異世界の大陸に進出してから暫く経ち、沿岸部の開発を進める日本は、城塞都市ゴルグを拠点にその影響力を広げて行く。
最近になって城壁外に建設された建物から毎朝甲高い鳥の鳴き声が響き、付近の住民たちが不思議そうな顔で眺めていた。
『なぁ、あの建物から鳥の鳴き声がするんだが、一体何をしている所なんだ?』
『ん?あぁ、何でもニーポニアに生息する毎日卵を産む鳥を飼育しているらしいぞ?市場で見かけるようになった卵も全部あそこで作っているらしい』
『なんだって毎日卵を産む鳥だと!?』
男は驚いた、鳥の卵と言うのは通常、高い木に登り親鳥が留守の内に巣から盗むもので、繁殖期にだけお目にかかれるごちそうと言う認識であった。
そもそも、過去に卵を産む鳥を飼育しようとする試みは一部の物好きな貴族によって既に行われていたが、鳥に逃げられたり巣を放棄されたり親鳥が衰弱死してしまったりし、失敗に終わっている。
それ故に、鳥は家畜化できない生き物と認識されている。
これは、鶏に該当する鳥類が存在しないかまだ発見されていない為であるが、荒野の民にとって食生活が変わる事は衝撃的であった。
『そんな奇跡のような鳥がニーポニアに生息していたのか!!』
『いや、ニーポニアは卵を産みやすい鳥同士を掛け合わせて何世代もかけて更に卵を産みやすい鳥を作り出したんだとか・・・元々はそれ程卵を産むわけでは無かったみたいだぞ?』
『それで、卵を産まない方の鳥はどうなったんだ?』
『当然ながら鳥の丸焼きだろう、あと卵から孵化した雛鳥は雄と雌を専門職が分けて、雄は殆ど潰して肉団子にしてしまうとか』
『すげぇな・・・ある意味食に関して物凄い執念を感じる』
『ニーポニア人は食い物に関してはかなり煩いからなぁ、食い物の怨みは恐ろしいと言うニーポニアのことわざもあるんだと』
『あ、それ何となくわかる気がする。』
現在城塞都市の外部に住んでる住民は、近隣の村から移住してきた者や元スラム民であり、今でこそ日本から職を貰って人並みの生活が送れているが、ほんの少し前は食うにも困る暮らしをしていて少量の麦粒を廻って喧嘩が起こる程の物であった。
成長期の栄養不足により発達障害を起こして体が小さい成人も多いが、このまま何事もなく日本による統治が進めば本来の健康的なリクビトの体格に育つ者も増えてくるだろう。
『そう言えば、雄は雛鳥のうちに潰しちまうらしいが、そいつは売り物にしてんのか?』
『勿体ない事に廃棄物として処理しているんだとか、良くて畑の肥やしだろう』
『何だよそれ、多少骨が多くても雛鳥の丸焼きくらい骨ごと食っちまう自信があるのにな』
『まぁ、ニーポニアの方針だ、俺達が口を挟む事でもないだろう』
『それもそうだがよぉ・・・やっぱり勿体ないな。』
新鮮な卵が流通し始め、食の事情が大きく変化しつつあるが、鳥の卵はまだ一般的な食べ物ではない為、その調理方法はあまり知られておらず、大抵が目玉焼きに塩を振りかけたものに留まっている。
新たな食材の流通に目を付けた商人たちは、日本の企業に鶏の購入を持ち掛けて、自分たちの手で卵の量産を試みたが、日本企業側から提示された鶏の品種の数々と品質に驚き、殺菌処理が施された生でも食べられる卵を試食し、その味に舌を巻いたと言う。
『ナゴヤコーチン』
『サツマドリ』
『ヒナイジドリ』
『ウコッケイ』
『ホワイトレグホン』
『ブロイラー』
『シャモ』
『どれもこれも見た事ない種類の鳥だ。正直目移りしてしまうな。』
養鶏場の近くに設けられた鶏のふれあいコーナーに日本の噂を聞きつけた周辺諸国の商人たちが群がっていた。
『みんな頭に鶏冠がついているのか、卵も肉も最上級だな。』
『正直1羽あたり中々良い値段だが、これさえ手に入ればわが国でも鳥肉と卵が安定的に生産できるようになるぞ?』
『流石にニーポニアの様な大量生産は不可能だろうが、これはまさに金を産む鳥だ、何としても故郷に持ち帰らなければ!』
『ニーポニアの宝飾品が目当てだったが予定変更だな、ナゴヤコーチンの雄を5羽と雌を20羽だ!』
『ちと高いが、ウコッケイの雄を3羽と雌を10羽だ。くそぅ、もっと金を持ってくるべきだった。』
『飼育方法の書かれた本と合わせてホワイトレグホンの雄を8羽、雌を30羽だ』
『そうだ、肝心の飼育方法を知らなければ!俺もその本買うぞぉぉ!!』
その後、鶏の飼育の試みは大陸各地に広がって行き、初めは失敗も多かったが、少しずつ大陸の・・・いや、惑星アルクス全体の食文化に影響を与えていった。
流石に日本のように生の卵を食せる程の品質に至る国は無かったが、小さな村でも鶏小屋が作られ、肉や卵が出回るようになった。庶民でも手の届く肉の出現により、ほんの僅かだけこの世界の住民の満足度が上がったと言う。
通称ニワ・トリ 和名ニワトリ
最近になって商人を通してニーポニアから広まっていった鳥。
家畜化が難しい、もしくは不可能とされて来た鳥類の家畜化をニーポニアは太古の昔から実現していた。
楕円形の卵を産み、丸々太った肉は非常に美味で、雛鳥から短期間で成長し、従来の家畜よりも早く食肉に適した大きさになる。
様々な品種が存在し、共通して皮膚が垂れ下がったような装飾器管をもち、独特な鳴き声で早朝に鳴きはじめる。
飼育を始めた者達が、この独特な鳴き声で叩き起こされるが、ニーポニアは昔からこの鳥の鳴き声を目覚ましに使っていたと言う。
ニーポニア人の規則正しい生活文化に昔から影響を与えていたのかもしれない。