魔力が大地から失われ荒野が広がる大陸、その中でも数少ない緑が多く生命の息吹に包まれた国トーラピリア王国。
国土の殆どを占める密林地帯からは、魔物の毛皮や骨、希少価値の高い薬草、珍味など、様々な資源が採れる。
異世界から現れた国、日本と国交を樹立した事により、今まで難航していた開拓が進み、トーラピリア王国は特需によって潤っていた。
国交樹立から、早い段階から日本ゴルグ自治区とトーラピリア王国を結ぶ道路が作られ、トーラピリア王国に開発や観光に訪れる日本人も多く、文化交流が深まっている。
「いやー・・・温暖な気候とは聞いていたけど、本当に暑いな此処は・・・。」
「沖縄に近い気候ですからね、ここならバナナもサトウキビも育てられるんじゃないでしょうか?」
「あー・・・外来種を不用意に植えると問題が起こるかもしれないから、そこら辺は学者連中に任せるべきじゃないかね?」
「まぁ、そうなんですが・・・。」
ジメジメとした服が張り付くような湿気と、容赦なく照り付ける太陽に晒され、大汗をかく日本企業の職員。
肩にかけていた濡れタオルで、顔にまとわりつく汗を拭き取った後、首に巻き付けため息を付く
「俺達が来るまで開拓が難航していたと聞くが、固い植物が多いことに加え、野獣の襲撃があるんだな。」
「聞きました聞きました、危うく殉職者を出すところだったとか」
「飛び掛かられて食い殺されそうになったところ、職員の一人が機転を利かせてフォークリフトで串刺し、それでも暴れるからチェーンソーで首チョンパ、凄いニュースだったよな。」
数か月前に起きた赤斑豹の襲撃事件の記事を思い出し、渋い顔をする二人
「それ以降、トーラピリア王国側から騎士団が、日本側からはプロの猟師が派遣されて、開拓団の警護についたんだよな。」
「今思えば、想定が甘かったとしか言いようがありませんね、トワビトの大森林でも被害が出始めているのに・・・。」
自衛隊が大陸中の国々に派遣され、度々魔物と呼ばれる危険生物の奇襲により殉職者を出している事は、既に知れ渡っていた。
その際、自衛隊の大陸派遣に反対する野党が騒いだのだが、資源問題の解決を最優先とする世論に押され、現在は静かなものだ。
「王都に近い集落の森だから、油断していたんだろう、人里近くだからって安心し過ぎだな。」
開拓団を派遣する前に、一応事前調査を行い、その時は集落近くに危険生物の生息は確認されていなかったのだが、極稀に密林の奥深くから縄張り争いに負けた魔物などが人里に迷い込むことがあると判明したので、改めて気を引き締め開拓行事を進めていった。
そしてこれは、トーラピリア王国に派遣されている職員だけではなく、大陸各国に派遣されている日本企業職員達にも言える事で、それぞれの場所で現地に対応した自衛策を講じているのである。
「まぁ、日本でも街中に熊や猪が迷い込む事もありますし、私達も気を付けた方が良さそうですね・・・。」
「全くだ・・っと・・迎えのワゴンが来たな、王都の宿に戻ったら飯でも食おうぜ。」
「そうですね。」
エアコンの効いた車に転がり込む様に乗り込み、舗装のされていない土がむき出しの道を走るワゴン車に身体を揺さぶられながら王都へ向かった。
途中から踏み固められているのか、比較的平らな街道に入り、そして王都に近づくと日本が敷いたアスファルトの道路が見えて来た。
「あ゛ぁ゛~~・・・・やっど着ぐのかー・・・。」
「此処まで来れば後はもう直ぐです・・・ぬふぅ・・やっぱり、アスファルトが一番ですね、サスペンションが効いているとはいえ、お尻が痛いです。」
「ただでさえ乗り物酔いに弱いと言うのに゛、こうも揺さぶられてはがなわんな゛」
「宿に戻ったら少し休みましょう、食事はその後で良いでしょう・・・っとと、もう目と鼻の先ですね、降りる準備を」
「あ゛ぃ゛・・・」
日本から派遣されている企業職員に向けた宿が王都の各所に開かれており、その一部は機械化がされ、ソーラーパネルや水車などから電力を得ている。
トーラピリア王国の大商人の別荘だった物や、使わなくなった商店などが元になっており、大商人と日本企業が、お互い良いビジネス関係築ければと互いに出資しているのである。
「ふぅ・・・すっきりしたのは良いけど、大分寝過ぎたか?」
「午後6時くらいですね、それ程寝ていたわけでも無いですよ。」
「そうか・・・しかし腹減っちまったな」
「夕食の準備はもうそろそろ済むそうですよ、私は先に食堂に行っていますね。」
「いや、俺も今すぐ行く」
階段を降りると、作業服を着た企業の職員や現地の商人など様々な面々が食堂に集まっていた。
『このコロッケとか言う奴は、本当に美味いな!芋と細かく刻んだ肉を熱した油で煮詰めるとは贅沢だ!』
『油で煮詰める事をアゲルと言うらしいぞ?全く貴重な油を大量に使えるとは羨ましい物だな。』
『ニーポニアには油が沢山とれる作物が存在するのかも知れんな、オルルの実よりも大量に油を搾りとれる作物を我が国に持ち込めば、食生活も大きく変わるだろう。』
日本から齎された料理に舌鼓を打つトーラピリア王国の商人たち、そしてその反対側ではトーラピリア王国の料理に驚く日本企業職員たちが居た。
「凄く良い香りだ、このパナパナの葉の酒蒸しって奴は酒が進むな!」
「パナパナと言う木の葉で魚や肉を包み、パナパナの実で作った果実酒で蒸し上げるか・・・異世界の料理も侮れないな。」
「味付けは砕いた岩塩だ、なんつーか、素材の良さを最大限に生かしたって感じだな。」
「根菜の漬物やサラダも中々ですよ、やっぱりご飯が美味しいと言うのは良いですね。」
「どこの世界も美味い物の探究には熱心になるんだろうな、この味を知ると合成調味料まみれの食生活ってのも考え物かもな」
「そうですねぇ・・・舌を鍛えれば、素材の味も感じられるようになりますし、濃い味付けだけが全てじゃないんでしょうね。」
「さて、美味い飯を食ったら漲って来たぞっ!さっさと書類の山を片付けちまおう!」
トーラピリア王国の暑い気候で汗を流した職員たちは、宿で食事をとり英気を養った、美味なる食事は新たな一日を乗り切る原動力となるだろう。
古今東西問わず、人間は美食を求めるのである。
オルルの木 通称:黒玉油樹
和名:タイリクアブラスノキ
常緑樹の低木で、温暖な気候に群生している植物。
果肉部分に、ごく微量のヒストニンを含むアルカロイドを含んでいるので、注意が必要。
現地では、果肉を発酵させて酢や果実酒を作り、種を絞り植物油を精製する。
基本的に灯油として使われる事が多く、裕福な貴族層や大商人しか食用として用いていない。
油はオリーブオイルに似てはいるが、少しえぐ味がある。
パナパナの木 通称:房玉扇樹
和名:バショウスモモ
常緑樹の高木で、温暖な気候にのみ生息を確認している植物。
人間の身長を超える大きさの植物だが、草本性であり、バナナの葉に似た形状の葉を茂らせる。
木の実はグレープフルーツの様に房状にならせ、味はスモモの様に強い酸味と程よい甘みがある。
生食の他、酢や果実酒の材料になり、葉は皿の代わりや、風味づけに煮込まれる事もある。