異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第143話  遺品の刀剣

カクーシャ帝国が嗾けたキョーシャ傭兵国は日本勢力圏の村や都市国家などの集落を攻撃し、ケーマニス王国へと迫りつつあったが、自衛隊の圧倒的な火力によって殲滅され、そのままの勢いで進軍した自衛隊にキョーシャ傭兵国の残存戦力を叩かれ彼らの首都は武装解除された。

 

一時的な治安の悪化でキョーシャ傭兵国の民間人を狙った野盗や奴隷狩りなどが現れる事があったが、何れも自衛隊によって鎮圧されており、その多くがカクーシャ帝国やヒシャイン公国の奴隷商人の雇ったゴロツキであった。

 

元々魔物の生息地の中心に位置するキョーシャ傭兵国は、棄民としてカクーシャ帝国から農奴や政治犯などを危険な魔物の生息地であり農地に適さない痩せた土地へと追放した開拓村であった。

 

貴族としての教育を受けた知識層も少数ながら存在し、知恵を絞って元奴隷と政治犯が手を取り合って魔物と戦い、硬い地面から砂利を取り除き、泥と砂利を固めた壁から立派な石積みの防壁に発展し、その過程で多くの犠牲が出て、それを慰めるために冥土信仰が広まって行った。

 

キョーシャ傭兵国の文化のベースこそカクーシャ帝国の文化であるが、冥土信仰はカクーシャに属する辺境民族の信仰であり、それらが混じり合いカクーシャ帝国とはまた違う文化を形成していた。

そして信仰の違いにより、本土と辺境で宗教的な対立も発生し、カクーシャ帝国が内乱で荒れた時期に独立するに至った。

 

かつては生きるために、心の安息を齎すために広まった教えは、戦いと流血を求めるようになり、歪み狂戦士を作り上げるに至った。

 

その狂気が、戦っても勝ち目のない相手に対して戦いを挑み倒れる事を望み、死と言う安息を求めて戦士たちを鉄の雨へと向かわせた。

 

それはまさに致死量の信仰心であった。

 

キョーシャ傭兵国と自衛隊の戦いは、好戦的な者や憎しみや狂気に駆られた一般人が自衛隊の砲火で一人残らず消滅するまで続き、人口の三分の一が死亡する凄惨な結果となった。

 

残ったものの多くは、純粋なキョーシャ人ではなく、カクーシャ帝国やヒシャイン公国から嫁いできた者であり、キョーシャ人程好戦的な気質では無かったのだ。

 

 

『母上、何をその様に悲しんでおるのです?炎の花により父上は肉体が消え去った、つまり魂を縛る檻から解放された事、喜ばしい事ではありませんか?』

 

『何言っているのよ・・・貴方の父親が異形の鎧虫と蛮族に殺されたのですよ?もう二度とあの人に会えない、そして遺体すら分からない、キョーシャの教えは間違っています。』

 

『母上、キョーシャの男に嫁いだ宿命です。確かに、ヒシャイン公国では教えも異なりましょう、しかし戦いに生きる男は遅かれ早かれ冥土へと旅立つ宿命なのです。』

 

『剣に切り裂かれ、槍に貫かれても亡骸は残ります。でも、あの様な死に方は・・・肉も骨も、あの人が生きていたという痕跡も、何もかも残らない。赤黒く染まった大地から欠片だけでも拾おうとする街の者が後を絶たないのは、キョーシャの教えに疑問を持つ者がそれだけ多いという事、貴方も父親の別れを悲しく思わないはずがないでしょう?』

 

『それは・・・・。』

 

(父上は勇ましくニーポニスに挑み、かの者たちが操る魔力を使わない面妖な術によって冥土へと旅立った・・・それは誇らしい事なのだが、もう少し剣の手ほどきをして欲しかった・・・。)

 

『正直・・・分かりません、心の整理がついていないと言うのもあるのでしょうけど・・・。』

 

『・・・・それは、もう既に答えている様なものよ?』

 

『っ!』

 

『あの人が生きていたという痕跡もなく、焼け爛れた大地が残るだけ・・・もう生きて行く気力もありません・・・。』

 

『母上・・・・すみません、少し風に当たってきます。』

 

キョーシャ傭兵国のある少年は、父親の死と悲しみに暮れる母親、そして変わり果てた街の姿に混乱を覚えていた。

 

『破壊の魔法によって防壁は穴だらけ、討族隊に参加した兵士たちの殆どは帰らぬ者へ・・・キョーシャ傭兵国はこの先どうなってしまうのか・・・。』

 

『剣でも振っておくか、唯崩れた街を歩いていても仕方がない・・。』

 

少年は、刃のついていない練習用の剣を訓練場の木製柱に叩きつけ、既に傷だらけの柱に新たな傷をつけて行く。

 

『切れが悪いな、全く身が入らない・・・どうしたというのだ。』

 

(父上の死を悲しんでいる?私が?そんな馬鹿な、あれ程の破壊力で肉体と言う檻から解放されたのだ、間違いなく冥土へと旅立てたはず。)

 

(私はヒシャイン公国の貴族の血を引いているが、育ちはキョーシャ傭兵国で私自身もキョーシャ人と思っている、しかし何故感情がここまで揺さぶられるのだろうか?)

 

その後も、無心に剣を振るい日が傾くまでそれを続けていくが、少年は何処か魂が抜けたように剣を鞘に納め帰路に就いた。

 

砲火を免れた自宅へ戻ると、泣き崩れる母親と街を占拠する異形の軍勢の兵士が数名立っていた。

 

『母上!?一体どうしたというのです!・・・貴殿らは一体何用か!!』

 

ふっと、怒りで血が湧きたち、腰に下げた練習用の剣に手をかける。

 

『君が、この人の息子さんか・・・。』

 

『先ずはその物騒な物から手を放してもらおうか、刀剣の類は武装解除の際に没収された筈だったが?』

 

『・・・・刃のついていない訓練用の棒切れだ、武器ではない。』

 

『そうか、だがそれから手を放してくれないとここに来た意味がなくなってしまう。』

 

緑色の服を着た異形の兵士の言っている事が分からず少年は首をかしげる。

 

『それは一体・・・。』

 

『あの人の・・・あの人の形見が!もど・・・戻ってきたのっ!!』

 

蹲っていた母親が涙声で言葉を絞り出す。

 

『形見?』

 

『戦場の検証がやっとひと段落ついたんだ。身元を探すのに随分と手間がかかったが、この剣は君のお父さんの物で間違いないかな?』

 

異形の兵士が壁に立てかけてあった木箱を開くと、折れてはいるものの、錆や汚れが落とされて鏡のように磨き抜かれた長剣が収められていた。

 

『その独特な曲がり具合・・・鎧虫を切った時についた傷、そしてヒシャイン貴族の家紋の装飾・・・間違いなく父上の剣!!』

 

『お・・おおおぉぉぉ・・・あおぉぉぅぅぅ・・・っ!!』

 

少年の母親が再び泣き始め、言葉にならない何かを呟きつつ遺品の長剣を抱きしめた。

 

(父上と結婚する際、母上は実家から縁を切られた。そして母上の実家から手切れとして渡された剣をいつも父上は身に着けていた、父上は剣を手入れする時必ず悲しそうな顔をしていたな。)

 

『申し訳ないが、砲撃で折れてしまっていて修復までは出来なかった。』

 

『それと、念のために刃は潰させてもらっている。』

 

(我らキョーシャ人は戦場で遺体や遺品を持ち帰れない事など日常茶飯事だ、それ故に父上の遺品などとうに諦めていたと言うのに・・・・。)

 

少年は無言で母親の背中をさすっているが、思っていた疑問を伝えようと緑色の兵士に質問をする。

 

『何故・・・何故このような事を?我らは敗者の筈、貴殿らは我らを奴隷として連れ去り農地なり鉱山なりで使い潰さず、何故温情をかけるのだ?』

 

緑色の兵士はため息をつき、首を振るとしゃがんで少年の目線の高さに合わせて口を開く。

 

『勝者には敗者の尊厳や誇りを守らなければならない、それが我々の掟なのさ。』

 

『俺たちの国の古の戦士たちの掟だ、武士道って言うんだ。』

 

『ブシドウ・・・。』

 

『・・・・っ!有難う・・・ございますっ!』

 

少年の母親が何とか言葉を紡ぎ、緑色の兵士に感謝の言葉を伝える。

 

『母上?』

 

涙と鼻水で酷い事になっているが、それでも構わず少年の母親は再び頭を下げる。

 

『敗者である私達には過ぎたる温情、あの人の・・・あの人の剣を、遺品を・・・有難うございます!!』

 

少年は暫く目をつぶり、姿勢を正して緑色の兵士へと頭を下げる。

 

『父上の剣を、遺品を届けてくれて有難う御座います。』

 

『私は・・・私は正直もう生きる気力を失っていました・・・。』

 

『母上・・・。』

 

『それでも、今はあの人の剣が此処にあります。それに、この子をまだ一人にさせてはならない、それを思い出させてくれました。』

 

『奥さん・・・。』

 

『私は、崩れた街を再建させるために残りの人生を使おうと思います。』

 

『母上、私もです。たとえ農奴になろうとも、この地を人が生きれる土地へと生まれ変わらせて見せます!』

 

『農奴にはしないよ、武装解除はさせて貰うがね。』

 

『さぁ、二人とも涙を拭いて・・・あー、ハンカチっていう布切れなんだが使うかい?』

 

緑色の兵士は、どこか困ったような顔で美しい刺繍がされた小さな布切れを差し出してきた。

そこで少年は、自分が涙を流している事に気づき赤面した。恥ずかしさを隠すように、赤面した顔を俯かせ海の向こうからやってきた国、ニーポニスに思いをはせた。

 

(何が魔力無しの蛮族か、戦いに敗れた事に憤り罵声を浴びせるカクーシャの方がよっぽど蛮族では無いか!)

 

(確かに、彼らは魔力無しだ・・・だが、奴らよりもこの方々は[人間]であった。もう魔力無し如きとは思えぬ!彼らには確かに[魂]が在ったっ!!!)

 

『恥ずかしいところを見せてしまったな、ハンカチ・・・その、布は・・・お借りする・・・。』

 

『何枚もあるからあげるよ、二人だけで話す事もあるんだろう?我々はもうこれでおさらばさ。』

 

『キョーシャ人は強い民族だと聞いている、より豊かに復興する事に期待しているよ。』

 

ニーポニスの兵士たち、ジエタイは遺品の長剣を手渡すと、緑色の鎧虫の頭に乗り込み、鎧虫が独特の鳴き声で吠えながら走り去っていった。

 

(ふふふ・・・魔力無しだろうがもはや関係ない、我々の完敗だよ。)

 

(魔力の強さに溺れ、他者を否定し、奪い尽くし、都合が悪くなれば民すら棄民として切り捨てる。そんな帝国の時代は、もう終焉を迎えるのだろうな・・・。)

 

(母上の故郷である公国も同類だ、貴族の令嬢であった母上を魔物の襲撃から救いその縁で父上と交際し始めたが、それを認めず縁を切り祝福もしなかった。)

 

(あまつさえ、実の娘も蛮族に堕ちた出来損ないと言う扱い、キョーシャ傭兵国に嫁ぐ娘に対しての仕打ちに内心怒りを覚えていたが・・・・。)

 

(大森林の向こう、果ての地より訪れし民によってこの大陸の他者を認めぬ考えは強制的に一つ残らず叩き潰されるであろうな。)

 

(この大陸は、新たな時代を・・・新たな歴史を歩み始める。・・・それに我らはついて行けるのだろうか・・・・?)

 

キョーシャ傭兵国の戦士の息子である少年は、帝国の時代の終焉と、来る新たな時代の幕開けを悟るのであった。

 

 

日本はキョーシャ傭兵国の首都から焼却処分を免れたカクーシャ帝国の契約書の一部を発見し、カクーシャ帝国を弾劾した。カクーシャ帝国はこれに怒り、軍事力をちらつかせ恫喝し、帝国は日本の技術の無償提供を求めた。

 

当然ながら日本は、憤り不満の態度で遺憾の意を示し、カクーシャ帝国の要求を正面から撥ね退けた。

両国の対立はますます深まり、緊張感は非常に高まっていた。

 

一方ヒシャイン公国は、日本の出方を伺いつつも、大陸の覇権の野望を宿すのであった。




若干スランプ気味です・・・今までの相手に比べると格上なのですが、ただ単に若干戦いが長引く程度しか変わらなそうで・・・。うーむ

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追記.時間が借りましたが一部文章を修正しました。

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