除霊師・安倍あやめの非日常的日常譚   作:ゆうと00

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迷惑な人々(2/5)

「いくらなんでも、それは返事が早すぎるよ。それじゃあ、勇気を振り絞って告白した佐久間くんの立場が無いじゃん」

「私はよく知らない人とお付き合いをする気はありません。ですから、変な期待を持たせるよりはキッパリと断った方が良いと思いまして」

「いや、そりゃそうだけど……」

 

 時刻は、放課後。場所は、駅前のレストラン。

 このレストランでは、ランチタイム終了からディナータイム開始までの間ケーキバイキングを行っている。そして現在あやめは、時々ここに来るという清音と春に誘われて、人生初のケーキバイキングを楽しんでいる真っ最中だった。

 3人が囲むように座る円形のテーブルには、2桁には昇るだろうかという数のケーキと3人分の紅茶が、所狭しと並べられている。

 

「それにしても、なんであのとき女子達に睨まれたんでしょうね……?」

 

 ぼやきにも似たあやめの呟きに、清音が答える。

 

「佐久間くんってさ、2年生でもう野球部のエースなんだよ。しかもあの爽やかなルックスでしょ? だから学年関係なく女子達に人気があるんだよね」

「だったら良かったじゃないですか。自分達が彼を狙えるチャンスが出来て」

「ほら、あれだよ。自分の好きなものを悪く言われるのが腹立つ、ってね」

「成程ね……」

 

 あやめは納得したようにそう呟くと、目の前のモンブランを一口食べた。普段ほとんど無表情な彼女の口元が、ほんの僅かに綻んでいる。

 

「うん、美味しい」

「……ねぇ、よくそんなに食べられるね」

「え? そうですか?」

「……そうだよ」

 

 清音が戸惑うのも無理はない。今テーブルに置かれているケーキの内、清音と春が取ってきたのはそれぞれ1つだけで、残りは全部あやめが自分で取ってきた物だからである。しかもあやめはその前に、5つもケーキを完食している。

 

「……安倍さんって、甘いもの好きなの?」

「まぁ、よく食べますね」

 

 だからといって、さすがにこれは食べ過ぎである。あまりの量に、横で見ているだけの春が胸焼けを起こしそうになっている。

 清音と春は思わず、あやめの腹の辺りに目をやった。これだけのケーキが収められているとは思えない細さに、2人は深い溜息をつき、力無く紅茶を啜った。

 そんな2人の憂鬱などお構いなしに、あやめは口角を微かに上げながら、その右手を自分の口とケーキの間を行ったり来たりさせていた。

 しかし、

 

「あ、あれ」

 

 清音がふと呟いたその言葉に、あやめはその手を止めて彼女へと視線を向けた。

 

「どうかしましたか、清音さん?」

「いや、まさに噂をすればって感じで」

 

 あやめの問い掛けに清音はそう答えると、窓の向こうを指差した。あやめと春の視線が、自然と指の先を追う。

 

「あ」

「…………」

 

 そして春は思わず声を漏らし、あやめはほんの僅かに目を鋭くした。

 窓からは駅前の大通りが見え、夕方ということもあり、歩道には学校帰りの制服姿や会社帰りのスーツ姿が大勢行き交い、車道には多くの車がビュンビュンと通り過ぎていく。

 そんな大通りを挟んだ向こう側の歩道に、見覚えのある後ろ姿があった。

 その人物とは、今朝あやめに一世一代の大告白をして、そして見事に返り討ちにされた明だった。彼は向こう側にある店のショーウィンドウを、食い入るようにじっと見つめていた。ちなみにそのショーウィンドウに飾られている商品は、全て流行の最先端という触れ込みの女性物である。

 

「佐久間くん、何してるんだろ……」

 

 春がぽつりと呟いたその疑問は、まさしく清音も思っていたことだった。なんで男の明が女性物の服なんて眺めているんだろう、と当たり前の感想を抱く。

 ひょっとして誰かにプレゼントでもするのか、と2人が思い始めたそのとき、

 

「申し訳ありません、2人共。今日はこれで失礼します」

 

 突然あやめはそう言って立ち上がると、自分の分の代金をテーブルの上に置いて、2人の返事も待たずにレストランの出口へと歩いていってしまった。

 

「安倍さん、急にどうしたんだろ……」

「行くよ、春! これは何か起きる予感!」

「え? ちょっと、清音!」

 

 2人(主に清音)はあやめを追いかけるため、急いでレジへと向かっていった。

 

 

 *         *         *

 

 

「そっか、そんなに前から……。辛かっただろうね」

 

 明は店のショーウィンドウに体を向けて、ブツブツと小声で呟いていた。彼の目の前には人の姿は無く、ガラスに閉じ込められたマネキンだけである。

 当然ながら、傍目にはかなり奇妙な光景に見えた。マネキンに向かって話し掛ける少年は、道行く人々には恐ろしい物を見るような目を向けられ、彼の周囲にはまるで見えない壁に阻まれたかのようにポッカリと空間ができていた。

 

 しかしながら、彼らは誤解をしている。

 まず第一に、彼はマネキンに視線を向けてはいなかった。彼が見ているのは、そのマネキンの足元、ちょうど彼の胸の高さ辺りである。しかしながら、そこにもマネキンの足以外会話できるような存在は無い。

 ところが、これこそが最大の誤解であった。

 

「何をしてるのですか、こんな所で」

「うわああぁ!」

 

 まさか声を掛けられるとは思わなかった明は、思わず大声をあげて仰け反り、その場から飛び退くように離れて後ろを振り返った。そんな彼の姿に、周りの通行人はますます彼に奇異の目を向けた。

 しかし、明はそれに気づけるほどの余裕は無かった。彼の視線は既に、自分に声を掛けたその人物へと固定されていたからである。

 

「あ、安倍さん?」

「どうも」

「えと、あ、どうも」

 

 突然のことに、明はかなり狼狽えていた。今朝自分が告白して振られた相手から話し掛けられたのだから、当然といえば当然だろう。

 

「あ、安倍さん、こ、こんなところで何してたの?」

「そこのレストランで、ケーキを食べていました。――あなたは?」

「えと、お、俺は……」

 

 明は口籠もると、あやめから目を逸らして顔を伏せた。そしてチラチラと彼女に目を遣っては、何か言おうと口を開きかけてすぐに閉じるのを繰り返している。

 

「言ってみてくださいよ、別に馬鹿にしませんから」

「いや、でも……」

 

 あやめの言葉にまだ迷いを見せる明に、彼女は小さく溜息を吐いてこう言った。

 

「そこの幽霊と、話してたんでしょう?」

「えっ――?」

 

 その瞬間、明は目を丸くしてあやめへと顔を向けた。

 そう。あやめはレストランの窓から明を見つけたときから、店のショーウィンドウにもたれ掛かって座る少年の霊が見えていた。そしてそのとき、彼がその霊と会話をしていることも分かっていたのである。

 

「えっと、安倍さんは、幽霊が見えるの……?」

「ええ、まぁ。あなたも見えるようですね。それも、かなりハッキリと」

「……うん」

 

 躊躇いつつも頷く明に、しかしあやめはそれに構う様子も無く質問を続ける。

 

「それはいつ頃からですか?」

「えっと……、物心ついた頃には、もう幽霊が見えてたかな……。最初は家族とか友達にも言ってたけど、誰も信じてくれないから、誰にも内緒にしてたんだ……」

「いつも、幽霊を見かけたら、今みたいに話し掛けているんですか?」

「うん、何か、寂しそうだから……」

「そうですか……」

 

 あやめはそう呟くと、すっと目を細めて少年の霊をじっと見つめた。睨まれていると思った少年の霊が、ビクビクと小刻みに肩を震わせている。

 それに気づいた明が、何か言おうと口を開きかけたそのとき、

 

「おーい、あやめー!」

 

 その声にあやめは少年の霊から視線を外し、あからさまに嫌そうな表情で後ろを振り返った。明がそれに釣られて、彼女の視線の先へと目を遣る。

 清音と春が、走りながらこちらに向かってきているのが見えた。特に清音に至っては、眩しいくらいに満面の笑みを携えていた。

 

「松山さんに、飯田さん……?」

 

 明は戸惑いの声をあげ、あやめは大きな溜息を吐いた。

 息を荒げながら自分の傍へと駆け寄る2人に、あやめは腕を組んで言い放つ。

 

「2人共、ついてきたんですね」

「友達だもーん、あやめが心配でさー」

 

 そう言う清音の顔は、走ってくるときの満面の笑みそのままだった。明らかに面白がっていることが分かるその笑顔に、あやめの眉間の皺がますます深くなる。

 

「まぁまぁ、私達を気にせず話を続けて」

「いえ、大丈夫です。もう終わりますから」

 

 あやめはそう言って、明へと向き直った。

 

「えっと、佐久間さん、でしたよね?」

「は、はい!」

 

 名字を言われたのが嬉しいのか、明の表情がパァッと明るくなった。

 しかし、

 

「こういうことは、もう止めてください」

「へっ?」

 

 その一言で、明の表情が途端に暗くなる。

 

「素人が下手に幽霊に関わるのは危険です。その幽霊は今から私が除霊するので、今日はもう帰ってください」

「じょ、除霊……?」

 

 戸惑う明に、清音が横から説明を入れる。

 

「あやめはね、自分の家で“除霊屋”ってのをやってるくらい、幽霊のエキスパートなんだよ! この前だって、学校にいた地縛霊を除霊したんだから!」

「ちょっと、清音! 余計なことは言わないの!」

 

 清音が満面の笑みで説明を入れ、春が慌てて彼女を窘め、あやめは小さく溜息を吐きながらもそれを否定しなかった。そんな3人の様子を眺めながら、明は「そうなんだ……」と戸惑うように小さく呟いた。

 そしてあやめは、そんな彼に構う様子も無く、

 

「それでは、私はこれで失礼します」

「ねぇあやめ、私もついてって――」

「清音さん、何なら私が術を掛けてあげますから、一晩ここで過ごしたら如何ですか?」

「ごめんなさい、まっすぐ家に帰ります」

 

 頭を下げる清音にあやめは満足そうに頷くと、3人の下を離れて少年の霊と二言三言会話を交わした。そして話が纏まったのか、少年の幽霊は大した抵抗も見せることなく彼女の後をついていった。

 

「“除霊屋”……」

 

 少年の幽霊を引き連れてこの場を去っていくあやめの後ろ姿を、明は何やら含みのある視線で見つめていた。


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