東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第六十九話 敵の味方はいつ裏切るか楽しみで仕方ない

 水蓮は妖怪の山を去った後、真っ先に命蓮寺へと駆け込んだ。

「東雲君!東雲君はいるか!?」

「いないよ。東雲橙矢もムラサもね」

 待っていたかのように水蓮の問いに即座に答えたのは寺の縁側に座り込んでいたぬえだった。

「君は………」

「私のことなんざどうでもいいさ。正体不明だしね。そんなことより………犬走椛が来ないところを見るとやっぱり狂ったんだね」

「……………やっぱり?君、何があったか知っているのか?」

「そりゃあもちろん。ムラサが何処にいるのかも知っている」

「ッ!何処だ!」

「あのねぇ………私がはいそうですか、なんて言えるキャラだと思う?」

「なら無理矢理吐かせるまでだ」

 矢がない今、懐刀を抜いて構える。

「ふぅん、ただの木っ端天狗が大妖怪に牙を向くなんてね」

「……そんな余裕ないんでね。大妖怪だろうが退くわけにはいかないんだ、鵺さんよ」

「その意気やよし、かな。ただあいつと比べたらそんなもの、ないと同じさ」

「村紗水蜜のことか」

「あいつは自分の身を削りながらも東雲橙矢を犬走椛から取った。普通じゃ耐えきれない妖気を纏ってね」

「それじゃあ奴は……!」

「おっと、おしゃべりはここまでだ」

 ぬえが手を突き出すと三又の槍が収まる。

「まずは居場所を聞き出すことだ。残念だけど私しかあいつの居城は知らないからね。アンタは私から聞き出さないことには何も始まらないってわけさ!!」

 天に向けて槍を突き出すとそこから水蓮目掛けて弾幕が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 総隊長は自分の家に戻るなり担いでいた椛を無造作に落とした。

「………起きろ、馬鹿」

「ぅ…………」

「お前の不始末のせいで俺の時間が取られたんだ」

「ぉ……にぃさま………?」

「そうだ、不甲斐ない妹の兄だ」

「………どうしてお兄様がここに………ッ」

 起き上がろうとして、痛みですぐに踞る。

「しばらくは寝ていろ。蔓といいお前といい、さすがにやり過ぎだ」

「水蓮さんと私が……?どういうことですか……?」

「……やっぱりお前、覚えてないんだな。山で暴れたこと」

「私のこと……ですか?」

「お前以外に誰がいる。後で蔓に礼を言っておけ。あいつがお前を止めたからな」

「水蓮さんが………私を?」

「………それとお前が殺した白狼天狗。その穴もしないとな」

「殺した………?何言って………」

「お前、ほんと馬鹿だな。お前の心情くらい自分でコントロールしろ。これが何よりの証拠だ」

 急に椛の腕を掴むと掌が見えるように突き出す。その手は血で真っ赤に染まっていた。

「まだ信じられないか?………お前は罪を犯したんだよ。……禁じられている同士討ちを」

「………………」

「しばらくは拘束させてもらうぞ。………始末されなかっただけマシだと思え」

「そん…な…………。橙矢さんには…………」

「他の奴に任せる。最悪は切り捨てるだけだ」

「そんなこと………!」

 身体に鞭を打って立ち上がるが総隊長に肩を押されて倒れた。

「お前は黙って寝てろ。出る幕なんざない」

「だとしても!村紗さんを止められるのは!」

「最悪俺が出る。それで終わりだ」

「…………ッ」

「何を怯えている?村紗水蜜が殺されることか?だとしたら何故だ?お前は何度も殺されかけたんだ。嬉しくなくとも悲壮に浸ることはないはずだ」

「貴方は……!人を想う心がないのですか!」

「んなもんとっくに捨てた。百年前のあの時にな」

「そんなことはさせません……!村紗さんは必ず元に戻す!」

「ハッ、大きく出たものだな。……東雲橙矢を殺したときのようになるぞ?」

「───────」

 椛の目が開かれて身体が硬直した。それを見て総隊長はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「くだらねぇ情を持つ暇があるなら鍛練でもしてろ」

「お兄、様…………!」

「ともかく、お前は怪我を治すことを優先しろ。その頃には精神的にも快復しているはずだろ」

「…………ッ……分かり……ました……………」

「………………馬鹿な真似はするなよ。今、お前を失うわけにはいかないんだから」

「え?」

「分かったら寝てろ。お前がまた暴れたりしたら面倒だからな」

 腰を下ろして近くの壁にもたれかかると目を閉じた。

「………お前なら分かるだろ。…本当の歴史を知ってるお前なら、情を持つことがどれほどの愚の骨頂かなんて」

「…………………驚きです。貴方からその話が出るとは」

「単なる一人言だ。聞き流せ」

「……………………」

「本当の歴史を知ってるのは俺、お前、大天狗。そして白狼天狗の老人共だけだ。蔓やそれ以外の生物はみな創られた歴史を知っている」

「………今さらなんですか」

「そろそろ本当のことを教えてやれ」

「…………………何故今になって」

「あいつにはすでに知る権利がある。一応当事者だしな」

「しかし彼女は………」

「手遅れになる前に話はつけておけ。それ以降蔓がどうなろうと知らん」

「お兄様!それはいくらなんでも邪険です!」

「何故お前に決める権利がある?俺のしていることは無粋だと?」

「……………ッ」

「知ったかで口を利くな。お前はたまたまあの場に居合わせただけの第三者なんだ。関係ない奴は俺に言う通りに動けばいい。それともなんだ?お前は一生奴等の都合の良いように創られた歴史を語っていくのか?」

「……………………彼女は、水蓮さんは本当の歴史を伝えて………………自身を破壊しなければいいですけど」

「だから言ったろ。その先は知らねぇって」

「……………お兄様、いや総隊長。貴方は………何を考えているのですか?」

「俺はこの山を守ることしか考えてない。これまでも、これからもな」

「ですが貴方のしていることは………!」

「別にお前なんざに理解してもらう必要はない。が、いずれ俺の言っていたことが分かるようになる。馬鹿なお前でもな」

「……確かに私は愚かです。血を分かつ貴方の考えていることも理解できない」

「あぁそうだ。だがそれでいい。俺は誰にも期待なんざしてないからな」

 立ち上がり、戸に向かって歩くと外へ出た。

「俺は付近にいる。だが大事以外は話しかけるな。後は勝手にしろ」

「お兄様…………」

 ピシャリと戸が閉められて犬走兄妹を隔てた。

 

 

 

 

 

 

 

 地を滑りながら迫る弾幕を避けて他の者の弾幕に比べると劣る弾を放つ。

「ハッハー!アンタの実力はそんなものか!?」

「手厳しいね………。さすがに矢がないと辛い」

「加減をする気はないよ!アンタの戦意がなくなるまでね!」

「ほざけ………!」

 形なき妖気の矢を生成すると引き絞り、適当な命中率を定めると放つ。それは放たれてからすぐ八つに分かれ、婉曲を描きながらそれぞれがぬえに向かっていく。

「……!」

 三又の槍を回転させると穿たんと迫る矢を弾き飛ばす。

 弾き飛ばされたり命中せず地を抉った矢は爆散し、ぬえの視界を遮る。

「ッ小癪な!」

「それがボクのやり方だからね!付き合ってもらうよ!」

 背後を取ると懐刀を取り出して肩口に突き刺した。

「─────!」

 刺したまま足を振り上げて肩に乗せると跳んで刺さっている懐刀を抜く。

「調子に……乗るなァ!」

「君がねッ!」

 放たれる弾幕を回転しながら弾き飛ばし、回転の勢いと落下の勢いを兼ねて懐刀を振り下ろす。

 慌てて槍の柄で受け止めるが嫌な音と共にへし折れた。

 すぐさま距離を開かせんとぬえが水蓮を蹴り飛ばす。それを腕で防ぐが大きく後退させられた。

「私の槍を折るか。………さっきの言葉は訂正するよ木っ端天狗」

 折れた槍を放り捨てると新たな槍を作り出す。

「………いや、木っ端天狗じゃなくて白狼天狗、か」

 直後、ぬえを中心に妖気が渦を巻く。

「まだ本気を出してなかったのか………!?質の悪い………!」

「アンタ程度に………とは思っていたけどね。予定変更だ。全力でアンタを潰す!」

「ッせいぜい負けた時の言い訳でも考えてな!」

「それはこっちの台詞だ!」

 共に弾幕を放ち、激突する。しかしぬえの弾幕は絶えず水蓮に向かってきた。

「さすがに相殺は無理か………!」

 懐刀を器用に振り回し、弾幕をいなす。

「鬱陶しい!」

「…………………!」

 突撃してくるぬえを待っていたかのように刀を構えた。

「何………!?」

「待っていたよ」

「チィ……!」

「甘い!」

 突き出される槍を掻い潜り、懐にもぐりこむ。

「…………!」

「こっちは普段から接近戦をしいられているんだ。残念だったね!」

 刀を振り抜いてぬえを裂いた。

「くそ………!」

「逃がさないよ」

 後退するぬえに向かって妖気で擬似的な矢を五本生成して放つ。

「アンタは近接戦がお好みかぃ?なら、相手してもらおうか!」

 槍を一薙ぎ。それだけですべての矢が弾き飛ばされて消失する。寸前、

「殺れ!」

 一喝。消失しかけている矢が再び生成されてぬえに迫る。

「再構築………!?」

 慌てて防ぎながら目の前で起こっていることに驚愕した。

 本来、基本的に手放した物、または発射された物は放たれる前までは放つ本人の妖気やら魔力やらが供給されて破壊されても修復が可能だ。だがそれ以降は直接触れていないため、修復が不可能になる。生成されたものとそれを放った者の回路が直接繋がってないためだ。

 それが出来るものは数少ない。ぬえも辛うじて出来るものの膨大な集中力を消費するため、戦時では使い物にならない。

「アンタ………どうして木っ端天狗が……!」

「地獄を見て来たからさ。君とは比べ物にならないほどの規模のね」

「ふざ────けるなッ!」

「例え大妖怪の君が相手だろうと、ボクには勝たなくちゃいけないんだ!東雲君と、隊長を助ける!そのために村紗水蜜の居場所を吐け!」

「うるっさい!!」

 槍を水蓮目掛けて投擲し、残りの矢を避けると駆け出す。

「正体不明の恐ろしさ、その身を持って味わえ………!」

 槍を避けると瞬時にその槍が消失する。そして目の前には右腕を振りかぶったぬえが。

 右手に妖気が集中していき、槍を造り出す。

「消えろッ!」

 振り下ろされる穂先に向けて懐刀を振り抜く。

 刀と穂先が激突して衝撃波が辺りを呑み込んだ。

「ッゼァ!」

 拮抗するなかぬえが腰を捻って蹴り飛ばした。

「中々ッ、やるじゃないかい!」

 地を転がりながら弓を引いて放つ。

「ハッ、そんなもの!」

 打ち落とす、前に爆発してぬえの視界を隠す。

「……!今更こんなありきたりな手に出るなんてね!」

 爆発のなかを突っ切って水蓮が駆け、至近距離で弓を構える。それを予測していたぬえが槍を突き出す。

「まさか!そんな馬鹿な真似はしないさ!」

 弓から片手を放し、懐刀を掴むと槍に叩き付けるとその勢いで回転して跳び上がりぬえの背後を取ると槍を掴んで引いて仰け反らせた。

「これはさすがの君でも予測できないだろ!」

 槍を掴んだまま蹴り飛ばして、槍を振り上げる。

「堕ちな!」

 槍ごとぬえを叩き付けると首もとに懐刀を突き付けた。

「カ………ハ……!?」

「チェックメイトだ封獣ぬえ」

「………………くそ」

「君の油断負けだ。村紗水蜜の居場所を教えてもらおうか」

「………………チッ」

 懐刀を見て観念したのか槍を手放して手を上げた。

「分かったよ。約束通り教えてやるさ……………」

 ひとつ深呼吸を入れると口を開いた。

「昔ムラサが封印されていたところ。即ち地下の血の池」

「地下………?そこに東雲君が……」

「あぁそうさ。地獄街道のはずれにある血が溢れ出る池、そこがムラサに住み処になっているはず」

「………昔封印されていたところに、か。……奴は何をするつもりなんだい?」

「アンタ馬鹿か。ムラサは東雲橙矢を誰の手にも渡さないため、自分の理想としている東雲橙矢にしようとしている。他でもない自分のために。まぁ奴は本気でそれが東雲橙矢の幸福だと思ってるっぽいけど」

「しようとしている………?」

「悪く言えば改造」

「ッ!」

「本当に奴を救いたいなら犬走椛を連れていくことだね」

「………もう………誰も傷つけさせはしない」

「その為にアンタ一人で片を付けようって話かい」

「あぁそうさ。誰にも邪魔はさせない」

「ムラサには八尺様が憑いている。万が一にもアンタに勝機はない。それでも?」

「退く理由にはならないね」

「ならさっさと行きな。そして………自分の無力さを思い知ればいい」

「……立ち止まる気はない。例えどれだけの差が開いていようともね」

 白狼になると一度強くぬえの腹を押さえ付けると駆け出し、命蓮寺から飛び出して行く。

「…………ッ。戦意がない相手にその始末か。……中々酷いんじゃない、白狼天狗」

「そのわりには何処か落ち着いているじゃないか。ぬえ」

 倒れているぬえに近付く影がひとつ。その人物を見るなりぬえは目を細めた。

「なによナズーリン。私を笑いに?」

「いやなに、正体不明の誰かが手を出すな。なんて言うから傍観していただけさ」

「……………」

「解せないな。君はもう少しやれると踏んでいたんだが。私の勘違いなのかな?」

「今のムラサは私から見てもやりすぎよ。……けど止めるのは私達の仕事じゃない」

「じゃあ君の考える抑止方法は?」

「完膚なきまでに椛に倒される。これしかない」

「ならはじめからそう言えばいいのにねぇ」

「何事も、あやふやがいいのよ。大切なことは自分から見付けるものなのだから。他人から答えを聞くなんて野暮なこと、絶対するわけない」

「ハッ、実に君らしいよぬえ」

「数を揃えたところで敵うものじゃない」

「揃うべくして揃う者しか相手にならない、的な感じかい?」

「八尺様は妖怪でもあり神よ。……下手すれば里が壊滅させられる」

「私は外の世界の妖怪については詳しく知らないから何も言えないな」

「そのことについてはスキマ妖怪や東雲橙矢の方が詳しい。けど今は頼れないから……」

「なに、私達はただ信じていればいいのさ。橙矢が村紗を連れて帰ってくると」

「…………………」

 ナズーリンはぬえの傍らまで歩むと手を差し伸べた。

「とりあえず立てるかい?」

「まさかアンタに……こんなことされるなんてね」

 苦笑いしながらナズーリンの手を取り、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「────ッ!」

 地下に着地すると岩盤が砕け散り、水蓮の視界を遮る。それを蹴り飛ばすと旧都へ駆け出す。

「─────!」

 一匹の白狼は咆哮を上げながら猛然と突進していく。意識を集中的させなければ影を追うことすら出来ないほど素早く旧都を駆け、はずれに出るてしばらく走ると人型に戻る。

「…………………」

 懐から刀を取り出すと鞘から抜いた。そして目の前に広がる血の池を睨み付けた。

「出てこい……!村紗水蜜!」

 瞬間、血の池から池の血にまみれた何かが飛び出て水蓮の前に転がり落ちた。

「………………!」

「ゲホッ!………ったく、容赦……ないわね。………………ん?」

 手にしている剣を立てて立ち上がるとそこで水蓮の存在に気が付いたのか振り返る。

「………アンタ、確か東雲のところの」

「天人様。……どうして貴女がこんな地底に?」

「ふん、大方アンタと同じよ。けど───」

 即座に振り返り、剣を振るうと池から飛び出してきた物体を弾き飛ばした。

「そう簡単にはいかないわよ」

「………分かってるよ」

「どうする?このまま私がやられるのを待つか、一時だけとはいえ互いの利のために手を組むか」

「愚問ですね。後者に決まってますよ」

 水蓮の言葉に天子は口の端を吊り上げた。

「決まりね。けど気を付けなさい。池の中は既に奴の領域。いつ何処から来るか。分からない。まぁ外にいても引きずり込まれるケド」

「───あぁ、また増えた」

「やれやれ、ようやくのお出ましね」

 水蓮が懐刀を、天子が緋想の剣を構える。

「一匹、二匹………。あぁ、くどい。ウジ虫共が………!」

 辺りの血を弾き飛ばして虚空にその身体を浮かせたその者は、手に錨を顕現させた。

「白狼天狗………、白狼天狗……!橙矢を不幸にした根元が!よくも堂々と私の前に現れたものだなッ!」

 普段の彼女からはらしからぬ罵詈雑言を吐きながら錨を振り上げた。

「罪人は………死すべし!」

「それはこっちの台詞だ村紗水蜜!」

 水蓮が矢を放ち、天子が閃光を放つ。

「………行くよ!」

 村紗が誰かに言いかけるように叫ぶと矢と閃光が横から乱入した何者かに破壊された。

「─────!?」

「何が…………」

「来てくれたんだね」

「俺はお前を護る盾だ。当然のことをしたまでだ」

 血の池の対岸に着地した人物はゆっくりと水蓮と天子に振り返った。その者の顔を見ると二人は目を見開く。

「ア、アンタ………」

「なんで君が………」

 二人の視界の先には一匹の白狼天狗が。

「東雲……君…………」

 

 

 

 

 


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