『おい聞いたか?ニーポニアは大森林の向こう側、大陸中央部にあたる国と国交を結んだらしいぞ?』
私は、ゴルグガニアの近くに位置するオムカイン王国の酒場でそんな噂を耳にした。
『あぁ、嘘か本当かは判らんが、あのニーポニアだ。おそらく本当の事だろう』
『あの荒れた海を越えることが出来るとは、噂のニーポニアの巨大船はとんでもない性能なんだな。』
ニホンの巨大船・・・ゴルグガニアの港町で見たことがあるが、あれは船と言うよりも島が丸ごと動いている様な物と言って良い。
クレーンと呼ばれる魔法装置を用いて、フックと呼ばれる爪の様な部品を取り付けた綱に箱をひっかけてそのまま荷揚げしてしまうのだ。
通常、船乗りが何日もかけて運び出す作業が、ニホンの設備によってあっという間に終わらせてしまう光景は今思い出すだけでも驚愕する。
『そんでもって、向こうの国の王族貴族だけだが、大陸中央部の人間が大陸沿岸部のニーポニアの勢力圏のどこかの町に訪れているらしいんだ。』
『そりゃ本当か?向こうの人間は亜人か?それともリクビトか?』
『リクビトだったらしいぜ?もっとも若干肌の色とか違うらしいが・・・。』
大陸中央部の道は大森林と山脈によって閉ざされており、海から行く場合でも荒れた海に囲まれているので、行って帰ってきたものはごく少数に留まる筈だった・・・そうニホンが現れるまでは・・・。
『あれだけ強大な力を持つ国だってのに、まだ勢力圏を広げるつもりなのかねぇ・・・。』
『確かに、ニーポニアに食って掛かる国はまだ沿岸部に存在するものの、経済的に抑えられちまっているし、各国も国として独立しているという体面ではあるが実質傀儡国家みたいなモンだろう?ニーポニア勢力圏に沿岸部の殆どは組み込まれちまってるんじゃないか?』
『まぁ、俺たちとしては生活が楽になって美味い飯が食えればそれでいいんだがなぁ!がっはっは!』
ニホンに大陸沿岸部の国々は抑えられてしまっているが、彼らは侵略を繰り返しているような国と違って理性があり、自分たちが襲い掛かられるまで交渉をしようと試みる類稀な国でもある。
実際にその暴力が振るわれる光景を見た訳では無いが、占領されたばかりのゴルグガニアの城壁に開けられた大穴は今でも忘れられない。
日雇いであるが、私も何度か彼らの国の商人集団、キギョウに雇われ荷物運びなどをしたものだ。
そのおかげで彼らの言語を学ぶ機会が得られたので、もし商談の機会があれば再び彼らと交渉したり雇われたりするのも悪くはない。
私は、ニホンの通貨を財布から取り出すと、バスと呼ばれる鎧虫に乗り、ゴルグガニアへと向かった。
定期的に訪れる大型の荷馬車の様なもので、大人数が乗れるために現地の荷馬車を扱う商人たちは客を取られて押され気味だが、不思議とニホン人はあえて荷馬車に乗る者が少なくない様だ。
その内、荷馬車は過去のものとしてバスと言う鎧虫に取って代わられて、消えてなくなるのかもしれないが、それも時代の流れなのであろう。
それと、私はまだ乗ったことがないのだが、デンシャと呼ばれる金属の巨大な蛇が沿岸部を添うように専用の通路を通ってバスの比ではない程の人や物資を運んでいるらしいが、いずれそれにも乗ってみたいものだ。
バスはその巨体にも関わらず、荷馬車のように直に振動が伝わる事もなく、多少揺れるものの快適に目的地へと辿り着くことが出来た。
何日もかかる筈の距離を立った半日で走破してしまうのだ。
短い人生のうちに、旅をする場所は限られていると思っていたものだが、これらの鎧虫や魔道具の出現により、旅の在り方も随分と違ったものになるだろう。
もしかしたら、私は生きているうちにこの紺碧の大地を余すことなく見ることが出来るかもしれない。はははっ、どうにも欲が出てきてしょうがない。
相変わらずゴルグガニアは、大きな賑わいを見せていた。
その町は防壁の外にも広がっており、重要な施設は防壁の内側へ集中している様だ。
防壁の外には飲食店や雑貨屋、それと工場・・・と呼ばれる大規模な工房の様なモノが広がっていた。
私は、防壁の内側にある施設のうち、一般人にも開放されている商人たちの城・・・ショッピングモールと言う施設を訪れていた。
色とりどりの光源と、明るく飾られた店の数々、大陸各地から集められた珍品がこの大規模な市場に並んでいる光景は圧巻の一言である。
旅の邪魔となる余計な荷物は買い込むつもりはないが、宝飾品など軽量でニホン勢力圏から離れた地域で高く売れるものは転売用に幾つか購入するのも悪くはないだろう。
このショッピングモールと言う施設は、魔道具で空気の質が一定に保たれており、前日雨が降って湿っている外に比べて施設内部はジメジメとした湿気をあまり感じない。
私と同じような旅人や、行商人などは猛暑や極寒の日にこの施設に転がり込んでいくらしいが、その気持ちはよくわかる。旅をするにも体が資本なのである、少しでも楽になれる場所があるならばそこに避難するのは悪い事ではない。
ショッピングモールを見物しているうちに、小腹がすいた私は、中庭の飲食店でゴルグガニア近辺でとれた魚介類の汁物を頼み、貴族が使うような洒落た装飾のされたテーブルで昼食をとった。
昼食後、私は宝飾店で交易に使えそうな装飾品が無いか物色をしていた。
「何かお探しの品はありますか?」
ニホン語、そして大陸共通語の両方で店員が話しかけてきたので、私はたどたどしくニホン語で店員に答えた。
「あー・・・ワタクシ、探す。お土産に使えそうな首の宝石、どんなものがありますか、見せてみろよ!」
「え?あぁ、はい、お土産用の首飾りですか、今人気となっている商品はこちらになります。」
宝飾店の店員は星がちりばめられたような青白く発光する宝石が埋め込まれた首飾りと、どの様に加工したのか不明だが、宝石で作られた花が宝石の玉に埋め込まれた首飾りを差し出してきた。
「おー!これは素晴らしいじゃないですかアナタ!旅先で出会った商人や故郷の友人が喜ぶとのことです!それをしよう!」
「えぇ!人気商品なので最近入荷待ちの事も多いんです。今がチャンスですよ!」
「うー、チャンス・・・はい、機会ですね!アンタ、とてもいい事頂けます!首の青い白い宝石、寄こしてもらいましょう!ありがとーコノヤロー!とても!とても!」
ニホンの通貨を持っていない行商人も少なくないので、銀貨や金貨での支払いも行われているが、既にニホンの通貨を日雇いの仕事で手に入れているので、支払いはニホン通貨で支払った。
「はい、お買い上げ有難う御座いました!それでは、ケースもお付けしますので、お気をつけてください。」
「これは凄い、箱も飾りに使えそうです。カネは払いました。お土産の宝石がわが手に、今すぐそれをしましょう!!礼を言う!」
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あのお客さんに日本語教えた人誰だろう・・・。」
宝飾店を後にした私は、干した果物や肉などの日持ちのする食材を幾つか買い込み、ショッピングモールを後にしようとしたが、偶然顔なじみの商人と出会い、談笑をしていると、保存食の話題になりニホンだけが作っているという驚異の保存食が存在する情報を耳にした。
金属の箱に密封され、蓋を開くまでは腐る事のないと言う保存食で、金属の箱であるが故に多少ぶつけたくらいでは中身が漏れることも無く、何年も放置したその保存食を開封したらまだ食する事が可能だったという保存食の概念そのものを変えかねない代物が存在するらしい。
私は、干物を購入した店の店員に聞くと、どうやらショッピングモール内で扱っている店があるそうだ。
簡単に地図で案内してもらうと、精密に食べ物の絵が描かれた金属の箱が山積みになった場所にたどり着き、試しに幾つか買い込み、今度こそショッピングモールを後にすることにした。
私は、トナーリア商業国行きのバスの待ち合わせをしようとしたのだが、どうやら次のバスは翌日の朝になる様なので、ゴルグガニアの宿に泊まった、
本当は転売用と緊急時の食糧として保存しておくつもりだったが、折角なので私は宿の個室で、金属の箱の保存食・・・カンヅメを開封することにした。
カンヅメの表面に描かれた開封方法の絵の手順に沿って、カンヅメの上に取り付けられた輪っかを引っ張ると、軽快な音ともに中の保存食が姿を現した。
塩気のきいた食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐり、木匙で中をすくい口に運ぶ。
どうやら中身は、ニホン伝統の調味料ミソに浸された青魚の煮物だった様で、これほどの味が旅先でも味わえる事に驚き、そして歓喜した。
日は傾き、夕闇に包まれつつあるが、まだこの時間帯はゴルグガニアの店は営業している筈なので、宿近辺の食品店にカンヅメが無いか探してみるのも悪くないだろう。
大してかさばるものでもないし、路銀稼ぎにも丁度良いものだ・・・決して道中で食べてしまうために買い込むのではない・・・正直、我慢できるか微妙なところではあるが・・・。
私は、宿の女将に部屋の木札を返して、一時的に部屋を留守にすることを伝え食品店へと向かった。
こういった楽しみがあるから旅はやめられない。
今回はここまで・・・・。もう少し余裕をもって投稿したいのですが、不定期更新になりそうです。