異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第145話  旅人 ジェイク・マイヤーの手記5

「臨時ニュースです。」

 

「本日、大陸中央部の国カクーシャ帝国と戦争状態になりました。繰り返します、本日、大陸中央部のカクーシャ帝国と戦争状態になりました。」

 

私は、ゴルグガニア・・・・ニホンゴルグ自治区の巨大な動く絵を描く魔道具の前で大陸中央部の情勢の発表を聞いた。

ニホンでは、情報を集める専門機関がニュースと言われる情勢や情報の発表を行う事があるが、何でもまた何処かの国に戦争を吹っかけられたらしい。

その規模は軍事国家であったルーザニアの何倍も強大な力を持ち、なおかつその領土も大陸沿岸部の半分近くに匹敵するほど広いらしいが、たかだか広いだけの国にニホンが負ける事は無いだろうと思う。

 

『それでさぁ、俺の故郷の国の貴族様が大陸中央部行きの船に乗りたいってゴネて結局情勢が不安定と言う理由で船に乗れなかったんだと。』

 

『ははは、まぁ大森林と山脈で隔てられているから簡単に行ける場所じゃないだけに興味持つのも無理はないが・・・・。』

 

『そういや、またニーポニアに戦争を吹っかけた国が出たらしいな?』

 

『大陸中央部の兎に角デカい国なんだと、まぁ流石にニーポニアには敵わんだろうよ?むしろニーポニアが負けたら困るぞ?』

 

私はレストランと呼ばれる食堂でニホンのウドンと言う麺料理を注文して、料理が運ばれて来るまでの間、客の会話を聞いているが、やはり大陸中央部の情勢と戦争の話題で持ち切りなようだ。

 

「お待たせしました、海老天うどんセット1つに鳥のから揚げ1つですね。」

 

「おお、これは素晴らしい、良いクサイです。白い紐と赤い鎧虫が綺麗ですね!」

 

「は、はぁ・・・ご注文は以上で宜しいでしょうか?」

 

「はい、これで全部いただく事が出来るそうです。とてもコノヤロー感謝します!」

 

「え・・・えぇ!?・・・あ、はい、失礼します?」

 

注文したウドンと言う料理は塩辛い赤黒い汁に浸された麺と穀物の粉をまぶして油で煮込んだ赤い色鮮やかな鎧虫が映える。

独特の食感の麺類は、喉越しが良く、赤黒い汁は色の割に透き通った塩辛さで、油で煮込んだ赤い鎧虫由来と思われる油が表面を浮いており、それが潤滑油として麺に絡んで喉の通りを良くしている様だ。

赤い鎧虫は甲殻が剥がされた状態で穀物粉を塗されていた様で、口の中を傷つける事無く食いちぎることができ、淡泊ながらしっかりとした香ばしい風味が口の中に広がり、確かな満足感を与えてくれる。

 

荷物運びなどの労働で得たニホンの通貨を支払うと、勝手に開く扉を出て賑わう商店街を歩く。

この街は実に多様な種族を見かける、体が鱗でおおわれた二足歩行するトカゲの様な種族や、恐らく成人しているであろうにも関わらず身長が子供くらいの毛むくじゃらな種族、パッと見るとリクビトにしか見えないが良く観察すると耳が妙に長い種族など、この大陸沿岸部にこれだけの種族が居たのかと感心させられる程多様な種族が堂々と街中を歩いている。

 

特に、トカゲの様な種族・・・・ウロコビトだったか、彼らがリクビト至上主義の国を歩いていたら魔物として問答無用で囚われ殺害されてしまうであろう。

ニホンが大陸沿岸部に進出したばかりの頃は、魔力の無い亜人としてかなりの人数が犠牲になっているが、ニホンの実力が大陸沿岸部の国々に知れ渡るごとにイクウビトの対応は慎重になり、今では怒らせたら何をするか分からない得体のしれない存在としてへりくだった態度で当たる国も存在する。

 

だが、ニホンの国民と長い間接する事で多くの者は理解できると思うが、彼らは決して怒りを振り回し目に付く者すべてを破壊する様な危険な種族ではなく、むしろ紳士的で誠実な種族であると知るであろう。

自分の立場を決して曲げる事も無く譲れない一線だけは何としても守り通す一方、相手の立場や目的などを尊重し、その地でやってはいけない事、禁じられている事など知らない事があれば質問したり調べたりする誠実的で勤勉な国民性を持つ。

 

私は、偶然ゴルグガニア陥落時に野次馬根性で訪れた事で、ニホンの事を知る事になったが、多くの国々はトナーリア商業国を通じてニホンと接触を持つ事になった。

衝撃的だったのが、ニホンゴルグ自治区とトナーリア商業国を結ぶ鉄の蛇の運航が始まった事か、あれだけの巨大な金属の塊が馬や走竜などと比べ物にならない速度で走行するのだ、それも大量の積み荷を乗せて。

 

暫くは、貨物を運搬する専用種が鉄の蛇の道を走っていたが、今ではさらに道も整備され人間を乗せる種の鉄の蛇も走るようになっている。

 

当然ながら鉄の蛇に乗るための料金は高額で、貴族層が主な顧客だったのだが、その値段設定が絶妙で、平民でも背伸びをすれば届く価格であり、私もニホンでの労働で得た金で鉄の蛇に乗ってみたのだが、馬での移動でも数日はかかる道のりもあっという間に走り抜け、何と出発した当日のうちに目的地に到着してしまうのだ。

しかも、それだけの速度を出していながら、鉄の蛇の腹の中は快適そのものであり、時々女性の商人が摘まむものや飲み物などを売りに出てくる事もあるので、実に優雅な旅が満喫できるのである。

 

私が最初に乗った頃は、トナーリア商業国行きの鉄の蛇だったが、今回は大陸沿岸部の中でも数少ない森が広がる国、トーラピリア王国への道も開通しているので、そちらに向かってみる事にした。

 

まだまだ、出発までに時間もあり、ゴルグ付近の港町をぶらついて見ると、ニホンの軍艦と思われる鉄の船が出港する所であった。

ニホンの陸上での恐ろしい戦闘力の一端は何度か目撃しているが、海上での戦力も無敵に近く、今まで大陸中央部への航路を阻んでいた海の怪物もあの鉄船が蹴散らしてしまうと言うのだ。

恐らく大陸中央部の帝国とやらもきっと、あの鉄船の前に抵抗らしい抵抗も出来ずに惨敗するに違いない、私は鉄の蛇の中で食べるための携帯食を幾つか港町で買い込むと、出発予定時刻よりも少し早めに鉄の蛇駅へと向かった。

 

『大陸共通語で再放送します、本日、大陸中央部の国、カクーシャ帝国と日本は戦争状態になりました。』

 

『カクーシャ帝国は、日本人を全て絶滅させると表明しており、日本国政府は遺憾甚だしいと憤りを顕わにしており、かの帝国との衝突は回避不能な状況に・・・・。』

 

鉄蛇の椅子の前に置かれた魔道具から、先ほどのニュースが流れてくる。

 

『あら嫌ねぇ、また物騒になって。』

 

『折角大陸沿岸部の情勢も安定してきたのに困っちゃうわぁ。』

 

この様な会話が出来るという事も、ある意味では奇跡であり幸運な事なんだろうと思う。

大陸中央部と言う我々だけでは到達すらできない所と交流を持ち、そして海を隔てて戦争をする。

確かに、この世界の何処かで誰かの血が流れて、そして悲劇が繰り返されていると考えると、何とも言えない気分になってくる。

彼ら彼女らは、どこか別の世界で起きた出来事で、自分たちとは一生涯直接かかわる事のない事件を半ば娯楽の様な視点で見ているのだ。

ニホンが大陸沿岸部に接触してくる前では考えられない光景である。

 

『しかし、地面を滑るように走る鉄の蛇は外の景色を見ているだけでも楽しいわねぇ。』

 

『トラーピリア王国、一体どんなところなのかねぇ、とても楽しみだわぁ。』

 

そして、私も大陸沿岸部の国をほんの一部を徒歩や馬で渡っただけで年老いてその人生が終わっていただろう。

この、鉄の蛇やニホンの操る鎧虫の普及で我々旅人の生き方も大分変るし、もしかしたら私の一生涯のうちに大陸沿岸部を制覇する事だって出来るかもしれない。

最終的にニホンはこの鉄の蛇の道を、大陸沿岸部中に張り巡らせて人や物の移動を大規模かつ安価に行うことが出来る鉄道網なる物を作る予定らしい。

 

そうなると、どうなるのだろうか?大陸沿岸部制覇に満足できなくなり、全世界を全て制覇するまで我々旅人の旅は続く事になってしまうのかもしれない。

 

ははは、ニホンはなんて事をしてくれたのだろうか?これ程人生が華やかに彩られるとは思ってもいなかった。

 

日が傾き始め、ひび割れた大地が赤銅色に染まって行く、この先に荒野ではない緑に覆われた国があるのだ、私は布で覆われた椅子に体重を預け、少し浅めの眠りにつくのであった。

いつの日だったか緑豊かなあの国の酒場でニホンの噂を聞いた頃を思い出しながら、再びトラーピリア王国の酸味豊かな果実酒を飲もうと心に決めて。




少し短めですが、エンジンの回転を維持するために投稿ですー!

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