異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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今回は、猛烈に消耗しながらなんとか書き上げました。
正直気は進まないとは言え、元から決めていた事なのでこのままルビコン川を渡らせて頂きます。


第147話  踏みにじられる友好の証

日本とカクーシャ帝国の戦闘が行われるよりも前、トガビトの偵察隊は彼らの村がある大森林付近の国の情勢を調べるために遠征をしていた。

 

現在最も危険な状態になっている日本勢力圏とカクーシャ帝国勢力圏の境界は、いつ戦闘が行われてもおかしくない緊張した空気が漂っていた。

 

他種族から身を隠すトガビトとしては到底看過する事は出来ない状況であり、村付近の警備も厳重になっていた。

 

他の人種に比べて肌が浅黒く、トワビトの様に耳の長いトガビトは頭を覆うフードの様な物を身に着けて行動する。

特に、定期的に生え変わる魔石の角は絶対に露出を避け、リクビトに見られない様にしている。

本来ならばリクビト等に擬態するのならば角を折っておけば良いのだが、魔力制御に密接に関わっている器官なので、生え変わりの時期で抜け落ちたり怪我や故意に角を折った者は上手く魔術を操れず、任務に支障をきたすので角を折り取る訳にはいかない。

 

トガビトの偵察隊は、成るべく外部の人間との接触を避けて、遠く離れたところからリクビトの国や集落を観察するのである。

 

『ドーリス、いつも通りで良い、訓練した事をそのまま実行すれば良いのだ。』

 

『解っている、リクビト共とは直接の接触を避け、奴らの動向を監視するのが我々の目的だ。』

 

『よろしい、これより偵察任務を開始する。』

 

トガビトの偵察隊はその高い身体能力を使って崖を垂直に登ったり、気配を消して草の茂みや、動物が冬眠に使ったであろう洞穴などに身を隠し、リクビトの集落の様子や、彼らの会話などを盗み聞き、大陸中央部の国々の情勢などを調べて行く。

 

『今のは不味かったぞドーリス。』

 

『済まないレオナ、感謝する。』

 

『そんな事では、憧れの男には届かないぞ?』

 

『なっ、ダリウスはそんなんじゃ!』

 

『戦士長にして魔術長、まぁ村長の孫娘にはそれ程の強い男が婿入りすれば我らも安泰なのだが・・・。』

 

『ダリウスは、私の師であり兄の様な者だ・・・私は、その・・・。』

 

『偵察任務が終わったら、ダリウスに想いを伝えてはどうかな?』

 

『あぅぇ・・・うん。』

 

何だかんだ、トガビトの戦士たちから妹分として可愛がられているドーリスはしばしば先輩達から、からかわれていた。

何処か孤独を感じていた少女は仲間たちや、最近同盟を結んだニホン国などの友好を結ぶことで少しずつ、自分の心が軽くなって行くのを感じた。

 

『お前以外も新米を抱えているんだ、ちゃんと動いてくれよ。』

 

『任せろ、汚名返上だ。』

 

それ以降も何度かドーリスを含む新米がリクビトの兵士に気配を感づかれたり、発見されそうになる事態も起きたが、ベテランの戦士が注意を惹き新米を退避させサポートする事で、概ね作戦は順調に進んでいった。

 

『まったく、どいつもこいつも自分たちよりも弱い国や集落に襲い掛かっては国土を広げようとしやがる。』

 

『国土を広げる事にしか頭にないのか平気で畑を荒らして行くのが理解出来んな、何の為に国土を広げようとしているのやら。』

 

『ニホンに付くかカクーシャに付くかで揉めている様だが、あの狂った帝国に付けば自分たちがどうなるのか奴らは本当に理解しているのだろうか?』

 

『良くて飼い殺し、それ以外だと用済みとしてすり潰されるのが落ちだろうな、帝国によっぽど有能として認められない限りはそうなる運命だ。』

 

『そして、ニホンは魔力を持たない民、どれだけ高度な文明を築いていようが奴らは根拠もなく、見下し蔑み利用できなくなると見ると平気で裏切るだろう。』

 

『ニホンの方から裏切ることは無いだろうが、逆に奴らは魔力の無いイクウビトが高度な文明を持つ事に我慢できなくなって愚かな行動に出ないとも限らない、十分に注意し警戒せねばな。』

 

ふと隊員の一人が不機嫌そうに俯く少女に気づき声をかける。

 

『・・・・・・。』

 

『どうしたドーリス?』

 

村長の孫娘ドーリスは、はっとして顔を上げるとそっぽを向きながら答える。

 

『いや、我々から見てもニホンの民イクウビトは、魔力を持たない異形の存在ではあるが、リクビトの国々に比べるとまだ彼らの方が信用できるのでな。』

 

『ああ・・・だが異形と言っても、髪の色と顔立ち以外は我らに近い見た目をしているがな。』

 

『魔力を持たず、それ故にか魔力を基準に優劣をつける事も無く、リクビトだけでないあらゆる種族に偏見も無く彼らなりに礼儀を尽くして接する姿を見ると、どうしてもリクビト達が醜悪に見えてしまうのだ。』

 

『確かに、しかしドーリスよ、イクウビトに肩入れする理由はそれだけでないだろう?』

 

『なっ!?肩入れなど!!』

 

『オパールと言ったか?魔石を混ぜた人造の宝石の首飾りを彼らから貰ってから、欠かさず身に着けているだろう?』

 

『そ・・それはっ。』

 

ドーリスの首に貝殻の様に美しく虹色に輝く首飾りが光を反射する。

 

『我らトガビトに、人食い族の末裔に純然たる好意でその様な宝玉を贈るのだ、よっぽどの偏屈者でもなければ心が動いても致し方あるまい。』

 

『まぁ、確かに、う・・嬉しかったが・・・。』

 

『ふふふ、我らも素直に信頼に足るトガビト以外の種族と交友関係を持ててうれしかったぞ?』

 

『そうだな、我らはもう孤立などしていないのだ、今はまだ難しい、しかし将来は他の種族と手を取り合うことが出来れば・・・。』

 

ドーリスが続けようとするが会話は中断された、突如草の茂みから炎の塊が飛来し、反射的にトガビトの偵察隊は散開しこれを回避する。

 

唸りを上げながら飛来した炎の塊は先ほどまでいた地点を轟音と共に爆ぜ、焼き尽くした。

 

『敵襲!!』

 

『何と言う威力だ、只者では無いぞ!』

 

炎が飛んできた茂みは、閃光と共に引き裂かれ、トガビトの偵察隊に向かって真空刃が回転しながら突き進んでゆく。

 

『くっ!こいつ!』

 

『見えた!だがあれは!?』

 

身を隠していた茂みを切り払った事で、トガビトの偵察隊を襲撃した者の姿が顕わになる。

 

『貴様らか、こそこそと我らを嗅ぎまわっていたネズミ共は。』

 

トガビトと同じく布で体を覆う装束を身に着けているが、服の上からでも分かる筋骨隆々とした体格は歴戦の風格が漂っていた。

 

『その杖はっ!!』

 

『ほう?これはこれは変わったネズミ共だ、どうやら大当たりらしい。』

 

杖先に刃が取り付けられた短槍とも魔法の杖とも呼べる男の武器には緑色に輝く魔石が納められていた。

 

『っ!!間違いない、母上の魔石っ!!』

 

『やはり人食い族か!・・・それにこれの持ち主の娘か?くはははははっ!!面白い!面白いぞ貴様ら!』

 

『返せ!私の母の魂を返せ!!』

 

『落ち着けドーリス!』

 

ドーリスが腰に巻いた袋から、砕いた魔石の角の破片を取り出すと、そのまま勢いよく腕を振り、空間湾曲を利用した防御不能の刃を放つ。

 

『っ!!』

 

襲撃者の男は本能的に、次元斬りを受けてはならないと瞬時に判断し、跳ね飛び空中で体を捻り寸前のところで回避する。

 

『やはり小娘とは言え侮れんな、これが人食い族か。』

 

『ドーリス避けろ!』

 

魔法の杖の魔石が光輝き、強力な火炎弾が放たれ、ごうごうと地面を焦がしながらドーリスに向かって直進する。

 

『ぐぁ・・・ぐぅぅ!!』

 

火炎弾の直撃こそ回避したが、爆発で吹き飛ばされてきた高温の破片が腕やわき腹などに突き刺さり、傷を負う。

 

『ドーリス!!』

 

『氷漬けにしてくれる!』

 

襲撃者の男の杖に青白い光が集まって行くが、杖の上部が切り落される事で魔法は中断される。

 

『むぅ!?』

 

『その魔石は我らの同胞の魂だ、返してもらおうか!』

 

トガビトの戦士が次元斬りを放ち、魔石が取り付けられた部分が切り落され、萌葱色の魔石が音を立てて地面に転がり、襲撃者の男がそれに気を取られた隙に別の戦士が衝撃波を背中に叩きつけた。

 

『ぐおおおっ!!』

 

物理法則を無視したように衝撃波で吹き飛ばされゆく男を横目に、トガビトの戦士は切り落された魔石が納められた杖を拾い、構えを解かないまま不敵に笑う。

 

『返してもらったぞ、我らの魔石なしでどれだけ戦えるか見せて貰おうか!』

 

『母上!あぁ、取り戻しました、取り戻しましたよ!』

 

ドーリスは感極まった様に手を握り体を震わせる。

 

『くくくっ、中々楽しませてくれる。』

 

『ほう?これなしで我らに挑むか?面白い。』

 

切り落されて地面に転がる杖を踏み折り、トガビトの戦士は襲撃者の男に次元斬りを放とうとする。

 

『余興には丁度良いという事さ。』

 

『なに?』

 

襲撃者の男の背後の草むらから複数の魔石片らしきものが飛び出し、トガビトの偵察隊の足元に転がる。

 

『なっ!炸裂魔石!?』

 

『退避しっ・・・。』

 

投げ込まれた炸裂魔石と思われる魔石片は、熱も破片もまき散らさず、強力な閃光と魔力波を放ち、トガビト偵察隊を内部から蹂躙した。

 

『ぐあああああああ!!!』

 

『やあああああああ!!!』

 

体を痙攣させながら倒れるトガビトの偵察隊の隊員達。

ドーリスは朦朧とした意識の中、地面に転がる母親の魔石に手を伸ばそうとするが、その手は襲撃者の男に踏みつけられる。

 

『これは我らカクーシャ帝国の物だ、無論貴様らの魔石もな?』

 

『かえ・・・せ・・・。』

 

ドーリスは側頭部に衝撃を感じると意識を失った。

 

 

 

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・・・・・それから、どれだけ時が経ったのだろうか?

ドーリスの意識は、朦朧とした状態から少しずつ覚醒して行く。

 

『ここは・・どこだ?』

 

目が覚めれば鉄の味だった、そう思えるほど自身の体は傷つき、口の中は短剣でも押し込まれたかの様にずたずたであった。

 

『ぐっ・・あっ・・あああ・・・。』

 

体を動かそうとするが、食い込まんばかりに巻きつけられた縄のせいで体が動かせず、身ぐるみを剥がされ全裸の状態であった。

 

『ほう?目が覚めたか、いたぶっても何の反応もなく退屈していたところだったよ。』

 

ローブ姿の妖しい模様の様な化粧を施した不気味な魔術師の男がドーリスの前に現れる。

 

『さて、目覚めて早々悪いが、お前達の本拠地を吐いてもらおうか?』

 

『誰が・・・貴様らなんかに・・・。』

 

ドーリスが魔術師の男に罵声を浴びせようとするが、腹部に灼熱感と激痛が走る。

 

『あがあああっ!!』

 

赤熱する焼き鏝が押し付けられ、痣だらけの横腹に焼き跡がつく。

 

『我々にはお前達の魔石がもっと必要なのだよ、いや魔石だけでない、その血液が!内臓が!骨が!全てが強力な魔術や魔道具の触媒になるのだよ!』

 

『ああぁあああっ!!』

 

『なぁ、もっと寄こしておくれよ、何故私の芸術品を踏み砕いてくれたのだ?魔石は無事だがあれでは、最初から作り直しだ。』

 

『げふっ!』

 

ドーリスの腹部に蹴りが突き刺さる。

 

『まぁ良い、あの杖よりも更に強力な杖がお前達の体から作れるのだ、さぁさぁその中身を見せておくれ。』

 

『や・・・め・・・。』

 

顔中唾液と血と涙にまみれたドーリスが、魔術師の男を睨みつける。

 

『そ・・それは・・。』

 

ドーリスは魔術師の男の首に見覚えのある宝石が下げられている事に気づく。

 

『ふむ?これはお前の宝玉だろう?人食い族のくせに分不相応な物を・・・。』

 

『返せ・・かえ・・・返して・・・。』

 

『?』

 

『それは、ニホンの人から・・友から貰った大切な・・・。』

 

意識が朦朧とし始めたドーリスが口をこぼしてしまう。

 

『ニホン?まさか、ニーポニスか?奴らは人食い族と交流を持っているというのか!?』

 

魔術師の男は顔を驚愕に染める。

 

『かえせ、返してよぉ・・・わた・・わたしの・・・。』

 

『・・・・・成程道理でおかしいと思っていた、魔力無しの蛮族が何故こうも我らを煩わせていたのか、人食い族の力を借りて我らに楯突いたのか。』

 

おもむろに首に下げられた首飾りを外すと、ドーリスに見せつける様に突き出す。

 

『奴らは、人食い族と組んだ、つまりは人類の敵となった訳だ。』

 

『かえ・・せ。』

 

何を思ったのか男は人工オパールの首飾りを口に頬張り、なめまわし手のひらに吐きつける。

 

『あ・・・ああ・・・。』

 

『ますますもって汚らわしい!人食い族も、ニポポ族も!全ていぶりだして一人残らず犯してくれる!』

 

『もごぇぉ・・・あ・・ぎ・・・。』

 

吐きつけた人工オパールの首飾りをドーリスの口に押し込むと、狂気の笑みを浮かべながらドーリスの首を両手で絞めつける。

 

『まぁ、先ずは貴様らからだ、ケダモノめ。』

 

その後、ドーリスを含めた偵察隊の全員は、拷問され辱めを受け、尊厳を奪われ、そして命を奪われた。

彼らが最後に目にした物は、苦痛にあえぐ同胞達と、薄暗い牢獄を不気味に照らす松明の炎だけであった。

 

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トガビトの偵察隊が消息を絶って、十日前後、彼らの行方を追い、偵察ルートを調べている内に衛星写真にカクーシャ帝国国境付近の砦に何かを運んだ映像が映っていた。

 

森に囲まれた砦は、発見されにくく、隠れ砦として機能しているが、宇宙空間から眺める電子の目を欺く事は出来なかった。

 

『はぁ、まさかニーポニスが人食い族と同盟を結んでいるとはな。』

 

『汚らわしい、吐き気がする。』

 

『まぁだが、意外と顔立ちは整っていて体の方も悪くなかったよな?』

 

『冗談じゃない、黒い肌と角の生えた女なんて抱けるか。』

 

『何だ勿体ない、女だけでなく男も悪くなかったんだが。』

 

『お前は別な意味で汚らわしいな、まぁ人間なだけケダモノ共よりはマシか。』

 

『喧嘩なら買ってやるよ・・・あん?何だあれは?』

 

ふと違和感を感じると、視界の端に黒い点が映る。

 

『何だあれは?鳥?それにこの音は一体・・・。』

 

森の上空を飛ぶ何かは、一瞬太陽光を反射すると、炎を纏った何かを放ったのが見えた。

 

『何か光った!?』

 

次の瞬間、砦の門は木っ端微塵に粉砕され、衛兵が破片を浴びて血だるまになりながら地面を転がった。

 

『一体何が!』

 

『敵襲!敵襲!てき・・・げっ!』

 

AH-1コブラのTOW対戦車ミサイルが城門を吹き飛ばした後、20mm機関砲が砦の兵士たちを蹂躙し、次々と肉片や桃色の煙へ変えて行く。

 

『ば・・・化け物だあああぁ!』

 

『まて、赤い丸が描かれている!?ニーポニスだ!ニーポニスの羽虫が襲ってきたんだあぁぁ!』

 

『魔力無しめ!奴ら人食い族から鎧虫を操る術まで得ていたというのか!』

 

『くそっ!戦えるものは魔法で応戦しろ!いそ・・・。』

 

AH-1コブラが機銃掃射しながら通り過ぎると、背後に続くUH-1イロコイが旋回しながら機銃掃射に加わり、高度を下げながら砦に近づいて行く。

 

「行け!行け!行け!後ろがつっかえているんだ!」

 

『うむ、行くぞ!』

 

「え?ちょっ!ロープ繋いでいな・・・。」

 

ヘリボーンする自衛隊員たちだが、黒い影がUH-1イロコイから飛び出し、見事な三転着地で無傷のまま立ち上がる。

 

『中々の手際だな、ニホンのジエイタイの戦士たちよ。』

 

『ロープ無しであの高さから飛び降りて無事なあなたの方が凄いですよ。』

 

『・・・この砦で間違いないな?』

 

トガビトの戦士長にして魔術長ダリウスが、ヘリボーンした自衛隊員の前に仁王立ちする。

 

『・・・・・えぇ、恐らくは。』

 

『ふん、流石にカクーシャ帝国とて空からの襲撃なぞ想定していなかった訳だな。』

 

呆れ顔の自衛隊員たちだが、ダリウスの額に光が集まり始めるのを見て、直ぐに彼を守るように展開する。

 

『はぁっ!!』

 

角から光が迸り、青白い光が地面を舐めるように広がって行く。

 

『・・・・何の応答も無しか、だがあいつらの痕跡らしきものを感じる。』

 

『今のが合図ですか?』

 

『そうだ、だが応答がなくてもあいつらの魔力が跳ね返って来る筈なのだが、それも薄い・・・嫌な予感がする。』

 

ダリウスが木製の扉に手をかざし、魔力を掌から放出し、衝撃波で扉を吹き飛ばす。

 

『こっちだ!』

 

『行くぞ!GO!GO!GO!』

 

止める間もなくダリウスが単独で突入すると、それに続くように自衛隊も砦内部に侵入し、ダリウスの援護や部屋のクリアリングなどを行う。

 

『くたばれ蛮族共め!』

 

「っ!グレネード!!」

 

「伏せろ!!」

 

扉から手首だけ出したカクーシャ帝国兵が魔石爆弾の様な物を自衛隊に向かって投げつけ、扉が閉じる。

魔石爆弾は強烈な光を放ち、自衛隊員達を眩く照らすが、爆炎も破片も飛び散らずに全員が無傷のままであった。

 

「?どうしたんだ?もしや不発だったのか?」

 

「スタングレネードの様な物だったのかもしれん、中途半端な光で目も眩まなかったがな。」

 

『なっ、何故立っていられる!?くそっ!』

 

扉から様子を伺っていたカクーシャ帝国兵は扉を閉じて逃げようとするが、自衛隊の追撃で背後から穴だらけにされて血の海に沈む。

 

『こっちだ!』

 

「ダリウス殿!?」

 

ダリウスが魔法を放ちながら壁をぶち抜き、隠し階段を駆けて行く。

 

『はあああっ!!』

 

ダリウスが次元斬りで鋼鉄で補強された頑丈な扉を細切れにすると、牢獄の様な部屋に出る。

 

『あ・・・ああ・・・そんな、まさか・・・。』

 

ダリウスに続くようにして自衛隊員たちが部屋に突入すると、彼と同じく言葉を失う。

 

『ミナ!パウラ!レオナ!・・・ぐっ!』

 

「何と言う事を・・・。」

 

「むごい。」

 

『ヘルゲ、ルッツ、っ!顔が潰れ、いやこの魔力の残り香は、ゲルトなのか?』

 

拷問され、果てたトガビト達の遺体が牢屋に繋がれていた。

どういう訳か、何かしらの薬品で防腐処理が施されており、全ての遺体の胸部が切り開かれており、腕や足などの体の一部が切り取られている遺体もあった。

 

『そんな・・・まさか・・・。』

 

『ダリウス殿!』

 

『ドー・・・リス・・・・。』

 

「危ない!!」

 

自衛隊員の一人がダリウスを突き飛ばすと、氷の槍が飛来し、二人の体を掠める。

 

『おのれええええぇぇ!ニポポ族めぇぇぇ!!』

 

奇妙な模様を化粧した魔術師が萌葱色に光る短杖を振り、大量の氷塊を生成すると、槍の様な形状に変化して自衛隊とダリウスに襲い掛かる。

 

数名の自衛官は89式小銃で氷の槍をはたき落とし、ダリウスは素手でそれを握りつぶしながら魔術師に飛び掛かる。

 

『滅びよ人食い族!』

 

『黙れ。』

 

ダリウスは手を上下に振ると、魔術師の背後の壁に二つの縦線が走り、それと同時に魔術師の両腕が牢獄の床に転がり落ちる。

 

『うぎゃ・・・うぎええええぇぇぁああぁぁ!!』

 

『むんっ!』

 

魔術師の顔面を鷲掴みにすると、そのまま壁に打ち付け、そのまま壁から壁に引きずりどす黒い血の線を作る。

 

『貴様が、貴様があいつらをやったのか?』

 

『きひっ・・きひひひっ・・きしししっ!』

 

『答えろっ!!』

 

『やっだのば・・我らが魔術将だ、え・・選ばれじ、最強の、者ごそなれる。』

 

『あいつらの魔石を、我らが同胞の魂をどこにやった!』

 

『ず・・ずでに本国ざ、それだげでば、なぎ・・・。』

 

『っ!』

 

『ぐひぇひぇひぇ、貴様らもだ!ニポポ族!人食い族と組んだ事を後悔ざぜで、やぐぇ・・人食い族との同盟を結んだ貴様ばらがばっ、もう大陸中に知られるだろう!!』

 

「なっ!!」

 

『ごれで、終ばりだ、人類の敵め・・め・・めぎょっ!!?』

 

ダリウスの腕の血管が青白く脈動し、信じられない程筋肉が膨張すると、肉が潰れ骨が爆ぜる音共に魔術師の男は息絶えた。

 

『ダリウス殿・・・。』

 

『妹だと思っていた・・・。』

 

『え?』

 

『ドーリスはあいつは、両親を失って傷つき、いつも俺はあいつの面倒を見ていた、本当の妹の様に思っていたのだ。』

 

『・・・・・。』

 

『お前達と、ニホン国と友好の証を贈って貰ってあいつは喜んでいた、だのに!!こんな!』

 

――――・・・・慟哭。

牢獄が震える程、まるで獣を思わせるように、悲痛な叫びが、嘆きが、響き渡る。

 

尊厳を奪われ苦しみぬき果てた同胞たちに、実の妹の様に接していた少女に、彼は嘆き悲しみ苦痛に喘ぎ、狂ったように叫び続けた。

 

偵察隊に加わっていた仲間たちの名前を叫び、そして最後には妹の様に思っていた少女の名前を叫ぶ。

 

何度も何度も牢獄の床を叩き、そして、静かに顔を上げるとその顔には憎悪と怒りが張り付いていた。

 

『おのれカクーシャ!おのれリクビト!!奴らを根絶やしにしてくれるっっっ・・・・・?』

 

怒りの感情に支配されつつも、ふと自衛隊の方に視線を移すと、思わずダリウスは息をのんだ。

 

『全てのリクビトが悪であるとは限りません、彼らの中でも理解し合える人達は居るでしょう、ですが・・・・。』

 

自衛隊員たちの表情はまるで陶器の様に無表情であった、しかし彼らの無表情の裏には・・・。

 

『連中には、カクーシャ帝国だけには、落とし前をつけて貰わねばなりません。』

 

ダリウスにも負けず劣らずの怒りが秘められていた。

彼は、表情が抜け落ちた怒りなど今この瞬間まで知らなかった。

 

悲しみと怒りが消える訳では無い、だがダリウスは、ニホンが、イクウビトが、まるで自分たちの仲間が殺されたかのように、体を震わせながら、自分の手を握りつぶして血を滴らせながら、怒り悲しんでくれた事に心が動かされた。

 

(カクーシャ帝国の、リクビトのやった事は許すことが出来ない、我らトガビト以外もう誰も信用できない。だが、彼らは彼らだけは・・・。)

 

『落とし前?当たり前だ、我が同胞達が受けた何十倍も何百倍も苦痛を感じてもらわねば釣り合いすらとれぬ!』

 

(イクウビトだけは、我らと共に生きる事が出来る盟友だ。)

 

その日、カクーシャ帝国の隠れ砦は陥落した。

不意打ちにより自衛隊員に負傷者が出るが、殉職者は1名も出ず、この世界では信じられない戦果であった。

 

 

===================================

 

一方、既にトガビトの魔石や骨や皮膚など運び込まれていたカクーシャ帝国首都にて。

 

『くくくっ、全く笑いが止まらんわ!これ程上質な素材、人生で何度扱えるか分からんわ!』

 

不気味な薬液が陶器の瓶からごぼごぼと、色のついた煙を吐き出し続ける。

 

『魔力伝導性の高い人食い族の鞣し革、塗料に混ぜ込むと強力な印が刻める血液、そして究極の魔道具の核となる萌葱色の魔石!』

 

『あぁ、甲獣にも勝るとも劣らない上質な素材、これさえあれば鎧虫の力に頼るだけしか能のない魔力無しどもを一匹残らず駆逐できる!』

 

薬液を切り取られたトガビトの腕に満遍なく塗り、慎重に皮膚を切り取って行く。

 

『見ておれ蛮族共め!世界を制する高等民族たる我らが貴様ら毛無し猿を絶滅させてくれるわ!!』

 

顔から腕まで、びっしりと印が刻み込まれた不気味な老人、宮廷魔術師は奇声を上げながら笑い続けた。

人食い族の素材を用いた究極の魔道具が異形の鎧虫の外殻を粉々に砕く事を想像しながら、魔力無しの人間もどきが駆逐される日が来る事を心の底から楽しみにして。

 

『まぁ先ずは人食い族がニーポニスと交流している事を猿共の国に噂話として流す事にするか、くくく、精々足を引っ張り合うが良い。』

 

・・・・・そして、カクーシャ帝国の目論見通り、日本とトガビトの秘密の交流が大陸中央部の国々にばれた事で、動揺したり反感を持つ国が出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔石パルスグレネード

 

炸裂魔石と魔力が不安定な高密度魔石を組み合わせた原始的なパルスグレネードの一種。

元々アルクシアンは、自然環境下から放たれる微弱な魔力パルスを受けて、体内の魔石を活性化させるので、魔光浴は生命活動に必要不可欠で、生理的に重要な役割があるが、強烈かつ無秩序な魔光パルスを浴びると神経が焼き切れたり、体細胞が死滅したり暴走したりし、挙句の果てには癌細胞化してしまう等の致命的な影響を与える。

この魔石パルスグレネードは構造こそ単純な物の、その強烈な魔光パルスをまともに浴びたアルクスシアンは外傷らしい外傷を受けず、内部組織に深刻なダメージを負い最悪命を落とすだろう。

ただし、元々強力な魔石を体内に宿し、大森林と言う魔力濃度の高い集落に暮らすトガビトには魔力耐性があり、他種族に比べて耐えられる様だ。結果的にそれが拷問に繋がったのは不幸な出来事であった。

なお地球人である日本人には、一般的なアルクシアンにとって致死量の強烈な魔光を浴びても全く効果がなく、何も健康を害する事が無いので、光の弱いスタングレネード未満の物でしかない。

そもそも、惑星アルクスの生物の体細胞に含まれる魔素を暴走させる事で起因する内部崩壊なので、そもそも体の構造的に全く魔力を含まず利用しない地球の生物には効果のない兵器である。

 




実は初登場時から彼女の結末はこうなると決まっておりました。
悲しき過去と、それを乗り切ろうと健気に努力し、ようやく好転し始め、そのキャラクターの良い部分が出始めて、作者的にも愛着がわき始めた頃、幸せのピーク近くがその命を絶つ最大効力のタイミングです。
書いている本人すらも絶望に叩き込む程の強烈な悲しみが物語には必要なのです。

こういう話は正直、勢いつけてテンポよく投稿して短期で終わらせるべきなのですが、最短で1週間、あとは大体1か月くらいの見積もりで次話を投稿したいと思っております。リアルが不安定でハードルが高いですが、執筆頑張ります。

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