異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第120話  咎人

『あぁ、先ずは我らトガビトの成り立ちを話すところから始めようか・・・。』

 

 

褐色の肌、トワビトを思わせる笹の様な尖った耳、魔石に近い組成のぼんやりと青く明滅する角

 

人食い族の生き残りと思われる青年、ダリウスが語りだす。

 

 

 

1000年前、とある蛮族が小国を奇襲し、国を乗っ取った事から始まる大戦があった。

蛮族は、国を乗っ取った事でそれを足掛かりに勢力を広げ、大陸中を巻き込んだ戦争へと発展していった。

そして、英雄と呼ばれる超人達に敗れ、大陸からその姿を消した。

 

・・・・・・大陸沿岸部で伝わる伝承は、そこで留まるが、人食い族の末裔たる彼からは人食い族視点での歴史が語られた。

 

『元々は、我らトガビトもごく普通のリクビトだったのさ、人を食らう様になったのはそうせざるを得ない環境に置かれていたからだ。』

 

人食い族がまだリクビトだった頃、彼らは痩せた土地でひっそりと暮らすどの国にも属していない農民だった。

しかし、平原方面から侵略者が現れ、戦う術を持たなかった農村はあっという間に占領されてしまった。

 

『我々は唯奪う、お前たちは一切の抵抗すら許されず滅びるだけだ。』

 

『そ・・・そんな、何でも差し出しますから命だけは助けてください!』

 

『ほぅ?殊勝な心掛けだ、いいだろうならば生娘と農作物の7割を毎年収めよ、出来なければ皆殺しだ。』

 

『ひぃぃ、ど・・どうかご容赦を!!』

 

『この刃が見えるか?青銅剣などへし折ってしまう鉄の剣だ。貴様ら蛮族には作ることが出来ない英知の結晶だ。』

 

侵略者の指揮官は、鉄剣を勢いよく振ると、村人の服が裂けて薄く血がにじんだ。

 

『ひぁぁっ!?』

 

『次は首を刎ねる、もしまた口答えをすれば・・・分かっているだろうな?』

 

それから侵略者は、度々現れては農村の物資を奪うだけ奪って帰って行く様になり、次第に農村は人口が減って行き、飢饉が起きても作物は奪われ続けた。

 

『俺はもう駄目だ、なぁ・・・俺が死んだら、俺の肉を食べて生き残ってくれ・・。』

 

『そんな事出来るか!アイツらが現れなければこんな事にはなっていなかった!次に村に現れたら八つ裂きにしてやる!』

 

『駄目だ・・そんな事したら今までの犠牲が全て無駄になる、生きてくれ・・・。』

 

『出来るかよ・・・そんな事・・・。』

 

『いき・・・おね・・たの・・・』

 

『お・・おい!駄目だ!駄目だ!目を開けてくれぇぇ!!』

 

それから村人は、飢饉を乗り越える為に力尽きた者の血肉を糧にする様になり、それはやがて死者の魂を取り込み共に生きると言う、彼ら特有の概念へと変化していった。

度々訪れる侵略者の略奪は変わらず行われていたが、世代を重ねるにつれ共食いによって体内魔石の肥大化が進み、彼らの身に変化が表れ始めていた。

 

『お前の両親は死んでしまった。しかし、今確かに二人の魂はお前の体に受け継がれた、お前は一人ではない・・・。』

 

『なぁ、本当に父と母は死ななければならなかったのか?略奪ついでの暇つぶしに、剣の切れ味を試す為だけに・・。』

 

『何で両親を食べなければならないんだ?・・何でこんなに美味くて悲しい味なんだ?魂の継承?馬鹿げている・・・馬鹿げているよ・・・。』

 

両親を亡くした少年は、怒りと悲しみで拳を握りつぶし、その両手から血が滴っていた。

 

『また奴らが現れたぞ!!女子供は早く隠れるんだ!』

 

つい最近略奪をしたばかりだと言うのに、この短期間で彼らが再び現れる事は異例だった。

 

『この前はご苦労であったな?今回村に訪れたのは他でもない、新たに開発された鋼の剣の切れ味を確認する為だ、数名差し出せ、老人では無く若い男女をな?』

 

『!?』

 

『おい!そこの小僧、丁度良い、そこに立って居ろ』

 

侵略者の指揮官は肉厚の剣を鞘から抜くと、おもむろに振り上げ、少年に向かって振り下ろそうとした。

 

・・・しかし

 

『屑野郎・・。』

 

少年の血で濡れた拳が一瞬青白く輝くと、突き出された拳が侵略者の指揮官の鎧を貫いた。

 

『あ゛・・・?』

 

指揮官の心臓を貫いた拳は、その背後に立っていた兵士たちに大量の血を浴びせ、彼らを大いに狼狽えさせた。

 

『お゛・・ごぇ゛?』

 

心臓が破裂し、肺を押しつぶされ、無理やり空気を押し出された様な声を上げて指揮官は即死し、その光景を見ていた侵略者たちは怯んだ。

 

『き・・・貴様!一体自分が何をしたのか・・わ・・分かっているのか!?』

 

『あぁ、屑野郎を・・・いや、害獣を1匹駆除しただけだ、お前たち全員八つ裂きにしてやる・・・。』

 

そこからは、一方的な蹂躙であった。異常なまでに発達した魔石による肉体強化・魔法攻撃力、それらを前に金属の武具などは無に等しかった。

 

『は・・ははは・・・出来るんだ!俺達は奴らを滅ぼすことが出来るんだ!』

 

『そ・・・そうだ、皆殺しだ!今まで奪うだけ奪って来た奴らに復讐を果たすのだ!』

 

『平原を目指せ!奴らの血肉を取り込み力とすれば、もう何も怖くない!何も奪われないんだ!』

 

共食いを続けて変異した彼らは、平原方面の小国に逆侵攻を仕掛け、多大な犠牲を払いながらも、その異様な魔力で今まで彼らを搾取し続けていた侵略者を遂に打ち倒すことに成功する。

 

 

 

『・・・・思えば、それが我らを調子に乗らせる要因の一つになったのかもしれんな。』

 

人食い族の生き残りダリウスが、遠い目をしながら話の続きを語る。

 

『今まで我らを搾取していた国を滅ぼした後は、その国を乗っ取り、今まで連れ去られた村の女とその国の生き残りの女に、子供を産ませて我らは大きく数を増やした。』

 

『それはやがて国と呼べる規模になり、リクビトや他の亜人を遥かに凌駕する魔力を持つ我らは、彼らと同じく侵略によってその勢力を広げようとしたのだ。全く持って学習しない・・・。』

 

大陸の国々は、後に人食い族、又は魔族と呼ばれる彼らの元につく者と、彼らと対抗する者に分かれ、血で血を洗う戦いを続けた。

元々青々とした大草原が広がっていた大陸は、戦火の影響で、次第に色褪せ、ひび割れた大地が続く荒野へと変貌していった。

 

だが、リクビトの中に人食い族に対抗する、超人が現れたのだ。超人は全身の骨を折るような外傷も瞬く間に完治してしまう驚異の回復力を誇り、肉体の限界を超えた力を発揮する事も出来た。

後に超人たちは、英雄と呼ばれるようになり、人食い族に対抗するための希望となっていった。

そして、人食い族の本拠地である城塞都市をたった数百名と言う少人数で陥落させ、英雄たちは、人食い族の長の首を刎ね、大陸を巻き込んだ大戦に終止符を打ったのであった。

 

『だがな、その英雄たちの一部は、人食い族又は魔族と呼ばれる我らの生き残り・・・女子供にまで手をかける事が出来なかったのだ。』

 

『英雄たちは、ウミビトの王の魔石の力によってリクビトとは違う存在へと変異しつつあった。彼らは、我らが祖先を匿い、行方をくらませ大陸中央部へと移った。』

 

ダリウスを治療していた医師は、驚愕に目を見開かせる。

 

『っ!!それじゃぁ、人食い族と英雄たちの末裔とは・・・・。』

 

『あぁ、英雄たちが匿った女子供たちと結ばれ、人食い族とも英雄たちとも違う種族、トガビトが生まれたのだ。』

 

何処か哀愁の漂った目で、俯くダリウス

 

『人食いと言う禁忌によって人を辞め、その人食い族を根絶する事が出来なかった英雄たちの咎を共に背負う者達・・・それが、我らトガビトなのだ。』

 

余りの真実に絶句する医師・・・。

 

『ここまで我ら部族以外の者と話すのは生まれて初めてだ、どうにもお前たちはリクビトとは違う様だな?確か、ケーマニスの連中からはイクウビトと呼ばれていたか・・・。』

 

『えぇ、自分たちは日本人と呼ぶので、自分たちで普段イクウビトと名乗る事はありませんが・・・。』

 

『ふむ、お前達なら我らの隠れ里に連れて行っても問題は無さそうだな、命の恩人でもある。』

 

『!!』

 

『それに、お前たちの操る鎧虫の角を切り落としたあの魔法・・・知りたいだろう?』

 

どこか挑発的な表情でにやけるダリウス。

これが、彼らトガビトとの交流が始まるきっかけになるのであった。

 


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