まるで火山弾が降り注いだかのように、破壊痕が残るルーザニアの城塞都市。
未だに正確な死者の数は判明しておらず、行方不明者を含めると数万人に上ると言う。
捨て駒にし、貴族層の逃亡の為の時間を稼ぐ様に想定されていた山の麓の城下町が早期に降伏したため、殆ど無傷に近い状態で残っており、皮肉にも物資の調達や復興のための拠点として機能する事になった。
中枢機能を失った山頂付近の城塞都市は、比較的被害の少ない山の中腹の関所にその機能を臨時で移され、主を失った兵舎を書斎に改装して、戦後の処理を行う場となった。
「なに?峡谷付近に怪しい集団を見つけただと?」
ハイ・スペッカ王女が、積み上げられた書類の山に埋もれながら、首を擡げた。
「えぇ、薄汚れた鎧を身にまとった、集団が街の近くをうろついていたらしいのですが・・・。」
「どうした?」
「どうにも、獣のように四つん這いで歩き、奇声を上げながら自傷したり、あまりにも不気味な様子なのです。」
「それは・・・・なんとも・・・。」
「既にニッパニア軍によって、全員拘束されている様ですが、彼らにとっても扱いに困るらしく・・。」
「我々に押し付けたという事か。」
「兎に角、放置するわけにはいかないので、破壊を免れた牢獄を使用できないかとニッパニアから打診がありました。」
「まったく、力で我らをねじ伏せたと言うのに律儀な事だな、何にせよ不審者を放置するのは問題がある、牢獄の使用を許可しよう。」
「はっ、ニッパニア側に通達します。」
伝令が山の麓の城下町の自衛隊に、牢獄の使用許可を通達すると、暫くして土煙を上げながら数体の鎧虫が、山の中腹の関所に拘束した不審者たちを乗せて来た。
しかし、関所の警備を任されていた兵士たちが、その不審者たちを見て、驚愕と共に狼狽えていた。
「お・・・おい?お前さん、まさか討族隊の・・・。」
「あぇ?」
薄汚れて判別が困難になっていたが、それは、かつてニッパニアを撃退する為に結成された討族隊の兵士であったのだ。
声をかけられ反応したものの全く呂律が回らない状態で、顔の筋が不自然に引きつり、まるで悪趣味な造形の人形の様に固まっていた。
「あぇっぱにあ・・・ぃっぱにあ、ばけもの・・・ばけもの・・・。」
「おいっ!歩き方が変だぞ、大丈夫かアンタ!?」
「あ゛っ・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!」
突然蹲り、頭を掻き毟り始める兵士、その指の爪は剥がれ落ちて黒い瘡蓋が層になっており、頭皮もずたずたで、部分的に毛が抜け落ちて禿げていた。
「ひっ!?」
「に・・・ニッパニア軍のジエイタイよ・・・一体彼らに何をしたと言うのだ!?」
胸に、異世界大陸共通語をマスターした証である人魚の鱗のワッペンを付けた自衛官に、警備兵が恐る恐る尋ねる。
「・・・山頂にある城塞都市を吹き飛ばした兵器と同じ様な物で彼らを攻撃しました。一部が洞窟に逃げ込み免れましたが、恐怖のあまり精神が壊れてしまったのでしょう。」
「あ・・・あれを受けて生き延びたと言うのか!?・・・いや、しかし、これは・・・。」
「我々がPTSDと呼んでいる精神疾患の症状が出ております。できれば衛生面の整った設備に隔離しておきたいのですが、城下町では場所がありません。」
「何という事だ・・・・っ!?あの方は・・・まさか・・・。」
「うぅ・・・うぃひぃぃ・・・。」
「ジーン殿下!!ご無事でしたか!・・・ジーン殿下?」
かつて煌びやかに磨き抜かれた鎧は泥まみれになって見る影も無く、ジーン王子は頭を抱えながら地面に何度も頭を打ち付けている。
「ジ・・ジーン殿下・・・・まさか貴方まで・・・。」
「殿下?彼は王族の方なのですか?」
「あ・・・あぁ、このお方は、ハイ・ジーン殿下だ。ハイ・スペッカ殿下の腹違いの兄上であり、最も高い王位継承権を持つお方なのだ。」
「成程、では一度、ハイ・スペッカ殿下と面会させた方が宜しいですね。お召し物を用意しなくては、他の兵士の方も汚れた鎧を脱がせて清潔な服に着替えさせましょう。」
「ニッパニアは何故、敗者である我らにそこまでしてくれる?本来ならば捉えた時点で打ち首は確定していると言って良いのに・・・。」
「武士の情けでありますな、敗者にも情けは必要なのですよ。」
「敗者にも情けを・・・か、我らには存在しない概念だ、しかし、感謝するぞ、ニッパニアの兵士よ。」
ニッパニア軍は、敗残兵をルーザニア側に引き渡し、牢獄の視察をすると、顔を顰め書類に何かを書き込み、鎧虫に乗って城下町の拠点へと戻っていった。
『想定はしていたが、あの牢獄設備は予想以上に衛生環境が悪い。』
『まぁ、罪人や敵兵捕虜の扱いなんてこの世界じゃこんなものだろう。』
『しかし、衛生環境の悪化から疾病が広がる可能性もある。部分的に劣化している所もあるから、早急に応急修理を施す必要もありそうだ。』
『いっその事、新しく作っちまえば良いんじゃないか?その内、街道も整備されてこの国に来る車両も増えてくるだろうし、重機も持ち込まれるだろう。』
『ゴルグの開発がまだ途中だ、他の所にまで手を出そうとすると、無駄に費用がかさむだろう、この国には悪いが、もう暫く辛抱してもらうほかないだろうな。』
自衛隊は、視察を終え占領下のルーザニアの戦後処理を進めるため、大量の書類の山と格闘する事になる。
少しずつ人員は補充されてきているが、それでも限界近い処理能力を発揮し続け、脱落者が続出したと言う・・・。
ニッパニア軍が城下町に戻った後、ハイ・スペッカ王女は、生還したハイ・ジーン王子と面会し、兄の生還を喜んでいた。
しかし、兄の様子がおかしく、やがて変わり果てた兄に絶望するのであった。
「兄上っ!しっかりしてください!お気を確かに!?」
「ふぇっか・・・すぺっ・・・はひょふぉ・・・。」
目の焦点の在っていない兄の両肩を持ち、椅子に座らそうとするが、痙攣するように身体を上下させ、安定して座らせることが出来ない。
「兄上・・・・お疲れの様ですが、そろそろ休みましょう、王宮の物と比べると少し狭いですが、士官用のベッドがあります、さぁ行きましょう。」
「ひゃふむ・・・・すぺっか・・ひゅひゃない・・・。」
足がもつれて、上手く歩けない兄の手を引っ張り、寝室まで連れて行こうとするが、這いずる様に歩くジーン王子はまるで獣の様な姿であった。
「日が傾いてきましたね・・・長旅の疲れを癒してくださいな、兄上・・・。」
「ひ・・ひゃ・・・ひゃだ・・・嫌だ・・・。」
「兄上?」
「暗い!暗い!ひゃだ!嫌だ!真っ暗だ!やめろぉ!!」
「あ・・・兄上っ!?」
「暗いのは嫌だあああぁぁ!!明かりぃぃぃ!空が降って来る!崩れる!潰されるぅぅぅ!!!」
「だ・・・誰かおらぬか!?燭台を持ってくるのだ!なるべく多く!」
騒ぎを聞きつけた警備兵たちが、異様な光景に驚きつつも、兵舎にある燭台や松明をかき集めて、寝室に持ってくる。
「兄上、明かりをお持ちしました、もうこれで暗くはありません。」
「あ゛・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「兄上っ!?」
「ジーン殿下!?」
「火ぃぃぃぃ!!!火は嫌だぁぁぁ!!燃える、人が燃えている!やめでぐれぇぇっ!!」
ガリガリと血が出るまで頭を掻き毟り、ベッドのシーツを引き千切りながら体に巻き付け、激しく体を上下させる。
「兄上っ!火が無ければ夜の暗闇は明るくなりませぬ!お気を確かに!」
「がぁぁぁぁあああああ!!!」
突然スペッカ王女に掴みかかり、彼女の着ている服を肩から腹部まで強引に引き裂いた。
「きゃぁああああああっ!?」
体のリミッターが外れているのだろうか、凄まじい怪力で、それなりに丈夫な筈の布地が千切られており、スペッカ王女の引っ張られた部分が赤紫色に、うっ血している。
「兄上っ・・・な・・・なにを・・・ひっ!?」
「ジーン殿下!お止めください!!ぬぉっ!?」
その場に居合わせた者は、余りの光景で絶句した、千切った服やシーツを自分の首に巻き付け、締め上げ始めたのだ。
「がぁぁぁ!!ぐるじい!ぐるじい!やべでぐれぇっ!ぜぃーぬ゛!!俺が悪がっだぁ!!見捨てないでぐれぇぇ!!」
「っっ!!いかん、ジーン殿下を取り押さえろ!魔術兵!睡眠魔法を!なるべく強力な奴を頼む!!」
「兄上っ・・・兄上・・・あに・・ひっく・・・・あにぅぇぇぇぇ・・。」
ジーン王子によって、引き裂かれ、はだけた胸を隠すように手で押さえつけているスペッカ王女に警備兵が背中からマントをかけてやり、自室まで連れて行った。
その日、ニッパニアによって捕縛され、収容された敗残兵の殆どがジーン王子と同様の症状であり、戦後のルーザニアの混沌とした状況を更に悪化させた。
ちなみにスペッカ王女は、ショックのあまり不眠症となり、睡眠をとる時も魔術師の力を借り、強制睡眠魔法を施される事が多くなったと言う・・・。