使者が来るまで自衛隊はトワビトの村の外で待機となった。数回、森の原生生物の襲撃を受けるが、何れも被害を出さず撃退、そして後日、トワビトの村から使者が訪れた。
『大分待たせてしまったな、トワビトの魔術部隊を指揮するアドルと言う者だ、階級は魔術長、我らの村へ案内しよう。』
『よろしくお願いします。』
豪華な刺繍が施されたローブのトワビトが、自衛隊のベースキャンプに訪れ、交渉役の自衛官と護衛を数名だけ村に入る事が許可され、彼女に村の案内を受けた。
ウミビト達と交流を持つ者という事が、彼らに知られたのが切っ掛けか、前に比べて多少態度の軟化が見られたが、それでもまだ警戒の色が抜けないのか、チラチラと交渉役の自衛官を監視する様な動きがみられた。
「やはり、警戒していますねぇ。」
「仕方ないだろう、外であれだけ大騒ぎをすりゃぁ、誰だって驚くさ」
「あのグリプトドンもどき、全長2500cm全高880cm程あったってさ、あんなの倒せばそりゃぁな・・・」
『雑談している所、悪いが、ここが村長の屋敷だ、村長の前で、くれぐれも粗相の無い様にな。』
『おっと、これは失礼、それではお邪魔させて頂きますよ。』
トワビト村の村長の屋敷に入り、会議室として使われている大きな部屋に入ると、トワビト村の幹部達と村長の視線が集まる。
『話し合いの場を設けてくれて有難う御座います。私は、日本国陸上自衛隊の柳田と申します。』
『前大戦の英雄の末裔にしてトワビトを纏めし者、オルディオスだ』
『自警団団長、タリス』
『村長オルディオスの娘、アルティシアです。』
『改めて、自己紹介しよう、魔術部隊魔術長、アドルだ、宜しく頼む。』
自己紹介が終わると、円卓に新しく設けられたと思われる、他の席とは違う小さな椅子に座るように、村長が目線を送る。
『すまんな、村の外から客人を招くという事が今まで無かったのだ、些か小さいかもしれんが、我慢してくれ』
『ははっ、大丈夫ですよ。』
『して、遠路はるばる我らの村に一体何の用事かな?』
『我々は森の調査を行っているのです、未探査領域の調査の最中、貴方たちの集落を発見し、交流を持とうと訪れました。』
『ハ 魔物がひしめく森に、訪れ、調査のついでに交流を持とうだと?私は騙されんぞ、我らを利用して、この森を貴様らの物にしようとしているのではないか?』
『タリス団長!!』
鎧を着こんだ自警団団長が、あからさまに柳田を威圧する。
『いえ、我々はあくまで学術的な調査を行っているのです、勿論資源調査も行っていますが、貴方たちの領域を侵そうとは思っていません。』
『資源調査?ふん、どうせ資源を見つけた瞬間、邪魔になった我らを滅ぼす為にあの鎧虫を嗾けるつもりだろう?』
『いいえ、我々日本人は、武力をもって他国から略奪をする事は、固く掟で禁じられております、そもそも、戦争を仕掛けること自体、掟破りなのです。』
『戦争を仕掛ける事を禁じる掟?そんな馬鹿げた物あるわけなだろう?』
余りにも彼らの常識から逸脱した話に、その場の数名があきれ返る。
『我々日本人は、日本国は、この世界とは別の世界から飛ばされて来たのです、その掟は前の世界で経験した大戦争の教訓で決められたものです。』
『別の世界だと?それこそ馬鹿げた話だ、貴様らが過去にどんな戦を経験したのか与り知らぬ所だが、人間とは、略奪と共に生き、破滅に向かう生き物だ、戦など禁じる事は出来ぬよ。』
『そもそも、貴方達の強大な魔導兵器の存在が、その掟とはかけ離れた存在に見えます。貴方は本当の事を言っているのですか?』
村長の娘であるアルティシアが疑いの眼差しで見つめる。
『我が国は戦争を禁じる掟は持ちますが、他国から戦争を仕掛けられた場合、国を守るために戦う事は許されております、自衛隊とは、自らを守る者達と言う意味を持ちます、軍隊ではありません。』
『お主らの持つ力は、国を守る力としては、余りにも禍々し過ぎる、古代重甲獣を仕留める火を噴く羽虫と破壊の矢、これだけでも一つの国を滅ぼせる。』
『遠目から観察させて貰ったが、貴方達は自警団と言うよりは、国の下で正式に軍人として訓練された騎士では無いのか?あそこまで規律のある動きは軍隊以外あり得ない。』
『我々自衛隊は、日本国を守るために日々鍛錬しております。そして、同時に戦わぬ事を誇りとし、抜かずの刀として存在し続ける事に意義を持ちます。』
『信じられんな、貴様らもまた、裏切るのだろう?我らとウミビトを罠にかけた1000年前と同じように。』
『それは一体どういう・・・。』
『タリス団長、お主は少し黙っていてくれんか? ふむ、では我らがトワビトの歴史を語ろうか・・・。』
約1000年前、この大陸全土を巻き込む戦いがあった。
大陸のとある小国が、ある日強大な魔力を持った蛮族の襲撃により滅びたのが、きっかけだった。
蛮族は、倒した者を食す事で、その身に力を取り込むことが出来ると言う信仰を持っており、同じ人間であろうと関係なくその胃袋に押し込んでいった。
事実、魔石を宿すほどの力を持った人間を食す事で、その力を丸ごと取り込んでいった彼らは、凄まじい魔力を持ち、魔力の影響で禍々しい姿に変貌していた。
大陸の国々は、後に人食い族、又は魔族と呼ばれる彼らの元につく者と、彼らと対抗する者に分かれ、血で血を洗う戦いを続けた。
元々青々とした大草原が広がっていた大陸は、戦火の影響で、次第に色褪せ、ひび割れた大地が続く荒野へと変貌していった。
だが、リクビトの中に人食い族に対抗する、超人が現れたのだ。超人は全身の骨を折るような外傷も瞬く間に完治してしまう驚異の回復力を誇り、肉体の限界を超えた力を発揮する事も出来た。
後に超人たちは、英雄と呼ばれるようになり、人食い族に対抗するための希望となっていった。
そして、人食い族の本拠地である城塞都市をたった数百名と言う少人数で陥落させ、英雄たちは、人食い族の長の首を刎ね、大陸を巻き込んだ大戦に終止符を打ったかのように見えた。
しかし、英雄たちの不死身ともいえる驚異の回復力の正体が、ウミビトの肉によるものと判明した瞬間、リクビト達は、同盟関係であったウミビトと英雄たちを裏切り、罠にはめた。
多くの英雄達とウミビト達が、凶刃に倒れ、散り散りに別れて行き、遂にその姿を見たものは居なくなったと言う・・・。
・・・・だが、その話にはまだ続きがある。
生き残った英雄たちは、残された力を植物の種子に注ぎ込み、大戦で出来上がった死者の連なる丘陵に埋めた。
死者の肉と魔力を吸収しつつ成長した木々が森と化し、腐敗した大地に生命を宿し、崩れかけた生命の循環を復活させ、英雄たちは森と共に生きる決意をした。
そして、魔物達との激しい生存競争と、森に満ちる濃い魔力の影響で、英雄の子孫たちは、リクビトとは違う姿に変異した。
これが後のトワビトである・・・。
『そう、我らが存在出来ているのは、ウミビトの王が自ら差し出した肉と、秘宝のお陰。故に海の民には返しきれないほどの借りがある。』
『我らは悔いているのだ、かつての友を裏切る事になってしまった事を・・・そして、己の欲望のために裏切ったかつての同胞であるリクビトを強く憎んでもいる。』
『故に荒野から訪れる者は、信用していない、放浪の旅から帰って来た仲間の話によると未だに争いを続けているそうではないか?貴様らも同じに決まっている。』
『我々日本国は、彼らの戦いに参戦しておりません、襲撃されたことはありますが、いずれも撃退・無力化して大事には至っておりませんが・・・。』
『身を守るための戦いと言う奴か?ふん、言葉遊びをするのが貴様らの中での流行りなのか?』
『ウミビト達も保護したと見せかけて、皆殺しにして肉を剥ぐつもりだろう?己の命を伸ばす為なら何でもするのがリクビトだ。』
『私たちはリクビトではありません、恐らくウミビトの肉を食べても寿命が延びることは無いでしょう。』
『リクビトでは無い?確かに貴様らから魔力を感じないが、一体貴様らは何者なのだ?』
『私たちは、地球と言う世界から、この世界に飛ばされて来た人間です。姿は似ていますが、全く別の種族なのです。』
『チキュー?先ほどから言っていた別の世界と言う奴か・・・確かに魔力を感じない人間を見るのは初めてだが・・・。』
使節団に疑惑の視線が集中すると、暫くして豪華な刺繍の施されたローブの女性が立ち上がり口を開いた。
『私が思うに、彼らは本当に別の世界から訪れた存在なのかもしれぬ・・あの羽虫と言い、魔道具と言い、魔力を一切感じることが出来なかった。』
『アドル魔術長?奴らの狂言を信じると言うのか?』
タリス団長が目を大きく開き、唖然とした表情でアドル魔術長を見つめる。
『では、聞くぞタリス団長?、魔力を感じず、我らの幻惑魔法を一切受け付けず、魔力を伴わない破壊をもたらす彼らの存在は一体何だと言うのだ?』
『それは・・・・。』
『確かに、別の世界から飛ばされて来たと言うのも最初は馬鹿馬鹿しく感じたが、此処まで状況的証拠が揃ってしまえば信じざるを得なくなる。』
『では、改めて聞こう、海の民を保護し、我らに接触を試みた異空の国ニーポニアは何を望む?』
柳田は、顎に手を当てる動作をした後、手を元に戻して、笑顔で答えた。
『我々は、貴方達と対等な友好関係を築きたいのです。海の民と荒野の民、そして貴方達、皆が手を取り合えば、きっと平和的な発展が望めると思います。』
『子供じみた事を・・・だが、お前たちを通じてウミビト達と接触出来るかもしれないのは、魅力的だな。』
『えぇ、一度私たちの国に訪れて、色んな国の人と話をしてみませんか?最近になって空の民とも交流を持ちましたし』
『空の民だと!?馬鹿な、大戦初期に空に逃げた連中が、何故貴様らと関係を・・・いや、あの羽虫を使ったのか・・・。』
トワビト達の中で再び衝撃が走るが、ふと空を舞う槍と火を噴く羽虫の存在を思い出し、納得の表情をする。
『百聞は一見に如かず、ですよ、見るのと聞くのでは大きく違います。』
『妙な言い回しをする・・・だが、興味がわいたのも事実だ。』
『では!!』
『うむ、アルティシア、アドル魔術長。』
『はっ!!』
『お主らを使節として彼らの国に送る、異論はないな?』
『異論など御座いませぬ!私も少なからず興味がわき始めていたので!』
『父上、行って参ります。』
『では、異空の民・・・いや、イクウビトとでも呼ぼうか、彼女らをお主らの国に連れて行くが良い。』
『えぇ、彼女たちは責任をもって無事に連れて行きます、貴方達と本格的に交流が持てるよう祈っております。』
『ふん、だが、他の国に我らの村の位置は漏らすなよ?面倒事を持ち込まれては堪らん。』
『お約束致します。』
彼女たちが日本へ渡航した後、日本のとある大学の研究室が賑やかになるのは、また別の話である。