異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第56話   旅人 ジェイク・マイヤーの手記1

「ゴルグガニアが陥落したらしいぞ?」

 

とある国の小さな町の酒場で、そんな噂を耳にしたのが始まりだったのかもしれない。

 

開拓が進まず、寂れていった故郷の村を棄て、当ても無い放浪の旅を続ける私は、行きつく街々の酒場などで噂話を聞いては話題に上がった場所に、立ち寄るなど自由気ままに過ごしていた。

 

「ゴルグガニアが?あれ程巨大な防壁に囲まれた城塞都市が陥落するなんて、どんな国と戦ったんだ?」

 

「海の向こうの国と戦ったらしい、ええっと、ニッパーだかニッポーだったか、妙に言いづらい名前の国だ。」

 

「ニパンだった気がする、で、そのニパンが何故ゴルグガニアを攻撃したかと言うと、国交を結ぶために派遣した使節団が殺されたかららしい。」

 

「おいおいゴルグガニアは正気なのか?そんな事をしたら、どんなに大人しい国でも怒り狂うだろうよ?」

 

「確定情報じゃないんだが、派遣された使節団は武装もしていないし、魔力も全く無かったらしい、それで舐め腐ってニパンに戦争を吹っかけた様だが・・・。」

 

「魔力無しを使節として派遣するなんて完全に人選ミスだろ、しかも丸腰でか?迂闊に戦争を仕掛けたゴルグガニアもそうだが、ニパンとやらも正気とは思えんな。」

 

私もこの話を聞いた時は、信じられなかった、魔力が低い者を使節として派遣するという事は、それだけ力のない国だという事を宣伝するようなものだ。

少なくとも、上級魔術師を使節として派遣しなければ、相手の国にも失礼と言う物だ、少なくともゴルグガニアには不評を買った事だろう。

 

「しかし、ゴルグガニアが陥落したという事は、ニパンにも強力な魔術師が居たと言う事だろう?何故使節団に加えなかったんだ?」

 

「最初(ハナ)っからゴルグガニアを攻め滅ぼすつもりで挑発したんじゃないか?無礼に出て来ないなら国交を結んで、そうでないなら蛮族として滅ぼす、そんな所だろ。」

 

「それはそれで回りくどいな、しかし、態々海の向こうから要塞都市を落とす程の戦力を派遣するなんて、凄い国なんだな。」

 

「流石に誇張だろうが、たった一晩でゴルグガニアが瓦礫と化したらしい、ま、そんな事、御伽噺の食人鬼でも無理だろう。」

 

私は、何度かゴルグガニアに立ち寄ったことがある。見上げるほどの大きさの立派な防壁に覆われた難攻不落の要塞都市、それが瓦礫の山と化すなど到底信じられなかった。

酒場の酔っ払い共は、まだゴルグガニアを陥落させた謎の国の事を話題に、酒を煽っているが、それを尻目に、私は酒代を女将に渡して宿に戻り、旅支度を始めた。

 

 

私は馬も使わず、自分の足で街道を歩き続け、1か月ほどしてゴルグガニアに到着するが、そこで信じられない光景を見た。

 

巨人の槌で叩き壊されたかの様に、大穴の開いたゴルグガニアの防壁や、無残に崩れ去った家屋、そして何よりも見た事も無い巨大な鎧虫の群れが街に集っているのだ。

斑模様の服装の集団がぞろぞろと、要塞都市周辺を歩いている、恐らくあれが例の海の向こうの国・・・ニパンの兵士だろう。

 

兵士と同じく斑模様に塗られた角を持つ鎧虫や、橙色に塗られたひときわ目立つ一本腕の鎧虫が使役され、瓦礫を運び出す光景を見ると、口を魚のようにパクパク開閉させる事しかできなくなる。

 

「これは一体どういう事だ・・・あのゴルグガニアが本当に瓦礫になっているなんて・・・・。」

 

私は無意識にそう呟いていた。

 

『アー・・・・ソコ・アブナ・ヨー』

 

「うわっ!?」

 

気が付けば、斑模様の兵士が、真横に居た。視界を移すと、瓦礫を積んだ緑色の鎧虫が後退しながらこちらに迫ってきていた。

慌てて、飛び退くと、目の前を巨大な鎧虫が、ピーピーと、奇妙な鳴き声を上げながら通り過ぎて行く。

 

『リョコー・ノ・カタ?イマ・ココ・アブナ・イョー。』

 

「あ・・ああぁぁ・・・。」

 

斑色の兵士が大陸で使われている物とは違う言語で話してくる、しかし、身振り手振りで何かを伝えようとしているのは解るが、如何せん何を言っているのか分からない。

 

「わ・・・私は、放浪の旅を続ける根なし草な者でありまして・・・特に身分を証明するものは・・・。」

 

その奇妙な姿と、顔全体を黒く塗った戦化粧、会話が通じない異国語と言う組み合わせが揃い、私は恐怖を覚え後ずさりする。

 

『アー・・・ゴルグガニア、崩レる、壊れル、怪我人、沢山、近寄ル、危なイ。』

 

斑模様の兵士は、今度は片言ながら大陸共通語で話し、ゴルグガニアを指す。

 

「あ・・貴方達がニパンの兵士ですか?ゴルグガニアは一体どうなってしまうのでしょうか?」

 

『アー・・・ゴルグガニア、復興すル、時間、必要、ニホン、街の住民、助けル、保護スる、治療する。』

 

これは驚いた、ニパン・・・いや、ニホンと発音していたか、この兵士達は、ゴルグガニアの住民を奴隷とせずに、保護し、治療まですると言うらしい。

 

『ゴルグガニア、戦い、あっタ、何故、来タ、ました?』

 

本来ならば戦の在った地域は、治安が悪くなり危険で、私の様に野次馬根性の者や、戦死した兵士の武具などを目当ての``腐肉食らい``しか訪れない。

 

「いえ、興味本位です。ニパ・・・いえ、ニホンはこの街を復興させると言うのですか?旅人の拠点として利用している人も多いので、助かりますが・・・。」

 

『ニホン、戦い、したくなカった、デモ、ゴルグガニア、襲って来た。』

 

どうやら、ニホンは、ゴルグガニアとの戦争は不本意だったらしい、しかし、何故この城壁に大穴を開けられる程の魔術師を使節として派遣しなかったのだろうか?力を持つ者ならば戦争を回避できた筈であるが・・・。

 

『ニホン、この大陸、知らなイ、国交、結ブ、きっカけ、欲しカッタ』

 

どうやら海の向こうと、この大陸とでは、作法が違うらしい、成程、それならば魔力無しを使節として派遣した理由も解る。

しかし、これ程の国力を持った国が何故今までこの大陸に訪れなかったのだろうか?

 

『他の国、教エル、ニホン、仲良く、しタイ、旅する、先、出来ますカ?』

 

「完全に理解したわけではありませんが、旅の行く先々で、ニホンの事を話せば良いのですね?」

 

『ソー・・・・出来る、出来た?有難ウ。』

 

斑の兵士は、真っ黒な顔で白い歯を見せながらにっこり笑う。

周辺に目を向けるとゴルグガニアを訪れる旅人と親しげに話す事から、恐らくニホンとやらは、好戦的な国では無いのだろう。

 

旅人や商人が大陸を渡るための重要拠点でありながら、周辺国にちょっかいをかける、厄介者だったゴルグガニアだが、ニホンの統治の元、少しはマシになるだろう。

 

海の向こうの国が、初めて大陸の国々に接触を持ち、大陸の勢力図が塗り替えられる、虫使いの国ニホンの来襲、私は大きく歴史が動くかもしれないと感じた。

 

そして、それから暫く経ち、ゴルグガニアを訪れた私は、ニホンによって新たに作られた更に巨大な防壁と、今まで見た事が無い程に栄えた新生ゴルグガニアを見る事になる。大陸の歴史は、確実に動き出していた。

 


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