邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「ふむ、まさかこの私が負けるとはな」
彼を侮っていたことは素直に認めるが、それでもこの結末はさすがに予想外だった。
折れた切っ先を見ながら彼がいつ攻撃したのか、あの交差した瞬間を何度も思い出すが答えは出ない。
周りの歓声が気にならないほど熟考するが、そうやって出た答えはやはり論理的ではなかった。
「馬鹿! 女の子を泣かすなんて最低なんだから!」
「ごめん……だけど、僕にだって譲れないものがあってさ」
今更なにを言ったところでこの結果は変わらないし、それならば目の前の現実を考慮したうえで次の手を考えよう。
彼の怪我はどの程度のものであり、先程御姫様から感じた敵意は本物だったのか、結局のところ私の行動はこの二点に帰結するのだ。
勝負に負けたのは認めるし彼の健闘も称えようじゃないか、見た目は十代中頃だがその中身は分別のある大人だ。
ここで捨て台詞を吐くほど腐ってもいないし、なにより私の目的は達せられた。
「アルフォンス君……だったか、おめでとう良い勝負だった」
だからこそ私は彼にこの言葉を贈りたいと思う。
鬱陶しい歓声に包まれながら満身創痍の彼を称えて、誰よりも気持ちの悪い
目の前の餌に飛びついた有象無象に心からの感謝を、そして目の前の彼には最大級の哀れみをプレゼントしよう。
私の予想していた結末とは違うが、それでも首尾は上々でありちょっとしたボーナスまでついてきた。
この国の御姫様と強く結ばれている平民アルフォンス、君は私と対極に位置するからこそ色々と使い道がある。
是非とも彼にはその糞ったれな感情論と共に、大勢の人間を率いて活躍してほしいものだ。
その理由は単純にして明快、いずれ彼がその矛先を私に向けてくることは目に見えている。
現実主義者と感情主義者、文明人とバーバリアンが手を取り合うことなど有りえない。
つまり、対立するとわかっているからこそ彼が必要だった。
感情論者とはくだらない正義を振りかざし、常に仲間の足を引っ張るものである。
チームの輪を乱して愚かな決断を平気で下すような人間、私にとって彼ほど倒しやすくて御しやすい人間もいない。
だからこそ彼には第一線で剣を振るってほしいと、そう私は心の底から願っている。
犠牲を省みず突っ走るタイプ、そんな奴ほど敵にして嬉しい人間はいない。
最も厄介な敵とは身内に潜む無能であり、目の前の彼はその才能が十分にあった。
仮に目の前の彼が私と敵対した際に前線にいたなら、私はその前線を確実に乱してみせる。
それだけの自信が私にはあるし、なにより彼のような不能者こそ的にしやすい。
少なくとも一国の御姫様と親しい間柄というだけで、その交友関係は十分利用できる。
ただの平民が彼女と親しく話しているのには理由があると、そう邪推して彼を試したのは正解だった。
彼という人間はとても魅力的であり、私にとってその利用価値は千差万別である。
それこそあの試験会場で片腕を失った者たちをゴキブリでたとえるなら、きっと彼はペットショップにいる犬や猫程度は価値がある。
ゴキブリを殺すのに戸惑いはないが、それが犬や猫となると少なからず勿体ないと思ってしまう。
私的には彼の四肢を削ぎ落したいところではあるが、それをしてしまえば彼の力は弱まり利用する機会も減るだろう。
部下にはいらないタイプだが、それでも無能が敵に回ってくれるならこれほど嬉しいこともない。
言うなれば有能な部下を手に入れたにも等しく、諸君たちならばその重要性も理解できるはずだ。
目先の利益だけを追い求めるのではなく、数年……数十年先のために行動しなければならない。
必要なのはちょっとした踏み台と使い捨ての利く缶詰、彼ほど自己犠牲という言葉が似合う人間もいないだろう。
「たとえ僕と君が同類だったとしても、それでもあのときの君は間違っていたと言い切れる。
君が僕を否定するなら、その否定を受け入れたうえで僕が変えてみせる」
最高の場面で最高の利益と共に最高の形で使い捨てる。
ただ、どんな言葉で取り繕ったとしても今の私は敗者であり、負け犬の遠吠えとは得てして醜いものだ。
目先のごっこ遊びに浮かれて慢心した結果、それがこの現状であり反省すべき点だ。
この先の代表戦が重要であってこんな模擬戦は通過地点だと、そう侮っていたことは私も否定しない。
だからこそこうしてなにも言わず我慢しており、なんとか穏便に終わらせようと努力しているのだ。
勝負には負けたが本来の目的は達せられたのでいいじゃないか、社畜とは個人の目的ではなく会社の利益を追求するのだと言い聞かせる。
「結構、精々頑張ってくれたまえ。
私と君が分かり合えるような日が来たら、それはそれで楽しそうではあるからね」
彼の表情が私の神経を逆撫でし、辺りに響く歓声は苛立ちを増幅させる。
しかし、全ては己の至らなさが原因であり、彼を殺したところでなんの得にもならない。
全ては今更……そう、全ては私という愚か者の自業自得である。
「では、決着もついたし私はこれで失礼するよ。
学園代表戦には私も参加する予定なので、できれば私と戦うまでは負けないでくれたまえ」
こうして多大なる不快感と共に私の模擬戦は終わり、もどかしいほどの消化不良を残したままアリーナを 後にした。
時間があればもう少し付き合ってやりたいが、残念ながら今の私はとても忙しいのでね。
正直言って私の置かれている状況は御世辞にも良いとはいえず、たとえるならばアルプス山脈を裸足でハイキングするようなものだ。
私に与えられた仕事は多岐にわたり、それをひとつずつやっていては効率が悪い。
それならば同時にふたつのことをやるしかないが、はてさてそれが吉と出るか凶と出るのか。
今日私が学園に来た主な目的は情報取集だが、それとは別でちょっとした罠も仕掛けている。
罠というよりも餌と言った方が正しいか、一応次の一手も含めてその布石は打っていた。
それは本来の目的に付随したオマケのようなものだが、私として十分見込みがあると思っている。
それは二番目に難しいだろう目的、セレストの妹であるセシルの信頼を勝ち取ること。
まずは彼女に私という人間を意識させて、一刻も早く交友関係を築かなければならない。
目下、私とクロード姉妹が置かれている状況はとても微妙である。
説明するのも億劫だが、簡単にいえばセレストを部下に迎えたこととプライドの意見を退けたことが関係している。
要するに新参者の私が先輩である彼の不評を買ってしまい、そのせいで私の行動が制限されているのだ。
私が勤めている会社、これからは便宜上人魔教団と言わせていただこう。
人魔教団の実態は徹底した秘密主義と、それに伴った利己主義者たちの複合体である。
秘密結社という側面もあるが、私に言わせれば手荒い一流企業となんら変わらない。
なぜなら利益を極限まで追求した場合、その行きつく先はほとんど同じである。
違いがあるとすれば株式を上場しているかどうか、おそらくはその程度の違いしかないだろう。
人魔教団の経営体制は少々特殊であり、私が敬愛する上司をトップとした文鎮型組織となっている。
私たち原罪司教を土台として、その上にいる教皇様を唯一至上とした組織図。
なぜなら原罪司教にも様々なタイプがおり、その方針に関しても全く異なるからだ。
私は憤怒を司る原罪司教であり、
わかりやすく言えば子会社といったところか、各個人が保有する私兵や傭兵といったものだ。
私たち原罪司教は教皇様から与えられた命令をこなす為――――――固有の戦力、つまりはカテドラルを用いてやりとげる。
プライドはこの国最大のギルド、
スロウスはギアススクロールにより契約した奴隷達、古今東西あらゆる年齢と人種が揃っている。
では、彼らと同格であるはずの私はどうだろうか。……ふむ、誠に遺憾ながらそんな伝手や人望は持ちあわせていない。
そもそもなにをカテドラルの母体とするか、少し前までその方針すら決まっていなかった。
だが、セレストを部下に迎えた時点である程度の構想は定まってね。
私の上司でもある教皇様には既に伝えているが、それが成功するかどうかは私の働き次第だ。
……少しばかり話がそれてしまったが、ここまで言えばプライドのカテドラルが如何に強大であるか理解してもらえただろう。
ではそんな彼がなぜ私に不満を抱いているのか、それはセレストを私の部下にしてしまったからだ。
元々彼女はサラマンダーに所属する冒険者、言うなればプライドに与えられた仕事だった。
それなのになかなか進展しない状況を見かねた教皇様が、その仕事を私に回してしまったことから端を発する。
彼からすれば教皇様が私を指名したことも含めて、正直あまりいい気分ではなかったはずだ。
私は唯一仲の良かったスロウスからアドバイスをもらい、この件に関して協力を仰いだがそれもあまりよくなかった。
私の力ではなくスロウスによる功績が大きいと、そうプライドに思われてしまったからだ。
ちなみに教皇様からの指示は当事者のみに伝えられ、他の原罪司教はそれを知ることはできない。
その理由は私たちの仕事は血生臭いものが多く、所謂汚れ仕事がその大半だからである。
そもそも私たちは互いに相手の顔や素性を知らず、ただ人魔教団という枠組みを通して交流している。
プライドは例外として、私と親しくしているスロウスだって顔を見たことがなかった。
最初はこのやり方に疑問も抱いたが、今となってはこのシステムに助けられている。
そもそも私たちは仲良しごっこをするために集まったのではなく、会社の利益を向上させるためのサラリーマンである。
おそらくは十名にも満たない組織に於いて、最も懸念すべきは情報の流出と社員同士のいざこざだ。
だからこそ情報を制限して流出を防ぎ、外でのいざこざを会社に持ち込まないよう素顔を隠す。
私はまだプライドとスロウス、そして
全てを知っているのは教皇様だけであり、己がどう振る舞うかは個人に委ねられる。
一度だけその理由を訪ねたときに、上司は二次被害を防ぐためだと言っていた。
なるほど、確かに誰かが捕まったときにペラペラと喋られては敵わない。
その被害はネズミ算式に増えるだろうし、人魔教団のような文鎮型組織にとってそれは致命的である。
だからこそ己の安全と会社の機密を守るため、私を含めてスロウスやグラトニーは絶対に素顔を晒さない。
グラトニーに関しては数回しか会ったことがないのでよくわからないが、スロウス曰く絶対に怒らせてはいけないそうだ。
本社にも滅多に顔を出さない人物だが、人魔教団創設当時から関わっているらしい。
他の原罪司教にしても用事がなければ本社に現れることはなく、毎月の定例会にも顔を出さないことが多かった。
教皇様が指示を与えた際にやって来るのが基本であり、私のように定期的に顔を出している者は少ない。
ただ、そんな秘密主義者たちの集まりでもやはり例外は存在する。
素性を隠すどころか使いの者すらも用いず、堂々とカテドラルの母体がなにであるかを公言する男。……なるほど、その姿は確かに傲慢の名に相応しいだろう。
傲慢を司る原罪司教クリストファー=ドレイク、彼は自らの素性を名乗りサラマンダーギルドのマスターだと公表していた。
彼の行動はなんとも頼もしい限りであるが、正直全く理解できないし真似したいとも思わない。