ストライク・ザ・ブラッド〜鬼の目にも涙〜   作:*天邪鬼*

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ゴールデンウィークなんて嘘さ


35話 裏切り

 

「ご、ごべんなざい………ごべんなざい………ごべんなざい………」

 

暗闇に覇気のない意志のない無機質な懺悔の言葉が微かに響いている。しかし、誰に対し謝り続けているのか、周囲に人影はない。壊れたカセットテープのように繰り返し懺悔している男が仰向けに倒れているだけである。男は醜く涙を流し、鼻水を垂らし、口から涎を溢しては失禁までしていた。加えて男の瞳からは光が感じられず外傷も見当たらない事から場合によっては女に捨てられた重々しく女々しいダメ男の末路である。しかし、男が倒れている場所は地下水路だ。こんな場所に呼び出し男を振る常識外れな女などそうそう存在しないだろう。この場所で何があったのか。それを知るのはただ一人、この惨状を引き起こした張本人以外答えられる者はいない。被害者であるこの男も答えることはできないだろう。なぜなら、虚空に向け醜く懺悔するこの男が正気に戻ることなど二度とないのだから。

 

_____________________

 

夜如は街中の大通りをゆっくりと歩いてキーストーンゲートを再度目指していた。辺りは波浪院フェスタ当日ということもあり屋台やそれに集まる観光客がごった返している。子供が美味しそうにりんご飴を食べてその親が子供の笑顔を見てまた笑顔になる。恋人同士なんかは手を繋いで初々しく照れ笑いを浮かべている。普通ならこの雰囲気に便乗して自然に笑顔になったり気分が良くなるものだ。しかし、夜如は俯きながらゆっくりと歩くだけ、それどころか気配まで消し去っている。そもそも、最速でキーストーンゲートに向かうのなら人通りの多い大通りを選ばず鬼の身体能力に物を言わせて建物の上を踏み台にし一直線に目指す方が効率的である。何故、それをしないかと言うと男から吐かせた情報に関係する。港の地下水路で夜如を襲った男は夜如が睨みを効かせると思いの外すぐに計画などを吐いたのだ。夜如はその時、根性や忠誠心が無いと男に呆気なさを感じると同時に仕えているのなら拷問されてでも口を割らないことが忠義というものでは無いのかと男に対して”何だお前?”なんて考えていた。勿論、これは夜如が那月に対して過剰で異常な忠誠心を持っているからに他ならない。ただ、過剰性はともかくこの異常性は那月が失踪してからふつふつと夜如の心の底から少しずつ湧き出てきた一面で、日頃は表に出ない言わば夜如の裏の顔である。それも壮絶な幼少期を過ごした夜如だからこそ持つ一面だ。しかし、その一面も那月の失踪と言う起爆剤に那月の命の危機と言う火が加えられたことで爆発寸前まで来ていた。夜如は僅かに残る理性で感情を押し殺し、夜如は歩を進める。

もし、夜如の中から理性が消え去ってしまえば那月に敵対する相手を殺し尽くすまで暴れ回る化け物となってしまうだろう。それはまさにアスタルテが危惧している未来でもあり、その姿は夜如が畏怖し嫌う数年前の実の父親同様、鬼気に飲まれた怪物となることを意味する。

 

「監獄結界………都市伝説だとばかり………」

 

そう言う意味ではこの状況は不幸中の幸いとも言える。夜如は鼻水を垂らしながら必死に助かるべく意図も簡単に自らの目的を話す先程の男を思い返す。男が先ず口にしたのは監獄結界という都市伝説にもなっている話だった。監獄結界とはこの世の何処かにある世界中の凶悪な犯罪者達が収監されている伝説の監獄とネットでは噂されている。現に今夜如が持つスマホで検索しても明らかに眉唾物の類の話しか出てこず、現実に存在する証拠や根拠は何処にもない。夜如とて最初は耳を疑ったが、男の表情から嘘をついているようには見えず、もしこれが嘘なら男が相当のペテン師だったということだ。そして、更に驚いたのがその都市伝説にもなっている監獄結界を管理している人物が那月だということだ。これも当然現実味がなかった。那月と出会って共に過ごしている間、那月はそんなこと一言も言わなかった上に素振りも見せなかった。このことは都市伝説が現実だと知った衝撃よりもある意味上回る衝撃を夜如は受けた。自分が知らない那月の一面を他の男が知っていたからだ。しかし、これは単なる嫉妬心な為に少々頬を膨らました程度で感情は収まった。次に聞いたのは監獄結界を見つける方法だ。監獄結界とは那月が作る異世界に存在しているらしく、現実には存在しない幻のようなものだという。そんな現実に存在しないものを見つける為に男、その仲間は空間操作の魔術を駆使している。その影響が絃神島で起きている空間異常の原因らしい。この異常は魔力など異能の力に反応し、力の強い存在ほど敏感に影響を及ぼす。お陰で夜如は感情と一緒に鬼気や気配と凡ゆるものを一緒に抑え込んでトボトボと歩く羽目になっている。しかし、不器用な夜如にとってこれは好都合な条件である。そして、最後に男が口にしたのが那月の殺害についてだ。男達は監獄結界からある人物を解放しようと目論んでいる。その為には監獄結界を管理する那月が邪魔らしい。この時、夜如は意外にも怒り狂うことはなかった。逆に成る程と納得できたぐらいだ。那月が何故、失踪したのかも敵に見つからないようにする為だとすぐに理解できたし、心に掛かる靄が晴れていくのを自覚することができた。靄が晴れ那月の危機が明確となり敵の存在が露わになれば自分が成すべきことも見えてくる。荒れ狂う怒りの感情を受ける相手が見つかったのだ。無意識に鬼気が漏れ出してしまう。ただ、その鬼気に当てられて男の精神は崩壊し、これ以上の情報は得られなかった。そんな男にもはや利用価値などなく、夜如は男を放り捨て今に至る。夜如はとにかく監獄結界の捜索に使われている魔術にひっかからないようゆっくりと、しかし出来るだけ早く魔術を行使している場所であるキーストーンゲートに向かっているのだ。

 

「都市伝説にもなる監獄に収監されている囚人が解放されたら絃神島は大混乱になる………那月さんはそれを予測していたのか」

 

夜如は考えていた。何故、那月は自分を頼ってくれなかったのかと。那月にとって夜如の力は頼るに値しないのかと夜如自身は考えてしまうのだ。これまで那月が夜如の手を借りることはあったが、それらは全て那月自身に危険が及んだからでは無い。しかし、今回那月が自分の危機に自分を頼ってくれなかったことに夜如はショックを受けているのだ。だからこそ、今回の件を自分の力で解決し那月に本当の意味で認めてもらう。敵への憤怒、自身への無力感、那月に対する執着心など様々な感情を全てを抱えて夜如は一歩を踏み締め続ける。キーストーンゲート上空から鳴り響く爆発音はそんな夜如の歩を一瞬止めるにはは十分だった。

 

「爆発!?あれは特区警備隊のヘリか?こんな街中で何を!」

 

俯いていた顔を上げると夜如の見知った武装ヘリが数機もキーストーンゲート上空を旋回していたのだ。武装ヘリはキーストーンゲートの屋上に向けて機関砲撃や対魔術用の砲弾を遠慮なくばら撒いている。その影響で周囲のビルにも流れ弾や跳弾による被害が出てしまっているようだが、気にする余裕もないのか兎に角、無差別過ぎる攻撃は波浪院フェスタで人が多い状態の街中では危険極まりない。しかし、不思議と周りの人はヘリの砲撃で逃げ回る人物はおらず寧ろ何かのデモンストレーションとでも思っているのか野次馬が増えていく。夜如は鬼気を使えない億劫さを噛み締めながら走った。それでも十分常人を遥かに超えるスピードに観光客はこれも何かの演出スタッフなのかと青ジャージの夜如に頑張ってと応援の声をかける始末だ。

 

「そうか………皆んな波浪院フェスタの演出だと思ってるのか」

 

走りながら観光客の声を聞くと今年は金かかってるななど感心する声やインスタ映えなどお祭り気分の声しか聞こえてこない。事実、彼ら彼女らはお祭りだと思っているのだろう。しかし、数日前から波浪院フェスタの準備として数々の現場を回っている夜如からすればこのような演出があるなど聞いてはおらず、ましてや特区警備隊の機動部隊が所有する武装ヘリは余程のことながなければ出動しない機密度の高い兵器である。そして、キーストーンゲートの屋上では監獄結界を見つけ出そうとまだ見ぬ敵が陣取っている筈なのだ。つまり、あの攻撃はその敵に対する攻撃で観光客が思っているような催し物では無いということだ。

 

「危ないので下がってくださーい」

 

「確かに、あからさまに封鎖するよりも演出ってことにすれば観光客の混乱は防げる」

 

キーストーンゲートのでは特区警備隊が規制線を張っていた。警備隊は何の変哲も無い波浪院フェスタの業務に徹しているようだ。しかし、その装備は異常で単に規制線を張るだけなのなら装甲車など必要ない筈である。更に関係者だからこそ感じられる違和感はキーストーンゲートの屋上を見上げることで確信に変わる。

 

「タコ?………いや、植物?」

 

夕暮れを迎えて美しい緋色に染まる空に不釣り合いな武装ヘリ、それと対峙しているのは気色の悪い無数の触手だった。触手はあり得ないことだがキーストーンゲートの屋上から生えており、凶暴にも武装ヘリを攻撃している。武装ヘリは浄化能力の高い銀イリジウム合金が破片として含まれた砲弾を撃ち込んでいる。しかし、触手は魔族に対して効力のある砲弾を受けても傷一つ付いていない。それどころか触手は攻撃した武装ヘリに巻き付き他の武装ヘリに叩き付けた。周囲にこれまでにない爆音が響くが観光客は楽しそうに歓声をあげる。実際、機動隊の武装ヘリは無人機なので今の爆発で誰かが死んだわけでは無い。それでも武装ヘリの攻撃が一切効いていないのは問題で、触手は特殊なエンチャントを施されている厄介な敵ということになる。

 

「物理攻撃を無力化する触手、監獄結界を探している敵を守ってるとなるとあれを倒さないといけないな」

 

夜如は人混みを掻き分けて強引に規制線の一番前にまで抜け出る。

 

「君は!?」

 

「ん?」

 

すると、規制線の前で警備していた特区警備隊が突然人混みから抜け出てきた夜如に強く反応する。あまりの驚きに夜如も怪訝な顔になってしまう。夜如は特区警備隊の任務に助っ人として入っていることが多いので夜如は知らなくても相手が一方的に知っていることは少なくない。那月に取り入ろうと夜如に媚を売る不束者がいるぐらいだ。夜如からすればこの忙しい時に面倒くさいとストレスが溜まって顔に出るのも無理はない。場所が場所なら一発殴り飛ばしているところである。

 

「今、忙しいんで那月さんのことなら___」

 

「港の侵入者!?」

 

「は?」

 

夜如はこれまた再度怪訝な顔をする。特区警備隊は夜如に向けて恐怖の表情まで浮かべているが、夜如には全く覚えがないのだ。港には行ったが夜如自身は考え事をしていて道中の記憶など無いに等しく、その中で何かが起きていても夜如は知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。普段ならペコペコと平謝りを繰り返している所だ。しかし、今の夜如にそのように時間を潰している暇と余裕は無い。

 

「今は邪魔、()()()

 

夜如はそう言い残すと鬼気を全開にして跳躍した。特区警備隊の目からすれば目の前の男が突風と共に消えたように見えただろう。それを尻目に夜如は屋上に突っ込んでいく。空間障害が起こっている中だが、武装ヘリがやたら滅多に魔術阻害系の銃弾や砲弾を使用してくれたお陰で付近の空間が安定していた。夜如はそれを見越して鬼気を全開にしたのだ。しかし、夜如は鬼気を全開にした時に自分の中で何かが変わったことに気付けなかった。鬼気とは正常な精神があってこそ扱える力。

 

「見つけた………!」

 

キーストーンゲートの屋上に夜如は着地する。鬼気を纏った夜如は既に臨戦態勢で敵を見つければ即座に殴り飛ばすつもりでいた。

 

「………な、なんで?」

 

「邪魔が入ったか」

 

しかし、その勢いも目の前の人物と対面することで消えて無くなる。屋上には四人の人物がいた。一人は蛇使いと呼ばれる真祖に最も近いと噂される吸血鬼のディミトリエ・ヴァトラー、そして触手を操っている二人の魔女。そして、何故かその場にいたヴァトラーよりも予想外の人物。

 

「暁さん?」

 

暁古城が屋上の中心で魔術書を怪しげな光を発しながら行使していたのだ。普段とは違う雰囲気も魔術書を使っていることやいつもとは違う服装だからという訳では無い。まるで姿形が同じだけの別人である。しかし、既に限界ギリギリだった夜如の頭に飛び込んできた衝撃は夜如の理性を吹き飛ばしてしまう。考えることを止めた夜如は目の前の単純なことしか認識しない。

 

「あんたが那月さんを!!」

 

夜如は古城の姿をした人物に殴りかかった。

 




またまた、遅くなりました申し訳ありません!!
最近、忙しくて死にそうなんです!
次も多分遅くなっちゃいます………

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