異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第68話   地下都市の変化

大陸中央部を覆う山脈にひっそりと隠れ住み、地下で暮らしていた大地の民は、ふとしたきっかけで日本と交流を持つようになり、物資の運搬の為に、日本と共同で新規のトンネルを掘る事になった。

トンネルの出入り口は巧妙にカモフラージュされており、門を閉じると苔の生えた岩肌としか言えない外見になる。

魔物の出没する現地住民も近づかない森の中に建設された物なので、現時点では小型のトラックしか通れず、日本側は大変な苦労をしているのだが、大地の民は見た事も無い品々に目を輝かせ、トンネル堀りの熱意に火が灯り、爆発的な勢いでトンネルは拡張されて行く。

 

『よいしょっ、よいしょっ・・・ふぬぅ~~・・・ボタ石でも袋一杯だと重いよぉ・・・。』

 

大地の民、土の民、槌の民とも呼ばれ重量のある金槌を軽々と扱う怪力自慢のツチビトだが、子供は幾らか力が弱く(とは言え、日本人の小学生を基準にすると十分に怪力なのだが)大人の掘ったボタ石や砂利などを棄てる仕事の手伝いだけで採掘作業には加わっていない。

運搬作業だけでも日本なら大人でも悲鳴を上げる重労働なのだが、子供でもツチビトはツチビト、その無尽蔵とも言える体力で大人に負けじとボタ石を運んで行く。

 

『やぁ、おはようペトラちゃん、今日も朝早くから精が出るね。』

 

『あ、ジエーカンのおじさん、おはようー。』

 

ペトラが初めて出会った日本人の内の一人で、何度か顔を合わせるうちに顔見知りになった自衛官だ、しかし名前は知らない。今回は、トラックと言う鎧虫の護衛でついてきたらしい。

 

『みてみて、おじさん、このトロッコっていう荷車ってすごいねー、私達が使っていた荷車よりも楽に沢山運べるんだよー!』

 

『あぁ、凄いね、でも幾らトロッコとは言え、そんなに積んだら重くないかい?』

 

『ううぅん!大丈夫!普通の荷車よりも軽く感じるくらいだからっ!』

 

満面の笑みで、答えるツチビトの少女。額に汗をかき、大人用のぶかぶかな作業服を汗で湿らせ、相当な重労働さを感じさせている。

 

「(アー・・・コノコ、ハンスケドロワーズ デ、クロヒモパン ノ クミアワセ ナンダヨナー・・・。)」

 

『・・・・?』

 

小声でニポンの兵士が母国語で何かつぶやいているが、聞き取れなかった、多分取るに足らない事なんだろうと思い、再びトロッコを押し始める。

 

『それじゃぁ、気を付けてねー。』

 

片手でトロッコを押しながら手を振る少女を見送ると、ため息を付いて岩肌に寄りかかり、水筒に入れたスポーツ飲料を一口飲む。

 

 

以前、調査用の蛇型ロボットを操作している時に彼女の服に誤って突っ込ませてしまい、その時の映像記録に残っていた画像を見て呆然としてしまった事があるが、汗をかいている彼女の服の下は今どの様な事になっているのだろうか?

そんな事を一瞬想像してしまうが、首を振るって煩悩を消し去る。・・・しっかりしろ、彼女はまだ子供だぞっ!・・・と

 

 

拡張工事を続けるトンネルを抜けると、広大な地下洞窟が広がっており、その中央部に聳える城塞の様な物がツチビトの地下都市である。

日本と国交を結ぶまで、炎の魔石や篝火などで照らされていた地下都市だが、日本が持ち込んだLED照明で照らされており、遠目からでもわかる程に活気で満ちている様に見える。

電力は、日本の企業が研究に研究を重ねて改良に成功した正式採用型の魔石式ジェネレーターで賄っており、緊急用の補助電源装置として従来の燃料式発電機が設置されている。

 

日本から齎される宝飾品や、美味な酒類、書籍などは大地の民にとって垂涎の的であり、競う様に日本から購入をしている。主に町の有力者たちが・・・だが・・・。

 

 

『ふむふむ、このウィスキーなる酒は、穀物から作られた酒なのか・・・我らの芋焼酎とまた違った風味があるのだなぁ。』

 

『槌の民の芋焼酎も絶品ですな、嫌な臭いもしないし、焼けるような喉越しも酒好きにはたまらないです。』

 

『おう、ツチビト自慢の一品だぞ!がはははっ、このニポン酒とやらも素晴らしいな!透き通った味なのに酒精も強い!不思議な味わいだ!』

 

 

日本の商隊が訪れるたびに、飲食店の多い地下都市の広場で酒好き同士が集まり宴会が開かれており、休暇中の日本人も顔を出すようになり、計らずとも両国の交流が深まりつつある。

 

 

賑やかなのは地下都市だけでは無かった、日本が持ち込んだ採掘用の工具も重宝され、今までの常識ではありえない速度で採掘が進んでいる。

 

 

『ふははははっ!ふぅぅぅはははははぁ~~~~っ!!!俺のドリルが岩盤を貫くぜぇぇぇ!!』

 

『ヒャッハー!!穴だらけにしてくれるわぁぁぁっ!!』

 

『お父さん、ジルバおじいちゃん、恥ずかしいから止めて・・・・。』

 

苦心してやっとの事で掘りぬいていた頑丈な岩盤もガリガリと音を立てて呆気なく穿たれる。この脅威の日本の魔道具を手に、脳内麻薬をまき散らしながらハイになるツチビト達。

今までの鬱憤を晴らすかのように、関係ない岩盤も勢い余って掘りぬく事もあり、その度に差し入れを運びに来た娘や奥さんに引っぱたかれ正気に戻される光景が繰り広げられている。

 

『痛ててて・・・すまん、ペトラ、調子に乗り過ぎた。』

 

『はぁ、凄い魔道具を使わせて貰って嬉しいのは解るけど、程々にするんだよ?』

 

鶴嘴とハンマーが一体化した様な形状のツチビトの工具で軽く小突かれ頭を押さえるモーズは、反省する。

 

『お母さんも怒っていたよ?周りに迷惑をかけ過ぎだ~~って。』

 

『ルベルか、あいつにも最近苦労をかけているな・・・少し反省するべきか・・・。』

 

『ワシも年甲斐も無く暴れすぎたかのぅ・・・。』

 

『ちゃんと反省してね!!・・・・でも・・・。』

 

『どうした?ペトラ?』

 

『ニポンと交流を持つようになって、私達、良い方向に変われたかもね。こんなに楽しそうなお父さん達は初めて見るもん!』

 

採掘作業をしていた大人たちは口元を綻ばせ、少女の頭を埃で汚れた手で、ぐしゃぐしゃに撫でまわした。

 

『痛いよお父さん~~・・・』

 

『そうだな、こんなに楽しく穴掘り出来たのも久しぶり・・・いや、これ程の物は初めてかも知れんな。』

 

『ワシ等は少し、閉鎖的すぎたのかも知れんのぅ・・・。』

 

『外の世界はどれだけ危険なのか、どれだけ残酷なのかも知っているつもりだったが・・・・。』

 

『どれだけ多くの可能性を秘めているのかを忘れておったのだな・・・・。』

 

『えへへ・・・このトンネルみたいに外の世界の人たちと繋がれると良いね!!』

 

 

そして、彼らは日が傾くまで採掘作業を続けた。このトンネルが後に、大陸中央部まで通じる貫通トンネルになるのは、大分先である。

 

 

 

 

 

繭虫の糸袋服 通称:半スケのドロワーズ 

 

巨大な蛾の様な羽虫の幼虫から剥ぎ取られる糸袋の内側にある粘液を薄く広げると、半透明の繊維に固まる。

継ぎ目のない丈夫な繊維は、大地の民に重宝されており、衣服のインナーとして使われる。

 

 

 

虫食い蛇の皮下着 通称:黒紐パン

 

地下洞窟の湖に生息する鎧虫を主食とする巨大な蛇の皮から作られた下着。

摩耗に強く、張り付くような着心地が密かに人気らしい。

採掘作業などで消耗の激しい環境では、様々な服の補強材としても使用されている。

 


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