んだ。

 

「わ、わらひ。猫舌じゃらいのに〜っ!」

 

「全く……湯気が見えないのかお前は。猫舌じゃなくても熱いに感じるに決まっているだろう」

 

 弘世菫が呆れたように言うと、宮永照は立ち上がって大星淡の元へと歩み寄り、キョトンとする大星淡に向かってこう質問した。

 

 

「淡、どうだった?」

 

「ん……そりゃあ楽勝だよー!なんたって私は高校百年生なんだからね!」

 

 そう意気込む大星淡を見て、どこか安心したような表情を浮かべた宮永照であったが、その直後に大星淡の腕を掴むと、「インターハイ前に"真剣勝負に勝つ"って事は覚えたから……じゃあ次は"真剣勝負で負ける"事を覚える番だね」と言い、ニッコリと笑ってみせた。

 

「て、照ー……?こ、怖いよー……」

 

「誠子、尭深。……学校に戻ったらきっちり扱くよ。淡のメンタルを鍛えるために」

 

「ちょ、テルー!?す、菫センパイ!助けてー!?」

 

 

「……私に振るなよ」

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

(あ……照たち、もう決まったんだ)

 

 そしてその日の午後、地区大会を一週間後に控えていた小瀬川白望の下には宮永照率いる白糸台を始めとした、全国各地からのインターハイ出場決定の報告メールが送られてきていた。

 

「シロ、今の話聞いてた!?」

 

 鹿倉胡桃に注意を受けて携帯電話を慌ててしまった小瀬川白望は鹿倉胡桃に「うん……それで?」と聞き返した。それを聞いた姉帯豊音は「シロは団体戦では大将を任せるっていうことになったんだよー」と横から説明する。

 

「豊音とエイスリンの二人が点棒を稼いで、胡桃と塞で逃げ切る……そして最後はウチの最終兵器、白望。アンタだよ。まあ地区大会じゃアンタはおろか、胡桃さえ回ってこないかもしれないけどね」

 

 熊倉トシがそう言うのを聞き終え、小瀬川白望は「皆、個人戦はどうするの……」と四人に向かって質問した。質問された側の臼沢塞と鹿倉胡桃は分かりきったような表情でこう答える。

 

「シロや豊音が出るんじゃ、出たところで結果は最初から分かり切ってるわよ。エイスリンは出れないし、防御型のウチらじゃアベレージで太刀打ちできないわよ」

 

「だから私たちは応援してるよ!」

 

 

 そう言う鹿倉胡桃を抱きしめ、姉帯豊音は「むふふ……ありがとうだよー」と言う。そして鹿倉胡桃を抱きしめた状態で小瀬川白望の事を見つめて、こう言った。

 

「個人戦の時だけ、シロと私は敵同士だよー」

 

「……そうなるね」

 

「本気で行くから、手は抜かないでねー?」

 

「もちろん。一切遠慮はしないよ」

 

「ワタシモ!」

 

「そうだねー……エイスリンさんもだよー?」

 

「ウン!」

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(……始めようか……王者の闘牌を)

 

 

 そして奈良県では、これもまた巡り合わせなのか、小走やえ率いる晩成高校と赤土晴絵を顧問とした阿知賀女子学院が地区大会一回戦第一試合で当たる事となった。先鋒の小走やえは阿知賀女子学院の松実玄を見据え、(阿知賀手……さあ……どうでる?)と心の中で呟く。

 

 

(とにかく、この試合は負けられない……なんとしてでもお姉ちゃんに繋がなきゃ……)

 

(……大丈夫。ドラは来てる……)

 

 

 一方の松実玄は自身の手牌に集まってくるドラを見て心の余裕を保ちつつ、手を縦に伸ばして行く。そんな松実玄を見て、小走やえは様子見といった感じでリーチをかける。

 

「リーチッ!」

 

 が、小走やえがリーチをかけたその同巡。松実玄はツモ和了を果たす事となる。和了ったのは平和や断么九もつかない何気無いツモなのだが、異常なのはそのドラの多さ。なんと裏ドラと槓ドラなしでドラ7である。

 

「ツ、ツモ!ドラ7です」

 

 

(なっ……ドラ……っ、コイツまさか!)

 

 小走やえはその異様なまでにドラに包まれた手牌を見て驚愕するが、直ぐに小走やえは自分の手牌、全員の捨て牌、松実玄の和了形を見て瞬時に悟った。松実玄がドラを集める能力を有しているということを。それと同時に、何故松実玄が先鋒に起用されたのかという事を。

 

(……なるほど。異様におっかなびっくりで頼り無さそうなのヤツをわざわざ先鋒にしたってことは……その能力を私に当てて来るためか!)

 

 

(……正直、苦肉の策だ。前年の小走の牌譜を見ても、全国レベルを優に越している……ウチらのメンバーじゃまともにやり合うのは無謀)

 

 赤土晴絵の言う通り、正面から小走やえと闘えばどうなるかなど一目瞭然である。だが、小走やえからドラを奪えば、彼女の攻撃力をそのまま削ぐことができる。そして一回戦で当たるというのも非常に阿知賀にとってプラスに働いた。前情報無しなら、いくら小走やえともいえど最初の一局……その前半は少なくとも様子見に徹する。松実玄の能力、ドラを集める能力はタネが分かれば単純な能力だが、前情報なし……『初見の一局』の時は絶大な力を生む。その最大の好機が、まさに値千金のことであった。

 

(幸い、小走やえ以外ならまだ勝機はある……いくらドラを削がれたとはいえ、小走やえ相手に一位なんて高望みはしない。トバされずに玄が耐えきれば勝機は十分にある……!)

 

 

(なるほど……ニワカらしい小細工だが、王者から武器を奪うとは、やってくれるじゃないか……)

 

 

(だが……王者は武器無くして尚最強だからこそ、王者なのだ……お見せしよう……王者の打ち筋を!!)




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第325話 地区大会編 ③ 王

前回に引き続きです。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「ロン、5200!!」

 

 

「っ……!」

 

 全国高校生麻雀大会の予選……言い換えれば奈良県のインターハイ出場校を決める地区大会の、その一回戦第一試合の先鋒戦がラストの小走やえの和了であり、松実玄から狙い打った5200で終了した。最初こそは松実玄が持ち前の火力で高打点を積み上げていたものの、最初の小走やえの親を皮切りに形勢が逆転、一変し小走やえのワンサイドゲームと化してしまった。無論、小走やえの手牌にドラは来ないために松実玄の火力とは天と地の差があるのは明々白々であるのは間違いない。しかし、そこは王者を自称するに相応しいほどの卓越した技量と常人には無い度胸で精神面に劣る松実玄を圧倒し、終わってみれば二位の阿知賀と3万点以上……正確には37300点差をつけて離し、全体の収支では先鋒戦だけで+50000点近いという十分過ぎるほどの結果で終える事ができた。

 

(……英語ならキング、ドイツ語ならケーニッヒ、イタリア語ならレッ……そう、この大胆不敵ながらも悠々とした打ち方。これこそが王者の打ち筋。……だが)

 

(この勝負、まだ決まったわけじゃ無い……ここからどうなるかはこの段階じゃ分からない……)

 

 恐らく阿知賀の中で一番火力が高いと思われるだろう松実玄は自身が完封することはできたが、後続が振るわなければ三万点の差など残す8回の半荘の内に優に吹き飛ぶであろうということを小走やえは危惧していた。無論、自分のチームメイトを信頼していないというわけでは無い。小走やえはチームメイトのことを十分に信頼しているし、自身も信頼を置かれている。だが、それでも尚あの阿知賀は侮れないという事だ。それほどまでに小走やえは阿知賀の事を一目置くほど、再評価したというわけだ。

 

(ニワカが王を討てないというわけでは決してない……その慣れない剣で牙城をどう打ち崩してくるか……見ものだな)

 

 

 

 

 

 

「お、お、お姉ちゃん……」

 

「玄ちゃん……」

 

 小走やえが今後の事について色々と思案していたのに対し、同じく対局室から出てきた松実玄は自分と入れ替わりで対局室へ向かおうとしていた松実宥のことを見つけると、思わず涙を流しながら松実宥に向かって抱きつく。

 

「ごめん……三万点も点差付けられちゃって……皆の点棒、守れなかったよ……」

 

「ううん……玄ちゃんはよく頑張った」

 

「で、でも……私、何もできなくて……」

 

「そんな事ない。待っててね……玄ちゃん。全部ひっくり返してくるから」

 

 

 そう松実玄に向かって言うと、松実宥は首に巻いているマフラーを解いて松実玄の涙を拭く。松実玄は驚いてそのマフラーを手に取って「お姉ちゃん……これ」と呟いた。極度の寒がりな松実宥にとって必要最低限の装備であるマフラーを外すということは、常人で考えてみれば極寒の地で防寒具を外すという事に等しい。そう思って松実玄は慌てて涙を拭ったマフラーを返そうとするが、松実宥は気にせず対局室に向かっていった。

 

 

「……大丈夫、玄ちゃん。玄ちゃんの点棒を取り返そうって思ったからか分からないけど……私……今最高にあったかいから……」

 

 

 そう言い残し、松実宥はマフラーを装着せずに対局室の中に入っていった。しばらく松実玄はその場で佇んでいたが、控室のテレビでマフラーを外した松実宥を見たのか、高鴨穏乃と鷺森灼が後からやって来た。

 

「玄さん!宥さん、どうしちゃったんですか!?」

 

「多分宥さん寒いと思……」

 

 松実宥の事に対して心配を抱いていた二人だったが、松実玄が「お姉ちゃんなら大丈夫だよ……きっと私の分、取り返してくれるよ」と言うと、二人は松実玄の妙な説得力に納得し、松実宥のマフラーを持ったまま控え室へ戻った。

 

 

「玄。お疲れー!」

 

「お疲れ様。あの小走相手に良くやってくれたよ……」

 

 控え室に戻って来た松実玄はまず新子憧と赤土晴絵に労いの言葉をかけられるが、当の本人は少しシュンとした表情で「でも……皆に迷惑をかけちゃって」と言うが、赤土晴絵が「今のままじゃしょうがないさ。小走は小学の頃から全国大会の常連なんだ、玄じゃなくてもあれ程の点差……いや、玄だからこそあそこまで抑える事が出来たんだ」と松実玄を賞賛する。

 

「まあ色々言うことはあると思うけど……それは一先ず置いといて、皆を応援する事が今私と終わった玄にできることさ」

 

「後続は任せて下さい!玄さん!」

 

「絶対負けられない……」

 

「み、みんな……うん、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

(……結局、私の思い描いていた通りになってしまったか。皮肉なものだ……王の予言が的中してしまったが故に、王の城が陥落する事になるとはな)

 

 

 先鋒戦が終わってから数時間、ずっと控え室にあるモニターを睨むように見つめていた小走やえは大将戦が終了するのを確認すると、黙って立ち上がり、控え室を後にした。結果は一位の阿知賀に6800点差で二位。次鋒戦と中堅戦で大きく差を詰め寄られ、副将に勝ち越し、その後は大将の高鴨穏乃に逃げ切られてしまった。チームメイトである丸瀬紀子はそんな小走やえに何か声をかけようとしたが、とても声を掛けられるような雰囲気ではなかった。

 

 

(あと二回……いや、一回直撃を食らわせていたら違っていたか……?)

 

 小走やえは廊下を歩き、記者たちが質問しようと寄ってくることなど気にもせずにただただその"タラレバ"について考えていた。しかしそれも結局は仮定の話であり、ああしていればどうなったかなど考えるだけ無駄だと気付いた時には、既に記者たちの姿は見えず、代わりに前方に阿知賀の面々を見つけた。本来なら今一番会いたくない人物たちなのだが、これも王たる所以か、素直に負けを認めて阿知賀のメンバーに向かって声をかける。

 

「おい、お前ら」

 

「あっ、小走さん……」

 

 最初に反応を示したのは先鋒戦を闘った松実玄であり、それに続くように他のメンバーも小走やえの方を見る。小走やえはふふっと笑って松実玄に近付き、手を差し伸べると「良い勝負だった……だが、今のままじゃ到底インターハイじゃ敵わないからな。それだけは覚えておけ」と言い残し、その場を後にしようとする。そして去り際に、小走やえは振り返って阿知賀の面々に向かって「お前ら、全国で醜態晒したら承知しないからな!」と捨てセリフを吐き、走るようにしてその場を去っていった。

 

 

 

 

(……これで私に残されたのは個人戦か)

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていた小走やえは携帯電話で取り敢えず団体戦の負けを小瀬川白望に報告しようと思ったが、途中で手が止まり、それまでに紡いでいた文を全部消すと、メールを送る事なく携帯電話をしまった。

 

(……王が何の功績も無しに報告するなんてできるわけないだろう)

 

 そう心の中で自分に言い聞かせると、後日に行われる個人戦に向けて準備を始めた。

 その後は晩成高校を破った阿知賀が破竹の勢いで勝ち進み、インターハイ出場を決めると、それに続くようにして個人戦では小走やえがそれまでの奈良県の最高記録を更新するほどの圧倒的収支で一位通過、インターハイの切符を獲得することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回完全に主人公が王者さんでしたね……
王-yae-みたいなスピンオフ、どうでしょう?(やっつけ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第326話 地区大会編 ④ 報告

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

(よし……取り敢えずインターハイ出場の権利は、王座は勝ちとった……浮かれるのまだ早いのは分かっているけど、取り敢えず白望に連絡を入れるとするか……)

 

 

 個人戦を見事勝ち抜き、インターハイ出場の権利を得た小走やえが小瀬川白望に自身の"負け"と"勝ち"を報告するべく携帯電話を取り出す。客観的に見て団体戦の件については"小走やえの負け"とは言い難いのだが、小走やえはそれでも『負けは負け、潔く認めるのもまた王者よ』といった理由でそこは曲げる事なく報告しようと決心していた。

 が、小走やえが携帯電話を手に取った瞬間、着信音が鳴る。小走やえは若干驚きつつも、電話をかけてきた相手を確認する。そこには『竹井久』とあり、小走やえは恐らく掛け間違えたのだろうと察しつつも、取り敢えず電話に出て「もしもし。小走だけど、掛け間違いか?」と電話越しに竹井久に声をかけた。向こうも驚いていたようで、どうやら小走やえの予想は的中していたようだ。

 

『ご、ごめんなさいね……指、震えちゃって……』

 

「ふっ。意外と間の抜けたやつだな」

 

 小走やえがそう言って微笑むと、竹井久が『まあそれはそれとして……あなたの方はどうだったのかしら?』と小走やえに質問する。小走やえは少し言い淀んだが、きっぱりと「団体戦は負け、個人戦は私が勝った。そっちはどうなんだ?」と答える。

 

『私たちは取り敢えず団体戦は優勝したわ。結構ギリギリだったけどね。個人戦は明日よ』

 

 

「そうか……まあ、頑張れよ」

 

 

 そう言い残した小走やえは電話を切ると、今度こそ小瀬川白望に掛けようと試みるが、ここでふと指が止まる。今さっき竹井方が掛け間違えて自分のところに電話を掛けたのだから、今頃竹井方は小瀬川白望に電話を掛けているはずだ。つまり、自分が掛けたとしても、小瀬川白望は電話に出ることはないのはほぼ確定的だった。よって小走やえは携帯電話をしまうが、今度は何もする事がなく、かといって家に帰ろうかという気も起きず、ただただそこで立ち尽くすしかなかった小走やえであったが、近くにあった駅から見覚えのある人物がやって来たのが確認できた。

 

(あいつ……もしや。手間も省けて丁度いいな)

 

「ね、ねえ!あんた、鷺森灼でしょ!?」

 

「えっ、なに……?」

 

 小走やえが見つけた阿知賀の部長である鷺森灼に声をかけると、いきなり声をかけられた鷺森灼は驚き、そして団体戦の時に鬼神のような和了を積み上げていた小走やえが話しかけてきたともあってか、彼女は若干身構える。

 

「ねえ、来週の土日辺り……暇な日、ないかしら?」

 

「い、意図が読めな……」

 

 突然の質問に動揺し、どういう意図なのか分からず困惑する鷺森灼であったが、小走やえはいちいち言わせるなといった風にイライラし、結局「壮行試合してあげるって言ってんのよ!奈良個人一位のこの私含む晩成がよ!?」と声を荒げて言う。

 

「それはありがた……で、でもどうして?」

 

「どうしてって……あんたらに全国の厳しさってもんを教えてあげるのよ!全国じゃ私より強い奴らなんてザラにいるわよ!?私で手こずってるようじゃ優勝なんて100年早いわ!」

 

 そう言うと、鷺森灼の返答を待たずして「じゃあ来週の土日、ちゃんと空けといてね!ドタキャンしたら承知しないわよ!」と言い残し、その場を離れて言った。急にやって来て急に去って行った小走やえを見ながら「煩わし……」と思わず呟いた。すると小走やえに聞こえていたのか、小走やえは振り返って「聞こえてんのよ!」と言い、再び歩き始めた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「うん……まあ個人戦の方はおめでとう、やえ」

 

『本当は団体戦も出場するつもりだったんだけどね……阿知賀ってとこにやられたわ……』

 

 あれから数分後、小走やえは小瀬川白望に電話を掛けて地区大会の一切を報告した。小走やえから発せられた『阿知賀』という名から、小瀬川白望は松実姉妹を始めとした阿知賀子供麻雀クラブの面々を思い出し(やえのいる晩成に勝ったんだ……成長したって事なのかな。分からないけど……)と思いながらも、小走やえからの質問に答える。

 

『白望の方はどうなの?勝てそう?」

 

「うん……始まったわけじゃないから何とも言えないけど、負ける気は無い、とだけ言っておくよ」

 

『そうか……なら心配はないようね。じゃ、頑張るのよ!』

 

 

 小走やえはそう言って電話を切ると小瀬川白望はおもむろにテレビを点ける。丁度他県の地区大会の様子がテレビで映っており、そこには監督の愛宕雅枝率いる千里山女子が地区大会決勝戦を闘っている最中であり、大将である清水谷竜華が親満を和了ったところであった。

 

『ツモ!4300オールや!』

 

 よく見ると他の一校の点棒が既に4300を下回っており、この清水谷竜華の和了が千里山女子のインターハイ出場を決める和了となり、対局が終了した。その様子をテレビから見ていた小瀬川白望は携帯電話を握り締めていると、数分後に園城寺怜から控え室で撮ったのだと思われる千里山メンバー全員が写っている写真が添付されたメールが送られて来た。恐らく園城寺怜は先ほども未来視を使っていたのであろうが、その写真を見るに大丈夫そうであった。小瀬川白望は少しほど安心し、園城寺怜に返信を送った。

 

 

-------------------------------

 

 

『……ツモー!8000、16000ですよー』

 

 

「永水女子の薄墨初美による役満ツモ。これにより永水女子のインターハイ出場が決定しました!」

 

 沖縄を除いた最南端の県である鹿児島では、霧島神境の神代小薪と、六仙女である石戸霞、つい先ほど役満を和了った薄墨初美、狩宿巴、滝見春の四人で構成されている永水女子がインターハイ出場を勝ち取っていた。大将である石戸霞に回す事なく、副将の薄墨初美で終わらせてしまうなど、圧倒的な攻撃力を見せつけた結果となった。解説を任されている大沼秋一郎も九割九分こうなるであろうと予想していたため、いつもよりも更に寡黙になっていた大沼秋一郎が、薄墨初美の鳴いた{東}と{北}を見て心の中で(鬼門……)と呟く。あえて何も言わなかったが、薄墨初美の能力は鬼門と裏鬼門に関係しているということを察知した大沼秋一郎だが、彼はそれよりも、大将に控えていた石戸霞が気になっていた。

 

(本物の神さんを降ろしてた神代とは全く違うオーラがしたような……こいつ、一体何を自分の身体に降ろす気だ……?)

 

 大沼秋一郎が疑問に思いながら考える仕草を取るが、流石にそんな気がしただけでは分かるわけもなく、その事を考えるのはやめ、直ぐに家のテレビで岩手県の地区大会のテレビ放送の録画をしたかどうかを頭の中で再確認していた。熊倉トシが顧問を務めている……あの小瀬川白望がいる宮守女子の様子を、後でじっくりと鑑賞したい大沼秋一郎にとって、慣れないテレビの録画もしっかり行うことができ、万全の状態であった。だからこそ、本当に録画されているのかが気にかかっていたのだ。

 

 

「……大沼プロ。あの……」

 

「お、おう……すまんな」

 

 しかしそれもアナウンサーによって遮られ、数十歳年下の若いアナウンサーに軽く謝罪をした72歳の大沼秋一郎であった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「たっだいまですよー」

 

「初美ちゃん、お疲れ様です」

 

「姫様!私におまかせあれですよー」

 

 一方、控え室に戻って来た薄墨初美が先ほどまで眠っていた神代小薪と話していると、石戸霞が「はっちゃん、副将で終わらせてくれてありがとうね」と労いの声をかける。

 

「勿論ですよー。万が一霞ちゃんがアレを使うとなったら、霞ちゃんの負担が大変ですからねー」

 

「アレって言っていいのかは分かりませんけど……」

 

「短気だし……アレ扱いしたら怒られそう」

 

「まあ、何はともあれ温存できたから良しとしましょう」

 

 そう言い、五人は控室から荷物をまとめて出て行く。そしてその最中に、石戸霞は小瀬川白望へインターハイ出場決定の報告をすると(ふふふ……楽しみね)と呟いた。

 

 




次回に続きます。
シロたちの出番はもうちっとだけ先なんじゃよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第327話 地区大会編 ⑤ あと一週間

前回に引き続きです。
リザべ組の方言が辛すぎます……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……どげんしたと?姫子。そろそろ決勝が始まるばい」

 

 

「部長……」

 

 同じく九州の中で最北端の福岡でも、インターハイの団体戦の代表校を決める地区大会が行われており、決勝戦もあと数分で始まろうとしていたところで、白水哩は会場の外のベンチに座っている鶴田姫子を見つけ出して声をかけるが、鶴田姫子はどこか呆然としながら空を見上げていた。

 

「……なんかあっとんない、私が聞くとね」

 

 白水哩はそう言って鶴田姫子の隣に座り、鶴田姫子にそう言うが、鶴田姫子はそれでもどこか呆然としながら天を仰ぎ、白水哩に向かってこう呟いた。

 

「……白望さんも今、私らと同じ空ば見上げとるんやろか」

 

 いきなり天を仰いでそう呟く鶴田姫子を見て、白水哩は思わず笑ってしまった。鶴田姫子はキョトンとしたような表情で白水哩の事を見ていると、白水哩はこう述べた。

 

「いや……姫子もそげんロマンチックな事ば言うなんて思っとらんからな」

 

 白水哩はてっきり鶴田姫子が深刻な悩みを抱えているものだと予測していたので、そういう鶴田姫子に対して若干安心していた。白水哩は少し考える様な素振りを見せると、「そうかもしれんもんな……ばってん、いきなりどうしてそぎゃん事ば……?」と鶴田姫子に向かって聞き返す。

 

「……私も、ようやく白望さんと同じ舞台に立てるって思ったとからです」

 

 

「部長!姫子!もうすぐで始まりますよ!」

 

 二人がそう話していると、花田煌が先ほどまで走ってきた様に肩で息をしながら二人のことを呼ぶと、白水哩は花田煌の姿を確認すると、鶴田姫子にこう言った。

 

 

「ふふ……姫子、地区大会はまだ終わっとらんよ。行くか、姫子。今日も"アレ"、決めっとよ」

 

「……了解です!ぶちょー!」

 

 白水哩は立ち上がって会場の方に向かって歩き出すと、それに続く形で鶴田姫子も会場に向かって歩き出す。そして白水哩は花田煌の肩に手を掛けると「ほら、花田も気合入れっとよ!」と言い、会場に向かって走り出した。花田煌と鶴田姫子は驚きながらも、そんな白水哩について行く様にして走った。

 

 

-------------------------------

 

 

「ふう、今戻ったぞ」

 

「おかえりー!サトハ!」

 

「お帰りデス、サトハ」

 

 所変わって東京では、臨海女子の辻垣内智葉が地区大会決勝戦の先鋒戦を終えて控え室に戻ってきたところであった。辻垣内智葉は先ほど外してきたサラシと髪留めを自分のバッグに入れると、どかっとソファーに腰掛ける。そしてそれを見た郝慧宇は辻垣内智葉と入れ替わる様にして立ち上がり、「じゃあ私も行ってきますね」と言い、控え室を出て行った。そんな郝慧宇を見送った辻垣内智葉が疑問に思ったのか、ネリー・ヴィルサラーゼに耳打ちしてこう聞いた。

 

「ハオのやつ、本当にシロと会ったことがないのか?」

 

「無いと思うよ。ネリーの知る限りではね」

 

「ふむ……まあいいだろう」

 

 辻垣内智葉がそう言って納得すると、メガン・ダヴァンが携帯電話で小瀬川白望からの返信のメールが来ているかどうか確認している最中の辻垣内智葉に向かってこんなことを聞いてきた。

 

「シロさんは確か大将を務めるんでショウカ?」

 

「……聞いた話によればそうらしいな」

 

「サトハはメンバー的には先鋒戦にしか出場できないデスガ……ヤッパリシロさんと打ちたかった気持ちはありますカ?」

 

「無いと言ったらそれは嘘にはなるが、まあ個人戦でも闘えるしな。むしろ、そっちの方が本命みたいなものだ。だからと言って団体戦でシロたちに勝ちを譲るわけにはいかないけどな。だからこそネリー、お前が一番重要になってくるな。どうだ?勝てそうか?」

 

 そう辻垣内智葉がネリー・ヴィルサラーゼの方を見ると、ネリー・ヴィルサラーゼは真剣な表情でこう答えた。

 

「そんなの野暮な質問だってサトハだって分かってるでしょ。ネリーだって勝てるか、そもそも勝負になるかなんて断言できない。普通に考えて白望に勝てそうな人間なんて一握りもいないよ」

 

「だけど……ネリーはお金がいる。40万ラリ、耳を揃えて白望に返すまでに、ネリーは誰にも負けられない……例え、白望が敵だとしてもね……」

 

「ふふ……その様子なら、心配は要らんようだな」

 

 

 そう言い、微笑む辻垣内智葉はイクラを食べていた雀明華に向かって「明華、ちょっといいか」と呼んだ。雀明華は何を言われるのかもう察知していたようで、箸を置いて辻垣内智葉の言うことを聞いた。

 

「……この地区大会はどうやらウチの臨海女子の地区大会十六連覇のかかった大事な試合らしい」

 

「そのようですね」

 

「十六連覇を飾るのと同時に、私たちの力を思う存分見せてこい。なんならメグに回す前に終わらせても構わん」

 

「……了解です」

 

 

 

(……この二人、完全にセリフが悪役ですヨネ……マア、一時期はどうなるかと思ってましたカラ、それに比べばいいんでしょうケド……)

 

 メガン・ダヴァンはそんな事を二人を見て心の中に思い浮かべていたが、二人に言えば自分がどういう目に遭うか分かったものでは無いので、心にとどめて置くことにした。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……また来た」

 

「今度は誰かなー?」

 

 それと同時刻、岩手県では小瀬川白望の携帯電話に宮守麻雀部の皆が集まり、次の報告者及びインターハイ出場を決めたのは誰なのかを全員で確認していた。小瀬川白望がメールを開いて中身を見ると、「……新道寺と臨海女子がインターハイ出場だって」と言って皆に携帯電話を見せる。

 

「やっぱり勝ち上がってくるかァ……」

 

「まあ去年も活躍してたシード校だしね。上がってこなかったら一大事だよ」

 

「シンドウジ……リンカイジョシ……ドッチモツヨイ?」

 

「そうだよーエイスリンさん、この二校、ちょー強いんだよー!新道寺は白水哩さんに鶴田姫子さん、臨海女子は辻垣内智葉さんにメガン・ダヴァンさん。皆有名人です強いんだよー!そんな人からのメールなんて、見れる機会そうそう無いよー!」

 

 姉帯豊音が若干興奮しながらエイスリン・ウィッシュアートに熱弁すると、エイスリンは「ナルホド……ワタシ、コノニコウニカチタイ!」と言い、意気込みを入れる。

 

「そうだね……少なくとも、シード校の内の一校とは確実に当たるからね……」

 

「インターハイの話もいいけど、その前に地区大会もあるから絶対に負けられないね!」

 

 鹿倉胡桃がそう言うと、全員が互いの顔を見合わせて頷き、各地の地区大会の様子が流れていたテレビの電源を消して再び練習を再開する。

 

(残ったのは爽のとこと、姫松、そして私達か……)

 

(……絶対に勝つ)

 

 小瀬川白望はまだ一週間も先の地区大会に向けて闘志を燃やし、小瀬川白望にしては珍しくやる気に満ち溢れた表情で練習に励み、地区大会を今か今かと待ち望んでいた。




次回辺りからようやく宮守の初陣となる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第328話 地区大会編 ⑥ 頑張って

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「ほらー!シロ、早くおいで!電車来ちゃうよ!」

 

「分かってるよ……」

 

 あれから早くも一週間が経ち、とうとう小瀬川白望たちの岩手県でもインターハイの出場校を決定する地区大会が始まろうとしていた。会場がある岩手県の県庁所在地である盛岡に行くために、朝一に宮守駅に集合する事になっていたのだったが、小瀬川白望は電車が到着予定の時間ギリギリになってからようやく来たため、鹿倉胡桃に急かされるように駅の改札を通り、電車へと乗った。

 

 

「やっと地区大会だねー……今からちょー楽しみだよー」

 

「ワタシモ、タノシミ!」

 

「ほら、電車の中ではしゃがない!」

 

 姉帯豊音とエイスリン・ウィッシュアートが上機嫌に椅子に座りながら話しているのを、鹿倉胡桃が常識とマナーに則って嗜めるなど、いつもと変わらない光景が電車の中でも展開されていたのだが、小瀬川白望はそれを見ると、今度は窓から見える景色に視線を移し、ふとこんなことを心の中で考え始めた。

 

(エイスリンと豊音が来てから半年とちょっとになるんだっけ。最初はどうなるかと思ってたけど、二人も随分と皆に馴染んだよなあ……)

 

(でも……この五人で居られるのもあともうちょっと……になるのかな。どうなんだろ……)

 

 少なくともこの地区大会、そしてインターハイが終われば宮守麻雀部として五人が集まるのはそれが最後になるかもしれない。エイスリンも豊音もその後どうするのかはわからないが、何と無く小瀬川白望は今となっては日常になっていたこの光景も、いずれ無くなってしまうものなのかと感じていた。

 

(まあ……未来のことなんて考えるだけ無駄かな。取り敢えず今は目の前の事に全力でぶつからないと……)

 

 小瀬川白望は一旦思考に区切りをつけ、視線を窓から今度は横へと移す。そこには当然ながら宮守麻雀部のメンバーと熊倉トシがいる。そして自分の首から提げている巾着には、赤木しげるの墓石の欠片。この半年間で幾度となく見て来た当たり前の世界。

 小瀬川白望はその当然な……当たり前の世界があるということの素晴らしさ、特別であるということを心のどこかで理解したような感じがした。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「流石盛岡……宮守とは違うね」

 

「凄いよー!都会だよー!」

 

 

 電車を降り、岩手県の県庁所在地である盛岡市に到着した宮守女子のメンバーは思い思いに岩手県最大の都市を見渡す。彼女らにとってみれば都会というのが珍しいものに入るのか、そのなかでも特に姉帯豊音は興奮を抑えきれないと言った感じでキョロキョロと辺りを見回すが、その姉帯豊音自身が周りの人からの注目の的となっている事にはどうやら気づいてはいなかったらしい。

 

「都会で気分が浮かれるのもいいけど、すぐ会場に行くからじっくり見るのはまた今度の時にしなさいね?」

 

「わ、分かったよー……」

 

 熊倉トシにそう言われ、姉帯豊音は少しションボリして返事を返す。やはり田舎の村で育った姉帯豊音にとって都会という世界は憧れの対象だったのだろう。それを察した小瀬川白望が「まあ別に……今日勝ち上がればここよりもっと都会なところに行けるから、頑張ろうか」と声をかける。

 

「そうだねー!東京はどれくらい凄いんだろうー?」

 

「……少なくとも、ここよりもっと凄いと思うよ」

 

 何度か東京の街に行ったことのある小瀬川白望にしては随分と抽象的な返答だったが、姉帯豊音は「ここでも凄いのに、これ以上なんてちょー凄いよー!皆と東京に行くために私、ちょー頑張っちゃうよー!」と鼓舞し、気持ちを昂ぶらせていた。

 

「ああそうそう豊音。今日使うのは"先勝"だけにしておきなさい」

 

「先勝……どうしてですか?」

 

 熊倉トシの要望に臼沢塞がそう聞き返すと、熊倉トシは「豊音の力を隠すためさ。そりゃあ豊音が全力を出せば確実に勝てるだろうけど……それだったら後が辛くなるからね。まあ幸い、先勝だけでも十分に勝てる面子だからあんまりハンデにならないだろうけどね?」と答えた。

 

「成る程……そういうことですか」

 

「そういう事なら合点承知だよー」

 

「でも、無理はしないでね?豊音」

 

 そう言う鹿倉胡桃に対し、横から入るような形で赤木しげるが【安心しなチビちゃん、心配しなくとも、中堅戦に回ってくる前に勝負はついてるだろうからよ……】と答えた。チビちゃんとドストレートに言われた鹿倉胡桃は怒ったような表情で「チビって言わないそこ!」と小瀬川白望の首から提げている巾着に向かって指差す。

 

【ククク……悪いな、お嬢ちゃん。姉帯との差がありすぎたもんでな】

 

「むー……豊音に後でどうしたらあんなに背が伸びるのか聞いてみよう……」

 

 そんなやりとりをしていると、一行は地区大会が行われる会場の目の前にいた。小瀬川白望はそれを見ると、心の中で6年前の懐かしさを感じながら、ゆっくりと会場の入り口を通った。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「じゃあ、行ってくるよー!」

 

「行ってらっしゃい、豊音!」

 

「トヨネ!ファイト!」

 

「頑張りなよー、豊音」

 

 控え室で待機していた宮守女子のメンバーであったが、そろそろ第一試合の先鋒戦が始まるとなって姉帯豊音が控え室を出ようとしたので、全員で見送りをしていたのであった。臼沢塞は小瀬川白望の背中を叩くように押して「ほら、シロもなんか言ってやりなさいよ!」と促すと、小瀬川白望は少し照れくさそうな表情で「が、頑張ってきてね……」と言った。それを聞いた姉帯豊音はニコッと笑って「勿論だよー」と言うと、控え室を出ていった。姉帯豊音が出て行くのを見ていた熊倉トシが小瀬川白望に「白望も案外、ああいう風になる時があるんだね?」と聞くと、小瀬川白望はこう返答した。

 

「いや……今まで誰かに『頑張って』って言ったことなんて無かったから……」

 

 

「ふふふ、そうかい。良かったじゃないか、送り出す側の気持ちにもなれて。そうだろう?」

 

 

「まあ、そうだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シ、シロのあの表情……ちょー可愛かったよー)

 

 そして先ほどは笑顔を見せて控え室を出ていった姉帯豊音であったが、廊下に出ると先ほどまで必死に隠していた赤面した顔に手を当てながら、先ほどの小瀬川白望の表情を脳内でリフレインさせていた。普段はクールな小瀬川白望が時折見せる乙女のような表情が、姉帯豊音にとっては強い刺激となったらしい。

 

(シロのあんな表情を見ちゃったら、頑張るしかないよねー)

 

 

(絶対に頑張るよー!)

 

 そうして小瀬川白望に対しての愛、情熱を燃やす姉帯豊音は滾る想いを胸に留め、そのまま対局室まで向かっていった。

 




次回に続きます。
なんというかフワフワした感じで地区大会が始まったのが否めない感。緊迫感が足りませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第329話 地区大会編 ⑦ 圧倒的

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

『ツモだよー、1000オールだよー!』

 

 

「よしよし!豊音、順調そうだね!」

 

「胡桃……まだ東一局だからまだ分からないでしょ」

 

 全国高校麻雀大会の出場校を決めるための地区大会の一回戦、その先鋒戦が始まり、宮守女子の控え室では鹿倉胡桃が順調の滑り出しを見せた姉帯豊音に対してウンウンと頷く。臼沢塞は鹿倉胡桃に対してまだ油断はできないといった風に言っているものの、姉帯豊音の和了を見てどこか安堵した様子を見せていた。確かに今までの地獄のような練習を小瀬川白望と赤木しげるの下で行ってきた宮守女子のメンバーであったが、心のどこかで小さな不安があったのも事実だ。まあ、小瀬川白望や赤木しげるに一回も勝てなかったというのがその小さな不安を作り出してしまった要因なのだが。しかし姉帯豊音の今の和了によってその不安も消し飛び、自分達が強くなったのだということをあの和了で直感的に悟ったのであった。

 

(ちょー緊張してたけどー……大丈夫みたいだよー)

 

 それは和了った本人である姉帯豊音も同じであった。対局が始まる前は地区とはいえども、大会という名前が生み出すあの独特な緊張感、張り詰めた空気も相まってか、卓についている他の選手がもしかしたら小瀬川白望のようなトンデモ雀士なのではないかと何度も対局を重ねて行く内に心に焼き付いた小瀬川白望の圧倒的イメージがそういった幻想を作り出していたが、それも今では雲散霧消し、場は完全に姉帯豊音の独走状態と化した。積み棒を置いて姉帯豊音の連荘、一本場となると、姉帯豊音は『先勝』を続行して高速で手を仕上げる。そうして東一局一本場が始まって七巡もしない内に姉帯豊音は再びリー棒を取り出して、リーチを宣言する。

 

 

「通らば……リーチッ!」

 

 

 もはや卓にいる三人は追いつこうという事すらままならず、リーチをかけたあとは他者を振り切って「ツモ!2700オール!」とツモ牌を卓に叩きつけて宣言した。

 

 

(まだまだ終わらせないよー!)

 

 

 姉帯豊音は被っていた黒色の帽子を深く被り直すと、深く息を吐いて積み棒を重ねる。もはやそこは既に麻雀卓ではなく、狩場。姉帯豊音という猛獣が獲物を狩るための狩場でしか無かった。もはや獲物となった三人に姉帯豊音を止める術などなく、ただただ蹂躙され続けて終わりを待つだけであった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ただいま戻ったよー」

 

「オカエリ、トヨネ!」

 

「お帰りー、順調そうだね!」

 

 先鋒戦が終わり、控え室に戻ってきた姉帯豊音はメンバーに迎えられると、ほっと息を吐いて帽子を取ると、椅子に腰を下ろした。同じく椅子で上に鹿倉胡桃を乗せていた小瀬川白望が姉帯豊音に向かって「先鋒戦、お疲れ……」と言うと、姉帯豊音は「緊張したけどー……ちょー楽しかったよー」と返答する。

 

「こりゃあ地区大会じゃ本格的に私達の出番、無いかもね」

 

【フフ……だから言ったろ。そんじゃそこらのやつじゃ中堅以降には回って来ねえよ……】

 

「……私が帰っても問題無さそうだね」

 

「コラッ、流石にちゃんと見ようよ!?」

 

 

 小瀬川白望に向かって鹿倉胡桃がそう言うと、小瀬川白望は自分に座る鹿倉胡桃の頭を撫でながら「冗談だって……帰るわけないでしょ」と言う。それを見た姉帯豊音は(胡桃、良いなあ……)と自分の高身長を悔やみつつ、鹿倉胡桃を羨望の眼差しで見ていた。

 

「じゃあ、次はエイスリンだね?」

 

「イエス!」

 

 熊倉トシに名前を呼ばれたエイスリン・ウィッシュアートは右手を挙げてそう発言すると、熊倉トシはエイスリンに「遠慮なくやってきておいで。なんだったらトバしてきてもいいよ」と言い、エイスリンは「リョーカイ!」と敬礼のポーズをとった。

 

「デハ、ガンバッテキマス!」

 

「エイスリンさん、ガンバだよー」

 

「行ってらっしゃい!」

 

「頑張ってね!」

 

「頑張って……」

 

 メンバーから声援を受け取ったエイスリンは若干緊張を感じつつも、堂々と控え室を出て行く。そうして卓に着くと、ぺこりと頭を下げて「ヨロシク、オネガイシマス」と挨拶を交わす。そうして次鋒戦が始まると、先ほどの穏やかな態度からは想像もつかないようなエイスリンの怒涛ともいえる圧巻の和了劇が始まった。その圧倒的スピード、和了率に別室で見ていた実況と解説も半ば絶句しながらその光景を見る。そしてエイスリンの和了がようやく終わったかと思えば、その時には既に他の一校の持ち点がゼロを割っており、結局エイスリンは一度も誰にも和了らせることなく、前半戦の南場が始まる前に一回戦が終了してしまった。

 

 

「わあ、本当に終わっちゃった……」

 

「エイスリンさん、すごいよー!」

 

「エイちゃんのあの笑顔からは想像できない鬼のような和了……ギャップがすごいね……」

 

 宮守女子のメンバーはモニターからエイスリンの対局が終わったのを確認すると、臼沢塞は信じられないような表情でモニターの向こう側を眺めていた。それと同時に臼沢塞が6年前に観客として見ていたあの全国大会という舞台に、あと3つ勝てば出場が決まるという事を実感しつつ、小瀬川白望にこうつぶやいた。

 

「あと3つで全国だね……」

 

「うん……そうだね」

 

「懐かしい?」

 

「……どうだろうね」

 

 小瀬川白望から帰ってきた返事は曖昧なものであったが、臼沢塞はどこか満足したような表情で「……そっか」と言い、皆とともに戻ってきたエイスリンを祝福した。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第330話 地区大会編 ⑧ 参謀

前回に引き続きです。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「恭子、何しとるんや。トイレの前で突っ立って」

 

 

「洋榎……」

 

 

 岩手で団体戦の地区大会が行われているのと同時刻、南大阪でも団体戦でのインターハイ出場校を決める地区大会が行われていた。地区大会決勝戦を前にした姫松高校の主将、愛宕洋榎は同じく姫松高校の大将、そして参謀役の末原恭子がトイレの前で突っ立っているのを見つけると、末原恭子の名前を呼ぶ。末原恭子は愛宕洋榎の方を向くと、何かを考えていたような仕草を取りながら返答する。

 

「いや、ちょっとな」

 

「なんや……?『しくじったらどうしよう』とか思ったりして、緊張でもしとるんか?」

 

 愛宕洋榎にそう言われると、末原恭子は正解をズバリ言い当てられたので驚いたような表情を見せ、「……やっぱり、洋榎には分かるか」と言うと、愛宕洋榎は「そりゃあ……この2年半、伊達に毎日会っとらんわ」と笑みを浮かべながら答える。末原恭子は「そうか……」と呟くと、続けて愛宕洋榎に向かって口を開く。

 

「……洋榎は」

 

「おん?」

 

「洋榎は、緊張とかしたりせえへんのか?」

 

「緊張か……もちろんしないわけやあらへんで」

 

 愛宕洋榎の問いを聞いて、末原恭子は意外な返答だと言わんばかりの表情で「そうなんか、洋榎にもそういうところあるんやな」と言う。それを聞いた愛宕洋榎は「……なんか馬鹿にしとらんか?」と問いかけると、末原恭子は目を逸らして「さあ、どうやろうな……」と言葉を濁した。

 

「……シロも、緊張とかするんやろか」

 

「シロちゃんか……」

 

 愛宕洋榎は末原恭子の何気無い疑問について頭に手を当てながら少し考えると、「多分、しないんやろ。シロちゃんには絶対の自信があるからな」とキッパリと答えた。それに対して、末原恭子は「そうか……まあせやろな」とどこか遠くの方を呆然と見つめながら呟くと、愛宕洋榎はそう呟いた末原恭子の頬を無言でつねった。

 

「い、痛っ!?」

 

「目が覚めたか?恭子」

 

 抓られた末原恭子は片目に涙を浮かべ、抓られた側の頬に手を当てながら「な、何するんや!?」と叫んだ。どうやら、愛宕洋榎は自分が想定していた以上の力で抓っていたらしい。しかし愛宕洋榎はその事に対して謝罪はせず、むしろ末原恭子に向かってこう告げた。

 

「いい加減、シロちゃんを引き合いにするのはやめーや。恭子」

 

「んなっ……そないなこと……」

 

 愛宕洋榎に言われて図星だったのか、少し返答に困った末原恭子がそれでも反論しようと言葉を紡ごうとするが、愛宕洋榎は「そないな事ある。現に今もそうやったろ」と、末原恭子に弁解の隙を与えない姿勢であった。

 

「全く……いいか、確かにシロちゃんは半端ない。ウチだって一生かかっても追いつけへんようなところにシロちゃんはおる。……せやけど、何もそれが全ての優劣をつけるんやあらへんやろ」

 

「シロちゃんにはシロちゃんの、ウチにはウチの、恭子には恭子の良えところがある。それで良えんやないか?それを『シロちゃんの方が凄い』とか……『ウチはそうだけどシロちゃんは違う』だとか、シロちゃんシロちゃんって……アホくさいわ」

 

「っ……」

 

「それにシロちゃんが凄いからって、恭子が凄くないって事にもならへんやろ?わざわざ相対的に比較する意味も分からん。……いや、ちゃうな。それを恭子は十分に分かっとる。分かった上で比較しとるんや。結局恭子は、シロちゃんを理由にしてただ逃げたいだけなんやろ」

 

「……そないな、こと」

 

「ないか?本当にないんか?」

 

「……ある。今もそうや……すまんな」

 

 

 末原恭子は俯きながら愛宕洋榎に向かってそう言うと、愛宕洋榎は末原恭子の肩に手を回して「全く。自分に自信を持てや。参謀が自信を無くしてどないするねん」と言った。

 

「すまんな……こんな参謀で。でも……こんな参謀でも、やれる事は全力でやらせてもらうで」

 

「はは、そら楽しみにしとるわ。はよ戻ろか。決勝もちゃちゃっと終わらすで」

 

 そうして姫松高校の主将と大将は自校の控え室に向かって歩を進め、決勝戦の準備を行なっていた。無論このあとの決勝戦では、姫松高校が圧倒的火力で他校を抑え、堂々の一位を獲得した。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「おーう、お疲れユキ。えらく暴れてくれたじゃん」

 

「まあ、一位奪取とまでは行きませんでしたけど」

 

「それはウチらがすまなかったな……それで、その衣装どうだった?」

 

 所変わって北海道では、地区大会の決勝戦は終盤まで進んでおり、二位の有珠山高校が一位の高校を追いかけるといった状況であった。副将戦の真屋由暉子が改造されたド派手な制服を身につけながら戻ってくると、その制服の改造者である岩館揺杏がその制服の是非を真屋由暉子に向かって尋ねると、真屋由暉子はドライな表情で「何というか……動きにくかったですね」と答える。

 

「成る程……着心地は悪い、と」

 

「まああそこまで派手にすれば仕方ないと思いますけど……」

 

「いや、御指摘ありがとな」

 

「っていうか爽。そろそろ始まるんじゃないの?」

 

「お、そうだったな」

 

 

 桧森誓子に言われて気付いた獅子原爽がソファーから立ち上がると、右腕をぐるぐると振り回して「それじゃ、私が決めてくるわ」と言って控え室を後にしようとすると、本内成香から「頑張って下さい……」と声援を受ける。

 

「先輩、後は任せました」

 

「おう、任された。すぐに一位になるからちゃんと見とけよ!」

 

 

 そう言って自信満々に獅子原爽は控え室を出て行くと、深く深呼吸をしてから対局室まで向かって行った。

 

(あと半荘二回……絶対勝つ)

 

 

 

-------------------------------

 

 

「じゃあ、行ってくるよー」

 

「イッテラッシャイ!」

 

「頑張って!」

 

 そして同時刻、岩手でも決勝戦の始まる時間が刻一刻と迫っており、先鋒の姉帯豊音が控え室を出て行った。

 

「結局、ウチらには回ってこなかったね……」

 

「多分この決勝もそうなるんじゃないかな?」

 

「まあ、そうだとしても……そうじゃなかったとしても……私達が今やるべき事は豊音を応援する事。そして、いかなる状況を想定して準備をすること……」

 

 小瀬川白望はそう言ってソファーからモニターを真剣な表情で見る。確かに何が起こるか分からないこの世界、100パーセントなど有り得るわけがない。故に、小瀬川白望は一切驕らない、油断しないのだ。現に浮かれそうになっていた臼沢塞と鹿倉胡桃も小瀬川白望にそう言われ、改めて気を引き締める。

 

 

 

(……もうそろそろでインターハイ……いや、いやいや。まだ早いよー)

 

 

 そして卓についた姉帯豊音も一瞬油断しかけるが、目の前にいる三人の敵を見据えてその考えを改める。まだ喜ぶのは早い。本当に喜ぶのは全てが終わった後だ。

 

(喜ぶのはー……この人達に勝った後だよー)

 

 そう心の中で唱えると、卓のボタンを押してサイコロを回す。その回るサイコロをじっと見つめながら、顔が隠れるくらい帽子をめぶかに被ると、ニヤリと口角を吊り上げ、その瞬間から姉帯豊音による"祭り"が始まった。

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第331話 地区大会編 ⑨ 出場、記録

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「たっだいまだよー!」

 

 宮守女子の先鋒を任されていた姉帯豊音が控え室に戻ってくる。案の定姉帯豊音をまともに止めるものなどいるわけがなく、六曜の一つである『先勝』だけで他の三人を捩じ伏せた。戻ってきた姉帯豊音はニッコリとした笑顔を見せながら、今にもピョンピョン跳ねそうなほど上機嫌であった。おそらく、彼女の中でも納得のいく対局ができたのだろう。そう他のメンバーが推察していたが、姉帯豊音は別の要因でとても嬉しがっていたのであった。その要因である真っ白色紙をテーブルの上に広げると、鹿倉胡桃が「豊音、これどうしたの?」と姉帯豊音に聞いた。

 

「むふふー……後でサインしてもらうって約束してきたんだー。記念に残すためにねー……頼む時にちょっと怖がられたけど、受けてくれたよー」

 

「そ、そうなんだ……」

 

(多分、怖がられたのは豊音がトラウマになるほどボコボコにされたからじゃないかな……はは)

 

 臼沢塞がそんなことを考えながら愛想笑いをすると、隣に座っていたエイスリン・ウイッシュアートが立ち上がって「デハ、イッテキマス!」と大きな声で皆に向かって言うと、姉帯豊音が「エイスリンさん、頑張ってねー!」と声をかける。

 

「エイちゃん、もう決めちゃっていいよ!」

 

「こら胡桃、あんまりエイスリンにプレッシャーかけないの。……ほらっ、シロもなんか言ってやりなよ」

 

 

「え……あー……」

 

 臼沢塞がエイスリンに何か餞別の言葉を言うように小瀬川白望に促すと、小瀬川白望は少しほど間を開け、何を言うか考えていたのだが、結局まとまった言葉が出てこなかったのか、親指を立てて「頑張って……」とエイスリンに向かって言った。エイスリンはそれを見てホワイトボードに小瀬川白望と同じように親指を立てている絵を描き、それを見せると「ガンバル!」と言って控え室を出ていった。

 

「……これはエイスリンの記録にも注目だね」

 

「記録……ですか?一体何のですか?」

 

 エイスリンが去って行った直後、熊倉トシが急に言いだした『記録』について臼沢塞が尋ねると、熊倉トシは自身の携帯電話を宮守女子のメンバー全員に見せるようにテーブルの上に置く。メンバーが揃って熊倉トシの携帯電話の画面を見ると、小瀬川白望がそれを見て「……照の記録?」と熊倉トシに向かって言った。

 

「そう、これが現時点での和了率トップの宮永照の記録だね。そしてこっちがさっき計算したエイスリンの和了率さ。因みに、この岩手県大会が最後の大会だから、宮永照を超えた時点で和了率一位だよ」

 

 そう言って熊倉トシが即席で用意したメモ用紙を携帯電話の隣に置く。するとそこに書かれていた和了率は、宮永照の和了率を超えていたのであった。それに対して小瀬川白望を除く三人が「「「ええー!?」」」と驚くと、熊倉トシも少し困ったように笑みを浮かべながら「全く……これじゃあ白望が出る前に世間からの注目が集まってしまうね……」と呟いた。

 

「ま、まあ……シロを知ってる人達がいるところには既に警戒されてますし……関係無いと思いますよ、多分」

 

 臼沢塞も驚きながら熊倉トシにそう言い、エイスリンの和了率が計算されたメモ用紙を見る。確かにこの決勝まで過剰なほど和了っていたような気はしていたが、まさかあの宮永照の記録をも上回るとは思っていなかった。

 

「ちょーすごいよー!あ、後でエイスリンさんからサインもらっておこうかなー?」

 

「別にそんな急がなくても良いんじゃない?」

 

「いいんだよー!やっぱり新鮮な時に貰うのが一番なんだよー!」

 

 

 

 姉帯豊音がそう言って新しい色紙を用意しているのを熊倉トシが見ていると、小瀬川白望に耳打ちするように「……個人戦と団体戦の記録は別々に扱われるから、エイスリンに遠慮する必要は無いからね?」と告げた。それを聞いた小瀬川白望はふふっと笑って「そうですか……まあ……そうじゃなかったとしても私は遠慮なんて一切しませんけど……」と答えた。

 

「まあ、アンタならそう言うだろうと思ったよ。どうやら心配は要らなかったみたいだね」

 

「私は、私の望む勝負をしたい……その一心だけ……記録だとか、結果は二の次なんですよ」

 

「……何処ぞの誰かさんに似て、相当の変人だね。そこのところどうなんだい?何処ぞの誰かさん」

 

 

【さあな……俺やコイツの考えが正しいかどうかは別として……ただ生きたいように生きる。それと同じような感じだと思うぜ……ただ、自分の望む勝負を追い求める……その一心さ】

 

 赤木しげるの言葉を聞いた熊倉トシはふーと息を吐くと、「全く……似た者同士だね、あんた達」と言い、視線をエイスリンが映るモニターの方へと向ける。既に次鋒戦は始まっており、ちょうどエイスリンが和了牌を引いてきた瞬間であった。熊倉トシはそれを見つつ、ペンとテーブルに置いたメモ用紙を手に取ると、再び記録を始める。

 

『ツモ!4000オール!』

 

 まず挨拶代わりといったような軽い感覚で満貫を和了る。それにより更に点差は開き、結局後半戦に突入する前に勝負が決し、宮守女子の優勝となった。そしてそれと同時に、これで宮守女子のインターハイ出場が決まった。控え室にいる皆は互いに抱き合いながら優勝の瞬間を噛みしめていると、そこにエイスリンもやって来ると、優勝の事はもちろん、エイスリンが達成した地区大会の和了率No.1の記録も同時に、全員で歓喜に包まれていた。

 

 

 

 

(ふう……取り敢えず、皆に連絡しておこう)

 

 そして優勝の余韻、熱りもおさまりかけてきたところで、小瀬川白望はインターハイ出場決定の報告メールを全国各地にいる友達(ライバル)達に一斉送信した。

 

(後は個人戦……豊音もいるから気は抜けない……)

 

 

 そして団体戦が終わったと同時に、小瀬川白望の小学生の頃以来の公式戦の、初陣の時が……小瀬川白望が再び名を轟かせる時が刻一刻と迫っていた。

 




次回に続きます。
次回は個人戦ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第332話 地区大会編 ⑩ 祝杯

前回に引き続きです。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……さて皆、飲み物は揃ったかい?」

 

 団体戦の地区予選を勝ち上がり、見事圧勝でインターハイ出場を決めた宮守女子高校のメンバーは、盛岡の高そうな食事処で祝杯をあげていた。熊倉トシがビールの入ったジョッキを持つと、小瀬川白望達に向かってそう聞くと、皆は頷いて肯定を示す。それを確認した熊倉トシは祝杯の音頭を取る。

 

「じゃあ……まず、豊音とエイスリンはお疲れ様。二人だけでよく頑張ったね」

 

「えへへ……頑張っちゃったよー」

 

「ツギモ、ガンバル!」

 

「まあ、インターハイじゃあんた達の出番は来るだろうから、地区大会の分まで頑張っておくれよ」

 

「……分かりました」

 

 

 そう言って小瀬川白望が頷き、鹿倉胡桃と臼沢塞も頷くと、熊倉トシが「じゃあ皆、行くよ」と言って右手に持つジョッキを高々にあげると、姉帯豊音が身体をウズウズさせながらこんなことを呟いた。

 

「乾杯なんて初めてやるよー……ちょー楽しみだよー!」

 

「私も初めて!」

 

「サエ……カンパイッテナニ?」

 

「ああ、エイスリンは知らないんだっけ。まあ皆に合わせて『カンパーイ』って言えば大丈夫だよ」

 

 臼沢塞がエイスリン・ウィッシュアートに乾杯の簡単なレクチャーを済ませると、熊倉トシが息を深く吸って「乾杯!」と言う。それに合わせて皆も『かんぱーい!』と言い、コップを合わせ、カチャンと音を鳴らす。そうして皆はコップの中身を飲み始める。エイスリンは皆の動きを見ながら、自分も皆と同じく飲み物を飲む。

 

「それにしても……ここ、すごい高そうなところなんですけど、お金大丈夫なんですか?」

 

「ふふ……心配は要らないよ。多少値段が嵩んでも今日は私の奢りさ。遠慮しないでお食べ」

 

 それを聞いた姉帯豊音とエイスリンはメニュー表を手に取り、二人で「なにたべるー?エイスリンさん?」と何を頼むか二人で議論していた。エイスリンが目に留まったものを指差し、「コレ、オイシイ?」と姉帯豊音に聞くと、姉帯豊音は少し悩んだ素振りを見せて「エイスリンさんの口に合うか分からないけどー……頼んでみるー?食べられなかったら私が食べるよー」と言い、店員を呼んでオーダーする。

 

 

「シロ、どうかしたの?」

 

 すると小瀬川白望がまだ何も口にしていないのにも関わらず席を立ったのを見て鹿倉胡桃が小瀬川白望に尋ねると、小瀬川白望は「ちょっと風にあたりに……先に食べてていいよ」と言って店の外に出て行った。臼沢塞らは小瀬川白望のことを引き止めようとも思ったが、ここは小瀬川白望の意思を尊重して外に出すことにした。

 

 

 

「ふう……」

 

【どうした?ああいうのは馴染めないか?】

 

 近くに設置されてあったベンチに小瀬川白望が座り、夜の盛岡の街を呆然と見つめていたのに対して、赤木しげるがそう聞くと、小瀬川白望は「いや……そういうわけじゃないけど」と返す。

 

「ただ……風にあたりにきただけ。それ以上は何も無いよ」

 

【クク……相変わらず同調が苦手な奴だな。俺も言えた話じゃないが。……あの時もそうだったな。俺だけ先に帰っちまった】

 

 それを聞いた小瀬川白望は「あの時って……鷲巣……って人と闘った後の?」と聞き返すと、赤木しげるは【そうだな……思えば、あれが俺にとって初めての負けだったのかもな。そう考えれば俺の負けは3つ……何気に多いな】と、過去を想起しながら呟く。

 

「……じゃあ、私が赤木さんにとっての四人目になってあげようか?」

 

 小瀬川白望が赤木しげるに向かってそう挑発すると、赤木しげるはクククと笑って【お前は今、18だったか。ククク……お前もあれから随分と大きくなったな。……特に威勢。当時鷲巣麻雀で10倍レートをふっかけた時の俺の威勢にそっくりさ】と言う。そんなやりとりをしたところで、小瀬川白望は再び店の中へと戻って行った。

 

 

「おかえりー!シロ、これ食べて見て!ちょー美味しいよー!」

 

 そして戻ってきた小瀬川白望を出迎えるようにして姉帯豊音がそう言い、箸で姉帯豊音がそれを掴んで戻ってきたばかりの小瀬川白望の口の前まで運ぶ。小瀬川白望は考えるよりも前にそれを食べさせてもらうと、その瞬間場の空気が凍りついたが、小瀬川白望は「うん……美味しい」と言った。

 

「し、シロ!充電やるよ!」

 

「ワタシモ、シロニタベサセル!」

 

 姉帯豊音が満足そうに飲み物を飲む傍で、鹿倉胡桃とエイスリンも行動に出る。鹿倉胡桃に言われた通り小瀬川白望は鹿倉胡桃を上に乗せながら、エイスリンに食べ物を食べさせてもらっていた。一方の臼沢塞はというと、酒を飲み過ぎて気分を悪くしていた熊倉トシを介抱していた。

 

「ちょ、大丈夫ですか!?」

 

「ふ、ふふ……若い頃のようにはいかないね……あんたらくらいの歳から飲んでいたけど、ノックアウトしたのはこれが初めてだよ……」

 

「先生、それ何サラッと犯罪行為を暴露してるんですか!?」

 

「熊倉先生、ワイルドだよー!」

 

「豊音も同調しない!この残ったお酒、どうするんですか!?」

 

 臼沢塞がテーブルに置かれている二杯目の巨大なジョッキの中身を見ながら熊倉トシに聞くと、熊倉トシは「と、取り敢えずそのままにしておくれ……」と言って力尽きた。臼沢塞がどうしようと思いながらあたふたしていると、それを横で聞いていた小瀬川白望が「お酒ってどんな味なんだろう……」と興味を示すと、臼沢塞が「シロは絶対ダメだからね!」と静止する。が、赤木しげるが小瀬川白望にこんなことを言った。

 

【お前にはビールはまだ早いかもな……まあ俺は13の頃には既に飲み始めていたが】

 

 

「赤木さん!未成年の飲酒はダメだよ!」

 

 横から入ってきた鹿倉胡桃がそう言うが、小瀬川白望は「無駄だよ……この人、未成年の頃からお酒も煙草もやってるから……」と言う。そう小瀬川白望に言われた赤木しげるは少し寂しそうな声色で【しっかし……今の世界は窮屈だよな。俺のいた頃はガキでも普通に酒も煙草も買えたんだがな……】と呟く。

 

「いやいや、悪い事じゃないですから。むしろいい事ですから!」

 

「お酒……後二年も待てないよー」

 

「豊音も興味を示さないの!」

 

 そう言ったお酒談義に花を咲かせていた宮守女子のメンバーであったが、熊倉トシがようやく復活した頃にはもう皆は眠そうにしており、予め予約しておいたビジネスホテルに直行すると、そのまま揃って爆睡した。無論、その間にも誰が小瀬川白望と一緒に寝るかといった争いがあったのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「シロ!豊音!対戦表出てるよ!」

 

 

 翌日、再び会場にやってきた宮守女子のメンバーは個人戦の対戦表を会場の入り口入ってすぐのところで見つけた。対戦表の周りには大きな人集りが出来ており、近くまで行って見るのは至難の技だと感じた姉帯豊音が自分の身長を最大限に生かすべく鹿倉胡桃のことを肩車して「どうー?見えるー?」と聞く。

 

「んー……あ、あった!」

 

 鹿倉胡桃がどうやら何方かの名前を見つけたようで、そう姉帯豊音に言うと「シロと私、どっちが先かなー?」と聞くが、鹿倉胡桃から返答は返ってこなかった。

 

「胡桃、どうしたの?」

 

 臼沢塞がそんな鹿倉胡桃の事を疑問に思って声をかけると、鹿倉胡桃は驚愕したような表情で「シロと豊音……初っ端から当たるんだけど!?」と叫んだ。それを聞いた熊倉トシと臼沢塞とエイスリンも驚き、姉帯豊音と小瀬川白望の事を見る。当事者である姉帯豊音ももちろん驚いていたが、小瀬川白望は平然とした表情で姉帯豊音のことを見て、「最初からか……まあ、本気で行くから。覚悟してね」と宣言する。

 

「もちろんだよー!100パーセントで行っちゃうよー!」

 

「……なんか、途轍もないことになっちゃったね」

 

「チョウジョウケッセン!」

 

 姉帯豊音は小瀬川白望と軽く握手を交わすと、個人戦用の控え室まで二人一緒に向かって行った。それを後ろから見ていた四人は、自分の事でないのにも関わらず今から緊張していた。

 

 




次回に続きます。
初っ端から当たるシロと豊音。大変なことになりそうです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第333話 地区大会編 ⑪ 恐怖、絶望

前回に引き続きです。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

「そろそろ始まるね、シロと豊音の試合」

 

「まさか一試合目に当たるなんてね……」

 

「……全く。これじゃあ何のために豊音の能力を温存したか分からないよ。まあ、温存しろっていうのは酷な話なのは分かってるけどね……」

 

 会場の観戦席で個人戦第一試合、小瀬川白望と姉帯豊音の対局の始まりを宮守女子のメンバーは今か今かと待ち望んでいた。熊倉トシの言う通り、姉帯豊音はこれまでインターハイに向けて能力を隠してきたのであったのだが、その温存ももう意味を為すものでは無くなってしまった。熊倉トシは残念そうに呟いてはいたが、彼女も小瀬川白望を相手に温存など、勝つ負けるどころか、まず勝負にならないということを重々承知していた。口惜しそうに言っているものの、その言葉の裏からは熊倉トシがあらかじめそうなることを予想していたということがうかがえる。

 

「ア、シロガキタ!」

 

 そんな試合の開始を待ち望んでいた彼女らに最初にモニターに映ったのは小瀬川白望であった。小瀬川白望は一番乗りで対局室に入ると、取り敢えず卓の椅子に腰を掛けて、他の対局者を待っていた。

 

「うわあ……すごい風格」

 

「実況の人もそう言ってるね……」

 

 鹿倉胡桃は場内で流れているアナウンス、もとい実況に耳を傾けながら臼沢塞にそう言う。確かにインターハイの出場を決めた高校の大将だとはいえ、あそこまで風格、威圧感が伝わってくるものもまた珍しいことであった。団体戦では小瀬川白望に回ってきていないため、小瀬川白望がどれほど強いのかなど他の皆が知る由なのなど無いのだが、たったそれだけで通常の人間とはかけ離れた存在であると言うことを知らしめていた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「……よ、宜しくお願いしまーす」

 

 姉帯豊音がよそよそしく挨拶を交えて対局室に入ると、先ず目に入ったのは椅子に座っている小瀬川白望であった。彼女の周りには既に他の二人が来ており、どうやら姉帯豊音が一番最後だったらしい。姉帯豊音がおっかなびっくりの様子で卓まで向かうと、その途中で小瀬川白望は立ち上がると、姉帯豊音を見据えてこんなことを言い放った。

 

「……じゃあ、始めようか。豊音」

 

 そう言われた途端、姉帯豊音の背筋が凍る。完全に声色がいつもの小瀬川白望の声色ではなかった。ここで姉帯豊音は確信する。今目の前にいる小瀬川白望は、小瀬川白望であって小瀬川白望ではないということを。いつもダルそうにしている女子高校生の小瀬川白望ではなく、雀士、勝負師としての小瀬川白望であることを、姉帯豊音はここでようやく思い知らされた。そんな小瀬川白望に気圧されたのか、姉帯豊音は小瀬川白望に何も返さずに場決めを済ませると、静かに卓についた。

 

(ちょー怖いけどー……そんな事も言ってられないよねー……)

 

 姉帯豊音は自身の両手をギュッと握ると、静かにボタンを押して賽を回した。親決めである。小瀬川白望と闘う時の親の順番というものはとても重要なものだ。そしてその中でも、姉帯豊音はできるものならば小瀬川白望が起家であることを強く望んだ。誰にも流れが傾いていない東一局。ここにちょうど小瀬川白望の親が当たってほしかったのだ。理由は簡単、もし流れを掴まれた状態で小瀬川白望に親が回れば、即ちそれは死を意味する。最低でも3、4回は和了られるであろうということを覚悟しなければならないのだ。

 だからこそ、その恐るべきリスクが減る可能性のある小瀬川白望の起家を姉帯豊音は願ったいたのだ。そうして願った結果、ものの見事に小瀬川白望が起家となった。よって姉帯豊音はこの東一局をどうにかしてやり過ごせば後危険視するべきは南一局のみとなる。

 

(運が良いねー……このまま守りに出てもいいけどー……)

 

 この個人戦の予選は勝ち抜けのトーナメント式ではなく、何試合か繰り返し、その総合収支によって順位を決めるのだ。枠は2つ。小瀬川白望はほぼ確定的なのは間違いない。そうすると姉帯豊音もほぼほぼ確定的に思えるのだが、ここで姉帯豊音が小瀬川白望に一方的に嬲られ続け、二位に追いつけないほどの点差にされるといった可能性も出てくる。よって姉帯豊音は小瀬川白望の猛攻をどうにか最低限に留めること。これが一番賢い乗り切り方であろう。

 が、しかし。姉帯豊音はそれだけでは良しとはしなかった。小瀬川白望にあらゆる手を使ってでも勝つこと。これが一番の目標であった。確かにリスクは増すものの、ここで苦肉の策を講じていてはインターハイで小瀬川白望に勝てるわけがない。勝つとしたら、今。この勝負、この最初の一戦でどうしても勝つ必要があった。それ故に、小瀬川白望が起家であることは姉帯豊音の幸先が良いことを表す暗示であるかに思えた。

 

(この良い流れ、存分に利用させてもらうよー!)

 

(……甘い。偏りのない東一局なら大丈夫なんてその考えは……無意味。流れが無いのなら、流れを作ってしまえばいい……ただそれだけのこと。……そもそも、そんな理由で足踏みするほど、私は流れだけに頼った覚えはない……見誤ったね)

 

 しかし、小瀬川白望はただそれだけで他者に遅れをとってしまうような雀士ではない。もはや姉帯豊音の予想を全てにおいてはるかに超え、とてもじゃないが測り切れるものではないのだ。東一局で流れを掴めていないから安全だとか、ラス親だから危険だとか、小瀬川白望は既にその領域にはいない。

 

「……ツモ」

 

 そしてその小瀬川白望の自信を自分で裏付けに行くが如く、幸先の良い和了を見せる。いや、姉帯豊音に見せつけるといったほうが正しいであろうか。姉帯豊音は小瀬川白望の和了を見てようやく自分の推測が甘かったことを悟るが、もう時は既に遅く、小瀬川白望は低く冷たい声色でこう呟く。

 

「東一局、一本場」

 

(ひっ……)

 

 思わず姉帯豊音はそんな小瀬川白望の声を聞いて悲鳴をあげそうになるが、どうにかしてそれを堪えた。が、明らかに動揺しているという事が丸わかりであった。個人戦の実況を担当している者もそれに気づいたのか、『どうしたのでしょうか、姉帯選手。少し動揺している様子ですね』と言った。

 

(と、とにかく……シロの親を止めないと)

 

 姉帯豊音も自分が今焦っていることに気づいていないのだろう。繊細を欠いた人間ほど、小瀬川白望にとってしてみればまさにネギを背負った鴨同然である。姉帯豊音は『先勝』を使って一巡でも早く小瀬川白望の親を蹴ろうとするが、小瀬川白望はそれを先回りして仕留める。

 

姉帯豊音

打{7}

 

 

「……ロン」

 

 無筋の{7}を切った姉帯豊音を見ながら、小瀬川白望はゆっくりと手牌を倒す。中身は平凡なタンピン{47}待ち。しかし姉帯豊音にとってみればこれは自分を獲るための罠にしか見えなかった。実際はただのタンピンであるというのに、どうしてもそう見えざるを得なかった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……二連続」

 

「すごい……」

 

 そして一方の観戦席では、臼沢塞と鹿倉胡桃が呆然としながらモニターの向こうにいる小瀬川白望のことを見ていた。今まで小瀬川白望が姉帯豊音の事を翻弄し、直撃を続けたということは決して珍しいことではなく、むしろ見慣れたものである。だが、その中でも姉帯豊音は決して笑顔を絶やすことはなかった。ましてや、今のように心の底から絶望しきった顔をよりにもよって姉帯豊音が見せるなど、思ってもいなかった。それほど小瀬川白望は本気で勝ちに、本気で姉帯豊音を負かそうとしているのである。特訓などといった生温いものではなく、己の全てを賭した真剣勝負として。

 

(……流石に相手が悪過ぎたね。……それにしても、本当に容赦がないね。トラウマになったらどうするんだい……白望に限ってそれはないと思うけど、心配だね……)

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第334話 地区大会編 ⑫ 試験

お久しぶりです。
土曜日辺りから体調が優れず、結局今日まで休載させていただきました……
休載が続くとあれですね、どう書いていいのか分からなくなりますね。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(も、もう、点はやれないよー……)

 

 小瀬川白望の親を蹴るどころか聴牌すらできぬまに連荘が続き、東一局二本場となり、そろそろ切羽詰まってきたところで姉帯豊音は最終手段、六曜の1つである『仏滅』を使用しようと試みる。この場にいる姉帯豊音を含めた全員のツモの引きが極端に悪くなるという諸刃の剣。だが、そんな諸刃の剣を使わなければ現状を凌げないと思わせるほど姉帯豊音は小瀬川白望に追い詰められていたのだった。

 しかし、小瀬川白望にそんな小細工など通用するわけもない。どれだけ引きが悪くなろうとも、姉帯豊音も引きが悪くなるという、条件が同じならばただ延命する時間が長くなるだけである。そのことを姉帯豊音はよく理解していたのだが、理解した上でそれしか方法はなく、まさに万策尽きた状態であった。

 

(ど、どうか場が流れますように……)

 

「リーチ」

 

 が、姉帯豊音の祈りも天には……いや、小瀬川白望には通じず、無慈悲な宣告が対局室に木霊する。どれだけ引きを悪くしても、どれだけ小瀬川白望の行く道を阻もうとも、小瀬川白望よりも引きを良くする、もしくは配牌の時点で圧倒的優位に立つ事が出来なければ、先手を取ることはできない。どう足掻いても、だ。

 

(……さあ豊音。どうする)

 

 小瀬川白望は手牌を自分の元へと寄せ、対面に座る姉帯豊音のことを見定めるように見つめる。果たしてこの状況で姉帯豊音はどう対応するのか、それともただ呆然と何も出来ぬままでいるのか、ある意味これは小瀬川白望からの試験、仮想インターハイとも言える。来たるべきインターハイの団体戦、姉帯豊音が担当する先鋒には強敵が揃いに揃っているからだ。もし地区大会と同じメンバーでインターハイに出るとなると、姉帯豊音は宮永照、辻垣内智葉、園城寺怜といった強敵と当たる可能性がある。というか、頂点を目指すのであればどうクジ運が良くてもこれら三人の内最低一人は当たることになる。そんな強敵相手に姉帯豊音がどこまで動じず自分の麻雀ができるか。それが小瀬川白望にとってここで確認しておきたいことであった。

 当然、これを乗り越える事ができれば小瀬川白望としても何も言うことはないが、これで心が折れてしまうのなら改善……というより精神強化が必要となって来る。どちらにせよ収穫が望めるこの試験、しかし姉帯豊音は既に心が折れかけていた。

 

(……やっぱりまだ必要かあ)

 

 小瀬川白望はそんな姉帯豊音の心情を察しながらも、何も言わずに姉帯豊音の対処の仕方を観察する。そして小瀬川白望のリーチがかかってから四巡後、姉帯豊音の{四}を見て小瀬川白望は手牌を倒した。

 

「ロン……リーチ裏1、3900の二本場……」

 

 

小瀬川白望:和了形

{三五七七七①②③22678}

 

 

裏ドラ表示牌

{四}

 

 

 小瀬川白望が宣告すると、姉帯豊音からは悲鳴に似た呻き声があがった。もはや姉帯豊音に戦意は見られない。結局この小瀬川白望と姉帯豊音の勝負は小瀬川白望の圧勝で幕を閉じる事となった。

 

 

 

-------------------------------

 

「……ありがとうございました」

 

 

 対局が終わり、小瀬川白望がそう言って席を立ち対局室から外へ出ようとすると、先ほどまで死んだように黙っていた姉帯豊音の体が跳ねるようにして起き上がり、涙を流しながら「うわあああああああん!」と叫んで小瀬川白望に背後から抱きついた。

 

 

「大丈夫?豊音」

 

「うっ、ぐすっ、ぐすっ……怖かったよおお……」

 

 姉帯豊音は背中越しにか細い声でそう呟くと、小瀬川白望は心の中で(ちょっとやり過ぎたかな……)と思いつつも、振り返って姉帯豊音の頭を撫でる。

 

「ごめんね?豊音……」

 

 いくら見定めるとはいえ本気で姉帯豊音の事を泣かしてしまったことに対して罪悪感を感じた小瀬川白望が姉帯豊音に向かって謝罪すると、姉帯豊音は鼻をすすりながら「うん……もう大丈夫だよー……でも、さっきのシロが……怖くて……」と呟く。

 

「そっか……」

 

 小瀬川白望と姉帯豊音がそう会話を交わしながら対局室から出て来ると、そこには宮守のメンバーが立っていた。メンバーは二人が戻ってきたのを見つけると、すぐに二人に近寄って「豊音、大丈夫!?」と声をかけた。

 

「トヨネ、ダイジョウブ?」

 

「うん……もう大丈夫だけどー」

 

「シロ、いくら豊音が相手だからといって容赦なさすぎ!」

 

「それは悪いと思ったけど……」

 

 エイスリンと臼沢塞が豊音を介抱し、鹿倉胡桃が小瀬川白望のことを叱りつけている構図となっていたところに、熊倉トシがやってきて「全く……個人戦の予選でハラハラさせないでおくれよ」と小瀬川白望に向かって言った。しかし「でも……あれくらいのプレッシャーを耐えれないとインハイじゃ太刀打ちできないんで……特に先鋒は」と小瀬川白望が反論すると、それを聞いた姉帯豊音が体を震わせながら口を開いた。

 

「さっきのシロと同じくらいの怖さなんて……絶対無理だよー……」

 

 

「ふむ……まあそれは少しずつ慣らしていくしかないねえ……白望、くれぐれもやり過ぎは気をつけるんだよ?」

 

「それは決定事項なんですか!?」

 

 熊倉トシに向かって臼沢塞がそう言うと、小瀬川白望は姉帯豊音の肩を掴んで「まだ時間はあるし……ちょっとずつ頑張っていこうか」と言うと、姉帯豊音は「お、お手柔らかに頼むよー」と震えた声でそう呟いた。

 

「デモ、サッキノシロ。ホントニコワカッタ……」

 

 エイスリン・ウィッシュアートがそう言ってホワイトボードに描いてあった絵を小瀬川白望に見せる。そのホワイトボードにはとても人とは思えぬほど恐ろしい形相の何かがあった。恐らくそれがエイスリンから見た先ほどの対局時の小瀬川白望なのであろう。

 

「うん、エイちゃん。その絵はマトを得てるよ……」

 

「そうかなあ……」

 

 鹿倉胡桃がエイスリンの絵を賞賛するが、小瀬川白望はどこか納得できないような表情でそう呟く。確かに客観的に見ればそう見えてしまうのかもしれないのだが、小瀬川白望からしてみれば自分よりも上の人物を知っているため、必ずしもそれが自分だとは思えなかった。

 

(まあ……客観的にそう見えたからといって嬉しくはないんだけどね……)

 

 

「ほらシロ、あんたの次の対局まであんまり時間ないんだから、早く戻るわよ」

 

「……分かった」

 

 臼沢塞に促されるようにして控え室まで戻って行った小瀬川白望だが、18年ちょっとという彼女の人生で初めて客観的から見た自分の姿に興味を持ったのであった。

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第335話 地区大会編 ⑬ 記録更新

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

『ツモ。2000、4000で終了……ありがとうございました』

 

 

 

 

「シロ、流石だねー……圧倒的トップだよー」

 

「いくら地区大会とはいえ……これだけ暴れれば注目を受けるだろうねえ……うちの最終兵器なんだけど」

 

 観客席から小瀬川白望の対局、もとい虐殺を呆然と観戦していた熊倉トシが呆れたようにため息をつきながらそう言う。隣にいた臼沢塞が「まあ全国にシロを知ってる人はいますし……今更な気もしますが」とフォローをすると、熊倉トシは諦めたように「まあそうなんだけどね……」と呟いた。

 

「シロと一緒に打ってる人が可哀想な気もするけど……」

 

「ミンナ、メガシンデル……」

 

 そして鹿倉胡桃とエイスリン・ウィッシュアートが小瀬川白望と一緒に対局していた人たちに対して同情の意を述べていると、その元凶である小瀬川白望がしんどそうな体勢で皆の元へと戻ってきた。それを見た姉帯豊音が「最後の試合、お疲れ様だよー」と言うと、小瀬川白望は「うん……豊音もお疲れ」と言い、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 

「フタリトモ、オツカレサマ!」

 

「まあやっぱりシロと豊音のワンツーフィニッシュだったね」

 

「えへへ……まあシロにはボロ負けだったけどー」

 

 姉帯豊音が口ではそう言いつつも、照れ臭そうにして答えていると、小瀬川白望は「まあ……思いっきり打てたから楽しかったよ」と言う。先ほど姉帯豊音を泣かせて罪悪感を感じていた人物の発言には思えないが、だからと言って手を抜くわけにもいかないのは小瀬川白望からしてみれば当然のことだ。

 

「……一体今日だけでシロはいくつ記録を塗り替えたんですか?」

 

 そんな小瀬川白望を若干呆れたような表情で見ていた臼沢塞が熊倉トシに向かって尋ねると、熊倉トシは自身の持っていたタブレット端末を臼沢塞に差し出し「今のところで確認したのはこれくらいだね。まあ、もうちょっとあるかもしれないけど。大半の岩手県の個人戦記録が今日だけで塗り変わっちまったよ」と驚きと呆れを言葉に含ませてそう言った。そう言われて臼沢塞の持つタブレット端末を全員で見て、小瀬川白望のことを感嘆した。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「お疲れ様デス、サトハ」

 

「サトハ、気合入ってるね!」

 

 所変わって東京では、辻垣内智葉がつい先ほど個人戦の地区予選を終え、無事にインターハイ出場を決めていたところであった。辻垣内智葉は体に巻いていたサラシを取りながら、「まあシロとの前哨戦のようなものだからな。団体戦では当たる事はないし、気合いを入れるのも当然だ」と答えた。

 

「その白望さんですけど、ついさっきインターハイ出場を決めたようですね。先ほどネットニュースで大幅に記録を更新したとか載っていましたし……」

 

 

「まあ、記録更新くらいやってくるだろうな。当然と言えば当然だ」

 

(そう言ってるサトハもさっき自分の記録を更新していましたケドネ……)

 

 メガン・ダヴァンがそんなことを心の中でつぶやいていると、郝慧宇が辻垣内智葉に向かって「その『シロ』とは一体何者なんですか?過去のインターハイや世界大会でも聞いた事がないんですけど……」と質問する。

 

「そういえばお前は知らないんだったな。……まあ、この中にいる誰よりも強いやつって言えば分かるか?」

 

「智葉よりもですか?」

 

「まあな……勝った試しがないしな」

 

 それを聞いた郝慧宇が「そうなんですか……中国麻将でも勝てませんかね?」と言うと、アレクサンドラ・ヴィントハイムが横から「役とルールさえ覚えれば多分ハオでも勝てないだろうね。彼女は底無しだよ」と言う。

 

 

「まあそうだろうな。シロにどんなハンデを背負わせても勝てはしないだろうからな」

 

 そんなことを話していると、メガン・ダヴァンと雀明華、そして辻垣内智葉の携帯電話が鳴った。辻垣内智葉が携帯電話を開いて誰からのメールかを確認すると、「やはりな」と呟いた。

 

「シロサンですネ」

 

「まあ、そうだな。そしてどうやら宮永と愛宕もインターハイ出場を決めたようだ」

 

「その面子というと……あの時以来ということか?」

 

 アレクサンドラ・ヴィントハイムが辻垣内智葉に向かってそう言うと、ネリー・ヴィルサラーゼがメガン・ダヴァンに向かって「あの時ってどの時のこと?ネリー聞いたことないけど」と質問する。

 

「ワタシもサトハから聞いた話ですケド……どうやら六年前に全国大会の決勝で当たったメンツらしいデス」

 

「ふーん……そうだったんだ」

 

「そしてその内の一人は明華、団体戦ではお前と同じ中堅らしいぞ」

 

 辻垣内智葉が雀明華に向かってそう言うと、雀明華は少し嫉妬したような声色で「そうですか……じゃあその人と当たったら全力で潰しに行きますね……」と呟いた。そんな雀明華を尻目に、ネリーはメガン・ダヴァンに耳打ちするようにこう聞いた。

 

「……なんで明華、ちょっと怒ってるの?」

 

「……タブン、嫉妬してるんじゃないんデスカ?その人がシロサンの事をどう思ってるかは知りませんケド……」

 

「ふーん……まあ、その気持ちは分からなくもないけどね」

 

 

(ネリーは温厚で本当に良かったデス……)

 

 

 ネリーの何気ない返答がメガン・ダヴァンの胃の痛みを治めていたりするのだが、メガン・ダヴァンの胃を痛くする元凶の一人である雀明華はメガン・ダヴァンの隣で嫉妬で静かに心を燃やしていた。

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第336話 地区大会編 ⑭ 画像

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「お、りゅーか。そろそろ来るで」

 

「……?何がや?怜」

 

 大阪の千里山女子では、部活の休憩中に清水谷竜華の膝を枕代わりにしていた園城寺怜が清水谷竜華に何やら未来視で何か見えたのだろうか、清水谷竜華に向かってそんな事を呟いた。一体何が何だか分からない清水谷竜華が疑問そうに園城寺怜に向かって聞き返そうとすると、その瞬間に清水谷竜華と園城寺怜の携帯の着信音が鳴った。清水谷竜華は驚きつつ携帯電話を取り出すと、どうやら小瀬川白望からのメールが届いたらしい。清水谷竜華は感心しそうになりながらも「おおっ!?シロさんからや……って、また未来見たんか!怜!」と園城寺怜のことを叱ろうとすると、園城寺怜は誤魔化すようにこう弁明した。

 

「もうそろそろイケメンさんの方が終わると思っとたからな。さっきまでずっと見とったわけやあらへんで」

 

「全く……またぶっ倒れるで!」

 

「ぶっ倒れたらその時はその時や。むしろイケメンさんの事を思って死ねるならそれはそれで本望や」

 

 

「まーたアホなこと言って……セーラも怜になんか言ってやりい!」

 

 

「え、お、俺!?」

 

 

 清水谷竜華が同じ部屋にいた江口セーラの名前を呼ぶと、江口セーラはびっくりしながらも携帯電話を握り締めていた。どうやら今の今まで小瀬川白望から来ていたメールを見ていたらしく、心ここに在らずといった感じであった。

 急に清水谷竜華に呼ばれてたじろいでいる江口セーラを見て、船久保浩子は二条泉に向かって「江口先輩も園城寺先輩の言う『イケメンさん』の事が好きなんやで」とヒソヒソ話していた。それを聞いた二条泉はびっくりしたような表情で「ま、マジですかー!?……あ、あの江口先輩がですか……?」と信じられないといったように聞き返した。

 

「ほれ、これが例の『イケメンさん』の画像や。見るか?」

 

「ちょ、おま……!?」

 

「どんな人か、凄い気になりますわ!」

 

 船久保浩子が自身の持っていたタブレット端末を二条泉に見せようとした瞬間、江口セーラは声を荒げて「泉ィ!許さんからな!後で覚えとけよ!」と釘をさした。

 

「なっ、ウチは悪くないですやん!?そもそもまだ見てないですし!」

 

「船Q!その画像後でウチに見せるんや!」

 

 二条泉が江口セーラに対して潔白を証明しようと弁明をしている裏で、園城寺怜が船久保浩子に対して『イケメンさん』こと小瀬川白望の画像を見せてもらうように頼み、船久保浩子は「別にええですよ」と了承した。

 

「まあとにかく……折角の『ときシフト』でやってるんやから。あんま無理せんといてな」

 

「分かっとるわ……こんなとこで死ねるわけないやろ。『イケメンさん』に嫁に貰われる前には死ねんわ」

 

「シロさんに嫁に貰われる前提なんか……」

 

 目を輝かせて願望を吐いた園城寺怜を呆れたように見て清水谷竜華は呟き、船久保浩子の後ろに隠れようとしている二条泉と、その二条泉をとっちめようとする江口セーラの事を見た。

 

「た、助けて下さい!船久保先輩!」

 

「泉ィ……お前ちょっと来いやァ!」

 

(顔真っ赤にしながら怒っても全然凄みが出てへんですけどね……)

 

「泉はまあ別にどうでもいいですけど、取り敢えず落ち着いて下さいよ。後で江口先輩にも見せますから」

 

「そ、そうなら……ええけど」

 

 江口セーラが船久保浩子の条件を受け入れ、後ろにいた二条泉が江口セーラとは正反対に、顔を真っ青にして「う、ウチも助けて下さいよ!?」と叫ぶ。

 

「……次の半荘、覚えとけよ。泉」

 

「ヒイイイイ!」

 

 結局その後、江口セーラと卓を囲む事になった二条泉は全力で一方的に嬲られ、二条泉曰く『この世の地獄』を味わうこととなった。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

「……合宿だね」

 

「……?」

 

 そして岩手の県庁所在地、盛岡から宮守に戻って来て熊倉トシがふとそんな事を宮守メンバーの前で呟いた。小瀬川白望が首を傾げていると、姉帯豊音が「合宿!皆と合宿したいよー!」と賛同すると、エイスリン・ウィッシュアートも「ワタシモ!」とそれに同調する。

 

「何でまた……というかできるような場所とかあるんですか?」

 

「合宿であれば夜間でも心置き無くできるからね。インターハイまで残された時間を有効活用するには、合宿が一番さ。こっちには優秀なコーチが沢山いるからね。場所も直ぐに用意できるさ。私を誰だと思ってるんだい?」

 

「じゃあ私は豊音と訓練を優先的にする事になるね……」

 

「シロが珍しくやる気だ!?」

 

 意外にもやる気に溢れていた小瀬川白望を見て鹿倉胡桃が驚いていると、小瀬川白望に指名された姉帯豊音は「あ、あまり厳しめのは勘弁だよー……?」と少し怯えながらそう言った。

 

「まあ……来週の土日で合宿するから。ちゃんと準備しておくんだよ?」

 

「だってよ……塞」

 

「それを言うならあんたでしょ!?」

 

 小瀬川白望にそう言われた臼沢塞がそう反論すると、小瀬川白望は「いや……何か考えてるみたいで、話聞いてなさそうだったから」と言う。実際先ほどまでインターハイに出場する事に対して夢のように感じ、物思いにふけっていた臼沢塞は図星を突かれて「う、うるさい!」とそっぽを向いた。

 

(……言えるわけないよなあ。シロと一緒にインターハイに出る事を妄想してたなんて……)

 

 

(……青春だねえ)

 

 

 そしてそんな臼沢塞を見ながら、熊倉トシは過去の自分と照らし合わせながらウンウンと頷いていた。

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第337話 地区大会編 ⑮ 合宿

前回に引き続きです。
あくまで昨日間に合わなかっただけで、投稿しないとは言っていない(殴


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「合宿、超楽しみだよー!」

 

 地区大会という宮守女子にとっての初陣から一週間後、熊倉トシの半ば思いつきによって行う事が決定した合宿をいよいよするべく、熊倉トシが用意したという合宿所に向かうおうとしている最中であった。姉帯豊音は出発する前から体をウズウズさせており、よほど楽しみにしていたと分かる。無論合宿では姉帯豊音にとっては地獄に特訓となるのは本人も分かってはいるが、それ以上に『合宿』というイベントの楽しさ方が勝っているようだ。

 

「豊音、そんなに体を揺らして……それほど楽しみだったんだ?」

 

「もちろんだよー!合宿なんて夢だったよー!皆で一緒にお泊りなんて、楽しく無いわけないよー!」

 

 鹿倉胡桃が姉帯豊音に質問すると、姉帯豊音は190cm以上ある巨体を思いっきり動かして合宿を楽しみにしている事を体全体で表現する。隣で聞いていた小瀬川白望が「……前に、私の家に皆で泊まったよね?」と言うと、姉帯豊音は首を横に振って「それとこれとでは話が別だよー!」と主張した。

 

「私も合宿なんて初めてだし、豊音と同じく楽しみにしていたよ」

 

 臼沢塞が姉帯豊音に同調するようにそう言うと、小瀬川白望は「ふーん……まあ楽しみにしていたならそれでいいけど……」と呟くと、車から出て来た熊倉トシが「じゃあ、そろそろ乗りな」とメンバーに向かって言った。それを聞いた面々が次々と車内に乗ると、合宿所に向かって車を走らせた。

 

「やっぱり移動中も楽しみの1つだよねー!」

 

「オハナシ、ハナガサク!」

 

 

 そして合宿所へ向かう途中、合宿所を聞かされていない皆が気になるのはもちろんどのような会場かという事であり、宿泊施設の設備も気になるところである。熊倉トシからは「後のお楽しみだよ」と宮守女子のメンバーには伝えていたが、今からどのような場所かを議論しあっていた。

 

「どんな所なのかなー?ワクワクするよー!」

 

「熊倉先生が出し惜しみするから、もしかしたら凄いところかも?」

 

「ふふふ。どうだろうねえ?」

 

 宮守女子の色々な予想に対して、熊倉トシはうまく誤魔化し、受け流す。そうしてだんだん予想が妄想に変わりつつなろうとしたところで、車が止まった。そして熊倉トシが後部座席に座る皆に向かって「ほら。着いたよみんな」と声をかけ、エンジンを切って車から降りる。

 

「おお、これまた凄い所……」

 

「凄いよー!超立派だよー!」

 

 

 車から降りた宮守女子のメンバーは今回合宿所となる宿泊施設を目の前にして驚きと興奮の声を上げる。皆が予想していたように、そこは岩手の中でもかなり立派な宿泊施設であり、『高級』という言葉がついてもおかしくはなかった。そんな驚いているばかりの宮守女子のメンバーに向かって、熊倉トシがこんな事を言った。

 

「因みに、温泉も付いているよ」

 

「オンセン!シロ、イッショニハイロ!」

 

「エイスリンさんばっかりずるいよー!私も入るー!」

 

 姉帯豊音がそう言うと、鹿倉胡桃も「除け者にしないでね!私も一緒に入るんだから!」と言い、小瀬川白望の服を引っ張った。引っ張られた小瀬川白望はダルそうな表情をしながらも、臼沢塞が何かを言いたそうにしているのに気付くと、臼沢塞に「……塞も皆で一緒に入る?」と聞いた。

 

「えっ、え!?///」

 

「……嫌だったなら良いんだけど」

 

「い、いやいや。そんな事ないわよ……一緒に入るわよ!」

 

 

「ふふふ。夜の楽しみが1つ増えたね?」

 

 そんなやり取りをする宮守女子のメンバーを見ながら、熊倉トシは笑ってそう呟く。すると赤木しげるは【……アイツ、ああいうところは気が効くんだな。よく分かんねえやつだ……】と言うと、熊倉トシもそれに同調して「あんたで分かんなきゃ、多分誰にも分からんだろうねえ……」と言い、宿泊施設の中へと入って行った。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「さて……まず豊音には白望とこれをやってもらうよ」

 

 宿泊施設にやって来て、宮守女子のメンバーは貸し切った部屋で合宿の練習を行おうとしていた。熊倉トシがそう言って姉帯豊音に筒子の1〜9までの数牌を二枚ずつ渡した。渡された側の姉帯豊音はキョトンとしていたが、熊倉トシは「一見単純なようで実はかなりの高度な心理戦を要求される『ナイン』さ。白望は分かるだろう?」と小瀬川白望に聞くと、小瀬川白望はゆっくりと頷いた。

 

「それじゃあ豊音に教えながらやってくれ」

 

「……分かりました」

 

「……シロー?本当にこれが精神の特訓になるのー?」

 

 小瀬川白望が説明をしようとしたところで姉帯豊音が小瀬川白望にそう尋ねると、小瀬川白望は「安心して……一見ただのお遊びみたいに見えるけど、何十何百と続ければ分かるよ。自分の心理の裏を読まれようとした時、どれだけ冷静に対応できるかが鍛えられるから……」と言った。

 

「それに、そもそも何十何百と続ける事自体根気がいるからね」

 

「……お手柔らかに頼むよー」

 

 

 

 

 

 

「さて。御三方にはまず卓についてもらおうかね」

 

 姉帯豊音と小瀬川白望の特訓が始まった一方では、熊倉トシに促されて臼沢塞、鹿倉胡桃、エイスリン・ウィッシュアートは卓についた。臼沢塞が熊倉トシに「私達は熊倉先生相手に特訓ですか?」と聞くと、熊倉トシは「それも考えていたけど……白望、借りるわよ」と言って小瀬川白望が身につけていた巾着袋……赤木しげるの墓の欠片が入った巾着袋を身に付けると、「あんた達の相手は私じゃなく、赤木しげるにやってもらうよ。もちろん、牌を動かすのは私がやるけどね」と言った。

 

「シ、シロ無しで、しょ、正気ですか!?」

 

 鹿倉胡桃が驚いて熊倉トシに向かって言う。今まで何度か赤木しげると打ったことはあるものの、それはあくまでも小瀬川白望と赤木しげるの一騎打ちに半ば数合わせとして入っていて、その流れ弾を喰らっていた程度だったのだ。そんな小瀬川白望以上の赤木しげるをまともに相手など、正気の沙汰ではない。しかし熊倉トシは「そりゃあ何度も半荘もやったら本当に牌が握れなくなっちゃうからね。一半荘だけだよ。……取り敢えずあんた達には『ボロ負け』を知ってもらうからね。指示通りに動くから、後は任せたよ」と三人と赤木しげるに向かって言うと、赤木しげるは【……いくら特訓の一環とはいえ、勝負する以上負ける気など毛頭無し。本気でいかせてもらうぜ】と言い、彼女達にとっての地獄が始まろうとしていた。

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第338話 地区大会編 ⑯ 地獄 地獄

前回に引き続きです。
今回で遂に(?)1000000文字を超えたみたいですね


-------------------------------

視点:神の視点

 

「……さ、次は豊音の番だよ」

 

 小瀬川白望が手牌から一枚裏返しに河に置くと、姉帯豊音に向かってそう促す。そう言われた姉帯豊音は全思考力を集中させて小瀬川白望の出した牌は何なのかを考える。しかし、考えれば考えるほど小瀬川白望の術中にハマっているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。もし小瀬川白望がこう考えていたら、そんな『IF』が姉帯豊音の頭の中ではち切れんばかりに増殖していた。そして決断の時が迫っていくにつれ、姉帯豊音の指は牌の上空を彷徨っていた。

 無論、姉帯豊音は最初からこんな切羽詰まっているわけでは無い。始めた頃は姉帯豊音はお気楽程度に考えて打っていたのであるが、何度勝負しても小瀬川白望には一向に勝てなかった。当然、一回一回の勝負では『ナイン』の性質上どんなに負けても引き分けを無しにすれば少なくとも一度は勝てるため、何度か勝ってははいたのだが、肝心の1ゲーム、つまり9回やった後のトータルでは数ゲームやって全て全敗。回を重ねていくごとに姉帯豊音の顔からは笑顔が消え、そして今こうして極地に立たされているという事だ。

 一方の小瀬川白望はかつて赤木しげるがやっていたように『わざと9戦全部引き分けにする』ことはやらずに、敢えて小瀬川白望は勝ちに行った。その裏にはもし全戦引き分けを失敗した時に、その時自分がまだ赤木しげるに届かないという事を痛感させられるからという負けず嫌いな性格と、そもそも赤木しげるが全戦引き分けをした時は思考力など一切使わずに、直感だけでやってのけたので、今回の目的とは関係の無い話だからという二つの理由があったりする。

 

(さっき様子見で{⑦}を出して{⑧}で負けたからー……今度は思い切って{⑨}かなー……?シロが何を考えてるのか、全然分かんないよー……)

 

 そうして迷宮に彷徨っていた姉帯豊音が同じで無ければ全てに勝つことのできる最強の{⑨}を出したのだが、小瀬川白望は確実に負けか引き分けだが、一番被害が少ない最弱の{①}であっさりと躱されてしまう。結局、この後も何十回とこの『ナイン』をするのだが、姉帯豊音は一回も勝てる事がなかった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

【……ツモだ。裏ドラを捲ってくれ】

 

 

 赤木しげるがそう宣言し、熊倉トシにそう促すと熊倉トシは手牌を開き、裏ドラを捲る。裏ドラを見た熊倉トシが「……ドラ2だね」と若干恐怖しながらそう呟くと、赤木しげるは【ククク……3000-6000。跳満……】と驚愕する三人にそう宣告した。

 

 

(私からの満貫の直撃を見送ってツモ和了を選んだ……?)

 

(あ、有り得ない!?)

 

(……Why?)

 

 

 実はこの局、赤木しげるがリーチをかけた一巡後に臼沢塞は赤木しげるの和了牌を切ったのだが、赤木しげるは何も言わずにそれをスルー。結果その直後和了牌をツモってリーヅモタンピンに裏ドラ二つをふくめて跳満とした。

 

(……流石、としか言いようがないわね。あのどうしようもなかった凡手を跳満にまで仕上げるなんて……この師にしてあの弟子あり。だよ)

 

 

 赤木しげるの手として働いた熊倉トシは終始驚かされながら最初の一局を打っていた。最初の配牌こそ、テンパイすらもできるかどうか分からなかった凡庸な手であったが、まるで眠っていた龍が起き上がるように急加速。そして最後は和了拒否によって最大限の点数を叩き出した。その惚れ惚れするような打ち回しに、熊倉トシは半ば戦慄を覚える。

 

【それにしても……熊倉さん、よくアンタあの場面で俺に何も言わなかったな……】

 

 

「塞が和了牌を打った時のことかい?口では何も言わなかったけど、内心本当に驚いていたよ……」

 

 赤木しげるに褒められた熊倉トシが溜息をつきながらそう言うと、赤木しげるはフフフと笑って【まあ……サシ勝負でもないんだ。直撃の満貫よりもツモって跳満の方が良いのは明白だろう……】と熊倉トシに言うが、熊倉トシは呆れたように「普通の人間はツモって跳満なんて思考、あったとしても選ぶ度胸なんてあるわけがないよ……」と呟いた。

 

【さあ……次は俺の親だ。本気で止めてみな】

 

 

 赤木しげるがそう言うと、三人は厳格な表情で熊倉トシ……いや、赤木しげるの事を睨みつけるように見る。地獄はまだ始まったばかりであった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……や、やっと終わった……」

 

 

 赤木しげるとの半荘がようやく終わると、臼沢塞は卓に突っ伏すように倒れかかり、心の中の声を吐露する。鹿倉胡桃も体を震わせながら憔悴したような顔で椅子に凭れかかり、エイスリンに至っては若干目に涙を潤ませていた。というよりもはや啜り泣いていた。流石に手を抜いて打っていたのは放たれる殺気で分かっていたが、それでも彼女達の心を挫くには十分すぎた。

 

「……豊音と白望の方はどうだい?」

 

 そんな三人を尻目で見ながら、少し離れた場所で『ナイン』をやっていた姉帯豊音と小瀬川白望の方に声をかけると、「ぜんっぜん勝てないよー!!」といった姉帯豊音からの悲痛な叫びが返ってきた。その声色を見るに、どうやら小瀬川白望に一度も勝てていないらしい。

 

「……皆疲れているようだから、休憩時間にしようか?……まだまだ元気な人はいるようだけどね」

 

 

 熊倉トシがそう提案すると、姉帯豊音も疲れていたのか、糸がプツリと切れたかのようにばたりと倒れかかる。小瀬川白望はそんな姉帯豊音を見ながら「……ナイン、どうだった」と感想を尋ねると、姉帯豊音は「多分一生分負けたよー……」と返ってきた。

 

 

「私も少し休むとするかね……全く。ただ打つだけなのにここまでハラハラしたり、疲れたりするとは思わなかったよ……」

 

 

 熊倉トシがそう言って椅子に座ったまま仮眠をとると、その場にいる小瀬川白望以外の全員が眠り始めた。小瀬川白望はそんな皆を見て、ふふっと薄く笑うと、自分も疲れているわけでもないのに、皆につられるように目を閉じた。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第339話 地区大会編 ⑰ 熱い

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「んん……」

 

 

 姉帯豊音が仮眠から目覚め、よほど疲れていたのか仮眠をとったのにも関わらず重い瞼をまるでこじ開けるかのようにして開くと、まず最初に気付いたのはその場に小瀬川白望は居なかったという事だ。姉帯豊音は目を擦りながら立ち上がると、少し離れたところで他の皆が眠っていることに気付いた。どうやら自分だけ取り残されたわけではないとホッと安心したが、それよりも何よりも小瀬川白望の行方が気にかかった。

 

(シロ……どこいったんだろー……)

 

 寝起きからか、うまく働かない頭に対して匙を投げた姉帯豊音は思考を諦めて取り敢えず部屋から出る事にした。この宿泊施設がどういった構造になっているのかすら姉帯豊音は分かってはいなかったが、兎にも角にも居ても立っても居られず、取り敢えず行動に移す事にした。

 部屋を出た姉帯豊音がまず最初に求めたのはこの宿泊施設に何があるのかという事だ。そうして宿泊施設の見取り図を探し、見つけ出した姉帯豊音はそれを眺めていると、遠くの方に何処かへ向かって歩いていた小瀬川白望を見つけた。思わず姉帯豊音は声をかけようとするが、ここで大声を出すのもいけないと思った姉帯豊音は声をかけるよりも小瀬川白望についていった方が早いと結論づけ、見取り図を見ながら小瀬川白望が何処に向かって行っているかを推測する。

 

(あの方向はー……温泉かな?)

 

 小瀬川白望が向かって行った方向には温泉以外にも幾つかあったのだが、小瀬川白望の性格を鑑みるに、温泉に行ったのだろうと推測した。早速姉帯豊音は小瀬川白望について行こうと思ったが、姉帯豊音はここで自分が手ぶらでやってきた事に気づいた。

 

(そうだ、浴衣も持っていかないとねー……忘れちゃったら大変な事になっちゃうよー……)

 

 そうして姉帯豊音は皆が疲れているだろうと配慮して……というより自分が小瀬川白望を独占したいが故に皆を起こさないようにゆっくり部屋に入ると、そこにはついさっき起きたのであろうか、熊倉トシが欠伸をしながら椅子に座っていた。

 

「豊音。白望はどこに行ったんだい?」

 

「え、あ……その……」

 

「?」

 

 言い淀む姉帯豊音に熊倉トシが首を傾げていると、姉帯豊音は顔を赤くして熊倉トシに「……温泉です」と耳打ちすると、熊倉トシは深く息を吐いて「成る程……まあ楽しんできておいで。こんなチャンス滅多にないだろうからね」と言うと、姉帯豊音はキラキラした表情で「は、はい!」と小声で言うと、着替えと浴衣を持って部屋を出て行った。そうして姉帯豊音を見送った熊倉トシは、未だ眠る臼沢塞、鹿倉胡桃、エイスリン・ウィッシュアートを見て心の中でこうつぶやいた。

 

(……さて。この子たちが起きたらどう説明しようかね……)

 

 

-------------------------------

 

 

(……シロ、もう先入ったのかな)

 

 温泉の脱衣所にやってきた姉帯豊音だったが、そこに小瀬川白望の姿は居らず、代わりに鍵の抜かれたロッカーが一つあった。おそらく小瀬川白望が脱いだ服をそこに入れたのだろうと推測して、姉帯豊音は服をせかせかと脱ぐ。

 そうして服を脱ぎ、全裸となった姉帯豊音はゆっくりと大浴場へと入ると、そこにも小瀬川白望は居なかった。勘が外れたかと姉帯豊音は不安になったが、奥の方には露天風呂があるので、そこにいるのだろうと期待して姉帯豊音は頭と体を急ぎながら洗うと、半ば小走りに大浴場から外に出た。

 

(もうこんなに暗くなったんだ……そしてちょっと肌寒いかもー……)

 

 

 一体どれくらい寝ていたのだろうか、外は既に真っ暗で、上空には月と星が闇の中に浮かんでいた。そしていくら梅雨時期の夜とはいえ、裸でいれば少し寒さは感じたのだろうか、急いで姉帯豊音は露天風呂へと向かうと、その途中で見覚えのある後ろ姿が露天風呂の中で立っていた。あの白髪は小瀬川白望以外いないだろうと姉帯豊音がゆっくりと露天風呂の中に入ろうとすると、小瀬川白望はゆっくりと振り返った。

 

(……っ!?)

 

 

 一瞬。ほんの一瞬ではあるが、小瀬川白望が振り返った瞬間、全く違う人間の顔に見えた。それが誰なのかは分かるわけもないのだが、どこか親しみの感じるような不思議な顔であった。疲れていた故に姉帯豊音が見た幻影なのか、はたまた小瀬川白望の雰囲気、オーラが見せた錯覚なのか、それすらも分からなかった姉帯豊音は呆然と露天風呂の目の前で立ち尽くしていると、小瀬川白望は「豊音……」と声をかけた。

 

「え、あ……どっ、どうしたのー?」

 

「どうしたのって……豊音こそ、そこで立ち止まって何してるのさ」

 

 小瀬川白望に指摘された姉帯豊音はおっかなびっくりに露天風呂に入ると、小瀬川白望も静かにその場に座わるようにして肩まで浸かった。驚きのあまり姉帯豊音は声も出せないでいたが、小瀬川白望の隣に寄りかかるように位置を調節して座ると、小瀬川白望も姉帯豊音に寄りかかるように重心をずらした。そうして数分間、言葉を交わすことなくただ時が流れていくだけであったが、姉帯豊音はふとこんな事を口にした。

 

「……夜景、綺麗だねー」

 

「うん……そうだね」

 

 小瀬川白望がありふれた返答をすると、姉帯豊音は下を向いて「私にとって、シロはあの夜景みたいなものだよー……」と呟いた。

 

「……どう言う意味?」

 

「どう頑張っても、あの月や星には届かないみたいに……私にとってシロは、どう頑張っても届かない……みたいな。そんな感じだよー……」

 

 姉帯豊音は自分の本心を吐露する。先ほども特訓だなんだの言ってはいたが、一向に小瀬川白望に近づくような気配はしなかった。いや、むしろやればやるほど小瀬川白望との格の違いを見せつけられ、どんどん遠ざかって行くようにも思えた。そんな気持ちをぶつけられた小瀬川白望は少し考えたが、やがてこう口を開いた。

 

「……届くよ。いつかは必ず」

 

「私じゃシロのような超凄い人にはなれないよー……私みたいな凡人はいつまでも凡人のままなんだよー……」

 

 小瀬川白望の言葉に対して反論した姉帯豊音は、自分で言っていて自分のネガティヴさに若干悲しくなっていたが、小瀬川白望は姉帯豊音にとって予想外の返答をした。

 

「……なら、凡人のままでいいんじゃない」

 

「え……?」

 

「私になんてならなくてもいい。超人になれなくても構わない。……問題はそれに対して匙を投げ、思い留まること……それが一番ダメ。そうやって夢を諦める中途半端な人間よりは……熱い凡人、熱い三流……それで十分」

 

「……シロ」

 

「それに……月には届かないって言ってたけど……昔はそうだったかもしれない。だけど、熱い先人達のおかげでそれは実現できた……できないと思われていたことも、いつかはできるようになるもの……私だって、赤木さんに会う前は目も当てられないほどだった……」

 

「シロ……」

 

 小瀬川白望の言葉を受け、思わず涙ぐんだ姉帯豊音は裸のまま小瀬川白望の胸元に抱きついた。小瀬川白望が「……大丈夫?」と声をかけると、姉帯豊音は顔をあげて「うん……もう大丈夫だよー……ありがとう……」と言い、鼻をすすった。

 

(そう……私もいつかは届くはず。絶対に諦めず、熱い三流でいつづければ……いつかは……赤木さんに……)

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第340話 地区大会編 ⑱ 羨

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふう……」

 

 

「……」

 

 

 小瀬川白望と姉帯豊音との会話も終わり、露天風呂内では暫し静寂の時間が訪れていた。小瀬川白望は息を吐きながら上半身を逸らし、空を見上げる。今までの記憶、思い出を回想しているのか、空を見ているというよりも、どこか違う世界を見ているようであった。一方、その時の姉帯豊音の視線は他のどこでもない、小瀬川白望の胸の部分に向いていた。姉帯豊音自身もそれ相応のモノは持っているとは自負しているが、それでも気になってしまうのだ。小瀬川白望のモノともあれば尚更である。

 そうして小瀬川白望がふと我に返って視線を水平に戻すと、姉帯豊音が自身の胸を凝視していることに気付いたのか、自身の胸を隠すかのように手を交差させ、「……何、見てるの」と呟いた。

 

(……し、シロにも羞恥ってあるんだー……)

 

 小瀬川白望の意外な反応に対し、姉帯豊音は心の中で驚きの声を上げる。あそこまで人を誘ったり誤解を与えるような言動をしているくせに、本当は初心で無垢な人間であるということに驚きを隠せない姉帯豊音は、「ご、ごめんねー……?」と小瀬川白望に声をかけると、小瀬川白望は「うん……」と呟いた。

 

 

(豊音も、怜みたいにそういうのに興味があるのかな……)

 

 小瀬川白望は姉帯豊音を見ながら、一年前に小瀬川白望の胸をおぶられている状態で鷲掴みにした園城寺怜の事を思い出す。当時は小瀬川白望は寝相が悪いということで結論づけていたが、後で園城寺怜に聞けば故意でやったものだと明かされたことから、園城寺怜は"そういうもの"の類いの代表的人物となってしまった。小瀬川白望がそんな事を考えていると、姉帯豊音は「ねえ、シロー……」と言って寄り添ってきた。

 

 

「何、豊音……?」

 

 小瀬川白望が姉帯豊音に聞き返すと、姉帯豊音は有無を言わせず小瀬川白望に抱きつき、「シロの肌、スベスベだよー……」と言い、身体を擦り付ける。小瀬川白望は眉を顰めながら「そう……?」と言うと、姉帯豊音は「そうだよー……胸も大きいし、羨ましいよー」と返した。

 

「豊音だって小さいわけじゃないじゃん……胡桃じゃあるまいし」

 

「あ、今もしかして胡桃の悪口ー?」

 

 姉帯豊音が揚げ足を取るようにして言うと、小瀬川白望は「そう言うわけでもないけど……」と少し困ったような表情をして呟く。それを聞いた姉帯豊音がふふふと笑うと、「ごめんごめん……ちょっとからかいたくなってー……」と撤回した。

 

「まあ、私もあるにはあるけどー……でも、シロのが良いよー」

 

「何それ……」

 

 姉帯豊音が小瀬川白望の胸元に頭を埋めるようにして抱きつく手の力を強めると、小瀬川白望は呆れたような目で姉帯豊音を見るが、しっかりと姉帯豊音に付き合って上げるのであった。

 

「じゃあ、そろそろ上がろうか?豊音」

 

「うん。そうしよう、シロ」

 

 

 そうして小瀬川白望と姉帯豊音は立ち上がり、湯船から出る。湯船から出た後、小瀬川白望と姉帯豊音は手を繋ぎながら脱衣所の方へと戻って行った。

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「豊音、ずるいよ!シロと二人きりで温泉なんて!」

 

「ヌケガケ、キンシ!」

 

 温泉から戻ってきた小瀬川白望と姉帯豊音を迎えたのはまず鹿倉胡桃とエイスリン・ウィッシュアートからの批判の声であった。鹿倉胡桃はムッとした表情を浮かべながら、エイスリンはホワイトボードに大きくバツを書いて主張する。

 

「ふふふー……たまたま運が良かっただけだよー?」

 

 姉帯豊音が勝ち誇るようにして言っていると、臼沢塞が小瀬川白望の頬を触りながら「シロ、豊音に何も変なことされなかった?」と尋ねる。小瀬川白望は首を傾げながら「……どういうこと、塞。……いや、でも……」と迷うようなセリフを言うと、臼沢塞は「な、何かあったの!?」と切羽詰まったような表情で詰め寄った。

 

「うーん……そういうわけでもないけど……」

 

「ちょ、シロー……誤解されるような事言わないでよー?」

 

 姉帯豊音が鹿倉胡桃とエイスリンからの攻撃を抑えながら小瀬川白望にそう言うと、臼沢塞は小瀬川白望の肩を掴んで「や、やっぱり!何かあったんでしょ!?」と問いかけた。

 

「まあまあ。そこらへんにしといてやりなさい」

 

 そしてそんな小瀬川白望を巡っての言葉の嵐の中、熊倉トシがそう言いながら部屋に戻ってくる。臼沢塞が「で、ですけど……」と反論しようとするが熊倉トシは「別に数十分くらい勘弁してやりな。人生なんて普通に生きてりゃこのご時世7、80は生きれるんだ。まだまだ時間はあるんだしね」と若干屁理屈のような事をわざとらしく言った。

 

【……俺は53までだったけどな】

 

「アンタはちょっと事情が違うだろう。生きようと思えばもっと生きれたはずだよ。……アンタはそれが嫌だったんだろう?」

 

【そう言う事だな……人間、自分の事すりゃ忘れりゃあ生きていても死んでると同じさ……】

 

 赤木しげるがそう言うと、熊倉トシは「変わり者だね……」と呟き、皆に向かって「そろそろ練習再開……と行きたいところだけど、お腹も空いたことだろうと思ってね。ここらで夕食としようじゃないか」と提案し、皆はそれに賛同した。

 

 

「うー……シロー、こっちにおいでよー……」

 

「豊音はさっきまでべったりしてたからいいの!今度は私たちの番!」

 

 

 そうしてホテルの一階にあるレストランに行く最中、小瀬川白望は鹿倉胡桃とエイスリンに抱きつかれたまま移動をしていた。姉帯豊音は悲しそうな声で小瀬川白望に声をかけるが、鹿倉胡桃にあっさり却下される。そしてそんなやり取りを横から見ていた臼沢塞も(……後で、チャレンジしてみようかな……)といった欲望を心の中で吐き出していた。そんな五人を後ろから見ていた熊倉トシは、ため息混じりに心の中でこんな事を呟いていた。

 

(……全く。仲が良いんだかライバルなんだか……分かったもんじゃないね)

 

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第341話 地区大会編最終回 ハナヂ

今回短いです。
疲れて頭が回りませんでした……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「ふー……ちょー美味しかったよー!」

 

「そりゃあそうだろう。岩手の中でも一番豪華なところを選んだからね」

 

 夕食を終え、部屋に戻ってきた小瀬川白望達は先ほどの夕食の感想を話す。熊倉トシが言うように岩手の中でも屈指の豪華なところのホテルの食事とあってか、宮守のメンバーからは絶賛であった。

 

 

「ぶ、ブラ無しは流石に刺激……強過ぎ……」

 

「わー!?塞!?血、血ー!」

 

 そして一方の臼沢塞はもちろん食事の方も満足していたのだったが、それよりも絶賛していたのは小瀬川白望の浴衣姿であった。小瀬川白望の官能的で扇情を煽るような格好に対し、臼沢塞は自分でも気が付かない間に鼻血を出していた。鹿倉胡桃は驚いてテイッシュを持って臼沢塞の鼻に宛てがうが、臼沢塞はそれも気にせずただぐったりと椅子に座る小瀬川白望の事を眺めていた。

 

「塞、何こっち見て……って、大丈夫?」

 

「え?いや……まあ……ってあれっ!?」

 

「だから言ってるじゃん!」

 

 小瀬川白望に言われてようやく気づいた臼沢塞は、鹿倉胡桃からテイッシュを受け取って鼻を塞ぐ。その時に小瀬川白望が臼沢塞に詰め寄って「大丈夫?」と言って手を取ろうとしたが、更に鼻血を噴き出しそうになったりなど、隣にいた鹿倉胡桃は頭を抱えていた。そしtwそんな光景を見ていたエイスリンは姉帯豊音に向かって「……ワタシモハナヂダセバ、シロ二シンパイシテモラエル?」と言った。

 

「うーん……多分そうだと思うけどー……無理はいけないよー?」

 

「ワカッタ!トヨネ!」

 

 姉帯豊音に言われて了解したエイスリンは敬礼のポーズを取ると、タタタと駆けていくと、心配になって臼沢塞の事を看ていた小瀬川白望の胸元に顔を埋めた。小瀬川白望は驚いて仰け反りそうになるが、その時に小瀬川白望の浴衣がはだけてしまい、それを見ていた臼沢塞が更に鼻血を噴き出すなど、熊倉トシが制止するまでその騒ぎは続いた。

 

「もう……死ぬ……」

 

「塞、塞ー!!しっかりして!」

 

「ハナヂ……デナイ」

 

「何言ってるのエイスリン……?」

 

 

 そうして熊倉トシの仲裁によって騒ぎを収束させた宮守メンバーは、小瀬川白望と姉帯豊音は練習の続きを再開、そして残りの臼沢塞と鹿倉胡桃とエイスリンは熊倉トシに促されて温泉へと向かった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「……そろそろ時間かね。皆、もう眠いかい?」

 

 夕食後の事件が終わってから三時間ほどが経ち、そろそろ皆の眠気もピークに達してきていると読んだ熊倉トシがそう言うと、小瀬川白望は欠伸をしながら「眠い……」と言い残し、そのままパタリと倒れてしまった。側にいた姉帯豊音が倒れようとする小瀬川白望を支え、スッと持ち上げると「私ももう眠いよー……」といかにも眠そうな声でそう呟いた。

 

「こっちもそろそろ限界を迎えてるようだしね……」

 

 熊倉トシがそう言って臼沢塞と鹿倉胡桃とエイスリンの方を見る。疲れも溜まっているのか、三人は声すら出さずに重い瞼をめいいっぱい上げているようだった。そんな五人を見て、熊倉トシが「じゃあ今日はもう終わりだね。寝るとしようか」と言うと、姉帯豊音は小瀬川白望を抱きかかえたままベッドの方まで行き、バッタリとベッドに倒れこみ、そのまま眠った。そして一方の三人はというと、卓から立ち上がった後はまるでゾンビのように背中を丸めながらよろよろと姉帯豊音と小瀬川白望が眠っているベッドに向かって行った。

 熊倉トシは全員が眠りについたのを確認すると、そのままにしておいた麻雀牌を片付けながら、ベッドの上で寝ている五人を見て(全く……よっぽど仲が良いんだね……出会って半年ちょっとのチームとは思えないよ……)と心の中で呟いた。

 

(それもこれも、白望のおかげってことかい……豊音と元々知り合いだったのも白望、エイスリンを誘ったのも白望……まるで女の子を引き寄せる能力でも持ってるみたいだよ)

 

-------------------------------

 

 

 

「合宿、ちょー楽しかったよー!」

 

「そうだね……」

 

 合宿を終え、宮守に戻ってきた姉帯豊音は未だ合宿の余韻を噛み締め、はしゃぎながら感想を言う。小瀬川白望がそれに同調すると、姉帯豊音に向かってこう言った。

 

 

「……次は東京で思い出を作ろうか」

 

「……!うん!頑張るよー!」

 

「ちょっと!私たちも忘れないでね!」

 

 そうして合宿を終え、更に成長を遂げた宮守女子のメンバーらは、再来週に行われるインターハイに向けて最終調整をするだけとなった。泣いても笑ってもあと二週間、宮守女子の強化は最終段階へと進んで行った。

 

 

 




次回からいよいよインターハイ編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第342話 インターハイ開会編 ① 出発

前回に引き続きです。
今回からインハイ編。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ふわあ〜あ……眠い……」

 

 8月3日、宮守女子の闘いが始まる日。いや、厳密にはインターハイという名の祭典の開会式が行われる一日前なので違うと言えば違う。団体戦のトーナメントを決めるために行われる抽選会と、開会式が明日に行われるのだが、抽選会の方が明日の9時から行われるので、当日出発では間に合わないのであった。故に宮守女子のメンバーはインターハイが行われる東京に今日の早朝からこの盛岡駅までやってきたのだ。朝早くの出発ともあってか小瀬川白望が締まりのない欠伸をすると、鹿倉胡桃が「ほら、シャキっとする!」と言って小瀬川白望の曲がった背筋を押す。しかし小瀬川白望は「だって……」と反論しようとする。もちろん早朝だからという理由もあるのだが、それ以上に前日、夜に色々な人から送られてきたメールに変身していたのも理由であった。小瀬川白望がそういった事を鹿倉胡桃に告げると、鹿倉胡桃も昨日の夜メールを送ったタチなので「うっ……ま、まあそれは悪かったけど!」と苦しみながらも言った。

 

「最初で最後のインハイなんだからさ!気合いくらい入れていこうよ!」

 

「……おー」

 

 小瀬川白望が眠そうな表情で喉から絞り出したような声を言って意気込みを入れると、隣にいた臼沢塞がふふっと笑って「まあシロらしくて良いんじゃない?」と言った。

 

「まあ確かに……シロに気合を期待した私が間違ってたよ!」

 

「うーん……悪口に聞こえるけど……ま、いいや……」

 

 小瀬川白望が何か言いたそうにしたが、結局言うのをやめて駅のホームへと向かう。そしてホームに到着すると、熊倉トシが「ほら。時間ギリギリだから早く乗るよ」と急かすように言うと、皆迅速な行動で新幹線に乗ろうとした。……小瀬川白望ただ一人を除いて。

 

「ほら、シロー。急ぐよー」

 

「ハリー、アップ!」

 

 エイスリンに急かされ、そして姉帯豊音に背中を押されるようにして新幹線の車内の中に入った小瀬川白望は、指定された座席に座るやいなや、自分の荷物を置き、座席を少しほど倒して、そのまま眠ってしまった。臼沢塞がその驚きの早さに「早っ!?」と驚きの声を上げるが、もう既に小瀬川白望は眠りについてしまっているようだった。

 

「まあゆっくり寝させておやり。あんた達も、今のうちに寝れるんなら寝ときなさいよ?」

 

「私らはどうかは分からないけど……豊音とエイスリンは眠れなさそうだね」

 

「うん!目がパッチリしてるよー!」

 

「メ、パッチリ!」

 

 そんな四人の会話を聞いていた熊倉トシはふふっと微笑しながら、持ってきたタブレット端末を手にとって各県の地区大会の牌譜の整理を始める。

 

(ま……牌譜を見るより、実際に見た方が白望にとっては分かりやすいかもしれないね……何かの手掛かりになってくれるといいけど)

 

 そうして宮守女子高校の麻雀部のメンバーを乗せた新幹線は、インターハイ開催……敢えて言い換えるなら決戦の地、東京へと進み始めた。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「お二人は、どうして制服なんですか?」

 

 

 所変わって高速道路の途中に設置されていたサービスエリア内では、阿知賀のメンバーである高鴨穏乃と新子憧、松実玄が三人と同じように制服を着ていた『病弱そうな少女』と、それの『世話をする少女』とベンチの上で話をしていた。

 

「うちら、『部活の大会』があってな。それで制服着とるんや」

 

「ま、まさか……」

 

 新子憧が『世話をする少女』が放った『部活の大会』というワードにもしやと思ってそう言うが、新子憧が彼女達に追求する前に遠くの方から学ランを着た少女が「怜ー!バスもうすぐ出るでー!」と言って手を振っていた。怜と呼ばれた少女……もとい園城寺怜と清水谷竜華は立ち上がると、三人に向かってこう言い残し、その場を去って行った。

 

「ウチら、もう行かんと。楽しかったで」

 

「ほな、また。……会場で」

 

「「「!?」」」

 

 園城寺怜が清水谷竜華に聞こえないような声で去り際に言った言葉に三人は動揺するが、そんなものは気にせず園城寺怜と清水谷竜華は江口セーラ、船久保浩子、二条泉のいるところまで向かう途中、園城寺怜はこんな事を呟いた。

 

「……もう時間か。時間の流れは早いなあ。もっと話して行きたかってんけどな」

 

「怜がシロさん以外でそういうなんて、珍しいなあ?」

 

「そらあの三人もインハイに出るんやし。少しでも情報引き出せた方ええやろ」

 

 園城寺怜がそう言うと、清水谷竜華は驚いたような声で「ほ、ホンマか!?」と言った。そんな清水谷竜華に対して、園城寺怜はジトッとした目で「当たり前やろ……制服でおかしいのはウチらだけやない。あの人らもなんやから」と言った。

 

(見たこともない制服だったし、初出場校なんかな……まあ、イケメンさんとの接点があるようならウチの敵になることは間違い無しや)

 

 

 園城寺怜は心の中でそんな事を言いながら、江口セーラたちのところまで向かって行った。

 

 

 

 

「なんだ。こんなところにいたのか……ってあれは……」

 

 そして一方の高鴨穏乃たちの方では、顧問の赤土晴絵と鷺森灼が三人に合流した。赤土晴絵が去って行く園城寺怜と清水谷竜華に反応を示すと、高鴨穏乃が「あ、あの人たちを知ってるんですか!?」と赤土晴絵に聞いた。

 

「知ってるも何も……」

 

「全国二位、第四シードの千里山女子。あっちの方に同じような制服を着てた人たちが乗ってるバスが3、4台はあった……」

 

 鷺森灼が赤土晴絵の代わりに答えると、高鴨穏乃と新子憧、松実玄はもう一度園城寺怜と清水谷竜華の事を見る。さっきと今の印象とでは、天と地の差。まるで何か恐ろしいものを宿しているような、そんな錯覚を三人は受けたのであった。




次回に続きます……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第343話 インターハイ開会編 ② 東京

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ほら、シロ。もう直ぐ着くよ、東京!」

 

「んん……」

 

 臼沢塞に半ば揺さぶられるようにして起こされた小瀬川白望がずっと寝ていたのにもかかわらず眠たそうに瞼を開けると、新幹線の窓から見える景色は岩手では見る事のできないであろうほど溢れんばかりにビルが所狭しと並んでおり、まるで違う世界にきたのかと思ってしまうほどの大都会。小瀬川白望にとってはもはや見慣れてしまった、ビルの林と表現できるような風景がそこにはあった。新幹線内のアナウンスが告げるように、もうそろそろ東京に着くという事らしい。小瀬川白望が寝惚けながらも、自分の荷物を持ち、いつでも降りれるような万全の状態を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

「凄いよー!ビルが一杯だよー!」

 

「ビル、スゴイ!」

 

 東京に降り立った姉帯豊音とエイスリン・ウィッシュアートは辺りを見回しながら燥ぐように声を上げる。臼沢塞と鹿倉胡桃が小瀬川白望の事を押しながら姉帯豊音とエイスリンの後に続くように歩き、その後ろから「あんまりはしゃぎ過ぎないんだよ」と声をかける。

 

「やっぱりここの熱さは慣れない……」

 

「どうせ岩手でも同じこと言うんだから、シャキッとする!」

 

 小瀬川白望が弱音を吐くが、鹿倉胡桃に一蹴される。それに続くように後ろで歩いている熊倉トシに「ホテル内は涼しいだろうから、ホテルまで頑張っておくれ。若いアンタが最初に根をあげてどうするんだい」と言われた。

 

 

「ん、あれは……」

 

「げっ!?」

 

 

 そしてホテルに向かっている最中、小瀬川白望は誰かを見つけたかのように声を上げる。隣にいた臼沢塞と鹿倉胡桃も、実に嫌そうな表情を見ながら小瀬川白望と同じ方向を見る。そんな三人の反応に合わせて姉帯豊音とエイスリンと熊倉トシがその方向を向くと、そこには辻垣内智葉とメガン・ダヴァンが立っていた。

 

 

「し、ししししシロ!?」

 

「智葉……」

 

 どうやら向こう側も突然のことでびっくりしているのか、辻垣内智葉は声を震わせながら小瀬川白望の名前を呼ぶ。隣にいたメガン・ダヴァンはと言うと、これから面倒なことになりそうだと言わんばかりの渋い表情を浮かべながら愛想笑いをしていた。

 

(誰かと思えば……臨海女子の先鋒と副将じゃないか……こりゃあまたビッグネームだね)

 

 熊倉トシがそんな二人の事を見て冷静に思考を巡らせていると、小瀬川白望は一歩前に出て辻垣内智葉の方へと向かう。その時、エイスリンと姉帯豊音は驚いて二人のことを見ていたが、一方の臼沢塞と鹿倉胡桃はどこか睨みような目で辻垣内智葉の事を見ていた。

 

「智葉、久しぶり……」

 

「久しぶりだな……そして、帰ってきたな。シロ」

 

「うん……」

 

 

 

「も、もしかして辻垣内智葉さんですか!?」

 

「うわっ!?あ、ああ……そうだが……?」

 

 するとそこに割って入ってくるようにして姉帯豊音が辻垣内智葉の前に立つと、辻垣内智葉は少し怯みながらも返事をする。メガン・ダヴァンよりも高身長な姉帯豊音を前にして、メガン・ダヴァンも思わず身構える。すると姉帯豊音は一体何処にしまってあったのか、シュバッと目にも留まらぬ速さで色紙とサインペンを辻垣内智葉の目の前に差し出し、「あ、あの……サインしてもらってもいいですか……?」と頼んだ。

 

 

「え?まあ……構わないが……」

 

(一体何処から出したのでショウカ……取り出す時の手が見えませんでしたケド……)

 

(全く、早過ぎて一瞬チャカに見えたじゃないか……)

 

 辻垣内智葉が言われるがままにサインをスラスラと書くと、姉帯豊音にそれを差し出す。辻垣内智葉自身麻雀や色んなことで有名であるということは自覚していたが、サインなどこれまで書いたことなどない。しかしながら、そう言われないと分からないくらい辻垣内智葉は書き慣れたように書いていたのだ。そこのところは流石というべきか。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「ま、まあこんなもの朝飯前だ」

 

 そうして辻垣内智葉が若干照れながら喜ぶ姉帯豊音を見ていると、辻垣内智葉の後ろ側から「……白望」と小瀬川白望の名を呼ぶ声がした。それはメガン・ダヴァンの声ではない。その場にいる全員がその声の方向を向くと、そこには宮永照と大星淡がいた。

 

「テルー?この人たち、知り合いの人?」

 

「うん……色々と因縁のある人もいるけどね」

 

 宮永照が辻垣内智葉の事を見ながらそう言うと、ゆっくりと前に出て、「こんにちは。白望」と言った。

 

「照、こんにちは……」

 

 小瀬川白望が宮永照にそう返事をすると、大星淡が「あー!この人がテルーの言ってた『白望』って人!?」と小瀬川白望を指差してそう言った。

 

「……誰?」

 

「大星淡。白糸台の大将だよ」

 

 後ろにいた熊倉トシが小瀬川白望に向かって言うと、小瀬川白望は「ふーん……大将ね」と大星淡の事を見ながら呟く。すると大星淡が名乗りを上げるようにして胸を張ってこう言った。

 

「改めまして……私は大星淡!高校100年生だよ!テルーがお世話になってるみたいだね!」

 

「……そうなの?」

 

「……私に聞かないでよ」

 

 小瀬川白望の疑問が臼沢塞にそう跳ね返されると、小瀬川白望は疑問を取り敢えず置いとくことにした。

 

「まあ私たち、これからホテルに行くから……」

 

「ほ、ホテ……!?い、いや。そうか……じゃ、じゃあ。またな」

 

 小瀬川白望の発言によって少しほど辻垣内智葉の妄想が生まれてしまったが、直ぐに冷静を取り戻してそう言い、メガン・ダヴァンを引き連れて何処かに歩いて行った。また、宮永照も「じゃあまた……会場で。行くよ、淡」と言ってその場を後にした。

 

 

「……ハッ!宮永さんと大星さんからサイン、貰い忘れたよー!」

 

 そうしてホテルに向かおうとした直後、姉帯豊音が思い出したかのようにそう言うが、鹿倉胡桃が「別に後からでも貰えるし、良いんじゃない?」と言うと、姉帯豊音は少し悔しそうに「分かったよ……そうするよー……」と言った。

 

(それにしてもー……辻垣内さんと宮永さん、強力なライバルだねー……確かに尊敬する人たちだけどー……麻雀でも恋でも、負けるわけにはいかないよー?)

 

 姉帯豊音がそんな事を考えていると、宮守女子麻雀部が宿泊する事となっているホテルに到着していた。小瀬川白望達はチェックインを済ませると、直ぐに部屋に入って部屋の中で一時の休息を取ることにした。

 

「ふう……初っ端から大変だったね」

 

「シロ、シリアイオオイ!」

 

 エイスリンが小瀬川白望に向かってそう言うと、小瀬川白望は「そうだね……全国にいるからね」と答えた。どうやらエイスリンの知り合い=恋のライバルという等式は伝わっていなかったのか、悪びれもなくそう言うと、心の中でこんな事を考えていた。

 

(……個人戦では久々に智葉や照と打つ事になる……楽しみだなあ……)

 

 

(全く……どうせ悪びれもなく『楽しみ』だとか思ってるんだろうけどね……さっきの空気感はたまったものじゃなかったよ……一触即発だったじゃないか……)




次回に続きます……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第344話 インターハイ開会編 ③ 眠りの王子様

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「んん……もうちょっと……」

 

「ほら、早く起きる!9時から始まるんだから、ボケっとしてたら遅れちゃうよ!?」

 

「私が抽選会出るわけじゃないし……先行ってて……」

 

「そうしたら絶対来ないんだから!起きてー!」

 

 東京にやって来てから一日が経ち、とうとうインターハイの抽選会と開会式当日となった。抽選会が早朝の9時から行われるために、一刻も早く出発しないといけない状況で小瀬川白望は鹿倉胡桃に布団から引き剥がされようとしていた。しかし、小瀬川白望は半分意識が眠ったままであるのにも関わらず、意外と強い力で布団を抱きしめていた。鹿倉胡桃一人の力では引きが剥がせないと感じたのか、鹿倉胡桃は姉帯豊音の名を呼んで「シロの事起こすの、任せたよ!私はシロの制服用意するから!」と言い、ハンガーで掛けてあった小瀬川白望の制服を取ろうとした。そして鹿倉胡桃に託された姉帯豊音は、小瀬川白望の身体に手を回すと、「ん〜……そりゃ!」と言って小瀬川白望を強引に持ち上げる。持ち上げられた小瀬川白望は驚いて目を見開くが、目の前に姉帯豊音の顔を見て安心したのか、現状を確認すると目を閉じようとする。が、それは臼沢塞の「こらっ。せっかく目開けたんだから、観念なさい」という言葉によって阻止された。小瀬川白望が「うーん……ダル……」と言って姉帯豊音から解放され、布団の上に立たせられると、鹿倉胡桃と臼沢塞による着替えが始まった。小瀬川白望はなすがままに寝巻きを脱がせられ、そして制服を着させられた。鹿倉胡桃はむしろその事を若干楽しみながらやっていたのだが、一方の臼沢塞にとっては小瀬川白望の下着が目に入って興奮し過ぎていつ鼻血を噴いてもおかしくない状態であった。しかしこのまま小瀬川白望が制服に着替えるとも思えにくいため、臼沢塞は自分に『これはシロのため』と言い聞かせながら平静を保っていた。

 

「そろそろ行かないと間に合わないよ。準備できたかい?」

 

「シロ、マダキガエテル!」

 

「あらまあ……王子様はまだ着替え中だったかい」

 

 部屋に戻ってきた熊倉トシが呆れたように着替えさせられている小瀬川白望を見てそう呟くと同時に、小瀬川白望の着替えが完了したのか、姉帯豊音が小瀬川白望をお姫様抱っこするように抱えると、そのまま急いで部屋から出て、若干小走りでホテルのフロントを目指す。

 

 

「あ……もしやあれ!」

 

「ん、どうかしたんですか。主将」

 

 そしてそんな宮守のメンバーを愛宕洋榎が見つけると、末原恭子も愛宕洋榎と同じ方を見る。そこには末原恭子が想いを寄せている小瀬川白望が、お姫様抱っこで『長身で黒服の人』に連れ去られていた。末原恭子が「さ、攫われとる!?」と叫んで後を追おうとすると、愛宕洋榎から「待て待て待て。あの御団子とちっこいのもいたからそらないやろ」と末原恭子の事を止める。

 

「そ、そうやな……」

 

「にしても……あの黒いの、ホンマデカかったな。何者なんやろ……」

 

「誤解した後で今更言うのもアレやけど……多分先鋒の姉帯豊音やな」

 

「ほーん?先鋒の、ねえ……」

 

 愛宕洋榎が興味津々と言った感じで顎に手を当てると、末原恭子が「何でも団体戦の地区大会ではあの先鋒と、留学生の次鋒だけで勝ち抜いたとか……」と情報を加える。それを聞いた愛宕洋榎は「成る程なあ……シロちゃんだけやないってことか。まあ、シロちゃんと毎日打てるってなったらそらそうなるやろうなあ」と言う。

 

「じゃあウチらも頑張らんとな〜?」

 

「うわっ!?代行……いつから居たんですか!?」

 

 するとそんな二人に割って入るように赤阪郁乃監督代行がスッと出てくる。末原恭子の問いにはふふふと不敵ながらも不気味に笑みを浮かべると、「末原ちゃんが誤解した辺りからかな〜?全く、気付いてもらえなくて寂しかったで〜?」と言う。

 

「まあ恭子の誤解はともかく。由子達はもう準備できたんか?」

 

「今さっきできたところやで〜。ほな、行きましょかー」

 

 赤阪郁乃がそう言うと、背後から真瀬由子達が半ば慌てながらもやってきた。末原恭子がそれを確認すると、小瀬川白望達の後をついて行くようにホテルのフロントを目指した。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ほら部長。シャキッとして下さい」

 

「久が一番緊張してどうするんじゃ……全く」

 

「わ……分かってるわよ……!」

 

 一方、既に抽選会の会場に到着していた高校もあり、清澄高校は今まさに部長の竹井久が抽選会の控え室に行くところであった。原村和と染谷まこに促されながらも竹井久は深呼吸を何度か繰り返すと、「じゃ、じゃあ……良い番号、引いてくるわよ!」と言い残し、控え室へと向かっていった。

 

「全く……心配になるのお……久といい咲といい……」

 

「咲ちゃんはまーた迷子だじぇ……」

 

「須賀君が探しに行ってますけど……どうしてこうも居なくなるのか……」

 

 清澄高校麻雀部の面々が呆れたようにそう会話している最中、竹井久は躍動する心臓を押さえつけるように息を吐きながら、(はあ……ようやく来れたけど……正直場違いね……私の器がこの場に相応しくないわ……)と自分を卑下しながら歩いていた。

 

 

 

 

「では、私は此方かしらね」

 

「霞ちゃん!頑張って下さいよー!」

 

「私たちシードだけどね……」

 

「まあ、勝負はまず気持ちからと言うではないですか!気合いを入れても良いと思います!」

 

 そして同じく先に来て居た永水女子のメンバーは、部長の石戸霞が他のメンバーに見送られて居た。石戸霞は控え室に向かう前に、思い出したかのように狩宿巴に向かって小さく「シードの位置決める時……『アレ』、使って良いかしら?」と聞いた。

 

「馬鹿言わないで下さい。祓うのも大変なんですから……それに、そんなに何回も使うと今度こそ本当に死にますよ?」

 

「ふふふ。冗談だわ。何回も死にかけたもの。良い加減分かったわよ」

 

 石戸霞がそう冗談らしく言うと、ゆっくりと控え室に向かって行った。そうして永水女子のメンバーも戻ろうとした時、強烈な何かを永水女子の皆は感じ取った。永水女子のメンバーは互いに目線を合わせると、まず神代小蒔がこう発言した。

 

「これは……まさか」

 

「……そうですねー……大本命のお出ましですよー」

 

「凄いですね……これ。何かに憑かれてるわけでもない、素の状態でこれですか……」

 

「私達だけじゃない……きっと会場内の皆が感じてる……多分それほど凄い……」

 

 そう、これと同時刻。つい先ほど起きた小瀬川白望を始めとした宮守女子麻雀部が、抽選会の会場へと辿り着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第345話 インターハイ開会編 ④ 抽選

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(な、なんだ……この子……小瀬川程ではないにしろ……凄い圧力……)

 

(み、宮永……咲……!私の……倒すべき相手……!)

 

 小瀬川白望率いる宮守女子がインターハイ団体戦の抽選会の会場に到着してから少し経った頃、抽選会に参加する部長を担っている鷺森灼を除いた阿知賀女子のメンバーは、たった今清澄高校の大将、宮永咲とすれ違っていたところであった。赤土晴絵と松実玄は宮永咲に気圧され、言葉を失っていたが、同じく大将である高鴨穏乃はこのインターハイが始まる前に練習試合を組んだ龍門渕高校の天江衣の言葉を思い出しながら、宮永咲の事を明確に敵として見据えていた。

 

(……?止まっ……!?)

 

 そういって宮永咲の後姿を見ていた高鴨穏乃であったが、宮永咲が立ち止まったと思うと、高鴨穏乃に謎の悪寒が走った。ビリビリと痺れ、失神してしまうのではと思ってしまうほどの重圧を受けた。周りを見ると、先ほど宮永咲に反応を示さなかった新子憧と松実宥も同じものを感じているようで、驚いている様子であった。

 

(……一体……何が?)

 

 高鴨穏乃からは後姿しか見えなかったが、宮永咲も明らかに動揺している素振りを見せているという事は分かった。一体何が起こったというのか。そう疑問に思って視線を宮永咲よりの先の方に向ける。すると、そこには白髪の少女が立っていた。

 

(ま、まさか……小瀬川さん!?)

 

 

 高鴨穏乃が驚いてゆっくりとやってくる小瀬川白望の事を見る。小瀬川白望からの異常なまでの殺気に驚いていたが、よくよく考えてみれば分かる話であった。初めて小瀬川白望と会い、麻雀を打った時から小瀬川白望の恐ろしさ、異才を理解していたはずだった。

 

 

『あんた達……というか大将のあんた!私に勝てないようじゃ、白望と闘ってもやるだけ無駄だからね!』

 

 

『用心に怪我なしだ……サキだけでなく、化物は全国にはいると聞く……かのプロ雀士が言っていたように、衣よりも強い(つわもの)がいるらしいからな……名は、小瀬川……と言ったか』

 

 

 そして高鴨穏乃は、かつて小走やえや天江衣が自分に言ってきた言葉を思い出す。そう、自分が思っていた以上に小瀬川白望は遠い存在であり、常人とはかけ離れた存在であった。

 

 

(……はあ。まだ眠い……)

 

 一方の小瀬川白望はというと、今ちょうどトイレから戻ってきた最中であり、先に会場の客席に向かって行った宮守のメンバーの後を追っていた最中であった。そうしてすれ違った今も阿知賀のメンバーに気付くことなく通り過ぎて行った。

 

「あ、あれ……シロさん……?」

 

「……ああ。どうやらそのようだ……あの時から更に凄味がましている……」

 

(間違いない……あの人はどんな組み合わせでも確実に勝ち上がってくる……つまり……小瀬川さんと闘う事は勝ち上がるには避けられない……!!)

 

 

(……はあ。眠いしダルいし……こっちであってるのかな……)

 

 

-------------------------------

 

 

 

「あ、きたきた。シロー。こっちだよー」

 

 

 観客席に後から遅れてやってきた小瀬川白望は、姉帯豊音に名前を呼ばれ、宮守のメンバーがいるところに向かう。姉帯豊音が小瀬川白望の名前を呼んだ瞬間一部の高校が若干ざわついていたが、小瀬川白望は自分の知り合いがいる高校だろうと予想を立てながらも、それに触れる事なく黙って皆のところへ向かった。

 

「塞、どこかな?っていうかいる?」

 

「サエ!アソコ二イル!」

 

 席について、そろそろ団体戦の抽選会が始まろうとしていた。各校の部長やキャプテンが会場に集まり始めてきており、宮守の部長である臼沢塞もその場にいた。どうやら緊張しているらしく、忙しそうに周りをキョロキョロしていた。

 

 

「そろそろ始まるね。まあ、白望にとってはどこと当たっても関係無いだろうけどね?」

 

「……別に、そういう訳じゃないですけど。私は私のやる事を全力でやるだけなので……」

 

 小瀬川白望がそう意気込みを話していると、最初の高校の抽選が始まった。最初の高校の部長がカードのような紙のようなものを引くと、各所から拍手が送られていた。

 

(……これでこのくらいなんだから、照の所とか凄い事になるんだろうなあ……)

 

 心の中で小瀬川白望がそんな事を思っていると、鹿倉胡桃がステージの方を指差して「あ!あれ!塞!」と言った。そう聞いた小瀬川白望達はカチカチに固まっている臼沢塞を見る。そうしてカードを引くと、それを頭上へとあげた。その瞬間、会場が一時どよめいた。小瀬川白望としては無名の宮守がここまでどよめきを集めるとは思っていなかったため、少しほど驚いていたが、このどよめきの理由が小瀬川白望本人である事には気がついていなかった。

 

(……一回戦は、知ってる所なさそうだなあ。他も知ってる所同士が当たるわけでもなさそうだし……ん、清澄は私達の隣か……でもあれ……皆勝ち上がってくるとすれば……二回戦……)

 

 

 

(や、やっば……引いちゃった……)

 

 

 小瀬川白望が竹井久の引いた番号とどんどんと高校の名前が足されていくトーナメントを見て、ある事に気付いた。清澄の部長である竹井久も、やってしまったと言わんばかりの表情をして自分の引いたカードを見る。

 

(Bブロック……しかも、姫松とシードの永水……そして、宮守……!)

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第346話 インターハイ開会編 ⑤ 開会

前回に引き続きです



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……ミヤモリ?だったっけ。結局こっちと反対側だったね。テルー」

 

「うん……まあ、何処にいようが然程変わりはないし、いいんじゃないかな……」

 

 一般出場校の団体戦の抽選が一通り終わり、シード校の位置も確定したところで大星淡が宮永照に向かってそんな事を呟くが、宮永照は悔しそうな表情などを浮かべる事なく、いつものクールな表情のまま大星淡からの言葉に返答する。それを聞いた大星淡が「え?どこでもいいの?」と首をかしげる様にして聞くと、横にいた亦野誠子が足を組んだまま「……どこに居ても、私たちが優勝するには確実に勝たなきゃいけないところだからな」と答えた。すると大星淡は「……そんなに強いんだ?」と宮永照に向かって言うと、宮永照は首を縦に振った。

 

「もちろん……今までの淡の精神強化は宮守の大将……白望の対策なんだから」

 

「え……あれ意味あったんだ!?」

 

 大星淡が驚きながら声を上げると、渋谷尭深が若干困った様な表情を浮かべて「何だと思ってたの、淡ちゃん……」と言うと、大星淡はきっぱりと「……先輩たちの憂さ晴らしだと思ってたよ」とジトッとした目で渋谷尭深だけでなく、宮永照と亦野誠子の事も見る。

 

「……でも、今までの特訓は無駄じゃないと思うよ」

 

「まあ、あれだけの試練を乗り越えた私ならもう誰にも負けないよ!高校100年生どころか、もはや10000年生だよ!」

 

「……何年留年する気なんだ」

 

 シード校であるが故に部長でありながら抽選に参加しなかった弘世菫は先ほどまで黙って見ていたのだが、そう意気込む大星淡を見て、呆れた様な目で大星淡の事を見ながらそう呟くと、宮永照は「まあ……宮守もそうだけど。今は目の前の敵に集中する。それまでに負けたら笑い話にもならない」と言い、トーナメントが映し出されているモニターを見据える。

 

「多分新道寺が二回戦に上がってくる……あそこも強敵には変わらない。……全力で潰すよ」

 

「もちろんだ」

 

「了解です!」

 

「……分かりました」

 

「まっかせてよ!」

 

-------------------------------

 

 

 

「一回戦に宮守と当たるっちゅう最悪のパターンはならなかったけど……ばってん二回戦は白糸台。結構厳しくなっね」

 

「ですね……特に先鋒戦ば頑張らんといけんから、煌、頑張っとよ」

 

「すばらです。お任せ下さい!」

 

 江崎仁美にそう言われた花田煌は敬礼のポーズをとってそう言うと、トーナメントの反対側に位置する宮守女子高校の名前を見ながら(宮守とは決勝まで行かないと当たりませんね……すばらなのかすばらくないのかは微妙なところですけど……二回戦で清澄が当たってしまいますねー……)と同じくBブロックにいる清澄高校の名前を見ながらそう呟いた。

 

「……部長」

 

「ん、どうした姫子」

 

 花田煌がそんな事を考えていると、鶴田姫子は白水哩に向かって「いつでもアレの準備はできとるとです。部長に全てお任せします」と言うと、白水哩はフッと笑って「そうか。まあ相手が白糸台ならそう言っとられんからな」と言うと、鶴田姫子はコクリと頷いた。そしてそんな掛け合いを途中から聞いていた花田煌は微笑みながら心の中でこう呟いた。

 

(……お二人の友情、とでも言うのでしょうか……すばらです)

 

 

-------------------------------

 

 

 

「はあー……死ぬかと思った……」

 

「塞、お疲れー!」

 

 抽選会が終わり、会場から戻ってきた臼沢塞が息を深く吐きながらゆっくりと宮守のメンバーの元に歩いていると、鹿倉胡桃や姉帯豊音が疲れていた臼沢塞の周りに行く。そして臼沢塞に対して労いの言葉をかけた。

 

「お疲れ様ー」

 

「サエ、カッコヨカッタ!」

 

「そりゃあ良かった……で、シロ。どうなの、トーナメントを見て」

 

 皆とあえてようやく一息つけたのか、落ち着きを取り戻した臼沢塞が小瀬川白望に向かってそう尋ねると、小瀬川白望は首を傾げながら「一回戦は知ってる人はいなかったけど……二回戦は多分余程の事がない限りは姫松、清澄、シードの永水。この三つと当たるかもね」と答えた。

 

「成る程……分かったわ」

 

「……塞、疲れてる?」

 

 小瀬川白望が臼沢塞にそんな事を聞くと、深くため息をついて「そりゃあ……あんだけの大舞台に立たされたもの。そりゃあ疲れるわよ。清澄の部長さんだって凄く緊張してたみたいだし」と言った。

 

(ふーん……あの久でもそう言う一面あったんだ。てっきりあれは演技かと思ってたけど……どうやら本気だったんだね)

 

 小瀬川白望がそう言った事を頭の中で呟いていると、後ろからやってきた熊倉トシがパンパンと手を叩いて「ほら、直ぐ開会式も始まるんだろう?早く行っておいで」と言うと、臼沢塞は「そっか……また戻るんだ……」と呟くと、小瀬川白望が臼沢塞の手をとって「まあ……さっきみたいに緊張とかはしないだろうし、大丈夫でしょ」と言った。

 

「な、なっ……///」

 

 手を握られて赤面する臼沢塞は、思わず小瀬川白望を視線から外して(ば、バカ……こっちの方が緊張するっての……!)と心の中で小瀬川白望に向かって言うが、臼沢塞の手はしっかりと小瀬川白望の手を握っていた。

 

 

-------------------------------

 

 

「おー……すごい人集りだよー」

 

 そうして開会式の会場へやってきた宮守メンバーは、先にやって来て整列している他校のメンバーを見ながら、自分たちの高校の場所を探していた。

 

「どう?豊音、見える?」

 

 高いところから見下ろすようにして探していた姉帯豊音に向かって鹿倉胡桃がそう聞くと、姉帯豊音が指をさして「多分、あれかなー?」と言った。

 

「よし、じゃあそっち行こうか」

 

 姉帯豊音が指差した方向に向かって進んでいる途中、小瀬川白望は何人もの知り合いを見かけると、その都度手を振って返事をする。その最中、宮守メンバーの気分はそれによってかなり悪くなっていたのであったが、整列場所まで来ると、しっかりと心を引き締めて開会式の始まりを待った。

 

「……もう帰っていいかな」

 

「ダメに決まってるでしょ……ちょっとくらい待とうよ」

 

 待っている最中、小瀬川白望は臼沢塞に向かってそんな事を問い掛けたりなど、始まるまでいつもの調子であった小瀬川白望も、いざ開会式が始まるとなると真面目な表情で開会式が進行して行くのを眺めていた。そしてそれと同時に、とうとうインターハイが始まったのだということを悟った。

 

(始まる。私の高校生活、最初で最後の宴が……)

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第347話 インターハイ開会編 ⑥ 衣装

前回に続きます。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「お、おお……これはすごい……」

 

「だろ?私の自信作だからな」

 

 開会式が終わり、有珠山高校の麻雀部員達がホテルに戻ってきた頃にはすっかり夜となってしまったが、そんな中で有珠山高校の麻雀部員達は副将の真屋由暉子専用の、獅子原爽と岩館揺杏曰く『打倒はやりんコスチューム』の試着を行なっていた。岩館揺杏が立体裁縫によって作ったそのコスチュームを着た真屋由暉子が澄ました顔で「……そもそも、こんな衣装が本当に打倒はやりんに繋がるんですかね」と獅子原爽達に向かって聞くと、獅子原爽は「大丈夫だ。インハイで知名度は上がるし、活躍すれば顔くらいは覚えてもらえるはずだしな」と答えた。

 

「本当は試合に着せたかったんだけどな……流石に無理そうだった」

 

「当たり前でしょ……ファッションショーじゃあるまいし……」

 

「でもそういうのも素敵だと思います……」

 

 桧森誓子の仮定の言葉に意外にも本内成香が同調するが、獅子原爽はその話をひとまず置いておく事にして、真屋由暉子の衣装姿を見ながら、横目で岩館揺杏に向かって小さな声でこう聞いた。

 

「……それで、揺杏。例の"アレ"は?」

 

「ああ。いつでも準備はできてる。……ってか、今日行くのか?」

 

「勿論。思い立ったが吉日って言うくらいだしな、早い方がいい。……まあ、計画はずっと前からなんだけど」

 

「そうか……じゃ、これ」

 

 岩館揺杏がそう言うと、綺麗に折りたたまれた小瀬川白望専用の衣装を獅子原爽に手渡す。獅子原爽はニヤッと笑って「すまないな。私の我儘につき合わせちまって」と言うと、岩館揺杏はハーッと呆れたように息を吐いて「毎度のことさ。もう慣れてるよ」と言い、それに続けるようにして本内成香が「頑張って下さい……!」と言う。

 

「ま、頑張るのは私じゃないけどな。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 

 獅子原爽がそう言い、ホテルのベランダから身を乗り出す。思わず獅子原爽の事を是が非でも止めたくなってしまうような行動だが、有珠山高校のメンバーはそれを見ても動じなかった。そうして獅子原爽が完全にベランダから飛び降りると、何やら雲のようなものに乗っかってそのまま何処かへと向かって行った。そんな獅子原爽を見送った桧森誓子は「……思ったけど。こんな夜中にあんなの着せるって相当酷な話だよね……」と言うと、岩館揺杏はこう返した。

 

「多分、なんだかんだ言って着るだろ。あの人は」

 

「……一体どういう痴女なんですか、全く」

 

「……いや、お前も大概だぞ。ユキ」

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……ん、爽から」

 

 そして一方の小瀬川白望は、先ほどやってきた獅子原爽からのメールを受信し、メールの内容を確認する。姉帯豊音に「シロ、どうかしたのー?」と聞かれたが、小瀬川白望も何が何だか分からないような表情で「いや……爽が下に降りてきてって……」と返した。

 

(怪しい……こんな夜に外に呼び出すなんて……)

 

 臼沢塞はそんな二人の会話を聞きながらそんな事を考えていると、鹿倉胡桃が「こんな夜中に用なんて、絶対怪しいよ!」と小瀬川白望に向かって忠告した。が、小瀬川白望は聞く耳を持たずに「いや……でも待たせるのも悪いし……何よりそういう事する人じゃないから、大丈夫だよ。勘だけど」と言うと、鹿倉胡桃も臼沢塞も「うっ……」と言って言葉に詰まってしまった。

 

「まあ、行ってくるよ。あとで熊倉先生が来たら外出中って伝えといて……」

 

「リョーカイ!シロ!」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 そう言って小瀬川白望は一体獅子原爽は何の用があって自分のところに訪ねて来たのか頭の中で色々と予測を立てながら、ホテルの出口に向かって歩いて行った。

 

-------------------------------

 

 

「……ん、爽」

 

 

 小瀬川白望がホテルから出て来て、まず獅子原爽の姿が目に入った。小瀬川白望が獅子原爽の名前を呼ぶと、獅子原爽も手を振って「よっ、シロ。元気そうで何よりだ」と言った。

 

 

「それで、どうしたの。こんな夜中に呼び出して一体……」

 

 そして小瀬川白望は獅子原爽に自分のことを呼び出した理由を聞き出そうとすると、獅子原爽は小瀬川白望の腕を掴み、「話は後で。ちょっと付き合ってもらうよ」と言い、小瀬川白望の腕を掴んだ反対の手の指をパチンと鳴らす。その瞬間、小瀬川白望と獅子原爽の身体が浮き上がった。いや、浮き上がったのではない。いきなり出現した雲のようなものが、二人の身体を持ち上げたのである。

 

「っ……!?」

 

「これは『雲』。昔言ったカムイとはまた違った代物だよ」

 

 獅子原爽が少しほど驚いていた小瀬川白望に向かってそう簡単に説明すると、「ああ、そういや言ってなかったな。何で呼び出したかを」と思い出したかのようにそう言う。小瀬川白望は獅子原爽の言うことを黙って聞いていると、獅子原爽に服のようなものを手渡された。小瀬川白望は「……これ、何?」と聞くと、獅子原爽は顔を赤くして「……私が揺杏に頼んで作ってもらった特製の服だ。……ぜ、ぜひ着てくれ……」と言った。

 

「着てくれって……ここで?」

 

「そのためのこの『雲』だよ。大丈夫、着替えシーンは見ないからさ」

 

「ま、まあ……良いけど……」

 

 小瀬川白望は獅子原爽の願いを了承すると、自分が着ていた制服を脱ぎ始める。この時から、獅子原爽は小瀬川白望とは反対の、東京の夜景の方を見ていたのだが、獅子原爽には東京の夜景など全然心に響いてなかった。むしろ、先ほど何故着替えシーンを見ないと言ってしまったのか、それが後悔でしかたなかった。

 そして小瀬川白望の「……爽、着たよ」という言葉によって、獅子原爽はグルリと小瀬川白望の事を見る。露出の高い服を着ても何の嫌悪感も示さない真屋由暉子が「着たくない」とまで言わしめた衣装を着た小瀬川白望は、言うまでもなく官能的で、獅子原爽の欲情を大いに刺激した。

 

「……これ、すごい露出が高いと思うんだけど」

 

「そ、そうか?そんなもんだろ、多分!」

 

 恥じらう小瀬川白望の疑問に対して、獅子原爽が適当な事を言って誤魔化していると、どこからか急に強い風が吹いた。獅子原爽は小瀬川白望の腕を掴んで「……大丈夫か?」と声をかける。先ほどの風、自然が生んだ風ではないということを瞬時に察知した獅子原爽が辺りを見渡すと、傘を差した空に浮かぶ少女がいた。小瀬川白望はその少女を見て「……明華?」と呟いた。

 

「……見つけましたよ」

 

 雀明華は小瀬川白望と獅子原爽の事を見つけると、宙に浮いたまま二人の元へと近づいた。獅子原爽は小瀬川白望を背後にし、腕を伸ばして小瀬川白望の事を守る姿勢に入る。

 

「空に変なものが浮遊してると思ったら、まさかこんなところで女狐に出会すとは……抜け駆けは感心しませんね」

 

 傘を閉じて、どんどんと近づいてくる雀明華に対し、獅子原爽はいつでもカムイで応戦できるように準備をした。すると後ろにいたはずの小瀬川白望が前に出て、「何やってんの、明華」と言った。先ほどまで小瀬川白望の顔しか見れていなかった雀明華は今初めて見えた小瀬川白望の服の驚くべき露出度に対して目を丸くしながら「な、なんてハレンチな……!?」と言い、顔を真っ赤にしていた。

 

「やっぱりそう見えるのか……」

 

「と、とにかく!その格好をどうにかしてください!」

 

 雀明華がそう言うと、獅子原爽は少し残念そうな表情で「……だってさ。もう着替えても良いよ」と言って、小瀬川白望から先ほど受け取った制服を返し、雀明華と共に地上へと降り立った。

 

 

 

 

 




次回に続きます。
シロの衣装は想像にお任せします……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第348話 インターハイ開会編 ⑦ 龍門渕

前回に引き続きです。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「もう!どこ行ってたの!?」

 

「いや、ちょっとね……」

 

 獅子原爽と雀明華との一件が終わった小瀬川白望がホテルの部屋に戻ってくると、夜分だというのに外に出て暫く何の返事もなく帰ってこなかった事に対して、鹿倉胡桃にどやされるが、小瀬川白望がまさか獅子原爽と一緒に東京の空で変な格好の服を着せられ、雀明華とのいざこざがあったなどと言えるわけもなく、小瀬川白望は結局言葉を濁らせて誤魔化す事にした。鹿倉胡桃はその言い訳に対しても言いたい事は山ほどあったのだが、臼沢塞に「まあ、無事帰って来たんだから、許してやろうよ。……何かあったんなら話は別だけど」と言われると、鹿倉胡桃は渋々納得して「次はちゃんと連絡くらい入れなさいよ!」と小瀬川白望に向かって叱りつけた。

 

(はあ……大変だったなあ)

 

 そして小瀬川白望は鹿倉胡桃の説教を聞き流しながら、先ほどまでの一件の事について振り返っていた。結局あの後、獅子原爽と雀明華に促されて着替えた小瀬川白望は、雀明華もまぜて獅子原爽の『雲』で東京の夜を上から見下ろしていた。獅子原爽と雀明華の二人は小瀬川白望の腕をそれぞれ片方ずつ抱きかかえるように位置をとっていたため、当然の事ながら両者から流れる不穏な空気はあったものの、二、三十分後に小瀬川白望が泊まるホテルの入り口前に降り、その場で解散することとなった。

 

 

(……自分からじゃあんまり分からなかったけど、他人から見たらどんな感じだったんだろ……今思うと何やってたんだか……)

 

 それと同時に、雀明華曰く『ハレンチ』な服を着ていた自分の格好が今になって知りたくなったのであった。夜ということも相まってか、自分が一体どういう格好をしていたのかあんまり分からなかった小瀬川白望は雀明華の反応からしか推測できないのだが、あの雀明華がきっぱりと『ハレンチ』と言うくらいなのだから、相当凄い格好をしていたのだろう。そう考える路、今更ではあるが先ほどまでとは比べほどにならないくらいの猛烈な羞恥感が小瀬川白望を襲い、思わず顔を赤くしてしまう。それを見たエイスリンに「シロ、カオマッカダヨ?」と心配の声を掛けられるが、小瀬川白望はあまり触れないでくれといった感じで「いや、大丈夫だから……」と言うと、逃げ込むようにして浴衣とバスタオルを持ち、温泉の方へ向かうべくそっと部屋を出て行った。その時姉帯豊音に「シロー?どこ行くのー?」と言われたが、小瀬川白望は恥ずかしさのあまりそれが聞こえていなかったようで、結果的に無視する形で外へ出て行ってしまった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

(さっきの事は忘れよ……思い出すだけで恥ずかしい……)

 

 

「おっ、先客やなと思ったら……なんや。シロちゃんやないか」

 

「な、なななな!?白望!?」

 

 小瀬川白望が何もかも忘れようとして目を閉じ、無心で温泉に浸かっていると、愛宕洋榎と末原恭子が大浴場へとやって来て、小瀬川白望の事を呼んだ。呼ばれた小瀬川白望は「ん……」と言って目を開いて二人の方を見ると「……奇遇だね。二人だけ?」と口を開いた。

 

「ああ、今こっちに来とんのはウチらと、あっちで着替えとる由子やな。絹と漫は部屋におる。由子の方は多分そろそろ来るで」

 

「呼ばれてご登場なのよー」

 

 愛宕洋榎がそう言って脱衣所の方向を見たと同時に、脱衣所から真瀬由子が出て来る。「誰と話してると思ったら、まさかの白望ちゃんだったのねー」と言いながら三人の方へと向かう。しかし、ここで愛宕洋榎が脱衣所の方を見ると、首を傾げた。脱衣所の方には、竹井久と龍門渕透華、そして天江衣がいた。

 

「ん……あれは清澄んとこの部長と……確か龍門渕?」

 

「龍門渕?」

 

 小瀬川白望が愛宕洋榎の口から出た『龍門渕』の名前に反応を示すと、隣にいた末原恭子が「え、白望……知らんのか?」と聞く。そう聞かれた小瀬川白望は「……いや、あんまり」と言うと、真瀬由子が「去年、長野県の代表で当時は全員一年生ながら大将を中心に暴れ回ったダークホースなのよー。今年は敗れて代表は清澄になったみたいだけど……」と説明を加える。

 

「ふーん……でもなんでそんな高校が久と……?」

 

「さあ?なんかあったんやろうとは思うけどな……」

 

 そんな会話をしていると、大浴場に入って来た竹井久が小瀬川白望達のことに気付いたようで、驚きながら「し、白望さん!?」と叫ぶ。愛宕洋榎はそんな竹井久と末原恭子の事を見ながら、どこか似たような感じがするとニヤニヤ笑っていたのだが、もう一つ意外なところから小瀬川白望の名前が挙がった。

 

「し、白望……?ま、まさか……『小瀬川白望』か!?」

 

「……誰かの妹?」

 

 龍門渕透華の後ろからさっと出て来た天江衣が小瀬川白望の名前を呼ぶが、小瀬川白望はまさか天江衣が自分の年齢と一つ違いだとは思わず、誰かの妹かと言ってしまう。それを聞いた天江衣が「むっ……烏滸の沙汰限りなし!衣は高校二年生だぞ!」と若干腹を立てながら言う。

 

(……どう見ても見えないけどなあ。胡桃より小さいかも……?)

 

 小瀬川白望は天江衣の事を見てそう心の中で思っていると、天江衣から早く自分の問いに答えろと言った視線が注がれているのに気付いた小瀬川白望は「あー……まあそうだよ。私が小瀬川白望。それで?」と返すと、天江衣は小瀬川白望の事をじっと見た。

 

(この者が衣よりも段違いで強いという(ツワモノ)か……妖異幻怪の気形……いや、衣の言葉では表すことの出来ない何かを持っている……)

 

(成る程……道理で『衣が勝てない』とあのプロが言ったわけだ。仮令満月の夜であったとしても……衣が白望に地を着けさせることは無理、不可能の領域……)

 

 天江衣は冷や汗を流しながら、しかし冷静さを欠くことなく小瀬川白望から放たれる自分以上の威圧感、オーラを感じ取る。天江衣がこれまで宮永咲や高鴨穏乃のように驚かされた人間はいるにはいるのだが、小瀬川白望のように対局する前、言ってしまえば雰囲気だけで天江衣を驚かせ、冷や汗を流すほど恐怖を与えられたのは初めての経験であった。そして何よりも、小瀬川白望の威圧感が凄い、恐ろしいというだけで、具体的なものは何も分からないというのが更に天江衣に恐怖を与える要因となった。無知故の恐怖。天江衣は、小瀬川白望に対しての情報をこれといって持ち合わせてはいなかった。ただ、恐ろしいという漠然とした情報しか手持ちには無かった。

 

「……そうか。そういう事か。ありがとう、シロミ」

 

「……それだけ?」

 

「名前が聞けただけでも衣にとっては万々歳。とーか、身体を洗いに行こう」

 

 そう言って天江衣は龍門渕透華を引き連れて身体を洗いに行くと、龍門渕透華から「あら、あの方と打つ約束をしなくてよかったんですの?折角のチャンスなのに……」と言われると、天江衣はシャワーで頭を濡らしながらこう呟いた。

 

「……生憎ながら、衣は金剛不壊では無いからな」

 

「……?衣が『オモチャ』にされるんですの?てっきり逆かと思ってましたわ」

 

 

 

「そんな訳ない……アレは衣よりも奇々怪界、正真正銘のバケモノだ……」




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第349話 一回戦編 ① ジャージ

前回に引き続き。
頭痛が続きますが頑張って書きました(1700文字)。
……明日から頑張ります。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「おはよ……今どうなってる?」

 

 

「あ、シロー。おはよー」

 

「新道寺がぶっちぎりの一位で、もう大将戦だよ!」

 

 宮守女子麻雀部が東京に到着してから早くも二日目。初日の抽選会と開会式から直ぐにインターハイの団体戦が行われていた。今日行われる試合はAブロックの第1から第3試合まで。明日も同じくAブロックの残りの一回戦が行われることとなり、小瀬川白望達のいるBブロックの試合は明後日以降となっていた。よって今日明日ともに小瀬川白望達はフリーとなっており、これから始まる死闘までの束の間の休息となっていた。

 そして本日行われている試合で小瀬川白望と面識がある高校は新道寺のみ。その新道寺も圧倒的トップで大将戦を迎えていた。小瀬川白望は寝起きのあまり頭の働かない状態でありながらも、鶴田姫子の打ち方を見る。

 

(……流れにそぐわない大物手が多い。何かオカルトでも働いてるのかな)

 

 小瀬川白望は鶴田姫子の麻雀を見て直ぐに違和感を覚える。ただ単純に見れば鶴田姫子の一方的な試合にしか見えないのだが、そこに小瀬川白望は明らかな疑問を感じていた。

 

(まあ聞いても教えてくれなさそうだけど……何かある事には間違いないか……)

 

 そう心の中で結論付けた小瀬川白望は席を立ち、顔を洗いに行こうとすると、臼沢塞に「あれ、最後まで見ないんだ。知り合いじゃないの?」と聞かれると、小瀬川白望は「うん……さっきので取り敢えず大丈夫。勝負も決まっただろうし」と言い、洗面所の方へと向かって行った。

 

 

「相変わらずマイペースな人だね」

 

「……小学生の頃から変わってませんからね!」

 

 熊倉トシの言葉に鹿倉胡桃がそう付け加えると、エイスリンが「ア……オワッタ」と呟いて皆がテレビの方を見ると、鶴田姫子が三倍満のツモ和了をして一校を飛ばし、二回戦進出を決めていたところであった。臼沢塞が「はっや……まだ前半戦なのに」と呟くが、それを聞いていた熊倉トシは心の中で(あんたらも大概だけどね……)と言いながらも、携帯電話を開いて赤土晴絵に向かってメールを送った。

 

 

「……あー、もう終わったんだ?」

 

「終わったよー。新道寺が一位!」

 

 洗面台の方から顔を出した小瀬川白望の問いに姉帯豊音が答えると、小瀬川白望は「そっか……今顔洗おうとしたけど、やっぱり寝ようかな……」と呟く。が、エイスリンに「シロ、ネスギ!」と言われた。

 

「そうだよ!せっかく東京に来たんだから、出掛けたりとかして楽しもうよ!」

 

「えー……」

 

 小瀬川白望はそう言って反対の意を示したが、宮守女子のメンバーに文句を言われると、渋々小瀬川白望は顔を洗い始める。そんな会話を聞いていた熊倉トシは「なんだい。外に出るのかい?」と臼沢塞に向かって聞くと、臼沢塞は「まあ……そうしようかな、と」と答える。すると熊倉トシは封筒をスッと差し出し、「これ、昼食代。東京の美味しいものでも食べてきなさい」と言った。

 

「こ、こんなにですか……?」

 

「大人を舐めるんじゃないよ、これくらいどうって事ないさ。ただし、昼食代以外はあんたたちの自腹で頑張ってくれ」

 

「デモ……スゴイ!」

 

「凄いよー……熊倉先生、太っ腹だよー」

 

 熊倉トシに向かって皆が感謝の言葉を述べると、小瀬川白望が最低限の支度が完了したら直ぐに部屋から出て行った。そうして部屋に一人となった熊倉トシは一息つきながらコーヒーを嗜んだ。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……どうかな」

 

 

「シロ、ちょー可愛いよー!」

 

「ベリーキュート!」

 

 東京の街へとやって来た小瀬川白望達がまず最初に行ったのは現代の高校生らしい服屋であった。小瀬川白望が試着を着て皆に向かって見せると、それぞれ思い思いの感想を言う。特に臼沢塞にいたっては鼻に手を当てて頭の中で必死に(こらえろ……こらえるんだ臼沢塞……)と念じるように自分に向かって語りかけていた。

 

「でも……これ、着心地悪いんだよなあ」

 

「せっかく可愛いのに、いいの?」

 

 鹿倉胡桃が小瀬川白望に向かってそう聞くと、小瀬川白望は「どっちかって言うと……」と言ってジャージを取ると「着心地でいえばこっちの方がいいんだよな……」と言って身体に当ててみせた。

 

「ジャージのシロ……それもありかも!」

 

「何言ってんの塞……」

 

「でも、それも可愛いと思うよー!」

 

 

 




次回に続きます。
いやあ蛇足回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第350話 一回戦編 ② ジャージ……?

前回に引き続き。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「シロ、折角ならそれも試着すれば?買うかどうかはまた別としてさ」

 

 ジャージを持って自分の身体に当てている小瀬川白望に向かって鹿倉胡桃がそう言うと、小瀬川白望は少し考えるようなそぶりを見せ、「じゃあ良いのあったら試着してみるよ……着心地良かったら買う事にするし」と言い、自分が持っていたジャージを元の場所に戻すと、自分の感覚に任せて適当なジャージを見ずに取り、そのまま試着室へと向かって行った。

 

(ジャージ姿のシロが家でゴロゴロしてる光景……容易に想像できるんだよなあ……それがまたなんというか……)

 

 そして小瀬川白望がジャージに着替えている最中、臼沢塞は試着室のカーテンを見つめながら妄想を働かせていた。そしてだんだんそれがエスカレートしていくと、ふと我に返って心の中で(はああ……)といった自分に対しての落胆の声をあげていた。

 

(何考えてんだか私は……明後日には初戦も控えてるのに……)

 

 臼沢塞は自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、後ろから「その気持ち、私も分かるぞ」という声が聞こえてきた。臼沢塞が驚いて後ろを向くと、そこには辻垣内智葉とネリー・ヴィルサラーゼがいた。

 

「なっ……!?」

 

「あー!辻垣内さんだー!」

 

 姉帯豊音に名前を呼ばれた辻垣内智葉は「ご無沙汰してるな」と言う。臼沢塞は何故自分の心の声が聞こえていたのかと疑問そうに辻垣内智葉の事を見つめ、同じく何のことだか分からないような表情をしていたネリーが辻垣内智葉の腕を引っ張って「ねえ、この人達誰?」と聞くと、辻垣内智葉は「シロのいる宮守女子麻雀部のメンバー。そう言えば分かるか?」と言った。

 

「ふーん……成る程ね」

 

(つまりネリーにとってのサトハ以上のライバルって事か……っていうか、この人たちもネリー達と同じで個性豊かなメンバーだね)

 

 ネリーが宮守女子麻雀部のメンバー一人一人をじっくりと見ながら心の中で感想を呟いていると、辻垣内智葉が少し周りを見回しながら臼沢塞に「……シロは何処にいる?」と尋ねた。いきなり聞かれた側の臼沢塞が返答に困っていると、エイスリンが試着室の方を指差して「ココ!シロ、ジャージキテル!」と言った。

 

「じゃ、ジャージ?」

 

 辻垣内智葉がそう言って試着室の方を見ると、ちょうど小瀬川白望が試着し終わったのか、カーテンを開け、「なんかこれ、思ってたのと違うんだけど……」と言いながら試着室から出てきた。その瞬間、その場にいる全員の視線が小瀬川白望に釘付けとなった。そして小瀬川白望はこの時、「……あ、智葉。ネリー」とようやく二人の存在を認識した。

 

(ジャージって……サイクルウェアの方だったのか!?)

 

 辻垣内智葉は小瀬川白望の事を凝視しながら心の中でそう叫ぶ。先ほどまで辻垣内智葉はかの有名な小鍛冶健夜プロが着ているような感じのジャージと予想していたのであったのだが、小瀬川白望が着ているのは予想を遥かに超えたサイクルウェア。空気抵抗を少なくするためにピチピチするジャージの作りが、小瀬川白望の扇情的な肢体やら胸部やらを更に際立たせたのであった。

 

(……ニホンジンは一体何考えてるんだろう。あんな服装、襲えって言ってるようなもんだよ……)

 

 ネリーも呆れ半分、興奮半分の目で小瀬川白望を見ていると、近くにいた臼沢塞が立ったままフリーズしている事に気付いた。同じくそのことに気付いた鹿倉胡桃が臼沢塞を揺さぶって「塞ー!?」と声を掛けるが、臼沢塞からの応答は無かった。

 

「し、シロー?それ、ジャージはジャージでもー……サイクルウェアじゃないかなー……?」

 

 姉帯豊音が少し戸惑いながら小瀬川白望にそう言うと、小瀬川白望は首を傾げながら「……そうなの?」と返した。小瀬川白望自身、適当にパッと取ったものを試着したこともあってか、姉帯豊音に言われるまで気づかなかった。

 

「道理でなんかキュってなるなと思ったら……そういうことね」

 

 そう言い、再び小瀬川白望が試着室のカーテンを閉めると、その場にいた全員が安堵のため息をついた。あれ以上小瀬川白望のあの姿を見てしまったら、一体どうなっていたか分からなかった。

 

(……今更だが、写真で撮っておくべきだったかな)

 

 辻垣内智葉が若干の後悔を滲ませながらも、気絶している臼沢塞の世話をしていると、突然臼沢塞が「うわっ!?」と言って飛び上がった。

 

「あ、やっと戻った!」

 

「びっくりした……シロがまさかあんな格好するなんて」

 

「驚いたのは此方の方だがな」

 

 先ほどまで意識を失っていた事にも気付いていない様子だった臼沢塞の言葉に対して辻垣内智葉が冷静にツッコミを入れると、小瀬川白望が先ほど身につけていたサイクルウェアを手に持ちながら試着室から出てきた。

 

「……確かに。これ、普通のとは全然違う……気付かないもんだね」

 

(いや、私からしてみれば十分良いものを見させてもらったから何とも言えんのだがな……)

 

「ま、まあ。シロ。お前たちの初戦は明後日だっけか。私達臨海と当たるとしたら準決勝……互いにつまらないヘマをしないように頑張ろうな」

 

 辻垣内智葉がそう言うと、小瀬川白望は「うん……準決勝で会えるのを楽しみにしてるよ」と返す。そうして辻垣内智葉とネリーが店の外に出ていった。

 

「……なんか。想像以上に疲れたんだけど」

 

「……一体どっちのセリフよ」

 

 小瀬川白望の言葉をバッサリと切った鹿倉胡桃は「それで。他のジャージも着てみる?」と聞くと、小瀬川白望は「うーん……まあ、いいかな別に。特に欲しいっていうわけでもなかったし……」と言い、あくびを交えながらそう答えた。

 

「じゃあ、そろそろお昼にするー?ちょうど良い時間だしー」

 

「オヒル、タベル!」

 

「そうだね!塞、ちゃんと熊倉先生から貰ったお金ある!?」

 

「ちゃんとあるわよ。私を何だと思ってんの」

 

 そうして、店から出た宮守女子麻雀部のメンバーは昼食を食べに東京の街を歩き続けるのであった。

 




ジャージやサイクルウェアが果たして洋服店に置いてあるかはまた別として……
次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第351話 一回戦編 ③ 会談

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……じゃあ、プロには戻らないのかい?」

 

「ええ、当面は……」

 

 朝早くから出て行った小瀬川白望達が、東京の街からそろそろホテルへ帰ってきそうなそんな時間帯、阿知賀女子の顧問である赤土晴絵と、宮守女子の顧問の熊倉トシは居酒屋にて会談を行っていた。ジョッキを持った熊倉トシが赤土晴絵の言葉に対して残念そうな表情で「そうかい……あんたが来れば更に面白くなるだろうに」と言うと、赤土晴絵は少し笑って「とんでもないですよ。私なんかがいなくても、今年の高校生達は超豊作じゃないですか」と返した。

 

「……まあ、確かにこれ以上のハイレベルなインターハイは歴代でも無いだろうね。あんたや小鍛冶の時に比べても、確実にね」

 

「そうですね……特にそちらの大将さんや、チャンピオンに辻垣内、愛宕の姉の方……ここの四人は突出して強い。全く……敵ながら天晴れですよ」

 

「そういうあんたらのところだって、強豪の晩成を下したじゃないか。白望との元対戦相手も先鋒にいたというのに」

 

「ああ……道理であの先鋒はあんなに……まあ、あの先鋒のおかげで色々私らも成長しましたからね」

 

「そうかい。そりゃあ明日の初戦が楽しみだね。……だけど。その次は千里山と当たる事になる。あの白糸台に次ぐ超強豪校。勝つ見込みはあるのかい?」

 

「……一発勝負で勝てるかと言われれば、もちろん厳しい話です。ですけど、仮に千里山に負けても二位なら、まだ準決勝に望みが掴めます。……しかし、それだと千里山以外にも強豪校を相手しないといけない。……優勝を狙う以上、私らは常に背水の陣ですよ。……本人達に背水の陣だという意識があるのかは分からないですけどね」

 

 赤土晴絵がそう言ってジョッキをテーブルに置くと、あまり量の減ってないように見える熊倉トシのジョッキを見て「……今日はあんまり飲まないんですね?」と聞くと、熊倉トシはハハハと笑って「この前一気に飲んだら大変な事になったからね……歳をとるとどうしてもダメだ」と返した。

 

「あのトシさんでも、歳には勝てなかったですか……」

 

「私を何だと思ってるんだい。いいかい、衰えに勝つってことは、寿命という概念をぶっ飛ばすってことさ。そんなこと、私にはできるわけがないよ」

 

「まあ、それもそうですね……いや、初めてお会いした時は本当は人間じゃないんじゃないかと思ったもので……」

 

「ははは。そういう人外のレッテルは、私よりもっとふさわしい人がいるよ」

 

 熊倉トシがそう言うと、ジョッキを一気に飲み干した。そんな光景を見た赤土晴絵は心の中で(って言っときながら飲むし……本当に人間なのかこの人……)と呆然とした表情で呟いた。

 

「まあ、トシさんのところは大丈夫だとは思いますが、Bブロック。頑張って下さいね」

 

 

「私は頑張らないよ。あくまで彼女らのサポート。まあ、それも白望がサポートの大半をしてるけど。頑張るのは私じゃなくあの子達。あんたもそこのところをしっかり理解しなさい。あくまで主人公は子供達さ。気を吐きすぎるのもよくないよ」

 

「そうですね、分かりました」

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……シロ?阿知賀にも知り合いいるんでしょ?もうすぐ始まるよ?」

 

「……ちょっと待って」

 

「試合は待ってくれないよ!ほら、起きる!」

 

 鹿倉胡桃によって半ば強引に起こされた小瀬川白望が目をしょぼしょぼさせながらテレビの前の椅子に座ると、阿知賀女子の一回戦の試合を見始める。部屋に戻ってきた熊倉トシも「危ない危ない。遅れるところだったよ」と言って小瀬川白望の隣の椅子に座った。

 

「熊倉先生も阿知賀、知ってる人いるんですか?」

 

「阿知賀の顧問が私の知り合いだね。昨日夜話してたのもその人さ」

 

「そうなんだ……顧問って赤土さんだっけか」

 

 小瀬川白望がそう言うと、熊倉トシはコクリと頷いた。そうして阿知賀の先鋒戦を見ていた小瀬川白望であったが、姉帯豊音が何やらウズウズしているのが分かった。

 

「……豊音、どうしたの?」

 

「あ、別になんでもー……ただ、試合を見てるとウズウズしちゃって……今から待てないよー!」

 

「……じゃあ、今から私と打とうか?」

 

「ちょ……ちょっとそれは後の方がいいかなー……とかとか」

 

「トヨネ、トラウマ?」

 

「そうだねー……おかげで成長したと思うけどー……荒治療だよー……」

 

 姉帯豊音がそう言うと、小瀬川白望は微笑して再び視線を阿知賀の試合に向けた。松実玄の麻雀を見ていた小瀬川白望は、阿知賀が何らかによって成長しているという事を看破した。

 

(……やえに特訓してもらったのかな。明らかに前よりは成長してるけど……これが千里山や白糸台、新道寺に通用するかどうか……厳しい闘いだね)

 

 そんな事を心の中で呟きながら、阿知賀女子が着々と一回戦の勝利を決めようとしているのを黙ったままじっくりとテレビを見つめていた。

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第352話 一回戦編 ④ 全力で

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

『ロン!3900!ありがとうございました!』

 

 

「よし!まず初戦突破ッ!」

 

「ナイス!シズ!」

 

 インターハイ一回戦第6回戦、阿知賀女子の大将である高鴨穏乃の和了によって一回戦突破が決定した。控え室にいた阿知賀女子のメンバーは画面越しに高鴨穏乃の事を讃え、皆で勝利の瞬間を分かち合っていた。

 

「先鋒、そして次鋒の姉妹コンビで稼ぐ。そして憧と灼が繋いで、最後はシズで締める。理想的な試合だったよ」

 

「二回戦もお任せあれです!」

 

「やっぱり試合に勝つと……あったかい……」

 

 松実玄と松実宥がそんな事を言っていると、新子憧が「でも、二回戦はシードの千里山……」と少し心配そうに呟く。園城寺怜や清水谷竜華達と出くわしていた……千里山という名前の圧力を肌で感じてきた鷺森灼も「そう。次は、今日のようにはいかない……」と言い、ネクタイを締め直す。

 

「分かってるよ……憧ちゃん。灼ちゃん。でも安心して。皆の点棒は、私がきっちり守ってくるから!」

 

 松実玄がポジティブシンキングながらも意気込みを力強く語るところを聞いていた赤土晴絵は少し安心したような表情で(熊倉さんには背水の陣だと分かっているのかって言ったけど……どうやらこの様子だと、この子達は大丈夫そうだね)と心の中で声を漏らした。しかし、赤土晴絵の気のハリが解れる事はなく、思考はすぐに千里山女子の方へと傾いた。

 

(千里山の三年トリオ……あれをどう攻略するか。特に先鋒に至っては情報が少な過ぎる……《《一番摩訶不思議な打ち方なのに》》……)

 

 赤土晴絵は千里山女子の先鋒、園城寺怜の牌譜を頭の中で思い浮かべる。まるで先が読めているかのような打ち回し。未来視、と位置づけるのは簡単なのだが、いかんせん園城寺怜の情報が少な過ぎるのだ。今年の地区大会でもどうやら園城寺怜は温存されていたようで、新鮮な情報が無かったのであった。

 

(考えられるとすれば……小瀬川白望のようなバケモノか、未来視……それとも他のオカルト……もしやまぐれ?……考えれば考えるほど色々出てくるが……)

 

 仮に、もしも園城寺怜が小瀬川白望のようなバケモノレベルであればもはや松実玄に勝ち目は無いと言っても過言では無いだろう。しかし、小瀬川白望のようなバケモノなど早々いるわけもない。園城寺怜がそうならば、今頃王座は白糸台ではなく千里山に渡っていただろう。

 

「……玄、憧。シズを加えてちょっと後で話があるけど、いいか?」

 

「分かりました!赤土先生!」

 

「何の話かは分からないけど……分かったわよ。ハルエ」

 

 赤土晴絵は千里山女子の三年生トリオである園城寺怜、江口セーラ、清水谷竜華と当たる事となっている松実玄と新子憧、そして高鴨穏乃の緊急会議を開く事を約束すると、再び心の中では千里山女子の事を考えていた。

 

 

(監督も姫松の愛宕姉妹の親……どこで何を仕掛けてくるか分かったもんじゃ無い……後手になるかもしれないけど、振り下ろされないのが大事……)

 

 

(……ここを勝ち抜けて、準決勝も何とか踏ん張って決勝……それが私の最後の願い……自分勝手かもしれないけど、ここを乗り切らないと私は過去から一生決別できない……!)

 

 

 

-------------------------------

 

 

「取り敢えず阿知賀の勝利、明日は遂にあんた達だね。緊張してるかい?」

 

 阿知賀女子の勝利をホテル内のテレビで見ていた熊倉トシが同じく一緒に見ていた宮守女子のメンバーに向かって質問すると、まず姉帯豊音が「緊張はするけどー……期待の方がいっぱいだよー!」と元気よく答えた。

 

「意気込むのはいいけど、あんまり張り切りすぎないで良いからね?全然私らに回しても大丈夫だから」

 

 臼沢塞が姉帯豊音に向かってそういうと、姉帯豊音は「安心しなよー、塞達の出番を全部取っちゃうくらい、明日は大暴れするよー!」と意気込んだ。

 

「ワタシモ、ゼンリョク!」

 

 エイスリンも姉帯豊音の言葉に同調すると、それを聞いていた熊倉トシが小瀬川白望に「……本人はああ言ってるけど、初戦から全力でやらせても良いかい?」と聞くと、小瀬川白望は「勿論です……豊音達のやりたいようにやらせないと。何かに縛られながらやる勝負なんて、そんな興醒めな話無いですよ……」と答えた。

 

「……本当に、あんたの弟子だね。考え方が更に同じになってきたんじゃないかい?」

 

【同じになるというより……もとより同じだったんだろ。俺がアイツと出会ってから、アイツにした事といえば、アイツの心から無駄な鎖を断ち切っただけ。凡夫じゃ鎖を断ち切っても、慣れない不安に駆られて自ら鎖をつけようとする……そういう事さ】

 

「……成る程ね。類は友を呼ぶ、とはまさにこの事だね」

 

 熊倉トシが納得したようにそう呟くと、両手を叩いて皆に「明日は私たち宮守の初戦。強豪校らしい強豪校はいないけど、油断大敵。全力で戦うわよ。あんた達の力を思う存分見せつけてやっておいで!」と言うと、小瀬川白望は黙ったまま、他の皆は「オー!」と声を上げて右手を突き出した。

 

-------------------------------

 

 

「お、阿知賀。勝ったやん」

 

「ホンマか怜!って、また未来見たんか!?」

 

 同じくホテル内で清水谷竜華に膝枕をされながら休養を取っていた園城寺怜は清水谷竜華の問いに対して「いや、船Qからのメールや」と言って携帯電話を清水谷竜華に突き出した。

 

「そっか……次も頑張って欲しいなあ」

 

「アホ。次阿知賀と当たるんはウチらやろが」

 

 清水谷竜華の天然ボケに膝枕されながらの園城寺怜がツッコミを入れると清水谷竜華は「……あっ、ハハハ。そうやったな」と、園城寺怜に言われてようやく思い出したようにそう言った。

 

「それでも……なんかどっちを応援したらええんか分からんなくなるな」

 

「なんでやねん。せめてそこは『千里山を応援しますー』って言って欲しかったわ」

 

 その言葉に対して清水谷竜華が「え、でも……」と言い訳をしようとするが、園城寺怜は立ち上がって清水谷竜華に「そんなら、簡単な話や。ウチが()()()()()()阿知賀と闘う。倒れるまでやめへん。そうすれば、否が応でも竜華は千里山を応援せなあかんくなるやろ?」と言った。

 

「そ、そんな……無理したらあかんよ!」

 

「安心せえ、竜華。何も刺し違えてでも倒すって言ってるわけやない。刺し違えるとかそういう話の前に、完全に粉砕するってことや。阿知賀とはイケメンさん関連でも色々と言いたい事は山積みやしな。どっちがイケメンさんに相応しいか、ここらで白黒決めんとあかん」

 

(……怜のあそこまでのやる気……阿知賀の先鋒が可哀想やな。まあ、そういうウチも手加減する気はないけどな。全力勝負や)

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第353話 一回戦編 ⑤ ファン

前回に引き続きです。
隔日になってきてますね……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「んん〜……やっぱり東京の朝は違うっすね!先輩」

 

「ふふ。そうだな、長野とはまた違った清々しい朝だ」

 

 前日から東京へやってきていた鶴賀女子の東横桃子が背筋を張りながらインターハイの会場へと向かって加治木ゆみと東京の街を歩いていた。その前を蒲原智美と津山睦月と妹尾佳織が歩いているという構図の中で、加治木ゆみは自身も高校生になってからは訪れたことのなかった東京の街を見回しながら歩いていた。

 

「ワハハ。ゆみちんがこんなにはしゃぐなんて珍しいな」

 

「そ、そんなにだったか?」

 

「そうには見えませんでしたけど……」

 

 蒲原智美の発言に妹尾佳織と本人の加治木ゆみが驚いた表情で意を唱えると、蒲原智美はチッチッチ、と舌を鳴らして「ワハハ……甘いなゆみちん。いつからの付き合いだと思ってるんだ?」得意気に言うと、図星だった加治木ゆみは羞恥で少し顔を赤らめながら、蒲原智美に「いいから前を向け……別にいいだろう。少し興奮したって」と指で前を指すと、顔をスッと蒲原智美から逸らした。

 

(ちょっと子供っぽい先輩もいいっすね……)

 

 そんな加治木ゆみを微笑ましく……いや、何方かと言えばいやらしい目で見ていた東横桃子は心の中で半ば興奮気味にそう呟いた。加治木ゆみはそう思われている事には気づいていなかったが、恥ずかしさのためか覚束ない足でインターハイの会場まで向かっていった。

 そうして眼前にインターハイの会場の入り口が広がったところで、突如加治木ゆみの足が止まった。前を歩いている蒲原智美達は気づかず、そのまま入り口へと向かって行ったが、東横桃子は加治木ゆみが足を止めている事にいち早く気づいた。疑問そうに加治木ゆみの表情を見てみれば、加治木ゆみは驚愕したような表情で立ち尽くしていた。

 

「ま、まさか……」

 

「……先輩?」

 

 東横桃子が声をかけようとしたその刹那、加治木ゆみは振り返って「……そこの君!」と、声を上げた。東横桃子もいきなり声を上げた加治木ゆみに対して驚きながらも、加治木ゆみが呼び止めた人間を見る。すると、そこには白銀の髪色の小瀬川白望がいた。向こう側を向いていた小瀬川白望は自分が呼ばれたと感じ、振り返って加治木ゆみの方を見ると、「……何方様」とどこか素っ気ない返事をする。

 

「……もしかして、名前は小瀬川白望だったりするか?」

 

「そうだけど……それが?」

 

 小瀬川白望が聞き返すと、加治木ゆみはどこか満足したような表情で「いや……合ってるなら良いんだ。引き止めてすまなかったな」と言って東横桃子に「じゃあモモ。行こうか」と声を掛けて会場の入り口に向かって行った。急に声を掛けられて急に帰られた小瀬川白望は何のことだと思いながらも、(……ま、なんでもいいか)と前向きに捉えて近くにある自動販売機の方へと向かって行った。

 

 

 

 

「せ、先輩!どうしたんすかいきなり!」

 

「ん、モモ。……さっきの人か?」

 

「勿論その人の事っす……先輩の知り合いっすか?」

 

 一方の東横桃子が加治木ゆみにさっき声を掛けた意図を聞いて見ると、加治木ゆみは「いや、そんなんじゃないさ。何て言えば良いのかな……私の憧れの人、って言えばいいか」と返す。しかし、ますます訳の分からなくなった東横桃子は首を傾げているが、加治木ゆみは心の中で満足気にこう呟いていた。

 

(……もう何年前になるだろうか。小さい頃、私と同じくらいの子がテレビの向こう側で死闘を繰り広げていたのを見たのは)

 

(もっとも……私も智美を介して麻雀に触れ合うまで記憶がすっかり消えて無くなっていたんだがな。麻雀を続ける内に段々と思い出してた……まあ、名前と、当時言っていたセリフ……『その嶺上取る必要なし』。それしか思い出す事しかできなかったが……まさかこんなところで出会えるとは)

 

 幼少期に見た小瀬川白望に感銘を受けた加治木ゆみが、まさかその本人に思い掛けない形で出会えるとは思っていなかった。勿論、声を掛けた人物が小瀬川白望だと確信していたわけでもない。直感。会場に入るときに感じたあのオーラを頼りに思わず声を掛けてしまったのであった。

 

(……全く。世界は狭いな)

 

-------------------------------

 

「はい、豊音。どうぞ」

 

「わーい!ありがとうだよー!」

 

 インターハイの一回戦目、先鋒戦を終えてきた姉帯豊音に先ほど自販機で買った飲み物を小瀬川白望が渡す。やはりインターハイといえども、姉帯豊音を止めるという事は相手にとってかなり難しいらしく、終始姉帯豊音のムードであった。熊倉トシが「豊音。お疲れ様」と労いの声をかけると、次鋒戦に出て行くエイスリンに向かってこう言った。

 

「エイスリン。できる限りでいいから、余裕があったら中堅戦まで回してくれないかしら?二回戦を見据えて胡桃と塞の調整をしたいんだけど」

 

「ウーン……ムズカシイ、ケド、ガンバル!」

 

 エイスリンはそう意気込んで部屋から出て行くと、小瀬川白望が熊倉トシに「……調整とか必要かな。エイスリンに自由にやらせた方がいいと思うけど……」と言うと、熊倉トシは「確かにそうだけど、塞も胡桃も、あんたのような強心臓じゃないんだ。重圧に慣れてもらうためだよ」と説得するように言った。

 

「……そういえば。さっき知らない女の人から声を掛けられたんだけど」

 

「!?」

 

 不意に小瀬川白望がそう発言すると、臼沢塞は驚いて咳き込む。鹿倉胡桃はそんな臼沢塞を心配しながら「何もされなかった?大丈夫?」と小瀬川白望に尋ねると、小瀬川白望は「いや……名前確認されただけで、後は満足して帰ってったよ」と言うと、姉帯豊音は「多分、シロのファンじゃないかなー?シロ、有名人なんだよー!」と言った。

 

「そういうもんかな……」

 

「……何処の馬の骨かも分からないやつにシロを渡せない……」

 

「塞、目が笑ってないよ!怖いよ!」

 

 鹿倉胡桃が臼沢塞にそう言っていると、モニターではそろそろ次鋒戦が始まる様子で、エイスリンが既に卓についていた。無論、先鋒戦で大量に削られた他校の生徒の表情は良くはない。いくら点棒の差があるとはいえ、最初の心構えの時点でエイスリンの一人勝ちになる事は明らかであった。

 

 

 

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第354話 一回戦編 ⑥ 突破

前回に引き続きです。
最近休載続きで申し訳ありませんでした……


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……はあ」

 

「まーた溜息かい。全体の士気にも関わるじゃけえ。いい加減腹を決めんかい。というか、あんたは初めてじゃないやろ」

 

「そうは行ってもね……慣れないものよ」

 

 竹井久はそう言って再び溜息をつく。竹井久がここまで溜息をつくにはある理由があった。簡単に言って仕舞えば全国大会、インターハイに対する緊張感、そして何よりも勝ち上がれば小瀬川白望のいる宮守女子と当たる事になる。小学の頃一度全国大会に出ているとはいえ、小学生と高校生ではまた感じるものは違う。そして高校一年、二年とずっと夢見ていた舞台。その緊張感は計り知れないものなのであったのだが、それを聞いた染谷まこは呆れたように「まあ、時間はまだあるからの。じっくり悩むんじゃ」と言って原村和と片岡優希の元へと向かって行った。竹井久はそれを見て再度溜息をつくと、隣に染谷まこではなく、宮永咲が座っているのに気づいた。

 

「部長、緊張してるんですか」

 

「ははは……一つ下のまこだけに留まらず、二つ下の後輩にまで心配されちゃ部長の面目丸潰れね……」

 

 竹井久が自虐的にそう笑って言うと、宮永咲が「い、いや。部長は頼り甲斐ありますよ?」とフォローを入れると、竹井久は「そう言ってくれると嬉しいわ……咲、あなたは私の数少ない味方よ……」と言って宮永咲のことを抱き締めた。宮永咲は若干たじろぎながらも、そんな竹井久を優しく介抱した。

 

「……私も、実は不安で胸がいっぱいなんです」

 

「あら、咲も?そんな風には見えないけど」

 

「実は抽選会の前、お姉ちゃんよりも気迫のあった、物凄い人と出会っちゃって……寒気がしたんです。あの人の目を見ると、心を潰されるような……そんな感じがして……忘れようとしても、忘れられないんです……本当に凄い不安で……」

 

 竹井久は宮永咲の弱気な発言を真摯に聞きながら、心の中で(……多分白望かしら。本人も威圧するつもりはなかったんでしょうけど……)と呟きながらも、宮永咲の頭を撫でながら「大丈夫よ。仮にどんな敵が現れたとしても、あなたはあなたの麻雀をするだけ。100パーセントの力でぶつかれば、怖いものなんてないわ」と宮永咲を鼓舞するようなことを言った。そうして部長である竹井久から背中を押された宮永咲はごく僅かながらも流していた涙を右手で拭うと、笑顔を見せてこう言った。

 

「ありがとうございます、部長。そうですよね……私らしく、全力でぶつかっていきます」

 

(『私らしく』……ね。確かに咲ほどの雀士がそれをできれば敵はいないも同然だけど……唯一のイレギュラー、白望さんに通じるかどうかは分からない……それは私が一番よく分かってる……だけど、信じているわよ、咲)

 

 そして竹井久は宮永咲に対して期待も言葉を心の中で投げ掛けるが、決してそれは表には出さず、心に留めて視線を宮守女子の試合へと向けた。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「たっだいまー!」

 

「胡桃、お帰りだよー!お疲れ様ー!」

 

「クルミ、ドウダッタ?」

 

「思ったより重圧は凄かったけど、大丈夫だったよ!」

 

 一方の宮守女子はたった今中堅の鹿倉胡桃が依然首位をキープした状態で控え室へと戻ってきた。団体戦では姉帯豊音とエイスリンによって中堅戦まで出番が回って来ず、個人戦にも出場していなかった鹿倉胡桃としては今回のインターハイ一回戦が初試合となったが、問題なく自分の役目を果たせたようだ。そんな鹿倉胡桃が戻ってきたのを見た臼沢塞は椅子から腰を持ち上げるようにして立ち上がると、宮守メンバーに向かって「じゃ、行ってくるわね」と言うと、皆から声援を受けながら控え室を出て行った。そして対局室へ向かう途中、臼沢塞は頭の中で熊倉トシとのミーティングを思い出していた。

 

(私が注意すべき相手は真嘉比の銘苅……去年の個人戦では六位の実力者……ニライカナイがどうとか言ってたけど……幸い私には相性は良い……)

 

 そう、相手が如何に強いオカルトを持っていたとしても、臼沢塞の前には全て無に帰す。あの多種多様で強力なオカルト、『六曜』を持った姉帯豊音でさえも、臼沢塞曰く『結構しんどい』ながらも好成績を残せるほどである。姉帯豊音、エイスリンの攻撃的布陣から一転、鹿倉胡桃と臼沢塞の防御的な布陣で点棒を守り、そして最後に宮守の最終兵器である小瀬川白望に託す。臼沢塞は、この必勝パターンのセットアッパー的役割を担う最適の能力を有しているのだ。無論、そう簡単に打ち崩せるものではない。例えそれが、個人戦で六位という強敵であっても、変わる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「……ロン、3900。……ありがとうございました」

 

 そして結局真嘉比高校の銘苅を一回も和了らせない完璧と言っても良いほど封じ込めた臼沢塞は、後半戦に回す事なく前半戦南三局で最下位校を飛ばして宮守女子高校の一位通過を決めた。インターハイでの初戦を勝利で飾った臼沢塞が宮守女子の控え室に戻ってくると、皆が一斉に臼沢塞を歓声で迎えた。

 

「塞、ちょーカッコよかったよー!」

 

「カッコイイ!」

 

「ははは。ありがとう。どれもこれも、豊音とエイスリンが稼いで、胡桃が完璧に守ってきてくれたお陰だよ」

 

 

「それを踏まえても、あの真嘉比高校の銘苅をゼロ和了で抑えるなんて、正直、私の想像以上の成績よ。まあ、そのせいで塞も二回戦以降はしっかりと対策されそうだけどね」

 

 熊倉トシが賞賛の言葉を臼沢塞へと述べる。後半部分は若干警告じみていたが、それほど臼沢塞の活躍は大きかった事の裏返しなのだろう。結局出番のなかった小瀬川白望も「塞、おめでとう。っていうか……お疲れ様。次からはもっとキツくなるけど、頑張ってね」と臼沢塞の事を褒め称えると、臼沢塞は若干ほど頰を赤くさせながら「……任せなさい!」と意気込んだ。

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第355話 一回戦編 ⑦ ヒーロー

前回に引き続きです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……凄いですね。宮守女子。あの真嘉比高校を相手に、大将まで回さずに飛び終了ですか」

 

「ふふふ。甘いなハオ。お前には分からんか」

 

 宮守女子が二回戦進出を決めた瞬間を見ていた郝慧宇がそう呟くと、小さく笑って辻垣内智葉が得意げそうにそう言う。郝慧宇がどういうことだと言わんばかりに辻垣内智葉の事を見ると、辻垣内智葉は「あの試合、終わらせようとすれば中堅……いや、次鋒戦で終わらせることが可能だった。あの留学生の火力をもってすれば、本気で行けば中堅に回ることなく終わっていただろう」と答える。横にいたメガン・ダヴァンが若干呆れたように「何自分のチームみたいに自慢してるんデスカ……」と言われるが、辻垣内智葉はそれを視線だけで制すと、「まあ、十中八九調整だろうな。シロはともかく、中堅副将は地方大会で一度も出ていない。それが理由だろうな」と述べた後、真剣な表情で郝慧宇に向かってこう言った。

 

 

「……だから。今の試合での次鋒の留学生の対局は全くアテにならん。見るとすれば、地方大会の牌譜と次の二回戦か。ともかく、今の試合の奴らだけでは計り知れない、そういうことだ」

 

「そして何よりもあいつら以上に恐ろしいのが大将、小瀬川白望……お前は見た事がないから分からんだろうが、とにかくあいつの麻雀は惚れ惚れさせられる。地区大会の個人戦の牌譜もあるだろうから、一度目を通した方がいい。対局で当たるとか当たらないとか関係無しに、な」

 

「は、はあ……成る程。承知しました……」

 

 辻垣内智葉にそう言われた郝慧宇は若干驚きながらもそう返事をする。郝慧宇が驚いている事にはある理由があり、まあその理由は簡単に言って仕舞えばいつもはクールで冷静な辻垣内智葉があそこまで熱心に宮守女子高校について……というか小瀬川白望について目に血を走らせるような勢いで語るのをみて、郝慧宇は少しばかり引いていた。そうして辻垣内智葉から解放された郝慧宇が雀明華の元へと近寄ると、雀明華に向かってこう質問した。

 

「サトハさんって、宮守の話になるといつもああなんですか?」

 

「そうですね……少なくとも、私はサトハさんの気持ち、分かりますよ?」

 

「……?それはどういう?」

 

「それは勿論……恋、というものですよ。ハオもいつか分かります」

 

 そう言って傘を持って歌い出した雀明華を見て、少し不気味そうに見つめていた郝慧宇の肩をポンとメガン・ダヴァンが叩いた。郝慧宇が後ろを振り返ると、そこには首を横に振って諦めていたメガン・ダヴァンの姿があった。郝慧宇がそれを見て諦めの溜息をつくと、更に畳み掛けるかのようにメガン・ダヴァンがネリー・ヴィルサラーゼの方を指差すと、そこにはネリー・ヴィルサラーゼが何やら呟いていた。

 

「ネリーがシロに借りたお金は40万ラリ……今払えるのが10万ラリ。元々残ってた20万ラリをそのまま返すとして、ネリーが今払えるのはせいぜい30万ちょっと。……まだ足りない。やっぱり、勝つしかない」

 

 

「……その方は金融屋か何かなんですか?」

 

「……イヤ、シロサンがネリーの借金を返しただけ、それをネリーがいつかシロサンに借りた金額をそのまま返す、という約束らしいデス。……モットモ、シロサンは受け取る気は無いらしいですケド……」

 

 

「……一体何者なんですか。20万ラリとか40万ラリとか、並みの金額じゃないですよね?」

 

 郝慧宇がメガン・ダヴァンに向かってそう質問すると、メガン・ダヴァンは少しほど困ったような表情をしながら「そうですネ……ヒーロー、とでも言うんでショウカ。サトハや明華のように熱狂的なファンが多くてお騒がせなヒーローですガ」と答えた。

 

 

-------------------------------

 

 

「おー!ウズウズするなあ!はよ来いへんかな!?」

 

「少し黙っててください主将。いくら宮守の試合を見たからっていっても、そこまで張り切らんでもええでしょう」

 

 末原恭子が隣でやる気に満ち溢れていた愛宕洋榎に向かってそう言うと、愛宕洋榎は少しムッとして「なんや。シロちゃんが出てこうへんからといって、クールに構えてそう言うんか?シロちゃんを見た瞬間固まるくせに!」と言い返すと、末原恭子は顔を赤くしながら「そんな事ないわ!」と反論した。

 

「ほー?そうかそうか、恭子はシロちゃんを見ても何とも思わんと?」

 

「それとこれとは話が違うやろ、アホか!?」

 

「まあまあ先輩方、少し落ち着いて下さい!」

 

 そんな二人を止めるべく出てきた上重漫であったが、瞬間的に末原恭子に肩を掴まれ、殺気のようなものを発した末原恭子に若干怯むが、それだけに留まらず、「漫ちゃん……先鋒戦、しっかり頼むでえ……?」と笑っていない目でそう言うと、上重漫は恐怖し、「は、はいっ!?」と驚きながらそう返事をした。

 

「お……と言ってる間に」

 

 そしてそんな二人をさっきから無視していた愛宕洋榎がテレビの方を見ながらそう呟く。それに合わせて皆が視線をテレビへと移すと、そこには清澄高校の竹井久が一回戦突破を決めていた瞬間であった。愛宕洋榎はそれを見ながら、メンバーに向かってそう言う。

 

「……なんや。宮守に清澄。まあ宮守は例外かも知らんけど、このダークホース達が頑張っとんのに、常連のウチらが頑張らんっていうのはおかしい話やな、そうやろ?」

 

「……初戦は一校だけが勝ちあがれる。格下相手でも全力で勝ちに行くで!」

 

 そう言うと同時に姫松メンバーが「オー!」と声を上げると、姫松高校の控え室へと向かっていった。そして愛宕洋榎は先ほどの竹井久のことを頭の中で思い浮かべながら(……順調そうに見えるけど、そんな腑抜けた麻雀じゃウチには敵わんで……しっかりと喝を入れんとな)と呟き、(ま、兎に角初戦で負けたら話にならんけどな)と心を一回戦へと入れ替え、控え室へ向かっていった。

 




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第356話 一回戦編 ⑧ Bブロック

前回に引き続きです


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 Bブロックではシード校を除いて、宮守女子に続いて二校目となる二回戦進出を決めた清澄高校の中堅かつ部長を務めている竹井久が清澄高校の控え室へと極度の緊張から解放されたのか、胸を撫で下ろしながら戻ってきた。そんな全体のリーダー的存在である竹井久の帰還に清澄高校のメンバーが祝福をあげる。

 

 

「お疲れ様だじぇ、部長!」

 

「お疲れ様です」

 

「意外と大丈夫そうでしたね。染谷先輩が心配していましたけど、安心しました」

 

 原村和が竹井久に向かってそう言うと、染谷まこが原村和に口元で指を立てながら「シーッ!わざわざ言わんでも……」と少し小っ恥ずかしそうに言う。それを聞いていた竹井久はふふっと笑って、染谷まこに向かって「心配ありがとうね。まこ」と返した。

 

「……二回戦は久、あんたの知り合いがいるところと当たるんか?」

 

「ええ、そうなるわね……あの宮守と。ついに」

 

 そう言って竹井久は須賀京太郎の事を見る。すると目があった須賀京太郎だが、竹井久が言っている人物を理解しているようで、目が合うなりコクリと頷いた。

 

「まあ、二回戦はそれ以外にも強敵揃いだけどね。シード校の永水と、シード校から外れたとはいえ、強豪校であることには変わらない姫松高校。この二校も宮守に負けず劣らずの化け物揃い。総合力で言えば確実に私たちが一番弱いわ」

 

 竹井久は清澄高校の現状を客観的に伝える。聞けば聞くほど気の遠くなって行く話ではあるが、竹井久は「……だけど」と前置きし、こう続ける。

 

「私達も個人個人が全力……いえ、全力以上の力を出せれば勝つ確率は上がってくる。瞬間的に全力を超えることができれば、どんな相手でも勝てるわ!」

 

 そう言って清澄メンバーを鼓舞する竹井久。無論、本人も未だ緊張によって支配されている。その証拠に、先ほどの試合も結果は他校を飛ばして副将と大将を表に出す前に終了という最高の結果ではあったが、愛宕洋榎が見抜いていたようにまだ万全とは言い難く、愛宕洋榎曰く『腑抜けた麻雀』であった。

 そんな竹井久をよそに、片岡優希と話をしていた原村和はトーナメント表の宮守女子という文字を見ながら、頭の中でこんな事を呟いていた。

 

(……ようやく。白望さんと会える日が来ましたね。責任、とってもらいますから)

 

(な、なんかのどちゃんが怖いじぇ……?)

 

 

-------------------------------

 

 

「日頃から……チャンタの安さには疑問を感じとってた。……せやけど、今回ばかりはその安さに感謝せなあかんな」

 

(……?何言っとるんじゃ……?)

 

 

 姫松高校の初陣、その中堅戦。主将であり絶対的エースの愛宕洋榎はそんな事を呟きながら自分の手牌を見つめていた。一方の振り込んだ鹿老渡の佐々野いちごは、安手で流せて良かったと安堵していたが、次の瞬間、その安堵が一転、絶望へと叩き落される。

 

 

愛宕洋榎:和了形

{九九九一一一9} {⑨⑨横⑨⑨} {横111}

 

 

「清老頭、や……!」

 

(……は、は……!?)

 

 佐々野いちごは驚愕しながら愛宕洋榎の清老頭を見つめる。愛宕洋榎は興奮する胸を押さえつけながらも「32000ーー。思ったより痛いんちゃうんか?」と点数を宣告する。

 この役満が炸裂するまで、点棒では鹿老渡が姫松を上回り、優位であったのだ。その優位が、一発の役満で吹き飛ぶこととなる。絶望しきった佐々野いちごをよそに、愛宕洋榎は心の中で興奮しながらこう叫んだ。

 

(生まれて初めてのインハイでの役満……それがシロちゃんに見せられた清老頭……!シロちゃんのはもっと凄かったけど、これを和了れるなんて、最高、最高、最高や!)

 

 結局この役満を皮切りに、ムードは一変姫松高校のムードとなる。勝負も大将の末原恭子まで回ったものの、終わってみれば姫松高校の圧勝で二回戦進出が決まった。

 

 

-------------------------------

 

 

「おー……あちらの方は凄い頑張ってるね」

 

「皆さん素敵です……」

 

 

 一方、明日に初陣である一回戦を控えていた有珠山高校はテレビを見ながらそんな事を呟いていた。すると獅子原爽がテレビを見ていた岩舘揺杏の事を呼ぶと、こう言い出した。

 

「そういえば、この前の衣装」

 

「おお、どうだった?」

 

 岩舘揺杏が獅子原爽に向かってそう聞くと、獅子原爽は照れを隠すかのように後ろを向いて、「最高に可愛かった。一生モンだよありゃあ」と答えた。

 

「そうか……そりゃあ良かったな」

 

「……ありがとうな」

 

 獅子原爽がそう言うと、岩舘揺杏はトーナメント表を見ながら「……ウチらが宮守と当たるには、少なくとも準決勝まで勝ち進まなきゃいけないな」と獅子原爽に向かって言う。

 

「そうだな……だから、ちゃんと私まで回せよ?」

 

「……分かってるよ。ウチらを舐めるな。な?成香?」

 

「えっ!?あ、はい……素敵に頑張りたいと思います!」

 

 そう本内成香が答えると、獅子原爽は桧森誓子と真屋由紀子の方を向いて「チカ、ユキ。お前らも大丈夫か?」と聞くと、口を揃えて「大丈夫」と返ってきた。どうやら、有珠山高校も初戦の準備は既にできているようであった。




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第357話 一回戦編最終回 無理

前回に引き続きです。
感想に対しての返事は明日以降になりそうです。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

(お、爽……)

 

 前日一回戦を首位で終え、二回戦進出を決めたばかり……とは言っても副将の臼沢塞が他校を飛ばして終わらせてしまった為、自身の出番がなく、二回戦以降へと持ち越された小瀬川白望は自身の知人がいる中で唯一まだ二回戦進出を決めていなかった。そんなBブロックの有珠山高校の一回戦、その大将戦が行われているのにちょうど気付いた小瀬川白望は、先ほどまでずっと寝ていたという事が一目で分かるパジャマ姿のまま、姉帯豊音の隣にスッと座ると、「シロ、おはようだよー……っていうか、もうこんにちはだけどねー?」と姉帯豊音に言われる。

 

「全く。いくら試合が無い日だからと言って、何時間寝るつもりなのよ」

 

「うーん……その気になればいくらでも寝れるけど」

 

「いや、塞の言いたい事はそういう事じゃないでしょ……」

 

 臼沢塞の問いに至って真剣に答えた小瀬川白望であったが、隣にいた鹿倉胡桃にバッサリと切られる。小瀬川白望は目をショボショボさせながらも、しっかりと獅子原爽の対局をジッと見つめるのであった。

 

「シロ、コノヒトツヨイ?」

 

「ん……どうだろ……結構前の記憶だけど、何か色々なものを従えてたような……」

 

 小瀬川白望がエイスリンの質問に対してそんな事を呟いていると、獅子原爽がその直後に和了った。熊倉トシが「今の和了はソレなのかい?」と聞くが、小瀬川白望は首を傾げて「いや……爽が使った時はもっと分かりやすい変化があるから、違うと思う……」と否定する。

 

(温存……なのかな。色んな種類の能力……確か『カムイ』とか言うんだっけ。幾らでもいそうだから温存する意味はないと思うけど……何か制限でもあるのかな)

 

 小瀬川白望はなかなか能力を使おうとしない獅子原爽のことを見てそう考察をするが、小瀬川白望のこの考察は的を得ており、獅子原爽がカムイを使ってしまうと、使ったカムイが北海道へと戻ってしまうため、無限に使えるわけではなかった。

 そしてその後も獅子原爽がカムイを使う事はなく、無難に有珠山高校が二回戦進出を決めた。しかし、それはあくまでも大将戦の話であり、一回戦全体で見るとそういうわけでもないようで、どうやら小瀬川白望が見始めた大将戦こそ獅子原爽が無難な闘牌を繰り広げていたが、中堅戦までは有珠山高校が三位につけていたらしく、副将戦で一位を奪還していたらしい。そのことを宮守メンバーから聞かされた小瀬川白望は(ふーん……爽以外にも面白そうな人がいるもんだね)と心の中で呟いていた。

 

(……明日は、白糸台と新道寺が当たるんだっけ)

 

 小瀬川白望はカレンダーとトーナメント表を見比べるようにして見ると、心の中でそう呟く。前回の春の全国大会で白水哩と宮永照が闘った時は宮永照が勝利を収めたが、今回の団体戦では互いに当たるということはないようだ。

 

(白糸台の先鋒は照……新道寺の方は花田さん……まさか九州の方まで行ってるなんてね……しかも哩と姫子がいるところに……偶然ってものなのかな)

 

 以前会った時は長野県にいた花田煌が、どういうわけか福岡の新道寺に進学しており、しかも白水哩と鶴田姫子と同じ高校というとても偶然とは言い難いような不思議な事に小瀬川白望はどこか感慨深いものを感じていたが、その話は一旦置いといて、小瀬川白望は姉帯豊音に向かって「……三日後の二回戦。相手は今までの数倍強くなるけど豊音、自信ある?」と問い掛ける。

 

「神代さんとか、ちょー強い人もいるけどー……頑張っちゃうよー」

 

(こういう時……小蒔みたいに神様を降ろせる戒能さんとかがいれば話は変わってくるんだろうけど……仕方ない)

 

「そっか。その自信が本当かどうか、今から確かめようか。胡桃、エイスリン。ちょっと卓について」

 

「し、シロー……?」

 

「私は小蒔みたいに神様は降ろせないけど……仮想神代小蒔として打つから、やろうか」

 

 無論、この後姉帯豊音が疲労によって突っ伏すまで対局が行われたのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「あ……新道寺の白水さんからメールだ」

 

 一方、明日にシード校の白糸台にとっては初戦である二回戦を控えていた宮永照は、同級生であり部長(兼御世話係)の弘世菫とともに室内でゆったりと過ごしていた。そんな中、明日二回戦で白糸台と当たる新道寺女子の主将、白水哩からメールが届いていた。宮永照が携帯電話を開いて二十数秒後、首を傾げて宮永照が本を読んでいた弘世菫に対して「ねえ菫。なんて書いてあるのこれ」と言って携帯電話を弘世菫に突き出す。佐賀弁で埋め尽くされた白水哩のメールを目を細めながら見つめた弘世菫ではあったが、無論いくら勤勉な弘世菫であれど佐賀弁を解読できるわけもなく、本をパタンと閉じて「……多分、『明日は頑張ろう。負けないからな』って感じじゃないのか?」と宮永照に向かって言ったが、宮永照が困った顔をして弘世菫にこう言い返す。

 

「そんなアバウトじゃ、返信に困る」

 

「そうは言ってもだな……なんだったらそのまま放置でもいいんじゃないのか?」

 

「それは、ダメ。相手に失礼」

 

「……白望から来た時は悶えて結構な時間放置していた時もあったのにか?」

 

 弘世菫がそう言うと、宮永照は顔を真っ赤にして「それは……でも、ちゃんと返したは返したよ」と反論する。それを聞いた弘世菫が「悪い悪い。揶揄いたかっただけだ」と言うと、こう続けた。

 

「まあ、どんな感じで送っても構わないだろう。事実上の宣戦布告なわけだしな」

 

「そう言うものかな……まあ、いいか」

 

 宮永照が若干満足してなさそうな表情のままいかにも無器用そうな手つきで返信メールを打ち、そのまま送信すると「ふう」と溜息をついて床にペタリと座ってしまった。

 

「珍しいな。緊張で疲れてるのか?」

 

「どうだろ……」

 

「……あんまり無理するなよ」

 

 弘世菫が何気なくそう宮永照に言うが、宮永照は「……多少無理くらいは、しないといけないよ」と即座に否定する。

 

「白望はあの時、本当に死んでもおかしくないくらい無理をしていた……私には、そこまでの覚悟はあの時無かったと思う。だからこそ、負けた。インターハイに優勝するには……白望に勝つには、自分の身を投げ捨てる覚悟を持たなくちゃいけない……」

 

 そう淡々と述べる宮永照に、弘世菫は先ほどの宮永照の溜息とは意味がまた違った溜息をつくと、宮永照の肩をポンと叩いて「それはあくまでも対局中の話だろう。私が言いたかったのは疲れてるのを無視してそのまま倒れたり、風邪とか引くなよって意味だ」と言った。

 

(……全く。私にはついていけないよ。バケモノたち相手には)




次回に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第358話 二回戦A編 試合前

今回から二回戦A編です。


-------------------------------

視点:神の視点

 

 

(ん、宮永んやつからメールが早速帰ってきたばい)

 

 時同じくして、ホテルの部屋で鶴田姫子と共にゆったりとした時間を過ごしていた白水哩は、早速宮永照からメールの返信が届いたことに気づき、携帯電話を取り出して中身を確認する。そこには宮永照の性格が顕著に表れていると言えばいいのか、簡潔で淡白な文章が送られてきた。そんなメールを見ながらふふっと笑った白水哩は(相変わらずやんね……)と心の中で声を漏らしていると、鶴田姫子から「ぶちょー。どうしたとです?」と聞かれると、白水哩は携帯電話をしまい、「チャンピオンからのメールばい」と言った。

 

「てっきり白望さんのメールかと思っとったです。ニヤついてましたし……」

 

 白水哩の言葉に対し鶴田姫子がそう呟くと、白水哩は思わず噎せてしまう。そして顔を若干赤くしながらも「な、何言っとるばい。姫子……」と言うが、鶴田姫子は「まあ、そうじゃないならそれはそれで良かとです」と言ってペットボトルの中に入ってある清涼飲料水を飲む。そんな鶴田姫子を見ながら、白水哩はこんな事を考えていた。

 

(姫子が分かるほど顔にでとったんかさっき……)

 

(というか、私がシロの事ば考えとる時はいつもニヤついてるんか……!?)

 

 そう考えれば考えるほど白水哩の頭の中は羞恥心でいっぱいになっている。そんなベッドの上に寝転がって悶えている白水哩を、鶴田姫子は微笑ましそうな表情で見ていた。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 翌日。昨日の時点で団体戦一回戦が終了したため、今日からはいよいよシード校のお出ましとなる二回戦が始まる事となっていた。しかも、その二回戦第一試合は昨年のインターハイで王者となっていた宮永照率いる白糸台が出場する事となっており、早朝ながらも会場は人で埋め尽くされていた。観戦客はもちろん、テレビや雑誌、新聞などに携わっている人達もチャンピオンである白糸台の活躍を見に、沢山の人がやって来た。

 

 

「……結構人が多いね。朝早くから……」

 

「そりゃあ、昨年優勝校の白糸台が出るんだもん、そりゃあいっぱいくるよ」

 

「まあ胡桃の言う通りかあ……」

 

 そしてこの宮守女子も他と同じように昨年優勝校である白糸台の試合を見にこの会場まで足を運んでいた。しかし、小瀬川白望は白糸台も勿論のこと、白水哩と鶴田姫子、そして花田煌がいる新道寺の事も気になっていたのだ。故にテレビ中継ではなく、こうしてわざわざ会場まで足を運んできたのである。……実のところ、今日の朝も小瀬川白望は起きれずに臼沢塞から叩き起こされたのだが。

 

「豊音は白糸台の宮永さん、ちゃんと見ておかないとね」

 

「そうだねー。当たるとしたら決勝だけど、しっかり見ておかないといけないよー」

 

 臼沢塞にそう言われた姉帯豊音がこう返すと、エイスリンが「ドウシテ?」と首を傾げて疑問を投げつける。

 

「ああ、エイスリンは知らないんだっけか。白糸台の先鋒の宮永さんは、昨年のインターハイの優勝者なんだよ」

 

 臼沢塞がエイスリンの疑問に答えると、エイスリンは耳にかけていたペンを取り出して、ホワイトボードにサラサラと何かを書くと、「チャンピオン?」と言って臼沢塞に王冠の絵を見せる。それを見た臼沢塞は「そうそう。だから豊音にとって一番の強敵になるかもね」と言った。

 

「白望の方はどうだい、新道寺の大将の子は知ってるからまあいいとして、白糸台の大将の子。あの子のことは知らないんだろう?」

 

 そんな話を聞いていた熊倉トシが少し心配そうに白糸台の大将……それを担う一年生の大星淡の事について小瀬川白望に問い掛ける。が、小瀬川白望は澄ました表情で「まあ……全然知らないですけど、相当『できる』子だと思いますよ。大将を任されるくらいですし……」と答えた。

 

「まあ、この試合を見ないとどうかは断言できないですけどね……」

 

「確かにそうだけど、まず大将戦まで見れるのかい?」

 

 熊倉トシが小瀬川白望にそう言う。熊倉トシがそんな事を言ったのにはある理由があった。それは大将戦に行くまでに決着がつく可能性が高いと熊倉トシが読んでいたからであった。確かに、先鋒戦の時点で白糸台は宮永照、それに対して新道寺は花田煌と、既に大きな力量差が存在している。残りの二校も、宮永照の独壇場に待ったをかけられるような人材はいない。そして先鋒戦が終われば次鋒の弘世菫、中堅には渋谷尭深と、新道寺の要である白水哩、そして鶴田姫子の二大エースがいる副将戦にまで勝負が縺れ込むかどうかすら怪しい状況である。もっと言えば、宮永照が大暴れして先鋒戦だけで終わってしまうかもしれない。そう言った意味で小瀬川白望にそう言ったのだが、小瀬川白望は「どうでしょうね……」と案外気にしてなさげな声色でそう言った。

 

「どうなるかは分かりませんけど……まあそんなもしもの話をしても、埒があかないですよ」

 

「ま、まあそりゃあそうだけどね……」

 

「……でも、少なくとも先鋒戦では終わらないと思いますよ」

 

 小瀬川白望がそう言うと、熊倉トシは興味深そうに「……どう言う事だい?」と小瀬川白望に尋ねる。小瀬川白望は「新道寺の先鋒……あの人、追い込まれれば追い込まれるほど強くなるのか……それともそういう能力なのか。それは分かりませんでしたけど、飛びませんよ。多分照相手でも」と語った。

 

「そんな凄い子には地区大会や一回戦を見てもそう見えなかったけど……そうなのかい?」

 

「……ええ。一回だけですけど。私が飛ばそうとしても、飛ばなかったですから。花田さん」

 

 熊倉トシは驚いたような表情で「あんたでもかい?そりゃあ本物だね」と言う。が、小瀬川白望は「まあ……普通の麻雀の腕はまだまだでしたけど」と付け加える。

 

「成る程ね……まあ、その点も注目だね」

 

 そんな話をしているうちに、あと少しで二回戦第一試合が始まろうとしていた。会場の大きなモニターでは、既に先鋒戦の四人が対局会場に立っていた。




次回から対局が始まる(予定)です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第359話 二回戦A編 ② 捨て駒

-------------------------------

視点:神の視点

 

(……これが、かの有名なチャンピオンの威圧ですか……同じ人間なのか、それすらも怪しくなってくるほど……流石です。すばらです)

 

 対局が始まるまであと僅かといったところ、花田煌は目の前にいる宮永照をチラと見据えながら心の中で感じたことを率直に言う。この時点で花田煌は宮永照に気圧されてはいたものの、その目には依然として闘志があった。無論、花田煌自身たとえ150%の力を出したとしても、宮永照を地につける事などできやしないだろう。勝つのではない。一矢報いるのではない。彼女に示された使命ーー飛ばないこと。そしてその上で、出来ることならば失点をできるだけ減らす。これが花田煌に密かに命じられた事である。エースの白水哩をぶつけたとしても、宮永照に勝つとなれば厳しい話である。故の、捨て駒。今まで一度たりとも……小瀬川白望を相手にしても飛ぶことのなかった最弱ながらも大きな力を持つ『力』。これを持つ花田煌が選ばれたのである。

 そのことを聞いてしまった花田煌自身、悔しいと思わなかったわけではない。しかし、それも全て自分の非力さが故の事である。それを自他共に承知し、それでも尚自分が必要とされている。それならば、彼女の使命はただ一つ。自分の使命を全うすること。これ以外になかった。

 

(……元より私は捨て駒。いかにチャンピオンを攻略するかよりも、いかにして失点を減らすか……無理に強打してチャンピオンに振る……それが一番すばらくない……)

 

 無理はしなくても良い。無理をしたときのリスクを考慮すれば、黙って見ておいた方が一番現実的である。極論、常時ベタオリでも良いわけだ。それが一番賢く、一番現実的。勿論、余裕があれば狙いに行く事だって花田煌は考えている。だが、その余裕があれば、の話であるが。

 

 

(一回戦の牌譜は見たけど……なにかがあるっていうわけでもなさそう。それか温存か……白水さんをもってこないあたり、余程の秘密兵器か捨て駒のどっちかって事は間違いなさそう……)

 

 宮永照も花田煌を見ながら、自分なりに何故新道寺の先鋒に選ばれたのかを考察する 。実際問題、一局さえ経ってしまえば照魔鏡が全てを見抜くわけで、あまり考察に意味は持たないかもしれないのだが。

 

(まあ秘密兵器にしろ、捨て駒にしろ私には関係ない……ただ全力を持って叩き潰す。()()()()使()()かはさておき……そちらがその気なら……本気で行くよ)

 

 花田煌を睨みつけるような表情で見ていた宮永照は、そんな事を心の中で呟きながら、対局が始まるのを待っていた。その目は明らかにこれから勝負をする者の目ではなく、まるで狩猟をする猛獣のような目であった。

 

 

-------------------------------

東一局 親:宮永照 ドラ{2}

 

白糸台  100000

柏山学院 100000

新道寺  100000

苅安賀  100000

 

 

 

 

(親がチャンピオンとは……なかなかすばらですね。攻めるとしたらこの局になりますかね……)

 

 対局が始まり、起家は宮永照。通常ならば恐ろしい事態であるが、ことこの状況下に限り、絶望から一転、唯一と言ってもいいほどの安堵の時間と化す。

 宮永照の『照魔鏡』。これが発動される最初の局のみ、宮永照は決して動かない。和了もしなければ、鳴きなどの一切の行動を取らない。ただツモを取って牌を切る事しかしないのだ。例え親番であったとしても。

 つまり、宮永照が起家となった瞬間、自動的に宮永照の親が一回減るのだ。鬼門となる宮永照の親が本来ならば4回あるところ、それが3回になるのだ。他者からしてみれば有難い事この上ない。

 そして宮永照以外が相手となれば、花田煌も十分チャンスが巡ってくる。最初にして最後となってしまうかもしれないが、今が数少ない攻め時なのだ。

 

花田煌:配牌

{一二四五②③⑥⑧38西北白}

 

(こ、これはすばらくない……!)

 

 が……駄目。一局勝負のこの局面、スピードもなければ火力もないイマイチパッとしない配牌。せいぜい平和手にまとまれば上々、よくてタンピンが限界といった、期待の望めぬ配牌であった。

 

「ああ……花田んやつ……」

 

「仕方なか。こればっかりは時の運やね……」

 

 控室にいた鶴田姫子と安河内美子が残念そうに花田煌の配牌を見つめる。腕を組んで見ていた白水哩も、一見冷静そうなそぶりを見せていたが、もしかしたらと期待していたのか、どこか歯噛みしているようにも見えた。

 

(いくらあの配牌でも、この局面じゃ、攻めか守りか判断が厳しか……花田、ここはお前に任せる……どがん結果になっても仕方なしやけど……無茶だけはすんな……)

 

 白水哩は祈るようにしてモニター越しに花田煌の事を見つめる。本来なら、自分があの場所で闘っているはずだったのを、飛ばないから。その理由だけでチャンピオンに対しての捨て駒としてしまった。自分では宮永照には勝てないという悔しさと、どんな形であれ後輩に大一番を任せてしまったという申し訳なさを滲ませながら、真剣な表情で対局に視線を注ぐ。

 

 

 

 

 

(……大変危険な橋渡りですが、あの方に比べればまだ生温いですね……あの方はこれ以上の緊張感でやっているのでしょうか)

 

花田煌:9巡目

{二二四四五七七②⑥⑧238}

ツモ{2}

 

(ここでドラ2……ですか)

 

 9巡目、そろそろ全員の手牌も整理されて来た頃で、花田煌は思わぬ形でドラである{2}を対子にする。これで四対子。七対子に行くにしても、通常通りに手を進めていくにしろどちらにせよここは取り敢えず前巡の{③}に続く{②}を切る形の手となったが、ここで花田煌の脳裏に一筋の光が与えられる。ただの思いつきではあるが、花田煌にとっては何者かからの神託。そのように感じられた。

 

 

(危険は承知ですが……ここで賭けなきゃ花田煌の名が廃るというものですよ……!)

 

 

 

 

 

「……ふむ。かなり思い切った大胆な手だな……」

 

 同じく新道寺とは別の控室で対局を見ていた弘世菫は、この後当たる事になる対戦相手の牌譜を片手に、横目で花田煌の下した決断を見てそう呟いた。横でじっくり見ていた亦野誠子も「そうですね……仮に私が能力持ちじゃなければ絶対に取らない選択肢です」と呟く。

 

「ん?なになに〜?テルーが何かした?」

 

「違うよ。新道寺の先鋒の子」

 

 渋谷尭深に言われてモニターを見た大星淡は、花田煌の手牌を見て「ふーん……七対子を狙いに行くとしても、浮いた{②}を無視してドラ絡みの順子を捨てた{3}切り?思い切ってるけど、それが本気のテルーを前にしてもできるかな?」と何処か得意げにして言う。そんな大星淡に、弘世菫は溜息混じりにこう呟いた。

 

「……お前は照のコーチか何かか」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第360話 二回戦A編 ③ 見劣り

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:宮永照 ドラ{2}

 

白糸台  100000

柏山学院 100000

新道寺  100000

苅安賀  100000

 

 

 

「ポン!」

 

 

花田煌:手牌

{四四五七七②⑥⑧228} {二二横二}

 

打{8}

 

 

 花田煌が苅安賀の先鋒から{二}を鳴き、今度は素直に浮いていた{8}を切る。前巡での{3}切りこそその場の思いつきでしか過ぎなかったが、今のところはなんとか裏目を出さずに奮闘している。

 

(これで後はどうにかシャボ待ちにしてチャンピオンから和了れればいいのですが……)

 

 花田煌は自分が見えているビジョン……ドラの{2}を含めたシャボ待ちで宮永照から直撃を奪うという最高の未来を見据えながら、宮永照の捨て牌を見る。いくらあの宮永照とはいえ、絶対に相手に振らないというわけではない。ただ宮永照が『攻』の部分で圧倒的すぎるから攻めは最大の守りという言葉通り、相対的に『守』の場面が少ないだけで、『攻』に比べれば『守』は完璧とは言い難いものだ。無論、あくまでも相対的評価であるが故に、絶対的な評価ではないのが問題だが、確かに付け入るスキは存在するのだ。

 

 

「……それ、ポンです!」

 

花田煌:手牌

{四四五②⑥⑧22} {七横七七} {二二横二}

打{②}

 

 そして今花田煌が考えていたのが、萬子の染手に見せかけたシャボでのドラ待ちというトラップなのであった。文面だけ見ればただ裏をかこうとしているようにしかみえないのだが、ここで先ほどの{3}切りがただのトラップとは一味違った迷彩となって効いてくるのだ。

 通常ならば、例え染手に向かっていくとはいえ別色の搭子は他の牌よりも優先的に残しておきたくなる、万が一の時のための保険をかけたくなるのが人間の性である。故に、前に切った牌よりも、後に切った牌の方が重要であると考えるのは自明の理だろう。ましてや、ドラ側の{3}を{②や8}よりも優先的に切るなど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。その当然の思考を逆手にとった、まさに博徒のような花田煌の策略。謀略。これなら宮永照を出し抜く事も出来ないわけでもない。

 

(すばら……!)

 

 

花田煌:12巡目

{四四五⑥⑧22} {七横七七} {二二横二}

ツモ{⑦}

 

打{五}

 

 

(まあ、本当ならば対々和まで持って行きたかったんですが……欲張って自滅はすばらくない。何事も見極めが大事です……!)

 

 そして局も終盤となった12巡目、花田煌がようやく聴牌となると、{五}を切る。これでチャンピオン狩りの準備は万端。後は仕留めるだけ。少なくとも花田煌はそう思っていた。

 

 

(思い切りは凄いけど……粗い。ちょうど思いついたから実行したのが見え見え……)

 

 

 しかし、チャンピオンたる宮永照はそれを既に察知していた。宮永照が気付いたのは花田煌が2回目に鳴いた後の{②}切り。ここで宮永照は疑問が生まれていた。そう、花田煌は転換点となった{3}切りを選択する前に切ったのは{③}。それまでにツモの入れ替えが無かったということは、少なくとも{3}切りをする前までは{②③}の搭子落としをしようとしていたわけだ。それが、{③}を切った後、何を思ったか花田煌が捨てたのは{3}。明らかに{③}切りからの{②}切りまでのこの空白の時間。この時間の中のどれかに何かしらの意味があることは容易に想像できるだろう。そしてその中で一番怪しいとすれば、ドラ側の{3}。これしかないのだ。そういった意味では、花田煌は自分で怪しいところを示していたのであった。

 

(……というか。私はベタオリなんだからドラを切るわけ無いでしょ……)

 

 そう、宮永照は和了らないと決めているのだから、避けるべきことは相手に振り込むこと。これだけである。ベタオリ同然の状態で、いくら迷彩を張ったとしても、当人が歩こうとしなければ折角張った地雷も意味がないのだ。これが、小瀬川白望のような百戦錬磨の強者だったら話はまた違ってくる。むしろわざと怪しいと示すことで、本来無意味な打ちまわしに意味を持たせてきた……だとか。手牌全てを危険牌の状態にして死のルーレットをだせたり……だとか。そういった二重の策があってもおかしくはないのだが、花田煌の策はそれと比較すれば随分とお粗末なものであった。

 

(これが白望を知らない人だったら十分騙せてただろうね……私も白望っていう雀士を知らなければ騙されていたのかも。……だけど、白望を知ってる私にとっては所詮一本の矢……ソレと比べたらどうしても劣って見える……)

 

 宮永照の言う通り、迷彩は上手く張れていた事には間違いない。しかし、それ以上のものを知っている宮永照にとって見ればすぐに看破されただけで、現に次巡、柏山学院の先鋒がまんまと{2}を切り出した。

 

(……むっ。柏山学院が出しましたか……本来ならチャンピオンに当てたかったところですが。まあ和了れただけ良しとしましょう。恐らくあの感じだとバレていたようですし)

 

「ロン、断么ドラ3!7700です!」

 

 花田煌が手牌を倒して申告する。本人も宮永照の事を騙せていなかったと薄々気付いてはいたが、そんな事でめげる花田煌ではない。そもそも、そんな事で挫けるような者がこの捨て駒が務まるとは到底思えない。いくら捨て駒とはいえ、自分の役目にしっかりと責任と誇りを持っているのであった。

 

 

(……そして。来ますか……チャンピオン!)

 

(……全力で、倒す)

 

 誰かが宮永照の『照魔鏡』を使う準備となる最初の一局を『嵐の前の静けさ』と表現したが、これ以上に的確な言葉はないだろう。文字通り、この対局には雷鳴を轟かせる嵐がやってくるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第361話 二回戦A編 ④ 圧巻の三連続

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:柏山 ドラ{北}

 

白糸台  100000

柏山学院 92300

新道寺  107700

苅安賀  100000

 

 

 

 宮永照が唯一何のアクションもとらない、言うなれば他校にとっては最初にして最大の好機である前半戦の東一局が終わり、結果は花田煌の断么ドラ3、7700を柏山学院から討ち取り、上々の結果を残すことができた。最大の好機を7700で終わらせるのは少し物足りないように思えるが、元より捨て駒の花田煌。ハナから大物手で大きくリードするなど甘い考えはしていない。それよりもなによりも、あのパッとしない配牌から7700を和了れた時点で万々歳といったところであろう。控室の新道寺のメンバーも、この結果に満足している様子であった。

 しかし、ここからはまた話は違ってくる。この東二局、ここから宮永照が本格的に動き始める事となる。だが、その前に一つ。宮永照は全神経を集中させて『照魔鏡』を発動させる。

 

 

 

(……っ、これが、例の……)

 

 花田煌は後ろは振り返ってはいないものの、しっかりと背後に何かの気配を感じていた。いや、実際にはそこには何もない。科学的に言えばそれは単なる幻覚、ただのイメージに過ぎないのだが、花田煌は確たる証拠は無いが、理論以上の何かを感じていた。まるで、心臓を握られているかのような感覚。思わず花田煌の背筋が凍る。しかし、視線はずっと宮永照の事を捉えていた。

 

 

(……なるほど。そういうことか)

 

 そして対する宮永照は、『照魔鏡』によって花田煌の絶対に飛ばないという能力を看破した。そしてそれと同時に、何故無名の花田煌が新道寺の先鋒を、自分の相手として選ばれたのかを理解した。つまり、新道寺はこの先鋒をハナから捨てているのだ。

 

(……随分と、白糸台の後続が甘く見られたものだね)

 

 宮永照は心の中でそう呟きながら、山から配牌を取っていく。そしてその最中、宮永照は自分が有している二つの能力……『連続和了』と『加算麻雀』。どちらを使うかをこの瞬間で決めたのであった。

 

(……本来なら、『加算麻雀』を使えば苦労せずに点数が稼げるんだろうけど……ここは敢えて『連続和了』でいく)

 

 力量差が大幅にあるこの卓、『加算麻雀』の方を使えばすぐに13飜分和了れるだろうし、『連続和了』でチマチマ和了よりも断然そっちの方が効率も良い。しかし、今の宮永照は効率など二の次。舐められた自分の後続のために、今ここで王者の威厳を示すことが必要だと感じていた。だからこそ、何連続と和了ることのできる『連続和了』を選んだのだ。

 

 

(……誰にも牌は倒させない)

 

 宮永照のその言葉に呼応するかのように、東二局、宮永照の配牌はとても配牌と信じがたいほどの好配牌であった。

 

宮永照:配牌

{一一一二三③④34556東}

 

 配牌の時点で既に一向聴。しかも受けも{②⑤47}のどれか一牌を引けば即聴牌の四面受けと、点数は微弱ながらも、まさに電光石火と言うような配牌であった。

 そして無論、この後も足踏みをしないどころか、次巡で{⑤}を引いて打{東}で聴牌。たった一度のツモで{47}の両面待ちへと辿り着いた。当然の事ながら、これを察知できる者などこの場におらず、4巡目に苅安賀が{7}を吐き出して宮永照のロン和了。30符1飜の1000点と、最低点数ながらもたった四巡での和了速度は異常であり、しかもその内聴牌まではわずか一巡と、『速い』という言葉ではもはや形容することのできない領域である。これには花田煌も冷や汗を流しながら、宮永照の捨て牌に目を向ける。

 

(2、3巡目はどちらともツモ切りでしたから……1巡目、もしくはその前から張っていたという事でしょうか……すばらです。……そしてちょっと想定外ですね。ここまで次元が違うとなると……厳しいですね)

 

 花田煌は驚きながらも宮永照のことを賞賛し、それと同時に改めて自分との格の違いを思い知る。とはいっても、ここから対局が終わるまで、花田煌は何度もそれを思い知らされることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン、平和ドラ2。3900」

 

宮永照:五巡目

{一二三赤⑤⑥⑦34赤56667}

 

柏山学院

打{8}

 

 

(すばっ……!?たった五巡で私の親が……!)

 

 

「ツモ、ツモ東三暗刻。満貫」

 

宮永照:七巡目

{二二二七九⑧⑧⑧11東東東}

ツモ{八}

 

 

(……も、もう南入……ですか?)

 

 圧巻。圧巻の三連続和了で宮永照はパパッと東場を終わらせる。この間に聴牌できたのは宮永照のみで、他の三人は聴牌はおろかまだ一向聴にも到達できていないほどであった。あまりにも差がありすぎる。花田煌自身、まさかここまで一方的に嬲られるとは予想すらしていなかった。勝負という体をなしていない。ただの一方的な虐殺。それ以外の何物でもなかった。

 

(しかもその上、チャンピオンの親番……これはすばらくない。非常にすばらくない……)

 

 そう、南一局は事実上1回目の宮永照の親番である。どうにかしてこれを乗り切るかが花田煌にとって重要なのだが、もはや花田煌一人の力でどうにかできる事態でないという事を、今になって気付くが、もう遅い。猛獣はすぐそこで構えているのだ。虎視眈々と獲物を狩る準備を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第362話 二回戦A編 ⑤ 阻止

-------------------------------

視点:神の視点

南一局一本場 親:白糸台 ドラ{5}

 

白糸台  130900

柏山学院  80400

新道寺   99700

苅安賀   89000

 

 

 

(次は倍満そしてその次が三倍満……速度は次第に落ちているとはいえ、そろそろ手がつけられなくなってきましたね……)

 

 前局に親の跳満を宮永照に和了られたことにより、ついに最初の持ち点であった100000点を割ったどころか、これで白糸台との点差はまだ前半戦の南一局だというのに31600点差。このペースが続けば先鋒戦で勝負が決まってしまうことも十分考えられる。というか、ペース云々の前に今宮永照の親をどうにかして蹴らなければ、この宮永照の親で呆気なく終わりだ。無論、流石に倍満以降の飜数ともなれば、初期のように四巡、五巡で和了れるわけはなく、調子が極端に優れない時には十二巡以降ということにもなったり、果てには和了れずに流局という事も三倍満になってくる何回かあったりもする。しかし、だからといって今の宮永照がその『極端な不調』であるとは思えない。チャンスが巡れば巡ってきた数だけ、手牌を倒してくる。ならば、そういった時の運に自分の運命を任せても何の勝機もない。勝機が唯一あるのは、自分自身の働き。これに賭けるしかないのだ。どんな安手でも、愚形でも構わない。和了。和了ることができればそれが値千金となるのだ。とにかく和了って宮永照の親を蹴る。それしか花田煌が生き残る術はない。しかし。

 

 

 

花田煌:四巡目

{一三五八八九②④④⑦79北}

 

 

(……これは時間がかかりますね。まだ字牌整理をしているようじゃ、チャンピオンに追い抜かれてしまいます)

 

 未だ四巡目ではあったが、花田煌はこの時点でこの手牌の限界を悟った。流れも試合の主導権も宮永照に握られているこの状況で、並みのスピードで競り勝つのは九分九厘宮永照の方なのは自明だろう。だからこそ、この段階でまだ字牌が残っているようなこの手牌では、宮永照の親を蹴ることなどできないのだ。そのことをこの時は特別頭が冴えていたのか、それとも花田煌の根幹にある生存本能がそうさせたのか。どういうわけかいち早く察知し、見切りをつけた花田煌が次に視点を向けたのは苅安賀と柏山学院であった。苅安賀は捨て牌からは分からなかったが、柏山学院はどうやら萬子の混一色に向かっているのか、捨て牌が{北71①}と、確信には至ってはいないが、花田煌は柏山学院が混一色を狙っているということを祈りつつ、{八}を切る。

 

「ポン」

 

柏山学院:五巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {八八横八}

打{九}

 

 

 

 

 

(ふーん。自分では不可能と感じて、柏山の援護に回ったんだ……)

 

宮永照:五巡目

{二①②④赤⑤⑥⑦⑨南南中中発}

 

 一方の宮永照はこのまま順当に手を進めていけば一通混一色南中赤1と、倍満となる手牌であった。花田煌の{八}切りによって柏山学院が鳴いたのを見て、すぐに花田煌の意図に気付く。しかし、流石に自分に回さないように鳴かれ続ければいくら宮永照といえども、そればかりはどうしようもない。が、薄々感じていたのだろう。花田煌も宮永照も、ここでどれだけ宮永照のツモ回数を減らすか。そこが勝負の岐路となるであろうということを。

 

 

花田煌:五巡目

{一三五六八九②④④⑦79北}

ツモ{3}

打{一}

 

 

 

(ここは……っ、どうやら無理そうですか)

 

 

 花田煌は今度のツモ番も萬子を切るが、柏山学院は反応を示さず。位置の関係上、花田煌が柏山を鳴かせる場合はポンかカンしかなく、チーをできない分苅安賀を援護するよりも援護をしにくいのだ。花田煌は少し焦ったような表情を浮かべるが、苅安賀が切った{④}を見て、反射的に花田煌の手が動く。

 

「その牌、ポンです!」

 

花田煌:六巡目

{三五六八九②⑦379北} {④④横④}

打{五}

 

 苅安賀の牌を鳴くことで、宮永照のツモ番を飛ばして再び柏山学院に鳴かせることのできるチャンスを得る。花田煌は決死の思いで{五}を切ると、思いが通じたのか、柏山学院は{五}を鳴いた。

 

(……仕方ないか)

 

 宮永照は心の中でそう呟くと、倍満となりかけていた手牌を伏せる。宮永照はこの時点でこの局の行方を悟ったのだろう。しかし、花田煌はそれを見ても油断、慢心をせず、緊張感を持ってツモ牌を取り、{北}を切る。

 

「ロン。混一色、2300」

 

 

柏山学院:和了形

{一二三六六北北} {五五横五} {八八横八}

新道寺打{北}

 

 

 花田煌の奮闘あってか、無限に続くかもしれないと思われていた宮永照の親をわずか一本場で蹴ることができた。しかし、得点だけで見ると2位の新道寺を33900点離して断トツ一位である事には変わりない。しかし、花田煌は点棒を守るという重大な使命を果たしたのだ。宮永照という猛虎を抑え、どうにかして望みを次に繋ぐ『捨て駒』の役割を十分に果たせたのだ。それだけで満足すべきであろう。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 花田煌のファインプレーから数十分後、先鋒戦の後半戦を終えた宮永照は控え室へと向かっていた。対局が終わって控え室まで戻っているこの最中も、頭の中で今日の振り返りをする。感情的になって『連続和了』しか使わなかったという点を省いたとしても、課題が残る内容ではあった。そんな反省をしていた宮永照の目の前に、これから次鋒戦にむかう弘世菫とすれ違う。

 

 

「……全力を出すと言ってたからどうなるかと思っていたんだが、思ったよりも差が開かなかったな。大丈夫か?」

 

「ごめんね。今回は『連続和了』しか使わなかったから……流石に倍満三倍満のスピードだと阻止されるほどの実力はあったし。……特に新道寺」

 

 宮永照はそう言って近くのモニターに映っていた各校の点棒状況を見る。トップの白糸台が152000点で新道寺が80400点と、新道寺に71600点差というほぼ二倍近い大差で終えた宮永照であったが、弘世菫の予想よりかはいくらか下回っていたようだ。それは宮永照も感じていた。単純な力量差で見ればこれ以上の点差になっていたはずだ。しかし、それなのにこの結果というのは花田煌の『捨て駒精神』が効いていたのだろう。元よりプライドをかなぐり捨てて負け前提の捨て駒と自覚し、捨て駒として立っている花田煌にとって、もはや失うものなど何もなかった。そのどんな結果になろうとも何も失わないという状況が、返って花田煌にプラスとして働いたのだろう。

 

「……たしかに、新道寺の先鋒。明らかな捨て駒だったが、ガッツは一人前だったな」

 

「そういった意味では普通の相手よりも厄介……菫も気を付けてね」

 

「ふふ。任せろ。私を誰だと思っている」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第363話 二回戦A編 ⑥ 射る

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:柏山学院 ドラ{二}

新道寺   80400

白糸台  152000

柏山学院  79800

苅安賀   87800

 

 

 

 

「ただいま」

 

「お疲れ様です。宮永先輩、流石でしたね」

 

 先鋒戦を終え、対局室から次鋒の弘世菫と入れ替わるように控え室に戻ってきた宮永照を、まず亦野誠子が迎え入れる。亦野誠子の言葉に対しては「……でも、もっと点差をつけられた。『アレ』を使っていれば」と、先ほどまでの自分の結果にはあまり満足していない様子であった。そんな宮永照を気遣って渋谷尭深が淹れたばかりの茶を宮永照に「粗茶ですけど、どうぞ。先輩」と言って差し出す。宮永照と渋谷尭深が最初に出会った頃の険悪な関係など、もはや微塵も面影がなく、今はしっかりとした先輩後輩の関係を築けているようにも思えるが、あくまでも小瀬川白望に関しては未だ敵対状態は解かれる事はなく、表でそう言った話が出ない(実際は弘世菫が配慮して小瀬川白望に関する会話をしないようにしている)ので、そう言った微笑ましい関係が見られるのであり、小瀬川白望が関わってくるや否や、先ほどまでの関係はどこへやら。一気にギスギスとした関係に変貌する。その裏の事情を知っている亦野誠子からしてみれば宮永照と渋谷尭深の今の会話にも若干の違和感と、いつ一触即発の状況にもなり得るかもしれないという緊張感を感じながら、冷や汗を流して聞いていた。

 一方の大星淡はというと、そんな関係を知っているのか知らないのかは分からないが、渋谷尭深と宮永照の間に割って入るようにして「たかみー、私もお茶欲しーい!」と渋谷尭深に要望する。亦野誠子はこの時『頼むから二人の事は放っておいてやってくれ』といった願いを大星淡へと心の中でぶつけながら、胃を痛くしていた。

 

「じゃあちょっと待っててね淡ちゃん。すぐに淹れてくるから」

 

 が、そんな亦野誠子の不安を他所に渋谷尭深は笑みを浮かべながら大星淡の要望に応える。亦野誠子はそれを聞いてホッとしたが、ふと自分は何もしていないのにどうしてこんなにも気を張り、疲れなくてはいけないのだろうという懐疑心が芽生える。もともと、こうやって気遣いをするのは弘世菫の役目であるのだ。一個上の部長がこれほどまでの苦労を毎日味わっているのだと考えると、賞賛よりも前に心配が募り始める。

 

(……後で菫先輩を労おう。だけど、いち早く帰ってきてほしい……私にはこの状況は耐えられない……!)

 

-------------------------------

南二局 親:新道寺 ドラ{①}

新道寺   83200

白糸台  157600

柏山学院  77200

苅安賀   82000

 

 

 

(新道寺の次鋒……安河内とか言ったか。何ともつかみ所がないやつだ。どういった打ち方をするのか、未だ謎のままだ……)

 

 一方、後輩からそんな願いをされているなど知る由も無い弘世菫は、上家に座る安河内美子の事を見ながら心の中でそう呟く。弘世菫はこの時点で既に5600のプラスと、先ほどの宮永照と比べるとかなり見劣りするが、しっかりと一位を堅持する活躍はしているのだが、未だに安河内美子が一体どういう雀士なのか、それが全くといっていいほど分からなかった。急に攻めに転じるわけでもなければ、守備一辺倒というわけでもない。ある種弘世菫にとって弱点となりそうな相手だが、弘世菫はその不気味な謎に対して、臆さず弓を構える。

 

(……親は新道寺。ここで下手に動かれると、厄介な事になる可能性も否定は断じてできない……射っておくか)

 

 

弘世菫:八巡目

{一三四五六②②⑥⑦⑧⑨南南南}

打{⑨}

 

 

 弘世菫は{二}の嵌張待ちで安河内美子に狙いを定める。十分不可能というわけでもない。準備は万端かのようにも思えた。が、

 

 

(なっ……苅安賀のやつ……!?)

 

苅安賀

打{二}

 

 安河内美子にツモ番が回ってくるその前に、苅安賀が{二}を放ってしまう。これはいけない。この一打のおかげで、弘世菫が安河内美子を射る事はほぼほぼ不可能となってしまった。ここ和了らず、見逃して例え安河内美子が打ったとしてもフリテンであるから和了れはしないし、何よりそれ以降となると、二巡続けて{二}を切るのは考えられないから安河内美子を射る、ということは待ちを新たに変えないと不可能であるのだ。八巡という微妙な頃ではあるが、無理をするメリットが弘世菫の自己満足以外あまり無いのも事実だ。元より新道寺の親を蹴る。これが弘世菫の目標であり、安河内美子を射るというのはあくまでもオマケの話だといことを忘れてはならない。

 しかしそれでも納得がいかなかったのか、弘世菫は不服そうに手牌を倒して宣言する。そしてそれと同時に、弘世菫は安河内美子の事を睨みつけながら(安河内……覚えておけよ。次は必ず射る)と心の中で決心をしながら点棒を受け取った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第364話 二回戦A編 ⑦ 苛立ち

-------------------------------

視点:神の視点

次鋒戦前半終了時

新道寺   82900

白糸台  161000

柏山学院  76200

苅安賀   79000

 

 

「菫先輩、なんかすっごいイライラしてなかった?テルー」

 

 次鋒戦の前半戦が終わり、先ほどまでじっと黙っていた大星淡が先ほどまでモニターから見た弘世菫が無性にイライラしているのに気づき、宮永照にそんな事を呟く。大星淡のこの指摘は的を得ており、新道寺の安河内美子からなかなか直撃が奪えずに弘世菫は歯痒い思いをしていた。無論、一回も直撃が奪えなかったというわけではなく、何度か直撃を取ったのだが、弘世菫自身でしっくりくるような直撃は全くと言っていいほど取れなかった。結果的にプラス収支で前半戦を終えたとしても、結果的に差を広げたとしても、狙い撃ちを自分の売り、武器としている弘世菫にとってこの結果は屈と感じるのは当然だ。それが大星淡にも分かるほどであったのだから、彼女が抱えていた屈辱感は相当なものだったのだろう。

 

「うん……あの安河内って人。なかなか上手く立ち回ってたし、菫も菫で焦って上手くいかなかったんだと思う。そのせいで悪循環に陥ってるのかも……」

 

 宮永照も大星淡の指摘に同調する。今の弘世菫の状態を精彩を欠いていた、と表現して仕舞えばそれで終わりなのだが、インターハイという何が起こるか分からないこの大一番で、万が一ということも有り得ないというわけではない。そこで今の弘世菫をそのままにしておくのは危険だ考えた宮永照は、大星淡に「……ちょっと行ってくる」と言って控室を飛び出すようにして出て行った。

 

 

「あ、ちょ。テルー!?私もい……っ!?」

 

「気持ちは分かるが、宮永先輩だけで行かせてやれ。な?淡」

 

 大星淡が宮永照について行きそうになったところを、亦野誠子が大星淡の腕を掴んで止めに入る。大星淡は腕を掴まれたまま、不服そうに「えー、なんでさ!私だって菫先輩を元気付けたい!」と言って不貞腐れる。大星淡の弁解を聞いた亦野誠子と渋谷尭深は同時に『散々部活でしごかれた弘世菫が悩んでる姿を見たいだけだな』と大星淡の心の内を看破しながらも「後輩に元気づけられるなんてそれこそプライドの高い弘世先輩なら屈辱ものだろ」と言って大星淡を説得する。大星淡は仕方ないと言った感じでソファーに座ると「ちぇ……せっかく菫先輩の困ってる姿が見れると思ったのにな……」と本音を漏らした。

 

(はは……まあ淡に厳しいってのもあると思うけどな……弘世先輩。まあそれは宮永先輩も同じようなものか……)

 

 

 

 

 

 

 

「美子。前半戦弘世ば相手に良か成績やね」

 

「ありがと。まあ後半戦もしっかり役目を果たすばい」

 

 一方の新道寺の控室では、多少点差は離されたものの弘世菫相手に上手く立ち回った安河内美子をメンバーが迎え入れる。白水哩と安河内美子の会話を聞いていた花田煌が申し訳なさそうに「私がもっと失点を抑えておけばもっと楽にできたはずなのに……申し訳ありません」と謝るが、江崎仁美が肩を叩いて「何言っとるばい。チャンピオン相手にあそこまでできたのは上々やろ」と励ます。すると白水哩が花田煌にこんな事を聞いた。

 

「花田ん失点は19600やったか」

 

「はい……チャンピオンには5万点以上稼がれましたが……」

 

 それを聞いた白水哩が澄ました顔で「24200ばい」と花田煌に向かって言う。花田煌は白水哩の言っていることが分からず困惑していたが、安河内美子が小さな声で「春の大会でチャンピオンと当たった時の哩の失点やね」と呟くと、白水哩は小さく溜息をつく。あまり思い出したく無い過去の成績だったのだろう。

 

「まあ、そういう事ばい。私はあのチャンピオン相手に悔しか成績しか残せんかった。そう考えっと花田ん成績は十分誇れるばい」

 

「そうですか……」

 

 花田煌がそう呟くと、白水哩が安河内美子に向かって「ま、後半戦でん期待しとるよ」と言うと、「……了解ばい」と言って対局室へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 所変わって対局室へと続く廊下。そこで壁に手を当てながら考え事をしていた弘世菫に向かって走ってきた宮永照が声を掛ける。

 

「菫」

 

「照……」

 

 弘世菫が宮永照の存在を認識すると、先ほどまで険しい表情をしていた弘世菫の顔が綻んだ。どうやらかなり精神的に追い詰められていたらしい。

 

「……すまないな。まさかお前に精神面で心配されるなんて」

 

「む、何それ。私が精神面に難ありみたいな物言いは。そんなに私って精神的に弱かった覚えは無いんだけど」

 

 宮永照がジトッと弘世菫の事を睨むようにして言うと、弘世菫は「……結局妹と仲直りできずに三年の夏を迎え、挙げ句の果てに一度突っ撥ねた奴に心配されるなんてなって意味だ」と呟く。それを聞いた宮永照は一瞬ムッとしたが、すぐに表情を戻して「……そこまで口が達者になったってことは、大丈夫だった事で良いよね?」と聞く。

 

「ああ、どうやらそのようだ……何処ぞの誰かさんのおかげでな」

 

 弘世菫はそう言うと、深く深呼吸して「じゃあ、行ってくる。ありがとうな」と言い、対局室へと歩き始める。しかし、数歩歩いたところで弘世菫が振り返ると、「……それと。結局のところどうなんだ。仲直りできそうか?」と質問する。

 

「……分からない。でも、もしその時が来たら、ちゃんと仲直りするよ」

 

「そうか……さっきは引き合いに出してすまなかったな」

 

「ううん。元はといえば私が悪い話だし……それに、白望さんにも何度も言われた事だから」

 

 そう言うと、弘世菫は「……頑張れよ。他人の家の事情だから深くは言わんが、応援してるからな」と言い残すと、今度こそ対局室に向かって行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第365話 二回戦A編 ⑧ 収穫

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「……ロン、中チャンタ。2600。……ありがとうございました」

 

 

弘世菫:和了形

{七八九①①99中中中} {横三一二}

柏山学院

打{①}

 

 

 

次鋒戦終了時点

新道寺   93200

白糸台  168300

柏山学院  66600

苅安賀   70900

 

 

 次鋒戦後半戦、結果的に首位をキープしたまま中堅戦へ託す事ができた弘世菫は、安堵のため息をつきながら控室へと戻ろうとする。そして自身より先に対局室から出て行こうとした安河内美子の姿を見ながら、後半戦の自分のプレーを振り返っていた。

 

 

 

(……やはり、あまり安河内を意識しない方が上手くいったな。前半戦の時は安河内を意識するあまり自分が見えていなかったが……固執さえしなければそれほど驚異的な奴ではない……まあ、それを差し引いても先の読めない厄介なヤツだということには変わらんな)

 

 弘世菫の言う通り、前半戦に比べれば後半戦は見違えるほど弘世菫らしい麻雀が出来ていた。弘世菫自身安河内美子の事を無理に意識しないだけでここまで変わるとは思っていなかったため、今回の対局は彼女の今後ににとっては非常にプラスとなった。

 

(精神的なモノがまさかここまで結果に大きく関わるとはな……今思えば、そのことは既に私は知っていたはずなんだがな……)

 

 心の中でそう呟きながら、弘世菫は頭の中で小瀬川白望の事を思い浮かべる。当時は何も分からぬままただ小瀬川白望が一方的に超人的な和了をしたとばかり思っていたのだが、今になって思い返せば、そういった相手の心、精神の揺れや迷いを小瀬川白望は巧みに利用していたのだと考えればずっと疑問だったものも納得がつく。長年の疑問をようやく解決することができた弘世菫であったが、現状に満足することはなく、むしろ気付くのに時間がかかりすぎたと思ったほどだ。

 

(いくら原理が分かったところで……それで対策を講じれるほどヤツ(白望)は甘くない。氷山の一角に過ぎない……)

 

 そんな事を考えていた弘世菫が対局室を出て廊下を曲がろうとすると、弘世菫の進行方向から静かに渋谷尭深がやって来た。渋谷尭深を視認した弘世菫は考え事を止め、「……使うつもりなのか?収穫の時(ハーベストタイム)は」と声を掛ける。すると渋谷尭深は「はい……温存する必要が無いと思ったので……」とどこか自信ありげで、それでいて謙虚に答える。

 

「そうか……お前が他者に引けを取るとは思えないが、油断はするなよ」

 

「勿論です。先輩も次鋒戦、お疲れ様でした」

 

 そう言葉を交わし、渋谷尭深は対局室へと歩を進める。そんな後ろ姿を見送った弘世菫は、溜息をつきながら「……あんな淑やかで謙虚な尭深が、照に対抗心を燃やすほど白望を好くとはな……恐ろしいものだ」と小さく呟くと、そのまま控室へと戻って行った。

 

 

-------------------------------

 

 

「……よし。とりあえず心配事は杞憂に終わっとね」

 

「ですね、部長」

 

 

 白水哩が腕を組みながら、モニターを見て若干緊張を解く。鶴田姫子がそう同調すると、花田煌が「心配事とは……?」と疑問を口にする。すると白水哩がモニターに映る渋谷尭深を睨みつけるようにしてこう言った。

 

「ああ、花田んには言っとらんかったけど、この渋谷っつー奴はオーラスに役満ば和了る確率が異常なほど高い。単なるラッキーとは思えんほどにな。……まあ十中八九能力やね。そいだけでも十分脅威ばってん、そいが奴がラス親になっとどうなっか……分かるか?花田」

 

「えっと……オーラスで役満を和了る可能性が高いんですから……親が流れるまでずっと役満を和了るって事ですか……?それはすばらな能力ですけど、非常にすばらくない……」

 

「可能性としては十分にある話やね。まあ一度もラス親になっとらんらしいけど……単純に考えて四分の一。いつなってもおかしない話ばい」

 

 そう白水哩が呟くと、花田煌もモニターを見て渋谷尭深の事を見る。見掛け上はそんなに凶暴的な能力を持っているようには花田煌は見えなかったが(……人は見かけによらず。という言葉ですね……見た目に騙されてはすばらくない……)と心の中で唱えるようにして言った。

 

 

-------------------------------

 

 

 一方、観客席で対局を観戦していた小瀬川白望は、中堅戦に出ていた渋谷尭深を見て(……改めて思うけど、尭深がまさか照と同じ白糸台で麻雀をやってるなんてね。最初の頃はあんまり仲良さそうには見えなかったのに)と感慨深く心の中でそう呟くが、宮永照と渋谷尭深の間にそういったギスギスした空気が流れていた理由は八割方小瀬川白望にあるわけで、そういったことに気付いていない小瀬川白望は二人の関係を客観的に見ながらしみじみと思っていた。

 

「……白望。あの娘については何か知らないのかい?」

 

「知ってるは知ってますけど……麻雀の事についてはさっぱり」

 

 熊倉トシから尋ねられた小瀬川白望がそう返答すると、熊倉トシは少し困ったような表情をしながら「ちょっとこれ、胡桃と一緒に見てくれないかい?」と言って渋谷尭深の牌譜を小瀬川白望に手渡す。鹿倉胡桃もそれを聞いて位置を小瀬川白望の近くに移動して二人で牌譜を見ると、鹿倉胡桃は「何これ……オーラスの時、この人絶対役満和了ってる!」と言う。それを聞いた姉帯豊音と臼沢塞とエイスリンも小瀬川白望に近寄って牌譜を見る。

 

「……なんかの能力ですかね、これ」

 

「能力だろうね……ここまで尖った能力も珍しいもんだよ」

 

 臼沢塞と熊倉トシがそんな会話をしていると、その間も集中して牌譜に目を通していた小瀬川白望。そうして何かに気付いたのか、小瀬川白望は牌譜からモニター、モニターから牌譜と、視線を行ったり来たりさせた。

 

 

「何かに気付いたのー?シロー」

 

「……うん。胡桃、尭深と打つ事になったら、その時はできるだけ流局と連荘を避けて。例え胡桃が親でも連荘は控えた方が良い……」

 

「分かったけど……どうして?」

 

 鹿倉胡桃が当然の疑問を小瀬川白望にぶつけると、小瀬川白望は「……この試合を見ればわかるよ。その理由が」と言い、モニターの向こう側にいる渋谷尭深のことをじっと見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第366話 二回戦A編 ⑨ 役満前提

今回は分量が少ないです。


-------------------------------

視点:神の視点

南二局 親:白糸台 ドラ{中}

新道寺  103600

白糸台  153500

柏山学院  67600

苅安賀   75300

 

 

 

 

「ポン」

 

渋谷尭深:三巡目

{一二六六七八八③⑥24} {⑦横⑦⑦}

打{一}

 

 

 中堅戦の前半戦、二回目の親番となった渋谷尭深は三巡目というかなり早い段階から自分の手に見切りをつけて鳴きに行く。それを見た江崎仁美は(……やっぱり、哩の言ってた事は本当やね)と心の中で呟きながら、()()()()()()()()を凝視していた。

 

渋谷尭深:捨て牌

{北1一}

 

 彼女が渋谷尭深の捨て牌に注目していたのは、渋谷尭深の能力収穫の時(ハーベストタイム)に理由があった。収穫の時と書いてハーベストタイムと呼ぶこの能力は、常時発動されるものではなく、オーラスの時のみその真価が発揮される事となる。オーラスまでの東一局から南三局、それまでに捨てられた一番最初の牌。それがオーラスに一気に戻ってくるというものだ。渋谷尭深のオーラスでの役満和了率が常軌を逸した数字になるのはこの能力のせいであった。

 そして、渋谷尭深が今こうしてやけに速攻をしようとしているのにもこの能力が大きく関わってくる。最初に捨てた牌が全て戻ってくるのだから、当然局数が増えればその分戻ってくる牌は増えるから、親の時はできるだけ連荘を続け、それ以外の時は失点を抑えつつできる事ならば親に和了らせる。そうする事によって彼女のオーラスの配牌の九割を決定させる事ができる。原理はとても簡単で、彼女の行動も至極当然な話ではあるが、彼女と同卓している者からしてみれば溜まったものではない。故に、どうにかしてでも彼女の連荘を防がなければいけないのだが、江崎仁美は頭の中で思考を巡らせる。

 

(……こん南二局で九局目。最低でも十三牌中十牌が渋谷ん仕込んだ牌。……正直、役満ば止めれるとは思っとらん。……だから)

 

 そう、だからこそ渋谷尭深の速攻に無理に対抗するよりかは、渋谷尭深の役満に備えて、それまでにどれだけ点棒を保持できるかにかかっている。江崎仁美の言う通り、オーラスでは圧倒的に渋谷尭深が有利であり、彼女の役満を止めるのはほぼ不可能だと言っても過言ではない。だから正直なところ、オーラスまでの局数など、オーラスでの圧倒的不利な状況で渋谷尭深を抑えるほどの力を有していない江崎仁美には些細な話であった。

 

「ロン、1500……」

 

渋谷尭深:和了形

{六六七八八③③234} {⑦横⑦⑦}

柏山学院

打{七}

 

 

 結局この局は速攻に重きを置いた渋谷尭深が順当に柏山学院から撃ち取り、連荘へと繋ぐ。江崎仁美と同じように、オーラスで直接渋谷尭深をどうにかするというよりかは、オーラスまでに点棒を集めて役満に備えるというもはや『渋谷尭深が役満を和了る前提』の空気となりつつあった。本人もその空気の変化には気付いており、(……そういう事なら。私も思う存分やらせてもらいますけどね)と、俄然やる気を出していた。

 

(……収穫の時は、どうやらまだ先の話になるようです)

 

-------------------------------

 

 

 

「……オーラスまでに十二局、かあ」

 

「今まで見てたけど……それが何か関係があるの?そうには思えないけど……」

 

 小瀬川白望がそう呟くのに対し、鹿倉胡桃は未だに渋谷尭深の能力の詳細については何も分かってはいなかった。鹿倉胡桃が小瀬川白望に尋ねてみると、小瀬川白望は「……尭深が、各局に何を一番最初に捨てた牌か、十二局分覚えてる?」と鹿倉胡桃に向かって質問する。

 

「え?最初に捨てた牌?……えーっと……って、十二局分って、そんなに覚えてないよ!?」

 

「……そっか。それはごめん……最初に言っておけば良かったね。まあ、尭深はこれまでに{東}二回、{北}二回、{西}二回、{南}三回、{中}三回……それらを尭深は一番最初に捨ててる。今ので覚えた?」

 

「う、うん……でもそれが?」

 

 鹿倉胡桃が小瀬川白望にそう言うと、小瀬川白望はモニターの方を指差して「……オーラスの尭深の配牌。それを見れば分かるよ」と言う。そう言われ、鹿倉胡桃だけでなく、他の宮守メンバーもモニターをじっくりと見始める。すると、渋谷尭深の配牌には{東、北、西}が二枚、{南、中}が三枚集まっていた。鹿倉胡桃が感嘆の声を漏らすと、小瀬川白望が「これが尭深の能力……局の最初に捨てた牌がオーラスに一気に集まってくる能力」と呟いた。

 

「まあ局数が十三以上になったり、それまでに捨てた牌が同じ牌で5枚以上になった時どうなるのかは尭深にしか分からないと思うけど……それでも尭深の能力は脅威だね」

 

 そう淡々と呟く小瀬川白望。だがその一方で、鹿倉胡桃は思わず気が滅入ってしまった。確かに白糸台と当たるとなれば決勝以外ないのだが、もし当たったとしたらかなり大変な事になる。そんな気がして、今から疲れていた。

 

(……そう思うと、胡桃も結構大変なところだよなあ……尭深に洋榎、セーラに久に明華。中堅でも強敵揃いな事には変わりないか……)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第367話 二回戦A編 ⑩ 役満和了

-------------------------------

視点:神の視点

南四局 親:苅安賀 ドラ{3}

新道寺  108600

白糸台  157300

柏山学院  64900

苅安賀   69200

 

 

渋谷尭深:配牌

{8東東南南南西西北北中中中}

 

 

 南四局。前半戦の最終局であるこの局、渋谷尭深は収穫の時(ハーベストタイム)を発動させて配牌を字牌で埋め尽くす。その側から見れば異様でしかない配牌に会場は騒めきが聞こえるが、臨海女子、千里山女子を始めとした強豪校の面々は揃いに揃ってじっくりとモニターの方を見つめていた。まるで、さもこれが当然の事であると言わんばかりに。いくら前情報があったとしても、実際に見れば多少たりとは驚くものだ。しかし、彼女たちは黙っていた。むしろ、それを見てどこか対決を楽しみにしている者もいるようにも見える。

 

 

「……あれはかなり厄介だね。白望、具体的な対策は見つかったかい?」

 

 一方の宮守女子も同じようにしてじっくりと渋谷尭深の配牌を見つめていた。そして熊倉トシが静かにそう呟くと、小瀬川白望は少し考えたような素振りを見せてからこう言った。

 

「……局数が今のみたいに多くなったら、止めるのは至難の業。だから本気で尭深を抑えるつもりなら、まず尭深に連荘をさせないこと……」

 

「最短でオーラスに漕ぎ着ければ尭深が決定できる牌は十三牌中七牌……十分止めれる。至極当然で単純な話だけど……これ以外に止める方法はない……」

 

 小瀬川白望がそう言うと、鹿倉胡桃が「私が親の時はどうすればいい?」と疑問に思っていたことを尋ねる。すると小瀬川白望は「本当はその場面に応じて変えて欲しいけど……基本的に和了る必要はないかな。勿論だけど流局したら聴牌しててもノーテンで」と即答した。

 

 

「……まあ、中堅戦の問題はこれで一応は解決したみたいだね?」

 

「そうですね……まあ後は胡桃次第かな……」

 

「そのプレッシャーかかるような事言うのやめて……!?」

 

-------------------------------

 

 

「ポン」

 

渋谷尭深:二巡目

{8東東南南南北北中中中} {西西横西}

打{8}

 

 

(あー……これはやばか)

 

 二巡目から、渋谷尭深は柏山学院から{西}を鳴くと、{8}を切って聴牌とする。これで役満の複合は認められないものの、字一色小四喜の{東、北}待ちとなる。江崎仁美はこの時点でこの状況は非常にまずいと心の中で警鐘を鳴らすが、まず前提条件が圧倒的に不利であるのだ。まず、{東、西、北}。この三牌を手牌から浮いたとしても、切った瞬間渋谷尭深が鳴いて即聴牌という、字牌整理すらさせてもらえない状況下に置かれていた。無論、意を決して切ったとしても前述した通り即聴牌。後は渋谷尭深が和了牌を引き当てるだけである。

 無論、渋谷尭深を必死に追いかけて役満を阻止しようと誰しもが試みる。が、臨戦態勢に入ろうとしたところで、既に時は遅く、それと時を同じくして、大概は渋谷尭深が和了牌を引き当てるのである。当たり前のことながら、今回もそれに漏れることなく、渋谷尭深は和了牌を引いてせしめる。

 

「ツモ……8000、16000です」

 

渋谷尭深:和了形

{東東南南南北北中中中} {西西横西}

ツモ{東}

 

(……期待はしてなかったけど、こう和了られると悔しかね……)

 

 

 江崎仁美は苦渋に満ちた表情をしているのをよそに、渋谷尭深は湯呑みを持って静かに対局室を出て行った。そして渋谷尭深は後半戦が始まるまで少しばかり会場を散策しようとして、その時チラと現在の点棒状況が表示されているモニターを見つけた。

 

(……今ので、二位の新道寺と約9万点差……いくら誠子ちゃんと淡ちゃんでも、あの新道寺のコンビを相手は分が悪そう……)

 

 

新道寺  100600

白糸台  189300

柏山学院  56900

苅安賀   53200

 

 現在、点棒だけで見れば白糸台の圧勝である。が、それはあくまでも点棒だけ見たときの話であり、実際は少し事情が違う。新道寺のオーダーの真髄はむしろ副将戦から。副将戦と大将戦にかけてが新道寺の要であり、絶対的な二大エースである。それがただのエースだったら問題はなかった。しかし、そういうわけではないのだ。それこそ、下手をすれば9万点差を吹き飛ばしかねない。そう思ってしまうほどの大エースなのだ。万が一にも油断は許されない。それは亦野誠子も大星淡も承知している。が、承知していたとしても、どうなるか分からないのだ。それほど恐ろしいのだ。俗に言う、新道寺のリザベーションコンビは。

 

(……だからこそ、後半戦もしっかり役満を和了って誠子ちゃんに繋ぐ……それが私の役割……)

 

 そう心の中で念を押すように呟き、後半戦の舞台へと出陣する。勿論、素の能力でも他者を上回っていた渋谷尭深を押さえることなど江崎仁美含め、他校にできるわけがなく、後半戦の南四局、渋谷尭深は今度は大四喜をツモ和了り、新道寺との点差を十万点近く離して次鋒の亦野誠子へとバトンを繋いだ。

 

 

「……誠子ちゃん。格上相手だけど、頑張ってきてね」

 

「勿論……本命のエースが相手なんて、まさに相手にとって不足なしさ。全力で食らいついて行くよ」

 

 

 

 

 

「……すまなか。点棒は増えたばい、ばってん白糸台との点差が……」

 

「問題なか。私がなんとかしちょる」

 

 そして勝負も佳境に突入、次鋒戦へと突入する事となる。かたや二年生ながらも副将を任された亦野誠子に、かたやエースの中のエースである白水哩。この両者が激突する事となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第368話 二回戦A編 ⑪ フィッシャー

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:柏山学院 ドラ{9}

柏山学院  51300

新道寺  103800

苅安賀   45200

白糸台  199700

 

 

(……しかし。こうして目の前にすると圧が違うな。思わず身震いしてしまいそうだ……)

 

 二回戦も終盤戦に近づいてきた副将戦東一局、亦野誠子は自分から見て対面に位置する白水哩を見ながら、目の前にいる白水哩というエースの気迫に押されて思わず冷や汗をかく。やはり牌譜で見るのと、こうして実物を間近に見るのとでは全然違う。亦野誠子が持ち合わせている情報だけでは説明し尽くすことのできない凄みが白水哩から感じられているのであった。

 

(白水、哩……新道寺の不動のエース……!)

 

 春の全国大会で同じ白水哩と闘った宮永照から彼女の事については聞かされている。特に彼女の能力、『リザベーション』については『照魔鏡』が使える宮永照しか知れることのできない詳細を聞かされた。

 彼女の能力、『リザベーション』は簡単に言って仕舞えば、彼女が自分自身に課す()()である。自分の決めた飜数で和了ることができれば成功、和了れなかったり、和了ったとしても決めた飜数に届かなければ失敗、これが白水哩の能力である。が、それはあくまでも彼女だけの話であり、この()()が効果を発揮するのは白水哩自身ではなく、大将に控えている鶴田姫子であった。鶴田姫子は、白水哩が課した飜数をクリアした局と同じ局に、課した飜数の倍の飜数……二飜だったら四飜。四飜だったら八飜といった風に、課した飜数によっては役満手にだって成り得ることのできる強烈な能力である。

 当然ながら、この能力にもデメリットがあり、自分が課した飜数を超えられなかったり、和了れなかったりなどして失敗してしまった時、鶴田姫子はその局と同じ局の時は全く和了ることができず、和了れたとしても一飜が限度という大きなデメリットが存在する。故に、白水哩の出来の良し悪しが、そのまま鶴田姫子の成績に直結すると言っても過言ではなかった。だからこそ、亦野誠子は白水哩を意地でも止めなければいけない。しかし、それが容易でないのは亦野誠子は十分すぎる程分かっていた。確かに、『リザベーション』自体は白水哩にとってプラスになったりするものではない。つまり白水哩は素の能力で能力持ちの亦野誠子と闘う事となるのだが、それを差し引いても格上であることを亦野誠子は認めざるを得なかった。

 

(春は相手が宮永先輩だったからこそ勝てたが……私で相手が務まるかどうか……)

 

 

 

 

(亦野誠子……やったか。王者白糸台の副将。人呼んで『白糸台のフィッシャー』とか言われとるんやっけ)

 

 一方の白水哩も亦野誠子の事を見据えながら、()()()()()()()()()()()()()()()()。その仕草を側から見ていた亦野誠子は眉をしかめる。そう、これこそが彼女のルーティーンであり、彼女と鶴田姫子、二人の能力である『リザベーション』の発動条件であった。が、しかし。

 

(急ぎたい気持ちば抑え……こん局はかけん)

 

 この局、彼女はリザベーションの()()はかけなかった。あまり配牌が良くなかったのと、東一局は可能な限り様子見したいという二つの理由があったからで、ここは無理をせずともよいと判断したのだろう。しかし、亦野誠子からは彼女が縛りをかけているのかかけていないのかは分からない。

 

(恐らくだが、白水ほどの強者なら最初は『見』に回る……だからといって100パーセント安全とは言えないが……これは好機かもしれない……ここは行くべきか……)

 

 が、亦野誠子は白水哩が様子見に徹するとピタリと予測を当て、意を決して最初から動きに入る。

 

「ポン!」

 

 

亦野誠子:三巡目

{一五七②⑥⑥⑧223西} {横④④④}

打{西}

 

 

 

(『フィッシャー』……か。噂でしか聞かんとったばってん、早速見れるとは……)

 

 白水哩はそんな亦野誠子のアクションに対して、早速亦野誠子の代名詞である『フィッシャー』が披露されると察知する。そう、亦野誠子のフィッシャーの鍵は副露。亦野誠子は三副露する事で五巡以内に和了ることができるという能力を持っていたのであった。

 鳴くということは速攻をしかけやすい分、当然ながら手牌が少なくなるという若干リスキーな点もある。しかし、相手が何かを仕掛けに来る前に和了る。それが彼女の常勝パターンである。

 

(後はこれが白水にも通じるかどうか……)

 

(いっぺん見とう気もあるけど……ばってん、そんな事も言ってられなか。こちらも動かさせてもらっとよ)

 

 しかし、それが白水哩にそのまま通じるかどうか。そこのところは実際に試して見るまで分からない。そう言った意味では亦野誠子も様子見といえば様子見しているのかもしれないが、白水哩はここで動き始める。確かに見に回っていると言ったが、あくまで見であり、守ではない。標的である亦野誠子が動けば、白水哩も臨戦態勢に入らざるを得ない。

 

 

「チー!」

 

亦野誠子:七巡目

{一⑥⑥⑧2234} {五七横六} {横④④④}

打{一}

 

 

 亦野誠子が二副露を決める。三副露目の受けも、{⑥⑦25}と、四枚で受けることができるかなり良い受けになった。亦野誠子も自分の想定以上の良手となったが、そこに待ったをかけるのが白水哩である。

 

 

「ポン」

 

白水哩:八巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {一横一一}

打{7}

 

 

(……そこまで甘くはないか。それにしても{一}をポンか……染手かチャンタか。それとも役牌持ちか?)

 

 亦野誠子は白水哩の{一}鳴きから彼女の手牌を考察し始めていると、苅安賀が偶然にも亦野誠子が欲していた牌、{5}を一発で出した。亦野誠子は釣り糸を一気に引き寄せ、副露を宣言しようと試みる。

 

(……ヒット)

 

「チ「ポン!」ーッ!?」

 

 

 が、またしてもそれを阻むのは白水哩。白水哩は{5}の副露を宣言する。この場合、チーよりポンが優先されるので鳴きは白水哩のものとなり、亦野誠子の鳴きは成立しなかった。亦野誠子は若干苛立ちを覚えるが、それだけで留まらなかった。

 

「ポン」

 

白水哩:十巡目

{裏裏裏裏裏} {横中中中} {横5赤55} {一横一一}

打{4}

 

(なっ……三副露……!)

 

 三副露した白水哩を見て、亦野誠子は自分の十八番を奪われたような気がして若干屈辱を感じる。一方の白水哩は(……しっかし。局が始まって直ぐに{中}が対子になるんやったら、縛りばかけて良かったんかもしれんね……)と自分の判断に若干後悔しつつも、次巡に白水哩は見事ツモ和了を決める。

 

 

白水哩:和了形

{33西西} {横中中中} {横5赤55} {一横一一}

ツモ{西}

 

 

「ツモ!2000-4000!」

 

 

(くっ……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第369話 二回戦A編 ⑫ 屈辱

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:新道寺 ドラ{白}

柏山学院  47300

新道寺  111800

苅安賀   43200

白糸台  197700

 

 

 前局の東一局では既に二副露していた亦野誠子に対し、白水哩が一気に三副露をしかけてそのままの勢いで満貫和了。当の白水哩は満貫をツモれるならリザベーションをかけても良かったかと若干後悔していたのに対し、亦野誠子は自分の御株である三副露後の和了を自分が披露する前に奪われ、憤慨していた。

 

(くっ……まさか先に三副露された上に和了られるなんて……これ以上の屈辱があるか!)

 

 亦野誠子は心の中でそう叫びながら、自分のスカートをギュッと力一杯握り締める。彼女にとって今の和了は屈辱以外の何物でもなかった。まるで、自分に出来ることは白水哩であれば何でもできる。そのような格の違いを思い知らされたような気がしてならなかった。

 

 

白水哩:配牌

{三赤五六八八①③⑤⑥789白}

 

(……こん配牌、流れも良か。亦野の情報ば得るのも大事やけど……ばってん、ここは攻め時……!)

 

 一方の白水哩はというと、亦野誠子が内心で屈辱を味わっていることなど何処吹く風、白水哩は既に次の手を考えていたところであった。手牌を伏せると同時に、白水哩は意識を集中させる。

 

(リザベーション……二飜(ツー)!)

 

 

 

 

 

 

「……ッ、〜!!」

 

「お、来たばい」

 

 白水哩が心の中でリザベーションの発動を宣言すると同時に、鶴田姫子の身体を言葉では言い表すことのできぬ感覚が覆い尽くす。通常ならば突然何事かと心配されそうな事態であるが、幾度となくこのような光景を見てきた新道寺メンバーの反応は意外とドライであった。

 

(いつみても姫子のあれは慣れないですね……色々とすばらくない)

 

 が、若干名この光景に慣れぬ者もいるにはいる。まあ、慣れない花田煌が正常なのであって、むしろこの光景に慣れる方が異常なのだが……

 

「……今のはどんくらいやった?」

 

「そ、そうですね……二飜くらいかと……」

 

「まあそんくらいか。いつもよか抑えめやったからね」

 

 江崎仁美がそう言って平然とカップの中にある飲み物をストローで啜る。やはり花田煌がこれに慣れるには時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……冷静さを欠いてるな。よっぽど屈辱的だったか」

 

 一方、亦野誠子の様子を控室で見ていた弘世菫は若干心配そうに見ながらそう呟く。すると渋谷尭深から菓子類を食べさせてもらった……言い方を変えれば餌付けされていた大星淡は「でも、亦野先輩の気持ちも分かるかも!私もダブリーで和了られたらちょっとイラッとくるし!」と言う。

 

「それに、菫先輩だってさっきシンドージから中々直撃が取れなくてイライラしてたでしょ?」

 

「いや、まあ……確かにそうだったんだがな……」

 

 大星淡に痛いところをつかれた弘世菫は少し恥ずかしそうに顔を逸らしてそう言うが、その直後に咳払いをして「しかし……私はそれでも無事に終わったが……誠子の場合はそうはいかんぞ……」と言ってモニターに映る白水哩の事を見つめる。そう、弘世菫はまだ相手が安河内美子と、何とかなる範囲の敵であったからこそ弘世菫が冷静さを欠いても無事で済んだのだ。然し乍ら、亦野誠子は状況が違う。相手は負けはしたが宮永照とまともに闘える程の実力の持ち主。エースの中のエースなのだ。

 

「……これはちょっと危ないかも」

 

「そう、照の言う通りだ……いくら十万近い点差があるとはいえ、どうなるかはまだ分からん……淡、お前には予め言っとくが、あまり感情的になるなよ」

 

「分かってますってー!この淡ちゃんにお任せくださいなー!」

 

 大星淡が胸を張ってそう高らかに宣言する。弘世菫はそれを見て若干胃が痛くなるが、それよりも何よりも今の亦野誠子。そのことが気になって仕方がなかった。

 

 

 

 

「ポン!」

 

 

亦野誠子:五巡目

{四②②③④④赤56} {二二横二} {2横22}

打{四}

 

 

(後……一つ……!)

 

 

 五巡目ながらもこれで二副露目と、前局と合わせてかなりハイペースに手を仕上げる亦野誠子。しかも今度の手は上手く和了れば断么対々和三色同刻も夢ではない好手。しかし、白水哩はそれを上手く封じ込める。

 

 

「ロン。四十符三飜は5200」

 

 

白水哩:和了形

{三赤五六六七七八八⑥⑥678}

 

白糸台

打{四}

 

 

(リザベーション……クリア)

 

 

 

 

(なっ……嵌{四}待ち……!)

 

 

 {二}をポンして余った{四}を捨てる。亦野誠子からしてみれば当然の判断だが、白水哩はまさにそれを待っていたかのように嵌張{四}待ち。完全に亦野誠子の思考は白水哩に読み切られていた。

 

 

(……プライドからかは分からなかけど、ムキになっとるね。まあ、お陰でかなりやりやすか)

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり白水にやられちゃった!」

 

「流石に感情的になって勝てるほど、甘くはないね……」

 

 時同じくして白糸台の控え室では、亦野誠子の振り込みに対して大星淡が残念そうな声を上げていた。それを聞いていた弘世菫が「……淡、やけに誠子が気になっているな。白水の和了が大将戦で響いてくるからか?」と大星淡に質問する。

 

「いや?別に新道寺の大将がどんな手を和了っても何にも気にしないよ!ただ、亦野先輩がボコボコにされているのが見たいだけだからね!」

 

「……成る程、お前らしいな。色んな意味で安心したよ」

 

 弘世菫が若干呆れたような声色でそう言うと、大星淡は「むっ、ちょっと失礼じゃないですかそれ!」と抗議する。が、弘世菫はまともに取り合わず、宮永照に向かってこう提案した。

 

「どうする?前半戦が終わったら私が行こうか?」

 

「そうだね。……その前に誠子の心が折れてなければいいけど……」

 

(全く……縁起でもないこと言わないでくれ……お前が言うと本当にそうなりそうで怖いんだよ……)

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第370話 二回戦A編 ⑬ 5万点

-------------------------------

視点:神の視点

南四局 親:白糸台 ドラ{三}

柏山学院  48200

新道寺  128600

苅安賀   42900

白糸台  180300

 

 

 

(クソ……10万弱あった点差が前半戦だけで5万点ちょっとになるだと……?こんな馬鹿げた話あってたまるか……!)

 

 副将戦の前半戦もようやくオーラスに入り、副将戦が始まる前と比べて20000点以上プラスと好調な白水哩に対して、トップを走る亦野誠子は20000点近いマイナス。それでも未だトップの白糸台を二位の新道寺が追いかけるという構図に変化は起こらず、依然として白糸台がトップを維持している。この時点での点棒状況()()を見れば誰しもがそう見えるのだろう。が、実際はかなり状況が異なっている。

 5万点差。確かに絶望的点差と見ても間違いはない。当然だ。ただ、10万点差を5万点縮めての5万点差となれば話は大きく変わってくるのは言うまでもない。しかもこれをたった一半荘分でやってのけたのだ。素人が見ても、逆転は十分に可能だと思っても仕方のない事態であろう。そして当然ながら、五万点詰められた側の亦野誠子の憤りと屈辱は計り知れないものである。

 

 

(一体……どうすれば……?)

 

 副将戦が始まってからここまで一方的に白水哩に嬲られ続け、今も尚迷走している亦野誠子であるが、とりわけ彼女が弱いというわけではないのだ。事実、彼女はレギュラーを任されて以来副将戦で二位になった事など一度たりともない。……あの日。彼女が初めて出会った宮永照と小瀬川白望という圧倒的強者から受けた刺激をバネに、高校に入ってから彼女は急成長したのだ。そんな彼女の能力は宮永照や弘世菫からも一目置かれており、だからこそレギュラーを獲得することができたのだ。

 

 ただ、その亦野誠子以上に白水哩が強かっただけ。単純に言ってしまえばそれだけの話であるのだが、今回はそれ以外にもこの大敗の要因は沢山存在していた。副将戦の序盤から既に白水哩には好調な追い風が吹いているのにも関わらず、反対の亦野誠子に対しては明らかな向かい風。もちろん亦野誠子自身、精細を欠いていた部分は多々見られたし、流れだけで優劣がくっきり分かれるというわけでもないのだが、それを踏まえても亦野誠子の不利は際立っていた。でなければ、いくら格上の白水哩を相手と雖もここまでの結果には至らなかったはずだ。

 

 そして何よりも亦野誠子にとって一番痛かったのが、その自分の流れの悪さに気づいていなかった事だ。そこに気づき、『今は耐える時だ』と賢明な判断が下せていれば、また結果も違っていたのかもしれない。しかし、亦野誠子はそれに気付かず、無理に白水哩に挑戦しにかかった。白水哩からしてみれば、これほど調理しやすい食材などなかっただろう。格の違いというものを実際の力量差以上に亦野誠子に叩き付けることに成功した。

 

 

亦野誠子:十巡目

{四六六③} {横⑤赤⑤⑤} {一一横一} {横中中中}

ツモ{③}

 

白水哩:捨て牌

{南9西白四9}

{7①}

 

 

(……ドラ側だが、安牌か)

 

 

 亦野誠子はドラ側の{四}を切ることに対して警戒心を持っていたが、白水哩の捨て牌に{四}がある事を見てその警戒心が緩む。そもそも、三副露をした時点でドラ側など何のその、振り込むという結果になる可能性があっても御構い無しに攻めて行くという心構えはあったはずだ。その心構えが今この瞬間で揺らいでいるという事は、それほど亦野誠子の精神はガタがきているという事の現れである。

 

 

亦野誠子

打{四}

 

「ロン!8000!」

 

 

苅安賀:和了形

{三三三五②③④④⑤⑥678}

白糸台

打{四}

 

(なっ……苅安賀……ッ!?)

 

 

 そんな亦野誠子に追い打ちをかけるが如く苅安賀が亦野誠子の切った{四}で和了。しかもドラの{三}を三つ抱えての変則{四五}待ち。完全に亦野誠子の視線外からの和了であった。別に白水哩がそう仕向けたというわけでもなく、ただの不注意。その事実に亦野誠子は自分自身に対しての苛立ちを募らせていた。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

(……二位以上で勝ち抜けのこん試合……普通なら無理に攻めんと十分……ばってん、まだまだ攻めに行く。ここで潰さんと後々面倒な事になる……)

 

 前半戦が終わり、大量得点で白糸台との点差を大きく詰めた立役者である白水哩は、まだまだ点棒を貪欲に取りに行く姿勢で臨むことを心の中で発していた。そう、彼女のいう通り一位と二位の点差も大きいが、それ以上に二位と三位間の点差の方が大きい。いくらまだ後三半荘残っているとはいえ、新道寺が三位に急転落するようなことはそうそう起こらないだろう。それは白糸台にも同じことが言える。いくら亦野誠子が絶不調とはいえ、そこまで削られるようなことは余程でない限り起こらない。一位であれ二位であれ準決勝に進めることができ、またその事によるアドバンテージがないこの状況下でわざわざ無理に一位を取りに行く事は愚策であるようにも思える。が、白水哩はそれでも攻めを敢行する。次の後半戦で、亦野誠子の心を真っ二つに引き裂くために。

 

(……前半戦で稼いどったキーは満貫キーが二本に跳満キーが二本……そいでその内の跳満キー一本が一本場……失敗せんかったから、まあまあな内容ってところやね……)

 

 そして白水哩は先ほどのリザベーションの結果を振り返る。あまり多用はせず、縛りもそこまで厳しいものを設定しなかったため倍満や役満に繋がるようなキーを確保することはできなかったが、失敗を一回もしなかった事を踏まえれば及第点といったところであろう。

 

 

(……後半戦も、本気で頑張らんば。全力で叩き潰しにいかんとね)

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……誠子」

 

 

「て、照先輩……それに菫先輩まで……」

 

 所変わって、頭を抱えて設けられてあった椅子に座っていた亦野誠子に宮永照と弘世菫が声を掛ける。顔を上げる亦野誠子に対して、弘世菫がこう言った。

 

 

「……誠子。その気持ち、私には分かる。痛いほどにな」

 

「そうですか……」

 

「だからこそ、言えることもあるもんだ。『目を覚ませバカヤロウ』ってな。麻雀は一人でやってハイスコアを叩き出すものじゃないんだ。相手がいて、その上で成り立つものだ。だから、自分が良い時も、相手が良い時もあるし、自分の思い通りにいかない時だってあるに決まってる。それを、特別な事だと思って逃げるな」

 

 

「……もちろん、相手に思考を誘導されてたのなら話はまた違ってくるけどね」

 

 そういう宮永照に対して、弘世菫は「……ややこしくなるからその話は別にしてくれ。私じゃその話にはついていけん」と言う。そんなやり取りを見ていた亦野誠子はふふっと笑うと、「……ありがとうございました」と言って、それ以上の言葉は口にせず立ち去った。

 

「……頭に思い浮かんだ事を片っ端から言っただけなんだが、どうやら上手くいったようだな」

 

「全く……あれで立ち直れなかったら菫の責任……」

 

「ざ、雑だった事は謝るよ……まあ、あいつも立ち直れたようだし、結果オーライだ」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第371話 二回戦A編 ⑭ 100パーセント

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:苅安賀 ドラ{②}

柏山学院  48200

苅安賀   50900

新道寺  125700

白糸台  175200

 

 

 

「ポン!」

 

亦野誠子:七巡目

{⑨456中} {1横11} {横234} {8横88}

打{⑨}

 

 

 

(……ヒット)

 

 

 

「……」

 

 白水哩はじっと亦野誠子の事を睨みつけるようにして見つめながら、視線を自分の手牌へと落とす。亦野誠子は今の鳴きで自分の能力の発動条件を満たす三副露目であるというのに、自分は未だに二向聴。流石にこれは止めることができないなと考えていると、次巡のツモで亦野誠子が和了ってみせる。

 

 

「ツモ、混一色!700-1300!」

 

 

 

 

 

「おー!いつもの亦野先輩だ」

 

「まあ、息を吹き返したようで何よりだ」

 

 大星淡と弘世菫はモニターに映る亦野誠子を見ながら、安堵、安心の声をあげる。隣で見ていた宮永照も、どこかホッとした表情だ。結果的に和了ったのはバカ混ではあったが、亦野誠子は前半戦を合わせて初めて自分らしい和了ができたと感じていた。

 また、前半戦までの亦野誠子とはてんで違うという事を白水哩も後半戦が始まる前から薄々察知しており、そのことを今の和了で確信した。

 

 

 

(……釣り人さん、これで二連続……前半戦までのとは意識がまるで違っとる。……多分、宮永がなんかしとったんやね)

 

 白水哩は心の中で宮永照に対して密かに『余計な事を』と悪態を吐く。事実、東一局では白水哩が2900ながらも亦野誠子に対して振り込んでいた。が、その反面本気の状態の亦野誠子をここで見ることができて良かったとも思っていた。そうすれば、次勝ち上がった時に突然本領を発揮されても不意を突かれる心配もない。そう言った意味では白水哩にとって、これは長い目で見れば有り難いものではあった。

 

 

(こいでお待ちかね100パーセント……やね。私も全力以上の力でいかんと)

 

 そう心の中で呟いた白水哩はコキっと首を鳴らす。ここからは精神的なハンディキャップなど存在せず、ただ単純な力と技量、そして流れや時の運。その差で勝敗が分かれる事となる。そしてようやく新道寺の不動のエースVS白糸台のフィッシャーの闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ぶちょー、お疲れ様とです」

 

 

「ん。ありがとう……」

 

 

 副将戦の後半戦、亦野誠子との対決を終えて控室に戻ってきた白水哩を、まず鶴田姫子がそう言って迎える。そしてそれに続くように花田煌、安河内美子、江崎仁美、更に補欠メンバーの友清朱里達が迎える。迎えられた白水哩は各校の点棒状況を気にしながら、鶴田姫子に「すまんな、姫子。流石に一位ば取るのは厳しかったばい。後半戦で拮抗したのが痛か」と申し訳なさそうに言うが、鶴田姫子は「全然大丈夫とです、部長。キーも充分もろうとりましたし」と言う。

 

 

「そうか。……任せたぞ、姫子」

 

 

「……お任せ下さい。部長」

 

 そう二人は言葉を交わすと、鶴田姫子は白水哩と入れ替わるようにして控室を出て行き、対局室へと向かって行った。白水哩は鶴田姫子に思いを託すと、ソファーにゆっくりと腰を下ろした。

 

 

-------------------------------

 

 

「お疲れ様ー!亦野先輩!」

 

「あ、ああ。ありがとう……」

 

 一方の白糸台も、帰ってきた亦野誠子を大星淡が迎える。亦野誠子は弘世菫と宮永照に向かって「すみません……結局差を戻すどころか、競り負けてしまって……」と謝罪の意を述べる。

 

「まあ、相手が相手だ。前半戦はまあアレとしても、後半戦の出来はかなり良かったじゃないか。格上相手にあれだけできれば十分過ぎる活躍さ」

 

 弘世菫がそう言って亦野誠子に労いと励ましの言葉をかけると、宮永照は「……準決勝は相手に対策されてくるだろうから、更に厳しい闘いになると思うけど……それは相手も同じ条件。……任せたよ、誠子」と亦野誠子を鼓舞するような発言をする。すると亦野誠子は勢いよく「任せて下さい!」と答えた。

 

 

「じゃあ、私もそろそろ行ってくるかな!」

 

「頑張ってね、淡ちゃん」

 

「淡……何度も言うようだが、相手はお前の能力を持ってしても確実にお前より格上の相手だ……気圧されるなよ」

 

 弘世菫が大星淡に念を押すようにそう言う。が、しかし。その心配はいらないと言わんばかりに大星淡は「大丈夫だよ、菫先輩。これまで一体何のためにテルーに虐げられてきたか……!」と言って若干宮永照の事を睨みつける。それほど宮永照にされてきた特訓が彼女にとって激しく辛かったのだろう。その当の宮永照はというと、お菓子を食べながら目を逸らし、誤魔化そうとしていた。大星淡はそれを見て「フン!」と言うと、こう続けた。

 

 

「今こそ高校100……いや、10000年生の負け犬根性、見せてあげるよ……シンドージ!」

 

 そう言って自らを鼓舞しながら控室を出て行った大星淡。が、そんな大星淡を、弘世菫はやはり頭を抑えながら見届け、そしてこう呟いた。

 

「……負け犬根性の使い方、どう考えても間違ってるぞ。全く……負け犬になったらダメだろうが……あいつらしいと言えばあいつらしいんだがな……」

 

 恐らく宮永照にボコボコにされ、負け続けたおかげで多少相手に何かしてやられたとしても、そうそう動揺したり、精神的に崩れたりする事はないという事を言いたかったのだろうか。しかしそれを言葉で言い表せなかったのであろう。色々と残念な大星淡であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第372話 二回戦A編 ⑮ ダブリー

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:松山学院 ドラ{西}

柏山学院  43300

新道寺  136500

白糸台  171900

苅安賀   48300

 

 

 二回戦第一試合も佳境に入り、いよいよラスト二半荘。大将戦前半戦が始まった。控室に入ってきた大星淡はゆっくりと、そして既に雀卓に座っていた鶴田姫子の事をジッと見つめながら雀卓へと向かって行った。大星淡はどこか威圧感を放っている鶴田姫子を見て、「……場決め、私以外終わった?」と尋ねる。すると鶴田姫子も大星淡の事を意識し始め、チラと彼女を視界に入れると「もうあんた以外終わっとるばい。牌ば取る必要はなかね」と言って空いている席に座るよう目線で促す。

 

(ふーん……もう臨戦態勢って感じ?)

 

 大星淡は鶴田姫子を見てそんなことを思いつつ、鶴田姫子に促されるがままに席に着く。そうして親決めをしている最中、鶴田姫子は大星淡の事を見ながら心の中でこう呟いた。

 

(……大星淡。そういや、部長が言っとったな……リザベーションが大星の絶対安全圏ば破れっかは怪しいっと……)

 

 そう、大星淡がここ三年で一気に全国ナンバーワン高校となった白糸台の大将に、一年生ながらも抜擢されたのには当然それだけの彼女の強さ、理由があり、それは彼女の代名詞とも呼べる『ダブリー』と『絶対安全圏』。この二つの能力が大きな理由である。

 その二つの内白水哩が言及したのは『絶対安全圏』の方である。この能力をたった一言で表すならば、『他者の配牌が五向聴以上になる』という単純明快な能力であるが、この単純な一言がどれほど恐ろしいかはもはや言うまでもないだろう。そんな圧倒的なハンディキャップである『絶対安全圏』を、あらゆる能力からの干渉を防いだ『リザベーション』でさえも破れるかどうかは実際に試してみなければ分からない。そう白水哩が言っていたのだ。

 とは言っても、東一局でのリザベーションのキーは貰っていないため、この局での確認は不可能である。しかし鶴田姫子はその事を念頭に置きながら、ゆっくりと配牌を開く。すると鶴田姫子は苦虫を踏みつぶしたような表情で配牌の事を睨みつけた。

 

(うわ……部長から聞いとったけども……これは余りにも悪か……)

 

鶴田姫子:配牌

{一六七②赤⑤1278東西白発}

 

 鶴田姫子の配牌は面子はおろか、搭子が三つしかない五向聴。これが例の『絶対安全圏』かと嫌な気分に鶴田姫子はなりながらも、第一ツモを行なって手を進めようとする。が、その直後の事であった。大星淡は長い髪をこの世の物理法則や重力等に逆らって揺らめかせながら、第一ツモを取ってニヤリと笑みを浮かべる。その事に鶴田姫子は気付いたが、その時には既に遅く、大星淡がリー棒を投げ入れたところであった。

 

 

「……リーチ!」

 

大星淡:捨て牌

{横④}

 

 

(……ダブリー!もう御披露目になるんやね……!)

 

 

 鶴田姫子はダブリーを宣言した大星淡の事を見ながら、頭の中で大星淡の数少ない牌譜と白水哩から言われた事を鮮明にフラッシュバックさせる。彼女のもう一つの代名詞である『ダブリー』。ただ単なるダブリーだけでも充分に厄介なのだが、ダブリーはあくまで表の顔であり、彼女の能力にはまだ裏があった。しかし、その裏の顔がお披露目になるにはまだ時間があり、それを知っている鶴田姫子もそれを阻止すべく手を進めようとするが、ここで先ほどの『絶対安全圏』が効果を発揮する。そう、大星淡の負担にはなるものの、二つの能力を同時併用すれば『自分はダブリーだが相手は五向聴以上』というもはやハンディキャップの度を越した状況が作られる。あまりにも酷い配牌のため、大概は手を進めることができずに大星淡が『最後の仕上げ』を行ってしまう。

 そしてこの局もその例に漏れることなく、鶴田姫子の奮闘虚しく一向聴と惜しいところまで来たが、牌山が最後の角を回ろうとする直前で大星淡にツモ順が回ってしまう。大星淡はツモって来た牌を、()()()()()()()()()()()()()()わざわざ盲牌すると、右手で{8}を三枚倒してこう宣言した。

 

 

「カンッ!」

 

大星淡:十二巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏88裏}

 

ドラ表示牌

{南⑧}

 

 そう、これこそが大星淡の『ダブリー』の裏の顔を披露するための下準備。これで準備が整った。鶴田姫子はその次巡で聴牌に至るものの、和了までは望めず、結局大星淡のツモ番となった。彼女は自分の髪をより一層揺らめかせながら、ツモ牌を卓に叩きつるようにして和了を宣言する。

 

 

「ツモ、ダブリー!」

 

大星淡:和了形

{二三四①①12334} {裏88裏}

ツモ{5}

 

 大星淡がツモとダブリーのみの手を和了る。これだけならまだいいのだが、彼女の真の恐ろしさはこの先にある。

 

「……じゃあ、裏ドラを開けるよ」

 

 大星淡が誰かに言うわけでもなく、独り言のように呟いてドラ表示牌の{南と⑧}を持って避けると、そのまま裏ドラ表示牌を二枚ひっくり返した。すると返された裏ドラ表示牌は{発と7}であり、なんと大星淡が暗槓した{8}がそっくりそのまま裏ドラとなった。大星淡は裏ドラ表示牌の{7}を見ると、どこか嬉しげに「……ドラ4。跳満、3000-6000」と宣告した。

 

 

(……凄か。私が何もできないまま跳満和了……伊達に大将ば張っとらんって事やね……)

 

 

(それにしてもシンドージ……やっぱりリザベーションが無くても想像以上にやるじゃん。見た感じ惜しいところまで来てたっぽいし、山の位置関係が悪かったら先を越されてたかも……テルーの言ってた通り、最初からどっちもフルパワーで使って正解だったね……)

 

 鶴田姫子と大星淡はお互いの事を心の中で素直に評価し合う。そして大星淡は今の和了は前座と題して、新道寺の親であり、リザベーション2が成功した局である東二局に備える。

 

(多分、次はシンドージがリザベーションを使ってくる……確か三飜で和了ってたから、来るとしたら多分親満か親っパネ。これをどうにかして打ち崩せたら良いんだけど……テルーでも『多分無理』って言ってたしなあ……)

 

 

(……部長からもろうとった満貫キー、早速出番が回って来たばい。……さて、部長。虎狩りと行きましょう)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第373話 二回戦A編 ⑯ 絶対安全圏

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:新道寺 ドラ{2}

柏山学院  37300

新道寺  133500

白糸台  183900

苅安賀   45300

 

 

 大星淡が最初から二つの能力をフルパワーで使用して跳満をツモ和了り、副将戦で白水哩が『リザベーション』をクリアした東二局へと場は進行する。親である鶴田姫子はリザベーションクリアによって白水哩から貰った鍵のような物を呼び寄せる。

 

(……東二局。満貫キー!)

 

 鶴田姫子は心の中でそう叫ぶと満貫キーをグルリと自分の腕で回し、天に向けて雷光……というよりも光焔をキーの先端部から勢いよく発砲させる。光焔は天を切り裂いたと思えば、その切り裂いた天から焔を纏った牌が天から降り注いだ。鶴田姫子はそうして揃った配牌を開く。

 

(……三向聴。大星ん絶対安全圏が発動しとると仮定すれば、リザベーションで大星の絶対安全圏ば破れるって事になる……!)

 

 大星淡が果たして絶対安全圏を使用しているのかは鶴田姫子からは確認できる由もないが、大星淡は最初から『ダブリー』はまあその場の状況に応じてだが、『絶対安全圏』は終始フルで使うと心に決めているため、鶴田姫子と白水哩のリザベーションは大星淡の『絶対安全圏』を破った。そういう事となった。控室から見ていた弘世菫も、これには少々度肝を抜かれたような表情で「三向聴!馬鹿な、淡の絶対安全圏を破っただと!?」と声を荒げる。

 

「……そんなに驚くことでもない。……たしかにあれは一人の力で破れるような中途半端なモノじゃない。けど……白水さんと鶴田さんの力が一緒になって発動してるから、その結果淡の支配力を上回った……多分そんな感じ」

 

「そ、そうか……いや、でもいくらなんでもアイツの支配圏を破るなんて相当だぞ?」

 

 弘世菫が宮永照に向かってそう言うと、宮永照は少しばかり鶴田姫子の事を羨むような目で見つめながら、「……二人の地力をそのまま足し算……いや、それ以上の力になるほど、二人の絆が強いんだと思う」と呟いた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

(親満か親ッパネか……どっちにしろダメージ大きいし、何よりリザベーションを止めたいとも思ったり……!)

 

 大星淡はこの局は『ダブリー』は使わず、単純に手を作っていた。『ダブリー』を使わなかった理由として、最後の山の角前まで待たなければならないというのが大きな理由であり、そして大星淡は純粋に『リザベーション』を阻止したいとも思っていた。宮永照でさえも「止めるのは多分無理」と言わしめた鶴田姫子と白水哩のリザベーション。どうせ和了れることができなかったとしても、確認も兼ねてここは敢えて攻めに行った。

 そして四巡目、大星淡が投じた{⑤}を鶴田姫子は狙い撃った。鶴田姫子がロンと発声した瞬間、大星淡は一瞬固まってから鶴田姫子の手牌を見た。それも当然の事で、大星淡はいくらリザベーションを発動させているとは言え、よもや自分の絶対安全圏は破れまいと思っていたため、この和了は完全なる死角からの攻撃であった。

 

(……!?門前四巡目……私の『絶対安全圏』が効いてない……いや、破られた……!)

 

「……ロン、12000」

 

 鶴田姫子が点数を申告すると、大星淡は俯いたまま点棒を差し出す。鶴田姫子はそれを見て(……自分の『絶対安全圏』ば破られたんが、そいほどショックだったんか……?)と疑問に思いながら山を崩すと、大星淡は鶴田姫子の予想を斜め上に越えて、目を輝かせて顔を上げると心の中で鶴田姫子を称賛した。

 

(新道寺……良い!私の『絶対安全圏』を完璧に破るなんて最高、最高、最高だよ!)

 

 確かに自分の『絶対安全圏』を破ってきた鶴田姫子と白水哩の『リザベーション』は脅威以外の何物でもない。ただでさえ格上の鶴田姫子に、自分の庭までこうも?荒らされてしまってはたまったものではない。が、それ以上に自分の能力を破ってきた事に対して、非常にワクワクしていた。まさかチームメイト以外でこれほどまでに強い敵と闘えるとは、と。大星淡は自分よりも格上の相手と相対して非常に嬉しそうであった。

 

(……いいねいいね!流石新道寺、新しい事尽くしだよ!……でも)

 

 大星淡は口ではそう賞賛し、鶴田姫子と闘えるのを心から楽しんでいるようにも見えたが、松山学院の点棒をチラリと見ると、(今まともにシンドージとやったら二位陥落も普通にある……ここは準決勝に対策を備えるためのゼンショーセンにしようか!一先ず勝ちを先決に取れって菫先輩に言われちゃったし!)と言い、視線を露骨に松山学院の方へと向けた。それに気付いた鶴田姫子は(大星んやつ……松山ば飛ばして終わらす気か!)と大星淡の意図をいち早く掴み取る。

 

(……シンドージは早速気付いちゃったか。まあ全力でぶつかりたい気持ちはアリアリだけど……今度はシンドージが私を止める番だよ!)

 

 そう言って白糸台の超新星はニヤリと微笑む。ここで敢えて新道寺とは闘わず、薄氷の松山学院を飛ばして強引に試合を終わらせようとするのは言うなれば逃げの一手かもしれない。だが、これは後ろ向きな撤退ではない。大星淡はあくまでも前を見据えながら、撤退している、言わば戦略的撤退。準決勝で万全な状態で攻勢をしかけるための一つの布石であった。そして鶴田姫子はそれをさせまいとリザベーションのキーを生かして追撃しようと試みる。一位で準決勝進出と、二位で準決勝進出ではまた大きく異なってくる。ただでさえ違いが大きいのに、一位新道寺、二位白糸台という構図になれば準決勝以降もかなり有利に事を運べる。それは勿論白糸台側の思惑も同じであり、だからこそ大星淡にそうアドバイスしたのだ。両者の一位通過を賭け、大星淡と鶴田姫子の卓上のカーチェイスが今まさに始まった。

 




ここの淡ちゃんはアホの子というより、若干戦闘民族のような感じになってますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第374話 二回戦A編 ⑰ 逃げ切り

-------------------------------

視点:神の視点

南三局二本場 親:白糸台 ドラ{1}

柏山学院   7800

新道寺  164100

白糸台  187000

苅安賀   41100

 

 

「ロン!混一色、中。7700の二本場!」

 

大星淡:和了形

{一一一四五六六中中中} {横三二四}

柏山学院

{六}

 

 

 

 

(強引に柏山を潰しに行ったからかなり新道寺に詰められて焦ったけど……ギリギリセーフだった……亦野先輩がもうちょっと削られてたら一位通過は危なかったかも……)

 

 首位の白糸台が親の前半戦南三局二本場、大星淡は薄氷の柏山学院から7700に二本場の600を加えた8300の直取りで柏山学院をハコテンにし、二回戦を強引に終了せしめた。大星淡はもう少し長引いていたり、大将戦が始まる時点でこれ以上点差が縮んであったらまだどうなるかは分からなかったと鶴田姫子の事を危惧していたが、取り敢えず首位を守りきるという最優先事項を達成することができて安堵していた。

 一方、一時は約十万点もあった点差を三万点程まで詰め寄ることができた新道寺の逆襲の立役者の一人である二大エース、鶴田姫子は唇をキュッと噛みながら不満足そうに心の中でこう呟く。

 

(この勝負、確かに私は大星ん事ば押していたけど……そいはあくまで大星が勝負に乗らんかったからで、そいでいて結局大星に上手く逃げられとった……部長が5万点近く詰めとってくれたっちゅうのに、申し訳なか……)

 

 鶴田姫子の言う通り、確実に鶴田姫子は大星淡の事を猛追して行った。しかし、大星淡の強引な柏山狙いによって結果は及ばず、大星淡の作戦勝ちであったと言わざるを得ない。二位に甘んじることとなってしまったこの結果に歯痒さを感じていたが、それは大星淡も同じであった。

 

(シンドージ……正直、本気でぶつかってたら私が潰されてた……でも、準決勝までに対策を練って、シンドージを一万回倒す……!)

 

 大星淡は鶴田姫子の力を目の当たりにして今の自分との力量差が顕著に現れていたのを感じており、今のような大量リードの状況で回ってきたからこそどうにかなったものの、準決勝では流石にここまで大量リードでは回ってこないであろう。やはりどうしても今のままでは足りない。その事に対して非常に悔しさを滲ませていたが、それと同時に鶴田姫子との再戦に今から燃えていた大星淡は、ダッシュで控室へと戻って行った。そんな大星淡の事を見ていた鶴田姫子も、心の中でこう誓った。

 

 

(次こそは……大星ば倒して決勝に進むばい……)

 

 

-------------------------------

 

 

「ただいまーテルー!結構ギリギリだったよ!」

 

「お疲れ……鶴田さん相手によく頑張った……」

 

 控室に勢いよく戻ってきた大星淡を、つい先程からお菓子を食べ始めようとしたのか、包装紙を破っていた宮永照が労いの言葉をかける。弘世菫もとりあえずは一安心といった感じでお茶を口にして「良くやった……お疲れ様だ」と声を掛ける。しかし、大星淡はバンとテーブルを叩くと、宮永照に向かって「テルー!今から打とう!」と言う。宮永照は大星淡が先ほどの対局で屈辱を味わっていたのだろうと推測しつつも、わざとらしくこう返す。

 

「淡から誘ってくるなんて珍しい……」

 

「いいから!早く打とうよ!」

 

「……分かった。尭深、誠子。ちょっとこの後付き合ってくれる?」

 

「構いませんよ」

 

「勿論です」

 

 そう言って了承する渋谷尭深と亦野誠子の言葉を聞いた宮永照はふっと微笑してまるで良いものを見たと言わんばかりに弘世菫に「……白糸台は前途有望な後輩が多くて頼もしいね」と言うと、弘世菫もそれに同調して「ああ、全くだ。……頼もしい奴らだ」と言った。

 

 

-------------------------------

 

「申し訳なかとです……部長」

 

「何言うとんね姫子。姫子は十分役割を果たせとったよ。……柏山や苅安賀ば削らず、白糸台を一点集中しんかった私の責任ばい」

 

 同じく控室に戻ってきた鶴田姫子は白水哩に励まされながら抱擁されていた。悔しさを募らせる鶴田姫子に向かって白水哩が「それに、次もあっとね。そこでリベンジばい」と前向きな言葉を投げかけ、鶴田姫子を鼓舞する。その気配りの上手さは流石新道寺という看板を三年間背負ってきただけはあり、頼れる主将であった。

 

「……花田。次はもっとキツうなると思う。ばってん、無理に気負いする事はなか。お前もポジティヴに行かんとな」

 

「……は、はい!お任せください!」

 

-------------------------------

 

 

 

「……結果は白糸台の勝ち、かい。皆、どう感じたかい」

 

 白糸台と新道寺の激闘を観戦し終えた宮守メンバーは、熊倉トシに質問を投げかけられる。それに対して臼沢塞は「流石王者白糸台って感じですけど……新道寺も十分負けてなかったと思います」と答える。

 

「そう、確かに先鋒こそチャンピオンの圧勝だったけど……それ以外は新道寺とほぼ互角。副将に至っては確実に競り勝っていた。……つまり、いくら王者白糸台とはいえ先鋒さえどうにか切り抜ければ勝機は十二分にある。……そのためには、豊音が頑張らないといけないけど……どうだったかい?チャンピオンは」

 

「ちょー凄かったよー……シロの話によればあれ以外にもオカルトを持ってるっていうし……シロとは違った怖さがあるよー」

 

 姉帯豊音がそう言うと、小瀬川白望は「確かに照は強いけど……切れるカードの多さで言えば豊音……六曜を駆使すれば一方的な勝負にはならないと思うよ……」とフォローをかける。

 

「あんたの方はどうなんだい、大将の二人は」

 

「……姫子はともかく、大星さんの方は実際に打ってないから何とも言えませんけど……配牌が悪くなるのは正直鬱陶しい……流れを悪くしているのか、それとも流れ云々を無視して配牌だけ悪くしているのかは分かりせんけど、後者の場合一番流れが読みやすい配牌で流れの良し悪しを推し量る事ができなくなるから、他の指標で見定めるしかないです……」

 

「成る程ね……」

 

「まあ、まだ当たるかどうかも分からない状況でこんな話、するだけ無駄……無意味ですけど……」

 

 それを聞いていた鹿倉胡桃が「どう言う事?」と尋ねると、小瀬川白望は「白糸台も私達もまだ決勝に進めるかどうかは分からない……そんな中で決勝の話をするのは慢心でしかない……油断、慢心した人から消えていくこの勝負の世界……兎に角今は目の前の敵を倒す事に専念した方が良いってこと……」と答えた。そんな小瀬川白望を、微笑ましそうな表情で熊倉トシは見つめていた。

 

(……そうは言いつつも、あんたが見てるのはいつだって赤木しげるの事じゃないか……全く。まあこれとは若干違う話かね)

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第375話 二回戦A編 ⑱ 絶対安静

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「とーき、終わったで」

 

「ん……もう終わったんか……なんていうか、時間って残酷やな……辛い時間ほど長く感じるのに、こういう寝てる時みたいに幸せな時間ほど一瞬で過ぎ去るなんて……無情やわ……」

 

 都内にあるホテルの一室、清水谷竜華の膝枕の上で眠りについていた園城寺怜が清水谷竜華に起こされると、そう言ってゆっくりと立ち上がる。何やら憂鬱な表情で小難しい事を嘆くようにして呟く園城寺怜に対し、清水谷竜華は「何言うとんの。ほら、明日からウチらも試合、始まるんやからしっかりしい」と言って園城寺怜の背筋を伸ばそうとする。

 

「……まあそうやな。竜華の言う通りしっかりせえへんと。全力でいかなお相手さんにも失礼やしな」

 

「確かにそうやけど……全力でやる事は無いんちゃう?確かにしっかりせえって言ったけど、何も無理しろなんて言うてへんで。ウチやセーラ、泉にフナQもおるんやし……」

 

 清水谷竜華が園城寺怜の体調を気遣ってそう提案するが、園城寺怜は首を横に振って「竜華こそ、何言うとんのや。インハイに出てる人は皆何かを賭けて闘ってんねん。絆やら人生やら……一人一人に譲れないものがあって、それのためなら自分の何かが犠牲になっても厭わない!って感じでな……それがウチの場合は身体だったちゅう話や」と答える。それを聞いた清水谷竜華は何やら言いたそうな表情をしていたが、反論の余地を与えずにこう続ける。

 

「それに、イケメンさんはあん時ホンマに命を賭けてたやん。それで、あのチャンピオンを倒して勝利を掴んだんや。……せやから、ウチも最低でもそれくらいの覚悟がないといかん。……分かってくれ、竜華」

 

「……はあ。分かった、分かったけど……ギリギリの状態になったらそこで止めてな?……もし倒れたら、承知せえへんからな。ビンタしてでも起こしたるから」

 

 そうクギを刺す清水谷竜華の事を、園城寺怜は笑顔を浮かべながら「……そん時は、お手柔らかに頼むわあ」と言う。それを聞いた清水谷竜華は若干怒ったような表情をして「なんで倒れる前提なんや!縁起でもないからそんなこと言わんといて……!」と咎める。そんな会話をしていると、船久保浩子と二条泉、そして江口セーラが部屋に戻ってきた。

 

「一体何しとるんですか、全く……めっちゃ騒がしかったんですけど」

 

 船久保浩子が呆れたような目で二人のことを見る。それを聞いた園城寺怜がジトッと清水谷竜華の方を見て「りゅーかにいじめられたんや、助けてやー」とワザとらしく呟いて船久保浩子に助けを求める。船久保浩子は「先輩。一応聞きますけど、何やったんですか……」と問いかけると、清水谷竜華は「ちゃう!誤解や船Q!怜が明日の二回戦、全力でやるって言うから……」と反論すると、先ほどまで何の話をしていたのかを九割ほど理解した船久保浩子は溜息をついて「……園城寺先輩。明日、全力でやりたいんですか」と尋ねる。

 

「当たり前や。全力でぶつかってこそのインハイやもん」

 

(……それに、サービスエリアで会ったあの子らと闘えるしな)

 

 そう意気込む姿を見せる園城寺怜を見て、船久保浩子は「……そうですか。そんなら仕方ないです。泉、園城寺先輩をベッドに括り付けるんや!」と言ってどこから持ってきたのか、縄を二条泉に渡す。突然渡された二条泉は「は、はい!?」と言って戸惑いながらも、それ以上に戸惑っている園城寺怜を縄で縛り付ける。園城寺怜が「な、何するんや!?」と驚きながら船久保浩子に向かって言うと船久保浩子はこう答える。

 

「園城寺先輩に明日、万全の状態で闘ってもらうための条件は絶対安静です。ただでさえ普通の人の倍以上体力が無くて、疲労が溜まりやすい先輩が無駄な動きをして体力を減らすのは得策じゃないかと思ったんで、こうして否が応でも安静にしてもらいます」

 

「だ、だからってこんな……」

 

「そうでもしないと夜とかに『イケメンさんに会いに言ってくるわー』とか言って抜け出す恐れがあるんで、仕方ないです。その場合彼方側にも迷惑がかかるんで」

 

 淡々と説明する船久保浩子に対し、園城寺怜はギシギシと身体を動かして抵抗しようとするが、「別に先輩を美味しく頂こうって魂胆やないです。ただ安静にしてもらうだけなんで、ちゃんと御飯も用意します。あ、あと縄がキツかったら言ってください。あくまで安静にさせるのが目的なんで」と園城寺怜に向かって言う。

 

「……そう言うことや、すまんな?怜。オレも縄までいかんでも流石にええやろって言ったんやけど……聞かなくて」

 

「ううう……どうせ縛られるんならイケメンさんに縛られたかった……」

 

「意外と元気そうですね……園城寺先輩」

 

「……小瀬川さんの等身大フィギュアを毎晩抱いて寝かせれば病弱体質治るんやあらへんやろかって思うほどやな。ホンマに」

 

 

 そうして縄で縛られていた園城寺怜であったが、直ぐに目を閉じて眠りについてしまった。それに対して安堵する千里山のメンバー。どうやら、明日園城寺怜は全力で闘っても問題は無さそうだ、と、園城寺怜の寝顔を見ながらそう思った。

 

 

-------------------------------

 

 

 

『とうとう二回戦第二試合、だねえ〜?えりちゃん』

 

『そうですね……昨日は優勝候補の筆頭である王者白糸台と九州の強豪、新道寺が勝ち上がりましたが、今日も優勝候補の筆頭として注目を浴びている全国二位、千里山の初陣となっています』

 

 そして翌日、実況席で三尋木咏と針生えりは二回戦第二試合の実況と解説を任されており、対局が始まるまでそんな事を話しながら待機していた。三尋木咏がマイクを切って「ふー」と一息つくと、針生えりもマイクを切って「……どうかしましたか?」と声をかける。

 

「いや……今年は珍しい高校がいるなーってね、知らんけど」

 

「奈良県代表の阿知賀の事ですか?確かに、言われてみればそうですね……ここの所はずっと晩成でしたから……」

 

「……晩成には一昨年と去年のインハイでめっちゃ頑張ってた子が今年もいたはず。阿知賀が今ここにいるって事は、阿知賀はそれを破ったってことになるねぇ……?」

 

「……つまり?」

 

「もしマグレでなく晩成に勝てたのならそれはかなり凄いダークホースになる、って事だよ。実際どうだったのかは知らんけど。まあマグレにしろそうでないにしろ、兎も角、この勝負で阿知賀がどう千里山に対峙するのか見ものだねぃ……」

 

「……そうですか、ということは阿知賀が場を引っ掻き回すということも?」

 

 それを聞いた三尋木咏は首を横に振って「違う違う!」と言って扇子を広げる。針生えりはその返答に若干ムッとしていたが、三尋木咏はこう続けた。

 

「寧ろ逆だぜぃ……えりちゃん。千里山が場を引っ掻き回すのを、どう阿知賀が抑えるか、そこに全てが懸かってる……仮に阿知賀がマグレで晩成に勝ったことに満足してるようなトコなら、話にもならないだろうねぃ……」

 

(……ま、阿知賀の顧問のあの人に限ってそんな事は無いと思うけどねぇ……知らんけど)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第376話 二回戦A編 ⑲ 遅れてやってくる

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……そんじゃ、行ってくるわ」

 

 二回戦第二試合がそろそろ始まろうとしているというところで、園城寺怜はようやく立ち上がってそう呟く。清水谷竜華がそんな園城寺怜に「怜、間に合うんか?後ちょっとしかないけど……」と尋ねると、園城寺怜はふふと笑みを浮かべて「分かってないなあ。ヒーローは遅れてやって来るって言うやろ?」とどこか得意げそうに言うが、江口セーラから「ヒーローは遅れてもいいかも知れんけど、怜は遅れたら失格やから早よ行きい」と言われてしまう。そう言われた園城寺怜は不満気に江口セーラの事を見て、何かを訴えようとしたが、それは言葉にはせず、代わりに自分の身体を見回して「そういや……昨日の縄の跡とかついてへんやろな。もし残ってたら物凄い恥ずかしいんやけど」と呟く。

 

「そんなに恥ずかしいもんなんか?」

 

「いや、清水谷先輩……そりゃあ恥ずかしいですよ……そういう”趣味“を持ってると思われても仕方ないんですから」

 

 二条泉にそう言われた清水谷竜華は顔を赤くして「な、なるほど……確かにそうやな」と若干目を逸らしながら呟く。それに同調するように船久保浩子が「園城寺先輩だけでなく、ウチらにまで”そういうもの“っていうレッテルが貼られるんで、そこは勘弁ですよ」と真顔で言う。すると園城寺怜が怒ったような目つきで「じゃあ昨日縄でウチの事を縛んなきゃ良かったんちゃうか船Q……!」と船久保浩子の事を指差して言うが、船久保浩子は口笛を吹きながら『何のことか分からない』といった表情、悪く言えば園城寺怜の事をおちょくるような表情で誤魔化した。

 

「……ま、まあ、み、見える範囲じゃ見当たらんし大丈夫やない?」

 

「セーラがそう言うなら……まあしゃあない。行ってくるわ」

 

 園城寺怜は若干不満気そうにそう呟くと、控室からゆっくりと出て行った。その様だけ見ればいかにも病弱な少女に見えるのだが、少なくとも先ほどまでの一部始終を見ている者からはそうは見えないだろう。しかし、船久保浩子は安堵の溜息をついて「……先輩、大丈夫そうですね」と漏らした。

 

「せやな……昨日は直ぐ寝とったし、100パーセントの体力で臨めるんちゃう?」

 

 江口セーラがそう言うと、清水谷竜華は心配そうな表情で「そうやけど……試合は今日だけやない。勝ち進めばその分怜の負担は増えるやん……」と言うが、二条泉はこう清水谷竜華に言った。「じゃあ、ウチらが園城寺先輩の負担を取り除く様に頑張りましょう」と。それを聞いた江口セーラはふっと笑うと二条泉の肩を掴んで「……よう言うようになったなあ!泉ィ!」と揺らしながらこう言った。

 

「ちょ、グラングランするんでやめて下さい!!」

 

 

-------------------------------

 

 

 

(……千里山女子、白糸台に次いで全国二位の超強豪校……!)

 

 一方、対局室では既に到着していた阿知賀女子の先鋒、松実玄が未だこの場所に姿を見せていない千里山女子の園城寺怜の事を待ちながら、心の中でそう呟く。赤土晴絵が『総合力だけで言えば王者白糸台よりも強いかもしれない』と語っていた千里山女子と相対する事になった松実玄は若干気負いしていたが、震えかけている右手をギュッと握って到着を他校の二人と共に待っていた。

 

(……先輩の園城寺さん、サービスエリアで会ったあの人が、まさか千里山のエースだったなんて……)

 

 松実玄は頭の中で過去に見た園城寺怜の顔を思い浮かべる。本人にとっとしてみれば失礼な話なのかもしれないが、今も尚牌譜で見た園城寺怜とサービスエリアで見た園城寺怜が同一人物だとはとても思えなかった。あの病弱そうでいつ折れてしまうかも分からない貧弱な体つきの彼女が、どうやったらあの牌譜のような相手を怯えさせるほどの力強い闘牌ができるのか不思議でならなかった。

 そんな見えない恐怖に若干震えていた松実玄だったが、そんな中で園城寺怜はようやく対局室に到着した。サービスエリアで見た時の印象とは打って変わって、底の読めない無表情で冷徹な園城寺怜がゆっくりと中央の卓へと向かっていく。その姿を見た松実玄は心の中で(やっぱり……全然違う!あの時みた園城寺さんとは……!)と恐怖に腰を抜かしそうになっていたが、園城寺怜はそれを知ってか知らずか、先ほどまでの無表情から一転、松実玄がサービスエリアで見た時のような声色と表情で「その節はどうもな、松実さん」と声をかける。その言葉に一瞬だけ松実玄の心は救われたのだが、園城寺怜は心の中でこう呟いていた。

 

(……イケメンさんと接点があるかどうかは知らんけど、松実さん……全力で行くから、覚悟しいな)

 

 

 

-------------------------------

 

 

「怜の相手のこの松実ってやつ、やっぱ能力持ちか?船Q」

 

 それと同時刻、千里山の控室では江口セーラがモニターを指差しながら船久保浩子に向かって言う。実のところ松実玄がどんな能力を持っているのかは江口セーラもほぼ確信に近づいていたのだが、念のため船久保浩子に確認したのだ。

 

「ええ、99.9%能力持ちですね。ドラを引きやすくなる代わりに、ドラが捨てられない能力。明らかに打ち方が不自然でしたんで、間違いないでしょう」

 

 船久保浩子の返答を聞いた江口セーラは「やっぱそうやろな……でも、裏を返せばそれ以外は無いんやろ?」と船久保浩子にもう一度質問すると「はい、ドラ能力にかなり引っ張られますけど、それ以外は見当たりません」と答えた。

 

「……なら、怜が梃子摺る相手じゃなさそうやな」

 

「そやけど……やっぱり阿知賀の子達にも頑張って欲しいわあ……」

 

 松実玄の事を見ながらそう呟く清水谷竜華に対し、江口セーラが「……応援するのはええけど、手は抜くなよ?」と釘を刺すと清水谷竜華は「そんな事せえへんって……」と返す。

 

「っていうか先輩、阿知賀が頑張ったら園城寺先輩の負担がその分増えるんですけど……」

 

「あ、せやな……そうや、言われてみればそうや!それはアカン!」

 

「天然ボケやな……相変わらずどっか抜けてるって言うかなんて言うか……しっかりせえよ」

 

「……ふんっ、セーラにだけは言われとう無いわ。シロさんが目の前にいたらタジタジになるくせに」

 

 そう言われた江口セーラは顔を真っ赤にしながら「は、はあ!?何言っとんのや竜華!」と否定する。二条泉はそんな二人のいざこざを見ながら、(まるで子供の言い合いみたいやな……)と若干呆れながらもそう呟くと、心の声を読まれたのか、清水谷竜華と江口セーラの二人から「煩いわアホ!」と言われてしまった。二条泉は反射的に謝るが、その後何故心の声が読まれたのか疑問に思っていたのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第377話 二回戦A編 ⑳ 一巡先を視る者

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:阿知賀 ドラ{3}

 

阿知賀 100000

越谷  100000

千里山 100000

劔谷  100000

 

 

 二回戦第二試合の先鋒戦、まずは阿知賀女子の起家で前半戦が始まった。親である松実玄は対面に座る園城寺怜から感じられる重圧に目を背けそうになるが、キッと前を睨むようにして目を逸らさずに配牌を開く。

 

(ドラはちゃんと来てる……大丈夫、大丈夫……)

 

松実玄:配牌

{一四赤五赤⑤⑧⑨11334赤5白中}

 

 松実玄は自身のドラを集めるオカルトがしっかり働いている事を心の拠り所としながら、手牌の{白}を切り出していく。幸い配牌もなかなか良く、序盤から点棒を稼いでいきたいところではあるが、松実玄はしきりに園城寺怜の方をチラと覗いていた。赤土晴絵が千里山の中でも最も注意すべき存在として挙げていた園城寺怜。具体的にどんな能力を持っているのかは松実玄から見ては未だ不明ではあるが、兎に角一番気をつけるべきは門前でのリーチであると赤土晴絵に助言された松実玄ではあったが、その助言が今の時点ではむしろ足を引っ張っているようであった。

 

(……思い切って攻めたいけど、園城寺さんが万が一リーチしてきても対応できるようにしなきゃ……)

 

 無論、園城寺怜の能力は『リーチをかければ一発ツモができる』という能力では無いため、リーチ以外にも園城寺怜の攻め方は数多に存在する。むしろ、今の松実玄のように一つの事象に気を取られている者ほど、園城寺怜にとっては格好の餌であった。

 

(次巡、阿知賀が{⑧筒}……か)

 

千里山:八巡目

{二二三三四四⑦⑦66688}

 

 園城寺怜は一巡先を見ながら、心の中でそう呟く。そうして先ほどまで指先がかかっていたツモ牌の{⑨}を手牌に入れると、{⑦}を切り出した。既に{⑧}が二枚見えている状況でシャボ待ちを敢えて嵌{⑧}待ちを選んだ園城寺怜の選択に実況の針生えりが首を傾げながら『園城寺選手、{⑦8}のシャボ待ちを二枚見えている{⑧}待ちに変更です』と疑問そうに呟いた。

 

(……これで

 

阿知賀:九巡目

{四赤五六赤⑤⑤⑤⑧⑨1334赤5}

ツモ{⑨}

 

 しかし、針生えりのこの疑問は直ぐに解消される事となる。直後の阿知賀女子のツモ番で松実玄は{⑨}を引くと、それを雀頭として{⑧}を切り出したのだ。無論、それを園城寺怜は待っていたため、見逃すわけもなくロンと発声して牌を倒す。

 

「……一盃口のみ、やな。1300」

 

「はっ、はい……」

 

 振り込んだ本人である松実玄は一盃口のみの安手で良かったと安堵していたが、実況の針生えりはこの和了に不信感を抱いた。隣にいる三尋木咏に向かって『……今の和了、どこか不自然に見えましたが』と遠回しに質問すると、三尋木咏は扇子をはためかせながら『あっらー……そう見えたかい?えりちゃん』と曖昧な返事をする。

 

『いえ、園城寺選手がまるでそうなるのが分かっていたかのように待ちを変えたような気がしたもので……』

 

『……まあ、合ってるかも知れねーし合ってないかも知れないねぇ……こればっかりは本人に聞かないと、わっかんねーよ』

 

 それを聞いた針生えりがどういう事だと言いたげな表情をしながら三尋木咏の事を見つめると、それに気付いた三尋木咏がゆっくりとマイクを切って「……彼女の異名、知ってるかい?」と針生えりに問いかける。

 

「……異名、ですか」

 

「これはオフレコにしないと千里山側にも色々と迷惑だろうから、マイクを切ったけど……彼女の異名、それは『一巡先を視る者』、さ」

 

「一巡先……ということは未来視って事ですか!?」

 

 驚き声をあげる針生えりではあったが、すぐに三尋木咏が「あくまで異名だって、異名。本当かどうかは知らんけど」と加える。

 

「……だけど、考えても見なよ?白糸台に次いで全国二位、関西では最強と名高い超名門校の千里山が、突然無名の子をメンバーに出すかい?しかも超重要な先鋒というポジションに。当然、あの子には何らかの選ばれた理由があるんだろうね……知らんけど」

 

-------------------------------

 

 

「ロン」

 

 

(……っ、また……!)

 

 

園城寺怜:和了形

{一二三四五六七八九⑦⑧99}

阿知賀

打{⑥}

 

「一通平和……3900」

 

 続く次局も阿知賀女子から直撃を奪った園城寺怜は、点棒を受け取りながら松実玄の捨て牌の方に目を向けて、心の中でこう呟く。

 

(……やっぱドラは捨てれへんようやな。ドラが縦に伸びるから、余計にその分ドラ側の牌をバンバン切らなあかんくなる。……もはや一巡先を視るまでもないな)

 

 この局のドラ{④}。赤ドラの{⑤}もあると考えれば、この局で松実玄から切られやすいのは必然的に{②③や⑥⑦}辺りとなる。あとはそれのいずれかに狙いを定めればいいだけの話である。無論未来視をすれば確実なのだが、今回の場合遠回りして待ちを変える事すら要らなかったため、結果論ではあるが未来視すらも必要なかったと言えるであろう。そういった明確なデメリット自体は松実玄は理解はしているのだが、彼女にはどうにもする事も出来なかった。

 

 

 

 

「……まずいな、玄のドラ支配が逆手に取られてる」

 

「玄さん……!」

 

「玄ちゃん……」

 

 阿知賀女子の控室でも、松実玄が園城寺怜に二連続直撃した事から段々と不安が募り始めている。皆が松実玄に視線を集めている中で、赤土晴絵は松実玄の事を心配すると同時に、園城寺怜の能力についても考察を続けていた。

 

(牌譜だけでは分からなかったけど……待ちを変えるときに全く迷いがない。若干手が止まったりするけど、その手先に迷いは感じられない……まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 そこまで考えて、ようやく赤土晴絵は園城寺怜の能力を悟る。やはり園城寺怜は未来を視ているのだと。そうすれば牌譜にあった不可解な鳴き、待ちの変更、リーチ一発ツモ。全てがそれで証明できる。しかし、その発見は赤土晴絵に絶望を齎した。

 

「……仮に、園城寺の能力が未来視だとしたら、玄は勝てない……」

 

「そ、そんな……何とかならないんですか!?」

 

 赤土晴絵の言葉に高鴨穏乃がそう返すが、赤土晴絵から言葉は返ってこなかった。というのも最もな事で、未来が視える人間を攻略するためには未来視で視た未来を越えるほどの事を行わなければいけない。それの代表的な例がリーチ一発ツモを防ぐための鳴きなどのような物が挙げられるが、あくまでそれは防御面での話であって、攻撃面で園城寺怜を攻略することはほぼゼロに等しい。それこそ、未来を改変すれば二、三巡は未来が視えなくなる性質を利用して、小瀬川白望がやったように園城寺怜に未来を改変させて直撃を奪う、これくらいしか存在しない。もちろん、それの対策も園城寺怜は講じているため、並大抵の攻めでは彼女を欺くことは不可能である。

 

(玄の攻撃力を生かせない相手じゃ不利なのは分かっていたけど……まさかここまで封殺されるなんて……)

 

(……玄さん)

 

 皆が松実玄の事を心の中で応援するが、その願いも虚しく、園城寺怜の『リーチ』という宣言で砕け散ってしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第378話 二回戦A編 ㉑ 賭す覚悟

-------------------------------

視点:神の視点

 

東三局 親:千里山 ドラ{7}

阿知賀  94800

越谷  100000

千里山 105200

劔谷  100000

 

 

 

「リーチ」

 

 

「「「!!」」」

 

 

 園城寺怜がリーチ棒を垂直に立ててそう宣言する。その宣言に、松実玄を含めた他の三人は一斉に園城寺怜の方を向き、そして戦慄する。彼女らは、この園城寺怜のリーチがどのような意味を持っているかをよく知っている。知っているが故に、彼女のリーチ宣言はまさに死刑宣告以外の何物でもなかった。

 

(リーチってことは……一巡する前に誰かが鳴かないと……!)

 

 彼女らに残された時間は次の園城寺怜のツモまで。つまり一巡しか残されていない。しかも、その間に彼女らに出来ることといえばその一巡の間に誰かが鳴いて園城寺怜のツモをずらすことのみである。それが出来なければ、園城寺怜がリーチ一発ツモがその時点で確定してしまうのだ。松実玄の指先が嫌な汗で湿る。緊張と恐怖のあまり、発汗という形で体が危険信号を示したのだ。しかし、彼女はそれでも立ち向かわなければいけない。

 が、当然ながら、鳴きによってツモをずらして園城寺怜のリーチ一発ツモを防ぐという事はそうそう狙ってできるものでは無い。他者を鳴かせようにも、自分が鳴こうにもどちらにせよ容易では無いのは明らかである。それでも松実玄含めた三人は望みを託してツモっては牌を切り、ツモっては牌を切り、ツモっては牌を切り……が、それでも誰からも声が発せられる事はなく、園城寺怜のツモ番へと回ってしまった。

 

(これが、あの荒川憩さんのいる三箇牧高校を打ち破った千里山のエース……一万人の頂点に近づくと……)

 

「ツモ、4000オール」

 

千里山:和了形

{三四六七八②③④⑤⑥⑦33}

ツモ{二}

 

 

(とんでもない人がいる……!)

 

 

 結局園城寺怜が視た未来通りの結末となり、園城寺怜が親満をツモって連荘、一本場とした。これで三連続和了とした園城寺怜ではあったが、これで攻撃の手を緩めるほど園城寺怜も甘くはなかった。

 

(……大人しくするのは別にええけど、どうなってもウチは知らんからな……)

 

(ど、どうにかしないと……)

 

 松実玄は頭の中で必死に抵抗策を練ろうとするが、未来が視えている園城寺怜を前にして萎縮している松実玄が、有効な策を見つけることなどできるわけもなく、必死に考えれば考えるほど、何も出てこない事に対して危機感が煽られ、どんどん精神的に追い込まれてしまうのだ。

 

(……これ以上やらせたくは無いけど、止めようにも止められない……っ!)

 

(どうすれば止められるのこれもー……)

 

 

 それは他校の二人も同じ事であり、越谷女子の新井ソフィアと劔谷高校の椿野美幸も足掻こうとはするものの、三連続和了で勢いづいた園城寺怜は止められず、点棒が溶けていく……いや、園城寺怜に溶かされていくのをただ黙って見ている事しか彼女らにはできなかった。

 

 

 

 

-------------------------------

南四局 親:劔谷 ドラ{⑤}

阿知賀  73800

越谷   89100

千里山 145800

劔谷   81300

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

(((……っ!)))

 

 

 

千里山:和了形

{八八③④⑥⑦⑧234888}

ツモ{②}

 

「……ツモ、ありがとうございました」

 

 この和了で最終収支をプラス53700という文字通りの虐殺を終えた園城寺怜は、点棒を受け取った後そう呟いて対局室からさっさと出て行った。一方の公開処刑から解放された三人は恐怖と疲労のために暫くそこを動くことができなかった。特に最下位の松実玄は園城寺怜のドラを封じているという圧倒的優位な位置で闘っていたのにも関わらずこの結果であり、そのショックは計り知れないものであるのは言うまでもなかった。

 

 

(ふー……()()()()()()()使()()()()()っつっても……二半荘フルで使うのはしんどいなあ……)

 

 扉から廊下に出た園城寺怜は、若干足をふらつかせながら壁に寄りかかる。己の体力の無さを痛感した園城寺怜ではあったが、自分の体が病弱であるからこそ今の能力があると考えると、一概に否定する事はできない。が、それでも尚園城寺怜は危機感を抱いていた。

 

(このまま勝ち進めば準決勝……チャンピオンとの勝負。……能力を加味してもチャンピオンの方が数枚上手なのは分かっとる……問題はウチの体が能力の酷使に耐えられるかどうかや)

 

 先ほどの勝負でさえ若干疲労が見えていたというのに、次の勝負はチャンピオンである宮永照。当然、先ほどよりも園城寺怜の負担は大きくなる。『奥の手』を使えばその負担は更に倍、三倍と積み重なっていく。正直なところ、耐えられるかどうかは怪しいところであった。が、園城寺怜はそれを理解しつつも心の中でこう語る。

 

(……覚悟はできとる。どうなっても構わん)

 

 全てを賭す覚悟、己が破滅すると分かっていながらもそれを顧みず突き進む狂気。その境遇を楽しむというところまでは行ってはいないものの、この時園城寺怜は無意識の内にその領域に僅かながらではあるが片足を突っ込んでいた。

 

 

-------------------------------

 

 

「ただいま帰ったで」

 

「怜!」

 

 ゆっくりと控室に戻ってきた園城寺怜をまず最初に清水谷竜華が迎える。清水谷竜華に抱きしめられた園城寺怜は驚いて仰け反るが、がっちりとホールドされているため逃げられなかった。

 

「おい、竜華。そこまでにしときい。怜が窒息死するで」

 

 江口セーラにそう言われてようやく清水谷竜華が園城寺怜を解放すると、「す、すまんな?怜。つい……」と声をかける。すると園城寺怜は呆然としながらも、「……胸枕も案外いいかもな」と呟く。

 

「先輩、身体の方は?」

 

「めっちゃ柔ら……いや、苦もなく勝てたから、そんなに疲れたわけでも無いで」

 

 一瞬冗談で返そうとした園城寺怜の事を目線で一蹴した船久保浩子は「そうですか。そんなら良かったです……あと」と言い、園城寺怜の事を呼び出して皆から少し離れた位置で耳打ちでこう質問した。

 

「……今回、『二巡先』は?」

 

「いや、使うてへんよ。使うと竜華にすぐバレて怒られるからな。それに使うほどでも無かったしな」

 

「……ちなみに、準決勝では」

 

 そう聞かれた園城寺怜はふふと笑うと「さあ、そん時次第やろな」と言って誤魔化す。それを聞いた船久保浩子は「そん時次第って……ホンマに使うつもりなんですか?」と再び尋ねると、園城寺怜は船久保浩子の肩を掴んでこう言った。

 

「すまんな……ウチはこの大会、麻雀と心中しても構わんくらいの覚悟で立っとるんや……ベタな引き止めは無駄やで」

 

 船久保浩子にそう言った園城寺怜は真剣な表情から一転、いつもの表情で「ま、ホンマなら麻雀よりイケメンさんの方がいいんやけどな?」と言う。船久保浩子が若干言葉に詰まりながらも、「そ、そんな縁起でもない事言わんといて下さいよ……」と返した。そして園城寺怜は心の中で船久保浩子に向かってこう呟いた。

 

(……すまんな、船Q)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第379話 二回戦A編 ㉒ 背負

-------------------------------

視点:神の視点

先鋒戦終了時

千里山 153700

阿知賀  71800

劔谷   77400

越谷   87100

 

 

 

 先鋒戦が終わり、ようやく対局室から出ていた松実玄はとぼとぼと下を向きながら控室へと歩いていた。先鋒戦だけでも三万点弱失点した上、トップの千里山とは八万点差以上離されており、まだ十半荘中の二半荘しか終わっていないのにも関わらずもはや追いつける点差ではなく、もう勝負が決まってしまったようなものである。

 いや、八半荘で八万点差を埋めるのであるから、単純計算で一半荘に一万点分差を詰めれば達成できる。そう考えてみれば勝負を諦めるほどの点差ではないように思えるが、相手があの千里山という事を考えれば、その点差の持つ絶望感は容易に想像できるであろう。何も強いのは園城寺怜だけではない。中堅の江口セーラと大将の清水谷竜華はもちろん、次鋒の二条泉と副将の船久保浩子も三年トリオで隠れてはいるが、相当の実力者である。これらの事を踏まえて単刀直入に言って仕舞うと、大将戦が終わった時にはこれより点差が広がっている可能性だって十分にあり得るのだ。

 そう言った意味では、松実玄は先ほどの先鋒戦、最少失点でバトンを次鋒戦に渡さなくてはならなかった。一位は無理だとしても、できるだけ失点を抑えて後続に託すのが彼女の使命であった。が、結果はこのザマである。松実玄は溜息を繰り返しながら廊下を歩いていると、前方から松実宥がやって来るのが見えた。正直なところ、松実玄が申し訳ないという理由で今一番顔を合わせたくないと思っていた松実宥と出会ってしまい、どうすればいいのか分からずパニック状態に陥っていた。そんな妹を見て、姉である松実宥はゆっくりと松実玄を抱きしめた。

 

「……玄ちゃん」

 

「お、お姉ちゃん……ごめん……皆の点棒……」

 

 抱きしめられた松実玄は涙ぐみながらそう言うが、松実宥は「ううん、大丈夫だよ。玄ちゃん」と言う。

 

「……私がなんとかして見せる」

 

 珍しく強気な発言をする松実宥を見た松実玄は若干驚いていたが、松実宥から「……また私のマフラー、いる?」と聞かれると、首を横に振って「ううん……大丈夫」と言い、「……お姉ちゃん、頑張ってね」と姉を応援して対局室へと送り出した。

 そうして送り出された松実宥が対局室の中に入ると、暑そうな自身の服装とは正反対の服装をしている二条泉が卓の側に立っていた。松実宥はその二条泉を見据えながら、心の中で名前を呟く。

 

(……千里山の副将、二条さん)

 

 一年生ながらにして超強豪校の千里山のレギュラーを任されている二条泉。一年生が故に牌譜などの情報が少なく、どれほど強いのかは松実宥からしてみれば全くの未知数。強い事には変わりないのだろうが、松実宥はそれに怖じけることなく真っ直ぐと見つめる。

 

 

「お手柔らかにお願いでっす」

 

 すると二条泉がわざと松実宥の方を向いてそう話しかける。いきなり話しかけられた松実宥は警戒するが、取り敢えず「よ、宜しくお願いします……」と返した。

 

(……向こうも気合い入っとるな。まあ、妹の仇っちゅうところか)

 

 二条泉が松実宥の表情の裏に隠された闘志を見抜きつつ、心の中で素晴らしい姉妹愛だと称賛し感嘆する。が、それと同時に二条泉はこうも思っていた。

 

(……そっちにも譲れんもんはあるのかもしれんけど……ウチかて園城寺先輩の決死の覚悟を背負ってここに立っとるんや。それに関して言えば引けは取らんで)

 

 そう、松実宥は松実玄の思いを背負ってここに立っているのかもしれないが、二条泉もまた園城寺怜のまさに命を賭す覚悟を背負ってここに立っているのだ。先輩である園城寺怜が命を賭けて闘っている以上、後輩の自分がその覚悟を無駄にすることなどできない。違いこそあれど、人一人分の思い、覚悟を背負っている事には変わりはなかった。そうして、互いの譲れないもの、背負っているものを賭けた勝負が、次鋒戦が始まった。

 

(……玄ちゃんのためにも……負けられない……!)

 

(園城寺先輩の決死の覚悟……無駄にはさせへん……!)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……始まったなあ」

 

「せやね、怜」

 

 一方、まさか自分の思いやら覚悟やらを後輩の二条泉に背負われているなど思ってもいなかった園城寺怜は清水谷竜華の膝枕に頭を乗せながらそう呟く。実は先程園城寺怜が新たな境地を開拓すべく胸枕を清水谷竜華に頼んだのだが、あっさり断られてしまったため若干乗り気ではなかったが、それはまた別の話である。

 

「……なあ船Q、松実の姉の方も何かしらの能力を持っとるんやろ?」

 

 江口セーラが背凭れに寄りかかりながら船久保浩子に向かってそう尋ねると、タブレット端末を手に取りながら「そう言うと思って……これ、見てください」と言う。江口セーラが身体を起こして船久保浩子の持つタブレット端末を見ると、「……成る程な」と呟いた。

 

「はい、妹のドラ爆体質ほど分かりやすいものではないですけど、この偏りは異常です。見事に萬子と中に偏っとります」

 

「……ほーん、じゃあ姉さんの方も萬子と中を捨てられへんのか?」

 

「いや、多分そうじゃないと思います……普通に捨ててる場面がチラホラあったんで。でもまあ、萬子と中を警戒すれば手は狭まりますが対処は楽かと思います」

 

 それを聞いていた園城寺怜が「成る程なあ……でも、それを鵜呑みにするんは良くないと思うで」と船久保浩子に向かって警告する。船久保浩子を含めその場にいる全員がどう言う事だという表情をしていたが、その直後に二条泉が{6}を切って松実宥に振り込んだ。しかも、萬子の染め手でもない普通の手に。

 

「なっ……怜、もしかして」

 

 清水谷竜華が何かを言いたそうに園城寺怜の事を見てそう言うが、園城寺怜はふふふと笑って「さあ……何のことやろな」と言って誤魔化す。その一方で、今の和了を見た船久保浩子が自分が収集したデータをもう一度入念にチェックし直すと、新たな結論が出たのか、ふーっと一息つきながらこう言う。

 

「成る程な……これは盲点でした」

 

「どっか間違ってたんか?」

 

 江口セーラが船久保浩子に向かってそう聞くと、船久保浩子は「いや、間違ってたと言うより……足らなかったって言う方が正しいですかね……」と言う。

 

「……萬子と中だけやないってことか」

 

「ええ……集めてるんは萬子と中だけやなく……赤い牌ーーですね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第380話 二回戦A編 ㉓ 無視

-------------------------------

視点:神の視点

南二局 親:阿知賀 ドラ{8}

千里山 151800

阿知賀  83200

劔谷   76700

越谷   88300

 

 

 

(船久保先輩の言っていたことが半分当たってたのは分かるけど……だけど、やっぱそれだけやなかった……!)

 

 

(部のみんなと打った時のことを思い出せば……)

 

 

 千里山サイドで松実宥の能力についての見解で間違っていた点が発覚してから数局が経ち、流石の二条泉も誤りが発覚するキッカケの満貫直撃から薄々感じており、ようやく本当の結論に辿りつこうとしていた。一方で、松実宥はと言うと、二条泉が自分の能力を半分以上は理解しているという前提で、既に自分の能力を知っている同じ阿知賀女子のメンバーと闘っている時に用いた戦法をそのまま使用していた。これが二条泉に上手くハマったようで、だから先程も満貫直撃を奪う事ができたのだ。

 

(大方の予想はつく……せやけど、おいおいおい……対策のしようがあらへんやろ……)

 

 二条泉も自分なりの再考察で松実宥の能力を『赤い牌を集める』能力だと分かったまでは良いのだが、そこから後の話で二条泉の頭は悩まされていた。そう、確かに赤い牌が集まりやすいのだから、赤い牌に気を付ければ良いのだが、あまり現実的な話ではない。萬子と{中}は言わずもがな、筒子であれば{①③⑤⑥⑦⑨}、索子であれば{1579}と、赤い牌という括りでは明らかに範囲が狭いのだ。唯一、赤い牌に絡むことのない牌だと言えるのは{234}と{中}以外の字牌だが、何も赤い牌以外の牌が引けないなどというわけではない。と、言うことはつまり、字牌はともかくとして、数牌は基本的に全ての牌に危険があるわけである。よって、どれかに警戒して牌を絞るような戦術は破綻しており、不可能である。

 もちろん、それでも突出してツモ確率の高い萬子と{中}に関しては警戒を怠る事は許されないのだが、松実宥も対策を講じているため、一筋縄ではいかず、結局効果的な打開策は存在しないという事になり、心理戦に持ち込まれることとなった。

 

(船久保先輩から何かアドバイスを貰えると嬉しいんやけど……流石にこれは期待できへんよなあ……)

 

 前半戦が終われば後半戦が始まるまでのインターバルで船久保浩子からデータのプロファイリングの訂正はあるのだろうが、具体的な打開、突破策はいくら千里山の頭脳こと船久保浩子であってもこの膨大な範囲の能力に対しては望めなさそうである。

 故に、どうにかして自分で解決するしかないのだが、先程から幾ら二条泉が悩んでいても答えが見つかる事は無さそうである。

 

(……仕方あらへん。こうなったらもう能力関係無しに攻めていく……能力を考えればその分相手に引っ張られるだけ……)

 

 そこで、二条泉が下した決断は敢えて能力持ちであると意識をしない、という決断であった。思考放棄や諦め、とはまた違う。敢えてその前提を視界から外すことによって、自由に動けるようにするという、少し判断を誤れば自爆しかねない暴走であった。もはや二条泉にとってそれしか策はなかったのである。だからこそ、思い切ってその策に身を委ねる事ができたのかもしれない。

 

千里山:十一巡目

{二二②③④⑧⑧233445}

ツモ{四}

 

(萬子が何や……ここでビビっとるようじゃ、上には上がれへん……!)

 

「リーチや!」

 

千里山

打{横二}

 

 

 

(!!)

 

 二条泉のリーチに対し、松実宥が驚いたような表情で二条泉の方に視線を向ける。そう、松実宥の能力について概ね知っているものならば一番あり得ない選択肢である萬子でのリーチ。例え松実宥の能力を完璧に理解し、『萬子と中だけではない』と気付いたとしても、まず警戒されるのが萬子である。しかし、二条泉はそれを無視して強引に萬子で勝負しに来たのだ。

 

(こ、この人……私の能力を理解しているはずなのに……どうして……?)

 

 いや、確かに松実宥は今嵌張の{②}待ちであり、萬子で待っているわけではなかったが、それでも二条泉のこの判断は非常に彼女を悩ませた。もしかすると、自分が相手が萬子を警戒しているという事を利用しているのを、逆に利用されたのかもしれない。彼女の憶測はそこまで考え付いくほどだったのだが、しかしそれでも本当に手牌が見えたり、相手の心理を読み取ったり巧みに操ったりする技術が無ければこの判断を下すのは不可能である。それもあって、松実宥はこの二条泉の捨て身とも言える行動に半ば混乱していた。

 

 

 

 

 

 

(……参ったな。恐らくやぶれかぶれの策なんだろうが、まさかそれが吉と出るとは……)

 

 一方阿知賀の控室でも、赤土晴絵が唇を噛みながら心の中でそう呟く。二条泉のこの策が何の根拠もない策戦であるという事は見抜いたものの、根拠も無ければ何かしら特殊な動作も無く、ただ松実宥の能力を考慮しないというだけの策なので、それに対する具体的な対策が存在しないのだ。故に、二条泉が裏目を引いてくれるまで待つしかないのであった。

 そして特に痛いのがその事に松実宥が気づいていないという事だ。未だに松実宥は二条泉の行動の根拠や理由が見つからず、疑問に思っているが、『能力を気にしない方がかえって打ちやすい』という理由しかないので、見つかるわけがなかった。それだけならまだ良いが、問題なのは二条泉が自分の能力を完璧に理解し、思考まで読み切られていると錯覚して松実宥が萎縮してしまう事。それが一番怖いところではあった。しかし、前半戦が終わるまではアドバイスしたくてもできない。何事も無く前半戦が終わるか、松実宥が自分で疑問の無駄に気付くか、それしか解決の糸口はなかった。

 

 

 

 

「ツモ、1000オール……」

 

 

阿知賀:和了形

{一二三七七七七八九①③赤⑤⑤}

ツモ{②}

 

 

(……ダメやったか。でも、能力を意識しとったら多分聴牌はできんかった。もしかしたら、振っとったかもしれんかったな……)

 

 結果的には松実宥が和了った事で、二条泉の奇策が水泡に帰してしまった。しかし、それと同時に松実宥が萬子待ちでなかったのを見て、自分の強引な作戦は半分ほど成功していたという事実を得る事ができた。厳密にその作戦が愚策か否かは判別しにくいものであるが、それを抜きにして二条泉に勢いを与えるという事に変わりはなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第381話 二回戦A編 ㉔ 気負い

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

「おっしいなあー泉!あともうちょいやったのに!」

 

「にしても泉、めっちゃ積極的になったやん。なんかあったんか?」

 

「さあ……何があったんかまでは流石に分かりませんね」

 

 前局の二条泉の思い切った行動に対して千里山のメンバーも驚いていたのか、二条泉が何故あの行動を取ったかについて話し合っていた。もしかしたら一見対策を講じるのは不可能と思われた松実宥の能力に穴を見つけでもしたり、もしくは想像を絶するような奇策を思いついたのではないかと議論は盛り上がる。しかし、流石の船久保浩子までも、『対策範囲が広すぎるのなら能力を思考の外に追いやる』という発想には至らなかったわけではあるが。

 

「あ……」

 

 二条泉の大胆な行動に賞賛を送っていた千里山メンバーではあったが、その直後の南三局で二条泉が松実宥が張っていた萬子の混一色に対して{六}を強打し、結果的に振り込んでしまう。折角二条泉の事を褒めていた園城寺怜は額に手を当て「……どうやら、ただの全ツッパみたいやな」と呟く。

 

「まあ……むしろそれの方が自由に動けていいかもしれへんけど、今のみたいなんがあるからな……」

 

 江口セーラもそう言ってモニター越しに二条泉が松実宥に点棒を手渡す光景を見る。まともな対策を練ることができないこの状況では、若干リスキーではあるが今の二条泉の行動が一番縛られる事なく麻雀ができると言えるだろう。そういった意味では江口セーラは二条泉の機転を褒めていた。

 

「……船Q、前半戦終わったら泉んとこに行くんか?」

 

 前半戦もそろそろオーラスというところで、清水谷竜華が船久保浩子に向かってそう質問すると、船久保浩子は少し悩むような素振りを見せて「まあ一応行っときます。色々聞きたい事もあるんで」と答えた。するとそれを聞いていた園城寺怜が「なあ、ウチも連れてってや」と船久保浩子に向かって口を開く。

 

「と、怜。大丈夫なんか?」

 

「ちょいと行くくらい流石に平気や。ちょっと先輩として言わなあかん事があるしな」

 

 そう園城寺怜が言うと、清水谷竜華は「……仕方ないわ。行きい」と園城寺怜に許可を出すと、園城寺怜は「そんな心配する事のほどでもないから安心せえって。何も泉と決闘しようっていうんじゃあらへんから」と冗談も交えながら頭を清水谷竜華の膝から持ち上げるようにして起き上がる。

 

「じゃ、行こか。船Q」

 

「分かりました」

 

 そうしてオーラスが終わる前に園城寺怜と船久保浩子は控室から出て行き、控室に取り残された清水谷竜華は同じく控室に残っていた江口セーラに向かって「なー、セーラ。怜の言っとった『先輩として言わなあかん事』ってなんや?」と質問する。すると江口セーラも園城寺怜が二条泉に言わなければいけない事について考えていたようで、清水谷竜華に同調するようにこう返した。

 

「そう、そこや。オレも気になっててん。一体なんなんや?」

 

「さあ……」

 

「あんまり自分の事で気負わんでもええ、って事を言いに行ったんやろ」

 

 すると今まで沈黙を貫いていた千里山の監督である愛宕雅枝が口を開く。江口セーラと清水谷竜華は少しほどびっくりしていたが、すぐに「……どういう事ですか?」と聞くと、愛宕雅枝はこう続ける。

 

「『命を賭けながらも頑張る園城寺先輩のためにも、ウチも頑張らんと!』って思う必要は無いってことやろ。そうやって気負うよりも、優先すべき事はあるってことや」

 

「成る程……そういう事やったんか」

 

「それに、一年生の泉に気負わすような事になって申し訳無かったってのもあるやろな。……まあ、だいたいそんな事やろ」

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ん、終わったな」

 

「そうですね……安手やけど、なんとか和了れたみたいです」

 

 一方で控室から出て、対局室側の方向へと歩んでいた園城寺怜と船久保浩子は携帯で清水谷竜華から送られてきた情報を元に前半戦の終了を知る。そんな事を話していると、二条泉が反対方向側からやって来るのが見えた。二人は手を振って「泉、お疲れさんやでー」と声をかける。

 

「あ、ありがとうございます……っていうか、園城寺先輩。大丈夫なんですか?身体の方は」

 

「まあウチの事は後でもええやろ。それより船Q、一応報告してやりい」

 

 園城寺怜に促された船久保浩子が「あ、はい」と言って事前のプロファイリングに誤りがあった事と、それを踏まえての松実宥の能力の訂正を一応という事で報告する。

 

「まあそんなとこや。少しツメが甘くてすまんかったな」

 

「いえ、ウチも早い段階で気付けたんで、まあ大丈夫です」

 

「そっか……そんで、後半からの打ち回しやけど、なんかあったんか?」

 

 船久保浩子がようやく本題を二条泉にぶつけると、二条泉は少しはははと笑いながら「いや……あまり考えすぎるとドツボに入りそうやったんで、何ならもう無視した方が早いかなと思ったんで……」と正直に打ち明けると、船久保浩子は「いや、そんなら良かったんや。ただの自暴自棄じゃないなら、今のままでええよ。流石にアレの対策を考えるんは骨が折れるし」と言った。二条泉がその言葉に頷くと、今度は園城寺怜の方に視線を向ける。

 

「……それで、先輩は?」

 

「ん?ああ……いやまあ、あんま気負いせんでもええよって事を言いたかっただけや。どうせ『か弱いのに無茶をする園城寺先輩のためにも、ウチも死ぬ気で頑張らんとあかんわー』とでも思っとったんやろ?」

 

「ま、まあ……はい」

 

 二条泉が若干照れ臭そうにそう言うと、園城寺怜は「一年坊主が先輩の事で気負うなんて百年早いわ。……もっと自由に動いたらええ。ウチが頑張ったからとか、皆が頑張ってるからなんかやない。自分の意思で頑張るんや。それが可愛い後輩ってもんやで」と助言する。

 

「……それに、一年にそういう事されるなんて、なんか申し訳ないし、先輩の面目も丸潰れやろ?」

 

 園城寺怜が続けてそういうと、隣にいた船久保浩子が真顔で「去年の小瀬川さんと一緒に泊まった夜のこと、江口先輩から色々聞いてるんでその時点で園城寺先輩の威厳や面目なんて潰れまくってますから大丈夫ですよ」と呟くので、園城寺怜は「うるさい船Q。ウチのイケメンさんに対する愛を止める事ができなかっただけや」と指をさして黙らせる。

 

「まあ、そういうことや。伸び伸びと打ってこい。ウチはこれで最後やけど、泉にはこれを含めて三回もこの場所に来れるんやから」

 

 そう二条泉に言って園城寺怜と船久保浩子は控室の方向へと戻っていく。そしてその道中で園城寺怜が思い出したかのように「……船Q。戻るついでに観客席行かへん?」と提案する。が、船久保浩子からその提案は「……それ、小瀬川さんに会いに行きたいだけですよね」と言われて却下されてしまった。園城寺怜は少し不服そうな表情であったが、船久保浩子がこう付け足して宥めた。

 

「それに、何も小瀬川さんだけ観客席に居るっていうわけでもあらへんでしょう。他の部員とかもいることでしょうし……」

 

「まあ、そうやなあ……仕方あらへん。こんまま戻るか」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第382話 二回戦A編 ㉕ 乙女

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……あ、憧ちゃん」

 

「宥姉、ハルエから伝言!」

 

 時を同じくして、控室から走ってきた新子憧は松実宥の事を見つけると、名前を呼んで松実宥の所へと向かう。松実宥が赤土晴恵の伝言と聞いて何事だと思っていると、息を切らしながらも新子憧は赤土晴恵の伝言を伝える。

 

「あの千里山の二条さん、別に宥姉の能力に対策を打ってるわけでもないし、全ツッパ状態だから気にしなくて良いって!」

 

「そっか……やっぱり、通りで萬子を強打し始めたと思ったら……」

 

 松実宥が先ほどのいきなりの二条泉の萬子強打に対しての不信感を思い出しながら、そう呟く。いきなり人が変わったかのような打ちまわしになり松実宥自身混乱していたが、今の伝言でようやくその謎が解け、納得したように呟くと、わざわざ伝言を伝えるためだけに走ってきた新子憧に「憧ちゃん、ありがとうね」と言った。

 

「大丈夫大丈夫!これくらいどうってことないって!それに、気付いたのはハルエだし!」

 

「でも、来てくれただけでも嬉しいよ……」

 

 松実宥がそう言って新子憧の事を抱きしめると、新子憧は驚きながら「ちょ、宥姉!暑い、暑いって!?」と訴えかける。松実宥はそう言われてサッと離れると、「うう……ごめんね?私は今の、凄いあったかくて良かったんだけど……」と新子憧に向かって弁明をした。

 

「だ、大丈夫だよ?でも、今八月だし……ちょっと宥姉の服装じゃ暑かっただけで……」

 

「そっか……でも、私からしてみればむしろ憧ちゃんの服装、とても寒そうだけどね……」

 

「宥姉が寒がりすぎなんだってば……まあ、後半戦頑張ってね!宥姉!」

 

「うん……頑張る」

 

 松実宥が新子憧にそう返すと、新子憧は控え室へと歩いて戻って行く。松実宥は彼女の後ろ姿を見つめながら(……玄ちゃんの為にも、私が頑張らなきゃ……)と妹の思いを背負い、新子憧が角を曲がろうとしたのと同時に対局室へと向かって行った。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ツモ、3000-6000です」

 

 

阿知賀:和了形

{一一二三四赤五六八八八中中中}

ツモ{四}

 

 

(くそっ……すんでのところで届かなかったか……)

 

 それから一時間が経ち、松実宥がオーラスで跳満を和了って次鋒戦を終了せしめる。後半戦からは松実宥が二条泉の強打の理由を知っていたため、二条泉の策はあまり松実宥には通じず、結果的に少し押される形となってしまった。二条泉がその事に対して悔しさを募らせるが、それでも全体の収支ではプラスで、今の跳満和了こそあれど終始安定した闘牌をすることができていた。しかし、あの阿知賀を仕留めることができなかったこと、それだけが唯一の心残りであった。

 

「お疲れさんです……」

 

「お、お疲れ様です……」

 

 それによって若干不機嫌そうな表情をしていた二条泉は小さい声でそう呟くと、サッサと対局室を後にする。松実宥はそんな彼女を見ながらも(前半戦の内に気づけていたら……もっと違っていたかも……)と、新子憧を通じて赤土晴絵の伝言を聞くまで翻弄されていた事に対する自責の念にかられていた。いくらこれで二位に浮上したとはいえ、トップとの千里山とはまだまだ離されている。これで勝ち上がれたとしても、今度はもっと強い王者白糸台と当たる事になる。これでは全然ダメだと心の中で自分にダメ押しをしながら、松実宥もまた対局室から出て行った。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「お……終わったな」

 

「そうですね。最後に跳満和了られましたけど」

 

 一方の千里山の控え室では、次鋒戦の終了を確認した江口セーラがそう言って立ち上がると、船久保浩子に向かって「かまへんかまへん。12000程度、すぐにオレが倍以上にして返してくるから」と強気な発言で返すが、船久保浩子が「いや、そう言う事やなくてですね……最後の跳満をキッカケに、準決勝で目覚められたら厄介だなと……」と言うと、江口セーラは「ほーん……まあ、関係無いやろ。泉はそんなヤワな奴やない」と二条泉への評価を滲ませながらそう返した。

 

「んじゃ、ちょっくら行ってーーー」

 

「はいストップ。その格好で行く気かいな」

 

 江口セーラが意気揚々と学ラン姿で対局室へ向かおうとしていたところを、船久保浩子がすんでのところで止めにかかる。江口セーラは「……やっぱあかん?」と言うと、船久保浩子は江口セーラに制服を渡して「二時間ガマンや。先輩もいい加減慣れて下さいよ」と言う。

 

「い、いや……シロも見とるやろうし、流石に恥ずかしいわ……」

 

「何言っとんのやセーラ。多分去年も一昨年も、イケメンさんはとっくにセーラのその姿、見とると思うで」

 

 横から園城寺怜がそう呟くと、江口セーラは顔を真っ赤にして「ほ、ホンマかそれ!?」と叫ぶようにして問いかけると、園城寺怜は「ホンマかどうかは知らんけど……多分見とるんやない?」と返す。すると江口セーラはさらに顔を赤くするが、船久保浩子に「先輩、早よ着て下さいって」と言われると、恥ずかしさを極限まで押し殺しながら「あ、ああ……せやな……」と言って着替えに行った。

 

「ほぼ毎回やな、セーラの制服のやりとり」

 

「毎回毎回やってますからね……っていうか園城寺先輩、余計なこと言わんといて下さいよ」

 

 船久保浩子が園城寺怜に向かってそう言うと、園城寺怜はニヤニヤと笑みを浮かべながら「えー?ウチは多分そうやろなっていう話をしただけやで?」と言うと、船久保浩子は心の中で(……この人、小瀬川さんに対して独占欲があるのかないのか分からんわ……)と若干疑問に思っていると、着替え終わった江口セーラが三人の前に出てきた。

 

「くそっ……スースーする」

 

「そういうもんですって。お似合いでございますよ」

 

 江口セーラは船久保浩子に対して「うるせえ……」と言うが、いわゆる乙女モードのせいか言葉に覇気が感じられなかった。江口セーラがそうしてもじもじしていると、次鋒戦から戻ってきた二条泉が「ただいま戻りましたーって、お、乙女モードや」と開口一番にそう言うと、江口セーラは恥ずかしさのあまり廊下へ飛び出して行った。

 

「あー、行ってしもた」

 

「行っても衆目に晒される事になるんやけどな。かわいそうに」

 

 

 園城寺怜がそう言っていると、廊下では沢山の記者とカメラに囲まれた江口セーラが顔を真っ赤に染めていた。江口セーラは柄にもなく何も言葉を出せぬまま、記者から逃げるようにして対局室へと向かって行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第383話 二回戦A編 ㉖ 勿体無い

-------------------------------

視点:神の視点

次鋒戦終了時

千里山 157100

阿知賀  91300

劔谷   73000

越谷   78600

 

 

 

『後は……私らが取り返せばいいだけだ……!』

 

 

(なーんてカッコつけて言っちゃったけど……相手は去年のインターハイでエースを務めてた江口セーラ……ノせたら一番危ない相手……)

 

 新子憧はつい先程控室で自分が言った言葉を思い出しながら、心の中で若干後悔、というよりかは心配に近い心理状態になっていた。『あまり取り返すことができなかった』という松実宥を含めた皆を鼓舞するために放った言葉ではあったのだが、相手があの江口セーラだと考えるとそう易々と取り返すなどと言っていられない状況である。その理由は言わずもがな、新子憧と江口セーラには圧倒的な力量差が存在する。かたや無名校の一年生、ルーキー中のルーキーに対し、相手は千里山三年三本柱の一人。肩書きだけで見てもその差は歴然であった。

 

(……って何考えてるんだ私。後ろ向きになっちゃダメでしょうが)

 

 しかし、そこまで考えたところで新子憧は頰をパンと両手で叩き、思考を中断させる。確かに格上が相手なのは間違いないが、だからといって悲観しているようでは更に自分を追い込むのと同義である。これでは闘える勝負もまともに闘えはしない。思考の悪循環に陥る前になんとか我に返った新子憧は、気持ちリセットして対局室に入る。するとそこにはもう既に劔谷高校の古塚梢と越谷女子の水村史織の二人が雀卓の周りにおり、これで千里山の江口セーラ以外が集まったこととなる。しかし、いくら江口セーラが圧倒的強者とは言え、新子憧の目の前にいる二人もまた敵である事には変わりはなく、そこに馴れ合いのようなものは存在しない。そんな事を思っていた新子憧は取り敢えず礼儀として軽く二人に向かって会釈すると、自分の上を何者かが飛び越えた。

 

(っ……!?)

 

「……っっとと」

 

 新子憧の上を飛び越えた者……正確に言えば江口セーラは着地を試みるが、勢いを殺す事が出来ずに危なくステージから滑り落ちかける。が、ギリギリのところでブレーキをかける事ができたようで、なんとか踏ん張る事が出来ていた。新子憧はそんな江口セーラを見ながら(シズみたいなバカ体力……っていうか何m飛んだのよ。私を飛び越えなかった……?)と内心呆れていると、危ない危ないと呟いていた江口セーラが「場決め、終わっとる?」と聞いてきた。新子憧も今さっき来たところであり、まだ場決めの牌を開いてはいなかったのだが、「どうぞ」と言って江口セーラに先を譲る。

 

「んじゃ、お先」

 

 江口セーラが引くと、新子憧も一応ながら牌を返して場所を確認すると、全員の場決めが終了し、江口セーラと新子憧も席に着く。そうして周りの明かりが消えるまで、江口セーラは他の三人をチラと見ると、他の三人に対して期待を滲ませながらこう呟いた。

 

(この感じ。実に一年ぶりやな……一年ぶりのインターハイ。思う存分に楽しませてもらうで……)

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:越谷 ドラ{東}

越谷   78600

劔谷   73000

千里山 157100

阿知賀  91300

 

 

 

 

「ポン!」

 

阿知賀:四巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {四横四四}

打{9}

 

 

 

「チー!」

 

阿知賀:五巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横③②④} {四横四四}

打{2}

 

 

 

(おーおー……牌譜で見た通り、ちょこまかとしたのが好きやなあ……)

 

 東一局。まずは先手を取ろうとした新子憧が早速二副露をしかける。江口セーラはそれを見て内心ニヤリと笑うが、表には出さずに、淡々と牌を切っていく。

 実際、今の和了もそうだが全体を通して新子憧の武器とも言える副露には光るものがある。松実姉妹のせいで埋もれてしまってはいるが、阿知賀の中で一番技術が上なのは新子憧であろう。副露センスだけで見ても、全体の技量で見ても彼女の麻雀というものにはどこか風を感じる。そう言った麻雀であるという事は江口セーラも賞賛してはいた。

 

 

 

「ロン、断么赤三で7700!」

 

新子憧:和了形

{⑤赤⑤赤⑤⑥4赤56} {横③②④} {四横四四}

劔谷

打{⑥}

 

 結局東一局は副露によって加速を得た新子憧が劔谷高校から7700の直撃を奪う形で終了した。新子憧は和了った後に、再び自分の手牌に目線を戻すと(今の手牌……玄みたいにドラがやけに多かったな……)と心の中で感嘆するが、江口セーラはそれを一蹴した。

 

(新子……って言ったか。勿体無いなあ……勿体無いねん)

 

 江口セーラも新子憧の副露センスは上記の通り認めてはいる。しかし、それでも尚勿体無いと今の和了を評価した。

 

(赤ドラをそんだけ抱えてんのに、7700(チッチー)で終わらせてどないするねん……)

 

 新子憧はどうとも思ってはいなかったが、江口セーラは赤ドラ三つという点に着目していた。確かにあの手牌から見れば、門前でリーチをかければツモり跳満。裏が二つ乗れば倍満にだってなったかもしれない。そんな大きな勝負手をたった7700程度で終わらせてしまう事に対して心の中で苦言を呈する。別に鳴く事自体を批判しているわけではない。たとえ先手を取ろうとしていたとしても、新子憧が鳴きを武器にしていたとしても、あそこで鳴かなければ和了れなかったとしても、倍満にもなり得た大物手を逃したという結果は変わらない。ただその事実だけが新子憧を取り巻く事となるだけだ。

 江口セーラは深呼吸をしながら牌山を崩す。そして新子憧の事を見ながら、心の中でこう宣戦布告した。

 

(……まあ、ええわ。柔と剛の勝負、ええやん。受けて立ったるよ)

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第384話 二回戦A編 ㉗ より多く稼ぐ

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:阿知賀 ドラ{②}

千里山 157100

阿知賀  98000

劔谷   65300

越谷   78600

 

 

 

「ツモ!1000オール!」

 

 

阿知賀:和了形

{一一五七②③④} {中横中中} {横⑥⑦⑧}

ツモ{六}

 

 

 阿知賀の親である東二局、トップの千里山とはおよそ60000点ほどあり、易々と流されてはならない状況下で新子憧は二副露の後ツモ和了で連荘に望みを繋げる。これもまた七巡目での和了であり、彼女の武器である副露センスを遺憾なく発揮しての和了であった。

 

(……後もうちょいやったな)

 

千里山:七巡目

{二二二六七⑤赤⑤⑤46777}

 

 一方、聴牌まで後少しの一向聴まで来ていた江口セーラは若干惜しそうに手牌を伏せる。やはり江口セーラのような火力で相手を叩き潰すような雀士が新子憧のようなスピードで押してくるタイプの雀士を相手にするとこのような場面が見られたりするのはどうしても仕方のない事ではある。そう言った得手不得手が存在するのはどうしようもないのだ。

 しかし、江口セーラはそれを踏まえても(まあ……その小回りの効いた麻雀はアホじゃできないやろうな……)と、心の中で評価する。が、あくまでも江口セーラから見れば、新子憧のようなタイプは非常に勿体無いと思っているのだが。

 

(ま……本人の自由やし、強制するつもりはないけどな。ただ……ウチはそんなチマチマ和了るよりも、どデカい手を和了る方が好き……それだけや)

 

 そうして阿知賀の連荘となった東二局一本場であるが、江口セーラは配牌を開いてニヤリと笑う。新子憧もその笑みに気付いたが、江口セーラの配牌がどうなっているのか分からないため、ただただ不気味でしかなかった。しかし、その謎もすぐに明らかになる。江口セーラのツモ和了とともに。

 

「リーチ!」

 

千里山:捨て牌

{中八⑦横1}

 

 

(は、はっやあ……)

 

「ち、チー」

 

阿知賀:五巡目

{二八九③④⑧⑧3南発} {横123}

打{南}

 

 想像以上の江口セーラのリーチの速さに驚きを隠しながらも鳴いてどうにかしようと試みるが、この時点でもう既に遅く、もはや今の新子憧の鳴きはただの一発消しとしての意味しか持ち合わせていなかった。

 

 

 

「ツモ!3100、6100!」

 

千里山:和了形

{三四五六六②③③④④⑤34}

ツモ{5}

 

(これやこれ……こういうのが麻雀の醍醐味や)

 

 

 まるでお手本のようなメンタンピン三色に赤1を合わせて跳満をツモ和了る。流石に裏ドラは乗らなかったようで、倍満などにはならなかったが、それでも阿知賀からしてみればこの跳満の親っ被りは痛い。それが、今背中を必死に追おうとしている千里山からの和了であれば尚更のことである。

 

(流石にそう上手くはいかないか……)

 

 

(……確かに、そーいうのも賢い打ち方なんやろうけど……団体戦はあくまでも最終的な収支で全てが決まるんや。それじゃあ一位は獲れへんよ……)

 

 江口セーラは心の中で新子憧に向かって語りかけるようにして言う。一方の新子憧も、このままでは一位を奪取することは不可能だということを感じており、自分の武器であるスピードは若干殺さなければならないが、それでも尚正面衝突の殴り合いを挑まなければならないと決心していた。

 

(より多く奪う……)

 

(来いや……同じ土俵に……叩き潰したる)

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

中堅終了時

千里山 182400

阿知賀  97900

劔谷   60700

越谷   59000

 

 

 

 結果から言って仕舞えば、中堅戦は江口セーラの一人勝ちであった。ただでさえ圧倒的な点棒状況の中で25400のプラスで更に点差を広げ、逆に他の三校はただでだえ大きい首位との差を更に開けられてしまった結果となってしまった。プラスで終えることができた新子憧も、終始圧倒されっぱなしであった江口セーラの事を頭の中に思い浮かべては、ただただ悔しさを募らせるだけであった。

 

「おい、阿知賀の……なんだっけ、新子だったか?」

 

「……なんですか」

 

 そんな中で、江口セーラは気分が落ち込んでいた新子憧に声を掛ける。新子憧からしてみればもう顔も見たくもないという感じではあったが、それに反応する。

 

「……前半戦の東三局からの、本来の打ち方やないんやろうけど、オレは良かったと思うで」

 

「そ、それは……どうも」

 

「それじゃ、ほな、またな」

 

 そう言って去っていく江口セーラの事を見ながら、いきなりそのような事を彼女から言われた新子憧は呆然としていたが、江口セーラが対局室から出ていくとき、江口セーラは心の中でこう呟く。

 

(思っとったよりも稼げなかったな。……阿知賀、か。オレも竜華やあらへんけど、準決勝でまた打ちたいなあ)

 

 面白い相手を見つけた、そう思っていた江口セーラだったが、対局中に高められたボルテージが対局室から出たことによって下がり、それによってふと我に返ると、今の自分の格好に対する羞恥が今になって再び込み上げてきた。そうして顔が真っ赤になった彼女はダッシュで控え室へと戻っていく。理由ははやくこの制服を脱ぎたいためである。そして走っている最中、この先ほどまでの姿が全国に晒されていたと思いはじめ、より一層顔を熱くする江口セーラであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第385話 二回戦A編 ㉘ 宣伝

何も進まない回です。


-------------------------------

視点:神の視点

中堅戦終了時

千里山 182400

阿知賀  97900

劔谷   60700

越谷   59000

 

 

「千里山の江口さんを相手にしてプラス収支、やったね」

 

 中堅戦を終えた新子憧が控室へと戻ろうと対局室から廊下へと出ると、ボウリングのグローブを手に装着していた鷺森灼がすれ違いざまに新子憧にそう告げる。新子憧は悔しそうに「でも千里山には結構離された……っ。あとはよろしくっ」と言って送り出すと、鷺森灼は振り向かずに「……努力する」と言って対局室へと入って行った。

 そうして対局室へと入った鷺森灼ではあったが、中堅戦が終わる前から既に控え室を出ていた彼女以外に人はまだ誰もおらず、閑散とした空間ではあったが、鷺森灼は卓の椅子に腰をかけると、目を閉じて心の中でこう呟いた。

 

 

(ハルちゃんのためにも……皆のためにも……私のためにも。ここで負けるわけにはいかない。全力で闘う)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……あっ、先輩」

 

「な、なんや!?船Q!?」

 

 一方、時同じくして江口セーラが羞恥心に身をかられながら控え室まで猛ダッシュで走っていると、船Qこと船久保浩子とすれ違う。船久保浩子に呼び止められた江口セーラは『何か言いたいのなら早くしてくれ』と懇願するように船久保浩子に無言で訴えかけると、船久保浩子は心の中で(あ……これ結構おもろいかも)とこのまま何も言わないでおこうかとも考えていたが、流石にそれは可哀想だと思って口を開く。

 

「いえ……中堅戦、お疲れ様です」

 

「お、おお!そうか!船Qも頑張れよっ!」

 

 船久保浩子に労いの言葉をかけられた江口セーラは若干適当な返事を返すと、すぐさま再び控え室の方に向かって走り出した。そんな後ろ姿を船久保浩子は微笑ましく眺めながら、ひとつ深呼吸をして(……よし。ウチも頑張らなあかんな)と心に決めて対局室へと向かう。対局室に入って船久保浩子が目にしたのは、卓の椅子に背中を預けながら空を仰いでいる鷺森灼であった。

 

(ん……阿知賀の……もう来とるんか)

 

 自分でも早く着いたと思っていた船久保浩子ではあったが、それよりも早く来ていた鷺森灼の事を見て謎の悔しさを感じていると、残りの二校の副将も対局室へとやってくる。それと同時に鷺森灼は目をパチリと開けて船久保浩子含む三人を視認した。そうして各々挨拶を軽く交わすと、席決めをして直ぐに副将戦が始まった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「なあ、竜華ー」

 

「どしたん?怜」

 

 園城寺怜は始まった副将戦の様子をテレビで見ながら、清水谷竜華のことを呼ぶ。呼ばれた清水谷竜華はどうしたと園城寺怜に聞き返すと、園城寺怜はテレビの方を指差しながらこう尋ねる。

 

「……あの子は何であのグローブ?みたいなやつつけとるん?」

 

「あの子……ああ、鷺森さんの事か。あれ、ボウリングのグローブらしいわ」

 

 予想外の返答だったのか、園城寺怜は清水谷竜華の方を振り向いて「いやいや、なんでやねん」と聞き返す。するとダッシュで戻ったはずの江口セーラが「お、何の話や?」と息を切らす様子もなくそう言いながら控え室に入ってくる。

 

「あ、お帰り。お疲れさん。えーと、鷺森さんのボウリングのグローブの話やねん。なんでつけてるんやろうって」

 

「あー……祖母さんがボウリング場を経営しとるからやない。確かそんな感じの話をどっかのやつで聞いたことがあるで」

 

 江口セーラの言葉を聞いた清水谷竜華は感心したように「ほー、てことは実家の宣伝って事やん。良い孫さんやで」と何故か祖母目線でそう言いながらしみじみ思っていると、江口セーラはその間に着替えを済ませていたようで、二条泉はそれを見て若干驚愕していた。

 

「なるほどな……宣伝か……」

 

「怜はなんか宣伝することでもあるんか?」

 

 それを聞いていた園城寺怜が何かを考えている素振りを見せていると、清水谷竜華は園城寺怜に向かってそう質問する。すると園城寺怜は澄ました顔で「いや……ウチもイケメンさんのお嫁さんですってプラカードでも持って対局すれば宣伝になるんかなって」と答える。

 

「ばっ、お、お嫁さんって!」

 

「い、いや……そ、それはあんまり効果がないかもしれへんよ?効果がないどころか、戦争になるで多分……」

 

 衝撃が大きすぎて言葉に詰まっている江口セーラを放って、清水谷竜華が若干呆れながらそう進言すると、園城寺怜は「なんや、プラカードじゃなくて他のがいいんか?」と返す。

 

「違うわ!その宣伝すること自体火に油を注ぐ行為やって言ってるんや……」

 

「そうか……?でも既成事実さえ作ればそのままゴールインできると思うんや。話題性もバッチリやん」

 

 園城寺怜の意見を聞いてこれ以上はダメだと感じた清水谷竜華は江口セーラに視線を戻すと、江口セーラは江口セーラで「お嫁さんかあ……シロのなあ……」とこちらも自分の世界に入っているようで、手が付けられないようだった。

 

「……あとは任せたで、泉」

 

「えっ!?ウチですか!?」

 

 

 清水谷竜華は頭に手を当てながら二条泉に向かってそう言う。明確な静止役である船久保浩子がいないこの状況で、収拾をつけられないのは仕方のないことではあるが、それでも尚無理に押し付けられた二条泉は世界の不条理さに嘆くしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第386話 二回戦A編 ㉙ バカヅキ

久々に登場します。


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:劔谷 ドラ{③}

劔谷   60700

千里山 182400

越谷   59000

阿知賀  97900

 

 

 

「ツモ!8000オールでーー!!」

 

劔谷:和了形

{六七八③③④⑤赤⑤33888}

ツモ{④}

 

裏ドラ表示牌

{七}

 

 

 

 

(まずい……この和了で点差が5200……三位転落も有り得る……)

 

 

 副将戦東一局、先に口火を切ったのは千里山の船久保浩子でもなく、阿知賀の鷺森灼でもなく、劔谷高校の森垣友香であった。リーヅモ断么一盃口ドラ2赤1裏1の親倍満を和了り、副将戦は少々派手な幕開けとなった。この和了で劔谷高校が二位の阿知賀女子に対して点差が5200と、直撃なら2600以上で文句なしに二位に浮上するまでに大きく詰め寄った。鷺森灼はこの一局だけで大きく三位転落が現実的な話となり焦りを覚えるが、それと同時に船久保浩子も危機感を抱いていた。

 

(……親倍かあ。バカヅキなだけかは分からんけど、乗せると面倒なタイプなんは間違いないな)

 

 千里山と劔谷とではほぼ10万点近い点差があり、もはや逆転は不可能な状況ではあるが、それでも親の役満に振り込んでしまえばその差は一局で96000も詰まる事となる。劔谷高校が都合良く役満を聴牌する事も、船久保浩子がみすみす振り込む事も可能性としてはごくごく僅かではあるが、それでも無いわけではない。起家でいきなり親倍を和了った劔谷高校がツイている今、一番用心しなくてはならないのは阿知賀よりも劔谷高校である。このまま乗せていては役満直撃でなくとも逆転される事も有り得る話となってくる。

 

 

(本来は後に備えてデータ収集だけに力を注ぎたいところやけど……そうは言ってられへんな。……仕方ない。全力で迎え撃って全力でしゃぶり尽くしたるわ……!)

 

 

 

 

 

「ロン!2000の一本場や!」

 

 

「でー!?」

 

 

千里山:和了形

{一二三1179南南南} {横②①③}

劔谷

打{8}

 

 

 続く東一局一本場、これ以上劔谷高校の好きにさせるのは面倒だと感じた船久保浩子は森垣友香からチャンタ南の2000に一本場を合わせた2300点の直撃を取る。この局もどれだけ低く見積もっても満貫以上は和了れるといった勝負手を引いていた森垣友香からすれば猛烈なブレーキとなったが、和了った船久保浩子は少し安堵の表情を見せると、今度は視線を鷺森灼に向けてジロッと睨みつける。

 

(劔谷がこれで大人しくなってくれたらそれはそれでええんやけど……そうなったとしたら今度はこっちが問題やな……阿知賀ぁ……)

 

 船久保浩子はそんな事を呟きながら鷺森灼の配牌を記憶から抜き出して頭の中に映し出す。あの筒子に偏りながらも全容の掴むことのできない何とも言えぬデータ。松実姉妹の方は姉の方でプロファイリングの誤りこそあれど、まだ大体の全容は掴むことができた。長年データを集めてきた船久保浩子にとって、オカルトの識別は十八番であったのだ。故に、ここで全てを解明してみせる。そのような信念を滲ませていた船久保浩子は、今ある情報だけで何とか結論を出そうとしていた。

 

(何となくボウリングに関連しとるってことは分かっとる。……せやけど、参ったな。ボウリングに疎いウチからしてみれば全然分からへんし、何より対策の取り方が分からへん……)

 

 

(この勝負で情報を引き出せるだけ引き出させるしかあらへんな……まあ、阿知賀も三位転落間近やから出し惜しみがないやろうし、そう考えれば劔谷はナイスな働きやったな……)

 

 無論、この二回戦だけで鷺森灼の能力を完璧に理解することは難しい。しかし、ここでどれだけ解明できるかによって今後が大きく変わってくる。相手に出し惜しみするほどの余裕が無い今、船久保浩子の腕の見せ所であった。

 一方の鷺森灼も、ここで全力で行けば千里山の頭脳こと船久保浩子にマークされるのは理解はしている。だが、それよりも最低でも二位を守り抜くこと。それの優先度の方が高いのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(……ん。阿知賀の副将の人……赤土さんに似てる……)

 

 一方、副将戦を見ていた宮守の小瀬川白望は鷺森灼に阿知賀の顧問である赤土晴絵とどことなく似ている点を発見した。もちろん、その類似点とは麻雀の打ち方であり、一度赤土晴絵と対戦したことのある小瀬川白望がそれに気付くのはあまり時間はかからなかった。

 そうして小瀬川白望が「熊倉さん」と赤土晴絵と面識のある熊倉トシの名前を呼ぶと、熊倉トシもそれに気付いていたのか、「そうだねえ……まだ粗いけど、確実に受け継いでいるねえ……」と呟く。

 

 

「シロー、どういうことー?」

 

 その話を聞いていた姉帯豊音が小瀬川白望に向かって聞く。口には出していなかったが、臼沢塞も鹿倉胡桃もエイスリンも、一体どういうことだと言う感じで小瀬川白望のことを見つめていた。聞かれた小瀬川白望はモニターに映る鷺森灼の事を指差しながらこう言った。

 

「あの阿知賀の副将の子が……私が昔打ったことのある人と打ち方が似てたから……」

 

「因みにその似ている人は阿知賀の顧問だよ」

 

 熊倉トシの注釈を聞いた臼沢塞はなるほどといった表情で「そうですか……つまり師弟関係みたいなものですかね?」と言うと、鹿倉胡桃が「なんか、シロみたいな人だね!」と小瀬川白望に向かって言う。

 

「ははは。あの子と白望じゃあ師弟関係っていう点では似てるかもしれないけど、全く別物の話だよ」

 

 

 そう言う熊倉トシの側で赤木しげるが【あの鷺森ってやつは教わったっていうよりも模写に近いからな】と付け加える。そして更に鷺森灼の赤土晴絵流の打ち方がまだ粗いのは、それが原因だと語る。

 

「ジャア……ワタシ、シロノ『デシ』二ナリタイ!」

 

 その話を聞いていたエイスリンがそう言うと、小瀬川白望は少し照れくさそうに「……まだ私だって赤木さんに届いていないから。何なら赤木さんの弟子になりなよ」と言ってやんわりと断った。エイスリンは不服そうであったが、それを聞いていた赤木はクククと笑って【二人目を取る気は無えな……そもそも、もともと弟子ってもんを取る気は無かったんだが】と言った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第387話 二回戦A編 ㉚ 竜の圧力

-------------------------------

視点:神の視点

副将戦終了時

劔谷   89100

千里山 185100

越谷   32300

阿知賀  93600

 

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございました……」

 

 

 副将戦が終わり、最初こそ劔谷高校の森垣友香の親倍ツモという和了のせいで一時は場が大きく荒れると予想されたものの、船久保浩子の徹底的なマークがあってか、後は順当に局が消化され、結果として順位に変更は見られなかった。

 しかし、順位に変更が見られなかったとはいえトップの千里山は倍満を喰らっても尚更に点棒を重ね、逆に二位の阿知賀は若干ではあるが点棒を減らしてしまった。それに加えて劔谷高校の怒涛の追い上げもあり、阿知賀はトップはおろか、二位を守り抜く事さえ厳しい状況に追い込まれていた。

 

(結局収支ではマイナス……これじゃ不甲斐ない……)

 

 鷺森灼は自分の成績に満足できていない様子で、三位に詰められたということに関しても収支がマイナスだということに関しても自分の不甲斐なさに歯噛みしていた。

 そして一方、船久保浩子は対局室から出て行こうとする鷺森灼を見つめながら、彼女の能力に対してこう考察を始める。

 

(あの独特な牌の待ち……ボウリングでいう、なんやったっけか……そうや。せやせや、スプリットや。そんな感じの変則待ちになる偏りがあるな……)

 

 船久保浩子は、鷺森灼が麻雀の筒子をボウリングのピンに例えて、待ちをスプリットの形にする傾向が見られる。そう考察する。それに加えて、船久保浩子は(確かにスプリットもあるけど……それ以外にも、何かあるな)と前置きしてから頭の中で考え始める。

 

(なんていうか……古いな。スプリットを考慮しても全体的に打ち方が。いや、そんなド古い打ち方ってわけやないけど……十、二十数年前くらいの感じが……)

 

 そうして考えているうちに、船久保浩子はある一人の人物を思い出す。それは鷺森灼の顧問でもあり、過去に阿知賀のレジェンドとしてインターハイに出場していた赤土晴絵の存在であった。

 

(赤土晴絵……確かにちょうどその時代と同じくらいやな……一度牌譜に目を通してもええかもな)

 

 鷺森灼の能力、打ち方の謎を解明するためのカギを手に入れることができた船久保浩子だが、それと同時に森垣友香の事についても考察を始めようとしていたところ、突如として目の前が真っ暗になった。驚いて「うわっ!?」と言って後ろに退がると、そこには清水谷竜華が立っていた。

 

「あ、清水谷先輩……」

 

「船Q、お疲れ様なー」

 

 清水谷竜華はそう言って船久保浩子の頭を撫でると、船久保浩子は少しほど照れている様子を見せて「……先輩も、油断せず頑張って下さいね」と告げると、清水谷竜華はふふっと笑って「任せときや」と言って対局室へ向かおうとする。

 

 

「あと、最後に良いですか」

 

「んー?なんかあった?」

 

 

 船久保浩子に引き止められた清水谷竜華が振り向いてそう尋ねると、船久保浩子は「先輩に限ってないとは思いますけど……手加減したりしないで下さいね」と清水谷竜華に進言する。試合が始まる前も阿知賀の事を運命だの素敵だの言っていた清水谷竜華が、彼女の優しさから変に手加減しようとしたりするのを危惧してのことだろうが、清水谷竜華は心配御無用といった感じで「あったりまえや」と答えた。

 

「確かに、今もウチらと阿知賀があそこで出会ったんは単なる偶然なんかやなくて、何かの巡り合わせかと思ってる。……けど、勝負はまた別の話や。阿知賀が二位になろうが三位になろうが、ウチは全力やるだけや」

 

「……それに、全力でやらんと侮辱する事になるからな。怜の頑張りも、インハイっていう勝負も」

 

 それを聞いた船久保浩子は「そうですか……疑ってすみません」と謝罪を入れると、清水谷竜華は「大丈夫や。こっちこそそう思われるようなこと言ってすまんかったな」と言うと、今度こそ対局室へと向かって行った。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「シズ!後は任せたからね!」

 

 

 一方の阿知賀の控え室では、高鴨穏乃が阿知賀のメンバーに送り出されているところであった。新子憧にそう言われた高鴨穏乃は「おう、任せとけ!」と意気込みを示しながら飛ぶようにして対局室を出て行く。

 

「穏ちゃん、大丈夫かなあ……」

 

「大丈夫大丈夫!シズならなんとかやってくれるって!」

 

 心配する松実玄を元気付けるためにそう言った新子憧だが、彼女も実際かなり厳しい局面に追い込まれているのは理解している。だが、それを表に出してはチームの士気にも関わってくる。故に、前向きな発言をするしかなかった新子憧は、高鴨穏乃に全てを託すしかなかった。

 

 

 

 

 

(千里山の大将……清水谷竜華さん……!)

 

 そうして対局室にダッシュでやってきた高鴨穏乃は、既に対局室入りしていた清水谷竜華の事を見据えながら、ここの場面では静かに雀卓のある中央へと向かって行く。自分の目の前にいる人間こそが、今の自分にとっての最大の敵であることを認識しながらキッと見つめる。

 

(お……阿知賀のジャージの子……高鴨さんとか言っとったか)

 

 一方の清水谷竜華も高鴨穏乃の存在に気付き、目線だけで高鴨穏乃の事を捉える。パーキングエリアで出会った事を昔のように思い出していた清水谷竜華ではあったが、開始の時間に近づくにつれ、友好的なオーラから一転、急に攻撃的な威圧感へと変貌させる。

 

(これが……全国二位……千里山の大将……!)

 

 そのプレッシャーをビリビリと感じていた高鴨穏乃は少し身震いしながらも、しっかりと正面から清水谷竜華と対峙していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第388話 二回戦A編 ㉛ 支配

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:千里山 ドラ{7}

千里山 185000

劔谷   89100

越谷   32300

阿知賀  93600

 

 

 

(清水谷さんが起家……暴られる前に攻めて流さないと……)

 

 運命の大将戦、前半戦は185100点という驚異の点数を叩き出しているトップの千里山の親から始まることとなった。もちろん、ダントツ最下位の越谷にとっても、あとほんの少し、もう少し点棒を積み上げれば二位浮上することのできる劔谷にとっても、その劔谷と4500点差しかなく、切羽詰まっている状況である阿知賀の高鴨穏乃にとっても千里山の親というものはさっさと流すに越したことはないという共通意識があるのは言うまでもないだろう。強いて言うなれば、清水谷竜華が暴れて唯一得をする可能性があるのは阿知賀ではあるが、そこまで事がうまく進むわけも無い。

 一方の千里山の清水谷竜華も、もはや一位通過はほぼほぼ確定したこの状況下でも尚気の緩みを見せるつもりはなく、まるでギリギリの状態で闘っているのかと錯覚を受けてしまうくらいに圧を発していた。

 

 

千里山:配牌

{一一六六八②⑦⑨349中発発}

 

 

(……確かに、これだけ点差があったらもう前哨戦みたいなもんやけど……気をぬくつもりは毛頭無いで。全力で頑張らんと)

 

 そう、清水谷竜華の言う通り二位の阿知賀に対しても10万点近く離しているこの状況で、もはや清水谷竜華がこれ以上頑張る必要は全くなく、前哨戦どころか清水谷竜華にとっては余興のようなものであるのだが、彼女は一切油断も隙も見せるつもりはないのである。そこには先鋒戦から副将戦まで闘っていたチームメイト、そして今目の前にいる相手への敬意があった。敬意を払って、その上で全力で闘う。それが彼女にとっての麻雀に対する、勝負に対する意識であった。

 

「ツモ!1300オール」

 

千里山:和了形

{一一六六六⑦⑨34赤5} {発横発発}

ツモ{⑧}

 

 

(なっ、も、もう……?)

 

 高鴨穏乃は驚いた表情でツモ和了った清水谷竜華の事を見る。たった六巡での和了。まだまだこれからだというところでの突然の和了。全く聴牌気配がしなかった。清水谷竜華が和了りそうだという場の空気も、予兆も、何もなかった。皆が字牌整理や方針を組み立てている間に、清水谷竜華は既に銃口を向けていたのだ。一人だけ、生きている時間が違う。高鴨穏乃はそう悟った。

 園城寺怜でも、江口セーラでもない。一番脅威となるのは未来予知でも、超高火力でもなく、今目の前にいる雀士であるという事を高鴨穏乃は悟った。いや、悟らされた。

 

(この人が……千里山で一番ヤバい……!)

 

 そう悟った高鴨穏乃は思わず震える。それが恐怖によるものなのかは説明できないが、とにかく震えが止まらなかったのだ。それと同時に、脳裏に浮かび上がる『負け』の二文字。そう、このままでは確実に負ける。それを予感したのであった。

 

(考えろ……!このままじゃただ一方的にやられるだけだ!)

 

 が、高鴨穏乃はそれに絶望することはなく、どうしようもない恐怖に相対した時の常人の逆の行動、恐怖にただ慄くのではなく、どうすればこの恐怖を打ち払う事ができるか。それを考えていた。高鴨穏乃の焔は未だ消えていないどころか、むしろその悟りが燃料となって更に激しく燃え盛った。

 高鴨穏乃はお世辞にも頭は良いとは言えない。同級生の新子憧と比べると、勉学だけで言えば天と地の差ではあったが、この時の彼女の思考回路は常人のそれを大きく上回っていた。野生の思考とでも言うのであろうか、はたまた本能とでも言うのであろうか、絶対的強者を目の前に据えた彼女はもはや、『インターハイで勝ち進んで原村和と闘う』といった兼ねてからの目的など思考の外であり、『清水谷竜華を倒す』というシンプルな生存本能によってでしか頭を働かせていなかった。

 

(イメージするんだ……この人を倒すには何が足りないか……!)

 

 そして高鴨穏乃は頭の中を思いっきり回す。記憶の隅から隅まで、あらゆる事を思い浮かべて、今目の前にいる清水谷竜華と闘うための武器かどうかを考える。膨大な力量差を雀力の向上で埋めるにはあまりにも遅すぎる。彼女が欲しているのは革命的アイデア。何か、清水谷竜華に勝るもの、清水谷竜華と対等に渡り合えるもの。そしてその膨大な記憶の中で、彼女はとうとう見つけた。

 

 

(そうだ、小瀬川さん……)

 

 そう、彼女が記憶から選んだのは小瀬川白望。思えば、彼女は小瀬川白望に驚かされっぱなしであった。最初に出会った時も、そしてこの前会場で見かけた時も、終始驚いていただけであった。

 高鴨穏乃は小瀬川白望と打った時の古い記憶を蘇らせる。まるで牌と会話ができているかのような流れの読み、相手の思考の誘導、そしてあの身も凍るような威圧感。小瀬川白望が卓上を全て支配しているかのようであった。

 

(支配……全てを支配……!)

 

 高鴨穏乃は小瀬川白望からヒントを得る。そう、卓の支配。全てを思うがままに操る、絶対的支配。無論、小瀬川白望は実際に卓を支配するようなオカルトを持っているわけではなく、卓越した技術と不屈の精神、狂気によって支配しているように錯覚しているだけであり、実際本当に支配しているわけではない。……もっとも、小瀬川白望のソレは支配よりもタチが悪いのだが。

 高鴨穏乃はそのヒントを胸に、一度深呼吸する。この時点で彼女に恐怖などは毛頭なく、あるのは焔。燃え盛る静かな激情のみである。決して傲慢でなはなく、全てを支配するという確信。それを持って彼女は清水谷竜華に対峙する。

 

 

(阿知賀……なかなか面白いことになってるやん)

 

 それを受けて清水谷竜華は素直に評価する。突然の思いつきであったとしても、確かに高鴨穏乃のソレは支配であることに変わりはない。まるで山、轟然と、しかし凛と聳える山を目の前にしているような錯覚を受けるほどのものではあったが、それで動じるほど清水谷竜華もヤワではない。当然の事ながら、清水谷竜華も小瀬川白望という雀士を知っている。高鴨穏乃が小瀬川白望から答えを見つけ出したとしても、その元を知っている清水谷竜華にとって然程これは驚くには値しないものではあった。が、それでも高鴨穏乃の事を評価するとと共に、本格的にエンジンをかけるキッカケとなった。

 

(……ええよ。受けて立ったる。ウチの力とアンタの支配……どっちが強いか甲乙つけようや……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第389話 二回戦A編 ㉜ 山奥

-------------------------------

視点:神の視点

東一局一本場 親:千里山 ドラ{一}

千里山 188900

劔谷   87800

越谷   31000

阿知賀  92300

 

 

 

 

「ロン!5200の一本場!」

 

 

阿知賀:和了形

{二三四九九①②②③④234}

劔谷

打{③}

 

 

(ふ、振り込んじゃった……)

 

 

 高鴨穏乃が山の支配に目覚めた直後の東一局一本場、ノリに乗っているはずの清水谷竜華がいながらも、局が終盤まで縺れ込み、最終的に阿知賀の高鴨穏乃が劔谷から{③}をもぎ取った執念の和了によって千里山の親を蹴ることに成功する。清水谷竜華は高鴨穏乃の事を見ながら、こう心の中で呟く。

 

(……序盤に和了りきれなかったんが痛かったな。それに……ウチにはあんま関係ないかもしれへんけど、多分、終盤になるにつれて阿知賀の支配力が上がっとるな。成る程……山の深くまで行けば行くほど、あんた(高鴨穏乃)のテリトリーに近づくって事か)

 

 

 この東一局一本場、清水谷竜華は何かに目覚めた高鴨穏乃の様子を見ていたというわけではない。普通に攻めに行った結果、それが裏目になってしまい終盤まで縺れ込んでしまったというだけであって、別に様子見でもなければ、高鴨穏乃が清水谷竜華に何らかの影響を与えたという事でもないのだ。言うなれば、この局は完全なる清水谷竜華のちょっとした裏目で阿知賀の和了を招いてしまったのだ。

 しかし、その明らかなる裏目の中で清水谷竜華は高鴨穏乃が放つ『山の支配』が、局が終盤になればなるほどそれの支配力が高まっているということに気付いた。牌山を山と見て、その山奥……言うなれば牌山の最後に近づくにつれて、彼女の支配が強力となっていくのを感じたのであった。

 だが、支配力が高まっているとは言っても、未だ何も清水谷竜華に実害を与えていないが故に、具体的にどんな作用を持つのか分からないため、現時点では然程脅威としてはいなかったのだが、ここで清水谷竜華は思考を終了させることなく、ある一つの仮定を出した。

 

(今のウチに全く影響がないってことは……阿知賀の支配は能力妨害系か……それとも他の系統か……今んところ能力妨害系が怪しいな)

 

 

 そう清水谷竜華は仮定を出すと、正直に手強い相手だと感じた。無能力者に近い清水谷竜華にとって、その仮説が当たっていれば殆どと言っていいほどの人畜無害な支配ではあるが、それでも尚手強いと感じていた。それは、彼女の爆発力に対してである。

 いくら目覚めたとは言っても、東一局と東一局一本場という僅か二局で、ここまで人は変われるものだろうか。東一局では清水谷竜華に対して驚愕の顔を隠せていなかったあの高鴨穏乃が、一本場でこうも、さも対等に戦っているかのような表情でいられるだろうか。明らかに別人であり、天と地ほどの差がある。清水谷竜華は支配や、支配力よりも彼女の未曾有の可能性、そして先程から得ていた確固たる信念、自信を評価していたのだ。その彼女の心構え、気迫に比べれば山の支配や、支配力増加など副産物に過ぎないのであった。

 

 

 

(これで差が開いた……って言ってもまだ点差は15000ちょっと……気は抜けない……)

 

 一方で、和了ることのできた高鴨穏乃は意外にも冷静に現状を確認しながら、次にどのように動くべきかを吟味していた。

 恐怖や不安、驚愕などのあらゆるマイナスの思考を搔き消した事によって、動揺や焦りを生む事なく、自然体のままで麻雀を打つ事ができる彼女に対し、振り込んでしまった事によって段々と焦りを感じ始めていた劔谷。どちらが勝負事において優位かはもはや言うまでもなかった。

 が、だからといって確実に勝ちになるかと言われると必ずしもそうとも言えないのが事実であり、現にこの勝負は高鴨穏乃と劔谷との一騎打ちではない。越谷もいれば、千里山もいるのだ。そしてその中で一番脅威となるのは劔谷ではなく、千里山であるのだから、目先の劔谷に気持ちを引っ張られているといつ足元をすくわれてもおかしくない。しっかりと警戒を敷かなくてはならないのだ。

 

(全力全開で挑む……!)

 

 そう意気込んだ阿知賀の高鴨穏乃は、千里山の清水谷竜華の事を見据えながら牌山を崩し、新たな『山』を生成させるのであった。

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「どう思う?白望、あの子……なんか変な感じが……」

 

 

 観客席で二回戦の様子を見ていた臼沢塞が隣で座っている小瀬川白望に向かって尋ねると、小瀬川白望は「あー……」と空返事のように口を開くと、高鴨穏乃の事を指差しながらこう言った。

 

「多分……なんかの支配を働かせてると思う……東一局の竜華の和了をきっかけに、実際に穏乃の中で何があったのかは分からないけど、今の穏乃は全くの別人である事は確か……」

 

「それに、竜華に何も影響が無いのを見ると、もしかしたら塞に近い感じの支配かもね。……似てるってだけで、本質は全然違うだろうけど」

 

 小瀬川白望がそう言うと、鹿倉胡桃が「塞に近い支配?」と聞き返す。すると小瀬川白望は少し考えると「……近いっていうか……塞は真っ向から相手の能力を塞ぐけど、多分穏乃はそんな感じじゃないと思う。無効化っていうか妨害みたいな……そんな感じ」と、もはやニュアンスの違いではあったが、小瀬川白望はしっかりと答える。だが、それを聞いていた皆が頭の中で『一体何が違うんだ』とクエスチョンマークを浮かべていた。それに気付いた小瀬川白望は「まあ……阿知賀と当たったとしても、別に私が相手するからあんまり関係ないんだけどね……」と言って強引に話を終わらせる。

 

 

(……それに、山が深くなれば深くなるほど支配は強まるのか。……能力持ちの人からしてみれば、これ以上にダルい支配はないね……)

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第390話 二回戦A編 ㉝ 安直

-------------------------------

視点:神の視点

南四局 親:劔谷 ドラ{①}

越谷   33600

千里山 199300

阿知賀  98100

劔谷   69000

 

 

 

 二回戦Aブロック第二試合も終盤の終盤、後半戦南四局、オーラスに差し掛かっていた。現状の順位に変更はなく、トップの千里山が圧倒的収支で一位を独走しており、一方の二位争いはオーラスまでの時点では阿知賀が優位な位置ではあったが、このオーラス、親番が阿知賀と二位を争う劔谷であることと、点差が29100点と、親ッパネ以上の直撃が可能であることから、優位とは言っても絶対的なものではなかった。むしろ、その点差のおかげで激化していると言っても過言ではないだろう。

 何しろ、親が劔谷であるが故に、劔谷側からしてみれば一度で決めれなくとも、和了り続ける限り連荘で何度でもチャンスがあるのだ。阻止する側の阿知賀からしてみれば、これ以上厄介な状況は無い。もし、一度和了らせてしまったら、場の空気は一変して劔谷寄りになってしまうであろう。そうなってしまえば山の支配もへったくれもない。そう言った意味では、この南四局ゼロ本場こそが、自信の、阿知賀の運命の岐路であるという事を、高鴨穏乃は感覚的に察知していた。

 

 

(ここで、止める……!)

 

阿知賀:八巡目

{二二九九⑦⑧57799東東}

ツモ{5}

 

 

 何としてでも劔谷の事を止めたい高鴨穏乃は八巡目、{5}をツモって七対子を聴牌する。待ちの候補である{⑦}と{⑧}だが、{⑦}は場に二枚、{⑧}は場に一枚見えてある。当然、高鴨穏乃は場に一枚しか見えていない、{⑦}に比べればまだ山に残っている可能性が高い{⑧}を残して聴牌。できる事は尽くした。あと高鴨穏乃が出来ることがあると言えば、劔谷が和了らずにこのまま局が終わってくれることを願うだけである。

 そう、それしかできないはずなのであったが、十一巡目、清水谷竜華がドラである{①}を切った直後に高鴨穏乃が引いたのは同じ{①}。ドラという危険物ではではあるが直前に清水谷竜華が{①}を切っている何ら害は無い。場には清水谷竜華の切ったものも合わせて二枚見え、これが三枚目の{①}であった。しかし、高鴨穏乃はこの{①}を見た瞬間、頭の中に何かが下りてきたような感触を感じた。それは天啓か閃きか、高鴨穏乃はこの{①}を手牌に入れると、{⑧}を河へと叩きつけた。なんと、この状況でドラ単騎という暴挙に出たのだ。

 

(阿知賀、待ちを変えたんか……)

 

 清水谷竜華はそれを見て阿知賀が待ちを変えたのだと即座に反応する。突然の待ちの変更に疑問を持っていた清水谷竜華ではあったが、その一方で高鴨穏乃は既に勝利を確信していた、そのような自信溢れる表情で劔谷高校の方を見ていたのである。それを見た清水谷竜華は阿知賀の待ちに俄然興味が湧いていた。

 

(おもろいことやっとるなあ……阿知賀)

 

(ここで劔谷が切る。確実に切る……!)

 

 そして勝ちを確信しているかのような表情を浮かべていた高鴨穏乃は心の中でそう呟く。そう、高鴨穏乃の無謀にも見えたドラ単騎は、劔谷から直撃を取って和了ろうとしていたからであった。

 どういうことかといえば、全てのカギは直前の清水谷竜華の{①}切りであった。あの清水谷竜華の打牌で{①}が地獄待ちになっただけではなく、その瞬間劔谷にとっての一番の安牌となったのであった。当然、劔谷側からも阿知賀が待ちを変更したこと自体には勘付いてはいる。が、直前で切った{①}を、ドラで尚且つ地獄待ちとなっている{①}を、出和了りが99%望めない{①}を、わざわざ待ちを変えてまで狙っているわけがないだろう。そう思考が進んでしまった。安直に、簡単に。絶対に振ってはいけないという緊張感と、ここでわざわざ危険を侵さずとも大丈夫であるという状況の良さのせいで、安福莉子の思考が動き、{①}を切っても多分大丈夫だろう、問題なかろうという思考に辿り着いてしまったのである。高鴨穏乃は、それを狙っていたのだ。不確実なツモを待つよりも、確実な{①}で刺すのを、奇策の勝負を選んだのであった。

 そうして、勝負を避けた安福莉子が{①}を切る。高鴨穏乃はそれを真っ直ぐに見据えながら、声高らかに宣言した。

 

 

 

「ロン!6400!」

 

 

 その瞬間、阿知賀と千里山の準決勝進出が決まったのであった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ん、怜……」

 

 

 大将戦が終わり、一位で準決勝進出を果たした清水谷竜華が対局室から出ると、そこには園城寺怜が立っていた。園城寺怜は「竜華、おつかれ」と言って清水谷竜華に抱きつく。

 

「わざわざ来んでもええのに……」

 

「ええんや。ウチが来たかったんやから」

 

 そう言って園城寺怜が清水谷竜華の身体から離れると、右手を顎に添えて「む……竜華、また胸大きくなった?」と尋ねる。それを聞いた清水谷竜華は顔を真っ赤にしながら「何言うとんの!?」と声を上げる。

 

「ふふふ。まあええわ、ほな、皆のとこ戻るで」

 

「全く……」

 

「……阿知賀の最後の、中々おもろい和了やったな」

 

「せやな……準決勝ではそんな悠長なこと言ってられへんけど」

 

-------------------------------

 

 

 

 

 一方で、同じく準決勝進出を決めた阿知賀の面々はホテルに戻ってベスト8入りに対して歓喜の声を上げていたが、こと赤土晴絵に限っては少しばかり表情は暗かった。

 

(今日の闘い……格上が千里山だけだったから良かったものの……あと一校格上がいたら恐らく負けていた……)

 

 そう、確かにあの千里山を相手にして二位通過と言えば聞こえは良いものの、実際は約9万点離されての二位通過であり、千里山以外にも格上がいたらもっと厳しい闘いを強いられていたであろう。

 何しろ、次の準決勝の相手は千里山に加えて新道寺、そして白糸台である。これらを相手にして二位以上というのは、言葉を柔らかくすれば至難の業であるが、ハッキリといえばほぼ不可能である。赤土晴絵の過去の悔しい思いも準決勝であったことから、暗い表情になるのは当然のことであろう。

 

「……あんたたち、浮かれるのもいいけど、それじゃあ準決勝がキツいよ」

 

 祝福ムードの阿知賀のメンバーに対して赤土晴絵がそう口を挟む。赤土晴絵のいつになく真剣な表情にメンバーは息を呑みながら赤土晴絵の話を聞く。

 

「今日闘った千里山に9万点差……準決勝はその千里山に加えて、北九州最強の新道寺に、王者白糸台……どれも実力はあんた達より一回りどころか、別次元の強さよ」

 

「はっきり言って、私らの勝ちを真面目に予想する人たちなんてまずいないでしょうね。それほど、実力差があるってこと」

 

 厳しい言葉を投げかけた赤土晴絵は若干ピリピリしながらも、荷物を持って「じゃあ、私は監督会議に出て、そのまま外で食べてくるから。今日はゆっくり休んで」と言い残し、その場から去って行った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第391話 二回戦A編 ㉞ その夜

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 二回戦Aブロック第二試合が行われた日の真夜中も真夜中。小瀬川白望はベランダから無限に広がる東京の夜空を見上げながら黄昏ていた。宮守で見ていた夜空も、ここで見ている夜空も同じはずなのに、どこか全く違うようにも見える。やはり、都会の夜空は星が宮守の夜空ほどあまりはっきりとは見えないのだろう。そんな事を考えていた小瀬川白望だったが、部屋から臼沢塞がベランダに出てきて、小瀬川白望の名前を呼んだ。

 

「……」

 

「シロ……?」

 

「ん……塞……寝てたんじゃ……?」

 

 

 小瀬川白望が臼沢塞に向かってそう質問すると、臼沢塞はそっと小瀬川白望の隣に入りながら、「……緊張してるからかは分かんないけど、あんまり眠れなくてね。っていうか、シロの方こそこんな時間まで起きてて大丈夫なの?」と、逆に小瀬川白望のことを心配する。

 

「……今何時?」

 

「今何時って……それも分からずに起きてたの?もう夜中の1時よ」

 

 臼沢塞からの返答を聞いた小瀬川白望は少しばかり驚いたような表情を浮かべる。小瀬川白望自身、ここまで夜更かしをしたことなどそうそうなく、大概は眠くなって直ぐに寝てしまうのだが、今日に限ってはどういうわけか気が付かぬ内にそんな時間になっていたらしい。

 

「多分……大丈夫じゃない?」

 

「……もし寝坊したら承知しないわよ」

 

 臼沢塞に前もって忠告を受けた小瀬川白望はふふっと笑って「その時は塞に起こしてもらうよ……」と言う。臼沢塞はそれを聞いて何か言いたそうな表情であったが、それ以上何も言わずにこの話を強引に終わらせる事にした。

 

 

「……私達、明日の二回戦で勝てると思う?相手はシロの知っている人たちなんでしょ?」

 

 二人がしばらく黙ったまま東京の夜景を眺めていると、突然臼沢塞がそう口を開く。小瀬川白望はそれを聞いて少し考え込んでいたが、臼沢塞が「気を遣わなくても大丈夫よ。正直に言ってくれても」と加えた。

 

「……実際、勝てるかどうかは今の時点では判断できない。皆私が会った時とどれくらい成長しているかは分からないし、なんとも言えないのが本音」

 

「そっか……」

 

「……でも」

 

 小瀬川白望はそう前置きして体を東京の夜景から臼沢塞の方に向ける。そして臼沢塞に向かってこう言った。

 

「私は負ける気は無い……宮守っていう名前のためにも、ここまで一緒に来た塞たちのためにも、博徒としての信念のためにも、負けるわけにはいかないから……」

 

 

「……そっか」

 

 小瀬川白望の宣言を聞いた臼沢塞は微笑してそう答える。すると小瀬川白望もそろそろ眠くなってきたのか、ひとつ欠伸をすると、目をこそばせながら「……塞、もう寝る?」と遠回しに自分が寝たいといいことを打ち明ける。本当はもっと二人の時間を楽しんでいたい臼沢塞ではあったが、眠そうな小瀬川白望を無理やり起こしているのは気が引けたのか、臼沢塞はこう返す。

 

「……眠くなってきた?」

 

「うん……塞の声を聞くと……急に眠くなって……」

 

「なんだそれ……」

 

 臼沢塞が疑問そうにそう呟くと、小瀬川白望は「多分……塞の声を聞くと安心するからだと思う……」と答える。それを聞いた臼沢塞は少し戸惑いながら、赤面させていた。そう、こういう事を平然と言えるから小瀬川白望は恐ろしいのである。赤面していることを悟られまいと顔を伏せた臼沢塞は小瀬川白望の腕を掴んで部屋へと入る。

 そうして今にも寝そうな小瀬川白望をベッドの上に横たわらせると、そのまま「おやすみ」という言葉と共に眠ってしまった。臼沢塞は暗闇の中で、小瀬川白望の寝顔を見つめながら一瞬邪な考えが頭の中をよぎるが、すぐに我に返ると、先ほどの小瀬川白望の言葉を思い出しながら心の中でこう呟く。

 

(安心できて眠くなるって……子守唄って言いたいのか私の声は……まあ、嬉しいんだけどさぁ……)

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……洋榎。何処に行くんや?」

 

「ああ、恭子。起こしてもうたか……ちょっと飲み物を買いにな。ちょっくら行ってくるわ。すまんな、起こして」

 

 そのほぼ同時刻、同じホテルで一夜を明かしていた姫松の末原恭子が部屋から出ようとする愛宕洋榎に声をかけ、愛宕洋榎は真夜中に起こしてしまってすまなさそうにそう言う。末原恭子は「まあ別に良いですけど……なるべく早く戻って来てくださいよ」と言い、愛宕洋榎の事を送り出すと、再び眠りについた。

 

(自販機とかどっかに無いんかな〜……っと、あれはもしや……)

 

 愛宕洋榎が周りを見渡しながら廊下を歩いていると、自販機とその近くの椅子に座っているある人物を発見した。愛宕洋榎がその人物のところまで小走りで移動すると、その人物に声をかける。

 

 

「おー……やっぱ辻垣内やったか」

 

「愛宕……お前も眠れなかったのか?」

 

 辻垣内智葉がそう質問すると、愛宕洋榎は首を横に振って「いや、さっきのさっきまでグッスリしとったよ。ただ飲み物を買いに来ただけや」と答える。

 

「そうか……」

 

「そういう辻垣内はなんや?眠れへんのか?」

 

「まあそういう事になるだろうな……」

 

 そう言いながら、辻垣内智葉は右手に持った缶コーヒーを口につける。愛宕洋榎はそれを見ながら(いや、それのせいちゃうかな……)と思いながらも、口には出さずにぐっと堪える。

 

「……愛宕。お前らは明日、シロのいる宮守と当たるが……勝機はあるのか?」

 

「勝機、か……ウチはシロちゃんとは当たらんけど……まあ一番可能性があんのはシロちゃんに回す前に終わらせる事やろうな。ま、できるかは知らんけど」

 

「まあ極論はそうなるな」

 

「……まあ、ウチの役目はトップで絹、恭子にバトンを回すことや。後は絹と恭子に任せる。……荷が重いやろうけどな」

 

「そうか……」

 

 そんな会話をしながら愛宕洋榎はポケットの中を弄って硬貨を手に出し、自販機の前で数えていると「……あ、三十円足りひん」と言い、丁度三十円無いことに気付いた。それを聞いていた辻垣内智葉が少し呆れたような表情をして愛宕洋榎のことを見ていたが、すっと立ち上がって愛宕洋榎の手の平の上に十円玉を三枚乗せた。

 

「辻垣内、お前これ……」

 

「……足りないんだろう?私の奢りだ」

 

「おお、サンキューな!三十円、いつか後で返すからな」

 

「いや、別に返さなくてもいいぞ。三十円くらい貸しにはならんしな」

 

 それを聞いた愛宕洋榎は感心したような表情で「おお……セーラなんてまだ三十円返せって言っとるからな……これが器の違いってやつやな……」と呟く。

 

「いや……江口がそこまで言ってるんなら返してやれよ……」

 

「かまへんかまへん。三十円はウチとセーラを繋ぐ概念やしな。セーラも心の中で返されないことを願っとるやろ」

 

 そう言って愛宕洋榎が自販機から清涼飲料水を購入すると、「そんじゃ、ほな、またな」と呟き部屋に戻ろうとする。すると愛宕洋榎が去り際、辻垣内智葉の方を向いてこう言った。

 

「……臨海と準決で打てることを願っとるからな。負けるんやあらへんぞ」

 

「……それはこっちのセリフだ。叩き潰されるなよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第392話 二回戦B編 ① 開戦

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「……そろそろ、始まるな」

 

「うん……そうだね……」

 

 インターハイ会場の観戦室でBブロック二回戦第一試合が始まるのを待っていた弘世菫が隣に座る宮永照に向かってそう言うと、宮永照はそう返す。王者である白糸台のレギュラーメンバー全員が揃って観戦するこの試合では、西の強豪姫松、シード校の永水、ダークホースの清澄と、いずれも注目を集める高校が並んでいた。もちろん、それら三校も十分見る価値はある。しかし、彼女達の一番の目当ては何を隠そう宮守女子であった。

 世間的には同じダークホースの清澄程度しか注目はされてはいなかった宮守女子ではあるが、小瀬川白望の存在を知る者、もしくは彼女の麻雀を古くから知っている者達の間ではこのインターハイが始まるよりももっと前、地区大会が終わった頃から熱い視線が注がれていた。その注目度は、白糸台だけではなく臨海や千里山など、他の強豪高校も一堂に会して今から始まる試合を待ち望んでいるこの状況を見ても分かるだろう。

 

「今から始まる試合って、ミヤモリが出るの?」

 

「ああ、そうだ。……っていうか。宮守を見るために来たんだろうが」

 

 大星淡からの的外れな問いかけに呆れながらも弘世菫がそう答えていると、宮永照は真剣そうな表情を浮かべながら牌譜を眺めていた。

 

「宮永先輩、それ……」

 

「うん、先鋒の人たちの牌譜。菫が整理してくれたから、尭深と誠子の分もあるよ」

 

 そう言って宮永照はすっと整理された牌譜を渋谷尭深と亦野誠子に手渡すと、それを見ていた大星淡は「テルー、私のはある?」と尋ねると、宮永照はキッパリと「ない」と答えた。

 

「え、なにそれ!」

 

「お前には牌譜を渡すより、実際目で見てもらった方が早いと思ってな。ちゃんと目に焼き付けておけよ。

 

 弘世菫が大星淡にそう告げると、大星淡は若干不服そうな表情で「はーい……」と言ってモニターの方を見つめた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「トヨネ、ガンバッテ!」

 

「うんー。ちょー頑張ってきちゃうよー!」

 

 一方で、控室で待機していた宮守女子のメンバーは、これから先鋒戦に出場する姉帯豊音の事を鼓舞し、送り出そうとしていた。臼沢塞や鹿倉胡桃、エイスリンが姉帯豊音の周りに集まって声を掛けている中、小瀬川白望は椅子にもたれ掛かりながら姉帯豊音の名前を呼んだ。

 

 

「豊音」

 

「なにー?シロー?」

 

「……さっき言ってた事、覚えてる?」

 

 小瀬川白望がそう聞くと、姉帯豊音はニヤリと笑みを浮かべて「もちろんだよー」と返す。それを聞いた小瀬川白望は「それなら大丈夫。……頑張ってね」と姉帯豊音に言った。

 

「うん、分かったよー!」

 

 姉帯豊音がそう意気込んで控室を後にすると、先程の話を聞いていた鹿倉胡桃が「さっき言ってた事って、どんな事?」と小瀬川白望に質問する。小瀬川白望は「だ……」とまで言いかけ、そこで言葉を止めると、「……見れば分かるよ」と答えることを放棄した。

 

 

「見れば分かるって……答えるのが面倒だっただけでしょ!?『だるい』って言いかけてたし!」

 

「まあまあ……いつも通りのシロだし、許してあげようよ」

 

 そう言って鹿倉胡桃の事を臼沢塞が宥めると、小瀬川白望は目の前のテーブルに倒れ込むと「……ダルい」と言って顔を埋める。それを見て、鹿倉胡桃は「全く……」と言って呆れた様子で小瀬川白望の事を見ていた。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

『いい?宮守と永水、この二校を重点的に気を付けなさいよ』

 

(宮守と永水……牌譜で見たけどどっちもバケモノみたいな牌譜だったじぇ)

 

 同じく先鋒戦に出場するため控室を後にしていた片岡優希は、部長である竹井久から言われた事と、牌譜で見た成績を頭の中で思い出す。いずれも、東風に強い片岡優希を黙らせるほどの恐ろしい成績であり、宮守の姉帯豊音に至っては、あれほど圧巻的な麻雀をした上でも個人戦地区予選では小瀬川白望にボロ負けしているという、知れば知るほど井の中の蛙である事を痛感させられていた。

 たしかに、そう考えればこの試合で一番レベルが低いのは清澄と言われても仕方のない事なのかもしれない。だが、相手がどれだけ格上だとしても、彼女にも譲れないものは存在しているのだ。

 そうしたジャイアントキリング精神で片岡優希はゆっくりと対局室に入る。すると既に中には姉帯豊音、上重漫、神代小蒔ら三人がいた。

 

 

(あれが清澄の東風ブースターの片岡か……思ったよりかなりちっちゃいな。姉帯と比較したら凄い事になりそうや……)

 

 

 そして入ってきた片岡優希を見て、上重漫はそう呟く。事前に末原恭子から伝えられてきた情報と外見は一致しなかったが、もはや外見など関係無いのは自明の理であろう。何と言ってもあの気怠そうな態度を取っている小瀬川白望という、見掛けに騙されてはいけないという典型例があるのだから。

 

(片岡さんだー、後でサイ……いや、それは今考える事じゃ無いねー。今は集中しなきゃ……)

 

 一方で姉帯豊音は片岡優希に対してサインを貰おうかどうか考えていたが、すぐに雑念を取り払う。先程も神代小蒔を前にしてサインを貰おうと考えていた……考えていたどころか詰め寄りかけていため、事あるごとに流されてしまう自分の心に問いかけるようにしてそう戒めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第393話 二回戦B編 ② 的中

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:清澄 ドラ{5}

 

清澄 100000

宮守 100000

姫松 100000

永水 100000

 

 

(ほんまや……本当に清澄が起家……)

 

 

(シロの言ってた通りだねー……)

 

 遂に始まった二回戦Bブロック第一試合、サイコロを回して起家となった清澄を見ながら、姫松の上重漫と宮守の姉帯豊音は同時に事前の情報通りだという事を心の中で確認する。上重漫は姫松の参謀である末原恭子から、姉帯豊音は小瀬川白望から言われてきた事がちょうど現実として起こっていた。

 

(末原先輩の言ってた東風ブースト……暴れ回られるのは色々と面倒やけど……それ以上に宮守の姉帯がどう動くかや……)

 

『ええか、漫。確かに片岡の東風の強さは筋金入りや。せやけど、それ以上に宮守の姉帯に注意せえ。片岡が起家でも、な。……まあ、大半は起家やろうけど』

 

『注意って……具体的にどうすればええんです?』

 

『簡単な事や。一局見送る、これだけでええ。その一局で姉帯に最初から攻め気があればそのまま姉帯に片岡の親を蹴ってもらうのを任せてもええし、姉帯が様子見しとるようやったら永水と協力して片岡を止めるか、最悪野放しにしとっても大丈夫や』

 

『野放しでもええって……得意な東風戦で自由に動かしてもええって事ですか?』

 

『そうや。とにかく宮守が点棒を取らせないようにする。そのためには多少清澄や永水に点が行っても構へん。……回りくどいやろうけど、仕方あらへん』

 

(……宮守に点棒を取られないように、かあ)

 

 上重漫は前日に末原恭子から言われた助言を思い返しながら、視線を片岡優希から姉帯豊音へと向ける。彼女の明らかに宮守の制服では無い、黒を基調とした服装も相まってか不気味さが異様に漂っていた。

 

(姉帯が攻めてくるか……それとも様子見か……)

 

 姉帯豊音の動向を探りながら、上重漫は配牌を開く。一局様子見を指示されている上重漫にとってはあまり配牌など関係はないのだが、悪いとも言えぬし良いとも言えない何とも言い難い配牌を見て上重漫は若干ため息をつく。が、そう思っていた矢先に片岡優希から声が発せられた。

 

 

「最初から飛ばして行くじぇ、親リーだじぇ!」

 

 

清澄:捨て牌

{①西横三}

 

(は、はっやあ……!?)

 

 周囲の驚きを他所に、片岡優希はリー棒をスッと置く。なんと、いきなりの親リーチが宣言されたのだ。それも、局が始まって未だ三巡目。確かに聞いていた話通りの展開ではあるが、いざそれが自分の目の前で行われるとなると驚いてしまうものではある。

 それはどうやら姉帯豊音も同じようで、心の中で(思ってた以上に速いねー……確かにシロの言ってた通り、これだけ速いんじゃあ仏滅か先勝じゃないとちょっと止めるのは難しいかもー……)と呟くが、姉帯豊音はこれに驚きつつも動じはせず、(でも、それはあくまでも私だけだったらの話だよねー……)と言って神代小蒔の方を見ながら、微笑する。

 

「ここかなー?」

 

宮守

打{5}

 

(無筋ど真ん中……しかもドラっ……!!)

 

 上重漫は親リーに対しての姉帯豊音の第一打がドラでありど真ん中の牌である{5}を見て驚愕するが、それに全く動揺を示さずに対面にいた神代小蒔が手牌から二枚{5}を倒して「ポン」と宣言する。

 

 

永水:三巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {赤5横55}

打{南}

 

(そんで永水が鳴いてドラ4……!)

 

 今度は永水の神代小蒔の方に目線を向けながら、上重漫は思考を働かせる。これで上重漫が警戒しなくてはならなかったのは親リーの清澄、事前に言われていた宮守、そしてドラ4が見えている永水となった。結果的に全員を警戒しなくてはならなくなった上重漫は少し混乱するが、その悩みは直ぐに解決される事となる。片岡優希の和了によって。

 

 

「ツモ、4000オールだじぇ!!」

 

清澄:和了形

{六六七七八八②②⑥⑦678}

ツモ{⑤}

 

裏ドラ表示牌

{東}

 

 

 リーチツモタンピン一盃口の満貫をツモ和了ってまず東一局を終わらせる。上重漫は片岡優希の和了を見て(あっぶな……あそこで鳴かへんかったら一発三色のついた親倍満も有り得た手牌やで……)と安堵するが、すぐに上重漫は今の片岡優希の親満貫が偶然によるものではないということに気付く。

 

(ま、まさか……姉帯も神代もこれを分かってて、強打でもなく、手を進めるためでもなく、和了られるのを分かっててやったっちゅうんか……!?)

 

 その事に気付いた上重漫は驚愕する。先ほどまで、展開について行けていない事には薄々感じていたが、この勝負についてこれていなかったどころか、自分だけ見当違いなところを見ていたのだ。おそらく親リーの時点で姉帯豊音と神代小蒔は最悪親倍、そうでなくともいずれ片岡優希に和了られることを察知していたのだろう。だからこそ、最悪のパターンを回避するために行動に出ていたのだ。それなのに上重漫だけが、警戒相手が増えたと錯覚し、今の片岡優希の和了にも同様してしまったのだ。

 

(ズラしたのに和了ってきた……牌譜で見たのはズラしたら同巡では絶対に和了れていなかったけど……何から何までシロの言う通りだよー)

 

 姉帯豊音は牌譜で見た片岡優希の弱点を突いた戦略を片岡優希に躱された結果となってしまったが、実はそれも小瀬川白望は織り込み済みで、いずれ修正してくるだろうという事を読んでいたのだ。そして小瀬川白望はその事によって今まで通用していたズラしによる対処法があまり効果を成さないという事まで姉帯豊音に伝えていたのだ。その予言がズバリ的中していた事に対し、姉帯豊音はある種の恐怖を小瀬川白望に抱いていたのだが、直ぐに気を引き締めて東一局一本場へと臨んだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第394話 二回戦B編 ③ 先勝

-------------------------------

視点:神の視点

東一局一本場 親:清澄 ドラ{東}

清澄 112000

宮守  96000

姫松  96000

永水  96000

 

 

清澄:和了形

{六六七七八八②②⑥⑦678}

ツモ{⑤}

 

 

(今の和了、明らかにツモをズラされたじぇ……やっぱりそう簡単には行かない……!)

 

 出だしの東一局で親満貫をツモ和了り、一見、流石東風の王と呼ばれるだけの好調な滑り出しを見せたかに思われた片岡優希は、今の和了を見て今一つな表情を浮かべる。本来、今の手牌と流れからして、この東一局は{⑧}を一発でツモって合計八飜、親倍満を和了る手筈であった。しかし、それは現実にはならなかった。姉帯豊音が切った{5}を神代小蒔が鳴いてしまったため、片岡優希の思い描いていた理想はあっさり阻止されてしまった。

 いくら片岡優希といえども、今の鳴きは偶然だとは微塵も思っておらず、姉帯豊音はツモをズラすために神代小蒔を鳴かせようとし、また神代小蒔はその意図を察して鳴いたと、そう気付いていた。明らかに警戒されていた片岡優希だが、それに悲観する事なく、むしろ視点を変えてポジティヴに捉えていた。

 

(……それほど警戒されてるということは、裏を返せば誰も私の速さについてこれないってことだじぇ……)

 

 心の中でそう意気込んで賽を回す片岡優希ではあったが、そんな彼女を見て姉帯豊音は笑みを浮かべていた。

 

(先負も良いけどー……多分片岡さんに追い付かないだろうし、それだったら先勝で追いかけっこが良いねー……)

 

 

-------------------------------

 

 

「……そろそろ動くな。宮守のあのデカイの」

 

 その一方で、控室で先鋒戦の様子を見守っていた姫松の愛宕洋榎がいきなりそう呟く。隣で聞いていた真瀬由子が「あの人って何かオカルト持ちなのー?」と末原恭子に向かって尋ねると、末原恭子は少し困ったような表情で「それが……全然分からんかったんや……」と答えた。

 

「末原ちゃんの頭脳を持ってしてもか〜?」

 

「代行は少し黙ってて下さい。……バカ強いってことは分かるんやけど、具体的にどんな能力を持ってるかまではまだ……それに、持っとるかどうかも分からんです」

 

「そっか〜残念やわ〜」

 

 赤阪郁乃がそう言うと、愛宕洋榎が「そうか……でも、何か仕掛けてくるのは間違いないと思うで」と言ってモニターに映る姉帯豊音の事を見る。末原恭子も「せやな……前半戦が終わるまでに、何か傾向を掴んでおきたいな……」と呟き、ジッと対局を見つめていた。

 

 

-------------------------------

 

 

 

「リーチ!」

 

清澄:捨て牌

{白3⑦横9}

 

(また……今度は四巡……!)

 

 

 東一局一本場、東一局と同じように、対局が始まってすぐに展開に動きが見られた。清澄の片岡優希が今度は四巡目での親リーチと、先程の悔しい結果を払拭するかのような速度で追撃を放とうとする。上重漫は頭の中で(……誰かしらが鳴かんと、マズい……!)と考えながら姉帯豊音のツモを見守る。

 幸いこの局は上重漫の配牌はともかく、手がかなり速く仕上がってきているので、運が良ければ一発や高め回避だけでなく、和了って親を蹴ることもできるかもしれない。よって先程のように姉帯豊音がピシャリと鳴けるような牌を打ってくれることを望んでいた上重漫であったが、姉帯豊音がはこの場にいる全ての人間が予想していなかった一打を放った。

 

 

「リーチッ!」

 

「「「!?」」」

 

宮守:捨て牌

{東西①横9}

 

 まさかの姉帯豊音による追っかけリーチが放たれた。上重漫や神代小蒔は勿論、先に放った片岡優希でさえも(そんな……東風で私と同じスピード……!!)と心の中で愕然とする。確かに、流れが極端に良ければこういった四巡や三巡でのリーチや聴牌は有り得ないというわけではない。しかし、今は状況が違う。片岡優希という、いわば東風の王がいる状況で姉帯豊音が並ぶということは、姉帯豊音が何かをした、それ以外に可能性は無いのだ。

 

(良い度胸だじぇ……その勝負、受けて立とう……)

 

 一旦は驚かされた片岡優希ではあるが、すぐに気を取り直して姉帯豊音との一騎討ちに意欲を見せる。まだまだ一年坊の片岡優希ではあるが、東風戦に関してはプライドというものがある。自分の庭を荒らされた片岡優希にとって、姉帯豊音は倒さなければならない相手となった。

 

 

(マジか……姉帯がリーチをかけた以上、ウチと永水でどうにかせんと……)

 

 対する上重漫は、姉帯豊音のリーチを見て少しほど驚きというよりも絶望したような表情を浮かべながら牌を切ろうとする。ただでさえ片岡優希が暴れ回ろうとしているこの状態で、姉帯豊音にまで場を荒らされたらたまったものではない。いつ永水の神代小蒔が動き始めるか分からないこの状況で、まさに四面楚歌の状態であった。

 

(……鳴かへんか。しゃあない、あとは頼みの神代に任せるしかない……)

 

 上重漫が切った牌に神代小蒔は何も反応を示さず、山から牌をツモろうとする。上重漫は今や唯一の頼みの綱である神代小蒔に期待を寄せていたが、神代小蒔は姉帯豊音と片岡優希、どちらにも危ない{8}を切ってしまった。

 

(あ、ああ……!?神代、何考えとるんや……?)

 

 それを見て上重漫は信じられないといった表情で神代小蒔の方を見る。姉帯豊音と片岡優希が直前に切った手出しの{9}の裏スジである{58}はいわば危険牌の筆頭。まず切ってはいけない牌なわけではあるが、神代小蒔は平然と切ってしまった。上重漫はその神代小蒔が平然としていることから(それとも……これが通るっていう根拠があるんか……!?)と淡い期待を抱くが、姉帯豊音が「ロン!」と発声し、その期待はわずか二秒で打ち砕かれた。

 

 

宮守:和了形

{二二七八九③④⑤⑥⑥⑥67}

永水

打{8}

 

裏ドラ表示牌

{①}

 

「リーチ一発、2600の一本場だよー」

 

 

(言わんこっちゃない……!まあ、思いのほか点数が低かったからええけど、一歩間違えたら大変なところやったで……)

 

 

 上重漫は額に手を当てながら、しかしそれと同時に安堵しながら姉帯豊音の和了形を見る。宮守に和了られはしたが、2600とかなり低い点数で片岡優希の親を蹴れたため怪我の功名とも言える結果に安心する上重漫ではあったが、片岡優希がそれを許さなかった。

 

「ロン!頭ハネだじぇ!」

 

 

清澄:和了形

{三三三③④赤⑤⑨⑨⑨2228}

永水

打{8}

 

 

「リーチ一発三暗刻赤1、12300!」

 

 

 

(き……清澄……!)

 

 片岡優希が頭ハネで姉帯豊音の和了を無効化させる。頭ハネされた側の姉帯豊音は(惜しかったなー……でも、次は勝つよー?)と、然程悔しそうな表情は浮かべていなかったが、和了った側の片岡優希は若干焦りを覚えていた。

 

(……宮守の黒いおねーさん、点数はそんなに高くはないけど、脅威な事には変わりないじぇ……{9}で待ってたら直撃も有り得たけど、それ以外だったら確実にやられてたじぇ……)

 

 しかし、それでも勝ちは勝ちである。この和了をキッカケに更なる加速を狙って意気込む片岡優希ではあったが、次局の東一局二本場では姉帯豊音にあっさりと和了を許し、結果として親を流されてしまう。片岡優希は魂が抜けたような表情を浮かべていたが、対照的に、親番が回ってきた姉帯豊音は怪しい笑みを浮かべていた。




漫ちゃんのモブ敵というか解説キャラ感が否めませんね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第395話 二回戦B編 ④ 火はついた

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:宮守 ドラ{九}

清澄 122500

宮守 100800

姫松  94500

永水  82200

 

 

「……厄介な清澄の親番も蹴れたし、とりあえず大丈夫そうだね」

 

 東二局、親を蹴って自分の親番とした姉帯豊音をモニター越しに見つめながら、一先ずは安心といった口ぶりで臼沢塞が呟く。それに同調するように鹿倉胡桃とエイスリンが「豊音、楽しそう!」「トヨネ!」と言う。確かに今のところ厄介な片岡優希の親を二本場で蹴ることができ、かなり良い状況となっているが、小瀬川白望に限ってはいまだ厳格な表情で対局を見ていた。

 それに気付いた熊倉トシが「……まだ、何かあるのかい?」と小瀬川白望に向かって聞くと、小瀬川白望は「まあ、今のところは大丈夫ですよ……今のところは」とまだ何かが隠されているような口調でそう答えると、臼沢塞は「もしかして、永水の人?牌譜で見たけど、たまに凄く強くなってた……」と小瀬川白望に向かって言った。

 

「……それはまだ大丈夫。まだ()()()()()()

 

「寝てない?どう言うこと?」

 

 鹿倉胡桃が横から話に割って入る。エイスリンもホワイトボードに神代小蒔が眠っている事を表している絵を見せながら「ネムッテル?」と小瀬川白望に質問するが、小瀬川白望は「まあそれはその時になってから言うよ……それよりも、気になってるのは姫松の方……」と言ってモニターの方に視線を向ける。

 

「姫松って、あの上重さんって人?」

 

「うん……」

 

「そんなに凄そうな能力とか持っているようには思えないけど……」

 

「見かけではね……でも、いつその導火線に火が付くか分からない……小蒔のはいくら神様って言ってもいつくるかは大体分かるし、それだけで見たらいつくるか分からない漫の方が面倒……」

 

 

(……こんなことならあの時、一度見ておくべきだったかなあ。あの時は洋榎もいたし漫がそれを発揮したらダルい事にはなっただろうけど……)

 

 小瀬川白望は皆に説明し終わった後、頭の中で去年上重漫を含む姫松メンバーと打った時の事を思い出す。あの時は自分が勝つために爆発させる隙を与えることなく封殺したのだが、そのせいで彼女の真の力を見れなかったのである。その事を今になって悔やんでいた小瀬川白望であった。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

「ツモ!」

 

宮守:和了形

{三三②③④④赤⑤⑥⑧⑧⑧67}

ツモ{赤5}

 

「3900オールっ!」

 

 

 続く東二局、宮守の親番の姉帯豊音は引き続き先勝を使用して速度で片岡優希に勝って和了。これで東二局一本場となったわけだが、何度も同じ戦法で連続で和了られるほど片岡優希は白痴ではない。門前の勝負では互角のスピードであるため、片岡優希は鳴きを駆使して和了を目指す。するとそれが功を奏したのか、東二局一本場では片岡優希に軍配が上がった。

 

 

「ツモだじぇ!」

 

 

清澄:和了形

{三四四五赤五⑥⑦⑦⑦⑧} {②横②②}

ツモ{六}

 

 

「600、1100!」

 

 

 片岡優希と同じようにあまり積み棒を増やす事なく親を流されてしまった姉帯豊音であったが、(……やっぱりこうでなくちゃねー、ちょー頑張るよー!)とあまり悔しがっている様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。が、そんな楽しんでいる様子の姉帯豊音であったが、少し気にかかる事があった。それは今、何やら様子がおかしい上重漫であった。姉帯豊音は上重漫の事を見ながら(上重さんに何か異変があったら仏滅を優先的に使ってってシロは言ってたけど……今がその時なのかなー?)と首を傾げていた。

 

(おかしいじぇ……姫松の人、なんだかイヤに大人しいじぇ)

 

 同時期に片岡優希も上重漫の異変……とまではいかなくとも彼女に対してどこか引っかかりを覚えていた。まだ片岡優希が親であった時の彼女はあらゆる事に対して驚きの色を見せていたが、この局と前局ではその反応が一切見られなかった。この異常な空間に慣れてしまったのか、何が原因かは分からないが、上重漫は大人しいというか、集中状態にあるというか、言葉で言い合わらせぬ状態であった。

 

 

 

 

 

 

「あかんな……ここまでの五局、清澄が三回に宮守が二回……永水の神代はまあアレとしても、漫が蚊帳の外やな……」

 

 一方で姫松サイドでは末原恭子が険しそうな表情を貼り付けたままそう呟く。末原恭子は未だ上重漫の異変に気づいていなかったようではあるが、何かが起こっている事に気づいていた愛宕洋榎が「いや……そうとも限らへんで」と言う。

 

「……どう言う事なん?お姉ちゃん」

 

 妹である愛宕絹恵が姉にそう質問すると、愛宕洋榎は「今の漫の手牌もその前の手牌も……和了れはせんかったけど、789の牌が偏り始めとる」と皆に向かって話す。愛宕洋榎は上重漫の爆弾の特徴を完璧に理解しており、それに加え上重漫の手牌に常に注意しながら見ていたからこそ気づいた些細な偏りではあるが、偏り始めているのは事実であった。

 

「確かに〜……言われてみればそうかもな〜。流石主将さんやで〜」

 

「……それってもしや、漫ちゃんの爆弾が爆発するかもしれないってことー?」

 

 真瀬由子が愛宕洋榎に向かってそう言うと、愛宕洋榎は笑みを浮かべながら「ああ……そう言う事やな。一番の課題やった導火線に火はついた。……後は漫次第やで。もしかしたら、どデカい爆弾が破裂するかもなあ……」と言い、モニターに映る上重漫の事を眺めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第396話 二回戦B編 ⑤ 仏滅

-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:姫松 ドラ{②}

清澄 120900

宮守 111400

姫松  90000

永水  77700

 

 

 

上重漫:配牌

{一七九②⑥⑦⑦⑨35889東}

 

 

 

 厄介な清澄と宮守の親が流れて上重漫の親番となった東三局、上重漫の配牌は数牌が明らかに789に偏っていた。前局や前々局から偏り始めている様子は見られたが、それは愛宕洋榎ほどの実力者が注目してようやく気づく程度の偏りであった。しかし、今度はそれが顕著に現れており、既に上重漫の導火線には火がつけられているという事を呈していた。

 流石にここまで露骨に手牌が偏るとなると姫松以外の者にも勘付かれて初めてはきたが、いかんせん彼女を止める方法が少なく、強いて言うなれば和了らせない事が一番の解決策ではあるが、局が進むにつれてだんだんと勢いを増していく彼女が爆発するのはもはや時間の問題である。

 

(……早めに止めないといけないじぇ)

 

(そろそろ『仏滅』も視野に入れておいた方が良さそうだねー……)

 

 そんな上重漫の爆発が危険だということをいち早く察知した片岡優希と姉帯豊音は上重漫を止めるべく手を進める。片岡優希は持ち前のスピードをいかして、姉帯豊音は全員が有効牌を引きにくくなる『仏滅』を使用して各々で彼女を止めようと画策する。が、ここで片岡優希と姉帯豊音との間に齟齬が生じることとなってしまう。

 もちろんどちらも上重漫を止めるには十分な方法ではあるが、姉帯豊音の仏滅の効果は何も上重漫だけではない。自身や片岡優希の手も殺してしまうのだ。そうなれば片岡優希も持ち前のスピードをいかして電撃戦をしかけることは容易ではなくなり、結果として水平下での勝負をする事しかできないのである。

 

 

(宮守の黒いおねーさんが何かしてるじぇ……私が東風でこんなに遅くなるなんて……)

 

 

(……姉帯が何かやったな。一向に進まへん)

 

 

(上重さんが危なそうだしー……場は一度切らせてもらうよー?)

 

 

 が、いくら姉帯豊音によって同じ目的を持つ片岡優希の手を潰してしまうとは言っても、姉帯豊音の仏滅の効果は凄まじく、文字通り仏を滅するようにツキは回って来ず、それどころか手は全くと言って良いほど進まずに珍しい形での膠着状態に陥る。

 上重漫としてはなんとかしたいこの状況ではあるが、いくら導火線に火がついた状態と雖も姉帯豊音の支配を打ち破ることができずにそのまま無情に流局へと進んでいくだけである。

 それも当然の話で、この仏滅の支配は姉帯豊音自身も逃れることのできない強力な支配であるのだ。どんなに屈強な者でも、皆等しく無力になってしまう。それが最大のメリットでもありデメリットでもあるのだ。それこそこの支配を受けて平然としていられるのも小瀬川白望くらいであり、いや、しっかりと支配の効果は受けてはいるのだろうが、技量や相手のミステイクを駆使して強引に支配を破ってくるのだ。故に真の意味で彼女の支配を真正面から打ち消すことのできる者はいないと言っても満更嘘でもないかもしれない。

 

 

 

「ノーテン」

 

「ノーテンだじぇ」

 

「テンパイだよー」

 

「て、テンパイです」

 

 

 結局この東三局は姉帯豊音の仏滅によって流局という形で終了し、上重漫の親を蹴ることに成功する。しかも姉帯豊音は運良く最後に聴牌する事ができ、+1500点で危ない東三局を乗り切った。が、しかしこの局では一つ懸念が残ったのも事実ではある。それは永水の神代小蒔。彼女も何気なく聴牌しているが、仏滅の効果があるこの局で聴牌するのは容易ではない。それは東風だというのに聴牌すらできなかった片岡優希と、爆発寸前の上重漫が聴牌できなかったのを見れば簡単に分かる。そう考えると、やはり仏滅の効果が神代小蒔にはあまり効いていないというのが妥当な解釈だろう。

 

(神代さん……あまり仏滅が効かないのかなー?神様を降ろした時、仏滅で対応できると良いけど……)

 

 神様を従えている神代小蒔を始めとした永水のメンバーには仏滅が有効かと思っていた姉帯豊音側としては少し不安が残るものとなったが、とりあえず今は大人しい神代小蒔よりも危ない上重漫である。事実、この流局がもたらした物は大きい。今上重漫に和了られていたら、確実に爆発していたであろう。そうなればいくら姉帯豊音といっても東風の片岡優希と爆発状態の上重漫を同時に相手するのは些か厳しいものがある。よってこの流局は何気なく見えるかもしれないが、実際はかなり大きいものである事には間違いはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

『東三局、姫松の親番でしたが、ここは流局です』

 

 

 一方でこの二回戦Bブロック第一試合の解説と実況を務めていた佐藤裕子はそう言うと、隣にいた戒能良子に向かって『しかし今の局、前局までとは打って変わって動きが見られなかった局でしたね?』と質問する。

 

『そうですね……ムーブしなかった、というよりかはムーブしたくてもできなかったんじゃないでしょうか』

 

『……できなかったとは?』

 

『それもディフィカルトな話ですが……恐らく何らかのパワーが働いているんでしょう。それこそブッダを滅するほどのパワー……』

 

 そう常人にはとても理解し難い解説をする戒能良子ではあったが、既に戒能良子は大体の見当はついていた。戒能良子は画面に映る姉帯豊音の事を見ながら、心の中で(……六曜、でしたか。全く……白望サンのフレンドには変わり者が多いですね……)と呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第397話 二回戦B編 ⑥ 先んずれば則ち負け

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{二}

清澄 119400

宮守 112900

姫松  88500

永水  79200

 

 

 前局、待望の親番を姉帯豊音の仏滅による緊急回避によってあっさりと蹴られてしまった上重漫は、自分が後もう少しで爆発する事に気付いていながらも、それを前局でどうにかできなかった自分に対してもどかしさやら腹立たしさやら、呵責を感じながら、配牌を山から取る。

 

(……このまま永水が大人しいままとは思えへん。ただでさえ上二校とは2、3万点離されとる。ここで何とかせんと……)

 

 どうにか一回。一回で爆発には十分な刺激であるということを今までの経験から察してた上重漫はどうにかしてでも一回和了る事に躍起になっていたが、前傾姿勢の上重漫を跳ね除けるのは姉帯豊音にとってはあまり難しい事ではなかった。姉帯豊音はそんな上重漫をチラチラと見ながら、(……上重さんがそろそろ突っ走ってきそうだしー……先負、行っちゃうよー?)と顔を伏せてニヤリと笑っていた。

 

 

 

 

姫松:六巡目

{二二七八⑥⑧⑧⑧79999}

ツモ{九}

 

(聴牌……せやけどこれじゃ打点が低い……)

 

 そして今、敵味方問わずこの二回戦Bブロック第一試合の試合を見ている皆から視線を集めている渦中の人物である上重漫は六巡目にて聴牌する。いくら前局で親を易々と流されたと言っても、そのようなもので消えるほど弱い炎ではない。今もなお点火し続け、導火線の終着点へと向かって燃焼し続けているのだ。

 とは言っても、今この状況では打点が低いのも事実。ドラを対子で抱えているとはいえ、リーチをかけなければどんなに高くてもツモドラ2。ロン和了すらできないのだ。点差が開き始めているこの状況で悠長に安手で和了るのはあまり賢明な判断とは言い難いだろう。上重漫はチラと片岡優希の方を見る。東風といえば片岡優希、片岡優希といえば東風。そう言われてもおかしくないほど東風に強い彼女が、まさか東風最終局の東四局で上重漫に先を越されるなどというわけはないだろう。

 

(……ダマか。 あんまし捨て牌はアテになりそうにないけど……行くしか無いやろ……!)

 

 一瞬、片岡優希への振り込みという可能性も脳裏に浮かんだ上重漫ではあるが、退くという選択肢は彼女には無かった。片岡優希のことだ。いくらダマとはいえ、それでも高い手なのは目に見えている。が、ここで攻めなければいつ攻めるのか。そう言い聞かせながら、上重漫は意を決してリー棒を置いて牌を曲げる。

 

 

 

「リーチやっ!」

 

姫松:捨て牌

{1東白4南②横⑥}

 

 

 そうして片岡優希に食って掛かるようにリーチを繰り出した上重漫だが、その瞬間、彼女は異様な光景を見る。

 

(な……なんや……姉帯のやつ……?)

 

 彼女が目にしたのは横にいる姉帯豊音。今は平然としてはいるが、上重漫がリーチをかけたその一瞬、一瞬ではあるが彼女が怪しい笑みを浮かべた。そのように見えた。それが真実なのか見間違いなのかは分からなかったが、もはやその真偽に上重漫は興味など無かった。それ以上に、底知れぬ何かに触れたような気がして、彼女の心は恐怖に煽られた。

 

 

(な、なんなんや……何があるっちゅうんや!?)

 

 上重漫は若干疑心暗鬼になりながらも、永水の神代小蒔が山から牌をツモっていくのを呆然と見つめながら頭の中で思考を巡らせる。何がそんなにおかしかったのか。自分が何かミスでもしたのか、それとも姉帯豊音が何か企んでいるのか。考えれば考えるほど先ほどの笑みの謎が際立ってくる。何があるのかは分からないが、とにかく『何か』あるのは間違いないだろう。そう思って姉帯豊音のツモ番を迎えると、姉帯豊音はツモった牌を盲牌すると、まるで上重漫に語りかけるかのようにこう呟いた。

 

「んー」

 

「追っかけるけどー」

 

 

(は……?追っかける……追っかけリーチか!?)

 

 

 姉帯豊音の言葉から追っかけリーチを想像する上重漫。だが、そうと分かった今でも未だ謎は深まるばかりである。まず第一に、追っかけリーチだからなんだと言うのだ。追っかけリーチは脅威ではあるが、リーチをかけている上重漫には何の影響もない。ただどちらが先に和了るかを競うのみである。プレッシャーにはなりはしない。

 しかも、今姉帯豊音が切ろうとしているのは先ほど彼女がツモった牌である。ということは、姉帯豊音は先ほどまで聴牌していたということだ。何故。何故彼女はわざわざ一巡、もしくはそれ以上リーチを遅らせたのか。まるで、上重漫がリーチをかけるのを待っていたかのように。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(追っかけリーチ……まさか姉帯……!)

 

 

 そこまで気付いて、上重漫は確信する。間違いない。彼女が末原恭子が収集していた牌譜をチラと目を通した時、確かにこのようなシュチュエーションが存在していた。姉帯豊音の麻雀には一貫性がなく、何か一つだけ能力を持っているという可能性はない。素の状態であれほど強いのか、それとも能力を複数所持しているのかは分からない。それに、それ以上に特異的な場面があったためあまり記憶は定かではないが、そういった場面は確かに存在していた。そして、それの結末はズバリーー

 

 

(一発で……ウチが振り込む……!)

 

 

 だが、気付いた時にはもう遅い。上重漫が自分の結末を悟ったのと同時に、姉帯豊音は「通らばー……リーチ!」と言ってツモってきた牌を曲げ、リー棒を出す。それを驚愕しながら見つめていた上重漫は、ハッとして山に目を向ける。そう、次のツモは自分。ということは、次の牌が、自分がツモる牌が姉帯豊音の和了牌。

 上重漫はそこまで考えて、山からツモってくるのを躊躇った。当然だ。自分が振り込むのを分かって、納得してツモりにいけるわけがない。しかし、冷たい視線で見つめる姉帯豊音に圧されるかのようにして結局はツモってしまう。当然ながら自分の和了牌ではない。上重漫がまさかと思いながら牌を河に置くと、姉帯豊音はそれを待っていたかのように、上重漫が捨てた牌を見ずに「ロン!」と言って手牌を晒す。

 

宮守:和了形

{三四五五六七①②③⑥⑥34}

姫松

打{5}

 

「リーチ一発平和!3900だよー」

 

 

「は、はい……」

 

 

(ホンマやった……ってなると、やっぱこれが姉帯豊音の能力の一つか……!?)

 

 上重漫は点棒を姉帯豊音に渡しながら、姉帯豊音の能力について考える。恐らく、偶然ではないだろう。何らかの能力であることには間違いない。しかし、それで解決というわけではなく、問題は更に増える事となる。他に姉帯豊音は何か能力を持っているのか。という事だ。

 前述した通り、姉帯豊音には決まったパターンや傾向はあまり多く見られない。無能力者なら珍しい話でもないが、確実に姉帯豊音は能力者だ。それに加え今の特徴的な能力があるのに牌譜に少ししか載っていないとなると、やはり多重能力者であると考えるのが自然であろう。つまり、姉帯豊音はまだ隠しているのだ。全ての能力を。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「!振り込んだ!?」

 

 時同じくして姫松の控え室でも、上重漫がツモ切り追っかけリーチの姉帯豊音に一発で振り込んだシーンを見て、末原恭子が思わず立ち上がる。隣にいた愛宕洋榎が「あれま……先んずれば人を制すって言うけど、そんな事なかったなあ……」と呟きながら、上重漫を同情するように見つめる。

 

「……確か、今のと同じような和了が牌譜にあったような気がするのよー?」

 

「ホンマか?」

 

「って言ってもそんなに回数は多くなかったと思うけどー……」

 

 

「いや……ちょい待ち。主将、さっき何て言いました?」

 

 愛宕洋榎と真瀬由子が姉帯豊音の牌譜について話していると、途中に割ってはいるように末原恭子が愛宕洋榎に向かって聞く。愛宕洋榎は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら「さっきか?いや……『先んずれば人を制すって言うけど、そんな事なかったなあ』って……」と答える。

 

「……代行。先んずれば人を制す、と似たような言葉で、先んずれば則ち負けって言葉ありますよね?」

 

「ん?ああ……確かに先んずれば則ち負けって言葉はあるけど〜。それがどうかしたん〜?」

 

「確か、『六曜』の中の『先負』の意味でしたよね?」

 

「せやで〜」

 

 そこまで聞いて、末原恭子は確信に至る。話についていけていない真瀬由子と愛宕絹恵は末原恭子に解説を求めるが、愛宕洋榎も気付いたようで「成る程な……確かにそれなら辻褄が合うわ」と頷く。

 

「どう言う事ですか?」

 

 

「簡単に言うとな……多分、姉帯の能力は『六曜』に対応しとんねん」

 

 

「六曜ってあの、カレンダーとかにある?」

 

 

「ああ……今は無いカレンダーもあるけどな。まあ、その話はええねん。姉帯の能力が六曜だとすれば、全て辻褄が合うねん」

 

 

「全部〜?」

 

 

「ええ……局の最初、姉帯が片岡に追いつくレベルでスピードに長けていたのは恐らく『先勝』。意味は先んずれば則ち勝つ、です。そんでさっきの局、片岡や爆発寸前の漫の両者が聴牌できなかったのは恐らく赤口か仏滅のどっちかでしょう。どっちも凶日なんで。そして今のが……」

 

「先負……先んずれば則ち負け、か」

 

 愛宕洋榎がそう言うと、末原恭子が「そうや……ま、たまたま合ってるだけってのも勿論あるけど、多分これで間違いは無いはずや」と言う。能力は分かった。そしてその次は、姉帯豊音が未だ隠している六曜の能力の詳細である。単語から想像というのは少し厳しいものがあるが、どうにかして解き明かさないといけない。

 

「流石、シロちゃんが先鋒に置くだけの事はあるな……」

 

「ええ、ホンマ偶然に気付いたから良いようなものの、運が悪ければ気付かずに先鋒戦が終わってたで……」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第398話 二回戦B編 ⑦ 一度寝

-------------------------------

視点:神の視点

南一局 親:清澄 ドラ{西}

清澄 119400

宮守 117800

姫松  83600

永水  79200

 

 

 

 

 

 当たり前の話ではあるが、各校の控室の構造はどこも大概は同じである。それは無名強豪関係無く皆等しく同じであり、そこに格差は生じない。そのはずなのだが、そんな当然の事を一切合切無視するかのような、一際異彩を放つ控室があった。そこの造りはまるで別世界にいるかのような空間。謎の橋がかけられていたり、日本の伝統とも言える『和』という言葉が一番最初に出てきそうな木造建築物……もとい控室が設けられていた。いや、外装を見るにもはや建てられていた、と表現した方が正しいか。

 そんな異質な空間の中では姫松高校を押さえつけてシード校に成り上がった永水女子の面々が先鋒戦の様子を眺めていた。現在、永水女子は神代小蒔が一度も和了れておらず、そのせいあってかトップを走る清澄とそれを猛追する宮守に三万点以上離されて最下位に落ち込んでいる。今もせっかく回ってきた神代小蒔の親もあっさりと流されてしまった。完全に蚊帳の外である。シード校の風格もへったくれもない凄惨な状況ではあるが、永水メンバーに焦りの色は見られなかった。

 

 

「あら……あっさり小蒔ちゃんの親が流されちゃったわね……」

 

「姫様はまだ頑張り屋さんモードですからね……いくら基礎力を上げたと言っても、相手が相手ですし……」

 

「これは次鋒戦までにかなり離されそうですねー。トバされなければ良いんですけどねー……」

 

 薄墨初美が少し心配そうな、しかしそれでいて未だ焦りはしないといった声色でそう呟くと、滝見春が「でも姫様が二度寝すれば……形勢逆転とまではいかなくても……何とか……」と、神代小蒔の真骨頂とも言える、『九面』と呼ばれる九種類の神をその身に降ろして神の力を振るうという反則技と言われてもおかしくないトンデモ能力さえ発揮できれば取り敢えずは大丈夫だと示唆するように言う。

 確かに、いくら相手があの先鋒のメンバーだと言っても、神様相手となれば話は違ってくる。打開策と思えた姉帯豊音の仏滅も、先ほどの流局で分かった通りあまり期待はできない。実は小瀬川白望が一番危惧していたのは神代小蒔の『九面』の事で、流石の姉帯豊音と雖も、神様相手では分が悪い。神代小蒔のそれ次第では一発で点差が吹っ飛ぶ。そう予想するほどであった。

 

 

「そうね……一応、降りてくる神様は調整してなるべく強い神様が降りるようにしてるから、大丈夫だとは思うけど……」

 

「……使うんですか?」

 

 石戸霞が意味有りげにそう呟くと、狩宿巴が深刻そうな表情でそう質問する。何を言わんとしているのかを直ぐに気付かれた石戸霞は少し誤魔化そうと思考したが、すぐに諦めて「ええ、勿論よ。……ここで使わずに、いつ使うって言うのかしら?」と答える。

 

「……いつか壊れても知らないですよ」

 

「あらやだ。それは怖いわね……でも、生憎あちら側も気合が入ってるみたいだし、……そうでしょう?」

 

 石戸霞がこの場にいない『誰か』に声を掛けると、どこからか『当然じゃ……』と声が聞こえてくる。石戸霞以外の者は少しびっくりして周りを見渡すが、そこには誰もいない。しかし、はっきりと声が聞こえてくるのだ。その言葉に含まれているのは、明らかなる怒気。

 

『あの白髮を見る度に否が応でも思い出す……儂の憎き宿命の敵……赤木しげる……!!』

 

「……でも、実際問題、シロは赤木しげるさんでは無いでしょう?」

 

『そう……確かに!儂と闘った数年後……いわば奴の臨界点……その時期に比べればまだ生温い……が!あやつはもう既に……鷲巣麻雀で儂が奴と殺し合ったあの時の奴に限りなく近い……遜色無いと言えるほどに……!だからこそ目障りなのだ……!』

 

 そう怒声を響かせる声の主こと鷲巣巌に対して、石戸霞は「そうかしら?可愛いと思うのだけれど」と冗談混じりに言うと、その言葉に過激に反応した鷲巣巌が『戯け!アレのどこが可愛いんだッ!?あんなもの、神も悪魔も震える恐ろしい何かでしか無いわ!』と言う。

 

「まあ、冗談はそこまでにして……どうかしら?今の私があなたの力を借りて、シロと闘って勝てるかしら?」

 

 石戸霞がヒートアップする鷲巣巌を宥めるために話題をぶった切ってそう尋ねると、鷲巣巌も少し冷静さを取り戻したのか、少し考えた後にこう言った。

 

『……その時だけなら五分、だな』

 

『貴様の上達は限りなく早い……流石神を従える一族の血統を継ぐ者ではある……それこそ今の儂の五割から七割……鷲巣麻雀でアカギと打った時の力くらいは無理をすれば出せるじゃろ……そして、あやつがその時のアカギ程度だとすれば……五分と言わざるを得ん』

 

「成る程……分かったわ」

 

 鷲巣巌の答えに納得するように頷く石戸霞であったが、鷲巣巌は『……四局だ』と直ぐに付け足す。石戸霞が「四局?」と聞き返すと、鷲巣巌が『今の貴様が儂の力を思う存分使えるリミット……それを越えたら知らんぞ』と警告する。

 

「あら、優しいのね。麻雀ではあんなに怖いのに」

 

『張り倒すぞガキが……貴様が死ねば、儂は雪辱を張らせなくなるんだ……最初の契りを忘れるなよ小娘……』

 

「分かってるわよ」

 

 

 そう石戸霞と鷲巣巌が会話していると、モニターに映る神代小蒔の様子に変化が起こった。先ほどまでいかにも麻雀下手な打ち筋だったのが、一気に変貌したのだ。それは二度寝ほど劇的なものではなかったが、それの予兆……神代小蒔は一度目の眠りに就いたのだった。それに気づいた滝見春が「姫様……眠った……」と呟く。

 

「そのようね……でも、もう前半戦が終わっちゃう……」

 

 石戸霞が点棒状況に目を向けながらそう言う。確かにもう前半戦のオーラスで、後は後半戦しかないのだが、それでも大丈夫といった感じのムードではあった。

 

『しかし……本当に『九面』とやらであやつらを圧倒できるのか?儂にはどうもそうは思えんのじゃが……』

 

 鷲巣巌が怪訝そうに神代小蒔の『九面』について聞くが、それはあくまでも神を下に見る事の出来る鷲巣巌だからこそ言えるだけの話で、それこそ神を相手に闘える者など彼と宿敵である赤木しげる、そしてその弟子小瀬川白望くらいしかいないのだ。隣で聞いていた石戸霞が少し呆れたような声色でこう呟く。「……そう思うのは、多分あなただけよ……」と。




結局永水の控え室はなんだったのでしょうね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第399話 二回戦B編 ⑧ 緊張感

-------------------------------

視点:神の視点

先鋒戦前半戦終了時

清澄 111900

宮守 126800

姫松  87100

永水  74200

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

 先鋒戦の前半戦を終え、東場こそ清澄が一位であったが、南場で片岡優希が失速するのに合わせて姉帯豊音が追い上げ、見事首位を奪取して折り返した姉帯豊音は一人意気揚々と挨拶をして上機嫌そうに卓を後にしようとする。それと対照的に、南場で失速した片岡優希と見せ場がなかったどころか宮守と清澄の上二校と点差をかなり離されてしまった上重漫はどこか心が沈んでいるような表情で椅子から立ち上がろうとする。

 するとその時、対局室から引き上げようとした三人の耳に久しく聞いていなかった者の声が聞こえた。それは神代小蒔である。神代小蒔はまるで先ほどまで意識がなかったかのように突然声を上げる。周りから見れば奇妙な事この上ない話ではあるが、神代小蒔は先ほどまで眠っていたので、いつのまにか前半戦が終わっていた事に対して驚くのは仕方のない事だろう。

 

(……点棒、減っていますね)

 

 目が覚めた神代小蒔が不思議そうに自分の点棒状況を確認していると、近くにいた上重漫が「どうかしたんか?神代さん」と声を掛けると、神代小蒔は少し恥ずかしそうに「いえ……少し眠っていたようです……」と答える。その瞬間、神代小蒔以外の者の表情が険しくなる。

 

「……ですが、これからは全力以上で当たらせてもらいます!」

 

 神代小蒔はそう言って両手をグッと握るが、神代小蒔が眠っていたという事実を知ってしまった彼女たちにはもはや聞こえておらず、姉帯豊音も(……これは早くシロに報告しないと行けなさそうだねー?)と心の中で呟くや否や、すぐに対局室から出て行った。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

「成る程……遂に寝たのかあ……」

 

「何か対策はあるのかい?」

 

 そうして姉帯豊音が控室に戻ってきて神代小蒔が遂に眠ったという事を伝えると、小瀬川白望は少しほど困ったような表情を浮かべる。熊倉トシが小瀬川白望に何か打開策があるかどうかを尋ねるものの、小瀬川白望は「仏滅が効かないんじゃ……豊音じゃどうしようもないね」と呟く。

 

「そ、そんな……何とかならないの?」

 

 小瀬川白望にしては珍しい諦めともとれる発言に対して臼沢塞がそう言うと、小瀬川白望は「まあ落ち着いて……小蒔のはそう何局も使えるようなものじゃない。一、二局もすれば大人しくなる……」と返した。

 

「それに、真正面から封じ込むことができなくても、逸らすことならできる……豊音、小蒔が二度寝したらあまり下手に動かない方が良い。多分仏滅も効かないだろうし、それにただでさえ今トップなんだから、変に動けばあっちは優先的に狙ってくるはず……」

 

 

「わ、分かったよー……」

 

 

 姉帯豊音にそう助言した小瀬川白望は姉帯豊音を再び対局室へと送り出すと、頭の中で思考を巡らせながら深々と椅子に凭れこむ。それを見ていたエイスリンが「ナニ、カンガエテルノ?」と声を掛けると、小瀬川白望は「あー……いや、別に……」と素っ気なく答える。しかし、小瀬川白望の頭の中はこの先鋒戦、いや、この勝負の行方まで思考を働かせていたのだ。

 

(小蒔が二度寝するとして……豊音に役満直撃とかになったら結構ダルいな……基本的に、永水の皆は何してくるか分からないからなあ……ここで逆転されると後々面倒……)

 

-------------------------------

 

 

 

「参ったわね……」

 

「色々と、マズいことになってきたのお……」

 

 一方、片岡優希から神代小蒔が一度目の眠りに就いたという証言を受け取った清澄の竹井久は少々困ったような表情を浮かべながらそう呟く。事の重大さに気づいていない須賀京太郎が「何がマズいんですか?元々想定内なんじゃ……」と声を掛ける。確かに彼の言う通り事前に神代小蒔の二度寝は確実に来るだろうと予想はしていた。だが、その時期が少々想定外だったのだ。

 

「……後半戦の東風に神代さんの二度寝が来る可能性が高いからよ。そうなった場合、優希の稼ぎ場である東風戦がそれ一発で吹き飛ぶなんて事もあるからね……相当の痛手よ」

 

 

「な、成る程……」

 

 須賀京太郎が納得したようにそう呟くと、竹井久は少し緊張したような顔付きで頭を抱える。そうして吹っ切れたのか、深く深呼吸をすると、「……よし、頑張らないとね!」と、清澄メンバーに向かって言う。それに原村和と宮永咲が応えるように「はい、部長!」と声を出す。それを見ていた染谷まこは、若干呆れたように笑うと、心の中でこう呟いた。

 

 

 

(まったく……本当はガクガクに緊張しとるくせにのお……)

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:永水 ドラ{⑨}

宮守 130900

清澄 124700

永水  59600

姫松  84800

 

 

(ようやく親番……頑張らないと……皆に迷惑はかけられません……)

 

 

(今んところは静かやな……もっと早めに来るもんやと思っとったけど……)

 

 

 永水女子以外の皆の心配とは裏腹に、後半戦のスタートは随分と穏やかなものであった。いや、穏やかというとそれも少し違う。前半戦のように片岡優希が東風という事で突っ走り、またそれを姉帯豊音が追いかけるという構図は前半戦のままであった。が、三人が危惧していた神代小蒔の二度寝は東三局の今も未だ起こらず、そう言った意味では平穏と言える状況であった。しかし、その中々起こらないというのが逆に三人の緊張を生み、いつ神代小蒔の『二度寝』が来るのかという事で心配していた。

 その一方で神代小蒔は、前半戦終了時から更に削られてしまった事でどうにかしなければいけないと自分を鼓舞し、賽を回す。

 

 

 

 

 

「あ、ツモです!」

 

 

「「「!!」」」

 

永水:和了形

{一二三四五六七八九②②西西}

ツモ{西}

 

「2000オールです!」

 

 

(寝てないのは分かっとるんやけど……分かってても怖いなあ……おっかないわ……)

 

 

 神代小蒔からの発声に若干怯えていた上重漫はそう言って溜息をつく。やはり相当のプレッシャーを感じているようで、彼女の手は少し湿っていた。同じく姉帯豊音と片岡優希も、しきりに神代小蒔の様子を探っている。一方の神代小蒔は、積み棒を置いて意気込むようにこう言った。

 

「……では、一本場、参ります!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第400話 二回戦B編 ⑨ 二度寝

いよいよ400話です。
しかしサブタイトルが被るという……


-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:永水 ドラ{白}

宮守 138900

清澄 122700

永水  65600

姫松  82800

 

 

 

(今はまだ寝てないから良いけどー……取り敢えず親番を蹴りたいよねー……)

 

 

 後半戦東三局一本場、姉帯豊音は逐一神代小蒔の様子を伺い、常に注意を払った状態で心の中でそう呟く。問題の神代小蒔の二度寝は小瀬川白望曰く『(小蒔が)寝れば分かる』との事だったため今のところは大丈夫だろうと感じながらも、前兆もなくその時がやって来る可能性はゼロとは言い切れないのもまた変えることのできない事実として存在する。

 よって、ここは神代小蒔の親を長引かせるのは賢い判断とは言えない。できるだけ早く神代小蒔の親を蹴りたいと考えていた姉帯豊音ではあったが、姉帯豊音は自分が和了るよりも、上重漫に和了らせた方が早いと判断し、チラと上重漫の捨て牌に目を向けると、姉帯豊音は{③}を切る。

 

「ポンや!」

 

 

姫松:四巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {③横③③}

打{九}

 

 

(ドンピシャだよー)

 

 上手く上重漫の事を鳴かせることができた姉帯豊音は少し口元を綻ばせる。席順の関係でチーをさせる事ができないという融通の利かない状況ではあったが、それでも上重漫が鳴くことさえできれば同時に神代小蒔のツモ番も飛ばす事ができるため、チーをさせる事ができないというのは必ずしも悪い方向に働くとも言えなかった。

 

 

(……なるほどな。ウチが和了って親を蹴れって事か)

 

 

 上機嫌になる姉帯豊音を見て、上重漫は姉帯豊音が何をしようとしているのかを察する。

 この状況において、永水の親が怖いのは姫松だけでなく、宮守もそれは同じである。どうにかして親を蹴りたいと考えるはずだ。しかしだからと言って清澄にも目を向けなくてはならない。そこで姉帯豊音は二位につけている清澄よりも、点差が離れて三位の姫松を利用しようという事だ。それに気づいた上重漫は姉帯豊音に上手く使われているように感じて癪ではあったが、この誘いに乗れば自分は和了れることができ、尚且つ危ない永水の親を蹴る事ができると、良い事づくしである。よってこの誘いを蹴るという選択肢は上重漫の頭にはなく、あくまでも一時休戦、という名目で姉帯豊音の支援を受ける事とした。

 

 

宮守

打{南}

 

「ポン!」

 

姫松:六巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {南横南南} {③横③③}

打{六}

 

 

(……今ので張ったかなー?)

 

 一巡おいて姉帯豊音が再び上重漫の事を鳴かせる。上重漫が鳴いた後に切った{六}を見て姉帯豊音がそう呟くと、すぐに差し込みの準備に入る。本音は清澄か永水が振り込むか、姫松がツモってくれるかを期待していた姉帯豊音だったが、悠長にそれを待って神代小蒔に和了られては目も当てられない。よってすぐに差し込みに向かった。

 

(んー……ここかなー?)

 

 

宮守

打{二}

 

 

「ロン!南赤1!」

 

 

姫松:和了形

{一三⑦⑦赤567} {南横南南} {③横③③}

宮守

打{二}

 

 

「2000!」

 

 

 そして姉帯豊音が一発で上重漫に差し込んで和了らせる。結局、上重漫は自風牌と赤ドラ一個の2000点しか和了れなかったが、点数以上に危ない永水女子の親を蹴れたという事実が大きかった。ひとまずはこれで注意すべき事は南場での永水女子の最後の親番だけとなり、あとは神代小蒔の二度寝に備えるだけとなった。

 

-------------------------------

南三局 親:永水 ドラ{三}

宮守 141700

清澄 121600

永水  49400

姫松  87300

 

 

 

「ツモ!1000-2000だじぇ!」

 

 

 今の片岡優希の和了によって先鋒戦も南四局、オーラスに突入することになった。しかしオーラスになろうとする直前の南三局でも、未だに神代小蒔の二度寝は起こらずにいた。その事によって徐々に三人に『もしや不発か』という安心感が生まれ始め、オーラスを前にした今はその安心感が極限になった。もちろんその安心感、安堵感は控え室にも伝播し、鹿倉胡桃が少し杞憂だったと言わんばかりに小瀬川白望に「……神代さん、もしかしてこのまま二度寝しない?」と言う。が、こと小瀬川白望に限りその安堵感には浸らない。小瀬川白望は目を細めながら、こう答える。

 

「……いや、それはない。最後の最後……オーラスに必ず来る」

 

「で、でも寝そうな感じはしな……」

 

 臼沢塞が言いかけた瞬間、画面越しからでも分かるほどに対局室の場の空気が一変する。臼沢塞らは驚いて画面に映る神代小蒔の事を見る。何が変わっているか、と言われれば具体的に答えることはできない。が、明らかに神代小蒔に何か異変が起こっていることは分かった。小瀬川白望は少しほど険しい表情を浮かべながら、心の中でこう呟く。

 

(……オーラスの頭……一番面倒な時に来たなあ)

 

 小瀬川白望の言う一番面倒な時がオーラスである理由は単純で、先鋒戦がそれで終わってしまうからである。これがオーラスで無ければ、姉帯豊音が仮に振り込んだとしても挽回できるチャンスはあるが、オーラスとなればそうもいかない。全体の収支という観点から見て仕舞えばどちらでも変わらないようにも思えるが、実際はオーラスかオーラスでないかで大きく変わって来る。心境的にも、状況的にも影響が出て来るのだ。そういった意味で、オーラスで勝ち逃げのような事をされると非常に面倒なのだ。

 小瀬川白望が前に神代小蒔と打った時は直ぐに二度寝が起こった事から、前半戦が終わった時に姉帯豊音から報告を受けた時点での小瀬川白望はこの展開になる線は薄いと踏んでいたが、実際はこの展開となってしまった。これに関しては明らかなる小瀬川白望の判断ミスではあったが、その可能性を考慮したとしても、どちらにせよ姉帯豊音が使えそうな対策はあるわけもなく、それにもうどうしようもする事はできない。姉帯豊音が上手く立ち回ってくれる事を期待するしかないわけなのだが、

 

 

「ロン……32000」

 

 

 姉帯豊音が捨てた{中}に対して、神代小蒔が……いや、神様は無情にもロンと発声して手牌を倒す。それを聞いた小瀬川白望は顔に手を当てながら溜息をつくと、心の中でこう呟いた。

 

 

(これで二位転落か……やっぱり一筋縄じゃいかない。退屈しないね……)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第401話 二回戦B編 ⑩ 自責の涙

-------------------------------

視点:神の視点

先鋒戦終了時

宮守 108700

清澄 125600

永水  79400

姫松  86300

 

 

 

「わああああああああ〜……!」

 

「大丈夫だよ……豊音。よく頑張った……」

 

 先鋒戦が終わった後、サインを貰う事も忘れてすぐに姉帯豊音が戻って来たと思えば涙を流し、声を上げながら小瀬川白望に抱き着いた。小瀬川白望はそんな姉帯豊音を真正面で受け止め、労うようにそう慰めの声をかけて手を彼女の頭にポンと置くと、姉帯豊音は泣き噦りながら「で、でもっ……だって……ひぐっ、役満に振っちゃって……二位に、なっちゃった……」と、若干支離滅裂ながらも後悔の念を述べていく。今の姉帯豊音の状況から察するに、相当先ほどの役満が姉帯豊音にとって効いたのだろう。

 確かに姉帯豊音は小瀬川白望との特訓によって精神面は鋼と言わんばかりに磨き上げられて来た。当然、ちょっとやそっとのことで疑心暗鬼に陥ったり自信を喪失したりする事のないように重点的に鍛え上げられて来たのは間違いない。しかし、それはあくまでも勝負の時だけの話であり、勝負が終わった今、姉帯豊音は至って普通の少女と何ら変わりはないのだ。そんな彼女にとって、あろうことか一番注意しなくてはいけない役満に振ってしまった、皆の期待を背負って先鋒を任されたのに、最後の最後で二位に転落してしまった、といった自責、呵責は耐え難いものだったのだろう。内容では終始圧倒していただけに、最後の振り込みだけが彼女を大きく責め立てたのだ。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

「ううう……」

 

 小瀬川白望が語りかけるかのようにそう言い、姉帯豊音の事をより一層強く抱き締めると、姉帯豊音はようやく心の落ち着きを取り戻せたのか、涙を拭い始めた。

 

「豊音!シロの言う通り、大丈夫だよ!失ったものは皆で取り返せばいいだけなんだし」

 

 

「そうそう、これまで一番頑張ってたのは豊音だって、ウチらが一番分かってるから。役満の一つや二つ、豊音の功績に比べればどうって事ないわよ」

 

 

「胡桃……塞……」

 

 鹿倉胡桃と臼沢塞の言葉に精神的に救われた姉帯豊音は心打たれ、先ほどとは違った意味の涙を流す。それを微笑ましく見ていた小瀬川白望は、エイスリンに向かってこう言う。

 

「……エイスリン」

 

「?」

 

 

「豊音が流した涙の分まで……全力で頑張ってきて」

 

 

「ウン!トヨネノ、カタキ、トル!」

 

 

「任せたよ」

 

 小瀬川白望はそう言ってエイスリンの事を送り出すと、未だに感動の涙を流して泣いている姉帯豊音の方に視線を向けながら、(……立ち直れたみたい。トラウマになってないようで良かった……)と安堵するが、そうも言ってられないのも事実である。仮にこの二回戦を突破したとして、姉帯豊音が闘うことになるのは九分九厘辻垣内智葉だ。確かに神代小蒔のような超強烈な一発を持ち合わせているというわけではないが、総合的な強さで言えば辻垣内智葉の方が数段上である。無論、姉帯豊音よりも、だ。仮に姉帯豊音が六曜をフル活用したとしても、辻垣内智葉はそれらに上手く対応し、立ち回ることができるだろう。彼女はそれほどの技量を持ち合わせているのだ。

 そう言った意味で、神代小蒔よりも厄介であり、姉帯豊音に今以上に深い傷を負わせるのではないかと今から若干心配になっていたが、まだ未定の準決勝よりも、今の二回戦に焦点を合わせるべき。姉帯豊音以外にも心配な要素はまだ残っている。そう頭の中で考えた小瀬川白望は、次鋒戦の相手の牌譜に目を通す。

 

(確かにエイスリンの能力は強い。それは間違いない。……だけど、エイスリンはそれに頼り過ぎてるところがある。だから予期せぬ事態に上手く対応できてない場面が多かった……)

 

 

(……困った時、あのアドバイスが役に立つと良いけど)

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ただいまだじぇ……」

 

 

「お帰りなさい。一位で終わるなんて、よく頑張ったじゃない!」

 

 一方で、片岡優希が一位で先鋒戦を切り抜けてきた事に対して祝福する清澄メンバー達だったが、その対照に片岡優希の表情は晴れない。宮永咲がそれに気づいて「優希ちゃん、どうしたの?」と声をかけると、片岡優希はこう語った。

 

「……あの一位はまぐれだじぇ」

 

 

「まあ確かに、神代の一発があってこその一位だったのお」

 

 

「あの黒いおねーさんがやられてくれたから良かったけど……実際は完敗だったじょ……」

 

 そう言って落ち込みを見せる片岡優希。やはり自分の庭とも言える東風戦で姉帯豊音によって思うように和了れなかったことを悔やんでいたようだ。しかし、それでも勝ちは勝ちである。過程はどうであれ、勝ったものが前に進む権利を与えられるのだ。そういった意味の言葉を竹井久が言うと、今度は染谷まこの肩を掴んでこう言った。

 

 

「宮守の留学生は初心者でも、格上なのは確か……任せたわよ」

 

 

「分かっとるわい……全く、鶴賀といい次の宮守といい、初心者には良い印象が無いわ……」

 

 

「……ああ、それと」

 

 そうして部屋から出て行こうとした染谷まこを引き止めるように竹井久が声を発すると、染谷まこが振り向いて「なんじゃ?」と聞き返す。

 

「……姫松の三年生に気をつけなさいよ」

 

 

「姫松の三年生って言うと……真瀬さんか?」

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

「……どうしてじゃ?」

 

 染谷まこが竹井久に向かって質問すると、竹井久は「……根拠は無いけど、何かしてきそうよ。あの子」と意味深にそう返した。竹井久は頭の中で愛宕洋榎の事を思い浮かべながらこう心の中で呟く。

 

(……何か、愛宕さんが何か吹き込んでそうなのよね……あの子)

 

 

「まあ……そう言うんだったら気をつけるわい」

 

 

「ええ……任せたわよ」

 

 

「……一度で十分じゃ」

 

 

-------------------------------

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第402話 二回戦B編 ⑪ 対策

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:永水 ドラ{北}

永水  79400

清澄 125600

宮守 108700

姫松  86300

 

 

(……成る程。おんしがあの例の留学生か……)

 

 次鋒戦が始まる数分前、四番目に対局室にやって来た染谷まこはホワイトボードを首に掛けているエイスリン・ウィッシュアートの事を見据えながらゆっくりと卓の側まで移動する。無論、エイスリンだけではなく、永水の狩宿巴や竹井久が危険視していた姫松の真瀬由子の事も視界に入れながら、(……狩宿さんはともかくとして、真瀬さん……かなり不気味じゃのお。何を考えてるか全く読めんわい)と若干真瀬由子の表情を不気味がっていたが、それは表には出さず心に留めておいた。

 

 

(しかし、留学生の……見かけによらず随分と落ち着いとるな)

 

 

 それと同時に、エイスリンが異様に落ち着いていることに対しても少し彼女にとって引っかかるものであった。見かけ上はか弱い少女なのだが、実際にこうして見るとそういったか弱さは全く無く、寧ろ逆、強者の風格というものを感じられた。が、そこまで考えて染谷まこは思い出す。そうだ、何も不思議な話ではない。そのことは牌譜を見た時から分かっていたはずだ、と。

 

 

「ヨロシクデス」

 

 するとエイスリンはやってきた染谷まこに向かって挨拶すると、染谷まこは若干ぎこちなく「お……おう。よろしくじゃけえ」と返す。慣れない日本語を一生懸命使って挨拶したのだろうか。そこに愛嬌が感じられるものの、しかしそれに騙されてはいけない。もはや今目の前にいるエイスリンと、麻雀打ちとしてのエイスリンは別物として考えてもいいだろう。そんな事を頭の中で唱えながら、席決めを始めた。

 

 

-------------------------------

 

 

「……どう思う、恭子」

 

 

 そして姫松の控え室では、椅子に凭れかかっている愛宕洋榎がそう質問すると「どう思うって……そら厄介な相手ですよ。特に宮守の留学生は。それでも、弱点があるわけやないですけど」と返す。それを聞いた愛宕洋榎が「そんなもん分かっとる。問題はその弱点を野放しにしとくかって事や」と言う。

 

「野放しにって……そんなもんどうにかできたら弱点やないやん」

 

 

「まあそらそうや。……せやけど、それはあくまでも本人だけの話や。シロちゃんなら、そんな弱点を野放しにするわけない。何かしら手を打ってきてる可能性があるっちゅうことや」

 

 

「……成る程な。確かに、それはあるな。てか、十中八九そうやろ」

 

 

 末原恭子が納得したようにそう呟くと、愛宕絹恵が「でもお姉ちゃん、そうだったら対策打てへんでこっちは」と愛宕洋榎に向かって言う。確かに愛宕絹恵の言うことは最もであったのだが、愛宕洋榎は以外にも「大丈夫や」と返す。

 

 

「あの留学生の場合……弱点の原因は癖なんかやない。多分能力が関係してると思う。そうだとしたらいくらシロちゃんでも改善はできひん。……だから、根本的に改善したっていう線は無いはずや」

 

 

「だとしたら、何があるん〜?」

 

 

 愛宕洋榎の言葉に対して赤阪郁乃が首を傾げながらそう呟くと、愛宕洋榎は「そう、そこや」と言って指さす。

 

 

「根本的解決以外の方法で、シロちゃんが何をしてくるのかは見当もつかへん。でも、確実に何かはしてくるはずや。それだけは100パーセントや」

 

 

「でも……そんなんにどう対応したら」

 

 

 愛宕絹恵がそう言うと、愛宕洋榎は末原恭子の首に肩を回して「だからそれを、前半戦で見抜くんや。そして考える、対策をな。それがウチらの仕事や。せやろ?」と言って末原恭子に聞く。末原恭子は若干びっくりしながらも、「せやな……しっかり見抜いて、由子の助けにならんとな」と返した。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ロン、2900です」

 

 

永水:和了形

{一六七八①②③③④赤⑤} {発発横発} {横879}

清澄

打{一}

 

 

「はい……」

 

 

(……この人も神代みたいな事があるのかは分からんけえ、そう思っとったから迂闊に動けんかった……反省せんとのお……)

 

 

 立ち上がり東一局、染谷まこが打った{一}を単騎で待っていた狩宿巴がロン。発赤1の2900をトップの清澄から直取りし、親の連荘とする。染谷まこは神代小蒔のようなことがもしかしたら狩宿巴にも起こるのかもしれないという未知数な恐怖から、若干後手に回ってしまった自分に酷評を下すが、それと同時に得たものもあった。それはエイスリンの打ち筋が牌譜で見たものと異なっていたということだ。

 理由は定かではなく、尚且つまぐれでないとも言い切れないのだが、恐らく牌譜で見た一辺倒に『理想的な和了』を目指す能力、もしくは打ち筋では駄目だと、竹井久のお墨付きである小瀬川白望が改善させたのだろう。そう考えた染谷まこは面倒な事をしてくれた、そう心の中で呟く。

 つまり、そういう打ち筋に変わってしまったという事は初心者などに対しての策であるセオリー外からの攻撃が対策されてしまったという事を意味する。その案を実行しようとしていた染谷まこにとってみれば寝耳に水の事態であったが、逆に考えれば最初に知れてよかったとも取れる。早い段階で知る事が出来たが故に、再度データを収集し直す時間も相対的に長くなる。その上で再収集したデータをしっかりと精査すれば、後半戦が始まる前には新たな欠陥が見つかるはずだ。いくら噂の小瀬川白望と雖も、初心者の打ち筋を完璧にすることなど不可能だ。付け焼き刃なのは間違いは無いだろう。そう思っていた染谷まこであったが、この時既に彼女は策にハマっているという事は、小瀬川白望以外誰も気付いていなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第403話 二回戦B編 ⑫ 見せかけ

-------------------------------

視点:神の視点

東一局一本場 親:永水 ドラ{西}

永水  82300

清澄 122700

宮守 108700

姫松  86300

 

 

 

「……もしかして、エイちゃんって能力使ってない?」

 

 時同じくして、次鋒戦の行方を見守っていた宮守のメンバーである鹿倉胡桃が疑問そうに小瀬川白望の服を掴んでそう尋ねる。小瀬川白望が「んー……?」と若干空返事気味に答えると、先ほどまで泣いていた故に目元を赤くしていた姉帯豊音も「確かにー……なんかエイスリンさんらしくないよー?」と同調する。

 鹿倉胡桃や姉帯豊音、そして今エイスリンと相対してる染谷まこが気付いたように、確かに今の東一局のエイスリンの打ち筋はいつもの物とは異なるものであった。その事に対し染谷まこは『打ち筋を変えた』とし、鹿倉胡桃や姉帯豊音は『能力を使っていない』と考えていた。が、どれも小瀬川白望が打った策とは異なるものであった。

 

 

「……そんな感じ。でも細かい事を言うとちょっと違う。狙いはそんなに変わんないんだけど……」

 

 小瀬川白望がそう言うと、臼沢塞は「……じゃあどういう事?」と聞く。小瀬川白望は椅子に深く凭れかかった状態で「……まず、エイスリンに自分の能力を使わないようにさせるのは無理だった」と答える。

 

「無理だった……?」

 

 

「うん……無理だったっていうか……エイスリンのは能力を『発動する』っていうよりも理想を『描き出している』から、多分無意識にやっちゃうのかも……」

 

 

「でも、エイスリンの打ち筋が変わったのは?」

 

 

 臼沢塞がそう口にした瞬間、小瀬川白望は首を横に振って「違う違う……変わってなんていないよ」と返した。その言葉を聞いた皆の頭の上にはどういうことだと言わんばかりにクエスチョンマークが飛び出ていたが、小瀬川白望はこう続けた。

 

「打ち筋を変えたんじゃない……変えたように見せてるだけ」

 

「変えたように……見せる……?」

 

「うん……私がエイスリンに言ったのは、『前半戦は描いた理想を一切合切無視して、牌効率だけ考えて打ってみて』ってことだけ。それ以外何も言ってないし、何もしてない」

 

 

 それを聞いた姉帯豊音は最初は成る程と納得していたが、すぐに新たな疑問が生まれたのか、「でもー……それに何の意味があるのー?」と小瀬川白望に質問する。

 

 

「良い質問だね……確かに、エイスリンの描く理想は綺麗で華麗だよ。そこに関しては随一だと思う。だけど、それ故にセオリー外……理外の理に弱い。もちろん、エイスリン自身にはそんなセオリー外の攻撃に動じはしないから心配は無いけど、能力は違う。能力はそれで全部ダメになる……だから、打ち筋を変えたように見せる必要があった……もうその手は通用しないって牽制するために」

 

 

「……牽制、ねえ」

 

 

「……それに、嬉しい事にその変化に敏感な人がいるみたいだしね」

 

 

 そう言った小瀬川白望がチラリとモニターの方を見る。その視線の移動に気付いた鹿倉胡桃が「清澄の子?」とモニターに今映っている染谷まこの事を見て小瀬川白望に言うと、小瀬川白望は「正解」と返した。

 

「染谷さんは多分そういう変化に敏感な人。それと同時に、セオリー外の攻撃でエイスリンの能力を封じようとした人でもあると思う。だから、この作戦は実質的に染谷さんだけを狙ったもの……」

 

 

「でも、気付かないものなの?」

 

 

「うん、気付かないよ。染谷さんも『エイスリンが対策を講じてきた』って思ってるだろうし、そう思った瞬間にエイスリンの勝ちだよ」

 

 

「……その事に気づいた染谷さんが次に取る行動、なんだと思う?」

 

 

 小瀬川白望が三人に尋ねると、三人はしばらく考えていたが、臼沢塞が「……新たな作戦を考える?」と答える。小瀬川白望は「まあそれもあるけど……その前にもう一つ工程がある」と返した。

 

「その工程は……もう一度エイスリンの打ち筋を調べ直す。この行動に出る……染谷さんの麻雀スタイルがきっとそうさせる……」

 

 

「調べ直すって……どうやって?」

 

 

「調べ直すって言うよりかは……照準を合わせ直すって言った方が良いかな。打ち筋が変わったエイスリンに。対局しながら、その変わった打ち筋のデータを一度再収集するはず」

 

 

 それを聞いていた姉帯豊音が「でもー……それって」と言うと、小瀬川白望は頷き、「うん……実際は変わってない。染谷さんなら後半戦が始まるまでには照準は合わせ直していると思う……エイスリンの幻影に。だから後半戦に元に戻すよ。そうなれば一気に混乱が生じる……染谷さんはもちろん、他の二人も。その混乱の内に一気に和了を積み上げる……そのために前半戦にエイスリンの動きを制限させた」と言う。

 

 

「そんな事まで……その案はいつ考えたの?」

 

 

「……さっき」

 

 

 小瀬川白望の答えに臼沢塞が「えっ?」と返す。ここまで完璧で、欠点の見当たらない恐るべき作戦が練られたのはきっと何日も前の事で、秘策として考察に考察を重ねられた珠玉の作戦なのだろうと思っていた三人からしてみれば驚愕する事であったが、当の考案者はきょとんとした顔で「いや……本当は他の策があったんだけど、それよりも今思いついた策の方が良かったと思ったから。ただそれだけだよ……」と言う。

 確かに、小瀬川白望の言っていることは至極当然でもっともな事なのだが、それでも何とも言えない感覚に襲われていた三人は唖然としていた。しかし、小瀬川白望は少し険しい表情をしながら「でも……これには唯一拭いきれない問題がある」と言う。一見完璧にも見える作戦であったが、本人曰く欠陥があるようだ。

 

 

「何が?」

 

 

「いや……別に今は問題無いんだけど……問題はその次。この作戦の性質上、同じ手はもう使えないって事……まあ、今そんな話できる状況じゃないけど……」

 

 

 そんな事を小瀬川白望が話していると、エイスリンが断么ドラ1でツモ和了った。小瀬川白望の作戦で、前半戦の和了はあまり関係ないのだが、小瀬川白望はそれを見て「良いね……」と呟く。彼女の言う事には、和了ってくれた方がその分染谷まこや他の二人に打ち筋を追わせやすいという理由があり、点棒よりもその事に対して良いねと評したのだ。そんな彼女のことを見ながら、臼沢塞は呆れたように心の中でこう呟いた。

 

 

(相変わらず、咄嗟によくそんな事思いつくよなあ……凄いっていうかなんていうか……見えてる世界が違うわね……)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第404話 二回戦B編 ⑬ 照準

-------------------------------

視点:神の視点

南二局 親:清澄 ドラ{⑧}

永水  83600

清澄 121800

宮守 102500

姫松  92100

 

 

 

 激戦走る対局から少し所変わって比較的穏やかな観戦室では、並みいる強豪校が挙ってBブロック二回戦第一試合の次鋒戦を観戦していた。そしてその中で臨海女子のメガン・ダヴァンが試合を見ていて疑問に思ったのか、隣で腕を組んでいた辻垣内智葉にコソッと周りに漏れぬよう小さな声でこう喋り出した。

 

 

「アノ留学生の子……牌譜の時とは違う打ち筋ですネ……シロサンの策でしょうカ?」

 

 

「ん?ああ……あれはブラフだよ」

 

 

 辻垣内智葉がそう呟くのを聞いていたのか、仰天していたメガン・ダヴァンを差し置いて『留学生の子』ことエイスリンと同じ次鋒を任されている郝慧宇が「ブラフ……どこでそう思ったんですか?」と問う。

 

「よく考えてもみろ……あの留学生はここまでで和了ったのは一度だけ。まだたったの一回しか和了ってないんだ。地区大会ではあのインハイチャンプ(宮永照)を抜いて和了率一位のヤツが、インハイで急に和了れなくなったなんて話あるわけないだろう。それがシロのチームメイトなら尚更だ」

 

 

「……ということは、わざと変わったように見させてるのでしょうか?」

 

 そう郝慧宇が思考を回転させながら呟くと、辻垣内智葉は「だろうな。ちょうど『打ち方が変わった』って思うような引っかかりやすい奴でもいるんだろ」と肯定する。そんな話を聞いていたメガン・ダヴァンは辻垣内智葉の考察を聞いて(ヤハリ、サトハは恐ろしい……味方ながら末恐ろしいデスネ……)と心の中で感嘆していた。確かに、辻垣内智葉の言っていることはごもっともな話である。辻垣内智葉に言われた後では、確かにエイスリンの打ち筋が露骨に見えなくもない。

 しかし、それはあくまでも知っている前提での話だ。その前提を知らなければ、先ほどのメガン・ダヴァンのように打ち筋が変わったと表面的で捉えても仕方ないだろう。というか、それが普通である。が、辻垣内智葉はそれに惑わされず見抜いた。今起こっている事実を確認した上で、吟味して答えに辿り着いたのだ。その慎重かつ正確な思考に天晴れと思っていたメガン・ダヴァンだったが、それと同時に小瀬川白望に対して底知れぬ恐怖を覚えていた。

 

 

(シロサンも……サトハが気付いていたから良かったですケド、そうじゃなきゃ気付かないですヨ……)

 

 

 何という恐ろしいことをしているのだ。そう考えたメガン・ダヴァンは若干身震いする。一度騙されかけていた彼女だからこそ、その恐ろしさを十分に理解できる。普通、常人だったら気付くわけもない。傍観者から見ても騙されたのだ。今エイスリンの相手をしている当事者達が気づくのはもっと至難の業である事には間違いないだろう。

 

 

「まあ……準決勝が見ものだな。まさか同じ手を使っては来るまい」

 

「そうですネ……」

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

南四局一本場 親:姫松 ドラ{東}

永水  83200

清澄 120600

宮守 101200

姫松  95000

 

 

「……ツモ、1000-2000の一本場じゃ」

 

 

清澄:和了形

{六七八①①⑥⑦⑦⑧⑧⑨68}

ツモ{7}

 

 

 前半戦のオーラス、南四局の一本場では清澄の染谷まこが三十符三飜をツモ和了って前半戦に終止符を打った。そうして前半戦が終了し、対局室内が光で満たされる。すると終わったやいなやエイスリンがすっと立ち上がると、何も言葉を発する事なく部屋を出て行った。この前半戦で、一回しか和了れなかったことに対して彼女は何も思うところは無いのかと疑問に思っていた染谷まこではあったが、(……正直、皆ガツガツ来なくて穏やかだったから助かったわい……)と安堵する。

 もちろん、小瀬川白望の読み通りこの時既に染谷まこはエイスリンの牌効率重視の打ち筋を再リサーチし終わっており、染谷まこは(……どうやら、和みたいなデジタルよりに変えてきたようじゃの……)と心の中で呟く。実はそれはエイスリンの幻影であり、染谷まこは既に策にはまっているとも知らずに、彼女はホッと一安心していた。

 

 

(あの留学生の子、聞いていた話とは違って、やけに大人しかったですね……)

 

 

(なんか不気味なくらい静かだったのよー……)

 

 

 一方の狩宿巴と真瀬由子も、秘策として打ち筋を変えてきたかに見えたのにも関わらず、エイスリンがいやに静かだった事に対して少なからず疑惑を抱きつつあるが、二人の思考は『エイスリンが何故静かだったのか』という所しか見えておらず、既に『エイスリンが打ち筋を変えた』という前提が構築されてしまっていた。小瀬川白望の狙いはあくまでも染谷まこ一人であったが、物の見事に全員を欺いてみせた。

 

 

「シロ、イワレタトオリニ、シタ!」

 

 

 そして控室に戻ってきたエイスリンが開口一番にそう告げると、小瀬川白望は「お疲れ……ご苦労様」とまず労いの言葉をかける。そうして暫くした後、エイスリンに向かって「じゃあ……後半戦は思い切りやってきていいよ」と言う。エイスリンは「リョーカイ!」と敬礼のポーズを取ると、声高らかにそう言った。

 

 

「でもシロ、そうしたら染谷さんに直ぐに気付かれちゃうんじゃない?」

 

 

 そんな小瀬川白望とエイスリンの間に割って入るように鹿倉胡桃が疑問に思った事を伝えると、小瀬川白望はそれも織り込み済みだと言わんばかりに「大丈夫だよ、それに関しては」と即答した。

 

 

「まず、エイスリンの『理想』には決まったリズムが存在する。……リズムっていうか波長っていうか……とにかく、そういったものがある。それはエイスリンのメンタルにも左右されるけど、まあそれは大丈夫として……さっき言った通り『理外の理』や『セオリー外』からの攻撃によってそのリズムが少しでも狂えばエイスリンの能力はてんでダメになる……だけど、逆にリズムさえ狂わなければどうってことは無い……」

 

 

「染谷さんは対局前まで、そのリズムを妨害できるように照準を合わせていた……だからそれを狂わせた。幻影を追わせることによって……そして狂った照準はそう容易く元には戻らない……戻ったように見えても、正確にエイスリンのリズムを狂わせる事はできない……それほど照準というものは緻密で、繊細なもの……元に戻そうとして元に戻るものじゃない……特に、リサーチに重きを置いてる人ほど、その傾向がある……ちょうど、染谷さんみたいに……」

 

 

 小瀬川白望は淡々と説明する。味方だからこそこうして驚きだけで済んでいるが、これがいざ敵だったら、本気で潰しに来る相手であったらどうだろうか。恐怖、いや、もはや言葉で表すことができない。今の説明を聞いていた者全員が頼もしさを感じる反面、恐ろしさ、恐怖を感じ、相手に対する同情さえ抱いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第405話 二回戦B編 ⑭ 戦意喪失

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:清澄 ドラ{2}

清澄 124900

永水  82100

姫松  92900

宮守 100100

 

 

 

 

「……しっかし、ホンマなのか?さっきのは」

 

 

 二回戦Bブロック第一試合、次鋒戦の後半戦が始まった。姫松の控え室では、末原恭子が前半戦と後半戦のインターバルで愛宕洋榎が真瀬由子に話していた事について本当なのかどうか尋ねていた。それを聞いた愛宕洋榎が「ん?そりゃあ……なんでウソを言わなあかんねん」とさも当たり前のことのように返す。

 

 

「いや……にしても、信じられへんよ。『前半戦での留学生の打ってた麻雀は忘れろ』って言われても……」

 

 

「……まあ、ウチも前半戦が終わる直前まで悩んでたけどな。でも確実や。確実に前半戦のあの留学生の麻雀はワナやな。ハメにきとるわ」

 

 

 愛宕洋榎はそう言うが、未だにその言葉に納得できていない愛宕絹恵が「そう言うてもなお姉ちゃん……理由はあるんか?」と問うが、そう聞かれた愛宕洋榎は「そんなんあらへん。勘や、勘」と答えた。その答えを聞いた皆は呆れ顔で「はあ!?」と言うが、愛宕洋榎は「なんや、ウチの勘が信じれへんのか?」と逆に質問する。

 

 

「いや、そう言うてもですね……」

 

 

「というか、そんな一々根拠を待ってたら置いてかれるで?相手はあの留学生なのは間違いないけど、視点を変えれば実質シロちゃんみたいなもんなんや。シロちゃん相手にそんな証拠やら根拠、理由を待っとったら確実に勝てへん。そんななら、まだ直感に身を任せた方がマシや。それに、今回のは確実に当たっとる。せやから安心しいや」

 

 

 そう愛宕洋榎が熱弁していると、モニターに映る対局室では早速勝負が動きはじめた。エイスリンがリーチを宣言して牌を曲げるのを見た末原恭子は「ほ、ホンマや……戻っとる……!変わってなかったんや……やっぱり……!」と、エイスリンの手牌と捨て牌を見ながら驚きの声を上げる。他のメンバーも、驚いたような表情でモニターを見つめ、その後愛宕洋榎の方に視線を向けた。

 見事に直感が的中した愛宕洋榎は少し誇らしそうな顔で「な?言った通りやろ?」と言う。愛宕洋榎の麻雀以外の面を日常的に見てきた姫松メンバーは心のどこかで若干忘れかけていたが、愛宕洋榎もまた侮る事のできない正真正銘のバケモノなのだということを再認識させられた瞬間であった。

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:清澄 ドラ{2}

清澄 124900

永水  82100

姫松  92900

宮守 100100

 

 

 

宮守:和了形

{二二二三四五六七八赤⑤⑥⑦7}

ツモ{7}

 

 

「ツモ!1000-2000デス!」

 

 

 

(は……!?)

 

 

 同じく対局室でも驚きの表情を浮かべている者がいた。それは言うまでもなく染谷まこの事であり、染谷まこはエイスリンの和了形と捨て牌を照らし合わせると、ようやく事態を理解できた。前半までエイスリンは完全に牌効率を、いわばデジタルに徹した打ち方を続けてきた。当然、染谷まこはそれに照準を修正したのだが、なんと言うことだろうか。今和了った形は牌効率でもなんでもない。デジタルのデの字も無いような一直線な和了。牌効率を無視した、最高速度で駆け抜けていったのだ。

 その衝撃の事実に気づいた染谷まこは当然、困惑する。なぜ、牌効率を無視しているのだ、前半戦までの打ち筋は一体なんだったのか、もはや困惑を通り越して混乱していた。一体何をどうすればいいのか、頭が正常に働かない。真っ白なまま染谷まこは点棒を払い、東二局となるが、今の彼女は若干戦意を喪失していた。今まで自分が収集してきたデータを積み重ねて自分という雀士を構成している彼女にとって、この裏切りは果てしないものであった。

 まさか、自分は今までトリックにはめられていたのか。……そう気がつくことができれば、いや、一瞬でも頭の中に思い浮かぶことができればまだ楽だったのかもしれない。だが、彼女の思考はそこに行き着く前に墜落してしまった。どうすればいいのか、何をしたらいいのかグチャグチャになってしまい、挙げ句の果てには自分の手牌で何を切るかにすら悩む始末であった。

 

 

(これは……恐ろしい。もはや競技じゃないですね……言うなれば戦闘。本気で潰しにかかってきてますね……)

 

 

 正常に闘うことができなくなる程にまで追い込まれた染谷まこを見て、狩宿巴はゾッとする。エイスリンに対してでは無い。こんな恐ろしい事を企てたのが一体誰かなのは容易に想像がつく。やっていること自体はそんなに恐ろしいものではない。だが、それを一番ダメージが入る相手に、的確なタイミングで仕掛けること。これが一番恐ろしいのだ。凡人なら何気ない事でも、彼女の手にかかれば人を狂わせる武器へと変貌する。その事に対して驚きや感嘆を通り越して、底知れぬ恐怖を全面的に感じていた。それはそうだ。隣にいる人間が目の前で心を叩き折られている姿を見れば、誰でも恐ろしいと感じるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……始まった」

 

 

「始まった?」

 

 

 そしてその様子を見ていた小瀬川白望は笑みを浮かべながらそう呟く。臼沢塞は何が始まったのか小瀬川白望に尋ねると、小瀬川白望は「……ここからは、エイスリンの独壇場だよ」と返す。するとエイスリンは怒涛のような和了を繰り返し、遂に二万点ほどあった清澄との点差をゼロにし、一位を奪還した。結局、終わってみればエイスリンの一人浮きで、姉帯豊音の無念を晴らすことができたと言える内容だった。エイスリンは意気揚々と控室に戻ってくると「トヨネ!カタキ、トッテキタ!」と姉帯豊音に向かって言う。

 

 

「うんー……ありがとうー……で、でも……」

 

 

 姉帯豊音が何か言いたげにしていると、小瀬川白望は疑問そうに「……どうしたの?」と問う。

 

 

「染谷さんが……少し可哀想だったかなー……なんて」

 

 

「ああ……まあ……それはね」

 

 

 鹿倉胡桃がそう呟くと、臼沢塞と顔を合わせる。流石に戦意を喪失していた染谷まこを見ていて優しい姉帯豊音の心にくるものがあったのだろうか、ちょっと申し訳なさそうにする。が、小瀬川白望は「まあ……仕方ない。ああでもしないと相手は降りないから……」と付け加える。容赦のない小瀬川白望を見て自分に刻み込まれた小瀬川白望のトラウマを思い出したのか、姉帯豊音は少し背筋を凍らせていたが、そんなこと小瀬川白望には通じるわけもなく、中堅戦に出る鹿倉胡桃に対して「……相手はあの洋榎。小細工は通用しないと思うけど、頑張ってね」と告げていた。

 

 

 




次鋒戦はあまりというか殆ど描写がなく終わってしまったですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第406話 二回戦B編 ⑮ 木偶ではない

明けましておめでとうございます。
去年は後半に休載が多かったので、できるだけペースを保っていきたいと思っています(願望)


-------------------------------

視点:神の視点

次鋒戦終了時

清澄 110200

永水  79700

姫松  90300

宮守 119800

 

 

 

「……帰ったわい」

 

 

「染谷先輩……」

 

 

 次鋒戦が終わり、染谷まこが戻ってきた清澄の控え室の空気は重い。前々から一番注意を払っていたエイスリンに対してあそこまで暴虐の限りを尽くされた染谷まこだけでなく、その光景をモニターから観戦していた清澄メンバーも、画面越しからそれがどれほど残虐なのかを痛いほど感じ、まるで自分が地獄を見ているかのような錯覚を受けていた。

 宮永咲はおどおどしく染谷まこの名前を呼ぶが、当の本人には聞こえているのか、聞こえていないのか、虚ろな目で「あ、ああ……」とだけ返した。その生気の無い返事を聞いた宮永咲は絶句する。ここまで人が絶望し、こんな事になるなど、宮永咲は自身の生涯で一度も見たことがなかった。通常の人間ならそれが普通なのであろうが、今やそんな事も言っていられる状況では無い。現に今目の前の、しかも頼りある一個上の先輩がまさに絶望を叩きつけられているのだ。

 

 

(……怖い)

 

 

 そこまで考えて、宮永咲は腕を震わせる。次、ああなってしまうのは自分なのだろうか。そう思うと、足がすくんでしまってそれ以上は何も言葉が出なかった。絶望して傷心の染谷まこを励ますことも、これから戦場へ赴く竹井久に激励の言葉を言うことも、今の彼女の心理状態ではとてもできそうになかった。同じく原村和と片岡優希も、宮永咲ほどでは無いが、言葉を失って何も言えぬ状態であった。

 

 

「……行ってくるわね」

 

 

「ぶ、部長……大丈夫……ですよね?」

 

 

 控室を後にしようとする竹井久に須賀京太郎が心配そうにそう言葉をかけると、竹井久は皆の方を振り返って笑顔で「何言ってんのよ……大丈夫に決まってるわよ!」と笑顔で返す。須賀京太郎はその笑顔と声が痩せ我慢であり、本当は恐怖で逃げ出したいほどの精神状態であるということに気付いてはいたが、その事には何も触れずに、そのまま竹井久の事を送り出した。

 しかし痩せ我慢ながらも、竹井久の言葉によって須賀京太郎を含めた清澄メンバーは少なからず救われたようで、重苦しい空気だった控室も幾分かは活気が戻り、原村和が「そうですね……部長を信じましょう」と言い、極限にまで削がれていた士気を強引にあげようとしていた。

 

 

(はあ、はあ……思ったよりも……しんどいわね……)

 

 

 一方の竹井久はと言うと、控室のドアに背を向けながら深呼吸をしながら、心の平静を取り戻そうと自らの胸に手を当てる。つい先ほどまで恐怖という重圧に今にも押し潰されそうな心境であり、実際は今もそれが続いているのだが、時間はそれを待ってはくれない。それを承知しているために竹井久は強引に気を紛らわせ、どうにかして勝負のできる心構えにしようとする。

 

 

(……ダメね。皆の前ではあんな事言ったのに、言動がまるで一致してない……部長として情けないわ……)

 

 

 自分を情けなく思って若干遣る瀬無さを感じたが、自分の頬を手の平で叩いて再度気持ちをリセットする。こんな状態では闘えるものも闘えない。相手にはあの愛宕洋榎がいる。同年代に小瀬川白望やチャンピオンなどがいるから相対的に見られてしまうが、本来ならその時代を一人で一変させる事ができるほどの逸材、化け物なのだ。それを相手するのに、迷いは一切抱えてはならない。そういう化け物相手に迷いは死に直結し得る毒物なのだ。その事を彼女は六年前に肌で感じてきた。

 

 

(……よし)

 

 

 そうして決心がついた竹井久はゆっくりと足を動かす。もう何も迷わない。何も恐れない。彼女に気の迷いや焦りは一切見られなかった。前に愛宕洋榎が評していた『木偶』ではない、『挑戦者』として対局室へ向かって行った。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「そんじゃまあ、ちょいと行ってくるわ」

 

 

 その同時刻、愛宕洋榎はそう言って控室を後にしようと廊下に出て、そのまま対局室に向かおうとすると控室から飛び出すように出てきた末原恭子が「主将……いや、洋榎!」と叫ぶようにして名前を呼んだ。呼ばれた愛宕洋榎は振り返って返答する。

 

 

「なんや?恭子」

 

 

「……期待しとるで」

 

 

 末原恭子は何から言おうか色々迷った上で、結局絞る事ができずに、思いの丈を一言で纏めて伝えると、愛宕洋榎はニヤリと笑って右手を挙げて「……当然やろ」とだけ呟くと、再び歩き始めた。

 

 

 

 

 そして数十秒後、対局室の入り口の前までくると、なんの躊躇いも無く勢いよくドアを開けて入室する。そこには既に他の三人は揃っているようで、まず愛宕洋榎が目にしたのは手前側にいる鹿倉胡桃であった。

 

 

「おー……相変わらず変わってないなあ」

 

 

「その事に触れないで!私だって気にしてるんだから!」

 

 

 久々の再会に仲睦まじそうな会話をしようと試みたものの、鹿倉胡桃にキッパリと拒絶された上に怒られた愛宕洋榎は若干シュンとして「そ……そやったか。すまんな」と返し、(そこも含めて、変わってないんやなあ……)と心の中で若干嬉しく思いながら鹿倉胡桃から視点を外す。

 

 

(……お)

 

 

 次に彼女の目に入ったのは竹井久であった。彼女は以前、竹井久の事を『木偶』と評していたが、この時の彼女の評価はそれとは一変した。以前のような吹いたら倒れてしまうような軟弱な面構えではなく、はっきりとした勝利、勝負への意志を持った強靭な精神を見に纏っているのが、すぐに分かった。

 

 

(なんや……やろうと思えばできるやん、清澄……)

 

 

 心の中で賞賛する愛宕洋榎ではあったが、それは表には出さずにしまい込む。そして残った永水の滝見春に目を向けると、(……たしか、戒能プロとなんか関係があったんやったっけ)と、どこかで聞いた話を頭の中に思い浮かべる。聞くところによると、その戒能良子も小瀬川白望と何らかの接点を持ち合わせているらしいという。愛宕洋榎は(……狭いなあ)と心の中で呟くと、席決めを彼女主催で始めた。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……中堅ってことは、愛宕が出るのか」

 

 

「愛宕さんと何かあったんですか?」

 

 

 郝慧宇が意味ありげに呟く辻垣内智葉に向かってそう尋ねると、辻垣内智葉は「まあ、昨日……ちょっとな」と、昨夜自販機の前であった愛宕洋榎とのやりとりを思い出しながらそう呟く。が、辻垣内智葉はそれを言いたかったわけではない。

 

 

「それよりも、だ……この中堅、愛宕のお陰で面白いものが見れるかもしれないな」

 

 

「……ナゼです?」

 

 

 メガン・ダヴァンが質問すると、辻垣内智葉は「……この二回戦がトビで終わる可能性があるのがここなんだよ」と衝撃の発言をする。その言葉に臨海女子の一同がざわつくが、すぐに「まあ、流石のあいつでも八万点残ってる永水をトバすのは厳しいだろうがな」と付け加える。

 

 

「そんなに愛宕さんは強い方なのですか?」

 

 

「……相性云々を抜きにして、私と五分五分程度と言えば分かるか?」

 

 

「ナルホド……それは恐ろしいデスね……考えたくもナイ……」

 

 

 そう言って納得するメガン・ダヴァンだったが、辻垣内智葉に「他人事のように言うが、もし姫松が上がってきたら当たるのは私達だぞ?」と嗜める。それを聞いていた雀明華はモニターの向こう側を真剣な眼差しで見つめていたが、しばらくして辻垣内智葉に「……私達の敵ではあるのでしょうが……()()()()()()()()()?」と聞いた。

 

 

「安心しろ。面識はあるが、()()()()()()

 

 

「そうですか……私怨を動機にしたくはないのですが、そこだけは聞いておきたかったので」

 

 

(一体なんの会話でしょうか。そしてなんでその不十分な言葉で会話が成立してるんでしょうか……)

 

 

 二人の会話を聞きながら郝慧宇は疑問というか恐怖を感じていたが、隣のネリー・ヴィルサラーゼも何やら不穏な雰囲気でいるため、彼女の思いは口に出すことは無かった。




久々の3000文字です。というか執筆自体久々なのですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第407話 二回戦B編 ⑯ 保留

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:姫松 ドラ{②}

姫松  90300

永水  79700

宮守 119800

清澄 110200

 

 

 

 辻垣内智葉が『ここで決着がつく可能性がある』と言ったBブロック準決勝第一試合の中堅戦が始まり、東一局が親番となった、つまりは起家となった愛宕洋榎は指を折り曲げてパキパキと音を鳴らしながら、配牌を取って行く。そして揃った配牌に目を通しながら、心の中でポツリと呟いた。

 

 

(……まあまあ、って言ったところか)

 

 

姫松:配牌

{一三六九九②⑥⑦788西中中}

 

 

 役牌である{中}が対子となっているため、鳴いて和了に向かうこともできれば搭子の多さを活かして門前のまま進めることもできる。ドラである{②}が孤立しているのは気になるが、速さという観点からして見れば愛宕洋榎の『まあまあ(良い)』と言った感想が妥当だろう。

 

 

(宮守との点差がだいたい三万点か……)

 

 

 愛宕洋榎は{西}を一番最初に切り出しながら、頭の中で現在の点棒状況を確認する。数字だけ見れば三万点なのかもしれないが、相手には鹿倉胡桃と、『木偶』でなくなった竹井久がいる。そう考えれば実際の点棒よりも大きく見えるだろう。だが、それはあくまでも常人から見た場合の話だ。少なくとも、愛宕洋榎は大した点差ではないと感じている。

 その上、実際のところトップを走る宮守の鹿倉胡桃はこの姫松との三万点差は決して大きいと感じているというわけではなく、むしろ小さい。小さすぎるといったのが正直なところであった。

 

 

(六年前の時しか見たことないけど……あの時点でとんでもなかったのに、絶対あの頃よりとんでもなくなってる!)

 

 

 鹿倉胡桃は手に汗を握らせながら対面にいる愛宕洋榎の事を見る。最後の記憶が六年前に見たあの頃以来ではあったが、六年前の時点でも鹿倉胡桃の記憶には十分刻み込まれるほど、衝撃的だったのは間違いない。というか、六年前の決勝戦にいたメンバーは総じて常識という物差しでは到底測ることのできない化け物、というのが彼女の評価であるのだが。

 だからこそ、当然不安もある。小瀬川白望とまともに闘うことのできた愛宕洋榎と、自分では果たして勝負になるのだろうか。という不安が。

 

 

 

 鹿倉胡桃が危険視している一方で、当の愛宕洋榎は着々と聴牌へと手を進めていた。彼女のそのスピードはこの卓にいる四人の中で群を抜いて速く、追いつくとか、追いつかないとかそういうレベルの話ではなかった。その証拠に、気がつくと愛宕洋榎は既にゴールテープの手前まで歩を進めていた。この時未だ五巡目の話である。

 

 

(おー……幸先ええな)

 

 

姫松:五巡目

{一二三九九②④7888中中}

ツモ{③}

 

 

 愛宕洋榎はツモってきた牌を{②④}の搭子の間に入れ、面子を構成させると今度は{7}を手に取ろうとし、ピタッと手が止まる。その不自然な動作に彼女以外の三人が気付くが、彼女側からはそれに気が付いておらず、心の中でこの手はリーチでいくか否かを思案していた。

 

 

(……ま、景気良く行っとくか)

 

 

 色々考慮した末、愛宕洋榎はリー棒を取り出そうとする。その動作に三人は動揺を隠せず、驚きの目で見つめていたが、彼女はそんなこと御構い無し、気にも留めないといった感じでリー棒を置くと、「出鼻挫きリーチ!」と声を掛けて牌を横に曲げた。

 

 

 

(はやい……対応ができない……)

 

 

 永水の滝見春は愛宕洋榎の異常な速さに対応が追いつかず、困り顔になりながらも安牌の{⑦}を切る。最下位の永水としては早く点棒を取りかしたいところではある。とはいえ、ただでさえ格上の相手に、しかも五巡目の親リーに対して不利な状況下での勝負は選択できなかった。期待できる手でもないのでここはオリが賢明な判断だったのだが、竹井久と鹿倉胡桃にとってはそうはいかなかった。

 

 

(分かってはいたけど、それにしても五巡目……キッツイわね)

 

 

清澄:五巡目

{四五八②③⑥⑨11赤5東東中}

ツモ{中}

 

 

 同巡、竹井久は{中}をツモって一歩前進する。が、とは言っても未だ三向聴。それに比べて愛宕洋榎はもう既に張っているのだ。普通ならば永水と同じくオリを選択するのが賢い選択なのだろう。が、永水とは状況が違うのだ。

 永水は追う側であるから無理はせずとも時期を見計らうことができる。が、追われる側の竹井久にとっては違う。ただでさえ相手は数段上手のバケモノである。そんな相手に易々と先手を与えることは許されない。これで連荘などということになれば、それこそ先の次鋒戦、或いはそれ以上の独壇場となりかねない。故にここで断ち切りたいのだが、いかんせん手が芳しくないのもまた事実。ここで勝負を仕掛けるのは些か無謀と言えるだろう。

 そういったジレンマに悩まされる竹井久であったが、仕方なく決断を下し、愛宕洋榎の捨て牌の方をチラと見ながら、今対子となった{中}に手をかけた。

 

 

姫松:捨て牌

{西六⑦⑧横7}

 

 

 

(……ここは一旦様子見。安牌無いし……まさかダブ東の{東}は切れないし……これが最善だわ……)

 

 

 いや、正確に言えば竹井久の下したそれは決断とは似て非なるものであった。

 確かに、彼女の下したものは一見理にかなっていると思われる。というか、彼女は実際そう思っている。だが、それは少し違う。彼女の様子見はいわば、保留。決断を迫られたのにも関わらず答えを先送りにする保留と言っても過言では無かった。安牌が無いこの状況ではあるが、オリでもなければ攻めでも無いどっちつかずな一打。{中}の対子落としにでた。これならばオリにも行けるし攻めにも行ける。まさに暁光への道。一石二鳥の一打。そう思って放った一打であったが、そんな幻想から覚まさせるかのように愛宕洋榎は手牌を倒した。

 

 

姫松:和了形

{一二三九九②③④888中中}

清澄

打{中}

 

 

「悪いな……リーチ一発中ドラ一。12000や」

 

 

(そんなっ……!?)

 

 

「木偶じゃなくなったようやけど、それじゃまだまだ甘いわ……ウチの親を蹴ろうと思ってんのなら、死ぬ気で来た方がええで……?」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第408話 二回戦B編 ⑰ 間一髪

-------------------------------

視点:神の視点

東一局一本場 親:姫松 ドラ{白}

姫松 102300

永水  79700

宮守 119800

清澄  98200

 

 

 

 東一局、挨拶だと言わんばかりに満貫を和了った愛宕洋榎の親は続き、連荘、東一局一本場となる。一つの判断ミスによって手痛い失点をしてしまった竹井久は手でスカートをギュッと握りしめながら、深く深呼吸をする。そう、通用しないのだ。目の前の相手は、愛宕洋榎は言わずもがな常識の通用しない相手である。竹井久の答えを先送りにしようなどという如何にも凡庸、凡人の考えそうな発想では太刀打ちなどできるはずがなかったのだ。

 恐怖を打ち消すかの如く気を落ち着かせようとしている竹井久ではあったが、内面焦りが芽生え始めているのも事実。先ほどの和了で姫松が清澄を抜かしてしまい、清澄は三位に転落してしまったのだ。未だ点差は4000程と、一度の和了で取り返すことのできる点差ではあるが、中堅戦開始時は二万点ほど姫松を離していた点差を一発でひっくり返されたことと、相手が愛宕洋榎という事を考えると心の負担は大きい。

 

 

清澄:配牌

{三七八九③④⑦⑧19東西西}

 

 

(チャンタ寄りにできればもちろんそれで良いんだけど……問題は愛宕さんよりも速く仕上げれるかね……)

 

 

 東一局一本場の竹井久の配牌は前局に比べれば幾分かはマシになっており、チャンタに手を寄せていく事が出来ればそれなりに良い手に仕上がりそうではあるが、今重要なのはスピードである。どんなに高い攻撃力を持ったとしても、相手より先に攻撃できなければ無力に等しい。故にこの状況では竹井久は自身の得意とする『悪待ち』に拘らずに、とにかく和了りに向かいに行った。

 

 

 

(これ以上親番を続けられたらどうしようもない……潰す……!)

 

 

 同じく鹿倉胡桃もまた、愛宕洋榎の連荘を危険視していた。彼女の親をどうにかしてでも蹴らなければ、ジリ貧どころか一方的に毟られるだけである。しかし、あまり鹿倉胡桃の配牌が良いとは言えない。そこで、鹿倉胡桃はチラリと永水の滝見春の方に視線を向けて意思疎通を試みる。すると滝見春が鹿倉胡桃の視線に気がついたようで、コクリと頷いて返答した。

 

 

 

(……良いよ。互いにこのままの状況は良くないし)

 

 

 

(そうこなくちゃ……姫松を潰したいのはそっちも同じだしね)

 

 

 そうして鹿倉胡桃は攻めから永水を和了らせるための戦略にシフトし、鳴けそうな牌を次々と切り出す。そしてそれに応えるように滝見春が鳴きを入れる。まだ序盤ではあるが、この時点でもう二副露と、即興の結託ではあったが中々上手く機能している。

 その光景を見ていた愛宕洋榎は心の中で(……ほーん。取り返しの付かなくなる前に早めに潰しておくってわけやな)と二人が繋がっている事に気付きながらも、(ま、そっちが何しようとウチは和了るだけや。駆けっこといこうやないか)とむしろ受けてたとうといった感じで気にも留めていない様子であった。何故なら、もう既に愛宕洋榎は張っていたからである。

 

 

 

「いくで……二連続リーチや!」

 

 

姫松:捨て牌

{中一東7横⑤}

 

 

 

 しかし、鹿倉胡桃と滝見春の二人掛かりでも先手を取ったのは愛宕洋榎で、今度は七巡目(鳴きで二度ツモを飛ばされて実質五巡目)にリーチをかけてくる。驚異のスピードに打ち拉がれそうになる鹿倉胡桃であったが、どうやらギリギリ間に合ったようで、滝見春が同巡のツモによって聴牌することができた。

 

 

(間に合った……後は、任せた……)

 

 

永水:七巡目

{裏裏裏裏裏裏裏} {⑧⑧横⑧} {南南横南}

 

 

 これで滝見春のできることは無くなった。後は鹿倉胡桃がこれに差し込むだけなのだが、任された側の鹿倉胡桃は責任重大である。いくらある程度予測できるとは言っても、このチャンスを逃せば恐らく愛宕洋榎が一発でツモって終わりであろう。そのワンチャンスが、鹿倉胡桃を追い詰める。失敗は許されない。が、何が正解なのか確信がないというのも事実だ。もしかしたら今の自分の手牌では差し込むことができないのではないか。そういった雑念が一瞬頭の中をよぎるが、負のスパイラルに陥ってはいけないと、鹿倉胡桃は意を決したようで、思い切って{①}を叩きつける。が、その瞬間愛宕洋榎が手牌を倒そうと両手を手牌にそえた。鹿倉胡桃はその動作を見るよりも前に、河に置いた瞬間に感じた雰囲気で悟る。

 

 

(あ……これ、ヤバい……!?)

 

 

 一瞬、走馬灯のようなものが鹿倉胡桃の眼前に展開されたが、それは思いもよらぬ事によって掻き消される。それは、愛宕洋榎ではない。思いもよらぬ人物、竹井久であった。

 

 

「ロン……!頭ハネよ……!」

 

 

清澄:和了形

{七八九①⑦⑧⑨123西西西}

宮守

打{①}

 

 

「……2600の一本場!」

 

 

(あ、危ない……!助かった……清澄!)

 

 

 愛宕洋榎に当たっていたと思われた{①}はどうやら竹井久にも当たっていたようで、間一髪のところで愛宕洋榎の和了を阻止できた。鹿倉胡桃は脱力して清澄に感謝しながら点棒を渡す。今のは和了った竹井久もヒヤッとしていたそうで、鹿倉胡桃は竹井久が手を湿らせていたのが点棒を渡す時に気付いた。

 一方で、竹井久の和了が無ければ和了れていたはずの愛宕洋榎は悔しさを募らせるよりも優先して、しばらく竹井久の捨て牌を凝視していた。

 

 

(清澄の……宮守と永水とは組んでいなかったはずや……ちゅうことは今の和了は偶然か?いや、ちゃうな……偶然やあらへん。清澄、これを狙っとったな……ウチのにも当たっとるとは思っとらんかったようやけど……)

 

 

 直前に河に置かれた捨て牌の{③}を見て、竹井久が今の和了は故意で行ったものであると判断した愛宕洋榎は、感心して竹井久の事を賞賛する。てっきり先ほどの直撃で萎縮していたと読んでいた愛宕洋榎からは、竹井久は死角だったようで、今の和了に少しほど驚いていた。

 

 

(今のは読めへんかったなあ……クソっ、やるやんけ清澄!)

 

 

 が、完敗だったと確信しても尚やはり悔しさよりも楽しさの方が優っているようで、愛宕洋榎は笑顔を浮かべながら竹井久の方を見る。やはりこうでないと面白くないと言わんばかりに。そして一方の和了った竹井久は一安心といったところで胸を撫で下ろすと、鹿倉胡桃に視線を向けて心の中でこう呟いた。

 

 

(危なかった……ギリギリ、ってところね。感謝しなさいよ、宮守)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第409話 二回戦B編 ⑱ 立ち回り

あまり話が進まないですね……


-------------------------------

視点:神の視点

南三局 親:宮守 ドラ{八}

姫松 119800

永水  74200

宮守 110600

清澄  95400

 

 

 

「……意外と、上手く立ち回れてるね」

 

 

 宮守女子の控室で二回戦一番の鬼門としている中堅戦の様子を眺めていた小瀬川白望は厳格そうな表情でそう呟く。しかし、それを聞いた姉帯豊音が「でも、二位になっちゃったよー?」と少し心配そうな表情を浮かべて言う。確かに、次鋒戦でのエイスリンの奮闘によって姫松とは三万点近く離すことができた点差を、半荘一回分も経たずに詰められたどころか、逆に一万点弱離されることとなってしまったのだ。

 もちろん、小瀬川白望もこの事に対する危機感は当然ありはするのだが、それよりもまだこれほどで済んでいるのかということの方が大きかった。恐らく、然程愛宕洋榎の独壇場とならなかったのは鹿倉胡桃が永水の滝見春や清澄の竹井久といざという時は協力体制を構築しているからであろう。その連携も上手く機能しているが故のこの結果であろう。流石の愛宕洋榎と雖も、三対一ではなかなか思うように暴れまわることはできないようだ。というより、こんな不利な状況でもこの結果を叩き出せる愛宕洋榎をむしろ褒めるべきといったところか。

 

 

「でも、後半戦もあると考えると結構点が離れるかもなあ……それでも大丈夫?塞」

 

 

 振り向いて小瀬川白望は後方に立っている臼沢塞に向かって問いかけると、臼沢塞は熊倉トシから授かったモノクルを手に取りながら「……大丈夫よ。永水の四喜和は私が塞いで見せるわ」と返す。小瀬川白望はそれを聞くと、ふっと笑って「頼もしいね……」と言う。

 

 

「でも、塞ぐアレは気を付けて……塞、豊音を止めようとして何回か危なくなったことあったでしょ……」

 

 

 小瀬川白望がそう言って注意を促す。ただでさえ姉帯豊音の能力は強力すぎるが故に臼沢塞に甚大な負担がかかっていたが、臼沢塞の相手となる永水の薄墨初美の『裏鬼門』は力の強さで言えば姉帯豊音の『六曜』よりも大きいと予想される。いくら『裏鬼門』は二半荘の中で四回程しか使えないとはいえ、それ全てを臼沢塞が塞ごうとすれば彼女にかかる負担は大きくなるだろう。最悪の場合、力を消耗しすぎて倒れてしまう可能性も無いとは言い切れない。それを懸念して小瀬川白望はそう言ったのだが、臼沢塞は深く一息ついてこう返した。

 

 

「……シロに心配されちゃお終いよ」

 

 

「どういう意味……」

 

 

「……六年前、どれだけ私達に心配かけたと思ってるのよ」

 

 

 そう言われた小瀬川白望は六年前の事を頭の中で思い返す。確かに、六年前に小瀬川白望は無理しすぎたが故に一度生死の境目を彷徨った事があった。その事を出された小瀬川白望は少し声がつまるが、臼沢塞はふふっと笑みを浮かべて「まあ、私に任せときなって」と小瀬川白望の肩をポンと叩く。すると対局室では、親の鹿倉胡桃が1600オールをツモ和了った。

 

 

 

『ツモ、1600オール!』

 

 

「ほら、胡桃も頑張ってるし、ね?」

 

 

「……それなら、いいけど」

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……はるる、結構しんどそうですねー」

 

 

「相手が相手だもの……仕方ないわよ」

 

 

 石戸霞が滝見春の事を見ながら薄墨初美に向かって言う。あの中で滝見春は唯一の一年生であり、しかも他の三人は全員三年生と、年齢という観点だけでも格差があるのにも関わらず相手が鹿倉胡桃、竹井久、愛宕洋榎と、かなりの実力者が揃っているのだ。むしろ、それでもこの失点で留めている事が奇跡に近いのだが。

 

 

「すみません……やはり私がもっと頑張っていれば……」

 

 

 それを聞いていた神代小蒔が申し訳なさそうに呟くと、「小蒔ちゃんはよく頑張ったわよ」と言って石戸霞が慰める。が、それでも尚神代小蒔が「いえ……でもそれは私個人の力ではないので……」と言う。

 

「気にしなくても大丈夫よ。私だって、自分の力だけでシロに勝てるとは思ってないから」

 

 

 石戸霞がそう言うと、鷲巣巌が『……ワシから言わせてみれば、その若さして神を従える事ができる貴様らの血統、素質は十分羨ましがられるものだと思うがな』と言った。

 

 

「貴方が人を褒めるなんて、珍しいわね」

 

 

『フン……凡人から見れば、の話じゃ。図に乗るなよガキが』

 

 

「あらあら……やっぱり手厳しいのね……」

 

 

『そもそも……ワシが貴様に力を貸すのは、あの生意気で忌々しい小娘を叩き潰すためだからであって、決して貴様らの為などという事では毛頭無い……!それを分かっとるんだろうな……?』

 

 

「ふふふ……分かってるわよ」

 

 

 石戸霞が微笑しながら鷲巣巌に向かって言うと、鷲巣巌はチッと舌打ちをして『……食えん奴め』と呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第410話 二回戦B編 ⑲ 指摘

-------------------------------

視点:神の視点

中堅戦前半戦終了時

姫松 126100

永水  68600

宮守 109200

清澄  96100

 

 

 

『前半戦を終え、トップを走っているのは姫松高校。中堅の愛宕洋榎選手が前半戦だけで+35800という好成績を残して首位に返り咲いています』

 

 

 中堅戦の前半戦が終了し、実況の佐藤裕子アナウンサーはマイクを前にして冷静な声色で淡々と実況を進める。隣にいる解説の戒能良子は『バット……他の三人もグッドな立ち回りができてますね』と付け加える。

 

 

『……というと?』

 

 

『かなりポイントで見れば愛宕選手がゲットしていますが……要所要所では他の三人はベリーグッドな働きをしていました。最初の東一局一本場が最たる例でしょうか』

 

 

『成る程……』

 

 

『よって、必ずしも愛宕選手の独壇場……という事ではナッシングです』

 

 

 戒能良子がそう言うと、佐藤裕子は『つまり……後半戦、縺れることもあるという事ですか?』と疑心を抱きつつ質問する。戒能良子は『フム……』と考えているような素振りを見せると、しばらくしてこう答えた。

 

 

『それは、かなり厳しいですね。愛宕選手の事をセーブしているだけであって、凌駕していることではないので……』

 

 

『そうですか……』

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ごめん!姫松にかなり離されちゃった!」

 

 

 鹿倉胡桃が控え室に戻って開口一番にそう謝罪する。それを聞いていた姉帯豊音が「あまり調子良くなかったよねー……全然注意できてなかったし」と言うと、鹿倉胡桃は「注意?」と首を傾げて聞き返す。

 

 

「ウン、キヨスミノアレトカ!」

 

 

「あ、あー……あれね……あまりの事で注意しそこなったよ……」

 

 

 エイスリンの言う『キヨスミノアレ』とは、竹井久がツモ和了った時にコイントスのようにツモ牌を上方向に弾き、それを叩き落として急降下させる、通常考えればマナー違反も甚だしいプレイングの事であった。その事を言われてようやく思い出しながら、マナーには人一倍厳しく敏感な鹿倉胡桃がそう呟く。彼女の好調のバロメーターとも言えるマナー注意が出なかった事を考えると、彼女は相当調子が悪かったのだろう。

 

 

「……でも、洋榎の抑え方はあれで良かった。それでも結構削られたけど、基本的にあれで大丈夫……」

 

 

 しかし、小瀬川白望は愛宕洋榎に対しての対応は良かったと評価すると、「まあ、注意が無いと胡桃っぽくないし、遠慮せずにやっても良いと思うよ」と鹿倉胡桃に向かって告げる。

 小瀬川白望は過去に何度も鹿倉胡桃に麻雀以外にも……というよりほぼ麻雀以外の私生活に対して指摘を受けてきているため、やはり彼女の鋭い指摘が出てこなかったのに違和感を感じているのだろう。それを聞いた鹿倉胡桃は「うん、分かったよ!」と頷いた。

 

 

「まあ……仮に胡桃が沢山削られても、塞と私でなんとかするから、気を張らずに頑張ってね」

 

 

「縁起でもない事言わないそこ!」

 

 

 小瀬川白望にそうビシッと指摘した鹿倉胡桃は、再び対局室に向かって控え室を後にした。そうして鹿倉胡桃が出て行った後、小瀬川白望はふふっと笑みを浮かべて「……どうやら、大丈夫そうだね。胡桃」と言うと、臼沢塞は「そうだね……って、もしかしてさっきのもわざと言ったの?」と問うと、小瀬川白望は「さあ……どうだろう……」と誤魔化すようにそう返した。

 

 

「全く、監督の私が出る幕がないね……嬉しいのやら悲しいのやら、微妙な気持ちだよ」

 

 

「まあ、特に塞や胡桃とは古い付き合いですから……」

 

 

-------------------------------

 

 

 

「どうや?前半戦だけで+30000やで?ウチ、超頑張ったで?」

 

 

 同じく控え室に戻ってきた愛宕洋榎は戻ってくるなりそう自画自賛するように言うと、末原恭子が「お疲れです、主将」と言って出迎える。

 

 

「ホンマに凄いですね……先輩」

 

 

「せやろ?凄いやろ?」

 

 

 上重漫が感嘆の声を上げると、愛宕洋榎は賞賛の言葉に気分を非常に良くする。すると真瀬由子が「でも、洋榎的には結構自由にできてなかったんやないー?」と聞くと、愛宕洋榎は振り向いて「そう!そうやねん……!点数だけで見れば超良いんやけど、内容がそうでもないねん……」と言う。

 

 

「でも、実質三対一みたいなもんやし、仕方ないんちゃう?」

 

 

「違うねん……絹。三人相手だから仕方ないんやないんよ。相手人数に関係無く自分の思う麻雀でキッチリ闘えんと、ホンマもんのエースにはなれん。例えどれだけ点棒を稼いでも、や」

 

 

 愛宕洋榎が妹の愛宕絹恵に向かって自身のエース論を語っている時、末原恭子は溜息をつきながら(普通は、どんな内容であれ三対一であの成績を残せる事自体バケモンなんやけどな……)と心の中で呟きながら、「ま、足元すくわれんように頑張って下さい。いつも通りやれば100パーセント勝てるはずなんで」と愛宕洋榎の肩をポンと叩くと、愛宕洋榎はこう返した。

 

 

「せやな……ウチらしく、いつも通り打ってくるわ」

 

 

「……任せたで、洋榎」

 

 

「よし、任されたわ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第411話 二回戦B編 ⑳ 安い挑発

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:宮守 ドラ{中}

宮守 109200

清澄  96100

姫松 126100

永水  68600

 

 

 

「おお……もう集まっとるな」

 

 

 休憩時間が終わり、控え室から対局室に戻ってきた愛宕洋榎は既に到着していた三人を見ながらそう呟き、中央の卓に向かってゆっくりと歩いて行った。一番気をつけねばいけない強敵の出現に場の空気が自然と張り詰めていくが、その張りを弛ませるかのように「なんや……ちゃんと首は洗ってきたんやろうな?」と、挑発を交えて皆に向かって言う。

 

 

「前半戦のままじゃ、ウチは抜かせへんで」

 

 

(……っ、確かに、そうね)

 

 

 愛宕洋榎のわざとらしいとも言える安い挑発に竹井久が心の中で同意する。前半戦、いくら愛宕洋榎に自由にさせなかったと言っても、収支で見れば愛宕洋榎の圧倒的一位なのだ。当然、前半戦の戦略である三対一での協力体制を後半戦でも行えばそれほど点差は広がる。いくら要所要所を抑えることができても、やはり周りと手を取り合って妨害するという方法では自分の点が伸びない。そして何より愛宕洋榎を一人狙いするわけではなく、あくまで愛宕洋榎の和了を阻止する事ではないため、愛宕洋榎の点を削ることはできない。点差が開いて仕舞えばその協力体制はただの足枷でしかない。

 が、かといってその協力体制を解消すれば三対一という数的有利が無くなってしまう。三対一でこの結果になっているのに、一体一で挑んで話になるのだろうかという不安が竹井久の頭の中によぎる。

 

 

「ま……一体三でもなんでもウチはかまへんよ。どんな状況でも、ウチが全力で捻り潰すだけやからな!この愛宕洋榎を、止めれるもんなら止めてみいや!」

 

 

 声を張り上げて、意気揚々に自信をひけらかす愛宕洋榎であったが、彼女のわざとらしい挑発に我慢しきれなくなったのか、鹿倉胡桃が「もういいから!親決めもう終わってるから、早く座るよ!」とバッサリと切る。怒られた愛宕洋榎は少し怯みながら「お、おう……そか」と小声で呟く。

 

 

(絶対、負けない……!)

 

 

(……ほう。ちっこいのはようやく本調子になったみたいやな)

 

 

 しかし、愛宕洋榎は叱咤する鹿倉胡桃を見て調子が戻った事に気付くと、(……まーたシロちゃんか?まあ、それはそれで有難いからええんやけどな)と心の中で呟きながら、笑みを浮かべる。一方の竹井久も(……成る程、宮守も本領発揮、というわけね)と感じていた。

 

 

(それなら、私もいつも通りやらせて貰うわね……!)

 

 

 

(……蚊帳の外。まあ、良いんだけど……)

 

 

 

 そんな三年生三人を眺めながら滝見春はそう呟く。力量的にも雰囲気的にも蚊帳の外だと言わざるを得ない状況の彼女であったが、彼女もまた大将の石戸霞に負担をかけるわけにもいかないという思いを持って、中堅戦後半戦が始まった。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「ツモ!4000オール!」

 

 

 

 

 

宮守:和了形

{①②⑤⑥⑦中中} {⑥横⑥⑥} {南南横南}

ツモ{③}

 

 

 

 初っ端の東一局、本調子に戻った鹿倉胡桃は混一色ドラドラの親満貫を和了って一本場へと親を継続する。後半戦に入り、愛宕洋榎を止めるだけの三対一を撤廃して真っ向勝負を挑んだ鹿倉胡桃だったが、初局は鹿倉胡桃が制する。愛宕洋榎はその和了に身体をうずうずさせながら「ええやん……ええよええよ!」と思わず声に出してしまうと、やはり鹿倉胡桃は「いいから点棒渡す!」と指摘されてしまう。その返しに少し照れ臭そうに「はは、すまんな。つい……ようやく本当に楽しくなってきたからな……」と点棒を渡す。

 しかし、そう言われた側の鹿倉胡桃は彼女の言葉に若干距離を置き、心の中で(……気持ち悪い!)と一蹴した。

 

 

 

(……まあ、麻雀を楽しむのはええけど、これはインハイや。主将として、エースとしてやらなあかん事はやらんとなあ?)

 

 

 愛宕洋榎は鹿倉胡桃が賽子を回しているのを眺めながら、ゆっくりと目を閉じて自分を戒めるかのように心の中で問いかけると、一気に目を見開く。そう思うと、彼女の目には一段と凄みのある覇気が宿っていた。他の三人がその変化に気付くほど、顕著なものであった。とうとう彼女の最高潮が訪れたようだ。

 

 

(さあ……どっからでもかかってこいや……)

 

 

 

 

 

 

 

「ロン!7700の一本場や!」

 

 

姫松:和了形

{二三六六①②③④⑤⑥⑦⑧⑨}

宮守

打{一}

 

 

 一本場ではやられたものはやり返すと言わんばかりに愛宕洋榎が7700に一本場を加えた満貫相当の手を鹿倉胡桃に直撃させる。鹿倉胡桃はわざわざその手を黙聴にしてまで自分を狙っていたという事に気付くと、自分の十八番でしてやられたことに悔しさを募らせていた。

 

 

(狙われた……!わざわざダマにしてまで……!)

 

 

(悪いな……やられたらやり返さんと気が済まんからな……あんたもそういうタチやろ?)

 

 

(……絶対に潰す)

 

 

 鹿倉胡桃が点棒を渡しながら、愛宕洋榎の事をキッと睨み付けると、愛宕洋榎はそれに応えるようにニッと笑う。中堅戦の後半戦は、どうやら前半戦よりも激化した対局となりそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第412話 二回戦B編 ㉑ 認識

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:清澄 ドラ{⑤}

宮守 113200

清澄  92100

姫松 128100

永水  66600

 

 

 

(絶対潰す……)

 

 

 

(かかってこいや……)

 

 

 鹿倉胡桃と愛宕洋榎は互いに対面にいる互いを睨みつけるように、目線で火花を散らしながら牌を中央の穴へと入れる。そんな二人の啀み合いとも言えるやりとりを横から見ていた次局、東二局の親の竹井久は二人に押されて水を差すことができず、少し賽子を回すのを躊躇っていたが、鹿倉胡桃から視線を離した愛宕洋榎が竹井久に目で『早く回せ』と軽く促すと、竹井久はハッとしてすぐに賽子を回す。

 そして促されるがままに行動した、というよりさせられた竹井久は、カラカラと音を立てて回る赤と白の賽子を見つめながら心の中で呟き始める。

 

 

(って……何怖気付いてるのよ私……せっかくの親番なのに!)

 

 

 いくら今の……というよりインターハイ中の彼女の心理状態は極度のプレッシャーから不安定とはいっても、いくら何でもあっさり弱気になり過ぎである。これでは、せっかく見返した愛宕洋榎にまた『木偶』と評されてしまう。何よりこの東二局、残り二回のうち一回という貴重な親番なのだ。

 故に、もっと堂々とした、強気の姿勢で臨まなければならない。もっというなら、今火花を散らしている二人が思わず怯んでしまうくらいの勢いで立ち向かわなくては、あっさりと蹴られて次局に、という事になる可能性だってある。というか、十中八九なるであろう。

 

 

(やってやるわ……!)

 

 

清澄:配牌

{三六①②②赤⑤⑥⑥⑦⑨⑨7白白}

 

 

 そんな彼女の意志に呼応するかのように、彼女の配牌も『攻め』を意識した偏りとなっていた。一枚でドラ二つ分の効力を持つ魅惑の{赤⑤}を十分に活用することができる筒子の混一色が見えるこの配牌、今の竹井久にとっては理想的な陣容であった。

 

 

清澄

打{7}

 

 

(ん……清澄、お前もか)

 

 

 

 対局の始まりを告げる親の第一打。これを受けて愛宕洋榎は、竹井久の『やる気』を感じ取り、瞬時に判断する。竹井久は、本気で来るのだということを。そう判断した愛宕洋榎は竹井久の{7}打ちの意図をもう一度読み取りに行く。

 

 

(……染め手か。そんならドラが絡んどる筒子の方があり得るか?何しろ、早目に阻止せんと止まらんな)

 

 

 初手が一九字牌ではないことから察するに、タンピン系ではないという事は容易に想像できた。既に手が仕上がっているという事も考えられたが、そうだとしても中軸の{7}が切り出されるのは不自然だと考え、その線は除外。そうすると現実的なところで言えば染め手が怪しいという所に思考は進む。そしてそれを悟られてまで進もうとしているのは、高得点が期待できる余程の勝負手。そうなるとドラが絡みやすい筒子での染め手の可能性が高く、またその手も恐らくもって十巡には和了られるだろう。

 竹井久の第一打から自分がツモ牌を確認するまでの、ほんの一瞬でそう予測した愛宕洋榎であったが、(これがシロちゃんとかだったらもっと疑うんやけどな……見かけで判断する、そういうところも反省点やな)とそこまでの推理ができて尚自分に喝を入れる。

 

 

(問題はこれに宮守と永水が気づいとるかどうかやけど……)

 

 

 そうして愛宕洋榎が字牌の{西}を切ろうとして、鹿倉胡桃と滝見春に目を向ける。するとどうやら何方も愛宕洋榎ほどの推理はできてはいないが、竹井久に好調な風が吹いているという事には気づいているようで、(……宮守はともかく、永水も気づいとったか。流石戒能プロの従姉妹やな……)と心の中で呟きながら、{西}を叩きつける。

 

 

(ま、それに気づいてんのならそれで十分や)

 

 

 認識のズレが無いことを確認した愛宕洋榎は取り敢えず一安心して周りの様子を伺っていたが、このとき実は皆の認識は違っていた。愛宕洋榎が気付かなかったというよりかは、愛宕洋榎がズレていたために気付くことができなかったのである。

 当然ながら、愛宕洋榎にとって一番、今乗せてはいけないのは竹井久である。いくら清澄とは点差が離れたといっても、まだまだ逆転し得る可能性がある点差である事は否めない。その状況で今竹井久に好著の兆しが見えたのなら、あと親が一回しかない鹿倉胡桃よりも、要注意せねばいけない人物は竹井久となるのは至極当然の話である。

 が、他の三人……今の話で言えば鹿倉胡桃と滝見春の二人の認識はそうではない。今一番乗せてはいけない人物は、前も今も変わらず愛宕洋榎ただ一人である。ただでさえ前半戦、三対一という数的有利な状況でもあの成績を叩き出した化け物を、竹井久が好調であるからという理由で警戒しないわけがない。むしろ、愛宕洋榎が警戒するほどの好調ならば、三対一……というよりかは竹井久を持ち上げて愛宕洋榎にぶつけた方が早い。そう、彼女ら二人は竹井久を言葉を悪く言えば利用しようとさえ考えているのだ。

 

 

({東}は無いけど……これなら……)

 

 

永水

打{白}

 

 

(あっ、なっ、永水……アホ……!)

 

 

「ポン!」

 

 

 そうなれば、皆そのことを認識はしているものの、その捉え方にズレが生じてしまうのは当然の話である。滝見春が切った{白}を竹井久が鳴き、ただでさえ速く和了に向かえる事の出来る彼女に特急券が行き渡った。

 それを見ていた愛宕洋榎は(何でや……今危ないのが分かっとるなら、初手役牌はアカンやろ……染め手やっちゅうのに……)と疑問に思っていたが、次第に自分と周りの境遇の違いから、再び三対一のような状況が作られた事に気付く。先ほどまでの鹿倉胡桃との応酬からその結束を放棄して殴り合いに来たと思っていた愛宕洋榎であったが、どうやらそれに若干足をすくわれる形となってしまった。が、それに気付いた愛宕洋榎の判断は迅速であった。

 

 

(……結束とまではいかんでも、あくまでも共通認識としてウチは敵ってわけか。前半戦の三対一の時点でそう結論付けるべきやったな。一時的なもんやと読んでたウチのミスや)

 

 

(まあ、そんなら話が早くて助かるわ。そっちがそういう認識なら、ウチが全員叩き潰せばええってことやろ……?)

 

 

 

 そう意気込む愛宕洋榎であったが、同時に三人にそういう共通認識といてそう思われている事が嬉しかったようで、少し上機嫌であった。

 

 

(なんか……シロちゃんみたいな扱いでちょっと嬉しいな……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第413話 二回戦B編 ㉒ 毒薬

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:清澄 ドラ{⑤}

宮守 113200

清澄  92100

姫松 128100

永水  66600

 

 

清澄:二巡目

{六①②②赤⑤⑥⑥⑦⑨⑨} {白横白白}

 

 

 始まって間もないというのに、当事者たちのボルテージは最高潮に達していた東二局。竹井久は永水の滝見春から持ち上げられるようにして渡された{白}を刻子にできるという特急券を得て、スピードという観点からいえばリードしている状況だ。しかし、まだ安心できる局面ではないという事を戒めるかのように心の中で自分に向かって語りかけていた。

 

 

(っていうより……このメンツ相手に安心できる時なんて無いでしょうけどね……)

 

 

 そう、彼女のいう通りで、この卓で本当の意味で安心できる局面など存在するわけがないのだ。仮に安心した、と思ってもそれは安心と言っても、厳密には気の緩み、油断とほぼ同義であるのだ。故に、言ってしまえば安心は敵。自らを破滅させる劇薬なのだ。いや、劇薬ですらない。毒薬。ほんの少量でも致死量に達する毒薬と言っても差し支えないだろう。

 

 

清澄:四巡目

{六①②②赤⑤⑥⑥⑦⑨⑨} {白横白白}

ツモ{⑧}

 

 

 僅かでも気の緩みが生じないように注意を払いながら、通常では考えられないほど気を張り詰めていた竹井久を後押しするかのように、四巡目、手牌に進展が生じる。{⑧}をツモった竹井久の手牌はまだ聴牌までには至ってはいないものの、これで手牌全てが筒子で埋まる事となった。

 

 

(……喜ぶのはまだ早いわね)

 

 

 が、それを受けて彼女は冷静に判断して、手牌から{六}ではなく、筒子の{⑨}を切り飛ばした。

 

 

清澄:捨て牌

{7東三⑨}

 

 

 

({三}の次は{⑨}……もう張ったんか?いや、それとも……どうとも取れるな)

 

 

 

 愛宕洋榎はその行動に対して二つ以上の可能性を頭の中に思い浮かべていたが、観戦室では一部騒然としていた。実況の佐藤裕子も信じられないといった感じで『た、竹井選手。{六}を捨てずに{⑨}を捨てました……』とマイク越しに言う。が、隣にいた戒能良子はその意図が分かっているようで、『メイビィ(多分)……相手からの視線を筒子から遠ざけようというインテェント(意図)があったのでしょう。{三}を出した後で{六}を直ぐに先に出すor一旦待って後に出すか、一見些細な違いに見えますが、意外と変わったりするものですよ』と解説を加える。

 

 

『はあ……つまり、相手からの視線を筒子から遠ざけるという事は、既に相手は竹井選手が染め手である事を読んでいるということですか?』

 

 

『ええ。プロバブリィ(十中八九)そうでしょうね。それも、第一打の{7}打ちから。……まあ、{六}を残したリーズンはまだありそうですが』

 

 

 戒能良子が意味深そうに言っていると、次巡の五巡目で竹井久は{②}をツモってくると、またもや{六}を残して{⑥}を河に叩きつける。

 

 

清澄:捨て牌

{7東三⑨⑥}

 

 

 

(……成る程な、そういうことか。確かにそれをやられれば、ウチには何もすることができんわ)

 

 

 と、この時愛宕洋榎は竹井久の狙いに気付いたようで、竹井久の事を見ながら微笑する。が、それと同時にこの時中堅戦で初めて手に汗を握っている。

 

 

(偶然にしろそうで無いにしろ……そういう分布でこられると色を絞るのは不可能や。最初は索子、次は萬子……そして最後に筒子。そいつらを河に置けば決定的な判断材料が無くなり、絞る事は不可能になるってわけか……)

 

 

 愛宕洋榎は竹井久の策に感心しながら、山から牌を掴み取ってくる。今の竹井久のような、染め手であると推理された上で、捨て牌に三色全てあるという状況は非常に色が判断し難いのだ。これが十巡目で起こったとなれば当然迷う事なく照準を変える事はないのだが、今のようにまだ序盤も序盤の五巡目にそれが起こってしまえば話は変わってくる。つまり、筒子萬子まで絞られ、中でも筒子が怪しいと思われても、決定的な判断材料が無くなってしまったが故に索子までも候補に挙がってしまうのだった。下手に動けば危ないこの状況で、何の推理も無しに向かうのはいくらなんでも無謀過ぎる。そういった煙幕効果を期待して竹井久は仕掛けたのだが、どうやら作戦に効果……というほど顕著なものではなかったが、愛宕洋榎を立ち止まらせる事ができたようだ。

 が、その煙幕も直ぐに雲散霧消し、愛宕洋榎は(……まあ、そういう事を期待しとったんやろうけど。あいにくウチは止まれって言われたら止まりたくなくなるタチや……俗に言う、天邪鬼ってやつやな)と言って当初の推理を破棄せず、そのまま適用して手牌を進めていく。

 

 

(やっぱり、一巡も稼ぐ事はできなかったわね……)

 

 

 あっさりと煙幕を躱されてしまった竹井久だったが、彼女には未だ焦りは見られない。むしろ、愛宕洋榎がその煙幕を無視して……というより見破ってくるのは想定内と言わんばかりに落ち着いていた。それを見越して、彼女にはまだ残された策が存在しているのだ。あくまで{六}を残しての筒子連打による錯乱は表の顔。この{六}残しには、染め手であると思っている愛宕洋榎を迎え撃つための裏の顔が存在していたのだ。

 

 

(一か八かだけど……やるしかないわね……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第414話 二回戦B編 ㉓ 悪待ち

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:清澄 ドラ{⑤}

宮守 113200

清澄  92100

姫松 128100

永水  66600

 

 

清澄:五巡目

{六①②②②赤⑤⑥⑦⑧⑨} {白横白白}

 

 

清澄:捨て牌

{7東三⑨⑥}

 

 

 

 トップを突っ走る姫松の愛宕洋榎と、永水や宮守に持ち上げられた清澄の竹井久の一騎打ちという構図になった東二局。竹井久は愛宕洋榎に追いつかれる前に速度の利を生かしてどうにか和了に向かいたいわけだが、それで易々と和了らせるほど愛宕洋榎は甘いわけではない。

 だが、この時愛宕洋榎は竹井久の手を見抜き兼ねていた。確かに先ほどの{⑨⑥}打ちは明らかな煙幕であることには間違い無いのだが、その更に裏の可能性が彼女には見えていたのだ。

 

 

(……本筋は筒子の染め手、それは間違いない。……せやけど問題は()()()()()()()()()()()()()()()()手っちゅうパターンや)

 

 

 事実、愛宕洋榎のこの予想は核心に迫っており、竹井久はまさにそれを狙おうとしていた。下手な煙幕を打って、筒子の染め手と確信させた後に萬子の{六}で討ち取ろうという裏の裏戦法。目的は勿論愛宕洋榎から直撃を取る事。だが、それは殆ど出来ないだろうというのは嫌でも彼女は痛感させられている。だが、それでも尚やるしかない。可能性がゼロの筒子の混一色よりも、一か八かに賭ける方を選ぶ。それこそが自分らしい麻雀であり、竹井久の鬼気迫るものが感じられた。

 が、その思い切りが功を奏す事となる可能性も十分高いのが現状であり、今、風は間違いなく竹井久に向かって吹いている。故に、直撃が取れなくてもツモれる可能性が高いというわけだ。そして何より、セオリーを外れた{六}単騎待ちはまさに竹井久の十八番である悪待ち。彼女の意識しないところでも、好条件は揃っていたのだ。それに加えて、今の愛宕洋榎はとてもじゃないが竹井久に追いつくための闘う手牌ではない。柄にもなく、彼女はそうした不安を胸に抱く。

 

 

(くそっ、間に合わんかもなこれは……)

 

 

 するとそこまで考えて、愛宕洋榎は悔しさを滲ませながら少しほど強く右手を握りしめる。常人にとっては既に数万点稼いでトップを突っ走っている状況故に本当に小さな、瑣末な事に見えるのかもしれないが、彼女にとっては違う。小さくとも、瑣末であろうとも、敗北は敗北だ。それ以上もなければそれ以下もない。そしてその敗北こそが、彼女にとってはとても許すべからざる事なのだ。

 

 

 

 

(……流石に間に合わないとは思うけど。これで間に合ったら本当に手が付けられないよ……!)

 

 

 そして先ほどまで今の竹井久の立ち位置にいた鹿倉胡桃は、そんな二人を傍観しながら心の中で呟く。もちろん、今の状況で一番面白くない結果は愛宕洋榎が和了ること。そして次点で竹井久がツモ和了ることなのだ。親のツモ和了では自分と愛宕洋榎との点差は縮まらないため、できる事ならば直撃が好ましいのだが、そう言ってられないという事を鹿倉胡桃も重々承知していた。

 

 

 

(……聴牌、ね)

 

 

清澄:七巡目

{六①②②②赤⑤⑥⑦⑧⑨} {白横白白}

ツモ{⑦}

 

 

 そんな中、先手を取ったのはやはり竹井久であった。{⑦}をツモってこれで聴牌としたが、竹井久は迷う事なく{①}を打って単騎{六}待ちをとった。混一色も変速待ちも全て投げ捨て、{六}勝負にでた。

 

 

(やっぱり、この『悪待ち』じゃないと落ち着かないわね……)

 

 

(来たか……清澄の、『悪待ち』……!せやけど、そんなんには引っかからんわ!)

 

姫松

打{2}

 

 が、もちろん愛宕洋榎はそれに引っかかるわけもなく、あっさりと躱されてしまう。しかしながら、前述した通り、今風は竹井久に吹いている。仮令当初の目的が外れようとも、ある程度はリカバリーが効くのだ。ツモ和了するくらいならば。

 

 

 

(……{白}、ね。宮守には悪いけど……ここで決めるわ。今は愛宕さんが要注意なのは確実だけど……宮守とは大将戦までに一点でも点差を詰めておきたいからね)

 

 

 その証拠に、愛宕洋榎に早々に躱された直後の九巡目にて、愛宕洋榎は明刻となっている{白}の最後の一枚を引き当てる。竹井久はその{白}を倒して晒すと、加槓を宣言する。

 

 

「カンッ!」

 

 

清澄:八巡目

{六②②②赤⑤⑥⑦⑦⑧⑨} {白白横白白}

 

 

新ドラ表示牌{⑥}

 

 

 この竹井久が{白}を加槓する事によって生じた新ドラはなんと{⑦}。つまり、混一色を捨てたはずのこの手が、帳尻を合わせるがごとく混一色と同じ価値の二飜を得たのだ。

 そしてまだ終わりではない。まだお待ちかねの嶺上ツモが残っているのだ。絶好調の竹井久は嶺上牌から牌をツモると、それをゆっくり盲牌し、確信する。

 

 

(……二回目、行かせてもらうわよ)

 

 

 心の中でそう呟いた竹井久は、ツモってきた牌をコインを弾く要領で指で上方目掛けて牌を打ち上げる。その淀みのない動作に、鹿倉胡桃が遅れて「ちょ、ちょっと!またやる気!?」と、指で弾いた後に言う。しかし、竹井久には聞こえていなかったようで、竹井久は地球の重力によって引っ張られてくる牌を加速させるように思いっきり卓へ叩きつけた。もちろんその牌は、竹井久の待ち牌の{六}。

 

 

 

「ツモ……嶺上開花、白、ドラ4……6000オール!」

 

 

 竹井久はこれ以上ないくらい清々しく点数を申告し、ゆっくりと背凭れに寄りかかるが、先ほどの行動を遠慮がなくなった鹿倉胡桃が見過ごすわけもなく、竹井久を指差してこう言う。

 

 

「……ねえ。……ねえ!」

 

 

「は、はいっ!?」

 

 

「『はい?』じゃなくて!なんなのよ、さっきの!」

 

 

 鹿倉胡桃がそう言うと、竹井久はキョトンとした顔で「え……一回目は何も言ってなかったじゃない?」と弁解するが、鹿倉胡桃はそれをバッサリ切って「そういう問題じゃないから!とにかく、叩きつけないで!牌が可哀想!」と説教する。

 

 

「そ、そうね……分かったわ」

 

 

「全く……!」

 

 

 そういうやり取りをしていた竹井久と鹿倉胡桃を見ていた愛宕洋榎は、(楽しそうに麻雀しとんなこいつら……まあ、二人にとっては最初で最後のインハイ。楽しまんと損やしな)と心の中で言うと、今度は口に出してこう続けた。

 

 

「でも、勝敗はつけさせてもらうで!」

 

 

「な、何いきなり!?」

 

 

「いいから!ほら、次や次!次は止めたるで、清澄!」

 

 

「……ええ、こっちも全力で行くわよ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第415話 二回戦B編 ㉔ 黒糖

-------------------------------

視点:神の視点

中堅戦終了時

宮守 105800

清澄  96100

姫松 129700

永水  68400

 

 

 

(……終わったなあ)

 

 

 中堅戦が終わり、対局室が明るい光に照らされる。が、終わったというのにも関わらず、その場を立つものはいなかった。愛宕洋榎は心の中で物思いに耽りながら、ようやく自分がインターハイという晴れ舞台で闘っていたという実感が湧いていた。一回戦の時は自身がインハイで初めて役満を、それも一度小瀬川白望が自分の目の前で和了った清老頭を和了ることができたため、そっちの感動の方が強過ぎたため実感を感じる暇はなかったが、今回は終わった瞬間からその実感が湧いたのだった。

 これで愛宕洋榎もインターハイは三回目である。それ故にこういう実感をしたのも三回目ということになるのだが、回を重ねていくごとに鮮明に、濃密に感じていた。自分という存在が、大舞台も大舞台、インターハイという場所で、好敵手達と麻雀をしたということが、どこか途轍もなく凄い事に思え、先ほどまでどこか夢物語のような話が、終わった直後に一気に現実であったのだという感激によって打ち震えていた。

 

 

 

「……よしっ、ありがとうございました」

 

 

 

 そうしてどれくらい時間が経ったのかは確かではないが、多分そんなに時間が経ってない頃に、まず鹿倉胡桃が立ち上がってそう呟く。するとそれを皮切りに、先ほどまで黙ったまま前述した、インターハイで闘ったという実感、それから生まれてくる多幸感、満足感、陶酔感諸々を噛み締めていた愛宕洋榎が口を開く。

 

 

 

「なんや、もっとゆっくりしていかんのか?せっかくインハイっていう晴れ舞台に立てたんやで?もっとこう……なんていうんやろな……アレやアレ!」

 

 

 

「……雰囲気を味わっていけってこと?」

 

 

 

「そう!それそれ!それや!やっぱ華っていうんかなー、この感じ、できる事なら一生味わってたいわ!」

 

 

 

 愛宕洋榎が手を叩いてそう言うが、それを聞いた鹿倉胡桃は呆れ顔で内心(気持ち悪い……!)と呟くと、「私はもう十分味わったからいいの!……それに」と途中まで言いかけて、そこで止める。

 

 

 

「お?なんや?」

 

 

 

「……なんでもないっ!」

 

 

 

 何を言わんとしていたのかを問う愛宕洋榎の言葉を斬り捨てるように言った鹿倉胡桃は、さっさと対局室から出て行った。愛宕洋榎は鹿倉胡桃が最後に一体何が言いたかったのか分からず、何があったんだと言わんばかりにドアの方を眺めていた。

 そうして鹿倉胡桃が対局室から出てくると、対局室を背にしたままゆっくりとドアを閉める。そして大きなため息を一つ。

 

 

(『姫松にいいようにしてやられたからこの場に居たくなかった』なんて……そんな負けを認める発言、したくない!特にあの人(愛宕洋榎)の前では!)

 

 

 

 確かに、内容も収支でも前半戦後半戦共に圧倒されっぱなしであった。まさに『完敗』と評してもいいほどである。それは鹿倉胡桃も痛いほど分かっているのだ。だが、せめてその負けを喫した愛宕洋榎の前では、例え建前上だけだとしても、負けを認めるという屈辱だけは味わいたくはないというプライドが先ほど途中まで言いかけた言葉を止めたのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私もそろそろ戻る。ありがとうございました……」

 

 

 

 そして戻って対局室では、鹿倉胡桃が出て行った数秒後に滝見春が何かが入った袋を持ちながら、出て行こうとする。しかしまたも愛宕洋榎はそれを止めるように「永水の、お前……確か一年なんやっけ」と尋ねる。

 

 

 

「……うん。正直、気まずかった」

 

 

 

「まあ……その気持ちは分かる。でも、ナイスファイトやったで。なあ?清澄」

 

 

 

 愛宕洋榎が竹井久に話を振ると、竹井久は驚きで少し声が詰まりながらも「えっ?あ、え、ええ……そうね。凄かったわよ」と滝見春に向かって言った。言われた側の滝見春は嬉しかったのか、少し笑みを浮かべていた。

 

 

 

「そういや、永水の"それ"、一体何や?」

 

 

 

「……これ?」

 

 

 

 滝見春が自身の持っていた袋を持ち上げると、愛宕洋榎は指差して「そうそう、それや」と言う。すると滝見春は少しほど考えた後、袋から一個何やら取り出して、愛宕洋榎に手渡してこう言う。

 

 

 

「……食べてみれば、分かる」

 

 

 

 そう言われた愛宕洋榎は、手のひらの上にある滝見春から貰った固形物をじっと眺めると、そのまま口に含んだ。

 

 

 

「あ、これ……黒糖やな?」

 

 

 

「正解……」

 

 

 

「にしても美味いなー……清澄も貰ったらどうや?」

 

 

 

「え……良いのかしら?」

 

 

 

 竹井久が滝見春に向かって言うと、滝見春はコクリと頷いて「うん……良いよ」と言って竹井久にも黒糖を手渡す。そして竹井久も黒糖を口にすると、思わず「あっ、美味しいわね……これ」と言葉に出す。竹井久と愛宕洋榎に黒糖を絶賛された滝見春は先ほど以上に嬉しかったのか、永水女子の一員も余程のことがない限り見たことのない笑顔を見せてこう言う。

 

 

「……それが自慢」

 

 

 

「……せや、もう一つ貰ってもええか?」

 

 

 

「?……良いけど」

 

 

 

 そして、愛宕洋榎が何かを思いついたようにして滝見春に頼み、滝見春が了承して黒糖を渡すと、愛宕洋榎はダッシュで対局室から出て行った。一体何をする気なのだ、そういった感じに竹井久と滝見春が愛宕洋榎の事を追いかけて行く。そして部屋から出て、曲がり角を曲がろうとすると、愛宕洋榎は既に遠くの方にいた。そんな彼女をダッシュで二人は追いかけていく。

 

 

 

「ハァ、ハァ……一体、何だって言うのよ……!」

 

 

 

(あれ、こっちって確か……)

 

 

 

 走っている最中、滝見春が何かに気付いたようだったが、何も口に出さずに黙って愛宕洋榎の事を追いかける。すると愛宕洋榎は突然スピードを緩めた。それを見て滝見春と竹井久は足を止めると、彼女たちは愛宕洋榎の数メートル先に鹿倉胡桃が歩いているのが見えた。

 

 

「あ、あれ……」

 

 

 竹井久が口に出そうとすると、愛宕洋榎が口元で指を立てて(シー!静かにしといてや)とジェスチャーする。そう要求された竹井久は思わずハッとして口に手を当てて黙る。すると愛宕洋榎は鹿倉胡桃の後ろから抱きつくように飛びついた。

 

 

 

「なんっ……って愛宕さん!?」

 

 

 

「さっき振りやな!ちっこいの!」

 

 

 

 飛びつかれた鹿倉胡桃は驚きつつも、「ち……『ちっこいの』って言うな!」と怒りを露わにする。愛宕洋榎は「ははは!すまんな。それより、コレ、いるか?」と、黒糖を差し出す。鹿倉胡桃は少し疑わしそうにそれを眺めていたが、愛宕洋榎は「……じゃあウチが食わせたる。ほら、口開けい」と言って強引に口に入れようとした。思わず抵抗した鹿倉胡桃であったが、無事(?)に鹿倉胡桃は黒糖を口に入れた。

 

 

 

「……どうや?」

 

 

 

「ん……んん……お……」

 

 

 

「お?」

 

 

 

「おい……しい……」

 

 

 

 少し悔しそうにそう感想を吐き出すと、愛宕洋榎は後ろにいた滝見春に向かって親指を立てて「これで宮守のもお墨が付いたで!良かったな!」と言う。

 

 

 

「っていうか清澄と永水、いたの!?」

 

 

 

「いたわよ」

 

 

 

「いた……」

 

 

 

 滝見春と竹井久がいたことを確認した鹿倉胡桃は、次に先ほどの突然の行動を咎めようと愛宕洋榎の方を向いたが、愛宕洋榎は鹿倉胡桃の頭を撫でて「ま、永水からの差し入れや。礼は永水に、な?」と言った。

 

 

 

「違っ……そうじゃなくて!」

 

 

 

「サンキューな。永水」

 

 

 

「いえ……こちらこそ」

 

 

 

 鹿倉胡桃の訴えを余所に、滝見春と愛宕洋榎は握手すると、今度は竹井久に向かって「清澄。後半戦からは良かったで。東二局、まんまとしてやられたわ」と言って手を差し出す。竹井久はふっと笑ってその手を握る。

 

 

「……あんたが一番やばかったわよ。全く」

 

 

 

「はは、それりゃあ嬉しいな……そんで、宮守の」

 

 

 

「さっきの聞いてた!?」

 

 

 

 鹿倉胡桃は大きな声でそう言うが、愛宕洋榎は鹿倉胡桃の目の前に手をそっと出した。最初は躊躇った鹿倉胡桃だったが、愛宕洋榎が何も言わずにいると、鹿倉胡桃は結局折れて、「あ、ありがと……ございます」と言って手を握った。

 

 

 

「なんや、かわええとこあるやんけ」

 

 

 

「うるさい……!」

 

 

 

「まあ、アンタら。良い勝負やったで。ほな、また」

 

 

 

 満足した様子の愛宕洋榎はそう言ってようやく控え室に戻っていく。竹井久は彼女の後ろ姿を見つめながら、まず最初に思ったことをポツリと口に出した。

 

 

「……変人、ねえ」

 

 

 

 

「おい、清澄!聞こえとるぞ!」

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第416話 二回戦B編 ㉕ 心配と責任

-------------------------------

視点:神の視点

中堅戦終了時

宮守 105800

清澄  96100

姫松 129700

永水  68400

 

 

 

「全く!姫松のあの人、何なのよもう!『ちっこいの』って言ってくるし、麻雀はめちゃくちゃ強いし……信じらんない!」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 あの後、鹿倉胡桃は同じくその場に取り残された竹井久と滝見春と別れて今度こそ控え室に戻ってきた。対局による疲れと、先ほどの一件による精神的疲労が積み重なった鹿倉胡桃は戻ってくるなり小瀬川白望の上に乗り、『充電』を行う。そして充電をして行くうちに疲労が本当に取り除かれていくのか、戻ってきたときはクタクタだった彼女も、今や元気に愛宕洋榎に対して愚痴を吐くことができるほど回復していた。

 

 

 

「……まあ、洋榎に結構削られたからね」

 

 

 

 小瀬川白望は目の前にいる鹿倉胡桃に、彼女が一番気にしていたことを言い放つと、鹿倉胡桃は「……っ!気にしてるんだから言わないで!」と後ろを振り向いて小瀬川白望に向かって言う。

 

 

「……それはごめん」

 

 

 

「ともかく!前半戦と後半戦の合間、何だかんだ言って充電できなかったんだし、たっぷり『充電』させてもらうからね!」

 

 

 

「だ……「だるいって言わない!」……なんでもない」

 

 

 

 

(充電してなかったって言っても……今こんなんだし、案外燃費良いのかな……)

 

 

 

 小瀬川白望は体力が有り余っているようにも見える鹿倉胡桃を上に乗せながら、まるで車の性能を見るかのように心の中で呟いていると、臼沢塞がモノクルを右目に掛けて「じゃあ、そろそろ言ってくるわね」と言って立ち上がる。

 

 

 

「塞ー、頑張ってねー!」

 

 

 

「サエ、ファイト!」

 

 

 

 姉帯豊音とエイスリンの声援を受けた臼沢塞は小瀬川白望の目の前で立ち止まると、小瀬川白望の方を向いてこう言った。

 

 

 

「気をつけるべきは、永水が北家の時……だったわよね?」

 

 

 

「うん……初美が北家の時、鬼門の{東と北}を鳴いたら、裏鬼門が来る。要はその時塞げばいいんだけど……何度も言うけど、無理はしないでね」

 

 

 

「だったら何度でも言ってあげるわ……」

 

 

 

 小瀬川白望に心配の旨を伝えられると、臼沢塞はフッと笑ってこう口を開く。「……シロ、あんたに心配されちゃおしまいよ。それに、一体……何度私がシロの事心配したと思ってんのよ」と返す。

 

 

 

「……何回?」

 

 

 

「数えられないくらいよ。それに比べれば、一度の心配……安いものでしょ?」

 

 

 

「塞……」

 

 

 

 小瀬川白望は臼沢塞の名前を呼ぶが、臼沢塞は再び足を進め、振り返らずにドアの前に行く。そしてドアノブに手をかけた瞬間、「ま、任せておきなさい。絶対に倒れたりなんてしないから」と言い残して控え室から出て行った。そして臼沢塞が居なくなってすぐに、鹿倉胡桃が心配そうにそう呟く。

 

 

 

「塞、大丈夫かな……」

 

 

 

「……大丈夫だよ」

 

 

 

 あれだけ心配していたのにも関わらず、小瀬川白望は意外にも即答でそう答えた。誰かがその即答の理由を問う前に、小瀬川白望はこう続ける。それは、長年付き合ってきた二人の中だからこそ通じるものがあった。

 

 

 

「塞が私に約束したことは、絶対守ってくれるから……私は、何回も破った事があるけど……塞は無いから……」

 

 

 

 

「……そういうことじゃあ、大丈夫そうだね?」

 

 

 

 

 熊倉トシがそう言うと、先ほどまで流れていた心配という名の緊張感も緩和される。臼沢塞なら何とかやってくれるだろう。そう信じて彼女を送り出す。そういった雰囲気へと変貌した。

 

 

 

「……でも、約束は破っちゃダメだよー?」

 

 

 

「それは申し訳ないと思ってるけど……」

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「部長、お疲れ様です」

 

 

 

「和……」

 

 

 

 竹井久が控え室に戻ろうとしていると、原村和は休憩室らしき場所から出てくる。竹井久が原村和の名前を呼ぶと、原村和は「咲さんなら、あそこで仮眠中ですよ」と、聞かれてもないのに宮永咲の所在を話す。

 

 

 

「え?ああ……分かったわ」

 

 

 

「では、私も行ってきます」

 

 

 

「……あとは、任せたわよ」

 

 

 竹井久が原村和の肩を叩くようにして押し、対局室側に送り出すと、原村和は「任せて下さい……色々と遺恨のある相手もいますしね」と呟き、対局室に向かって行った。竹井久はこの時、原村和の言っている意図はよく分からなかったが、何やらただならぬ気配というか、彼女からは想像できないほどの恐ろしさをが感じて背筋を凍らせていた。

 

 

 

(責任を取ってもらいますから。絶対に……あれだけの衝撃を私に与えて、逃げようたって許しませんから……)

 

 

 

(……優希が言ってた通り、たまに怖くなるわね……あの子)

 

 

 

 原村和の恨み、というか怨念にも似た、『デジタルであった自分をあらぬ方向へ捻じ曲げられた』ということに対しての激情は結局は小瀬川白望自身に向けることはできず、臼沢塞に八つ当たりという形でぶつかる事となるのではあるが。

 無論、彼女が完全なデジタルの道から小瀬川白望が外したお陰でオカルトをある程度受け入れる事のできる(彼女の口では否定しているが)精度の高いデジタルになった事で成長したのは間違いはないのだが、彼女にとっては正直デジタルだとかそういう事よりも、自分を、デジタルという自分の身体の一部とも言えるものを曲げられた、介入された、その事に対しての激情であった。

 そしてその恨みや怨念に、小瀬川白望に対しての恋心を混ぜることによって今のような彼女の心理状態、片岡優希曰く『怖い』状態になるのであった。もちろん、小瀬川白望はこの事を知っているわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……あれ、もう行っちゃったの」

 

 

 

 一方、滝見春が控え室に戻ってくると、既に薄墨初美の姿は謎の仮面とともにいなくなっていた。滝見春がそう呟くと、石戸霞は「お帰りなさい。姫松の愛宕さん相手によく頑張ったわね」と労いの言葉をかける。

 

 

「でも……姫松とは六万点差、宮守とも、四万点近くある……」

 

 

 

 滝見春が申し訳なさそうにそう言うと、鷲巣巌が『構わん』と自信ありげに答える。石戸霞は「ほら、こういうことらしいわよ?」と、滝見春に向かって言う。

 

 

 

『儂の力を持ってすれば、六万点差など容易い……問題はあのガキのいる高校、宮守との点差だ』

 

 

 

「鷲巣さんの力を使っても、五分五分……でしたっけ」

 

 

 

 狩宿巴が鷲巣巌に向かってそう言うと、若干「鷲巣"さん"」呼びに対して眉を細めるが、それは口に出さずに『如何にも……奴の麻雀のセンス、牌に対する嗅覚……それに関しては奴が上手と言わざるを得ん……いくら儂の力で豪運となったとしても、点差が開いてしまえば、奴の技術と、狂気で跳ね返される……』と言う。

 

 

『……だが、二位につけるのなら何の問題も無い。それで十分だと言うなら、宮守とは何点離されても問題ない……が』

 

 

『儂の力を使って二位に甘んじるというのは到底許される事ではない……例え貴様らが喜んでも、この儂が許さん……分かっとるじゃろうな?』

 

 

「ええ、もちろん。あなたの力を使う以上、シロに勝つ気でいくわ」

 

 

 

『当然じゃ……』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第417話 二回戦B編 ㉖ エトペン

今回全く進みませんでした。



-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 中堅戦から戻ってきた愛宕洋榎と入れ替わるようにして控え室から出てきた愛宕絹恵は、緊張した精神や心を落ち着かせるために、深くスーハーと呼吸して、肺に酸素を取り込む。そうしてどうにか気を紛らわせようとして、自分に右手に『人』という漢字を書いてそれを口に飲み込む。彼女がここまで緊張しているのはある理由があった。

 

 

 

(このチームで麻雀が打てるのも……今回が最後……)

 

 

 

 そう。このインターハイが終われば、この姫松というチームで麻雀を打つというのはこれが最後となる。インターハイが終わっても、国民麻雀大会、略してコクマが後に控えているが、インターハイと同じメンバーで、というのはもうやってこない。

 ただでさえ、愛宕絹恵は去年度で思うように良い結果を残すことができず仕舞いであったのだ。当時、末原恭子や姉である洋榎らは『気にするな』と慰めてはくれたが、彼女の中では未だに引きずっていた。姫松がシード落ちしたのも、自分の責任だと思っているほどである。

 だからこそ、彼女に取ってはこれが過去の屈辱を晴らす絶好の機会であり、最後のチャンスであった。自分がこの数ヶ月で、精神的に成長したということを皆に示し、今のメンバーで勝利の喜びを分かち合いたい。その一心を背負って彼女は今対局室に向かって行った。

 

 

 

 

(……しっかりせなあかんな。お姉ちゃんが稼いでくれた点棒……ちゃんと守って末原先輩に渡さな……)

 

 

 

 そう心に留め、ゆっくりと対局室のドアを開ける。するとドアを開けた瞬間、何かが愛宕絹恵の方へと飛んできた。愛宕絹恵がそれが何かを認識する前に、彼女の右足が勢いよくそれをジャストミートし、上方へと吹き飛ばした。彼女が先ほど蹴り飛ばしたものが一体何なのかを認識したのは、蹴り飛ばしたそれを見て原村和がその場で崩れ落ち、声を上げた時であった。

 

 

 

「えっ、エトペーーーン!!」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 愛宕絹恵は自分がエトペリカになりたかったペンギンことエトペンを蹴り飛ばしてしまったという事に気付くと、所有者である原村和にそっと近づいて「あ、あの……すまんな?サッカー脳で……いきなり飛んできたから、つい……な」と両手を合わせて謝罪する。

 

 

 

 

「あらら……あのペンギンさんが……驚かせてしまったようで、すみませんでしたよー……」

 

 

 

 するとどこからか永水の薄墨初美……いや、厳密には謎の仮面を被った薄墨初美が立ち上がれずにいた原村和の目の前までやってきてそう謝罪すると、原村和は「ひっ、ひいいいいい!!」と声を上げる。

 

 

 

「ど、どうしたん!?原村!」

 

 

 

「ああ、それはね……」

 

 

 

 確かに、薄墨初美のつけている謎の仮面は不気味な感じがするのではあるが、ここまで怯えるのは異常である。その事に対して愛宕絹恵が原村和の事を気遣おうとするが、蹴り飛ばされたエトペンを拾ってきて、二人の間に割って入ってきた臼沢塞が愛宕絹恵が来るまでに起こった事を愛宕絹恵に説明する。

 実は、ちょうど彼女が来る直前に原村和がやって来て、それと同時に薄墨初美が出現したのだ。しかも、入ってきたとかやって来たというわけではなく、どこからか、突然出現したのだ。しかも、謎の仮面を被った状態で、原村和の目の前に。それで彼女は驚きのあまり愛宕絹恵のやってきた方向にエトペンを投げてしまい、今もトラウマになりつつあったのだ。その旨を話された愛宕絹恵は、「そうか……災難やったな、原村さん……」と原村和の肩にポンと手を置く。

 

 

 

「はい、原村さん。あなたのエトペン」

 

 

 

「あ、ありがとう……ございます……臼沢さん」

 

 

 

「一度ならず二度までもやってしまいましたねー……これはもう外しておきますかー……」

 

 

 

 

 怯える原村和を見て、ようやく謎の仮面を外した薄墨初美は、卓の近くにその仮面を立てかける。原村和は未だにその仮面を見て怯えながらも、席順を決め始めようとする。が、この時薄墨初美を除く三人は薄墨初美の服装が気に掛かって仕方がなかった。

 

 

 

(きわどいなあ、永水……)

 

 

 

 臼沢塞はそこまで考えると、頭を振って雑念を取り払う。一瞬、薄墨初美のような服装を小瀬川白望がしたらという『もし』を想像して、少し大変な事になりかけたが、その瞬間にこれ以上続けると取り返しのつかない事になると察した臼沢塞は、すぐにその妄想をやめた。

 

 

 

(永水……これは色んな意味で手強いわね……)

 

 

 

 




次回からやっと副将戦です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第418話 二回戦B編 ㉗ 不慣れ

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:姫松 ドラ{8}

姫松 129700

清澄  96100

永水  68400

宮守 105800

 

 

 

 

 二回戦Bブロック第一試合も遂に終盤になり、副将戦に突入する。現在トップを走っている姫松は、姉の愛宕洋榎からバトンを受け取った愛宕絹恵は、この点棒を守り抜き……いや、むしろ更に点差を広げる勢い。そうでないと、いくら大将の末原恭子と雖も、小瀬川白望相手にこの点差は心許ない。どうにかしてでも点棒を増やして大将に回さんとす、そういった意気込みを他人からも分かるほど示していた。

 だが、どれだけ意気込みを示見せていたとしても、愛宕絹恵にとっては難関な道筋であることは間違いなかった。まず、宮守の防御の要でもある臼沢塞。彼女を切り崩さずして点差を広げることはできないのだが、その彼女の防御力が恐ろしいのだ。対能力者はもちろん、対非能力者に関しても鉄壁とも言えるほどの強固な防御力である。そんな彼女を相手するだけでも大変であるのに、それに加えて厄介なのが永水の薄墨初美だ。彼女の裏鬼門は仮に留意し、完璧に立ち回ったとしても防げない時もある。そういった意味では親の時に永水が北家である席順でないどころか、宮守がその状況であるということはかなり大きい。

 

 

 

(『鬼門』がどうとか末原先輩は言っとってたけど……とにかく、永水が北家の時、気を付けんとあかんな……)

 

 

 

(点差は一位とは六万点ですかー……本来なら前半戦が終わる頃には吹っ飛ばせる点差ですが、果たしてそれを宮守が許してくれるかですねー……)

 

 

 

 そんな前途多難な勝負が予想される愛宕絹恵の親で始まるこの副将戦前半戦、豪華なメンツの割には立ち上がりの東一局は意外と緩やかなものであった。もともと、姉帯豊音やエイスリンが稼いだ点棒を守り抜いて小瀬川白望に渡すという役目を請け負うという事を想定して抜擢されていたはずである。それ故に完全防御型である臼沢塞にとってはビハインドでの攻めというものは想定されてない、不慣れなものということもあり、なかなか思うようには立ち回れずにいた。

 

 

 

(親は一位の姫松。ここはツモでも和了りたいところだけど……どうしたものか……)

 

 

 

 しかし、穏やかとはいっても波はやって来る。東一局、最初の和了を果たすことができたのは原村和であった。愛宕絹恵が意図せず切った{⑧}を狙い撃ち。愛宕絹恵からしてみれば、難攻不落である臼沢塞と、裏鬼門の薄墨初美しか見えていなかった為、この和了は彼女の思考の外からの襲撃であった。

 

 

 

「……5200です」

 

 

 

 

(清澄ッ……!)

 

 

 

 トップを走る愛宕絹恵から直撃を取った原村和は、まるでこれが先のエトペンの借りを返したと言わんばかりに点数を申告する。いや、それはあくまでも愛宕絹恵から聞いたらそう聞こえただけであって、実のところ、原村和は今はそんなことは何も気にしている様子はなく、ただ『首位を走る姫松を削る』という至って合理的な判断故の直撃であった。

 

 

 

(姫松もそうですけど、問題は宮守……あれをどうやって削るかが問題ですね)

 

 

 

 点棒をしまいながら原村和が臼沢塞の捨て牌をチラと見ながら、そう考える。今捨て牌を少しみただけでも、上手く攻めに転じることはできてはいないようだが、それでも明確な隙や迷いは感じられず、完全無欠の要塞を目の当たりにしているような錯覚を受ける。

 

 

 

(……それに、無限とはいかずとも、ある程度までならオカルトを封じることもできるんだとか……私のような雀士からしてみれば目に余るものが減って良いんですが……まあそれもオカルトですしね)

 

 

 

 オカルトを封じるという、オカルトに悩まされてきたデジタル打ちの原村和からしてみればある意味救いとも言える事であるのだが、それもまたオカルトによって生まれる話であるというジレンマめいたものに少し苦悩していた原村和であったが、ついさっき心の中で呟いていた事を思い出し、(無制限に使える、というわけではない……)と、ここである考えが頭の中に思いついた。

 

 

 

(なるほど……それならば、多少リスキーでもやってみる価値はありそうですね……オカルトを認める前提の話ですので、あまり気は進みませんが……)

 

 

 

 心の中でそう決心していた原村和であったが、一方その時臼沢塞はモノクルをしきりに気にかけながら、(……攻めはあまり得意じゃないで、済まされる話じゃないなこりゃ)と、先ほどの東一局の立ち回りを振り返りながら自戒する。いくら姉帯豊音とエイスリンが先鋒次鋒に、そして自分の前に鹿倉胡桃がいるからといって、今回のようにビハインドで回ってくる可能性はこれからも十分にある。

 故に、『防御型だから』という理由はこの場において、到底通用するわけがなく、もはや理由でもなんでもなく、ただの言い訳である。この場に来る前、小瀬川白望に向かってあんな事を言ったのにも関わらず、薄墨初美の『裏鬼門』と関係ない場面で普通に稼ぎ負けるというのは些か格好がつかないのだ。

 

 

 

(苦手分野だろうと……不慣れだろうと……関係ない。本気でいかせて貰うわよ……)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第419話 二回戦B編 ㉘ 曇り

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:清澄 ドラ{①}

姫松 124500

清澄 101300

永水  68400

宮守 105800

 

 

 

(……にしても、やっぱり清澄も上がってきたかぁ。まあ、予想はしてたけど)

 

 

 臼沢塞は賽子を振るためにボタンに指を添えようとしている原村和の事を見つめながら、心の中でボソリと呟く。先ほどの和了で清澄は宮守との点差をわずか3200とし、清澄が後一回でも和了れば捲られる危険性が非常に高かった。まだ副将戦が始まったばかりとはいえ、そういう緊張感が臼沢塞に走り、清澄の原村和もまた独特な雰囲気を醸し出していた。

 が、あいにく彼女はこういった張り詰めた空気、異質な雰囲気を散々味わってきている。主に小瀬川白望のせいで。いや、というより、小瀬川白望の発するあの言葉で表すことのできぬ威圧感に比べればこれくらいの緊張は無に等しいものであった。感覚が麻痺するという事は勿論プラスの面とマイナスの面、それぞれ背反した面を兼ね備えているものだが、今回は大幅にプラスに働いたようだ。

 

 

 

 

「リーチや」

 

 

 

姫松:捨て牌

{西九6発⑧三}

{横五}

 

 

 そして東二局、最初に対局に変化を齎したのは愛宕絹恵であった。前局の手痛いミスを払拭するように、強気で攻めていく。彼女にとっては悔やんでも悔やみきれないあの5200の失点。だが、それを嘆くよりも先に、自分のミスは自分で償う。そういった意思を持ちながら放ったリーチだったが、ここで臼沢塞はある事に気づいた。

 

 

 

(……?っ、モノクルが……!いったい誰が……)

 

 

 

(清澄は論外、永水でも無いとすると……まさかこの子、オカルト持ち(能力者)……!?)

 

 

 

 少しばかり曇ったモノクルをずらして愛宕絹恵の事を見つめる。有り得ない。そう思いつつも考えれば考えるほど、その可能性が極めて高いという事に気付く。今は永水は南家であるから『裏鬼門』が起こるわけもなく、勿論原村和という可能性も無い。となれば、残された可能性は薄墨初美の『裏鬼門』以外の能力か、愛宕絹恵の能力のどちらかである。しかし、今の一連の流れを鑑みるに、どう考えても愛宕絹恵の能力であるだろう。だが、小瀬川白望からはそんな発言は一切聞かされていなかった為、安易に愛宕絹恵の能力だと決めつけて良いのか悩んでいた。

 実は臼沢塞の気付きは当たっており、確かに愛宕絹恵は能力者であった。{①}をサッカーボールと見立て、{①}を絡めると和了(ゴール)しやすくなるという、ゴールキーパーの彼女にとっては若干皮肉めいた能力であったのだが、小瀬川白望がその事を知らないのも当然の話であり、実は小瀬川白望は愛宕絹恵が能力によって和了っていた場面は一度も見たことがなかったのである。対局は何度かした事はあったのだが、いかんせん小瀬川白望と愛宕洋榎という化け物同士の争いの中で満足に和了れるわけもなく、結局いずれも能力を披露する事はなかったのだった。

 

 

 

(決めてみせるで、絶対に……)

 

 

 

 いつもは、ゴールを守る、阻む為に尽力していた愛宕絹恵であったが、今は違う。ゴールを決めるために、全力で闘志を燃焼させていた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 そして宮守女子の控え室でも、先ほどまで鹿倉胡桃の頭を撫でていて目を離していた小瀬川白望が視線を戻すと、臼沢塞のモノクルが曇った事にちょうど気付いた。

 

 

「……あ、曇ってる……」

 

 

 

「ほ、本当?もう永水のが来たの?」

 

 

 

「いや、それは無いね。『裏鬼門』があるとしたら永水が北家……つまり、塞が親番の時だからね」

 

 

 熊倉トシがそう言った後、少しの間臼沢塞のモノクルが曇った事に関して考えていると、小瀬川白望は思い出したかのように「……多分、絹恵のかな」と呟いた。

 

 

 

「絹恵って、姫松のー?」

 

 

 

「うん。前に打った時も気づかなかったし、姉の洋榎がアレ(非能力者)だったから、能力は無いと思ってたんだけど……違ったみたいだね」

 

 

 

 小瀬川白望が困ったように頭の中で愛宕絹恵の過去の牌譜を記憶から呼び起こして、調査し始める。が、その調査はものの数秒で完了する事となる。いや、というより牌譜を頭の中で思い出す必要もなかった。モニターに映った愛宕絹恵の手牌を見れば、{①}を絡めれば和了りやすくなるという能力は容易に想像できた。小瀬川白望はその結論に達すると、「どうやら、{①}がカギっぽいね……」と言う。

 

 

 

「{①}?……成る程、確かにこれは違和感があるわね……」

 

 

 

「ええ。まあ私達側から確認できるのは別に良いんですけど……問題は塞。塞からはどういった能力は分からない……故に、状況によっては回数制限のある塞の能力を使わされるかもしれない……」

 

 

 

「ええ、そ、それはダメだよー!」

 

 

 

「うん……でも、これで絹恵が和了ってくれれば良い。そうすれば塞にも絹恵の手牌が見える……塞なら、すぐに気付くはず……」

 

 

 

「逆に……この時点で塞が塞いでるとしたら結構厳しい……前半戦と後半戦の間に伝えはできるけど、消耗した体力はそう直ぐには戻らない……」

 

 

 

 

 

 

 




一応言っておくと、絹ちゃんの能力はゲームの能力を採用しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第420話 二回戦B編 ㉙ 二者択一

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:清澄 ドラ{①}

姫松 124500

清澄 101300

永水  68400

宮守 105800

 

 

 

 

 

姫松:捨て牌

{西九6発⑧三}

{横五}

 

 

 

 

(これを一体どう処理するか、困ったわね……)

 

 

 

 ツモ牌を指で弄びながら、臼沢塞は少しばかり打牌に迷うフリをして、愛宕絹恵と思われる能力をどう対処するかを考える。無論、臼沢塞が愛宕絹恵の事を『塞げ』ばそれで終わりの至極単純な話なのだが、そうも言ってられないのだ。彼女の能力には具体的な回数は決まっていない。が、回数制限が存在しているのだ。後一、二回しか使えない状況まで追い込まれれば流石に残った体力で残り回数は把握できるが、この時点では後何回使えるかは体感的には分からず、それ故に無駄な消費はしたくは無いのが本音である。

 しかし、ここで愛宕絹恵に和了られてしまえばせっかく前局で原村和が削ってくれた5200も一気に吹き飛んでしまう事だってある。ただでさえ親番時には薄墨初美の『裏鬼門』がある故に連荘が望めないというのに、ここでまた点差を離されてしまうのは不芳な話である。

 

 

 

(せめて、能力の詳細が分かれば良いんだけど……)

 

 

 

 臼沢塞の言う通り、愛宕絹恵の能力が一体何なのかを知ることさえ出来ればここまで悩む必要はないのだ。その能力が、どれだけの害を与える危険性を内包しているのか。それを知れるだけでも大きく変わるのは、その詳細を知れるのは恐らく前半戦が終わった後からになるであろう。故に、彼女が下せる決断は二つ存在する。

 一つは体力の消耗を覚悟して愛宕絹恵を『塞ぐ』事。こうすれば少なくとも姫松に離される心配はないが、だがその事による弊害……体力を浪費したツケは後半戦辺りに響いてくる恐れがある。

 二つ目は一つ目と正反対で、臼沢塞は能力を使わずに愛宕絹恵と闘うという選択。能力を使われているため、まともに闘っても競り負けるだろうが本命の薄墨初美の『裏鬼門』に万全の状態で備える事ができる。まさに二者択一の状態であったが、臼沢塞はようやく答えを出し、手牌から一枚、牌を切り出した。

 

 

 

 

(……シロの目の前で大口叩いた私が、弱気でどうすんのよ!)

 

 

 

 

 臼沢塞が下した決断は、愛宕絹恵を『塞い』で封じ込めるという決断。無論、体力消耗のリスクは承知である。だが、それを分かった上でこれ以上点差を広げられるわけにはいかないのだ。後ろには小瀬川白望が控えているが、彼女に頼られっぱなしではいられない。そういった激情が彼女を突き動かした。

 モノクルの位置を若干ほど調節した臼沢塞は、愛宕絹恵の事を睨みつけるようにして見つめる。この瞬間、愛宕絹恵が能力を行使する事は少しもできなくなった。その証拠に、先ほどまで視界を遮っていたモノクルの曇りが段々と消えていくのが分かる。

 

 

 

(……{赤五}。なんや、いつもの感じとは……っ!)

 

 

 

 そして直後の次巡、愛宕絹恵は{①}を絡ませているというのに和了れなかった事に違和感を覚えるが、直ぐにその違和感の理由は、この違和感の出所は宮守の臼沢塞からであるという事が分かった。突如愛宕絹恵の周りの景色が忽然と変貌する。愛宕絹恵の両側には彼女の身長とは比べる事のできないほど大きな岩が存在しており、気が付けば彼女はその岩と自分の両腕を縄によって縛られていた。

 

 

 

 

(……宮守……っ!!)

 

 

 

 縛られている愛宕絹恵は目の前で、何やら豪華で気品溢れる装束を身に纏い、腕組みをしながら自身の事を睨む臼沢塞の事を睨み返す。だが、睨み返そうにも、彼女から発せられる強烈な圧力を感じて思わず辟易して目線を逸らしてしまう。そしてそれと同時に、先程は自分の能力が発動しなかったのではなく、この臼沢塞によって押さえつけられているという事に気付いた。

 

 

 

 

(……自由には、させないわよ。大人しくしてる事ね)

 

 

 

 

 リーチをかけているため、これで完全に身動きを封じ込めた愛宕絹恵にそう嗜めるように心の中で語りかけると、着々と自分の手を進め始める。この時、原村和には二人の間でどんな事があったのかはさっぱりではあったが、『臼沢塞が何かをして愛宕絹恵を封じた』という事は理解できていたようで、(……ここは、私に付け入る隙は無さそうですね)とし、潔く退いて現物を叩く。

 

 

 

(……なんとか、追いついたわね)

 

 

 

宮守:十四巡目

{一二四六六②③④⑥⑦678}

ツモ{三}

 

 

 

 そして終盤十四巡目に、臼沢塞がようやく聴牌して愛宕絹恵に追いつく。一方の愛宕絹恵は、六巡目にリーチをかけているのにも関わらず、臼沢塞のせいで全く和了ることができないという珍しい状況であった。臼沢塞は{一}を叩いて聴牌を取ると、その直後に愛宕絹恵は{赤⑤}をツモってくる。愛宕絹恵はこの牌が怪しいと踏みながらも、リーチをかけているが故に切らなくてはならない。愛宕絹恵が苦虫を踏み潰したような表情で{赤⑤}を切る。勿論、臼沢塞は牌を倒して申告する。

 

 

 

「ロン、3900」

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

「……厳しいな」

 

 

 

 

 臼沢塞が和了ったのを見ていた小瀬川白望は、若干心配そうに口籠る。彼女の上に乗っていた鹿倉胡桃も「塞の能力を使わされちゃったからね……」と言うと、熊倉トシが小瀬川白望にこう問いかけた。

 

 

 

「……打つ手はないのかい?」

 

 

 

「前半戦が終わらないと、どうにもできない……まあ、正直収支の方はどうだっていいです。最悪、役満の一発や二発は覚悟してますから……問題は塞が無理をして能力を使うような状況になる事……」

 

 

 

 

 そう小瀬川白望は言うが、熊倉トシはそんな小瀬川白望に向かって、(やっぱり、あなたは相変わらずね……点棒よりも先に、塞の心配かい……素晴らしい絆じゃないか)と褒めると、(……この様子なら、点棒に関しては大丈夫そうだね)とし、再び視線をモニターの向こう側に向けた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第421話 二回戦B編 ㉚ 嵐前

語彙力が死滅してますねこれは……


-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:永水 ドラ{四}

姫松 120600

清澄 101300

永水  68400

宮守 109700

 

 

 

 

 前局に意を決して愛宕絹恵を『塞い』でツモを封じ、逆に数巡差を追い越して直撃を討ち取った臼沢塞は今度は永水の親に備えていた。いや、厳密には親よりもその次の東四局が一番警戒しなくてはならないのだが、だからといって永水に親で連荘されてしまえば、せっかく裏鬼門を『塞い』でもあまりその恩恵は得られなくなってしまう。極論言ってしまえば誰も和了らせなければ良いのだが、格別薄墨初美は気を付けなくてはならない存在であった。

 

 

 

(まだ一回目だから、やっぱり後何回使えるかは分からないけど……そう何回も使えるもんじゃないのは確かね……しんどいのはしんどいけど)

 

 

 

 臼沢塞は自身の身体の様態に気をつけながら、残りの使用回数を体感的に勘定しようと試みる。やはり一回目では体力から判断する事は出来ないらしく、残り回数がわからない状況であった。封じる能力によっても体力の消耗量も変わってくるため、予想は困難であった。

 

 

 

 

(宮守……一体なんなんやさっきのは……)

 

 

 

 一方で、『塞がれた』側の愛宕絹恵は先ほどの感覚を思い出そうとするかのように臼沢塞の事を凝視する。あの自分の能力が全く発動しそうにもなかった不穏な感覚。一体何が行われていたのかは分からなかったが、それが末原恭子の言っていた、臼沢塞の能力であるという事は容易に推察できた。

 そしてその推察に行き着いた愛宕絹恵は、もしかしてと今度は警戒から羨望の眼差しを臼沢塞に向ける。もしかしたら、臼沢塞は自分にやったように薄墨初美の『裏鬼門』も阻止できるのではないか、と。通りで、末原恭子が『絹ちゃんは気にせず打つとええで』と楽観視していたのだと頭の中で思い返す。

 そして話は返って勿論、臼沢塞は薄墨初美の『裏鬼門』を『塞ぐ』つもりであるし、原村和はそれを前提として策を打とうとしているのだ。

 

 

 

(……どうやら、姫松の人にも使ってくれたようですね。宮守の点数が増えるのは癪ですが、まあいいでしょう。……これで無制限に使えたら、本当に無駄な作戦なんですが……)

 

 

 

 原村和もチラリと臼沢塞の方を見て、結果としては良い方向に傾きそうだと思いながら配牌を取っていく。強力な能力を振るう者は、強力故に、連発する事ができない、ある特定の状況下じゃないと使えないと制約があったり、体力を消耗したりなど、何か代償を必要とされる事もあるにはある、というのは色んな人間から聞いたことがある。彼女にとっては分かるわけのない……というより分かりたくない話ではあるが、今に至ってはそれを存分に利用する事となり、これで一層オカルトを認めてしまったと若干悔しさをにじませるが、我慢して策を講じようとする。勝負の東四局に、卓どころか会場全てを混乱に招き、騒然とさせる驚愕の策を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永水:十一巡目

{七八③④⑤⑦⑦5556西西}

ツモ{西}

 

 

 

 

(あら、こっちが重なってしまいましたかー……仕方ないですねー……)

 

 

 

 そして嵐の前の静けさと言わんばかりの東三局では、親の薄墨初美は十一巡目にてようやく聴牌に達する。暗刻になった{西}を少し嫌な物を見るような目で見つめると、{6}を切ろうとして、リーチをかけようかどうか少しほど悩む。{西}が暗刻にさえならなければ、こんな事で悩む事にならなかったのにと悔しさを滲ませていると、それならばいっそ切ってしまおうと決めたのか、ツモってきた{西}を御役御免と言わんばかりに切る。

 

 

 

「ロン、4800です」

 

 

 

 

清澄:和了形

{一一赤五五②②⑥⑥66西白白}

永水

打{西}

 

 

 

 迷った挙句、結局光明と思えた道も清澄が待ち伏せし、直撃を奪っていく。原村和からしてみれば、生牌であった{西}をツモろうと待っていたのが運良くぶつかってしまっただけであるが、永水からしてみればこれ以上ない不運な事であった。

 

 

 

 

(……いいでしょう。お望みならぶっ飛ばしてやりますよー!!)

 

 

 

 振ってしまった薄墨初美は今の事に対して劇場を燃やしながら、東四局を迎え入れる。『裏鬼門』の発動を心待ちにしている一方、臼沢塞はモノクルに注意を向けながら、(ついに来たか……永水……)と、薄墨初美の事を見据えていた。

 そして、原村和は作戦を実行すべく、配牌が作戦を実行しやすい状態である事を願いながら、臼沢塞と薄墨初美の事を見ていた。様々な思惑が交錯しながら、東四局が幕を開けることとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第422話 二回戦B編 ㉛ 対策と作戦

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:宮守 ドラ{中}

姫松 120600

清澄 106100

永水  63600

宮守 109700

 

 

 

 

(さァ……来るがいいよ……!)

 

 

 

 臼沢塞は場の空気の淀み、どこからともなく流れてくる不穏な雰囲気を感じながら不敵な笑みを浮かべる薄墨初美の事を見つめる。彼女のバックには何やらおどろおどろしい、この世のものとは思えぬ物が漂っていたが、今更そんな事に怯える臼沢塞ではなかった。

 

 

 

(残念だけど、あんたの手の内は皆知っている……あんたがそれ(裏鬼門)を発動させるには、自力じゃないと無理……!)

 

 

 

 彼女にとっての『裏鬼門』の対策は、何も『塞ぐ』だけではない。未然にある程度……というか確率上大体は阻止できるはずなのだ。{東}と{北}さえ槓子にさせなければいいのだから、薄墨初美が{東}と{北}の計八枚を全て独占しているという馬鹿げた場合でさえ無ければ必然的に、そして確実に防ぐことができるのだ。これは真っ当至極当然で、対策以前の話かもしれないのだが、それも勿論、『裏鬼門』という能力がどういうものかを分かってさえいればという前提の元で成り立っている。しかし、逆に言えば知ってさえいれば、確実にとまでは行かずとも、『塞ぐ』ことなくやり過ごせる。

 そして何より、『裏鬼門』の回数が減るというのは、彼女にとってこれ以上に無いほど有り難い事であり、今までの話を見ればそれもそこまで非現実的な話ではないようにも見える。が、

 

 

 

(だけど、そう上手くはいかない……それで潰せるのは多くても二回かそこら……)

 

 

 

 そう、それはあくまでも確率通り……上手く事が進めばの話である。地方大会の牌譜を見れば、先ほど前述し、馬鹿げた場合と評した『薄墨初美が{東}と{北}を独占している場合』というのが頻繁に起こっていたのだ。確率という壁を優に超えて。二回に一回、もしくはそれ以上は確実に『裏鬼門』が来ると考えても良いだろう。言ってしまえば、今までの対策はあくまで保険程度の気休めでしかないという事。どこまで対策を積み重ねても、あくまで臼沢塞の本命は『塞い』で封殺、完封することだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(配牌は……あまりこういう事は言いたくはないんですが、()()()なら、『天が味方している』とでも言うんでしょうか。この場合)

 

 

 

 一方、何やら事を企てている様子の原村和は自身の配牌を見ながら、彼女らしからぬオカルティックな事を他者を介してではあるが、心の中で呟く。

 そしてそこまで呟いて、ハッとした原村和は雑念を取り払おうとするかのように頭を振って、急に我に返り、同時に溜息をつく。数年前まで、オカルトなど非科学的、ただの牌の偏りだと頑なに一蹴してきた自分も、小瀬川白望という人物に会う事によって、随分と丸くなったというか……寛容になったものだと回想する。未だに、オカルトを否定する自分と受け入れようとする自分とのギャップに困ってはいるのだが。

 

 

 

 

(まあ……少なくとも、()()()と会わなければ、こんな作戦思いつかなかったでしょうね……)

 

 

 

 そんな事を呟きながら、ようやく第一ツモが原村和に回って来る。原村和は山から一枚、牌をツモってくると、それが何かを確認するよりも先に手牌から即座に一枚切った。その瞬間、臼沢塞と愛宕絹恵の表情が緊迫から驚愕へと一転する。

 

 

 

「……ポン!ですよー」

 

 

永水:一巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横東東東}

 

 

 

 

(なっ、何……何?清澄、何で……!?)

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

『……わざと、裏鬼門を発動させるですって?』

 

 

 

『ええ。そうです。それも、できるだけ早い段階で』

 

 

 

『……それに何の意味が?』

 

 

 

『……宮守の副将の方は、そう何度もオカルトを塞げません。それは、過去の牌譜を見れば明らかです。……それも、ただ単に回数制限があるからという理由ではなく、何かを代償としているから何度も使えない、そういう理由のはずです。……代償の例えとすれば、自身の体力とかでしょうか』

 

 

 

『成る程……でも、一歩間違えば和が危ないのよ?』

 

 

 

『大丈夫です、宮守がちゃんと塞いでくれますから。むしろ、そうして貰わないと成立しないので』

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

(……さあ、第一ラウンドの開始ですよ)

 

 

 

 原村和は一層笑みを浮かべる薄墨初美と、未だに現状の理解が追いついていない臼沢塞とを見ながらそう言う。薄墨初美にわざと『裏鬼門』を早く発動させ、臼沢塞に早急に塞がせるという、作戦は一先ず好調に進んでいる。

 

 

 

 

 

 

(な、何で一打目から{東}……?いくら最初に切るのが一番安全だからって言って、折角『裏鬼門』を発動させない事ができるチャンスなのに……)

 

 

 

 よもや、自分が標的となっているとも思わない臼沢塞はまさか原村和は『裏鬼門』の事を知らないのかという事まで考えるが、そんな彼女の推察をよそに、薄墨初美は次巡のツモで{東}を加槓し、嶺上牌をツモって手牌に取り込む。着々と『裏鬼門』の発動へと突き進んでいる。

 そして原村和はそんな彼女を後押しするように二巡後に打{北}。これを薄墨初美は大明槓し、{東と北}を鬼門に置くことに成功した。それと同時に、辺り一面の空気が一変する。現世とはかけ離れたというか、悍ましいというか、そういった嫌な雰囲気を醸し出す。そう、この瞬間、『裏鬼門』が発動したのだ。

 

 

 

 

({東}に{北}まで……!?予想以上に清澄がダメすぎる……!)

 

 

 

 そして対する臼沢塞は、本来なら必要がなかった自身の能力を行使する羽目になり、清澄に向けて悪態を吐きながら薄墨初美の事をキッと睨みつける。すると辺りの悍ましい雰囲気は一気に搔き消され、元の空気感に戻る。薄墨初美もいつもの感じでは無くなったという事に気付いたのか、嶺上牌が{南でも西}でも無い事を確認して、この異常の中での異常、それの元凶である臼沢塞の方を見る。

 

 

 

 

(この人……早速容赦無いですねー!)

 

 

 

 

(……みたいな事言ってそうな顔してるわね。生憎こっちも、想定外の事態なのよ…!容赦なんてしないわよ……!)

 

 

 

 

 

 

(どうやら、上手くいってくれているようですね)

 

 

 

 

 

 原村和は取り敢えずは成功といった風に視線を先ほどの二人から、今度は愛宕絹恵の方へと向ける。この作戦の核は、いかにして早く『裏鬼門』を発動させ、臼沢塞に想定の数倍長く、多く能力を使わせるかということ。そういった観点から見れば、一先ずは作戦は上手くいっていると言えるだろう。

 流石の臼沢塞と雖も、局の初っ端からフルで能力を使えばその負担は甚大ではない。ただでさえ、原村和によって二回程度だと思われていたのが少なくとも四回は発動されるのがほぼ確定的となり、そして強力な能力なのだ。使用時間が長くなればその分彼女に負担は積み重なっていく。

 そして更に、この作戦をより効果的にするための隠し味が存在する。それは、誰にも和了らせずに流局まで局を引き延ばして粘る事。局の最初から最後までぶっ通しで能力を使用させる事が、勝利への近道であった。薄墨初美は塞がれて和了れないし、臼沢塞は親故に和了ることはできない。よって、今の状況で厄介なのは愛宕絹恵。彼女に動かれると結構厄介であった。

 

 

 

(姫松の方に意図を汲み取って貰うのが一番手っ取り早いんですが、まあ、相手から見れば今の私はただの愚か者ですし……今は無理そうですかね)

 

 

 

 

 一番警戒されるはずの『裏鬼門』を逆手に取り、宮守にぶつけるという奇抜、奇想天外の原村和の作戦が実行され、更に混沌とした東四局は、まだまだ序盤であった。

 

 

 

 




完全に和がぐう蓄と化してますねえ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第423話 二回戦B編 ㉜ 優しさ

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:宮守 ドラ{中②七}

姫松 120600

清澄 106100

永水  63600

宮守 109700

 

 

 

 

永水:八巡目

{裏裏裏裏裏裏裏} {横北北北北} {東横東東東}

 

 

 

 薄墨初美の『裏鬼門』が発動される、それだけで大きな転換点となるこの東四局、薄墨初美は原村和の協力もあってか『裏鬼門』のキーとなる{東}と{北}を鳴くことに成功したが、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに臼沢塞が薄墨初美を『塞ぐ』。それにより、『裏鬼門』は発動されず、場は導火線に火がついているにも関わらず膠着したままだった。

 そんな場の停滞を感じながら、辻垣内智葉はこの状況を生み出した、破天荒原村和の事を素直に評価する。後にも先にも、彼女の『裏鬼門』をよもや利用した人間はいないだろう、と。

 

 

 

「……清澄、なかなか面白い事をやってるじゃないか」

 

 

 

「面白いコト……ですカ?」

 

 

 

 メガン・ダヴァンは辻垣内智葉に言われて初めて、卓の状況に注意深く目を向ける。臼沢塞が薄墨初美の『裏鬼門』を封じているという事は言わずとも分かっていたが、辻垣内智葉が言うことには面白い事が起こっているという。メガン・ダヴァン以外のメンバーもじっくりと清澄を始めとした卓のあらゆる状況に目を通す。すると、ネリー・ヴィルサラーゼが何かに気付いたのか、モニターを指差して「あ……」と呟く。

 

 

 

 

「ネリー、何に気付いたんですか?」

 

 

 

「いや……あのピンクの子から、攻めようっていう意志が感じられない……手牌も、和了に向かうように整理されてないし……」

 

 

 ネリーがそう呟いた後、改めて原村和の手牌に目を向けた雀明華が「成る程……言われてみればそうですね。でも、攻めようという意志が無いというよりかは……」とまで言うと、横から辻垣内智葉がこう続ける。

 

 

 

「和了る気が無いんだろうな。そもそも」

 

 

 

「デスが、それに何の意味ガ?永水は和了れませんシ、宮守も連荘になるから和了らないでショウ。大きなチャンスじゃないんですカ?」

 

 

 

 

「……簡単に言えば、あいつは宮守を潰す気なんだ。潰すというか潰させるというか……まあそこはどうでもいい。あいつは態と局を遅らせる事で、宮守の()()()()を狙ってるんだろうな。一位の姫松には見向きもしてない。まあ、賢明といえば賢明な判断だ」

 

 

 

「つまり……今現在のチャンスよりも、後の大チャンスに賭けた、というところでしょうか」

 

 

 

 郝慧宇がそう言うと、辻垣内智葉は「ああ、まあそんなところだな」と返す。一度分かって仕舞えば単純な話ではあるが、標的である臼沢塞からはそんな作戦だという事など知る由もなく、ただ『とんでもない事をしでかした』といった恨みにも似た激情を散らしていたのだが。

 

 

 

 

(あの感じだと……後半戦の南場……多分崩れる。そうなれば順位は荒れるだろうな。副将戦は順当な結果になると思ってたんだが……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……まずい」

 

 

 

 宮守の控え室でも、原村和が何をしようとしているのか気付いた小瀬川白望は若干前のめりになりながらそう言葉にする。まだ理解が追いついてない他の者を代表して、熊倉トシが「何かあったのかい?」と、若干冷や汗をかきながら小瀬川白望に問う。あの彼女が「まずい」とまで表現したこの事態、深刻な事が起こっているという事は容易に想像がついていた。

 

 

 

「清澄に狙われてる。……塞が」

 

 

 

「清澄だって?」

 

 

 

「はい……『裏鬼門』を利用して、塞に能力を対局の最初から最後までずっと使わせる気です……」

 

 

 

 小瀬川白望が簡潔に一文で纏めてそう発言すると、熊倉トシは「……何か策はあるのかい?」と尋ねるが、小瀬川白望の表情は暗いままであった。

 

 

 

「いえ……今のように、塞に能力を無理矢理使わせるような作戦で来られると流石にどうしようもない……一応の策はあるにはあるけど……今の塞の配牌じゃ厳しい……」

 

 

 

 彼女の言う一応の策というものは、四開槓による流局もしくは他者に差し込んで早急に終わらせるというものであったが、臼沢塞の手牌は縦に伸びる気配はなく、あと二つの槓子を作るのは困難である。もう一方の差し込みの方はというと、まずこれを企てている原村和は論外とすると、残りは愛宕絹恵のみとなるのだが、仮に愛宕絹恵が張っても臼沢塞は差し込みは厳しそうな手牌であるため、これも厳しそうだ。

 そして何より最後の希望である愛宕絹恵も、原村和が要所要所の牌を切らずに抱え込んでいるため、なかなか和了に迎えない様子であった。これも、原村和が途中で局を終わらせないように、流局まで持っていくために意図的に切らないでいるのだろう。抜かりのない作戦だ。

 

 

 

「……それか、能力を解除して『裏鬼門』を発動させるか。点棒は減りますが、その分塞の負担は減る……最悪、そうするしかない……」

 

 

 

 そう言う小瀬川白望であったが、姉帯豊音は若干たじろぐように「で、でもー、そしたらシロがー……」と言う。が、即座に小瀬川白望は「……構わない」とだけ答えた。

 

 

 

「でも、塞がそうするとは思えないよ……?」

 

 

 

 しかし、鹿倉胡桃が小瀬川白望の案に意を唱えると、小瀬川白望は「……それなら、私が休憩時間の間に言ってくる」と返す。すると、熊倉トシがそれに待ったをかけて「いや、あんたは行かない方が良いかもしれないよ」と言う。もし彼女が臼沢塞の所まで行ってそのアドバイスを伝えても、恐らく臼沢塞は素直に従わないだろう。臼沢塞のプライド、そして小瀬川白望に迷惑をかけたくないという責任感が臼沢塞をきっと突き動かすだろう。だが、小瀬川白望は反論した。

 

 

 

「駄目……私が行かなきゃ、私が伝えなきゃ……駄目だ」

 

 

 

 この時、彼女にしては珍しく、感情的な発言をした。恐らく、今の発言はギャンブラー、雀士、神域としての小瀬川白望としてではない。臼沢塞の友達、親友、仲間としての()()()()()が言ったものだろう。そんな彼女は、臼沢塞が辛そうにしている姿を見て、耐えきれなくなったのだろう。それを理解した熊倉トシは溜息を吐きながらも、「……()()()()()()()()()()、あんたがそこまで言うなら仕方ないね。私は止められないよ」と言う。

 

 

 

「……だけど、しっかり伝えてくるのよ。塞のためにも、あんたのためにも」

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

 一方で、今までの話を聞いていた赤木しげるは誰にも分からぬよう小さく笑うと、心の中でこう呟いた。

 

 

 

【(やはり、俺には持っていないものを持っているな……優しさ、というか何というか……人間の真に暖かい部分……俺にはないもの……)】

 

 

【(まあ……その優しさが、時には節介、裏目になる場合も当然存在する……仇とならなきゃいいが……な)】

 

 

 

 

 

 




途中で書いてて、「随分と人間らしい事言うなあ」とか思いながら書いてましたね。ただ優しいだけだから……(震え声)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第424話 二回戦B編 ㉝ 流局

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:宮守 ドラ{中②七}

姫松 120600

清澄 106100

永水  63600

宮守 109700

 

 

 

 

永水:十五巡目

{裏裏裏裏裏裏裏} {横北北北北} {東横東東東}

 

 

 

 

(むー……和了れるどころか、{南}と{西}が一枚も来る気配が無いですよー……)

 

 

 

 終盤になっても全く揺らぐ事のない、臼沢塞の能力による『裏鬼門』の完璧とも言える封殺に嫌気がさしていた薄墨初美は、どうにかしてこの支配から抜けられないかと思案するが、もう場も十五巡。今更『裏鬼門』を諦めて混一色に行こうにも行くことができず、かといってこのままただ流局、或いは誰かが和了るまで待つのも、本来なら、32000点を一気に稼いで持ち点を10万を伺うところまで持っていけるはずだったのだ、それをゼロ点で終わらせるのは、些か厳しいものがあるし、薄墨初美のプライドというものにも関わってくる。

 

 

 

(親が宮守なのが却って連荘の希望を潰してますねー……)

 

 

 

 この状況下で薄墨初美が縋るものといえば連荘による北家続行が一番ありがたいものなのだが、生憎親番は臼沢塞。よほどのことが無い限り、それこそ役満レベルでない限りは和了るわけもなく、また、流局になったとしてもノーテンと言い張って親を流すであろう。宮守が親であれば親被りとして多くの点数を叩き込めるが、それが却って薄墨初美の希望を摘み取ってしまっていた。

 

 

 

(……ダメだ。清澄は和了る気が無いのか分かんないけど、何やってんのか意味分かんないし、姫松も和了れそうな気配無し……結局、流局まで『塞ぐ』しかないか)

 

 

 

 一方で臼沢塞もまた、現状をあまり良い状態だとは思ってはいなかった。臼沢塞としては、自分が薄墨初美を抑えている間に、清澄と姫松が和了ってくれれば良かったのだが、原村和はハナからそうするつもりはなく、むしろそれを妨害する側であり、愛宕絹恵もまた、その妨害の影響を受けた事によってなかなか手が進まず、結局河に置かれた捨て牌が三列目に差し掛かる直前で諦めてしまい、オリてしまった。それにより、原村和の思惑通りの展開となってしまう。臼沢塞は徐々に身体を蝕んでいく重さ、苦しさに耐えながらも、ここは譲れんとして薄墨初美から照準を外すようなことはなかった。

 結局、その後も進展はなく、臼沢塞としては今後が厳しくなる結果だが、原村和からしてみれば後に繋がる重要な一局となった。もちろん、全員ノーテンで場は南入する。臼沢塞は身体のしんどさから溜息を吐くと、ようやく四分の一が終わったのかと若干気が遠のくが、ここで折れては意味がない。やるしかないという義務感で自分の背中を押し。

 

 

 

(……思ったよりしんどいわね、まあ局の最初から流局まで『塞げ』ばそれもそうか……)

 

 

 

(まァ……あと三回、全部『塞ぐ』わよ……)

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「あら……はっちゃん、和了れなかったわね」

 

 

 

「いくら宮守の副将がいたとしても……これは厳しいですね……」

 

 

 石戸霞と狩宿巴は悔しそうに項垂(うなだ)れている薄墨初美の事を見ながら、そういった事を口にする。見かけ上は動じてないようにも見える会話であったが、焦りを覚えているのは事実だ。

 鷲巣巌という例外を除けばチームの稼ぎ頭は主に神代小蒔と薄墨初美。この二人のうち一人でも崩れると厳しいのが正直なところ。神代小蒔に関してはいつ起こるのかも、どれくらい持続するかも不明なため、せいぜい一回発動してくれれば良い程度ではあるが、薄墨初美が一回でも和了を逃すとなると結構厳しいものになってくる。ただでさえ、今永水は一校だけ沈んでいる状況なのだ。一点でも欲しいこの状況で、『裏鬼門』を封殺されるのはかなり困る。

 が、そんな窮地に立たされているという事を感じさせないような口振りで、鷲巣巌は『ま……「裏鬼門」とか言ったか。全く……いいように利用されているな』と呟く。

 

 

 

「利用ですって?誰がかしら?」

 

 

 

『恐らくあの清澄……ただの間抜けではない。いや、それどころか……策士、虎視眈々とした策士……!この局の初手を見た時は正気かと儂も思っとったが……あのガキ、「裏鬼門」を利用して宮守を潰す気だ……』

 

 

 

「……流局まで粘ったのも、それが理由?」

 

 

 隣で聞いていた滝見春も、三人の会話に割って入るようにして鷲巣巌に尋ねると、鷲巣巌は『ああ。そうすれば、あの団子の娘により長く能力を使わせる事ができるからな』と答える。

 

 

 

「でも、それって間に合うのかしら?要は臼沢さんの体力をゼロにするって事でしょう?」

 

 

 

『儂の見立てじゃあ……恐らくもって二回。そこが限界じゃろう……いくらあの団子娘とて、所詮は人間……その枠組みを超えん……神の力である「裏鬼門」を封じるのは相当の代償が必要になってくるもの……あやつ次第ではあるが、終局までは恐らく保たん……』

 

 

 

『姑息ではあるが、今の宮守を止めるには一番の良手である事は間違いはない……団子娘の能力は厄介だ……特に、貴様らのような異能力集団にとっては天敵と言っても差し支えない……!』

 

 

 

 鷲巣巌が永水のメンバーに向かってそう言い放つと、石戸霞は「まあそれは認めるけど……あなたは大丈夫なの?」と、鷲巣巌に向かって再度尋ねる。それを聞いた鷲巣巌はカカカ……!と笑い声をあげ、こう返答した。

 

 

 

『何度言ったら分かる……!儂の力は神をも手駒にする驚異的豪運……!何人たりとて儂に干渉はできん……王は、神だろうとそれを封殺する事の出来るものだろうと、誰からも縛られぬから王なのだ……!その気になれば、あんなもの……無力化など容易い……!』

 

 

 

「……それなら、頼もしいわね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第425話 二回戦B編 ㉞ ラクショー

-------------------------------

視点:神の視点

南四局 親:宮守 ドラ{①六発}

姫松 118200

清澄 107200

永水  68200

宮守 106400

 

 

 

宮守:流局

{二四五八九九③④⑨126白}

 

 

 

姫松:流局

{二三四六七①②③22678}

 

 

 

清澄:流局

{一四五赤五九④⑦⑦⑨4中中発}

 

 

 

永水:流局

{一二⑤⑥⑥8南西} {横東東東東} {裏北北裏}

 

 

 

「テンパイ」

 

 

 

「「「ノーテン」」」

 

 

 

 南四局、この局も原村和が既に{北}を暗槓していた薄墨初美に{東}を大明槓させる事によって、『裏鬼門』を発生させるが、直ぐに臼沢塞が『塞い』で薄墨初美を自由にさせずに、流局まで微塵も緩める事はなかった。

 しかし、流石に東四局とこの局で、ほぼ二局分臼沢塞は能力を使用している。ただでさえ『裏鬼門』という強力な能力を、二局まるまる封じるというのは臼沢塞にとってかなりの負担となっていた。親の臼沢塞はノーテンを宣言し、前半戦のオーラスを終える。そして何も言わずに直ぐに立ち上がって対局室から出ようとする。部屋から出るまでは平然とした様子を取り繕っていたが、部屋から出てドアを閉めると直ぐに溜息を吐き、息を切らして壁に寄りかかる。そして負の感情を思いっきり心の中で吐露する。

 

 

 

(はあっ、はあっ、はあ……思ったより……しんど……い)

 

 

 

(清澄も……ワザと永水を鳴かせてるし……全く、私を本気で潰す気ね……上等だわ……)

 

 

 

 そして二回目になると流石に臼沢塞も原村和が故意で薄墨初美の事を鳴かせている事に気付き、東四局の時とはまた違った意味で恨めしく思い、それと同時に自分の事を鼓舞する。

 しかし、そうは言ってもやはり彼女も相当しんどいのか、足をふらふらと覚束せながら控え室に向かって歩いていく。しかし、もはや控え室まで行くのもままならないのか、途中で疲れ果てて壁に背を向けてその場に座り込んでしまう。

 

 

 

(はぁ……まさか前半戦でここまで消耗させられるとはね……清澄の作戦通りってことか……はは……)

 

 

 

 臼沢塞はそこまで心の中で呟くと、疲れからか次第に臼沢塞の瞼が閉まろうとする。だが、臼沢塞は自分の意志ではそれを止める事ができず、結局そのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(あ……塞……?)

 

 

 

 前半戦が終わって、すぐさま控え室から出てきて臼沢塞を迎えに来ていた小瀬川白望は、曲がり角を曲がったところで、臼沢塞らしき人物が壁に寄りかかったまま座り、動いていないのを発見した。小瀬川白望は遠目からその人物を臼沢塞と断定すると、何があったのかと走って臼沢塞の元へと向かう。

 

 

 

(塞、寝てる……?)

 

 

 

 小瀬川白望は臼沢塞が目を閉じているのを確認し、こんな廊下のど真ん中で寝ている臼沢塞を見て余程疲れていたのだろうと推し量り、あえて直ぐに起こさずに、自然と眼が覚めるのを待つ。

 小瀬川白望は眠っている臼沢塞を眺めながら、つられて自分も眠くなってしまうのを抑えながら見守る。すると、二、三分経って臼沢塞は目をゆっくりと開けた。

 

 

 

「ん、んん……ってあれ!?シロっ!?」

 

 

 

「あ……おはよ」

 

 

 

 臼沢塞は勢いよく立ち上がり、顔を赤くしながら小瀬川白望に向かって「お、おはよじゃなくてさ……なんで起こさなかったのよ……」と言うと、小瀬川白望は首を傾げながら「いや……気持ちよく寝てたから、起こすのも悪いかなって」と言う。

 

 

 

「まあそれはありがたいんだけどさ……」

 

 

 恥ずかしそうに臼沢塞がそう言うと、二人は言葉を交わす事なく、自然と二人で廊下を歩き始めた。向かう先は控え室でも、対局室でもない。どこに向かっているかも分からないままただ漫然と歩いていた。そして歩いている内に、臼沢塞が小瀬川白望に向かってこう言い始めた。

 

 

 

「……私さ」

 

 

 

「……何?塞」

 

 

 

「私、ようやく分かった気がするんだ」

 

 

 

 そう言う臼沢塞に対し、小瀬川白望は疑問そうに「……何が?」と聞き返す。それを聞いた臼沢塞はふふっと笑うと、小瀬川白望の事を見ずに、空を仰ぎながら「……前までは、全然分かんなかったけど、ようやく分かった気がする……」と呟く。

 

 

 

「六年前、全国大会の決勝戦でシロが闘ってた時……私と胡桃は本当に心配してたけど……初めて、シロの……心配される側の気持ちが分かったよ」

 

 

 

「どんなに心配されても、どんなに迷惑をかけても……譲れないものはある、って……」

 

 

 

 

「でも、塞……」

 

 

 

 小瀬川白望が心配そうに臼沢塞に向かって言おうとするが、臼沢塞は「大丈夫よ」と言って制す。そう言われてしまった小瀬川白望は、黙って続きを聞く。臼沢塞は自身を心配する小瀬川白望に気遣い、冗談交じりにこう言う。

 

 

 

「大丈夫。もし私がやらかしても……シロがなんとかしてくれるでしょ?」

 

 

 

「……うん。もちろん。塞がどんな状況で私に回しても……私は一位で終わらせるよ」

 

 

 

「はは、頼もしいわね……まあ、私は私にできる全てをぶつけてくるだけよ」

 

 

 

「でも、大丈夫……?清澄が潰しにきてるけど」

 

 

 

「確かにそれはしんどいけど……ま、なんとかするわ。シロに任せっきりじゃ、あまりにも面目無いわよ」

 

 

 

 臼沢塞はそう言うと、急に足を止める。どうやら、気が付かぬうちに対局室前まで戻ってきていたらしい。そうして黙って臼沢塞はゆっくりとドアに手をかけると、後ろ向きに小瀬川白望に向かってこう呟いた。

 

 

 

「……思えば、凄い偶然よね」

 

 

 

「……そうだね」

 

 

「最初にシロが赤木さんと出会って……そして色々な人と知り合った。高校からは熊倉さん、豊音、エイスリン……いくつもの偶然が重なって、私たちはここにいるって思うと……膨大な話よね」

 

 

 

「……言いたいことは分かるよ」

 

 

 

 小瀬川白望がそう言うと、自分の思っていた事を見透かされてしまった臼沢塞は少し笑うと、「やっぱ、あんたには敵わないわね……」と言うと、最後にこう言い残して対局室に向かって行った。

 

 

 

「まあ、ラクショーってことで」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第426話 二回戦B編 ㉟ 更なる

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:宮守 ドラ{⑧}

宮守 105400

姫松 121200

永水  67200

清澄 106200

 

 

 

 

 

(……親番、ようやく私が自由に動ける親番が来た……!)

 

 

 

 前半戦と後半戦のインターバル、休憩が終わり、改めて席順と起家を決める。肝心の永水は臼沢塞の目の前におり、幸い自身が親の時に永水は北家ではない。つまり、親番故に和了って終わらせることができなくなるというデメリットは存在せず、仮に役満を和了られても親被りの心配は無くなるというわけだ。

 そして何より今度は、清澄が親番の時に永水が北家なのだ。いくら臼沢塞が『塞い』でくれるだろうとしても、役満の親被りを考えれば迂闊に鳴かせることはできない。下手をしたら自分が被害を蒙る(こうむる)可能性があるのだ。その事を頭の中で考えながら、臼沢塞は原村和に向かってこう言い放つ。

 

 

 

(私が動けない事を良いことに、滅茶苦茶な事してくれたわね……でも、この後半戦はそうは行かないわよ……後悔せしめてあげるわ……!)

 

 

 

 そう思っていた臼沢塞であったが、その当人である原村和は、意外にもこの状況を確認しても然程動じはしなかった。むしろ、この席順の方が都合が良いといった風な表情で、薄墨初美と臼沢塞の事を見る。

 

 

 

(先ほどの様子から見て、普通に振る舞っていますけど、内心、結構無理してますね……手負いの状態……そう考えれば、私が親番の時に『裏鬼門』。一見親被りがあって危険……ですが、その可能性を加味してもそれ以上のお釣りを期待できます……!)

 

 

 原村和はそう言い、再度臼沢塞の事を見つめる。どちらも互いに自分が優勢であるという事を信じて疑わない、そんな互いの確信と確信が真正面からぶつかり合い、一層熾烈となる事が予見される闘いだが、臼沢塞の方が若干不利にも見える。確かに原村和の言う通り、今の臼沢塞は手負いの状態であると言わざるを得ないからだ。

 ただでさえ、ほぼ二局分という長さに加えて『裏鬼門』という強力な能力を塞がされ、気を緩ませれば倒れてしまうほどの疲労を蓄積させていたのだ。いくらインターバルを挟んだとはいえ、そんな短期間で失った体力は戻っては来ない。原村和からしてみれば“あと少し”の状態であるため、実質的には臼沢塞が不利であると言わざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

「お帰り。……塞はどうだったかい?」

 

 

 

 臼沢塞を見送り、控え室に戻ってきた小瀬川白望に熊倉トシが臼沢塞の容態について問いかけると、小瀬川白望は少し考えた後に、「……本人は『ラクショー』、って言ってた」と答える。

 

 

 

「そうかい……じゃあ、あんたから見て、塞をどう思った?」

 

 

 

「……かなり無理してるみたい。結構、しんどそうだった」

 

 

 

 小瀬川白望がそう言うと、姉帯豊音とエイスリンが心配そうな表情で「だ、大丈夫なのー?」「サエ……ダイジョウブ?」と小瀬川白望に向かって聞く。すると小瀬川白望は椅子に座ってこう返した。

 

 

 

「……多分、塞は止まらない。体力の限界が来ても、多分行くとこまで行く……考えたくはないけど……最悪の場合、私が全部何とかするよ」

 

 

 

 あくまでも、臼沢塞の覚悟を尊重する姿勢の小瀬川白望。自分が嘗て臼沢塞にそうされたように、どれだけ危険かという事を分かっていても、どれだけ自身が当人の事を心配していたとしても、本人がやると言った以上、捻じ曲げることは許されない。たとえ、親友である、小瀬川白望にとって大切な人間である臼沢塞であっても、だ。

 小瀬川白望はこの時初めて、自分を送り出す時の臼沢塞の気持ちが分かったような気がした。いつもは自身が臼沢塞の事を振り回し、その度に心配をかけてきた。その事実は分かってはいたが、その時の彼女の気持ちは分からなかった。だが、今は違う。今ならば分かる。どう理屈を並べようとも、心の奥底では、心配というトゲが刺さるというこの苦しみからは、逃れられないという事を。

 臼沢塞は、いつもこの苦しい思いを抱えながら見守っていてくれたのだと思うと、感心よりも、申し訳なさの気持ちが先に湧いて出てきた。麻雀という勝負中で狂気の境地、異常こそが正常な異次元空間で闘い、名実共に人間という枠組みを優に超えた小瀬川白望でさえも、この気持ちによって心を苛まれているのだ。臼沢塞も、自分が感じているのと同じくらい、もしくはそれ以上の痛みを感じていたのだろう。

 

 

 

(塞、ごめん……こんなに辛かったなんて……)

 

 

 

 小瀬川白望は心の中で臼沢塞に謝罪する。これほどの心の負荷を与えていたのなんて、知りもしなかった。だが、小瀬川白望はまた一歩更なる境地に至ろうとしていた。この痛みを抑えつけ、耐えて、臼沢塞に全てを託す。それによってこの痛みを乗り越えようとしていたのだ。恐らく……いや、確実に赤木しげるも感じる事の無かったであろう、この痛みを。

 そしてその上で、決意を固める。臼沢塞がどんな結果を残そうとも、小瀬川白望は彼女の思いを受け取って、全力を尽くして闘いに赴くと。

 

 

 

(任せたよ、塞……例えどんな結果に終わろうとも、塞が無理をした意味を、私が証明してみせる。……塞の無理は決して無駄じゃなかったって)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第427話 二回戦B編 ㊱ 潰す

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:清澄 ドラ{一}

宮守 110700

姫松 120400

永水  68100

清澄 100800

 

 

 

 長い副将戦も、これを終えれば残すところ南場の四局のみと、勝負はいよいよ終盤の様子を呈していた。しかし、臼沢塞にとっては終盤というよりも、ここからが本当の正念場の始まりだ。この局と、オーラス。少なくとも二回、山場が存在する。ここをどう凌げるかが、収支にそのまま直結する。大将の小瀬川白望に負担をかけまいとする臼沢塞は、親の原村和よりも、北家の薄墨初美の事を見つめながら自身を後押しする。

 

 

 

(ここが耐えどころ……絶対防いでみせる……!)

 

 

 

(有り得ないですよー……この私が、二回の半荘で一度も『裏鬼門』を決めれないなんて……絶対に許されないですよー!)

 

 

 

 一方の薄墨初美も、二回連続で『裏鬼門』を封殺されて一度も和了れなかったことに対して、彼女の矜持、プライドに抵触したのか、その事に激しい自責、憤りのようなものを感じていた。故に、今度こそ臼沢塞の支配を打ち破らんという決死の思いで配牌を取っていく。

 彼女も、清澄の原村和が自分の能力を臼沢塞潰しに利用されている事に薄々勘付いてはいるが、原村和も薄墨初美も、目指すところは打倒宮守という共通項を持ち合わせている。故に、薄墨初美は自身が利用されている点を、癪だとは微塵も思っておらず、むしろ『裏鬼門』の発動条件を未然に達成できるので有難いとも思っていた。

 

 

 

(清澄……頼みますよー……!)

 

 

 

 

 薄墨初美は急に原村和が急な心変わり、裏切りのないように心の中で念を押すようにして言うと、原村和の第一打から始まった。もちろん、原村和は最初に『裏鬼門』の発動条件の内の片方、{東}をすぐさま切ってきた。

 

 

 

「カンですよー!」

 

 

 

(やっぱ……来るかァ……)

 

 

 

 

 薄墨初美が早々に大明槓をする光景を見つめながら、臼沢塞が歯嚙みする。やはり、流れ云々は彼方側に味方しているのは間違いない。そうでなければ、このように都合よく原村和の手元に最後の一枚が行き渡る事など、そうそう有り得る話ではないのだ。

 牌譜を見る限りでは、北家になると薄墨初美は好調時であれば{東}と{北}をそれぞれ三枚抱える。そもそもそんな好調時が来る事自体流れが良いのだが、その好調時であると仮定しても、残り一枚は確率的に四分の一。清澄、永水サイドに回るのは二分の一なのだ。それが、今ので五回連続という事になる。残る{北}の行方は分からないが、恐らく六回連続という事になるだろう。それほど、今流れは彼女達に向かって吹いていた。

 が、それならば『塞い』でしまえばそれで済む話。そう自分に言い聞かせ、臼沢塞は原村和がいつ動くのかを警戒しながら自分の手を進める。前半戦とは違い、今度は自分は和了っても大丈夫だ。むしろ、和了れた方が都合が良い。発動させる前に蹴れればいいのだが、そうそう事は上手くいかず、六巡目に薄墨初美は{北}を暗槓、『裏鬼門』のお出ましとなる。無論、臼沢塞はその瞬間から視線を薄墨初美に向け、神経を集中させる。これで、最初の愛宕絹恵のも含めればこの対局が始まってから四回目となる。今となっては素直に愛宕絹恵に和了らせておけば良かったと若干後悔する臼沢塞だったが、つべこべ言っている暇はない。少しでも気が緩めばアウトなのだ。集中を切らさないように細心の注意を払う。

 

 

 

 

(……そろそろ、宮守もやばいんとちゃうんか)

 

 

 

 その一方で、これまで清澄・永水サイドでも、宮守サイドでもなく、中立を保ってこの『裏鬼門』争いを静観していた愛宕絹恵は、臼沢塞の様子を観察しながら、あとどれくらいまで行けそうかを確認する。確かに清澄と永水の作戦で、臼沢塞が潰れれば嬉しいに越した事はない。が、そうなると今まで臼沢塞によって保たれていた均衡が崩壊し、その余波は一位の姫松に対しても影響を及ぼさない保証はない。故に、愛宕絹恵としては臼沢塞が疲労で弱体化する直前までに留めておいて欲しいのだが、生憎二人はそこまで甘くはない。今の状態はまだ良いが、これから先どうするかと考えていたところ、愛宕絹恵は原村和の捨て牌の異変に気付く。

 

 

 

(……どうしたんや、清澄。さっきまでとは違……)

 

 

 

 そこまで考えて、愛宕絹恵は絶句する。そう、この瞬間気づいたのだ。原村和が今行おうとしている事に。そうして愛宕絹恵はもう一度、改めて捨て牌を念入りに確認する。間違いない。前半戦までは、『裏鬼門』を発動させた後は決まって愛宕絹恵に和了られることの無いように、意図的に当たりそうな牌を絞って打ってきていたのだ。そのおかげで愛宕絹恵は和了ることができず、どちらも流局に終わってしまったのだ。

 だが、今度は違う。今度は愛宕絹恵を和了らせない、そういった意志は感じられず、むしろ逆。自分が和了るといった意志を放っていた。恐らく、原村和は本気で和了りに行くつもりであろう。今、原村和は親である。何が言いたいのかといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事が起こりうるのだ。即ち、臼沢塞は自身が清澄の親を蹴らない限り、永遠に塞がなくてはいけない事になる。いくらなんでも、これはあまりにも残虐すぎる。だが、それほど清澄も永水も、覚悟してこの場に立っている。例え人を潰す事になっても、上へ進もうという覚悟の裏返しとも言える。愛宕絹恵は原村和の覚悟をその目で見定める。

 

 

 

 

(本気で潰す気なんか、清澄……!)

 

 

 

 

 この時、何より原村和にとって大きかったのは、臼沢塞はその事に気づく気配が無いのだ。先ほど臼沢塞は目の前にいる薄墨初美に全集中力を費やすと心に決めたばかりで、原村和の捨て牌には目もくれていなかった。しかし、今に限りってはそれが裏目となってしまっている。

 そんな事を思っていると、薄墨初美が急に『裏鬼門』そっちのけで危険牌を強打してきた。手牌を仕上げていくために溢れてしまった牌というわけでもない。そう、これはただ原村和を和了らせるためだけの強打。流石にここまでくると、薄墨初美しか頭になかった臼沢塞もその異変に気付いたようで、驚きの表情を隠せないでいた。

 

 

 

 

(き、清澄に振り込むつもり……!?そんな事をしたら……そっちだってタダじゃ済まない……ボロボロになるまでやる気か……!)

 

 

 

 臼沢塞は心の中だけに抑えた舌打ちを原村和に向かってすると、薄墨初美の方を睨みつける。これは、非常にまずい。少なくとも、先手を譲られたこの局は原村和が先に和了るだろう。そうなると、ただでさえ厳しいと感じていたあと二局という数字が、どんどん積み重なってしまう。

 

 

 

 

「ロン、3900」

 

 

 

 

 そして臼沢塞の予想通り、この局は清澄がモノにした。これで本来なら終わるはずだった東四局が、よもやの一本場となる。ここから先は正真正銘の死闘。互いの覚悟がぶつかり合う戦場と化す。

 

 

 

(……私が親を蹴るのが先か)

 

 

 

(それとも宮守が先に潰れるか……それとも、永水が点を切らすかのいずれか……ですね)

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第428話 二回戦B編 ㊲ 根性

-------------------------------

視点:神の視点

東四局三本場 親:清澄 ドラ{⑤}

宮守 109600

姫松 119300

永水  61300

清澄 109800

 

 

 

 

(っ……何故……何故ですか!?)

 

 

 

 後半戦の東四局もこれで四度目となる東四局三本場。親の原村和はいかにも手牌を確認している動作のフリをして、しばし時間を稼ぐ。このように外見は一貫して冷静沈着に振る舞っているように見えるのだが、内心では冷静などという事はなく、むしろ非常に驚愕していた。

 無論、その原因は、何を隠そう宮守の臼沢塞である。だが、その驚愕は自分の計画にイレギュラーな事態が起こった事に対してのものではない。原村和の作戦は今も尚遂行されてはいる。今局も薄墨初美に{東}と{北}を鳴かせ、『裏鬼門』を発動させている。しかし、肝心の臼沢塞がいつまで経っても折れないのだ。これで四局ぶっ通しとなるはずなのに、一向に止める気配はない。その言葉では言い表せぬ執念、鬼気迫るものを感じた原村和は思わず恐怖する。

 

 

 

(この人……相当無理をしているはず。なのに、まだ続ける気ですか……!?それこそ、本当に……)

 

 

 

 死。そう、行き着く先は死である。ただでさえ、疲労の蓄積に苛まれていた臼沢塞が、こんな何局も連続で能力を行使すれば無事でいられるわけがない。今こうして意識があって麻雀を打てている方がおかしいのだ。しかし、それでも尚臼沢塞は未だそこに鎮座、君臨し、薄墨初美の『裏鬼門』を『塞い』でいる。いったい、何が彼女をここまで突き動かすのか。どこに今能力を行使できる体力があるのか。……全てが分からない。原村和にとっては得体の知れない、未知の領域。恐怖の対象でしか無かった。

 そんな臼沢塞を見て、彼女の尋常ならざる気迫に圧倒された原村和は思わず、何も思考を挟まずに咄嗟に牌を切ってしまった。僅かな気の迷いが正確無比な原村和に狂いを生じさせたのだ。それを皮切りに、これまで沈黙を貫いてきた臼沢塞がようやく動いた。今にも消えてしまうのではないかと思ってしまうほどか細い声で、発声した臼沢塞はゆっくりと原村和が切った牌を拾う。

 

 

 

「……チー」

 

 

 

宮守:十巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横④③赤⑤}

打{⑦}

 

 

 

 

(……!しまった……!)

 

 

 

 原村和は自分が犯してしまったミスに対して唇を噛む。この状況はかなりまずい。今まで寸分の隙も与えず連荘を続けてきた原村和にとって、このミスは非常に痛い失敗である。いくら相手に圧されたからとはいえどもだ。このままでは臼沢塞に親を蹴られてしまう可能性がある。

 

 

 

(はあ……はあ……人をバケモノを見る目で見て……悪かったわね、私が中々倒れなくて……!)

 

 

 

 一方で、満身創痍の臼沢塞は驚きの表情を浮かべながら、まるで人間ではない、それこそバケモノを見るような目で自身の事を見る原村和に向かって心の中で言う。が、そうは言いつつも原村和の思ってることは分からんでもないと続ける。実際、臼沢塞自身もまさかここまで能力を使い続けられるものなのかと若干驚いていた。

 確かに原村和の言う通り、臼沢塞の体力はとうに底を突いており、普通ならば能力の行使どころか、意識を保つ事すら不可能なはずである。それなのにも関わらず、臼沢塞はこうして意識を保って、かつ能力を行使できているのだ。彼女の根性と、勝負の熱。それだけで。それだけで彼女は今闘っていた。

 

 

 

 

 

「ロン……ッ!」

 

 

 

(なっ……!)

 

 

 

宮守:和了形

{三四四四五⑤⑥⑦34} {横④③⑤}

清澄

打{5}

 

 

 

 

 

 

「満貫……8900……!」

 

 

 

 

 そしてついに、臼沢塞は原村和の親を蹴ることに成功する。原村和から満貫の直撃を奪った臼沢塞は、ようやくこの地獄から解放された。それに対する安堵感によって一瞬、気を失いかける臼沢塞であったが、まだ勝負は終わってない。ラスト四局。最後の勝負に挑む為、彼女の体にはもう少し無理をしてもらう必要があった。もはや今の彼女は、対局が終わった後の反動や、いつ倒れてもおかしくないといった事は微塵も考えていない。ただ、今を、この一瞬に重点を置いている。彼女に止まるという言葉は通用しなかった。

 

 

 

(一体どこにそんな力が……)

 

 

 そして、親を蹴られた原村和は心の中で問いかける。今や自分の作戦が潰されたということのショックよりも、何故臼沢塞が今闘うことができているのか。それが不思議で不思議で仕方がなかった。

 そんな原村和に応えるようにして、臼沢塞は小さく笑みを浮かべ、聞き分けのない子供を嗜めるかのようにこう呟いた。

 

 

 

(……アンタじゃ分かんないわよ。私とアンタじゃ、背負ってるものが違うのよ……)

 

 

 

 

(っていうか……本当にしんどいわね……これ……後少し遅かったら本当にヤバかったかも……いや、今も体力無いからヤバイことに変わりは無いんだけどさ……)

 

 

 表向きでは達者な事を言う臼沢塞であったが、実際問題一番追い込まれているのは彼女だ。いくら気合いや根性などで繋いで行けているとはいえ、身体は既に悲鳴をあげている。それに、いつまでその状態が続いてくれるかも分かったものではない。あくまでも今の臼沢塞は緊急の為の予備バッテリーを使っている、そんな状態である。それが長続きすれば今度こそ本当に意識は途絶えるだろう。いや、意識が途絶える程度で済むのならば良いのかもしれない。

 その事に対する危機感を感じながらも、彼女はブレーキを踏もうとは考えてはおらず、玉砕覚悟。そのつもりで彼女はアクセルを踏み続ける。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第429話 二回戦B編 ㊳ 限界

-------------------------------

視点:神の視点

南三局 親:永水 ドラ{6}

宮守 113400

姫松 115200

永水  66100

清澄 105300

 

 

 

 

 

 副将戦もついにオーラス手前の南三局に到達しており、あと二局で決着がついてしまう所まで来てしまっていた。現在の点棒状況は四位の永水と一位の姫松との点差が五万点弱なのに対し、三位の清澄と姫松との差は一万点にも満たないという、永水を除けば見事なまでの横一線状態であった。

 東四局から既に体力を完全に使い果たし、気力と勝負の熱だけで打っている臼沢塞は、清澄の親を蹴ってからも段々と点棒を稼ぎ、ついにトップとの差を1800と、もう目前というところまで詰め寄っていた。が、そろそろ体の限界が近づいてきているということが彼女自身にも分かるようになるほど、顕著なものとなってきた。彼女が今原動力としている気力と勝負の熱は、前向きに捉えるのならば予備バッテリーという言い方でもあってるのかもしれないが、もはや今となっては天然の鎮痛剤のようなものに近い。体力が無くなり、本来ならば動かすことのできないはずの体を、それによって騙し騙し打ってきている。いつしか無茶な誤魔化しも効かなくなり、ついには今度こそ再起不能となる事だろう。

 そして現在進行形で体の悲鳴が臼沢塞に訴えかけている真っ最中である。臼沢塞は若干ぼやけつつある視界に、体にガタがきているのだと再確認させられる。

 

 

 

(……あー……これ、ちょっとやばいかも。視界が霞んできた……)

 

 

 

(後二局。後二局だけでいい……もって……私の体……)

 

 

 

 だが、臼沢塞はあくまでも止めようという気は無く、最後まで闘い抜く事を腹に決めている。アクセルは既に押したままに固定されていた。最後の二局。これらさえ凌ぐことができればいい。この二局さえ耐えきることができれば臼沢塞の勝ちなのだ。通常ならば目と鼻の先にある二局先。だが、今の臼沢塞はそれすらも完遂できるか厳しい状況であるという事を忘れてはならない。臼沢塞は自分に願うようにムチを打った。

 

 

 

(もはや、私の理解の域を超えてますね……これでまだ、限界じゃないとでも……?もういいはずでしょう……もう、倒れてもいいはずでしょう……なのに、衰退するどころか、更に加速するなんて……)

 

 

 そしてそんな臼沢塞とは対照的に、原村和は臼沢塞のギブアップ、限界を待ち望んでいた。ここまで立てている事ですら異常なのにも関わらず、尚も戦い続ける化け物を目の前にしている原村和は、一刻も早くギブアップの声を所望する事しかできなかった。もう、彼女と臼沢塞の格付けは済んでおり、あとは臼沢塞側のイレギュラー、つまり限界を待ち事しか出来ないという事を悟った。あとたった二局しかないが、この二局でどうにか限界が来てくれ。そう願うしかないのだ。

 

 

 

 

 

「……ツモ、1300、2600」

 

 

 

 

 そしてこの局も、臼沢塞が他を突き放して和了りせしめる。体が限界を迎えつつあるという事を感じさせない圧巻の和了であったが、実際は臼沢塞はその限界とギリギリの状況で向き合っている。たった数秒後でも、自分がちゃんと意識を保てているかの確約はない。臼沢塞は、まさに死と隣り合わせといった境遇にあった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

(……ラスト。オーラス……!)

 

 

 

 自分の体に言い聞かせるように呟きながら、臼沢塞はモノクルを外す。もはやこの期に及んで必要もないだろう。正真正銘の最後の闘い。臼沢塞と『裏鬼門』による、一生分といっても過言ではないほどの気力、体力を削っての死闘。この地獄のような闘いにようやく終止符を打つべく、臼沢塞は薄墨初美に相対する。薄墨初美もそれに応えるように、笑みを浮かべて配牌を取っていく。

 

 

 

 

(最後くらいは、私一人の力でやらせてもらいますよー……)

 

 

 

 

 薄墨初美は原村和の方を向いてそう呟く。今の原村和は完全に臼沢塞を畏怖し、恐れ、気圧されている状態にある。故に、まともに臼沢塞と闘うことは不可能と感じた薄墨初美は、自力での『裏鬼門』成就へと向かう。配牌も、そんな彼女を後押しするが如く、{東}と{北}がいい感じに集まってきていた。

 

 

 

「カン!」

 

 

 

永水:三巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {裏北北裏}

 

新ドラ表示牌

{⑦}

 

 

 

 

 

「カン!!」

 

 

 

永水:八巡目

{裏裏裏裏裏裏裏} {裏東東裏} {裏北北裏}

 

 

 

 

 

(これが、正真正銘最後の『裏鬼門』……止められるのならば、かかってこいですよー!)

 

 

 

 

 そして僅か八巡で{東}と{北}の暗槓を揃えた薄墨初美は、ゆっくりと臼沢塞の方を見る。臼沢塞は当然、自分のことを睨みつけており、やはり『裏鬼門』を封じているのだろうと感じていた。だが、薄墨初美が次巡に引いたのは{南}。絶対に来ないだろうと思われていた{南}を手に取った薄墨初美は、少し動揺しながら手牌へ取り込む。

 

 

 

(宮守……まさか……)

 

 

 

 不審に思った薄墨初美が臼沢塞の方をチラリと見ると、臼沢塞は顔を伏せて息を切らしていた。そうしてようやく理解する。ついに、臼沢塞に限界が来てしまったのだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ハァ、ハァ……あ、後ちょっとのところなのに……!)

 

 

 

 

 臼沢塞は自分の体を動かそうとするが、体が錆びた歯車のように動かない。前を見ようと試みても、彼女の視界は霞んだまま、視覚的情報も何も得られず仕舞いであった。とうとう、限界が来た。理解したくはなかったのだが、動かない体を見れば嫌でも理解してしまう。

 

 

 

(あっーーー)

 

 

 

 そして、頭の中でプツンと糸が切れたような音がした後は、そこから臼沢塞の意識、記憶は殆ど無かった。気がついた頃には、臼沢塞は深刻そうな表情を浮かべる小瀬川白望によって抱きかかえられており、天井を見上げていた。意識を取り戻した臼沢塞が「……シロ?」と小さく呟くと、小瀬川白望は驚き、立ち止まって少しばかり屈む。

 

 

 

「塞……大丈夫……」

 

 

 

「大丈夫だけど……副将戦の結果は……」

 

 

 

 臼沢塞がそう言うと、小瀬川白望は少し暗い顔を浮かべながら「……終局間際に塞が初美の小四喜に放銃して、今、宮守は四位」と答える。どうやら、意識や記憶が曖昧になる程の状況でも臼沢塞は打ち続けていたらしい。その事は評価されるべきではあるが、結果は結果。それを聞いた臼沢塞は自虐するように笑うと、「私ってほんと、ダメね……ごめん」と、涙を浮かべながら小瀬川白望に向かって言った。

 

 

 

「……塞は気にしなくていい。塞は、誰よりも頑張ってた」

 

 

 

 小瀬川白望がそう言い、臼沢塞の涙を拭く。続けて臼沢塞に向かって「塞、立てる?」と言って臼沢塞を下ろした。臼沢塞の足はまだ覚束ない様子ではあったが、臼沢塞が「これくらい大丈夫よ」と言うと、小瀬川白望は臼沢塞とは反対方向を、対局室方面に体を向けると、臼沢塞にこう言った。

 

 

 

「……一位」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「一位になって終わらせてくる。……私が、塞の覚悟を意味のあったものにするために」

 

 

 

 それを聞いた臼沢塞は、ふふっと笑って「……任せたわよ」と言って、小瀬川白望の事を送り出した。

 

 

 

 

(塞の苦しみは忘れない……恨みでもなく、怒りでもなく……ただ仇として……全部、倒す)

 

 




シロを本気にさせるにはこれしか無かったですね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第430話 二回戦B編 ㊴ 最終手段

いよいよ大将戦です。やばいです。何がやばいかって、①←この丸数字が50までしかないんですよ。これを含めればあと11話。代わりを探さなくてはいけませんね……


-------------------------------

視点:神の視点

副将戦終了時

宮守  86600

姫松 113900

永水  95500

清澄 104000

 

 

 

 

【……悪かったな、だとよ】

 

 

 

「わっ、びっくりした……」

 

 

 

 小瀬川白望と別れた後、臼沢塞が極度の疲労と自分の失態に申し訳なく思い、皆に顔を合わせられなかったという二つの理由でゆっくりと歩いて控え室に向かっていると、急に赤木しげるが臼沢塞に声を掛けた。臼沢塞はいきなり声を掛けられたというよりも、赤木しげるがこの場にいた事に驚くが、疲れからか随分と浅いリアクションで声を上げる。

 そして何故彼がこの場にいるのかと臼沢塞が考えていると、いつのまにか自分の首には小瀬川白望の、赤木しげるの墓の欠片が入っている御守りが掛けられていた。おそらく、自分が気を失っている時に小瀬川白望が『預かって欲しい』という意味でそっと掛けたのだろう。

 

 

 

「……別に、良いんですよ。連荘になる前に、私が諦めて素直に一回、永水に和了らせてやれば少なくとも私が振って終わる。なんて結末は無かったんですから。和了らせてやれば点数はその直後は均一になったかもしれませんけど、その分体力は残せますし……南場からの連続和了の流れが来ていなくても、体力が残っていれば一位にも余裕をもって狙えました」

 

 

「……それを、頑なに全部抑えようとして、ムキになってわざわざ清澄の作戦に乗った私が悪いんです……」

 

 

 

 臼沢塞はそう自嘲するような口振りで言うと、赤木しげるは【いいや、そこじゃない……】と意を唱える。

 

 

 

【俺が……いや、アイツが謝ったのは、清澄の作戦みたいなのを使われると、真っ向からの対処がしようがないって事についてさ】

 

 

 

「どうにも……ならない、ですか?」

 

 

 

【まあな。……もともと、お前の能力ってのは体力を代償に相手の能力を封じるってものだ。封じる能力によって代償の量は変わるが、ただの運動した時の消耗とはワケが違う】

 

 

【……故に、その代償に対する慣れってモンは無い。他にあるとすれば、根本的解決として体力を多くするって事なんだが……そもそも肉体的な体力とも少し違う。とどのつまり、お前の能力は決められた分しか使えねえんだ。だから、あの作戦を真正面から、全部馬鹿真面目に打開する方法は用意できなかったってこった……お前の意志を尊重したかったが為に、言わないでおいたらしいが……裏目も裏目。最悪の結果になっちまったな】

 

 

 

 

 

 赤木しげるが臼沢塞にそう告げると、臼沢塞は「……馬鹿ね。謝る必要なんてないのに……最終的に判断したのは私なんだから……」と呟く、赤木しげるではなく、小瀬川白望に向かって言うように。

 

 

 

【まあ、どっちが悪いにせよ、そんなものは今言い合っても水掛け論……話は後にしな。まだ勝負は分からない……終わっちゃいねえからよ】

 

 

 

「そうですね……信じます。シロを」

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

『ふむ……今の和了で宮守が四位か……』

 

 

 

 一方で、最下位から脱却して三位に浮上した永水の控え室では、鷲巣巌が険しい表情を浮かべながら、戻ってきた薄墨初美をチラと見ながら、そう呟く。それを隣で聞いていた石戸霞は、「あら、ご不満かしら?」と尋ねる。

 

 

 

『いや……この際点差や順位に意味は無い。あの小僧相手に一万弱も、十万も変わらん……その気なら容易に二半荘で消し飛ぶからな』

 

 

 

「うふふ。恐ろしいわね」

 

 

 

『まあ、そんな事はどうでも良い。貴様も判り切っとるじゃろ。……それよりも、最後にもう一度言ってやる……分かっとるな?貴様が儂の力を全力で揮えるのは一日につき最大四局。確かに儂はそう言った。が、もし……もしだ。それでも尚、貴様が不甲斐ない醜態を晒すようならば、……最大四局の範疇を超えて五局、六局と延長……。それも理論上できない事ではない』

 

 

 

『……ただし、あくまでも最終手段。運良くそれを使っても尚貴様の体が耐え切れたとしても、少なくとも十日から二十日程度、貴様の意識は無く、昏睡……ッ!その場合、もし勝ち上がれても結局準決勝は棄権扱い……良いな?使うとしたら、後がない決勝じゃ。勝手な真似は許さんぞ』

 

 

 

 鷲巣巌が念を押すように言うと、石戸霞は「なるほどね……今の今まで黙ってくれなくても良かったのに」と、今まで出し惜しみしていた鷲巣巌に向かって言う。すると鷲巣巌は怒った口調でこう怒鳴る。

 

 

 

『阿呆が……事前にできると言ったら貴様、試してただろう……?今言った最終手段は、体力の消耗などとでは比にならん……!貴様は今まで何度も死にかけたが、これは限りなく……ほぼ確定的に死……ッ!昏睡云々の話は本当に運が良かった時だ……!貴様に死なれて困るのは儂……!それを忘れるなと何度言ったら分かる……!?あ〜〜……!?』

 

 

 

「分かってるわよ。私が死んだら、リベンジができないからでしょう?」

 

 

 

『当然じゃ……!そもそも、儂の力、豪運を揮える事だけでも有難い……神が縋ってももできぬ事……ッ!貴様は儂の神託を受けし者……それを理解するんだ……ッ!もっと丁重に扱え……ッ!』

 

 

 

 怒気を放つ鷲巣巌にそう言われた石戸霞は、鷲巣巌を宥めるようにして「分かってるわ。……そろそろ、行きましょう。鷲巣“様“」と、この時初めて様付けで鷲巣巌の事を呼んだ。小馬鹿にしながらというわけでもなく、しっかりと鷲巣巌に対しての敬意が表されていた。久しく生きている人間から様付けで呼ばれた事に、鷲巣巌はすっかり機嫌を良くして『お、おお……!そうじゃ……そうそう。ようやく分かったか……ッ!よし……行くぞ。憎き宿敵を狩りに……化け物狩りじゃ……ッ!』と言い、対局室へ向かっていった。

 

 

 

 

「……あの二人、気が合うんだか合わないんだか、未だに分からないですねー……」

 

 

 

「あの二人なら、大丈夫でしょう……少なくとも、白望さんに一方的にやられる事は無いはず……」

 




前半の、良く言えば補足ですけど、悪く言えば後付けもとい苦しい言い訳ですね……苦しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第431話 二回戦B編 ㊵ 因縁

-------------------------------

視点:神の視点

宮守  86600

姫松 113900

永水  95500

清澄 104000

 

 

 

 

 

 

 

(一番乗りか……?いや、もう誰かおったか……)

 

 

 

 末原恭子は大将戦が始まる前から緊張、プレッシャーに心を縛られ、少しおっかなびっくりな状態になりながらも、ゆっくりと対局室のドアを開けて中に入る。どうやら先に来ていた清澄の大将、宮永咲も緊張のせいか、少し体を震わせているようで、それを見ていた末原恭子は若干シンパシーを感じる。

 先鋒次鋒と他校の猛攻をなんとか凌ぎ、中堅のエース愛宕洋榎が逆転して首位に躍り出て、副将では実力というよりも時の運、理論では語る事のできない勝負の綾に絡救われていたものの、首位を守り切って任されたこの大将戦、末原恭子にとっては荷が重いどころの騒ぎではない。いくら最大の脅威宮守が最下位とはいえ、点差は三万点もない。相手が小瀬川白望であるということを考えると、心許なさは果てしないだろう。そう考えているうちに、今、末原恭子は小瀬川白望を始めて想い人ではなく、最大最強の敵として認識していたという事に気付く。しかし、やはりそれも仕方のない事だろう。相手も知り合いという情を持って来るほど甘くはない。故に、自分もまた、小瀬川白望を倒すべき相手として認識しなくては、勝負の土台にすら立てない。

 

 

 

(……というか、白望のことやしウチ以外にも大将で知り合いがいるんかな。……分かってはいるけど、なんか複雑やわ……)

 

 

 

 

 そうして小瀬川白望と永水の大将の石戸霞を待っている最中、末原恭子は全国各地を飛び回ってはその度に新たな人を誑し込む小瀬川白望に対して呆れた感じでを文句のようなものを呟く。……いや、本人には誑し込むだのといった、そのつもりが無いのは分かっているし、かくいう自分もそれによって心を落とされた者の一人なのだが、それでもやはり納得できるものではなく、モヤモヤとしているのだ。だが、それを今ここで小瀬川白望に向かって言っても何も変わらないだろう。

 結局、この事については諦める形となった末原恭子は気持ちの切り替えとして息を深く吐く。言いたい事は全て言えた、と少し満足しながら『敵』である小瀬川白望を待つ。すると、どっしりと構えた矢先に対局室の扉が開いた。末原恭子は一瞬、小瀬川白望が来たかと思って身構えそうになるが、ちらりと見えた巫女服を見て違うと確信する。だが、今度はその者に対して末原恭子は身構えた。

 

 

 

(あれが訳の分からん巫女集団の大将……石戸……!)

 

 

 

「あら、まだシロは来ていないのね?」

 

 

 

 石戸霞が呟いた名前にピクリと反応した末原恭子が、「……なんや、知っとるんか」と少し声を強張らせて石戸霞に問いかける。すると石戸霞は「……知っているも何も、ねえ?」と、若干挑発するように末原恭子に返す。

 

 

 

「成る程な。あんたも『因縁』持ちってことか」

 

 

 

「まあそうなるけど……『因縁』と言ったら、私よりも根深い人がいるわよ?」

 

 

 

 末原恭子が濁すように表現した『因縁』という言葉を、石戸霞が鷲巣巌が抱いている『因縁』そのままの意味で返すが、末原恭子には伝わってはいないようで、(……なんや。洋榎みたいな立ち位置なんか……?)と頭の中で考えていた。

 

 

 

 

「……と思ったら、噂をすればなんとやらね」

 

 

 

(ッ……白望……!)

 

 

 

 何かを察したような石戸霞の言葉に合わせて、末原恭子は石戸霞の奥の方に位置する対局室の扉を見つめる。その直後、対局室の扉が静かに開いた。そこには、やはり予想通り小瀬川白望が立っていた。末原恭子は彼女の静かな、それでいて迫力のある登場に息を呑んでいた。

 

 

 

「……あ、あっ……!?」

 

 

 

 すると、小瀬川白望の姿を認識した清澄の大将、宮永咲がまるで死神でも見たかのような絶望の声を漏らした。開会式の直前にすれ違ったあの時の恐怖が、未だに脳裏から離れられなくて苦難していた宮永咲を、追い詰めるかのようなこの仕打ちに足を震わせる。できることならば、二度と開いたくないと願った相手が、よもやこんな場所で、こんな状況で再開するという事実を受け入れられず、恐怖に打ちひしがれていた。末原恭子はそんな尋常ならざる怯え方に(……清澄も清澄で、一体何があったんや……?)と疑問に思っていたが、今目の前にいる小瀬川白望を見れば、少しばかりその気持ちも理解できた。明らかに今まで見てきた小瀬川白望の表情、雰囲気とは違かった。そのギャップに心構えをしていた末原恭子でさえも戸惑う様子であったが、石戸霞は動揺する様子もなく、小瀬川白望に向かって声をかける。

 

 

 

「久しぶりね、シロ」

 

 

 

「霞……久しぶり」

 

 

 

 素っ気なく答える小瀬川白望を見て、鷲巣巌が石戸霞の脳内に向かって《来たな……ガキ……いや、『アカギ』……!この瞬間を、何度……何度待ちわびたか……ッ!この生涯が果てて尚……懇願、願い続づけた……!そして実った……!直接でないにしろ、実った……!さあ来い……来い……ッ!》と歓喜の声を上げる。石戸霞は(まだ対局も始まってないのに、そんなに張り切って大丈夫?)と鷲巣巌に返すと、鷲巣巌は《ハッ!》と吐き捨ててこう続けた。

 

 

 

《張り切る……?馬鹿言え……ッ!当然じゃ……当然……ッ!儂が何年、何十年この苦しみを……この屈辱を味わって来たと思っとる……ッ!今度こそ、思い知らせてやる……どちらが勝るか……此の世を統べる王と……それに刃を向け、叛旗を翻す博徒……どちらが此の世の頂点か……ッ!》

 

 

 

 

 眼球を血走らせながら意気込む鷲巣巌に対して、まさか鷲巣巌が石戸霞のバックについているなどと夢にも思っていない小瀬川白望は、席決めを行なった後、石戸霞の方をチラと見て(……絶一門でくるか……それとも全く知らない何かでくるか……)と心の中で呟く。

 

 

 

(どちらにせよ、私には関係ない……)

 

 

 

 

(そう思ってるんでしょうけど……関係大有りよ。あなたに……いや、あなたの師匠に……ね)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第432話 二回戦大将戦 ① 意図

サブタイトルを変えてナンバリングを一からにします。絶対50じゃ収まらないと思うので……


-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:清澄 ドラ{8}

清澄 104000

宮守  86600

姫松 113900

永水  95500

 

 

 

 

「さあ、いよいよ……だな」

 

 

 

 観戦室から二回戦Bブロック第一回戦の様子を傍観していた辻垣内智葉は、大将戦がいよいよ始まるといったところで静かにそう呟いた。対局室も当然そうなのだが、それらを傍観する側であるはずの観戦室も独特な緊張感、張り詰めた雰囲気を醸し出しており、メガン・ダヴァンは思わず息を呑んで辻垣内智葉にこう返す。

 

 

 

「……サトハ、随分嬉しそうですネ?次で当たるかもしれないというノニ……」

 

 

 

「まあ、嬉しさ半分……危機感半分……ってとこだな。団体戦でもそうだが、個人戦では直接当たる事になるから、勿論危機感はあるが……それよりも、シロをここ(全国大会)で見れたのが嬉しくてたまらんな……実に六年ぶりだ」

 

 

 

 

「六年ぶり……ああ、あの牌譜の」

 

 

 

 腕を組んで二人の会話を聞いていたアレクサンドラは頭の中で過去に一度だけ見た、六年前の全国大会決勝戦での牌譜を思い返しながらそう呟く。あれを見て以来、何度か彼女を臨海女子に入ってくれないかとスカウトはしてみたものの、その度にやんわりと断られた思い出も同時に出てきて、どうせ結局こうなる事は避けられなかったのは分かっていたはずだと、当時異様に躍起になっていた自分をしみじみ思いながら呟く。

 

 

 

「懐かしいな。あれ以来も何度か電話を掛けた(スカウトした)んだが……まあ振り向いてくれる事は無かったな」

 

 

 

「いつの間にそんな事やってたんですか監督……抜け目ないというかなんというか……」

 

 

 

 雀明華が少し呆れたようにアレクサンドラに向かって言うが、辻垣内智葉はアレクサンドラの肩を持つように「確かに、シロがウチに入ってくればまず敵は居ないからな。……もっとも、それはどこの高校でも当てはまる事だが」と呟く。

 

 

 

「何を言ってるんデス、らしくないですネ。サトハ。そんなシロサンを止めなければ、臨海に勝ちは無いんですヨ?」

 

 

 

「ふっ……そうだな。正論だ。全くもってその通りだ。確かに、アレは止めると言って止めることのできる奴じゃない。が、それくらい……いや、それ以上。それ以上の気概で行かなければ、まあ勝負にもならんだろうな」

 

 

 

「問題は、あの三人にその根拠の無い無謀さ、覚悟があるかどうかだが……」

 

 

 

(……それにしても、永水。何を隠してやがる。まさかここにきて奥の手でもあるというのか……?)

 

 

 辻垣内智葉は怪訝そうな表情を浮かべながら、姫松の末原恭子と清澄の宮永咲に比べてみれば随分と平気そうな様子の石戸霞を見て、辻垣内智葉は何かがあるのだろうと察する。それも、あの小瀬川白望を相手にして尚依然とした状態であるという事は、それほどの奥の手、ウルトラCを持ってきたのだろう。そんな彼女を、面白いと辻垣内智葉は評し、前のめりだった姿勢を崩して、深く椅子に凭れかかった。

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

永水:配牌

{三六八③④⑦⑧669東白中}

 

 

 

(前に打った時点で既に凄まじかったのに、今はそれを遥かに上回ってるわね……気をに抜いたら失神しちゃいそう)

 

 

 

 対局が始まり、配牌を取り終えた石戸霞は目の前から発せられる信じられないほどの気迫、圧力を受けて少しほど指を震わせる。表向きは対局が始まる前も今も、平静を保っているように取り繕ってはいるが、それはあくまでも外面だけの話で、内面はしっかりとプレッシャーを感じていた。しかしそれでも尚平静を装えていられるのは、やはり彼女の後方にいる鷲巣巌のおかげか。彼のも小瀬川白望に匹敵、いや、凌駕するかもしれない圧力である。そんな彼の力に圧倒されつつもその身に受けていたせいか、ある程度の耐性はついているようだ。

 

 

 

 

(『絶一門』は使えないけど、まあ仕方ないわね……『絶一門』はもうシロに攻略されてるし……)

 

 

 

 自身の手牌が一色に染まり、逆に相手にはその他の二色しか行かないようにするという『絶一門』を使えない事を悔やみながらも、仕方ない事だとする。使えない理由としては、『絶一門』を使った後は必ず滝見春に御祓いをしてもらわないといけないのだ。つまり、『絶一門』と鷲巣巌の力を交互に使うといったことは、御祓いを挟まないといけない。当然、対局中にそんな事できるわけもないので、結局は『絶一門』を切り捨てるといった形になった。

 それに、彼女の言う通り『絶一門』は過去に終盤になると効力が弱まるといった弱点を小瀬川白望に見透かされ、攻略されてしまったので使えたとしても小瀬川白望を討つ武器とはなり得なかったであろう。そう考えると、使えなくても使えても変わらないのかもしれない。

 

 

 

 

(……霞の『絶一門』は無し……か。この状況で出し惜しみするほど余裕も無いだろうし、やっぱり何か新しいもので来るのか……それも、条件付き且つ『絶一門』より強力な何かで……)

 

 

 

 小瀬川白望は『絶一門』が使われていない事を自身の配牌を見て確認すると、石戸霞は何か別なもので来るのだろうと予想して、淡々と手を進める。そして、親である宮永咲の事を見て、まるで懐かしいものを見るように微笑した。

 

 

 

(()()咲……ね。照に似ているといえば確かに似てる……とても偶然とは思えない)

 

 

 

 実は小瀬川白望は既に開会式前にも遭遇していたのだが、その時は小瀬川白望は宮永咲の事を認識しておらず、認識したということでは初めてである。宮永照の言っていた妹で間違いないだろうと目星をつけながら、それと同時に能力を推察する。

 

 

 

(……槓、いや、嶺上を得意とするのかな。牌譜と照のアレを思い出す限りでは)

 

 

 

 宮永照が小瀬川白望に二度見せた妹の力と、本人の地区大会の牌譜を照らし合わせながら、宮永咲の能力に見当をつける。暗槓明槓問わず、まるで嶺上牌が見えているかのような打ちまわし。いや、実際見えているのだろう。だからこそあそこまで堂々とした打ちまわしができるのだ。確かに、使い方によっては化ける能力ではある。が、そこまで言って小瀬川白望はこう続ける。

 

 

 

(しかし、支配とまではいかない……あなたも私も、槓をすれば同じ……同条件……)

 

 

 

「カン」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

宮守:七巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横四四四四}

 

 

 

新ドラ表示牌

{⑥}

 

 

 

 まずは手始め、そう言わんばかりに小瀬川白望が早速口火を切った。清澄の宮永咲が無用心に切った生牌の{四}を大明槓。末原恭子はいきなり小瀬川白望が仕掛けてきたのを見て、(ーーまさか。もう和了るって事か……!?)と焦りを見せる。生牌を切った宮永咲も、嶺上牌に何があるのかを確認してから、(やっぱり、この人……!!)と何かに気づく。

 が、しかし。小瀬川白望は嶺上牌をツモるところまでは良かったのだが、その後の行動が二人の予測を大きく外れる形となった。小瀬川白望は嶺上牌を手牌に入れ、ツモ和了ではなく、普通に牌を切ったのだ。

 

 

 

 

 

宮守:七巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横四四四四}

打{⑤}

 

 

 

 

(……っ、嶺上開花じゃ、無い……?)

 

 

 

(助かった……んか?てっきり、和了られると思ったんやけど……)

 

 

 

 末原恭子は小瀬川白望の大明槓を見て、十中八九彼女が和了るだろうと予見していたのだが、それが外れる形となって少し困惑している。和了られなかったのならばそれはもちろん嬉しいのだが、小瀬川白望の場合かえってそれが不気味で仕方ない。

 何かがあるはずだ。何かしらの意図があって大明槓したのだろうが、肝心且つ重要なその意図が現時点では分からない。故に、どうにかしてその意図を探っていき、突き止める他、彼女に生き残る術はないのだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第433話 二回戦大将戦 ② 槓

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:清澄 ドラ{8⑦}

清澄 104000

宮守  86600

姫松 113900

永水  95500

 

 

 

永水:七巡目

{六八③④⑦⑧1366789}

 

 

宮守:七巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横四四四四}

 

 

 

 東一局、七巡目に小瀬川白望がまず挨拶代わりといった風に宮永咲の切った{四}を大明槓し、さっそく仕掛けていく。槓を宣言された瞬間は自分の十八番である嶺上開花。それをしかも責任払いで決められるかもしれないと思っていた宮永咲であったが、小瀬川白望は和了には至らない事を確認して露骨に安堵した。

 が、しかし。嶺上開花の責任払いという最悪の事態を避けられたとしても、今度はその手牌に疑念が残る。宮永咲は嶺上を司る能力を持っている故に、彼女には嶺上牌がくっきりと見えている。つまり、今小瀬川白望が嶺上牌でツモった牌も分かるのだ。小瀬川白望が先ほどツモったのは{三}。だが、その事実はかえって宮永咲を非常に悩ませた。{三}が、それの隣の牌である{四}を明槓しても尚入ったのだ。どういった手の形かは分からないが、恐らく{一二}の搭子があったか、もしくは{三}がもう一、二枚あるのは確定だ。しかし、そうなると宮永咲視点から見る限りではあの状況でわざわざ{四}を大明槓するという事に必要性は無かったように見える。

 という事は、小瀬川白望の狙いは最初からツモ和了や手を進めようというわけでは無い。それは恐らく間違ってはいない。だが、その後が分からない。新ドラを増やしたかったのか、それとも別の狙いがあるのか。

 

 

 

(宮守の人がツモったのは{三}のはず。でもそれが手牌に入るって……どういう手牌の状態でカンしたんだろう……)

 

 

 

 考えてもキリがないという事は十分承知しているのだが、小瀬川白望という化け物を相手に、不確定要素を残したまま立ち向かおうとして良いのだろうか。小瀬川白望と闘った事のない宮永咲であったが、彼女の本能がそう叫ぶのであった。

 そういった葛藤……己の恐怖心との闘いに苦労させられていた宮永咲であったが、次のツモで{2}が四枚重なると、宮永咲の眼の色が変わった。確かに気掛かりな点は存在する。が、それで足踏みをしているようではいつまでも和了には向かえない。宮永咲は迷いを振り切らんと四枚重なった{2}を晒し、攻めに転じようとする。

 

 

 

「カン!」

 

 

清澄:八巡目

{赤五六②③⑧⑧⑧79西} {裏22裏}

 

 

 

新ドラ表示牌

{3}

 

 

 

 

(まだ聴牌できてないけど……これで一向聴……!)

 

 

 

 宮永咲が心の中で呟きながら静かに嶺上牌をツモると、その牌は{8}。ちょうど{79}の嵌張のど真ん中を引き当て、一向聴とする。小瀬川白望が今聴牌しているのかは謎だが、まだ十分間に合うはずだ。そう宮永咲は思っていたのだが、その次巡、九巡目に宮永咲に揺さぶりをかけるかのように小瀬川白望がまたも動く。

 

 

 

「チー」

 

 

 

宮守:十巡目

{裏裏裏裏裏裏裏裏} {横八七九} {横四四四四}

打{西}

 

 

(萬子の七八九……もしかして清一色なの……かな……?だとしたらさっきの{三}も分かるけど……)

 

 

 

 小瀬川白望の鳴きを見て思考を走らせる宮永咲。確かに清一色を目指しているのならば例え{四}を槓して四枚見えた状況でも、繋がりにくい{三}を優先的に保持するのは当然のことだ。そういう風にどうにかして先ほどの行為と結びつけようとするが、それも無駄となってしまう。その同巡、小瀬川白望はまたしても宮永咲の予想を裏切るように鳴きを入れたのだ。

 

 

 

「ポン」

 

 

 

宮守:十一巡目

{裏裏裏裏裏} {44横4} {横八七九} {横四四四四}

打{5}

 

 

 

({4}……って事はもしかして……)

 

 

 

 そう、{4}鳴きから分かるように、小瀬川白望は清一色を目指しているわけでもなかった。が、同時にようやく明かされる事となった。

 

 

 

(三色同刻……!?)

 

 

 

 彼女の目指す道、三色同刻。それだけならまだ良い。しかし、宮永咲は思わぬ形で敵に塩を送ってしまっていたのだ。今小瀬川白望が鳴いた{4}。それはよもや宮永咲の暗槓によって増えた新ドラだったのだ。つまり、仮に三色同刻だと仮定すればこの時点で既に五飜。満貫が確定する。

 

 

 

(ドラ3……まさか私のカンを見越してわざわざ三色同刻に……?)

 

 

 

 一体、どこからどこまで自分の行動を見切られていたのかと驚愕する宮永咲であったが、次巡のツモでその驚愕は絶望へと変わる。宮永咲はツモってきた牌を、手を震わせながら手牌に置くと、ゆっくりと小瀬川白望の手牌を見た。

 

 

 

清澄:十二巡目

{赤五六②③⑧⑧⑧789} {裏22裏}

ツモ{三}

 

 

 

({三}って……もうこれしか……)

 

 

 

 宮永咲がツモってきたのは{三}。数巡前に、宮永咲を苦しませ、悩ませた元凶とも言える{三}。そんな悪魔ともいえる牌を宮永咲は必死に寄せ付けないように距離を取っていた。が、それがここに来て宮永咲を本格的に追い詰める。小瀬川白望が嶺上牌から{三}をツモってきてから、彼女はそれを捨ててはいない。つまり、まだ小瀬川白望の手中にあるのだ。一枚は確実に。そして彼女が張っているとしたら、彼女の手牌予想図はこの一つしかない。

 

 

 

宮守:手牌予想図

{三④④④} {44横4} {横八七九} {横四四四四}

 

 

 言うまでもなく、彼女の待ち、和了牌は{三}。これしか存在しないのだ。故に、この牌。絶対に切れるものではない。彼女が張っているという根拠は無い。が、手を崩す事になろうとも、その結果親を流される事になろうとも、絶対に切ってはならないのだ。切れば当たる。宮永咲は手の震えを抑えようと、ギュッと右手を握りしめる。

 

 

 

(これは切れない……絶対に和了られる……)

 

 

 

清澄

打{③}

 

 

 

 そうして結局、{③}を切って手を崩すまではいかなくとも、受けを一つ減らす事となった宮永咲であったが、小瀬川白望はその様子を見て(……なるほど)と呟く。そうして笑みを浮かべながらチラリと自身の手牌に目を向ける。

 

 

 

宮守:十二巡目

{三九①北} {44横4} {横八七九} {横四四四四}

 

 

 

 

 そう、バラバラ……!小瀬川白望の手は三副露しても尚バラバラのままだったのだ。というより、元より彼女はこの局、和了るつもりはなかった。宮永咲が暗槓をするのも、それで生まれる新ドラが自分の手のどれかには乗るであろうという事も感じていた小瀬川白望であったが、ここは敢えて和了には向かわなかった。宮永咲という雀士の、牌譜だけでは見えてこない深層心理、限界に追い込まれた時の、状況に応じた心の揺れを、改めて見定めるために。

 

 

 

(これで『支点』が分かった。後は、その天秤を傾けるだけ……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第434話 二回戦大将戦 ③ 支点

-------------------------------

視点:神の視点

東一局 親:清澄 ドラ{8⑦4}

清澄 104000

宮守  86600

姫松 113900

永水  95500

 

 

 

 

 

 

 

永水:十二巡目

{六七八③④⑦⑧⑨66789}

 

 

清澄:十二巡目

{三赤五六②⑧⑧⑧789} {裏22裏}

 

 

宮守:十二巡目

{三九①北} {44横4} {横八七九} {横四四四四}

ツモ{⑤}

 

 

 

 東一局、宮永咲は途中から暗槓を仕掛けるなど、和了に向かう姿勢を見せていたのだが、小瀬川白望の三色同刻ドラ3をチラつかせたブラフによって、彼女は{三}を切ることができずに{③}を切った。いや、どちらかといえば切らされたという方が正しいか。

 そうして宮永咲の攻勢をあっさり跳ね除けた小瀬川白望の次の行動は早かった。このまま流局まで縺れ込まさせるのも一つの手だが、その場合自分がノーテンであるという情報を公開してしまう事になる。宮永咲に疑心を持たせないためにも、ここはさっさとケリをつけるべきだ。そう思いながら、小瀬川白望は末原恭子の捨て牌に目をやり、ツモってきた{⑤}をそのまま叩いた。

 

 

 

(……)

 

 

 

宮守

打{⑤}

 

 

 

 

「ろ、ロン!」

 

 

 

姫松:和了形

{一二三七八九③④34577}

宮守

打{⑤}

 

 

 

 

「……3900!」

 

 

 

 

 小瀬川白望が自分の和了牌を切ったという、信じ難い事に対して動揺気味に点数を申告した末原恭子であったが、和了ったあとに小瀬川白望から点棒を受け取ってから、よくよく考えてみれば小瀬川白望は間違って振り込んだのではなく、意図的に自分に和了るように仕向けたのだという事に気付く。それはそうだ。あの小瀬川白望が、こんなにも簡単に和了らせてくれるわけがない。

 そして、小瀬川白望が末原恭子に和了らせたということは、この東一局で、彼女は何かを企み、実行していたということだ。末原恭子からは何を狙っていたのかが分からなかったため、もしかして自分に何か仕掛けていたのかと少しほど心配になるが、とにかく確証がない今、あれこれ考えて不安になっても意味は無いと自分に言い聞かせるように心を落ち着かせていた。

 

 

 

 

 

《……おい》

 

 

 

(分かってるわよ……でも、まだその時じゃないわ)

 

 

 

 その一方で、小瀬川白望と点棒のやりとりを見ていた石戸霞は鷲巣巌に声を掛けられていた。鷲巣巌が少しそわそわしながら声を掛けていた理由は至極簡単で、次の東二局の親は小瀬川白望だったからだ。ここまで鷲巣巌が過剰反応を示すのは、やはり生前の鷲巣麻雀にある。

 特に六回戦の南場の赤木しげるの親番で、鷲巣巌はその恐ろしさを大きく味わった。何をどう考えようとも、赤木しげるに直撃を奪われるあの地獄とも言える連荘。いくら轟々と振る舞う鷲巣巌と雖も、本気で死を予感したあの連荘が脳裏から離れられないために、鷲巣巌は過剰に反応するのだ。もっとも、死を予感した後に鷲巣巌は赤木しげるの親を蹴る事に成功したのだが。

 しかし、石戸霞は鷲巣巌の言葉とは裏腹に、鷲巣巌の申し出をやんわりと断った。恐らく、今この状況で鷲巣巌の力を発動すれば小瀬川白望に真っ向から対抗でき、先手必勝で親を蹴れる可能性もある。

 故に使いたい。使いたいのは山々なのだが、そこで足を引っ張ってくるのが使用制限。最低でも十六局はあるこの大将戦で使えるのは四局という、かなり短い期間しか発動することができない。無論、その使用制限を越えることは理論的には可能なのだが、万一越えればよくて昏睡、それ以外ならば死という、捨て身以前にもはや勝負そのものを捨てる事となってしまう。だからこそ、四局の配分というのは非常に重要になってくるのだ。もちろん、四局全てを小瀬川白望の親番に当てる事も一つの策だ。上手くいけば、小瀬川白望に一度も連荘させる事なく終えることもできるかもしれない。だが、現実的な話、四局連続で小瀬川白望に競り勝つというのは至難の業であり、更に親番を防いだとしても、他の局で逆転されることも十分にあり得る話なのだ。使うのは本当に必要だ、小瀬川白望をここで止めなくてはならないという状況のみ。貴重なカードは残すのが良い手だ。

 

 

 

《構わんが……止められるか?奴の親番……》

 

 

 

(……そうね。危なくなったら使用も已む無いけど……できることなら、使わずに流したいわ)

 

 

 

《本当に分かっとるのか?お前みたいな奴が止めようと思って止めれる相手ではない……背水の陣になってからでは……奴のスイッチが入ってからでは遅すぎる……ッ!》

 

 

 

 そう怒鳴る鷲巣巌に対し、石戸霞は少し汗を流しながら(……もちろん、分かってるわよ。でも、せめて四回のうち三回……三回は後半戦まで残しておきたいのよ……)と呟く。やはり、石戸霞は先に前半戦で使うよりも、後半戦に温存することを推した。

 

 

《く……だが、仕方ない……ッ!確かに、アカギもそうじゃった……!アカギも後半、終わりに近づけば近づくほど奴の悪魔的……真の力を発揮していた……ッ!》

 

 

《ならば良かろう、お前の力で死ぬ気で……いや、殺す気……奴の息の根を止める、ここで殺す気で行け……ッ!さもなくば、飲まれるぞ……あのブラックホールに……!》

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「……一体、シロは何が狙いだったんだろう?」

 

 

 

 小瀬川白望は三色同刻を匂わせたブラフによって宮永咲を勝負から降ろす事には成功していたが、東一局からブラフをするという彼女の意図が分からず、宮守女子のメンバーでさえも理解に苦しんでいたところ、先ほど戻ってきた臼沢塞と同じく控え室に戻ってきていた赤木しげるはボソリと【……見定めているのさ。清澄の大将を】と呟く。それを聞いた臼沢塞は「……見定める?」と聞き返した。

 

 

 

【まあその前に……麻雀を打つ者は、困難や危機、危険に直面した時に、取る行動は大きく分けて四つある。……ここで言ってるのは普通の場合じゃなく、本当に危険な状況の時……それこそ賭けをしてる時のような状況で、だ。何か分かるか?大まかに分けてだ】

 

 

 

 赤木しげるが宮守のメンバーに向かって質問すると、姉帯豊音は指を折りながら「え、えーっと……攻める、守る……あとは……」と、二つまでは出てきたが、そこから後が出ず、それ以上指は折られなかった。他の者も考えるが、それ以外の回答は出なかった。

 

 

 

【ククク……確かに何か危険を前にした時、大体の奴は攻めるか守るかの二つに分けられる。そこから、もう二つ……攻めもせず引きもしない、決断を先送りにする保留を選ぶ奴……そして状況に合わせて攻めと守りを変更する奴……大概の雀士はこの四つでほぼ言い表せる】

 

 

 

【そして、清澄の大将がさっき言った中での状況に応じて変更するタイプだって言うのは牌譜を見た頃から分かっていた……後は、その『支点』を見極めるのみ】

 

 

 

「支点……?」

 

 

 

【攻める奴に対しては、溢れそうな牌で狙ったり……守る奴に対しては、ブラフを使ったり……両極端な奴は対処が簡単で、状況に応じて攻めや守りを変える奴は一見、前者に比べて対処が難しそうにも見える……が、見方を変えれば長所は短所になる。どちらにも回れるって事は、攻めにも守りにも回らせる事が可能でもあるって事……】

 

 

 

【状況に応じてとは言っても……それは実際にその場その場で状況を判断し、臨機応変に変えているかと言われれば……少し違う。本質には必ず、どちらに回るかを決める判断基準は存在する……故に、奴がどれくらいの状況なら攻めに行き、また守りに行くか……そこの変更点、天秤の支点さえ掴めれば、後は自在……攻めにも守りにも傾かせる事ができる……操り人形の完成さ……】

 

 

 

【だから今のブラフは、清澄を和了れせないようにしていたわけでもなく……わざと清澄に危険な状況を演出しただけの話……牌譜や映像だけじゃ、その時の場の空気だったり、奴が本当に危険と感じている場面か……本当に奴の心の奥底、本質で動いてるのかは分からないからな……その為に、確認したのさ】

 

 

 

「……じゃあ、シロは今ので分かったんですか?」

 

 

 

 唖然とする臼沢塞は、赤木しげるに向かってそう尋ねると、赤木しげるは【……分かっただろうな。そこまで『支点』が複雑な奴でもなければ、感情的になる奴でもない……】と言いながら、赤木しげるは鷲巣巌の事を頭の中に思い浮かべる。この時既に、赤木しげるはこの大将戦に鷲巣巌が関与していることを察知していた。

 

 

(【ククク……できることなら、本気のお前とは俺が打ちたかったんだがな……】)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第435話 二回戦大将戦 ④ 複雑

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:宮守 ドラ{①}

清澄 104000

宮守  82700

姫松 117800

永水  95500

 

 

 

 

(……咲)

 

 

 

 強豪と呼ばれる高校の猛者どもと時を同じくして大将戦を見ていた、既に準決勝進出を一足先に決めていた白糸台のメンバーは張り詰めた空気の中、静かに勝負の行方を見守っていたが、チーム虎姫の大エース宮永照だけは、少しばかり心中は穏やかではなく、心配かつ複雑そうな表情で見ていた。

 

 

 

(照……まあ、仕方ない……か。こればっかりは……)

 

 

 

 隣で見ていた弘世菫は、感情的か感情的でないかは別として、あまり感情は表に出さないクールな宮永照が、重苦しそうな表情を浮かべるのを見て思わず名前を口に出し、声をかけてしまいそうになるが、ここはぐっと堪えて心の中に内包する。彼女からしてみればこれほど居た堪れない事はないだろう。自分の最大の敵であり想い人でもある小瀬川白望と、自分の妹であり半ば絶縁状態とも言える宮永咲が、宮永照の目の前で卓を囲んでいるのだ。上手く言葉では言い表せないが、少なくとも快い光景ではないのは確かだろう。

 そんな事を思いながら、宮永照の心情を汲み取って何も喋らないでいた弘世菫は、取り敢えず宮永照をそっとしておこうと視線をモニターへと戻す。前局の東一局では小瀬川白望が手牌がバラバラなのに三度鳴いた挙句、姫松に振り込むという相変わらず訳の分からない事をやっていたが、ともかく東二局は小瀬川白望の親。前局の支払いでトップとの点差が三万五千点ほど。そろそろ仕掛けてきてもおかしくないところである。

 

 

 

(姫松の末原とは何度か打ったのを見かけたが……なんというか、いかにも努力家というような麻雀だったな。それに比べ……なんなんだ。永水の大将は……気味が悪いな)

 

 

 

 弘世菫は永水の大将、石戸霞の事を見ながら露骨に不快な表情を浮かべる。彼女が『絶一門』を使っていない事が、その大きな原因であった。余程のことで無い限り、石戸霞は出し惜しみをせずに使ってくるものだと思っていた弘世菫にとってみれば不可解だった。もっとも、石戸霞は出し惜しみをしているわけではなく、『絶一門』よりも条件が厳しい鷲巣巌の力を使っているからであったのだが。

 兎にも角にも、弘世菫視点から見ればまた他の何かを隠しているのは明らかだった。少なくとも、『絶一門』よりも強い何かを。

 

 

 

『ロン、3900』

 

 

 

 弘世菫が不快感を表している一方で、小瀬川白望は軽やかに和了を決めていた。挨拶がわりの一撃を、清澄の宮永咲から出和了る。この間僅か五巡。いくらあの天才宮永照の妹である宮永咲だとしても、異常なまでのこの速度には対応しきれていなかった。

 それを見ながら弘世菫は(……始まった、か?)とボソリと呟く。言うまでもなく、小瀬川白望と打つときに一番留意せねばいけない時間は彼女が親番の時である。これは誰に対しても言える話かもしれないが、小瀬川白望の場合は特にである。心してかからなければ、その親番で勝負が決まってしまうこともある程に、彼女の親というものは危険なのだ。弘世菫が彼女と打った時は『連続和了』を発動していた宮永照のお陰で早々に親を流す事に成功していたが、あれが無ければあの後果たしてどうなっていただろうと思うと、少しばかり寒気が走る。

 

 

 

(可能性があるとすれば、姫松の末原か……?速さに特化……とまでは行かずとも、得意分野な筈だが……)

 

 

 

 誰が小瀬川白望を止める勇者となるか。見入っている弘世菫がそういった予想を立てているのに対して、渋谷尭深は弘世菫とは別の意味で見入っていた。彼女からして見れば、初めて小瀬川白望が麻雀を打っているところを見ることができたのである。牌譜からも、弘世菫や宮永照などといった、小瀬川白望と打った事のある者達からもその凄さ、恐ろしさといったものは承知していたが、実際こうして見た渋谷尭深は、小瀬川白望の麻雀に対して感動していた。神々しい、とでも言うのだろうか。小瀬川白望に対しての好意もあってか、彼女が光り輝いて見えた。

 

 

 

(……ああ、なんて美しいのか……)

 

 

 

 渋谷尭深が詠歎の声を心の中で上げていると、大星淡はそれを見て若干ビックリしていた。そして渋谷尭深に声をかけようとしたが、それを隣にいた亦野誠子がすんでのところで阻止する。大星淡が亦野誠子に小さな声で(……亦野センパイ!何するのさ!)と言うと、亦野誠子は少し額に汗をかきながらこう言った。

 

 

 

(あまり『あの状態』の尭深を刺激しないでくれ……本当に怖いんだから!)

 

 

 

(……『あの状態』?どういうこと?)

 

 

 

(お前は知らないだろうが……去年、よく白望さんが原因で宮永先輩と渋谷尭深の仲が拗れてたんだよ……宮永先輩もそうだけど、宮守の大将が関係している時の二人には触れちゃダメだ……恐ろしく怖いから……!これが白糸台の鉄則……!)

 

 

 

 小声で大星淡に言い聞かせていた亦野誠子だったが、渋谷尭深に話し声が聞こえていたのか、視線を変えないまま亦野誠子に向かって「……何か言った?誠子ちゃん、淡ちゃん」と、凍てつくような声のトーンで質問した。亦野誠子も思わず、背筋をピンと張ってカタカタと震える。隣にいた大星淡も豹変した彼女を見て、気がつけばそれにつられるようにして亦野誠子に抱きついていた。

 すると、上手いタイミングで『ツモ、2700オール』と、小瀬川白望がツモの宣言をして和了った。渋谷尭深の意識がそちらの方に流れたのを見てから、二人は安堵の溜息をつく。

 

 

 

(……これで分かっただろ)

 

 

 

(うん……さっきのタカミー、本当に怖かった……)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第436話 二回戦大将戦 ⑤ 上空

-------------------------------

視点:神の視点

東二局二本場 親:宮守 ドラ{発}

清澄  97400

宮守  94700

姫松 115100

永水  92800

 

 

 

 

 

(やばいわ、これ……点数自体は大したことないのに、こうも簡単に和了られるともう……時間の問題や……!)

 

 

 小瀬川白望が3900と2700オールを和了って二本場となる東二局、小瀬川白望の親。先ほどの和了によって宮守が永水を追い越し、三位に浮上。もともと永水と宮守の間に点差が無かったとはいえ、一万弱あった点差が本当に湯水のように消えてしまった。そんな小瀬川白望の静かな追撃を受けて、末原恭子の危機感が次第に焦り、焦燥へと変貌していく。二位の清澄との点差も肉薄しており、いつ清澄を抜いて二位に浮上してもおかしくないこの状況。そうなればこの首位の座も危うくなるだろう。

 

 

 

(む……無理や……!そんな事になったら、もう耐えられへん……!ここで止めるしか……)

 

 

 

 そこまで想像して、末原恭子は軽く絶望する。不可能だ。もし宮守が二位なんかになってしまえば、小瀬川白望は恐らく清澄や永水に眼中もくれず、ただひたすらに姫松をターゲットにし、直撃を取りに来るだろう。詰まるところ末原恭子は小瀬川白望との一騎討ちを挑まなくてはならなくなる。そうなってしまっては、もう遅い。勝てるわけがない。故に、どうにかしてここで小瀬川白望の親を蹴って、後に希望を託すしかない。そう考えたが、肝心要のその親を蹴るというビジョンが見えずにいた。

 

 

 

(考えろ……考えるんや……凡人が頭を回さんでどないするねん……!思考停止したらホンマもんの凡人、いや、それ以下や……!)

 

 

 

 自分に叱咤激励をするように心の中に呟く。嶺上開花の宮永咲に、絶対的な小瀬川白望、そして機を伺って何かを繰り出そうとしている石戸霞。この中で明らかに一番平凡と言えるのは末原恭子だ。だからこそ、ここで思考を放棄する事は無謀、自殺行為に等しい。凡人に求められているのはただ一つ。今この状況をどう切り抜けるかの頭脳、思考。これだけだが、これが思いの外……というか、一番難しいのはもはや言うまでもない。どうにかしなければ。頭の中で逐一数多くのシュミレートを行いながら、六巡目、契機が訪れる。

 

 

 

姫松:六巡目

{四五八九①②③⑥⑥赤556西}

ツモ{二}

 

 

 

({二}か……なかなか手が進まへん……上手い下手関係なしにあらゆる策が一切通じひん以上、こちとらスピードで勝る以外無いっちゅうのに……)

 

 

 

 末原恭子が自身の手の進まなさに思わず溜息をつきそうになりながらも、浮いている{西}を切り出そうとする。が、そこで末原恭子の手が止まった。頭の中の霧が晴れ、末原恭子の思考がまた一段と明晰になり、どんどん頭の中で情報が処理されていく。

 

 

 

(ちょっと待て……この{二}、生牌や……)

 

 

 

 そう心の中で呟いた末原恭子は、宮永咲の捨て牌をチラリと見た後、何を思ったか、{西}を切らずに生牌の{二}を切った。一見、訳の分からない行動だが、末原恭子はそれに望みをかけていたのだ。

 そう、末原恭子の願いを指す『それ』とは、宮永咲の大明槓であった。

 

 

 

「……カン!」

 

 

清澄:六巡目

{裏裏裏裏裏裏裏} {二二横二二} {横888}

 

 

 

裏ドラ表示牌

{⑦}

 

 

 

(行くか……!?正攻法を陸から……地上からとしたら……上からなら……上空……嶺上からなら……っ!)

 

 

 

 

 宮永咲が大明槓を宣言した後、末原恭子は高鳴る鼓動を抑えつつ、宮永咲が嶺上牌を引く様をじっと見る。もし、これで宮永咲が和了ってしまえば、生牌を槓させた末原恭子の一人払いとなってしまうが、末原恭子からしてみれば小瀬川白望の親を蹴れる功績とを比べればそんな事厭わない……というより、元よりその覚悟で、むしろそうなってくれと祈って切ったのだ。責任払いになるとかそういうのはこの際どうでもいい。和了ってくれ。和了って親を流してくれ。そう願って宮永咲に託し、宮永咲はそれに応えるように嶺上牌を手に取る。そして小瀬川白望という牙城、難攻不落の要塞を打倒すべく突き進まんとす。

 

 

 

「もういっこ、カン!」

 

 

 

清澄:六巡目

{裏裏裏裏裏裏裏} {二二横二二} {8横888}

 

 

 

(……っ、きた、きたか……!?もういい……そんまま決めろ……清澄……!)

 

 

 

 嶺上牌で掴んだ{8}を加槓し、王手をかけに向かう。和了へと向かう宮永咲に、和了を託した末原恭子。この二人分の希望を乗せたこの加槓であったがしかし、小瀬川白望に限って、それをただ黙って見ているわけがなかった。

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

(……は……!?)

 

 

宮守:和了形

{三四五⑧⑧⑧79白白北北北}

 

 

 

 

「槍槓……3000」

 

 

 

 

(そ、そんな……{79}の嵌{8}待ち……?)

 

 

 

(は、はあっ……!?なんなんやその手牌……!?)

 

 

 小瀬川白望が槍槓のみの手を宮永咲から出和了り、3000点を奪って遂に二位浮上。しかし、末原恭子はそんなこともはや考えている暇もなかった。まさかの槍槓。二人の希望を乗せた加槓を打ち砕く、無情なまでの直撃。しかも、両面待ちや多面待ちがたまたまような事故ではない。嵌張待ちの{8}待ち。つまり、こうなる事を読んでいたのだ。末原恭子が宮永咲に生牌を切り、嶺上を使って和了らせようと目論む事を、末原恭子が思いつくより先に小瀬川白望は。そうでなければ、こんな馬鹿みたいな手、有り得るわけがない。

 

 

 

(あ、アホ……!何が上空からや……制空権をこっちが握っとるわけないやろ……!)

 

 

 

 あそこの判断を見誤った結果小瀬川白望に和了られる結果となってしまった故に、末原恭子の悔しさというものは計り知れない。

 しかし、それと同時に末原恭子は失敗と同時に、この地獄から抜け出す糸口に繋がる希望を見出していた。

 

 

 

(落ち着け……逆を考えるんや。あと少しのところまで行けてたやんか……!次、白望が張る前に同じようなチャンスがくれば、今度こそ行ける……!次や……次……!)

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第437話 二回戦大将戦 ⑥ 別次元

-------------------------------

視点:神の視点

東二局三本場 親:宮守 ドラ{⑨}

清澄  94400

宮守  97700

姫松 115100

永水  92800

 

 

 

 

(……槓で嶺上牌をツモらせるとは言っても、席順的にその恩恵は少ないわね)

 

 

 

 永水の大将である石戸霞は、前局、末原恭子が清澄を利用して……いや、どちらかというと協力してやろうとしていた意図を汲み取りながら、その作戦の効果を頭の中で勘定をする。確かに石戸霞の言う通り、末原恭子が宮永咲に大明槓をさせても小瀬川白望のツモ番が飛ぶという事はなく、結局は変わらないのだが、一つだけ例外がある。それは、大明槓後の暗槓、加槓などによる連続ツモ。これならば小瀬川白望よりも一回多くツモをする事ができる。多ければ最高三回もツモができる。たった一〜三回と侮るなかれ。小瀬川白望を相手にしての一回多くのツモというだけで、それだけで値千金と言っても差し支えない

 しかし、これを先ほど末原恭子と宮永咲がやろうとしていたのにも関わらず、結局最後のところで小瀬川白望に潰されてしまったのだ。という事はつまり、端的に言ってしまえば筒抜け、看破されていたという事だ。

 かと言って、今のところこの方法しか作戦らしい作戦は存在しない。宮永咲と小瀬川白望の席関係が良ければ槓だけで小瀬川白望のツモ番を飛ばせるのだが、今の席順ではそれは不可能。ならばどうするか、そう、宮永咲の切った牌を鳴いてどうにかしてでも小瀬川白望にツモ番を渡さない事。それしかない。

 

 

 

(ツモれなければいくらシロでもどうにもできない……その前に張られてたらどうしようもないけど、張る前に実行できるのを祈るしかないわね……)

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

(流石、と言ったところか……あの中では敵無しか……少なくとも、今のところは)

 

 

 

 大沼秋一郎は小瀬川白望の映っているモニターを見ながら煙草を一本取り出すと、それに火を着けようとしたが、後ろから「あれっ、大沼プロ……珍しいねぃ……そんなところでじっと見て……誰か可愛い子でもいたかぃ……?この私を差し置いて……」という声が聞こえ、ライターにかかっていた手を止めた。大沼秋一郎が振り返って、呆れた風に「……一応これでも結構歳食ってんだ。今更そんなもんに興味なんてねえし、お前にも興味はねえ。……ていうか、年上相手に使う最低限の敬語くらい覚えてこい」と三尋木咏に向かって言う。

 

 

 

「いや〜、これ、直そうと思って直るもんでも無いからねぃ……なんつーか、身体に身に染みてるっていうか?知らんけど」

 

 

 

「……お前、プロになれてよかったな。一般企業じゃ、まずクビを切られて終わりだ」

 

 

 

 大沼秋一郎が自身のクビを切るジェスチャーを三尋木咏に向かってするが、「おお、貫禄があるねぃ……」と返すあたり、三尋木咏は大沼秋一郎に言われた事を改善する気は無いようだ。生意気なやつだ、よく相方のアナウンサーは愛想を尽かさんな、と大沼秋一郎は彼女の相方である針生えりの事を少し感心していると、三尋木咏のちゃらんぽらんとした態度が一変し、急に真剣な声色で「……あの宮守の子かい?」と耳打ちする。

 

 

 

 

「……知ってるのか?あの小瀬川白望ってやつを」

 

 

 

「いやいや!ただ、あんたが気になってる奴がいるってのを耳にしてねぃ……ただ、あのあんたが気になるってんだ。どんな奴だろうと思ってチラッと見たら、なんとびっくり、馬鹿みたいに強いじゃねーの……!」

 

 

 

 三尋木咏は少しほど震える声でそう言う。彼女自身、今まで数多くの強敵と闘ってきており、また自分もそれに連れて強者の位置にいるという自負もトッププロとしてあった。しかし、そんな彼女でさえも思わず震えてしまうほどの圧倒的な強さには直面した事はなかったのだろう。初めて遭遇したのだ。小瀬川白望という圧倒的強者に。

 三尋木咏はいつもふざけた態度を取っているという印象が強かった大沼秋一郎は、そう呟く彼女を見て、まあそれもそうだろうと、ある意味納得していた節もあった。当然のことだ。いくらトッププロとはいえ、小瀬川白望が打っている麻雀は上手い下手の問題では無い。異次元なのだ。考え方そのものが別空間。そんな異常に相対すれば、当然恐怖を覚えるだろう。

 

 

 

「……そうだな。確かに、アレはバケモンだ」

 

 

 

「アレを初めて見たときは本当に参っちまったよ……わっかんねー。本当にわっかんねーってね。私史上、一番わっかんなかったかもねぃ……」

 

 

 

「……同じく、全く分かんなかったさ。ありゃ理解する方が難しいってもんだ。多分、根本的な考え方が違う」

 

 

 

 大沼秋一郎が三尋木咏に向かって言うと、三尋木咏はモニターの方をチラリと見て、「……あの子、卒業後はどうするんだろうねぃ……もう三年なんだろ?プロ入りとかになったら、本当に大変なことになるねぃ……勘弁してほしいよ」と自分の思いを交えながら吐露する。

 

 

 

「……どうだろうな。俺ら凡人には、分からねえ領域だ」

 

 

 

「うっは〜!言うねぃ……大沼プロ。あんたで凡人じゃ、一体どれだけの人が凡人扱いなんだか……」

 

 

 

「……仕方ねえだろ。俺だって自分に酔っていたいさ。……だが、どうしても認めざるを得ないんだ……上には上がいるって事をさ。これで二度目だ、畜生が……」

 

 

 

 大沼秋一郎がそう呟くと、モニターからはまたしても小瀬川白望が『ツモ』と発した声が聞こえてきた。これで親番が小瀬川白望に回ってから四連続目。またしても点数はそんなに高くは無いが、徐々に徐々に姫松との点差を縮めていた。

 

 

 

「うわぁ……エッグい事してるねぇ……」

 

 

 

「……もはや、あいつを止める勝負みたいになってきたな」

 

 

 

「そりゃあ、他の子からしたらそうなるだろうねぃ……まあ、私はそろそろ戻るけど、大沼プロは?」

 

 

 

「……どうせやる事もねえんだ。ここで黙って見てるよ。さ、散った散った」

 

 

 

「ふふ、手厳しいねぃ……」




なかなか展開が進みませんね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第438話 二回戦大将戦 ⑦ 執念

-------------------------------

視点:神の視点

東二局四本場 親:宮守 ドラ{東}

清澄  93600

宮守 100100

姫松 114300

永水  92000

 

 

 

 

 

「……宮守女子の大将、小瀬川選手がこれで四連続和了。打点はそこまで高くはないものの、他を寄せ付けない打ち筋は圧巻の一言ですね」

 

 

 

 大将戦が白熱している一方、実況を務めている佐藤裕子アナウンサーはマイクに向かって語り掛けるように淡々と実況を進めていく。しかし、実際佐藤裕子の興奮はとてもではないが冷めざるものであった。言葉だけとってみれば淡泊とした感想だが、心の内では小瀬川白望の打ち筋に恐怖し、また心を打たれていた。それにもかかわらず、それを表に出さないのはアナウンサーたる所以か。そして実況の途中で隣で解説を担っている戒能良子に話を振ると、戒能良子は「レッツシー……えっと、まあ、エクセレントの一言ですかね……」と、普段からあまり喋るような人ではない戒能良子であったが、この時に限ってはいつも以上に多くを語らずに、曖昧な返事で済ませた。まさか今の今まで解説者という職務をすっぽかして小瀬川白望の事を見るのに夢中になっていたため、いきなり振られる形になってしまったので適当に返してしまったとは言えなかった。

 そんな曖昧かつ漠然、抽象的なアンサーに佐藤裕子も戸惑いを見せていたが、佐藤裕子もまさか戒能良子がモニターに映る小瀬川白望に恋をしているなどとは思ってはいなかったようで、彼女特有の雰囲気というか、応対なのだろうと強引に解釈して進める。それと同時に、戒能良子は下を向いて自責の念を心の中に吐く。

 

 

 

(リグレット……ソーフールですね。あくまでも今の私はプロフェッショナルとしての私。プライベートな事情を持ち込むとは、プロ失格です……)

 

 

 

 そうして自分を戒めた後、先ほどの失態を挽回するべく戒能良子は口を開いて「バット……他の三人も二アリーなところまで来ていましたよ。スローリィですが、ゆっくりと迫ってます」と付け加える。隣で聞いていた佐藤裕子も、「確かに、先ほどから他の三校も後少しという場面も見られてますしね」と付け加える。

 

 

 

(まあ、その後少しを埋めるのがベリーハードなんですけどね……)

 

 

 

 

(アザワイズ……ここでストップさせないとジ・エンド。シャットアウトされてしまいますね……)

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(さて……いよいよヤバくなってきたわね……)

 

 

 

『やはり、最初から使っておくべきだったんじゃないのか?このままだといたずらに点棒を削るだけ……いくら温存とはいっても、役満の複合がないこの条件では、限度というものがあるぞ……』

 

 

 

 東二局も四本場に入りかかろうとしていたところ、永水の大将の石戸霞は鷲巣巌に向かってそう言われると、石戸霞は少しばかり苦しい表情を浮かべながら(そうね……若干、後悔してるわ。でも)と言い、こう続ける。

 

 

 

(そもそも、あなたも乗り気だったじゃない。殺す気で行けって言ったのはあなたでしょう?)

 

 

 

『そうじゃが……貴様、本気か?』

 

 

 

(……本気かって、どういう事かしら?)

 

 

『本気で殺すと思って打っとるのかと言っとるんじゃ。さっきから見ているが、覇気が感じられんぞ覇気が。まず、三体一という構図も気に食わん。それでやって止めれるなら未だしも、止めれないなどとは言語道断……ッ!本気で奴を殺すという執念があれば、三体一でなくとも、一人でどうにかできる好配牌の一つや二つ、引けてもおかしくないじゃろ……!貴様には執念が足りん……ッ!』

 

 

 

(……執念、ね)

 

 

 

『そう……執念。奴を殺す。ここで殺す。息の根を止める……ッ!貴様には奴に対して恋心とかいう訳の分からん物を持ってるそうだが、知ったことか……!忘れろ……!どうせ死にはしない……ならば気兼ねなく……追え……!追え……!!執拗に追い殺すんだ……!』

 

 

 

『あくまでも己が手で決着をつけろ……三体一など雑魚のやるもの。そんな甘っちょろい協力などでは奴の狂気は跳ね返せん……毒を制するならばこちらも毒……!』

 

 

 

 

(……なるほど、ね。分かったわ)

 

 

 

 鷲巣巌の叱咤を受けた石戸霞は少しほど考えた後、そう返すと深く深呼吸した。そうして自分の小瀬川白望に対するあらゆる想い、感情全てに封をすると、石戸霞は改めて小瀬川白望の事をチラリと見た。先ほどのように想い人を見る目ではない。明確な敵、倒さねばならない敵として見ていた。そして同時に、ここで止める。何が何でも止める。そういった執念をその身に宿した。

 

 

 

(……行くわよ、()()()()()。今度こそ……全力で殺しに行くわ)

 

 

 

(ん、霞……)

 

 

 

 すると同時に、小瀬川白望も石戸霞の異変、というか意識の改革に気づいたのか、チラと目を合わせる。明らかに先ほどまでとは自分を見る目が違う。本気で潰しにいく。そういった目をしていた。小瀬川白望は配牌を取りながら(……成る程。いいね。やっぱりこうじゃなきゃ面白くない……こうじゃなきゃ、収まらない……)と言い、石戸霞に相対する。狂気と執念が今一度ぶつかり合う事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結局今回も殆ど進まないままでしたね……
引き伸ばしみたいにならないよう頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第439話 二回戦大将戦 ⑧ 変化

-------------------------------

視点:神の視点

東二局四本場 親:宮守 ドラ{東}

清澄  93600

宮守 100100

姫松 114300

永水  92000

 

 

 

 

姫松:十巡目

{三四六八①①⑥⑦⑧678東}

ツモ{七}

 

 

 

 

(……よし、ええ感じに入った……っ!)

 

 

 

 これで五回目となる小瀬川白望の親、東二局四本場では、石戸霞の殺気が新たに場に加わる事で、場の空気が一層緊張感を増し、ピリピリと張り詰め、今までとはまた一段と違った雰囲気が蔓延っていた。そんな中で、末原恭子は思いがけずに十巡目、三色同順を確定させると同時に聴牌に至る。本来ならば宮永咲に槓をさせて和了らせる算段だったのだが、貼ってしまったものは仕方ない。小瀬川白望が張っているのかどうかは判断できない、というより捨て牌だけで判断は危険だと感じているが故に分からなかったが、ともかく和了れるチャンスがあるものなら是が非でもモノにしたいものだ。ただでさえ宮守との点差が縮まっている今、ここで和了れるのはかなり大きい。それは確かなのだが、末原恭子は此の期に及んで決断を下す事ができずにいた。

 

 

 

(聴牌を取れるもんなら取りたいのは山々なんやけど……死ぬほど邪魔やな……これ……)

 

 

 

 末原恭子の頭を悩ませる抗原、それはドラの{東}であった。このドラの{東}さえ切れば聴牌に至れるのだが、肝心要この{東}が末原恭子にとってはとてもではないが切り難い、切れるものではなかった。もしもこの{東}が二枚……いや、一枚でも場に置いてあったらここまで悩む事はなかっただろう。しかし、今末原恭子から見た視点では、この{東}は生牌なのだ。小瀬川白望にとってダブ東であり、尚且つドラであるこの{東}。明確な理由や、判断基準などあったものではないが、あらぬ予感、起こるはずがないだろうという妄想、しかしそれらは末原恭子を苦しませるには十分すぎた。

 

 

 

 

(……仕方あらへん。ここで万が一振り込んだら、ほぼ確実に逆転される……)

 

 

 

 結局、末原恭子は{東切り二五}待ちを諦め、先に対子になっている{①}を切った。これならば危険な{東}を一先ず切らずに済むし、{二五}が来れば単騎待ちにする事も、先に対子にして先ほど諦めた両面待ちに戻る事もできる。既に三色同順が確定しているため、{東}が対子であろうが{①}が対子であろうがそんなに大差はない。むしろ、ドラを抱えると同時に危険因子を摘むことができる{東}の方が願わしいか。

 そんな現状を打破せんという意志と期待を込めて切った{①}であったが、ここで永水の石戸霞が「チー」と鳴きにでる。それを見た末原恭子は少し顔を顰める。石戸霞はこの局に入ってから急に雰囲気を変えた張本人とも言える人物。そんな石戸霞がここで仕掛けてくるという事は、何かしら彼女に企てがあるに違いない。末原恭子の第六感がそう告げいた。もはや当初計画していた『宮永咲に槓をさせて小瀬川白望よりも早く和了らせる』作戦は原型を留めてはおらず、各々が各自に和了を目指す形となってしまったが、末原恭子はそれを仕方ないと事とした。どれだけ結託を深めようとも、最終的には敵対をしなければならない。それはこの場に小瀬川白望がいようともいまいとも同じ事である。

 

 

 

(……むしろ、三体一の方が白望にとってはやり易いのかもな。全員が全員同じ事を考えとるから)

 

 

 

 そう言い、末原恭子は宮永咲の様子を伺う。急に結託を無かった事にしてしまったため些か酷なことをしたかと少しばかり自身の罪悪感に傷つけられていた末原恭子であったが、宮永咲を見る限りどうやら末原恭子が考えていることは感じ取っていたらしく、末原恭子の心配とは裏腹に結構大丈夫そうであった。

 

 

 

(ま、情はこれまでや。……取り敢えず、ウチはウチのやり方で白望の親を蹴らせてもらうわ。……一応、一位で渡されたバトンやしな。このまま易々と抜かれるわけには行かへんのや……!)

 

 

 

 末原が心の中でそう吼えると、次巡、まるで運命が末原恭子を後押ししているかのように危険かつ好機の二面性を持つ悪魔の牌、{東}を引き当てることに成功した。これで、三色同順ドラ2が確定し、{二五}待ちで聴牌となった。

 

 

 

「リーチや!」

 

 

 

姫松

打{横①}

 

 

 

 そして迷わずにリーチをかけた。一巡一巡の遅れが命取りとなってくるこの瀬戸際の勝負、決断はできるだけ先の方がいい。カードを残しておくと逆に不利になる、いや、そう誘導されるのが関の山だ。そういったことを容易にやってのけるのだ。小瀬川白望という化け物は。

 

 

 

 

(恭子、成る程……)

 

 

 

 そんな末原恭子のリーチを受けて、小瀬川白望は彼女がこのリーチに至った経緯、裏側の事情を全て把握する。三体一でなくなりはしたが、彼女のやることは基本的に変わらない。あくまでも、本気で捻り潰すのみである。

 

 

 

(……だけど、それ以上に……流れが来ている……霞に……)

 

 

 

 しかし、それ以上に今流れが好調なのは末原恭子ではなく石戸霞であった。彼女が明確に殺意を抱いたこの局から、徐々にではあるが、流れが傾いている事に小瀬川白望は気付いていた。流れは必ずしも、強者に傾くということではない。何かしら変化を起こした者、現状を変えた者を強く後押しする傾向がある。石戸霞の殺意は、あくまでも鷲巣巌が強引に引き出した、言ってしまえば仮初めのものでしかすぎず、自発的なものではない。が、確実に場の雰囲気、空気を変えた事には変わりないのだ。

 故に吹いた。石戸霞を助ける強風、追い風が吹き上げた。小瀬川白望の親という不動の状態を突破するべく、更なる変化を求めて風が吹いた。小瀬川白望ばらばこの不利な状況でも駆け引きによって相手を下ろす事も可能であろう。実際、何度もそれによって乗り越えてきた場面もあった。が、今の石戸霞は本気だ。本気で殺しにきている。その執着は本物であろう。

 そして尚且つ、彼女のバックには鷲巣巌がいる。小瀬川白望も気付いてはいないが、彼女が今駆け引きをしているのは、表面上は石戸霞に見えるが、実質的には鷲巣巌との駆け引きとも言える。鷲巣巌は過去にアカギにそういった妨害、駆け引きによって何度も煮え湯を飲まされてきた。故に分かっている。小瀬川白望に、赤木しげるに乗らされてはいけない。今好調なのは己であるという事。その確信を持っている。その確信さえ揺らいでいれば十分駆け引きに持ち込めるが、鷲巣巌は流れが変わるだろう、そう確信して石戸霞に変化を促した。鷲巣巌ともあろう者が、あの時のように何回も何回も裏目を引かされ、極度のプレッシャーと裏目による嫌な記憶を媒介とした幻惑を仕掛けられているわけでもないこの状況で見誤るはずがない。

 そして、石戸霞が山から牌をツモってきたかと思えば、とうとうゆっくりと手牌を倒した。長きに、五局に渡る小瀬川白望の親。一度一度の和了はそこまでもなかったが、気がつけばいつのまにか二位に浮上するという大躍進。そんな辛い時間に終止符を打ったのだ。

 

 

 

「……ツモ」

 

 

 

 石戸霞がそう宣言すると、石戸霞はゆっくりと深く息を吐いた。ようやく終わった。そういった安堵の表情を浮かべるが、それも一瞬。石戸霞は……いや、その裏にいる鷲巣巌は知っているからだ。親を蹴ったところで、脅威は変わらない。むしろ、蹴った後が本番。今度は突き崩さねばならないのだ。小瀬川白望を。

 そして一方の小瀬川白望は、親を蹴られたのにも関わらず、平然とした表情で石戸霞の方を見る。どういうわけかは小瀬川白望には分からないが、何故か石戸霞は今恐れていない。下手な駆け引きは通用しない。ならば、こちらも其れ相応の策で応戦するだけだ。

 

 

 

(……恐れがない。確信している。己が優位……この局における好調。……故に恐れない。なるほど……面白い)

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第440話 二回戦大将戦 ⑨ ベタ

-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:姫松 ドラ{2}

清澄  92500

宮守  98400

姫松 112200

永水  96900

 

 

 

 

 

(……信じられない。世界のプレイヤーでも見たことない、初めて見たタイプだ、あの子……一体、何者なんだろう……)

 

 

 

 永世七冠、国内無敗。人呼んで最強と称される事も少なくない小鍛治健夜は相方のアナウンサーである福与恒子と共にテーブルを囲みながら、試合が始まる前から何かと話題に上がっていた二回戦Bブロック第一回戦、その大将戦を見ていた。小鍛治健夜はコップに注いでおいた水を一口飲むと、テレビの向こう側にいる小瀬川白望の事を興味深そうに見ていた。それに気づいた福与恒子は冷やかすように冗談混じりにこう問いかける。

 

 

 

「ん、どしたのすこやん。そんなにガッツリ見て。好みの子でもいた?」

 

 

 

「違うよこーこちゃん……そんなわけないでしょ」

 

 

 

「まあそれもそうだよね……流石に二十歳差だしね」

 

 

 

「十歳差だよ!?」

 

 

 

 恐らく彼女達の実況解説や、ラジオを聴いたことのある者なら何度も聴いたことのあるだろうやりとりをオフの今も行うと、小鍛治健夜は即座に「まあそれはどうでもよくて……いや、良くないんだけど。あの子だよ、あの子」と言って小瀬川白望に向かって指を向ける。

 

 

 

「あー、小瀬川選手ね。噂の」

 

 

 

「知ってるの?こーこちゃん」

 

 

 

「知ってるも何も……世間には回ってないけど、結構有名人なんだよあの子。なんでも、県予選では記録を片っ端から塗り替えたらしくて、トッププロでも遜色無い……っていうかそれ以上に強いって聞くし」

 

 

 

 それを聞いた小鍛治健夜は「そうなんだ……なんか県予選で凄い記録を出した子がいるっては聞いてたけど、まさかここまでなんて……」と驚きの声を上げる。小鍛治健夜が心の底から驚いているという事実を受けて、福与恒子が事の重大さに気付いたのか、小鍛治健夜に「え……もしかしてすこやんでも勝て無さそう?」と聞く。

 

 

 

「……実際打ってみないと分からないけど、勝てるかと言われれば言えないかな……見たことが無いタイプだし、運が良かったから勝てたとか……運が悪かったから負けたとか、そう言う感じじゃないと思う」

 

 

 

「二十年間国内無敗のすこやんが、そこまで言うなんてねえ……これがオフレコじゃなかったら大騒ぎだよ」

 

 

 

「だから十年間だって……多分、打ち方自体はそんなに最近の物じゃないと思う。麻雀が普及するよりもっと前の時代の物……しかも、その精度は本当に高いよ。今と昔、両方の時代を合わせて比べても、片手で収まるくらい……」

 

 

 

「成る程……じゃあすこやん、嫁に貰われたら?」

 

 

 

 今までの真剣な会話、少し緊張感のあったムードを一変させるように、与恒子がそう呟くと、小鍛治健夜は口につけていた水を噴き出した。さっき年の差が如何の斯うの言っていた福与恒子が一転してそういう発言をすると、小鍛治健夜は少し噎せながら「こ、こーこちゃん……さっき自分で……」と言う。

 

 

 

「いや、だってさ。あの子、見た感じクールでカッコいいし……すこやんのストライクゾーンかなって」

 

 

 

「はあ……テレビで見ただけでとか、会って初日でとか……一目惚れみたいなそんなベタな展開、そうそうあるわけがないよ……」

 

 

 

 

 まさかそんなベタな話ある訳がなかろうと思って呟く小鍛治健夜だが、彼女は知らない。既にこのインターハイの出場者の中に、その『ベタな展開』で落とされている者が何人もいるということを。そして小瀬川白望が囲んでいる卓にもいるということを、知る由もなかった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

『……なんとか凌いだ、生き残ったという感じじゃな』

 

 

 

 そしてようやく小瀬川白望の親を蹴ることに成功した石戸霞に、鷲巣巌が語りかける。先程から殺気を放っていた石戸霞も(ええ……ようやく、ね)と、ここで安堵したい気持ちも山々だというのに、その感情を強引に抑えてそう返す。鷲巣巌はそれを聞いて『カカカ……!』と高笑いすると、こう続けた。

 

 

 

『貴様もだんだんと分かりつつあるようじゃな……アカギに対しての心構えの基本……!』

 

 

 

(……骨身に沁みるわよ、全く)

 

 

 

『そうじゃ……!油断、安堵、驕り……ありとあらゆる感情を殺せ……!奴は人間の「当然」を操ってくる……ならばこちらも常軌を逸しなければ……ッ!必要とされしものは狂気、殺気、そして豪運……これで十分……ッ!他は足枷……ッ!感情など、枷でしかないわ……ッ!』

 

 

 

(……そう言ってるあなたが一番感情的じゃない)

 

 

 

 石戸霞が鷲巣巌に向かってツッコミを入れると、鷲巣巌は『黙れ……ッ!確かにわしはそのせいで何度も奴に足をすくわれた……正に足枷……ッ!が、その足枷を物ともせず、無力にできるほどの豪運、これがわしにある……ッ!故に、貴様のような凡人が闘うにはそうでなくてはならんという話……同列に扱うな、馬鹿者……ッ!』と若干理不尽な事を石戸霞に言うが、確かに彼の豪運に匹敵する者はいないだろう。理屈どうこうよりも説得力のある実力がある。鷲巣巌の言うことは正論だ。

 

 

 

(分かってるわよ……そうでもしなきゃ、同じ土俵すら踏めないって事くらい)

 

 

 

『分かっとるなら最初からやれ……ッ!奴の連荘を見て悪い気分になるのは貴様だけじゃ無いんだ……今でも思い出す……ッ!』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第441話 二回戦大将戦 ⑩ 凡人

-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:姫松 ドラ{2}

清澄  92500

宮守  98400

姫松 112200

永水  96900

 

 

 

姫松:配牌

{一五七八③⑥⑦⑦244東西白}

 

 

 

(この親番……トップとは言え全然安心できひん。大事にしていきたいのは山々やけど……)

 

 

 

 末原恭子は自身の配牌に目を向けながらそう呟くと、視線を下にずらして真下にある点棒の表示を見る。現在姫松は首位を走ってはいるが、安全圏には程遠く、むしろ二位の宮守と13800点しかないという事に対して焦りを覚えていた。満貫一発で吹き飛ぶこの点差、実質点差は無いと言っても過言ではない。それは何も今この状況だからというわけではなく、仮に今が南四局、オーラスであっても変わらない。やりかねないのだ。満貫直撃が欲しいという状況で満貫を作れるだけの手を、引きかねない。そして直撃を取りかねないのだ。小瀬川白望という雀士なら。

 故にこの親番で、一度だけでもいい。一度だけでもいいから和了りたいという気持ちでいっぱいであった。高望みはしない。1500や2000のノミ手でも、十分構わない。ここで和了れるかそうでないかでは、点棒以上にも、大きな差が生まれてくる。

 

 

 

 

(……白望だけやなく、永水も清澄も……凡人のウチからしてみれば強敵が勢揃い。化け物のバーゲンセールやなこりゃ……)

 

 

 

 溜め息混じりにそう呟く末原恭子ではあったが、未だ彼女の心は折れていないのか、しっかりと芯は戦闘態勢になっていた。小瀬川白望と闘う上で重要となってくるのが、いかに自分を保つ事ができるかという事である。基本的に、小瀬川白望と打った者が心を折られると大概は戦意を喪失し、小瀬川白望がそれを追い詰めるかのごとく直撃を取りに行く。そしてまた心に傷を負わせ……という負のスパイラルに堕とされるのがオチだが、戦意を持つだけの心を保つ事さえできれば、最低限そのスパイラルに陥る事は無い。

 もっとも、その心を保つという事がとても難しいわけで、やろうと言ってできるほど小瀬川白望の精神攻撃は甘くは無いし、できないからこそ小瀬川白望は精神面に揺さぶりをかけるわけだが。そして仮にそのスパイラルを免れたからといって安心かと言えば決してそうでは無いし、むしろそれを乗り越えてからが本番、正念場とも言える。

 それに、心を保つというのはあくまで彼女の攻撃から身を守る必要最低限の要素なわけで、それが打倒小瀬川白望となるかといえば決してそうではなく、小瀬川白望に勝つとなれば話はもっと難しくなる。いや、もはや難しいという言葉では表すことは不可能という領域に入るだろう。

 

 

 

(メゲたい……逃げたい……投げ出したい……多分、ウチの心をちょいとつっつけばそんな気持ちでいっぱいになるはずや。……でも、逃げられへんのや。逃げられへんし、逃げたくない。姫松の大将として……末原恭子という一人の人間として、な)

 

 

 

 そう心の中で決意を告げながら、手牌から{西}を切り出して東三局を開始する。もちろん、警戒すべき者は小瀬川白望だけではない。石戸霞も宮永咲も、自称凡人の末原恭子にとっては十分脅威となり得る。故に、全ての可能性を審査し吟味しなければならない。とうてい常人にはできぬ事だが、それでも彼女はそれを試みようとする。己が信念を失わないように。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

「怜、竜華!今どうなっとる!?」

 

 

 

「お、お帰りやで〜セーラ」

 

 

 

「今さっきイケメンさんの親が終わったところやな」

 

 

 

 インターハイの会場から少し離れたホテルの一室では、園城寺怜を太陽の光が照りつく外に出すわけは行かないということで、千里山のメンバーは会場に赴く事なくホテルの部屋で観戦していた。先程買い出しに行ってきた江口セーラは余程経過が気になっていたのか、全速力で走ってきたという事が彼女の服が湿っている事から想像できる。

 そして園城寺怜が帰ってきた江口セーラに速報を告げると、江口セーラは「マジか!?オレも見たかったんやけど!」と文句を言うが、船久保浩子はメガネをかけ直しながら「ジャンケンで初手に必ずグーしか出さない先輩が悪いんですよ」と返す。

 

 

 

「うっ……まあそうやけど、仕方ないやろ!癖みたいになってるんや……!」

 

 

 

「まあまあ、今からでも十分見れますし、別にいいじゃないですか」

 

 

 

 二条泉がそう言って江口セーラが買ってきた清涼飲料水に手をつけようとすると、江口セーラは二条泉のことを睨みつけながら「後で覚えとくんやで、泉ィ……」と声を低くして呟く。その直後に二条泉の弁解が始まったわけだが、それよりも江口セーラが今気になっていたのは清澄の大将、宮永咲についてだった。江口セーラは宮永咲の事を指差しながら清水谷竜華らに向かって問いかける。

 

 

 

「あの清澄の大将……『宮永』とか言ってたやろ。……どう思う」

 

 

 

「どう思うも何も、あの子とチャンピオンは完全な姉妹やで」

 

 

 

「知っとるんか?」

 

 

 

 あっさりと答えを暴露した清水谷竜華に向かって園城寺怜がそう聞き返すと、清水谷竜華は「いや、怜も聞いたことあるはずやろ……」と言う。園城寺怜は完全に忘れていたようで「あ、あれ?そうやったっけ?」と言い、頭の中で思い返す。

 

 

 

「まあ……そりゃあそうですよね。いくら本人が否定してるとはいえ、偶然にしてもできすぎですから」

 

 

 

 

「姉妹か……ウチがイケメンさんの姉妹だったらどうなってたんやろ」

 

 

 

 船久保浩子が真面目な見解を述べているのに対し、園城寺怜は自分の世界に入っているようで、「妹でも、姉でも……うーん、どっちも捨てがたいなあ……」と、頭の中で妄想を繰り広げていた。そんな園城寺怜の事を呆れつつ見ていた清水谷竜華だが、テレビに視線を戻すと、末原恭子の手牌を見ながら「おー……末原さん、頑張っとるなあ」と呟く。

 

 

 

「他人事っぽく言いますけど、清水谷部長。部長も決勝で当たる可能性があるんですよ?」

 

 

 

「そんくらい分かっとる。……でも、むしろ楽しみやで。去年のは例外として……六年振り。六年振りに本気で打つんや。ウチが、どこまで近づけているか。もしくはどれだけ離されてるか。互いの六年間の総決算みたいなもんや」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第442話 二回戦大将戦 ⑪ 鷲巣

-------------------------------

視点:神の視点

東三局 親:姫松 ドラ{2}

清澄  92500

宮守  98400

姫松 112200

永水  96900

 

 

 

 

 

「ツモや!」

 

 

 

姫松:和了形

{七八九③④⑤⑦⑦23444}

ツモ{1}

 

 

 

 

「自摸ドラ1……1000オールや……!」

 

 

 

 

 

 東三局をものにしたのは姫松の末原恭子。彼女は目標通りの一回、しっかりと和了ることができた。一番留意せねばいけないはずの宮守が猛追してきて、かつ二位以下はほぼ横並び、一位が狙われやすいという姫松にとっては苦しい最中、親番であるここで和了ることができたということは、点棒を得て点差をほんの僅かではあるが広げたという事ももちろんだが、その言葉以上に得るものもある。逆境を跳ね除けるかのような自摸和了。これで自らに更なる追い風が来る事を望むばかりである。

 

 

 

(貪欲に狙うのもありやけど……下手に行って振ってしもうたじゃ折角のこの和了も無駄……困ったなあ)

 

 

 そして当然、次は連荘で東三局一本場となるわけなのだが、ここで末原恭子は新たなる問題に直面することになる。言うなれば攻めに転じるか守りに転じるかといった二者択一なわけだが、この選択は後々に大きく響く可能性も無いわけではない。先ほどは何としてでも一回和了るという執念で和了ることができたが、今度はそうではない。既に目標は達成されている今、更に点差も広げるために攻めるべきか、それとも一度落ち着いて守りに転じるべきか。どちらも功罪が明確にあり、完全に末原恭子の判断に委ねられることとなった。

 

 

 

(……攻めよう)

 

 

 

 深く考えた後、末原恭子が出した答えは攻めであった。いくら今の和了が多いとは言っても、どうせ今のままでは延命にしか繋がらないのは目に見えている。それならば攻めに行き、更なる可能性を求める方がまだ希望があるだろう。

 

 

 

(こうなった以上、もう振ったじゃ済まされんことは分かってる……せやから、慎重かつ大胆に……頃合いを図って一気に掻っ攫う……)

 

 

 

 

 

 

 

(……なるほど)

 

 

 

 

 が、末原恭子の決断を小瀬川白望が予期していないはずがなく、じっと末原恭子の表情を見つめていた。末原恭子自身、顔には出さないようにとは心掛けてはいるものの、やはりどうしてもどこか表情の変化というものは微小ながらも残ってしまう。当然、小瀬川白望に限ってそれを見逃すわけもない。末原恭子が攻めようと意を決して放ったパンチを、さらりとかわすどころか、そのままクロスカウンターを喰らわせようと着々と手を進めて行く。その予感は末原恭子も感じてはいたのだが、ここで引き退がるわけにもいかない。一度踏み出した足を止めることは出来ずにそのまま突っ走ることしかできなかった。

 結局、東三局一本場は小瀬川白望が末原恭子から2600の一本場を加えた2900点で終わる事となった。結果的に末原恭子の恐れていた事がそのまま起こってしまったわけだが、そこまで打点が高くなかったのは唯一の救いか。若干その事に対する安堵を覚える末原恭子をよそに、石戸霞は心の中で小さく呟く。

 

 

 

 

(……使()()()())

 

 

 

 その石戸霞の言葉に呼応するかのように、鷲巣巌は『いよいよだ……』と言う。苦節何十年かも分からぬ長い時間。永遠に続くかと思われた。後悔と屈辱を味わい続けてきた。そして漸く、漸くこの長い宿命にピリオドを打つ時が来た。この瞬間を。

 果たしてどれだけ待っただろうか。鷲巣巌には分からない。だが、分からなくて結構。ここで勝てば、全てが終わる。鷲巣巌の人生を、敗北で終える事となった要因、宿命の敵赤木しげるの生き写し、小瀬川白望。彼女に勝つ事で彼の人生からようやく負けを払拭することができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おい、一ついいか』

 

 

 

(何かしら?)

 

 

 

 

『……地球は……地球は回っとるか?今この瞬間も絶え間無く……回っておるか?』

 

 

 

(………………ええ、回ってるわよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 鷲巣巌の意味深な問いかけに対し、質問の意図はあまり分からなかったが、石戸霞が素直にそう答えると、鷲巣巌は『カカカ……!』と高笑いする。そして鷲巣巌は何かを確信したかのように口角を釣り上げると、こう続けた。

 

 

 

 

 

 

『回っておるか……地球は正しく……ッ!』

 

 

 

 

『ならば問題ない……その事実さえあれば……()()()()()()()()()……十分。そうならば勝つ……この世が正しくある限り、わしは負けん……ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言い、鷲巣巌は石戸霞に己が天運、豪運を貸与する。その直後、石戸霞から放たれる圧倒的力、閃光が対局室を埋め尽くす。宮永咲と末原恭子はあまりの眩しさに目を押さえるが、小瀬川白望はただ一人真正面から石戸霞の事を見ていた。

 

 

 

 

(い、一体なんや……永水の大将……いきなり光った……?)

 

 

 

(なんなんだろう……さっきの……光?)

 

 

 

(……まさか)

 

 

 

 

『クククク……遂にこの時が来た……アカギ!!』

 

 

 

 鷲巣巌が、今度は全員が聞こえるように小瀬川白望に向かって叫ぶ。その声に両隣にいた末原恭子と宮永咲はビクッと体を跳ねさせながら辺りを見渡す。小瀬川白望は何かを察したようで、石戸霞の方……いや、正確には石戸霞の背後を見つめていた。

 

 

 

「……成る程。あなたが噂の」

 

 

 

『久しぶり……といったところか。貴様に対しても、アカギに対しても……な』

 

 

 

 

『この日を待っていた……わしの顔に泥を塗られたという屈辱、雪辱を今ここで晴らす……そして証明するのだ……わしに勝るものは何人たりとて存在せん……と』

 

 

 

 

『……とはいえ。これでは足りん……これでは、()()()とは違う……そうじゃろ……?アカギ……ッ!』

 

 

 

 

 鷲巣巌がまたも意味有りげにそう叫ぶと、石戸霞は(……何かするのかしら?)と鷲巣巌に向かって問いかける。鷲巣巌は『カカカ……!そういえば、お前にも言っとらんかったか……まあいい。知ってようが知っていまいが構わん、今この状況に足りないもの……それを補うというだけのこと……』と返した。

 鷲巣巌が何か力を溜めるように念じ、『……貴様らを招待してやろう。わしの豪邸……もといわしとアカギの決戦場へ……!』と言う。そしてその直後、当事者であるはずの石戸霞自身も驚愕する事態が、鷲巣巌によって引き起こった。対局室の壁、床、装飾が一変し、まさに鷲巣巌がアカギしげると死闘を演じた舞台、鷲巣巌の豪邸へと変貌した。もちろんそれだけではない。むしろ、ここからが本丸。四人が囲んで居たはずの全自動卓が変幻し、シンプルな雀卓となった。一つ普通の雀卓と変わっている事といえば、雀卓の中央に手を入れることのできるほどの穴が空いているという事。そう、鷲巣巌はあの時と全く同じ舞台を整えたのだ。

 

 

 

「……な、なんやこれ……!?何処やここ!?」

 

 

 

『落ち着け。ここは先程までいた対局室で間違いない。……安心しておけ。ある程度の才を持つ者でなければこれは視認できん。……つまり貴様は完全な凡人ではないということだ』

 

 

 

 鷲巣巌が末原恭子に向かって説明をしていると、宮永咲はもう一つ新たな変化に気付いた。宮永咲が「これ……透明……?」と透明になっている{④}を手に取って呟くと、鷲巣巌がニヤリと笑みを浮かべて説明を加える。

 

 

 

『三透牌……聞いた事くらいはあるじゃろう……見ての通り、一種類の牌のうち三枚は透明、残りの一枚は黒牌という特殊牌……この局に限り、この牌を使用する……』

 

 

 

「は、はあ?透明牌って、そんなん丸分かりやん!」

 

 

 

 

『当たり前じゃ……だからこその駆け引きが存在するというもの……あまり興を削ぐような事を言うな……!』

 

 

 

 

 鷲巣巌が不気味な笑い声を交えながら末原恭子に向かって言うと、末原恭子は鷲巣巌に圧される形で「そ、そうか……」と納得させられる。その一方で、未だに驚いている石戸霞は鷲巣巌に向かってこう言った。

 

 

 

(……ちょっと。この特殊牌を使うって事くらいは言ってくれても良かったんじゃないかしら?)

 

 

 

 

『ハッ。馬鹿を言え。仮に教えたところで、貴様は奴の足元にも及ばん。特に鷲巣麻雀なら、奴の恐ろしさは通常の数倍に跳ね上がる……そもそも、これはわしの復讐、わしが引導を渡さねばいかぬ決闘……つまり、貴様がわしの力を使う局のみ……鷲巣麻雀の時のみわしの指示で打て……ッ!鷲巣麻雀は貴様がわしの力を使う時限定にしてやる。それで初めて成立する……わしと奴の真剣勝負……再試合……!』

 

 

 

 

(……別に良いけど、シロの恐ろしさが十二分に発揮されるなら、わざわざこうしなくても良かったんじゃない?)

 

 

 

『分かっとらんな。……この鷲巣麻雀で奴に勝ってこそ、奴よりも優れているという事の決定的証明……ッ!それに、負け越しは許されんじゃろ……よりにもよって鷲巣麻雀で……鷲巣の名が泣くわ……ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いきなり急展開の鷲巣麻雀が始まります。
鷲巣麻雀やって下さいと確かお題であったはずなのでそれも兼ねて……((


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第443話 二回戦大将戦 ⑫ 鷲巣麻雀

完全な説明回。


-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

 

『早速始めようと言いたいところだが……その前に確認せねばならぬ事がある……』

 

 

 

 永水の石戸霞がその身に降ろした力の根源である鷲巣巌が作り出した、鷲巣麻雀という未知の舞台で東四局を開始する前に、鷲巣巌は自らが変幻させた鷲巣麻雀専用卓を囲む四人に向かってそう口を開く。それを聞いた四人の中で、最初に口を開いたのが末原恭子であった。

 

 

 

「確認する事って、一体なんや……?」

 

 

 

『簡単な話、この三透牌……言い換えれば鷲巣麻雀を行う際は通常と異なるルール、ハウスルールが存在する……その確認という事……!無論、貴様らは鷲巣麻雀のルールなど知らんだろうから特別に教えてやる……』

 

 

 

 鷲巣巌がそう言うと、宮永咲と末原恭子、そして鷲巣巌の力を降ろした石戸霞までも真剣に鷲巣巌の説明を聞く態勢に入る。そんな中、小瀬川白望は卓に散らばっている透明牌を手に取り、わざわざ真剣に聞く必要はないと言わんばかりに指先で弄んでいた。それを見た鷲巣巌は、笑みを浮かべながら『若干名……既に()()()()()()で承知している奴もいるようだが……まあいい』と言い、鷲巣麻雀のルールの説明を始める。

 

 

 

『これは牌の四分の三が透明であるが故の必然だが……まず、この鷲巣麻雀において山は存在せん』

 

 

 

「山が……無い……?」

 

 

 

『そりゃあそうじゃろうて……貴様もさっき言っとったじゃろうが。丸わかりなんじゃ。手牌だけでなく、山も。……先のツモが見えている麻雀ほど、興醒めなことはない……それを回避するために……この中央の穴がある。これに全ての牌を入れ、配牌、自摸、裏ドラ新ドラ含むドラ表示牌、全ての動作をこの穴から牌を引き抜く……』

 

 

 

『だが、ただ穴に手を入れて自摸るというルールだけでは盲牌すれば見えずとも牌が分かってしまう……それだけでは山を廃止する意味はない……そこで、貴様らにはこれを用意した』

 

 

 

 そう鷲巣巌が言うのと同時に、鷲巣巌は上空から手袋のようなものを四つ落とす。宮永咲が「これ……手袋、ですか?」と呟くと、鷲巣巌は『いかにも。盲牌を防止するための革手袋……これを着けて打ってもらう……鷲巣麻雀を……!』と皆に向かって言う。

 

 

 

『また、暗槓、明槓、加槓の数に問わず……捨て牌の数が七十に達した時点で流局……それ以外は通常のルールと変わらん……以上が鷲巣麻雀の大前提、基本的ルールだが……分かったか……?』

 

 

 

「……一つ、質問がある」

 

 

 

 すると、小瀬川白望が手を挙げて鷲巣巌に向かって口を開く。それを受けて鷲巣巌は『なんじゃ……簡潔に言え……』と言うと、小瀬川白望は「……()()()()」と質問する。最初は誰も小瀬川白望が言っていることが分からなかったが、唯一、小瀬川白望が何を言わんとしているのか理解している鷲巣巌は一段と不気味な笑みを浮かべ、こう返した。

 

 

 

『カカカ……!威勢がいいな……!が、しかし。あくまでもこの場はインターハイという事は変わらん。それに、貴様は()()()()()があるじゃろうが……わしには賭けるものが無い……金も、血も……な。賭けが成立せんじゃろ』

 

 

 

「ち……血?ど、どう言う事や?」

 

 

 

『ああ……貴様らは知らんか……』

 

 

 

『元々、この鷲巣麻雀に限らず麻雀というものが賭け事の道具、賭けそのものじゃったという歴史は知っとるな?大体は大小問わず取り敢えずは金を賭けて麻雀を打つ……わしもそうじゃった。数百……いや、今でいう数千万を賭けてこの鷲巣麻雀を打っていたが……いつの日か、その金のやり取りに対する面白味が感じられなくなっての……今となっては手慰みもいいところじゃ……』

 

 

 

 

『……そこで、わしはこの鷲巣麻雀でのレートを変更したのじゃ。……金ではなく、その者の血……血液を……ッ!!』

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

 その言葉に小瀬川白望を除く全員が言葉を失う。言葉のインパクトもそうだが、それを話す鷲巣巌の声が楽しそうに、嬉しそうに聞こえるのも不気味さ、気味の悪さに拍車をかけた。驚愕して何も言葉が出ない三人をよそに、鷲巣巌は『……当然、血液を賭けるのだから負ければ絶命、死ぬ。それに加えてこの透明牌……もしかしたら当たるんじゃないか。もしかしたら張っているんじゃないか……この、僅かに手牌が見えるというこの状況も相乗する……!死が近づくにつれて、段々と心が恐怖で凍りつき……果てには一打通すだけでも手が震えるのじゃ……比喩ではなく、本当に、心の底から恐怖し、震えるのだ……ッ!その様を見るのが、存外面白い趣向でな……』と呟く。そして次の瞬間、鷲巣巌は笑いながら『それが見たくて……見たくて……ッ!!』と言い出したかと思えば、『……もう何人も、殺してしまったよ……ッ!!!』と叫ぶ。その拍子に「ひっ、ひぃっ!?」と、誰が発したかは分からないが、悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

『……ま、それも今となってはもうどうでもよい。血だろうが……金だろうが……あの日以来、わしが望むものはただ一つ……貴様に勝つ事……ッ!』

 

 

 

「……」

 

 

 

『まあ……これで鷲巣麻雀のハウスルール、説明は終わりだ。説明も終わったところで……さあ、始めようかの……鷲巣麻雀を……ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

 

 そうして始まった東四局、もとい鷲巣麻雀。四人はそれぞれ革手袋を右手に嵌め込むと、親である石戸霞から配牌を取っていく。通常の麻雀なら二トンずつ、四枚ずつ取っていくが、この鷲巣麻雀では一トン、つまり二枚ずつ取っていくことになる。石戸霞が二枚の牌を穴から引こうとする最中、石戸霞は鷲巣巌に向けてこう言った。

 

 

 

(……まさか、そんな事をしてたなんて。聞いてなかったわよ)

 

 

 

 

『ふん……今となってはそんな事、もうどうでもよかろう……時効じゃ……ッ!あの日より前までは、わしにとって鷲巣麻雀は吸血麻雀じゃったが……あの日以来、鷲巣麻雀は奴との対話の道具……そう言っても過言では無い……ッ!いいからさっさと引け……!』

 

 

 

 石戸霞は鷲巣巌に言われるがままに配牌を取っていく。今の配牌は、石戸霞が行なっているように見えて、行なっているのは鷲巣巌の運、豪運が行なっている。その事は対面にいる小瀬川白望も分かっており、この局で闘うのは石戸霞ではなく、鷲巣巌であるということに気付いていた。その上で、こう心の中で呟く。

 

 

 

 

(赤木さんが勝てなかった数少ない中の一人、鷲巣巌……勝負の取り決め上では赤木さんが勝ったらしいけど、赤木さんはそれを認めていない……)

 

 

 

(どちらにせよ、私がここで鷲巣さんに負けるようじゃ……越えられない……赤木さんを……)

 

 




次回から本格的に闘牌を再開させる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第444話 二回戦大将戦 ⑬ 四分の一

基本的に
配牌は
↑自分目線
↓他家目線
でやっていきます。


-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

 

永水:配牌

{四裏}

 

 

 

 

 

「一体何なんだ、何が起こってるんだ……?」

 

 

 

 辻垣内智葉は思わず立ち上がりそうになりながら口を開いて動揺を露わにする。一体何が起こっているのか。急に小瀬川白望達が闘っていた対局室だった場所が、何やら屋敷のような場所に変貌し、更には麻雀牌の四分の三が透明になっている。先程から彼女の中の常識からかけ離れていることが起こり過ぎて、モニターの向こう側で行われている事についていけていなかった。隣にいるメガン・ダヴァンも驚愕しているようで、自分の頬を抓りながら「コレ……夢じゃありませんよネ……?」と呟いている。それを見ながら、何かに気付いたように辻垣内智葉は辺りを見渡す。こんな現実離れした事が目の前で起こっているのにも関わらず、周りは異様に静かであるのだ。驚愕の表情を浮かべてはいるが、どうも今起こっている事に対しての驚きとはどこか違う様子であった。

 そして辻垣内智葉が「……まさか」と呟くと、ネリー・ヴィルサラーゼが首を傾げながら「一体どういう事なの?サトハ……?」と質問する。

 

 

 

「……確認するが、お前ら、今何が起こってるか見えているな?」

 

 

 

「ええ……見えてます」

 

 

「……勿論です」

 

 

「ハイ……」

 

 

「ネリーも見えてるよ」

 

 

 

 辻垣内智葉は臨海女子全員に今自分が目にしているものが見えているかを確認したが、その中で唯一、臨海女子の監督であるアレクサンドラ・ヴィントハイムだけは見えていないようで、「……何の話をしてるんだ?」と辻垣内智葉に向かって言うが、辻垣内智葉は「いえ……監督は見えてないなら別に大丈夫です」と返す。それを聞いたアレクサンドラは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらも、聞き耳を立てながら対局の方に視線を向ける。

 

 

 

「……多分、アレが見えている奴と見えていない奴がいる」

 

 

 

「さっきの監督みたいに?」

 

 

 

「その通りだ。多分、ここにいる大半が今起こってることが分かってない」

 

 

 

 

 辻垣内智葉がそう言うと、雀明華が「ということは……集団催眠のようなものですか?」と聞くと、辻垣内智葉は「その線もあるが……一つ、心当たりがある」と言う。

 

 

 

「……聞いた話だが、今から数十年以上前、麻雀がまだ賭博が主であった頃に、一部界隈で騒がれていた変則的な麻雀があったそうだ」

 

 

 

「……ソレが、あの透明牌ですカ?」

 

 

「ああ……今では微塵も聞いたことがないし、どこかに記録されてるわけでもない……軽い都市伝説のひとつだと思っていたが……まさか実在するとは……」

 

 

 

「でも、一体誰がアレを起こしてるの?」

 

 

 

 ネリーが辻垣内智葉に向かって聞くと、辻垣内智葉は少し考える素振りを見せたあと、「……この現象を起こせる奴がいるとしたら、永水の大将か……」と呟く。郝慧宇がそれに付け加えるように「神様を降ろせるんでしたっけ……そんなことができるとしたら、確かにできなくもありませんね……」と言う。全ては予想にしか過ぎないが、五人の予想は確かに核心に迫ろうとしていた。そうしているうちに、周りからどよめきと歓声が上がった。五人がモニターの方を一斉に見ると、辻垣内智葉はそれを見てこう口を開いた。

 

 

 

「……どうやら、奴が引き起こしたのはそれだけじゃなさそうだな」

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

 

永水:配牌

{一二二裏四四五裏八東}

 

 

 

 

(永水の配牌が予想以上にエゲツないな……二枚見えへんとはいえ、萬子だらけやん……)

 

 

姫松:配牌

{三五六裏⑥⑦6裏}

 

 

 末原恭子は永水の大将、石戸霞の配牌を見ながら心の中でそう吐露する。目が醒めるような配牌、恐ろしいほどの異常な運。これまで石戸霞は十枚配牌を引いているが、この時点で既に萬子が九枚、末原恭子から見ても最低七枚揃っているという異常事態。自分の配牌もそれなりに良い方だと思っていたが、相対的に見れば凡庸な手にしか見えなくなってしまった。

 

 

 

(……そしてあっちも不気味やな。一体何なんやこの二人は……)

 

 

 

 

宮守:配牌

{六裏八②④裏裏裏}

 

 

 

 対する小瀬川白望の配牌もまた異様。配牌の半分が四枚に一枚しかない透明ではない黒牌という異常な偏り。これでは手牌の予想がしやすいガラス牌のメリットは逆に見えているが故に悩んでしまうというデメリットになってしまう。末原恭子がそういった危惧をしていると。小瀬川白望は右手を穴に突っ込んで牌を二枚取り出し、手牌に加えた。その牌は二枚のうち一枚が黒牌。更に小瀬川白望の手牌は闇に包まれていく。

 

 

(また、黒牌……十枚中五枚が黒牌……!?)

 

 

 

 

 

 

 

『ククク……!やはり、貴様には闇が似合う……!そうでなくては、面白くない……!』

 

 

 

(……四枚に一枚。単純な確率でいえば四分の一の筈なんだけど……有り得ないわね)

 

 

 

 それを見ながら、石戸霞も驚きの声を上げる。が、鷲巣巌に至っては驚いていないどころか、むしろそれが当然だろうと言わんばかりに笑う。

 

 

 

『恐れる事はない……あれくらい、奴なら息をするようにやってのける……むしろ、そうでもしてくれんと、かえって期待外れというもの……!』

 

 

 

『それに、安心せい……今、貴様はわしの豪運を振るっておるのじゃ……わしの豪運からしてみれば、奴の運など恐るるに足らず……信じろ……この世の帝王、君主、神、それすらをも越えたわしの力を……ッ!』

 

 

 

 

『奴が闇だとしたら……わしは光……その闇、影、全てを無に帰す暗黒……わしの灼熱の光で焼き尽くしてくれる……ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第445話 二回戦大将戦 ⑭ 偶は必に

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

永水:配牌

{一一二二裏四四五裏八八九東東}

 

 

 

 

 

『今度こそ……殺してやる……ッ!アカギ……ッ!』

 

 

 

 眼光をギラつかせ、狂った笑みを浮かべながら、目の前にいる(かたき)とも言える小瀬川白望を見据える鷲巣巌。彼のアカギしげるに対する数十年間の怨みがこもっている、はち切れんばかりのボルテージとは対照的に、実際に牌を打つ側の石戸霞は目の前に展開する鷲巣巌の馬鹿げた運を目の当たりにし、やはりこれはいくら見ても、見慣れないものだ、と仰天として心の中で呟く。

 

 

 

『あ……?何をやっとる、早く打たんか!』

 

 

 

 それに気づいた鷲巣巌は声を荒げて石戸霞に叱咤するが、石戸霞は(……あなたが打つって言ったでしょう?)と返す。鷲巣巌は思い出したかのように『そうか……そういえばそうじゃった……!忘れとった……つい……!カカカ……キキキ……コココ……ッ!』と笑い出す。石戸霞は鷲巣巌の笑い声に対して若干恐ろしさを感じながらも、(嬉しいのね。……初めて聞いたわよ、あなたがそんなに笑ってるとこ)と返した。

 

 

 

 

『嬉しい……?嬉しいだと……?ハッ!それも当然……!ここで奴を倒せば……わしの長い苦しみ、屈辱が完済するだけでなく……ようやく、真に至福の時、悦楽、わしが生涯で到達成し得なかった最高潮、高みを迎えるのだ……ッ!』

 

 

 

 

 鷲巣巌は興奮冷めやらぬ感じでそう言うと、石戸霞に向かって『さあ行くぞ!先ほどまでは自分を信じろとわしは言っていたが……この局に限り、わしを信じろ……!さすれば開かれる。アカギ打倒への一筋の光……!』と石戸霞に最初の打牌を指示する。

 そうして石戸霞は鷲巣巌から指示されるがままに牌を切ることとなったわけだが、それを見た末原恭子も訳がわからず混乱する。石戸霞が指示され、切ったのは五萬。少なくとも、あの手牌で{五}切りというのは有り得ないはずだ。しかしその有り得ないことが今現実として起こっている。

 

 

 

永水:一巡目

{一一二二裏四四裏八八九東東}

 

 

 

 

 

(なんやなんや……あの手牌から五萬って、どういう意味や……?)

 

 

 

 末原恭子は懸命に石戸霞の五萬切りの意図を探ろうとする。あの手牌の中で考えられる第一打の中で、一番無いだろうと思っていた{四五}の繋がりがあっさりと絶たれてしまった。ど真ん中の牌を第一打で切るということは、それ相当の何かしらの理由があるはずだ。そう考えて末原恭子が思考を進めると、その推察はある一つの可能性に辿り着いた。

 

 

 

 

 

(そうか……もう順子は必要ない、いらない……つまり、もう既に張ってるってことか……!?)

 

 

 

 これも十分有り得ない話ではあるのだが、石戸霞の手牌の黒牌の数を数えれば、満更不可能というわけでもない。確かに普通の手、四面子一雀頭という形は不可能だろう。だが、一つだけ聴牌にできる唯一の可能性がある。それは七対子。七対子ならば、今の状態でも聴牌と見ることが可能なのだ。

 

 

 

永水:手牌予想図

{一一二二裏四四裏八八九東東}

{一一二二?四四九八八九東東}

 

 

 

 

(可能や……こんな形の七対子……ツモってハネ満……)

 

 

 

 と言ってもこの形、この形だとそのまま予想するのは多少強引ではある。ただでさえ黒牌は四枚につき一枚しかないというのに、こんな要所要所で上手く黒牌が重なるわけがない。少なくとも別の牌が混じっていそうに見えるのだが、末原恭子は(……理屈が通じる相手やない)と呟く。そう、先ほどまでの石戸霞が相手なら有り得ない話だと片付けられるが、この局に限っては違う。この局の石戸霞は、先ほどまでとはまるで別人。よもや小瀬川白望と肩を並べるのではないか。そう思ってしまう、思わせるだけの凄みがある。安易に可能性が低いからとして一蹴できるものでもなかった。

 

 

 

 

(有りえる話や、七対子……リーチをかけへんのは白望を警戒しとるのか、待ちが悪いから手替りを待ってんのか……後者であってほしいけど、前者だった場合はウチが振り込む危険がある……ここで親満に振るのは勘弁や……!)

 

 

 

 

 末原恭子は石戸霞が七対子を張っている。そう仮定して話を進めていくが、その動きを感じ取った鷲巣巌が鼻で笑った。もちろん、誰にも聞こえぬよう、石戸霞にも聞こえぬように心の中で。

 

 

 

『的外れ……ッ!的外れもいいところ……!ツモって跳満?親満には振れない?……カスってもないわ。見えておらん……理解しておらん……このわしの、鷲巣巌の豪運を……ッ!……それを鑑みれば、この手を七対子だのというゴミ手、ボヤで終わらせるなんて、そんな話、有り得るわけなかろうて……!』

 

 

 

 鷲巣巌は末原恭子の判断を吐き捨てるようにそう一蹴する。実はこの時、石戸霞は未だ張ってはおらず、この状態から鷲巣巌は石戸霞に五萬を切れと指示を出していたのであった。

 

 

 

永水:一巡目

{一一二二裏四四裏八八九東東}

{一一二二二四四六八八九東東}

 

 

 

 本来ならば、五萬よりも{四五六}の順子を確定させる四萬打ち、辺張を嫌っての九萬打ちや、清一色に向かっての東の対子落としなど、色々な事が考えられるが、それを一切合切無視して五萬を打たせたのだった。無論、石戸霞も最初に指示された時は戸惑った。しかし、そこは他の誰でもない鷲巣巌の判断。彼の判断に背いて進言する事など、できるわけがなかった。

 

 

 

『当然、奴からの直撃は望めん……ならば確実に差を広げるには、目指すべきは四暗刻、役満……或いは危なくなれば三倍満……狙いに行く……奴の首、土手っ腹……ッ!幸いな事に、奴の配牌も格別良いというわけではない……ッ!』

 

 

 

 

宮守:一巡目

{裏六裏八②④⑤4裏裏9裏裏}

 

 

 

 

『気になるところは黒牌の多さじゃが……問題ない。少なくとも、わしより早いということはない……ッ!となったら、行くべき……!局の長さにもよるが、石戸の体力も鑑みても……やはり四、理想的に事が進んでも五局が限度……!数少ないこの機会、行くしかない……ッ!石戸の体力が尽きる前に……先に葬ってやる……あの悪魔を……ッ!!!』

 

 

 

 

 鷲巣巌がそう意気込み、決心しているのと対照的に、小瀬川白望は石戸霞の異常な手牌を前に、鷲巣巌という狂気を目の当たりにしても尚その無表情は崩れない。それを見た鷲巣巌は『……やはり、アカギはアカギか。崩れんのお……その凍てつく表情……』と言うと、今度は横にいる末原恭子と宮永咲の手牌を見る。

 

 

 

 

姫松:一巡目

{一三五六裏赤⑤⑦26裏東西裏}

 

 

 

 

 

清澄:一巡目

{裏九九裏①⑥⑥222南北中}

ツモ{南}

 

 

 

 

 

『カカカ……!順風……順風満帆……!』

 

 

 

 

 見た限りでは、鷲巣巌と石戸霞の手牌が頭一つ飛び抜けている。黒牌が混じっているが故に推測で埋めるしかないが、やはり鷲巣巌のスピードについて行ける者はいない。少なくとも鷲巣巌はそう感じていた。そしてその予感を裏付けるかのように、次巡、石戸霞は黒牌の四萬を引き当てる。

 

 

 

 

永水:二巡目

{一一二二裏四四裏八八九東東}

{一一二二二四四六八八九東東}

ツモ{裏}/{四}

打{六}(黒)

 

 

 

『当然……当然の事……!わしの運をもってすれば偶は必となる……!』

 

 

 

 これで四暗刻一向聴、一萬八萬東のいずれかを引けばその時点でツモって四暗刻、役満が確定する。鷲巣巌が言った通り順風満帆と言えるこの状況において、よもや引けないわけがない。そう信じていた鷲巣巌であったが、三巡目にドラの白を引いてしまう。四暗刻を一向聴という目と鼻の先という状況下で、まさかの足踏み。鷲巣巌はその事実に苛立ちを覚えながらも、それと同時に少なからず困惑していた。

 

 

 

 

『何故じゃ……?何故引けん……!?』

 

 

 

 取り敢えず鷲巣巌は石戸霞に九萬を切らせるよう指示する。困惑の中続いたその同巡、宮永咲がツモ切った三萬を見て、小瀬川白望がこの局初めて動きを見せる。

 

 

 

「チー」

 

 

 

宮守:三巡目

{六裏八②④⑤4裏裏裏裏} {横三二一}(黒)

 

 

 

 

 

『あっ……ああっ……!!??黒牌の……一萬だって……!?』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第446話 二回戦大将戦 ⑮ 天啓か毒か

多忙だったせいか、二日振りなのに久々と感じました。


-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

姫松:三巡目

{一三五六裏赤⑤⑦246裏東裏}

 

 

 

永水:三巡目

{一一二二裏四四裏八八東東白}

{一一二二二四四四八八東東白}

 

 

 

清澄:三巡目

{裏九九裏①裏⑥⑥222南南}

 

 

 

宮守:三巡目

{六裏八②④⑤4裏裏裏裏} {横三二一(黒)}

打{六}

 

 

 

『黒牌の一萬ってことは……もう一萬は存在しないということじゃないか……よりにもよって奴が潰していたとは……クソ……ッ!』

 

 

 

 

 鷲巣巌は怨念を込めるように右手をグググッと握りしめ、歯をガチガチと音を立てて鳴らす。自分が求めていたはずの最後の一萬が、よもや小瀬川白望に食い潰されていたという事を知り、必要以上に悔しさを溢れんばかりに滲ませる。仮想アカギ、というよりほぼアカギとして小瀬川白望を見ている鷲巣巌にとって、これは屈辱極まりないものであった。よりにもよって小瀬川白望に狙っていた牌を潰されるとは。

 

 

 

『が……しかし……一萬が潰されたところで、八萬、東……!これらさえ残っとればツモれる……十分……!先のツモではしくじったが……あれは言うなれば、奴の執念、狂気がわしの運に、水を差した……!僅かに生み出した……小さな淀み……翳り……!』

 

 

 

 

『どれだけわしが豪運とはいえ、奴やアカギの前では……絶対というわけではない……!実を無に帰す規格外……が、二度目はない……この鷲巣巌ともあろうわしが二度、同じ過ちはせん……!アカギだろうと……何だろうと……!聴牌だ……次のツモで……ッ!』

 

 

 

 

 そして鷲巣巌の怒りのボルテージはだんだんと下降していき、末原恭子が打牌した頃には鷲巣巌は冷静を取り戻す。今末原恭子が打牌した牌は東。この東、鷲巣巌は鳴こうと思えば鳴くことができる牌だ。しかし、鷲巣巌はあくまでも四暗刻、役満狙い。それ故に石戸霞に『構わん。引け……!わしが狙うのはあくまでも役満。それを崩す副露など言語道断じゃ……!』と、東を見送ってツモをするよう指示する。

 

 

 

『あるんじゃろ……八萬と東……ならば良し……それで十分……ッ!』

 

 

 

 

 そうして、鷲巣巌からの指示を受けた石戸霞が中央の穴に手を入れようとしたところで、鷲巣巌はある事に気がついたように声を漏らす。

 

 

 

『あ………………?()()()()()()()……?』

 

 

 

 

宮守:捨て牌

{9西六}

 

 

宮守:四巡目

{裏八②④⑤4裏裏裏裏} {横三二一(黒)}

 

 

 

 

 

『ああッ…………!?言い切れん……確かに言い切れん!八萬と東がまだあるとは……!』

 

 

 

 

『ま、待て!石戸!その手を止めろ!』

 

 

 

 

 鷲巣巌が慌てて石戸霞の事を引き止めようと声を荒げる。それを聞いた石戸霞は条件反射的にびくりと手を震わせ、あと少しで穴に手が入ろうというすんでのところで手の動きを止めた。石戸霞は疑問そうに鷲巣巌に問い掛けるが、鷲巣巌はそれに応答せずに、黙ったまま熟考を始めた。そうして場の空気が止まってから十数秒後、ようやく鷲巣巌が口を開いた。

 

 

 

『ぐぬぬッ……!……可能性は低い。が、有り得るやもしれぬ……!』

 

 

 

(……どういう事かしら?)

 

 

 

『奴の手牌と、直前に切った牌を見ろ……』

 

 

 

 鷲巣巌は石戸霞に向かって、小瀬川白望の手牌と捨て牌を見るように示唆する。その上で鷲巣巌は『奴が直前に切った六萬……あの手牌から察するに、普通は有り得ん打牌……そう思わんか……?』と尋ねる。確かに鷲巣巌の言う通り、{六八}の状態から六萬を切るというのは考えにくい。黒牌が何かにもよるが、かといって六萬切りは無いだろう。搭子落としという可能性もあるが、一刻を争うこの状況で搭子落としがどれほどに無意味で遠回りかという事は言うまでもない。

 だが、唯一、小瀬川白望があの状況から六萬を切ってもおかしくないという状況が存在する。それは、あの大量の黒牌の中の一枚が、八萬である状況。つまり、一萬に引き続き八萬も小瀬川白望が握り潰しているという事だ。それならば、あの六萬切りも納得がいく。

 

 

 

『即ち……先にツモったドラの白……奴に水を差された結果などではない……!言い換えるならば、神からの使者……僥倖……天啓……!土壇場の土壇場で……天は照らしたのだ……正解への道……!逸れたわしらに……垂れた……!一本の糸……!いや、糸ではない……橋……!崩れを知らぬ強固な橋が……かかった……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そう考える……じゃろ……?』

 

 

 

 そこまで前置きをした上で、鷲巣巌は一層狂気に満ちた笑みを浮かべながら、まるで小瀬川白望に向かって言うようにそう呟く。『そこまで考えが至ったのなら……当然、ここは四暗刻を諦めるべき……さっさと倍満なり三倍満なりを和了った方が確実……八萬が対子となっとるなら、強引ではあるが聴牌してるようにも見える……ここは賢明な判断が求められる……そりゃあそうじゃ……48000か0かよりも……24000、36000を確実に取った方が良いに決まっとる……ッ!』と続けた鷲巣巌は、石戸霞に向かってこう言う。

 

 

 

『が……それこそ罠……!天啓でもなんでもない……毒……!今は倍満や三倍満で満足するが……最後の最後で……結局それが裏目……死に至らしめる猛毒となる……!これが奴にとって最も好都合な展開……ッ!』

 

 

 

『持っとらんよ……八萬も、東も……ッ!わしが引く牌だ……残っておるに決まっとる……!』

 

 

 

『間が開いてしまったが……引け……!引いて引導を渡せ……あの悪魔……虎視眈々と首を狙うあの悪魔に…………!』

 

 

 

 そう言い、改めて石戸霞にツモを促す鷲巣巌。石戸霞は少し緊張した素振りを見せたが、穴に入れる頃には迷いを振り切った様子でツモを行う。石戸霞が引いたのは最後の八萬。鷲巣巌の読みは当たっていたのだ。そして白を切り、これで四暗刻聴牌となった。

 

 

 

 

永水:四巡目

{一一二二裏四四裏裏八八東東}

{一一二二二四四四八八八東東}

打{白}

 

 

 

 

 

『カカカ……ッ!当然……!当然のこと……!遂に馬脚を現しおったの……アカギ……!』

 

 

 

 

「……」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第447話 二回戦大将戦 ⑯ ある種の信頼

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

 

 

永水:四巡目

{一一二二裏四四裏裏八八東東}

{一一二二二四四四八八八東東}

 

 

 

 

『これが世界の定め……当然……!当然張る……何故なら……残っておるから……牌が……穴に……ッ!』

 

 

 

 

 わずか四巡。常人からしてみれば信じられない、夢にも思わぬ圧倒的かつ驚異的なスピードで四暗刻を聴牌する。いや、当人の鷲巣巌からしてみれば四巡という聴牌までの空白が果たして早いと言えるのだろうかという疑問は残るが、それはともかくとして念願の四暗刻を張り果せたのだ。四巡が短い長い如何の斯うのよりも、張ったという事実。それが鷲巣巌にとって今とても大切なことであった。待ちはシャボ待ちの{一東}待ち。ツモれば文句なく役満なのだが、片方の一萬は既に二枚とも場に見えており、ツモが望めるのは東のみ。しかも、その東も既に一枚、末原恭子が抱えているため残されているのはあと一枚のみ。この一巡でその最後の東を引かれればツモ和了という可能性は完全になくなってしまうし、そもそも穴に東が残されているという保証はない。最後の東は黒牌故に、三人が既に握っているという可能性も考え得る。が、それでも鷲巣巌は焦るどころか、どこか余裕そうな振る舞いを見せた。

 

 

 

 

『カカカ……!……分かっとるわ、全て……御見通し……!動じはせん……!』

 

 

 

 

 そう、鷲巣巌は感じていたのだ。最後の東、黒牌の東は未だ卓には現れてはいない、即ち穴の中に存在しているということを。

 

 

 

 

 

 

 

『だが……この手……死に手……ッ!生のない……死……ッ!届かぬ……和了りには……ッ!』

 

 

 

 が、それと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()という事も薄々ながら感じていた。

 しかし、それは何もツモをしくじるというようなネガティヴな発想ではない。ツモをしくじるのではなく、ツモれない状況になるだろうという読みである。つまり、この一巡の中で、小瀬川白望が最後の東をツモってくるという事だ。

 無論、確証など存在しない。当然ながら鷲巣巌としてはツモって欲しくはないし、小瀬川白望の東潰しが起こらない事が一番の理想である。だが、それでもなお鷲巣巌はそうなるだろうと予感がした。それはもはや読みや予感よりも、一種の信頼、評価とも言える。そういった意味では、ある意味確証よりも確固たるものであった。

 

 

 

 

『貴様の執念、わしに対しての執念が真であれば……貴様がアカギの境地に達しているのなら……引く………………そりゃあ、引くじゃろ……!たった一巡で一枚潰すだけの事……それができぬほど……アカギは凡夫ではない……!』

 

 

 

『逆に……貴様がここで引けぬようなら、そこまで……貴様は所詮紛い物ということ……そうならば、もう用は無い…………死ね……ッ!』

 

 

 

 

 そうしているうちに、宮永咲は既に打牌を済ませ、鷲巣巌が注目する小瀬川白望のツモ番へと回る。ここで東を引けるかどうかが、結果以上の格付けとなる事を知ってか知らでか、小瀬川白望はゆっくりと穴に手を入れる。そんな小瀬川白望見ていた鷲巣巌は、彼女の姿に奇妙な懐かしさを感じ、狂ったように笑う。小瀬川白望が手を引き抜く前に、もう鷲巣巌は彼女が何を引いていたかは既に分かっていた。

 

 

 

『クククク…………カカカカカカ………………!!』

 

 

 

『やはり……わしの見立て通り……!真に近い……!今の貴様は、あの日のアカギと……キキキキ……!これで確認ができた………………嬉しい、嬉しいぞ……!貴様が真にアカギの生き写しなら……存分に殺せる……貴様のことを…………ッ!』

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

「引いた!黒牌の東だ!」

 

 

「これで役満を防いだ!」

 

 

 小瀬川白望が引いた最後の東を見て、鹿倉胡桃と臼沢塞は嬉しそうに画面の向こう側を指差す。エイスリンも姉帯豊音も、熊倉トシでさえそれを見て安堵の表情を浮かべるが、その中で唯一、赤木しげるだけが感じていた。鷲巣巌と死闘を繰り広げた、見方を変えれば鷲巣巌の唯一の理解者、そんな赤木しげるだからこそ感じていた、ある可能性に。これもまた、鷲巣巌の事を信頼、買っているからこそできる予感である。

 

 

 

【……まだ、終わっちゃいない】

 

 

 

「え……終わっちゃ、いない……ですか?」

 

 

 

「まだ、何かあるのー……?」

 

 

 

 姉帯豊音や臼沢塞が先ほどまでのムードとは一転し、重苦しい表情で赤木しげるに向かって尋ねると、赤木しげるは【確かに……今のツモで、奴の手は間違いなく死んだ。四暗刻はもう無理さ……】と前置きした上で、こう語った。

 

 

 

【だが……奴の手が死んでも……奴は死んでいない。鷲巣が生きている限り、何度でも蘇る……不死鳥の如く……即ち、残されている……まだ、和了の目……条件が揃えば、役満にも届き得る……仮に揃わなくとも、倍満は必至……そんな目が……まだ鷲巣の焔は消えていない……!】

 

 

 

 かなり抽象的な話を展開する赤木しげるであったが、そんな言葉であっても、彼の言葉には絶対的な説得力が伴っており、臼沢塞たちはその言葉に納得するしかなかった。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(……それで、大丈夫なのかしら?もう四暗刻は無理よ)

 

 

 

 

『問題ない…………策は既にわしの頭の中にある。その策でも恐らく役満までは伸びんじゃろう…………確かに、役満を和了れない事は猛省……が、この局は確認が取れたという事実、それもわしにとっては大きい……そう、貴様はアカギと同じ……!その事に免じて、三倍満で妥協してやろうじゃないか……!喜べ…………!貴様の執念、狂気のお陰で……実ったぞ……わしの役満ツモ回避……!』

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第448話 二回戦大将戦 ⑰ 確信

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

 

 

永水:四巡目

{一一二二裏四四裏裏八八東東}

{一一二二二四四四八八八東東}

 

 

 

 

 

 小瀬川白望が石戸霞のツモ番の直前に最後の和了牌である東をツモによって握り潰し、これで四暗刻、役満の目は消え、彼女の手牌はもう死に手となった。通常はそう考えるのが自然だが、小瀬川白望はまだ石戸霞に……いや、鷲巣巌に対し最大限に警戒していた。一見、もう和了牌が無いためにどうすることもできなさそうに見えるが、実はまだ可能性は隠されているのだ。赤木しげるが言っていたように、鷲巣巌は何度でも蘇る。まだ和了目は十分に残されている。四暗刻を捨てた、新たな手替わり。凡人ならばそうそう急所の牌を当てることはできず、最短で手替わりする事は到底不可能だろうが、鷲巣巌ならばそれは十分可能な範疇にある。造作もない事だ。

 

 

 

 

(……流石にこの状況じゃ止められない)

 

 

 

 

 もちろん、小瀬川白望は鷲巣巌を止めなくてはならないわけだが、ここで今引いた東がかえって足枷となってしまう。ツモ和了でなければ四暗刻にならないとはいえ、鷲巣巌が執着している小瀬川白望が東を打てば間違いなく和了ってくるだろう。倍満の行ってこい、それだけで点差は48000点開いてしまう。

 東が切れないとなれば、当然ながら小瀬川白望は鷲巣巌に一歩遅れをとるという事になる。今度こそ鷲巣巌は無駄ヅモなどはしない。確実に和了を決めてくるだろう。自分で和了に向かうのでは遅すぎる。となれば清澄か姫松を和了らせるしか後は手が無いのだが、まだ場は東四局が始まってから四巡しか経っていない。通常ならばまだまだ序盤、字牌整理している具合といったところだ。聴牌はおろか、まだ二向聴すらも怪しい状況で、それは流石に望めない。つまり、今小瀬川白望に鷲巣巌を止める術はなく、あるとすれば万に一つ、いや、今の鷲巣巌にとっては億に一つもない無駄ヅモをしてくれることを望むしかない。役満という最悪の事態を回避しても尚、小瀬川白望はそこまで追い詰められていたのだ。

 当然、その現状はなにも小瀬川白望だけというわけではなく、当然鷲巣巌もそれを承知しており、小瀬川白望が何も手を打てないという事を確信を持って彼女の目の前に立ちはだかる。鷲巣巌は彼女の師である赤木しげるに散々と翻弄された苦い過去があるが、それはあくまでも鷲巣巌の迷い、安堵や恐怖があったからこそ鷲巣巌の深層心理を完璧に掌握できたわけであって、鷲巣巌が揺るがなき確信を持てばもうどうしようもない。流石の赤木しげると雖も、そうなった状態の彼の心理を掌握するという事はできなかった。どこかで彼に恐怖を、心理の隙を作らなくてはならない。師である赤木しげるはそうすることで何度も鷲巣巌の確信、自信を打ち崩してきた。

 

 

 

 

『カカカ……今局はともかくとしても、打ってくるじゃろ……わしを心の芯から震えさせ、恐怖させるほどの一打……!悪魔的かつ、狂気に満ちた麻雀……むしろ、そうでなくては面白くない……ッ!簡単に潰れてくれるなよ……?』

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(……全く、さっきから情報が多過ぎて頭が回んねえ……始まる前もだが、始まってから四巡とは思えないほど濃密だ……)

 

 

 

 

 周りが響めきや感嘆の声を上げている中、そこから少し離れた場所で一人寡黙にモニターを見つめる大沼秋一郎は額に手を当てながら心の中でそう弱音を吐く。親が永水に回ってからというものの、大沼秋一郎は表には出してはいないが、内では驚かされっぱなしである。まるで幻影を見せられてるのではないかとも思える超常現象を目の当たりにし、大沼秋一郎は一人嘆いていた。

 

 

 

(透明牌にすり替わってるのにも関わらず、それで中断どころか何のお咎め無しってことは普通の奴らには見えちゃいないんだろうが……なんなんだ一体。何が起こってんだ……)

 

 

 

 完全に現状についていけておらず、苛立ちを見せる大沼秋一郎であったが、そこで彼はある人物が横を走り抜けていくのに気付いた。身長は130に満たないのではないかと思えるほど低身長であり、頭には印象的な長いヘアバンドをつけている。完全に小さな子供のように思えるが、彼はその人物を知っている。前年、インターハイで初出場の一年生ながらも大きく爪跡を残した天江衣である。

 そして彼方側も大沼秋一郎の存在に気付いたのか、天江衣の隣にいた、彼女といいコントラストが形成されている高身長の井上純が走る天江衣を引き止めて、「おい、衣!あれってもしかして……大沼プロじゃないか?」と、天江衣に向かって言う。

 

 

 

「あー……龍門渕の天江……衣だっけ?こどもだっけ?」

 

 

 

「こ・ろ・もだ!衣は断じて子供ではない!いくらトッププロの者とはいえ、失礼極まりない!」

 

 

 

「はは、そりゃあすまねえな。お嬢さん」

 

 

 

 大沼秋一郎が完全に子供を相手するような口ぶりで対応するが、肝心の天江衣は大沼秋一郎の冗談混じりで言った『お嬢さん』というワードを聴いて満足したのか、「うむ……それで良し」と嬉しそうな表情であった。

 

 

 

「……にしても、廊下を走るのはマナーがなっちゃいねえな。そんなに何を焦ってるんだ?」

 

 

 

「……言わずとも大沼プロなら既に理解してるだろう。今衣の眼前に広がっている()()だ。衣の知り合いであるフジタなら何か知ってるかと思ったからな。大沼プロは何か知ってるのか?」

 

 

 

 天江衣にそう聞かれた大沼秋一郎は(……今の雀士は天江衣といい、さっきの三尋木といい、礼儀がなってない奴が多いな……)と思いながらも、「俺も今それで悩んでところだ。何しろ、前代未聞だからな。牌が透明牌に変わっちまうなんて」と返す。

 

 

 

「分かってることと言えば、限られた奴にしか見えていないってことか」

 

 

 

 そう大沼秋一郎が言うと、井上純は天江衣に向かって「……衣。大沼プロでも分からないんだったら、藤田プロでも分からないんじゃ……」と言う。それを聞いた天江衣は「うーむ……」と考える素振りをすると、「確かにフジタが知ってて大沼プロが知らないという事は考え難い……」と呟く。それを聞いた大沼秋一郎は(……なんだ、藤田のやつ。そんな信頼無いのか……?)と心配になりながらも、天江衣に向かってこう言った。

 

 

 

「まあ……それよりも重大な事があの卓で起きているのが、お前なら分かるだろ?」

 

 

 

「……永水の大将のことか。今の局だけとはいえ、あのシロミを相手して一歩も引いていない……あの巫女は一体何をしたんだ?」

 

 

 

「さあな……皆目見当もつかねえが、永水の巫女達の中には神仏の力を借りて麻雀を打つ奴がいる……あの大将が何かを降ろしてるんだとしたら、その神や仏よりを越えた何かを呼んでるって事は確かだ」

 

 

 

 

 大沼秋一郎がそう言っていると、少し離れた場所から歓声がワアアアとあがる。その場にいた三人がモニターの方に視線を向けると、そこには暗槓をする石戸霞の姿があった。それを見て大沼秋一郎はハッとしてこう呟く。

 

 

 

 

「暗槓……まさか、新ドラを乗せて役満にする気か……?」

 

 

 

 

 そう考える大沼秋一郎であったが、そうさせるように指示した鷲巣巌はそうは考えてはいなかった。新ドラを乗せれば文句無く役満手になるが、それは狙いではない。もっと言うなら、鷲巣巌はそうはならないというのは分かっていたのだ。

 

 

 

 

 

『さっきドラの白をわしの意思で捨て去ったからな……流石にドラは乗らんじゃろ……が、それでも構わん……これは、あくまでも確認……嶺上牌含め、誰がこの卓を支配しているかの確認じゃ……危険な芽は早めに摘むべき……そうじゃろ?清澄……』

 

 

 

 

「……!」

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第449話 二回戦大将戦 ⑱ 引き分け

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:永水 ドラ{白}

清澄  91500

宮守 100300

姫松 112300

永水  95900

 

 

 

 

 

永水:五巡目

{一一四四裏裏八八東東} {裏二二二}

{一一四四四八八八東東} {二二二二}

 

 

 

 

『……少しの可能性も与えん……この卓を治めしものはわしっ……!誰であろうと、わしのツモを阻害することは許されない……摘む……ッ!ここで全て……ッ!』

 

 

 

 

 鷲巣巌は怯えて肩を震わせる宮永咲の事を睨みつけながらそう言う。小瀬川白望が親の東二局では、宮永咲が明槓や暗槓、加槓による嶺上牌で一気に聴牌、そしてそのままの勢いで嶺上開花ツモを狙って小瀬川白望の親を止めようとしたという事実を鷲巣巌は知っている。小瀬川白望を相手に仕掛けようとしていたのだ、鷲巣巌にも仕掛けてもおかしくはない。見た限りではまだまだ宮永咲は槓子をよくて一つ持っている程度で、そこから和了というのは嶺上牌で理想的な牌をツモると仮定しても考え難い。だが、ゼロでは無い。どんなに薄い確率といえども、起こるときには起こり得るのだ。あの日だってそうだ。鷲巣巌も赤木しげるも、起こらないと断定してもおかしくはないほどの薄い確率を、まるで当然のように当てていた。そしてその僅かな可能性に歓喜し、恐怖したのだ。僅かな重みというものをよく知っている鷲巣巌からしてみれば、摘んでおきたいのだ。鷲巣巌のツモを妨害する全ての要素を、排除しておきたかった。どんなに僅かな芽と雖も、彼には侮ることはできない。

 それゆえのこの暗槓。当然鷲巣巌が言っていたように、この暗槓で望むものは新ドラなどというものではない。言うなれば縄張り、支配下の確認。宮永咲を威圧して萎縮させるだけでなく、今この場は王牌も嶺上牌も、全てを鷲巣巌が支配している。それを確定させるための暗槓。このことで、宮永咲は和了ろうと目論んでいようがいまいが、もう和了ろうというという意思は掻き消えたし、仮に槓を仕掛けてもそこは既に鷲巣巌の支配下。既に引く牌がある程度確定されている普通の麻雀とは違い、逐一穴の中から牌をツモらなければいけないこの鷲巣麻雀では、望んだ牌を掴むことはできない。

 

 

 

 

『それに……何やら()鹿()()()()をしでかそうと企んどるかもしれんからな……ここで出る杭は打っておくのが得策じゃろ……』

 

 

 

 

 鷲巣巌は付け加えるようにそう呟くと、前に一度チラと見た長野県の個人戦の収支を思い出す。暇を持て余していた鷲巣巌が何気なく眺めていた資料だったが、そこで彼は面白い収支となっていた者を見つけた。それは何を隠そう宮永咲の事である。初日の予選の彼女の収支は、なんとプラスマイナスゼロ。そこだけ見ると凡庸ではあるが、翌日の本戦ではそこから大きく点棒を巻き返して結果は三位、見事個人戦でも全国大会を果たしていた。

 その文面だけ取ると、初日では調子が振るわなかったのか、もしくは本戦でバカヅキだったのかと考えられるが、鷲巣巌には別の可能性が見えていた。

 

 

 

 

『まあ……今そんな余裕は無いじゃろうがな……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など……』

 

 

 

 

 凡人から見れば先ほどの二通りのパターンが思いつく。だが、鷲巣巌は違った。あれは単なる偶然などでは無い。宮永咲はプラスマイナスゼロを意図的に、もっと言うならわざと引き起こした。そう考えていた。

 確かに、プラスマイナスゼロを意図的にできるとなればその時点で非凡、異彩を放つ業績。それは間違いない。仮に鷲巣巌がプラマイゼロをやろうとしても、自身の豪運故に絶対に不可能な業である。だが、鷲巣巌はそれを非凡だとは評しながらも、辛口な言葉で彼女を評価する。

 

 

 

 

『しかし……とんだ意気地無しじゃな。プラマイゼロもこれを見る限り、逃げ……逃げるための戦略のようじゃ。……何に怯える。その非凡な力を持ちながら……何に怯える必要がある……?』

 

 

 

『確かに、貴様にはわしのような豪運も、やつのような人間離れした麻雀の腕も、狂気もない……が、分からんのか……その謙遜や卑下、悲観などというわけのわからん感情が、更にわしやアカギとの差を広げているというのが……』

 

 

 

 

永水:六巡目

{一一四四裏裏八八東東} {裏二二二}

{一一四四四八八八東東} {二二二二}

ツモ{裏/五}

 

 

 

 

 宮永咲の事を見ながら、溜息をついて『残念だ』と呟く鷲巣巌は六巡目、まるで当然かのように黒牌の五萬をツモり、これで一向聴とする。今の鷲巣巌を止めることができるのは、もはや鷲巣巌だけ。誰にも止めることなど許されない状況にあった。

 

 

 

 

 

『クククク……アカギ……これで第一ラウンドは決着じゃ……ッ!』

 

 

 

 

『リーチだッ!打てッ、石戸!』

 

 

 

 

「……リーチ」

 

 

 

 

永水:七巡目

{一一四四裏裏裏八八東} {裏二二二}

{一一四四四五八八八東} {二二二二}

ツモ{七}

 

打{横東}

 

 

 

 

 そして直後の七巡目、鷲巣巌は望み通りの七萬を引いて聴牌。清一色三暗刻の倍満手を聴牌し、この手でリーチをかける。待ちは鷲巣巌が序盤で切った六萬と、フリテンの状態となってしまっているが、鷲巣巌にとってはそんなこと全く関係の無い話であった。というのも、小瀬川白望は当然振り込まないだろうし、他二人も鷲巣巌の手牌を見れば、危険牌は自ずと萬子の五萬から上辺りだとうと推測できるため、出和了が望めない。それが一つの理由だが、鷲巣巌が一発ツモを確信しているというのが一番大きな理由だ。

 当然、他二人はおろか小瀬川白望も聴牌には至ってはいないため、ただ無情に番が回っていくだけである。結局、何のアクションも起こらぬまま石戸霞の、鷲巣巌のツモ番となると石戸霞は穴から牌をツモり、そのまま卓へと置いた。そして鷲巣巌が石戸霞の代わりにツモ和了を宣言する。

 

 

 

 

『カカカ……ツモ。リーヅモ一発清一色三暗刻……三倍満、12000オール……!』

 

 

 

 

永水:和了形

{一一四四裏裏七裏八八} {裏二二二}

{一一四四四五七八八八} {二二二二}

ツモ{六}

 

 

 

 

(い……一発でツモ和了った……!?フリテンでも御構い無しって、どんな運してんねん……)

 

 

 

 

 末原恭子が絶望と驚愕の混ざった表情を浮かべながら点棒を取り出し、石戸霞に12000点分の点棒を渡そうとすると、彼女はまだ裏ドラを捲っていない事に気付いた。いや、この場合捲ったではなく引いたの方が正しいか。ともかく、末原恭子がその事について指摘をすると、鷲巣巌は『別に引いても引かなくとも変わらんからな。時間の無駄じゃ』と切り捨てた。

 

 

 

「は、はあっ?」

 

 

 

 

『……逆に聞くが、乗らぬと分かってるのにも関わらず、どうしてわざわざ裏ドラを引く必要がある……?時間の無駄じゃろうて……!』

 

 

 

 

(な、何言っとるんやこの人……乗らないのが分かっとるって、なんでそう言い切れんねん……)

 

 

 

 

 鷲巣巌にいちいち聞くなと言わんばかりに突っぱねられた末原恭子は、心の中でそう疑問に思うが、これ以上話してもそれこそ時間の無駄だと言い捨てられる気がして、口には到底できなかった。

 そして石戸霞が点棒を受け取ると、次の瞬間には鷲巣邸だった空間は元の対局室、正常な場所へと戻り、卓も牌も、通常のものへと戻っていた。まるで夢のような、正確に言えば悪夢のような時間を過ごしたかのように思われるが、確かに現実のことである。

 そしてそんな中、石戸霞は鷲巣巌に向かってこう問いた。

 

 

 

(……案外、嬉しそうじゃなかったわね?)

 

 

 

 

『カッ……!さっきも言っただろう……わしが本来和了ろうとしていたのは四暗刻、役満じゃ。それが結果的には三倍満……確かに奴はわしの和了を止めるまでには至らなかったが……わしもまた、本来の和了を阻止された……決着をつけると言ったが……この勝負は引き分け……イーブンじゃ……』

 

 

 

 

『それに……まだ勝負は一局目。ここからが本番じゃ……わしと奴との死闘……まだくたばるなよ……石戸……』

 

 

 

(……善処するわ)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第450話 二回戦大将戦 ⑲ 楽しむ

-------------------------------

視点:神の視点

前半戦終了時

清澄  81200

宮守 101900

姫松  92800

永水 124100

 

 

 

 

 

 運命のBブロック二回戦第一試合大将戦。その前半戦が終わり、現在トップを走るのは東四局で親の三倍満を和了り、それによって得た点差を守り抜いた永水。そして二位は親番で怒涛の和了を見せた宮守と、大将戦が始まる前は三位四位と敗退の危機に晒されていた二校が逆転し、逆に副将戦までは上位だった清澄と姫松が三位以下に転落という、大波乱の末前半戦は終了した。

 

 

 

 

(……あかん。せっかくトップで繋いでもろたのに、前半戦が終わってウチらは三位……ただでさえバケモノだらけのあの卓で、一度沈んだら早々這い上がれない……)

 

 

 

 

 前半戦だけで二万点近くの点棒を失い、一位から一気に三位まで順位を落としてしまった末原恭子は、後半戦までのインターバルの間、控え室に戻るわけでもなく、廊下で一人項垂れていた。歯が立たないという事は言うまでもなく分かりきっていた話だが、ここまで何もできないとなると、末原恭子の精神では耐えきることができなくなりつつあった。

 

 

 

「……なーに財布落としたようなツラしとんねん、恭子」

 

 

 

 

「洋榎……」

 

 

 

 

 そんな傷心気味の末原恭子の元に、愛宕洋榎がわざわざ控え室からやってきた。末原恭子は愛宕洋榎の名前を呼ぶと、それに応えるように「そうやで。この愛宕洋榎が恭子のためにやってきたんやで」と冗談っぽく言うと、末原恭子のすぐ隣まで来てこう言う。

 

 

 

 

「どうしたんや、恭子。……シロちゃんの最初の親番の時、あん時の恭子の顔、めっちゃよかったのに……特に南場から、一体どうしたんや」

 

 

 

「そ、それは……」

 

 

 

 末原恭子が口籠もりながらも言おうとするが、言おうとした直前で愛宕洋榎は末原恭子の口を右手で塞いで「言わんでもわかっとる。永水のアレやろ?」と言う。

 

 

 

 

「確かにアレは半端ないわ。シロちゃんも役満を抑えるので一苦労って感じやったし、恭子が何もできんかったのも仕方ない。ウチもあそこにいれば絶対恭子と同じ感じになっとるわ」

 

 

 

 

「せ、せやけど……仕方ないって言っても、三位になったんは事実やし……気にするなって方が難しいやろ」

 

 

 

 

「はあ?なに言っとるんや、恭子?」

 

 

 

 愛宕洋榎はきょとんとした表情で末原恭子そう言うと、末原恭子は「は、はあっ?」と言い返す。続けて「洋榎こそ、何言うとるんや?これはウチら姫松の準決勝進出がかかってる、大事な試合なんやで?それで気にするなって、どんだけ精神図太いねん……」と言うと、それを聞いた愛宕洋榎は思わず笑い出してしまった。

 

 

 

「なっ、何がおかしいんや!」

 

 

 

 

「い、いや〜。何を言い出すと思えば、そんな事考えて打ってたんか?恭子」

 

 

 

 

「そ、そんな事って!」

 

 

 

 末原恭子が声を荒げると、愛宕洋榎は末原恭子の口に指を添えて「なあ恭子……自分は何のために麻雀打ってるんや?」と問いかける。一瞬、彼女の問いの意味が分からず黙りこくるが、即座に「何のためにって……そりゃ、勝つためやろ」と返す。それに対して愛宕洋榎は「まあ、確かに勝ったら嬉しい……それは一理あるわ」と言うと、続けざまにこう言い放った。

 

 

 

 

「……恭子、面白いか?」

 

 

 

「はあ?」

 

 

 

「恭子、あれやろ。お前、『自分は大将だから〜』とか、『一位で渡されたから〜』とか……そういうのしか考えてへんから、楽しいと思って打てておらんのやろ」

 

 

 

「勿論勝つ事も大事や。そりゃあ負けるよりも、勝てた方が嬉しいし面白い。……せやけど、勝ちを拘りすぎて、麻雀が楽しめんくなったら麻雀やっとる意味がない」

 

 

 

 

「ウチもチームの事を思って打ってるは打ってるけど、最終的には自分。自分なんや。自分が楽しめるかどうかが問題なんやで。恭子は変に責任を負い過ぎとるんや。もっと、自分にわがままになったらええ。そこからウチらの事を考えや」

 

 

 

 そこまで言うと、愛宕洋榎は末原恭子の肩をポンと叩いて「……人生最後のインターハイ、打ってるウチらが楽しまないで、一体誰が楽しむんやっての」と言い、鼻歌を歌いながらその場を後にしようとする。言いたい放題言われた形となった末原恭子は愛宕洋榎の去り際に「……洋榎」と名前を呼んで引き止めると、こう口にした。

 

 

 

 

「……悪かったな。ガラにもない説教させて」

 

 

 

 

「……なんのことか知らんわ。はよう行きいや」

 

 

 

 

 愛宕洋榎は照れ隠しするように、そう言った後は振り返らずにダッシュで走って行った。そんな彼女を微笑ましく眺めるほどの余裕が生まれた末原恭子は、顔をパシッと両手で叩くと、(……行くか)と呟いて、対局室へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

「……結局、あの訳のわからん奴は東四局だけのようだな」

 

 

 

 弘世菫はホッと一息つきながら、緊張に濡れた手をハンケチで拭いながらそう呟く。おそらく自分が試合に出ている時、もしくはそれ以上の緊張感の中で握り締めていた手は潤っていた。

 

 

 

 

「にしても、何だったんでしょうね。あれ……」

 

 

 

 

「さあ……幻覚ならその一言で片付くが、我々虎姫全員が見えているとなればそうも言ってられんだろう。となると、あの卓にいる誰かが引き起こした事だと思うが……」

 

 

 

 亦野誠子の問いに対して弘世菫はそう呟くと、チラリと隣にいるはずの宮永照に話を伺おうとした。だが、隣の席には宮永照の姿は無く、弘世菫は驚いて「……て、照は何処に行った!?」と思わず叫ぶ。

 

 

 

「テルーなら前半戦が終わってから直ぐにどっか行っちゃったよ?」

 

 

 

 

「何故それをすぐに言わない!?」

 

 

 

 

「いや……トイレかな?って……いつになくテルー焦ってたし……」

 

 

 

 大星淡が少し困惑したような表情を浮かべてそう呟くと、弘世菫の頭の中にはある可能性が思い浮かんだ。「……焦って……?まさか……!」と言うと、立ち上がって大星淡含む他の虎姫メンバーに向かって「照を探し出すぞ!」と言い、全員急いで宮永照の捜索へと向かって行った。

 

 

 

(あの馬鹿……何も今じゃなくても良いだろう!)

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

(はあ……テルーがいなくなったからって、そんなに焦る事なのかなあ?確かにテルーは方向オンチだし、すぐにどっか行くけど……)

 

 

 

 

 大星淡が愚痴を漏らしながら虱潰しに会場内を歩き回る。無論、弘世菫がどうしてあんなに切羽詰まった状況になっていたのかも知る由もなく、ただ漠然と弘世菫の言われた通りに行動する他なかった。

 

 

 

(後半戦までに間に合えばいいけど……ミヤモリの大将もそうだし、色々気になる事沢山あるから見逃したく無いんだけど!)

 

 

 

 

 そんな事を呟いていると、視界の直線上に偶然にも宮永照らしき後ろ姿を見つけた。やはり、何か焦っているような表情を浮かべたまま、キョロキョロと首を振りながら、どこかへ走って行く。

 

 

 

 

(うーん……やっぱり只事じゃなさそう?)

 

 

 

 

 そう思いながら大星淡は悟られないようにそっと宮永照の後をつけていく。大星淡としては完全に刑事ドラマ気分であり、(アンパンでもあれば雰囲気出るんだけどな……)と言い出す始末であるが、当の宮永照は楽観的な大星淡とは対照に、深刻な表情を浮かべている。

 そして、ようやく宮永照の足が止まったのを確認すると、大星淡はそっと廊下の角のところから顔を出して覗き見る。すると止まった宮永照の向こう側には、驚きのためか声を失っている清澄の大将、宮永咲がいた。

 

 

 

(あれって……()()()()()!!名字が同じだからまさかと思ったけど……やっぱり姉妹だったんだ!)

 

 

 

 

(あれ?そうするとなんでテルーは妹なんていないって言ってたんだろう……?あんまり、仲が良くない感じ?でも、そしたらなんでテルーは会いに……わけわかんない!)

 

 

 

 大星淡が頭を悩ませているのをよそに、宮永照は自身の妹である宮永咲の事を目の前にして、色々な思いが頭の中を駆け巡る。この瞬間をずっと待ちわびていた。だが、どこかで避け続けていたのもまた事実。拍動する心臓とは裏腹に、息が止まりそうになりながらも、声を震わせながらその名を呼んだ。

 

 

 

 

「……咲」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第451話 二回戦大将戦 ⑳ 不安

-------------------------------

視点:神の視点

 

 

 

 

 

「……お、お姉……ちゃん……?」

 

 

 

 宮永咲は思わぬところで半ば絶縁状態と言っても過言ではなかった自身の姉、宮永照が目の前にいる事に、驚きを通り越して言葉を失いかけていた。今の今まで散々小瀬川白望に痛めつけられ、末原恭子と同じく傷心気味であった宮永咲だったが、その嫌な辛い記憶がいっぺんで吹き飛ぶほどの衝撃を受けるほど、それほど今自分の目の前に宮永照がいるという事態は異常を極めているのだ。

 一瞬、これは夢かと勘繰りそうになるが、間違いない。これは現実で起こっている。確かに今宮永照が自分の目の前にいる。そう確信すると、自然と宮永咲の瞳から涙が溢れて出てきた。長い年月、若い宮永咲からしてみれば人生の多くを、姉の宮永照とは別の世界で、同じ空間ではない場所で過ごしてきた。幼少期の確執をきっかけに、東京と長野、近いようで遠い、互いに別々の世界で生きてきた。そして常に、この時が来ることを望んでいた。しかしそれと同時に、もう二度と、共に時間を過ごした頃のようには戻れないのではないかと、少なからず心の何処かにはあった。そういう不安、葛藤のせいで眠れぬ日々も多々あった。今流している涙は、嬉しくて流しているのか、それとも、不安が払拭された事に対する安堵かは分からない。だが、少なくとも、不快を表す涙ではないというのは明らかだろう。

 

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

 

 そして宮永照も、宮永咲と同じように目を潤しながらゆっくりと宮永咲に近づくと、震える声でそう呟いて優しく抱擁した。一瞬、もしかしたら、この手を跳ね除けられるのではないか。自分が過去にやったように、拒絶されるのではないかと、不安が彼女を襲った。正直、躊躇いもあった。あれだけ冷たく接した自分が、今更このような事をして許されるのか、許される権利が果たしてあるだろうか。できることなら、少しでもこの不安から遠ざかりたい。そう思っていた。大将戦が始まるまでは。

 だが、大将戦の宮永咲が苦しんでいる姿を見て、その気持ちは変わった。過去に何度か経験したことのある宮永照だからこそ、その苦しみ、不安、恐怖、焦り……そういった感情の痛みがよくわかる。その痛みに苦しんでいる宮永咲の姿を見て、居ても立っても居られなくなったのだった。今度は、自分の番だと。過去に宮永照が助けられたのと同じように、今度は自分が宮永咲の事を助けなければ、力とならなければいけない。そう感じた。

 

 

 

 

「咲……ごめん…………不安にさせて……」

 

 

 

 

「ううん……お姉ちゃん、私こそごめん……」

 

 

 

 

 両者は両者に向かってそれぞれ謝罪をすると、二人はそのまま抱き合って二人だけの時間をぐっと噛み締めていた。互いに離叛していた二人の心を深く繋ぎ止め、もう離れる事のないように馴染ませるように、しばらくその状態が続いた。数年ぶりに互いに時間を共有することとなったが、不思議と会話は多くはなかった。声に出すよりも、体で感じるこの温もりだけで、彼女らは十分通じ合えたのだ。故に、会話など必要なかった。

 もちろん、宮永姉妹はこの場に二人しかいないと思ってその状態を続けているのだろうが、大星淡からしてみれば気まずいなどという話ではないわけである。宮永姉妹にどういう事情があるのかは彼女には分からないが、二人の様子を見るに、壮絶な過去があったことだろう。弘世菫の指示は宮永照を連れ戻すことであったが、流石にあの二人の間に割って入るほど無頓着、ドライな人間ではない。そうして結局その場にいられなくなったのか、大星淡は音を立てずにゆっくりとその場を後にした。当然、戻った後に弘世菫から「淡、照は見つかったか?」問いただされはしたが、大星淡は「大丈夫」と返した。

 

 

 

 

「はあ?大丈夫って、何が?」

 

 

 

 

「大丈夫だよ。テルーならもう、大丈夫だから」

 

 

 

 

「……?大丈夫ならいいが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……すごい場面に出くわしたなあ)

 

 

 

 

 そして大星淡が去ってからそのすぐ後に、宮永姉妹が抱き合っているシーンを小瀬川白望が偶然にも見つけてしまう。小瀬川白望も大星淡と同じように曲がり角で壁を背にし、彼女たちから見えないところで覗き見ていた。

 

 

 

 

(危なかった……気付かずに普通に通るところだった……)

 

 

 

 

 宮永家の事情は宮永照から聞かされ、解決の糸口を共に見出そうとしていた小瀬川白望にとっては、今の場面をとても他人事とは思えなかったが、小瀬川白望もまた、彼女らの空間に水を差すことはできなかった。あくまでも自分は第三者。姉妹の時間を奪うことは誰だろうと許されない。そう配慮した結果、声を掛けるという選択肢はなかった。

 熱りが冷めた頃合いを見計らって話しかけようかとも思ったが、宮永照はともかくとして宮永咲とは今闘っている最中だ。決してこの時間は停戦期間などではないとし、小瀬川白望は諦めて遠回りする事とした。

 

 

 

 

(……前に照がしていた事が、咲にもできるんだとしたらそれはダルい。でも、照ができて咲ができないという事は考え難い……今の後なら尚更)

 

 

 

 

 宮永照が過去に引き起こした、宮永咲の力や能力をリンクさせたあの現象。あれを妹でもある宮永咲ができるとしたらそれは脅威である。恐らく意図して発動することは無いだろうが、発動したとしたら厄介な部類に入る。そのまま宮永照と闘うようなものだ。細かな違いはあれど、ほぼそれに近い状態だろう。

 何にせよ、今の一件で宮永咲が一歩成長するというのは間違いは無いだろう。今の宮永咲には、宮永照がついている。頼れる人物が、大切な人物が側にいるだけで、人は力を得る。何の根拠もない精神論だが、確実にそういうことで生まれる力というものは存在する。それは、宮永照と闘って明らかになった。きっと精神的にも丈夫になって戻って来るはずだ。だが、小瀬川白望に恐れの文字はない。むしろ、逆。その真の力。宮永咲の、宮永姉妹の真の力を心待ちにしていた。

 

 

 

 

(……なら、引き出さないと…………宮永姉妹の絆、その力の全て……)

 

 

 

 

(あとは……霞のアレか)

 

 

 

 そして残される問題が、石戸霞が東四局に見せた鷲巣麻雀。小瀬川白望も赤木しげるから聞かされていたから、鷲巣巌の恐ろしさというものはよく知っている。東四局も、その話通りの豪運を見せつけられた。だが、彼を打破せずに、この二回戦を突破することはできないだろう。となれば、勝つしかない。まさかあの一局限りというわけでもないだろう。またどこかで必ず出てくるはずだ。

 

 

 

 

(次こそ……勝つ……私が赤木さんの無念を晴らし、その先へ進む……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第452話 二回戦大将戦 ㉑ 雌雄を決する時

-------------------------------

視点:神の視点

前半戦終了時

清澄  81200

宮守 101900

姫松  92800

永水 124100

 

 

 

 

 

「……咲ちゃんは結局戻ってこなかったけど、大丈夫なんかじぇ?」

 

 

 

「咲のやつがここに来ないのは何かしらの理由があってだと思うんじゃが……心配じゃけん」

 

 

 

 

 大将戦の後半戦が始まるまで、実に後二分。そんな中清澄の控え室では、前半戦と後半戦の間にあるこのインターバルに姿を見せる事のなかったチームの大将、宮永咲について心配の声が上がっていた。前半戦では最初の方は怯えながらも、なんとかしようという感じではあったが、東四局の鷲巣麻雀からは完全に調子は右肩下がり。調子もそうだが、それ以上に精神的ダメージが大きい事を鑑みると、この休憩時間は非常に大切な時間であり、調整にはうってつけだったのだが、結局宮永咲はここへは戻ってこなかった。

 竹井久は片岡優希達の会話を耳に通しながらも、(迷子って事もないだろうし……)と心の中で自分なりに色々な要因を考える。が、まさか宮永咲が麻雀部に入った目的であり目標としていた自身の姉と再会し、そこから和解に至っていたなどとは考えが及ぶわけもなかった。

 

 

 

 

(咲の事だし……責任感じちゃってるのかしら)

 

 

 

 

 そんな事なら自分が宮永咲のところへ出向いてやればよかったと後悔の念を抱く竹井久だったが、今更悔やんでももう遅く、後半戦が始まるまで二分も残されていない。今更言っても閉め出されるのがオチである。

 

 

 

 

「大丈夫ですよ、咲さんなら」

 

 

 

「和……」

 

 

 

 竹井久が葛藤に苛まれている中、原村和は冷静な瞳ではっきりとそう言った。もちろん、明確な根拠などあるわけがない。だが、その言葉にはどこか物を言わせぬ強さがあった。言い換えるとするならば、それほど彼女は宮永咲に信頼を寄せていることの表れとも言えよう。そして何より、チーム内で混乱が起きているこの状況で憶測など必要なく、冷静に構えることのできる原村和の『強さ』に竹井久は感服した。

 

 

 

(……和がしっかりしてるのに、私がこんなんでどうするのよ)

 

 

 

「そうね、和の言う通りだわ。私たちが今ここで不審がっていても仕方ない。今私たちにできることは、まず咲の事を信じること。外野の私達がうだうだ言ってても何も変わらないわ」

 

 

 

 

「……そうじゃのお。全くもって正論じゃ」

 

 

 

 竹井久の鶴の一声により、どよめきに包まれていた控え室が一気に落ち着きを取り戻す。竹井久は原村和に驚かされ、感服してばかりだと感じていたが、それと同時に原村和も竹井久のチームを動かす指揮、統率力に感嘆していた。自分にはできぬ舵取り。竹井久もまた、誇れるだけの『強さ』を持っていた。

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

『カカカカカ……!逃げずに戻ってきたか……』

 

 

 

 

 所変わって対局室。先に到着していた石戸霞と鷲巣巌に続くように、他の三人が対局室に入ってくる。それを鷲巣巌は半分冗談混じりに、半分本気で三人に問いかける。無論、インターハイという大会である以上逃げるという選択肢はない。これはさも当然のことだ。だが、鷲巣巌は知っている。逃げられない、退くことのできない勝負だというのにも関わらず、恐怖のあまり逃げようと、逃れようとする不届き者がいるという事を。かつて鷲巣巌が葬ってきた者は、大抵死が訪れようとすると喚き、苦しみ踠き、逃げられないと分かりながらも逃げようと足掻いていた。

 確かに今この試合は、何も命を賭けているというわけではない。そうかもしれないが、雀士としての誇り、今まで麻雀に費やした命の時間を賭けた勝負といっても過言ではない。そういった意味では、臆する事なくこの場に戻ってこれたというのは、それだけで評価に値しよう。

 

 

 

 

『……ほう。どうやら、ただ殺されに来た愚図というわけではないようだな……』

 

 

 

 そしてそれと同時に、鷲巣巌は末原恭子と宮永咲の表情の変化に気付く。前半戦の時のような死んだ魚のような光の無い目とは違い、しっかりとした意思を感じる。ただ、苦痛を、恐怖を耐えるために来ているわけではない。恐怖に打ち勝つ、この勝負に勝利するために来たのだという彼女達の気持ちの変化を感じ取った。それに感心しながらも、鷲巣巌は『結構結構……!キキキ……!まあ、それが果たしてどこまでもつか……見ものじゃの……』と笑い飛ばし、ゆっくりと小瀬川白望の方に視線を移す。もちろん良い意味で、彼女は前半戦から変わっていない。変わっているといえば、彼女がより一層鷲巣巌の事を意識しているということか。

 鷲巣巌としても、変わらないで結構。そのままで良いと言いながらも、彼女に映るアカギしげるの面影を見て、憎き宿敵に向かって恨みを込めて舌鼓をうつ。そして小瀬川白望にこう告げた。

 

 

 

 

『ククク……これまでの闘いにおいて、貴様もわしも、結果を見て勝ったと満足できた事はない…………これ以上の引き分け、痛み分けは御免願う……そろそろ雌雄を決する時としようじゃないか……アカギッ…………!』

 

 

 

 

「……当然。そのためにここに来ている……」

 

 

 

 

 鷲巣巌と小瀬川白望は短い会話を済ませた後、さっそく場所決めを開始する。そんな中で、末原恭子は牌を取りながら、小瀬川白望と石戸霞の方を見て溜息を吐く。明らかに、この中でキーとなっているのは小瀬川白望と鷲巣巌の力を借りた石戸霞の直接対決。自分は完全な傍観者だ。そんな疎外感に悪態を吐くように心の中で呟く。

 

 

 

(……分からんわ。鷲巣とかいう奴も、なんで白望が赤木って名前で呼ばれてんのかも、何から何までこの二人のことは全然分からん。……多分、あの二人には、ウチのことなんて見えてへん。完全に蚊帳の外や)

 

 

 

(せやけど……そんなもん御構い無しや。蚊帳の外やろうが何だろうが、麻雀は二人でやるもんやない……そろそろ混ぜてもらうで、あんたらの世界に……!)

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第453話 二回戦大将戦 ㉒ 第三者

-------------------------------

視点:神の視点

後半戦東一局 親:姫松 ドラ{8}

姫松  92800

永水 124100

清澄  81200

宮守 101900

 

 

 

 

(……ラス親か)

 

 

 

『チッ……一番厄介なラス親か……』

 

 

 

 後半戦が始まり、肝心の宮守はラス親。その事実を受けて、小瀬川白望はあいも変わらず無表情を貫くが、彼女の対面に座る石戸霞……ではなく、鷲巣巌は顔を顰めながら舌打ちする。彼がかつてアカギしげると打ったのはたった六半荘だけではあるが、ラス親に関しては全くもって良い思い出はなかった。オーラスの親番での逆転、更には和了やめを拒否しての終わらない南四局など、彼にとってオーラスそのものが嫌な思い出しかないというのに、更にラス親となると、それはもはやトラウマに近い事象であった。

 小瀬川白望がラス親でさえなければ、役満に振っても逆転されないほどの点差をつけてしまえばオーラスでも安泰なのだが、ラス親が彼女となるとそうもいかない。……もっとも、今の小瀬川白望相手にその点差をつける事自体至難の業であるのだが、彼女のラス親を蹴るよりかはまだ容易といっても過言では無いかもしれない。

 

 

 そして何より鷲巣巌にとって鬱陶しかったのは、後半戦になって精神が一段と強固となった宮永咲と末原恭子、この二人の躍進の可能性である。

 無論、鷲巣巌が打つ時には大勢に影響はなく、太陽に向かって石を投げるような、無謀な行動、瑣末な話で済まされる。実際、鷲巣巌も彼女らに対して評価はしたものの、特別気にかけるような事ではないと思っていたものの、いざ対局が始まってみるとそう片付けることもできないという事に気づかされる。

 彼が案じているのは、鷲巣巌が打たない局、即ち石戸霞が相手となる局。その時に限っては二人の躍進はかなりの脅威となり得るということだ。もともと、鷲巣巌というドーピングを抜きにすれば、勢力的に小瀬川白望が一人抜きん出て、後の三人は横並びという状況。

 そうなると、この状況で一番の苦戦を強いられるのは石戸霞という事になる。鷲巣巌の力を借りる回数にはある程度の限度がある事から、それ以外の局ではできるだけ失点を少なくし、小瀬川白望との点差を保たねばならないというのに、こうなってしまってはかなり厳しくなってくる。

 

 

 

『……いいな。わしの力を使わない局、この時にアカギや両隣りの小娘達の攻撃をどうやり過ごすか、全てはそこにかかっとるんだぞ……!』

 

 

 

 

(……分かってるわよ、もちろん……!)

 

 

 

 

 石戸霞は汗を垂らしながらも、強気にそう答えてみせる。しかしこの時鷲巣巌はその言葉が強気の発言というわけではなく、あくまでも痩せ我慢という意味が強いという事に気付いたが、敢えてそこには言及せず、『……任せたぞ』と背中を押す。本来ならば叱咤し、檄を入れるのが最適だろうが、鷲巣巌はそれをしなかった。石戸霞が自分の発言が痩せ我慢から来ているものというのを理解しているというのが大きな理由だが、それよりも何よりも今鷲巣巌にはそれをするだけの余裕は無かった。

 余裕が無いというのは、精神的に追い込まれているからというわけでは無い。彼にとって、今は一秒たりとも無駄にはできない時間だったからであった。森羅万象全てを超越したと言っても過言では無い彼が時間を惜しむほど必要に感じて見つめているのは、言わずもがな小瀬川白望の事である。アカギしげるとの闘いにおいても、よくよく考えれば鷲巣巌はずっとアカギしげるや小瀬川白望の事を正面から、対峙してでしか見る事ができなかった。だが、今は違う。今小瀬川白望と対峙しているのは鷲巣巌ではなく、石戸霞。今までずっと真正面からしか見てこなかった怪物。それを第三者視点から見ることのできる、唯一の時間であった。

 視点を変えれば、何か見えるかもしれない。だが、視点を変えたからといって、直接打破に繋がるような決定的ボロは出ないだろう。そもそも、そんなものがあるとしたら、鷲巣巌はあの時負けていないだろうし、先の東四局でも圧倒していただろう。そんなものが望めない事は百も承知である。何か、些細な事でもいい。どうでもいい事でもいい。今、鷲巣巌に足りないのは情報。アカギしげるの生き写しである小瀬川白望の情報である。例え何の役にも立たない事でも良い。とにかく、奴の情報を得たかった。

 そして何よりも、当事者以外の視点から、ただ純粋に彼女の闘牌をじっくりと見たかったのだった。本来認めたくはない、認めてはいけない事だが、運を除外して考えると、麻雀の腕に関しては断然アカギしげる、小瀬川白望の方が上である。それは認めざるを得ない。彼らを越えて、初めて自分の人生の最高点、極地、頂に至るだろうと、鷲巣巌が唯一認めた宿命の敵。これを抜きに見れば、彼等の麻雀というのは鷲巣巌でさえも惚れ惚れとしてしまうほどの腕前なのだ。こうして彼等を敵としてでなく見ることができるのは、恐らく後にも先にも無い。そういった好奇心、期待を寄せていた。

 

 

 

 

『確かに、華がある……あの頃はただの狂人、鬼神、悪魔とでしか見る事ができなかったが……こうして見れば、また見え方も変わってくるものじゃな……ッ!カカカ…………ッ!』

 

 

 

 

 やはり鷲巣巌が介入していないこの卓では、卓は小瀬川白望一強の流れ。休憩時間に一段階成長、一皮むけた末原恭子が起家であるというのも御構い無しといった風に、あっさりとツモ和了で東一局を蹴る。相変わらず他を寄せ付けぬ圧倒的な麻雀。それを見た鷲巣巌は『……やはり、わしにとって敵はお主だけじゃ……アカギ……』と呟く。

 

 

 

『……どうする、石戸。次はわしらの親番だが、ここで行くか?』

 

 

 

 

(……いえ、ここは見送りましょう。……シロがラス親じゃなければそれがベターなんでしょうけど、この状況じゃあちょっとね……)

 

 

 

 

『貴様も、分かっているようじゃな。奴のラス親がどれほど危ういか……』

 

 

 

 

(……分かるわよ。言われなくても、嫌でも分かるわ……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第454話 二回戦大将戦 ㉓ 会合

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:永水 ドラ{南}

姫松  91500

永水 123400

清澄  80500

宮守 104600

 

 

 

 

「……ふむ。如何に思う?純」

 

 

 

 

 

 

 

 大沼秋一郎と別れた天江衣と井上純は、同じ龍門渕の仲間やインハイの予選で決勝戦を戦った鶴賀や風越のメンバーがいる場所へと戻っている最中、天江衣は壁に貼り付けられているモニターで大将戦の様子を見ながら隣を歩く井上純に向かってそう訊くと、足を止めた井上純は天江衣が何に対して言っているのか分からず、少し困ったような表情を浮かべて「如何にって……何がだ?」と聞き返す。

 

 

 

 

「……咲も姫松の大将も、先程までとは別人、奪胎したように見える。……あの極小な時間の中で、咲達に何があった……?」

 

 

 

 

「そうか?オレには宮守と永水の方しか目が行かなくて分かんなかったけど……」

 

 

 

 

「いや、確かに変わっているぞ。前半戦の南場の時の咲達に比べれば一目瞭然。何があったかは分からないが……何かはあったはずだ」

 

 

 

 天江衣がそう言うと、井上純は顎に手を添えて「でもそうなると……よっぽどの事があったと考えるべきか……」と考えを巡らせる。確かに前半戦の特に南場では、宮永咲も末原恭子も、まるで生気が感じられないほど精神をやられているというのが、誰の目から見ても丸わかりだったほど落ち込んだはずの二人だ。ちょっとやそっとの事では、ここにきていきなり復調するなどという事は起こらない。それほど人間の精神力は、一度崩れると脆い。そこからの回復は余程の事でない限り望めない。ということは、宮永咲と末原恭子は休憩時間中にその余程の事があったに違いない。

 

 

 

 

「合点はいかないが……まあ、ここで考えていても二進も三進も行かない。とりあえずとーかの所へ戻ろ……」

 

 

 

 

「……どうした?衣?」

 

 

 

 

「あれはもしや……」

 

 

 

 

 そして再び皆のもとへ戻ろうとした矢先、天江衣は何かを見つけたようで、いきなりあらぬ方向へと飛び出して行った。井上純はそんな後ろ姿について行きながら、(やっぱり……側から見れば衣がオレとタメとか普通分かんないよな……)と、口頭で言えば確実に天江衣に怒られそうな失礼極まりない事を考えていると、天江衣は急にスッと物陰に隠れた。井上純もそれに合わせて物陰に隠れようとすると、天江衣の視線の先には見覚えのある人物が二人立っていた。

 

 

 

 

「あれって……チャンピオンと、臨海の辻垣内?」

 

 

 

 

「何やら御饒舌中のようだな。これまた傑物揃いだ」

 

 

 

 

 天江衣は少し冷や汗を額に垂らしながらそう呟く。今井上純の目の前にいる天江衣も十分相手にするとなれば冷や汗ものなのだが、その天江衣が冷や汗をかいているという事実に、井上純は改めて視線上にいる宮永照と辻垣内智葉がいかに規格外な化け物であるかを気付かされる。天江衣が咄嗟に物陰に隠れたのも、そういった理由があったからだろう。もし彼女らが天江衣よりも格下であれば堂々と名乗りを上げただろう。それができないというのは、少なくともあの二人は天江衣と同等、それ以上という事だ。まあこの様子を見るに、天江衣よりも格上という事が分からなくもないが。

 そうして二人は聞き耳を立てていると、宮永照と辻垣内智葉の会話が断片的ではあるが聞こえて来た。

 

 

 

 

『それで、妹との話は済んだのか?』

 

 

 

『うん……まあ、そんなに会話は交わしたわけじゃないけど、一先ずは解決した……はず』

 

 

 

 

(おい、衣……妹ってまさか……)

 

 

 

(紛うかたなき、咲の事だろう……やはり王者が姉だったか)

 

 

 

 辻垣内智葉の口から出た「妹」というワードに反応した井上純と天江衣が小さな声で会話を始める。それと同時に、宮永照と辻垣内智葉の会話もどんどん進んでいく。

 

 

 

 

『……にしても、意外とすんなりいったものだな。シロに背中を押されてから、何も進展せずに何年も経ったものから、そんなにすぐ解決するもんじゃなかったと思ったんだが……』

 

 

 

 

『やっぱり、妹が傷ついている所は見たくはない。その相手が例え白望でも』

 

 

 

 

『素晴らしき姉妹愛と言ったところか……まあ、何はともあれ上手く行って良かったじゃないか』

 

 

 

 

 そこまで言った辻垣内智葉は大きく溜息をつく。今までの会話の流れからして不自然な溜息だ。一体何だと井上純と天江衣が気になりながら覗き見をしていると、こちら側に振り向いた辻垣内智葉と井上純の目線が合った。目が合った井上純は条件反射的に天江衣の事を押さえつけ、相手側から何も見えぬ様に物陰を背にして口を閉じる。

 

 

 

 

「おい、何をしている。人の話を盗み聞くとはいい度胸だな」

 

 

 

 

 

(やっべ〜…………バレてた…………!)

 

 

 

 

 

 遠くから辻垣内智葉に声をかけられた井上純は血の気が引き、一瞬走馬灯のようなものが浮かんだが、押さえつけていた天江衣が物陰から飛び出して「……盗み聞きの件はすまない。たまたま通りかかったら二人が見えたのでな」と言う。あくまで余裕は崩さない天江衣だったが、実際彼女の足は少し震えていた。

 

 

 

 

「……ん、お前、龍門渕の天江か?」

 

 

 

「天江さんって……去年のインハイでMVPの」

 

 

 

「……だけど、今年は出場できなかった。王者の妹の所為で」

 

 

 

 

 天江衣がそう言うと、辻垣内智葉の眉がぴくりと動いて「チッ……やっぱりその部分が聞かれてたか」とドスを効かせた声でそう呟く。しかしそれを制止するように宮永照が口を開く。

 

 

 

「別にいいよ。辻垣内さん。メディアとかに口外さえしなければ」

 

 

 

「まあそれもそうか……」

 

 

 

「それにしても、二人は如何にして会合を?」

 

 

 

 

「ああ、それは宮永に永水の石戸の能力を聞きに来たんだ。さっきの会話はそれのついでさ」

 

 

 

 

「あ、そうだったんだ」

 

 

 

 

 辻垣内智葉が天江衣に返答すると、天江衣は宮永照に向かって「し、知っているのか?あの摩訶不思議な能力を!?」と食いつくように尋ねる。天江衣に揺さぶられるようにされた宮永照は天江衣を引き剥がし、「まあ……ここで立ち話もなんだし、どこかゆっくり話のできる場所で話そう」と提案する。

 

 

 

「それなら、衣についてくるがいい!其方たちの願いに応えれるはずだ!」

 

 

 

「……どうする?辻垣内さん」

 

 

 

「……まあ、別にいいだろう。人目につかないところといって選んだこの場所も、格別良いというわけではない。……ここじゃ対局も見れんしな」

 

 

 

 

 宮永照と辻垣内智葉が天江衣の誘いを承諾すると、井上純が「い、いいのか?同じ高校の奴らとか、いるんじゃないのか?」と、仮にも強豪校を牽引する宮永照と辻垣内智葉に向かって心配の声をかけるが、宮永照は「私、部長じゃないし……菫が何とかしてくれるから多分大丈夫……」と、辻垣内智葉は「まああいつらなら大丈夫だろ。私がいなくてもしっかりやってくれるさ」と、互いに楽観的な発言で返す。井上純はこの時、(……麻雀を打たせれば化け物のはずなのに、なんていうかな……ポンコツっていうか……少なくとも家事や雑用はオレの方ができそうだな)と思っていると、いきなり辻垣内智葉から声をかけられた。

 

 

 

 

「おい、龍門渕の先鋒の」

 

 

 

「は、ハイッ!?」

 

 

 

「……口には気をつけておけ」

 

 

 

 この時、井上純の血の気が再び引いて、心の底から辻垣内智葉に対しての恐怖心を植え付けられたのは言うまでもなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第455話 二回戦大将戦 ㉔ 調査

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:永水 ドラ{南}

姫松  91500

永水 123400

清澄  80500

宮守 104600

 

 

 

 

 

「透華、ただいま戻ったぞ!」

 

 

 

 

 宮永照と辻垣内智葉を連れて、観戦室の長野県の団体戦予選決勝メンバー、龍門渕風越鶴賀の三校が集まる場所に戻ってきた天江衣は意気揚々と龍門渕透華に向かって声をかける。龍門渕透華は天江衣の方を向いて「お帰りなさいですわ、衣……って、もしかしてそのお方たちは……!?」と声を震わせて宮永照と辻垣内智葉の方を指差す。彼女たちの隣にいた井上純も凍りついたかのような声色で「……白糸台の宮永照さんと、臨海の辻垣内さんだ……」とその場にいた者に向かって紹介する。

 三年間白糸台の不動のエースかつチャンピオンである宮永照とそれに次いで個人戦三位、同じく臨海のエースである辻垣内智葉のまさかの組み合わせでの登場に場は一時騒然となるが、その中で辻垣内智葉の事を視認した風越のキャプテン、福路美穂子は笑顔を浮かべて声をかける。

 

 

 

 

「あら……辻垣内さん、お久しぶりです」

 

 

 

 

「なっ、……!?お、お前ッ!?」

 

 

 

 宮永照を除けば辻垣内智葉にとってこの中で唯一直接面識がある福路美穂子。だが、その面識というのもあまり辻垣内智葉にとっては良い思い出とは到底言えるわけではなかった。というより、悪い思い出と言った方が良いだろう。小瀬川白望の後をつけていたはずの辻垣内智葉が、偶然鉢合わせになってしまった結果思わず殴って小瀬川白望の事を気絶させるという、今の彼女にとっては黒歴史に近い思い出。当然、両者共にその事は覚えている。しかしその事についてはどうとも思っておらず、笑顔で声をかける福路美穂子に対して、その事を未だに引きずっている辻垣内智葉は驚愕して声を失うという良いコントラストができていた。

 たじろいでいる辻垣内智葉を見て、宮永照が「……知ってる人?」と尋ねると、動揺している辻垣内智葉の代わりに福路美穂子が「以前お会いしたことがあって……といっても、一瞬の事でしたけど」と説明する。

 

 

 

 

「ま、まあ。そんなところだな……はは……」

 

 

 

「……何かあったの?」

 

 

 

 

 汗を流す辻垣内智葉を追い詰めるように質問を繰り返す宮永照であったが、天江衣が「まあ色々あったのだろう。難儀な事だ」と遠回しに宮永照の事を止めると、「それよりも……永水の奇々怪界な能力を紐解いて貰おう!」と言う。それを聞いた国広一は「そんな馬鹿な事………………いや…………できる。できる!宮永さんなら!」と声を上げる。

 

 

 

 

「できるんですの?そんなことが」

 

 

 

 

 疑問そうに龍門渕透華がそう言うと、パソコンのキーボードを高速で叩いている沢村智紀がメガネをクイッと掛け直し、宮永照の画像が映し出されているパソコンの画面を皆に向かって見せながらこう呟いた。

 

 

 

 

「……照魔鏡、相手の能力の本質を見抜く能力……」

 

 

 

 

「なるほど……それなら確かに永水の大将、石戸の能力を見破れるな」

 

 

 

 

 加治木ゆみが宮永照と辻垣内智葉を前にして、高まる興奮をなんとか抑制しながらそう言うと、周りからおおおという歓声が上がる。その歓声の渦の中にいる宮永照は少しほど申し訳なさそうに「いや……今それができるわけじゃない。実際に打って一局見ないと、照魔鏡は発動できないし、能力は分からない」と言うと、天江衣は「……じゃあ、王者でも解明できないのか?」と聞く。

 

 

 

 

「……だけど、去年の時点での石戸さんの能力なら分かる」

 

 

 

 

「私はそれを宮永に聞きに来たんだ」

 

 

 

 天江衣に向かって辻垣内智葉がそう補足すると、辻垣内智葉は「……聞き手は増えたが、それで、どんな能力だったんだ?」と、宮永照に向かって尋ねる。宮永照は「これ、貰っていいですか」と言って龍門渕透華が用意していた菓子類に手をつけながら、「……石戸さんの能力は、端的に言えば自分の体に何かを降臨させて、その力を使うっていう能力」と答える。

 

 

 

 

「……何かって、例えば?」

 

 

 

 

「神様だったり、死んだ人だったり……とにかく、この世に存在していない人」

 

 

 

 

 宮永照がそう言うと、龍門渕透華は「つまり、あの方はそのこの世に存在しない者の何かを降臨させていたというわけですの?」と聞くと、宮永照はコクリと頷く。それを聞いた龍門渕透華は歯を食いしばりながら「ズルいですわっ……!そんなの、目立つに決まってるじゃないですの……!」と悔しそうに胸の内を明かす。

 

 

 

 

「成る程な。巫女というものだから神や霊だけと思っていたが……死んだ人間も降ろせるとは」

 

 

 

 

「うん……多分、石戸さんが降ろしているのは後者」

 

 

 

 

 その宮永照の言葉に対して天江衣は鳩に豆鉄砲を食らったような表情を浮かべて「後者?神や霊の類じゃなくて、人間の方なのか?」と驚いた風に聞く。宮永照は「うん……神様やそういう類ではああいう空間に干渉するような事までは起こせない。前に戒能プロに聞いたことがあるけど、神様じゃあそこまではできないし、それに神様程度だったら白望が完封できるはず」と返す。小瀬川白望なら神ですら実力で捩じ伏せるという発言に対し疑いを持つ者が大勢いたが、辻垣内智葉はそれに納得するように「確かにそうだな。そうじゃなかったらあの時の三倍満は辻褄が合わない」と頷く。だが、それに納得のいかない者達の代表をするかのように井上純が口を開く。

 

 

 

 

「で、でも、神様にできないことが人間にできるもんなのか?」

 

 

 

 

「……できる。神様よりも強い力を持っている人が、現世に未練を残したり、強い思念を持って留まっている状態なら、あそこまでの事は可能」

 

 

 

 

「ということは、あの石戸さんはその神様よりも凄い人を降ろしているって事ですの?」

 

 

 

 

「……そういうこと」

 

 

 

 

 

 そもそも井上純として神様を超える人間などいないだろうという趣旨で質問をしたのだが、宮永照からしてみればそんな前提、固定観念があるなど知る由もなく、質問の意図とは違う解答をする。

 そして質問に答えた宮永照は、先程から黙りこくって何か考え事をしている様子の辻垣内智葉に向かって声を掛ける。

 

 

 

 

「辻垣内さん?何か心当たりでもある?」

 

 

 

 

「いや……私はまだ麻雀が博打として使われていた頃に、あの透明牌を使った麻雀の博打があったという話を聞いた事がある……そしてその透明牌での博打を主催した奴についても聞いたはずがあったんだが……いかんせん昔の頃に聞かされた話でな。今思い出そうとしているんだ」

 

 

 

 

 辻垣内智葉がそう言うと、国広一が井上純に向かって「ねえ……辻垣内さんって何者なんだろう。昔の博打のことなんて、普通聞かないよね……」と語りかけると、それが辻垣内智葉に聞こえていたのか、「私の家は()()()()()()に詳しい奴らがいる家系でな。……そうだ、ちょうどそいつらに聞いてみようか」と言って携帯電話を取り出す。

 

 

 

 

「……辻垣内さん、電子機器にも慣れているんですね……凄い……」

 

 

 

 

「キャプテン……あれは別にそこまで言うほどすごくないし……」

 

 

 

 池田華菜が感嘆している福路美穂子にそうツッコミを入れていると、辻垣内智葉は自分の家に仕えている黒服に電話をかける。そうして二コールもしないうちに黒服が電話に出た。

 

 

 

 

『どうされましたか、お嬢』

 

 

 

 

「その声は………………荻野か。今、そっちでインハイを見ている奴はいるか?」

 

 

 

 

『いえ、明日お嬢がでる試合を録画する機器等の準備を黒服一同の総力を挙げて行っている最中でして、今現在見ている者はいないはずです』

 

 

 

 

「……いないのか?」

 

 

 

『はい……ですが、しっかりと小瀬川様がいる宮守女子の試合も録画している最中で「……そういえばお前だったか」……はい?』

 

 

 

 

「お前、透明牌を使った麻雀について私に言ってたな。それについて詳しく教えてくれるか?」

 

 

 

 

『透明牌のことですか……?』

 

 

 

 

「ああ、そうだ。なんでもいい。私が小さい頃お前に聞いた以外で、何かないか?」

 

 

 

 辻垣内智葉がそう黒服に告げると、黒服こと荻野は考えているのか、少し間を空けてから『……私も、詳しく聞いた話ではないので事細かには言えないのですが……それがどう致しましたか?』と申し訳なさそうに言うと、辻垣内智葉は「そうか……」と、最後の望みを断たれたといった声色で呟く。

 

 

 

 

『あ……いえ、調べれば恐らく出てくるはずです!』

 

 

 

 

「調べれば?本当か?」

 

 

 

 

『はい……何しろ国を治めたと言っても過言ではない者がやっていたと言われている博打ですから、新聞や()の記録などを調べれば何かしらは掴めるかもしれません』

 

 

 

 

「じゃあ洗いざらい調べてくれ。任せたぞ!」

 

 

 

 

 期待を込めて辻垣内智葉が荻野に向かって指示を出すと、荻野は『了解しました。……ですが、その場合ですと用意した録画機器の動作チェックが済んでいない18%の機器の動作チェックが終わらない可能性がありますが、よろしいでしょうか?』と言うと、辻垣内智葉は溜息をついて「……構わん」と呟く。実の父親や母親よりも親バカな黒服に対して呆れながらも、辻垣内智葉は信用して黒服に期待を託した。

 

 

 

 

 




こういう試合の裏側で話が盛り上がっていく私の書きたいだけシリーズ、私は好きですがその反面話が進まない致命的デメリット。
……ほどほどにしておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第456話 二回戦大将戦 ㉕ 疑念

-------------------------------

視点:神の視点

東二局 親:永水 ドラ{南}

姫松  91500

永水 123400

清澄  80500

宮守 104600

 

 

 

 

姫松:九巡目

{二三四五六⑤赤⑤234} {横③②④}

ツモ{四}

 

 

 

「ツモや!1000、2000!」

 

 

 

 

 辻垣内智葉や宮永照らが石戸霞がその身に降ろしている力の根源、鷲巣巌の影を追っている最中にも、対局は常に動きを見せていた。親番にも関わらず石戸霞が対小瀬川白望に万全を期すために鷲巣麻雀発動を見送った東二局、末原恭子は鳴きを入れた速攻の麻雀で和了りを披露する。先程親番で和了れなかった鬱憤を晴らすかのような帳尻合わせのツモ和了。常人から見ればそう見えるのだろうが、こと鷲巣巌に限っては違った。

 

 

 

 

『生意気な小細工だ……何があってもわしらを和了らせん気じゃな……』

 

 

 

 

永水:九巡目

{二二八八③③1179東南南}

 

 

 

 

清澄:捨て牌

{西発8①九8}

{③一白}

 

 

 

 

 鷲巣巌は対面に座り笑みを浮かべる小瀬川白望の事を睨みつけ、歯を思いっきり噛んでガチガチと音を鳴らす。今の和了も、やはり裏を見れば小瀬川白望の姿が、アカギしげるの姿が鷲巣巌には見えていた。

 末原恭子が鳴いた三筒。これは七巡目に小瀬川白望が切った三筒を鳴き、そして聴牌と至ったわけだが、これこそが小瀬川白望の狙い、策だったと鷲巣巌は推察する。本来なら石戸霞の手牌に二枚、宮永咲の捨て牌に一枚、そして小瀬川白望の手元に一枚。一向聴で聴牌を目前として三筒を待つ末原恭子側からして見ればまだ場には一枚しか見えていないが、実は既に山には三筒は残っていなかったのだ。

 つまり、先に{一四七}の筋を引いて聴牌になろうが、結局{②④}の嵌張は埋まらないし、五筒を引くなり鳴くなりして嵌張を崩して手替わりを望もうとしても、その遠回りの間に石戸霞が和了っていたはずだ。どう戦局が転ぼうとも、最終的には末原恭子の和了のための条件、重要なキーが揃う可能性はゼロだったのだ。あの時、小瀬川白望が三筒を切るような事をしなければ。

 

 

 

 

『姫松が三筒を鳴けば和了られるというのが分からん奴でもあるまい……そうなると奴は……』

 

 

 

 

 そうなると、あの時何故小瀬川白望は最後の三筒を末原恭子に鳴かせて、和了らせたような事をしたかという疑問へと変わってくるが、これは単純な事だ。三筒を鳴かせれば和了られる。それが分かっていた状況で切ったということは、小瀬川白望は末原恭子を和了らせて親を蹴ろうとしたからという答えに行き着く。

 

 

 

 

『ハナから和了るつもりは無かった……というわけか。相変わらず状況判断が的確かつ素早い奴だ…………』

 

 

 

 

 鷲巣巌が前述した通り、小瀬川白望はどうあろうとも石戸霞に親の連荘をさせまいと徹底している。彼女が連荘をさせないと言えば、それこそ鷲巣巌程の力の持ち主でさえなければ、本当に連荘はできない。できないと言うよりも、させてもらえない。ありとあらゆる手を使って親を蹴ってくる。常人にとっての意気込みや強がりは、彼女が言えば宣告、確約となる。それが小瀬川白望であり、アカギしげるの恐ろしさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カカカ…………ッ!……さあ、そして()()()()()()()()()()()……?アカギ…………ッ!』

 

 

 

 

 

 だが、そんな事はどうでもいい。むしろ本題、話の核はここからだ。そう鷲巣巌は言うように、届かぬはずのない問いを小瀬川白望に……彼にとってはアカギしげるに向かって心の中で問いかける。そう、ここで重要なのは小瀬川白望が末原恭子の和了のアシストをしたとか、その根拠だとか、それを行う小瀬川白望の凄さを論じる事などでは断じてない。勿論その話も重要なのであろうが、鷲巣巌は既にその先の話、一歩先を指差していた。

 鷲巣巌が何を言いたいかと言えば、何故小瀬川白望は末原恭子に和了らせたのかという事だ。一見、これでは先程の疑問と何ら変わらないようにも見える。だが、先程の疑問はあくまで『何故小瀬川白望は』と『末原恭子に和了らせた』の間には何もなかった問いである。ただ純粋に、行為の目的の事を指差している。先程の疑問との明確な違いは、その二つの言葉の間に()()()()()()()()()()()という言葉が隠れているという点だ。

 確かに、小瀬川白望は石戸霞の親を蹴るために末原恭子を和了らせた。そこまでは何ら不思議な事はない。だが、その行為に至った理由、何故小瀬川白望は自分の和了を捨てて末原恭子を鳴かせたのかという風な視点で見れば、そこには明らかなクエスチョンマークが発生する。

 本来、わざわざ末原恭子に和了らせる必要はなかった。あの時、石戸霞が聴牌目前だったと雖も、少なくとも小瀬川白望には十巡は猶予があったはずだ。小瀬川白望がまさか裏目を引くとは思えないし、そんな事は起こらないだろう。彼女ならば十巡さえあれば何の支障も無かっただろう。それに、東二局で親番なのは小瀬川白望にとって最大の脅威となり得る永水。小瀬川白望が和了れば、ツモならば親被り、直撃ならそのまま点棒のいってこいで大きなダメージを与えることができたはずだ。にも関わらず、小瀬川白望はそれを選択しなかった。

 

 

 

 

 

『つまり…………和了れなかったのじゃろ……十巡あったとしても、貴様が一番最速な最善手を取っても、十巡じゃ間に合わなかったんじゃろ……それほど今、奴の流れは悪いという事……ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『か……()()()()()()()()()()か……そのどちらかじゃ…………そうじゃろ……?』

 

 

 

 

 一般に、場の流れとはその時の如く流動性がある。一辺倒に傾く時もあれば、水平に均等に流れる場合もある。そしてその流れは一点には留まることは無い。多少オカルトの話に突っ込んでしまうが、確かにそういう流動性が存在する。

 勿論、ある程度人間の働きによって流れは変化したり、一時的に固定化するという作用を与えることはもちろん可能である。人為的であれそうでなかれ、微小な一つの行動に対しても流れは変化し得る。よく場の流れを切るために時間を開けたり、いつもとは変わった事や験担ぎをして流れを呼び寄せるなどと言うが、事実それで本当に流れは変わる可能性がある。あくまで可能性であって、当然ながらそれで変わらない可能性もあり、変わったとしてそれが好転するとは限らない。それほど流れはデリケートかつ気紛れなものだ。

 しかし、アカギしげるや小瀬川白望は、その流れを自由に傾けさせたり固定させたりなど掌握する技術を会得している。その技術は天才、奇才と呼ばれる者が習得しようとも一朝一夕で手にする事のできる代物ではない。日々を狂気の中で暮らし。生という欲を捨て去り、尋常ならざる精神力と集中力があって初めてその領域に触れられる。時代を築いた天才達から見ても並外れた技術なのだ。

 だが、その技術を持ってさえしても流れは自然と変わり得る時があるというのもまた事実。いくら小瀬川白望だろうと、アカギしげるだろうと絶対というわけではない。麻雀の神の御告げか、はたまた牌の意思がそう告げているのか、詳しくは分からないが、その作用を越えた流れの意図せぬ流動は確かに存在する。

 

 

 

 

 

『奴の流れが悪いのかそうでないのか……この二択のどちらかなのは確かじゃ。じゃが……ここからが問題…………迷宮の始まりだ………………ッ!』

 

 

 

 

 

 今問題なのは、その神託が起こっているのか、それとも小瀬川白望が起こっていると見せかけているのか、そのどちらかである。前者ならばこれはまたとないチャンス。確実に殺せる千載一遇の好機であるのは間違いない。だが前者と信じて実際は後者であったというのならば、その時は正反対。逆に小瀬川白望から手痛いクロスカウンターを喰らうこととなる。手痛いというが、実質的にはほぼ致命傷である。

 この見極めに、鷲巣巌は非常に悩んでいた。生前何度も、このようなあらゆる事象に対してアカギしげるのブラフか否かという見極めを行ってきたが、はっきり言って何も分からないというのが正直なところだ。本来ならば二分の一、偽か真かの二者択一のはず。適当に選んでも必ず確率は二分の一に収束するはずなのに、明らかに鷲巣巌が選んだ答えとは逆の方が正解となる。例え適当に選んだとしても、それすらをも加味して確実にその逆をついてくる。もはや確率論などアテにはならなかった。

 

 

 

 

 

『ぐっ、ぐぬぬ…………ッ!』

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

清澄:十二巡目

{①②③⑨456} {裏西西裏} {裏七七裏}

ツモ{⑨}

 

 

 

 

「自摸、嶺上開花。2600オール」

 

 

 

 

 

 

『また和了らんかった……今度は十二巡…………』

 

 

 

 

 

 そして続く東三局でも、小瀬川白望は和了らなかった。和了どころか、聴牌の気配さえ匂わなかった。十二巡かかりながらも、親の宮永咲が暗槓からの嶺上開花ツモで八十符二飜の7800をツモ和了る。小瀬川白望の流れが悪くなければ、十分止めれる可能性はあっただろう。低く見積もっても、聴牌までは行けていたはずだ。だが、そうはならなかった。鷲巣巌のブラフへの警戒心が高まるのとは裏腹に、純粋に見れば小瀬川白望の流れは更に失われつつあるように見える。

 ここまで露骨に流れが悪いように見えると、かえってブラフだと決めつけてしまいがちになるが、鷲巣巌は我慢する。奴ならやりかねない。やってもおかしくないのだ。本当に不調なのに、不調を装っているブラフだと思わせるような、ブラフのブラフ。鷲巣巌が思いつく事ならば、小瀬川白望ができないわけがない。小瀬川白望の親まで後一局。そういった意味では、今和了ったのが親の宮永咲で助かったと言えよう。

 

 

 

 

『何を考えてるんだ……こやつは一体…………クソッ……!優位なハズじゃろ……!本来ならば……わしらが…………!』

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

『……殺す。絶対に殺してやる…………アカギ……ッ!!』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第457話 二回戦大将戦 ㉖ 英断

-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:清澄 ドラ{四}

姫松  92900

永水 118800

清澄  87300

宮守 101000

 

 

 

 

 

(……うん。しっかり見えてる。見えてるよ、お姉ちゃん)

 

 

 

 

 自身が親番となる東三局に嶺上開花自摸で和了をきめた宮永咲は、先程の和了の感覚、手応えを感じながら姉の宮永照に向かって呟く。実は前半戦の東四局、つまりあの鷲巣麻雀が起こって以降、宮永咲はいつも見えていた、自身のテリトリーとしていた嶺上牌が全くといって良いほど見ることができていなかった。鷲巣麻雀を経て深く傷をつけられた彼女の精神的なキズが、宮永咲を否が応でも疑心的かつ消極的にさせ、心配や焦り、不安から調子を落とすばかりか、能力の精度にまでも影を指すほどの大きな要因となっていた。

 が、それももはや過去の話。もう一つの彼女の精神的重荷である姉の宮永照との確執という鎖はこの前半戦と後半戦のインターバルに再会と和解という方向で取り除かれ、精神的な負担はその一件で全て消え去った。そうなれば当然、自身の復調に合わせて能力も戻ってくるだろう。しかもそれだけではない。戻ってきただけではなく、明らかにその精度や支配力は向上している。そう、彼女の能力は新たなステージ、進化を経て戻ってきたのだ。

 

 

 

 

(…………もう、一人じゃない……私とお姉ちゃん、二人で闘える…………)

 

 

 

 

 『もう一人じゃない』彼女がそう言うように、これまで宮永咲は孤独であった。最愛の姉との軋轢が生じて以降というものの、彼女は孤独の中闘っていた。勿論、彼女には清澄という新たな居場所が存在し、仲間もいる。だが、それでも対局中は一人だった。日常の中にも、清澄というブロックでは埋められない心のどこかには孤独という名の穴は空いていた。そしてそれを埋めるには、やはり姉である宮永照と仲直りをするしかいないということも、別居した頃から重々承知していた。軋轢の原因となり、嫌いであった麻雀を再び始めたのも、対局中、心の中で孤独の闘いを強いられたのも、全ては姉との仲違いを、紐の縺れを元あった姿に正すため。

 そして先程、ついに宮永咲は悲願を達成した。紐の縺れを解いた。もう、孤独などではない。常に姉の宮永照が、彼女の事を支えている。オカルトチックな話ではあるが、確かに宮永咲は自身の心の中には宮永照の存在があり、自分の事を支えている。そう感じていた。しかし、それと同時に、宮永咲はこれでこれらの闘いの一番の目的を達成する事で失った。言うなれば闘う意味を失ったのだった。

 だが、失ったのならば、また生み出せばいいだけ。自分の為だけに闘うのではなく、今度は皆の為。ここまで勝ち上がってきたチームメイトの為に、今目の前にいる強敵、猛者達に勝つ。新しい意義を作り、ようやく宮永咲は本来の姿、姉と共にある真の姿で戦いに望むことができた。

 

 

 

 

 

(でも…………宮守の人、どうしたんだろう……さっきに続いて、二連続で聴牌してない……?)

 

 

 

 

 しかし、覚醒したとはいえ、それでもまだ宮永咲を悩ませる要因は存在する。その最たる例が小瀬川白望である。鷲巣巌がまさに今悩んでいるように、この東二局から東三局にかけて、小瀬川白望が和了るどころか聴牌もできていない様子であることに、宮永咲だけでなく、石戸霞と末原恭子、この卓にいる全員がそのことに気づいていた。無論、小瀬川白望ぼ手牌が見れたわけではないため本当に聴牌していなかったのかは謎だが、例え聴牌できていたと仮定しても、それでも和了に至れていないということはやはり小瀬川白望も調子があまりよろしくはないという事なのだろう。

 

 

 

 

(滅茶苦茶な事するから静かな方がいいんだけど……それでもちょっと不気味だなあ…………)

 

 

 

 

 良い意味でも悪い意味でも純粋な宮永咲だが、やはりその事に対する不信感は感じていた。これが普通の相手だったら素直に不調だと確信していただろう。だが、小瀬川白望に限っては違う。不調という言葉から一番遠い所に位置している小瀬川白望が二度聴牌できないからといって、そう決めつけるのはあまりにも早計すぎる。

 だが、そうして答えを先送りにするのもまた愚行。決断の保留は一見冷静な判断かのように見えるが、実際のところは愚行極まりない逃げである。早々と決断するのもダメ、先送りにしてもダメ。このジレンマに挟まれた宮永咲ではあるが、取り敢えず今は親番。幸いなことにあまり点差は開いているとはいえず、トップからドベの点差を見ても三万点ほど。実力差を鑑みるとこれでも大きな差と言えるかもしれないが、少なくとも東三局では鷲巣麻雀が来ないということと、ブラフであれどうであれ今小瀬川白望には動きがないということの二つの事象が重なって起こっている。小瀬川白望の動きには警戒しなければならないが、またとないチャンスだ。ここを攻めずして、いつ攻めようか。

 

 

 

 

 

 

 

『……やはりこの局もアカギの手は芳しくない…………まさか本当に流れが来とらんのか……?千載一遇のチャンスが…………』

 

 

 

 

 

 そして続く一本場、まだ四巡目ではあるが、やはり小瀬川白望に目立った動きは見られない。もしや本当に不調かと鷲巣巌が勘繰るようになってきたが、局の中盤十巡目、まるで鷲巣巌がようやく決断せんと試みようとしたのを計らったかのように、小瀬川白望は突然動き出す。

 

 

 

 

「リーチッ…………!」

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

『…………は……?』

 

 

 

 小瀬川白望の思いもよらぬリーチ宣言に卓の全員が言葉を失い戦慄する。先程まで死んでいたかのように、何もせず、鳴き一つ入れずにいた小瀬川白望が、この期に及んでリーチをかけた。本来なら、稀に見る不調の最中であるが故に天地がひっくり返ろうと有り得ぬ事態。だが、確かに小瀬川白望はやり合うしたのだ。

 

 

 

 

『り、リーチってことは…………張っているのか……?あ、あの捨て牌で…………』

 

 

 

 

 

宮守:捨て牌

{一西西7白中}

{8発②横八}

 

 

 

 

 

『どう考えても張っているような捨て牌ではない…………さっきまで字牌に苦しんでいた奴が、いきなりリーチじゃと…………?』

 

 

 

 

 

 

『有り得ん……有り得るわけがない………………が、そうとも言い切れない…………ということはつまり、カカカ……足したな……?毒を…………東二局と東三局だけでは足りぬと思って……更に毒…………わしを死に至らしめる毒を……』

 

 

 

 

 

 普通に考えれば、明らかに今のリーチはブラフのノーテンリーチ。そうとしか取ることができない。だが、全てを知っているのは小瀬川白望ただ一人。彼女が隠そうとしたならば、鷲巣巌はそれを暴く術はない。

 だがどちらであっても、一つ確実に言えた事がある。それは決断を下さずにじっと耐えた事、これは鷲巣巌側からしてみれば英断だった。もし小瀬川白望のリーチ前に決断を下していれば、張っていようがいまいがリーチはかけてこなかっただろう。そういった意味では、この耐えは生きた。保留などではなく、決断をしないという決断は功を奏したのだ。

 

 

 

 

『どうせこの局も清澄が和了るのだろう…………奴の手が偽か真かは見れんだろうが……まあいい……』

 

 

 

 

『よく我慢した…………!焦る事なく、よく耐えた……わしっ…………!!危うかった……奴の罠にはまる寸前、すんでのところで回避……英断的回避…………!カカカ…………ッ!』

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第458話 二回戦大将戦 ㉗ 復調

-------------------------------

視点:神の視点

東三局一本場 親:清澄 ドラ{四}

姫松  92900

永水 118800

清澄  87300

宮守 100000

 

 

 

 

 

『英断…………まさに英断………………!』

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 波乱の東三局一本場。その波乱の渦の中心に立っている小瀬川白望は石戸霞の事を獲物を狩る獣のような瞳でじっくりと見つめる。そして、今頃自分のリーチを見て、危うく決めつけで行動するところだったと高笑いしているだろう鷲巣巌を頭の中に思い浮かべながら、心の中でこう呟く。

 

 

 

(が…………そうとも限らない……あなたのその英断は失敗だった……()()()()()()…………)

 

 

 

 

 小瀬川白望はそう呟きながら、自分の手牌に目を向ける。鷲巣巌をはじめとした、この場にいる全員が気になっていた小瀬川白望の手牌。二局とも聴牌できていなかったと推察される小瀬川白望が突然放ったリーチ。これがブラフによるノーテンリーチか否かで相手の頭を悩ませていたわけだが、この時小瀬川白望は実は張っており、ブラフによるノーテンリーチではなかった。

 

 

 

宮守:十巡目

{三三①②②③③④345東東}

 

 

 

宮守:捨て牌

{一西西7白中}

{8発②横八}

 

 

 

 

 しかし、張っているとは言っても役はリーチ以外に何もなく、ただの聴牌即リーでしかない。が、これこそが鷲巣巌が見誤った、一歩遅かった事の証明である。

 どういうことかと言うと、実は小瀬川白望はこの東二局と東三局では流れが上手く流れてはおらず、不調に陥っていた。それ故に、東二局も東三局も聴牌しなかったわけではなく、聴牌できなかったのだった。

 だからこそ、小瀬川白望はそれを悟られまいと、ノーテンリーチによるブラフや意味の無い鳴きなどはせずに、あえて何も動かずにじっと待った。全ては鷲巣巌を迷わせ、石戸霞が鷲巣巌の力を借りる決断を遅らせるため。小瀬川白望が不調だと分かれば、鷲巣巌は即座に力を使わせるだろう。不調な状態で鷲巣巌と闘っても結果は目に見えている。それをさせないために放った小瀬川白望の罠。完璧に騙さなくてもよい。騙せてもすぐに気付かれては意味がない。重要なのは、騙せるか否かではなく、迷わせて時間を稼ぎ、その間に少しでも調子を戻すことである。

 そして小瀬川白望の策は直ぐに実を結んだ。この東三局一本場では実際に小瀬川白望は張ることができたのだ。先程まで流れが離れたために聴牌にすら至らない有様だったが、この局では無事に張る事ができた。これが復調の兆しであり、小瀬川白望にとっては大きい収穫だった。

 

 

 

 

宮守:十三巡目

ツモ{三}

 

 

 

 

 局も終盤の十三巡目、小瀬川白望は待ち牌である三萬をツモった。聴牌だけにとどまらず、ツモ和了までする事ができた。明らかに調子、流れは上向きである。がしかし、意外にも小瀬川白望はこれを和了らずに見送る。

 確かにリーチとツモ以外役が無いとはいっても、今更高めの東を狙いに行くのは無理がある。まだ裏ドラも残されており、それにこれを和了れば戻りつつある流れをまた一段とぐっと引き戻す事ができそうにも考えられそうだが、小瀬川白望はあえて見送った。

 

 

 

(…………次巡、ツモるな)

 

 

 

 和了拒否の理由は端的に言えば、小瀬川白望はまだ隠しておきたかったのだ。鷲巣巌に対して先程から自身に流れが来ないでいて、そして今ようやく元に戻りつつあるという事を。

 確かに復調、流れが戻っている。そう言えば聞こえは良い。だが実際張ったのは十巡目で、張った手に至ってはかけた時間に対しては極めてアンバランスな安手。まだまだ本領発揮には遠い。故にあと一局、小瀬川白望は必要としていた。ここで手の内を明かして仕舞えば、前述しやように次巡で有無を言わさずに勝負に来るだろう。そうなれば防戦必須。ブラフも小瀬川白望が不調だと分かられていては意味が無い。

 が、そうだとしても結局流局になれば罰則の満貫払いをしなければ、聴牌を鷲巣巌に知られてしまう。当然の事ながら、手の内の方も大事ではあるが、普通の相手に与える満貫と鷲巣巌に与える満貫というのは点数の重みが違う。そのため、ここはどちらにせよ和了らなければいけないのだが、都合が良いことに次巡に宮永咲がツモるだろうという事を感じ取った小瀬川白望は、迷う事なく和了を拒否したのだった。これならば鷲巣巌には小瀬川白望の手の内は見せる事なくこの局を終える事ができる。

 

 

 

 

 

清澄:和了形

{五六七②③⑧⑧999} {裏南南裏}

ツモ{①}

 

 

 

 

「ツモ、嶺上開花。2400オール」

 

 

 

 

 そして小瀬川白望の読み通り、次巡の十四巡目に宮永咲が南の暗槓からの嶺上開花自摸で和了せしめる。鷲巣巌もこの局は宮永咲が和了ってくるだろうと既に予測済みであり、そこまで驚いていたわけではなかったが、代わりに別の事で怒りを露わにしていた。

 

 

 

 

『こ、このガキ…………!流局直前に和了りおって…………和了るんなら最初から和了れ……ッ!アカギの手牌が見れると期待したというのに…………』

 

 

 

 

 鷲巣巌からしてみれば、宮永咲が和了らなければ流局によって小瀬川白望の手が張っているのかどうかを確かめる事ができる唯一のチャンス。いくら和了るだろうと予測しても、こう流局の一歩手前で和了られると流石に頭にきたのか、鷲巣巌は恨みを込めて舌打ちをする。

 そんな鷲巣巌とは正反対に、小瀬川白望は宮永咲に対してギリギリのところで良く働いてくれたと賞賛する。が、続けざまに小瀬川白望は宮永咲に向かってこう心の中で呟く。

 

 

 

 

(……だが、そろそろ終わりにさせてもらおう。その親…………)

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第459話 二回戦大将編 ㉘ 馳せ参じよ

お久し振りでございます。
最近まで忙しかったり風邪を引いたりでなかなか時間が思うように取れなかったですが、ようやく投稿再開です。
前のようなハイペースな投稿は厳しいですが、善処したいと思います。


-------------------------------

視点:神の視点

東三局二本場 親:清澄 ドラ{七}

姫松  90500

永水 116400

清澄  95500

宮守  97600

 

 

 

 

 

 一度流れを失ったのにも関わらず、すぐに立て直しを図って流れを取り戻しつつあった小瀬川白望。東三局二本場、恐らくこの清澄の親を流せばすぐ次局に来るだろう鷲巣巌を想定しながら、小瀬川白望は配牌を取っていく。先ほどまではまだ不安のあるコンディションだが、これほどなら技量で鷲巣巌と対等に渡り合うほどまで持っていくことが可能だろう。配牌の面々を見ながら小瀬川白望はそう感じる。先ほどまでは水のように手から溢れていく感覚を珍しく味わったが、今はしっかりと手で掌握、掴むことができている感触を確かに感じていた。

 

 

 

 

(流動している…………不必要なほどに)

 

 

 

 

 復調の道を辿る小瀬川白望だが、ここで今一度場の流れ、好調の波が不規則に揺れていると改めて感じた。急に流れを失ったこともそうだが、わずか数局でここまで露骨に順調に元に戻せるのも、いささかおかしい話だ。本来なら調子の変化というものは、好調から不調に、不調から好調にローテーションのように移り変わるのは突発的に起こるものではない。突発的に見えても、それは直前に何か予兆やそれを引き起こす過失がどこかにあるはずである。いくら人間の届く範疇外での流れの動きというものはあれども、良か悪か、そのどちらか一方のベクトルにのみ限る。急にマイナスになったと思いきや、すぐにプラスに戻ってしまうという例は普通は起こらない。

 そんな普通は起こらないような事が、自然の摂理というものが崩れてしまう異常が平然と起きているのだ。その原因はやはり鷲巣巌という、イレギュラー中のイレギュラーの存在だろう。流れや運、場の状態など本来人間が支配される側となる絶対的な要素から、唯一支配されない、天を、神を、全てを凌駕する存在がこの場にいる事によって、麻雀の柱となる場の流れの絶対性が崩れてしまったのだ。だからこそ、このように不安定な状態が作り出された。

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

 そしてその一方、この異常事態を作り出した張本人、永水の石戸霞を援護する鷲巣巌の頭には、小瀬川白望が今不振に陥っているのか否かという、その二者択一しか頭になく、今もなおその選択について慎重に吟味していた。だがしかし、小瀬川白望が本当に不調であり、且つその不調を既に今の数局の間で持ち直していたなどという事は彼の頭の中には微塵も思い浮かんではいなかった。

 

 

 

 

(不思議だろうけど……答えをいちいち教えてる暇はない……直に分かるさ………………)

 

 

 

 

 この際鷲巣巌が気づいていようがいまいが、小瀬川白望にとっては関係が無い。どちらにせよ鷲巣巌にとっての答え合わせは次局に出来ること。いちいち鷲巣巌に教える意義も無かろう。とにかく、今小瀬川白望にできることはもうやり尽くした。後はこの清澄の親を蹴り、大きな転換点になるだろう次局に備えるのみ。

 備える、といってもそこから後どうなるかは分からない。真正面から鷲巣巌とぶつかる以上、今まで小瀬川白望が勝ってきたように完璧に圧倒しての勝利は難しい。それに加えてこの流動する波。これによってはまた不調に逆戻りという事もあり、その時は鷲巣巌を欺くことができなければそこまで。そうなればただただ蹂躙されて終わりだ。

 

 

 

 

 

 

(…………面白い。ならば挑もう……その生き死にの博打……)

 

 

 

 

 だが、こうでなくては面白くない。相手は師である赤木しげるが負けを認めた、あの鷲巣巌である。またとないこのチャンス、一時の流れの良し悪しで、わずかな運命の差だけで勝敗が決まりかねないというのはいささか理不尽、負けても悔やんでも悔やみきれないことに思える。

 しかし、それでいい……!それでこそ博打の真髄、醍醐味というもの。小瀬川白望が優位に立つか、鷲巣巌が優位に立つか。このシーソーの傾きは全て運命が決める事となる。無論、これが決して勝敗に直結するわけではないが、相手が相手だけに、ほぼほぼ勝敗が決まる事と同義である。

 

 

 

 

(が…………負ける気など毛頭なし……運命が鷲巣巌を選ぼうとも……)

 

 

 

 

 小瀬川白望は自分の師である赤木しげるの無念を晴らし、そしてその師を超えるため。鷲巣巌は自分が最強であることの証明、そして自分の無敗神話に傷をつけた恨みを払拭するため。互いが互いに思惑を抱えながら、両者は二度激突する。

 

 

 

 

 

「ロン、5200の二本場…………」

 

 

 

 

 そしてこの局はやはり小瀬川白望が宮永咲から直撃を奪い取って有言通りこれで清澄の和了を終わらせる。直撃を浴びた宮永咲は振り込んでしまったという事よりも、小瀬川白望がここで仕掛けてきた。ということはつまり、全ての準備が整ったという事を意味しているのを本能で感じ、震え慄く。傍観していた末原恭子も、この和了がただの和了ではない事は容易に想像できた。

 二人が恐怖に怯えている一方で、先ほどまで二択で悩んでいたためか、顔を顰めていた鷲巣巌はその和了を見て表情がガラリと一変、口角を吊り上げて思わず笑い声を零した。

 

 

 

『…………ようやく来おったか……アカギ…………てっきり、逃げ回るだけかと思ったぞ……』

 

 

 

 小瀬川白望からしてみれば、これまでの数局はいわば布石。次局に合わせるための急拵えではあるが鷲巣巌を完璧に惑わせ、欺いた神懸かり的な一手。しかし、鷲巣巌からしてみれば神懸かりだろうが、大層なものだろうが、これほどまでに腹立たしいものはない。偽りか真か。その二択に悩まされてきた鷲巣巌にとってはこれまでの数局でさぞ憤り、現代人でいうストレスとなっただろう。どちらが本当か分からないまま、数局分無駄に悩まされてきた。しかも相手は赤木しげるの生き写し。それが鷲巣巌の恐怖と、怒りに拍車をかけていたため、放っておくにも放っておけなかったのだ。

 だが、小瀬川白望が和了ってきたとなれば話は別だ。未だに鷲巣巌は、先ほどまで小瀬川白望の調子がどうであったかは皆目分からないが、こうなってしまえばもうあの二択に、まるで自分が選んだ方が決まって外れとなる、確率論を優に超えた悪魔の遊びに付き合わなくてもよいのだ。真だろうが偽だろうが、鷲巣巌が考える必要はもうなくなった。

 当然、ここまで悩まされたのも小瀬川白望の計算の内であることは鷲巣巌も勘付いている。だが、それはあくまでこれまでの、過去の話。今まで手のひらの上で踊らされていたとしても、これからの東四局の行方はまだ決まってはいない。見方によっては開き直りかもしれないが、鷲巣巌は肯定する。開き直りだろうがなんだろうが、ここで心を一度リセットするか否かで大きく変わってくる。むしろ、鷲巣巌はあの時、それができなかったせいで何度も窮地に追い込まれた。見えない影から逃げ続け、最後はアカギしげるの術中に嵌ってしまうのだ。

 

 

 

 

『………………馳せ参じよ』

 

 

 

 鷲巣巌はポツリとそう呟くと、ゴッッ!!という音と共に石戸霞の身体から強大な力、神をも超えた力が閃光となって溢れ出た。強烈な光が止んだかと思えば、今度は鷲巣巌は空間を強引に捻じ曲げてみせる。四人を記憶にも新しいであろう鷲巣邸へ、鷲巣麻雀へと案内する。これほどの現象が起きても尚無表情を貫く小瀬川白望を見据えながら、鷲巣巌はもう一度叫ぶ。怒りと憎しみを込めた声で。

 

 

 

 

『馳せ参じよ…………ッ!!奴を殺すため…………わしが勝つため………………ッ!今一度、わしの元に集結せよ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第460話 二回戦大将戦 ㉙ 知らない

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:宮守 ドラ{⑧}

姫松  90500

永水 116400

清澄  89700

宮守 103400

 

 

 

 

 前半戦の東四局以来の鷲巣麻雀となった小瀬川白望の親であるこの局、まだ配牌が行われる前だというのにもかかわらず、小瀬川白望は鷲巣麻雀における盲牌を禁止するための革手袋を右手に装着しながら、永水の石戸霞のことを、正確にはその後方にいる鷲巣巌の事を闘志をむき出しにしたまま睨みつけた。

 それに対して鷲巣巌も、小瀬川白望の姿をかつてのアカギしげるに投影……いや、アカギしげるそのものとして認識し、歩んできた栄光の人生に唯一、黒星という汚点を塗られた怒りや恨みが身体全身から滲み出ている。その反面、またアカギしげると再戦することができるという嬉しさを表現するかのように邪悪な笑みを浮かべ、『カ、カカ……カカカカカカ…………!!』と常人が聞けばそれだけで精神を破壊されそうな狂った奇声を発する。

 生前、どれだけ願おうとも、渇望しようとも叶うことのなかったアカギしげるとの再戦。それが今、石戸霞の容態次第ではあるが、この局を含めて少なくとも後三局は残されている。鷲巣巌にとってはこれほどの悦びはない。天上天下、唯我独尊の鷲巣巌が生まれて初めて自分と同等、もしくは格上と認めたアカギしげる。ある意味で言えば、鷲巣巌にとって彼はこの地球上で唯一の理解者であり、またある意味で言えば、頂点を立つ者として絶対に殺したい、殺さなくてはいけない者、宿命の敵なのだ。

 こうして小瀬川白望と鷲巣巌という、一代で時代を築くだろう者と、一代で時代を築いてきた者。常識という物差しを完全に無力にする化け物同士が互いに睨み合うことで、場は局が始まる前から既に吐き気を催すような緊張感に包まれ、まさに一触即発といった雰囲気を呈していたが、その中で末原恭子は、革手袋を手に嵌めると、視線を小瀬川白望から雀卓の中央に空いている穴の方に向けて、心の中でこう呟く。

 

 

 

 

(にしても…………鷲巣麻雀、やったか。鷲巣の馬鹿げた引きは置いといて、牌が四つの内三つ透明ってなるのはウチとしては正直助かるな…………。普通に考えれば、手牌の四分の三が見えるんや。だいたいの手の内は分かるし、見た感じでどれくらいの打点かも分かる。相手が捨て牌が意味を成していない白望ならその恩恵は尚更や)

 

 

 

 

 透明牌故の利点を次々と頭の中で述べながら、末原恭子は鷲巣麻雀が自分に対して助けになる、自分にとって幾分か有利になるという安心感を感じる。

 しかし、末原恭子は知らない。確かに、末原恭子の言うことはごもっともである。手牌の半分以上が筒抜けとなる状況下では、相手が張っているかどうか、張っていたとして待ちはどの辺りか、打点はどれくらいか。本来捨て牌からでしか探すことのできない情報を、手牌から直接得ることができる。確実性も勿論、捨て牌からの情報とは一線を画する。

 が、その情報が中途半端に見えてしまうということこそ、決断を迷わせる毒牙となり得ることを、この時末原恭子は知らなかった。何も末原恭子だけではなく、宮永咲もこの時同じことを思っていたが、やはりこの鷲巣麻雀の真の恐ろしさを知ってはいなかった。

 なまじ見えているからこそ打てない。なまじ分かっているからこそ迷い悩んでしまう。問題なのは、その集めた情報を頼りに、極限状態の中で自分が如何にして舵を切っていくかだ。この緊張、緊迫感の中で、果たして正常な判断が行えるかどうか。仮に判断できたとして、それをそのまま実行できるかの勇気、鷲巣巌から言わせれば本当の意味で狂っているのか。鷲巣麻雀は雀士に対して、博徒に対してそのような問い掛けをする。そしてその問い掛けこそが、精神を粉々に破壊する恐怖の宴であることを、末原恭子と宮永咲は知らない。

 そしてその恐怖を最大限に利用してくる、できるのがアカギしげる、もとい小瀬川白望であることも彼女らは知らなかった。鷲巣巌は前半戦に、圧倒的な力の差を見せつけた。いくら小瀬川白望が相手とはいえ、あれほどの豪運を思うがままに発揮できれば十分勝つ事は可能だ。しかしそれでも尚、鷲巣巌が小瀬川白望に対して躍起になっている事から分かるように、鷲巣巌のあの強大な力、豪運を持ってさえも、戦況をひっくり返し、豪運を無力化することができるのが小瀬川白望だ。しかし、彼女らは目先の安心、救いにしか目が行かず、何故鷲巣巌が小瀬川白望に対して神経を張り巡らせているのかと疑問にも思わなかった。

 

 

 

宮守:配牌

{一裏四七七②裏裏⑧37裏東西}

 

 

 

打{西}

 

 

 

 

 そして小瀬川白望の第一打で始まった後半戦東四局、立ち上がり小瀬川白望の配牌は見た所平凡。前の時のように黒牌だらけというわけでもなく、見えている牌だけで見てもそんなに優れているとは言い難い。

 鷲巣巌もまた、先ほどのような超高速かつ超高火力といった配牌には恵まれず、配牌に関しては両者同じくらいの出来となる。いつも豪運が自然と好配牌を呼び寄せる鷲巣巌からしてみれば凡庸どころかクズ手に見える配牌を見ながら、小瀬川白望の配牌も見てこう呟く。

 

 

 

 

『……平衡している。今のところは、互いに五分五分と言ったところか……』

 

 

 

 確かに配牌だけで言えば五分五分に見える。が、鷲巣巌にとってしてみればそれだけで一歩遅れたような気分になった。いくら自分が豪運とは言え、配牌というスタートラインが同じであればツモだけで抜き去るのは厳しい。鷲巣巌だろうと凡人だろうと、麻雀においてツモは一巡につき一回。このルールを逸脱することはできない。だからこそ鷲巣巌は実質十三回分のツモといえる、配牌の時点で大きく差を広げておきたかった。

 

 

 

 

『つまり…………狙っとったというわけか……!わしが出るこの東四局で、この状況になるのを、逃げ回りながら……!』

 

 

 

 

『………………ならば仕方あるまい……奴の土俵に上がるしかないじゃろ…………!』

 

 

 

 

 

 しかし、配牌が確定してしまった今もう一度やり直しはきかない。本来ならば上がっては勝ち目の薄い小瀬川白望の土俵だが、こうなってしまった以上土俵に上がる他ない。奴の得意分野であることは重々承知しているが、鷲巣巌もただ毟り取られるために立ちはだかっているわけではない。今一度自分が頂点である事を示すために、奴を殺すために立っているのだ。

 

 

 

『その上で、奴を殺す…………ッ!』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第461話 二回戦大将戦 ㉚ 情報量 NEW!

-------------------------------

視点:神の視点

東四局 親:宮守 ドラ{⑧}

姫松  90500

永水 116400

清澄  89700

宮守 103400

 

 

 

宮守:配牌

{一裏四七七②裏裏⑧37裏東}

 

 

 

宮守:捨て牌

{西}

 

 

 

 

 親である小瀬川白望の{西}切りから幕を開けたこの東四局、小瀬川白望の打牌を確認した末原恭子は、慣れないと言わんばかりの素振りを見せながらも、恐る恐る革手袋を嵌めた右手を卓の中央の穴へと入れる。この変則的な鷲巣麻雀もこれで二回目であり、末原恭子にとってはもう初めての事ではないとはしつつも、やはりこの鷲巣麻雀に対しての抵抗、違和感はどうしても拭いきれていないようだ。

 

 

 

 

(永水のおっぱいオバケ(石戸霞)はともかくとしても……白望、ようこんな変則的な麻雀に順応できとるな……ウチには理解するのがやっとやで……)

 

 

 

 

 ツモってきた透明な牌を横にして、手牌の上に重ねた末原恭子は眼前の広がるガラス牌、つまり透明牌が広がるという異様な光景を改めて目の当たりにして溜息をつく。この鷲巣麻雀では、透明牌という特殊な牌故に、相手の手牌が見えるだけでなく、自分の手牌も相手に丸分かりという状況にある。通常の麻雀と同じような戦略が通用するかどうかすらも分からない。まず何をどうすればいいのか、どの情報から片付けていくべきなのか、定跡やセオリーなど何一つ知らない末原恭子の頭はショート寸前であり、なんとかしようと思っても無知故に下手に動くこともできず、目を右往左往させるだけでも彼女にとっては精一杯だった。

 そしてそんな末原恭子とは対照的に、こんな状況でも小瀬川白望は恐ろしいほど冷静であり、無表情を保っている。小瀬川白望は鷲巣麻雀の事自体は知っていた事が彼女と鷲巣巌の会話から予測はつくが、それにしても動揺という文字は全くもって見当たらない。いくら知っていたとしても、鷲巣麻雀の経験は無いはずだ。だというのにも関わらず、まるで何度もこの麻雀を打ってきているかのような振る舞いを見せている。一体、何を考えているのか。考えれば考えるほど彼女の術中に嵌っているような気がしたので、彼女は取り敢えず小瀬川白望について考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

姫松:一巡目

{三五七八九③⑧7888西発}

{三五裏八九③⑧788裏裏発}

ツモ{②}

 

 

 

 

(……一応、黒牌を優先して残した方がええんかな)

 

 

 

 小瀬川白望から自分の手牌に視線を落とした末原恭子は、第一打を何にするかを決めかねていた。本来なら、小瀬川白望がきった西を合わせ打ちするのが常套なのだろうが、あいにく末原恭子が持っている西は透明牌。手牌の大半が見えてしまうこの鷲巣麻雀において、この黒牌は貴重。いくら自風ではなく、直前に一枚切れているとはいえ、この西はうまく隠れれば抑止力にもなり得る。相手側からはこの西は見えないため、聴牌直前まで持っておけば相手が聴牌していると錯覚する可能性もある。そういった未曾有の可能性を加味すれば、ここは素直に西を切るよりも、發を切るべき。そう考えた末原恭子は下手に色々な事を考えることはせず、さっさと実行に移した。

 

 

 

 

(さっきは永水の配牌がバカみたいな手やったし、オリてたかた分からんかったけど…………いざ攻めるとなると、数倍考えなあかんな……)

 

 

 

 

 先程は鷲巣巌の豪運によって、ほぼ鷲巣巌の和了が確実となっていたため末原恭子はせめて振り込むことのないようにオリを選択していたが、今は鷲巣巌の手も、小瀬川白望の手もそれほど絶望的な速さを誇るというほどでもない。こうして初めて末原恭子が攻め得る隙が生まれたわけだが、攻めとなると守りの数倍の思考を必要とする。

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

永水:一巡目

{三六六七裏①⑥⑨335裏東}

ツモ{9}

 

 

 

 

『東だ』

 

 

 

 

 

永水

打{東}

 

 

 

 

 

(九索が入るってことは……あの黒牌は七索か九索ってことなんか?いや、でも取り敢えず字牌整理ってこともあるしな……)

 

 

 

 

(……情報が多すぎる。手牌が見えるのは全部プラスだと思っとったんやけどなあ…………)

 

 

 

 

 末原恭子は頭に手を当ててもう一度ため息をつく。両隣にいる化け物は相変わらず平然としているが、対面の宮永咲は自分と同じようにこの鷲巣麻雀というものを体験して音を上げているようだった。どことなく彼女に対してシンパシーを感じながらも、宮守や永水に比べれば明らかに不利な状況であることには変わりない。

 

 

 

(…………とにかく、準決勝に上がるには二位には入らへんと……)

 

 

 

 

 末原恭子は意気込みを入れようするが、そこまで言って末原恭子はハッとした。自分が言っていることの無謀さに。そう、二位に入るということは、相対的に宮守か永水のどちらか一方を三位に落とす、つまり抜かす必要がある。小瀬川白望の宮守か、鷲巣巌の永水か。この両者のうちどちらかを抜かすということほど、難しいことはない。しかし、末原恭子はそれ以上は考えない。実際、そのことは頭の中では分かっていたはずだ。その無謀さを改めて知ったというわけであって、初めて気づいたというわけではない。ならば、臆する必要もないだろう。

 

 

 

 

(やるしかあらへん…………ウチは、このバケモン二人を相手にせなアカン……!)

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。