仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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序章 ~プロローグ~

――大切な思い出がある。

 

 夕暮れの公園で遊び続ける自分は、時間も忘れて何かをして楽しんでいた。そんな自分に向けて投げかけられる声が一つ。

 

「迎えに来たよ。さあ、帰ろう」

 

 うん、と元気良く返事をして、迎えに来てくれた祖父の手を取る。

 夕焼けが目に染みる帰り道を祖父と一緒に話をしながら帰ることが好きだった。

 

 自分は祖父の事が大好きで、自分にとって彼はヒーローだった。誰にでも自慢出来る、最高のお爺ちゃんだった。

 

「……なあ、いつかお前もこの答えに辿り着く日が来るだろう。その時に儂がお前の傍に居るかどうかはわからないがな……」

 

「???」

 

 ほんの少しだけ寂しそうな顔をした祖父は、真剣な表情をしたままこっちを見て口を開く。

 

「謙哉……お前が一番守りたいと思うものは、何だ?」

 

 その時は、その質問に上手く答えられなかった。なにせ自分はまだ幼い子供であり、守ると言う言葉の意味をよくわかっていなかったから。

 その日以降、時々その質問を思い出しては答えについて考えを巡らせたが……祖父が逝ってしまうその日になっても、自分は答えを出せないままだった。

 

 きっとそれはとても難しい問題で、祖父の遺した一つの宿題なのだと思う。この答えは、いつか必ず出さなきゃいけない物なのだと思う。

 

 でも……仮面ライダーとなり、沢山の人を守る戦いに身を投じる様になった今でも、僕はその答えに辿り着けていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで三校の協力体制が整った。今まで以上に大規模な作戦行動を取ることが出来る様になったわけだ」

 

「それで……今後打つ手は決まっているのですか?」

 

「仲間が増えた訳だし、ガグマにリベンジを仕掛ける意味を持ってドーンと攻めに行っちゃう!?」

 

 虹彩学園の会議室は、今まで以上の賑わいを見せている。大文字を始めとする戦国学園のメンバーが加わったのだから当然と言えば当然だろう。

 様々な提案が挙がる作戦会議を取り仕切るのは光牙だ。騒がしい面々を制した彼は、静粛を取り戻した部屋の中で口を開く。

 

「いや、まだ攻めに出るのは危険すぎる。俺たちが同盟を結んだ様にガグマとエックスも手を組んだ。二人の魔王の軍勢と真っ向勝負を挑むには危険すぎる」

 

 かつての経験を思い出し、彼我の戦力差を考察した光牙はそう結論付けると首を振る。彼の脳裏には、かつての敗北の瞬間がありありと浮かび上がっていた。

 

 完璧な布陣を以って、十分な戦力を整えて、最高の状態で戦いに臨んだ。だが、その先に待っていたのは手痛い敗北と親友の消滅だった。

 浮ついた気分があったかもしれない、どこか魔王を舐めていたのかもしれない。しかし、あの時の虹彩と薔薇園はかなり最高に近い状態だったのは間違いない。それでも魔王には敵わなかったのだ。

 

「でもずっと様子見って訳にもいかんやろ? 攻めな勝てへんからな」

 

「……なら、狙う相手を変えれば良いんじゃないかしら? 向こうが同盟を組んだと言うのなら、そこから零れている相手を狙えば良いのよ」

 

「マキシマとシドーの事だね?」

 

「ええ、彼らがガグマとエックスの同盟に加われば更なる脅威になる。なら、その前に叩いてしまうのが良いんじゃないかしら?」

 

「その意見には一理ありますね。叩ける所から叩くと言うのは間違いでは無い」

 

 玲の意見に根津が賛同する。冷静な頭脳役である二人の意見に頷きを見せる面々であったが、この意見にも問題が無い訳では無い。

 

「でも、その魔王たちが何処に居るのかは分からないよ。今の所僕たちが居場所を掴んでいるのはガグマの居城だけだし……」

 

「そっか……マキシマとシドーに対しては、こっちから攻めるってことが出来ないんだった……」

 

 その問題点を謙哉に指摘されたメンバーは、その問題点の事を思い出して溜息をつく。

 SFワールドの支配者であるマキシマと戦国ワールドの支配者シドー、その二人の居場所は未だに掴めていないのだ。

 しかも、マキシマに至っては誰も姿を見た者は居ない……まったくもって謎の存在である彼らに対しては、こちらからアクションを起こすことが出来ないのだった。

 

「つまり、我々が取れる行動は、敵の行動を受けてからの受け身の物となると言うことだな」

 

「戦力が増えても、案外出来ることって少ないんですね……」

 

 自分たちの置かれている状況と打てる手を再確認した一同は、その数の少なさにがっくりと肩を落とす。

 戦力が増えて意気揚々としていたが、自分たちは案外不自由であると言う事を知ってしまって意気消沈してしまうが……

 

「……それでも、ここにいる全員が協力すればすげえことが出来るはずだ」

 

 ぽつりと口を開いた勇の言葉に顔を上げた面々は、彼に視線を集中させた。全員が自分の事を見つめている状況下で、勇は静かに自分の考えを話す。

 

「皆で力を合わせれば、一人じゃ出来なかったことが出来る、当たり前だけどその答えに辿り着くまでに大分時間がかかっちまった。だから、これからはその時間を挽回する位の活躍をしていきたいと思ってる」

 

「……策は無いに等しいで、勇ちゃん。これからどないする気や?」

 

「まずは向こうの動き待ちってことは変わりねえと思う。でも、ただ防御に徹するだけでも今までとは違う戦い方が出来るはずだ。もっと被害を抑えたり、連携を強めたり……こっちにだって試さなきゃならないことは山ほどある。その為に時間を使えば良いさ」

 

「確かに……我々は同盟を組んで日が浅い、連携も何もありませんね」

 

「まずは足並みを揃えることから始める、か……初歩的過ぎて気が付かなかったよ」

 

 先を見過ぎていたせいで忘れていた足元を固めると言う行動指針を勇の言葉によって気付かされた一同は、顔を見合わせながら感嘆した。

 気がはやり過ぎていたが、自分たちには時間が幾らあっても足りない、ここからはその時間をどうやって有効活躍して行くかが重要になるのだと気が付いたメンバーたちは自校と他校の状態を確認しつつ今後の行動を話し合う。

 

「まずは虹彩の完全復帰を目指すべきかしら? 主力が戻らない事にはどうしようもないしね」

 

「主力と言うのなら戦国学園の精兵も居る。作戦目的によって適した行動を取れる様に細分化しておいた方が良いかもしれないな」

 

「では、その為のチーム分けは私にお任せください。なるべく平等に、かつ最適な資質を持つものを頭に据えて編成いたします」

 

「……なんや、それっぽくなってきたやないか。よっしゃ! こっからが本番やでーっ!」

 

 慌ただしく、されど着実に歩みを始めた三校同盟。僅かばかりの手応えを感じる心境に充実感を覚えながら、皆は話し合いを続ける。

 

(……やっぱすごいな、勇は……!)

 

 そんな風に思いながら、勇の提案から動き出したこの会議の様子を謙哉は微笑みを浮かべて見守っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 数時間後、謙哉は会議室近くの休憩所で飲み物を片手に一息ついていた。

 今後の方針として『各校の戦力と連携の強化』を掲げた三校同盟は、それを実現させようと具体的な動きに取り掛かっている。形ある成果を得られたことに満足した謙哉は、微笑みを浮かべて小さく拳を握り締めた。

 

「……嬉しそうじゃない。ニヤニヤしちゃって、気持ち悪い」

 

「あ、水無月さん……!」

 

 自分を揶揄う様な声に振り返れば、そこには玲が自分と同じ様に小さく笑みを浮かべて立っていた。そのまま謙哉の横に座った玲は、缶ジュースのプルトップを開けながら話を続ける。

 

「意外とすんなり話し合いが進んだわね。アクが強い面々が集まったからどうなるかと思ったけど、要らない心配だったかしら?」

 

「勇と白峯くんが上手い事纏めてたからね……特に勇は凄いよ、話し合いの方向性をきっちりと定めてくれた。やっぱり頼りになるよなぁ……!」

 

 親友の事を褒め称え、謙哉は手に持った飲み物の缶を傾けて中身を一気に飲み干す。

 爽快感のある清涼飲料水が喉を通り、清々しい気分を感じた謙哉は満面の笑みを玲に見せながら再び口を開いた。

 

「ここから僕たちの役割も変わって来ると思う。戦国学園の皆は攻め気が強いから、それを上手くフォローすることが重要になると思うんだ」

 

「確かにね。遠距離射撃と堅牢な防御、それでしっかりと援護してあげないとね」

 

「攻めの要は勇や戦国学園のライダーに任せるとして、僕たちが防御の要にならなきゃいけないと思う。マリアさんが戦闘に参加出来ない今、それが出来るのは僕たちしかいないだろうからさ」

 

「……私たちの連携も強化しつつ、更にバリエーションを増やさなきゃ駄目ね。加えて、生徒全員の動きを把握しつつ動く思考パターンも用意しないと……」

 

「そうだね……やることは山積みだけど、その……僕に力を貸してくれる?」

 

 そう不安げに言いながら謙哉は玲へと視線を送った。仲良くなってきたとは言え、最初のつっけんどんな態度を思い出すと玲との付き合い方の正解がまだわかってはいない。

 もう少し自分と深く関わる事になる玲が不快感を持ってはいないかと言う意味合いを持ったこの質問に対し、当の玲は軽く呆れた様な笑みを見せながら答えを口にする。

 

「呆れた……今更何言ってるのよ。あなたは私とチームを組んだんでしょ? なら、多少強引にでも引っ張っていく気概を見せなさいよ」

 

「え、あ、うん……なんかその、ごめん……」

 

「はあ、まったく……あなたってそう言う所があるわよね。いつぞやの私を抱きしめた時の大胆さを常に持っておきなさいよ」

 

「っっ!?!?」

 

 その言葉を聞いた途端、謙哉の顔は耳まで真っ赤になった。彼の脳裏には、夏休みの時にしてしまったあの抱擁の瞬間がフラッシュバックする。

 思ったよりも小さく、柔らかかった玲の体。石鹸の良い匂いとサラサラとした髪の感触を思い出した謙哉は口をもごもごさせて照れを見せた。

 

「……はぁ。本当になんて言うか……不思議よね、あなたって……」

 

「ご、ごめん……」

 

「……責めてないから謝らなくて良いわよ。むしろ今のは……ううん、何でもない……」

 

 意味深に言葉を区切った玲であったが、謙哉には彼女のその言葉に反応する余裕も無かった。

 ちょっとしたからかいの言葉にあたふたする謙哉の可愛い様子を見つめながら、玲は口元に柔らかな微笑みを浮かばせる。

 

「……ねえ、水無月さん。一つお願いがあるんだ」

 

「え……?」

 

 そんな中、不意に口を開いた謙哉は真剣な眼差しで玲の事を見つめて来た。

 その視線を受けた玲は一瞬胸を高鳴らせるも、すぐに平常心を取り戻すと彼の話を聞く姿勢を取る。

 

「……何かしら?」

 

「うん……戦力が増えて、もう僕が無理をする必要はほぼなくなったって言って良いと思う。命の危険があるオールドラゴンを封印しても良いと思うんだけど……」

 

「……だけど?」

 

 玲は話しにくそうにしている謙哉の言葉の先を促すように相槌を打つ。オールドラゴンについて、彼が自分から話すと言う事は、とても重要な話だと言う事は玲にも察しがついた。

 だから、この話は最後までしっかり聞こうと彼女は決めていた。謙哉は自分の言葉を待つ玲の眼差しを感じて覚悟を決めると、彼女に言いたかったことをはっきりと口にする。

 

「……あと一回だけ、僕にオールドラゴンを使わせて欲しいんだ」

 

「……一回? なんでなの?」

 

「決着をつけなきゃいけない相手が居る。あいつは……パルマとだけは、僕が決着をつけなきゃいけないって予感がするんだ」

 

 幾度となく激戦を繰り広げた宿敵を頭の中に思い浮かべた謙哉は、最初とは違った意味で拳を握り締めた。

 オールドラゴンの力を以って彼を破ってから、パルマは自分に対して異常な執着を見せている。その執着心は、リスクのある新しい力をエックスから譲り受けてまで謙哉を倒そうとするほどだ。

 

 恐ろしい【狂化(バーサーク)】の力を使うパルマは間違いなく強敵だ。自分以外のライダーでも戦えはするだろうが、彼がそれを望むとは思えない。

 どんな手段を使おうとも、必ずパルマは謙哉と戦おうとするだろう。ならば、それを真っ向から迎え撃つことが自分の使命の様に思えた。

 

「あいつは僕が倒す。僕が、僕だけの力で勝たなきゃ駄目な相手なんだ……だから、その一回だけオールドラゴンを使わせて欲しい。それが終わったらもう二度と使う事はしないから……」

 

 自分の命を軽視している訳ではない。だが、この我儘を引かせるつもりもない。

 これは、どうしても自分がやらなければならないことだから……そう思うが故に玲の同意を求めた謙哉は、自分の事を心配してくれる彼女の答えをただ黙って待ち続けた。

 

「……確認するわね。あなたはパルマとの戦いでオールドラゴンを使う、そしてそれ以降、オールドラゴンを封印する……これで良い?」

 

「……うん、そうだよ」

 

「……なら、一つだけ条件があるわ。それを守るって約束してくれる?」

 

「……なにかな?」

 

 静かに、ただ静かに口を開いた玲の言葉に耳を貸す。ほんの少しだけ震えているその声は、玲の心の中を現している様だった。

 手放しで賛同できるわけではない。だが、謙哉の我儘を必死に納得しようと努力している。それでも、彼女の心の中から不安が消えることは無いのだ。

 だから、玲は謙哉にその不安を掻き消して欲しかった。必ずこの約束を守ると言って貰って、自分の中で納得を得ようとしていたのだ。

 

「絶対に……死なないで。負けても、勝てなくても良いから……死なないで帰って来て……!」

 

 真っすぐに謙哉を見つめる玲の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。自分の前で泣くことを堪えようとする玲のその姿に謙哉は胸を痛める。

 しかし、すぐに心を持ち直させると、玲の願いに応えるかの様に笑顔を見せ、力強い口調で約束を交わした。

 

「勿論だよ! 僕は必ず帰って来る……それで、オールドラゴンを使うのもお終いにするよ。約束するから」

 

「……分かってると思うけど、嘘をついたら後が怖いわよ? 覚悟は出来てるの?」

 

「……絶対に守るから、だから信じて欲しい……僕は絶対に死なない、約束するよ」

 

「……なら、良いわ。でも、絶対だからね!」

 

 玲が立てた小指に自分の小指を絡ませる。いじらしい指きりを交わした二人は、少しの気恥ずかしさと共に押し黙ってしまった。

 

「……そろそろ行かなきゃ、皆も待ってる頃だろうし……」

 

「あ……うん……。それじゃあ、また今度……」

 

「ええ……またね、謙哉」

 

 玲が立ち上がる。自分の傍から離れて行く……その時謙哉は、いつぞやに感じたあの恐怖感をまたしても感じていた。

 段々と玲が自分から離れ、もう会えなくなってしまう様な恐怖。しかし、その感覚を振り払った謙哉は、手を振って玲を見送る。

 

 約束したから、自分は必ず戻って来ると。

 そう決めたから、破らないと決めたから……だから、この感覚は何かの間違いだ。きっと気の迷いなのだ。

 そう、謙哉は思った。そうやって納得した、してしまった。

 

 この時の謙哉は、自分が彼女との約束を違えることになるなんて欠片も思っていなかった。

 この時の謙哉はまだ……自分が、とんでもない過ちを犯してしまうことなど知る由も無かった。

 今の謙哉は何も知らずにただ、玲へと手を振ってその背中を見送るだけの幸せな青年であり続けていた。

 

 この先に、何が待っているかも知らないで……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――未だに答えが出せない悩みがある。その答えに辿り着く日が何時になるかもわからない問いがある。

 自分の守りたい物が何かなんて、今の僕にはまだわかりはしなかった。ただ、目の前の何かを守る強さだけを手に入れてしまっていた。

 

 誰かが目の前で傷ついているのなら……

 誰かの代わりに僕が傷つくことで全てが解決するのなら……

 僕が誰かの痛みを引き受けることで誰もが幸福になれるのなら、それで良いと僕は思ってしまったんだ。

 

 ねえお爺ちゃん、教えてよ。僕は何を守ればよかったの? 僕は何を間違えたの?

 ねえ、水無月さん……教えてよ、僕に教えてよ。

 

 君は、どうすれば笑ってくれるの? 僕はどうすれば……君の涙を拭えたの?

 僕は正しい道を選んだつもりだったんだ。僕は皆を守る方法を選んだつもりだったんだ。

 でも何で……君は、泣いているの?

 

 

 

 

 

 

 

――??がゲームオーバーになるまで、あと14日

 


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