邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
どれくらいたっただろうか、私が説明している間彼は一言も喋らなかった。
うるさいオランウータンが他の職員によって搬送されていき、鬱陶しいバックミュージックが消えた事で辺りに静寂が訪れる。
観客席にいる有象無象は物音一つたてず、そして目の前にいるこの男も動こうとはしなかった。
「なんともまあ、君の考えていることは相変わらず面白い。
だけどそんな屁理屈が通用するのは今回だけだし、次からは私も含めて決して見逃したりはしない」
そしてようやくその口を開いたかと思えば、どうやらマリウス先生は勘違いされているようだ。
小刻みに動く眉毛と震える唇を見れば一目瞭然であり、なぜこんなにも憤慨されているのかがわからない。
どうやって説明すれば納得していただけるのか、この時ばかりは口下手な自分を呪いたくなった。
「屁理屈もなにも、私としてはどうしてこんなことになったのか不思議なくらいです。
今回の行動は全て代表戦のルールに則ったものであり、なぜ私がこんな風に叱責されているのかがわかりません」
「そうか、そこまで言うならもっとわかりやすく言ってあげよう。
対戦相手を殺そうとする行為や意図の禁止、先ほどのような行為は一切認めないからそのつもりで――――――」
なるほど、とてもわかりやすくてありがたい御言葉だ。
どう解釈しようとも一切の語弊・誤解がなく、文字通り彼の言葉によって私の行動は制限されてしまった。
対戦相手を殺すという方法。言うなれば正攻法を封じられたわけだが、それならばそれで違う方法を採用するまでだった。
代替手段とでも言えばいいのか、あまり好みではないが死なない程度に痛めつけるとしよう。
まずは降参できないように喉を潰して、その後は適当に四肢でも削いでおけばそれで十分。
ここの職員は怪我の手当てや応急処置に慣れているようだし、彼等に任せておけば後は勝手に処理してくれるはずだ。
「ああそれと、入学テストのときみたいな光景ももうごめんだからね。
対戦相手の四肢を削いだり拷問まがいの事をするのも禁止、代表戦を続けたいなら最低限のルールは守ってもらう」
私の心を見透かしたかのような言葉、まさかこんな風に釘を刺されるとは思わなかった。
彼の言葉を無視すればそれだけ多くの反感を買うだろうし、最悪なにかしらの処分を言い渡されるかもしれない。
しかし、だからと言って与えられたノルマを達成せねば評価は下がり、プライドを調子づかせるだけでなく上司の顔も潰してしまう。
全く、なんとも複雑な人間関係だ。
やはりそこはブルーカラーの宿命ということか、さっさと昇進せねばいつまで経っても紫色のままである。
「次の試合に来る職員が誰かはわからないけど、少なくとも私ほど優しくはないだろう。
この学園から追い出されたくなかったら、これから先の戦いはあまりはしゃがないほうがいい」
その言葉を最後にマリウス先生は踵を返し、こうして私の初戦は終わりを告げたのだった。
終わってみればなんとも呆気ない最後、正直精神的疲労の方が大きかったように思える。
取りあえずセシルと接触するのが先決か、私は折れた日本刀を血だまりの中へ投げ捨てて歩き出す。
アリーナから出て行く私の足取りはとても重く、これから先のことを考えるとため息がこぼれた。
今の私にはあまりにも情報が足りない。所詮は上流階級のために作られた箱庭だと思っていたが、まずはその辺りの認識から改めるとしよう。
私に勝利した主人公君も含めて、時間があれば彼の経歴も調べてみるのも面白そうだ。
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「ご主人様、あの……お姉ちゃんは悪気があったんじゃなくて――――――そう、お腹が痛くて! お腹が痛くて休んでいるだけなんです!」
アリーナを後にした私は真っ直ぐ校門を目指したが、その途中でどこか慌てた様子のシアンと出くわしてね。
なんとも漠然とした要領の得ない会話、この子はもう少し嘘というものを学んだ方がいい。
彼女の言葉はあまりにも抽象的過ぎてわかりづらく、今日という日でなければ私も混乱していただろう。
気がつけば私の腕は引っ張られており、シアンにされるがまま馬車まで歩いていく。
そうして辿り着いた先には見慣れた馬車と、そしてその中に座る一人の獣人がいた。
見るからに不機嫌そうなのは生理だからか、こんな顔をした人間と話すのは今日だけで二度目である。
向こうも私の存在に気づいたらしく、勢いよく剣を抜くと真っ直ぐ歩いてきてね。
冷たい視線とひんやりとした空気、彼女の尻尾はパンパンにはれて大きく逆立っていた。
「教えなさい! お姉ちゃんのこと、あなたが知っていること全部!」
知性の欠片もないなんとも横暴な言葉、彼女から発せられる殺気はどこか心地良くてね。
もう少し冷静になってくれれば私としても嬉しいが、行き過ぎた積極性を律するのはとても難しい。
私は彼女という存在を過大評価していたのだろうか、この程度で自分を見失うなど底が知れている。
まずは交渉から入ってお互いの条件を照らし合わせ、その際に折り合いがつかなければ策を巡らせる。
強引な手段に出るのは一番最後であり、初めからその選択肢を選ぶなんて動物と同じである。
交渉のテーブルを自ら蹴り飛ばし粋がる阿呆、勝てる確証もないのに剣を向けてくる低能っぷりだ。
「可哀想に、ものを尋ねる時の作法を類人猿から学んだらしい。
君を育てた親御さんが悪いのかもしれないが、これでは獣人というよりもただの獣だな」
「っ……黙れ! これは私からあなたへの命令なの!」
緊迫した空気が辺りを包み、騒ぎを聞きつけた付近の学生達が集まってくる。
まさか姉への伝言を頼んだだけでこんなに警戒されるとは、そう仕向けたのは私自身だが正直予想外だった。
生憎動物と会話する技術は持ち合わせていないし、なによりこれ以上の騒ぎは望ましくない。
取りあえずあの物騒なものを叩き折ろうと決めて、私が動こうとした瞬間にその横を小さな影が通りすぎる。
この状況でなにをするつもりかはしらないが、その小さな影はセシルの背後へと回り込んでね。
なんと言うか殺意剥き出しの彼女からすれば最悪の伏兵、周りにいる学生達も予想外だったはずだ。
「それ以上はシアンだって怒るもん! ご主人様に剣を向けるなんて、そんなお姉ちゃん大っ嫌いだもん!」
そう言いながら彼女の背中をポカポカと叩く姿はなんとも可愛らしく、見方によっては仲の良い姉妹がじゃれているようだった。
あれでもやっている本人からすれば全力なのだろうが、残念ながら新手のマッサージにしかみえない。
なんとも微妙な空気が辺りを包み、そのよくわからない茶番劇に見物人も呆れているようだった。
周りにいた学生達がその数を減らしていき、最後に残ったのはマッサージを続ける幼女と哀れな獣人が一匹。
このまったりとした空気をどう処理すればいいのか、私としてもほとほと困り果てていた。
「あー……シアン? そろそろ止めてあげなさい。
クロードさんも反省しているようだし、なによりこのままでは話が進まない」
「ふぇ?」
顔を赤くしながらそれでも剣を構えている彼女に、私は心の底から拍手を送りたかった。
あの殺伐とした空気は完全に消え去り、もはや彼女の握っている剣は張りぼて同然である。
無邪気な子供がこんなにも恐ろしかったとは、状況をよく理解していないシアンにため息がこぼれた。
「クロードさんがなにを勘違いしているかは知らないが、私に聞きたいことがあるなら最初からそう言えばいい。
こんな脅迫まがいのことをする必要はないし、なにより憶測だけで剣を向けるのは間違っている」
「だって……その、教えてくれそうになかったから――――――」
「先ほども言ったと思うが、ちゃんとした態度で聞かれたなら素直に答えただろう。
だが、いきなり脅迫してくるような人間に答えてやる義理はない」
感情的になった人間と会話するときの注意点、それはどうやって話の主導権を握るかである。
理性的に話すことで相手の感情を和らげ、話の主導権を握ることによってその結末を調整する。
つまりは相手をなだめるように、それでいて諭すような口調で伝えてあげればいい。
チンパンジーちゃんもっと冷静に話し合おう。ほら、猿語じゃなくて人間の言葉を話してみて――――――
同じ感情論で戦っても話し合いはまとまらないし、チンパンジーと会話するくらいなら壁と話した方が建設的だ。
まずはチンパンジーを人間に戻してやること、そうすればバナナ欲しさに噛みついてこないからね。
「あの……本当にごめんなさい」
「本当に悪いと思っているなら、これからは相手の言い分も聞いてやることだ――――――全く、それで?私に聞きたいっていうのはなんだ?」
会話の主導権さえ握ってしまえばこっちのもの、後は社畜時代の交渉術を用いて型に嵌めるのだ。
前にも話した交渉術に於ける三つの要素、ここは一貫性の法則を利用して操るべきだろう。
憶測だけでクラスメイトである私に剣を向けるなんて、そんなのはどう考えても筋が通らない。
あくまでも彼女は御願いする立場であり、それを判断するのは請け負う側の私だからね。
要するに人にものを尋ねるときは、彼女のように高圧的な態度ではいけないということだ。
全ては私に対する認識の甘さと、彼女自身の勘違いが招いた不幸な行き違いである。
私が喋らないだろうと高を括った彼女の失態、初めから強硬策に打って出たからこうなった。
もしも私がセシルへの協力を全面的に拒否したなら、彼女の行動にも正当性と大義名分が生まれていたはずだ。
だがその全てが勘違いだったらどうなるか、これほど理不尽で道徳に反する行いもないだろう。
「その、とても個人的なことだから場所を変えたいのだけど――――――」
一貫性保持の法則。人は矛盾した行動を取りたくないと思う生き物であり、罪悪感というのはその感情を刺激するには打ってつけである。
「私は別にかまわないのだが、恥ずかしながらこの辺りの地理には疎くてね。
場所を変えたいと言うなら案内してくれないか、君もその方が落ち着いて話ができるだろう」
最初の威勢はどこにいったのか、まるで借りてきた猫のように彼女は従順だった。
既に話の主導権は私が握っており、もはや彼女には抵抗することすらできないだろう。
さしずめ私の手のひらで踊る
あのまま力技でこられたらどうしようもなかったが、この様子ならその心配ももうないだろう。
今回ばかりはシアンの非常識に助けられたが、これからは感情論者に対するバックアッププランも考えた方が良さそうだ。
知らぬが仏という奴か、無知でいられることがこんなにも素晴らしいとはな。
「ねぇなんだかとっても歩きづらいのだけど――――――ヨハン君、あなたならこの状況の説明もできそうね」
「さあ? 私にはなんの心当たりもないよ」
私達が通る道……いや、正確には私が通ろうとした瞬間だろうか。
無数の学生達が歩いているにもかかわらず、私達を中心としてその人混みがサッと左右に分かれる。
大勢の視線を浴びながら最初はセシルとシアンのせいだと思っていたが、どうやら彼らの視線は私に向けられていたようだった
ひそひそと話す姿はなんとも鬱陶しいが、この程度のことで気分を害するほど私も小さくはない。
十戒のワンシーンを彷彿とさせるそれに私は苦笑いし、そしてセシルは口を尖らせながら文句を言っていた。
「ここなら周りの視線も気にならないし、なにより私たちの話を聞かれる心配もなさそう。
私がこんなことを言うのも変だけど……どうぞ、そこに座って」
「シアンはこっち! ご主人様はここに座るです!」
どこか嬉しそうなシアンに言われるがままその椅子に座り、それを確認してからセシルも向かい合わせの席に腰を下ろす。
おそらくは学生同士の交流を目的として作られた空間、案内されたテラスの一角はイスやテーブルだけでなく多くのものが備えられていた。
まあ人目が気にならないというのは嬉しいのだが、そんなことよりもこの幼女はなぜついてきたのだろうか。
あまりにも違和感がなくて今の今まで気付かなかったが、この場にシアンがいても空気をかき乱すだけだ。
備え付けの御菓子を見つめる彼女に批難めいた視線を向ければ、なぜかその頬を赤く染めてうつむくのだから質が悪い。
当然のように横に座ったシアンにため息がこぼれ、喉まで出かかった言葉を必死に堪える。
今回の件に関してはシアンに助けられた部分もあるので、そんな彼女を蔑ろにするわけにもいかなかった。
セシルが私のことを