異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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ギリギリ1週間までに足りませんでしたが、取りあえず投稿です。
ペースを維持できれば、テンポ良くなって来るんでしょうけど、ちょっと不安定ですね。


第111話  旅人 ジェイク・マイヤーの手記3

『おい、聞いたか?ルーザニアに続き、ザーコリアも陥落したらしい。』

 

私は、大陸沿岸部外れに位置するイキリータ・ガリア王国の酒場でそんな噂を耳にした。

 

『ザーコリアがか?ははっ、遂にあの山賊国家もお終いか!こりゃいいな!』

 

 

ザーコリア、あまり良い噂を聞かないのでかの国周辺には近寄ろうとすら思っていなかったが、どうやら知らぬ間にニホンにちょっかいをかけて自滅したらしい。

 

 

『確かに、あの連中が滅ぼされたのは喜ばしい事だが、ニッパニアの勢力圏がこれ以上広がるのは脅威だぞ?』

 

『あぁ、ザーコリアの奴隷が沢山手に入ったお蔭で、鉱山の採掘が進み十分な供給のめどは立ったものの、ニッパニアの連中が近くをうろつくのは不味い。』

 

 

商隊の馬車に乗り、この国を訪れた時に縄で繋がれた集団が鉱山に連行されている姿を見かけたが、つまりは彼らがザーコリア人の奴隷なのだろう。

 

 

『全く、相打ちになってくれればニッパニアの敗残兵も手に入ったかもしれないのに、ああも一方的だと、付け入る隙もありやしない。』

 

『ザーコリアの使い捨てとは違って、ニッパニアの兵士は利用価値の高さは計り知れん、何とか手に入らないものか・・・。』

 

 

私はこの時、知らないと言う事は恐ろしいと言う言葉を改めて深く認識した。ニホン人の旅人が人間狩りに襲われ奴隷化された事をニホンが知った時、その怒りは大地を引き裂き、大気は燃え盛り、かの国の怒りに触れた者はその痕跡すら残さず灰燼に帰す事だろう。

 

現に、すでに奴隷商人と繋がりのある盗賊団が幾つもニホンに壊滅させられている。

ニホン人に危害を加えた者は、例外なく滅ぼされるのだ。

 

『ニッパニアの民と何度か話した事がある、確かにニッパニア人は他の国の民よりも抜きん出て知能が高いのは認めるが、魔力を全く持たない亜人だ。』

 

不機嫌そうに酒場の端で安酒を煽る男が呟く

 

『ふん、イクウビト?魔力を持たぬ亜人が、リクビトよりも優れていると言うのは流石に傲り高ぶりすぎる。』

 

『道具なしに火花を散らす事すら出来ない亜人が、鎧虫を操り、強力な魔道具を量産し、あたかも自分自身の力と振舞うのはどうにも癪に障る。』

 

確かに彼らは魔力を持たない。しかし、あれらの魔道具を作り出せる技術力は間違いなく彼らの力なのだ。

この大陸沿岸部の小国群のどれだけが、ニホンと同じくらいの品々を生み出せるのか?問うまでもなく、どこにも存在しない。我々とかの国とでは文明力そのものが離れすぎているのだ。

 

『魔道具と鎧虫さえいなければ奴らは何も出来ん、我らリクビトこそが種族として優れているのだ、小動物未満の魔力すら持たぬ亜人がデカい顔をしていられるのも今の内だ。』

 

 

耳まで赤く染め上げた酒に酔った男が、濁り酒の入った容器を叩きつけ、喚き散らす。

 

彼らはとても不安なのだろう、今まで魔力の高さや魔術の取得した数で優劣を競い合っていたと言うのに、魔力を全く持たない異界の民の出現により、その価値観そのものが揺らぎ始めているのだ。

ニホンを警戒しているのは間違いないが、それは魔力主義の価値観と誇りの高さが災いし、素直に認められない事も関係しているのだろう。

 

『奴らさえ、奴らさえ現れなければザーコリアもいずれ手に入っていたと言うのにっ!』

 

私は、憐みの籠った冷ややかな目で彼らを一瞥すると、残っていた酒を一気に煽りキノコ虫の燻製を平らげ、代金を払い酒場を後にした。

 

丁度取引を終えた商隊がサテラニア行きの荷馬車に集まっていたので、私もそれに乗せてもらう事にした。

驚く事にサテラニア行きの荷馬車は、今までの馬車とは違って揺れが大幅に抑えられていた。よく見ると、細かい所に材質不明の部品が使われており、ニホンの文字が小さく刻まれている。

 

何でも、ニホンが我々リクビト向けに馬車を売り出していると言うのだ。

ニホンではクルマと言う鎧虫が交通手段として主流であり、馬車を使う所は限定されているのだと言う。

 

商人たちは、サスペンションという部品が組み込まれたニホンの馬車を手に入れてから、生ものが痛みにくくなり、割れ物も無事な事が多くなったと喜んでいた。

 

商隊の馬車は、馬も人も負担が軽減されたからか休憩する回数が減り、その結果今までよりも早く長距離を移動できるので、従来の馬車では考えられない程に移動速度が上がったのだ。

 

一部の商人たちは、ニホン製の馬車を購入して特急便を考えているらしいが、ニホンの操るトラックと言う鎧虫の前では、太刀打ちできないだろう。そもそも、積載量も速度も違い過ぎる。

 

私は、商人と雑談しながら揺れの少ない馬車の長旅を楽しんだ。そしていつの間にか砂利道は黒く舗装された道に変わり、ニホンの勢力圏内に入っていた。

 

『これがサテラニアか・・・随分と様変わりしたものだ。』

 

馬車から降りた私は、そう呟いていていた。

道行く人は、どこかニホン人を恐れているのか距離を置いているが、仲良く彼らと話している者も居る。

 

面白い事にニホン人と親しげに話している者はニホン式の服を着ている者が多く、そうで無い者はサテラニア伝統の服を着ている事が多い。

かの国と国交を持つ国によって、意匠が違いすぎる為か、ニホンの服があまり広まらない国も存在するが、多少意匠が違っても品質が良く安いためにニホン式の服を買う者も居る。

 

私からすれば、ニホンの生地と周辺諸国の生地では高級生地とボロ布ほどの差があるように思える。

ニホンが進出した地域では貧民ですらまともな服を着ており、それが例え古着であっても、彼らにとってこれ以上無い程の贅沢なのだ。

 

奴隷一歩手前の農民にすら手を差し伸べるニホンの気質に唯々感動を覚える。

そもそも、貧民の元の服は男女関係なく裸体に一枚布を巻き、腐り落ちそうな黒く変色した縄で胴回りを結ぶ、おおよそ服と呼べる代物ではないのだ。

 

貧しい者にもニホンの商会は、働き口を用意しているので最低限の生活は出来る。

確かに重労働ではあるが、それでも中流層が生活するには十分すぎるほどの賃金が支払われるのだ。

 

特に知識が無くても出来る力仕事でそれだけの給料が得られるのならば、食だけでなく服にも手が届く。そして、ニホンはそれを見越したように古着屋を貧民街近くに進出させた。

 

ニホンでは、[衣食住足りて礼節を知る]と言うことわざがあるらしく、彼らの言う通り物資で満たされるニホンの勢力圏内ではかなり治安が安定化するのだ。

 

貧民街特有の悪臭も抑えられ、巡回する警備兵により悪党は捕らえられ、ニホンの支配下に置かれる都市を結ぶ鉄蛇の道からは常に物資が行き来する。

 

ニホンが求める資源の量は膨大なものだが、それでも彼らがこの大陸で動けば動く程、人の領域が広がるのだ。この大陸は、いや、この世界は間違いなく新たな時代を歩み始めている。

 

『流石にゴルグガニア程の規模の店は無さそうだが、治安も良いし何か買って行くか。』

 

私は、細長い柱で作られたアーチを潜り、サテラニアの商店街へと向かうのであった。




日本は、識字率が低いアルクス人にも職の入り口を開いております。
ややブラックな内容でこき使っておりますが、今までの環境が環境だけに、社員食堂などで栄養バランスを取り戻し、息を吹き返す者も居たり居なかったり・・・です。

中には一般的な日本人がドン引きするレベルの物も存在し、日本でもよく見られるように精神と肉体を壊される悪質なケースもあるので、そう言った悪徳企業は異世界大陸に進出する資格そのものを失ったりします。(レアケースですが無くは無いです。法の裏をかく悪党は何時の時代どこにでもいるので・・・。

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