異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第135話  ツチビトの一日

大陸沿岸部と大陸中央部を隔てるように並び立つ山脈・・・その山脈にひっそりと隠れ住む大地の民と日本が国交を持って暫く経ち、日本勢力圏にもツチビトが度々訪れるようになってから大地の国は大きく変化を遂げていた。

 

日本が資材を大地の国に持ち込む物資搬入口たるトンネルは、巧妙に偽装されており、門を閉じると苔の生えた岩肌にしか見えない。

 

しかし、地上に姿を現すことが少なかったツチビトが日本ゴルグ自治区へ度々観光に訪れる者がいると、それを目撃したリクビトはツチビトという未知の亜人が居るという目撃情報を流し、興味本位でツチビトの後をつける者や、その追跡情報を元に亜人狩り目的のならず者が大地の国付近をうろつくことがある。

 

当然ながら日本も大地の国も黙っている訳では無く、治安維持を兼ねて盗賊狩りを広範囲で行っている。

 

時折姿を見せる希少な亜人ツチビト、彼らの街は日本の手によって機械化が進み、盗賊はおろか以前街を襲った甲獣の襲撃すらものともしない堅牢な防壁が築き上げられていた。

 

『ふむ、星形要塞とはどのような物か分からなかったが、なるほど、確かに上部から眺めてみると規則的な形をしておるの。』

 

『ジルバおじいちゃん!映像が見えないよ!私にも見せてよー!』

 

『こらペトラあまりはしゃぐんじゃない、それに俺はドローンとかいうコイツがあまり好きじゃないんだ。あの鉄蛇を思い出す。』

 

『えー?でもあの蛇さん、ジエーカンのお姉さんが操っていたんでしょ?間違って落っことしちゃっただけだから仕方ないじゃない?』

 

『ペトラ、俺がどれだけ心配したか・・・。』

 

『わぁ、元の防壁って結構ボコボコした形だったんだぁ!面白~い!』

 

父親を無視してドローンの映像に釘付けになっているのを見て軽くため息をつく。

 

『まったく・・・気に食わんな・・・。』

 

『まぁまぁ、モーズ、こんな魔道具を触らせてくれているんじゃ、イクウビトから見ても高額な魔道具らしいのに貸してくれるなんて太っ腹も良いところじゃぞ?』

 

『俺はこんなのよりも、ドリルとかいう魔道具の方が良い。』

 

そんな父親に、ジト目でため息をつくペトラ、ふと奥の扉のドアノブが捻られるのを見ると、声を上げた。

 

『うん?・・・あっ!お母さん!』

 

ドアの奥から背の低い女性が現れる。日本人から見ると低身長だが、ツチビトの平均的な身長である・・・。

 

『あんた達、そろそろお昼の時間だよ?おや、それがパソコンとかいう奴かい?随分とけったいな物だねぇ。』

 

『おう、ルベルか、ペトラがイクウビトの魔道具に夢中になっちまってな、遊び盛りの子供が外に出ずに部屋に引きこもっているのを何とかしたかったところだ。』

 

『ぷぅ~~~っ!こんな珍しい物滅多に触れないんだからいいじゃない!けちぃ!』

 

『ワシもこういう魔道具には興味あるのだがのぅ、若い奴には理解できんかねぇ?』

 

『ジルバ、都合の良い時だけ年長者としての立場を使わんでくれんか?この前、他の魔道具を持ってきたとき年寄りには無理だと言ったばかりだろう?』

 

『はいはい、どっちでも良いけど早く食べに来ないと昼飯片付けてしまうよ?』

 

『わー!ごめんなさい!今行きますー!!』

 

地下都市は機械化が進んでおり、鉄筋コンクリート造りの背の高い建物もそれなりに見かけるようになり、日本国大使館もその一角に存在する。

 

市場は、東西南北ありとあらゆる地域の食べ物が並び、特にツチビトのニーズに合わせて酒類が充実している。

 

ツチビトにとって馴染みのある食材である虫食い蛇の肉や、芋類も昔に比べて値段が下がり安価で手に入るようになって多少食生活が豊かになっている。

 

『あー、美味しかった!虫食い蛇のお肉を赤ワインっていうお酒で煮込んだんだよね?』

 

『そうそう、あのお酒が良い仕事をしてくれたんだよ。臭みを消すのにあれだけ効果があるなんて知らなかったから、イクウビトの商人さんに教えてもらったとき本当に驚いたのさ。』

 

『・・・・美味いは美味いが、俺は普通に飲んだ方が好きだな・・・。』

 

『まぁ、気持ちは分からなくもないけど、赤ワインで作った料理を赤ワインを飲みながら食べるっていうのも良い物よ?モーズは昔から料理より酒なのね?』

 

『お母さん、お酒ってそんなに美味しいの?』

 

『うーん、正直飲み物としての美味しさと言ったら、イクウビトが売っているジュースとかいう果実水の方が美味しいかもしれないよ?でも、酔っぱらうと気持ちが良い人も多いからねぇ・・・。』

 

『ふーん?私よくわからないや、ならジュースの方が好き!』

 

『まぁ、ツチビト全てが酒に強い訳でも酒好きな訳でも無いからのぅ。』

 

『少なくとも子供が飲むものではない、体が出来上がってから飲むものだ。』

 

『いやー、懐かしいねぇ!何も知らない小娘だったアタシが、初めてモーズと酒を飲んだ日を!まぁ、目が覚めたら部屋の家具が滅茶苦茶になっていたけど・・・。』

 

『お前の酒癖が悪かったからだろう、介抱した俺の身にもなってくれ・・・まぁ、それがきっかけで付き合うようになったんだが・・・。』

 

『ペトラや、小娘とは言ってもルベルは一応成人してから酒を飲んでいるからの?興味本位で酒に口を付けると酷い目に遭うぞ?』

 

『うん、何か駄目な大人を見た気がするから飲まない事にする。』

 

娘の鋭い一撃に、駄目な大人二人は意気消沈する。

 

『・・・せめて仕事を終わらせるまでは酒を口にしない様にしておこうか、次からは。』

 

『そうねぇ、火がつかないくらいの酒精を抑えたお酒を飲むようにしようかしら?』

 

『若いと言っても、娘がいる年齢じゃからのぅ、立ち振る舞いには気を配るべきじゃろうな?』

 

昼食を終えて、日本から購入したテレビをつけてニュースのチャンネルに回し、大陸の情勢を見ながらソファーでくつろぎ、食休みをし、休憩を終えると作業服に着替え、採掘場へと向かった。

 

『・・・・すっかり手に馴染んじまったな。』

 

採掘用のドリルに手を当て、撫でつける。

 

『山脈をぶち抜く坑道・・・か、イクウビトもとんでもない事を考えるもんだ。』

 

『・・・さて、一仕事を始めるとするか、いくぜ相棒。』

 

この界隈の風物詩ともいえる音が坑道に響き渡る。

鶴嘴に代わり、科学技術の英知の結晶である機械仕掛けの工具が唸りを上げて岩盤を削り取る。

 

忍耐強さと驚異の持久力を持つツチビトにとって、壁を掘り進むことは歩く事と大差ない事であり、山脈を貫く道を掘り進むという突飛な発想も難なく受け入れられ、日夜それを実現すべく掘り進むのだ。

 

大陸沿岸部と大陸中央部を結ぶトンネル工事は、日本と大地の国合同で行われ、少しずつ少しずつ大陸中央部への道を阻む壁は貫かれようとしていた。

 

 


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