主に告げるは桜の句   作:壬生谷イツキ

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主に告げるは桜の句

 燃え盛る世界の片隅にて、遂に少年は敗北した。彼を先輩と慕う少女は既に倒れ、古今東西の英傑たちの牙は、その全力を以ってしても魔術王に届くことはなかった。それほどまでに、冠位(グランド)という前置詞を携えた英霊の力は圧倒的だったのだ。
 もはやカルデアの消滅も時間の問題。あとは為す術もなく消え去るのみ。そう見做した魔術王は姿を消し、残ったのは致命傷ながらも、辛うじて生きながらえ立ちつくす一人の英霊だけだった。
 袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を着こなす姿は、幕末の京都にてその名を馳せた武装組織——謂わゆる、新撰組一番隊長そのもの。その少女の名は沖田総司という。
 生前の病によって変色した淡い桃色がかかったブロンドの髪をもち、普段はそれと同じ色のハイカラな和装とブーツに身を包んでいた彼女を一言で表すのなら、〝桜〟という言葉が当てはまるだろう。
 しかし、血に染まったその装束は、今にも散って消え入りそうな桜のような儚さを帯びていた。
 当然だ。彼女の主人(マスター)は死に伏し、魔力供給などとうの昔に途切れていた。今は自らを構成する魔力と根気だけでなんとか消滅を堪えているだけで、その魔力も数分も立たないうちに潰えてしまい、終いには消滅してしまうことだろう。
 なんて、無情。彼女は心中で嘆いた。あらゆる時代の特異点を救済し、未来が取り戻されるあと一歩という手前、砂上の城が一瞬にして瓦礫となるが如く我らは敗北したのだ。魔術王の目から見れば、こちらの姿はさぞ無様に見えたことだろう。
 だが、そういうこともあるだろう。我らが立つのは戦場なのだ。常勝の王が聖剣を振るおうとも、最古の英雄が慢心を捨てようとも、勝つときは勝つし、負けるときは負けるのだ。それが後者になっただけのこと。
 
 ——けれど、私は世界と心中する気など毛頭ない。

 沖田は重い身体を無理矢理動かし、少年の元に寄り添った。敗北を喫し主人が死した今、自らがやるべきことは一つだけ、とでも言うように。さながら辞世の句を詠むかのような姿だった。
 否。陳腐な比喩などではなく、彼女の口から語られるのは真実辞世の句そのものだった。

「……覚えていますか、マスター。あの時、私が貴方に誓ったことを」

 それは、かつて彼女が少年に向けて話した言葉。

「たとえ地の果て水の果て、儚きこの身が尽きるとも、冥府の果てまでお供します。
 そう、私は貴方に誓いました。
 その誓いを、今果たさずして、何が士道でありましょうか」

 鞘に入った自らの得物を手に取る。
 一の文字が彫られた沖田の愛刀は、彼女の誓いを曲げぬとばかりに真っ直ぐに伸びていた。
 
「これは新撰組一番隊長の意志ではなく、私自身の意志によるものです。この一刀を以って、私は貴方の元へと向かいましょう」

 士道不覚悟、切腹です。と冗談めいた口調を語尾に連ね、構えると、彼女の脳裏に召喚されてからの記憶が走馬灯のように、或いは古い映画のコマ撮りの流れのように映った。
 その少年の第一印象は心安らぐ人、であった。
 主従の関係の感覚をよくわかっていなかった彼女は、はじめ彼を主人、というよりもフランクな関係としてみていた。
 誰にでも優しく、英霊を恐れず対等に接し、歪んだ人類史を正すために奮走する彼は、やはり人斬りとして生前恐れられていた彼女とも気安く接していた。
 ああ、その時からなのかもしれない。
 少年に対して、よくわからない感情を抱いていたのは。

 彼と共にいると、何故か過度に安心する。
 彼と共にいると、何故か妙に胸が高鳴る。
 
 理解できない感情に密かに振り回されながらも、その感情を不快に感じることはなく、むしろずっと感じていたいと思っていた。
 けれど、それに如何なる名称があり、如何なる意味を持ち、如何なることなのかは検討もつかなかった。
 それなりに仲良くしていたあの第六天魔王を自称する戦国武将に聞いてみても人斬りのヤツが珍しい側面を見せてきたぞとばかりに面白いものをみたような変な目でこっちを見てくるだけで何も言わないし、赤い外套を羽織った二刀使いの弓兵に尋ねてみても、どう答えるべきか、と困った表情を浮かべ、やがてそれは自分で知るべきだ。それは人に訊いてわかるようなものではないからな。などと宣って結局何も教えてくれなかったのだから、きっとこれは随分と悪辣で、厄介で、それでいて面倒という三拍子を揃えたロクなものではないものなのだと勝手に結論付けていた。
 生前病弱でたびたび倒れたりしていたのだから、きっとこいつもサーヴァントとして現界した英霊特有の病気か何かなのだろうとも思っていた。

 今思えば初々しいにもほどがあるではないか、と一人自嘲する。
 今はこの感情が如何なる名称がある、如何なる意味を持ち、如何なることなのか理解しているし、気付いたときは知らなかったとはいえ何てモンを人に訊いているのだとショックで吐血しながら悶絶したほどだ。
 
 けれど、その記憶(オモイデ)も今となっては懐かしくも思う。
 ならば、その全てを英霊の座なんてものに持ち帰らず、主の元まで持っていこう。
 
「……ああ、そうだ。マスター、最後に言わなきゃダメなことがあるんです。聞いてくれますか?」

 返答はない。
 しかし、沖田の心中では、首を傾げながら肯定する彼の姿が見えていた。
 沖田は悪戯を決行するかのようにふふ、と静かに微笑と、ほんの少しの涙を浮かべ、答えた。



大好きです、マスター。そちらでも、ずっと一緒にいましょうね。




 そう伝えると共に、背中から紅桜の花が咲き乱れた。
 痛みはあれど、苦しくはない。冥府の果てにまでいこうと、彼と共にいれるのならば本望だと、彼女は金の粒子と共に消滅した。

 斯くして、数ヶ月間に渡って人理救済を目指していた少年の死を以って、人理焼却の成就は完遂し、最後に散った少女は手に入れた一つの想いを胸に、その少年の元へと向かっていった。






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