異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第77話   大陸水族館

日本がこの世界で初めて接触した国であり、そして初めて日本が戦った国、ゴルグガニア。

自衛隊の砲撃で街は大部分が崩壊し、瓦礫の山となっていたが、日本が占拠して月日がたち、街は機械化が進み夜も眠らぬ光の街となった。

現在は、大陸に展開する為の重要な拠点として更なる開拓が進み、飛行場や港まで通じる大きな道路が設置される予定である。

 

城塞都市ゴルグの一角に建設された大陸中の動植物を研究する生物研究所にて、一部が一般に開放され、大陸初の催しが開かれるのであった。

 

「なぁ、凄い人集りだな、ありゃ一体何なんだ?」

 

「さぁ?スイゾクカン?とか言う物が開かれるとか?何でも水に住む生き物を集めて見世物にするんだとか?」

 

「はぁ、水の中の生き物ねぇ・・・美味そうな奴は泳いでいるのかな?」

 

「おいおい、やめとけやめとけ、あの建物の動物はニーポニアの物だ、勝手に持っていこうとすると兵隊さんに連行されちまうぞ?」

 

「うぇぇ、おっかえねぇ・・・でも、そんなもん見て面白いのかね?川に行けば、魚なんて幾らでも取れるだろう?」

 

「噂では、大森林の魔物も飼育しているらしいぜ?」

 

「はぁっ!?大森林の魔物だって?そんな危ない物捕まえて、見世物にするのか!?人死にが起こるぞ!」

 

「まー、真偽はともかく、危険な生き物は頑丈な箱に入れているらしいから、安全らしいけど、怖い物見たさで行ってみたくなるな。」

 

「俺はごめんだぜ、行くってんなら、止めやしないが骨は拾えんぞ?」

 

「はははっ、無事に戻ってきたら自慢してやるよ!」

 

 

元々、一般公開する予定は無く、生物の研究により伝染病の予防や治療方法の模索、危険生物の対策などを行う研究所であったが、度々武装した農民などに囲まれ、魔物を飼育している事に対して抗議を受けていた。

そこで、研究所は民間にも魔物と呼ばれる大型生物に慣れてもらうために、捕獲した生物の中で安全と判断された物だけ、動物園や水族館と言う形で、一般公開された。

 

まだ設備は整っていないので、持ち運びが容易な水槽を並べ、急造された大型水槽に大型生物を移し、フェンスで囲っただけの簡単な構造の物であるが、娯楽の少ないこの世界では、開館前から話題になっていた。

 

 

 

 

ママスチオ   通称:斑鱒

 

日本に生息する鱒に似た姿の魚。大陸中の河川に生息しており、高い適応能力を持つ。雑食性

幼魚の頃は、特定の縄張りを持たず、餌を探して徘徊するが、成体になると餌が多く取れる岩場などに縄張りを持ち同族を排除する。

雌は産卵のために栄養を蓄えるために縄張りから出て来ないが、繁殖期になると雄は、縄張りを放棄し、雌を探しに行く。

雌を見つけると、雄はヒレを大きく開いてセックスアピールをするが、他の雄に妨害される事もあり、体当たりなどで実力で排除される事もある。

また、他の雄を撃退しても、雌に気に入られなければ、雌に体当たりを受け絶命する事もある。

各地で食用に捕獲され、斑模様のきめが細かければ細かい程、高く取引されている。

 

 

 

レージママスチオ  通称:虹斑鱒

 

日本に生息するニジマスに似た姿の魚。濁りの無い澄んだ河川に生息する雑食性の魚。

繁殖力は斑鱒よりも高く、倍以上の卵を産卵するが、その内に生き残るのは極僅かで、その多くが天敵に捕食される。

生息地域付近の集落では、食用魚として親しまれており、産卵期になると肉の味が落ち、旨みが卵に凝縮されるので産卵期の虹斑鱒の肉と骨は肥料にされる事が多い。

しかし、産卵前の若い個体は、脂が少なく、淡白としつつ甘みのある味なので、塩焼きが絶品。

虹斑鱒は、ヒレで雌にセックスアピールするのではなく、太陽光を鱗に反射させ、踊る事で雌の気を引く。

 

 

「へぇー・・・いつも食っているこの魚って、こんな風に暮らしているんだなー。」

 

「ねぇ、この箱の中の魚食っていいの?」

 

「駄目に決まっているでしょう!見世物なんだから!」

 

「ちぇ~・・・後で釣って来るかぁー・・・。」

 

この大陸では・・・いや、この世界では人間以外の生き物がどの様な生態系を持っているのか興味を持つ者は少ない。

しかし、水族館で簡単な生態系の一部を書く事で、この街の住人には動物の生態系と言う新たな概念が生まれつつあった。

 

「うわぁ・・・でっけぇ箱だなぁ・・・。」

 

「箱と言うよりは、建物でしょ?・・・でもこれってどう見ても魔物だよねぇ?」

 

大きな水槽の底に、人間の胴体ほどの大きさのある赤茶色の甲殻類が蠢いている。

そして、水槽のガラスに鋏を叩き付け、鈍い音が響く。

 

「ひっ!?」

 

「こ・・この透明な板、割れないだろうなぁ!?おっかねー。」

 

 

 

レディカガロヴァ  通称:紅重殻蟹

 

水深の深い河川に生息する蟹に似た甲殻類。雑食性

普段は水底の水草を毟っては口に運んでいるが、近くを小魚や水生昆虫などが通ると、巨体に見合わぬ俊敏さで副腕を使い捕食する。

大きな鋏はさながら巨大な金槌の様で、捕食には適さないが、外敵や縄張りを犯した同族に対する武器として機能する。

雄は巨大な鋏を持つが、雌はそれほど大きくならない。その代り、繁殖期限定で雌は雄よりも大型化する。

雌は産卵後、力尽き、生まれてくる幼生の糧となり、幼生が肉眼で確認できるほど大きくなる頃には親の死骸は外殻しか残っていない。

本種を食用とする集落は現時点では確認できないが、泥抜きして臭みを消せば、食用は可能と判断された。

 

 

 

ベルグードガロヴァ 通称:黒鉄重殻蟹

 

水深の深い河川に生息する蟹に似た甲殻類。鉱物食を含む雑食性

水底で、鉄分を多く含む砂粒と一緒に有機物を食べているが、小動物の存在を感知すると砂に潜り、待ち伏せする。

鋏は金属質に変性しており、天然の金槌となって獲物に重い一撃を打ち付ける。

産卵期になると、より大きな獲物を求めてより水深の深い場所に移動して、時には天敵さえも戦いを挑むほど狂暴になる。

雄は、仕留めた獲物を巣に集め、雌を招いてそこで産卵・放精し、次の繁殖期に備えて新たな巣を作りに行く。

古巣で羽化した卵は、雄の集めた獲物を糧に成長し、備蓄が無くなると独り立ちし餌を探して彷徨う。

本種は食用に適しておらず、いくら泥抜きしても泥臭さが消えず、重金属を含む疑いあり。

 

 

「こ・・こんな生き物もニーポニアは見つけていたんだ・・・川にこんなのが居るなんて知らなかったよ。」

 

「いや、漁師が時々、網に引っ掛かったのを見つける事はあるぞ?もっとも、危なっかしくて逃がしちまうが。」

 

「ん?見てみろ、何かするらしいぞ?」

 

強化ガラスの向こう側から、飼育員が現れ、バッタの様な虫を水槽に沈め、もぞもぞと溺れた様に蠢いている。

そして、次の瞬間、水底に居た赤茶色の甲殻類が、砂煙を上げながら飛び、器用に副腕でバッタの様な虫を捕える。

 

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 

「すげぇ、あんなにデカいのに素早いのか!」

 

「お・・お母ぁさん~~。」

 

「だ・・大丈夫よ、多分、見世物にしているくらいだから・・。」

 

水槽の赤茶色の甲殻類は、バッタの様な虫を口に運び、引き千切る様に咀嚼して飲み込んで行く。

 

「街の外で見かける魔物もどんな風にして暮らしているんだろうなぁ?」

 

「そうだよなぁ・・・そもそも、スイゾクカンと言う奴は、水の中の生き物しか扱っていないんだよなぁ・・・?」

 

水族館に訪れた観客の一部は、ちらりと水族館の隣にある、獣の声が聞こえてくる施設に目をやった。

 

「あっちの中身も気になるよなぁ・・・?」

 

「あぁ、こんなもの見せつけられちゃ、あっちの魔物も気になるよ。」

 

 

そう、既に生物研究所に運び込まれた魔物のクレートは目撃されているのである。

水族館の公開後、陸の動物を見たい住民が、陸のスイゾクカン・・・すなわち動物園を求めたのであった。

 

これ以降、娯楽の少ない世界で、水族館と動物園は大陸中の国々から見物客を呼び込む観光名所として、大きく機能するのである。

その人気ぶりは、お忍びで異国の王族や貴族が訪れるほどのものであった。

 

 

 


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