「ふう、やっと着いた」
休憩なしで歩き続けて、午後三時。ようやく目的地に到着した。
「ふえー、凄いなあ……」
ここクロガネシティは、炭鉱で栄えている街なんだそうだ……確かに遠くから、ガッガッガッという石を砕くような音が聞こえてくる。生活するにはうるさそうだが、騒音は気にならないタイプなので別にいいや。
「確かここは岩タイプのジムなんだよな……ランは相性が悪い、いや技構成的に悪くはないんだけどまだ一バッジ目だしな、クイーンに頑張ってもらおう」
「ポッチャマ!」
やってやるわ、とばかりに大きく胸を張るクイーン。うんうん、その意気だ。さて、小腹も空いてきたので何処かでおやつでも食べるか――そんなことを考えていたせいか周りを見ておらず、同じくぼけーっとした様子のお兄さんに激突した
「あだっ!?す、すいません!……ん?」
「うおっ!?いや、こちらこそ悪いね……」
ライト付きのヘルメットに少し泥の付いた作業着、軍手にツルハシを持ったメガネのこのお兄さんは、ゲームで何度かバトルしたのでしっかりと覚えている。
「もしかしてヒョウタさんですか?」
「そうだけれど……挑戦者かな?」
「はい!」
「ポッチャマ!」
クイーンが早くバトルさせろと言わんばかりにヒョウタさんを睨む。やめなさい。
「丁度予定もなかったし、じゃあ今からジム戦に挑むかい?」
「是非お願いします!」
「ポッチャマァ!」
クイーンも嬉しそうだ。なんか少しムカつく顔をしている。可愛い。にくたらしい。
ヒョウタさんに連れられクロガネジムへと案内された。模擬戦を行うジムトレーナー用のフィールドを抜け、ジムリーダー用のフィールドに着いた。
「バッジの数はいくつ?」
「まだ0です。ここが一つ目のジムなので」
「なるほど、わかった。今回はジムトレーナー戦はスキップでいいかい?」
「構いませんよ」
――ジム戦を行う場合、ゲームではジム内の仕掛けを攻略しつつジムリーダーの元を目指し、その間にジムトレーナーと戦っていく流れが多かった。しかし、この世界では割とその制度を取る場合の方が少ない。ジムリーダーの一存でジムトレーナー戦をスキップすることも出来るし、細かい戦闘ルールなどもジムリーダーに任せられている。
「挑戦者のポケモン使用数は自由、僕は二体使わせてもらう」
「えっ、自由でいいんですか?」
「うん。一朝一夕で育てたポケモンでは、僕の岩ポケモンは倒せないからね」
「――なるほど」
決して舐められている訳ではない。彼は自分のポケモンを信頼しているのだ。まだ一つもバッジを手に入れていないような段階では、捕まえたポケモンもたかが知れている。例え何体いようとも、真の意味でポケモンと心を通わせ、強くならなければ彼のポケモンの堅い守りは打ち崩せない。そういった意味で、使用数は自由なのだろう。
「それではフタバタウンのキンジとクロガネシティジムリーダー・ヒョウタとの試合を始めます!」
ジャッジの合図で、同時にボールを投げる。
「いけ、クイーン!」
「いっておいで、イシツブテ!」
相手のボールから飛び出したのはイシツブテ。力強そうにポージングしている。タイプ相性的にはこちらが有利なのだ、上手く攻撃を避けて逃げ回りつつ、徐々にダメージを与えていくのがいいか。
「クイーン、"あわ"!」
「ポッチャマー!」
「かわせイシツブテ!」
「テッ!」
軽やかなステップでクイーンの攻撃をかわすイシツブテ。むむ、見かけによらずなかなか素早い。
「追撃!どんどん撃てぇ!」
「チャマー!!」
「く、ひとまずかわせ!」
クイーンの放つ泡の弾幕は、徐々にイシツブテを追い詰めていく。逃げ場所を失ったイシツブテに、徐々に徐々に泡がぶつかる。
「その勢いで乱打ぁ!」
「く、耐えろイシツブテ!」
「テェッ……!」
「チャ……マ……」
有利に攻めていたはずのクイーンが肩で息をしている。どうやら乱打し過ぎたせいで、少し疲れてしまったようだ。ぜえ、ぜえと苦しそうにその場に座り込んだ。
「ちょ、クイーン疲れたからって休まないで!?今バトル中だからね!?」
「今だイシツブテ!"いわおとし"!」
「テッ!」
元気よく返事をしたイシツブテは、大きな岩を一つクイーンの頭上に投げた。いい具合に勢いをつけた岩は、綺麗にクイーンの頭蓋を直撃した。
「チャマぁっ!?」
「よし、そのまま"いわくだき"!」
「テェッ!」
「かわせクイーン!」
「チャ、チャマッ!」
辛うじてイシツブテをかわしたクイーンだが、予想以上にダメージが大きかったようでフラフラとしている。ゲームの表記で言うなら黄色バーギリギリって体力だろう。だが、どうにかイシツブテは落としてほしい。
「もう一度"あわ"!」
「よけろ!」
一度見た戦法に二度引っかかるジムリーダーではなく、軽々と泡をかわされた。――だが、それで構わないのだ。泡を避けることに必死なイシツブテの元に、クイーンが駆ける。
「クイーン、"つつく"!」
「しまった!」
硬い嘴がイシツブテの体をつついた。しかし少し眉を顰める程度で、あまりダメージはない。岩タイプであるイシツブテに飛行技のつつくの効果はいまひとつ、ダメージは通常の二分の一しか入らない。だが、接近することが出来た上に隙も出来ている。この至近距離なら……!
「そのまま"あわ"!」
「ポッチャマァァ!!」
「ああっ、イシツブテ!」
「テ……テッ……」
目を回し、その場に倒れるイシツブテ。審判が赤旗を上げる。
「イシツブテ、戦闘不能!」
「……お疲れ、イシツブテ」
「お疲れクイーン!次も頑張っていこう!」
「ポッチャマ!」
相手を一体倒したところで元気を取り戻したようで、クイーンは小さくガッツポーズを決めた。
ヒョウタさんはイシツブテをボールに戻し、ポケットから別のモンスターボールを取り出した。
「なかなかやるね」
「ありがとうございます」
「でも次はこうはいかないよ。頼むよイワーク!」
「イワァァァァク!!」
力強い咆哮とともに、イワークが飛び出した。全長9メートル程だろうか、大きな体はそれだけでこちらにプレッシャーを与えてくる。とぐろを巻き、ギロっとした目でクイーンを睨む。
「ポ……」
「怯えないで、クイーン。体の大きさなんて大した違いじゃないさ。君ならなんとかできる」
イワークを見上げ、呆然とした様子のクイーン。繰り返しになるが、相性的にはこちらが勝っているのだ。相手が大きい分先程よりも戦いやすいくらいだろう。効果抜群な技を連発していけば何とかなる……?
「いけ、"あわ"!」
「イワーク、"あなをほる"!」
大量に放たれた泡をイワークは地中に潜ることでかわした。不味い、苦手な技を回避すると同時に次の攻撃への布石にされた……!何処から出てくるか…それをきちんと予測して指示を出さなければ……!
「クイーン、右だ!」
「今だ、イワーク!」
「イワァァァァァク!」
「ポッチャマァァァァァ!?」
クイーンの正面の地面から飛び出してきたイワークは、そのまま突っ込んで頭突きをクイーンに浴びせた。勢いよく吹き飛んだクイーンは後方の地面に背面からダイブして、水切りのように何度か弾んだあと大きな岩に後頭部をぶつけ倒れた。なんてアグレッシブな吹き飛び方を…っていうかだいぶ痛そうだけど大丈夫か……?
「ポッチャマ、戦闘不能!」
審判が白旗を上げた。クイーンは目を回して倒れている。
「お疲れ、クイーン。よく頑張ったよ……」
「チャ……マ……」
ゆっくりと目を覚ましたクイーンは、ごめんなさい、とでも言いたげににこちらを見る。謝ることではない、むしろこちらが謝りたいぐらいだ。予想していなかった展開に焦ってしまって正しい指示が出せなかった。クイーンのポテンシャルを出し切れれば、勝てない相手ではなかっただろう。
「とりあえずげんきのかけらあげるよ」
「ポッチャァ!!」
急に元気になるクイーン。まだ戦えるぞ、また戦えるぞと言いたげに小さな腕をブンブン振っているが、一度戦闘不能になったポケモンは、ジム戦では再び戦うことは出来ない。残念だが、後は観戦である。
「クイーンの分まで頼むよ、ラン!」
「コォン!」
ボールから飛び出したランは、凛々しく尻尾を逆立てる。場に出ただけで周りが暑くなり、心なしか陽射しが強くなったような気がした。
「キュウコンか……相手は炎タイプ、一撃で沈めるぞ!イワーク"あなをほる"!」
地面技のあなをほるはキュウコンに効果抜群だ。確かに、一撃食らうだけで大変厳しい状況に追い込まれる。出てくるまでに少しタイムラグがあるのは知っている。すぅ、と一呼吸置いて心を落ち着かせる。僅かな物音にも気を配り、何処から出てくるかを見極める!
「ラン、右!」
ミシッ、と地面の軋む音が聞こえた。そちらに視線をやると勢いよくイワークが飛び出した。
「いけ、イワーク!」
「今だラン!」
僕の声を合図に、ランは口元にエネルギーを溜め始めた。だが、もう敵はほとんど眼前。とてもじゃないが間に合いそうな距離ではない。
「こちらの方がワンテンポ速い!もらった!」
「"ソーラービーム"っ!!」
エネルギーは一瞬で大きく増幅され、イワークの顔目掛けて解き放たれた。ボン、と小さな爆音。ドン、と何かが倒れるような大きな音。黒い煙と砂埃が晴れると、目を回して倒れたイワークの姿がそこにあった。
「イワーク、戦闘不能!よって勝者キンジ!」
「やったぁ!」
「ポッチャマァ!」
「クォン!」
一人と二匹、小さく抱き合って喜びを分かち合う。ランの体モフモフ。クイーンの羽毛フワフワ。
「おめでとう、正直負けるとは思ってなかったよ」
「えへへ、ありがとうございます!」
「これが勝者に贈られるコールバッジだよ」
「やった初バッジ!」
光に当てると反射して綺麗に光った。いやあ、苦労して勝ち取った記念品ってなんかこう……見てるだけで凄く感動がある。鞄の中のバッジケースに収めた。
と、そんなことをしていると興味深そうにランを見ているヒョウタさんに気づく。
「キュウコン……それだけでも珍しいのに、しかも特性がひでりとは……もしかして他の地方の出身なの?」
「生まれはカントーです。でもまあ、こっちに引っ越してきたのが五歳の時なんで実質シンオウ出身みたいなものですよ」
「なるほどね。ってことはそんな小さいときにこのキュウコンを……?」
「その時はまだロコンだったんですけどね、いやあ懐かしい……」
懐かしい……が、なるべく思い出したくない記憶でもあった。ランが少し、しょんぼりとしている。何となくそれを読み取ってくれたのか、ヒョウタさんは別の話題を振ってくれた。
「ここからだと次はソノオタウンを通ってハクタイシティに向かうのかな?」
「んー、そうしようかと思ってます」
「それならハクタイのもりのもりのようかんには絶対近づいちゃダメだよ。最近よくない噂を聞くからね」
「よくない噂……?」
うん、とヒョウタさんは小さく頷いた。
「ハクタイシティのジムリーダー、ナタネも動いてるから時期に事態は収まると思うんだけど……もりのようかんに、何やら怪しい人影が出入りしてるらしいんだ。何でも、少し前に世間を騒がせたギンガ団の恰好をしていたとか……」
「……うわあ」
原作ではなかったはずの謎のエピソードに、絶対に関わりたくないと強く思うのだった。