ストライク・ザ・ブラッド〜鬼の目にも涙〜   作:*天邪鬼*

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肩こりが………


蒼き魔女の迷宮 書き直し中
31話 波隴院フェスタ


 

十月後半を迎えても絃神島の暑さが和らぐことはない。

本土では秋を迎えて過ごしやすい秋晴れの中を紅葉見ながら団子を楽しめる季節だろう。

残念なことに絃神島はカーボンファイバーと樹脂と金属と魔術によって造られた人工島なので自然というものは少なく、植えられていたとしても暑さに強い品種であるため美しい色合いの紅葉とはいかない。

その代わり、人工島ならではなネオンの美しさが絃神島を着飾っている。

ある人が言った。

 

『美しい夜景は誰かの残業で出来ている』

 

ここにもそんな美しい夜景を作り出すために働く若者がいた。

 

「夜如君こっちもお願いね〜」

 

「は〜い」

 

お決まりの青ジャージに身を包んだ夜如は元気よく返事をした。

両腕には大きな木材が何本も束になって抱えられており、夜如の身長とのアンバランスさが周囲の人から注目を集めている。

例え腕に魔族登録証の腕輪を嵌めて額上部、前頭骨中央から伸びる小さなツノが見えていても奇妙な光景なことに変わりはない。

しかし、鬼の夜如からしたらこの程度の木材を持ち上げることなど朝飯前だ。

まるで積み木を扱うように木材を軽々と運ぶ。

 

「次これ上に運んでくれない?」

 

「了解です!」

 

木材の次に受け取ったのは看板だった。

”波隴院フェスタ”

十月最後の週末に開催されるハロウィンを捩ったお祭りである。

当日になると仮装だけじゃなく本物の吸血鬼などの怪物が集まってくることもある。

さらに日本の渋谷とは違い、公式にパレードなども行われて島全体がテーマパークのようになるのだ。

夜如は波隴院フェスタに向けての準備をするアルバイトに夜な夜な勤しんでいた。

学校に通い始めて現役男子中学生となった夜如が夜中にアルバイトをすること自体完全に黒なのだが、今までも灰色のような環境だったので今更口を出す輩はいない。

むしろ、便利な働き手が欲しい雇い側とお金が欲しい夜如との利害は一致している為win-winな関係だ。

 

「楽しみだな〜」

 

例年は那月の手伝いで島の警備をするのだが、アスタルテと叶瀬という家族が増えたことで今年の波隴院フェスタは夜如にとって一大イベントとなっていた。

奢ってあげたりとカッコつけたい夜如は次の日も学校だというのに深夜まで働き続けるのだった。

 

________________________

 

 

 

「お兄ちゃん、起きて下さい」

 

「ん………」

 

中等部の聖女と謳われる夏音は夜如を起こそうと耳元で囁く。

その声音はまさしく天使。

耳を傾けているだけで心に安らぎが生まれるようで夜如の意識はさらに沈んで行く。

疲れが溜まっている者からすればその声は眠気を誘う魔術の域に達するのだ。

 

「朝ごはんの時間ですよ」

 

夏音は全く起きる気配のない夜如の体を揺らす。

普通なら苛立ちが混じってもおかしくないのに心優しい夏音は怒っているように全く見えない。

 

「どうしましょう」

 

しかし、流石にこうも反応が無いと夏音も困ってしまうようで夏音も頭を悩ます。

そこにやって来たのはアスタルテだった。

 

「それでは起きません。少々下がって耳を塞いで下さい」

 

アスタルテは夏音を下がらせると慣れたように夜如の枕元に座る。

夏音はというと言われた通り一歩下がったところで次回からの参考にしようとアスタルテの行動に注目していた。

しかし、すぐ自分には無理だと察する。

 

執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクチュロス)

 

アスタルテが宿す眷獣の合唱は相変わらずの衝撃を周囲に撒き散らす。

夜如の新技である鬼気の拡張による腕はこの習慣により生み出されたのだ。

飛び跳ねるように起きる夜如に夏音はにこやかにおはようございますとあいさつをした。

 

________________________

 

 

「お仕事が忙しいのはわかりました。ですが、それで生活習慣を乱すのは良くないと思いました」

 

「ごめんなさい………」

 

夜如は朝ごはんを食べながら夏音のお説教を受けていた。

一切声を荒げることなく自分の考えを伝え相手が自ら悟るよう促す夏音の説教は普段から受けている那月の説教とは別物で、このような説教を受けたことがない夜如はむず痒い気分になりながら謝罪するしかなかった。

助けを求めて夏音の隣にいるアスタルテに視線を向けるがアスタルテは我関せずと言った様子で卵焼きを頬張っていた。

取り敢えず夜如も反省しながらアスタルテに倣って卵焼きを口に運ぶ。

 

「あ、美味しい」

 

「本当ですか!?良かったです。お口に合わなかったらどうしようかと」

 

夜如はいつもと違う卵焼きの美味しさに驚く。

南宮家の卵焼きは甘くないものが一般的だからだ。

それもその筈で今朝の朝食は夏音が一から作ったものなのだ。

南宮家に住み始めてしばらくたち、生活にも慣れたことで夏音が率先して作ると言い出したのだ。

夏音は夜如の率直な感想に満面の笑みを浮かべて喜ぶ。

その笑顔を見て夜如は折角早起きをして作ってくれただろうに寝坊してしまったと罪悪感を感じ、次はすぐに起きようと決心する。

起こしてもらうことが前提である時点で駄目なのだが。

 

「凄く美味しいよ。アスタルテも夢中になってるし」

 

アスタルテはハムスターのように朝食を口の中に詰め込んでいた。

美味しいものを食べている時だけ表情が現れるアスタルテでも珍しい勢いだ。

果たしていつから大食いキャラになったのかと疑問に思いながら夜如も食べ続ける。

お説教のことなど疾うに忘れ、三人は仲良く朝食を楽しんだ。

 

「ちょっといいかお前ら、私はもう行かないといけないのでな。戸締りはちゃんとしておくようにしておくんだぞ」

 

「わかりまし………た!?」

 

しかし、仲睦まじい朝食の時間は那月の姿により消え去る。

那月の姿は彩海学園高等部の制服を着ており、年がら年中黒ドレスの印象が強い那月には異様な服装だ。

ともあれ、那月の容姿は童顔のレベルを超えており高校生にしか見えないので那月のことを知らない人から見れば単なる美少女高校生、下手をすれば中学生にも見えてしまう。

波隴院フェスタも近いこともあり、キャラでないことを知りながら一瞬それに向けてのコスプレだと錯覚する。

当然、夏音も疑問だったようで。

 

「南宮先生、その格好は?」

 

「ああ、これか?最近モノレール内で痴漢が相次いでいると報告があってな。無理を承知で囮捜査を引き受けたのだ」

 

「無理っていうか………」

 

言わずもがな物凄い嵌まり役なのだが、夜如はそれを口に出すと扇子で殴られることは目に見えていたので出かけた言葉を飲み込む。

 

「なんだ?」

 

「いや!頑張ってください!」

 

「当たり前だ。私の生徒に手を出す輩は私がこの手で始末してやる」

 

そして、那月は不吉な言葉を残して転移して行った。

口調が完全に殺す勢いだったことが心配だが、流石にそこまですることはないと祈る。

しかし、那月が痴漢の討伐に行ったとはいえ、通学途中に痴漢がいるかもしれないとなると女子だけでの行動は避けるべきだろう。

何より妹が痴漢の被害者になるのは我慢できない。

 

「夏音達は俺と行こうか」

 

「はい!」

 

「アクセふと」

 

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先日から夜如がアルバイトに勤しんでいる通り、波隴院フェスタは絃神島全体を起こしての一大イベントである。

普段は機密保持のためか原則として企業や研究機関の関係者しか島への訪問が認められていないのだが、住民の娯楽や島内での経済活動の刺激に非日常的なイベントは必要と判断され行政サービスの一環として開催されたのが始まりだ。

その効果は覿面で島全体はお祭り騒ぎとなり、波隴院フェスタ当日は勿論のこと前日すら学校が休講となる。

行政も波隴院フェスタの時期は訪問審査の緩和を行うので島の外からも人が訪れやすくなり、本土からは魔族特区という未知の島への興味に惹かれて人が集まってくる。

この時期に訪れる観光客は十二万人を超えるという。

当然、それだけの人数が集まれば良からぬことを企む者が現れるわけで、賑わいと同時に警戒も強くなる。

 

「まぁ、良からぬことを考えるのは外からくる奴らだけじゃないからな。学生も羽目を外しすぎることがある」

 

「それで波隴院フェスタについての注意事項を説明してくれということですね」

 

「質問。これは教官の代役と思われますが教官はどちらかへ向かわれるのですか?」

 

夜如とアスタルテは授業の合間に職員室で那月からとあるプリントを受け取っていた。

内容は学生用の波隴院フェスタについてのありきたりな注意事項が書かれている。

那月の代わりに説明するだけなら那月の担当する教室だけでいいのだが、プリントを中等部と高等部の全教室に配るのは少なからず人手がいるということで助手のアスタルテだけでなく夜如も呼ばれたのだ。

 

「私はこれから特区警備隊と警備の打ち合わせなど仕事が忙しくなるのでな」

 

「自分も何か手伝ったほうが良いですか?」

 

警備となると夜如も時々任務に参加することがあるので那月の負担を減らそうと身を乗り出す。

アスタルテも夜如程ではないが自分も手伝う意思を目で訴えていた。

そんな二人に那月は不敵に笑うと首を振る。

 

「残念だがその必要はない。波隴院フェスタをこのプリントの通り注意しながら楽しむことだ」

 

「まぁ、アスタルテも夏音もこの祭り初めてですもんね」

 

「久しぶりの休暇だ。アスタルテと夏音には楽しんでもらいたい」

 

「あ、自分は含まれてないんですね」

 

「そういうことだ。さっさと行け」

 

那月は扇子を払って夜如とアスタルテを職員室の出入り口まで転移させる。

扱える者が数少ない高位の魔術をこのようなことに使っていいものかと驚きながら渋々夜如は職員室を後にする。

その時だった。

 

「私がいなくなったらちゃんと夏音を守るんだぞ」

 

「………そりゃ勿論、家族ですから」

 

この時、夜如は那月の言葉をあまり意識しないでいた。

夜如はプリントを全クラスの担任へと渡し、アスタルテも那月の担当する教室で指示通り注意事項を説明した。

何かあったとすれば夏音に古城の家へ泊まり行かないかと誘われたことぐらい。

本当に何もない平穏な日常。

しかし、この時から少しずつその平穏な日常は崩れかけていた。

 

 




お久しぶりです。
やっと一番書きたいところまで進みましたよ。
長かったですよ。
今回はここまでですが次回からはもう少し長めになると思います。

では、評価と感想お願いします!!

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