異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第80話   音楽祭

異世界に転移してしまった日本が、初めて接触した陸上の国にして、初めて戦端を開く事になった国ゴルグ、この世界の常識ではありえない速度で進軍し、そして占領した事で多くの国々から注目を集めていた。

 

初めは、ゴルグを足掛かりに、その勢力を大陸中に広げる侵略国家であると、警戒され水面下で対日同盟を組む動きがあったが、日本側のアプローチで同盟案はお流れになった。

現在も警戒を継続中であるが、多くの国々が想像していたように武力を用いての侵略行為を行う様子は無く、貿易による交流を続けている様だ。

 

そして、そんな所で、城塞都市ゴルグに大きな動きがあった。

小島の様な、とてつもない大きさの船が次々と交代するように港に訪れ、様々な種類の鎧虫や物資、そして異形の軍勢を、その腹から吐き出して行ったのだ。

 

連日のように行われる大量の物資の搬入と、日本軍の集結に、大陸の国々の警戒心は跳ね上がった。

最悪の事態を想定し、各国々は、首都の防備を固め、商人や旅人などに変装させた密偵を放ち、ゴルグに侵入させたのだった。

 

 

「ジャー・ポニスめ・・・これだけの軍を集め何をするつもりだ?」

 

「今までこれ程大きな動きは無かった筈だ・・・。」

 

「そもそも、唯でさえ常識外れの技術力を持つジャー・ポニスが、更にこれ程の力を隠し持っているとは、思ってもみなかったぞ。」

 

「海の向こうのジャー・ポニス本国は、一体どのような国なのだろうか・・・・。」

 

 

商人としてゴルグに潜入した、密偵達は、ゴルグの中央広場に大規模な会場らしきもの日本が建設をしているのを確認し、それとなく日本人から情報を聞き出し、近日中に式典が行われる事を知った。

 

 

「どうやら、ゴルル・ガニスの都市開発が一段落付いた記念に式典が行われるらしいな。」

 

「つまり、ジャー・ポニスの要人が訪れる可能性があるという事か、道理でこれ程厳重な警備体勢になっているわけだ。」

 

「確かに、この短期間でこの城塞都市は大きく生まれ変わった。破壊を免れた一部にその面影を残すだけで、ジャー・ポニス式の背の高い建物に押されつつある。」

 

「皮肉な事だな、瓦礫の山になったからこそ、都市の拡張が進むと言うのは・・・。」

 

「しかし、式典か・・ジャー・ポニスもこの情報を隠すつもりは無い様だ、恐らく我々を含めた各国の密偵達にも気付いているのだろうな。」

 

「あえて情報を広め、その力を見せつけるつもりだろう、全く、舐められたものだな。」

 

「何にせよ、ジャー・ポニスが此処まで大きく動くのだ、不測の事態に備えるに越したことは無いだろう。」

 

 

それから暫く経ち、会場の建設や飾りつけなどが一通り終わり、いよいよ日本の式典が行われる当日、城塞都市ゴルグは、かつて無い程の賑わいを見せていた。

 

「凄い賑わいだな・・・我が国の王族の婚姻でも、これ程賑わうことは無いぞ。」

 

「各国の目ざとい商人やら、噂を聞きつけた旅人も集まっているのだろう、ゴルル・ガニスの元々の人口以上の見物客だ。」

 

「やはり、厳重な警備だな・・・まぁ、我々はジャー・ポニスと事を構えるつもりは無い、ジャー・ポニスの要人の顔ぶれでも拝むとしようか。」

 

 

聞き慣れない音楽と共に、日本軍が整列しながら、行進をしている。一人一人の動作が、規則正しく動き、高い練度であると言う事が解る。

体格の良い馬に引かれた馬車に乗る、老夫婦が手を振りながら、厳重な警備の中、笑顔を振りまいている。

 

「むぅ・・・ジャー・ポニスは着飾るという事をあまりしないのだが、あの老人の身に着けた宝飾品は見事な物だ・・・恐らくあの二人が・・・。」

 

「ジャー・ポニスの王族・・・か?しかし、地味な色合いながら見事な仕立てだ・・・要所要所に宝飾品を身に着けるのは、お国柄という事か。」

 

王族らしき老夫婦が、多くの観衆に挨拶をし、ゴルグの開発に携わった者達にねぎらいの言葉を贈った後、日本軍に見守られながら退場する。

そして、入れ替わる様に、広間に日本軍が集まり、様々な楽器で演奏を始めた。

 

「これは・・・・。」

 

「何と力強い・・・。」

 

戦い傷つき力尽き、あの世で戦友と会おうと約束を誓う歌、休日返上で軍艦の整備に勤しむ曲など、日本軍の軍歌が演奏された。

悲壮な印象を与える曲や、軍歌にしては軽快な曲調のものもあったが、異国の音楽は、ゴルグに潜む密偵達の心すらも揺さぶる。

 

「見た事も無い楽器だらけだ、美しい・・・あれだけでも芸術品として通るぞ?」

 

「高価な楽器を此処まで使いこなすとは・・・それも、軍人が・・・。」

 

「む?楽器がさらに加わるぞ?」

 

奏者が一部入れ替わり、新たな楽器が加わる。

 

重低音を響かせながら、一風変わった音楽が演奏される。

 

異世界の大陸の国々には知る由もないが、軍歌の次に演奏された題目は、怪獣映画の主題曲や電子ゲームの曲、はたまた、幼児向けの変身美少女の曲など、軍事パレードにしては、余りにも娯楽的な内容である。

 

「これ程力強いのに、何と透き通った旋律だ・・・・。」

 

「いや、まて、前の曲も遊び心を感じさせる曲では無かったか?無邪気な曲だ。」

 

「むっ、曲が変わるぞ・・・・っほう!これはこれは・・・。」

 

気が付けば、密偵達は、任務の事をほんの一時だけ忘れていた、そして日本の齎した音楽は後に大陸各国へと影響を与えて行くのであった。

 

式典が終わって、数日間、その熱気が冷めなかったが、少しずつ元の日常へと戻り始め、ゴルグに集結していた日本軍もいつの間にか元の規模に収まっていた。

 

「あれだけ集まっていた、ジャー・ポニス軍も元通りか・・・結局のところ、我々の警戒も取り越し苦労だったということか?」

 

「ふむ、ジャー・ポニス軍を本国に戻したという事は、これ以上ゴルル・ガニスに軍備を裂かないという事か。」

 

「なに、警戒するに越したことは無い・・・何も起きなくて良かったではないか。」

 

「はははっ、唯の見物客として式典に出るのも悪くは無いな。当初の目的とは違うが収穫もあった。」

 

彼らは市場で売られていた、日本式の楽譜と楽器を馬車に詰め込んでいた。

 

「流石に大型の物は、まだ売られていなかったが、トランペットと言うのやらリコーダーとやらは手に入った。」

 

「しかしガクフか、ジャー・ポニスは面白い事を考えるのだな、音の流れを記号にするとは・・・。」

 

「我々は師となる者から、口伝で弟子に伝授するだけだからな、ジャー・ポニスは我々の先を行っている。」

 

「流石にこの場で解読する事は出来なかったが、まぁ、それは楽士の連中に任せるとしようか。」

 

密偵達は、日本から購入した楽器を弄りながら祖国へと帰って行った、娯楽の少ない長旅も、彼らにしては珍しく満たされた物であったと言う・・・・。

 


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