異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

96 / 169
第96話   嫉妬と羨望の炎

『何だこれは、これがニッパニアの国力だと言うのかっ!?』

 

日本によって建設された巨大な防壁を潜ると、そこはまさに異世界であった。

まだ日が昇っていると言うのに、建物と言う建物に明かりが灯っており、馬にも引かれず自走する馬車の様な乗り物や、大量の積み荷を一度に運ぶ金属の蛇など、未知の存在で溢れかえっている。

 

『確かにゴルグガニアは栄えている街と聞いていたが、これ程までとは・・・・。』

 

そもそも唯でさえ巨大な防壁の外から見える更に巨大な灰色の塔を遠目から見た時から、違和感を感じていた。

あののっぺりとした灰色の壁の向こう側に一体何があるのだろうか?と・・・

 

『近くで見ると途方もない大きさだ、まるで雲にも届かんばかりだ。』

 

日本人から見れば、都心のビル群に比べてまだまだ低い方で、雲にも届くと言う表現を大袈裟に感じるかもしれないが、石を削り出し人力で積み上げていくこの世界の建築方法では、これ程の大きさの建造物は存在しない。このビル群よりも高い位置と言う条件ならば、ルーザニアの山と天然洞窟に手を加えた自然要塞がそれに当たるが、山にへばりつくように建設された城塞自体はそれ程高くはない。

 

『やはり石材の継ぎ目らしい継ぎ目が見当たらぬ、一体何の石材で出来ているのだろうか?』

 

『旦那様、情報収集に向かわせた者達によると、灰色の泥を流し込み、それを固めたものを使用しているとの事です。』

 

『灰色の泥・・・か、奇妙な物を使っているのだな。』

 

『詳細は不明ですが、何かしらの鉱物を加工している様です。』

 

『それは中々興味深い、それ以外にもこの地は未知の技術で溢れている。』

 

『えぇ、しかし未だに信じられませんね、これ程の都市を魔力を持たない亜人が作り上げるとは・・・。』

 

『ふん、どうせ遺跡から発掘した技術を流用しているだけだろう、1000年前に起きたとされる大戦の時代では現代よりも遥かに進んだ技術力を持った大国が存在したと言うではないか?』

 

『で・・ですが、御伽噺でもこれ程の都市は存在しませんでしたよ?』

 

『1000年前の大戦で多くの技術や歴史が失伝している、海の向こうの島国では、たまたまそれらが無傷・手付かずで残っていたのだろう。』

 

『旦那様・・・それは・・。』

 

『どの道、魔力無しの下等種族が自力で作り出せる筈もない、猿真似の上手さだけは褒めてやるがなっ!』

 

『・・・・・・・。』

 

 

海の向こうの島国に作り替えられたゴルグガニアを見物する異国の貴族たちは、活気と笑顔に満ちた街と祖国の首都を比べ、煌びやかな街並みに惹かれつつも、心の底に嫉妬と羨望が渦巻き始めていた。

思えば、未知の国によってゴルグガニアが陥落させられ、ゴルグガニア解放を掲げ戦いを挑む大陸の国々を返り討ちにし、大陸中にその影響力を広めていった事が始まりだった。

この国が作り上げる奇妙かつ便利な道具が、祖国に齎され、貴族や豪商だけでなく民間人にも広がり始め、貴族お抱えの鍛冶工房がその波に押され次々と閉鎖されていった為、ついに貴族たちは重い腰を上げ、直接視察に赴いたのだ。

自分たちの利益と名声を奪われる嫉妬、祖国よりも遥かに優れた文明に対する羨望、それらは大陸の国々の有力者たちの中で黒く渦巻き熱く煮えたぎり、悪意と化していた。

 

 

『何故だ!我が国と我が領の発展に貢献できるのだぞ!?これ程の名誉なことは無い筈だ!拒む理由などないだろう!』

 

『あー・・・そう言われましても、困るんですよね。それにこれらの設備を作るにも大掛かりな工事が必要ですし、そもそも簡単に渡せるものでもないんですよ。』

 

『ならばすぐに作りたまえ!お主らの鎧虫の足の速さならば、我が領までそれ程時間がかからないだろう!』

 

『いえ、無理です。仮に設備を建設したとしてもそれを動かす為には専門知識も必要です。』

 

『ならば技官を派遣しろ!』

 

『それも難しいです。ましてや短期間で技術を習得する事は出来ません。』

 

『魔力無しが出来て我らに出来ない通りなどない!!』

 

『いずれにせよ、貴国との間に交流はまだ結べていません。お引き取りを』

 

『おのれっ!覚えておれよ!!』

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・

 

 

「そろそろウチの工場でもマニュアルを導入しようかねぇ・・・。」

 

 

異世界の大陸に進出した民間企業の一部は、現地で採集された資源を加工する為の工場を建設しており、今まで日本本土で加工していた物を現地で加工できるようになり、ますます発展速度を加速させていた。

事前のアポもなしで工場に押しかけた異国の領主たちは、当然のことながら断られた。高慢な態度で無償で技術と現物を提供しろと言う輩は想像以上に多く、既に一部の企業では適当にあしらう為のマニュアルすら完成している所もある。

 

魔力の無いそれも唯の一般人に良いようにあしらわれた事で怒りは更に熟成され胃袋の底から煮えたぎるような憎悪が沸き上がる。

 

『おのれ蛮族めっ!分不相応な技術を持ちおって!』

 

『旦那様・・・。』

 

『1000年前の技術・・・それらは継承者たる我らにこそ相応しいのだっ!!』

 

『その・・・未知の技術の事ですが、彼ら異界からこの世界に現れたと主張する事と何か関係があるのでは・・・?』

 

『そのような出鱈目を信じると言うのか?大方、未知の遺跡を独り占めにするための嘘に決まっておろう。』

 

『は・・はぁ・・・。』

 

『盗賊どもめ、いずれ我らの手にその力を取り戻させて貰うぞ!』

 

『・・・・・。』

 

荷馬車に大量の品々を乗せながらこの地を後にする貴族たち・・・彼らの祖国は今まで他者の持つ優れたものは奪い取り、技術を取り込み、あたかも最初から自分たちの物であったと思い込み続けていた。それは、文明力に差がある日本に対してもそうである。

何よりも、[魔力を持たない劣等民族]と言う彼らの認識が決め手であった。

その後、とある国の領主が商談に訪れていた日本人を拉致監禁した事件を切っ掛けに一つの国が終焉を迎える事になるのは別の話。




慎重な国は生き残り、偏見に囚われる国は滅びます。
情報収集に力を入れている国は途中で「あ・・・これは無理だ」と気づき、手を出しません。

ただし、慎重に動いていても彼らの持つ偏見によって「痛ましい事件」は発生します。
衝動的な物であれ、無知から来る物であれ力を持つ個人によって、国の崩壊の切っ掛けになったりします。

屍山血河の不文律も機能しない時があるのです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。