異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第100話  残酷への代価

異世界大陸に進出してから日本の名は広く知れ渡り、現在は多くの国々と交流をしている。

友好的な国も多いが、隙を見せれば即座に攻めてくるかもしれない国も存在し、日本政府も彼らの動向を注意深く監視している。

 

そして今、遠方の国ザーコリアと不幸な事件が起こり、それが原因で交戦状態に陥り、日本ゴルグ自治区に訪れている各国の外交官たちに緊張感が走った。

日本ゴルグ自治区に向けてザーコリア軍が進軍を開始したと言う報を受け、各国の大使館に通達されたのだ。

 

 

『ザーコリア軍が進軍を開始しただと!?』

 

『一体いつの話だ!?まさか、もう既に目の前にいるという事は無いだろうな?』

 

『いや、何でも空からザーコリアの動向を監視して遠くでも会話ができる魔道具で通達されたらしい、つまりここに到達するまでまだ日がある筈だ。』

 

『空から監視だと!?・・・いや、あの羽虫を使えば可能か』

 

『あの遠くと会話ができる魔道具には、やはり驚かされるな・・・あれさえあれば今までの戦いが根底から覆されるぞ』

 

『しかし、ザーコリアか・・・あの欲深な連中がニーポニアとやり合えると言うのか?』

 

『恐らく戦いらしい戦いにもならないだろうな、私はルーザニアにこの街が襲撃された時に居合わせたのだが、一方的な蹂躙だった。』

 

 

突如扉が開かれ、大使館職員が息を切らせてやって来る。

 

『ニーポニアから打診です。今回の戦に観戦武官を派遣して頂けないかとの事です!』

 

『観戦武官だと!?・・・通常なら危険を伴う物だが・・・。』

 

『ニーポニアならばその危険性も低いだろうな、丁度良い、頭の固い連中にこの国の力を直接目に焼き付けさせるとしよう。』

 

 

 

日本ゴルグ自治区にある各大使館に打診して観戦武官の派遣を約束させると、自衛隊はゴルグへと進軍するザーコリアへと備え、ザーコリア軍が通過すると思われるルートに存在する集落に避難勧告をし、日本の領域の境界へ自衛隊を配備した。

 

 

「ザーコリア軍と思われる集団を確認しました。恐らく数千ほどです。」

 

「ルーザニアに比べると少なく見えるな、こんな規模でゴルグに襲撃を?」

 

「見ろよ、連中まさか待ち伏せされているとは思っていなかった様だぞ?こっちを見て大騒ぎしてやがる」

 

「衛星と偵察機で丸見えだってのにな」

 

双眼鏡でザーコリア軍を観察する自衛官の後ろから羽毛で装飾が施された鎧の武官が異世界語で話しかけてくる。

 

『数だけならば向こうの方が多い様だが、本当にこの少人数で戦えると言うのか?確かに後ろの鎧虫の巨体ならば刃を寄せ付け無さそうだが・・・。』

 

『ニーポニアの軍は遠距離武器で戦う戦士と聞く、しかし弓矢や投げ槍だけで戦えるはずが無い、もしや後ろの鎧虫を使って敵を蹴散らすのでは?』

 

双眼鏡を下ろし自衛官が答える

 

『恐らく戦闘と呼べるものにはならないでしょうね。ザーコリア軍はこちらに傷一つ負わせる事なく崩壊する事でしょう。』

 

観戦武官たちがどよめき、互いに顔を見合わせると再び自衛官に話しかける。

 

『それはつまり、その・・・飛び道具だけであの数を打ち倒すと言うのか?』

 

『ニーポニア人は・・・イクウビトは魔法が使えない種族だと聞くが、あれ程の軍を遠距離で倒すには魔法でも不可能だ、それは本気で言っているのか?』

 

『えぇ、確かに我々は魔法が使えません。しかし、貴方達は今、魔法とは違う力をその目に焼き付ける事になります。』

 

『魔法とは違う力・・・ゴルグを作り替えたあの異質な力の事か・・・』

 

「っ!!ザーコリア軍、動きます!!」

 

観戦武官との会話に割り込む様に、ザーコリア軍の様子を伺っていた自衛官が叫び声を上げる。

 

視線をザーコリア軍の方に向けると、雄叫びを上げながらザーコリア軍が突撃してくる光景が目に映る。

指揮官と思われる男が長槍を振り上げると、奥の林に隠されていた投石器が奴隷と思われる粗末な服を着た者達に引かれ姿を現す。

 

『数の上では向こうの方が有利ではあるが、ニーポニアの噂が本当ならばあるいは・・・。』

 

『黄昏の大地にその名を轟かせるニーポニアの力、見極めさせてもらおうぞ。』

 

『ご安心を、貴方達の身を危険にさらすような真似はしません。我が軍の火力を披露いたしましょう。』

 

奇妙な形状の短槍を構えながら不敵に笑うニーポニアの兵士の様子に観戦武官は思わずつばを飲み込む。これから一体何が起こるというのか?

 

 

 

ザーコリアの切り込み隊長は、想定しているよりも早くニッパニアの軍隊と交戦する事に驚きと興奮を覚えていた。

進軍中に間諜らしき者は見受けらなかったので、奇襲の可能性は低いと思っていたが、進軍ルートを読まれ待ち伏せされていた事は想定外だった。

しかし、思いのほか敵の数が少ない事でこちらの数の有利を活かし正面から叩き潰せると判断し、部下の動揺を抑えるために檄を飛ばす。

 

 

『ニッパ族は待ち伏せをしていたようだが、数の上ではこちらが有利だ!異形の鎧虫の皮を剥ぎ、戦利品に持ち帰るぞ!』

 

『あの程度の数で我らに挑むとは舐められたものだ。』

 

『所詮は蛮族の浅知恵、もっと多くの兵を用意しておくのであったな!!』

 

 

青銅剣を振り上げながら、ニッパニアの陣地に突撃するが、奇妙な違和感を覚えた。

ニッパニア軍はその場から動かず、こちらに向かってくる様子はない。

 

先ほどまで沈黙していた斑模様の鎧虫の触覚らしきものがこちらの方向に向けられたとき、本能的に危険を感じた。

 

次の瞬間、横の戦列が轟音と共に吹き飛ばされ人間だった何かが飛び散り、それは連続して起こった。

 

『何だ!?一体何が起こっているっ!?』

 

『鎧虫です!鎧虫が火を噴きました!』

 

『火を噴く鎧虫だと?そんなものが存在していたのかっ!!』

 

『突撃だ!組み付けば奴も自滅を避け火を噴くことが出来なくなるはずだ!』

 

そうは言っても、これだけ開けた場所ではあちらから一方的に狙い撃ちされてしまう筈であり、鎧虫の前には斑模様の兵士達が並んでおり、接近できたとしても乱戦になり鎧虫に刃を突き立てるのも容易ではない。

敵の陣地に取りつくまでに多くの兵があの火炎弾にやられてしまうだろう、しかしそれしかやりようが無い。

 

『ぐあぁぁっ!!』 『ひぎぃ!!』 『あ・・足がっ!!』

 

次々と轟音と共に土と混じって行く仲間達を尻目に彼らは蛮族の軍勢に向かって突撃を続けていた。

 

(まだか、まだか・・奴らは目前だと言うのに、この程度の距離が無限に感じられるっっ)

 

敵軍の陣地に近づいて行き、少しずつだが蛮族の兵士の輪郭がつかめて来た。あともう少し走り続ければ、この刃を黒く汚れた顔で薄汚く笑う蛮族の首筋に打ち込むことが出来るのだ。

 

・・・いや、まて何故笑う?

 

突如、何かが弾ける様な音と共に戦列が崩れる。

 

『!!?』

 

ニッパ族が構えていた短槍から鋭く相手を貫く光弾が放たれたのだ。

それも常識的に考えられない程の短い間隔で放たれ、革鎧や青銅鎧を易々と貫き、魔術兵でも真似できない圧倒的な殲滅力で自軍がなぎ倒されて行く・・。

 

『馬鹿な・・・そんな馬鹿なぁぁっ!!』

 

不利を悟り後退させるにも、突出させ過ぎていた。

今この瞬間にも短槍に見せかけた魔法の杖から放たれる光弾に仲間が討ち取られて行くのだ。

 

『やむを得ん!後退しろ、陣形を立て直・・・がっ!!?』

 

『隊長が討ち取られた!後退・・・いやっ、撤退だ!撤退しろおおぉぉ!!』

 

89式装甲戦車や迫撃砲による爆風で退路を遮られ、自衛隊の小銃で狙い撃ちにされザーコリア軍の先行隊は1時間立たずして溶け崩れた。

 

後に残るのは、砲撃により投石器を破壊され呆然とする攻城兵器引きの奴隷と、戦意を失い投降したり、その場から動かなくなったザーコリア兵だけであった。

 

 

ほんの少し前までは、数の上で不利と判断していた観戦武官たちは、目の前で行われた戦闘・・・いや、一方的な殺戮に戦慄していた。

 

『・・・・・なんという・・・・。』

 

「状況報告。」

 

「こちらの損害は無し、ザーコリア軍の撤退を確認しました。」

 

「・・・とは言っても良くて十数人程度だろうな、投降してきた捕虜を含めても百に届かないだろう。」

 

『これが・・・これがニーポニアの戦いだと言うのか?これでは戦闘ですらないではないか・・・。』

 

顔を蒼白させた観戦武官が、砲撃で耕された死体と土の混じった戦場を眺めながら掠れた声で呟いた。

 

『その通りです。しかし、この力を無暗に振り回す事はありません。』

 

『・・・・・・。』

 

『そもそもザーコリアとの衝突は我が国としても不本意かつ不幸な事でした。』

 

『ニーポニアは・・・・。』

 

身体を硬直させたまま豪華な装飾の鎧の観戦武官がぽつりと呟く

 

『何故この力で大陸全てを手中に収めない?何故交流・交渉と言う形で各国と繋がりを持とうとする?』

 

『・・・・魔力を持たぬ虚無の民?馬鹿な、ではこの光景は一体何だと言うのだ。』

 

自衛官は、ヘルメットの位置を修正し姿勢を正すと彼らと同じく穴の開いた大地に目を向け答える。

 

『我々は・・・元居た世界で貴方達よりも長く凄惨な血の歴史を歩みました・・・そして、その教訓から戦争の恐ろしさと愚かさを学び、無暗に無秩序に力の行使をする事を止めたのです。』

 

『元の世界?異空の地と言う奴か?』

 

『えぇ、しかし国が外部から悪意を向けられた時にだけ我々は防衛のために動きます・・・・そう、我々は抜かずの刃なのです。』

 

『自衛隊(ジエイタイ)とは、自らを守る者と言う意味を持ちます。防衛のために存在し、こちらから攻めることは無く、そして決して負ける事が許されない軍隊、それが自衛隊です。』

 

未だに体は硬直したままだが、油の切れた壊れた機械のように辛うじて首だけを動かして自衛官の方へと向く観戦武官。

 

『防衛の為の軍隊・・・抜かずの刃・・・。』

 

『この世界は・・・紺碧の大地(アルクス)は、多くの国が互いに争い合い、血を流し続けています。我々は暴力を振り回しその勢力を広げる事はありませんが、力なくして事を成し遂げられると世迷い事を言うつもりもありません。』

 

『正義無き力は意味がありませんが、力なき正義もまた戯言に過ぎないのです。』

 

額に手を当てながら暫く目を瞑ると、観戦武官は体を自衛官の方に向け口を開いた。

 

『それがそなた等の戦い方なのだな・・・。』

 

神妙な顔つきで自衛官に語り掛ける。

 

『魔力を持たず用いず、圧倒的な破壊と暴力により敵対者を打ち滅ぼす軍勢、しかし抜かずの刃であるか・・・。』

 

『戦術的な興味もさることながら、そなたらの事にも興味が湧いた。我らはこの戦の行く先を見届けたいと思う。』

 

『えぇ、こちらこそよろしくお願いします。本来ならば、我々は抜かずの刃のままでいる事が一番なのですがね・・・。』

 

 

この日、ザーコリアは無視できない損害が与えられ、日本ゴルグ自治区への侵攻を断念し、首都である峡谷の城塞都市に籠り防備を固めた。

 

ザーコリアと言う国の終焉は目前に迫っていた。


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