IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
そこに存在したのは、白だった。
かつて世界にISの存在を知らしめるキッカケとなった存在。最初に確認されたとも言われるIS、白騎士。白い騎士鎧にも似た全身装甲に腰に存在する鞘と剣。背部にはマルチウイングスラスターが4機存在し、それを纏う一夏の顔を隠すように白いフルフェイスが存在している。
真っ先に動いたのは理想の織斑一夏。白式だった。左腕部に存在する機工腕。それを一夏――白騎士へと向けると大出力の荷電粒子砲を放った。
光の奔流。それが一夏へと迫るが彼は動じない。その場でその光を見据えて、ただ腰に固定され存在する白鞘に左手を添え、右手で収められた大振りの刀剣に手をかけた。
「やれるな、白騎士」
一閃。
そんな言葉の後一夏は光の本流に対してその剣。雪片弐型を大型化せたようなその刀を居合のように抜刀し、放たれた荷電粒子砲を"喰らい尽くした"。
白騎士となり、その武装が一夏専用に書き換えられた際に生まれ変わった力。雪片が進化したその刃の名は"雪桜"。抜き放たれたその刃はまるで雪の如く白く、しかしその刃に形成されるビームの刃は淡い桜色をしていた。
一夏が望んだ力。そして白騎士のコアである少女が一夏に与えた絶対の力の1つがこの雪桜だった。その能力は"エネルギー兵器の完全吸収と無条件での絶対防御無効化"。
放たれた光の奔流がまるで何もなかったかのように消し飛ばされる。同時、此方の番だと言わんばかりに一夏が動いた。
「――ふっ!」
それを見ていたリィスや、敵対する白式が視認できたのは白騎士が再び剣、雪桜を知ら白から継承された鞘。白雪へと納刀し、構えを取ったところまでだ。
文字通り一夏は。白騎士は消えたのだ。
消えたと感じたその瞬間、一瞬という刹那の時間。その後一夏の姿は白式の真正面にあった。刹那の動きの連続、そして放たれるは神速の一閃。絶対防御すら喰らい尽くすという能力が付与された神速の一撃必殺。それが白式へと放たれた。
しかし、
「ああ、防ぐよな。だってお前は俺だ。……理想の俺だって言うなら、防げて当然だ」
ガキィン、という音が木霊した。それは白騎士と白式からだった。リィスが見れば白式は白騎士の一撃を"全く同じ居合"で受け止めていた。
瞬間的に、予備動作すらなくゼロから最大の加速を行ったそれにはリィスは覚えがあった。何故なら、それと似たものを。もしくは同じものを自分も使用していたことがあるからだ。
しかし、それと比べて白騎士の速度は早すぎる。化物レベルと称されるリィスの反射神経を持ってしても見ることさえ出来ず、気がついたら既に行動がひとつ終わっているのだから。
「……限界突破瞬時加速」
リィスの呟いたそれは当たっていた。白騎士の使用したその常軌を逸している加速は、束が限界突破瞬時加速と称するものの到達点。
限界を超え、無限の加速すら可能にするものだったのだから。
「そんなにリィスを取られてお怒りかよ。 ――先に奪ったのはそっちなのにな」
鍔迫り合い。その状況で一夏が行ったその言葉はどこか苛々しているようで、まるで自分に対しての怒りにもリィスには見えた。その言葉に反応したかのように白式が動く。鍔迫り合いでの状況での左腕部の多機能腕からのゼロ距離砲撃。同時に白式は荷電粒子砲の照射を白騎士へと継続しながらバックブースターで距離を取る。
「一夏!」
光の奔流に白騎士が飲まれる。思わずリィスからは焦りの声が出たが、
「大丈夫だ」
その言葉の後、光の奔流が再び霧散した。
その空間の空に霧散し、粒子となった光の粒。それが舞う中に存在したのは無傷の白騎士。
圧倒的だった。
白式を操るのはこの夢の世界の織斑一夏である。それは全て理想的と言うほどにまで昇華されていた。
しかし、その理想とはどの段階での織斑一夏なのか。
"どの織斑一夏"の理想の形なのだろうか。
「俺さ、恥ずかしい話リィスと出会って。好きになってすげぇわがままになってさ」
限界突破瞬時加速の連続。そして同時に振るうは神速の一撃。そのどれもが直撃すればそれで相手を終わらせることが可能な一撃必殺。
それを振るわれる白式も負けてはいない。何度も。何度も何度もそれを捌き、回避し。弾いてみせる。
どちらも既に次元の違いすぎる戦い。しかし、優位なのは――白騎士だった。
「今までは何もかもを守りたいと思っていた。正義の味方みたいに、何もかもを守れるようになりたいと望んでいた。けど、そんなのは不可能だ。何もかもを救うことなんて出来ない、それができるとしたら神様だけだ。だから俺は――そんなあやふやな想いは捨てて選んだ。自分の守れる範囲での大切な人と、いちばん大事な奴を守るって」
一夏はあるものを捨てた。
それは、織斑一夏という人間を構成していた根本。在り方であり、決意であり、個人というものを構成する根本。大切なものは何もかも守りたい、みんなは自分が絶対守る。そんな形の定まらない思い。
それを一夏は捨てた。 ただ一人を守るために。共に歩むために。
「独占欲、って言うのかな。あいつを誰にも渡したくないとか、そんなこと思うようになってさ」
だから、と続けた後。白騎士が消える。
次の瞬間――白式の左腕が絶対防御を無視して切り飛ばされた。
「リィスはお前何かに渡さない。"何もかもを守ろうとする理想の俺自身"なんかに絶対渡さない」
空中で再び雪桜を白雪へと納刀し、また白騎士が消える。すると今度は白式の真正面へと現れ――居合を放った。白式はそれに対応。残された右腕だけで雪片を振るい、鍔迫り合いへとなんとか持ち込んだ。
「教えてやる。理想じゃ今の俺には勝てない。その何もかもを守るという理想には覚悟がない。想いもない。選ぶという選択もないんだ。重さがないそれでは、たったひとりすら守れない」
ピシッ、という音が空間に響く。何かがひび割れるような音だ。
それは白式からであり、見れば白式の雪片にはひびが入っていた。
「――なぁ、大事な1人すら守れないのに全てを守れるわけ無いだろ?」
パキンと音がした。それは砕けるような音であり、折れる音だ。
折れたのは雪片だった。真っ二つになった雪片の半身は宙を舞い、降下し暫くして量子化された。
雪片と左腕の武装を失った白式には武装は皆無である。そして、押し切られ無防備を晒した白式には為す術はもう無い。
「……じゃあな、理想の俺。その理想に夢見させられたけど、 "それは持っちゃいけない。本気になっちゃいけない理想だったんだよ"」
再び納刀。そこから放たれるのは、左斜め下から右斜上への一閃と、そこから追撃の如く放たれる左斜め上から右斜下への一閃。刹那の時間に放たれた二度の斬撃が白式の胴体を切り裂いた。
切り裂かれ、真っ二つになった白式が空から落ちる。それと同時、世界が崩れ落ちる。白騎士を纏う一夏から視えていた街並も、それまで白騎士と白騎士が戦っていた夜の星空も。
何もかもがガラスが砕けるように崩れ落ちていき世界が光りに包まれていく。
それは、世界の終わりだ。
理想という世界が終わる瞬間。その世界で最後にリィスの認めに写っていたのは、空中に佇む白い騎士だった。
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「……ん」
目が覚める。まだ覚醒しきっていないぼーっとする頭を徐々に覚醒させながら身体を起こせば、そこは覚えのある場所だった。医療着姿でベッドで眠っていた場所、そこはIS学園にある医務室。
私は……そうか、銀の福音を停止させる作戦中に鳥の化物と戦闘になって、それで。
「夢の世界でハルトさんに会って、金色のISの正体はハルトさんで……夢に負けそうになった時、一夏が助けに来てくれて、それで」
一夏が白騎士を纏って、あの世界の織斑一夏を倒した。
つまり今のここは、元の世界ということになるのかな。
窓を見れば夕方で、見慣れたIS学園の景色を夕日が照らしている。いつもならこの時間、窓から見える学園内の庭園や寮に向かう道には生徒が多く存在するのに今はそれもない。
ふと思うのは、私がどれだけ寝ていたのかということだ。向こうの世界、理想の世界では数ヶ月単位での時間が経過していたと思うけどもしかするとこっちでの私もそれだけの時間寝たきりだったんだろうか。
そうすると今は8月か9月。夏休み中という可能性もあるけど……ダメだ、寝起きで頭が回っていないのもあるけど情報が足りない。それに、
「心の整理だって、まだついてない」
ハルトさんは金色だった。つまり、あの日パパとママを殺したのはハルトさんだった可能性が高いということだ。
憎い、という感情は当然ある。しかしそれとは別に……今では疑問のほうが大きい。何故、どうして、と。
あの人とはそこまで付き合いがあるわけではない。多少話した程度の相手。それでも、あの人が無作為に人を殺すような大量殺人者とかには視えなくて。もしかして、自分が知らない何かがあるんじゃないかって思ってしまって。
とにかく情報が足りないし現状が不明過ぎる。とはいうものの、医務室は無人で私の私物のスマホや待機形態のISも今はないみたいでどうしようもない。どうしたものか。とりあえず、医務室から出てみようか。しかし医療技着で出歩くというのはなんというか……ううん……
考えていると、医務室の自動ドアが開く音がした。反射的にそこを見て私は――思わず固まってしまった。
「おはよう、目が覚めたみたいだね。エーヴェルリッヒさん」
「――ハルト、さん」
何度見ても一夏に似ている。そう感じざる得ない、聞きたいことが山ほどある相手が。色んな感情が入り混じってどうしたらいいのかわからない相手がそこには居た。
どうしてパパやママを殺したのか。殺したくせになんで必死になって私を助けてくれて、あの世界にまで現れて助けようとしてくれたのか。
自分が金色であること。それを明かすメリットがあったのか。なかったとしたら、どうしてそんなリスクを犯してまで私を助けに来てくれたのか。
あの日のことについて、全部知っているではないのか。
それ以外にも聞きたいことはたくさんある。でも、どう切り出したらいいのかわからなくて。ただベッドの上で上半身を起こしたまま慌てたようになってしまった。
「とりあえず落ち着いてくれると嬉しいかな……。そんな慌てられると俺としても話しづらくて」
「あ、ええと。ご、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ。さて、」
そのままハルトさんはベッドの近くの椅子まで歩いてくると『これ、お見舞い。うちの研究室の同期が持って行けってうるさくてさ』と苦笑いしながら言った後、お菓子やら果物やらの詰め合わせをベッドの近くの机の上に置いた。
ハルトさんは一言『ここ、いいかな』とベッド横の椅子を指して言う。それを私は了承して、そこに彼が座った。
「何から話したらいいかな。彼、一夏君との約束もあるからそれも果たさなきゃいけないんだけど……本当に話すことが多すぎるな。だから、きっと君が一番気になっている話からしていこうと思う」
――私が一番聞きたいこと。それは、決まっている。
「……私のパパとママを殺したのは、貴方ですか。ハルトさん」
そう聞くと、彼の表情が曇った。そのまま迷ったように、覚悟を決めたように息を吸い目を閉じると、
「――言い訳はしないよ。3年前、君のご両親を殺したのは俺だ」
思わず身体が動いた。どす黒い感情に身を任せてそのまま椅子に座るハルトさんの首を絞めようとした。けど、できなかった。思えばかなり長い間寝ていた可能性があるのだ。身体がすぐに万全の状態で動くわけはなく、掴みかかろうとした瞬間、力が入らずベッドから落ちそうになった。
地面に身体が叩きつけられることはなかった。何故なら、倒れかけた身体をハルトさんが慌てて支えてくれていたからだ。
「長い間寝ていたんだ、無理に身体を動かしちゃいけない。……気持ちはわかるし、もしそれを望むなら俺はそれを甘んじて受け入れるけどね」
「なん、で」
「……?」
「どうして、パパやママを殺したのにッ……優しくするんですか、助けようとするんですかッ!あなたは、一体何なんですか!」
支えられ、抱きとめられた彼の胸の中。どうしてかとても安心するような感じがして。……まるで、それを知っているような気がして。
ただ彼の胸に顔を埋めて、何度も。何度も、何度も腕を無理矢理動かして、弱い力で彼の胸板を叩くことしか出来なかった。
「俺には、責任があるから。君の両親を殺した責任と、ご両親との約束が」
約束……?
「約束って……なんですか?あの日、一体何があったんですか?あなたは全部知ってるんですか!?」
「全部知っているのか、と言われればイエスになる。俺はある事情から君のご両親とは知り合いで、 あの日……二人を殺す前に頼まれたんだ。"その時が来たら娘を頼めないか"って」
その言葉で確信した。やはり、あの日にはまだ知らない何かがある。
暫く彼の胸を借りるという状況になり、少し落ち着いて。そのまま再度ベッドの上へと戻ると、私は意を決して聞くことにした
「あの日、何があったんですか」
「……知ったら、戻れなくなるよ。君達は世織計画や亡国機業を追っている。けど、真実にまでは至っていない。まだ日常には引き返せるんだ。俺としては、君や一夏君には戻って欲しいと思ってる」
「戻れないのなんて今更です。私は、沢山殺しました。仲間も何度も失いました。……ずっとあの日の真実を追い求めるためだけに、生きてきました」
「でも君は陽だまりを手に入れた。幸福を手に入れられる。最愛の相手とそれを歩む選択肢はあるんだよ」
「……そうしたらきっと、私はあの日の真実から逃げたことになると思うんです。それだけは、絶対に嫌です」
「――いいんだね?」
「はい」
「全く。君達2人は正反対なところもあるのに、どこかよく似ている。 本当、色々と納得させられるよ」
納得させられる?何をだろうか。
意味がわからないと思っていると、ハルトさんは『ごめん、なんでもない。話には関係のないことだから』と断って
「じゃあ、君の知りたい真実の前にいくつか話をしよう。世織計画が何なのか。今世界で何が起こっているのか。 ……そして、君のご両親が何をしていたのかをね」
知りに行こう。そう望み、想い。言葉の続きを待った。
「最初に言うと。俺はこの世界の人間じゃないんだ」
突然言われたのは、理解と何を言われたのか把握するために時間を要することになるものだった。
◆ ◆ ◆
「……あの、ハルトさん。真面目な話をしていたと思うんですが。 えっと、病院行きます?というかここも医療施設でしたね。私のことはいいんでとりあえずお医者さんに、」
「その『うわ何言ってんだこいつ』みたいな哀れみの眼をやめてくれないか。色々辛辣で辛くなる。 ……冗談でも何でもない。本当の話だよ」
「つまりハルトさんは未来人とかそういうの、ということですか」
「少し違うかな。正確には異世界人、かな。 ――"この世界とよく似た世界で、既に滅びた世界の"、ね」
滅びた世界。そう話すハルトは真剣であり、冗談か何かと思っていたリィスとしてはそれを見て動揺するしか無かった。
「さて、俺の身のなりについて話す前に。エーヴェルリッヒさんはパラレルワールドって言葉を知ってるかな」
リィスのその問についての回答ははイエスだった。パラレルワールド、異世界。よく漫画や小説で題材などにされるものであり、簡単に言ってしまえば言葉のまま、異世界だ。しかし、それは当然フィクションというものであり現実にそんなものはありえないという認識だった。
「異世界とか、未来の世界とか……よく漫画とかであるあれですよね」
「うん、そうだよ。俺はパラレルワールド、正確には"この世界の未来の別世界"の人間だった」
「だった、というのは……」
「俺の居た世界はね、滅びたんだ。人と、人の欲が呼び寄せてしまったバケモノによってね」
そして青年。織原ハルトは話していく。自分たちの世界で何が起こったのか。
この世界と同じようにISが存在した。篠ノ之束の意図とは異なり、時が経つにつれて"兵器"としか認識されなくなったISはただの人殺しの道具と、政治家の国の取り合いという戦争の道具となり下がった。結果として、女尊男卑は加速。だが、戦争に送り出されるのはISに乗れる女性だけとなった。
ISとISによる、国家同士の戦争は拡大し世界規模のものとなった。そうなってしまい止められるものは誰も居らず。ISの生みの親である篠ノ之束もある時を境に消息が不明になったという。
彼は言う。その世界は最悪だったと。
人類には絶対数がある。そしてそのうち女性の数は限定され、更にISを動かせる人間はその中でも一定数しか居ない。
女性を、ISを戦争の駒としか見なくなった国家はそうするとある問題に行き当たる。兵士不足という問題だ。
人はそんな世界で、最悪の手段を正当なものと"勝手に定義して"行使した。それが、クローンや人工兵士という存在。莫大な国家予算を投入し、優れた男性と女性の遺伝子を人工的に培養し。コピーし。人が人を作り出すようになった。
そして、その作られた"駒"と、"専用機"という限られた人間だけが行使できる力を持った存在で戦争というゲームを行っていた。
だが、ISを兵器としか見なくなった人類のその意識は世界を、星を滅ぼす厄災を呼んだ。
機械でできた虫のような存在、機械で出来たゴリラ、機械で出来たドラゴン。しかし意志があるかの如く人とISを襲い、喰らい、殺す存在。
その存在の名は"絶対天敵"と言った。
その存在に対して通常兵器はまったくもって役に立たなかった。ただ唯一通用したのは、ISによる攻撃のみ。しかし、量産機では攻撃が通りにくかった。当初、ISの攻撃が有効であるとわかった人類は各国で大量の量産機とその操縦者を投入、世界各所に現れた絶対天敵に対して飽和攻撃を行った。誰もが勝てると思った戦い。核や生物兵器なんてものが遠慮なしに使用された掃討戦は人類の勝利に思われた。
絶望ははここから始まった。
まったくもって。これっぽちも。その絶対天敵に効いてなかったのだ。
通っていたのは専用機持ちと呼ばれる存在のISによる攻撃のみ、他の攻撃は一切通っていなかった。
各地で行われた掃討戦。その結果を当時見ていた兵士たちは困惑した。どうして効かないのか、あの化物は何なんだと、混乱に陥ったがそれを敵は待つ訳がない。
敵は、絶対天敵は動揺し、混乱した人類を。投入された生物兵器を。あまつさえ、"核によって汚染された大気と大地を"。取り込んだのである。
文字通り食われ、機械と同化したようにされた人間はまだ食われていない人類を攻撃した。ある国が投入した生物兵器は機械の虫にどうかされ乗っ取られた。
汚染地域には機械の大樹が育ち、その大樹は世界を、大地を、残された人間達を蝕んで行った。
専用機があれば対抗できる、そうわかった人間達は篠ノ之束に助けを求めた。だが、人間が縋る神。篠ノ之束は助けてはくれなかった。現れることはなかったのだ、彼女は。
絶対天敵との戦争。人と人の戦争から人と絶対天敵との生存戦争の中である学者が真実を見つけた。絶対天敵が現れた理由、絶対天敵の目的。
それは、
"人とISを完全に滅ぼすことであり、絶対天敵を引き寄せたのはISであるということだった。"
都合のいい話で誰もがこう思った。"それも全て篠ノ之束のせいだ"と。最初はISを否定し、白騎士が現れては利用しようと縋り、絶対天敵が現れては生き残るために縋り、そして最後には自分達がこうなったのは篠ノ之束のせいだと迫害した。
そして、人は滅びた。世界は、星は滅びた。
それが自分の世界の終わりだと、ハルトはリィスへと告げた。
「ち、ちょっと待って下さい。その話だと、ハルトさんの世界にも束さんや他のみんなが居たってことですか?それに、世界は滅んだんですよね。じゃあ、なんでハルさんは生きてこの世界に……」
「そこは複雑な事情になるかな。俺達の世界、時代ではその絶対天敵に対抗するためにある組織が存在した。それが、ユニオンと呼ばれる組織。ユニオンは絶対天敵との対立が続くにも関わらず国同士の戦争を続ける各国の中で、"絶対天敵を撃退する"という純粋な思いを持った人間で構成されていた。俺はそのユニオンの人間だった。結局、人類は負け、世界は滅亡したけど、滅亡間際にある人物によって生かされたんだ」
「生かされた?でも、どうやって……?」
「異世界への強制転移。正確には、条件付きでかつ限定条件の異世界に対して対象を送るという装置があった。勿論極秘で未完成、使えたとして使い切りの代物だった。けど、最後の賭けだったんだと思う。あの人は……俺と、もう一人。俺の妹をその装置に乗せて強制的に逃した。その結果、俺と妹はこの世界。エーヴェルリッヒさんの世界に流れ着いたというわけだ」
信じがたい話だった。話のスケールが大きすぎて、何より頭がパンクしそうになるほどの情報量でリィスの病み上がり頭は混乱しそうになっていた。そんな彼女を見てか、『ごめん、一気に話し過ぎたな』と謝罪した。
「……仮に、その話が本当だったとして。 パパとママとはどうやって知り合ったんですか?」
「――突然だけど、エーヴェルリッヒさん、俺が今何歳か知ってる?」
「えっと……20代前半、ですか?」
「一応ジャスト20だよ。またややこしい話で申し訳ないけど、俺が親御さんと出会ったのは4年前。そしてこの世界に辿り着いたのが5年前。異世界転送は運よく成功。だけど、俺と妹には先立つものがなかった。転送時に持っていたのは、軽い私物と"ISの待機形態"だけ。そんな状態でドイツの山奥に放り出されてね。……エーヴェルリッヒさんさんなら知ってると思うけど、違法研究施設の敷地内で捕まりかけてそのまま戦闘に。正直、ボロボロになってね。怪我もしてて妹を背負って逃げるので精一杯だった。その時、偶然車道を通りかかったのがご両親だった。そこからの経緯は少し省かせてもらうけど……君のご両親に"俺達"は保護された、ということになる」
「――じゃあ、なんでパパとママを殺したんですか?その理由は、」
「わかってる。ちゃんと話すよ。 ――エーヴェルリッヒさん、ご両親が研究者だったのは知ってるよね」
勿論知っていた。仕事が忙しく、度々ふたりとも家を留守にしていたことも。それでも、ちゃんと家には帰ってきていてくれたし記念日や休みの日はずっと自分といてくれたことも。
「…はい、知ってます」
「――じゃあ、何の研究をしていたかは?」
「そこまでは……ただ、束さんからは、ISとその宇宙進出に関わることについてと"限界突破瞬時加速"についてとだけは」
そこで青年。ハルトはやや気が重そうに『……そうか』とだけ言うと暫くの沈黙を作る。そして、リィスがどういうことなのか、と続けようとした時
「さっき、俺の世界の話をしたよね。絶対天敵っていう化け物が現れて、世界は滅びたと」
「はい、そしてその引き金を引いたのは、厄災を呼び寄せたのは人……でしたよね」
落ち着いて聞いてね、と彼は念を押した後
「絶対天敵はこの世界にも存在している。正確には、存在していたというべきか。君のご両親はそれに感づいていて、それをなんとかしようとしていた」
リィスは頭の中が真っ白になった。
そこから語られたのは、両親の真実。何を研究していて、何に抗おうとしていたのか。青年は語り、真実に迫る第一歩の真実を話した。
「世織計画。その目的は簡単に言ってしまえば、世界をやり直すことだ。――多くの人類、生命を滅ぼして、ISのオリジナルコアと選ばれた人間のみの世界を作り出す。それが、亡国機業の目的だよ」