【完結】光ささぬ暗闇の底で   作:御船アイ

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思い巡る旅

「刺激が足りないんですよ!」

 

 のどかな昼下がり。私、東美帆はとある喫茶店の一角にて、友人達の前で勇気を振り絞って告白しました。

 私は普段、あまり人に相談事をしません。できるだけ自分の力で解決したいと思っているからです。

 ですが、ときに心から信頼できる相手には心のうちを見せようと思うことがあります。

 そして、今がそのときです。

 私は、頼れる仲間達に自分の悩みを曝け出したのです。

 きっと、私の心の友達は私の告白を受け取ってくれて――

 

「は?」

「うん?」

「へ?」

「はい?」

 

 ……受け取ってくれませんでした。

 何故でしょう。皆さん、なんというかとても……呆れた顔をしています。

「えーっと、一応聞くけどよう……今日は今度の旅行の話し合いってことで集まって、それでお前からの相談事があるからって切り出した話だよな?」

 

 目の前にいる四人の友人達を代表して、私の副官である鈴が聞いてきました。

 

「はい、そうですが……」

「よーしそこまではいい。それでだ、その第一声がなんで『刺激が足りない』なんだよ。わけわかんねえよ。いや大体は想像できんだけど唐突すぎんだよ。もっと順を追って話せや」

 

 むう……確かに彼女の言うことは正論です。

 私としたことが、焦りすぎたようですね。私の悪い癖です。

 私は、今度はちゃんと相談の内容を口にします。

 

「エリカさんとの生活で、刺激が足りないので今度の旅行で私とエリカさんに何か刺激のあるイベントが欲しいんです!」

 

 言いました。

 私の心の底からの悩み事です。

 私の同居人、逸見エリカさんとの生活についての悩みです。

 これで、きっと鈴達は真剣に受け止めてくれて――

 

「はい、解散」

「帰りましょうか」

「うん……」

「はあ……」

「え? ちょっと待って下さい!? ステイ! ステーイ!」

 

 

 それからなんとかして彼女達を引き止めて椅子に座らせました。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 疲れました……。周りに白い目で見られることも厭わずに引き止めるのにはかなりの労力を使いました……。

 

「はぁ……まあ、話だけでも聞いてあげてもいいですけれど……」

 

 そう言ったのは我が隊の分隊長を任せている弐瓶理沙です。

 こころなしか理沙の視線がなんだか痛いです……。

 

「はい……ありがとうございます……」

 

「それでその……今度の旅行で、何か刺激が欲しいということでいいんですよね?」

 次に聞いてきたのは、黒森峰の隊長、渥美梨華子です。

 梨華子も旅行の一員として参加するため、わざわざこの話し合いに来てもらっています。大変ありがたいことです。

 なんだか今その表情が後悔しているように見えるのはきっと気のせいでしょう。

 

「はい……今度みんなで行く温泉旅行、せっかくの特別な場ですから、何か普段と違うイベントがあってもいいと思いませんか? それに、最近エリカさんとの生活にも何か変化が欲しいと思っていたところで……」

「なんでそれに私達が付き合わされなきゃいけないのよ」

 

 そんな失礼なことを言ってきたのはアールグレイさんです。正確にはアールグレイ二世さんらしいですが、面倒なので私達は普通にアールグレイと呼んでいます。

 

「いや、そもそもなんであなたがいるんですかアールグレイさん」

「えっ!? ひどくないこと!?」

「いや、最初計画したときにはあなたいなかったじゃないですか……それを、飛び入りで参加してきたのはそちらでしょうに」

 

 そう、最初は私とエリカさん、鈴達幼馴染三人組、そして車を出してくれる武部沙織さんの六人の予定でした。

 それを、突然やってきたのがこの人です。

 ちょうど前回タンカスロンで戦った後のことでしたでしょうか。私達が旅行のことを話しているといつの間にか一緒に行くことになっていたのです。

 

「私としてはあなたを誘った覚えはないのですが……」

「あら失礼ね小娘! あなた達が何か楽しそうなことを計画しているというのに、私だけ仲間ハズレだなんてシャクじゃないの! このアールグレイ、遊びに関しても人の上に立つ存在であれと母から教えられているのよ!」

「ようは一緒に遊びたかっただけだよな」

「うぐっ!?」

 

 おぉ……鈴、容赦ないです。

 アールグレイさんが凄く大げさに胸を押さえちゃってますよ。大丈夫ですかねあれ。

 

「まあアールグレイさんのことは放っておくとして」

「ちょ、私を無視する気!?」

「ちょっと落ち着いてくれますかしらー? 話がすすみませんのー」

 

 アールグレイさんが理沙に抑え込まれてます。

 理沙ってこういうときに頼りになるんですよ。なんというか、お嬢様の貫禄というかそういうものが一番強いんです。

 お嬢様学校の聖グロのアールグレイさんをあそこまでねじ伏せるほどのお嬢様力……侮れません。

 

「それでですね!」

 

 私は未だ抗議を口にしているアールグレイさんに負けじを声を張り上げます。

 

「私としては今回の温泉旅行という特殊なシチュエーションで、こう、どうにか迫れないかと……」

「はあ……」

 

 ああ梨華子、そんな困ったような笑みを私に見せないで下さい。他校の隊長からそんな顔を見せられるって結構なダメージですよ。

 

「お前さあ……せっかくのみんなとの旅行なんだから、もうちょっと自重ってもんを……」

「私はエリカさんと素敵な時間を過ごすためならなんだってします」

 

 私ははっきりと言います。

 これだけは譲れませんからね。

 いや、分かってますよ? 馬鹿なこと言ってるってことぐらい。だってほら、みんなの苦い顔がびんびんに響いてくるんですからそれが自覚があるって証拠ですよ。

 

「……まあ、気持ちはわからなくてもなくてよ? 大切な人との旅行、女の子なら憧れるものがありますものねぇ」

 

 おお! 理沙が援護射撃をしてくれました! 大変ありがたいです!

 理沙のその言葉のおかげか他のみんなも一応考えてくれる素振りを見せてくれます。

 

「まあな。ただお前と逸見先生、いっつもイチャイチャしてるからなぁ。こういうタイミングでなんか特別なことっつっても難しいだろ」

「……ぷはっ! あ、あの! 私他校の人間だから分からないのだけれど、小娘と逸見さんはそんなに仲良くしているの?」

 

 鈴の言葉にやっと解放されたアールグレイさんが聞きます。

 お、聞きます? 聞いちゃいますそれ?

 

「ふふふ、それはもう――」

「あ、美帆は黙ってろ。お前が話すと無駄にのろけ話を聞かされて辛いから」

 

 ひどいっ!?

 

「そうだなあ……一応公私は分けてるんだよ。戦車道やってるときは、ちゃんと教師と隊長って関係を保ってるんだ。そして、学校じゃあその時間が長いから私達が見れる二人のプライベートは案外短いんだ。でもな、その短い『私』が濃厚すぎんだよ……」

 

 鈴が片手で頭を抱えて言います。

 そんなリアクションを取るほどですか?

 

「というと?」

 

 次に聞いたのは梨華子です。

 その言葉に、鈴と理沙は苦笑いを見せます。

 

「俺、二人がいちゃついている姿を見た日は倍以上の時間かけて歯磨く」

「わたくしは食物繊維をいっぱい取るようにしてますわ」

「私は虫歯や糖尿病の原因ですか!?」

 

 生活習慣病扱いですか!? 私とエリカさんの関係って!

 

「まあその……とにかく大変なのは分かったよ……」

「え、ええ……確かに、普段からそんな調子だと逆にイベント事のときは大変でしょうね」

 

 あっ、なんか二人も納得してます!

 今の説明で分かるんですか!? 分かっちゃうんですか!?

 

「まあ頑張れとしか言いようがないんだよなぁ普段の様子見てると。……そうだな、いっそ過激なことにチャレンジしてみるのはどうだ?」

「と言うと?」

「ほら、逸見先生の目って美帆だけなら見ることができんだろ? ならそれを利用してさ、こうエッチな格好になって『私がプレゼントです!』とかやれば――」

「あ、それ以前にやりました」

『…………』

 

 ちょっと、そこで沈黙しないでくださいよ。沈黙ってある意味一番人を傷つけるんですよ?

 

「……まーあれだ! 普段通りでいいんじゃねーの! 別に美帆は逸見先生との生活に不満持ってるってわけじゃねーんだしさ!」

「そーですわね! さ、旅行の話しましょ! えっと、行く温泉旅館って何が美味しいんでしたっけ!」

「私温泉なんて久々だよー! 楽しみだなー!」

「ふふっ、私が一緒に行ってあげるんだから感謝しなさいよねあなた達!」

「ちょ、完全に話を断ち切ってきましたね!? まだ話は……って聞いてます!? もしもし!? もしもーし!」

 

 結局、それ以降エリカさんとの特別なイベントを作る話は一切しませんでした。

 ま、いいんですけどね。確かに、鈴の言う通りエリカさんとの生活に不満を持っているわけじゃありませんし。

 そういうわけで、途中から私もちゃんと旅行の話に加わり、その日を楽しみにするのでした。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「ついたー!」

 

 車の扉を開けた沙織さんが高らかな声で叫びます。

 旅行当日、私達は沙織さんの運転する車に乗って、ついに目的地の温泉旅館にたどり着きました。

 沙織さんは運転の疲れをとるようにグッと伸びています。

 

「お疲れ、ありがとう沙織」

 

 エリカさんが沙織さんに言います。

 そのエリカさんはと言うと、私の手に引かれながら車を降りています。

 

「はい、エリカさん」

「ありがとう美帆」

 

 いくらエリカさんが慣れているとはいえ、見えない目で段差は危ないですからね。これぐらいのことはいつものことです。

 その後を続くように、鈴達も車を降ります。

 そこまで長距離のドライブというわけでもありませんでしたが、学園艦を降りての旅だったのでみんなに少し疲れの色が見えます。

 

「ささ、さっそくチェックインしよっ。そして、ぱぱーっとお風呂入ろっ!」

 

 一番疲れているはずの沙織さんが元気な様子で言います。

 その元気はどこから湧いてくるのでしょう?

 

「はは、元気ですねぇ沙織さん」

「ん? そりゃねー! こうやって女友達だけで旅行って久しぶりだし! いつもは家族と一緒だけど、たまにはこういうのもいいかなーってね! うーん! 旦那が子供と一緒に遊びに行ってくれるなんて、本当に優しいダーリンだようちの旦那はー!」

 

 沙織さんは頬を両手で挟み、ふるふると体を振りながら言います。

 その幸せそうな様子に、思わず私達の顔も綻びます。

 

「ほら沙織、幸せのおすそ分けはもういいから、早く旅館に入りましょう」

「あっそれもそうだね! ごめんねえりりんー!」

 

 私達は沙織さんを先頭にして駐車場から旅館の玄関に入っていきます。

 そしてチェックインを済ませると、まずは自分達の部屋に行きます。部屋は七人でも十分入れる二間の部屋です。

 

「さて、荷物を置きましたねみなさん。それでは早速……行きますか!」

 

 私がそう言うと、全員頷いて部屋を出ます。

 みんな、最初にお風呂に入ろうと車の中で決めていたのです。

 なので、誰一人部屋に残ることなく、みんなで一緒にお風呂に向かいます。

 

「いやー広い旅館だねー! 来て正解だったよー!」

「そうね沙織、これもあなたのおかげよ、ありがとう」

「にしても古風な旅館だなぁ。俺こういう場所初めてだぜ?」

「鈴ちゃんはあんまりそういうの慣れてないもんねー」

「わたくしは結構慣れていてよ? まあ自慢することでもないけれど」

「普段は洋式のものばかりだから、和風というのも新鮮でいいわね!」

 

 女性七人で歩く姿は外から見たら実に姦しいものがあるでしょうが、そこはすみませんと頭を下げることしかできません。

 

「ああ……温泉独特の香りが鼻を通ります。いいですねぇ……!」

 

 私としても、やはり旅行ということで、私もテンションが上がっているようです。普段より大きな声でつい喋ってしまいます。

 そのまま、私達は脱衣所に入ります。

 脱衣所では、みんなが服をテキパキと脱いでいきます。

 

「ふふっ、楽しみー!」

 

 沙織さんが一番に服を脱ぎ終えました。

 その体はとても経産婦とは思えません。やはり色々と努力しているのでしょうか。見習いたいものです。

 

「やー汗結構かいてるなー」

「そうですわね、早くお湯に使ってさっぱりしたいですわね」

「うん、そだねー」

 

 鈴、理沙、梨華子の幼馴染三人組がそんなことを話しながら服を脱いでいます。

 鈴と理沙は更衣室で下着姿を見ることがあるとはいえ、裸体を見るのは初めてです。やはり友人と言えど、裸体を見るのは気恥ずかしいものがありますが、同年代の友人の発育状況というものはどうにも乙女としては気になるもので目が行ってしまいます。

 うむ、鈴が少し発育が悪いのを除けばとりあえず三人共平均的な体型ですね、ちょっと安心です。

 しかしあまりマジマジと見つめると、それこそまるで男子中学生のようになってしまいそうなので、私はすぐさま目を逸します。

 

「ん? どした美帆?」

「い、いえなんでもありません」

 

 おっとどうやら鈴に気取られてしまったようですね。危ない危ない。

 友人の裸体をマジマジと見つめていたのがバレたら、なんてからかわれるかわかったものではありません。

 いえ、確かに私が同性を愛する女性であり、エリカさんとそういう関係なのはもう周知の事実ですからいいんですが、それとは別にからかわれるのは目に見えていますから。

 ……それにしても、やっぱり鈴は胸が平らですねぇ……。

 

「……おい、今なんか失礼なこと思ったろ」

「いえ、そんなことは」

 

 私は適当に誤魔化しながら視線を別の方向に移します。そこにはアールグレイさんがいました。

 アールグレイさんのプロポーションはとても整っており、実に美しいものでした。

 やはり日頃から食生活など気をつけているのでしょうか? お嬢様学校ですから、そこら辺は厳しそうです。

 

「あらどうしたのかしら小娘? 私の体に見とれて?」

「いえ、偶然目に入っただけですよ勘違いしないで下さい」

 

 まったくもって勘違いです。

 確かに綺麗な体なのは認めますが、見とれたりなんてしません。

 私が見とれるのは、一人だけです。

 私はその一人、エリカさんへと視線を移しました。

 ああ、やはりエリカさんの体はいつ見ても美しいです。普段からお風呂上がりなどに見る体ですが、こうして他の方と一緒にいるところを見ると、その美しさが格段に際立ちます。

 そういえば、今日は久々にエリカさんと同じ湯につかれるんですね。

 最近はあまり一緒にお風呂に入れていなかったので、そう考えると嬉しさが込み上げてきます。

 

「……ふふっ」

「あらどうしたの美帆? 嬉しそうにして」

「いいえ、なんでもありませんよ。さ、エリカさん。足元が滑るので気をつけて下さい」

 

 私はエリカさんの手を握り、ゆっくりと二人で湯船に向かいました。

 ……そうえば、エリカさんには私の裸体は見えているんですよね。

 エリカさんにだけ見える、私の体……。他の方々と比べられることがないのは少し良かったかもしれません。私は、正直自分の体に自信がないんです。

 他の方の体に興味があるのも、やはりそういうところが原因なのでしょうか。

 家族やエリカさんは私の体型をモデル体型だと言ってくれますが、私としては少し痩せすぎではないかと、少しだけ思ったりします。

 かといって乙女が太ることなんてできませんから、難しいところです。

 

「……美帆」

「は、はい? なんでしょう? ……ってえ!?」

 

 私がそんなことを考えていると、エリカさんが突然私の頭を撫でて来ました!

 どうしたというのでしょう?

 

「私は、あなたの体、好きよ。あなたはもっと、自信をもっていい」

「……エリカさんにはかないませんね」

 

 どうやらすべて見透かされていたようです。

 本当に、エリカさんにはかないません。

 私は気持ちを切り替え、精一杯の笑顔を作ってエリカさんをかけ湯の場所へ連れていきます。

 ちゃんとお湯に入る前に体を清めないといけませんからね。

 私達が体を湯で流すと、他の方々もやってきて体を洗い流します。

 そうして私達は、その日最初の温泉を、ゆっくりと楽しむのでした。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「くっ……じゃあ、とりあえず密輸人の回転翼機を……!」

「あ、瞬唱の魔術師唱えます。そして墓地にある呪文嵌めをフラッシュバックで」

「んあああああああああ!? おいその瞬唱四枚目だろうがよおおおおお! なんでそんな持ってんだお前はあああああああ!」

「もう特にすることないですか? ないですね? では私のターンですね。アンタップアップキープドロー、あ、ソーサリー呪文でしたのでデルバーを裏返します。血清の幻視でした。なのでさっそくこれを使って一枚引いて占術二しますね。蒸気の絡みつきを引いたのでそれであなたの競走路の熱狂者を戻して下さい。では戦闘を行います。龍王オジュタイとデルバーで攻撃。私の勝ちです」

「ぬあああああああああああああああああああっ!」

 

 鈴が大声を上げながら布団の敷いてある後方に倒れます。

 空には鈴が持っていたカードが宙を待っています。

 

「ちょっと鈴、夜なのに大声出すのはいけないと思いますよ」

「るせー! こんなん声出さずにいられるか! もう三連敗だぞチクショウ!」

 

 私と鈴は、浴衣姿で夜も耽ったこの時間に二人でカードゲームをしていました。その様子を同じく浴衣姿の他の面子が眺めています。

 

「ねえ理沙さん、私カードゲームはあまりやらないんですけど、小娘のデッキってそんな強いのかしら?」

「うーん、強いというか、いやらしいというか、お金の力がすごいというか、最後は完全に意味のない嫌がらせだったというか……少なくとも、鈴さんのファンデッキでは勝てませんわねぇ」

 

 疑問を持ったアールグレイさんに理沙が説明しています。

 なんだか人聞きの悪いことを言われている気もしますがまあ無視します。

 勝てばよかろうなのです。

 

「ふふっ、元気ねぇ」

「そうだねぇ……でもみんな! そろそろ眠る時間だよ!」

 

 エリカさんと沙織さんが私達に言いました。

 私達は「はーい」と応えます。

 もう時間は夜の十一時を回っていました。確かに高校生ならそろそろ寝るべき時間ですね。

 その証拠に、既に梨華子は布団に入って眠りについています。

 

「梨華子、ぐっすりですねぇ」

「そうだなぁ。まあ梨華子は温泉上がった後の卓球大会で優勝するぐらい頑張ったからな……その後もう一度風呂入ってたのもあるだろう」

「うーん……」

 

 梨華子がそんな私達の会話が耳に入ったせいか、声を出しながら寝返りをします。

 私達はそんな梨華子に続くように、次々と布団に入っていきました。

 左から順にエリカさん、私、鈴、理沙、アールグレイさん、梨華子、そして沙織さんと並びます。

 

「それじゃあ消すよー?」

 

 そう言ったのは沙織さんでした。沙織さんの手には電灯のリモコンが握られています。

 私達は再び声を合わせて「はーい」と応えます。

 そして、その直後に電気は消され、部屋の中は真っ暗になりました。

 本当に楽しい一日だったと思います。

 一緒に温泉に入り、卓球大会をし、カラオケスペースで歌いあい、設置されているレトロゲームで遊び、部屋で色々なゲームで遊ぶ。

 本当に遊び倒しの一日でした。この面子で来るのも、なかなかいいものだと思いました。

 人数が多いため、エリカさんとは普段のように絡めませんでしたが、まあいつもいっぱいくっついているんです。たまにはこんな日があってもいいでしょう。

 ちょっとだけ、寂しいですが……。

 

 

 ……眠れません。

 我ながら、子供のように興奮しているようです。もう一時間以上立つのに、まだ目が冴えています。

 他の面子は、すっかり寝入ったようです。鈴なんてだらしなく口を開けて涎なんかをたらしています。まったく、乙女の自覚がないのでしょうか。

 エリカさんも寝たでしょうか?

 私はエリカさんのほうに寝返りを打とうとします。

 

「……美帆」

 

 その瞬間でした。

 私の口が抑えられ、耳元でエリカさんが突然囁いてきたじゃありませんか!

 私は驚きます。しかし、エリカさんに抑えられているため動けません。

 すると、なんとエリカさんは私の浴衣に右手を入れ、直接私の体、特に胸の部分を触り始めてきました!

 え!? 何です!? なんなんです!?

 

「っ!?!?」

「ふふっ、ねえ美帆。聞いたわよ、刺激が欲しかったんですって?」

 

 なんでそれを!?

 あの面子の中の誰がバラしたんですか!? いや大体わかりますどうせアールグレイさんですあの人こういうことで絶対口が軽いタイプだと思うんですよいや今はそんな犯人探しをしている場合じゃなくて――

 

「……まったく、可愛い子ね。いっつも一緒にいるのに、それ以上に特別な思い出が欲しいだなんて。……でも、その気持はとっても嬉しい。だから、二人でちょっと冒険してみましょう?」

 

 そう言ってエリカさんの右手は胸からお腹に下がるように撫で始めました。

 その感覚がその……気持ちよすぎて、私は思わず声を上げそうになります。

 

「おっと、声を出しちゃだめよ。みんなにバレたら大変じゃない?」

 

 その言葉で私はなんとか声を抑えます。

 確かにこんなことがバレたらなんて言われるか分かりません。

 私は必死で歯を食いしばります。ですが、我慢すればするほど、あまりにも気持ちよすぎて……!

 

「……っ! ……っ!」

 

 私は声にならない声をあげます。だってしょうがないじゃないですか。普段の私なら卒倒しているレベルですよこれは。

 いや鈴とかにお前は普段から卒倒の水準が低すぎると言われることがありますが、それを踏まえても今回のこれは凄すぎます!

 

「~~~~~っ!!!!」

「ふふっ、可愛い子。さあ、二人でどこまでいけるか、試しましょう」

 

 エリカさんの悪戯な囁きが私の耳をすり抜けます。

 ああ、私、今なら死んでもかまいません……。

 私達二人の秘密の夜は、それからもまだまだ続いていきました……。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「さっ、みんな忘れ物はないね?」

 

 沙織さんの元気な声が飛んできます。

 翌朝になり、みな布団から出て、朝食を取って帰る準備をし始めたところでした。

 みんなぐっすり眠れたのか笑顔で素早く行動しています。

 一方の私はと言うと……。

 

「ん? どした美帆? なんだか眠そうだけど」

「え? いいえそんなことないですよぉ~……」

 

 嘘です。

 本当は凄く疲れています。

 だって、エリカさんの責めは一晩中続いたんですから。

 その甘美な責めは私を興奮させ、眠らせないのには十分でした。

 結果が、この寝不足です。

 

「ははは……」

「……? まあ、お前がそう言うならいいけどよう」

 

 鈴は頭に疑問符を浮かべながらも自分の準備に戻っていきました。

 私はその姿を見届けると、今度は背後を振り返ります。

 そこには、いつものように穏やかな笑みを浮かべるエリカさんの姿が。

 

「…………ふふっ」

 

 エリカさんが私に笑いかけました。その元気はどこからくるんですか……。

 私なんてヘトヘトだというのに。

 ……ただまあ、この疲労は心地の良い疲労でもあります。

 なぜなら、エリカさんと特別な夜を過ごせたという証の疲労なのですから。

 そのことを思うと、私の顔は自然を緩んでしまいます。

 ですが、それを悟られるわけにはいきません。私は素早く顔を引き締めると、自分の準備をし始めます。

 他の面子は既に準備をし終え、外に出て行き始めていました。

 結果、部屋には私とエリカさんの二人っきりになりました。

 ……二人っきりなら、いいでしょう。

 

「あの、エリカさん。昨日は……」

 

 私は言葉を紡ごうとします。

 その私の唇を、エリカさんはそっと人差し指で抑えます。

 

「あら、昨日のことは二人っきりの秘密。そう決めたでしょう?」

「はい、でも……」

 

 今なら、誰もいませんよ。

 私がそう言おうとした瞬間――

 

「――っ!?」

 

 エリカさんが、私の唇にエリカさんが突然その唇を重ねてきたではありませんか!

 突然の口づけです……!

 エリカさんとのキスは、実はそんなに経験がありません。エリカさんは、あんまりキスに応じてくれないのです。

 でも、たまにこうして、不意打ちのように、しかし抜群のタイミングで、私の唇を奪ってくるのです……!

 

「んっ! んっ!」

 

 エリカさんは私の口に舌を入れてきます。それは、濃厚な大人のキスでした。私はただ受けることしかできません。

 そして、しばらく私の唇を貪ったかと思うと、エリカさんは唐突に口を離しました。

 私は立っているのがやっとでした。

 そんな私に、エリカさんは言いました。

 

「……美帆。愛してるわよ」

 

 そう笑って言って、エリカさんは部屋を出ていきました。

 部屋に取り残された私。

 その寂しくも満たされた空間の中で、私は思いました。

 今回の旅は最高に刺激的で、記憶に残る旅になったと……。

 


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