日本が異星に転移してから平和的に国交を結べた数少ない国の一つであるトーラピリア王国。
黄昏の荒野と呼ばれた大陸の中でも希少な木々の生い茂った土地に存在し、希少価値の高い動植物の資源が各国と取引されている。
しかし、国土の広さの割に、人が暮らしている土地は狭く、王都を中心として農村地帯が円を描くように広がっているだけで、それ以外の集落は少ない。
ほんの少しずつではあるが、森を切り開き土を耕し人が住めるように開拓を進めてはいるのだが、中々それも進まなかった。
だが、最近になってそれは大きく改善された。
「たーおーれーるーぞー!!!」
メキメキと音を立てて太くて硬い大木が倒れ始め、横倒しになると同時に土煙が上がる。
「随分と丈夫な木が生い茂っているな、これじゃ開拓も進まない訳だ、手斧で切り倒したくねーな」
「チェーンソーでも結構時間がかかりますしね。」
唸りを上げながら回転するチェーンソーに絡まった繊維片を取り除き、次の木に取り掛かろうとする作業員。
彼らがトーラピリア王国に派遣されてから、重機などが持ち込まれ、開拓の速度が大きく上がった。
勿論、日本側も開拓の見返りに、トーラピリア王国から大量の資源や食糧などの輸出を約束させているので、トーラピリア王国の負担も大きいのだが、それでも人が住める土地が増えると言うのは彼らにとって、とても魅力的に映った。
『ニーポニアが持ち込んだあの魔道具、チェーンソーと言ったか、とても便利そうだが恐ろしくもあるな・・。』
『切り倒すのに時間のかかる大木もあっという間ですしね、恐ろしい切れ味です。』
『恐ろしいと言えばあの橙色の鎧虫もそうじゃないか?』
視線の先には、切り倒した大木を運ぶ4つの車輪がついた鎧虫と、土を掘り返すごつごつとした爪と長い一本腕を持つ鎧虫が居た。
『鎧虫の頭部に人が乗っているな・・・恐らく手練れの虫使いだろう』
『さっきから唸り声を上げていますけど、圧力が凄まじいですね。』
『あれだけの怪力を意のままに扱えるなら、開拓も我々が想像している以上に早く進むだろうな、だが、その力が戦に使われない事を祈りたいものだ・・・。』
一通り木を切り倒した後、昼食をはさみ、現地住民と雑談を交わすと、再び作業を再開した。
木々を切り倒した後に残った切り株を重機で掘り起こし、整地して翌日の作業を進めるための下準備をするが、作業員の知らぬ所で、不穏な気配が近づいていた。
「何というか、変な感じしません?」
「?」
「なんかこう、何かに監視されているような感じがするんですが・・。」
「・・・・俺は何とも・・・。」
その時、異変が起こった!茂みの奥から黒い影が飛び出し、角材を運んでいた作業員に飛び掛かったのである。
「うわああぁぁぁぁ!!?」
鋭い爪で殴り倒され、持っていた角材に押しつぶされ身動きが取れなくなってしまうが、逆にそれが作業員の喉笛を食いちぎろうとしている牙を防いでいた。
『赤斑豹だーーーっ!!!』
トーラピリア王国の現地人が顔を蒼白させ叫ぶ
森の悪魔とも呼ばれる大型の肉食獣で、現地住民から恐れられており、鋭い爪は興奮時に赤熱すると言う。
現に、飛び掛かられた作業員は爪の殴打を受けた横腹の衣服が焦げ付いており、押さえつけられている角材もブスブスと煙を上げている。
「だ・・・誰か助けてくれぇっ!!」
角材と牙の鍔迫り合いをしている作業員が顔を涙と鼻血で濡らしながら絶叫する。絶体絶命の危機に身体は震え、死を覚悟した・・・その時!!
「うおおおあぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁ!!!」
資材運搬用のフォークリフトが赤斑豹にぶつかり、器用に押し倒されていた作業員を避け、そのまま赤斑豹を抱えたまま近くの大木に激突する。
「早く逃げろ!くそっ・・・こいつ、まだ暴れるか、しぶとい奴めっ!!」
「あう・・うぁ・・・ひっ・・・」
襲われた恐怖からか、まともに動けず、這いながら逃げるが、直ぐに仲間が肩を貸してくれ、這う這うの体で退避する。
グルルァァァァ!!!
フォークリフトに突き刺された赤斑豹が怒り狂いながら車体に牙や爪を立て、金属音を立てて車体が悲鳴を上げる。
「くっ・・・このままでは・・・。」
「そのまま抑え込んでいろ!!」
「っ!!」
フォークリフトとはまた違ったエンジン音を響かせながら、チェーンソーを持った作業員が、フォークリフトに突き刺された赤斑豹に躍りかかる。
グルァァァァァ!!!?
高速回転するチェーンが赤斑豹の首筋を捕え、生々しい音を立てながら血肉をまき散らし、赤斑豹の生命を削って行く
そして、遂に限界点を超え、赤斑豹の首は胴体と泣き別れした。
「はーー・・・はーー・・・はぁぁぁぁっ・・・。」
「死ぬかと思った・・・。」
「大丈夫か?」
「何とか・・・。」
本来の用途とは違う使われ方をして異音を立てる赤く塗れたチェーンソーを地面に置き、へたり込む
「こんな人里近くに猛獣が出るなんて聞いてないよ。」
「しかも、フォークリフトの一部焦げ付いているし・・火を噴く爪なんて馬鹿じゃねぇのか?」
『あ・・あの、大丈夫ですか?』
現地語で話しかけられ、視線を向けると心配そうな顔で開拓民が作業員を覗いていた。
『アー・・・大丈夫デす・・・此処、魔物出ル?何時も?時々?』
『いえ、滅多にありません・・・私もこんな魔物初めて見ました。』
すると、もう一人の開拓民が現れ、襲撃してきた魔物の正体を告げた
『赤斑豹だよ、森の奥に潜む化け物だ・・・しかし、何でこんな浅い所に・・・。』
『食ベ物・・少ナイ?森、降りテ来た?』
『縄張り争いに負けて、偶々人里に降りて来たとか・・・。』
いつの間にか、赤斑豹の死骸に現地住民が怖いもの見たさで集まって来ていたが、その人混みをかき分けて、作業員仲間がやって来る。
「大丈夫かっ!?」
「何とかな・・・危うくフォークリフトごとこんがり焼かれる所だったよ。」
「はぁ、寿命が縮まるかと思ったぞ・・だが、良くやった。」
「作業は中断だな・・・本部と連絡つけないと・・・。」
「アイツはどうしている?怪我はないのか?」
赤斑豹に飛び掛かられた作業員の安否を気遣うが、何とも言えない微妙な表情をしながら小声でつぶやいた
「幸いにも軽傷だが、ズボンとパンツは無事じゃなかったらしい。」
「・・・・あぁ・・・。」
色々と察しながら、ため息を付くと、気を取り直して現場検証や安全管理の緊急会議を開くため、臨時で設置された拠点へと向かった。
この後、トーラピリア王国側から騎士団が、日本側からはプロの猟師が派遣され、森を開拓する際の警護につくことになった。
それ以降も、魔物の襲撃はあったが、赤斑豹程の大型獣は現れず、開拓は順調に進んだ。
これ以降、各地で魔獣の襲撃に対する意識改革が進み。安全対策が進められたお蔭で、民間企業の作業員の殉職者は激減したと言う。
地球とは全く異なる生態系を持つこの星の生物の脅威を正確に認識するまでに、少なくない血が流れてしまったと判るのは、少し経った後である。
レディカヴェンサー 通称:赤斑豹
和名:アカヅメホムラヒョウ
異世界の大陸に生息する赤黒い斑模様の体色をもつ、豹の様な動物。
地球で言う豹に近い動物だが、鋭いスパイク状の爪は、興奮時に赤熱し、走るたびに地面が焦げ付くと言う異様な形態をしている。
繁殖期のみ1頭の雄をリーダーに数頭の雌のハーレム形態の群れを形成する。
一見派手な模様だが、暗い森の中では見つけづらく、現地では森の悪魔として恐れられている。