日本ゴルグ自治区に国境を接するリンズィン精霊教国。
原始的なアミニズムである精霊教が信仰されている国であり、首都の中心部に聳え立つ大霊樹が御本尊として崇められている。
元々それ程好戦的でもないリンズィン精霊教国は、日本が転移してから早い段階から交流を持ち、天然ガスや鉱石類などの資源を輸出する事で、大きく発展していた。
国交を持った初期の段階では、資源地帯の採掘に難色を示していたが、彼らが崇める鉱山の神、白岩様(後の調査で氷河に乗って遠方から流れて来た一枚岩と判明)に日本のとある要人が参拝した事で軟化し、正式に開発が許可された。
その後の交流で、物にも魂や精霊が宿ると言う彼らの考え方と、日本人の気質が合い、日本の大切な友好国として親密な関係を築いている。
『ほぉー・・・これが馬にも引かれず自立走行する馬車かぁ・・・。』
『えぇ、燃える水を中の装置で燃やしてそれを力に変えて車輪を回すのです。』
『ほほぅ、これまた複雑そうな作りですなぁ・・・。』
興味深そうに、そして恐る恐るといった表情で、白く塗られた軽トラックを撫でる僧侶。
『私はてっきり、ニーポニアは馬車に命を吹き込むことが出来る力を持っていると思っておりました。』
『ははは、流石にそこまでは出来ませんよ。とはいえ、長年使い続けた道具は付喪神が宿ると聞いた事がありますね。』
『ほっほっほ・・・精霊は万物に宿るのですぞ?ニーポニアも感じるようですな。』
皺だらけの顔を笑顔で染め、空中に絵を描くような動作で車に祈りをささげる僧侶。
『例えば、そこの川の水車小屋ですが、数年に一度取り外して、水の精霊様と車輪の精霊様に感謝を込めて、腐り落ちそうな部品だけを抜き、お焚き上げします。』
『へぇー・・・。』
『こうする事で、水の精霊様、車輪の精霊様、火の精霊様に感謝の意を伝えることが出来るのです。』
『興味深い文化ですね。』
『我が国の中でも最も重要な御本尊である大霊樹様も季節が4つ変わる毎に国を挙げてお祭りしますので、その時に首都を観光されると良いかと。』
『ほぅ、それはそれは楽しみですね。あの大霊樹様は青くて綺麗な光を放っていますから、きっとお祭りはもっと綺麗に映るんでしょうね。』
『えぇ、何せ精霊様が宿る木です。この国を愛してくれますから、お祭りでそのお礼を返さなければなりません。』
首都の中心部に聳え立つ巨木は、エッフェル塔に匹敵し、背の低い建物が多いこの街のどこからでも眺めることが出来る。
常に美しい青い生体パルスを放ち続ける巨木は、魔光浴を必要とするアルクシアンにとって抜群の相性を持っているのだ。
『本当にこの国にとって偉大な存在なのですね・・・あの大霊・・・んぉっ!?』
ポケットに入れていた携帯端末が突如音を立てて震え、慌てて取り出し、軽く操作するとため息を付き、元の場所にしまった。
『はぁ・・・異世界に来ても悪戯メールか・・・全く、日本は変わっていないなぁ。』
不思議そうな顔でこちらを眺める僧侶を見て、ポケットから携帯電話を取り出し起動する。
『これが気になりますか?これは、手に収まる大きさでありながら遠くの人と連絡したり、計算したりできる機械なんですよ・・・えぇと、水車みたいに人が作ったものですけど・・・。』
『い・・・いや、その石板は先ほど喋っておりませんでしたかな?貴方もそれに話しかけている様にも見えましたが・・・。』
『あぁ、音声で操作する事も出来るんですよ。簡単なAIとかも搭載されておりますし・・・。』
僧侶は良く分からない単語に首を傾げながら、光を放つ携帯端末を見ている。
『えーあい・・・ですか?それは一体何なのです?』
『うーん、人が作った頭脳と言いますか、自分で物事を考えるからくりと言いますか・・・。』
『何と!やはり、ニーポニアは物に魂を吹き込むことが出来る力を持っているのではありませんか!?』
『あぁ・・いえ、物を計算するのに道具を使う延長線上の技術なので、これそのものが意志を持つ事はありませんよ?確かに、これが発展して進化したらわかりませんけど・・。』
『ふむ・・・。』
長くて白い顎鬚を撫でながら、思案する僧侶。
『いやはや、例え仮にその石板が意志を持たずとも、やがてそれに精霊が宿り加護を与えてくれるかもしれませぬ・・・。』
『ははは、そんな・・・。』
『えーあい、と言ったか、心を持たずとも物事を考えることが出来る道具も、きっと主の事を大切に思ってくれているでしょう・・・ですので、どうか、どうか・・・。』
『えっと・・・あの?』
『えーあいの尊厳を大切にしてくだされ・・・。』
リンズィン精霊教国に派遣されていた日本企業社員は、原始的なアミニズムが信仰されている国で、AIの尊厳を問われた事に衝撃を受けていた。
日本が転移する前から、高度に発達したAIの人権に関する事が課題として問われていたが、それはSFの様な話であり、また近い将来現実で起こり得るかもしれない問題でもあったのだ。
リンズィン人の素朴な感性が、科学技術の結晶である人工知能の持つ課題を見抜いたのである。
『・・・・そう・・・ですね。』
衝撃から立ち直ると日本企業社員は、携帯端末をポケットにしまい、遠くに聳える大霊樹に先ほど僧侶が行った作法を真似て一礼した。
『万物には精霊が宿る。そしてニーポニアもそれを大昔から知っていた。』
『・・・。』
『人の形をしたものや、強き意志を込められたものは特にその傾向が強いのです。どうか、お忘れなく。』
不意に風が吹き、大きく大霊樹が揺さぶられ、青白い粒子を桜の花びらの様に振りまき、祝福を授ける様に街を美しく染め上げた。大霊樹祭りは近い。
ぐぬぅ・・・今回も間に合いませんでしたが、取りあえず投稿です。
進められるときはグングン進むのですが、スケジュールが不安定でモチベーションの制御も難しいです。OTL
後で修正するかもしれませんが、今日は此処まで・・・。