地球から転移してきた日本によって近代化が進められた城塞都市ゴルグの一角に存在する動植物研究所で、研究資材や施設の増築がされた事により作業がスムーズになり大陸の生物の研究が飛躍的に進んでいた。
更に、元々は現地住民に恐れられる魔物と呼ばれる生物の飼育をする研究所の理解を得る為にと、一般公開した水族館が思わぬ大当たりをし、決して無視できない収入と観光客を呼び込むことが出来た。
現在では、比較的安全と判断された陸上に住む動物の一般公開の準備を進めており、その為の施設の改修が急ピッチで進められている。
「はぁ・・・疲れた。」
「おっ?水槽の掃除、全部終わったか?」
「あぁ、やっと済ませた所だよ、明日も大勢客が来るだろうし」
「おう、お疲れさん。しかし水族館くらいでここまで人が集まるなんてなぁ・・・。」
「そりゃ俺達からすると動物を飼う事は珍しくも無いが、ゴルグの人達は家畜以外の動物を飼うような事はしないからね。」
「まぁ酒と女くらいしか娯楽が無いらしいから新鮮に映ったのかもしれんな。」
「実は他の国の貴族や王族もお忍びで一般人に紛れているらしいよ?」
「マジかよ?」
「動物園の公開がされたら、本当にどうなるのやら・・・もっと人員増やしてほしいもんですわ。」
「あの広さを今の人数で回すには無理があるしなぁ、っとと、ちょっと檻の方を見に行かなくちゃいけないんだった、また後でな!」
「あぁ」
会話を途中で切り上げ、研究所の隣にある飼育施設に向かい、更衣室で作業服に着替える。
グルルァァァァ!
ピーヨー・・・ピーヨー・・・ジジジジッ・・・グェェッ!
ヴェェェェ!
檻やフェンスの向こうから、大陸各地で捕獲した動物たちの声が聞こえてくる。
中には、研究員の顔を見て笑顔を見せながら甘えた鳴き声を上げてくるものもいる。
「おぉぅトラか、元気か?・・・ピョっちは起きていてピー助は・・・寝ているみたいだな・・・まつ毛君は相変わらずマイペースだな・・・。」
ギャン!ギャン!ニ゛ャン!!
ガタガタと檻が揺さぶられ、檻の隙間から鼻先が突き出ている。檻の奥の動物は嬉しそうに目を細めて研究員を見つめている。
「太郎・・・お前・・・また太ったな?」
大陸有数の危険地帯で知られる大森林の奥地に生息している魔物でありながら、非常に人懐っこい性格を持つ飛竜の太郎は、この動植物研究所の中で最も人気があり、陰に隠れて太郎を甘やかす者が続出中で、研究所の所長も頭を悩ませている。
おやつを与えられ続けた結果太郎は・・・。
たゆん たゆん ぷるん ぷるん
と言う擬音が付けれそうなほど、体が丸っこくなっていた。
「あーあー・・そんな目で見つめても俺は何も出さんし何も持っていないからな?」
グゥ・・・ニャフン・・・。
「本当にある程度言葉を理解するんだな、頭の良い子だよ、だったら少しは痩せなきゃいけなことくらいわかるよな?」
ギャン!ギャン!
「わかっていないな・・・その顔は。」
「あれ?太郎を見に来たの?」
動物の檻の見回りをしていると横から女性の研究員から声をかけられる。
「いや、動物園の公開の前にこいつらの様子を見に来ただけだ。」
「そうなの、太郎ちゃん可愛いよね、特に最近ころころして来て愛嬌も増したし」
「お前・・・何持って来てんだよ・・・。」
「あっ?バレた?ただの干し肉だから太らないと思うんだけど・・・。」
「お前らあげすぎだ、今度見かけたら所長に報告するぞっ!」
「えぇそれは勘弁してよっ!・・・っという事で太郎ごめんねー?」
鼻先を檻の隙間に刺していた太郎は、露骨に残念そうな表情をすると、その場に座り込み上目遣いでこちらを見つめてくる。
「まぁ、餌のあげ過ぎってのもあるけど、根本的な問題運動不足だからな、太郎も図体がデカくなって来たし、もう一回り大きな設備が必要なのかもしれん。」
「十分な広さに見えるけど、確かに昔に比べて太郎大きくなったわね。」
ンギャ?
「元々はその翼膜を使って大空を飛び回っている動物なんだから、こんな狭い所じゃストレスも溜まるんじゃないかねぇ?」
「そうね、私たちが相手してあげている間は機嫌良さそうだけど、離れて監視カメラで様子を見ていると殆ど藁の山で寝ているみたいだし・・・。」
「動物園が出来たら、もっと大きな檻を用意してやるのも良いかもな?」
ニ゛ャニ゛?
「何でもないよ。」
その後、正式に政府から降りた追加予算によって動物園を含めた収容施設が増築され、飼育にある程度広さが必要な動物がそこに移される事になった。
だが、動物を別の檻に移す作業中に事故は起こった。
「前はクレートに入れるくらいだったんだけどなぁ・・・。」
動物檻用のフォークリフトで檻ごと太郎を新たに増設された収容施設まで運搬していると、檻の中で太郎がくしゃみをする。
フシュン!!
くしゃみと同時に暴発した衝撃波ブレスがフォークリフトのアームに直撃し、車体が大きくバランスを崩すと、激しい音を立てながら檻が落下し、その反動か施錠が甘かったのか、檻の扉が開いてしまう。
ギャン!キュゥン・・・ギャン!ギャン!
「ぬおわぁぁぁっ!!?た・・・太郎っ!?」
驚いて檻から飛び出した太郎は、施設中を走り回り、近くにいた研究員たちが慌てて太郎を捕まえようと追いかけ始める。
「不味い!外に出てしまうぞ!入り口を固めろ!!」
「縄と刺又持って来い!取り押さえるんだ!」
ギャン!ギャン!
入り口を固めていた研究員たちに太郎が走り寄って来てのしかかって来る。
「ぐおおおっ!?重いっ!・・だから顔舐めるな、のしかかるなっ!・・・い・・今のうちに何とかしてくれっ!」
「首と胸を縛ったよ!早く檻に押し込んで!」
「ぐっ・・大人しくしろ、落ち着け・・・おわぁっ!?」
縄で縛って檻に引っ張ろうとしていると、太郎はおもむろに翼を広げ、翼膜が青白く脈打つと突風が吹き荒れ、研究所の入り口から飛び立った。研究員をその背に乗せたまま・・・。
「ぬわぁぁっ!!落ちる!落ちる!降ろしてくれ太郎ーー!!」
ギャン!ギャン!ニ゛ャン!!
生まれて初めて自分の力で空を飛んだ太郎は、上機嫌そうに鳴き声を上げ、城塞都市ゴルグ上空を旋回する。
魔鉱石由来の青白い鉱物器官から発生した魔力の渦が翼膜の下部に渦巻き、光の粒子をまき散らしながら飛行する。
それは、ソラビトや空中大陸と全く同じ構造であり、それはさながら生体エーテルカイトであった。
「た・・・太郎っ!・・・ぐっ縄が腕に絡んで・・・いや、今離したら死んでしまうっ!」
絵面的には、白衣のドラゴンライダーと言った感じではあるが、当人にとっては何の心の準備も無く上空に連れ去られている状態なので洒落になっていない。
降りるにも太郎次第なので、太郎の背中に囚われた研究員は生きた心地がしなかった。
しかし、下から女性の声が聞こえてくると、太郎は首をもたげ、声の聞こえた方向に進路を変え、降下を始めた。
「太郎ーーっ!太郎の大好物だよー!!」
機転を回した女性研究員が、飼料保管庫から鎧虫のひき肉をかき集め、メガホンで太郎を呼んだのである。
ちなみにこの女性研究員は最も太郎を甘やかしている筆頭的な人物なので、動植物研究所の所長からいつも注意を受けているのだが、同時に最も太郎が懐いている人物でもある。
ニ゛ャッ!ニ゛ャッ!ギャッ!
まだ制御が出来ていないのか、着地時にバランスを少々崩していたが、翼膜のついた前脚を地面にぶつける程度の怪我で済んだ様だ。
・・・背中にしがみ付いていた研究員はその際に失神してしまったが・・。
その後、太郎は研究員たちに、こってり怒られ、厳重に施錠された一回り大きな檻の中に入れられ不貞腐れた表情で藁山に頭を突っ込んでいた。
この騒動で、研究員の意識改革が行われ、安全対策が強化されたのは言うまでもないだろう。
その他にも、レーダーに空飛ぶ太郎が引っかかり、危うく自衛隊機がスクランブル発進する所であった。
人をその背に乗せた飛竜の姿は、ゴルグの住民たちからも目撃され、その中には他国の密偵も含まれており、別な意味でも魔物を飼育する動植物研究所に注目が集まるのであった。
良いお年を!!