異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第142話  傭兵国首都占拠

魔物や鎧虫の生息地に囲まれ、農地に向かない痩せた土地に位置するが故に、常に自然環境と戦い続けなくてはならないキョーシャ傭兵国。

 

カクーシャ帝国が日本勢力圏の攻撃を依頼し、成功報酬にキョーシャ傭兵国が一つの独立した国として正式に認めた上で開拓支援をし、前金として莫大な金額が支払われるという、キョーシャ傭兵国にとって破格な依頼が舞い込み、カクーシャ帝国から独立した経歴があるキョーシャ傭兵国はそれに飛びついた。

 

今までカクーシャ帝国から正式に国として認められていなかったキョーシャ傭兵国が、あの帝国から国として認められる。そして、大陸全ての物を手に入れてしまえるほどの国力を持つ帝国からの後ろ盾、資金力、依頼を断る理由など何処にもなかった。

 

しかも相手は、その身に魔力を一切宿すことのない虚無の民と言う・・・負ける要素は何もなかった。

 

魔物や鎧虫の牙や爪などを加工した武具を身にまとった兵士たちが、兄弟たちが一糸乱れぬ動きで足を踏み鳴らし、盾にそれぞれの武器を打ち鳴らし、雄たけびを上げる。

 

戦士の家族たちは、その様子を誇らしげに眺めており、歓声と共に父親や兄弟たちを送り出した。

 

次に会うときは、海の果てより訪れたという蛮族の首を掲げながら凱旋し、戦果を報告し皆で酒を飲みかわす筈であった・・・それが、送り出す家族の最後の顔だと知らずに・・・。

 

『全滅したとはどういう事だ!?キョーシャ傭兵国は魔物も恐れぬ屈強な戦士と聞いていたぞ!?』

 

『魔力無しに敗れる軟弱者どもめ!!』

 

遠方から戦闘の様子を観察する観測隊の報告を聞き、喚き散らすカクーシャ帝国の使者と呆然とした表情で報告を聞く居残り組と戦士の家族たち

 

『魔力もないのに大地を消し飛ばす業火と鎧を砕く光の矢だと!?』

 

『貴様らもその様な世迷言をのほざくのか!!』

 

『・・・信じられないが、事実、我が兵団はニーポニスと国交を持つ国々への攻撃が全方面失敗し、壊滅状態である。報告が正しければ、奴らは魔法とは全く違う何かの力を持っているとしか思えないのだ。』

 

『ふん、所詮我が帝国を裏切った反逆者共の末裔か・・・ニーポニスを滅ぼした後は兵の消えた貴様らを奴隷にしてくれるわ!』

 

『その時が来るまで怯えながら過ごすのだな!!』

 

カクーシャ帝国の使者が立ち去って数日後、見張り員が遠くから街に接近する謎の兵団を発見し、キョーシャ傭兵国は蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。

 

『アーアー、我らは日本国自衛隊である!こちらの兵器は防壁を容易く粉砕する威力と長射程を持ち、そちらの首都は既に射程に収めている、無駄な抵抗はよせ、我らに投降せよ!』

 

『降伏する場合は、白い布地の旗を掲げよ!』

 

キョーシャ傭兵国の首都の眼前に現れた異形の軍勢は、奇妙な鎧虫と思われる巨虫と、短槍と思われる装備を構え、魔法で増幅されているとしか思えない音量で投降を呼びかけている。

 

『ニポポ族が来たぞ!』

 

『応戦しろ!』

 

『兄弟たちの仇だ!冥土の旅の道連れにしてくれる!!』

 

しかし、戦いもせずに軍門に下るキョーシャ傭兵国ではない、そして何よりも彼らの矜持がそれを許さなかった。

 

「やはりこうなってしまうのか・・・・。」

 

「やむを得ない、攻撃する。」

 

キョーシャ傭兵国の兵士たちが、ニーポニスの陣を構える場所まで到達しようとしたとき、空気を叩くような奇妙な音共に兵士たちが倒れて行く。

 

キョーシャ傭兵国の住民たちは最初何が起こったのか分からなかったが、良く見ると音が鳴るたびに鎧の破片と血しぶきが舞い、体中に穴をあけて兵士たちが、戦いに行った家族たちが魔法攻撃で打ち倒されている様だった。

 

『あああああああ!!!!』

 

『兄貴いぃぃぃ!!』

 

『離せ!俺も奴らと戦うんだ!おのれ魔力無しめ!!!』

 

音が響くたびに兵が倒れて行き、そしてより一層激しい音が鳴ると、大地に黒い花が咲いた。その花びらは炎と土と兵士たちの肉片で形成されていた。

 

『ああ・・あは・・あははぁ・・あなた、あな・・・あの人あ・あの人がバラバラだぁ・・・・・うふ・・うふふふふ・・・。』

 

『冥土へと旅立ったのだ・・彼らは・・・っ!そう思わなくては・・・。』

 

『何と言う凄惨な死・・・俺も・・・俺もあの美しい炎の花へ・・・・。』

 

火線と爆風の荒れ狂う戦地に武器も鎧も身に纏わない者が紛れるようになったのは、キョーシャ傭兵国の兵士を一通り打ち倒した後であった。一般人が戦場に紛れ込んだのだ。

 

「ま・・・まて!今射殺したのは非戦闘員ではなかったのではないか?」

 

「な・・なんだ?なぜ城塞都市から一般人が戦場に紛れ込んだんだ?」

 

どこか遠くを見た様な表情で、肉片の積みあがった戦場に現れた一般人の女性が地面に転がっていた武器を持ち、笑いながら陣を構える自衛隊に近づいてきた。

 

「無謀だ、明らかに戦闘訓練を積んでなさそうな一般人が挑むなど・・・。」

 

「くそ!これ以上近づくな!やめろ!!」

 

キョーシャ傭兵国の一般人女性が手斧を投げつけようと、腕を振り上げると、複数個所から銃声が響き渡り、女性は悲鳴を上げながら血の海に沈んだ。

 

「くそ、武器を持って襲い掛かってくる以上は倒さなければならない・・・これ以上馬鹿な真似はやめてくれ・・・。」

 

キョーシャ傭兵国の兵士はまだ全滅していない、そしてその兵士に紛れ首都の一般人が拾った武器や農具を片手に戦闘に次々と加わってくる。

自衛隊は、戦闘に参加した以上は、倒すべき敵として処理せねばならず、まともな武器や防具を揃えていない一般人を射殺せざるを得なくなっていた。

 

「くそ・・・俺たちは一体何と戦っていると言うんだ?」

 

「え?まっ・・・待て!!」

 

ぐちゃぐちゃになった兵士の遺体から脊髄が垂れさがった兵士の首を持ち上げて、呆然としていた少年が自衛隊の陣地をくるりと魂が抜けたように振り向くと、兵士の遺体の腰の帯に差し込まれていた武器に手を伸ばした。

 

「待て、それを持つな・・・。」

 

少年が兵士の遺体の腰から鞘付きの短剣を引き抜くと、それを握りしめ自衛隊に向け憎しみの籠った眼で睨みつける。

 

「やめてくれ・・・・。」

 

少年が奇声を上げながら、自衛隊に走ろうとした次の瞬間、銃声が鳴り、辺り周辺が静寂に包まれた。もう抵抗する者は居なくなっていたのだ。

 

「ちくしょう・・・畜生!なんなんだよ!・・・これ・・これは一体何なんだよ!!」

 

「くそぉぉ!!!」

 

自衛隊の攻撃でキョーシャ傭兵国首都へ残っていた兵士たちの殆どが倒され、そしてその攻撃に、火線に少なからぬ一般人が入り込み犠牲となった。

この事実は少なからぬ自衛官に精神的な負荷を与え、精神に支障をきたす者が現れ始めるほどであった。

 

キョーシャ傭兵国の首都の人口の三分の一が自衛隊の攻撃によって死亡し、好戦的な者がほぼ全て戦死した後、比較的冷静な生き残りたちが降伏を選択した。

 

キョーシャ傭兵国は自衛隊によって制圧され武装解除され、異形の軍勢は首都を占拠した。

 

元々この国はカクーシャ帝国から独立しただけあって、文化的な繋がりと交流を持っており、元々同じ民であるが故に交配も盛んに行われていた。

それ故に、キョーシャ人の持つ[戦いと死への渇望]が薄い者も多く、兵士としての適性の無い物は、兵たちを養うための食糧を生産するために、痩せた土地を辛抱強く耕さなければならなかった。

 

キョーシャ傭兵国の民の生き残りたちは、親兄弟たちが誇らしく戦い、凄惨な死によって冥土へと旅立ち安息の地へと辿り着いたのだと思い込むことで精神的な安定を図っていた。

 

心の底から安息の地を信じている者も居れば、愛する者を目の前で奪われふさぎ込む者も居た。カクーシャ帝国やヒシャイン公国などの文化的に近い国から嫁いできた者はキョーシャ傭兵国の教えに否定的な傾向が強く、嘆き悲しむ者の多くは異国の血を引く者であった。

 

「なぁ・・・おい、大丈夫か?」

 

「あぁ、いや、少年兵を射殺する事はこの世界に日本が転移してから何度も経験している事さ、ただ自分を納得させるのに毎回難儀している。」

 

「そりゃ日本人なら誰でもそうだろう、まぁアルクス人の中では好き好んで少年兵や民間人を狙う奴も居るらしいが・・・。」

 

「こういう相手と戦わなければならないときはゴルグの王族貴族を焼夷手榴弾で焼き殺した奴を思い出す。」

 

「あぁ、確かヒューマンエラーを起こして自殺したやつだったな。」

 

「ゴルグが追い詰められた時に民間人に武器を持たせた連中との戦闘があったのは覚えているだろう?あいつは、その中の少年兵部隊と交戦して気が狂ってしまったらしい。」

 

「あいつ?何だ、まるで顔見知りの様な口ぶりだな?」

 

「何せ俺もその戦闘に参加していたからな、覚悟はしていたとはいえ、まさか再び武装した民間人と戦う羽目になるとは・・・。」

 

「そいつは・・・・なんとも・・・。」

 

「外務省の使節団が拷問を受けた上で磔にされたとき、あいつは連中に責任を取らせてやると息巻いていたんだよ。そして、その上で徴兵した民間人・・・それも少年兵をMINIMIで機銃掃射する羽目になった。自分の子供とちょうど同じくらいの年齢の子供達を手にかける事になってしまったんだ。」

 

「だからと言って拘束されて身動きが取れない人間を焼き殺すなんて・・・。」

 

「対・鎧虫用の試作型焼夷手榴弾・・・当時は虫型巨大生物用焼夷手榴弾と呼ばれていたか、それが偶々配備されていたのが悪かったのか・・・。」

 

「今では投擲銃に使われていて手榴弾としては使われていない奴だな。」

 

「あぁ、それで、あいつはその後自殺、家族も離散してしまった。子供が5人も居たと言うのに馬鹿な事をしたものだよ。」

 

「大陸中央部では大陸沿岸部の二の舞は避けたいところだな、あの私刑のせいでサテラニアを始めとする複数の国に敵意を持たれたんだ。」

 

「そうだな、自衛官のメンタルケアはしっかりやっておかないと二の轍を踏む羽目になりかねない、たとえ相手が本物の外道であってもだ。」

 

「大陸沿岸部では進出初期の段階で多数の犠牲者が出たんだ、大陸中央部で同じことはさせる訳には行かない、だからカクーシャ帝国とか言う傲慢勘違い野郎国家の横暴を許す事は出来ない。」

 

「民間人を拉致しようと試みた集団の殆どはカクーシャ帝国の工作員だったな。まぁその中にヒシャイン公国の奴も居たが。」

 

「何とか未然に防いでいるが、意図的に民間人を集中して狙った卑劣な犯行・・・この前の河川の毒汚染も奴らが関与している可能性が濃厚だという。」

 

「カクーシャ帝国、ヒシャイン公国、なぜ我々日本人をそこまで敵視する?魔力無しと言うのがそこまで気に食わないというのか?」

 

「ここでは、大陸沿岸部よりもさらに魔力が無い存在に対して悪辣なんだよ。少なくとも俺たち日本人を人間とはかけらも思っちゃいないらしい。」

 

「確かに俺たちはこの星の住人から見ればエイリアンで彼らの言う人間と言う定義に当てはまるのか判らんけど、知的生命体相手にそこまで悪意を持てるもんなんだろうか?」

 

「これは元から魔力が弱い相手に対して高圧的に振舞う文化的な背景があるからだろう?まったく、魔力なんて魔素を多く含んだ食材や魔素濃度の高い場所で過ごしたりしていれば、勝手に体内魔石が成長すると言うのに、特別意識持ちやがって・・・。」

 

「魔素の含有量の多い食材を摂取する機会の多い王族貴族階級の人間の魔力が強いのもそう言った背景があるという事だろうな、勿論魔法や魔法戦闘の才能が必要になってくるが、魔力が強いだけで格が決まる訳では無いんだ。」

 

「カクーシャ帝国やヒシャイン公国自体は幾らでもどうとなるが、我々最大の敵は距離と国土の広さだ。唯でさえ大陸沿岸部に派遣された人員に取られているし、駐屯地もまだまだ数が少ない、今この段階で大規模な戦闘があった場合は弾薬量に若干不安を感じるな。」

 

「向こうとしてもここキョーシャ傭兵国をけしかけたり、河川の毒汚染などの間接的な攻撃でこちらとまともにやり合いたくはなさそうだが・・・・。」

 

「そうも行かないんだろうな・・・。」

 

「さて、見回りもあと少しだな、さっさと終わらせて飯でも食おうか!」

 

「そうだな、そろそろ終いだ。肉料理は勘弁してほしいがな・・・。」

 

 

キョーシャ傭兵国首都を占拠した自衛隊は、焼却処分を免れたカクーシャ帝国の契約書の一部を発見し、カクーシャ帝国を弾劾した。

しかしカクーシャ帝国は日本国側の自作自演だと主張し不快感を顕わにした。

そして、武力行使をちらつかせつつ、日本の技術の譲渡せよと恫喝まがいの態度をし、日本の顰蹙を買い、対立を深めて行くのであった。


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