東京都の、とある大学研究所の図書室に、二人の異邦人が訪れ居ていた。
大森林奥地に住居を構えるトワビトの代表として海の国の有力者と会うべく、海を渡り、遠路遥々やって来たのであった。
「物凄い量の書籍だな・・・これと同じくらいの規模の図書館がこの国には無数に存在するらしいが、俄かに信じ難い事だ。」
「アドル魔術長、やっぱり職業柄こういうの物には興味がるのかい?」
「そう言うお前も子供みたいに目を輝かせているじゃないか、アルティシア、まぁ、文字が読めなければ意味がないのだがね、まずは翻訳から始めるか・・・。」
「待たせましたね、アドル魔術長、アルティシア嬢、海の国のポール戦士長が丁度この大学に訪れているみたいです、さ、彼らの下へ行きましょう!」
「手間をかけさせたな、ヤナギダ殿、すまない。」
「さて、私もトワビトの長の娘として、やるべき事はやらないとね。」
「では、そこのエレベーターに乗って、4階まで上がりましょうか。」
「「エレベーター?」」
機械仕掛けの鉄の箱が、強靭なワイヤーで吊り上げられ、上の階まで登ってゆく、二人のトワビトは、小さな小部屋がそのまま動く事に驚嘆していた。
「はぁ、こりゃ驚いた、小部屋が勝手に動いて上の階まで引き上げられるのかい?」
「何とも言えない感覚だな、やはり魔力は感じぬか、一体どのような仕組なのやら・・・。」
「大陸からくる人たちは皆驚きますね、日本ではまだまだ、貴方達にとって見た事が無い物で溢れていますよ。」
「それは楽しみだ。」
「では、こちらへ」
その頃、西本教授とポール戦士長は食堂で少し遅めの昼食をとっていた。
「このホットドッグと言う食べ物は、少し塩気が強いけど美味しいね。」
「へぇ、海で生活しているから、海水で塩味に慣れていると思っていたけど、塩辛く感じるんですか?」
「面白い着眼点だね、一応、リクビトと同じくらいには塩気を感じるよ。」
「意外ですねぇ、ウミビトは、海水を飲んで脱水症状にはならないのですか?」
「あぁ、リクビトはそういう症状があるみたいだけど、私たちは体表から塩気を排出できるからね。食事も海中でする事が多いよ。」
「そう言えば、海の国の食事事情と言うのは気になるところですね、どういう物を食べていましたか?」
「うーん、基本的に魚を丸かじりと言った所だけど、高熱魔法で海水を煮立てて、茹でる事もあるね。」
「ほうほう」
「海藻で包んだ水竜の肉と巻貝を凹型に削った岩に閉じ込めて熱する料理もあるね。ただ、海中だからリクビトみたいなスープ料理は楽しめないけどね、素材の味と言う奴だよ。」
「海に住もうが、陸に住もうが、食の欲求と言うのはあるのですねぇ。」
と その時、食堂の扉が開かれ、3人の人物が西本教授とポール戦士長が居るテーブルにやって来た。
「こんにちは、陸上自衛隊の柳田です。大陸の方から海の国の民に会いたいと言う方々がいらっしゃいました。」
「おっと、こんにちは、そのお二人は?」
「初めまして、大陸の大森林に住まうトワビトの長の娘で、アルティシアと申します。」
「お初にお目にかかる、同じく大森林のトワビトの魔術長、アドルだ、宜しく。」
「トワビト?大陸に大森林がある事は知っているが、そこに人が住んでいるなど聞いた事も無いが・・・。」
「英雄たちの子孫・・・と言ったら、驚きますかね?」
「!!」
「ポール戦士長、彼らはかつての大戦で生き延びた英雄たちの末裔らしいです。」
「柳田さん、どういう事ですかな?」
「西本教授、大森林の地形調査を行った時に、集落らしきものを発見したと言うニュースはご存知ですかな?」
「え・・えぇ、確かグローバルホークが大森林に大きな集落らしき構造物を捉えたと・・・それが、彼らですか。」
「英雄たちの子孫・・・と、仰いましたね、それを証明するものは?」
「アルティシア、あれを・・・。」
「えぇ、英雄たちの末裔にして、トワビトを束ねる族長の娘として、海の民にお返しする物が御座います。」
アルティシアが懐から幾何学模様の金属の小箱を取り出すと、呪文を唱え、金属の箱に光の筋が走り、箱の上部に画鋲ほどの長さの針の様な物が飛び出す。
「トワビトの長の血をもって、封印を解かん!」
箱から飛び出た針に指を押し付けると、血に濡れた小箱は赤い光を血管の様に走らせ、変形した。
スライド、回転、分解、再結合、小箱だった金属の外装は、中から現れた青い宝石をはめ込む装飾の様な物に変形していた。
「馬鹿な・・・これは・・・。」
「美しい・・・でも、これは・・・?」
「海王の魂・・・伝承通りの形をしている。」
「伝承って、決別の書の・・・?」
「貴方達が英雄達の子孫・・・我々を見捨てて大陸の何処かへ去った戦士たちの末裔か。」
「見捨ててなどいません!私たちは、荒野の民に裏切られ、死者の丘陵まで追いやられたのです!」
「リクビト達が、裏切ったのは知っております。しかし、何故今の今まで、我々から姿を消し続けていたのですか?」
「我らもまた、リクビトに追いやられていたのだ、海の国の戦士長よ、奴らは、この癒しの秘宝が目的だった様だが・・。」
「私たちは、命を懸けて、この癒しの秘宝を・・・海王の魂を守るため、多くの犠牲を出しながらも大陸各地を逃げ続けていたのです。」
ポール戦士長は、腕を組み暫く俯くと、首を振り、腕組みを解いた。
「癒しの秘宝・・・それは、かつて存在した、海の国を治めていた王の魔石、命と引き換えに不死と癒しの力を英雄たちに与えた海王の残滓」
「「・・・。」」
「魔族とも言われた人食いの鬼人を不死と癒しの力をもって打ち滅ぼした超人の力の源・・・。」
「まず最初に、よく海王の魂を守り通してくれました、感謝致します。」
「!」
「そして、次に、我々は遥か昔に、荒野の民とは決別したとお伝えします。」
「っ!」
「わ・・・私たちは、ただ、謝りたかったのです!海の国の王の命に!海の民に!・・・かつての友に・・・。」
「この通りだ、戦士長殿!我々は償いきれない罪を背負ってきた。許されない事も分かっている、だが、我々の意思を伝えたかったのだ!」
「何も許さないとは言っておりません、この問題は、海の国の代表達と話し合わなければ解決は出来ないのです。」
「で・・・ではっ!?」
「えぇ、これから海の国の代表を集めなければなりません、貴方達もその時に来て頂きたいのですが、宜しいですか?」
「元よりそのつもりでした、感謝致します!」
「・・・・何か、私達置いてけぼりになってしまっていますね。」
「柳田さん、随分な大物を連れて来たね。こりゃ、日本政府も動かなきゃならなそうだ。」
後日、日本政府の仲介の元で、海の国と森の民の代表者同士の会談を行い、ウミビト・トワビト・日本の3国の国交が正式に結ばれる事になる。