この紅魔の剣士に栄光を!   作:3103

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第2話

 

 

 こめっこが得てきた食料で腹を満たし、そこはかとない敗北感を味わった俺は学校へ向かっていた。

 紅魔族の子供が十二歳になると通う事になる学校で、彼らが扱う魔法の事を学ぶ場所だ。

 隣に並ぶ姉と同時に就学年齢を迎え、学校に通うようになってから数日。

 未だクラスに馴染めず友達が出来ていない姉さんと共に、俺は学校へ向かって一緒に歩いていた。

 

「なぁ、姉さん。気づいてる? 誰かにつけられてるの」

 

「愚問ですね、よろろん。あんなガバガバな尾行、どんなバカでも気づきますよ」

 

 二人同時にちらっと振り返る。

 尾行して来た誰かさんは、振り返った俺たちに気づかれない様に慌てて体を物陰に隠した。

 が、大層慌てていたのか近くに置いてあった木箱に躓いて転んでしまう。

 見ていられなくなった俺は転んだ彼女に駆け寄った。

 

「ちょっ。大丈夫か、ゆんゆん?」

 

「痛たたた……。あ、うん。ありがとうよろろ……、ってひぁあああっ!?」

 

 転んだ女の子は俺の顔と、後ろにいた姉さんの顔を見ると悲鳴をあげた。

 いつの間にか同級生の女の子に、顔も見たくない程嫌われていたのだろうか。残酷な事実が朝から俺を苦しめる。

 

「……いやその、ごめん。別に不快な気持ちにさせるつもりじゃ無かったんだ。ただ派手に転んだみたいだったから怪我してないか心配で……。今離れるから、安心してくれ……」

 

「いや、別にっ。よろろんが嫌いとかそういんじゃなくてっ! 急に声かけられたびっくりしただけで、よろろんが声をかけてきてくれた事についてはむしろ嬉しかったというか男の子に話しかけられたの久しぶりだったから言葉が出なかったというかそのっ!!」

 

「……朝からなに騒いでいるんですか、貴方たちは?」

 

 凹む俺と慌てる同級生の女の子こと、ゆんゆんを見て、一人冷静だった姉さんが突っ込む。

 

「というかゆんゆん。何なんですか? なんで朝っぱらから私たちをストーカーしてたんですか? お金ですか。お金が目的なんですか? 得意の気配遮断を使って私たちの弱みを握って強請ろうって算段なんですか?」

 

「違うわよ! というかお金が目的ならわざわざめぐみん達は狙わないわよ!! めぐみんは私をなんだと思ってるの!? あと気配遮断が得意ってなに!? 別に私好きで影が薄い訳じゃないからね!?」

 

「じゃあ、なんで俺たちの後をつけてたんだ?」

 

 俺が尋ねるとゆんゆんはうっ、と言葉を詰まらせた。

 それからしばらく、何かを考える様な仕草で目線を泳がせて、

 

「そ、それはそのっ……。友達と朝一緒に学校行くのに憧れてて……。……じゃなくて!! そ、そうだ! 決闘よ! 私と勝負しなさいめぐみん! その隙を見つける為にずっとつけ回してたんだから! もう逃さないわよ!」

 

「……私が貴方からいつ逃げたっていうんですか。というか同級生とはいえ朝からストーキングとか普通に事案ですよね? 私より格段に泣き虫な女に臆病者扱いされてムカつきますし、警察を呼んでもいいですか?」

 

「落ち着け姉さん。私怨で国家権力を呼ぼうとするんじゃない。涙目の女の子の胸ぐら掴んで尋問してる時点で、疑われるのは姉さんの方だから」

 

 日頃の行いもあまりよろしくは無いしな。

 真っ先に疑われるのは俺と姉さんだろう。悔しいがこれは否定出来ない。

 

「まあ、取り敢えず。勝負なら学校に着いてからにしようぜ。こんなとこで朝から騒いでたらそれこそ通報されちまう」

 

「あ、うん。そうね。こんなとこで騒いでたらまた変な子だと思われちゃうし……」

 

「そうですね。頭がおかしいと噂されるのはそこの愚弟だけで充分です」

 

「おいちょっと待て。今凄く聞き捨てならない事が聞こえたんだが。俺どんな風に里のみんなから思われてんのかすっごい気になるんだが」

 

 俺を無視して歩き出す姉さんと、それにおどおど着いて行くゆんゆん。

 その噂を詳しく語る気は、我が姉には無いようだ。ずんずん進む姉さん達を追いかける。

 俺が里でどんな印象なのか、結局それがわかる事は無かった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 紅魔族の学校の授業は適当だ。

 一応、魔法の習得という目標はあるものの、それを達成する為のプロセスは各教員にまるな……、全任されているので、クラスによって授業の雰囲気に差が出る。

 しかも俺たちを受け持っている担任教諭の性格が適当だから、基本的に混沌を極める紅魔族の魔法の授業は殊更にカオスな感じになっている。

 かっこいい名乗り口上や呪文の詠唱などを主に取り扱い、魔法の基礎などは殆ど取り扱わない。たまにやる屋外実習で思い出したかのように詰め込む。担任が飲み過ぎで休んでしょっちゅう自習になる。上げだしたらキリが無い。

 今日は実習が無いのでいつもの通り、だらっとした雰囲気の担任教諭が、生気のない青い顔をしながら授業を進行していた。

 

 

「じゃあ次。炎の魔法、『ファイアーボール』を発射する練習だ。つむつむ、試しにやってみろ」

 

「は、はい!」

 

 教卓に立つ教諭が、クラスで一番成績が良い生徒を指名する。

 眼鏡を掛けた生真面目そうな生徒は、顔を引き締めながら右腕を前に突き出すと、

 

「ええっと……。ふ、『ファイアーボール』ッ!」

 

「それじゃダメだ。呪文が短すぎる。発動する前の詠唱を蔑ろにするな。5点」

 

「ええっ!?」

 

 クラスメイトの優等生が見せた『戦闘中だし出来るだけ隙を見せない様に短く呪文を唱えよう』という至極真っ当な意見は、担任教諭に却下された。

 確かに、魔法を使うのに長ったらしい呪文を唱える必要は無い。寧ろ見栄えを重視してわざわざ効率を悪くするのは、戦闘において下策以外の何物でもないだろう。

 しかし、長い呪文を唱えなければ魔法を使った、或いは使う気持ちに成れないではないか。

 ただ魔法名を唱える魔法では味気ないではないか。

 彼は確かに優等生だが、そういう紅魔族が生まれ持つ侘び寂びを理解していない様な気がする。

 

「じゃ、よろろん。やってみろ」

 

「はい」

 

 指名された俺は、肩を落としながら座る優等生と入れ変わる形で立ち上がった。

 ……ふむ。炎の呪文か。なら丁度良いのがあるな。

 俺は前世で蓄えた膨大な魔術の知識の中から、一つ選んで呪文を選び唱えた。

 

「ーー君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽撃き・人の名を冠す者よーー」

 

 区切る様に息を吸う。

 荘厳に言葉を紡ぎ始めた俺に向けられるクラスメイト達の視線は様々だ。

 羨望、呆れ、無関心、昼食の心配。

 そんな皆の気持ちを一身に背負い、俺は続ける。

 

「ーー灼熱と騒乱・海隔て・逆巻き・南へと歩を進めよーー」

 

 呪文の顕現に必要な呪は全て唱え終わった。

 あとは出す呪文の名前を叫ぶだけだ。

 しかし俺は敢えて一拍の間を作り、教室内が静寂に包まれていれるのを確認してから、先ほどの生徒と同じように右腕を突き出した。

 

「ーー『破道の三十一 赤火砲』ッ!!」

 

 もちろん魔法は発動しない。

 俺が唱えたのは架空の呪文だ。魔法を習得した状態で魔力を込めて唱えても、『ファイアーボール』は発動しなかっただろう。

 しかし。この授業で求められているのは、いかに格好良い呪文を格好良く唱えられるかだ。

 そういう意味でなら、俺は高得点を得られる回答をしたといえよう。

 現に俺の回答を聞いた担任は、満足気に頷きながら、

 

「素晴らしい。百点満点だ。流石、よろろん。呪文の詠唱とかっこいいポーズだけは他の追随を許さないな。スキルアップポーション、一本贈呈です。おめでとう」

 

「……ふっ。我が脳内に眠る十万三千冊の魔道書を駆使すればこの程度、造作も無いことよ」

 

「いや『ファイアーボール』はどこに消えたんですか?」

 

 拍手が巻き起こる。どうやら先生のお気に召した様だ。

 成し遂げたぜ。と、息を吐きながら、報酬の薬液が入ったガラス瓶を受け取る。

 

「あの、先生。今ので良いんですか? 無駄に長ったらしい上に勝手に新しい呪文勝手に作り上げちゃってますよ? アレだと魔法使えないと思いますよ?」

 

「いいんだよ、かっこいいんだから」

 

「そんな理由で!? そんな理由で勝手に呪文を改変して良いんですか!?」

 

 異議を却下された優等生が、涙目になって叫んだ。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 昼休み。授業が終わると同時に、隣の女子のクラスに向かう。

 目的は姉さんに弁当を届ける為だ。あの姉、自分で作った弁当を持ってくの忘れて学校行ったからな。俺がこうして余計なカロリーを消費する羽目になる訳だ。ちくしょうメンドくさい。

 俺は姉さんの分の弁当箱を片手で吊るしながら、女子の教室の扉をノックした。

 

「失礼します。よろろんです。姉さんに弁当を届けに来ました」

 

「「「ーーえっ、嘘。めぐみんがお弁当持って来てる!?」」」

 

「おい、なんだそのリアクションは。我が家の台所事情に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 俺の声を聞いて驚きの声を上げたクラスメイトたちに姉さんが食ってかかる。

 ……まあ、初めてだからなぁ。学校に弁当持って来たの。驚かれるのも無理は無いか。

 

「い、いやっ。だってめぐみん達いつもお弁当なんて持って来てないからっ! 急にどうしたのか心配になっちゃって!」

 

「どうしてやりましょうかこの駄肉。引き千切って焼肉のタレで焼いてこめっこに食べさせてあげましょうそうしましょう」

 

「い、痛い痛い痛い痛い痛い!!」

 

「よすんだ姉さん。胸への攻撃は世が世なら同性でもセクハラで訴えられる」

 

 まるで親の仇の様に、ゆんゆんの出っ張り始めた胸を握り潰す姉さん。

 慌てて間に割って入り、姉さんの握撃を止めさせる。幾ら同性同士だといっても、そういう攻撃は控えた方が良いと思う。

 

「……ちっ。そりゃあ偶にはウチだってお弁当くらい作りますよ。毎日毎日、お湯で限界まで膨らませたお粥ばかり食べてる訳じゃありません。豪勢に固く炊いたご飯でおにぎりを作る事だってあるんです。バカにしないで下さい」

 

「姉さん、それウチの貧乏を自白してるよ。取り繕うどころか全てを曝け出しちゃってるよ」

 

「……私のお弁当、半分だったらあげても良いけど……」

 

 ほら見ろ。ゆんゆんに気を使わせてしまったじゃないか。

 つーか、そうやって同級生のお弁当を躊躇う事なく強奪するんじゃない。そんなんだから、色気を犠牲に食い気を極限まで強化したモンスターとか言われるんだよ。

 

「あ、ちょっ! 待って! 半分だったらって言ったでしょ! なんでみんな食べちゃおうとするの!? 私のお弁当なんだから私が食べる分は残しておいてよ!!」

 

「ふがふが。……ふぅ、ご馳走さまでした、美味しかったですよ、ゆんゆん」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! めぐみんにお弁当取られたぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 空っぽになった弁当箱を見て涙を浮かべるゆんゆん。

 流石我が姉、食事の速度が同年代の少年少女達とは段違いだ。

 と、白い目で姉さん見るのはこのくらいにしておいて。

 俺はため息混じりにゆんゆんに、自分の分の弁当箱を差し出した。

 

「……はぁ。いつもごめん、ゆんゆん。これ、少ないけどゆんゆんが食べてくれ。姉さんが食べた分の補填だと思って」

 

「……ふぇ? ……あ、い、いやっ。そんな、悪いよ。だって私がそれ食べちゃったら、めぐみんのお昼が……」

 

「そうですよ、それは私のおにぎりです。勝手に受け渡ししないで下さい」

 

「口の横に米粒付いてる食いしん坊は黙ってろ。……まあ、とにかくごめん、ゆんゆん。姉さんはこんな感じだけど根は優しい子なんだ。だからこれからも仲良くしてくれると嬉しい」

 

「……へっ、あっ、うん。こ、こちらこそ」

 

「ちょっと。なんでみんな、私をそんな生暖かい目で見るんですか? なんでそんな可哀想なものを見る目を向けるんですか? 私の方が姉ですよ。私の方がよろろんより三十分は早く産まれたんですからね」

 

 それは姉さんの日頃の行いのせいだと思う。

 俺がため息を吐くと、姉さんは此方を睨みながら、

 

「お、覚えてろ! 次は私が姉だということを徹底的に証明してみせてやりますからね! 絶対ですからね!!」

 

「もうその発言の時点でダメだと思う」

 

 今日も我が家の姉はポンコツでした。

 

 


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