異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第110話  大陸動物園

日本ゴルグ自治区の一角に設けられた動植物研究所。

日本本土に未知の病原生物を持ち込まない様に、水際で食い止めるために各地の動植物を採集・捕獲し研究が進められていたが、捕獲した生物の中で現地住民が所謂[魔物]と呼称する危険生物が含まれていたために、近隣に住む住民たちから抗議が続いた。

 

住民の不安を払拭するために、安全性が確認された生物を厳選し、万が一の事故に備えて安全策を講じて、捕獲した生物の一部を水族館として公開する事にした。

 

娯楽らしい娯楽があまり存在しないこの世界では、日本ではありふれた規模の水族館とはいえ新鮮に映り、現地住民どころか異国からの観光客も呼び込み、想定していた以上の大盛況となった。

 

この世界では、衣食住だけで所得を使い切る世帯が多く、またそれが当たり前であり日々の生活を送るだけでも精一杯なのであり、代り映えの無い毎日を送る者が多い。

 

しかし、普段の生活環境で、まず目撃する事のない辺境の生物や国内で生息が確認されつつも実際に目にした事のない生物の展示は、彼らが今まで考えた事も無かった[生態系]という概念を知る事になり、好奇心を刺激する事にも繋がった。

 

水生生物の一般公開を開始してから暫く経ち、動植物研究所が飼育している残りの生物の公開を住民が望んでおり、研究所拡張の予算が国から降りて動物園の建設が決まった。

 

しかし、広大な異世界大陸から生物を捕獲し、研究すると言うのも苦難苦労の連続であり、危険性が頭一つ抜けて高い甲獣捕獲作戦などの際どい捕獲任務もあった。

 

比較的に扱いやすい小型魚などの水生生物が先に水族館に展示されたのだが、陸生生物には狂暴な物が多く、住民が懸念した通り、一般公開するには安全性が万全ではないものも存在する。

 

多くのハードルを乗り越えて、やっと動植物研究所の大規模な改修が終わり、ある程度安全性が確認された動物を公開することが可能となった。

 

流石に研究が始まったばかりの甲獣などの、特級危険生物は公開できないが、それでも立派な動物園として機能するに十分な種類の動物を公開できるのだ。

意外な事に、現地住民が[魔物]と呼び恐れる生物がそのリストに含まれていた。

 

 

『すげぇな、どこもかしこも檻だらけだ。』

 

『これ全部動物が入っているのか?どれだけ捕まえたんだよ・・・。』

 

『っ!?・・・お・・おい!あれを見ろよ!』

 

『な・・・ち・・・血濡れ虎だと!?』

 

 

ブロドディーガ  通称:血濡れ虎・人食い虎

 

和名:クロヅメトラ

 

 

黄昏の荒野の広範囲に生息する虎に似た肉食獣。

大きさこそ地球の虎と同じ位だが、見た目以上に俊敏で、捕らえた獲物を逃さない膂力を持ち合わせており、現地住民から恐れられている。

しなやかな身のこなしで自分よりも大きい生物にも襲い掛かる程闘争心が高く、食欲も旺盛。

時折集落近くに出没し、家畜や人を襲う為、討伐が行われる事もあり、その毛皮や牙・爪・骨などは高価で取引され伝統工芸品にも使われている。

 

 

グルルァァァァ!!

 

大きな体格の猛獣が檻の中から見物客に吠え、その場で3回転すると再び大きな鳴き声で吠える。

 

グルルアアアアアアァァァァ!!

 

『こ・・この檻壊されないだろうなっ!?』

 

『おっかねぇ、でも、こんな間近で血濡れ虎を拝めるとは・・・・。』

 

 

ガチャリと檻の奥の扉が開かれると、飼育員が挽肉の入った銀色の大皿を抱えて檻の中に入って来た。見物客はざわめき、中には悲鳴染みた叫び声もあがる

 

『な・・・何考えてんだ!?誰か止めろ!』

 

『魔物の前に出るだと?正気か!?』

 

 

グルルァァァァ・・・ングァ・・・アギャ・アギャ・・・アニ゛ャッ!!

 

『は?』『えっ?』

 

見物客に猛獣らしく牙と歯茎を見せつけながら吠えていた血濡れ虎が、まるで小動物の様に尻尾を振りながら飼育員に近づき、甘えた声で転がり腹を見せ、明らかに殺傷力を持たない猫パンチを飼育員の長靴に繰り出しじゃれつく光景を見て、見物客が唖然とする。

 

「ホーラー・トラ、エサ・ダヨー」

 

アギャ・・アギャギャィ・・・ニ゛ャィ・・・

 

「シラ・ナ・ヒト・イパーイ・ダケド・アンシン・スルー・ダヨー」

 

ングァ!!

 

 

 

『おいおい、嘘だろ?本当にアレが血濡れ虎かよ?』

 

『俺の爺さんの遠い親戚が、隣町に行く途中に食い殺されたと聞いた事があるんだが、人に懐くなんて聞いた事も無いぞ?』

 

『ふ・・不覚にも可愛いと思ってしまったわ。』

 

驚く見物客の中にはお忍びでゴルグに訪れていた異国の王族や貴族も含まれていた。

馬や牛などの家畜化された動物は兎も角、魔物と恐れられ討伐対象にされていた危険生物が人に懐くなど前代未聞であり、想像すらしなかったのである。

 

『お・・おぉ・・・あの様な魔物が人に懐くなど・・・。』

 

『姫様、私は夢でも見ているのでしょうか?血濡れ虎が腹を見せじゃれつくなんて・・・。』

 

『愛らしい・・・人に懐く血濡れ虎・・・ニーポニアは、人に懐く魔物を手に入れたと言うのか!』

 

『あっ!姫様!あちらの檻にも魔物使いが!』

 

 

ギャン!ギャン!ニ゛ャッ!ニ゛ャッ!ギャッ!!

 

 

羽毛に覆われた大きな獣が、見物客に吠えるが、血濡れ虎とは違って明らかににこやかに笑っており、見物客の心を射抜いていた。

 

「ホラー・タロー・エサ・ダヨー」

 

 

飼育員が餌を持ってきたことに気付くと、満面の笑みで近づいて行き、のしかかり気味に飛びつき、飼育員の顔を舐める。

押し倒されそうになりながらも、器用に獣をずらしてどかし、首筋を撫でながら餌の入った大皿を床に置くと、獣の意識は餌の方に向き、貪り始める。

軽く獣の背中を撫でると、飼育員は奥の扉に消えて行くが、扉が閉まる音に獣が気付くと首をもたげて切なそうな声で鳴いた。

 

グゥ?ギャフン・・・ンギャン・・・。

 

『イイ・・・あれはイイッ!!』

 

『ひ・・・姫様?』

 

『初めて見る魔物じゃ!血濡れ虎に勝る体格と大きな翼!何と愛らしいのじゃ!』

 

『確かに、あの様な魔物は見た事がありません・・・むっ?看板がありますね。』

 

 

 

ヴィヴルム 通称:飛竜

 

和名:カンムリオオミズチ

 

大陸中央部と沿岸部を隔てる様に広がる大森林の中心に聳える山に生息する大型の哺乳類型爬虫類。

元はトビトカゲの様な生物だったが、大森林と言う特異環境の中で高濃度の魔素に被曝し突然変異したグループの一種であり、その中でも最も変異前に近い種である。

生体は犬や狼に近く、群れのリーダーに従い、上下関係にも厳しい。

平均的に3メートルから3メートル半まで成長するが、体が大きな個体では5メートルに達する事もある。

翼の部分に体内の魔石と連動した器官をもち、自ら発生させた魔力の渦に乗る様に飛行をすることが出来る。

体格に勝る近縁種に比べると幾らか小柄であり、体が軽いので飛行能力に勝る。

地味ではあるが、頭部から胴体にかけて鱗を覆う様に羽毛が生えている部分がある。

体内にブレスを発射する為の器官が存在し、最近の研究で衝撃波ブレス用の器官と判明した。集団で外敵に衝撃波を浴びせて墜落させるために使われると考えられる。

 

 

『み・・見てください、大森林の魔物ですって・・・それもここまで細かく調べるなんて・・・。』

 

『・・・・ぃ。』

 

『ニーポニアは魔物を従わせる術を持っているのでしょうか・・・まさか、ルーザニアやザーコリアを焼いた火災蟲や凶雷蟲も大森林から捕獲したのでは・・・?』

 

『・・・ほしぃ・・。』

 

『姫様?』

 

『欲しい、欲しい、欲しい!絶対に欲しい!』

 

『な・・・何をっ!?』

 

『妾の様な王族に相応しい獣ではないか!』

 

『お・・・落ち着いてください!ここはニーポニアなのですよ!』

 

『ぐぐぐっ・・・し・・・しかしじゃな、人を乗せた翼持つ獣の噂を聞きつけて、祖国から来たのじゃ、恐らくあの獣がそうなのであろう?』

 

『確かに、人を乗せて空を飛べる魔物は興味深いです。しかし、姫様、異国の地で祖国の様に権力を行使する事は難しいのです。』

 

『わ・・分かっておるわ!だが、何とか交渉は出来ないものかのぅ・・・。』

 

 

異世界大陸初の動物園の開園は、この世界の住人に大きな衝撃を与えた。

特に、魔物の購入や危険生物の取り扱いに関する問い合わせが多く、豪商や王族貴族などの権力者が動植物研究所に詰め寄った。

 

結局、生態系の研究中を理由に魔物の購入は断られ、各国のお忍び有力者達は意気消沈しながら帰路に就いた。

 

しかし、彼らは唯では折れなかった。

 

『予想はついていましたが、やはり魔物の取引は断られてしまいましたね。』

 

『一匹くらいは譲ってくれても良かったのにのぅ・・・。』

 

年相応のふくれっ面を晒しながら、従者の手を握りながらそっぽを向く姫。

 

『まぁ、収穫もありましたがね、あの血濡れ虎も最初から人に懐いている訳ではなく、幼獣の内から育てられ、あの様な性質を持つ様になったと・・・これは重要な情報です。』

 

『それも鎧虫に親を殺された哀れな幼獣を保護したと言うでないか、ニーポニアは魔物にでさえ情をかけるのだな。』

 

『我が国では、幼獣は貴重な資源ですからね。特にその毛皮は柔らかく希少価値が高いので、まさか、生かして家畜の様に育てるなど考えもつかないでしょう。』

 

『人に懐く魔物の育て方も知ることが出来たのだ、ふ・・・ふふふっ・・・絶対、ぜぇったいに手に入れてみせるぞ!先ずは、血濡れ虎の幼獣からじゃ!!』

 

くどくない程度に華美な装飾が施された馬車に乗ると、異国の姫は拳を握り締め魔物と呼ばれる猛獣の捕獲を決意するのであった。

 

『・・・特に、あのヴィヴルム・・・飛竜と言ったか、あのつぶらな瞳が愛おしい・・大森林ともなると手に入れるのも一筋縄ではいかんな・・・。』

 

『姫様・・・せめて血濡れ虎で我慢しましょう・・・。』

 

 

幼獣の内から人に懐かせると言うヒントを手に入れた国々は、日本ゴルグ自治区の大陸動物園で飼育員に懐いている魔物をリスト化し、見よう見まねで飼育する事にした。

魔物の捕獲に多くの犠牲が出た所もあるが、飼育が失敗し幼獣の死亡や脱走などを経験しながらも、奇跡的に家畜化に成功する所もあり、かつての戦象の様に戦場で活躍する魔物が登場した。後の魔獣部隊の先駆けである・・・。

 

 




うーむむ、書き溜めが上手くいきませんね・・・週一更新という訳には行かなそうです・・・。

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