邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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学園代表戦(起)
現実主義者と主人公


 天才の一瞬の閃きは、凡人の一生に勝る。

 これは有名な侵略者の言葉だ。

 当初彼は芸術家を目指していたが、大学受験の失敗を機に独裁者の道を歩むこととなった。

 

 

 世界大戦と呼ばれたその戦いに於いて、彼のちょび髭おじさんは数ヶ国を相手に暴れまわった。

 地上を埋め尽くすハーケンクロイツ、数多の都市が落としていくつもの国を隷属させた。

 

 

 しかし、独裁者の最期というのはあまりいいものではない。

 彼はとても有能でカリスマ性にも富んでいたが、たったひとつの失敗を機に全てを失ったのである。

 彼の晩年から学ぶことはたくさんあるが、その中でももっとも重要なのは妥協と引き際だろう。

 

 

 要するに、敵を殺すことより味方を作る方が難しいのである――――――

 

 

 

 では改めまして日本の皆さまこんばんは、カテドラルの拡大に伴って少々厄介な仕事を回された原罪司教です。

 カテドラルの拡大といっても部下が一人増えただけであり、それをあそこまで反対されるとは思わなかった。

 あの傲慢(プライド)と呼ばれる同僚はなにかにつけて張り合ってくるので、どう対応したらいいのか私としても困っていた。

 

 

 彼のカテドラルは私なんかとは比べものならないほど大きく、おそらくそれは人魔教団の中でも突出したものである。

 そんな大物に入社早々目をつけられるとは、私も相変わらず運のない男だ。

 

 

 今回は上司と怠惰(スロウス)が間を取りもってくれたが、これ以上の関係の悪化は望ましくない。

 私の実力を認めさせるためにも、今回の仕事は細心の注意を払わねばならん。

 ここでしくじりでもすれば私の出世は閉ざされて、もはや浮かび上がることすらできないだろう。

 

 

 

「しかし、下見に来たのはいいがこの雰囲気には慣れそうもないな。

 こんなごっこ遊びに精を出すとは、私にはその感性が全く理解できん」

 

 

 一流の社畜とは始業時間が九時ならば、遅くともその三時間前には出社しているものだ。

 つまり、誰よりも早く出社して誰よりも遅く退社する。

 抱えている案件の処理や不測の事態に対応するため、時間はいくらあっても足りないのである。

 

 

 

「代表戦という名のお祭り騒ぎか、頭の弱い学生達には御似合いな行事だ」

 

 

 だからこそ、今私はこんなお祭り騒ぎに身を投じている。

 学園代表戦に伴って学生達が出店を出し合う光景は、日本でいうところの学園祭を彷彿とさせた。

 実際学園祭と変わりないのかもしれないが、学生の本分とは勉強であり断じてこんなバカ騒ぎではない。

 

 

 代表戦が始まる前に最低限の情報、及びプロパガンダを行おうと思っていたがなんともやりづらい空気である。

 今回の仕事は本当にややこしく、その内容もこのバカ騒ぎと密接に関係していた。

 与えられた仕事は多岐にわたり、一応それに対する優先事項も聞いている。

 

 

 圧倒的な力を見せつけて優勝しろ。なるほど、これに関しては全く問題ない。

 だが、次に言い渡されているセシル=クロードの信頼を勝ち取れとはどういう意味だ。

 そもそもなぜセレストの妹が出てくるのか、あの聡明な上司にしてはなんとも不明瞭な命令である。

 

 

 しかもこれで終わりなら未だしも、更に追加された内容が一番厄介だった。

 この国の御姫様、ターニャ=ジークハイデンを決勝の舞台で叩きのめせ――――――ふむ、全くもって意味がわからん。

 

 

 その小娘が決勝まで勝ち上がれるかもわからないのに、それをどうやって叩きのめせというのか。

 加えて、五体満足の状態でそのプライドだけをへし折れときたものだ。

 言われたからには最善を尽くすが、それでもこれからのことを考えただけで憂鬱である。

 

 

 まずはそのターニャとかいう小娘を決勝戦に連れてくること、これを最優先に今後の行動を決めるべきだ。

 仲の良い同僚から彼女の情報は与えられていたが、その内容はお世辞にも私の欲したものではなかった。

 この学園に於ける成績上位者七名の名前及び彼らに対する称号のリスト、一部抜けているものは順位に変更でもあったのだろう。

 

 

 七名の男女は戦鬼又は戦姫と呼ばれる称号を与えられており、その一人一人に能力に準じた異名が与えられる。

 所謂二つ名というやつなのだろうが、なんともファンタジーチックなくだらない文化である。

 御姫様はその上位七名の内の一人らしく、灼眼の魔女と呼ばれているそうだ。

 

 

 灼眼? 魔女? なるほど、要するに魔女裁判よろしく自ら火あぶりにでもなりたいのだろう。

 そんな恥ずかしい名前を誇らしげに使っている辺り、この世界に生きる者の精神年齢は疑いたくなる。

 彼等の流儀に合わせるならば私の名前は疲労感(オーバーワーク)といったところか、その御姫様を決勝戦まで連れてくる労力を考えれば正にオーバーワークだ。

 

 

 プロパガンダの誘導と彼女の敵を排除すること、まずはその二つを重要視して事にあたるとしよう。

 灼眼の魔女。彼女は学園内でも三番目の実力者らしいが、それにしたって本当かどうかは疑わしい。

 

 

 このリストを鵜呑みにして彼女が敗北でもしたら、そのしわ寄せは誰あろう私にくるのだ。

 プライドの意見を押しのけてセレストを手に入れたのだから、ここでしくじりでもしたらなにを言われるのかわからない。

 敬愛する上司の信頼に答えるためにも失敗は許されない。絶対に……そう、絶対にだ。

 

 

 

「おい! アリーナで灼眼の魔女とあの平民が模擬戦をしているそうだ」

 

「本当か!? これは奴らへの対策を考えるチャンスだな!」

 

 

 どこもかしこもお祭り気分で、そんなチンパンジーの群れの中で私は考えていた。

 憂鬱だ。とてつもなく、これ以上ないというほどに憂鬱である。

 そんな中で突然聞こえてきた言葉、辺りが騒がしくなり大勢の生徒が同じ方向へと歩いて行く。

 

 

 どうやら例の魔女が戦っているようで、皆一様にそのアリーナとやらを目指していた。

 模擬戦? そんなに戦いたいのなら私があの闘技場まで案内してやろう。

 それこそこんなくだらないごっこ遊びに興じるくらいなら、本当の殺し合いがなんたるかを学んでくるといい。

 

 

 

「しかし、だからといって傍観するわけにもいかんな」

 

 

 だが、これがチャンスなのもまた事実である。

 序列三位とやらがどれほどのものか、その実力を確かめるにはいい機会だ。少なくとも彼女が決勝の舞台に上がるには二つの障害がある。

 

 

 学園内序列第一位と第二位、その肝心の部分が抜けているのでなんともいえない。

 思わず出たため息は己の不遇を呪ってか、それともいい加減な仕事をした同僚に対してか、どちらにせよこの二人に関する情報も仕入れねばなるまい。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

 そこはある種の熱気に満ちていた。あの闘技場を彷彿とさせるのは、おそらくその作りが似ているせいだろう。

 そして、観客席から聞こえてくる歓声は戦いが終わったことを告げていた。

 

 

 まさかこの私が出遅れるだなんて、社畜時代であったならば減給ものである。

 それに湧き上がる歓声が魔女の名前ではなく、その対戦相手を称賛しているのはなぜだろうか――――――

 

 

 

「大番狂わせ! まさか序列三位の戦姫が負けるとはな!」

 

 

「どうやら例の一般入試に合格した一人らしい……ほら、三人しか合格者が出なかったアレだよ。

 戦鬼でもない普通の生徒が勝つだなんて、今回の代表戦は誰が勝ち上がるかわからないぞ」

 

 

 眼下では先ほどまで戦っていたのだろう男女が握手をし、その健闘を称え合っているようにもみえた。

 ほう、殺し合いごっこの次は恋愛ごっこか。

 握手を交わす姿もさることながら、あの満足そうな表情に虫唾が走る。

 

 

 なぜ笑えるのか、競争相手に敗北しながら微笑むあの女の感情が理解できん。

 こんな甘ちゃんのお守りをしなければならんとは、なんとも不愉快極まりない仕事だ。

 もっと貪欲に勝利を欲する気概がなければ、それこそいくら私がサポートしても無意味である。

 

 

 

「あの女は教育する必要がある。もっと貪欲に勝利を追い求める姿勢、こんなごっこ遊びでは勝てるものも勝てん。

 取りあえずは彼女本人ではなく、まずはその周りから矯正するとしよう」

 

 

 あそこにいる男にしても、彼女に勝利した時点で排除すべき対象である。

 さて、そうと決まればここにいても仕方がない。

 道すがらすれ違う生徒に中央へと出る道順を聞いて、そして控室と思しき場所から試合が行われる中央へと出る。

 

 

 控室に置いてあった三本の模擬刀を片手に、私はリングへと上がると談笑を続ける彼らに近づいた。

 糞ったれな演技をしながら柔らかい物腰で、できるだけ観客席にいる阿呆どもと同じ態度を装う。

 

 

 

「どうだろうか、できれば私ともう一戦していただけないか?」

 

「えっ!?……って言うかそもそもあんた誰よ!」

 

 

 持ち出した模擬刀を見せて彼に願い出たのだが、なぜか御姫様の方が言葉を返してくる。

 私の目的はあくまで目の前にいる彼であって、その横に立っている顔をしかめた彼女ではない。

 いずれ戦うことにはなるだろうが、それは代表戦の決勝という大舞台での話だ。

 

 

 敵意剥き出しの彼女をその学生は諫めているようだったが、どうして一国の御姫様とこんなにも仲が良いのだろう。

 身分の違う二人がここまで信頼し合っているとは、なんとも不思議で異様な光景である。

 だが、この状況に限って言えば正しく僥倖だ。

 

 

 御姫様は彼のことを信頼しており、その逆もまた同じであるからこそ効果がある。

 私の考えたプランはそんな美しい光景を利用したもので、この効果は彼らの情によって左右されるだろう。

 

 

「ほら、そうやってすぐに威嚇するのがターニャの悪い癖だよ。

 それに……申し訳ありません貴方がどなたかは知りませんが、僕は先ほど戦ったばかりで御相手をするには不十分だと思います」

 

 

 ほう、一応最低限の教養はあるようだ。

 彼の丁寧な口調には非常に好感がもてたが、それだけにとても残念な状況である。

 もしかしたら漫画や小説の主人公というのは、彼のように真っ直ぐで礼儀正しいのかもしれない。

 

 

 嫌味や慢心からではなく、自分を低く見せることで相手を気遣っているのだ。

 その雰囲気は好青年と呼ぶにふさわしく、どこまでも謙虚でとても気持ち悪かった。

 いきなり試合を申し込まれても相手の実力を気にかけて、それがあまりにも離れていれば断っているのだろう。

 

 

 私を傷つけてしまうのではないかと考えて、棘がないようにやんわりと断ったのである。

 なんとも殊勝な行いではあるが、だからこそ私は彼のことを気持ち悪いと思う。

 初対面の人間すらも気遣えるところが、その綺麗で善良すぎる心が気持ち悪いのさ。

 

 

 

「大丈夫、ある程度のハンディキャップはあげようじゃないか。

 私はこの三本の模擬刀しか使わないし、君はその腰に差している真剣を使っても構わない」

 

 

「ちょっとあんた! 黙って聞いてれば偉そうに、あんたにはアルフォンスの優しさが――――――」

 

 

 

 私の言葉に更なる不平をこぼす御姫様だったが、それをアルフォンスと呼ばれていた彼が遮った。

 御姫様を庇うように前へ出てきたかと思えば、私の顔を見ながらどこか焦っているようでね。

 彼の顔があまりにも面白くて、演技の最中だというのに不覚にも笑ってしまったよ。

 

 

 

 彼が数少ない一般入試枠で入った学生なのは知っていたし、それならば私の顔を知っていても不思議ではない。

 一度も登校したことがない私を知らない者は多いが、あの場にいたはずの彼は知っていて当然である。

 むしろ気付くのが遅すぎるのではないかと、少しばかり心配してしまったほどだ。

 

 

 

「いや、やっぱり僕が御相手しよう。

 ルールはどうする? 模擬戦にも色々種類があってそれによってルールも違う。

 僕がターニャとやっていた試合は一般的な模擬戦、つまり公式(スタンダード)ルールを採用していた」

 

 

「ふむ、申し訳ないがそういったものにあまり詳しくなくてね。

 スタンダードルールと言われても正直サッパリで、できればもっとシンプルなルールが嬉しい。

 たとえば……そうだな。私の武器を全て壊したら君の勝ち、そしてその逆は私の勝ちというのはどうだろう」

 

 

「ねぇ、だから勝手に話を進めないで!」

 

 

 なんとも騒々しい女である。私が誰のために動いているかも知らないで、無知というのはそれだけでも度し難い。

 ため息を吐く私を尻目に二人は言い争っていたが、結局は御姫様の方が引き下がったようだ。

 おそらくは消耗している彼を思いやってのことだろうが、その光景はまるで出来の悪いアニメを見ているようだった。

 

 

 

「ほら、大丈夫だからターニャはそこで待っててよ。

 試合が終わったらついていってあげるから、そのときは一緒にご飯でも食べよう」

 

 

 死亡フラグである。完全な、清々しいほどのフラグが立っている。

 だが、この戦いが模擬戦である以上彼を殺すことはできない。

 模擬戦で相手を殺していいのかどうか、そんなことは言うまでもないだろう。

 

 

 だからこそ私は彼を殺さない。彼を殺してその責任を問われでもしたら本末転倒であり、退学どころか刑務所行きだってあり得るのだ。

 目的のために手段を選ばないなんて狂人の発想であり、私のような現実主義者(リアリスト)は常に違う答えを模索する。

 

 

 

「待たせて済まない……では、正々堂々戦うとしようヨハン君」

 

 

 なにごとも万事予定通り、この男に深手を負わせれば御姫様はきっと私を恨むはずだ。

 その傷が深ければ深いほどに憎み、代表戦に出場できないともなれば彼の分も奮起するだろう。

 

 

 その恨みを晴らす為だけに勝利を欲し、私と戦うまではどんな相手にだって負けはしない。

 時間対効率。費用対効果。全ての面で優れている正に合理的なやり方だ。

 彼という障害が排除できて彼女の教育にもなり、更には彼らの実力を確かめる好機でもある。

 

 

 リバタリアニズムここに極まれり、我ながら素晴らしいアイディアじゃないか。

 日本では許されない行為もこの世界だからこそ許される。

 人が、命が、こんな狂った世界だからこそ実力に訴えよう。

 

 

 初めてこの前時代的風潮の恐ろしさ、そして数多ある人権団体の凄さがわかったよ。

 強ければ許される世界なんて、それこそ38度線で睨み合っている北の国だけで十分である。

 

 

 

「さあ、始めようか」

 

 どこからともなく開始の音が鳴り響き、私は自分の顔が綻んでいるのを感じ取った。


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