異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第104話  混沌と希望の渚

『おらっ!さっさと次の場所に移れ!死にたいのか?それとも・・・殺してやろうか?』

 

『ぎひぃ・・やめ・・わがりましだ!・・・殺さないでください!』

 

無心に鶴嘴を振るい、砕けた石を荷車で運び出し、ろくに水分すら取れず次々と倒れて行く奴隷たち。

 

人攫いによって奴隷にされた者や借金のかたに売り飛ばされた者、騙されて奴隷に堕ちた者など経歴は様々だが、ここ最近になって奴隷の数が急激に増えた。

 

そう、日本との戦争で壊滅したザーコリアの住民たちが街を捨てて逃げ出したときに、周辺諸国の軍や人攫い組織に拉致され、奴隷化されたのである。

 

『ぜぇ・・・はぁ・・くそっ、こんな筈じゃ、あの糞国王がっ・・・・』

 

怨嗟の声を上げながらボタ石が満載された荷車を引き、鉱山の出入り口まで歩いて行く

 

『糞国王があんな化け物に戦争を吹っかけなければ俺はこんな目にあっていなかったのに!』

 

整地されていない凸凹とした坑道を歩くたびに荷車からボタ石が零れ落ちるが、それを気にすることは無い。

 

『ニッパ族もニッパ族だ、大人しく棒みたいに突っ立ったまま殺されていれば良い物を、古代の魔法で街を焼きやがって・・・この泥棒が・・。』

 

ボタ石の山に荷車の中身をぶちまけ、再び坑道へと引き換えして行く。

 

『ニッパ族め、あいつらが死ねばあの力は俺たちの物だったのに・・・・糞王族め、化け物に喧嘩吹っかけるなら一人でしろ・・糞が!』

 

『糞国王から王冠や宝石を奪った近衛の連中はいいよなぁ・・・今頃女でも買って遊んで暮らしているに違いない・・・くそっ!くそがっ!俺なんて貴族の死体から指輪を拾っただけなのに!没収されちまった!!』

 

履いていた靴は既に擦り切れ、新しく支給される事も無く、ごつごつとした岩場を歩き続け足の裏は血まみれである。

衛生状態が決して良いとは言えない鉱山での労働は、傷口を化膿させ、病が流行し、死んだ者はボタ石の様にゴミ捨て場に捨てられる。

そんな環境下で、男は足の裏の化膿からか体が熱くなり忍耐力と自制心が薄れていた。

 

『糞くらえニッパニアめ!王族たちも地獄に落ちろ畜生がぁぁ!!』

 

奇声を上げながら地面に転がっていた鶴嘴を拾って坑道の壁に投げつけると、それのせいかそれとも偶然か、突如天井が崩落して男を生き埋めにした。

 

『ぎえぇぇぇっ!だ・・・誰が・・・誰がだずげでぐれぇぇ!!』

 

大きな音を聞きつけて鉱山の監督官が駆けつけてくる。

 

『チッ・・・また落盤か、奴隷が一匹また潰れちまった。』

 

ひゅっひゅっと、息を切りながら体を痙攣させる男を侮蔑の目で見下ろしながら、鉱山の監督官は地面に転がっていた鶴嘴を拾った。

 

『息があるようだがもう使い物にならんな、魔石を抜き取った後、捨てさせておくか』

 

監督官は勢いよく鶴嘴を振り下ろすと、奴隷の男のこめかみに叩き付けた。

どす黒い血と肉片が飛び散り奴隷の男の体が跳ね上がると、その後はもう動く事は無かった。

 

首都を捨てて逃げ出したザーコリア人の多くは彼と同じような末路を辿るが、ごく一部に例外がある。

 

 

 

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燃やす物を燃やし尽くし、喉を焼くようなきつい臭いが立ち込めるザーコリアの首都の一区画に、自衛隊によって仮設住宅が設置されていた。

 

 

『おいっ、こら待て!!また盗み食いしたな!!』

 

『っっ!は・・・はなせ!はなしなさいよ!!』

 

人の目を盗んでコンテナの中の食糧を物色していたそばかすの少女を自衛官が捻りあげ、関節を固める。

 

『ったく、一日3食ちゃんと出されているだろう?他の連中もそうだが、何故我慢できない?』

 

『う・・うるさいわね!アンタらが来なきゃアタシ達は今も平和に暮らしていたのにっ!!』

 

『平和?・・・はぁ、あれが平和・・・ねぇ・・・。』

 

『それにどうせ、アタシらを奴隷にして何処かに売り払うつもりでしょ?もういいわよ、馬鹿親父に差し出された身だしどうせ変わらないわ。』

 

『お前なぁ・・・。』

 

 

 

数週間前、炎上するザーコリア首都にて・・・。

 

 

 

『ひ・・・ひぃぃっ!い・・命だけはお助けをおおぉぉっ!』

 

『娘を・・・うちの娘を差し上げますから、見逃してくださいぃぃ!』

 

自衛隊の姿を見た商人の男は恐れおののき、自分の身だけでも助かる様に、傍にいた自分の娘の首根っこをつかみ地面に叩き伏せ、服を剥ぎ取り自衛隊に差し出そうとする。

 

『嫌だ!嫌だ!いやだぁ!!やめでぇぇぇ!!お父さん!やだぁぁぁぁっ!!』

 

醜悪な姿のザーコリア人を見た自衛隊員達は、何とも言えない表情で顔を歪ませる。

 

「オマ・ラ・・・サーテー・ダヨ・・・。」

 

火の手が広がり熱気がまとわりつき娘の服を上半身だけ剥ぎ取った父親は熱気に耐えられず、娘を置き去りにし逃げて行く。

 

「ア!マテ!ソッチハ!!」

 

暴動で略奪が起きている場所に走っていった父親は、物陰から現れた錯乱した男に角材で側頭部を殴られ、転倒したところ喉元に短剣を突き刺されそのまま絶命した。

 

『あ゛あ゛ぁぁっ・・・おど・・何で・・・あ゛あ゛あ゛ぁぁっ!!』

 

少女は自分の父親に見捨てられ蛮族の兵士に差し出され、そして目の前で父親を強盗に殺される場面を見て心の中は怒りと悲しみと混乱で心がぐちゃぐちゃになっていた。

 

強盗男は父親の胸部を短剣で引き裂き、体内から魔石を抜き取ると振り返った先に自衛隊が居る事に驚き、何を思ったのか奇声を上げながら角材を振りかぶって突進をしてきた。

 

『ひぃっ!?ニッパ族!?も・・もうこんなところまで・・・お・・お前らも道連れだぁぁぁ!!』

 

慌てて少女は瓦礫の影に隠れると、何かが弾ける様な音が連続で響き渡り、男の悲鳴が聞こえてきた。

 

『ふっ・・はっ・・ぅっ・ひぁ・あっあっあっ・・・。』

 

息が乱れる、とても苦しい・・。

周りは大火事、父親に見捨てられ、その父親は殺された、そしてすぐ近くには蛮族の兵士達・・・。

 

かつかつと足音が近付いてくる

 

(嫌だっ!こんな目に遭って、野蛮人に捕まって人生が終わちゃうなんて絶対に嫌だっ!だれか・・だれか・・・。)

 

「オイッ!」

 

『ひっ!』

 

見つかった!

 

覚悟を決めて少女は歯を食いしばり目を閉じて震えた。

 

『アー・・・こほん、お前・大丈夫か?』

 

ぽんと頭の上に手を置かれ、布切れのようなものを背中からかけられる。

 

『まったくひでぇ事をしやがる・・。』

 

『えっ?あっ?えっ?』

 

急に聞き取れる言葉で喋り出した蛮族の兵士を見て目を白黒させていると、奥から奇妙な鎧虫が走って来て、その腹から次々と増援の兵士が吐き出され行く。

 

「ソノコ・ハ?」

 

「チチオヤ・ニ・ミステラレテー・・・。」

 

斑模様の兵士たちが何か母国語らしき言葉で何か喋っている。

新たに現れた兵士には驚くべきことに女性の兵士も居て、男の言葉を聞いている内に彼女はどんどん表情を険しくしている。

 

『もう大丈夫だから、ね?』

 

鎧虫の腹から出て来た女兵士は、この燃える街に似つかわしくない笑顔で少女の頭を優しく撫でた。

 

「セーゾーンシャー・オ・ホゴ・シタ・コレヨリ・シューヨ・スルー」

 

何かの呪文を唱えているのだろうか?黒い箱に何かを喋っている女兵士を不安そうな顔で見つめる少女は、突如彼女に手を握られ、斑模様の鎧虫の中へ連れ込まれていった。

 

 

それから暫くして、自衛隊に保護された生存者たちは自衛隊が自分達を奴隷として扱わない事に戸惑いつつも、受け入れ、生き残った自分たちで街を再建しようと決意した者だけが残り、他の者は街を捨てて旅立っていった。

 

そして行く当てもない少女は、戦災孤児として自衛隊に保護され、仮設住宅の生活を送っている。

 

彼女だけに当てはまる事では無いが、ザーコリア人のモラルは低く、自衛隊に保護されていても自衛隊に対して盗みを働く者が多く、あっさりと見破られ確保されるという事が日常茶飯事に起きているのである。

 

『もういい加減にしたらどうだ?何回目だよ。』

 

『だって・・食べられる内に食べないと他の奴らに盗られるでしょ?それに、馬鹿親父も時々屋台の串焼きとか勝手に持って行ってたし・・・。』

 

自衛官はため息を付くと、手加減したげんこつを少女の頭に振り下ろし、少女は小さな悲鳴を上げ蹲る。

 

『それはお前の父親が悪い!ついでに碌な事も教育していない!』

 

『っつつ・・・え?』

 

『あのな、ザーコリアではどうだか知らないが、俺達の国では人から物を盗むのは悪い事だとされているんだ。お前だって自分の大切にしている物を勝手に誰かに持って行かれたら困るだろ?』

 

『それは・・そうだけど・・・でも・・・』

 

『でももへったくれもあるかっ!いいか?食事に不満があるならちゃんと言えよ、誰かに物を盗られそうだったら相談をしろよ、何でもかんでも聞く訳には行かないが、出来る範囲内なら何とかしてやる。』

 

『な・・・何でよ、何でそこまでしてくれるの?』

 

『何でって言われてもな、まぁ俺達の仕事がそう言う仕事だからってのもあるが、ただ純粋にお前みたいな年頃の女の子が行く当てもなく瓦礫の山をさまよっているってのが見ていられないしな。』

 

『アンタらがやった事でしょ!アンタ達が街を焼き払わなかったらアタシ達は家を失わなかった!家族に見捨てられなかった!馬鹿親父を・・・お父さんを・・失わなかった・・・。』

 

少女の言葉は最後に涙声になって行き、ついに泣き崩れてしまった。

 

『はぁ・・・言っても信じないだろうけど、街を焼き払ったのはトチ狂ったザーコリアの住民だぞ?こちらの攻勢に乗じて火を放ち、略奪を開始した奴らが居るんだ。』

 

『嘘よ・・・嘘よそんなの・・・。』

 

『間違いない、ヘリコプターから・・・いや、空を飛ぶ乗り物をお前も見ただろう?空からちゃんと街の様子を確認していたんだ。』

 

『じゃぁ、誰に仕返しすれば良いの?誰から盗めば良いのよ・・・。』

 

自衛官はため息を付くと、痛くない程度に少女の頭をこつこつと小突いた。

 

『盗む盗まないから離れろ・・・いいか?俺達の保護下に居る内は俺達の決まり事を守って欲しい。盗みを働くな、他人に暴力を振るうな、人の悪口を言うな・・・簡単に言えばひっくるめて人の嫌がる事は止めなさいってこったね。』

 

『理想を言えばそうだろうけど、みんな絶対に泥棒するでしょ?だから大切な物を盗まれた奴が悪いし、盗みがバレて仕返しをされた奴も悪いのよ、綺麗事を言ったって意味がないわ。』

 

『俺達は自分が欲しい物を誰かが持っていても盗みたいとは思わないし、盗んだ奴の方が絶対に悪いと思うね。それに、魔が差して誰かから物を盗んだとしたら多分自己嫌悪するだろうな。』

 

『・・・・。』

 

『つまり、俺たちの社会ってのはある種の掟で厳しく取り締まり、制限し、また自分自身の良心や内心で縛り付け、自発的に行う規範を示す事で成り立っているんだよ。』

 

『難しくて意味わからないわ。』

 

『簡単に言えば日本人は掟破りをしない。お前らも掟を守れ。』

 

『それは難しいわ。』

 

呆れた顔で自衛官が少女を見つめていると、何かを思いついたような顔をし、いたずらっぽい顔で笑顔を張り付ける。

 

『・・・・そうだなぁ、どうしても盗みが辞められないってんなら、盗んでも良い奴を教えてやろうか?』

 

『えっ?』

 

『今はな、俺達の国はこの大陸に進出してから深刻な人手不足なんだが、それこそ子供の手も借りたいくらいに忙しくってな・・。』

 

『えっ・・・・あの?』

 

『お前・・・ゴルグガニアに来てみないか?』

 

 

それから暫くして、両親を失った戦災孤児たちの一部は本人の意思で、故郷のザーコリアを離れ、日本ゴルグ自治区に設けられた孤児院に住む事になった。

 

手に職をつける為に、少女は異世界の大陸に進出した日本企業の工場で働き、彼女の感覚では破格の給料を得られる事に驚き、貪欲に仕事を覚えていったのであった。

 

(なんか乗せられた気もするけど、先輩の動きを見て盗む・・・か、悪くないわね。誰も困らないし、盗む事で見返す事も出来るっ!)

 

『おーい、新入りちゃん!発酵が終わるからその生地あっちのレーンに運んで―!』

 

『あっ、はーい!今行きますー!!』

 

(今に見て居なさいニッパニア!沢山稼いでアンタ達のお金で前よりも立派なザーコリアにしてやるんだから!)

 

人は何度も過ちを犯すが、過ちは本人の意思で未然に防ぐことが出来る。

それには、強い意志が必要だが、それが当たり前になった頃には、自然と規律を守ることが出来るようになっているだろう。




簡単に言えばもう落ちるところまで落ちた人と、まだやり直せる・やり直しがきく年齢の女の子の話でした。

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