異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第99話   異世界の悪意

青年は身もだえるような激痛により目を覚ます。

この地に訪れた時に着ていてた服は剥ぎ取られ、粗末なぼろ切れを巻き付けたような服を着せられ、下腹部からは絶え間なく血が流れ続けている。

 

一体何故こうなってしまったのか?

この様な目に遭ってしまったのは身に覚えがある、自分に非が無かったとは思わない・・・・しかし、理不尽に貶められたのは事実だ。

 

「うぅ・・・あぁ・・・あがぁぁぁっ・・・」

 

『無様な姿だな、魔力無しの盗人め』

 

「どろ・・ぼう?・・・ち・・・違・・・」

 

『生憎蛮族の言語なんぞには興味がない、獣のように呻いておれ』

 

去勢され、傷口が化膿し赤黒い血が流れ続け、体が発熱し意識が朦朧とする。

 

 

青年は日本が異世界に転移したと言う信じられないニュースを耳にしてから数年間、見た事も無い異世界の地を歩く事を夢見ていた。

 

それまで富士の樹海を歩いたり、本格的な装備で山登りしたりと自分の好奇心を満たすために活動していた。

 

そして、ある伝手で日本ゴルグ自治区行きの船に密航し、異世界の大陸に足を踏み入れる事に成功した。

 

友人からは、異世界の地で日本のガラス製品や装飾品などが飛ぶように売れ、その資金を元手に異世界大陸に工場を進出させると言う話を聞いていた。

 

日本から異世界の大陸に持ち込んだ安物の装飾品や食器などを路銀に変え、自由気ままに大陸中を歩き回っていた。

 

時々自衛隊の車両などとすれ違い、肝が冷える思いをしたが、大陸で購入した現地の装束を身に着け、フードを深くかぶっていたので気付かれる事は無かった。

 

歩き続け、時に乗合馬車に乗り、大分日本ゴルグ自治区から離れた国に訪れた時に、災難が降りかかる

 

『まて、見慣れぬ者だな?少し荷物を拝見させてもうぞ?』

 

『アー・・・この国・商談・交易品・装飾品・売る・キタ』

 

『っ!!これは・・・おい、一体何処から盗んできた!?』

 

『エー?ニホン・作る・装飾品・持ってきタ』

 

『ニホン・・・ニッパニアかっ!!魔力を持たぬ蛮族め!蛮族にこれ程の美術品を作れるはずが無い!盗賊風情が・・・堂々と虚言を弄するとは良い度胸だな?』

 

『!?ナンデッ・・・タスケテー!!』

 

その後は記憶が曖昧だ、金属製の何かで頭を強く殴打された事は覚えているが、何故自分がこの様な薄暗い所に繋がれているのか、何故陰部を切り落とされるような理不尽な目に遭っているのか理解できなかった。

 

そして、生ごみ一歩手前の様な野菜屑と泥水を与えられ続け、辛うじてその日その日の命を繋ぎ止めていると、ある日薄暗い牢屋に光が差す。

 

「あ゛・・・う・・・ぇ゛?」

 

『運が良かったな、迎えが来たようだ。』

 

「・・・?ぇ゛・・・?」

 

『斑模様の蛮族が我が領に現れたのだ、部不相応にもこの私と交渉しに来たらしい』

 

「斑模様?・・・じえい・・自衛隊っ!!」

 

『ジエイタイ・・・ジエイタイ・・ジエイタイ!!えぇい忌々しい!!』

 

「た・・だすかっだ!・・・日本に゛がえれる゛!」

 

『ジエイタイ・・それが貴様ら蛮族の軍の名称か、何とも野蛮な響きだ。』

 

「日本!帰る!・・・密航な゛ん゛でも゛う゛じな゛い゛!ごめんなざい!ごめんざ・・・・・ぎっ・・・がえええぇぇぇっ!!?」

 

不意に、今まで感じていた下腹部の痛みが無くなる、それどころか首から下の感覚がまるで無い・・・自分の体を下から眺めているような光景が一瞬流れ、側頭部に軽い衝撃を感じると次第に意識が薄まって行く・・・そしてもう二度と意識を取り戻すことは無かった。

 

 

 

 

自衛隊は、不法な手段で異世界大陸に散らばっていった日本人たちを連れ戻すために、各地を奔走していた。

 

全体の7割ほどは、ゴルグ周辺で確保・補導されるが、残りは遠く離れた地へと散らばりその所在が不明で、時に盗賊等に襲われ無残な姿で発見される事もある。

 

日本政府としては、これらの無断出国する日本人が頭痛の種になっており、無断出国を禁止する告知を出している。

 

 

そして、今回行方不明となっていた邦人の捜索の為に、自衛隊はある国を訪れていた。

写真を現地住民に見せ、ついにその所在地を確認した。最悪な事に領軍に捉えられ牢屋に繋がれていると言うのだ。

 

『おやおや、ニッパニアの兵士が我が領に何の用かね?』

 

『貴殿の領主館に我が国民が匿われているとお聞きしたので、確認をしに来ました。』

 

『ほう?それはどこの誰から聞いたのかね?』

 

『・・・・既に領軍の方から伺っております。少しばかり手心をつけましたので』

 

『チッ・・・買収されおって・・・あぁ、貴国の民は確かに保護している、しかし今や我が領民だ、貴国に帰すわけにも行かないのだよ。』

 

『領民?我が国は了承しておりませんし、未だに異界の地での国籍の改変は許可されておりません。』

 

『・・・・・。』

 

『さらに言えば、どうやら盗みを働いた罪人として連行されたともお聞きしております。・・・・そのような虚言に惑わされると思っているのか?我が国民を返して頂きたい』

 

自衛官が手を上げると、何処からともなく装甲車が現れ領主館を取り囲む

 

『っ!鎧虫か!・・・小癪な』

 

『我が国民の引き渡しをして頂きたい、最悪強硬手段を取る事になります。』

 

『・・・いいだろう、返してやろう!おい、そこの衛兵!斑の連中を見張っておれ!ニッパ族の男を連れてくる!』

 

領主は自衛隊を領主館の前で待たせ、館の奥へと消えて行く・・・・。

そして、暫くすると悲鳴のような声が響き渡り、自衛官たちが一瞬だけ動揺する。

 

「っ!!?なんだ!?」

 

脳裏に嫌な予感が過る。

そして、最悪の事態が現実となる。

 

眼の焦点があっていない人間の生首が自衛官の目の前に投げ込まれたのだ。

 

『返せばよいのだろう!?魔力無しどもめ!これもくれてやる!もう二度とこの地を踏むな!乞食どもめ!』

 

生首の口には金貨が咥えられており、追加で自衛官のボディアーマーに銀貨がぶつけられる。

 

『貴様らのせいで我が国の産業が潰されたのだ!本来ならば1000年前の遺物の技術は我らの物だったのに!この盗人めが!』

 

癇癪を起こし地団駄を踏む領主を侮蔑を含んだ目で睨みつけ、無言でその胸倉をつかむ。

 

『な・・何をする!賠償なら足りている筈だろう?汚らわしい手で触れ・・・』

 

「このっ・・・・腐れ外道がぁぁぁ!!!!」

 

鍛え抜かれた剛腕から鋭い一撃が繰り出される。目にもとまらぬ正拳突きが領主の顔面を貫き、宙を舞い錐もみ気味に地面に落下しくぐもった悲鳴を上げる。

 

そして馬乗りになり何度も領主の顔面を殴打する。

 

『ご・・・ごろぜええぇ!!!皆殺じだぁぁ!!』

 

「正当防衛だ!射撃を許可、領主の身柄を確保せよ。」

 

領軍が領主館の周りを取り囲む装甲車に襲い掛かり、自衛官たちはそれに応戦する。

青銅剣を振り上げながら近づいてくる領軍は、装甲車に取りつく前に遠距離から小銃で撃ち倒されて行く。

 

遠雷のように響いていた銃声が鳴りやむ頃、辺り一面は死体の山と血の海が広がっていた。

 

この国と自衛隊との衝突後、日本政府は正式に非難声明を出し、日本人の拉致監禁・殺害を行った国ザーコリアを弾劾した。

 

そして、ザーコリアは領主の拉致と領軍への攻撃を宣戦布告と見なし、日本ゴルグ自治区へと進軍を開始するのであった。




うーん・・・・ヘイトの溜まる話は、ちょっと書くのを躊躇いますね・・・。

偏見に支配され判断を誤る国は意外と多いのです。
しかし、領主をちょっと狂人にし過ぎたかもしれませんね・・・話自体もちょっと無理やりだったかもしれません。

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