なのでちょっと短め
『さあはじまりました、日本プロ戦車道オールスターゲーム!』
高らかな声で実況者の声がテレビから響き渡る。
画面には、演習場に並ぶ様々な戦車が映し出されていた。
『日本プロ戦車道のスターが一堂に会する年に一度の祭典が今年もはじまりました! 解説には、今年はこの方に来てもらいました。昨年惜しまれつつもプロ戦車道を引退された、日本戦車道のスーパースター、西住まほさんです! まほさん、今日はよろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
実況者の隣に座ったまほが、笑顔でペコリと頭を下げる。
『今回は解説としての参加ですが、選手時代と比べてやはり違いはありますか?』
『ええ、選手時代はあの場に参加し指揮を取っていましたが、今回は解説として全体を俯瞰して見ることができるため、新鮮な気持ちで参加させてもらっています。正直、私は口下手なのでちゃんと解説できるか不安ですが』
そう言ってまほは苦笑いする。
そんなまほの表情に、実況者は少し驚いたような顔をする。
『いえいえ、そんなことは。まほさんは引退されてからあまりテレビに露出されていませんが、現役時代と比べるとだいぶ柔和になられたと思いますよ。何か心境の変化でもあったんですか?』
『ええまあ……現役時代は少し張り詰めていたと私も思います。最近はそうでもなくなったので、のびのびと戦車道に向き合えているような気がしますね』
『なるほど、ではそんなまほさんの今回の注目選手を教えてください』
『はい。やはり一番の注目選手は、今回幾度目かの総隊長を務める、澤梓選手ですかね。元々大阪レジスタンスの隊長を務めている選手ですが、今回は相手の総隊長である島田愛里寿選手に対してどういった作戦を見せるのか楽しみです』
『なるほど。確かに澤選手は海外行きも視野に入れていると噂されている有望選手ですからね。期待は大と言えましょう。他には?』
『そうですね……今年入ったルーキーでありながらも選抜された、東美帆選手も個人的には注目していますね。今回は一車長としての参加ですが、今回どのような活躍を見せるのか楽しみにしています』
『ああ、東選手ですか! 確かに、新人ながら今年は目覚ましい活躍がありましたしね! 今大会での立ち回りに注目していきたいですね』
「うう……なんか言われてます……」
そんなテレビ中継を見ながら、東美帆は頭を抱えていた。
今美帆がいるのは、オールスターゲームの選手控え室だ。
美帆は他にも多くの選手がいる中、テレビで自分の名前が上がるところを見ていたのだ。
「うわー美帆ちゃん注目されてるー! 羨ましいー!」
そんな声を上げるのは星凛だ。美帆と同じチームの制服を着ている凛は、椅子に座りながらうなだれている美帆の肩に手を置く。
「変われるなら変わってあげたいですよ……あなたはこういうの好きそうですものね」
「うん! 大好き!」
凛は堂々と言う。そんな凛に対し、美帆はハァとため息をついた。
「私はこういうの苦手なんですよ……オールスターゲームに選ばれたことはとても嬉しいですし、全力を出していくつもりですが、それはそれとしてテレビでこんな風に期待してますって言われると緊張して……」
「にゃはは! 緊張しぃだなぁ美帆ちゃんは! もっとおおらかにいったらいいと思うよー! 凛ちゃんは!」
「本当に、時たま貴女のその能天気さが羨ましくなりますよ……」
「あら、随分と楽しそうね」
と、そこに何人かの人影が近づいてきた。凛と同じ北陸フォクシーズのカチューシャに、美帆と同チームのミカ、ノンナだった。
「あ、カチューシャさん、ミカさん、ノンナさん」
「久しぶりね東美帆! 今日は同じチームとしてせいぜいこのカチューシャの役に立ちなさい!」
「はい、尽力させていただきます」
美帆は椅子から立ち上がり頭を下げる。すると、カチューシャは少しいい気分になったのか、ふふんと笑う。
「ふふっ、まあ楽しみにしているわよ! それにしても、ノンナと一緒に戦うのは久しぶりね」
「ええそうですねカチューシャ。こうした催しものでもないと、プロで一緒に戦うなんてありませんからね」
「凛ちゃんも! ノンナ様と久々に一緒に戦えて嬉しいよ! プラウダ時代を思い出すねー!」
「ああ、お三方とも同年代でしたっけ」
美帆が尋ねる。
その言葉に、凛が頷く。
「そだよー! 凛ちゃんは、カチューシャ様とノンナ様と一緒に戦ってたの! 今でもカチューシャ様とは一緒だけど、ノンナ様と三人で揃うのは久々なんだー!」
「なるほど……」
「かつてのプラウダの三人がこうして揃っている。そう考えるとなかなか頼もしいね。きっと大戦果を上げてくれるんじゃないかな」
「ちょっとミカ! あなた他人事のように言ってるけどあなた私と同じく副隊長の一人じゃない! そんな他力本願でどうするのよ!」
ミカにカチューシャが怒る。しかしミカはそんなカチューシャの怒りをどこ吹く風と言った様子で、すました顔をしている。
「ははは……まあでも、高校時代のメンバーが揃っているのは向こうも同じようですしね。確か、電撃ジャッカーズのダージリンさんと桐原ネロスズのオレンジペコさんも同年代なんですよね」
「ああ、そうだよ。彼女らは聖グロリアーナ出身だからね。今回の試合はそういった昔馴染みを集めているような気もするよ」
美帆の質問にミカが答える。美帆はなるほどと納得し一人頷く。
「強敵ですね……今回は島田愛里寿さんが指揮を取るので、なおさらです」
「別に、カチューシャの敵じゃないわ! ま、うちの総隊長がちゃんとしっかりするかどうかにもかかってるけどね! ね! そうでしょ総隊長!」
と、そこでカチューシャが大声で背後に呼びかける。
「はい!?」
すると、ビクリと肩を震わせて反応する女性が一人。
今回の美帆のチームの総隊長である、澤梓その人である。
「な、なんです突然!?」
梓は驚きながらも美帆達の側にやって来る。
「いえ、あなたがしっかりしてないとこの戦い負けるって話をちょっとね」
「なんですその話は! そんなプレッシャーかけないでくださいよー」
梓は困った顔をする。その様子に、美帆は少し気負ってきた気持ちが和らぐ思いがした。
「別に今回が初めてってわけじゃないでしょ? このカチューシャを押しのけて総隊長になったんだから、頑張りなさいな」
「初めてじゃなくてもプレッシャーあるものはあるんです! しかも今回は相手が愛里寿ちゃんだから、私も気が気じゃなくて……」
「なーに、年に一度のお祭りなんだ。もっと気楽な気持ちでいけばいいさ」
「気軽に言ってくれますねぇ」
ミカの言葉に、梓は苦笑いする。
そして、今度は美帆の方を向いた。
「あっ、あなたが東さん? 私、澤梓。何回か戦ったことはあるけど、こうしてお話するのは初めてだよね」
「あっ、はい! よろしくお願いします!」
美帆は梓に深々と礼をする。そんな美帆を見て、梓はくすくすと笑った。
「ふふっ、そんな気負わなくていいよ。って、私が言ってもあんまり説得力ないか……。まあ、東さんは今回が初めてだけど、いつもどおりに動けばいいよ。私も、それを東さんに期待してるから」
「は、はい!」
期待している、と言われて少し体を震わせた美帆だったが、そこは美帆もプロである。すぐさま自分に求められていることを理解し、頭を切り替える。
「私も、誠心誠意努力して、今回のオールスターゲームでみなさんの力になれるよう頑張ります!」
「うん、楽しみにしてるよ。まあ、オールスターゲームはさっきもミカさんが言ってたようにお祭りだからね。自分のパフォーマンスを観客に見せることが大事だから。それじゃあ」
そこまで梓は言うと、自分の元いた場所に戻っていった。
そこには、白髪で片目を隠したポニーテールの選手が、梓の帰りを今か今かと待ちわびていたようだった。
「あれは……」
「ああ、あそこで梓さんを待っていたのは愛澤こころ選手だね。彼女も、梓さんの高校時代の後輩なんだよ」
「へぇ……」
ミカはそう補足すると、今度はぐっと美帆の肩に両手を乗せ、体を引き寄せて美帆の耳元で囁いた。
「いいかい。今回の大会、あの二人の指示と動きによく注目しておくといい。順当にいけば、今年の年末に優勝争いをする可能性があるチームの一つは彼女達だからね」
「……はい」
ミカのいつになく真剣な囁きに、美帆は気を引き締めるように小声で言った。
二人の視線の先には、談笑する梓とこころの姿があった。
「みなさーん、そろそろ会場にお願いします!」
と、そこで控え室の戸が開き、係員が美帆達に移動を連絡する。
美帆達はその係員の言葉に従い、試合会場へと向かっていったのであった。
◇◆◇◆◇
「うおおおおおおおおおおん! 活躍できませんでしたああああああ!」
後日。
カレースナック・ゴン。
そこで美帆はグラス片手に大声で喚いていた。
「はいはい……しょうがないでしょ、そういう作戦だったんだから」
それを横で慰めるのは、美帆の恋人、逸見エリカだ。
二人が座るカウンターの正面では、まほが苦笑いしている。
「まあ、そうだな。あそこで東さんの犠牲がなければ、試合はもっと劣勢になっていたかもしれないし」
「そうは言ってもですよぉ、やっぱり初めてのオールスターゲームですから、もうちょっと活躍したかったんですよ。というか、しようと思えばもっとできたと思うんです。それが、囮として出たはいいもののあっという間に撃破されて、ろくに相手を撃破することもできなかったんですからぁ……」
「まあそうだが、あの状況で敵を倒すのはなかなかに難しいぞ? むしろ、敵をあそこまで惹きつけたこと自体が称賛に値すると、私も解説させてもらったからな」
「そうでしょうか……でも、でもぉ」
「うーん今日の美帆はやけにぐずるわね。ちょっとまほさん、間違って美帆にお酒出してないですよね?」
「そんなことはないぞ。安心しろ、我が店は未成年への対応はしっかりとしている」
まほが両腕を組んでふんすと鼻を鳴らす。
そんなまほの様子を感じ取ったエリカは、思わず苦笑いをした。
「はは、ならいいんですけど……ねぇ美帆ったら、いつまでも引きづらないの」
「うう……エリカさぁん!」
美帆はエリカに泣きべそをかきながら抱きつく。
そんな美帆の頭を、エリカはよしよしと撫でた。
「おーよしよし……」
「ふふ、普段気丈な東さんも、エリカの前だと甘えん坊だな」
「ちょっとまほさん、からかわないで……と言いたいけど、今日はちょっと可愛いところを見せすぎね……美帆、ちょっとこっち来なさい」
「え? ああちょっとエリカさん!?」
エリカは美帆の手を引いて店内を歩き始めた。
ちなみにエリカはもうこの店には何度も来ているため、目が見えなくともだいたいの間取りは把握していた。そのため、美帆の手を引っ張って先に行くということもできるのだった。
エリカが美帆を連れ込んだのは、店のトイレだった。
二人は、トイレの狭い個室で体を密着させあう。
「あ、あの、エリカさ……んぐっ!?」
そして、困惑している美帆の唇を、エリカがキスで塞いだ。
突然のキスだったが、二人はねっとりと、舌と舌を絡ませ合う。
「んんっ……んっ……んはっ……エ、エリカさん、急に一体……」
「……あなた、私にいいところ見せたかったんでしょ?」
「っ!? そ、それは……はい」
美帆が頷く。そして、そんな美帆にエリカは笑いかける。
「……馬鹿ね。確かにオールスターゲームは普段と違った華々しい舞台だけど、私はいっつもあなたのいいところみてるんだから、張り切らなくてよかったのに」
「エリカさん……そうですね、ちょっと、いいところ見せようとしていた部分はあります。まほさんに期待されてるなんて言われたのも大きかったかもしれませんね」
「でしょうね……でも、私はあなたのどんな一面もすでに大好きになってるから。だから……」
そう言いながら、エリカはスカート越しに美帆の下着をゆっくりと脱がす。
「活躍できなかった分、私がゆっくりと労ってあげる……」
「……はい。よろしくお願いします」
そうして二人は、お互いの体に手を回しながら、ゆっくりと再び舌と舌を絡め合わせた……。
一方、店のカウンターでは。
「……トイレ、はやく開けてくれないかしら……」
まほが一人、トイレを眺めながら呟いていたのだった。