異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第95話   日本の片鱗

異世界の大陸では、各集落同士で交流や貿易・そして対立や侵略などが行われており、その領域はアメーバのように目まぐるしく形を変え続ける。

 

『聞け!蛮族共よ!これよりこの地は我が国の領土となる!!』

 

『なっ!?この村は数年前に山岳城塞都市の支配下におかれたばかりですぞ?』

 

『あぁ、お前達を支配していた国は我らの手に落ちたぞ?蛮族らしい最後だったなぁ?』

 

『あ・・・あぁぁ・・・何という事だ』

 

『実情調査の為に兵を派遣する。今すぐに我らの歓待の準備を始めたまえ!』

 

『そ・・・そんな急には準備はでき・・ぶえぇぇっ!!』

 

木製の盾で殴り倒され、侵略者に踏みつけられる村人

 

『蛮族め、口答えするつもりか?我が国の慈悲と温情により加護下に加えてやろうと言うのだ、意味は分かるよな?』

 

『わ・・わがりましだ・・・い・・いのぢだけはどらないでぐだざ・・ぐぅぅっ』

 

『ふん、楯突かなければこうならなかったのだ。』

 

 

この様な光景は、此処だけではなく大陸各地で行われている事である。弱肉強食の世界で小さな集落は戦禍に呑まれ滅び去るのも珍しくない。

大きな塊である都市国家から遠く離れた辺境の村ともなると、国の支配下におかれる事も殆ど無いが、代わりに鎧虫や魔獣などの野生動物の襲撃に怯えることになる。

 

この世界は必ずしも人類が支配者として君臨している訳ではない、ほんの少し集落から離れると、そこは人類の領域ではないのだ。

だからこそ、魔物の比較的少ない地に寄り添うように集落が生まれ、その土地を狙って紛争や戦争が起こるのだ。

 

『ふむ、奇妙な意匠だが仕立ては見事な物だな?何故蛮族がこの様な服を着ている?』

 

『見てください!蛮族の農民の癖にこの様な短刀が全ての家に備えられています!』

 

『・・・見事な物だな、山岳城塞にはこれ程上等な物は無かった筈だが・・・。』

 

『おい!そこの蛮族!!』

 

地面に頭をつけ体を震わせている農民の胸ぐらをつかみ、首筋に青銅剣を突き付け尋問する。

 

『これらの品をどこで手に入れた?山岳城塞の猿どもから支給されたのか?これ程の業物を分不相応に貴様ら蛮族が所持していると言うのは、どうにも腑に落ちぬ。』

 

『に・・ニッパニアです!ニッパニアに出稼ぎに出た若者が手土産に服や道具をわが村に送ってくれたのです!!』

 

『ニッパニア・・・例の島国か!』

 

不快そうに顔を歪め掴んでいた手を離すと、青銅剣の柄で村人を殴り倒す。

 

『全く、魔力を持たぬ虚無の民の影響力がここまで及ぶとはな、腹立たしい!』

 

『確か異界より国ごとこの世界に現れたと主張する人モドキどもですか。』

 

『一部の国はあの亜人共をイクウビトと呼ぶらしいな?魔力を持たぬ欠陥品が調子に乗って此処まで領域を犯してくるとは!』

 

『遺憾ながら、この短刀は我が国の鍛造技術では作る事は出来ないでしょう、一部の技術は我らよりも優れていると認めざるを得ませんな。』

 

『不愉快だな、気が変わった。村を焼き払え!』

 

『そ・・そんな、慈悲も無・・・がえぇぇぇっ!!!』

 

右目に青銅剣が突き刺さり、後頭部から刃先が飛び出て、四肢の力が抜け崩れ落ちる。

 

悲鳴を上げながら逃げ惑う農民に矢が突き刺さり、年老いた者は首を切り取られ女子供も容赦なく殺され犯された。

侵略軍の気分次第で村を焼き払われ、生存者は奴隷に堕ちる。当たり前の様に大陸中で繰り広げられる光景、この戦乱の世で力なきものは容赦なく食い殺されるのだ。

 

 

数か月後、焼け野原になった村に戻って来た出稼ぎの若者は、変わり果てた故郷の光景を見て力なく膝をついた。

 

 

異世界大陸の国々は、城塞都市ゴルグから遠く離れた部落にもその影響を及ぼす日本の国力に警戒心を抱きつつも、日本から齎された文字通り異次元の技術により作られた品々に驚嘆し、それらを我が物にしたいと欲望を募らせるが、日本に戦争を仕掛ければ間違いなく食われるのは自分達であることを知っている。

 

なので、それらを所持する者達から奪うのが一番楽であった。

 

日本の影響力が濃い地域では、日本の加護下にある可能性が高いので襲撃する者は滅多に居ないが、日本から遠く離れつつも個人や小さなキャラバンが日本の品を運んでいる村には侵略軍や盗賊の襲撃が起こりやすいのである。

 

しかし、彼らの誤算は一部の日本人や団体が、開発援助の為に城塞都市ゴルグから離れた集落に遠征する事があり、村の襲撃中に[うっかり]日本人をその刃で殺めてしまう事であった。

 

数名程度であれば実行犯の引き渡しと賠償程度で済むが、派遣された支援団体が丸ごと奴隷にされ、その大半が殺害されていた場合は、再起不能の報復が待っている。

 

数件の[痛ましい事件]が起こり、多数の日本人死者が出て以来、大陸各国は決して日本人、つまりイクウビトに手を出してはならぬと言う不文律が出来上がる事になる。

 

 

・・・・・・・異界の民に決して手を出してはならぬ、イクウビトを殺めればかの国は怒り狂い、火の雨を降らせ、光の矢が城壁を穿ち、屍山血河を築く事になるだろう。

 

 

未だに日本と接触をしてない国はまだ多く、日本もまた異世界大陸全てを知り得ている訳ではない。

流石にゴルグを占領したばかりの頃に比べて襲撃回数は減って来ているが、大陸の内陸部に進出しようと試みた時はその限りではない。

資源問題の解決の為に手を広げれば広げる程、不幸な事故は起こるのである。

 

 

 


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