除霊師・安倍あやめの非日常的日常譚   作:ゆうと00

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迷惑な人々(1/5)

 北戸(ほくと)市は県の中央から少し外れた所に位置する、人口が三十万人弱とそれなりに大きい街である。しかし隣接する鬼塚市の方が人も多く県庁所在地となっていること、北戸市自体に有名な観光スポットやグルメが無いことなどから、市外の人間には“或る施設”を除いてほとんどその名は知られていない。

 そんな北戸市は、人口の大半が鬼塚市を始めとした周辺の都市に仕事場を持っている、いわゆるベッドタウンでもある。なので北斗市の駅では平日の朝になると、仕事に出掛けるサラリーマンなどが揃って電車に駆け込む光景が見られ、駅周辺はさながら戦場のように慌ただしい。

 しかしそこから少し離れた住宅街ともなると、そんな喧騒がまるで嘘のように、静かでのんびりとしている。時々聞こえてくるのは、時間などお構いなしに騒ぎまくる子供の笑い声か、餌の催促をしている犬の鳴き声くらいだろう。

 

 そんな住宅街の中にある、ごく平均的な大きさの一軒家。

 その家の2階にある部屋の1つにて、1人の少女がベッドでスヤスヤと寝息をたてていた。その部屋に置かれた家具はどれも、中学生くらいの少女が持つには些か色が地味で、全体的に質素な雰囲気を感じる。

 じりりりり――かちっ。

 ベッドの傍に置かれた目覚まし時計が耳障りな騒音を響かせ、そしてその瞬間、彼女の平手打ちによってそれは止められた。あまりにも無駄の無い、誰かが見れば美しいとすら感じるであろうその動作は、何百回と同じことを繰り返してきた賜物に違いない。

 

「うーん……」

 

 小さな唸り声をあげながら、彼女がゆっくりと起き上がった。

 その少女とは、あやめだった。彼女の背中に掛かるほどに長い黒髪は所々跳ね、彼女の大きな2つの目も今はほとんど閉じられている。そして眉間には、不機嫌であることを物語るように深い皺が刻まれている。

 しかしながら、今日が平日で学校がある以上、そのまま欲望に任せて二度寝をするわけにもいかない。あやめはかなり名残惜しそうではあったが、何かを振り切るようにベッドから腰を浮かせて立ち上がると、そのままの勢いで部屋を出ていった。

 

 階段を降りていったあやめは、そのまま別の部屋へと入っていった。この家では一番の広さを誇るその部屋は、普通ならばリビングとして生活の中心地及び寛ぎの場となっていることだろう。

 しかしその部屋には、生活感が一切無かった。

 高価そうなカーペット。革製のソファーが向かい合わせに2つ置かれ、その間には膝下ほどの一枚板のテーブル。壁には大きな本棚があり、中には専門的な分厚い本が隙間無く詰められている。そこはまるで、どこかの会社の事務所のようだった。

 あやめはそんな部屋を通り抜け、隣接するキッチンへと入っていった。そこは薄い布で仕切られており、先程の部屋から見えないようになっている。

 

 そして彼女は、そこで朝食を作り始めた。食パンをトースターにセットし、それが焼き上がるまでの間にフライパンでハムエッグを作る。それを皿に盛りつけた辺りで、トースターからチン! と音が鳴った。彼女はそれも一緒の皿に載せると、先程の部屋のテーブルまで運んでいった。

 そして席に着くと、「いただきます」と呟いて食べ始めた。食べ終わった。

 皿を持って再びキッチンに入った彼女は、今度は弁当を作り始めた。とはいえ手の込んだものではなく、一食分ずつ小分けに冷凍されたご飯とおかずになる冷凍食品を一度にレンジで解凍するという、何とも簡単なものだった。皿を洗い終えるまでの間に温め終わったそれを弁当箱に綺麗に詰め、しばらく放置する。すぐに蓋をしないのがポイントだ。

 

 次に彼女が向かったのは、洗面所だった。そこで歯磨きと洗顔、そして寝癖のひどい髪を整えると、再び2階にある自分の部屋へと戻っていく。この頃になってようやく目が覚めてきたようで、彼女の両目はパッチリと開かれていた。

 部屋に入った彼女はクローゼットを開けると、中から学校の制服らしき洋服一式を取り出した。彼女の学校は私服なのだが、彼女曰く「いちいち選ぶのが面倒臭いんです」とのことらしい。

 その制服に袖を通したあやめは、ふと目覚まし時計に視線を向けた。今から家を出れば、丁度良い時間に学校に着くだろう。

 

 彼女は机の上に置いてあった鞄を手に取ると部屋を出て、トットットッ、とリズム良く階段を降りていく。そしてそのまま玄関へとまっすぐ歩いて――

 

「あ」

 

 ふとあやめは声を漏らし、急に体を反転して事務所のような部屋へと逆戻りした。革製のソファーを通り過ぎ、部屋の一番奥にある“それ”の前にやって来た。

 

「いってきます、――お母様」

 

 彼女が優しい声で語り掛けたそれは、無垢の木目が暖かい印象を与える仏壇だった。小さな(やしろ)に立て掛けてある写真には、満面の笑みを浮かべる1人の女性が写っている。

 あやめはその写真にニッコリと笑いかけると、今度こそ玄関へと歩いていった。

 

 

 

 

「おはよー、あやめ!」

「おはよう、安倍さん」

 

 玄関のドアを開けた瞬間、あやめを出迎えたのは2つの声だった。それを聞いた瞬間、彼女はそのままUターンしてドアを閉めたい衝動に駆られたが、そんな理由で学校を休む訳にもいかないので、仕方なく玄関の鍵を閉めて敷地の出入口である門へと向かった。

 その門の向こう側に、清音と春の姿があった。

 

「……何を、しているのですか?」

 

 なるべく無表情を貫こうと心掛けながら、あやめは2人に問い掛けた。

 すると清音は、何を当たり前のことを訊いているんだ、とでも言いたげな表情で、

 

「あやめと一緒に学校行きたいなー、て思って」

「……私、2人に住所は教えていなかったはずですよ?」

「あぁ、それはね、ゴリ田に教えてもらった」

 

 聞きなれない名前に一瞬訝しげな表情を見せるあやめだが、すぐにそれが自身の担任である森田の渾名であることを思い出した。

 

「昨日の放課後、ゴリ田に『何だか安倍さんがクラスで孤立しているみたいなので、安倍さんと一緒に登校して友達になろうと思うんです』って言ったの。ゴリ田の奴、感動でボロボロ泣きながら教えてくれたよ」

「…………」

 

 その説明を聞いて、あやめは頭を抱えたくなった。嘘をついてまで個人情報を聞き出した清音も清音だが、ホイホイと人の個人情報を教えた森田も森田だ。

 あやめが春の方へチラリと視線を遣ると、彼女は困ったように苦笑いを浮かべていた。どうやら彼女は、清音にむりやり巻き込まれたようである。だったらむりやりにでも清音を止めれば良いのに、とあやめは思ったが、それを口に出すことはなく、代わりに大きな溜息を1つ吐いた。

 と、そのとき、清音が「ねぇねぇ」とあやめに呼び掛けた。

 

「門に掛かってるこの看板のことだけどさ、……本当だったんだね」

「あら、疑ってたんですね」

「いや、別に疑ってたわけじゃないけど……。いざこうして実際に見ると、何というか、不思議な感じがするね」

 

 清音の言葉と共に、春とあやめも門の柱へと目を向ける。

 そこには、『除霊屋』と書かれた看板が掛けられていた。

 

「お客さんって、来るの?」

「ええ、結構来ますよ。ほとんどが興味本位か、私をからかいに来た冷やかしですけど」

「“ほとんど”ってことは、少しは本物がいるってこと?」

 

 キラキラと目を輝かせてそう尋ねる清音に、あやめはニコリと笑みを浮かべた。

 

「――何なら、もう一度見せてあげましょうか?」

 

 その笑みは、あの真夜中の学校で清音があやめを問い詰めたときに浮かべた、見る者の背筋を凍らせるあの笑みとそっくりだった。

 

「け、結構です……」

「そうですか、それでは行きましょう」

 

 そう言って歩き出すあやめの背中を、清音と春は黙って見つめていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 朝のホームルームまで、あと10分という頃。

 生徒が続々と登校してくる時間帯であり、学校が一番騒がしくなる時間帯でもある。早歩きで教室へと向かう生徒が廊下を行き交い、教室内は挨拶する声とお喋りする声が飛び交っている。

 そんな喧騒の中、

 

「今日は、まだ来てないか……」

 

 ぽつりとそんなことを呟く、1人の少年がいた。

 彼の名は佐久間明(さくまあきら)。背は同年代の男子と比べても高く、精悍な顔立ちに短い黒髪、そして細く引き締められた体躯が、とても爽やかな印象を与える好青年である。

 もっとも、普段の彼ならば、という注釈付きだが。

 なぜなら彼は今、教室の入口に立ち、しかしその中に入ろうとはせず、眉間に皺を寄せてジロジロと中を覗き込んでいる真っ最中だからである。さらに付け足すなら、その教室は彼のクラスではなかった。傍から見たら、はっきり言って不審人物そのものである。

 と、そのとき、

 

「あれ? 明くん、何してんの?」

 

 突然背後から話し掛けられ、明はビクンッ! と体を震わせると、ゆっくりとした動きで後ろを振り返った。

 そこにいたのは、明と同じクラスの女子生徒だった。

 

「ん? いや、ちょっと……」

 

 自分の行動が怪しいことを自覚していたのか、明は明後日の方を向きながらモゴモゴと言い淀んでいた。その行動自体がとても怪しいものなのだが、彼女は「へえ、そうなんだー」と答えるだけで、特に変に思う様子は無い。

 いや、それどころか、彼女も同じように明から僅かに視線を逸らしながら、両手の人差し指をモジモジと動かすという、彼に負けず劣らず怪しい行動をしていた。そんな彼女の頬は、微かながら紅く染まっている。

 しばらくの間2人は、お互いに体を向けながら視線を合わせようとしないという、何とも珍妙な光景を繰り広げていた。しかしながらそこは廊下のど真ん中であり、多くの生徒達が訝しげな表情を浮かべながら2人の脇を通り過ぎていく。

 

「あ、あの!」

 

 そんな状況を崩したのは、女子生徒の方だった。意を決したように何度も小さく頷くと、凛々しい表情を浮かべて明へと顔を向ける。

 

「ん、どうしたの?」

 

 そこで初めて、明は彼女へと視線を向けた。しかしその瞬間、せっかく視線が合ったにも拘わらず、彼女は再び彼から視線を逸らし、床を見つめ始めてしまった。現在彼女の視線の先では、2本の人差し指がモジモジと踊っているのみである。

 

「あ、あの、明くん……。もし、もしもさ、明くんが迷惑じゃなかったら、今日私と一緒に帰ってほしいなぁ、なんて……」

 

 そこまで言ったところで、女子生徒が再び顔を上げた。緊張した表情でまっすぐこちらを見つめる明と目が合い、彼女は息を呑んで再び視線を逸らそうとする。しかし今度は寸前で思い留まると、大きく1回深呼吸して、何か言おうと口を開きかけた。

 しかしその言葉が、彼女の口から飛び出すことはなかった。

 こちらを見ている明の視線が、微妙に自分と合わないことに気がついたからである。彼の視線は自分ではなく、自分を通り越して背後の何かに向けられていた。

 少女が、後ろを振り返る。

 そこには、廊下を横に並んで歩きながら雑談をする3人の少女の姿があった。

 

 1人は清音。

 1人は春。

 そして、あやめ。

 

 女子生徒がその3人をボーッと眺めていると、突然誰かが自分のすぐ脇を通り過ぎていった。

 明だった。彼の表情は、今まで見たことのないほどに緊張したものだった。

 

「明、くん……?」

 

 思わず戸惑うような声で女子生徒が呼び掛けるが、明はそれに答える様子も無くズンズンと廊下を歩くと、その3人の前に立ち塞がるように躍り出た。

 それに気づいた3人が、同時に足を止める。

 

「あれ、佐久間くん? どうしたの?」

 

 清音が明に話し掛けるが、返事は来なかった。彼の意図が分からず、3人が首をかしげる。

 すると、

 

「えっと……、安倍さん、ですよね……?」

 

 恐る恐る、といった風に明が口を開いた。

 そして彼に呼ばれたあやめはというと、キョトンとした表情で尚も首をかしげていた。以前に彼と話したことも無く、それどころか顔すらほとんど合わせたことの無い彼に呼び掛けられ、ただただ困惑しているといった感じだった。

 そんな彼女の見つめる中、明はみるみる顔を真っ赤に染め上げながら、必死に何か言おうと口をパクパク開けていた。しかしいつまで経ってもそこから出てくるのは空気だけで、まるで喉にでも詰まらせたかのように言葉が一切出てこない。

 しばらくそれを見ていた清音と春だったが、やがて清音の顔がパァッと明るくなった。

 

「え、何? 明くん、もしかしてあやめに告――むぐっ!」

「清音! ほら、行くよ!」

「むごっ! むぐむぐっ、むがぁ!」

 

 余計なことを言う前にその手で清音の口を塞いだ春は、そのまま羽交い締めにしながら清音を引っ張っていった。清音は必死に抵抗しながら何かを言っているが、生憎その言葉は春の手に遮られてモゴモゴとしか聞こえなかった。

 そして2人は自分の教室へと姿を消し、廊下であやめと明が1対1で向かい合う形となった。2人の周りでは、生徒達が何やら囁きながらその様子を遠巻きに眺めている。

 

「用があるのでしたら、早くしてほしいのですが」

 

 痺れを切らしたあやめがそう呼び掛けると、明は「う、うん……」と小さな声で答え、1回大きく深呼吸をした。そして意を決したように何度も小さく頷き、凛々しい表情を浮かべてあやめへと顔を向ける。

 

「俺は、佐久間明といいます」

「はい」

「えっと、突然で迷惑かもしれないけど……」

 

 明はそこで言葉を切ると、暴れ狂う心臓を抑え込むように、再び大きく深呼吸をした。

 そして、勇気を振り絞り、言った。

 

「好きです! 付き合ってください!」

「嫌です」

「…………」

 

 返事までに、0.1秒。

 あっけない。

 あまりにもあっけない幕切れだった。

 

「え、えっと……、分かりました」

 

 明は今にも泣きそうな笑顔でそう言うと、クルリとあやめに背中を向け、全力で廊下を走り去っていった。2人の様子を眺めていた生徒達が、揃って気の毒そうな表情で彼に道を譲っていた。

 みるみる小さくなっていく明の後ろ姿に、あやめが思うことは、

 

 ――ふぅ、やっと教室に入れますね……。

 

 それだけだった。

 そしてあやめは、自分の教室に入ろうと足を踏み出そうとして、

 

「…………」

 

 すぐにその動きを止めた。

 何やら周囲から不穏な空気を感じ取ったあやめが見渡してみると、先程明と話していた女子生徒を筆頭に、周りの女子生徒のほとんどから、怒りの込められた視線を向けられていた。

 

「……何なんですか、いったい……」

 

 全身でそれをひしひしと感じながら、しかしそれでいて平然とした表情を浮かべるあやめは、他人事のようにポツリとそう呟いた。


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