異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第26話   群れる白刃の波

自衛隊の調査隊が鋼蟷螂と交戦するよりも少し前、トワビトの村の周りに、武装した自警団が集まっていた。

鋼蟷螂の群れとの衝突に備え、鉄板を張り付けた荷台を並べ、即席のバリケードを築き、長槍を持った戦士たちが横一列に並んでいる。

 

 

「鋼蟷螂は薄い鉄の皮膜を持つ鎧虫だ、魔法の威力を幾らか減衰させられてしまうが、外殻に傷をつけられれば魔法も通じる筈だ。」

 

「タルカス、ようやく良い仕事が出来そうじゃないかい?大物という訳ではないけどさ」

 

「数で勝負しろ、とでも言いたいのか?アルティシア。生憎、俺にはそう言うのには興味が無いんでね、俺は俺の仕事をさせてもらうだけさ」

 

「張り合いの無い人だ事、さて、そろそろ見えてくる頃合いだ、気を引き締めて行こう」

 

 

暫くすると、森の奥にキラキラと何かが反射するのが見えた、森の中で素早く獲物を発見する視力に優れたトワビト達の目は、すぐにその正体を見破った。

ギチギチと金属が擦れ合うような音と共に、無数の巨大昆虫が、トワビトの村へと押し寄せてきたのである。

 

 

「幻覚魔法で全ての群れの進行方向を逸らす事は出来なかったが、それでも数は大分減ったはずだ、残りは直接我々で叩こう。」

 

「一体何故こんなに湧いて出て来たかねぇ、普通は縄張りの鉱山から滅多に出て来ない筈なのに・・・。」

 

「鉱山で何かが起きたのかも知れんな、食糧が減ったのか、天敵が現れたのか・・・どの道、我々に危害を加える者は排除するのみだ。」

 

「そろそろ、射程圏内だ、魔法の一斉攻撃と同時に突っ込むぞ!」

 

 

村を覆う石材で固められた外壁の上から魔術長の指示が飛び、呪文の詠唱によって高められていた魔力が解放され、色とりどりの魔光弾が鋼蟷螂の群れに殺到する。

最前列の鋼蟷螂は、鋭い氷の槍に貫かれ、唸りを上げて飛来した火の玉に焼き潰され、青白い雷撃に身を焦がされた。

 

しかし、威力が高かったのは最初のみで、詠唱時間の短い魔法では、魔法を遮断する金属質の外殻に僅かな傷をつけるだけだった。

 

 

「魔術師部隊は再度魔力を集め、高威力魔法の準備を!自警団は、時間を稼げ!」

 

「アドル魔術長!ひよっこ共が魔力を使いすぎて目を回しています、後退させた方が・・・。」

 

「やはり無茶をさせてしまったか、しかし、ここで全力を出さねば明日は無い、見習いは牽制攻撃だけで良い、自警団を援護しろ!」

 

「了解、伝えてきます。」

 

「しかしこんな規模の襲撃は初めてだ、一体何が起きたと言うのだ?」

 

 

 

 

 

魔法の一斉攻撃で出来た鋼蟷螂の死骸の山を踏み越えて、次々と新たな鋼蟷螂が自警団に殺到する。

鋼蟷螂の群れの勢いが激しくなると、自警団はバリケードまで後退した。

バリケードの上から長槍で這い上がろうとする鋼蟷螂の頭部を潰し、あるいは熱湯や熱した油を浴びせ、鋼蟷螂の足止めをするが、早くも自警団に疲れが見え始めていた。

 

「ぐぅっ!何という数だ、このままでは押し破られる!!」

 

「タルカス!!持ちこたえるんだ!次の一斉攻撃まであと少しだ!死骸の山も積みあがってきたし、そろそろバリケードを後退させよう!」

 

「分かっているアルティシア、仲間の死骸を足場に上ってこられては困るからな!」

 

「一向に減る気配がないね、全く、暫く蟷螂の丸焼きには困らないかもね。」

 

「戦いに敗れれば俺たちが食われる!くそっ!一斉攻撃はまだか?」

 

 

ドオオォン!!!

 

その時、村から少し離れたところから、火炎魔法の炸裂と似た轟音が響いてきた。

別働隊が鋼蟷螂の群れを引き受けたのだろうか?断続的に聞こえてくる音に耳を傾けつつ、目の前の鋼蟷螂を倒し続けるトワビト達

 

「鋼蟷螂の群れが音のする方向に逸れて行く?別働隊が引き付けてくれたのか?」

 

「いや、そんな話は聞いていないが・・・。」

 

「っ!!まて!、確かあの方向は、森の外の連中が集まっていた場所ではないか?」

 

「馬鹿な、奴らは魔力を持たない種族ではなかったのか!?どういう事だ!アドル魔術長!!」

 

「分からぬ、あの者たちは魔力を持たず、幻惑魔法が効かぬ見た事も無い亜人だった筈、魔力を持たない者が魔法を使える訳がない・・・。」

 

「断続的に聞こえる炸裂音は魔法以外の何だと言うのだ!もしや、我らに感知されない方法で魔力を抑えていたと言うのか?」

 

「その可能性もあるな・・・いや、しかし、これは逆に好都合だ、鋼蟷螂どもが分散したお蔭で、我々もやり易くなる」

 

「そろそろ、次の一斉攻撃が撃てるな・・・・自警団に後退命令を出せ!」

 

 

 

一方、自衛隊のベースキャンプは、無数の鋼蟷螂の襲撃に忙殺されていた。

 

「良く狙って撃て!弾を無駄にするな!!」

 

「あんなデカい蟷螂が出るなんて聞いていないぞ!?」

 

「本部に支援要請は出したのか!?」

 

「イロコイの編隊が此方に向かっています、それまで持ちこたえてください!」

 

「畜生、どんどん集まってくるぞ!?持ちこたえられるのか?」

 

「耳長の連中は大丈夫なのかねぇ、槍や弓でこんなのしのぎ切る自信なんてねーぞ!」

 

「今は自分たちが生き残るのが先決だ、持ちこたえるぞ!」

 

鋼蟷螂の群れは、クレイモア地雷の炸裂で大きく数を減らしていたが、最後のクレイモアの爆発の後、勢いを取り戻した巨蟲達は、一気に自衛隊のベースキャンプに押し寄せてきた。

MINIMIやカールグスタフ、その他火砲類が次々と火を噴き、鋼蟷螂の肉体ごと地面を耕し、大量の死骸を作り上げ、物量で迫る鋼蟷螂の群れの進行を止めていた。

 

 

「意外と硬い、ロクヨン1発じゃ倒れねぇ!!」

 

「MINIMIがそろそろ弾倉が空になる、カバーしてくれ!!」

 

 

火線を集中させ、鋼蟷螂の群れを蜂の巣にするが、弾が尽きるのは時間の問題だった。

そんな中、一人の自衛隊員が、天幕の中から何か小さな缶の様な物を複数持って、おもむろに地面に設置した。

 

 

「おい、お前何やっているんだ?缶に水なんて注いで?」

 

「城塞都市で起きた鎧虫襲撃事件の時に偶然発見された、奴らの弱点さ。」

 

「それって、部屋でゴキブリが出たとき使う奴だろ?こんな開けた空間で使ってもあまり意味がない気がするんだが・・・。」

 

「ところがどっこい、こっちは風上なんだな、生態系汚染とか言ってられんよ、生きて帰ることが先決だ。」

 

「ったく、効果なかったら怒るからな!」

 

 

水を入れると大量の殺虫性の霧を発生させる室内用殺虫剤が、自衛隊のベースキャンプをモクモクと灰色に染め上げる。

日本のドラッグストアで誰でも手軽に買えてしまう室内殺虫剤は、途中まで凄まじい勢いで接近していた、鋼蟷螂の群れに劇的な効果を発揮した。

 


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